転生しても僕だった件——凍結中—— (らんらん)
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序章
唐突すぎる死


 唐突だが僕、阿良々木暦は死んだ。

 いや、マジでマジで。

 これ以上ないくらい簡単に、紙を裂くかのように軽々と殺されたのだ。それも、なんて事のないトラックに轢かれて。

 怪異がらみや人助けがらみで死ぬのならまだ格好がつくのだが、トラックだ。それも、完全に自分の責任だ。

 だって、横断歩道を歩いてたら偶然向かいに羽川がいて、偶然風が吹いて偶然スカートが捲り上がって偶然羽川のパンティが目に入ってきたのだから誰だってその場で固まるだろう。もちろん、僕だってそうだ。

 一体なぜただの布一枚でここまで人を魅了することができるのか。肌にひっついていると言う点だけを見れば、パンティなんて靴下と一緒ではないか。訂正、靴下だと興奮するので他のものにしよう。ならば、服だ!羽川の上着!あの柔らかそうな肌と常に触れ合いながら、羽川が少しでも汗を書くたびにその全てを吸収してその内部に備蓄しているあの布と一緒だろう。訂正、上着でも興奮する。だとすると何なのだろうか。羽川の肌に触れながら僕が興奮しない布とは。

 ……………ないものは証明できない。悪魔の証明。Q!E!D!

 そもそも、パンティなんて物を開発したのが悪いのだ。いや、スカートだ。あんな見えるか見えないかなギリギリのラインを攻めて清純さと程よいエロスを醸し出す服を開発した人!グッジョブだ。その程よいエロスを制服に指定した校長先生にも敬意を払って敬礼したくなってくる。思わず頭痛が痛いみたいな言い回しをするほどに。

 話を戻そう。そもそも、なぜパンティはただの布っきれに過ぎないのに人を魅了するのか、だったか。

 

 パンティ。

 

 この言葉だけでも男ならば反応してしまうだろう。こと羽川翼のパンティとなれば女でも反応してしまうかもしれない。もはや神々しさまで兼ね備えている羽川のパンティ、実は僕は複数回観たことがある。観察したことがある。

 特に、初めて見た時の事は今でも鮮明に思い出すことができる。なにせ、その日は地獄の春休みのきっかけとなった日なのだから。まあ、例え地獄の春休みのきっかけとなった日でなくとも、あの事は絶対に鮮明に思い出すことができると思うのだけれど。あの清純そうな見た目とは裏腹にまぁドエロいパンティを……いや、羽川が来たらどんなにエロいパンティだろうがそれはもう清純になるのだけれど。マイクロビキニだって、羽川が着たのならばそれはもう清純でしかない。

 そもそも論として、僕は別に羽川のパンティをエロい目で見ていたから立ち止まったわけではないのだ。なにせ、僕が跳ねられた時にとっていたポーズは、合唱だったのだから。

 あまりの神々しさに思わず手を合わせて感謝してしまった。

 そう、神々しすぎて興奮してしまったのだ。別に、久々に見たらやっぱりエロいパンティで羽川がつけていてもエロいものはエロいんだヒャッホーイ!って思っていたわけではない。

 さて、そんな羽川のパンティだが、どんなものだったと思う?今僕が言ったことだが、まあドエロかった。ドエロいという表現が適切かどうかは分からないが、少なくとも僕が知っている中で最もセクシーな一般下着である黒のレースを履いていたのだ。

 それはそれは神々しかったさ。まるで太陽、色合い的に言うのならば漆黒の太陽が如き輝きで僕を照らしてくれた。人生で最後に見たものが羽川のパンティだというのならそれはとっても嬉しいなって。

 羽川のパンティ、なんて素敵な響きなのだろうか。

 きっと、その言葉を聞いたら誰だって立ち止まるだろう。ましてや、実物をその目で見たときには思わず瞬間記憶法を瞬時にマスターしてその風景を永遠に脳内に留めておくだろう。

 かく言う僕だって、瞬間記憶法をマスターしたかは知らないがさっきの羽川のパンティのことはこと細やかに思い出すことができる。そのシワや若干明るさに違いのある黒色、まるで草木がその場で自生しているかのような模様まで、全てをだ。

 つまり僕がなにを言いたいかと言うと、羽川のパンティは最高だぜ!って事だ。

 最後で最高。

 僕の人生の終着点で見えたものは、皮肉にも僕の人生が再び動き出したその日の始めに見たものと同じだった。同じ柄だった。

 ところどころの色褪せ具合から考えるに、もしかしたら同じ下着なのかもしれない。

 どんな偶然だよ、と笑ってしまいそうになるが、そもそも今の僕にはそんな余裕はないのだった。

 なにせ、僕は死んでしまったのだから。

 死んでしまったと言っても、別にまだあの世に行ったわけではない。ただ体を動かせなくなって、言葉すら発する事のできない状態でトラックの前に横たわっているだけなのだから。

 すぐに駆け寄ってきた羽川は、涙を流してくれていた。僕の止血や蘇生を始めたが、どれも効果を発揮させなかった。羽川が素人だから、ではなくもう手遅れだったのだ。

 なぜか忍の気配がせず、なぜか吸血鬼性も発動しなかった。発動したからといってこの傷が治る気はしないので別に問題ないのだが。

 

 《確認しました。吸血鬼性獲得・・・成功しました。続けて忍野忍の獲得・・・失敗しました。よって代行措置として吸血鬼性超強化・・・成功しました》

 

 ともかく、だ。僕、阿良々木暦は死んだのだ。

 意識がだんだんと朦朧としてくる。クソ、もっとしっかりしないと。

 

 《確認しました。意識覚醒獲得・・・成功しました》

 

 痛みには慣れているからまだいいのだが、手足が動かせないのが困る。

 

 《確認しました。断固実行獲得・・・成功しました》

 

 せめて、血が止まればなんとかなるのに。いや、傷も治って欲しいのだが。

 

 《確認しました。止血加護獲得・・・成功しました。続けて自然治癒促進獲得・・・成功しました》

 

 いや、まずあのトラックを避ける事が出来て入ればよかったのだ。クソ、羽川のパンティめ!なんて魅惑的なんだ!

 

 《確認しました。反射上昇獲得・・・成功しました。続けて魅力拒否獲得・・・失敗しました。よって代行措置として鋼の意思獲得・・・成功しました》

 

 だめだ、眠くなってきた。だがここで眠れば絶対に起きる事が出来なくなるだろう。確実に起き続けなければ。あとなんかお腹すいたな。

 

 《確認しました。不眠不休獲得・・・成功しました。続けて空腹対策獲得・・・成功しました》

 

 てか、さっきから明らかに羽川ではない声が聞こえる気がする。通行人のだれかだろうか?だけれど、その声はどこか生気のない機械音声のような……

 視覚すらぼやけてきた。肌の感覚もない。音も聞こえない。味はもちろん匂いもしない。

 

 《確認しました。五感強化獲得・・・成功しました。吸血鬼性に現在保有しているスキルを掛け合わせユニークスキル『鉄血にして(キスショット・)熱血にして(アセロラオリオン・)冷血の吸血鬼(ハートアンダーブレード)』を会得しました》

 

 

 

 

 

 そして阿良々木暦は、意識を完全に手放した。

 阿良々木暦の魂はその時、完全にこの世からいなくなったのだ。

 魂のかけらも残る事はなく、この世から完全に消え去るはずだった。いや、消えるは消えた。

 阿良々木暦の魂は天に昇る前に何かに引っかかり、別の時空に飛ばされたのだから。

 そんな必然的偶然の結果、阿良々木暦は転生し他の世界で過ごすこととなる。

 これはそんな彼の不思議で可笑しい転生物語。そう、転物語(ころびものがたり)

 

 

 

 

 

 

 死、というものは思いの外予想の範囲内だった。

 体に力が入らなくなり、全てが黒くなる。これは単純に瞼を閉じたからかもしれないが、目を開けたとしても暗いのだろう。

 ふと耳を澄ましてみると、水が滴る音が聞こえる。中を鳴らせば、湿気た苔や水の香りが鼻腔をくすぐる。肌に集中してみると、肌に当たる空気がわかった。

 あれ?死んでなくね?

 恐る恐る瞼を開けてみると、そこは見知らぬ洞窟の中だった。

 ここから見えるだけでも、いくつも道があるのがわかる。

 僕は、死んでいなかったことに安堵しながらも、ここはどこなのか、また僕はなぜここにいるのかを考えていた。



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りむるスライム
001


予想以上の方々に読まれて、もう嬉しさしかありません!
お気に入り9件!ありがとうございます!


 まず始めに、一体ここはどこなのだろうか。

 パっと見た所なぜか明るいこと以外なんの変哲も無いただの洞窟なのだけれど、実際は違うかもしれない。

 僕は、自分を落ち着かせるために一度大きく深呼吸をしてみた。

 スーハー

 もう一つ分かった事がある。

 空気が美味しい!

 少なくとも、僕が住んでいた町の数倍くらいは。まるで口の中にさわやかな風が吹き抜けたような感覚に襲われ、何度も何度も夢中で深呼吸を繰り返した。

 スーハー美味い!

 と、まあ。深呼吸はそこそこに、改めてここがどこなのかを考える。

 そして僕は、3つの仮説を立てた。

 仮定1・どこかに連れ去られた。

 これだったのならまあ何とかなりそうなのだが、多分違うだろう。なぜと聞かれても明確な理由を示す事は出来ないが、なんとなく絶対に違うのだろうなと感じたのだ。

 仮定2・異世界。

 これまた突拍子のない仮定なのだけれど、少し納得のできるものなのだ。

 なぜなら、僕は死んだのだから。

 近頃のネット上の小説では、異世界転生、又は異世界転移というジャンルが流行っているらしい。現世で死んでしまった人物がその記憶を持って異世界に行くというものだ。

 それにのっとるのならば、僕だって死んだのだから別に異世界に来てしまったとしても不思議ではない。

 冷静に考えると常識的にありえない事なのだが、僕自身が常識でない事を両手の指じゃ足りないほど経験していたのでこれもあり得るかな、と思ってしまう。

 仮定3・怪異による何か

 僕の中では、これが一番有力な仮説だ。

 以前、忍野から何でもかんでも怪異のせいにしてしまうのはいけないと言われたのだけれど、今のこの状況を怪異以外になんと説明すれば良いのだろうか。

 死んだと思ったらよく分からない洞窟で目覚めたなんて状況を。

 とまあ、僕の中ではこの3つしか思い浮かばなかった訳で。

 なにしろ推測出来るだけの材料が無いのだから、これ以上ここがどこなのかを考える事はできないのだ。

 なので僕はこの洞窟を探索することにした。

 本当にやけに明るい。まるで昼間の大通りのようにはっきりくっきりと見え、ここは本当に洞窟の中なのか不安になってくる。

 それに、なにやら変な感じもするのだ。僕が進んでいる道の奥に、何かとんでもないものがあるような気が……

 と、思考しながら曲がり角を曲がった時だ。

 足元に青い半透明の物体があった。

 どうやらその物体は生きているらしく、ズルズルと辺りの草を食べていた。

 これは一体なんなのだろう。今さっき生きていると表現したが、本当に生きているのかどうか分からない。だって明らかに生物ではないから。生きている物と書いて生物なのなら、僕も生物ではないかもしれないのだけれど。

 明らかに生物ではないこの何か、全くもって見たことなどないのだが僕のもう一つの脳が心当たりがあるといった。そう、ゲーム脳が。

 目の前の何か、あのゲームのキャラに似ているんじゃないか?

 そう、勇者といえばのドラ○ンクエストの主要キャラである、スライムに!

 震えながら手を伸ばし、推定スライムも抱きかかえる。

 こ、これは!?

 

「なにこれ柔らかい!プニプニしてる!心地いい!やばいはまる!もっともちもちさせろ!もっと触らせろ!もっと舐めさせろ!!!」

 

 タックルされた。そして新発見。プニプニだろうとタックルされたら痛い。

 どうやら怒らせてしまったようで、スライムはすぐに逃げてしまった。全く、変な人に会ったら危ないと言うのに、一体どこにいったのだろうか。

 そのスライムを保護するべく、僕はスライムが逃げた道に向かった。

 

「おーい、スライムー。何もしないから出ておいでー」

 

 しまった、ポケットの中身確認しても千円どころか飴玉ひとつない。これでは餌付けができないではないか。どこかその辺に美味しそうな物は、と下を向いて歩いていると少し先に水溜りがあるのを見つけた。

 特に気にする必要もないので避ければいいかとそのまま美味しそうな物が落ちてないかと歩いて行くと、落ちかけた。

 僕が水溜りだと思っていたものは、実は大きな地底湖だったのだ。

 だが、落ちかけた。そう、落ちてはいない。確かに右足を空中に置き、体勢もかなりの前傾姿勢だったので確実に落ちるはずなのだが、落ちていない。なぜかと聞かれると、とても単純な事なのだけれど、同時にとてもではないが信じられない物でもあった。

 僕が跳躍したのだ。落ちかけているとわかった瞬間に、反射的に。

 にわかに信じられない事だろう。普段の僕はおろか、忍に血を吸わせた時でもここまで跳べる事はない。いや、忍に血を多めに吸わせたらどうかは分からないが、ともかくだ。

 ここまでの運動能力を発揮するなんて、普通じゃ絶対にありえない。

 その瞬間、僕の素晴らしい脳細胞が一つの可能性を示した。示したというより、思い出したと言う方が適切かもしれない。だって、僕はこの運動能力に似た物を地獄の春休みに体験していたのだから。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属となったその時に。

 まさか、まさか、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか

 僕の体は、あの頃に戻っているのか?

 それならば洞窟内がやけに明るいのも説明がつく。洞窟内明るいのではなく、僕の目が良くなっていただけなのだと。だが、そうなるともう一つ疑問が生じるのだ。

 ズバリ、なぜ僕の体があの頃に戻っているのか、と言うもの。

 僕が死ねば、忍は完全なキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに戻るだろう。また、忍がキスショットの力を取り戻せば、僕もまた彼女の眷属としての力を取り戻すだろう。

 その2つは、絶対に両立する事は無いだろうと思っていた。だって、死んだら終わりなのだから。

 けれど、今僕は死んだにも関わらずここにいて、僕が死んだのだから忍はキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードになっているのだろう。そして、忍がキスショットになったのなら僕も眷属になっているはずだ。おそらく、そうなのだろう。

 矛盾している筈の理論は、たった1つの前提条件を変えるだけで両立するようになる。その考えは僕の持っている疑問の答えとしては十分過ぎるものであり、僕自身もそれで納得した。

 となると、今度は別の問題が出てくる。

 キスショットを止める事が出来る人は、きっといないだろうというもの。以前タイムスリップをした際に僕が途中で死んでしまった世界に迷い込んだ時も、世界はキスショットによって滅ぼされていた。

 忍野メメや臥煙さんなどの専門家たちを持ってしても、止める事が出来なかったのだ。

 それならばきっと僕の世界も……

 一刻も早く元の場所に戻らなければ。戻れるかどうかは分からないのだけれど、それでもなんとかして戻らなければ。

 方針が決まったとはいえやれる事はなく、僕は歩く事しか出来なかった。

 どれだけ歩いただろうか。どれだけ彷徨っただろうか。体感時間ですら分からなくなるほどこの洞窟を徘徊した先に、再びスライムを見つけた。

 だが飛びつく事はできず、思わず岩陰に隠れる。

 そのスライムの真正面、僕から見れば左方にとてつもなく大きくて黒いトカゲが、ドラゴンがいたのだ。



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002

お久しぶりです。
何というか、予想以上に反響があり作者はとても驚いています。
この話の内容は当初私が予定していた物と大きく逸脱してしまいました笑
なので結構亀更新になると思いますが、何卒よろしくお願いします!


 いや、嘘だろ?咄嗟に岩陰に隠れたが、それでも冷や汗は止まる事なく流れ続けていた。だって目の前に、ドラゴンがいるのだから。

 ドラゴン。大抵のファンタジーの創作物の中でも特に強敵として描かれ、その圧倒的とも言える強さに大抵の人間が魅了される存在。そんな物が、僕の目の前にいるのだ。冷や汗どころか、ちびってしまっても仕方がないと思う。

 そして現代の日本に、というか世界にこいつがいなくて良かったと心の底から安堵した。もしいたとしたら、人類なんて1週間もあれば絶滅してしまうだろうから。

 それ程までに圧倒的な存在感。

 この時点で心臓バクバクであり幻の6人目の様に気配を消そうとしていたのだが、次の瞬間に起こった出来事を目の当たりにした時、僕は思わず声を上げてしまった。

 

「なっ……」

 

 ドラゴンを、あの巨大なドラゴンをそれ以上に巨大な膜になったスライムが包み込み、取り込んでしまったのだ。数瞬後にはスライムは元の大きさに戻り、まるで元々ドラゴンなどいなかったかの様にプルプルと震えていた。

 一体なんなんだ、この場所は。スライムやドラゴンがいたと言うだけでも御伽噺の様なのに、更にスライムがドラゴンを飲み込むなんて。

 これは夢だと片付けられるのなら良かったのだけれど、僕の直感が夢ではないと告げているせいで夢だと思い込むことすらできない。

 一体どうし—————

 

 視界が大きく変わっていた。

 スライムと目があった様な気がして、反射的に全力で後ろに跳躍してしまったのだ。冷や汗ではなく、脂汗がにじむ。

 ()()が放つ異様な気配はなんだ。あのドラゴンを見た時に感じたものと同等、あるいはそれ以上に感じた死の気配。今反射的に跳んでいなかったら僕はどうなっていたのだろうか。想像もしたくない。

 どうやら僕は予想以上に危険な事をしていたらしい。

 ともかく、とりあえずの目標は決まった。あのスライムにかち合わずにこの洞窟を脱出する。そして人を見つけ、ここがどこなのか、そしてここはなんなのかを調べる。その4つだ。

 そうと決まれば行動は早い方がいい。すぐさま今跳んできた方向とは逆に足を向け、歩き出した。

 ———————

 —————

 ———

 歩き始めて多分大体1ヶ月。僕が立てた目標は、予想以上に難しい物だった。

 端的に言うと、めちゃくちゃスライムと出会う。スライムが僕の事を探しているのかどうかは分からないが、角を曲がればスライムが居てその度に全力跳躍。そのせいで今自分がいる位置が分からなくなり、ただでさえ難航するであろう出口探しが更に停滞していた。

 それに加えて、この洞窟内で不可解に思う事が2つあった。

 1つが、全く生物が存在しない事。この1ヶ月間、洞窟内を徘徊し続けて居て一度たりとも虫はおろか地面に生えている草以外の植物すら見た事がない。

 そしてもう一つが、これだけ何も食べずに歩き続けているにも関わらず疲れもしないし眠たくもならない、そしてこれっぽっちもお腹が減らない事だ。いくら吸血鬼と言っても、限界が来れば腹は減るし眠くもなる。だとすると、限界が来ていないと言う事なのだろうか。

 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属とまでなれば1ヶ月程度の不眠不休飲まず食わずは平気なのだろうか。

 答えは否。そんな訳がない。なぜなら、あの地獄の春休みで僕は少しずつだが空腹になっていったのだから。ならば、なぜ腹が減らないのか。

 結果としてだが、その疑問が洞窟中で解決されることはなかった。長い間徘徊してやっと、明らかに人工物である扉を、出口を見つけたのだ。

 ようやく出られる、と思いつつも左右を確認してあのスライムがいないかどうかを確認する。

 よかった、どうやらいないようだ。

 僕が意を決して扉を開けようとすると、

 

「やっと開いたか。錆付いてしまって、鍵穴もボロボロじゃねーか…」

「まあ仕方ないさ。300年、誰も中に入った事がないんだろ?」

「入ったという記録は残っていません。それよりも、本当に大丈夫なんでしょうか?いきなり襲われたりしないですよね…?」

 

 扉が開き、3人組の冒険者らしい人物が入ってきた。

 スライム、ドラゴンときて今度は冒険者か。僕は本当に、ドラゴンクエストのような世界に来てしまったらしい。

 

「がはははっ! 安心しろ。300年前は無敵だったかどうか知らんが、所詮大きなトカゲだろう!俺はバジリスクをソロで討伐した事もあるんだっ。任せろ!!!」

「それ、前から思ってましたが、嘘ですよね?バジリスクってカテゴリーB+ランクの魔物ですよ?カバルさんにはソロ討伐なんて無理ですよね?」

「馬鹿野郎!俺だってBランクだぞ!でかいだけのトカゲなんざ、敵じゃねーんだよ!」

「はいはい。解りましたから、油断しないで下さ………誰?」

 

 このまま仲間内でずっと騒いでいてくれれば良かったのだが、どうやら僕に気づいてしまった様で。三者三様、それぞれがそれぞれの武器を手にとって即座に構えた。のだと思う。多分。

 というのも、3人が武器を構えるのがとてもゆっくりに見えたのだ。おそらく武器を取るという動作に反応して、僕が注視してしまったせいなのだろう。

 恐ろしく遅い。

 平仮名にしてみると、おそろしくおそい。

 こうしてみると、特に意識していないのにも関わらず韻を踏んでいるような気がして来るYO!

 韻を踏むといえばラップだが、僕はラップがあまり好きではない。あの、『僕たちいけてるでしょ?ね?ね!』と他人に強要する雰囲気がどうも好きになれないのだ。いや、訂正しよう。ラップは好きだ。ただ、調子に乗ってるラッパーがあまり好きではないだけだ。あいつらに伝えたい。ラッパーと言うものがカッコいいのではなく、かっこいい奴がラップをやっているのだからかっこいいのだと。

 それと、クラスに一人はいるであろうなんか調子に乗ってるやつは大抵ラップをやっていた事があると思う。確証はないけれど。

 え?僕がそれを知っている訳がないって?いや、僕はあれだよ。人間強度が下がるとか云々言ってた時期にクラス全員の趣味とか住所とかを書いたノートを作ったりとかして人間観察していたから知っているんだ。

 とまあ、そんな無駄な思考が出来るくらいにはゆっくり見えて。

 ようやく彼らが武器を構え終わった時には、初めに僕が抱いていた焦りはかけらも無くなっていた。

 

「おい、お前。お前は、なんだ?なんでここにいる」

 

 さて、お前はなんだと聞かれても。世の情けで答えてあげたいのだが、あいにくこの男が納得する答えを提供できる気がしない。

 阿良々木暦?

 吸血鬼の眷属?

 転生者(疑問)?

 そもそも僕自身を一言で表せという方が無理難題なのだ。人間の人生には一日に二十四時間分の時間が蓄積されており、僕の場合は十八年間生きている訳なので大体十五万七千六百八十時間が蓄積されている。その十五万七千六百八十時間を一言で表すなんて到底無理だろう。

 それでも何かを言わなければならないので、僕は一つとぼける事にした。

 

「分からないんだ……僕も。気がついたらここにいたんだよ、その前の事も……思い出せない……」

 

 嘘である。

 真っ赤な真っ赤な嘘である。

 

「な……そうか。なら、あー」

 

 なんて言えばいいのか迷っているらしく、俺に質問をしてきた金髪の男はそれ以上何も言ってかなかった。というか、よく信じたな僕の苦し紛れの言葉を。

 まさかこんな所で普段からでかい方の妹を騙していた事が生かされるとは全くもって予想だにしていなかった。

 それはともかく、金髪が言葉に詰まっている時、僕は金髪の男を見ていた視界の端で青い何かが動くのを確認した。視線をそちらの方に向けると、スライムが岩陰に隠れながら外に出ようとしているではないか。

 

「そいつをここから出したらダメだ!」

 

 気がついたら叫んでいた。再び脂汗が出てくる。クソ、ここからじゃもう間に合わないか……

 

「おいあんた、スライムがどうした?」

 

 金髪が僕に聞いてくる。心底不思議そうな顔をしながら、怪訝な目を僕に向けて。どうやらこの世界においてスライムという生物はそこまで警戒する相手では無いらしく、焦る僕とは裏腹に金髪やその取り巻きは一向に焦る気配がなかった。

 

「あのスライムは、この中にいたドラゴンを取り込んだんだ!この目で見たから間違いない!」

 

 金髪達の態度が変わる事は無かった。余裕を持って、それでも一応確認しておくかと一番小さい女の子が光弾を一つスライムに向かって放つ。その光弾はまっすぐスライムへと向かっていき、スライムが吐き出した何かによって弾かれた。

 あれは、水か?

 スライムが吐き出した水は光弾を弾くとその場で落ち、水たまりをつくった。なるほど、スライムは色に違わず水属性なのかな?

 金髪達の態度は目に見えて変わった。まさかスライムに自分の攻撃が弾かれるとは思っていなかったのか、小さくてとても可愛い女の子は呆然と立ち尽くして、金髪の男ともう一人の茶髪の男は直ぐにスライムに向けて攻撃をした。

 だが二人の攻撃がスライムに入ることはなく、スライムはすいすいと外に出て行ってしまう。

 僕はその間何もすることができずに、蛇に睨まれた蛙よろしく固まっていただけだった。

 

「なあ、あんた。さっき言ってたスライムがドラゴンを取り込んだって話、詳しく聞かせてくれ」

 

 金髪はこちらを見て、そう説明を求めてきた。



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003

 金髪の男の要求。スライムがドラゴンを取り込んだ事を詳しく話すという物に、僕は応じることができなかった。というのも、詳しく話そうとするとどうしても僕自身の事を話さなければならなくなるのだ。

 記憶は喪失した事にするとして、この一ヶ月間の経験に関してはどう説明すれば良いのだろうか。ずっと飲まず食わず眠らずに歩き続けたなど、とてもではないが人間には不可能だ。

 結果として、とてつもなく簡潔な、一文だけで説明が終わってしまうような言葉を選んで言ってしまった。

 

「スライムがめちゃくちゃ大きくなってドラゴンを包み込んだと思ったら、ドラゴンが消えてた」

 

 僕の説明は何一つの省略もなくこれだった。これしか無かった。

 例えばこの場に羽川がいればもっと上手く説明できるのだろうが、残念な事にここには僕しかいない。という事は僕が説明をしなくてはいけないわけで。そうなるとここまで適当な、もとい簡略的な説明になってしまうわけで。

 そんな僕の説明不足な説明を聞いた三人は何やらコソコソと話し始めた。どうやら僕を信用するかどうかを話し合っているらしく、こちらをチラチラと見て来る。

 

 あ、目があった。

 

 逸らされた。

 

 あの女の子に思いっきり目を逸らされたのはショックなのだがそれはそれとして、この後僕はどうすればいいのだろう。この三人の決定に従うでもいいし、一人外に飛び出すでも良い。なにせ、今の僕にはどちらの選択肢を取っても成功させる事ができるのだから。今外に飛び出す事を選んだとすれば、思いっきり走ればこの三人は着いてこれないだろうから。

 けれど僕が選ぶんだのは一方の逃げ出さない方で、三人が話し合いを終えるのを待っているわけだ。選んだと言っても、今考えながら決めたのだけど。

 

「よし、あんた。名前は?」

 

 どうやら話し合いが終わったらしく、リーダーらしき金髪の男が話しかけてくる。その言葉の内容は、酷く簡単な、それこそ子供でも答えられるような質問だった。

 

「ああ、僕の名前は……」

 

 阿良々木暦ここでフリーズ。

 うっかり反射的に自分の名前を言いそうになってしまったが、先程僕自身が記憶喪失だと言っていた事を失念していた。記憶喪失者が自分の名前を知っているのは、明らかにおかしい。

 考えろ阿良々木暦。

 頑張れ阿良々木暦。

 この状況を打開する案を出すんだ阿良々木暦。

 今僕は、僕の名前は、と言ったところで止まっている。ここから誤魔化す事は可能だろうか。それを反射的に言ってしまった、という言い訳が通るだろうか。

 世間一般論で言うと、通らないのだと思う。ドラゴンが封印されていた洞穴の中から出て来て、そのドラゴンがスライムに食べられた瞬間を目撃した者が記憶喪失者など、都合が良すぎるのだから。そんな人がボロを出してしまったのだから。

 と、俯瞰的に見ても何ら状況が転がる事はなく、何をどうすれば良いのか考えても何一つ思い浮かんでなど来なかった。

 フリーズ開始から今この瞬間まで、実に二十秒である。

 

「あー名前もわかんねーか。そりゃそうだな。なんも思い出せない訳だし」

 

 僕が胸の内に秘めていた心配など要らないとでも言うかのごとく、金髪の男は僕の言い分を信じた。それだけでも衝撃を受けたのだけれど、次の瞬間にはさらなる衝撃を受けることとなった。

 

「とりあえず私達に着いてきますぅ?」

 

 可愛い。

 

「?そんなにジロジロ見て、どうかしたんですか?」

 

 おっと、注意しなくては。いきなり思考が切り替わってしまった。例えるとすれば、小説の中で『衝撃を受けることとなった』と書いてあるのに次の地の文が『可愛い』だけになってしまうような感じだ。それほどまでに可愛かった。今まで会ってきた女性の中でもトップレベルで可愛かった。綺麗系ではなく、可愛い系なのだ。この世界に来てから早一ヶ月。今まで一度も目の保養に出会っていないせいか、普段以上にそう言うものに反応してしまう。

 いや、驚いたというのも本当だ。なにせ、出会って少ししか経っていない謎の人物を連れて行こうと提案したのだから。

 若干危機感が足りないような気がしてくる。

 だが、この場でその提案を蹴るのは悪手すぎる。

 と言うわけで、めでたく俺はこのパーティーの仲間となったのだった。

 

 あららぎこよみ が なかまにくわわった。

 

 画面下でその様な文字が見えた気がした。

 ———————

 —————

 ———

 更に二週間の時が経った。

 その間僕たち、と言うよりも三人はこの洞窟を調査していた。正直僕にとっては一ヶ月間もいた場所だったので退屈この上なかった。一週間しか滞在していない三人も退屈しているのだから、どれだけ僕が退屈だったか分かるだろう。

 何もいなかったという調査結果を得た後は扉から外に出たのだが、そこでまた一つ問題が発生した。

 扉の内側で三人から話を聞いた所では、扉の外には嵐蛇(テンペストサーペント)という魔物がいてその魔物にはまず敵わないそうなのだが、その嵐蛇(テンペストサーペント)が何処にもいなかったのだ。

 何の欠片も残さずに、煙の様に消えた。

 来た時にはいたそうなので、なぜ消えたのかと考えたが、すぐに答えが出て来た。

 あのスライムだ。

 ドラゴンを食べたくらいなのだから、蛇も食べられるだろう。

 予想していた脅威が消え去ったのは嬉しいのだが、素直に喜べないのはなぜだろうか。

 封印されたドラゴンを食べたのと、自由に動くことのできる蛇を食べたこと。前者だけならば封印されていたから、という言い訳があるだけ希望があるのだが、後者ならば何の言い訳もない。三人の話を全て信じるとすれば、嵐蛇(テンペストサーペント)はドラゴン程じゃないにしろかなり強いらしく、三人だけじゃどう足掻いたとしても勝つ事は無理だそう。逃げる事すら不可能らしい。

 

「さて、と。スライムの事も書かなきゃな。はぁ、しんど。ったく、何であんな変なのが出て来るのかねぇ」

「……この人の事はどうしますぅ?」

「ん?ああ。そういえばこいつも洞窟の中で発見したんだったな。別にいいだろう。何かした訳でもなさそうだし、魔素の欠片も感じないし」

 

 どうやら当初予定していた封印されていたドラゴンに加えて、あのスライムについても書類を作らなければいけなくなったらしく、三人は目に見えて億劫そうにしていた。洞窟内で発見したものについてまとめるのなら僕の事も書かなくてはいけないと思うのだが、彼等の会話を聞いていると僕については書かないらしい。

 ちなみに、僕は名前が分からないという設定なのでこいつだのあいつだのと呼ばれている。記憶喪失者として振る舞った僕が悪いのだが、どうも反応が遅れてしまう。やっぱり名前は大事だ。

 

「そういう適当な所のせいでガバルさんはA級どころかB+にもならないんですよ。まぁ、私も書かないのには賛成ですが」

「あっしは書いた方がいいと思いやすが……」

 

 多数決の暴力とは酷いもので、明らかに正しい言い分でも少数ならばそれを非としてしまう。今回もその例にたがわず、最後に言葉を発した男、ギドは言った直後に残りの二人に睨まれてしまった。隣から睨まれているのを見ていただけなのだが、それだけでも寒気がして来る。

 要するに、この場では僕についても書くと言ったギドが非となり、書かないと言った二人、ガバルとエレンが是となったのだ。だが、この状況は新たな人物が参戦する事でいとも容易く瓦解する。

 すなわち僕だ。

 僕がギドの味方をすれば、きっとギドがに軍配が上がるだろう。それを期待してか、先程からギドがチラチラとこちらを見て来る。

 仕様がないなぁ。僕も自分の意見を発するか。そう、自分の意見を。

 

「僕も僕の書類は作らない方に賛成だな」

「なっ……」

 

 すまないな、ギド。僕は僕の自由が惜しい。だって、件のスライムかドラゴンを捕食したシーンを直接この目で見たんだぜ?命までは取られなくても、長時間の拘束は必至だろう。僕はまだ、自分の自由が欲しいのだ。

 

「はぁ、分かりやしたよ。あっしは姉さんらの決定に従いやす」

 

 どうやら僕の事は書かないという事で決定してくれたようだ。ギドが折れてくれて本当に助かった。

 それでいいのか、とツッコみたくなるが、僕にとっては利益しかないので放っておこう。

 というのは洞窟内のやりとりで、完全に外に出た時には既にあたりは暗くなっていた。



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004

「今日はここらで野宿だな」

 

 外に出るや否や、ガバルはそう言って焚き火の準備を始める。その時僕は周囲から枯れ木を拾ってきて、ギドは一体どこから取ってきたのか魚を持ってきていた。

 

「ねえねえ、そろそろ貴方の呼び方決めない?」

 

 びっくりした。

 背後から急に話しかけるのはやめてほしいものだ。それにしても呼び方、か。記憶喪失の怪しい男を受け入れてくれた上に、そこまでしてくれるとは。普段触れていないタイプの優しさに、涙が出てくる。

 

「え、なんで泣いてるの?」

「ああ、気にしないでくれ。ただ感極まっただけだから。で、僕の呼び方だっけ?好きな風に呼んでくれていいぞ」

「えーそれじゃあつまんないわよぅ。一緒に呼び方考えましょうよぅ」

「でも僕は何も思いつかないぞ?」

「例えば記憶なし男とか?」

「そこまで名が体を表しているあだ名も中々無いと思うが、それ呼びにくく無いか?」

「んーじゃあ、喪失は?」

「これまた名が体を表すだけど、短くまとまっているせいかさっきよりかはいいな」

「でも可愛くないわよぅ。ううん……」

「おーい、飯の用意できたぞー」

 

 少し後ろでガバルが俺たちを呼ぶ声がする。僕達はあだ名を決めるのもそこそこに、ご飯を食べて休む事にした。見張りの当番を決めてから。

 

「はいじゃ、独断と偏見で俺が見張りの当番を決めました。今はエレン、夜は俺、深夜はギド、早朝はお前、で決定な」

 

 横暴である。いくらリーダーと言えども、メンバーの意見を聞かないというのは絶対におかしい。反論しようと口を開いたのだが、声が出る寸前のところで喉が動くのを拒否した。そして自分の右側からとてつもない冷気を感じる。

 僕はこの時、先程ギドにした仕打ちを後悔するのと同時に心の中でギドに謝罪をしていた。

 敵に回ってしまってすまなかったギド。これは中々きつい。

 結局僕が反論を唱える事は出来ず、見張りの当番はこれで決定してしまった。そして僕は何か大切な事を、何か大変な事を忘れている様な気がしたが、気にせずに眠りについた。ついてしまった。

 

 

 ゆさゆさと揺さぶられた事で目を覚ました。どうやら僕の体は睡眠を必要としないだけで眠る事は出来るらしい。自分の体の秘密を新しく発見した事に若干の喜びを抱きつつ、ギドに挨拶をして見張りの番を変わった。どうやら朝日はもうすぐ登って来る様で、空がだんだんと明るくなってきている。

 それにしても、いざこうやって落ち着いてみると僕がいかに特殊な状況に置かれているのかが分かる。ついこの間も異世界の様なものに巻き込まれた———嫌、異世界の様なものを引きずり出してしまったのだが、それとこれは完全に別物だろう。

 これは、完全に異世界だ。スライム、ドラゴン、冒険者、さっき食べた不思議な魚に、今ちょうど目の前でのたりくたり動き回っている耳の生えた小鳥。全てが怪異だとしたら、怪異が完全に人と共存している世界となるし、全て独自の進化を遂げた生物なのだとしても僕のいた世界とは完全に異なる。

 一体どうしたものか。あそこから登って来る朝日だけは僕が住んでいた世界と変わらないように見え、どこか太陽に親近感が湧いてくる。

 太陽が地平線からキラキラとしながら顔をのぞかせた。

 僕はこの時、思い出すべきだったのだ。なぜ太陽がここまで輝いて見えるのかを。今、僕の体がどうなっているのかを。

 だけど、もう既に遅かった。僕の体が———太陽光に触れた僕の頭部が燃え上がる。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 慌てて影に入り、口を抑える。

 どうだ?三人を起こしてしまっては無いか?僕の頭部は影に入るや否やすぐに元に戻った。これで見られても大丈夫だが……

 失念していた。キスショットの眷属に戻ったと言う事は、つまり太陽光が弱点になると言う事だ。

 完全に、忘れていた。

 思考の外にあった。

 だが、ここで思い出せたと言う事をプラスに捉えよう。もしこれが三人の前で起こってしまえば、流石に書類を作成するだろう。そしたら、僕も逃げ出さなければなくなるし、三人は僕を信用しなくなるだろう。逃げ出すのはまだしも、信用されなくなるのは辛い。

 見張りは影からする事にして、僕は三人が起きて来るのを待った。そして三人が起きてきたのを確認すると、どうにかして日光を浴びる事なく移動する為の嘘をついた。

 

「みんな、一つ思い出した事がある」

「ん!名前思い出したのぅ?」

「……みんな、二つ思い出した事がある」

 

 これは少し無理があるかな?

 

「おお!そりゃよかった!で、何て名前だ?」

 

 確信する。コイツらは火憐ちゃん並みにちょろい。

 

「僕の名前は、暦だ。阿良々木暦。それと、僕はどうやら日光アレルギーみたいだ」

 

 よくもこう知らない単語がポンポンと思いつくものだ。

 まあ、僕なんだが。

 火憐ちゃん並なら信じるだろ。多分。

 

「日光アレルギーなんてモンがあるのか……大変だな」

「なら日陰を進まなきゃいけないわね」

「アララギコヨミでやすか。長いですね。何かいい略称はないか……」

 

 やっぱり信じた。

 

「なら、コヨミって呼ばせてもらうわよぅ」

 

 エレンの言葉に、他の二人も頷いた。僕としては下の名前で呼ばれるのはどこかこそばゆい感じがするのだが、その意見に反対する程の事ではないので黙ってエレンの意見を肯定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、コヨミはここで待っててくれ」

 

 そう言ってギルドの中に入っていった三人は、激昂しながら出てきた。

 

「行っていいぞ、じゃねーよ!」

「三日!あんなに苦労したのにお休み三日!もっとくれてもいいでしょ!」

「へいへい、ここで何を言ったって代わりはしやせんよ」

 

 三人の話を纏めるとこうだ。先日最大ランクの仕事をしたのにも関わらず、三日後にまた仕事が入ったそう。だが、言ってはなんだが今の僕は彼らの話を全然聞いていなかった。いや、聞くことができなかった。

 なにせ、これから伝える事が受け入れられるかどうかでこれから先の僕の生活は大きく変わって来るのだから。上手くいかなければ露頭に迷う事になるのだから。

 

「なぁ、無理を承知で一つお願いしたいんだけどさ」

「ん?なんだ?」

「僕も、次の仕事について行っていいか?」

「いいわよぅ」

 

 やった!これで彼らについていく事が出来る!

 知り合いも何もいないこの町で、一銭も持たずに生活スタートなんて無理ゲーすぎるのだ。僕に死に戻りの能力があったとすればどうにかなるのかもしれないが、残念ながら僕が持っているのは紛い物の不死だけ。戻れるわけじゃない。

 なんにせよ、これで当面の心配は無くなった。次は僕の身の振り方だけれど、どうすればいいのだろう。

 戸籍とか登録しなくてはいけないのかな?

 

「ちょ!お前!リーダーの俺が許可する前に!」

「いいでしょー。ここ一週間で彼のしぶとさは分かったし、下手に手出ししてこない限りは死なないと思うわよぅ」

「やれやれ、姉さんが言い出したらもう何を言っても無駄ですぜ」

 

 僕は笑う。ガバルとギドとエレンも笑う。まだ一ヶ月程度しか共に行動していないのに、まるで旧友のように感じてしまう。そのような不思議な魅力が、三人にはあった。

 それと、どうでもいい事だが、男の仲間ができたのは初めてかもしれない。

 

「じゃ!森に入る準備でもしますか!」

「そうね!しましょうしましょう!」

 

 ガバルとエレンは騒ぎ、ギドはやれやれと言った風に首を振る。その動作も、どこか楽しげに見えた。

 恐らく、普段ならこのまま準備をして普通に仕事をするのだろう。今回も、僕という異常(イレギュラー)がいるだけでする事は変わらない。

 筈だった。

 

「失礼、もし森に向かうのなら同行させてもらっても構わないだろうか」

 

 振り返るとそこには、仮面をつけた何者かがいた。

 

「いいわよぅ」

「だから!リーダーである俺のだなぁ!」

 

 ガバルとエレンが騒ぐのがどこが遠くに聞こえてくる。

 何故だろうか、この仮面の人物に不思議な親近感を覚えるのは。体つきからして女性なのだろうが、この感覚は普段僕が抱いている女性に対する欲求とはまた別の物である。明らかに異常だ。この世界に来てから一度も感じた事のないような、だが一度どこかで感じた事のあるような不思議な感覚。気がつけば僕は、彼女から目を離せなくなっていた。

 

 

 物語は転がり始めたのだろう。雪だるまのように周りを巻き込んでどんどんと大きくなっていきながら。

 もしかしたらそれは勘違いなのかもしれない。何も始まってなどおらず、始まるきっかけすらなかったのかもしれない。だが、勘違いでもそう感じてしまったなら出来るだけの準備をしなければならないのだ。

 何か後悔をしてしまってからでは、もう遅いのだから



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しずイフリート
001


祝!お気に入り100件突破!
文章力と構成力の低下が著しい!
週一更新を目指しております。


 仮初めの(おもて)と書いて仮面。表面を取り繕い、他人を欺き、己を隠し通す為の物。もし突如として話しかけてきた人物が仮面を付けていたとすれば、その人物を信用する為にはある程度の時間をかけなければならないだろう。よっぽど特殊な事がない限りは。

 

「それで、シズさんはなんで森に行きたいのぅ?」

「いや、森に行くというより、森を通らなければならないって感じだな。だから、森に行きたいと言うわけではない」

 

 だが、どうやら三人はそうではないようで、警戒心も何もなくシズと名乗った仮面の女性と団欒していた。いや、団欒というよりかはエレンがシズさんを質問責めにしている感じなのだけれど。

 

「なぁ、あの人ってもしかして爆炎の……」

「いや、流石にそれは無いと思いやすよ。だってあの人、五十年も前の英雄ですぜ?」

 

 シズさんとエレンが話している所から少しばかり離れた場所で、ガバルとギドがコソコソと話していた。聞き耳を立ててみると、なにやらカッコいい異名が聞こえてくるでは無いか。僕はゆっくりと二人に近づくと、思いっきり肩を組んで無理やり話に入っていった。

 

「なんだよ!二人でコソコソ話なんかして、僕も混ぜろ!」

「あ、悪い悪い。忘れてたわ」

 

 忘れてたとは酷いと思ったのだが、おそらく事実なので仕方がない。なにせ、普段ならば僕はおらず、エレンが何か話をしている時には二人で話していたのだろうから、僕がいる事は忘れてしまっても仕方がないのだ。

 

「シズさんってさ、爆炎の支配者って冒険者に似てんだよなー」

 

 爆炎の支配者。

 なんとも厨二心がくすぐられる二つ名である。二つ名が付いているのだから、相当な強さの冒険者だったのだろう。

 しかも爆炎の支配者って。

 爆炎って。

 炎の一つ上のランクを支配している訳だから、弱いわけが無い。

 と、そんな風に瞳を輝かせていると、丁度話の渦中であったシズさんが話しかけてきたではないか。

 

「少し、そこの青年を貸してはもらえないだろうか」

 

 ガバルが自分の事かと人差し指を自らに向かって刺したのだが、シズさんは首を振ってそれを否定した。

 当たり前である。

 ガバルは、青年というには少々歳を重ねすぎているのだ。

 シズさんは、その後項垂れて分かりやすく落ち込んでいるガバルを無視したかと思うと、お前だと言わんばかりに僕の事を指差した。

 え?僕?

 淡々と目の前の事象を捉えていたからか、それとも爆炎の支配者と言う普段の僕の生活からかけ離れた名前の話をしていたからかは分からないが、いきなり自分を指名された事で現実に引き摺り下ろされた感覚になった。

 簡単に言うと、ビックリというやつだ。

 シズさんはなぜ僕を呼んだのだろうか。

 その疑問を胸の内に秘めながら、僕はシズさんの元に向かった。

 

「あの、なんでしょうか?」

 

 若干口調が荒くなってしまった。

 普段初対面の、それも知り合いが誰もいない人とあまり会話をしないのが仇となったな。

 反省反省。

 もっと柔らかい口調にしておけばよかったと若干の後悔の念を抱きつつ、僕はシズさんの言葉を待った。

 シズさんは真っ直ぐと僕を見つめながら————仮面を着けているので本当にそうなのかどうかは分からないが、口を開いた。

 

「端的に聞くね。貴方は日本人?」

 

 それこそ、雷に打たれた様な衝撃を受けた。

 この世界に来て、()()と言う名前を聞くとは思っておらず、そんな時に思わぬ所でその名を聞いたのだから、至極当然の結果だろう。

 

「なぜ、それを?」

 

 別にバレたと言って何か問題があるかといえば無いのだが、突如として出てきた馴染みの言葉に警戒して睨みつけてしまう。

 無駄に身構えてしまう。

 そんな必要はないと知っていても。

 シズさんは、僕が睨みつけたからか若干慌てながら言葉を重ねた。

 

「私も日本出身だから……それに、日本出身なら……」

 

 そう言うと、シズさんは仮面を外した。

 その仮面に隠されていた素顔は、お世辞抜きでとてつもない美人だった。キスショットや戦場ヶ原、羽川に神原などとは違う方向の美人である。

 正直、見惚れた。

 見惚れるレベルの美人だった。クレオパトラや楊貴妃、小野小町などと言った高嶺の花の様な美ではなく、もっと身近なもの。クラスのマドンナの様な魅力が、シズさんにはあった。

 もちろん、内面は知らない。だが、彼女の内面がどんなものだとしても、僕は受け入れることが出来そうだ。ここから共に旅をするかと思うと、少しばかり心踊る。

 僕は、彼女の素顔を見ただけでここからの旅が少しばかり楽しみになったのだ。

 ところで、見惚れるのはいいのだが今シズさんが言いかけた事が気になる。

 日本出身なら、何なのだろうか。

 

「質問してもいいだろうか。君は、ユニークスキルを持っているかい?」

 

 ユニークスキル。

 その言葉を、どこかで聞いた事があるような気がするのだが、一体どこで聞いたのだろうか。僕が住んでいた世界ではなくこちらの世界だった気がするが、確証はない。もしかしたら僕が住んでいた世界だったかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

 ただ確信を持って言えるのは、それに似た言葉を確実に耳にしているという事。いつ、どこでは思い出せないが、確かに聞いたのだ。

 その事実だけは確実で、僕はそれをシズさんに伝えた。

 

「そのユニークスキルっていうのを持っているかは分からないが…………どこかで聞いたことはある。と思う」

 

 ふわっふわの答えになってしまった。

 聞いたことある、と断定しておいてその直後に、と思うとか、完全に自分に自信のない奴である。

 僕である。

 こんなにふわふわした答えになってしまって申し訳ないと思いつつシズさんに視線を向けると、彼女は何だか不思議な表情を浮かべていた。安心したような、それでいてまだ不安が残っているような、そんな表情を。

 シズさんは、顔を少しばかり緊張させながら、再び質問をしてきた。

 

「その言葉を言っていた人は、覚えているかい?」

 

 結果から先に言うと、その言葉、『ユニークスキル』と言う言葉を言った人物を思い出す事は出来なかった。

 ユニークスキルに似た言葉を耳にしたと言うことは確かな事実であるのだけれど、誰が言ったのかは思い出せないのだ。どこか機械的な音声だった様な気がするが、その記憶が正しいと言う確証はない。

 

「どうだろうか?」

 

 僕が視線を前方に向けると、凛とした顔つきのシズさんの顔が目に飛び込んでくる。そんなシズさんの顔は僕の心を凪の状態にし、とてもシンプルな答えを導き出させた。

 即ち、思いついたことをそのまま言うと言うものを。

 なんで悩んでいたのだろうか。知らないものは知らないと答えて良いというのに。

 

「誰かは分からないけど、なんか機械の音声みたいだった気がする」

 

 それを聞いた時のシズさんは何故か安心したようで、顔を綻ばせた。

 

「そう。ならいいんだ。それなら……」

 

 シズさんが一体何に対して安心したのかは分からないが、たった一つだけだが、僕にも言えることがあった。こんな場面でこのような事を思い付くのは大変不謹慎なのかも知れないし、思い付くのもいけないのかもしれない。

 だけれど、思いついてしまったものは仕方がないので記そうと思う。

 安心した顔のシズさんは、可愛い!

 先程までの美人と言う雰囲気からはガラリと変わり、少女のような柔らかな雰囲気に身を包み始めた。そのギャップに不覚にも胸がときめいてしまったが、頭を振ってその邪念を打ち払う。

 いけないいけない。本気はいけない。

 シズさんは再び仮面を付け、僕に三人の元に戻ろうと言う。僕はシズさんの言葉に静かに頷くと、先陣を切って三人の元に向かいはじめた。



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おまけ
こよみステータス


本編のおまけです。読み飛ばしていただいても支障はありません。


 名前:阿良々木暦

 種族:人間

 称号:なし

 魔法:なし

 技能:ユニークスキル『鉄血にして(キスショット)熱血にして(アセロラオリオン)冷血の吸血鬼(ハートアンダーブレード)

 耐性:全て『鉄血にして(キスショット)熱血にして(アセロラオリオン)冷血の吸血鬼(ハートアンダーブレード)』に内包

《技能解説》

『鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼』

・吸血鬼性

・吸血鬼性超強化

・意識覚醒

・断固実行

・止血加護

・自然治癒促進

・反射上昇

・鋼の意思

・不眠不休

・空腹体制

・五感強化

を一つにしてそれに加えて

・全属性耐性

・肉体改造

・物体生成

を一つにしたもの。後者三つは明言されていないが、ある。

 

 

 

《*注意・ここから先は本編とはなんの関係もありません。読み飛ばしていただいても何一つとして問題はありません》

 

はい、というわけでおまけです。

初めはこのステータスオンリーで出すつもりだったのですが、いやー文字数制限なんてものがあるんですね。そんな物があるなんて知らずに出そうとしたものですから、出せませんって言われた時まぁ驚くこと驚くこと。驚くことであってんのかな?

なので、無理矢理文字数を増やすためにこの文を書いているわけです。はい。本当になんの内容も無いことをつらつらと書き綴っているだけなので読み飛ばすなり無視するなりキュケオーンを食べるなりしてください。ただ、感想で『この文がキモい!』とかは書かないでほしい。作者のメンタルは豆腐ですのでね。木綿豆腐じゃなくて絹ごし豆腐ですのでね。むちゃくちゃ脆いんですよ。それに何度も言うようですけど、元々ここには何も書くつもりはなかったんですよ。書きたくて書いたわけじゃ無いのでどうかご容赦を。

ステータスを本文にあげたら良いのではないか、と言う意見もあると思います。私もそう思います。思うんですけど、どの話に入れればいいのか。序章かな?りむるスライムかな?といろいろ考えた結果、新しくステータスだけの話を作ってしまえと思ったわけですね。

まあ、キャラクターが増えてきたら阿良々木先輩以外のステータスも書き込んでいくのでこの文はだんだん消えていくと思います。多分後5人くらい増えたら完全に消えます。

ああ、それとこれ別にあげなくてもいいんじゃないか、と言う意見もあると思います。私も若干思っております。ですが、転スラ等になくてはいけないステータス情報を書かないとは何事か!と。頭の中だけにあって多分今後書くことのない情報を本当に何も書かないとは何事か!とね、考えたのでここに書きました。

とまあ、ここまで言い訳的な物を書いてきたわけですが、捉え方としてはあとがきみたいなものと考えていただけるとありがたいです。

やったー1000文字超えた!



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