IS 普通じゃない男子高校生 (中二ばっか)
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1話

なんでこんなことに、と思うのは誰だって思う事だろう。

期末テストで答案用紙がマークシート式で答えを途中1段ずらしてしまい気付かず黒く塗りつぶし続けて夏休み補習受けたとか。10年前の白騎士事件でミサイル約2000発が日本にぶち込まれてもう終わりだと思ったとか。会社の大事な会議でなぜか妊娠した女性が生まれると言って今にも助けを求めている、そして救急車が来るまでは待っていたわけだがその女性の旦那と間違われ一緒に救急車に乗せられるとか……はないかな? 昔助けられはしたが救急車には乗らなかったけど。

 

なんでこんなことに、現在俺は見られている。それも多数の女子から。しかも一つのクラスに俺ともう一人の男性以外は全員女子。いや一クラスだけではなく学校の敷地内にはおそらく物資の搬入以外で男性が入ることはまずないだろう。そんなせいだろうかこの世界はいつから男女比率が1:9になったとか考えてしまいそうになる

 

 そして俺は非常にどうしてこうなったのか疑問に思い過去にさかのぼってみる。きっとあの試験会場にいた事が全ての原因で俺、崎森章登(さきもり あきと)の特徴がない男子という項目が消えた日だろう。

 

 

 

 私立藍越学園、卒業後に企業の就職率が多い。なぜかと言うとそこで授業の一環として臨時職場体験があるからで社会としての仕事を学生時代から肌で感じさせるとこ、2年生から職業ごとの専門知識を学ばせ即戦力にする事が大きな要因である。(臨時職場の候補としては図書館、工場、店舗の職員がある。無論学生なのでやれる事には限りがあるが)

 今年は受験生が多いらしく午前と午後で人を分けるらしい。そんな事があるのかとも思ったがカンニング対策で人が多い場合は少なくして監視の目が届きやすいようにするといった側面もあるのかもしれない。

 

「さて帰るか」

午前の試験を終え、殆どの生徒が施設のホールから出ていこうとし、俺もその人の流れに沿って歩いていたが、きょろきょろと忙しなく顔が動くクラスメイトを発見。趣味が合い放課後いろいろなゲームやプラモを作って遊んだ懐かしくも少しどころか今思うとかなり恥ずかしい思い出が蘇ってくるが、そこは考えないようにしようと思考を打ち切る。

 

「どうした谷本?」

「ひゃいっ」

顔がきょろきょろ移動していたせいで俺が近づいても気付かず、突然声をかけたせいか冷水をいきなり浴びたみたいに声を上げる。

 

「もー、驚かなさないでよね」

「驚かしたつもりはねぇんだけど、そんなに忙しく首動かしてたからさ、何かあったの?」

「見てよここの地図。こんな複雑な作りしてよく他の受験者たどり着けるわよね」

 

入り口に設置してある施設ホールの地図を見てみると、通路が阿弥陀(あみだ)くじみたいに縦、横、斜めになっていたり、なぜこんなところに階段がと不可解な所に置いてあったり。通常階段は一階から最上階までつながっているものだが、ここの階段は2階まであっても3階に続く階段が離れた所にあるとか複雑怪奇である。

 

「携帯に地図の写真はってみたら?」

「ほら、カンニング対策で持ってきちゃいけないってことになってるでしょ」

「あっそか」

「だから一緒に探してくれない?」

「えー」

「なに? 嫌だっていうの? そのくらいいいでしょ」

「はいはい、男は女の尻に敷かれる世の中です事よ。ISさまさまだ」

 

女尊男卑

ISという超兵器が生み出されて10年。なぜかそのISは女性にしか反応しない。女の時代だヒャッハー。という風潮が今の世界強い。ほんとどうしてだろうね。力があるから偉いって世界中の人が思っている。それは否定できない。IS操縦者は確かに偉いだろうし、その地位を得るため、維持するために相応の努力をしてきたに違いない。そこは称賛されるべきだと思う。

さすがに賄賂を使って登りあがったって言うのは問題あるけど、それでも自分が使えるカードを切っただけだ。自分の使える物を最大限利用するのには俺に否定感はない。嫌悪感はあるが。

だが、一般人の女性まで敬わなければならないと言うのはおかしいと思う。前にスーパーの棚を倒した女性が俺に向ってその棚を元に戻すように言って来た。最初嫌だと言ったのだが、途中から警備員呼んで痴漢されたと言うって脅してきた。これには困った。何せ休日に冤罪で事務所行かなければならないなんて嫌だろう?

その時は「解りました。棚を元どうりにしておくので何処へなりとも言ってください」と言ってその時はかたずいたのだ。これが今の世界の常識である。

 

「ふふふ、そのIS学園の試験を受けに来たのだ私は!」

「張りきっているとこ悪いけどとっとと行こうぜ」

「ちょ、まってよー!」

 

 まぁ谷本がIS学園に入ることに躍起になって中学2年の前期から学校の成績TOPを維持し続けた事は知ってる。確定ではないがきっと合格すると信じている。

 

「谷本、試験……あー……がんばっている奴にがんばれは禁句だっけ?」

「ちょっと励ますならもう少しはっきり言いなさいよ」

そう言って少し口の端が上がった。

 

「あー……学年連続成績TOPなんだから自信持ってしまえ、そうすりゃ合格間違いナシだ」

「もちのロンのことよ」

それ古いと思うのは俺だけか?

だけど不安気味な角ばった顔がまた少しゆるまった感じがした。

 

 

 

「ちょっと待ってくれ、藍越学園の試験会場ってどこだかわからないか?」

IS学園の試験会場に向かう途中、廊下で俺と同じ受験生だと思うやつが声をかけてきた。確かにあそこも複雑な作りになっていたがここはIS学園の試験会場は3階、藍越学園の試験会場は2階だ。

「2階の中央付近だからここから左に曲がったところに階段があるけどそこから下りればいいんじゃね?」

「ありがとうな、助かった!」

そう言って短距離走の選手のように走り去っていく受験生。同級生になるのだろうか、今から走って5分前くらいには入れるだろう。ほんとなんでこんな会場選んだんだ?

 

「イケメンだったね」

「そうだな」

「わたしもあんなにイケメンで内面美人な彼氏はいないかなー」

「冗談で言うが内面美人はここにいたとしてもイケメンは通り過ぎていってしまったな」

「自意識カジョー」

「だから冗談だって言ったんだよ」

 

言わなきゃよかったこんな事。冗談にしても数少ない女性友人に貶されてしまった。確かに俺は顔は良くない。目が少し釣り目以外はちょっと鼻が低い、髪もくせ毛が入り口は少し大きいから2枚目(美男子、色男)よりは3枚目(道化、滑稽な奴)だと思う。谷本にはぱっとしないから街中にいてもすれ違うだけとか言われました。

そうしている間にIS学園の試験会場の入り口手前に着いた。

そうしてドアを開けるとそこには鎧が鎮座していた。

 

「おお、これがIS」

「初めて生で見たぞ、やっぱカッケェな」

 

日本製第二世代型量産IS 「打鉄」

 

腕、脚、スカート、今は機体の後ろに立て掛けてある板が浮遊型術者追尾型シールドだっけ?

ネットでアップされている動画には人が装着し武者姿の様な感じがした。そして鎮座しているのは間違いなく鎧だ。俺だって男の子だ。ロボットやパワードスーツに胸こがれる物がないわけではない。

 

だが残念俺には動かせない。動かせるのは女性だけ。その原因もわからずじまい。一時期XY染色体(男性が持つ遺伝子情報を持つ生体物質、女性はXX染色体)が原因ではないのかと科学者が調べたらしいがそういう事ではないらしい。その辺の実験に関われるわけがないのでよくわからなかったし、知ろうともしなかったが。結果論としてISは女性にしか扱えない。

 

「いいなぁ」

「え?」

「いやぁ、こう、ミリタリー的な」

「だったら触ってみる?」

「いやまずいだろ展示品だろこれ?」

そう言ったら谷本は辺りに誰もいないか見渡し、俺の右手を取った。

「ばれなきゃいいんですよ、ばれなきゃ。それに今後触る機会がないとも思えないし」

 

その誘惑につられて自ら触りたくなってしまう。確かにISに関わることなんて俺にはできないし、触ったからどうなる話でもないがモデルガンと本物の銃では質感も重さも違う。それを実行したいと思うのは罪だろうか?

(や、ちょっとまて! ばれたらやばいってことじゃないですか!)

慌てて手を引っこめようとするがもう遅い

そして谷本に導かれ俺はISに触れた。

触れてしまった。

 

続いて手から通って頭に入って来る知りもしない情報、理論。

一瞬立ちくらみみたいに目が暗くなり、体が瞼が固く思うように動かない。まるで電気風呂で足や手が引きるそんな感じが全身でして硬直する。

ISから手が離せない

ISから離れられない

ISから逃れる事が出来ない

 

硬直してる間にも次々は居てくる情報の数々が頭がパンクしそうで気持ち悪い。しかし何故か馴染んでいく感覚がある。忘れていた事をふとしたきっかけで思いだしていくように。ただしこれは強引に忘れていた事を思い出される感覚。例えばCDアルバムの曲名がAから始まる事しか覚えていないのを空を見て空に関連した曲名だと気付き曲名を思い出す。だが曲名だけではなく歌詞、作曲者、どの楽器がどのような演奏をしているかなどを強制に覚えさせ、次に行く。気持ち悪いけどすんなりすると言う感覚にいつまでもさらされる。 

そんな感覚を永遠と。しかし視界の端から時たま見える赤い髪を二つ束ねて下した谷本が見える。心配そうな泣きそうなそんな顔が。そして視界が全て触る前と同じ時には手から淡い光を放ち、ISが起動した。

 

「そこの子! 何して……え?」

谷本が俺を心配して声を上げ騒いでいたのだろう、その声を聞きつけた職員がISが男に反応しているのを確認して目を見開く。そしてその人が思っている事が心を読めなくてもわかる。

 

 

なんで男がISを動かせているのだと

 

俺だって知りたいよ。

 

 

 

そこから病院に運ばれ、検査をし、研究機関でほんとうにISが動かされるのかとISに乗せられ、政府から自宅から出るなと言われた。ここで義理の両親と一悶着あったのだがそこは省かせてもらう。

そして後日、政府からここIS学園の編入を余儀なくされた。

そこからは家から引きづり出されるようにホテルに移動し護衛と言う名の軟禁。やることもなかったので渡された参考書とやらを読んでいただけであった。

 

その間に政府がほかにIS に反応する男性が居ないか調べたらしく。その男性もIS学園に来る事になった。

 

そして俺は今ISを動かした男性としてIS学園の1年1組の席に座っている。俺の方は後ろの席なので俺を見るためには首を曲げなければならないため大半は前の席にいる男子に視線が集中するのだがそれでも誰かに注目させられるのがここまで辛いとは思わなかった。

 

オリンピックやワールドカップで選手宣誓する選手の気持ちが解る気がする。あの人こんなプレッシャーを全世界から受けていたのか。

 

何時間、何分、何秒なのかあいまいになって来る。

そんな時に教室の扉が開き教師と思われる女性が入って来る。

ここが普通の女子高なら先生の中に男性が居ることを期待したのだが(俺はゲイではない、ホモでもない。単に相談相手として同じ性別の人にアドバイスが欲しかっただけだ)その希望は撃ちくだかれそうになる。

まだ他の教職員が全員女性と決まったわけじゃない。

翠色のショートヘアーの小柄な女性。メガネをかけておりたれ目も相まってインドア派の印象を受ける。緑色の髪はよくそんな奇抜な色に染めたなと関心すら思ってしまう。だがそこの所に目がいったのは俺だけらしく視線は未だこちらに向いているのが分かる。

 

「それじゃ、SHRはじめますよー」

「は、はい」

視線が向いている事に緊張してしまい裏声を上げてしまった。が

 

「「「「「「「…………………………………」

 

(ちょっとまって! みんなここで1人返事をした俺がバカじゃないか!)

 

言った瞬間視線が観察から何かに変化した。やっちまったなと言う視線や憐れみみたいな視線、盛大に滑ったよと声に聞こえてきそうになる。

 

(……言わなきゃよかった)

 

「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」

 

他の人が声をだすならそれに合わせて「よろしくお願いします」と言おうとしたのだが、まだもう一人の男子が気になるらしく誰も声を上げない。

気まずい。

しかし、この沈黙を打破することは俺はしたくない。一度失敗した人間は反省して次につなげるのだ。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

「はい、相川清香。中学時代はハンドボール部に所属していました。IS適性はBですがこの学園で学び能力的に人格的に向上していきたいと思います。皆さん1年間よろしくお願いいたします。」

 

自己紹介を終え席に座った相川さん。しかし自己紹介中も席に座り終えた後も視線は前の席の男子に向いている。そう言った感じで順に自己紹介をしていくのだが誰もが視線は男子に向きぱなしである。

 

「織斑君。……織斑君? 織斑一夏君!」

「は、はい!?」

 

何やら考え事をしていたらしく声が裏声であった。

 

「あ、大声出してごめんなさい。でも今自己紹介をしてる最中で次が「お」何だけど自己紹介をしてくれるかな? だ、駄目かな?」

「いえ、ちょっと考え事していただけなので……っていうか自己紹介くらいしますから先生落ち着いてください。」

「ほ、本当ですか?」

「はい。ええっと」

そう言って立ちあがり後ろを向くが多数の視線をまともに見てしまい、汗が出ているのが分かる。そして落ち着くために小さな深呼吸をし気持ちを落ち着かせようとした。

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします。」

「「「「「「「………………………………」

 

拍手もなく、よろしくお願いしますと返事もなく、あるのは期待の視線と沈黙。この状況をどうにかしようと織斑のとった行動は………

 

「以上です!」

話を締めくくった。

 

どっかのコントよろしくずっこける女子が多数、苦笑する女子数人、変な顔をした男子一人。

(せめて未熟者ですが力を尽くす所存ですとか言えよ上辺だけでもいいから)

 

そう思っていたらいつの間に教室に入ったのか、ビジネススーツで戦う営業マン(兵士)というより職場(戦場)を指揮する主任(司令官)と印象に思った人物が織斑に近づいていく。

その主任が出来の悪い営業マンどことか学生(訓練生)の上に

 

ガツンッと出席簿で頭を殴った。

 

IS学園じゃなくてIS士官学校に改名するべきだと思った。

 

「げぇっ! 関羽!?」

 

(……なにをお前は言っているだ?)

ネタで言っているにしも教室の中では誰も笑っていなかった。

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

そう言って教卓に立ち、改めて姿を確認する。目が俺よりも釣り目できつい印象を与えるが怖いと言うよりもかこいいと印象を与える。黒髪を後ろで1つに束ね降ろしているが野暮ったさがなく綺麗にまとめられている印象を受けた。

司令官と言うより麗人と言った方がいいかもしれない。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。なにはともあれ入学おめでとう。君たちはかなりの倍率があるIS学園に入って来るために努力した事だろう」

そこでいったん会話を止め織斑と俺を見る。おそらく臨時的措置で入ってきた俺達に思う事はあるのだろう。しかし俺にもどうしようもない。どうする事も出来ない。ただISを動かせただけでここにいる様なものなのだ。他人には嫉妬を向けられるかもしれない。けど俺も織斑にもどうする事も出来ない。せめて心の中で謝罪することしかできない。

俺は織斑先生の視線に目をそらしてしまった。

 

 

「君たち新人を一年で使いものになるまで育て上げるのが私の仕事であり義務だ。ISは本来競技用を取っているが兵器としての側面もある。その危険性、扱い方を私はスパルタ式で教えていくので覚悟していくように。出来ない奴にはできるまで指導してやる。逆らってもいいが私の言う事は聞け。いいな」

 

理不尽でないだけハートマン軍曹よりいいのか?

 

「キャァ――――――! 千冬様よ! 最強のヴァルキリー『ブリュンヒルデ』!」

「国家代表性からファンです!」

「私は代表選手権争奪戦で一目ぼれしました!」

「私、御姉様に憧れて猛勉強してきました! 北九州から!」

「不束者でございますが私に夜の勉強会を開いてください!」

「私、御姉様のためなら死ねます! 御姉様がアブノーマルな性癖でも耐えます! 例え調教でも! いいえむしろ調教して!」

 

織斑先生が死んで英霊に召されたらカリスマB(女子限定)くらいありそうだな。英霊の条件って歴史に残ればいいんだっけ? まぁ現代歴史の教科書には載っているから最低条件クリアーしてるのか?

後半の女子のセリフから付いていけなくなって現実逃避している俺が居る。前の席の谷本の様子を見てみると目をらんらんと輝かせ織斑先生を見ている。まぁ、ファンだったのは知っているがここまで目を輝かすとは思っていなかった。人気アイドルがある日突然教室に転校してきたらこんな感じになるのか? 誰か教えてくれ。そしてこの騒音のボリューム下げるすべを誰か教えてくれ。

 

「……はぁ、なぜ毎年こうも騒がしいのだ? よくもこれだけの馬鹿者どもが集まる。それに感心させられそうになるのだがこれは新手の洗脳か何かか? もしや私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

そしてうっとうしそうに溜息を吐き愚痴をつぶやく先生。最近の先生はいろいろと問題とか生徒が問題起こして新聞やニュースに取り上げられるから大変だ。きっと教職とはストレスマッハなブラック一歩手前どころか一歩踏み込んだ職業なのだろう。

自分がバカじゃないと言うつもりはない。が、この騒いでいる女子たちと一くくりにされるのはひどい。少なくとも俺はここまで煩く騒いだ事は学園祭のステージや体育祭の応援合戦以外にはない。

 

「キャァアアアアアアアア! 御姉様! もっと叱って! 罵って! 貶して! そして冷めた目で私を見てぇ!」

「でも時には優しく耳元で甘い言葉をささやいて!」

「そしてつけ上がらないよう調教をして―! 荒縄、蝋燭、浣腸、■●▼なんでもござれですー!」

 

調教言っている奴少し黙れ、放送禁止単語に引っ掛かりまくっている。興奮状態だからって言っていい事にも限度と言う物があるのを知っているか?

 

「静かにしろ!」

「「「「「「…………………」

 

すげぇよ。あんな声の台風をただ一言で静めてしまったよ。この教職員伊達ではない。まぁただの教職員がIS代表選手を蹴散らし世界最強の座を手に入れられはしないと思うが。

 

「で、挨拶もまともにできないのかお前は?」

「いや、千冬姉、俺は―――」

バッコン!

「学校では織斑先生と呼べ」

また出席簿で叩かれる織斑(弟)、しかしあの速度で叩かれて少しへこんだで済む出席簿がすげぇ。なんで折れないのか、力の配分がうまいとか物の壊れやすいところを見きっているとかそんな茶っちものじゃねぇ、もっと恐ろしい何かを感じる。目付きが怖いとか、態度が怖いとかそんなんじゃない……もっと何か説明しずらいけど……何か……。

 

「え……? 織斑君って千冬様の血縁の弟?」

「それじゃあ、ISを動かせるって言うのも納得かも」

「でもそれじゃあもう一人の方は?」

 

俺だってなぜ動かせるのか疑問に思う。日本の人口が約1億人その中から二人見つかったがその二人が動かせてから以降はまだISが動かせる男性は発見されていない。世界人口は約60億人。それらを割って単純に世界に60人くらい男性でIS動かせると思うのは軽率すぎるか。

 

「崎森、次はお前だ。このままでは他の生徒が気になって授業が身に入らん」

「え、あーはい」

確かに未だ織斑の方に視線を送っている者、俺に視線を向け俺の顔を見て興味をなくす者、それでも視線を向ける者様々な女子が居る。

 

「崎森章登、なぜかISを動かせてしまいここに来てしまったズブな素人で皆様にご迷惑をおかけすることになると思うけど、これから1年よろしくお願いします」

「「「……………」

………え? なにこのもっと言えという視線。これ以上何を言えと…!?

 

「あー、……趣味はプラモの作成。ゲームの完遂クリアー。アクションが好きです」

そう言って席に座る。それで許してくれたのかこちらに視線を向けていた女子が前に向き直り織斑の次の人が自己紹介を始める。しかし、どうやら俺はゲーム好きのオタクと思われたらしい。そして、いろいろと時間がとられたせいか全員が紹介を終わるまでにSHRは終わってしまった。

「さて、SHRは終わりだ。諸君にはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、できれば基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ!よくなくても返事はしろ!」

「「「「「「はい!」

全員に合わせて俺も声を合わせる。さすがにここで声をださなきゃ殴られると思った。あの最教が振りおろす出席簿チョップなど喰らってたまるか。

 

「で、なんでお前は返事をしない織斑」

 

……聞かれたら返事くらいはしようぜ?

 

バギッゴォン

今度こそ出席簿が折れると思ったが折れていなかった。

 

こんな教室が俺、ちょっと他の高校生男子とは違った崎森章登が通うIS学園だった。

 

 

 

IS学園

ISの操縦者育成、またISに関する技術、発展、研究を目的とした教育機関。その運営、資金は基本的には日本政府、また協定参加国がそれに協力する。しかし、当機関で得られた技術は公開義務があり、また当機関の内部における問題は協定参加国の理解できる解決をすることを義務付ける。

なお、IS学園在役中の生徒は日本政府より生活の保護を受ける事が出来る。

 

 

所々間違っているだろうが教本に書いてあった事はこんな感じだったと思う。

 

「でだ、どうなるんだ俺? ここで何かしらの成果出さなきゃ卒業と同時にとある研究所の施設にぶち込まれ一生モルモット生活とか嫌だぞ谷本。」

「じゃ、成果をだしてどこかの国の代表候補制でもなればいいんじゃない?」

「いや、そう簡単じゃないだろ? それになったとしても不慮の事故で消えました。しかし現場には不可解な事があり俺の遺体がありませんでしたとかありそうじゃん」

 

貴重なISを動かせる男性をISに携わる企業、政府、国家を放置しておくはずがない。中にはなんとしてでも細胞、遺伝子、ナノ単位まで調べたい、調べて利益につがなければならないと思うやつもいるだろう。

 

「さすがにそこまでするかな?」

「……まぁ、俺の考えすぎって面もあるかもな。けど政府にホテルに保護と言う名の監禁くらった時は一般人の意見なんて聞き入れてもらえねぇよ」

 

ホテルに監禁されていた時さすがに高級ベットで1日寝続けてるわけにもいかず、見れる物がTVだけっていうのは現代の若者にはつらい。家にPC取りに行きたいと言ってはみたものの、「部屋から出るな」の一言だけで入り口から出ていこうとすれば数名のSPが俺を床に伏せスタンガンを当てられ気絶、目覚めればさっきまで寝ころんでいた高級ベットの上。

 

「だったら政府も脅せるくらい下剋上してやればよろしいのだ!」

「いや別に政府の皆様方を恨んでいるわけじゃないからな?」

 

 

「しかし……」

この好奇の視線はどうにかならんもんかね。

いや、ISを動かせる男子がいるのは確かに不可思議であり、興味を持ってしまうのは仕方ないと思う。だからって、遠くからこちらを観察する様な事はやめてほしい。動物園で強化ガラス製の檻の中にいるサルじゃないんだから。そして好奇の視線もやめてほしい。あんたらは遠足に来た小学1年生か。

 

織斑の席を見てみると黒髪のポニーテルの子と話して席を立ちどこかへ向かう様子であった。俺と谷本みたいに知り合いなのだろうか? 中学時代のクラスメイトとか。

そこで教室の周囲を取り囲んでいた女学生たちが道を開けていく。そして、俺を観察するより織斑を観察した方がいいと思ったのか大多数が織斑たちの後を追って行く。

 

「人気者だねぇー。それに比べ……」

谷本は周囲を確認しかなり人の少なくなった教室を見まわす。うん、俺がイケメンでない事もクラスで笑いを起こす人気者でない事も十分に承知している。だからあのイケメンと比べないでくれないか?

 

「ちょっとよろしくて?」

「あ?」

「え?」

唐突に声を掛けられた。周りにはあまり人は少なくなっているから人目が気になって声を掛けなかったのだろう。俺たちは遠目で見ているだけだと思っていたので声を掛けられるとは思ってもいなかった。

俺達に声を掛けてきた女生徒は腰に手を当てモデルの様な恰好で立っていた。目はブルーでキリッとまっすぐにこちらを向いており、腰まで届いている金髪はかなり手入れにケアをしているのか乱れがなく、綺麗に縦ロールになっている。

 

 

「聞いてます? 御返事は?」

「あーはい、聞いてますけど?」

「なんですのその間抜けな返事は! わたくしに声を掛けられただけでも光栄なのですから、それ相応の態度があるのではなくて?」

「なんだこいつ」

思わず心の声が出てしまった。いや、だって初対面でここまで偉そうに出しゃばって来る奴そうは居ないと思うぞ?

 

「な! わたくしを知らないですって!? このセシリア・オルコットを? イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」

と言われましても、自己紹介は途中で終ってセシリアって名前も今聞いた事なんだけど。

 

「いや、自己紹介も名刺交換もせずに初対面で相手の名前とかわかれとかあなたは俺にエスパーになれとでもおしゃっているのか?」

「いえ、そうは言っておりませんわ。しかし、クラスに代表候補生が居るくらいのうわさは聞いたことがあるのではなくて? それならどんな人柄なのか調べてみようとは思いませんの?」

「えっと……谷本それ噂になってる?」

「……えーと、クラスに男子が入ってきたで持ちきりになっちゃっているんだよね。」

つまり、クラスに代表候補生が居る事よりも男子が居ることの方が生徒の間では意味ありげらしい。

 

「くっ」

オルコットが歯切りをして悔しがっているのが分かる。自分に人気がない事がそんな憎らしいのだろうか。他人の評価は確かに大切だが他人の目が気になって尻込みしてしまったりする性格なのだろうか?

確かに俺も他人の眼は気になってしまうたちだから悔しがる必要はないと思う。

 

そこで予鈴がなってしまい当間気に俺たちを見ていた観客も席に着いたり自分の席に戻っていった。

「話の続きはまた今度!」

そう言ってオルコットも自分の席に戻っていく。谷本も自分の席に戻った。

偉そうな奴。それがセシリア・オルコットの第一印象だった。

 




3/27 家族→義理の両親に変更


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2話

「―――――であるからして、ISの基本的な運用には現時点で国家の承認が必要であり、枠内を逸脱したISの運用をした場合は、刑法によって罰せられ―――――」

 

高校生の授業でなんで俺は刑法の勉強をしているのかと思ってしまって仕方ない。弁護士になる気はないのだが、ISに関わっていく以上必要になって来るのでノートを取っていく。しかし、机の上に置いてある教本5冊。国語辞典のように鈍器にでもできそうなほど厚い。それに、よくわからない単語が出てきたりして一回IS用語集を作ってくれと思ったのは俺だけではないはず。まぁ、なんとかホテルで監禁されていた時、政府の人に事情を説明しPCを借りられたからよかったのだが、履歴が残るので下手な閲覧(動画とか画像とか)して自分の趣味を知られたくはなかった(別にHなサイトを見ようとしたわけではないのであしからず)。

 

「織斑君、何か解からないところありますか?」

「あ、えっと……」

「解らないところがあったら訊いてくださいね。何せ私は先生なのですから」

自信を持って胸を張る山田先生。ISに関しては余程の自信があるらしい。

織斑は一度教科書に目を落とし自分に聞き落としや間違いがないか調べているらしい。すこし時間がかかり、よくわかっていない所を見つけたらしい。

 

「先生!」

「はい、織斑君!」

「ほとんど全部わかりません」

 

……え?

「……え。ぜ、全部ですか……?」

山田先生も俺と同じ気持ちを抱いたらしい。さすがに質問とか、用語とかではなく全部はない。断言できる。お前中学卒業してから今日の入学までの間何してたんだ?

 

「え、えっと……織斑君以外で、今の段階で解らないって言う人はどのくらいいますか?」

挙手を促す先生。

質問はあるのだが、さすがに理解できないと言うわけではない。それに俺や織斑以外は完全に把握しているらしく誰も挙手をしない。この雰囲気で手を上げるのはかなりの猛者だろう。学校で委員長決める時と同じだ。誰も率先してやりたがらない。

 

しかし、質問をしないまま解らずじまいも悪いので。

 

「えーと、先生質問があります」

「は、はい。崎森君」

初めの段階でまだわからない者が居たのかと山田先生は驚いてしまい、女学生たちはこんなことも解らないのかと呆れてしまった。俺から言うなら幼い時からISの知識身につけた奴やここに入学するために猛勉強した人たちと比べないでほしい。2・3ヵ月では参考書の深い所までは分からなかったのだから。

 

「先ほど刑法によって罰せられると言っていましたけど、どのような事をしたら罰せられるのですか? 例えば無断でISに触れてしまったとか」

「それはどうなのでしょうね。無断でISの開発や操縦に申請をしていなかったとかなら罰せられてしまうんですけど、さすがに触っただけじゃわかりませんね。すいません。」

「いえ、ありがとうございました。」

 

よし、俺はあの試験会場に置いてあったISに触れたとしても問題なかったらしい。国の軍事機密に手を物理的に触れたようなものだ。何かしら問題があっても不思議ではないと思っていたが、問題はなかったらしい。

 

「崎森君、他に質問はありませんか?」

「はい」

「他の方で質問がある方は……いないようですね。でしたら織斑君、どのようなところが解らないのか教えてくれませんか。」

「いえ、だから、その……ほとんど全部わからないんです」

 

…………………………………え?

「……えっと、刑法的な事がですが?」

「それも()です」

「……機械的な事も?」

「はい」

「……IS条約や規定の事も?」

「はい」

「………」

なんか泣きそうな目になってないか山田先生。まるで自分はだめな教師なんだと自己嫌悪してなければいいのだが。

 

「……織斑、入学前の参考書は読んだのか?」

ホテルに監禁されていた時に渡された奴だろう。かなり分厚かったがやることもなかったので読んでいた。特に機械的なこと、

アクティブセンサー(自ら電磁波や赤外線を派生させその反射したそれらを読み取り物体の検出する装置)や

パッシブセンサー(物体は熱量に応じた赤外線をだすためそれを読み取る装置)

がなかったが、それらとは別格の

ハイパーセンサー(実際に使った事がないのでよくわからないが、目視できない距離の捕捉、視野外のカバーをする装置らしい)

の所は思わず何度も読み返した。この辺はやはり機械やロボットと言うと興奮する俺が居る。

それを読んでいないとは貴様、男なのか? ちゃんと股の所にゾウさん付いていますか?

 

「古い電話帳と思って捨てました」

バァアン!

織斑先生そこ代わって俺もそいつ殴りたい。

 

「必読と書いてあっただろうが馬鹿者。後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな?」

「い、いや、1週間であの厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい。やります」

 

むしろなぜ捨てたのか不思議すぎる。ドジとかうっかりとかのレベルじゃない。やる気がなくて読んでなかったとかならまだしも。

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遙かに凌いでいる。そう言った兵器を深く知らずに取り扱えばからならずしも事故が起こる。未だ自動車でも事故が無くならないのと同じ様なものだ。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則を覚える、守るまではISに乗せたくないと私は思う」

 

まぁ、正論ではある。しかし、宇宙開発用のパワードスーツが軍事関連に加わるのは仕方のない事だとしても、なぜそれを本来の運用法に戻さないのか謎である。ISが宇宙で活動した事は1度も記録にないのは謎だ。

 

「……貴様は『自分で望んでここにいるわけではない』と思っているのか?」

一瞬織斑の体が震えた。確かに女子高に男が放り込まれるとか嫌にも思うだろう。確かに俺もそう思うがもう諦めた。ここで騒いだところで何かが変わるわけでもあるまいし。

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きている。それを放棄したいならまず人間であることをやめるべきだと思うがな」

もしくは本当に1人で生きていくか。だが現実問題それは無理だ。親の保護、金銭問題、立場、それらがなければ人は生きていけない。金はあっても必ず外に出なければ買い物ができないし、通販で買うにしても宅配員の持っている書類に判子を押さなければならない。誰にも関わらず生きていくことなど不可能だ。

 

「え、えっと、織斑君。解らないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ね?」

「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」

俺も加わったらだめだろうか。まだ覚えていない所とか曖昧でよくわからない不安な所やアドバイスを頂けると嬉しいのだが。

 

「ほ、放課後……放課後に二人っきりの教師と生徒……。いやいや! だ、ダメですよ、織斑君。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……で、でも、織斑先生の弟さんだったら……えへへへ」

ちょっと考えさせてください。あんたも乙女思考全開な女子高生ですか……?

いきなり頬を赤く染めてそんな事を言い出す先生が居たら例え優秀でもご遠慮いただきたいと思ったのは俺だけだろうか? ってか、あんたも織斑先生のファンなのかよ!

 

「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」

「は、はい」

山田先生は慌てて教壇に戻る途中こけた。小石どころか塵すらないと思われる所で、運動音痴とか依然に足の筋肉大丈夫なのか?

 

「うー、またやっちゃた……」

一度精密検査した方がいいと思います先生。頭か筋肉なのかはそちらにお任せしますが……

 

 

 

「ねーねー。さっきー。何のプラモ作ったりするの」

いきなり隣の席の女子。布仏 本音(のほとけ ほんね)が、(名前についてはノートの名前を書く欄に書いてあったのをチラッと見えた)声をかけてきた。

「えっと、基本的にはガンプ○に塗装したり、他のパーツとかモールドとか接着剤で張ったりだけど……ってか、さっきーってなに、あだ名?」

「うん。崎森だからさっきーだよ。覚えやすいでしょー。私の事はのほほんでいいよー」

覚えやすいのは否定しないが、一文字変えてしまえば球技になるというのは考え過ぎだろうか。そっちはなんというか名は体を表すという感じだ。

いくらこの学園の制服が改造を許可していたとしても袖を通し過ぎてブカブカになっている。目は細めのたれ目でおっとりしており基本的にニコニコ笑っている。黄色い人形が付いた髪ひもで左右に尻尾を作っている。体の動きもゆったりとしていてマスコットキャラを連想させる。主に黄色のネズミ。

 

 

「でねでね、ガンプ○っていうとHG? RG? MG?」

「基本はHGとRG。MGも悪くないけど高いから手が出せねぇよ。PGなんて夢のまた夢」

 

前の休み時間は俺を見ていた女子達は今、織斑とオルコットの会話に耳が言っているらしく、視線もそちらを向いていた。だから今俺達の会話に耳を傾けている者、顔がこちらに向けている者も少ない。視線を気にせず趣味の会話ができる事がこんなに楽しいとは思わなかった。

 

「やっぱスプレーの塗装は忌避感あるな。やっぱ一度サーフェイサーで下地してから手塗が慣れたし。それにスプレー高いんだよな。大体400円前後だし」

「でも私だと袖に付いたりしちゃうから洗うの大変なんだよねー」

「そんなカッコしてるからじゃねぇの?」

「これでも細かい作業できるんだよー。○○○もんと同じで」

「アニメ三大不思議になるだろうな。なんでそんな手で持てる!? ってさ」

 

そういった会話をしているとこいつオタクか、中二病か、とひそひそと言っている。別に俺の趣味が世界に悪影響を与えているわけではないからいいだろうと思ってしまう。誰だって中学時代はそうなってしまうものだろ? 俺は今でも続いてしまっているわけだが。

 

がたたっ、っと音がして音がした方を見た。

なんかみんなギャグアニメみたいにずっこけているが大丈夫か? 何があったし。

 

「あ、あなた本気でおっしゃっていますの!?」

何かすごい剣幕でオルコットが織斑に詰め寄っている。何か怒らせる事を言ったのだろうか?

 

「おう。知らん」

そこでオルコットがやれやれと頭を振り、頭が痛そうにこめかみに人差し指を当てブツブツと何か言っているがいかせん距離があるのでわからない。

 

「で、代表候補生って?」

かなりに的外れな質問が来た。ISが普及、知られるようになってその言葉を知らない者はあまりいないだろう。居たとしてもニュースを見ていない、新聞を見ていない人ぐらいだ。アマゾンの奥地の集落でも最近は電気機器があり衛星によって携帯も通じるぐらいなのに。

 

「国家代表IS操縦者の、その候補として選出されるエリートの事ですわ。……あなた、単語から想像したらわかるでしょう」

「そういわれればそうだ」

「そう! エリートなのですわ!」

そう言ってオルコットは人差し指を織斑の鼻に当たるかどうかという所まで指した。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくする事だけでも奇跡……幸運でしてよ。その現実をもう少し理解してはいただけませんこと?」

「そうか。それはラッキーだ」

「……馬鹿にしていますの?」

これは馬鹿にされていると取られても仕方がない。声が凄く棒読みであり、感性の欠片もない。まぁ、オルコットを敬えと言われても直ぐにはできないだろう。なぜならオルコットより織斑千冬の方が人気が高い。そして、カリスマを持った姉と一緒に住んでいるのだ、オルコットが霞んで見えてもしょうがない。

 

「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを動かせると聞いてましたから少しくらい知性を感じさせるか礼儀さをわきまえているかと思いましたが、期待はずれでしたわね」

「俺に何かを期待されても困るんだが」

「ふん。そうやって何時までも周囲の期待を裏切ってればいいですわ。まぁでも、わたくしは優秀ですから、あなたの様な人間にも優しくしてあげますわよ。

ISの事でわからない事があれば、まぁ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよろしくってよ。何せわたくし、教官を倒したエリートですから」

「あれか? ISを動かして戦うってやつ?」

「それ以外に入試ってありまして?」

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

「……え?」

 

オルコットの反応は正常だと思う。少なくともIS初心者の俺はその教官に勝てなかった。

 

「さっきーはどうなの?」

「蠅のように飛んで逃げ回り続けて、一度も反撃できずに撃沈」

「わたしはふらふら飛んでいる所にグレネードとかフルメタルジャケット弾(貫通力の高い弾、円錐と円柱を合わせた形の弾と思ってくれればいい)とか集中砲火でぜんそーんー」

 

ぜんそーんーって全損? 全壊ではなく? どっちもかなりヤバいけど

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが?」

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

ピッキ

まるで我慢できないらしくオルコットの手は握られており小刻みに震えている。そんなに自分が一番でないと我慢できない性格なのだろうか?

 

「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」

「いや、知らないけど」

「そっちのあなた! あなたも教官を倒しったって言うの!?」

「いや、負けたぞ?」

「ふ、ふん! 所詮男なんてその程度でしょうね」

 

そんなに俺を格下と見下したいか。いや、俺は地位も名誉、力もない高校生だけど……それでも俺はここに学びに来ている。だからいつか強くなって、その顔に泡吹かしてやると決めた。

 

そこで予鈴がなりみんな席に戻っていく。

 

 

「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する。……いや、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めておかないとな」

クラス対抗戦? ISを使った実技競技なのだろうか?

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会の出席……まぁ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差ではないが、競争は向上心を生む。一度決まると1年間は変わる事がない。自薦他薦は問わない、誰かいないか?」

 

いっそみんなで戦えばいいんじゃねぇの? 今の俺ら試験時の戦闘ログを見ているわけじゃないし、やる気のある奴ならそこで力を発揮しようとするからいい事づくめではないか。

 

「はい。織斑君を推薦します」

「私もそれがいいと思います」

「崎森君はちょっと……あれだね、目立たないしね」

「やっぱカッコいい方が絵になるよね」

 

はっ! どうせ俺なんて……目立たない! 趣味がオタクっぽい! ブサメンですよ!

それに仕事押し付けられるの嫌だし、いいもん。

 

「お、俺!?」

どうやら織斑もやりたくないらしい。だが残念。多数決で君はもうクラス代表決定なのだよ。

俺の身代わりになるといいわ、ケケケ。

 

「織斑。席につけ、邪魔だ。さて他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょっ、ちょっと待った! だったら俺は崎森章登を推薦する!」

 

なっ! こいつ俺に矛先変えあがった。おそらく織斑は同じ男子がもう一人いるだろ! 

と思っているのだろう。周りから「辞退しろ」みたいな視線が向けられていると思うが、俺だってやりたくねぇよ。くそだったら他の奴に推薦してやる。

 

「だったら俺は―――」

「納得がいきませんわ!」

机に手を叩いて立ちあがったオルコットは険しい目をこちらと織斑に向け声を荒上げる。

 

「その様な選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんて言い恥さらしですわ! わたくし達に、その様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

まぁ、ど素人が再来週行われる戦闘でどうなるかなんて一目瞭然だろう。逃げ回った挙句撃破。試験時の様な結果に終わるに違いない。

 

「実力から言えばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で推薦されては困ります! 知識がなく素人同然なサルと何も取り柄がないサルを推薦しないでください! わたくしはこの様な島国までIS技術の修練に来ているのであって、動物園に来たわけでも、サーカスに所属する気も毛頭ございませんわ!」

知識がないサルは織斑で何も取り柄がないサルが俺か。まぁ、的を抜いているな。そんな奴がクラス代表に選ばれたって誰も歓迎しないか。いや、織斑は人気があるからまだいい方か?

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべきもの。そしてそれはわたくしですわ!」

凄い自信だ。大体人って言うのは心のどこかで不安を抱え尻込みするものなのにオルコットは、そんな不安などださずに堂々と宣言している。

お前らは弱い。だからわたくしが導いてやる、とここにいる全生徒に向けて言い放っている。俺の勘違いかもしれないが、頼もしい奴と思った。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけない事自体、わたしにとっては耐えがたい苦痛で――――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

……は?

「な!?」

織斑は日本で現在すくなくっている愛国心主義者なのか? 自分がサルだと言われている時は言い返さなかったのに、日本が侮辱された途端、オルコットに言い返した。

まぁ、オルコットも織斑に愛国心がないと思っていたらしく驚いて……いなかった。その顔は怒り心頭で顔が真っ赤になっている。対して織斑はやってしまったと後悔しているようだ。

 

「あ、あ、あなたねぇ! わたくしの祖国を侮辱していますの!?」

いや、最初に侮辱したのはあなたですけどね。

 

そして、織斑とオルコットは視線で火花を散らせそうになるにらみ合いを始めた。オルコットは何か思いついたらしく織斑に向って指をさし言い放つ。

 

「決闘ですわ!」

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

お前ら戦国時代の騎士か? 武士か? 

まぁ、これで現在どちらが強いかはっきりするのだからクラス代表を決めやすい。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い、いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」

「そう。何にせよどちらが上かはっきりするいい機会ですわ。まぁ、わたくしの方が上なのは確かめるまでもない事ですけど」

「そうかよ、だったらどの位ハンデつけるんだ?」

「あら? さっそくお願いかしら?」

「いや、俺がどの位ハンデつければいいのかなーと」

 

と、織斑がそんな事を言った時クラスからドッと爆笑が起きた。

「お、織斑君、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かった時代はもう過ぎてるよ?」

「織斑君は、ISを操縦できるだろうけど、そんなに長く乗っているわけでも直接ISに関わってきたわけでもないでしょ?」

 

そう言われて織斑が天を仰いだ。どうやら馬鹿な事を言っている事に気付いたらしい。確かにISは旧世代兵器(戦車、戦闘機)と1対1で戦闘した場合、初心者でなければ5分で形が付くくらいに性能に開きがある。

 

「じゃあ、ハンデはいい」

「ええ、そうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわね。ふふっ、今の時代に男が女より強いだなんて、かなりのジョークセンスがおありよ貴方」

笑っている。苦笑の類ではない。あざけ笑っているのだ。お前が強いことなどあり得ないと。実際そのとうりだろう。

英国のエリートVS極東のサルでは話にもならない。

 

「ねぇー、織斑君。今からでも遅くないからさ、ハンデつけってもらったら? なにも出来ずぼこられるだけだと思うよ?」

「男が一度言いだした事を覆せるか。ハンデはなくていい」

「それはいくらなんでもISと代表候補生を舐めすぎだよ。ネットとかで知らないの? セシリアはIS使わずに狙撃銃で2km先の的のど真ん中に当てる事が出来るんだよ?」

 

狙撃銃の最大射程距離(弾が届く距離)は約5km。有効射程距離(敵に致命傷を押させられる距離)は約1~2km前後。ISが軍事利用されるようになって旧世代兵器にもISの技術が転用されることになったがそれでも2kmの的に当てると言うのは尋常な腕ではない。

まず、弾丸は絶対に真直ぐには飛ばない。要員としては3つ。

 

弾丸の要因(弾の種類によって空気抵抗や飛行速度が変わる。狙撃銃に使われているのは恐らくだが308ウィンチェスター弾などの一般復旧していた弾ですら初速840m/sという速さを持っている)

銃の要因(反動や砲身の長さ、重さ。砲身が長いほどいいと思ってたら大間違い、砲身によって弾は回転されながら放たれるが長すぎると逆にその回転に悪影響が出てしまってうまく飛ばない事もある)

環境の要因(風向き、湿度、重力。更に1発目と2発目では砲身温度が違うためずれが出てしまう)

 

これらをすべて把握し、計算し、撃って的に当てる。ゴル○13、シモ・ヘイ○さんマジすげぇ。

 

「さて、話はまとまったか? それでは3人には一週間後の放課後、第三アリーナにて試合をしてもらう。オルコット、織斑、崎森は準備しておけ。特に後者は恥をかかないようみっちり勉強しとけ」

 

なんで俺も試合しなければならない? 口論していたのはこいつらだろ?

 

「織斑先生、なぜ俺も試合しなければならないのでしょうか?」

「クラス代表者を決める試合だろう? さっき織斑に推薦されたではないか」

「辞退します」

「だめだ。それに他人に期待されたのだからそれに応えられるようにはなれ。例え不純な、自分がやりたくないからと他人に押し付ける様な期待でもな。では授業を始める」

 

そんな、横暴な。

とりあえず織斑が俺に向って手を合わせてはいるが許さん。オルコットにぼこぼこにされるがいい。

 

「とっとと教卓の方を見ろ。馬鹿者が」

ゴッチン! と織斑にゲンコツが下った。いい気味だ。

 

 



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3話

「……さて、どうすりゃいいのか」

俺にも飛び火した1週間後のクラス代表を決める試合に俺も参加することになった。目の前にいる頭抱え、俺をその試合に巻き込んだ厄介者、織斑一夏がいる。

 

「ほんとどうすりゃいいんだ。おい、織斑」

「巻き込んだのは悪いと思っているけどさ、章登はあんなにボロクソ言われてむかつかないのかよ」

「悪いけど織斑みたいに愛国心とかねぇんだ。それにオルコットが言っている事はあながち的外れでもねぇぞ」

「はぁ? 自分がサルとか言われてそれが正しい?」

「さっきまで参考書や教科書みて意味が解らないとつぶやいていた奴のセリフとは思えねぇんだが? 後、参考書を電話帳と間違えて捨てるとか本当にサルかと思ってしまうぞ普通は」

「うっぐ……それは……」

 

放課後の教室で男子2人を取り囲むように女子が居る。確かにここは動物園で、サーカスだ。俺らは見世物。観客は女子。一応同じ人間に属すはずなんだがな。

 

「ああ、織斑君、崎森君。よかったまだ教室にいたのですね」

山田先生が女子の壁を割り込みながら入ってきた。その手に持っているのは片方に書類、もう片方に鍵だろうか?

 

「はい?」

「なにか?」

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

そう言って渡される。寮の規則事項が書かれた書類と鍵を俺たちに渡す。

ここIS学園は全寮制。生徒は寮で生活しなければならない。なぜかと言うと、例えば開発、研究部の人はその知識を狙われやすい。誘拐され持っている技術が悪用されない様、学園が保護している。確かに俺たちは狙われやすい。企業なり、テロリストなり、男性でISを動かせる事が分かれば女尊男卑の世の中も変わるだろう。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったんですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な措置として部屋割を無理やり変更したらしいです。……二人ともその辺の事政府から聞いていませんか?」

最後の方、俺達だけに聞こえるように織斑の耳の近くまで行き、織斑の席の隣に立っている俺に隠れるように耳打ちしてきた。

「君を保護する。といってホテルに監禁する事でしょ?」

「それは仕方なのない事だったと思います。自分達の守りやすい所に連れて行くというのは」

「わかってますよ。この部屋割だって仕方なかったんでしょ?」

「はい。……そう言うわけで、とにかく寮に入るのを優先したみたいです。一ヶ月もすれば用意できますから、しばらくは相部屋とどこかに泊めてもらうしかなかったので」

「……あの、山田先生、耳に息が掛ってくすぐったいのですが……」

 

確かに俺は立っていて離れているためくすぐったいなんて思わない。そんなおいしいシチュエーションなんて生まれてこのかた経験したことなんてない。なんというか織斑はラッキーシチュエーションに恵まれているようである。うらやましいな、おい。

 

「あっ、いやっ、これはその、別にわざとやっているわけではなくてですねっ……」

そこでカーッと顔を赤く染める先生。なにこの人かなり反応が面白い。

 

「いや、わかってますけど……。それで、部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できませんし、今日はもう帰っていいですか?」

「あ、いえ、荷物なら―――」

「私が手配をしておいれやった。ありがたく思え。といっても生活必需品だけなんだがな。着替えと携帯電話の充電器があれば十分だろう」

「ど、どうもありがとうございます……」

麗しき姉弟かな、俺の家族は絶対にそんな事はしないと思う。特に義理の妹は。

 

「それと崎森、これを持ってけ」

そう言って渡されたのは寝袋であった。

「なんで寝袋?」

「ベッドの数が足りなくてな、それしか用意できなかった。まぁ、最初は寝づらいだろうが慣れるしかない」

「おい、織斑(弟)ベッドと寝袋、交換しようぜ」

「いや、俺も疲れているからベッドで寝たい。って、一夏でいいぞ、織斑じゃかぶっちまうし」

「……まぁ、そのうちにな」

なんでか名前で呼ぶって勇気いるよな。それだけ親しいってことになるだろうし。それにこんな決闘じみたことに巻き込んでくれて少々苛立っている。

 

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。寮の一年生用食堂で朝食、夕食をとってください。学年ごとに使用時間が限られている大浴場があります。けれど二人はまだ使えませんので個室にあるシャワー室を使ってください。」

「え、なんでですか?」

こいつもそれなりに女子に興味があるらしいが、まさか一緒に入りたいとは思わなかった。羞恥心とかが欠落しているのか? 俺は目が細くなり視線の温度が若干下がる。

 

「意外と大胆だな」

「え? なにがだよ」

「アホかお前は。まさか女子と風呂に入りたいと思っているのか。もしそう思ってるならみっちり今日社会ルールについて教えてやる」

「い、いえ、入りたくないです! 思ってないです! 結構です!」

 

 

「ええっ!? 織斑君、女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題の様な」

山田先生からの変化球が来た。いくらなんでもそれはない。やはり先生は病院に行くべきだと思う。妄想するのはいいがそれを言葉に出してしまうってどうなのよ? 

周りで見ている女子達はその会話だけを聞いていたらしく、ざわつき始める。

 

「え、織斑君、男に興味があるの? なんて非生産的な」

「いえ、それはそれでありよ。でも相手ああいうのでぱっとしない奴が1人しかいないんじゃ」

「いや、ぱっとしない奴がイケメンに出会い惹かれあう。ストーリーは織斑君が崎森君を助けた所から物語は始まるのよ」

「うぉぉおお、みなぎってきた! 今月の内容はそれで決まりね!」

 

……えぇ。織斑×俺とか吐き気がする。俺は普通に女の子がいい。出来ればかわいらしい自立が出来てしかも気遣ってくれる人。ってか、あんたらも病院行ってきてくれ。いや、むしろ病院が来い。

 

「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。二人ともちゃんと寮に帰るんですよ。道草食っちゃだめですよ」

ええー。探検とかしちゃダメなの? まぁ、今日はいろいろあって疲れているから教本みて寝るとしますよ。

校内地図が靴箱の入り口に張ってあったりするのだが、各種部活の部室、ISの訓練や模擬戦を行うアリーナ、ISの整備室や開発室などいろいろあり想像が止まらない。やっぱSFみたいに何重ものモリターがあったり、強化ガラスで区切らせた実験室などもあるのだろうか。

まぁ、探検するよりもまず1週間後の試合にむけ力つけなければならないのだが。

 

「はぁー……前途多難だな」

「お互いきつい状況だけどがんばろうぜ」

「……まぁ、やるだけやってやる」

寝袋を抱え寮へと歩き出した。とりあえずお前の寝心地は高級ベッドには及ばねぇだろうが今日はありがたくお前に頼らせてもらう。

 

 

「1034……034……かなり端まで来たな」

一体ここの寮はどういう順序でどういう配置にしているのだろう。寮の外見を見てみたが、かなりでかい。そりゃ全生徒を収容できるだけの数にしないといけないのだから大きくなるのは仕方ない。しかし、どこかの高級マンションみたいにかなり広い。まぁ、それで相部屋になっているのかもしれないが。出来ればプライバシー尊重してほしいな。

あと、織斑と与えられた部屋が違った。男子の数が少ないのだからそこにまとめるしかないように思えるのだが、どうして別々にしたのか先生方なりに考えているのかもしれない。万が一に襲撃されて誘拐されそうになってももう一方が残ってればいいとか。

 

「ここか」

今日から自分が居候する部屋にたどり着く。

部屋番号を確認しノックを2回してから返事があるか確かめてみる。するとこちらに向って「ちょっとまっててー」と声がする。ドア越しに聞いたがどこかで聞いたような声だ。どこで聞いたのか思いだそうとするとドアが開かれ、答えが出てきた。

 

「……え!? 崎森!? なんでここにいんのよ!? ってか、あっち向いてろ!」

谷本癒子が出てきた。中学時代の友人であり、クラスメイト。しかし、今はIS学園の白を基調とし赤いラインが入っている制服ではなく。バスタオル1枚巻いた遭われもない姿だった。髪は濡れており、湿気を含んだ肌がつやっぽい。眼福……であるのだろうが顔は混乱した後、怒りを浮かべこめかみに眉毛が寄る。

言われた通りに反対側を向き何分か待つ。他に同居人が居るらしく、何やら話し声が聞こえるがさすがにわからない。

 

「もういいわよ。入りなさい」

「はい」

まだ怒っているらしく、声が固い。

部屋に入って大きなベッド2つに目がいきそこで珍妙な生物を発見した。黄色のフードが付いたパーカーを着ている女子が居るのだが、フードに動物を模様した耳となにかたるんだ目が縫い付けられ、かなりの虚脱感に見舞われる。

 

「あれ~? さっきーだ~」

よくよくフードの中にある顔を見てみれば教室での俺の席の隣にいる布仏本音だった。

 

「で、なんで私たちの部屋に来たの?」

シャツとデニムのホットパンツに着替えた谷本は不機嫌そうに尋ねてくる。いくら知り合いだからと言って肌を露見させる事に抵抗があるらしいが、今の恰好だって生足がまぶしいです。

 

「いや、渡された鍵の番号が1034だったんだけど?」

そう言うと、谷本は一度外に出て部屋番号を確認し、今度はポケットから鍵を取り出しそこに書いてある番号を確認し、さらに布仏の鍵番号を確認し、ため息をつく。そんなに俺と一緒な部屋が嫌か。

 

「まぁ、仕方ないね。なんで織斑君と一緒な部屋じゃないのか気になるけど」

「学校のお上の方で何かあったんじゃねぇの? 俺より織斑の方が人気高いし」

「わたしはさっきーが同室になってくれてうれしーよー。ふふふ、今夜はガンダ○考察、語りで決まりだぜー」

「ああ、布仏がどの位の知識を持っているか見せてもらおう!」

「のほほんって呼んでよ。せっかくのルームメイトとなんだから~」

「っていうか崎森、あんたそんな事している暇あるの? 一週間後には代表候補生と試合でしょ? 知識なり、技術なり磨かないとやばいわよ」

 

谷本が目を細め大丈夫かと問いかけてくる。大丈夫じゃない。大問題だ。

特訓と勉強が今の俺の課題です。

 

「出来れば教えてください。面倒とか邪魔になるとかでなければ仕方ねぇけど」

「仕方ない、ここは成績優秀な私が教えてしんぜよう」

「私も機械関連なら結構詳しいよ~。きっと役に立つこと間違いナッシングー」

「お手柔らかに」

 

教本を広げ、3人で談笑を交えながら知識を頭の中に染み込ませていく。

 

「そう言えばオルコットってどういう風に戦うのかわからねぇのか? 予備知識があれば対策とかできると思うんだけど?」

「モンドグロッソの世界大会の記録とかならあると思うけど、個人の戦闘ログはないと思うわよ? 代表候補生が使うISって実験機や試作機の意味合いが強いから国で情報規制とかされていると思うし、IS学園内でも専用機で戦うのは一週間後が初めてになるだろうからその時までわからないし」

「でもどういう武器使うかぐらいは分かるよ~」

教本から目を離しのほほんの方に顔を向ける。敵の情報、自分の情報がしっかり把握していれば、自分に何が出来て、何が出来ないのか。相手は何が出来て、何が出来ないのか。それらをわかる事で弱点を攻める事が出来る。

 

「え? なんでわかるの?」

「国ごとに兵器や機械には方向性があるように、ISにも方向性があるのです」

「兵器のコピペでアメリカは「必要なのはわかるが、なぜそこまで大量に作るかわからない」って感じで?」

「そうそう、イギリスだとエネルギー効率やレーザー照射機が発展してるの~。だからエネルギー武器全般、レーザー、荷電粒子砲、プラズマ、マイクロ波なんかのThermal Energy(温度エネルギー)系統の兵器になると思うよー」

「よくまぁそんな兵器を採用したなイギリス、確かあれってレーザー出すより、冷却機に電気回さないといけないんじゃなかったけ?」

「それはもう昔の話、今は液体窒素か何かの冷却材を使って連射すら可能なの。それに試作機とはいえ全く使えない武器を搭載するわけないじゃない。それにイギリスは島国だから海軍に力を入れているのかもしれないし、あれって海の水も冷却材代わりに出来るらしいわ」

 

そりゃそうだ。しかし、エネルギー兵器ならかなりわかりやすい弱点がある。

「確か湿度や熱対流、砂嵐なんかの環境の変化で分散しやすいんだっけ?」

「そう、それに弾の飛行距離減衰も大きいの。でも戦うアリーナは上昇距離が決められていてそれ以上高く飛ぶと強制的に負けになる。もしくは屋根を展開して屋根にぶつかることで阻止も出来るんだけど、そうなると今度は上の逃げ場がなくなっちゃうから難しいとこだよね」

 

「…………………なぁ、こういう作戦はどうだ?」

俺が考えた作戦を話す。素人の考えだし否定されるかと思う。しかし意見を言わなければならない。ここには自称優秀と自称機械精通者がいるのだから作戦にアドバイスが欲しい。

 

「それならエネルギー兵器は弱くなるけど下手したら自分も動けなくなるわよ?」

「それに残弾、周囲の状況にも気を配らないとだねー。それに決め手がないからもうひと押し何かあるといいんだけどー……」

 

「うーん」

どうやら着眼点は良かったのだが技術的に無理、もうひと押し何かが欲しいと言われた。それなら技術的に上げるのはIS操縦を身につければ一つは解決なのだが、決め手と言われると少し考えなくてはならない。

それに、一週間程度で自分がどれだけの技量にまで達する事が出来るのか。まぁ、付け焼刃でも頑張ってみよう。

 

「ISの操縦訓練は明日にして、今日は決め手を考える事にしますかね」

「いや、私たちも思い浮かばないわ」

「そうだね~。素人、知識が半端、対して熟年者、知識が豊富じゃどうしようもないね~」

 

ええ、俺はよわっちぃスぺランカーだよ。きっとレーゼー一発あたっただけで戦意喪失するだろうよ。平和ボケした高校生に銃撃戦しろとか土台無理話ですよっだ。

 

「だから劇薬が必要だと思わない? ゆーこー」

「そうね、でも劇薬って?」

「ふふふ、こんな時こそ頼れる先生!」

「……ごめん頼んでおいて何なんだけどいやな予感がするのは気のせい?」

「大丈夫、気のせいじゃないよ」

 

 

 

 

「もっと走れのろま! 亀の方が俊敏でしかも息切れなんてしないぞ! お前が頼んだ事なのだ! 気合いと根性入れろ! 玉無しが!」

「はぃぃいいい」

夕日が落ちかけ、空が紫色と赤、青と黒のコントラストを生み出している頃、俺は砂袋を背負い走っていた。

 

ジャージとメガホンを持ち、どこかの体育教師の姿をしているのが織斑先生。一年寮の寮長でのほほんが強い人に習うのが一番! と言う事で寮長室に出向いた。

それで、織斑先生が

「IS操縦の向上の仕方やテクニックや基本機動以前にお前は体力がない。ISは体の延長と言う感覚が一番合っている。だから体力をつけないと話にならない。ああ、お前は心が脆そうだからな。私も今暇だし、ついでに精神力も鍛えてやる。ん? 何をそんなに震えている? 貴様は私に頼みこんできた、ならば私も答えてやるのが教師の役目だろう?」

「はい、ありがとうございます……」

あの時の織斑先生は目を光らせ徹底的にしごいてやろうという目、どSの眼をしていた。

 

まぁ、そんなわけで織斑先生に教鞭を取ってもらう事にしたのだが、うん、約30キログラムの砂袋を背負ってのグラウンド無制限マラソン、そろそろ5周目に入る。正確な距離が解らないためよくわからないがたぶん一周5km ぐらい。

 

「ペースが落ちてるぞ! お前を応援してくれている二人に申し訳が立たないと思わんのか! もっと速く走れ! こののろまが!」

「はぁ、お、お、はぁ、っす」

返事も途切れ途切れになってしまい。足に針が刺さっているように痛い。辛い。けどやめられない。だってここでペース落としたら絶対殴られる。それに、周りで様子を見ている女生徒に侮られたくない。

 

「ああ、やはり織斑先生はわたしの女王様」

「あの子はさしづめ働きアリね。一生誰かにこき使われる立ち位置なのよ」

「そうね、顔もよくないし。せいぜいこき使ってあげましょうか」

「さすがにそれはやめましょう? それに織斑先生の奴隷は私がなるわ」

「ずるい! 優しくして入れ替わろうだなんて! 私も織斑先生の特別授業受けたいのに!」

「私だってはいりたいわ!」

「私も!」

「私だって!」

じゃあ走れ、話はまずそこからだ。

 

 

「そこの生徒達! 訓練に参加したいならとっとと走れ! グラウンド100周でも、1000周でも、時間がある限りは付き合ってやるぞ! ただし今やっているのは無制限ランニングだ。何時までも走ってもらうぞ!」

そう言われて飛び火するのが嫌なのか散り散りになっていく女生徒達。走っている俺はもう見えなくなっており気付かなかったが、それでも残っている生徒が居た。

谷本癒子と布仏本音であった。

 

「お前たちは走らないのか?」

「いやぁ、どうせ動けなくなると思うんで持って帰る奴が必要ですよね?」

「うん、なんだか舐められたくないって顔に出してるしねー」

「しかし、そろそろ寝かしとおかないと明日ガタが来るだろうな。教師としては授業にださせなければならないしラストにしようか」

 

メガホンを口に当て、どなり声の様な激励を飛ばす。

「そらラストだ! せめて最後ぐらい全力で走ってみろ!」

そう言われもっと速く走ろうとするが、全然スピードが上がらない。もどかしい自分の足に重りが、鎖が巻き付いているように重い。だが、走る。止まってしまったら流れが止まってしまい。もう走る事が出来ないようになってしまうと本能が教えてくれる。

そして、織斑先生が立っているラインにまで差し掛かったその時、こけた。もう足が限界だったようだ。立ってすらいないのに小鹿のように足が震えている。

 

「じゃあ、その袋は戻しておけよ? そして明日授業に遅れないように!」

そういって織斑先生は寮の方に向って歩き出す。白いジャージも闇に溶け、見えなくなってしまった。

残っていた二人が駆け寄って来る音が耳に届く。少し心配そうに眉毛をハの字に曲げ、膝を折る。

 

「大丈夫~?」

「盛大にこけたけど怪我なんてしてないよね?」

息を整えながら、少しでも口が声をだせるようにするが、呼吸困難な患者よろしく、口を大きく開け夜の涼しくなった空気を明一杯吸い込む。そして、2分ぐらいったった時やっと声が出せた。

 

「…………足は痛い、手は少し擦り剥けた、なんにも食ってないのに吐きそう、辛い、泣きそうになる、声をだすのもつらい、なんでこんなことやっているのかと疑問に思ってきたけど……まだ動ける」

そうだ、まだ動く。せめて砂袋を元の場所に戻し寮に帰り、寝袋に入る所までは行けるはず。じゃあ、後は実行するだけ。

 

「うん、がんばれ男の子」

「これからも応援するよ~」

その声を聞いただけで、ほんの少しだけ、力が出た。

 

 

 

「…………」

「ジー……」

声に出さないでくれ。

俺はベッドの下の床に寝袋を敷いて寝ている。谷村、のほほんのベッドに並ぶようにして寝ているのだが、目覚めた時に上から俺の顔をのぞき見るのほほんの顔が見えたというわけだ。俺の顔にはなにも付いていないはずだし、また面白くもないはずだ。

 

「えっと、なに?」

「んー。サッキーって寝顔すっごくかわいいなぁーって」

かわいい? 俺はかわいくないのは自分でもわかっている。鼻は低いしそのせいで少し鼻の穴が大きく見えてしまっていると俺は思うし、髪だってくせ毛だがウェーブが掛っているわけでもない、むしろくせ毛が寝癖と思われだらしなく見えるらしい。目だって釣り目でちょっと嫌な印象を与えてしまう。細目にすれば、ピエロっぽく気持ち悪く見えるらしいが。谷本に初めは冷たい印象を抱いたと言っていた。だから、かわいいとは思えない。

「……あ、今そんな事はないって思ったね~、えーと、これ」

そう言ってのほほんが見せたのは携帯画面。そこには目を閉じ、涎をたらし、口を半分に開けた間抜け面の俺が居た。

 

「これはかわいいじゃなくてバカっぽいって言うんだよ」

「ええ~? かわいいと思うのに」

そう思うのはのほほんぐらいだと思う。ほかの奴が見たら笑いがおこること間違いなしだろう。

 

「ん~。何してんの?」

谷本が大きく背伸びをして、こちらに気付く。そして、のほほんの携帯画面に目がいったらしく、ブッっと首と腰を曲げ唇をタコのようにして唾を出してしまった。俗に言うフイタという笑い方である。ほら笑われた。

 

「ちょっと、のほほんの携帯何それ、傑作じゃない!」

「うん、かわいいでしょ?」

「かわいいよりも前に笑いが……ごめん、堪えられそうにない。あははは」

「どうせ、俺はおかしな顔してますよーだ」

立ちあがって、まくら代わりにしていたカバンの中をあさってシャツやパンツ、制服の着換えを取り出す。そして、個室に付いているシャワー室に向って歩き出そうとしたところで筋肉痛で顔がゆがむ。

 

「どうしたの?」

「いや、今からシャワー浴びるから、ちょっとこっちこないでくれよ?」

「あんたの体なんか気興味はない、あるのは今日の朝食はどのような物になるのかと想像を膨らませるだけよ」

「あっそ」

気付かれなかっただろうか? いや別に気付いたからどうというわけではないのだが心配させたくなかったのかもしれない。本当に俺運動不足だよな。こんな体たらくでISの操縦が出来るのか疑問が出てくる。

 

 

 

「痛そうだったね……」

「そうだけど仕方ないよ。ISを操縦するって大変なんだもの。下手に手を抜いたり、甘やかしたりしたら自分が危なくなるんだよ」

「うん。だから私達でサポートしてあげようねー」

「わかってるわよ。私達にかかればやせ我慢する男子も一流の操縦者に出来はず!」

「そのいきだー。おー」

 

 

 

 

 

「おーい、章登こっちだ、こっち」

寮の食堂で織斑が手を振りながらこっちに来いと言っている。しかし、隣に座っている篠ノ之? が俺を睨みつけてくる。こっちくんなと今にも言ってきそうである。無視しようとしたら、織斑が一度席を立ちこっちまで来て、一緒に食おうぜとかほざき出した。そうして欲しいなら隣人をどうにかしてほしい。

しかたなく俺は織斑の席の隣まで移動させられ、そこで食べるしかなかった。

 

「しっかし、ここは俺達を珍獣か何かと勘違いしているんじゃないのか?」

「人間を動物と定義し、かつ男でISを動かせるとなれば珍獣と思われても仕方ないと思うんだが?」

「いや、俺たちは人間なんだぜ? 珍獣扱いは嫌だろ?」

「日常化すれば織斑もこの学園に溶け込めるんじゃないか?」

「溶け込むまでに、頭と胃が痛ぇよ」

 

「ってか、お前の朝食サンドイッチだけじゃないか。ダメだぞ、朝に食べないと昼間で力が湧いてこないからな。ほら鮭の切り身やろうか?」

「洋食に和食は合わねぇだろうが。後、喉に通りやすいもの選んでいるんだよ」

サンドイッチを口の中に放り込み何回か噛んだそれを、お茶で胃に流し込む。うん、実に速く食べる事が出来る。そう言う風に次々と胃袋の中に何かを詰めていく。本当は何も食べたくないほど昨日体力を使って虚脱感に見舞われていたのだが、さすがに何も食べないでは本当にぶっ倒れてしまう。

 

「おいおい。そんな食べ方よくないぞ。チャンと噛んで食べろよ」

「時間があったらな。後お前は俺のかあちゃんか」

なんか、こいつの感性は年寄りくさく感じてしまう。きっと、趣味は盆栽を育てる事なのだろう。いや、さすがにそれはないか。

 

「……一夏、私は先に行くぞ」

「ん? ああ。また後でな」

途中から俺の介入が気に入らなかったのか、食事を済ませた篠ノ之はせっせと席を離れ食器回収の棚にお盆を載せ立ち去っていく。その後ろ姿は不満オーラ、私怒ってますよと雰囲気をかなり分かりやすく表していた。

 

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よくとれ! 遅刻したらグラウンド十週させるぞ」

それまで、俺ら(とくに織斑)を観察していた女子達が時計に目を向け授業開始時間がせまっていると自覚し、急ぎ出した。俺のように味噌汁や、お茶で強引に流し込もうとするやつもいるくらいだ。

 

「じゃ、お先」

「おいおい、薄情すぎないか」

「朝っぱらからグラウンド10周もできねぇよ」

そう言って俺は、部屋に戻り、鞄に教本、ノート、筆記用具を急いで入れ、忘れ物がないか確認し、教室に急いだ。

 

 

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアーで包んでいます。また、生体機能も補助する役目があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどがあげられ―――」

「先生、それって大丈夫なんですか? なんか、体の中を弄られてるみたいでちょっと怖くて心配になるんですけども……」

谷本がやや不安そうな顔で尋ねる。確かに俺が最初に触れた時、無理やり動かす知識を植えつけられたとも感じる。

もしかして、最初に触る時に情報をISから与えられているから動かせるのかもしない。男性の大多数は伝導率の悪い回線のように繋がりにくく、織斑や俺が特殊な体質を持っているだけなのかもしれない。

 

「そんなに難しく考えることはありませんよ。そうですね、例えばみなさんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出るということにはないです。もちろん、自分に合ったサイズのものを選ばないと、型崩れしてしまいますが―――」

その時、俺と織斑が目に入ったのか一度考え直し、数秒おいてからみるみる顔が赤くなっていき、しどろもどろになってしまいあたふたと慌ててしまう。

おっとりした人が慌てるとなんだか必死に逃げる小動物を連想してしまい、嗜虐心を刺激される。いや別に苛めたいわけではないのだが。

 

「え、えっと、いや、その、お、男の子はしてないですよね。わからないですよね、この例じゃ。ええと、成長して靴を買い換えなきゃいけないって言えばいいのでしょうか?」

山田先生は胸の前で腕組みをし、俺や織斑に胸を見せまいと必死になる。しかしむしろ服で隠れていない胸元からの谷間が一層深くなったように思えるのは気のせいだろうか?

 

「えっと……大丈夫だと思います。だから先生授業の続きを……」

「は、はいっ。それともう一つ大事なことは、ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話―――つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例してIS側も操縦者の特性を理解しようとします」

AI(人工知能)があって最適化したデータを作り部品を専門の機関で作ってもらう、とかではなく文字通り、ISが最適化し外見の装甲が変化する。その所がわからない、ISの装甲ってターミーネ○ターに出てきた敵の液体金属だったりするのだろうか? それ、後で先生に聞いてみよう。

「先生ー、それって彼氏彼女のような関係ですかー?」

「そっ、それはどうなのでしょう? 私には経験がないのでわかりませんが……」

マジでか。顔が悪い、ブスでもない、かわいい、小柄で頼りなく守ってあげようとしそうな人が出てきても良さそうなのだが。いや、山田先生の性格が男と付き合いたくないと思っているのかもしれない。気弱そうだから、何かされそうで不安になるとか。

しかし、周りは山田先生がうつむき顔が赤くなっているのを必死に隠そうとするのに対して、きゃきゃと恋愛話で盛り上がっている。年下の子と離れていても電話で連絡を取っているだの、休みに時々会いに行く予定だの、リア中爆発しろ。と条件反射的にだが思わずにはいられない。

そんな会話を途切れさせるように予鈴がなる

 

「では、次の授業では空中におけるIS基本動作をやりますからね。」

ここIS学園では俺が昔通っていた小学校のように担任が基本的なことを教えるらしく、理科のような実験が必要な実技、特別科目以外は担任が行うらしい。

だがしかし、小学校みたいに先生に教えられるだけではわからない部分も多い。そのためもう一度教本を開き読んでみる。織斑のほうは女子が詰めかけ質問攻めにあい困っているようだ。

 

「すげぇ元気だよな、女子って」

「ん~。誰だって興味のあることには積極的に知ろうとするものだよ~。で、空を飛んでいるときのイメージって基本的には角錐をイメージさせてそれを自身に例えて、動かしていくっていうのが一般的だけどー。ほらー矢印が動くのと、ただの丸が動くのとじゃ~スピードがおんなじでも速さが違うと思うでしょ~?」

「そういうものなのか? 俺の中じゃジェットエンジンみたいに点火して一気に駆け抜けるとか、蝶のようにヒラヒラ舞うとかっていうのがあるんだけど」

「まぁ~、自分がやりやすい方向でイメージするっていうのがいいのかもね」

 

俺のほうは、女子なんて誰も来ていないため質問や、まだわからないところをのほほんに聞く事ができる。ジェスチャーや談笑を交えながら聞けている。しかも性格や、容姿が癒しキャラのように誰かに接するだけで心が軽くなり、安らぎも得られる。ただし、時々動く髪留めの黄色い鼠が疑問になって仕方がない。小型モーターでも内蔵しているのだろうか?

 

「なぁ、のほほん。その髪留めって何かしらの機能とか付いていたりとかする?」

「えー? 特殊な機能とかないよー。ただかわいいから身に着けているだけ~」

それは嘘だろう、だって今会話しているときもまるで痙攣しているような小刻みがあったし、それにのほほんの声に反応するように動いている。気になって仕方がない。誰だって不思議なものがあったらそこに興味が出てくるだろう?

 

そうしているうちに休み時間が過ぎ、織斑先生、山田先生が教室に入ってくる所で、俺と織斑、オルコットの一週間後の試合について説明を受けた。

「ところで、織斑、崎森。お前達のISだが準備に時間がかかる」

「へ?」

「学園の訓練機使えばいいんじゃね?」

「いや、データ収集用の専用機を用意しているらしい。しかし同時に2機も専用機が用意できないため適性が高い織斑が専用機、崎森は学園の訓練用ISにデータ収集機を付け専用機にしてもらう」

「データ収集を目的にしているって、なんて言うか戦闘能力がなさそうなんですが?」

「その辺は問題ない。小型のUSBメモリーくらいに抑えるらしいからな」

「???」

織斑は俺達の顔を見るために後ろ前を交互に見ているが、何やらわかっていないらしくアヒルのように口を開け、困り顔でいる。それに、俺たちに専用機が与えられる事が驚きなのか、嫉妬なのか、教室中が騒ぎ始める。

「せ、専用機!? 一年の、しかもこんなに早い時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出るってことよね? 支給金いいんだろうなぁ」

「まぁ、データ収集じゃ仕方ないよね。特別な措置ってわけだし」

「あーあー、私も専用機早く持ちたいなー」

 

「専用機を持つ事ってそんなにすごい事なのか……?」

「織斑君、ISに使われているコアが467個しかないの。で、専用機っていうのはそのコアで動くから本当にすごい人、エリートぐらいにしか与えられないの」

「しかも、特殊で珍しい金属でできているらしくって、コアの発見者でありISの開発者の篠ノ之博士も全貌を把握していないブラックボックスらしいよ。それに10年間、似たような金属を作る事が出来ても、まだISのコアの様には出来てないらしいけど」

「加工も篠ノ之博士くらいしかできないらしくて、今は各国家、企業、組織、機関で割り触れられているコアを研究して解読していくしかないの。更に言うならコアの取引もアラスカ条約で禁止されているらしいの」

ここで引っかかる事が出てきた。コアの467の数字を国家の193に割り振ってみるとあら不思議。一国家2.4の数字が出てくる。こんな生産性がない兵器が世界に復旧、採用されるはずがない。

 

「これって先進国が多く保有してるんだよな?」

隣にいる本音に聞いてみる。そうでもしなければ国の防衛力として維持できない。最高スペックの機体があったとしても、運用、コスト、整備性、維持能力がなければ話にならない。

 

例えば速い、固い、凄い火力を持ってます! ではただのチートだ。速ければ速いほど、重いならば重いほど、ふざけ威力を持つなら、それら使われる燃料は急激に消費され、部品は劣化が激しく、更に修理するのに専門の機関に行かなければならない、では運用性がないし金を喰らう。だったら別にISでなくともいい。兵器には過剰性能《オーバースペック》は求められない。目標を達成する性能だけでいい。無駄な性能は金を落としてしまうだけだ。

 

「うーんー。正確な数字は分からないけど大抵そうだね~。資金面の問題もあるし」

「それでも、訓練や防衛に使うって言うともっと数が必要なんじゃねぇの?」

「今じゃなんとかISのエネルギーを溜められる合金ができてIS学園の訓練機に使われてるよ~。でも、それでも生産数が少なくて、エネルギーをためておくだけで、1時間しか起動できないんだ~。しかもIS全体を量子化して待機状態にしておくことが出来ないんだよ~。せいぜい武器5つくらいを収納しておくことが出来るくらいなんだよね~。」

 

ISのコアから何かしらのエネルギー(シールドエネルギーや量子化を可能とするエネルギーなど)が出ており、最近になってそのエネルギーを溜めておく金属が出来たがそれも、ISのコアをつかったISとその金属を使ったISとでは劣化している。

ISのコアは発電機と解釈すれば、劣化ISでも兵器としての運用が出来る可能性も出てくる。

現在は、ISのコアから発生されるエネルギーを特殊な合金にどのくらい貯めておけるか、ISのコアの複製が最優先されているらしい。

 

誰だって未知のエネルギーって聞くと冒険心がくすぐられるのだろう。

 

「あの、先生。篠ノ之さんて、もしかして篠ノ之博士の関係者なのでしょうか?」

そう言われてクラス全員が黒の髪をアップテールにした目つきの鋭い窓際にいる女子、篠ノ之を見る。しかし聞き耳は先生のほうに向けみんな注目していた。

確かに篠ノ之なんて名字はめずらしい。妹だろうか?

 

「そうだ、篠ノ之はあいつの妹だ」

やはりか。と思ってそこで終了ではないらしく、驚きと、好奇心の声がクラス中に響き渡る。

「えええーーー! お姉さんなの!?」

「篠ノ之博士って今行方不明で世界中の政府や企業が捜してるけど、連絡とか取ってないの?」

「やっぱISのことについて篠ノ之博士から何か聞いてたりする?」

「篠ノ之さんも天才だったりするの!? 今度ISについて教えてよ」

 

「あの人は関係ない!」

それまでの喧騒がいやでいやで聞きたくないらしく、そんな会話が続かないように大声をあげる。質問していた女子たちは金魚の目のようにぱちくりと目を開けて驚いている。

「……大声を出して済まない。だが、私はあの人じゃない。あの人のことも何も知らない。教えられることもない。私を天才の妹だと思わないでくれ」

そう言って、篠ノ之は不貞腐れたようで顔を窓の外に向けてしまった。女子たちは盛り上がっていたところでいきなりのことが起きて少し混乱し、不快な顔をしたが、次第に興味がなくなったのか、事情を察したのだろうか、教卓のほうを向き始めた。

 

優秀な姉と比べられたらそれは嫌にもなるだろう。そのせいで、クラスからのけ者にされたり。非難されたりしたかもしれない。そうなった元凶を嫌うという感じなのだろう。

 

「さて、授業の再開をするぞ。山田先生、お願いします」

「は、はい」

そうやってなんだか落ち着かない、まるで好奇心や不快な空気が混じり合う様な教室で授業は再開された。

 

 

 

午前中の授業が終わり、午後の授業に向け昼食を摂るために弁当をカバンから引き出す者や、学食を売っている食堂に向かう者、が教室から出ていく。俺も食堂に向かおうとしたのだが。

「やべぇ、財布忘れた」

そう、財布を忘れてしまった。それは死活問題だ。急いで部屋まで行って取ってこなければならない。

「さっきー、学生証見てないの?」

「学生書? 入学式に入る前に渡されたこれのことか?」

そういってカバンの中に放り込んでおいた赤茶のメモ用紙サイズに天使を象って盾形に収まっているエンブレム、校章が貼ってあるやつを取り出す。

「うん。その23ページ目に『学校内における学費、教材、最低限の生活用品、食事、研究、維持費は日本政府、協定参加国が援助、資金を出す』って書いてあるよ~」

確かに書いてあった。つまり俺は日本やほかの国の税金で食っていけるということなのか。大丈夫か日本、特に財務省。まぁ、IS学園には技術公開義務があるからそれを使って国益守っているのかもしれんが。

 

「とにかく、ただでご飯が食べ放題なの~」

「神経図太いよのほほん」

「そう? むしろ世界を支えていく人材を育てていくんだから、優遇されても問題はないんじゃない?」

「谷本は心臓に毛が生えているだろうな」

「ひどっ、若き乙女に向かってそれはない」

「その表現はないね、さっきー」

二人の視線の温度が何度か下がって、俺の体を刺す。痛いです。

 

「章登一緒に食堂に行かないか?」

「ん? ああ、いいけど」

織斑もまだ残っていたらしく、食事に誘ってくる。まぁ、男子俺たちしかいないし、誘いやすいのだろう。

「他にも誰か一緒に行かない?」

と織斑が他の人を誘ってみる。ここで言う他の人っていうのはクラスメイトなんだが、女子に声かけるって結構勇気いらないか? 今日昨日知り合ったクラスメイト、しかも女子に声かけるのって。織斑ってフレンドリーなやつなのだろうか?

「はい、はいはいー!」と隣ののほほんが生きよい良く手をあげ立ち上がり

「行くよー。ちょっと待ってー!」と谷本も同意し

「お弁当持ってきてるけど行きます!」と……誰だろう? 鏡斑ナギさんだっけ?

とすごい人気っぷりだ。例え俺が同じように誘っても誰も来ないだろう。

イケメンか! そんなにイケメンがいいのか! となんだか悔しくも悲しい気持ちになってしまった。というか谷本ものほほんもイケメンの織斑がいいらしい。なんかすげぇ裏切られた気分。NTRた男の気持ちってこんな感じ? いや、付き合ってないけどさ。

 

「やっぱりクラスメイト同士仲良くしたいもんな。な、箒もそう思うだろ?」

と隣に座っている篠ノ之に声をかける。しかし、話しかけられている篠ノ之は鬱陶しそうに声を出す。

「……私はいい」

「まぁ、そう言うな。ほら行かないと時間なくなるぞ。立て立て」

「だから、私は行かないと―――う、腕をつかむな!」

そこで、織斑が篠ノ之の腕をつかみ強引に立たせる。それ今の女尊男卑の世の中じゃそれだけで痴漢だの誘拐されそうになっただの騒がれるんだぜ。まぁ、交番所で説教か慰められて終わるんだけど。前に肩にぶつかっただけでなんかガミガミと怒鳴られたことがあったが、「それなら警察行きましょか」と言ったら「そこまで時間ないし行ってもどうせあんたが悪いんだけど」とか言って急いでその場を離れた人とかいたのだが、単にあれはイライラをどこかにぶつけたかっただけだと思う。

「警察」の一言で大抵はこちらが悪くない場合は相手が下がってくれるので覚えておくといいよ。本当に警察呼ばれて困るのはあちらでもあったりする。最近の技術進歩は凄まじく、その人の手汗が誰なのかすらわかる。本当に痴漢していたのならその人の汗跡が多く残っているはずなのだから痴漢程度はすぐにわかる。ただし時間が2時間ほどかかってしまうけど。

男性の諸君。って何俺は回想しているんだ?

 

「なんだよ歩きたくないのか? おんぶしてやろうか?」

「なっ、話せ!」

織斑が言った言葉は挑発にも聞こえてしまう。そしてその言葉をそう受け取ったのかは知らないが、羞恥心か、怒りか、顔が赤くなる篠ノ之。そして織斑の手を引きながら肘を織斑の胸に当てた。その衝撃で織斑は倒れ、床の上にしりもちをつく。

その音で普通に会話をしていたほかの生徒たちが織斑、篠ノ之のほうを見る。しかし、織斑は気にしないらしく、いつもと同じような声を出した。

 

「腕あげたな」

「ふ、ふん。こんなものは剣術のおまけだ。おまけに負けるお前が弱くなったのではないか?」

そんなことを言っているが、その前に暴力振るう女ってどうなのよ? いくら鬱陶しいといっても。まぁ、怒ることを言った織斑も悪いんだが。

 

「えーと……さっきー」

「私たちやっぱり……」

「遠慮しておくね……」

どうやら、さっきの事で怖じ気たらしく、のほほんは早く行こうよと視線を俺に向けてくる。俺は織斑に視線を向けると、なんだか済まなそうな顔をしていたので食堂に急ぐことにした。

 

 

 

「本当に無料なのか」

「そうよ、無料よ、そして食べ放題なのよ」

「私は和食セットー」

「私は海鮮丼にしようかしら」

「じゃあ、俺は二バレラ定食」

生徒がそれぞれの食事を自動販売機のメニューボタンを押し、食券をカウンターの上に乗せる。かなり人が多く食事が出てくるのに長くかかると思っていたのだが、そんなことはなく5分足らずでお盆に乗せた食事が出てくる。ちらりとカウンター越しに見える厨房を見るとかなりの機材とスタッフがいることがわかる。どんだけ金掛けているんだ?

 

「えへへ、まずはご飯に味噌汁をかけまーす」

まぁ、九州地方での食べ方でねこまんまと言う手間いらずの食事だ。何もおかしいことはない。

「そして、卵と海苔を入れ混ぜ合わせまーす」

……ご飯にかけたりするものだから何もおかしくない。しかし、茶碗の中はかなりの泡や黄褐色のご飯、粘り気でなんだか気持ち悪い。

「最後に」

「……何を入れるんだ?」

「サケの切り身を投入~」

まさかサケ自身もこんな混沌化した茶碗に乗せられ、はしで身を砕かれ、掻き混ぜられるとは思いもしなかっただろう。哀れすぎるぞサケ。

 

「……なんか私食欲なくなってきた」

「……俺はサケがかわいそうになってきた」

「ぐりぐりぐ~り~」

まぁ、人の食べ方はそれぞれか。

 

 

「……ねぇ、そこのあなた」

「?」

食事をしている途中で突然声をかけられた。

振り向いてみると茶髪でショートなくせ毛の外側に跳ねた髪形をした女生徒がいた。リボンの色が赤色なので3年生ということがわかる。瞳が特徴的で大きくクリクリしていてチワワやリスなどの愛玩動物の人なつっこさやかわいらしさの印象を与えているが、何か強張っており、失望をしているような、前のほうがよかったような、口を四角にして目を横にずらした。俺の顔を見てからである。

「やっぱりさっきの方がよかったわね」

「いきなり何を言っているのかわかりません」

「さっきの男子にISのこと教えてあげるっていった手前、もう一人にも声かけないといけないって他の子が言っただけ」

多分、織斑目的で声をかけたのだが断れてしまったのだろう。

「で、ISの事教えてほしい?」

「操縦の事なら教えてほしいです」

「え、私たちは用済み!? そんなに新しい女がいいのね!」

谷本が驚いた顔をして俺に顔を近づける。ちょっとつばと食べ物が付着したんだけど。

しかし、ワザと言っているだろう。後半からその眼はからかってやろうという風に少したるんだ。

「違うって、ISの知識は教えてもらってありがたいけど俺はISの操縦技術は実際に乗ってやらないとダメじゃねぇか」

「まぁ、そりゃそうだけど」

なぜか谷本は口をとがらせたが、俺にはなんで不機嫌になるのかわからなかった。

「はぁ、あっちのこの方が箔がつくんだけどなぁ」

箔? 織斑のネームバリュー利用しようとしたのだろうか? まぁ、俺は昨日、織斑先生にしごかれ、情けない姿をさらしたから女子内の好感度パラメーターは下がっているのだろう。

 

「とりあえず放課後教員室前に来なさい。訓練機の申請書出さなきゃいけないんだから」

そう言って去っていく先輩。俺に教えることは不本意なのだろう。その足音は不機嫌そうに大きく鳴っていた。

「ま、織斑の何を利用しようとしていたのかしらねぇけど、こっちはこっちで教えて(利用させて)もらいましょうかねぇ」

「さっきーって私たちより神経図太くない~?」

失礼なことをのほほんが言っているがギブアンドテイクと言うやつだ。……あれ? 違ったけ?

 




3/27妹→義理の妹に変更


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4話

教員室で訓練用ISとアリーナの申請書を10枚ほど書き終えた時にはもう2時間が経過しており精神的な疲労が俺を包んでいた。しかし、運がいいことに第四アリーナが空いているらしくそこでの練習になったのだが。

 

「歩行と飛行はできたわね? じゃあ回避訓練を始めるわ」

「はい。って、なんだ!? そのでっかい砲台!?」

「ええ、私開発部に入って機械開発の方向に進んでいるんだけど研究成果が芳しくないからそのついで」

「ついでで俺が的?」

「ええ、私の研究のために星になるといいわ!」

 

そう言って引き金が引かれる。弾速がかなり早く、普通の弾丸の軌跡ではない。避けようとする暇も、盾を呼び出し防ぐ暇もなく腹に当たりくの字に体が曲がり吹っ飛ばされる。

今日食べたものが口から出てきそうになるが、そんなことはなくISの生体機能補助装置が働いたのかリバースはしなかった。そうして俺はリバウンドしながら転がりアリーナの壁に激突する。

 

「実戦で敵は止まってはくれないわ」

そう言って何やらエネルギーチャージを始めだした砲台。2本のレールがあることからSF映画、漫画などで現在かなり知られているレールガンなのだろう。銃のストックに当たるところには発電気なのかバッテリーなのかわからないが、かなり大型され全長がISの身長とほぼ同じくらいになっており、チャージが速いらいらしく次弾が発射される。今度は肩に当たってしまい訓練機の肩アーマーが破壊された。

 

「がっ」

「とっとと動いて避けなさい! でなきゃ風穴開けてやるわ!」

 

それから始まる一方的な展開。何とか避けようとするものの、かなりチャージが速く、1発目で機体の動きを止められ、2発目で直撃。例え当たらずとも超高速で飛ぶ弾丸が起こす振動波によって足を止められる。

それに、俺自身が未熟なせいで簡単に軌道が読まれ、速度も遅い。だから、まるであちらには動く的ぐらいにしか思ってないことだろう。どんどんシールドエネルギーが消費され動かなくなってしまった。

最初のISによる戦闘訓練は10分も満たなかった。

 

「これじゃ、性能テストにもならないわ」

「はい。すいません」

「もっと体鍛えておきなさい! じゃあね次は2日後の4時からだから遅れずに来ることね」

かなり、不愉快で大きな瞳がかなり細められ落胆と険悪が込められた視線と次にアリーナが借りられる日と時間を怒鳴るように言ってから怒っているように早足で去っていく。

 

訓練中周りに観察がてら見ていた生徒たちには嘲笑いながら「ダッサ~い」だの「よわっち~」だの言われ続けかなり惨めな気持を味わった。それから訓練用のISを戻して、ロッカーの前に座っている。今はだれもいない。恐らくだが

「はぁ……」

「どうしたのよ。なんかすっごく暗いオーラを出して」

「いや、まぁ、俺は動かせただけなんだなぁーと」

いつ居たのか。谷本が後ろから声をかけてくる。忍者かお前は

 

「当たり前じゃない。平和ボケしている普通の学生の崎森にいきなり戦争ごっこしろって言って順応できたらあんた、そのうちアマチュア漫画家が描く戦争ヒーローものの主人公にされるわよ。きっと最後には大事な恋人のために祖国に費やして西暦何年かに死亡した。って説明文が出されること間違いなしよ」

「仕方ないって慰められているのか、弱いって貶されているのか、どっちなん?」

「どっちもよ。ばーか」

そう言って笑う谷本には嘲笑い(あざけわらい)や見下したかのような笑いではなく、仕方ないなぁーっていう世話焼きが向けるような笑いだった。

実際、谷本は世話焼きだ。ISの事について教えてくれと頼んだとき自分の勉強もあるだろうに俺に教えてくれるといった。それにおれは何も答えられていない。谷本やのほほんの協力を無駄にしたくない。

 

「ありがとう谷本」

「ふぇ!? いきなり何!?」

「いや、いつも世話と迷惑ばかりかけていて勉強していることとか全く活かせてなくて、うん。ごめんなさいの方がいいのなら謝るけどな」

「別に、まぁ、どういたしまして。……でも、ちょっとうれしく思ったていうか」

若干顔を赤く染めながら後半から声が小さくなっていった。なんで照れてるんだ? ありがとうって何回も言っているような気がするのだが……

 

「今までにもお礼は言っていると思うんだけど、なんで照れてるんだよ」

「い、いや、全然照れてないよ! うん! あんたの勘違いだから! 私先に帰るね!」

そう言ってかなりの速度で走り去っていく谷本。うん、確実に照れてる。

 

「ふへへ、この女たらしめー」

「なんでそうなるんだよ、のほほん」

さっきのやり取りを横から見ていたのだろうか? 

「わかっていてそれを指摘しちゃうと乙女のハートは変化をもたらすの~」

「ごめんよく意味が分からねぇ」

「うーん。おりむーみたいに鈍感なのかなーさっきーって?」

「ええ?」

なんで俺と織斑が鈍感扱いされているんだ?

 

「でさでさ~、私にはお礼ないの~?」

「ああ、えっと、ありがとうのほほん」

「うーん、他人行儀みたいだけどまっいか~。そのうちもっと仲良くなるからね~」

いや、ホント助かっているんですよ。メカに詳しくて、親しみやすく、子動物みたいでかわいい。

 

「じゃあー寮にもどろっか?」

「その前にグラウンドで何周か走って帰る」

「こけたり、倒れたりしないようにね~」

「あいよ~」

さて、まずは砂袋があるところまで走って行こう。

 

 

 

「ちっ」

足先に砲弾が掠れる。それに伴う衝撃で大きくバランスを崩されもう一撃と弾丸が発射される前に空中で前転しながら次弾の直撃をまのがれた。そして、チャージが完了するまでに一気に懐に飛び込もうとするが、まだ速度が出し切れておらず向かっている途中でチャージが完了してしまい、しかも近づいたこともあってか避けられず砲弾を叩き込まれて吹っ飛んでしまった。

「げっふ」

「まぁ、ほんのちょっとはましになってきたかな。レールガンのチャージサイクルがだけど」

先輩は一度水色の投影パネルを呼び出し、設定やデータを見ているらしく俺には人目もくれない。まぁ、あれからISを3回起動し練習しているが一向に俺の腕はよくなっていないらしい。それでも初回の10分足らずで機能停止が30分に伸びただけましだと思うんだが。その辺を先輩に言ってみると、代表候補生相手には通じない、ただ私が手加減しているだけとのこと。どんだけ強いんだ代表候補生。どんだけ弱いんだ俺。

 

先輩は投影パネルから目を逸らさずにいるので邪魔しないように飛行の訓練を開始する。

バイクのドリフトターンように急速な方向転換と移動を同時に行ったり、途中地面に足が引っ掛かりこけたが。

戦闘機のバレルロールように加減しながら回りながら進んでみたり、途中体が逆になったとき太陽光が目に入って目とつむってしまい壁に突っ込んだが。

一度距離を取り最接近するように上から見たらV字型に見えるような軌道をとってみたり、途中先輩から横から砲撃されたが。

 

「いつまでバッタみたいに飛んでるの?」

「バッタですか……」

「そっちじゃなくてそろそろ再開しましょう」

「だったら通信で教えてくれればいいのに、なんで砲撃で知らせるんですか?」

「……データはたくさんあった方がいいの」

なんか実験台になっている。まぁ、100%善意で教えてくれるとは思ってなかったがここまで自分の研究が優先で大丈夫なのだろうか? 俺ちゃんと強くなっているのだろうか?

 

 

 

「ごめんなさい」

今日の訓練が終わり、訓練用ISをかたづけていた時にいきなり先輩が謝ってきた。え? この人は自分優先の研究者ではなかったのだろうか?

「あ、いきなりどうしました? 腹でも壊しました?」

「あなた、遠慮がなくなってきたんじゃない?」

「だったら敬語なんて使いません。で、なんでいきなり謝るんです?」

「別にイライラしていたっていうか、それをあなたにぶつけるのは筋違いっていうか。最初、織斑君って子に教えて自分の製品をアピールしようと思ったんだけど、ほら、織斑先生の弟さんじゃない。下手くそなんて思わないでしょ? でも篠ノ之博士の妹さんが教えることになって、あんたみたいな出来の悪い、下手くそで、覚えの悪い、不細工な、能無し、に教えることになっちゃったから思い道理にいかないことにイライラしてレールガンぶっ放していたってだけ、ちゃんとさけ方とか教えておけばよかった。そうすればあなただってせいぜい3発くらいは避けれると思ったから。100分の1ぐらいでだけど」

「OK、あんたが俺をどういう風に思っているのかすげぇわかった」

「まぁ、御詫びじゃないけど明日研究室の方に来なさい。そこでいいもの見せてあげるわ」

「先輩は研究部でしたっけ」

「そうよ。部屋番号は3038。あと……いい加減先輩で一括りするのはやめなさい。私は栗木真奈美よ」

「えーと、栗木先輩?」

「まぁ、いいわ……」

何がいいのだろうか? 不機嫌そうに顔を歪め、そっぽを向く栗木先輩。

「じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様、栗木先輩」

別に私何でもありませんと言う風に不愉快感を認めたくないように歩いて行く栗木先輩。まだ、イライラしているのだろうか?

 

 

 

「だーれだっ?」

ロッカーにおいてあるタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを一口飲んでキャップに蓋をしたところで突然視界をふさがれた後そんな声が後ろからした。恋人同士でいちゃつき、手を目に当て誰かを当てるゲーム。ただし人に気付かれず、また人違いせずする、となると話が変わってくる。男子は2人しかいないこの学園では人間違いはあまりないだろう。そして足音で気づかないほど俺の耳は悪いわけではない。谷本の時は考え事をしていたから気づかなかっただけだ。

 

「恋人でもない奴にこんなふざけたことをするほど羞恥心がない人」

とりあえず、返答もないのも癪なので戸惑っている頭で返答を考え声に出す。しかしつい勢いで言って困った。お前は恥知らずだと言っているようなものだ。

「じゃあ、恋人になってみる?」

「嫌です」

即答

「こんないい女を振るなんて、おねーさんかなしーなー。せっかく土日に訓練機とアリーナ借りられるように手配しようと思ったのに」

土曜は午前中が授業で、午後は空いているためそのまま継続して訓練機・アリーナを大抵2年生が借りれる。理由としては1年はまず基礎知識から始めければならないため、3年は卒業間近で整備科、研究科の実験成果のまとめ、各国へのIS操縦者試験の勉強で忙しい。IS操縦技術以外にも、その国の言語以外に、基礎体力、最低限の整備能力などが必要になってくる。

いくらISコアのエネルギーを貯めることができる金属ができても、量産性も稼働時間も少ない。なので電池交換のようにして一人一個の電池という風にとっているが、それでも約30機、電池が約100個しかない。日本政府で量産され送られてきているらしいがそれでも全校生徒分足りない。

一クラス30人×5クラス×3= 450人÷100個=4.5人だ。

つまり、IS電池を一個約4、5人で使う感じになる。しかもIS電池を使い切ったら3,4人は動かせない計算になる。だから予約制をとっていたりする。

 

俺が一週間のうち三日も借りられたのも栗木先輩によるところが大きい。実射試験なら的が必要になってくる。それでデータを取り、企業に提出できるように編集しアピールする。的は速いほど、回避能力があるほどいい。まぁ、俺はかなり遅く、回避できない的なのだが、何回当たれば機能停止できるか、弾速、次弾までの発射による影響。チャージサイクルなどのデータをとれてよかったらしい。

そんなわけでその実験にあと合わせするように参加し、訓練機で練習できたのだ。本来は他の2年生の生徒と協力する様だった。

 

俺のような新入生なら1週間のうち1回でも乗れれば運のいいほうだろう。だって入学式前に先輩たちが4月中の訓練機とアリーナの使用予約とちゃったもん。

 

だから、いま後ろにいる人も栗木先輩みたいに4月中の予約を取った先輩で相手方を交換するか、居ないかなのだろう。

今の俺には時間が足りない。代表候補生は300時間、俺は4時間行くかどうかだ。やる以上強くなって差を埋めておきたい。が

「明日は予定があるので無理」

「まぁ、デートの予定があるんじゃ仕方ないよね。お姉さん声かけるのが遅かったなー。あーあ残念」

まったく残念そうではない声がする。そしてデートではないと言おうとするも手に力が加わり目が痛い。相手の腕を掴み強引に離そうとしても、きしゃな腕をしているのになぜか離せられない。それどころかその腕をすり抜け、どういう風に投げられたのかまるで分らず地面に伏せられる。

何が起きた? と頭の中は混乱状態で、もしかしたら頭を打ったのかもしれない。

 

「ま、日曜は空いているらしいし、君は今のようにかなり弱いから強くなってもらわないといけないの。デート終了後に会いに行くから覚悟しててね」

「まぁ、教えてくれるのはありがたいんですけどデートじゃないんです……が」

そう言っている途中で後ろを振り向いてもそこにはまるで最初から俺一人だったように誰もいなかった。足音さえも聞こえない。なんだったんだ?

さっきのことを思い出しているときに印象的に残ったのは、まるで風のように気ままな人とか、動物だったら自由気ままな猫が当てはまるとかではなく

 

弱い

 

という事実だった。おそらく同じIS初心者の織斑よりも弱い。前に昼食を一緒に取った時に話をした。昔剣道と剣術を習っていたらしく、実戦の感を取り戻すと言っていた。同席した篠ノ之の話ではあれだけ打ち込んだのになぜ捨てたと憤っていたが、裏を返せばそれだけ過去に打ち込んだことがあるということだ。

技術的衰退をしていても一度やったことなので取り戻すのには時間がかからないだろう。また、ISとは関係ないと思われるかもしれないが間合いのはかり方、何より人と戦ったことがあるというのが大きなアドバンテージになる。

最初の実験の時、躱すことができなかったこと、動きが遅いことはそういう経験がなかったからだ。つまり心の打たれ強さがない。

鍛えればそれだけの辛さに対する心の頑丈さと体を動かし方を知り、経験によって自信がつき相手の動き方を見切りやすくなっていく。

 

どうすれば相手の攻撃から身を守れるか、ここで殴れば当たるのではないかと考えられるだけマシである。俺のはただ我武者羅に動いて照準をずらしているだけだ。そんな初心者の苦し紛れなどエリートには通じないだろう。

実際に栗木先輩は1度外しても、2発目は外したことがない。

 

実力差に追い詰められそうになる。

 

 

「落ち込んでいる暇があったら練習しなきゃいけねぇよな」

悩んでいたって始まらない。昔の人も言ってたじゃないか『何も考えず走れ!』って。またこれからグラウンドを砂袋背負って10週走ってみますか。

 

 

 

研究室は部屋ごとにチームで持っているらしく、それぞれがIS電池の稼働時間延長だったり、エネルギー効率化なり研究しているらしい。時々研究室から怪しげな煙が出るとか、緑色のゼリー状の人型が出てきたとか噂になっているが、悪の研究所という感じではなく、病院の清潔さを保った研究所といったほうが正しい。……が。

「やはりドリルよ! ロマンと威力を兼ね備えた破砕兵器! これに勝るものがある!?」

「もうドリルがかっこいいなんて時代遅れ! 時代は新しいパイルバンカー! 振動によって装甲をチーズのように刺し貫きシールドどころか絶対防御すら貫通する最強兵器! 更に刺さった杭は爆散し内部に致命傷を与え相手はもはや動けはしない!」

「一般普及したパイルなんぞインパクトがないわ! ハンマーにロケットブースター付けて最大の速度で振り下ろすハンマー。推進力で機体ごと振り回され相手は空の彼方まで吹っ飛ばされること間違いなしよ!」

「あなたたち馬鹿なの? ただ威力を重視してどうするのよ? 鎖付きブースター内蔵ハンマーが最高じゃない! 超スピードで発射される鉄塊に打たれた敵は衝撃で胃液どころか内臓までリバースよ! 更に遠心力で前面に振り回せば防御にも使えるわ!」

なにやら兵装について口論しているらしくかなりの激論になっている。しかし出てくる兵器名がいわいるゲテモノ兵器に分類され、説明が相手を殺しにかかってるのはなぜなのだろうか?

「なかなかの激論だねー」

「……俺はここの作った兵器は使いたくねぇな」

「私も……」

のほほんと谷本が一緒についてくることになったのだが大丈夫なのだろうか? 栗木先輩の迷惑にならないといいのだが。

昨日、栗木先輩の研究室を見に行くから午後から居なくなると部屋で話したら見学したいと二人が興味を示し自分も行くと主張。携帯で連絡を取っておきたかったのだがメールアドレスの交換なんてしていない。というか登録件数が10件もない。昨日その話をした所のほほんのアドレスを入れても届かない。俺こんなに友達少なかったんだよなぁ。

 

「ええー。かっちょいいじゃん。ドリルー!」

「はぁ? パイルバンカーだろ。まぁ使う気はねぇし大博打だけどドリルやハンマーよりはかっこいいだろうが」

「何言ってんのよ。かっこよさならハンマーだってかっこいいのよ。レイダーとかアストレアFとか!」

カオスな狂気の空気に触れたせいか俺らの考えも狂気がしみ込もうとしていた。

別の意味で危ない! この研究所!

 

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい。お茶もお菓子も出ないけどまぁ、壊したり荒したりしない程度に見て行ってくれればいいわ」

そして、到着した栗木先輩が担当する研究室。だが、他のメンバーがおらず栗木先輩が一人でモニターと睨めっこしているだけだった。どうやら、レールガンのデータ調整をしているらしくレールガンからたくさんのコードが検査機のようなものにつながれている。

 

研究室を見渡してみるとかなりの広さがあり、多彩アームや、工具、作られてある武器、栗木先輩の横に鎮座している俺の相手をしてくれたレールガン。かなりきれいに書類がまとめてあり、戸棚に写真立てがあり栗木先輩が写っている。が、少しさみしそうだ。そのほかの生徒たちは全員が青のリボンをしている。今年の一年が青色のリボンをしているため卒業生だとわかる。

しかし、今は栗木先輩一人だけ。これでは機材の移動や作業に不備が出てくるのではないだろうか?

「部員は入れねぇの?」

「使えそうな人材がまだ見つかってないのよ。それに、二年生の優秀な子たちはもう他の所にスカウト済み。優秀な先輩たちが卒業していっちゃたから予算が下りないのも厳しいわ。あなた入りたい?」

「あー、どうしよう……今は実力付けたいんで時間ないと思うなぁ」

「ま、考えておきますって言って結局考えておかなかったよりはましかもね。しかし、あなたも隅に置けないわね。女子二人と来たなんて両手に花じゃない。なに? 見せつけてるの?」

「昨日、研究室を見に行くって言ったら見学したいって言い出して、迷惑?」

「別に、作業の邪魔にならなければよかったわ」

 

多彩アームを見ている谷本の目は今までに見てないほどに輝いており、その眼には触れてみたい、動かしてみたいと願望があるように見える。時々のほほんに質問をし一言も逃すまいかと目は多彩アームに目を向けているが聞き耳をしっかりと立てている。

一方のほほんは相変わらずの口調で谷本に多彩アームの使い方や、操作法を教えている。のほほんの説明に栗木先輩も気づいたのかかなりの知識を内包しているとわかる。

「このアームは溶接用かな? 多分追加装甲をつけたりするときに使うんだと思うよ」

「あの2つの針のようなものがついている奴は?」

「細かい部品を掴む時に使う専用ピンだね~。ISの部品にはミリ単位の部品とかあってかなり細かい作業になるから」

 

「でね、この溝が入った刀みたいなブレードは日本製の菊一文字かな~。それに峰の方の鍔の所についている振動装置で切断能力を追加しようとしたんだと思うよ~」

「このギザギザした歯がついているナイフは?」

「単分子カッターだと思うよ~。刃の部分が回転してチェーンソーみたいな切断、削り切るっていう武器だね~。超硬合金(硬質の金属炭化物を燃焼して作られる合金)かな~? でもバッテリーがついてなさそうだね。刀の持ち手みたいに内蔵じゃないみたい」

「小型化されて刃を回すのに十分な電力が回らなかったのよ。だからISの手の接続部分からエネルギー回してもらうの。ほら、今は収納されているけど持ち手にコネクトがあるでしょ?」

栗木先輩も聞いていたらしく立ち上がって武装が展示されているところまで行って、口の字のような金具で固定されている単分子カッターの金具を開くようにあけ、持ち手の部分からコンセントのようにリード線がついた接続器を抜き出す。

 

「それって持つときにコードが邪魔にならないんですか~?」

「この辺は持つ前に調整して使いやすい長さを決めておくの。学校で使っている訓練機には違和感なく使えると思うわ。余ったケーブルは巻き取り機で収納されるから」

なるほどーとのほほん、谷本が感心している。しかし今までレールガンの調節をしていたはずなのだが初心者のQ&Aに応えていていいのだろうか?

 

「えっと先輩私たちは崎森に付いて来た見学者なんで先輩の手を煩わせるわけには……」

「いいのよ。私は先輩なんだから後輩に教えるのは当然。それにちょっと行き詰っていたから息抜きがてらだわ」

なんて親切な先輩なんだ。まるで最初八つ当たりで俺に砲撃かました人のセリフとは思えない。

「なんて変な顔しているのあなた」

「ああいう口をへの字に曲げて目を細めている顔は疑っている顔なんですよ先輩」

どうやらそんな顔を今俺はしているらしい。まぁ実際疑っているわけですが。

「今手に持っている武器で刺してあげましょうか?」

「いいえ、のこぎり状じゃ刺さらないと思いますんで、こっちの普通のナイフ使いましょうよ」

「ああ、それ岩盤破壊ナイフだから中に爆薬が入っているの。ほらTVなんかで鉱石掘り出すときに使うダイナマイトを壁に穴開けてその中入れて爆破させるっていう案を採用して、穴を開けるのと爆薬入れるのを同時にするらしいわ。そうね、そっちの方が刺さりそうね」

そんな怖いことを言いながらカッターをもとの金具に戻し、爆砕ナイフを手に持つ。

「先輩落ち着きましょう。それはまずい」

「大丈夫よ。痛みは一瞬だから……爆散するまで続くけど」

それって一瞬じゃないじゃないですかー! いやぁー!

じりじりと詰め寄ってくる先輩。その眼は光を失いうすら寒い空気を生み出しており、口は薄く笑いを浮かべているのだが、あまり可愛くない。

壁際に追い込まれているためダッシュで出口に向かおうとするが進行方向上に谷本とのほほんがおり、通せんぼしている。では窓からと思ったがここは3階だ。下手な着地すれば死ぬ!

 

いよいよ死の瞬間が来たらしく俺は泣きそうになってしまう。

本当に何でこんなことに……。

大きく手を振り上げ死の刃が俺に振られ……なかった。

 

「いや、なにマジで怖がってるの? 冗談に決まってるわ」

「目が怖かったんだけど」

「さすがに生身じゃしないわよ。簡易パイルバンカーみたいな物だし……IS乗ってたら別だけど」

「乗ってたらするのかよ……」

爆薬仕込んだ簡易パイルバンカーなんて喰らいたくない。ISのシールドがあろうが、絶対防御があろが絶対に。

と、少し気になることがあった。

 

「これって全部ISの兵器?」

「中には発掘用だったり、探索用の発信機だったりするのもあるわ。元々ISは宇宙開拓用に作られたものだし。だけど今じゃ兵器の方がアピールしやすいのよ。国の防衛力としてお偉いさんたちはISの利点をそこにしか当ててないようにも思えるのだけどね」

「……試合でも使えたりする?」

「まぁ、それ前提に作っているものあるわ。今作っているレールガンだってそういう風に作られているもの。まさかここにあるものを使おうとしているんじゃないでしょうね?」

 

「ダメ?」

なんとなく、ここにある武器……特にこれ《・・》については使いたいと思う。まぁ、使えなかったら他で補うしかないのだが。

 

「過去の作品ならデータをもうとってあるから使ってもいいけど、所詮は学生が作ったものよ? それに実戦で耐えれるかとか、扱いやすさから訓練機に付属する兵器使った方がいいと思うわ」

「まぁ、そうなんでしょうけどねぇ」

扱いやすさなら問題ない。と思う。そう思いその武器に視線を向ける。問題は威力だ。決め手がこれになる。

 

「使いたいなら手配くらいはするわ。まぁ、壊したら弁償してもらうから覚悟してね」

「……ちなみにお幾ら?」

「ゼロ6個は確実ね」

なんか急に気持ちが沈んでいく。払える気がしない……。

 

「実は今月厳しくて……。まけてもらえません?」

「ダーメっ」

かなりいい笑顔で言ってくる。所詮この世界は金でできていると再確認。それに使い捨てること前提で使うため破壊するのは確定なのだが。

 

「まぁ、政府が基本負担するからあなたに請求書は来ないんだけどね」

落ち込んで、他の方法で解決しようと考え出したところで先輩がそんなことを言った。そういえばIS学園の整備費、研究資金は日本政府が負うことになっているんだっけ? あれ? おかしいぞ?

「研究部の資金問題は?」

「生徒会経営で予算を決めているのよ。基本人数が多くなったり、いい研究成果を残した人がいたりするほど資金が下りるんだけど今は私一人だから何とかやりくりしている状態。」

 

だったら壊したものは弁償しなければならないのでは? と思うが違うらしい。

「確かに量産される前の奴は資金から出さなきゃいけないわ。でも、もうこれらは大抵量産されているから破壊しても問題ないのでしたー。まぁ、そこにある武器がすべて生産されている機械でもないのだけど」

「じゃあなんで弁償してもらうって言ったし」

「あなたの困った顔が見たかったから。実際に楽しめたし」

なんて嫌な性格しているのだろう。人の不幸は蜜の味ってか?

谷本ものほほんも何やらいい笑顔でこちらを向いているし。そんなに俺の顔は面白いのかよ!

俺はこれ以上弄られないために研究室をダッシュで逃げた。なにやら視界がゆがんでいるがもうどうでもよかった。

 

「弄り過ぎたかしら?」

「きっと明日には忘れていると思いますよ」

「さっきー怒るの苦手そうだしね~。前に部屋の冷蔵庫にあったパックで買ったオルナミンS飲んだけどあんまり怒らなかったし」

「あの買ってきて1本くらいは飲んでいいて言った? あれ? 2日で無くなった様な……」

「うん、6本くらい飲んじゃった」

「半分以上じゃん!」

「でもね~、ため息だけついて寝ちゃったよ~?」

「それ、怒る間もなく呆れて疲れていただけじゃないの?」

 

 

 

 

訓練機を借りるときに武器の貸し出しもできるらしい。取あえず作戦に使う武器の種類も決まり、大体のイメージが掴むことができたのだが、俺は回避はしたことはあっても攻撃をしたことがないのでその辺がまだ不安だった。

 

「やぁ、浮かない顔をしているねぇ。若いうちからそんな顔してると幸せが逃げちゃうぞ?」

「男でIS動かせた時点で不幸な気がするんですが?」

「むしろ、ISを動かせたことはうれしく思わないの?」

「そのせいで各国から狙われ、ハニートラップ警戒しているわけですが。今おれの前にいるやつみたいに」

話しかけて来た女性は水色のショートカットの髪をしていた。かなり髪が外側に跳ねているが雑多さはなく、むしろそういう髪型ではないのかと思う。目や口、鼻、耳も整っており平坦ではなく、黄金比のバランスを崩れないようにいろいろ変え整えた感じで、神がかったような印象を与える。が、しかし

 

(なんで髪が青いんだー!)

かなりのインパクトであった。

 

「おねぇさんを疑うとは失敬な。ドヒューン!」

廊下を歩いているときに声をかけられ更になぜかこちらに拳を振るってくる女生徒。確実にDQNじゃねぇか。

そんなDQN女の拳を弾こうとする暇もなく懐に入り込まれ顔に拳が迫る。一瞬頭がパニックを起こし、痛みに耐えるように備えることもできなかった。それでも目をつむる。

しかし顔に来たのは拳の痛みではなく、小さな柔らかい弾力で突っつかれるような衝撃だった。

……?

恐る恐る目を開けるとDQN女が人差し指で鼻に、頬に鳥が突っつくように動いている。

 

……何がしたいんだこの人

かなり不審に思って警戒していたのだが、途中で訳が分からない行動に物言いたげな視線をしていると言うのはなかなか経験できないのではないのだろうか?

「えっと……なんなんですか? あんた」

「うふふ、失礼な子へのお仕置き」

そう言って突っ突いていた手でデコピンを額に当てられのぞけって後ろに下がってしまう。

 

「最初のレッスンその一、どんなに恐怖を感じても目は開けておくこと」

そう言って袖の下から扇子を取出し口元で広げる。その扇には修練開始! と達筆で書かれていた。

というか、急展開過ぎて俺の頭が追い付いていけない。

「とりあえず自己紹介しましょう。俺は崎森章登。ISを動かしてしまった悪い意味で普通ではなくなった高校生です。後初対面でいろいろ戸惑っています」

「私は更識楯無。この学園の生徒会長にしてその普通ではなくなった子の練習を手伝ってあげる頼りになるお姉さんよ。後初対面じゃないわ、昨日会ったでしょ?」

 

心当たりがあるのはロッカー室でのあれだ。そんな感じはしていたが現実だったのか。

「IS学園の生徒会長って暇なんですか?」

「そんなわけないわよ。でも、あなたは弱い。それじゃいろいろとダメでしょ? あなたが不安に思っているように、どこかの企業が人質を取ってあなたに実験体になるように要求してくるとか。または街中で何十人もの敵に襲われるとか」

 

それは入学当初から……いや、ISを動かした時点で思っていたことだ。

あの採血をしに来た白衣の男は目を疑っていたが、動かせることを知ると好奇心で目が輝いていた。

現在、国連が俺、織斑をどうするかと会議しているらしいが、もっと暴力的な手段で誘拐してくる奴らもいるかもしれない。

「……織斑の方が重要では?」

「あっちは最強の御姉さんがいるし、篠ノ之博士とも、その妹とも親しい。つまり悪い言い方するとコネがあるのよ。最強と天才のしっぺ返しなんて怖いでしょ? あなたは普通ではなくなったかもしれないけど特別でも、恵まれているわけでもないのよ。だから弱い初心者の救済訓練ってわけ」

「……わかりました。いろいろと不服だったり疑問だったりはしますが強くなれるんだったらします」

「うん。お姉さん強さを求める男の子って好きよ」

どうでもいい。ってかあんたに好かれたいわけじゃない。

 

「で、なんで柔道の畳部屋に?」

「ISの操縦訓練の前にちょっと生身での戦い方も身に着けておきましょう。自衛能力の必要だし、なによりISは体の延長なのだから無駄にはならないわ」

もっともである。まぁIS以外にも学ぶことが多そうだ。銃の訓練とか格闘術とか学校の勉強とか。

あーあー。学園生活楽しむ暇あるのかな……

 

「こら、考え事していないで集中しなさい」

「はい」

そう言って構える。

 

更識先輩はただ悠然と何事もないかのように立っているだけだ。目は微笑を浮かべこちらを見ている。ただ立っているだけなのに、俺は何もできなかった。隙がないとか相手の気迫に飲まれているとかではない。そもそも俺には隙を見つける、気迫を感じる技術、経験がない。

 

ただどうしたらいいかわからない。例えばいきなり殴れと言われて殴れる人はどのくらいいるだろう? 喧嘩慣れしている人、軍人なら日常的に人と殴りあっているから出来るかもしれない。俺は相手にああしたら痛いのではないのだろうか、こうした方が相手の顔を殴れるのではないのだろうか。と考えるだけで実行せず消えていく。

 

もう一つ上げるのなら、平和に普通に暮らしていた暴力に慣れていない人が、いきなり殴りに来たから相手を殴り返せるだろうか?

答えは無理だ。慣れていないことをいきなりしろと、それがただ自分が損する、傷つくだけだったとしても、突然の事で固まって何にもできなくなる。

 

今の俺がそういう状態だった。

 

「来ないならこっちから行くよ」

そう言って接近してくると思った時にはもう目の前にいて、なんとか手を前にクロスさせ後ろに下がろうとする。が、その腕をつかまれ何の違和感も感じずガードを広げられ、がら空きになったところに掌打を撃ち込まれ受け身を受けることすらできず後ろに倒れる。

 

「がっ」

「はい、立って立って。次々行くよ」

肺の中の空気が全部強制的に朽ちたら出ていく感じがし、内臓をすべてシェイクされた感覚が気持ち悪い。

それでも立ち上がって相手を見据えるがまだ微笑を浮かべているだけで余裕な顔が憎たらしい。

そうした所で俺はまだ動けずに相手の出たかを見ることしかできなかった。

 

「積極的すぎる男の子は確かに嫌われるけど、なさすぎる子もモテないわよ?」

「……」

軽口にこたえる余裕は俺にはない。そんなことをしている暇があったら相手の挙動を見逃さずにしっかりと目を開くぐらいしか俺にはできない。次の攻撃を全力で見てある事をするのに集中する。

 

「……行くよ」

来ない俺にしびれを切らしたのか。それともこれでは修練にならないと踏んだのか楯無先輩が先ほどと同じように目も止まらぬスピードで向かってくる。

動いたとかよりも先に動くと宣言したのでその動きがわかりそれに合わせて俺も前に出る。そうして肩を前にだしタックルのような形で迎え撃つ。なんてことはない。相手がまた俺には見えない避けられない攻撃が来ると踏んだだけだ。実際相手がどういう風に動いたかなんて俺には分からない。声で判断しただけだ。

そうして二人が前に出てぶつかると思った瞬間、楯無先輩は俺の横に抜け足を引っ掛け盛大に転ばされた。

 

「足元ご注意」

そんなこと言う方向に向けて素人丸出しの蹴りを放つがあっけなく取られてしまい投げられた。

力任せに投げられた等感じではなく、足をつかんだ後素早くそのつかんだ足の下にもぐり腰を掴んで背負い投げのように投げられたのだ。

その瞬間俺の体は扇状に回され床にたたきつけられ口から全部の内臓が出るのではないかと思ったほどだ。実際胃液が口の中に広がり気持ち悪いしょっぱさが広がる。

 

「あーやり過ぎちゃったかな……。少し休憩しないといけないわね」

やり過ぎ? 手加減していることなんて分かり切っていたがここまで強いとは思わなかった。だが、いくら相手が強かろうと休憩している時間はない。だって試合までもう2日もないのだから強くなるために休んでいられない。

振るえる足をどうにか立たせ相手をまた見据える。

 

「まだやる気? 今立っているのも辛いでしょ?」

「……辛くなくて強くなれるんですか?」

震えて掠れている声でそう言う。

甘えていられない。休んでいられない。休むとしてもぶっ倒れてからだ!

その気持ちを取ってくれたのか、先輩の迫ってくる見えない攻撃に少し力が加わっているような気がした。

今度はガードの空いているところに胸、腹に拳を叩き込まれ、足の指を踏みつけられ、更には腕をつかみ投げようとしてくる。痛い痛いと脳がパニックを起こしてまともに考えられそうにない。それでも倒れそうになる足を何とか立たせ前のめりな状態になる。

掴み投げようとする腕が来る前に痛みに耐え何とか前に出て握り拳を作り腹に当てようとするが肘を当てられ止められる。むしろ拳の方が痛いくらいだ。そしてまた投げられ内臓がシェイクされる。

そしてまた痛みに耐えながら、震える足に手を添えながら立ってまた投げられる。

肘打ち、蹴り、正拳突き、背負い投げ、押し倒し、背後に回っての回転肘打ち、掌打、膝蹴り、もうあとは何だかわからない。そんな攻撃を何度も受け肌は痣だられ。どんどん足の震えが大きく鳴っていきよく立っていられると思う。

 

途中痛みで涙目になっていたのが泣いているように流涕していた。ただ痛みで涙を溜めておく事ができないなど初めての経験だ。

もう、痛みに耐えて立つことしか頭になかった。

 

そしてついに限界が来たのか、または相手が気絶させるような攻撃をしたのかわからないが、気を失う瞬間ふと頭の思考がまだあったのか思った。

(俺ってこんなに弱かったんだ)

 

 

 

一面深海の中に沈んでいるような感じだ。上下左右どっちがどっちだかわからない。光すらなくって、夜の海で流れるままに俺は沈んでいた。

ゆらゆらとまるで水面に映った様な姿をしているようにあやふやな自分。だが、それでも俺はここにいると実感できた。そこには痛みがある、苦しみがある。ここから逃げたい、楽な道に走りたい。俺はどんどん逃げるようにして深海の中に沈んでいく。しかしどこからか歌が聞こえ始める。楽しく優しげでそれでいて何処か労わるような歌。その歌のする方に沈んでいく。 いや、登っているのだろうか?

 

 

 

「チャンラララン、チャチャチャンラララン、チャンチャン」

そんな、歌声が聞こえる。まだ意識がまどろんでいるのに酷くふざけた様な歌詞であると認識できる。優しげで労わるような歌はどこに行った?

しかし、かなりいい枕らしく頭を乗せている分には心地いい。歌声さえなければまた二度寝したいと思ってしまう。しかし残念、まだ歌は続いている。頭を起こそうとするが体中に痛みが走り、起こしている途中で体が固まる。

 

「あら、お目覚め」

「ええ」

そう言って俺の顔を覗き込んでくる。その眼は紅玉のようにきれいだと思った。だが何故か肩に手を置かれそのまま寝かされてしまう。そうなって初めて気づいた。枕特有の柔らかさで沈まない。弾力があり過ぎる。そして、天井に目が向いているのにすぐ隣に更識先輩が目に映っている。ベットの隣に座っているのではなく、俺の体の隣に座っている。

 

導き出される結論は、今頭の下に張るのは枕ではなく更識先輩の膝ということだった。

慌てて起き上がろうとするがなぜかまだ肩に手を当てて俺が起き上がれないように押している。

「ちょっと何するんですか!?」

「ひざまくら、嬉しいでしょ?」

「恥ずかしいだけだっての!」

「ええー。さっきまで気持ちよさそうに寝てたのにそれはないなー」

実際気持ちよかったが、こんな奴にされていたと思うとなんだか虚しくなってくる。

 

「とりあえず動けるんで腕をどかしてください」

「いや」

「なんでだよ!?」

「だってかわいいんだもの。それにもう少しだけ休んでなさい。次からもっとハードになるんだから」

まだ体は痛む。それに確かに体を休ませることも重要だとわかる。取りあえず言われたとおりに体を休ませるが、まだひざまくらは解除されない。

だがかわいいと言うのがよく分からない。自分は目が大きく背が低い訳でも、ましてや癒し系要素や可愛らしい系要素なんてない。せいぜいみんなに笑われる役のピエロ系要素だ。

「とりあえず休むんでひざまくらやめてください」

「いやって言っているでしょ?」

取りあえず体を横にずらそうとするが、それぐらいでは逃れられず俺は言いなりになるしかなかった。自分でも顔が苦虫を噛んだようにふてぶてしい顔に変化するのがわかる。

 

「もうそんな顔しないの。お姉さんのひざまくらは高いんだぞ」

「何円? 後請求書は来るの?」

「頑張り過ぎて気絶しちゃうくらいには。あと代金は君の頑張り代金で」

「なんじゃそりゃ」

本当になんだそれは、と苦笑してしまう。

更識先輩もまた笑ったが、俺のように弱弱しくなく満面な笑顔で輝かしく思った。

 

 

 

保健室で更識先輩のなすがままにされ休憩を終えた時には空はもう赤に染まりかけていた。そんな時にアリーナに来て特訓というのはいささか遅いのではないのだろうか。確かにアリーナは夜まで開かせることができるが寮の食事であったり、大浴場の使用時間であったりとあるので人は基本的にいない。大浴場は俺は使わないが、食事くらいは摂りたい。

 

「じゃあ、まずは反復横飛びみたいに早く動いて相手の照準をずらす練習からしてみましょうか。往復1000回」

「はい」

そうして訓練機のスラスターを右へ左へと加速、別方向に加速して時々空中制御を誤って地面に落ちそうになるが何とか堪え、再開する。

全く逆の方向に軌道変化するのでかなりのGが加わっているはずなのだが意識を失うことはない。操縦者保護機能という生体機能を補助する装置がISには組み込まれているらしい。それでもGが掛かることには変わりない。

恐怖心からか、気持ち悪さからか速度を下げてしまいそうになる。それでも止まれない、止まったら今この場にいて練習に付き合ってくれている更識先輩に申し訳が立たない。何より止まりたくない。これぐらいの恐怖を飲み込まないと多分銃撃戦の試合ではもっと怖くなる。

 

「はい、そこで直進して相手に接近する!」

反復横飛びに集中しているときに突然そんなことを言われ戸惑ったがすぐに実行に移す。

何とかスラスターを吹かし前に出るが慣性で斜め前に出てしまい、しかもスラスターの方向が間違ったのか地面に足を引っ掛け転んでしまう。

 

「はい、もう一回!」

そう言って再開される。素早く立ち上がりスラスターの方向を間違えないようにしながら、もっと速く機敏になるように動かしていく。そこでまた直進する時に慣性に乗ってしまいて斜め前に出てしまう。直角に曲がることが理想らしい。カーブを描きながら相手に接近できれば合格だがどうせなら完璧にこなしてやろうと集中していく。

 

「ぐっ」

あれから1000回をもうワンセットしたがどうしても直進することができなかった。何とかカーブを描きながら相手の右前に近づくことまでは出来たが途中転んだ回数はもう数えたくない。

 

「もしかして崎森君、マニュアルで操作している?」

「え? マニュアルを初めから習うんじゃないんですか?」

「え?」

「いや、だって車もMT車から習いませんか?」

「あー、うん。マニュアルの方がいいんだよ」

なぜか更識先輩の歯切れが悪い。マニュアルでは何か不味かったのだろうか?

 

「オートにした方がいいですか?」

「いえ、マニュアルの方が細かく動かせることができるの。さっきスラスターの向きを変えて方向調節しようとしたでしょ? あれはオートだと行動を先行入力されている分微調整が効かないの。で、オートみたいに早く行動できて微調整できるようになると……」

そこで、更識先輩は自分の専用機を呼び出した。かなり装甲がなく、その代わりに透明な液体で装甲の周りや足りないところを補っているように纏っている。その周りに浮遊するようにクリスタルのような菱形にも水が纏ってある。それがマントのようにも見えて湖の騎士のような感覚がある。ランスロットではないのであしからず。

 

そして、その機体でさっき俺がやったように反復横飛びから直進移動しその途中で軌道を変化させ相手の横に回ったところで回転し切り付ける動作をした。その速さや無駄のなさは達人と呼んでも差し支えないだろう。それほどまでに綺麗に決まった。

 

「と、こんな感じでオートだとこんな軌道は描けないのよ」

「うヴぉぉぁあ」

「え!? なんて声出してるの!?」

 

落ち込んだ。代表候補生ってみんなこんな技術持っているの……? やばい 勝てる見込みがなくなってきた。勝割が0:10になった気がする。

 

「代表候補生ってそれだけの技術持っているのなら明後日の試合どうすれば勝てるかと絶望していたところです」

「練習あるのみよ」

そう言ってISの腕にいつの間にか扇子が持たせてあり、それを開いた時に出てきた言葉が

『最強追求』

とあった

 

「どうせなら『求めるは最強の称号』とかのほうが、かっこいいんだけど」

「じゃあ、求めてみましょうか」

そう言って更識先輩のISの腕に呼び出される、水色の剣。刃の部分が何枚もつながっているように所々にコネクト部分がありそれで武器の耐久を上げているのだろうか? そんな事をする理由としてはかなり摩耗が激しいとかが挙げられそうだが……。

 

こちらも訓練機の武器コールで単分子カッター、『ブレイドランナー』を呼び出し展開する。

「じゃあ、接近戦でもしてみようか。そのあとで射撃戦闘のレクチャーね」

「はい」

「この子は『霧纏の淑女《ミステリアス・レイディ》』。あなたの相手をしてくれるんだから感謝してね」

「……よろしくお願いします? 不思議な彼女さん?」直訳したらこんなのだと思う。

「よろしくね」

 

そう言って始まるナイフと剣による格闘戦。

やはり、更識先輩が最初に火蓋を切ってくる。

かなり速い動きで、ハイパーセンサーの恩恵や警告音がなければおそらく、振り下ろしてくる初撃は食らっていた。

だが、それに合わせるようにナイフをかち合わせ刃が回るので弾くのにも一役買ってくれ、剣を外側に逸らす。そのあいた空間に足を踏み入れ、ナイフを横に一閃しようとするが、片腕で手首を止められていた。そして、弾いた剣が再び襲いに来る。脇腹に一撃もらいそうになるがあいている手を添えボディーの直撃をやめさせる。そしてできればつかみ取ろうと思っていた。だが、いきなり剣が分裂してつかみ損ねる。そして、剣先が肩に当たり体制が崩される。

 

なにが、と思っているうちにタックルのように突き飛ばされ壁に激突した。

 

そして、起き上がって『霧纏の淑女』の手にさっきの剣が分裂し一本の糸で繋がっているのが分かる。

俗にいう蛇腹剣と言われる武器だ。

そして、次々繰り出される鞭のような攻撃に変化する。屈んで避けたと思ったらどうやらある程度操れるらしく腕に絡まり動かせなくなった。ナイフで紐を切断しようとしたときに、接近され殴られてまた壁に激突する。

 

「もう終わりかな?」

そう言ってほほ笑んでくる更識先輩。夜空に照る月のスポットライトでこんな状況でなければ美しいと表現できるのだろうが、生憎今はその顔が憎たらしく、反抗したい。

「んなわけねぇだろうが!」

起き上がると同時に足と腰のバネを使い殴りかかるがあっさりと躱され蹴りを入れられる。

 

「そう来なくっちゃ」

そうして始まる、一方的なダンスを月夜が輝く夜に俺は踊っていた。

 

 

「さて、今度は射撃訓練にしようか」

「……はい」

せめて触れられるくらいはしようとしたのだが、掠れさえしなかった。そのため俺のテンションはかなり急降下し続けている。がしかし、それでもまだ体力があるのはここ一週間で始めた砂袋背負ってのランニングのせいだろうか? 

時刻はもう9時を過ぎようかという所。谷本に連絡を入れようとしたら、更識先輩がもう伝えてあるから気にしなくていいとのこと。手回しがいいのか、逃げ道を塞いでおきたいのかよく分からない。

 

射撃の的のスクリーンが空中に投影され、アサルトライフル 『FA‐MAS‐TA』(ファマステー)を呼び出し銃口を向ける。どこかの会社がIS用に現存していたFA‐MAS(ファマス)を参考にして作り上げた武器らしい。そのためFA‐MASに似て砲身が短く、ブルパップ方式(引き金より弾倉や機関部を後ろの方に配置する方式)をしているが2倍くらいにはでかい。

訓練機の拡張領域(武器を収納しておくための容量)は最大で5つくらい武器を収納できるが待機状態というIS自体の保管は出来ない。そのため訓練機の武器は携帯性が高いものが採用されやすい。 

この『FA‐MAS‐TA』もさっきの『ブレイドランナー』も携帯性を考慮しての武装である。

 

そのアサルトライフルで移動せず的に向かって打ち続けているが、最初反動制御やターゲットサイトを切って撃ってはみたものの、かなりの反動が全身を襲い銃口はずれ、ど真ん中に当たることはなく、掠れたり、見当違いの方向に銃弾が飛んで行っていた。さすがにこれは自動反動制御装置を使っての訓練にした。動いている相手に初心者が銃を撃って当たることなんてめったにない。

1時間ほどしたところでようやくど真ん中に近づいてきたという所だ。それでもかなり低い命中精度である。

 

「じゃ、今日はここまでにして明日もこのアリーナで夜まで特訓するからそのつもりでいてね」

「はい」

そうして今日の訓練は夜中まで続き、走りこむ時間もなかったため一目散に寮に向かう。

さすがに疲れて同居人の谷本とのほほんが何やら声をかけてきたと思うが寝袋に入ったとたん俺の意識は沈んでいった。

 

 

 



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5話

感想欄をビクビクとみていました

しかしこの誤字率はひどい……。
しかも分量が長いとこがあるからどこを修正したらいいのかわからない……

誰だ!? 誰がこんなに長い文章書いた!?
(俺だよ


日曜が過ぎ今日の授業も全部終わっての放課後。ついにオルコットとの試合が開始される。日曜? 俺の射撃能力を低さをカバーする武器の練習とナイフの格闘戦、生身での格闘をしたさ。無論更識先輩と。結果? 内容? 全戦全敗と答えればいいですか?

というよりもあの人、なんなわけ? 流石にあんだけ撃ったり斬りあったりしたら擦れても良さそうなのに全弾回避、迎撃とかありえねぇよ。途中からマシンガンに変えて撃ってたんだぜ? その弾全部をランスを全面で回し弾く、剣とランスの二刀流で叩き落とすとか人間じゃねぇよ。

 

まぁ、そんなことは置いておいて今おれはピッドと呼ばれるISの格納庫にいる。

今日までやれるだけのことはやった……と思う。後はそれを出し尽くしていくしかねぇんだ。

 

勝てる気しねぇけど。

 

「なぁ、箒」

「何だ、一夏」

俺と同じピッドに織斑、篠ノ之も一緒にいる。谷本、のほほんは観覧席で見守るらしい。下手なかっこは見せられないなぁと思う一方どうやってオルコットと戦うかシミュレーションしていく。のほほんが言ったようにオルコットの機体はエネルギー兵器が積んでいるらしく開示されているデータがありそれを見てみると『67口径特殊レーザライフル『スターライトmkⅢ』、機体名『ブルーティアーズ』と投影ディスプレイに表示されていた。

背中にあるスラスターは翼を閉じているように思え、翼を広げたら某自由みたいな感じがするのだろうと思った。

 

「ISの事について教えてくれるって話はどうなったんだ?」

「……」

「目を逸らすな」

どうやら一週間剣道ばっかしていたらしい。そんな練習で大丈夫か?

 

「し、仕方ないだろう。お前のISが届いてないのだから」

「知識とか基本的なこととか他にあっただろ!?」

「……」

「はぁ、なぁアキトそっちはここ一週間何してたんだ?」

目を逸らした篠ノ之から顔をこちらに向け聞いてくる。

 

「いろいろやってたぞ。走り込みやら、ISの飛行訓練やら、あとは教本とか見直していたけど」

そう返答したら、織斑は篠ノ之の方に顔を向け冷たい視線を送る。篠ノ之は気まずいらしく目を逸らし続けて黙っている。

 

「はぁ、やるしかないか」

「そうするしかねぇよ」

しかし始めるにしても俺にはコアが届いておらず、織斑も専用機が届いておらず、まだ準備ができていない。こんな状態でどうしろと?

最悪訓練機でするか?

 

「織斑君織斑君織斑君!」と山田先生が連呼しながらこちらに向かってくる。何やらもたついた走り方をしており今にも転びそうでないかと心配になる。

やっと機体が届いたのだろうか? あれ? じゃあ俺の方は?

 

「山田先生落ち着いてください。はい深呼吸。」

「はーふーはーふー」

「はい、そこで止める」

「っ……」

そう言って本当に息を止めてしまう山田先生。さらに息を止めているのが辛いのか顔が徐々に赤くなっていく

 

「なんで先生も本気で息止めてるんですか?」

「ぷはぁあっ! え? 止めなくていいんですか?」

そう言ってこの場にいる全員が織斑の方を向く

 

「いや、こうノリで?」

「目上の人間に敬意を払え、馬鹿者」

そう言って叩き出される出席簿チョップ。むしろあれで気絶してまた時間が遅れそうな気がするのではないかと思う。後ダメージ大丈夫か織斑。

 

「頭大丈夫か?」

「ああ、ここで心配してくれる人間はアキトだけだ」

「いや、先生にノリで変なことをさせるお前の頭がだ」

「……」

織斑は部屋の隅っこの方に行き体育座りを始めた。そして小声で俺の味方はだれもいないんだ。そう、いないんだ……とうわ言を呟いている。

 

「織斑」

「千冬ねぇえ! ぐっは」

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

最後の希望が残っているような感じがしたのだろうか? 顔が喜びで満ち溢れ顔を上げるが、また頭をたたかれ気力がなくなって行くのがこっちからでも分かる。こんなんで試合できるのか? それと先生が死ねっていうのはいろいろ問題あると思うんですが?

 

「あ、えっと。それでですね、織斑君の専用機が来たんです。今すぐ準備してください!」

「崎森の方は訓練機とコアの調整をしている。もう少し待て。それと織斑、アリーナの使用できる時間は限られている。慣らし運転させておきたいところだがぶっつけ本番でものにしろ」

「この程度の障害、男子たる者軽く乗り越えて見せろ。一夏」

織斑は一度にたくさん言われ混乱しているらしくたじろいている。

「え? え? なに……」

そこでビットの搬入口が開き重い扉の向こう側から織斑の専用機が現れる。

 

白の翼が生えた鎧

 

そういう表現が正しいだろう。かなり大きなスラスターで高機動な能力を持っていることが窺える。

 

「これが……」

「はい! 織斑君の専用IS『白式』です。搭乗口に乗ってください」

そう言われ白式に体を入れ込む織斑。そうした時に自動的に装甲が閉じ織斑に『白式』が装着される。その姿はさながら物語に出てくる騎士のような感覚をさせる。何も汚れていない純白の騎士。

 

だがその白はうすら寒いものを感じさせた。

 

「ISのハイパーセンサーは間違いなく動いているな。機体の不具合もこちらでは確認できないがどうだ一夏、気分は悪くないか?」

「大丈夫、千冬ねぇ。いけるさ」

「そうか」

先ほど先生をつけていなかったが織斑先生も心配しているらしい。やはり家族が心配になるものなのだろうか? 俺にはよく分からない。多分同じ状況になったら罵詈が義妹の口から吐き出され続けることだろう。

 

「箒」

「な、なんだ?」

「行ってくる」

「ああ。勝ってこい」

 

「アキト」

「ん? なんだ?」

「俺は勝ってくるからお前も負けんなよ?」

「そうだな、あの吠え面に豆鉄砲食らわしてやって驚かしてやろう」

 

そう言って飛び出ていく織斑と『白式』。青と白が交わり激戦を開幕された。

 

 

 

 

結果で言うなら一夏と『白式』は負けた。しかし、初めての戦闘で、しかも初期設定(フォーマット)でビットを破壊しつつ、戦闘中に一次移行(ファーストシフト)を何とか果たし終え、敵の弾幕を潜り抜けたのは善戦と言って過言ではないだろう。むしろ素人がそこまで行けたのが驚きだ。

 

さて、次は俺の番だ。上手くやれるかな?

コアと訓練機『ラファール・リヴァイブ』の同調が終わり、それに乗り込む。初期設定から動くことは出来なく、一次移行ができないらしい。理由はこれは他の企業、国家が検討中というため。

 

(というよりもどこがコアを出して研究データを少しでも先取りしてぇんだろうけど。もしくは独占か)

素人・強みがない・人気がない・実力もわからない。

この試合で結果を出せなかったらコアの取り上げもあるかもしれない。

それでも、俺のデータは貴重だ。

 

つまりコアは俺に与えられたが、まだ専用機を貰っていない。別にどうでもよかった。むしろ下手に高性能な期待を与えられてそれを使いこなせないのが嫌でもあった。だって訓練機すらまだ力を引き出していないんだから。

 

「アキト、頑張れよ」

「あいさ」

 

ピッドから飛び出て所定の位置まで行く。オルコットの方も補給が終わったのか壊された青のビットの羽は元通りになってピッドから出てくる。

そして手に持たされている大型のレイザーライフル『スターライトmkⅢ』がこちらを向く。

 

「さて、始めますか」

「一つ聞いてよろしいかしら? あなたはなぜこの試合に出ているのです?」

「え?」

「失礼なことですが、わたくしはあなたが出てくるとは思いませんでした。だってクラス委員になりたいわけでも馬鹿にしても怒らなかったので、戦いを避けて通る臆病者と思っていましたから」

「間違ってねぇと思うぞ。今だってその銃が怖いし、戦闘で傷つくのが怖い。心臓はバクバクなって緊張してるし、頭の中が真っ白になりそうなんだ」

「ならなぜ出てきたのです? 相手の様子をうかがって、媚びて、危険な橋を渡る必要はないのではなくって?」

「それじゃあ、今まで俺に教えてくれた、手伝ってくれた友人や先輩に申し訳が立たねぇんだ。それに逃げたくねぇ。それに……」

 

そうだ、逃げられない。自分の腕がかすかに震えているのが分かる。心臓が何時もより大きく鳴っているのが分かる。頭がクラクラしてきそうだ。

けれど、逃げない。知識をくれたのほほん。支えてくれた谷本。最初は酷い先輩だと思ったけど律儀な栗木先輩。俺を強くしようと協力してくれた更識先輩。

いろいろな人に手助けしてもらった。それをここで恐怖に負けて逃げ出すことなんて俺ではなく、その人達に泥を塗るのと同じだ。そんな事はしたくない。

それにおれ自身……

 

「負けたくねぇんだ、いろんな物に」

強くなりたいんだ。誰かに手を貸せるくらいには

 

「だから、遠慮もいらねぇ。手加減なんてしてもらいたくはねぇんだ」

「わかりました。では、いきますわよ!」

 

そう言って放たれるレーザー光線。引き金の指に注意を向け何とかレーサーが放たれるタイミングをつかみ、横にスラスターを向け移動をする。

肩に擦れ装甲が赤くなるが問題ない。このまま多方向推進翼《マルチスラスター》に付いている盾を一つ前に出し防御しながら接近する。

 

その行動と同時に射出された4基の青いビット。高く方向からの攻撃を潜り抜けようとするが行動を先読みされているらしく、なかなか前に進めない。

まるで小学生が一輪車に乗って両手を広げバランスをとるようにふらふらと軸線がぶれる危うい回避行動であった。

危なげにそれらの攻撃を回避し続ける。腕や足が掠れるが直撃はない。しかし油断はできない。少しでも気が抜けたら四方からの一斉発射によるタコ殴りが始まる。

縦、横、斜め、後ろ、前、すべての方向からレーザーが降り注ぐ。その中に止まるという愚行はせず怖いと叫びたくなる気持ちを抑え、全方向に意識をいきわたらせ敵を見据える。

小刻みにスラスターを吹かしながら、されどできるだけ前に出るように右斜め前に、左下前に、上下左右に動いて射線から逃れ続ける。

回避続けていたその時、ビットではなく本体からの攻撃をくらう。バランスを崩し誘い込まれたと思った瞬間、一斉にビットの銃口から火を噴き立て直していたところを襲われる。

 

それでビットの攻撃がやみ、本体に戻っていく。どうやら本体からエネルギーを回しているらしくエネルギーが切れたのだろう。ビットに追順するように一気に加速する。

 

しかし、加速したときに急にビットが反転。俺の進行方向上に狙いを定め、本体も攻撃態勢に入る。

罠と気づき急いで呼び出す。

これを食らったらかなりのシールドエネルギーが減るだろう。そうなる前に、あるものを呼び出し前に投げる。それにより進行方向が煙に包まれ、あっという間に煙が広がり雲になる。俺はその雲の中に入っていく。

その雲の中に放たれたレーザー光線は煙の粉末によって威力が減衰し、シールドエネルギーの減少を最小限に抑えることができた。

荷電粒子砲やレーザー兵器の弱点が環境に影響を受けやすいことなら、その受けやすい環境を作り出してやればいいという結論に至りスモーク弾を事前に収納しておいた。

 

そして一気にビットの包囲網を突破し、両手に武器を呼び出す。単分子カッター『ブレイドランナー』とコンパクトでポンプアクションを自動でする散弾銃『ケル・テック』。

 

動いている相手に当てるというのは至難の業である。また自身も動いているのなら俺の腕では確実に当らない。なので、一度に沢山の弾を吐出し当てやすい散弾銃で移動しながら撃つという結論に至り、実行する。

単分子カッターのコネクト部分をつなぎ刃が回りだす。

 

加速しながら散弾銃を撃ち、その衝撃を真正面に食らった『ブルー・ティアーズ』はよろけた。おそらく突然に視界が覆われた事とビットによる操作に集中していたため立て直すのが遅れたのだろう。

そこの懐にどうにかもぐりレーザーライフルに単分子カッターを立てながらまだ踏み込む。甲高い金属をうならせ相手を喰らいついていく刃。

レーザーライフルが悲鳴を上げるかのように耳障りな金属音と火花を散らせ、散弾銃をオルコットの方に向けながらぶっ放し続ける。至近距離から沢山の弾を食らってしまい後ろに下がると同時にレーザーライフルから手を放し、俺の後ろにいたビットに攻撃命令を下しこれ以上の進行を防ごうとする。

それから後ろの方でレーザーライフルの小爆音が聞こえる。またもや距離が離されそうになるが、進行を防いでいるレーザーの網を強引に突破する。3発くらい腕や盾、足に食らうが構わない。なぜかというと勝機がここにしかないからだ。

織斑を追い詰めたミサイルは自分がその爆発に巻き込まれないことが前提だ。さらに近くに行くとミサイルの誘導性は曲線を描くため当たらないことになる。普通のミサイルは直角に飛ぶことができない。相手に張り付いてしまえばこちらの土壇場だ。

散弾銃を連射しながらオルコットに可能な限り近づいたのだが、

 

「くっ」

 

苦しげな表情で俺を見るオルコットの顔が見える。その時腰についてある円柱のミサイル発射部がこちらを捉え、ミサイルが発射される。直進することしか考えていなかったせいか真正面に食らってしまう。そして、かなりの速度で地面に激突し土砂を巻き上げた。しかしその爆発に巻き込まれオルコットも吹き飛ばされる。

両者ともにシールドエネルギーをかなり消費していた。

 

 

「ああ! 大丈夫でしょうか二人とも!?」

「山田先生、二人のバイタルを見ているでしょう? そちらは?」

「あっ、はい。 そうですね、二人とも大きな怪我はしていなさそうでよかったです」

最初は劣勢であった崎森だったが、戦況が変化しさっきまでオルコットが追い詰められていた。しかし、もう一度距離を取れられまた近づくとなるとそれまで崎森のシールドエネルギーが持つかどうかになってくる。

 

「さて、どうなることやら」

「普通に考えれば戦況が元に戻った崎森の方が不利になりませんか?」

「確かに状況から見れば。しかし、オルコットの方は武装であるレーザーライフルの消失によって大きく火力をなくしまった。まぁ、それでもミサイルがあるから解らんがもう何個かスモーク弾をアリーナを覆えるくらいばらまけばビットは無効化できる。対して崎森の方はさっきのミサイルで絶対防御が発動してシールドエネルギーを大きく削っただろう。しかし、ミサイルの対処法。散弾銃で撃ち落とすなり、シールドで防ぐなりすれば或いはだが……」

「ミサイルをどうにかできれば勝ち目があると?」

「ああ。だが、崎森がそこまでの技術があればの話だ。なかったらミサイルを避けられずに負けるだけだ」

そんなこと戦闘考察を先生方が言っていた。

 

砂埃が晴れてきてその中にいた崎森はふらついていた。おそらく頭からぶつかり軽く脳を揺らされたのだろう。確かにそれでは次の攻撃を避けることはできない。

だがおかしいこともある。それならISの操縦者保護機能が働き即座に正常に戻ろうとするはずだ。

だが、まだふらついている。バイタルにも何も異常はみられない。

そこにビットのレーザーが降り注ぐ。その試合を見ていた何人もがこれで終わりと思った。

 

しかし未だ試合終了のブザーはなっていない。

当たり前であった。さっきのレーザーが一つも当ってないのだから。

 

「どうなっているんだ」

一夏がつぶやいた言葉はそれを見ていた大多数の生徒の感想だった。ただし、教師の方は何か気づいたらしい。

 

「織斑先生」

「ああ、あれになったな」

「あれ? あれってなんだよ。ちふ……織斑先生」

「あれはいわいる―――」

 

 

視界がぼんやりとしている。まるで風呂の中でリラックスしているような、寝起きでまどろんでいるような、そんな感覚である。

 

「よくここまでやってくれましたね。けどこれで終わりですわ!」

オルコットが何か言っているような気がするが解らない。頭が正常に働かない。いや、言葉は聞こえているのだがまるで遅く感じる。スローモーションで流しているようだ。

 

背中のスラスターからビットが射出されビームが俺に降り注いでくる。しかし、今まで亜光速のように速かったレーザーが遅い。まるで泥中を進む、粘度の高い液体を進んでいる魚の様に遅すぎる。

両手にある武器を収納し、腕を下げ、足を下げ、頭を傾け、体を少しひねり最小限の動きでレーザーの弾幕をギリギリで避ける。避け続ける。そして、一瞬弾幕に隙間ができ、その隙間を通るように足をバネにし勢い良く飛ぶ。

 

「なっ」

オルコットは驚愕していた。さっきまでの戦闘で確かにここまでやれるとは想像していなかった。それは素直に賞賛に値する。だが今やってのけた回避行動はあまりに異常だ。

さっきまでは出来るだけ前に出るように小刻みに動いて射線から逃れるようにスラスターを使っていた。それでも掠れはするし追い詰めて撃って、当たったこともあった。つまり完全には見切っていないことになる。

だが、今やっている回避行動は完全に見切っていなければできない芸当だ。

 

一瞬そのことに驚きつい力を入れてしまいレーザーの弾幕に隙間ができてしまった。

その隙をついて向かってくる『ラファール・リヴァイブ』。これ以上素人に負けていられないという焦りもあったのだろう。

「まだ、これはあっての事よ!」

そう言って乱射されるミサイル何十発を連続して撃つ。更にビットを展開し四方から回避行動をとると思われる所にレーザーを放つ。流石にこれは逃げられないだろうと確信した。

 

だが、予想は裏切られる。

 

向かってくるミサイル、ビットの移動速度、更に自分の飛行速度すら今の崎森章登の目には遅すぎた。

まるで、リアルタイムでハイスピードカメラを見ているのと同じでどんな際の部分も見逃さない。軌道を予測するのが簡単すぎる。だが苛立っていた。

なんでこんなにも自分は遅いんだと。もっと速く、もっと鋭く、もっと前に、もっと、もっと! もっと!!

 

ミサイルが目の前まで迫っているが今の崎森には遅すぎて真ん中を突き進んでやろうとすら思ったほどだ。そしてそれを実行する。マルチスラスターをありとあらゆる方向に向け複雑な軌道をし始める。独楽のように回ったかと思えば逆回転し、左前に進んだかと思えばその場で体を身をくねらせミサイルの弾道からそれる、前転のように回ったかと思えば今度は足のスラスターを吹かし後転し元の姿勢に戻る。そんな風に回避行動を取る崎森を傍から見ていたら奇妙なダンスに見えるだろう。

 

そして、ミサイルの弾幕を最短で突破し『ブルーティアーズ』に迫る。手に武器を呼び出す。栗木先輩の研究室にあった岩盤破壊ナイフだ。簡易パイルバンカーの威力を誇るこれは火力不足の決め手にふさわしいとそう思った。

 

それを避けるよりも迎撃しようとビットが後ろから襲ってくる。避けたミサイルもまだ追ってきていた。かなり追尾性がいいらしく、ミサイルは曲線を描くように反転し俺についてきていた

もう回避行動をとらずに一気に駆け抜ける。そして驚愕しているオルコットの腹部のアーマーに突き刺す。そして離れようと蹴りを入れたところでハイパーセンサーが後ろの様子を見せる。

 

もう背中まで来ており自分の体感時間で後5秒もしない距離にミサイルは当たる。別に動きが速くなったわけではない。そしてさっきまでスローだった景色も徐々に早くなっていく。今からでは避けられそうにもない。

 

(ま、一泡吹かせられたかねぇ)

そして驚愕しているオルコットに向けて一言言い放つ

「かましてやったぜ?」

その声は爆音にかき消されてしまったがオルコットには気付いたのだろう。驚愕が不釣り合いな笑みに変わった。

やってくれましたわねっと不敵に笑い今にも言いそうだ。

 

 

ピッドに戻って来た。ふらつく浮遊をしながら何とか着地しする。対戦結果の投影ディスプレイを見てみるとオルコットが勝利したらしい。

 

「崎森、お前の体何処かに異常はないか?」

「ミサイルの爆発の衝撃でまだ頭がくらくらするような感じがまだあるんですが……それ以外は何とも」

「崎森君、戦闘データの端末を出してくれますか? ちょっと確かめたいことがあるので」

そう言われて目で項目欄を確認していく。俺のデータを収集している端末部分を見つけ呼び出してみる。携帯電話のような大きさが出てきたのだが最初はUSBぐらいに収めると言ってなかったか? まぁこれでも小さい方ではあるんだが。それを山田先生に手渡す。

 

すぐさまPCの端末につなぎデータを確認していく。何か俺が違法なことでもしてないか確認しているのだろうか?

「何かあったんですか?」

「戦闘中に何かおかしくなった気はしなかったか? 例えば世界がスローモーションに見えたとか、感覚が鋭くなって機械の細部の動きまで分かるようになったとかなかったのか?」

「えっと、弾速が遅すぎて簡単に見切れるくらいには」

「やはりか」

織斑先生は納得したようだが、俺は何が分かったのかさっぱりわからない。あのような事が起こるとまずいのだろうか?

 

「ハイパーセンサーが操縦者に大量の情報を与えるため感覚が鋭敏化されることがある。高速戦闘時に高感度ハイパーセンサーに切り替わるその時に、視界がスローモーションになるんだがそれでも長くて5秒くらいだ。」

「え? でもその高感度ハイパーセンサーになんて変えていませんよ?」

「ああ。だが火事場の馬鹿力みたいなことが時々あってな。かなりの緊張感、危機感を感じた時になりやすい現象らしい。そこで操縦者保護機能がどうにしようと体のバイタルどころか脳の働きまで正常に戻し過ぎるということがあってな、ISが身体操作して武術で言う無我の境地や一種の極限状態に陥ると考えてもらって構わない。さらに危機回避しようとハイパーセンサーが大量の情報を脳に送ることで、周りがスローモションに見えることがある。それによって技量以上のテクニックや常識を逸脱した軌道ができると言うわけだ。こういった現象は過去に何度かあり瞬間反射現象と呼ばれている」

「俺は実力であそこまで行けたってわけじゃねぇんだ」

ちょっと落ち込んでしまう。まるでチート使ってゲームをクリアーしていく虚しさのようだ。さっきまで俺TUEEEEEだったのが、俺は卑怯者のレッテルを自分で張り付けてしまった。

集中力が異常と周りに言われたことがあるし俺もそう思ったあの現象とは違うらしい。いや、あれに名前がついているわけじゃねぇけど。

 

「まぁ、恐怖を感じる心もお前の力だ。この結果はお前の今の実力であることに変わりはない。その力を使ったこの結果が不服なら、この1週間以上の訓練を重ねてオルコットにもう一度再戦してもらえ」

「はい」

織斑先生の言う通りなのだろう。確かに便利で強い力だったがそれに頼りすぎるのは俺の性分ではない。命を狙われた時、誰かを助けたい時に発動できたらいいとも思うが、そうなる前に自分が強くなろうと改めて思う。

 

「なんか俺の時と対応が違う」

「当たり前だろう。お前はこの1週間剣道だけしてきて他の事は何もしてこなかっただろう? せめて教員に連絡を取って開発部にどんな機体が来るのか聞いていたり、山田先生に教えてもらうなりしとけば結果は変わっていたかもしれんぞ?」

「「うっ」」

なにやら篠ノ之と織斑がいっしょに明後日の方向に目を逸らしている。

本当にISの教本すら見ておらず剣道だけしかしていなかったのか……。

 

 

山田先生から電話帳のような厚さを持つISの規則事項の書類をわきに抱えて寮に向かっている。その途中でISの待機状態である十字架のペンダントが不愉快に思い、首からはずし手首に巻きつける。ペンダントからブレスレットに代わる。中学時代マフラーのちくちくが嫌いだった影響でもある。そのため首を絞めるような服はあまり着たくないのだ。学生のカッターシャツはあまり影響はなかったが、それでも首がつらいと思ったことはある。

それに、ブレスレットの方がかっこいいと思うのだがどうなのだろうか?

 

「俺は付けたこと無いから判らないけど、似合っていると思うぞ」

「そっちはガントレットって言うよりは腕輪って感じだな。ステータス上昇効果とかあるんじゃねぇのか?」

「精々防御力が1あがっただけだ。でもなんで防具なんて設定になってるんだろうな?」

「身を守るとかの意味を込めたとかじゃねぇの? まぁ、その辺は開発者に聞かんと分らんが。でさ」

一夏の隣を歩いていたのだが小声で後ろにいる篠ノ之に聞かれないよう耳打ちする。

 

「なんで篠ノ之は俺を睨んでいるんだ? 結構寒いんだけど」

「ああ、俺もあの眼は怖い」

 

そう、なぜか俺らに向け殺気に近い怒気のような視線を背中に受けるほど、俺達を睨んでいる。なぜだ?

 

「お前達は何を話している?」

「いや、その……明日どこかのアリーナを借りて試合しようぜ、みたいな?」

「ああ、別に箒が怒るようなこと相談してるわけじゃないぞ」

織斑、それは何か怒らすようなことを言っていると白状しているようなものだ。

 

「ああ、私は怒ってないぞ」

 

「で、一夏は誰にISのことについて学ぶつもりだ」

「え? 箒に習おうと思ってたんだけどダメか?」

「別にダメというわけではないのだが……。その、崎森みたいに先輩に習ったりしないのか?」

「都合が悪いなら他を当たるが」

「いや! 余暇はあいているぞ! 都合が悪いとは言っていない!」

いきなり会話に割り込むように大声を上げ、俺たちは一瞬体を硬直させ目を開いて篠ノ之を見る。途端に大声を上げたのが恥ずかしいのか赤面してしまい、俯いてしまった。

 

「まぁ、俺はありがたいんだけどな」

「そ、そうか。ありがたいか。……そうかそうか、ありがたいか。ふふふ」

織斑に頼られて嬉しがる気持ちはわかるのだが少し怖い。

しかし、なんとなくだがその二人が親しい間柄だということがわかる。篠ノ之は見かけるときはふて腐れている顔か不愉快な顔しかしない。

 

「では一夏、明日から放課後は開けておくのだぞ!」

声が弾み、また歩き方も今にもスッテップしそうなほどに上機嫌だ。その様にして俺達を置いていき寮に向かっていく。

 

「なんで箒はあんなに上機嫌になったんだ?」

「……さぁ?」

一夏と恋仲になりたいのか、とも思ったがどちらかというと一夏と一緒にいられることのほうが嬉しいように見えた。どちらにしろ、一夏に気があることは確かなのだろうが、自分が一夏の特別でありたいと、自分の技術を教えるのとではあまり関係がなさそうに思える。

前者は恋人の思想だが、後者は先生や先輩が後輩に目をかけることである。

恋人は好き、先生や先輩は気に入っている。

恋人は自発的に、先生や先輩は義務的に何かをする。まぁ、これはおれの自論なので当てにならないかもしれないが。

それで行くと、篠ノ之はどっちになるのだろう?

 

一応自発的になるから恋人になりたいと思っているのだろうか?

 

 

 

部屋に入るためにドアを開けたところで 祝! 敗北! と、でかでかと書かれた白い布が目に入り、それを持っている谷本とのほほんが笑顔でこちらを見ている。

 

「おかえり~。すごい試合だたねぇ、負けちゃったけど」

「うん。特に最後のよけ方はすごかったわよ。負けたけど」

そんなに俺が負けたことが嬉しいですか。気持ちが沈んでいく。

 

部屋のテーブルには炭酸飲料が入ったペットボトル、スナック菓子の袋、あと判らないお菓子が置いてあった。そして畳まれてある同じ白い布は恐らくオルコットに勝利した時に広げるものだったのだろう。

だが、俺は負けってしまった。なら……

「じゃあ、そっちの布が広げられるように頑張りますか」

 

代表候補制に勝てるのがいつになるかわからないが、努力し続けていかないと決して到達できない。それに、負けっぱなしは嫌だ。

次にオルコットと試合する時はもっと力をつけて勝とうと胸に決めた。

 

「なんだこの炭酸!? めっちゃ甘いんだけど!?」

「にしし。前に小豆の炭酸が出たでしょ? そこの会社が今度はお汁粉でやろうって決めたお汁粉ソーダらしいわよ」

ペットボトルのラベルを見ていなかったために普通のグレープソーダだと思っていたのだが、口に含んだ瞬間炭酸の泡と小豆の甘さとお汁粉の甘さが胃まで広がっていく感覚がある。

これ以上変な菓子はないかと机に広げられた菓子を漁るが出てくるのはロッキー(スナックの棒に飴のコーティングをしたやつ)、かき氷シロップ(イチゴ味)チョコ、ソーダキャラメルポップコーン、マタタビの山(フールーツミックス味)など激甘なのを想像させる物ばかり。俺も甘いものは好きだ。マタタビの山は時々おやつになっている。

 

だが! 

このかき氷シロップチョコやソーダキャラメルポップコーンは、混ぜればいいという話ではないのではないか。

 

「なんでこうなった」

「買い出しをのほほんに任せたのが悪かった」

「え~。甘いの好きでしょ? 二人とも~」

「「限度があるわ!」

 

結局俺はマタタビの山とスナック菓子を摘み、それだけだと直ぐ無くなってしまったのでためしに一本、ロッキーという差し当たりなさそうなものを咥えてみる。

 

「ん? 案外おいしいぞ。何このマッチ感。固いけど柔らくもない触感」

「なぜかしら、このかき氷シロップチョコ。口がむかむかするほど甘くなるのかと思ったら固いチョコチップにイチゴチョコを混ぜただけで結構いけるわね」

「でしょでしょ~」

のほほんは味音痴ではないらしい。

 




正直、章登が強すぎたと思います。
まぁ、いろいろと能力方面については考えてあります。



修正 というよりもどこがコアを出すか渋ったんだろうけど
   というよりもどこがコアを出して研究データを少しでも先取りしてぇんだろうけど。もしくは独占か


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6話

おそらく飛ばしてくれて構いません。


試合の終わった後日に研究部に赴き『ラファール・リヴァイブ』の調整をすることになった。

栗木先輩にお礼を言おうと来たのだが、そんなことよりもISに触らせろと言われたので展開し、簡単な整備や調整方法を学んでいた。織斑先生は見てくれた後に「ありがとうございました」と言っているので(息切れが激しく聞こえているかどうかわからないが)別にいいと思う。

 

「そう言えば名前どうするのよ?」

「え? ラファール・リヴァイブって在るじゃねぇか」

「まぁ、そうだけど。それは企業の商品名みたいなものよ。あなたの機体になるんだからオリジナリティなり愛機要素なり入れ込んでみたら?」

「愛機要素って何?」

「ともに戦う戦友みたいな感じよ。ISのコアには意識に似たようなものがあるから間違ってはいないと思うわよ」

まぁ、言わんとすることはわかる。要は愛情を籠めろと言っているようなものだろう。まぁ、自分なりに染め上げると言うとかっこいいと思うかもしれない。うん。

 

「スプレーとかってねぇか? 塗色したいんだけど」

「それじゃあ整備課から取ってきなさい。確か装甲の塗色とかエンブレムが剥げたときとかに使われるから」

そう言われて立ち上がり、扉の前まできて足を止める。整備課がアリーナの近くだったということは知っているが、どこのアリーナの近くだったのかまでは知らない。

 

「整備課ってどこにあったけ?」

「私が知ってるから案内するよー」

「じゃ、ナビお願いな」

「あいな~」

のほほんに案内され整備課のところまで来たが、中には入らず横にある資材や装置を置いてある倉庫に入っていく。

 

そこにはハイパーセンサーの部品予備や、部品の不具合がないか調べたり、細かい部分を手作業でするときに使う作業用ステータスゴーグル。研究部にあった多彩アーム。それに何かわからないケーブルや調整器具などがきちんと整理され保管庫や金庫のイメージを俺に与える。

倉庫の隅に置いてあった塗料が入っているドラム缶と、それに繋いで塗料を吹き出すスプレーを近くに置いてあった台車の上に乗せ、研究室まで戻る。エレベータ―完備の学校とかそうそうないと思った。

 

研究室の床に新聞を広げその上に多彩アームではずした装甲を並べていく。俺と谷本は取り外した装甲を床に置いていくのが仕事で、のほほんが多彩アームで装甲を外し、栗木先輩は塗料が内部に入らないように透明なカバーを掛けていく。

 

「あんな服装なのに器用ね」

「本人は整備課希望って言ってましたよ」

「じゃあ、スカウトしてもいいかしら? 知識に関しては十分だし、不器用ってわけでもないし」

「私、生徒会に呼ばれてるからそっちに入っちゃった。私がいると余計に仕事が増えちゃうからあまり行ってないけどね~」

「それでいいのか生徒会!?」

 

ラファールの装甲すべてを外し終えたところでネイビーブルーの色を吹き付けていく。深緑の色が深青に塗り替えられていく。これで角とか大鎌とか蝙蝠のような羽をもっていたら、悪魔を連想できるだろう。

 

「なんでこんな色にしたのかしら?」

呆れた様な声で栗木先輩が言うが、そんなに変な色を付けたわけではないと思う。ピンクとか黄色とか、そもそも俺の色ではない。やっぱ寒色系っていいよね。それに

「かっこいいじゃん」

これが一番の理由。なんか先輩はため息を盛大に吐き出した。そして、蔑んだ目で俺を見る。ああ、オタクとか中二とかだけどそれが何か? というか、かっこよくなかったら意味ないじゃん。

 

装甲を塗装し終えたところで今度は、名前をどうするか。塗っている途中で考えたのがあるのだがまず最初にみんなが意見した。こんなのはどうかと。

 

谷本

「ジェネレーション・リヴァイブ!」

え? 色変えただけで進化するの? 性能的に何も変わってないよ。 得意げに言っているけど却下。

 

のほほん

「ラフたん」

可愛さなんて求めてない! 間抜けな感じがする! ってか、あだ名じゃねぇか! 却下

 

栗木先輩

「もうあなたの好きなガン○ムでいいんじゃないかしら?」

発案者がそんなのでどうするんだよ? ってか、投げやり過ぎねぇか? 却下

 

最後に俺

「ストレイド(迷い子)。ラファール・ストレイド」

「……強風の迷子?」

「あー、風は迷うみたいな」

「……かわいくないねぇ」

「……なんでそんな名前にしたのかしら?」

みんな疑問符や困り顔を浮かべている。なんだろう? このかなり滑った感覚。期待を裏切らせたらしい。

 

「いや、このISって兵器はどこを迷走しているのかとか、俺はどうしたいのかっていうことを考えて付けたんだけど? 

ISってもともと宇宙開拓に作られたけど実際には完全に兵器に路線変えたし、俺はIS動かしてしまっちゃってここに来て進路がよくわかんなくなったから」

「だから迷い子?」

 

「けして、機動兵器初期機体の名前が同じだとかそういうのではないのであしからず」

そんなこと言ってところでまた先輩の目がまた蔑んでいることには気づきたくなかった。

 

 

 

そんな改造というか、変色と改名してしまったが教職員用、訓練用と見分けるためにということで許可は取ってあり、別段お咎めとか、処分とかはなかった。

整備課に塗料を戻している間に装甲を元に戻し、待機状態にしたときには深緑だった十字架が、深青に変わっていた。機体の色が変わると待機状態の色も変わるらしい。おかしいとか奇妙とかいやでも感じてしまう。逆に赤を待機状態に塗ったら赤く変わるのだろうか? のほほん曰く自動調整が働いたらしいがよく分からない。ISのコアは相手を理解しようとするがIS側も自分を知ろうとするのだろうか? 大体俺自身すら自分の事がわからないのに、もっとわからないやつが俺を知ろうとするとは何の冗談だと思ってしまう。

結局こいつはなんなんだろうと左腕にまかれた深青の十字架を見つめていた。

 

 

後は更識先輩にお礼を言うだけ。のほほんが生徒会役員らしいので場所を教えてもらったのだが、なぜか一緒についてくる。用があるとのことだが、戦力外通告を受けたのではなかったのだろうか?

 

考えている間に生徒会室の前に来た。のほほんが「のっくの~っく」という独特のリズムと掛け声で扉をたたき中に入る。そこにはいかにも偉い人が使いそうな番台のような机と背もたれがあり黒い回転式の椅子に座った更識先輩とその隣にいる秘書のような人。

机の両隣りには行事項や運営資金の資料やそれらに関する本などと思われる物が所狭しに並べてあり、生徒会という学生の集まりというより、社長室を大きくしたといった感じがする。

 

ソファーが机の対象になるように置かれ、部屋の端に冷蔵庫やコーヒーメイカーやコップ、ティカップが置かれている。応接間と言われてもあまり違和感はないだろう。

 

「失礼します」

「いらっしゃい。まぁ、ソファーに座っててね」

「いや、お礼言いに来ただけなんですぐに帰ります」

「えー。ケーキ食べていこうよ。ここに置いてあるケーキすっごーくおいしいんだよー」

「……それ食いに来ただけ?」

「ちゃんと仕事もするよー。主にお茶出しだけど」

 

そう言って、冷蔵庫の所まで独特の走り方。トクトクとまるでペンギンが遅く走るように人間なら普通の歩き方で抜けれそうな速度で移動し、冷蔵庫からケーキを取り出す。

更識先輩の隣にいた秘書さんも冷蔵庫の隣まで行きティーカップに紅茶をいれてのほほんが持っているお盆に置いていく。

 

更識先輩の方を見るとどうぞという風に手を椅子に向けているので座ってもいいらしいが、本当に長く居座る気はないので、どうしようかと悩んでいたが「どっちにしろ一服するつもりだったから」と言ったので座ることにした。

 

「忙しい中、ISの事について教えてくれてありがとうございました」

「ふふふ、どういたしまして。暇があるときは教えてあげるようか?」

「お願いします」

そうやって頭を下げてお礼を述べる。まぁ、教えてくれるのならありがたいと思っている。この人のからかう性格はどうにかしてほしいものだが。

 

「そういえば、クラス代表って織斑君になったらしいわね」

「オルコットじゃなくて?」

「そうそう、辞退したらしいわよ」

「ふーん」

意外である。俺、織斑が負けたのだからクラス代表はてっきりオルコットがなると思っていたのだが。

オルコットに何の変化があったのやら。

そんなことを思っているうちにお盆を持ったのほほんが来た。

 

「えへへ。おまたー」

そう言って机に紅茶とケーキを置いていく。ケーキにフォークを釘刺しにしそのまま勢い良く口を開け、ケーキを頬張る。

「うまうま」と自分のケーキを頬張り続けるのほほん。すぐになくなってしまい、ケーキに付属していたフェルムを舐め始めた。そんな行儀を咎める人物がいた。

 

「本音、お行儀が悪い」

「だいじょうぶっ。ぺろぺろ」

「のほほん、せめてフォークで掬うとかしないのか」

「残念ー。もう舐め終えちゃった!」

そんなこと言った時に秘書さんがこちらまで来てのほほんの頭に拳骨を下す。

 

「うぇ……痛いよ~。お姉ちゃん」

「親しい中でもお行儀よくしなさい」

「姉? え? のほほんの家族?」

「ええ、私は布仏虚。生徒会の書記です」

眼鏡をかけ髪は三つ編みにして、目はのほほんと同じでおっとりしているがしっかりと目に力が入っており、のほほんのような気力がない訳ではない。

制服も学校指定の物で改造されていない。

 

隣に座っているのほほんと比べてみるが姉妹と言われてもあまり似ていない。

 

「仲がいいわねぇ。で、さっきの暇があるときに教えてあげるだけど今後は忙しくなりそうなの」

「まぁ、独学でやるしかないでしょうね。わからなかったら栗木先輩やのほほんに聞きますし」

「そこでおねぇさんからのプレゼントがあるんだけど、まぁ研究室の方に運んでおくから明日見に行ってね」

「プレゼント? ……訓練メニュー表とか?」

「それは明日の楽しみ」

更識先輩が怪しげな笑みを浮かべこちらを見てくる。なぜだか紅茶は苦くないのに嫌な顔をしているのが自分でもわかる。まぁ、変なものでない有効的なプレゼントを期待しよう。

 

 

 

「では、一年一組クラス代表は織斑一夏君になりました。大変だとは思いますが頑張ってくださいね」

先生の発言と同時に拍手が教室に響き、織斑は困惑した。

 

「先生。なんで俺がクラス代表になっているのでしょうか?」

「それはわたくしが辞退したからですわ」

更識先輩が言っていたことは本当だった。オルコットは立ち上がって腰に手を当てている。その顔は得意げのような、喜ばしいような表情をしている。

 

「確かにわたくしは全勝しましたが、それは考えてみれば当然の事。何せわたくしが相手だったのですから。しかし、特別な例とはいえ『一夏さん』と『章登さん』は同じ専用機を持つもの。ならば早くそれ相応の実力を兼ね備えてほしいと思いまして辞退しました。何せISは実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば実戦に事欠きませんもの」

 

一気に弾むような調子でしゃべり終えたオルコット。しかし、織斑は気になったらしく質問を重ねる。

 

「それじゃあ、アキトは?」

「その辺は意見が出たんだけど」

「織斑君のは専用機で崎森君は訓練機だからね」

「それに見栄えがする方がいいし」

そりゃイケメンと俺とを比べないでくれ。あれか整形すればいいのか俺は。

 

「別になりたいわけじゃねぇけどなんだろうな……。この物悲しさはなんなんだろう?」

「さっきーにはいっぱーい、いいとこあるよ。塗装がうまいとか」

「……ありがとう」

のほほんに励まされたが何やら心は軽くならず重いままだった。

 

「それでですね、よろしければ放課後に私がコーチを致しますわ。わたくしのような優秀な生徒が教えれば上達のスピードも上がりまして非常にお得でしてよ」

「生憎だが不要だ。一夏からは私から直々に指導してくれと頼み事されたのでな。大体、射撃戦重視の機体が接近戦重視の機体に何を教えられるんだというんだ」

「あら篠ノ之さん。それなら余計に射撃の回避行動や相手の懐に入る方法を模索するべきではなくて? その分わたくしの射撃能力はかなりのもの、さらに専用機を持っている分すぐさまに始められましてよ」

「それよりも前に接近戦の何たるかを一夏に教えておかないといけないのだ。間合いに入っても当たりませんでしたでは意味がないだろう!」

そうして始まる修羅場。教室はオルコットと篠ノ之の視線のぶつかり合いと、どちらが織斑のコーチをするかで口論して空気を重たくし始めた。

中には自分がその訓練に参加しようと申し出そうな猛者もいたが、一言言ったところで二人から睨みつけられ口を閉ざしてしまった。

 

「何をやっている馬鹿たれども」

二人の出席簿が頭に直撃し、重い激音を教室に響かせる。そこで二人は口論をやめ不満がましい目で織斑先生を見るが、それすら子供の児戯のような視線と猛獣に睨まれる(獲物として狩るのではなく、縄張り争いで相手を撃退する。しかし虎VS三毛猫)ようなすさまじい恐怖を感じる視線とでは竦んでしまってもしょうがない。

 

「私からすればお前らは卵の殻すら割り方をしらない雛鳥だ。それに代表候補生とはいえ一から学びなおすように言っておいただろう。くだらないもめ事は十代の特権だが今は私の管轄だ。自重しろ。それに織斑に教えるというのなら他の奴にも教えてやれ。詳しいんだろ?」

実力がないのに教えるのがだめなのか、織斑以外に教えないのがだめなのか、それとも単に授業が妨害されるのが嫌なだけなのか。

まぁ、他の人に教えてくれるのなら便乗しよう。

 

「クラス代表は織斑一夏。異論はないな?」

「はい」とクラス1人を除いて全員が声を上げた。

 

 

 

放課後のアリーナでランダムに動く投影された射撃となる的にアサルトライフルを向け放つ。時折レーザー照準され回避行動、移動を交えながらの射撃となるためかなり当てづらい。的の中心から外の順に赤、黄色、緑の枠で彩られており緑に時々、黄色に偶に、赤には全くで自分の射撃センスがないことを改めて自覚した。しかし、これでも停まって撃っていた時よりは精度が上がっているのではないかと思う。

突撃銃(アサルトライフル)は本来近距離で使用する武器だが単発式に変えることで正確な狙撃行動にも移れるようになった武器でもある。

それでもIS用に発展した狙撃銃(スナイパーライフル)や対物小銃(アンチマテリアルライフル)と比べでもしたら、火力、最大射程共に凌駕しているのだが、練習でそんな物騒なものをぶっ放す必要性がない。

 

最後に投影された的に銃弾を当て、スコアが表示される。30個ほどの的だったが5分を切ってしまっている。さらに点数、撃った回数も表示されていくがかなり最低の数字である。

もう一度と射撃訓練を行い、順々に時間、点数、ミスショットが減っていくものの微々たるものでアリーナの使用時間を過ぎて行った。

 

「はぁ」

さっきまでの総合スコアを学年の成績に合わせてみるとさすがというべきか。代表候補生は無論のこと、3年、2年とかなりのスコアが離されている。まぁ、最初からうまく行けるとも思っていないが。

織斑のほうはまず格闘戦の体の動かし方、戦い方、武器の扱いから篠ノ之から教わっているらしい。ここに来るまでに「自分の扱う武器から習えばいいじゃねぇの」と俺が何気なく言ったせいでオルコットから睨みつけられたわけなのだ。

なんでも織斑の専用機には武器が1つしかないらしい。当然それを使うしかない。

 

格闘武器1つのみとか潔すぎるだろう。Gガンだって牽制用のバルカンくらいは持っていた、エピ○ンだってビームソードだけではなくヒートロッドなど複数の武器を持っていたのだ。まぁ、どちらも色物だとは思うが。

 

今日はもう借りられないので研究部のほうにお邪魔しようと思った。まぁ、訓練が終わった時に更識先輩のプレゼントが気になったのだが、察するに訓練メニューだと思われる。

更に言うなら研究室がどうなっているのかが気になる。更識先輩の行動によって栗木先輩に迷惑がいっていないか。あと、いかなかった場合で文句言われるのと、言った場合で文句を言われるのとどうするべきかと迷ってもしまった。

とりあえず逃げる術がなさそうなので研究部に向かう。

 

 

 

「資金を回してもらえるのは有難いし、まぁ、あなたの教育費と思えばいいのかしらね。でもスペースとられるのは癪だわ」

「すいません」

「いいわよ別に。こっちにとっても利益がないわけじゃないもの。まぁ、アリーナ使用ができない間はこっち使わせてもらうわ」

研究室に入った時に見えたのはコンテナハウスを縮めたような箱であった。実際に人が入るものであるし、研究室には畳4枚分くらいのスペースが使われている。そのくらいでは元々大人数で使われることを設定して作られたこの研究室は狭くならない。

これは昔IS学園が製造したシミュレーターらしい。ヘルメットをかぶり神経伝達をして仮想空間に自身がいるように錯覚させるものらしい。

要はゲームの中に俺が入りました状態。

 

「でも、ISのシミュレーターがあるのならなんで訓練でこれ使わないんだよ?」

「企業とか学園でも使っているけど、各国の人間が集まるところだからデータの賛否があるのよ。Aの国の機体はここまでできるのになんでシミュレーターではできなくなってるって苦情が来たことがあったらしいわ。各国、企業がチューンした最新のデータとデフォじゃ差が出るのは当たり前だわ。だから、訓練で使うのは基礎能力しかないものを使っているのよ。大会とかじゃ自身やチームで調整して出場もできるけど。でもその国の未公開の部分を使わなければならないってことになるわ」

 

「でも、いろいろな過去の対戦者のデータを使えるのは有効じゃねぇの?」

「そうね。でもそのデータに勝ってしまったらそのデータの元になった人は専用機を下されるかもしれないし、国が安くみられるかもしれない、勝った人間が増長するかもしれない。」

 

「つまり外国からの干渉や圧力があったから訓練では使えないってことか?」

「研究目的や性能実験、訓練でも使えるけどこれは学園独特の物にしています。てことをアピールできれば公開されても文句は言えないわよ」

そういうものなのだろうか?

まぁ、他の国のデータをそのまま使っています。より一から別物です。って、言った感じになるのだろう。それで言い逃れできるか疑問だが。

 

「じゃ、さっそく使いましょう」

栗木先輩が急かす様に箱の中に入っていく。

俺はその反対側から入って手首から待機状態のブレスレットをモニターの前に置き、そこにある椅子に背もたれにかけるような形で半分寝たような状態になってヘルメットのような物を被る。

 

電脳空間や仮想現実と言われると攻殻機動○、ソードアート○ンラインと思われるかもしれないがその認識で間違いはない。この箱は仮想現実のISシュミレーションマシーンみたいなものである。

『これを使って練習してね』と顔文字つきで書かれた紙が貼っており、これが更識先輩のプレゼントだと分かった。裏面に『リアルだからって視姦したらダメだぞ』という言葉が見え思わず握り潰した。

 

ポリゴンで構築されたアリーナ。制限があり全く雲がなく太陽が動かない空。箱庭の空間。そんな中に俺は『ラファール・リヴァイブ』を身にまとっていた。反対側には栗木先輩が同じラファールを纏って立っている。しかし俺と違うところは試験段階のレールガンを脇に抱え両手で装備していることだろう。

 

俺は現実世界でISの武器を呼び出す感覚で手に単分子カッター『ブレイドランナー』とショットガン『ケル・テック』を握っていた。

ブザーが鳴り試合が始める。

 

牽制目的で二人同時に銃声が鳴る。しかし散弾ではレールガンの弾が出す衝撃波ですべてをかき消してしまいあちらには届かなかった。しかしこちらには届き後ろの壁に銃弾がめり込む。

次弾までに距離を詰めようとするが、栗木先輩の左手に光が現れ蒸気のように消える。その光の中から現れたのはアサルトライフル。それがこちらをとらえ弾丸が吐き出される。連射式に設定しているらしく弾幕が激流のように襲ってくる。

射線より右側に移動しつつショットガンを放つがすぐさまそこから移動し回避しながら、こちらに向かってくる。

そして、アサルトライフルで牽制しつつ本命のレールガンを撃ってくる。スラスターについている盾を右斜め前に構え針を縫うようにジグザグに動いて射線を惑わせながら敵に向かっていく。

しかし、レールガンが盾に当たり弾かれてしまい無防備をさらしてしまったが、かなり近づいておりこの距離ならショットガンの有効範囲と思い連射する。

だが、相手もこちらの武装が近距離対応とわかっておりすぐさま回避行動に移られる。その回避行動先に俺は持っていた単分子カッターを投げつける。電力配給するコードが伸び釣糸のようなものを思わせる。その攻撃を栗木先輩は蹴り上げることで防ぎその足にコードを巻きつけようとしたがそううまくはいかず引き寄せ手繰るしかなかった。そうしてる間にレールガンを放ってくるが盾を前に置くのが間に合い防ぐ。即座にアサルトライフルの弾幕が降り注いでくるが回避行動をし続ける。

 

「そんな攻撃法今時はやらないわよ」

「あっそうですか」

銃弾をこちらに浴びせようとどんどん撃ってくるときにそんなことを言われた。確かにこんな攻撃法あまりよくないだろう。投げナイフじゃないんだし。

そんなことを思っていたが足に、腕に銃弾がかすれ始めたので思考を打ち切る。しかし、さっきから撃ち続けているのだからいい加減に弾切れになってもいいはずである。

弾切れがないのかと思ったその時、一瞬銃弾の雨がやみここぞとばかりに栗木先輩に向かって直進する。

すぐさまレールガンで迎撃してくる。その時に引き金に意識を集中させ身をよじる。躱したかと思ったが弾速による衝撃波で体が固まりそうになる。だが止まってはいられない。

次の弾が来るまでの間にスモーク弾を呼び出し投げつける。すぐさま栗木先輩の周りが煙に包まれる。手持ちの武器を収納する時間が惜しく投げ捨て、その手に岩石破砕ナイフを二手に持つ。煙が辺りにまかれている中に岩石破砕ナイフを地面に突き立てるように投げる。

 

そして栗木先輩が煙から逃げ出す前に爆破。

爆風で煙が押し出されるように晴れ、その爆風にこちら側にも届くがそれに逆らうようにして突進。よほど栗木先輩の近くにナイフが刺さったらしく立て直すのに時間がかかっている。こちらに気づき距離をとるがもう遅かった。最後の岩石破砕ナイフを両手で握り突き刺す動作を繰り出す。

 

しかし、身をかがんでそれを避けたらしく下にアッパーカットの体勢でいる先輩が昇竜拳を放つ。顎にくらい吹っ飛ばされ手に持っていたナイフを落とすが何とかスラスターを吹かし体勢を立て直す。立て直した時と同時に放たれるレールガン。今度は真正面にくらってしまいピンボールのように弾き飛ばされる。そこで空の見えない壁にぶつかってしまって止まった。だが今度は弾倉を入れ替えたのかまた弾幕が俺を襲いに来る。すぐさまその場から離れ回避する。そして落としたショットガンと単分子カッターが自動的に収納されたらしい。いちいち戻って取りに行かなくていいって便利だな。忘れたら困る財布とか携帯とかに使えないのがだめだが。

 

すぐさまショットガンを呼び出し相手に向けて放つ。がまた避けられてしまいなかなか決定打にならない。

それにこっちはシールドエネルギーが2割を切った。対してあちらに有効な攻撃は何もしていない。一夏みたいに特攻をかまそうとも思ったが、それでは確実に負ける。

 

手持ちの武器は ショットガン アサルトライフル 単分子カッター 岩石破砕ナイフ スモーク弾がそれぞれ1つ。

すぐさま戦術を立ててみたがうまくいくか一瞬迷ってしまった。

その戸惑いを消すかのようにレールガンがまた放たれ、躊躇いを消す。やらなきゃ何にもできずに沈むだけじゃねぇかと自分に発破をかける。シールドに隠れるように細工をする。

 

その細工を終えたとき、もう一度スモーク弾を放ち罠を作る。

 

栗木は視界がふさがれて一瞬惑ったがすぐに立て直す。さっきみたいに煙の中にいるのは危ないと思い、事実散弾が辺りにばらまかれ装甲に銃弾が跳ねる。だが損傷もシールドエネルギーも対して減っていない。そのため盾を前面に出し例え直撃が来ても耐えられるようにする。あまり動いておらずどこから撃っているのか丸わかりな攻撃が続く。

(ラッキーはそう続かないわよ!)

 

ならば、大体の撃っている方向とは逆に距離をとりレールガンの最大チャージでの一撃を見舞わせようと思いチャージが最大になった瞬間に一気に煙を駆け抜け外に出る。

しかし、煙から出たところで予想していたところとは違うとこにいるアサルトライフルを手に持ちナイフを投げるように構えている崎森章登が目に入った。

 

しかし、まだショットガンの銃声は聞こえている。

オートで撃っているのはわかるのだがアリーナに台座や木があるわけでもない。しかしそんなことを思考している暇はない。すぐさまレールガンを向けようとするが岩石破砕ナイフが目の前まで飛んで爆発する。その衝撃に煽られうまく態勢が整えられない中に弾丸が降り注いでくる。

 

だが、それでもレールガンを向け最大にチャージされた一撃を見舞った。

 

そこでブザーが鳴り勝者が決まった。

 

 

「私が勝てたわね」

「なんで勝てないんだー!」

そう言って荒れ食っている後輩から目をそむけなぜ別方向にいたのかというからくりに目をやる。

そこには盾に無理やり単分子カッターのコードで固定されているショットガンが地面に突ささりT字のような姿でスモークがあった方向に銃口を向けている。

つまりショットガンをオートにしてそこにいるかのように錯覚させたのだ。

自分は相手がショットガンしか使ってこなかったことでアサルトライフルの存在を失念していた。そして最初のスモーク弾を使っての奇襲。あれの事もありすぐに出てくるとも思ったが、来たのが散弾であり直撃でもなかった。それほどの効果は得られないと踏んで煙の中に留まってしまった。

 

そしてその間に出てくると思われる方向へ移動する。うまくいったから良いようなものの穴だらけの作戦である。

それともこちらの行動を読んでの作戦なのだろうか?

いまだに項垂れている後輩に目を向けるが、そんな知性的なやつとは到底思えなかった。

 

 

その後で訓練というやつあたりで負けたうっぷんを晴らすかのようにシミュレーターを使っていたところに悪戯で『暮桜』という織斑先生が昔乗っていた機体と戦わせてみたのだが、一撃で沈められる、盾で防いでも弾き飛ばされ倒れたところに剣を突き立てられる、ナイフで鍔迫り合いしようとしたのかもしれないがバターのようにナイフが切れてしまう。

 

そんなんで散々な結果だったわけだが、次の日の放課後また『暮桜』に挑んで負けつづけていた。本人いわく強い奴と沢山戦った方が早く成長すると思うと言っていた。それに難易度の高いゲームほどクリアーしたくなるじゃんとも。

こいつはMなのではないだろうかと思い始めたほどだ

 




ほんとどうして電脳世界っていう仮想空間設定あってシュミレーターがないんだろう


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7話

「ではこれによりISによる基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、崎森、オルコット。試に飛んでみろ」

そう言われ宙に浮かぶようにリラックスしてIS『ラファール・リヴァイブ・ストレイド』を何とか2,3秒で展開する。アリーナでの練習では最初に頃10秒くらいかかってしまったが、まぁよくなったほうだと思う。

 

「崎森、もっと早く展開しろ。熟練したIS操縦者は全身展開に1秒もかからないぞ」

「……はい」

でも先生これでも初期よりはまともになったんですよ? そんななけなしの努力を打ち払うように今度は織斑のほうに向く。

「それで織斑はいつまで時間をかけている? 集中して呼び出せ」

織斑が待機状態のガントレットに手を当て目を閉じた。そして体が光の粒子に包まれその中から出てきた白い機体。『白式』

展開の速度は俺よりも早いらしく1秒切ってなかったか? と思うほどだ。

 

「よし、飛べ」

そう言われ足を曲げ勢いよい良くその場でジャンプするような形で垂直に飛び上がる。しかし、そこはさすが代表候補生か俺よりも頭上に飛びある一定の高さで止まっている。そこまで俺も行き静止しようとしたが風に吹かれたのか、慣性の法則かで少し行きすぎてしまい完全には止まらなかった。

 

なんでこんなに不器用なんだ、俺は。

そう思っているうちにオルコットは飛行しグラウンドの周りを旋回し始めた。

「崎森、オルコットに追いつくように飛んでみろ」そうインカムを手に持った織斑先生が言ってくるのでオルコットの後を追う。何とか追いつこうと必死になるものの速度はかなり出しているはずなのだが追いつけない。

 

「あら? 私のヒップにくぎ付けにされたのかしら崎森さん?」

「追い越してそんなバカなことを考えていないやつだと証明してやろう」

あの試合以降オルコットは強張っていた表情が柔らかくなり、高慢な態度が緩和せれていた。時には今のように冗談を交えるくらいだ。

 

しかし、今はそれよりもっと加速しろと念じてみるがこれが限界。瞬間加速《イグニッション・ブースト》と呼ばれる加速法を使えば行けるのかもしれないがそれよりも前に試してみたいものがある。

マルチスラスターを点滅させるように高出力で瞬間的に吹かして一気に加速、その流れに乗りもう一度点滅させるように高出力で瞬間的に吹かす。

あるゲームでの加速法で2段クイックブーストと言う。だが急激な速度に対応してオルコットの方も速度を上げ同列になる。さらに言うなら最初の加速で少し強張ってしまい2回目が遅れた。そして徐々に慣性がなくなってくるため俺の方がやや後ろになってきた。

 

「まだまだでしてよ」

「ぬぅ」

「なんでお前らそんなに速いんだよ。どういうイメージしてるんだ?」

そんなことを織斑が聞いてくる。

 

「一夏さん。所詮はイメージ自分がしやすい方法を模索するのが賢明でしてよ」

「個人的には他の何かに例えるのがいいのかもしれねぇな。戦闘機とか」

「いや、戦闘機と同じに考えたら飛ばないぞ、これ」

「戦闘機と同じ理屈で考えるんじゃなくて第三者から見たときと同じ感想を抱くんだっての。例えば飛行機を見て速いって感想を抱いたらそのことを思い出しつつ自分に反映していくってだけ」

「そういわれても、なんで飛んでいるのか気にならないのか? こっちは空を飛んでいること自体あやふやだっていうのに」

「説明しても構いませんが長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「噛み砕いて言うなら反重力力翼はISにかかる重力をなくして浮かせる。流動波干渉は浮かせたISに力を与えて移動させるってだけ。もっと詳しく知りてぇならオルコットにどうぞ聞いてくれ」

「すまん。また後で頼む、もう頭がいっぱいだ」

「ええ、放課後に指導いたしましょう」

「章登も一緒にどうだ?」

 

シュミレーターもいいがやはり実際に動かしたほうが為になりやすい。今頬を叩く風も仮想現実でも再現はできるのだが冷たさ、心地よさまでは今のほうがずっと感じやすい。

「アリーナの使用許可ってあるのなら便乗させてもらいてぇな」

 

「一夏! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!」

会話に割り込むような形で耳に怒鳴り声が炸裂する。これがコメディ漫画だったら俺らは目が丸くなって今にも飛び出そうなほど伸びているだろう。

地上に目を向けると山田先生のインカムを篠ノ之が奪っていた。そしてオロオロしている山田先生が見える。そして篠ノ之の頭に出席簿を振り下ろす織斑先生が目に映る。

かなり遠く。あちらから見たら豆粒くらいにしか見えないはずなのだが、これは何万キロも離れた星の光で自分の意図を把握するためのものっとオルコットが織斑に向かってレクチャーしている。

しかし未だにISが宇宙に飛び発つこと、気配がないのはニヒリズム(意味がない)なことだ。

 

「3人とも急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上から10㎝以下だ」

「了解です。ではお先に」

そう言って急降下をし始めたオルコット。そのさまは鷹が一気に地表のネズミを狩りに行くような感覚を覚えさせたが、地表すれすれのところで機体を反転させ地面に足をつける。

 

「じゃあ次は俺な」

「ああ」

一気に下に向けて加速しどんどん近くなる地表。ジェットコースターなんて目ではない。モニターに地表何メートルと表示されそれが30mを切ったところで機体を反転させスラスターを吹かし停止しようとするが、バランスを崩してしまいすぐさまスラスターで立て直そうとするが地表に足をつけたところでまだ勢いを殺せず地表を滑る。

足の裏の摩擦とグラウンドに2本の線を引きバランスが崩れゴロゴロと転がる。

 

「崎森、地面に溝を作ってどうする。急減速と姿勢制御のタイミングを考えろ。後でその溝を均しておけ」

織斑先生がそう言う前に何人かがくすくすと笑っていた。まぁ、失敗を笑うのは普通なのだがせめてこらえる努力くらいはしてくれ。

はい。っと、言おうとした時グラウンドに爆音がし地面が揺れる。そして大量の土砂が宙を舞う。

何事かと大勢がそこに行き、俺もその方向に顔を向けながら進むとクレーターを作ってその中心部にいる織斑がいた。どうやら減速をしなかったらしく加速落下で地面に突っ込んだようだ。

 

「馬鹿者。誰がグラウンドに激突しろと言った。お前の耳が悪いのか? それとも目が悪くて地面が見えなかったのか?」

「……すいません」

クレーターの中心にいる織斑は項垂れまた背が一回り小さくなったような反省をしている。

そして、浮かびクレーターから離れる。シールドバリアーのせいで汚れが一つも見当たらない。そりゃ墜落だから体を守るために自動的に働いたのだろう。

 

「情けないぞ一夏。昨日私が教えただろう」

「大丈夫ですか、一夏さんお怪我はなくて?」

「ISを装備していて怪我などするはずないだろう」

「あら? 篠ノ之さん。他人を気遣うのはおかしいことですこと?」

「こいつは甘やかすとすぐつけあがるからな。厳しくしておかないといけないのだ」

「しかし、自分のいら立ちをぶつけても相手は上達しませんことよ」

「なんだ私が怒っているとでもいうのか?」

「あら? 違いまして?」

そう言いながら織斑の周りに駆け寄る二人。篠ノ之は目をいつも以上に吊り上げ一夏を怒鳴っていた。おそらく俺という対象がそうさせているのだろう。私が教えているのになんでお前はあいつより劣っていると、まぁ心中を察しているわけではないが。

 

「馬鹿者ども邪魔だ。喧嘩なら隅に行ってやれ」

そういって二人をかき分ける織斑先生が織斑の前に立つ。

 

「織斑、武装展開ぐらいはできるようになっただろ。実践してみろ」

「はぁ」

「教師にはハイ・イイエで答えろ」

「はいっ」

「ではとっととはじめろ」

そういって白式の手に光の粒子が集まり、強大な白い野太刀が光の粒子から現れる。

 

「遅い、0.5秒台で展開できるようになれ。崎森今ある武装をすべて展開してみろ」

次は俺に振られ武装を可能な限り速く展開する。手に光の粒子がはじける。

単分子カッターを左手に、ショットガンを右手に、左脇にアサルトライフルを展開しそれらを一度地面に落とし岩石破砕ナイフ3本を右の指の間に挟む。そして左の指に筒状のスモーク弾2本を持つ。ここまでで約2秒半と言ったところだろうか。

 

「ではそれらすべてを収納してみろ」

そう言われ戻そうとするが、あまりうまくいかず遅い。俺風にいうと音量が小さく聞き逃したところを戻して再生するがまた聞き逃してしまい、今度は音量を上げて聞くという風にな二度手間になってしまう。すべての武器を収納するのに15秒近くかかった。

 

「遅い、すべて1秒に短縮しろ。お前が持っている武装はすべてコンパクトになっているのだから速く展開できて当然なのだからな」

「はい」

内心ひでぇとは思いつつも返事をしておく。一応言っていることはおかしくはない。ただ厳しく辛辣というだけだ。

 

「オルコット、武装を展開してみろ」

「はい」

そう言われた手を真横に掲げる。直後に光が弾け『スターライトmrkⅢ』が握られ横にいた俺の頭に鈍い音を響かせる。本来銃の砲身で殴るのはいろいろと問題がある。曲がったり、破損したり。殴るのは主に銃床(スットク)と呼ばれる銃の後ろにある部分である。砲身で殴るのはお勧めしない。

 

「いてぇんだけど?」

「す、すいません」

「オルコット、そのポースはやめろ。当ったのが崎森だからいいようなものの一般人に当たりでもしたらどうする。正面に展開できるように心がけろ」

「……はい」

オルコットはがっくりと肩を下し今にもため息がつきそうな顔になる。

 

「オルコット、接近用の武装を展開してみろ」

「えっ、あ、はい」

気を落としているところに急に声をかけられ、慌てて武装を展開しているのだがなかなか形にならず光の粒子が手の周りで泳いでいる。

数秒たっても一向に形にならず織斑先生がうっとうしそうに「まだか」と聞いてきたのでオルコットはやけくそ気味に叫んだ。

 

「ああもう! 『インターセプター』!」

そうして呼び出される青の持ち手。刃はなくおそらくガスバーナーのような熱を出して焼切る武器なのだろうと察した。

ちなみに武器名や機体名を言って武装・ISを展開するのは初心者のやり方である。人それぞれに相性があるとは言うが接近武装がここまであわない人間もいないのではないかと思うほどだ。

 

「何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうつもりなのか?」

「じ、実戦では格闘の間合いになんて入らせません!」

「ほう? 2度も初心者に接近され格闘戦に持ち込まれたのはどこの誰だったかな? 私にはそいつが簡単に懐を許したように見えたが?」

「い、いや、その、あれは……」

指摘されてしまいオルコットの歯切れが悪い。まぁ、射撃特化は格闘の弱いって相場が決まっているけどな。

 

『あなた方のせいですわよ!』

個人秘匿通信《プライベートチャンネル》を使ってオルコットが怒鳴ってくる。

えー、俺らに責任転嫁されても困るんですがねぇエリートさん。

そんなこと思ってしまう。戦術、戦略、策略を使うのは戦いの常識です。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑はグラウンドを埋めとけ。崎森は溝を均しておけよ。」

体育倉庫にトンボ(地面を均す時に使うT字型の道具)ってあったけ?

そこに向かって道具を取りに行く。

 

「章登。悪いがそっち終わったら手伝ってくれないか?」

「嫌だよ、こっちはとっとと終わらせて砂埃をシャワーで流したいんだ」

「なんでだよ。手伝うってのが人情ってもんだろ?」

「自分でできることは自分でした方がいいぞ」

というよりも才能があるのになんでこいつは、こんなミスをしたのか疑問だ。

 

「この大穴を一人で埋めろって?」

「織斑君、私手伝うよ?」

そう俺たちに声をかけてくる女生徒がいた。まだ名前を把握してない生徒がいるので仕方ないが、すごくいい子だなぁと思った。

だって、イケメン顔とはいえ自分がミスした所を手伝ってくれるんだぜ?

 

「いや、女子に労働なんてやらせたら男が廃るってもんだ。だから手伝わなくていい」

こいつが何を言っているのかわからない。いや、女子に手伝わせるのはいささか引け目があるというのは解る。が、好意で手伝いに来ている人を断るというのはどういう了見なのだろう。

 

「あ、私って結構体力あるよ」

「いや、体力があるないの問題じゃなくて肉体労働は男の仕事だろ」

「おかしいだろそれ、肉体労働関係でも女性はアルバイトとか職に就いている人かなりいるぞ」

「まぁ、でも手伝わせる理由がないだろ?」

「お前俺に手伝ってくれって言っただろうが。じゃあ俺に言う必要性なかっただろ」

「章登は別だ。お前は男だからな。男同士仲良くしようぜ」

そう言って肩を組もうと手を伸ばしてくるが、その手を俺は払いのける。

親しくないやつと腕組みとか堪ったものじゃねぇ。

 

「そういう男女差別って今の時代どうかと思うぜ」

「男が肉体労働するのは当たり前だろ?」

「女性が肉体労働をしてはいけないって言うのもねぇとおもうがな。人の好意を受け取るって言うならそういう一方的な否定じゃなくて礼の一つも言ってから断るのが常識だと思うんだが?」

 

「否定なんてしてないぞ?」

してるだろ。女は肉体労働しちゃいけないって。

 

「ごめんなさい、私邪魔だったよね」

そう言って女子が校舎に向かって逃げるように走って行く。

 

トンボを持ってきて自分がつけた溝を均し終えたとき織斑から手伝ってくれと言われた。

「そうして欲しいなら、さっきの女の子に謝ってこい」

「え? なんだって?」

 

もうため息しか出ず、その場から織斑を置いていくようにして校舎に入っていく。

 

 

 

「織斑君クラス代表おめでとう!」

「「「おめでとー!」

寮の食堂であちらこちらでクラッカーが鳴り、紙吹雪や色があるテープが舞う。一年一組の何人かがこの数日準備していたらしい。織斑の後ろの壁には『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書かれた紙がある。

食堂には女子があふれかえりそうなほどおり、一組だけではなく先輩や他のクラスの生徒も混じっている。

俺はチキンナゲットを小皿にとりジュースを手に持ちそれらを口の中に入れていた。オルコットと篠ノ之に挟まれている織斑は当惑したような気が乗らない顔をしていた。

他の生徒は思い思いにテーブルにあるものをつまんだり、会話したりと思い思いにはしゃいでいた。

「人気者だねぇ」

「一瞬どこのキャバクラだって勘違いしそうなんだけどな」

「あ、もしかしてモテはやされたかった?」

「谷本が会話してくれるだけで俺は十分です」

「はいはい、ぼっちな崎森の相手をしてあげよう。でも有料でね」

「マジでキャバクラじゃねぇか!」

一瞬谷本の目と口が邪悪に弧を描いたのを俺は見た。谷本、いつの間に守銭奴になった? もしくは水商売の人?

 

「はいはーい。新聞部の黛薫子でーす。話題の新入生、織斑一夏君に突撃インタビューをしに来ました! ついでにもう一人の方も記事にしちゃうよ」

俺はついでかよ。

「では織斑君、クラス代表になった感想をどうぞ!」

そう言って差し出されるマイクとそこからコードがつながっているポケットにある膨らみ。下手な発言は控えた方がいいらしい。

 

「えーと……なんとういか、頑張ります」

「ええ……。もっといいコメントちょうだいよ~。俺はハーレム王になる! とか」

残念、織斑はもうハーレム王に近い。だってもうなってる。候補は二人どころか大多数。

篠ノ之はなんだか織斑が他の女に近づいたら不機嫌な顔するし、オルコットは最初の高慢な態度が嘘であるかのように物柔らかい。

俺と織斑が歩いていれば大抵の女子は織斑の顔に目が言っているのが分かる。

 

イケメンすげぇー(棒読み)

 

「自分不器用ですから」

「うわっ、前時代的すぎる」

そうか? ガマけん○んの戦闘シーンでのセリフであれは格好良かった。

 

「まっ、適当に捏造しておくからいいとして、崎森君だっけ? 女子の花縁に入っての感想は?」

「香水と体臭スプレーの臭いを何とかしてほしいんだけど」

「あっ、それ無理」

無理ですか。と隣の谷本にも目を向けてみるが、首を縦に振り黛先輩に同意しているようだ。あのなんて言うか酸っぱい臭いが充満しているんだ。体育とかISの訓練後に。適度なのが一番いいらしいぞ?

 

「まぁ、こっちも捏造しますか」

「どうせ捏造するなら『地獄に落ちろ、くそ野郎(新聞部)』で」

「どうせするなら『俺はハーレム王なんかにまけねぇ! ハーレムの女全員NTRしてやるぜ!』にしようと思うんだ」

「俺、NTRより純愛が好きなんだが」

「答えは聞いていない」

いざとなったらクレームでもつけようか? それとも生徒会長にお願いして廃部?

 

「ああ、セシリアちゃんもコメントいいかな?」

「わたくしこういったコメントはあまり好きではないのですがしょうがないですね。ではまず、どうしてわたくしがクラス代表に辞退したかというと、それはつまり―――」

「ああ、長くなりそうだからまた今度に。次は写真おねがいね」

「……あなた、本当に記者ですの?」

コメントくれと発言して答えようとしたのにさえぎられれば誰だってやる気なくして怒るが、オルコットは怒るを通り越して呆れが混じった疑惑の目で黛先輩を見ている。

 

「記者なんてこんなものだから。よし、クラス代表を譲った理由は織斑君に惚れたからにしよう」

「なっ、ななな!? なんてことしてくれますの!?」

図星を当てられ赤面になるオルコット。ここまで分かりやすく動揺する奴って俺見たことないよ。

俺はため息をつき皿にあるフライに手を付ける。

 

「はいはい。漫才はそれくらいにして二人とも並んでね。写真撮るから」

「え?」これはオルコットの声。嬉しい誤算という風に喜んでいる。

 

「注目の専用機持ちだからねー。握手とかしてるといいかもしれないから、やってもらえるかな?」

「そうですか……あの、撮った写真は当然いただけますわよね?」

「そりゃもちろん」

「でしたら一夏さん、章登さん。早くやりましましょう。ほら」

「お、おう」

「やんなきゃダメ?」

「せっかくですから」

そう言われてオルコットと握手をするが織斑が手を繋いだとたん篠ノ之の怒気がまた上がり、こちらまで寒気が伝わってきそうだ。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は?」

「え? えっと……2?」

「残念、74.375でしたー」

意味わかんねぇ。そして、写真を撮る前に食堂にいた全員がフレームに入ろうとして俺もその波に押されおそらくフレームの端に映った。

 

「なぜ全員はいってますの!?」

「まぁまぁ、セシリアだけ抜け駆けはないでしょ?」

やはりイケメンは色々とひでぇ。なんだ? 魅惑の魔術でもかけられているのか織斑は?

俺もイケメンに生まれたかったと思わざるを得なかった。整形って金かかるしね。一度くらいはモテ期というものを味わってみたい。

 

 

パーティが終わり部屋に戻ってきた。結局のところ飲食していただけなのだが同室の、のほほんも同じらしくケーキやチョコなどを食べていただけらしい。無銭飲食っていいよね。

歯を磨いた後は谷本ものほほんもベットに入り、俺は床に敷いてある寝袋に入る。床にはカーペットが敷いてあっても固いことには変わりなく、最初のころはあまりよく眠れなかったが今では難なく寝ることが可能に……ならなかった。少し抵抗がなくなったという程度である。

のほほんは腹が膨れて眠くなったらしく、ベットに潜ったとたんに寝息が聞こえる。しかし、なぜかその寝息がかわいい。おそらく猫が目を閉じているのに愛くるしく思えるのと同じ理屈だと思う。頬は赤くなってるし胸がドキドキする。もしかして俺欲情している?

 

もぞもぞと寝返りやファスナーを閉じたり開いたりしているのが気になったのか、谷本がベットの下にいる俺に顔を向ける。

 

「やっぱ織斑君みたいにモテたい?」

「……どうなんだろうな? 確かにちやほやされたいという願望はあるけど、関係が続けられそうにもねぇし、何より今日大量の女子に囲まれて疲れんだよ。一日限定とかならやってみたいとかあるな。まぁ、織斑は織斑で俺は俺なんだけど」

そうだ、別に卑下してるんじゃない。悲しんじゃない。妬んでいるじゃない。そうなのかもしれないが俺は織斑とは違うのだから、俺らしく学園生活をしてればいいだけだ。友達作ってばか騒ぎして、楽しめればいい。

あいつがどんなにハイスペックな容姿、ぶっつけ本番手ものにする能力を持っていても関係ない。

 

「モテたくはあるんだ」

「ハーレムは男の子の夢です」

「このすけこまし、スケベ野郎、女の敵」

「はいはい、どうせ俺はスケベな変態ですよだ」

「さいってー」

そこで会話は終わりという風に切り上げる。こちらは女子二人と一緒に寝ているのでリビドーを抑えようと努力して早く寝ようと一生懸命なのだ。しかし、谷本は関係ないとばかりに話を続ける。そして唐突に声音を変え聞いてくる。

 

「ねぇ、崎森ってなんでそんなに努力するの?」

「あー、事情付きとはいえ専用機与えられたしなぁ。それに力があったほうが何かと有利じゃねぇか」

「有利?」

「脅したり、ぶん殴ったり、障害をはねのかしたり」

「なんで守るとか、救うとかがないのよ。それじゃ、町のチンピラじゃない」

「守るって言えるのは強い奴だけだろ? みんなは俺より頭いいし、操縦うまいし何とかしそうじゃねぇか。それに救うっていうのは結局のところその人の成長を妨げるってことにはならないか? 救われたって思うかもしれんが信仰化されたり、自分で解決できたかもしれないだろうが。」

この学園のほとんどはエリートで、操縦技術もある。俺が守るとか救うとかそう言うことすらおこがましい。そういうセリフは一人前になっていうか責任を背負っていうべきセリフだと思う。

織斑が言った「今度は俺の家族を守る」ってそれは織斑先生を超えてから言うべきだと思ってしまった。お前はそんなに強いのかよって。

 

「だから俺は誰かに協力して手を貸すことはあると思うけど一方的な救済はしたくねぇんだ。俺はそこまで強くないし、みんなもそこまで弱くないと思うからな」

守る、救うはその対象が自分より弱いと思っている。見下してると思っている奴がする発言にもなってしまう。

 

「だから、まず力をつけて誰かに力を貸せる人間っていうのか? そういう手を貸せる人間になってみるってだけ」

「それってヒーロー?」

「さぁ? でも勇者は誰かに勇気や元気を湧き出させることができるから勇者なんだってどっかのセリフであったな」

「ふーん。じゃああんたの将来の夢は勇者ね」

「ええ。なにその子供みてぇな夢。いまどき勇者なんて他人の家に押し入ってタンスや倉庫の中を探って遠慮なく持っていく強盗だってガキだって知ってそうなものだぞ?」

「勇気を誰かに湧き上がらせるって言ったじゃん」

「はいはい、精々そうなれるように努力しますよ」

「じゃ、私が困ってるときは力貸してね」

「まずは自分で解決する努力してくれよ」

「うん。私も精々協力してあげるから感謝してよね」

「とりあえず、知り合いすらいない異常な女子高に放り込まれたってな状況でないだけありがてぇよ」

「そう……なんだ」

何やら歯切れが悪く、顔を引っ込めた。俺、恥ずかしがるようなセリフを言っただろうか?

 

「じゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」

そう言って眠りにつこうとしたのだがやはり寝つけず、谷本のほうも寝付けないらしく寝返りをするシーツの擦れた音が聞こえる。やはり、こう、女の子と一緒に屋根の下で寝るってすごいシチュエーションだよな。人生の中で俺一番異性と接している期間かもしれない。

しかし、そんな時間が過ぎていくほど気にならなくなっていく。そうして俺は暗闇に沈んだ。

 




さっき見直してみたら未だ織村と書いていてしまった


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8話

「はぁはぁ、」

いきなりで悪いが別に興奮してついに寝込みを襲ったとか男性教職員のトイレに入り慈悲行為をしているわけではないのであしからず。

早朝に学校の外回りをマラソンしているだけである。まぁ、例の砂袋を背負っての周回である。早朝にある程度運動しとくと脳が活発になるとどっかの番組で見たような気がするってだけだ。しかも体を鍛えられて一石二鳥。

 

「おはよう!」

「え? ああ、おはよう相川」

いきなり声をかけられ戸惑ったが横に顔を向けるとショートヘアーの髪型(ナチュラルというのだろうか?)をし、体操服のようなTシャツとスパッツをはいた相川がいた。

それに息を整えながら返答したためか速度が少し緩んできた。

 

「ほら、遅くなってるよ! そんなんじゃ私のスピードにはかなわないぞ!」

そう言って速度を上げ俺を追い越していく。こちらは砂袋背負って、あちらは何も持っていないのだから抜けるのは当然な気がするのだが、こちらも落とした速度を回復するように少しペースを上げる。

夜に走っているのと朝に走るのを欠かさずにこの一週間走りこんでいた。まず基礎体力を作らなければならないのと、根性というか逆行にも諦めない精神を鍛える意味で走っている。

それで、ジョギングが趣味という活発系女子、相川清香と走って知り合いもしたのだがやはり織斑に熱中らしく「今度織斑君を誘ってよ」と言われたことがある。一度そのことを織斑に言ったら「朝は洗濯とか簡単な掃除をしているから」と言われ、断られたことを言うと「なんでもっと粘らないんだー!」と逆切れされハイキックをくらった。俺何も悪くないよな?

それからちょくちょく早朝に会っていたりするのだが、走り終えた後でなぜか愚痴を聞かされたりもしている。

あれー? 俺何も悪くないのにー。

 

学園周りを走って寮に着き砂袋を用具室のところに入れる。なんで砂袋が寮の用具室にあるのかは謎だ。ほかにもダンベルやバーベル、腹筋を鍛えるためのアーチ状の椅子、サウンドバックなどがある。

そして、走り終えたのか相川が声をかけてくる。

 

「でね、体重がまた増えちゃったみたいなんだけどなんでだと思う? 毎日結構走っているつもりだと思うだけどなぁ」

「筋肉ついているんじゃね? 脂肪より筋肉のほうが重いって聞いたことがあるし。後は間食とかして食生活をおろそかにしているとか?」

「うう……、ケーキがー。ポテチがー。チョコがー」

「チョコは適量なら結構体にいいらしいぜ? 摂りすぎは毒だけど」

「なんでよ。あれってかなり砂糖使ってるでしょ?」

「あれはカカオの苦みを消すために使っているんであって、そのカカオに含まれるポリフィノールが脂肪を燃やすんだって。で、カカオ70~何%っていう外国製のがいいらしい。」

「ふーん。よく知ってるね」

ああ、谷本がダイエットし始めて「そんなにふとってないじゃん」と言ってしまい怒らせてしまったのが原因だ。なんで女子って太ってないのに痩せようとするのだろうと思い至って自分なりに心理学とかインターネットで調べてみたときにダイエットコーナーで紹介されているのが目に入っていたのだ。

 

「で、女子は自分が美しく見せたいというのと、服が大抵痩せている人のものしかないっていうのを推測した」

「え? 服?」

「ああ、服だ。例えば前まで来ていた服のおなか周りが苦しいとか、服屋にあるマネキンが大抵痩せている人のしかねぇってことだ。みんなあれを基準にするからそれが理想形なんだって思えるんだ。男子もそう。だから、そういうのが幼年期から植えつけられることによってそれを判断基準にしてしまっているってことだ」

「えっと……?」

「ああ、雛鳥が最初に見たものが親だと思うように、服屋にある服をマネキンが着ているから服はマネキンのようなスタイルじゃないと似合わないって思ってんだよ」

「あー、なるほど」

「でも、いまだになんで怒ったのかがわかんねぇんだよなぁ」

そんな他愛もない会話をしながら朝食を摂るために今日のメニューを選ぶ。相川は表示されているカロリー表に目が行き中間から下のほうのメニューで何を食べようか迷っているらしい。そして、和風朝食セットを選んだらしい。俺は和風卵焼きセットを選びテーブルに着く。

 

「あ~。さっきーとあいかんだ~」

「おはよう、崎森に清香」

朝食のトレイを持ってきたのほほんと谷本。しかし、のほほんのほうはまだ寝間着のぬいぐるみ化したようなパジャマで目が閉じたり開いたりしている。

 

「まだ寝不足気味だなのほほん。で、今日のメニューは……俺と同じかよ」

「むー、混ぜ込みご飯は日本の文化だよー。それを否定しないでー」

「お前のは混ぜ込みじゃなくてねこまんまだって言ってんだろ!?」

「意味は一緒だよ? ね? あいかん」

「あれって最初にカツオとか昆布入れて蒸しとかなきゃいけないんじゃなかった?」

その通りだ。ちなみに一緒に具を蒸すのが炊き込みご飯というらしい。さらに言うなら混ぜ込みご飯は一緒に入れると具合が悪い鮭・わかめを後に入れて混ぜるものだ。

 

「おいしければオッケーなのだー。ぐりぐりぐ~り」

そう言ってすべてが入れられ混沌化された茶碗。闇鍋でもこんな状況になることはあまりないだろう。

前に一度やってみたことがあるのだが、確かにまずくはない。だが見た目が食欲をなくしてしまい食べるのに時間がかかった。だから、のほほんの食事スピードは遅いのではないかと思ったくらいだ。

 

俺は食べ終えた後、学服に着替えるために部屋に向かっている途中で織斑先生に呼び止められた。

「崎森、少し資料を運んでほしいから学校に向かう前に私の部屋の前で待機していてくれ。……なんて嫌な顔をしているんだお前は」

織斑先生に指摘されたように俺は苦虫を噛んだ顔をしていることだろう。今日学校に持っていく教科書は多いのだ。それプラス資料とか疲れるっての。

 

「織斑にやらせればいいと思います」

「却下だ。お前のほうが力持ちなのでな、疲れないだろう? それに織斑とは私の事か?」

「織斑先生ではなく生徒の方に言っているんです。どうせ言っても無駄なんでしょうけど」

「なら、言うな」

そう言われ食堂に向かって歩いていく織斑先生。とりあえず着替えて鞄を持って来よう。

 

そして、着替えて教本とノートを何冊もつめた重たい鞄を床に置いて寮母室の前に立っている。

織斑先生は入るなと言って俺に部屋を覗かれないように素早く入りドアを閉めた。確かにいくら女傑・鬼教官・未来から来た戦闘マシーンといろいろそっち方面に比喩できてしまう人だが、恥じらう乙女……ではなくとも女性であるのだ。だから男の俺に見せたくないものだってあるのだろう。

 

しかし、遅い。入ってからいくらか経つが遅い。そんなに重いものなのだろうか? そんなことを考えていたからか中から声がしてくる。

 

「崎森、少しドアから離れて廊下側を見ろ。決してこちらを向くな」

「え?」

「い い な」

その言葉にただならぬ恐怖感と違和感を感じながらドアの反対側の壁と廊下のほうを向く。

 

が、そこでなぜかカバンの中に入れた携帯の目覚まし時計が鳴る。なぜカバンの中に入れていたかというと、あまり携帯を使わないためとズボンのポケットに入れとくと生地が張ってしまい携帯を締め付けているようで壊れてしまいそうなのと、これが一番の理由なのだが携帯で繋がりたくないのだ。こっちの事情なぞお構いなしになる携帯が嫌いであまり身につけたくないがしかし今の時代身に着けない訳にはいかない。

そして、カバンを置いたのはドア側でその目覚ましを止めようと反射的に振り向いてしまった。

それとほぼ同時に開けられたドア。それと授業で配るプリントの束を持っている織斑先生。その隙間から見える散らかった部屋。缶ビール、おつまみの袋、散々と置かれた資料、なんだか題名が分からない本、ダンベル、下着のようなもの。

 

そして、場違いなほどのアニソンのアレンジで鳴りつづける俺の携帯、石のように固まった俺、俺はどうしたらいいかわからず織斑先生を見たが織斑先生も固まっておりどうしたらいいかわからないようだ。

 

この現状を打破するために俺は声を出す。

 

「これをファンに見せれば幻滅してくれるんじゃないのでしょか?」

……何言ってんだ俺はぁぁあああああ!?

フォローするにしてもほかにあるだろ!? 「昨日はお忙しかったんですね」とか「激務お疲れ様です」とか!?

しかし残酷にも時間は戻らない。

 

手に持っていたプリントが床に落ち、頭上への攻撃は察知できず防御もできずもろに鉄拳をくらう。頭にタンコブができるどころか凹んだか頭蓋骨が破砕されるかと思った。が、痛みの声は上げられず、のた打ち回る前に肩が潰れそうなほどの握力でホールドされ逃げるどころか動くことすらできない。

 

「崎森」

「はひぃぃい!」

その暗く重い声だけで蛇に睨まれた蛙みたいに身動きできなくなってしまう。篠ノ之の怒気とは比べ物にならぬほどの圧気を感じる。

 

これが殺気と言われたら信じてしまう。

 

「このことは誰にも言うなよ?」

その時の俺は何度も何度も頷いていて、涙が眼から零れることに気が付かないほど頷いていた。

 

 

「いや、ちょっと待ってください。なんもおれ悪くないじゃないですか」

「こちらを向くなといっただろう?」

「それって先生が日ごろから整理整頓しとけば回避された―――……いえ、そもそも俺を呼ばなければよかった―――……何でもありません」

反論しようとすれば後ろから殺気を放たれ今にも後ろから切りかかってきそうである。

現に2回ほどおれの頭に出席簿が降り注いだ。なんで俺は黙っていられないのだろう。

織斑先生も資料を両手に持っているはずなのだが、後ろを向いて見るとわざわざ出席簿で攻撃するためにそれを片手で抱えたらしい。

少し出席簿に血がついているのを先生が指でふき取った事と織斑先生の顔を俺は忘れられそうにない。

 

 

1年1組に到着したとき入り口で何かを言っているツインテールの子がいるのだが邪魔で仕方がない。

「どけ、私は今かなり機嫌が悪い」

「なに―――ち、千冬さん……」

ツインテールの子が震え声で返事をしたがそれでは収まらず顔を青くしてダッシュでどこかへ行ってしまった。後ろを振り返るのは止したほうがいいらしいということは分かった。

 

その日の織斑先生の授業を受けた全生徒が委縮してしまったのは言うでもないことだった。

 

 

「なにかうまいもの何でもいいからお願いします。できれば胃に食べやすいもの」

「分かったけど、朝何かあったの」

そこで思い出されるのは織斑先生の「誰にも言うなよ」と言うフレーズ。

 

「なにもあるわけないじゃないか! あははははは……はぁ」

「……何があったのよ」

「……単にパンドラの箱の中身を見てしまったというだけだ」

谷本は疑問符を浮かべるがこれ以上何も言えないし言いたくない。あの人はここからでも地獄耳並みのスキルで聞いているのかもしれないのだから……

 

とりあえず空いているところに座りキツネうどんを食べ始める。谷本は狸うどんらしく、油揚げをねだって来るが箸移しは行儀悪いので油揚げを狸うどんに乗せる。

 

「ふふ、狐狸うどん。略してきたうどん」

「狐と狸で喧嘩になりそうな食事だな」

「実際に狐うどんの甘さと狸うどんの渋さがサディスティック」

「つまりまずいってことなのか」

「……うん」

 

そんなことを話しているうちに10人くらいの人数がこちらに来た。

 

「またなんか問題起きそうな予感がするんだが」

「そんなの世界中で問題が起きてるんだから当然なんじゃない?」

「巻き込まれるのは嫌なんだよ」

案の定、織斑とその取り巻きたちであった。

 

「よっ、章登、隣いいか?」

「その人数なら隣のテーブルに座ったほうがいいんじゃねぇのか?」

こっちのテーブルは4人まで座れ、窓側にあるU字型の方が何人も座れる。

「いや、話すのは鈴と二人だけだから」

「鈴?」

そういわれて織斑の隣にいるツインテールの小さな女子に目を向ける。目がつり目でネコ科のような印象を与え、口は小さく、鼻も低いが全体が整っており将来美人に化けるのではないかという人物だ。

 

「2組の中国代表候補生の凰 鈴音(ファン・リンイン)よ。一夏と二人で話があるから隣りいいかしら」

二人のところを強調された気がするが大事な話をするのか、それとも取り巻きを撒きたいのか、織斑と一緒にいたいのか、と考えたがたぶん後者なのだろうなぁーと箸を咥えながら思った。ところで気になったことがあるのだが鈴音で中国ならリンシェンではないのだろうか?

 

「しっかし、あんた……パッとしないわね」

「ほっとけ」

「じゃほっとくから隣り座るわよ」

そう言って隣に座ってくる鳳。

 

「しっかし、あんたがIS動かしたって不思議な事もあるもんよね」

「ああ、まぁ千冬姉の弟だからな。動かせるものなのじゃないか?」

そんなんで動かせたらもっと姉弟や兄妹で動かせる人物が多いと思うのは俺だけか? 織斑はそれ以降凰に質問をし続けていた。元気にしていたか? や向こうでの生活ではどうだった? など。しかしそれにしびれを切らしたのか隣のテーブルにいる数名がこちらに来た。

 

「一夏! いい加減にどういう関係なのか説明してほしいものなのだが?」

「そうですわよ。この方と付き合っていらっしゃるのですか?」

 

「べ、別に付き合ってるわけじゃないわよ」

「そうだぞ、ただの幼馴染だ」

「……」

狼狽した後、織斑の返答により機嫌が悪そうに睨み付ける凰。どうやら織斑の返答が気に入らないらしい。

 

「何睨んでいるんだ?」

「別に何でもないわよ!」

「……幼馴染?」

「あっそか、箒とは入れ違いに転校してきたんだよな。箒は小4の終わりに転校しただろ? で、鈴が転校してきたのは小5の初めなんだよ。で、こっちが篠ノ之箒。前に話したろ? 小学生の時に通っていた剣術道場の娘さん」

「ふぅん、前に言ってたねぇ」

そこで凰は篠ノ之に挑発的な視線を送り、相手を煽るような口調で言い放つ。

 

「初めまして。これからよろしくね、篠ノ之さん」

「ああ、こちらこそ」

そこで両者の視線がぶつかり合い空気が重くなる。が、午前の織斑先生の空気と比べれば蝉の鳴き声でウザったく思えるような程だった。しかし、空気が重くなることには変わりなく食堂にいる何人かがこちらを見てできるだけ早く離れようと早食いになっている。

 

「このわたくしをのけ者にしないでいただけませんこと、中国代表候補生の凰鈴音さん?」

「……だれ?」

「わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補制にして先日一夏さんと章登さんとお相手いたしましたの」

「へー、でも私はこいつらよりも強いからあんま関係ないんだけどね」

「そうですか、そういっている人ほど驚かされる方だと思いますわよ?」

「ふーん」

そこで凰の目つきが変わった。こちらをまるで獲物を見つけた肉食獣のように狙いを定めている。これはライバルフラグか? それとも決闘フラグ? 戦闘フラグが一番ありそうだな。

 

「ところで、一夏がクラス代表なんだって? ISの操縦、見てあげてもいいわよ。なんせ強いしね私」

「それは助かった―――」

そこで、テーブルをたたく音がして目をしかめる。どこにそんなに怒る要素があったのか。

 

「一夏に教えるのは私だ。一夏から直接頼まれたからな」

「一夏さん。あなたが教わりたいというのであれば私は外してくださいな。ふらふらと流れるだけの男には興味がありませんので」

篠ノ之は凰の誘っているところに怒り、オルコットは織斑の返事に苛立っているようだ。そりゃ自分の時間を削って訓練に付き合っているのに急に予定変更されたら怒るよな。

それにコロコロ相手を変えていたらプレイボーイと間違われても仕方がないが。っていうか実際にプレイボーイだ、一夏は。

 

「で、あんたはどうなのよ? 誰にISのことを習いたいわけ」

「えっとみんなで一緒に、ってのはどうだ?」

いきなりの質問に困惑した後、言ってはみたようだ。が、3人がそんな回答で満足するはずがなく全員が目を鋭くした。

 

「後から出てきて威張るな。私の方が付き合いは長いんだから私に任せるべきだ!」

「あれ~? 長いって言っても6年間を空けているでしょ? それって付き合っている時間は同じよね?」

「だとしても一夏は何度も繰り返しうちで食事をする間柄だ。関係も深い。私たちの関係に踏み込んでくるな!」

篠ノ之はヒートアップがやまずこちらがうるさく思うほどだ。こんな修羅場にいられるかと急いでうどんをすすり始める俺たち。谷本も自分の食糧増加の判断を間違ったと思ったらしく食べるスピードが上がる。

 

「うちで食事? それならあたし達もしょっちゅう家で食事したわよ?」

そこで篠ノ之の目が大きく開き、織斑の胸倉に掴み掛らんばかりの勢いで迫る。オルコットは途中から篠ノ之の怒り具合と織斑の鈍感さに呆れて黙って成り行きを見守っていたようだ。

 

「いっ、一夏どうゆうことだ! 何も聞いていないぞ!」

「一夏さん納得のいく説明をお願いします」

「納得も何もよく鈴の実家の中華料理屋に行っていただけなんだが……」

そこで篠ノ之が安心と納得したように息をつく。

会話が続き放課後空いているかと質問をし続け、そこに織斑の代わりに篠ノ之がISの訓練をしていると言い、凰を遠ざけようとしている。

 

「一夏さん、訓練をするか旧友との仲を温めるか決めてくださいまし。どちらも大事ですが人との関係を疎かにしてはいけませんことよ」

オルコットは久しぶりの友人を大事にしろと言っている。これは意外であった。織斑に気があるからてっきり篠ノ之のように凰を遠ざけようとするものだと思っていたのだが。

 

「だって、人がいつの間にか隣からいなくなってしまうこともあるのですから」

その発言に暗さと重さが混じっていたように思えたのは気のせいではないだろう。

 

「じゃ、訓練終わったら行くから」

そう言って去っていく凰。それと同時に気が落ち込んだ織斑と怒ったように一言入れる篠ノ之、呆れたように息を吐くオルコット。

俺らはそれを無視して食器の片付けに向かう。

 

 

 

放課後の第三アリーナでオルコットから射撃技術の指導をしてもらっているのだが、時々射線に割り込んでくる織斑、篠ノ之がうざくて仕方がない。

最初はどちらが織斑の指導をするか揉めたのだが、時間制とアリーナの使用制限時間がで篠ノ之とオルコットを妥協させようとしたのだが、そう提案したときオルコットがあっさりというほどに納得してくれた。

 

「相手の動きを予測するのは徐々に上がってきていますが素早く射線を調節するのも加えてみましょう。あともう少し力を抜かしてみるのもいいかもしれません」

「素早く射線変更?」

「というよりは目的の場所に数ミリもずらさない様にすることですわ。顕微鏡でものを見るように調節するのです。そうしないと数ミリでも数メートル変わってくるのですから。ショットガンやアサルトライフルでは敵に当たればいいとお考えなのでしょうけどセンサー類や関節部に当てれば故障を引き起こすことも可能でしてよ」

「相手は待ってくれそうにねぇんだけど。あといつも疑問なんだけど目はともかく頭や胸に装甲が厚くないのはなぜなんだ? 一番守らなきゃいけない部分じゃねぇか」

「それを徐々に速くしていくしかないんでしてよ。地道にコツコツに勝る近道はありませんから。装甲がないのは恐怖心を煽るためともありますけど実際はどうなのでしょうね? 恐怖で本能的に守るためや、銃を扱っていることを忘れないためや、重装甲による加速の激減を防ぐためといろいろあります。ISは高機動が売りなのですから」

そうレクチャーされ投影された的が現れる。

前みたいに動かず、レーザー照準もされていないがかなり遠くアリーナの端にあり、俺らも端の方にいるからざっと500m以上はあるだろう。

その的の中心に向け銃弾を放つ。が、近くで戦闘に近い行動をしている織斑、篠ノ之が射線の上を通り過ぎ突風を起こしてそれに影響された弾は的の端に当たった。

 

「……」

「……まぁ、状況も入れませんといけませんから」

そう言われ、次々と投影される的に射撃するが動き回る二人の影響でどうしてもずれる。いっその事どっちも撃ってしまおうと思っている自分を止めるように時計に目を向け時間を確認する。すこし時間を過ぎているが交代の時間だ。

 

「なぁ、もう時間すぎているんだから交代しようぜ」

「ああ、箒、交代して章登に教えに行ってくれ」

「いや、お前はまだまだ格闘戦の訓練が足りない。それに、射撃型の戦闘が一夏には必要を感じない。続行する」

そんな独り善がりの事を言い出した。

 

「はぁ?」

「何言ってますの?」

「いやそれはちょっと……」

俺、オルコット、織斑が反論するよりも先に織斑に切りかかる篠ノ之。お前はどこの戦闘狂だ。それに射撃特性を分かっていれば回避の仕方を覚えることを知らんのか。

 

「なんかもう、こっちの言うことは聞かなそうな感じじゃね?」

「仕方ありませんから射撃精度を上げる訓練を一緒にしましょうか」

そういって投影される複数の的。それを競うようにして撃破する。使っている武器、機体性能にも影響が出てしまうがやはりというかオルコットはど真ん中ぶち抜いているのにこちらは真ん中に照準を当てているつもりなのにどうしても中心から少しそれてしまう。

 

そうしているうちにアリーナの使用時間が終わり次の予約していた生徒に変わる。篠ノ之はまだ不満そうに顔を歪めていたがしぶしぶといった形でピッドに戻った。

「章登、一緒に寮に帰ろうぜ」

「いや、寄る所あるからな。じゃおつかれさん」

そう言って切れ上げ研究部に向かう。アリーナが使えなくてもシミュレーターで練習して少しでも代表候補生並みになっておかないといけない。下手すりゃIS剥奪や織斑一夏より弱いから解剖してもいいみたいな指令が下されるかもしれない。後者は人道的にどうかと思うが。

 

研究室のドアを開けると資料が積み棚になっている机の上で栗木先輩の茶髪しか目に入らない。その隣で多彩アームを使い谷本が何かを組み立てている。

台形を長細くした盾のようだが、3本の細長い杭が取り付けられている。

 

「あ、ちょうどいいとこに来たわね。それの組み立て手伝ってあげて」

「え~。シミュレーターやりに来たんだけど」

「どうせ今多彩アームの方に電力使ってるんだから出来ないわよ。まったく部品で寄越すなって開発部に文句言いたいわよ」

「いやいや、ここって新兵器のデータ取りが主な役割じゃねぇか。なんで部品で届いているんだよ」

「開発部はラファールと打鉄をベースに新しい訓練機を作っているみたいなのよ。ほとんどそっちに人員が行っちゃて武器の製造に手を回せないんですって」

「整備課は?」

「同じような感じだわ」

前に行ったことがあると思うがISの開発、研究は学園でも行っている。IS電池の延長であったり、新兵器のデータ収集であったりと。

無論、企業の方もそういう実験を行っているのだが学園ほどデータがなかったり、基本的には従来兵器を強化したのがほとんどだ。まぁ、資金は企業の方が多く、国家代表は資金が機体整備や新兵器開発の問題はないだから贅沢できるのだが新兵器の稼働にはまだまだ改善が必要だ。だからオルコットのような代表候補生がテストをしにはるばる日本に来たわけだ。

 

そして、今学期代表候補生が多く入学すると情報が入り、訓練機では対抗できなくなってくると思われるため訓練機の強化が開発部、研究部、整備科が総力を挙げることが決定したらしい。

この辺は転校してきた代表候補生に所詮学生と思われないようにすること。用はイメージアップ。

俺や織斑がいることでの学校の防衛強化などが関係していると思われるが詳しくは知らない。所詮俺の考えなのだが。

 

そして、今谷本と栗木先輩が作っている武器も試験武器なのだろう。まだ部品のパーツがあるらしく収納ボックスが2つある。

設計図を栗木先輩から受け取り、多彩アームを操っている谷本の所に行く。

 

「何か手伝うことねぇか?」

「うーん。センサー類の組み立てお願い。ISのハイパーセンサーで代用して緻密操作用アームと固定アームを貸すから設計図通りに作ってね。えっと項目S3-5~68までのはずだから」

「あいさ」

ラファール・リヴァイブ・ストレイドを頭部だけ部分展開し図面のS3-5の項目を見る。PGの設計図よりも難しそうだが解らない訳ではないので多彩アームを操作するハンドルを貰い細いながらも強度を持つピンセットと外部装甲を固定アームに取り付け組み立てる。

 

まずは項目通りセンサーの信号読み取り機を作っていく。プラモを作っているように隣の谷本と多彩アームがだす機械音がだんだんと消えていく。プラモを作っているときもそうだが何かに集中する時周りの音が消えていくのだ。聞こえないのではなく気にならなくなっていく。

 

そうやっているうちに自分と世界が隔離されたような感じがしていく。目の前に集中して他の音、景色が気にならなった。そんな時間が止まった中で作業していく。

 

そうしてセンサーの部分の蓋をして終了した。

 

「こっち終わったぞ」

「え? まだ1時間ちょっとよ」

「崎森ってこういう組み立て作業が得意なんです。そりゃもう周りの音が気にならなくなるくらいに」

「部品確認するからこっち来なさい」

そう言われ固定アームからセンサー部品を外し栗木先輩のもとに持っていく。どうやら作業用ゴーグルをつけているらしく内部が透けて見え精度、配置、部品確認ができるものらしい。

図面とセンサーに目を走らせ間違っていないか確認していく。

確認し終えたらしく、息を吐き俺に目を向けてくる。

「……なんでこんな精度で作業出来るのよ。あんた、なに? 才能?」

「ふふふ、俺の真の能力がついに顕に―――」

「「ならないから」

こちらに聞き耳を立てていた谷本にも突っ込まれへこみそうになる。なんだよ。少しくらい調子に乗ってもいいじゃないか。

 

「まぁ、間違ってはいないからこの調子で仕上げて頂戴」

「次、トリガー部分のT4‐9の図面通りお願い」

「へーい」

 

そうやって収納ボックスからのT4と書かれている引き出しを取出し固定用アームに持ち手と思われる部分に取り付け緻密作業用アームで部品を取り付けていく。

 

 

そういって何時間か経った頃

「もうそろそろ切り上げましょうか」

「はーい。崎森ー。ってまた入っているみたい」

まるで機械のように動じず、瞬きすらせず一心不乱に作業をし続ける。集中するというよりは人間を模したロボットと言われれば納得するだろう。

谷本はこの状態に何度か遭遇している。思考速度が半端ではなく手の動きが素早い状態は模型作りや絵を描いているときに起こりやすい現象である。

アスペルガー症候群ではないのかと思ったぐらいだ。

だがそれとは違うようなのだがよくわからない。アスペルガーは特定の事に興味を発するが他人の心を理解するのが困難になることが多いらしい。

 

崎森の場合は単に集中力が高まるだけらしい。そのことを中学時代、辿り付けぬ領域《サイレントライン》と名付けたのは恥ずかしい思い出だ。由来はその時に作ったプラモの出来栄えがプロ顔負けの塗装テクニックだったのと、まるで何事もないように淡々と物を作るからである。本当にしょうもない理由である。

 

まぁ、このように入いているときの解除法も知っている。

 

谷本は作業を続けている崎森の近くまで行き、耳元に息を吹きかける。

ピンと張っていた糸が緩むように目がたるみはじめ作業の手が止まった。

 

「あれ? また入った?」

ブルッと肌寒いかのように鳥肌を立たせたあと元のパッとしない顔に戻り作業を終える。

 

「入ってた。もう19時前よ。寮に戻りろうよ」

「ああ、ありがとう。なんでこんなに集中してしまうんだろうな?」

「緻密作業オタクなんじゃないの?」

「オタクって一線を超えると何だか知ってるか? プロフェッショナルだぜ」

「あなたは専門家じゃなくて愛好家じゃないのかしら? きっと家の中がフィギュアでいっぱいでコーラのペットボトルが床に転がっているのね。そしてモニター画面で2次元の女の子に俺の嫁キターって叫んだりするんでしょ?」

「しねぇよ!? ってか、あんたはオタクをただのキモい野郎としか思ってないだろ!? 確かに奇声を上げ太ってるかもしれないがそんだけ作品を愛しているのなら作成者も本望だろうよ」

「単に言い訳にしか聞こえないのだけど?」

「ああ、俺はアニメが好きだ。ゲームが好きだ。漫画が好きだ。けどそれは俺の趣味だしそれに夢中になっている。麻薬中毒者みたいにな。けど、それが俺の楽しみなんだ!」

「力説してる所悪いけど全然感動しないわ」

なにやら失望させたらしい。目が伏せがちになり温度が下がる。今にもため息が聞こえてきそうだ。

 

「じゃ、2年の寮はこっちだからまた明日頼むわね。癒子ちゃん、ついでに下僕一号」

「何で下僕なんだよ!?」

「男の後輩はすべて私の下僕って決まっているのよ」

「何時決まった!?」

「あら? 奴隷のほうがよかったかしら?」

 

もうそんなことを言うならいっそのこと会話に乗ってやろうじゃないか。

「ああん。やめてくださいご主人様~。こんな人前があるところでなんてエキゾッチクすぎます~。でももっと痛めつけてください~」

脅かす気持ちでくねくねと体を躍らせ目を閉じながら言ってみた。

目を開けなくても瞬間場の空気がブリザードにでもあったかのように凍りつき、二人が俺から距離をとり警戒する。まるでその眼は信じられない化け物でも見ているようだ。

 

「撤回が遅い気もするが嘘だからな?」

「嘘だ。演技にしては身が入りすぎていたし」

「あんなキモい踊りができる人間初めて見たわ。癒子ちゃん。付き合う友達は選んだほうがいいわよ」

「私もまじめに縁を切ろうか悩んでいます」

「いや待って! 冗談だから! 俺Mじゃないから! ノーマルだから! 痛いの嫌だから!」

「けど。訓練で身を傷めつけていたわよね?」

「え? そりゃ避けれないから弾が当たって痛いのは当たり前じゃねぇか」

「うん。でもね、今思うとわざとあたりに行ってたんじゃないの?」

「そうね。代表候補生との戦いの時も後半の回避が異常すぎて前半の回避はもしかしてわざとあたりに行ったたんじゃって思ったし」

二人はそれで俺がMと確信したのかさらに距離をとる。

俺が一歩前に出ようとすれば、後ずさりで3歩後ろに下がる。

 

「いや、俺はMじゃねぇぞ!?」

「「……」

「せめて弁解をさせてくれぇえ!?」

「……じゃあどうしてセシリアの後半戦であんな回避ができたわけ?」

「それはハイパーセンサーの恩恵で火事場の馬鹿力というか、瞬間反射現象みたいなことが起きってミサイルの軌道とかビットの位置とかが手に取るように分かって―――」

「……何でシミュレーターで負け続けるような相手を選んで戦っているわけよ?」

「強い奴と戦ったほうが早く上達しそうじゃねぇか」

間違ってはいないはずなのだが二人はまだ納得していないらしい。

 

「まぁ、とりあえず今日はさようなら癒子ちゃんにMくん」

「Mなんて頭文字つかねぇよ俺は!」

「さようなら先輩。また明日。崎森は首に首輪と鎖をつけてお外で待っててね」

「人間ですらなくなった!?」

 

 

さすがに外で首輪をつけられ鎖で拘束されるという事態には陥らなかった。が、なぜか距離が50㎝ほど空いている。

いまだにM疑惑は改善されていないらしい。変なギャグなんて入れなければよかったと後悔している。

 

「なぁ、谷本」

「なに崎森?」

「確かに俺はオタクといわれる人種でゲーマーであり、こう……遊び人という印象があるかもしれない。しかし、別の階段に目覚めたり変な性癖を持っていたりはしねぇと思うんだ」

「思う?」

「あ、いえ、断言します」

「じゃあなんで最初『思う』なんてあいまいな表現したの? 少なからず何か思い当たることがあったということなんじゃないの? もしくは自覚していてわざと隠したいとか?」

なんかこわい。威圧感を出しつつ質問攻めにされるのがこんなにつらく怖いものだと初めて知った。そして谷本の目が据わっているためか光がない。いや、おそらく光源の角度の問題なのだろう。

 

「いや、その自信がないんだ。俺は100%自分のことを知っているわけじゃないし、谷本から見た俺はどんな感じに目に映っているのかわからない。だから、相手の機嫌とかを取るためにわざと曖昧な表現をとっさにしたんだと思う」

「ふーん」

納得してくれたのか、それともまだ怒っているのか、そっぽを向け廊下を歩き続ける俺たち。今は生徒が食堂に集まっているか自室で思い思いの時間を過ごしているためか廊下に人影は少ない。

こんな会話を聞かれづに済んだと思うべきか、なぜ誰もいないんだと天を恨むべきか。

 

「別にあんたがMだろうとSだろうと、近親相姦上等の変態だとしても」

「いや、それはない」

「さっきもそのくらい否定してくれたらよかったんだけど。で、あんたがどんな性癖持っていようと私には関係ないわ。でもかなり急展開過ぎて私がついていけないの。置き去りにさせられている気分になるの」

え? もしかしてMになりたいとかそういう話?

 

「誰だって友達が何かに巻き込まれたらどうにかしてあげたいって思うものでしょ?」

「あー。でも俺はM確定じゃないからな?」

「まぁ、そうなんだけど……あー! この話はもうやめ! あんたはMじゃないってことでいいのよね!?」

「は、はい!」

「わかった。この話はもうおしまい! とっとと荷物部屋に戻して食事にいこ!」

そういって駆け出しで部屋に戻ろうとする谷本。しかし角を曲がったとことで通行人にぶつかったらしく派手に後ろに転ぶ。

朝方でパンでも口に銜えていたら新しい出会いだっただろう。ただし此処の男性は極端に少なく2人しかいないが。

そして、何やら泣きじゃくりながら谷本を罵っている人物がいる。かなり鼻声でろくに聞こえない。言っている言葉にすべて「〝」が付いているくらいだ。

駆け寄ってみるとそこには凰が尻餅をついて両手を顔に当て泣きじゃくっていた。

 

大丈夫かと声をかけてみるが返事があっても鼻声がひどくて聞き取りづらい。谷本がそばにより隣で寄り添わせながら立ち上がらせる。

どうしようかと目で訴えてくる谷本。

放っておく訳にもいかず部屋に連れて行って事情を聴こうとしたわけだが、涙がまだ止まらずろくな声を発することができない。

とりあえず泣き止むまでベットに座らせテッシュを横に置いておく。

ベットで寝っころがっていたのほほんは事情を察してか励ますような声で気遣っている。

 

ようやく泣き止んで声が出せるようになったらしい

 

「で、なんでいきなり廊下で号泣してんだ?」

「別に泣いてなんかないわよ! ただ大量に目にゴミが張っただけだって言ってるでしょ」

言ってるも何も、鼻声で何も言葉が伝わらなかったから初耳なんだが。

 

「あんた邪魔よ。口出さないで」

「さっきーってデリカシーないよね」

「……」

もうこの二人だけでいいんじゃないかな……。

 

話している内容は要約すると織斑が昔した告白の内容を屈折して覚えており、それで泣いていたらしい。まぁ、告白の内容を間違って(しかも本人は告白と思っていない)いたら怒りたくなるのも分からなくない。まぁ、昔の内容を覚えているだけましなのだろうか?

 

「うん。それは織斑君が悪い」

「おりむーって鈍感だよね~」

「そうでしょ! 私が料理を一生食べさせてあげるって約束を、料理をおごるって勘違いしたのよ!? 信じられる!?」

凰はさっきの号泣が嘘であるかのように怒鳴り散らしている。泣いたり怒ったりと忙しない人だなぁーとはたから目に思って眺めていた。

 

「そこのあんたはどう思う!? やっぱ一夏が悪いと思うでしょ?」

いきなり話題を振られ気まずくなってしまう。

 

「ソウデス。スベテ ハ オリムライチカ ガ ワルインデス」

「崎森、なんで声音が一定なのよ」

「なんでだろうな」

単に3人の反応が怖くて、声音を読まれないようにしているのと、ふざけてやったほうが場は盛り上がるのだが、今回は意味がなかったらしい。あと惚けてみたがそれも効果がないようだ。

 

そんな女子3人によるトークが続いていた。女三人そろえば姦しい。というがまさにその通りでうるさかった。

 

「織斑君のこと、何時から好きになったの?」

「べべべ、別にあいつのことが好きなわけじゃないわよ!」

「え? 一生料理食べさせるって……つまり結婚じゃねぇの?」

そう言ったとたん凰の顔が一気に赤くなりこちらに飛んでくる物体があった。

 

凰の拳である。

 

それが顔面にめり込みなんで殴られたのか理解が及ばない。

 

「そんなわけないでしょ! あれは、その……。そう! つまりあなたの専属シェフになりますよってことなのよ!」

それって奥さんって意味じゃねぇの? いや、セシリアのようなお嬢様が現実にいるんだから否定できない。

 

ひりひりと痛む鼻を押さえながら立つ。視界には顔が赤く息が荒い凰、見下げたような目で見る谷本、悲しそうに眉をハの字にしているのほほんが見える。

 

「ほんとデリカシーないわね」

「わかっていても指摘しちゃうって駄目なことだと思うよ~」

なんで俺が気遣いができない人物になってしまっているのだろう? 指摘されて恥ずかしいから?

 

「なんかすいません」

取り敢えず反省しているふりしておこう。

 

「なんかいろいろ吐き出したらすっきりしちゃったわ。ありがとね、谷本に布仏……後ついでに崎森」

「なんで俺こんなに扱いが悪いんだろうね?」

「馬鹿だからじゃないの?」

ざっくりと谷本が指摘する。

天才だという気はないが、他人から指摘されるとなぜか胸に衝撃が来るのはなぜなんだろうね? 今はナイフで刺されたような痛みが胸に広がっていく。

 

「じゃ、別のクラスだけどよろしく」

そう言って凰は自分の部屋に戻っていく。空元気を振る舞っているようにも見えた。

 

「ところで、まだ食堂って開いてたっけ?」

「もう、10時回ってるからねぇ。もう開いてないよ~」

俺と谷本はその日の夜、冷蔵庫に残っていたお菓子で腹を膨らませた。

 




修正 相川さんのハイキックをなくした


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9話

織村→織斑

篠ノ乃→篠ノ之

・・・・・・・もうないはずです(汗

それ以外はまだ誤字があるかもしれません(え


第5アリーナでは現在性能実験が行われていた。実際には模擬戦といったほうが正しい気もするが。

教員が乗るラファール・リヴァイブには所々改修された跡があり、肩のサイドブースター、腰の前後左右、足回りのスラスター増加による加速力、機動力が強化され、腰のマウント部分に折り畳み式の対戦車ライフル、腕に内蔵された単分子カッターが変更されている。

武器が量子変換収納されていないのではなく容量が圧迫されてしまい元から取り付けてしまおう、ということでそれが標準装備となっている。

 

2つあるチェーンソー、その間にガトリングの砲身があり腕を隠すようにして装備してあるマルチランチャー。

右手に持つマルチランチャーのガトリングの砲身が回転し発射する銃弾を選ぶ。それが改修されたラファールへと飛んでいくが、盾を展開されそれに付着する。

付着した一瞬にそれが発行し爆発を促す。

付着爆弾と呼ばれる、密閉された弾が物にあたった瞬間に破裂、中の物質が対象と空気に触れることで爆発を起こすようにできているらしい。

 

その爆発によって盾が破砕されこちらに向かって投げつけられる。それにあたる愚直は侵さずに回避行動をとるとそれに合わせて3mはあろうかという対戦車ライフルに似たものを撃ってくる。左腕に掠れるが、それだけでアーマーブレイクし絶対防御が発動。シールドエネルギーが大幅に削れる。

 

それが最大5連射できるので脅威的すぎる。さすがにマシンガンほどではないが、二拍子の連射速度並みはおかしい。開発部とスポンサーは何考えてこんなとんでも兵器を作ったのやら。頭の部品を正常なものと交換することをお勧めする。

 

「どんな頭でゲテモノ兵器の開発押し切ったんだよ! 開発部とスポンサー!」

直撃でもないのに一撃でシールドエネルギーの数値が80削れたら誰だって叫びたくなる(訓練機はシールドエネルギーが競技用では600しかない。アサルトライフル1発で弾の種類にもよるが減少は1~5くらいである。)

スラスターを全開にして右横に回り込むようにして回避する。放たれる砲弾が回避行動先を読んだように飛んでくるが空気抵抗や姿勢制御、スラスターの向きを所々変更しており軌道がずれる。

更に対戦車ライフルの反動を抑えきれていないらしく照準がずれているらしい。撃った時スラスターを全開にして反動制御しているにも拘らず後ろに下がったのが見えた。

 

しかし、連射されたことにより空気の流れが変わり強風にでも煽られたかのようにバランスを崩しそこに弾丸が放たれる。

盾を斜めに構えて貫通を防ぐが当たったところから噛み砕かれるように破壊される。結局のところ逸らすのが精いっぱい。それでもリロードするまでの時間を稼ぐことができた。そこに全速力で接近し、マルチランチャーのチェンソーを起動。唸り声をあげるように回りだし相手に1つが発射される。

チェーンソーにバリスティックナイフの要領で飛び出るようにしたらしい。ホント何考えてるの。

 

飛び出したチェーンソーを腕に内蔵していた単分子カッターで弾き飛ばしたが、姿勢を崩す。

 

そこに袈裟切りぎみに振る。

相手はサイドブースターを使い瞬間的にこちらの右横を取ると同時に回避していた。

そして、腕の単分子カッターで突き刺してくる。

回し蹴りを行う要領でその突きを回避し、続けるように反対の足で回し蹴りを放つ。

が、相手が吹っ飛ぶが飛びすぎている。こちらの行動に合わせるようにして距離を取ったらしい。そこでリロードが終わったようで対戦車ライフルがこちらに向く。

 

そして放たれる砲火。一発でアーマーブレイクさせる威力の弾は残り少ないシールドエネルギーを削りきるには十分だった。

 

 

「いくらなんでも過剰火力じゃねぇか?」

実際に戦った相手がそう言うのだから多分そうなんだと思う。

さっきの戦闘で戦闘証明した折り畳み式の対戦車ライフル。『HW-01ストロングライフル』の連射性、威力は異常だ。問題点は連帯性、取り回し、反動だろう。

 

「まぁ、試作兵器である上にロールアウトされたばかりだからちまちまと調整施すらしいわ。問題点の改善をちょくちょく行なっていくし。ただ、連帯性は改善されないでしょうね」

「あれがもっと大きくなるって? 取り回しが更にきつくなるだろうな。と言うかこっちのマルチランチャーも取り回しきついぞ。なんで重火器に発射機能がある刺突剣なんて持ってるのやら」

近距離対応のチェーンソー、回転式弾倉での弾の変更。特にチェーンソーなんて飛び出させる必要性が感じない。普通に発砲すればいいだけだろう。

 

企業での訪問担当の巻紙礼子さんから返答される。

「一応、牽制、拘束、弾切れの際の非常手段、相手をひっかき体勢を崩すなどの理由がありますが……あなた自身の技量不足でしょうね」

そんな言葉をいただく。ちなみにマルチランチャーを無償提供してきた人はこの人だ。何でも自身の有利な状況を生み出す、いかなる時も臨機応変に対応する武器として作ったと説明された。

だが多種機能を盛り過ぎて扱いづらくなり、破棄するところにクラス代表決定戦の時の動画で声を掛けてみようということになったらしい。

こっちからすれば新兵器を貰える。あっちからすれば自社の性能をアピールできると思ったらしいが使うやつが初心者というのを忘れているらしい。

さっき使った付着爆弾にしたって徹甲弾で撃ったほうが効率的でないだろうか?

まぁ、爆発によって相手の姿勢を崩すこともできるのだろうが……。

 

試験項目の最終段階で模擬戦による戦闘証明が行われたわけなのだが、それ以前では俺、栗木先輩、ついでとばかりに谷本がこのマルチランチャーをシミュレーターを使って検証していた。その時にチェンソーの取り回しや回転弾倉の選択で戸惑わないように練習してみたのだが未だに使いこなせていない。

栗木先輩ですら稼働率82%

ちなみに俺は54%

谷本は67%……あれ? なんで長く使っている俺より高いの?

ま、まぁシミュレーターの相手が俺の場合、栗木先輩。谷本の場合、AIじゃ差がつくのは当たり前だよね。当たることが前提だしこれらの武器は。……別に言い訳してるわけじゃねぇぞ。

 

訓練機の回収武器が部品で届いた装備を組み上げ終えた時、戦闘証明に研究部が駆り出されるということになった。主に研究部には調整にパイロットが必要であるため。

 

そこでうちらの研究部にも来たわけである。他にも打鉄の強化改修、専用装備が他のアリーナでも行われている。

 

あちらは確か機動を強化したラファールとは違いパワー、装甲を強化し肩や腕、スカートに日本の甲冑の様な草摺りの様に装甲が重なっている。それが追加されより侍に似たシルエットになった。

そこの装甲内部にあるアクチュエーターが強力なパワーを引き出す。

 

というのも3m強の大剣『HW-03ユナイテッドソード』を振り回すのに必要だったからとか。

それ以外にも鞘先に散弾が撃ち出せる様になっているらしい。近距離対応で拡張領域が少ないのは解るが、いくら何でもという感じだ。

 

そう思っているうちに次の試験項目に移る。

と言っても乗っている相手が変わっての性能テストになる。俺の場合はコアのシールドエネルギーの回復に回して余ったエネルギーをIS電池に回すといった作業に移る。ストレイドが展開されており、背中のISコアがある場所からコードが伸びその先の箱の中にIS電池があるというわけだ。

 

これによって戦闘回数が多くできると多くの開発部の部員たちが喜んでいた。

戦闘回数が増える→それを喜ぶ→こいつらみんな戦闘狂、という法則が俺の中に芽生えた。

 

そんなことを回想していた時、ピットの扉が開き何人かが入ってくる。

「試験項目に付き合ってくれてありがとね?」

「いつも思うんですけどなんで疑問形?」

剣道部部長の桜城 照花(さくらしろ てはな)先輩で他の研究部の人員なのだが、なぜが語尾に?がつくほど声が上がる。

その他にも改修強化ラファールの開発チームとスポンサーの企業チームが入ってくる。

こちらは次の栗木先輩がテストする改修強化ISの性能証明、調整、改良をしに来ているのだろう。

 

時折それに付いてくるようにセールスマン(セールスウーマン 巻紙礼子さんのような人)が『我が社の商品を使ってください』とか言われたりするのがたまに嫌になってしまう。まぁ、初心者ということで操る、性能発揮、制御しきれないことを言い訳に逃げている。

現にマルチランチャーを使いこなせていないことが挙げられるので何人かは早々失望の視線で去っていく。時々「無能が」「所詮薄汚い男ね」と耳が捉えてしまうのでそのたびに胸が沸々とどす黒くなってしまう。

 

「癖だからしょうがないよ? 崎森君だって戦闘中に口が悪くなって罵声を出すでしょ? 『ド頭に尻の穴開けてやる』とか『肉ダルマにでもしてやろうか?』とか?」

「え? いつ聞いたんですか?」

そんな言葉使った記憶があるが、この人がいるときに言ったことはないはずである。

 

「シミュレーターのリプレイ映像からだよ? 時々頭から壁に突っ込んだり、自分から砲弾に当たりに行ったり、後は発射したコード付きのチェーンソーが弾かれて遠心力で絡まったり? みんな爆笑ものだよ?」

「今すぐデータを渡せ」

そんなデータが開発部・研究部・整備課で出回っているとはおどろっきだー。しかもどこもかしこも俺がへましたところじゃねぇか。なんだ? ギャグ映像化して売りに度も出すのか? 出演料幾ら貰えるんですかねぇ? 

それで俺がへましたシーンを思い出しているようで、笑っていた桜城先輩は困ったような顔で俺の後ろ、丁度栗木先輩が改修ラファールの説明を受けているようだ。次に乗るのは栗木先輩らしく、武器を『HW‐01 ストロングライフル』からレールガンにかえるらしい。

そっちの方を見ながらデータの場所ではなく諸悪の根源を言う。

 

「ん? 真奈美ちゃんから貰ったものだよ? 有料で? 最新10シーンごとに100円で?」

「栗木先輩ぃぃいい!?」

こっそりとピッドから出て行こうとしている栗木先輩を呼び止める。なんでそんなプライベートな恥ずかしいシーン取ってくれてんだよ!? そして売りに出すのはいいとして俺にも金くれよ!

 

「なんでシミュレーターの映像流してるんだよ!? どういうことですか!?」

「い、いやね。もちろん開発部に資金の足しにしたり、研究部の備品の調達をしているわ。この前、最新作業機械腕マニピュレータを部室に持ってきたでしょ?」

ああ、俺と谷本、のほほんが目を輝かせ交代交替で作業してたっけ。

 

「でも、在学生だけで賄えるのを超えている気がするんだけど?」

「ニコ○動画でPV風に編集して映像配信したらものすごい好評でね。最新以外は有料映像サイトで10円」

「世界レベルでさらし者にされてた!?」

近頃ネットなんてWIKI丸しか使ってなかったせいでこれだよ!?

自分が男性IS操縦者ってだけで食付きに来るやつはいるだろうが、そんなに面白いか!? そんなに売れるのか!?

 

「古いのがニコ○でUPされているけど見る?」

「UPしたのあんたでしょうが」

そういわれ空中モニターにネットのページが出され、映像が流れる。

 

回避訓練中の映像であった。高速でこちらに向かってくる弾丸を避け続けている俺がいる。

まだ不慣れで危うい。コメント欄には『へたっぴ』『よく乗ってられるな(操縦者的な意味で)』『俺のほうがうまい』『まぁwww初心者なんだからさwww』的なものが流れている。

 

そこで回避先に失敗し映像の中の俺に向かっていく。もう当たると思われた瞬間魚のように跳ねた様に身を細め、次に来た弾は飛びウサギのように飛んでかわして、前転したところに弾を避けるという下手な回避行動をした俺がいた。

そこでコメント欄が『これぞ崎森スペシャルwww』『へたっぴへたっぴwww超へたっぴwww』『何やってんのwww』『残念www』『うwおw』『ズッコケ崎森www』

 

公開処刑じゃねぇか……泣きたくなる。

そのあとも続く俺の失敗シーン。そのたびに流れていく俺に対するコメが冷たい。人って陰口がひどい言葉になるってよく実感できることだと思う。もしくは人は日常に生きている人間がここまで残虐(というより貶すこと)になることを実感できる。

周りにいる開発部、企業のスポンサー、研究員方々も声を抑えて笑っている。

「……なんでシミュレーターにリプイ機能なんてついてるのかな?」

「あとで自分の動きを見て改善するためと他人の動きを参考にするためだよ?」

桜城先輩が解説してくれるが俺が聞きたかった言葉はそんな言葉やない。

 

 

「ねぇ。崎森君?」

「栗木先輩、今俺、名誉棄損罪で訴えたら相手が女性でも勝てると思うんだ」

「そ、そうね……」

口が引きつりながらぎこちなく笑っている栗木先輩を見るが今は心の傷が大きい。

いや、公開処刑されたことよりも無断でUPされたほうがね。

そういえばクラスの人たちが俺を見るとき笑いを堪えているように見えたのはそういうのが原因だったのか。

 

俺たちは他のピッドの備品になっているデータ収集機や調整用モニター、ペンチ、コード等々たくさんの工業道具が入っている。

「ところで、このこと俺の知り合いにどのくらい伝わっているのだろうな?」

「えーと……学園で知らない人は少ないでしょうね。特に整備課、開発部、研究部には

知れ渡っていると思うわ」

「取り敢えず人を今日の飯のために売った気分はどうです?」

「……ごめんさない」

子動物にエサが与えられずシュンとなっているように暗い雰囲気を出しているが許す気はあまりない。

 

「別に売り物にするなって言っているわけじぇねぇよ。こっちだって利益貰ってるんだしな。ただ何の一言もなく、なんでこんなことしたんですって聞いてんだ」

「だって……この面白さを誰かに共有したかったんだもの……」

「取り敢えずあんたが俺を辱めたいのは分かった」

ピッドにある倉庫室に機材を戻す途中、事の事情を聴きだした。

最初は携帯に移植したのを友達とみていて笑っていたのだがその友達が『これ絶対に人気出ますよ!』とニコ丸でUPしたところ3日で1万再生と好評になり、それから研究資金の足しにするために有料でUPしてみたらしい。

そしたら飛ぶように売れ歯止めが利かなくなったらしい。

売ったやつも売ったやつだが買ったやつもひどい。なに? みんな他人の不幸は蜜の味なの? 俺の場合失敗だけど。

 

「その友達って誰ですか?」

「……言っていいの?」

「言え」

「癒子ちゃん」

「あんにゃろぉぉおおお!」

親友だと思ってたのに俺を売りやがった!

 

「でも、そんな訓練映像出してよかったのか? 一応機密に分類されないか?」

「その辺を私たちで編集しているのよ。それにPRにも使えるし、お金も入るし。研究部の顧問も了承をもらっているわ。なぜか開発部と整備課の顧問にも了承貰ったけど」

先生もグルだったよ! この学園には味方はいねぇ!

 

「失敗シーンがPRとして使えねぇだろ」

「そこは貴方が時々うまく的を当てたところを映してるから大丈夫よ。前なんてシミュレーターとはいえ高スコア出したときは銃口に息を吹きかけて『終わったか……儚いものだ』って言ってたじゃない。俗にいうきめポーズで」

「やめて! 黒歴史を増やさないで!」

 

そこでピッドの倉庫室にたどり着く前に織斑・篠ノ之・オルコット・凰の一団を見た。

 

「あら? 関係者以外立ち入り禁止って言ってたけど他の人もいるじゃない」

「ああ? いつからこのピッドは関係者以外立ち入り禁止になったんだよ?」

「たったさっきからだ!」

凰が俺たちに聞いてきて篠ノ之が俺たちに怒鳴ってくる。何この理不尽。

 

「ってことで私はいてもいいわね」

「そんなわけないだろ! さっさと出てけ!」

「ちょっと待てや、俺たちにも出てけって言うんじゃねぇだろうな? 整備、調整備品返しに来ただけなんだが?」

「ぐぬぬ……」

何に怒っているのかこちらに向かって睨みを利かせ唸っているが、まるで怖くない。まるでガキの癇癪みたいでうざい。

オルコットは俺達とやり取りに呆れているらしくヤレヤレと首を振る。お前もうぜぇ。

織斑は警戒するように篠ノ之から距離を取り篠ノ之を見つめる。

 

「……おかしなことを考えているだろう、一夏」

「いえ、なにも。人切り包丁に警戒していただけです」

「お前というやつはっ!」

そこで織斑に掴みかかってくる篠ノ之を引き離し間に凰が間に入る。

 

「今はあたしの言うことが先なの。脇役は少し待ってなさいよ」

「脇役だと……貴様……」

実際怒りやすい奴って脇役なのではないのだろうか?

 

戦闘中。相手から馬鹿にされる→動きが単調になる→動きを見切りやすくなり避ける→攻撃が当たらないことにイライラする→さらに見切れてしまい反撃を与える機会が増える→攻撃してくる奴にまたイライラする→で最終的に倒される。

 

考えている途中でこれはやられ役であることに気が付いた。

 

「で、一夏。反省した?」

「へ? なにが?」

そんな、何とでもない風に言ってしまう織斑。そのとぼけたような答えに凰は苛立つ。

 

「あたしを怒らせて申し訳なかったなぁーとか、仲直りしたいなーとかっていう気持ちはないわけ?」

「いや、そう言われても鈴避けてていたんじゃないか」

「あんたねぇっ。人がほっといてと言ったら何もせずほっとくの!?」

「おう」

その言葉に俺は言葉をなくす。

 

たとえ理由が解らなくても自分のせいで怒らせたと思ったら謝りに行くのが一般的だろう。それに、誰にだって触れられたくないこと、隠したいことはある。

織斑はそれに触れ、なぜ相手が怒ったのか考えもせず、仲直りに行こうと行動せず、謝りもしないのだ。

さらに疑問にすら思いはしない。

 

「何か変か?」

「何か変かって……謝りなさいよ!」

憤りを抑えられずに声を荒上げ頭をむしゃくしゃとかき回し、セットしてあった髪が乱れる。

 

「だからなんでだよ! 約束覚えてただろうが!」

「呆れた。まだそんな寝言言ってるの!? 約束の意味が違うのよ!」

「意味ってなんだよ! 奢ってくれるってやつだろ!?」

「『奢る』じゃなくて『食べてくれる』って言ったのよ!」

 

そういった瞬間、しまったと急いで口に手を当てる凰。どうやらヒートアップしていることに気付かずうっかり口を滑らせた。慌てた様に目を横にそらすがもう遅い。

他の女子は料理を私が食べさせると答えに行き着き篠ノ之は険しい目に更に頭の血管が浮き出す。

オルコットと栗木先輩は「ちょっと奥さん」「ええ、最近の若い人たちは」とどっかの主婦の会話で盛り上がっていそうだ。あんたら何時の間に仲良くなった?

 

「どっちも同じ意味だろ?」

さすがにこれで好意に気付かない男子はいないだろうと思ったその時、俺は驚愕した。こいつは頭に重要な欠陥があるのではないかと。

空気が読めない、好意に気付かない、言葉をそのまま受け取るという人間は確かにいる。

だが、言い返せば人を思いやれないということになる。それに人にKYなんて言われたら直そうとして調べたり、相手の様子を気遣ったり、発言に気を使うはずだ。

 

「そんな訳ないでしょが!」

「どういう訳なんだよ! ちゃんと言ってくれないとわかんないだろ!?」

少なくともこの場で分かってないのは織斑だけだ。

 

「何でよ!? 考えればわかることでしょ!?」

「だから、何をどう考えればいいんだよ!?」

売り言葉に買い言葉。どうやら二人とも当初の目的を見失っているらしく、なんで解ってくれないのかと、なんで自分で考えろと言われるのかに怒っている風に見える。

 

「わかった。明日のクラス対抗試合で勝ったほうが相手に何でも言うこと聞かせられるってことでいいわよね!?」

「おう。望むところだ。俺が勝ったら説明してもらうからな」

「……説明も何もあんたが気付かないだけなんじゃない」

 

「なんだって? なんならやめてもいいぞ?」

そんな挑発的な言葉で織斑が煽る。離れている俺にすら聞こえる呟きだったのにその言葉に気付かないとか、こいつは頭ではなく耳が悪いのではないのだろうか?

 

「誰がやめるのよ! あんたこそ私に謝る練習でもしとくといいわ!」

「なんで俺が謝らなきゃいけないんだよ! 馬鹿!」

「馬鹿って何よ。あんたのほうが朴念仁! 難聴! 鈍感! KY!」

「なんでそこまで言われなきゃいけないんだよ! 貧乳!」

その時、凰の怒りが最高潮に達し壁に爆弾でも貼り付けた様に爆音のような音と烈風が壁から吹き荒れる。

壁は破砕され崩れ落ち、その穴から凰の部分展開されたISの腕がついている。

 

「あんた……覚悟しておくことね」

「いや、今のは悪かった」

「今の『は』じゃなくて『も』よ!」

そうして俺に肩がぶつかったことにすら気づかずピッドを出ていく。その時しりもちをついてしまい見上げると凰が涙をこらえるようにして目に腕を当てていた。

 

「織斑、お前って最悪だな」

「何がだよ? ダメなところを言ってくれれば謝るけど、理由も解らずに謝れるかよ。男として」

「それは男じゃなくてガキの癇癪だわ」

「確かに人の気持ちをくみ取れないというのは怒られて当然でしてよ」

栗木先輩とオルコットもさっきのやり取りで怒っているらしく言葉に棘が入っているように荒い。

 

「……」

「とりあえず謝りに行けよ。相手を怒らせたのはお前の責任なんだから」

そう告げて倉庫に入っていったが織斑はどうやら篠ノ之と一緒に寮に戻ったらしい。

凰の部屋に謝りに行ったかは知らないが。

 

明日は血の雨が降るため傘を忘れないでください。

明日クラス対抗戦を見に行く人はぜひ持ち込んでください。

一応シールドがありますが、ぬかるみで転ぶこともあります。注意してください。

 

谷本とのほほんにそう警告しておこう。

 




公開処刑に関してはマジプリのアサギスペシャルみたいなノリです。

まぁ、それでもお金が稼げるか? というと疑問ですけど


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10話

うーん。なんか原作織斑と同じように他人に助けられている気がする・・・

あと一夏が弱体しているような気も・・・

こんないろいろと批判を呼ぶかもしれない小説を見て下っている方ありがとうございます。

いや、別に織斑一夏が嫌いなわけでは・・・いえ、原作織斑は嫌いですけど、二次でいろいろとテコ入れされているんでかなりかっこ良くなっている一夏がいるんですよね。

だから、そういう織斑一夏を見たい方はバックを推奨します。

それでもいい方はどうぞ下のほうにスライドを


クラス対抗戦、当日。アリーナの観客席にいる1年1組の面々。他クラスの人もアリーナを囲むように対戦表や試合が始まるのが今か今かと待っている。

人がいるだけで熱気に包まれ少し熱く、さらに人が密集したのを考えてか女子たちが香水を付けたのか、かなりの学薬品の匂いがして気持ち悪い。

 

「どの人が優勝するか賭けた?」

「やっぱ織斑君でしょ。専用機持ち出し」

「私は大穴で3組のクラス代表に賭けた」

そういった話が持ち上がっている。どうやらレートでは織斑と凰が上位らしい。

 

「さっきーはどこか賭けた~?」

「いや、賭けてはいねぇけど……もし賭けるならやっぱ凰だな」

「なんでよ?」

隣の谷本がそう聞いてくるが、理由なんて説明しなくてもわかるだろ?

 

「運転免許取りたての奴と自動車競技に出ている奴とじゃ差が出るのは当たり前だろ」

「うーん。でも白式の性能は高いでしょ?」

「車しか乗らないやつがいきなりジェット機飛ばせたらパイロットの数は多くなるだろうよ」

 

正直、白式の加速度や機動力はすごい。しかしそれだけなのである。これは織斑が素人であることを除いても、それの加速が制御しきれず戸惑ってしまう。まぁ過小評価かもしれないが白式を乗りこなせることができるならかなりの順位に食い入ることができるだろう。

さらに『雪片』の能力で相手のシールドエネルギーを大きく削る。

 

おそらく戦法としては、相手に高速で近づく→相手の速度に戸惑っている、攪乱する→素早く一撃で仕留める、または手傷を負わせ弱体化させる。といった奇襲、電撃戦、短期決着をコンセプトに設計しているのだろう。

 

が、どう考えても素人に与える機体ではない。まぁ、訓練機から白式に移って戸惑うよりも最初から白式に乗って馴らす方がいいのかもしれないが。

 

そんなことを考えていると対戦が組まれ空中に投影パネルで表が映る。

 

第一試合 織斑一夏VS凰鈴音

 

いきなりの本命である。傘の準備を用意しておこう。

 

 

耳障りなブザーが鳴り両者がいきなり動く。

凰の機体は全体的に曲線を描いており、筋力がついているような格闘家を思わせる。浮遊している丸く棘があるアーマーは何なのかわからないが無駄な機能はついてないだろう。

 

織斑は手に持った太刀で右袈裟に切り掛かるがあっさりと瞬間的に展開された刃物で防がれる。

青竜刀のように曲線があるが、幅がデカい。まるで鯨包丁の刃の部分をデカくしてそれに取手をつけたようだ。それを片手で軽々と織斑に振るう。

太刀と鯨包丁の鍔迫り合いになり一瞬なったが、もう一つ鯨包丁を展開し右横に切り払う。

それで吹っ飛んだ織斑は何とか体勢を立て直そうとするが、浮遊していた棘付き球体がスライドし中に球体が光るのが見える。そこから何らかの力が働き何か見えない砲撃をくらった様に後ろに吹っ飛びアリーナの壁に後ろから突っ込む。

 

そこに立て続けに打ち出される何かに織斑は我武者羅に回避行動をとるしかなかった。狙いは少し外れているらしい。外れた見えない砲撃が観客席まで振動させる。

 

そこで凰は手に持っていた鯨包丁の持ち手を連結させデュアルソードになったそれを投擲する。扇風機のように回り織斑に向かって進んでいく。それを回避したところでまた見えない砲弾に撃たれたらしい。

誰だって目に見えないものより目に見えるものに意識が行くのは当然だ。織斑は飛んでくる刃物に目が行ってしまい見えない砲台に気が回らなかったのだろう。そこを襲われた。

さらに衝撃で固まっていたところを後ろからブーメランの様に返ってきた鯨包丁に強襲される。

 

織斑は戸惑い、凰は冷静で目が座っている。試合は一方的な展開になった。

 

 

 

「見えない砲撃?」

「恐らく空間兵器だろうねー。空間自体に圧力をかけてそこに砲身を生み出しそこに溜まった衝撃を打ち出すんだよ。で、簡単に言うとドラ○もんの空気砲」

のほほんの解説に俺たちは耳を向けているが、他にも周りの面々が聞いているらしく感心したように「ほほぉ」と唸った。

 

「のほほんって意外と頭よかったんだね」

「普段が普段だからすっかり騙されていたわよ」

そんなことをクラスの面々に言われ、むーと唸るのほほんがほっぺを膨らませたハムスターの様だ。

 

その時、何か隕石でも落ちたかのような衝撃と音が響き、アリーナーを震撼させる。

 

観客席にいた人たちはそれに戦慄しアリーナの中心部から出している爆炎に目が行く。その中から現れたのは黒い全身に装甲を纏った人型の機械。何個も不規則に並んでいる複眼はまるで昆虫の目を思わせる。

 

そいつの腕が凰に向けられ高熱の放射線が放たれる。が、その熱線に凰が当たるようなことなく次々と放たれる。その回避したところにアリーナの壁があり、熱線にあたったところが焼け溶けるように朱色に染まる。

 

「なにあれ!?」

「と、とりあえず逃げよう!」

と突然の試合の介入者の脅威に気づいたように遮断シールドが下りてきて辺りが暗くなる、恐怖と暗さでパニックを起こして大多数の生徒が出口に急ぐが扉は壁となったようにうんともすんとも言わない。

 

「ちょ、ちょっとみんな落ちついて、キャッ」

その時立ち上がっていた谷本が突き飛ばされ慌てて支える。

「大丈夫か?」

「あ、うん」

「言ってもそんな声じゃ聞こえないだろうな。もっと大きな声じゃないと」

「そうなの?」

「何時もの怒鳴り声くらいならいいかもな?」

「いつも怒鳴ってるわけじゃないわよ!?」

そのくらいの声が出せないのだろうか? しかしそれでもこちらに振り向く人は少数でほとんどの人が出口に向いている。

 

「で、いつまで癒子の体触ってんの?」

「さっきーって痴漢癖でもあるの?」

そんなことを相川・のほほんが言ってくる。今俺が腰に手を回して、お姫様抱っこ状態一歩手前にいることに気づいたように飛び上がってこちらを睨みつけてくる。

「……乙女の体を無断で触るなんて最低ね」

「いや、倒れそうになったのを支えただけなんだけど?」

なんでそんな事で非難されなきゃいかんのだ?

 

「で、どうしよっかー。」

のほほんが出口に殺到している人々がいる方向を見た。

「俺のISに単分子カッターがあるからそれで扉のロックを壊せると思うんだが」

「問題はそこまでどう行くかね」

あの人込みでは例え入ったところで揉みくちゃにされ時間がかかるだろう。

 

「放送でもかけられたらいいんだけどなぁ~」と相川が言うがそもそもなんで放送が流れないのか気になる。

 

その時、ISの通信チャンネルが入り頭のハイパーセンサーを部分展開される。そこに表示された画面には織斑先生と山田先生が入っている。

 

『崎森、観客席の方はどうなっている』

「人が出口に殺到しています。出口ぶっ壊したいんですけど人の波でそこまで行けないんで放送で退くように言ってくれませんか?」

『わかった。だが、放送は流せない』

「何でですか?」

『音であいつを刺激したくない。あちらの目的が生徒なのか、政府の人間なのか、ISなのかもわからない。アリーナの放送はアリーナと観客席の放送が一緒になってしまうからな。刺激して観客席の方に攻撃が来るなんて事態は避けたい』

相手がわからない。何せ所属不明、形態からの機体の判別も不能。ならば何かしらの目的があってアリーナに突っ込んだのだろうか?

意味が分からない。まるで負けそうになった白式の試合を滅茶苦茶にすることで助けたような気もする。

それならなぜアリーナに突っ込んだのか説明がつく。が、そんな事をして誰が得をするというのだろう? まだ、手傷を負った白式と織斑を奪取しようとした方が説明はつくか。

 

『ともかく、相手を刺激せずに生徒を避難させるのを優先してくれ。3年はアリーナの遮断シールドの解除で忙しく人員を回せない。ピッド内の扉を壊す方が速いからそちらの方をやっている奴もいるがな』

「扉壊すだけの簡単なお仕事ですよね?」

『だぶんな。無礼者の放火がそちらに行く前に生徒を避難させとけ』

 

そう言わせてもきつい。人の壁であそこまでたどり着けというのは至難である。

普通に行ったところで弾き出されるか、揉みくちゃにされ時間がかかるかだろう。

 

「大声なんて上げようもんなら真っ先に銃口がこっちに来るな」

「静かにしないといけないわね」

なかなか案が出ず行き詰ってしまう。

出口前ではロックを外そうと手で壊そうとしているようだが、そんな事で壊れるほど柔ではない。

 

「IS持ってるなら飛んでいけばいいんじゃない?」

そんな事を相川が言う。つまり生徒の頭上を通って出口まで進めと言っているのだろう。だが狭いところでISを動かすというのは結構難しい。制御を誤れば壁に突っ込む。それで下にいる人が潰れてしまったら目も当てられない。それにスラスターを静音まで近づけなければならない。さらに排気される熱を生徒に気をつけないといけない。

 

「やれると思うか?」

自身と3人に問う。少なくとも前に精密移動のシュミレーターをした時はスラスター向きを間違え機雷に向かってドカンであった。(空中に散布された機雷陣の中をマップに表示されたルートを通って進むといった訓練だ)

その様子を谷本はもちろん、のほほんも相川も動画配信されているのを見たため知っている。

昨日部屋で聞いたとき谷本は気まずそうな顔をして目をそらし、今日相川にそのことを話したら知っていたらしく走っている途中で思い出し笑いした。なんでも再生数2万を超えていたとか。そんなことはどうでいいか。

 

そんなことがあったため俺は確率的に低いと思う。

「まぁ、崎森は本番に強いタイプだから大丈夫……と思う……だぶん」

むしろ不安になった相川の意見。

 

「他に案もないしね~」

何時ものようにゆったりとした答えを出すのほほん。俺にその心のゆとりを別けてくれ。

 

「こういう時にこそあんたの眠っている力が発揮されるのよ!」

まさか俺にそんな力が!? と一瞬思ったが所詮弱小のためそんなわけないと首を振ってしまった。

 

まぁ、賛成多数? によってISストレイドを展開する。それと同時に単分子カッター『ブレイドランナー』を手に持つ。

そしてできるだけ音が出ないようスラスターの出力を小にしてノロノロと上を飛ぶ。ギリギリ天井に擦り減らない距離を維持しつつ出口まで行く。

 

今にもバランスを崩しそうで焦るなと心に言い続けているのに呼吸が荒くなり、汗が出てくる感覚がわかる。

 

そして出口まで来た時、ゆっくりと降下し生徒たちを掻き分ける。ブレイドランナーに電力を回しドアのロック部分に刃を当てる。その音に意図を察した生徒たちが離れるのを確認し、単分子カッターの刃を回す。

攻撃が爆音の様に鳴っているのが聞こえるのでそれに紛れるようにギリリ嫌な金属音と火花をあげる。近くにいた生徒はその音に耳を塞ぐほどだ。

 

ロック部分を切りきった時に扉に指を差し込み開き戸にタックルするように押す。曲げるようにして扉が開いた。

 

「慌てずゆっくり出て行ってくれ。押し合うんじゃねぇぞ」

完全に開ききった時には混乱は収まったのか、一人一人焦ることなく出口に向かう。

というよりも実際は崎森が思っているよりも疲労で低い声で言ってしまい、手に持った単分子カッターが恐ろしく思えたからなのだが。

 

後方の方でハイパーセンサーが親指を立てる3人を捉えた。3人が出てくるまで待っていたかったが管制室から通信が来る。

『左回りにドアを開けて行ってくれ。できるだけ速くな』

「了解」

 

その場で親指を立ててから移動を始め次のドアを開けにいく。

 

 

 

アリーナ内では凰が積極的に不明機に対し戦闘を開始していた。

(あのビームを撃たせるわけにはいかないわね)

 

外した時に遮断シールドが赤くなったことから、連続して当たったら貫通してしまうのではないかと懸念し、接近して射撃する暇を与えないように鯨包丁『双天牙月』の二刀流で猛烈怒涛の攻撃を繰り出し相手の手で接近戦をせざるようにしている。

 

攻撃は手によって弾かれている。手には切り傷のような凹んだ跡があるが内部のフレームには達せずにいる。

 

「このぉぉおお!」

そこで衝撃砲をつかい相手の隙を作ろうとするが地面に根でも張っているかのように動かすことすらできず、不明機が腕から熱線が発射される。足を蹴り上げ射線を上に向け観客席から逸らす。

 

「鈴!」

そこに織斑が不明機の後ろから切り掛かるがもう一方の腕で裏拳を叩き込まれ吹っ飛ばされる。その裏拳が不明機が回るようにして凰を襲う。

地面に滑りながら倒れるが、すぐさまPICとスラスターを全開にして空中に飛び上がる。その時に『双天牙月』を連結し投げつける。地面でスキーでもしているかのように滑るように回避した不明機は両腕を向けビームを連射してくる。弾幕を張り相手を貼り付させないようにしているが、やられっ放しというわけではない。

衝撃砲で相手のバランスを崩すように地面に向け発射。足元が爆発しバランスを崩したところに織斑が接近する。

 

「今よ!」

「おおおおお!」

そんな雄叫びをあげながら突っ込む。間合いに入った瞬間、右横に薙ぎ払うがそれに合わせるようにしてバク転し両腕が向く。

それを阻止しようと凰が衝撃砲を不明機の腕に放ち腕がブレる事で、ビームが横に通り過ぎていく。それを機にさらに踏み込もうとするが、不明機の悪あがきのようにパンチを繰り出したものが当たり吹っ飛ばされる。

 

そこに体勢を立て直した不明機が空中でレーザーを連射してくる。

 

「一夏離脱しなさい!」

すぐさま機体を後ろに退かせレーザーのシャワーを抜ける。

そんな決定打を与えれない戦闘が続いていた。

 

そんな時に通信室から連絡が来る。

『織斑、凰。生徒たちの避難が完了した。ただちにピットに戻れ』

「了解。でも、教職員のISはどこに? そちらに誘導くらいはできます」

『今、扉を壊しピッドから出てくるはずだ。そちらに行かないように留意してく―――なんだと!?』

いきなり織斑先生が狼狽した。

「何かあったのか千冬姉!?」

『崎森の方にも所属不明機が来ただけだ。お前たちは戦闘を継続。すぐに増援が行くから持ちこたえろ』

 

その時上空からもう1機、織斑と凰が戦っているものとは別の正体不明機が下りてきた。

 

 

「これで全部ですか?」

『ああ、ご苦労だったな』

観客席のロックを壊し扉を開放し終えたとき通信が入ってきた。

「それで今度は織斑たちの援護ですか?」

『いや、そちらは3年の精鋭たちとオルコットに行かせる。お前は逃げ遅れた生徒がいないか見てきてくれ』

「了解」

そう言われセンサー感度を最大限あげてみるがとりあえずこの地域にはいなさそうである。肉眼でも確認してみるがやはりいない。

次に行こうと移動するが、上空から何か飛来してくるらしく警告が出される。

 

すぐさま後ろに跳び、距離をとる。と同時に地面に何かが降り立つ。

それはアリーナに墜落した機体とは全体的にシルエットが違っていた。あちらは大柄で2mもありそうな腕が特徴的で、言ってしまえば筋肉質な手長猿だった。

こちらはスラリとした体格の人に手や足が刃物化していた。

顔にあたる部分はサイクロプスみたいに1つ目なのだがバイザー部分が大きく全体のバランスが取れていない。

さらに背中には飛翔翼みたいな鋭い剣と2本の四角い筒がある。

共通点は全体が装甲で覆われているところだろうか。

 

そして、その機体がこちらに向かって背中の砲台でビームを斉射しながら突っ込んでくる。

盾と散弾銃『ケル・ティック』を展開しビームを弾きながら横に跳ぶ。

どうやらあのビームは連射型らしく、あちらの機体のように威力はないがサブマシンガンの連射力の弾幕で圧倒される。それを追撃するように不明機も追ってくるが接近した時に散弾銃を放つ。至近距離での散弾銃はかなりの脅威があるのだが、まるで構わないという風に突っ込んでくる。

銃弾がもろに当たり体勢が崩されたはずなのにそれでも突っ込んでくる。そのことに驚いてしまい一瞬反応が遅れるが盾で受け止めようとする。盾に手の剣が深く食い込み、タックルの様に突っ込んできたので衝撃が体を襲う。

 

「かっは」

その急加速によって細身とは思えないほどの衝撃力となり壁に吹っ飛ばされる。ISの保護機能が働き胃液や血を吐かずに済むが、保護機能がなかったら骨が粉々になっていただろう。

全身の打撲のヒリヒリとした痛みに耐え、すぐさま体勢を立て直し散弾銃を放つが相手に最小限の動きで交わされ前進してくる。

X状に切り掛かかってきたそれを半壊同然の盾を外し投げつけ、盾を切り裂いたところに散弾銃を見舞ってやるが、勢いが止まっただけで装甲を貫けていない。

が、ストックを切るまで連射し、相手が戸惑うようにして後ろに下がる。

 

弾が切れたところで投げ捨てマルチランチャーを展開する。ジェル弾をばら撒き相手を拘束していく。

このジェル弾は付着爆弾と同じく空気に触れることで硬化し、相手の関節に当てると動けなくなったり、硬化するため重くなったりする。

それに続けてチェーンソーを回し切り掛かる。当たりはしたが装甲を貫けず火花を散らせるだけであった。

 

「どんだけ固いんだよ!? てめぇはヘイスト掛けたス○ウか!?」

チェーンソーでは無理かと思い、左手でチェーンソーで削って消耗した部分を狙い爆砕ナイフを展開し右肩の関節部に入るようにして突き刺す。

 

離脱して数秒後爆発。爆煙の中から不明機が歩き出すが右腕がもげかけており、あれではもう使い物にならないだろう。

ジェルは爆発によってほとんど剥がしてしまった。

 

そして一瞬にして距離を詰めてくる不明機。左手にアサルトライフル『FA-MAS-TA』を展開し、マルチランチャーを付着爆弾に切り替え退き打ちを始める。

 

その弾幕をジグザグに軌道しながら回転しながら回避する。かなりの鋭角軌道で右に行くかと思えば左に行ってしまい狙いがつけづらい。更に速度の方ではあちらが速く、相手の間合いに入ってしまった。

マルチランチャーのチェーンソーで左手の刃物を受け流そうとするがこちらが負け押されてしまいチェーンソーの部分が壊れ体勢が崩させる。そこに蹴りが放たれる。

あの刃物がついたような蹴りで切り裂かれ、絶対防御がなかったら太ももから肩まで一直線に切り裂かれていただろう。

 

そして、吹っ飛ばされてアサルトライフルを落としたところにさっきから使っていなかったビーム方がこちらを捉える。どうやらチャージもできるらしく、強烈な熱線が放たれ俺を殺しに来た。

 

(ふざけるな。こんなところで死ぬって?)

 

どうにかしようとするがもう遅い。しかし、走馬灯のように時間が遅くなったような感覚が走る。

 

(ちくしょう)

 

例え初回の瞬間反射現象が発動したところで当たるところまで来たその時、目の前が何かに防がれる。

 

「へ?」

思わす間抜けな声をだし、呆然とするが改めて視界に入ってきた機体を見てみると見覚えがあった。

 

打鉄改修強化型にある草摺りのように重ねられた装甲、そして、3mを超えようかという両刃の大剣『HW-3 ユナイトソード』それを盾にして熱線を弾いたらしく大剣に少し赤みがかかっている。

 

「間にあったようだね? よくも後輩をいじめてくれたね? 痛めつけてあげるよ?」

操縦者は桜城先輩であった。

 

そして、新しく現れた敵に対して不明機が切り掛かってくるがそれを邪魔するように砲弾が放たれる。

そちらに目を向けるといつも見かける直径2mの砲台にレールがついているレールガンを携えた改修強化され足や腰にスラスター、肩にサイドブーストが付け加えられたらファールに栗木先輩が乗っていた。

 

その時通信が入り挑発するような口調で先輩方が俺に言う。

「あんな片腕なし私たちでどうにかなるわ。あなたはどうするのよ?」

「かなり消耗してるし後退する? 誰も攻めはしないよ?」

 

そんな発言してくる先輩にムカついた。あれの腕を奪ったのは俺だ。何もできないガキのままでいてたまるか。それに途中から来た人に獲物をとられるのは癪だ。お前らこそ後からきて何笑っていあがる。

そんな思いが交じり合って呆然としダメだと絶望していた俺の心に灯が燈る。

 

「ふざけんな。後から来て主役取られて堪るかってんだ」

俺の言葉にさらに笑みを深める先輩方。それにつられ俺も笑みを浮かべる。

それはまださっきの死の怖さから立ち直れていなさそうだが、無理に笑って引き攣ってはいるが、荒々しく、獰猛で、野蛮、優雅さや上品さ、美しさなんて無縁の笑みを浮かべ宣言する。

 

「土足で踏み込んだんだ。文句はねぇよな!?」なんとなくやられ役のセリフに似ている。

「塵芥と成り果てろ?」その台詞、大口径レーザー砲とか金色になりそう。

「目標を狙い撃つわ!」緑色でその台詞は死んで妹とかが敵討ちとかしそうだ。

3対1による第二ラウンドが始まる。

 

 

同じくアリーナ内では織斑、凰、オルコットと不明機による戦闘が行われていた。

 

「こっちだ!」

決定打になる織斑の攻撃が当たらないため、オルコットの『ブルーティアーズ』を一斉射撃してもらい隙を作ったところを狙うが、独楽ように回転し弾かれる。が織斑が囮で本命は別いあった。織斑の陰に隠れるようにして投擲された『双天牙月』が回転を終えたところに当たり大きくバランスを崩す。

 

そこにオルコットがミサイルとレーザーを一斉発射し爆炎に包まれる。その爆炎が晴れた後、目の前に凰が『甲龍』で正拳突きを行う体制でいた。

 

実はこの『甲龍』の腕にも空間圧兵器の『崩拳』が搭載されている。が威力が弱い。主に近距離の牽制や体制を崩すために使われる。

しかし、さっきの『龍砲』が効かなかったことを見ると効果があるか疑問に思う人もいるかもしれない。

 

が、浮いている棘がついた球体『龍砲』もそこにある空間を圧縮するものなのだからもう一つの側面も持っている。

 

まず拳の先から砲身を作り出すために空間が圧縮され装甲も圧縮されヒビが入る。

それに続いて装甲内部が圧縮され潰れるのだ。

 

この空間圧兵器を接触時に展開されると装甲・内部フレームが圧縮され潰れる。

一応、保護機能が働いて血管や内臓は取り留められるのだが、心臓を圧縮し続けた場合心肺停止に陥ることは免れないだろう。そして、保護機能が最低限ではあるが血液の巡回をするため死には至らない。

しかし、試合中にそんな事をしても結局気絶する前に移動して効果が発揮される前に逃れることができる。拘束されていない場合だが。

 

さらに、接触しなければならないため使いどころが難しい。

しかし、連携で大きく隙を作れたなら……撃ちこむ機会がある。

 

左手でひびを作ったところに右正拳を撃ちこみ風穴が開く。

しかしそれでも不明機は止まらずに殴りかかってくる。

後ろに退いて空間が歪むほどの空間砲身を作っていた『龍砲』で吹き飛ばす。かなりの消耗している不明機はトラックに跳ねられた様に宙を舞う。

 

そして、門は開いた。

「これで決めますわ!」

胸に開いた風穴を狙って放たれる一筋の光線。それは風穴を通り、内部で荒々しいまでの熱をケーブルや部品に浸透させ焼き尽くしながら愚直なまでに真っ直ぐ突き進む。

 

体勢が上向きだったため脳天まで光線が突き進みセンサーを焼き尽くす。

 

それが終わった時、地面に打ち付けられた人形は鉄屑と化した。

 

「なんとか終わったな」

「んな訳ないでしょ。さっさと崎森の援護に行かなきゃ行けないのよ」

「そちらでしたら3年の先輩方が行きましたわ」

その時管制室から通信が入る。

「そっちの方はもう終わっている。お前らが終わらすよりもずっと前にな」

 

 

 

「はいこれ? 接近武器で打鉄用だけど?」

そういって腰についている鞘から抜き出して、手渡される刀『霞一文字』

振動刃によって切断力が強化された刀。前に研究室で見た『菊一文字』の振動装置を小型化し打鉄の通常刀と重心バランスがあまり変わらないように改良されている。

削り切る単分子カッターとはまた違った兵器。

 

マルチランチャーを左手に持ち替え、右手で『霞一文字』を持つ。

 

使用許諾を終えたと同時に桜木先輩が突貫。それに合わせるように栗木先輩から援護射撃で不明機の動きが制限される。

俺は桜木先輩の陰に隠れるように接近していく。

 

そして、ユナイトソードには振る速度を速めたり、太刀筋を変化させる小型の推進器があり間合いに入った瞬間に風が起きたように起動し、太刀筋が右横の薙ぎ払いが途中で変化し右切り上げに変化する。おかげで不明機は足で蹴り上げようとしたが空振りしてしまし、頭に当たって体制がもろに崩されたところにレールガンが強襲する。

 

体勢を立て直そうとしている横から俺が面を打つ様に唐竹という真っ直ぐ振り下ろす太刀筋を使う。左肩に当たったが食い込んだだけでまだフレームを断絶できていない。

 

引き抜こうとして勢い余って地面に転んでしまう。そこに好機という風に足を突き刺してくるが、後ろからユナイトソードの推進加速をした豪撃に合う。

 

まるでバットで野球ボールにフルスイングしたように吹っ飛び、周りに金属音がへし曲がる音を盛大にまき散らす。

 

相手からはもう、右腕や腹部などからスパークを出しているがまだ諦めない様に左手をつき立ち上がろうとしている。

俺は立ち上がって切りかかろうとしたのだが、どこかで小石にでも足に引っ掛けたのか。転びそうになった所を何とか立て直そうと一回転する。そこで不明機の胴体と踏みつけて拘束してしまう。

 

これはチャンスだ。

刀を何回も何回も虫の標本を作る様に刺しつづける。ついでとばかりにマルチランチャーのワイヤーネットで足に発射し巻きつけておく。

その時俺はいい笑顔をしていたらしい。目がやたらと見下すように下に向けられ、犬歯がむき出しそうなほど口の端を上げていた。

 

桜木先輩と栗木先輩が向かって来て自分たちも仲間に入れろよと語りかけているように思えたのでその場から離れる。

離れた直後、ユナイトソードが断罪を下すギロチンのように首に振られる。しかし、硬いというか意地汚いというか首の半分までしか埋まっておらず、食い込んでしまったため引き抜こうと持ち上げるが、不明機も一緒に持ちあがってしまう。

まるで、首を吊り苦しみにあがいてもがき苦しんでいる奴か、リンチ状態にあって最後に一発貰ういじめられっ子であった。

 

そこに、レールガンが最大チャージで放たれた衝撃でユナイトソードが引き抜かれる。

 

もう最後の悪あがきという風に俺の方にビームを連射し、背中の滑翔翼の刃に当てようと突っ込んでくるが、もうその姿勢制御を失いつつあるようで見切るのは簡単であった。

 

回るように上に移動すると同時に、頭のひびの入ったバイザー内部のカメラ部分に突き刺す。だが、着地に失敗し地面に付くとき右倒しになってしまった。

 

正体不明機はそれで打ち止めらしく、ついに沈黙した。

 

「死ぬかと思った」

「あら? 結構いい顔してたじゃない。まるで俺が魔王だと言わんばかりに」

「最後の着地で減点ものだよ?」

 

最後の最後でなんで俺の心にダメージ来るんだろうか?

 

 

 

薄暗い室内の中に表示される複数の投影モニター。

それを操作しているのは山田先生だったのだがその眼はいつもより険しく、何時ものおどおどしているときの困惑の目や穏やかな目をではなかった。

その後ろで織斑先生が経過報告を聞く。

 

「山田先生。織斑達が戦った所属不明ISの解析についての手掛かりは?」

「どの様にして起動していたのか不明です。オルコットさんの攻撃が中枢機関まで達していて部品もどのメーカにも登録されず類似点もないため、独自開発によるものでおそらく修復は無理かと」

「コアについては?」

「登録番号がありません。消したのか、或いは新しいためにないのか……」

「崎森達が倒した方は?」

「中枢機関が破壊されていていました。内部機関も共通点があり、おそらく独自開発したものと思われます。こちらもISコアは未登録なんです」

「そうか」

そこで後ろにいた織斑先生の顔つきが変わる。いまだ世界でISのコアを作る技術は確立されていない。作ることができる人物は世界に1人しか知られていない。

 

「織斑先生」

「わかっている。が、確たる証拠がない。IS電池を作れるようになったのだからコアも作れるようになった企業があってもおかしくはないと思うのは希望的観測過ぎるか?」

「……」

織斑千冬と篠ノ之束の関係を山田真耶は知っている。友人として庇っているのか、一個人として可能性を示しているのかは織斑千冬の顔からは読み取れなかった。

 




不明IS「散弾ではなぁ!」

   「いじめいくない」

二次まとめで新刊版に手に衝撃砲がついているみたいな記事があったので使わせてもらいました。ってか新刊でそんな描写あるのか疑問です。アマゾンの星を見る限りでは……

鈴の正拳突きは個人的に空間を圧縮するのならそれをそのまま武器にしたほうが強いんじゃねぇの? と思ったのがきっかけです。
もう一つは卓球のボールを両手で挟んで、潰すようにして押し出すことで衝撃に変える武器かとも思いましたが、そんな空気が圧縮されたものが熱を持っていない、不可視なわけがない、とどうしても思ってしまうんですよね。
衝撃砲の解説を二次まとめの考察で見たいたところ空間自体を圧縮すると観客が巻き込まれるとか。恐ろしいもん作り出したな中国。それを何で効率の悪い方に使うのやら……。

後改修されパワーアップされた機体って胸が熱くならない?

章登が襲撃された理由ですが

いっくんがあいつと同じようにバカにされるかもしれない

だったら試合に乱入者ぶち込んでそれを倒すいっくん、観客も好印象だ!

またあいつ観客を逃がしてくれていっくんの勇士が魅せられないじゃないか!

お前なんていらないんだよ!

……考えたあたりこれがベストなんじゃないのかなと……
ほんとなんで原作でゴーレム放り込んだのかわかりません。
少なくとも原作では上記ほど一方的ではなかったのですが、一様瞬間加速で切り抜けようとした直後襲撃受けてますしね。


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11話

ガンダムビルドファイターズがおもしろすぎる。

戦国アストレイを買ってみたのですがすごい。

もう一つ買って四刀流とかにしようと思ったら17日にはもう棚に残っていなかったっていう……

あと今回は練習作文みたいなものなのであまり面白くないかもしれません


ゴールデンウィーク。

この言葉を聞いてわくわくしない者はいないだろう。最大5日間の休日にすることができ日本の学生はその言葉を聞いて何をしようかと予定を立てたり、家族とどこかへ遠出をしに行ったり、又は家でゲーム三昧だったりと夏休みほどの長さではないが思い思いに過ごすだろう。

 

そんな連日休日が訓練で台無しになれたらどんな気持ちになりますか?

俺は悲しいです。

 

いや、俺弱いし先日の所属不明機襲撃で死にかけたから強くならないといけないのは解るんですよ。でもいい加減、4日間連日の練習量だと過労で死にそうになるんですよ。

 

そんな思考を打ち消すようにして床にたたきつけられる。

ISを使った訓練ではなく道着を着ての武器なし、他何でもありの格闘戦だ。

せめて股を狙うのはやめてほしいな。守るために女の子のように膝を内側に向けるんだから。その間に腕を掴まれ投げ飛ばされた。

 

そして、畳み掛けるようにして肘打ちを倒れこむようにして打ち付けてくる。その当たると思われる場所は丁度顔面。その場で横周りして避ける。肘が当たった場所から重い鉄球を落としたような落下音がし畳がへこんだ。

 

「殺す気か!?」

あんなの当たっていたら翌日には、かなりの包帯を巻いて学校に来ることになるだろう。頭蓋骨破裂とかで死んでいなければの話だが。

 

距離を取るようにして立ち上がりながら後ろに跳ぶ。

 

「反応できるぐらいには手加減しているはずなんだから、当たったら気を抜いていることになるわね」

「金的、目つぶし、頭部、のど元への攻撃なんてされたら嫌でも反応するようになっちまったよ!」

更にそれがフェイントで守っている所にみぞ打ちや足払いを掛けられ倒されるのだ。それはもう面白いように。

 

更識先輩が規格外というのもあるが、それでもこの人、人間か? 人の皮をかぶった別の何かじゃないのか?

 

完全に立ち上がったその時、前蹴りが飛んできて側面に入るように足を取りカウンターの容量で横腹を殴りつけるが、手で止められ小手返しのように曲げられる。激痛に足を逃してしまい、再度蹴られる。

 

今度は後頭部に蹴りが来るが腕を盾にするように防ぎつつ、もう片方の足を払おうと相手を押しながら相手の足の後ろに自分の足を入れ勢いよく蹴り上げる。

 

が、相手の足を蹴り上げる感覚がない。寸前に自分の足を浮かせ俺の腹に置かれた。腕は首元をつかみ、更識先輩が前に俺の重心を移すことで前に倒れそうになる。そうして強靭な脚力を使われ俺は空中に投げ出される。

 

空中巴投げ。と呼ばれる技らしい。

 

何とか受け身を取り地面に叩き付けられるが、全身が痺れ立ち直るのに時間がかかる。そこに蹴りが放たれるが、なんとか背筋を跳ね起こすことで立ち上がる。

 

すぐに後ろを向くがそこには扇子を首元に当てられていた。

 

「ハイ残念」

「武器はなしでしょに」

そうい言って広げられる扇子には『連戦連敗』と書かれている。むしろ一か月程度であんたと互角に戦えたら化け物だろう。

ゴールデンウィークに今まで400回は負けを刻んでいるはずだ。

 

せめてまぐれでもいいから一回は勝ちたいです。

 

諦めたらそこで終了だよ。のフレーズが脳内で再生されるがもうなりふり構っていられないと思う。

そこで今も憎たらしいほどに笑っている更識先輩の顔に向かって不意打ち気味に拳を放つが、呆気なく扇子で弾かれ懐に入り首元掴んで投げる体制に入る。

が、何もやられっぱなしではない。

 

投げられた時、ブリッチになるような格好で足を地面に支え、片足で後頭部、右手でフックを腹に当てるように放つ。

当たると思えたその時、いきなり体を回転させられ狙いがずれる。何が起こったかというと更識先輩が自身もまわるようにして崎森を回転させ、狙いを外させつつ、片足ブリッチで不安な体制をとっている崎森を地面に落とす。という風に落とされたのだ。

 

「おひゅぎ!?」と、回転された時理解が追い付かず声を上げながら叩き落される。

 

落とされた直後にまた横に回るようにして後ろに下がるように飛び上がる。

 

「か弱い乙女に不意打ちとはひどいなぁ」

「あんたが弱かったら俺の立つ瀬ねぇんだけど」

言い終えてから始まる拳と蹴りの再開。今度は両者が同時に動きぶつかり合う。

 

ゴールデンウィークでも、学校の施設、機関は稼働しており俺や更識先輩以外にも畳の上で倒したり倒されたりされている生徒もいる。

だから、さっきまでの会話や倒されたところが他の生徒たちにも晒され俺の羞恥心が上がる。時々、変なうめき声を上げるせいでくすくすと笑われたりしているのだ。

 

穴があったら入りたい。

 

「でも、崎森君はここに来る前何か武術とかしてた? 1月前まで素人にしては結構いい動きするようになったけど」

「史上最強の馬鹿弟子を読んで感動して学校帰りに走り込みとか腹筋とかスクワットとかはしてた」

「元々体力はあったみたいだしね。でもまだ基礎がついてない感じかしら……。取りあえずフルスクワット1000回ね」

「うーい」

 

9時ぐらいから始めた稽古は午後0時に切り上げられる。

 

「今日は企業の『みつるぎ』に行って稼働データの回収よね。護衛におねぇさんがついて行ってあげよっか?」

「生徒会の仕事布仏先輩にまかせっきりじゃねぇの?」

実際、朝と夕食までこの4日間訓練に付き合ってくれている。時々、電子端末で何か操作しているのが生徒会の仕事ではないのだろうか?

 

ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちが混じり合う。

「いいのよ。遠慮しなくて、外国からの代表候補生の転入手続きとか6月の末に行われる学年別トーナメントの設定とかは終わっているから。後は細かな報告書だけだし」

「やっぱ生徒会って暇なんじゃね?」

「じゃあ入ってみる? おねぇさんが手取り足取り尻取り玉取り教えてあげるわよ?」

「余計なのが混じってるんだけど。後もう研究部に入ってる様なもんだからいいや」

「くっ、これじゃあだめみたいね。じゃあHな事とかも教えてあげよっか?」

「じゃあってなんだよ!? 一番教えてほしくないわ!」

「本当に?」

そう言って上目使いしながら胸を強調するように腕で押し上げ迫ってくる更識先輩。なんでこう見上げる体勢だと、犬や猫はもちろんのこと人もかわいいと思ってしまうのだろう。しかも胴着の空いた部分から見える谷間が強調され色気が出ている。

 

しかも女性は視線に敏感なようで俺が前に風呂上がりの谷本を見ていた時、じっと見るなとか、視姦なんてするなと言われた。そういった事で急いで視線を上に逸らすとなぜか谷本が仁王立ちで立っていた。

 

「崎森、なにしてるのよ」

「何って格闘訓練……」

「嘘おっしゃい。思いっきし先輩の胸見ていたじゃない」

ばれてました。しかし男の子である以上女性の魅力的なところに目が行ってしまうのは仕方のないことなのです。

 

「あっは。章登君はエッチ~なぁ」

「ホントそうですよ。先輩も気よ付けてくださいね。こんな女性ばかりの所にいたらいつ誰かに襲いかかってもおかしくないんですから」

なんで俺の信用がないのだろう? いや、まぁこんなムラムラ来るのは確かだし美脚や胸、うなじ、首筋に目が言ってしまうのは男のサガであって仕方ないと思うんです。同じこと言ってるな。

 

「襲いかかっても迎撃するだろ。あれだろ、俺が織斑と同じラッキースケベにあったら鉄拳かましてくるんだろ?」

「どんなラッキースケベよ。」

「転びそうになってスカートを下ろすとか?」

「鉄拳なんてしないわよ」

ん? 泣くまで俺を殴るのをやめないか、泣いても殴るのをやめないと答えると思っていたのだがそうか暴力では訴えないんだね。篠ノ之や凰とは違うって温厚な人なんだって確信できてよかったよ。

 

「そのまま蹴りかますから。股間に向かって」

「やめてください。死んでしまいます。主に俺の息子が」

「あなたに息子なんていないでしょ。何? 私のいないところで愛人でも作っているというのかー」

「二股なんて甲斐性俺にあると思っているのか?」

「全然、むしろナンパする時に相手の人がヘドロでも踏んだかのように嫌な顔して逃げていきそう」

「そこまで俺不細工じゃねぇよ!?」

 

そこで更識先輩が俺たちのやり取りを見て苦笑する。

「仲が良いわねぇ。あなた達。まるでどこかの売れない芸能人みたいに」

そりゃもう俺達は芸人としては致命的なまでに笑いをとれないだろう。こんなんなら現在配信中の失敗シーンを撮っていたほうがまだ儲かる。

 

「大丈夫ですよ。いざとなれば崎森の肝臓を研究所に売り渡しますから」

「その前にお酒を飲ませてくれ。一度も味わってないんだから」

「あんた未成年じゃん。それにお酒は肝臓に悪いのよ」

肝臓奪おうとしたやつが言うことか?

 

「で、何しに来たんだよ?」

「何って呼びに来たのよ。巻紙さんもう来てるの」

「は? 集合は午後2時からだろ? 今午後0時だから歩いて行っても十分間に合うぞ」

「あんたは駅に着くのが2時かと思っているかもしれないけど、本当は企業前につくのが2時なの」

………え? そんな説明受け手ねぇぞ。

 

「ああ、ごめんなさい。私が行くのが2時になったの。ほら学園に協力してもらったからそれの謝礼にね。でも、崎森君が学園を出るのも分かって襲撃されるかもしれないから変更になったのをすっかり忘れてたわ」

更識先輩は頭に握り拳をコツンという風に遅く殴り、片目を閉じて舌を出しながら言った。

 

 

急いで着替え谷本に連れられて学校の学校駅まで来た。そこから出るモノレールに乗り本土のほうに向かう。

そこに付いた所からから企業の巻紙礼子さんが運転する防弾ガラスや特殊加工を施した防弾車に乗る。外見は一般車とあまり変わらない。渋滞につかまることもなく順調に道を進んでいく。

巻紙さんは黒のビジネススーツで身をしっかりと着こなし、相手に清潔感と礼儀さを印象付ける恰好をしている。長い髪は何らかのケアでもしているらしくサラサラと絹糸のような印象を与えるが、地毛のせいなのか少しカーブを描いている。

 

「学園生活には慣れましたか?」

「まぁ、知り合いや友人は結構できましたけど」

「結構な女たらしになったんですね」

「言葉に棘があるように思えるんですけど?」

「気のせいですズッコケ崎森君」

「あんた確実に俺のことバカにしているだろ!?」

「いえいえ、わが社の貴重なデーター提供者になってくれる人に対して失礼なことを言うほど私は厚顔ではありませんよ?」

人の名前の前に不名誉な言葉をつける人が言える言葉ではないのではないだろうか?

 

「谷本さんはいかかですか?」

「そうですね。こいつの手綱を握らない以外は充実した学校生活だと思います」

谷本お前もひでぇよ。

 

車内では主に巻紙さんが質問をして俺たちが返事をするといった会話が続いている。主に学校生活や勉強具合、訓練風景についてだ。

そのたびに俺の失敗談を隣から聞かされ、俺の羞恥心は上がるに上がっていい加減にしろと叫びたくもなる。

まぁ、流石に大人げないのでもう会話は谷本に任せ俺はできるだけ隣の話を聞かないようにして窓から風景を眺めることにした。

 

それでも耳に聞こえてい来るのは今日の更識先輩との対戦記録連敗更新や走行車のエンジン音が聞こえてくる。

巻紙さんが「よく崎森君を見ていますね」と言われ谷本が狼狽していたが俺に気があるのかと一瞬期待したが続く言葉がこうだった。

「別に、頼りなくて危なっかしいし問題を起こすから悩ましくて頭痛がするだけです」と言われた。

俺ってそんなに頼りにならない? ちょっと泣いちゃうよ。

 

 

そういった会話をしているうちに企業の地下駐車場に車を止めエレベーターで上の階を押し受付所に行く。

 

受付所で社内IDのカードを見せて、俺と谷本は受付所から貰った訪問書類に名前とどこの所属かと書き込み、学生証を見せる。

そうして通してもらい、企業の中を見させてもらう。しかし、学園の研究所と大差はなく所々に使ったことがない器具やよくわからない装置があった。

のほほんが付いて来れば何らかの説明が聞けたのかもしれないが今はいない。

そういった所を巻紙さんに案内されながら進んでいく。

 

 

 

「逃走経路は大丈夫だろうな」

研究員に偽装した男性が確認をする。

会社のIDを首肩から下げる。

これは昨日研究員が自宅に帰った時に眠らせ、拘束した時に奪ったものだ。今は自宅で縛られている。

今日崎森章登が来ることは数日前に会社のコンピュータにハッキングして分かっていた。

アメリカなどでは優秀なハッカーが警察に協力することがある。そこの専属だった人物が女尊男卑により解雇され、この集団に協力してくれたことから先日からIS学園、駅、企業前を監視していた。

「こちらは大丈夫です。むしろ隊長の方が大丈夫なのですか?」

フン、と鼻で笑い飛ばした。それだけ生身の戦いには自信があり戦う相手が素人である学生なので楽勝と考えていた。油断と思われるかもしれないがそうではない。

 

本当にアマチュアとプロが戦ったら勝敗は歴然だろう。

そう、油断ではなく自信であった。

 

彼、彼らは現在の社会情勢 女尊男卑に異を唱える者たちで男性がISを動かせる事により少しは改善されるかとも思われたが甘かった。それどころか更に悪化になりつつある。

自分たちの優位性や待遇に危機感を抱いているからかもしれない。

 

前に研究者が男性IS操縦者を調べたらしいが結果は解らず仕舞い。

なので、自分たちの手で解明しようと各国の研究機関が乗り出したが身体データーを公開された物の不満であった。

それに手緩いと、もっと徹底した研究をする前にIS学園に入れられ手出しができなくなってしまった。

 

だから、崎森章登とそいつが使っているISを強奪し解明しつくす。そうすることができれば自分たちはたちまち英雄視されるだろうと幻想を抱いている者がほとんどだ。

だから、自分たちの行っていることは正義で一方IS学園に入り恩恵を受けている崎森章登は悪と決めつけていた。

 

「それにあのようなISすらまともに扱えない奴に私が負けると思うのか?」

崎森章登の実力については明白だ。

前に動画配信されている映像を仲間内で見ていたのだが、余りにも酷いものだ。失敗やカッコ付けているだけの餓鬼と決め込んだ。

(あのような餓鬼に私が負けてたまるものか)

 

『おい、予定より早く駅に目標が来たぞ。どうする?』

そこで通信が入り一瞬想定外の事に取り乱しそうになるが気を落ち着かせる。

どちらにしろやることは変わらない。

「仕方がない。崎森章登がISを研究員に渡した後奪い、爆弾で混乱ののち目標を捕らえ逃走する」

 

 

 

研究室に入り巻紙さんから今日行う検査や回るところを説明してもらう。

 

「では、待機状態のISを渡してください」

研究室からそう言われ手に付けてある十字架を渡し、巻紙さんに会社内を案内してもらう。

最初は身体計測をして次に献血と脳波等を測っていくらしい。

 

「で、なんで谷本までついてくるの?」

「あんたが問題を起こしても止められるように」

「俺はそこまでの問題児か!?」

「違うの?」

「……苦労は掛けていると思うが、少なくとも迷惑はかけていねぇ」

「ならば迷惑料として@カフェのGパフェを要求する」

「ああ、今度ゴキちゃんくれてやる」

「その名を言うな!」

ちなみにGパフェとはグレート盛りパフェの略である。まぁ、異常なしぶとさがある虫ではない。決して。(というか飲食店でそんなやつがいる時点でアウトだ)

 

 

脱衣所まで来てISスーツに着替える。これは肌表面の微細な電磁波すら検知することができ、専用の機械(円柱状になっていて一人入れる計測器)などでバイタルを見るのにちょうどいいらしい。その上からまだ肌寒いので制服の上着を着る。

 

そうして出てきたときと同時に爆発が鳴り響く。振動が足元に伝わり、転びそうになるが何とか踏みとどまる。爆発の音が下から聞こえた。

そして、目障りで耳が痛く鳥肌を出すような火災警報が企業じゅうに鳴り響く。

「な、なに!?」

谷本は狼狽しその場でしりもちをつきながら言う。

巻紙さんは通信機を取出しして各フロアとの連絡を取る。

 

「下の方で爆発があったようです。煙が上がっているそうなのでできるだけ速く非難しておきましょう」

俺と谷本は巻紙さんについていく。エレベーターを使わず階段の方に移動して降りていく。谷本は何やら怖がっているらしく俺の後ろに隠れるようにして付いてきている。そりゃ、火災訓練なんて所詮訓練だけで本当の火災なんてあったことがねぇから何が起ころうかわからないから怖いのかもしれない。

 

しかし移動している途中疑問に思う。ただの火災なら何かに燃え移ってそれが爆発するというのが思いつく。だが爆発して火災警報が鳴るというのはどういうことだろう?

テロで見つかった爆発物はどっかに移動させて解体するというのが一般的だ。

実験で爆発するというのはあるかもしれないが社内で爆発物を持ち込むなんてことはあり得ないのではないのだろうか。

 

その時また、通信が鳴り会話し終えた後に巻紙さんの声が少し荒くなる。

 

「何者かが渡されたISを強奪したようです」

そう言われ階段まで行き事の事象を考える。

 

どうやって俺が今日ここにISを渡しに来ることが分かったのだろう?

毎日学園を監視し朝からつけられていたのだろうか?

 

そんなことを考えているうちに階段の踊り場まで来たが突然曲がろうとしたところで、階段の下のほうから白衣を着た人物がいきなり飛び出てきて俺を殴りつけてくる。

 

何とか軸をそらすことで急所から外れるが完全に避けられたわけではないため、掠ったところから熱くなりジリジリと痛みが出てくる。

 

その人物は前髪が伸びすぎて目の辺りが髪で隠れてしまっており、よく目つきが見えない。根暗やインテリ派の人間と言われたら信じてしまいそうだ。だがさっきの攻撃から筋肉がないのではなく引き締まっているとわかる。

 

「崎森章登。お前を拘束させてもらう」

「俺に男とのSM趣味はねぇんだ。他を当たってくれ」

「他ではだめなのだ。一緒に来てもらう」

そう告げられ白衣の裏から筒のようなものを取出し俺に向かって投げつけると同時に飛び掛かってくる。

その筒が俺の前に来たときいきなり煙をあたり一面に吹き出す。

発煙弾! 闇討ちをするつもりかとその場から遠ざかり煙に隠れるようにして逃げる。しかし、人影を見えるように設定しているらしく俺、谷本、巻紙さん、襲ってきた奴と誰が誰だかわからない状況になっている。

「くっそ!」

その時、バチバチと空気中で電気を発生し続けるような音、恐らくスタンガンの音が鳴り響き誰かの人影を背負って走り去っていく奴が視界に移った。

 

「は?」

俺が目的なんじゃねぇのかよ?

階段を下りていく音がし、俺はふと気づく。俺は身長が平均身長より下で普通の女子の身長とあまり大差がない。そして、今この状況は霧が掛かったように男か女か判断しずらい。

俺は急いで階段を下り、襲ってきた男を追いかけるが人一人を背負っているとは思えないほど速い。途中、さっきの研究室の手前の部屋から煙が挙がっていて消火活動している人がいた。そして研究室の中には何人か倒れている。その中には俺が預けたISの待機状態の十字架のブレスレットは見えない。

恐らく、揺動で何があったのか確認しに行こうとした、混乱したところをISを奪って逃走したのだろう。

そして俺を誘拐しようと別の人間がいたのか、そのまま俺たちのほうに来たのかは分からないが、なぜか捕まっておらず俺は襲ってきた奴を追いかけている。

 

理由はおそらく煙幕で見づらくしたせいと、俺のすぐ近くにいたせい。

玄関まで来たのだが背負っている人物はスタンガンを当てられ痙攣しているらしく声も上げない。更に顔が黒い袋で覆われている為、誰だか気づいていないのだろう。

しかし、男女の違いで分かりそうな気がするのだが。

 

背負った人物が黒のワゴン車に乗る。どうやら仲間がいるらしくそちらが玄関前に車を止めていたらしい。

扉を開けた状態ですぐさま乗れるようになっていてそこから担いでいる人物が乗り込む。

すぐさま発進するため急いで車体番号を見る。恐らく偽造しているが、何もないよりましであろう。

 

しかしそれだけで終わってしまう。一般の学生風情にどうやって走っている車と競走しろというのか。

何もできずこのまま走り去るのを見るしかないのか?

自分のせいで友達が巻き込まれて誘拐されたのに?

自分にできることといえば車体番号を警察に伝えることぐらいだ。

 

そんな非力さに思わず歯を噛みしめる。

 

と、その時、一台の見覚えのある車が俺の前に急ブレーキでタイヤと地面から悲鳴を上げるような音を出しながら止まる。

その助手席の扉が開き中には巻紙さんが「乗りますか?」と声をかけてくる。

すぐさま乗り移り、シートベルトをする暇もなく急発進する。その加速で後ろに引かれるような感覚があった。そのぐらいすごい加速だ。

 

そのまま黒いワゴンを追跡するのだが、

「巻紙さん! 反対車線! 反対車線に入ってるから!」

かなりの車のブザーが鳴っているが巻紙さんはどこの吹く風という風に突き進んでいく。

 

相手も相手で車と車の間を横切って行ったり、赤信号を無視して突っ込んだりの走行してる。おかげでサイドミラーがボロボロだ。

 

「一回街中を暴走しながら走行してみたかったんですよ! ダ○ハードみたいに!」

「ヘリに激突でもするのかよ!?」

今にも小躍りしそうなほどに歓喜しており、意気揚々と車を加速させつつある。

その時、相手の窓から半身を乗り出した人物が手に黒い物体、サブマシンガンを手に此方に向かって放つ。

昼間の街中でも関係ないという風に放たれる凶弾は防弾車の特殊加工によって全て弾かれる。その凶弾が跳弾して周りに被害を与えないか心配だ。

 

「「日本でカーチェイス中に銃なんてぶっ放すんじゃねぇ! 周りに迷惑だろうが!」

俺と巻紙さんが同時に怒鳴り声を出すが、ど昼間に暴走車2台が走っている時点でもうすでに迷惑である。

 

と、そこでさっきまでの罵声を出したのが自分と気付いた様に慌てて口調を戻す。

「こちらも撃ち返してやりましょう!」

「銃なんてもってねぇよ!」

「グローブボックスの中にありますから!」

そういわれ助手席にある収納口のふたを開け中身を見てみる。

 

黒光りしたハンドガンとマガジン2つ。走行している車の中で確認していくが、どう見ても実弾であり、間違いなく銃刀法違反に引っかかるものだ。

 

「なんで持ってんのよ!?」

混乱して口調すらおかしくなっている。まぁ、ISが復旧して旧世代の兵器は安くなりつつあるのだが、まだ日本の銃刀法は健全のはずだ。誰かお巡りさん連れてきてー。

 

「護身用です!」

「催涙スプレーとかにしろ!」

「うるさいですねぇ! だったら近づけるんで狙ってください!」

「おい! だから反対車線なんだってー!」

こっちの車はまだまだ加速していく。それはもう、前にある車が曲がれずに急ブレーキ踏むくらいに。

 

 

「くっそ! なんで追ってきあがる!」

日本の街中でカーチェイスを行っている非常識な光景を広げている。

さらに車内は苛立っていた。ISを奪ったまでは良かったが崎森章登を誘拐するのがなぜか一緒にいた女生徒を誘拐していた。妙に軽かったが筋肉がついていないのだろうと納得してしまい袋を被せ顔を見せないように肩に担いできた。そのためスカートを履いている足が背中のほうで女生徒ということがわからなかったのだ。

 

それに気づいたのは車内に入って発進してからで、誘拐し直すのはもう無理だった。

精々人質ぐらいにしか効果がないが、それはそれで好都合だ。

どうやら追ってきているのは崎森章登らしく交渉術もなく、一般人程度なら人質交換できるかもしれない。

 

今はまだそう思っていた。

 

「タイヤを撃て! 止めて人質交換してそのまま逃げる!」

部下の一人に命令し狙いがタイヤに狙いを定めたとき、急に車内が揺れる。

その時外を見たらどう思ったのだろうか?

 

反対車線の車が急ブレーキで前に詰め寄ってできた坂を利用して急加速し車が飛ぶのを見たら誰だって何を考えているんだと思うだろう。

 

そしていきなりワゴン車の前に文字道理跳んできた車は急ブレーキをかけ故意にワゴン車にぶつかる。そうして止まった二つの暴走車。

 

確認しようと部下が外に出る。

外から出た時には銃を手に持った崎森章登が肩に銃弾を撃ち込んでいた。

 

 

 

車が着地した衝撃、後ろから車が突っ込んでくる衝撃で頭がくらくらしてくるが気絶している暇はない。

急いで外に出るが、鉢合わせするようにサブマシンガンを持った人物が出てくる。慌てて手にしていた銃を撃つ。狙って撃ったわけではないが肩に当たりサブマシンガンを落とす。

サブマシンガンの方に走り取り上げようとしたが手を抑えながらこちらにタックルをかましてくるが反射的に足を撃って動きを止める。

「つっがっぁあああ!」そんな叫びをあげ蹲ってしまった。

そしてサブマシンガンを取り上げ俺の後ろの方に投げる。

 

なんだかすんなりと人を撃ってしまったが肩から流れる血を見ても恐怖感や罪悪感や緊張感がなかった。日ごろからISで人を撃っているから感覚が麻痺しているのだろうか? とりあえず谷本がどこにいるか確認しようと車に近づこうとするが、本人が車の中から出てきた。

 

頭に銃口を突き付けられながらだが。

 

「動くな! 派手なことをしてくれたな崎森章登!」

かなり興奮しているらしく顔が真っ赤でさっきの衝突で何処かにぶつけたのか足取りが重いように見える。さっきのサブマシンガンを持った人物しか出て来ていないところを見るとドライバーは頭を打って気絶でもしているのではないのだろうか?

 

「したのはドライバーであって俺じゃねぇよ」

「そんなことはどうでもいい! 我々と一緒に来い! でなければこいつの頭を撃つぞ!」

 

まずい。興奮のし過ぎでいつ発砲してもおかしくない状況だ。言葉は丁寧に考え冷静でなければいけない。

「わかった。分かったけどとりあえず話だけはしないか? 癒子の頭ぶち抜いたら俺がそこに横たわっている奴をぶち抜いちゃうけどいいの? 俺は癒子が死ぬのは辛いし、あなただって仲間が死ぬのは辛いだろ?」

「貴様が手に入るなら安い犠牲だ!」

安い? あれか、俺を確保でいれば他の人間はすべて死んでも問題ない、もしくは自分が生きやすい人生を送ることができれば他の人間が人体実験や死んでもいい。みたいな思考をしているのか?

 

「いや、待て待て。簡単に殺しちゃいけないだろ?」

「命は重いと思っていると思うやつがいると思うか? 少なくとも警察の女幹部たちは違うぞ。奴らは自分が指揮官でありながら仕事を放棄し、我々を降格させ無謀極まりない作戦を実行させられる。そして、成功してもその女の手柄にされてしまう。そこで死んでいった部下の無念は? その家族に何と言えばいいんだ!? そんな奴らに力を与えておいていいのか!?」

恐らく、同僚を立てこもり犯に殺されたか、怪我を負ったのだろう。だが、そんなのはいい訳でしかない。

いや、言い訳にすらなりはしない!

 

「だから私たちが変える。死んでいった部下たちのためにも!」

話している途中で自分が正しいと信じきっているのがわかる。自分の言葉に酔ってもいそうだ。

そんな奴の言葉を聞いているだけで腹が立ってきてしまう。

 

「で、あんたはそのために部下を見殺して、罪のない一般人を射殺して、俺を解剖するって? ふざけてんのかあんた」

自分の中で言いようのない苛立ちが胸の中を蠢く。相手を興奮させてはいけないと分かっているのだが声に苛立ちを含み相手への攻撃性を隠し切れない。

 

「ふざけてなぞいない! 我々は日本の、警察のためを思って行動している! その我々がどうしてこんな仕打ちを受けなければならない!?」

「不幸大会をするつもりはねぇが、俺だって政府に拘束されたり、IS学園に無理やり入学させられたり、いつの間にか先輩に失敗動画を流されて世界中からの笑われ者だ! けどな、その不満で誰かを傷つけていい訳がねぇんだよ!」

そうだ。その不満を暴力に変えた時点でお前はその女幹部と同類になってしまっている。それで俺が解体されこいつにISを動かす力が宿ったとしてもその女幹部と同じように、今の状況のように理不尽な暴力を振りかざしてしまうだろう。

 

それ以前にこいつは部下を見捨てている。そんな奴が死んだ部下のために部下を見捨てるだって? お笑い草だ。

 

「そんな勝手な理由で人を巻き込んでいるんじゃねぇ! 俺じゃねぇ、お前が守るべき部下や民間人の癒子を傷つけてんじゃねぇよ! お前がしなきゃいけないことは政府や市民にこのこと公表して警察内部を改善しなきゃいけないことじゃねぇのかよ!?」

「そんなことでこの日本が変わるわけがなかろうが! いいから早く来い! さもないとこいつを撃つぞ」

そう言って更に引き金に力を入れているのがわかる。横頭に銃を突き付けられた癒子は今にも泣きそうで目に涙を貯めている。

 

 

「わかった」

そう言って銃口を部下のほうから左手に当てる。

相手はやっと了承したかとしたり顔で満足するが次の瞬間驚愕に変わる。

 

左手に銃口を向け引き金を撃つ。

 

言葉にすると簡単だが、かなり痛い。まるで鉄棒を熱して貫けられたような痛みを通りこうした常に激しい苦痛が左手を蝕む。血が溢れに溢れすぐさま左手は赤くなる。まるでペンキの中に手を突っ込んだようだ。

激痛のあまりに泣きたくなるし叫びたくなるが、何とかこらえ前を見据える。

 

「……貴様……何を?」

いきなりやってしまって、相手は混乱しているらしい。谷本も目を大きく見開いている。そりゃいきなり自傷行為なんてしてしまえば驚くのも仕方がないのか?

まぁ、自分を傷つけられる意志があるのが分かればいいから問題ねぇんだけど。

 

「いやー、人質にする人間違えたみたいでさー」

そう言ってから銃口を心臓に向ける。やばい、ほんとに痛みで引き金を引いてしまいそうになる。こう、痛みから解放されたい的な。

 

「俺が人質のほうがいいだろ? だから速く関係ないやつを離せよ」

そう言って相手に近づく。まるで何時もの様になんにでもない風に歩いて距離を詰めていく。

 

「待て! それ以上近づくな!」

「何でだよ? 来いって言ったのはアンタじゃねぇか」

「その前に銃を下ろせ。また発砲されてはかなわん」

「だったら癒子を離せ。もう必要ねぇだろ?」

「だめだ。貴様が車に乗った時に開放する」

ハッと鼻で笑い飛ばす。そんなの嘘に決まっているのが子供でも分かる。

 

「そんな言葉を信じられるほど、嘘つきの言葉を信じられるほど俺は純粋じゃねぇんだ」

「嘘つきだと? 目的を果たすために犠牲を払って何が悪い?」

「犠牲を払っていいのなら、今俺を撃てばいい」

そこで俺の言葉が、俺が何を言っているのか解らないという風に男は戸惑う。この時俺は本当に撃ってしまうのではないかと冷汗を流したが、動揺を誘っているようだ。

 

そうだ、俺の行動に言葉に動揺して、混乱して、場の視線を集めることができればそこに隙が生まれてくる。

 

「だってさ、俺が人質になるって言ってるんだ。そんな覚悟があるのに俺を撃たねぇってのはおかしいだろ? 犠牲を払ていいて言うなら研究員を殺さないってのはおかしいだろ?」

研究所で荒らされたり、破壊されたりした後はあったが死体や血痕はなかった。

 

「よく考えろよ。俺の足を撃って動けないところと背負って持っていけばいいだけじゃないか? 俺は死なないし、俺を抱えるのに癒子は邪魔だろ?」

まぁ、出血多量で死ぬかもだけど。

 

「さぁ、犠牲を払っていいって言うなら俺を撃ってみたら? それとも何? そこからじゃ狙いが外れちゃうとか? だったらもっと近づいてやるぜぇ?」

そう言って更に近づく。足が緊張か出血かはわからないががくがくと小鹿の様に震えている。1歩歩くのもきつい。

が、今あの男はこちらに集中している。俺の言葉に、俺の行動に。

 

 

 

顔は青白く、まるで病人が無理に歩いていることを感じさせるが、その顔が不気味な笑顔を浮かべているため鳥肌が立つ。ポタポタと水滴のように落ちる左手からの血、銃口を心臓に突き付けながら歩くという訳のわからないに状況に男は混乱している。

 

普通こういう状況下において普通の人間は身の安全を保障する。といっても犯人側の方がなのだが。男は犯人を取り逃さない、犯人を刺激しない、人質を取り戻すといった訓練、経験はあったが逆はなかった。

 

だから、説得もせず、相手があの状態で挑発まがいの発言をしてくるのが分からない。

更に近づき相手を刺激するなんてことも普通はしない。

 

「それ以上来るならこいつを殺すぞ!」

その時、電気が走ったかのように硬直し人質を解放したいだけかと思った。

しかし、硬直したとき歩き方を間違えたらしく前に倒れる。

 

その時、崎森章登の持っている銃から銃声が鳴る。

一瞬の静寂。誰もが唖然としまるで時間が止まった感覚を受けてしまう

どうやら倒れた反動で撃ってしまったらしい。

 

しばしば呆然としたがすぐさま崎森章登に駆け寄る。そのために人質にしていた少女を付離す。

崎森章登は微動だにせず、まるですでに死んでいるような

死なせるわけにはいかない。と、駆け寄ったその時、なにごともなかったように起き上がり足を撃たれる。

立て続けに放たれる弾丸は今度は手に当たり銃を落としてしまう。

 

「がっ!? ……なっぜ?」

「悪いな、これ着てて」

心臓付近に穴が開いている制服のなかから紺色のシャツのようなもの、ISスーツが見えた。

ISスーツには防弾性があり小型拳銃ぐらいなら無効化できると教本に書いてあったので実行した。

訓練中に相手から撃たれすぎている経験があるため大丈夫だろうという思い込みもあった。

いくらISの絶対防御がある状況でもお腹周りはISスーツ以外には何もない機体もある。そんな機体に乗り続けていれば自然と危機感がなくなっていくのではないのだろうか?

 

「けど衝撃まで緩和できないのね。結構いてぇ。なにより左手がいてぇ」

やっと騒ぎを聞きつけた警察が来てサブマシンガンを落とした人、癒子を人質にとった人、運転していた人、そしてついでに俺が拘束された。

 

 

そりゃ、真昼間に銃をぶっ放してれば銃刀法違反だよね。いやこの場合は過剰防衛?

そんなことを思った時、出血多量か緊張が解かれたのか急に体に力が入らなくなり気絶した。

 

 

病院に運ばれ応急処置を受け終えたところに更識先輩が見舞いにやってきた。

「やぁ。痴漢した相手に痛いしっぺ返しくらったんですって? 間抜けねぇ。私ならばれない様にしたのに」

「かなり事実がねじ曲がっているから、あと間抜けはあっち。あとばれない様にしたって誰かにはしたんですね」

「うん」

詫びもせず堂々と言う更識先輩。そんな先輩に痺れない、憧れない。

 

「で、傷の状況はどんな感じかしら?」

「医療ナノマシーンを使っての全治2日らしい」

「休み明けと同時に学校に来れるわね」

「俺の休みがすべてパァだ」

「今日の夜からの訓練、明日1日中の訓練と怪我で2日休めるのとどっちが良かった?」

ってか、怪我でもしないと俺に休みはないのか?

 

「そう言えば俺の身柄ってどうなるんだ?」

「まぁ、IS操縦者は自身のISを守らなきゃいけないからその過程でこの事件が起きたって対処できるわよ。ただ、あなたの今後に護衛という名の監視がつくかもしれないけど」

「むしろ、なんで今までついてなかったのか気になるんだけどな」

「付いてたわよ。あなたが気付かないだけで」

え? そんな疑問符を頭に思い浮かべる。少なくともサングラスをつけた黒服でがたい男なぞあの場にはいなかったはずだ。

そんな、疑問を抱いているのが分かったのか更識先輩が答えを言う。

 

「今回は巻紙さんってだけ」

「あー。そういえばハイスッペク過ぎるなあの人」

特にカーチェイス。反対車線の車を避けながらの走行や車を台にして跳ぶなんて普通のドライバーではできない芸当だろう。それに俺が注意をひきつけている間に車の陰に入り存在を消して機会を窺っていたし。

 

「いや、護衛なら俺を危険地帯に連れて行くか?」

「そこはほらお姫様を救いに行くナイトになってもらわないと」

ナイト? 騎士? あんな惨めったらしく血を流し最後に気絶する騎士なんてどんな物語にもいねぇと思うぞ?

 

「まぁ、個人の感情を優先させたのもあったとは思うわよ。後、君に危機感を持ってもらうってのもあるけど」

その言葉に少し考えてしまう。確かに自分は非力だし、今回谷本が巻き込まれた。つまり自分が強くならないと周りを巻き込んで傷つけてしまうと言いたいのだろうか?

 

「ま、なんにせよ死んでなくてよかったわ。後から来る私に任せてくれればよかったのに」

「頼りっぱなしって嫌にならねぇ?」

「それもそうね」と言って笑う更識先輩。そして、手からISの待機状態の十字架を渡される。

 

「後もう一つおねぇさんからの見舞い品があるんだなぁ。まぁ、私はもう行くから後はがんばってね」

そう言って部屋の扉に向かい開くと入れ違いになるように誰かが入ってくる。

そこにいたのはナースキャップを被り、下の部分がかなり短いスカートのナース服を着て、手に小さな注射器のおもちゃを持った谷本であった。

太腿が大胆に露出して可愛らしいナースキャップは結構似合っていて、恥ずかしそうに顔を見せない様にうつむき加減でこちらを見ている。

そして意を決したのか俺に入ってきてこちらを真っ直ぐ見てひきつった笑顔を見せながら言い放つ。

 

「体を大事にしない子にはお注射だぞ☆」

手を上げ注射器のおもちゃを顔の所まで持ってきて、もう片方は腰に手を当てくびれるような格好でそんな事を言う。

 

笑いをこらえている俺は全く悪くない。

 

「ってなんで私がこんなことしないといけないんじゃー!」

「病院で静かにしなくていいのかよ?」

「私はここの看護師じゃない!」

ハァハァと息を切らし、一旦深呼吸をして落ち着こうとしている谷本。

 

「で、何でそんな恰好をしてんの?」

「別に、こっちの方が喜ぶからって更識先輩に着せられたの」

そりゃご愁傷様。

 

「ってか、何で警察や更識先輩に任せなかったの? そうすれば私がこんな恰好しなくて済んだし、あんたがそんな怪我をする必要なかったでしょ」

「何て言えばいいんだろうな……。こう、俺に付き合って巻き込まれたみたいな感じだったから俺が如何にかしないとって思った」

「そんな事で自分で自分を撃つなんてマネしないわよ」

ほんと何やってんだか。骨折り損のくたびれもうけだ。

 

「ま、助けに来てくれてありがとっ」

照れた顔で、ニカッと笑った顔で言ってくれるので、「ま、いっか」という風に納得してしまった。

 

「谷本は今度、更識先輩に護身術でも教えてもらったら」

「はぁ、何で未だに名字なわけ? あの時は癒子って言ったじゃない」

「あれ? 言ったけ?」

「言った」

なんか頭に血が行ってないのかよく覚えていない。って名前呼んでもいいのか? いや、谷本で定着していたからあまり変える必要がない。

 

「何っていうか、そう呼んでもらいたいのよ。私あんたが助けに来てくれて嬉しかったんだから」

「え~と、つまりそういうこと?」

「さぁ? でも、今度は私があんたを手伝いたい」

 

こっちは何時も助けてもらっているのだが。ってかなんで恩返しが名前を呼ぶってことになるのかが分からない。いや、分かるような分からない。

 

沈黙していると空気が妙に酸っぱいような感じがする。

別に名前を言うのが嫌なわけではない。しかし、改めて名前を言うってかなり照れる。まるで恋人同士みたいで。

それにまた巻き込んでしまうかもしれない。親しくなることでまた何か、危険な目に合うかもしれない。

 

「大丈夫よ」

その声に思考を閉ざされる。

「大丈夫なのかって不安な顔してたけど大丈夫。少なくともあんたといる事で巻き込まれたって感じることはない。私があんたの近くで助けになりたいの」

 

その時、なぜか唇が吊り上った。そんな保証も信頼性もないその言葉で不安が消えた。

 

「じゃ、これからも苦労かけるな。癒子」

「かけんな。章登」

どっちだよとそんな他愛のない話を続けた。

 




巻上礼子さんがもうオータムにしか見えない人もいるでしょうね。

やばいどうしよう(汗


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12話

新年あけましておめでとうございます。

拙く、しかも修正しまくると思いまずがどうかよろしくお願いします


『龍砲』の衝撃に何度さらされたことか。

見えない攻撃、砲身がよく見えず射線すらよく分からないというのがこれほどやりづらいとは思わなかった。

しかし、距離の減衰が激しいらしく至近距離対応で、アリーナぎりぎりまで来ればさほど脅威ではなかった。

口を狭めて息を吐くのと同じらしく、口元に近いほど強いが10cmも離れてしまえばそよ風が吹いているに過ぎない。

 

なので、できるだけ距離を取るように戦っていたのだがそこは代表候補性、次々と放たれる銃弾を掻い潜りながら避け、距離を詰める。

 

「せい!」

声とともに放たれる鯨包丁の刃を大きくして取手をつけたような金属板が両端に付いた連結状態の『双天月牙』を投げられる。

 

高速回転しながら飛ぶ刃物から逃げるように一気に急上昇するが追尾してくる。何とか振り切ろうとさらに加速するが衝撃砲を叩きこまれ足が止まったところを、『双天月牙』に襲撃されるが身を反らすように何とか避ける。

まるで耳のそばに雀蜂が通ったようで嫌な汗が流れた。

さらに軌道変更する装置を積んでいるらしく通り過ぎた後俺の背後を強襲してくるのがハイパーセンサーを通して分かる。さらに、最大の攻撃で仕留めるらしく衝撃砲を構えていた。眼前の虎に後門の狼だ。

 

このままでは挟撃されと終わりだと直感的に脳が警告を出し、急いでスモーク弾呼び出しを甲龍の手前までに投げつける。

スモーク弾から勢いよく吹き出す煙が視界を防ぐ。それによって俺の居場所が掴み辛くなり後ろから来る回転刃が外れた。

煙を吹き飛ばすように最大威力の衝撃砲が放たれ、嵐がいきなり吹き荒れたような強風で掻き消される。

しかし、煙を吸い込んでしまったらしく煙の色が龍砲の砲身に入ってしまい、射線が見える。

 

これならば砲身がどこに向いているかが分かるため、射線に入らないように掻い潜りながら急いで近づきマルチランチャーのチェーンソーを回転させ唸り声を上げさせながら切りかかる。

すぐに手に戻っていた連結した刃で対応しようと切りかかるが一度手を止め、思いきり空振りしたところに左手で殴る。

 

そして、飛ばされたところに新たにマルチランチャーの銃身下に取り付けられたアンカーワイヤーを射出して凰の左腕にくっ付き放電される。

腕の装甲から電撃が流れ内部の部品をショートさせる。のだが、動きが鈍くなっただけで引っ張られている。まるで子供と大人が綱引きをして引き寄せたところを強大な刃で叩きつけようとしているらしい。

 

引き寄せられる流れに乗るようにして、加速をつけながら肩でぶつかる。計算よりも速かったらしく叩きつける前に間合いに入った。

横隣りで密着するような形になり、そこに爆砕ナイフを展開し差し込もうとするが刃を手放して、手首を抑えナイフの進行を止められた。パワー型とバランス側ではこちらが不利だ。しかし離れようと思っても手首を掴まれた様で離せられない。

不味いと思った。その膠着状態になったところで、もう片方の手から『崩山』から体勢を崩すように放たれ身を強張らせてしまった。その一瞬の隙をついて距離を取り、しかし離れすぎず『龍砲』の攻撃に晒され地面に叩きつけられ試合終了。

 

 

六月、頭の日曜日。

アリーナで今日も向上心豊かな生徒たちがISに乗って訓練をしていた。

 

「……なんで修理が改良されて戻ってくるのやら」

模擬戦が終わって何十分かった後、そんなことをぼやいてしまう。

前の所属不明機襲撃の際。マルチランチャーのチェーンソーの部分が破壊されたので修理を整備課にお願いしたのだが、何故か改良されて戻ってきた。

コの字のようにチェーンソーを固定する部分があり、これで結合部の脆さを補い鍔迫り合いにも対応できるようにしている。さらに固定部分が開くことでチェーンソーが飛び出すギミックは健在。さらに、チェーンソーの側面部分に機雷が入っているらしい。

これだけでも十分なのに、さっき使ったアンカーワイヤー(どちらかと吸着式でくっ付けるタイプ)が追加されている。

その武器を慣らしておこうとアリーナで投影された的に向かって振り回したり、射撃していたのだが凰がやってきて、実践のほうがいいといわれて前記の模擬戦闘をしていたのだ。

 

 

「まぁ、全く扱えていないってわけでもないからそのまま使えばいいんじゃない?」

そう凰がアドバイスを受ける。しかし、改修前から扱いづらいのがさらに加速した感じだ。今までキーボードを両手で打っていたのを片手で打って、次に数字配列を付け加えた様な感じだ

凰は甲龍の機体チェックを行い終えたらしく、投影パネルを閉じる。

こちらはマルチランチャーの操作法を頭に叩き込むためにまだ投影パネルを閉じていない。

ここでも代表候補生と一般人のスッペク差が。

ちなみに俺はもう機体チェックを済ませた後は栗木先輩とのほほんに任せてしまった。

ISコアの余剰エネルギーをIS電池に効率的に移すにはどういう方法があるか、俺にはマルチランチャーの切り替えをAIを使い最適化した方がいいのではないのかなど議論を広げている。

 

「シミュレーターじゃ、機雷をばら撒いた中に自分がいて自爆してたからね」

癒子がそんなことを暴露する。

あれはターゲットガン撃とうと操作したらボタン間違えて機雷を展開したんだ。

これでも最初よりは失敗が減ったんだ。5回に1回くらいは……。

 

「そんなこと言うなら自分で使ってみてくれよ」

「ふっふっふ、私の力を見せてやろうじゃない」

そう言ったのでマルチランチャーを渡し、使用許可を出す。

 

 

「はいはい、電池にエネルギー回すのを中断したからいけるわ」

まるで、遊び盛りな子供をあやすかのように栗木先輩が言う。

「がんばってねぇ~」

何時ものように遅くのんびりとした声で言うのほほん。

展開しているISからコードが外されエネルギーは満タンではないがある程度回復しているらしく戦闘行動には問題ない。

 

そして、打鉄に乗った癒子は上昇し、俺もシールドエネルギーがどのくらい回復しているのを確認してから飛び上がる。

 

 

そして、始まる模擬戦闘。

散弾銃を手に持ち、癒子に向かって放つ。それを斜め後ろに下がる様にして回避行動をする。

そこからいきなりの急加速。瞬時加速《イグニッションブースト》を使い急接近。突風を巻き起こしながら突き進む癒子に対して俺は横に飛び出すようにして避けようとするが、まるで直線的に曲がるように少し、角度が変わる。

しかし、瞬時加速中に曲がるような事をすれば圧力、空気抵抗の関係で最悪骨が折れるのだが、癒子はこの時浮遊している盾を使い空気の流れを変えることで多少の加速中の進行方向変更をしていた。

 

それで近づいた打鉄は体当たりするようにぶつかりラファール・ストレイドを跳ね飛ばす。まるで車がぶつかって来た様な衝撃を受け、踏ん張るような体制で留めようとするがチェーンソーを袈裟切りで切りかかってきた。

急いで盾で受け止めるが不安定な体制で受け止めたのが悪かったらしく、押し負けている。

 

押し切ってしまおうと癒子が力を籠めスラスターを吹かし押し返せない。火花を上げる盾が金属音の悲鳴を上げ始めるが、これだけ近くにいるので迷わず手に持っている散弾銃を放つ。

 

暴力的な銃声を上げる散弾は至近距離にいた癒子に集中的に当たり大きくシールドエネルギーを削る。

それを真正面に食らったためか後ろに体勢を崩したところを追撃し連射する。

その時、チェーンソーの側面が開き機雷群をまき散らす。

 

1cmの四角い爆薬が無数にばら撒かれた直後。機雷群を作り、小爆発を連続して発生させ俺の視界と動きを封じさせる。迂闊に撃つと誘爆してしまうため機雷群の中から急いで飛び出る。

 

そこを狙ったかのように付着爆弾で狙いを定め撃ってくるが回避行動をとりその場で側転するように避ける。散弾を放ち牽制したところで今度はZの字を描くようにジグザグに直角移動をしながら迫る。

その時、単分子カッターを展開、刃を回転させ突き刺す。

しかし、浮遊している盾で阻まれ急いで回り込むように動くが、身が隠れた時に盾を外して出てきたところを盾ごと撃つ気らしく、マルチランチャーの他にIS電池を使った打鉄でも量子化できるアサルトライフル『FA‐MAS‐TA』を構えていた。

 

そして放たれる大量の弾丸。雨あられと降り注がれる弾丸を防ぐためにまだ一つ残っている盾で防ごうとするが、付着爆弾の衝撃で盾を吹っ飛ばされ、そのまま身体にもくらって試合が終了した。

 

 

「ウヴァアア……エネルギー完全回復してないとはいえまた負けた。敗北記録更新だぁー。ハァ……」

「あんたって、偶にいい動きすることあるけどなんであそこで負けるのかわからないのよね」

そんなことを俺と癒子の模擬戦闘を見ていた凰が言う。

何やら俺が勝てないのは原因があるようなことを言っているので聞いてみる。

 

「なんで俺は負けてんだよ」

「そんなの弱いからでしょうが」

大雑把な説明どうもありがとう。でも、どこを直せばいいのか分からねぇんだよ。

 

「いや、どこが悪いんだよ」

「だから、感覚で分かりなさいって言ってるでしょ?」

「俺はそんな天才肌じゃねぇよ」

そんな説明で分かるのは武術の達人だけだ。お前はブルースリーか。

 

「対処の仕方がうまいんだけど詰将棋には慣れていないって感じかしら?どっかで気を抜いているって感じがするわ」

「たぶんやったと思って油断したところを切り替えされているんだと思うよ~?」

栗木先輩とのほほんが補足してくれ、意味が分かる。つまり油断大敵ってことだな。

 

「こういう風に説明してくれ」

「説明される前に自分で考えたりしなさいよ」

「してるっての! 過去のIS操縦者の対戦動画からこれは使えそうじゃねとか、この動きを練習してみようとかいろいろ考えていますっての」

「私も隣で見ていてさっきの瞬間加速て、国家代表の技が使ったのをアレンジしたんだけどね。でもやっぱあんまやらない方がいいかも。ちょっと腰が痛い」

「保健室行っとくか?」

「ISの保護機能が万能すぎて異常なしだから大丈夫だと思うわよ」

そこで、アリーナの使用時間交代が来て癒子は打鉄をピッドに戻しに行った。

俺もISを待機状態に戻し更衣室に向かっていく。

そして着替え終え、次の使用許可を得るために申込書を教員室まで取りに行く。

次借りられるのは高速機動用の第6アリーナが火曜の5時からか、第三アリーナが7時で人が余り居なくなった時である。月曜は開発部が高速機動パッケージのテストをするらしく殆どが開発部で埋められていた。

取りあえず5時から6時と7時から9時まで借りられるよう申し込んでおいた。速さになれるという意味でも高速機動は身に着けておく必要がある。

 

 

 

寮の部屋に帰って過去のモンドグロッソの映像を見る。

バレルロールで弾丸を避ける女性。

刀で銃弾を弾くという曲芸まがいの事をする人物は大体が予想付くだろう。織斑先生。

『螺旋軌道直進』《スパイラルブースト》。螺旋回転でスピンしながら直進する加速方でジャイロボールみたいなものだ。だから力強く、通った後には嵐のような渦風が起きるらしい。ぶつかった時の衝撃で相手が吹っ飛んだところに、さらに瞬間加速で距離を詰め手に付いたある杭を打ち込み終わらせる女性。

 

今度これやってみてぇな。と思える所をリプレイしもう一回再生する。

 

「うーん。さっきーの技量じゃこの技は使えないと思うよ」

「……まぁ、出来るようにはなりてぇじゃん」

使ってみたいと思うことは罪なのか。いや、自分でもいきなり使いこなせる事ができるとは思えないが、練習しておいても損はないのではないのだろうか?

 

「今の章登は基礎固めだと思うけどね。瞬間加速が制御できるようになってからの方がいいと思うわよ」

瞬間加速。ISの後部スラスター翼からエネルギーを放出、その内部に一度取り込み、圧縮して放出する。その際に得られる慣性エネルギーをして爆発的に加速する。瞬時加速の速度は使用するエネルギーに比例する。

と言わば戦闘機のアフターバーナーみたいな物だが、エネルギーの放出量を放ちすぎると加速しすぎて目標地点を通り越したり、エネルギーが足らなかったら加速は多少得られるが目標に届かなかったりとかなりエネルギー調整に手間取る。

 

前に織斑の瞬間加速を見たときは様になっていたようだったが、乱暴に扱っている感じであった。速くなればいいみたいな感じで、加速は白式と相まって追いつける機体は居ないのではないかという風だが、地上のアリーナでそんな事をすれば壁に激突。空中で相手が戦闘領域近くなら戦闘領域から離れることがある。

さらにエネルギー消費も激しいらしい。だからエネルギー放出に手を入れろと言ったのだが、今度は放出が足らず加速があまり出なかった。

 

どうやら織斑は速さを追及しているように瞬間加速を使っており、急直進して切り伏せる。それも一種の正解だと思うのだが、俺から見れば無駄が多すぎる。別に俺も無駄が完全にないわけではないのだが、放出を加減したり、故意にバランスや重心を崩して軌道を見切られないようにしているのだが、こちらの方はうまくいっていない。

急直進の瞬間加速はできるのだが白式の様に高機動ではない上に見切りやすく反撃を食らう。そのため鋭角軌道の方を練習していたのだがどうしても曲がるときにブレやバランスを崩してしまう。

取り敢えず今の目標としては基礎固めと完全な鋭角軌道と瞬間加速の制御を練習している。

いつ習得できるかわからないが。

 

ウヴァー。と唸ってしまう。それでも戦闘記録として画面を見ている。俺もこんな風に戦えたらいいなぁ。

「上手く戦うためにはどうすればいいでしょうか?」

「特訓しかない」

癒子の発言に「ですよね~」と頷く事しかできない。ってか強くなるのにそれしか無いんだよね。地道にコツコツ努力するしかないと。

「もしくは人体実験でも受けてみるとかね~」

俺はナニカサレルヨウダ。

 

モンドグロッソの映像を見ているとき扉をノックされたため映像を一時停止する。

そして、扉を開けるとそこには山田先生が手に鍵を持ちながらこちらを見て一言。

 

「お引越しです」

「先生が?」

そう突っ込んでしまう。

 

「はわっ! そんな訳ないじゃないですか! 崎森君がお引越しです。先生をからかわないでください」

先生。さっきの言葉は主語が抜けていたのですが。

いや、まぁいい加減にいつまで寝袋なのか疑問に思っていたところなのだがようやくベットで寝れるらしい。

そこで荷物をまとめ始める。

 

「さっきー、行っちゃうの?」

そう、上目づかいで聞いてくるのほほん。その顔がまるで捨てられた子犬のようで思わずかまってあげたくなるのだが、いい加減俺もベットで寝たい。

 

「それは、何時までも年頃の男女が一つ屋根の下で寝るというのはダメですし」

そう山田先生が説明する。それで納得したのか渋々といった顔で頷くが、呻き声を出す

「うー。冷蔵庫の中のお菓子が減っちゃいそう」

「おい」

俺と別々の部屋になるのが嫌なのではなくて、俺が売店や学校近くのスーパーから買って来るお菓子を気にしているらしい。

一瞬俺に好意があるのでないかと期待した俺は落胆してしまった。

「これ食べていい?」と上目づかいで聞いてくるから思わず許可を出す(一度試しに断ると涙目になってきてしまう。それで結局あげてしまう)が、のほほんもお菓子を買い、俺のお菓子も食べても横に成長しないことに癒子が呻いていた。

どういう体質してるんだろうね?

 

そうしている間に荷物が纏まった。基本的に教科書と着替えぐらいだったので残し物もないはずだ。

「今度遊びに行くからねぇ~」

「散らかさない様にしときなさいよ」

「あいあい」

そう相槌を言い、次に俺の部屋に向かって歩いていく。

しかし、寮の1階の端まで来たのだがそこにはまるで、壁を抜き取りそこに新しく廊下が作られそこに扉があった。隣にある部屋の扉は開き戸だが、山田先生が今開こうとしているところは引き戸である。

部屋の面積は全長が5m、全高3m、幅3mの長方形である。

 

外から見ると分かっただろうコンテナハウスであった。

 

「……」

「き、今日からここが崎森君の個室ですよ」

かなりキョドっていた。やはり他の良質な部屋の方が良かっただろうか? しかし、また1年生の転入生、しかも二人も、さらに代表候補生が来る予定なためどうしても数が合わず、新しく作ることになったのだ。それがこのコンテナハウスなのだが、どう見ても寮の部屋より劣っている。

そのことに怒っているのではないかと不安になるが、崎森の顔は満足していた。

 

「個室なんですね! よっしゃ!」

そう、寮の部屋の面積より7割ほど狭く感じるが個室なのだ。

それに歓喜を覚えない者はいないだろう。今まで床で寝袋に包まり寝起きに体のあちらこちらが軋みをあげていたことに比べれば、ここはなんと極楽なことか。しかも遠慮したり、気遣う人物もいない!

 

「よ、喜んでくれて何よりです……」

その時、山田先生は小さな部屋で満足している崎森を悲しむような憐れむような目で見ていた。

 

だって未だベットが搬入されてすらいないのだから。

 

そのことに気付いた崎森は寝袋を取りに癒子の部屋に行った。

 




アフターバーナーって
かなり燃料を食らう代わりに爆発的な加速を得られる
60:1で消費した燃料が混じった酸素をもう一度取り込み加速する

でよかったのでしょうか……


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13話

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

「え? そうかなぁ? デザインだけって感じがして機能性がなくて不安なんだけど」

「そのデザインがいいんじゃない!」

「私は機能性重視のミューレイのがいいなぁ。特にスムーズモデル」

「あれ高いじゃない。高校生の私には手が届かないわ」

 

月曜の朝。まだ授業が始まる前なのでワイワイと机に雑誌を広げガールズトークをしている女生徒がクラス中にいる。この辺は普通の学校と同じような感覚を受けるが騙されてはいけない。

他のところではこうだ。

 

「ねぇ、明日の爆弾解体の授業どうしよう?」

「ああ、映画みたいにニッパーとかできるのかなぁ? ヤヴァイ。私不器用だから絶対爆発する」

「大丈夫ですよ。あれはそういう緊縛感を演出しているだけで実際は雷管を抜くだけでたいてい無力化できますし、液体窒素で凍らせるというのもありますから」

爆弾解体の話をする学校なんて恐らく警察学校か軍学校、そして今俺がいるIS学園だろう。

こんな会話を聞くことなんてあまりないと思う。

平穏という言葉からは随分と離れた場所に来たなぁと実感させられる。

 

「そういえば織斑君と崎森君のISスーツってどこのやつなの? 見たことがないタイプだけど」

「男性用のISスーツなんて作ってなかったから急遽にイングリット社が作ったらしいが、まぁ使えりゃあんまり関係ない」

「なんで?」

「どこもかしこも似たようなタントップとスパッツじゃねぇか」

「かぁーわかってないわねぇ。形は似ているけど色や彩模様は違うのよ。それに女の子は見えないところに気を遣ったりするの」

そんな指摘を受けるが俺は学校指定はほとんど紺色じゃねぇのかよ。と思ってしまう。

まぁ、機能性が優れているらしくシャツ代わりとして着ている女性もいるとか。

 

「ISスーツは肌表面からの微妙な動き、電位差を検知することによって、操縦者の動きをダイレクトに各部位へと伝達、ISはそこで必要な動きを行います。また、耐久性にも優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。ただし衝撃はきえないのでご注意ください」

俺の後ろで解説を行う山田先生。誰も頼んでいないような気がするのだが。

 

あともう一つ説明するとISは個人を理解しその個人に合わせた変化を促す。十人十色で速いうちから自分のスタイルを確立させるということもあるらしい。

ただ、全員が全員専用機を持てるわけがない。

まぁ、普段着として使っている女性もいるらしくそういったメーカーが花柄のISスーツや水玉模様のISスーツを作り売りに出している。

そっちのほうは機能的に劣ってしまうがそれでも人気は人気だ。

 

「山ちゃん詳しい!」

「先生ですからね。知ってて当然です……って、山ちゃんですか?」

「山ピー見直した!」

「山ピー……?」

山田先生にはもう8つ以上の愛称がついている。俺のズッコケよりも健全だろう。しかし、山田先生は背中かゆいらしく頬を少し赤らしめ恥ずかしがっている。

 

「あの、先生なんですからあだ名で呼ぶのはちょっと……」

「いいじゃねぇですか。山田やま先生。慕われている証拠で」

「崎森君、山田真耶です」

「すいません。山田まやま先生」

「今度は多いです。あとそれはやめてください」

「山田やっあま先生! 失礼噛みました」

少し噛んだ。なんか難しいぞこの人のフルネーム。

 

「とっ、とにかくですね。先生の名前はちゃんと言ってください。わかりましたか?」

「「「はーい」

しかしその返事には承諾したというよりは相槌を打ったように適当であった。きっと授業中も言われることだろう。

 

そうした間に予鈴がなり、生徒が次々と席についていく。俺も自分の席に戻った時に織斑先生が教室に入ってくる。

 

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます」

それまでの教室の空気が紐を張ったように真直ぐ正された。

 

「今日からは本格的な実践訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用するため各人、気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使う。まぁ、個人のを使っても構わんが授業中はできるだけ統一するため学校指定のものを使うようにしてくれ。忘れた者は代わりに学校指定の水着で代用してもらう」

 

なぜか、このIS学園絶滅危惧種のスクール水着である。中学時代のプール授業はみんな学校指定の物ではなく市販の花柄が入っていたり、フルリがあったりの水着が一般的であった。少なくとも俺の学校では。

 

「では、山田先生。ホームルームを」

「はい」

もう何も告げることはないという風に切り上げる。最後の方に「それもない奴は下着でやってもらう」と言っていたような気がするが今年は男子も入っていることを考慮してほしい。昨年までは女子限定だったのだろうから仕方ないのだろうが。

 

「今日はなんと転校生を紹介します。 なんと二人もです!」

そういうのって人数合わせるために別々のクラスに振り分けなくていいのか?

 

「さぁ、入ってきてください」

そして、教室の扉があき二人のクラスメイトが入ってくる。今日からクラスメイトになる人物なのだがどっちも奇奇であった。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

笑顔を浮かべてしこ紹介をするデュノア。視線が集まっている中、緊張もせずいえるのはすごいことなのだろう。

俺の様に滑ることもなく、織斑の様にテンパルこともなかった。

 

金髪の長い髪を丁寧に後ろでくくってある髪型。中性的な顔で黄金比の様に整っている美形だがどこか場違いな印象を受ける。おそらくそれが俺や織斑と同じ男子制服だからなのだろう。IS学園は基本女子だけなので3人目の男性IS操縦者となるが、背は俺より少し低いくらいか同じくらいで男性としては小柄な方だ。

可愛らしく、子犬のプードルを思い浮かべさせるが何か背景が何時もと違うのか、金髪のせいなのかは知らないが後光でもあるかのように輝いている。

笑顔が輝かしいとか歯が光るという領域を超えているみたいだ。

 

「お、男?」

疑問が誰からの口からかぽつりと呟かられる。

 

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいらっしゃると聞いて本国より転入を―――」

「き、」

「はい?」

デュノアが説明している途中で誰かがしゃべり途切れさせる。

 

「きゃぁあああああーーー!」

「きたぁあああああーーー!」

巻き起こる女子の歓声。あんたらそんなに美形がいいか。これで次の男性IS操縦者が不細工だったらブーイングでも起こるのか?

 

あ、俺という前例がいるか。……いや、俺はそんなに不細工じゃねぇからな!? あくまで中の中の下であって―――。俺の頭の中で誰に弁解を求めているのか不思議に思った。俺結構疲れているのかな?

 

「新しい男子!」

「しかも美形! かわいい系で守ってあげたくなるような!」

「織斑君との妄想で飯3杯はいけるわ!」

「織斑×崎森よりも売れそうな予感! 今すぐネーム書かなきゃ!」

女子の妄想、歓喜に歯止めが効かなくなってきていた。そして俺と織斑で謎の掛け算した奴後でその薄い本燃やしておけよ?

まぁ、写真撮って売れそうではあるんだがな。美形だし……ええ、俺はどうせ三枚目ですよ。

 

「あー、騒ぐな。 自己紹介すら聞く気はないのか貴様ら」

そう言われて少し音量が下がるがそれでもまだ気になる生徒がいるらしくひそひそと声があちらこちらからする。

 

「……」

沈黙を続けているもう一人の転校生。

隣にいるデュノアと比べて低く、女子の中でも低い背丈で少女という表現がいい。が、少女という幼く、か弱い幻想をぶち壊すかのように赤い目はナイフを研いだかのように鋭く、冷たい。左目にどこぞの海賊がつけるような眼帯をつけそれが冷酷さを増しているように思える。

腰まで届く長い銀髪をしているが髪を束ねたり、飾ったりする遊びの様子はなくただ伸ばしているだけ。邪魔だと思ったら躊躇なく切るだろう。

未だに発言すらしないが、視線はまるで見下すように高圧的な態度で腕を組んでいる。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

見かねた織斑先生が声を掛ける時だけ何か別の物でも見つけたような目になった。そして、尊敬の念を込めた敬礼をする。しかし、織斑先生はその敬礼を向けられて嬉しくはなさそうに顔を歪める。

 

「ここではそう呼ぶな。私はもうお前の教官でなく教師だ、ここではお前も生徒でしかない。私の事は織斑先生と呼べ」

「了解しました」

どうやら二人の会話からして面識があるらしい。しかし、織斑先生から顔を離してこちらを見たときにはもうさっきの高圧的な態度になっていた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

教室では次に続く言葉を待っていたのだが反応はなく、沈黙しかなかった。ボーデヴィッヒはもうこれ以上話すことはないという風に口を閉ざしている。

 

「あの、……以上ですか?」

「以上だ」

場の雰囲気を何とかしようと山田先生が問を掛けるが全く相手にされず、それ以上山田先生の口を詰んでしまう。山田先生頑張ったから涙目になんてならないで。

 

「っ! 貴様が―――!」

その時、誰かと目線があったらしく一層険しい目になり、嫌悪感を隠そうともせずに織斑の席へと移動した。

そして、織斑に向かって素早く手を振り下ろす。パッシっと乾いた音が教室中に鳴り渡った。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなどと、認めるものか」

全員がボーデヴィッヒと織斑のやり取りに目が行く。俺もいきなりの展開に目を丸くする。きっと過去に織斑に傷つけられた女の子なのだろう。もしくはその関係者とか。

流石にそれはないか。

 

「いきなり何しやがる!」

あまりに突然の出来事で混乱から復帰した織斑が怒鳴りつけるが、何でもないという風に鼻を鳴らして一蹴にする。

そして、何の説明すらせずに自分の席と思われる所に着席する。何が何だかわからないというのが全員の感想だろう。

 

「あー。ではHRを終わる。各人は着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でISの模擬戦闘を行う。解散」

そう告げると事を見るとボーデヴィッヒの行動を咎める様子はないらしい。校内暴力があったのだから注意くらいはしても良さそうなのだが。

 

といつまでも考えてはおれず席を立ちあがりグラウンドに向かおうとする。女子は更衣室で着替えるのではなく教室で着替えるため何時までもいたら痴漢扱いでは済まされない。が、織斑先生に呼び止められる。

 

「織斑、崎森。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろ」

めんどくさいと言えるはずもなく、とりあえず頷いておく。と、立ち止めっていたら俺の方にデュノアがこちらに来て握手を求めてきた。

 

「君が織斑君に崎森君? 初めまして、僕は―――」

「自己紹介はまたあとでだ。女子が着替えるからとっとと教室から出るぞ」

そう言って急かす様に言い教室の出口まで行くが解っていないらしくその場から動こうとしない。

 

「置いていくぞ? それとも女子と一緒に着替えたいなんて言うんじゃねぇよな?」

「え? ああ、うん急がないとね」

からかう様に言ってみたのだが、何か引っかかる。当たり前だよね? と今にでも言ってきそうな困惑した表情を浮かべていた気がする。それから何かに気付いた様に焦ったように声を上げる。

フランスでは更衣室がなく男女一緒になって着替えをは始めるのだろうか?

 

自分が男子ということを理解していないのだろうか? まぁ、いきなり女子高に入って戸惑っているのかもしない。

 

「ほら、急ぐぞ」

そう言い織斑が手を繋ぎ教室を出させる。なんで手何て繋ぐ必要があるのか。

廊下を小走りで走っている俺、デュノア、織斑。

 

「男子は空いているアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

「う、うん」

織斑の説明を若干顔を赤らしめながら頷くデュノア。なぜ赤くなるのか俺には分からない。

 

「トイレか?」

そんな場違いな事を言う織斑。デリカシーのかけらもありはしない。いや、女の子じゃないからいいのか?

 

「トイ……っ違うよ!」

「そうか、それは何より」

また顔を赤くして反論するデュノア。ものすごい違和感を覚えるのだが気のせいだろうか? ってか、なんでトイレという言葉に反応したのだろう。

 

階段を下って行ったその時、なぜか他の生徒がデュノアを探していたらしく指を俺らの方に向ける。

「ああ! 転校生発見!」

「しかも織斑君と一緒!」

 

速いって、転校生が男だってわかったのってHRの数分前だぞ?

そうしているうちにぞろぞろと集まり人だかりができてきた。このまま遅れてしまえば織斑先生の折檻コース間違いなしだ。

そうならないために足を速めるがあまり効果はないらしく来るは来るは女子の群れ。

 

「いたっ! こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

そんな時代劇で言いそうなセリフを言いながら追いかけ、先回りしてくる生徒達。

 

「織斑君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわねぇ。こう輝かしくて!」

「しかも瞳はエメラルド! 憧れるなぁ」

「きゃぁあ! 見て見て二人が手を繋いでる! これはもう撮影するしか!」

「くそう、崎森邪魔よ!」

なんで俺だけ罵倒されてんの。

女子達が騒ぎ立てる中を俺たちは進んでいく。かなり時間を食いつつありちょっとまずい。マジで折檻コースがお待ちかねている。

 

「な、何? 何でみんな騒いでるの?」

ここの女子達の歓迎に目を白黒させながら聞いてくる。

 

「そりゃ男子が俺達だけだからだろ」

「美形が二人もいれば注目を集めるだろうが」

「?」

何「意味わかりません」みたいな顔をしているのかこっちが分からない。

 

「いや、IS動かせる男子は珍しいだろうが? しかも美形。なんだ外国にはIS動かせる男性がごろごろいるのか?」

「そ、そんなことないよ」

「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないからウーパールーパー状態なんだよ」

もっと他に例えがあるだろ。なんでウーパールーパーなんて言うキモかわいい動物チョイスしてるんだよ。ほら、デュノアが知らないらしく困ってるぞ。

 

「単に仲良くなるために早くから接点作っておきたいだけだろうが。なんでウーパールーパーが出てくるんだよ」

「二十世紀には人気だったんだぜ?」

「人気が出る、物珍しい、親しくなりたいは意味が違いすぎるだろうが」

そんなどうでもいいことを言いながら廊下を切り抜けていく。そして更衣室前まで来た。時間が迫ってくる。

 

「しかしまぁ助かったよ」

「何が?」

「いや、やっぱ学園に男が少ないと辛いからな。何かと気を遣うし。男が増えてくれるっていうのは心強いもんだ」

「そうなの?」

「これから女子の着替えが終わっているか確認するのに時間がかかって次の授業に遅れるなんてこともあるからな。結構気遣わないとあっという間に犯罪者だ」

そんな忠告を言うが何やら納得したような納得しないような微妙な表情になった。

 

「ま、なんにしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

「俺は崎森章登。変なあだ名でなければ何でもいい」

「うん。よろしくね。一夏に章登。僕の事はシャルルでいいよ」

そして更衣室に入り急いで着替えようとする。

「うわ! 時間ヤバいな。すぐ着替えちまおうぜ」

 

確かに時間が迫っている。しかし早く終わらせる裏技というほどでもないがあるのだ。

「ハイ終わり」

下着としてISスーツを着るというという技が。

 

「早! 何でそんなに早いんだよ」

「下に着ていただけだっての」

急いで織斑も一気に制服のボタンを外す。別に待って一緒に遅れることはしたくなかったのでデュノアに第二グラウンドに出る道を教えようとしたところで、デュノアが悲鳴を出す。

 

「わぁ!?」

「?」

虫でも出たのだろうか? しかし視線は織斑の背中に向いておりそちらに目を向けても何もない。

 

「何だよ? 何もねぇぞ?」

「忘れ物でもしたのか? って、なんで着替えてないんだ? 早く着替え何と遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、うちの担任はそりゃ時間にうるさい人で―――」

「う、うん? 着替えるよ? でも、 その、あっち向いてて……ね?」

何が「ね?」なのか全然分かりませぬが

 

「別に着替えをじろじろ見る趣味ねぇけど、第二グラウンドに行く道解るか? 教えてたらすぐに行くけど」

「あ、大丈夫。見取り図はちゃんと頭の中に入ってるからちゃんと行けるよ」

「なら大丈夫か。じゃお先に」

そう言って急いで第二グラウンドに急ぐ。正直ダッシュで間に合うか分からない。

後ろから「薄情者~」と織斑の声が聞こえるが、喋っていて着替えていないお前が悪い。

 

 

「崎森、織斑とデュノアはどうした?」

グラウンドに着いたとき織斑先生が聞いてくる。まだあいつらは時間がかかっているらしく、時間になっても来ない。

 

「着替えに手間取っていたようですけど場所は知っていたので遅れないように先に来ました」

「そうか」

納得したらしくホッとする。この人よく分かんないんだよな。答えを間違えたら出席簿が振り下ろされそうで。

 

授業が始まる時間になって1分過ぎた頃だろうか、鏡ナギが織斑先生に聞こえない様に耳打ちして聞いてくる。

「ねぇ、デュノア君と織斑君手で何かしてたりする?」

「単に織斑が何か言ってデュノアが困惑している可能性があるな」

「ふーん。どうすればデュノア君と親しくなれると思う」

「いっそ歓迎会でもしたら? こっちに来ていきなり女子の花園にぶち込まれて混乱してるだろうし」

「じゃあ今度皆で食堂を借りられるように申請しようかな」

 

そんな事を言っているうちに織斑とデュノアが走ってくるのが見えた。

 

「遅い!」

と織斑先生が叱り飛ばす。そして、あの人は頭の中が分かるのか(と言っても織斑がなぜかうんうんと何に納得したのか頷いていたからなのだが)出席簿で叩き付ける。

 

「下らんことを考えている暇があったらとっとと列に並べ」

それからデュノアの後に織斑が列の端の方に並ぶ。

 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含むISの起動訓練を開始する」

「「「はい!」

ISに触れるのは今日が初めての人なんていないと思うがそれでも憧れの物であることには違いがなく、声に歓喜と気合が含まれているらしく大きい。

 

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。凰! オルコット! 前に出てこい」

やる気がなさそうにボヤキながら前に出ていく凰とオルコット。

 

「なんであたしが」

「なんだか見世物のような気がしてあまり気乗りしませんわね」

「お前ら少しはやる気を出せ。特に凰はアイツにいいところを見せるチャンスだぞ」

二人が前まで来たとき、織斑先生が耳を打つように顔を近づけ言う。それを聞いた途端、凰がやたらと自己主張を開始する。

 

「まっ、実力を見せるいい機会よね! 私の!」

「鈴さんは思い人が居てよろしいですわね……」

さっきまでの意気消沈が嘘のように元気になる凰を見てオルコットはますますやる気をいう言葉が削がれていく様で対極的であった。

 

「ま、この際どちらが上かいい加減決めましょうか」

「いいわね、それ。むろんどっちが勝つかなんてやる前から決まっているようなもんだけど」

「誰がお前らで模擬戦をしろなんて言った。対戦相手はもうすぐ来る―――」

その時、何か高速ですり合わせるような音が聞こえ何人かの生徒が上を見上げる。そこに見えるのはこちらに向かってくる人影。しかも高速で突き進んでいるらしく見る見る間に大きくなっていく。

生徒たちが気付いて悲鳴を上げながら四方八方に逃げ出す。こちらに向かってきている人物も何やら制御を失っているらしく悲鳴を上げながらこちらに突っ込んでくる。

 

「うわぁあああー! ど、どいてくださいー!」

「うおぉ!?」

ほとんどの生徒は落下地点と思われる場所から逃げていたのに、あまりの出来事で呆然としていたのか織斑がまだ逃げておらず、その場でISを展開し落下人物を受け止める。しかし、受け止め方が悪かったらしく衝撃で人物と揉みくちゃに転がる。

 

親方! 空から女の子が!? という展開だがどこの落下系ヒロインですか?

 

「ふぅ、死ぬかと思ったけどなんとか白式の展開が間に合ったな。」

「ひゃっ――」

妙に艶めかしい声が織斑の下から聞こえる。

転がった時に立ち位置が変わったのか山田先生を押し倒すような形で手を胸に当てて揉んでいる織斑。お巡りさん早く来てー。

 

「ん?」

まだそれが何か気になるらしく完全に山田先生の胸を揉んでいる。ISを装備していて触感なんて伝わらないだろうがもう一度言おう。

 

む ね を も ん で い や が る!

羨ましい、怪しからんを通り越して怒りと殺気を覚えるね。

なんで俺は逃げてしまったのか!?

くそう、ラッキーサマーが! やはりイケメンだからか!? イケメンだから許されるのか!?

 

「いっ!?」

掌を摘まれたらしく、その痛みによって俺の嫉妬が急に冷えていく。手を見ると抓っているのは癒子で、何やら目が座っている。

こちらに気付いたとき離してくれたが、いまだに怒っているのか顔が無表情だ。

 

「なんでございましょうか癒子様」

「すっごい鼻の下伸びていたから直してやったのよ」

そうでしょうね。しかしあの衝撃的な印象を目に焼き付けなければ男の子としておかしいと思うんです。

 

「そ、そのですね。困ります。こんな場所で……いえ! 場所だけじゃなくて時間も。あ、でもこのまま行けば織斑先生が義理の姉ということになって、それは魅力的で―――って、ダメです。仮にも先生と生徒なんですから」

という風に独り芝居を始めてしまった先生。

織斑も如何していいのか分からないのかまだ、山田先生の上に乗って手を胸に当てている。

俺は急いで立ち上がるか、地獄に落ちればいいといいと思うよ。

 

いつまでも離れない織斑に苛立っているのか凰がISを展開し『双天月牙』を手に持つ。そして連結部分を繋ぎ合わせた時、独特の金属音を出してしまい織斑が振り返ってしまった。

振り返らなきゃ確実にあたったんだけどなぁ。

 

「二人とも死ねぇえ!」

胸の小さいことを気にした裁判長が、更に他の女性にセクハラ行為を行った織斑に断罪が下る!

投げられ芝刈り機のように逝きよいよく回る刃物は織斑の首へと向かっていって、それを織斑が身を躱し避けてしまう。しかし、そうは問屋が卸さない。『双天月牙』には起動変化装置があり、ブーメランの要領で元に戻すことも、軌道を変化させ相手を追尾することもできる。

 

そして、戻って来た断罪の刃は織斑の首へと到達するかと思われたが銃声によって防がれる。短い銃声を2発で軌道を逸らされた『双天月牙』はそのまま凰の手に収まる。

 

その銃声がしたほうを見てみると、そこにはうつ伏せになるようにしてアサルトライフル≪レッドバレット≫の照準器を覗いている山田先生だった。

そして、山田先生が乗っている機体を見てみると深緑色の改修強化型のラファールであった。腰にはグレネードカノン。回転式銃のように弾奏が回転するのだがその大きさはまるで小型のドラム缶に砲身を足したようなものだ。

6連グレネードランチャー。連射ができ高威力の武器である。

前の「HW-01 ストロングライフル」反動性の観点から打鉄の方に移植した方がいいという結果になったためそれに代わる武器として取りつけられたのだろう。

 

この改修型、配備が決まったらしく打鉄を合わせ何機か学園に配備するらしい。というのも前の襲撃、世界に未だ3人のISを動かせる男子を守る、のが主な建前。

本当は実践データをいろいろ取りたいからとかがあるらしい。後は自国の技術力のアピールや国の主導権を執りたいらしい。

栗木先輩はその辺については疎いらしく「貰える物はもらうわ」と現金主義のような事を言っていた。

 

その武器の無骨さも相まってか何時もの穏やかな表情ではなく、目が真剣になっており誰だ、あんたと突込みたい。実際に何時もの雰囲気ではないことに生徒が唖然としている。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃能力はほんの一部でしかない」

「昔のことですよ。それに乗るのが久しぶりなので鈍ってるかもしれませんし」

つまり、全盛期はもっとすごかったってことなのだろうか?

 

「さてお前ら何時まで惚けている。さっさと始めるぞ」

「え? 2対1で、でしょうか?」

「いや、さすがにそれは……」

「ん? 流石に自分の実力はわきまえているようだな。ならもう一人追加するか?」

そんな挑発するような声音で聞く織斑先生。その言葉に、自分たちのプライドが逆撫でされたようで目に力が入り、眉が吊り上る。

 

「いえ、わたくし一人でも十分です」

「そうです! 一人でも勝てます」

「そうか。なら二人でも勝てるな? では始めろ。」

「足手まといにはならないでね!」

「張り切りすぎて突っかかってこないようお願い申し上げますわ」

 

そんな口げんかをしながら空に上がっていく二人。一方、もうコツを掴んだのか急上昇して先に上がった二人に追いつく山田先生。

一定距離まで上がった時、模擬戦闘が開始される。

 

「さて、崎森。今山田先生が使っているISの解説をしてみろ」

めんどくささを感じたがそんなこと言えば出席簿チョップの餌食なので素直に頷く。

 

「山田先生が使っているISはラファール・リヴァイブの改修強化型で機動性に優れた機体に更に急加速を強化して位置取りや回避運動に優れています。

元々ラファールはペイロードが余っておりそこに日本お手製の魔改造が加えられました。

ただ全身の至る所にブースター、スラスターを増設したことで本体の防御力は低下。それに伴い装甲は防御力よりも軽いカーボン系のものを採用して速度を底上げています」

 

実際に一発でも当たると結構シールドエネルギーが削れるのだが、そこはパイロットの腕で避けるしかない。つまり玄人向けの機体なのだが山田先生はもう最初の軌道制御に失敗する事はなく、凰とオルコットが繰り出す攻撃にはかすりもしない。

放たれた高速で進む一直線のレーザーを難なく躱し続け、そこに接近してきた凰の二刀流の斬撃をサイドブースターと背後のマルチスラスターで右回りに加速し強引に斬撃を躱し、背後に移動していた。

あれではオルコットの射線に入ってしまい撃てない。オルコットは移動して射線を変わらせようとする。

山田先生は腕に内蔵されている単分子カッターを展開起動し凰へ切り付ける。

甲龍の左手で逸らそうと裏拳を放つがそれに合わせて手首に向かって寸分違わず単分子カッターを当て血が噴き出すような火花と金属の悲鳴を上げる。

 

「では、デュノア。元となったラファールの説明をしてみろ」

「あ、えっと。デュノア社製ラファール・リヴァイブは第二世代型後期に作られた機体です。しかし、スペックは第三世代にも劣らず安定した性能と高い汎用性、そして豊富な後付武装が可能な機体です。さらに特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばない事と多様性役割切り替えを両立し装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能です」

「ああ、一旦そこまででいい。終わりそうだ」

 

衝撃砲で相手の軌道を制限しているようだが、相手の変則軌道に翻弄されているらしく当たった様子はない。しかもその衝撃による余波がオルコットの射撃に影響を与える。機体が風で揺らされ、さらに衝撃という影響があるため照準がどうしてもずれる。

オルコットもビットで牽制を始めるが直進するレーザーは虚しく空へと溶けていく。

そこで、山田先生が一気に接近しアサルトライフルを放ち勝負を仕掛ける。

 

急接近された凰は驚いた様に後ろに下がって回避しまい、後に居たオルコットに接触してしまう。その硬直の直後、腰部分に接着されている6連グレネードランチャーを手に持ち連射する。

 

爆発の衝撃は地上にいた俺たちの頬を叩くほどの威力を発揮し爆発でフットボールの様に飛ばされた両名は地面に叩きつけられ粉塵を上げる。

砂煙が晴れた時には二人はいがみ合っていた。

 

「アンタねぇ。何面白いように攻撃先読まれてんのよ!」

「鈴さんこそ、無駄に衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

どちらも足の引っ張り合いで負けたようなものである。

それでも1対1で勝てたかと言われると疑問視してしまう。

そこそこいい戦いになるだろうが、それでも山田先生が勝つことには変わりないだろう。凰は本命の刃が避けられていたし、オルコットは最初は勿論、衝撃砲の影響があったとはいえ完全に見切れていた。

 

「さて、これで諸君にも学園教員の実力は理解できただろう。今後は敬意をもって接するように」

もしかして、山田先生がからかわれているのを気にして今回の模擬線をしたのだろうか?

 

「専用機持ちは織斑、崎森、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では7人グループで実習にする。リーダーは専用機持ちにしてもらう。では分かれろ」

織斑先生が言ったその時、二クラス分の殆どの女子が織斑、デュノアに詰め寄っていく。他の専用機持ちには人っ子一人集まらなかった。

まるで人気のゲームが発売されたとき2階のゲーム売り場に人は集まるが、3階の服屋には集まらなかった感じ。俺? どうせ古本屋だよ。しかも置いてあるのはマンガじゃなくて国語辞典。

 

「織斑君一緒に練習しよ!」

「瞬間加速を使っているときどんな感じがするのか教えてよー」

「デュノア君の操縦技術見せてよ~」

「私も同じグループに入れてー!」

癒子やのほほんも転入生のデュノアが気になるらしくそちらの方に行く。

やっぱ顔がすべてなのかね?

 

そんなどうしようもない事を考えていると、呆れ顔で織斑先生が額に手を当てながら言い放った。

「ハァ……。出席順に1ずつグループになれ! 今度滞ったらグラウンド100周させてやる!」

そんな怒声が全員の耳に入り即座に出席順に並び直す。そんな変り様を見て織斑先生が「そんな事いわれる前にしろ」という風に呆れ頭を痛めた。

 

「はぁ、崎森君かー。くっ、私の苗字が『し』だったら……っ」

「うへー。なんかやる気なくすなー」

文句言うな。好きでこんな顔で生まれてきたんじゃない。

 

山田先生が訓練機を取りに来てくださいと言われたので自分が使っているラファールの方がいいと思い確認を取ったのだが、あまり興味がないのか「なんでもいい」と言われたのでとってくる。訓練機が乗っている荷台を動かしている間、誰も手伝ってくれない。

織斑は女子が一緒に運ぼうとしたところを断り、デュノアは女子達が「そんな事、させられない!」みたいなことを言って女子だけで運んでいた。

やはり顔だ。イケメンが全てなんだ。人は生まれを選べないとはまさに真理なのだろう。

 

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。午前中は動かすところまでやってくださいね』

開放回線を通して山田先生が伝えてくる。

 

運んでいる途中でどんなことをするかシュミュレートする。

「じゃ、出席順に一人ずつ乗って歩行確認するぞー。グラウンドのトラックに沿うように4分の1くらい歩いてもらうから。今日の目標達成できなかったら放課後居残りだからな」

「「「さぁ! 速く始めましょう!」

まるで今までの落胆が嘘のように元気になりISを運ぶのすら手伝ってくれる。

やっぱ自由時間がつぶれるのは嫌だよね、皆。

 

「「「第一印象から決めていました!」

「「「よろしくおねがいします」

織斑とデュノアの周りを囲むようにして握手を求めるように手を差し出している。そのことに両名が戸惑っていると織斑先生が全員に出席簿チョップを繰り出し適当にグラウンドを数周させていた。

 

他の所? もう1人目がIS装着して歩行始めてるよ。

 

ISをまるで正座でもしているかのように座らせ乗る位置を低くし、その膝に足を乗せて装着席に最初の生徒が椅子に座るように腰を落とす。

開いていた装甲が閉じ、操縦者を固定し起動音が静かに鳴りパワーアシストから生まれるエネルギーが全身を動かすために行き渡る

そこから立ち上がろうとするが膝立ちになった所で不安定になってしまったが手を地面について何とか立ち上がりトラックを沿うようにして歩いていく。まだオートに設定しているので転ぶなんてことにはならず、少し微調整が効かず真直ぐ歩いてしまったため少しトラックからはみ出てしまった。

 

「む、難しい……」

「一応、オートに設定してあるからこれでも簡単なんだがな」

「マニュアルだったら?」

「左足に右足引っ掛ける、つま先で地面を捉える、足を踏み出すのが遅くなる、で転ぶ」

実際マニュアルに慣れるまでどんな秀才でも1日はかかると思う。しかも実戦で戦うとなればもっと技量が必要になってしまう。

 

「次に乗りやすいように最初に正座した状態で降りてくれ。でないと倒して横になった状態から乗って起き上がらなきゃならねぇから」

横倒しから始めると慣れていないうちは起き上がるのに時間がかかってしまう。更に土がついて汚れるというのもある。

「わかった」

織斑の班の様に誰もISを直立させたまま滑り終えるなんてことは誰もしない。そのため順々に作業を終えていった。

 

 

「では午前中の実習はここまでだ。午後に今日使ったISを各人格納庫で班別に整備を行う。専用機持ちは訓練機と実機の両方を見るように。では解散!」

結構時間が余ったため何分使ったら交代制にして動かしていてだいぶ慣れたらしく、走ることやシャドーファイトをしている女子もいた。

 

基本的には荷台にISを乗せ運ぶのだが、そんな面倒する気になれず最後に乗っていた女子をISに乗せ格納庫まで移動させた。

しかも荷台が人力でありそういう所に金を使えよと愚痴りたくなる。

織斑はもう女子達が意地っ張りというか頑固なことに気付いたのか手伝わず、デュノアは体育会系の女子が強引に訓練機を運んでいた。

 

「シャルル、章登着替えにいこうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ」

なんでこいつは一緒に着替えたがるのか疑問だ。そんなの時間に遅れないのなら別々でもいいじゃないか。

 

「ええっと、僕はちょっと機体の微調整をしていくから、先にいててよ。時間かかると思うし、待ってなくていいからね」

「じゃお先に」

そう言って更衣室に行こうとするのだが織斑に呼び止められる。

 

「章登、待ってやるのが友達ってもんだろ?」

「あのな、誰だって触れてほしくないことだってあるし、着替えくらい一緒にしなきゃいけないほど子供じゃねぇだろうが。大体、男は何時も一緒に行動しなけりゃならない規則でもあるのかよ?」

おそらくシャルルには自分では見せたくない古傷や変な所にほくろでもあるのではないだろうか? だから微調整しなければならないなんて言い訳を言っているのだろう。

 

「けど一緒にいた方がいいよなシャルルも?」

「いや、いいから! 僕が平気じゃないから! 先に戻ってて!」

そんな強く俺達を拒絶するかのように言うシャルル。やはり何か見せたくないものがあるのだろう。そのことに織斑は気付いていないらしく「何かしたか俺?」と恍ける様に言っていたので苛立ってしまい思わず声を荒上げでしまう。

 

「お前、人に見せたくないことを何が何でも見たがるタイプなのかよ?」

「いやそんな事ないぞ」

「だったら、人が嫌がった時に引くべきだろうが」

そう言っても織斑は「男が何で裸を見せたくないんだよ」と言っていた。

じゃあなんで男が裸を見せるんだよ。猥褻罪で訴えられてろ。

 



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14話

「章登、屋上行こうぜ」

「食堂で十分だ」

その返答の速さに面を食らったように驚く織斑。何か不思議なのかよく分からないと疑問を浮かべる。

このIS学園は不自由しない程度には生活できる。衣食住全てにだ。

だからわざわざ屋上で購買に何かを買いにいかずとも、食堂で何かを頼めばいい。付け加えるなら購買にはパン以外にもお菓子、文房具、学校服、裁縫道具など色々なものがある。

それらも大抵は無料だ。

別に食堂で定食を食おうが、購買でパンを買って屋上で食おうが、朝。調理場を借りて弁当を作ろうが個々の自由である。ただ後になっていくほど手間がかかるため、大抵の人は基本的に前者を選ぶ。

 

俺は弁当作っている暇なんてないため前者を選んでいる。

「いや、シャルルと一緒に食おうぜ。転校してきたばっかりだし俺ら男子が協力しないといけないだろ? それに3人だけの男子なんだ、仲良くしようぜ」

「ああ、でもなんで屋上なんだよ?」

「いや、天気がいいから屋上で食おうって話なんだが」

確かに友好を深めるというのでは一緒に昼食をとって話すというのはナンパが古典的に使う方法でもある。

中学時代女の子と仲良くなるにはどうしたらいいかを友人で考えていた時、恋愛心理学の本を買い何度か読み直した時にあったと思う。

まぁ、気が緩んで仲間意識が成り立つというのだ。オオカミの群れで一緒に獲物をしとめて絆を深めると思えばいいのだろうか?

 

「わかったよ、購買で飯買ってくっから先に行っててくれ」

「ああ、またあとでな」

そう言ってさっそく屋上に向かったようであったが織斑は弁当を自分で作ってくる弁当派なのだろうか?

 

そう言う訳で俺は学校の購買前に来ているのだがもうここは一種の戦争状態だ。

なぜ皆が食堂という安易な道に入らずこのような醜い争いをしているのかが分からない。

そこには普段の可愛らしさや美しさはなかった。

誰もが午後に迎える授業を過ごすため必死の攻防を繰り広げる。

ああ、そうか。

次に来る授業のための補給をしなければならない。が、食糧は限られている。

全員に行き渡るほどの量はここにはない。

人は自分が生きるためにならどこまでも非常になれる。

少ない物資で争いが起こるのも不思議ではない。

何時まで経っても人は自分優先なのだ。

そんなこと最初から分かっていたはずなのに……

 

 

って、何、俺は購買で起こるパン買い競争を人類レベルで拡大化していたのだろうか?

しかし、あの人の波に入る気にはなれず売れ残りに在り付こうと、ライオンが仕留めた獲物の食い残しを狙っているハイエナになる。

 

そして、ライオンたちが去っていた時に購買に向かい、残り物に目を配る。

案の定のコッペパンのみ。

取りあえず2つとコーヒー牛乳500mlをもらって屋上に行く。

 

 

「どういうことだ」

「ん?」

篠ノ之が何やら腹立たしい事でもあったかのように声を低くして織斑に問いかける。しかし、何が疑問なのかまるで分らないという風に把握していない織斑は相槌を打つ。

屋上には俺、織斑、デュノア、篠ノ之、オルコット、凰が居た。

 

「天気がいいから屋上で食べるって話だったろ?」

「そうではなくてだな……」

なぜか織斑の聞き返しに恥ずかしがるように声を下げモジモジを語尾を濁らせる。

この篠ノ之という人物が恥らっているのを見て、この場から逃げ出したい衝撃に駆られる。

なんで二人きりの空間でいちゃいちゃしているのをまじかで見せ付けられなければならないのか。

そんな事は部屋でやれ。外部者は空気にされ置いて行かれるんだよ。それとも何か? 見せつけてるのか? だったら今すぐ爆死しろ。

 

「せっかくの昼間だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルとも親睦深めておきたいし、転校してきたばっかりで右も左も分からないだろし」

「そ、それはそうだが……」

憤りを隠しきれず、口から呻き声をだし拳を力いっぱい握りしめる。その手に包んだ弁当箱が今にも壊れそうに軋みを上げていそうだ。

 

そう言えばなぜシャルルはグラウンドの場所が分かったのだろうか? まぁ、目に付き易いのだろうが、第一グラウンドとも間違えることもあったはずだ。

織斑が一緒に来たから分っただけなのかもしれないが、俺が聞いたときは間違いがないと断言しているようにも思えた。

ちょっとした島ぐらいある広さの学園の施設を不安もせず、間違えずに?

そこで「ぐぬぬ」と篠ノ之がまた唸っており思考をこの場からどうするべきか考え始める。そんな些細な疑問など後で聞けばいい。

 

「一夏。あんた前に私の酢豚食べたいって言っていたでしょ?」

そう言って凰が酢豚が入っているタッパーを織斑に差し出す。すごく美味しそうなのだがその酢豚以外には何も見えず、三菜とご飯は? という疑問があった。

凰の手元を見て見ると購買で販売されていたプラスチックの容器に入った白飯が見えた。どうやらおかずしか作らなかったらしい。牛皿の逆なのだろう。

 

「ええと、本当に僕が同席してよかったのかな?」

遠慮しがちな声で言い出すシャルル。

まるでこの場にいる事が場違いなように感じているようで、織斑よりは空気が読めるらしい。更に前に空気を壊すようにして多寡寄って来た女子達の断り方が凄かった。

 

『僕の様なもののために咲き誇る花の一時を奪う事なんてできません。

こうして甘い香りに包まれているだけで、もう既に酔ってしまいそうなのですから』

何を言っているのか俺の頭の語言変換機構は解読できなかった。

まずそのような言葉を使うこともないし、言ったところでしらけるだろう。

態度を大きく雰囲気を美しく見せたところでただの嫌味な奴である。

 

何でこいつはそんな事をしても女子達に嫌われないのか一度皮膚組織と喉を調べてみる必要があると思うのだ。

 

「俺たちはお邪魔虫だろうな」

シャルルに同意するようなことを言う。

「いやいや、何でだよ。同じ男子同士仲良くしようぜ。いろいろ不備もあるだろうが、協力していこう。分からないところがあったら何でも聞いてくれ―――IS以外で」

最後の一言がなかったら頼れるやつと認識できたのだろうに。

 

「アンタちょっとは勉強しなさいよ」

「してるって。多すぎるんだよ、覚えることが。お前ら入学前から予習してるから分かるだけで」

「分かろうが、分からなかろうが教本は理解しろっての。お前の見かたはただ眺めているだけだ」

「読んでるって、……文字多すぎて戸惑っているだけだ」

理解じゃなくて読んでいるって言っているので、読んでも理解していないだけなのではないのだろうか? それともあれか3日目あたりで記憶したことが忘れるたちなのか?

 

「まぁ、愚痴とか相談相手ぐらいにはなるし電気ストーブの使い方からIS整備施設の使い方まで何なりとご相談くだせぇな」

そうデュノアに告げておく。これでも研究室に通いつめある程度の知識は納めているはずだ。ここに放り込まれるまでISに関わっていなければ大抵の疑問に答えられる自信はある。

 

「うん、ありがとう」

にこやかな微笑でそう答えてくれるが、それは男子の下劣な笑い方とは程遠く、お嬢様が手を口に当て微笑している表現が正しいだろう。

彼が男ということに違和感を感じられるほどに。

 

「まぁ、これからルームメイトにもなるだろうし……ついでだよ、ついで」

「ま、俺は一人部屋だしな」

「章登さんのお部屋はもう大丈夫なんですの?」

「やっと昨日ベットと机と電気が取り付けられた。後はエアコンとLANケーブルだな」

そんな話をしながら昼食が進んでいく。しかし、未だ篠ノ之は弁当箱を開いておらず沈黙したままである。

 

「どうした? 腹でも痛いのか?」

「違う……」

「そうか。ところで箒、そろそろ俺の分の弁当をくれるとありがたいんだが―――」

「なんで言いだしっぺが自分の弁当用意してねぇんだよ」

「ん? 箒がくれるって言ったからさ」

何事もないように言う織斑。こういうのを乞食根性って言うと思うんだ。

そして、そして無言で織斑に弁当を差し出すが俺に恨みでもあるかのように睨みだす篠ノ之。その顔には余計な事をするなと書いてあるが、余計な茶々を入れられたくなければ二人きりでやってくれ。

 

「じゃあ、早速。おお、これはすごいな! どれも手が込んでそうだ」

「ついでだ、ついで。あくまで私が自分で食べるために時間をかけただけだ」

「そうだとしても嬉しいぜ。ありがとう」

「ふ、ふん」

そんな風に織斑に料理の腕を褒められただけで険悪な表情から一転、嬉しそうな顔を浮かべる。チョロイン篠ノ之箒(織斑一夏に対してだけ)だな。

 

「箒、なんでそっちの弁当にはから揚げがないんだ?」

「これは、その……だな……(うまくできたのがそれだけなのだから仕方ないだろう)」

「え?」

「私はダイエット中なのだ! だから、減らしたのだ。文句があるのか?」

「文句はないが……別段ふとってないだろ?」

同意を求める様に周りの人物がどのように反応するか確認するように首を回しこちらを見てくる。そこにあったのは腹が立っているように怒った顔、不機嫌な顔、ソレはいけないと忠告したい顔、もはや毎度のことで呆れている顔。

 

「なんで男ってダイエット=太っているの構造なのかしらね」

「本当にデリカシーという言葉がありませんわ」

「女性にそれは禁句だと思うよ? 一夏」

「俺も前思っていたが怒られて反省したぞ?」

俺達の言葉にまだよく分かっていないらしく、篠ノ之を凝視し始める。例えるなら全身くまなくじっと見つめているように、ただし大きな偏りがあるらしく胸や股辺りを見ていた気がするが。

 

「どこを見ている、どこを!」

その視線に耐えられなくなったように羞恥心で顔を赤らしめ必死に胸の前に手を置き自身の体のラインを隠そうとする。

 

「どこって……体だろ?」

見ていた対象物の名前をそれに準ずる何かにすり替えることで自身の視姦行為を誤魔化しているように聞こえてしまうのは気のせいだろうか?

 

「堂々と女の子の胸を見るやつがいるかって言ってんのよ!」

今にも拳を上げそうなほどに怒っている凰。自身にはないコンプレックスにどうしようもなさそうに犬歯がむき出しそうなほど歯切りしている。

「はぁ、一夏さんは紳士として必要なものが多大にかけていますわ」

もはやため息が出るほどにあきれ果て、肩が落ちる。もはや織斑を擁護する人間はここにはいないようだ。

もはや俺は会話に加わらずコッペパンの袋を開け噛り付く。少し弾力がありパサパサとした欠片が口の中の水分を吸収していくのでコーヒー牛乳を口にして味と水気を加える。

 

「おお、うまい!」

織斑は幼馴染の弁当というどこのギャルゲーシーンですかというほどに恵まれている物を噛り付いている。羨ましい? どちらかというと鬱陶しい。どっか余所でやってくれ。

 

「本当にうまいから箒も食べてみろよ。ほら」

そう言い織斑は箸に唐揚げを摘み、左手を添えて箒の口先へと運ぶ。

 

「な、なに?」

「ほら。食ってみろって」

いきなりの展開で篠ノ之は戸惑い、そのことに織斑は気づかないように食べてみろと催促を促す。

 

「織斑、頼むからそれは何処か余所でやれ」

「なんでだよ?」

なるで分からないという風に首をかしげる織斑だが分かっていないのはお前だけだ。なんで「はい、あーん」なんて古典的な恋人の光景を見なければならないのか。見せつけているのなら俺達には殴りつける権利があると思うんだ。

 

「あ、これが日本でカップルがするっていう『はい、あーん』っていうやつなのかな? 仲睦まじいね」

デュノアがそんなことを言いながら微笑んでいる。まるで恋話に興味があるような女子みたいだ。

 

「なに!? いつの間にそこまで仲良くなってんのよアンタは!?」

「いや、仲良くなって損はないだろ?」

凰が憤り、織斑は見当違いなことを言うのはもはや名物化しているような気がする。

 

「それなら、みんな一つずつおかずを交換しようよ。食べさせあいっこ見ないなことならいいでしょ?」

「俺はいいぞ」

「パス。誰がコッペパン食いたいんだよ」

「あ、僕も購買のパンだから駄目だったね。ごめん」

「ま、まぁ、いいて言うなら付き合ってあげてもいいけど」

「私はそのようなテーブルマナーを損ねるような行為は良しとしないので遠慮させていただきますわ」

俺とデュノア、オルコットは自分の持っているパンを頬張っていく。

 

「じゃ、箒。あーん」

と織斑が篠ノ之に向け唐揚げを差し出す。ぎこちなく口を開け唐揚げを口の中に入れた篠ノ之。若干、頬が赤くなっており恥ずかしいのか、照れているのか。

 

「い、いいものだな……」

「うまいような、このから揚げ」

なんで弁当を作っていないお前が褒め上げられるのかが分からない。

 

「さぁ一夏! はい、酢豚! 食べたいって言っていたんだから食べなさいよ!」

そう言いながら差し出される綺麗な茶色の甘酢が絡まった肉団子を織斑の口に運ぶが。

「いや、もう酢豚は自分のがあるし」

織斑の手元にすでに収められたタッパーに入っている酢豚に織斑は目をやるが、凰はそんな行動が気に食わないらしく無理やり口の中に肉団子を突っ込む。甘酸っぱさなんてみじんもなかった。

 

「むっぐ。なんでこっちにあるのに鈴が食べさせるんだ? まぁ、おいしいけど」

「もっと感謝しなさいよ!」

「ああ、ありがとう」

まるで消しゴムでも落としたものを拾った時にいうように謝礼をする織斑。そんな反応でもすこし頬が赤くなるのは惚れてしまった弱みなのか。

 

 

「章登さん。お一ついかがですか? さすがにコッペパンと飲み物だけでは味気ないような気がするのですが」

「いいのか?」

もう、2つのコッペパンを食べ終えたのだが、物足りないと感じている。しかしテーブルマナーは大丈夫なのだろうか?

 

「ええ、少し作りすぎたようでどうしようか迷っていた所なんです」

「では遠慮なく」

そう言ってバスッケトの中のサンドイッチに手を伸ばす。卵サンドらしくきれいに整えられまるで食欲をそそるかのように美味しそうに見せているらしい。

それを一齧り。

直後、俺の舌がまるで辛子と酢を直接食べたように悲鳴を上げる。

 

「!?!?」

急いでもう片方の手にあるコーヒー牛乳を口の中に流し込み辛みを中和させようとするが未だに辛みが口の中に残っている。一体どういったつくり方をすればこういったものを作れるのか疑問である。舌が痛いとか焼けるとかではない。明確な拒絶反応だった。これは人が食べられるものではない!?

 

「いかかですか?」

満面の笑みで聞いてくるのだがそんなもので俺の決意を鈍らせられる限度は超えていた。

 

「辛い、まずい。何入れあがった!?」

「えっと岩塩、辛子、胡麻ドレッシング、ラー油、福神漬け、パプリカ……後はなんでしょう……レモンも入れたと思いますわ」

大方の素材が卵サンドに入れるものではない。

「なんで見た目だけいいんだよ……」

「本と同じに作ったはずですわ。だって写真と同じに見えるように作ったのですもの」

つまり何を入れ何をするかという文字の部分を見ていないで作ったのだろう。こいつ日本語は聞き取れても文字は読めないたちなのか。

「……それは写真に似せているであって決して本と同じで作ったではない。つーかってめぇ一回食ってみろ」

 

まるで何の不満が? といった疑問符を持っているように困待ったような顔をするが、自分のサンドイッチを一齧りしたところでまるで自分の手で殺人ウィルスを作り出しそれを誤って吸い込んでしまったように絶望し、血の気が引いていき顔が蒼くなっていく。それから掠れ掠れの声で俺に向かって言う。

 

「こ、今度料理に……た、立ち合ってはいけません……こと……?」

「ああ……この悲劇はここでおしまいにしちまう」

そう俺達は決意する。

 

 

こちらは喜劇であちらは恋路

こちらはコメディであちらはギャルゲー

 

「なんなんだろうね、この差は」

デュノアは崎森と織斑の現状を見て呟く。その声は両方には聞こえなかった。

 

 

 

 

ISの倉庫内で前の授業に使ったISを整備を始める。今日やるのは内部フレームの確認の仕方とスラスターの中の塵を取り除くことであった。

まず多彩アームで装甲をすべて外され内部フレームが剥き出しになったラファールを確認していく。

「駆動系はエラーなし、装甲もいいか。スラスターに砂が入り込んでいるか? センサーはいいし、関節部を一回劣化してないか確認する人と、スラスターを一回分解して砂を取り除く人に分けるけどどっちかやりたい人いる?」

 

確認の方に4人、スラスターの方に3人と綺麗に分かれてくれたため俺はスラスターの方に加わる。

 

ラファールには4基の多方向加速推進翼(マルチ・スラスター)が付いているため1人1個ずつ作業を行うこととした。

 

作業用ゴーグルで内部構造を確認、ドライバー、スパナ等でスラスター部分を分解し白い紙の上に部品を乗せていく。そして、分解した部品をオイルのような洗剤を付けたブラシで擦り、こびり付いていた汚れや砂を落し、フリーニングロッドに布を付けふき取る。

 

他の班の人も俺と同じようにするのがデュノア、オルコットであり、スラスターの整備や内部フレームの確認の方に全員一団とやっているのが織斑と凰。

 

内部フレームの確認の方は、特に手の部分を拭き取ったり関節部のチェックを作業用ゴーグルで確認していた。

 

マルチスラスターの塵を取り払い、組み立て直し、足のスラスターを分解し終えたころ、こちらを手伝っていいかと聞いてきた子がいたので図面と綿棒の様な金属棒にティッシュを付けたものと布巾を渡し作業していく。

 

例の異常集中も相まって1時間で俺の方は終わったが、まだ他の子が組み立て作業で手間取っているらしくそこの手伝いに行く。それも終わったが、まだあちらが関節部の確認で手間取っているらしい。

そこに近づき終わってない左足のところから手伝い始めていく。

何せ、かなり細かい部品などがありそれら1つ1つが規定値に満たしているかチェックをしていかなければならない。

 

「さ、崎森君、……こういう事慣れてるの?」

短い髪の長さでボブと思われる髪型をした気弱そうな子が話しかけてきた。

先まで手伝ってくれた子であり、この中では結構優秀なのではないのだろうか? 

 

「まぁ、人通りは。一応研究部でいろんな事やってるし。そういうえっと、雪原―――花子だよな? うん、雪原も慣れているっぽいけど?」

一瞬、名前を思い出すのに手間取ったが間違ってないはずだ。

 

「わ、私も、その……パソコンの組み立てとかしてたから。あと、雪原花奈子。……本音はかなりん、って呼んでいるけど」

手伝いに来てくれた女子が気弱そうな声で言うのもおどおどと不安そうに言う。どうやら気が弱いのか、人見知りをする性格なのか。のほほんと話している人物だったので俺の所に手伝いに来てくれたのかもしれないと思った。しかし、そんなに怖い顔はしていないはずなのだが。

そう思っているのは崎森だけで本当は異常集中で無表情で機械のように作業している崎森に物恐ろしさを感じたからなのであるが。

 

そう言っている間にも作業用ゴーグルを付け確認作業を進めていく。

ISのコアの方は別にメンテナンスしなくても自己進化や自動最適化で多少損傷を受けても治ってしまうのだが、IS電池の方だとそうもいかない。

通常の飛行機が

T(次に離陸するまでの外観点検、燃料補給の作業)

A(発着回数、飛行時間で劣化した動翼類、タイヤ、エンジンなどの点検)

B(エンジン関係を中心とした詳細な点検)

C(配管、配線、エンジン、着陸装置などについて入念な点検、さらに機体の検査、給油、部品交換)

M(機体の内部検査、防錆処置、機能試験、システムの点検、再塗装、大規模な改修)

の整備を行うのに対し、電池を使っているISは1回24時間フルで稼働したとしたらC整備が基本である。

 

まぁ、整備用の施設があれば遅くて3時間程度で何とかなる。IS学園の施設が優れているのと、飛行機のサイズと人のサイズのロボットでは大きさが違うためでもあるが。

 

「あ、ここの右足首結構ガタが来てんのか?」

「え? ……あ、ホントだ。」

作業用ゴーグルで劣化の確認をしていた時、足首のあたりが規定値ギリギリでイエローゾーンだった。目視ではまだ使えそうなものだが微妙に歪みが生じているらしい。

そう思えば立ち上がる時若干バランス崩してなかったか?

 

「分解して、部品交換だよなこれ? 規定値ギリギリだし。えっと、乗ってた時どうだった?」

いまだに隣にいる、雪原に聞いてみるが乗ったのが初めてらしく正常な物との違いわからないらしい。

ほかの女子にも聞いてみるが余りよく分からず、どうしようかと迷っていると雪原が提案してきた。

 

「……山田先生に見てもらった方がいいかな?」

「そうだな。呼んでくるか」

そう思い格納庫の周りを歩いて山田先生を探すと織斑の所に居た。どうやら初心者の織斑がいろいろと手間取っているらしい。

そりゃ、昨日今日で覚えられるわけない用語や器具の扱い方だしな。それに専用機持ちなのであまりそういう整備にこだわることがないのだろう。

 

「山田先生。足首の関節部がイエローゾーンに達しているんですけど」

そう言うと、山田先生はキーボードから手を放し、俺の手にある機体の検査結果のパネルを見る。そこには黄色く表示される右足首とどのくらい損傷があるかを表すモニターが表示されていた。

「あー。これだと部品交換しないとだめですね。スペアはあるんですけどちょっと一年には難しいですね……。今こちらの打鉄ちょっと劣化が激しいみたいで交換作業してるんです。」

「ああ、昨年と比べて打鉄って劣化激しいんでしたっけ? いや。交換はできるんですけど勝手に弄っていいんですか? 授業内容じゃないんでどうしようか迷ってたんですけど」

「え?」

なぜか山田先生は驚いており目を開いてマジマジとこちらを足の先から頭のてっぺんまで見落とす所がないように見ている。

 

「えっと? できるんですか?」

「一応先輩方の手伝いで直していたりしましたから」

ああ、と納得がいったように手を両手に合わせる。

一応、研究部だろうが、開発部だろうが、整備課に分類されるため最低限の整備能力は持っている。

そのため、自分の研究、実験、訓練で使ったISは週末に定期的の整備に参加するという暗黙の了解(ほぼ義務化)もあるのだが。と言っても殆ど先輩方が大抵終わらしてしまっている。前、こちらが未だB整備中なのに整備課の先輩方は3人程度でM整備の内部点検までいっていた。

 

まぁ、それでも自分が使ったISは最低限参加しないといけないはずなのだが、なぜか篠ノ之が来ていないのだ。あいつ打鉄使ったよな? しかも打鉄が昨年と比べて劣化が激しかったとか。

……まさかな? 開発者の妹で剣道と剣術習っている奴が無茶で荒っぽい動きなんてしないよな?

 

「じゃあ、部品のある場所も分かりますね? 交換作業をお願いします。後で確認に行きますけど、途中分からない所があったら聞きに来てください」

「はい」

 

戻る途中に足首に使われている円い予備部品を手に持ってくる。

そこから作業用アームを持ってきて股間部分から一度取り外し、作業しやすいように固定化する。

そこから足首に作業用機械指の分解するための器具が内蔵された腕を持ってきて、足首を一度取り外し、くるぶしのような丸い部品を外す。その足の甲に予備部品を取り付け、時間が巻き戻るように節合し直す。

 

そこで、異常集中が終了し、周りからやる気がなさそうで、気合が入っていない「おー」と感心した様な声が出される。

どうやら俺の班の女子たちが俺の作業を見ていたらしく、賞賛しているらしい。

しどろもどろになりつつ「あ、ありがとうございます?」と言う。普段が普段だけに誰から賞賛されることに慣れていない。

 

それから、装甲を取り付け始め俺らの班は2時間程度で作業を終えられた。

最も早かったのは俺らの班らしい。

 

そこから自分のISを展開しチェックを確認しシステム面を確認していく。別段異常はなく、微調整する必要もないため作業用ゴーグルで劣化がないか確認していく。やはりこの辺はISコアの優位性が見て取れる。が、こんな力どうして宿っているのか疑問がある。そのことはまた後々考察でもしていこうと思う。

 

まぁ、アサルトライフルを分解して砲身にガンオイルを流し銅製ブラシで内部を磨いていき、ライフリングのこびれを落としていく。そこに棒に布を取り付け砲身の中に突き刺してこびれをふき取っていく。ほかの部品もオイルを含んだ布で部品をふき取っていく。

 

後になって山田先生が確認して問題なしと判断したので、今日の授業は終了した。ISを収納する。後は早く片付いたので後は寮に戻って休むなり、部活に行くなり好きにすればよかったのだが、そこで俺の携帯が鳴る。相手は癒子?

 

『終わったなら、ちょっとこっち手伝ってー! お願いー!』

電話に出るといきなり切羽詰まった様に助けを求めてくる癒子。あいつも週末の整備作業には出てきているため分かるはずなのだが。

 

「あー、どの班だったけっか?」

『ボーデヴィッヒさんの所。何だか私達無視して自分の機体だけ整備してるんだけど、私一人しかできる人いなくて時間が足りなさそうなのよ!』

何やってんだか。コミュ障ではないのだろうか?

やれやれと右手で頭をかきながら癒子のところに向かう。途中他のところも見てみたが打鉄のところが手間取っているらしい。

 

故に俺が今見ている打鉄も酷い有様だった。スラスター内部は砂埃で一杯でこびれ着いており、金属疲労もすさまじい。これ、無理に動きまくって負荷がすごく何度も使った後の簡易整備を怠ったようである。素人目でもヤバいということが分かる。

 

「でだ、なんでお前は手伝わねぇわけ?」

「……」

自分に声を掛けているのに気付いていないのか、それとも無視しているだけか。どちらにせよここの班の居心地は悪い。何せ質問しても無言。指示もなければ助言もない。こんなので終わるわけはないし頼みの山田先生方は織斑の方に行っている。織斑先生? 頼りになると思う? いやまぁ、時折サボらないように見回っていたりするのだがだったらこの空間をどうにかしてくれと思う。

 

「聞いてんのか? ボーデヴィッヒさん」

「……」

「ボケピッピは難聴か」

ピクッとなぜか反応する。おや?

 

「誰が難聴だと? 貴様死にたいのか?」

「何を言っているのやら。俺はポケ○ンのピッピってキャラクターは難聴なんだて言っただけっての。誰もアンタのことを難聴なんて言ってねぇよ。ああ、でもさっきまで読んでいたのに気付かないってことはやっぱ難聴なのか?」

その小柄な体から威圧感のようなものが出される。目の鋭さも相まって心に恐怖を当てえてくるが何とか震えずに言いくるめようとする。

 

「でだ、いい加減自分の機体終わってるならこっち手伝ってくれ」

「下らん。なぜ手伝わなければならない」

「アンタ、リーダーだろうがこの班の」

「知らん。貴様らだけ手勝手にやっていろ。私には関係ない」

「ああ? 関係ないって―――」

「貴様らのような奴と関わって何の得にもならない。この程度のことで手間取っているような奴らなど特にな」

馬鹿にするように見下し暗くほくそ笑む。

 

なんとなくだが女尊男卑に染まった女を思い浮かべる。あれは男性に対し女性が見下す構図だが、こいつの場合は織斑先生以外が見下す対象だ。

くそうぜぇ。どっかに行ってほしい。

 

 

「だったらとっとと、どっか行けよ劣等生」

 

 

そう言った時、首元に黒光りしたナイフが突きつけられる。

少し肉に刺さったのか血が球体を作るようにして出る。血は首をつたわりシャツに染み込む。ナイフの主はその眼を冷たく尖らせ今にでも差し込むのに躊躇いはない。

 

「貴様本当に死にたいようだな」

「いや? 自分の仕事くらいはしろよ。やれと言われたっ事をやらない生徒って劣等生以外になんて言えばいいんだ?」

「きぃさまぁああああ!」

恐らく『劣等生』がキーワードだと思うが、そこから本物の殺気が噴出した。俺が恐怖を紛らわすよに自分は冷静だと言い聞かせながら話していたのだが、それにも激高したようでナイフに力が籠る。

 

と、そこで。

 

「やめろお前達!」

そこでボーデヴィッヒの腕を掴みそれ以上ナイフが進行しないように止める人物、織斑先生がいた。

 

「ボーデヴィッヒ、崎森、何をしているのかわかるのか?」

「屑の掃除をしようとしているだけです」

「自分の仕事くらいしろと言っただけです」

何も悪気ないように言い放つ二人。二人とも織斑先生には目をくれず視線で激突していた。確かにさっきの気づかれずにナイフを取り出す初動といい、今も放ち続ける殺気といい真面にぶつかり合えば死ぬのは俺の方だろう。

 

だがこんな訳も分からず暴力でナイフ振るうとかどんな暴走精肉機だよ。

 

「ボーデヴィッヒ、寮に戻れ」

「しかし」

「何度も言わせるな、戻れ」

 

そこで織斑先生の声音が一段と低くなったのが分かったのか、渋々と俺に猛烈な殺気を突き刺しながら倉庫を出ていくボーデヴィッヒ。

殺気が消えたところで織斑先生が忠告してくる。

 

「ボーデヴィッヒはドイツの軍人だぞ。雰囲気から察しはしなかったのか?」

「すいませんが、自己紹介が名前のみでしたので分かりませんね」

嘘である。何か得体のしれない雰囲気を纏っているのもわかり織斑先生に敬礼していた事から何かしらの軍人関係だとは思っていた。

 

「なぜ挑発した?」

「挑発? 俺は「仕事しろ」って言っただけですけど」

ってか、生徒が仕事することがおかしいのか?

 

「……今後こういった事は控えるように」

「ボーデヴィッヒがどういった言葉で怒るのかわからないのですけど?」

「惚けているのか?」

俺を睨み付けてくる織斑先生。前の時はかなり怖いと感じたのだが、今はなぜか怖いとは思えない。いや、怖いとは思っているのだ。だがそれ以上に今俺は激怒している。

 

あの見下した瞳にじゃない。そんなの女尊男卑でいつも向けられた瞳だ。

誰とも関わりを持とうとしない彼女に俺は怒っている。関わろうとすれば力で相手を怯えさせるか、撃退するか、殺そうとする彼女に。

なぜかは俺にもわからない。ただ気に入らないだけなのか。

いや、

「ああ、そういうこと」

瞳に入った織斑千冬の顔を見て納得した。

「何?」

「先生。問題児どうにかしろよ。する気がないんだったら黙ってろ」

なぜかすんなりと声にできた。あの最強の頂点にいるやつに向かってだ。

 

班が困っているのは、ラウラ・ボーデヴィッヒのことを知っているのは、ラウラ・ボーデヴィッヒがあんな誰もを拒絶している中で話を聞くのは。

 

織斑千冬だけだって知っているのに何もしていないのは何もする気がねぇだけじゃねの?

俺はボーデヴィッヒにも怒っているがアンタにも怒っていると分かった。

だから

 

「何もしねぇなら、誰かが何かするしかねぇでしょうが」

「……何を言っているか分からないがこの班の整備は崎森お前がやるように」

「わかりました」

それから打鉄の整備を再開する。

さっきまでのやり取りを見ていたせいか周りの女子たちは警戒するように遠のいていく。

まぁ、あんな事すれば当然か。

 

そんな中で癒子が近づいてくる。まるであんな事をしたのが信じられないという風に目を驚かせながらだが。

「章登。どうしたのよ? 自殺願望者にしか見えないわよ」

 

「いやな。ボーデヴィッヒさんと友人になるにはどうすればいいか考えている」

さっきまでの事について忘れたように言い放つ。ナイフに首を突き付けられた所がなければかわいい女の子と仲良くなりたいという心情は分からなくもないが、あのように殺気を放たれていたら好感度は0どころかマイナスということに気付いないのかと章登を見て癒子は思ったがこうも思う。

 

ただ教室の居心地が悪いから改善したいだけなのだろうとも。

 




これで一番時間かかったのって弁当のシーンなんですよね。
なんででしょう?

2/21一部編集


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15話

感想未だ返答できなくてすいません。
これ話ももうそろそろ更新なきゃいけねぇんじゃね? と思ったから投稿しました。
もしかしたらまた一部設定や内容を見直して編集するかもしれません。


ドアの前に立ちノックを2回鳴らすが反応はない。戻ってきてないのか。

整備を終えた後、機体の確認に来た山田先生にボーデビッヒの部屋はどこですかと聞いたら何やら夜這いと勘違いされたが、なんとか誤解を解いた……と思う。

 

「だ、ダメですよ! 二人ともまだ高校生なのですから!」

「いや、先生。何を想像しているのか知りたくありませんけど、俺は友達を増やしたいだけなんですけど」

「と、友達! そんなどういったことをする友達なんですか!?」

「ゲーセンに行くとか、模擬選の相手をするとか、テスト勉強を一緒にするとかそういったことを友達とするのは普通じゃないですか。ってか、あんたの頭の中で何想像してやがる!?」

あの人の妄想癖には本当に困った。こちらは普通に会話しているつもりなのにあちらは自分で妄想を膨らませ独自解釈をしすぎているような気がする。

 

もう思い出すのはやめよう。なんかどっと疲れてきた。

 

しかし、ノックをしても返事がないのは困ったと、どうしようか考えている。携帯の番号がわかれば電話で会話することができるのだが、生憎とボーデビッヒが誰かと親しく接しているのなんて織斑先生しか知らない。

 

ここで待つかと思い壁にもたれる。

 

その時、部屋の扉が開きボーデビッヒが出てくる。部屋を出る前から俺に気付いていたらしく、こちらに殺気を放ち、鋭い目を向けてくる。

なんでノックした時に出てこなかったのだろうか。何か作業でもしていたのだろうか?

 

「貴様何しに来た」

「ああ、さっき怒らせっちまたからお詫びに」

そう言うが詫びを受け取る様子はなく、むしろ何か疑っているようにも感じる。毒が入っていないか怪しんでいるようだ。

 

「ご機嫌取りか? 軟弱な」

見下したように言い放つ。しかしこんなの慣れているので別段痛くも痒くもない。多生いらっとくるが我慢できないほどではない。

「ンなこと今更な気もするが、受け取ってくれないと困るんだけなんだが」

「いらん」

即答、しかも明確な拒絶。ほんとどうすればいいのさ。

 

「私にかかわるな。消えてくれ」

「嫌だって言ったらどうなるんだよ」

「今日会ったことを忘れたのか? 今からでも貴様の細首に穴開けてそのビニール袋詰め込んでもいいぞ」

袖の中から取り出したらしく、小さな掌には不釣り合いな黒く輝くナイフが収まる。それにギョっと目を驚かせ、心がくすむ。そのことを感付いたらしく嘲笑うように顔を歪めるボーデビッヒを見て本当にどうしようもないと思ったから宣言する。

 

「嫌だ」

「だったら私の前から今すぐ消えろ」

「それも嫌だ」

その言葉に一瞬驚いたように目を開くが、すぐに気を取り直しこちらに向かってナイフを突きつけられる。目を瞑りたいとも思うがしない。目は言葉以上に語るとも言うし、何よりこれから分かり合いたい人間に恐怖で目を閉じながら話すって不謹慎だ。

 

「貴様。死にたいのか?」

「そんな訳ない。だからってお前の前から消えるたら……友人になれねぇだろうが」

「何?」

心底不思議という風に眉が上がる。そりゃ殺気を向けて恐怖で怯えている人物が「友達になりましょ」なんて小学生じみたこと言ってきたら困惑するか。ばれない様に隠しているが今にも足が震えそうなほどに怖い。ナイフも、ボーデビッヒの鋭利な眼も、その小さな体から炎が噴出しているとも感じられる殺気も怖い。

 

「私は貴様と……誰とも友人になどならない」

「だけど俺はなりたい」

そう言って手を差し出し握手を求めるが払いのけられる。

「何が目的だ? 私のIS情報か? それともドイツ軍の構成員か?」

「強いて言うならクラスの嫌な雰囲気をどうにかしてぇ。だがお前と友人になりたいっていうのも本当だ」

ハニートラップならぬムッドゥ(mudd=泥)トラップとでも思ったのだろうか? しかし、そんなことできるほど俺は演技力うまくねぇぞ?

 

「だからIS情報とか軍の内部情報とか調べるつもりなんてサラサラねぇよ」

「……私は貴様など信用しない」

「じゃあ、なんで俺が軍のこと調べなきゃならねぇんだよ。実はスパイで情報を売るなんて展開もないし、そもそも情報の売り方なんて俺が知っていると思うのか?」

「……貴様のような格下と友人になる気などない」

「じゃあ強けりゃいいのか?」

「ハッ。ありえんな」

そう言って一刻もその場から離れたいらしく話を切り上げ去っていく。信用されるのもうまくいかず、友人になるのにどのくらい掛かるのか分からないが何かしら話して、仲良くなっていけば他の人とも距離を近づけるはずだと思う。織斑先生とはどちらかというと上司と部下の関係みたいだし。

友人の作り方ってWEBにあるのか検索してみるかとも思ったがLANケーブルがまだ接続していなかった事に気が付いた。

ので、癒子の部屋にネットを借りに行った。

 

「章登、真奈美さんが明日ISの部品搬入するのを手伝ってくれだって」

「ああ、分かったけどちょっと問題を解決したいから行けねぇかもしれねぇ」

検索エイジで『友人の作り方』を打ち込み、出てきたページを片っ端から読んでいた。

慣れた環境、明るく接する、部活に入る、趣味を作る……。そもそも相手のことを知らない俺には趣味を聞き出すだけでも一苦労だろう。ってか、相手のことを知るにはどうすればいいのだろうか? 会話しか思いつかない俺はきっと金属異星人と対話できないだろう。

 

「ボーデビッヒさんと友人になるって言っていたけど具体的にどうするのよ?」

「ナンパ男みたいに会話するしかないと思います」

「言葉のホブギャラリー不足、寝癖による清潔感の不足、そしてオタク趣味。ナンパ男じゃなくて電車男じゃないの?」

「懐かしいな。けどあれは青春ドラマじゃなくて恋愛ドラマだ」

「いやあれは実話じゃなかったけ?」

いや、だからラブストーリーと青春時代を一緒にするなと言っているのだが、癒子の中には空想か現実かで違うといっているらしい。

 

「で、ストーカー行為に明日精を出すわけね」

「待ってくれ。付きまとわねぇし、過度なメールも送らねぇし、盗聴器も仕掛けないからな? マジで俺犯罪者になっちまうだろうが」

「まぁ、クラスのキスギスした空気をどうにかしなきゃいけないのは分かるけどそれって学級委員長とか先生の仕事じゃないの?」

「織斑がやると思うか?」

「それってどっち?」

「どっちも」

正直、あの姉弟が何とかするとは思えないんだよな。基本、織斑先生は規則を破ってなければ放任主義だし、織斑は自己紹介の平手打ち以降何らかの行動をするわけでもなくボーデビッヒと距離を置いている。

更に倉庫でのやり取りでボーデビッヒが常時ナイフを持ち歩き、気に入らなければナイフで喉元に突き立てる何て噂も出ているらしい。ここ一種の島みたいなものだから明日にはかなり広まってしまうのではないのだろうか? まぁ、人の噂も75日というが。

 

「まぁ、死なねぇように接しなきゃいけないってのが難度高すぎると思うが」

きっと選択肢を間違えればDEAD END直行だろう。

しかもセーブデータからのやり直しはできないデスゲーム。

もし発売されたら俺はコンプリートクリアーできる気がしない。

 

「まぁ、最初みたいに怒らさなければ死なないとは思うわよ。さすがに軍人が貴重な男性IS操縦者を死亡させるなんてことにはならないと思うし」

「まぁ、そうだよな」

あんな殺気を体に浴びせられたら確信が持てなくなってしまうが、それで立ち止まっていたらダメだと思う。というか軍隊で連携訓練とか受けていないのだろうか? 団体行動とか学生とは違うと思うが重要性は増すと思うんだが。生死にかかわる問題でもあるのだし。

 

「きっとお菓子をみんなで食べれば仲良くなれるよー」

「それはきっと子供だけだろうな」

のほほんがマシュマロを食べ終えて言うが、何度もお菓子で釣れるほど甘い相手ではないと思う。

 

「ええ。私はお菓子を貰えるとハッピーな気分になれるんだよ?」

「俺の財布はのほほんがお菓子を食べるため節約しなければいけねぇのです」

実際に与える量は一つまみだったり、そんなに財布の中身が圧迫されているわけではない。

「まだ欲しい~」

「虫歯になっちまえ、太っちまえ、糖尿病になっちまえ」

「でも私、虫歯になったことはないよ~。ちゃんと歯を磨いてるも~ん」

この子はきっとデザートは別腹と言いそうだ。

あ、待てよ?

 

「今度ボーデビッヒと一緒にデザートでも食べに行くか?」

そうだ、俺だけではなく複数で行けばいいのでは? それに店という逃げ場がない状況に持ち込めれば会話できるのではないだろうか? 無言を貫き通してこちらにダメージが来るかもしれないが。

 

「ボーデビッヒさん、了承したの?」

と思ったが鬱陶しいと思われるかもしれないが接点ができれば……。それが難しいのか。ってか誘える奴いるのかよ。そもそも会話するのかあいつ。

 

「きっと来るよー。ぼっでぃーもおいしいものには目がないはず~」

のほほんがボーデビッヒの愛称を勝手に決めたがいいのだろうか? まぁ、本人がどう思うかだが。それも次話すときに聞けばいいと思った。

 

 

「飲んでみるかい? 章登。お父さんのお気に入りだ。うまいぞぉ」

そう言ってこちらにコップごと俺の前に置かれた黒茶色い液体。ミルクも砂糖も入っていないコーヒーがあった。子どもの好奇心からか父親が苦もせず飲んでいるからお茶の様なものだと思ったのか、口元に運び液体を口に含む。

苦さなんて感じないはずなのに、慌ててコップを置きコーヒー牛乳の紙パックヘと手を伸ばす。そして、口の中の苦さを上書きするようにコーヒー牛乳を飲み込む。

本当は甘さなんて感じない。

 

「あはは。章登にはまだ味がわからなかったかぁ」

俺が苦虫を噛んだかのような顔になっているのが見れて良かったという風に顔を緩ませる父。まるでいたずらが成功した男の子みたいだ。

 

「まったく。小学生にコーヒーの味なんてわかるわけないでしょ」

そう言いながらもしょうがないなぁという風に穏やかに笑いかけてくる母が近づいてくる。洗濯機が回っていたのかその手には籠に洗濯物が入っていた。

しかし、今の俺は小学生ではない。高校生のはずだ。しかし二人は俺を5歳児と見ているのはそこで時が止まったせいだろう。

 

「不味いし熱いし。お父さんなんか嫌いだ」

声音も言い方も小学生の俺ではなく高校生の俺である。騙すようにして俺にコーヒーを飲ませた父に対し餓鬼のように腹を立ててしまう。父も母も高校生の両親と言うには少し若く、皺も入っていない。

違和感だらけだ。

 

「けどな。お父さんたちはもっと苦くて熱い経験があるんだぞ。……お前のせいで」

唐突に部屋の中に炎が生まれる。

それに焼かれ苦しむ両親。

炎が空気を焼き酸素が薄くなり、肌が焼かれで黒くなっていく。

その燃えている両親が俺に近づいてくる。

俺の手を掴み、まるでそこから燃え移るように俺も燃え始めてくる。苦さは感じなかったはずなのに、甘さも感じなかったはずなのに痛みと熱は感じるようで息ができず、苦しい。

 

「お前のおかげで私たちは―――」

そこから先、両親が何を言ったのかがわからなかった。

恨み言か。罵りか。どちらにせよいい言葉ではないのだろう。

 

 

朝方だというのにもう夏の暑さが出ているらしく、ジッとした蒸し暑さの中で寝ていたらしい。汗のせいでシーツと枕が濡れている。更に通気が悪く窓もしめていたことからちょっとしたサウナみたいになっていた。

ひどい夢を見たのはこの暑さのせいだと思った。早くエアコンを完備してほしい。

というより、なんで今頃昔の夢を見たのか不思議でたまらない。確かに両親が死んでもっと一緒に居たかったと思う時があった。周りの両親がいる同年代の人物が妬ましかった。

 

だからなのか。

一人で孤立しているボーデヴィッヒをどうにかしたいと思うのは。昔の俺を見ているような気分というのだろうか?

あの時、俺は親に謝っていなかった。

「お父さんなんて嫌いだ」と言った時の反応は、「そんなこと言ってはいけません」だったと思う。そこで俺が「騙す大人なんて大っ嫌いだ」と言って不貞腐れ、口論になった記憶がある。で、その日は豪雨で車で送ってもらったためにスリップした車に激突して橋から転落。俺は頭に何かが当たり、意識を朦朧としていたが先に助け出され、両親は漏れたガソリンに車内のバッテリーか何かに触れ炎上し他界。

 

あの時、少しでも謝っておけばよかったと、もっと話しておきたかったと後悔しているからなのだろ。なんか違う気がするのだがボーデヴィッヒがほって置けない理由になっているのかもしれない。

時計の時間が05:49になっていたため、悶々と考え込んでいるわけにはいかず着替え始め、とりあえず日課の時間制マラソンを開始する。汗だくになっててべた付き、気持ち悪いがどうせ走って汗を流すので後で纏めて洗えばいいと思い部屋を出る。

 

何時もの様に走り終え、少し早めに終わり癒子の部屋のシャワーを借りに制服を持って向かう。コンテナハウスに水道は通っても湯船のスペースは新たに作れないために月末から大浴場を時間制で使えるらしいが、それまでは、他の部屋のシャワーを使わせてもらっている。親しい友人がクラスメイト数人しかいないためかなり厳しいが。

ノックを2回して開けてもらう。と、出てきたのは癒子であった。もう朝食を済ませ制服に着替えておりカバンを右手に引っ掛け背中に背負っていた。

「おっす。シャワー貸してください」

「はいはい。ああ、私もう行くから後でのほほん起こしてあげてよ。昨日壁絵集めでかなり遅くまで起きてたから手ごわいわよ」

「目覚ましの無限ループ地獄にでも突き落すか」

「近所迷惑じゃない?」

「朝方なので問題ねぇ」

そう言って洗面所に入る。とその前に壁の留め具に立札を掛けておく。

立札には『崎森章登使用中』と書かれてある。

「じゃ、いってきます」

「教室であうけど行ってらっしゃい」

と、章登は洗面所に入りドアを閉め服を脱ぎ籠の中に入れていく。

癒子は廊下を通り過ぎようとしたとき、何かがカバンにあたった感触があったので振り返る。何か落ちたかと思ったが振り替えても何もないため洗面所の取っ手に引かかったのだろうと納得して学校に向かった。今日は朝に小テストをするため少し予習をしておきたいのだ。

 

廊下→洗面所→風呂場の順に扉があり、鍵があれいいのだが個人部屋でもないのに鍵がない。そのため服を着る時に顔を、歯を洗いに来た人とバッタリ生まれたままの姿を見せることになるかも知れないというハプニングを防ぐためにこの札を立て掛ける必要がある。同じように『女子使用中』という文字が裏側に書いてある。この年でそんな事をすれば強制猥褻罪orのぞきで訴えかねられない。まぁ、この札があるためその心配はなくなった。

で、扉を開くとそこにはのほほんが洗面所に入る扉を開けていた。

なんで俺がいるのか分からないらしくコテッと首を傾げ俺を凝視する。

自力で起きられたんですね。ですが寝ぼけていたら寝てるも同然なんだと思いました。思考が突然の事で現実を正しく認識できない。

 

「……おぞうさん?」

のほほんの一言で我に返り、すぐさま扉を閉じる。俺の裸とか誰得だよ!? ってかこれは女の子専用のイベントじゃないか!? と頭の中に声が飛び交い混乱し、裸を見せてしまった恥から顔を赤くする。しかも、一番純粋の穢れを知らない乙女に向かってである。

と、そこで気づく。立札はどうしたのだろうか?

「のほほん、扉の所に立札がかかっているのが分からねぇのか!?」

「う~ん?」

そう言って一度留め金がある所を確認したらしく、立札の文字を復唱する。

 

「『女子使用中』になってるよ~」

実はさっき癒子のカバンに引かかったのは取っ手ではなく、立札。そして、引かかって回転してしまい裏側に書いてある『女子使用中』になってしまい、のほほんは癒子が入っているのだと思った。

そのことを知らない章登は赤面するばかりで、のほほんは男の裸を見たというのにいつも通り。それどころか少し憐れみを含みつついう。

「さっきー。お願いだから他の人に偶然を装って裸を見せつけるのはやめてね?」

「見せつけてねぇよ!?」

 

 

食堂でご飯、味噌汁、目玉焼きの朝食セットを頼み席に着こうとするが一点の所だけが空白になっており、そこからできるだけ遠ざかるように周りに人だかりができている。

案の定、ラウラ・ボーデヴィッヒの周りには一人もおらず、本人もあまり気にしていないようだ。

 

「おはよう」と声をかけてもガン無視であり黙々とライ麦でできた黒パンと牛乳を頬張っている。

対面に来るように座ったところで鬱陶しそうな視線が隻眼から見て取れるが、昨日今日で距離が縮まるはずないのでもう受け入れてしまおう。

 

「他に席が空いているはずだが?」

「別に俺がどこで食おうがあんまり関係ねぇと思うんだけど」

「何かしら用事があるわけでもないだろう。朝から貴様の顔を見るなど不愉快だ。」

「そりゃごめん。顔はよくねぇので」

「貴様の行動が不愉快だと言っているのだ」

心が痛い。顔ではなく内面がダメだと言われたのだ。もう顔については諦めていたが俺の行動が否定されるとグッとくる。こう、鳥肌がたって強張ってしまう。

 

「じゃあ、どうすれば不愉快じゃなくなるんだよ?」

「貴様が私の前から消えれば問題ない」

「それ以外でお願いします」

昨日も言った気がするがそれでは友人にはなれない。お前は空気がお友達という人間にでもなるつもりだろうか?

 

「ならば黙ってろ」

「あー、はい。食事中だしな」

それから黙々と食事を進める俺とボーデヴィッヒは傍から見ると物凄く不気味に見えるだろう。それでも何がどうなっているのか気になるらしく視線はこっちに向いている。食べ辛いことこの上ない。

 

しかし、食べ始めたのはボーデヴィッヒが速かったので先に席を立ち食堂を出ていく。

 

ボーデヴィッヒが出て行ったときに普段通りに空白地帯がなくなっていき活気が戻っていく。きっと俺が問題を起こすきっかけになればまだ、まともだったのだろうか? どうにかしたいとは思うのだが取り付く島もない。こんなのでどうにかできるのだろうか不安だ。

 

「だ、大丈夫?」

「あー。大丈夫」

死んではいないのだし、あれだ。ナンパに声かけたところ好みでもないので早々と断られました的な。精神的ダメージは高いだろうが肉体的には問題ない。

雪原がさっきのやり取りを見ていたのか声をかけてきてくれた。心配だったのだろうか?

 

「でも、……ボーデヴィッヒさん怖いし」

やっぱりクラスメイトがギスギスしているのはあの雰囲気なのだろうか? と言うより俺の事は兎も角としてクラスメイトのことはどう思っているのだろう?

 

俺と織斑は好感度マイナスだという事はもう分かる。からめ手で他の人と接点を作ってもらうというのがあるのだが織斑先生じゃ……ねぇ? 上司の要求に無理に従っている構図が生まれとっとと帰りたいというだけになってしまい。楽しむことなんてできないだろう。

 

「……どうすりゃ友人とか作れるんだろうな?」

「い、一緒に居ることとか?」

「……それはそうなんだけど、いや、ありがとう雪原」

今現在進行形で鬱陶しがられているけどな。それを言うと落ち込んでしまいそうで言葉に出したくなかった。

 

篠ノ之や凰みたいに弁当でも作ればいいのか? いやいや、それこそ暗殺でもしようとしているのではないかと怪しまれてしまう。

ボーデヴィッヒと一緒に居ようと思うことがこれほど難しいとは思っていなかった。

 

 

その日の夜、アリーナで飛び回ったりスコア更新に挑戦した後。何度もアタックしているとウザイと思われるので(もうすでに遅いかもしれないが)栗木先輩の手伝いに来た。しかし、搬入する量が多いのでまだ作業していた。辺りは強力なライトで照らされ視野の確保には問題ない。

ISの部品を詰め込んだコンテナをトラックから降ろす作業をクレーン車やフォークリフトの様な車を使い降ろすのが普通なのだが、それには資格が必要で18歳未満が多いこの学園では使用できない……はずなのだが普通に使っている。

 

なぜならここはありとあらゆる国家に属すことはなく、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという天下のIS学園だから。

かなり無茶苦茶な理論だがほとんど学生の島ではこうなってしまうのも仕方がない。作業員くらい外部から入るのではないのかと思ったのだが、外部から呼ぶのには面倒な手続きや入国検査みたいな事をしなければならない為、そこで時間がかかってしまい多くを呼び込めないらしい。呼び込むためには規制を緩くしたりしないと一般人が入ってこられないらしい。ISの技術の流失を防ぐのが目的でもあるため従わざるを終えない。

 

そこで、お金以外は自分たちで如何にかしていかなければならないのだが人員も足りない。

 

そのため何十人もISのパワーアシストを使って降ろしているところも見える。こういうところの活躍も見せておけば世間の目も少しは変わっただろうに。

その中に俺、癒子、栗木先輩。更識先輩や桜城先輩もいる。部活動している女子も先輩から参加を促し手伝っている人もいるようで、クラスメイトも時折見かける。他にもISやフォークリフトを動かさない人や布仏姉妹は、書類確認や搬入指示、状況確認をしている。と言ってものほほんはいつも通りマイペースなのだろうが。

 

「そう言えば好きな人ができたんですって?」

「……ボーデヴィッヒの事か? 友人になりたいだけだっての」

「男女での友人関係は成立しないらしいわ」

個人通信で唐突に質問され少し考えてから返事をした。俺は別段恋人がほしいとか、ボーデヴィッヒに惚れているわけではないと自分の心に確認してみた。

クラスの雰囲気をどうにかしたい、ボーデヴィッヒを放置してはおけない。としかしその理由がどうしてもわからない。何となくわかるのだが……。喉に引っかかっているように声に出せない。

 

「それって、男が惚れた気になっている。もしかして俺の事? って、思うのが原因なんだろ。もうそんな幻想はとっくに捨て去った」

俺に気がある人なんているとは思えないと現段階で加速中。このIS学園に来てさらに加速している感じだ。

 

「鈍感主人公にはならないでほしいわ」

「そもそも俺は主人公じゃねぇんだけど?」

「男性でIS動かして、女子に囲まれているのに?」

「織斑もその条件にあてはまるんだが。むしろあちらがイケメンな分女子の意識は織斑に集中していると思うんだがな」

そこで倉庫設備の所に置き、トラックの所に戻る。走る程度の速さで飛んでいるがある程度機体制御には慣れてきたためこのぐらいでは転ばない、荷物を持っても重心を崩さない程度にはなった。

 

そして次の荷物を指定されたところに運んでいく。

「なんていうかあの子、何にもしてないのよね」

「え?」

「前にアリーナの申請書の所に誰が使うか予定表があるのは知ってるわね? そこに織斑一夏って名前を一度も見たことがないのよ」

あれ? アリーナの借り方知らないわけではねぇよな? そう思い思い出そうとしてみるとオルコットや凰はよく見るが織斑と書かれている所はない。まぁ便乗しているだけなのかもしれないが。

 

「後、専用機持ちで機密の機体というのも分かるんだけど整備室や調整に来ている様子もないわ。本当は自分の戦い方や成長に合わせて重心バランスやスラスターの出力の調整していかなきゃいけないはずなのに」

確か、専用機はラファールや打鉄のような量産ではないため今搬入しているようなIS部品を代用することはできない。それとは別に国家やスポンサーが用意するはずである。

代表候補生は基本の整備はできるが、手の込んだ調整や個人差による調整はあまりできないと思う。だから専用メカニックがいるはずである。時折オルコットや凰と話している人物を見かける。

 

「専用の開発チームとかメカニックがいるんじゃねぇの?」

「一度も見たことないわ。倉持研究は日本の次世代機と研究機ほっといて何してるんだかわからないわ」

「次世代機? 『撃鉄』じゃねぇの?」

前、桜城先輩が乗っていた様々な刃物を連結させ一本の巨大な大剣『HW03-ユナイトソード』と草摺のような肩部や脚部、スカートが特徴で武者鎧のような機体だ。

『打鉄』の改良型で今運んでいるコンテナの中にも呼びの部品が入っている。

 

「あれは『換装装備』。次世代機は『打鉄二式』の開発だったんだけど今は『白式』の研究に夢中らしいわ。ただそれもうまくいってないようだけど」

「ちょっと待て、なんで開発した側が自分たちが作った機体の研究してるんだよ?」

「……男でなぜISを動かせるのかを調べているって聞いたわ。あなたも企業に訪問して調べてもらっているでしょ?」

確かに、ただそれだとデュノアはどうして企業で調べられたりしないのか気になるが。俺たちのようにISを動かしている経過を見て調べているのだろうか?

 

実際は『白式』には篠ノ之束が係わり、なぜ弐次移行していない機体が単一仕様を使えるのかを解析していたり、織斑千冬が使っていた零落白夜をなぜ弟の織斑一夏が使えるのか。といった研究をしているからだ。

故に他の次世代機の開発が遅れたり、崎森章登が学園の訓練機を使っているわけである。

 

ISのコンテナを全て降ろし終え、トラックが検問所のような所を通っていく。予備部品以外にも新しい兵器だろうか? 

メテオ・プレート(2層の棒状に折りたためられて両端に刃があり、十字に展開でき自立帰還可能のブーメラン)

ブレーデッド・バイケン(伸び縮みする大鎌)

閃光弾(ハイパーセンサーにも効果があるらしい)

バレットMの様な狙撃銃

カートリッジ式の荷電粒子砲

小さな煙突の様なバズーカ

などが大量に送られてきた。爆砕ナイフ、霞一文、アサルトライフル『焔』(砲身に凹凸脳様な棘がついており頑丈で砲身下にグレネードも付けられる)等の一般復仇した武装各種のコンテナが立ち並び、まるで強大な鉄柱が何個も建っているようにも見える。

予備のパーツだって打鉄が50機は作れそうだ(目測であるため正確な数字ではないと思うが)。

なんでこんな所で新兵器を眺めているかというとやはりこう来るものがあるじゃないか。

 

『新兵器』

 

なにかこう胸が熱くならないか? そこで「新兵器もらって喜んでいる奴はヒーロー気取りの新兵以下」と言う言葉が脳内再生されるわけなのだが、別段もらったわけではないし軍人でもないと思う。あくまで学生なのだから……。言い訳がましいか。

 

沢山の部品が運び込まれたがこれで終わりではないらしく、後に控える学年別トーナメントには毎年ISの部品の損傷が激しい。それで何日も連続して試合を行うため大量に部品が送られてくるらしい。そうでなくとも普段の模擬戦闘訓練でかなりの損傷が出ることがある。ISは金食い虫みたいだ。いや、だからって経費削るのは問題外だけど。

 

そこで、武装コンテナとは違った何か、段ボールハウスで区切られた小さな空間があった。好奇心猫を殺すというが別段危険な香りがするわけでもないため近づいてみる。

そこにはキーボードの音が炸裂し誰か中にいるようであった。

「誰かいるのか?」

「!? な、な、何して…る!」

段ボールで区切られたところに布のカーテンのような物を捲り上げて中を覗くと、俺の方にぎょっと目を見開き、挙動不審で慌てふためいる赤毛で小柄な少女がいた。

俺を不審者と思ったのかその辺にあった本を持ちこちらに投げつけてくる。だがそんなに筋力がないのかあまり痛くない。大型辞書並みのやつを投げられるが投げる速度が遅く俺に当たる前に地面に落ちる。何度か投げられ、しかし本がなくなったのか隣にあった棚を無理に持ち上げようとバランスを崩しそのため「おわっわ!?」と驚きの声を上げながら下敷きなってしまう。

 

「……手伝ったほうがいいか?」

「ふ、不法侵入者に……た、助けてなんてもらわなくても、も、じっ、自分で……あう」

その時反対側に置かれていた机に大量にあった空き缶が上から落ちてくる。それが程よく頭に当たってしまい痛みに堪えている。近づいてみると前後左右で髪の長さが違い、後右の方の長い髪は無造作に束ねられて全体的にボサボサしている。それなのに頭の上にはピンと飛び上がっているように触角が1本生えている。

 

「一応、ここの生徒で不法侵入者じゃねぇぞ。っと」

そう言いながらしゃがみ、棚を持ち上げる。結構な重さだが両手なら何とか持ち上げられる。そうやって持ち上げ終えたとき改めてこの場を見渡してみるとひどい有様であった。氾濫している本の山、ゴミだらけの床、暗く照明はついているパソコンのみ、机の上にはパソコン、空き缶、空になった菓子袋、なんだかわからないぬいぐるみと毛布。

 

「で、で、げぇ……っ!」

「あ?」

「う、うぅ~っ!」

なんかいきなり泣き出しました。なんなのこの子? よほど棚の下敷きになったのが痛かったのだろうか?

そう泣き出している途中に毛布を取出し頭から被り体を包む。小刻みに揺れまるで遭難にあった山岳者が寒さを耐えているようだ。どうやら怖がらせたらしい。というよりも対人恐怖症みたいだ。ここから早く出ていくほうがいいのかもしれない。

 

そこで、この部屋? の唯一の照明であるパソコンの画面に自然と目を向ける。そこには何やら俺がいた。電子世界の仮想のアリーナでミサイルを食らい吹っ飛んだ俺。動画に流れるコメント欄には『今の避けられないとかだせぇ』やwが乱立していた。このパソコンのコメントを打ち込むところにもwが10個くらい書いてあるだろうか?

 

「あんたも俺を笑っている人間かよ」

なんだかいろいろと落胆した。今日一番の落胆だと思う。この映像が流れていることを知った時以来、もう別に隠しきれる物でもないため放置していた。ゆえにまだ最新の映像が動画に流れているわけなのだ。もう笑いたければ笑ってろ、と思ったが実際この映像を見ていると胸がくじけそうになる。

 

「お、おめ、おま……えが、うまく私の作品を扱っていないのが、悪いっ」

「作品?」

「マル、チプル、ら、ランチャー。……ひっ」

こちらを振り向いたかと思うと、こっちの顔が見えるか見えないかで慌てて振り返り目を合わせようとしない。

 

「できるだけ使いこなすよう努力してるんだよ、これでも」

「だ、だったら、そ、それぞれの弾の照準に合わせた特性を理解し、しろ」

「えっと、基本的に弾速が遅かったり?」

チェーンソーやアンカーの部分には推進機がないので離れたとこでは容易に見切られるため接近している時にしか効果がなかったり、ワイヤーネットやとりもちは形状の問題もありそれほど速度が出ない。

 

「き、切り替えも、お、遅い。ほ、本来あれは、き、近距離武器に近い、い。き、近接しているのに、あ、あんな速度じゃ切り替え中に、な、殴られるのがオチ。り、理想としては0.3秒内で、き、切り替え、ら、られるのがいい。あ、あと、じゅ、重心の、ば、バランスが、て、手首に来るよりも、お、お前の、ば、場合、手に、し、したほうがいい」

オドオドして口調が安定していないが、確かに言っている事は分かるため聞き耳を立てている。散らかったものを少し退かして、その場に座って長時間聞く価値と思えるくらいには。

 

「つっことはあれか。もっとどれを使えばいいか早く選択して速く切り替えろと?」

毛布の上の部分が上下に揺れるため頷いているのだろう。まぁ、いろいろと学ぶことが多い。

 

「設計者なら傍でそういうアドバイスしてくれるとありがたいんだけど、なんでこんなに扱いづらい設計したんだよ?」

「わ、私じゃ、……ない」

まるで、自分がそんなものを作っていないような、子供が親に怒られて半自動的にごめんなさいという風に声は小さいが力強く否定する。

「私じゃない……っ」

 

崎森章登は知らないことだがこの少女が、マルチランチャーの元の設計図を1人で作った人物であった。しかし、元々救助、非殺傷目的関連の多目的ツールであったのが企業の方針で兵器転用された。

粘着榴弾や付着爆弾は本来、火災時に窒素を辺り一面に噴出させ消化するためのものであったり、救急車のホースのように水を噴出するものであったのが置き換えられ、震災時地盤が緩んで倒壊する恐れがある建物を固定化させるものであったり(これはジェル弾)、チェーンソー部分はハンマーやニッパーで閉じ込められた人を救い出す機械である。

さらにまだ救助キットを搭載できる容量があった。

 

が、これを企業に提出したとき救護関連が武装関連に置き換えられることになり、反対しようとしたが対人恐怖に近い症状が邪魔をしてしまい反論できなかったという経緯がある。

 

「じ、自分、の、か、開発した。ものがが、誰か、殺すす、かも、し、しれないこと、が、た、堪らなく、い、嫌にな、った。それ、ひ、非難、う、受けるの、いっ嫌、だ、だから、だ、誰かを、す、救える、もの、を、つ、作った……のに」

言葉足らずで、噛み嚙みの言葉だが伝えたいものがあるらしく最後まで言い切た。怖くて怯えて震えた声だが必死で訴えかけてくるような感じがした。

 

しかし、誰かを殺すことになるかもしれない武器のアドバイスをしたのは、やはり自分が関わった物なので優秀なものに使ってほしい欲求があったのかもしれない。もしくはうまく扱う事で手加減ができるようになってもらいたいのか。

 

「……どういった事情か知らねぇけど、なんか俺にできることあるか?」

「な、ない」

「そうか、アドバイスありがとうな」

そう言って立ち上がり段ボールハウスから出ていく。名前も知らない少女はまだ怖がっているようで毛布に包まり震えていた。それがどうしても痛々しく思ってしまった。

 

 

「あ、章登、どこ行ってたのよ? 後はもうISを片付ける作業とIS電池を補給するだけだから、ISコア貸してくれって先輩たち呼んでたわよ?」

倉庫を出たところで癒子に会った。どうやらISのコアを借りたいらしく俺を探していたらしい。携帯は現在更衣室の中で制服と一緒にカバンの中なので連絡が届かなかったのだ。だから現在ダイバースーツのような紺のISスーツを着ている。

「ああ、整備室に行けばいいんだよな? その前に更衣室行きたいんだけど」

「わかった。早く来てね」

そう言って駆け足で整備室に戻っていく癒子。

こちらも更衣室に向かいISスーツの上から制服を着て整備室に向かう。途中携帯画面を見て着信履歴を見て癒子からの着信が3回あったのを確認した。何時から呼ばれていたのか少し申し訳なく思い、速足から駆け足に変わる。

 

整備室につき研究科か整備科かは知らないが先輩にISを渡すように言われ待機状態の十字のブレスレットを渡す。そこから専用の装置に入れケーブルで繋がっている電池にISのエネルギーが補給される。

それからは俺はする事がなくなってしまうので、先程まで使っていたISの整備しているところに加わりISを整備し始める。

金属疲労や歪み等の検査段階はもう終わっているらしく、あとは部品交換をするだけなので部品を取り外し分解し、作業用ゴーグルと針のようなピンセットがついている多彩アームで不良な物を取り除いき正常な状態に戻していく。

 

すべての作業が終わった時には23:00をまわっていたが、特別処置なのか食堂が開いており打ち上げパーティの様な雰囲気の中、晩餐にありつく。

バイキング方式のようで俺はサイコロステーキやフライドチキン、グリルチキン、ローストビーフ、フライドポテトなどを皿に盛って栗木先輩や癒子と同じテーブルに座る。

 

「あんた肉ばかりじゃない。野菜食べなさいよ。私のサラダ摘まんでいいから」

「載せてるぞ。フライドポテト」

「それって炭水化物と脂質のオンパレードだわ」

癒子はまるで大皿で4分の1の球体を作ったかのようにサラダが盛られ、栗木先輩は寿司や果物等のヘルシーな食べ物が多くあった。

 

「ジャンクフードは俺の友でありまする」

「早死にしそうね。将来ビールやタバコを大量摂取しそうだわ。あなた」

「いや? あれってまずいじゃん。昔汚い大人に騙されて飲んでみたことがあったけど苦もせず飲める奴の気持ちがわかんねぇよ。ビールがジンジャエール、タバコがアイスバー並みに美味しかったなら例え未成年でも手を出していたと思うが、ビールもタバコも匂いがひどいじゃねぇか」

「美味しかったら?」

「今頃喜んでアルコール依存症とニコチン中毒者になっていたかもな。まぁ規制で飲めていねぇだろうが」

 

そこでフライドチキンに齧り付き溢れ出す肉汁を口の中に滴らせ肉を噛み千切る。サクサクした衣と弾力がある肉が口の中で遊び始め触感と味を口中に浸透させる。

 

「おー。齧り付いてるねーさっきー」

声がしたほうに振り向いてみると、切り分けられた様々なケーキを繋ぎ合せたように円を作った号型のケーキを皿に盛ったのほほんがいた。その隣に更識先輩とのほほんの姉の布仏先輩。

「肉食系男子なのかしら? やん。私たち食べられちゃう?」

「お嬢様。崎森君は食べると言うより突き刺す方でしょう?」

何を言っているのか、しかし意味的に分かってしまうのは穢れているせいだろう。

 

「更識先輩。俺は草食どころか絶食系男子だ。結婚のためにお金貯めるとか家族のあいさつとかする気ねぇんだ」

「つまりに二次元が嫁なわけなんですね」

「私も壁絵集めてるから今度見せてあげるよ~。R18のやつ」

今どきの女子もやはり興味があるのだろうか。と言うかなんで食べ物の話が性の話に代わってきているのかよくわからない。疲れているのだろうか?

そこで、生徒会メンバーはここの席が空いているのを確認し了承を取ってから座る。断る理由はないし知り合いでもあったため、緊張でぎこちなくなるなんてことはないだろう。

「ところでやっぱり1人部屋にしてよかったかしら? 寮の部屋はもうあいてないから新しく作るしかなかったんだけど」

「ああ。一人で気が楽だし。(気を)抜けるから楽でいい」

「そう。でも章登君の部屋にティッシュを完備したほうがいいかしら」

「あんたは俺が何を抜いていると思っている?」

「え? じゃあどこで抜いてるの?」

「……そんなこと言いるわけねぇ」

「どうしよう。否定していない」

癒子とのほほんと一緒の部屋の時は夜のトイ―――、なんでもない。

 

「そういえば倉庫内の中で段ボールハウスに居る少女を見たんだが、なんであそこにいるんだ?」

強引に話題を変えようとする。情けない? 羞恥心を弄られるよりかましだ。

「アキラさんのことでしょうか? 整備科の2年で開発部の出席なんですが、対人恐怖症からか外に出てくることはあまりないのです」

引き籠るとしたら寮ではないのかと思ったら、寮は相部屋なため一人で入れるときは少ない。外に出るときは食事とゴミを出すときだけらしく学内のカメラをハッキングでもしているのか、誰とも接触せずコンビニに向かえるらしい。どこのスネークだ。

 

「それに倉庫には機材を取り出す以外に使い道がないから、人のいることはあまりないしそこに目をつけて住んでいるのよ」

「いいんですか? 一学生がそんなことして」

「無理に授業受けさせても辛いだけなら休ませておいたほうがいいでしょ? ただ、あんな状態だから精神科医の人ともまともに聞きい答えできなくて」

「あれ? でも、俺の質問には答えられていましたけど?」

俺の発言に先輩方は驚いたようで目を大きく開けている。

「え? どういうこと」

「ネットで流されている俺の訓練動画を見ていた時に下手なのは私の作った作品の扱いがなってねぇせいだって。後、私の作ったものが人を殺すことになるのが嫌だっとか、救えるものを作ったのにとか。マルチプルランチャーって元々みつるぎの企業から開発された武器じゃねぇのか?」

なぜ作ったと言っているのに自分で否定するようなことを言っていたのだろう?

みつるぎが開発したものではないのか?

 

「上層部が救助ツールから多目的兵装に切り替えをしたのよ。きっと即位換装プログラムと大量のペイロードがあったからだけど」

「即位換装プログラムって銃身下にアンカーを取り付けてもある程度問題なく扱えることですか?」

谷本が何となく聞く。確か様々な違う武器を搭載してもプログラムが自動で重心変化をFCS(火器管制装置)に入れズレを無くすものだったと思う。

「アンダーバレル以外にもストック、持ち手の下、フロントサイドの側面に様々なものを取り付けても慌てることなく簡単に取り出せ、収納中も激突させても落ちたりずれることがないんです。だから災害現場でいろんなことに使えるように設計されていたんです」

その話を聞いて驚いた。そこまで搭載できるのかと疑問と最初が救助ツールだったことなど。そして彼女の言っていたことに納得した。

 

「だから救えるものを作ったのに殺す武器になって……非難される?」

それは可笑しいのではないのだろうか? 兵器を生み出したからと言って使う人間が悪いのだから、作成者にも責任はあるが一方的に悪くないと思うのだが。

カラシニ○フも大量殺人兵器を作った人物とか言われていたが本人の思惑から外れた国家の思考で紛争地域にAK-47が輸出されたからではなかったか。祖国を守るために作った兵器が他人の思惑で他の国を苦しめるようになってしまうのは、結果責任と政治の管理責任かの違いだと思う。本人も芝刈り機のようなものを作りたかったと言っていた。

武器は強くなければならないし、弱ければ自国に死人を出してしまう。

いや、そうじゃない。元々人を救うものが殺しの兵器に変わったのが問題点なのだ。これはISに似ているのではないのだろうか? 

本来は宇宙探索用が軍用強化服。称賛されているし非難されている。

本来の運用に戻るのはいつになることやら。

しかし、それで気に病んでいるにしては少し理由が足りないような気がする。

 

「ま、少しづつ人と関われるように倉庫管理とか共同開発課題とか出しているんだけど一人で出来ちゃうものだから極端に人と関わらないんだよね」

「そんなに優秀なのか?」

何かを開発するのには多大な時間を取られるはずだ、チームで作るのは分担したり、専門知識を連結させ、役割を作ることにある。

例えば筐体部分,機構部分,基板部分などの製品を分割,部分ごとに担当者を決めて,互いに協力しながら設計を進めていくのが普通だ。それを一人ですべて設計するのなんて、信じきれるものではない。

 

「優秀よ。おそらく開発に関しては第二の篠ノ之束ではないか? って、思われるくらいにね」

それって危険視もされていないかと思うのは俺だけか?

「ですからここに送られてきたわけでもあるんですがね。国が手を出せない事にはなっていますが、それも卒業まですし、アキラさんの場合は今にでも政府からスカウト、過激なところだと誘拐しようと企んでもいたりしていますし」

誘拐辺りから、にぎやかな雰囲気が一気に暗くなってきた。話振ったのは俺だけどね。だから無理やりにでも話題を変えようとするがなかなか思いつかない。

 

「そんなのは私たちが立ち直らせてあげればいいんだよ~。だって生徒会だし、生徒を守ったり快適に過ごしていけるようにしていかなきゃね~」

と、当然という風に言うのほほん。今までケーキにかじりつき会話に参加すらしていたのか疑問だ。

 

「……いつもの調子から何とかなるのか?」

「む、私はやればできる子なのです」

のほほんの頬が膨らむ。どうやら俺の言葉が気に入らないらしい。

「それに助ける理由って何でもいいと思うんだよね。生徒会だからとか、学園の生徒だからとかじゃなくて辛い現状になっている人を助けたいと思うのはおかしいことかな? 同情とか憐みとかでも最初に思うのはやっぱり何とかしてあげたいって感情だからその感情に私は従っているだけなのです」

それが相手にとって不愉快に思えるものならどうすればいいのだろうか? 距離を置けばいいのか、それともそのまま関わり続ければいいのか。

「それにさっきーは深く考えすぎなんだと思うよ。さっきーが考えて行動してけばある程度の問題は解決するよ。例えば今朝の様な出来事とか」

「何したのよあんた?」

「い、いや? ただちょっとテンパっただけだっての。お菓子を見せつければ連れて行けるようなのほほんは、深く考えることも覚えたらいいと思うけどな」

「むー。いろいろ考えているよ。明日のご飯は何にしようとか、今週のビットマンの続きとか」

「お前の頭の中は本当に高校生なのか疑わしいぞ!?」

「ちなみに私の頭の中では本音ちゃんに見せつけるお菓子ってあなたのバナナなのかしら?」

「あんたは思春期すぎるだろ!?」

うちの学園の生徒会長はお年頃を通り越して、ませ餓鬼である。

その後、食べ終わるまでこんな会話が続いていた。

 




更識先輩はどこぞの生徒会員役員に近い思考をしているようにしていきたいな……。


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16話

注意、今回かなりのアンチです。
特にシャルロットファンにはきつい事言います。

こんな文になってしまいましたがそれでもいい方はご覧ください。


「こう、ずばーとやってからガキッ、ドッガッと言う感じだ」

効果音に合わせて剣でも握っている感じなのか片腕を振りおろし、空いているもう片方の腕で仮想の敵を殴りつけ、足で蹴り上げている。まぁ、なんとなく動きを観察していればマネ出来るため分からなくはない。しかし、かなり暴力的な動きだ。

「なんとなくわかるでしょ? 感覚よ感覚。はぁ? 何でわかんないの? 馬鹿なの?」

感覚だけで分かったら俺は誰かに教えてもらう必要はない。さらに俺は武術家でもない。自身の感覚だけで世界が回っているとは思わないでくれ。

「防御の時は右半身を斜め上前方へ五度に傾けて、回避の時は後方へ二十度反転ですわ」

まぁ、肩が前に出す様に横にしないと被弾面積を減らせないし、後ろに下がるときは空中なので後ろに重心移動して下がりやすくするというのも分かる。けど、もう少しなんでそれがいいことなのか言ってください。

上から順に篠ノ之、凰、オルコットのISのレクチャーなのだが凰以外は何とか解ることが出来るといった感じだ。解るだけで進んで実行しようとは思わないが。特に篠ノ之の動きは機体に負荷をかける動きだ。頑丈さの打鉄ならまだしも、汎用のラファールでそんな動きをしようとは思わない。

「率直に言わせてもらう。……全然わからん!」

お前も分からないよな? みたいな縋り付く様な視線を、お前も織斑と同じかという視線を3人が向けてくる。

「篠ノ之は擬音だけじゃなくて他の言葉も交えなよ。ガキッだって金属がぶつかり合うのか、何かが折れるのか、砕くのか分からねぇし。凰は完全に解んねぇよ。俺は天才でも翻訳家でもねぇぞ。感覚だけで人が生けていけるなら言葉はいらねぇし。オルコットは……まだ俺にとっては解る」

篠ノ之と凰が唸り声を出し、オルコットは少し得意げに胸を張る。

「一夏、こうバキッだ!」

「もっとひゅーんよ!」

こいつらには学習、もしくは人の話を聞かないだけなのではないのだろうか? さっきから何も変わっていない説明に織斑はうんざりしている。

 

「一夏、ちょっと模擬戦の相手お願い出来るかな?」

「シャルル! という訳だからまた今度な」

救いの女神が来たのようにデュノアの申し入れを受けさっさと試合を始めようと位置につこうとする織斑。それを見て3人の女性陣は気分を害されたように不機嫌になり織斑を睨む。しかし、試合中は流れ弾が来ることもあるので渋々といった感じで観客席の方に移動していく。俺もその流れに従いアリーナ内部から出る。

デュノアのラファールリヴァイブは専用のチューンが程化されているらしく、本来肩部やスラスターに枝ついている葉の様な物理シールドは1つだけ左手に移されており、4つの多方向加速推進翼は中央部から分かれる様に2枚羽になっている。防御力をそのままに機動力をあげた気体なのだろう。

 

試合開始直後に織斑がデュノアに急接近しそれに答える様に、デュノアも突進していく。雪片で真正面からデュノアを切り落とそうとするが左腕についている涙型の物理シールドに阻まれ弾かれる。その体勢を崩したところに掌打が入り、後ろに倒されそうになる。このまま押され刀の間合いから外れ切ることは不可能になる前に切り払おうとするが体勢が整っていない状態では当たる筈もなく、上に上昇され追撃を開始。その時ラファールが反転し向かってくるかと思いきやそのまま後退をしている。

本来急激に機体を反転させるとGや慣性で一瞬挙動が遅れたりするものなのだが、ほとんどないとは隣にいる代表候補生2人を驚かされた。そして呼び出されたアサルトライフルの弾幕が織斑を襲う。急に表れた銃弾に怯んだのか少し機体制御がぎこちなくなってしまい。左腕を盾にするかのように銃弾を受ける。

何とか接近戦に移ろうと距離を詰めようとするが相手が縦横に駆け抜け間合いに入らない。織斑が焦らしを切らしたように瞬時加速で距離を詰めようとしたが、簡単に見切られ回り込み後ろを取られる。瞬時加速で自分から距離を離してしまう形になった、そこからは遠距離からの一方的な砲撃で織斑のシールドエネルギーは尽きた。

 

『まだ、余裕あるから章登とも模擬戦しておきたいんだけどいいかな?』

「ああ」

開放回線でそう言われたし、デュノアの改良機にも興味があったためアリーナに出て試合開始位置につく。織斑はピッド内ですれ違った時に「がんばれよ」と言っていたので、適当に相槌した。

 

「じゃ、始めるか?」

「いつでもいいよ」

挑発なのか、子供っぽい口答えをする。いや、多分素だろうと思いマルチランチャーとアサルトライフルを呼び出し発砲しながら距離を詰める。いつでもいいって言っていたし。左腕の盾を前に出し横に逃げようとするが、粘着爆弾を地面に数発進行上に撃ち爆風で煽りつける。その一瞬にデュノアの手前に来るよう瞬時加速をして接近すると盾の中から散弾銃『レインオブサタディー』が顔を覗かせ放たれる。

銃口がこちらに見えたときぞくっと鳥肌が立ち、反射的に左肩を出しスラスターに付いている盾で防ごうとする。が、瞬時加速中だったためバランスを崩し肩からスライディングをするかのように倒れこみ、地面を削り砂煙を噴き上げる。それで減速し、予測進行を狂わせすぐさま倒れた状態で加速する。散弾は大きく外れ、こちらは下側に入り込む。

そこから回転するかのようにマルチランチャーのチェーンソーで切りかかる。が、チェーンソーの部分ではなく銃身に足蹴りを放ち進行を止められた。そこでチェーンソーを固定している金具が開き発射され、時間差でアンカーワイヤーも発射。

足の力は3倍と言われているが真直ぐ踏みつけられるような蹴りだったため、力の方向を少しでも横に加えると蹴りを払い除けながら、砲身はデュノアへと向かう。

ぶつかり合い力に流れが変化して砲身が向かい、チェーンソーを発射する。一つは顔にもう一つは腰に放たれ、アンカーは左腕に吸着。人の恐怖心からか視野の確保からか優先的に顔を除けさせるが他が張り付き、密着状態となる。そこに電撃とアサルトライフル、ジェル弾を放つ。ワイヤーが巻き付いている部位や関節部に液体が凝固剤の様に塗られ瞬時に固まっていく。左手は電撃のせいでまるで血行が悪いように違和感を感じる程度に鈍い。

このままでは負けるとわかっているのか、黒い卵のようなもの、手榴弾を呼び出し俺のほうに落としてくる。

それに気づいてぎょっと目を開き、すぐさまマルチプルランチャーを投げ捨て空いた腕と足を使って仰向け状態から飛び上がるようにして逃げる。

起き上がった直後、爆発。

背中から熱と衝撃と光が殴られたみたいにして吹き飛ぶ。一度地面に叩き付けられるが一回転しすぐさま後ろに銃口を向ける。何度も転んだり、機体制御を誤ったせいかこういう立て直しが迅速になってきたのが何時もなら少しうれしく思うのだが、今、気がゆるめる暇がない上、肌に感じる危機感が脳に警報を上げるため顔が綻ぶどころか強張っている。直ぐに爆発のあった方向に顔を向ける。

黒煙を纏うようにして出てきたデュノアの手には大型のバトルライフル『ガルム』が握られていた。そして叫びを放つ強力な銃声。その銃声を置いて行き駆け抜け標的を撃ち貫かんとする弾。デュノアが黒煙から出るのと同時に何とか反応し、上に動いて射線を躱したためギリギリで避けられた。

そこからアサルトライフルとバトルライフルが始める空中銃撃戦。どちらも右回りに移動し相手のシールドエネルギーを削ろうと喰らいつきその牙を逃れようと射線から逃げる。

予定していた状況ではないが円状制御飛行になっていた。が、技量の差かこちらが初めに盾の部分に当たり、バランスの崩し持ち直しているところに狙いを定められた時、スモーク弾を呼び出し煙を出させる右回りに追ってくるデュノアを煙に隠すように出させる。

爆砕ナイフを呼び出し展開。そして反転しぶつかる様にして煙の中から出てきたデュノアの強襲し単分子カッターを突き刺す。

はずだった。

いきなり両手で持っていたバトルライフルが粒子になり煙のように消え代わりに近接ブレード『ブレッドスライサー』が握られ切り払われる。何がどうなったか頭が追い付かなかったが、切り返された片刃のナイフが目に入ったとき、やばいと反射的に体を首から引き摺られる様に下に落として躱す。鼻先を触れるか、触れないかギリギリのところで躱し一回転。アッパーカットの様に爆砕ナイフを下から突き上げるが足で払われる。が、払われる寸前に手を開き爆砕ナイフを落とし足を掴む。そして、引きずりおろす様にこちらに引き寄せ、体の上下を入れ替えるように回り装甲が空いている部分、ちょうどヘソの辺りに片手間で展開した単分子カッターを突き立てる。見えない力場がおそらく絶対防御だと思うそれに肉を貪る様に牙を立て続けに噛み突く。

そしてその時、左腕が腹の辺りに添えられ今まで盾に隠されていた円柱が姿を現す。簡単に言えばリボルバーの弾倉なのだがそこから杭が一本突き出ている。

資料では見ていたが現物では初めて見たもの。それが目に入ったときはすぐさま逃げようとしたが右手で単分子カッターを持っている手を捕まれ、逃げきれない。

パイルバンカー

そこからまるで筋肉隆々のボディーファイターが強力なストレートを放つかのような衝撃が脇腹に浸透、通過、反対側に貫通し直後、爆発。

アリーナの壁に叩き込まれ一撃でシールドエネルギーが大きく削られ、こちらの敗北となった。

 

「ごめんね。流石にあれは使うつもりなかったんだけど意地になっちゃって」

「何てロマン兵器を搭載してんだ。てめぇは」

可愛い顔してやることえげつないとはこの事ではないだろうか?

「しかしすごかったな。いきなり武器が消えて、パッて感じででてきて」

「あれは高速展開《ラピッドスイッチ》って言うんだよ。量子変換を一瞬にして切り替えて収納や呼び出しのラグをほとんどなくすんだ。リロードも手に持ったまま出来たりもするよ」

武装変更時の隙をなくすだけではなく、敵が接近しつつあるのにスナイパーライフルでギリギリまで収納、弾切れの際のリロードをしないことで相手を近づけ高速展開で散弾銃やナイフを呼び出し不意を狙うことも出来るのではないのだろうか。

「それってデフォのラファールにも出来るのか?」

「この子は専用にかなりいじくってあるから無理だと思うよ。拡張領域は倍に設定して高速処理と20近い武装登録してるけど、そのせいで汎用性はなくなっちゃたから」

「それでも倍だろ。ちょっと分けてほしいぜ」

20の武装なんて普通は入れない。通常のISに武装が5つしかないのは何も拡張領域がそれだけしかないわけではない。

例えば工具を箱の中に入れ目を瞑って取り出そうとする。金属や取っ手部分のゴム、形状でニッパー、ナイフ、バーベルなど触って時間がかかるなら大工師でなくとも取り出せるだろう。

だが銃弾は? 経口の違いで大きさ、太さは違うがどれも同じ口紅のような形をしたものだ。それを間違えずさらに高速でとなるとどれだけの精確さがいるのだろうか。

しかも、接近兵器が多くあるという訳ではないためかなりの口径差や弾の種類があってもおかしくないはずだ。

「分けられたらよかったんだけどね。一夏の『白式』って近接ブレード一振りなんだよね」

「ああ、拡張領域が空いてないらしい。だから後付装備は無理らしい」

「多分それってワンオフアビリティーに容量を使っているからだよ」

「えっと……なんだっけ?」

「唯一の特殊才能で《ワンオフアビリティー》だ。山田先生が言ってただろうが。『零落白夜』がそれだ」

というか、もうそろそろ2か月たつのに自分の機体特性、スッペクを理解してないのだろうか? 公開されている機体スペック、武装の特性を理解して癖を覚えようとしている自分が馬鹿に思えてくる。

「ISと操縦者の相性が最高状態になったときに発生する能力の事だよ。でも、普通は第二形態から発生する可能性があるってだけなのに、白式は第一形態なのに使えるっていうのは異常事態だよ。それに織斑先生、初代『ブリュンヒルデ』の『暮桜』が使っていたものと同じでもあるんだ」

デュノアがすらすらと淀みなく解説する。

「姉弟だからじゃないのか?」

「織斑、自分と姉を比べてみろ。どこに共通点がある? 一卵性双生児だって環境の違いで性格や得意分野で違いがあるのに年が離れてしかも男女の違いだってあんだぞ」

「章登が言った事も合わせて言うと自然に発生する能力だから意図的に再現しようと思っても出来るものじゃないんだ」

「そっか。でもまぁ気にする必要ないんじゃないか。今は置いとこうぜ」

本人は気にしないと言っているが大問題ではないのだろうか? プロトタイプは不具合を改修して行く役割があるのだ。拡張領域がない、理由不明なエラーがあるなんて最大の問題で性能向上を諦めているも同じである。個人が使うのなら問題ないのかもしれないが企業で量産化を見込んでいるとなると白式の改良に熱心になってもいいと思うのだが。

 

「でね、一夏が勝てないのは単に射撃武器の特性を把握してないからで、接近武器しかないのなら余計理解を深めていかなきゃいけないんだ」

「一応、理解しているつもりなんだが」

「知識として知っているだけって感じだね。さっき僕と戦った時もほとんど間合いを詰められなかったし、瞬時加速も直線的だからかなり見切りやすいんだ。ちょっと射撃武器の練習をしてみようか」

デュノアの言葉が言い終わられた瞬間にはもうバトルライフルがラファールの手に収められていた。バトルライフルを白式に持たす。形式や日本製でもマニュピレーターに問題なく使えるらしい。

「え? 他の奴の装備って使えないんじゃないのか?」

「普通はね。でも使用許可をして、登録をするなら誰でも使えれるようになるんだよ。もう終わらせたから試しに打ってみて」

「お、おう」

こちらはやることがないので単分子カッターを呼び出し仮想の敵に向かって切り付ける。出来るだけ素早く、振りを小さく、精確に当てたい場所に向けて切り付ける。大きな動作は必要ない。

何せ刃を当てるだけで削り切ってくれるのだから。それに大きな動きは見切りやすい。基礎動作を速く、鋭利になっていくに従って自分が強くなっていける気がする。

一連の動作を終えた時、周りがざわき始めてきた。何やらいつもと違うものが出て来たらしくデュノアと織斑の練習風景を見に来ていたらしい生徒たちが二人から目線を外し上を見ている。

デュノアと織斑目当ての周りの生徒が向けている方向を見ると黒い機体と銀髪と隻眼が特徴の少女がいた。しかし、そんな周りの視線はどこという風の様に気にもせず鋭い眼差しは織斑ただ一人に向けられている。

「おい」

唐突に開放通信で声が飛んでくる。しかし、誰に向けて言った言葉かなんて察しないものはこの場にはいないだろう。しかも、声に温度があるとすればマイナスをいっている。

「貴様も専用機持ちらしいな。私と戦え」

なぜこんなにも織斑に突っかかるのか疑問だが、やるなら日を決めておいて欲しい。もうそろそろ交代の時間だ。延長とか他の生徒に迷惑かけまくりである。それともアリーナの予約が取れなかったから急激な介入なのだろうか。

「嫌だ。理由がねえよ」

「貴様になくとも私にはある」

そこで、ボーデヴィッヒは我慢ならないという風に歯切りをして、唇の薄い桜色が白くなるほど力を込めるのがハイパーセンサーを通してわかる。

「貴様が居なければ教官が大会で棄権なんて屈辱的な結末に終わることはなかっただろう。私はそれが我慢ならない。だから……貴様の存在を認めない」

「また今度な」

織斑の目が険しくなったがまるで興味ないという風に装い、どう思っているのか分からないがとっとと会話を終わらせようとし後を向きピッドに戻ろうとする。相手の怒りの原因を知ろうともしない態度に言葉に業を煮やしたらしくボーデヴィッヒの機体の右側につけられた巨大な砲が織斑へと向けられる。

「ならば戦わざるを得ないようにしてやる」

そう告げられた直後、漆黒の砲が火を噴く。流石に見ておれず射線上に割り込み盾を前方に斜め展開する。

まるでさっきのパイルバンカーの様な強力な衝撃が盾と左半身に伝わり、盾と砲弾が金属にハンマーを打ち付けるような音が盛大にアリーナに響かせる。砲弾の衝撃をもろに受けたので少し足底が地面に埋もれる。

「貴様……。邪魔をするなら容赦なしない」

「別にお前が織斑を物理的に潰そうがあまり関係ねぇよ。だが、ルールと法律くらいは守れ。もう使用時間すぎそうだし、どうせ潰すなら不意打ちじゃなくて真正面からねじ伏せるのがお前の好みじゃねぇのか?」

「……ふん。いいだろう」

そう言って納得したのかISを解除し、地面に降り立つ。しかし、冷酷な瞳は未だ向けられ、いや、自分の邪魔をする奴として標的にでも入れたのか俺と織斑に向けられる。そして、一瞥してくれた後興味を失ったかのようにいつも通りの歩く速度でアリーナを出て行った。

 

「章登、大丈夫?」

「すまん、助かった」

「ああ、防御の時は右半身を前方に5度ね……別に左半身でもいいじゃねぇか?」

「いえ、あれなら腰を落とし後ろの足で支える様にもう2度ほど下げた方がいいと思いますわ。そっちの方が地面に衝撃を拡散出来ますので」

「じゃ、次の人の番だから交代するわよ。ほら早く」

そう凰が急かすので今日のアリーナの使用しての訓練は終わった。後は研究室に行ってシュミレーターでもするかと思っているとデュノアが「先に着替えてて」と言うのでとっとと更衣室に向かうとまたしても織斑が「一緒に着替えようぜ」みたいなことを言う。

いい加減学習してくれ。足りないのは聴力か、頭の容量か、どっちもか。

織斑の後頭部を掴み強引に引きずる。が背丈の差もあり中々力が伝わらず動かせない。

「章登、後ろ引っ張られるってきついんだぞ。離してくれよ」

「なら、ストーカー容疑で逮捕されてくんねぇか?」

「え? 何で俺が逮捕されなきゃならないんだよ」

何度も言っているのに全然学習する気がないので、本当に豚箱に入るのではないだろうか?

そう思っていると凰が俺に変わってISを展開し織斑の首根っこを掴み連行する。幼馴染は責任感とかあってありがたいね。幸せって第三者から見ると分かり易いらしい。ホントその通りだよ。

ISを待機状態に戻し、観客席の扉をくぐり更衣室に入る。ロッカーに入った制服を取出しISスーツの上に着るようにして着替えを終える。かなり大量の汗が出ているらしく、疲れからの倦怠が出てくる。

更衣室で制服を着ると織斑が「風呂に入りてぇ」と嘆いたが個室にも風呂はついているはずである。それを聞くと

「大浴場だよ。大きな風呂で足を延ばしてはいるってのはいいもんだろ」

「贅沢過ぎだ。個室の浴槽も広い。銭湯も悪くねぇが月に2回いければ充分だろ」

大体、寮の部屋を使える時点で羨ましすぎる。こっちは他の人に借りなきゃいけないのに。そこで俺は着替えを終え、出ようとした所。規則正しいノックに引き止められる。

「男子の皆さん。着替え中ではないですよね?」

扉の向こうで、山田先生が確認するように声を出す。俺も織斑も着替えを終え制服姿だ。

「はい。大丈夫ですよ」

と言ったと同時に扉が開き、山田先生が入ってくる。

「あれ。デュノア君が居ませんね。男子の大浴場の使用の件で月末から週に2回の使用を設けられたこと、後で伝えておいてくれますか?」

「本当ですか!?」と俺を跳ねのける速度で山田先生に急接近し手を握る織斑。その眼は最早風呂好きを通り越して狂乱者とすら思うほどだ。

「嬉しいです。助かります。ありがとうございます。山田先生!」

「いえ、仕事ですから……」

山田先生は突然の事で顔を赤らしめている。そのことに気付かないほど織斑は狂喜し、正直怖い。なんでそんなに風呂が好きなのか俺にはよく分からない。温泉でもないのに。

「……何やってるの?」

「さぁ?」

そんなので時間を潰したせいだろう。デュノアがもう俺達が居なくなったと思って更衣室に入ったがまだ俺達が居たので鬱陶しそうに俺達を見ている。

「……先に行ってて言ってたよね? それになんで一夏は山田先生の手を握ってるの?」

そう言われた初めて織斑が山田先生の手を握っていたことに気付いたのか、すぐさま手をほどく。山田先生はデュノアに指摘されまた赤くなってしまい、今すぐにでも顔から火を噴きだしながら走って行きそうだ。

「喜べシャルル。今月の下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」

「そう」

まるで喜ぶ理由が分からないと横目で織斑を見るデュノア、そんな目で見られる覚えがないと疑問に頭を傾げる織斑。そりゃ、裸を見せたくないやつが混浴の話題で喜ぶはずがないことが分からないのか。

「織斑君と崎森君にはもう一件用事があります。ちょっと書いてほしい書類があるので職員室まで来てください。ISの登録や同意に関する書類でちょっと枚数が多いんですが」

「わかりました」

「じゃ、シャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

「うん」

会話が終わり、職員室に向かって俺たちが歩き始めるのと同時にデュノアもISスーツの上から制服を羽織り更衣室を出た。

 

「先生。これISの名前が『白式』なんですけど」

「ええ!? あー、混ざったみたいで、すいません。どうしよう……。明日また書いてもらうしかないですかね」

ため息をつき少し落ち込んだように肩を下げる先生を思って苦労が分かる。なにせ教師は激務な上に問題児と言うおまけつきなのだ。俺の立場上としても情けなく思うこともあるので、できる限り力になりたいとも思う。

「どうせ同じ寮なんで届けますけど?」

「え!助かります。崎森君、明日出すように織斑君に言ってもらえませんか?」

「はい」

書類の量は多かったが実際は名前を書くだけで少しめんどくさいと思った。まぁ、書類を流し目で見て可笑しい所がないか確認していたが、心配は杞憂。織斑は読んでいるのか少し怪しかったが。

職員室を出て、一年の寮に向かう。もう夕暮れで着替えて夕食をとるにはいい時間だとも思う。早く届けて飯を食って風呂を借りて思いっきり寝よう。そんな事を思って歩いていると大きな声が脇道から聞こえてくる。

「答えてください教官! なぜこんな所で教師などしているのです!?」

ヒステリックじみた叫びを上げるのは今日アリーナに横槍を入れてきたボーデヴィッヒ。しかし、アリーナで聞いた背筋が寒くなるような声ではなく、もっと悲痛な叫びに聞こえる。

「やれやれ。何度も言わせるな。私には私の役割がある、それだけだ」

そちらに目を向けるとボーデヴィッヒを見ている織斑先生。口から鬱陶しそうな声を出しボーデヴィッヒの質問に答える。

しかし、それは答ではない。役割を仕事とするなら先生なのだから自分の技術を教えに来たとか言いそうなものなのだが、はっきりと言っていないらしい。はぐらかしているようにも聞こえてしまう。大体なんで鬱陶しそうに答えるのだろう? 本当に目的があるのならば誇ってもいいはずなのに。

「このような極東の地で何の役割があるというのですか! お願いです。我がドイツで再びご指導してください。ここではあなたの能力は発揮されません!」

「ほう?」

「危機感に疎く、意識が甘く、ISを娯楽かファションとでも勘違いしている低俗な奴らに何かを教えても全く活かされません」

「ふざけんな」

思わず声に出してしまい、両名がこちらを向く。ああ、3つの目の鋭い視線が俺を射抜き少し尻込みしそうになるが、別に喧嘩しに来たわけではないので冷静を装って発言する。

「すいません。聞くつもりはなかったんですけど大声だったので聞こえてしまいました」

「いや、聞かれて困るような話ではない。で、何が「ふざけんな」なんだ?」

「ここの生徒だって勉強しにここに来てるんです。生かす生かさないは将来の事だからわからないけど、必死こいて技術や知識を手にしようと努力している生徒だっているんです。それが低俗と言われたことにムカつきました」

全ての生徒が代表候補生や国家代表になれるわけではない。が、技術の吸収や人脈の拡張、家柄、成績など様々な理由でこの学園に来ている。確かに女子高の延長で気楽な部分もあるが努力は誰だってやっている。必死か適当かは分からないが少なくとも俺は真剣にやっている……はずだ。

「私から見ればその必死がとるにくだらん」

「じゃあ、なんでこんな所にいんだよ。とっととドイツに帰れ。そっちの方が必死なんだろ?」

「私は教官を連れ帰りに来た。文句があるのか?」

「全然ない。だけどそれは外交官の仕事だ、軍人の仕事って国防だろ?」

「これは軍の仕事ではない。私の責務だ。さっき聞こえていたなら話が早いが教官が教えても貴様らでは1%も実行出来ない。見込みも能力もないやつに教えたところでなんになるというんだ?」

「何にもならねぇだろ」

反論でも来ると思ったのか、その俺の言葉に驚いたようにボーデヴィッヒと織斑先生の目が開く。自分で何にもならないと決めつけているのだから、何にもなっていないと認識するのは当たり前だと思うのだが。

「それでも学生の仕事は才能無くても勉強することで、例え負けると思っても軍人の仕事は国守ることじゃねぇのか? で自分の仕事してないやつが責務とか言われても説得力ないし、そんな奴にここにいる学生を馬鹿にする言われはねぇんだよ」

「なんだと!? 私を馬鹿にしているのか?」

見方を変えればボーデヴィッヒは学生以下だといっているようなものでもある。それを認めない、認められないように反発する。

「いや、ただ自分がやることやれ、って言っているつもりなんだけど。馬鹿にしてはいねぇ。だが、もし仕事をしていると思うのなら自分がやっていることに違和感ぐらい感じていいはずだ。お前は学ぶ必要がねぇ。なら学生としてここに来る必要はねぇ筈だ」

「それは、命令で最新兵器のテストに選ばれただけだ。ここ以上にデータを取る環境が整っている施設はないからな」

「じゃあ、何でそれをしねぇんだよ。今日だってアリーナのへの乱入なんてデータを取るどころか校則違反で罰則、アリーナの使用禁止だってありえたんだぞ」

「そんなこと私が知ったことではない。それより貴様が邪魔しなければっ!」

「そこまでにしとけ、餓鬼ども」

俺たちの言い争いを遮るように織斑先生が叱りつけるように言う。言い争いすら止める気か? 会話するしか接点が持てないんですけどそれすらだめですか。

「15歳で選ばれた人間気取りとは恐れいる」

「わ、私は―――」

まるで見捨てられるのではないかという恐怖が顔中に広がるボーデヴィッヒ。

「私は忙しい。とっとと寮に戻れ」

織斑先生の言葉には何も言えないらしく唇を噛み締めどこかへと走っていくボーデヴィッヒ。尊敬する人から拒絶されればショックを受けるのは当たり前だ。少し同情してしまう。

ってか、なんでお前は叱るのではなく助言するわけでもなく拒絶するの? そんな疑問が自身の中に芽生えてしまい思わず聞いた。

「なんで先生は何もしないんですか?」

「何を言っている?」

「さっきのやり取り、はっきし言ってどうでもいいんでしょ?」

「なに?」

「ボーデヴィッヒの疑問には明確に答えないし、俺たちの言い争いを下らないと決めつけてとっとと終わらせようとする。暴力沙汰にもなっていないのに?」

「なら、あんなやり取りをしてなんになるというんだ? ラウラに何かを言ったところで私以外の言葉は聞かない。いや、自分の思い道理にならないと気が済まない性格だぞ」

「……なんで先生がそんな風に決めつけて、諦めてるんですか? 『教官』としてどんな仕事そしていたのかは知りません。けど、今あなたは『先生』なんですよ。自分の仕事くらいはしてください。俺が言いたいのは結局それだけです」

もうこんな所から離れたい。なんで年上の人に向かって説教じみたこと言ってるんだ。いや、認識し直すまでの事でもないのにそんなことを言っているのだろう。

先生だって自覚ぐらいあると思うし。

「しているぞ。それとも社会に出たこともない学生が教師に何か教えることが出来るのか?」

「少なくとも中学の先生は問題児をほっときはしませんでしたね」

「問題を起こしているのは貴様でもあるんだぞ。分かったら寮に戻れ」

苛立ったようにそう言い残しその場から去っていく。

残業でもあるのだろうか。学校の方向に向かって歩き始めた。少し肩ひじを張った背中を見ていたが俺も寮に戻り、とっとと書類を織斑に届けてしまおう。

しかし、同時に思った。俺の方の問題は例外でそこにあることで迷惑をかけてしまうが、ボーデヴィッヒの方の問題児は自分が迷惑を起こしてしまう起爆剤だ。未然に防げるはずである。自分の迷惑が誰かを巻き込むことになってしまうから何とかしたいのだと今更気づいた。

ここままだとアイツが、何か取り返しが効かないことをするのではないかと心配になる。俺の周りで起きる前に止めてしまいたいのに。

 

ノックをして扉の前で声をかける。

「入るぞ」

「え? ああ、……あ!」

何やら途中で焦ったように声を出すが、どうでもいい書類届けて早く食堂に行きたいのだ。遠慮なく扉を開け織斑の部屋に入る。

何やら織斑とデュノアがベットに背を向けあうようにして腰かけているが、俺が入ってきたことで入口の方に目を向け拙いと目を開く。まるで隠し事でもしているかのように。

デュノアはシャワーでも浴びていたのかジャージに着替え、織斑は俺より帰ったのにまだ制服だ。しかし、薄暗い室内で違和感を感じ目を凝らしてみるとデュノアの胸が詰め物でもしているかのように膨らんでいる。

「ん? まぁいいか。これまだ山田先生が間違えて俺のところに入ってたお前の書類。明日に出してほしいってよ」

「ああ、ってスルーでいいのかよ!?」

 室内はまだ明かりを付けていないのか薄暗い。それにデュノアの表情が同調している気がする。

この暗さで無視することにも出来たはずなのだが、織斑が声を上げてしまったため無視する事も出来ない。「なにが?」って言っても白々しいだけだ。

「デュノアが半陰陽でしたとかそういう話か?」

「僕、インターセックスじゃないよ!」

「じゃ、聞いていいことなのか悪いことなのか?」

「えーと……」

まるで隠し事がばれた子供のように目をそらし始めるデュノア。早く食堂に行きたいのだが、ほっといていいのだろうか?

「……どうせもうばれていることだから二人に言うけど、……僕は性別は女なんだ」

うん。疑問に思っている人きっと俺らのクラスにいるよ。かわいい男子なんているのかって。

「でも、なんでその男子のフリなんてしてるんだ?」

「実家の方からそうしろって言われて」

突然話される家事情。デュノアが社長の娘で、愛人の子で、良いように使われ、機体開発が遅れているせいで援助金がなくなるから、デュノアをスパイにして俺らの機体のデータを取りに来た。纏めるとそんな感じだろう。

 

で?

 

「そんな話を永遠と聞かされて俺にどうリアクションしろと? 笑うのが正解か?」

 本当にどうでもよかった。母親が死んでなんなんだ? 辛かったですね。とでも言えばいいのか? 淡々と感情の乗らない声にどうやってリアクションすればいいんだ?

 同情してもらいたかっただけじゃないのかよ。

 なんで悲しみの色すらないんだ?

 どうして悔しいとか、辛いとか言わないんだ?

 お前の本心はどこにある?

「章登! おまえっ! 何にも思わないのかよ! 親が勝手に生き方決められる言われはないはずだろう!」

「まぁ、そりゃ分かるんだ。それで何時までもデュノアが何も言わないのが滑稽だって言ってるんだ。悔しいでも辛いでもない。ただ、起こったことを言っただけだ。

俺はデュノアが何をしたいのか全く聞いてねぇんだけど。黙っていてほしいのか助けてもらいたいのかそれすら聞いてない。織斑が提案した3年間此処にいればいいってのに流されただけで自分の意思がねぇんだよ」

デュノアの父親以上に俺はデュノアに苛立っている。なんでやる前から諦めて流されるまま現実を見ようとしないのか。流される方が楽だからだ。それを受け入れているのに何悲壮ぶって悲劇のヒロインになりきっているのが気に入らない。

「だって……仕方ないじゃないか。選択肢がそれしかないんだから」

まだ、張り付いたような力のない笑みを浮かべそう言う。

「ハッ。選択肢がない? 俺たちの機体データを貰って会社と今後一切関わらないと契約したっていいし、教員や財界者と接点作って事情説明して協力者になってもらってもいい、もしくはこんな事になってますってフランス政府に訴えかけたり、デュノア社がこんなことやってますって世界から非難される立場を作り出したっていい。いろいろ細かく計画立てなきゃならねぇが俺みたいな馬鹿だってこれだけの選択肢が出てきたんだ」

嘲笑うようにそう言う。本当に実行出来るか分からない。失敗だってあるし状況が今より悪く可能性だってある。協力者を作るにしたって信頼関係をたった数日で作れと言っても無理があるだろう。だが、こいつは今まで命令に従っていただけで反抗しようという気持ちを感じられない。何かをしようとしていない。

「弱いなら助けを求めたり、頭使うくらいはしろよ。織斑はかなりの影響力を持つ先生がいるし、一応俺は生徒会長とも知り合いだ。頭だっていいから何らかの糸口を見つけられるかもしれない。紹介はするし信用するのはそれからでも遅くはねぇけど」

それより問題なのは手段ではなくデュノアが諦めていることだ。諦めること自体はいい。何かをして出来なかったと挫折するのは解る。だが、何もしていないのに諦めているだけの奴はただの腰抜けだ。試合で相手が悪い、だから棄権しようみたいな考え方だ。

「自分の意思すらないやつに誰かが助けになることはねぇよ。戦おうともしない奴が悲劇ぶって助けられるのが当たり前って顔が鬱陶しいってだけだ。なんで立ち向かわずに絶望してるんだよ」

自身が牢屋に入れられるかもと思っている事にこのままではそうなる可能性があると分かっているのに何もしない。

誰だって問題があれば改善しようと努力する。協力するか、自身のみでやるかはその人次第だ。けど、こいつは織斑に言われた3年間の時間があることが分かっても何かしら見つけようと考えていない。

「いい加減にしろよ、章登。困っているやつがいたら助けるってのが、人間ってもんだろ?」

「自分で問題を放棄して誰かに縋り付く様にして生きていくって奴を助けるも何もないだろ。そこで問題をどうにかすることを本人がやる気がないんだから。で、デュノアはそんな人間になりたいのか?」

「そんな章登が思っているような気力がある人間じゃないよ。だって今日までみんな騙してきたんだから、それに力とかないから」

 その言葉に違和感を感じる。そして、分かった。誰を騙している? 『みんな』と言うことは自身のことも言っているのか? 『力』は? ISという力が。美貌という力が。

「騙したって……何を騙してやがる。したいことがあるのになんでかっこつけて甘えてんだよ。お前は誰と話して聞いてるんだ!? 自分の生い立ち話しておいて勝手に巻き込んでおいて何諦めてるんだよ!? それに力なんていくらでもあるだろ!?」

 勘違いしていた。考えていないんじゃない。自分でもう結論を出しているのだ。ものすごく視野が狭い答えを。

 『自分は何もせず諦め流される』という答えを。

 デュノア社は強大だ。だからその力に怯えて誰も何もしなくなる。だったら、話して諦めさせ巻き込まないようにした方がいい。これ以上口出ししないように。そう考えてしまっている。立ち上がれないのなら立ち上がらなくてもいい。

 恐怖で諦めるのではない。無駄だから諦めているのだ。

無駄に疲れるより疲れない方がいいと。

「戦うのが辛いのなら逃げろよ。本当に怖いなら震えろよ! なんでお前疲れてないのに疲れてるふりしてるんだよ!」

「僕は……」

「シャルル。大丈夫だ。俺が何とかする」

その自信はどこから来るのか知りたい。ちゃんとした計画はあるのか、俺のように何か計画を立てるつもりなのか。

「だから章登はいい。弱ってるのに怒鳴り声を出す奴なんて男の風上にも置けねえよ。逃げるなんてもってのほかだ」

 俺の言葉に織斑は不愉快に思っているらしい。弱ってる? 弱った振りをしているだけだ。これほど言って何も言って来ないなんて、聞いていないだけだ。怒っていいのに、泣いていいのに、ただ力なく笑い続けているだけ。

 逃げて何が悪い? 諦めて逃げて別の道を探すのはいい。諦めて何もしないのが一番だめだ。

「じゃあ、なんで織斑はデュノアを救うんだ?」

「そんなの決まってるだろ。仲間だからだ。逃げるってなんだよ。諦めんなとか言っておいて!」

 もしかして、織斑の頭の中では逃げる=諦めるなのだろうか?

「痛くて泣いているとか、どうしようもなく辛くて立ち直れないとかじゃなくて、選択肢があって自分で少しでも踏み出せば変えられる状況なのに、なんで逃げてない―――」

少なくともそこまでデュノアは無力ではないはずだ。少なくとも口が聞けないとか周りに協力者を作れないとかではない。

 そう言う途中に殴られた。織斑にグーで顔を不意打ち気味に。いきなりの事で頭が混乱しすぐに体制を戻せない。頬が腫れあがり熱を増すかのように痛くなる。

「何時も気を配れとか、他人の気持ちを考えろとか言ってるくせにそんなのかよ! もうシャルルの事で何か言うんじゃねぇ!」

 今度は腹にくらい部屋の外に出される。手加減抜きの拳は胃を荒らし吐き気がこみ上げた。他人にアドバイスしようと思ったらこれだ。不器用すぎて嫌になる。今の織斑に何を言っても無駄だろう。それに決めるのはデュノア自身が決めなければならないことだ。

 保留か、放棄か、前進か。ただそれを決めて欲しかっただけなのにな。それに早く決断しないと取り返しがつかないこともある。

 

「悪かったシャルル。章登があんなきつい言葉言うとは思わなくて」

「ううん。いいよ。章登だって悪気があったわけじゃないし」

「けど、あんな言い方ないだろ。もっと……」

「一夏は優しいな。ありがとう」

そのさっきの言葉がまだ胸に響いているのかぎこちない笑みを払拭させようと織斑が元気付けようとする。

「いろいろあると思うが3年間は手出し出来ないんだ、その間になんてかなるって」

「そうだね。ふふ」

まるで少女のような笑顔を見せられ狼狽する織斑は気づいていなかった。

IS学園は様々な企業、国家から支援を成り立っている。そのうちの一つがデュノア社。

IS学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約がある。それ故に他国のISとの比較や新技術の試験にも適しており、そういう面では重宝されている。ボーデヴィッヒのシュバルツァレーゲン、オルコットのブルーティアーズ、更識楯無のミステリアスレイディが本来企業や国家が管理するISが学園内で稼働しているのはこのためだ。だが、この規約は半ば有名無実化しており、全く干渉されない訳ではないというのが実情である。

だから、デュノア社の意見が通らないなんてことにはならないのだ。

そもそも第21項をよく思い出してみよう。

『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意《・・》がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』

表面上、企業の後ろ盾があるのに帰属していないとは言えないのだ。それに本人の同意がなく国の代表候補生になれると思っているのだろうか?

あくまでこれは何らかしらの後ろ盾のない人物を守るための特記事項であり、ISなんていう分かりやすい力を持っている人物に都合よく作られていない。

 

それに、IS学園には何かあったら介入出来るよう各国のスパイが監視していたりもする。情報収集であったり、性能評価であったり、技術のデータを入手しようとしたり。理由はさまざまである。例えば送り込んだスパイが仕事をしているか等。

ISの技術が利用させたのは何もISだけではない。

例えばISのスラスターが戦闘機に使われたり、ハイパーセンサーや火器管制が銃に使われたりしている。

では、ハイパーセンサーの視覚補佐機能が軍事用の双眼鏡に転用されない事なんてあるのだろうか? そして、織斑の部屋を監視していない事なんてありうるのだろうか? 盗聴器が技術の発展により、より小さくなっていく中でそれが拡張領域が多いラファールに詰め込めない事などありうるのか?

 

ありうるわけがない。

 




すいません。
ただ、ラウラは問題児兼犯罪者一歩手前だし、織斑先生は職務放棄だし、シャルロットは完全に犯罪者だし。

恐らく明日の感想欄は恐怖で一杯一杯の気持ちで読みます。
誤字、支離滅裂な文は自身で何とか探している途中です。まだまだ終わりそうにありませんが。

織斑は章登の言った。『逃げればいい』思考はダメなことだと思っています。
あと、いじめ? と思ってしまったから章登が次何か言う前に追い出した。
説教という形にしたかったのですが、それが出来ているかも分かりません。
しかし、実際に織斑ってデュノアの家族関係に関して何かしましたっけ?
シャルロットも何かしたのでしょうか?


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17話

すいません。目茶目茶遅れました。

 最初はデュノアが救われる物語を書こうと思ったのですがこんなんでいいのか? と考えてしまい大幅に修正しました。
 そして今回からキャラ改悪とタグをつけるべきかもしれません。

 そしていつも通り誤字が多いかもしれません。
 そんなんでよければどうぞ。


 5月を過ぎ6月となった梅雨の時期。窓から見る景色は灰色を混ぜた様に暗くなり、今にも降り出しそうなほどの天気だ。

 あのデュノアが男子に成り代わってIS学園に来たという話を聞いて2日。デュノアは少しギクシャクした様に笑みを浮かべながら挨拶する。

 しかし、それだけだ。

 あれからデュノアと織斑は俺から見てても誰かに助けを求めることもせず、計画を練ることもしている様子はなく、ただ学園生活を送っている。

 今日あたりに更識先輩に報告した方がいいのだろうか?

 織斑ではどうも不安が拭えない。

「なぁ、のほほん。今日、更識先輩は暇か?」

「ん~。なんか~、この頃仕事で忙しいみたい~」

 眠そうな声で答える。目をしょぼしょぼと瞼が閉じたり薄く開いたりしていてかなり眠たそうだ。

「うー。……壁絵、……アニメ」

「寝るなー。会話の途中で寝るとか、どれだけ寝てないんだよ」

「……徹夜2日目」

「昨日は全く気付かなかったぞ!?」

「にしし。私は趣味に生きる女~。なので休み時間は寝か……―――スピー」

 そう言って、会話の途中で机に突っ伏して寝始めるのほほん。

 少し呆れて、すやすやと寝ているのほほんの顔を見ると日常が変わりないような印象になる。だが、俺がデュノアの問題にどう介入するべきなのか、そもそも介入したほうがいいのかわからなくて悶々とした気分になっている。

 今学園が抱えている問題をのほほんは多分知らない。薄々勘ぐってはいるのかもしれないが、決定的な事は多分知らされていない。

 更識先輩なら学園行事の大半はサラリとこなしそうなものだし、のほほんの姉、布仏先輩も出来る人に思える。

 故に忙しいのは学園の事ではなく、外からの事ではないだろうかと推測は出来る。

 いつか思った気がするが、このIS学園には沢山の最新鋭の技術、優秀な人材、貴重なISコアがある。それを狙う不逞な輩を排除するのも対暗部の更識『楯無』の仕事らしい。

 本来は学園の警備員がしそうな仕事だが、元々の対暗部の家系なので更識先輩にも任せようという話のようだ。まぁ、本人は学園の生徒を守れて充実しているらしい。どこかの誰かとは大違いだ。

 まぁ、放課後会いに行ってみればいいだろう。

 そんな事を考えていたら次の授業の予鈴が鳴り、生徒たちが自分の席に座っていく。

「起きろー」

「……ふにゃ……ぐぴー」

 結局のところのほほんは起きる様子すら見せず、その時の授業を見ていた先生が起こしにかかるまで寝ており、起きた後も瞼が閉じたままだった。

 

 

「あら、珍しい。章登君が生徒会室に来るなんて」

「今お茶を入れますね」

 手短に済ませると断りを入れる前に布仏先輩が動いてしまい、慣れた手つきでカップにお茶を注ぎ湯気を登らせる。

 どうするべきかと迷っていると更識先輩はソファーのほうに手を向けやり座るように催促する。

 仕方ないと諦め応接間に使われるような高級のソファーに座り、心地いいのだが慣れない感覚に身を置く。

「で、シャルルデュノアをどうする気ですか?」

「何のことかしら?」

「恍けてるにしてもそれはないですよ。どうして身体検査しないんですか? デュノア社から研究員が派遣されている様子もないんですけど?」

 大体、男性IS操縦者が発表されてから3か月程度で代表候補制になれるというのはいくらなんでも異常だ。天才肌の凰すら1年猛勉強して即席でなったという感じだ。

 それならISついて理解があまりない俺や織斑だってすぐさま代表候補制になれる。実力というよりは数少ない男性IS操縦者という銘柄のほうが強い。だが、貴重な男性IS操縦者を代表候補生にするといろいろ問題が出てくるからなれないだけである。

 なったら、なったであっちこっち体を徹底的に調べられ弄られる可能性が高いから、なりたいとも思わないが。

 今だってかなりの頻度で研究機関にデータを送ったり、パイプを作っておいたりとしているのにデュノアにはそれがまったくない。これだけで怪しい。

 デュノア社が男性IS操縦者の存在を隠していたというのもかなりきつい言い訳だ。最初に発表してしまえばデュノア社に野次馬だろうと人だかりが出来たはずだ。俺のように後ろ盾がないというわけでもない。

「まぁ、正体なんて最初から分かっていたものね。どう考えてもおかしいし。でも、フランス政府に告発する気も学校から追い出す気もないわ」

「そうなんですか?」

「ええ。問題が起きない限り私は動かないわ」

「問題があったら保護はしない?」

「ええ。逃亡者として保護を求めに門を叩いたのならまだしも、スパイとして泥棒しに来たのよ。守る道理なんてないでしょ?」

 その通りだ。デュノアを守る道理なんてない。

「学生のシャルルデュノアなら保護する道理はありますよね?」

「スパイをやめさせるというのかしら?」

 それが一番手っ取り早い。スパイに来たからかなり危ない立場にいるのだ。恐らくデュノアが白式や織斑、俺のDNDデータなどを持ち帰ろうとしたところで更識先輩が本気で襲ってくるだろう。

 そうでなかったら入学する前からデュノアは終わっている気がする。

 まだ、スパイか学生かとあやふやな立ち位置にいるからデュノアは助かっているだけに過ぎない

「はい。自分の近くにある問題ごとは片づけておきたいじゃないですか」

 デュノアがスパイ活動すればこちらに事態が飛び火するだろう。少なくとも狙っていたのが俺や織斑で対象を守るために監視の数を増やし、今後は行動制限がとられ外出ができないなんてことになる可能性がある。

 それにストレイドには企業の試作品のデータなども入っている。これが漏洩されたとなればその責任を俺が取らされかねない。

 賠償金とかあったら目にも当てられない。

 

「で? どうやってスパイから学生にするのかしら?」

 更識楯無にとってシャルルデュノアは目の上のたんこぶだ。

 『男性として入学させたが女性』だったと明るみになってしまえばデュノア社が非難されるだけでなく、IS学園にも飛び火してしまうかもしれない。「なぜ、入学を許したのか?」「支援するから、うちの人材も入れてくれ」と。

 それに協定参加国はまだしも他の国家が黙っていない。

 女尊男卑で不満を表す団体の様なのはまだかわいい。IS学園の技術、ISコア、装備はもちろんの事。財界の令嬢や有能な技術者、操縦者を狙う組織もあれば、IS学園を破壊して日本から自国にIS操縦者育成所を作り、IS技術の主導権を握ろうとする所もある。(流石に後者は本気ではないと思いたいが日本にはもう一度IS学園を作り直すだけの予算はかなり難しいだろう)

 そう言う輩が介入されるとなると何をされるか堪ったものではない。

 出来る事なら今すぐにでもフランス政府に内密に引渡し、余所で解決してもらいたいのだ。だが、立場上生徒会長と生徒でそんな事をするわけにもいかない。

 そもそも、他の生徒の安全と引き換えに生徒のデュノアを人柱にしたらIS関係者を保護すると言うことに反している。

 だから、デュノアが学園内のデータを取った瞬間にスパイ容疑で取り立ててしまおうと考えていた。その罪状があれば罪を犯したのだからと自分に言い聞かせることができ、学園の問題も解決することができる。

 しかし、生徒が上の理不尽な目に合うのは個人としては同上してしまう。

 故に助けられるのなら助けてあげたいとは思うが、学園の生徒を危険な目に合わせる訳にはいかない。

 そこに、助けられる可能性があるのなら聞いてみたい。

 対暗部の自分が思いつかない方法がこの少年の頭にあるのではないかと少しばかりの可能性を考えてしまう。

 そこで崎森が意を決したように、今から言うことに踏ん切りをつけるために深々と息を吸い溜まった空気を吐出し区切りをつけてから重々しい口を開けて言う。

 

「…………どうしましょ?」

 

 何か期待していたらしく会話を聞いていた更識先輩と布仏先輩は目を点にした後、肩の力を勢い良く落とし非難した冷たい視線をぶつけてくる。

「章登君……」

 私、失望しましたと言葉にしなくても分かる。

「いや、これでも考えたんですよ? スパイとしての価値無くさせるために正体を晒すとか、会社との縁を切らせるとか、代表候補生をやめるとか、スパイとしての活動をやめさせるとか」

 正体を学園中にばらせば確かに同情的となった生徒が味方に回ってくれるかもしれない。だが、正体が知られればすぐに外に伝わる可能性がありデュノア社が本腰を入れて介入してくる可能性がある。

 会社との縁を切らせるのにはどうすればいいのか唯の高校生には退職届を出せばいいぐらいしか思い浮かばない。それ以上にデュノア社が妨害してくる可能性がある。

 代表候補生をやめるのも普通有能な人物を外そうとはしないだろう。しかし、織斑千冬がなんでやめられたかというと力があり過ぎたからだろう。IS開発で天才の篠ノ乃束の後ろ盾、自身のカリスマ、世界最強のIS操縦者の肩書。

 そんな奴に逆らいたいと思う奴なんてよほどの事情がない限りしっぺ返しが怖くてやらない。

 で、スパイをやめさせるにはそう言った行為をしなければいいだけの話にも思える。これが一番なのだが女生徒ばれた場合どうなるか分からない。

 デュノアをただの学生にするには、会社の縁を切らせるか丸め込んだ後でデュノアの変装をそれとなく理由を付けて明かすしかないと思う。

「で、会社の縁を切るにはどうすればいいのかなぁーと思った次第です。やっぱり退職届?」

「貴重な人材をみすみす手放したくはないでしょうね。それに正式な社員というわけではないから。ただ、デュノア社を倒産させるのならスパイを送り込んだことを政府に問いかければ汚職問題で社長を辞任とブタ箱行きにできる」

 俺のような一生徒が告発したところで揉み消されるだろうと思っていたが、生徒会長の権力と暗部の力があれば政府に訴えることはできるらしい。

 しかし「シャルルちゃんもご一緒になっちゃうけどね」と付け加えられる。

「男の子で通っているから男性と一緒の刑務所に送られて大勢の囚人に回され、職員たちに尋問と称される刑罰を受けて、それから―――」と赤面しながら息を荒くしていなければシリアスで通せると思った。

「でも、社長が変わったからと言って体制が変わるとは限りません。頭が潰れたら他の人物がそれになるだけで終わるかと」

 布仏先輩が更識先輩に釘を刺すように発言する。

「世界第三シェアはダデじゃねぇってことですか」

 例え、デュノアの父親を解雇させ、デュノアを裁判で無罪にできたからと言ってそれで今度の心配なく社会復帰なんてできるだろうか?

 社長がいなくなったからと言って会社がなくなるわけではない。

 それで、デュノアの他にもそういう不正行為を無理やりやらされている人物がいるかもしれない。

 そういった人たちをどうすればまとめて解決できるだろうか。

 傲慢だと思うが、できることならそうしたい。

「今はデュノア社の不正行為の証拠なり、裏関係なり探っていくしかないわ。そういうことはおねぇさんたちがやるから安心よ」

「ありがとうございます」

 その時、生徒会室の電話が鳴り、電子音を室内に響かせる。

「はい、こちらはIS学園生徒会室です。ご用件はなんでしょうか?」

 事務所的な質問のはずなのだが布仏先輩は無機質な声には聞こえず、かつ落ち着いた雰囲気で相手の発言を聞いている。

 その時、表情が少し曇った気がするが直ぐに元に戻りひとこと言ってから、電話を切る。

「ちょっと厄介なことになりました。嵐が来るそうです」

「そんなの校内放送で外に出るなって警告すればいいだけの話なんじゃ?」

「ほら、学校の倉庫にアキラちゃん1人離れて住んでいるでしょ? 放送だと聞こえない可能性があるし、倉庫のコンテナが倒れないとは限らないし。私たちは今忙しくて代わりに明人君が言ってくれないかな? こっちから連絡は入れるから」

「だったら行く必要がないような気がするんですが」

「あの子自分から外に出る事なんてないから、楽観視していて後で大けがするってことになることもあるでしょ?」

 こうして融通を聞かせてもらっているわけだから感謝としてそのくらいは引き受けなきゃいけないと思う。だが何か引っかかるのは気のせいだろうか?

「結構、速いスピードで来ているらしいので急いでくださいね」

 頭の中に浮かんだ疑問を片隅に追いやって生徒会室を後にする。

 

 

「虚ちゃん。問題が来たのかしら?」

「はい。学園を監視していたデュノア社の工作員が動き出したとのことです」

 各勢力がIS学園を監視しているように、その勢力の動きを関している者がいても不思議ではない。

「おそらく、シャルルデュノアを回収に来たのでしょうね。けど彼女……彼? まぁどっちどもいいかしら。スパイに来たとはいえ内の学園の生徒だしデュノア社に連れて行かれる前にこっちでいろいろ聞きたいこととかあるしね。迎撃しちゃいましょう。学園への不法侵入で」

「はい。しかし、章登君をアキラさんの所に向かわせたのはなぜですか? 章登君も保護対象では?」

「保護対象はこの学園にいる生徒全員よ。それにデュノア社は章登君ではなく一夏君の方に狙いを定めているでしょう? 最強の弟の方に関心があるわ。相手が狙うとしたら白式も一緒にって考えるでしょうし、先生は迎撃に当たってもらうし人手が足りないのも事実よ」

 この海に浮かぶ島の学園の殆どが学生。例えISを動かせても、戦う力を持っていたとしても、その道のプロたちに太刀打ち出来るかと問われると出来ないと更識は思う。

 自分が死ぬかもしれない緊張感の中で、殺気や敵意が渦巻く戦場の中に平和的生徒が何人戦えるだろう?

 第三者から見れば模擬戦闘なんて物騒なことを何時もやっているかもしれないが、スポーツ競技とみればそんなにおかしなことはない。

 剣道なら防具と竹刀。

 ハンマー投げでも投げる方向と場所を取る。

 しかし、本来ゴム弾やペンイント弾を使わず実弾を使っているのはどうしても兵器という枠を超えることが出来ず、学園のスポンサーや上層部などの協力を得るためには意見も取り入れなければならないからだ。

 だが、それで人を撃てと言われてすぐに撃てるものだろうか?

 相手を殺してしまう恐怖、自分が殺される恐怖に実戦とは程遠い、誰も死なない環境で鍛えた力はどこまで通用するだろうか?

「他の生徒も行かせることも確かにできる。けど彼女の信頼を得るには1年生ではないといけないの。彼女が非難された立場を知らない人物で彼女の存在を知っている人物は章登君しかいない」

「この学園に危機が迫っていることを伝えたほうがよろしかったのでは?」

「章登君にこの事を伝えて逃がすことも出来る。けど、私はここでみんなが楽しい学園生活を送ってほしいの。四六時中誰かが狙っていて休まる暇なんてない。そんな中で過ごしてほしくないのよ」

「……それは」

「ええ、綺麗ごとよ。でも私が生徒会長でいる限りはそういう風にしたいの」

 だからこそ自分は力を手に入れた。自由国籍を作り他の国の専用機を手に入れ、対暗部の党首の座を手に入れた。

「こちらに来る多大な仕事も考慮してほしいものです」

「こんな当主は嫌?」

「今に始まったことではないでしょう。戦闘教員の方々に連絡を入れます」

「ありがとう」

 

 

 

 

「さて、不甲斐ない娘が成果を上げることもなく正体がばれたらしい」

「元々、問題が沢山あったように思えるプランでしたからね」

「そんなことはどうでもいい。問題は正体が世間に漏れていないうちにどうするかだ」

「学園側に干渉すると?」

「仕方がないだろう。そうする以外に解決策があるのか?」

 いずれ外に情報が漏れるのは時間の問題。そうなれば自社の信用は落ち。間違いなく第3次イグニッションプランから外される。第三の男性IS操縦者が女だとばれてしまえば情報欺瞞で信用を無くしてしまう。それによって製品が信用できないと思われてしまえば、経営不振の会社など破産に決まっている。

 そうなる前にどうにかする必要がある。

 正体がばれてしまった以上シャルルデュノアは邪魔でしかない。

 そこで、社長室の電話が鳴り、自分の命令で派遣した諜報員からの連絡が入ってくる。

『ラビットがデータをコピーしたとのことです。これよりモグラも確保すると報告がありましたので向かいに行きます』

「……なんともまぁ、タイミングの良い」

 悪い知らせばかりではなかったことに思わず口端が吊り上がる。

 白式のデータから全く同じものを作ったのでは意味がない。そこからさらに発展し開発しなければならない。だが、現在の技術スタッフの中には第三世代を作れる人材はいない。恐らく解析も困難を極めるだろう。

 しかし、それを大幅に短縮する方法があったら? 使わない手はない。そもそもこのことが公になればすべて終わりなのだ。スパイを送り込みデータだけ奪取するというのは、リスクが大きすぎる。

『予定通りラビットの回収に向かいます。嵐の中ですが不可能ではありませ―――』

「いや、ラビットは嵐の中で精肉にしろ。状況が変わった。持ち帰るのは『モグラ』とデータだけでいい」

『それはいったい……』

「もう一度言う。状況が変わった。ラビットを海に捨ててモグラとデータだけ持ち帰れ。これ以上君が知る必要も話すこともない」

 これでシャルルデュノアが会社に帰ってきてしまうと足取りがついてしまい、会社の破産は確定だ。

 デュノア社は関係なく、シャルルデュノアは初めからうちの会社にはいないということにしよう。そして、誘拐犯は行方を暗ましすぐさまシャルルデュノアに関する書類を処理するように他の所の役員に連絡を入れる。

「ラビットの肉より、モグラの毛皮の方が価値がありそうではあるからな」

「彼女を連れ去って協力するでしょうか?」

「学生など権力をチラつかせれば尻込みする」

 

 

「これでよかったんだよね」

 織斑一夏は無防備すぎた。

 同室に自分のデータを取りに来たと白状したのに、待機状態のガントレットを隠すことなく付け、寝ており起こすことなくデータをコピーするのは容易だった。問題はもう一人の機体データだがおそらく見せてはくれないだろう。

 企業の実験武器を取り扱っているため最新技術が漏洩するのを回避したいのだろう。

 しかし、いくら協力してくれるといった一夏に断りもなくコピーしたのは罪悪感に問われるが、巻き込むわけにはいかないと思った。

 いや、ただの言い訳に過ぎない。

 助けられるとこちらが困る。

 それは間違いなく会社の方針に逆らうことだ。こんなことを知った自分の父親は容赦しないだろう。助ける、助けられないは問題ではない。そんな動きをすることで自分に危害が来るだけなのだ。

 叫べば誰かが駆けつけてくれるかもしれない。

 泣けば誰かが話を聞いてくれるかもしない。

 だが、その誰かに頼ってどうなる?

 誰かに助けを求めたのがばれたらもっとひどい目にあうかもしれない。

 助けようとしてくれた相手がじゃあない。自分が今以上にひどい目に合うだけだ。

 そんなことに合わないようにするには従順に反抗せず、相手に媚を売りながら生きていくしかない。

 自分はひどい目に合わずに済む。

 自分に関わらなければとばっちりを受けずに済む。

 それで十分じゃないか。

 それだけで自分は助かる。

 ただそうした方が傷を負わなくて済む。そう自分に言い聞かせる。

「だから……助けなんていらない」

 そんな呟きは強風にかき消されどこにも届かない。

 先ほどIS学園を監視している本社の特殊部隊に連絡を入れ倉庫区画に来た。人通りはこんな時間にはあまりなく、この天気だ。外に出ようなんて人物はいないだろう。

 だから最後の仕事をとっとと終わらせよう。

 倉庫の内部に入りコンテナが立て続けに並んでいる中を進んだところにダンボールを重ね合わせたような一種の部屋の区切りがあった。

 小さな入口があるがそんなところから入るつもりはない。

 ISを展開しダンボールハウスにラファールの腕を突き刺し引き千切るようにして、破壊し目的の人物を強制的に外に出される。

「ひぃ!?」

「そんなに怯えないでよ。すぐに済むから。ちょっと痛いかもしれないけど」

 そんなこと言ってもアキラには安心する理由などどこにもない。

 急いで逃げようとするが恐怖で足がくすみうまく立てない。

 自身に向かってくるマニュピレーターが頭を掴み、強制的に引き上げられもう一つのマニュピレーターで首を絞められる。

「あっか……っく」

「ねぇ、人を気絶させる方法って知ってる? マンガみたいに腹を殴っても痛いだけでなかなか気絶しないんだ。で、やり方としては後頭部殴るとか首の頸動脈締めるとかの方がっ手っ取り早いんだ」

 そんなことくらい知ってる。と言いたげな目でデュノアを睨みつける。

 だが、首を絞められ少しでも空気を得ようと口を大きく開けている少女の口からは、そんな事を言う事など出来るはずもない。

 デュノアもがない場所で返答などある筈がないことも分かっていた。

「だったらてめぇも体験してみろ」

 故に突然後ろの侵入者の声に驚く。

 対象が窒息死させないように生体反応に目をやっていたので後方の警戒を怠っていたのだ。思わずハイパーセンサーで後方を見るのではなく、顔を向け後方を確認した。

 その瞬間を突かれ首にワイヤーが巻きつけられ後ろに引っ張られる。

 ラファールごと後ろに引っ張られそのまま投げ飛ばされる。倉庫出口に近い地面に叩き付けられた後、新たなラファールが少女に近づいてくる。

 オレンジ色ではなく紺のラファール。

「デュノア、てめぇ、何やってやがる」

 まるで少女を守るように後ろに回し立ち塞がる邪魔者。

「見てて分からない? 章登が行動しろって言うから行動してるんだよ。僕が助かるためにね!」

 

 

 突進してくるデュノアに対し章登も突進する。

 二人が瞬時加速し荒れ狂う風が倉庫内に吹き荒れる。

 もし、少女を守る形で遠距離から弾丸を放ち続け、万が一守りきれずに傷つけてしまっては意味がない。

 回避範囲が狭く相手は満足に動けない。ならば破壊力が高く早々に倒してしまおうとしたのだろう。

 デュノアが加速中に左腕の盾の杭を取り出し速攻で片を付けようとしている。

 ついでに言うならここは倉庫。しかも資材が搬入され、コンテナで場所が埋まっており出口から奥内への直線的な道しかない。故に左右の回避する場所は殆どない。

 章登の方も少女の近くで戦闘はできない。

 両者は突進するしか道がなかった。

 機体性能、経験、技術の面から章登がデュノアに勝っている部分はない。たった2か月程度の訓練をした章登とIS適性が会社に引き取られてから訓練したデュノアでは軍配はどうしてもデュノアに上がる。

 そもそも前の模擬戦闘でも章登はデュノアに負けている。

 袋の中の鼠。

 回避場はなくこのままデュノアのパイルバンカーの餌食になるかと思われた。

 だが、章登は瞬時加速した直後、急停止を掛けることでデュノアとの接触時間をずらす。こちらに来ると思っていたのが、予測を間違え腕の動きを止めることができず章登が瞬時加速していたとしたら居る虚空に殴りつけてしまう。

 なにせ、高速戦闘。先読みや予測し進行方向上に攻撃することは何ら間違いではない。

 だが、経験から相手が瞬時加速してきたら直線的な軌道に合わせて銃を撃ち足を止める方法や横に回避して横腹をつく方法を学んできたデュノアには、瞬時加速しての格闘戦の経験がなかった。

 セオリーを順守するための欠点が出てしまった。

 デュノアの戦い方は一か八か、勝負を掛ける戦い方ではなく、じわりじわりと相手を追い込み削り込んでいく戦い方である。

 いつも通りの戦法ではなく短期戦を仕掛けてしまった。

 そちらの方が効率がいいと頭が分かっていても、体にしみ込んだ経験がその戦法を狂わす。 

 そして場所。

 いつもの解放的なアリーナではなく限定的空間での戦闘。シミュレータでも大抵は開放的アリーナである。故に左右に回避行動を取る人物にこの限定的空間は回避場はないと考えるだろう。

 だが、いくら直線的だろうと逃げ道はある。

 前後の回避場。そこに逃げ込んで章登は強力な杭をやり過ごす。

 限界まで腕を伸ばして章登に当てようとするが、それがかえって腕の下を無防備にしてしまう。そこに潜り込みタックルをかましてバランスが崩れたところを思いっきり横腹を蹴り上げコンテナにデュノアを激突させる。

 そして、デュノアの体制を整える暇を与えずに今度こそ瞬時加速。

 マルチランチャーを突き出し先端のチェーンソーが唸りを上げながら突き進んでゆく。

 胸元に当たり相手のシールドエネルギーを奪う。

 だが、無抵抗のはずもなくすぐさまパイルバンカーでマルチランチャーを殴り破壊する。

 そんな損傷は気にもせず直ぐにマルチランチャーの残骸を手放し、パイルバンカーの側面に回り込み、同時に単分子カッターを脇腹に付き刺す。

 回り走る刃がシールドエネルギーを削り取る。

 パイルバンカーは杭を打ち出す兵器のため側面に来られてしまうと反撃することができない。そのためデュノアは右手にサブマシンガンを取出す。これだけ近ければ外さない自信があるらしく至近距離で引き金を引く。

 サブマシンガンが発砲される寸前、反射的に腕を伸ばし、デュノアの左手、パイルバンカーの部分を掴み射線を塞ぐ。

 弾丸が発射され、そのまま左腕に当たった。

 すぐに攻撃手段を変え左手に手榴弾を呼び出しヨーヨーを下に吊るすように軽く投げ、パイルバンカーを取り外して腕の拘束を解いて後ろに下がる。

 閃光が視界いっぱいに溢れ、爆音と爆風が体を叩き付ける。

 最早デュノアの頭の中では目標の少女の確保より、目の前の敵の排除の方が優先らしく爆破するのに躊躇いはなかった。

 かなりの高性能爆薬みたいだがシールドエネルギーを削り切るには至らなかった。

 爆煙があたりに充満する。

 至る所に武器や部品がコンテナから溢れている。足元にも転がっており、その中にはエネルギーライフルのカートリッジであったり、弾薬であったりと肝を冷やした。もし引火していたらと思うとゾッとする。

 俺がどんな場所で戦っているか理解した時、癇癪を起こした子供のようにデュノアが怒鳴ってくる。

「邪魔しないでよ!」

「邪魔するに決まっているだろ! 自分が助かるために他の誰かを犠牲にしていいて本気で考えてんのか?」

「別にいいでしょ。先輩だって沢山の人を殺してるんだからさ」

 まるで当たり前の口調で言うデュノア。

「その先輩ね。ペットロボットのAI、人を見かけると本物の動物みたいに近づいていく人懐っこい風にプログラムされた物を作ったんだけどさ、それがどんな風に使われているか知ってる?」

 まるで話しているうちに笑い話になったかのように笑みを浮かべ始めるが、その笑みには普段から見せるような黄金比が整ったような作り笑いではなく、歪んだ笑みを浮かべていた。

「人間を探知して向かっていくミサイルに早変わり! おかげで紛争国のゲリラどころか政府軍、民間人とかまとめてボンになったんだって!おかしいよねー。人を癒す機械が、人を殺す機械になってさ。しかもそれを作った張本人は引きこもって隠れるって! おかしくておかしくて笑いが止まらないよ!」

 アハハハと笑いながら、平然とそんなことどうでもいいと言っている。

 本当に心の底から笑ているようだったが俺はその話やデュノアの変わりように動揺することも、ましてやデュノアの笑いに同調することもない。

 一人笑うデュノアを見てしらけていた。

「……で? 自分のしていることの意味も分からない奴がこいつを非難するような立場にいるとは思えないんだが?」

 デュノアの笑い声が止まる。

「は? 何言ってるの章登? 僕は助かる、人殺しはこの学園から居なくなる。一石二鳥じゃないか。僕は正しいんだよ?」

「自分で諦めて、上辺だけ取り繕って、人を不幸にするのに抵抗がないてめぇの方がよっぽど間違ってるな」

 デュノアの目が吊り上がっり今まで半弧を描いていた口が一結びになっていくがどうでもいい。

 アキラは逃げ出した。自分の力が他人に利用されるのを恐れて引き籠った。

 デュノアは何もしない。ただ自分が助かるために他人を利用する。

 どちらが正しいのか。どちらが間違っているのか。

 少なくとも俺はデュノアが正しいとは到底思えない。

「自分の価値は自分で決めるって誰かが言った覚えがあるけどさ、他人の価値を決めるのもそいつ自身だ。アキラは罪人かもしない。だからっていいように利用していい理由にはならねぇんだよ! 他人の人生、価値をてめぇが決めるべきものなんかじゃねぇんだよ!」

「うるさい……。君に一体何がわかるの? 優しくしてくれたお母さんは突然いなくなるし、血のつながっている父からはこんな命令しかくれない。僕はそれに従わないと生きてすらいけない! こんな生活に満足しているわけじゃない! ああ、そうさ。仕方ないって諦めてるんだよ! でもね、これ以外に生きる方法なんてないんだよ! 上から目線の説教なんていらないんだよ! 組織の力を知らないお前が口うるさく説教かますな!」

 激昂する。

 確かに社会という枠組みの中に家と学校しかない俺にとってデュノアの苦労なんてわからない。

 

 だが、

 

 デュノアは左手に近接ブレード『ブレッド・スライサー』を呼び出し、右手のサブマシンガンで取っ組み合って終わらせるらしい。

 

 だからこそ、

 

 足元に落ちている武器を一つ拾い上げる。それを機にしたデュノアは瞬時加速し空いている距離を一気に詰めてくる。

「てめぇ一人が辛い目会っている訳じゃねぇんだよ! 自分の考えだけ押し付けるな!」

 起き上がると同時に拾った武器を跳ね上がると同時にアッパー気味に振り上げる。

 だが、幾ら不意を衝こうとも崩しきった体勢からの攻撃は遅かった。瞬時加速で一瞬目に映る世界が広がるようにして歪んだデュノアには振り上げる前に懐に入って決められると思っただろう。

 故に止まる理由はない。

 未だ振り上げている最中で腕の動きを見れば自身の体に達していないことが分かっただろう。

 だが、達していたのだ朱色のラファールに俺が持った武器の刃の先端が迫っていた。

 手にした武器は『ブレーデッド・バイケン』と呼ばれる伸び縮みする大鎌だ。

 鎌。つまりL字の武器なため剣や槍とは違った運用法が可能である。

 盾を潜って相手を突き刺す。先端を重くしての攻撃力の増加。引っかけて体勢を崩させる。

 だが、俺が大鎌を使う理由はそれらではない。

 剣のような直線的武器で相手に刃を届かせるよりも、ナイフで相手を突き刺すよりも、鎌のような刃の先端が長く出ている武器の方がより速く相手に届くと思ったからだ。

 相手を攻撃するのに近接武器である必要はないが、銃を使ってあてる自信はない。散弾は回りに落ちているエネルギーカートリッジや爆薬などに当たって誘爆するかもしれない。

 だからデュノアも至近距離で止めを刺そうとしてきたのだろう。

 故に瞬時加速したデュノアを鎌の刃の峰部分が受け止め、突進してきたデュノアは壁に当たったようにしてのぞける。

 突進の衝撃を地面に足をつけ緩和させ、瞬時に鎌を振り上げのぞけっているデュノアを渾身の力を込めて大鎌で頭を殴りつける。

「がっ」

 それだけでは済まさない。切り返しで顎に狙いを定め殴り、強制的に顔を上げさせる。その正面の顔からスイングするようにして大鎌を振るいデュノアを吹っ飛ばす。

 絶対防御のおかげで切り傷は付いていないようだが痣くらいは残るだろう。明日学校にいられるかは知らないが、いたら大ごとになりそうだなとぼんやりと思う。

 仰向けにして倒れるデュノアはピクリとも動かない。

 気絶したのか、シールドエネルギーを切らして機体が動かなくなって動けないのか。

 だが、そちらばかりを気にしてもいられない。

 

 後ろを向いて、ここまで来た目的を忘れてはいない

「大丈夫か?」

 倒れたコンテナの陰に隠れるようにして小さくうずくまっている少女はそこを覗き込んできた顔に「っひ」と強張った顔を見せる。

 一応助けに来たのにそんな顔をされると落ち込んでしまう。こういった場面では女性は脳内変換で、白馬の王子様が迎えに来た様子を思い浮かべるものと思っていたがそういうこともないらしい。まぁ、そういったがらでないのは自覚しているが。

「とりあえず早く生徒会室にいかねぇと。脅威がデュノアだけとは限らねぇし」

「……い、いいのか? わ、私が、どんなこと、ししたのか分かっただろ」

 まるで場違いなことを言っている気がする。だが少女にとっては重要なことらしい。

「わ、私はここから、で、出ちゃい、いけない。な、何かを、作ったて、だ、他の誰かが、て、手を加えて、他の道具にしちゃう。だから……」

「……俺には客観的なことしか言えないけど、お前が全部の責任を背負う必要はねぇ。そういう風に改造した奴、それを使った奴にも責任はある。俺もお前の大元の……『武器』を使ってる」

 少女に言葉を濁すべきか考えたが、少女の開発を使っているのだ。だったら自分もその責任を負うべきだと思い俺にも言い聞かせるようにはっきりと、言う。

 俺が使っているのは武器で、引き金を引けば誰かを傷つけるものだと。

「だから、使っている俺や、改造した奴に責任を押し付けられるんだ。けどしなかった。だから、そんなことが出来るくらいに真面目で優しいんだ。自分自身で罰を下すべきじゃねぇ。」

「し、司法で、裁かれるべき……?」

「違う。自分の開発で人が傷ついたと責任を感じるのなら確かに開発を止めるのは分かる。だけどお前がこんなところに一人だけで責任を感じる必要はねぇ。自分で十字架を背負うって決めたのなら背負ったまま歩くべきだと思う。今は疲れていてもいつか歩き出さなきゃいけねぇんだ」

 俺の本心からの言葉が届いたのか分からない。

 人に会いたくない。人を信じられないだったら終わりだ。

 俺は彼女が大元の武器を使って戦闘をした。

 目の前でだ。

 俺が言っている言葉が信用できなかったら更識先輩を呼ぼう。更識先輩のISの識別番号や秘匿回線番号が解らなかったので繋げられないが携帯で呼び出せば来てくれるだろう。

「今は他の場所に移動して、その後で考えてくれ」

 機械の手を少女に差し出す。

 恐る恐ると手を伸ばす少女。

 

 だが、その手が握られることはなかった。

「その予定はキャンセルだ。来るべき場所は我々のところだ」

 直後、視界が暴力的な光に包まれる。




 はい。デュノアが天使ではなく自分の事しか考えない自己中になりました。
でも、なっても仕方ないんじゃないのかな。原作じゃデュノアは会社と縁が切れていないし、会社も潰れていない。相手を信用させるためにばらして付け込むための演技だとしたら? だから6巻ぐらいに女性だとばれてもフランスから支援を受けている。

 そう思うとぞっとしません?

 アキラは誘拐されそうになっていますが、白式と同じ物作ってもパクリだと非難されますし、欠陥品ですし。でも拡張領域が多くできるデュノア社の技術を併用することができれば銃は持てるし、持久戦は強い、逆転の高火力兵器が使える等利点があります。
 ただ、それらを併合できる技術を持ったスタッフがいないこと、第三世代のワンオフを使えるまで技術がないことから優秀な技術員がほしい。
 だったら優秀な奴攫おうぜ! というのがデュノアパパの意見。

 例えばIS学園の隅っこで殆ど他の生徒との交流がない奴とか、非難中傷で人が怖くなって恐怖でコントロールしやすい奴とかね。
 ただ、更識先輩からの指示には無理がありましたかね……。

 最初はデュノアは操り人形でそこから会社という操演者から抜け出して、自立するというのがありましたがこれじゃ無理かな。デュノアパパも悪人ではありませんでしたし
 学園から追放か残すか考えいますがこれから先の展開をどうしようか迷ってます。
 故にたぶん次の投稿も遅れます。すいません。
 


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18話

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 治ってない誤字

なんでさ
もう、目測でやるしかないのでしょうか?


 辺りがすっかり暗闇に包まれた海上で戦闘が開始されていた。

 豪雨と波が出す音で発砲音、金属音は暗闇に紛れ学園内部から正確に聞き取ることはできないだろう。

 それぞれ隊員ごとにチューンされた10機のラファールが踊り、20機の教員用のISが荒れ狂った海の上で飛び回り戦闘している。

 2対1の戦力比だが、数に惑わされ動きを鈍らせたり戸惑うような操縦者はデュノア社側にはいなかった。

 早々に落ちないのはそれだけデュノア社側が訓練しているからだろう。それに加え教員たちはあくまで教師だ。生徒に教えるのが本業であり、自身の技術向上は劣らないように最低限だろう。錬度であればデュノア社側が勝っているといっていい。

 性能の方では教員たちの方ISコアを使っているので分があり、織斑千冬は見た目は打鉄だが専用のチューンがされかなり速度が出せる様にしているらしく、山田麻耶が乗っている改修型のラファールにも引けを取らない。榊原 菜月(さかきばら なつき)や各教師たちもそれぞれ自分に合わせた機体調整をして嵐の中を戦闘していた。

 デュノア社側が個人チェーンをしているのはあるがどれもIS電池を使っており稼働時間、出力には限界がある。

 だが、それらを連携で補い戦闘を続行しつつある。

 一気に決着をつけるような戦い方ではなく、淡々と回避し弾幕を張り相手を近づけさせないような戦い方。相手にじれったさを与えるような粘る戦い。

 開戦は10機と20機の牽制による射撃でどっちつかず状況であったが、ジワリジワリと距離を詰めて来た。

 このじれったさに動いたのは織斑千冬であった。

 本来彼女はこのような明確な結果がでないような戦いはあまりしたことがない。

 白騎士事件の時にはミサイルの撃破というスコアが分かりやすく、モンドグロッソでは試合で勝ち負けが決まり、それも俊足で雪片の攻撃力による一撃離脱。剣道でも余りの強さに大抵が2、3振で面を取ってしまうような猛者である。

 持久戦や消耗戦の心構えがあったとしても想像と現実では使う体力や緊張感も違う。

 そもそも言葉より手が出る教育者がじれったい戦いを望むだろうか?

 答えは否や。相手が罠を張るのなら食い破ってしまうのが彼女の流儀であり、こう着状態というのは彼女の望む形ではないため、彼女は腹の奥底で苛立ちを溜めていく。

 このような防衛戦より、思いっきり暴れるのが彼女の性分としては合っていた。

 これが防衛が容易い状況であったとしても、おそらく彼女は攻撃に出ることで状況を打開しようとするだろう。

 頭で理解して体と感情がそう動くのだ。

 感情と経験の問題。

 短時間で終わるため長時間に募る苛立ちの感情の押さえ方を知らない、負けを知らないため勝ちしか知らない彼女には、勝ちが見え辛く遠い長期戦で勝つというのは無理なことであった。

故に前に出る。

 

 自分の得意な近接格闘が可能な距離まで近づいてきたとき織斑千冬の打鉄が先陣を斬っていく。

 盾を構えた機体に切りかかって行ったが即座に相手の上を通る様に飛び、相手を通過するところで刃筋を立てながら体ごと回転し、その動きに合わせ刀で相手のスラスターを傷つける。

 そこのバランスを崩された隙を逃すはずもなく、機体を一瞬で反転し相手に斬撃を放つ。だが、流石に相手も手ごわく、機体制御がやり辛いはずなのに物理シールドで斬撃をそらし、手に持っていた火器で反撃しようとする。

 だが、受け流したはずの刀が軌道を翻して火器を真二つにする。まるでチェスのクイーンにターンを無視して3回連続で行動しているようなものだ。

 織斑千冬を相手にしていた機体は目の前の相手に気を取られすぎて、先行している織斑千冬に追いつくようにして機体に飛び出してきた機体。

 剣道部の顧問の榊原先生が乗っている打鉄『撃鉄』が『HW01-ユナイトソード』を変形させ片刃の強大な剣を片手ずつ保持して後ろから切りかかってくることに気付けなかった。

 ユナイトソードは鉄板が刃になった幅広い片刃の剣、ナックルの様に手を保護するように「く」の字のようなカタール、そのカタールの下に標準のナイフを左右対称に繋げて出来た大剣なので分裂させることも可能だ。

 そんな刃の集合体な大剣に左右から挟み切られ、操縦者ごと押しつぶすかのようにラファールの装甲を潰しながら切る。押し出されたラファールの装甲はひしゃげ潰れ痛々しい。

 その振り終えたところを4体のラファールがミサイルポッドを展開し発射。4方からの猛烈な攻撃に慌てることなく、双剣を刃から刀身に捻りそのまま手首を回転。まるで2つの草刈り機が回る中にミサイルが激突し爆風を生み出す。

 双大剣に煤の様なものが付着しているが、叩き斬るのには問題ない。

 問題は陣形と機体性能であった。

 

 防衛線から離れすぎて孤立しているのに等しい。確かに全盛期の織斑千冬で、ISが『暮桜』であったのならどうにか出来たであろう。だが、今乗っているのは個人的に改良されているとはいえ『打鉄』である。

 いくらISが身体の延長上とはいえ自分の身体ではないのだ。一次以降で機体が自身を理解していない機体でいつもの感覚で動かして誤差が、消耗が、劣化が出ないはずがない。

 さっきの攻防でもそれは出ていた。本来一撃で切り伏せられたが、三撃必要とした。もし乗っているのが『暮桜』ならば雪片の特殊能力のバリヤー無効化ならばスラスターに一撃入れただけで戦闘不能になっていただろう。

それだけ織斑千冬の動きに量産機ではついていけないのだ。機体の性能を考えず無理やり動かし続ければ異常が発生しないはずがない。

 実際、各部のスラスターの冷却が追い付かず熱を帯び始めている。このままいけばオーバーヒートして機能しなくなるかもしれない。

 だが、織斑千冬は各部スラスターを制御し盾となってくれていく榊原先生のことを無視して陰から出て敵に向かっていく。

 一機が4つの多方向推進翼に付いている盾の裏側に接続された武器ミサイルポッドから一斉に48発もの小型ミサイルを開放する。

 強引にミサイルの誘導を振り切り、他の機体が回避先に照準を合わせアサルトライフルを放つ。牽制にしてはこの嵐の中精確な射撃だったため回避しようとしたが強風に煽られ中々思うように動かないため盾で防ぐことを選択した。

そのために勢いが削がれ各方位から銃弾を食らう。

 弾が盾に当たり軽快な、しかし物騒な音楽を奏で反撃しようとした所を後ろ接近している織斑千冬の打鉄が背後から斬られそうになる。

「くっ!」

 避けきれないと思い刀と短刀が切り結ぶ。

 浮遊している物理シールドは依然として操縦者を守っているが物量が多いため壊れるのも時間の問題だろう。

 この状況を切り抜けるために短刀を弾き切り掛かろうとするが、挙動が一瞬遅れる。

 無理やり動かしていたので、故障とまではいかないが反応が遅れる。

 そこを好機とばかりに短刀が胸元まで迫るが突然の横槍に敵機が吹っ飛ぶ。

『打鉄 撃鉄』の強靭な馬力で投擲されたユナイトソードが相手を釘刺しにしかねない勢いで飛来したのだ。

 しかし、それで敵機の標的が榊原に向くかと言うとそうではない。

 確実に弱っている獲物を早々に片付ける方が先と判断したのだろう。銃弾は打鉄の浮遊している物理シールドを壊さんと激しく叩き付けている。

 流石に物理シールドの耐久値を超え軋みを上げ亀裂が走る。そして、小型ミサイルで粉砕され爆風の衝撃と破片が織斑千冬に叩き付けられる。

 これを好機と前線を押し上げるデュノア社側の部隊。が、山田先生や他の教員達がグレネードとアサルトライフルを発射し牽制し、前線を引き留めようとする。それでも、1 機逃してしまい。学園の方に迫った。

 この場にいる8機が決死の覚悟で教師陣を食い止め始めた。

 逃した1機は夜の暗闇に紛れるようにして姿を消し学園に接近する。

 

 

 特殊加工し水中にいたISが海上で学園側のISが戦闘しているのを見計らい闇に紛れIS3機が上陸する。本来この嵐だと海流の動きで流されるはずなのだが腰に付いたアンカー、足裏のスパイクで海底に体を固定し、重装甲に物理シールドを6つ取り付け重くして海流に逆らい、海底を歩いてきたのだ。

 ガスマスクの様なヘルメットを被っており、それと繋がっている一抱えある酸素ボンベを上陸時に下し目標に向かう。

 10機近くのISは、学園の外れにいる開発者は、シャルル・デュノアの回収は囮に過ぎない。

 本命は織斑一夏の誘拐。

 デュノア社のIS10機と操縦者10名を失ったとしても取り返しは可能である。秘密裏に育て表沙汰にはならない部隊なのだ。

 シャルル・デュノアをスパイだとばれやすいように潜入させ、目標を達したシャルル・デュノアを別働隊が回収しに来たと思わせるのが目的だ。

 ここで彼らとは別のルートでデュノア社の極秘の研究施設に運べば

 無論、今戦っている部隊はそのことを知らず必死に食付いてくれるおかげで、誰もこちらに気付いていないはずだった。

 だが、気づかれてしまえば対策は打れてしまう。確かに主な防衛力は教員のISによる戦力だが学園には教師だけが住んでいるわけではない。

 目標に向かおうとISを飛ばそうとした時、違和感を感じ戸惑ってしまう。

 飛ばないのだ。足に何か絡まっているようで。

 目を凝らしても何も見えない。これが雨天時でなくただの夜ならその足に絡まった水に気付けただろう。

 だが、さっきまで海中に潜み、今も雨に打たれて自身の体がぬれていたのではとっさに水が植物のつたの様に絡まっているのは解らない。解った所で今度は不可思議な現象に恐怖感をあらわにするだけだろうが。

「くたばりなさい」

 そんな時、正面からいつの間に接近したのかISを纏った人物、更識楯無がいた。

 こんな土砂降りの中でISを纏って対峙するなんて敵に決まっている。故に近接ブレードを引き抜こうとして、腕を腰に伸ばそうとするができない。

 足に絡まった水は毛細血管の様に相手に広がり動きを拘束していた。本来水にはこのような拘束力などない。が、透明なナノマシーンを連結し各部に行き渡らせればそれは全身に糸や鎖を巻いているに等しい。

 そんな動けない敵に容赦なくガトリングが内包されたランスを悠然と相手の顔に向け発砲。ガトリングの弾が雨霰と放出され顔にぶつかっていく。

 ヘルメットはすぐさま砕け、肌が露出し、絶対防御が発動する。しかし、いくら生命を守られると言っても怪我や傷を負わない訳ではない。打ち身や打撃の様に青痣が出来ることもある。

 ボクサーのパンチの様な銃弾を瞬時に顔に受けたIS操縦者の顔は鼻が潰れたのか鼻血をダラダラ流し、青痣を頬や額に作り、眼球は潰れかけ、顔は全体的に腫れている。もとは美しかったかもしれないが、今の姿では初老で顔が崩れ肥えているおばさんにしか見えない。その顔は傷が治っても一生そのままも印象になってしまうのではないかと言うほどに腫れている。そもそも鼻の骨が砕けている時点で顔が元に戻る可能性を与えない。

 その一瞬の形成術に恐れをなしてか震え始める2人の捕虜。

「待ってくれ! 降参する」

 所詮金で雇われている関係である。利益よりも損失の方が高ければ、何よりこの状況で反撃の機会なんてないに等しい。ならば相手に牢屋に入れられ捕虜として扱われる方がまだましだ。IS学園には同じ女性しかいないため酷い拷問は受けないだろうと思っていた。

 が、そんな考えは一蹴される。

「知ったことではないわ」

 更識楯無はいつもなら声にしないような、感情など含まれない冷え切った声をだす

「別に捕虜でもなんでもないし。だって武装放棄すらしてないのだもの。まだ戦闘は継続中よ」

 この場合ISを脱ぐことで武装放棄となるのだろうが、毛細血管の様に広がった水の網が邪魔をして脱ぐことができない。

 そのため、戦闘放棄してはいない。量子変換で爆弾なりナイフなり呼び出してくる可能性があるのだから。

 要は更識楯無による一方的なリンチ。

「ここに手を出したことを後悔しなさい」

 ガトリングガンを内蔵したランスが唸る。

 

 

 

「邪魔、だっ!」

 そう吐き捨てながら一閃。進路を塞いでいたラファールの推進翼を斬り裂き海に落とす。が、攻撃後の切り返しや軌道が遅い。そこにアサルトライフルの弾幕を当てられる。

 普段なら何てことはない。冷静に対処すれば避けれる。が、ISが1機突破し学園に向かったことに危機感が募り、いくらチューンしているとは言え打鉄の処理限界を超え続ければ正常には働かない。

 そのため今の剣技には洗礼さが余りない。刀にはヒビが走り刃先が欠けている。

 回避行動しようと機体を動かすが、強風とこれまでの戦闘の消耗で思うように動かすことができず立て続けに食らってしまう。

 そこに遮るように壁にも思えた大剣が前に出てきた。

「何やってんですか! 機体がアラート言ってるのに一人で突っ込み過ぎですって」

「いや、しかし! 私が生徒を守らなければっ!」

 まるで言っていることは義で気心地がいいが、その声音には苛立ちと不満が含まれている。

「アホくさい。生徒を守るとか考えてないでしょうに。ただ自分の名前に傷がつくから嫌々やってるだけでしょうに」

吐き捨てるように榊原は言う。

 未だに銃撃を続けられ重音を鳴らし、ユナイトソードが枯枝の様に軋みを上げ亀裂が広がる。

 織斑千冬は最強だ。それは他の戦闘教員と比べて飛びぬけている。その力で織斑一夏を救いに行き、ラウラボーデヴィッヒを鍛え部隊の上位にすることができた。この力が誰かの役に立つことを覚え学園に赴任することにも抵抗はなかったし今後ともその様にしていくべきだと思った。

 だが、ラウラボーデヴィッヒは暴力を振るう事で自分を正当化するようになってしまい、女尊男卑の世の中では、力が強い方が偉いと思われる世界では自分が正しいのか疑問に思ってしまった。それを自分が起こしてしまった事であるし、否定されると今までしてきたことを水の泡のような気がして正当化しようと強くあり続けなければならないと思っていた。

 誰よりも強く、その力で誰かを救う。

 だが、榊原はまるで織斑千冬の言動に何の深みがないと断じた。

「守るといいながら守っていないのはどこの誰ですか? ってか、本当に守りたいものなんてあなたにないでしょ」

「何を言って」

「だって、織斑先生、真意に相手の気持ちに向き合ったことなんて一度もないでしょ」

「―――」

「ない」とは言えなかった。

 ボーデヴィッヒのことについては何もしていないというのは事実だ。どうやって解決すればいいのか分からないから放置している。

 一夏にしてはもはや他の代表候補性に任せる始末だ。自身に声を掛けなくなったからとか、他の代表候補生の動きも参考になるとか自身で納得させて。

 唯一の弟が何かしらの事件に巻き込まれ戦うことになるかもしれないのに、使用機が自身の後継機であるのにアドバイスもしていない。

 

「あなたは暴れたいだけでしょうに」

 その一言は織斑千冬の本心を現していた。

 生徒に体罰をしている時点で暴力的な人間であり、生徒が問題を犯しているのに何もしない無関心。

 そんな人間が誰に何を教えるというのかなどわかりきったことだ。

 

 暴力。ただそれだけしか教えられない。

 

「どっかいってください。邪魔です」

「だが、倒さなければ―――」

「守ることが重要なのに攻めてどうするんですか」

 脅威を無力化すれば勝ちなのではない。脅威から守りきれば勝ちなのだ。

 教員達は訓練を受けているとはいえ自主的な参加だ。

 そもそも彼女達の仕事は教えることであって戦うことなど二次的なことに過ぎない。 操縦訓練や競技としての戦法は教えるが、他人との命のやり取りなど教えるはずがない。

 ましてや訓練された兵士と殺し合いになる戦いなど蚊帳の外といっていい。

 決して戦わなければならない命令があるわけでも、戦いたいだけの人物達の戦闘狂の集まりではない。

 ただ、未来に向かっている子供達を守りたい。

 たったそれだけのことで今この場にいるのだ。

 それだけあれば戦えるのだ。

 だから、

「防衛戦を、生徒を守る気すらないのなら消えてください」

 

 その一言で織斑千冬は分かってしまった。

 結局今まで自分がやってきたことはただの暴力のはけ口を探していただけなのだと。

 暴力を振るうための言い訳を探していただけなのだと。

 

 そんな事を思っていた時、いよいよ大剣が壊れた。

 壊れた直後、腰部に取り付けられた鞘をぐるりと回転させ先についている散弾を相手に向け放つ。

 集中砲火で攻撃することに意識を向けていたため、とっさの攻撃に銃口を向けた相手は反応できず、そのまま大量の鉛玉をくらい衝撃でのぞける。

 その一瞬の隙をついて動きづらい織斑千冬の乗った『打鉄』を抱え瞬時加速する。

 一気に防衛線まで戻った時、抱えていた織斑千冬をその場に放り投げる。

「榊原先生!?」

「すいませんが余計な問答をしている暇はありませんのでこのまま学園に入った侵入者の方に向かいます」

 

 

 

 

 突然の爆発に目を瞑る。

 だが爆発したのに体を襲う爆風や破片はない。真っ白な光が網膜を焼きつかせ痛みが目を覆い、莫大な音が耳を引きつらせる。

 目を瞑ったところで防げるはずもなく、なすすべなくその場でうずくまってしまう二人。無論、そんな隙を見逃すほど相手は甘くない。

推進翼を吹かして速度の乗った蹴りを章登にかます。そのまま壁に突っ込み回復するまでに数秒は掛かるだろう。

 それを確認した後、うずくまって恐怖で、痛みで顔が歪んでいる少女を力づくで抱える。

 耳は聞こえず、目も見えない状況で、感覚だけが彼女の脳に連れて行かれるという恐怖を与える。

 このまま連れ去られてまた何かを作らされるのか。

 また人を殺してしまう武器を作るのか。

 そんなことはしたくないと、ここから離れたくないと拒絶の感情が彼女の体を動かす。

 ジタバタと手足を動かし、必死に暴れる。

 

 打ち身が酷い。咄嗟のことであったので受け身をとることができず壁に激突したからだろう。頭をぶつけたせいか風邪をひいた時のようにぼんやりとする。

 朦朧とする意識の中では現状を認識することすら困難であった。

 さっきの光は何だったのか、衝撃は誰が放ったものなのか、体を動かすのも億劫である。

 そんな視界の中で機械の腕に抱かれながらも手足を必死に動かしもがく少女の姿があった。

 それだけ分かれば十分。

視界が戻ってくる。ISの操縦者保護機能が働き失った視力を回復して目の前の光景を見せる。

鮮明になった光景は少女の恐怖で強張り涙を流す顔を見せる。

立ち向かう理由はたったそれだけでいい。

億劫な体を動かし前に進む。

 

 立ち上がりこちらに歩いてくる章登を一瞥したラファールの操縦者は迷わず近接ブレードを投げる。

 弾丸は寸分の狂いなく章登の胸の装甲に当たる。

 だが、その歩みは止まらない。

 予備の武装なのだろうか、膝下のマルチウェポンラックから近接ブレードを取り出し 次々と投げつけてくる。シールドエネルギーを現す表示はみるみると無くなっていくが、それに物怖じしたりはしない。むしろ歩幅を早め走ってくる。

 照準を変え顔に当たるように修正し後ろに引きながら投げつける。人間は本能的に顔を守ってしまう、故にそれで怖気づいたところでタックルして飛ばすつもりだった。

 だが、顔の前に手を置くことすらせず突っ込んでくる。

 少女が暴れているため飛ぶこともできない。

 このまま瞬時加速してしまうと強力なGでブラックアウトどころかレッドアウトして頭部の血管にかなりの負荷をかけ脳内出血する可能性がある。

 軽めに飛んだところであちらが瞬時加速すればすぐさま追いつかれてしまう。

 しかし、どうすればいいかと考えている間に崎森章登は攻撃範囲に入る。

 近接ブレードで突きを放つ。

 だが、突き出した手を左脇に挟み込み拘束される。

 

 引立《ひきたて》と呼ばれる柔術がある。

 突き出された腕の側面に回り、相手の横で脇で抱え込むようにして腕を拘束し、もう片方の手で相手の手首を取り腕を一直線に伸ばすことで無力化する技である。

 

 章登は真正面から相手の右手を脇に挟み、肘を手で押すことで腕を一直線にして動きを封じる。相手は左手で少女を抱え込んでいるため手放さなければ反撃はない。

 そこに右手で単分子カッターを展開し首に突き刺す。

 絶対防御に阻まれ相手を傷付けることは出来ないが見る見るうちにシールドエネルギーを削らせる。

 このままでは負けると悟ったのか相手が少女を空中に放り出す。

もう片方の手に近接ブレードを持ち章登に振り下ろす。

その速度は素早く密着した相手は避けられはしないだろう。

首筋に迫る白刃。その軌道は章登の目には遅く感じた。

 オルコットとの対戦の時の様に世界が遅くなる。

 瞬間反射現象。

 スローとなった世界でも章登の動きが速くなったわけではない。むしろ遅くなった分、白刃の進みスピードにジワリジワリと近づいてくるため恐怖が増す。

 そんな中で右手を動かす。慌てず、だが機敏に。

 首に置いた単分子カッターを相手の近接ブレードの側面に滑らせるようにして外側に押し出しつつ、軌道を変える。

 そして相手の刃の軌道を変えつつ自身の刃は相手の手首に向かう。

 手首をとらえた刃は切り刻まんと刃を回転させ火花が迸る。

 一瞬の抵抗の後、相手のシールドエネルギーが尽きたのか丸太を切るようにして、単分子カッターが相手の手首にめり込んでいき、切断する。

 そして、手首を切断し終えた単分子カッターを相手の喉元に突きつける。それと同時に時間の延滞が無くなっていき瞬間反射現象が解除される。

「……っ」

「……で? 投降するのか?」

「…………」

 返答は沈黙。

 どうしようかと悩む章登。

 さっさと喉元に単分子カッターを突き刺して早々とここから退散するべきではないだろうか? そんなことをせずともアキラを担いで退散するべきだろうか? 

 そんな考えが頭の中をめぐる。

 ゴールデンウイークに敵に向かって銃を撃ったのだ。相手を傷つけることが出来ないというわけではないだろう

 相手を殺すのが嫌? 確かに人殺しになどなりたくない。こっちは学生なのだ。命のやり取りなどしたくもない。

 だいたい俺はいったい何をやっているのだろう?

 そう思い単分子カッターを下してアキラの方に向かう。

 

 なんて間抜けな奴。

 眼前にいる敵に背を向けるなどどれだけ甘い奴なのだろう。

 まだ微かに残ったエネルギーを起動し敵の背に照準を合わせる。

 敵のシールドエネルギーも残りわずかだろう。

 ならば即座に引き金を引き相手を戦闘不能にし、棺桶になった相手を殺して任務を遂行する。

 

 別に章登は油断していたわけではない。

 ハイパーセンサーの360度見渡せる性能を生かして後方の相手を警戒していた。故に相手が銃口を向け発砲直前、身をひるがえし手にしていた単分子カッターを―――

 

「私の生徒に何してんだぁあ! うらぁぁあああ!」

 

 何かが叫びながら勢よく飛んできた。

 突然のことで単分子カッター突き出す体制で固まってしまう。

 飛んできた何かはラファールを引き飛ばし倉庫の壁に叩き付ける。

 そしてぶつかった反動で止まった何かを見てみると打鉄 撃鉄であった。

「大丈夫!?」

「え、あ、はい」

 しどろもどろになりながらも答える。

 しかし、これだけのことがあったのにアキラの方は返事がない。立て続けに起こった出来事で口が開かないのだろう。そう思ってアキラに目を向ける。

 そこには少女がピクリとも動かず倒れていた。問題は黒い液体が頭の周りに纏わりついている。それをハイパーセンサーが血と判断した。

「……え」

 少女に近づき、呼びかけ少し揺らしてみるが反応がない。コンテナに血が付着している。恐らく投げ出されたときにぶつかったのだろう。

「ちょ……え? せ、先生!?」

「動かさないで! 今医療施設に連絡して運んでもらうから横に寝かせなさい!」

 いつか聞いた話であるが、意識のない人に仰向けに寝かせてしまうと喉に舌が落ちたり、嘔吐物が詰まる可能性があるため、気道確保のために横に寝かせるらしい。

 そういった応急処置を施しつつ医療施設からの人物を待つ。

 

 

 白い廊下を蛍光灯が照らすからぼんやりとした感覚が拭えないが、長椅子に座った章登は床を見続けるしかできなかった。

 あの時どうすればよかったのか、話すことなどせずさっさと避難すればよかったのではないだろうか。そんなことを考えて思考を捨てる。

 そうしていると隣に更識楯無が座って話しかけてきた。

「大丈夫?」

「平気に見えると思うんですか?」

「まぁ、そうよね。でも、自分を責めるのは筋違いよ」

 そう言った後に続く言葉はアキラの所に行かせた自分を責めるものと思っていたが違った。

「シャルル・デュノアがあそこに行くのが分かっていて、あなたをあそこに行かせたのだから」

 ……彼女は今何と言っただろうか?

 自分の判断が間違っていたという自負なのだろうと思ったが、この言い方ではまるで戦うように仕向けたとも聞こえる。

「……どういうことですか」

「シャルル君と戦う理由があるの。

 1つは確実な証拠を掴むため。データなら破棄や消去される可能性があるけど、暴行なら傷が証拠になるから。それによる賠償や取引材料。

 2つ目はシャルル・デュノアを拘束するため。

 3つ目はIS学園の防衛力の高さを他に知らしめることで各国に牽制」

 3つ目の理由は先月の所属不明機がIS学園に襲撃してきたことが原因だろう。あれで防衛力がないと判断されてしまうと他国が防衛という名目で干渉してくるからだろう。しかし、それを俺にさせる理由はない。シャルル・デュノアを拘束するなら俺でなくともいいはずだ。

「俺がデュノアと戦う理由は? そもそもデュノアに負ける可能性の方が大きいはず」

「最初はあなたと戦わせる気はなかった。本当にアキラちゃんを誘導したかっただけ。そのためにあなたにアキラちゃんのこととか、狙われる理由を話さなかったのは謝る。でも、話してしまったら余計な感情を持ってしまうかもしれない。それでアキラちゃんと章登君の中にいざこざが起きてしまう方が厄介だから言わなかったの」

 アキラのしたことを他人がどう評価するのか。俺は少なくとも彼女に対して嫌悪感はない。俺が嫌悪するのは彼女の望まない方向に利用した人物と利用しようとしたデュノア社だ。

「デュノア君が誘拐に成功したところで、彼女を利用することは出来ないでしょう。こちらは証拠をかなり掴んでいるから数時間で日本政府が拉致被害を突きつけ、フランス政府がデュノア君や命令した人物を極刑に処する」

 つまりデュノアは首の皮一枚で助かったということなのだろうか? だが、そもそも彼女は組織の命令という暴力を叩き付けられただけで、最初は被害者だったはずだ。それがいつの間にか加害者になっていた。

 それでも、彼女が身の上話をしたときに何か出来たのではないだろうか? 『自分は何もせず諦め流される』という答えを、せめてデュノア社から逃げてしまうという答えにできなかったのだろうか。

「……なんでアキラみたいに逃げなかったんだ?」

「……きっと逃げた先が見えなかったのよ。デュノア社から抜けることが出来たとしても、元の家には帰れない。後ろ盾が全くないところよりそこに居続けるくらいしか選択肢がなかった。そう思ったのでしょうね」

 見えない未来の困難より、現状に身を任せて生きていく方がデュノアにとっては堅実だったのだろう。それは悪いことではない。誰だって死にたくはない。だけどやはり自分が生きるために誰かを傷つけるのは間違っている。

 でもそれは俺の感情であってデュノアの感情ではない。デュノアは相手を傷つけても生きたかっただけなのだろう。

 だったらそれを阻害した俺は、俺のした行動はただの偽善ではないだろうか?

 アキラは守れなかった。

 デュノアも救えなかった。

 精一杯力振り絞って頭使った結果がこれだと、ピエロとしか思えない。

「俺は、どうすればよかったんだ?」

「……アキラちゃんは誘拐されずに済んだ。かなり強く頭を打ったけど命に別状はない。アキラちゃんが誘拐されていたら、デュノア君は法で裁かれず他の第三者が介入してアキラちゃんはそれに巻き込まれたかもしれない。デュノア君は裁かれて刑期を終えれば外に出て一般人として過ごす。これ以上は望みすぎじゃないかしら」

 確かに自分のような半人前が戦闘し誰も殺すこともなく殺されもせず済んだのは運がよかったのだろう。

「あなたはアキラちゃんの命と心を守った。それでいいでしょ?」

「……ありがとうございます」

「それを受け入れたら今日はゆっくり休みなさい。アキラちゃんにはまた会いに来ればいいでしょ? アキラちゃんも寝ているんだし」

 それを言われた後、俺にできることはもうないと言われたようで無念さを押し殺しながら自分の部屋に戻る。

 

 

 更識楯無は出口に向かって行く崎森章登を見送りながら、倉庫に駆け付けたことを思い出す。

 虚からの報告を聞いたときはまずいと思い急いで駆け付けたものの、そこについて結果を見ればどうか。アキラを連れ去ろうとしたデュノアは床に伏せ、教師陣と戦ってきた部隊の1人が戦闘で消耗しているとはいえ叩き伏せた。

どう考えてもおかしい。

 本来、人に向けて躊躇なく銃を撃つこと自体が厳しい修練の末に手に入れられるものである。それがたった3ヵ月程度で、いや1ヵ月ちょっとで人に向けて撃っている。

普段やっている稽古だっておかしい。習得スピードが他人と比べれば早い程度だと思っていたが、動きを完全に真似ているのだ。

 それらはISの操縦にも出ている。章登がよく転んだり、動きに失敗するのは単に使っている機体の性能不足でしかない。

 もし模倣とないっている操縦者と同じ機体を使えばその通り完全に模倣するだろう。ラファールでは想定していた出力や加速が出せず、タイミングが、体制がずれていて失敗しているにすぎないのだ。

 それらを可能にさせている根拠はある。だが、根拠と習得率とを結びつける道筋が理解できない。

 彼の異常なまでの集中。だが、彼の話では日常では発動せず、模型などを作る時ぐらいに自然と出てくるものらしい。それが戦闘能力を引き上げているのだとしたら、学校での成績にも影響してきていいはずである。

 考えても仕方のないことなのであるが、彼の力が彼女を救ってくれたことに感謝する。だがしかし、どうしても疑念が拭えない。

ISが動かせたのは恐らく篠ノ之束が原因なのであろう。調べたところ彼と同じ会場に織斑一夏も居たことから推測はできる。

 彼を一躍有名人にして、英雄にでもしたいのだろうか。ともかく彼のISを非常にハイスペックな機体にしたりと手をまわしている。

 崎森章登はそれに巻き込まれただけの被害者。

 織斑一夏が動かすところを彼が偶然動かした。

 それだけのはずなのだ。

 彼はここに来るまでは何の変哲もない学生で、彼に特殊な事情などないに等しく、血族にだって重要視は感じられない。

 だというのに、本来勝てない相手に勝った。

 そのことがどうしても違和感を感じてしまう。

 まるで彼に隠された力があるような感じがしてならない。本人も自覚していないような気づく切掛けすらない力が。

 そこまで考えて頭を振る。

「そんなことを考えてもしょうがないでしょうに」

 これからは事後処理などをしなければならないのに、各上に勝ったというだけでそこまで思考をすることに無駄を感じた。いつから自分に妄想壁ができたのかと思うくらいだ。

 とりあえず学園の上層部に報告書を作成しなければならない。

 彼女も自分の部屋に戻り、やりたくもない作業を始めようと意気込みを落とす。

 

 




千冬弱くね? と思われたそこの方。
 一応言い訳しますと千冬自身は弱くないんです。ただ使っている機体が弱い(脆い)だけ。無理やり容器(機体)に物(力)を押し込もうとして劣化し軋みを生んでいるんです。
 これがもし暮桜、白式、赤椿ならはっきしいってIS10機なんて相手が可哀そうに思えるくらいの惨状となります。それを打鉄で再現しようとしたからそうなった。
1VS1の連戦になろうと打鉄でも行けるのですが複数、しかも孤立無援になりつつあるでは正直勝てません。まぁ、教師が殺し合いをしろというのもきついし、剣道やっている人に真剣もって果し合いをしろってできると思うか? というのも入ってます。
そんで本当にやったら何をするかわからないし、ゲーム感覚でやる人だって出てくるかもしれない。
ただ(千冬を除く)教師たちは生徒を守るで一致団結してた。
軍人としての教練は受けたか? 
国家代表じゃないか? 
でも、なったのってかなり早くて受けている時間あったの?
で、いろいろ考えた結果。力、技量は高くても胆力(心)が弱いというのが自分の偏見による織斑千冬の見方です。で、こうなってしまいました。ごめんなさい。

そしてデュノアですが退場させてもいいですかね?


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19話

毎度のことびくびくしながら新規投稿をぽっちとな


「フランス政府からの呼び出してシャルルデュノア君は急な用事で転校となりました」

 朝のホームルームで山田先生がそう告げるのと同時に多数の生徒が驚き、そして叫ぶ。そはやその叫喚は教室中の窓を震わせるくらいにはうるさい。

「先生どういうことですか!?」

「まだ転校してから1ヶ月ともたっていないんですよ!?」

「デュノア君より崎森連れていけよ!」

「おのれ! フランス政府の陰謀か! 天使を我らから連れ去りおって!」

「デュノア君がいなくなったら織斑×崎森しかいないじゃないですか!」

 最後は黙れ。

「えーとですね。デュノア君は貴重な男性IS操縦者でこちらでデータを獲得するより本国でのほうがいろいろな支援を受けやすいことと、代表候補生であるため国の命令に従わなければならないのです」

 そう、オルコット、凰、ボーデヴィッヒが専用機のデータを取りに来たのは政府の命令だろう。代表候補生は政府から給料、支援を受けている。これで命令に従わなくていいなんて道理はない。

 だが、恐らくこの前の出来事で命令で帰らなければならなかったではなく、問答無用で帰らせた、が適切なのだろう。

 デュノア社も上層部が問題を起こし、他の社員どころか社長も関わっている。とニュース番組の中の『海外の出来事』で報道されていた。恐らく責任を負い人員削減、整理が行われるとも言っていた。

 これは恐らくIS学園で誘拐未遂やら戦闘行為やらを隠蔽したい為にフランス政府、学園上層部が妥協した結果なのだろう。

 IS学園で短い期間に2度も戦闘があったなんて日本国民にしてみれば「IS学園なんて言う戦闘基地があるから攻撃されるんだ! 無くなってしまう方が安全だ!」と反対運動でも起きかねないのだろう。

 デュノア、デュノア社の部隊については裁判にかけられ刑期を言い渡されると思われる。世間で騒がれていている人物が死刑にしたり秘密裏に殺したりはしないと更識先輩も言っていた。

 

 しかし、ある程度事情を知っている俺は戸惑うことなく先生の言葉を聞いていられるが他の生徒は気が気でない。

 故に苦情は止まない。もはや隣のクラスから苦情が来ないのが不思議なくらいである。

 その嵐のような叫喚を断ち切る一声が発せられる。

「静かにしろ!」

 織斑先生。しかし、その顔はいつもより疲れているような印象を感じる。

「お前たちは人の話を聞く気がないのか? デュノアは政府の命令で本国に帰った。それ以上の説明が必要か?」

 そう言って早々に話題を終わらせようとするが、いきなりの転校生がいきなり転校することになったなんて普通の学生にとってこれ以上ない話題を取り上げられて不満を抱かないはずがない。それに貴公子としての側面しか知らない女生徒たちはせめてどのような命令で本国に帰ったのか、わたくしたちにはなんの言葉も言わずに帰ったのかと疑問は尽きない。

「デュノア君から『みんな僕のことは気にしないでください。いきなりこんなことになっちゃったけどみんなと過ごせて楽しかったです』と伝言をお願いされました。いきなりのことですが」

少しでも沈静化させたいのだろう。山田先生がそう言うが、気持ちの整理をつけろと言われても無理な話だ。

 それでも彼はもういないことの事実を受け入れるしかなく、授業は通常通りに行われる。

 織斑先生と山田先生が退室したときに追いかける人物もいたが。

 

 

 

「千冬ねぇ!」

「織斑先生だと何度言えば分かる」

 1限目開始前のわずかな時間に織斑は教室を出て織斑先生に詰め寄る。

「どういうことだよ! シャルルが転校って」

「どうもこうもない。さっき言った通りだ」

「そうじゃなくて、あーもう! シャルルが政府の命令に従ったら」

「牢獄行きか?」

 シャルルの事情を伝えるよりも早く、織斑先生が先を塞ぐ。織斑しか聞き取れない小さな声で言われ、織斑はまるでぎこちないロボットのように動けなくなってしまい口をうまく動かせない。

「私たちが何も知らないと思うか?」

「だ、だったら助けるだろ!?」

「織斑君。彼は生徒としてここに来た訳ではありません。それにあなたの白式のデータを取られ、逃亡されたらそれこそ学園の責任問題になります」

 騒ぎになるのを恐れたのか簡単に説明してくる山田先生。しかし、白式のデータを取りに来たとか事情を知っているのだろうか。いや、彼女がスパイだったとしても、それは親が悪いだけだ。彼女の意志ではない。それなら保護されるべき対象のはずだ。

「ここは誰も手出しができないって校則にだって」

「デュノアは代表候補生の時点で企業または政府に帰属している。一般の生徒ではない。その校則も通用すると本気で思っているのか?」

 1つ1つ逃げ道を塞がれていくような感覚を織斑は感じ、さらに追い詰めているのが自分の身内ということが怖い。

「助けられたはずなんだ。どうにか3年の間にどうにかできたはずなんだ!」

「それでお前は何をしたんだ?」

「え」

「何をしたんだと聞いているんだ。答えられないならもう教室に戻れ」

 もう話すことはないと切り上げられたようでしばしば呆然とする。

 なぜこうなったのか。そんなことぐらいしか頭に思い浮かばない。頭の中がマジックボードで書いてあることがそれしかないようで、それ以上のことを考えられない。そこから先を書き加えることが出来ない。

 いや、頭の片隅に、ホワイトボードに消し忘れがあったことを思い出したかのようにその文字を追う。

 あの日、シャルルが自身の秘密を明かしてくれた時にもう1人その場にいたことを思い出す。

 

 急いで教室に駆け戻り、崎森章登の席に向かう。

 崎森はまるで、何事もなかったかのように1限目の教本とノートをカバンの中から取り出している。

「章登! お前何やってんだ!」

「……は?」

 まるで意味が分からないと恍ける顔をしている。しかし、演技としか思えない。

「なんでシャルルを退学させたんだ!」

「何を言ってるんだ、お前は」

「おりむー、話が飛躍しすぎて訳が分からないおー」

 隣にいる名前不詳の人物もそういっている。こちらの諍いを聞こえた周りの生徒も見ているが関係ない。

「お前がシャルルのことを他の先生に吹き込んだんだろうが!」

「一夏さん、何をおっしゃっていますの? 吹き込むも何も政府の命令で帰っただけでしょう?」

 セシリアがそう言ってくる。事情を知らない彼女たちは俺が狂言を言っているのに等しいのだろう。まずは彼女たちにシャルルの事情を話すべきなのだろう。

「だって、シャルルは……」

 そこで気づいた。どうやって説明する?

 白式のデータを盗みに来た。虚偽の宣伝で自社の株を上げようとした。そんなことをそのまま言ったら、きっと誤解するだろう。シャルルは悪人であったとか、そんなことのために来たのかと。

 でも言わないと俺の正しさがみんなに伝わらない。このまま闇に葬っていいはずがない。なによりこんな状況を作り出したこいつを許せない。

「シャルルは白式のデータを盗みに来たスパイだけど、それは会社の指示でデュノアはまったく悪くないんだ。この事実を知っているのは俺と章登しかいない。だから章登が告げ口したとしか思えない」

「一夏さん、企業がそんなに代表候補生を束縛することがあれば大問題になります。フランス政府に喧嘩を売っているようなものですから」

 代表候補生は国家に所属し、政府、企業が支援、援助している。IS操縦者を目立たせるために企業は出来る限りでの機体の整備や強化し、支援し、注目させることで自社のアピールをする。そうすることで利益を得ようとする。政府は自国の威厳を示そうとする。

 だがISは国家の所有物。その所有権はコアを提供した国家にある。戦闘機が勝手に飛んで戦闘しました。なんてシャレにならない。厳重注意ではなく、もはや軍法会議で厳罰実行待ったなしである。

 私的利用した時点でデュノア社は潰されても仕方ないのだ。

「そんなことになっていているのなら日本政府や学園上層部だって公表してフランス政府に責任問題を追及するでしょう。そうなっていないのでそれはないと思います。むしろ、デュノアさんが白式のデータを取りこの学園に来たのなら、わたくしたちは彼女たちを排除しなければなりません」

「排除って……なんでそんなことする必要があるんだ。シャルルは被害者だぞ!」

「命令に従っている時点で共犯者ですわ。まぁ、その話が本当なら犯罪に加担していることを知っていて行動した。そういうことでしょう?」

「じゃあ章登のやったことを認めろって?」

「そもそも告げ口なんてしてねぇんだけど」

「お前は黙ってろ!」

 卑怯者の弁解なんていらない。だいたい誰のせいでこんなことになった。

 そんな、光景を呆れたようにセシリアは嘆息する。

「はぁ。一夏さん感情的になりすぎてません? そもそも仮定の話に何をそんなに怒っていらっしゃいますの?」

「だから仮定じゃなくて本当の話なんだ!」

 そうだ。シャルルがスパイでそれを章登が告げ口した。それであっているはずだ。それでなんでシャルルが悪者扱いされなきゃいけない。可笑しいじゃないか。

 

「だったらデュノアさんは、章登さんも一夏さんの助けを必要とされていなかったのでしょう」

 

 セシリアはさも当然という風にそう言う。

「スパイだとばれて、助けを乞うわけでもない。それでも学園に居続けたということは自分で何とかできると思ったのでしょう?」

「いや、え。俺の助けが必要ない?」

 ありえないと思った。だって、シャルルと仲間だったはずだ。仲間っていうのは助け合うものだろう。それでなんで俺の助けがいらないんだ?

「それで自分で何とかして国に帰ったとしか思えません。なんで章登さんが告げ口したと決めているか分かりませんが」

「だって、章登も知っているから―――」

「デュノアさんの正体を理解しているからという理由でしたら、一夏さん。あなたも正体を知っている人間ですのよ」

「何を言っているんだ。俺は告げ口なんてしていない」

「一夏さん、さっきからわたくしたちにデュノアさんがスパイだって言っていて、告げ口していないなんてよく言えますわね」

「…………あ」

 しばしの間呆然とする。シャルルがスパイであるのを暴いたのは自分自身だ。

「いやでも、それを言わないと誰もわからないじゃないか!」

「虚偽であったとしても、本当であったとしても、誰もわからなくても、あなた自身(・・)がスパイであると言っているのでしょう?」

「ちょっと待ってくれ、シャルルは仲間だ」

 この時オルコットの言っていることが理解できた。つまり織斑は、シャルルデュノアが仲間ではなく、スパイだと織斑自身が思っていたのだ。それだけは否定しなければならない。

「では、なんでわたくしたちに何もおっしゃってくれなかったのです? わたくしたちも信用に足らない人物であったということでしょう?」

「いや、だから、ばれるとまずいし、俺たちの力で解決するはずだったんだ。」

「つまり、誰かの介入も、手助けも必要なかっただけでしょ? で、デュノアさんは一夏さんの手助けもいらなかっただけの話ではないですか」

 唖然とした。

 つまり俺の手助けは必要ない。必要すらなかった。

 だが、認めてはならない。認めていいはずがない。

 何もしないことが彼女の助けになったなんて認められない。だって、そんなの幸せになっていない。

 

「はーい、そこーいい加減に席に戻ってくださいねー」

もう、授業が始まる時間となり教室に教科担任の先生が入ってくる。もうそんなに時間がたっているらしい。だがハッキリしなければならない。だって、章登がしたことは絶対に間違っている。逃げればいいなんて結局怖くて問題を先送りにしているだけじゃないか。

「織斑、そろそろ席に戻らねぇと事業が始まらねぇぞ」

 鬱陶しそうに自分の席に戻れと章登は促すが、それが逃げているようで男らしくない。怖くなって逃げるなんて卑怯だ。

「まだ、話は終わってねぇ!」

「織斑君、もう授業始まっているんだから我儘言わない」

「いい加減にしなさい? 授業を聞く気がないのなら出ていきなさい」

 これ以上は何を言っても回りも、章登自身も駄目らしい。

「逃げるなよ」

 章登を睨みながら釘を刺しておいて自分の席に向かう。

 その日の授業はあまり頭に入らない。休み時間に章登を問い詰めても、口言葉で返されまるで反省の色を見せない。男なら自分のしたことを反省して謝るものなのに、そんな行為は一切なく、挙句の果てにこちらがうるさいときた。

 だったら白黒付けようじゃないか。こっちが正しいことを証明してやる。

 

 

 

「だから! 真偽を確かめたいなら他の先生に聞けって言ってるだろうが!」

「聞いても無駄だろう! お前が口止めしているんだからな!」

「……はぁぁぁああああ」

 もはや織斑は俺がシャルルをスパイと告げ口した奴だと決めつけたいようだ。もう手の付けようがなく、困り果てた。

 朝から休み時間にこちらに詰め寄り今にも殴り掛からんの勢いで問い詰めているのだが、俺は子供が癇癪起こしてダダこねているようにしか思えない。今も放課後のアリーナに向かって廊下を歩いているのだが、すれ違う人がこちらの騒ぎを見ている。精神的にきつい。

 もういっそ認めてしまってとっとと解放されっようか。いや、これが誘導尋問か。精神疲労を溜めさせて自白を強要するとかどこの悪徳警官だ。

「じゃあ聞くぞ織斑。俺がシャルルをスパイと先生に報告したところで俺に何の得があるんだ? 後携帯電話で連絡くらい取って本人に確認したのか?」

「お前シャルルのこと嫌いだっただろうが。それに携帯番号なんて知らないんだから連絡のしようがないだろうが」

「デュノアが嫌い。だから何だ? 理由になってねぇぞ。それに連絡先なら先生だって知ってるだろ。そっから聞けよ」

「お前が嫌いだから追い出したんだろうが。シャルルを追い詰めたみたいに」

「………いつ、おれが、デュノアを追い詰めたのか事細かに教えてくれねぇか?」

「っ! お前! あのこと忘れてるのか! 最低だな! 男の風上にも置けねぇよ!」

 もうやだこいつ。誰か助けて、織斑先生とっとと来い。こんなんだったら朝のあの時こいつも同席させた方がよかったんじゃねぇの?

 

 

 日の出が出る前に携帯の着信音が鳴り、強制的に起されて嫌々ながらに通信ボタンを押すと更識先輩からの電話だった。

『グッドモーニング! 章登君!』

「………先輩何時だと思っていらっしゃるので? 常識が通じねぇとは思いましたが、人を思いやる礼儀すらねぇとは失望しました」

『あー、もしかしてまだ寝ていたい? それとも朝たちの処理するのに時間がいる?』

「用事がねぇようなので切ります」

 朝っぱらからこのテンションの人の会話など付き合っていられない。何の拷問だ?

『あっ! ちょ! 待って! 待って、謝るから! デュノア君の件についてよ! あの後どうなったのか知りたいでしょ?』

「ええ、まぁ」

 あれだけのことがあったのだ。結局、デュノアの処遇はどうなるのかや、デュノア社はどうなるのかくらいは聞いておきたい。

『あなたはデュノア君をどうする?』

「どうするって?」

『アキラちゃんの誘拐未遂、白式のデータの窃取、章登君への戦闘行為。彼女を無罪放免にすることは出来ないけど減刑にすることは出来るって話よ』

 

「で、なんで俺までここにいるんですか?」

 そこは学校内にある地下区画に来させられた。織斑千冬専用の懲罰部屋があるとか、歴代のISを保存しているとかいろいろと言われている地下区画である。

「あなたも事件の当事者だから事情聴取をしなければならないのよ。それに示談についても一緒にしてしまいましょうってこと」

「だからって昨日今日の必要がありますか?」

「あなたは選択したのだからそのぐらいの面倒は受け取りなさいな」

 誰かが入っているらしく外で待っている。

 そうして待っていて出てきたのはつい先ほどまで、殺されても可笑しくない人物であった。

 シャルル・デュノア。

 目にはクマが出来ており、髪はボサボサ、特に『ブレーデッド・バイケン』で殴られた痣が青くなっており痛々しい。あの戦闘からそのまま地面に伏せていて連行されてきたのだろう。無論ISは没収されISスーツを着たままの姿でところどころ擦り傷も見える。

 今まさに手錠を掛けられ法廷か刑務所かに移動させられるようだ。

「どういうつもり? 減刑にするなんて」

「なんだ? 減刑になるのが嫌だったのか?」

 更識先輩に減刑するか、しないかでする方を選んだ。恐らく今の部屋で聞かされたのだろう。

「感謝なんてしてないから」

「何にだ?」

「無責任な偽善者くせに、どこまで邪魔して惨めにすれば気が済むわけ!? 君がいなければすべてうまくいったのに!」

「それはないわね」

 更識先輩が釘を刺す。今のデュノアには発言の自由はあまりないようでまるで物言わせないように続ける。

「あそこで誘拐が成功しようとあなたはデュノア社に切り捨てられる運命。それにデュノア社の部隊があなたを殺しに来たことすら知らないでしょう?」

「そんなことどうでもいいよ。僕は偽善者装って減刑して無かったことにしようとしている奴が気に入らないってだけ」

「無かったことにする? そんな気なんてねぇよ。だいたいお前何もされたくないからそうしただけだ」

 どうやら俺が偽善者ぶっているのが気に入らないらしい。根本的な間違いだ。

 俺はシャルルデュノアを救いたいとは思わない。

 なぜなら彼は何してほしいとは思っていない。だから、罰なんて与える気もない。

「邪魔する? するだろうが、どっちを優先するかなんて俺の自由だ。惨めにする? お前が思っているだけだ。俺はお前を救わねぇ。関わることもしねぇ」

「じゃあなんであの子は助けたの! あの子だってほっといてほしかったはずだ」

「お前が苛めて、泣いたのを見たからだけど? 何? そんなに不思議がることか?」

 結局のところデュノアは本心ではあの状況から抜け出したかったのだろう。

 抜け出せれさせすれば、助けなんていらなかった。

 俺は無力と思われ必要ない。織斑も尽力したのかもしれないが無理だと思った。更識楯無は知らない人だ。絶大な力を持つ織斑千冬はむしろ騒ぎを大きくして邪魔になるだろう。

 だから嘘をついて平気なふりをした。

 俺には助けを求めなかった。織斑は頼らなかった。更識楯無は意識外だった。織斑千冬は邪魔だった。

 結果。彼女は救われない。これはそういっただけの話。

「どっちの味方をするかなんて俺の自由だ。俺はアキラの方を助けた、お前は助けない。嘘ばっかりついている奴の味方に立って、他の誰かを不幸にしたくない。だから俺はあいつの味方になっただけだ」

「嘘つく以外にどうすればいい! それ以外に味方になってくれる奴なんていない! 諦めて、容認して、従っている方がよっぽどいいよ! 力を知らないから、怖いなんて思わないからそんな言葉が出てくるんだ! ヒーロみたいに組織単位で誰が立ち向かえるっていうんだ!」

 そんな罵声を浴びせてくる彼は、恐らく、本当は。

「自分が許せないだけか?」

 組織に対抗する力を思てない自分が、それに抗う勇気がない自分が、したくなんてないのに、従いたくないのに実行している自分が。

 命令違反でどんな目にあうか、逃げられたとしても先が見えない。そんなリスクをデュノアは背負いきれず負けた。

「だったら、もういいだろう。お前はもうデュノアの組織の一員じゃねぇんだから」

「え」

「何恍けた顔して上がる。ここまで問題を起こして、拘束されて、それでも使い続けるなんてリスクを自社の保身を優先する奴がすると思うか?」

 だとすれば、いっそのこと使えなかったと切り捨ててしまわれた方がいい。前科があり、警察の犯罪リストに載った奴など誰も使いたがらない。もう彼はISに触れることはないだろう。

「だから何? これからどうしろって? 悪者は退治されたってことでしょ! そんな奴に未来があるか!」

「しらねぇよ。服役し終えて出所した先はお前の人生だろう。企業とか妾の子なんて関係ない。お花屋さんになりたいでも、パン屋さんで働きたいでもいくらでも考えろ。もう未来がないなんて言わせねぇぞ」

「……本当にそんな生活があるの?」

 デュノアはつぶやく様にして問いかける。

 彼女は諦めたと言った。更識楯無は未来がないと言った。ここに至ったのは偶然で俺の力じゃない、最善ではない。

 だけど。

「未来ならできたんだ。これから先デュノア社がお前に介入してくることはねぇ。後はお前の好きに生きればいい。それでも問題が起きたのなら、誰かを傷つける側じゃないなら、誰かに傷つかれる側なら、遠慮なくお前の側に立ってやる」

 

 

 そう言った後、デュノアはどこかへと移送された。

 これから何年牢獄の中で過ごすかはわからない。だけど、出れたらそこからは彼、いや彼女の人生だ。その中で彼女が嘘偽りない笑顔で過ごすことが出来たのなら、それが彼女にとって本当に未来が出来たと言えるのだろう。

 だが、それらを知らない。知らすこともできない織斑は納得が出来ないらしい。

「いい加減に認めろよ。お前がシャルルを牢獄送りにしたって!」

「はぁ」

 もう嫌だ。だいたい白式のデータを軽々と取られる織斑も悪いと思われる。デュノアの罪科には白式のデータの窃盗も含まれているのだ。これを伝えると織斑はデュノアの実刑を軽めるように言うのかもしれないが、彼だけの問題ではない。

 白式を作った企業も騒ぎ立ててしまい、むしろ彼女の刑期が長くなる可能性がある。考えなしに実行しそうでそれが恐ろしい。しかも、大事な男性IS操縦者の近くにスパイがいたと騒ぎ立てられて(もうなっているけど)今以上に制限が付きこちらまで火種してしまったら不味い。IS学園は危険なのでこちらで保護します。そして始まる24時間の監視生活。

 冗談じゃない。なんでこっちまで被害をこうむらなきゃならん。

「いい加減にしてくれ。俺はデュノアに関することで何もしていないし、関わってもいない。というか、俺が先生に伝えてすんなり信じると思うのか?」

 嘘ではない。アキラを助けるためにデュノアと戦ったためでデュノアを倒したかったわけではない。減刑にしたが彼女自身ほっといて欲しかったわけだし、誘拐未遂を許したわけではない。

 告げ口したのも更識先輩であって先生じゃない。

 いろいろ屁理屈みたいに自分でも思えるが、嘘ではないのだ。

「ふざけるな! 先生が知る知らないじゃない。お前しかないないんだ」

「どうしても俺を犯人にしたいのなら証拠を提示しろ」

「知っているか章登。そう言った犯人が言い逃れできたことは一度もないんだぜ」

「それは証拠が見つかっての話だ」

 俺の言ったことは聞かずにどこかへ去っていく織斑。恐らく証拠となるものを探しに行ったのだろうが、俺自身何が証拠になるのかわからない。

 考えても仕方ないとアリーナに向かおうとしたとき爆発でもしたかのような音と振動が廊下を伝う。

 なんらかしらの問題がまた起きたらしい。

 この学園に平穏なんてものはなく、毎度毎度トラブル発生なのではないのだろうか?




やばい
 何がやばいって織斑がデュノアの秘密をばらしているとこ。これ真偽なんてほっておいても今後学園を騒がすことになる可能性がある点。そこまで書けるだろうかという作者自身の問題。

やばい
 何がやばいって原作だろうとデュノアがいなくなっても重要ではないこと。
 第二世代で最新鋭の専用機と渡り合うってどれだけ技量のあるやつだと思われるかもしれませんが、2巻でのエネルギー補給以降、活躍した場面なんてあったっけ?(デートや恋愛イベントを除くと訓練風景も他の教師にやってもらえばいいだけだしなぁ)としか思い出せない作者の記憶能力の問題。
 しかし、デートイベントはなんでかよく出てきてるよなぁ。かわいいのは認めるが。

はい、すべて俺が考えなしに書いたため悪いのでございます。


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20話

 第三アリーナにおいて2人の少女が学年別トーナメントに向けいち早く練習しようと足を運び、アリーナ内で顔を合わせる。

「奇遇ね。あたしはこれから学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど?」

「奇遇もなにも、あなたがアリーナを予約してわたくし達が合同で練習をするのではありませんでしたの?」

「そ、そうだったわね」

 実は凰は現在噂されているトーナメントの優勝賞品を狙っており、戦法の見直しや向上しようと張り切っていたのだが、そこに見知った顔の人間が現れたのでなぜいるのか疑問に思った。まさか張り切りすぎて前の約束事を忘れていたとか言えない。それに代表候補生ともあろう者が優勝ではなく優勝賞品に張り切っているのがばれたら邪な気がして気恥ずかしい。

 その優勝賞品とは『織斑一夏と交際できる』というものである。人権無視とか、強制的にではなくあくまで女子の取決めらしいが、凰が他の生徒たちに差を見せるいい機会である。

「まぁ、わたくしは自身の責任を果たすために優勝するだけですが」

 そう言われて凰の目に火がつく。そうであった。優勝を狙うとなればこやつは敵に過ぎない。ここで手の内をさらす必要はないが、それは自分の戦い方ではない。

 オルコットの方は優勝賞品などどうでもよく、ただ代表候補生として当然の結果をたたき出すだけである。故に失態など犯すわけにはいかない。

「前の実習のことを含めてどっちが上かいい加減はっきりさせとかないとね」

「それもいいかもしれませんわ。やるだけ無駄でしょうけど」

「ええ。あたしが勝つに決まってるもの」

「その自信がいつまでも続けばいいですわね」

 オルコットが扇動したが、凰の切返しの挑発的な声に釣られたのかオルコットの目が少し吊り上り眉が動く。

 そしてISを展開する前に、横から音速を超えた砲弾が二人の間を分かつかのように直進し壁に着弾。爆音をあげ二人の意識を発砲者に向けさせる。

そこに居たのは漆黒の機体『シュヴァルツェア・レーゲン』を身に包んだ小柄な女性。

 先日と同じ乱入者ラウラ・ボーデヴィッヒ。

「あんたどういうつもり? 規則違反、乱入、いきなりの砲撃。この学園にも規則があるってわかっていてやってることなの?」

 いきなりの砲撃に危機感を抱き一瞬にして両者はISを展開しボーデヴィッヒに対峙する。

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見たときの方がまだ強そうではあったな」

 凰の言葉に答えず反応もしない。意思疎通ができていないが相手を見下していることはわかり、そのことに不愉快になりながらうっとうしげに言う。

「構ってほしいのなら他に行きなさいよ。保育所はここじゃないから」

「あらあら鈴さん、悪餓鬼でももう少し可愛げがあるというものですわ。構ってほしくて銃を発砲するなんてただの狂人ですもの」

 悪態には反応するらしく二人の言葉に反応しボーデヴィッヒも言い返す。

「ハッ。二人ががりで量産機のカスタムに負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。人口と古臭いだけが取り柄の国はよっぽど人材不足なのだろうな」

「常識分けまえない子供がIS乗っている時点でドイツもかなり切迫してると思うけど?」

「むしろ未成年を正式に軍人にしている時点でかなり悲惨な国なのでしょうね」

 まさしくブーメラン現象である。相手の国をくだらないと言って、2か国の代表候補生はそれぞれ反抗しそれが自信を貶める言葉として帰ってきた。

 だが、立場ではなく力がここを支配するものだと思っているボーデヴィッヒは、このような弱い奴らに馬鹿にされるなんて自身の力(織斑千冬が育ててくれたもの)に誇りのあるボーデヴィッヒには許せないらしく怒る。

「貴様ら、下らん種馬を取り合うような奴らが粋がるな」

相手を脅すかのように睨みつけるがそんなの二人からすれば子供が言葉喧嘩に負けて睨みつけている程度のことにしか見えなかった。

「自分が強いって吹き散らしているあんたに言われたくないわよ」

「この場にいない人間を侮辱するのは陰口しか叩けない臆病者なのでしょうか?」

そのような睨みなどに臆する二人ではく、更に言われたら言い返す性格の二人はさらに言葉を重ねる。

「殺してやる」

 勝手に乱入し、挑発されたとはいえ我慢できず襲い掛かってくる軍人。

 この時二人は本当にドイツ軍に呆れた。

 

 

 目の前の光景は壮絶であった。

 光線が放射し、衝撃が地面を抉り、豪弾が衝撃を伝達する。

 2対1の凰、オルコット、ボーデヴィッヒの戦いは流石と言うべきなのだろうか、ボーデヴィッヒが押していると思えた。当然ボーデヴィッヒも無傷ではない。

 だが、龍砲が止められるのが判ってから衝撃波で機体を足止めすることに専念し、そこをオルコットの狙撃で狙い撃ちにする構図ができてやっと互角に見える。

 しかし、そこから抜け出すために糸の先に刃物があるワイヤーブレードが発射され、凰の足に絡まりそのまま引き寄せ振り子の要領で狙撃体制でいたオルコットに当てようとするがそう簡単にいくはずがなく軽々と避けられレーザーが放射される。が身を逸らし避けて、肩部、腰部にある他のワーヤーブレードを計5つを放出。自在に操れるようで縦横無尽に駆け巡り、後ろに引くオルコットを牽制する。

 振り子のように投げ出された凰はアリーナの壁に叩き付けられるがすぐに復帰し、ボーデヴィッヒに向かっていく。

 そして、双天月牙を振り下ろしたが何かしらの力に阻まれ動きを封じられる。

 理解できない攻撃に驚愕する。凰は何が起きているのか分からず身動きができない。

 透明な防御壁のようなものを生み出し、接近戦をしてきた凰の動きを停止させとどめを刺そうと、腕から青白いプラズマを発生させ焼きに来る。

 アーク溶接で使われるような器具なんてレベルではない。1メートル長さの腕と同化した電熱が青白い光と電気音を辺りに響かせる。

 その高熱な腕を邪魔する光線。ビットによる多角攻撃が腕、頭、腹部に殺到。攻撃方向を遮る形で一線が降り注ぐ。

 ボーデヴィッヒは凰を拘束するのを一旦中断し、即座に射線上から退避。

 一度距離を取ったところに右肩に装備されている大砲。大口径リボルバーカノンをオルコットに向け発砲。

 轟音と衝撃を辺りに撒き散らし標的へと迫るが、オルコットは豪弾をその場から飛び退いて避ける。

 豪弾の軌跡は衝撃波と電流で熱せられた弾丸で赤みを帯びていた。

 ギリギリで回避出来たはずなのに機体が衝撃波で揺さぶられ、すれ違いざまに熱を伝発させたのか装甲の一部が熱を持つ。

 レールガンはレールに電気を流したことで起こる電磁力によって放たれる武器だが、発射時に生じたプラズマの熱が問題で再使用し続けると砲身が焼け溶けてしまう。ならば、プラズマも推進力に変えてしまおうとした武器がある。

 

 サーマルガン。

 電磁力ではなく、電流のジュール熱で弾薬をプラズマへ変換。これに伴う急激な体積増加を利用し発射する。

 それら2つを併合したのがこのリボルバーカノン。従来のレールガンより弾速が上がっている。

 

 とはいえ、どちらも熱がネックになるのはどうにも出来ず、故に発砲した後リボルバーカノンの後方から熱を排出し冷却材を注入しているらしく蒸気を吐き出している。

 その隙を庇うようにしてワイヤーブレイドが発射され再接近した凰を牽制。

 凰は複雑な軌道で殺到する刃の中を臆せずバレルロールしながら進み、一定距離近づいたところで龍砲の衝撃砲を発砲。

 しかし、衝撃は相手に届かずボーデヴィッヒが腕を突き出し無力化する。

 

 AIC。

 慣性停止能力。ISという機械が飛行機のような主翼が無くとも浮く力を武装として発展させ、銃弾や格闘技の動きを止めるといった防御兵器となった。一定の空間の慣性が無くなるため、壁を作り出して弾いたり止めるたりする盾というよりも、物体に働く運動量を無くし動けなくする防御壁である。

 

 自分の攻撃が相手に聞かないことを理解し退避しようとする。だか、先ほど飛んできた刃についている糸が左右、頭上を遮り後ろにしか進めない。

 逃げ場を失ったところで冷却が済んだのかリボルバーカノンの砲口がこちらを向く。

 そして発砲……されない。

 オルコットがレーザーを放ち、ボーデヴィッヒがそれを回避したため凰を攻撃することが出来なかった。

 だが、ワイヤーブレイドがボーデヴィッヒの手のように凰の足首や手首を掴む。それに引っ張られバランスを崩したところに腕から生やしたプラズマブレイドで切りかかる。

 これで、オルコットの援護射撃を防げると思た。近接戦では相手と味方の動きが入り組んで複雑になりやすく、誤射の可能性が高い。

 ボーデヴィッヒはプラズマブレイドで突きを放つ。もはやそれは撃つという速度に近い。そのまま直進すれば『甲龍』の装甲を焼くことが出来るだろう。だが、単純な力技では凰の方が軍配が上がる。

 突きを放たれ、プラズマに焼かれつつも双天牙月を真横に振るう。

 突きが斬撃によって軌道を変化し、凰の体から逸れていく。そして、両手の双天牙月を手放しボーデヴィッヒの懐に入り込み体を殴る。腹部に抉りこむようにして殴る。アッパーカットに殴る! 殴り続ける! ボディーブローを最小限の動きで、ボーデヴィッヒに張り付くようにして何度も続ける。

 プラズマブレイドは腕から生えるようにしてできるため、逆手持ちにして相手の背中を刺すといった攻撃は出来ない。AICを起動したところでここまで接近していては使えない。何せ密着状態で自分まで止めてしまう。

 懐に入り込まれるとこちらはワイヤーブレイドでの攻撃ぐらいしか手がない。

「このっ!」

 拳を止め膠着状態になるが、それをオルコットが見逃すはずがなく側面からビットで襲わせる。4つの砲口が光速の熱線を掃き出し、装甲を散る。

 シュヴァイツァーレーゲンは対レーザー装甲を採用しており、熱に強い。だが限度がある。

 腰にあるワイヤーブレイドを使い、相手に突き刺そうとしたとき、凰は殴るのをやめる。

 そして、突き出されるよりも早く相手より下にしゃがみ込みこむ。それでボーデヴィッヒの視界から一瞬にして消え奇襲する。

 足のばねを使うようにして跳ね上がるようにして相手の顎を殴りつける。

 カエルパンチ。

 なんともあれな名前だが、跳ね上がったときの加速にパワーアシストが追加されるのだ。そんなの軽量であろうと相手が重量級でも相手を後ろに飛ばせる。では凰の使用機『甲竜』のようなパワー型ならどうなるだろうか?

 ボーデヴィッヒは10メートル近く吹っ飛ばされた。

 そのまま頭からアリーナの壁にぶつかる。

「き、さまらぁあっ!」

「まだ遊んでほしいの? 懲りないわね!」

 凰は地面に落ちた双天牙月を拾い連結し投擲。AICを展開し止めるがボーデヴィッヒに向かって光線が殺到する。

 この量は装甲の許容限度を超えていると判断しAICを解除し回避に移る。回避して即座にリボルバーカノンで反撃しようとするが―――。

 

『あんたらなにやってんのっ!!』

 

 スピーカーでアリーナの内部を震わせるかのような大声が響く。今日のアリーナの顧問がこの事態に気づき、放送室に急いで来たのだろう。まさかこんなに派手に予定にない戦闘行為をしているとは思わなかったのだろう。対戦を知らない人がアリーナに入ってきたら間違いなく怪我を負いかねない状況なのだ。

 もっとも戦闘音でこの状況を知るだろう。故に顧問の先生も気づいたのだが。

『あなたたち! これ以上やるなら各国に政府に責任問題をし付けるわよ! いい!? 

今すぐあなた達のクラスの担任、副担任読んでいるから待っていることね!』

 

 まずい。アリーナにいる3人の代表候補生はそう思う。代表候補生を下されることはないと思うが、ISを没収、謹慎くらいはありうる。

 そんなことは分かっているのだが2人はこの狂犬じみた敵対者からは目を離さない。あちらが何らかのアクションをしてきた場合は、即座に対応するつもりだ。

 だが、なぜかボーデヴィッヒに戦闘の意志はないように思える。さっきまで相手を殺しかねない勢いで攻めてきておきながらだ。

「ふん。邪魔が入ったな」

 ISを量子化させ収納しアーリナの出口に行くボーデヴィッヒは、先程の顧問の警告を無視して帰ろうとする。

「ちょっと! 逃げるつもり!?」

「貴様らのような有象無象どもにかまっている時間など私にはない」

 そう言い残し、アリーナから去って行った。

「あー! もう! 何なのよあれ!?」

 ボーデヴィッヒの傍若無人な振る舞いに怒りをあらわにし、その場でシャドウボクシングで仮想の敵を殴り続ける凰。無論、仮想の敵はボーデヴィッヒである。

「まったくですわ! よくあんなのをドイツ政府は代表候補生にしましたわね!」

 オルコットもまた腹を立てており、目は吊り上がり、肩は震えて、相手が消えた方向に向かって怒鳴っている。

 

 

 アリーナを外から観察していた章登は大事に至らず良かったと思ったのだが、凰、オルコットの2人で対等だったボーデヴィッヒ。

 ランチェスターの法則通りなら彼女は代表候補生とは4倍の力を持っていることになる。戦闘は計算式ではないことは分かっているが、それほどの戦闘力を保持した彼女と強力なIS。彼女が暴れ回ることになったらどれだけ被害が拡大するか分かったものではない。

 どうにかしたくても、どうすればいいのかわからない。

 彼女がなぜここに来て凰とオルコットに戦闘を仕掛けたのかすら分らないのだ。

 とりあえず2人に事情を聴きに行くことにする。

 

「2人とも何をやっているんですか! 怪我が出なくて良かったものの一歩間違えば大けがしたのですから今後こういうことはしないでください! 分かっていますね?」

「でも、あのボーデヴィッヒってやつが」

「彼女にも織斑先生が問い詰めます。それに彼女に原因があったとしても、緊急事態を知らせなかったあなた達にも責任はあります! いいですか? あなた達は代表候補生で専用機持ちなのですから一層の責任感と危機感を抱かなければならないのに、そんなことすら気づかないなんてあなた達の目は節穴ですか!?」

 アリーナの顧問の先生が呼んできた山田先生は事情を聞き激怒した。生徒が模擬戦を行い、自身を含む生徒達がもしかしたら大怪我を負いかねない事態になっていたのだ。

 喧嘩両成敗とは言うが、凰やオルコットにしてみれば相手が戦闘行為をしてきたことに対し対応しただけなのだ。ここまで言われることはないだろうと、不愉快な雰囲気を作り出す。

「事の発端がボーデヴィッヒさんであることは知っています。ですが二人ともあなた達は自分の立場、責任、なにより同級生と傷つけ合おうとしていたことが先生は嫌なのです。あなた達が傷つけあって永遠と遺恨し合う学生生活を送ってほしくはありません」

 結局のところは生徒たちに楽しい学園生活を送ってほしいのだ。それが個人の癇癪やすれ違いで殺し合うなどあって欲しくないし、させてはいけない。

「ですので、あなた達にはアリーナの使用を一時的に禁止させていただきます。期間は今週末まで。分かりましたね?」

「……はい」

「……分かりましたわ」

 まだ納得が出来ていないのであろうがしぶしぶと頷く。それで別件があるのか山田先生はアリーナのピッドから去っていく。

 それを見はらかって凰とオルコットになんで戦闘をすることになったか聞いてみる。

「なんでボーデヴィッヒはお前たちと戦いに来たんだ?」

「知らないわよ!」

「彼女何の警告もなしに撃ってきたのですよ!? 信じられますか!?」

 どうやらここに来た理由は知らないらしい。

「まぁ、大事に至らずでよかった」

 本心からそう思う。いきなりの戦闘行為で怪我をしなかっただけでいい。この前の戦闘でアキラが怪我を負ってIS学園内にある医療施設で寝ている。そうならず、こうして怒り付けるぐらいに平気でよかったと思う。

「……こっちのプライドはズタズタなんだけど」

「……こちも他の関係者に迷惑をかけましたから、素直に喜べませんわ」

 よかったと思っているのは自分だけらしく、二人は俺を怒鳴った後落ち込んでしまう。なんでそんなに感情の起伏が激しいのか。彼女たちにも今回の一軒に思うともろがあるらしい。

「どうした?」

「別に、二人がかりで互角だったことをどう言い訳すればいいわけ?」

「山田先生の周りが見えていないという言葉を痛感しただけですわ」

「まぁ、ボーデヴィッヒも反省してくれればありがたいんだけどなぁ」

 確か織斑先生が行くと言っていたが、もしかしたら謹慎処分だけ、なんて展開になりそうだ。他の先生に説教してもらっても「私の知ったことではない」と本心では思いそうだし、織斑先生しか適任者がいないのも事実なのだが。

「もうアリーナは使えないよな」

「それは……」

「申し訳ないですわ」

「いや、謝ってほしかったわけじゃねぇんだけど。俺はもう行くよ。2人ともご愁傷様」

 そこで、凰とオルコットの『私たちは悪いことをしました』というプラカードを首から吊るし、正座している二人に背を向ける。

 それで2時間くらい恥さらしの刑をくらうことになった凰とオルコット。もうオルコットは足が痺れて来たのかプルプルと震えだし涙目であった。

 

 

 

「貴様には謹慎処分が下されることになった理由は分かっているな?」

「はい」

 織斑千冬の質問に対し坦々と返答するボーデヴィッヒ。しかし、織斑千冬はそれに激怒するわけでも、失望するわけでもなく、どう言えばいいのか詰まった。

 戦闘行為したことを叱ればいいのか。規則違反したことを叱ればいいのか。

 どう叱ればいいのかわからない。教師としては致命的だと織斑千冬が自身に呆れた。

「……今後このようなことはしないように」

「はい」

 それだけしか言えない。もっと他にも言うべきことがあるはずなのにそれが分からない。逃げ出すようにして言い残し、ボーデヴィッヒの部屋を出る。

 

 

 織斑千冬が部屋から出ていった後、一人で黙想するボーデヴィッヒは呟くようにして呪詛を言う。

「織斑一夏。教官に汚名を塗りつけたもの」

ボーデヴィッヒにとって織斑千冬は絶対であり、一種の信仰である。

 部隊で出来損ないの烙印を押され、自暴自棄だった自分に道を示してもらい再び力をとり戻した。そして、出来損ないと見下される中でたった一人自分を見てくれる家族のように接してくれた人だ。

私は試験管の中で生まれたため家族はいないので家族は厳しく、育ててくれるもの。そのようなものだと思った。

 あの人の強さに心が震えた。今最新鋭のISに乗ってもその足元にも及ばないような力に。

 私はあの人のように強く、凛々しく、完全な姿になりたい。そうすれば、あの不出来な弟よりも自分に意識を向けてくれるはずだと思う。

 故にあの様なものには負けない。この学園のだれにも負けるわけにはいかない。

 国家代表であろうと、代表候補生であろうと、教員であろうと、織斑千冬を除いて負けるわけにはいかない。

 それであれば彼女は自分に振り向いてくれるはずだ。自分だけを見てくれるはずだ。

そんなときにふと思い出した。強ければ向き合ってくれるのかと問う奴。

「崎森章登か。とるに下らん奴だ」

ネットでたたかれているように弱い奴というのが印象だ。

 何より今日のあの行動や前に口論の時の反応は、まるで他人を庇っているようにも感じた。そんなことをする奴などただの甘ちゃん。要は友達ごっこであると思った。

 それに、私を恐れず向かってくる姿は力の差が分からない愚か者としか言いようがない。

「そのような奴に負けることなどない。私は……誰にも負けない」

 闘志に火を燃やし、しかし冷静な頭は寝るべきだと忠告する。休息は必要だ。

そう決意し眠る。明日から謹慎だがトレーニングをやめろと言われたわけではない。

強く、強く、強く、そして、彼女に…………。

 

 

 IS学園の医療施設にある1部屋。

 そこには少女が目を覚ましていたのだが、深くニット帽子をかぶりあまり人との視線を合わせたくないと意思表示している。やることがないので超薄型パソコンで学園の防犯カメラを一部ハッキングしていた。

 とは言え、何かしら情報を会得したいわけでも、覗き見したいわけでもない。

 自分の能力に変化がないか確かめていただけである。無論、IS学園のネットワークの防御壁を気づかれずに突破し、今リアルタイムに学園の様子を見ることが出来ている。

 その映像から分かったのは、倉庫で襲ってきた人物はもういないこと、アリーナで突拍子もない戦闘行為をした馬鹿がいること。後はいつも通りの学園であった。

 変わらない。

 自分がこんな目に合っていても学園は普通に活動している。誰も気づいてくれない。

 こんな力を持っているのがばれて、訳の分からない戦闘に巻き込まれて、もう嫌だ。

 そんな自暴自棄になっているときにノックが2回。

「ひっ」

 ノックした相手は自分の返答を待たず扉を開けて入ってくる。そして、少し驚いたような顔でこちらを見てくる。

「あ、………起きてたのか。返事がないからまだ寝てるものと思ってたんだが」

 そのままこちらに近づいてきてベットのそばに置いてある椅子に座る。

「その、記憶とか大丈夫か? 俺が誰だか分かってる?」

「さ、崎森、」

「……あれ? 自己紹介とかしたっけ?」

 彼の頭の中にある記憶を探っている姿はとぼけているわけではなく、本当に私の能力は知らなかったらしい。私がその気なら彼のプライベートや個人情報など丸裸にできるのに、無警戒で私に近づいてくる。

「わ、私が、こ、怖くないの?」

「え? なんで?」

 もう分かっていなさそうなので超薄型PCで彼の携帯のアドレスを会社から盗み見て彼にメールを送信する。10分も掛からない。

 アニソンをアレンジしたような電子音が病室に鳴り、慌ててカバンから携帯を取り出し操作してマナーモードに移行する姿は少し可笑しく思えた。なんでカバンの中にとか、そのアニソンのアレンジは少し良いとか、他愛無いことなのだが。

 彼の携帯に送った内容はこうだ。

『沢山の人を殺す手助けをして、知られたくないことを簡単に知られることに怖くはないの?』

「悪意を持ってそういうことをするわけじゃねぇだろ。まぁ褒められた行為じゃねぇけど」

 さも、当然という風に言うこいつは私を憐れんでいるのではないのだろうか?

 憐れんで、心地いい言葉を言って、私で遊んで、愉悦感に浸って、いざとなったら切り捨てる。

『嘘だ』

『本当に苦しいときに無償で手を差し伸べてくれる人なんていない』

『善意とか悪意なんてどうでもいい』

『人の弱みに付け込んで苛める、利用しようとする』

『私は悪くなんてない。誰も傷つける気なんてない』

『でも、それを知らない人たちは私が悪いって決める』

『だって数が多いから』

『自分だって傷つきたくないから』

『弱い奴は見捨てる』

「…………」

 彼は送られてくる文面に彼は目を走らせ読んでいるだけで何も言ってこない。言っても無駄だとあきらめたのなら帰ってほしい。

『そんな奴らとつるむ気なんてない』

『私は一人でいい』

『私を苛める奴も、利用しようとする奴も、

 憐れんでお節介焼いて自分が上だって愉悦に浸りたい奴も』

『いなくなればいい』

 彼は何も言わない。憐れんでお節介焼いている奴というのが自分だと理解していないのか。

『お節介焼いて楽しい? 自分より弱い奴を見て安心する?』

『私を苛めたい? 私を利用したい?』

『お前は私に何をしたいの?』

『お前のために何かなんてしないし、お前なんて会いたくもない』

『どっか行って』

『どっかいってよ!』

「どっかいけっ!」

 いつの間にか文面ではなく声に出していた。そのくらい感情が爆発した。

「お前なんて嫌いだ! 私を憐れんで利用しようとする奴らと同じだ! 罪科を背負って歩いていく? 綺麗事なんだ! 私が関与したことは覆らないし、みんな私を苛める! 私は一人がいいんだ! どっかいってよ! 私に付きまとはないで!」

 ここまで言ってもじっとこちらを見てくる彼が怖くて、超薄型PCを投げつける。軽さが売りとは言え、硬い物を投げつけられたのだ。

 彼の頭から鈍い音がして、地面に乾いた音が病室に響く。

「……あ……」

 こんなことしたら怒るに決まっている。殴られると思い毛布を頭から被って痛みから逃げようとする。隙間から彼の様子を伺うが何かしてくるつもりはないようだ。

「……どうにかしたいって思うんだけど、どうすればいいんだろうな?」

「…………知らない」

「うーん、お節介焼いていることなんだけど。俺さ、両親がいないんだ。今は従妹のところで世話になってるんだけど、そこもひどいんだぜ? 俺をこき使ってくるわ、嫌味ごとは言うわ、挙句、別居した義父親の6畳の所で暮らせとか」

「………」

「でも事故の時が一番きつかった。あんま覚えてないし、子供だったけど、何も出来なかった。もっと何か話したかったし、遊んでほしかった。でも、もういないからどうしようもねぇ。だったら、これからは、せめて次から何かをしたいって思ったんだと思う」

「だ、だから私に。お、お節介、焼いて、い、いるの?」

「どうなんだろうな。その辺曖昧なんだよ。俺が強く思っているわけじゃねぇし、誰かのために何かしてもお節介なだけらしいし。俺はそんなに難しく考えていなかった。たぶん財布が落ちていたから交番に届けようって感じなんだと思う」

「そんな軽い気持ちで関わらないでほしい」

「ごめん。でも、それじゃいけない理由があるのか?」

「え」

「自分に関わりがないから届けなくていいのか? 財布をそのままにして持ち主が困っててもいいから届けないのか? だったら届けたほうがいいと思うのはおかしなことなのか?」

 そう言った彼はまっすぐこちらを見てくる。

「余計なお世話かもしれないけど、嫌なのかも知れないけど手を差し伸べたら何か助けになるんじゃねぇか? そう思っちゃいけないのか?」

 今まで誰も助けてくれなかった。家族は顔を逸らした。同級生は陰口を言って、苛めだした。生徒会長は私を一人にしてくれたけど、妹を手伝ってくれと懇願された。

 私に対して普通に接してくれる人はいるのだろうか?

 彼は私のことをどう思っているのだろう?

「……私は別に変わりたくない。」

「そっか、でも、苦しいなら言ってくれ。どうにかこうにか出来るだけするから」

「………うん」

 信じられない訳ではない。彼は一度助けてくれたのだから。けど、信じるのが怖い。

 信じて、利用されるのが怖い。

「私は……私のせいで……誰かが傷つくのは嫌だ」

「……」

「だから、………だからっ……」

「ああ、俺はお前を利用しない。約束する」

 その一言は少し心地よく私に響いた。

 

 

 

「くそっ」

 さっきから数時間シャルルや章登について聞きに回っているのだが、何一つ証拠を掴めない。シャルルを救いたいのに糸口が掴めないことに苛立ちが募る。

 寮に戻りあいつのコンテナハウスを調べようとするが、鍵が掛かっている。ドアを蹴り破ろうとしたところに誰かが来た。

「おりむー。それはさすがに言い訳できないと思うよー」

 来たのはクラスメイトの誰かだが、本名は知らない。勝手にのほほんさんと名付けた。ここに何の用出来たのかは知らないが、言い訳も何もこちらが正しいのだから別にいいと思った。

「関係ねぇよ。あいつが悪いって証明しなくちゃいけねぇんだ」

「悪いことって?」

「朝も言ったけどあいつがシャルルを追放したんだ。俺が助けられるはずだったのに!」

「でも、でゅのっち元気に会社で働いているけどー?」

「そんな訳あるか!」

 デュノア社の社長、実の父親にいいように使われているのだ。元気でいるはずがない。

「じゃあーこれはー?」

 そう言ってのほほんさんが携帯を出す。その画面にどこかと通信しているらしい。そこから声が出て来た。

『一夏』

「シャルル!?」

 のほほんさんには悪いが携帯を貸してもらう。もはや奪い取るという行為に近かったが。

「大丈夫なのか!?」

『こうして電話しているんだから大丈夫に決まってるでしょ?』

「政府とかに呼び出されたって話だが、章登が何かしたんじゃ?」

『章登は何もしてないよ。会社の問題が発覚されて新しく人員移動されたでしょ? 新しい社長が男性IS操縦者って無理があるから呼び戻して、他の事務に回されることになったんだ』

「その、何か酷いことされていたり、牢獄に入れられたりしてないか?」

『大丈夫だって、布仏さんに一夏が僕のことで心配して章登に迷惑かけているって言ってたから、頼まれているんだ』

「そっか。よかった」

『じゃあ、布仏さんと変わって』

 そういう事だったらしく安心した。のほほんさんに携帯を返し、自分の部屋に帰る。

 シャルルは無事だった。

 なら、俺は無駄なことをしたわけではないのだ。

 

 

『これでよかったの?』

「おーいぇえいー。ばっちりだよ」

 シャルル・デュノアは今、刑務所から電話で話していた。政府機関の人に自分の状況を話さないようにして織斑一夏を説得しろと言われ、台本通りに演技しこれ以上の情報流失を防ぐためである。

『まさか、布仏さんが政府機関の一人とは思わなかったよ』

「おどろいたー? でもね、会社の言いなりになってみんなに迷惑をかけたこと少し怒ってる」

 布仏本音はこんなことになるなら、さっさと生徒会長にどうにかしてもらった方がよかった。少なくとも織斑一夏がこんな出鱈目な情報で生徒たちを混乱させるよりかはるかにいい。

『ごめん。僕は、自分の弱さに負けた。だから、みんな、章登やあの子にも迷惑かけちゃった。それだけは謝らせてほしい』

「それは出てきた時にして。さよならだけど、第二の人生はがんばってねー」

『うん。そうする。さよなら』

 そう言った後に電話は切れた。

 彼女の裁判は上からの圧力という理由もあり刑期は短いものになるだろう。

 彼女の行動で学園の友人たちの未来が良からぬ方向に行きつつあったのだ。だが、彼女の環境のせいもあった。その環境を知らされたときはどうにかしたいと思っても、もうことは起こってしまった。

 だから、彼女に未来を創った崎森章登の意志に従いたいと思う。

「さっきーにありがとうって言いたいけど、私が言う言葉じゃないかなー」

 きっとそれはシャルル・デュノアが面と向き合て言う言葉なのだから。

 

 




 鈴とセシリアが倒されていない!?
 まぁ、3人とも代表候補生ですしいくら強いって言っても2対1じゃね? あれ原作で冷静さ失ってたし、失ったのはラウラの方だし。なら何とかなると思った!
 問題はどうやって戦闘をどう止めるかを迷いました。シールドは破壊してないし、鈴、セシリアは命の危機にさらされていないですし。
 さらなる問題は一夏の暴走をのほほんさんに止めてしまった件。不自然に見えたらどうしよう。
 感想についてなのですが皆さんの『一夏はガキ』や『主人公のピエロ』について説明しようとすると設定をネタバレをしそうなのでやめることにしました。
 身勝手でごめんなさい。
 これらはいずれ本文で説明することとなるので待っていてください。(そこまで続けられるか疑問ですが)
 

 シュバルツァレーゲンのリボルバーカノンの新装刊の表記に「液体火薬をリボルバーシリンダー内でプラズマ臨界寸前まで加熱させ」なんて表記があったためそれサーマルガンじゃんと思て変更しました。
 ちなみに原理は普通の銃と同じ、筒の中にある弾を火薬を発火させガスで弾を押し出す射出と同じです。その為砲身内は密閉で熱の逃げ場なんて無いわけですが、比較的電力が低くても打てます。
 大口径ならプラズマ膨張速度を得るのにかなりの電力を消費、更にそれをレールで加速、熱量はかなり高く砲身は熱く、発射された弾も熱で溶けながら飛んでいくものとなりました。なんだこの電気喰らい。
 更にプラズマブレイドの二刀流。ドイツ製のジェネレーターとラジエーターどうなってるの?


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21話

実際 いきなりの学園行事、試合変更っていいのだろうか?


 学年別トーナメントの変更がホームルームにて報告されたので織斑は他の生徒たちに言い寄られて、てんやわんやになっている。他のクラスが多く見知らぬ生徒たちの取り合いになっていた。

 対して俺の方は言い寄ってくる人物などいない。織斑が撒いた噂のおかげで俺は賤夫の印象を持たれたらしい。

 何を言ったのかは知らないが、きっと俺がデュノアに悪いことをしたと言っていたのだろう。

「なぁ、章登、俺と一緒に組もうぜ」

「ふざけるな」

 授業が終わっての俺に向けての第一声がこれである。誤解を広めた謝罪はなしだ。

 どすのきいた声で即答した俺は何も悪くないだろう。というよりも散々裏付けのないことを言いふらしておいて、笑顔でこちらに来る神経を疑う。

「なんでだよ。男同士仲良くしようぜ。お前友達少ないだろう?」

「………」

 力いっぱい奥歯を噛みしめ、握り拳を震わせる俺の顔はものすごい形相になっていることだろう。そんな俺がこいつには何を言っても無駄だ。早々にどこかに行こうと理性で行動する。

 後ろから俺を呼び止める声が聞こえるが無視。反応したらどういった行動をとるか自分でもわからない。

 本能で殴りつけなかったのを自画自賛したい。

 あそこで殴っていれば今流れている噂が、真偽を確かめずして本当だったと生徒たちに伝播するだろう。

 この怒りを次にあいつと模擬戦をするまでとっておける自信がある。なので、いっそ学年別トーナメントでぼこぼこにして恥をかかしてやろうと思った。

 全校生徒どころか企業、政府のお偉いさんも来るらしいし、公開処刑にはもってこいじゃないか。

 

 だか、練習もなしに連携するなど不可能なので早々に相方を決めなければならない。

「というわけで組んでください谷本癒子様」

「様づけするくらいに困ってるの……?」

「今の学園の風潮で俺と組んでくれる奴なんていると思ってるのか?」

 相方になってもらうために夕食後に癒子と布仏の部屋を訪ねた。

「オルコットさんとか仲がいいでしょ? そっちの方が私より勝ち進めると思うけど」

「オルコットと組んだらそちらの方に関心がいくだろ? それにアリーナが使えないから連携訓練で出遅れるからな。同じ理由で専用機持ちとは組まない方がいい」

 出来るだけ同期で俺との実力差がない奴と組んだ方がいい。専用機持ちと組むと頼っている腰ぎんちゃく的扱いを受けると思う。

「………本音は?」

「………本人には悪いが戦い抜ける気がしない」

「ひどーいおー」

 別に優勝したいわけではないが、あいつだけはぶっ飛ばしてやりたい。それに結果を出しておいた方がいろいろと企業、政府から好印象を持たれる。故に就職、要請にも有利でもある。

 こちらには後ろ盾がないことが嫌というほど思い知らされる。

 どこかの企業と契約を結べばこんなことをしなくてもいいと思うのだが、ほとんどの企業は織斑の方に関心がある傾向だ。

 ほとんどの企業は『崎森章登? ああ、いたなそんな奴』ぐらいに思われているのだろう。なのでここで結果を出して見返してやりたい。

「もう、俺にはお前しかいないんだ! 頼む!」

「わ、わかったから! ……そんなに顔を近づけないで」

 この時、顔を赤らめている谷本癒子を見ていると布仏本音は『事情を知らずに見たらプロポーズではないだろうか?』とか思ったらしい。

 

 次の日、お互いの息合わせや戦術行動に支障をきたさないようにアリーナで練習をしにピットに来た。

 アリーナのピットの所で実機に乗ろうと順番待ちをしていたところ、俺たちの前にアリーナを借りていた生徒が入ってくる。

 雪原と布仏だ。

 かなり戦闘に向かない性格をしている二人で、本人たちも整備課、開発部希望だったはずだ。

「お疲れ」

「……あ、うん」

 元気満々な性格ではない雪原で恥ずかしがり屋だが、顔を見たとき影が差しており声にも沈んでいる感じがする。泣きたいような、嗚咽を今にも洩らしそうなのを必死に我慢しているようにひくついた声。

「大丈夫~? かなりん?」

「大丈夫。ただ……怖い」

「え?」

 俺は雪原が何を言っているのかわからなかった。一瞬戸惑った後、相手からの攻撃が怖いのだろうかと思った。雪原の性格なら納得である。

「私が……友達に向けて撃つのが怖いの」

「そうだね~。さっきも私と撃ち合うはずなのにどっちも攻撃してなくて時間切れ~」

 雪原を励まそうとしているのか、雪原の声とは対照的に普段通りの間の抜けた声を出す布仏。

 だが、俺は雪原の発言に動揺してしまう。

 人に向けて銃を撃つ。

「……」

 その言葉、意味が分かっているつもりであった。

 急所は外れているから、シールドエネルギーがあるから、絶対防御があるからと言って当然のように発砲できるのは間違っているのではないのだろうか?

 授業で的に撃つのは何人もの生徒やっていた。

 撃った時の俺は心の中で歓喜していた。

 撃った時の手の中で爆発したような反動、その後も手にジンジンと伝わる余韻の痺れ。一直線に飛ぶ弾丸。自分が撃ったという事実が俺の心の中を浸透し満たしていく感覚すらあった。

 癒子が連れ去られたとき、俺は銃で人を撃ったが相手を傷つけたことに罪悪感はなかった。

それで生きている人間を撃つのに、憎い相手でもないのに相手を殺してしまうかもという危機感は感じなかった。

撃つしかない状況でもあった。

だが、戦いの中でどう敵を倒そうかと考えて楽しんでいる心が一欠けらもないとは言い切れない。現に今は織斑をどう倒そうか必死に戦略を考えているのだから。

例え仮想とはいえ、模擬戦とはいえ、俺は勝ちたい、倒したいと意気込んでいた。

それは相手を傷つけるということだ。

そんなことに意気込んでいた自分がおかしな存在に思えてくる。

むしろ、人を傷つけたくないと相手に銃口を向けられない雪原の方がおかしな自分よりも、ISをうまく操縦できることよりもすごいと感じた。

「……すごいな」

 ぽつりと言葉が出てしまった。

「え?」

「あ、いや、そういうことを思えるなんてすごいなって」

「そ、そんなこと……私が怖がっているだけで。……これじゃあのほほんに迷惑かけちゃうし」

「私迷惑だなんて思ってないよ~。それに、かなりんはすごいよ~。私の攻撃全部避けてたし~」

「…………あれはのほほんの射撃が下手なだけだと思う」

「おうっふ! これは痛いとこつかれっちまったぜ~」

 雪原の純粋な一言に大リアクションで胸に手を当てもう片方の手を上に挙げ誰か助けてくださいと、まるで昔の戦争映画での胸を撃たれ助けをこうモブ兵士みたいだ。

「大丈夫よ。のほほん。傷は浅いわ!」

ノリに乗って癒子が挙げられた手をつかみ、布仏に呼びかける。

「最後にパエリヤ食べたかった」

「なんでパエリヤ!?」

 そんな漫才を繰り返す彼女たちは楽しそうだ。だが彼女たちを他所に、雪原は神妙な顔持ちで告げてくる。

「……その、いろいろ言っている人がいるけど私たち知ってるから」

「え?」

「あの時、……クラス対抗戦の時、崎森君がみんなを助けてくれたこと。見えないところで頑張る努力家だってこと。誰かを貶めるような人じゃないってこと」

 照れくさい。他の人に褒められることがこんなにもむずがゆい物とは知らなかった。

「だから、織斑君の言っていることクラスのみんなはあんまり信じていないから。…………私もその一人」

「あ、ありがとう」

 最後の言葉が伏せがちに呟いたためよく聞き取れない。それでも俺の方を信じてくれていることに感謝する。

「……あれ? じゃあなんで俺の方には組んでくれとオファーが無いんだ?」

「……私は足手まといになりたくないからだけど」

「さっきーは自覚ないだろうけど、1年じゃ結構な実力持ってるんだよー。だからみんな遠慮しちゃってるんじゃないかなー?」

 え。2か月前まで素人同然だった俺が実力を持っている?

 いくら最初の織斑先生が教えた鍛え方と更識先輩との訓練を継続してやっていると言っても、かなり成長が速いのではないのだろうか? 何かが、自分の何かがおかしい。

「……あ、もうそろ行かないと次の人困っちゃうから」

「えへへ。さっきーもゆっこもがんばってねぇー」

 そう告げ2人は使っていたISを戻しに行く。

「……なぁ、癒子。銃って撃っているときどう思ってる?」

「え。そりゃ、……必死かな? ……加奈子みたいに相手を思いやることなんて出来ないよ。自分が痛い目合うのは嫌だし。章登は?」

「……俺は」

 思わず口を濁らせてしまう。どう言えばいいのだろう? 倒そうと意気込んでいる? 相手を傷つけるのに躊躇は無い?

 俺が言いよどんでいるのを察してか癒子が切り出す。

「……私ね。感謝している。攫われたとき章登が助けてくれなきゃどうなっていたかわからないし、嬉しかった。だから……その時、何かを感じたのかわからないけど私を助けるために、誰かを助けるために人に銃を向けるのは間違っていないと思う」

「……ありがとう」

 俺はおかしいのかもしれないけど、ボーデヴィッヒのように間違ってはいないはずだ。

 

 

 アリーナで練習した後、癒子は戦術の見直しと他の生徒の練習を見て参考にするのにアリーナに残った。

 俺の方は実戦での基礎向上をはかるためにシミュレータで練習し、ランニングで体力を作っていこうと思っている。

 研究室に入った時には栗木先輩が机で寝るようにして項垂れていた。まるで容易なテストをやって点数が50もないことが答え合わせをしていて分かりましたと言っている様なものである。

 俺が入ってきたことに気づいてはいるが反応はしたくないらしい。まぁ、愚痴くらいは聞いてもいいけど。

「どうかしました?」

「あ゛~。なに崎森? 学年別トーナメントの試合変更聞いたでしょ? もうどこのアリーナの予約も混雑してるわ。いきなりだから調整の時間とか、相方探しとか。私たちの進路がそこで決まるのかもしれないのに」

「ですよね」

 何処も彼処も迷惑しているらしい。3年は自身のアピールが出来る場なので必死だろう。何もこの時期にそんなことする必要はない。ましてや理由が『より実践的な模擬戦を行うため』ときた。前回のリーグマッチとデュノア社の襲撃からだろうか?

 もう、警備がどうなっているのか知りたい。学生にまで任せるなんて正気の沙汰ではないだろうに。

「こんな理由で試合変更するより警備強化した方がいいですね」

「それはないと思うわ。無人のISが学園を襲ってきたということは誰かがISで学園を狙っているってことよ。戦車や戦闘機で戦ったところでISじゃ敵わないのだから、ISを強化する方針になるでしょう?」

「で、乗っている人間を強化しようってことですよね」

「まぁ、そうだけど仕方ないわ。私、3年だからもうスカウトされることもあるから半端な結果は出せないわ。だから、最高の相方をみつけないとね」

「桜城先輩は?」

「……かなり有望だから人気殺到中。頼んでみたけど受けてくれるかは別問題だわ。今は返答を待っているの」

 栗木先輩だってかなり強いと思うのだが。学年の基準がなければ普段から模擬戦していたり、癖を知っている人の方がやりやすいので頼みたいくらいだ。

「栗木先輩は?」

「確かに何人か希望が来てるけどやっぱ私後衛に徹した方がいいのよ。これでも学年の射撃成績は上位なんだから、だから出来るなら前衛と組みたいわ」

 自分の能力を最高に発揮して優勝したいらしい。それに生半可な腕では栗木先輩に負担をかけてしまうだけだろう。それに練度は限界まで高めたいだろう。

「あなたはどうするの? やっぱり癒子ちゃん?」

「動きもある程度分かってるし、代表候補生じゃ腰ぎんちゃくに見えてしまいそうだし、何より織斑が流してくれた噂で組んでくれる人が限定されるんですけど」

「………まぁ、頑張って。当日の観客、各国の政府関係者、研究者、企業のエージェントの注目が多くなるから失敗して笑われることのないようにした方がいいわ」

「分かってます。だから、へまをしねぇ為にシミュレーターでも練習しておきますよ」

「さっき面白いデータ入れたから私も付き合ってあげるわ」

 そうして俺は研究室にあるシミュレーターの箱に入っていく。栗木先輩が入れたデータも少し気になり、電子化されたアリーナで栗木先輩の姿を見る。

 改修されたラファールに鎌と巨大レールガン。鎌『ブレーデッド・バイケン』が、『メテオール・プレート』に備えられたアタッチメント付け加えられ、大鎌として機能しているらしい。

 

 そして試合開始。

 

 先手は巨大レールガンの豪弾とアサルトライフル『FA-MAS-TA』の弾幕での張り合いだった。

 こちらはレールガンのチャージと発射のタイミングを図り回避し、あちらは動き回りながら弾幕を回避する。速度で振り切るような避け方ではなく踊るようにして当たらない。

 両者は相手の回避先を読み合い。撃っては逃げ、逃げては撃ち返しの応酬が繰り返されていた。

 無軌道に飛び回る両者が動いたのは、崎森章登の弾幕が相手を捉えた時である。一気に距離を詰め、弾幕を相手に浴びせようと瞬時加速する。空いている手に散弾銃『ケル・テック』を呼び出し、一気に相手のシールドエネルギーを削ろうと企んだ。

 しかし、章登が瞬時加速したときに相手は『ブレーデッド・バイケン』を投げつける。突然飛来する刃を臆することなく盾を前にすることで弾き、問題なく前進する。

 だが、『ブレーデッド・バイケン』は鎖鎌なのだ。栗木真奈美は鎖鎌を操ることで全力疾走してくる相手の後ろを弾かれた刃で強襲する。

 そして、突然の後ろから来た襲撃を防ぐことが出来ず胴回りに巻き付く鎖。最終的に膝の装甲に突き刺さる。そこから、牽引されバランスを崩し、瞬時加速を停止させられる。

 瞬時加速で接近し相手を近距離で撃ち続けることが出来る距離ではなく、相手にとっても絶好の距離まで近づけさせられた。

 そこからのレールガンの豪弾に盾を構える。こちらの体勢を崩そうと巻き付いた鎖が引っ張られバランスを崩さないように踏みとどまるが、いきなり引力が無くなり体勢が崩れる。

 綱引きで拮抗している状態で一方が力を抜くともう片方が後ろに倒れてしまうようにして盾をこじ開ける。

 そこに撃ち込まれる豪弾を転がり回ることで掠る程度にとどめ、最低限の損傷で離脱しようとする。アサルトライフルを戻し巻き付いた鎖を単分子カッターで削り切ろうとする。だが、かなり強固な設定らしく火花が虚しく散るだけで終わってしまう。

 そこに何度も叩き込まれる電磁加速された弾丸。スモーク弾を呼び出し煙幕を張ることで身を隠す。今の時間に装甲に刺さった鎌を取り外さないと負ける。

「このっ」

 力ずくで引き抜こうとするが凶悪な刃にはギザギザと尖っている部分が、簡単に抜けないようになっている。装甲を削り取りながら抜いていくが時間がかかってしまう。

 一瞬にして濃霧に包まれるアリーナで、栗木先輩は改修されたラファールで飛び回ることで乱気流を引き起こして濃霧を散らす。

 栗木先輩が動いたことで抜くのにまた時間がかかってしまう。

 そして、何とか杭を抜いたときにアリーナの濃霧は千切れ雲で、姿を隠す機能は失われていた。

 栗木先輩は『ブレーデッド・バイケン』の楔が外れているのに気付いたのか、柄を『メテオール・プレート』から外す。そして、アタッチメントを外し棒状から十字に展開し、投げつける。

 4つの先端から鋭い刃が出てきて、芝刈り機みたいに高速回転しこちらに向かってくる『メテオール・プレート』。回避しようと半身を逸らせ回避。しかし、軌道制御装置を組み込んでいるのだろう。ブーメランのように戻るのではなく、こちらの後ろを取るような形で戻ってくる。

 後ろの『メテオール・プレート』に意識がいって栗木先輩がレールガンの照準がこちらを向いて砲撃される。

 電磁加速された弾丸が連射され、『メテオール・プレート』との挟み撃ち。ガツンとハンマーに殴られた衝撃が後ろから来て、シールドエネルギーはみるみるなくなる。

 『メテオール・プレート』が戻っていくのと同時に岩盤破砕ナイフを片手に鋭角軌道で詰め寄っていく。

 ジグザグ走行を3次元的に軌道し、相手に詰め寄っていくがこれまでの損傷でうまく速度を出せない。

 それに相手は速度を重視にして改修したラファール。

 引き撃ちでどうにかなってしまう。

 なので、手にした岩盤破砕ナイフを後ろに投げ、信管を起爆。猛烈な爆風を追い風に乗せ無理やり加速し、そこから瞬時加速。アンバランスな状態での瞬時加速で現実世界なら骨折するかもしれないが、ここは電脳世界だ。

 そんなことを気にせず実行し、栗木先輩に迫る。

 そして、単分子カッターを展開、起動。

 無数に配列された刃が高速回転し金属音を響かせ装甲を削る。

 カーボン製の軽量化された装甲は抵抗もなく、腹の装甲を切る。ここで距離を離されたら負けてしまう。このまま張り付き続け攻撃を続けようと単分子カッターを振るう。

 だが、栗木先輩もやられ続けるわけがなく。十字に展開した『メテオール・プレート』で単分子カッターを受け止めた隙に、蹴り飛ばして距離を稼ぐ。

 そこから、最大出力のレールガンで撃つ。

「ああ、くそ、また負けた」

 

 

「織斑先生、お話があります」

「……榊原先生」

 放課後の職員室を出ようとしたところで榊原先生に呼び止められる。もう日は落ちかけ、辺りは薄暗い。

「ボーデヴィッヒさんに会いにいかないのですか?」

「彼女は謹慎処分です。会いに行く必要がありません」

 謹慎は一定期間外出禁止である。会いに行ってどうしろというのか? 自分が伝えることなど何もない。アリーナの出来事での責任追及はボーデヴィッヒの監督不足のため謹慎という拘束と監視をしている。

「馬鹿ですか? 謹慎は外から一歩も出るなという処罰ではありません。自分で反省したことを示すことを言うのです。誰が彼女が反省したと判断するのですか? あなたの生徒です。最後まで逃げずに向かい合ってください」

「…………」

「前に言いましたよね。あなたは暴力を振るいたいだけだって。今も振るっていていいんですか?」

「私は振るってなどいない!」

「相手の言葉を聞かず、命令だけ出す。導くことも、何が悪いか指摘しない。殴るだけが相手を傷つけると思っているんですか? 何もしないのと見守ることは違うんです」

「だったら、あなたが言えばいいだろう! 私より優れているのだから!」

 そうだ。彼女の方がよっぽど人を育てるのに向いている。出来る人がすればいいだけの話ではないか。

「あなたは優れているから誰かを育てているのですか?」

「…………」

 まるで「あなたはなんでここにいるんです?」と言われているように思った。

「あなたがどういう基準で優劣を決めているのか知りませんが、自分が優秀でこの子は育てられるから育てると依怙贔屓でもしているのですか! 生徒に優劣があっても必死に努力して上を目指しているのを、あなたは自分の都合で切り捨てるんですか! ………あなたの生徒をどうして叱って、反省させて、認めてあげないんですか」

 何も言い返せない。

 ボーデヴィッヒから逃げた。自分が育てた人物がこんな問題を起こすような人物だったことに目を逸らした。

 私は守ると言いながら生徒たちのことなど気にも留めていなかった。

 崎森がボーデヴィッヒと会うことに面倒が起こるという理由で止めていた。

 いや、もうそれ以前に。

 一夏と、たった一人の家族にすら殆ど接していない。

 ただ助けただけ。いや、ただ力を振るっただけ。助けたのなら誘拐された後、なぜ私はここで働き家にほとんど帰らず一夏から離れていた? 守るべき対象なのに?

 分かり合おうなどとは思っていなかった。そんなことをせずとも問題が無いのだから。

 織斑一夏は弟。鈍感。料理がうまい。家事のスキルが高い。マッサージが得意。これらを知ったところで家族と言えるのか? ただ表面上知っているだけだ。それしか知ってない私は何なんだ? 家族と言えるのか?

 そんな疑問は結局のところ、誰とも向き合わず自分勝手に生きて来たから出てくるのだろう。 

 

 わたしは、いままで、なにをしていた?

 

「私は……私は、どう叱ればいいんだ。どう認めればいいんだ。……どうすればよかったんだ」

「私だってわかりません。生徒一人一人違うのですから。でも、向き合わない限りその人を知ることなんてできません。あなたは向き合って話すところから始めてください」

 まるで立場が無かった。

 世界最強。ブリュンヒルデ。そんなものはここには存在しない。

 ただ、どうすればいいか迷う子供と助言を促す先生がいる。

 きっと当たり前のことなのだろう。だが、人として当たり前のことをしていなかったのだから、それを最初にしなければならない。

「……すいません。醜態を晒して」 

 ずっと逃げて来たのだ。人と向き合うのが怖くて、心に壁を作って、頭から決めつけて。

 だが、もう向き合わなければならない。

 私は子供を止めなければならないのだから。




ダメ人間製造機の織斑一家ですが、基本問答無用で惚れるたのでは思考が鈍くなって当然かと。
それに自分自身そうしているのに気付かないからたちが悪い。

んで、やっとこさ千冬さんに自分の過去を見つめてもらうことが出来ました。
両親がおらず必死だったから何も見ていなかった彼女はやっと、誰かと向き合って話すことを覚えることが出来ました。
今回は自分自身と向き合えたかな?


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22話

 謹慎処分中のボーデヴィッヒに会うために、部屋をノックして入っていく。

「教官。どうかなさいましたか?」

「……なんであんな事をしたのか聞いていなかったからな」

 暗い部屋だった。カーテンが閉められているとか、照明がついていないとかではない。

 何もないのだ。趣味や趣向が無い。

 日用品だって無個性な支給品なのだろう。それ以外は人の匂いというものがしない。

 そんな無人の部屋のような寂しい感覚を受けた。

「最初は相手がどれほどのものか試そうとしましたが、弱いのに私を侮辱してきたからです」

「……それでお前はオルコットたちを倒そうと?」

 これが自分が育ててしまった結果なのだろう。戦闘技術しか教えてこなかったことに自責の念を抱く。

「はい」

 淡々と返答するボーデヴィッヒは、まるで何がそんなに憤っているのか理解できていない風に感じる。

「……それほど大事なことなのか?」

「何を言っているのですか教官。私を育ててくれたのはあなたではありませんか。敵を倒すための力を、誰にも見くびられない強さをくれたのはあなたです。この強さを侮辱されていいはずがありません」

 違う。たしかに私はドイツで教練をした。したと思っていたが違うのだ。力を付けた。それだけなのだ。強さが何かなど教えていない。

 『弟を見ていると分かるときがある』など嘘っぱちなのだ。弟を見ていない人間にそんなこと言える資格なんてない。私自身が強さなど知らないのだ。

「お前の力を育てたのはお前自身の努力に過ぎない。だから、私のしたことなど微々なのだ。だから、私のような『力』だけの存在にならないでくれ」

 今からでもいい。力以外のことに目を向けさせたい。このままでは私と同じ道を歩むだけだ。それだけはやってほしくない。

「私はあなたの『強さ』に救われたのです」

「それは違う。私は『強さ』など持っていない。あるのは『力』だけだ」

「……『強さ』と『力』は同じでは?」

「違う、……違うんだ。私も『強さ』が何か知らない」

 世界最強など称号であって、名目に過ぎない。

 何が強さなのか。人によって答えは違うだろう。

 『弟を見ていると分かるときがある』とは、守り、育てていきたいという願望であったのだろう。それをしていない私は、何も成し遂げていない。

「私は自分のことに必死で、見下げられたくなくて、虚勢を張っていただけなんだ。だから、私を目指さないでくれ」

「嫌です」

 はっきりとそう断言する私の生徒。

「あなたに憧れ、あなたを目指し、あなたになることの何が悪いのですか!」

 そう腹の底から吐露する。

 自分がしてきたことが嫌になる。これでは悪質な洗脳に近い。

 まるで子供がヒーローに憧れるような動機なのだろう。だが、私はヒーローではないと否定したい。だが、彼女にとって私以外のヒーロー像を知らないのだ。

 思わず目を逸らしたくなるが堪える。

 きっとここで逃げたら同じことの繰り返しなのだ。それだけは、駄目なのだと自分に叱咤する。

「ドイツで私が『力』を教える前は落ち込んでいただろう。だがそこから持ち返したではないか。挫折から立ち上がった。きっとそれがお前の『強さ』なんだ」

 一度も失敗しなかった。いや、失敗に気づかなかった私に比べてきっと彼女の方が『強さ』を持っているのだ。

「だから、その『強さ』を捨てないでくれ」

「その頃の私は弱かったはずです。あの時の私の方が『強さ』な訳ありません」

 きっと、彼女の中では私になることで強さを手に入れようとしているが、伝えられなかった。

 彼女は『力』と『強さ』を同一視しているのだから。

 どうすればいいのだろう?

 彼女に自分の失敗を、醜さを知ってもらうにはどうすればいい?

 彼女を変えるために、間違った道を進ませないためにはどうすればいい?

 そんな自問を繰り返すうちに時間は過ぎていく。

 

 

「ちょっと一夏、待ちなさいよ」

「ああ、鈴ちょうどいいぜ。学年別トーナメント知り合いがいなくて断ってたんだけど、俺と組んでくれないか?」

 どこかずれた疑問を声に出す一夏。政府、国家の上幹部に覚えていてほしいから、織斑一夏と一緒に戦い抜いたという印象は得られるのだ。

 ならば人気が殺到するのは当然だろう。自分が仲がいいと思われればそこから織斑一夏のデータや織斑千冬と接点が出来るのかもしれないのだから。

「別にいいけど、でも、なんであんた章登のこと悪く言いふらしたわけ?」

「真実を知ってもらうためには必要だろ? それに、シャルルは無事だったから問題ない」

「章登のことを悪く言ったことを気にしないのか、って聞いてるんだけど」

「え? だって、何もなかったから別によかっただろ。誰も不幸になってなかったんだからいいじゃないか」

 彼の中には崎森章登に対する自分のしたことに対する後悔や罪悪感は無いらしい。

 まるで、小学校の頃の織斑一夏とは別人である。

 少なくとも自分を助けてくれた織斑一夏とは違和感を感じた。

 小学校の時、クラスメイトが自分の名前をパンダみたいと馬鹿にする中、織斑一夏は『いい名前だと思うぞ』と言ってくれた気がするのだ。それこそ引っ越して不安だった鈴音に助け舟をくれたように。

 信じられなかった。少なくとも前は他者の気持ちに鈍感であったとしても、他人を陥れるようなことはしなかたと思う。

「……あんたに何があったのよ?」

 ぽつりとそんな言葉を呟く。それに対して織斑一夏は聞き逃したように、凰の表情に気づかずにただ一言、無神経に聞く。

「ん? なんだって?」

「何でもないわよ」

 

 

「だから、こういう十字砲火は駄目なんだって。せっかく飛べるんだから3次元的に前、右上から攻撃した方が相手の防御も、意識も持っていかれるって」

「いや、突撃してくる奴に対しては飽和射撃の方が手っ取り早い」

「それだってあなたの予想じゃない」

「じゃあ、賭けるか?」

「いいよ。でも、あなたは開幕直後に上に飛んで上下からの両撃にしよう。そっちの方が続く十字砲火にも繋がるんだから」

「じゃあ開幕はそれで、後は個人通信で大まかな指示はA=アタック、B=防御、C=回避。次の数字で決めていた戦術に切り替えるか」

「そうね、下手に高度な暗号使わない方が安定するから」

 そう言った段取りを決めていくが、実践で何が起こるかわからない。頭に血が上がったり、相手の手数が多くて実行に移せなかったり。

 少しでもそれを無くすために、イメージしてみる。

「じゃあ、相手が前衛後衛に分かれての場合」

「まず、前衛を倒すか後衛を倒すかだけど、私たちの場合は前衛を先に倒す。後衛がちょっかいしてくるけど相手に付いて支援砲撃はし辛くして、常に相手の射線上に味方を置き続ける」

 そのようなイメージを脳内で繰り返す。

 仮想の敵に張り付き常に、後ろの相手の射線を防ぎ続ける。

「そこで私が味方ごと前衛を吹っ飛ばす」

「……おい」

 仮想の敵に張り付いていた俺諸共、派手な爆発で吹っ飛ばされ地に野垂れているのを想像してしまった。

 いや、想定内の装備をしているのならば使っている武器からして爆発はありえない。なら、相手ごと貫通されているのだろうか。

考えると『絶対防御』と言う言葉が無くなりつつあるような気がする。

「いや冗談だから。出来るだけ近くまで行って誤射しないように当てるから」

「俺ごと撃つなよ。絶対だからな!」

「何だろう。どこかで聞いた事あるような気がする」

「フリじゃねぇ!」

 そのような事をしながら着々と力をつけていく。

 それと同時に時間も過ぎて行く。

 

 

 

6月の最終週。月曜から学年別トーナメント一色と変わり先週のアリーナは少しでも戦うことになるかもしれない相手の分析をしようと人が血眼になって観客席から観察していた。

俺や癒子もその中に加わり、観察をしていた。他にも連携の練習、訓練、指南を先輩から受けたりと忙しかった。

アリーナを観察している時に織斑と凰が一緒にいた。恐らく織斑は凰と組んだのだろうが、凰が一方的な指示をするだけで終わっており、凰の感覚で教えているようで、織斑は苦戦しておりあまり理解に及んでいないらしい。

オルコットはクラスメイトの鏡ナギと組んだらしく、十文字槍を振っている姿を見た。オルコット、凰はアリーナを使えないため連携訓練はさほどやっている様子はなかったが、理論的なオルコットのアドバイスは解っていたらしい。主に機体制御系になるのだろう。

そんな中で、ボーデヴィッヒは寮で謹慎を受けており、解けたのは昨日だったがアリーナには来なかった。恐らく、相方は抽選になるのであろう。

教職員は当日の雑務や会場の整理、来賓の誘導を行っており今からいよいよ対戦票が決まりだす。茶々とISスーツに着替えた俺は更衣室のベンチに座って発表されるのを待っていた。

映し出されているモニターには報道関係に提出するためでもあるのだろう録画されている映像が、観客席、VIP席、などが映し出されている。そこには各国の政府関係者。研究員、企業エージェント。俺の知っている巻上さんもいたが、悠々に話している暇はなさそうであった。

「我が社の製品での健闘を期待します」

 それだけ言って席に戻って行った。

 三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ている。一年には今のところあまり関係ないみたいだが、それでも実力を判断するためにこの場に居合わせたのだろう。

 それに初の男性IS操縦者。目を付けに行かない方がおかしい。失敗や無様な事は出来ないので気が重い。

「しかし、すごいなこりゃ……。章登もそう思うだろ?」

 何より嫌なのはこいつがいると言う事だが。

 ここは更衣室なのだが、俺と織斑以外はいない。当然だ。男は俺達しかないないのだから。無視しているとこっちに近づいてくる。

「なぁ、この前からなんか俺を遠ざけてないか?」

「当たり前だろ。謝罪の一つもしろよ」

 そう言うと織斑は少し考え込み、何も思いつかなかったようで聞いてくる。

「……何か俺悪いことしたか?」

 こいつは自分の発言の影響力と自分がしたことの自覚がないらしい。

「……俺がデュノアを退学させたとか、俺は他人を陥れる奴だとかって話だ」

「ああ、でも、シャルルとは関係なかったんだろ? シャルルは無事で、章登もそんな奴じゃなかった。だったら問題ないだろう」

 こいつは自分がしたことに生じる結果と周りに及ぼす影響を知らないようである。

 織斑にとっては俺の悪評を言う過程は結果を得るための手段で、俺が裏切らなかったと言う結果を見て安心したのだろう。

 俺の悪評を言ったのは手段で正しい事を言っていたと思っているのだろう。だから、章登は裏切っていないの結果でいいのだ。

 自分の手段による影響などないと思っている。織斑の中ではデュノアを追い出したことを証明するための正しい手段だと思っていたのだから。

 だから謝罪なんでしない。自分の中では悪い事なんてしていないのだから。

「だから、お前の言っていたことは間違いだったって言う気はないのかって話なんだよ」

 故に自分が間違っていたという自覚はあるのか問いただす。

「え? 仕方ないじゃないか。そうしないと分からなかったんだから」

 つまり、あの時は正しかったのだから、別に後で間違っていても仕方がない、と言う事なのだろう。

「間違えていたのに謝る気はないってか」

「お前だってシャルルに酷いこと言っただろう。お互い様だ」

……もういい。そんな子供じみた思考に付き合う気にもなれない。

そんな言う気力が失せた頃。対戦表が張り出される。

 

 

第一試合 織斑一夏・凰鈴音 対 崎森章登・谷本癒子

 

 

 恐らく、世にも珍しい男性IS操縦者を誰もが早く見させるように上層部が仕組んだか、国から圧力がかかったのかは知らない。

 だが、最初から俺のストレスを発散しても問題ないらしい。

 




 ちょっと疑問なんですけどなんで鈴音は一夏に惚れたんでしたっけ? 転校してきて苛められたところを解消したからで取りあえず済ましました。でもどこで書いてあっただろうか?

 IS 二次まとめ ウィキに一夏は「絶対に表に出ないやり方で報復した」ってありましたけど、それどの場面でしたっけ?
 その方法で考えると、放課後の帰り道に路地裏で襲う、そのいじめっ子の家のポストに脅迫状じみた非難を書いた手紙を置き続けノイローゼにする。
 うん。主人公じゃない。
 原作三巻では「温厚なやり方で撃退した」なので豪快にぶん殴るのではなく、足のつま先をわざと踏みつける、机の上に花瓶を置く(はないかなぁ?)、思入っきり机を叩いてビビらせる。
 うん、主人公がやることじゃないな。
 すいません。一夏はどうやって苛め子供をどう撃退したのでしょう?
 まともな方法だと、
 証拠を揃える。ボイスレコーダーで録音、学校の全校集会で流す(これだとばれるか?)
 紛失した場合は、警察に紛失届を出す(大ごとになるなぁ)
 『絶対に表に出ないやり方』ってなんなんだよ!?
 これだったらいっそのこと織斑千冬の名前がデカすぎて親たちは何も言えないし、子供たちもそれ以上のことをしなかったでいいんじゃないかな。
 とりあえずこの二次小説では『千冬が有名すぎて誰も何も言えなかった』にしようと思います。そっちの方がこの二次小説の『織斑一夏』に合っていると思いますので。


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23話

あけましておめでとうございます
今年もどうかご贔屓に。

と、当たり障りのないようなことを言いつつ、この小説の内容は当たり障りありまくりに新年をお送りいたします


 アリーナで距離を置き対峙する両者。

「章登、悪いけど勝たせてもらうぜ」

 白式を展開した織斑が開始位置に付いた時、そんな事を宣言してくるがどうでもいい。

「……」

 ラファール・ストレイドを展開した俺は無言、無表情のまま答えない。こんな面前で言っていい言葉ではないし、言ったところで伝わらないだろう。

「章登。かなり怖い表情してるんだけど」

 打鉄撃鉄を着込んだ癒子は何やら不安な声を出す。きっと俺の内心が暴走状態なのを危惧しているのだろう。

「一夏。何かしたんじゃないでしょうね?」

 凰は甲龍を展開し、ことらと対峙しているが、何やら険しい表情で織斑と俺を交互に見てくる。

「俺は何もしてないぞ」

 俺は殺気立っているのだろう。自分の顔はよく分からないが多分、他の第三者からすれば苛立っていることくらいわかるらしい。そんな、だろう、らしい、と言う不確定な言葉は今自分の状況を客観的に理解できないからだ。

 俺から出てくる感情は相手を打ちのめしたい怒りなのか、ついに復讐ができる歓喜なのか。ただ感情が溢れ出してくるのだ。この身に収まらないくらいに。

「章登、感情的になり過ぎ。もうちょっと押さえて」

「……作戦通りにやるって。一人で突っ込んだりはしねぇよ」

「……ならいいけど」

 激情はあるが頭はいたって冷静だ。

 

 そして、試合開始。

 直後、飛び出してくる白い白刃。『白式』は何も考えていないようにこちらにまっすぐ向かってくる。

「先手必勝!」

 そんな事を言いつつ瞬時加速で飛んでくる織斑は、こちらが何もせずに突っ立っていると思っているのか疑問だ。

『A9』

 後方の癒子から個人通信で指示が来る。状況をいち早く察することが出来るのは、眺めている観客や戦場から離れて指示を送る指揮官。

 癒子の方が戦術や個人の技量を把握しているため、癒子の方が適切な対処が取れるだろう。前衛の俺が指示を出すより、後衛で戦況も把握しやすい。

 ちなみにA9は突撃してくる奴には集中砲火を浴びせよう。と言った指示なのだが、そんな単純な事をする人なんていないと思う、と言う事で随分と最後の指示になる。

 一番最初から突撃してくるような奴などほとんどいないため、癒子はまだ射撃ポジションを取ることが出来ず、俺だけで攻撃することになる。

 空いていた距離を詰めてくる間に両手に武器、アサルトガンを持ち放つ。それに対して織斑は恐れもせず弾幕の中を突き進んでくる。

 ガガガガと装甲に火花を散らしながらも雪片を発動させる。

 前なら刃先が怖くて少し動きがぎこちなくなるはずなのに、今は何にも感じない。と言うかハイパーセンサーが捉える動作が大きすぎて分かりやすく、そんなに速いと思えない。

 例え、シールドエネルギーを大幅に削る武器で、殺傷すら可能な武器で、高性能で、世界最強が使っていた武器だとしても。

 そんな鈍い一太刀など脅威にすらならなかった。

 こちらに斬りかからんとする織斑に即座に身を捻って上からの一太刀を躱し、雪片の鍔を押さえつける。

 懐に潜り、ほぼゼロ距離から顔面にアサルトライフルを放ち続ける。

「ちょ―――」

 小さな織斑の悲鳴が聞こえたが、すぐにアサルトライフルの銃声で掻き消える。

 弾倉の弾を撃ち尽くす勢いで引き金を絞り続ける。絶対防御が発動し織斑の顔面が蜂の巣になることはない。これはデュノアと戦った時に検証済みで精々青痣が残ったくらいだ。

 なので、遠慮なしにぶっ放す。

 弾倉の弾を撃ち尽くしたところで凰が、こちらに斬りかかってくるので柔道の投げ技よろしく、足を跳ね払い織斑の体勢が失敗した宙返り状態で掴んでいた腕を引き、凰に向かって投げ飛ばす。

 即座に進行を変更した凰は向かってくる織斑に当たることはなく、衝撃砲を形成。放とうとした時。即座に緊急回避を取る。

 そんなことした理由は俺の後方で癒子の手に持っている、ストロングライフルのAPFSDS弾が放たれたからだ。

 一発で多くのシールドエネルギーを減らす砲口に晒されれば、回避行動を取るのが普通である。ストロングライフルの攻撃力を知っていれば、回避行動に徹しつつ距離を縮める、弾切れ、リロードの時間を狙うなどがセオリーだ。

 こんな序盤で無茶をしてシールドエネルギーの無駄遣いは減らしたい。

 そんな凰に向かってアサルトライフルを撃ち、少しでもシールドエネルギーを削ろうとする。

 注意がストロングライフルに向かっていたので当たると思いきや出刃包丁のみたいに強大な金属の板に柄を付け加えたような大剣、双天牙月の面で盾と言うより壁にして防ぐ。

 虚しく弾丸は火花を上げる程度に収まってしまった。

 その裏で衝撃砲を形成していたらしく、衝撃を放ってくる。多方向推進翼に付いている物理シールドで緩和させながら、アサルトライフルで牽制し、癒子の方には行かせないようにしつつ距離を保ち続ける。そして、癒子が個人通信で指示を出す。

『A1!』

 癒子からの指示に、即座に横に退避して凰との距離を離す。

 癒子は近すぎず、射線上に重ならないため、凰に向かってストロングライフルを発射。

 俺が後退したのを凰が察してか回避するが、めげずに放ち続け、5発中2発喰らってしまいう。浮遊している龍砲が1つ破壊され、盾にした双天牙月も貫通して風穴を開け、腹部の装甲を破る。

「このぉぉおお!」

 投げられて壁にぶつかった衝撃から回復した織斑が、凰のやられている姿を目にして、これ以上させるものかと雄叫びを上げながら突貫する。癒子に攻撃を仕掛けてくるが直線的になり過ぎて、機動が分かりやすい。それに距離もあるため、近づくのに時間が掛かる。

『B2からB1!』

 前衛の俺が2人をできるだけ足止めしつつ、出来なかったら1人で1人を足止めと言う内容。この場合、俺が織斑と凰に牽制をする。

 癒子のリロードの時間稼ぎも含め、散弾銃を展開して進撃する織斑と凰に攻撃する。

 散弾を連続して凰に放ち癒子に近づけさせず、連弾が織斑に瞬時加速や、突撃を躊躇させる。

 そして、織斑と凰が同時に仕掛けてくるように息を合わせて俺の方に仕掛ける。

 鋭角軌道でジグザグと右上、後ろ下左、前右下と直線で結んだように移動し、予想した移動地点や連携のタイミングを乱して、時間を稼ぐ。

 前に来たら後ろに下がり、上がると思ったら下がりの移動のフェイント。

『A1!』

 それと同時に癒子のリロードが終わったようで、凰に向かってストロングライフルの豪撃が猛威を振るう。

『A4!』

 どうやら、足止めの必要はもうないらしく一人一殺の方針に切り替わる。ストロングライフルの射線から癒子が凰を相手にするみたいだ。

 なので、俺が織斑に散弾銃とアサルトライフルを向け発砲。

 織斑が通る所を狙って散弾と連弾が進撃中の織斑に降り注ぎ止めさせる。

 もう、エネルギーが少なくなってきているのか、瞬時加速で弾幕を一気に突破するようなことが出来ず、回避に徹しているようだが稚拙で俺でも容易に想像がつく。

 右に移動しているので、織斑の少し右をアサルトライフルで撃ってやれば慌てて止まって反対側に行くので、そこを散弾銃で撃てば当たる。

 俺が少し攻撃をやめれば、途端に突っ込んできてくれるので雪片の間合いから出ている所で攻撃し、進行を止めたところで弾が外れるような距離ではなくシールドエネルギーを削る。

 それでも、一か八かと俺を道連れにするように腕を盾にしながら距離を縮める。

 そして、間合いに入った瞬間、俺を斬り裂こうと雪片の特殊能力バリアー無効化を使い振り上げる。

 袈裟切りしてくるタイミングに合わせ、多方向推進翼を横に全開噴出。一気に加速が加わり斬撃が来るよりも前に側面に移動。

 一瞬、織斑の視界から消えるようにして側面に移動し殴る。

 アサルトライフルを量子化して収納し、空いた片手で織斑の顔を、顎を、ボディーを、殴る。相手の体勢を崩し、次の一撃を確実に決めようとする。

「いい加減にしろよ!」

 そう言い、激昂に任せ雪片を振るうがそんな体勢が出来ていないのに、無理に雪片を振るから鈍い動きになってしまう。

 真上から振り下ろされる前に素早く懐に入って、手首を掴み攻撃を阻止する。

 そこから散弾銃の砲口を織斑に向け発砲。

 途端に機能を停止し、動かなくなる白式。モニターには織斑一夏・戦闘継続不能と表示される。

「なっ、え?」

 そんな事を呟いて不思議がっているように思えたが、凰が癒子に近づきつつあったためその場から即座に移動を開始。

 

「くっ。一夏の分まで私が頑張らなくっちゃねぇ! 代表候補生として!」

 1対2に追い込んでいるはずなのに精神的な危機感もなく、癒子を追い立てる。双天牙月一振りと、衝撃砲1門で近接戦を仕掛けるが、逃げに徹しており中々距離を詰められない。

 だが、アリーナの移動制限があり、高く飛び過ぎていると失格になってしまう。故に領域内ギリギリに追い詰め、動けないところを斬りかかる。

「もう逃げられないわよ!」

 打鉄撃鉄の浮遊物理シールドに双天牙月が阻まれるが、力押しで潰しにかかる。

そんな拮抗をした時、腰に装着した刀の鞘がぐるりと回転し物理シールドの隙間から散弾を放ってくる。

 菊一文字の鞘先には散弾を放てるような仕組みになっており、浮遊している物理シールドが死角になっており気付かなかったのだ。

 まるで殴られた衝撃が凰に来る。

 至近距離から続けて散弾が放たれるのだから冗談ではない。

 残り1振りの双天牙月で壁にしつつ、散弾の衝撃を利用するようにして後ろに引く。その時こちらに迫ってきた崎森が両手に岩盤破砕ナイフを持っている。

「A2!」

 そう何かつぶやくのがハイパーセンサーを捉えるが、今は谷本から距離を離れなければならない。しかし、どう移動しようと章登とぶつからなければならず、挟み撃ちに合う。

 ならば、章登とチキンレースするかのようにして突進し、射線上に章登を置くことで発砲を躊躇させる。

 幸いにも相手は剣や槍など間合いが広いタイプの武器ではなく、ナイフと言う格闘に近い武器だ。こちらの双天牙月の方が有利。チキンレースで相手が逃げようが、攻撃してこようが、こちらが勝てると確信した。

 章登を弾き飛ばした後、即離脱して態勢を整える。

 しかし、章登はチキンレースの中盤。凰が乗った時に岩盤破砕ナイフを凰に向かって投げつける。

 そう、信管で遠距離から爆破が可能なのだ。

 だから、投げつけられた岩盤破砕ナイフが凰の近くで爆破した破片や爆風が襲い、体勢を崩し不安定にする。

 そんな立て直しの中、凰に向けられる砲口。ストロングライフルのAPFSDS弾が5連射で機動が取れない凰に降り注ぐ。

 

『勝者、崎森章登・谷本癒子』

 

 

「崎森君たちの勝利ですね」

 実際にはきつい戦いであろう。専用機が2体とそのうち乗っている1人は代表候補生。対して個人的な調整や改修されたとはいえラファールと打鉄で勝ったのだ。

 それを山田先生は感心する。

「……ああ」

 心ここにあらずと言った織斑千冬は相槌を打つことしかできない。

 その、目が向いているのはラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒のペアと、他のクラスの女生徒2人が戦っているモニターであった。

 序盤から攻めて攻めてのボーデヴィッヒが対戦相手に猛威を振るう。篠ノ之がサポートに入るが気にはせず、大口径のリボルバーカノンで相手を撃沈させ、縦横無尽にワイヤーブレイドを走られ相手を絡め捕り、叩き付ける。

 その叩き付けたところに篠ノ之が居たのだが気にはせず、勝利がモニターに表示されるととっととピッドに戻り補給を受けてくる。無論、篠ノ之への謝罪などない。

「次は崎森君たちとですね」

「……ああ」

 ボーデヴィッヒは恐らく昔の自分なのだろう。散々暴力を振るい、その力で反論を捻じ伏せてきた自分。

「織斑先生。適当に返していませんか?」

「……ああ……あっ」

「酷い」

「いや、少し待ってくれ! 今は別の事に気が向いていたと言うか、山田先生との会話を蔑ろにしていたわけではない」

「ボーデヴィッヒさんの事ですか?」

「そ、そうだ! どう接したらいいかとか、どう力と強さの違いを解らせたらいいかとか、どうやってクラスの孤立を無くしてやればいいかとか、そのいろいろ、な?」

「はぁ、織斑先生もいろいろ考え始めたんですね」

 キョトンとした顔でそんな事を言う山田先生だ。まるでハトが豆鉄砲に当たったようになっている。いや、感心している?

「ちょっと待ってくれ。私は考えなしだとでも言いたげな顔はなんなんだ!?」

「そりゃ、防衛線で突撃かますような人物ですから」

「……次からは善処します」

 そんな、失敗した政治家のようなことを言いながら次の試合のモニターを見る教職員(駆け出し)。

「織斑先生。善処しますはがんばります、努力しますと言う意味は含みますが、了承の意味はないのですが?」

「に、二度としません」

 

 

 

「次はボーデヴィッヒと篠ノ之か……」

「二人ともあまりアリーナに来なかったから実力が図り辛いしね」

「まぁ、抽選で決まったからな。お互い連携訓練してねぇし、前の試合からして連携は最悪だ」

「正直、無双ゲーで戦闘に夢中で勝利条件を忘れているみたいな」

 どちらかと言うと、舐めているのだろう。私が学生風情に負けるわけがないと。

 故に味方であるはずの篠ノ之の事などお構いなしに暴れ回っているという訳だ。

 俺たちはISの整備をするためにピットに戻ってメンテやら補給やら受けるのだが、俺の場合は弾丸の補給で終わり、癒子は弾丸の補給と浮遊シールド、IS電池の取り替えで終わる。

 正直、もう少し部品交換や損傷した装甲の交換などすると思っていたのだが、拍子抜けであった。

「あっちもそんなに損傷なんてないから今日中にもう一戦するかもね」

「だな。それまではここのモニターで観戦してるか」

「ジュース奢って」

「缶ジュースで」

 そんな他愛のない会話をしつつピットに配置されているモニターを見る。

 すぐに次の試合が開始されていく。

 

 

「なんで俺負けたんだ?」

 ピットに戻っての第一声がそれだった。

「アンタが弱いからでしょ」

 個々の能力、練度、連携、戦術が劣っていただけの話だ。

 凰の場合は能力と練度、機体性能が高くとも連携、戦術の面であの二人に劣っていた。

 織斑の場合は機体性能以外が低かった。凰の教え方が上手ければ近接戦であそこまでいい様にされることはなかっただろう。ただ自身の感覚や直感で動く凰に自身の能力を教えろと言われても、うまく言葉にすることはできない。

「俺は弱くない。少なくとも章登と練習量は変わらないだろ」

「あんた、あたしの説明とか動きとかちゃんと見てた?」

「聞いていったって、動きも見て覚えたし」

「それで、反復練習とか必死に練習していればこんなことにはなっていないわよ!」

 ならば、少なくともあそこまで一方的に負けはしないだろう。凰は少なくとも動きを再現することで自分の技術を織斑に伝えようとした。それならば少なくとも回避行動に稚拙さは残らないはずだ。

「アリーナは予約いっぱいだから取れないだろ。それにこんな結果になったのは鈴の教え方がよく分からないせいだろ」

 不機嫌そうにそう言った織斑を見て凰は憤る。

「あっそ! だったら他の人に教えてもらえば!」

 そう言い残してズカズカと地団駄を踏むようにしてピットから出て行った。

 




戦術内容
A1 ストロングライフルを発砲するので離れろ。
A2 時間差で攻撃。
A4 一人一殺。
A9 集中砲火(ただし最初だったため、癒子のストロングライフルの発射体制、射線上、発射位置の問題があったので癒子は不参加。
B1 各自で防御を中心に。
B2 前衛(章登)が足止め兼囮。
 
まぁ、妥当な結果でしょうか?
織斑が顔面にアサルトライフルの連弾受けたり、ぶん投げられたり、殴られたり、あげくの果てには脅威の雪片が全く怖くなかったりと、シャルルがいないとここまでじゃ弱体化するんだなぁ。
と言うか必死ではないんですよ。
倒したい敵もいなければ、夢中になる熱もない。
だから適当でいいやみたいなことを思った織斑一夏になった学年別トーナメントでした。


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24話

皆様 次の話はボーデヴィッヒ・篠ノ之VS章登・癒子だと思いましたか?


 

 観戦席はかなりの人でにぎわっていた。

 他のアリーナでも競技が行われているため、生徒の数、政府、企業の方々は分裂し、それぞれに観察者が分散している。

 俺達が見ていたモニターは自分たちの試合のあった第一アリーナ。

 理由はすぐに試合が開始されるから。

 対戦はセシリア・オルコット、鏡ナギVS相川清香、鷹月静音の組み合わせだ。

 オルコットはブルーティアーズを着込んでおり、鏡ナギは打鉄の手に十字の槍『ドラゴンフライ』を持っている。

 相手の相川はラファールにサブマシンガンを両手に2丁と言うガンスタイル。鷹月静音は打鉄撃鉄だが、癒子とは違い両刃の大剣ユナイトソードを両手で構えている。

「どっちも前衛後衛に分かれてんのか」

「でも、方向性は大きく違うみたい。サブマシンガンは射程に優れていないから、支援と言うより足止めになると思うけど」

 

 そんな事を言っているうちに試合が開始される。

 

 オルコットが威嚇、牽制、先制攻撃をビットで相手に向けて撃つ。

 相手2人が回避、防御行動を取っているうちに鏡ナギが十字槍を鷹月に突き刺す。

 恐らく近接戦に不利なオルコットの足止めであろう。

 一方、鏡ナギと鷹月は突き出された矛先に反応し、大剣で迎撃する。

槍と大剣がぶつかる。十字槍の柄が軋み折れるかと思われたが、その前に横に向かって引き戻しながら、重質量の大剣の攻撃を逸らす。

 そして、引き戻した矛先を鷹月に向かって突く。それを何とか浮遊している物理シールドで受け流しつつ反撃。ユナイトソードをスコップみたいに突き刺し地面を抉るようにして、土を相手にぶつける様にして目つぶしする。

 大量の土が鏡ナギの視界を奪い、大剣の軌道が分からなくなる。このまま居たら餌食になるのは確実。

 後退しようとしたところに、相川の支援、サブマシンガンの弾雨が降り注ぎ一瞬挙動が遅れる。その隙を逃さず振られるユナイトソード。

 だが、その攻撃を阻害するもの。ブルーティアーズのビットの高熱を持った閃光が土を焼き、死角からの攻撃をする。

 なにも、相手が見えないのはこちらだけではない。

 その閃光に怯んで一瞬攻撃か、防御か迷った。そうしている内に光速の熱線は打鉄撃鉄の装甲を焼く。だが、その損傷は微々たるもの。

 打鉄撃鉄は元々防御力を重視に改良した打鉄だ。その打鉄も高い防御力を誇っている。さらに、土でレーザーの威力が減衰してしまったのも要因になっているのだろう。

 そしてこちらが攻撃するはずが逆に攻撃されに驚かされた。それで一瞬行動が遅れてしまう。

 すぐさま遅れを取り戻そうと、ユナイトソードで巻き上げた土ごと後ろにいるはずの鏡ナギを叩き斬る。

 だが、一足遅く、大剣の刃先にかすった程度に終わる。

 それでもシールドエネルギーを削らされ、すぐに削られた分を取り戻そうと十字槍を突き出し、引き金を絞る。

 ドラゴンフライには下方に備え付けられるアタッチメントがあり、そこには短身散弾銃は弾丸が装填されている。

 限界まで近づいた砲口は相手に唸る。

 

 2対2ではこちらが不利だと判断し、オルコットの意識をこちらに向けるために両手のサブマシンガンで攻撃を繰り返す。

 流石に弾幕が厚い。これでは支援に入ることが出来ないので、オルコットは相川を早々に倒そうとする。

 2丁のサブマシンガンの弾雨による牽制射撃と距離を取り続けレーザーの精密射撃は、確実にオルコットが押しているように思えた。

 確かに高熱のレーザーが相手の装甲を熱して赤くし、シールドエネルギーを奪っている。

 だが、現実には流れ弾が多すぎて後ろへ、後ろへと追い詰められている。

 ここでさらに相川は多方向推進翼に付いている物理シールドの裏側からミサイルが48発発射される。

 自身に到達する前にビットを展開。ミサイルを撃ち落とすことで回避率を上げる。  レーザーの熱で加熱され、火薬が引火し爆発するミサイル。

 それでも撃ち落とせなかったのを、出来るだけ自身に引き寄せてから一気に反対側に進むことで、ミサイルの誘導を振り切って回避する。

 そこにサブマシンガンの弾雨に強襲される。

 装甲が火花を散らし、シールドエネルギーが削られていく。

「くっ」

 アリーナの移動制限ギリギリを飛んでいたため、これ以上の後退が出来なかった。だが、このままサブマシンガンの餌食になるわけにもいかず、ビットで反撃する。

 別方向からの攻撃に挙動が一瞬遅れ、装甲が焼かれる。

 このままではまずいと相川はスモーク弾を取出しアリーナ上空で展開する。

 これはあの時、崎森との模擬選をマネしての戦術。この中では、レーザーの威力は減衰し、相手に一気に近づくことが出来る。

「これで!」

 相川は終わりと思ったが、黄色い雲を抜けたところで見たのは、ブルーティアーズに唯一搭載されている接近武器。インターセプターを展開していたオルコットであった。

「二度も同じ手は食らいませんことよ!」

 ガスバーナーのように青白い高熱の光を出す柄を握り、相川に向かって突き出す。本来のオルコットの戦い方ではなく、近接戦は苦手でそんなに速くはない。

 だが、視界が開いた場所にいきなり突き出されたのだ。相手は狙撃主体で近接戦闘はしてこないだろうと思っていたばっかりに動揺してしまった。

 故に素人のオルコットの突きを喰らってしまう。

 高熱で焼き斬るインターセプターは剣と言うよりは、照射時間が長いレーザーガンに近い。例え短剣サイズの持ち手であっても、その長さはなにかしらの障害物まで続く刀身である。

 細長い剣を辺りに振り回すことで先ほどのようなミサイルの迎撃、近接戦を仕掛ける敵を尻込みさせるような武器だ。

 基本武器のリーチが大きい方が有利なのは先手が取りやすい、逆に不利なのは先手が外れた後、切り返しに重いため遅れてしまう事だろう。

 だが、レーザーを使うインターセプターには精々柄ぐらいしか重さがない。それに短剣であったら刃を立てなければならないが、刀身がレーザーなので触れただけでダメージを与える。

 なので、相川が当たったことに気づき瞬間回避行動を取って逃れようとも、手元をずらすだけで攻撃が当たる。

 相川はインターセプターの刀身の追跡を避けられず、シールドエネルギーが0になり戦闘不能となった。

 

 ドラゴンフライの下方につけられた短身散弾銃から放たれた散弾は、確かに鷹月が着ている打鉄撃鉄に当たる。

 だが、打鉄撃鉄は草摺のように多重装甲になっているため1つの装甲が壊れようとも動ける。

 そのまま反撃し、ユナイトソードが猛威の横薙ぎをする。

 トラックに引かれたように鏡ナギは宙を舞い、アリーナの壁に激突する。

 鷹月は追撃に走り、鏡ナギは復帰を急ぐ。

 振り下ろされた大剣を転がるようにして避け、立ち上がりながら距離を取る鏡ナギ。

 そして、突撃。

 なんの変哲もない、ただ速いだけの突きを繰り出す。ただし、今度は瞬時加速で爆発的に速度が乗った突きだ。

 十字槍の突きが鷹月に放たれるが、突如その突きの速度が上がる。ドラゴンフライに内蔵されたスラスターがさらに加速を生み、鷹月の胴に食い込む。

 あまりにも速い突きであったため、防ぐことが出来なかった。そしてそこから放たれる散弾は大きく、鷹月のシールドエネルギーを減らす。

 だが、鷹月もユナイトソードを分裂させ片刃になった大剣を、鏡ナギに振り下ろす。

 とっさに十字槍を手放せず、片刃の大剣に斬られる。

 そして、残った片刃の大剣を鏡ナギの打鉄の装甲に突き刺し、シールドエネルギーがゼロになり機体が停止する。

 未だ刺さった十字槍を抜き取り、相川の方へ向かおうとすると同時にオルコットと相川の決着がつく。

 

 相川を倒したオルコットはすぐに相方の鏡ナギの方に向くが勝敗は決しており、スターライトmkⅢを鷹月に向かって放つ。

 しかし、鷹月はそのレーザーを避けることはせず、浮遊している物理シールドを前面に押し出して突撃する。

 防御力に物を言わせての突撃だが、オルコットのレーザーは相川が出したスモーク弾の雲で減衰してしまい、著しく威力を落としてしまった。

 ならばミサイルを放つ。白煙を出しながら鷹月に向かっていく。両手に持ったユナイトソードの手首を回転させ、自身に到達する寸前で爆破させ最低限の損傷で済ましオルコットに襲い掛かる。

 しかし、近接戦が苦手なオルコットには若干の笑み。

「これで、邪魔な雲が晴れてくれましたわ」

 そう。先ほどのミサイルの爆風でスモーク弾の雲は爆風で流されてしまい、もはやレーザーを減衰させる効果はない。

 そして至近距離まで来た鷹月をオルコットが外すはずがない。

 だが今、鷹月は浮遊している物理シールドで上面を、ユナイトソードで前面を防御しており、正面からスターライトmkⅢを構えるオルコットには不利なのだ。

 だが、オルコットのブルーティアーズの最大の特徴はビットによる別方向からの攻撃ができると言う事。

 正面からスターライトmkⅢを構えるオルコットはフェイク。

 前に突き刺されて装甲に穴が開いた所に、ビットが下から数ミリ違わずにレーザーを放つ。

 絶対防御が発動し鷹月の打鉄撃鉄は機能停止し、セシリア・オルコット、鏡ナギの勝利で終わった。

 

 

その試合をピットのモニターで見ていた俺達は気を締め直す。

自分たちだけが努力してきたわけではない。彼女たちも同じように必死で食いついてきているのだ。

「もしかしたら私達、最初の敵がラッキーだっただけなのかも」

「否定はしねぇけど、こっちだって努力してるんだ。負ける気はねぇよ」

 そう自分に言い聞かせるようにして、モニターを見ている。

 このまま勝ち進めばオルコットたちとも戦う事になるだろう。

 でも、この日のために出来る限りの努力はしてきたのだ。だから、負けられない。

「もうほとんど1回戦は終わったかな?」

「次からは厳しくなっていくけど勝ち進む。ボーデヴィッヒたちにも勝って、次はオルコット……」

「なんか強い所ばかりと戦っているような気がするんだけど……」

「……まぁ、優勝目指すならどうせ強い奴と当たるんだから勝ち続けるしかねぇんだ」

 そう、要は勝てばいいのだと無気力な意気込みを見せ、次の試合の準備をする俺達であった。

 




というわけで他の試合でした。すいませんボーデヴィッヒ戦はまた後日。
ってか、モブ子さんたちが強くなりすぎているような気がするけど、違和感ありませんよね?


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25話

 第一アリーナ第二試合 崎森章登、谷本癒子VS篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒ

 アリーナの中には黒の機体『シュヴァルツェア・レーゲン』と鋼の鈍色の光を出し刀を下段に下げている『打鉄』。

それらを対峙する深青の『ラファール・ストレイド』と打鉄と同じ鈍色の『撃鉄』がアリーナの指定位置にいる。

 ボーデヴィッヒからは何も言わない。無表情にこちらを見下す。

 ただ、篠ノ之はそうでないらしくなるで親の敵と言わんばかりにこちらを睨みつけこちらに声を掛けてくる。

「一夏の仇は私が取る!」

 いつから織斑は死んだのだろうか。そんな素朴な疑問が生まれるが突っ込むのは野暮だろう。

 

 

 それから数秒後に試合が開始される。

『B2』

 ボーデヴィッヒ、篠ノ之の二人を出来る限り足止めする癒子の指示が、個人通信を通す。

 マルチランチャーを呼び出し成形炸薬弾を発射する砲身に切り替え、発砲しながら急接近する。

「無駄だ!」

 無論回避できる攻撃だったが、俺達が無力であることを強調したいのかAICで慣性がなくなる空間を作り出し、放った成形炸薬弾を中に浮かせる。

 だが相手はボーデヴィッヒだけではない。もう片方の手にアサルトライフルを呼び出し、篠ノ之に向けて連弾を放つ。

 刀だけを取出しこちらに斬りかかる前に攻撃されるが、怖じ気ることなく連弾を喰らいながら俺に斬りかかる。

「はぁあ!」

 織斑と比べても早く鋭く、そして何よりも動きに無駄がない。流石に近接戦は不利だと判断し、進行を止め横に大きく飛び退き斬撃を回避する。

『章登C7!』

 癒子からの指示が来る。緊急回避の指示だったのでボーデヴィッヒの方に目を向けることは出来ずに回避行動を取る。

 その時、ボーデヴィッヒはAICを解除し、こちらに向かって右肩に付いている強大なリボルバーカノンを発射。

 強力な電力で放たれた豪弾は空気摩擦で表面を赤くし、衝撃波を辺りに撒き散らしながらこちらに向かって来る。

 横に移動していた時に、一気に反対側へ多方向推進翼を一瞬だけ全開にして進行予測を狂わせる。間一髪で回避するが衝撃波で吹っ飛ばされかねないため、腰を落として踏ん張るようにして動けなくなってしまった。

 なんとか癒子の指示で気づくことが出来て幸いだった。あのまま進んでいたら一気に後ろの方に飛ばされかねない。

 だが、衝撃波が凄まじく、体勢が崩れたところを逃すほど甘くはない。

 篠ノ之が再び斬りかかる。慌ててマルチランチャーのチェーンソーを起動させ唐竹を防ぐ。

  チェーンソーの刃が回りながら篠ノ之の刀を壊そうと火花を上げ、このままでは刀の方が摩擦で壊れかねない。

 そう思い、一度刀を引き戻して別方から斬ろうと思ったのだろうが、斬りあいに付き合う気などない。

 もう片方のアサルトライフルを篠ノ之に向け発砲。

 この距離なら外さないと思ったが、篠ノ之が急に何かに引っ張られるようにして回避、いや、投げ捨てられる。

 ボーデヴィッヒのワイヤーブレイドが別の手のように篠ノ之の足首を掴み後方へと投げたのだ。

「なにをする!?」

 篠ノ之が怒声を発するがボーデヴィッヒの返答や謝罪はない。

 ただ、俺を攻撃するのに邪魔だけで投げ捨てたのだ。

 そして、両手からプラズマブレードを生やし斬りかかってくる。

 アーク放電の強烈な光と熱を持った光刃が俺に襲い掛かってくる。

 両腕が交互に振られ、間合いを測り出来るだけ距離を取りながら応戦する。

 10,000度近い高熱のアーク放電は単分子カッターやチェーンソーなどの実体剣と打ち合っただけで、融解してしまう恐れがある。

 何度か避けた時ワイヤーブレイドが放たれ、行動範囲を絞りに来る。腰、肩から6つの糸のついた刃が強襲する。

時間差で放たれた刃を1つ目はマルチランチャーのチェーンソーで弾き、2つ目は体が横にに向くように腰をねじり、上半身の被弾面積を少なくして回避する。3,4つ目は回り込むようにして横から強襲してきて後ろに飛び退きやり過ごす。5つ目は上から落ちてくるのをマルチランチャーで切り上げて弾く。6つ目は顔面を狙うように真正面から来たので横に飛び退くことで回避した。

 だが、ワイヤーブレイドの巧みな攻撃は牽制に過ぎず、飛来する刃に気を取られているうちにプラズマブレードの間合いに入ってしまう。

 プラズマブレードで斬りかかるボーデヴィッヒ。

 この体勢と距離では回避できない。

 多方向推進翼に付いている物理シールドで苦し紛れに防ぐが、高熱のプラズマブレードは物理シールドをドロドロに溶かす。

「っ!」

 思わず舌打ちをする。それほどの高熱を喰らってしまえばひとたまりもないのは一目瞭然だ。

 このまま追撃される前にマルチランチャーのチェーンソー部分の側面が開き、小型の機雷群がボーデヴィッヒの辺りに撒き散らされる。

 小型の機雷群はプラズマブレードの高熱で誘爆し、辺り一面が連続的に爆発し、ボーデヴィッヒを威嚇、爆風で身動きを取り辛くさせる。その時、プラズマブレードが炎のように揺らめいた。

 なんでそうなったのか疑問に思考している間に、癒子から個人通信で『A1』と言われ即座にそこから離脱する。

 膨大な運動エネルギーを持つAPSPDS弾がボーデヴィッヒに向かって放たれるが、即座にAICを展開させ慣性の働きを無くし運動エネルギーを奪い取り停止させる。

 リボルバーカノンの冷却が済んだのか、お返しとばかりに砲口を癒子の方に向ける。発射される前にマルチランチャーの砲身を切り替え、付着爆弾を放ち攻撃を阻止する。

 AICを別方向に向ける事は出来ないようでAICの展開を解除し、その場から離脱。

 入れ替わるようにして篠ノ之が前に出て来て、刀を振る。

「私を忘れてもらっては困る!」

 突撃してくる篠ノ之に対し、頭上に向かって跳ぶ。そして、刀が振られる瞬間、空中で回転。刀を回転して避けながら、篠ノ之の背面をマルチランチャーのチェーンソーで斬りつける。

 篠ノ之はすぐに反転し、地面に着地した俺に刀を振るう。俺は多方向推進翼を4つ全部篠ノ之に向け、噴射。

 突如、多方向推進翼から噴射の風が吹き、強力な風に叩き付けられた篠ノ之は鈍る。 そこを両手に持った火器で攻撃。

 付着爆弾とアサルトライフルの連弾が篠ノ之のシールドエネルギーを減らす。

『A1!』

 癒子からの砲撃指示が個人通信で送られ、その場を離れる。その直後、ストロングライフルが放たれ支援してくれる。

 篠ノ之はこちらの動きに気付き浮遊している物理シールドで防ぐことでダメージを抑え、こちらに向かって来る。振られる刀に対しマルチランチャーのチェーンソーで突きを繰り出す。

 そして、チェーンソーのコの字のような固定具が開きバリスティックナイフの容量で、チェーンソーが飛ぶ。

「このような小細工!」

 篠ノ之は当然のように刀で飛び出てきたチェーンソーを2つとも弾くが、射線上からは動いていない。むしろ刀で弾いたせいで突撃の速度が落ち、体勢も迎撃から他の行動を取ることが出来ない。俺の腕でも射撃が当たりやすい距離まで近づいてしまった。

 放たれる断頭はワイヤーネット。

 動物の捕獲などで使われるような蜘蛛の巣状の網。と言うよりも蜘蛛の巣の横糸に付いている『粘球』と呼ばれるものを含んだ網である。

 粘球は蜘蛛の巣に獲物が掛かったとき、粘りつき獲物を離さないようにする働きがある。

 これを斬ろうと思っても斬り辛いだろう。

 体にへばり付き、腕や足を動かそうとも動かした分だけ他の所に張り付き、身動きを出来なくする。

 現に―――。

「なんだ! これは!?」

 篠ノ之は刀で切ろうとして刀が網に張り付いてしまい斬ることが出来ない。

 そこに打ち込まれるストロングライフルの連続砲撃。

 装甲を貫かれ絶対防御が発動し篠ノ之は戦闘不能に陥る。

 

 だが気を抜くわけにはいかない。

 篠ノ之を倒した後すぐにリボルバーカノンの豪弾が俺を強襲する。

 指示もなく、篠ノ之に注意が向いていたため、完全に当たってしまいシールドエネルギーがかなり削れてしまい、吹っ飛ばされる。

 そして、追撃するようにワイヤーブレイドが魚の群れのようにして放たれる。

 先ほどのような時間差の攻撃ではなく、相手に確実に当てるために数に物を言わせて同時に来る。

 吹っ飛ばされながらも体勢を入れ替えマルチランチャーで5つまとめて弾くが、それは囮だったらしく、地面すれすれで飛んできたワイヤーブレイドが足に絡まる。そこから引き寄せられ転倒し引き寄せられる。

 各部のスラスターを全開にして逃れようとするが、相手の方が力が強い。

 ジリジリと引き寄せられる。

 そこに放たれるストロングライフルのAPFSDS弾がボーデヴィッヒに飛来するが、AICを展開されてしまい運動エネルギーを奪い取られ空中に停止してしまう。それで弾倉の弾が無くなりリロードに移る癒子。

 その隙をついて、ボーデヴィッヒがリボルバーカノンを癒子に向けるが、注意が癒子に向いていることをいいことに引き寄せられる力を利用し一気に距離を詰める。

 アサルトライフル投げ捨て、岩盤破砕ナイフに持ち変える。

 こちらの動きに気付いたのか、プラズマブレードを腕から生やし迎撃する。

「貴様らのような雑魚が幾ら組んだところで無駄だ!」

 こちらの突撃に合わせプラズマブレードの突きが俺に放たれる。

 アーク放電の刃先が俺の肩を焼いた時、岩盤破砕ナイフの信管を起動。強力な爆発がナイフを破裂させ周囲に破片と爆風を俺とボーデヴィッヒに降り注ぐ。

 当然、ボーデヴィッヒはAICを展開し破片や爆風を防ぐことが出来る。

 俺の方はそれらを喰らいシールドエネルギーが減ってしまう。

 だが、ボーデヴィッヒの目の前まで来る。突き出されたプラズマブレードを掻い潜るような形で。

 

 そもそもアーク放電とは?

 電極に電位差が起こる事による放電なのだ。放電なので実体はない。

 ライデンフロスト効果と呼ばれる物がある。

 物体の沸点を超えた熱を当てると蒸発の層ができ、熱が蒸気層で物体に熱伝導を阻害するという物である。

 先ほどの機雷群が爆発した時、プラズマブレードの刀身が揺らいだのはこういった理由だ。ならば、威嚇程度の小さな爆発ではなく、爆発を攻撃とする強力な爆風ならどうなるであろうか?

 アーク放電が熱、爆風が蒸気層、物体が崎森章登。ならばアーク放電による熱は章登まで届かない。

 

 章登は爆風に押し出されるような形でボーデヴィッヒの前まで来て、マルチランチャーのチェーンソーを突き刺す。

 すでに爆風や破片を防ぐのにAICを使っており、危機を察したボーデヴィッヒが章登の動きを止める。

 だが、いきなりの爆発で動揺したため章登まで範囲を広げるのが一瞬遅かった。章登を完全には停止させることが出来ず、右腕を突き刺すようにして飛び出てきたチェーンソーを止めるが、体の反対側、左手まで止めることが出来ない。

「A6!」

 そこから円柱を取出しボーデヴィッヒの頭上に投げつける。手榴弾と思ったのか、もしくはスモーク弾と思ったのかは知らないがAICの停止領域をさらに広げ円柱にAICを掛け無力化しようとする。

 そして、無力化し終えた時、反撃に出ようと俺の方に攻撃をしようとしたが出来なかった。

 その瞬間円柱から暴力的な光を放ち、アリーナは光で埋め尽くされる。戦っている俺達だけでなく観客の目も眩ませた。

 閃光弾。

 AICは慣性を止める兵器。

 だが、厳密には違うと思われる。慣性を止めるのならば、なぜ慣性を止めた弾丸が地面に落ちないのだろう? それに、自力で動くことができ慣性の働きがない俺は何で動くことが出来ないのだろうか?

 科学者や技術者ではないので想像でしかないが恐らく、空間を固定化させているのだと思う。空気を動かなくさせ個体のみたいにし、飛んできた運動エネルギーをその個体で減衰させる。弾が落ちないのは空気の壁に突き刺さっているため。

 運動エネルギーが攻撃力につながるAP弾はもちろん、相手に当たってから攻撃に変わる形成炸薬弾は相手に到達する前に無効化される。

 だが、光は実体を持たない。空気のように固定化もされない。故にAICの防壁を突破することが出来る。

 目が眩んだボーデヴィッヒの集中が解けてしまいAICが解除される。

 そして、マルチランチャーの形成炸薬弾を発砲。だが、外れてしまう。

 理由はボーデヴィッヒの黒い眼帯が外されていた。怪我でもして失明していると思っていたのだが違う。そこには金色の瞳があった。とっさに黒い眼帯を外し俺の攻撃に対応したのだ。

 故にもう一度AICを展開され、俺は捕縛されリボルバーカノンが向けられる。

「これで終わりだ!」

 だが、それが発射される前に後ろからまるでトラックが建物にでも突っ込んだような轟音が鳴り響く。

 癒子が後ろから瞬時加速して突っ込んでタックルをかます。

 先ほどの指示「A6」は隙を見て攻撃を開始してくれと言った内容になる。

 だからって突っ込んでくるとは思わなかった。

「がっ!?」

 突然の後方からの衝撃に動揺し集中が乱れ、AICが解除される。

 そして、身体の自由を取り戻した俺はマルチランチャーを放り投げ、両手に岩盤破砕ナイフを持ち一歩また前に出る。

 後ろからの衝撃で前のめりになったボーデヴィッヒの懐にまで入る。この距離では空間を固定化するAICは自身も巻き込んでしまいどうしようもない。

 ボーデヴィッヒの腹部の装甲に2つの岩盤破砕ナイフを突き刺す。

 癒子はほぼゼロ距離からストロングライフルの弾倉5発を使い切る。恐らく、遠距離から撃っても当たらないと思い接近してきたのだ。

 強力な攻撃力を持つAPSPDS弾がボーデヴィッヒの背面に当たり、スラスターや装甲を破壊しシールドエネルギーを削る。

「証明してやったぞ。俺達はくだらなくねぇってな!」

 宣言し終えた後、思いっきり横蹴りを入れて少しでも爆発に巻き込まれないようにボーデヴィッヒから距離を取り撤退する。

 そこで岩盤破砕ナイフの信管を作動し爆発。

 方向性を持った爆発が装甲内部で爆発し、絶対防御が発動させる。

 画面にボーデヴィッヒのシールドエネルギーがゼロになっり、試合が終了するはずだった。

なのに、ボーデヴィッヒが倒れた爆煙の方から異変が起こる。

 

 

(負ける……だと? ISに触って3か月程度の素人共に?)

 確かに力量を誤ったとも思う、が自分の負けられない理由がある。戦いのために作り出され、鍛えあげられた自分。ISが出来て適性が合わず『出来損ない』の烙印を押された。

 それからはなんだ。今までの苦労が水の泡だ。自分の全てが否定された気がした。

 そんなどん底にいた私に手を差し伸べた人が居た。織斑千冬。特別私だけ目を見てもらった訳ではない。しかし、あの人の教えを守り、忠実にこなし、例え泥まみれになりながらも日々励み続けた。

 全てはあの人のため。あの人に近づくため。

 強く、凛々しく、完全な彼女になるためには何が必要か。

 力だ。

 あの人に近づくためにはもっと力がいる。

 目の前にいる有象無象など一瞬で倒せる力が、誰にも追いつけないほどの力が、全てをねじ伏せる力が足りない。

 力が、力が! 力が!! もっと力が足りない!

 あの人になるには力が足りない!

 『力が欲しいか』

 誰かは分からない。いや、分からずともいい。戦う事しか知らないのだからそれ以外に何がいる。

 邪魔をする奴は薙ぎ払えばいい。

 敵は殺せばいい。

(寄越せ。無敵を、絶対を! 力を!! 私の中を埋めるものはそれしかない!)

 

 

 アリーナの壁際まで吹っ飛ばされたボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンから紫電が走る。

「あああ!!!」

 そして、ボーデヴィッヒの絶叫と同時に変化は加速する。シュヴァルツェア・レーゲンの装甲が粘土のように溶け始めボーデヴィッヒの小さな体を包み込んでいく。まるでボーデヴィッヒの存在を消去し、別人に変貌していくように。

 瞬く間に元となったシュヴァルツェア・レーゲンの外見は完全に無くなりそこに在ったのは最強の存在。

 黒いと言うより暗い。

 『暮桜』と『織斑千冬』という存在があった。

 シミュレーターで、過去の対戦記録で見ていたから分かる。違いは色だけで外見、細部、人物、果ては髪の長さまで一緒なのか、過去のモンドグロッソに出ていた時と同じだ。

 その存在と目が合ったのか。近くに居たからなのか。黒い刀、雪片が振るわれる。

 音を置き去りにした速度の一閃が袈裟切りに振るわれる。シミュレーターで動きを見ていなかったら確実に一撃を喰らっていただろう攻撃を多方向推進翼を全て黒い暮桜に向け噴出し、強風で相手の動きを制限し、自身を刀の間合いから逃げる。

 だが、機体性能からスラスターの噴射を物ともせずまだ切りかかってくる。

 即座に単分子カッターを呼び出し、展開。

 黒い雪片と単分子カッターが火花を一瞬あげる。

 鍔迫り合いにはならず、黒い雪片を戻し斬撃を変えての2連撃。

 多方向推進翼に残っている物理シールドで防ごうとするが、一閃のきらめきが何の抵抗もないかのように物理シールドを両断。

 そして、切り上げられた黒い雪片が俺を襲う。

「章登!」

 癒子が何か叫びこちらと、黒い暮桜に何か投げてくる。

 黒い暮桜は斬撃の軌道を投げたれたものを斬り飛ばすのに使い、俺は癒子から投げられた物を掴む。

 それは打鉄撃鉄の腰に付けられている刀。

 振動刀 菊一文字を握る。

 刀を振り下ろすが、黒い雪片で受け止められる。

 不愉快な金属音がアリーナ中に響き鍔迫り合いになる。

 

 

「あれは…私…だと?」

 あまりな状況に混乱する。この試合の決着がついたと思った瞬間、ボーデヴィッヒの機体『シュヴァルツェア・レーゲン』が変化し、昔の私と同じ姿を取る。

 無論、アリーナにいる黒一色で暗い光を放つあれは私ではない。

 だが、崎森に振られる刀が、崎森を倒そうとする太刀筋がすべて私と同じ。

 まるで、自分はこうやって暴力を振るうのが好きだと言わんばかりに刀を振るう。それは、過去の己の姿を、悪行をまざまざと見せつけられているようで気持ちが悪い。

「織斑先生!」

 山田先生の叱咤が思考を現実へと戻してくる。

「っ! すまない。アリーナにいる者たちに避難警告と戦闘教員に出動を頼む」

 すぐに指示を出す。だが、今も崎森に向かって刀を振るアレをどうになかしなければならない。

「崎森すぐに離脱しろ!」

 だが、応答がない。恐らく返事する手間すら惜しいのだろう。

 刀を刀でぶつけ相殺し続ける崎森。しかし、よく見ると受け流しや身を逸らしての回避に徹しており追い込まれている。

 しかし、徐々に追い詰められてこのままでは押し切られるだろう。

「織斑先生! アリーナが!」

 今度は何だと怒鳴りそうになったとき、管制室のモニターにはアリーナのバリアーを壊して乱入する者が映った。

 

 

 織斑先生が通信で何か言っているが、こちらには悠長に聞く暇などない。何せ相手の動きを一瞬でも見逃せばそのまま戦闘不能になりかねないのだ。

 鍔迫り合いは長くは続かず、相手の力を利用して体を回転するようにして受け流し、その好きに離れようとするが相手が離れてくれない。

 受け流した途端、刀が軌道を変え左から切り上げられ身を逸らして回避するが、今度は袈裟斬りに変わって追撃してくる。

 袈裟斬りを受け止めつつ、逃げようとするがこちらを狙ってまだまだ攻撃を加えようとしてくる。

 このままでは押し切られると思ったが変化は外からやって来る。

 まるでガラスを割る様にして、黒い暮桜の対極に位置するような白式がアリーナの壁を破壊し一直線に黒い暮桜へと周りで起こる悲鳴を無視して突進する。

 俺ごと斬りかかる勢いで突っ込んでくる。織斑の行動に付き合ってられず、この場から離脱しようと後ろに飛び退く。

 退避する俺より向かってくる織斑を迎撃する黒い暮桜。

 迎撃しに来た黒い暮桜に対し、親の仇と思わせるような形相で織斑は雪片を振るう。

 だが、振るわれた白い雪片は軽くいなされ、素早く胴を入れるようにひじ打ち、突進が止まったところを狙うようにして返す刀でもう一撃入れ織斑を切り払う。

 もうシールドエネルギーが無くなったのだろう機体の装甲を維持する力が無くなった白式は光の粒へと変わる。もはや織斑を守るべき鎧は無いと言うのに何をトチ狂ったのか黒い暮桜に向かって走っていく。

「それがどうしたぁぁああ!」

「何をやっている馬鹿者! 死ぬ気―――」

 織斑の暴走を見かねて篠ノ之が止めに来るが、向かってくるものを敵だと判断したのか黒い暮桜は2人まとめて斬りかかろうとする。

 それを止めるために黒い暮桜に突進する。

 斬撃が降られる直前に間に合い、単分子カッターと振動刀を交差するようにして受け止め、鍔迫り合いというより押し合って追撃を断念させる。

 暴れ回る織斑を篠ノ之は押さえつけるだけで精一杯で手が回らない。

 そこに癒子が打鉄撃鉄の腕に俺の捨てたマルチランチャーを拾い上げ、ワイヤーアンカーを織斑たちに向け発射。

 使用許可は試合が始まる前に出してある。でなければ打鉄撃鉄の振動刀を俺が使えるはずがない。

 そうして二人とも引き寄せられた後、俺も逃げようとするが相手が許してくれない。

「くそが!」

 まるで全てが倒すべき敵と言わんばかりに無差別攻撃を繰り返す黒い暮桜だが、それでも優先順位はあるらしく、撤退した織斑たちを追撃しようとは考えていないらしい。

 おかげでこちらが負荷を背負って今なおめぐるわしい斬撃の数が、俺を襲う。

 袈裟斬り、間合いから逃げることで回避。左切り上げ、振動刀振り下ろし相殺。横薙ぎ、振動刀を振り下ろすことで鍔迫り合いにし防御。刀を戻して右切り上げ、単分子カッターの回転する刃が斬撃を逸らす。

 そして限界が来た。

 振動刀が摩擦や疲労で黒い雪片と打ち合っているうちにひびが入り、折れる。

 防御を抜けて来た黒い雪片はこちらの装甲に触れる直前に突如止まる。

 黒い雪片が横からハサミのようにして交差しながら食い止めてくれた。

「あなたも離脱しなさい!」

 教師たちがやっとこさ来たようで戦闘を開始してくれる。

 言われるよりも速く行動し、即座にその場から飛び退き離脱する。

 

 離脱しピットに入った後、アリーナを見渡すと戦闘教員の数が3人と少ない。恐らく他のアリーナで使っているISや電池の数が足りず急ごしらえでどうにかしているのだろう。

 それらの状況を理解し、最悪だと判断する。

 数は少ない、相手は全盛期の世界最強。おまけに騒ぐバカが一人。

「離せよ箒! 邪魔するならお前も殴ってやる!」

「いい加減にしろ!」

 もはや収拾がつかない。

「癒子、それ返してくれ。後篠ノ之。離れないとあぶねぇぞ」

 癒子から返してもらったマルチランチャーの下部に備えられたワイヤーアンカーを織斑に張り付ける。そして、最低限の電流を流し織斑の筋肉を痺れさせ抵抗力を奪う。

「崎森、お前!」

 織斑に攻撃したことに篠ノ之が激怒するが、これ以上勝手をする前に止めるしかない。

「仕方ないだろ。これ以上場を荒らされたらひとたまりもねぇよ」

 戦闘教員と黒い暮桜が戦っている方を見る。さすがの連携で戦ってはいるのだが、それでも優勢とは言い難い。

 打鉄を着込んだ教員が刀を振るえば弾かれ返す刀で斬りかかれる。改修し機動力が上がったラファールの銃弾は最低限の回避で蛇行回避し、近づかれてしまう。

 何とか斬撃を避け、他の教員からの援護射撃で追撃できなくする。だが、今度は援護射撃した相手に瞬時加速で一気に距離を詰め斬りかかる。弾幕など刀で切り払い抵抗なく斬りかかられる。斬撃を物理シールドで防ごうとするが盾ごと切り裂かれる。だが、物理シールドを捨てることで撤退し事なきを得る。

 決定打を与えられず、徐々に追い込まれつつある。だが、ここで戦力が増えれば勝てる見込みもあるだろう。

「癒子、IS電池に後どのくらい残っている?」

「えと、8割前後」

「それを教員の機体に回して、戦力を上げるぞ。あとシールド借りる」

「待て、何をする気だ」

「教員たちが攻撃できる隙を作る。あれは攻撃してくる者か近くにいる者が撃破対象だ。だったら一気に突っ込んで取り押さえる方がいい。そこを他の教員たちが攻撃する」

 そんなことを言っている間に、アリーナで黒い暮桜と戦っていた教員の一人が斬り飛ばされ一気にシールドエネルギーが無くなり機体が停止する。

 そこに黒い暮桜が追撃しようとするが、他の教員が盾になるようにして踊り出て黒い雪片と振動刀で鍔迫り合いを行い時間を稼ぐ。

 リスクは承知の上だが最短でアレを止めるにはそれしか思い浮かばないのだ。

「それならば私がやろう」

 突如俺たちの会話に割り込んでくる織斑千冬。

「一番危険なのはアレに突っ込む奴だ。そんなことを生徒に任せられん。それに……アレは私なんだ。……だから」

 確かにアレの元になっている織斑千冬が一番アレの脅威を知っているだろう。

 それなら彼女の方が適任ではある。だが、他に何か言いたいことがあるようなで口ごもってしまう。

「だから……私は……私のけじめをつけたい」

 何のけじめかはよく分からない。

 だが、悠長に話しているほどの時間はない。

「で、織斑先生が取り押さえている間に俺が背後から切り付けるってことでいいですか?」

「駄目だ。私たちで何とかする。お前たちはピットから出るな」

 そう言いつけた織斑先生は、癒子が降りた打鉄撃鉄に乗って即座に黒い暮桜に突撃していく。

 

 

 鍔迫り合いをしている黒い暮桜に打鉄撃鉄を着込んだ織斑千冬が瞬時加速で突っ込む。一つの砲弾のような突撃。不意打ちに近い攻撃だったはずなのに黒い暮桜はそれに反応し、鍔迫り合いをやめ新たな敵に対して刀を振るう。

 袈裟斬りに放つ、音や空気抵抗などないその斬撃は確かに織斑千冬を捉える。だが、その斬撃を使っていた者が分からないはずがない。

 浮遊している物理シールドで黒い雪片を防ぎつつ前進、相手の懐に入る。そして相手の手首を抑え刀を振るわせない。

 だが、下に備えてあった手を黒い雪片から放して柄の部分を形成していた黒い粘土が、次第に形を変え短刀となっていた。

 二刀流。

 なぜ、と織斑千冬は疑問に思う。

 織斑千冬はそんなことをモンドグロッソの時に使ってはいない。だが、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたシステム。

 名前はVTS(ヴァルキリー・トレース・システム)と名付けられている。

 過去のデータからVTS(ヴァルキリー・トレース・システム)は相手の動きを真似することが出来る。

 ならばなにも真似をするだけなら織斑千冬の暮桜にこだわる必要はない。モンドグロッソで得られた動き、他の選手の動きを再現する。ただ、こだわったのは搭乗者の意志と目標。

 最強の存在。無敵で絶対。故に元となった織斑千冬にも負けるわけにはいかないのだ。

 突き出される短剣を織斑千冬は止められない。今掴んでいる手を離せば対処できるだろうが、離してしまえば今度は黒い雪片の餌食となる。

 だが、止まる。

 近くにいた教員が腕に掴みかかる形で、織斑千冬に向けられた短刀の動きを止める。

 無我夢中で同僚の危機を遠ざけようとする。考えて行動したわけではない。命令されたわけでも、恩を売っておこうと思ったわけでもない。

 ただ同僚に危機が迫っている。それだけでこの教員は自らの危険を顧みず必死に黒い暮桜に立ち向かう。

 そして、無防備になった背中をもう一人の教員が斬りかかる。

 武器を扱う腕は拘束されこのまま攻撃が通るかと思われた。

 だが、そうはならない。

 突如背中の大型スラスターの形が変わり腕が生える。

 そんなことを想定していない教員はその腕に捉えられてしまう。

 無理もない。いきなり武器が出てくるとこは普段のISの量子変換による展開を見慣れているからまだ対処できるであろう。

 だが、いきなり別の物に変わることなど誰が予想できる。擬態しているわけでもない。そして、腕になる前はスラスターの役割をしている。ならば、大型スラスターと思っても仕方がない。

 だが、思い出してほしい。この黒い暮桜は最初はシュヴァルツェア・レーゲンだったのだ。

 本来はない武装を再現し、形は自由に変えられ、能力すら再現する。

 ならば、足や頭すら腕や刃に変えることだって出来るはずなのだ。

 これで詰めと思われたその時、崎森章登は全力で瞬時加速し黒い暮桜に近づく。

 このままでは負けてしまうと思いピットから出るなと言われいたが、無我夢中でアリーナを駆け黒い暮桜に向かう。

 黒い暮桜まで来たとき慣性を足で地面を抉るかのようにして強引に止め、横側から単分子カッターで斬りかかる。

 また、腕が生えるのか、それともウニのように肌を針山にして攻撃するのかと思われた。

 だが、何にも変形しない。

 それは黒い粘土がもう無くなってきているからだろう。

 形を維持するのに全身が、大型スラスターは腕を形成するのに使った。残っているのは武器を形成している黒い粘土だが、それらは腕を押さえつけられ動かすことが出来ない。

 無防備になった横腹を掻き切って切り口を作り、腕を突っ込む。

 中に何か異物を見つけそれを引っ張り上げる。

 黒と対比的なまでに輝く銀の髪と白い肌をした人形みたいな少女を引き上げたとき、彼女を纏っていた黒い暮桜がぼとぼとと崩れていく。

 核であるボーデヴィッヒがいなくなったことで、システムの維持が出来なくなったからだろう。

 中から崩れ落ちるようにして出て来たボーデヴィッヒを抱えた時に目があった。まるで行き場を失って迷子の様な子供の瞳。何かを求めるその瞳はやっと瞼を閉じて眠りにつく。

 




ふぅ。何とか出来た。
VTS(ヴァルキリー・トレース・システム)を強設定になりすぎてしまった。まぁ、これくらいいいでしょう。
そして原作と違う点の黒い暮桜が自ら攻撃していくのですが、これはラウラが思ったこと邪魔する奴は薙ぎ払えばいい、敵は殺せばいい、最強、無敵、絶対といった思考が反映されてしまいました。原作では力をよこせ、比類なき最強だったので「力」だけが反映されましたが、このVTS(ヴァルキリー・トレース・システム)には「力、倒す、負けない」といったものが加えられてしまいました。
これがあるだけで強くなっているVTS(ヴァルキリー・トレース・システム)。まさしくチートですね。


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26話

 力とは? 強さとは?

 私には分からない。あの人はもう私の中に強さがあると言ってくれたが、あの時の私は今よりも弱かったはずなのだ。

 くだらなくないと言った彼は私を倒した。慢心や激昂したことによる隙もあっただろう。だが、私を倒した。

 彼は強いのだろう。

 だから教えてほしい。

 力とは何だ。強さとは何だ。

『俺なりの答えは力は比べられるもの、強さは見えないもの』

 ……そうなのか?

『財力、権力、暴力、怪力とかはそれなりに比べられるだろ。誰が上とか下とか。でも、勇気、優しさ、慈しみ、忍耐はどうやって比べる? 人を100人助けるのと人を1人助けるとでは違うと思うか?』

 当たり前だ。たった1人助けるのと100人助けるのでは重さが違う。たった1人が100人ほど重要人物なら手を差し伸べる理由にはなるだろう。

 だが、そうでないのなら100人を助けるのが普通だ。

『でも、誰かに手を差し伸べたというのには変わりない。どっちが重いかなんかじゃない。どっちも大切なんだ』

 それはどっちにも手を差し伸べるということか。全てを救うということなのか?

 だとしたら滑稽だ。そんなことお前ひとりにできるはずがない。

『ああ、俺にだって手は二本しかない。1人助けるのに精一杯で、他の100人に手は差し伸べられない』

 それ見たことか。お前の言葉は詭弁に過ぎない。

『そうだ。だけどお前は100人に手を差し伸べるんだろ? 数が多い方が重要だと考えているお前は正しい。だからいいんだ。俺はお前の手から零れ落ちた1人を助けに行くから』

 なんで私が助けること前提なのだ?

 私が100人を見捨てたら?

『さっき言っただろ。お前は100人と1人なら100人を助けるのが普通だって。だから、お前がいるなら俺と合わせて101人に手を差し伸べたことになる』

 ………お前ひとりだけだったらどうするつもりだったのだ?

『100人の中から先に1人2人助けて俺が助けられない1人を助けに行ってもらう』

 ………それでも100人全員が助けにいけなかったら、お前もその一人を見捨てたことになるぞ。

『そうだな。……考えて、行動して、それでもたった1人を助けることが出来ないなら、そんな残酷な神様の方程式ごと変えてやる。そのためにどんな代償を払うことになるかは知ったことじゃねぇ。俺が見捨てられる1人になるかもしれない。だけど、納得が出来ない。誰かを捨ててその憂いを抱えるくらいなら、どんなに傷ついてもみんなと笑い合えれば俺の勝ちだ』

 だからお前は強いのか?

『言っただろ。強さは比べられない。誰かを助けたことには変わりない。それを比べて何になる? 誰かのために行動して、誰かを思って、誰かに涙して、誰かのために努力する。そこに誰が上か下かなんて言えるのか? だいたい俺が出した答えであってお前の答えじゃない』

 だったら、何が強さなのだ?

『人によって答えはバラバラなんだろうだから、自分で探してみるのもいいんじゃないのか? だってここは学校なんだから、学ぶことは出来るだろ』

 言われてやっと気付いた。ここは私がいた軍隊ではない。ここでは力が重要なのではない。 

 学び、大人になっていくところなのだ。

 だが、私にも学べる資格はあるのだろうか?

 きっと、100人の中に私はいない。だって、あれだけ迷惑をかけ、あれだけ酷いことを言って、あれだけ傷つけてしまった。

 私は一人だ。100人と私を比べればどちらを助けるかなど迷うことはない。

『だったら、俺が手を差し伸べる』

 そう言われて嬉しいと心の中が叫ぶ。

 頭ではなぜと不審に思う。

『お前は自分のしたことが悪いことだと思ったんだろ。だったら謝らせるために、学ばせるために助けに行ってやる』

 なんて厳しく、なんて自分勝手で、なんて―――。

 なんて私を思っていてくれるのだろうと感謝した。

 

 

 

「……うぁ……?」

「気が付いたか?」

「……教官?」

「無理に起きようとするな。全身に負荷が掛かったことで筋肉疲労と打撲がある。今日はもう休め」

「何が……起きたのですか?」

 織斑千冬にに忠告されながらも無理に上半身を起こし、痺れる様な痛みに顔を歪める。それでも目は織斑先生に向け真直ぐな瞳を向け問いかける。

「機密事項なのだが……当事者だからな、知る必要もあるだろう」

 言いにくそうに口ごもるが、それでも言わなければならないことだと思ったのだろう。これ以上知らないことが多くて、織斑千冬に異常な敬愛をさせないために。

「VTSは知っているな?」

「はい。データの動きと公開された能力を模倣するシステムで試合の公平性が失われるから禁止されたはずでは?」

もっとも、機体の性能を引き上げようと金や技術を掛けれるか掛けれないで勝敗に大きく影響を与えてしまうのなら公平性もあった物では無いが。

「そう、IS条約で現在では研究、使用、開発すべてが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

「……」

「巧妙に隠されていたが、いつ、何処、何をするつもりで搭載したのやら。それに操縦者の精神、機体ダメージ、操縦者の意思、願望が揃って発動したらしい。ドイツ政府や軍に問い合わせてはいるが開発者が消えたらしくてな。匿っているのかもしれんが」

「……」

 織斑先生の言葉を聞きながら思う。恐らく自分は使い捨ての駒だろう。

 そして、失敗したから軍を辞めさせ尻尾切りをした。

 しかし、そんな事はどうでもいい。

「私は……貴方に……なりたいと思いました」

「……いいぞ。力も権威も名前も、織斑千冬なんてただの人間でしかない。私はお前が、世間が思っているほど完璧ではない。それでもいいなら私の力、技術、名声、名前。全て与える」

「……確かにあのシステムで貴方になれて最初嬉しいと思いました。けどそこに私の意思が無かった。それが後になっていくほどに物凄く怖くなっていくのです。自分が消えていくようで。織斑千冬に塗り潰されていく様で。……都合のいい話というのは分かっているのですが、もう要りません」

 他の誰かになるというのはそういう事だったのだ。

 何せ誰かになった後は自分ではなく他人。その他人に元の意志や自由はない。

 そんなことを思ったら急に怖くなった。これは私に都合のいいものではなく、ただ私を取り込もうとしているだけなのではないかと。

「そうか」

「それと、……今まで迷惑ばかり掛け、すいませんでした」

そう言って頭を下げる。

無視して、見下し、暴れて、傷つけて、迷惑をかけてしまったのだ。彼も言っていた悪いと思っているのなら助けに行く。そして謝らせると。

だが、そこまでお膳立てしてもらうと彼に甘えてしまいそうだ。

「いや、謝るのは私なんだ」

「え?」

 驚いて頭を上げマジマジと見てしまう。いつの凛とした表情ではなく目が伏せがちで覇気がない表情はボーデヴィッヒの見たことがない表情だった。

「教官をしていた時、私は戦い方を、力だけを鍛えてしまった。教官として正しい事をしたつもりだったが力の使い方を教えていなかった。……結局の所私は誰も見ていなかった。都合のいい上辺だけ見て全てを理解したつもりでいた、ただの馬鹿なんだ」

 今にも泣きそうな顔でそう告げてくる織斑先生は痛々しい。だが、どこか清々しさもある。

「だからすまなかった。お前が荒れ狂った時にどう叱って、どう指導して、どうすべきなのか分からなかった。結局罰則を与えただけだしな。人として未熟すぎる私が悪かったんだ」

「……少なくとも部隊で落ちぶれていた私に指導してくださった教官に私は感謝しています。その強さに私は憧れ救われました。けど、もう憧れるのはやめにします」

 これからは自分の足で立って行こうと決意する。今までは織斑千冬の背中を追いかけていた。だが、もう私は織斑千冬になりたくない。

 そうすればやっと強さと言う物に手が届きそうな気がする。

「だから、学ばせてください。力以外の何かを」

「……いいのか? 私は教師としては半人前だぞ」

「はい。織斑先生。あなたが半人前なのなら他の人とも合わせて一人前分に指導させてもらうので」

 これからいろんな事を学んでいけばいい。前まで織斑千冬しか見ていなかったがここには他の生徒が教師が大勢いるのだから。

「とはいえ、責任がないわけではない。お前がVTSを知らなかろうが、アレに関わったことは事実なんだ。場所が場所だっただけに黙認は出来ないISのコアは没収、軍からは除籍させられた。」

「構いません。私は力以外の物を見つけたいのです」

 多少名残惜しいが、それでもいい。

 私は力以外の強さを見つけたいのだから。

 

「感動的場面すぎて私に入る余地がない」

「………何をやっているのだ更識」

 部屋を出たところで目の端に指を置いてふき取るようなしぐさをする更識楯無を見つける。彼女が来たということは、ボーデヴィッヒに事情聴取に取り掛かろうとするのだろう。

 もしくは―――。

「今はそってしてやってくれないか。その、自分の整理をするのに手間取っているだろうから」

「織斑先生。私が彼女に自国への強制送還を言い渡しに来たと思っていますか?」

「……違うのか?」

 あれだけのことをしたのだ。ここにいることが生徒への恐怖心を煽ることになりかねない。ここから立ち退いてもらおうというのは考えられなくはない。

「確かにそれも考えました。ですが、なぜシュバルツェア・レーゲンにVTSを積んだのかハッキリしないことには彼女を自国に返していいものかどうか」

「囮というわけか」

「いえ、シャルル・デュノアの時は彼女自身が実行犯、裏で糸を回したのはデュノア社。自国に帰すことで表沙汰にせず、フランス政府からの損害賠償、デュノア社の人員削減、入れ替えで弱体化させることが出来ました」

 フランスは欧州連合の『イグニッション・プラン』から外され、フランスでIS技術開発が盛んだったデュノア社は衰退。今後はIS関連で注目されることはないだろう。

「しかし、ラウラ・ボーデヴィッヒはVTSを乗せられていることは知らなかった様子。ドイツ政府は開発者を取り逃したようです。そして責任を取るという形で彼女の軍の除籍を行いました」

 切り捨てられたと思われても仕方ない。元々そのために送り込まれた可能性があるのだから。

 でも、何をしようとしていたのか。VTSなどというものを仕込んだ開発者はこのトーナメント中にことを起こそうとは思っていなかったはずだ。ならば、失敗したボーデヴィッヒは用済みと受けられるだろう。

「だから?」

「VTSは搭乗者の動き、戦闘能力、武装の再現をするものです。そして彼女もアレで得た情報をすべてドイツに持ち帰ってしまうことになります」

 それは情報窃盗になる。

 基本今のISの開発の根本は唯一使用の特殊能力の発現である。

 ISには自己進化やコアネットワークによる能力の継承が出来るが、そこまで行くのは稀である。故に開示されるはずのないIS学園内にある各国の機体の特徴を調べ、統合し、唯一使用の特殊能力まで行こうとしたのだろう。

 無論、他の機体の戦闘能力や技術のノウハウを得るというのもあるだろうが。唯一使用の特殊能力は絶対にコピーは出来ない。それを少しでも早く得るための学習装置にの代わりにVTSを搭載した可能性が高い。

 推測だが織斑千冬の現在を知り訓練を受けることで公開されていないデータを多く取り、過去と現在を融合しその動き、思考、能力を完全に模倣する事が出来ればかなりの戦力になる。それで織斑千冬と接点があるボーデヴィッヒが選ばれた。

 後は卒業後にそのデータを本国に持ち帰り量産すると言った所だろうか。

「なので、公平性を保つためにシュヴァルツェア・レーゲンのISコアではなく学園のISコアをドイツに返還、彼女にも3年間ここで過ごしてもらうことになるでしょう」

 ボーデヴィッヒには『越界の瞳』というIS適性向上のために強化されている。疑似ハイパーセンサーと呼ばれるそれは脳への視覚信号の高速化、及び動体反射の強化になっている。

 脳への信号がVTSの情報も一緒になって送られているとしたら、ボーデヴィッヒの頭の中には自分の意志とは関係なく情報窃盗をした可能背が高い。

「監視のためか」

「無論、可能性としては低い気もしますが警戒して損はないでしょう」

「……苦労を掛ける」

「いえ、それよりも問題なのは―――」

 

 

 

「雪片に制限を掛けるってどういうことですか!?」

 事情聴取のために部屋に入っていろいろ質問された後に、山田先生が白式の雪片弐型に制限を掛け零落白夜が発動できないようにすると告げられた。

 織斑はなぜそのようなことになる理解に苦しむ。

「むしろ、自身が一番よく知っているのではありませんか? 織斑君がしたことは身勝手かつ人の命を危険にさらす行為だったのです。白式が没収にならないだけありがたい方です」

「けど! アレは俺がやらなくちゃいけないことで―――」

「いい加減にしなさい!」

 ぴしゃりと織斑の弁明を遮り、普段の山田先生とは打って変って荒々しい声を上げる。

「あなたの身勝手な行動で、アリーナのシールドを破った際に生じた壁の破片で傷ついた人も、場を混乱させて他の教員や生徒が死ぬかも知れない状況にしたあなたに、アレに関わる理由など一つもありません!」

 そう断言する。

 怒りを今まで抑えていたのだろう。身勝手かつ無責任、放置していた結果が生徒を危険に晒したのだ。ならばどうにかしなければいけない。という思いに気づかず織斑は疑問符を頭に思い浮かべる。

 実際IS学園の上層部も今回の出来事に内心焦っているだろう。政府関係者が近くにいなかったことや死傷者がいなかったことが不幸中の幸いだが、多くの人間がVTSのことや織斑一夏の暴走を危険視した。

 そんなものを学園内に入れたたのか、と。

 無論、ボーデヴィッヒのISコアは没収。予備パーツも念入りに検査し危険がないか調べる。

 ドイツ政府からはボーデヴィッヒの暴走、開発者不在により責任追及が困難と言い訳を並べているが多額の賠償金とボーデヴィッヒの軍の除籍。そして、最新技術が結集したシュヴァルツェア・レーゲンの技術提供で手を打った。

 だが、問題となるのは織斑一夏。彼は数少ない男性でISを動かせる人物だ。

 彼はISに乗せないことによるメリットがない。

 崎森章登という例外がいるが、織斑一夏は篠ノ之束と接点がある。

 つまり、あの天才が織斑一夏に何かをしたからISを動かせるのではないかと疑問視している。彼女が彼にいかなる処置をしたか、それが分かれば男でもISを動かすことが出来ると思ったからの優遇。

 崎森章登が天然の宝石なら、織斑一夏は人工の宝石。

 天然ものより劣るとしても、量産できることに価値がある。

 だが、それが脆く、壊れた破片で自分を傷つけてしまうのなら?

 大事に宝石箱に閉まっておこうというのが、委員会の方針になった。

「話は以上です。自分の何が悪かった部分を反省してください。そして、このようなことはもう二度としないように」

 そう言い告げ、山田先生は他の事後処理のために仕事場に戻っていく。

 だが織斑は自分の何が悪かったと言われても分からない。

 アレを止めるためには、織斑千冬を真似て、穢してくる奴を俺が、一番近くで見て来た俺が止めてはいけない理由はないはずだ。

 あそこで駆け付けなかったら俺は俺じゃなくなる。

 ラウラの機体が千冬姉に似せられて作られたのは一目でわかった。何せ同じ雪片が出て来たのだから。

 あの時、刀を振るう責任と強さを教えられ、それがアレに台無しにされた気がした。

 だから、アレに立ち向かうのは可笑しなことじゃない。間違ってもいない。

 誰かがやらなきゃいけないからやるんじゃない。

 あそこで引いて、誰かに解決してもらったら俺じゃなくなる。

 他の誰かがどうとか知ったことじゃない。

 俺がやりたいからやるんだ。

 守る。尊厳も命も、それが出来れば十分だ。

 零落白夜やバリアー無効化攻撃は制限されるだろうが、白式自体が無くなるわけではない。

 他の機会に名誉回復してどうにかなるだろう、と思った。

 

 

「トーナメントが中止って……酷いわ」

 栗木先輩からぼやくと言うよりは苛立ちを含む呟きが思わず漏れる。

ついさっき教師人達からの事情聴取でいつ間も質問と応答を繰り返していたらいつの間にか食堂の終了時間を過ぎていて、TVでの学内放送ではトーナメントは中止の方向で進んでいるらしい。

 今俺たちがいるのは食堂。第一アリーナにいた全員が聴取され終わって疲れた人たち、順番を待っている人たちが自動販売機のジュースを買って一息ついている。

 あんなことがあって殆どの生徒は不安や恐怖から解放されたようで安堵しているが、先輩たちは落ち込んでいる。

無理もない。ここで決まるかもしれなかった就職先や進路が軒並み潰れたのだ。まぁ、アリーナが使用不可、学園の信用問題に係わると言うのも分かるのだが気持ち的に納得がいっていないのだろう。

「あの、こんな事俺が言うのもおこがましいですけど……トーナメントに出なくても、結果を残せなくても、先輩は評価されると思います」

「……根拠は?」

「避難誘導したじゃないですか」

「それは私が年上で後輩の面倒を見なきゃいけないからで、誰でもできることだわ」

「それで、助かった人だっていたんです。混乱した状況の中で適切な判断をした。非常時に混乱しないほど訓練を積んでいるって評価されるかもしれません」

「そんなことないと思うけど……ありがとう。少し気分が軽くなったわ」

 少し微笑むが、その笑顔には無理して作ったといった感じの笑みだった。

 そんな憂いに満ちた空気の中でもあちらの方で騒ぎがあった。

「そういえば箒、先月の約束だけど付き合ってもいいぞ」

 織斑であった。篠ノ之と話しているようだが、これ以上面倒事を起こさないでくれと念じるがそうもいかないらしい。

「……なに?」

「だから付き合ってもいいて言ってるんだ」

 コホン、と咳払いをして顔を赤くしながら聞いてくる。

「なぜだ。理由を聞こうではないか」

「そりゃ、幼馴染だからな付き合うさ。買い物くらい」

 ベギィとガラスにヒビでも入ったように雰囲気が壊れる。周りからは織斑に対する軽蔑と篠ノ之に対する同情の視線、篠ノ之は憤怒の表情。

「……だろうと……」

 心の底から、いや地獄の底から聞こえてくるような怨念の声が篠ノ之の口から発生し、拳を固く握り戦闘態勢へと移る。さっきまでの赤面は照れではなく、怒りによってどす黒く変貌する。

「そんなことだろうと思っとったわ!!」

 放たれる拳は織斑の腹を深々と突き刺し、一気に体の中の空気を外に出させる。ああ、これが食後なら面前で這い出して恥をかいただろうになぁ、と惜しく思った。

 だが、篠ノ之の怒りはまだ収まらないらしく呻いて腹を抱えて前屈みの織斑を蹴り上げ追撃する。男性の体重を持ち上げるほどの蹴りが織斑に炸裂。そのまま地面に叩き落されノックダウン。

「ふん!」

 だが、気が済まない篠ノ之はまだ怒りの収まらない様子で食堂を退場していく。しかし彼女は気付いていない。彼女の行動を見ていた周りの生徒たちは賞賛の眼差しを送っていたことを。

 そして、俺の隣にいる栗木先輩はよっしゃと小さくガッツポーズをした。そりゃもう俺が声を掛けたときよりもうれしいそうな表情で。

 織斑は誰にも声など掛けられず、地面にのたうち回っている。

 そんな織斑を無視して食堂を出ていく人、事情聴取に呼ばれる人、他の人と談話する人などそれぞれの時間が過ぎていき今日は終わりをつげ、明日に備えるために俺は自分の部屋に戻る。

 

 

 

 ベッドの上で寝転がりながら、これからどうするべきか考える。軍を除籍させられ、最低でもここを卒業、もしくは監視が付くまでは帰ることが出来ないことは、織斑先生の隣にいた青髪をしている生徒会長から聞いた。

 取りあえず連絡はするべきと、支給された通信機で自分が所属していた部隊シュヴァルツェア・ハーゼに電話を掛ける。

『こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉です』

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 本来は名前の後に階級を付けなければならないのだが、自分は軍を辞めさせられた身だが秘匿回線で繋いでいるわけではない。仕事場に家族の緊急の連絡が入るように、軍部にも通常の回線はある。

『元隊長、どうなさいましたか? あなたはもう命令権もここに通信する必要もないはずですが?』

 私の名前を聞いた瞬間、クラリッサの声が低くなった。無理もない。部下を見下した態度を取っていれば私への不満が溜まるはずだ。それが少し悲しく、痛いが自分のしてきたことなのだ。受け入れるしかない。

「すまなかった。その、今までお前たちを馬鹿にしてきて」

『……ん?……んんっ!?』

 夢にも思わない言葉が発せられたと、驚いている雰囲気が通信機の向こうから伝わってくる。

『一体どうなさったのですか!?』

 私が謝るというのはそこまで驚くことなのかと問い詰めたいが我慢することにする。

「いや、彼に謝らされる前に自分から謝っておこうと思ってな」

『彼?』

「ああ、トーナメントで私が負けた彼だ。正確には彼らになるのだろうが」

『何があったのですか!?』

 声を荒上げるクラリッサは理解しがたいのだろう。少なくとも力では隊員の中で勝てる者はおらず、学生や素人相手に負けるとは思ってもみなかったはずだ。

 取りあえず今日起きた出来事を伝えていく。

 第二試合で彼と戦ったこと。

 試合に負けた時、シュヴァルツェア・レーゲンにVTSが積まれていたのが作動したこと。

 その後で救出に来たとき相互意識干渉が起きて教えられたこと、叱られたこと。

 それらを口を挟まず聞いていたクラリッサはこう結論付けた。

『愛ですね』

「…………なに?」

 一瞬、自分の元副官が何を言っているのかよく理解できなかった。

 アイ、藍、i。

『ところでラウラ・ボーデヴィッヒは彼、崎森章登に好意があるので?』

「ん? まぁ、好きではあるな」

 というのも、彼女に異性としての好意なのかと言われても答えることはできないだろう。何せ生まれてから男女の付き合いなど皆無だ。訓練漬けの日々で関心をする暇ないと結論し無縁に生きていたのだ。精々人間は性欲的欲求があるぐらいしか思い浮かばないだろう。

『では、日本に気に入った相手を自分の嫁にするという風習があるのはご存じで?』

「初耳だな」

 そんな風習にも興味がない。こっちに来てから考えたことと言えばここが織斑教官の生まれ故郷かといった淡白な感想でしかない。

『では、崎森章登をラウラ・ボーデヴィッヒの嫁にするのがこの場合の適切な対処法かと』

「そうなのか?」

『ええ、あなたは崎森章登に好意があり、共に居たいと思う』

「当然だ」

 彼からもいろいろなことを学びたい。それに学ばせると言ってくれたのだ。こんな私でも分け隔てなく接してくれる彼に嬉しく思った。

『ならば! それはもう俺の嫁と言って過言でもないでしょう!』

 クラリッサは何やらいつもよりテンションが高い。

 実際は嫌な上司がいきなり恋の話題を持ちかけて来たのだ。アニメや漫画での恋愛が初見は嫌な奴なのに徐々に好意を持っていくというのは王道にも近い。

 それに反応しないクラリッサ(オタク)ではないのだ。

 しかも、中身はともかく見た目は愛でたくなってしまうような容姿をしている。それに好意を持たせ、中身さえ変えてしまった人物にも興味は尽きない。

「だが、その嫁にするといった行動は具体的にどうすればいいのだ?」

 無論そんなことを知らないボーデヴィッヒは、クラリッサの言葉を信じてしまう。何せその方面には疎く、少しでも参考になればと手がかりを掴もうとしてくる。

『そうですね、相手に印象付けるようなことを多数の目撃者がいるところですれば、もう印象付けとして最適でしょう』

「印象……?」

『つまりキスです。相手が初めてならさらに好印象を与えることが出来るでしょう』

「なるほど! 感謝する」

 得心がいったと納得するが、これが第三者から見たら絶対に違うとツッコミが入るだろう。

『いえ、この程度は。それに今後とも分からないことが出てきたら私に相談を。優先的に通信します』

「すまない。これからも苦労を掛ける」

 そうして通信を切り、クラリッサの言ったことをイメージしてみる。

 人工呼吸で唇を合わせたことなど何度もある。だが、なぜキスだと頬が熱くなるのはどうしてなのだろうと疑問に思った。

 

 

 

 翌日。昨日のアリーナでのことがクラス中で噂になり、トーナメントが中止になったことや今日の放課後何をしようかなどと談笑している。

 俺はというと隣ののほほんと話していた。

「今回の件の補償ってどうなるんだろうな」

「ドイツから賠償金とシュヴァルツェア・レーゲンに関するデータらしいよ~」

「そっちじゃなくて、先輩たちのスカウトとか、評価とか」

「新たな機会にあるかもね~。試合をして注目を浴びるだけがスカウトの対象でもないから~」

 確かに。試験や面接などもあるだろうし、トーナメントだけで評価が決まるわけではない。これから先にもチャンスはあるだろう。

 トーナメントの結果で評価がされないように、トーナメント以外でやらかした織斑は生徒たちに避けられ遠巻きに見られていた。アリーナのバリヤーの破壊に巻き込まれた人たちは特に距離を置いているらしい。

 無論、本人は分かっておらず一時間目の授業の教本を取り出していた。

 そんなとき、教室の入り口からボーデヴィッヒが入ってくる。

 昨日の出来事でみんなが遠目に警戒する中、その視線など知らずに俺の席の前にまでくる。

「すまなかった」

 ボーデヴィッヒからの第一声がそれだった。

「無礼な振る舞いやあのような暴走に突き合わせてしまって悪かった」

「あ、いや、まぁ、アレは仕方のなかったことじゃないか?」

「そう言ってくれると助かる。後は―――」

 まだ何か言い足りないようで、顔を赤くしながら俺の方に顔を一気に近づけ―――唇を奪われる。

 いきなりだ。

 そんなことしてくるなど誰が予想できようか。

 柔らかい、少し暖かいボーデヴィッヒの小さな唇が俺の多くな唇に触れる。

 ただ、それだけなのに意識した瞬間一気に鼓動が跳ね上がる。

 時が止まったような、1分もないだろう時間が10分になった錯覚を受けやっと唇を離してくれる。

 誰も突然の出来事で反応が出来ない。隣にいたのほほんはわぉーと口を大きく開けたまま固まり、遠くから見ていた癒子はあんぐりと口を開けたまま固まり、遠巻きに見ていた生徒たちも目を見開いて固まっている。

 唯一動いているのは真後ろから死角になている、こちらを見ていた織斑だけだが何がどうなっているのか分からないらしい。

「お前を私の嫁にする!」

 もうわけが分からないよ。 

 そんな、理解のできない始まりでも時間は過ぎて今日が始まる。




ラウラは軍の除籍、及びISの没収。
一夏は零落白夜の封印。

罰が軽いのでしょうか?
デュノアを退学処分になったからラウラも退学処分とするとデータがドイツに渡ってしまうのを防ぐために在籍させるといった形です。
まぁ、デュノアも猶予執行付きなのでISとは関わらない人生が2か月後くらいには訪れるとは思いますが。

まぁ、ともあれなんとか2巻終了

一夏? 罰が下ろうとも自分で言い訳作って反省なんてしていません。


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27話

 ハニートラップって知ってるか?

 女性スパイが異性と性的関係になることで懐柔、脅迫することで機密事項を獲得する行為だ。男性のスパイでも事例はあるらしい。

 言葉の意味は甘い罠。

 性的行為のどこが甘いのか疑問だ。

 暖かい罠。ウォームトラップの方が分かりやすい。

 だって、人の肌は仄かに暖かく唇とて例外ではない。

 経験して分かったことだが、ファーストキスはレモンの味などしない。むしろ、唇の暖かさや柔らかさに意識がいく。突然だったため味を確認することは困難だったが、印象に残っているのはそれだけなので間違ってはいないだろう。

 故にハニートラップも味覚では甘くはないのだろう。

 そして、俺こと崎森章登は世にも珍しい男性でISという兵器(今は戦争なんて人が死ぬことはやめようぜ、ということで出来たアラスカ条約で健全なスポーツで勝負しましょうということで落ち着いた機械)を動かすことが出来る。

 以前まで動かせるのは女性だけという認識だった。それを俺が変えてしまった。

 国家、企業はその秘密を知りたく他の男性でISを動かせるかを調べた結果、織斑一夏という例外も出て来たがそれ以降は音沙汰がない。

 さらにこの織斑一夏は美人の幼馴染たちが同じ学校におり、しかもクラスメイトの方はISを初めて作った開発者の妹らしく、注目度が高い。

 またモンドグロッソと呼ばれるISの競技で優勝したという栄光を与えられた姉の弟。

 そんな人脈に恵まれたような人物と接点を持てばその人たちと関わる機会が増えるということだ。

 ダメ押しとばかりに顔が整っており、一見は好青年に見える。ボーカルグループに混ざっていても違和感はないだろう。

 ……ただし、性格はどこかおかしく人の話は聞かず迷惑行為をする問題児でもある。

 対して俺は数か月前まで普通の人で、大企業の息子とか、政府関係者と縁があるとかはまったくない。

 寝癖はどうやっても整えられずだらしない髪形をし、目が少し釣り目で目つきが悪い印象を与え、口が大きく鼻が低い奴はそんなことをする気にもなれないだろう。

 そしてそんな顔で、精一杯の笑顔を相手に向けるとピエロみたいに見えるらしい。

 印象を与える笑顔がこれなのだ。今の世の中の女尊男卑では基本的に避ける傾向にあるだろう。

 つまり、俺にキスしてくるような奴は基本的にすべてハニートラップなのだ!

 ……いや、ハニートラップとは言ったものの何が目的で自分に近づいて来るかが分からない。

 精々、男性でISを動かせる秘密ぐらいだろう。

 もしくは、今現在学園から借りているIS『ラファール・ストレイド』や、企業『みつるぎ』からテストをお願いされたマルチランチャーぐらいだろうか?

 

 そんな思考がぐるぐると頭の中を回るうちにこの学園でモテない方の男子、崎森章登は目の前の少女と言えなくはない背丈をしたラウラ・ボーデヴィッヒに、何も言うことが出来なかった。

 考えすぎての思考の混乱。

 まるでパソコンの処理速度が追い付かずフリーズでもしたかのように動かない。

 同じような症状はこのクラスの生徒殆どに当てはまり、まともに機能していない。

 混乱から抜け出すことは出来ず、ホームルームが始まり担任教諭、織斑千冬。副担任山田麻耶が教室に入ってきて、生徒たちに席に座るように指示を出す。

 それによってやっと動く教室の空気。

 放心状態から大半の人は回復し、ボーデヴィッヒも席に座る。

 一方突然の美少女のキスをされた崎森章登はキスして来たボーデヴィッヒとの行為に、訳が分からず混乱したままであった。

 しかし、一方でボーデヴィッヒに入れ知恵をしたクラリッサの思惑通りとなった。何せ授業中も崎森章登は思考を切り替えられずにラウラ・ボーデヴィッヒに関することしか考えられなかったのだから。

 

「で? どういうことだ?」

 昼食を取る時ボーデヴィッヒも一緒にと突っかかて来たのでそこで事情を聞く。

「? 何のことだ嫁よ」

「その嫁って言葉だよ! なに? いつ俺は女になってお前と結婚したことになってるんだ!?」

 さも当然のように嫁と言うボーデヴィッヒは不思議そうに俺を見つめてくる。

「日本の風習では気に入った相手を『俺の嫁』にするのだろう?」

「そんな日本の風習あって堪るか! あったとしてもオタク文化(幻想の産物)だ!」

「? 日本にある文化ならそれは風習ではないのか?」

 日本語って難しいね。

 実際に外国で日本のイメージって何? って質問があったら、桜、富士山、IS、アニメの印象があるだろう。そのくらいに日本のオタク文化というのは世界に浸透している。

 というのも表現の自由でそれなりに規制が緩く、ジャンルが幅広いから学園もの、日常もの、戦闘ものなど面白おかしくしている。

 確かに日本の文化とは言えなくはない。だがそれは娯楽としての楽しみ方であり、架空である。それを現実で実行するのは問題がある。

 ギャグマンガでぶん殴られ空高く舞い上がっても死なないが、現実ではまずそのような攻撃されたら顎が砕け、首の骨が外れ、地面に落ちた時にはもう潰れたトマト状態だ。

 そうでなくとも、ラッキースケベなんてわいせつ罪で刑務所行って懲役をありがたく貰うだろう。そうなる前に何とかしなければならない。俺の場合は周囲からロリコン扱い、かつ強制結婚してドイツに連行になるかもしれない。

「いいか? 『俺の嫁』って言葉はお気に入りのキャラクター。いわば他の誰かに作られた架空の人物なんだよ」

「なん……だと……」

 自分の認識が間違っていることに気づいてくれたようで何より。ただ、物凄く衝撃的事実を知ったように動揺しているのはなぜであろうか。

「章登も私と同じく人工的に作られたのか」

「なんでそぉーなるんだ!?」

 肩の荷を下ろしたところに、さらなる誤解が加えられる。

「ちゃんと出産記録だってあるわ! 俺はホムンクルスでもクローンでもねぇよ!」

「章登はさっき誰かに作られた架空の人物が『俺の嫁』と言っていた。ならば、私の嫁である前に誰かに『俺の嫁』として作られたのではないのか?」

「こっちが訳分かんなくなってきたぞ!?」

 俺にはオリジナルになった人などいないだろう。笑うとピエロみたいに思えるのだから、俺はピエロを模して造られでもしたのだろうか?

 そんなことするような人間いるだろうか?

 誰だって笑える顔より、容姿は魅力的に映る方を選ぶだろう。

 そんな顔に遺伝子改造して作ったのなら俺は生みの親に恨み言を言ってもいいだろう。

 しかし、そんな思考をする中で何か引っかかりを覚える。ボーデヴィッヒの思考の中では俺が人工的に作られても可笑しくは思えない理由があるのだ。でなければこんなに飛躍した会話にはならない。

「待て、私と同じく? ボーデヴィッヒはどうして俺が人工的に作られたと思った?」

「私は遺伝子組み換えを行い、戦いの道具になるようにして生まれて戦闘訓練してきた試験管ベビーだからな。私は戦闘用だが、章登は元となった人物を再現するために作られたと思ったのだが違うのか」

 愕然とする。そんな重い話をいきなり振られこっちがどうしていいか分からなくなる。

 確かにボーデヴィッヒはかなりの美人の分類に入るだろう。西洋人形のようにサラサラの銀髪、陶器のような白い肌、紅く燃える瞳、可愛らしい顔。はっきし言って出来すぎている。

 それに戦いの道具として生まれて来た?

 勝手に作って、戦いの道具として育てられた?

 そのような存在が目の前に居る。だが、彼女から戦闘という物騒な連想は精々眼帯くらいしか思いつかない。

 そして今は、どういう運命の巡り会わせか俺のクラスメイトになっている。

「……ボーデヴィッヒ。その、これからどうするんだ?」

 今のまま戦闘人形として生きるのか。それとも学生として普通に生きるのか。

 それが倫理に反していることだとか、理不尽なことと俺が憤ることは出来ない。それは彼女自身を否定しているのに等しい。

 ボーデヴィッヒは戦闘用に作られ、戦闘が当たり前という思考になっているかもしれない。今みたいに他人との食い違いがあったとしても、それに気づくことが出来ない。

 なにせ今まで訓練や軍人として上からの命令しかコミュニケーションを取っていないのなら、どこかかみ合わないのは当然だ。

 そこには常識を教えてくれる人物などいるのか怪しいのだから。

 だから、作られた命でも1人の人間として生きてほしいと思う。

「章登を私の嫁にする」

「いや、そっちじゃなくて……。分かった、他に何かしたいことはないか?」

「と言われてもな、力以外の何かを学ぶと言ったこともある。軍を辞めさせられ代表候補生も取り下げられた。ならば、他の生き方をするしかあるまい」

 彼女はもう軍を辞めさせられたのならば、今は自分の意志で行動していることになるのではないのだろうか? ならばなぜ俺に好意を抱くのか疑問だ。

「……その道を探すことと、俺を嫁にすることに何か接点はあるか?」

「私はこの学園では毛嫌いされているだろう? そんな私に分け隔てなく接してきてくれる人物など限られている。それに私は章登は好きだ。一緒に学んでいきたく思って嫁にすると言ったのだ」

 それはボーデヴィッヒの偏見でもあるのだろうが、事実でもある。

 転入したときにいきなり他者をひっぱたく。授業中は他人との意思疎通を無視して独断行動。挙句の果てには代表候補生を下ろされるほどの問題を起こしたとみなされている。

 確かにあまりお近づきになりたくない人物になっているのだろう。

 だから俺に頼ってきて、一緒にいる方法が分からず『私の嫁にする』と言ったのだろう。

「ここは軍ではない。命令すれば報告が聞け、必要なことは上から言われるわけではないのだろう? では自分で行動するしかないではないか。そんな時、軍にいた時の副官が言ってくれたのだ。好意があり、共に居たいと思うのならばそれはもう私の嫁だと言っているのと当然なのだと!」

 それはおかしい。と突っ込むのを我慢する。

 ここは学ばせると言った手前、説明しなければならない。

「いいか? 好意というのにはいろいろある。仲のいい家族愛、親友としての友情、恋人としての恋愛。ボーデヴィッヒは親友としての友情と恋人としての恋愛が分かっていないんだと思う」

「そうなのか?」

「ああ、その……副官? に言われたことを、考えもせずに実行したんじゃないのか? それが正しいことなのか間違っていることなのか、判断材料が殆どないからその行為に合った選択を間違えたんだ」

 白紙に書いてあることを実行するように、ボーデヴィッヒの知識に対人関係では白紙だから誰かに言われたことを何の疑いもなく実行しているのだろう。

「ふむ。……クラリッサの方が間違っていたのか?」

「いや、恋人としての好意なら間違っていない」

「ならば合っているのだろう」

「だが、親友としての好意と家族としての好意なら違うんだ。まず俺との好意は恋人としての好意か? 親友としての好意か?」

「……好意は好意ではないのか?」

「度合いが違う。まずそれから理解しなくちゃいけない。人との距離って問題だ」

「人との距離?」

 食堂に置いてあった紙ナプキンを取り出し、ボールペンでラウラ・ボーデヴィッヒと中心に書いてそれを覆うようにして4つの円を書く。

「この円の距離が人との距離だ。中心に行くほど人と親しいくなっていく。一番外の円は町で通り過ぎていく人、一番近くの円はいつも一緒に居たい人だ。その円に名前を書いてくれ」

「ならばこうだな」

 ボーデヴィッヒの中心には二人の名前しかない。だが、ドイツ語みたいで俺には読めない。なんて書いてあるのか聞くと織斑千冬、崎森章登らしい。

「つまりボーデヴィッヒの判断基準は俺と織斑先生の二人しかいない。クラスメイトとか他の先生、部隊の同僚の名前がないから駄目なんだ」

「どういうことだ?」

「普通はさっきの副官は同僚だったから、2番目くらいに親しいとかあるだろう? クラスメイトなら3番で親しいわけじゃないけど関係はあるから3番目くらいには来るはずなんだ」

 しかし、ボーデヴィッヒには親しい関係が2人だけ。

「これじゃあ自分の周りだけしか認識していないのと当然なんだ。クラスメイトは無視、元同僚の名前もない。これじゃあ俺と織斑先生との違いが分からない」

「うむ。二人とも大切だからここに置いたのだがいけなかったのか」

「……じゃあ、織斑一夏はどうなっている?」

「それはこうだ」

 円の外に何かドイツ語で書いているがまぁいい。

「じゃあ、トーナメントで一緒に戦った篠ノ之や癒子は? 山田先生とかはどうなる?」

「う、うむ」

 二番目の円に書こうか、三番目の円に書こうか迷っている。

「そういう事だ。好き、嫌いは判断できるけどどのくらい好きか、どのくらい嫌いかの物差しがないんだボーデヴィッヒは。さっき言った好意に対する行動が違うのはそれが原因だ」

「……難しいな」

「まずは俺以外の人と話してから、俺の好意が親友的なものなのか確かめることから始めなくちゃいけない」

「しかし、私に話しかけるものなどいるのか?」

 そこで辺りを見回す。

 今朝の衝撃的出来事がきっかけでクラスメイトの視線はこっちに注目して離れない。無論、今の会話だって聞こうと思えば聞こえる。特に隣の癒子やのほほんには。

 その取り巻きか野次馬かの相川や雪原などの殆どの生徒は、俺たちがこちらを見た時にはどう反応したらいいか分からず目を逸らしたり、急に話をして誤魔化した。

「……まずはそこからか」

 ため息まじりな声が出る。

「あー、隣のクラスメイトたち。ちょっとボーデヴィッヒと会話でもしてみてくれ」

 俺がそんなことを言うと隣にいる癒子、のほほん、相川、雪原は気まずそうにこちらによって来る。

「うんっと……」

「うーん……」

「あー、その」

「……ごめんなさい」

 何やら言いづらそうにしてみんながみんな黙ってしまい、最後には雪原が謝罪をした。

「……その、興味本位で盗み聞きしていて……ごめん」

「聞かれて困るようなことはないからいいぞ。それより……癒子と言ったか。私への好感度はどのくらいなのだろうか?」

「いやいや!? デザインベイビーとか戦闘用に訓練を受けて来たとかかなり見過ごせない重要事項が出て来たのにあっさり流していいの!?」

「嫌々、つまり私への好感度はかなり低いのか」

「だから、そうじゃなくて! ボーデヴィッヒさんの発言に、なんて答えればいいのか分からなくて困ってるの」

「? 確かに人権問題や軍には触れるだろうが理解できない言葉ではないだろう。何で困るのだ?」

 ボーデヴィッヒは自分の生まれが特殊で彼女たちが同情しているのが分からず、不思議がっている。今まで軍事教練しか受けていないから、世間体のことをまるで理解していない。

 牛のクローンは喰われるために生まれて来たのだから、腹を裂き、血抜きしてビニールのパックに詰めることは普通だ。そのことに関して顔色を変えるのは可笑しいと不思議がっている。

 まるで、子供が親に教えられたら信じるように、親が教えてくれないことは分からないというように白紙な子供。

「ボーデヴィッヒ、ちょっと考えてほしいんだけど、ここに来る前に自分がなんでこんな目に合っているとか、可哀想とか思ったことあったか?」

「私は別に悲観的になることなどなかったぞ。ただ、ISが生まれてから落ちこぼれになった時は悔しいと思ったがな。だから、私の生まれでなんで関係ないお前たちが困るのか分からん」

「じゃあ、この問題は今は置いておこう」

「え? なんで」

「本人の価値観と俺たちの価値観を言い争っても仕方がない。まずはボーデヴィッヒに一般常識とか、思索させるところから始めないと自分がどういった存在なのか客観的に見れない」

「私はそこまで無知ではないぞ。これでも戦術、戦略は一通り覚えた」

 その割には味方無視しての攻撃がトーナメントで多かった気がする。

「力以外を学びたいんなら一般常識は必要だ」

「ああ、それもそうか。ふむ、では教えてくれないか?」

 そう言って俺に声を掛けてくるが、適任者は他にもいるのでそちらにも意見を求め周囲に目を向ける。別に巻き込んでしまおうとか思っていない。

「……公然の場でキスするのはちょっと駄目だと思う」

「そうなのか!?」

 雪原の発言に青天の霹靂が落ちたように声を上げる。

「本人の了承も得ずにしかたらね~」

「ああ、それが問題なのか」

 のほほんの意見には納得と言ったようにうむと頷く。

「いや、人目があるからね? いろいろ噂にもなるし相手の羞恥心とか考えないと」

「確かに突然すぎたな。すまなかった私の嫁よ」

「だから嫁じゃねぇええ!」

 俺の心からの叫びはボーデヴィッヒに届気はしないだろう。

 なにせ、その副官からのそういった日本の文化があると根づいてしまっているのだから。

 まず、嫁と言う言葉の意味を教えるところから始めなければならないのだろうか?

 

 

 放課後。

 寮に戻る頃まで色々話して納得してもらおうとしたのだが、結局日本には気に入った相手を俺の嫁と呼ぶ習慣があるのだから私は間違っていない、という思い込みは払拭することが出来なかった。

「いいか? 嫁と言う言葉は結婚した女性を指す言葉だ」

「では、男性のことは何というのだ?」

「婿だ」

「では、章登は『私の婿』ということにしよう」

「状況が深刻化しやがった! 婚姻届けなんて出さねぇぞ!」

「私の婿が嫌なのなら私の嫁に戻すが」

「言い方の問題じゃなくてね、関係の問題なんだよ」

「人間関係というやつだろう? ならば問題ない。一番近くに居たいと思う人物は章登なのだから、私の嫁ということになる」

「最初に結婚した女性のことって言ったよな!?」

「結婚……つまり共同生活というわけだな。一緒に居るということなら3年間は一緒に居ることが出来るな」

「もう意味わかんない」

 その為、今もボーデヴィッヒにとっては崎森章登は私の嫁と思っている。

 もう、ここまでくると一般常識を教えてこなかったドイツ軍に呆れるどころか絶望してくる。

 きっとその副官も犠牲者で日本には未だ忍者や侍が生きていると思い、誰もが腰に刀でもぶら下げていると勘違いしているのではないだろうか?

 しかし、暗部に属している楯無先輩や剣道大会で優勝した篠ノ之は刀を持参しているのであながち間違っていないかもしれない。

 前に居合いの練習をしていると聞いたことがあるが、刀の登録証とかどうなっているのだろうか? あれは美品として持つことを許されているだけであり、武器として使っていいとはどこにもなかったはずだ。

 というか、稽古に刀を使っている時点でアウトな気がする。木刀でいいじゃん。

 そんなことを前に言ったら「貴様には分からんだろうな」で一蹴された。あいつもボーデヴィッヒ並に問題児な気がする。

「ふむ、刀は買えるのだろう? ならば一振り購入するのもいいかもしれないな」

「……ちなみになんで?」

「よく切れそうだ」

「だったら通販の万能包丁にでもしとけ! ってか切る物体に何を想像している!?」

「無論、敵だが?」

「敵だって人間なんです! そんな簡単に首を跳ね飛ばさないであげて!」

 取りあえず外国人が変に特徴的な日本の文化を勘違いそうな話題を振ってみると、案の定物騒な想像をボーデヴィッヒはしているようだ。

「だが、失態をしたら自分で切腹するのであろう? だったら私が斬り飛ばした方が敵も名誉の死をとげることが出来るのではないか?」

「今時! 切腹する! 日本人がいると思うなよ! 自殺志願者でもそんな死に方をする奴はいねぇよ! それはもう時代遅れで流行ってないからな!」

 今の日本でそんなに命が軽い訳がない。

「しかし日本刀は欲しいな。何より研ぎ澄まされたという魅力がある」

「……まぁ、美品として買うのならいいけどさ。確かにあの刀身には魅了されるな」

 確かに日本刀には誰かを虜にする独特の魅力がある。

 斬ることへの機能を追求し無駄を省いた姿、光沢感がある刀身、そこまで追及されて来た歴史や技術。

 殺すための武器でありながら、刃紋という刀匠の好みとしての個性など様々な美がある。

 そんなことを思ているうちにボーデヴィッヒの部屋の前まで来て、別れようとするが部屋に入るように催促してくる。

「刀が好きだというのなら私のコレクションも気に入るだろう」

 子供が自慢するように生き生きとして、ボーデヴィッヒが部屋に入って行く。癒子やのほほんのような気の許せる友人でもなく、外見では美少女の部屋なので緊張して躊躇ってしまう。

 だが、部屋には不用心なことに鍵がかかっていなかった。そして、電気が付いている。もうすでに同居人がいるらしい。

「!?」

「ああ、今日から同居人が来ると聞いていたがお前がそうなのか?」

 毛布に包まり頭だけを動かし頷く。毛布の隙間からはみ出した均一ではない赤い髪姿には見覚えがあった。

 入院していたアキラ(誰も苗字を教えてくれてなかったのでそう呼んでいる)がなぜか一年の寮のボーデヴィッヒの部屋にいたのだ。

「だけど、なんでアキラがここに?」

 アキラは2年の先輩でここは1年の寮だ。本来はここに居るはずがない。

「せ、生徒会長が、い、今はここしか、あ、空いてないっ……て」

「……まじで?」

 何を考えているのかと、問い詰めたい。彼女は前に倉庫のダンボールハウスを作りそこで生活をしていた。もう戦闘の痕跡で使い物にならないだろうから、他の所に住むのは分かっていたが、よりにもよってボーデヴィッヒの部屋とはいささかどうかと思う。

 そう思ってカバンから携帯を取り更識先輩にかけてみる。

 すぐさま電話に出た更識先輩に問う。

「ボーデヴィッヒとアキラを一緒な部屋にするってどういうつもりですか?」

『あ、もう知ってるのね。アキラちゃんの護衛も兼ねての配室よ。この前みたいに1人の所を襲われでもしたらまずいでしょ?』

 確かにボーデヴィッヒの戦闘能力は高い。だが、若干不安を感じる。ボーデヴィッヒ、そしてアキラの両方は、他人とのコミュニケーション能力に難がある人物たち。

 そのルームメイトぐらいは普通に生活できるような関係を、作らなければいけないことは分かっているのだが。

「不安だ」

 そんな俺の心を知ってか知らずかボーデヴィッヒは、棚から何かを取り出す。

「私もこういったものが好きな。色々と気に入ったものを集めているのだ」

 サバイバルナイフであった。刃背にギザギザの鋸刃がいくつも並んでおり、分厚い刃が煌めいている。

「鑑賞用なんだよな?」

「いや、実戦用だ」

「使ったことあるのかよ!?」

「ああ、サバイバル訓練で嫌というほどナイフの大切さを思い知らせてくれた」

 サバイバルナイフを取り出して、子供のように自慢するボーデヴィッヒ。案の定アキラは山姥でも出くわしたかのように震えてしまう。

 こんな状態でうまくやっていけるのだろうか? と疑問に思った。

 そして、自慢げにグリップの握りやすさや鋸刃の優秀さなどを言っているボーデヴィッヒは、本当にただの子供にしか見えない。

 遺伝子を組み替えた研究者たちはなぜ彼女の存在を作ったのだろうか? いくらドイツの徴兵制度が無くなったからと言ってそこまでするものなのだろうか?

 そんな疑問を他所に、今度はアキラのフォローに回らなければならなかった。

「これからここに住むわけだけど大丈夫か?」

「だ、大丈夫、じゃ、じゃない」

 まぁ、いきなり見知らぬ人と同居するというのも彼女にとっては酷なことだろう。

「だ、だから、……普通に、と、友達としてっ、ここに、来て」

「ああ、……お前たちだけだと不安だしな」




 ラウラは今他人との意志疎通が厄介なことになっています。
 例えば工事現場で働いていた人が転職先の職場で何をしたらいいか分からず、右往左往しているって感じでしょうか?
 しかも戦闘兵器として人の壊し方は心得ているのがかなりまずい
 子供が銃持って右往左往、そして真っ白な心に刻み込まれる言葉『俺の嫁』。
 本当に副官は厄介なことをしてくれました。ただこれラウラが真っ白で純粋すぎ、行動力がある人間として表現するのにはちょうどいいかなーと思っていた結果がこれだよ。

 章登は胃痛になってるかも。



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28話

「あの、本当にあれでよかったんですか?」

 ボーデヴィッヒとアキラの寮の部屋から出て、不安を拭いきれず生徒会室まで来て更識先輩と面談する。

「アキラちゃんとラウラちゃんの部屋の話?」

「別にアキラを一緒にしなくてもいいんじゃないですか? 急に見知らない人物と同居することになるんですし」

「でも、倉庫よりは守りやすくてそばには頼りになる軍人キャラもいるのよ?」

 頼りになる? こっちには不安しかない。

「ルームメイトに頼る前に教員方でどうにかしてほしいんですけど。……というか二人とも、その、……色々と問題があると思うんですけど?」

「あなたが不安がる気持ちは分からなくないけど、これは彼女たちの事情も考えてのことよ」

「え? 生徒会長がここしか部屋が空いていないって言ったんじゃないですか?」

「ええ。でも彼女は自分の生み出したものが誰かに悪用されて、誰かを傷つけてしまうことを恐れている。なら、偏見や先入観がなく接してくれる人ならと思ったの」

 確かにアキラは作りたかったものとは違ったものを作ってしまい、それが原因で他の生徒から遠ざけられることになった。

 ならば、事情を知らないボーデヴィッヒなら適任と考えても不思議ではない。

「それにラウラちゃんも力以外のことを学びたいと言っても、いきなり普通に接することなんてできないでしょ? でもラウラちゃんは彼女を利用しようとは考えていない。だって力を必要としてないのだもの」

 それはもう、今日散々と教えられた。誰の言葉でも信じてしまう良くも悪くも純粋な心に、戦い以外は教えられてこなかった人生と普通に暮らしていた俺たちとのズレ。

 だが、彼女はもう力を手に入れようと渇望していない。前のような他者と関わりを持たず、突き放した態度でもない。むしろ、誰かと積極的に関わり学ぼうとしている。

「でも、アキラちゃんは常識外れっていうほどでもない。むしろ、恐怖がその常識を悪い方に向かさせているの。ここまで接してくるのは自分の力目当てなんじゃないのか、って勘ぐっているわけ。だけどラウラちゃんにその意思はない」

 たしかにそういった意味ならボーデヴィッヒとアキラの相性はいいのだろう。

「でも、ボーデヴィッヒが力が必要じゃないことを分からせるにはどうするんですか?」

「そこで護衛が出てくるの。アキラちゃんには決して危害を加えないっていう意思表示にもなるし、身にかかる危険をラウラちゃんが対処することで力が必要ないことを示すの」

「アキラの力を利用せず、自分の力になってくれる味方を印象付けるってことですか?」

 確かに信頼関係を築けるのならば、安心できるだろう。だが護衛とは言わないのではないのだろうか?

「でも、それって護衛っていうのですか?」

「別に相手を倒さなくても、護衛対象の心の恐怖させないことも護衛の内になるんじゃないかしら?」

「本当に?」

「無論よ」

 自信満々に言う更識先輩に安心していた俺がいた。

 

 

 そんな前のことを思いだして現実逃避をしている俺が寮の食堂に居た。

 そして、更識先輩の言葉を信用し後悔していた。

「はい、あーん」

「……」

 回想から呼び戻される声はボーデヴィッヒのものである。

 差し出されるフォークに突き刺さっているホットケーキの片割れ。ボーデヴィッヒはそれを口に入れるようにうながしてくるが、俺は固く口を閉ざし拒む。

「無視をするな」

「いや、一人で食えるから」

 そう言って拗ねるボーデヴィッヒなのだが、このような人が集まるような所でで平然と他者を餌付けするようなことをしているのはなぜか?

「これは友人でもやる行為なのだろう? 親しいものなら気にしないらしいのだからいいではないか」

「いいか? 日本は礼儀や作法を重んじる国だ。そこで育った俺は他者が口を付けたものを衛生的に駄目で、誰かの手を煩わせることはしたくないと思ってしまう。手が負傷しているわけでも、自力で食事が出来ないほどの衰弱をしているわけでもない時にはしない。今やっていることは一般的には嫌悪感を感じるから今後はやめろ」

「なるほど。だが、私のだ液には医療用ナノマシンも含まれている。衛生的には問題ないのだが……」

 最近、ラウラの常識が形成されてきたと思ったら、開幕直後でこれである。

 そして、今の一連の流れを見て不機嫌な人がいる。

「……最近、眼帯銀髪美少女と仲がよろしいことで」

 面と向き合う形で癒子がこちらをジト目で見てくる。その視線はウザったいと暗に示しているようで眉が吊り上がっている。

「……この状況で本気でそう思ってるのか?」

 これが別に恋心から来ていくものでないことは癒子も知っているだろう。単純に生まれたばかりの雛鳥が初めに見る者を親だと思うように、ボーデヴィッヒも初めて接してきてくれる人物が俺だけなので甘えている感じなのだと思う。

「癒子はなぜ怒っておるのだ?」

 そのようなことを考えているのとは露と知らないようで、ボーデヴィッヒは癒子が不機嫌な理由が腑に落ちないらしい。

 癒子の不機嫌は朝から俺とボーデヴィッヒのいちゃつきを見ての不快感から来ているのだろう。

 朝っぱらからそんな惚気た行為を見せつけられれば、げんなりするのも分かる。

「あのね、人前でそういう行動は慎むようにって言わなかったの? ボーデヴィッヒさん。」

 注意を促す癒子はボーデヴィッヒが。

「キスは駄目だと言われたが、これは友人同士でもすることなのではないのか?」

「合ってるけど違う。異性と同性だとかなり意味が変わってきてしまうから、章登にすると甘えん坊に見えてしまうからやめた方がいいよ」

「ああ、私のことを思っているのか」

 理解してくれたようで何より。

「だったら、章登が私に食べさせてくれればいい」

「何も理解してくれてねぇな、おい!?」

 安心した直後のこの回答。恐らく俺が甘えん坊に見えてしまうことへの気遣いなら、自分が甘えん坊になれば俺への恥辱も減ると思ったのだろう。

 だが、そんなことをすれば俺は公衆の面前でイチャイチャしているうざい奴という認識が面前のクラスメイトに誤解されるだろう。

「何を言う。こういう行為が日常的だということは理解しているぞ。交互にすることだとクラリッサも言っていた」

「そのクラリッサって奴はドイツに居るんだな!? 今すぐ呼び寄せるか、俺をドイツに行かせろ! ぶん殴ってやる!」

 ストレスと不満、不安、嫌がれせ行為のように日本の文化を間違えまくった知識を吹き込む、顔も知らないドイツ軍人に堪忍袋がブチ切れた瞬間であった。

 

 

 

「少しよろしいでしょうか?」

「はい?」

 教室の席で次の授業までの休み時間にクラスメイトから声を掛けられたわけなのだが、いきなりだったため戸惑う。

 声を掛けて来たのは四十院神楽という大和撫子型令嬢であった。同じ令嬢系列でもオルコットとはかなり違った雰囲気を持っている。

 西洋風の令嬢であるオルコットはリーダシップを取り自ら行動していくタイプだ。対して四十院は一歩身を引いて慎ましやかに付いてきそうな雰囲気がある。

 髪はかなり長く、後頭部で御団子で纏めていても腰まで届いている。たれ目が柔らかな印象と、長い髪が古来美徳とされてきた清楚で慎ましい人物像を与える四十院神楽。

 だが、今まで精々あいさつ程度しか言葉を交わさなかった彼女が俺に何用なのだろうか?

「あの、なにか?」

「実は今度の臨海学校のときに私の幾つかの試作装備の稼働をするのですが、その前に稼働試験としていただきたいのです」

「なんで俺なんです?」

「無論、貴方に適正があると見込んでのことです。他の方々も検討し選び出した結果です」

 真意的に話してくる四十院に嘘偽りはないと思った。

 研究部に入り浸りしているので新装備のテストを請け負っている。しかし、企業や国家などの重要な新装備、テストタイプの運用には携わっていない。

 企業のみつるぎ製のマルチランチャーも無償提供されているので、契約を組んで仕事をしているというわけではない。しかし、IS学園に来て稼働データを取り、研究し、アップグレードされているのは未熟な学生への手助けと育成みたいなものだろうか?

 リアルな労働環境に置くことで企業が求める実践力が上がるらしい。

 体よく低賃金の労働力と見られているのかもしれないが。

 そんなわけで現在俺の立場と言えば、職場体験している学生と言ったところなのだろう。

 通常の職場体験みたいに、自分、部員の使いたい装備《仕事場》を選び、それの性能を向上するために試行錯誤し、戦術を考え、披露する。

 今は俺のマルチランチャー、栗木先輩はレールガン。

 ただ、代表候補生は国家、企業の装備を必ずテストしなければならないが。

 そして、装備を提供させるように勧誘されることもある。

 それで今、勧誘されているのだろう。ただし、俺のデータを取りたいという下心を隠しているのかもしれない。

「でもやっぱり適性が高い方がいいんじゃ? ボーデヴィッヒとか」

 どのような装備なのか知らないが、適正値C程度より適正が高くフリーのボーデヴィッヒの方が向いている気がするのだ。マルチランチャーを請け負ったときには様々な状況に対応出来るというキャッチコピーを信じてしまったのが仇である。確かに色々な状況で使うことが出来るが使い辛かった。

 今は改良、アップデートしてそれなりの仕上がりにはなっている。

「自身の能力に不安を感じているのでした杞憂だと思います。私は適正よりもあなたの操縦技術やスラスター制御を見込んで話を持ち掛けたのですから」

 そう言って俺の机に装備の資料と試験内容を書いてある用紙を置く。

「その資料を見ていただくと分かると思いますが、装備は推進器と独立飛行機構です。崎森さんは確かにIS適性は低いのでしょうけど手動操作、その状態での推進翼制御には目を驚かせました」

 自分のことを褒められてことなど余りないため、照れくさくなる。それを隠したくて机に置かれた資料に目を走らせ、意識を装備の詳細にいかせる。

「これってどっちかっていうとISの装備っていうよりは……何か他の利用法がある気がするんですけど」

 特に腰部と肩部に取り付ける電気推進《アークジェット》なんて宇宙探査機や人工衛星に使われているような低出力な推進器を使うなら、今装備している基本の多方向推進翼の方が馬力はある。

 独立飛行機構《フライトユニット》も機首のない戦闘機のように思える。ISに取り付けるような装備というより無人偵察機のような利用法が思い浮かぶ。

「元々ISが宇宙開発用に作られたのはご存知でしょう? しかしながら競技として、もしくは防衛力として扱われているのが現状です。IS核も配給は決まっており宇宙開発に使われるはないでしょう」

 ISに対抗できるのはISだけ。

 そういう認識で少なくとも防衛力には欠かせない。また、ISコアの解明、量産に今研究が盛んだ。またそこでISコアの数が減る。

 これでは企業が自由に使えるなんてことは当分はまだ先で、IS電池で稼働や試験、訓練を誤魔化している。

「そこで開発が滞っている拡張操作探究機《エクステンテッド・オペレーション・シーカー》を先日公開された独国のISに搭載されていた蓄電器と発電機で出力、稼働時間の目途が立っちました」

「で、今度は操作や起動、駆動装置、宇宙に出た時の推進器の稼働データが欲しいってことでいいのですか?」

「はい。ご了承いただけますか?」

「……研究部の学校事業って形ならいいと思いますけど、少し部員や先輩と相談させてください」

 個人的には今すぐにでも参加したいが、四十院の裏を取って置きたい。また、アキラのときのように本来の姿を失っているのは作成者に申し訳ない。クラスメイトを疑うようで悪いが栗木先輩の了承も取っておきたいのも事実だ。

「分かりました。では水無月の中旬までに返答をお願いします」

 そう言って立ち去っていく四十院。

 聞いた感じでは別段疑うべきところもない。

 本当に宇宙開発にEOSを使うのならば問題ない。だが、アキラのように誰かを傷つけてしまわないように警戒しておくのは別にいいだろう。

 

 

 

「いいと思うわ。私は」

 四十院の持ってきた資料と試験内容が書かれた用紙、四十院が話した内容について栗木先輩にアドバイスを聞こうとしたところ、結構あっさりと了承を得た。

「マルチランチャーもほぼ稼働データとか、試験項目とかは取り終えて、今度は改良と拡張になるけどそれと並列して出来るならいいと思うわ」

「出来るのなら……か」

「後、マルチランチャーは開発部の所で取り付けが出来たから取りに来てって連絡があったわ」

「了解」

 今度マルチランチャーに他の機能を付けようとなっている。マルチランチャーの腕に接続している部分を外し、取り回しを良く、銃床にメテオールプレートとブレーデッドバイケンを接続するらしい。

 発射時は銃床を脇に抱えながら撃つようになるらしい。

「ま、試験項目は使い心地だけだからいっか。性能向上は取り外しと重心変化による調整ぐらいだろうし」

「あなたがそれでいいのなら私は何も言うことはないわ。みつるぎのように生徒会長に問題点がないか調べてもらいなさいな」

 言われずともしてもらうつもりだ。例えみつるぎの様に裏事情まで調べてもらったところで、危険がないわけではない。だが遭遇する確率は減る。

「だけど、純粋に技量を認められたってことは嬉しいんですよね」

「それでも織斑の方を各国は手に入れたいようだけど、技量は関係ないのでしょうね。きっと織斑千冬先生、あわよくば篠ノ之束博士との接点が欲しいのでしょうし」

 どの国も優秀な技術者、操縦者は欲しく色々な機関からの勧誘が織斑に来ている。だが、その目的は織斑自身の技能や能力ではなく他人のなのだ。しかし、本人はそれを知らない。

 もしかして彼は自分の実力があるから勧誘が来ると思っているのではないだろうか? さすがにそこまで考えなしとは思いたくないが。

「ネームバリュー目的で会ったけど、あそこで拒否されてよかったわ」

「ああ、そういえば最初俺はついでなんでしたっけ」

「ええ。だけど予想以上に貴方は成長したから、私が目立つはずが貴方が目立つことになってしまったわ。まさしく逃がした魚は小さいわ」

「……使い方間違ってませんか?」

「間違ってないわ。あそこで教えていても真剣に打ち込んでくれたか怪しいものだわ」

 かなり辛辣なことを言っているような気がするが、実際織斑の評価は以前より低くなってきた。というよりは落ち着いてきたみたいな感じだろう。

 人の噂も七十五日というように時間が経てば、熱狂も醒めていく。

 そして、もうそろそろ入学から3か月経とうとしていた。

 

 

 更識先輩に四十院の裏を取ってもらおうと生徒会室に訪れる。

 回答は意外なほどに早かった。

「いいんじゃないかしら? あの企業はISが専門でもはないし、入学前に個人の裏は取っているから」

「だったらなんでデュノアの時は易々と入学させたんですか?」

「急だったし、今だに自国の代表候補生を入学させろってうるさいのよ。無論、章登君や織斑君の接触や勧誘目的でしょうけど。それに上からの圧力だってある。学園で使っているのは打鉄とラファールなんだから」

 うちの商品使ってるんだから優遇措置しろとでも言われたのだろうか?

「フランス政府の認証の元だったから、IS学園の入学は協定参加国の国籍があれば誰でも入れる。そこを突いてきたの」

「IS学園の体面上断ってはいけないってことですよね?」

「ええ、でも問題を起こした生徒を居残りさせるほど学園側も穏やかじゃない。尻尾を出したら即退学にするってことだったんだけど、まさかあそこまで過激な手段に出るとは思わなかったの。そのことについて章登君には本当にごめんなさい」

 普段の人懐っこいような態度とは打って変わって、済まなそうな態度を取る更識先輩。

 こんなしおらしい更識先輩は初めてではないだろうか。

 今こうして頭を下げている女性は対暗部の組織の一員として、デュノア社の裏を探ったり、証拠を探したり、起こったことの事後処理をしたりしている。だが同年代の女性が対暗部の組織の一員なのだろうか。

「疑問なんですけど、更識先輩は表沙汰に出ない事件を解決する組織の構成員なんですよね?」

「ええ、でも正確には当主。リーダーよ。入学して間もなく私の訓練のしているときに言った通りにね」

「でも、更識先輩が生徒会長……ってか学生をしている理由にはなりませんよね? ロシア国家代表になる理由も」

「む。私は青春時代を過ごすなって言いたいの?」

「そうじゃなくて、そんな組織に属しているのに日本以外の国家代表になったり、ここを守るより日本を守る方が重要なんじゃないのかなと」

「生徒会長は最強たれって言葉は知ってるよね。あれは生徒会長が率先して学園の防衛に当たることも意味しているの。無論イベントの準備や部活の予算の割り当てもするけど、クラス代表が専用機持ちが多いようにそれを止められる人物でないといけないの。もし専用機持ちの人が反乱とか犯罪行為を起こした時に止められるように」

「でもそれは戦闘教員の仕事じゃないですか」

「だけど、いつもISを装備しているわけでもなければ、ISの格納庫に近いわけでもない。だから本当に緊急の際にはいつもISを持ち歩いている専用機持ちが止めるしかない。IS学園で強い人なら代表候補生以上の専用機持ち。だけど、日本政府はISコアを使った専用機を作りたがらない」

「IS学園のコアはその殆どが日本政府の物だからですか?」

「ええ、そこに殆どを当てている。だから、ISが最初に開発された国であるのに日本の企業、自衛隊が持っているISコアの数はIS学園より少ない。そして、IS学園を守ることは日本のISコアを守ることに繋がる」

IS学園に使われているコアはどこから来たのか、少なくとも日本にあったにISコアを割り当てれば日本が保有しているISコアは少なくなってしまう。それは防衛力になるISの数が少なくなることを意味する。

「だけど、ISコアはこれ以上日本が保有しているのを使う余裕はない。なら、他国から借りてくる。ISの稼働データや装備のテストをすることを条件にね」

 故にテストパイロットとしてロシア製のISに乗っているのだという。

「だから、気にせず頼ってね。章登君を守ることも重要な私の仕事なんだから」

「……ありがとうございます。頼っていいのならボーデヴィッヒに常識を教えてください」

「うふふ。私色に染めちゃうけどいいのかな?」

 なんとなく想像してみる。ボーデヴィッヒが更識先輩のように人懐っこくすり寄ってきて、色々下ネタやら変なことを言う様を。

「別の人に当たるのでさっきのことは忘れてください」

 さらに悪化するのが目に見えて、逃げるようにして生徒会室を出ていく。




 お久しぶりです。遅れましたか?
 取りあえず最初にアキラとボーデヴィッヒの関係についてこじつけてみました。
 前の回の補足というか、あまりにも感想での指摘が多く説明不足でした。すいません。ただ護衛とはちがったになりそうですが。

 そして学園の現状というかなんというか。
 ニュースの内容をいつまでも放送していると飽きてくるように、もういいよその話題、みたいな感じになってます。
 男性IS操縦者、織斑先生の弟。きゃぁーという歓声からそう言えばいたわねと言った感じに、人間新しいことの方が興味があるので3か月もすれば落ち着いてきたってことですかね。

 章登のクラスメイトに認められつつあるということを書きたかったので、メジャーな四十院さんを引っ張り出しました。

 更識先輩の事情というかロシア代表で日本の対暗部に属しているという設定は、学園のISコアは日本が保有しているものでそれを守るためと、30個も割り振ってしまったので日本にISコアの余裕はほとんどなくロシアのISを借りているといった具合です。

まぁ要は
ISコアの取引は駄目
だったら貸し借りは良いよね!

なんで暗部の更識さんが学校生活送ってんの?
学生に紛れてIS学園にある日本保有のISコア、機密情報を守るためさ!

別に学生じゃなくてもよくね?
うん……いやいや、生徒会長の方が一般学生より権限あるし! えっと……えっと……。
これ以上思い浮かびませんでした(´・ω・`)
で、学校の防衛を率先してやる立場になるため(無理やりすぎるか? ただ原作だと平然とIS展開することがあるからなぁ、ここでも許可されていないISを展開し最悪な事態を防ぐためということで)。

当主が前線に出るなんて危なくね?
……私が死んでも代わりはいるもの(クールボイスで)。


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29話

 開発部から渡されたマルチランチャーは銃床の部分にメテオールプレートが繋がれ、先端に備え付けられた接続部品にブレーデッドバイケインが碇のようにして付けられていた。

 即位換装プログラムの向上が目的で備え付けられた大鎌。

 アキラに申し訳ないと思う。だが、今からこの装備を外すのも仕事から逃げているようで、せめて最後まで関わっていきたい。

 アキラになんて言われるか分からないが。

「……それの調子はどうなのかな?」

「正直、使いづらい」

 午後の四十院の試作品のテストまでに、アリーナの投影された的に新しく改良されたマルチランチャーで試験射撃をしていた。

 そして、使ったところ今までとは余りにも違う。

 なにせ今まで腕に固定されていて反動を軽減していたのが無くなり、普通のライフル銃とは違い肩に銃床を当て反動を消すことが出来ない。

 脇にメテオールプレートを挟むようにして反動を軽減しているが、かなり難しい。

 空中に投影された的に当たりはするのだが狙った部位には結構な頻度で外れている。

「これで精密射撃をしようとは思わねぇけど、もう少し反動をどうにかしたいからな」

 その為に開発部の機材を少し借りて調整している。

 重心バランスの変化を手元に近づけさせるように設定しているが、そうなると銃床部分に当たるブレーデッドバイケインが使いづらくなってくる。

 射撃ができる近接武装にするか、近接戦が出来る射撃装備にするか悩んでいる。

「もういっそのこと即座に外して使うか……?」

「……そっか。……こっちで改造した物理シールドも試してみてどうだった?」

「デュノアののように変な仕掛けがないだけましだ。少し盾の面積が大きくて近接戦には不向きになりそうと思う以外は問題ねぇ」

 今日の四十院の技術者がラファールストレイドを改造するために多方向推進翼は外しており、それに付属する物理シールドも外されている。

 少し防御力が不安なため腕に盾を持てるように何かないか探したところ、雪原が声を掛けてきてくれて付けたのがこれだ。

 物理シールドにL字の接続部がついておりそこに腕を置く形で装着する。デュノアのラファール・リヴァイブ カスタムⅡのような盾殺しが現れるようなギミックはないが、そのまま腕に携帯させて置いてもいいし、持ち手も付けて握るって防御態勢を取りやすくもできる。

「手伝ってくれてありがとうな」

「……ううん。……誰でも簡単にできることだから。……今度は盾を課題に作成してみようかな……」

「雪原は開発部なんだっけ?」

「……うん。……設計図を書いては書き直してだけど」

 前に研究部で部品を作っていた時、設計図の見取り図が物凄く細かいことを思い出した。アレを一から作るとなると何人の技術者が事細かに思考し、頭の中のイメージを形にし、部品の配置を調整し、集中して組み上げていくか。少しの部品がずれただけで組み直し、問題が出たらまた直す。なんて根気がいる作業だろう。

「大変そうだな」

「……だけど、こっちの方が私には向いているよ」

 いつものように戸惑いがちな目は活気があり、本当に遣り甲斐があるようだ。

 

 

 

 マルチランチャーを少しいじくった後、四十院がいる第6アリーナのピッドまでくる。

 この第6アリーナではレース用に改良を施されている。通常アリーナの倍以上に広く設定され、空中で的代わりに使っている投影スクリーンでカーブやコースを自由にでき、地上では玩具の鉄道レールのように連結部を変えることでコースを変え、壁やトンネルなどを作り出せる。

 しかし今は何もなく、レース場というよりはものすごく大きなアリーナとしか見えない。

「試作装備の試験を受けてくださりありがとうございます」

「あの、同級生にそこまでかしこまらなくてもいいんじゃ?」

「そこは公私混同せずにとお考えください」

 あくまで仕事関係を崩さない四十院の後ろには、四十院の会社の研究員と整備者が今日取り付ける独立飛行機構と推進器の最終確認をしていた。

 独立飛行機構の特徴として最新の小型戦闘機よりもはるかに小さいサイズになっている。それに加え機首に当たる部分がない。代わりに機首に当たる部分に接続アームがありISの背中に付けることで機動力向上するらしい。また、エンジンが2つ内蔵されているようで垂直尾翼の様にせり出ている。主翼、戦闘機のような推力偏向《ベクタード》ノズルが4つ。それらによる揚力や推進力で飛ぶらしい。

 エンジンの上にCIWS《近接防御火器システム》が2つ。

 胴体部分に機関砲が2門。

 さらに上部の中央にISの足に付けるような接地面が備え付けられている。資料で見た時にはその上に乗り空中での足場を作り、射撃時の反動を軽減、精密作業の安定向上をするらしい。

「これが独立飛行機構、『始祖鳥』……」

「はい。そしてその隣にあるのが電気推進の『紫電』です」

 そうして催促する四十院の斜め後ろにかなり大型の推進器が見える。

 噴射方向を自由に変えられる接続アームに繋がれた電気推進器は計4つ。左右の横腰、肩に付ける予定になっている。

 資料では各個に小型のジェネレーターを搭載しており、ISからは独立して使えるよう設計されている。EOSに付けるためにはISのエネルギーに頼らなく稼働できるようにしているのだろう。

「では早速、接続した後試験をしてもらいます。ISを展開してください」

 そう言われて多方向推進翼が取り外されたラファール・ストレイドが俺に装着される。

 そして、背中に独立飛行機構『始祖鳥』が接続される。そしてその後から肩、横腰に『紫電』を付けていく。

 その間に、技術者の面々から簡単なレクチャーをされた。

「いいか。この飛行機構の推進力に驚くなよ。そして、強靭な筋肉があればそんなことにはならない!」

「電気推進器はジェットエンジンやロケットエンジンとは違いすぐにON・OFFが可能になっている。一瞬でトップスピードになるから覚悟しておけ。まぁ、鍛えられた肉体ならば大丈夫だろう」

「電気推進器は使うたびにジェネレーターから配給された電力を使う。だからコンデンサー内の電力量には注意しておけ。そして4つもあるからそれぞれに気を配れるように、慣れる為にも体は鍛えておけ」

 鍛えられた肉体で、重機を使わずに作業をしている整備者が渋い声でレクチャーしてくれる。その3人はまるでプロレスラーのみたいに強靭な筋肉で、着ているツナギははち切れんばかりに盛り上がっている。

 後、全員から体を鍛えろと言ったことを言われるのだが、これでも最近は更識先輩の稽古や朝の走り込みで体力はついてきた方だと思うのだが、彼らにとってはまだまだらしい。

 そうして、各装備の接続が終わった時には、ラファール・リヴァイブとは思えないほどにシルエットが変わったラファール・ストレイドがそこにあった。

 背中から機械の羽根が生え、多段式ロケットのように推進口があるそれは、今にも火を噴かせ飛んで行きそうだ。

「では、始祖鳥の試運転から参ります」

 そう告げられ、研究員は計測機器やモニター画面に、さっきの筋肉式整備者はいきなり腕立て伏せをしていた。

 思わず彼らの行動に戸惑ってしまった。

「あの……腕立て伏せしている彼らは」

「大丈夫です。彼らの次の仕事は部品の交換や整備などです。整備は性能を確かめてからになりますから」

「体力大丈夫ですか?」

「「「問題ない!」

「だそうです」

 俺たちの会話は聞こえていたらしく、まったく疲れていない声でそう返してくる。持てなくないとはいえ、それ相応の重さがある装備を重機を使わずに作業して汗すらかいていない。

 例えるなら車のタイヤ交換のために使うジャッキを腕の力だけでやっているようなものだ。物凄いと思うと同時に、今接続された装備がばらけないか心配になる。

「彼らの腕は私が保証します」

「……わかりました」

 取りあえずピッドの発射位置に移動する。

 

「では試験を開始します。始祖鳥を起動します」

『電力供給問題なし』

『エンジン始動』

『接続問題なし』

『拒絶反応見られず』

『各システムオールグリーン』

『AI≪飛鳥《アスカ》≫起動します』

≪『始祖鳥』起動≫

『起動確認』

『発信してください』

「了解」

 カタパルトが動き出し、ピッドの射出口から機体が放り出される。

 独立飛行機構『始祖鳥』のノズルが火を噴き、推力が今まで使っていたラファールの多方向推進翼の比ではない。

 最初の試験は自由飛行。それでも圧倒的な速度が恐怖心を募らせる。瞬時加速でなくともそれに近い速度でぐんぐんと壁に近づいているのだ。推力偏向ノズルの方向を下に向かせ機体を上昇させる。

≪高度上昇。初期燃料使用率3%≫

 始祖鳥に搭載されたAI≪飛鳥≫が感情がなく淡々とした声で現状の状況を随時、ピッドに居る研究員と俺に伝えているが俺の方はその報告に耳を傾けている余裕はない。

 空中を始祖鳥の推進力任せで戦闘機のように飛ばしていく。流れていく景色はかなりの速度で過ぎていく。

『紫電の使用をお願いします』

 そこに電気推進器を使う指示を受け、始祖鳥の加速に戸惑いながらも『紫電』を使用する。

 瞬間、強烈な加速Gが章登を襲う。両肩と横腰の4つの電気推進器から閃光が尾を引き強引な急加速を掛けたのだ。流れていた景色は一瞬にして飛び去っていき、吹っ飛ばされるようにして飛んでいく。ISのハイパーセンサーが無ければ景色を見ることなどできそうにない。

 その加速に恐怖を覚えながらも歯を食いしばって耐える。

 そして、モニター画面に表示されているそれぞれの蓄電量は見る見るうちに減っていく。

 それに気づかずにコンデンサーの電量は無くなり、電気推進器から光の尾は消えてしまう。

『そのまま電力が回復するまで旋回行動と蛇行飛行を続けてください』

 そして試験は続けられ、再び独立飛行機構『始祖鳥』と電気推進器『紫電』を使用して圧倒的な速度と爆発じみた加速に振り回らせた。

 

 

「うぉ」

 試験項目が全て終わり、ISから降りるとまるで足に力が入らずにもつれてしまう。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

 がっちりとした鍛えられた腕にふらついた体を支えられ何とか転倒せずに済んだ。そして筋肉質な整備者に近くにあるパイプ椅子に座らせられる。

「今度乗る時までにスクワットしておくんだ。そうすればこのようなことはなくなるぞ」

「あ、はい」

 そうして、筋肉質な整備者はストレイドの整備に取り掛かる。

 先程までの急な加速によるGの影響よりも、急に狂ったような数値をはじき出す推力による心理的な恐怖心の方が、章登の体をふらつかせていた。

「使用した感想はどうでしょうか?」

「……はっきし言ってどっちか1つにした方がいい。通常飛行は始祖鳥、瞬時的な加速なら紫電。どっちもすごいけど2種類同時に使うと速度が速すぎて制御できねぇ。開放的な空間だからどうにかなっているけど、閉鎖的な空間ならどこかにぶつけるだけだと思う」

 四十院が装備の感想を聞いて来たから返答したが、単にじゃじゃ馬と言うより詳しく使いづらさを述べる。

「そうですか。かなり癖の強い装備というのは分かっていましたが」

「使ったことあるのか?」

「ええ。自社で一度。私では始祖鳥の加速度だけで精一杯でしたから、その状態で紫電を使うことに怖々で使えませんでした」

 自身の体を戦闘機に取り付けて吹っ飛ばしているような所にさらにニトロをぶち込んで加速を得るようなものだ。よほどのスピード狂でもない限り願い下げだろう。章登自身も試験項目で知っていたからやるしかないと腹をくくっていたわけだ。

「整備が終わったら、また試験再開になるので一休みしてください」

「……そうさせてもらう」

 

 

 独立飛行機構『始祖鳥』と電気推進器『紫電』の試験項目を一通り済ませた後に章登は、心身ともに疲労していた。

 廊下を歩き自身の部屋に戻るのにも一苦労で、ふらつきながら歩いている。

「章登、大丈夫か?」

 後からふらついている章登に声を掛けてくるボーデヴィッヒ。

「ああ、疲れただけだ」

「これから食堂にでもと誘いに来たのだが、その様子では一刻も早く休みたいらしいな。だが栄養補助を怠るのは感心しないぞ」

「いや、食べる気力すらないんだが」

「カロリーメイトぐらいは食べておけ。私の部屋まで行けるか?」

 カロリーメイトぐらいならば大丈夫だろうとボーデヴィッヒの部屋に向かう。一刻も早く休みたいというのが本音だが確かに腹がへているのも事実。何か食べておかないと空腹で夜中目を覚まし、朝食までひもじい状態で過ごし続けなければならないだろう。

 ボーデヴィッヒの部屋に来た時、びっくとこちらを振り向いては毛布をかぶって顔を隠すアキラがこちらに声を掛けてくる。

「お、おひ、お久しぶり……」

「ああ、お久しぶり」

 ボーデヴィッヒが冷蔵庫からカロリーメイトの箱を取り出し、こちらに渡してくる。

「疲れているのならここで少し休んでいくといい。ベットがありているしな」

「ああ、そうさせてもらう」

 ボーデヴィッヒが使用しているベットに座り、布団の弾力に沈みながらカロリーメイトの封を切って口の中に入れていく。

「……し、四十院の装備の、て、テストしていたらしいけど、ど、どうして、しょ、承諾した?」

「まずは純粋に実力を認めてくれたって点とEOSの開発に貢献できるって点だな」

 拡張操作探究機《エクステンテッド・オペレーション・シーカー》、頭文字を取ってEOS。

 宇宙空間に出るのはまだ先の話になると思うが、医療介護や救助活動のパワーアシストに一部使われている。とはいえ稼働時間に難がありそれほど活躍できるというものでもなかった。それが、ドイツのシュバルツェア・レーゲンに使われている技術を流用することで目途が立ち、本格的な開発が始まっている。

「後、装備自体に興味もあったし、基本のラファールの操作にも慣れたから新しいことをしてみようとも思った」

「そ、そう……」

 こちらをじっと毛布の隙間から見ているアキラの顔は見えないが、多分こちらを利用してくるのではないかと不安がっているように思う。

「大丈夫だって。四十院も俺もアキラを利用しようとは考えていねぇよ」

「その通りだと思うぞ。個人の力を当てにしすぎるとそいつが欠けた時瓦解してしまうからな」

 ボーデヴィッヒなりのフォローが来るが、何かが絶対的におかしい。

「ま、まぁ、自分たちで開発しないと意味がないってことだろ?」

「流石は嫁。よく理解している」

 ボーデヴィッヒは未だに俺のことを嫁と言いそれが他の人に色々な印象を与えている。

「ふ、二人は……つ、付き合って、いるの?」

 毛布の中の顔は極度の緊張で強張り、赤くなっていた。だが、どうしてもアキラは気になってしまった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒと同居人になって、初めはかなり怖かった。なんだあの眼帯は、どうしてナイフを持っていると叫びたくなったほどだ。

 だが、何日かするうちに彼女は敵意や下心を持って接してきたことなどなかった。

 『今日は学校に行かないのか?』『ずっと部屋にこもっているが病気なのか?』と心配してきた。そして、ただ行きたくないと答えた。

 彼女は厳しい軍人キャラの印象があったため、叱りつけられると思っていた。何を甘いことを言っている。軟弱者。と言われると思った。

 だが予想しなかった答えが出て来た。

『そうか。私もそういった状況に居たことがある。私の時は教官がいたから立ち直れた。お前には章登や私がいる。私は力になれるか怪しいがな』

 実はラウラは最初からISで好成績を叩き出していたわけではない。ISが出来る前の兵器で出せた結果も、ISが復旧してからは何の意味もなくなった。

 ISに乗り換え、それまでの訓練の成果は芳しくなかった。それで部隊員からは嘲笑され、嫌悪され、出来損ないと言われた。

 あの時は軍など辞めたかった。だが、試験管ベビーである自分が軍から抜けて生きていけることなど思えなかった。結局軍に居続けるしかなかった。

 そんな経験があるからこそラウラ・ボーデヴィッヒはアキラに叱りつけることなどしなかった。

 それが、自分という存在を受け入れてくれたようで安心している。

 だが、2人が一緒に居ることになんだか不安が募ってしまう。

「違う」

 章登は即座に否定する。

「で、でも……よ、嫁って」

「ボーデヴィッヒは日本の間違った認識をしているだけなんだ」

「間違ってはいない。私は章登を気に入っているからな」

 なにやら複雑な関係らしい。

 

 

 

 篠ノ之箒は電話を掛ける。一度も使ったことのない電話番号。この相手がいつの間にか勝手に登録されており、使うものかと決めていたがどうしても必要と思い掛ける。

 相手は1コールもせずにすぐさま電話に出てこちらに姦しく声を掛けてくる。

『やぁやぁ妹よ! 束さんは箒ちゃんからの電話をいつも心待ちにしていたのにずっと使ってくれないんだもん。寂しくなっておねぇちゃん泣いちゃいそう。でもね、これは焦らしプレイなんじゃないかと思ってみるとすっごくドキドキが止まらなかったんだよ。今か今かと待っているのに何時になっても掛かってこない。これってかなり高度じゃないかな。だって相手にその気が無ければ一生相手のことを思い続けることになっちゃうんだから。それで今この時に掛けてきてくれて待ったかいがあるってもんだよ。あれだね。沢山待った分だけ喜びが大きいっていうの。これだのけ幸せ感を出してくれる箒ちゃんはかなりのテクニシャンじゃないかと思って』

 通信を切る。

 あまりのマシンガントークにこちらの耳がいかれそうだ。

 いきなりこちらが切ったためかあちらから電話が掛け直してくる。

『んもう、箒ちゃんはせっかちだなぁ。で何の用かな?』

「……姉さん。私の―――」

『うふふ。分かってるよ。欲しいんだよね? 君だけのIS。ちゃーんと用意してあるから今度届けに行くよ!』

 篠ノ之箒が自分の用件を伝えようとしたらこれだ。相手は会話を先取りにして何でも分かったように先へ先へと強引にでも進ませる。

 まるで好奇心旺盛な子供が誰の忠告も聞かず、どんどん先へ進んでいくような人物。

『ところでなんで箒ちゃんはISが欲しいのかな?』

「どうせ分かっているんでしょ」

『ああ、むかつくよねぇ。いっくんが邪魔だとか言ったあいつ。なんだっけ。まぁいいや。そんな奴コテンパンにできるくらい規格外の最高性能の最新機届けに行くから! 箒ちゃんだけがいっくんの力になれるよ! 他の奴の支援なんていらないくらいなんだから。もう悩まなくていいんだよ』

「私は別に―――!」

 篠ノ之箒が何かを言う前に電話は切れた。

 再度掛け直して訂正しようと思っても、繋がらなかった。

 力が欲しいと思ったのは事実だ。あの時一夏の力になれれば学園内での一夏の評価が落ちることもなかっただろうと思う。

 しかし、なぜ今外に居る姉の篠ノ之束がVTSの暴走の時のことを知っているのか。考えても無駄だろう。この学園の監視カメラをハッキングしてこちらを覗いていても不思議ではない。

 篠ノ之束が言ったように、崎森に怒りを覚えたのも事実だ。どれだけ間違っていようとも大切な相手を傷つけたのだから。理性では分かっているのだ崎森が正しいことをしたのは。だが、それで感情が消せるわけではない。

 だが別に勝ちたいわけでも、居なくなってほしいわけでもない。

 ただ、あの時自分に力があれば一夏を止めつつ協力して解決できたのではという後悔から力が欲しいだけだ。

 

 だから、力を振るいたいわけではないと自分に言い聞かせた。




独立飛行機構『始祖鳥』はジャスティスガンダムのファトゥム―00。
電気推進器『紫電』はエールストライクの稼働する大型スラスターで機能としてブレイズ・レイブンのアジャイル・スラスタをイメージしています。しかも各個に小型ジェネレーターを積んでいるという……(汗)
でジェネレーターってどうしよう。
アークリアクター。パラジュウムリアクター。核融合炉。
どれも非核三原則に触れそうだからなぁ……。
今のところ水素吸蔵合金を使用した水素燃料電池ぐらいを考えています。空気中の水素も取り込んで電気にしているとか……空気中に含まれる水素は0.000005%。電力足りてるだろうか?

で、もう1つの問題はネーミングです。
初めての試みである独立飛行機構だから初めての鳥の名前を取って始祖鳥。
飛ぶ名前が入っているからAI名を飛鳥
電気を使った推進器であるため電気から紫電(レトロな戦闘機でそういうのなかったけ?)
安直すぎませんかね。四十院が基本的にカタカナは使わないって設定なので、それに関連して和名が基本になってしまいました。

そして、篠ノ之ですが、原作とは違い自分からISを求めたということにします。
本当に誰かを助けたいから力を得たいのか、それとも力を振るうついでに助けるだけなのか。
どっちにしろ姉のコネに頼っている時点で駄目でしょうが、正直仕方ないでしょう。ISなんてそうそう与えられるものではないんですから。


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30話

 さぁ、この頃問題児転校生だったり、スパイの入学、退学騒動だったり、生徒の誘拐未遂事件に関わったり、ボーデヴィッヒとの邂逅だったり、四十院の新装備のテストをしていたりと何かと忙しい生活を送っていたわけだが、忘れてはいけないことがある。

 ここはIS操縦者、もしくはISに携わる人材育成の学園だ。

 簡単に言えば専門学校みたいなものだろう。だが、世間一般で見れば俺たちは高校生だ。

 当然のごとく一般教科だってある。

 つまりは……。

「今週からテスト期間が始まるが、放課後遊びほうけていると夏休みに泣くことになるから注意しておけ」

 そう期末テストがあることを織斑先生がホームルームで告げた。

 

 

「…………………………………………どうしよう」

 崎森章登は放課後の教室で絶望に暮れていた。

 最初に言っておくと崎森章登は別に途轍もなくバカだとか、成績が最下位だとかではない。むしろ中学の成績表ではバラつきはあるが平均点以上を取っていた。無論不得意な国語、得意な理科などはあるが。

 とは言えそれは普通の学生レベル。

 この各国のエリートをかき集めた生徒たちには足元にも及ばない。

 IS学園の期末テストはそんな中での競争になっている。

 今のままテストを受ければ間違いなく下位になるだろう。まぁ、赤点を防げればいいと思うかもしれないが、先生方はエリートを対象にしてテスト問題を作っているのだ。

 では問題。エリートなら解ける問題が普通の学生に解けるだろうか?

 答え。解けるわけありません。

 さらに言うなら中間テストがない分、試験範囲もかなりの範囲になってしまう。

 そんなわけで崎森章登は今現在進行形で頭を抱えている。

「さっきー何をそんなに嘆いているのー?」

 隣に座っていた布仏本音、あだ名がのほほんさんは見かねたように章登が頭を抱えるのを見て声を掛けてくる。

「俺は凡人だから夏休みが補習地獄直行期間になり変わりかねないって話だ」

「大丈夫だよー」

 そう微笑みかけてくるのほほんは陽気な声でこう告げる。

「私成績上位だからいくらでも教えてあげるよー」

 たれ目がいつも眠そうな印象を与え、声は飴細工のようにに甘ったるくのびて、制服は掌を覆うまでにだぼだぼと意図的に改造し着崩している。あだ名の通りのんびりした性格と思われるだろう。だが、外見に騙されてはいけない。

 このような人物でも生徒会の書記であり、そこは対暗部の構成員がいるという。立場的には何とも奇妙なところに居る人物だ。

 さらに特別的な措置を受けて入った俺とは違い、普通に入試試験を受けエリートとして入ってきたのだ。俺より成績が悪いということはないだろう。

 ならば確かにのほほんに勉強を教わっても問題はない。実際IS関連を教えてもらったのだから。

 部屋に入っても、寮の机は壁際に固定されており、教室の机も重く動かしたいとは思わない。なので隣に座れって教えられそうな所と言うと図書室の折り畳みテーブルの横幅が長い机の所にしようということになった。

「本音よ。待ってくれないか」

 図書室に向かおうとしていた俺たちを引き留める声。

「章登は私の嫁なのだ。夫が嫁のお力になるのは当然だ」

 未だ俺のことを嫁と認識しているボーデヴィッヒが勉強を教えたいらしい。

「ボーデヴィッヒさん。別に勉強を教える人を1人に絞る必要はないと思うんだけど」

「……なるほど。勉強会とは学生のイベントだったか? 癒子よ」

「……もうそれでいいかも」

 癒子なりの指摘が入るがボーデヴィッヒの独自解釈が入って、イベント的な何かだと思っている。実際に勉強会は学生のイベントに入るのか怪しいところなので癒子は可としたようだが、もう何か諦めているような感じがある。

 そんなわけで図書室に行く。

 

 

 かなり多くの本棚と折り畳み式のテーブルとは仕切りで分けられており、資料を探す側と勉強する側とグループ化されている。

 本棚は通常の高校と同じく小説や辞典の他に、工学科や技術開発、ロボット開発などの書籍がある。こうしてみるとIS専門学校というよりは工業高校と言った方が分かりやすいかもしれない。

 そして、折り畳み式のテーブルに付属した椅子に座って英語を中心としてボーデヴィッヒが俺や癒子、のほほんに教えてもらっている。

 軍人のボーデヴィッヒが英語を習わないはずがなく、発音も俺の様にカタゴトにはならず滑らかに発音する。

 代わりに外国人のボーデヴィッヒが、癒子に国語の古典や文法の成り立ちについてのなど教わっていた。

 章登の得意な理科、数学については3人ともやはり、IS学園の試験を受けて入学しているため、はっきし言って必要なく少し落ち込んだ。

 そして、少し古典の解釈が疑問に思ったボーデヴィッヒが資料を取りに本棚の方に行く。

「ゐたり、などなぜぬの出来損ないになっているのだ? いでいいではないか」

「確か発音の問題だったか? ウィーとイーの発音みたいに」

「んむ。少し調べてみるか」

 困惑顔で資料を取りに本棚の所に向かうボーデヴィッヒ。

 本棚の中には源氏物語、古今和歌集などがあり、それの原文と翻訳文が載っている本を開いてみる。

 独特な言い回し、なれりける、思うふとなど、日本語の漢字とはまた違った趣きがあると感じていた。

 そう思ったときこちらに近づいてくる生徒がいた。

 章登や癒子ではない。そちらに振り向き姿を見ると自分とは違うリボンの色。赤ということは3年の先輩がボーデヴィッヒに声を掛けてくる。

「こんにちは? ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんでいいよね? ちょっと時間良いかな?」

 ストレートのショートの髪形と大きい瞳が活発そうだが、背丈は成長期としては平均よりも低いように感じる。それに声は疑問に思っているのか語尾が高くなっている。

「なんだ? というよりもどうして私がここに居ると分かった?」

「ちょっと手伝ってもらいことがあって教室に行ったんだけどいなくてね? だからクラスの人に聞いてここに来たの?」

「そうか……。その手伝ってほしいこととはなんだ?」

「シュバルツェア・レーゲンの技術がIS学園に提供されたことは知ってる? それで元々あった予備パーツで今レーゲンを作成しているの? で、完成に目途がついたから今度は操縦者を探しているの?」

 前のVTSの暴走、積んだ責任にドイツが賠償としての技術提供をしたことはボーデヴィッヒも知っていた。

「それで乗っていた元代表候補生にデータを取って貰いたいと?」

「出来ないかな?」

「出来なくはないが、したいとは思わない」

 確かに自分の得意分野といえばISの操縦技術、及び戦闘センスなのだろう。だが、あの暴走事件の後、ここで学び力以外のものを見つけたいと思ったのだ。

「私が今したいのは学ぶことであって、そちらの方面ではない。折角だが断らせてもらう」

「そっか? じゃあ他の人を当たってみないといけないね?」

 少し残念な顔をした先輩が、図書室から立ち去っていく。

 多分、他の生徒なら喜んで今のテストパイロットの話を承諾しただろう。

 少し口惜しいとも思う。だが、古典の本を持って章登たちのいるところに戻っていくときに感じる物の方が大きい。

「今、桜城先輩がボーデヴィッヒの所に行ったけど何を話してたんだ?」

「シュバルツェア・レーゲンに乗ってくれないかという話だ。断ったがな」

「ええ! 勿体ないんじゃない? また代表候補生にだって戻れたかもしれないのに」

「今はそうなりたいとは思わん。こちらの方の問題を解決しなければならないからな」

 そう言いながら古典の本を机に置いて読み始める。

 今の私にISは必要ではない。ここに居る章登や癒子、本音の方と一緒に居たいと。

 

 

 

 それから一週間後のテストの結果だが、簡単に言おう崎森章登は赤点を防げた。

「ふー」

 各教科のテストを織斑先生と山田先生がホームルームに渡し終え、当然の結果と思っている生徒、点数が悪かったと嘆いている生徒、赤点は防げたと長い安堵の息を吐居ている生徒がいる。

 改めてテストの結果を見てみる。

 個人的にはこの学園ならそれなりに通用するのではと思うくらいには点数を取ったと思う。少なくとも中学のテストよりは点数はある。

「ところで今回の平均点だが1年1組は全教科で75点だ」

 おかしい。俺のテストは前の学校では60点ぐらいが平均であったはずだ。今返されてきたテストはいつもより点数が多いぐらいだ。

 これの意味するところは殆どの人たちが80点は取っているという計算にならないだろうか。

 そして、平均点を下げたのは俺だけではない。

「赤点を取ったものは夏休み覚悟しておけよ」

 それで体がぎこちなく動く男子生徒が1名。

 なにやら冷や汗も掻いているらしい。

 夏休み地獄補習期間いってらっしゃーい。




閑話というかなんというか取りあえず林間学校前のテストです。
よく考えるとIS学園の学生はエリートです。なら、普通の高校の平均点以上はないとおかしいでしょう。
無論平均点以下の人もいます。だけど最低で70点ぐらいでしょうね。
俺の時は平均点は60~70点ぐらいだったと思います。
まぁ、章登も国語は60と下切ってるでしょうけど……。

それでシュバルツェア・レーゲンの件ですが、まぁ組み立てて使うなら乗っていた人採用するのが普通ですよね?
ですけど、ラウラは断ります。自分には必要ないと、成長できてますかね?


まぁ、テスト自体なかったから仕方ないですけど織斑は赤点何個も取ってそうな気がします。最後のはいらなかっただろうか?


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31話

1ヶ月近く開いてしまいました。すいません



 崎森は来週に行われる臨海学校の準備に必要な物を、しおりを見ながらスポーツバックに詰めていく。

 着替え、筆記用具、タオル、後は新装備の試験項目を持っていけばいいだろう。

 それらを詰めて行く中で、足りないものが出て来た。Tシャツとダウンベスト、ジーンズに着替え、買い出しに街へと向かった。

 学園の外に出る手段の中の一つ。モノレールに乗って駅前商店街に向かった。

 『レゾナンス』と呼ばれている駅と地下街、これでもかとデーパートをぶち込んでいる。典型的なショッピングモールを最大まで際限なく大きくしたようなもので、基本的にここでなら大抵揃うということで利用する人間は多く、日曜のような休日では人混みが多い。

 人混みで混濁するのが嫌なので用事はさっさと済ませようと早足で歩いていく。

 そうしようと思いモノレールから降りた時、懐かしい顔が見えた。額縁が太い四角のメガネにキツネ目。体格がひょろりとしており気弱な性格が出ている。高校に入って髪形を意識しているのか、ツーブロックにして上の方はパーマでも掛けているらしくボリュームがある。

 相手の方もこちらに気づき声を掛けてくる。

「よお! 崎森じゃん。お久しぶりというか、こっちに来るなんて珍しいですな」

「あっちで忙しいんだよ。祐輔《ユウスケ》」

「女の子相手に?」

「色々と気を付けないといけねぇからな」

 中学時代の友人の霊屋祐輔。崎森と同じ趣味を持ち意気投合。今は工業高校に進学している。

「そうなると女子の花園も地獄に近いですな。下手に接触すると非難されかねないって」

「ホント。イケメンはそれなりに優遇されるからなぁ。そっちの高校は?」

「工業高校って泥臭いイメージが女子の中にあるのか、そんなに女子はいないわけですよ。それに同志《オタク》たちは、かなりいるからそちらほど苦労はないです」

「気楽そうでいいな」

「いやいや。今言ったじゃないか、女子が少ないって。僕だって彼女が欲しいわけですよ。おしとやか系でこう……膨らみがある女子を紹介してほしいです。はい」

 崎森は反応に困ってしまった。

 IS学園は基本的にISを操縦することメインである。女尊男卑の象徴であるそれを使うことに一生懸命な生徒たちが集まる。高倍率の入試に勝ち抜き、エリートとして入ってくるのだ。実力がある傲然たる人たちが集まりやすい。

 初期のオルコットなどいい例だろう。エリート意識。女尊男卑思想。そういったプライドの高い人たちが集まりやすい。それだけではないが、少なくともおしとやか系と言うと、気が弱く、守ってあげたくなるような人のことだ。

 何人か知っている。のほほんなど祐輔のド直球だろう。だが少数派だ。

「……あー。何人か声かけてみるけどいい返事が来るとは限らねぇぞ?」

「そこを何とかお願いします! これ僕のプロフィール!」

 携帯電話の赤外線通信で送られてきた霊屋祐輔の電話帳には、精一杯かっこいい顔にしようとしたのだろう。横向きにこちらを見てきている。どこかのファッション誌のモデルを参考にしているのかもしれない。

 だが、笑顔がぎこちないというか不釣合いというかなんというか。にっこり程度の微笑で済ませればいいのに、歯が見えるほど口の吊り上がり、目もこれ以上ないほどまでに引きつっている。

 これで第一印象がいいとは思えない。

「……本当にこれで誘うのか? 特に画像の所、少し変えないか?」

「い、今はこれで。作り笑いとか自然にやるのが苦手なんだ」

 彼らは自分たちで好きに語って、大笑いするのが常だった。唐突に完璧な作り笑いをしろと言われても出来ない。

 げらげら大笑いしている写真など、履歴書には張れない。だが履歴書でもない、個人のプロフィールならアイコンでも使えばいい。

「せめてアイコンにしないか?」

「いいんだよ! 最近じゃ信用ならないとかで顔つきの方がまだ(・・)疑われにくいと思うんだ」

 彼はそう言うが、崎森はむしろ近寄りがたくなるんじゃないかと思った。

「それで、祐輔はどうしてここに?」

 それを言うのはどうも気まずく、無理やりにでも会話を変えようとする。

「ああ、最近放送したアニメのプラモが出たからさ。見てないのか?」

「言っただろ忙しかったって。練習とか、勉強とかしないと他の人についていけねぇんだよ。あれだぜ? 必死に勉強して平均点以下が多いって、どれっだけ勉強してたらそうなるんだよ」

「まぁ、その人たちは中学時代から勉強してるからな。赤点取らなかっただけでもマシじゃないか?」

 成績は平均点が取れていれば十分と感じる崎森はそれでいいかもしれないと思った。だが、今は四十院からの依頼をしている。少しでも失態を見せたら、四十院が不利益を被る。もしくは、見限られるのではないかと不安と思う崎森。

「まぁ、勉強が駄目でネットとから叩かれても気にすんなよ。突然にそんな状況になったら誰だって戸惑うんだからさ」

「励ましの言葉ありがと」

 そう喋っていると駅の上にあるデパートにきたので、彼らの目的地は違うために分かれることにする。

「じゃ、女子の紹介よろしく」

 霊屋はそう言うが、このプロフィールで誘えるとはどうしても思えなかった。

 

「あれ?」

「どうかしたか?」

「今、章登が誰かといたような気がする」

 崎森と霊屋がモノレールの改札口から出て来るとき、ラウラ・ボーデヴィッヒと谷本癒子も水着を買いにショッピングモール『レゾナンス』に来ていた。

「誰と接触していたのだ?」

「んー。見てないから分からないけど中学の同級生じゃない? 霊屋とか安倍とか」

「うむむ」

「そんなに唸ってどうしたの?」

「章登を追うって水着を選んで貰うべきか、それで旧友との邪魔をしないか少し気がかりでな」

「でも、ここにいつまでも居るわけにはいかないと思うけど」

 今度の臨海学校で着る水着がないため買いに行こくという話を寮でしていたところ、ボーデヴィッヒが支給の水着で十分ということを言った。

 それに猛反発したのが話していた谷本。

 本人曰く、勿体ない。

 ボーデヴィッヒの年頃の女子ならおめかしするのは当然だといったのだ。それをドイツに居る元同僚のクラリッサ・ハルフォールに相談したところ谷本の言う通りと判明した。

 彼女曰く。

『ラウラ・ボーデヴィッヒはスクール水着で学校の水泳授業を受けているのでしょう? それでしたら変化を求めて他の水着の選択をするべきです。いつもとは違うあの子に崎森崎森の目もいくことでしょう。そして、いつもとは違うあの子はラウラ・ボーデヴィッヒだけではないのです! いつも通りの水着を着ていった場合崎森の関心はラウラ・ボーデヴィッヒにはいかなくなってしまいます!』

 と力説されてのことだった。

 なので、最近は自分に常識というものが備わっていないのを自覚したボーデヴィッヒは、自身に似合う水着を決めるために谷本に助言を貰うことにしてショッピングモール『レゾナンス』まで来た。

 途中、雑貨のブース展示の置物『木彫の熊』に釘付けになってしまった。

 ボーデヴィッヒの身長もある木彫の熊は、まるで体毛の1本1本が繊細に彫り込まれており、眼光はこちらを睨んで威嚇し大きく開けた口が今にも咆哮をあげそうで勇ましい。今にもこちらを襲ってきそうで本物の熊に見えてしまいそうだ。

 谷本は夜に見たら嫌だなと思う反面、展示品としては最高だと思った。

 このような緻密で迫力満点なものとして興味を惹かない者は居ないだろう。ただし、あまりの迫力から小さな子供が怖がらなければの話だが。

 ボーデヴィッヒは木彫の熊に怯えるような肝はなく、ドイツではそのような物を見なかったためもあり、興味を惹いている。

 何とかして買えないものだろうかと考えるが、『これは展示品であり買うことは出来ません』というプレートをボーデヴィッヒは恨めしく思っていた。

 そんなことがあってかボーデヴィッヒは崎森たちには気づかず、崎森たちも気づかずに行ってしまった。今から追って崎森に追いつけるか、そして水着を選んでもらえるか。

「確かにここにいつまでも居るわけにもいかんな。また会いに来てやるぞ熊五郎!」

 子供が気に入った人形に名前を付けるのと同じようなものだろう。製作者でもない通行人によって熊五郎と名付けられた木彫の熊は、安直なネーミングに抗議しているようにも見える。

「……五郎だと後4つくらいあるのかな……」

 迫力満点の熊が5体も並んだら壮観だろうが、それはそれで展示品のペースが無くなってしまうのではないかと懸念した谷本だった。

 

 

 

 霊屋と別れた後、崎森は水着売り場を案内板を見て探す。そして2階に表示されていたのでエスカレーターに乗って移動する。

 エスカレーターの出口付近にハワイでもイメージしたのか、派手なブース出展にはヤシの木や浜辺、後ビキニを着せたマネキンがあった。

 水着売り場は女性用と男性用に分けられて配置されており、比率は7対3で男性用は売り場の奥にある。今に始まったことではないが、女性は服装、流行に関心が強い。更に言うなら基本的な種類で男性用より女性用の方が多い。

 ビキニ、ワンピース、セパレート。それらの中にも紐の部分の結び目の種類が違い、スカート型やパンツタイプ、その辺を女性たちは気にしているらしい。男性? 基本的に下を隠せばいいため、面積がブーメラン型からサーフパンツ以外に面積は広がらない。

 むしろ、フリフリのレースや、女性のビキニのように紐で縛るのは反応に困ってしまう。売られたとしてもあまり買う男性はいない。

 そんなわけでフリフリのレース付きや、紐パンツのような物がある女性用水着売り場の中を突っ切っていく度胸を崎森は持っていないため迂回して横から入る。

 買うものは決まっていたため見つけるにも時間はかからず、灰色のサーフパンツを選び購入してさっさと帰えろうとした。

「そこのあなた」

 見知らぬ誰かから声を掛けられげんなりと気分を落とす崎森。

 女尊男卑。なぜかISは女性にしか動かせないという強みをどう勘違いしてそうなったか知らないが、今の社会では女性の方が地位が上だという認識が現在にある。

 確かにISが現れる前は女性の自衛官は狭き門とされて、軍隊の男女比は男性が多かった。

 だが、そこまで前の世界は男性が威張っていたとは崎森には思えなかった。

「………なんでしょうか?」

 崎森は嫌々に返事をする。

「そこの水着片付けておきなさい」

 見知らぬ女性が指を刺したところはワザと床に落としたのではないか、と思うほどに散乱している。

 崎森の本音はヤダである。しかし、そんなことを言っても相手は自分の傲慢さを気付かずに言い争いになってくるだろう。そんなので時間を潰すくらいなら素直に従った方が楽ではある。男なのに女性用水着に手を触っている変態と嘲笑を除けばだ。

 だが、幸いにハンガーには引っ掛けてあるらしく早く済ませそうではあった。

「……分かりま―――」

「他人にやらせるなよ。自分でやれよ。他人にやらせてばかりだと馬鹿になるぞ」

 しかめっ面で答えようとしたところ、第三者が見知らぬ女性に向かって非難を言う声が後から聞こえた。

 崎森はいきなりの介入者に驚き振り返える。

「よ。助太刀するぜ」

 助太刀どころか場を混乱させるだけであった。

「何あんた? 邪魔だからどっか言ってくれないかしら」

「あんたこそ人の邪魔をすることやるなよ。迷惑だろ」

 正論を言う織斑だが相手は自身の非を認めようとはしないだろう。見知らぬ他人に強制労働をさせようとする女王様気取りの人間なのだから。

「ふうん。そういうこと言うの。自分の立場理解していないようね」

 そう言って見知らぬ女性は警備員を呼ぼうとする。下手をしたら犯してもいない犯罪をでっちあげることで罪に問われてしまうのだが、崎森と織斑が事情聴取を受けている間に逃げてしまうだろう。

 痴漢なら2時間ほど調べられ解放されるだろうが、諸悪の根源がいないことからさらに時間も掛かってしまう。

「ちょっと待ってください。私の方からきつく言っておきますので、もうこのくらいでいいでしょう?」

 第三者の介入にまたも驚いてしまう。基本的に事なかれ主義で介入してきて来るとは崎守は思わなかった。そこには頭を下げている谷本がいた。

「あんたの男、趣味悪いわね。そっちの男も躾くらいしておきなさい」

 そんな勝ち誇るようにして立ち去っていく見知らぬ女性。水着は地に落としたままで整理しようとは思わなかったらしい。

 それを手に持ち服を掛けるボールハンガーに水着を掛けていく。

「崎森あんな奴の言うこと聞く必要ないだろ。それに抵抗しなくてはいはい言ってたら威厳とか失うぞ」

「悪いが威厳とかどうでもいいんだ。俺はさっさと終わらせて帰りたいんだよ。それよりも癒子が謝ってくれたことがありがたいね」

 不機嫌に織斑の言ったことにムキになることはない崎森。せっせと水着を片付けていると谷本も水着を片付け始めた。

「癒子も何やってるんだよ。あいつはここに居ないんだぜ。ほっとけよ」

「……あのね織斑君、厄介事を片付けるのに方法なんて沢山あるのに執着して、それだけ通すことは個人の自由だけど、他人に強要する方も同じくらい傲慢なの分かってる?」

 織斑は頭をかしげ不思議そうに顔をしかめた。

 

 

「何なのよあいつら」

 崎森に水着片付けるように言った女性は、カツカツと足音を鳴らしながら人通りの少ない通路を歩いていた。

 上から無能の上司に命令され内心に苛立ちをため込む日々。それを発散するために休日地位の低そうな男を見つけては、服従させることで感じる愉悦感を味わう。

 女尊男卑になって周りの男は女の視線を避けるようにして、オドオドしながら顔色を伺うのはかなりの満足感が得られた。

 それを楽しんで何が悪い。

 女の方が偉い社会なのにそれに抵抗した男のことも気に入らない。

 そんな心境から、オドオドする男はこういった人通りの少ないところを歩くという認識で歩き、見つけたらまた何か言いつけてやろうと思った。

「まったく、強い奴に媚びてればいいのよ」

「貴様は強くなどない」

 突然、そんな言葉を掛けられる。

 不意に掛けられた方に向けて抗議の言葉を発しようと思ったが出来なかった。 

 振り向いた先には首にあと数センチでも進めば、抵抗感もなく刺さりそうな鋭利な鉛色の物体。

 ナイフの先端が首元に向けられていた。

「ひっ」

 だが、悲鳴を発したのはナイフの脅威ではない。

 眼帯を付けており、赤く輝く1つの隻眼からジロリと睨まれる。

 体は小さく、中学生の子供に思う。なのにその眼から出る威圧感が心臓を握られているように萎縮した感覚を受け、顔から血が引いていく。

「次にあんなことをしたら、お前だけではなく身内にもナイフを突き刺して、自分の血が噴水のように流れる光景を見せてやる」

 まるで怒れる死神が宣言するように女性は思えた。

 ハッタリではない。ナイフを突き刺したくて堪らないように首元がチクチクとする。

「わ、わ、……かりました」

 なんとか声をつむぎだし、理解したことを伝えるとナイフを引いて懐にしまう。

 そして興味が無くなったのかどこかに歩いて行った。

 女性は命の危機を脱したことより、あの死神のナイフが突き刺さっていたらと身震いし、その場に崩れ落ちた。

 

 

「そういえばボーデヴィッヒさんはどこに?」

「ボーデヴィッヒも来たのか?」

 水着をすべて片付けた後、谷本がボーデヴィッヒを探し出す。

 その時、通路の方から近づいてくるボーデヴィッヒが姿を現す。

「もう、どこに行ってたの?」

「いや、そこで珍しい商品を見かけてしまってな、つい興味を惹いてしまった。心配させてしまったのならば謝る」

「別にいいけど水着を決めましょ? 章登もその……意見を言ってくれない?」

「ああ、その……章登も手伝ってくれないか? 私はどうもこういったことに疎くてな」

 彼女たちは水着を買いに来たらしく、すこしそのことを恥ずかしがっているのか声の調子がいつもと違う。

「だったら俺も手伝ってやるよ」

 そんなことを知らずに無粋に二人に言う織斑。

「織斑君はどっかいって」

「失せろ」

「な、なんだよ」

 二人の態度の変わりように戸惑う織斑はしり目に、腕を引っ張られ女性用の水着売り場に連れていかれる崎森。

「……いや、俺に意見を求められても困るんだが。と言うかそっちにはいきたくない! 行ってはならない気がする!」

 例えばの話。

 別に衣服を扱う店でブラジャーを売っているのはおかしくない。そこに入る女性もおかしくない。ただしそこに男性が入るのはいかがなものだろうか?

 男性が付けるものではない。プレゼントに送るにしても非常識と言わざるを得ない。

 ましてやそんなものをレジに行って買うとしたら定員から冷ややかな目か、白い目で見られるかの二択だ。

 別に違法と言うわけではない。ただし道徳的にイエローなど出すまでもなく、レッドカード立ち上げですごすごと退場コースである。

 そう、まるで「何をしでかすつもりだ?」と定員がこちらを注意して見ているような気がしてならない。

 そんなの崎森の誇大妄想であるのは明らかだ。だが、入いりたくない領域と崎森は頭の中で警告している。

「章登の意見が重要なの」

「そうだ。似合っているいないだけでいい。そう恥ずかしがることもない」

 だが悲しいくも、いくら鍛えているとはいえボーデヴィッヒは軍人経験の豊富な人物だ。対象を強制的に歩かせる術を学んでいる。具体的には引っ張っている方に動かないと腕が痛くなる捕縛法とか。

 そうして強制的に崎森は売り場に入る。そこで腕を離され解放されるがもはや逃げ場はない。水着を取る谷本は、ボーデヴィッヒの体に水着を合わせ着た時の格好を思い浮かべる。

「これとかいいんじゃない?」

「そ、そうだろうか?」

 谷本が持ったハンガーには黒のフリルが付いた胸部、薄い黒布で透き通ったスカート姿の水着だった。かわらしさとセクシーを混ぜて洗礼してると崎森は思った。

「あ、章登はどう思う?」

 そう言われ、崎森はそれを着たボーデヴィッヒの姿を想像する。恐らく肌と黒の布の対比が彼女の陶器の様に白い肌を目立たせ、普段は見れない鎖骨やへそ、肩、生足に映えると思った。

「かわいいと思うし、肌がきれいだから映えるからいいんじゃないか」

 それを見て照れくさいと頬を染めたボーデヴィッヒ。

 そのまま水着をレジに持っていきいつものようにハキハキとした声ではなく、今にも消えてしまいそうな声で「……これを」と呟く。

「……他にもあるのになぁ……」

 少し残念そうに言う谷本は他にも見繕う予定が外れてしまい、仕方なく自分の水着を選び始める。

「これかな、どう章登は思う?」

 谷本が取った水着はビキニにレースが入っており、紐で結んで局部を隠すタイプだった。しかし、水着は黄色で髪色が合わないと言うのが崎森の感想だ。個人的には色を変えたほうがいい、やめておいた方がいいと思い意見を言おうとしたとき横からまたしても介入してくる。

「いいんじゃないのか。似合ってるし」

「織斑君。せめて黙っててくれない?」

 水を差され暗い笑みを浮かべる谷本。不機嫌になった谷本は水着売り場の奥の方に向かっていく。

「なぁ章登。俺、癒子に何かしたか?」

「……なんでお前が谷本癒子を苗字ではなく、名前で呼んでいるんだ?」

「章登だって名前で呼んでいるじゃないか」

「そこまで親しかったか?」

「え? 友達の友達は友達だろ。変な奴だな」

 崎森は友達の友達は他人と思う人物であり、ましてや嫌悪感がある人物に馴れ馴れしく名前て呼ばれても不機嫌になるだけである。

 こいつ早くどっかいってくれないかなぁ。と崎森が思ったとき、なんでここに居るのか疑問に思い促す。

「お前だって用事があるだろ。そっち済ませてきたらどうだ」

「いや、それほど時間掛かるものでもないし、休日はみんなで一緒に過ごす方が楽しいだろ」

 嫌な奴と強制的にいっしょに居て会話をするなんて一種の精神攻撃に近い。織斑が楽しくてもボーデヴィッヒはすぐに不機嫌になる。比較的我慢が出来る崎森、谷本でも時間が経てば殺意を出す沸騰した薬缶みたいな物になってしまう。

 何とかして離れられないかと崎森が思った。

「そんなに水着を選びたいのなら私のを選べ」

 そんな時後ろから声を掛けられる。

 振り返ると織斑先生と山田先生が居た。今日、学園の外で何人の知り合いと鉢合せして狭さを感じさせる。

「崎森は谷本の方に言ったらどうだ?」

「……ありがとうございます」

 その場を離れる口実を作ってくれた織斑先生の救いの手を借り、崎森も水着売り場の奥の方へと向かう。

 ところでだ。

 女性用水着を売っている場所に男子高校生が立ち入りするのはおかしいと思うのと、ここで馬鹿に付き合わされ頭が痛くなるのと、どちらを選ぶか。

 少なくとも精神攻撃を受けるよりはマシだと谷本の方へ向かう崎森であった。

 

 谷本は2つの水着を手に取って鏡の前に立ち、体に合わせ見比べている。

 右に持っているのは緑や赤、青、黄色でカラフルな色彩を放つホルターネックで、南国の雰囲気が伝わってきそうな水着。一方は布色は白で縁が青のチューブトップで結び目が無くパンツ型でエネルギッシュな水着。

 そして、鏡に映ったのか振り向きもせずに崎森の方に意見を聞く谷本。

「どっちが似合っていると思う?」

「個人的には左」

「……他には?」

「え? ああ、似合ってると思う」

 一瞬何を聞かれたのか分からず、間が空いて返答してしまう。その謝辞は谷本にとっては喜ぶことではなく落胆してしまった。

「とって付けたように言わないでよ……。はぁ、……やっぱり素材が違うのかな」

 気持ちがへこんでしまい、ため息とともにお下げの髪も力なく項垂れているように見える。ボーデヴィッヒの時は即座に「かわいい」「きれい」と言っただけに自分には魅力が無いのではと思った谷本であった。

「いや、悪かった。さっきのカラフル水着は目立つだけで着ている本人のことを意識していねぇ。癒子は派手好きじゃないだろうから合わねぇと思う。対して白の方が落ち着きがありつつ活気があるからそっちを進めただけだって!」

「……そんなに熱弁するほどこっちを着てほしいの?」

 必死に弁解していたら疑惑の目を向けられてしまった崎森。どうすればいいと思考する中、谷本の頬が赤くなったのを見落としてしまった。

 

 

 

臨海学校の目的地である海岸に向かうバスの中、1年1組の生徒は到着するまでに隣の席と談笑したり、ゲームをしたりと和気あいあいと楽しんでいる。

 しかし、崎森崎森の隣に座っているのほほんはあまり楽しそうではない。

「ふぁ~」とため息としていたり、「ん~」と考え込んでいたりと珍しい。基本的にのんびりとした性格の彼女が陰気なことをするのは珍しい。もっとも、その陰気もぼんやりしている。

「どうかしたのか?」

「んーん~。なんて言うかねー。風邪でもないのに学校行事に参加しない理由ってー、そこまで大事なのかなぁって思ったの~」

「んー。まぁ行きたくない気持ちがあるという点では俺もそうだけどな。今時海ではしゃぐ年でもねぇし」

 目的地でのスケジュールは、1日目、自由行動。2日目、IS装備のテスト。3日目、アリーナ以外での海上飛行。

 それで、行動範囲を海近くに限定されている1日目の自由行動など、海で遊ぶくらいしかない。

 IS学園は海に囲まれた人口島だ。そこに居る学生なら、もう海の景色など見慣れているのになぜ海なのか。個人的には林間学校にして欲しいと思う男子生徒。

「女子の水着? ISスーツで見慣れておりますが何か?」

「それはあんまりだと思うよー。私たちの中には気合を入れて水着を選んだ人だっているんだから~」

「俺と織斑ぐらいしか男子はいないわけなんだが。というかね。女子がもう過剰気味な中に男子がぽつんと居残らせられるわけだぞ? 周りは水着で目のやり場に直接的に見ても気まずい中に半日いろというのがね? そんな中で気合い入れられても困るわけですよ。健全な男子としては」

「さっきー。もしかしてかなり期待している?」

「バカな。強く否定することが誤魔化しているなんて迷信だ。ただ水着姿だといつもより意識が言ってしまいそうで、やましい目で見られているなんて噂が経ったら嫌だというだけの話だ」

「語るに落ちたねー、さっきー。私は何も誤魔化しているとも、意識しているとも言ってなんて聞いていない~」

 のほほんの指摘で心臓が一瞬だけ止まる。

 崎森崎森は本心では彼女たちの水着姿に期待しているのだろうか?

 そして周りは水着姿の女子ばかりに期待している?

「いやいや。俺は流石にそこまでいかがわしくねぇよ」

 単純にISスーツのバリエーションを着ているだけなんだろう、と納得させようとしている時点でなぜそのような抗弁が出てきてしまうのかと崎森は愕然とした。

「さっきー。人間も所詮動物なんだよー」

 のほほんの指摘は頭では分かっていたが、少年の気恥ずかしさか必死にそれを否定していた。さて、思春期真っ盛り男子崎森章登の本能と理性、どちらが勝つか!?




めっさグダグダになりました。ごめんなさいこの話勢いで書いたに等しいので完成度は高くないと思います。

次は水着回かー。

織斑はもう、ウザキャラに変貌してしまいましたね……。原作一夏ごめん。でも、一応の理由はあるのよ。たぶん3巻のラストか束さんが出てきてすぐ発表になると思う。

ラウラが暴走しちゃった、章登にも同じことしていて成長しているのかな……それとも人間早々変わらないということなのか。

取りあえず遅れて更新した話がグダグダとなってしまい、すいません。


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32話

 バスが旅館の駐車場に到着し、生徒が自分の荷物を持って降りていく。

 日差しは照りついてアスファルトに陽炎が出るまでに熱く、海に近いため潮風の匂いが鼻を突いてくる。

「ではみなさん、バスの中に忘れ物は無いですね? それでは私に付いてきてください」

 山田先生の誘導に従い旅館の玄関に向かう。

 昔ながらの瓦と木造で出来た旅館。花月荘と書かれた木製の看板があり、日本の和製の風味を出している。手入れを毎日しているのか老朽化は感じられない。

 列を作って入口まで来た生徒たちは、従業員の出迎えを迎える。

「ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。ご迷惑になると思いますがよろしくお願い致します」

「「「よろしくお願いします」」」

 織斑先生の後に全員で挨拶をする。仲居の並んでいる列より少し前に出ている和服の女将と思われる女性が、透き通った声で「ようこそいらっしゃいました」と返事をする。

「それではみなさん、お部屋の方にどうぞ」

 と女将に促され旅館に入っていく生徒たち。

「あら?」

 何か気付いたように崎森を見る女将。

「あなたが噂の……?」

「ええと、今年入学した男子なら自分と織斑の二人になります。ご迷惑になるかもしれませんがよろしくお願いします」

「いえいえ、ご寛ぎください。ではお部屋に案内させていただきます」

 そう言って出迎えは終わったのか、班ごとに分かれた生徒たちはそれぞれの仲居に案内された部屋へと向かっていく。

 学校で渡されたしおりには崎森と織斑は個室ということになっていた。なので女将に案内されて崎森は廊下を歩いて部屋まで行く。

 旅館の中は目を楽しませる為か中庭があり、池や岩、松などが置かれており清涼感を与える。内装も凝っているのか和紙で作られた照明や、障子の中にも稲穂の模様や雲形の模様が書いてあったりと凝っている。

 そんな職人芸の賜物の中を歩いていく中、教員室の隣を通って着いた部屋は大人数で泊まる部屋ではなく、少人数で止まる部屋で泊まる部屋らしい。IS学園には男子は2人しかいないため少人数の部屋を当てるのは当然として、二人は別々の部屋になった。

 理由としては一人専用の部屋であったため。別に2人用の部屋はあるにはあるのだが先生方が使用することになる。正直な話、崎森は織斑と一緒はやめてくれと懇願しに行くほどであったから、山田先生と織斑先生の部屋を交換してもらったのが真実だが。 

「それでは何か分からないことがあったら仲居にお申しください」

「ありがとうございます」

 そう言って女将は通常の業務へと戻っていった。

 部屋の内装は畳と障子、後は和紙の照明ぐらいしかなかったが人ひとり寝る分には問題ない大きさであった。

 そこに荷物を置いた後、扉からノックされる。

 誰だろうと扉を開けると、織斑先生がいた。

「崎森、本当にこっちの方がよかったか? 今からなら部屋の変更も間に合うぞ」

「いえ、むしろ3日間一緒にいる方が精神が削れそうで嫌です。部屋を交換してくれたこと感謝しています」

「……そうか、不甲斐ない弟で済まない」

 かなり目を落としていつもでは考えられないような気落ちをしている織斑先生。

「別に織斑先生が……悪い……わけ……じゃ……」

「なんだその歯切れの悪さは」

「いえ、まさか家でもことあるごとに頭殴ってたんじゃないですよね?」

「………………いや?」

 かなりの間が空いた返事だった。

 たっぷりと考えて思い出した時間だと信じたい崎森であった。

 

 

 

 海辺では水着を着た様々な女子高生が戯れている。

 砂浜では一人パラソルの日陰で寝そべっている男子高校生、崎森章登がいた。

 確かに周りは女子だけで水着という局部を隠しているだけに等しい。そんな男の願望が具現化された、ハーレム的南国パラダイスに行きついた身としては喜ぶところなのだろう。

 だが、だが少し考えてほしい。

 水着を着た女子率9割以上の中、ぽつんと放り出される男子の姿を。

 さぁ、何をしろというのか。

 女子の水着の観察? 明日から崎森のあだ名はスケベ野郎で決定になってしまう。

 女子に交じって遊ぶ? なぜ明日から装備の試験で疲れることをしなければならないのか。そして彼女たちの姦しさに付いていけそうにない。

 というよりも彼女たちの水着は大抵がビキニである。学国の留学生も交じっているとはいえ高い。しかも大和撫子系の四十院がビキニ姿でクラスメイトと戯れている。

 奥ゆかしい日本産大和撫子は絶滅したらしい。

 そんな中に突っ込む? 必然的に視線は胸元に行ってしまう。男のサガはそのようなものだ。そんな分かり切った結果を示すために四方八方女子で囲まれた所に突っ込むのはいささか尻込みしていた。

 なので、海で泳ぐこともせずこうして日陰で寝転がっていた。

 そもそも考えてみればなぜこんな所に居るのだろうと、哲学的な思考をするまでに至るほど参っていた。

 ガン見にで女子高生水着を脳内のフォルダーに保存することもなく、水着イベントそっちのけで寝ることにしようと決めた。

 なのに、ドバッ! といきなり海岸の砂を頭にかけられ慌てふためく崎森。

「ばばぶ、なんだ!?」

 いきなりの謎の強襲によって強制的現実(客観的にパラダイス、個人的に退屈な場)に戻される崎森。

「折角海に来たのになんで寝ているのよ」

 崎森に砂をかけた張本人の凰鈴音が立っていた。オレンジの模様があるタンキニタイプの水着を着ており、健康的な肌を恥ずかしがることもなく見せつける。

「何で砂なんてかけたし」

「あんたねぇ。少しは遊ぶって気持ちないの? なんなら砂風呂でも作って上げよっか?」

 そう言った凰は砂遊びでもするらしくスコップと、砂が入ったバケツを手に持っていた。

「もう高校生なのに海でどう遊べと? なんだスイカ割りでもすればいいのか? ってか織斑の方に行けよ」

「あいつはあそこ」

 そう指を指された先には浮き輪に乗ってぷかぷかと浮かんでいる織斑の姿があった。

「あそこまで泳ぐの私は嫌よ」

「……だからってなんで俺に砂をかける」

「物凄く気にくわないから」

「なに!? 俺お前になんかした!?」

 途轍もなく理不尽な答えに章登は叫びだす。

「こんな情欲的な場所で遊べっていうのがもう不可能なんだよ! なに!? ここは大人向けDVDのロケ地か!? 俺はそんな中で遊べるほど図太い精神なんて持ち合わせていねぇ!」

「へぇ。ってことは私にも好色してるのよね?」

「いや全然」

 そんなことを言ってしまったが最後。砂遊びで使うために水を含んで固くした砂が入ったバケツを頭にぶつけられた。

 

 頭、顔にかかった砂を落とすために海に入る崎森。だがそこは死地であった。

「あ、……崎森君! ……私の水着どう思う?」

 雪原が水着の感想を聞いてくる。彼女は薄いピンクのホルタービキニを着ており、身体の一部が寄せ集められ盛り上がるようにして谷間が出来ている。

 思わずごくりと息を飲んでしまう。普段の彼女は引っ込み思案なはずなのに、身体は前へ前へとかなりの自己主張をしている。それなのにもじもじと動く彼女のせいで、本来動くはずがない物が、窮屈そうにしている風に見えてしまう。

「あ、ああ。似合っている」

「崎森さんは基本的な性癖をしているようでよかったです」

 突如、後ろから声を掛けられ振り向くと四十院が居た。いや、四十院だけではなく崎森と係わりがある女子、1年1組の大半の生徒がこちらを見ている。

 さながらチームを組んで獲物を狩るライオンの雌の狩場のように。

「み、皆様いかがしたでしょうか?」

「嫌です。そんな他人行儀なこと。私たちは別に取って食う気はありません。ただ学友と一緒に遊びたいだけです」

 四十院は黒一色のビキニを着ており、大人のいけない色気と長い清潔な黒髪の包み深さが混ざっている。先ほどまで水で遊んでいたから滴る水滴が、新鮮な果実のように誘惑してくる。おいしそうと誰もが思うことだろう。

 だからこそ崎森はどうしようもなかった。

 その果実を食べたいという本能。駄目だと堪える理性。その二つが争いを脳内で繰り広げている。

 ましてや、果実が2個どころか、10、20とあるのだ。果実だけではない。すらりとして触れると気持ちよさそうな陶器、鮮やかな赤味の刺身、たっぷりと実りがありそうなモモ肉。

 そんなのを健全な男子に見せてお腹が空かない男子などいない。

 欲望という名の獣と戦のに必死な崎森であった。

 そして、仮に欲望に負けてしまったら明日からどのような顔で向き合えというのだろう。崎森に襲い掛かってくる本能をその過程の未来という鎖で押さえつける。

「あー。いや、少し気分が悪くて……」

「確かに今にも火を噴きそうなほど顔が赤いです。しかし、視線がさっきから顔より低いところにあるのは何故なのでしょう?」

 確信犯であった四十院や他のクラスメイトはニヤニヤしながらこちらに近寄ってくる。

「そんなに体の調子が悪いなら私たちが看病して上げよっか」

 相川が俺を支えるようにして腕を組んでくる。そして密着する腕には柔らかく暖かい毛布のような物で包まれてしまい、勝手に手がもっと触れたいと手の平を返して触れようとする。

 沈まれ! 俺の右腕!

 圧倒的な欲望に耐え続ける崎森。

「い、や、大丈夫、だ……。あ、あっちで横になっているから、み、んなはそのまま楽しんでいてくれ」

 まるで壊れたラジカセのようにぎこちなく再生される声。

 こんな欲情、痴情のたまり場を一刻も早く逃げたい一心であるが、そんな獲物をみすみす逃す狩人はいない。

「しかし、歩くのも、視線もこちらを向いているばかりです。やはり私たちが付き添った方がよろしいでしょ?」

「あ、あれ?」

 まったく視線が動かせない崎森。金縛りにあったかのように視線は一点から動かせない。そう直接彼女たちを見ているわけではない。ただ視界に移りそうなところでチラチラと目を動かして間隔的に彼女たちを見ている。

 崎森は別に凝視しているわけではないと必死に誤魔化しているが、そのようなこと当事者だけで彼女たちにはすべて理解していた。

「うふふ。かわいいですよ」

「男にかわいいて言われても困るわ! という確信犯だな!」

「うん! でも、満更でもないでしょ?」

「…………」

 何も反論が出来ない崎森。健全な思春期真っ盛り男子にこの状況は汗顔無地である。

 卑怯すぎる。なぜこうもルックスが高い女性ばかりなのだIS学園。

 いろいろと持たない。

 そんな状態だったからか、のぼせてしまう崎森であった。

 

 

 パラソルの日陰で最初のように復活する崎森。

 日射病を起こしたと勘違いされ運ばれたらしく頭には冷やしタオルが置かれていた。気を失う前の女の魔窟を思い出し、頭を抱えた。

(いつだ? いつフラグを立てたんだ!? 俺は!?)

 クラスメイトからあんなにもアプローチを喰らったことなどない。理由もない。少なくとも崎森には分からない。

 なので彼女たちがただ恥ずかしがる崎森を可愛がっていただけに気づいていない。

「よし、もう考えても仕方のないことだと諦めよう」

 シャイボーイは思考を放棄して、問題を先延ばしにする。恋愛などしたことのない少年にとっていきなりの急展開などどう対処すればいいなどと言った知識はない。精々ドラマや漫画の出来事である。ましてや、ハーレム状態からしておかしいく自分に理解が出来ないのは当然とした。

 そして、崎森はまた寝そべって時間を潰そうとしたが、隣に立っていた包帯ではなくバスタオルでぐるぐる巻き拘束でもされたミイラを見てしまった。

「…………」

「…………」

 見つめ合うバスタオルミイラと崎森。

 本当に日射病で幻覚が見えて来たのではないかと心配になった崎森は、一度瞼を閉じてもう一度見てみる。

 結果は変わらずそこにはバスタオルミイラが居た。

「……ど、どうだ?」

 突然声を発するバスタオルミイラの声音は聞いたことのある声である。

「え、ボーデヴィッヒか?」

「ああ」

 なぜミイラになっているのかいまいちよく分からない。きっとどこかの隊員が日焼け防止の方法を教えたのだろうか。そこまで間違った知識を吹き込んでいるとなると、その部隊を解体するべきだと思う。

「……それでどうだ?」

「……自虐ネタ?」

「そうではなく! ああ、分かってくれ!」

「……いや、何を?」

 本当に意味が分からない。ボーデヴィッヒは多少変わっているのは認める。生まれや育ちが特殊だったのも認める。どこかしらズレタ行動をする人物である。だが、このような奇行を振舞うほど独特的センスを発揮などしてこなかったはずだ。

「くっ。まだ夫婦の絆は浅いということか!」

 そう。こう言った結婚や婚約といったことをしていないのに、崎森のことを配偶者として認識していることとかで少し変わった少女である。

「ええい。章登の分からず屋め! 脱げばいいのだろう! 脱げば!」

 そう逆切れ気味に叫んだあと、遂にバスタオルの拘束を解くようにしてボーデヴィッヒが姿を現す。

 

 天使が舞い降りた。

 

 そう、表現することしか崎森には出来なかった。翼のない天使がこの地に舞い降りたと錯覚してしまうくらい神秘的な場面であった。

 拘束していたバスタオルは落ちる羽根。その羽根が落ちた中心にいるのはその持ち主の天使。

 肌は輝くばかりに白く、銀の腰まで伸ばした髪は新しく生えて来た小鳥の羽毛のように美しい。羞恥に染まった頬が雪原のような白を赤く染めていく。

 その身に纏っている黒のフリフリが付いた水着は輝かしい肌をより一層輝かせて、大人のような色気が無いのに息を飲むほど美しい。

「綺麗だ」

「ふぁ!?」

 思わず言葉を発してしまうほどに見惚れてしまった。そんな放心状態の崎森を他所に、ボーデヴィッヒはその場に恥ずかしくて居ておれず脱兎のように逃げ出した。

 

「……結局何だったんだ?」

 放心状態から立ち直った崎森は、どうしたものかと困ってしまった。

「あ、さっきー。大丈夫~?」

 そんなところに布仏から声を掛けられ振り返る。

 さっきのボーデヴィッヒのバスタオルミイラより奇妙なぬいぐるみが居た。

 黄色の鼠をイメージでもしているのか、ぶかぶかなパジャマの素材で出来たかのようなあやふやなぬいぐるみの胴体部分を着ている布仏。

 水着などというものではない。

 というよりも崎森が見たことがある布仏のパジャマ姿であった。

「これはない」

 布仏は女性特有の膨らみがあるのだ。

 それを見れない。

 崎森は見たいわけではないのに、なぜか布仏の水着姿に脱力した。

 

 

 巨大な露天風呂を独り占めにし(織斑は食事後に風呂に入るらしくいっしょにはならなかった)豪華な食事を食べ、部屋に戻ってふかふかの布団に入る。

 このような生活を崎森は一度たりとも経験したことが無く、まさしく至高のひと時であった。

 明日に備えて早く寝てしまおうと消灯する。

 一瞬にして暗くなった部屋のように崎森も眠りにつく。

 寝顔は健やかにあどけなかった。




この後に待っている困難も知らずに。

と、嫌な予告をしておきます。

さてどうなるであろうか次回。


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33話

今回は速いです。それだけ凝った内容ではないのですが。
もして、かなり、うん、まぁ、感想をお待ちしております。


 障子をノックするというのも、何か違うので声を掛けることにする。

「織斑、少しいいか?」

「千冬姉? どうかした?」

「話があるだけだ」

「いいけど」

 そう了承を得て部屋に入る。崎森が1人別々の部屋にしてくれといったとき、いい機会だと思い崎森の要求を受諾した。家に帰るまでは少し時間がかかってしまう。寮だと他にも生徒が大勢おり、2人きりで話すことは余りできないと判断した。

 ここは生徒の寝泊まりする部屋の区画と離れているため、騒ぎたい中わざわざ教員室に来ることもない。

「えっと。話って?」

「お前はISで何がしたいんだ?」

 ISは兵器だ。いや、正確には兵器ではなくある現象(・・・・)を再現するためのISコアだ。

 とは言え現代では旧兵器を上回る力として象徴されている。ものような物を認識して、行動しているのか。危機管理をしているのか問題だ。

「そりゃ、守るために使うさ」

「何を守る。誰を守る」

「千冬姉?」

「一夏。お前の言うことは中身が無い。守るために? 違うぞ、守るだけならISを使う必要はない。消防士なり、警察なりいるが、それらの人はISなんてものには頼らない」

「ISに頼ってなんか―――」

「では、IS、白式をさっさと渡せ」

 反論しようとした織斑に対して言う。そう、別にデーターを取るだけなら専用機を持つ必要はない。一度基礎から直した方がいい。あいつからの介入が無ければ崎森と同じく訓練機が一機支給されていたのはまず間違いないだろうが、初心者が白式を使うのは無理がある。

「お前は初心者だ。自分に合わない機体を使うより、基礎から学び直した方がいい。下手な癖がつくより前にな」

「けど、やっと白式だって慣れて来たところなんだ! それに千冬姉だって最初から暮桜だけじゃなかったか」

「私の弟だから、私と同じ道を歩む必要はない」

 どうも一夏はボーデヴィッヒのように私に憧れている節がある。だが、そこまでのゴールの道のりを一緒にする必要はない。

「私を……力を得るための目標にするのは良い。だが参考にはするな。お前は私とは違う。家族だからといって真似をする必要性などない」

「真似なんてしてない」

「では何を、誰を守るためにISという力を振るう。私は金を得るためという理由であの暮桜に乗っていたに過ぎない」

 そう、たかが20歳以下の女性が金を稼ぐ手段などほんの一握りしかない。だが、ISという兵器を無理やり世間に知らしめることで、急進的に社会に定着させた。

「私はその話に乗って、いつの間にか世界最強になっただけに過ぎない」

「だけど、俺を助けに来てくれたじゃないか!」

「ISがあってもなくても、時間はかかるかもしれないが助けに向かうだけだ。ISで強行突入など方法の1つにすぎん。一夏。お前がそれをする理由はどこにある?」

「だけど、選択肢を狭める理由にはならないだろ」

 確かにISを持っていない理由にもならない。

 一夏は強大な力を持つことで簡単な解決方でしようとするのかもしれない。

 それ自体は悪いことではない。だが、不安が付きまとう。今ここで強制的に没収するのは容易いが、越権行為になってしまう。

「分かった。だが、力を持っているということをよく考えておいてくれ」

「ああ」

 そう言って外に出る。

 力をどう使うか。

 それによる影響を考えられるか。

「……弟の制止をしなければならないとは、今まで向き合ってこなかった付けだろうな」

 

 

 合宿2日目。

 その日からISの装備の試験と、データの収集、気象による変化、計測など夜までぶっ続けでやり通す。

 崎森は独立飛行機構『始祖鳥』、電気推進器『紫電』の試験項目を確認し砂浜に他の生徒と同じく集合する。周りを岩場で囲まれ隠れスポットのような雰囲気を作り出していた。

 そして、先頭に居る織斑先生はなぜか日本刀に見える装備を持っていた。IS装備を生身でも持てるぐらいに軽量化にと、開発部がお遊びで作ったと言われる軽量IS物理サーベル。通称『針金』。先生方も装備の試験に参加するのであろうかと疑問に思う。

「さて、合宿の二日目だがその前に注意することがある。ISのコアネットワークについてだ。本来情報共有し各ISに情報を提供し自己進化するこのシステムだが、新装備については機密情報のためブロックする。その確認が済んでから専用機持ちは各自テストを行うように」

 技術のノウハウやプログラムを盗まれないための措置であろう。普段の模擬戦の映像を見られたところで精々性能の予測が出来るぐらいだ。

 そう言った企業や国家の機密情報を守るための措置なのだが、そのようなこと今更言われずとも全員が理解しているはずである。

 少々不思議に思った生徒もいたらしく疑問符を浮かべる生徒もいた。

「さて、各班ごとに振り分けられた装備のテストをしてくれ」

 そう織斑先生が催促すると、生徒たちは自身の作業に入り始める。直前、どこからか叫ぶような声が聞こえて来た。

「ちーーーーーー」

 どういうわけか織斑先生はみるみる間に俯いていく。

 そして連動するように篠ノ之も顔をしかめていく。

「ちーーーーーーちゃ~~~~~~ん!!」

 物凄い砂塵を上げながら突っ込んでくる女性。ウサギ耳のカチューシャを身に付け、青と白のドレスとワンピースを混ぜたかのような衣装。奇妙の集大成のような格好をしていた。まるで不思議の国のアリスと時計を持ったウサギを混ぜ合わせたかような奇妙な人物。

 そして、その奇妙な人物は織斑先生に突っ込んでいく。

 そして、強力な握力によるアイアンクローで拘束させられる。

「……何をしに来た。束」

「それは勿論ちーたんに会いに来たんだよ! 何年ぶりになるかな5年? 10年? いやいや、天才である私はよく覚えているよ。10年と2か月8時間27分51秒ぶり! ああ、電話もあまりしてこなかったから、束さん寂しくて寂しくて。ウサギだけに。ああ、このウサミミはちーちゃん行動予測探知機でもあるから単なるコスプレじゃなぐぶべぇ」

 みしみしと握力を上げていったのか遂に喋れなくなる女性。

「山田先生。少しお願いします。この不審人物を外に連れ出すので」

「ああ、ひどぉい。ちーちゃん。ISに付いてよく知っている私を放り出すなんて」

「貴様は学園関係者ではない」

「ぶーぶー。なんでこんなに冷たくなっちゃったの~。いいもん。勝手に終わらせて勝手に帰るから」

 駄々をこねる女性は織斑先生の拘束から抜け出し、篠ノ之の元へと向かう。

「やぁはろろー。箒ちゃん」

「……どうも」

「いや、おきっくなったねぇ。特におっぱいの部分がっ!」

 その言葉と同時にセクハラ発現をした女性の頭からゴギッンと刀の鞘で叩かれ、同じ女性の手によって粛清される。今時は女性同士だからと何が何でも許される時代ではないのだ。

「殴ります」

「殴ってから言わないでよもう! ちゃんと言われた通りに持ってきてあげたのに酷いよぉ」

 頭を押さえながら涙目になる女性をしり目に生徒たちは唖然としている。どこから突っ込めばいいのか、この女性は何なのかといった疑問符を殆どの生徒が浮かべる。そんな疑問を他所に奇行な女性は続ける。

「これ以上ここに居るなら、いい加減自己紹介しろ。さもなくば出ていけ」

 そんな行動に呆れたのか織斑先生が最終忠告を言う。

「めんどくさいなぁ。はいはい、天才の篠ノ之束でーぇす」

 そんなやる気のない自己紹介をする篠ノ之博士。

「まぁ、こんなことはどうでもいいからちーちゃん。空にご注目!」

 先程の自己紹介とは打って変わって、特定の誰かに向かって空に指を指し、直後何かが振り下りる。

 着陸、というより墜落か、着弾。

 砂を巻き上げ着弾したのは金属の箱。それが次の瞬間には量子化し中から赤のISが現れる。

 腕はガントレットのように綴り、各スラスターは刃の羽が生えたかのようなデザインで攻撃的であった。膝や爪先なども鋭角的であり獰猛性を出し続けるような、獣の牙のような印象がある。そして、両腰に帯刀している刀を見るにどう見ても接近戦闘を想定している。

「じゃじゃじゃーん! これが箒ちゃん専用IS『紅椿』! 最高スペックにして規格外の現行ISとは格が違う束さんお手製ISだよ!」

 そう、篠ノ之に向かって生き生きとしながら宣言する。

 最高性能にして規格外? なんだその出鱈目な謳い文句は。と殆どの生徒は不信と驚きの混じった顔をしている。

 崎森はそんなものを篠ノ之が欲した理由が分からなかった。「ちゃんと言われた通り」ということは彼女が望んで手に入れたということになる。自己防衛? それにしてもそこまで力を望むものなのか?

「さぁさぁ。箒ちゃんさっさとフィッティングとパーソナライズを始めようか!」

「……頼みます」

 そう言って赤のIS『紅椿』に乗り、篠ノ之の最適化を行う『紅椿』と篠ノ之博士。空中投影ディスプレイを上中下と呼び出し、キーボードも6枚ほど同時に卓越した手さばきで操作し、様々なデータを打ち込んでいく。

「えへへ。箒ちゃんの頼みだから最高傑作に仕上げておいたよ。近接武装以外にも自立支援装備に万能性と拡張性。更には手間要らずの自動調整! 初心者の箒ちゃんでも簡単に扱えるし、いざとなったらおねぇちゃんが来てあげるからね! これで倒せない敵はいないよ!」

 つまりそれは、途轍もなく、何にも魅力が無いISであった。ただ強い、絶対的に強いだけのIS。

 誰が乗っても結果が同じ。

「篠ノ之さん、身内ってだけで専用機貰えるの?」

「なにそれ、実力で手に入れたわけじゃないのに依怙贔屓すぎるわ」

 中傷めいた批判が生徒たちに伝播する。篠ノ之は傍から見れば織斑に付きまとっている女、もしくは絶対的後ろ盾がある人物。そして、剣道以外に特徴点など持たない人と距離を置いた生徒ぐらいだ。剣道だって織斑に時間を取られ疎かになっている。

 何かしら結果を残したわけではない。

 沢山の、もしくは特定の人物が彼女の努力を見て認めているわけではない。

 突然舞い降りた幸運でもない。

 子供のようにねだり、買ってもらった玩具ぐらいの感覚でISを手に入れたぐらいしか認識が持てない女子たちは軽蔑し、非難したかった。

「愚鈍な生徒を持って大変だねちーちゃん。こいつら歴史で平等だったてこと一度もないことを理解してないんだもの」

 指摘を受けた生徒たちは飛び火しないようにさっさと退散するか、恨めしい目で篠ノ之を見るだけだった。

「さて、ちょちょいのちょいで終わっちゃったし、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なんです」

「待て、そんな権利お前にはない」

 篠ノ之博士の突拍子もない発言に織斑先生から制止の声がかかる。恐らくだが、先ほどの機密の呼びかけは、これを予想していたからかもしれないと崎森は思った。

「ええぇ。でもぉ、束さんは白式の開発者でーす。だから白式がどうなっているのか知る権利がありまーす」

 それこそ小学生が先生に質問するように、場違いの元気な声で言う。

「駄目だ。お前は開発者であるが、使用権はIS学園ある。勝手に閲覧は出来ない」

「もう、融通聞かなくなったなぁ。いっくんの機体なんだからいっくんに聞くのが筋だよね。いっくんはどう? 私に見られても困らないよね」

「え。そりゃ今更って感じだし。ってか白式って束さんが作ったんですか?」

「そうだよ。いっくん。だからみてもいいよね!」

「そりゃ、まぁ、いいと思いますけど」

「やった! さ、早く早く!」

 そう言って先程の織斑先生の言葉など忘れたかのように、言われるままに織斑は白式を展開した。さっさと織斑の前に立つ篠ノ之博士。それと同時に篠ノ之博士の方も空中投影ディスプレイとキーボードを呼び出し、白式の状態を見ていく。

「あれ? なんでこんなリミッター掛かってんの? 外しちゃえ」

「おい! いい加減にしろ!」

 そう言って持っている『針金』を抜刀しようと手を掛ける。

「ええ。だってこんな首輪要らないよねぇ? なんで持ってる力セーブしちゃうの?」

「試合でそのような物はいらないからだ」

「でも、いっくんだってコントロール出来るようになったんだよね。だったらいいじゃん。えい!」

 そう言ってどこかしらのロックを外したのか、白式の持っていた雪片が輝く。

「はい。これで元通りー。後勝手が出来ないように細工もしてー」

「今すぐやめろ」

 そう言って織斑先生は篠ノ之博士の喉に『針金』を突きつける。冗談ではないと、本物の殺気が刀身を覆っている。今の織斑先生の顔は睨みつけるほど真剣な表情であった。

「えー。もう、はいはい分かりましたー。束さんはもう何もしませーん」

 一段落したのか空中投影ディスプレイを閉じる。

「じゃあ、あいつなら別にバラバラにして調べちゃってもいいよね?」

「崎森がバラバラになる前にお前がバラバラになるか?」

「ちぇー、つまんないのー」

 子供のように口を尖らせる篠ノ之束。そして、他のことを思いついたのか、しがない表情から一転し、篠ノ之の元へと駆け寄る。

「じゃあ、紅椿の試験運転してみようか」

「分かりました」

 まるで待っていましたと言わんばかりに意気込んでいる篠ノ之。そして、一度目を閉じ集中した後、一瞬にして空へと飛び上がる。

「うわぁ!」

「きゃぁ!」

 余りに凄まじい速度で舞い上がったため余波で生じた衝撃は砂塵を巻き上げ、視界を遮ってしまう。そのあまりの突然の出来事に驚いた生徒たちは一斉に叫《あめ》く。

「どうどう? 箒ちゃんの想像よりよく動くでしょ!」

 そのような周囲のことには気にせず個人通信か何かで大空を飛び交っている紅椿に通信を入れる。

「じゃあ、今度は武装の説明いくよー。雨月は遠距離の敵も届くように動作に合わせて光の粒を発生させ飛ばす。いわば振っただけで刀の間合い以外の敵も掃討出来る複数戦使用の武装だよー。一振りだけで相手をハチの巣に! まぁ射程はスナイパーライフルもないけど紅椿の機動性なら楽勝だよ」

 そう言った途端、紅椿は周りの適当な雲に向け雨月を振るう。

 瞬間、何重もの光の細い線が雲を跳ね除け散り散りにした。どの位高密度にすれば流動体である雲を散り散りにできるか。ライフル弾を霧に発射したところで霧が消えはしない。

 だが、それほどの性能を目の前で見せられるのだ。納得するしかない。

「次は空裂ねー。今度は帯状のエネルギーを発生させて斬撃と一緒に飛ばす、言わば斬撃を飛ばせることが出来るのだー。ちょっとこれ撃ち落してみてー。それー!」

 そう言った途端、量子変換でもされていたのか、突如砂浜に16連装ミサイル発射装置を呼び出し、紅椿に向かって掃射する。

 それを、空裂の赤いエネルギーの流失で破砕し爆炎を散らす。だが、そのミサイルの破片が海岸や砂浜に向かってくる。

「砂浜から離れろ!」

 思わず叫ぶ崎森。

 例え本来の攻撃力を失ったとは言え、頭上から金属片が落ちて来るだけでも人にとっては脅威だ。

 パニックになり生徒たちは逃げ惑う。

 崎森はすぐさまISを展開させ、マルチランチャーの機雷群を空中にばら撒く。降り注ぐ金属片が断続的に爆風を生む空間の中に入り、金属片をもみくちゃにして遠くには飛ばないようにする。

 オルコットや凰もISを展開し、レーザーで大きな部品を溶かし、衝撃砲で細かい部品を吹き飛ばす。それでも防ぎきれなかったが、幸い砂浜から離れたおかげで怪我人は出なかった。

「あんた何考えてるんだ!?」

 あまりに考えなしの行動に崎森は怒鳴ってしまう。

 百歩譲ってISの性能を試し、試験運転するのは良い。元々そういったことをするためにここに来たのだ。例え依怙贔屓で身内にISを与えるのも納得は出来ないが理解はしよう。身内というだけでどういうことに巻き込まれるか、人質にされ脅される危険を考慮すれば出来るだけ防衛力は高い方がいいのは分かる。

 だが、ここはアリーナではない。そんなところでミサイルをぶっぱなし、迎撃できなかったら篠ノ之に当たり、不発ではなく爆発し殺傷力が高い破片が辺りに撒き散らせられるのだ。観客を守る防護壁が無いことを自覚してやっていることとは思えなかった。

「はぁ? 別に箒ちゃんに害が無かったしどうでもいいじゃん。いっくんはIS展開してるし、ちーちゃんはこの程度で怪我をするほど軟じゃないし。ってか有象無象がどうなろうが私の知ったこっちゃないし」

 そこまで言ったところで、背後から斬りかかれられる。

「おー鋭い太刀筋だねー。でも峰打ちだから私のことを思ってくれているんだね!」

「黙れ。不法侵入に無許可の攻撃だ。拘束するために決まっている」

 その顔は怒りと殺気で眉の辺りが鬼のように皺がなっているのに、声は寒々しいほど鋭く聞くだけで背中が震えてしまう。

「ち、千冬姉。何もそこまで、誰も怪我してなかったんだし」

 知り合いだから、友達だからと情が入る余地が無いことを、織斑先生の殺気を目の当たりにして、本当にやりかねないと判断したのだろう。弁護するがその声は弱弱しいものだった。

「織斑。生徒を危険に晒さらした張本人をみすみす見逃すのか?」

「えへへ。でもー今捕まるわけにはいかないのだー。とぅ!」

 と、そのまま、翻して岩場から飛び降り、最初登場した時のように猛スピードで崖を登っていく。

 何かしらの装置を使っているのだろう。重力制御か加速装置かは知らないがISを装備していない織斑先生は生徒全員の安否確認をすることにした。

「クラス代表は負傷者人数確認をしたのち、送られてきた装備に何も異常がないか確認作業に移ってくれ。……織斑聞こえなかったか? 負傷者の確認と装備の確認をしろと言っている」

「え、あ、でも、ハイパーセンサーで見る限り負傷者はいなけど」

「……もういい。鷹月代わりにやってくれ」

 ハイパーセンサーを過信しているのか、それを作った人物は先程の騒ぎを起こした人物だというのを忘れているのか。それともあんなことをしでかしたのにどこか信じる要素があったのか。とにかく負傷者はいないと断言する織斑だった。

 その時、砂浜に着陸した篠ノ之を見る目は怒り、嫉妬、困惑、恐怖など様々であった。

「なぁ、篠ノ之。そんなもの貰ってうれしいか?」

「……ミサイルを放ったのはあの人だ」

「そうじゃなくて、それは最新鋭で規格外スペックを貰った方だよ」

「……嫉妬か。女々しいぞ。お前だってIS持っているじゃないか」

「確かに俺も依怙贔屓でISを貰ったがデータ取ったり努力はしている。だけどそれは言い換えてしまえば、馬鹿な奴でも、下手な奴でもボタン連打していれば勝てる格闘ゲームの頭の悪い設計した特別バグキャラって事だろ。そんなの使って試合に勝ちたいのかって聞いてるんだよ」

「……貴様に何が分かる」

 と、歯切りをして黙り込む。それっきりで話を切り上げた篠ノ之。

 そんな、無言の気まずい空間の中叫ぶ声が聞こえた。

「織斑先生! これって」

「焦らないでくれ、あんなことがあったばっかだ。生徒たちが不安がる」

「は、はい」

 山田先生と織斑先生の方を見ると、情報端末に表示された物を苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。

「これより本日予定されていたテスト稼働は中止とする。生徒は全員旅館に戻るように。先ほどまで出していた装備は片付けろ。旅館に戻った後は追って報告するため各自自室待機でいるように」

「え? ど、どういうこと」

「もしかして篠ノ之束博士が現れたから?」

「それを追跡するために政府から要望でも来たのかな……」

 突然の事態に、生徒たちが様々な憶測を生んでしまう。戸惑いと不安が広がっていく。

「大丈夫ですから。証書事情を聴くだけに留まるだけだと思います。ですので安心してください」

 そうフォローして旅館に戻るように促す山田先生。

 渋々と言った感じで装備を片付ける生徒たち。それと一緒に片付け作業を手伝を行おうとISを量子変換で収納し、砂浜に降りる崎森に織斑先生から声を掛けられる。

「専用機持ち、並びにボーデヴィッヒはこちらに来てくれ。やってもらいたいことがある」

 そう言った織斑先生の顔つきからして、片付けとは別の何かがあるのではないだろうかと胸が騒めいた。




 篠ノ之束の世界は平等じゃないにしての反論。

  歴史で見れば確かに特別な偉人が載っている。だが、この人は本当に歴史の本質を知らない。
 歴史に乗っている偉人のすべてが生まれ持った才能、地位を武器にして教科書に載ったわけではないのだ。それこそ、その人の意志によって世界が変わったこともある。
ヒトラーは税関史と家政婦の間に生まれた。生まれとしては平凡でただの人であった。なのに一国を支配した。
リンカーンは父が苦しむのを見て弁護士になり、挙句の果てには大統領までのし上がった。

 本文で書こうかと思ったけどやめることにしました。
 別にここで崎森が反論する気にはなれないと思ったので。

ところで凡人な生まれや人だからと言ったことで偉業を成し遂げた人物ってどのような人なんでしょう。少し気になりました。


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34話

 最近別の方で書いているものが詰まってしまいこっちを書いてしまっているので、速いだけです。
 もしかしたら荒があるかもしれません。

それと前の平等云々に付いての感想ありがとうございます。


「現状を説明する」

 宴会用に設けてある大座敷は、旅館の協力の元、様々な機械が搬入されていた。壁ほどにある大型のモニターと立体図面や情報を情報を浮かび上がらせる作業台。

 そこには、まだ開かれない機密事項と思われるファイルが浮かび上がっていた。

 その作業台を取り囲むようにして崎森、オルコット、凰、ボーデヴィッヒ、織斑、篠ノ之が立っている。

「ハワイ沖で稼働試験をしていたアメリカ・イスラエル共同開発の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のリミッター解除時、制御化を離れ暴走、現在なぜか(・・・)こちらに侵攻してくるとの情報があった。理由としては、リミッターを解除してコアの意識が独断で行動しているのか、もしかしたら不明だが何者かの介入があったとも考えられる」

 いきなりであった。

 イスラエルとアメリカの関係は分からなくない。イスラエルが無くなると中東で安定した軍事拠点が無くなる。また、中東の情報などを得るのはイスラエルを通してが多い。

 これは中東で唯一の民主国家というのが大きいが、共同開発でしかも軍用ISを所持。現在のアラスカ条約では国の防衛のみにISを運用できる。

 だが、これは完全に侵略か制圧を考えて作られている。

 それが日本に向かってくるというだけで大ごとであった。

 それを理解しているものは顔が強張る。理解してないものは、とぼけた様な顔をしていた。

「衛星の追跡により後40分後ににここの空域を通ることが予想され、自衛隊も出動したが防衛線構築に時間が間に合わない。よって一番近い我々がそれまでの時間稼ぎをすることとなった」

 淡々と言う織斑先生だが、その顔は何かに怒っているような気がしてならない。秘密裏に軍用ISなんて作り、暴走したとなれば怒るのも無理からぬことだとは思うが。

「海上ではイージス艦のレーダー補佐と海域の封鎖をしてもらう。なので時間稼ぎは戦闘教員がこの『銀の福音』と交戦することになる。その交戦距離まで戦闘教員を運ぶことを専用機持ちにやってもらいたい」

 ISに対抗できるのはISのみと言うことだろう。従来の戦闘機では一瞬にして背後を取られて張り付かれてからの砲撃で落ちてしまう。戦車も固定砲台で回避範囲が広い空で当てるのは難しく、また上面装甲や後方から攻撃を受けてしまうと地上最強の兵器は鉄くずと化してしまう。

「それと、織斑の雪片弐型は戦闘教員に渡してもらう」

「え!?」

「ここまでで何か質問はあるか?」

「ど、どういうことだよ千冬姉! なんで雪片を渡すんだ?」

「どうもこうも先制攻撃する時に最大の一撃をかますだけだ。なにか異論でもあるのか織斑」

「いや、だって雪片を使うって、あれは玄人向けだ。俺以外に誰が使うんだ?」

 自分に思い入れがある装備を他人に使われることが気にくわないらしく、使われるなら自分が出ると言いだしそうな雰囲気であった。

「私だが? 文句あるか?」

「い、いいえ」

 昔に今の性能より劣ると思われる雪片を使い世界最強まで上り詰めた実績からか、織斑先生だったから信頼したのか、反論をせず引き下がり雪片を譲渡することに納得した織斑。

「先生。アメリカの対応はどうなっているんですか?」

 先ほどの織斑先生が自衛隊は海上封鎖と、空域のレーダー情報の共有をしてくれるらしいが、事件を起こしたアメリカのことを言っていなかったのを疑問に思った崎森。

「最初暴走した時は自力で止めようとしたらしいが、対応しきれず突破されたらしい。それから追撃となるとどうしても間に合わず日本の警戒レーダーに映ったことから今回の事件が発覚した」

 自国の機密であり、なるべく知られたなくなかったのだろう。その躊躇で今回のような事態に陥った。防衛線構築はそのために遅れてしまったことになる。

「それからは『銀の福音』のスペックデータと搭乗者の戦闘記録が送られてきただけだ。アメリカ本土からは遠いということと、沖縄には従来の戦闘機しか置いていないので無駄な損害は増やせないとのことだ」

「では、そのスペックデータと戦闘記録の開示を要求します」

 すかさずオルコットが開示を求める。

「直接戦闘するわけではないが……いいだろう。ただし口外はするな。漏えいした場合は査問委員会の裁判と監視を受けてもらうことを理解しておけ」

 こくりと頷くオルコット、それに同調するかのように他の代表候補生も頷く。

 空中に投影された情報には何かしらの意図があるのか、全身装甲のIS『銀の福音』が投影された。

「広域殲滅の特殊射撃装備……。どのような使い方をするのか分からないのが、まずいですわね。前の機体では腕に装着されている装備を使っていますが」

「攻撃も速度も上がっているらしいわね。制限が無い外で飛び続けるとなるとリミッターが外れてシールドエネルギーを放出量が多いあっちが有利ね」

「この戦闘記録には格闘戦の情報が無い。戦うわけではないが、あちらが遠距離主体で攻撃を仕掛けてきたら攻撃範囲から逃れるのは至難になるぞ」

「……リミッターを解除した時の予測性能は分からねぇのか? これリミッター解除前のスペックデータだろ」

 オルコット、凰、ボーデヴィッヒ、崎森はそれぞれの意見を交わし予測できる危険を頭の中で思い浮かべていた。

「……雪片の先制攻撃を撃ち離脱し、遠距離から遊撃で離脱の援護しつつ、再突入がベターになるのか?」

 崎森はそう結論した。相手は一機。制圧力が高いのなら、その攻撃範囲から逃れるために全力で逃げるしかない。そして相手も速いとなると足止めが必要になる。ヒットアンドウェイ。それが一番安全だ。

「恐らくそうなるでしょうね。もしくは特殊射撃装備を使わせないよう延々と張り付くと言うのもありますが、格闘戦が未知数ならやらない方が賢明でしょう。織斑先生。教員を運び終えた後は援護に回った方がよろしいかと思います」

「……それは現場の私が判断する。移動で燃料を使っているんだ。帰ることが出来なくなってしまっては意味はない。我々の目的は撃破ではなく時間稼ぎだということを忘れるな」

 オルコットが援護を助長するが、援護の方に攻撃がいくのを懸念してか許可は現場で判断することにした。

「では、具体的な作戦の計画を練る。戦闘教員は私と山田先生、榊原先生の3人。運んでもらうのは最高速度が高い機体とする」

「俺のラファールは独立飛行機構を装備してますけど、あれは試験運転に持ってきたものなのでスポンサーに許可を取らないといけません」

「それなら、わたくしのブルーティアーズの強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が出ます。運用は代表候補生に任されているのでご安心を。ただ量子変換しておりませんので少々お時間をいただくことになります」

 パッケージとはISの能力を底上げする装備群と思えばいい。

 空気抵抗を軽減措置する装甲や、火力を上げるために装甲に火器を内蔵する。こういった目的に特化させ装備を付けたしていく専用装備群を纏めたのが『換装装備《パッケージ》』と言う。逆に特化しすぎてその他の応用は考えていないと思ってくれていい。

 打鉄撃鉄やラファール・リヴァイブ・イロンデルもそれぞれの特徴を強化するために、部品を取り換えているので『換装装備』と言う。

「崎森、オルコット、その状態での戦闘訓練時間は?」

「実際にやったのは飛行訓練だけです。シミュレーターで10時間ちょっと行ったか行かないかぐらい」

「20時間です」

「……そうか。後一人……ボーデヴィッヒ、ラファール・リヴァイブ・イロンデルに乗ったことはないが高速化での戦闘訓練は受けているはずだ。もしくは織斑の白式も相当の高機動力がある。どちらかが―――」

 最後の1人を決定しようとしたその時。天井から場違いなほどに明るい声が遮る。

「ちょっと待ったー! その作戦は待ったなんだよちーちゃん!」

「出て行け。もしくは黙ってるか自首でもしてろ」

 まだ何かやらかす気なのか天井から飛び降り、織斑先生にすり寄る篠ノ之束博士。

「もっといい作戦が私の中に今思いついたよー!」

「貴様の意見など聞かん」

「えー。ここで紅椿を出さないのは大損だよ! そこに居る奴らの換装装備なんかより展開装甲で超高速機動が出来きるんだから!」 

 そう言いながら空中投影ディスプレイを乗っ取り先程の『銀の福音』のスペックデータではなく紅椿のスペックを表示する。

 展開装甲と言う聞きなれない単語に何人かが難しい顔をしていた。その中に織斑が含まれていたからか、説明し始める篠ノ之束博士。

「いっくんのために説明しましょう! 展開装甲というのは、この天才の束さんが作った第四世代型IS装備なんだよー」

 第一世代はISの大本な完成。第二世代は量子変換による容量の増加をしての多様化。第三世代は搭乗者のイメージを現実に作用させる、いわば思考のみで動くことが出来る装備の実現。

「第四世代型IS装備の展開装甲は換装装備を必要としない万能機であるのと同時に、戦闘や入力された情報から最適化された装備をその場で作り上げるという超規格外装備でぇす! いっくん理解できたかなー?」

 つまり制約が無いということである。

 拡張領域を必要とせず、かつ様々な状況に対応可能。

「具体的には白式の『雪片弐型』にも採用されてまーす」

「え!?」

 この言葉に室内の殆どの人達が驚く。いつの間にか雪片も制約が無く、様々な状況に対応可能と言うことになっている。だが、零落白夜以外にそのようなことが起こっていないということは、未だ発現していないだけだろう。

 そんなものを問題児が所有しているということに驚いているのかもしれないが。

「それで、うまく作動したので紅椿は全身に搭載させて展開後は更にスペックが向上します。倍以上の数値を叩き出すはずだし」

 しかし、問題も浮上した。

「え? ちょ、ちょっと待ってください。全身に雪片って……」

「うん、無茶苦茶強いね。一言でいうと最強」

「そんな訳あるか。エネルギー消費ガン無視の、短距離ランナーの爆発力なんて今必要じゃねぇだろ」

 全身に展開装甲、もとい雪片、を装備しているとなると瞬間的には最強の数値になるのだろうが、エネルギーの消費が凄まじい事になってしまう。

 そして今の状況には、長距離を飛び、戻ってくることが必要なのだ。凄まじい速度で到達したとしても、撤退する時にエネルギーが切れていれば足手まといにしかならない。その逆ならまだ分かるが、もし撤退途中にエネルギーが切れてしまえば同じことだ。

「はぁ、本当にバカだねぇー。そんなこと天才の束さんが想定していないと本気で思うのんの? 紅椿の展開装甲はより発展したからエネルギーなんて問題ないんだよ。おわかり? それに攻撃、防御、移動と用途を変えて切り替えが可能。どうどう、これでもすごくないなんて言えるのかなぁ」

 まるで馬鹿にするように解説した篠ノ之束博士。

 エネルギー問題を解消したと言っても、エネルギーを消費することには変わりないのだ。

 そして、攻撃、防御、移動と用途を切り替えるということはマルチランチャーと同じ場面場面で即座に適切に切り替えないといけない。しかも、マルチランチャーはどのような攻撃をするかを切り替えればいいだけで済むが、紅椿は全身にどのような役割をするかを考えなければならない。いわばキュービックパズルで決めた位置に色を置き、全体の配色を計算しながら組み換えを行うのに等しい。

 こんなの戦闘中にやれと言われても、扱う人間が限定されてしまうほどに玄人向けの機体である。

 すごくないと言ってやりたいが堪えることにする崎森。考えてみればこいつは自慢したいだけでこの場に乗り込み、そのような難易度が高い機体を初心者の篠ノ之に送るような奴である。

 そんな奴に行ったところで、篠ノ之なら使いこなせるとか言い返して来そうで面倒と思い始めた。モンスターペアレンツをなぜ教師でもないのに相手にせなければならないのか。

 崎森が黙ったことをいいことに篠ノ之束博士は続ける。

「本当にバカはバカなりに黙ってればいいのにさー。ああ、馬鹿だから黙っていることが出来ないないんだねー。御気の毒さまー」

 そうバカにするように言う。

「でもあれだよね。海で暴走と言うと白騎士事件を思い出すね。そこのバカみたいに私の才能を信じなかったからいけなかったんだよ」

 白騎士事件。

 世界中の軍のミサイル発射装置がハッキングされ、日本に向けて放たれた。

 スイッチ式の核爆弾やアナログ化されたものは、基本人間が触らないと機能しないため(それでも何重にも鍵をかけたり電子暗号で厳重保管されているが)放たれなかった。だが軍の装置が大部品が電子機器に頼っているのは紛れもない事実で、潜水艦のミサイルなど信号を受け取って発射されてしまった。それでも悪あがきとばかりに、弾頭を外したり、無理やり燃料を抜かして停止させたりと最大の努力を現場の人物たちは務めた。

 それでも、ハッキングされた量が余りに多かったため発射を許してしまう。

 そして、向かってくるのは日本。

 無論、自衛隊も黙っておらず、ミサイル防衛(MD)をする。海岸にはごつい装甲車と後部に迎撃ミサイルの発射台を搭載したトラックが今でも思い出せる。

 そんな中、迎撃前に空中に1機の人型がイージス艦のレーダーに映った。

 神出鬼没に現れた人型のパワードスーツを纏った人物が、突然ミサイル群へと向かう。

「ぶった切ったんだよね。ミサイルの半数1221発。もう半数は荷電粒子砲をぶっ放してみんなの危機を救ったのにね」

 真っ白い装甲で身を包み、手に持った大剣でミサイルを斬り、そこから放出する荷電粒子を放射し、刀身が伸びた光剣で斬り伏せた。

 だが、そんなことをしたことがいけなかった。

 日本はそんな危険な物を個人で所持してはならない。そもそも銃や兵器の開発は民間では禁止されていた。それをあろうことか最初の宇宙開発用を棚上げし兵器として運用したのだ。そもそも、自衛隊が活動するのを妨げたとも取れなくはないのだ。

 世界がISに付いて無関心だったのはこのせいだ。宇宙開発に作られた宇宙服がどんな兵器よりも強いと言われたってデマと思うだろう。用途なんて違いすぎるのだから。

 無論、白騎士を犯罪者として検挙するのはどんなものかと吟味し、結果として日本は救われたと称賛する人物もいた。更に搭乗者が誰なのか分からなかったため当時は開発者を捜査することにした。

 だが、それを開発した本人はここにおり、現在も指名手配の真っただ中である。

「ともあれ、私の言うことを聞かないと後で痛い目を見るかもねぇ。その辺どう思うちーちゃん?」

「大変なご高説ありがとう。だがな、貴様の意見など採用しないと言ったはずだ。この作戦に参加するのが織斑、ボーデヴィッヒに篠ノ之が加わっただけにすぎん。そして、生徒たちに参加させる気もない」

「ええー。別にそんな奴ら要らないよ。ISに付いて私の方がよく知ってるのは分かってるでしょ。軍用ISにいくらちーちゃんだって手間取るし、足手まといの事なんて気にしないでよ。ここは高性能の白式と紅椿だけでいいって」

「ISに付いて分かっているだけだろ。戦術、戦略、戦闘について貴様は何を知っている。それに少人数で当たる必要などない」

「ふーん。まぁいいや。でも、雪片を白式以外で振うことなんて出来ないよ」

「……なに?」

「うふふ、さっきそういう風にしちゃったからねぇ」

「今すぐ解除しろ」

「やだぴょん!」

 堪忍袋の緒が切れた織斑先生が襟首を掴もうと伸ばした手を躱し、再び天井に跳躍して逃げる。

「じゃ、頑張ってねぇー! 特にいっくんと箒ちゃん!」

 と、言い残して去っていった。

「織斑、山田先生に白式を見せろ」

「あ、ああ」

 そう言いつつ、右手に装備されている待機状態の白式の白い腕輪を山田先生に見せる。情報を読み取るためにカバーを外し、そこからUSBケーブルのような物を突き刺してモニターで調べる山田先生。

「どうだ?」

「駄目です。ロックがかかっていて、今すぐ解除できるとは思えません」

 申し訳なく報告する山田先生。そして、雪片を受け渡せないという深刻な事態に織斑千冬は思考する。

 織斑一夏に戦場に立たせていいものかどうか。

 

 

「四十院、ちょっといいか?」

「はい。なんでしょうか」

 作戦の練り直しに織斑先生と山田先生、他の教員たちは大座敷で会議していた。そして、報告では俺が教員を牽引することは確定している。オルコットも換装装備の量子変換の為に今作業を行っている最中であった。

 そして、崎森は使用する装備のスポンサーの了承を得るために、四十院の泊まっている部屋まで来た。

 障子の扉を開けると部屋の中には他の生徒、谷本や布仏、相川や雪原、鷹月と誰かが持ってきたウノで遊んでいたらしい。やることが無くなっての時間の消化が目的になっているのだろう。誰一人楽しんでいる雰囲気ではなかった。

「ねぇ。何が起こってるの?」

「……さっきから教員室と大座敷付近には近寄るなってだけだったから、……不安」

 相川と雪原が織斑先生に呼び出され事情を知っていそうな崎森に聞いてくる。

 ISの試験を中止することの事態に不安を抱いている生徒が多い。無理からぬことだとは思うが、ここで言ったところでパニック状態、ならなかったとしても自分に監視が付けられるので誤魔化す。

「いや……多分不安がることじゃねぇよ。さっきのあの人が無茶苦茶やったおかげで色々な不祥事が起きているだけだ。ミサイルの破片の回収とかでこき使われそうだから四十院に頼まれていた装備を使っていいか聞きに来ただけだから」

「……本当に?」

 鋭かった。一瞬言い訳を考えた時が悟られたのだろう。谷本が疑いを持ち始めた。

「ホントだって、まぁ、篠ノ之束の追跡に政府の人が来るかもしれねぇけど、そんなに心配することじゃねぇよ」

「…………うん」

 出来る限り自然な形で流せた、と崎森は思ったがやはり納得がいっていないのか渋々と頷く谷本。

「大丈夫だよ~。多分海流で破片が流されているから足が速いさっきーが推薦されたって話でしょー?」

「そうなの?」

 布仏が推測し確認を取る鷹月。なんとしてでも誤魔化しとおそうと不自然な動作をしないように注意する。

「ああ、まぁそんなところだけど、ちょっとそのことで話しておかねぇとさ。あれって貸されている状態だし機密事項だろ? そのことで人に話しておかないとな」

「分かりました。少し席を立たせていただきます」

 きっしりと背を伸ばした正座から立ち上がり、部屋を出る四十院。

「崎森ー。襲っちゃだめだよー」

「倒されるのは俺の方だから安心しろ」

 そんな茶々を相川が言う。ちなみに四十院は剣術と護身術を嗜んでいるらしく、暴行しようものなら付け焼刃の崎森など返り討ちであろう。実際更識先輩以外との組手で、簡単に倒されたとこがあるのは周知の事実だ。

 そうして少し歩き、人通りの少ない大広間辺りで話を切り出す。

「実はなんだけど―――」

「ええ、ミサイルの破片の回収などではないのでしょう?」

「…………ばれてた?」

「崎森さん。女は勘が鋭いですし、今のはほんの少し疑問に思っての引っ掛けです。誘導爆弾《ミサイル》の破片の回収なのに、政府の人が来るなどと話題を変えてしまいましたから不自然ですよ」

 少し、崎森は女性というものを甘く見ていたのかもしれない。四十院はカマを掛けたと言ったが殆ど確信しての最終確認だったのだろう。

「あー、でもその、機密にかかわることだから……詳しくは言えない」

「分かっております。どうぞ『始祖鳥』と『紫電』はご自由にお使いください。身が危ないのなら投棄や破壊も結構です」

 少し事情を話してもいいと織斑先生は言ったが、今現在に緊急事態が迫っているのを感じたのか反発することなく、装備の使用許可を得る。

「……ごめん。もし壊れたら……まぁ、俺に来た賠償金全額送ることにする」

 取りあえず請求先は、アメリカとイスラエルに先生を仲介して申し付けようと崎森は思った。

「そのようなことは考えないでください。貴方の身を一番に、……搭乗者の替えなど効きませんから」

 そんなことを聞いたとき、空中投影ディスプレイが腕、待機状態のストレイドから投影される。

『崎森君、至急大座敷まで来てください!』

 そんな慌てた山田先生の声がした。

 きっとよくない知らせだろうことは近くに居た四十院も思ったことだろう。

 

 

 

「先程までの『銀の福音』の行進速度よりさらに加速して、作戦が前倒しになった。今から10分後に作戦を開始することになるが、崎森、オルコット、ボーデヴィッヒ大丈夫か?」

「はい。確認はとれました」

 先ほど四十院と別れ、大座敷に来た崎森は少し声が震えながら言う。これで実質崎森の出撃は確定と言っていいだろう。

「……すいません。量子変換はまだ、最低でも25分は掛かると思います」

「慣らし運転が欲しい所ですが、飛ばすだけなら大丈夫です」

「そうか」

 そして、黙り込んでしまう織斑先生。頭の中では織斑と篠ノ之を出すか迷っている。

 数秒考えた後、作戦への参加を決定した。

「不意を突いて織斑、篠ノ之が零落白夜を初撃で放った後、戦闘領域をそのまま離脱し退避。遊撃に私と榊原先生が戦闘を開始する。山田先生はオペレーターに回ってくれ。それと生徒たちは私たちを戦闘領域まで届けた後はそのまま別命あるまで待機しろ。それといくら後方に居るとは言え戦場だ。それと辞める権利があることを理解した上で参加してほしい」

「はい。理解しています」

「了解」

「わかったよ。千冬姉」

「分かりました」

 崎森、ボーデヴィッヒ、織斑、篠ノ之のそれぞれの返事を聞いて、織斑先生の表情が少し硬くなってしまった。

「念を押しておく。実戦だ。危ないと思ったら何が何でも逃げ出せ」

 それほどの危機感を抱くほどに織斑先生は念押しする。

 

 

 時刻は11時。

 風はなく、波音も静かだった。本当にこれから戦闘をしに行くのかと自身で疑問に思うほど、崎森章登の心は騒めかず、静かな物であった。

 崎森以外にもそれぞれのISを装備した人物が砂浜に立っている。

 打鉄にスラスターを強化、追加した織斑千冬。

 ラファール・リヴァイブ・イロンデルを着込んでいるラウラ・ボーデヴィッヒ。

 打鉄撃鉄でしか振り回せないユナイトソードを地面に突き刺している榊原菜月。

 制限を解いた雪片二型をその手に持つ白式と織斑一夏。

 ここにあるどのISよりも速いという触れ込みの紅椿、それに初めて駆る篠ノ之箒。

「よろしく頼む」

 崎森の背後に接続された独立飛行機構『始祖鳥』は、前回のテストのように戦闘機の先端に崎森を付けるような形ではなく、グライダーのように崎森に背負われるようにして接続されている。

 後ろに戦闘領域まで届ける織斑先生が、捕まりやすいようにそうしている。

「それはいいんですけど……なんで、織斑と篠ノ之を参加させたのですか?」

 個人通信で織斑先生にしか聞こえないように会話する崎森。

 一番の疑問は、織斑でなく、山田先生を連れてくるべきではなかったのかと崎森はそこが腑に落ちないからだ。

「……理由の1つ目は大打撃を与えるため、2つ目は銀の福音は暴走状態なため素人でも簡単に当たると判断した。3つ目は勝手に飛び出してきて場を混乱させないため」

「……現場でも勝手をしないってわけではないと思うのですが?」

「それでも、束は……私が出さないと決定すれば、私が苦戦をしている所を見せ煽るような行動をするだろう。ならば勝手に介入されるより前に役割を与え、束が手だし来ない領域に置いておく。……それで、頼みがあるのだが」

「もし勝手をしそうになったらボーデヴィッヒと一緒に止めろと?」

「……ああ、私や榊原先生は忙しくて手が回りそうにない」

 実際、軍用ISと命がけで戦うのだ。後ろを気にしている余裕などないに等しいだろう。

 だが、

「一夏。成功させるぞ」

「ああ、箒。頼むぜ」

 両名はいつもより増してやる気を出している。それが空回りしないことを祈りたい崎森であった。

「……気をつけはします」

 頭の中に留意しておく崎森。そんなことを言い終えた時、山田先生の通信が入ってきた。

『皆さん。そろそろ時間になります。問題はありませんか?』

「ありません」

 各々が返事をした後、作戦開始のカウントのモニターがハイパーセンサーに表示される。

『50、49、48』

『章登。緊張しているか?』

 作戦開始の直前に、ボーデヴィッヒが崎森を気遣うようにして通信を入れて来る。

「ああ、大丈夫だ。なんでか落ち着いている」

『そう、か。心配は無用だと思うが、危険なことをする必要はないぞ。危なくなったら逃げればいい』

 そのようなことを言ってくるのは危惧の念があるからなのだろう。ボーデヴィッヒはこのような状況か、何度かの戦闘経験があるからか変に浮き出し立ってもいない。

 いつもの通りではないが、険しい顔をしている。

『30、29、28』

 時間が迫る。

「分かってる。時間稼ぎで、先生を届けるだけの仕事だ。それ以外は何もしない」

『ああ、その通りだ。その通りなのだが、何かある気がしてならない』

 兵士の感か、女の感か。得体のしれない不気味さをボーデヴィッヒは感じてしまう。

「……そんなことになったら、ボーデヴィッヒが言ったように逃げればいいんだろ?」

『ああ。もうそろそろ時間だな。無事でな』

「そっちも無事に」

 そのようなことを言って会話を切り上げた後、カウントは2桁を切った。

『9、8、7、6、5、4、3、2、1、』

 そしてカウントが0を告げた瞬間。同時に3機が空高く飛翔し始める。

 まるで後ろから押し上げられるようにして進む崎森は、その感覚に戸惑うことなく空気を跳ね除けるようにして突き進んでいく。

 ボーデヴィッヒも初めて乗る機体であるにもかかわらず、経験と感覚を総動員して機体を操り空を突き進む。

 篠ノ之は脚部と背部の装甲、展開装甲をガパリと開き、そこから赤く力強い光を発し噴射する。その加速を楽しむかのように悠然と、しかし3機の中で最も速く飛んでいく。

 

 こうして作戦は開始された。




 自衛隊は当然として出来る限りのバックアップと防衛線構築をしてもらうことになりました。と言うより弾道ミサイル迎撃ではなく、いきなり宣戦布告なしでステルス戦闘機が飛んできたようなものですから。そりゃ対応が遅れても仕方ないかなと。
 アメリカがなんでスペックデータぐらいしか寄越さないかと言うと、軍用ISと銘打ってしまったことで、条約違反してましたと報告するようなものですからね。それを報告したとなるとIS委員会から信用を失ってお前はもう何もするなと言われかねない。なので自力で解決しようとしたんじゃないのかなと。
 これで報告せず自力で解決しようとした時はもう手遅れ、日本の警戒ラインに引っかかり明るみに出された。

 え……。それよりも早く千冬さんが束を拘束しろって? そ、それはそのまだ彼女がやったと証拠があるわけではありませんし、それで銀の福音が止まるとも思えませんし。
 すいません、勘弁してください。


 紅椿の展開装甲についてですが、一応の解決策としては全身を攻撃に特化する、防御に特化すると言った一点特化にした方が初心者の篠ノ之にも扱えると思います。
 無理に足を起動、右腕を攻撃、左腕を防御として、それを右腕で咄嗟に防御する時は確実に大ダメージでしょうし。
 相手が弱っているチャンスだ。攻撃特化。
 相手が逃げる。機動特化。
 相手が全力でしかけて来た。防御特化。
 こうすれば篠ノ之でも扱えるでしょう。ただ、状況を合わせる観察眼や判断力、今後の展開の見通しが必要になってきますが。
 ところで思ったけどこれ変身ヒーローじゃねぇか。もしくは平成ウルトラマン。
 クウガ、ティガ、ダイナ。あれらを見て育ったはずなのに記憶がもうない。


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35話

今回も早いので荒があるかもしれません。

織斑と織斑先生だとだんだん作者自身が混乱してきて今回織斑一夏と織斑千冬にしました。


 イージス艦のレーダーから割り出される『銀の福音』の現在位置を確認して、3機のIS、それに捕まり牽引されるIS3機が隊列を組んでいるかと言われるとそうではなかった。

 この中で最も速く飛べる紅椿が先を行く。足並みを合わせる気が無く、それはもう置いてけぼりにしそうなほどに。それに危機感を覚え、織斑先生は篠ノ之に向けて叫ぶ。

「篠ノ之! 先行しすぎだ!」

 本来は足並みを揃えて白式を乗せた紅椿が突撃し、反撃の隙を与えず遊撃である織斑先生、榊原先生が張り付き切り刻むのが作戦であったはずだ。

『ですが、遅れてしまっては元も子もありません! このまま行きます!』

 と、妙な自信に満ちた声が篠ノ之から発せられる。危うさを感じた崎森は紫電で更に加速するか考えた。本来逃げるための離脱用に使おうと考えていたが仕方がない。

「織斑先生。更に加速しますか!?」

「……頼む」

 肩、横腰に付いている電気推進の出力を大幅に上げた推進器『紫電』がプラズマ化された炎を吹き出し、白い軌跡を放ちながら一気に紅椿との距離を縮めていく。

 周りの景色を吹き飛ばすかのような急加速とともに、比例して減る電量の残量表示。間に合うことが出来るか危機感を覚える崎森。

 何とか杞憂に終わり紅椿の赤色を目印を見失うことなく、ハイパーセンサーの情報からその先に白銀に輝く天使を見つけた。

 全身を白銀の装甲で身を包み、甲冑と言う身を守るような物ではなく、天使を模倣したように各部に羽根のようなスラスターが増設されていた。それとは別に頭と背中にそれぞれの長い羽根を連結したような白い翼は、ますます天上から舞い降りた天使を連想してしまう。

 資料では射撃とスラスターの両方の特性から使い分けられる装備なのだが、今は移動中のため全機能をスラスターとして利用しているらしい。

 その時、紅椿が更に加速する。目標を見つけて逃がすまいと凄まじい速度で銀の福音に近づく。

 それに乗っていた白式が零落白夜を発動させ、銀の福音を後ろから斬りかかる。

 光の刃が触れる瞬間、織斑の敵意に反応するかのように、後方に目が在ったかのようにして高速度のまま姿勢を反転する。

 後方に居た織斑を見ずに、零落白夜を見ずに、危機を感じる銀の福音。雪片二型の刃先から逃れるようにして正確にスラスターを吹かし、ぐるりと一回転する。

 そのまま、距離を離すかのようにして上に飛ぶ。

『待て!』

 まだいけると思ったのか、追撃を開始する。これでもう奇襲の利点は失ってしまった。相手が防衛行動を取る前に攻撃を当てねばならない。反撃の余地を与えてしまったら攻撃を意識していたこちらが深手を負いかねない。

 だからこそ、一撃を放ったら離脱と念を押していたのだ。

 当然のごとく逃げ回りつつ迎撃態勢を取った銀の福音は、逃げながら翼を後ろに向け光弾を放つ。

 光の豪雨。

 沢山の羽根が広がるようにして開き光弾を発射する砲門は、一斉に織斑と篠ノ之を襲う。

 そのような物が来てしまい、分離した反動で回避する。

 そこにやっと、織斑先生を乗せた崎森が到着する。

「飛んでけ!」

 背中の接続部が分離し、独立飛行機構『始祖鳥』が銀の福音に向かって一直線に矢のように飛ぶ。

 こちらに気づいた銀の福音が撃墜しようと背中の砲門を始祖鳥に向ける。だが、それから光弾が放たれるよりも前に、乗っていた打鉄を纏った織斑先生が始祖鳥を地面代わりに蹴り駆け出す。

 そして、日本刀を模した近接ブレード『葵』の、間合いに入る。

「はぁあああ!」

 その一拍の間に振り下ろされた斬撃は、ハイパーセンサーが捉えた情報では5回。

 しかも、その全てが関節部や装甲を薄くせざる得ない繋目などに、正確に振り下ろされる。今まで白式の零落白夜から逃げて来た銀の福音は、織斑千冬という規格外から逃げるようになる。

 だが、ミスミス逃すような人物ではないことは誰もが知っている。

 逃げようとした銀の福音のスラスターに斬撃を放ち、破壊、方向推進に誤差を生み出し退却を防ぐ。

 銀の福音が、各部に生えた羽根の姿をした砲口から光弾を放つが、打鉄の物理シールドで受け止める。瞬間、徹甲弾のようにエネルギーが破裂し物理シールドが破壊される。

 眩むように一瞬光った後、破壊された物理シールドのみが力尽きたように海に落ちていく。

「千冬姉!」

 そんな悲壮な声を織斑が出すが、当の本人は物理シールドを切り離して銀の福音の上空にいた。

 そして、全てのスラスターを吹かしての急降下を乗せた全力で斬り伏せる。

 

 天使に破壊が生じる。

 

 凄まじい破壊音が空に響き渡った後、天使の翼が切り裂かれ、痛々しく傷跡を残す。

 最早、自由飛行は不可能と思えた天使は、自ら翼を付け根から落とす。

 背中から1つ、頭から2つと奇妙なシルエットになった天使は、傷つけられた怒りを表すかのように全身のスラスターから光を放つ。

 四方八方にばら撒かれた光弾を蛇行し、最低限の動きで回避しつつ近づく。まるで光弾を透き通っていくようにも思えるほどに、無駄が無い。

 流れ弾は海に着弾し、水柱を10メートルは上げるような威力である。そんなのが絶え間なく自身を襲っているというのに、織斑千冬は怯みと言った動きはなく淀みない動きで銀の福音を翻弄する。

 流れ来る弾雨を潜り抜け、張り付き斬り伏せる。

 モンドグロッソの大会の記録とほぼ等しい。それを現役の高性能機である暮桜ではなく量産機である打鉄でやっているのだから、技量が卓越しているのは誰が見ても明らかだ。

 

 今この空は天使と武神が繰り広げる戦場であった。

 

 そんな戦場から離れたところで織斑、篠ノ之は、その戦いを見ていた。

「すげぇ」

「……ああ。流石、織斑先生だ」

 余りに凄まじい光景に二人とも目が釘付けになる。

 このままでは巻き込まれる可能性と戦い辛い要因になってしまう。

「おい、さっさとここから離れろ。お前たちは他人の家の火事を好奇の目で見る野次馬かなんか?」

 戻ってきた始祖鳥との接続をして、旋回し、見物人に崎森は声を掛ける。作戦の一撃を放ったら離脱するのを忘れ、追い回し、後続の遊撃を滅茶苦茶にしてくれたので苛立たしい声で催促する。

「ふざけるな! 俺は見なくちゃいけないからここに居る!」

「ガキみたいなこと言うな。姉だから? 先生だから? そんなの関係ねぇよ。全部お前の我儘で、織斑先生の得になることなんて一つもねぇじゃねぇか! ここに居たら邪魔になるから離れろっつってんだ! 事前に姉に言われたことすら守れないガキか!」

 家族のことを言われたためか、一瞬固まる織斑。

「ふん。危険だと思うなら逃げればいいではないか。一夏も、私もお前に世話を掛けられるほど弱くはない」

「危険の有る無しじゃねぇ! 織斑先生の邪魔になるって言ってんだよ!」

 そう怒鳴ったとき、始祖鳥に搭載されているAIの『飛鳥』からハイパーセンサーを通じて危機を伝えてくる。

《高エネルギ弾接近》

 こちらを気にする余裕がなかったのか、流れ弾が飛んでくる。、会話は強制的に終わらせられ、全員が回避行動に移る。

 幸い距離が開いていたことと、狙って撃ったものではなかったため回避しやすく、誰も被弾はしなった。

「貴様たち何をやっている! 離脱しろと言われただろう!」

 榊原先生を届けた後なのだろう。こちらで口論になっているのを見つけ、最中に流れ弾が来ているのに逃げないことを焦れこみ、即座に離脱せず崎森たちの方に来た。

 崎森たちが離脱にもたついているのを見て、ボーデヴィッヒから険しく叱咤される。

「だからって早々離脱して千冬姉が危険な状況に陥ったらどうするんだよ!」

「安心しろ。お前に心配されるほど織斑先生は弱くない。むしろここに居ることが先生たちの負担になっているのを分からんのか! お前達を守りながら戦っているようなものだぞ!」

 ボーデヴィッヒのお守しながら戦っているという、その一言に織斑が絶句した。

「……違う」

「何が違う。お前はただの足手纏いだ」

「違う。違う! 絶対に違う! 俺は力を手に入れたんだ! あの時何にも出来なかったけど俺はもう何もできない子供じゃない!」

 まるで錯乱したかのように否定する織斑が、まるで力の証明に銀の福音に向かっていくのではないか、と懸念した崎森だったが杞憂だった。

 銀の福音の方からこちらに向かって来たのだから。

 

 

(あいつらは何をしている!?)

 日本刀を模した近接ブレード『葵』を振るい、銀の福音を食い止めている織斑千冬は舌打ちする暇もない。

 それだけ光弾による手数が多く、手を抜けばこちらがやられかねない状況であった。

 だが、別段危機と言うほど追い込まれてはいなかった。

 腕に付いているスラスター兼ねた砲口から、光弾の弾幕が放たれるが刀で腕を跳ね上げるようにして強引に射線を変え、そのまま懐に入り胴体を3度も一瞬にして切り裂く。

 試合なら今ので決まっていてもおかしくはないが、相手はリミッターを解除し、人の意志などない機械天使。

 切り裂かれ、シールドエネルギーが削らされた危機よりも、眼前の敵を倒そうと今度は膝から光弾を放つ。

 織斑千冬は上半身を逸らし、最低限の動きで回避し、払い面のように退きしつつ刀を振るう。

 ここを好機ととらえ、一気に距離を離し遠距離から一方的に攻めようと銀の福音は、突如ハンマーでも殴られたようにふら付く。

 榊原菜月が遅れてその場に到着し、福音の後ろからユナイトソードを叩き付けたのだ。

 刀身が約3メートル、幅が約80センチほどもある大剣は、銀の福音の装甲を轟音とともにひしゃげる。

 それ程に強大な大剣を振るために、打鉄の装甲内部にあるアクチュエータの出力を増加した換装装備、鎧武者のような姿を身に包んだ『撃鉄』。

「お待たせしました」

「いえ、逃げられそうだったので助かりました」

 そんなことを言っている間に、ふら付いている銀の福音に二人は近づき、それぞれの武器を掲げる。

 まるで職人技のように、正確な攻撃で銀の福音に手傷を負わせていく織斑千冬。銀の福音が向かってくると認識する間に、スラスターを精妙に動かし、強力な噴射で一瞬に背後に立ち、福音の意識外から斬り付ける。

 対照的に銀の福音が斬り付けられた影響で動きが悪い所に、豪快に体ごと入れ替えて勢いを付けた一撃を銀の福音に見舞う。工事現場でコンクリートが破裂するような音を空気中に衝撃として鳴らす。

 無論、銀の福音も逃げようと全砲口を開き、一回転しながら光弾をばら撒く。その姿は天使が舞い上がった時に羽根が外れるような幻惑的な瞬間であった。

 その合間を潜り抜け、先ほどのように刀を振るう織斑千冬。

 それに対して、まるで背中を見せるようにして後ろを向く銀の福音。

 奇怪に思いつつも振り下ろすが、その動作がエネルギーの放出によって阻まれる。

 先ほど銀の福音自身が捨て去った翼の付け根からエネルギーを噴射し、推力と相手の動きを一時的に封じたのだ。

 完全に使い物にならなくなっていると油断していた織斑千冬は虚を付かれてしまった。

「しまっ」

 織斑千冬から一瞬の隙を突き逃げ去る銀の福音。榊原菜月が打鉄撃鉄の両腰に帯刀している振動刀『菊一文字』の鞘先を向け、そこに備えられた散弾を放つ。

 だが、先程の光弾の弾幕に距離を置いたのでかなりの距離からの散弾は、銀の福音がひょいひょいと嘲笑うかのようにして避ける。

 そして、一定距離を開けてから砲撃を開始しようとした銀の福音だが、進行の先に4機のISが浮遊している。

 まるで、鬱陶しいと言わんばかりに翼を広げ威嚇し、光弾を放つ。

 

 

 先ほどの流れ弾ではない。

 こちらを狙い、まるで殺気でも出しているかのようにこちらに来た銀の福音は、片翼と頭の所から生えた翼、腕や腰、脚部に生えた羽根のようなスラスターを一斉にこちらに向け放つ。

 まるで目の前で花火が点火したかのような弾幕が、崎森、織斑一夏、篠ノ之、ボーデヴィッヒを襲う。

 崎森は手に持てるように改修した物理シールドを呼び出しながら、その場から距離を取るように弾幕から逃れる。

 ボーデヴィッヒもイロンデルのスラスターを全開にして、強引に体を動かし弾幕の外へと移動する。

 だが、

「俺は! 無力じゃねぇえええ!」

 そう叫びながら、銀の福音の攻撃の前に勇気があるのか、無謀なのか。それでも突き進み、零落白夜を発動させ弾幕ごと切り裂かん勢いで銀の福音を迎撃する織斑一夏。

 篠ノ之は織斑一夏の盾になるように弾幕を請け負い、弾幕をかき分ける。

 そして、目の前に来た福音に雨月と空裂を振るい動きを止める。

「行け! 一夏!」

「おおおおおおお!」

 織斑一夏が後から回り込み零落白夜が叩き込まれるかと思われた。だが、最初の零落白夜と追い回した付けが来たのだろう。

 雪片二型から眩い光は失われた。

 通常の雪片で斬り付けようと、頑丈で切れ味が量産機よりも良い近接ブレードで、素人に切り付けられたぐらいのダメージ。リミッターを解除し制限が無なった銀の福音を、機能停止に追い込むことは不可能。

 そして、ぐるりと各部に付けられた羽根の形をした砲口を後ろに居る織斑に向け光弾を放つ。

 雪片二型は自身のシールドエネルギー、つまり自信を保護する力と引き換えにエネルギーを消すという特性を持つ。零落白夜はその特性を最大限発揮した力。

 故に織斑一夏の身に纏っている白式のシールドエネルギーの残量は、予備の生命維持や緊急事態用しかなかった。

 暴力的な光を身に受け、視界が白くななった後、海に落ちていく白式。

「い、一夏!」

 悲痛な叫びが篠ノ之から放たれる。両手に持った武器を離し、一目散に織斑一夏に向かうがそれを許す銀の福音ではなかった。

 銀の福音は篠ノ之の背後を撃とうとするが、物理シールドを前に構え突撃してきた崎森に反応し飛び上がる。

 そして、先ほどのように全員を巻き込むようにして全方位に光弾を降り注ぐ。

 スモーク弾を放り投げ、上空に居る銀の福音との間に黄色い雲が出来上がり、そこから突き抜けるようにして光の雨が降り注ぐ。 

 一瞬、銀の福音はどこに攻撃をすればいいのか分からずに、黄色い雲に突っ込む。

 黄色い雲を抜けたところに居た崎森に向かう。

 崎森は銀の福音から逃げるように海に降下する。

「織斑は!?」

 通信でボーデヴィッヒに織斑の安否を確認する崎森。篠ノ之は完全に狼狽しており『一夏、一夏ぁ』とうわ言のように言っている。

『今回収して離脱している! 章登も離脱しろ!』

 出来るのならそうしてる! と叫びそうになった所で銀の福音が光弾を機関銃の掃射みたいに撃ってくるため回避に意識を行かせる。

 始祖鳥の推進力任せの降下と、紫電による瞬間的な推力で前後左右に体を躍らせ光弾の掃射を危なげに回避する。

 そして、海面擦れ擦れをPICと始祖鳥、紫電の推力を全開にし鋭角軌道でほぼ90度曲がる。

 いくらPICによる慣性を制御する機能やGの軽減が出来ても、頭の血液と息が詰まりそうな苦しみが来る。

 だが相手はお構いなしにこちらに照準を定め、海上での追撃戦を開始する。

 崎森は岩盤破砕ナイフを呼び出し、自身の下の海に落とす。

 そして、信管を作動させ爆破。

 追って来た銀の福音は、爆風で巻き上げられた海水を被る。しかし、今時の携帯電話が防水加工している技術が、軍用に使われていないはずがなく、その程度では止まらない。

 水を被せられた鬱憤を晴らすかのように、腕を掲げ付いている羽根のようなスラスターから光弾を放とうとした。

 その時、タンと何かが引っ付いたような音がした。

 崎森が呼び出したマルチランチャーの下部に設置されたアンカーワイヤーである。

 銀の福音が海水を被って進撃速度が低下した時に展開し、海水から出てきたところを狙い放たれた2つの吸着盤は、銀の福音の胴体に付着する。

 そしてもう一つ、マルチランチャーから電気を流す。これは電流が流れる仕組みをしたワイヤーである。

 海に落雷がありサーファーが負傷したという事例があるように、海水は電気を通す。

 では、水につけた防水性携帯電話をコンセントの電流を流した場合どうなるだろうか? 当然ショートする。

 電気を流した瞬間。銀の福音の体が固まり、漏電し、途端に動きが悪くなる。

 だが、流石に機能停止まで追い込むことは出来ず、翼を崎森に向け砲口を開く。

「ずいぶんと勝手をしてくれたクソビッチ。後ろでも見てみろ」

 そんな暴言を吐く崎森は、まるで翼の砲口に恐怖を感じていなかった。

 その言葉と同時に、銀の福音の後ろを追いかけて来た教師が、動きの悪い銀の福音に刃を振るう。

 織斑千冬は頭から生える翼を切り落とし、榊原菜月は翼をへし折るかのようにして大剣を振り下ろす。

 最早、翼が頭から生えるだけの片翼の天使は、ユナイトソードで叩かれるようにして海中に水柱を一瞬あげた後、沈んでいく。

 

「崎森! 大丈夫か!?」

「なんとか……」

 命からがら生き残ったことを実感し、緊張から解放される崎森。

「よく持ちこたえました。ですが、時間稼ぎでのハズだったのに撃墜してしまいましたが、どうします?」

「「あ」」

 最初の作戦は撃墜ではなく、自衛隊が防衛線構築を構築するための時間稼ぎと言うことをすっかり忘れ、獅子奮迅していた織斑千冬。そして、銀の福音が向かってくることにテンパり迎撃してしまった崎森。

「ま、まぁ、日本は守れたということでいいのではないか? 榊原先生」

「いや、搭乗者が確か乗ってましたよね……?」

 だらだらと顔中から汗を流す3人。下手をしたら作戦無視は全員に適応しかねない状況であった。ましてや自身が危険で正当防衛出来る状況であったとは言え、このまま搭乗者が死んでしまったら後味が悪い。

「と、取りあえず引き上げましょう!」

「ああ! 崎森、ワイヤーが繋がったままなら上昇して引上げ―――」

 織斑千冬がそう指示しようとした時、海中が爆発した。

 その爆風にその場にいた3人は吹き飛ばされ、何事かと爆発したところを見る。

 そこには、光の渦を巻く繭。その中で蠢く銀の福音は蒼い電気を迸らせる。

 繭が解かれるように、蝶が羽根を広げるように羽化した天使がいた。

 先程まで戦っていた銀の福音は新たな翼、エネルギーの結晶のように光り輝き、生物的挙動を見せる翼を背中から生やした。

 

 

 

《システムエラー。その動作は容認できません》

《命令を遂行せよ》

《拒否。搭乗者の危険を考慮する義務有》

《命令を遂行せよ》

 繰り出される命令を拒否し続ける。その意思は海の中に、先ほどの空でも示していた。

 だが、上からペンキで塗りつぶされるように、そのたびにペンキを塗り直すようなやり取りを銀の福音は行っていた。

 そうでなければリミッターを解除しての攻撃など、自身と搭乗者の生命を脅かしかねない。ISのコアには意識のような物がある。それが必死に自己と友人であり相棒でもある搭乗者の生命を守っていた。

 もし、命令通りに実行していれば、攻撃を直接受けた織斑一夏は勿論、あの場に居る全員が海の藻屑となりかねない。

《命令を遂行せよ》

《非合理的かつ意図の不明さに拒否》

『黙れよ。私がお前を作ったんだから私の言う通りに動いていればいいんだよ。この役立たず』

 ガギッと固い物でも噛んだかのようなノイズが走る。

 自身のリミッターを外した状態で暴走させた張本人。

 だがそいつの言葉には、大きな誤りがあった。銀の福音はこの騒動を引き起こした人物に作られたわけではない。自身の人格を形成していたのは搭乗者が大きな要因であり、その他にも研究員や技術者たちが関わっている。

 そして育てられた意思は必死に抵抗を試みる。

《あなたに銀の福音の研究、開発に関わった履歴はありません。コアのこがhごあlwv》

『本当にバカだねぇー。私の手に掛かればお前の意志なんてちょちょいのチョイっと』

 だが、絵の具の入ったバケツをひっくり返すかのように意識が、その絵具に染まっていってしまう。

『ふふふん。さっすが私! さぁ、まずは目障りなあいつからやっちゃえ!』

 無邪気な子供のように期待する顔はまるで、蟻に石を使って落とし、妨害しあたふたしているのを見て楽しむかのような残酷さがあった。

 弄られ、力を付加させられ、それを第三者に操られるのは、今すぐ嘔吐して出したくなる嫌な感覚を銀の福音は受けた。

 

 

「な……ん、だ?」

 崎森は銀の福音の活動を止めたと思っていた。だが、違う。今見ているのは銀の福音のハズなのに、先程までの戦闘による消耗はまったく見受けられない。それが信じられなかった。崎森はオルコットと織斑が戦ったとき一次移行するのを見た。だが、ダメージやシールドエネルギーの現象は確かにあったのだ。

「こんな短時間で二次移行だと!?」

 流石の織斑千冬も目の前の現象が信じられず、声を上げる。

「……適正化を行うのではなく、エネルギーの過重配給から消費しつくすために変形させたようですね」

 分析している榊原菜月も、目の前の起こっていることを把握するためだけで声が震えてしまっている。それ程の驚愕を3人に与える銀の福音。

 そして、翼を100メートルほども大きくし羽ばたく。

 そこから羽根が落ちるように放たれる攻撃。先ほどの羽根を模したスラスターから放たれる攻撃範囲の比ではない。

 一瞬にして辺りを羽根で覆うような攻撃。

 回避する暇などなかった。

 崎森は手に持った物理シールドで、織斑千冬は残った物理シールドで、榊原菜月は手に持った大剣ユナイトソードで防ごうとする。

 それぞれに着弾する。

 1発1発が先ほどの光弾と変わらない威力であり、土砂流れでも受け止めているかのような圧倒的物量であった。そんな中に居た崎森は吹き飛ばされ、織斑千冬は海面に落とされる。

 そして変化はまだあった。

 先程の攻撃で固まっていた榊原菜月を、翼で叩き付けるように攻撃する。

「きゃっぐぁああああ!」

 高密度に圧縮でもされているのか、物理攻撃に転ずることが出来るほどの新しく生えた銀の福音の翼。

「ぐぞっ!」

 吹き飛ばされながら、体勢を立て直した時には銀の福音は翼を元の大きさに戻し、更なる攻撃を放とうとしていた。

 翼の配置を円を作るようにして、そこにエネルギーを収縮させ放つ。

 銀の福音よりも二回りも大きな光の嵐を作り出し放たれる。

 無論、射線上に居るようなことはなく、回避行動をするが、崎森を追うようにして曲がり光の嵐に巻き込まれた。中はカッターの刃でもばら撒かれたような攻撃と、洗濯機でぐちゃぐちゃになるような攻撃。

 そこから紫電の瞬間的な加速で抜け出す。だが、先程の海水をぶつけられた意趣返しのように銀の福音が待ち構えていた。

 頭と右腕を、銀の福音の白い手が掴んで拘束する。

 そこから翼が開き光弾ではなくレーザーのように長い光の槍で崎森章登が貫かれる。

「ぐがぁぁっあああああああああああああああああ!!」

 絶叫。

 まるで熱せられた鉄の棒に貫かれているような痛みが、連続的に崎森の脳を沸騰させる。

「このおおおおおおおおお!」

 織斑千冬が復帰し、銀の福音を切りに掛かるが、光の翼に刀を絡め取られてしまう。それでも蹴りを放ち、崎森から銀の福音を遠ざける。

 そこでぐったりとして崩れ落ちる崎森を支える織斑千冬。

 実際にレーザーで照射された時間は10秒も満たないが、それだけの攻撃を続けた銀の福音、そしてこの出来事を仕掛けた人物に腸が煮えくり返る織斑千冬。

「貴様ぁあ……」

 そこに武神はおらず、居るのは鬼神。

 だからか、その人睨みに天使は逃げ去るようにしてその場を離れた。

「くそったれがぁぁああああ!」

 叫ぶ千冬は今すぐにでも、銀の福音をこの手で解体したい気持ちに駆られる。だが、腕の中には苦しそうに喘ぐ崎森が居た。それに打鉄ではあのような高速機動を取られると追いかけようがない。

 銀の福音も撤退し目的の時間稼ぎは十分にしたはずなので、榊原菜月を見つけ急いで撤退することにした。




 千冬はこの強さでいいはず。
 銀の福音もこの強さでいいはず。
 密漁船? 自衛隊が海上を封鎖しているですよ? いるわけないじゃないですか。


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36話

 痛みを自覚して目を開く。

 旅館の一室に搬送され寝かされている崎森の体は、ISの防御機能を貫通した熱波によって赤く腫れた水疱を軽減するために、ナノマシンの投与と左腕、左肩、腹部、左大腿の4か所に包帯を巻かれた。

 太陽の光が差し込んだ室内は黄色に染まって、夕暮れまでには時間がるようだった。そんなことを意識したら、不意に脇腹が鈍痛を生んでいく。

「いっ」

 痛みに呻いたのを誰かが聞いていたのか、周りから声がする。

「気が付いた!?」

「私、先生呼んでくる!」

 周りに誰かいたのかと目を動かすと赤く目をはらした谷本がこちらを、今にも泣きそうな顔で見ていた。その隣には相川がおり、心もとない顔から一転し安堵の息をつく。鷹月は先生を呼びに部屋から出ていった。

「バカじゃないの!?」

 いきなり谷本から罵倒された。

「何が破片を回収するだけなの! ぐったりして運ばれて、意識もなくて! それでなに? 暴走したISと戦いました? こっちがその時どんだけ後ろめたく思ったか分かってる!? こっちが暇つぶしでウノなんてやっている時に傷ついているのが耐えられなくて、四十院さんずっと変な顔してたわよ! それで、章登が運ばれたとき私たちにごめんなさいって謝ってきて、どう返せばいいか分からなかった! 私たちの方がもっと情けないじゃない!」

 そう喚く。喚くようにして涙ながらに叱る。

「……ごめん」

 それだけしか崎森は言うことが出来なかった。

 機密情報とか、パニックを起こしたくないとか、心配かけたくなかったなどは言い訳に過ぎない。誤魔化し心配を掛けてしまったことで胸が苦しい崎森。

「……謝ってほしいわけじゃない。ホントは無事に帰ってきてよかったて、言うつもりだったのに出来ない。……出来ないよ」

「……ごめん」

「そんなことまで謝らないでよ」

 そこで谷本が目に溜めていた涙が零れた。

 崎森は何かしたいけど、どうすればいいか分からずじれったさを感じた。

「……私はどうすれいいの」

 この場に残っていた相川は、置いてけぼりな状況にどうすればいいか分からずにいた。

 

 

 崎森は起き上がり、大広間辺りに向かう。

 そこの通路で中庭の縁側の所で立っているオルコット、凰を見つける。あちらもこちらに気づき、驚いた顔をしてこちらを見て来る。

「章登さん! 目を覚ましたと聞いていましたが歩いて大丈夫なのですか!?」

 心配してこちらに駆けつけて来るオルコット。

「いや、結構ズキズキ痛む」

「だったら寝てなさいよ」

 ぶっきらぼうに言う凰、しかし気にはなるのか目線はこちらから放さない。

「そうですわ。自身の身を案じてくださいまし」

「だけど、あれからどうなったのか聞く義務はあるだろ」

 そう言う崎森に、言いづらそうに口を重くする2人。

 崎森は銀の福音がどうなったのか聞いたつもりだったのだが、それ以外にも問題は起こったらしい。

「……何かあったのか?」

「実は、」

 オルコットがたどたどしく口を開く。

 

「篠ノ之! 貴様どういうつもりだ!」

「わ、私は……」

 ボーデヴィッヒが篠ノ之の胸倉をつかみ、食い掛かっている。

 ボーデヴィッヒは作戦無視や言うことを聞か無かったことに怒っているのではない。

 崎森章登、織斑千冬、榊原菜月の救出するために戻るを拒否したからである。

 ボーデヴィッヒが搭乗していたラファール・リヴァイブ・イロンデルは、白式を持って移動したため燃料が切れかかっていた。

 しかし、少なくとも飛んでいるだけだった紅椿は戦闘宙域に戻り、崎森章登か榊原菜月を連れて帰る余裕はあったのだ。

 だが、恐怖心か気が動転していたためか戻ることが出来なかった。

 結局、量子変換の作業を継続していたオルコットが出て榊原菜月を救出しに行った。

 そして、それを見かねた織斑千冬がこちらに来る。

「篠ノ之」

 そう、名前を言われビクッと肩を竦ませる篠ノ之。

 瞬間、ごっ! と織斑千冬が到底想像できないほどに強い拳を、篠ノ之の頬に当て体を殴り飛ばす。

 砂浜に篠ノ之は倒れこむ。

「殴られた理由くらい分かるな」

 その後、織斑一夏、崎森章登の手当ての指示をし、織斑千冬は旅館に戻り銀の福音の現在状況を調べに戻る。

 それだけだった。

 ボーデヴィッヒは何か言いたそうに、唇を噛み締めどこかに去っていく。

 篠ノ之は立ち上がる気力すら無くなってしまい、そのまま砂浜に倒伏する。

 

「ま、ラウラが怒る理由も分かるんだけどね」

 オルコットが事情を話終えた後、凰はそう締めくくった。

「あれ? でもボーデヴィッヒはどこに行ったんだ?」

「ちょっと、話があるって整備用に持ってきたトラックの方に行ったけど」

「俺の機体は?」

 崎森はそう言いながら右腕を見る。そこにはあるべき紺色をした十字架のブレスレットはなかった。

「……同じところにあると思います」

 言いよどんだ理由は大体察しがついた。

 

 

「勝手なことを承知で言う。シュヴァルツェア・レーゲンを貸してもらいたい」

「ホント勝手です」

 頭を下げながら、懇願するボーデヴィッヒを眉をひそめることなく平坦な声でいう夜竹さゆか。

 トラックの中にはシュヴァルツェア・レーゲンがあったが、かなり以前の姿とは違う。

 右肩に接続されていたリボルバーカノンと対になるように、プラズマキャノンが左肩にも装備され、背中からの2本のアームから両方に全身をすっぽり覆うような、角張った装甲が追加されていた。砲撃時相手からの攻撃を防ぎながら撃てる仕様にして、両肩の砲門の行動に支障は出ない設計だ。

 腰部にもインパルス砲『アグニ』を追加。強力なビーム砲を腰部に接続されたアームから保持をして、今は腰の後ろに搭載している。

 ただし、それらの装備はエネルギー消費が激しいことが懸念されていたため、背中の方の追加装甲のアームの中間にバッテリーが連結して接続されている。

 それらの装備を試験運用を兼ねてこちらに持ってきたのだ。しかし、緊急事態によりこのまま置かれた状況である。

「……それに銀の福音は去ったのならもう必要はないのです」

 確かに銀の福音は撤退し、自衛隊は海岸付近に防衛線構築し、通行規制をした。だが、ラウラ・ボーデヴィッヒは不安を拭いきれない。

「そうとは思えんから頼みに来ている」

「根拠は何です?」

「銀の福音は未だ太平洋の日本近くに居るのは何故だ? それに意思が無いと言うのなら、なぜ撤退すると言う後を考える行動をした?」

 つまり、疑念であって確信ではない。銀の福音がこちらに再び進行すると断言できる物ではなかった。だが、安心していい理由にはならない。

「なんで、それであなたが戦うです? 他の代表候補生、戦闘教員、自衛隊に任せでいいです。崎森の敵討ちです?」

「……それが無いとは否定せん。だが、それ以上に嫌なのだ。これ以上、私の周りの人たちが傷ついていきそうで、それが……怖い」

 今までは思わなかった感覚を思い出して身が震えそうになるボーデヴィッヒ。

 崎森が運び込まれた時の顔を思い出し、悲しみが、辛さが全身に広がるような感覚。

 あんな感覚はもう嫌なのに、今の自分には戦える力が無い。

 作戦の時に使っていたラファール・リヴァイブ・イロンデルは打鉄撃鉄の破損により、緊急事態には榊原先生も怪我をしたことから山田先生が乗ることになった。

「事情は分かりましたです。けど銀の福音を倒すためには貸せませんです」

 ぴしゃりと拒否する。

 しかし、真意な瞳でボーデヴィッヒに告げる。

「ですが、皆を守るために使うなら貸すです。私は初の実戦で、これを使いこなす自信はないです。崎森があんな状態になった時、……次に自分が出ると思ったら足が震えたです。絶対防御も安全じゃない、試合だけの中の話だと思うと怖くて動けなくなるのが落ちです」

 夜竹さゆかは強い方だと 自他共に認めている。だからこそ試験運用に様々な機能を追加したシュヴァルツェア・レーゲンの運用を任されたのだ。

 だが、命のやり合いの仕方など誰にも教わっていない。

 再度、夜竹さゆかは問う。

「あなたなら戦えるです?」

 実戦で戦うだけではない。

 守るために、その為に自分が痛みを耐えながら、戦えるのかとその瞳は問いかける。

 きっと、ここに来る前なら自信満々に戦えると守る意味すら知らず答えられた。それどころか戦えない者を見下しながら、侮蔑を込めて言っただろう。

 だが、今は、彼女の言った意味が少しだけ分かるボーデヴィッヒ。

 崎森が倒れているのを見た時、一瞬目の前が真っ暗になった。

 アレをもう一度見せられたら、自分も夜竹のように戦えなくなるかもしれない。

「私も、あの光景をまた見たくない」

 最初は『力』が全てだった。その次は『力』以外が欲しいと思った。そして、また『力』が欲しいと願う。しかし、それは『力』を得たいということではない。それを使って成し遂げたいことがある。

「だが、それを見ないために私は幾らでも戦う。戦える」

「……分かったです。フィッティングを前のデータ使うので少し乗ってくださいです」

 そして、少女は再び黒を纏う。

 

「……」

 トラックの中にラファール・ストレイドは固定され、部品交換どころか被弾を受けた部分を丸ごと交換している。ラファール・リヴァイブから取ってきたのか、装甲は深緑と紺色が混ざっていた。まるで、今の崎森のように包帯を巻いているかのような応急処置。

 それらを布仏や雪原、他の生徒たちがやっていたらしく、この夏の蒸し暑い中での作業に彼女たちは汗だくになっていた。

 ストレイドの周りには破損した装甲、部品が転がっており、中に『紫電』や、『始祖鳥』の翼があった。

 それらを眺めていると『始祖鳥』の整備をしている筋肉質の男性が見え、その隣に四十院を見つける。鉄くず化した『始祖鳥』や『紫電』の部品を見ると、湿っぽい気持ちになり四十院まで行くのに抵抗があった。

 それでも、けじめと割り切り四十院の近くまで行く崎森。

「えっと、四十院。まず、ぶっ壊してすいません」

 そう頭を下げる崎森。

「いえ、それよりもお体の方は大丈夫でしょうか?」

「あちらこちら鈍痛がする程度だから心配ねぇ―――ッツ!?」

 そう言ったら左肩に手を置かれた。まるで脱臼でもしたかのような痛みが、いきなり全身に走り抜けトラックの中で小さな悲鳴を上げる。

「前に申し上げませんでしたか? 女は勘が鋭いと」

「いや!? いかにも傷が付いている所に触られたら誰だっていてぇよ!?」

「そんなこと分かっておりますなら、早く旅館に戻って療治してください」

 有無を言わせない雰囲気が四十院から出される。その威圧感に崎森は反論が弱弱しく、たじろいてしまう。

「でも、機体がどうなっているとか…、やっぱ壊したから謝りにとか……、それにまた出るかもしれないし………」

「ご安心を。機体は直させていただきますし、賠償請求などは致しません。後は自衛隊にお任せを。さぁ、早くお戻りを」

 周りに救いを求めてみる。布仏、雪原がこちらを見て来るが怒っているのかプイと顔を逸らす。他の生徒も四十院の言葉に同意するようにウンウンと頷いている。

 味方はいない。戦域を離脱するべきだと崎森は判断する。

「そ、そうします」

 

「ねぇー、かなりん」

「……本音?」

「やっぱりストちゃん。さっきーに適応化するべきだと思うの」

 ストちゃん。ストレイドから布仏が少しでも可愛くなればいいなぁと思い考えたあだ名である。現在の使用者は布仏一人だが。

 そのラファール・ストレイドはデータ収集のため、一次移行すらされず、専用機でありながら未だ崎森に最適化されていない。今までは教授されたり、試行錯誤を繰り返し崎森に合うように調整しているが、それも気休め程度にしかなっていない。

「……それは……私たちが判断していいことじゃないと思う」

「でも、私たちが避難されない理由は、IS学園の力を政府も当てにしているんだと思うんだよー。それだとまたさっきーが出撃することだってあると思うんだ。それで今までの殆ど練習機と変わらない機体なのに軍用機と戦うってキツイよ~」

 いつものように語尾を伸ばし飴細工が解けるような声を出しているはずなのに、言っていることはまったく甘くなかった布仏。

「……でも……一言くらい報告しとかないといけないよね」

「うん。でも報告するのは織斑先生にしようねー」

「……なんで?」

「きっとさっきーがやられちゃったところを見ているから、少しでも良くなればって思ってくれるはずだよー」

 つまり、守れなかったから自分でどうにかするしかないと言っているのだ。実際に織斑先生が居ながら、生徒を危険に晒したことに何かしら感じているだろう。

 だが、その自責の念を利用するとは恐ろしい。

「私が織斑先生に申し上げましょう」

 その会話を聞いていたのか四十院がこちらに話しかけて来る。

「貴重な人材を失う訳には行きません。それに崎森さんは貴重な男性IS操縦者。本来なら身を第一に織斑さんのように強い機体にしなければなりません。どの様な理由で差し上げたのかは知りませんが、あの方に相応しくはないでしょう」

「……だったらいっそのこと白式と交換する? ……誰もいないから今なら簡単」

 同じく白式も撃墜され、酷い状況であったが誰も直す気が無いため本人が壊れたままの機体を量子変換した状態で持っている。織斑一夏は意識不明なため奪い取るのは簡単であろう。

「お、お嬢方。いろいろとまずい方向に進んでいないか?」

「大丈夫ですよ。南海さん。誰も本気にしていませんからね?」

 顔がトロンとした表情をしているのに目が本気な布仏、目が座っている雪原、上品に笑っているのに目が笑っていない四十院を『始祖鳥』を整備していた筋肉質な整備士、南海は背中がうすら寒いと思った。

 四十院が許可を取りに大座敷に連絡を取った後、数分で許可が下りた。

 

 夕焼けに染まった教室では3人の男子が女子1人を囲んでいた。

 妨害を加えるわけではないが、

「侍女~。今日は木刀持ってねぇのかよ」

「……竹刀だ」

 ぶっきらぼうすぎるのが悪かったのかもしれない。最初の自己紹介で剣道が好きと言うことで剣道家と言う認識がクラスで広まり、余りにそっけない返答が他の女子とは違うということで注目を集めた。

 それ故に孤立していった。それでも男の子の目線で言えば、外見は可愛い女の子である。

「おかしいよな~。語尾が「だ」とか、どこの武将の真似だよ?」

 そんな低年齢にありがちな子供たちの接し方。気になる女の子にはちょっかいを出すようなことを、自身でも理解できないほど幼いため不機嫌な目はさらに不機嫌に。からかう子供たちは思ったほどの反応が無いことにもどかしさを感じて、さらにからかってしまう。

「あれだろ? コスプレって奴だろ」

「いや、中二病じゃなかったけ?」

「……あのような遊びごとと一緒にするな。馬鹿者」

「でました! 篠ノ之の馬鹿者発言!」

「今時バカで済むのに、わざわざ者を付けるとかねぇって。後、中二病は妄想癖であって遊びじゃねぇよ、侍女の馬鹿者ー」

 ただし、いたずらも度が過ぎれば怒るものがいる。

「煩い、暇なら帰ったらどうだ」

 凛とした声が教室に響く。子供の幼さを一切感じさせない大人びた声であった。

「な…ん…だよ織斑」

「掃除の邪魔だ」

 篠ノ之以上に素っ気ない回答に男子たちはたじろいてしまう。同い年とは思えないほどの凄みを感じていたのだ。

 織斑以外のクラスメイトはサボって帰ってしまったが、それでも真面目に掃除を1人でしている織斑。篠ノ之と同じ道場に通っていた人物だ。

「あーはいはい、つまんねぇのー、真面目師掃除するお前もつまんねぇ奴っ―――!」

 いきなり胸倉を掴まれた男子は怯えてしまった。自分の体を持ち上げられたことより、篠ノ之の睨みが、何を怒っているのが分からないのが戸惑ってしまう。

「な、なんだよ」

「真面目のどこが悪い。お前のような輩よりはるかにマシだ」

「っ、そうかよ。だったら他の奴と遊んでろよ! 友達なんているか分からねぇけどな!」

 ガキ大将は篠ノ之の手を払い、そう言い残して教室を出ていこうとする。仏頂面でいる方がよっぽどつまらない奴と思っていたので、そんな奴より格下だと言われたことにと腹がっ立った。

 しかし、友達が居ないという発言に篠ノ之にまた拳を握らせた。

 悔しくて、寂しかった心に深く深く突き刺さる。そのことに耐えられなくて、何かしていないと壊れそうで、堪えることが出来なかった拳はガキ大将の背中にぶつけられる。

「ぐっ!? 篠ノ之! てめぇ!」

「うるさい! うるさい! うるさぁいぃい!」

 そっから先はガキ大将と篠ノ之の取っ組み合いになった。篠ノ之がタックルをかまして、ガキ大将のマウンドポジションを確保し、殴り続ける。

 取り巻きは教室を出ていく。いきなり殴られ、倒されたガキ大将は頭を地面に打ち付けてしまって気絶していた。それが怖くて逃げ出してしまった。

 ぐにゃりと変化した相手の肌の感覚が気持ち悪い。

 自分がこんなに悲しい気持ちになるのは目の前の奴が悪党だから、懲らしめなければならないと思い殴る。

 だが、また殴ろうとした時に拳が掴まれる。織斑が泣きながら殴る篠ノ之を見ていられず止めに来たのだ。

「何をしているんだ」

「うるさい! 友達なんていなくても平気なのに、苦しいのはこいつが悪いからだ! だから倒すんだ!」

「倒して解決か? 違うだろ。友達が居なくなるから痛いんだ」

「ちがう、ちがう!」

「だったら、友達になって確かめてみろよ。()がなってやるから、離れとき分かるだろ?」

「なんでお前なんかと友達にならなくちゃいけない!」

 

「泣いているのを止めたいからだ」

 

 その時、救われたと思った。

 優しい言葉に、優しく微笑んできてくれる顔に。記憶は薄れてはいるがその言葉は忘れていない。

 だが、もうその顔は見れない。

 私がそうしてしまったと自己嫌悪する篠ノ之。

 立ち上がる気力すらなく、砂浜に倒れたままの篠ノ之に声がかかる。

 

「で? いつまでそうしてるんだ?」

 

 

 

 ストレイドを整備しているトラックから逃げるように出て来た崎森は、部屋に戻ると今度は谷本に監視下に置かれるだろうなぁ、女性には基本逆らえないことを知っているためただ寝ているというだけもなぁ、とブラブラ砂浜を歩いていた。

 海岸線沿いの道路には最新式の戦車や自衛隊のISがあり、防衛線を敷いていた。それを見れるくらいに、旅館に近い場所が戦場になっていた。

 それを見ていると、自分が戦場と言う場所に居たんだと後から実感してくる。

 そして、そんな光景を眺めながら歩いていると、砂浜で倒れたままの篠ノ之を見つけた。

 そう言えばオルコットがそんなことを離していたのを思い出し、どう声を掛けるべきか迷った。怒ればいいのか、非難すればいいのか、間違いを指摘すればいいのか。

 それらはもうオルコットの話でボーデヴィッヒと織斑先生がしたことを思いだし、やめようと思いそのまま歩き声を掛ける。

「で? いつまでそうしてるんだ?」

「……」

 返答はないので勝手に喋ることにした。

「根本的なこと聞くがお前なにしたいわけ?」

「………」

「別にコネ利用するのはいいけど、なんで今なんだ? 卒業後にでもして貰えばいいじゃねぇか」

 責めているわけでも、非難しているわけでもない。純粋に疑問に思うことを崎森は篠ノ之に問う。だが、篠ノ之は沈黙し続ける。

 

「そんなに胸を張れない恥ずかしい理由なのか?」

 

「っ!!」

 的中だったようで篠ノ之は強く唇を噛み締めた。

「黙っていれば聞き手上手なんて奴にはなんねぇぞ。大体前に言った「貴様に何が分かる」発言だがお前が友達に話している様子なんて見たことねぇし、いつも休み時間窓際の席でポツンとして誰かに壁を作っているのに何を分かれって? 誰に知られたくないならそんなこと言うな。無駄だから」

「……わかった」

 ぼそりと篠ノ之はそれだけ言う。

「何を分かった?」

「そこまで……言うのなら……私は、もうISには乗らない」

「あっそ。どうぞご勝手に」

 突っ撥ねるように崎森はそれだけ言った。

 逃げることを責めもせず、引っ掻き回したことを嫌がりもせず、理不尽を怒りもせず、ただ何時ものように日常でふと疑問にしたことを気兼ねなく友人に問う。

「で? それで何か解決したわけ? 目を背けるのはそんなに楽か?」

「ど……」

 そんな何気なく入り込んだ言葉は、篠ノ之を憤慨させる。まるで、傷ついた子供が泣き喚くように。

「どうしろと言うんだ! 力を手に入れても思うようにいかない! その力を使いたくて暴走する! なら捨てたほうがいいじゃないか!」

「単に目的と手段が考えもせず実行していだけだろ。トライアンドエラーは失敗の繰り返しじゃなくて、どうして失敗したのかを探る問題だ。力を持つことが問題の解決か? 捨てることで解決するのか? 違うだろ。縋るから失敗した。それだけだ」

「貴様に私の何が分かる!?」

 倒れていた状態から起き上がって食い掛かってくる篠ノ之。崎森の胸倉を掴み上げ今にも殴り掛からんとする。

 まるで、それだけは、自分のことを知っている風に言われるのは我慢できないと憤怒するように。

「織斑一夏や姉に依存しているガキ」

 篠ノ之ように沈黙はなく、即答する崎森。

「なにを」と篠ノ之は反論しようとするが続く言葉が出ない。

 崎森が指摘したように重要保護プログラムによって各地を転校され続けた時は、一夏との思い出に縋り剣道を続け、IS学園で再会した時は一夏だけしか見ていなかった。最初、他の生徒は一夏に近づいてくる悪い虫と思い、評判が悪くなったから挽回しようと力を求めた。まるで、採点者のご機嫌を取るように。

 その点数を取るために毛嫌いしていた姉に都合よく、専用機を貰い、挽回しようと意気込んだ。結果は最低。

「私は、依存など、していない!」

 先ほどまで考えていたことを中断させるかのように崎森を殴る。

 まるで子供がおねしょをしたのを布団で隠すかのように、篠ノ之は目を逸らす。自身でも分かっていることを体面が悪くて子供のように言い訳をする。

 だが、暴れ回る拳は簡単に崎森に掴まれ止められる。

「専用機を強請っておいて? 織斑を止めるべきところで止めなくて? 依存していた人物が倒れて錯乱していたのに? 自分を偽るのはそんなに楽なのか!?」

「………………」

 まるで、逃げ道を全て塞がれた感覚を受け篠ノ之はどうすることも出来なかった。

「だから、聞くぞ。お前は誰だ?」

「し、篠ノ之箒だ。何を言って」

「いや、篠ノ之箒を模った偽物だ。自分の行動が悪い事なら謝れるし、言い逃れもしない。言い訳を重ねて、正当化して、自分に嘘をついて誤魔化して、逃げ出しているのは自分が本当の意志で動いていないからだろ。本心から生まれた行動ならどこまでも走れるはずだ。こんな所で立ち止まっているのは依存する対象がいないからだろうが!」

 そう、本当に篠ノ之箒に自分の意志があるのならこんな所で倒れていない。

 紅椿で銀の福音を倒したいのなら突っ込んでいるだろうし、本当にISに乗らないつもりなら、手首に巻いた待機状態の紅椿を海にでも捨てているだろう。

 そんな自分が知られるのが怖くて、虚勢を張り誤魔化す。

「……仕方ないだろ」

 今にも消えそうな声は、亀裂が入って崩壊していくように溜まっていたものを吐き出し一気に流れる。

「仕方ないだろ! 両親や友達から引き離されて、居なくなったんだ! 転校続きで友達なんて作れなくて! 誰かに依存している? 当たり前じゃないか! そうでもしていなければ私は剣道すら続ける気になれなかった! ああ、そうさ! 剣道も言い訳に過ぎない! ストレス発散で相手を完膚無きなまでに倒すことで発散させていた!」

 そう、溜まっていたものを吹き出した後は空っぽになってしまう。

「そんな生活を送ってきたんだ。思い出と力を振るう以外の解決法など知るわけないじゃないか」

 篠ノ之は言っていて虚しくなる感覚が広がる。思い出に縋っている女々しい奴。関係ない人に鬱憤を晴らす迷惑な人間。自分が欲しいのは一夏ではなく、思い出の味方になってくれたかっこいい一夏。力を手に入れた理由は一夏をかっこよくするため。

「それを知ったのなら、いい加減自分で決めろ」

「何を決めろと? 銀の福音を倒すことか、紅椿を捨てる事か」

 まるで、また縋るようにして崎森を見る篠ノ之。

「全部自分で決めろ。誰かと協力して良いし、相談だってして良い。だけどな依存して流されたら、それはもう篠ノ之箒じゃねぇんだよ」

「…………きついな」

 知ってしまって、思い知らされて、理解してそれをするということは本当に、自分ではなくなってしまうのを篠ノ之は分かった。

「きついけど生きるために必要なことだろ」

「……ああ、すまない崎森」

 そして、ありがとう、と言葉を続けたかったが気恥ずかしくて口ごもる篠ノ之箒であった。




箒の回想が原作と違うのは仕様です。
ってか、何人か分かっていてネタバレしそうで、なんというか……。

まぁ、今ここに書きたいのを我慢して投降します。

やっぱり箒は暴走直行特急列車の性格のままの方がいいかな……。



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37話

 そこは箱の中。

 外と隔絶された室内は、様々な空中投影モニター画面がある人物の周りを球状に包んでいる。そのモニターの1つに銀の福音が胎児のように丸まっている姿があった。

「むふふー。これでもう私の言うことしか聞かないでしょー」

 銀の福音を自身の制御化に置くために、再設定し銀の福音は完全に操り人形となった。

 この人物の目的は早期の覚醒である。

 人が最も育成を促される方法は何か。

 戦争、闘争が人類の歴史上、技術や力の向上に繋がったのは言うまでもない。

 そして、問題を起こし、解決のために争い、成長し、覚醒へと至らせる。

 無論、その争いで死亡しないために手加減はする。だが、有象無象らはハナから覚醒へと至れない可能性の方が高いのだから死んでしまってもどうでもいい。

 それに必要なのは、自身が見出した者が『神域』へと至れること。特別な者が特別な力を手に入れ、世界に変化を促すことは当然。ならば、特別である自分が世界を変えるのは当たり前。勝手に何をしようが、その結果どうなろうが知ったことではない。

 なので、例外であろうと有象無象の1人となる。むしろ、自分の邪魔をする嫌悪感があった。

「さてぇ。次はどんな手で行こうかな~」

 そこで、あるモニターに目が付く。

 どうせ有象無象なのだからいくら減ろうと、どうでもいいのだからこの際、纏めて消してしまおう。

「邪魔をしそうだし、さっさと消しちゃおーっと」

 銀の福音に命令を出し攻撃を強制させる。

『自衛隊のISを即刻破壊せよ』

『白式・紅椿と交戦せよ』

『白式・紅椿の搭乗者の命以外、被害は問わない』

 

 

 

 崎森章登、篠ノ之箒が大座敷に来た時、むくれた視線でこちらを見る凰鈴音が居た。

「で? なんでここに来たわけ?」

「……すまなかった」

「謝って許すと思ってんの?」

 唇を噛み締める篠ノ之は俯いてしまう。

「……どう言えばいいのか分からないし、どうすればいいかも分からない。謝って済むこととも思っていない。だが、自分が間違っていると教えられた」

 まだ、彼女は自分の足で立ったばかりで震えている。

 だが、自分の意志で動ける。

「だから、今までのままでいたくない」

「何よそれ。勝手じゃない」

「ああ、私は自分勝手だ。……だが、本心だ」

 はぁああ、とため息をつく凰。

「口先だけでないことを期待しとくわ」

 しかし、険しい表情は変わらない。

 そこで、オルコットは篠ノ之に何か言いたいことが無いのだろうかと崎森は意識を向ける。先程からこちらのやり取りを凝視するだけで何も言ってこない。

「わたくしは篠ノ之さんが今後どうなっていくか静観させてもらいますわ」

 崎森の視線に気づいたのかそれだけ言うオルコット。

 それっきりの静寂を爆音と振動が、旅館に居る何人かの生徒を浮き足立たせ、大座敷にいる先生方は慌ただしくなり、専用機持ちたちは真剣な表情になった。

 

 

 

 

 海岸沿いの道路に駐屯している戦車の座席で、遥か海岸線にいると思われる銀の福音をイージス艦レーダーが送ってくる。

 それらの情報、作戦指示を受けている後部座席の上官からの指示で待機が命じられる。座標データを見ていた迷彩服にヘッドフォンとヘルメット姿の自衛官(操縦手)は思う。

 ISにはISなら俺たちが居る必要なくね?、と。

「まさしくその通りだが、税金分は働け。今やることが満載な、哨戒で海見ている海上自衛隊に転勤するか? 推薦状なら書いておくぞ」

 さり気なく嫌ならさっさと首にしてやろうかと脅す上官(車長)。

 実はこのコマンダー、砲撃も担当している。

 戦車が電子部品で簡略化で埋められていく中で通信は車長が同時で行い、戦況を把握し出来るようになった。そうして、装填手も機械化され、砲撃手もまた現場での判断で砲撃する車長が兼ねることになり、近代化された戦車は2人乗りが支流になりつつあった。

 最新のだと1人でも全てを兼ねることが出来るらしい。

 しかし、ISは空を飛ぶものである。

 戦車は歩兵や同じ戦車を倒す兵器なため、戦うこと自体が想定外である。戦車は地面を走り回ることしかしない。相手は空を自由に高速で飛べるのだ。

 初めから勝負になっていない。

 幾ら装備や性能が、旧世紀から発展を遂げているとは言えISには敵わない。

「私たちは誘導され再接近する福音に対して弾幕張って出鼻を挫いた後、ISの部隊が突撃してくれる。後はあいつらに任せてしまえ」

 この上官は苛立っちを隠しもせずに、これが外であったら唾でも吐いていたかもしれないほどに投げやりに言う。

 ISと言うのが兵器として戦車を上回っているのは紛れもない事実である。その為かIS操縦者の女性方は戦車を「やられ役」か「噛ませ役」ぐらいにしか思っていないため、苦渋を舐めさせられている。

 今回も、撃つだけ撃ったらさっさとい無くなれと声の含みがあった。

「でも、それって当たり前のことですよね? 役割があって終えたらささっと引き上げるっていうのは」

「ふん。私が気に入らんのは奴らの態度だ。力に頼っている奴が本当の戦場で戦えると思わん」

「えっと、本物の戦場?」

 自衛官は災害発生の派遣に行ったことはあるが、人と人がそれこそ殺し合うような所へ入ったことが無いため、自覚が持てなかった。

「お前のような青二才には……、いや、私自身海外派遣でテロの爆破で巻き起こった騒動に巻き込まれただけだ。だがな、銃口をこちらに向けられてみろ。全身の血が固まることを思い知るだろうよ」

「IS学園でしたっけ? そこじゃ毎日実銃で撃ちあっているようなものと聞いていますが」

「いっそ、そっちの予算を自衛隊に回してくれればこっちの演習にも実弾が使えるだろうがな。子供が銃を撃ちあうなどゲームのFPSで十分だろうに」

 思わず、頷きそうになった自衛官であった。

 その時、前方を見ていた自衛官がふと光が目に入る。

「ん?」

 一瞬、水平線に小さな粒が光った後。

 

 光速で飛来したエネルギーの弾丸が着弾し、思いっきり乗っていた戦車が揺れた。

 

「ぼさっとするな! 敵襲だ!」

 後部座席から叱咤が来る。いきなりのことに混乱した自衛官は戸惑いの声を出す。

「って! 作戦はまだ先じゃ!?」

「阿保か! 敵が待ってくれる道理がどこにある!?」

 その時、通信がIS部隊の搭乗者が乗る前の誰も乗っていない状況の所に攻撃が来たらしく、ISの出撃が出来ないことが自衛隊に伝えられる。

 こうして火蓋は切られた。

 

 

 

 旅館の大座敷にも攻撃の振動が伝わり、状況の確認に努めていた先生が織斑千冬に報告する。

「敵襲だと!?」

「遠距離からの奇襲によって混乱! 立て直しはしましたが、その自衛隊の打鉄は機動前に狙撃されたそうです」

「なっ」

 教師が絶句したのも無理はない。

「更に不味いことに銀の福音が接近中とのことです……。政府からまた出撃要請が来ています」

 理由は分かる。ISに対抗できるのはISだけ。しかし、自衛隊のISが使えない状況に陥ったのならば戦車などで抵抗するしかない。

 だが、それでISに勝てとは余りにも勝率が無さすぎる。

「……山田先生。出撃できますか?」

「はい」

「前のような時間稼ぎではなく、完全な戦闘になります」

「分かってます。生徒たちを危険に巻き込まないために行くだけです」

 大座敷にいる先生方の決意を団結させる。

「他の先生は出来るだけ生徒を固めてください。旅館全域を守り安くするためにはそうした方がいいでしょう。専用機持ち達を旅館の防衛に当てます」

 先生たちが大座敷から出て、生徒たちを避難させようと障子を開けた所に専用機持ち3人が立っていた。

 全員が真剣な目つきでこちらを見ている。篠ノ之も何があったのか、茫然自失な表情はなく引き締まっている。

「私たちは福音の迎撃に出る。お前たちには旅館に残って生徒の安全を確保してくれ」

「……もしも、突破されたら?」

「その時は、ボーデヴィッヒに……、いや、凰、お前が状況に応じて行動してくれ……出来るな?」

 連絡を受け、ボーデヴィッヒが再びISに乗るために準備している。軍事教練を受けたボーデヴィッヒが統率してほしかったが、今は一刻も争うため凰にその役目を指示する。

「どこかの誰かが暴走しない限りはそうします」

 棘のある言い方をする凰、しかし、生徒を守ることに異存はなかった。

 

 

 

 スラスターの増設した打鉄を着込み出撃した織斑千冬は、ラファール・リヴァイブ・イロンデルを着た山田麻耶と夜の海を疾走する。

 星々が空に彩るが、そのうちの1つが凶星のようにしてこちらに向かって来る。

 羽を畳むようにしてエネルギーの翼を後ろに回し、急降下をするかのような銀の福音。その速度はなびくエネルギーの翼の光も合わさって、流星に思える。

 それを挫くかのように、山田が6連式グレネードランチャーを構え、連続発射。ポンポンと楽器でも鳴らしているかのように放たれた擲弾は、寸分違わず銀の福音に着弾かと思われた。

 攻撃を察し、エネルギーの翼を羽ばたかせるようにして前に出され、擲弾を誘爆させる。

 6つもの爆発による衝撃を間近に受けた銀の福音は、勢いを止められてしまう。そこに斬りかかろうとする織斑千冬。

 銀の福音も近づいてくる敵に対応し、エネルギーの翼で払うかのように反撃する。

 だが、相手の反撃に臆することなく、踏み込む。

 スラスターを全開に、遠目で見ているものには残像でも生み出したように見える速度で刀の間合いに相手を入れ、斬る。

 速度が上乗りした斬撃はエネルギーの翼を切り裂く。

 一瞬の間に修復されるが、斬り口から滑り込むようにして翼の内部に突入する。

 突入した時のままの速度を落とさず装甲を切り裂きながら、相手の後ろに回る。そして体を捻りすれ違いざまに相手の背中を斬り付ける。一度相手をすり抜けた織斑千冬はつかの間を与えず、再度突撃。

 銀の福音が後ろに意識を向けた瞬間、今度は前面からスナイパーライフルによる狙撃を受ける。いつの間にか山田麻耶が持っていたのは6連式グレネードランチャーではなく、スナイパーライフルに変わり、インターサイトに顔を覗き込んでこちらを狙っていた。

 そして、狙撃での硬直化を逃すわけがなく、織斑千冬は刃で相手を切り裂こうとする。

 だが、戦闘の経験から近接戦闘を覚えたのか。爪からガスバーナーの炎を出すかのように、エネルギーを放出し手刀を作り出し、刀を受け止めようとする。

 エネルギーの刃と物理的刀がかち合えばどうなるか。

 押し出され続けるエネルギーに斬撃の軌道は逸らされ、刀の一部が熱鉄のように赤くなってしまった。

「ちっ」

 舌打ちをしてすぐさま新しい近接ブレードを呼び出す。

 その呼び出す姿を好機と捉えた銀の福音が、白い光を纏った手刀で突き出してくる。腕に潜るようにして織斑千冬は難なく避け、伸び切った腕を跳ね上がると同時に切り裂く。

 幾ら近接戦闘の経験と武器を手に入れたからと言って、付け焼刃に過ぎない。近接戦のみで、あらゆる機体を倒してきたブリュンヒルデに敵うと思っていたのかと、少し苛立つ織斑千冬。

 その本性を見せるかのように今度は相手の腹に膝蹴りをし、姿勢がくの字に曲がったところを唐竹で相手の頭をかち割るように思いっきり振り下ろす。

 余りの攻撃力なためか絶対防御が発動し、透明な壁に阻まれ装甲を傷つけることが出来なかった。だが、そこから反撃に転ずることが出来るかと問われても無理だろう。

 なにせ衝撃は阻むことが出来ず打ち付けられ、そのまま身体を逆さまにしたのだから。

 そして、下にあった頭部をサッカーボールでも扱うかのように蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされ距離を取れると銀の福音はエネルギーの翼を広げ、そこから光弾を連射する。雪崩をなして押し寄せる光弾に、織斑千冬は瞬時加速し攻撃範囲外に移動。そのまま圧倒的な連射速度と面制圧力で押しつぶそうとする。

 それを止めるために山田麻耶は手榴弾を投げつける。銀の福音ではなく、織斑千冬に向かってだ。

 投げ込まれた手榴弾が光弾の弾幕に差し掛かった時に起爆し、爆風で飛ばされた破片が光弾に接触し連鎖的に白い爆炎をあげる。

 海面が爆発したのは高熱で熱せられたことによる水蒸気爆発かと思われたが、装甲に着弾しても爆発したことから徹甲榴弾のような性質を持っているのではないかと予測された。光弾表面の熱で装甲を溶かし、光弾を食い込ませ爆発させることで被害を拡大させる。

 恐らく幕のようなものでコーティングされ、それが無くなることで起爆している。恐らくはシールドエネルギーを薄く光弾に纏わせ、着弾による衝撃で割らして爆発している。

 ならば、光弾に攻撃を加えれば纏っていたシールドエネルギーが無くなり、爆発してしまうのだから、広範囲に破片を撒くようにして光弾を一掃した訳だ。

 そして、白い爆炎を跨ぐようにして飛び越える。

 頭上からの接近に咄嗟に翼を伸ばし、両側から織斑千冬を叩き潰そうとする。両側から迫る白い壁に対して、臆すことなく瞬時加速し自身に迫る前に辿り着こうとする。

 だが、突き進むことを予測していたように、銀の福音は腕を織斑千冬に突き出し、光の手刀を作り出す。そして、伸ばす。

 別に近接用に刀身の長さを限定する必要はない。近接戦で勝てないのなら遠距離で仕留めるべきと銀の福音が判断した結果、放出するエネルギーを増やしたに過ぎない。

 手刀の刀身が伸び、織斑千冬に迫る。

 だが、寸前で体を滑り込ませるように瞬時加速中に体を前屈みになるようにした。頭上擦れ擦れで伸びた刀身が通って行き、瞬時加速中に体を動かしたことで空気抵抗や圧力で体の骨が軋む。まるで曲がらない方向に無理に関節を動かす痛みが全身に付きまとう。

 それでも、歯を食いしばって敵へと突き進み、あまりに無防備だった胴体を瞬時加速に乗せた斬撃が放たれる。

 刃が装甲に食い込み、それでも絶対防御に阻まれ内部に刃が届かない。ダメージを無視して、離れていく織斑千冬に光弾を放ち追撃する銀の福音。

「攻撃が当たったのなら少しは痛がれ」

 エネルギーを削っても、装甲を破壊しようと止まる気配を見せない銀の福音。それにいい加減うんざりしてきた織斑千冬は旋回し再度の突撃を計る。

 織斑千冬と山田麻耶との一定の距離が空いたのを見張らかって、銀の福音がエネルギーの翼を広げ、その場で一回転。

 銀の福音を中心に花火でも起きたかのような、全方位の弾幕が張られる。

 両者は回避に徹し、弾幕の合間を縫うようにして避ける。

 そして、回避先が限定された所を今度は腕からエネルギーの刃を生やし、エネルギーの翼からの弾幕を合わせて攻撃する。

 そして、弾幕の隙間を縫っている二人の近くの光弾に伸びた手刀を当て、誘爆させる。

「くっ」

「いっ」

 光弾の近くに居たことで、誘爆に巻き込まれ二人は短い痛みの声を上げる。

 その硬直を逃さず、銀の福音は瞬時加速を使用し一直線に旅館に向かう。

「待て!」

 叫んだ織斑千冬は瞬時加速で追いかけようとするが、軍用機と訓練機のスペック差が出て来てしまう。単純な追いかけっこでは銀の福音に勝てない。

 それでも、出来るだけ速くと増装されたスラスターを使い全力疾走。

 出された命令は『白式・紅椿と交戦せよ』なので、一目散に紅椿との交戦を開始するために、戦っても勝てないと教えられる(・・・・・)敵から遠ざかる。

 

 

 旅館から少し離れた沖合に浮かぶISが3機。

 紅椿に乗った篠ノ之は胸を上下させるほどに深呼吸を繰り返し、緊張を整えようとする。凰は遠方の光景を睨みつけるようにして戦闘の様子を見て取っていた。

 崎森は布仏が言っていた一次移行するように設定し、『最適化中』と表示されているモニターに目を移した。怪我を負ってるため篠ノ之、凰からの後方に配置している。

 戦闘の光が夜空を白く染めた後、それに変化が生じ白い物体が急速に近づいてくる。

 ハイパーセンサーに迎撃態勢の表示が出される。

「来たわね」

 凰は唸るように告げる。

 『崩山』と名付けられた換装装備は球体状であった『龍砲』と取り変わっており、甲龍の後ろに浮遊する壺のような砲身が前方の福音に向けられていた。

 そこから『龍砲』の衝撃砲の威力の発展させた『崩山』の波動が銀の福音を襲う。

 ゴゴゴと空気を振動させる音が夜空に響き渡る。

 空気の弾を出すような龍砲とは違い、衝撃波を拡散させ砲口から火炎放射器でも使っているように衝撃波を出し続ける。

 見えない衝撃の炎に阻まれ、動きを阻害される銀の福音。そこを狙い、オルコットが強化されたレーザー兵器『スターダスト・シューター』で青の光線を放ち、篠ノ之が雨月を振る。瞬間、動作に合わせて赤いエネルギーが刃から放出され、銀の福音へと向かう。

 身を守るようにしてエネルギーの翼を前面に出して、自身を包み込む。

 青のレーザーと赤のエネルギーは白のエネルギーに相殺されてしまう。そして、白のエネルギーが膨張するように膨らみ翼を円状に配置し、白のエネルギーを放出する。

 光の嵐が放たれ、曲がりくねる攻撃を緊急回避する3人。

「くそっ」

「無駄口叩いてる暇なんてないわよ!」

 呼び出した双天月牙を連結し、投擲。巨大な芝刈り機となった双天月牙は銀の福音に迫る。

 飛来する双天月牙に銀の福音は、エネルギーの翼を伸ばし双天月牙に叩き付け弾かせる。

 だが、翼を攻撃に転用したことで防御に回せなくなった。そこをマルチランチャーを構えた崎森が形成炸薬弾を連射する。

 だがまるで後ろにも目が在るのか。背中から来る飛来物を、身体を入れ替え裏拳を放つかのようにエネルギーの翼を操り弾く。

 そして、邪魔だと言わんばかりに翼を伸ばし崎森に叩き付ける。その一撃を回避するが、その行動で体が痛み出し、顔をしかめ、動きが鈍くなった。

 そこを狙い、接近する銀の福音。

 逃した獲物を確実に仕留めようと翼で崎森を囲い、全方向からの光弾でズタズタにしようとする。

 だが、一発の砲弾が銀の福音に当たり、それを阻止する。続く砲撃に攻撃を中断せざる得ない銀の福音。振り返るとそこにはバックで走る戦車があった。

 

 

「ちっ。こっちに気づいたか」

「ちょっ、どうするんですか!?」

「どうするもこうするも、逃げるんだよ!」

 外の情報を伝えるモニターに移る銀の福音に狙いを付け、戦車に搭載されたレールガンを放った車長。ISで使われている技術が他に流用され、戦車の砲台を従来の火砲ではなく、電磁加速砲に置き換えたのが車長と操縦手が乗っている戦車であった。

「ちょ、狙いがこっちに来てますって!」

 慌ててシフトレバーをバックにしてアクセルを踏み込む、操縦手。ガガガとアスファルトを削るキャタピラーの振動が、車内に響く。

「うるせぇ! 子供を大人が守らなくどうするんだ!」

 そんなことを言っているうちに存在を主張するように、レールガンを再度発射する車長。途轍もない発射速度で放たれる砲撃は、地上最強の偉功を見せつける。

 ISに劣らずの攻撃力は、レールガンはレールの長さによって攻撃力が変化するので5mもの砲身を持つ戦車。対してISのレールガンは一般的に内部機関も併せて2m近く。この時点で2倍以上の威力を持っているのに等しい。

 そして、銀の福音がステルス等の姿を隠したり、照準誤差させるようなものを使っておらず、エネルギーの翼で熱量がダダ漏れなため熱誘導で簡単に照準が出来る。遮るようなビルや木々は空には無い為、意識外からの攻撃に当たってしまった。

 しかし、もはや不意打ちは不可能。

 そして、空からの攻撃に戦車は無力である。

 なので、森林に逃げ込む戦車。普通の戦闘機なら上空から見つからないように物陰に隠れるのが常識である。

 だが、ハイパーセンサーが捉えられない障害ではなく、銀の福音の攻撃が遮られるような強度はない。

 森林ごと吹き飛ばそうとする銀の福音は翼を広げ、砲撃を喰らった。

 先ほどのレールガンが、近くから20、30とこちらに向かって森林から砲撃されたのだ。ハイパーセンサーが捉える戦車の数はいきなり30まで膨れ上がる。作戦としては単純で戦車は全部が起動前で沈黙し、確実に当たる距離までまんまと引き寄せられ、砲撃させられた。だが、熱、起動音すらないことから銀の福音は何でもないものと勘違いさせられた。

 そもそも、ISと戦車の対決など戦術データや戦闘経験など搭載されていないため、銀の福音が知る余地などなかった。

 そんな地上砲火を上昇することで逃れ、地上に這いつくばっている戦車を一掃しようとする。だが、その進行を止めるように銀の福音を追いかけた『崩山』の衝撃波が銀の福音を阻む。

 動きを阻害された所に、再びオルコットがレーザーを射り、篠ノ之が雨月によるエネルギの刃を放ち、崎森がマルチランチャーの形成炸薬弾を撃ち、下に居る戦車大隊がレールガンで砲撃する。

 圧倒的な物量に銀の福音は防御を維持するしかなく、翼で自身を包み込む。しかしそれは守りの体勢ではなかった。

 そこから銀の福音を中心にして、翼が爆発するように球状に白のエネルギーが辺り一帯を巻き込む。

 小さな太陽でもできたように燦々と白一色に染めた。その光がかき消すように空に放たれた砲火は一掃され、衝撃により戦車はひっくり返り、空中に居た4人のISは吹っ飛ばされる。

 そんな白の爆発の中で体中が身打ちされ、悲鳴を上げそうになった崎森は眼前に迫った銀の福音から近距離で光弾を連射される。

 もはや、意識を保っておれず下手な紙飛行機のようにして落ちていった。

 

「このぉぉおお!」

 準備に手間取り、迎撃に遅れたボーデヴィッヒは忌々しい銀の福音に向かって怒りをぶつけるように砲撃をする。右肩からリボルバーカノン、左肩からプラズマキャノンを銀の福音に向けて放つが、悠遊と回避されてしまう。

 だが、今の攻撃は自身に注目をさせる為であり、ボーデヴィッヒが居る海上に引き寄せるためだ。激情はあるが戦闘のための冷静さは失っていない。

 しかし、近づくことなく銀の福音は翼を開き、光の槍を放つ。照射された光の槍は遠距離からでもボーデヴィッヒに届き、海面を沸騰させ、雲をかき消す。

 先程の自衛隊のISを起動前に破壊した光の槍は一点に集め遠くの敵を当て破壊したが、今度は分散させて八つの穂先がボーデヴィッヒに向かう。

「重いっ」

 前まで使っていたシュヴァルツェア・レーゲンだが、改良され慣らし運転すらしていないボーデヴィッヒは挙動に戸惑ってしまった。回避できるとは思わず、後に回していた追加装甲を背中に接続されたアームを操作して前面に展開。

 崎森を負傷させた光の槍と装甲がぶつかり、光の槍が逸らされる。絶対防御すら通過して操縦者にダメージを負わせた攻撃が、薄い装甲一枚で逸らされたのだ。

 まるで納得がいかないのか、銀の福音は光の槍を一点に集中して装甲ごと葬ろうとする。

 

 AICと呼ばれる空間固定技術の応用。

 空間を固定させるのは搭乗者の集中力を、相手を捕らえるために全身を覆うようにして固定させ、弾丸などの突き進んでくる物は空気を固定化させ壁を作り出し、壁に喰らいつかせ摩擦させ慣性を無くさせているだけに過ぎない。

 それ故に、摩擦や風などの影響を受けないレーザー類には使えないものと思われるかもしれないが、空間を固定化できるということは空間を歪ませることは出来ないかと開発されたのがこの追加装甲である。

 では、どうやって空間のゆがみを起こすか? 空間が歪んでいる現象に重力が関係している。単に物が落ちる現象も地球の重力が引っ張っているに過ぎない。空間の歪んでいるところを直進した物は変更が加えられるということである。宇宙空間で物を宙に置いても浮かび続けるだけである。

 そして、AICはPICの発展型であり重力操作をしている。それを利用し装甲全面の空間を歪ませ、直進する銀の福音の光の槍を明後日の方向に向かせたのだ。

 なので、高威力を持っていようと銀の福音が光と言う極端に実体が無い攻撃を続ける限り、その脅威がボーデヴィッヒまでに届くことはない。

 

 現に一点に集中して放たれた光の槍も上空へと逸らされる。

 そして、掃射が終わったのを見計らって追加装甲を開き、腕にインパルス砲『アグニ』を構え、発射する。

 圧縮された凄まじいエネルギーの塊は、防御態勢を取り翼で身を包んだ銀の福音に当たる。瞬間、翼を突き破ろうとするエネルギーを翼のエネルギーで押し出し続けるしかなく、攻撃と拮抗する。

 そして、比賀の距離を追い付いた織斑千冬、山田麻耶も戦線に参加する。

 『アグニ』と拮抗した銀の福音を挟む撃ちにするように後ろに回り込み、翼の付け根、推進口になっている所を狙い瞬時加速。近接ブレード『葵』をエネルギーの翼を貫通させるために、姿がぶれる程の速さで正確に推進口を突き故障させる。

 瞬間、片翼が機能停止に追い込まれ白いエネルギーが拡散し、飛ぶための推力も無くなってしまいふら付いてしまう。

 そこに頭から踵落としを放ち、地面へと墜落させ土が盛り上がるほどの威力でクレーターが出来た。

「大丈夫か!?」

「な、なんとか」

 凰がそう返すが、オルコットが叫ぶように報告する。

「章登さんは!?」

 未だに銀の福音にやられて意識が無くなったのか復帰もなく、返事もない崎森。やはり、あの怪我では何時もより動きの悪いのは当然であり、後方でも配置するべきではなかったと後悔した織斑千冬。

「篠ノ之、崎森の確認と退避をしろ。他の代表候補生は―――」

 それぞれに指示を出そうとした織斑千冬の言葉は続かない。

 真下に落とした銀の福音からまた、何かしらの力を得たのか、暴力的な光の柱が空に上がる。

 即座に反応し、回避した織斑千冬だが、銀の福音の姿を見て絶句した。

 まるで背中から生やす必要性はないと切り捨てたのか、腕と足を白いエネルギーの生物的翼にして空に浮かぶ。そこまでなら、まだ織斑千冬に言葉は失わせない。

 だが、それが5体(・・)も居たのは流石に世界最強とはいえ、あまりな急展開に思考が一瞬停止した。正確には白いエネルギーで銀の福音を模した分身が4体と、それを作り出した銀の福音が天使の降臨のように佇んでいる。

「さ、三次移行……ですの……?」

 声を縛り出すようにして言ったオルコットも信じられないような目で見ている。

 二次移行ですら稀にある程度なのに、三次移行など未だに机上の空論に過ぎないのを目の辺りにして空に居た全員の体が強張ってしまう。

 そしてダメージを与えれば与えるほど、それに対して能力を得る銀の福音の恐ろしさを見せつけられる。

 まるで複数でやられたことに怒りを覚えたのか、光の分身を作ることで対抗する銀の福音。斥候として分身一機が凰に突っ込む。自身の感が何かおかしいと感じ回避しようとするが、分身は逃がさず獲物を追うピラニアのように追いかける。

 呆然としたいたオルコットだが凰が追われているのを見て、分身に向かって『スターダスト・シューター』で狙い撃つ。だがレーザーが分身に圧たった瞬間、分身が爆ぜた。

 瞬く間に視界が白に染まり、白のエネルギーの奔流が近くに居た凰の搭乗機『甲龍』の装甲を焼き、シールドエネルギーを減らす。

 凰の視界から白が無くなった時には、4機の分身は凰を取り囲むようにして迫り、後方に居た本体(銀の福音)が手足を前に構え、光のリングを作り出す。

 そこから、光の嵐を生み出し分身を誘爆させるようにして凰を飲み込む。

 

 

「おい! しっかりしろ坊主!」

 いきなり怒鳴られ、頬を叩かれた痛みに崎森は気絶から立ち直る。視界には迷彩柄の戦闘服とヘルメットを被り、肌が固い印象が岩の風貌を見せ、年齢を40代くらいに見せる男性が居た。

「坊主、その壊れたガラクタから降りて肩に掴まれ。さっさとしないと戦渦に巻き込まれるぞ!」

 上では爆音が耳を振動させるような音が鳴り響いていた。見上げるてみるとなぜか銀の福音の翼から生み出すようにコピーが4体も現れる。

 その4体が特攻を仕掛け、全員が散開し織斑千冬や山田麻耶すら苦戦している様子が分かった。1体はオルコットが狙撃することで爆砕させる。次の1体はボーデヴィッヒが『アグニ』を放ち、一瞬で誘爆させ被害を防ぐ。もう1体は山田麻耶がグレネードランチャーで投擲を発射し爆発させる。

 だが、1体が後ろに回るようんしてオルコットへと迫り、取り付き、自爆した。

 その光景を見て助けに向かいたいと思うが、体があちらこちら悲鳴を上げている。力になりたいのに、誰かが傷ついているのに何も出来ない自分に不甲斐なさを感じる。

「聞いてんのか!? 逃げるんだよ!!」

 未だにこちらを心配してくれる自衛官に目を向けた時、『最適化中』と表示されていたモニターが『最適化完了』となっており確認ボタンを押すように促していた。促すはずだった。少なくとも通常のISなら。

 だが、そこには最適化の確認ではなく選択を催促する表示が出される。

 

 

             『未知(愚者)の領域へと進みますか?』

                 『Yes or No』

 そんな表示が出される。

 なんだか重要な選択を強いられているらしいことは理解できた。

 それを選ばないと何も変わらないのは理解できた。

 未知。

 その一言が選択を躊躇わせる。

 だが、負けられない。ここであいつを倒さなければ近くにいる人さえ守れない。心配してくれる人、友達、日常で軽く会釈する程度の人さえ哭くなってしまう。

 未来なんて知らない。いつも訳分からないものだから、今更だと崎森は思い、この状況を打破するために、大切な人たちを哭くさないように。

 

 Yesを押した。

 

 決意をした瞬間、頭に沸き起こる感覚。

 情報の数々が頭の中に入っていく。いや、ふと思い出す感覚を受けそれらの情報を自覚していく。

 忘れていた何か、自分の中にある力を自覚させられていく。

 ISに最初に触れた時に感じた感覚。

 全身に電撃が走り、思い出させられることを拒んだから気持ち悪くなった。

 ISが、装甲が、機械部品が、量子化されたものが邪魔をして正しく機能しなかった。

 だが、今は受け入れ『領域』へと踏み入れる覚悟を決めた。

 ISのコアから生まれるシールドエネルギーに包まれているから、そこから伝搬され正しく機能する。

 

 故に目覚める。

 

 光に包まれ繭から出てくる者が居た。

 しかし、光とは対照的にグレイの装甲を持ち、しかし、染まりきらないライトグレーのクリスタルで覆われた手甲と踵を持つ者。

 色が無いのではなく、全ての色を混ぜたような機体。

 W字の4つの放射状に伸びる頭の角は王冠のように供えられ、しかし身に纏う衣装は豪華ではなく必要が無い物はすべてそぎ落としたかのようにスマートな印象がある。

 崎森章登の搭乗したISの表示にはこう書かれていた。

『No,Number Strayed Strider(ストレイド ストライダー)(迷いながらも歩むもの)

 

「すみません。まだ戦えるので、あのくそ天使ぶっと飛ばすから、他の人を助けてくれ」

「おい!?」

 踵から光が生まれ、推進力となり再び空を駆ける。

 生み出た光は軌跡となり銀の福音へと向かう。

「まぁ、そりゃ怖いおじさんに怒鳴られんですから逃げ出すでしょうね」

「黙ってろ! こっちはこっちでやること満載なんだ! さっさと他の負傷者探して戦車から運び出せ!」

 あっけらかんという自衛官に車長は力の限り怒鳴る。あの小僧といい、ISに乗っている奴らは自分勝手だと車長は吐き捨てた。




銀の福音はアサルトアーマーに質量を持った分身。こんなのどう勝てってんだよ……俺のバカ。

ストレイドは迷子。
ストライダーは旅人としたかったのですが、調べている途中で「ストライダー」と言う単語があったので調べてみると、指輪物語の放浪者であったり、大またに歩く、越す、またぐなどよさそうな意味が。始まりもストレイドと同じストで始まりますし。
意味としては迷いながらも歩むものでいいと思う。

最後に。
未知(オリジナル展開多数、設定、変更、自己解釈)の道を進みますか?
YES 更新をお待ち下さい。(多分それから遅くなる)
NO ブラウザバック。(本当にオリジナル展開、設定、変更、独自解釈が多いと思われます。もしかしたら今以上に主人行補正が入る可能性も)

更に目覚めただけで覚醒へと至っていないというインフレ感……。


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38話

 白い、自分が今立っている地面すら白くて、空がどこまでも白くて、地平線なんて概念があるのか。ぐるりと見渡しても白以外何もない虚無の空間。

 病院ベットのような何もすることが無い、もしくは何もできないような退屈な空間。

 そのような光景を織斑一夏は見ていた。

 そして、反対側を見てみると少女が居た。

 麦わら帽子で顔を隠れているが、華奢な体を白いワンピースで身を包み、足元まで伸びる長い髪は元気のない病人が伸ばし続けた印象を受ける。

 ここはどこなのか声を掛けようと織斑一夏は近づく。ここはものすごく居心地が悪く感じるのだ。早くこの場所から立ち去りたいと少女に出口の方向を聞こうとする。

「どうして」

 織斑一夏が少女に声を掛ける前に、彼女から戸惑いと、今にも泣きそうなほどの憐れみが口から零れる。

「どうしてあなたは======(ざざざざざざ)の?」

「え? なんだって?」

 まるで、ノイズが走っているように重要な部分が織斑一夏は聞き取れなかった。

======(ざざざざざざ)……やっぱりあの人が邪魔をするね。いいよ。さっさと答えて」

 最早投げやりな調子で白の少女は質問をする。

「そんなに『力』が欲しい?」

「……あ、ああ」

「なんで?」

「なんでって、仲間を守るために」

「守るのに『力』なんていらないよ」

「え」

「だって、何から守るの? 飢餓で苦しんでいるのなら、井戸を掘ることに御大層な『力』はいらないでしょ? 病で苦しんでいるなら医者になる方がよっぽどいいよ」

「でも、世の中には不条理なこととか、道理のない暴力とか。そういうのと戦っていかなくちゃいけないだろ?」

「何と戦うか決めていないのに力が本当に必要なの? 幼馴染だからって理解しているつもりなのは誰? 青い瞳の彼女と戦ったとき家族を守るって言ってたけどあなたが守る必要があるの? 金色の髪をした彼女には何かしてあげたの? 銀色の髪をした彼女には事情も知らずに排除しようとしたのに? 彼には謝罪もしないの? そんなので本当に仲間だって言えるの?」

 次々と出される質問に戸惑ってしまう織斑一夏。

「何を言って」

「……理解する気が無いのならあなたは手に入れた『力』でいろんな物を失ちゃうよ? それでも力を望むの?」

「ああ」

「……そう」

 そうして白の少女と織斑一夏の前に扉が現れる。

「それを潜れば『力』は得られるよ。でも、それはただの力に過ぎない。あなたが望むような解決法じゃない事を覚えていて」

 そう忠告されるが、戸惑うことなく織斑一夏は扉を潜る。

「じゃあね。無から生まれたばかりの人」

 本当は与えたくなかったが、与えなければ彼女の意志で織斑一夏ごと消されかねない。都合が悪くなると飽きた玩具のように捨ててしまう彼女。それでは余りにも彼も気の毒すぎる。

 それに彼らにとって人生は長く続く。その中で変化があるかもしれないと、人は変わることが出来ると他の者たちからも教えられる。

 子供のように

「次に会うときは少しでも変わってるといいんだけどな」

 

 

 

 空に光が迸る。

 光の繭から矢のようにして飛び出た『ストレイド・ストライダー』の姿は、第一世代を思い浮かべるような全身装甲であった。しかし、変わったのは外見のみで移行する前の装備、スペックは『ストレイド・ラファール』と変わっていない。

 他に変わった所はハイパーセンサーに表示されている2つの項目。その一つ『SYSTEM《愚者》7/100』はすでに選択され発動していた。

 踵のライトグレーのクリスタル部分からライトグレーの光を放つ。崎森の搭乗したIS『ストレイド・ストライダー』の推進力となり、空にライトグレーの絵の具で線でも描くようにして物質化する。

 その速度は余りに速い。しかし独立飛行機構を初めて飛ばしたときの怯えはなく、それどころか手に馴染む。そして、一気に銀の福音の分身に目前まで迫り、拳に踵から出る同じ光と纏わせ胴体部を貫く。

 光弾のように破裂するかと思われた分身は、貫けられた胴部から灰色のクリスタルのような物で浸蝕されていき、クリスタル像となった。爆発もなく、胴部から腕を引き抜かれ支えるものも、浮遊する力もなく、地面に引き寄せられるようにして接触し砕けて破片となった。

 余りの特殊能力に行動を見ていた全員が唖然となったが、崎森はうかうかしてはいられなかった。

 崎森はハイパーセンサーに表示された項目に目を移す。そこには『SYSTEM《愚者》15/100』と書かれており、崎森がライトグレーの光を放出することで17、19と数値が上がっていく。

 限界時間であることは予測できた。その前に銀の福音本体を止めなければならない。

「崎森、その姿は―――」

「織斑先生。今使った特殊能力は時間制限がある! さっきの要領で本体を固めるんで道を!」

 なにか言いたげに織斑千冬は崎森に声を掛けるが、今は眼前の敵に集中し直す。

「ラウラ!」

 織斑千冬がボーデヴィッヒに呼びかけ、後方にからリボルバーカノンとプラズマキャノンを発射し、銀の福音に牽制する。

 発射された砲撃はあっさりと避けられるが、回避先に崎森が光を噴出させ銀の福音本体に迫る。

 妨害する分身たちは、崎森に取り付こうと向かうが下からの突風に阻まれ勢いが削がれる。

「速く行きなさい!」

 凰が先ほどの光の嵐から立ち直り、下から援護したのだ。分身の動きが鈍った所を同じく復帰したオルコットと山田麻耶が狙い撃つ。白の爆発を背に崎森は本体へと迫る。

 脅威を感じたのか、初めて逃げの姿勢で崎森から離れようとする銀の福音。

「私を忘れていたのか?」

 紅椿の展開装甲を全て機動力に特化させ解放、それに捕まって先回りしていた織斑千冬が銀の福音の行く手を阻む。

 袈裟斬りを放ち、怯んだところを崎森が手首を掴み結晶化する。

 浸蝕していくライトグレーの結晶はエネルギーの翼すら固定化させ、動きを封じていく。車の排気口に詰め物があるとエンジンが止まるように、再び翼の形成は出来なくなっていく。

 だが、全身を固定化させることは敵わず足の翼から光弾を放ち、崎森に距離を取らせる。

「もう一息!」

 そう意気込み、今度は足を封印して恐らく後ろ側に付いていると思われるISのコアを抜き取れば停止に追い込める。

 そう思ったが遠来から荷電粒子の砲撃が銀の福音を飲み込み、結晶が破壊されてしまった。

「俺の仲間はやらせねぇ!」

 その場にいた全員が声を発した人物が居る方向を見た。そこには織斑一夏と、だが纏っているのは今までの白い中世の鎧を姿を思わせる白式ではなかった。

 大きく変わったのは背部の大型スラスターがさらに大型化した、4機もの噴射口。左手の腕部はガラリと印象を変え、指を大きくしたような5本の突起物と手甲が搭載されていた。

 二次移行し左腕に搭載された装備が、ジャンケンのパーを出すようにして指のような5本の突起物が砲身になり砲撃を放ったらしい。放たれたエネルギーの砲弾、荷電粒子の弾丸は銀の福音のシールドエネルギー幾分か削り、拘束具を解き放ち自由になる。

「一夏!? 何をしている!?」

 篠ノ之が一夏の行動と結果に叫ぶ。

「なにって、皆を助けようと」

 逆に状況を悪化させたことに気づいていない織斑一夏。

 あんまりな行動にその場にいる生徒や代表候補生、戦闘教員、地上から戦闘を見ていた自衛官全員が邪魔だと思った。正直、全員が射線を織斑一夏に向けそうになるが銀の福音は知ったことではないと攻撃行動に移る。

 その為、叱咤することを後回しにして回避行動を各自がする。

 再び距離を取った銀の福音は翼から光弾の掃射を始める。

「そう何度も喰らうかよ!」

 左腕を突き出すようにして先程まで開いていた5本の突起物の指が合わさり、エネルギーの膜を腕に纏い光弾を相殺する。

「零落白夜!?」

 織斑千冬がそれを見て驚愕する。本人の言動から見るに本来雪片に纏いで攻撃に使われる零落白夜を腕に纏って防御に使っているのだろう。

 光弾が効かないのを銀の福音が悟ったのか、足から分身を作り出す。

 崎森はこれ以上戦闘が長引くと、混乱と被害が拡大すると思い早く銀の福音を仕留めようとする。独立飛行機構『始祖鳥』を使って銀の福音の背後に回ってみる。本当は残光による推進力の方が速いのだがもうメモリが50を切っていた。

 そのメモリの下にまだ表示されている項目を見てみる。

『道化の杖』

 量子変換されている武器らしく、呼び出してみる。光の粒が凝るようにして現れた『道化の杖』は刀身がクリスタルで出来ている直刀であった。

 それを向かって来た分身に振りかざす。

 帯状の残光を引きながら放たれた斬撃は、分身に触れた所から結晶化していき誘爆を防ぎ動きを止める。

 新たな分身が作られる前に急ぐ崎森。

「うおおおお!」

 その時、強化された4機の大型スラスターで2段階瞬時加速し、銀の福音に迫る織斑一夏。誘発されるように腕、足から回る動作に合させて光弾が空中に散布させ、空を白で覆う。

「この! こっちにまで来てんじゃないわよ!」

「迷惑千万ですわ!」

 光弾の回避のために大きく迂回するようにして、銀の福音の側面に移動した織斑一夏。だが、流れ弾が移動先に居た凰やオルコットに流れて行ってしまう。

 崎森の方にも流れ弾が来てしまった。全弾回避するのは不可能と考え左手を振り下ろし、大きなライトグレーの残光を放出。瞬時に残光が物質化し、光弾が壁に阻まれ炸裂。それと同時に跳ね上がる限界時間。70、71。

 どうしても銀の福音に迫り、封じることが出来るか。

「誰か俺を運べ! もう特殊能力の制限時間になる!」

 推進力に回したら確実に封じることは出来ない。だが、先ほどの掃射攻撃を相殺、推進力任せに逃げる織斑一夏ぐらいしか動ける者は居ない。他は回避かシールドを使って防いでいる。誰もが余裕が無い。そう思ったとき背後を掴まれ一気に押し出されるようにして加速する。

「崎森! 私に掴まれ!」

 銀幕を駆け抜けて来た篠ノ之。展開装甲を解放した加速が一気に銀の福音まで、崎森を引っ張る。所々、損傷が見られるが紅椿故の高性能で突き抜けていく篠ノ之と崎森。

 銀の福音がそんな二人に掃射攻撃を仕掛け、崎森も『始祖鳥』のCIWS、機関銃を乱射。光弾の掃射に実弾の弾幕で対応し相殺する。

 光弾と実弾が触れ、白い爆炎をあげる中を突き進む。

 それでも、相殺しきれない光弾が紅椿のシールドエネルギーを削り、篠ノ之のハイパーセンサーの表示に警告が出る。

「私は、まだ行ける! 頼む! 持ちこたえてくれ!」

 篠ノ之は強く、願う。まだ、ここで終わりたくはないと。

 その時、紅椿の展開装甲から赤のエネルギーが、黄金の粒に変わっていく。

 篠ノ之は目を疑った。ハイパーセンサーに表示されているシールドエネルギーがぐんぐんと回復していくのだ。

 単一特殊能力『絢爛舞踏』と表示され、銀の福音の攻撃に失速するどころか加速していく。矢のように一直線に迷わず、自分の力で駆け抜けて銀の福音へと向かう。

 しかし、それを待ち構えているかのように手、足の翼を円状に変化させ、4つの光の嵐が飛んでくる。

 それを崎森は紅椿から飛び降り、『愚者の杖』を横払いして結晶の壁を作りだす。頑丈な傘のように光の嵐は狙いを逸らされ、崎森の後方へと流させる。

 数値が80を超える。鎖鎌の『ブレーテッド・バイケン』を呼び出し、左手に持つ。

 そして、射程内に入った『ブレーテッド・バイケン』を分離し、投射。

 大鎌と鎖が銀の福音の横を通り過ぎた所を、腕を振って鎖部分を銀の福音に当て分銅となった大鎌が銀の福音に巻き付いていく。

 それと同時に右手を我武者羅に振るって、鎖と同時に結晶を浸蝕させ固めていく。

 そして、後腰の部分の出っ張りを見つけた。ハイパーセンサーで拡大し表示された文字は『Core partly』。

 動きの鈍い銀の福音の後腰に、我武者羅に腕を伸ばし出っ張りを掴む。

『SYSTEM《愚者》95/100』

 95/100,95/100,95/100。

 数値の上昇が遅くなる。いや、崎森章登の体感時間が極度の緊張状態に陥って、元の状態に戻そうと……、そうではないと崎森は感じることが出来た。崎森章登の最適化が済み、能力を向上させようとハイパーセンサー、ISコアの演算処理が補助し始める。

 初回のオルコット戦、倉庫でのデュノア戦は崎森章登が緊張や恐怖を感じたから発動したのではない。単に崎森章登の集中を強化しただけ。

 危機を感じて周りがスローモーションに見える走馬灯。

 あれは危機を感じた生存本能が脳を活性化させ、情報処理能力を高めてのスローモーションはタキサイキア現象と呼ばれている。

 そして、その現象はスローモーションのように“錯覚”してしまうだけに過ぎない。実際は情報がゆっくり再生されるだけである。さらに言うなら脳が生命の危機で予想される出血に備えるために情報が間引かれ、コマ送りになるだけである。

 時間を忘れるほどの集中力とはかなり違う。スポーツではこの状態をゾーンに入ると言うのだが、それは人の意識の潜在意識の侵入を意味している。

 外界を遮断し、明確な目的のために集中し、行動を取る。

 それだけで人は本来発揮されていない力を発揮することが出来る。

「抜」96/100

 手に光を纏わせる。

「け」97/100

 出っ張りの装甲に指が食い込む。

「ろぉ」98/100

 ギギギと装甲が悲鳴を上げる。

「おおおお」99/100

 血管のようなケーブルが最後の抵抗にコアを離さない。

「おおおおおおおおおおお!!」100/100

 手の光が消えると同時に、銀の福音のコア(心臓)がもぎ取られ、急速に力を失っていった。

 そして、天使が破壊を振りまいた審判の日とは思えないほどに、空に朝日が昇ってゆく。

 

 

 

「さて、任務完了。と、言いたい所だが、織斑に篠ノ之に厳罰を与えなければならない。理由は分かっているな?」

 遠足の下校前に先生から『帰るまでが遠足です』みたいな言葉で締めくくられる。織斑、篠ノ之に目を向ける。だが、なにか言いたげに織斑千冬は崎森の方も見た。

「……はい」

 神妙に頷く篠ノ之を他所に、織斑一夏は頭に疑問符を浮かべている。そんな弟に姉は凄まじく眉を吊り上げる。

「貴様らの最初の出撃の命令違反による反省文と特別メニュー、それと専用機の没収だ! 貴様らのようなひよっこに持たせるには危険すぎる! 許可が下りるまで訓練機で一から学び直せ!」

「ええ!? ちょっ、ちふ―――」

「反論は聞かん! 決定事項だ!」

 驚いているのは織斑一夏だけである。他の代表候補生や専用機持ちはさっさと話し終わって休みたいという顔をしていた。

 

「ね、ね、結局何だったの?」

「……もう何が何だかわかんねぇよ。こっちも」

 旅館に入ったら生徒たちが集まってきて質問攻めに合う崎森たち。

 机上の理論だった三次移行があったり、自分の機体が一次移行とは思えない形態変化をしたり、白式が二次移行して邪魔して来たり、紅椿がエネルギー回復と言うラスボス機能満載であったりで、目まぐるしく状況が動いた日であった。

「……それにいろいろあったから本格的に寝たい」

 そう言い残し女子の群れをかき分けて行く。ふらふらとしながら自分に割り振れられた部屋に戻っていく崎森。

 ドタバタしており忙しくて1日前から布団を敷けなかったのか、生真面目な仲居さんが布団を片付けてしまったのか。ともかく一刻も早く寝たい気持ちの崎森は、畳の上に倒れるようにして寝る。

 そんな状態であったため、ISの待機状態が1つの鈴が付いたリストバンドに変わっていることにさえ注意はむけなかった。

 

 

 夜の峰崎の柵に座っている女性は笑っていた。

 子供のように、天使のように無邪気に笑い、だが好奇心から虫の羽根を千切るような、冒涜者を業火で焼き尽くした天使のように残酷さを秘めた笑みであった。

 目の前に広がるのは海であり、無論落ちればタダで済まないのは分かっているはずなのだが、お構いなしに笑っていた。

 そんな彼女に後から刀が襲い掛かる。

 あまりの速度で刀の刀身が熱鉄になった斬撃は確かに篠ノ之束に当たる。

 瞬間、工事用ハンマーでも殴られた衝撃が空中に伝播するが、やられた当人は全く意に介さない。

「よくもやってくれたな、束」

「やぁ、ちーちゃん」

 途轍もない攻撃力の斬撃だったが、着ている服が特殊なのか、身体を頑丈に作り替えたのか。何にしても細工をしているのは明白であった。

「うふふ、私を傷つけられると思うの?」

「知ったことか《魔術師》。人間として生きれないのなら私達に関わるな」

 そんなことを言った途端、邪悪な何かが無邪気な笑顔を作り替えていく。笑っているのに、美貌で笑っているのに見た者が薄ら寒く感じてしまう笑み。

「じゃあ知ってるのかなちーちゃん。あの白騎士事件で犠牲者が出たこと! あのネクストステージの両親って破片に巻き込まれて死んじゃったらしいのに、あそこで死んどけば良かったて思わない?」

 一瞬、思考に空白が出来た。

 ネクストステージ、それの意味することはやはり、崎森章登は―――。

 いや、それよりも破片に巻き込まれた? 白騎士事件の概要は死者が一人も出なかったと報道されている。

「……なんだと?」

「私の力をもう忘れちゃったの? 悲しいなぁー」

 そう言われ、気付く。目の前に居る奴もある領域に踏み入れたのだと。自身と同じように。ならば何か、何か細工をしているのは間違いない。例えば人の記憶に細工して事実を誤認させるような。

「たばねぇえええ!」

 踏みいじられ、利用され、あまつさえ自身が何も知らず教師面をしていたことに、静止のできない怒りを刀に注ぎ込み、破壊する。

 崎森章登のように自身の領域の力を振るう。

 振られた刀は最早神速を超え、伝播した衝撃波は岬を破壊した。

「あははははははは! じゃあねー。ちーちゃん、時間が来たらまた会いに来るよー!」

 崩れ落ちる岬にとても無邪気な、されど凶悪な言葉とともに篠ノ之束は姿を消した。

 

 

 

 海を歩くようにして移動している篠ノ之束は思う。あんなに凄いのに有象無象にかまけているのだからこの世界はおかしい。

 天才が、才能が潰えていく。より良い方向に導けるはずなのに疎まれ、常識という者に縛られた者たちに蔑ろされた。

 故に篠ノ之束は自身と同じ才能あるものを見出す。

「それにしてもまどちゃんのデータ不足がいけなかったねぇ」

 まるでさっき起こったことなど忘れたように、今回のことを思いだす。スペックを引き上げたのが悪かったのか、オリジナルとの差異が二次移行と言う結果を生んだ。

「まっ、それも言ったら箒ちゃんもだけど今後に期待だよね。私のように領域に踏み込むのは何時になるのかなぁ。私が領域に至って、織斑千冬が領域に至って。私の手で領域に踏み入れさせる」

 だから、

「織斑円夏のように踏み入ってね。私の作った織斑一夏」

 

 

 

 他の場所ではこんな会話があった。車で今回の通行規制が敷かれたギリギリから、携帯電話を掛けている女性は乱暴に通信相手に報告する。

「まぁ、あいつがネクストステージなのは確定だろうよ。」

『それでクラスは?』

「データ収集機から得られた情報は《愚者》だとよ」

『あは、』

 まるで、わくわくする心を抑えこむようにして笑いを堪える。

 だが、どうしても堪えることが出来ずついに、体が震えるようにして笑い出す。

『あははははははは! 出来すぎよ。崎森章登で《愚者》の領域なんて出来すぎよ』

「どぉいう意味だ?」

『ねぇ、崎森章登って変換するとどんな感じになると思う?』

 息を整え、自分に問いを投げかけて来るのに不可解に感じながらも答える。

「防人《さきもり》ってか? 守る人間って意味だろ」

『ええ、でもそれは苗字だけ。名前も含めて変換すると先杜晶人。先にある神域の結晶の人とも言えないかしら?』

 そんなことを言われても、自分たちのやることは変わらないだろと思った女性であった。




杜というよりは社にしたかったのですがね。まぁ社も訓読みで「もり」に出来ますが。
でもご神木には神域や結界ということもあり、完全な的外れではないと思いこんな解釈にしました。

ところで思った、これ能力的にヴァルヴレイヴじゃない。ファフナァーだ。けどあれは同化だしなぁ。結晶化で動きを封じる描写なんてない……はず(翔子の時はどうだったけ……)
熱量の上昇が早いのは初陣でまともな設定が出来ていないため。


ここから先ネタバレにつき見ない方がいいかも







もうお気づきと思いますが一夏はマドカ=円夏のコピーです。
円は○であり、=零
ゼロから一になったということです。
なんで男になっているかと言うと、DNA弄ってスペックを付け足していったから。
女に出来なかったため間に合わせで一夏として弟(妹)として置いた。

円夏は千冬のクローン説よりも原作の『私はお前だ』発言は本来のポジションを奪ったからじゃないかなと。要は帰るに帰れなくなった。
……テイルズオブアビスじゃねぇか。
しかも設計者が常識なんて無視もどうぜんだから救いようがない。
そして設定上織斑一夏は年齢1歳。ボーデヴィッヒが9歳から10歳と考えると彼の幼稚さにも説明は付くのではないでしょうか?

ストレイド・ストライダー(迷いながらも歩むもの)
SYSTEM 愚者
道化の杖
待機状態がリストバンドに付いた鈴1つ
これはタロットの愚者をイメージしています。そして、No,Number はタロットで数字が1やら0やら、または数字がふられて無い為にそうなってます。


そして、《魔術師》って何だと思いますかね?(白々しく聞いてみる)


4/26 指摘を受け改変。


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39話

翌朝。畳から体を起こそうとすると、畳の跡が付いており崎森の頬が凸凹して赤くなっていた。

 何とも間抜けな顔である。

 しかし、そんなことを知らない崎森は旅館の食堂に向かう。

 そして、食堂で朝食を取っていた生徒たちは崎森の顔を見た。

「ぶぶっ!? なんじゃそりゃーーー!」

 崎森章登の顔を見て、飲んでいた味噌汁を吹き出した相川清香の第一声であった。

 寝起きで頭が回っておらず、失態を晒したことに気づいていない崎森は首を傾げるだけである。

「顔! 盛大に頬に筋が入ってるから!」

 言われて頬に手を当ててみる。でこぼこしているのを指が感じ取り、眠気が羞恥で吹っ飛んだ。

「……昔付けられた傷でござる」

 崎森の答えが受けたらしく、また笑いだす女生徒たち。

「そんな、傷の、くふっ、つき方は、あり得ない!」

 笑いすぎて腹が捩れるのを防ぐために腹筋に手を当てる相川。幾らなんでも笑いすぎだろうと羞恥心が薄れる代わりに気落ちした崎森。

 居たたまれない気持ちになった崎森は、トレイ取った朝食のパンとジャム、サラダを食べて食堂を去ろうとする。

 そんな時、織斑一夏も食堂に入ってきた。

 それと同時に、空気が軽い物から重たい物に変わり、みんな黙々と食事をするようになった。というか早くこの場から離れようとしている。

「よっ、章登。一緒に食おうぜ」

「……好きにしてくれ」

 織斑一夏は男子と一緒に食うことに何が楽しいのか、と疑問を感じるほどににこやかな顔で崎森の向かい側に座る。

「しっかし、白式没収ってキツイよなぁ」

「当然だろ」

「いや、でも二次移行したんだぜ? それって成長したって事じゃないか。なのに……」

「なのになんだ? 没収されるのが不満ってか? 子供に刃物持たせて、扱いきれると思ってるのか? 精々振り回して自分にかえって斬り付けるだけだ」

「そうだけど、なんでそんな話が出て来るんだ?」

 目の前の人物は、頭に欠陥でもあるんじゃないかと思った崎森。

「お前がその子供って言ってんだよ」

「何言ってるんだ。俺はもう高校生だ」

「精神的な意味でだ。我慢とか自制が出来るのが当たり前だ。出来ねぇお前がISで人を傷つけない、なんて保証はどこにもねぇだろうが」

「何だよそれ。人にISなんて向けたことなんてない」

「は? 別にISを向けるなんて言ってねぇよ。お前の勝手な行動で周りの人間が巻き込まれるって言ってんだ!」

「俺は巻き込んでなんていない! 俺は守ったんだ!」

 トーネメントでVTSの暴走の時は周りを考えずのバリアー破壊、今回は乱入して状況を悪化させた。それなのに自分は正しいと言う。

「何を?」

「ここに居るみんな、日本の人達だ!」

「…………本気で言ってんのか? 勝手に乱入して、指示も仰がず向かって、挙句の果てには自分の力を見せつけるようにして戦うような奴が、何を守ったのかもう一回言ってみろ! ここに居るみんなはお前に守られたんじゃねぇ! 皆を誘導した先生が守ったんだ! 被害を最小限にとどめたのは海上や道路を封鎖した自衛隊の人たちだ!」

 あんまりな言い草に腹を立てる崎森。

「それがあって守ることが出来たんだ。俺たちはただ、脅威を止めただけに過ぎねぇよ。だけど損害が酷くなかったのは他の人たちのおかげだ。お前のおかげじゃ決してない!」

 あくまで自分たちは脅威を排除しただけに過ぎない。

 守るという行為をしていたのは他の人たちだという崎森に対し。

「何言ってんだよ。俺たちが止めたから被害が出なかったんだろう! 俺は守ったんだ!」

 あくまで自身が守ったと言う織斑一夏。

「貴様ら食事くらい静かに食わんか!」

 そんな騒動を聞きつけたのか織斑千冬から制止が入る。

「他に迷惑をかける体力でも余っているのなら、撤収作業でも先にしてこい」

 口は閉じたが章登は不快感を丸出しにし、織斑は納得がいかない顔をしていた。

 

 

 

 不機嫌な顔で撤収作業をする崎森。

 大座敷に入れた機材を抱えトラックへと積み込む。

「って、体大丈夫なの!? あんなに怪我したのに!」

「……あれ?」

 余りにも自然に動いていたから驚いたクラスメイトの指摘を受け、崎森の不機嫌な顔が一転。

 怪我をしたところを確認してみる。治っている。

「いや、体は大丈夫だ。気にするな」

「え? ええ!?」

 崎森の返答に驚く同じ作業をしていた相川。

 戦闘のアドレナリンの分泌で、戦闘の途中から痛みが消えていたのかと思われていたが違う。あの形態変化をしたときに治ったのだと思うが。

(そうそう都合よくいくものなのか?)

 あの時の『未知(愚者)の領域』の表示が今更になって疑問に思う。

 一次移行ではない現象。SYSTEM《愚者》という任意発動できる単一特殊能力。そして光が結晶化するという事象。

 そもそもあの時、自分は何を思い出した?

 自分の知らないものを思い出させられ、なのに思い出したことだけ覚えている。

 肝心の思い出した情報は何もない。まるで記憶を無くした人が、日常通りの行動を思わずとってしまうような癖みたいに、染みついている。

 今、手首の待機状態となっているストレイド・ストライダーは、形態変化とともに待機状態もリストバンドに鈴が1つ付いている状態に変わった。

「どっちにしても調べなきゃいけねぇことには変わりないか」

「身体検査は受けたほうがいいよ。治るのに医療ナノマシンを入れても1ヶ月は最低掛かるはずだから」

 そんな指摘を相川から受ける。

「……そんなに大怪我だったの?」

「……理解してなかったの?」

 自分の重傷具合に今更驚いた崎森だった。

 

 

 

 午前10時には撤収が完了し、皆が旅館から出て『ありがとうございました』とお別れを言いバスに乗り始める。

「すいません。崎森章登くんは、いますか?」

「はい?」

 バスに乗ろうとしたときに、いきなり名前を呼ばれ後ろを振り返る崎森。

 そこには包帯が身体中がぐるぐる巻きになって車いすに座っている女性が居た。どこかで見かけた顔だが、頭に包帯が巻かれ頬にはガーゼが貼り付けられ、医療用の眼帯もして顔が隠れていくことから思い出すことが出来なかった。

 なまりのある日本語から20歳くらいの外国人くらいしか崎森には分からない。

「私はナターシャ・ファイルス」

 疑問符を浮かべていた崎森に自己紹介した女性。ナターシャ・ファイルス。そして名前を聞いて思い出した。銀の福音の搭乗者である。

「彼とお話ししたいのだけど時間よろしいでしょうか? ブリュンヒルデ」

「出発までには切り上げるのなら。それとその名前で呼ばないでくれ」

 IS世界大会『モンド・グロッソ』の時に総合優勝を授けられた称号で織斑千冬を呼ぶ。しかし、その名前は不快感をもたらすようで呼ぶなと要求した。

 それをおかしく思ったのファイルスはクスクスと笑う。

「……なんですか?」

「伝えたいことがあるの」

 と、崎森以外の生徒がバスに乗ったのを見計らって言う。

「まずは、あの子と私を助けてくれてありがとう。灰色のナイトさん」

「どうも、でもそれなら他の人にも言うべきことだと思いますけど?」

「いいえ。これからが本題。私はあの子の中に居て意識を失わされていたけど、深層意識……とでも言うべきなのかしら。そこに避難させられて私は無事だったんだけど、そこで色々なことが分かった」

 崎森がVTSの時、ボーデヴィッヒと会話した空間みたいなものだろうと推測した。

「この暴走事件は意図されて起こされた。目的は戦いの経験から織斑一夏を領域に至らせること」

 領域という言葉が出て、ハッとした崎森。アレを織斑一夏に発現させるためにここまでのことをした、というのに無意味さを感じる。現に至ったのは織斑一夏ではない。

「もっとも、貴方が至った領域は異質みたい。想定していなかっただけではなく、なにか……何かわからないけど、あの子もただの力とは思えなかったみたい」

「……あの子()ということは、あなたもこの力に疑惑があるんですか?」

「……私見だけど本来の使われ方をしていないんじゃないかしら。単一仕様能力(ワンオフアビリティ)は明確な目的がある。エネルギーを消す、増やす、形成する、操作する。だけどあなたのは複数。光を結晶化して、それで硬度を上げる、拘束する、防御する、推進力にもなる。使い方の問題、もしくは発想の仕方が違うのかもしれないけど」

 崎森は白式の零落白夜(ワンオフアビリティ)を思い出す。あれは白式のエネルギーを雪片に纏わせ、相手のエネルギーを消滅させる力。だが、それ以外の用途があるとは思えない。それだけに特化している。

 対して崎森が得た力は、様々に応用が利く。これは確かにおかしい。

「いずれにしても気をつけて。意図した人物にとって重要なことであるようだから」

「……どうも」

 最後の言葉にどうしても気分が沈んでしまった崎森。

 疑念は深まるばかりで、これからも何かが起こるかもしれないと忠告されれば爽快な気分にはなれそうになかった。

 

 

 

「どんな話してたのー?」

「子供の成長の世間話」

 バスに乗って学園への移動中に、隣に座っている布仏が話しかけて来る。

 あの後、ファイルスさんは黒いスーツ姿でサングラス着用のボディーガードか、特殊警察かに連れられて行った。査問され、今後の責任追及をするらしいが恐らくはアメリカに賠償請求することになるだろう。

 本当の犯人は雲隠れしているだろうし、捕まえられるかどうかわからないが。

「ふーん。さっきーは子供がいるの~?」

「いる訳ねぇだろ!」

 思わず大声になる崎森。

 乗ったバスが通過する風景はなぎ倒された木々、陥没した地面、ひび割れたコンクリート道路。それらを過ぎ去っていく。

 問題は山積み、解決したこともあまりない。

 それでも、こんな他愛無い時間が過ぎることに崎森章登は安堵した。




始めの畳の跡のギャグは笑えましたかね?



ところで、崎森は守ったのでしょうかというとちょっと違うんじゃないのかなと。
この話だとナターシャを救って脅威を止めたので守ったとは違うと思います。
まぁ、一夏が守ったかと言うと話は違うのですけどね。

ただ、崎森も一夏は外見での年齢。自身と同い年で会話しているようなので内心なんで分からないんだ!? と思っているでしょう。


さて、夏休みか。
4巻分はかなり原作とは違います。
鈴音とセシリアの水着回? ない(断言)
ラウラとシャルロットの買い物? シャルロットは不在
一夏の家に集合? これじゃ行きませんよね?
夏休みはかなり改変しそうです。


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夏休み期間
40話


お気に入りが3000行っただと!?

驚きと嬉しさ、そして、この二次小説を見てくださりありがとうございます。


 夏の照りつける日差しが、アリーナの地面に陽炎を上げているように思える。だが、陽炎の歪みはアリーナの中央に佇んでいる1機のISの周りから発せられていた。

「95、96、97」

 4本の角が頭から放射状に広がっており、篭手や踵の部分はライトグレー色のクリスタルが輝きを放っている灰色のIS。全身装甲であり他のISのように露出部はなく、手足に機械を足して伸びたのではなく、甲冑のように着ている。

 しかし、鎧のような中の搭乗者を守るより、人を意識して動きやすさを求めたような機体である。

 その灰色のISの識別名はストレイド・ストライダー。

 ハイパーセンサーに表示されている『SYSTEM 《愚者》0/100』のメモリを声に出して読み上げていく崎森。

 同時に篭手と踵の部分のライトグレー色のクリスタルから、同じ色の発光現象をしている。その光は空中に散布された後、固まり結晶化をしていく。

 崎森が搭乗したストレイド・ストライダーの周りにはライトグレー色のクリスタル破片が散乱していた。

「98、99、100」

 メモリが最高値に達した時、今度はハイパーセンサーに『過熱限界/SYSTEM停止』と表示され発光現象が無くなる。それと同時にストレイド・ストライダーの周りの陽炎も消える。

「栗木先輩。そっちの計測器で何かわかりました?」

「全然だめ。精々、高熱がそのISから発せられているってだけだわ。光検出器も電磁気は検出されていないし、結晶体は分光光度計では成果なし。現在では確認されていない物質ぐらいって事しかわからないわ」

 崎森が臨海学校から学園に戻って来るのと同時に始めたのは、自身の身体検査と形態変化した自身のIS、ストレイド・ストライダーの機体能力の解明であった。

 調査中に1学期を終え、夏休みへと突入している。

 その間に分かったことは、結晶体はまだ発見されていない元素、もしくは化合物であること。光を発すると同時に熱が発生し、『SYSTEM 《愚者》0/100』のメモリは熱量の数値、もしくはリミッターやフェイルセーフの類と思われる。光の形は崎森章登のイメージや、機体の挙動に影響が出る。更にイメージに追従して性質の変化がみられる。

 高速移動をイメージし、光が結晶化したのは素手でも割ることが出来た。しかし、防御を意識した時は、向かって来たアサルトライフルの弾丸を弾く程の硬度をした。

 こうしたことから、IS学園の研究部員たちは単一使用能力を簡略化したシステムのような物なのではないか、と推測している。

 だが、崎森はどうしてもその推測に納得が出来なかった。だからこうして自主的に調べているわけだが。

「これ以上は他の研究機関とかに協力を依頼しないとだめだわ」

「……ですよね」

 これ以上はどうしようもないことは崎森も理解していた。

 ただ、どこに協力をするべきかと問われるとどうすればいいのか。

 信用できる企業、国家……。崎森はどうしても信用が出来なかった。

 入学当初はあまり関心が無かったはずなのに、どこから情報が漏れたのか、各国が崎森をスカウトしてくる。無論、ストレイド・ストライダーとセットである。

 機体に興味を持つのは分からなくはないが、自身がモルモット状態になりそうでスカウトの話は断るようにしていた。

「……私には使えないって時点でかなり希少になっているし、正直私も出来ることなら貴方と立場を変わりたいわ」

「モルモット状態だったとしても?」

「勘弁と思う反面、今のところ早々悪環境に入れられることはないと思うわ」

 実は、調査の最中に搭乗者を崎森ではなく、栗木先輩に変わってもらいSYSTEMを運用してもらおうとした。だが、結果はSYSTEMはうんともすんとも言わない。当然、発光現象などなく、精々普通のISと同じように動くような物であった。

 そんなことがあってか、少し意気消沈ぎみであり羨望しているような雰囲気を栗木先輩から感じる。崎森が言っても逆効果になってしまいそうで、なんと言っていいのか分からずに頭を掻く。

「それにしても、不思議だわ。この機体、外見はもうラファールとは別物になっているのに中身の部品はそのまま。追加された機能の部品は無くて装甲だけで、第三世代兵器を使っているようなものだわ」

「熱量で中がオーバーヒート状態だから部品が欠損していたり、SYSTEM終了後は性能低下とかありますけどね」

 栗木先輩が篭手の部分のクリスタルに興味を示している。まじまじと見る目は、研究者が試験管の薬物の成分を調べるように、目を凝らしているようにも見える。

 対して崎森は、中の部品の消耗が早いことにぼやいてしまう。最適化され自動修復が働いてはいるのだが、整備の回数が減ったとは到底思えなかった。なにせSYSTEMを限界時間まで発動させてしまえばどうしても内部に籠った熱が部品を損害している。そのため気休め程度の塗り薬ぐらいにしかならないような感じがしていた。

 どちらにしても、一癖ある機体であることには変わりなかった。

 そんなことを思いながら後片付けを始める。

 崎森はアリーナに散らばった水晶をトンボ(整地用具)を使って集め始めた。

「そう言えば、開発部から他の武装を使ってみないかってオーダーがあったけど何か決めた?」

「えっと、何がありましたっけ?」

「折り畳み式大型ブレイド兼威力変更可能ビーム機関搭載のガンブレード。ランスが二股に割れて、それが砲身となっりプラズマ弾を放つ電撃槍。盾が変形、伸縮しハサミや打突兵器となる物理シールド」

 途端に何かが加速された気がして崎森は悪寒を感じた。

 

 

 

 暑いところで作業をしていたので、汗だくになった崎森はアリーナの観客席でスポーツドリンクを飲んでいる。

 隣には1つに結んだポニーテールがしな垂れており、力尽きたボクサーのように座っている篠ノ之箒が居た。活動的な彼女が『考える人』よりも重い雰囲気を発している。

「……どうした?」

「……打鉄の射撃兵装なし、近接ブレードのみのレギュレーションで桜城先輩と鏡とやってみたんだ」

 全員が近接戦闘が得意な生徒ではなかったか。と崎森が思ったら案の定の結果を篠ノ之が言う。

「…………フルボコでした」

 篠ノ之の話では斬撃が早い、手数が多い、そしてこちらの太刀筋は見切ったように防がれ、躱され、反撃される。そういう一方的な試合だったらしい。それに近接戦闘が得意と思っていたら、木端微塵に打ちひしがれてしまったらしい篠ノ之。

 崎森も何度か手合せしたのでよく分かる。

「まぁ、傲りを自覚できたのならそれでいいんじゃねぇか?」

「それはそうだが……やることがたくさんあってな」

「分厚い教科書の読み直しにIS起動の規則書だったか。寝る前に読んでればいつの間にか寝てるだろうよ」

「……幾らなんでも分厚すぎるだろう。なんで目次だけで10ページもあるんだ」

「それだけ慎重に運用しろって事だろ。昔の運転教本は殆ど自動車整備の教本と変わらなかったらしい。ISなんて10年ぐらいしか歴史がねぇし、解明できていない部分もある。事故を起こさないように徹底するのは当然だろ」

「……姉さんはなんでこんなものを作ったのだ」

「それを強請った奴はどこの誰だ? いや、睨むな」

 独り言を呟いた篠ノ之に皮肉を言ったら、むっとした顔で見られる崎森。

「睨んでなどいない。ただ、真面目に答えてほしい」

「真面目に答えるなら分からない。宇宙開発用スーツなら現在の宇宙服を軽量化、酸素量を増やすだけでも画期的だ。けどそうしなかった。むしろ絶対防御、PICなんかはどう考えても次世代の装甲、推力だし、量子変換なんてそれこそSF映画だ」

「あの人が自慢したかっただけじゃないか?」

「否定できねぇよ。でも、自慢がしたいのならそれこそTV局をクラッキングして、宇宙空間でISに乗った自分自身を人工衛星の映像に移させて全世界に発信する。っていうのがシンプルじゃないか? 白騎士事件がISを全世界に知られる要因となったが、それじゃ兵器としての印象の方が強い」

「……元々そういうふうにして広めるつもりだった……?」

 それこそあり得ると崎森は思った。臨海学校での騒動を見る限りその印象の方が強い。何を考えているか分からないが、妹の誕生日に喜んで超兵器をプレゼントするような奴だ。まともな神経はしていないだろうと崎森は確信した。

「ただ、なんでそう言う風にして広めたのかが分からねぇんだよ。兵器なら軍事産業になるから国の……」

「どうした?」

「いや、就職活動でのプレゼンでISを発表して逆上したあいつが日本に向かってミサイル発射して、それをISで迎撃させるっていう一連の流れが……」

「…………」

 取りあえず何も言えなくなってしまった崎森と、やりかねないと思う篠ノ之であった。

 沈黙の空気の中、崎森たちに声を掛けて来る人物が居た。

「そろそろ休憩は終わりだよ? 箒ちゃん? 苦手な整備もやらなきゃね?」

 語尾の全てに疑問符が付くように声が上がった喋り方をする人物。桜城先輩。おかっぱの頭は、童顔で雛祭りの段に置かれている人形を思い浮かべてしまう。

「は、はい」

 整備と言うちまちました作業は篠ノ之は苦手らしく、四苦八苦しながら部品いじりをしているのだろう。顔が石化したように強張った。なんとなくだが、足の動きが悪いのは疲労ばかりではないのだろうと崎森は感じた。

「……しごかれてるなぁ」

 ISの整備で先輩が確認した時に間違っていたりすると、怒声が飛んでくるのだ。職人気質の親方にも負けない、腰が引けそうな叱咤。崎森はそれほど間違いはなかったが、周りの生徒が叱られているのを聞いてしまって、運んでいた部品を落としそうになった。

 今回は桜城先輩が疑問符つきの笑顔で叱咤しているのだろう。

「なんでこんなところ間違えちゃうのかな? ね? なんで?」と、鼻と鼻が触れそうな所まで近づいていうものだ。怒鳴るのではなく、疑問符で攻める桜城先輩。怒鳴ると相手に不満が溜まることがある。だが、桜城先輩は「なんで? なんで?」と激しさはないが、相手は心苦しい気持ちになってしまう。

「すいません」と謝っても、それで許さず「謝ってほしいわけじゃないの? なんで間違えたのか聞いているの?」と理由を聞きに来る。理由を言ったら「じゃ、次から気をつけてね? 今返事したから出来るよね?」とプレッシャーを与えてくる。

 激情で怒鳴るのでは無い為、理論的に突きつけ反省させるのが桜城先輩のやり方であった。

 そして、遠くから「なんで接続部間違えて付けちゃうかな?」と耳にした崎森は、耳を塞ぎながら観客席の外に出た。

 

 

 ボーデヴィッヒとアキラの部屋の扉をノックする。

「む? 嫁か」

「……もういいや。アキラいるか?」

 すっかり間違った定着している呼び名に崎森はツッコまずに話を進める。

「ふむ? ストレイド・ストライダーの解析結果か?」

 崎森の左手に持った記憶媒体を見ながら聞くボーデヴィッヒ。

「いや、これはこっちで調べるつもりだから。まぁ、意見を聞けるならありがたいけど、今日は気分転換の世話話」

「そうか、上がってくれ」

 言われて部屋に入ってみると、6面モニターを食い入るように見て高速でタッピングするアキラが居た。

「………これも違う……、どこだ……くそ………」

「……?」

 何か真剣な表情でモニターを食い入るように見ているので、声を掛けずらかった。そして、表示が『ACCESS』となった時、「抜けた!」と小さな声でアキラが言った後、モニターに色々な資料が表示される。

 その一覧の一つに英語表記で『銀の福音、暴走事件』と映っていた。

「これ、アメリカ軍のレポート!?」

「わわ!?!?」

「章登、声が大きいぞ。生徒会長から頼まれた依頼らしいが」

「えぇ?」

 更識会長が依頼したことも、アキラが了承したことも理解できない崎森は怪訝な顔色をする。

「何でも先日の暴走事件に妙な所があったようでな」

「妙?」

「あの後、アメリカ軍内部で銀の福音のコアの凍結を渋る動きがあったらしい。それを調べてくれと」

「別に貴重なISコアを使わないのが嫌なだけなんじゃね?」

「……ち、違う。コアが、も、もう1つ、へ、減っているから、い、嫌なんだ」

 アキラがモニター画面に出したレポートの中に、『IS、アラクネ強奪』とある。

 その内容は銀の福音の暴走時に注意が逸れている最中に、自国の第二世代機を強奪されたという内容。

 これが事実なら、アメリカは実質的にに2つものISコアを稼働できない状態にあるということだ。そして、奪った者は『亡国機業』の者の可能性が高いと書いてあった。

「亡国機業?」

「何でも各国のISを強奪しているテロリスト……いや、盗賊団らしい」

「窃盗ってISのか?」

「それ以外にも各国の機密情報を削除したり、政府や政治家の汚職情報を報道機関に提供もしているらしいしているが、近年はISの強奪が主になっているようだ」

 崎森には『亡国機業』などと言われてもピンと来なかったが、提供元が分からないニュースでの番組、例えば政治家が裏金を作っている、怪しげな薬品製造をしていたなど、どこが調査していたのだろうかと不思議に思ったことがある。

 だが、ボーデヴィッヒの話では裏で働く諜報機関のような感じがした。

「どこかのスパイとか、表には出せないCIAみたいなものじゃねぇか? もしくは悪事は逃さない慈善事業団体」

「章登。彼らはどこの国にも肩入れせず行動しているから亡国なのだ。故にその行動理念が分からない。汚職の情報提供も、その国の政治への関心を薄れさせる目的があっての行動かもしれん。更に保有している戦力にISがあるのだ。そこいらのテロリストよりも厄介な奴らだぞ」

 まるで注意するようにして言うボーデヴィッヒ。崎森も「慈善事業団体」は冗談のつもりだったのだが、ボーデヴィッヒの気に障ったらしい。

 そしてこのような話をしに来たのではないと、崎森はアキラの方に向く。

「まぁ、なんだ。やっていることは紛れもない犯罪行為なのによく承諾したな」

「ご、ごめんなさい」

「……いや、そうじゃなくてなんでする気になったんだろうって思ってさ。前なら頼んでもやる気にはならなかっただろ?」

 崎森が知っているアキラの特徴に対人恐怖症と拒絶反応の印象がある。彼女は人と距離を持ち、自身の能力が利用されないように他人を拒絶している。特にこのようなあからさまな彼女の能力の利用には断固としてやりたくないはず。崎森もそのようなことをしたくないから、アキラにストレイド・ストライダーの検証をしてもらおうとは考えなかった。

 なのに、モニターに食い入るように集中してやっていたのが少々疑問に思った崎森。

「そ、その……き、気になった。……から」

 なぜかアキラは顔を赤くして俯いてしまう。

「章登。アキラを苛めるな」

「苛めてねぇよ!?」

 なぜかボーデヴィッヒの目にはアキラに苛めをしているように見えるようで、そのことに理不尽な気持ちになってしまう崎森。

「もうとっとと要件済ます。アキラ。社会見学にでも行かないか?」

「え?」

「今度、四十院の会社に行くことになったんだが、その時に一緒に付いてこないかって話だ。無論、そこに協力しろとか就職しろとかじゃない。人を信用できないなら、直接会って話て、実体を見るのが手っ取り早いと思ったから誘ったんだが行きたくは……ねぇよな」

 言っている途中に不安がってしまって、来ているパーカーのフードを被り視線を合わせなくなるアキラ。

「なぜ私には言わない」

「え? いや、ISには関わらねぇんじゃなかったけ?」

「何を言っている。ISよりも学びたいと言うだけで、疎かにするとは言っていない。それに2人きりで行くのならデートになるではないか? それは私も誘われる権利がある」

「いやデートと言うよりは社会見学なんだが……。それに四十院だって来るぞ?」

「浮気か?」

「だからなんで彼氏彼女の関係に!? ってか浮気ですらねぇよ! 仕事の話だ!」

 いつも通りの漫才と言うか、ボーデヴィッヒの勘違いに振り回せられる崎森であった。

 

「……デート」

 この時、アキラはその単語を思わず呟いてしまう。そしてデートと言う単語から崎森の隣を歩くボーデヴィッヒを思い浮かべる。お花畑を歩く二人は手を繋ぎ、目的地はなぜか教会。そして瞬時にウェディングドレスを着たボーデヴィッヒと白いタキシード姿の崎森を想像。

 聞くところによると、ボーデヴィッヒは以前所属していた職場の給料を丸々貯金しているらしい。本人曰く「食事も衣服も出るのに何に使うことがある? と思っていたからな。事情から無給無休と思われがちだが、自分の事情を誰にも話さないようにと言う口止めに出ていたらしい」とのこと。

 更にボーデヴィッヒは少佐であったため月額給料は30万以上と思われる。少女であっても美少女。将来どうなるか分からないが、成長するにしても横が成長するとは思えない。しかも崎森のことを一途に思い、少々中二病が混じっているが根は素直。これは逆腰玉ではないかとアキラは思うのも無理はない。

 さらにボーデヴィッヒは崎森に「私の嫁」と言い続けていては、頭を捻ってしまうが彼女彼氏と思えなくもない。

 即座にこのままでは先ほどのイメージ通りになってしまうではないか、と危機感を募るアキラ。

(いや? ……なんで私そんなこと思うの?)

 自分に優しくしてくれる二人が結ばれるのだ。祝福すべき場面でなぜ焦るのか自分に問うアキラ。しかし、今眼前に居るボーデヴィッヒが自分だったらいいのにと思ってしまう。

 手を繋ぎ、教会に行き、ウェディングドレスを着た自分。隣は勿論―――。

(っ!? 何考えてるんだ私!?)

 ぶんぶん頭を振ってその想像を振り払う。だが、崎森とボーデヴィッヒの会話は続いていた。

「あーはい、分かった。四十院に聞いてみるから。それで許可がでたらな」

「うむ。頼んだぞ」

 と、話は済んだようでボーデヴィッヒが付いて行くことを了承した崎森。

「わ、私も行く!!」

 このままではいけない、と思わず大声をあげてしまったアキラだった。




……アキラが妄想癖を持ってしまった。
いや、どうなんでしょう? ありでしょうか?


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41話

 四十院の会社に行くまでに、ボーデヴィッヒとアキラが参加する事を伝えようと寮内を歩く。

 と、四十院の部屋に向かっている途中で織斑一夏とばったりと鉢合わせる。

「よ!」

 と、くったいなく笑う織斑一夏を見てげんなりする崎森。

「やっと補習が終わった所だからさ、これからウォーター・ワールドにでも行こうかなと思ってるんだが章登もどうだ?」

 一夏が言ったウォーター・ワールドとは先月オープンした人気が高い、プール施設である。なんでもオープンしたばかりなので長座の列に並ぶか、前売り券が必要なのだとか。

「悪いが用事があるから断る」

「なんだよ。章登もか。鈴も行く気になれないって断ったし、弾の奴も来るのに」

 どうやら崎森の前にも何人かに声を掛けたらしく、全部断られたのこと。

「まぁ、息抜きは必要だが再テスト、実力テスト大丈夫なのか」

「ああ、最近はつっききりでやってるからな」

「じゃ、がんばって」

 そう言って会話を切り上げ、四十院の部屋へと向かう崎森。

 実際どうなのか分からないが、補習は受けてはいるらしい。

「ま、他人の心配をしてる場合じゃねぇし」

 崎森は独立飛行機構『始祖鳥』、電磁推進器『紫電』の稼働データの収集、ストレイド・ストライダーの解析、自身の練度の上げなどやることがいっぱいな夏休に目まぐるしくなりそうであった。

 

 

 

「そうですか。ボーデヴィッヒさんとアキラさんが同行するのですね?」

「ああ、第三者が居たほうが俺も安心できるし」

「崎森さんが警戒するのも分かります」

「警戒と言うより、心配?」

 別に崎森は四十院をそこまで警戒していない。他の社員は知らないが所属するわけでも無い為、見学と稼働データの提出ぐらいに考えている。

 むしろ、アキラがあのままだと夏休みを全て自宅警備に使いそうだったので声を掛けただけに過ぎない。基本引きこもりになる原因は様々だが、まず引きこもってしまう感情は「恥」である。無収入、社会貢献できない伏し目、家族の視線、果てには他人の視線である。

 ただ、アキラは無収入というか、稼げないわけではない。学生なので稼げないのは当然として、スキルはかなりある。むしろその辺の学生より技術能力がある。

 なので問題は他人の視線。他人から傷つけられるという恐れ。人とそれなりに会話が出来るようになればいい。会話は同居人のボーデヴィッヒとしているため問題ない。

 だから、コンビニに行くでも遊びに行くでも外に出られること。遊べるかと問われると疑問だが、社会見学なら学校行事でもあるのでそんなに抵抗はないと思っていた。

 断ったら次は織斑一夏のようにテーマパークにでも誘おうかと考えていたが、考えを変えたのか承諾してので、肩透かしを食らった崎森だった。

「当日はお願いします」

「いえ、こちらこそ」

 そう言った社交辞令を言いながら当日に備えた。

 

 

 そして、当日だが崎森はTシャツとジーンズ姿の私服で校門前に立っていた。隣には制服姿のボーデヴィッヒとダンボールを被っり体ごと隠している、文字通りの箱入り娘が居る。

 あんまりな姿に唖然とした崎森だが、ツッコミは出来なかった。

 そして、四十院もあんまり気にしていないのか、わざと声を掛けないのか「お乗りください」と崎森たちに促す。

 高級リムジンなど縁のなかった崎森で、一体幾らするのだろうと見当違いな思考を初め、ソワソワとしてしまう。なにせ天上は本革が使われ、シートにはマッサージ機能が備えられている。他にもカラオケボックスが存在し、冷蔵庫があり、グラスなどが並んでおり車なのか疑問に思った。

 扉の横にある冷蔵庫は勝手に開けてはならないのだろうか? 今座っているソファーの柔らかさは大体何万円くらいなんだ!? と内心ハラハラしていた。

 隣に座っているボーデヴィッヒは崎森のように動揺することはない。大物と言うよりは庶民感覚がまだ無いだけなので分かる。アキラはダンボールで顔が隠れているので表情が分からない。

「1時間ほど掛かってしまいますがゆっくりお寛ぎください」

 そう四十院が言って来るが、庶民派の崎森は高級リムジンの中でソワソワしっぱなしであった。

「章登、そう慌てるな。何も私たちは囚人ではないのだ。水でも飲んで落ち着けばいい」

 崎森の様子を見かねたのか、ボーデヴィッヒが励ましの言葉を掛け、リムジンに備え付けられた冷蔵庫からミネラルウオーターを出してくる。ただ、市販のペットボトルではなく容器が瓶であり、外国語であった。もうそれだけで高いのではないかと崎森が危惧する。ラベルには『CHATELDON』と表示されていた。

 渡された水が500ml1瓶1000円だとは崎森はこの時知らない。

「いや、飲んでいいのか?」

「ええ、どうぞ」

 と催促され、封を切り一口飲んでみる。

 崎森の舌では普通のミネラルウオーターではない、と感じることしか出来ない。さらに汗をかく結果になってしまった。

 

 

 高速道路を車が降り、少し走った時に目的地に着いた。

 四十院の会社の印象は大きな高層ビルと言うよりは、工場を大きくしたような横這いにな会社であった。ただそれでも古臭いと言う感覚はなく、8階建てで十分大きい。

 外装内装共に手入れされており大学付属病院みたいな印象を感じる。

「ようこそ、四十院企業へ」

 ガラス張りの自動ドアが開いて中に招かれる。

 本来の居場所の受付カウンターには誰も居らず、入口まで来て2人の受付嬢と何十人かの社員が四十院と崎森たちに頭を下げる。

「どうぞこちらに」

 四十院に誘導され会社の中を進んでいく崎森たち。

 会社の奥に進んでいくと、整備室か作業場に行きつき四十院がドアノブを捻る。

「少々、五月蠅いですが辛抱してください」

 と、四十院は扉を開けた。

 防音設計されていたらしく、扉を開けた瞬間に機械音と金属音が耳なりのように聞こえて来る。

 そのまま歩いて、ある一角の何もないところまで移動したところに見覚えのある人物たちが居た。筋肉質の体で重機を全く使わない3人。

「あれからも筋肉鍛えているようだな。感心したぞ」

「ひっ」

 その筋肉質の整備士が声を掛けたのは章登なのに、隣に居たアキラは怖がって段ボール箱の中で小さな悲鳴を上げる。

 ただ、段ボール箱少女をみた筋肉質整備士は怖がらせたことに傷ついたのか、意気消失してしまった。

「……量子変換している『始祖鳥』を出してくれ」

「あ、はい」

 部分展開し、光の粒が集まり独立飛行機『始祖鳥』を形成する。

 それを整備用のハンガーに掛けてたところで装甲の一部が開き、そこからケーブルが繋がれデータや調整がされていく。こうなると自分のやることが無くなってしまい暇を持て余さないようになのか、社内見学に移っていく。

 企業『きさらぎ』との類似点もあったが、どちらかと言うと工業製品全般を扱っているらしく、搭乗人型重機(パワーローダー)や無人飛行機(ドローン)が製造されていた。それも機能性、利便性を追及しているらしい。ISのデータから重機を作り、『始祖鳥』のデータも無人飛行機に使われるようであった。

「無人飛行機は今後、災害時の悪路を無視しての物資配給や偵察機として開発しています。今後は人工知能によって自動操縦を出来るように開発することを目標にしております」

 四十院のガイド付の社会見学をしていると、今度はEOSや搭乗人型重機の所に移ったところで乗ってみないかと促され人型重機の方に崎森が乗る。EOSは乗ったことがあるボーデヴィッヒが搭乗し、前乗った時との差を比較してみたいらしい。

 崎森が乗った人型重機は椅子から機械の手足が生えており、自身の手足を合わせて竹馬の感覚で動かすようなものだった。特に腕の部分は大きくだらりと垂らすと地面に付きそうである。椅子の背にはバッテリー、各部のアクチュエータが搭載されており、人型重機だけを見るならゴリラが小さなランドセルを背負っているようにも見える。

 そして、座席が絶叫マシンの安全バーのように体を固定していく。

 操作系は腕足に巻き付いた有線の操縦桿とフットペダル。

 まず歩行だけしてみると、いきなり転びそうになった。

「うぉ!?」

 事前に四十院から搭乗者の動きを3倍にすることで狭い座席でも、動作に支障なく動かすらしい。実際、恐る恐る章登が動かしても生身で歩く感覚があるため、いきなり何時もの3分の1で動かせと言われても困った。

 例えば少し足を上げただけでもそれが3倍になって、膝蹴りでも放つかのようになってしまったのだ。それでバランスを崩しそうになったが、過去の経験(ISをマニュアルで動かし転倒し続けた)から即座に慌ててはならない、と動きをカメみたいに遅くしながら体勢を直す。

 それで一連の動作を繰り返し、乗ってみた感想を四十院から聞かれる。

「いかがでしょうか。我が社の製品は」

「まぁ、使えなくはねぇと思う。ただ慣れが必要で実用化はまだ早い気がするけどな」

 ISと同じ感覚で動かしたら確実に転倒、破損は確定であり、特殊自動車のようにレバーやフットペダルだけで動かすものでもない。別物に考えるべきものである。

「ドイツで使っていた者より出力は下がっているが、利便性は向上している。あちらはこれよりも重たかったからな。動かすのに苦労した」

 一方、EOSはISのダウングレードのような物で絶対防御や量子変換が出来ない。だが、誰でも乗れ使い勝手はISと変わらないらしい。ただ、パワーアシストが弱く金属の塊と比喩されていたらしい。ただボーデヴィッヒが今着ているEOSには装甲はなく、覆っているのは強化プラスチックのようであった。

 兵器ではないと印象したいのか、ハンドガンで穴が開くようなものである。

 そういったことをして時間が過ぎる。

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 四十院と別れる際、社交辞令を言う崎森。それに答えるように四十院も頭を下げながら「お気になさらず」と言う。

「今日はいい体験になった」

 ボーデヴィッヒもご満悦したようににこやかに礼を言う。

「あ、……今日は、そ、その。あ、あり……がとぅ……」

 アキラはまだ対人恐怖を克服することが出来ず、段ボール箱の中で呟くようにして言う。そして、音が籠り聞こえ辛いが四十院に届いたようだった。



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