ゴ ブ す ば (ナマクラの皮を被った悪魔)
しおりを挟む

1 話 目

「えー。大変遺憾ながら、貴方は命を落としました」

「知っている」

 

 全身に鎧を纏った男は、さもありなんと返答する。事実上、男自身も自らの死を自覚していた。

 

「動揺しない方も珍しいですね」

「命を落とすのは折り込み済みだった。まだ意識があることには、多少驚いている」

「貴方は実に勇敢でした。貴方は数多の魔族から村民を守るため、その命を投げ出しました」

「魔族? ゴブリンだろう?」

「……ええ。常軌を逸して繁殖したゴブリンの大軍を、その命と引き換えに撃退しましたね。貴方の活躍はきっと、英雄譚として後世に語られるでしょう」

「興味がない」

 

 自らの幼馴染みを守るため。大事なパーティメンバーを救うため。我が身を囮に、その男は大量のゴブリンを屠った。

 

 彼にとって重要なのは、自分の英雄譚などではない。

 

「奴等は……、あのゴブリン共は全滅したか?」

「……はい。貴方の死後に仲間達が、一体の討ち漏らしもなく始末しました。その結果、ゴブリンは全滅です」

「そうか。それは良かった」

 

 そういうと、彼は初めて満足げな声を出した。

 

「……ゴブリンを倒すのが随分お好きなんですね。死んでなお、ゴブリンの討伐の可否を問うとは」

「馬鹿を言え」

 

 その珍妙な反応を示す男に、女神はやや呆れた声を出す。ゴブリンの事しか頭にないのか、この男は。

 

「ゴブリンを殺せたか。これ以上に大事な確認事項があるか」

「……本物さんですね。貴方は本心からそうおっしゃってる」

「本心だとも。俺は、俺は────」

 

 そこで、男はポツリと言葉を切った。それは、初めて男が見せた人間らしい感情かもしれない。

 

「俺はもう二度と。ゴブリンなんぞに、大切な人を蹂躙されたくなかった」

「……む」

「ゴブリンが全滅したと言うことは、取り敢えず当座はアイツらも無事だと言うことだ」

「成る程。そうですか、それが貴方の心の根底にある、闘う原動力だったのですね」

 

 女神は男の答えを聞き、満足そうに微笑んだ。

 

 一見すると、偏執的にゴブリンを憎む狂人にしか見えなかったこの男。だが、その実はただ真っ直ぐに誰かを守りたかった気高い戦士だと知ったから。

 

「……馬鹿な人。本当は黙っておくつもりでしたが、その貴方が守った方々は酷く泣いて悲しんでいましたよ」

「そうか……」

 

 鎧に隠れてその顔は見えないが、その男は少し凹んだ様な気がした。この男にも感情はしっかりあるらしい。

 

「残念ですが、私の仕事は貴方の魂を導くのみ。今さら、貴方を元の世界に生き返らせる事は出来ません」

「だろうな」

「……裏を返せば、別の世界であれば貴方に生を与えることができます。私が管理する世界……、少しだけ貴方の知る世界と異なった、所謂異世界です」

「ふむ」

「或いは、貴方が安らかな死を望むので有れば……輪廻の輪に戻して差し上げます。どうぞお選びなさい、貴方の運命はご自分で決めねばなりません」

「分かった。考える時間をくれ」

「ただ、これは私情になりますが……。私としては是非、貴方を私の世界に招待したい。貴方の世界の魔王は討たれましたが、私の世界の魔王は未だに健在です。少しでも戦力が欲しいのが現状なんです」

「魔王退治に興味はない」

「ええ。勿論、貴方には貴方の望む闘いを求めます。我らの世界にもゴブリンは居る。ゴブリンに悩まされる民もいる。……どうか、力を貸していただけませんか?」

「────ゴブリンか。分かった、なら行こう」

 

 その男の返答に、一切の迷いがない。即ち、それはいつも通りだからだ。

 

「ゴブリンを退治するのなら、それは俺の領分だ」

 

 その真っ直ぐな答えに、女神は破顔した。

 

 

 その後。

 

 女神はその男に「魔王軍と闘う貴方には女神からの援助として好きな武器を差し上げます」と色々な神器を見せたが、彼は「デカすぎて邪魔だ」と一蹴し受け取らず。

 

 代わりに「異世界の情報を全く知らないし拠点もないから、現地協力者が欲しい」と申し出た。

 

 女神はそれを快く了承した。盗賊に身を扮した少女がきっと貴方の助けになるだろう、と女神はそう告げた。

 

 そしてその男は旅立つ。転生者の蔓延る新たな素晴らしい世界────女神エリスの管轄する、魔王が未だに健在しているその世界に。

 

 それが、その女神の胃痛を加速させることになるとは、この時点でエリスは想像だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ聞かせてくれないか、クリス。あの男とはどうなんだ?」

「ダクネス、何度も言ってるでしょ。あの人とはそんなのじゃないって」

 

 ここは初心者冒険者の街、アクセル。そのギルド内部に設けられた酒場の1席に、二人の年若い少女が対面して飲んでいた。

 

 一人は重装備を纏った金髪の女騎士。もう一人は、短い銀髪を揺らす健康的な盗賊職の少女だ。

 

「ずっとソロだったお前が、今やアイツに付きっきりじゃないか。少しは気になっているのだろう?」

「全然。本当にそういうのじゃない」

 

 彼女達は知己であり、無二の親友でもある。こうやって同じ席で酒を酌み交わし、色恋沙汰を語る程度に仲が良い。

 

 女騎士は4人組の固定パーティに所属してはいるが、こうして女盗賊と食事を共にする事がしばしばある。

 

「でも、最近はずっと一緒に依頼を受けてるじゃないか。男女二人でパーティを組んでいたら、そりゃそういう目で見られても仕方ないさ」

「パーティは組んでないから!! ……確かにずっと一緒に依頼こなしてるけど」

「固定でパーティを組んでなかったのか。もう組めば良いのに」

「そんな事したら私はストレスで死んじゃうよ!」

「もう現状、実質パーティ組んでるようなものだろう」

「……それは、そうなんだけどさ」

 

 そこまで言うと、銀髪の少女がグビリと酒を一気に飲み干す。何か嫌なことを忘れたいかのように。

 

 ぷはぁ、と頬を仄かに染めた親友の吐息を、女騎士はやれやれと言った表情で眺めていた。

 

「ほっておけないんだよ。あの(ヒト)

「む? 何でも一人で上手くこなせそうな剣士に見えるが。あのタイプはほっといても問題ないと思うぞ」

何処(どこ)が!? あの馬鹿はどんな重傷負ってたとしても、依頼掲示板に『ゴブリン』の4文字が並んでたら勝手に受注して旅立っちゃうんだよ!?」

「あー、その男なのか。カズマの奴が噂してた、ゴブリン絶対殺すマン」

「聞いてよ! この間なんかアイツ、40℃超える高熱出してんのに、たった数匹ゴブリンが見つかったって村にフラフラ歩いていったんだよ!」

「ふむ。カズマの話は誇張では無かったのか……。筋金入りだな」

「良いから休め、数匹のゴブリンくらい他の冒険者に任せろって私が言ったらさ。『一匹でもゴブリンを見たら、そこには巣があると思え。この機を逃したら、奴等は益々手強くなる』とか言って聞く耳持たないの! ほっとける訳無いでしょ、あんなの!」

「ゴブリン程度、多少手強くなったところでなぁ……。で、どうなった?」

「その挙げ句、ゴブリンの巣穴見つけて潰したのは良いけど、その場で高熱でぶっ倒れちゃって。仕方なく私がひーこら背負って近くの村に連れていってあげたら『しばらく休んでいれば一人で帰れた』と抜かしたの! 信じられる!?」

「落ち着け、クリス」

 

 酒の影響か、いつも以上に饒舌に愚痴る親友を女騎士は笑いながら宥める。滅多に見せない親友の愚痴の内容に、笑いが隠せなくなったのだ。

 

 いつも飄々とした彼女にも、こんな一面が有ったのかと。

 

「本当にその男に惚れ込んでるのだな」

「惚れ込んでない!!」

「その男の1件、カズマ達と相談しておく。機会があれば私達も依頼に同行するとしよう。楽な討伐依頼が出来るとカズマに嘯けば、きっと乗ってくるだろうさ」

「……そうね、お願い。あーごめんねダクネス、愚痴って」

「構わんさ。男っ気のないクリスに春が来たんだ、親友として祝福する」

「だから違うから。……そういうダクネスはどうなの? カズマ君との関係」

「わ、私の方こそそれは断じてあり得ないと言わせてもらう! 覇気もなく正義感も倫理観もなく、楽をすることしか考えていない! しかもあのどうしようもない馬鹿は隙あらば卑猥な事を考え、私を妖艶で甘美な恥辱の嵐に……ああっ!!」

「……危ない発言をしながらニヤニヤするのはやめた方がいいよダクネス」

 

 くねくねと、妙な事を口走りながら悶える女騎士を今度は盗賊が半目で睨む。これが、この女騎士の悪癖だ。

 

「ダクネスはダメ人間に入れ込むタイプだね」

「だから違うと言っている! そしてその言葉、クリスにだけは言われたくない!」

「ちょっと、それどういう意味さ!」

「はぁ。……クリス、さっきまでの自分の台詞を思い返してから、もう一度同じ台詞を言ってみろ」

「えっ……なっ!? あれ私、ダメ人間に入れ込む女みたいな事しか言ってない!? 嘘ぉ!?」

 

 ……女騎士と女盗賊は、向かい合って思わず吹き出した。女盗賊も、その事実を自覚してなかったらしい。

 

 そして、女二人は再び酒を酌み交わす。互いに笑い、愚痴り、そして旨い料理を頬張りながら。

 

 初心者の街アクセルは、今日も平和だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 話 目

「いや、そのスミマセン。このまま僕は成仏します」

「そうですか、残念です」

 

 申し訳なさそうに苦笑いする、死んで魂となった人間。転生の間に座ったエリスは荘厳に、そんな彼を次の新たな生へと導いた。

 

 彼は、エリスの管理する異世界への転生を断ったのだ。生真面目なエリスが、自らの世界の過酷さを懇切丁寧に説明してしまったからであるが。

 

「はぁ、中々来てくれませんね。とは言え、こちらは楽しい世界ですよと騙すのも気が引けますし……」

 

 その魂は光に包まれ、やがてゆっくり消え去った。

 

 安らかに成仏し輪廻の輪に戻っていったその人間を見送りながら、エリスは静かにため息をついた。

 

「大丈夫。まだまだ迷える魂は一杯溜まっています、きっと誰か一人くらい……」

 

 そう。最近は前任者(アクア)が仕事をしていた時より転生者が明らかに少ないのだ。ここらで増やしていかないと、戦力不足になる。

 

 ただでさえ今まで、エリスはサボり気味だった。とある男に振り回されていたせいで。

 

「今までちょっと下界に降臨しすぎてましたからね、ここらで片付けていかないと」

 

 ぱんぱん、とエリスは自らの頬を叩いて気合を入れた。確かに女神は、最近一人の男に入れ込みすぎていた。それは、自分で自覚できる程に。

 

 彼の転生特典は現地協力者(じぶん)なのだ、だからこうして彼を支えるのも女神としての仕事だ。そう言い訳して彼に付きっきりだったエリスは、本来の女神としての仕事を溜め込んでしまっていたのである。

 

「大丈夫かなぁ。ダクネスやカズマさん達に迷惑かけてないかな、あの馬鹿」

 

 だからエリスは、溜めに溜めた女神の仕事を処理するために此処に戻らなければならなかった。少しばかり量は多いものの、以前から前任者(アクア)がサボっていた時の尻拭いで似たような事をしていた為、あまり苦ではない。

 

 だが、ゴブリンに憑かれたあの男だけが心配である。前世の様な仲間がいない今、放置すると絶対にいつか命を落とすだろう。

 

 なのでエリスは頼んでおいた。ダクネス達のパーティに、彼の面倒を見てもらえないかと。無茶をしすぎないように見張っておいてくれと。

 

「……今度、カズマさん達に何か奢るとしましょう」

 

 女神エリスは生贄のような扱いをしてしまった親友(ダクネス)に心の奥で詫びながら。彼女は、再び迷える魂を転生の間に呼び入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はよろしくな! 小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)!」

「ああ」

 

 茶髪の少年は、鎧男の肩を叩いて快活に笑う。その名もサトウカズマと言い、アクセルでは悪い意味で有名な冒険者だ。

 

 狡猾卑劣な手を好み、女の下着を公然と剥ぎ取り、弱味を握り女を囲う。その風評被害のような噂は、大体真実である。

 

「なんで女神たる私がゴブリン退治なんか……」

「他ならぬクリスの頼みだ。それに、どうせなら楽な依頼が良いといったのはアクアだろう」

「ゴブリン如きに爆裂魔法を使ってもあまり気持ちよくありません。それならカズマ相手にぶっぱなした方がまだマシです」

「お前は本気でやりかねないから、その手の冗談はやめろ。いや、本気でやめてくださいお願いします」

 

 その後ろには、3人の少女たちが並んで立っている。彼女達はサトウカズマ率いる冒険者パーティのメンバーであり、3人それぞれが非常に高い能力を秘めた高位戦闘職の冒険者である。名前はそれぞれアクア、めぐみん、そしてダクネスだ。

 

 残念なのは3人のその非常に高い能力が、綺麗に秘められてしまって表に出ていないことだろうか。有り体に言えば、彼らは残念系冒険者である。

 

「良いか皆、小鬼殺しはゴブリンを効率的に退治するプロ中のプロだぞ! そのノウハウを教えてもらえて、依頼報酬も折半! 安全に確実に大金を稼げる素晴らしさがわからんのか」

「ゴブリン退治は決して安全な仕事ではない。気を抜くな」

「はいはい、分かってるって。ただ、ドラゴンだとかその辺と比べたら何十倍も安全さ。特に、今日はお前が居るんだからな!」

 

 ナハハハ、と機嫌よさそうに笑うカズマ。自分の身の丈に合っている雑魚退治の依頼であり、かつその道のプロが同行してくれ、しかも報酬は5人山分けというとても有難い話である。こんな話を持ってきてくれたクリスに、カズマは心から感謝の念を送っていた。

 

 数日前。クリスは半ば懇願するように、カズマたちに頼み込んだのだ。『自分はどうしてもアクセルを離れねばならず、その間にあの男を放っておいたらロクな事にならない。奴が依頼を受けそうならついて行ってくれ、彼にも話を通しておく』と。

 

「準備は整っているか」

「ああ。矢も補充してきたし、防具もばっちりだ」

「私も問題ない。鎧も新調してある」

「ふっ……準備などしなくとも、この紅き目が見渡す範囲で私に破壊出来ぬものはありません!」

「多分カズマがしっかり準備してくれてるから大丈夫よ!」

 

 かくして、カズマ一行は小鬼殺しと呼ばれる男と共に、ゴブリン討伐依頼を受注することになった。やる気満々なのはカズマ一人であり、ダクネスは友の頼みで付き合ってやっている雰囲気だし、アクアやめぐみんに至っては欠片もやる気が感じられないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズマ。撃てるか」

「任せとけ!」

 

 ぴょう、と一筋の矢が小鬼の頭を貫く。

 

 ゴブリン討伐の依頼を出した村周辺で、男は目ざとく一匹のゴブリンを発見した。それは一匹ポツンと、木の影に隠れて周囲を見渡している若いゴブリン。

 

 そのゴブリンの役目は、おそらく見張り。

 

 冒険者が雇われて村にやってきたら、それを群れへと伝える役目の下っ端ゴブリンだ。

 

「流石、ゴブリン狩りのプロだなー。この遠距離であんな小さなゴブリンに気が付くとは」

「お前の矢も見事だった」

「そう褒めるなって。うひひひひ」

 

 その見張りのゴブリンを、カズマは矢で見事射抜いて見せた。他の残念冒険者三人娘とは違い、彼は自身の職業を最大限に活かしている普通の冒険者だ。

 

 ただ、基礎スペックが幸運以外死んでいるだけである。矢による射撃は、カズマにとって貴重なやや高めの幸運ステータスを活かせる攻撃手段と言える。

 

 

 

 ────そしてカズマは今、秘かに感動していた。

 

 こういうのだよ、こういうのでいいんだよ異世界は。

 

 索敵役(ゴブリンスレイヤー)が獲物を見つけ、射手(カズマ)が弓を構えてモンスターを射抜く。たったこれだけのシンプルなパーティ間の連携が、酷くロマンティックに感じたのだ。

 

「ああ。そっか、使える(たよれる)仲間がいるってのはこんなに良いことなんだな」

「何か言ったかカズマ」

「言ったよ、この使えない(たよれない)仲間どもめ」

「何おぅ!?」

「大きな声を出すな。奴らに気づかれたらどうする」

 

 喧嘩になりそうだった4人組を、男は静かに窘める。そして、ゆっくりとカズマが倒したゴブリンに向かって歩き出した。

 

「お前らも来い」

「オッケー。ほら行くぞ、無能ども」

「一番使えない最弱職の人が何か言ってますね」

「何ぃ!?」

 

 男に窘められてなお、減らない口で罵り合っていたカズマ一行。だがそんな彼らも、突然に鼻をつく異臭が蔓延し思わずその場に凍りついた。

 

 見るとヌメリと鎧の男(ゴブリンスレイヤー)がゴブリンの腸をつかみ出し、その血液を全身に塗りたくり始めているではないか。

 

 ネチャりとした死んだゴブリンの血肉を絞り、滲み出た血液を手頃な布に浴びせ、全身に満遍なく広げていく。そのあまりのおぞましい光景に、罵り合っていた一行は黙り込んだ。

 

「……何、やってんの」

「奴らは鼻が利く。ライト・オブ・リフレクションで姿を消すだけでは不十分だ。だがこうやって奴らの匂いを纏えば、良い匂い消しとなる」 

「しょ……正気かお前。待て、クリスもやってたのかコレ!?」

「クリスもきちんとしてくれたぞ。『これも魔族を屠るため』などと、ブツブツ言ってはいたがな」

 

 一切躊躇うことなく、男は自らの全身にゴブリンの血を塗りつけていった。凄まじい異臭を発しながら。

 

「あ、ああ、あああ……」

「むむむむむ無理です!! 絶対に!!」

「嫌よ! 絶対に嫌! なんでそんな汚物を身に纏わないといけないのよ! 死んでも嫌ぁぁ!!」

 

 案の定。女性陣は全員が発狂、錯乱してしまい、男であるカズマもドン引きして後ずさりした。

 

 小鬼殺しについて回るだけの楽な依頼かと思ったらこの始末である。話が違うぞクリス、とカズマは天を仰いだ。

 

「ああっ!! この身が汚されていくようだ!! 下級魔族の血でっ!!」

 

 だが発狂した女騎士だけは嬉々として、鼻息荒くゴブリンの血肉で体を汚し始めた。わざわざ自分の髪の毛にまで血を絡める始末である。

 

 だがそんな彼女の行動は周りも予想済みだったらしく、特に誰もコメントしなかった。

 

「えー、私は爆裂魔法しか使えませんからね。はい、私はダンジョンでは無能です。カズマの言う通り、私は使えない仲間なんです。なので、私はお留守番ですね!」

「さっきは悪かったなめぐみん。お前は大事な仲間だよ。かけがえのない、俺の大切なパーティメンバーだ。そう、お前だって肉盾にはなるじゃないか。だから一緒に、ゴブリンの巣を攻略しよう。な?」

「いえいえ、そんな私ごときが大事な仲間だなんて恐れ多い。至高にして究極の爆裂魔法といえど、洞窟の中では使いモノになりません。ならば私が同行する意味はないじゃないですかカズマ!! だから私を握っているその手を離してください……離せぇぇ!!」

「一人だけ逃げようったって、そうはいかねえぞこの喋るまな板ァ!」

「喋るまな板!? 今私を何と呼びましたかこの粗●童貞!」

「粗●童貞!?」

 

 小鬼の血肉を体に塗りたくるのは、あのカズマと言えど流石に嫌らしい。ましてや、女性であるアクアとめぐみんは尚更だ。

 

 どうすれば、血肉を塗りたくらずに済むだろう。めぐみんは必死で頭を振り絞って考え────

 

 

 

 

「そんなに自分を卑下するな魔導師。お前はとても有用だ」

「……小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)さん?」

 

 その考えが纏まる前に、紅魔族の少女の傍らに異臭を放つ男が立っていた。ひぃ、と小さな悲鳴をあげてめぐみんは後退る。 

 

 だが、男には近寄ってくる気配がない。ただ、ゆっくりとめぐみんに話しかけるだけであった。

 

「俺は爆裂魔法の知識を持っている。その威力はまさしく最強、この世でもっとも優れた攻撃力を持つ魔法だと」

「えっ、……はい。そうです」

「洞窟の中では爆裂魔法は無力などと、誰が言った? あらゆる魔法の中でも最も優れた火力を持つ爆裂魔法が、洞窟を攻略する時に無力になるものか」

「……は、はぁ」

「爆裂魔法の使い方を知らない連中が、そんな戯れ言を吹聴しているだけだ。俺にはその魔法の価値が分かる、爆裂魔法はその程度の魔法ではない」

「おおお……?」

「どうか力を貸してくれ。一回しか撃てないと言う事情は聞いている。だが例えお前の魔力が尽きて倒れたとしても、必ず俺が責任をもって助けだそう。俺には、お前が必要なんだ」

「おおおおっ!?」

「だからお願いだ、俺と共に来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はめぐみん!! 紅魔族随一の爆裂魔法の使い手にして、ゴブリンを屠る者!!」

「めぐみーん!!?」

 

 破顔一笑。

 

 男の熱い説得を受けた魔導師少女は、にへらー、と顔中の筋肉を緩めながらゴブリンの血肉を体に纏い始めた。

 

 無理もない。ここまで自分を全肯定してくれる存在に、めぐみんは未だかつて出会ったことが無かったのだ。

 

 親友からすら大反対され、冒険者仲間からもネタ魔法使いだの爆裂芸人だのと散々にからかわれ、今まで超限定的にしか運用されなかった自身の爆裂魔法。それを、真っ正面から必要だと宣言されたのだ。

 

 めぐみんには分かった。この男は騙したり揶揄したりするためにこんな台詞を言ったのではないと。心の奥底から自分は必要とされているのだと。

 

 彼女とて、花も恥じらう乙女である。歴戦の戦士に乙女心(ばくれつごころ)をくすぐられてしまっては、抗いようもない。

 

 こうしてめぐみんは、あっさりと小鬼殺し面(ダークサイド)に堕ちてしまった。

 

「わた、私は絶対に嫌だからね!! 絶対の絶対に嫌だからね!!」

「……あ、そっか。よく考えればアクアに洗ってもらえば良いのか」

「カズマーッ!!?」

 

 続いて、カズマも覚悟を決めた。やや顔を固くしながらも、小鬼殺しに習って体を汚し始める。

 

 カズマとて、冒険者。好んで体を汚したいとは思わないが、自分の生存率を上げるためと考えたら、この行為もスッと納得できてしまった。

 

 それに、仲間には浄化の女神アクアがいるのだ。普段は残念なこの駄女神も、モノを浄化する点に関しては信用できる。つまり、装備の洗浄費用はかからない。

 

 こうしてカズマも自分で納得したので、残るはアクアのみである。

 

「嫌よ。私は絶対に嫌……。死ぬわよ! 良いの!? 私にそれ以上ゴブリンの血を近づけたら、舌を噛んで死んじゃうわよ!! 良いの!?」

「いや、よく考えろよアクア。お前さ……」

 

 ガタガタと恐怖で震え頭を抱えるアクアに、カズマは笑いながらゴブリンの血を吹き付ける。

 

「いやぁぁぁあ!?」

「……ほら、浄化。血って液体成分だから、お前はゴブリンの血を纏っても汚れないんだよ」

「あ。本当だ」

 

 だが、彼女の衣服はどす黒く変色することはなかった。

 

 何故ならシュウウ、と音をたててアクアに付着したゴブリンの血はゆっくり蒸留水へと変化したからだ。

 

 そう。水の女神たるアクアは、浄化の奇跡を身に纏っている。だから最初から、彼女はゴブリンの血を浴びようと汚れることは無かったのである。

 

 つまり、アクアは騒ぎ損だった。

 

「あーっはっは! 残念だったわね! この美しく神聖な私を汚そうだなんて、最初から不可能だったのよ!」

「ふむ……」

「ほら、見て!? 見て!? ゴブリンの血液が……綺麗になっちゃった!! ごめんね、これ自動で発動しちゃう能力だからオンオフ効かないの! つまり、私は頑張っても汚れることができないの! ごめんね!?」

「……そうか」

 

 自らは安全だと知り、途端に強気になるアクア。それもそのはず、強引に血を振りかけられたとして自分は汚れることがないと知ったのだ。

 

 これでどうあろうとアクアが異臭を纏わされる心配はなくなり────

 

「すまない、アークプリースト。ならばお前はここでお別れだ」

「……はい?」

 

 同時に、戦力外通告が小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)から告げられてしまった。

 

「匂い消しは全員がやらないと意味がない。一人だけでも綺麗なままでは、奴等に見つかる可能性が高くなる」

「え、お別れ? 何それ、何で?」

「女の匂いを振り撒かれるのは困る。今回の任務に、必ずしもお前は必要ではない」

 

 お前は必要ではない。

 

 その小鬼殺しの言葉を聞いたアクアの、顔が凍りついた。

 

「ごめんなさいねアクア。世の中には必要とされる人間が居ますし、必要とされない人間も居ます。ただ、それだけの事ですよ」

「私が……不要? 私女神だよ? 本物の、水の女神……」

「今回は待機してくれ」

「変な匂いとかしないよ、臭くないよ?」

「……と言うか今まで一度でも、こいつが必要だったこと何て無かったような。いつも足引っ張る一方だし、むしろ丁度良いや」

「すまんが、匂いを偽装できないのであればこれも仕方ないだろう。アクアも元々乗り気な依頼ではなかっただろう? 悪いが一足先にアクセルに引き返しておいてくれ」

 

 さようなら。

 

 またな。

 

 アクアの仲間たちは次々と彼女に別れを告げ、小鬼殺しと共に歩いていった。水の女神を一人、ポツンとその場に残して。

 

「えっ……冗談でしょ? 冗談よね?」

「こいつからの伝言ー! 悪いがこれ以上俺達に近付くなってさ! ゴブリンの巣も近いらしいんだ!」

「え、本当に? 私一人置いてきぼりなの? ねぇ!」

「気に病むなアクア! これはお前の体質の問題だ!」

「またアジトで会いましょう、臭くて必要ではない人! 私は有用で必要らしいですけど!」

「悪いなアクア! この依頼は、3人用なんだ!」

 

 呆然と女神は立ち尽くす。先程まで自らを囲っていた仲間達を、遠目に見送りながら。

 

 

 

 

 

 ……やがて、彼らの姿が見えなくなった頃。アクアは一人、その場で屈みこんで静かに泣き始めた。

 

 ────水の女神は、要らない子扱いされて冒険に置いていかれると傷つく生き物なのだ。

 

 

 

 

 

 




基本的にシリアス展開はないです


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。