ギルドマスターにはロクな仕事が来ない (道造)
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第一部 アポロニア編
001 姫様の病気に関する依頼


水分のない、乾燥しきった骨の手から緑茶を受け取る。

――もっとも、その緑茶は自分のみが、そう頭の中で呼んでるだけで。

実際には、「いつか」口にした緑茶の味には程遠い、薬草茶の類にすぎない。

 

「下がって結構」

 

頭の中のアンテナを意識するようにして、自分に緑茶を渡したスケルトンに遠ざかるよう命令を下す。

スケルトンは命令通りに離れ、壁際に直立した。

その横には、手斧を腰にぶら下げたスケルトンが同じく直立している。

 

「貴方も如何ですか?」

 

それを目端に見届けた後、客に向かって声をかける。

――同時に、それが失敗であることに気づき、訂正する。

 

「ああ、別に断って頂いて結構です。お仕事中でしょうし」

 

相手はアポイントメントこそ取っているが、

ここまで望んできたわけではないのだ。

スケルトンが差し出してきた飲み物など、怪しさ極まりない。

 

「いや、頂こう。ここまで来るのに少し疲れたのでね、感謝する」

 

こちらの意を読み取ったのか、感謝の意を示しつつ壮年の男が茶を口にする。

とりあえず、私に悪意が無いという事は認識してくれたようだ。

先日のアポの手紙においての問題は、別になかったように思えるのだが。

 

「では、まず簡素ではあるが、挨拶から初めさせて頂こう」

 

壮年の男。

年齢による体力に合わせたのか、装甲を一部こそぎ落としたフリューテッドアーマーに身を包んだ騎士が

胸元中央の装飾に手をやり声を張る。

 

「王国騎士団長のヨセフだ。本日は手紙に応じて頂き感謝する」

 

堂々とした名乗りを張り挙げた。

そのタイミングに合わせて、不愉快に感じない程度の金属音を関節部から鳴らす。

――疑問。

 

「……失礼な質問となるかもしれませんが。何故、わざわざ騎士団長が? しかも一人で?」

「――本来、ワシのような武人ではなく、文官が来るべきであるのに申し訳ないが」

「いえ、理由はわかりますので」

 

荒くれた人間の多い冒険者ギルド――厳密に言えば、ココは迷宮探索専門で冒険者とも呼べないギルドなのだが。

ともあれ、自分の身を守れない人間が来るようなところでは無い。

犯罪者の群れとはむしろ縁遠いが、トラブルの種は尽く事のない場所だ。

だが、騎士団長ともなれば、従士の数人は引き連れてくるべきではないのか?

まあ、そういう疑問は話の中でおいおい探るとしよう。

 

「さて――」

 

こちらも、名乗りを挙げなければならない。

別に、誇示する必要もないが……身分は明らかにしておくべきだろう。

先代たちが名乗ってきたのと同様に、自分もあるべきだ。

 

「ギルドマスターのスズナリと申します」

 

威嚇せぬよう、あえて声量を上げず、姿勢も崩さないまま静かに名乗りを上げた。

どちらも声を発しないまま、一拍が置かれる。

こちらから声を挙げるとしよう。

 

「さて、ご用件はすでに伺っておりますが」

 

薬草茶を一口だけ飲み、革でできたコースターにコップを置いて話を続ける。

 

「薬、でしたね」

「ええ、もっとも治療法さえあるならば――それは魔法でも、秘術でも、どんな形でも」

 

全く構わない。

薬というのが最も的確な表現と思ったにすぎない。

顔をしかめながら、ヨセフ殿が答える。

 

「さて、手紙でもお答えしましたが、私は特別に優れた魔法使いというわけではありません」

 

最初に前置きを。

あまり、何でもかんでも出来る人間みたいに期待されても困る。

 

「ですが、代わりに知識の上でのヒント程度なら与えられるかもしれません」

 

が、騎士団長自らわざわざやって来られたのだ。

何も土産の類も無しに帰らせるのもギルドの評判が落ちる。

 

「なんなら、手紙の上でもよかったのですが」

 

と、同時にわざわざご足労願うこともなかったな、と頭に浮かぶ。

 

「――それはできなかったのです」

 

その雑多な思考を口にしたことに、ヨセフ殿が断りを入れる。

 

「ええ、それはわかりますとも。お姫様の病気でしたっけ?」

 

当国では王様の唯一の御子であり、第一王位後継者だ。

身分の高いお方であり、その身に降りかかった災難については秘す必要がある。

何の病気であるのか?

そういった事は隠しておきたかった。

おそらくはそういうことだと――

 

「ふむ」

 

まて――本当に、それほど問題であるのか?

権力闘争はよくわからんが、死んだところで正直国がどうなるとかそういう話になるとは。

結構重要な人物で、欠けると王宮内のバランスがヤバイ事になるとか。

実は、全然違う人間が病気になっているとか。

情報もなく、そんな適当な予測もするが。

まあ、自分にはどうでもいいことだ。

 

「臓器に関する病なのですが」

「ほう」

 

話の滑りを良くすべく、適当な相槌を打つ。

 

「体の器官が正常に機能しておらん」

「というと」

 

一呼吸、ひどく言い辛そうに会話を止めた後。

言わないわけにもいかん、と口を開く。

 

「便秘……なのだ」

「手紙で隠してた理由はわかりました」

 

あんまり公言するような事ではないわ。

証拠の類というかエビデンスも残したくないだろう。

とはいえ。

 

「……あの、わざわざこんなダンジョンにまで来る必要が?」

 

これが騎士団長相手でなければ「お前はよくやった、さあ王城に帰ろう」とジョーク交じりにお帰り願う所だ。

ここはダンジョン。

そう、ギルドとは名ばかり、現地ダンジョン。

この冒険者ギルド本部は何故かダンジョンの最奥にあるのだ。

理由は色々あるが、今はまあいい。

もちろん、町に出張所程度はあるのだが。

実際のところ、下手な人間では本部にたどり着けないのだ。

 

「あるから、来ているのだよ」

 

下手な人間ではない騎士団長――一人でこれたということは、おそらくは相当の強さだろう。

ヨセフ殿が少し声をトーンダウンさせながら、会話を続ける。

 

「市井・王宮問わず有名どころの薬師・魔術師からの治療薬はもちろん、針等の医師まで招いて「それ」用の対応はやったのだ」

 

便秘用の対策、というのを濁してヨセフ殿は眉をしかめる。

 

「背に腹は変えられないと、毒性の強い攻撃的な薬――そういったものもまるで駄目」

 

ただ姫を衰弱させるだけだったよ。

吐き捨てるようにして言い、そして目を閉じながら現状の結論を口にした。

 

「誰もが頭を抱えた結果――ある、予測も導き出されている」

「予測?」

「病気や毒ではなく、強力な呪術の類ではないか、と」

「ああ」

 

なんて嫌な呪いだ。

便秘の呪いって誰が開発したんだよ。

効果的ではあるが。

いや、実際、腸閉塞の呪いとか恐ろしい呪いだと思うが。

 

「そんなに……そのお姫様とやら、恨まれているので?」

「いや、うん。心当たりは大分にあるお方だ」

 

正直に言ってしまうとな。

そう言いたげな表情で、

 

「ただ、恨みといっても口が悪い――という程度で、そんなに悪辣な方ではないのだよ。特に陰湿なタイプの多い貴族の中ではな」

 

せいぜい「お前ワキガ臭い。マジで臭い。何で生まれてきたんだ死ね。廃棄物」と

ただ真面目に警備してただけの衛兵を三十分ほど罵って泣かせるぐらいらしい。

 

「十二分に酷いと思いますが。今までよく生きてましたね」

「ワシもそう思う」

 

その場で泣きながら刺されても文句は言えないレベルだが。

そういえば、最近になってワキガの相談とか受けたなあ。

ダンジョン最奥まで来た根性と有り金はたいたであろう金額を認めて手術して治してあげたが。

 

「だから、その、ちょっと胃の調子を悪くする程度の呪いを嫌がらせにかけるというなら有り得ない話じゃない。

――ただ、姫様は、すでに生死の境を彷徨っている」

 

もう、この病にかかって3ヶ月が経っている。

胃液を逆流させるような嘔吐感と、胃からの鈍痛に悶え苦しみながら

「いっそ殺せ」と呟く日々が続いているらしい。

 

「……呪いかけてる相手が、現状を理解していない可能性があると?」

「……うむ」

 

阿呆らしいが、経験則で言うなら、結構よくある話である。

多分、よくある話のはずだ。

何でこんなアホな話ばっか持ち込まれてくるんだろう、このギルド。

いや、そもそも冒険者ギルドってワキガとか便秘とか、そういうことを扱う機関なのだろうか。

多分違う。

いや、多分じゃない、自分を見失うな、迷宮探索専門のギルドだウチは。

なんでウチに持ち込まれる前に誰か解決してくれないんだ。

思わず顔を覆う。

 

「……じゃあ、呪いかけてる相手にもわかるように実情を国中にぶちまけては?」

「ワシもそれを言ったが……、姫様いわく、便秘で死に掛かっていることを国中にバラされるくらいなら腹を切って解放感とともに死ぬ。首斬り役はお前を任命しよう、と」

 

ギルドの存在意義に頭を悩ませながら、会話を続ける。

無意味に漢らしいな、姫様。

ハラキリ文化はこの世界にあったのだろうか。

 

「……そのまま死ぬより、遥かにマシだと思いますが」

「まあ、女心という奴だろう。それに、あくまで予測。実際呪いでもなんでもない可能性も高いのだ」

「はあ」

 

確かに、国中に現状をそのまま伝えたが見当はずれで

そのまま死んだら「便秘で死んだ姫様」と国が滅んでも語り継がれるかもしれない。

まあ、そう考えるとプライドが高いんだろうお姫様の気持ちもわからんではない。

 

「とにかく、貴方の知識をお借りしたい。金でも物でも、出来る限りの物は用意する……出来る限りだが」

「一応ギルドですので。成功の場合でも所定の金額で結構ですよ……」

 

予め、そういう呪術の類を解いた際の礼金は、難度によって定められている。

迷宮探索専門ギルドなのに。

迷宮探索専門ギルドなのにだ。そういう変な仕事が持ち込まれるせいで。

 

「……うーん」

 

首を回し、少しだけ頭をひねる。

直接見に行った方が早い。

単純な結論だ。

 

「判りました。どこまで力及ぶかわかりませんが、一度見てみましょう」

 

腰を上げ、足を鳴らす。

しかし、これはギルドマスターの仕事と言えるのだろうか。

先代が死を賭して闘ったレッサードラゴンの牙で創られたという、傍に立つスケルトンを見つめながら

自分の仕事とのアンマッチに眩暈がした。

 

 

 

 

私が「こうなってしまった」のは、20になるかならないかの時だ。

顔に浮き始めた皺を見て、あれから10年が経った事を否応無しに認識させられる。

もう三十か。

いい加減、何もかもが諦観に満ち、ルサンチマンも消え果ててしまった年齢だ。

そう、元の世界に帰るのは諦めた。

 

――馬車の揺れに対し、マジックアイテムを詰め込んだズタ袋が転がりまわってないか

目端で確認しながら、また思考を続ける。

 

10年前の唐突な衝撃。

目の前に映るのは、宙に飛んでいく通学用の鞄。

上から工事現場の鉄骨でも落ちてきたのか。

横からダンプが突っ込んできたのか。

昭和新山のように突如火山が足元に発生し、身体がマグマに溶けたのか。

理由は知らない。

推測できるものは、全て根拠の無いものだ。

元より推測できるものなど何一つ無いのだから、仕方ない。

死んだかどうかすらわからんのだ。

わかるのは、突如意識が溶暗し、目覚めたときにはこの世界にいた。

それだけだ。

――思考を中断し、リクライニング代わりの藁袋に背を傾ける。

 

「嗚呼」

 

まあ、それはどうでもいいことだ。

何もかもが今更。

哀歓の声を挙げたのは、それではない。

この世界に落ち、右も左も判らずに彷徨う自分を拾い上げてくれた、先代のギルドマスターの事だ。

感謝しても、感謝しきれないのに。

 

「今頃、どうしておられるのか」

 

もう五年過ぎた。

未だ、お帰りになられない。

いつのまにやら――

 

「王門に到着致しました」

 

一時的な代役から、正式なギルドマスターなんぞに仕立て上げられている。

それは、自分の望むところではなかったはずだ。

 

「王門からは馬車を降りることになります」

「承知している」

 

御者の言葉に習って馬車を降りるヨセフ殿に続き、足で大地を踏みしめる。

軽く会釈しようと門番に目を向けると、彼らのうち一人が槍を地面に落とし

体を地に投げ打った。

 

「神よ……」

「いえ、ワキガの治療しただけでそんなに畏まられても困るのですが」

 

いわゆる五体投地を始めた衛兵を見ながら呟いた。

つーかアンタだったのな、姫様に罵られてたとかいう人。

嫌なところで縁を感じながら、私は王城に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「……そうか、お前が私を殺す者か」

「いや、助けに来たんですが」

 

陰鬱、という表現をするには程遠い。

本来ならば相当な美少女であろう彼女は、顔中に脂汗を垂らしながら

ゲームのボスキャラのようなセリフを吐いた。

 

「……助けられるなら助けてみよ」

 

どうせ無理だろうけど、という表情で彼女はベッドで仰向けのまま吐き捨てた。

上着ははだけ、下着が見え隠れしている。

下腹がぽっこり膨れていなければ、随分と扇情的な格好と言えただろう。

 

「できるだけ頑張って診ますよ」

 

ひとつため息を吐き、居合わせたヨセフ殿に視線をやる。

その横には一人の女性、傍付きの女騎士が心配そうに見守っている。

 

「一応、男性の方は退室していただきましょう。付き添いは御傍付きの方のみで」

「ヨセフにはわらわの首を刎ねる役目があるぞ」

「ではお任せします。姫様、どうか最後まで諦めずに」

 

姫様の世迷い事は無視して、ヨセフ殿は退室していく。

さて、どうするか。

 

「お聞きしますが、今まで試された治療法は」

「食事療法、運動療法、心理療法、投薬、針、マッサージ、そして殴打等です」

 

女騎士が返事をする。

最後に明らかに間違った治療法を耳にしたので、念のため聞き返す。

 

「殴打?」

「殴打です」

 

ひゅ、と素早くジャブを放つ。

姫様の腹をぶん殴ったのかこの人。馬鹿じゃなかろうか。

 

「念のために言っておきますが、姫様がやれっていいましたからね」

「……うむ、効果が全く無かったどころか死ぬほど痛かった。治り次第殴り返す」

 

絶対だ、絶対に殴り返す。

呪いのように声を呻かせる姫様を見て、これほっといてもまだ一か月は生きるんじゃなかろうかと思う。

アスファルトに転がる死にかけたセミが、無事木に飛び移る光景――十年以上前を思い出す。

 

「失礼ですが、触診しますよ」

「もう羞恥はどうでもいいが、あまり撫ぜてくれるな。正直痛い」

 

姫様の衣服をはだけさせ、下腹部から腹部に手をやる。

打撲の跡があるが、理由は聞いたので気にしないことにする。

痛いのってこのせいだろう、何症状悪化させてんだバカ主従と口にしたくなるが言わない。

 

「……」

 

通常行われる治療方法はすべて試されている。

正直、考えるまでもない。ヨセフ殿が口にした予想が正しいのだろう。

持ち込んだズタ袋の中からレンズ――元の世界で言う完全に虫眼鏡の形をした物を取り出す。

 

「これで、呪術によるものかどうか判断できます」

「……そんな便利なものがこの世にあるのか」

 

そんなもんあるなら最初っから誰か持ってこい。

愚痴を言いたげな表情で、姫様が呻く。

 

「先代のギルドマスターから受け継いだものです。秘宝の類でそう幾つもこの世にありませんよ」

 

私の功績ではない。

念のためにそれを強調し、レンズを通して下腹部に目をやる。

 

「……」

 

闇。闇。闇。

レンズの中はどんよりとした闇に覆われている。

その冒涜的な闇の虚空の中に時々猛り狂った雷のようなものが走るが

目にする人間に不安と恐怖を抱かせるものだ。

完全に呪術と判断していいだろう。

 

「……完全に呪われてますね」

「やはりそうか」

 

マーガレットか、キリエか、ヘーラールーノか。

姫様が名前を――おそらくは自分を呪ってそうな相手の名前を口走るが気にしないことにする。

気にしないことにしよう、と誓った間だけで上がった名前が数十人に上ったが気にしない。

 

「安心してください。治療可能ですよ」

「……本当か。ならば早く頼む」

 

レンズをズタ袋の中にしまう。

そして代わりに、元の世界でカプセルケースと呼べそうな

透明な器に入ったモノを手にする。

中身はウズウズとその身を捻り、その生を謳っている。

 

「それは……何です?」

「呪術的な物に対する、いわば駆虫薬――虫下しです」

 

女騎士の不気味がる声に答えを返し、ウズウズと動く10cmぐらいの細長い「それ」を右手でしっかりと握る。

左手に握った短剣で軽く刺す。

キシャー、と泣き叫ぶ声とともに緑色の体液が噴出し、暴れだした。

よし、活きがいい。

 

「じゃあコレ飲んでください」

「馬鹿じゃないの貴方」

 

姫様は正気を疑う目をするが、本気も本気である。

 

「このモンス……もとい虫下しは呪術的効果を解呪する特殊能力持ちです。

 姫様の場合は飲み込むことで、強制的に下腹部の呪術が解消されます」

「今モンスターって言いかけたわよね。食べたらどう考えても死ぬでしょ」

 

確かに実際はモンスターだし、食用ですら無いが。

 

「多分死にません」

「多分!?」

 

だけど多分死なないからまあいいだろう。

私がこの世界に移転する前――十年よりもっと前に

内臓に毒系の呪いを掛けられた冒険者の呪いが解けず、ヤケになった際これを食って生還した事例があるのだ。

その冒険者には、最初にフグの食べ方を見つけた人並に敬意を払ってあげたい。

迷宮探索専門の冒険者ギルドに所属でもしてない限り、こんな治療法知らんだろうが。

あ、なんか久しぶりにギルドマスターっぽい仕事してる気がする。

 

「いや、その……ほかの方法は無いの。後、何で笑っているの」

「ありません。安心させるため言いますが、これ食べて呪いを解いた人いますからね。

笑ってるのは久しぶりにギルマスっぽい仕事ができるせいです」

 

モンスターを人様に食わせるのがギルマスの仕事なのか?とわけのわからない事を喚く姫様。

私は医療関係者にこの治療法について連絡を回す事を考える中

――姫様にとっては苦渋の決断をする時間が続く。

 

「わ……わかったわ」

 

姫様の決断は、私が医療ギルドの渉外担当者名を思い出すより早かった。

 

 

 

 

「紹介が遅れたわね、私の名前はアリエッサ」

「私はスズナリと申します。お互い、名前ぐらいは知っていたかもしれませんが」

 

屍のようにげっそりとなって自己紹介をする姫様。

疲れてはいるがベッドに戻ることはなく、椅子に座り私に頭を下げる。

正直ベッドに寝たほうがいいと思うが、王族の気骨という奴だろうか。

 

「なんか凄く胃が重いのだけれど」

「症状は改善されたはずでしょう?」

 

さっきトイレから帰ってきたばかりの姫様に反論する。

 

「ええ……症状は改善された。だからアレのせいでしょ、なんか動いてるもの」

「しばらく動いてます」

 

この姫様、愚痴が多いなあ。

 

「しばらく? どれくらい」

「三日ぐらい」

「胃酸より強いの? このモンスター」

 

胃酸って結構強いわよね?

と疑問を呈すが、正直それ食って生き延びたやつがいるのを知ってるだけで

治療の詳細までは知らん。

「三日ぐらい奴は動き回ってたんだ……」と生き残った冒険者の会話記録が頭にこびりついてるだけだ。

帰って詳しく調べないと。絶対面白いはずだ。

 

「色々と言いたいことはありますが……御礼は十分支払います。それとお願いしたいことがあります」

「お礼はギルドの基準通りに。そしてお願いはお断りします」

 

ときどき動く胃が気になるのか腹を押さえるアリエッサ姫に対し、断りを入れる。

この場合のお願いなど、大体想像がつくのだ。

 

「私を呪った人間を見つけ出してほしいのよ」

 

私の断りを無視して、アリエッサ姫――もうアリエッサでいいや、が呟く。

 

「お断りいたします。私は探偵でも王国所属でもありませんから」

「でも、冒険者ギルドのマスターでしょ?」

「矛盾した言葉を投げかけないでください」

 

なんで冒険者ギルドのマスターが探偵をやるんだ。

 

「治療ができたのが貴方だった。なら、呪術を掛けた人間の調査も可能では?」

「可能じゃありません。何か勘違いされているようですが――」

 

呪術を「掛け続ける」なら特定は可能だ。

元の世界で言えば、電波を送り続けているようなものだから。

だが、呪術を「掛け終えた」後の特定は容易ではない。

今回は後者だった。

そう説明するが、アリエッサはムスっと頬を膨らませただけだ。

 

「どのみち、内部の人間には頼れないのよ」

「恨まれてるからですか」

「違うわよ!」

 

正直、恨まれてると周囲の協力を仰ぎにくいからやりたくないのもあるんだが。

それとは違うらしい。

 

「今回の、事情を知ってる人間以外に頼みにくいでしょうがこんなの!!」

「わかりますけど、元々は恨みですよ。今回の呪い」

「そんなの知ってるわよ、反省するわ。でもね」

 

ドン、と椅子の肘掛を叩きながら叫ぶ。

 

「もう一回呪術をかけられたらどうするの!?」

「もう一回アレを飲めばいいでしょう」

「狂ってるの貴方!?」

 

狂ってない。

あんな恨みのこもった呪術を掛けられた人間に関わりたくないくらいに真っ当だ。

 

「これを見なさい」

「あえて見なくても見えてます。アレって何なんです?」

 

人一人がギリギリ入れそうな――

同時にロクに身動きのとれなそうな、アイアンメイデンじみた鉄板の塊が、そこにある。

 

「犯人は懲役一ヶ月ほど閉じ込めるの。食事の時間と排泄の時間だけは出してあげるわ」

「それはひょっとして、発狂して死んじゃうよね」

 

むしろ殺してほしいと俺なら思う。

 

「私は3ヶ月も似たような事されたわ! 我が鉄の腹。あの人生行き詰まり感、閉塞感を少しでも味わえ!!」

 

何か魔術を放つように両手を振り上げて叫ぶ彼女を見ながら、私は思う。

――知らんがな。

 

「勝手に復讐なり報復なり三族皆殺しなり、すればいい。だが私には関係がありません」

 

役目は果たした。

もはや用も無し。

 

「お金は払うって言ってるでしょう!」

「生憎、金には困ってない。むしろ、下手な貴族よりは持ってるので」

 

オーバーアクション気味に手をかざし、別れを告げる。

もうさっさと帰って以前の治療記録を再確認して寝るのだ。

私のそんな意思も空しく――

 

「そいや」

 

股間を蹴られた。

蹲り、股間の痛みに苦しむ。

 

「私はその万倍苦しんだのよ……。アンタだって、人生で一番苦しかった時の腹痛が。

お腹痛いときに助けてくれる神様に祈ったことが三ヶ月続いたと考えたらわかるでしょう」

 

ならば、お前を今物凄く憎んでいることもわかるべきだろう。

俺は痛みを断ち切り、アリエッサの首に手を伸ばした。

 

「ぐぇ」

 

姫様の口から、鶏を絞め殺したような声が上がった。

 

 

 

 

 

 

「……和解しましょう」

「帰らせてくれるなら」

「それは駄目」

 

首に、赤い痣が首輪のように残っている。

人の首の骨は七本で出来ている、という特に意味の無い豆知識を思い出す。

さすがに絞め殺すわけにはいかんので、適度に締めてやった絞首の跡を残しつつ

アリエッサは説得を続ける。

 

「とにかく、二度とこんな事が無いように犯人を捕まえて。これじゃ解決とは言えないわよ」

「まー、それはわかりますけどね」

 

実際、同じ呪術を掛けられたらと思うと気が気でないのは判るのだ。

だからと言って、捕まえるのは容易ではない。

 

「何度も言いますが、簡単じゃないんですよ。呪いを掛けた人の心当たりは?」

「……数十人いるわ」

「もうその時点でダメです」

 

対象が多すぎる。

二度目の呪いを掛けられないことを祈って性格を改めたほうが良いではないか。

 

「部外者の私が王城内を捜査? 貴族を調査? 尋問? どれも不可能です」

「……言いたいことはわかるわ。それを可能にすればいいんでしょう」

 

また頬を膨らませながら、アリエッサは立ち上がる。

 

「お父様にお願いするわ」

 

 

 

 

 

「いや、お前が悪いから今回諦めたら」

 

王様は冷静だった。

さあダンジョンに帰ろう。

 

「お父様!? 娘が可愛くないの!?」

「いや、そういう問題じゃなくて親としてお前が悪いから諦めろと言ってるんだが」

 

本当にマトモな王様だな。

なんでこんな娘が育ったんだろう。

 

「あ、そ、そうです。 この男に責任を取ってもらう必要があります」

「犯人を見つける責任? どんなのよ」

 

ため息交じりに、そして何故かフランクに応答する王様。

――アルバート王。

 

「下腹部を指で撫ぜまわされました。もう乙女の純潔に近い部分まで」

「それってただの触診だろう?」

 

アルバート王は冷静だ。

 

「しかも、虫を飲まされたのですよ。マニアクスプレイですよ」

「――俺も食ったことあるよ、それ。やっぱり冒険者ギルドに頼んでよかったな」

 

アルバート王様は元冒険者だ。

しかもどこまでも冷静だ。

 

「あ、そうです。首も絞められましたわ!」

「首輪プレイ?」

「いえ、落ちる、落ちないの境目ぐらいに適度に女の首を締めるのが好きな方のようでして」

「なんたる特殊性癖。哀れに思い許してあげなさい」

 

アルバート王は冷静を通り越して何か違う気がする。

 

「呪術なあ……いや、俺も生まれ王族のボンボンじゃないから全く知らないわけじゃないけどもなあ」

 

アンタ、本当に珍しい冒険者出身とか聞いたことはあるけどな。

そんな事を考える俺の顔を見ながら、王はポツリと呟く。

 

「俺より、君の方が詳しいんじゃないか」

「姫様には見つからないと言いましたよ。呪術を掛け終わった後の捜索は難しいと」

「だよなあ。絶対見つからない?」

「怪しい人間全てを尋問しますか?」

 

私の言葉に、王様はバツ、のマークを両手で作った。

本当にフランクだな。

 

「呪術師の知り合いとかでも見つけられない?」

「私はギルドマスター兼ダンジョンマスター、いわゆる迷宮引きこもりです。ずっと迷宮を転々としてて、表社会なんぞほとんど知りません。

呪術師の知り合いを探してもペンフレンドがせきの山ですよ」

「ボッチなのか」

 

うるさいだまれ。

 

「私も似たようなものよ。同年代の周囲は私より、お金と地位だけが目当てなの。

性格が捻くれてるっていうけど捻くれて当たり前じゃない」

 

そんな悲しいお姫様の主張もいらない。

しかもお前はひねくれ過ぎだ。

 

「俺は王様になんかなりたくなかったんだ。

ドラゴンから助け出した好みの女がたまたま王族で、アイツ以外の王族が全員死んでて勇者だ勇者だ言われて仕方なく。

正直、昔の冒険者だった頃に戻りたい。

モンスターぶっ殺して金稼いで酒飲んで一人、これぐらいで構わねえと穴だらけのシーツしか敷いてない安宿の簡易寝台に酒瓶抱えて寝るんだ。今の現実はすべて夢なんだ」

 

別にこの場は個人的な鬱憤の吐き出し場所ではない。

つうか、黙れ王様。

物凄く嫌な事を喋りだす王様を無視し――

 

「しかも嫁コイツ産んだ時に死んだし。なんで未だに王様やってるの俺、血統的理由何もないよ」

 

マジで可哀そうだな王様。

ちょっと愚痴を聞いてやりたい気になる。

 

「お父様、何度も言いますが娘が可愛く――」

「可愛いさ。自分の娘だ。嫁が自分の命と引き換えに産んだ子だ。自分の命より大事だよ」

「なら――」

「だから、諦めなさい。そして性格を改めなさい」

 

王様は優しく諭す。

閉口するアリエッサを尻目に、俺は王の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

水分のない、乾燥しきった骨の手から緑茶を受け取る。

ダンジョン最奥部。

冒険者ギルドの執務室にて呟く。

 

「犯人は結局見つけじまい」

 

だが、これでよかったのだろう。

そもそも私には関係ない。

 

「それに犯人は」

 

うすうす、途中で気づいてはいたのだ。

一瞬だけ、無意味に誰も周囲にいないことを目視した後、ひとり呟く。

犯人は――

 

「アルバート王」

 

姫様にもバレないだろう。

過去の治療歴――冒険者の名前だけは先代が抹消しているのだから。

かの王まで登りつめた高名な冒険者に、モンスターを食した等という不名誉な記録は

不要とされたのだろうか?

私は不名誉どころか冒険者的名誉そのものだと思うのだが。

まあ、今となってはわからない。

王様にも先代にも聞くことはできないのだ。

 

結局のところ、父親が娘を懲らしめただけ。

アルバート王は何らかの方法でアリエッサ姫に呪術を掛けた。

王の権力をもってすれば容易いことだろう。

そして頃合いを見計らい、解決策として私に声を掛けた。

今回はそれだけの話だったのだ。

 

あの姫様も、二度と同じ苦しみは味わいたくあるまい。

しばらくはひねくれ曲がった根性も見繕うだろう。

 

「そう、今回は、それだけのことだ」

 

私は机の引き出しに今回の礼金を投げ込み、引き出しを閉じて瞑目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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002 発熱体の加工に関する依頼

 

 

 

あの日、あの時のことは生涯忘れきれるものではない。

何気のない言葉。

 

「じゃあ、しばらくの間はよろしくね」

 

そう言って彼女――先代のギルドマスターにしてダンジョンマスターは旅立っていった。

しばらくとは「いつまで」か。

もし時が帰るなら、その言葉をあの時、口にしたい。

生死不詳――それがゆえに、私はここで迷宮探索ギルドのギルドマスターに

正式に任命された。

いや、誰かに任命されるものではないゆえ、担ぎ上げられたというのが正解か。

私はそう頭の中で人心地ついた。

先ほどから耳に来る、王様からの依頼に苦言を返しながら。

 

「アレ作ってくれ。アレ」

 

我が国の国王、アルバート王――本来は一世とでもつけるべきかもしれないが

それは短縮しておく。

 

「アレじゃわかりませんが?」

「コボルトとこにある、アレだよ」

 

言葉を返しながら、「アレ」の意味を両者のみで解する。

 

「……なんでアンタがコボルトの迷宮の所有物なんか知ってるんです?」

「いや、だって挨拶回りに来たし、こっちからも行かないと……」

 

アンタ自身がコボルトの迷宮まで乗り込んだのかよ。

アイツら人間にあいさつ回りに来るほど敵対的じゃないとはいえ。

どう考えても王族の行動じゃねえだろ。使者の一人でも差し向ければいいだろうに。

 

「……別に、寒さに震えるようなオウチに住んでるわけじゃないでしょ?」

 

コボルトの生態。

元の世界で想像したモンスターと似て非なるもの。

いわゆる雑魚キャラとして爬虫類じみた奇妙な小人――グリム童話から来たそれではなく

犬をそのまま擬人化させたような、人間からの敵意を完全に薄れさせるようなフォルムである

モンスターに分類されるか否か、微妙なところ。

いや、正直ほとんど単なる亜人と分類されている。

それを頭に思い浮かべながら、先日、わざわざ挨拶に来たコボルトのイメージを頭に思い浮かべる。

 

「いや、俺のじゃなくってだな」

 

最近近くの洞窟に引っ越してきた――火山の活発化により逃げ出してきたコボルトが

引越し挨拶として、大量の赤鉱石を我がギルドに贈与した。

その半分をお返しとしてコボルトに返還した。

この地方、冬は寒くなる事から、永続的に軽く熱を発するカイロの類として加工してだ。

おそらくは、それを作れと言ってるんだろうが。

 

「お断りしますよ。他の魔術師に恨まれたくない」

 

暖房器具自体は珍しいものじゃない。冬はマイナスを記録するこの地方にとっては必需品なのだから。

炭や焚き木など、そこらの店にいればいくらでも安価で売っている上に

多少値は張るが、室内の熱を保つマジックトーチですら庶民には手の届かないものではないのだ。

婚姻の際に嫁入り道具としてよく用いられるという話も聞いたことがある。

――元の世界でいうなれば、半世紀的に使える劣化電気ストーブと称すればいいのだろうか。

とにかく、赤鉱石の加工品という物は殆どがそういう物だ。

この世界では明らかにされていないが、微弱な電気を半永久的に発生させ、熱に変換する物。

つまりだ、王宮に必要になるようなもんじゃない。

 

「その依頼はお断りします」

 

ギルドの上位魔法使い達により生成されたマジックアイテムの能力は、対費用効果としては他に類を見ないものだろうが。

逆に、作るのも費用もウチにとっては簡単すぎて困るのだ。

あんまり市場に流して、王国経済を無茶苦茶にするのは御免だ。

この手の魔法器具作りでメシを食ってる初級魔法使いもいる訳だし。

あまり敵を作るのは好きじゃない。

 

「話を聞け。何度も言うが俺が言いたいところと少し外れている」

 

だが、その程度は王様――はともかくとして。

その後ろに隊列を組み立っている、我が国を事実上運営している優秀な官僚団なら理解していることだろう。

だから、その辺りの問題は解決しているはずだ。

思考を続けながら、王の耳に声を傾ける。

 

「国民用の、休憩施設や医療施設の方で作って欲しいんだよ」

「ふむ」

 

この国の保険制度は非常にシンプルだ。

国民である証明――、400mlの血液を役所に提出することで、国がマジックアイテムたる国民証を発効する。

それさえ持っていれば、たとえ明日食っていけない状況でも

「囲い込み」と庶民の間では言われている公共施設に行けば

給料の安い公共職と最低限の生活保護が与えられる。

その最低限の保護は、他国と比べればずいぶんと厚いといえるだろう。

費用に関しては治安の良さと、領主としての夢見の悪さを考えると、なかなか良いトレードらしい。

 

「売ったり、配布するのではなく?」

「あくまで公共施設に置くブツとして使うんだよ。彫刻みたいな物と考えろ。なにせデカい」

 

そもそも、配布できるような物体じゃない、と。

だが気になる点がある。

 

「うん? デカいとは? 赤鉱石なんか手のひらサイズしか採れませんよ」

「ウチの王宮魔法使いでコボルトもらった赤鉱石を全部固めたんだよ。2mぐらいあるぞ」

「……そんなの誰がやったんです」

「有能なのがギルド員だけだと思うな。王国の魔術師長だ」

 

鉱石を重ね合わせて巨大化させていく技術は聞いたことがある。

だが、人身大の大きさまでとなると素晴らしい。

巨大化すればするほど技術が必要だ。失敗すれば途中で破砕する。

 

「あれ……ならウチに頼まずに、その魔術師長に依頼すればいいですよね?」

「発熱体に加工とかはデカすぎて無理とか言われた。先に言って欲しかったところだ」

「知能と能力にバラつきがありますね。その人」

 

目的に応じて行動しようよ。

一つため息を吐き、少し考える。

――今回の依頼は受けても誰にも迷惑をかけない。

むしろ、公共に奉仕できるだろう。

 

「わかりました。お受けします」

 

ギルドマスター、及びダンジョンマスターの仕事としては

何の関係もないという一点を除いてだが。

 

 

 

 

 

 

「地獄さ、行ぐんだで」

 

馬車の中、思わず小林多喜二の蟹工船の冒頭セリフを口走る。

プロレタリア文学の大家には申し訳ない思いがあるが

当時普通に娯楽小説として楽しんで読んでた記憶がある。

過酷な労働現場からのベタな業務報告日誌ほど面白いものはない。

それはそれとして、なぜ急に蟹工船か。

 

一つは、よく考えたら私自身が行く必要は全くない。

代理を立てればよかった、と気づいたこと。

もう一つは。

 

「何で貴女がこんなところにいるんです」

「この仕事の担当が、私の管轄だからよ」

 

馬車に乗ってみれば、アリエッサ姫とその護衛騎士いた。

正直二度と会いたくなかった。

蟹工船の人夫が二度と船に乗りたくないと嘆くように。

その疑問に対し、こちらが考えるまでもなく続ける。

 

「要はイメージアップ? 国民の事を考えて仕事をしてる?みたいな」

「ああ」

 

理由を理解し、脳裏に浮かんだアルバート王の顔に短剣を刺す。

また面倒くさい事をしてくれるものだ。

死ねばいいのに。

 

「再びご迷惑をおかけし申し訳ありませんが、本日はよろしくお願いします」

「いえいえ」

 

傍付きの女騎士がしてきた会釈に応答する。

捻くれ者の相手は大変だろう。腹でも殴ってやればいいのに。

なんとなく同情した後、馬車の中から外を見る。

この場は既に国民の保護施設――この町にスラムがない代わりに存在する、家を持たない国民たちの生活場所だ。

 

「で、例のデカブツは?」

「あちらに、施設の中央にある休憩所に位置してあります」

 

女騎士――そういえば名前もまだ知らないが、の案内に応じ、目線をそちらにやる。

確かに2m大の彫像に仕立て上げられた赤鉱石だ。

よくあんなもん作ったな。

 

「さて、早速ですが、赤鉱石への魔力注入方法はご存知ですか」

「……パントライン、ちょっと」

「はい、姫様」

 

傍付きの女騎士――初めて名を知った、彼女は手のひらに小さな赤鉱石を見せた後、

それを指で隠し、念じるようにして目を閉じて呟いた。

 

「魔力、注入」

 

カッ、と稲光が彼女の指の隙間から光り、

奇妙な虹色――ちょうどガソリンを道にこぼしたような奇妙なプリズムを表面に発生させた後。

赤鉱石に更なる赤が注す。

赤鉱石の内部には強力な電気が走り、熱源として今後貢献するだろう。

 

「御見事」

「恐縮です」

 

軽く拍手をする。

が、姫様がその拍手の最中に水を刺す。

 

「魔力注入って要はこれでしょう?」

「その通り。問題はあんなの手のひらには乗らない事ですね」

 

いつまでも馬車に乗っていても仕方ない。

会話しながら馬車から降り、施設の中央へと歩み寄ろうとする。

 

「手に持てるサイズかどうかが問題だと?」

「厳密には、手に持たなくてもいいんですが。サイズがなにせデカすぎます」

「いや、だから貴方に頼んだのよね」

 

王様が頼んできた理由――サイズがデカすぎる点について愚痴を言いながら

王様には言わなかった結論を出す。

 

「いっそ割りません?」

「わざわざ貴方に頼んだ意味がないじゃない」

 

それだったら宮廷魔術師たちがすでに二つに割ってるわよ。

そう言いながら、アリエッサ姫はぺしぺしと彫像を叩く。

その仕草は一見可愛らしいが、残念ながらコイツの性格はクズだ。

 

「仕方ない」

 

そうつぶやいた後、持ってきたズタ袋から丸い赤鉱石、そしてノミとハンマーを取り出す。

丸い赤鉱石は熱く、2mの彫像分を満たすに十分な熱量を放出している。

 

「魔法発動体として十分な熱量を放出する赤鉱石を持ってきたので、これを埋め込みましょう」

「いや、彫像を加工しなさいよ」

「さすがにデカすぎて無理です。結果が同じならいいでしょう別に」

 

アリエッサ姫の提言を無視して、ノミを彫像の中央へと当てる。

後はハンマーで叩いて隙間を――

 

「おや、さすがのダンジョンマスター殿でも無理でしたか」

 

造ろうとした瞬間に、挑発じみた女の声がかかる。

振り向けば20代後半に差し掛かるだろうか、ローブをまとった女性が腕組みしながら立っていた。

 

「……」

「……」

 

沈黙。

二人して視線を合わせた後――私はすべてを忘れ、ノミで彫像を削る作業に戻った。

 

「無視!? 今視線合いましたわよね!!」

 

なんか叫んでるが私の作業には関係ない。

 

「あー、一応紹介しておくとウチの王宮魔法使いでパラデスっていうんだけど」

「これを造った人? 相当な優秀さですね」

「お褒めに与り光栄――だけど無視しないでその手を止めてください」

 

アリエッサ姫の紹介を聞きながら、ノミとハンマーで彫像を削っていく。

 

「多分予想だけど、アンタの技量がどれほどの物か見てみたかったから」

「こんな自分でも無理目のサイズの彫像を造って試してみようと思ったと」

「判ってるならその手を止めて欲しいんですが」

 

結論から言おう。

 

「こんなサイズの彫像を発熱体に加工するのも、手を止めるのも無理」

 

ハンマーの打突音とともに、ノミが彫像の胸の部分を削り終えた。

後は持ってきた赤鉱石を埋め込んで終わりだ。

 

「……それだと、その部分だけ削り取られたら盗まれるんじゃないですか」

「集団生活の公共の場でノミとハンマー使って削り取られる事を考慮しろと?」

 

抑揚のない、しょぼくれた声でパラデスが呟くが無視する。

ズタ袋にノミとハンマーを放り込んだ。

もう何もかも無視してさっさと帰りたい。

 

「それで、結局腕試しということですが、私の実力では無理でした。残念でしたね」

「いや、もう、なんかプライドとかそういうの無いの」

「ない」

 

キッパリと言う。

なんで本職の魔法使いでもないのに張り合わねばならんのだか。

パラデス嬢もなんか肩落としてるというか納得してくれたようだし帰ろう。

家に帰って蟹工船――もとい当国の遠洋漁業のブラック具合を確認するのだ。

現実の蟹工船は小説と少し差異が有りブラックな分、金だけはアホほど貰えたと聞くが。

 

「待ちなさい」

 

脳裏に、もはや帰ることのできない故郷の文学に思い馳せるのを邪魔するようにして――

 

「そういうことなら、私がちゃんと両者の腕試しをしてあげるわ」

 

アリエッサ姫が、また余計なことを言い出した。

 

 

 

 

 

地面一杯に転がる赤鉱石の瓦礫。

それを見ながら、私はため息をついた。

 

「勝負の方法はよりデカい彫像作った方が勝ちよ。シンプルでいいでしょ」

 

アリエッサ姫は瓦礫を蹴っ飛ばしながら、こっちの都合も聞かずに

勝負の方法を決めた。

私は挙手をした。

 

「負けでいいです」

「よくないわよ。……対決の場を設けてくださったこと、感謝します姫様。それと」

 

パラデス嬢はこちらに顔を向け、言葉を吐いた。

 

「ずっと気になってるんだけど、貴方――スズナリ殿は何でそんなにやる気無いの。

 ダンジョンマスターの名に傷がつくとは思わないの?」

「パラデス嬢は何か大きく勘違いしてるみたいなんで否定しておきますがね」

 

掌を返すジェスチャーをして、言葉を返す。

 

「名が傷つくなら闘います。ですが、王宮魔法使いに魔法で負けたところで傷はつかないんですよ」

「あなたの先代は違った」

「ええ、あの人は魔法が得意でしたから」

「そうね、得意だった。私の父は負けて名誉が傷ついた」

「知りませんよ」

 

本当に知らん。

調べてみねばわからんが、無関係のダンマスに負けたところで名が傷つく、というよりも

何故争う状況が発生したのか。

それがわからん。

 

「ならば今回の負けでおあいこです。勝利は貴方に譲ります」

「馬鹿にしてるの?」

「……」

 

黙して語らず。

もう、正直どうでもよくなってきたのだ。

そこまで言うのならば――

 

「それではよーい、はじめ」

 

アリエッサ姫の声とともに、カチャカチャと赤鉱石を繋ぎ合わせ始める。

それを横目に私は地面に落ちてた木の棒を拾った。

それで地面に落書きを始める。

 

「はい、オッサンやる気ゼロ」

 

年齢への侮辱をしながら、姫の状況説明が入る。

 

「やる気を出してください。それだと意味がない」

 

もはや全ての言葉は遮断する。

集中ができない。

木の棒で大きく丸を描き、そこに紋様を描く。

 

「私の父、ヴォルフガング・パラデスは先代のダンマスに勝負を挑み、敗北しました」

 

紋様は腕、岩、土、節々。

 

「市井の、それも専門でもない術者に敗北した父の名誉は、泥にまみれました」

 

それを構成する物を描きつつ、私はため息を吐く。

 

「けど、それも今日で御仕舞です。私が貴方を超えることにより――」

「それは今不可能となりました。パラデス嬢」

 

言葉を返し、祝詞を読み上げる。

 

「もしも、俺に食い気があったなら、まずは土くれ、次に岩」

 

繋ぎ、言葉を続ける。

 

「さらに食い気があったなら、鉄に銀金、鋼に鉱石」

 

地面に描いた魔法陣の上に、赤鉱石が集まっていく。

やがて、それは形を成して

約3m大のゴーレムへと姿を変化させた。

 

「生成終了。アリエッサ姫、勝負の判定を求めます」

「え、それってアリ?」

 

彫像を造れって言ったわけで、ゴーレムじゃないんだけど。

そんなくだらないことを言いながら、アリエッサ姫は両手を組んで悩む。

 

「ちょっと待ってください。条件と違うではないですか!?」

 

パラデス嬢も文句を言う。

だが――

 

「あのね、パラデス。貴女、同じことができる?」

「……出来ません。専門外ですので」

「なるほど」

 

アリエッサ姫はうーん、と一呟きした後、判定を為す。

 

「インチキぽいけど、勝者、スズナリ」

「そんなバカな!?」

「同じことができるっていうならまた別だけどね。出来ないっていうなら……」

 

やや微妙っぽいが勝ったらしい。

まあこの展開まで含めて読めてたが。

 

「スズナリ殿は私と同じように2m大の彫像を造ることは、逆にできないはずですよ!?」

「それができないからって言っても……ゴーレム作れる方が凄いし。

 そもそも、そんなもん作る必要ってあんまり無いらしいし」

 

それも読めた理論だ。

 

「バカな……そんなバカな!?」

 

私はパラデス嬢をやや悲しい瞳で見ながら、さっさと退散を決め込むことにした。

 

「さようならパラデス嬢。どうか気を落とさず。この勝負にはそれほど深い意味はないので」

「情けのつもりか!」

 

叫び声を背にしながら、私は懐かしきダンジョンに戻るべく馬車に足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〇月×日、西の壁の望楼から良い光が射す日に。

王宮からちょっとイキった魔法使いがいるから

軽く勝負してシメてくれと王様より依頼有り。

断るが「おやおや自信が無いのですか」とアホが煽るので

軽く勝負してシメる。なんかむっちゃ泣かれた。

わざわざ王宮まで出かけるんじゃなかった。

それはそうと――

 

「先代にとっては物凄く、取るに足らない事件だったようだが……」

 

先代のマスターの日誌を読み上げつつ、パラデス嬢のこだわりに考えを巡らす。

 

「父親の妄執がまだ残ってるのか?」

 

くだらない答え。

日誌を丁寧にたたみ、棚へと戻す。

それだと残念過ぎるから――

 

「王様に煽られてる?」

 

刃の自重にぴったりとあった()を選ぶのは簡単なことじゃない。

ふと、ギルドの鍛冶師から聞いた言葉を思い出す。

今回、パラデス嬢は正直――意味があるとは言えない行為をしている。

人身大の大きさまでの赤鉱石なんぞ、最初から必要ない。

俺がやったように十分な熱量を持つ魔法発動体を製作すればいいだけ、それなら彼女にもできた。

王様が言っていた、有能とは程遠い行為だ。

私への対抗心からやった事とはいえ……

 

「ある意味、今回も肥大化した顕示欲に肘鉄を食らわす依頼といえるのか?」

 

どうでもいい。

色々と考えを巡らしたが、今回でパラデス嬢が反省をするかどうかは

王様のフォローアップ次第だ。

私の考えることじゃない。

一つ、小さなため息をつき、当国の遠洋漁業のブラック具合を調べることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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003 ダンジョン(前の関所税)について

 

 

頭の中のアンテナが僅かに苛立っている。

しかしスケルトンはいつものように、壁際に直立を続けている。

私は何かを諦めて、腕組みをしながら部屋に立つ少女に声を掛けた。

 

「よく来れましたね。こんなダンジョン最奥まで」

「結構強いのよ、パントラインがだけど」

 

ビシ、と指さすアリエッサ姫の指先には

御姫様傍付きの女騎士――が、全身鎧にモンスターの体液の跡を残しながら

仰向けに倒れ、ゼイゼイと息を吐いている。

むっちゃ死にかけだが。

さすがにヨセフ殿クラスと一緒にしてはいけないだろう。

 

「……まあ、お茶と軽食ぐらいは出しましょう。で、何か要件でも」

「ダンジョンに関して」

 

パタン、と読んでいた先代ギルマスの日誌を閉じ、目を開く。

 

「すいません、もう一度」

「ダンジョンに関して相談があるのよ」

「何故私に」

 

アリエッサ姫は眉をしかめた後、不思議そうにつぶやく。

 

「ダンジョンマスターでしょ、貴方」

「そうですよね。その言葉が聞きたかった」

 

そのセリフを、人の口から言わせたかったのだ。

最近は自己の認識も曖昧になっていたからな。

 

「それで何について?

 これより最奥に封じ込められているドラゴンについて?

 ダンジョン内のモンスターの討伐――駆逐状況に関して?」

「え、ドラゴンいるの、ここに!?」

「いますよ、凶悪なのが」 

 

何のためにこんなダンジョンの奥底にギルド立ててるかといえば

その封印を維持するためだからな。

 

「それで、お聞きになりたいのは? 何でも答えますよ」

「ダンジョン付近の河にかかっている橋の関所税について」

「さっさと帰ってお前の親父に言え」

 

期待して損した。

意味もなく頭の中のアンテナを弄り、スケルトンに手斧を振りかぶらせる。

 

「言ったわよ。そしたらダンマスの担当になってるから、そちらに言えって」

「ん、ちょっと待ってください」

 

――疑問。

王様自身が言っているならそうなんだろうが。

どういう経緯でそうなってるのか。

 

「ウチの国の管轄じゃなくてギルド管轄なのに、税だけウチに入っているチグハグ状態なんだけど」

「ああ、それを聞いて思いだしました」

 

先代から聞いた話だ。

先ほど口に出したドラゴン封印にも関する。

なんでも、ダンジョン討伐時に貢献した騎士団の一部――戦死者の遺族の捨扶持として

新しく禄を設けるために橋の関所税を充てる事にした。

それも古い話で、橋自体は先代以前のダンマスが建てたようだが。

そのまま口に出し、アリエッサ姫に説明する。

 

「じゃあ貴方にする話で合ってるのね」

「あってますね。管理だけは一応ウチです。で、何の用です」

 

姫は薬草茶を一口だけ飲み、その残りを倒れ伏すパントライン嬢の口元にやりながら呟く。

 

「最近、税の収益が急激に減ってるのよ。管理者として何とかして頂戴」

 

また面倒くさそうな案件を。

私は執筆中の机上のレポート「当国の遠洋漁業の環境改善について」に目をやり、それを後回しにする事を決めた。

 

 

 

 

 

「原因は一目でわかった」

「私も熱いから泳ぎたくなってきたわ」

「私は馬車で眠りたくなってきましたが」

 

三者三様のセリフを口にする。

私とアリエッサ姫は河を泳ぐ大量の冒険者達を見て。

大きな橋のかけられた河――といっても、水深は浅く途中までは歩ける。

泳ぐ距離としては100mもないだろう。

泳いで関所税を浮かす水練の心得があるバカも出てくるというわけだ。

パントライン嬢は、ポカポカと温かい日差しと陽気にやられたのだろうか。

本気で眠たそうである。

 

「冒険者って金が無いの? それともケチなの?」

「今までの関所税が高すぎたのでしょうね」

 

アリエッサ姫とパントライン嬢の会話を黙って聞く。

正直、想定外の光景である。

ダンジョンを目前として泳ぐからには装備品や荷物をパーティーメンバーの一部に集め、そちらは関所を。

自分たちは河を泳いでいるということだ。

なんとも面倒臭い事をしているものだ。

 

「大体幾らぐらいだっけ」

「一人につき、ダンジョン前の安宿一泊分の料金程度を取ってます」

「あー、確かに高いわね」

 

庶民は大変だこりゃ、とばかりに

橋の欄干に顎を載せながらアリエッサ姫が呟く。

 

「税が急激に下がったのは、夏だからってどっかのバカが泳ぎだして、それをマネしてッて事かしら」

「おおよそ、そんなところでしょう」

「で、どーすんの」

 

結果を見て予想を立て、結論を出すことを求められる。

ややせっかちな姫様に少し困りながら、頭を巡らせる。

とりあえずの答え。

 

「水温的に泳げるのは夏だけですから、その補填だけでしょう」

「関所抜けを防ぐアイデアとかは?」

「人を食うモンスターでも河に流しますか?」

「いいわねそれ」

 

捻くれ者が好きそうな返事を考え、適当に口走りながらも現実的なアイデアではないと思案する。

他にアイデアはないだろうか。

似非山賊団を編成して、関所を通るパーティーメンバーの一部を襲わせる。

いや、不可能ではないが非道すぎる。

 

「そもそも、税収を補填する必要があるんですか」

「あるに決まってるでしょう。冒険者は必ずこの関所通るんだから、安定した収益だったのに」

「まあそうでしょうが」

 

それに、税収にあてた経緯が経緯だ。

ダンマスの立場としては無くすわけにもいくまい。

 

「夏に関しての減額分は補填しま……」

 

口にしかけて、止める。

当ギルドは金に困ってはいない。

だが、あまり勝手に動くのもよろしくない。

 

「あれ、正直ダンジョンギルドが減税分補填して終わりじゃないの?」

「……払えないわけではないんですが」

「ひょっとして、認めちゃうとダンマスの立場が危ういとか」

 

そこまでではない。

だが。

 

「私の事を認めていない人間も、確かにギルド内にいますね」

「じゃあ、あっさりお金出して解決ってのも無理かー」

「いえ、結局はそういう話になるでしょう」

 

関所の税を無くし、ダンジョンの入場料として金をとれば、だいたい同じ収益に戻るのだが。

それはそれで批判が出るに決まっている。

結局は、潤沢なギルドの資金から補填額を王宮に支払うのが

ベストな選択肢になるのが私の出した結論である。

だが、それを選択したのが自分というのが拙い。

いくらその結論が変わらなくても、だ。

経緯が経緯とはいえ、ギルドが初めて王宮に直接税を支払う形となるのだから。

 

「但し、会議にかけることになるでしょうが」

「意外と立場弱いのね」

「無理強いできないわけではありませんが」

 

ギルマスの立場なんぞ、正直どうでもいいのだ。

ただ、先代が戻ってくるまでは維持する必要がある。

そのためには弱みを最小限にする必要がある。

 

「その会議への参加って私もしてもいいの?」

「構いませんよ。ただ、発言は最小限でお願いします」

 

私は頭に指をやり、軽く覚えた痛みを蹴散らすようにそれを弾いた。

 

 

 

 

 

会議場――ギルドのエントランスホールを抜けてすぐ二階の一室に設けられたそこには

十数人のギルド員が集まっている。

全員が「名持ち」あるいは元「名持ち」――吟遊詩人にも謳われたことのあるような、いわゆる冒険者としての実力者だ。

冒険者としての実力がそのまま発言権になる、とまではいかないが影響されているのも事実だ。

 

「まずは反対意見を述べさせていただく。橋の管理権ごと、この際、国に返却してしまえばいいではないか。その後は知った事ではない」

 

私のギルマス就任にも反対した、現ギルド員がまず口火を切る。

それが出来れば苦労はしない。

だが正論ではある。

俺はその意見をかみ砕きながら、返論を為すべく――

 

「経緯は先に説明したでしょうに。ダンジョンの初期討伐協力への返礼である以上、その税額分はキッチリ国に納める必要があるのよ」

 

して、発言は最小限にしろと言ったアリエッサ姫の発言に止められる。

 

「……大昔の話でしょう。それに問題としたいのは金の話ではない、国にギルドが直接納税するという形が認められない。我がギルドはあくまで独立独歩の団体であるべきです」

「所詮は形だけの話でしょう。今まではチグハグな形であったのが正常化されたとむしろ思ってほしいわね」

 

年老いたギルド員、いわゆる私への反発者とアリエッサ姫の討議が続く。

発言は最小限にしろ、という意味が理解できていないようだ。

黙っていろ、とハッキリ言うべきだった。

拳に力を籠め、アリエッサ姫の横にいるパントライン嬢に目線を送る。

 

「……」

 

パントライン嬢はコクリ、と頷き、ビアジョッキをあおる仕草をした。

そうじゃない。

誰が「この後飲みに行かない」なんて視線をこの場で送るというのか。

アホ主従に期待した私が間違いだった。

 

「そもそもなぜ部外者がここにいる」

「仮にも姫に向かって部外者はないでしょう。徴税権が国にある以上、私がここにいるのはむしろ当然と言っていいわ」

 

いい度胸してるわね、貴方。

そう言いたげな表情で、アリエッサ姫は眉間に皺を寄せる。

ギルドにとって国の権威なんぞ知った事ではないからな。

そこの部分だけはギルド員に同意しつつ、いい加減口を開こうとするが

 

「……この場でアリエッサ姫とギルマスとの関係について問い質したい。彼女を呼んだのはギルマスと聞いている」

 

それも遮られ、痛いところを突いてくる。

 

「……寝室で、体をまさぐられた関係かしら」

「は?」

「二度言わせないで」

 

そしてロクでもない事を口走るアリエッサ。

正直死ね。

 

「い、今の言葉を聞きましたか皆さん。ギルドマスターは現在、王家とふしだらな関係にある!」

 

ザワザワと小声が聞こえる。

「ギルマスにそんな甲斐性があったとは」「そもそも女に興味があったのか?」

「よりにもよってあんな性格のひねくれた女に」

「というか年の差考えたら犯罪だろう」

全て余計なお世話である。

 

「まあ、それは別にどうでもいいでしょう」

 

アリエッサはどこ吹く風で騒めきに応じた。

 

「良いわけがあるか! ギルマスが王家と不適切な関係にある以上、今回の件も王家に有利な形で誘導されているとしかいえん」

 

私は頭の中のアンテナを弄り、扉に構えていたスケルトンに合図を送る。

スケルトンの手から投じられた手斧は、会議室の机上に音を立てて突き刺さった。

コホン、と咳ばらいをし、全員が沈黙するのを待って口を開く。

 

「……そろそろ喋っていいか」

「どうぞ」

 

誰かも知らぬ声が会議室に響いた。

私は手をひらひらとさせながら、まずは訂正を行う。

 

「まず、私はアリエッサ姫とふしだらな関係なんぞではない。治療行為で体をまさぐった事はあるがな」

「そんな事だろうと思いましたが……」

 

先ほどのギルド員とは違う、いわば私よりの立場にある女冒険者が応じる。

ギルド内では数少ない味方といえるだろう。

 

「しかし、アリエッサ姫の招致については私も反対でした。経緯からしてお金を出すことになるかもしれませんが、それはギルド単体での判断によるものとすべきです」

 

しかし言うべきことは言う。

どう答えるべきか悩むが……

 

「それについては素直に謝罪しよう。成り行き上、憑いてきてしまったのでな」

 

疫病神が。

そこまでは口に出さずに、言葉を続ける。

 

「経緯が経緯だ。減額分に関してはギルドが支払う。だが、この際状況を整理したい。まずは、橋の管理権を王家へと譲渡する。ここまではいいな」

 

少しの時間をとり、沈黙を諾ととらえる。

 

「我がギルドは独立独歩だ。国家からは何の干渉もされないし、こちらからもしたくない。補填額は新たに財団を設け、そちらを迂回する形で国家へと毎年支払う事とする」

「面倒くさいことするわね」

 

アリエッサ姫の発言は無視する。

 

「反論があるなら聞く。だが、これ以上の案を出せるならの発言としてくれ」

 

沈黙が続く。

とりあえず乗り切った様子に、思わず小さなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「結局、そこまで大した内容じゃなかったんでしょ。一方的に発言して終わりだったじゃない」

「そう見えただけです」

 

ギルドの私室。

そこにアリエッサ姫とパントライン嬢を通し、今後の話をする。

 

「結局、誰が考えても同じ結論に至るんですよ。だからロクに反論も無かった」

 

財団の設立案を羊皮紙に走り書きし、それをアリエッサ姫に見えるように渡す。

 

「ん、財団の管理は私がやる」

「……そういえば、何で貴女が税収なんか気にしてたんです」

「父の命令で、あの橋の徴税に関しては私の担当にされたのよ」

 

また王様か。

……ひょっとして、面倒事を俺に押し付けるように動いてないか。

いや、ただの邪推だろうが。

 

「今回の件で、ギルド内の立場って変化したの」

「多少の反発はあったでしょうね。もっとも最初から私を毛嫌いしている人間だけからでしょうが」

「んーと」

 

アリエッサ姫は少し言いにくそうにした後、そのフリをしただけのように

直球で質問をぶつけてきた。

 

「そこまで嫌われる理由って何? ハゲてきた奴を人間扱いしなかったから?」

「あなたが公爵を侮辱して騒動を起こした一件は聞き及んでいますが、それと一緒にしないでください」

 

理由はたった一つ。

ギルド員の全員が「名持ち」あるいは元「名持ち」である中、私は「名持ち」ですらない。

いわば、吟遊詩人に謳われたような冒険者ではないからだ。

あくまでも先代の指名でこうしているだけ。

逆に、先代の威光がそれだけ強かったとも言える。

だが、それからもう5年も経った。

この立場が落ち着いてきた空気もあるが、一時的な代理と考えていた者にとっては

とても歓迎できる状況ではないだろう。

 

「えっと、話は終わりですか」

 

パントライン嬢の声で、落としていた思考から立ち直る。

 

「ええ、これでおしまいです」

 

コテン、と首を横に捻りながら、パントライン嬢は当たり前の約束を

守らせるようにして呟いた。

 

「それでは飲みに行きましょうか」

 

そんな気分ではないが、もうヤケで応じてやろう。

私はパントライン嬢の言葉に応じ、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 



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004 火山活動対策

あなたが静けさを求めてここに来たんだとしたら、あなたはきっとここが気に入るわ。

先代のギルドマスターが私をギルドに連れてきたときの言葉だ。

私がまだ二十を幾ばくか過ぎ、やっと一人前の冒険者としての実力を身に着けたころの話。

年老いた公爵の静かな喋り声を耳にしながら、そんなことを思い出した。

 

「それでは結局、毛生え薬は存在しないのか」

「ないでもないですが、一時的な物ですよ。正直、そこまでしなくてもと思いますが」

 

公爵を見る視線で、その背後に目をやる。

空を突きさすような格好で、ウチのスケルトンと相対する様に屹立(きつりつ)している公爵の部下達。

武具についた汚れが少ないことから、相当な実力者が揃っている事が見て取れる。

 

「あまり気にされることもないのでは? あのアホな姫様の言う事が発端ですよね」

「気にしてはいない。君の言う通り、一々気にしていたら身が持たん」

 

周りは一々騒ぐがな。

公爵自身は本当に気にしていないのか飄々とした態度で言葉を返す。

 

「それに、あの姫様が呪いを掛けられる前の話だ。仕返しというなら、もう終わった」

「呪いを掛けられていた事、ご存じだったんですか」

「というか、一件に絡んでいた。詳しくは話さんが」

 

思いだし、少し愉快になったのか公爵は顔に手を伸ばし、頭を擦る。

その頭部は少し禿げかけていた。

 

「毛生え薬について聞いたのは、単なる知識欲だ。有りはするのか」

「演劇に使われた例もありますよ。まあウィッグの方が楽だから、あまり知られてませんが」

「なるほど」

 

公爵は頷き、手元の薬草茶を一啜りした後、コースターにそれを置いた。

 

「――さて、君と話し続けるのは楽しいが、今回は要件があって来た」

「内容によりますが」

 

今までの話の内容を勘案するに、やっぱり毛生え薬くれというオチはなかろう。

公爵と同じように薬草茶を一啜りしながら考える。

 

「コボルトが近くに逃げ出してきた件を知っているかね」

「ええ、それはもちろん。挨拶回りもしてくれましたし」

「コボルトが住むのは別にいいが、問題はその切っ掛けにある」

 

コボルト達が逃げ出してきた、その理由。

 

「火山の活発化でしたっけ」

「そう、騎士団で調査したところ、火山活動がすでに始まっている。マグマが流動化していて、危うく山火事になるところだった」

 

正直、コボルトが早めに警鐘を鳴らしてくれて助かった。

火山が自分の領地内にある公爵がため息をもらし、また薬草茶に手を伸ばす。

 

「火山活動を止めることは可能かね」

「永遠という意味では不可能です。無理に止めたエネルギーが、後日に一気に噴出するだけです」

「やはりか」

 

喉をコクリと鳴らし、空になった湯飲みがコースターに戻される。

 

「おかわりをもらえるかね」

「勿論」

 

部屋の端からスケルトンを動かし、空の湯飲みを持ち上げる。

 

「現在、続いている火山活動から山火事を防ぐために森林官と木こりを総動員で働かせ、伐採を始めている」

 

スケルトンの手も借りたいくらいに忙しい。

公爵はスケルトンの手を一撫ぜしながら、そう呟き、中身の入った湯飲みを受け取った。

 

「依頼したいのは彼らの保護だ。冒険者たち――スカウト技能者による警戒、魔術師による一時的なマグマ硬化。これらにより安全性が増すと考えているのだがどうかね」

「もっともな話です。そういった依頼ならお受けします、が」

 

美味そうに薬草茶を啜る公爵を見ながら、少し訝しい思いを抱く。

 

「公爵様、そういう話ならわざわざこんなダンジョンの奥底まで来ず、街の冒険者ギルドで依頼してよかったのですよ。こちらは迷宮探索が主目的です」

「それは知ってるが、二つ意味がある」

 

公爵はピースサインを私に突きつける。

王様といい、この国の上層部はフランクな人間が多い。

 

「たまには騎士団の実力を試したかったのだよ。問題なかったようだが」

 

一つ指を折り、背後の部下たちを満足そうに眺める。

 

「もう一つは、最近パーティーで話題の人物をこの目で見たかった」

「……どんな話題ですか」

 

嫌な予感がしながら、回答を求める。

 

「君が姫様の寝室に忍んだという話題だ」

「訂正しておいてください」

「それは私の力を超えている。大丈夫だ。基本的には同情されている」

 

同情されているのはなんとなくわかるが、それでも訂正して欲しい。

私はため息を吐きながら、自分の湯飲みの縁を指で撫ぜた。

 

 

 

 

 

「こんなところで出会うとは思いませんでした」

「王宮の魔術師もだいぶ出張ってますので、長としましては」

 

大鍋を覗き込みながら、王宮魔術師長であるパラデス嬢に声を掛ける。

パラデス嬢は軽く会釈し、少し微笑んだ。

 

「もう、こだわりは消えたようですね」

「あの後、王様から直々に諭されましたので」

 

ちゃんとフォローアップはしていた様だ。

仕事を押し付けてばかりではない王様の株を心持ち上げながら、会話を続ける。

 

「父の名誉に固執するのは止め、地道な活動で一族の汚名返上と行きます」

「別に、一族の汚名というほどのものでもないでしょう」

「王宮内ではそう気楽にはいかないのですよ」

 

私は気にしすぎてましたけどね。

そう付け加えてパラデス嬢は笑う。

理解しているなら、まあこれ以上言う事もないが。

 

「で、スズナリ殿は何をやっておられるのです」

「料理」

 

おさんどんさんであり、今日のコックさんなのだ。

私は大鍋の中の蕪が、煮崩れ始めたのを見て微笑む。

 

「……なぜ料理。貴方は何しに現場に来られてるのですか」

「いや、する事がないから」

 

今回、王宮もギルドも十分な数を動員している。

私が動くのは緊急時だけだろう、それまでは指揮位置から動く必要はない。

で、暇で暇で仕方ないから料理の手伝いをする。

何もおかしくはない。

 

「今日は蕪の味噌汁です。炊き立ての飯にかけて食べると美味しいですよ」

 

元の世界では船頭飯と言われていた気がする。

 

「うわーい、と喜べばよろしいですか」

 

ややフランクにパラデス嬢が呟いた。

別段苦労する料理ではないが、そういう反応を期待している。

 

「スズナリ殿は本当に立場を気にしませんね」

「先代のギルドマスターもよくやってましたよ。暇で仕方ないからと」

「しかし先代のギルドマスターは女性と伺いましたよ」

「関係ありませんよ。男も女も」

 

先代の味が懐かしい。

ふと郷愁に触れ、本当にどこに行ってしまったのか気になりだす。

もはや元の世界よりも郷愁を感じるほどに先代に恩義を感じてしまった。

いや、この想いは、ひょっとして私は先代に恋を――

 

「ところで、誰もいないから聞きますが」

「なんですか」

「姫様と真剣にお付き合いしているというのは本当ですか」

 

噂は着実に悪化している。

 

「否定しておいてください。王宮魔術師長の力で」

「それは私の力を超えています。すでに結構な噂になっていますよ」

 

姫様、男っ気全然ないと言いますか、跡継ぎ候補なのに婚約者の一人もいませんからねえ。

世間話のように言うが、その世間話の巻き添えにされてはたまらん。

 

「仮にも第一王位継承者の噂話がそれって不敬極まりないか?」

「何故です? いえ、貴方に対しては不敬かもしれませんが」

 

どんだけ嫌われてるんだよ、あの姫様。

私の視点ではそこまで嫌うほどアホには見えんぞ。

実の父親に呪われるほどアホだけど。

 

「王宮内はどうなってるんです。いや、知りたくもないですが」

「第二王位継承者である公爵様が野心ゼロで、アルバート王と二人三脚で上手く回ってますよ。今のところは。二人して、たまに仕事を押し付けあっていますが」

「次代に不安があるといいたげな」

「金と地位にしか興味ない輩に、姫様の婚約者になられても困るのですよ」

 

割と真剣な顔で呟くパラデス嬢。

 

「少なくとも俺は無いな」

「意外とアリだと私は思いますがね。本人が嫌なら仕方ありません」

 

姫様が嫌いという意味ではなく市井の、それも王様ほど名の知れた冒険者でも無い俺では対象になるまいとの意味なのだが。

違うように受け取られたようだが、まあ否定もすまい。

 

「……しかし、暇ですね」

「暇ですね。事故でも起こらない限りはこのままずっと暇です」

 

大鍋の中、煮崩れた蕪を見つめながら、私とパラデス嬢は二人して呟いた。

 

 

 

 

 

「こんにちは、ダーリン。ご機嫌いかが? 私は最悪よ」

「こんにちは、ハニー。こちらも今君のセリフで最悪になったよ」

 

私はアリエッサ姫と剣呑な挨拶を交わした。

パラデス嬢と卓を交え、穏やかな食事を過ごしている時間にだ。

わざわざやって来る事もないだろうに。

 

「おお。姫様だ」

「飯のにおいに釣られてきたのか」

 

伐採を手伝っていた騎士団のセリフが耳に入る。

仮にも姫様に向かってそれは無いだろうに。

 

「お腹すいた。私にも一膳よそって」

 

このアホにフォローは必要なかった。

私は黙って新しいお椀と米に、蕪の味噌汁をよそう。

 

「温かいご飯って久しぶりだわ」

「いつもは何食べてるんですか」

「さんざん人が味見した冷食」

 

姫様は死んだ目で呟いた。

そういえば、仮にも第一王位後継者だったか。

 

「……これにも毒見が必要では?」

「貴方が――ギルドマスターがよそったご飯を疑う? 逆に失礼になるわよね、それは」

 

そういうもんか。

私は少し腑に落ちない思いをしながら、椀を手渡した。

 

「すいません、私にも一膳」

 

パントライン嬢の分も、すでに用意してある。

黙って手渡しながら、さっきまで会話していたパラデス嬢に視線を戻す。

 

「上手くやっていけると思いますか」

「すいません、無理ですね」

 

今のやり取り一つで理解してもらえたようだ。

私は蕪と飯を口に入れながら、それを黙って咀嚼する。

美味い。

 

「そういえば、最近になって自分が二十台後半になっていたことに気が付きまして」

「はあ」

 

いきなり、突拍子もないことを言い出すパラデス嬢。

私はそれを黙って聞く。

 

「どうです? 姫様が駄目なら私とか」

「いきなり何の話始めてるのよ、パラデス」

「婚約交渉ですが? 何か問題が?」

 

堂々と発言するパラデス嬢。

 

「すいません、好きな人がいるので」

「私!?」

「お前だけは無いわ」

 

アリエッサ姫に、思わず本音がほとばしる。

私が好きなのは――今は行方不明となっている、先代のダンジョンマスターだ。

今ハッキリと理解した。

 

「今は行方不明ですが、いつかはまた出会えるでしょう」

「――そうですか。それは残念ですが」

 

パラデス嬢はスプーンをくわえ、一呼吸置いた後。

 

「私はまだ諦めたわけではありませんよ。出会えない可能性もある」

 

そう言って穏やかに笑った。

 

「その時、私はダンジョンマスターではなく解雇されてるかもしれませんが」

「ちょうどいいですよ、婿入りして頂ければ結構」

 

押しが強い。

少し心が揺らぐが、それは気づかれないように、手が震えないようにとスプーンを強く握る。

 

「ねえ、私を無視して何イチャついてんのよ」

「別にイチャついてはいませんよ」

 

急に慣れない恋話をされて、心が揺らいだだけだ。

お前に対しては不動だが。

そう思いつつ、姫様に声を返す。

 

「それで、結局何しに来たんですか」

「ごはん食べに来たのと、最近のパーティーでの噂話よ」

「ああ」

 

姫様も、一応気にしてはいたのか。

順調に悪化している噂話に頭を痛めつつ――

 

「私の初めての恋の噂が三十過ぎのオッサン相手ってどうなのよ」

「そこかよ」

 

いや、判らんでもないんだが。

改めて観れば美少女のハイティーンであることに目をやりつつ、頷いてやる。

だが、言うべきことは言っておこう。

 

「貴女が今までロクに恋話も沸かさないのが悪い」

 

そもそも、一番高貴な立場にある人間がここまで恋話が無いって罪罰にも近いだろ。

市井の話題になってナンボの立場だ。

正直、ダンジョンに引きこもってるのでよく知らんが。

 

「カネと地位に目がくらんだ男ばっかでロクな婚約者候補がいない立場だってのにどうすりゃいいのよ!? どうやって恋話を沸かせと!?」

 

それはお前の性格が悪いからだ。

 

「順当にいけば公爵の息子達なんだけど、これがまた全員結婚してて順当な結婚相手なんかいないし!」

 

それは……不運だが。

ぶっちゃけ全員逃げたんだろうな。

 

「よりにもよってオッサン! 30過ぎたオッサン。年齢ダブルスコア」

 

お前いい加減キレるぞ。

第一、30過ぎは本当にオッサンなのか。

私は優しいから認めていたが、その討議を始めるぞ。

始めたらもう本当に長いぞ。

 

「どうやら、姫様とは話すことが一杯ありそうですね」

「こっちだって一杯あるわよ」

 

ヨッシャコラー!と叫び声を上げそうな姫様に、私は冷静に30過ぎはオッサンなのかについて答弁を始めた。

 

 

 

 

30過ぎはオッサンではない。

最後には騎士団の多くが私に味方してくれたので勝利した。

35過ぎがオッサンなのだ。

騎士団の少数が反対したが我々はそれを黙殺した。

これで姫様も理解してくれただろう。

世界は30過ぎの若人を中心に回っている。

 

「違う」

 

私は日誌に何を書いてる。

火山活動の報告ではなかったのか?

余りにも暇だったので現地を確認するまでには及ばず、変な愚痴に留まっている。

私は日誌を机の上に投げ捨て、今日はこれで終えるとした。

 

「それにしても」

 

結局、あのオカシナ姫様の結婚先はどこに収まるのであろうか。

それだけは気がかりだ。

 

「この国の方向が、ロクな方向に進まなければいいがな」

 

自分には関係のない話にすぎない。

市井で姫様との恋話を語られる、渦中の人物はそれを無視することにした。

 

「そして」

 

先代のギルドマスターが、渦中の話を耳にし、少しばかり――

その内容を気にして、ここに戻ってきてくれればいいな。

儚い思いを胸にして、スズナリは小さなため息を吐くことにした。

 

 

 

 

 



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005 幕間--アリエッサ姫とアルバート王--

「ねえ、お父様。スズナリってなんで名持ちじゃないの」

「ギルマスなんか強くて当たり前だからだよ」

 

身も蓋もない台詞が返ってきた。

別に、そんな台詞を聞きたいわけではないのだが。

父さまは、目の前の資料から視線を外さない。

 

 

「そうじゃなくて、レッサードラゴン殺した事あるって聞いたことあるわよ。なんでそれなのに吟遊詩人に謳われたりしてないのかなって」

「ギルマスなんか強くて当たり前だからだよ」

 

父さまは全く同じ返事を返した。

壊れたゴーレムだろうか。

一発ひっぱたいてやろうかと思いながら、少し考え直す。

そして呟いた。

 

「強くて当たり前すぎて、冒険者としての名声につながってない?」

「まあそういう事だな。奴がレッサードラゴンを倒したのはギルマス就任時の最終試験となったと聞いている。何かの試練ではない、試験に合格したのが吟遊詩人の詩になるかって話でもある」

「ふーん」

 

わざと興味なさげな感じで答える。

それは――あまりにあんまりではないか。

別に山奥に平和に暮らしてるモンスターをわざわざ殺しに行ったのではなく、民を襲い脅威となっているレッサードラゴンを単体で緊急討伐したのにだ。

パントラインが調べた詳細な話を聞く限りではそうだった。

 

「で、スズナリって強いの?」

「強いとはいえん。一人ではレッサードラゴンを死にかけながら討伐できる程度だ」

 

十分強いじゃない。

そう言いかけたが、なんだかスズナリの味方をしているようで止めた。

だいたい父さまの比較基準がおかしいのは昔からだ。

 

「まあ、そもそも役割が違うからな。アイツは土魔法と生物魔法を中心とした後衛の魔法使いだ。接近戦では専門には遥かに劣る」

「生物魔法?」

「文字通り生物を弄り回す魔法だ。特殊過ぎて説明しがたい」

 

ワキガの手術とかもできるぞ。

私の門番への行為をあげつらいながら、父さまは答える。

だって――本当に臭かったのだ、あれは。

職場でも問題視されていたのではないか、アレ。

私は問題を燻り出して解決に導いたに過ぎない。

そう考えよう。

 

「後衛職と考えると――仲間に欲しいやつだな。まあ昔の俺から見ればだが」

「今の父さまから見れば?」

「ギルマスとして小回りの利く奴」

 

やはり、父さまからの評価はなんだか低く感じるのだ。

別にスズナリを認めて欲しいわけではない、と思うのだが。

なんとなくモヤモヤとする。

 

「なんだ、アイツでいいのか?」

「何が?」

「お前の婚約者だよ」

「冗談。年齢ダブルスコアよ」

 

二十台前半にして竜殺しとして名を挙げた父さまと、今は亡きお母さまならお似合いだったかもしれない。

しかし、スズナリと私では実績と年齢が違い過ぎる。

 

「年齢のこと以外は言わないんだな」

「勝手な解釈しないで欲しいわね」

 

私はぷく、と頬を膨らませながら父さまに背を向ける。

そしていつも通りパントラインの名を呼び、スズナリに文句をつけに行くことにした。

 

 



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006 婚約者探し

 

いっその事、ギルマスの立場なぞ捨て、先代を探す旅にでも出てしまおうか?

いや、あくまでも、先代に指名されたギルマスの地位を維持すべきだ。

しばらくの間はよろしく、その言葉が私を繋ぎとめている。

私が深い思考に――いや、現実逃避に入る中で

 

「依頼に来たわ」

「帰ってくださいな」

 

ゼエゼエとパントライン嬢の咳が私室に響く。

また一人の護衛で無茶してダンジョン奥底まで来たのか。

なんというか、もう全てにウンザリして来ているのが本音だ。

 

「ここまで苦労してきたのに帰れはないでしょう」

「苦労しているのはパントライン嬢でしょうに」

「私だって今回は闘ってるわよ。殆どはパントラインが倒してるけど途中で死にかけたから」

 

姫様はそう言って、腰元の血のこびりついたメイスを見せる。

一応闘ってたのか。

……まあ、血筋を考えれば弱いという事も無いのか。

 

「それで、要件とは?」

「婚約者探しよ」

「親父に言えよ」

 

もはや親の仕事とは言わないまでも、王の仕事である。

あの王様、王としての責務を果たしていないではないか。

 

「探すどころか、もうアイツでいいじゃん面倒くさいとか言われたわ!」

「アイツ?」

「アンタの事よ! アンタの!」

 

私の事か。

一体どいつもこいつも何を考えてるんだか。

狂ってるとしか言いようがない。

 

「公爵にお願いしては? 息子が全滅でもお孫さんくらいいる歳でしょう」

「公爵の孫は6歳よ。10歳下と婚約しろと。私犯罪者?」

 

もう6歳児でもいいじゃん。

酷いことだが王家には良くある事だ。

姫様にはショタコンになってもらおう。

この際、私に被害が来なければどーでもいい。

 

「もう王宮内で探すのは諦めたわ。外部から引っ張ってくる」

「私は引きこもりだから友達が少ないですと以前に言ってるのに」

「やるだけやってみてよ。そこまでワガママ言わないから」

 

すでに現時点でワガママなのだが。

無いと思うが「最悪だけどコイツでいいわ」と私の事を引っ張りだされても困る。

そう、生贄だ。

誰かギルド員で似合う輩を見積もってもいいかもしれない。

しかし――そんな輩、ウチにいたっけなあ。

いや、探せばなんとかいるかもしれない。

 

「判りましたよ。この際ダメ元でやってみましょう」

 

私は首を縦に振り、姫様の依頼を受けることにした。

 

「最初っからそう言ってくれればいいのよ」

「先に言いますが、姫様の気に入る相手が見つかるとは限りませんからね」

 

私はそう前置きし、ついに地面に倒れ伏したパントライン嬢の口元に

飲んでいた薬草茶を流し込むことにした。

 

 

 

 

 

 

私は、まず第一に信頼を寄せる男から名を上げることにした。

 

「一人目はこのファウスト君です」

「ふざけてんの?」

 

ギィ、と骨を軋ませながらファウスト君がお辞儀をする。

先代がレッサードラゴンの牙から作り上げたスケルトンだ。

いつも皆に薬草茶を入れてくれるナイスガイ。

 

「アンデット界では人気なんですよ。

この間の吸血鬼とのパーティーでは男女問わずチヤホヤされていました」

「私は人間で、しかも自由意志無いでしょ、その子。てか恋愛的にチヤホヤじゃないでしょう」

「確かにそれを言われると辛いものがあります。

パーティーでも私が操ってました。でもね、ファウスト君は名持ちですよ」

 

下手なところでは私よりも名声があるのだ。

先代に率いられていた頃、一つ目巨人を槍で一突きにした英雄歌まである。

 

「名持ち? 冒険者で言う名士のアレ?」

「そうです。ちなみに私は名持ちではありませんよ」

「実力と比例するの、それ」

「ある程度まではね。一応英雄歌に謳われた活躍をしたということまでは」

 

今のところ話とは関係ないだろう。

私は沈黙した後、ファウスト君が入れてくれた茶を一啜りした。

 

「で、あくまで冗談よね」

「さすがに冗談ですが、この先も期待しないでくださいという意味では本気です」

「うわあ」

 

アリエッサ姫は頼むんじゃなかったという顔をした。

だがもう遅い。

出来る限りはやってみるつもりなのだ。

その時、コンコンとドアを叩く音が鳴る。

 

「入って構いませんよ」

「失礼します」

 

ドアからは、金髪碧眼に甲冑姿の女性が現れた。

以前のギルド会議で私に味方してくれた女性――

 

「いったい何の用ですか、急に呼び出して」

「エントリーNo.2、アリーナ・ルル嬢。いかがですか」

「女じゃないの!?」

 

ルル嬢は一瞬不快気な顔をしたが、ああ、なんかまた変な依頼に巻き込まれてるのか、と

表情を変えて、わたしに感想を述べた。

 

「いつも大変ですね」

「巻き込んで済まない」

「いや、巻き込むも何もお呼びじゃないから女は」

 

そう言われても、姫様の趣味が分からない。

とりあえず私に近しい人間の順番から呼んでみたのだ。

いや、アレックス君は元人間ですらないが。

 

「実は骨がたまらなく好きとか、レズとかそうではないと」

「当ったり前でしょう! 男を出せ、男を」

「御呼ばれじゃないなら、私もう事務室に戻ってもいいですか」

 

帰りたげなアリーナ・ルル嬢を手のジェスチャーで引き留め、言葉を繋げる。

 

「ちょっと待って。帰るついでにアレキサンダー君を呼んできてくれないか」

「……いいですけど」

 

ルル嬢は眉を曇らせ、彼を呼ぶのか、という感情を表情で示した後。

まあいいや、と何かを諦めたように了解の言葉を返した。

 

「待って、すさまじく嫌な予感しかしないけど」

「ちゃんと男ですよ、今度は」

「最低も最低の条件が、やっと3人目にして登場するのね」

 

アリエッサ姫は疑いの目を私に向ける。

私はにこやかにそれを交わしながら、言葉を繋いだ。

 

「しかも王族ですよ」

「王族? 王族がなんでギルド員なんかやってるのよ」

「出稼ぎです」

「ちょっと待て。情報がもっと欲しい」

 

どんな変な奴なのか当てて見せるわ。

ビシ、と音を立てながら、アリエッサ姫が私の顔を指さす。

 

「実は火山活動の活発化で、領地を移動し食料不足からの現金の確保が急務となりまして」

「……先日の火山活動の一件と一致するわね」

 

でも、あそこは公爵領だった気がするんだけど。

他国にまで影響を与えていたかしら、と考え込み、姫様は空を仰ぎ見る。

 

「言葉は通じずとも筆記計算はできるから、ギルドで事務員として働かせてくれないかと王子が」

「性格は良さそうね、性格は」

 

言葉が通じないってのが気になるけど。

火山活動、言葉通じない、俺の言葉からフレーズを拾い集めながら

アリエッサ姫は指を折る。

 

「ひょっとして、コボルト? 条件は一致するわよね」

「ふむ」

 

私は一つ頷いた後、人気を感じたドアに目を向ける。

ドアノブが動き、呼び寄せた人がその姿を見せた。

モコモコとした毛皮を生やした、コボルト王族の一人であるアレキサンダー君が。

 

「ほーら、当たったわよ」

「おめでとうございます、姫様」

「おめでどうございます、アリエッサ姫」

 

私とパントライン嬢の称賛の言葉。

そして拍手で私の室内が包み込まれる。

アレキサンダー君も何かよくわかっていないけどノリで拍手している。

そして――

 

「で、当たりくじの懸賞は、貴方の首でいいかしら」

 

姫様は腰元のメイスを、私の顔面へと全力で投擲した。

 

 

 

 

 

 

顔面に飛んできたメイスはファウスト君が受け止めた。

この私室で私を殺すならドラゴンでも連れてこなければな。

そう思いながら、私はパントライン嬢に声を掛けた。

 

「……離してあげてくれないかね」

「すっごいモフモフしてます」

「モフモフしてるのはわかるから。私もやった事あるし」

 

コボルトの王族にギューッとハグをするパントライン嬢。

されるがままのアレキサンダー君。

コボルトは、人族に無理やりハグされるのには慣れてるのだ。

 

「で、四人目は」

 

メイスの全力投球を無かったようにして、アリエッサ姫が呟く。

 

「え、もういません」

「待てコラ」

 

お互い、死んだ魚が腐った後のような目で見つめあう。

 

「この間のギルド会議では全員集まったわけでもないのに、数十人いたでしょーが」

「ほとんど私とは無関係です。あちらを紹介するなら、別口から当たってください」

「ちょっと待って」

 

アリエッサ姫の目が見開く。

 

「ギルドの殆どを敵に回してるって事!?」

「敵対者とまでは言ってないでしょう。殆どは中立ですよ」

「中立?」

「ギルマスの立場なんかには全く興味がないって事です」

 

殆どのギルド員は現役の冒険者でもある。

ギルドマスターの立場や活動なんかに興味ないだろう。

ついでに言えばだが。

 

「私の敵対者と言える連中も、ギルマスの立場自体には興味ありませんよ。

 私がギルマスである事を不快に思ってはいますが」

「何それ、面倒くさい連中ね」

「人間は面倒くさい生き物です」

 

そして私の仕事も面倒くさい。

物が理解できてれば、誰も好き好んで成りたがる奴なんかいない。

誰もがそれを知ってるから、現状でも立場を維持していられるのだ。

 

「ただ、まあ……仮に奪おうとする人間が現れても譲る気はありませんが」

「自分でも面倒くさいと言ってるのに?」

「人間は面倒くさい生き物だからですよ」

 

今日、辞めて旅に出ようかと思ってしまったところだが。

それでも思い留まっている。

 

「それって、例の先代マスターに指名されたから?」

「勿論そうですよ」

「ふーん」

 

腕組みをしながら、アリエッサ姫が何かに納得したかのように呟く。

 

「まあ、オッサンの純情はどうでもいいわ」

「30過ぎはまだオッサンではないと、先日あれ程言ったのに」

「いいから、とにかく紹介できる物件はもう無いのね」

 

もはやあきらめ気味に、姫はため息を吐いた。

 

「……吸血鬼の王族なんてどうです」

「何度も言うけど、せめて人間を紹介しなさい」

「亜人の王族なら色々関わりあるんですけどねえ」

 

先代に引きずられた旅の間、よく謁見したものだ。

今でも仕事でたまに関わる。

 

「今日のところは、もういいわ」

 

そう言って、パントライン嬢をアレキサンダー君から引き剥がす。

 

「ああ、モフモフが」

「いい加減にしなさい。失礼にもほどがあるわよ」

 

アレキサンダー君はポンポンと体を叩いた後、空気を読んで部屋から退出する。

姫様も、今回はこれで諦めてくれたのだろうか。

 

「でも、依頼は続行。婚約者探しは続けてもらうわ。詳細は私が指定する」

「……具体的にはどのように」

「ドラゴンを倒せるレベルはいかないまでも、若くして名持ちになり『これなら』と貴方が納得できる人格者なら一度は会ってあげるわ」

「なるほど」

 

私はとりあえず納得したふりをする。

 

「姫様、昨日ヨセフ団長にも似たようなこと言ってましたよね。騎士団の若手でって」

「パントライン、余計なことは言わない」

 

別に、ヨセフ殿にも依頼してても構わないが。

むしろ、そちらが有効手だろうな。

 

「とりあえず。承りました。ただ、いつ現れるかはわかりませんよ」

「期待しないで待っておくわ」

 

ひらひらと手を翻しながら、アリエッサ姫が背を向ける。

やっと帰ってくれるか。

 

「スズナリ殿。モコモコした亜人の方がまた来たら教えてください」

「パントライン、行くわよ」

 

パントライン嬢はアレキサンダー君のモフモフを、未だ名残惜しそうにしながら去っていった。

 

 

 

 

 

「若くして名持ち、か」

 

いないわけではないが少ない。

冒険者だけでもないが、人間は経験や能力を蓄積し、困難を達成していく生き物だ。

かのアルバート王のように二十台前半でドラゴン殺しを達成した者など、指で数えられる程度しかいない。

 

「いや、そもそもドラゴン殺し自体が少ないが」

 

たとえそれがレッサードラゴンでもだ。

ファウスト君を眺めながら、独り言を呟く。

 

「若い名持ちはルル嬢以外に、ウチのギルドに……いるにはいるがな」

 

正直、自分より年下となると全員の立場が中立ゆえ印象が薄いが、数人はいる。

だが性格までは知らない。

 

「若くて強い冒険者? 奇人変人の類しかいないような」

 

薄暗い迷宮探索に邁進し、モンスター相手に切った張ったを繰り返す人間?

それも若くして功績を成し遂げた人間?

その時点で少しばかり気が触れている気がする。

 

「人格者……人格者……」

 

記憶を探るに、間違いなく先代は人格者だった。

私を拾い上げてくれたのだから。

だが、右も左も判らない人間に無理を強いて引きずり回す人でもあった。

よく考えれば、大分無茶もさせられた気がする。

 

「やはりマトモな人間など、冒険者にはいないが」

 

逆に考えよう。

姫様もどうせマトモな性格してないんだし、あの性格を許容できる人格者よりもだ。

じゃじゃ馬を飼いならせるような強烈な個性の人物を探した方が早いだろう。

 

「ま、急ぐ必要もないか。姫様もすぐに見つかると思ってないだろう」

 

私はゆっくりとカンテラを握り、ファウスト君を後ろに率いる。

そうして私室の扉を閉め、ダンジョン奥底の濃密な暗闇へと久しぶりに足を進めることにした。

 

 

 

 

 



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007 ルーチンワーク

私は広いがらんとした場所に出た。

手を叩くと、歪な反響が周囲から返ってくる。

 

「ご機嫌いかが? ドラゴン殿」

「今すぐお前を殺してやりたいよ」

 

ダンジョンの最奥底、天井はちょうどドーム型になっており、部屋もそれに合わせたように――まるでプラネタリウムの一室のような、なめらかな円形となっている。

人為的に手を加えられたものではない。

目の前のドラゴンが自分で造ったものだ。

 

「機嫌は良いみたいですね」

「耳でも腐ってんのか、この人族は」

 

ドラゴンはまるで猫のように封印――バリアを鋭利な三本の爪でひっかいた。

バリアは一時的に破れ、すぐまた復元した。

 

「ドラゴン殺しを嗾けられるよりはいいだろ。今の王族だぞ」

「……」

 

脅しつけるように、口調を変えて話す。

ドラゴンは沈黙し、何かを考えたかのように、長い首を捻くり回した後、唸る。

 

「それが出来ぬという事は、その人族の実力が私よりも劣るという事だろう」

「残念。王族の命とは引き換えにできないってだけさ」

 

実際のところ、どっちが勝つか判らん。

王様を主力に、ギルド員総出で戦えば我々が勝つ――そう断言できるが

老いて力量を落としたアルバート王は命を失うかもしれん。

ギルド員も半数は命を落とすだろう。

だからこそ、このドラゴンを封印に留めている。

 

「どうせ寿命なんて無限なんだろう。しばらく休息を楽しむことだ。我々の国もギルドもいつかは滅ぶ」

「楽しませたければ、この牢獄に肥えた牛でも差し入れでもすることだな。この前のように」

「貴方の知恵が必要になれば、またそうしよう」

 

生きている以上は役に立ってもらう。

先代のその思想から、このドラゴンにはたまに知恵を借りてもいる。

肥えた牛一頭と引き換えなら安いものだろう。

……餌を与えないようにしても、ドラゴンは餓死しないしな。

 

「一つ、聞きたいことがある」

「知恵か?」

「いや、知恵といったほどでもないのだが……」

 

一応、聞いてみるか。

 

「アンタは人化の術を使えるのか?」

「我はドラゴンの中でも伝説級だ。もちろん使えるとも」

 

外出の用か?

封印は解けないままでも、楽しませてくれそうだ。

ドラゴンは吠えるように口を開く。

 

「人化してウチの国の姫様と結婚とかどうだ。この国丸ごと手に入るぞ」

「貴様、何をトチ狂っている」

「自分ではいい案だと考えたんだが……」

 

心の底から呆れたように鼻を鳴らすドラゴン。

 

「我は雌だぞ」

「じゃあ駄目だな」

 

5年ばかりの付き合いになるが、このドラゴンは随分理知的だ。

この辺り一帯――要はこの国を縄張りと認識しているから、近寄る人間すべてを敵と見做しているだけで。

この国をいっそ丸ごとくれてやれば、上手くいくかなと――

 

「いや、そう上手くはいかないか」

「お主は時々、どうしようもないくらいにバカげたことを言い出すな」

「思考をまとめるのに丁度いいんだよ、馬鹿言い出すのもな」

 

私は一つため息をつき、カンテラを持ち上げて

濃密な暗闇に一つの灯りをもたらす。

 

「それではまた来週」

「お前が私の知恵を必要とするのを、それまで祈ってるよ」

 

私は一人、慣習としているドラゴンへの訪問を終えて部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

「失礼します。迷宮探索依頼の照査と、掲示板への貼り付け終了しました」

 

ドアから、いつもの甲冑姿の女性が私室に現れる。

 

「いつもお疲れ様」

「まあ仕事ですからね」

 

ルル嬢は私の言葉に応じ、円形のテーブルに書類を投げ出した。

書類の表紙を流し見しながら、会話を続ける。

 

「ドラゴンの様子はどうでした」

「いつも通りですよ。何か借りたい知恵はありますか?」

「特に何も」

 

アリーナ・ルル嬢には迷宮探索に関する依頼の全般を任せている。

この一度は踏破した――けれど、モンスターは絶えず湧き出るダンジョンの事だけではない。

他のダンジョンの探索や、遺跡――迷宮の踏破などもウチのギルドの仕事だ。

単純なモンスター退治の依頼などは、街の出張ギルドでの担当になる。

そんな事を考えながら、書類のページをめくっていく。

 

「いつもと筆跡が違うようですが?」

「今回、いつもの担当者ではなくアレキサンダー君が書いてますので」

「なるほど」

 

正直、アレキサンダー君は拾い物だった。

積極的にギルドの運営に携わってくれるギルド員が少ない。

別に文官を雇ってはいるが、こんなダンジョンの最奥で働いてくれる人間は少ない。

一時とは言わず、正式に働いてくれないか頼んでみることを考えながら

私は書類を閉じた。

 

「ギルドマスター、ドラゴンの知恵に関してですが」

「なんですか」

「この際、姫様の婚約者探しについても投げてみてはいかがでしょう?」

 

それに近いことはもうやった。

が、それは黙っておき、反論に近い言葉を返す。

 

「あの数百年封印されているドラゴンに、人探しを頼めと?」

「いえ、伝説級のドラゴンならば知恵の一つも出てくるのではないかと思いまして」

「人間については人間以上に知っていても、いま世情に通じていないドラゴンに聞いてもね」

 

良いアイデアは出てこないだろう。

私は否定的な言葉を吐いた後、何故か眉をしかめたルル嬢に睨まれる。

 

「しかし、このままだと本当に結婚させられてしまいますよ」

「私が? 姫様と?」

 

それだけはない。

きっと必ず誰かが反対してくれるはずだ。

それでも駄目なら――

 

「その時はいっそ逃げてしまうよ」

 

ギルマスの立場を維持するどころの話ではなくなってしまう。

それなら逃げてしまうのもいいだろう。

そして先代を探すのだ。

 

「……その時は、お供しますよ」

「いや、君はいいよ。やっと冒険者の仕事を辞めて、ギルド員になれたんだろう」

「……」

 

ルル嬢は若くして名持ちになったが、本当は危険な冒険者生活を望まず、安定した文官職に就きたいとギルド員の面接時に聞いている。

その時から少ない――というよりたった一人のギルド内の味方でありパートナーだが、だからこそ国を逃げ出すような逃避行に巻き込む事は許されない。

 

「たとえ名持ちでも、国に喧嘩は売りたくないだろ」

「女性には憧れのシチュエーションだと思いますが?」

 

何がおかしいのかクスクスと笑いながら、ルル嬢は読み終えた書類を受け取る。

そうして、私室のドアノブを捻り、書類を保管しに行くべく背を私に向けた。

 

「まあ、逃げるなら私も一緒という事は覚えておいてくださいね」

「わかった。多分そうはなるまいが」

 

何故か、ルル嬢の笑顔が印象に残った。

私はそれを打ち消すようにしてかぶりを振った後、たまにはギルド内に顔を出してみることにした。

 

 

 

 

 

ギルド内からは、飲食を楽しむ音と、掲示板を指さしながら依頼を探す冒険者の声が聞こえる。

懐かしい、とは言えない。

自分は、先代に引きずられていたからあんな風に冒険者を楽しむ暇はなかった。

なんか、引きずられていた記憶しかないのだ。

そう、文字通り引きずりまわされては難易度の高い冒険に駆り出されていた。

レッサードラゴンも殺したし、逆に噛まれて死にかけたりもした。

 

「あまりいい思い出じゃないな」

 

私は思いだすのをやめることにした。

今は若々しい冒険者たちの声を聴きながら、ギルマスとしての喜びに浸るとしよう。

 

「もう動けねえ。薬草茶一杯くれ」

「このギルド、ダンジョン最奥にあるから来るだけで死に物狂いだぜ」

 

それも無理だった。

若々しい冒険者たちの声どころか、半死半生とかした冒険者の声が聞こえる。

 

「彼らは、冒険依頼を受けるどころではないな」

 

まあ、それを見越しての話だが。

そもそも彼らからして、ここが到達点であり、ダンジョン内のモンスターの駆逐――それによる報酬が目的だろう。

今は休息をとっているだけだ。

恐らくは、私の顔もよく知らないだろう彼らを素通りして――ギルドの受付に座っているアレキサンダー君に声を掛ける。

 

「どうだね、ギルドの業務は」

「……」

 

順調です。

そう、手元のボードにチョークで書いたコボルトの王族に満足しながら、雇用の件に関して今切り出すべきか悩むが――止めることにした。

そう焦ることもないだろう。

 

「それにしても、何でコボルトが受付やってんだ?」

「モフモフしたい」

 

評判は上々のようだ。

下手な美女の文官を立たせるよりも、冒険者の荒くれどもには効果的なのではないだろうか。

アレキサンダー君が駄目でも、誰か亜人の代わりがいないか真剣に考慮する。

 

「ギルドマスター殿」

「ん?」

 

考え事を遮るようにして、背後から声がかかる。

 

「いえ、もはや王子と呼ぶべきでしょうか。おめでとうございます」

「もうそこまで噂が悪化しているのかね」

 

振り返りながら、市井の噂のぶっ飛び具合に頭を痛める。

そうして、声を掛けてきたギルド員の顔を見つめた。

若い。二十台前半だろうか。

黒髪の短髪で、凛々しい容姿をしている。

 

「君は確か……アルデール君だったか」

「憶えて頂いていたようで、光栄です」

 

アンデットの領地で謀反を起こした吸血鬼――王族の一人を殴り殺した事で有名な「名持ち」だ。

斬り殺したではない、文字通り「拳で」殴り殺した。

再生能力の高い吸血鬼を、灰になるまで殴り殺したその能力の高さは口にするまでもない。

 

「無事、ギルドマスター引退となった折は、私の事を思い出していただきたく」

「ん? ギルマスになりたいのかね」

 

まさか、そんなけったいな輩がいるとは思わなかった。

譲る気はないが、望むなら次の候補には入れてもいいが。

 

「いえいえまさか。ギルマスではなく、貴族になりたいのですよ。王族となった暁には是非推挙の程を」

「世間の噂を真に受けるな。第一、君なら推挙の必要もなくその体一つで貴族になれる」

「推挙無しだと強制的に騎士団行きでしょう? それは御免です」

 

何か勘違いされてますが、私は錬金術師希望なのですよ。

そう言って両手のグローブをこすり合わせながら、呟く。

 

「錬金術師、ねえ。そのグローブの質の高さは認めるが」

「体系的な学問を学んだわけではないので、これ位しか能がないのですが」

 

冒険者に必要な能力は平均的な能力よりも、一点突破的な能力だ。

彼はその能力を、武具の錬金に求めた。

それがグローブというのはよくわからんが、元々格闘家としての技術が高いのだろう。

 

「将来は、マトモな錬金術師として学問をやり直したいのです。そのためには貴族となりアカデミー入りが一番早いのですよ。なにとぞ」

「ああ、覚えておこう」

 

知能労働ができる、ギルマス候補として。

或いは、姫様の婚約者候補として。

 

「有難うございます」

 

私は姿勢を正しく頭を下げるアルデール君の思惑を完全に無視しながら、一人の生贄を見つけたことを神に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は良き日だ」

 

多分見つからないと思ってた生贄が早くも見つかった。

まあ、すぐに紹介するのは露骨すぎるので、姫様に差し出すのはだいぶ先になるが。

 

「とはいえ、そう簡単に気に入るかな」

 

姫様が気に入るかどうかが最大のネックだ。

ワイングラスを傾けながら、それを一気に飲み干す。

 

「いや、姫様は焦っている」

 

最悪でも私のようなオッサンよりも、若くて名声のあるアルデール君でお茶を濁すはずだ。

酒が進む。

 

「何か悪代官みたいな気分になってきたぞ」

 

一人、誰もいない私室で呟いているとテンションが上がってきた。

 

「だが、悪いのは私ではない。姫様と、そこに現れたアルデール君が悪いのだ!!」

 

ワハハハハと笑い声を上げながら、ワイングラスを床に叩きつけた。

 

「プロージット(乾杯)!!」

 

ひしゃげ割れるワイングラスの音。

元の世界で言う、帝国作法であった。

すかさず、ファウスト君がホウキとチリトリでワイングラスを片付ける。

それを操っているのは私だが。

 

「まあ、案外うまくいくかも知らん」

 

少し話した限りだが、アルデール君は地位や金に固執するようなタイプではない。

姫様の好みと合致しないとも限らん。

アルデール君だって、今の少しばかり落ち着いた姫様を好むかもしれん。

 

「オッサンの出る幕じゃないさ」

 

私は本日分の日誌――今考えた内容とは全く別な内容を書き上げた後、それを閉じることにした。

 

 

 

 

 

 



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008 アカデミー

「わざわざご足労頂きありがとうございます」

「いえいえ、何度もこちらがお世話になっておりますので」

 

冒険者ギルド――ダンジョン奥底にあるほうではなく町の、そのギルドマスター室でアカデミーの学長と顔を合わせる。

今回、呼んだのは私の方だ。

学長はシルクハット姿にステッキをついており、まるで元の世界の老紳士のような姿をしている。

 

「前から疑問に思っていた事がありましてお呼びしたのですが……アカデミーを一般開放する気はありませんか?」

「はて、ギルドマスター殿が妙なことを言い出しますね」

 

わざわざ、他組織の事を言い出すなど初めての事ではないですかな。

そう言いたげに学長が首をかしげる。

事実、こんな事を言うのは初めてだ。

 

「いえ、先日ギルド内でそういう話があったのですよ。アカデミーに入りたいが、貴族ではないから入れないと。もちろん干渉する気等はありませんが、少々気になりまして」

「そういう事ですか」

 

別にアルデール君の味方をしたいわけではない。

彼は生贄だ。その立場は変わらない。

ただ、少しばかり気になった。

この国はもっと開放的な国だと勝手に思っていたが――

 

「面倒臭いから嫌なのです」

 

回答は一言で終わった。

 

「付け加えますと、何もアカデミーだけが学校というわけではありません。この国の開校届は簡単ですし――学問所など市井で自由にやって構わないのですよ。アカデミーを開放する必要が?」

 

薬草茶をズズ、と音を立て一啜りし、学長が続ける。

 

「わざわざ身分差の軋轢を処理するような制度や気配りをしてまで、アカデミーに市井の学徒を入れたいとは思いません。貴方の推薦書でもあるなら別ですが」

「……」

「推薦者でもいますか?」

 

アルデール君の少し愚かなところは、貴族になるのではなく私にアカデミー入学への推薦を頼むべきことだったと今思う。

アカデミーの学長と私の親しさ等知らないので仕方ないだろうが。

 

「いえ、今のところいませんね」

 

だが、頼まれてないので推薦してあげない。

生贄だし。

 

「体系的な学問を教える市井の学問所ってないものですかね」

「モノによりますな。錬金術などは聞いた覚えがありませんね。皆研究を基本秘匿しますし」

 

せいぜい、ウチのアカデミーでやってるぐらいでしょうか。

学長はそういい、ふと何かに気づいたように呟いた。

 

「冒険者の中では……確かアルデール殿でしたか、あのグローブ等はどうやって錬金したのか気になります」

 

良かったな、注目されてるぞアルデール君。

私も彼がどうやって独学でその領域に至ったのか気になってきたが、まあいい。

 

「今日はご足労をお掛けしました。それではこれで」

「いえ、少し待っていただきたい」

 

学長はステッキに手を掛けず、顎髭を擦りながら喋る。

 

「呼ばれた筋で言うのもなんですが、実はまた頼みごとがありまして」

「頼み事?」

「アカデミーの教員の招致です」

「……」

 

今までの話の流れからすると。

嫌な予感がしたので、全力で断りを入れる。

 

「アルデール君はもちろん、現役の冒険者は駄目ですよ。引退後の冒険者は別ですが」

「いえ、それが冒険者ではなく……」

 

違ったようだ。

学長は私の反応を無視した様子で、言いにくそうに言葉を連ねる。

 

「むしろ、ギルドとは因縁のある方でして。頼むには心苦しいのですが」

「誰です?」

「……」

 

学長は長い沈黙の後に、ようやく口を開いた。

 

「今は屋敷に引きこもりとなっている、元王国魔術師長ヴォルフガング・パラデス殿です」

 

一度だけ、聞いたことある名前だなあ。

私はそんなことを思いながら、何でそんなことを頼むかなあ、と。

いつもの面倒くさそうな依頼に眉をしかめることにした。

 

 

 

 

「まさか、家を訪ねてくださるとは思いもしませんでした」

「……私も訪ねる事になるとは思いませんでしたよ」

 

笑顔のパラデス嬢に対応しながら、私は頭の中で学長の心臓にナイフを刺す。

 

「あの……ひょっとして、ですが。先日の縁談の件でこちらに」

「いえ、違いますので。パラデス嬢」

 

もじもじと身を揺すりながら尋ねるパラデス嬢に、きっぱりと断りを入れる。

そうではない。

そうではないのだ。

だが、積極的な恋話に私はどこか弱い。

隙を見せないように気を引き締める。

 

「マリーとお呼びください。パラデスは家名ですので」

「わかりました、マリー嬢」

 

二コリ、と笑うマリー嬢。

それにたじろぎつつ、ここに来た要旨を頭の中で整理する。

ヴォルフガング・パラデス殿をアカデミーに招致する。

これだ。

 

「その……ヴォルフガング殿はどちらに」

「……今は書斎に引きこもっております」

「引きこもっているとはうかがっていましたが……」

 

本当に引きこもってんのかよ。

先代の日誌を見るにもう8年も経つ。

そろそろ立ち直っても良い頃だろうに。

 

「私は王様に諭されて元に戻りましたが……その、父は特に王様の命令で先代のギルドマスター殿に打ちのめされたことに恥を感じておりまして」

「まあ……いろいろと考えるとその心境には同情する点がありますが」

 

調子に乗ってたところを躓いたぐらいならまだしも、王様の依頼でぶちのめされたんだったか。

余り気にしていなかったが、確かに恥ではある。

私は思ったより深い問題に、自分の頭を撫でた。

 

「以前に私が、一族の汚名と言ったのもわかったでしょう?」

「ええ、そう気楽なものではなかったようですね」

 

私はため息を吐く。

何か、口当てが欲しい。

テーブルの上に設けられた茶菓子に手を伸ばし、頭に糖分を補給した。

 

「しかし、アカデミーからの招致がかかっています。これは名誉な事でしょう?」

「ええ、できるなら私も父に受けてもらいたいと考えています」

 

マリー嬢は乗り気、と。

なんとかプラス要素を見つけながら、私は茶菓子から手を離す。

 

「受けてもらえる可能性は何パーセントぐらいあると?」

「難しい質問ですわね」

 

マリー嬢は長い髪を指でこねくりながら、私の質問の回答を考える。

答は――

 

「スズナリ様次第ですわね。今すぐ縁談を結んでいただければ、100%成功しますが」

「……それは遠慮しておきます」

 

私は肩をすくめて答えた。

 

「書斎はどちらに?」

「……地下にありますわ。私もお供しましょうか?」

「有難うございます」

 

私は素直に礼を言い、マリー嬢に頭を下げた。

断りの返事を受けたマリー嬢は、いささか不愉快気ではあったが――それは気にしないことにした。

 

 

 

 

「アカデミーからの招致がかかっています。ドアを開けてください、ヴォルフガング殿」

「……」

 

返事はない。

私は横目で隣のマリー嬢に視線をやった。

マリー嬢は笑顔で答える。

 

「お父様、この方は私の婚約者になります。もしもあっていただかなければ、勝手に話を決めてしまいますよ」

「……」

 

言いたいことは山ほどあるが、上手い手ではある。

沈黙したままではあるが、扉の軋む音が響き、ヴォルフガング殿がその姿を見せた。

ひげもじゃの、いかにも引きこもりといった憔悴した顔をしている。

 

「お前のような行き遅れに相手がいるわけなかろう」

「フォースよ、我が眼前に……」

「冗談だ冗談! 爆発魔法は止めろ!!」

 

意外と余裕あるなヴォルフガング殿。

そう思った瞬間、その視線がこちらに移る。

 

「貴様が私の義息子となるものか」

 

違うが、とりあえず沈黙することにした。

 

「アカデミーからの招致を持ってきた使者です」

「アカデミーか」

 

ヴォルフガング殿は、頷きを返すようにして――それを止めた。

 

「それは、断ってくれ。私など、書斎で引きこもって研究しているのが関の山の男なのだ」

「お父様、それは違います」

「いや、いいのだ。王に見限られたとき、私はそれを痛感させられた」

「見限られた、とは違うと思いますが」

 

現ギルドマスターの立場からそれを発言する。

あくまでお灸を据えるための依頼だったものだ。

見限るためなら、もっとキツイ事を頼んでいた。

レッサードラゴンの退治とか。

レッサードラゴンの退治とかだ。

私がやらされた時はイジメかなと思った。

 

「違う、と。ではどう言えばいい」

「期待していたからこそ、わざわざ依頼など手順を踏んだのでは」

「なんだと!?」

「王様の実力をお忘れですか。他人に依頼などの必要なく、調子に乗った貴方ごとき叩きのめせる」

 

あえてキツイ言い方をする。

その方が納得しやすいだろう。それを見越してだ。

 

「それは――そうかもしれないが」

「そうですよ。そうでもなければわざわざ――」

 

迷宮の奥底からギルドマスターなど呼びはしない。

そう言って、口を閉じる。

 

「そうか――そう思うか」

「そうですよ。お父様」

「私も今となってはそう思う。だが、外の世界が怖いのだ」

 

ニートか貴様。

言いたくなるが口を無理やり閉じる。

 

「このお腹の子のためにも頑張ってください」

「私に孫が!?」

「ちょっと待て」

 

マリー嬢の嘘も大概ひどくなってきたのでさすがに止める。

 

「嘘もいいかげんにしてくださいマリー嬢」

「孫は嘘なのか」

「婚約者も嘘ですよ」

 

コホンと咳をつき、話を戻すべく口を開く。

 

「アカデミー側もすぐに教授職を果たせとは言いません。まずは特別講師としてからでもよいから、段々体を慣れさせてくれとの事です」

「……そこまで私への配慮を考えてくれてるのか」

 

考え込むように、何かに感謝する様にして瞑目するヴォルフガング殿。

 

「……これ以上の断りを入れるのは、学長にも君にも失礼に値する。受けよう」

「有難うございます」

 

私は頭を下げ、今回の依頼が上手くいったことに安堵した。

マリー嬢にも感謝の意を示す。

 

「有難うございました。マリー嬢も」

「いえ、我が家にもメリットがある事でしたので。そうですね……でも感謝してくださるなら今度デートでも」

 

それには答えず、私は黙って学長に出す手紙の文面を考え始めた。

 

 

 

 

 

「逃げ切れなかった」

 

結局、デートの約束をさせられてしまった。

そもそも感謝するのも何も、マリー嬢にメリットのある話ではなかったか今回の件。

なんで私がご褒美をあげないといけないのだ。

 

「いや、ご褒美……褒美?」

 

だが、その言い方も失礼な話だ。

相手はまだ年下だ。

二十台後半まで名誉回復にこだわり、結婚機会を逃したから多少血迷っているのではないかとの感があるが。

ワイングラスを傾け、中身を揺らす。

 

「そもそもデートって何をするものだ」

 

私の人生でデートする機会などなかった。

せいぜい、元の世界でグループ交際があったぐらいだぞ。

今も昔も寂しい人生だったな、となんだか悲しくなる。

酒が進む。

ワイングラスの中身は着実に量を減らしていく。

 

「何か一人で酒を煽る寂しいオッサンみたいな気分になってきたな」

 

というか、それそのものである。

私室で独り言をいう癖も虚しい。

だが、何かを書きながらだと呟きながらの方が筆が進むのだ。

 

「ともあれ、対策を考えねばな」

 

デートの対策を。

近しい女性――ルル嬢に相談でもしてみようか。

私は筆を置き、アカデミー学長への手紙をしたためた後、それを出すべくして

私室から立ち去ることにした。

 

 

 

 

 

 

 



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009 ゴーレムの製作

その瞳は若竹色をしていた。

薄幸そうな――事実、不幸があったのだ。

その雰囲気を如実に表しながら喪服姿の中年男性が、私の目の前で沈黙していた。

 

「それで? 要件はわかっていますが一応お聞きします」

「あの子似のゴーレムを造っていただきたい。いや、ハッキリ言う。もう一度蘇らせてほしいのだ」

「お断りします」

 

私はしょぼくれた男――以前に見たときは、もっと覇気のある顔をしていた。

それこそ生粋の男爵としての威厳ある顔だった。

今のしょぼくれた顔にややゲンナリしながら、説明を行う。

 

「規制されて――いや、ギルドが規制した禁忌の行いですから」

「たしか、抜け道はあるだろう。孤島状態の人間の緊迫緩和。これを題目として造るなら法に触れないはずだが」

「貴方の場合は該当しませんし……死体を利用しなければ似た生き物は造れませんよ」

 

それでもやりますか。

そう問いかけると、男爵は狼狽したように身を震わす。

 

「いや、それは駄目だ。それだけは……」

 

死体はあくまで荼毘に付す。

それだけは譲れないようで、男爵は首を横に振った。

 

「しかし、妻も娘も毎日泣いているのだよ。私も悲しい」

「お悔やみ申し上げます。心から」

 

私も家族を失った――いや、「家族らしきもの」だった。

私を養育してくれたその人を失った時は衝撃だった。

元の世界のころの話だが、その時はさんざん泣いたものだ。

しかし、永遠な物など何もないのだ。

朽ち果てないのは生きたドラゴンくらいのものだろう。

それに――死体を用いたゴーレムは時にフォールン化、堕ちたものと化す可能性すらある。

大事な家族が化物と化すようなこと、したくはあるまい。

 

「時間が解決してくれますよ。ペットロスは。もしくは、また新しい猫をお飼いになることです」

「新しい猫か……今はとてもそんな気にはなれない」

 

私はテーブルの上に並べた数枚の資料、絵や写真。

私はそこから写真――この世界でもある現像された一枚のフィルムに目を通す。

そこには若竹色の瞳をした、猫の姿が写っていた。

 

 

 

 

男爵が陰鬱な顔のまま、街のギルド室から退出していく。

しばらくして、ドアから、いつもの甲冑姿ではない私服のルル嬢が私室に現れる。

 

「人工生命体が知恵を持つのですか?」

 

そして私に質問を行う。

どうやら話が隣まで聞こえていた様だ。

 

「通常は持たない。持たせることは可能だ」

「例えば猫の脳みそ程度ならば?」

 

「いや……何と言えばいいかどうか。方法は二つある」

 

知的好奇心からか質問を続けるルル嬢に少し戸惑いながら、答える。

指を二つ立て、その内一つを折る。

 

「意思は創造できない。だけど、”時が持たせる”のだ」

「というと?」

「そうだな……そこにいるファウスト君なんだが」

 

テーブルの上から、客用のグラスを片付けているファウスト君を指さす。

 

「私が死した後に、数百年もすればアンデットのパーティーに自由参加してるかもしれない」

「時が自由意志を持たせるという事ですか」

「フォールン化はわかるか」

「読んで字のごとく、堕ちたものですよね」

「そうだ。化物になることだ」

 

何も、それは悪しきものになるとは限らない。

元の世界では付喪神という呼べばいいのか、単に物が数百年の時を経て意思を持つことも同じ意味を示す。

時を経て自由意志を持ったゴーレムは存在する。

数は少ないが、喋る剣なんてのも稀に存在する。

 

「もう一つは、あまり言いたくない」

「脳の移植ですか」

「わかってるじゃないか」

 

立てていた指の二本目を折る。

文字通り自由意志を移植するのだ。

 

「だからギルドはその仕事を受けないし、たとえ猫でもゴーレムとして蘇らせようなんてことには多大な制限を掛けてる。それはどこの国でも同じことだ」

 

抜け道を悪用する違法国家は存在するがな。

そんな事を考えながら、私は今回の依頼書に断りのサインを入れた。

 

「しかし、ルル嬢が何故ここにいる? ダンジョンのギルド管理はどうした?」

「アレキサンダー君が有能ですから、たまに抜け出しても問題ありませんよ」

 

本来、私は秘書としてギルド長の傍にずっといる立場ですから。

そうルル嬢は呟いた後、だから余り置いていかないでくださいね、と口を連ねた。

 

「悪かった。今までは不在中のダンジョン管理を全て君に任せてしまっていたからな」

「そうですよ」

「……たまには食事でも行こうか」

「食事一つでチャラなんかに、と言いたいところですが、お供しましょう」

 

ルル嬢はご機嫌だ。

 

「ところで、ルル嬢に一つご教授願いたいことがある」

「何ですか」

「デートのやり方だ」

 

何がおかしいのかクスクスと、ルル嬢は笑って答える。

 

「それを相手に聞きますか?」

「いや、君が相手ではなくマリー・パラデス嬢となんだが」

 

ピシリ、と音がした気がする。

何故か笑顔を硬直させたルル嬢が、私の肩に手を置く。

 

「そういう知恵は、ドラゴンに聞いてはいかがですか。もしくは脳の移植でもしましょうか?」

「肩むっちゃ痛いんだが」

 

レッサーデーモン殺しの名持ち剣士の握力が、私の肩にのしかかる。

 

「望んでではない。この間のアカデミーの依頼の件でそうなってしまったんだよ」

「また変な流れでそうなったんですか」

 

はあ、とルル嬢がいつものことかとため息をつきながら、私の瞳を見つめる。

 

「ついでです。今日食事のついでにデートしませんか。そのルートをマネすればいいですから」

 

ルル嬢は実に慈悲深い選択を私に与えてくれた。

 

 

 

 

 

街の中核をなすのは、橋の南側に広がる半円形の広場だった。

半円形のかたわれ、つまり円の上半分である北側の広場は冒険者が赴くダンジョンへの道、上流の関所へと繋がっていることから、それ相手の屋台や武器・防具等の専門店が立ち並んでおり活気こそ勝っているが。

南側の広場は市民相手の商店街や住宅地となっており、こちら側が本来の街の中心といえた。

私たちは南側での食事の後、あえて中心ではない北側の魔法店に私たちは足を寄せた。

 

「何かデートコースとして間違ってないか」

「……」

 

ルル嬢は答えない。

真剣な面持ちで物品を選んでいる。

 

「私たちは所詮冒険者ですからね。南側の商店街を出歩いて、ファンシーショップを見回るくらいなら魔法店の方がいいですよ」

「まあそれもそうか。マリー嬢も魔法使いだしな」

「買うのは魔法具じゃありませんけどね」

 

ルル嬢は商品の中から香水を取り出した後、匂いを試しに嗅ぐ。

 

「これ買ってくださいません?」

「別に構わないが、マリー嬢の時も何か買ってプレゼントした方がいいのだろうか」

「それは自分で考えてください」

 

なんだか、ルル嬢の声が冷たい。

普段、ギルドマスター――実のところ単なるトラブルシュータ―な仕事をしているが、こういう時の処理の仕方はわからん。

とりあえず、店員に商品を包んでもらう。

 

「ほら」

「有難うございます」

 

自分で受け取った商品を、プレゼントとして手渡しする。

 

「そこら辺の礼儀ぐらいはわきまえてるんですね」

「ん、まあ……」

 

少しだけ気分の良くなったルル嬢の瞳を見つめながら、曖昧な声を返す。

 

「もう何年になりますかね」

「何年というと?」

「私がギルマスの秘書になってからです」

「最初は普通の事務員としてだったから……2年ぐらいじゃないかな」

 

指折り数えながら、返事をする。

 

「いろいろありましたね」

「いろいろあったな」

 

忙しさは変わらないが、彼女を仕事のパートナーとして迎えてからは随分楽になった。

そんなことを考えながら、私はルル嬢の顔を見る。

 

「ひょっとして、だが。ルル嬢は私に好意を持っているのかね」

「やっとわかりましたか? 鈍いですね」

 

鈍いとはされたくない。

二十台前半の女性から、好意を持たれていると思うほど自分に自信はないだけだ。

 

「……妙な趣味をしている」

「ええ、自分でもそう思います。好きになったのは秘書になってからでしたけど」

 

この2年の間か。

切っ掛けになるようなこと、何かあったかなあ。

深い思考に落ちる。

 

「切っ掛けなんてありませんよ。慣れですね、慣れ」

 

私の考えを読んだように、ルル嬢が言葉を紡ぐ。

 

「慣れで人が好きになれるのかね」

「ずっとこうしていたい、と思うのはおかしな思いですか」

「いや」

 

それには否定の言葉しかでない。

私が先代のギルドマスターに感じていた感情と、同じものだからだ。

 

「……ギルマスが、先代に憧れを抱いているのは知っています。でも、たまにはこちらも見てください」

「ルル嬢、私としては」

「好きの返事を聞いているわけではありません。断られることはわかってますから。でも」

 

ルル嬢の視線がまっすぐにこちらを見つめてくる。

私はそれを避けられない。

 

「たまにはこちらを見てください。気が変わるかもしれませんよ」

「……わかった」

 

そうとしか返事できなかった。

情けない話だが、キッパリと断る事はできない。

 

「それではデートを続けましょうか」

 

私はただただ、ルル嬢の後ろをついて歩くことしかできなかった。

 

 

 

 

最近は酒ばかり飲んでいる気がする。

正直、ロクな事が――いや、失礼な言い方だ。

悩むことが多すぎるのが原因だ。

 

「何故、私なのかね」

 

幾らでもほかに相手が見つかりそうなものだが。

マリー嬢もルル嬢も。

ワイングラスを傾け、一気に中身を飲み干す。

 

「何もかも忘れて逃げ出したい気分だ」

 

酒は既に適量を過ごしている。

だが、逃げ出すことは許されない。

真摯に答えなくてはなるまい。

 

「知能が――心があるというのは実に面倒くさいものだ。そう思わないかファウスト君」

 

私は酒をワイングラスに注ぐ、ファウスト君に語り掛ける。

 

「君に心が芽生えるのはいつだろうな」

 

その時、私は生きてはいないだろうがな。

生きてるのは、迷宮の奥底にいるドラゴンやアンデットくらいのものだろう。

 

「まあ、私はやるべきことを全うするだけだ」

 

任されたギルドマスターの立場を維持する。

それだけが、今の私の行動基準だ。

私は注がれたワインをまた一気に飲み干し、次の杯をファウスト君に催促した。

 

 

 

 

 

 



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010 - 新造ダンジョン -

 

「ダンジョンができた? それも他国との緩衝地帯に?」

「そうだ。その性質も種類の類もまだわからん。とりあえず、誰かが勝手に侵入しないよう騎士団に閉鎖させはしたが」

 

王宮。

赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、招致されてすぐさま本題に入る。

 

「先手権は取ったんですね。今後の方針は?」

「今は他国にとられないように騎士団に固めさせているが、できれば早期に攻略したい。そしてどのダンジョンのタイプか把握したい」

 

この世界のダンジョンは物資の宝庫だ。

モンスターから獲れる素材に魔核、ドロップアイテム。

岩盤にむき出しになっている鉱石。

ポーションの原料となる薬草や苔。

どれも金になるものだ。

そしてダンジョンには幾つかのタイプがある。

永続的に物資が――モンスターが湧きだすダンジョン、私が住処としているダンジョンギルドのようなパターン。

そして永続的ではないパターンのダンジョン――要は一時的にのみ期間限定で出現するダンジョンだ。

このパターンだとダンジョンを踏破するまでもなく、いつの間にか消え失せる。

フォールン化したアイテム、いわゆる「魔剣」や「水晶玉」の類などがダンジョンの核となっているパターンもある。

その場合だと、それを入手、もしくは破壊することでダンジョンはあっさり崩壊する。

 

「少数精鋭による攻略を目指すことになりますね」

 

ギルド員を何十人もぞろぞろと列をなして攻略する時間はない。

数は暴力というが、それは開けた地形での話だ。

今は攻略速度が優先される。

 

「……永続的なパターンでなければいいがな」

「やはり面倒臭い事になりそうですか」

「ダンジョンは資源だ。それが緩衝地帯にあるのは取り合いに面子が関わる。早々に潰れてしまった方が両国にとって有難い」

 

アルバート王はため息を吐きながら、頭痛を抑えるようにこめかみを指で抑える。

 

「最悪、永続的なパターンでも他国のギルドと話し合い、相互で利用できるようにしますか」

「そうだな……それも考えておいてくれ」

 

今回は本気で頭を痛める案件のようだ。

アルバート王はいつもの気楽さを投げうって、文官に指示を飛ばしている。

 

「とにかく、早急にパーティーを編成してくれ。出来ればお前にも頼む」

「……今回ばかりはそうなりそうですね」

 

さて、久しぶりのダンジョンマスターの仕事だ。

私は気を引き締めて、その足をすぐ街のギルドに向けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリーナ・ルル嬢、そしてアルデール君」

「はい」

「お任せください」

 

街のギルドで見つけられたのはまずこの二名。

――数が足りない。

ダンジョン最奥のギルドまで引き返している時間がない。

たまたまこの二人が街のギルドにいただけでも行幸というものだ。

 

「君たちに、未踏破地域のダンジョン踏破に推薦できる仲間はいるかね」

「……いませんね」

「……同じく。来てくれる友人はいますが、危険で連れてこれません」

 

当然か。

未踏破地域の踏破となると、多大な危険を要する。

最低でも「名持ち」クラス。ギルド員である必要が――

 

「現役冒険者の全員がダンジョンの方のギルドに行っているとは……」

 

タイミングが悪い。

最悪、この3人で行くしかないか。

 

「どうやらお困りのようですね」

「……マリー嬢」

「王様からの命令で、私にも参加要請がありまして」

 

マリー嬢はそういって手をさしだす。

私はその手を握り返した。

 

「……王宮魔法使いですか。迷宮探索の経験は」

「こう見えて、未踏破地域への探索経験もありますよ。何もかもギルドだよりではないのですよ、王宮も」

 

マリー嬢がウインクする。

ルル嬢が不安の声を上げるが、大丈夫そうだ。

 

「じゃあこの4人で探索に向かうとします。よろしいですね」

「大丈夫です」

「とりあえずは」

 

アルデール君が握り拳を作りながら、叫ぶ。

 

「必ずや、この冒険でギルドマスターを名持ちにしてみせます」

「いや、そういうのはいいから」

 

どうやら、私が名持ちでないことをアルデール君は気にしていると考えている、というか。

王族になるにあたっての障害となっていると思い込んでいるらしい。

実際はレッサードラゴン殺した事もあるのにな。

というか、金さえ積めば吟遊詩人などギルドごと雇えるから名持ちになるなど簡単なのだが。

私はあえて「名持ち」でないのだ。

私はギルドマスターの「一時的な代理」、誰が認めても、自分でそこを越える気はない。

それでいいのだ。

 

「それでは、緩衝地帯に出向くとしましょうか」

 

ルル嬢の台詞に全員が首肯で応じ、我々は旅立つことにした。

未踏破の新造ダンジョンへと。

 

 

 

 

 

 

隊伍を組んで、暗闇の中を歩いていく。

トーチの呪文で浮かんだ灯りがふわふわと一番手に立つアルデール君の目の前を舞い、岩肌を照らした。

 

「入口からここまで、分岐点はありませんね」

「まるで人の作った迷宮のようだな。完全に一本道だ」

 

一番後列にいる私の背後にも、同様にふわふわとトーチが浮かんでいる。

照り出された岩肌はごつごつとした物ではなく、つるりと何かで磨いたかのような流動体の形を為している。

 

「このパターンだと、魔剣か水晶玉か何かがコアだな。王様の心配は杞憂に終わりそうだ。」

「ギルマス殿はこの手のダンジョンに挑んだ事が?」

「何度もあるよ。アルデール君。コアを取ったらすぐダンジョンが崩壊を始めるから、みんな覚悟しておいてくれ」

 

先代のギルマスと出会って最初の5年は、冒険に継ぐ冒険だったからな。

懐かしい――と同時に思いだしたくない経験もある。

だが、今はそんな事気にしている場合ではない。

 

「おそらく、コアの前にモンスターがいると考えていいな」

 

コアとなっている「それ」を手にする資格があるか。

それを判別するように、まるで守護者のようにモンスターは最奥にいる。

今までの経験則から行くと間違いないだろう。

 

「……そろそろ最奥ですよ。速度を緩めますか」

「そうしよう。全員、戦闘準備を」

 

マリー嬢の錫杖が音を鳴らした。

 

「まずはプロテクションをかけます」

 

全員の頭からヴェールのような幕が下り、魔法の保護膜に体が覆われる。

皮鎧程度の効果しかないものだが、防具のない箇所まで被覆してくれるため有効的な魔法だ。

 

「先陣は私が。フォローをお願いします」

 

アルデール君が先陣を名乗り出る。

――任せるとしよう。これ以上の戦術談義は必要ない。

ダンジョンの最奥底、天井はちょうどドーム型になっている。

太陽の光の届かぬ穴蔵から、獅子の声が響いた。

 

「マンティコア!!」

 

アルデール君の叫び声が敵対象を示した。

体色は赤黒く、その顔は獅子にも人間の顔にも似ていた。

尾はサソリにも似た形状で―― 

 

「フォースよ、我が眼前にその存在を示せ!!」

 

すかさず、マリー嬢が爆発魔法を放つ。

対象はその尾だ。

毒針を放つと言われるその尾に対し、火炎が燦然と煌き――破裂した。

マンティコアの悲鳴とも怒号ともつかぬ叫び声。

尾はその機能をもはや為さない。

その隙を抜いてアルデール君がマンティコアの側面に回り――

 

「らっせい!」

 

ふわりと浮かぶトーチを握りしめ、マンティコアの眼を殴りつけた。

左掌の光の玉と同時に、容赦なくめり込むアルデール君の手。

引き抜かれたその手のグローブには、焼けた赤黒い瞳が握られている。

それでも怯まずにマンティコアはアルデール君の手に噛みつこうとするが――

 

「そこで”止まれ”」

 

私が一言で呪文を為し、その行動を泡へと返す。

眼前から、泥の渦が集まるような感覚を得る。

マンティコアの足元の岩盤が土塊と化し、更に黒い泥濘と化して、質量をもった数多の手と姿を造り変えマンティコアをねじ伏せるように捕まえる。

 

「ルル嬢」

「承知しました」

 

ルル嬢がすかさず走り込み、大上段に振りかぶった後、泥濘の手ごとマンティコアの体を切り裂く。

首元への一撃、致命に値するダメージ。

それでもマンティコアの心臓がまだ鳴り止むことはない。

唯一、マンティコアの意思を証明するのは、そのぞっとするような爛々たる片目。

 

「”止めの一撃”」

 

その誇り高い魔獣に、最後まで油断することはない。

私は一言で祝詞を唱え、マンティコアの全身に貼り付いた黒い泥濘を大炎上させた。

炎に包まれるマンティコア。

その体は悲鳴を上げることもなく、泥濘と化した地面へと倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンのコアは魔剣だった。

誰も必要としなかったことから買取はギルドで査定することとし、その金額の報酬を4等分。

王宮からの報酬はマリー嬢が王宮所属であるため断ったことから3等分とした。

何か、彼女には別の形で返すこととしよう。

 

「ふう」

 

薬草茶を一啜りしながらため息をつく。

報酬分担は良い、問題はその報酬を握りしめてアルデール君が

「それではマンティコア退治の噂を広げてきます」

等と叫んで吟遊ギルドに駆け込んでいったことだ。

引き留めようにもタイミングを逃した。

 

「マンティコア殺し? 今更名持ちなんてお断りだ」

 

一人愚痴を言いながら日誌を書き続ける。

それにしても、久しぶりに土魔法を使った。

いや、魔法を使う事自体、マリー嬢との対決以来ではないか。

最近、体が鈍っているのではないかと心配になる。

 

「マンティコア戦では大丈夫だったが……」

 

あれはうまく連携が取れていたおかげであり、やはり一人だとキツイものがあった。

反省を日誌に書き記し、備忘録とする。

 

「たまには冒険に出るべきだな」

 

それにはまず、一時代理となるギルドマスターを見つけなければならないが。

アルデール君なんてどうだろう。

というか本人の意思なんてどうでもいいからやらせよう。

しかし、彼は姫様への生贄でもあるし……

深い思考に入る。

考えている間にも夜は更けていく。

私は舌打ちをし、今回の反省点について日誌に書き記す作業を続けることにした。

 

 

 

 

 

 



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011 - 親睦会 -

「えー、今日はお集りいただき本当に感謝しています」

「本当に感謝しなさいね」

 

お前は呼んでない、アリエッサ姫。

ていうか、どうせ飯食いに来ただけだろお前。

 

「今回は、前回のダンジョン踏破の慰労会並びに、パーティーの集まりが悪かったことを踏まえギルド員を含めて親睦会を開くことにしました」

 

集まりが悪かったというか、呼ぶ時間がなかったのが大きいがな。

自分で自分にツッコミを内心入れながら続ける。

 

「各々ギルド員がギルドの活動に興味を普段全く抱いていない、ないし私への不満を抱えているのも判っているつもりです。ですが、それでギルドの活動が停止するのは本末転倒であります。ここは皆大人になって親睦を深め合い、次の緊急依頼の際には問題なく稼働できるように新しく作った待機制度を周知――」

 

「断固反対!」

「反論は許しません」

 

以前、姫様と言い争っていたギルド員が反対の声を上げるが無視する。

前回のようなケースを防ぐために、待機制度はいるのだ絶対。

 

「名持ちおめでとうございます!」

「その件は忘れなさい。私は名持ちになどなっていない」

 

アルデール君の声。

あの野郎いつか生贄に――いや、今日だ。

この親睦会を通して姫様に紹介してやる。

今日がお前の命日だ。

 

「とにかく、反論は許さない。どうしても反対したければギルドマスターに立候補してください」

 

シーン、と静まり返る数十人のギルド員たち。

そんなに成りたくないかお前ら。

私も成りたくなかったよ。

 

「とにかく、これは守っていただきます。タワーシールドの事をタワシと略さない等いろいろふざけたギルド規則と違って最重要規則と考えて頂きたい」

「なんでそんなアホな規則あるのこのギルド」

 

いちいちうるさい姫様。

ギルド員にアホが多いからに決まってるだろ。

そんなこともわからんのかこのアホが。

 

「それでは親睦会を始めます!」

 

ヤケになった私の絶叫がギルドのエントランスを覆った。

 

 

 

 

 

 

ギルド内からは乾杯の声も上がらず、全員が黙々と飲食をしている。

誰もがさっさと飯食って帰りたいという雰囲気だ。

自分で言っておいて親睦を楽しむも何もないしな。

今回の決定は、名持ちの現役冒険者たちが交代制にせよ、一時的に街に束縛されることになる。

もちろん金は出すつもりだが、自分で獲物を狩り取ることを誇りとする彼らにとってそれは喜ばしい事でも何でもない。

各々、心の中は不満でいっぱいだろう。

 

「なんで今頃マンティコア殺しなんて名持ちになってんだよ」

「レッサー倒した事なかったか、ギルマス。それと比較すりゃしょぼいだろ。今更なんで」

「あれだよ、王族になる前の準備だよ」

「あー、何でもいいから名声いるのか。面倒臭いことしてんなギルマスも」

 

何話してる貴様ら。

噂は着実に日々悪化の一途をたどっている。

私は原因であるアルデール君の方をみて睨みつける。

彼はキラリと白い歯を見せてガッツポーズしてくれた。

本当に殺すぞ。

いや、今日がお前のある意味命日だ。

 

「アリエッサ姫、パントライン嬢」

 

ちょいちょい、と意地汚く肉の乗った皿を握りしめたまま近寄ってくるアリエッサ姫。

アレキサンダー君を抱きしめたままそれに従うパントライン嬢。

私はアレキサンダー君を解放させた後、コホンと咳をつく。

 

「例の婚約者候補ですが、見つかりましたよ」

「もぐもぐ。マジで!? 全然期待してなかったのに」

 

肉食いながら喋ってんじゃねえ。

あと姫様の期待値ゼロか。

まあ前の紹介が酷すぎたせいもあるんだろうが。

 

「あちらにいる黒髪短髪のイケメンです」

「ん、アルデールの事?」

「お知合いですか」

「いや、有名だから知ってるだけ。たしか吸血鬼の王族をボロ雑巾のように撲殺したんでしょ」

「そうです。謀反した、を付け加えてあげると嬉しいですが」

 

知ってるなら話は早い。

 

「アレなんてどうでしょう」

「うーん。オッサンより若いし美形だし実力もありそうだけど……」

 

第一印象は悪くないようだが、何かひっかかるのだろうか。

 

「何か生理的に合わないからヤダ」

「ぶっ殺すぞ」

 

全ての条件を満たした相手を紹介させておいて、それは無いだろ。

思わず首を絞めたくなるが、親睦会の最中だからなんとか止める。

 

「いや、仕方ないじゃない。こっちのミスを許容しそうにないタイプっていうか」

「会話したことも無いのに勝手に他人の性格を類型分けするなよ」

 

第一、生理的にヤダってなんだ。

一目見ただけでそんな台詞よくほざけたもんだな。

 

「いや、でも他人の失敗とかワガママ許容しそうなタイプ? なんとなーく違う気がしない」

「……」

 

そう力強く言われると、何となくそんな気もしてくる。

というか、最近になってアルデール君とよくギルド内で会話するように――生贄に捧げるために――していたのだが。

確かにそういう性格の節が見られた。

善良ではあるが、やや完璧主義の気がある。

姫様、直感のスキルでもあるのか。

 

「そんな人と私が結婚生活を成し遂げられると思う?」

「思いません」

 

力強く、思います、と言ってやりたいところだが無理だ。

私の努力は無駄となった。

肩の力を脱力させ、頭を両手で抱える。

 

「まあ、そう気を落とさず次の人を気楽に探してよ」

「何余裕ぶっこいてんですか。市井の噂を聞いてないんですか!?」

「もういい加減オッサンの婚約者扱いも慣れたわ。ちゃんとしたのが見つかるまでは、虫よけになって丁度いいわ」

「……」

 

こっちは良くない。

私は姫様から離れ、アレキサンダー君をパントライン嬢に返し、黙って歩いていく。

一途、アルデール君の方へと。

アルデール君はそれに破顔した様子で出迎える。

 

「どうでしたギルマス殿。私の貴族への推挙は叶いそうですか」

「この役立たずが!」

「何故急に罵倒を!?」

 

私は驚愕の声を上げるアルデール君を完全に無視しながら、役立たずの生贄に酷く舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

「まあ役立たずなのはいいとして、吟遊ギルドに何をしたのかね」

「何をしたも何も、ありのままの活躍を話して吟遊詩人に謳わせただけですよ」

 

ギルマス殿の活躍を。

そう誇らしげに言うアルデール君。

生贄にもならんし、本当にロクな事せんなコイツ。

 

「君、今度ギルドマスターを一時代理したまえ」

「何故そんな面倒なことを!?」

「煩い、これは罰だ」

 

何の罰ですか!?と叫ぶアルデール君を無視し、私はギルド内を見回す。

本日は慰労を兼ねているのだ。アルデール君に構う理由は無い。

マリー嬢とルル嬢はどこだ。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

 

二人は丁度エントランスの真ん中で挨拶を交わしあっていた。

 

「……」

「……」

 

そして、続かない――二人の会話。

なんだかぎこちない空気で、混ざりたくない。

 

「スズナリ殿、逃げないでくださいね」

 

マリー嬢が視線も合わせずに声をかけてくる。

どうやら逃亡は不可能なようだ。

 

「こんにちは、先日はダンジョン踏破に協力いただきありがとうございました」

「いえ、王様からの命令でもありましたのでお気になさらず」

 

マリー嬢はくい、とワイングラスを口元に傾けた後、一息でそれを飲み干す。

 

「ルル嬢も、何時ものことだがお疲れ様」

「私も仕事ですので。お気になさらずに」

 

ルル嬢も、まるで対抗する様にしてワインを一気に飲み干した。

 

「それで、慰労会という事ですが、二次会はどこに行きましょう。私の家なんてどうです」

 

マリー嬢が中身の入ったワイングラスを私に渡してくる。

私は二人のマネをするわけではないが――それを一息で飲み干した。

 

「二次会は遠慮しておきます。後片付けが残っておりますので」

「それ、ギルドマスターの仕事なんですか」

「アレキサンダー君だけに任せるわけにもいきませんので」

 

もっとも、アレキサンダー君が動けば、ギルド員みんなが勝手に手伝うから手間はかからんが。

モフモフ好き多いなギルド員。

やはり亜人の文官の割合をギルドで増やすべきだ。時代はグローバル化なのだ。

そんな事を考えながら、私はマリー嬢が王宮魔術師長であることを思い出す。

 

「マリー嬢は、姫様の婚約者候補は配下から探していないのですか」

「魔術師ですか? 私より弱いのしかいない時点で無いです。騎士団からは、ヨセフ団長殿が必死に探してるみたいですが……」

 

仰ぐようにして手をひらひらとさせるマリー嬢。

その顔は諦めに近い。

ぽん、と私の肩を一叩きして呟く。

 

「最悪は側姫として嫁ぎますので、そのあたりよろしくお願いします」

「よろしくないです」

 

私はマリー嬢の視線をまっすぐ見つめて真剣に答える。

ルル嬢は私の背後に立ち、ゆっくりと大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

状況は悪化している。

もう一度言おう、状況は悪化している。

 

「はあ」

 

ギルド内の片づけを終え、ため息をつく。

結局アルデール君の生贄作戦は失敗に終わった。

しかもそのアルデール君の仕業で名持ちになってしまったし。

 

「まあマンティコア程度ならそこまでの名声も得まい」

 

そう思うが、市井の民にモンスターの強さなどわからん。

吟遊ギルドにアルデール君が幾ら金を弾んだかによって状況は変わるな。

 

「いっそ、吟遊ギルドに悪評でもばら撒くように頼むか」

 

自分の悪評を――金まで払って。

そのバカバカしい考えを振り払いながら、私は閉口する。

 

「とにかく、次の候補だ」

 

今日は親睦会――待機命令のためと言い張って、ギルド員全員を集めて若手のギルド員の調査もした。

アルデール君以外にも若手の実力者はいる。

姫様への生贄の残弾はまだあるのだ……

私はニヤリと笑いながら、集めた資料をまとめ上げる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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012 三男坊への嘆願

雌雄を決するというが、雄と雌どっちが偉いのか。

動物では雄が強いというが、ドラゴンとカマキリは雌がデカくて圧倒的に強いぞ。

私はそんな下らないことを考えながら、ドラゴンとカマキリの因果関係について思索を――

つまり現実逃避をしていたわけだ。

 

「この度は私どもの屋敷においで頂き有難うございます」

「はあ。で、要件の方は」

 

テーブルには若竹色の瞳をした子猫が、私のティーカップに興味を示している。

私は猫好きだから別にいいが、客に対してこの振る舞いは失礼ではなかろうか。

そんなことを、ペットロスから立ち直り壮健さを取り戻した男爵に対して考えた。

 

「話は他でもありません。ギルドに所属している私の三男坊のオマールですが、そろそろ我が家に帰ってきてくれないかと思いまして」

「その話は本人にしてください」

「手紙を送りましたが梨の礫で、本人に出会っても逃げ出してしまうのですよ」

 

オマールの名は知っている。

先日の親睦会――ギルド員の調査で調べた若手の実力者の中に含まれていた。

 

「奴は三男坊です。爵位の用意もしてやれず、冒険者として道を開いていけるんならそれも良いと思いましたが、名持ちともなれば騎士団に所属もできます。だから家に戻ってきて欲しいのですよ」

「それは難しいと思います。金と自由が欲しければ、本人としては冒険者を選ぶと思いますし」

 

確か、私と同じマンティコア殺しの名持ちとされていたか。

妙なシンクロニティに口の端で笑いながら、おそらくオマール君の考えている立場で返す。

 

「それに、ギルドマスターといってもオマール君にそこまでの強要はできませんよ。ギルドとしても、貴重なギルド員の戦力をわざわざ手放せませんし」

「しかし王子、ここは王家の戦力強化を狙うべきです」

 

誰が王子か。

男爵まで噂話に汚染されていることに恐怖を覚えつつ、その嘆願を拒む。

 

「無理です。今すぐこの猫ちゃんの首を絞め殺せというぐらいに無理」

 

子猫は私のティーカップに手を伸ばす。

が、私がそれを遮るように子猫の頭を撫でまわす。

 

「そこまで無理なのですか」

 

猫好きの男爵にはわかってもらえたようだ。

どだい、ギルドが個人の行く末に干渉すること自体が不可能なのだ。

だって彼らは冒険者、その国のギルドが駄目でも他国に渡るくらい平気でやってしまう。

それこそ喜んで。

 

「オマール君のことは諦めてください。むしろそちらが無理をするなら、守らねばならない立場なのですよ、私は」

 

まあ、男爵がどうにかできるとも思えんが。

 

「そうですか……いえ、ギルドには頼めずとも、本人と一度話し合ってみます。妻の誕生日には顔を出すでしょうし」

 

穏健な対応をとるならそれでもいい。

だが、オマール君と一度話し合ってみるのもいいかもしれない。

男爵の要件とは違うが。

 

「ところでギルドマスター」

「何ですか」

 

男爵は、真剣な顔で私の顔を見つめながら――

 

「先ほど王子と私は言いましたが、否定まではしませんでしたよね」

「話の流れで言わなかっただけで断固として否定します」

 

実にくだらない事を聞いてきたので、閉口した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「要件は大体わかるよ。親父についてだろ」

「ま、そんなところだが」

 

私は街のギルドで――先日の親睦会で決めた待機制度により、待機していたオマール君を私室に呼び向かい合っていた。

比較的短髪を好む――戦闘中、髪の毛を掴まれることを恐れてだ――男性の冒険者の多くとは違い、オマール君は髪を植木のように高く固め上げていた。

どんな調髪料を使っているのか気になったが、聞く理由は無い。

 

「聞いたよ。奥様の誕生日パーティーには必ず行くそうじゃないか。その時に話すという事だから、私から言う事は何もない」

「けっ、今更騎士団何て御免だね。ギルドとしても俺がいた方がいいだろう?」

「まあそうだな」

 

男爵の説得は無駄に終わりそうだな。

ギルドとしてはそれでいいのだが。

私はため息を吐くこともなく、オマール君に私室の椅子に座るように勧める。

 

「なんだ、もう話すことはないだろ?」

「男爵の話はもう終わりだ。ここからはギルドについての話さ」

 

本当は私についての話だが。

そう――生贄探しだ。

それこそが本題だ。オマール君が姫様にふさわしいか確かめるのだ。

 

「君は十五歳くらいの美少女に興味はないかね」

「どこがギルドの話なんだよ!?」

 

あまりに直球過ぎたか。

話を横に少しそらす。

 

「言い換えよう、見合いをする気はないか?」

「それもギルドの話じゃねえだろ……一体何なんだよ」

 

植木鉢のような頭を抱えるオマール君。

ここからどう話を持っていくかだが。

 

「実は妙な依頼がギルドに来ててな……若手の名持ちで、性格の良い奴がいたら婚約者に紹介してもらえないかと」

 

嘘はいっていない。

 

「どんだけ変な依頼だよ。それを俺に?」

「今回の件で、ふと君の名が浮かんでね」

「……相手は15歳の美少女だっけ。趣味は」

 

乗り気かオマール君。

自分で勧めたが本当にいいのだろうか。

姫様の趣味何て知らない。もう知る限りを適当に言っておこう。

 

「趣味は熱い肉を食う事と、メイスでモンスターを殴り殺すことだ」

「……えらいロックなお嬢様だな。だが悪くない」

 

ロックがこの世界にあるのか。

少し気になる単語が出たが、聞くのは根性で止める。

それにしても、どういう趣味してんだオマール君。私なら引くぞ。

 

「家は? 余計な紐付きならお断りだぜ。金持ちの威張り腐った家とか」

「家、家か……」

 

家ではない、王宮だ。

それに王となることを余計な紐付きとは世間では言わないだろう。

言わないはずだ、多分。

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

二言で片づける。

それにオマール君が金や地位に執着しないのも見て取れた。

推薦するに値する。

 

「それでどうだ。受けてくれるかね」

「喜んで受けるぜ。あくまで見合いだしな」

 

私たちはがっしりと握手をし、オマール君は笑顔で私室を後にして――

私はその後でワイングラスを一気に飲み干した。

 

「乾杯(プロージット)」

 

もちろんワイングラスをたたき割る、帝国作法も忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「それではアリエッサ姫とオマール君のお見合いを始めたいと思います」

 

ぱちぱちぱち、とギルドの私室に響くパントライン嬢による拍手音。

私もそれに合わせて拍手を行い――

 

「ちょっと待て」

 

オマール君の声に応じてそれを止めた。

ぎぎぎ、と音を立て、席についていたオマール君の首が私の方に向く。

 

「姫様じゃねーか!?」

「15歳の美少女だよ」

 

オマール君と私は目の前の事実だけを述べた。

 

「アンタ、余計な紐付きは無いって言ったよな」

「不敬な事を言うな。王の座が余計な紐付きだとでも」

「現役の王様が認めてるくらい余計な紐付きだよ!?」

 

アルバート王め、余計な愚痴を世間に漏らしおって。

私は悔しさに身を震わさながら、言論で負けたことを恥じる。

 

「認めよう。私は君を騙した。姫様の事は宜しく頼む」

「よろしく頼まれないから!? 何勝手に決めてんだよ」

「そーよ、何勝手に決めてんのよ」

 

今まで沈黙していたアリエッサ姫が口を開く。

どうやら私たちの物言いが気にくわなかったようで、怒気を軽くまき散らしている。

 

「このお見合い表の趣味欄に書いてる『熱い肉を食う事とメイスでモンスターを殴り殺す事』って何よ」

 

怒ってるの、そこか。

 

「だって貴女の趣味とか知りませんし」

「ドライポプリ造りとかそこらへんは嘘書いときなさい」

「嘘なんですか」

「熱い肉を食う事とメイスでモンスターを殴り殺す事は好きだし」

 

じゃあいいじゃねえかよ。

私は襟首をつかんできたオマール君の手を払いのけ、無理やり椅子に座らせ発言する。

 

「それではお見合いを続けます」

「続けるのかよ……」

「どうです、三男坊とはいえ元貴族の出身でマンティコア殺しの名持ちです。私はいいセンいってると思うんですが。私よりも美形ですし」

 

何か脱力したように肩を落としているオマール君の肩を揉み解しながら、姫様に売り込みを始める。

姫様は、一言「うーん」と呟いた後に。

とりあえず気になったであろうことを聞いた。

 

「冒険者って短髪ばっかよね。なんでそんな植木鉢みたいな頭してるの」

「これは俺のポリシーだ」

「戦闘に不利なのに?」

「槍使いだから、髪掴まれるところまで接近された時点で負けなの!」

 

そうなのか。それは知らなかった。

若くて名持ちなら何でもよかったので、個人の戦闘職までは覚えていなかったことに恥じ入りつつ、でもダンジョンとか潜るときやっぱ邪魔だろとか考える。

 

「うーん、ヘアスタイルは気に入ったけど」

 

気に入ったのか。悪趣味な。

 

「実績が弱い。マンティコア殺しじゃ駄目だって言われそう」

「……俺の実績がショボいって?」

 

やや不快気にオマール君が言葉を尖らせる。

 

「そこのギルマスはレッサードラゴン単身で倒してるじゃない」

「何で俺ギルマスと比較されてんの!? そもそもレッサーなんかそんなに出てこないから」

「私も好きで単身倒したんじゃないんですけど、あんな化物」

 

両手食いちぎられて持っていかれたからな。

古傷も残っていないが、オマール君の肩を揉む両手を見て死にかけた記憶を思い出す。

生物魔法の使い手じゃなけりゃ完全に死んでた。

 

「とにかく、悪いけど実績が少し足りないわ。本人は嫌って程じゃないけど」

「なんだか屈辱的だが、助かったのか……」

 

なんだか微妙そうな表情でテーブルに両手をつくオマール君。

私はその様子を見て、ピン、と思いついた。

 

「オマール君、次の緊急討伐依頼が来たら君に回すから」

「いや、これ以上名声を高めない必要が只今をもって出てきたんだが」

 

死んだ目でこちらを見つめるオマール君。

私はその覇気のなさにちっと舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どいつもこいつも役立たずが!」

 

アルデール君とオマール君、立て続けの失敗。

私の苛立ちは最高潮に達していた。

いや、まだだ。

オマール君にはまだ一考の余地がある。

 

「私が力を貸し、オマール君にレッサードラゴン退治を達成してもらえれば……」

 

十年後か二十年後か。

そうポンポンとレッサードラゴンが湧いたら国が亡ぶわ。

――駄目。これは駄目な案。

 

「畜生。だがまだ残弾は残っている」

 

私は親睦会にかこつけて掻き集めた若手のピックアップリストを開く。

 

「全員マンティコア以下! 終了!!」

 

ギャランホルンの角笛は三秒で鳴った。

アルデール君やオマール君以上の実力者等存在しない。

 

「アルバート!」

 

そもそもお前のせいで世間の比較基準がおかしくなってるんだ顎鬚野郎。

 

「アルバート!!」

 

二度叫ぶ。

ドラゴン殺しが今この世に何人いると。

レッサードラゴン殺しが今この世に何十人いると。

 

「死ねアルバート!!」

 

私はピックアップリストを床に投げ捨てた。

そして膝を崩し、滂沱する。

 

「まだまだ私は諦めんぞ……」

 

私は私の身代わりを必ず見つけ、姫様と添い遂げさせて見せる。

そして先代に自分の想いを伝え、その暁にはギルドマスター何て辞めてやるのだ。

 

「乾杯(プロージット)」

 

これは前に、前に前進するための不退転の決意の儀式だ。

私はヤケクソ気味にワイングラスを天に掲げ、それを地面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 



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013 冒険者ローン

 

「金貸し? ギルドがそんな業務やってたっけ?」

 

私がギルドの業務内容に疑問の声を上げる。

アレキサンダー君が挙げてきた資料を一読みして声をあげた。

知る限りでは、そんなもの――

 

「冒険者ローンの事ですよ」

「ああ――」

 

すかさずアリーナ・ルル嬢が訂正の声を上げて、私の疑問を否定した。

冒険者ローン。

冒険初心者から上級者まで、武器も防具も放り出して逃げてきたクエスト失敗時から、初心者が初めて装備を買うための金銭までカバーする救済制度。

なお、このローンは世界中のギルドで行われており、その債権は死んでも取り立てられる。

最悪、骨身と化してからも――その装備は奪われて換金されるのだ。

債権回収を主な業務として活躍している冒険者もいる。

 

「そのローン業務が滞ってるって? 今までそんなことは――」

「より正確には、ある上級者のグループからの返済が滞ってるのですよ」

 

上級者ともなれば、多額になりますからね。

ルル嬢の呟きが耳に入り、情報を認識する。

上級者――というと

 

「名持ちを含めたグループという事か?」

「はい、そうなります」

 

私はアレキサンダー君の資料をめくり、そのグループのメンバー構成を確かめる。

ターナ君、ゴブリンロード討伐の名持ちを含めた構成か。

 

「そもそも、なぜ彼らは借金をするに至ったのかね」

「マンティコアと遭遇し、パーティー半壊による借金です。――亡くなった冒険者の家族への見舞金、パーティーの再建費などと理由には書かれています」

「そのまんま信じれば、頭目として非道な奴では無いらしいが」

 

死亡した連中の見舞金まで出す奴は珍しい。

――長くつるんだパーティーではありえないことではないが。

 

「で、私にどうしろと」

「借金の催促、ですかね。アレキサンダー君が言いたいのは」

「嫌な事を押し付ける……業務として正しくはあるが」

 

それにしたってギルマスが直接請求することはないではないか。

とはいえ、そこらの文官に任せても度量負けしてロクに請求できないのも事実か。

 

「わかった。直接話をしよう。だがこれは借金の催促ではなく――困っているパーティーへのフォローアップだからな」

「ええ、その名目で構いませんよ」

 

相変わらず、甘い人ですね。

そうルル嬢は笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

ギルドマスターの私室に、さっそくギルド内にたむろしていたターナ君を呼び寄せる。

 

「ここに呼ばれた理由については判るかね、ターナ君」

「……冒険者ローンについてでしょうか」

 

甲冑に泥濘を張り付けたターナ君が声をあげる。

燃えるような赤毛の短髪で、少し困った表情をしている。

一見したところ、仕事――モンスター退治は真面目にこなしているようだが。

それでは返済できないのは何故だ?

 

「うむ。分かっているならいいが返済が滞っている。今回は理由の調査だ。言いたいことがあるなら――」

「この間取り決めされた、街での待機制度のせいです」

「……ぶっちゃけるなあ」

 

もしや、とは思っていたが。

いや、正直彼を一見した時からほぼ確信に至っていた。

 

「君が街に拘束されている間、パーティーが動けないという事かね。一応金は払っているが……」

「足りません。少なくともパーティーで稼ぐ分には」

「君無しでのパーティーの活動は?」

「不可能です。マンティコア戦でパーティーの半数が死亡し、その補充も賄えていません。俺がいなけりゃパーティーは回らない状態です」

 

その手の不満は予見されたことではあったが。

 

「君たちがモロに私の決定の被害を被った形になったな、申し訳ない」

「いえ、待機制度が決定された理由はわかりますので」

 

それに、こうやって話を聞いていただけるだけでも、ありがたい話です。

ターナ君は随分生真面目な性格であるようだ。

本来、こういう子こそ優遇したいのだが。

いや、優遇しよう。

 

「事情はわかった。君に関してはローンの返済完了まで待機制度を解こう」

「それは……よろしいのですか?」

「優先順位の問題だ。という事にでもしておこうか……」

 

ギルマスの権力とはこういう時に使用するべきものだ。

先代もそう言っていた。

 

「何にせよ、私は君のように真面目な冒険者を応援している。それだけは分かって欲しい」

「あ、有難うございます!」

 

頭を下げるターナ君に対し、私は満足した笑みで頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

ターナ君が退室して。

しばらくして、ドアから甲冑姿のルル嬢が私室に現れる。

 

「本当によろしかったのですか?」

「優先順位の問題だ」

 

私は手のひらをヒラヒラと動かしながら答える。

 

「いや……本来は私のせいである。それをフォローしただけだ」

「また老人が騒ぎますよ」

 

既に冒険者を引退したギルド員――いつも反論してくる老人を揶揄しながら、ルル嬢は微笑んだ。

あの糞老害の事か。

 

「そんなもん黙らせる。ぐだぐだ言うならぶん殴ればいい」

 

握りこぶしを作り、それをルル嬢に見せつけるようにして笑った。

クスリ、とルル嬢が笑う。

 

「……最近、少し強かになりましたね、スズナリ殿」

 

ギルマス、との呼称ではなくあえてルル嬢は私の名を呼ぶ。

それが好意の表れであることは分かっている。

 

「私は少し悟った」

「というと?」

 

ルル嬢に一人語りは拙い気がする、という思考が押し寄せる。

こういう感情任せの一人語りは弱みを握られる気がするからだ。

だが、感情が止まらん。

 

「ここは私のギルドだ。私のやりたいようにやる。それが嫌なりゃ私を追放すりゃいい。出来るものならな」

「よいお考えかと」

 

ルル嬢は答えてくれた。

ならば、一人語りをもう少し続けよう。

 

「私は先代を愛している。まだ若輩である頃――その時のギルドはこんな様子ではなかった」

「そうですね」

 

ルル嬢は答える。

その声色は優し気であった。

 

「ならば、ギルドを元の形に戻すだけだ。それすら気に食わなければ――自分の好きなようにやるさ」

「それがよろしいかと」

 

ルル嬢は再び答える。

私は何か――母親に優しく諭されているかのように気まずくなって一度口を閉ざした。

 

「……」

「……」

 

沈黙が続く。

 

「スズナリ殿」

「なんだ」

 

ルル嬢が問いかける。

私はふてた子供のように、横柄に答える。

 

「それで、よろしいかと」

「そうか」

 

ルル嬢の肯定。

私はそれを子供のように――ニヤリと微笑んで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

香水をシュッと一吹きし、それにより出来た輪っかをくぐる。

この香水を買ってもらってからは、寝る前の恒例行事と化していた。

 

「今日はなんだか妙な雰囲気になっちゃったわね」

 

くすくすと、指を口元に当てながら笑う。

アリーナ・ルル嬢は今日の事を思い出して――まるで子供みたいなギルマスの姿を想い浮かべた。

 

「でも……確かに、ギルマスはもっと強気に出るべきよねえ」

 

たとえ世間に評価されなくても、ギルマスがレッサードラゴン殺しであることに変わりはない。

年老いた老害など、一睨みで黙らせることができるはずだ。

 

「いえ……そもそもギルマスの手を煩わせることもないか」

 

なんなら、自分が一捻りにしてもいい。

先日のマンティコア戦では技量は落ちていなかった。

私はまだ若い。

そう、若いのだ。

 

「どうしてギルマスは先代にこだわるのかしら」

 

先代はギルマスより年上と聞いている――確かもう40に近い。

熟練した魔法使いだから見かけはまだまだ若いとはいえ。

結婚相手なら普通は私を選ぶはずだ。

 

「そんな純情なところがまたカワイイのだけれど」

 

私は香水をショーケースに入れ、ナイトキャップを被る。

そして寝る前に寝酒を一杯だけ飲むことにした。

天高くワイングラスを掲げ、呟く。

 

「乾杯(プロージット)」

 

こっそりと覗き見したギルマスの癖をマネしてみる。

ワイングラスを割るような勿体ない事はしないが。

私はくすくすと笑いながら、ワインを一息で飲み干した後、ベッドの中へと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 



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014 マンドラゴラの密売

アレキサンダー君が何時ものように上げてきた資料を一読みして声をあげた。

 

「マンドラゴラの密売?」

「正確にはマンドレイクです、ギルドマスター」

 

ルル嬢からの訂正が入る。

マンドラゴラだかマンドレイクだか知らんが――

 

「マンドラゴラって何だっけ?」

「ギルマス、分野においては最高峰の魔術師でしょうに」

 

ルル嬢があきれた声を上げる。

そう言われても専門外だ。

薬草は錬金術や魔法薬学の分野だろう。

土魔法と生物魔法が分野である私には関係ない。手術でも使った覚えがない。

 

「ルル嬢は知ってるのか? マンドラゴラ」

「マンドレイクですが……まあどっちでもいいです。その……閨で精力剤、媚薬に使うアレでしょう。錬金術での最高のマンドレイクは不老不死の材料にもなると言われていますが、まあこちらは今回関係ありませんね」

「そうなのか」

 

女性の口から言い辛い事を言わせてしまったが知らんのだから仕方がない。

 

「そんなもん、密売せんでも普通に薬屋で売ってるだろうに」

「市販品よりも、非常に効果があるとの噂で……」

「効果のある薬に毒はつきものだ。毒は?」

「……強力な毒がついて回ります」

 

駄目じゃん。

密売する以前にそんなもん買うなよ。

 

「……買う方がアホじゃないか。それを取り締まれと? 冒険者ギルドが? 国の仕事だろこんなもん。アレキサンダー君も何を考えてこんな報告書を」

「言いにくいのですが……その」

 

アリーナ・ルル嬢は一度躊躇いを込めた後、一気に口に出して言う。

 

「他国から密輸入して密売しているのがウチ所属の冒険者だと」

「先に言え!!」

 

資料を机に叩きつけて叫ぶ。

そして何もかもわかったので謝罪する。

 

「わかった。私が悪かった。資料にそれが書かれてないのはギルドにとって恥ずかしい証拠を残さないためで、身内の恥はさっさと解決しろって言いたいんだな」

「そうアレキサンダー君は考えたと思われます」

 

優秀な部下を持って嬉しいと同時に、恥ずかしいギルド員を持って屈辱である。

どこのどいつだ密売何て小遣い稼ぎしてるアホは。

 

「容疑者は?」

「まだ上がっていません。捜索する必要があります」

「アルデール君がギルドに待機してたな! まずは呼べ!」

 

錬金術が絡むなら彼も必要だ。

何らかの知恵が出るかも知らん。

私は役立たずのアルデール君に新たな価値を見出した。

 

 

 

 

 

「おそらく、密輸入ではありませんよマンドレイクは」

「そうなのか?」

 

私はアルデール君に講釈を仰ぎ、基本的な知識を得んとする。

 

「ええ、普通のマンドレイクならどこにでも生えますし。輸入制限がかからないんですよね。原料のまま輸入し、素人錬金術師が薬として加工したのではないかと」

 

ずっ、と薬草茶を一啜りしてアルデール君が続ける。

 

「ちなみに栽培も合法、苗の販売も合法、成分を抽出して自分で使うのも合法ですよ。他者への薬としての販売だけが違法です」

「ややっこしいなあ」

「ちなみに引き抜くと叫び声を上げて、その叫び声を聞くと発狂する……なんて話もありますが、それは錬金術に使うマンドレイクの場合ですね」

 

それを聞いてなーんとなく、元の世界でもマンドレイクがあった気がする。

しかも実在の植物で。

いかんな。頭がボケてきてないか心配だが、それを隠しながら話を続ける。

 

「噂話ではなく叫び声を上げる奴もあるのかね」

「らしいですよ。浅学のため実物は見たことありませんが」

 

アルデール君はそこまで話した後でぱん、とグローブの両手を合わせて音を鳴らした。

 

「ま、説明はこの辺でいいでしょう。私への要件は、密売者の逮捕ですね」

「そうだ。君の錬金術への知見は有益だ。ぜひとも協力を仰ぎたい」

「それは構いませんが……ご褒美や報酬等は期待していいんですかね」

 

私は懐から市井には出回っていない冊子を――先日アカデミーから入手した本を取り出し、タイトルを読み上げた。

 

「初等錬金術入門」

「引き受けましょう!!」

 

アルデール君は飛びつくように応じた。

 

「……初等でもいいのかね」

「……むしろ、そこから始めなければならないのですよ。体系的な学問を学ぶには。私はほんと―に知識が穴ぼこの錬金術師ですから」

 

そういうものか。

私は少し腑に落ちない思いがしつつも、アルデール君が喜ぶならそれでいいかと納得する。

この手で、アカデミーへの推薦まで、何回か引っ張れるな。

そう、ほくそ笑みながら。

まあ最終的には推薦してあげるからいいだろう。

 

「まあ、とにかく恥さらしを捕まえなければな」

「それは――少し難航しています」

 

ルル嬢が横から口を挟む。

 

「難航しているとは?」

「本来はギルドマスターの手を煩わせるまでもなく、捕まえるつもりだったのですが――商品が商品です。客側から被害を名乗り出ることが……」

 

確かに、商品が閨の媚薬や精力剤なら被害も訴えにくいだろうが。

 

「更に非常に不本意ながら……密売品の品が悪質なのか良質なのかわかりませんが、毒性が低いものなのか……被害報告が今のところ一切無いんですよね」

「そこで手詰まりか」

 

分かっているのは確かに密売されているということだけ。

私は少し悩んだ後。

「あ」という声を上げて、公爵の顔を脳裏に浮かべた。

 

 

 

 

 

「あっさり捕まりましたね。捕まえた人間が言うのも何ですが」

「嬉しい話ではないがな。いや、内密に片付いたと言えば片付いたのか……?」

 

アルデール君の言葉に、疑問符を付けながら私が感想を言う。

 

「結局、密売品なんて高級品なんか買わない市井では噂になってはいなかったが、高級品を買う貴族界隈では噂になっていたという話だ」

「毒の影響で……その、精力剤どころか大事なところが機能しなくなっている方もおられたと」

 

ルル嬢が声を潜めて私の言葉に繋げる。

 

「その相談先が公爵ってのはありえるんですか?」

 

アルデール君が未だに納得できないように声を上げる。

 

「上層部なんてのは、結局下の愚痴聞きだからな」

 

相談、というか上に泣きつく貴族もいる。

それを笑い話として更に上にあげる貴族も。

 

「とにかく、公爵はすでに状況を把握していたよ。我々ギルドに先んじて、密売してる冒険者まで。さすがに殺す前に私に話を通す気ではあったらしいが」

「我々、普通のギルド員にとっては恐ろしい話をサラッとしますね」

 

お前は普通ではないだろう。

アルデール君の言葉に内心否定を付け加えながら、言葉を続ける。

 

「今回はその前に、私から話が出来て良かった。自分から話をつけに行ったことで、弱みを握られる前に話はついたぞ」

「代わりに、大事なところが機能しなくなっている貴族の方を治すんでしたっけ」

「そうだ」

 

正直、怪しいものに手を出した時点で自業自得だとは思うがな。

だが、生理的な事柄なので同情すべき点もあるかもしれない。

なんとも言い難い感情を抱えつつも、とりあえず私の手で治療してあげることが、密売人の冒険者の名を語る条件とした。

 

「で、あっさり捕まえたがどうする? 私としては密売品を大量に飲ませるのがいいと思う。自業自得的な意味で」

「男として大事な部分どころか、完全に死にますよ」

 

アルデール君が私に否定の言葉を投げかける。

正直、密売人の扱いなんかどうでもいいんだがなあ。

 

「この際、司法の手に委ねてはどうでしょう。捕まえたのはあくまで私たちですし」

 

恥にはなりません。

ルル嬢が案を上げるが、それもつまらん。

いや、つまらんで案を取り下げるのも問題か。

 

「……そうしようか」

「そうしましょう」

 

ルル嬢に押された形になるが、その献策を受け入れて司法に投げることにした。

豚箱で臭い飯でも食ってこい。

それがギルドの恥をぬぐうことになる。

そんな事を考えながら、私はアルデール君とルル嬢に解散の声を上げることにした。

 

 

 

 

 

 

ギルドマスターから頂いた初等錬金術入門を読み解く。

殆どは独学で理解した内容だったが、知らない知識の穴ぼこもあった。

 

「実に興味深い」

 

アルデールは一人独語する。

今までは、体系的な学問を勉強する機会などなかった。

 

「ギルマスと、アカデミーの仲は知っていますよ」

 

再び独語する。

初等錬金術入門を読み解きながら。

 

「ですが、そうすぐに推薦していただけるとも思っていません」

 

ギルマスの思惑はわかっている。

私の錬金術師として求める知識を餌として――

ギルドの運営に協力を求める。

但し、最後にはアカデミーへの推薦を約束をして。

の、はずだ。

 

「貴方の甘さは知っている」

 

どこか、ギルマスには隙があるのだ。

気に入った人間――ではなくとも、努力する人間は評価されるべき的な。

そういった甘さがある。

妙に子供っぽいところも。

少し話すようになって、段々人柄がわかってきた。

 

「ですので、どういった要件を押し付けられても構わないから――」

 

もうページがめくり終える。

この本から学び取った内容は、私の錬金術師としての学識を更に深めた。

 

「今後ともよろしくお願いしますよ、ギルマス殿」

 

私は深い感動とともに本を閉じ、書斎にそれを大事にしまった。

 

 

 

 

 

 

 



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015 ギルドの七不思議

「ギルドの七不思議?」

「そうよ、あるでしょ? ギルドにも」

 

ギルドの酒場で買ってきたらしい肉を食いながら、アリエッサ姫が言う。

肉食いに来ただけじゃなかったのか。

肉さえ与えていればこいつは大人しいんだ。

そう動物のように思い始めていた人物が、突飛な事を言い出した。

 

「ありますけど……何で急に」

「王宮にも七不思議ってのがあってね。割と面白かったのよ」

 

ね、と同意させるように背後のパントライン嬢に話しかける。

そのパントライン嬢は泥濘を甲冑全体にこびりつかせ、ゼイゼイと息を吐いていたが。

いいかげん、パントライン嬢以外にも護衛つけろよ王様。

 

「……王宮の門を覆う悪臭などですかね」

「それワキガの門番の事でしょう。もう解決しました」

 

私は冷たくパントライン嬢に答えた。

 

「原因知ってると面白いでしょう」

 

いいえ、全く。

そう冷たくあしらおうと思うが、そうしたら暴れそうだ。

相手はきかんぼうの子供なのだと思うことにして、適当に相手してやる。

 

「ギルドの七不思議でしたっけ? ここにいる自然に動き出すスケルトンとか」

「それ――ファウスト君は普通にアンタが操ってるだけじゃないの」

「いえ、たまに勝手に動いているときがあります」

「怖っ」

 

たまーに勝手に薬草茶を入れてくれるときとかあるんだよなあ。

大分フォールン化が進んでいるのかもしれない。

あれは突如「成る」パターンと、自然に成長していく2パターンがあるから。

 

「何のお話をしてらっしゃるのですか」

「ルル嬢」

 

ルル嬢が、ドアを開けて私室に入ってくる。

その手には茶菓子受けが握られていた。

 

「ギルドの七不思議についてだ」

「……それ、学校とかの公共施設で語られるものじゃありません? 普通」

 

子供たちが少年期や少女期に見る恐れを噂に加工して成る怪談話――

そこまでルル嬢が言いつのって真剣な顔をする。

 

「ギルマス、深刻な噂話もあります。七不思議かどうかはしりませんが」

「なにかね」

 

茶菓子を受け取り、ばりばりと一人で食べている姫様を見ながら。

薬草茶をズズ、とすする。

 

「ギルドマスターがギルド員の一部を夜な夜な毒殺しているという噂が立っています」

「何故だ!?」

 

思わず薬草茶を吹き出しかけた。

 

「あの……言い辛いのですが乾杯の言葉とともに、ひしゃげ割れるワインの音のせいかと」

「……外に聞こえてたのかアレ」

 

頭を抱えて、呻く。

 

「今後は控えるようにしよう」

「マンドラゴラの一件で、犯人を薬殺しかけたって聞いたから本当じゃないの?」

 

茶菓子を食い終えた姫様がいらんことを言う。

余計なことまで耳に入れてるな、この姫様。

 

「違います」

 

私は呻きを続けながら、姫様にどうやって帰ってもらおうかと考え始めた。

 

 

 

 

 

 

「で、他にはどんな不思議があるの?」

「続けるんですか、その話題」

 

もう帰って欲しいが、話し終えるまで帰りそうにない。

仕方ない。

ルル嬢を促して、七不思議の続きを喋らせる。

 

「不思議その3、ダンジョンの最奥から奇妙な唸り声がする」

「ドラゴンじゃないの?」

「ドラゴンですよ」

 

ドラゴンなのだが、全員がその存在を知っているわけではない。

封印を解こうとするバカがいないとも限らん。まあそこらの魔術師に解けるとは思えんが。

一応はその存在を秘匿されているのだ。その秘匿レベルは低いが。

だから七不思議のひとつだ。

 

「不思議その4、ダンジョン本部の受付がモフモフの犬である」

「アレキサンダー君じゃないの?」

「アレキサンダー君ですよ」

 

本部に来ればコボルトのアレキサンダー君だとわかるのだが、そもそもここまで来れる冒険者は中級以上だ。

街でたむろしている初級冒険者には噂の種になるのだろうな。

だから、これも七不思議のひとつだ。

 

「つまんない不思議ばっかねー。真相知ってると」

「真相知ってると面白いといったのはどこのどなたですか」

 

思わずツッコミを入れる。

あと三つはなんだったっけか。

正直、七不思議の存在は知っていても詳しくは知らない。

ルル嬢を再度促す。

 

「不思議その5、王家の姫様がダンジョン最奥のギルド内に散見される」

「それってそんなに不思議な事かしら?」

「十分不思議な事と思われます」

 

お前王宮の飯が嫌で、ギルドに肉食いに来てるだけだもんな。

不思議でも何でもない。

 

「これは……残念ながらギルマスと姫様が婚約者だからと解釈されてます」

「勘弁してくれ」

「同意見だわ」

 

ルル嬢が眉をひそめて言った言葉に、二人して同意する。

 

「不思議その6、タワーシールドの事をタワシと略するとギルマスに制裁される」

「それ嘘だぞ。先代が酷くその言い方を嫌ってただけだ」

「ていうか、アンタはどうでもいいのね」

 

先代がこだわってたからどうでもよくないが、正直アホな規則だとは思う。

 

「最後の不思議、ギルマスが仕事を投げ出さないのは何故か」

「先代との約束だ! 好きでこんなに仕事してると思うなよ!?」

 

ルル嬢に言い返す。

別にルル嬢が悪いわけではないが、そう思うならギルド員も、もっと協力的になれよ。

 

「それが最後の不思議? ギルドの七不思議ってイマイチね」

「だったら王宮の七不思議って……いえ、聞きたくないです」

「聞きなさいよ」

 

15歳にしては豊満な胸を張り、アリエッサ姫が叫んだ。

 

「今から、王宮の七不思議を発表するわ!」

 

私はもうどうでもよいから帰って欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

「王宮の不思議その1は言ったわね。それでは不思議その2から、パントライン!」

「はい、姫様」

 

パントライン嬢はアレキサンダー君がいないのを不満そうにしながら、命令に応じる。

 

「不思議その2、怪奇、王宮の堀でくつろぐ白い大ワニ」

「普通に侵入者防止対策じゃないか?」

「いや、それが誰に聞いても知らないのよね。私、たまにご飯投げ入れてるんだけど」

 

いつ住み着いたのかしら。

んー、と悩むアリエッサ姫だが、答えは簡単だ。

多分大きくなったワニが飼えなくなったから堀に放しただけのペット廃棄だろ。

 

「不思議その3,怪奇、血の涙を流す先王の肖像画」

「アリエッサ姫のせいだろ」

「はい、姫様が奔放なせいかと」

「怪奇現象に理由を求めないでよ!?」

 

孫がこれなら先王も血涙流すわ。

これで原因は判明した。

次行ってみよう。

 

「不思議その4、モフモフの亜人の採用枠が王家にない」

「当たり前でしょ。他種族に内規は明かせないでしょうに。別にコボルト国民じゃないし」

「ギルドにはいるのに……」

 

悔しそうに呻くパントライン嬢。

ギルドには明かされて困る秘密などない。

というか亜人は増やしたいくらいだ。

最近はこの国も、亜人の冒険者も珍しくないしな……。

リザードマンとかギルド員の事務方に欲しいなあ。

私は爬虫類も好きだ。

レッサードラゴン以外は。

アイツだけは二度と会いたくない。

 

「不思議その5、アルバート王に側室が存在しない」

「不思議な事か?」

「不思議よ。お母さまがなくなって15年独り身よ」

 

本当なら、何人も側室がいても不思議じゃないのにね。

特に、子供は私一人しかいないわけだし。

アリエッサ姫はそういうが、男の純情というのはそう言ったものだろう。

アルバート王に、少しだけ好意を寄せる。

 

「不思議その6、王様が仕事から逃げ出さない」

「逃げられたら困るだろう。国が亡ぶぞ」

「でもお父様、本気で王様業嫌がってるのよね」

「そういわれてもな……」

 

アルバート王がこの国の王になったときは、本当に国が滅びかけていたと聞いた。

ドラゴンと、それで力を弱めて以後の他国からの侵略で。

ドラゴン殺しというたった一人で国家のパワーバランスを崩す存在が王位に就いたせいで、それも解決したのだが。

 

「最後の不思議、王様が、姫様を無理やりギルマスと結婚させないのは何故か」

「何故かって言われても、娘をこんなオッサンと無理に結婚させたくないでしょう普通」

「……」

 

姫様は何故か黙って、俺の方をジーと見つめる。

 

「何か?」

「何でもないわ。ただ、お父様からのアンタの評価の低さも間違ってる気がしてね」

「評価、不当に低いかな?」

 

そりゃドラゴン殺しから見たらレッサー殺しなんて評価低いだろう。

そこのところは諦めるしかない。

というか、実際は偏屈な姫様を煽る目的のように思えるが、そこは口に出さない。

 

「ていうか、私良く知らないけどレッサードラゴンてどれくらい強いの?」

「100mを1秒で走り、ミスリルでできた鎧も噛み千切る牙を持ち、動いているものは食うためでもないのに何でもかみ砕く。毒は通じず、酸も通じず、火炎も通じず、爆発も通じない鱗を持つ生き物。ちなみに、私は遭遇して呪文を唱えようとした一秒後に両手を噛み千切られました」

 

ひらひらと諸手を上げる。

そこに異常はない。生物魔法の使い手で本当に良かった。

 

「……どうやって殺したの?」

「……それは冒険者の秘密です。ちなみに、ドラゴンは呼吸も必要としなくなるのがヒントでしょうか」

「レッサードラゴンは息をするのね。酸欠死させた?」

「そういうことです。ドラゴンは呼吸しない代わりに炎を吐きますが」

 

更に、レッサーより全面的に強さがスケールアップする。

私の事より、王様はどうやってドラゴンを殺したんだ?

未だにわけがわからん。他国にとっては絶対に敵に回したくない恐怖の存在だ。

単純に「ただ強いから」と考えた方が精神的によさそうだが。

私は姫様がギャーギャー騒ぐのを聞きながら、深い思考に脳を落としていった。

 

 

 

 

 

 

王宮の寝室。

ダンジョンでの汚れを落とした後、護衛役のパントラインと一緒に床に就く。

 

「やっぱり、お父様の評価は低すぎるわ」

「まだ言っているんですか、姫様」

 

両手を頭の後ろにやり、胸を張る。

アリエッサは今日の事を思い出し、スズナリ自身も自分の評価を低く見ているなと思った。

 

「父さまが凄すぎるのかしら。それともスズナリが謙遜気味なのかしら」

「その両方かと」

 

但し、王様はそこまでギルマス殿を低く見てないように思いますが。

そうパントラインは呟く。

 

「そうかしら?」

「試しに結婚したいと仰っては? すぐにオーケーが出るはずですよ」

「年齢に差があるって言ってるでしょ」

「それ以外の問題は?」

 

薄明りの中、隣のパントラインが私の瞳を見つめる。

少し意地悪そうな、茶化した顔だった。

 

「特になし。……性格は合うわね、認めるわ。あっちはどう思ってるか知らないけど」

「ギルマスには――スズナリ殿には好きな方がおられますからね」

「先代のギルマスだっけ、もう行方不明みたいなもんでしょ?」

「そうらしいですね」

「死んだ人間は追いかけれないわ」

 

私は亡き母親の事を思う。

――15年たっても父親に忘れられないような。

そんな恋がしたかった。

でも私の相手は30過ぎのオッサン。

 

「あと10年若ければ……いや、せめて5年」

「何だかんだ言って、そこまでこだわるなら、もう好きなんだと思いますが」

「パントライン、うるさい」

 

私は今大事なことを考えているのだから。

実際、この国の未来も左右することなのだから。

そう簡単には決められない。

 

「まあ、まだ時間はあるわ」

 

そこまで急ぐ必要はない。

だからと言って、マンティコア以上の討伐ができる男が騎士団にいるだろうか?

私は疑問に思いながら、瞳を閉じ、眠ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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016 怪奇、血の涙を流す先王の肖像画

 

王宮。

いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、招致されてすぐさま本題に入る。

 

「と、いうわけで先王の肖像画がフォールン化している」

「はあ……その件は先日伺いましたが」

 

どうやら噂話などではなく、先王の肖像画が血の涙を流しているのは本当らしい。

だからといって、どうして私に依頼を頼むんだ?

 

「いや、知ってるなら依頼するから何とかしてくれよ。気味が悪い」

「気味が悪いって……一応、先王に対する敬意とか無いんですか」

「私が王になる前に死んでたからな。面識がない」

 

ドラゴン討伐に失敗して、とうに死んでた。

あっさりと死因を説明する。

どうやら、亡き王妃への愛はあっても、先王に対する敬意というものは無いらしい。

 

「そこらへんの敬意の無さが、血涙を流す結果につながってるんじゃないですかね」

「あのなあ、所詮は物だぞ。敬意なんか払っていられるか」

 

最悪、肖像画を燃やしても構わん。

王様は無慈悲な事を言い切る。

 

「じゃあ自分でおやりになればいいでしょう」

「やろうとしたらヨセフの奴に必死で止められた。あいつはまだ先王に忠誠誓ってるからなあ」

「じゃあ燃やすのは無しですね」

 

面倒臭い。

王様には敬意を払えと言ったが、大抵のフォールン化したモノなどは何か悪意を生み出す前に燃やしてしまった方が良いに決まっているのだが。

特に無念の内に死んだ人間の怨恨が乗り移りそうなものは。

肖像画なんてのはまさにそれだ。

 

「私もヨセフ殿に隔意を抱かれるのは嫌ですよ」

「それでは上手く"除霊"してくれ」

「はあ……」

 

諾とも否ともつかない返事をする。

そう簡単に依頼を受けてたまるか。

 

「なんだ、嫌なのか?」

「今回は解決できるとは限りませんので、少し」

 

ふうむ、と唸るアルバート王。

そもそも、私が100%依頼を受けなければならない理由などどこにもないのだ。

すっかり王室の便利屋と化している気もするから、ここで少し訂正しておかねばならん。

 

「じゃあ解決しろとまでは言わん。試しでやってみてくれ」

「そこまで言うなら……分かりました」

 

私は依頼失敗時の責任なしの確約を得てから応じる。

そうでもないとやってられん。

 

「しかし、"除霊"ねえ……」

 

言いえて妙な例えだと思いながら、私は先王の肖像画のある場所へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「で、これが例の肖像画というわけですね」

「はい、燃やすのだけはご勘弁ください」

 

フリューテッドアーマーに身を包んだ騎士が、胸元中央の装飾を触りつつ応じる。

ヨセフ殿と会うのも久しぶりだな。

 

「ヨセフ殿もお嫌でしょうし、燃やしはしません。ただ、言葉に応じますかね」

「……そこらへんは誰も気味悪がって近寄っていないため、まだ試しておりませんね」

 

我々は肖像画を前に情報を交換し合う。

とりあえず、試してみるか。

 

「もしもし、先王様。聞こえておられますか。ギルドマスターのスズナリと申します」

「……」

 

返事なし。

ヨセフ殿にも試してもらうか。

そう思ったとき――

 

「……ダンジョンのギルドマスター殿が我が城に何の様だ」

「おお」

 

返事が返ってきた。

思わず驚嘆の声を上げる。

 

「フレデリック様、私です。ヨセフです、覚えていらっしゃいますか」

 

慌てて、ヨセフ殿が声を上げる。

 

「ヨセフか……もちろん覚えている。お前は生き残ったのか」

「はい、現在は騎士団長を拝命しています」

 

ドラゴン討伐にはヨセフ殿も参加していたのを会話で知る。

良く生き残ったものだ。

 

「……それでは、スズナリ殿にお聞きしたい。我が国はどの他国の手に落ちたのか」

「……はい?」

「ドラゴンによる侵略後、王族のほぼ死亡後に娘だけではどうにもならなかったであろう。この国が他国の手に落ちたのは分かっている。ヨセフが他国に就いたのも責めはせんよ」

 

肖像画が血涙を流している原因は――ただの誤解によるものか。

 

「王様、我がアポロニア王国は他国の手に落ちてなどいません。その後も継続しています」

「なんだと!? どうやって……」

「アルバートなる冒険者がドラゴンを殺して、その後娘さんである王妃と結婚されてますね」

「アルバートというと、あの冒険者のアルバートか?」

 

アルバート王自身はドラゴンを殺す前から有名だから、どうやら先王も知っていた様だ。

 

「あのアルバートです」

「毒に苦しんで、最後にはモンスターを食らって生き延びたあのアルバート?」

「そのアルバートで間違いありませんね」

 

変な方向で先王に覚えられていた様だが。

 

「そうか……まさかドラゴンを殺し得るほどの力量とは思いもよらなかったが。国は継続したのか」

「ええ、お孫さんもおられますよ」

「アリエッサ姫は、王妃にとてもよく似てらっしゃいます」

 

ヨセフ殿――それは余計な事だ。

 

「そうか、そうか……」

「先王――フレデリック様、疑念も晴れましたらどうか、神の御許へと。魂の旅路に寄り道は行けませぬ」

 

私が何とかフォローし、話の方向を変えようとするが。

 

「スズナリ殿、君の言う通りだがその前に――」

 

ヨセフ殿も失敗した、という顔をし、私に謝罪の目線をくれるが――

時、すでに遅し。

 

「一度だけ、孫に会ってみたい」

 

言わせてしまった、その言葉を。

 

 

 

 

 

「ヨセフ殿……」

「誠に申し訳ありません。スズナリ殿」

「いえ、孫がいるなんて話した私も悪かったです」

 

ヨセフ殿は平身低頭で詫びてくるが、もはやどうにもならん。

連れてくるしかない。アリエッサ姫を。

 

「姫様に演技をここはお頼みして」

「……」

 

私は丁度廊下にいたアリエッサ姫に視線をやる。

何か狩猟でもしていたのか、腰のメイスは血まみれだ。

 

「ひゅーん」

 

そして声で擬音を出しながら、鳩の死体を投げていた。

廊下から見える堀から、それを上手にキャッチする白い大ワニ。

パントライン嬢の拍手が廊下に響き渡る。

 

「鳩の死体を笑顔で投げてる姫様に、何の演技が出来るっていうんだ……」

「……」

 

ヨセフ殿は黙り込んだ。

先王には残念だが、もうこのまま連れて行くしかない。

私は姫様とパントライン嬢に声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

「肖像画って先王――お爺様が結局憑依してたの?」

「ええ、フレデリック王の魂が無念で彷徨っているうちに乗り移ったようですね」

 

私は姫様に今までの経緯を説明する。

 

「で、会いたがってるって? それは別にいいけど……」

 

腰元の血まみれメイスが気になるのか、それを外して廊下に置く。

良かった。さすがにそのままで行くつもりはないか。

 

「失望させてもしらないわよ」

「無念が晴れる程度には失望させないようお願いします」

 

私はただ頼み込むしかない。

そうこう話している間に、肖像画の前にたどり着く。

 

「お爺様、元気ー!」

 

その第一台詞はないだろう。

元気なわけあるか、死んでんだよ。

コイツ全然人の話聞いてねえ。

 

「……おお、君がアリエッサか。確かに娘に似てる」

「ふふん、お母さまに似てるって言われるのが一番の自慢ですわ」

「そうか、そうか……」

 

肖像画が涙を流す。

 

「本当に……本当によく似ている」

 

今度は血の涙ではない。ただの喜びの涙だ。

 

「今年で……幾つになるのかね」

「今は15,もうすぐ16ですわ」

 

この様子なら、黙って見守っているのが一番いいのかもしれない。

私は人心地つきながら、ただ様子を見守ろうと――

 

「そうか……婚約者がいてもいい歳だな」

「そうですわね」

 

して、余計な会話に発展したのを見て頭を痛めた。

 

「……相手はもう見つかったのかね」

「暫定ですが、後ろにいるスズナリ殿ですわ」

「……いささか、年齢が離れすぎてやしないかね」

 

話がこっちに飛んできた。

肖像画の眼がギョロリとこちらを睨む。

 

「他国への威圧と、王様業を両方こなせる候補が少ないのですよね」

「なるほど……力の時代というわけか」

 

肖像画の目玉だけ移動するの止めてくれないかな。

正直怖い。

 

「スズナリ殿。ウチの娘を不幸にしたら、いつだって祟ってでてやるからな」

「……はい」

 

私は会話に合わせるしかない。

肖像画のフレデリック殿はその後、ヨセフやアリエッサ姫と二・三時間の会話の後。

――本来行くべき、魂の旅路に旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

王宮。

いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、ヨセフからの報告を聞く。

 

「それでは、またあのギルマスはうまい事片付けたと」

「私もフレデリック様に御会いする事ができ、もう心残りもなくなりましたよ」

 

随分と年老いたことを言う。

アルバートはまだ現役の騎士団長にそんな感想を寄せた。

 

「まだお前には娘がいるだろう。それを片付けねばな」

「パントラインの奴は、できれば側姫としてスズナリ殿に……」

「お前もか」

 

最近、その類の嘆願が貴族から多い。

まるで、スズナリとアリエッサの結婚が本決まりになったかのようにだ。

 

「お前から見ても、スズナリは”買い”とみるべきか」

「姫様と結婚しないのなら、パントラインとそのまま結婚させたいほどに」

「ふむ」

 

普段、娘の事を言わないヨセフがここまで押す。

まあ、それも判る気がするが。

 

「性格は温厚、娘にも対応できて、問題解決能力もあるか……」

「王様として仰ぎ仕えるに、十分に値する方かと」

 

ふむ。

と一頷きして、同意する。

確かに仕える方はあれぐらいが楽だろう。

ダンジョンマスターとしての経験もあり、婚約者候補では突出している。

騎士団でも候補を募ったが、正直イマイチな連中ばかりだ。

だが。

 

「アリエッサの気持ちはどうなのだ?」

「最初は本気で嫌がっていたようですが……最近はそうでもなさそうで」

「ネックは年齢だけのようだからな」

 

娘の心境の変化に、笑いながら答える。

まあ、俺も煽りはしたが、こうも変わるとは。

 

「やはり、自分の自由行動を受け入れてくれる相手というのがポイントなのでは?」

「なるほど」

 

ヨセフの指摘を拝聴しながら、会話を続ける。

俺は決断した。

 

「それならば、もうアイツ以外にいないな」

「それでよろしいかと」

 

この国の未来も左右すること。

そう簡単には決められない。

だがそれは、俺に決定権があることだ。

俺の腹はこれで決まった。

あとは娘の行動を待つのみだ。

アルバートはそう考えながら、今日の美酒に酔いしれた。

 

 

 

 

 

 

 



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017 ルーチンワーク②

 

私は広いがらんとした場所に出た。

いつものように手を叩くと、歪な反響が周囲から返ってくる。

 

「ご機嫌いかが? ドラゴン殿」

「今すぐお前を殺してやりたいよ」

 

いつもの挨拶。

それを終えて、私は一匹の肥えた牛を連れてくる。

ドラゴンへの差し入れだ。

 

「おお、我が知恵が必要になったか」

「場合によっては」

 

嬉しそうな声色に代わるドラゴンを尻目に、私はンモーと鳴く牛をなだめる。

引き渡すのは有用な知恵を得てからだ。

 

「行方不明の先代、この行き先が知りたい。ひょっとして、お前なら知ってるんじゃないのか」

「ん、なんだ。お前は知らなかったのか」

 

ドラゴンは涎を飲み込みながら、不思議そうに長い首をひねる。

逆に、何故お前が知っていると聞きたいところだが、それはもういい。

 

「知らない。知ってたら誰かを探索に行かせてるよ」

「ふむ、それはやめておけ。無駄死にさせるだけだ」

「何故?」

 

くるる、と喉を鳴らし、ドラゴンは回答を為す。

 

「奴が行ったのは北のマスデバリア大陸だ」

「――未踏破大陸か! 何故そんなところに」

 

マスデバリア大陸。

この大陸最北端から船で一か月の過酷な航路の先にある、最後に残った人類の未踏破大陸。

その内実は全く知られていない。

 

「冒険者、だからだろう。お前にはその気持ちがわからんか」

「……分かりませんね。私はしばらくの間はよろしくと言われていただけだ」

「口の端が震えているぞ。大分動揺しているようだな」

 

愉しそうにドラゴンは笑う。

未踏破大陸に行くと知っていたら最初から止めて――だから、私には教えてくれなかった。

 

「つまり、奴は始めから帰ってくる気等なかったのさ」

「それはお前の推測にすぎないだろう」

「未踏破大陸だぞ。仮に生きていたとて、探索に何十年かかると思っている」

 

おそらく、その寿命が尽きるまでには終わらんよ。

ドラゴンは私を嘲け笑うように言葉をつづけた。

 

「……知識への礼は言う。牛は置いていこう」

「そうか。今はお前の感情のブレの方が美味であったのだが」

「いつからドラゴンは人の感情を食うようになった。悪魔にでもなったつもりか?」

「……お前も何十年と閉じ込められればわかるさ」

 

この退屈さを満たすには人の感情を食う必要があるのさ。

――人は5年でも限界かもしれんがね。

そう嘯いて、ドラゴンは牛にがっつき始めた。

牛の断末魔、それを耳にしながら私はドラゴンの居室から出ていく。

その手に作った握り拳は震えていた。

 

 

 

 

 

 

「失礼します。迷宮探索依頼の照査と、掲示板への貼り付けが終了――」

 

ドアから、いつもの甲冑姿の女性が私室に現れる。

そして私を見て言葉を切り、書類を部屋に散らばらせた後、代わりに別な言葉を口にした。

 

「ギルドマスター、どうされましたか?」

「ある人に裏切られていたことに気づいただけだ」

 

私は顔を覆って嗚咽していた。

いや、まだ裏切られていたとは限らん。

彼女は――先代は「しばらくの間はよろしく」と確かに言っていた。

未踏破大陸の探索も、ほどほどで切り上げる予定だったのではないか。

ただ、彼女は生死不明――”帰れなくなった”だけではないか。

それは――裏切りよりも恐ろしい。

 

「ギルドマスタ――、いえ、スズナリ殿」

「……?」

「先代の事はもう忘れませんか?」

 

ルル嬢には、何について泣いているかなど完全に見破られている。

顔から手を放し、ルル嬢の顔を見る。

おそらく私の顔は涙で酷いことになっているだろう。

だがルル嬢は、構わず私の瞳をじっと見つめている。

 

「生死不明の人間を追いかけ続けても、つらいだけです」

「ならば、君とか」

「ええ、お嫌ですか」

 

ルル嬢が、テーブルの上に置いた私の手にそっと掌をかぶせる。

嫌ではない。

決して、嫌ではない。

 

「……だが、断るよ。私はまだ先代を待つ」

 

私は裏切られてなど、いない。

あのドラゴンのいう事を気にする必要もない。

ただ、待てばいいだけだ。

 

「……あと、何年お待ちになります? ずっと待っているのはもう見ていられません」

 

ルル嬢が問う。

期限を区切れというのなら、答えよう。

 

「三年……いや、あと二年待つ」

 

それでもこなければ、身辺の全てを片付けて、ギルマス業もお終いにしてしまおう。

その後――どうするか。

先代を追って未踏破大陸に行くか。

追わず――誰か別な人を好きになってしまうか。

それはその時に考えよう。

私の答えを得て、ルル嬢は呟く。

 

「わかりました。それまでは私も待ちます」

 

ルル嬢の眼は私に感化されたのか、少し潤んでいた。

私は彼女に対し、答えるべき言葉を一つしか持たない。

 

「……ごめんな」

「いいえ」

 

私の謝罪に、彼女は快く応じてくれた。

 

 

 

 

 

ギルド内からは、飲食を楽しむ音と、掲示板を指さしながら依頼を探す冒険者の声が聞こえる。

羨ましく感じる。

自分もあのように、一人の冒険者としてやっていきたいという思いがある。

だが、もう決めたことだ。

 

「あと二年は待つ」

 

自分で決めた枷だ。

最後まで全うしよう。

 

「最近、モンスターの出現数多くね」

「依頼の消化が間に合わねえよ」

 

ふと、気になる情報が耳元に入る。

その内アレキサンダー君が内容を上げてくるだろうから私はそれまで待てばいいが。

まさか大繁殖の時期か?

その場合、私自身も前線に赴く必要があるが……

 

「ギルドマスター殿」

「やあ、アルデール君」

 

考え事を遮るようにして、正面から声がかかる。

最近はこのアルデール君と喋るのもルーチンワーク化している気がする。

彼のグローブの印象的なモチーフが目にちらつく。

 

「……何かありましたか?」

「ん……何でもない」

 

恐らくは、私の充血した赤い目を見て言っているのだろう。

私は気にしないように言った後、前から思っていたことを頼むことにした。

 

「アルデール君、君、次期ギルドマスターになってくれないか」

「ギルドマスター、私は錬金術師志望だと」

「その折にはアカデミーに、君への全ての錬金資料の解放と特別講義を頼んでおく」

「……」

「ギルドマスターを兼任しながらでも、勉強はできるはずだろう?」

「まあ……それは……」

 

考え込むアルデール君。

餌は十分なはずだ。

後は説得するのみのはず。

 

「私の代わりができそうな人物が君しかいない。知能労働できる冒険者自体が少ない」

「ルル嬢は?」

「彼女はどうあってもギルドマスターになる気はない」

 

そう――ひょっとして、ひょっとしたら妻になるかもしれない女性だ。

 

「そうはいっても、すぐにお辞めになる気は無いんですよね」

「あと二年だ」

「?」

「二年で辞める。これは決定事項だ」

 

何故急に、と言いたげなアルデール君を視線で抑え、黙らせる。

 

「君も、延々とギルドマスターをやる必要はない。代理を見つけたら代わってしまっていいのだよ」

「そう簡単には見つからないと思いますが……」

 

アルデール君は再び考え込むそぶりを見せた後――それを止めて、一頷きする。

 

「いいでしょう。ギルドマスター引継ぎの件、承りました」

「……すまない」

「約束は守ってくださいよ」

 

私は姿勢を正しく頭を下げるアルデール君に対し、こちらも姿勢を正し、頭を下げることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は良き日……なのかな」

 

後顧の憂いは文字通り絶った。

アルデール君ならば、問題なくギルマス業をこなせるだろう。

そして、自分の方針を定めることもできた。

 

「あと2年か」

 

自分で決めたが、我ながら良い期限だと思う。

ワイングラスを傾けながら、それを一気に飲み干す。

そのころには、姫様の婚約者問題も解決しているだろう。

 

「いや……解決してるのかな?」

 

正直、解決していない気がする。

自分にとってはもうどうでもいい話だが。

あと2年で全ての責任を放棄してしまう。

姫様の婚約者捜索の依頼はアルデール君が引き継げばいい。

再び注いだワインを一息で飲み干す。

 

「プロージット(乾杯)!!」

 

やってはいかんと思いつつ、癖になっているのか思わずやってしまう。

ひしゃげ割れるワイングラスの音。

すかさず、ファウスト君がホウキとチリトリでワイングラスを片付ける。

それを操っているのは私だが。

 

「まあ、みんな好き勝手やってるんだから、私も好き勝手やるだけさ」

 

王様も、姫様も……先代も。みんなが好き勝手に生きている。

だから私も好きにしていいよな。

アルデール君には少し悪い気がするが。

代償は十分に与えたからもういいだろ。

 

「……私は裏切られてなど、いない」

 

私は本日分の日誌――今日考えた決意を全て書き上げた後、それを閉じることにした。

 

 

 

 

 

 



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018 大繁殖

 

アレキサンダー君から上がってきた報告書を読む。

やはり、今年はモンスターが大繁殖しているようだ。

原因不明の、数十年に一度起こるモンスターの個体数爆発増加現象。

時として、ダンジョンにのみ住むような強力な個体まで街に押し寄せる。

 

「以前の記録は?」

「53年前になりますので、あまり役に立たないかもしれませんが」

「それでも一応見ておく。一度読んだことはあるがな……」

 

王国に出す書類としても添付しなければならんし。

もっとも、王国側でも記録を持っているだろうが。

 

「ギルド員の待機命令は解きますか?」

「……一時的に解くことも考えたが、突発で強力なモンスターが街を襲った時のため待機としよう。前回の大繁殖ではマンティコアにサーペント、ミノタウロスまで辺境の街周辺に現れている」

「……ギルド員同士が組まなければ対応できませんか、その辺りは」

 

以前の記録を読み終え、資料を机の上にまとめる。

 

「一応、王国に資料を馬車便で送ってくれ。私は溜まっている討伐依頼を片っ端から総ざらいにして片付ける」

「私は街のギルドに待機ですか?」

「誰かが指揮をとらねばならん。待機をお願いする」

 

残念そうなルル嬢を見ながら、判断を下す。

私はいつものローブの代わりにジャケットを身に着け、ルル嬢に最後の挨拶を交わす。

 

「それでは行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

 

私は本来掲示板に張り出しすべき討伐依頼表をそのままバッグに詰め込み、討伐に向かうことにした。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

「……姫様?」

 

出口にはアリエッサ姫が腕組みして立っていた。

 

「……どいていただけませんか? 今貴女に構ってる暇は」

「後衛職が一人でどーするつもりよ。安全のため前衛を誰か連れて行きなさい」

「む……」

 

遠距離から一斉駆除するつもりだったので、一人で十分と考えたが。

確かにその意見は的を得ている。

 

「ルル嬢、アルデール君かオマール君どちらかを連れて行く」

「安全のため、両方をお連れください。緊急討伐はあの二人を抜けたメンバーでもなんとかなります」

「わかった。一応礼を言っておきます姫様」

 

ふりふり、と手を私に向けて振るアリエッサ姫。

その横を通り、私はギルド員の待機室で叫んだ。

 

「アルデール君、オマール君! 出番だ、討伐に出向くぞ!」

 

 

 

 

 

 

腕を一振りすると――ゴブリンロードに向けて泥濘が地面から飛び出し、そして顔面を覆い、炎上を始めた。

 

「GAAA!?」

 

ロードの悲鳴により、停滞するゴブリンどもの群れ。

その動揺を見逃さず、両手を組んで詠唱を始める。

 

「"大いなる大地よ、不浄なる全てを泥濘に包み焼き尽くせ”」

 

数十のゴブリンどもの足元の土、数十メートルに渡るその全てが黒い泥濘と化して、ゴブリンどもの下半身を飲み込む。

そして――ぐつぐつと、スープを窯で茹でるように泥濘は揺らいだ後、一気に炎上を開始した。

 

「GAAA!?」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

 

ゴブリンの肉を焼く異臭が草原を包み込む。

私はそれをじっくりと眺めた後、呪文を唱える姿勢を崩さない。

だが、それもゴブリンロードを含めた全ゴブリンの肉体が炭化したのを見取って、姿勢を崩した。

剣戟音が鳴る暇すらなく、殺し合いは終了と化した。

 

「……俺たちいらねえじゃん」

「いい事ではないですか。これでも分け前は三頭分ですよ。私は断りますがね」

「俺もいらねえよ。こっちにもプライドがある」

 

アルデール君とオマール君がどうでもいいことを話している。

金を渡すのは無理強いしない方がよさそうだ、彼らのプライドに触る。

私はバッグから討伐依頼書を取り出し、そこに依頼達成の判を押した。

 

「次、行きましょうか。今度もこの近くです」

「ギルマス殿、次は私たちにやらせてもらえませんでしょうか」

「そうだぜ、これだと体が鈍っちまう」

 

二人の声に、私はゆっくりと首を横に振る。

 

「無駄な危険は省きます。遠距離からの皆殺しほど安全な物はありませんから」

「じゃあ俺たち何で呼ばれたんだよ?」

「近接奇襲を防ぐため、及び炎上だけでは殺せないタフネスの相手の対策ですよ」

 

トロールとかミノタウロスとか一つ目巨人相手だ。

 

「呪文切れの場合ではなかったのですか?」

「私の呪文が切れることはまずないから安心したまえ」

「どんだけだよ……レッサー殺したってのも頷けるぜ」

 

三人、歩きながら喋り続ける。

二人はそれでも警戒を緩めてはいない。素晴らしい。

 

「次は……ミノタウロスか。なんで街の周辺をうろついてるんだか」

「と、いうことは」

「やっと出番か?」

 

二人の声が喜気を増す。

 

「そうなりますね」

 

私は危険を喜びと感じれる冒険者の感性に不思議を覚えながら、ミノタウロスの目撃情報の場所へと出向くことにした。

 

 

 

 

 

 

「いるな」

「……出来るだけダメージを与えますので、接近戦はお願いしますよ」

「承知しました」

 

三人、息を殺して身を潜め、草原の丘からミノタウロスを見下ろす。

身長3メートル大の、牛頭人身の怪物。

攻撃する位置は――非常に良い。

後は一方的に押し殺すだけだ。

 

「”大いなる大地よ、不浄なる全てを泥濘に包み焼き尽くせ”」

 

両手を組んで詠唱を唱える。

先ほどと同じように大地が泥濘と化し、ミノタウロスの下半身を覆う――が。

 

「GRIIIIIIIII!!」

 

ミノタウロスは泥濘に蹴りを入れ、容易く沼から抜け出した。

その体に貼り付いた泥濘からは炎上が始まっているが、ミノタウロスには火傷程度の負傷しか及ぼさない。

 

「"酸素よ、その存在を薄れさせろ"」

 

ミノタウロスはこちらを目掛け一途走って来るが、張り付く泥濘の炎が青白く変化してから、その動作を鈍くさせた。

 

「今です。二人ともよろしくお願いします」

「よし来た!」

「お任せください!」

 

オマール君とアルデール君が走りこんでいく。

ミノタウロスの動作は鈍い。

その巨大な斧が上に振り上げられることはなく、途中で横薙ぎへと変化する。

 

「アブねえ!?」

 

寸前でオマール君がみごとに空を蹴って斧を避ける。

オマール君の鍛え上げられた身体は、信じられないほど軽々と宙を舞っていた。

その手の槍がミノタウロスの腕へと突き刺さる。

ミノタウロスがその衝撃で、斧を地面へと取り落とした。

 

「そこ!」

 

すかさずアルデール君が懐に入り、上段突きの姿勢で構える。

突如爆発したように、アルデール君の右手が弾けミノタウロスの鳩尾に打撃を加える。

たまらず蹲る、ミノタウロス。

 

「離れろ!!」

 

私の叫びとともにアルデール君が、ミノタウロスの懐から離脱する。

後は――もう一度。

 

「”止まれ”」

 

眼前から、泥の渦が集まるような感覚を得る。

ミノタウロスの足元の草花が枯れ、更に黒い泥濘と化して、質量をもった数多の手と姿を造り変えミノタウロスをねじ伏せるように捕まえる。

ミノタウロスは暴れるが、すでに抗う力を持たない。

 

「”止めの一撃”」

 

私は一言で最後の祝詞を唱え、ミノタウロスの全身に貼り付いた黒い泥濘を大炎上させた。

それから約十分。

ミノタウロスは伝説の猛獣にふさわしいタフネスを発揮しながらも、最後には炭化して泥濘に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

「ギルマス強くね? というか強過ぎじゃね?」

 

手から酒を放さずにオマールが口を開いた。

ギルマス――スズナリ殿から報酬を受け取り、二人で食事でもとオマールに誘われた。

その最中だ。

 

「ギルドマスターだから強いのは当たり前だろう」

「そりゃそうだが……呪文の残り手数というかマジックパワーとでも言うか……」

 

何かむにゃむにゃと言いたげだが、言葉が見つからないようだ。

手ではステーキを切り分けながら、手助けをしてやる。

 

「魔力残数の底が見えない?」

「そう、そこ。俺が組んでる後衛職とイメージ違うんだよ。あんなゴリ押しじゃないし」

「そこも、やはりギルドマスターだからと言うしかないな」

 

オマールの言いたいことは分かる。

我々が前衛を務める間に控える後衛職。

その呪文はあくまで補助的か――一気呵成に吹き飛ばす一撃であっても。

ただ一方的な虐殺を何度も開始するものではない。

 

「文字通り格が違うからだろう。レッサードラゴンを倒したことは知ってるな?」

「ギルマスがだろ? それくらいは知ってるし、いつかは俺も……」

 

やってみせる。

おそらくはその生態を知って言ってのけるオマールの性格は非常に好ましい。

が。

 

「その戦闘は地獄めいた長期戦と聞いた。3日3晩かかってやっと殺し切ったらしい」

「その間、ギルマスの呪文は途絶えず?」

「もちろんそうだ」

 

詳細を詳しく聞きたいところだが、ギルマスからは「二度と思いだしたくない」と断られた。

開始1秒で両手を切断されたとの話を聞くに、わからなくもない。

 

「なんか怖くなってきたぞ。アレでもレッサードラゴンにはギリギリか?」

「ギリギリさ。それを上回るドラゴン殺しの実力は計り知れん」

 

かのアルバート王がどれほどの冒険者だったのかという話になる。

 

「そのわりに、のほほんとしてないかウチのギルド。いや、ギルドマスターがのほほんとしてるせいだろうけど恐怖感がない」

「ウチの国が、ウチのギルドが、のほほんとしてるのは上の努力あってのものだろう」

「努力?」

「真の実力を意図的に出していない。ギルマスが本気なら、威圧だけで吹き飛ばされるぞ」

 

おそらく、そんな物語みたいな現象は起きまいが。

 

「くわばらくわばら。そんなギルマスは見たくないね」

 

まるで信じたかのようにオマールはおどける。

この性格は非常に好ましい。

だが――今気づいた問題として、そんなギルマスに次を指名された自分は何なのか。

レッサードラゴンを殺せないのはまだ良いとして、代わりはちゃんと務まるのか。

アルデールは妙な高揚感と不安感を覚えていた。

 

 

 

 



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019 マリー嬢とのデート

 

「どうして真珠では駄目なんですの? そんなにお嫌ですか」

「数十年でスカスカになるから嫌なんですよ、個人的に」

「それは取り扱い方次第ではなくて?」

「取り扱いに気を遣うメンテナンス性が特に嫌というか……宝石にしませんか? 高い奴でいいですから」

 

今日はマリー・パラデス嬢とのデート。

ルル嬢に習った通りのコースをなぞれば問題はないはず、だったが。

プレゼントの種類で揉めている。

 

「値段の問題ではなく、私はこの真珠のネックレスがいいんですわ」

「どうしてもというなら……」

 

プレゼントに対する自分の問答を鑑みるに、拙いにも程がある。

彼女が選んだ商品をくさす、恋愛につたない自分でも分かるレベルだ。

もうこの時点でデートとしては失敗ではないのか?

そんな疑問を心配するが、別に失敗してもよいのではないか。

私はマリー嬢の事を特に好きではないはずだが。

自分で自分が、何故ここまで気を遣っているのか分からなくなってくる。

 

「ではこれを」

「はい」

 

店員に金銭を渡し、真珠のネックレスを受け取る。

そしてそれをマリー嬢に渡そうとして――

 

「はい、かけてくださいな」

 

頭を少し下げて、首元にかけやすい姿勢をとるマリー嬢の姿が見えた。

彼女の望み通り、ネックレスを首元にかける。

 

「似合っていますよ」

「定型句ですわね。でも嬉しいですわ」

 

マリー嬢は胸元のネックレスに手を当てながら、微笑む。

 

「ところで――女性に手慣れてなさそうなスズナリ殿が、何故このようなデートコースを組めたのかしら?」

「そこ、今聞きますか」

「本日の会話内容を鑑みるに、誰かが考えたとしか思えませんよ」

 

……今のプレゼント以外でも、今日は何か拙い発言をしていただろうか。

自分では分からない。

降参して、全てを白状する。

 

「アリーナ・ルル嬢から習いました」

「やはりそうですか。御礼を言うべきか、憎むべきかは微妙な相手ですわね」

「微妙な相手?」

「ルル嬢も、スズナリ殿の事が好きでしょう?」

 

店員に、この会話を聞かれているのが微妙に気になる。

だが店員は聞こえないふりをしているのか、他の客の相手をしていた。

 

「……そうらしいですが、誰から聞きました」

「前回の親睦会の時に、ルル嬢のスズナリ殿への視線で分かりましたわ」

 

マリー嬢はあっさり答える。

自分では良くわからないが、そういう物なのだろうか。

 

「ま、私は二人揃ってでも嫁いで構いませんけどね」

「……」

 

マリー嬢は平然と恐ろしい事を口にした。

貴族の思考という奴だろうか。

自分では思ってもいなかった事だ。

 

「私は……一人を愛するだけで精いっぱいですよ」

 

先代。

想い人への思慕が頭をよぎる。

 

「今はそれでもよいですわ」

 

気にしない風情で、マリー嬢は言う。

 

「でも、二人も貴方を思う人がいることも忘れないでくださいね」

 

そう押されると、弱い。

自分でもよく分からなくなってしまうのだ。

一つだけ確かな事は、私は今でも先代を想っている。

それだけは確かなはずだ。

私は口を開くのを一旦やめ、どこでマリー嬢とのデートを終わらせようかを考え始めた。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで散々なデートだったわけだ」

「はあ」

「何でそれを俺たちに話すの?」

 

疑問符を浮かべるアルデール君とオマール君に、言葉を返す。

 

「他に会話する相手がいないから……かな」

「そりゃギルマスがギルド員にあまり話しかけてる事は見ませんけどね」

「ぼっちかよ」

「そもそも、君たちは何してるのかね」

 

二人はギルド内の酒場で酒を酌み交わしながら、何やら辺境の地図のようなものを指さしている。

 

「大繁殖も終わったわけではないから、二人には是非掲示板の依頼を達成していって欲しいのだがね」

「今してますよ」

「俺たちのパーティーメンバー、後衛職も連れて行くから、安全に計画を練ってるとこ」

 

アンタみたいに一方的な虐殺とか他の後衛はできないの。

オマール君はひらひらと手を翻しながら、先日の私の行為を否定的に語る。

 

「ところで、私のデートについて何か言いたいことは無いのかね。忌憚なき意見を募る」

「まさかギルマス、三十路超えて童貞じゃないでしょうね」

「娼館に行け」

 

あまりに酷い答えが返ってきた。

だが事実ではある。

しかし、反発しても良い事柄であろう。

 

「童貞で何が悪い!」

「女性心を理解できてないから悪いです。オマールの言うように、一度娼館にでも行ってください」

「おそらく現存するレッサードラゴン殺しで童貞なの世界でアンタだけだよ」

「レッサードラゴン関係ないだろそれ」

 

憤懣遣る方無い気持ちになったので、ムキになって言い返す。

 

「そういう君たちはどうなのかね、女性関係は。私に言える程なのか」

「私は未だ一人の学徒として未成熟のため、女性には近寄りません」

「病気が怖いから娼館はパス」

 

結局お前らも童貞何だろうが、それ。

 

「つまり童貞なんだろ」

「ギルマスは30歳まで童貞なら錬金術師になれると言う言葉を知らないのですか?」

「親父が病気貰ってきて家庭が崩壊しかけたから娼館はマジでNGなの!」

 

アルデール君のいう事はわけわからん。狂ってんのか。

オマール君のいう事は分かるが男爵何やってんだ。

 

「いや、娼館以外ではだよ。私以上に経験豊富と言えるのかね」

「ギルマスよりはマシですよ。顔には自信あるので。もらった恋文は全部破きましたけど」

「貴族の三男坊の行く先何かわからないのに恋文なんて馬鹿にしてんのか!と怒鳴り散らした事がある……あれはさすがに女に悪かった。複雑な少年期だったから」

 

私より酷いわお前ら。

 

「お前ら私に謝れ。娼館にも行けないゴミ屑の分際で娼館に行けなんて言って御免なさいと」

「行けますよ、娼館ぐらい。行かないだけです」

「病気が怖いっつってんだろ」

「病気なんか貰わんよう、私が生物魔法でなんとかしてやる」

 

そう言ったとたん、マジで、とオマール君が表情を変えた。

 

「俺は娼館に行ってもいいのか……?」

「行きたかったのかお前は」

 

アルデール君がくだらないものを見たように呟く。

 

「魔法掛けてやるから行ってこい。私は行かんが」

「ギルマス殿、作戦会議の途中なんですけど今」

 

アルデール君から非難の声があがる。

そりゃそうだ。

魔法ぐらいタダで掛けてやろうと思ったが、止めた。

 

「邪魔したな。私は愚痴る相手を酒に変更する」

「そうしてください」

「ちょっと待ってくれギルマス、いや、ください。ギルマス!?」

 

私はオマール君の縋るような声を無視して、私室に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「というわけで散々なデートだったわけだ。酒も不味くなる」

 

私はワインを注いでくれるファウスト君に声を掛けるが、返事はない。

骨だから仕方ないが。

一人で会話の通じない相手に愚痴りながら、チビチビとワインを飲んでいるとノックの音がした。

 

「誰だ?」

「私です。アリーナ・ルルです」

「今酒飲んでるから仕事の話は後にしてくれ」

「オマール君が面会を訴えておりましたが却下しておきました」

 

敏腕秘書だ。

私はルル嬢の応答に納得しながら、酒に誘うか迷う。

 

「君も飲むかね?」

「お誘いとあれば」

 

ルル嬢はドアを開けて立ち入り、ファウスト君からワイングラスを受け取る。

そして中身の入ったグラスを天高く掲げた。

 

「乾杯(プロージット)……でしたかね」

「やめてくれ、それは」

 

私は恥じ入りながら、手を横に振る。

ルル嬢はくすくすと笑いながら手を下げてくれた。

そして椅子に掛け、ワインをチビチビと飲む。

 

「マリー嬢とのデートは上手くいきましたか」

「散々なデートだった。私のせいだが」

「でもマリー嬢は特に気になさらなかったんでしょう?」

「それはそうだが……どうしてだろうな」

「痘痕もえくぼと申しますよ、好きな人の欠点なら」

 

ルル嬢はぐい、とチビチビ飲んでいたワインを飲み干し、次の杯をねだる。

 

「受け止めるのも女性という物ですわ」

「そういうものかね……」

「そういうものです」

 

私はファウスト君を動かして、ルル嬢の杯を注ぐ。

私は少し酔っぱらっていたようで、余計な事を口にした。

 

「君もそうなのかね」

「ギルマスは自分が悪い事にも気づかない魯鈍ではないでしょう? エスコートはゆっくり知って頂ければいいですわ」

「知る必要はある、と……」

 

まあ、それは痛いほど今日痛感したが。

 

「なんなら、私たちもまたやりましょうよ、デート」

「もういいよ、と言いたいところだが……」

 

私は酔っぱらっているのだ。

自分の心も曖昧なまま口にする。

 

「やろうか、デート。今度はいつにする?」

「おや、積極的ですね」

「酔っているから、明日言われても忘れてるかもしれんがね」

「私はキッチリ覚えてるから大丈夫ですわ」

 

くすくすと、何がおかしいのかルル嬢が笑う。

だが、私はこのルル嬢の笑い方が嫌いではない。

私はルル嬢の香水の匂いに、頭を少しクラつかせながらニコリと笑った。

 

 

 

 

 

鏡に映る自分の姿を見て、微笑む。

その首元には、スズナリ殿から買ってもらった真珠のネックレスが燦然と輝いていた。

 

「昔から真珠って好きなのよねえ」

 

スズナリ殿はその存在の儚さが気にくわないようだったが。

くすくすと、指を口元に当てながら笑う。

マリー嬢は今日の事を思い出して――まるで子供のデートみたいだった。

そういう自分も、そこまでデートの経験なんぞないのだが。

 

「それでも、誰かにアドバイスを受けたかぐらいはわかるわよねえ」

 

亡くなった母様から聞いていた話とはだいぶ違うデートだった。

その点では父上にも劣ると言えばスズナリ殿は傷つくだろうか。

父上は別にそんな事で勝っても嬉しくないだろうが。

 

「アリーナ・ルル嬢か」

 

今回、アドバイスしてくれたらしいあの金髪碧眼の顔を思い出す。

敵としてみるべきではない。

むしろ、スズナリ殿が好きな仲間として扱うべきだろう。

マリーはその嗅覚で感じ取った。

 

「思った以上に、先代のギルマス殿が強敵そうなのよねえ」

 

スズナリ殿の思慕が強すぎる。

私はその思慕の相手をよく知らない。

それはルル嬢も同じだろう。

 

「なに、二人して引きずりこんでしまえばいいのよ」

 

何処に?

ベッドに?

一人語りに疑問符を浮かべたが、それもいい。

二人がかりの愛でスズナリ殿を押しつぶしてしまえばいい。

もう、生死不明の相手を想うなんて悲しい事をさせないように。

 

「……それは決して悪い事じゃないわよね」

 

私は真珠のネックレスを外し、丁寧にケースへとしまう。

寝る前に寝酒を一杯だけ飲むことにしよう。

私はワインを一息で飲み干した後、ベッドの中へと潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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020 浄財

ダンジョンギルド本部の私室。

椅子に座りながら、私はシスター服の女性と対峙していた。

 

「と、いうわけで哀れな孤児達のためにもギルドから教会にぜひともご寄付を」

「言われんでも毎月同じ額を払ってるのに、わざわざ理由を説明しに来るのは何故ですか?」

 

私はシスター――名をアリー・クロレットというシスター長に質問した。

本当にもう、ちゃんと毎月金払ってあげてるのに何でいつも金たかりに来るんだこの人。

わざわざダンジョンの奥地――ギルドの本部まで。

 

「毎月の浄財、誠にありがとうございます。その感謝を表すためでもありますが」

「が?」

 

シスターの腰元のメイスは血塗られているが、その衣服には泥濘の一つもついていない。

それだけでアリー嬢の強さが見て取れる。

 

「辛いものですね。教会も世俗には多少なりとも通じてはいるのです」

「はあ」

 

何かよくわからんことを話し始めた。

 

「ギルマス殿が童貞なのは知っています。そこに年頃のシスターを宛がうのは良くない事ですか?」

「良くない事です」

 

何言ってんだこのアホは。

私は一言で切り捨てた後、マジマジとアリー嬢を眺める。

サイズの合ってないシスター服が身体にピッチリと張り付いていて、実に艶めかしい。

私の気にするところではないが。

 

「責任とってくださるなら私はバッチコイですよ!」

「アホですかアンタは」

 

思ったことを完全に口に出した。

アリー嬢も教会もアホではなかろうか。

 

「え? 私シスターですよ、しかもシスター長ですよ。男としてこうグッとくるものは」

「無いですよ。私は先代を愛していますので」

 

最近はルル嬢とマリー嬢のせいで頭が時々混乱しているが。

金と地位で女を宛がわれて喜ぶような哀れな脳みそしとりゃせんわい。

 

「毎月、私なりにお洒落してきてるのに。ほら、このマンドレイクの香水の匂いとかクラっと来ませんか」

「違法薬品じゃねえかよ!」

「私の自家栽培ですから違法薬品ではありません」

 

何栽培許可してんだよ教会。

まあ……なんだ、教会の立場からとってみれば、ギルドからの浄財額がデカイのはわかる。

わかるが――この扱いはあまりにあんまりではなかろうか。

 

「これは内緒の話ですが、二年後にはアルデールという若者にギルマスの地位を明け渡す予定です。そちらを誘惑してはいかがですか」

 

とりあえず、アルデール君を生贄に捧げる。

彼はどこまでも私の身代わりであるべきなのだ。

 

「えー、私はスズナリ殿が好みです。その死んだ目で報われない恋愛に挑んでいそうなところが」

 

無茶苦茶失礼だなアリー嬢。

自分でも自覚しているところはあるが。

 

「とにかく、そういう扱いは金輪際御免だと教会にお伝えください。来なくても金は払うから」

「教会の方針は絶対に揺らぎませんが、一応お伝えしておきます。そして来週のデートの約束をしてください」

 

アリー嬢はぱちくりと眼を閉じ開きしながら、一切私の言葉を聞いていないように無茶苦茶な事を口にしていた。

 

 

 

 

 

「それでデートの約束を? どれだけ押しが弱いんですギルマス。娼館に行ってください」

「なんか押されるのに弱いんだよなあ。娼館には断じて行かん」

 

ピッチリした艶めかしいシスター服とマンドレイクの甘い香りのせいではない。多分。

ギルドの酒場でアルデール君と話す。

アルデール君は完全に呆れた顔をして、ひらひらとグローブで覆った手を翻していた。

 

「しかし、教会がそんなことをやっているとは思いませんでしたが」

「アルデール君も、ギルマスを引き継いだら気を付けたまえ」

「いや、ギルマス――スズナリ殿のようには普通なりませんからね」

 

アルデール君が正論を吐く。

私は大きくため息をつき、一人いない人物に気が付いた。

 

「そういえば、オマール君はどうしたのかね」

「私とオマール君はセットではありませんよギルマス。前回はたまたまです」

 

そりゃそうだ。

違うパーティーだしな、と一人納得して酒をあおる。

 

「今頃、娼館にでも行ってるんじゃないですか?」

「私の魔法無しでか?」

「高級娼館では、ギルマスの魔法と同じサービスが受けられることに気づいたんでしょう」

 

なるほど。

声を出さずに納得し、再び酒をあおる。

 

「ギルマス、結構飲みますね」

「酒!飲まずにはいられないッ!」

 

アルデール君には通じない元の世界の台詞を呟きながら、今の心境を出す。

本当に酒を飲まずにはいられん。

 

「自業自得なのにそんな叫ばれても困りますが」

「……それもそうだな」

 

アリー嬢とのデートの件、本当にどうしよう。

そもそもシスターを連れてどこを出歩けと?

何処に行っても悪評が立ちそうな気がする。

地位と権力を悪用しているとか。

 

「おそらく、ギルマス殿の心配は無用な事かと」

 

アルデール君が、私の心を読んだかのように言う。

 

「無用?」

「ギルマスが無理やり引きずり回されてると思うんじゃないですかね、市井では」

 

市井で、私の存在はどう噂されてんだよ。

言いたくなるが、ロクな答えが返ってきそうにないのでやめる。

 

「ま、いい。とにかく、ギルマスになった際は気を付けておきたまえ」

「無用な忠告ですが、確かに覚えておきますよ」

 

私はアルデール君への忠告を終えた後、椅子から立ち上がり私室に戻る。

その際、見慣れた金髪縦ロールが酒場で肉食っている事に気が付いたが、あえて無視をした。

 

「ちょっと、無視してんじゃないわよ」

 

その努力は、あえなく無為と化したが。

私はため息をつきながら、アリエッサ姫を出迎えることにした。

 

 

 

 

 

「仮にも婚約者でしょう? 他の女にフラフラしてるんじゃないわよ」

「私の勝手でしょう。それにフラフラしてませんよ」

「アリーナ・ルルにマリー・パラデス。おまけにシスター? どこがフラフラしてないのよ」

 

あちらから寄って来ているわけで、私は誰にも靡いていない。

第一、姫様には関係ない事だろう。

そう思うが、アリエッサ姫は縦ロールの髪を揺らしながら呟く。

 

「私の名誉に関わるわ。今度、誕生日パーティーがあるから出席しなさいよね」

「誕生日パーティーぐらいは出ますが、ひょっとして婚約者として?」

「そうなるわね。暫定だけど」

 

お断りだ。

そう呟こうとするが、断ったら断ったでまた面倒臭い事になりそうなんだよなあ。

私が全ての依頼や案件に押しが弱い理由には、これ断ったら誰が解決してくれるんだという想像の余地が届かない点にある。

絶対、誰も解決してくれずに事態が悪化して、また私のところに舞い戻ってくるんだ。

そう思う。

 

「……分かりました。あくまで暫定の婚約者ですよ」

「それでいいわ。それから、パントライン」

「はい、姫様」

 

ざっ、とパントライン嬢が姫様の横に並び立つ。

何だ一体。

 

「娼館に行くぐらいなら、パントラインで発散しなさい」

「わかりました、姫様……いや、ちょっと待ってください! 急に何の話ですか!?」

 

パントラインの叫びが私室を木霊する。

 

「だって貴女のモロ好みでしょう、コイツ。別にいいじゃない」

「スズナリ殿はモロ好みですが、何ですか娼婦の代わりって!!」

 

何かまたロクでもないことがおっぱじまったぞ。

私はワインをファウスト君に要求する。

 

「私の婚約者が娼館通い何て外聞悪いから、貴方その身を差し出しなさい」

「普通にイヤですよ! 何言ってるんですか姫様」

「あの……誰も娼館通いなんてしてないんですが」

「そのうちオマール辺りに誘われていくようになるのよ。容易にその光景が想像できるわ」

 

勝手なイメージで話すな。

多分、冒険者時代のアルバート王のイメージで話してるなアリエッサ姫。

全ての冒険者が娼館通い大好きと思うなよ。

 

「オマール君は私の中で遠い世界に旅立ちました。彼は星になったのです。誘われても断りますよ」

「嘘よ! お父様は『そろそろパントラインを差し出す頃合いだぞ』って忠告してきたもの」

 

何だその悪魔の囁き。

私の思考を無視し、アリエッサ姫がパントライン嬢の方向に向き直り、叫ぶ。

 

「貴方の父のヨセフの許可も下りてるわ。何の問題もないもの!」

「父上、私を売ったんですか!」

 

ヨセフとパントライン嬢、親子関係だったのか。

何かワインが不味い。微妙に酸味が強いぞ。

腐ってるように感じるのは本当にワインが不味いのか、私の心が腐ってきてるのか。

 

「そういうわけで、娼館通うくらいならパントラインにしときなさい。私の決定よ」

「娼婦扱いは御免です。手を出すなら責任を取ってください!」

「どっちも御免なので帰ってくださいませんか? 何かワイン不味いし」

 

私はワインの不味さを理由に、二人に帰ってもらう事を試みた。

 

 

 

 

王宮の寝室。

ダンジョンでの汚れを落とした後、護衛役のパントラインと一緒に床に就く。

 

「パントラインのせいで追い出されたじゃない」

「まだ言っているんですか、姫様」

 

縦ロールに特製の椿油で浸した櫛を通し、ストレートに戻す。

アリエッサは今日の事を思い出し、スズナリの荒れようを見て憤懣する。

 

「何であんなに酔っぱらってたのかしらスズナリ」

「何か嫌な事でもあったんでしょうよ」

 

私のように。

パントラインはまだ怒っているのか、背を向けながら小さくつぶやいた。

 

「娼婦扱いしたつもりはないわよ。ただパントライン、やっぱりスズナリがタイプなのね」

「ああいう、大人びた頼りがいのある何でも解決してくれるタイプが好きなんです」

「それ、パントラインの勘違いじゃない?」

「そうですか?」

 

むしろ、スズナリは子供っぽい。

恋愛に関しては奥手どころか幼児性すら感じられるほどだ。

 

「だからこそ、娼館行きは阻止したいのよね。絶対ハマるわ、あのタイプは」

「知りませんよ。だからって人を人身御供にしないでくださいな」

 

薄明りの中、背を向けたパントラインに呼びかける。

 

「側姫候補としてなら?」

「歓迎します。柔らかくスズナリ殿を包みますよ」

 

くるり、とパントラインがこちらに向き直る。

そして口を開く。

 

「結局、姫様としてはどうなんですか? 好き、嫌い? どちら?」

「今はどっちとも言えないわねえ」

 

最初と違い、ムキになって否定しないだけ私も変わったか。

そう思いながら、アリエッサは答える。

 

「ていうか、結局この国にアイツ以上の候補っているの?」

「いません。そういった結論は出ましたよ、正直」

 

だから父さまがパントラインを差し出せとか言ってくるのか。

なんとなく納得し、それでも年齢差が気になる。

 

「何度も言うけど、もうちょっと若ければねえ」

「もうさすがに諦めませんか、姫様」

「この国の未来も左右することよ?」

「スズナリ殿なら任せられると思います。というか、他に誰が?」

 

誰もいない。

もう少しぐらい候補がいてもいいだろうに。

 

「まあ、まだ時間はあるわ」

「それ、言い訳にしてません? もう候補はスズナリ殿しかいませんよ」

 

まだだ。

まだ、急ぐ必要はない。

私はパントラインに背を向け、身を丸くして眠ることにした。

 

 

 

 

 

 



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021 アリー嬢とのデート

アリー・クロレットとのデート中。

私はいつものデートコースをなぞった後、アリー嬢が教会に行きたいというので

孤児院の様子でも見ようと着いてきたのだが。

 

「それでは教会に入りましょうか」

「これのどこが教会に見えるんですか?」

 

私には如何わしい連れ込み宿――ラブホテルにしか見えない。

 

「この十字架のネオン辺りがまさにチャペルを表しています!」

「いや、教会としては怒るところだろそこ」

 

ビシッとシスター服の袖音を立てながら叫ぶアリー嬢。

何がチャペルだ。

怪しい魔法光(ネオンサイン)を放つ十字架を見て思う。

 

「そういうわけで、ほら。入りましょう。今日で私もシスター卒業ですわ」

「そういうわけでじゃないし、入りませんから」

「えー」

 

アリー嬢は不満げな言葉を漏らしながら、こちらの腕にしがみついてくる。

違法薬物の匂いで頭がクラっとする。

これは……マンドレイク以外にも何か混ぜてるな。ベラドンナ?

 

「入りましょうよ。ね。入ったらスズナリ殿が『ごめんね、ごめんね』と私の女体に懺悔して、私は『がんばれ、がんばれ』って応援しますから」

「何のプレイなんだよ!」

 

ズリズリと身体が引きずられる。

拙い、このままでは身体能力の差で引きずり込まれる。

 

「シスターを卒業したら、小さな白い家を買って、愛しい淫楽の日々を過ごしましょう……フフフ」

「お前本当にシスターか!」

「こっちは禁欲的な生活で妄想シュチュエーションだけはバッチコイなんですよ! 今日を年貢の納め時にぃ!」

 

ボカン、と頭骸が凹んだような音がアリー嬢の頭から鳴った。

倒れ伏すアリー嬢の背後から、ルル嬢が現れる。

 

「ルル嬢! 助かったがどうしてここに?」

「今日はアルデール君に一日ギルド長代理を頼みました。そろそろ慣れて行ってもらわないと困りますし」

 

それはいい事だ。

今日は特に私にとって。

 

「……」

「……ルル嬢?」

 

アリー嬢を打ちのめしたルル嬢は、じっとラブホテルを眺めている。

そうして私の腕をつかみ、中に引きずり込もうと。

 

「ちょっと待った! ルル嬢、二年は待つ約束だろう!?」

「二年!?」

 

ルル嬢は驚いたような顔をする。

その目は血走っていた。

 

「そう、二年だ。二年は待ってくれる約束のはずだ……」

「二年、ですか……そう確かに約束しました」

 

モンスターのように警戒色を示していたルル嬢の顔の朱がスッと消え、その瞳が冷静さを取り戻す。

 

「二年たったら私をお嫁さんにしてくれるって約束でしたよね」

「……」

 

いや、そこまでハッキリとは言ってないが。

場合によっては逃げるつもりだし。

だが、否定すると食われそうなので、しない。

 

「承知しました。今日は見逃しましょう」

「助かるよ……」

 

心からそう言いながら、横で倒れ伏しているアリー嬢を眺める。

 

「コレ、どうします?」

 

アリー嬢を指さして呟くルル嬢に、私は答えた。

 

「教会まで送り届けよう。こんなモンスターを作り出した教会も一度見ておきたい」

 

好奇心は猫をも殺すと申しますが……

そんな苦言を聞きながら、私はアリー嬢を背負って歩きだした。

 

 

 

 

 

 

アリー嬢を背負いながら歩いて30分。

我々は教会にたどり着いた。

教会は豪華絢爛、というわけではないが荘厳とした面持ちでそこに建っている。

 

「デカイな。初めて来たが……」

「孤児院の施設も兼ねてますので、これくらいのサイズは必要でしょうね」

 

二人、お互いの感想を言い合いながら歩く。

人がいない。

背中のアリー嬢を引き渡す受付口はどこだ?

 

「お、あった」

「ギルマス、そこは告解室ですよ。罪を告白するところです」

「……もうここでいいだろ」

 

私は暗幕で閉ざされた部屋に入り、アリー嬢を引き渡すことにした。

 

「貴方の犯した罪は何ですか?」

 

神父のしわがれた声が室内を包み込む。

不思議な魔法の力――遮音性のあるそれのせいで、おそらく暗幕の外にいるルル嬢には聞こえていない。

 

「実は背中のアリー嬢を引き渡しに来ました」

「気絶するまで責め抜いた? それは罪ではありませんが責任はとってもらいますよ」

「違うわアホ」

 

糞真面目に応対する神父に愚痴を吐く。

 

「無理やりラブホテルに連れ込まれそうになったから、気絶させてこちらに運んできたんですよ」

「アリーめ、失敗しおったか」

 

ちっ、という悪役みたいな舌打ち音。

お前の目論見かよ。

 

「わかりました。アリー嬢は引き取りましょう。しかし、忘れないでください。第二・第三の刺客が貴方を待ち受けているという事を」

「待ち受けるな」

 

本当に悪役みたいな台詞吐くな。

その時、話し声のせいかアリー嬢が目を覚ます。

 

「うーん、ここは……」

「アリー、目が覚めたか」

「私は確か、スズナリ殿に愛の尊さを教えようとしていたはず……」

 

教えられようとしてないわ、そんなもの。

私はアリー嬢を背中から下ろし、別れの挨拶を告げる。

 

「さようなら、アリー嬢。次のデートの機会はありませんからね」

「そんな、スズナリ様。私の愛を弄ぶだなんて」

 

愛を侮辱されてるのは正直私の方だと思うが。

 

「アリー、お前は失敗したのだ。次の刺客はもっと巨乳でハレンチなシスターを用意する」

「そんな神父様! この朴念仁にそんな即物的なエロでは通用しませんわ!!」

「誰が朴念仁だ」

 

普通に性欲ぐらいあるわい。ただ制御できるだけだ。

私はアリー嬢を背負っていた温みが薄れているのを感じながら、そう呟きたいのを抑える。

 

「もうどうでもいいけど、教会内を案内していただけませんか?」

「はて、教会に何か疑念でも?」

「せっかくお金を出しているんです。孤児院の様子も視察させてもらいますよ」

 

どんな教育してるか心配になってきたからな。

私は内心ため息をつきつつ、アリー嬢の手を引いて告解室から抜け出した。

 

 

 

 

 

 

「こちらが孤児院となっておりますわ」

 

ワイワイガヤガヤ、と子供の群れの騒がしい喧騒が木霊している。

 

「元気そう、ではあるな」

「変な洗脳教育は受けてなさそうですね」

「そこを心配してたんですか」

 

私とルル嬢の会話に汗をかくアリー嬢。

それくらい心配して当然の事してるからなお前ら。

 

「おじさん誰ー?」

 

アリー嬢と一緒にいる姿を見咎めたのか。

てくてくと、10歳ぐらいの少女が子供たちの塊から離れ、私に話しかけてくる。

 

「この国のギルドマスターだよ。スズナリと言う」

 

私はしゃがみこみ、少女に視線を合わせながら言う。

 

「あ、肉の人だ」

 

少女が、私の顔を指してそう呟く。

なんだ、そのハムの人みたいなネーミング。

 

「お肉の人だ」

「お肉の人だ」

 

ドヤドヤと足音を立てて子供が集まってくる。

何なんだ一体。

 

「ごはんにお肉をつけてくれてありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

一斉に頭を下げる子供たち。

……そんな御礼、初めて聞いたわ。

アリー嬢を黙って見つめる。

 

「その……教会ではスズナリ殿はご飯にお肉をつけてくれた人と教えておりますので」

「そりゃ、寄付を始めたのは私の代になってからだが……」

 

ギルドは膨大に蓄積した富を、あまり外部に吐き出したがらなかったんだよな。

先代のギルドマスターから自分に代わるまでは。

富が停滞していく一方で、ロクなことにはならんのに。

 

「まあいい、肉を食って立派な大人になりなさい。ちなみに冒険者になるのはお勧めしないぞ」

「私、アリーさんみたいに胸が大きくなって金持ってる男に嫁ぎたい」

「そうか、アリー嬢が何を狙ってるか教えてくれてありがとう」

 

ポンポン、と少女の頭を優しく撫でながら、アリー嬢が何を狙ってるのか分かった。

 

「金目当てか」

「違いますよ!? 確かにスズナリ殿は王様の次に金持ってるって噂ですけど。私は性的な欲望をその身体に抱いてですからね!?」

 

なお悪いわ。

ぞっ、と悪寒を体に感じながら、子供の前で話す内容ではないなと思う。

 

「この先、次のギルドマスターに切り替わっても肉がなくなることは無いから、安心して食べなさい」

「やったー」

「おかわりもいいの?」

「おかわりもいいぞ」

 

教会が妙な贅沢してなけりゃ、それくらいの金は払っているはずだ。

アルデール君に引継ぎの際は、孤児院への寄付金を止めないようによく言っておかねばな。

 

「それでアリーお姉さんとは結婚するの?」

「今まで何人のシスターに手を付けたの?」

「教えて、おじさん」

「はっはっはっ、全部嘘だぞコノヤロウ」

 

私は朗らかに笑いながら、帰り際にあの神父のヒゲを思い切り引きちぎってやろうかと考え始めた。

 

 

 

 

 

 

シスター服を脱ぎ、寝間着へと着替える。

今日は生まれて初めてのデートだった。

 

「あと一息だったのよねえ」

 

独り言を呟く。

あと一息で、スズナリ殿に愛を教えてやれた。

全く、アリーナ・ルル嬢の存在が疎ましい。

あの脳筋がいる限り、私の計画は失敗を遂げるだろう。

 

「それにしても、あと二年って何の事かしら?」

 

気絶したフリをしていたが、二人の会話はバッチリ聞いていた。

アルデールという冒険者へのギルマス交代であることは知っている。

しかし、ルル嬢との結婚への区切りではない。

それはスズナリ殿の顔色を見れば分かった。

 

「ギルマスの交代――つまり、姫様との結婚?」

 

その可能性は高い。

神父様からもよく言われているのだ。

側姫にシスターを一人送り込む必要があると。

随分俗世的だが、何分教会は金がいるので仕方ない。

孤児院の経営も全て国と市政、そしてギルドからの浄財で成り立っているのだから。

 

「とにかく、担当替えだけは阻止しないと」

 

神父様にはよく言っておかなければならない。

スズナリ殿を――あの朴念仁を落とすには、即物的なエロだけでは駄目なのだ。

あの強力な理性では耐えきってしまう。

エロに加え、頭の判断能力を狂わせる非合法薬品。

後は力づくで押さえつけるパワー。

これ以外に道は無し。

それが私の判断だ。

 

「ていうか、スズナリ殿は何故あそこまで私を拒むのかしら」

 

スタイルには自信があるのにねえ。

自分の寝間着姿を見て悩む。

こういう時は神に答えを求めるべきだ。

 

「”神のお告げを”」

 

週に一度だけ私が使える神の祈り。

このスキルを使えるシスターは数少ないが、私はその一人だ。

内容にもよるが、神様が答えを教えてくれるという「シスターのインチキ」とも呼ばれるチートスキル。

時々――他人に言わせればかなり間違っている答えを得ることもあるが、神様もたまには間違えるのだ。

それは仕方ない。

何にせよ、神のお告げを聞くべきだ。

 

「”我が使者アリーよ。よく聞きなさい。スズナリは童貞をこじらせています”」

「童貞をこじらせている……?」

「"使者である貴女が治療してあげなさい"」

 

神が仰るなら間違いない。

これだ。

スズナリ殿はとても重い病にかかっていたのだ。

これはぜひとも私が治療してあげなくてはならない。

具体的にはベッドの上で。

教会が何百年と蓄積した性知識が火を噴く時だ、頑張れアリー。

 

「そうと決まったら寝ましょう」

 

夜更かしは美容の大敵なのだ。

アリーはエロ妄想たくましく、スズナリを押し倒す夢が見られることを神に祈りながら、ベッドへと潜り込むことにした。

 

 

 

 



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022 怪奇、王宮の堀でくつろぐ白い大ワニ

王宮。

いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、招致されてすぐさま本題に入る。

アルバート王は無駄話がお嫌いなようだ。

 

「王宮の堀でくつろいでるジョセフィーヌ――白い大ワニがどこから来たか調べてくれ」

「ジョセフィーヌ?」

「娘がつけた名前だ」

 

姫様は雄か雌か、あの白ワニが判別できているのだろうか。

まあ、直感スキルの持ち主だ。

別に驚きはしない。

 

「あれはどこからか、飼いきれなくなって廃棄されたペットでしょう?」

「あのなあ、堀といっても門番や巡回の兵士の眼がある。どうやってあんなデカいワニを堀まで連れてきて廃棄するんだ。10メートル近くあるんだぞあのワニ」

「……」

 

そういえば、それもそうか。

そもそも、どうやって街から堀まで連れてきたのかもわからん。

これはアルバート王のいう事が正しい。

 

「俺は下水道を通ってきた、と考えている」

「私も……それ以外にはルートが見出せませんね」

「どこからか廃棄されたペットが成長して、下水道を通って魚が沢山いる堀に辿り着いた、がお前の見解を合わせると正しいのかもしれんがな」

 

こういう時、「シスターのインチキ」スキルが使えれば楽なのだがな。

ふとアリー嬢の事を思い出すが、永遠に忘れたく思う。

 

「まあ、正直そんな憶測はどうでもいい。最初に言ったことを厳密に言おう。問題は、下水道にあんなワニがいたんだ。他にも変な動物が生息して下水道を破壊したり詰まらせたりしかねんのは……なんだ、困る」

「まあ、分かりますが」

 

公共の施設が訳のわからない状態になっているというのは、そりゃ王家からすれば困るだろう。

 

「それで一度探索に出向けと?」

「そういう事になるな。お前一人で十分だろ、と言いたいところだが、娘がうるさいから念のため前衛を連れて行けよ」

「はあ。姫様がうるさい?」

「乙女心がうるさいのさ」

 

アルバート王はニヤニヤと笑いながら、訳の分からないことを言う。

まあいい、10mのワニが歩ける大きさとは言っても狭いダンジョンに挑むようなものだ。

前衛には、いつものアルバート君とオマール君を連れて行こう。

 

「まあいいです。了解しました。出発は堀の下水道から?」

「が、いいだろうな。ジョセフィーヌは人に慣れてて懐いてるから問題ないぞ」

「やっぱり廃棄されたペットなんですかねえ」

「なんだろうなあ。運良く犯人見つけたらぶん殴りたいところだが」

 

それは今回の本題ではないし、犯人はおそらく見つからないだろう。

というか、王様意外とジョセフィーヌの事気に入ってるだろ。

 

「では、任せたぞ」

 

アルバート王はフランクな姿勢を正し、威厳たっぷりにそう呟いた後、王の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで一緒に娼館に行ってくれ」

「ぶん殴っていいか? いや、前衛職の君には大して効きもしないだろうが」

 

私はオマール君の言葉に回答した。

狭い下水道、たちこめる汚物の匂いを――生物魔法で除去しながら。

オマール君とアルデール君を加えた3人で、縦に並んで歩く。

 

「一人で行けばいいでしょ。一人で。ギルマスを変な場所に誘わないで……いや、ギルマスは一度行った方がいいかもしれませんが」

「だろ、だろ」

 

アルデール君が止めに入るが、逆に勧める形へと言葉を変える。

止めろや。

 

「金は俺が払うからさあ。一緒に行こうぜ」

「何故そこまでして私を誘う」

「一人だとなんか寂しいだろ。虚しいだろ。分からんかなあこの気持ち」

 

私にはわからん。

だいたい、奢ってもらっても金持ちである私には何のメリットもないしな。

ただ、オマール君が必ず誘ってくると言っていた姫様の直感スキルの鋭さに驚くだけだ。

 

「二人で行って感想を言い合ったりしようぜ。アルデールも来るか? 奢るぞ」

「私は学徒として未成熟なので遠慮しておくと……ギルマスは是非行ってください」

「行かん。断じて行かんぞ」

 

だいたい、アルデール君のいう事もおかしい。

学徒として成熟したなら行くという事か。

ちょっとチョッカイかけてやろうか。

 

「じゃあアルデール君も行くというなら一緒に行こう」

「何で私が行くならなんですか!」

「じゃあ、アルデールも行こう。ギルマスのためだぞ」

 

オマール君が勢いこんでアルデール君に迫る。

 

「……ギルマスのため?」

「そう、ギルマスのため」

 

おい、そこで止まるな。

私はアルデール君の思わぬ反応に眉をしかめる。

 

「……ギルマスのためというなら仕方ないかもしれません」

「ほら、ギルマス。アルデールもこう言ってるから三人で」

「前言撤回。断じて行かん」

 

結局、アルデール君も助平ではないのか。

いや、本当に私を想ってのことかもしれんが、余計なお世話だ。

私は断固として行かん。

 

「えー、ギルマス。自分の言ったことぐらいは守ってくださいよ」

「ギルマスが行かんというなら、私も行かんぞ」

「オマール君、一人で行け、一人で。怖くない。怖くないから」

「別に怖がってるわけじゃねえって!」

 

三人で馬鹿話をしながらも警戒しつつ、下水道を進んでいく。

しかし、ワニどころかネズミしか見当たらない。

今回の探索は失敗――いや、何も見つからなかった成功となるのではないだろうか。

私は手探りを全く得ないまま、ただただ下水道を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

「何だアレ? でけえネズミだなあ」

 

探索も地図上では終わりに近づいたころ。

下水道の突き当りの地点にて、我々は一つの巨大な齧歯類と遭遇した。

体躯は5mといったところか、そのまま巨大なドブネズミが下水道に鎮座していた。

 

「あんなモンスター見たことあるか?」

「ジャイアントラット? 見たまま言うとですが」

「気をつけろ」

 

私は気軽に言葉を交わす二人に声を掛ける。

 

「ジョセフィーヌが、あの白い10メートルの大ワニが生存競争に負けて”堀に逃げてきた”と考えろ」

 

瞬時に、二人の意識が変わる。

 

「何かしらヤバい能力を持ってる?」

「そう考えて相対しろという事だ。見たことのないモンスター相手にはな」

 

何にせよ。

 

「一撃で殺してしまおう。オマール君、一突きにしてしまえ」

「わかった。一撃だな」

 

オマール君が短い――今回の狭い下水道に対応するため持ってきた手槍をかざし、投擲の姿勢を取った瞬間――下水道が騒めく。

気づけば、ジャイアントラットはこちらを睨みつけていた。

ザワザワと下水道全体が振動しているような音が無数に起こり、下水道から飛沫が上がった。

――ネズミ。

 

「はあ!?」

 

それは津波であった。

下水の表面から泡立つように、狂瀾怒濤の様を呈してネズミの津波が襲い掛かってきた。

 

「ギルマス!?」

「――っ、"泥濘よ、我らが身を守り給え"」

 

少し、詠唱にラグがあった。

オマール君とアルデール君の口からうめき声が上がる。

 

「くっ」

「むん」

 

だが、無理やり痛みに耐えるようにして、噛みつくネズミを体から振り落とす。

防御術は張った。

もはやネズミが噛みつくのは、体をボディスーツのように包み込む黒い泥濘でしかない。

 

「ネズミどもを殺しても拉致があかん。デカブツを狙え!!」

 

全身にネズミが覆いかぶさって来る中、思い切り叫ぶ。

噛みつきは完全に防ぎきっているが、身動きがとれない。

視界に映るアルデール君とオマール君は、もはやネズミの塊のそれでしかない。

 

「そうしたいが、まずはネズミどもを何とかしねえと話になんねえ――よ!!」

 

ネズミに覆われて視界が見えなくなった。

オマール君も私と同じ状況の様だ。

これでは、ジャイアントラットを対象とする呪文が唱えられない。

 

「肉薄します!!」

 

アルデール君が突如走り出す音が聞こえる。

打突音。

外した、鳴ったのは下水道の壁が粉々に砕け散る音だ。

だが、それでいい。

 

「アルデール君、壁を作る。周囲の全てを殴り潰せ!!」

「――了解!」

「”泥濘よ、我が眼前で壁と化せ”」

 

下水道のブロックが溶解し、黒い泥濘と化して壁として目の前に立ちふさがる。

位置は丁度、オマール君の目の前。

これで我々とアルデール君は分断されたはずだ。

 

「お、ネズミどもが……」

 

同時に、身体からネズミ達が離れていく

どうやら、あのジャイアントラットの能力は視界内までらしい。

 

「面倒臭い相手だった」

「過去形で言うなよ、まだ続いてるぜ」

 

オマール君が噛まれた首や手の傷を撫ぜながら、呟くが。

オマール君自身も余裕を持ってそうしてる以上、わかっているだろう。

――もう終わっている。

しばらくは豪快な空振りの音と、下水道のブロックを破壊する音。

そしてアルデール君の怪鳥のような叫び声が続いていたが。

骨と肉を叩く強烈な打突音が響くとともに、ジャイアントラットは一撃で沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「結局、あのネズミは何だったんだろうな?」

 

治療した首筋――もう傷はないそれをなぞりながら、オマール君が呟いた。

 

「新種のモンスター、と考えるには特異な能力すぎます。まして街中で。昆虫系で似たような能力のモンスターはいますが」

「死骸は回収したし、解剖に回す予定ではあるが……」

 

アルデール君に自信なく答える。

おそらく、解剖で真の原因は分からんだろうな。

そう言った能力を持ったモンスターという事が明らかになるだけだ。

 

「あれ、市街に出てたら大被害だったぞ。今回の探索はつまんねえと思ってたけど、やっといて正解だったな」

「恐ろしい事を言うな。……確かに、下水から王都に出現すれば大惨事が巻き起こっていただろうが」

 

真の原因。

つまるところ、あのジャイアントラットがあそこにいた理由がわからん。

自然発生? ――考えにくい。

何者かに育成された合成獣――昆虫系とのキメラの類?

ネズミの群れの習性を能力として強化させ巨大化させたモンスター?

それくらいは解剖でも分かるかもしれんが。

 

「確実性は低いが、"シスターのインチキ"でも使って答えを求めるか?」

「……自然発生したモンスターではないと?」

 

私の思考を読んだように、アルデール君が疑問を投げかける。

 

「少なくとも、私はそう考えている。王都の混乱を狙ったものではないか……または何者かが下水道で実験でもしていたか。実験だけならまだマシな方だな。はた迷惑ではあるが」

 

考えられる理由は幾つもある。

 

「なんか嫌な雰囲気漂ってきたなあ。何かの陰謀とか御免だぜ俺」

「巻き込まれたんだ。最後まで責任持つのが大人というものだぞ」

「一介の冒険者に無茶いうなよ」

 

そもそも、ジョセフィーヌからして、あのジャイアントラットと同じ強化生物ではなかろうか。

ワニでも10メートルのサイズは珍しいし……あのワニ、実はまだ幼体で更にデカくなるんじゃないのか。

そんな余計な思考が入る。

 

「ギルマス、せっかく探索終わって酒飲んでんだから考え事やめない?」

「それができたらどれだけ楽か。職務がそれを許さんよ」

「いやさ、考えるのは王家じゃん。ギルマスが気にする必要ないって」

 

オマール君が気軽に――朗らかに酒を飲みながら言う。

私は少し笑って、そのテキトーさに好感を覚える。

 

「ま、確かに陰謀論への対策は王家の仕事だ。今は解剖結果を待つとしよう」

「そうそう、酒飲んで肉食って――その後、娼館に行こうぜ」

「まだ言ってるのか」

 

最後まで娼館に誘うオマール君に、私は笑って一人で行けと言ってやった。

 

 

 

 

 

 



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023 - 貴族のパーティー -

貴族にとってのパーティーとは、生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤すようなものらしい。

姫様が語った言葉だ。

要するに暇つぶしなのだろう。

私はそう解釈している。

 

「ほんと―に嫌だけど、エスコートお願いできるかしら、スズナリ殿」

「嫌だよ。帰りたいよ」

 

私はこの期に及んで――パーティーの控室にて否定の言葉を吐いた。

 

「何で噂を強調するような真似をしなきゃいけないんですかね」

「私に釣り合う男性がいないからよ」

「私ならば釣り合うと?」

「いないよりはマシだわ」

 

姫様は今日16歳になった。

その誕生日パーティーの付き添い――お相手として私が選ばれたというわけだ。

正直、嬉しくない。

 

「貴方、ダンスはできる?」

「できるわけないでしょう。王様ができますか?」

「あら、お父様はできるわよ。年中お母さまと踊り狂ってたって話知らない?」

「知りませんね」

 

アルバート王が本当に妻を――王妃様を愛していたとは吟遊詩人にも語られる有名な話だが。

そこまで内輪の事情は知らない。

まあ、吟遊詩人の言葉は殆ど吟遊ギルドが謳わせている戯言だ。

そのまま信じるのも阿呆らしいし、私が信じなかったのも仕方ないだろう。

 

「とにかく、私はできません」

「仕方ないわね、そこらへんはなんとか誤魔化すとするわ」

 

やれやれ、とため息をつくアリエッサ姫。

ため息をつきたいのはこっちの方だ。

 

「とにかく、婚約者候補としてしっかりしてね」

「その婚約者候補という時点から外れたいんですが……」

「失礼な奴ね」

 

お前もこの間までは一緒に同意してたじゃないか。

婚約者候補だなんて失礼な話だって。

アリエッサ姫の微妙な変化に今気づいた。

あれ、ひょっとして良くない事が今起きている?

 

「スズナリ殿」

 

その思考を止めるように――がしっ、とパントライン嬢の両手が私の肩を掴む。

 

「大丈夫……大丈夫ですよ」

「何が!?」

「私が大丈夫といったら大丈夫なんです」

 

ぎゅーっと、アレキサンダー君を抱きしめるように私に抱き着くパントライン嬢。

胸が当たっているので止めて欲しい。

 

「そうよ、パントライン。そうやってスズナリを押さえつけておきなさい」

「はい、姫様」

 

私は何かが間違っている、何かが不自然である。

そんな疑念をずっとずっと抱きながら――パーティーの開始時間まで、パントライン嬢に抱きしめられていた。

 

 

 

 

 

 

姫様の言うところの、生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤す、煌きらびやかな夜の世界。

だが、私には死の様々な断片を振り撒き、細胞のひとつひとつまでもを委縮させる、地獄の様相しか感じ取れない。

いつもの王の間から玉座を取り払い、パーティー会場と化している赤い絨毯が敷き詰められたホールにて。

ホールは、水を打ったように静まり返っている。

姫様の――アリエッサ姫の婚約者候補として私が紹介されようとした席でだ。

騎士の一人から反対の声が上がった。

おそらくは、婚約者候補として精査を受けた一人であったのだろう。

 

「私は反対です。市井の冒険者に姫様を渡すなど――」

「殺すぞお前」

 

若者の騎士が言い切る前に、王様は単刀直入に言の葉を述べた。

私は若者の騎士にハグしてあげたい気持ちだったが、それを抑えた。

今日のアルバート王、なんか滅茶苦茶に怖い。何だこれ。

とても冷静ではいられない。

 

「し、市井の者に姫様を渡すなど」

「殺すぞお前」

 

反抗する声に、アルバート王は二度同じセリフを吐いた。

怖い。

率直に言って、マジで怖い。

アルバート王は私と同じ生き物なのだろうか。

ドラゴン殺しという生き物が何なのか、周囲にハッキリと分からせながら。

公爵を含めた、この席に居合わせた全ての生物に恐怖感を味合わせながら。

アルバート王は帯剣もしない身体で、彼の一生を一秒で終わらせかねない雰囲気を漂わせ始めた。

拙い。

 

「アルバート王、ちょっと待ってください」

「はあ? 殺すぞお前」

 

俺に対しても同じセリフかよ。壊れたゴーレムか。

横に立っているアリエッサ姫を見るが、アルバート王の威圧に耐えかねてガクガクと身体を震わせている。

ぎゅっと、私の袖を握る手がブルブルと震えていた。

駄目だ。肉親のコイツが涙目になるレベルか。

いや、逆にこれを……。

 

「姫様が怯えています。すぐにお止めください」

「おお、そうか」

 

威圧が解かれた。

若干、恐怖感が薄れたような感覚が身をほぐす。

どこからともなく息が漏れ、大きなため息となってホールを覆った。

 

「諸君、このようにスズナリは我が娘に気遣える男だ。婚約者としてふさわしいと思うが」

「まさに慧眼でございます!! さすがアルバート王!!」

 

全ての空気を入れ替えるかのようなヨセフ殿の絶叫がホールを覆った。

だが――

 

「そいつを殺すのは変わらんのだぞ、ヨセフよ」

 

ニコニコしながら、アルバート王は決意を告げた。

アカン、アカンわこれ。

転移前のお国言葉が二度脳に浮かぶ。

ヨセフ殿が声を張り上げたのは、あの騎士の命を救うためであろう。

正直、ヨセフ殿が庇わなければ見放してたが。

どうにかして助けの手を差し伸べてやらなければならない。

 

「アルバート王、認められていないのは私です。私が彼の相手を務めましょう」

「はあ!? お前……まあ、いいか」

 

アルバート王は再び殺意を強めようとしたが、涙目になってるアリエッサ姫を見て何とか止める。

ただ――

 

「きっちり殺せよ」

 

アルバート王の殺意がゆるぎない。

何故そこまで殺したがる!?

 

「お断りします――その価値もない男ですよ」

「ふむ……」

 

あえて罵りを吐き、何とか命だけは助けようと試みる。

許せ青年よ。

何か分からんが、全て君の行動が悪い。

この世は弱肉強食なのだ。

今のアルバート王を敵に回したら、この場にいる全員が問答無用で死ぬ。

一生が一秒で終わるのだ。

 

「私を敵に回す。その勇気だけは買ってやろう」

 

何か、もう何でもいいから。

適当にそれらしい言葉を吐きつつ、とりあえずどうにか流れで――

彼の命を救うのだ。

もう、上手く切り抜けたら本当に感謝しろよ、お前。

 

「その勇気ある騎士に剣を。決闘だ!!」

 

私は招待客全員が恐怖で身を震わすホールで絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

もはやパーティー会場の赤い絨毯が、グロテスクな鮮血の色に見える。

残酷な決闘場と化した王の間で、私は黙って相手を見据える。

 

「剣は握ったか!?」

「……」

 

叫ぶが、返事なし。

魔法使いのババアか!

と元の世界のハートマン軍曹のように罵りたいところだが止める。

むしろよくやったよコイツ。

あのアルバート王の威圧に耐えながら、二の句を述べられた時点で結構な実力者なのは分かる。

だが、その実力に見合った自信が仇となって今こうなっている。

 

「早く始めろ!!」

 

アルバート王の怒号。

だから威圧は止めろっつってんだろ。

横にまだいるアリエッサ姫の震えが酷い。

さっきからずーっと俺の袖を握っている。

というか、この状態のまま勝負を始めていいのか?

良いわけないよな。

 

「アリエッサ姫、御離れ下さい」

 

私はアリエッサ姫の手をぎゅっと握る。

不思議と、アリエッサ姫の震えは止まった。

落ち着いたようなので自分から身を離す。

 

「さあ、若者よ。かかってこい。これが人生最大の勝負だと思え!!」

「……」

 

返事なし。

何かしら言葉を掛け続けねば拙い。

とにかく、アルバート王の横やりだけは封じなければならない。

 

「お前はそこまでの人間か!? 騎士になるときに何を誓った! それを思いだせ!!」

「……」

 

返事はないが、ピクリと反応があった。

今、まさに彼は騎士の誓いを思い出しているのであろう。

――走馬灯のように。

 

「これで終わりか!? そうじゃないだろう。男ならやり遂げろ!!」

「……」

 

ぴく、ぴく、と剣を握った騎士の手が反応を起こす。

今、まさに彼は騎士と呼んで相応しい人格を取り戻しつつあるのだ。

騎士の誓いを叫ぶ。

 

「堂々と振る舞い、強者には常に勇ましくあれ!!」

「――オオォ!!」

 

もはや絶叫と化した私の言葉に呼応するように、騎士が叫んだ。

それでいい。

これで彼を殺すことは免れた。

私は祝詞を唱える。

 

「”相応しき敵に対し、相応の剣を為せ”」

 

私の手に、黒い泥濘で出来た剣が握られる。

騎士が駆け出して私の身体に切り込む前に――私はそれを地面に突き刺し、呪文を為した。

 

「”敵を大地に閉じ込めよ”」

 

騎士の足が止まり、まるで赤い絨毯に足を取られたように転ぶ。

騎士は身をもがくが、そのまま絨毯に埋もれるように城の中へと沈んでいった。

 

「殺ったか!?」

 

アルバート王の嬉々とした声が響く。

命はとらん。

後でちゃんと床から引っ張りだしてやるからな。

空気のある空間も作っておいたから。

勇気ある騎士に対し、私は心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

王宮。

いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間――パーティーを終え、王座を元の場所に戻した場所にて。

俺は酒を飲みながら、不機嫌さを隠さずに不満を投げつける。

 

「ヨセフよー、今日のは一体どういうことなんだよ」

「アルバート王、あの若者の命はなにとぞお許しください。確かに元冒険者である王様に対しても不敬でありましたし、殺しても致し方ないところかもしれませんが……奴は騎士団長候補であります」

「殺さねえよ。邪魔が入ったからな。スズナリに感謝しとけよ」

 

次の王になるんだからな。

ヨセフではなく、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「スズナリを婚約者候補として――実質、婚約者として発表する大切な日に何かましてくれてんだよ」

「全ては私の管理不足ゆえ――罰はすべて私に」

「それやると、スズナリが不快に思うだろうが」

 

あの男は細かい。

今回の件が何に影響をもたらしたか、キッチリ調べてくるだろう。

俺がどれだけ威圧を掛けても、恐怖に耐えて俺の顔をしっかり見てきた奴だ。

他の一山いくらのボケカスとは違う生き物だ。

レッサードラゴン殺しは伊達じゃないようだな。

やはり、アリエッサを任せられる奴はアイツしかいない。

 

「お前への罰は引退先延ばしだ。俺が王を辞めても、お前はスズナリに仕えろ」

「はっ、承知致しました」

 

ヨセフが俺の威圧に耐えながら頭を下げる。

ヨセフですら、威圧している時は俺の顔を見ようとしない。

 

「もういいよ」

 

威圧を解く。

ヨセフが姿勢を正し、俺の面と視線を合わせる。

 

「王様、本日は本当に……」

「もういいって言ってるだろ。俺もやりすぎたよ」

 

丁度いいから、スズナリへの「試し」を含めたパーティーだったとはいえ。

公爵を含めた全員を震わせる威圧はやりすぎだったとしかいえん。

 

「アリエッサの様子はどうだ?」

「今日は、スズナリ殿の袖をずっと握っておられたようで」

「少し、やりすぎたか」

 

ひょっとして、嫌われただろうか。

だが、それも仕方ないことだ。

嫁に行く娘への手向けと思ってくれ、アリエッサよ。

 

「……」

 

黙って酒を飲む。

 

「アルバート王、姫様から嫌われるようなことは決して。次の日には元通りに……」

 

俺の心境の機微を察し、ヨセフが言葉を投げかけてくる。

本当にこういうところは有能だなコイツ。

 

「父親なんか、娘に嫌われはじめてやっと値がつくものじゃないか、ヨセフよ」

「……私にはわかりません。この間、”父上は私を売ったんですか”と言われましたが」

「あー、俺がアリエッサに”スズナリに娼館に行かせるぐらいなら、パントラインに手を出させろ”とか言ったからな」

「それは私が承知済みですし、致し方ありません」

 

ニヤリ、とヨセフが笑う。

こういうところが好きでコイツを傍に置いている。

 

「アルバート王は娼館がお嫌いですか?」

「俺は好き”だった”けどな。娘をやる相手となると別だな」

 

王妃を――アイツを娶ってからは独り身を貫いてるし。

真の愛はある。

願わくば、スズナリとアリエッサがそうであって欲しいと思う。

それはワガママだろうか。

 

「俺のワガママかな?」

「そうとは言えないでしょう。私も妻一筋ですし。何、どうせスズナリ殿は何人も嫁を娶ることになるのですから……」

 

ヨセフと話しながら、酒を飲む。

俺はヨセフにも酒を勧め、一緒に飲むことを求めながら今日の夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 



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024 初見殺し

ダンジョンギルドの地下室。

そこで私は巨大ネズミ――アルデール君の案を採用し、ジャイアントラットと呼ぼうか。

先日、下水道で回収した死骸をダンジョンギルドまで運び、ギルド員と一緒にその解剖をしていた。

 

「キメラですね」

 

結論は出た。

昆虫系の能力。

モンスターである殺人バチの特性、スウォーム。

下位の同種族を意のままに操る、その能力を重ね合わせているキメラだ。

 

「真の原因はどうとる?」

「私ならただの実験でやります。勿論、私じゃありませんがね」

「それはわかっているがな……」

 

ギルド員である生物魔法使い――名をキリエという。

私より魔法のスキルは劣るが、その代わり生物学者としての能力は類を見ない――彼に尋ねたところで無駄だった。

彼はただのマッドだ。

真の原因――何故下水道にジャイアントラットが居たかはわからない。

アルバート王には書簡で警告だけはしておくか。

理由はわかりませんが下水道でキメラ作ってた奴がいます、という糞の役にも立たない不安を煽るだけの書簡になるが。

 

「キリエ、その解剖体は約束通りプレゼントしよう。悪用はするなよ」

「解剖した時点で用済みですけどね……まあ夕食用として頂いておきますか」

「食べるのかよ」

「私の研究生物がね」

 

ヒヒ、とキリエが笑う。キモイ。

付けていたマスクと手袋を外す。

さて、どうしたものか。

オマール君の言うように、ダンマス――冒険者ギルドのマスターである私には何の関係もない。

そうほったらかしてもいいが、やはり気になる。

キメラである以上、この種の――初見殺しのモンスターが今後も発生しないだろうか。

知識とは強さである。

ゆえに、冒険者ギルドではその共有を是としている。

力量ゆえ、その対策をできないパーティーも多いが。

 

「アルデール君やオマール君はもちろん、私ですら読めなかった」

 

数千匹のネズミが津波のように襲い掛かってくる等、誰が知識なしの状態で読める?

警戒はしていたものの、ジャイアントラット戦では私の呪文にもラグが生じた。

あれは致命的だった。

あれが――ネズミが急性の毒を持つ生物であったらどうする?

私の生物魔法なら毒くらいなんとでもなるが、あの状況下で対応できたか?

それを考えると、どうしても放置はできない。

 

「しかし……となると」

 

どう対応すべきか、という話になる。

頼るべき道筋が見えない。

いや、唯一あるにはあるのだが確実性がない。

だが、やらないよりマシかとは思う。

 

「”シスターのインチキ"を使って答えを求めるか」

 

曰く、神頼み。

この時点で頼るには、それくらいしか手はない。

だが――

 

「この街で使えるの、アリー嬢しかいないらしいんだよなあ……」

 

私は天を仰ぎながら、神様を呪った。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンギルド本部の私室。

椅子に座りながら、私はシスター服の女性と対峙していた。

 

「と、いうわけで哀れな孤児達のためにも、ギルドから教会にぜひともご寄付を」

「毎月お決まりの言葉はいい。今日は別な要件があります」

 

私は本題に入るべく、撮り終えた解剖写真と資料を机の上に並べる。

もちろん、ジャイアントラットの物だ。

 

「これは……」

「今から説明します」

「ハツカネズミのように子供をたくさん作ろう? そういう意味ですね」

「違うわい」

 

ぐっ、と握り拳を作るアリー嬢に私は否定した。

相変わらず脳みそブッとんでるな。

 

「今日は毎月の浄財への感謝を払ってもらおう、そういう話です」

「……はあ」

 

よくわかっていないようで、頬に手をやりながらアリー嬢が呟く。

 

「ですから、この身体を今スズナリ殿に明け渡そうと」

「欲しいのは貴女の能力だけです。”シスターのインチキ”」

「アレですか」

 

んー、と呟きながら体を傾けるアリー嬢。

何を悩んでいるんだ。

 

「いいでしょう。その代わりまた今度デートしてください」

「……やっぱり、そういう話になりますか。浄財の代わりとしては?」

「正しく使ってる限り、どうせ寄付を止めませんもん。スズナリ殿の性格だと」

 

完全に見切られてるな。

私は苦笑しながら、諦めることにした。

 

「いいでしょう。もう一度デートしましょう」

「よし来ました。それでは能力使っちゃいますよ。詳細を教えてくださいな」

「話すと長くなりますので資料を読んでいただくとして……このジャイアントラットを造った異常者が何者か、目的は何か神に尋ねて欲しいんですよ」

「個人名と目的ですか?」

「顔の造形や、姿形までイメージできますか? それが出来れば楽なんですが」

「いえ、残念ながら」

 

シスターのインチキは、あくまでも口述による導きと聞いている。

資料を読みながら、アリー嬢は答えた。

 

「何か、イメージを頭に浮かべてくれるほど超強力な能力じゃないですからね」

「その上、間違いも時にある、と」

「それに縋りつきたいほど困ってらっしゃるんでしょう? あと、質問は一つづつですから、どちらかを選択してください」

「では先に目的を。名前は来週にしてください」

 

ばん、と音を立てて、持っていた資料を閉じるアリー嬢。

 

「本当にこんなモンスターが下水道にいたんですか?」

「いたから困ってるんですよ。」

「んー」

 

また何か悩むような仕草をしながら、アリー嬢が呟いた。

 

「結構大事な話になるみたいですね。それでは、誠心誠意を込めて祈らせていただきます」

 

アリー嬢はぱちくりと眼を閉じ開きした後、膝を崩し、教会のある方向へ向かい祈りを始めた。

 

「”神のお告げを”」

 

不思議な微光が、アリー嬢を包んだ。

 

 

 

 

 

 

アリー嬢の祝詞が、私の私室に響いた。

 

「”神のお告げを”」

 

アリー嬢の身体を包む不思議な微光がいよいよ強くなり、幻想性すら覚える程に光が美しくなる。

一瞬、アリー嬢に見惚れる。

そして、厳かな声が私室に響いた。

 

「”我が使者アリーよ。よく聞きなさい。犯人は国家の弱体化を目論んでいます”」

 

そして、最悪な答えが私の耳に伝わった。

 

「”我が使者として、スズナリ殿に力を貸してあげなさい”」

「感謝します。神様」

 

アリー嬢を包む、不思議な微光が収まった。

微光が解けた今、そこにいるのはただの淫乱なシスター長でしかない。

一体、私は何に見惚れていたのだろうか。

そんな虚しさが私を包んだ。

 

「……スズナリ殿、聞いての通り……何なんですか、その残念そうな顔」

「いや、何でもない。神のお告げは本当なのか?」

「確実性は保証できませんよ。ですが、感覚上、間違え易い祈りと間違えにくい祈りがありましてね」

 

アリー嬢が、”シスターのインチキ”について自己の解釈を述べる。

 

「今回は――残念ながら”間違えにくい祈り”の方です。国家の転覆を望む――あるいは国家の弱体化を望む者があのモンスターを造ったのは間違い無いと断言しても良いですよ」

「……すぐ、王宮に報告しよう。そしてギルド内にも周知を」

「私の教会内でも注意していいでしょうか?」

「それは混乱を招く、止めてくれ」

 

あくまでも、秘密裏に事は片付けなくてはならない。

そう、子供や市民には被害の無いように"処理"しなくてはならない。

そのためならば、何でもしよう。

――仮に、それが暗殺でもだ。

 

「スズナリ殿、少し顔がお怖いですわ」

 

ぐに、とアリー嬢が私の頬をつまむ。

 

「……いきなり、何をするのかね」

「緊張を和らげてあげただけですわ。もっと気楽にいきましょう」

「気楽にいく、そんな余裕は無いよ」

「まだ一匹ネズミが見つかっただけですわ」

 

言いえて妙な事を言う。

私は少し頬を緩めて、言い返す。

 

「一匹見つければ、三十匹はいると言うぞ」

「それはゴキブリでは無かったですか。……なににせよ、スズナリ殿は笑った方が素敵ですわ。笑うとえくぼが出来ますのよ、スズナリ殿は。知ってますか?」

「知らんよ」

 

三十二歳のオッサンにそんなこと言われても困る。

もうすぐ三十三歳だ。

――思えば、異世界に来て早いものだ。もうすぐ十一年になる。

そんな私の感情を無視して、アリー嬢は言葉を続ける。

 

「デートの約束は忘れないでくださいね。神に誓って」

「ああ、神に誓って……だから、頬から手を離してくれ。喋りにくい」

 

私はアリー嬢に約束しながら手を伸ばし、頬肉を掴む彼女の手を離した。

 

 

 

 

シスター服を脱ぎ、寝間着へと着替える。

スズナリ殿にはどこか陰のあるような気がする。

 

「怖い顔、してたわねえ」

 

おもわず、ぐにっ、と頬肉を掴んで表情を崩してしまった。

スズナリ殿のあんな顔は見たくない。

これこそ、恋する乙女の気持ちなのかしら。

 

「やっぱり、何人も人を殺した事があるのかしら?」

 

世間で噂の、スズナリ殿のお相手。

アリエッサ姫も――マリー・パラデス嬢も、アリーナ・ルル嬢も。

誰一人として、スズナリ殿の深淵は覗いていないのではないか。

もちろん、私を含めて。

 

「物語みたいに、暗殺ギルドや盗賊ギルドがあったらいいのにねえ」

 

そんな胡散臭いギルドがこの世にあれば、ダンジョンマスター、冒険者ギルドの長たるスズナリ殿が汚れ仕事に手を染めずとも良い。

だが現実は違う。

 

「死の匂いが時々するのよねえ」

 

スズナリ殿がギルマスになって――寄付を頂くようになって5年、長い付き合いになるが。

時々、不穏な匂いがするのだ。

犯罪者やこの優しい国のあぶれ者、その埋葬に紐づくような匂いが。

教会は死に直結する機関であるからこそ気づいた。

 

「――初めは」

 

その匂いが怖かった。

だが、それはあの優しくて少し怖い人の宿命だと気づいた。

それはいつのころだったろうか。

シスター長を拝命した頃から?

それとも、酒に酔っぱらったまま私と会うスズナリ殿を見てから?

 

「思いだせないわねえ」

 

深い事を考えるのは苦手なのだ。

この想いが恋だと気づいたのはいつ頃だったのか。

それすら思い出せない。

そして、それを放置していたらライバルが急に増えている事に気が付いた。

最初に好きになったのは、私のはずなのに。

 

「みんな、見る目が無いのよね、きっと」

 

今更になってから、どいつもこいつも人の想い人を奪おうとする。

奪られてたまるもんか。

スズナリ殿は私のものだ。

本妻にしてくれとまでは言ってない。

だが、あの人の愛は私のものだ。

そのためなら何でもしよう。

どんなにハレンチで見苦しいと思われようとも。

 

「”神の御加護を”」

 

スキルでも何でもない言葉を口に出す。

今回は丁度良い機会だ。

スズナリ殿の役に立って見せよう。

神様の仰せのとおりに。

 

「そう、神様の仰せの通りに」

 

アリーはそう一つ呟いた後、眠りにつくことにした。

スズナリが自分と同じく、良い眠りに就けることを祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 



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025 新迷宮発見

街のギルドの私室。

年老いた公爵の静かな喋り声を耳にしながら、ふと先日の事を思い出した。

 

「先日のパーティーは散々でしたね」

「やめてくれ。思いだしたくない」

 

公爵は顔を左手で覆いながら、もう片方の手をひらひらと仰ぐ。

年老いた公爵にはキツイ記憶のようだ。

 

「アルバート王があんなに激怒されたことは?」

「一度だけ似たような事があった……アレは王に自分の娘を新たな正室として娶るように”要求”したアホがいた十年前だが」

 

姫様がその場にいなかったから、結末はすぐ済んだ。

一秒後、その場でアホの首をねじきったアルバート王の姿とともに。

そう呟く公爵に、そっちの事件の方が怖いわと私は思う。

ホラー映画かよ。

 

「あんな姿を見て、王位後継者を争うとは思わんね」

「どの道、大して興味ないんでしょう?」

「まあな。アルバート王の治世がしっかりしている以上、最初から儂に不満は無い」

 

公爵はズッ、と音を立てて薬草茶を啜る。

周りはたまに騒いでいたがな。今回の件でしばらくは落ち着くだろう。

公爵は飄々とした顔で呟いた。

 

「しばらくは、ですか」

「喉元過ぎれば熱さを忘れるアホは、いつの世にも確実に存在するものだ」

 

公爵は頷き、手元の湯飲みの中身が無くなったのを確認し、コースターにそれを置いた。

 

「――さて、嫌な話はここまでにしておこう。今回は要件があって来た」

「内容によりますが」

「先日の火山活動の件では協力ありがとう。今回はその件の後日談でな」

 

部屋の端からファウスト君を動かし、空となった公爵の湯飲みを交換する。

 

「有難う。――山火事を防ぐため、はげ山にした山から迷宮が見つかった」

「迷宮が?」

「いつからあった物かはわからん。火山活動の前には見つからなかったのだが……」

 

不思議そうに公爵が言う。

 

「勿論、公爵領内ですよね」

「もちろんそうだ。頼みたいのは――まあ言うまでもないのだが」

「迷宮の調査ですよね。人を送りますよ」

 

領内であるならば、以前の新造ダンジョンの件――他国との緩衝地帯に出来たそれのように、急ぐ必要はない。

何でもかんでも自分で解決する必要はない。

人も育てていかねばならん。ダンジョンのギルド員に任せよう。

 

「……」

「? どうかされましたか?」

「ジャイアントラットの件が気になる。君が調査した方が良い」

 

公爵には国家弱体化の企みについて、すでに話が通っているようだ。

 

「人に造られた迷宮だと?」

「何かしらのコアを用いて迷宮を造ること自体は不可能ではないと聞いたことがある」

「私も聞いたことはありますが――それは誰かが罠を張っている、と?」

「その罠は君が目的かもしれん……」

 

公爵は心配そうな視線を私の顔に向ける。

 

「私?」

「君がどれだけ否定しても、現段階で次の王候補は君だ」

「……ま、そうでしょうね」

 

世間的にはそう見られているのであろう。

それは否定しない。

 

「アルバート王を直接狙うのは愚の骨頂。ならば君を狙ってもおかしくはない。国家の長期的な弱体化を考えるならばな。むろん、他の冒険者が引っかかって死んでも弱体化にはつながる」

「なるほど」

 

私は相槌を打つ。

とすれば……色々考えても結局、迷宮は最初に私が探索するのが無難か。

私は大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

選抜するメンバーは、何時もの通りだ。

 

「アルデール君、そしてオマール君」

「判った」

「お任せください」

「スズナリ殿、私も……」

 

ルル嬢が手を上げるが、彼女は今回、留守番だ。

 

「君には、私のギルマス代理を務めてもらわねばならない」

「……分かりました」

 

ルル嬢が頷く。

そもそも、デスク業を望んでいる彼女をあまり連れ出すべきではないのだ。

 

「マジックキャスターが足りなくねえか? いや、ギルマスが不足だとは言わねえけど」

「意図的な少数精鋭だ。アタッカーは二人で十分。首が千切れても心臓が脈を打ってたら、私なら癒してやれる。回復職も攻撃魔法職も不要だ」

「怖えよ、どんな事態予想してんだよ」

 

最悪でレッサードラゴンがいる事態だ。

前回の轍を踏むような――油断を招くような事はしない。

 

「私は公爵の心配が過ぎてるだけと予想しますがね」

「私もそう思う。だが、一度失敗したのだ、念には念を入れるにこした事は無い」

 

アルデール君の言葉に反論する。

あんなみっともないミス、五年前ならすることは無かったのだから。

ここらで一つ、感覚を取り戻しておかねばならん。

 

「失敗?」

 

アルデール君が不思議そうな顔で私を見つめる。

……拙いな。

前回の私の呪文のラグを、アルデール君やオマール君はミスと考えていないらしい。

それでは困る。

ここは一つ――

 

「……」

 

威圧する。

氷柱を叩き割るように、場に一筋の刃を落とした。

瞬時にアルデール君とオマール君は壁まで飛びのき、私を攻撃対象にした。

 

「……よろしい」

「何がよろしい、だ。殺す気か!?」

「何事かと思いましたよ」

 

アルデール君とオマール君が冷や汗をかきながら、矛を収める。

 

「殺す気で威圧したんだよ」

「何故そんな事やる必要あるんだよ、アホか!!」

「……ギルマスは、先日のジャイアントラット戦で何かミスがあったと?」

 

アルデール君は呑み込みが早い。

オマール君も見習え。

 

「防御術にラグがあった。全盛期の私ならあんなミスはしなかった」

「老化を嘆く御歳でもないでしょう」

「雑魚ばかり相手をしていて、身体が鈍っているのさ」

 

――いや、身体能力ではなく、正確には覚悟と感性だ。

アルデール君に反論しながら、それを嘆く。

取り戻さなくてはならない。

目の前のありとあらゆる生き物を、必要なら瞬時に何の動作も必要なく殺せるような覚悟――

先代の教えだ。

人殺しも、最近ではやってない。

――最後に殺した人のカタチをした生き物は何だ。

連続強姦魔だったか? 他国から忍び込んだ奴隷商人だったか? 記憶に薄い。

だって、それは”どうでもいいこと”じゃないか。

 

「――ギルドマスター」

 

私の思考を、ルル嬢の声が現世に引き戻す。

何か、変な方向に意識が飛んでいた。

かぶりを振って、意識を戻す。

止めよう。

今のは悪い思考だ。まるで先代に――操られているような。

 

「とにかく、新迷宮にはこの三人で挑む。覚悟はできたな」

「強制的にさせられたよ糞が」

 

オマール君の悪態を聞きながら、私たちは公爵領の新迷宮へと旅立つことにした。

 

 

 

 

 

 

我々はダンジョン最奥部までたどり着き――そして声を挙げた。

 

「私の予想通り、公爵の気のせいでしたね」

「ギルマスよー、俺の気疲れを返せ」

「いい経験になったと思え」

 

私は二人の愚痴めいた戯言を打ち消しながら、壁に手をやる。

 

「永続的に物資が――モンスターが湧きだすパターンのダンジョンか」

 

ちょうど浮き出ていた鉱石を手に取り、雑嚢にしまう。

 

「公爵領にとっては、予想外のいい稼ぎになりそうだな。新しい関所が作られることになりそうだ」

 

壁にノックして、その反響音を確かめる。

岩の音しかしない。

 

「俺たち冒険者にとってもな。関所は勘弁だが……」

「いい研究材料が転がってそうなダンジョンです」

 

どうやら、結局のところ罠などではなく自然発生のダンジョンだったようだ。

そりゃそうか。

罠なら――もっと安価で効果的な手をとる。

警戒のしすぎ、というほどでもなかったと同時に思うが。

一応、ダンジョンボスも居たことだし。

 

「――さっさと帰って、公爵に報告するか」

「それはいいが、レッサーデーモン討伐の報酬って出るんだろうな」

「死体から魔核を引きずり出しておけ」

 

私はダンジョンのボスであったレッサーデーモンの死骸を踏みつけながら、アルデール君とオマール君の二人の元へと歩み寄る。

強敵――というほどではなかったが、覚悟の分、少しは全盛期の力を取り戻せた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ? 市井では話題にすらなってないと聞いているぞ」

「レッサーデーモン程度では相手にもなりませんよ。キメラ強化したモンスターでないと……」

 

それも初見殺しのキメラでなければ、あの者には通じないであろう。

このアホはそれすらわからないのだろうか?

或る生物学者は、上役を心の底で見下しながら答えた。

 

「レッサーデーモンを打ち破れる冒険者等、あの国では何人もおらんだろうが!」

「レッサードラゴンを打ち破れる冒険者等、あの国では二人しかいませんよ?」

 

この男は、この世には想像もつかぬ化物じみた人間がいることを理解できないのだろうか。

いや、実際愚かなのだろう。

だが、金だけは持っている。どこから出ている金かは知らないが。

それだから利用してやっているのだ。

生物学者は心の底で、もう一度、目の前の男を見下した。

 

「運良く自然発生したダンジョンに、モンスターを放ち暗殺する案は失敗か」

 

成功するとでも思ったのか、アホが。

素体のレッサーデーモン等、金と魔核さえあれば幾らでも造れるから賛同したものの……

 

「まあいい、金は潤沢にある。次だ、次の案を考えろ」

 

自分で案も考えられないのか。

――だが、自分で今回のような愚策を提案されるよりは遥かにマシだ。

 

「仰せの通りに」

 

表向き、私は頭を垂れ、次の策を考案することにした。

全ては、自分の研究のためだけに。

傍にビスクドールような肌色をした少女を立たせながら、その様子を見る。

黙って、屹立していた。

 

「アリザ、お前も私に習って礼をしなさい」

 

ピクリ、と少女が反応し、頭を垂れる。

 

「良い子だ」

 

私はその反応を、静かに褒め称えた。

 

 

 

 

 

アリー嬢の祝詞が、私の私室に響いた。

 

「”神のお告げを”」

 

アリー嬢の身体を包む不思議な微光がいよいよ強くなり、幻想性すら覚える程に光が美しくなる。

本日は、アリー嬢に見惚れるようなことは無い。もう慣れた。

そして、厳かな声が私室に響く。

 

「”我が使者アリーよ。よく聞きなさい。犯人は複数です”」

 

そして、予見できた答えが私の耳を覆った。

質問を間違えたか。

ジャイアントラットを造った生物学者の名前とするべきだったか。

 

「”我が使者として、スズナリ殿に力を貸してあげなさい”」

「感謝します。神様」

 

アリー嬢を包む、不思議な微光が収まった。

微光が解けた今、そこにいるのは、やはりただの淫乱なシスター長でしかない。

そんな虚しさが私を包んだ。

 

「……スズナリ殿、毎回のその残念そうな顔は何なんですか」

「何でもない。神様への質問の仕方を間違えましたか?」

「そうですね。ですが、感覚上、個人名の特定は間違えやすい祈りの類ですよ」

「……誤逮捕の確率が高いか」

 

間違えて、キリエの――ウチのギルドのマッド生物学者の名前が出てきたら笑うしかない。

 

「ですね。生物学者といっても数がいます。お勧めはできません」

「当国の生物学者とは考えにくい……外部の人間と考えた方がいいんだよなあ」

「そうですか? 膿はどこにでもあるものでしょう」

 

アリー嬢は分かった風な口をきく。

 

「……君に、何がわかる?」

「スズナリ殿に陰の部分があるくらいは」

「ふん」

 

鼻で笑う。

私の何がわかる。

そうしていると、また、ぐに、とアリー嬢が私の頬をつまむ。

 

「……何をするのかね」

「何度もいいますが、スズナリ殿にそんなお顔は似合わないですわ」

「君に何がわかるというのかね」

「一銅貨も寄付してくれなかった先代殿と違うというくらいには」

 

――先代。

この世界に落ち、右も左も判らずに彷徨う、浮浪者も同然だった自分を拾い上げてくれた方。

頬肉を掴むアリー嬢の手を跳ね除ける。

 

「君に先代の何がわかる!!」

「貴方に、何か良くない影響を与えた方というくらいは」

「――っ!?」

 

激怒する。

今まで感じたほどが無いくらいの激情だ。

だが――この、心の冷めた部分は何だ。

 

「今日は帰ってくれたまえ」

 

アリー嬢に背中を向け、言い放つ。

何だ、この心の冷めた――冷たい部分は。

冷静な部分が、アリー嬢の言葉を肯定している。

アリー嬢は何を理解した?

 

「今日は――これで失礼します。ああ、そうそうデートの約束は忘れないでくださいね。神に誓って。これで二回の約束ですよ」

「帰りたまえ!!」

 

アリー嬢に威圧を与える。

氷柱を叩き割るように、場に一筋の刃を落とした。

だが、オマール君やアルデール君とは違い、アリー嬢はそれをただ耐えるようにして。

私の眼をじっと見つめた後、会釈して部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 



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026 幕間 スズナリが怖いから何とかしようの会

 

王宮。

赤い絨毯が敷き詰められた王の間――ではなく。

ここはアリエッサ姫の私室。

そこに数人の妙齢の女性が集まっていた。

 

「それでは、第一回チキチキ、スズナリが怖いから何とかしようの会を始めるわ」

「チキチキ?」

「何か語呂が良いから付けたわ」

 

何かスズナリ殿がそんな言葉を口走ってた気がする。

それに影響を受けたのであろう。

それにしても、何とかしようと言われても困る。

勿論、スズナリ殿が怖いままでずっといるのは、私もちょっと困るが。

 

「とにかく、昨日会ったら何かスズナリが怖いのよ。まず最初に原因。怒らせたのは誰!?」

「それは……私ですね」

 

身体のラインが見えるシスター服に身を包んだ女性が手を挙げた。

 

「アンタか! スズナリが急に怖くなった原因は」

「アレが本当のスズナリ殿の姿ですよ。急に怖くなったわけではありません」

 

シスター――アリー嬢が抗弁する。

 

「私だって、お父様程じゃないけどスズナリに何か"怖さ"があることくらいわかってるわよ。でも、何でそれを表に全力で出してるのよ!」

「知りませんよ。先代への非難が引き金になったんでしょうけど!!」

 

怒鳴り合う姫様とアリー嬢。

私はそれを冷静に聞きながら――王様ほど怖くないから良いではないかと思う。

むしろ、アレくらいの方が恰好いい気がする。

 

「私は温厚で穏やかなスズナリが好き、もとい――興味を持ってたのよ。急に怖くなっちゃったら反応に困るじゃない!」

「それは貴女の愛がそこまでだったというだけです!!」

「ぶっ殺すわよアンタ。大体、先代って何者なのよ! 誰か! 知ってる奴」

 

シーン、と場が静まり返る。

だがしばらくして、はい、と手を挙げてマリー嬢が答えた。

 

「スズナリ殿の想い人だと思いますよ。姫様」

「それだけにしては執着が――強くない? 盲信じみてるって感じ」

「ほぼ浮浪者も同然だったスズナリ殿を十年前に拾ったと噂に聞いたことがあります。執着が強くなるのも当然では?」

 

マリー嬢が冷静に分析する。

 

「そもそも、何で二十二のスズナリが浮浪者同然でいたのよ。あのスズナリでしょ!? それ本当の話? ウチの国が浮浪者なんか出さないようにどれだけ努力してると思ってるのよ」

「スズナリ殿の事を私も調べましたが……そもそも、当時スズナリ殿はウチの国民ではありません」

「他国民?」

「はい。スズナリ殿が当国で確認されたのは10年前です」

 

意外そうに、姫様が呟く。

マリー嬢が続けて答える。

 

「どこからかフラリと流れ込んできた浮浪者だった、と聞いています。もう少し時間がたてば――先代に拾われなければ、国が保護するところだったと衛兵が当時の事を記録していましたよ」

 

知っている情報は以上です。

マリー・パラデス嬢が口を閉じようとして――最後に一言だけ呟く。

 

「姫様、私はあのシスターがこの場にいることが気にくわないのですが」

「ありえないことだけど。多分、ありえないことだけど。私がスズナリと結婚するような事があれば、教会からも一人誰か娶った方がいいのよ。パワーバランス的に。我慢しなさい」

 

もう、なんというか、姫様。

一体、何に抵抗しているのであろうか。

好きなら好きと言ってしまえばいいのに。

 

「それで、アンタは何か知らないの。アリーナ・ルル」

「知りませんね。知っているのはギルマスが時々殺しを請け負っている、または自発的に行っているぐらいでしょうか? その時の怖さですね、今のギルマスは」

「はあ!? 何よそれ」

 

殺しをやっているなんて聞いてないわよ、と姫様が仰る。

私は知っていた。父上から聞かされていたから。

当国のダンジョンマスターは、王室から時に殺しを請け負う事があると。

おそらく、次代のギルマスであるアルデールはそのような依頼受けはしないだろうが。

スズナリ殿は――甘いから、優しいから、そこを付け込まれたのだろう。

必要とあれば、汚れ仕事を請け負ってしまうタイプの人間だ、スズナリ殿は。

 

「アンタは知っていたの!?パントライン」

「知っていました。姫様には仰る必要のない事かと思いましたので」

 

姫様の質疑に答える。

そう、姫様が知る必要が無い事だった。

余計な事を言うな、アリーナ嬢。

 

「――今度からは報告しなさい。スズナリに関することは特に」

「承知しました」

 

本当に、余計な事だ。

姫様が余計な事を知る必要はない。

初めて打算や嫉妬、悪意抜きの、妙な反応を見せてくる異性に初恋を抱いている姫様には。

余計な事を知る必要はない。

ひょっとしたら姫様の感情は、誕生日パーティーで庇ってもらった際の吊り橋効果かもしれないが。

きっかけはそんなものでも構わないだろう、

 

「ですが、どうせお酒を飲んだら元に戻りますから心配しなくてもいいですよ、姫様」

「そうなの?」

「今は一時的に断酒してるだけです。一週間と持ちませんよ」

 

アリーナ嬢が姫様を落ち着かせるように言う。

酒とともに、何かを飲み込んでしまうのだろう。

恨みか辛みか、それとも怒りか。

それとも――別な何かなのか。

それが何なのかは判らないが、落ち着くならばそれでいい。

 

「――なら、ひとまずはそれでいいわ」

 

姫様が、落ち着いたのか息を大きく吐いた。

 

「解散。以後、随時開催するからちゃんと集まるように!!」

 

それにしても、この集会は将来の側室候補を集めたと考えていいのだろうか。

パントラインは他の女性に対しての主導権を、姫様にどうとらせるべきか、真剣に考え始めた。



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027 花に飛ぶ胡蝶の夢の戯れなり

全ては滑稽な夢の戯れであった。

酒を飲めば、現実と夢の狭間が曖昧になる。

この瞬間が、何より好きなのだ。

 

「またワインを楽しんでらっしゃるんですか。ギルマス。断酒したはずでは?」

「止めた。一週間と持たなかったな」

 

私はワインを飲み干しながら、あっさりとルル嬢に告げた。

 

「ま、無理とわかってましたけどね。本日の迷宮探索依頼の照査と、掲示板への貼り付けが終了しました」

「いつも有難う、ルル嬢」

 

次の酒をファウスト君に注がせる。

しかし、いつもワインだけというのもありきたりだな。

たまには火酒の類でも手に入れるか。

何故かドワーフしか造ってないのが問題なのだが。

何、入手難度がそう上がるというわけではない。

ドワーフの冒険者に買ってくるよう頼めば済む話だからな。

 

「飲み過ぎはよくありませんよ、ギルマス。飲み過ぎは、今日だけですからね」

「うん、わかっている」

 

何か、ルル嬢がいつもより優しい。

いつもは酒を飲み過ぎると怒るのだが。

今日は少し機嫌が良いようだ。

 

「そうか、一週間経ったのか。またアリー嬢を呼ばなければならない」

「まだ何か聞きたいことでも?」

「次に危ない場所を聞きにな」

「危ない場所?」

 

ファウスト君が注いでくれた酒を、また飲む。

 

「公爵の予想によれば、犯人は私を狙っている。ならば私が危険に合う場所を聞くべきだろう?」

 

他に良い案があるなら聞くが。

そうルル嬢に問いかけながら、酒を飲む。

 

「うーん、”シスターのインチキ”の能力が曖昧過ぎて代替案がありませんね」

「そうだろう?」

 

酔っぱらいながら、ルル嬢と会話する。

現実と夢の狭間が曖昧になってきた。

こうすれば、昔の事を思いだせる。

私が転移する前の事。

訳が分からず、浮浪者としてウロついていた当時の事も。

先代と会った時の事も。

 

「ルル嬢、先代は何故私を拾ったのだろう?」

「!?」

 

突然、奇妙な質問をしてルル嬢を驚かせてしまったようだ。

何故拾った。

異世界の迷い人が沢山いるというのなら分かるが、その節はこの世界には見られない。

――後腐れのない、人間を必要があって拾った。

決して親切の類ではないはずだ。先代の人柄は理解っている。

ひょっとして――

 

「いや、ただの戯れか」

 

ただの、戯れだ。

言葉に出したことを、思いにして飲み込む。

殺しの――鉄砲玉の暗殺者を育てるためだけなら、わざわざ浮浪者等拾うまい。

まして、5年間の付き合いであったのだ。

それぐらいは、わかる。

酒を煽る。現実と夢、当時との三点の境が曖昧になる。

 

「全ては、花に飛ぶ胡蝶の夢の戯れなり……か」

「大分酔ってらっしゃいますね、ギルマス。変な言葉呟いてますよ」

 

始めにやらされた殺しを思い出しながら、私は独語した。

そして私の心はまた、先代から少し離れた。

酒を飲むたびに実感する。

いつか完全に離れきる日が来るのだろうか。

それが幸福な事か不幸な事か――今の私には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンギルドの私室でいつもの儀式を済ませ。

”シスターのインチキ”による回答は為った。

 

「次に危険な場所は……このダンジョンの冒険者ギルドであると?」

「神様はそうおっしゃっていますわ」

「信じよう」

 

まだ酒が残っている。

私はやや酩酊したまま、アリー嬢に答えた。

 

「いえ、スズナリ殿。さすがに今回は神様の誤りだと……」

「来るさ。確実に来る。私が相手ならそうする」

「……まさかぁ」

 

アリー嬢は引き気味に答えるが、私ならそうする。

テロは弱者――守るべき対象に行うから効果的なのだ。

冒険者達をその弱者と呼ぶのは妙な気分になるが、事実私への人質としては有効なので仕方ない。

居て助けになる、というのはアルデール君やオマール君のレベルぐらいのもの。

力量差がありすぎるのだ。

 

「私を殺すことが目的なら――私が一人の時ではなく、守るべき相手がいる時を狙うべきだろう。逃げないようにするためにな」

「それがこのダンジョンだと」

「他にどこがある?」

「私とのデート中とか? 街中の方が狙いやすいと思いますが」

「敵にそれを知る術はないよ。私はめったに街中を出歩くことない、引きこもりのダンジョンマスターだからな。街のギルドに居ることも少ない」

 

計画的な犯行を練るならば、確実に私を対象として攻撃を行うならば。

このダンジョンに居る時にしか行えない。

私への監視の目を置くなど――逆ねじ噛ませて足を掴ませるようなアホではあるまい。

あのジャイアントラットを造ったレベルの生物学者の知能ならばだが。

 

「これがあくまで私を対象にする攻撃で、市民へのテロでないだけ良かった」

「……スズナリ殿は自分の命を軽く見積もりすぎですよ」

「軽く見てない。重くて消し飛ばされるわけないから言っている」

 

ハッキリ言うが、油断さえしなければ負ける気がしない。

ジャイアントラットみたいな初見殺しも、先手を打って殺しさえすればいいだけだ。

今の私は5年前、全盛期の頃の実力を取り戻しつつある。

 

「協力感謝する、アリー嬢。心構えさえできていれば負けはしない」

「……本当に気を付けてくださいね」

 

アリー嬢はいつになくしおらしく、私へ心配の声をあげる。

……先日の威圧がやはり拙かったか。

委縮させてしまっているのだろうか?

しかし、謝罪するのは嫌だ。あれはアリー嬢が悪い。

 

「そして今回の祈りでデート回数は三回になった事を忘れないでください」

「……」

 

変な心配はするだけ無駄だったようだ。

私は大きくため息を吐き、了解とだけ言葉を挙げることにした。

 

 

 

 

 

 

 

アリエッサ姫が縦ロールの髪を揺らしながら、私の前に仁王立ちしている。

 

「どうやら元に戻ったみたいね」

「元に……? 何の話ですか」

「最近不機嫌だったでしょうが。今は酔っぱらってご機嫌みたいだけど」

「――」

 

どうやら、不機嫌な面を姫様に見せてしまっていた様だ。

ここ一週間、ずっとピリピリしてたからな。

ファウスト君にワインを注がせながら、誤魔化すようにアリエッサ姫を誘う。

 

「……飲みますか?」

「一杯だけね。顔見に来ただけだから、すぐ帰るし」

「休憩時間をください」

 

パントラインがゼーハーと息をつきながら呟く。

また無理してパントライン嬢の一人前衛でダンジョン突破してきたのか。

だから、いい加減にパントライン嬢だけが護衛というのは何なんだ。

他にも護衛つけろよ。

 

「アリエッサ姫、最近物騒ですので、パントライン嬢以外にも護衛をお付けください」

「候補がいたら付けてるわよ。志願してくるのはこの前のパーティーで御父様に殺されかけたアホみたいな連中だけよ。目的がミエミエ。女性騎士ですら出世願望剥き出しで話にならないわ」

「今の彼なら付けても大丈夫なのでは? 後、実力と仕事に見合った出世を望むのは仕方ないと思いますよ」

 

後で床の中から助けてあげたときに、有難う、有難うと泣きながら私にしがみついてきた今の彼なら大丈夫だと思うのだが。

王様に、完全に一度心をへし折られているだろうし。

 

「んー、どのみちあのアホは、成長が見え始めたから次の騎士団長確定らしいし、連れて歩けないわよ」

「そうですか……ウチの冒険者の中から募ってみませんか?」

「護衛候補を?」

「他国のギルドからでもいいですね。一度探してみるのも……」

 

姫様の気に入りそうな候補。

アマゾネス?

何故かそんな単語が頭に浮かんだ。

完全に脳味噌筋肉の実力派冒険者を紹介した方がいいかもしれない。

マナーも何にも知らないだろうが。

王様は止めないだろう。多分。

 

「アンタが探すっていうなら信用して任せてもいいけど……」

「私の負担が減るのでしたら、是非お願いします。酷すぎて慣れてきましたが」

「あと、婚約者探しも他のギルドで継続しますね」

 

そうだ。他のギルドで探してみるという方法もあったのだ。

他国という選択肢を除外していたが、他国から夫を取るという方法もあるではないか。

 

「え?」

 

私の提案に、何故か不思議そうな顔をするアリエッサ姫。

 

「ああ……うん。それはもういいんだけどね」

「もういいとは」

「もういいのよ。婚約者探しの件は一度忘れてちょうだい」

 

忘れていいというなら忘れるが、探さなくてもいいのだろうか。

いや、私は婚約者候補のままでは困るので、こっそり探し続けるがな。

 

「それでは、姫様の護衛候補の件だけ心当たりをあたってみますね」

「そうして頂戴」

 

アリエッサ姫は縦ロールを揺らしながら、ワインに口をつけて答えた。

 

 

 

 

 

 

王宮の寝室。

ダンジョンでの汚れを落とした後、護衛役のパントラインと一緒に床に就く。

 

「完全に元に戻ってたわね、スズナリ」

「ええ、アリーナ嬢の言った通りでしたね」

 

酒を飲めば元に戻るのか、あの生き物。

一体、何を飲み込んだというのかしら。

私は今日の事を思い出し、スズナリの酩酊ぶりを笑う。

 

「何であんなに酔っぱらってたのかしらスズナリ」

「きっと、何かを酒と一緒に飲み込んでしまったからでしょう」

 

パントラインは私の考えていることを、そのまま口にした。

 

「ねえ、パントライン。スズナリが殺しをやっているって本当?」

「……本当の話です。お嫌ですか」

「必要な事なら仕方ないけど、ちょっとね」

 

スズナリがやっている以上、必要なことなのだろう。

スズナリ自身の意思でやっている殺しも、頼まれてやる殺しも。

ただ、スズナリの幼稚な部分。

恋愛に関しては奥手どころか幼児性すら感じられる部分。

色々な事を考えるに、どうにも似合わない気がする。

別に他の奴にやらせればいいと思うのは、ワガママなのだろうか。

 

「……姫様の婚約者候補となったからには、そういった依頼は今後王室からはありませんよ」

「……そう。では代わりに誰かがやるのね」

「ええ、今後は騎士の誰かが」

 

薄明りの中、背を向けたパントラインに呼びかける。

 

「ねえ、パントライン。私はスズナリの事が好きなのかしら?」

「それは姫様にしか分かりませんよ」

「そうよね、でも自分でも分からない時もあるのよ?」

 

年齢差は――もうどうでもよくなった。

代わりに、単純に一人の異性としてどうか、と思う時があるのだ。

今日は――元に戻っていたスズナリを見て安心した。

あの安心感は何なのだろう。

先日の誕生日パーティーの次の日、父様が元に戻っていたのとは違う感情だった。

 

「焦る必要はないのよね、パントライン」

「焦る必要はありませんよ、姫様。ゆっくりやっていきましょう」

「そう、ゆっくりね。まだ時間があるのなら、それでいいわよね」

 

縦ロールに特製の椿油で浸した櫛を通し、ストレートに戻す。

寝る準備は出来た。

あとは夢の世界に旅立つだけだ。

アリエッサは目を閉じ、眠ることにした。

先日夢に出たスズナリに嫌われる悪夢を、もう一度見ない事を祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 



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028 ダンジョン襲撃

ワインを嗜む。

酔うほどではない、ほんの一口だ。

警戒は緩めていない。

 

「来るなら、そろそろかな……」

 

感性で、ダンジョン襲撃のタイミングを計る。

私ならば、そろそろ攻めてくる頃――

 

「ギルマス! ダンジョン内にキメラが出現しました!!」

 

ノックもせず、慌ててルル嬢が私室に飛び込んできて叫ぶ。

――来たか。

 

「全員、ギルド内で待機だ。出撃しようとする阿呆どもを止めろ」

 

冒険者はどいつもこいつも向こう見ずだ。

キメラが出現したとあれば、名声と報酬目当てで殺しに行きかねん。

 

「ギルマス、私も」

「ルル嬢はギルド内で冒険者たちを守ってくれ。連れは――彼一人でいい」

 

ガシャ、と骨の音を立ててファウスト君が動く。

アルデール君とオマール君は本日いないはずだ。

街のギルドで大繁殖の対応に追われている。

 

「さて、久々の出陣となる。たっぷり働いてくれたまえ」

「……」

 

ファウスト君は喋らず、私の頭の中のアンテナに従い、槍を握る。

武器は業物の魔槍だ。

一つ目巨人だって一撃で仕留められる。

 

「ギルマス、お気を付けを」

「無意味な心配だ」

 

今日の私は現役に近い。

バイオリズムは最高潮だ。

私室のドアを開け放ち――少しだけ懸念を払う。

 

「ルル嬢! 無いとは思うが、ドラゴンの所まで侵入者が来たら排除しろ。迷わず殺せ!」

「はい」

 

もっとも、犯人の目的はアポロニア国家の弱体化だ。

周辺国家まとめて亡ぼすことを目的とはしていないから余計な懸念だろうがな。

 

「では行こうかファウスト君」

「……」

 

骨は喋らない。

ただ私の命令に答えるのみだ。

 

「……」

 

私も同じように沈黙して、歩みを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは」

「……」

 

うじゅる、と触手を生やす生命体。

それは複数の眼を持ち、触手に覆われた醜悪な姿で、体中が粘液で覆われていた。

酷い悪臭を放っている。

元の世界であえて例えるならば――

 

「モルボ――いや、違うか?」

 

昔やってたRPGで出てきたモンスター、その姿に近しい。

違いは、あの特徴的な大口がない事ぐらいだ。

何てもの造りやがるんだ、敵方の生物学者は。

ファウスト君の魔槍が通じるかどうか。

一時、攻撃を止めさせる。

ファウスト君の攻撃には触手が邪魔だ。

そもそも、弱点が分からん。

一つ目巨人の眼のように、ハッキリしていれば攻撃も楽なのだがな。

――私は鼻で呼吸をするのを続け、その悪臭に慣れようとしながら思考を続けた。

 

 

 

 

 

一撃。

それで仕留められるか。

 

「”泥濘よ、踊り狂って火を灯せ”」

 

口は無い――呼吸はしていない生命体。

よって無酸素化は無意味。

そもそも、あれは長期戦用の呪文だ。

代わりに、数多の泥濘の手を踊り狂わせる。

その全ての手が、モルボ〇もどきのキメラのその身体を包み込み――、その身を弾け飛ばすように溶解して火を灯す。

キメラは、一瞬にして燃え上がった。

 

「”燃え盛れ”」

 

無酸素化の逆。

酸素供給を生物魔法により行使する。

だが――心の中で懐疑点が消えない。

私の呪文対策ぐらい、しているであろう。

キメラは触手の全てで自分の身を覆い尽くし、燃え盛る泥濘の全てを消し散らした。

そう来るだろうな。

あの体を覆う粘膜も耐火性を備えているだろう。

だが。

 

「――今、ではないな」

 

ピクリ、とファウスト君を動かそうとするが止めた。

今のキメラは触手で自分の身を覆っている。

一撃で仕留める事のできる心臓部――キメラの”魔核”までは槍がおそらく届かない。

面倒臭い敵だ。

耐久力性で今回は攻めてきたのか?

この分ではゴーレムを召還しても意味がない。

あの柔軟な体躯には打撃によるダメージを与えることが恐らくできない。

対策を、打たれている。

 

「――しかし、炎上だけが私の持ち芸ではないのだよ」

 

ファウスト君の背後に身を隠す。

しばらくは、時間を稼いでもらう必要があるがな。

キメラの触手がその身体から解かれ、こちらに伸びてくる。

――ファウスト君の魔槍が、その触手を薙ぎ払った。

薙ぎ払われた触手は地面をミミズのようにのたうつが、その触手の大本はすぐに再生を始めた。

またすぐ新しい触手が生えてくるのだろう。

強力な再生能力。

まあ、それは別にいい。意識を集中させる。

先代との共同研究の成果。

主に泥濘とゴーレムを主流とする土魔法を、文字通り”鋭利化”させたもの。

 

「”薔薇の棘に突き刺さって死ね!!”」

 

完全に先代の嗜好で造った祝詞を、叫ぶように告げた。

周囲、360度の全てが暗転する。

だが今、この瞬間にも私の視界は暗闇全ての空間をじっと見据えている。

振動。

ダンジョンの振動だ。

周囲全てが岩でできているダンジョンが振動し、その代わりに棘が生えた。

全ての壁に、数センチの棘が生えて――キメラに向かってゆっくりと宙に浮かんで突き進んでいく。

 

「……」

 

口を持たぬキメラは言葉を発することもなく、必死に触手を用いて棘を払い落とす。

その行為は無駄ではなかったが――幾万にも至る棘を払いのけるまでには至らない。

ゆっくりと、棘が突き進む。

そしてキメラの触手に、複数の眼に、体中を保護する粘液を突き破って、棘が突き進む。

軟体のキメラの身体に、それを防ぐ術は無い。

この呪文に対抗できるのは、強力な弾力性と硬度に富む鱗甲を持つレッサードラゴンのような生物だけだ。

呪文の対象になった時点で死は確実となる。

 

「……」

 

キメラは防御を諦め、私の身体を捉えようと触手を伸ばすが――もう遅い。

ファウスト君に魔槍を振り回させて、力勝負で触手を抑え込ませる。

単純な力勝負ではアルデール君にも勝る竜牙兵の膂力だ。

千切れ飛ぶ、私を襲う触手。

もはや勝負は決した。

 

「……」

 

棘のどれかがキメラの魔核に到達して――破散するような音を立て、キメラは沈黙した。

 

 

 

 

 

 

ギルドに戻り、まずはルル嬢の声が辺りを包み込む。

 

「ギルマス、ご無事ですか!?」

「余裕だったさ。あのキメラによる犠牲者は?」

「最初の発見者が全力で警戒を呼び掛けながら逃げてきたので、被害は出ていません」

「――その冒険者には、特別報酬をあげるとしよう」

 

恐れていたのは、ウチの冒険者が巻き込まれる事態だったが。

どうやら無事だったようだな。

 

「死骸を回収する。死骸回収班を組んで――後はキリエを呼んでおいてくれ」

「わかりました」

 

ザワザワと冒険者たちで騒めく酒場の喧騒を無視して――

ローブを脱ぎ、酒場の椅子に掛ける。

 

「キメラは――あの一匹だけか?」

「私が見た限りでは、そのようですが。報酬を頂けるって本当ですか?」

 

最初の発見者に声を掛ける――よく見れば、以前に話した事のあるターナ君だった。

良い判断をした。

借金返済が早まったな。

 

「本当さ。キメラが一匹というのも本当だな」

「間違いありません」

 

一応、後でドラゴンの様子を見に行っておくか。

そう思いながら、酒場の店主に声を掛ける。

 

「店主、ここにいる冒険者全員に一杯奢ってくれ。私の金でだ」

「承知しました」

 

酒場中から歓声が上がった。

私はローブを肩にかけ、私室に戻ろうと立ち上がる。

 

「ギルマスは、飲んでいかれないんですか?」

「やることがあるからな」

 

あれだけのキメラを造れる生物学者が市井に埋もれている?

もっとよく考えるべきだった。そんなはずはない。

危険視されて――学会から追放された生物学者ぐらいから当たってみるか?

他国のギルドにもすぐ通達を出さねばならん。

幾らでも、やることは思いつく。

 

「酒を飲むのはそれを終えてからだ」

 

独語して、椅子を正しい位置に戻してルル嬢に声を掛けた。

 

「ルル嬢、キリエは街か?」

「ええ、ダンジョンではありません」

「では、先に書簡から書くようにしようか」

 

私は黙って私室に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ? 今回の君のキメラは? 自信作ではなかったのかね」

「知る限りの情報では殺せるはずでした。隠し玉で殺されたと考えるべきですね……」

「隠し玉だと」

「誰しも、名持ちクラスになれば切り札の一つも持っているものですからね」

 

初見殺しのキメラであっても、それが対象の対策を練りに練ったものであっても。

その対策に穴があっては仕方ない。

全ての情報が手に入るわけではないから仕方ないが。

 

「言い訳は良い。結局失敗したのだろう」

 

言い訳ではない。

原因を説明しただけだ。

このアホはそれすら解さないのだ。

ああ、敵方の生物学者――キリエが羨ましい。

きっとあのギルドマスターの加護の下で、自由な研究ができているのであろう。

 

「次の案をさっさと考えろ! 無能が」

 

私は何も違法な研究がしたいわけではなかった。

制限されてもいい、自由でなくてもいい。

ただ、人に認められたかっただけだ。

傍らにあるアリザ、ビスクドールのような肌色をした少女を見つめる。

新人類――人間の新たな身体的発展への可能性を導き出したかった。

だが、現実はアカデミーを追放されて――今ここまで落ちぶれて、このような無能の下で働いている。

どうしてこうなったのだろう。

生物学者は心の底で、自分の環境を呪った。

 

「自分で――考えては」

「なんだと?」

「――なんでもありません」

 

思わず自分で考えろと言いそうになったが、目の前の男の考える案など失敗するに決まっている。

その結果、連座で捕まるのは御免だ。

あのギルマスの殺し方が残酷なのは裏社会では有名だ。

――楽に殺してもらえない。

凄惨な死体で発見される。

自分の行為の罪深さを理解しているからこそ、それは御免だ。

 

「仰せの通りに」

 

表向き、私は頭を垂れ、再び次の策を考案することにした。

全ては、自分の研究のためだけに。

 

 

 

 

ダンジョンギルドの地下室。

回収した死骸をダンジョンギルドまで運び、キリエと一緒に解剖を行う。

 

「クラーケンを複数重ね合わせたキメラですね。それにトロールの体液を粘液として合わせて。耐火性に加え、強力な再生能力を持っていたようです。よく倒せましたね」

「魔核さえ砕いてしまえば、再生能力など関係ないからな」

 

大抵の冒険者だと、ジリ貧になって触手に縊り殺されて死ぬのがオチか。

全く、ロクでもないキメラを造ってくれるものだ。

オマール君やアルデール君でも倒せない相手じゃなかったか、と思うが。

彼らも切り札の一つぐらいは持っているだろう。

まして、ソロで戦うわけでもないだろうしな。

余計な思考だ。

それを打ち捨てて、キリエと会話を続ける。

 

「犯人に心当たりはあるか」

「残念ながら、アカデミーから飛び出して冒険者となって久しいので。ただ、私と同じようにアカデミーを飛び出して、或いは追放された生物学者と考えていいでしょう」

 

キリエは丸縁眼鏡を光らせながら、マッドらしく笑う。

 

「アカデミーで研究されているような、それではないと?」

「基礎は、もちろんアカデミーで学んだ者の、それですが。そもそも、アカデミーのキメラ研究は大型のモンスターを造る事自体を禁止しているので――秘匿されている個人の技術で造られたものですね、このモンスターは」

 

何と名前を付けましょうか。

キリエがどうでもいい事を口にする。

名前なんぞ何でもいい。モルボ〇でも。口にはしないが。

 

「この解剖体は頂いても?」

「またお前の研究材料の夕飯になるのか?」

「いえ、より詳しく調べてみますよ。前回と癖が一致していないかどうか等」

「癖?」

「キメラ配合の癖です。生物学者ぐらいにしか分かりませんがね」

「癖が一致していれば同一犯という事か」

 

もっとも、同一犯だと確信してはいるが。

こんなモンスターを造る奴が複数いられては面倒だ。仮にいたら困る。

それより、私はミスを犯した事に気づいた。

 

「敵の仮拠点は、橋にある関所からダンジョンまでの間にあったようだな」

「そうなりますね。こんなモンスターが関所を通れるわけがない」

 

”シスターのインチキ”で場所を聞いた時点で気づくべきだった。

あの時点で調査を開始すべきだったな。

すでに犯人は逃げてるだろう。

足跡一つ、証拠が残っているとは思えん。

 

「……」

 

こめかみに指をやり、ぐりぐりと自分の阿呆さ加減を呪う。

私の精神の不安定さがミスを生んだ。

ぶち殺すにはこれ以上無いタイミングだった。

しかし――ダンジョンから私が動くわけにはいかない状態でもあったわけだし。

下手にダンジョンを動けば、その間にダンジョンがあのキメラに襲われていた。

雑多な思考。

まあいい、念のためギルド員に調査させておこう。

何も見つからんのは分かっているが、まだいる少ない可能性を考えると放置もできん。

 

「私は疲れたので休むことにするよ。キリエもほどほどにしとけ」

「まあ、解剖体を持ち帰ってゆっくり調べますよ。運搬係は用意しといてくださいね」

 

私は了解、との言葉とともに、地下室を後にした。

 

 

 

 



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029 ルーチンワーク③

 

私は広いがらんとした場所に出た。

いつものように手を叩くと、歪な反響が周囲から返ってくる。

 

「ご機嫌いかが? ドラゴン殿」

「今すぐお前を殺してやりたいよ」

 

いつもの挨拶。

それを終えて、私は一匹の肥えた牛を連れてくる。

ドラゴンへの差し入れだ。

 

「また、我が知恵が必要になったか」

「場合によっては」

「ふん、調子は取り戻したようだな。まだ乱れていれば面白かったのだが」

「あんなもの、酒を飲んでしまえば忘れる」

 

愉快そうなドラゴンを尻目に、私はンモーと鳴く牛をなだめる。

 

「私の命を狙っている男がいる。その犯人捜しだ」

「犯人捜し? 世情を良く知らん私を頼るな」

「情報は教えてやる。欲しいのは知恵だ」

 

私は今起こっている概要を説明してやる。

2体のキメラ。その部分だけは特に詳細にして。

 

「つまり、他国人であろうな。犯人は」

「そうだな、それは間違いない」

 

私が王となる――その気はないのに。

まあ、それを拒んでいる自国の貴族が私の事を殺そうとしている。

それも考えたが――

 

「この国で、それだけのキメラを造れる金持ち貴族は公爵ぐらいのものだろう」

「そういうことだ」

 

公爵の野心の無さは知っている。

私を狙う理由なんぞ無い。

 

「結局は、地味な捜査方法しかあるまい。アカデミーから飛び出した学者、或いは追放された学者が身を持ち崩して、莫大な資金を持つモノに飼われてお前の命を狙っている。事実はそれだけだ」

 

くるる、と喉を鳴らし、ドラゴンは回答を為す。

 

「それでは現状の整理をしただけだろう。知恵とはいえんね」

「それではヒントをやろう。キメラはクラーケンが元だと言っていたな」

「ああ、クラーケンを複数重ね合わせた生物だった。トロールの体液のおまけ付きだったが」

「それではヒントは”海”だ」

「海?」

 

ドラゴンは私を嘲け笑うように言葉をつづけた。

 

「これ以上言う必要はない。よくよく考えれば気づくことだ」

「む……わかった。知識への礼は言う。牛は置いていこう」

「前回の牛、少し味が落ちてたぞ。安物を買っているんじゃあるまいな」

 

そう嘯いて、ドラゴンは牛にがっつき始めた。

 

「お前がグルメになっているだけだろ」

 

牛の断末魔、それを耳にしながら私はドラゴンの居室から出ていく。

脳味噌の中でドナドナを謡いながら。

 

 

 

 

 

 

街のギルドの私室。

アカデミーの学長から上がってきた報告書の枚数を見て、ため息をつく。

同じようにルル嬢もため息をついた。

 

「数が多いな」

「自国・他国問わずアカデミーで生物学を学んだものの、アカデミーを飛び出した、追放された人数の分だけあります」

 

飛び出す奴が多すぎだろ。そんなに自由研究がしたいか。

もの狂いのマッドどもめ。

 

「数を絞ろう。その中で現在行方不明になっているものだけにしてくれ」

「犯人は街にはもう住んでいないと?」

「他国のどこかにはいるはずだ。だが、街にはいない。おそらく、どこかの拠点で研究に閉じこもりになっているはずだ。そうでなければキメラが造れん」

 

私はルル嬢が一抱えにした書類を見て、頭を悩ませた。

 

「調査に時間がかかりすぎます。資金と材料の流れからも当たるべきでは?」

「確かに、莫大な資金が犯人に流れているのは間違いないな」

 

だが金の流れに関しては、自国ならともかく他国については掴めん。

金持ちの貴族や商人――あるいは国がバックについてるのは間違いないが。

――国家がバックの可能性は考えたくないな。

アルバート王の性格を変えると、即日戦争になる。

 

「材料もです。クラーケン数体とトロールなんてどうやって我が国に持ち込んだんだか」

「……材料に関しては、そのままの素体が必要なわけではないぞ」

 

ぱちくり、とルル嬢が目を閉じ開きする。

ルル嬢に生物学者としての知識は無い。

 

「そうなんですか?」

「損傷のない魔核と組織の一部さえあれば、細胞は増殖できる。前回のキメラで言えば、よくあれだけのモンスターの魔核を集められたというべきだな」

 

金さえあれば、不可能ではないが。

魔核を買い集める事によって――買い集める?

 

「他国の冒険者ギルドから魔核を買い集めた?」

 

あれだけの魔核を集められる武装集団等限られている。

それを私兵として飼っているとは考えづらい。

いや、飼っていたとしても、密かに集めることに至ってはほぼ不可能だ。

クラーケン。海。

ドラゴンのヒントが、頭の中で符合する。

 

「……海のある国の冒険者ギルド」

 

おそらくは、そこから大量のクラーケンの魔核が買われた。

ここから一番近い海洋国は――オデッセイ。

あそこの冒険者ギルドとは親交がある。

いや、冒険者ギルドから買い集めるなどアシがつく阿呆な真似をするとは考えづらいが――

調べる必要はある。

 

「オデッセイの冒険者ギルドに手紙を出すか」

「それがよろしいかと」

 

私はルル嬢の賛同の言葉を聞きながら、羊皮紙にペンを走らせ始めた。

 

 

 

 

 

 

返事は騎鳥便――ロック鳥を飼いならした者による配送で三日で届いた。

早いものだ。よほど急いでくれたものと見える。

すぐに封を破り、内容を確認する。

 

「買ったのは、隣国のフロイデ王国のデライツ伯爵……と」

 

私は詳細に書かれた文章から、内容だけをとりあえず読み取った。

……。

待て。

 

「ルル嬢、いきなり犯人が分かっちゃったんだが」

「アホなんですよ、その貴族。多分」

「いや、恐らく何者かを経由してのことだと思う。このデライツ伯爵も何も知らんだろう」

「……それにしては名がデカくありませんか。伯爵?」

 

俺もそう思う。

 

「普通は何人かに分けて購入しませんか?」

「そうだよなあ。そうなんだが……」

 

オデッセイの冒険者ギルドのマスターによれば、急にデライツ伯爵の使者が尊大な態度でクラーケンの魔核を幾十とかき集めて買っていったとある。

どうしよう、バカがバカをやってる光景にしか思えん。

 

「これはあれか、バレても他国の貴族にはそう簡単に手出しできないだろうと目論見があっての事か?」

「いやあ、何も考えていないように思えます……」

 

ルル嬢は何かを諦めたかのような表情でつぶやいた。

 

「……」

「……」

 

二人、沈黙する。

とにかく、このデライツ伯爵を調査するのが問題解決の近道だろう。

とはいえ、他国の貴族事情などには精通しとらん。

 

「アリエッサ姫、今日来るかな?」

「さあ、何分自由なお方ですから」

 

今日は来てほしい。

貴族事情なら、アイツに聴かんとわからん。

 

「それにしても……いいのか、本当にコイツが犯人で」

「まあ、アリエッサ姫を待ちましょうよ」

 

ルル嬢は絶対コイツが犯人だろ、という表情を崩さずに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次のキメラの案は浮かんだか」

「あれから一週間も経っていませんよ。少しお待ちください……」

「ふん」

 

デライツ伯爵は鼻を鳴らして答えた。

全く、このアホがこの国の有力貴族だなんて世も末だ。

生物学者は目の前の男を心中で罵った。

 

「魔核の確保も大変なのだ。早急に案を出せ」

「承知致しました……」

 

だが、目の前の男が居なくては研究がままならない。

特に前回のクラーケンの魔核等、どうやって手に入れたのかすらわからん。

一体、あれだけの魔核をどう秘密裏に集めたのだろうか。

生物学者には思いつかない。

 

「次の案をさっさと考えろ! 無能が」

 

そう、生物学者には思いつかなかった。

デライツ伯爵が単に金を積み上げて、冒険者ギルドから表立って魔核を買い集めたなどと。

堂々と行動しているなど、想像もつかなかったのだ。

生物学者の知能では、完全に想像の埒外であった。

 

「仰せの通りに」

 

表向き、生物学者は頭を垂れ、再び次の策を考案することにした。

滅びの足音が近づいたことを知らないままに。

 

 

 

 

 

 

街のギルドの私室。

ここで会うのは珍しい。

 

「いつもここに居なさいよ。会うのにその方が楽だわ」

「私も、ここに居て頂いた方が助かります」

「だが断る。ダンジョンの私室の方が好きなんでね」

 

私はアリエッサ姫とパントライン嬢の愚痴を無視する。

そして本題に入った。

 

「フロイデ王国のデライツ伯爵は知っていますか?」

「誰それ。知らないわよ」

「姫様、求婚してる男性の名前ぐらい覚えておいてください」

「……ああ、あの金持ってるだけのアホそうな奴!? 知ってたわ」

 

求婚者を忘れてる姫様も大概アホではなかろうか。

というか。

 

「なんだ、他国からの求婚者もいるんじゃないですか」

「金と地位と名誉にしか興味のない奴はお断りって言ってるでしょ。このアポロニア王国をあんなアホに渡したらアンタだって困るのよ」

「私も男性としてはお断りのタイプですね」

 

パントライン嬢のタイプまで聞いていない。

だが、まあいい。

 

「ならば、私を殺そうとする理由はあるという事ですね。もう充分です」

「はあ、あのボケがアンタを殺そうとしてるって? 私が殺しといてやるわよ。パントライン」

「すぐに面会の準備を整えます。のこのこやってきたところを一撃入れますね」

 

待てい。

誰が殺して欲しいとまで言った。

 

「そこまでは結構です」

「何でよ。殺そうとしてるって、要はキメラ事件の犯人って事でしょ」

「まだ証拠が少ないです。容疑が確信に至っただけです」

「アンタ、殺す気でしょ。それなら私が殺しとくわよ」

「戦争になりますよ」

 

呼び寄せた他国の貴族を切り殺したら即時開戦だ。

そんなことしたら。

 

「アルバート王が喜びますが、無辜の民は苦しみますよ」

「細かい事言うわねえ」

「細かくありません」

 

殺すなら――何も、表舞台に立ってやる必要はない。

背後からの短剣一撃で済むのだ。

そう思考すると、ぐに、とアリエッサ姫が私の頬をつまむ。

 

「……何ですか」

「怖い顔してるんじゃないわよ」

「アリー嬢じゃないんだから、頬肉つまむのは止めてくださいよ」

「アリーの奴、こんなことしてんの?」

 

同じことやってんのか。

何か傷つくわー、とアリエッサ姫が呟く。

頬肉から手を離せ。

まあいい、これで方針は決まった。

結論は――デライツ伯爵を吐かせればいいだけだ。

そうして、楽に殺してやる。

それが最大の慈悲と言う奴だろう。

 

「――ふん」

 

私は一向に頬肉を離そうとしないアリエッサ姫を無視しながら、ファウスト君にワインを頼んだ。

 

 

 

 

 



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030 キメラ

 

マスクを被る。

そのマスクは黒い革で出来ており、ピッチリと顔を覆った。

ジャケットを羽織る。

同じく黒い革で出来ており――マスクと同じ、レッサードラゴンの皮の素材で出来ていた。

靴を履く。

同じく、黒いズボンにブーツ。

こうも全身黒ずくめでは逆に、暗闇では目立って浮き出るだろう。

だが、それは別に構わない。

何も潜入がバレないようにするための格好ではない。

こちらの身分がバレないようにするための装束なのだから。

 

「――突入開始」

 

この身はフロイデ王国――デライツ伯爵邸の前にあった。

 

 

 

 

 

二人の警備兵が、正門前に居た。

 

「怪しい奴、何者――。敵襲ーーーー!!」

「夜間警備ご苦労」

 

警備の兵達の首に、一本の泥濘の手を生じさせ、頸動脈を絞めて落とす。

殺す必要はない。

まだ、デライツ伯爵が犯人という確実な証拠は無いのだ。

まずは本人と会ってからだ。

正面門を警備兵が持っていた鍵で開け、乗り込む。

そこには、沢山の警備兵が待ち受けていた。

 

「任務ご苦労」

 

”わざと”正門前の警備兵に警告の声を挙げさせた。

いると思ってたよ。

おそらく警備長と思われる男が声を張り上げた。

 

「突撃! 命を惜しむな!!」

「よい覚悟だ。しばらく土の中で眠っておけ」

 

私は全員で一塊となって襲い掛かってくる覚悟を褒めながら、足を一つタップした。

 

「”敵を大地に閉じ込めよ”」

 

警備兵達が、まるで地面に足を取られたように転ぶ。

そして――そのまま地面に埋もれるように、デライツ邸の庭土の中へと沈んでいった。

 

「ひいっ!」

「……」

 

警備長が怯えすくむ。

掛かって来ないのか?

それならまあいい。

 

「君に尋ねよう。デライツ伯爵はどこかね?」

「言うものか! 私を舐めるな」

「君のご主人様は、命を捨ててでも守るに値するものなのかね」

「……」

 

そこで黙りこくる。

あまりいいご主人様ではないようだな、デライツ伯爵は。

 

「貴様は――暗殺者か!?」

「それはデライツ伯爵に会ってから決める。デライツ伯爵が悪人ならそうなる」

「……私の部下たちはどうした」

「地中に埋めた。空気のある空間は造っておいたから、すぐ掘り出せば助かるぞ」

「……」

 

私は泥濘を固めてスコップを作り出し、警備長に放ってやる。

警備長はそれを受け取った。

 

「――最後の義理だ。デライツ伯爵は自分で探せ」

「どうやら、悪人のようだな。デライツ伯爵は」

「知らんな。違法なキメラの開発を行っている事なんて知らんよ」

 

知っているじゃないか。

ニヤリ、と私はマスクを歪ませて笑う。

 

「部下に罪は無い。助けさせてもらうぞ」

「そうしてもらうと、私も手間が省ける」

 

私は警備長の横を通り過ぎ、デライツ邸の中へと侵入した。

 

 

 

 

 

 

デライツ邸のエントランスホール。

そこには誰もいない。

メイドや使用人は怯えて部屋に閉じこもっているのであろう。

 

「何、一番デカい部屋に居ることは分かってるんだ」

 

無理やり捕まえて、案内させる必要はない。

私はエントランスホールにある階段に足を掛け――瞬間、上階から声がした。

 

「何者だ!? ここをデライツ邸と知っての狼藉か」

「ローレンス・デライツだな。顔写真の通りだ」

 

悪趣味な金刺繍を全身に入れたスーツを着込んだ、金持ちでございってタイプのアホが出てきた。

まさか、自分から出てくるとはな。

 

「知ってきたんだよ。暗殺者さ」

「このローレンス・デライツ、神に誓って国に逆らうようなことはしていない!」

「貴様には違法なキメラを製作した罪がある」

「国のためだ! このままでは我がフロイデ王国はアポロニア王国にいずれ競り負け――」

「そのアポロニア王国の姫に求婚している愚か者は誰だ」

「――!?」

 

言動不一致だな。言っていることが支離滅裂としている。

まあいい、違法なキメラを製作していることは認めたのだ。

――殺すか。

その前に配下の生物学者が誰かを吐かせてからだが。

この分だと、吐かせるのはそう苦労しない。

指の全部でも折ってやれば吐くだろう。

私は楽観視しながら、再び階段を昇ろうとして――

 

「ゲーサーズ! キメラを放て!!」

「おや」

 

吐かせる必要も無かったことを知る。

通路から、ローブ姿の男が姿を見せる。

 

「アリザ、奴を仕留めろ」

 

そして私を指さして、小型のバケモノに指示を飛ばした。

人型の――ヒトガタ?

まるでビスク・ドールのような肌色をした少女を見つめる。

その全身には切り刻まれた跡があった。

両手には肉切り包丁を持っている。

これは――

 

「ゲーサーズとやら、彼女は何だ」

「新人類――私の最高傑作です。これで勝てなければ潔く負けを認めましょう。どうやってここがわかったのか――おそらく上にいるアホがヘマしたんでしょうけどね」

 

どうやら、コイツは私がスズナリだと分かっているようだ。

新人類。言い方を変えても、所詮はキメラ。

――材料は――人だ。

 

「お前、死ぬ覚悟はあるよな。凄惨に死ぬ覚悟だ」

「覚悟は決めました。貴方に殺されるくらいなら自殺を選びたいところですが――」

「どうせ浮浪者のガキの命弄ったんだろうが。させねえよ、苦しんで死ね、お前等二人」

 

威圧する。

氷柱を叩き割るように、場に一筋の刃を落とした。

 

「ひいっ!?」

 

デライツが腰を抜かして上階でコケる。

アイツは後で追いつめて殺す。

ぐちゃぐちゃのバランバランの死体にしてな。

 

「かかってこい。せめて命を全うしろ、哀れな少女よ」

 

新人類――アリザと呼ばれた少女が、返事も無く、私に向かって一直線に走りこんできた。

 

 

 

 

 

アリザがこちらに走りこんでくる。

感性で敵の強さを探る。

――強敵の、予感。

私は足でタップして、地面を泥濘化させ――る前に、アリザがこちらに接近した。

30m無いと言っても、その間一瞬。

 

「テレポート!?」

「違います。ただの俊足による移動です。新人類ですので」

 

ゲーサーズが笑うように言った。

その声が耳に入ると同時に、アリザが握っている肉切り包丁が私の両手を切り飛ばそうとして――

ジャケットの革で刃は止まる。

 

「その刃では、レッサードラゴンの皮は通せんよ」

「アリザ! 首を狙え!!」

 

ゲーサーズの焦った声が飛ぶ。

私の反応速度より――アリザの攻撃速度の方が早い。

新人類か。

どうやって造った。

反応速度や敏捷性だけなら、人を上回る生き物等いくらでもいる。

だが、それは人に本来適合しない。

私はマスクの顎の部分で、肉切り包丁を抑え付けた。

近くで見たアリザは無表情のまま、ズタズタに切り刻まれた顔を晒している。

 

「……」

 

――哀れな。

私は一度ステップを踏んで、後ろへと下がる。

助けられるか?

いや、一度彼女は死んでいる。

それに手を加えることは、ゴーレムとして生き返らせる事と、何も変わりない。

ならば――

せめて、ひと思いに逝かせてやろう。

そんな思考をしている間に――

アリザが肉薄し、両の手の肉切り包丁を交差させる。

 

私は、首を、刎ねられた。

 

「やったぞ!! 私の研究は――レッサードラゴン殺しにも届――」

 

だが、それがどうした?

私は首を刎ねられたまま、薄笑い、身体を動かす。

その身体で、アリザを思い切り抱きしめた。

じたばたとアリザは腕の中で暴れるが――泥濘で固定化された私の腕からは抜け出せない。

さあ――

 

「せめて……安らかに逝きなさい」

 

私は私の身体に泥濘を纏わりつかせる。

そして――自分の身体ごと、アリザを炎上させた。

その身体の肉が焼け、骨と化し、キメラと化す際に埋めつけられたアリザの魔核ごと。

――安らかに、逝けただろうか。

燃え尽きたアリザと、炭化した私の身体を見て、愚かなデライツ伯爵が呟く。

 

「よくやったゲーサーズ。何、キメラの代わりはいくらでも作れるだろ――う?」

「……いや、負けですよ」

 

デライツは愉快そうな顔をした後――言葉を止めた。

炭化した私の身体が動いたからだ。

そして、刎ね飛ばされた首を拾い、炭化した身体にくっつける。

その瞬間、炭化した私の身体は生の様々な断片を体の中へと吸い込み、細胞のひとつひとつまでを潤した。

身体は、完全に復元する。

焼け焦げた個所など、一つももはや無い。

 

「――ば、馬鹿なっ!?」

「やはり、そうなりますか」

 

新人類。

死ぬ前に、その神髄を見せてやった。

生物学者にとっては嬉しいだろう、ゲーサーズ。

私は薄笑いを浮かべながら、逃げられないよう威圧を相手に与える。

 

「もし生まれ変わったら、首が千切れても死なない不死性をあの子に与えますよ」

 

ゲーサーズが威圧に押されながらも、憎まれ口を叩く。

 

「残念ながら、貴様に来世は無い」

「お怒りですか。随分お優しいんですねえ。”同類相哀れむ”という奴ですか」

「……貴様の死体はカス一つ残さん。全部”削り殺してやる”」

 

あのアリザをどうやって造ったのかは気になるが。

どうせ研究資料が残っているだろう。

――お前は、もういい。

いらない。

 

「さて、二人とも――ぐちゃぐちゃのバランバランにしてやるよ」

 

私は薄笑いを浮かべながら――まず拷問から開始することにした。

 

 

 

 

 

「スープみたいになってたんだってね、デライツ伯爵。溶けた服だけ残ってたって」

「そうですか、誰がやったんでしょうね」

「アンタに決まってるでしょう。いったいどうやったの?」

 

ただ、生きたままぐちゃぐちゃのバランバランにした後、「殺してくれ」の嘆願も聞き飽きたので、腐食性の高い液体に体を少しづつ、少しづつ置換させただけだ。

痛みをできるだけ味わうように。途中でショック死した情けない死に方だった。

ゲーサーズは存在ごとこの世から消し去ってやった。来世など無いように。

だが、それを姫様に言う必要はない。

 

「それを姫様が知る必要はありません」

「パントラインと全く同じセリフを言わないでよ」

 

口を尖らせながら縦ロールを揺らすアリエッサ姫。

――その会話を閉ざすようにして、ノックの音がした。

 

「入っていいですよ」

「失礼しますわ」

 

姿を見せたのはアリー嬢だった。

 

「スズナリ殿、頼まれていたお墓の用意ができました」

「お墓? 誰か死んだの」

「孤児が一人、亡くなりました」

 

私が殺した。いや――荼毘に付したと思おう。

アリザという名だった少女を。

 

「……そう。デライツは本当にロクでも無い奴だったみたいね」

 

姫様がその言葉一つで全てを察したように、ワインを一口飲む。

こういう時、直感スキルの持ち主とはやりにくい。

 

「スズナリ殿、これで一件落着ですか?」

 

アリー嬢が停滞した空気を打ち消すように呟く。

 

「そういうことになりますね」

「じゃあ、パーティーしましょうよ」

「パーティー?」

「王家でじゃないわよ。一件落着のパーティーをダンジョンの酒場で」

「いいですねえ」

 

好き勝手言い始めたアリエッサ姫に、アリー嬢が賛同する。

 

「今回の件にかかわった冒険者と、スズナリ殿の事を好きな女性陣全員呼んじゃいましょう」

「止めれ」

 

アリエッサ姫に感化されたように、アリー嬢が好き勝手言う。

 

「パーティーするなら、デート一回分減らしてもいいですよ」

「パーティーしようか」

 

私は両手を翻した。

 

「……そんなに嫌なんですか、私とのデート」

「アリー嬢が、すぐチャペルとか言ってラブホテルに連れ込もうとするからだろうが……」

 

私は薄笑いを浮かべながら、机に頬杖を突く。

これでいい。

何かバカ話をしていると、日常が戻ってきた気がする。

 

「スズナリ」

「何ですか」

「あなた、笑うとえくぼが浮かぶのね、初めて知ったわ」

 

アリエッサ姫は、どうでもいい事を口にした。

うむ、これでこそ日常だ。

私は頬杖を解き、椅子を軋ませながら背伸びをして、天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 



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031 落着パーティー

 

「えー、それでは一連のキメラ事件が解決したパーティーを執り行いたいと思います。幹事は何故か一番苦労した私が執り行います。何かが間違ってると思います。これ誰の慰労なの?」

「愚痴はいいからさっさと始めなさいよ、スズナリ」

 

アリエッサ姫は既に肉を食いながら、私をせかす。

もうお前は挨拶無視して肉食ってるからいいだろ。

 

「それでは乾杯」

「乾杯(プロージット)!!」

 

私の声に答え、参加者の全員が天高くワイングラスを掲げ絶叫した。

お前ら止めろそれ。誰の仕込みだ。

 

「ちなみに私の仕込みです。驚かせようと思いまして」

 

ルル嬢か。いらん事をする。

しかし咎めはしない。

今回の件ではルル嬢にも大分いらん心配をかけたしな。

 

「しかし、頭が残念な敵だった……。結局、相手の目的は何だったのかな?」

「それはアリエッサ姫への思慕が原因でしょうよ」

「やめてよパントライン、気持ち悪い」

 

アリエッサ姫とパントライン嬢が、傍に寄って来る。

 

「アルバート王が、デライツ伯爵に”スズナリの奴を倒せるようならくれてやる”と煽ったと伺っています」

「私が狙われた原因、アルバート王かよ」

「御父様のせいじゃないわよ、デライツ伯爵の頭が悪いのよ」

 

誰もキメラを造って襲えなんて言ってないでしょうに。

そうアリエッサ姫が呟く。

まあ、私と決闘しろという意味で言ったんだとは思うが。

さすがにデライツがアホでも、それくらいは判っているだろう。

要は、単純に私が邪魔だと思ったんだろうな。

 

「しかし、相手から奪ってきた研究資料によれば、もう十年も前からキメラ開発を行っていたようですがね」

 

マリー嬢も寄ってきた。

研究資料は、意図的に焼却した危険な部分を除いて王宮に全て納めた。

それを読んだのだろう。

 

「急にあれだけのキメラを造る技術は世間に無いよ。開発自体は十年以上前から行われていただろうな」

「……デライツ伯爵の個人資産で?」

「……いいや、もっと別なところからも流れ込んでいただろうな」

 

おそらくは、フロイデ王国自体から。

ジャイアントラット開発の頃は、国家の弱体化自体を目論んでいたのだ。

私の命を狙ったのは、あくまで途中でデライツ伯爵が勝手に路線変更しただけだ。

 

「国力差は歴然としているからな。このままだとフロイデ王国は終わりだ」

 

元々、奴隷制度が無く浮浪者なんて居ない、良質な政治を施いているアルバート王――アポロニア王国と隣接しているのが拙いのだ。

フロイデ王国からは年々民の流出が激しくなっている。

もちろん、当国にだ。

 

「もってあと何年だと思う、フロイデ王国。キメラ開発に大分つぎ込んでたみたいだが」

「良質な銀山を抱えているので、資金的にはまだ持つと思います。ですが、年々人がいなくなるようでは……スズナリ王の治世の間には滅んで、ウチの国に吸収されるんじゃないですかねえ」

 

勝手に人を王にするなよ。

アルバート王は戦嫌いだと以前は思った事があったが。

意図的に攻め滅ぼす政策ではなく、自然とフロイデ王国が消滅する政策をとっているだけだ。

……まあ、平和的で良いと思うが、

 

「その頃には子供が三人欲しいです。スズナリ殿」

 

……顔を赤らめた――酔っぱらったマリー嬢が戯言を吐く。

マリー嬢は随分酒に弱いようだ。

 

「アレキサンダー君、悪いが介抱してあげてくれ」

 

私はモフモフとした事務員に彼女の介抱を命じ、別な招待客に話しかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ギルマス、もうさっさと童貞捨てろよ。目に毒なシスターさんもいらっしゃる事だし」

「あら嫌だわオマールさん。目に毒だなんて」

「お前らが付き合え」

 

私は酒を嗜んでいるオマール君とアリー嬢に声を掛けた。

 

「いや、クロレットさん。アリー嬢と呼んでも?には想い人がいるようだし」

「アリー嬢と呼んで構いませんわよ、オマールさん。もっと援護してください」

 

アリー嬢、どうやら私のいないところで擁護者造りに励んでいたようだな。

 

「私には好きな人がいるから遠慮しておくと何度も言っているだろうが」

「え、ギルマス好きな奴いるの?」

 

そういえば、オマール君には言っていなかったか?

私は過去の言動を振り返ってみる。

――言ってないな、多分。

 

「じゃあ好きな人のためにも、早く童貞を捨てて男前になろう。アリー嬢で」

「どういう理屈だ!? 大体君も童貞だろうが」

「俺は娼館に行くからいいの!……いつかだけど」

 

まだ行ってなかったのか。

いい加減行けよ。一人でも。

 

「オマールさん、彼女がいらっしゃらないのでしたら、ウチの若いシスターを紹介しましょうか」

「マジで!?」

「はい、寄付金次第で」

「それ、人身売買じゃねえの!?」

「そんな……ただの恋人斡旋業です」

 

なんか、オマール君が沼に引きずりこまれそうになっているが。

あえて自分から飛び込むというなら、止めはしないが。

 

「アルデール、金さえ払えば恋人紹介してもらえるらしいぞ」

「話しかけるな、今とても忙しい!」

 

アルデール君はカニの解体で忙しいみたいだ。

海洋国――オデッセイのギルマスが大量に送ってくれたんだよな、蟹。

確かにここ王都では手に入り難い食べ物だが。

 

「女よりカニかよ!?」

「海まで行かねば、いつ食べられるか分からんのだぞカニ!」

 

アルデール君は色気より食欲の様だ。

というか、カニ好きなのなアルデール君。

当国でも遠洋漁業はやっているが、蟹の陸揚げ量は少ない。

というか、この街自体が海から遠い。

 

「早くしないと、このままだと姫様に全部カニ食われる!!」

「パントライン、何か意地汚い奴がいるから早くカニ解体して」

「了解しました姫様」

 

意地汚いのはお前だアリエッサ姫。

一応姫様だろ、お前。

何カニの取り合いしてるんだよ。

そしてカニの解体に勤しむパントライン嬢。

騎士として自分の仕事に何か違和感を持たないのだろうか。

 

「あー、もういいや、どうでも。とにかく、キメラの発生はもう無いんだなギルマス」

 

オマール君が全てにどうでもよくなったようにして、ようやくパーティーの主題を聞いてくる。

 

「ああ、落着したよ」

「デライツ伯爵の身体をスープにして?」

「ああ、誰がやったのかは知らんがね」

「はん、俺もそういう事にしておくがね。おっかねえな」

 

オマール君はワイングラスの中身を一気に飲み干した後、ニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

「ローンの全額返済有難う、ターナ君」

「特別報酬のおかげですよ」

 

今回は、キメラにダンジョンが襲われた際に危険を呼び掛けた功績として、ターナ君も招待しておいた。

もちろん、そのパーティーも、だが。

 

「みんなカニに夢中なようだな」

「何か……すいません」

 

ターナ君の背後のテーブルでは、何か物凄い勢いでカニ食ってる連中がいた。

 

「スズナリ! アルデール以上に意地汚い連中がいるわよ! 何とかしなさい」

 

何ともしない。

別に誰がカニ食ったっていいだろうが。

まあ、お前が王宮でカニ食いたいと言っても、散々味見された冷めたカニが出てくるだけだろうが。

 

「ターナ君から見て、今のギルドの不満は無いかね」

「?何もありませんよ。どうしてですか?」

「……」

 

ターナ君が不思議そうに質問の意図を問う。

そうだな。

何故、そんな質問をしたんだろうな。

 

「たまにだが、自分がギルマスでいいのかと思うようなことがあってな」

「ええ!?」

「すぐにでも、アルデール君辺りに交代した方がいいと思う気分になるときが――あるのだよ」

 

指で、自分の胸をなぞる。

――アリザ。

不幸な少女を、また一人荼毘に付した。

汚れ仕事は、たまにこういった事があるから辛い。

デライツ伯爵を拷問してる時など、何とも思わんのだが。

――何故、何とも思わないんだろうな。

昔はその行為にも忌避感を感じていたはずなのだが。

何かに、不満と不信を感じている。

――先代は、私に何かを。

 

「ギルマスはギルマスとして相応しい仕事を為さっています!」

「そうかな?」

「そうですよ」

 

燃えるような赤毛の短髪――まだ若い。

二十も過ぎていないのだろうか。

少年のようにも見える瞳を覗き込みながら、私は勢いに抑えるように、不満を飲み込んだ。

 

「アンタら、普段ロクなもの食べてない私にカニをよこしなさい!」

「げえっ、姫様が乱入してきたぞ!」

「カニだ! カニを守るんだ!!」

 

ターナ君のパーティーのテーブルに、縦ロールを揺らしながら乱入するアリエッサ姫。

お前、カニ何杯食う気なんだよ。

というか、どこの胃袋に入ってるんだ。

牛みたく、胃袋が4つあるのか?

 

「何か……すいません」

 

フォークとナイフで、姫様からカニを必死に守ろうとするターナ君のパーティー。

 

「仲がよさそうで何よりだ」

 

その隙をついて、カニの皿を横からかっさらうアルデール君。

 

「アルデール君!?」

「ああ、カニが! 我々のカニが奪われたぞ!!」

 

お前、そんなキャラじゃなかったはずだろう。

その行動に驚きながら、オデッセイから定期的にカニの仕入れを行おうかと真剣に考える。

これがギルマスの思考という奴だろうか。

いや――絶対違う。

そんな事を想いながら、私はパーティーメンバーの加勢に向かったターナ君を黙って見送った。

 

 

 

 

 

 

ぐちゃぐちゃに荒れたパーティー会場。

それを目にしながら、アリエッサ姫と喋る。

 

「あーあ、ぐちゃぐちゃね」

「姫様のせいも一部含まれていますからね。片付け手伝ってくださいよ」

「一国の姫を手伝わせるつもり?」

「何もできないと言うのなら手伝わなくてもいいですが?」

「そのための教育ぐらい受けてるわよ。手伝うわ」

 

アリエッサ姫。

妙な女だと思う。

変な女だと思う。

だが――

 

「パントラインは、ゴミを一か所に集めて――マリー嬢はまだお休み中だから起こして手伝わせて」

「はい姫様」

 

嫌いではない。

そう思うようになったのは、いつ頃からだろうか。

 

「アルデールはカニ食うのいい加減にやめなさい。オマールはアリー嬢との金銭交渉をいい加減に止めなさい」

「金銭交渉じゃないよ。恋人斡旋料だよ」

「多分貴方騙されてるわよ、オマール。貴方に恋人紹介するぐらいなら、スズナリにシスターぶつけるから教会。アンタに対して紹介しても、小遣い稼ぎにしかならないじゃない」

「俺、騙されてたの!?」

「アリー嬢がスズナリ捕まえてからだと別だろうけど」

 

初めに会った日から?

 

「失敬な。私は本気ですよ姫様。教会内のライバルをオマールさんに押し付けて消そうと」

「消そうと!?」

 

先日、頬肉を掴まれてから?

時間は分からないが、いつからか姫様を悪く思わないようになっていた。

私は多分、姫様の事を――好ましく思っている。

決して、恋愛の好きではないが。

多分、そうだ。

 

「さて、私も手伝うとしますか」

「……アンタはそこで寝てていいわよ、目にクマが出来てんのよスズナリ」

「……目にクマ?」

「最近、眠れなかったんじゃないの?」

 

……確かに、そうだ。

何もかも片付いたというのに、どこか眠れない。

アリザの死を引きづっているのだろうか。

――いや、違う。姫様への好感とは逆に、ある人に不信が募っている。

それが頭の隅から離れない。

大恩ある人だというのにだ。だが――彼女は私をキメラにした。

それはある事故が原因だが――私はキメラになど――ゲーサーズの言う新人類になど成りたくなかった。

いや、それだけではない。

かつての私は――転移前の私では、人を殺す事等出来なかったはずだ。

いつから平気になったのだろう。

いつから”平気にさせられたのだろう”。

私は人殺しも拷問も平気な男になってしまった。

ただの事実がそこにある。

だが――この世界で私が生きていくためには、何もかもが必要な事だったではないか。

その考えも否めない。

だから私は――

 

「寝てなさい、スズナリ」

 

私は、姫様の言葉に従い、椅子に座り、眠ることにした。

そうすれば、その間はすべてを忘れられるだろうから。

 

 

 

 

 



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032 アポロニア国家設立記念日

 

欠伸が出る。

平和過ぎて困る。

いや、困るという事は無いのだが、何もすることがないと暇だ。

 

「平和だなあ、ルル嬢」

「そうですねギルマス――この際聞いておきたいのですが、もう名前でお呼びしても?」

「ああ、呼んでいいよ」

 

よきにはからえ、といった感じで手を振る。

ルル嬢はニコリと笑い、私の名を呼んだ。

 

「では、今後はスズナリ殿で」

 

いつか、一度そう呼ばれた。

あれは――私が先代に裏切られたと思い落ち込んでいる時だったか。

 

「今後はそれでいい」

「はい、スズナリ殿――それと、いつまでも家名で私を呼ぶのもお止めください」

「では、アリーナ嬢と呼べと?」

「はい」

「それは何だか面倒臭いなあ。ルル嬢はルル嬢だよ」

 

というか、ルル嬢の方が呼び易い。

そう言った旨を伝え、なんとか納得してもらう。

 

「名前で呼んで欲しいんですけどね……」

「いつか、君を好きになったらそう呼ぼう」

「まだ好きではないんですね、じゃあ」

「好意はあるよ。純然たる人として好意で愛ではないが」

 

くだらない事を言い合う。

本当に暇だ。

 

「酒でも飲もうかな……」

「真昼間からの飲酒は、できる限りお止めください。仕事中ですよ」

「ギルマスの仕事なんて、昼も夜も無いんだからいいじゃないか」

 

酒を飲むのを止められる。

そうなると、いよいよ持ってする事がない。

 

「姫様も、こういう日に限って来ないよな」

「国内行事への参加もあり、そう暇な方ではないんですよ。本当は……」

 

そういえば、姫様は姫様だったな。

うん?国家行事?

 

「今日の国内行事って何だ?」

「国家の日です! 設立記念日ですが、何で覚えてらっしゃらないんですか?」

「ん、ああ……」

 

ルル嬢が顔を近づけて迫る。

そう言われても、私はこの国の出身ではない。

だが――

 

「そうか……設立記念日か。王による無料の振る舞い酒も出ているだろうな。」

「そりゃそうでしょうよ」

 

そうか。

――今日だ。

十一年前、先代と初めて会った日は。

飲んだくれて酔っぱらった浮浪者の姿で、先代と出会ったんだった。

 

「……」

「スズナリ殿?」

 

急に黙りこくった私を見て、ルル嬢が不安げな顔をする。

傍からの第一印象は最悪だな、と思う。

先代にとって私はどう映ったのだろうか。

この、浮浪者などいない平和なはずの国で浮浪者だった私は。

ロクにこの世界の言葉も通じず、異世界の服で右往左往していた私は。

どれだけ奇異に映ったのだろう。

 

「だから拾われた……のかな」

「また先代の話ですか?」

 

ルル嬢が、少し不快気な顔をした。

そんな顔するなよ。

ちょっと思いだしただけだ。

 

「せっかくだ、私達も街に繰り出して、振る舞い酒でも飲みに行かないか?」

「お断りします。ギルマス代理を務めますので、一人で行ってください」

 

どうやら、少し嫌われたようだ。

私はため息をついた後、ジャケットを羽織り、街へと出向くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

タダ酒を飲む。

たまにはワインではなく、エールもいい。

 

「とはいえ、一杯だけだな」

 

あまり飲み過ぎると、帰った時にルル嬢にマジギレされる。

彼女は怒ると怖いのだ。

レッサーデーモンでも頭頂から股下まで真っ二つだ。

 

「私はそれでも死なんがね」

 

何か、自分が人間やめてる気がしてきた。

いや、キメラ手術を受けたわけだが、まだ人間のはずだ。

――倫理観は壊れているがな。

 

「――おお、ギルマス。丁度いいところに」

「なんだ、オマール君か」

 

植木のように高く髪を固め上げているオマール君は、この雑踏の中でも目立つ。

なんだ、そんなに息を切らして。

 

「今すぐ金を貸してくれ。俺の名誉がかかっている」

「……」

 

オマール君は、開口一番思いもよらないことを口にしてきた。

 

「開口一番金貸してくれ? 金ならたっぷり稼いでいるだろうが」

 

ギルマスとして、君の財布事情位は把握している。

ウチのギルドでもアルデール君と並んでトップを競うほど稼いでるはずだ、彼は。

 

「明日には返す。急な物入りがあった――いや、現在進行形で物入りなんだよ」

「なんだ、デートの最中か?」

 

思わず茶化しを入れる。

 

「そのつもりだったんだが……それどころじゃなかった」

「あー、いた。オマールのお兄ちゃん」

「早く肉買ってー!」

「ちょっと待ってろ!! お兄ちゃん、今お肉の人と交渉中だから」

 

誰がお肉の人か。

だが、大体の事情は読めたぞ。

 

「さてはオマール君。シスターとのデートだと釣られて、孤児院の子供の世話係にさせられたな。しかも子供達の買い食いで金を使い果たした」

「ああ、そうだよ、仰る通りだよ畜生! このお肉の人!」

 

お肉の人は止めろ。

孤児院から、いらん情報を得てきたなオマール君。

そんな事を話していると、見慣れたシスター服の女性が近寄ってくる。

 

「あら、スズナリ殿。ダンジョンに籠っているのでは無かったのですか」

「アリー嬢、オマール君を騙すのは止めてください」

「騙してませんよ。さっきまで綺麗どころのシスター達にデレデレしてましたし、オマールさん」

「その代価が子供の世話か」

 

私は笑いながら、幾つか小分けにしている革袋から内一つをオマール君に投げた。

オマール君がお手玉して、それを受け取る。

 

「銀貨が入っている。好きなだけ使え。返す必要はない」

「マジか! さすがに太っ腹だな、お肉の人!」

 

だからお肉の人は止めろ。

なんか太ってるみたいだろうが。

歳はとっても、体型には気を使ってるんだぞ。

 

「スズナリ殿も一緒に行きませんか。今日は子供の世話があるので二人きりとはいきませんが」

「遠慮しておくよ。オマール君をよろしく」

 

私はひらひらと手をかざしながら、二人に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

「私が王妃になった暁には、一年でフロイデ王国を亡ぼします!」

 

何言ってんだ姫様。

私はエールを――1杯だけのつもりが、結局我慢できなかったそれを吹き出しながら、バルコニーを仰いだ。

国民に解放された王宮の庭から見えるバルコニー、そこにはいつもの縦ロールのアリエッサ姫がいる。

姫様はプロレスラーのように指一本を上に立て、仁王立ちしていた。

 

「違法なキメラを製作し、我が国の国家転覆を企んだフロイデ王国を私は決して許しません!!」

 

だん、と遠く無ければ音が聞こえそうなほど、強くバルコニーを叩くアリエッサ姫。

お前。

お前なあ。

それ言っちゃったら、私が秘密裏にデライツ伯爵消した意味ないじゃん。

そんなことを考えながら、エールの泡を口元から拭い取る。

 

「王様も呆れてるだろ……」

 

私は同じくバルコニーに居るアルバート王を見るがニッコニコしていた。

アレは殺意を飛ばしている顔だ。

遠すぎて、国民は気づいていないが。

 

「……来賓客全員を威圧してるな、アレ」

 

バルコニーには来賓客――近隣国から遠方の国まで、その使者を集めているはずだが。

もちろん、その中には隣国のフロイデ王国の使者も含まれているはずだが。

姫様のエキセントリックな台詞に誰も反応しない。

ただただピクリとも動かない。誰一人として。

 

「国民よ! 今はただ待つがよい、フロイデ王国に天罰が下る日を!!」

 

縦ロールを揺らしながら、ばっ、と袖音を立ててアリエッサ姫はバルコニーから消えた。

気になる国民の反応は――

 

「いつも通りの姫様だな」

「いつも通りの姫様だった」

「ていうか、フロイデ王国が国家転覆を目論んでたって本当なのか?」

 

ある程度、予想通りだった。

発言の真偽すら疑われているぞ、良かったな、フロイデ王国。

 

「素晴らしい演説だったぞ、アリエッサ!!」

 

拍手するアルバート王。

同じく、拍手する来賓客全員。

恐らく、いや確実に、拍手している中にはフロイデ王国の使者も含まれている。

いいんだろうか、アレ。

いや、全員命がかかっているから仕方ないんだろうが、コレ毎年やってんのか。

魔王アルバートが、他国を威圧している光景にしか見えんぞ。

……事実上、その通りで毎年やってんだろうなあコレ。

必死に抵抗しようとしたフロイデ王国って実は凄かったんだなあ。

その手段が手段なので同情しないが。

 

「まあ、穏便に吸収される形になるんだろうから感謝しなよ」

 

王様が命じていれば、私はフロイデ王まで殺していた。

今回はそれだけの事だった。

命だけは見逃してやった――その事に感謝しろ。

私はエキセントリックな姫様の姿を思い出し笑いしながら、手に握るエールの残りを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの私室。

なんとか夜までには帰り着くことが出来た。

 

「というわけで、まあまあ楽しい一日だった」

「それは何よりです。酔っぱらっても、いらっしゃらないようですし」

 

スンスン、とルル嬢が私の酒気を嗅ぎながら答える。

 

「今後のフロイデ王国の対応が微妙に気になるんだけどな」

「どうにもならないでしょう。国家転覆を狙ったのも事実ならば、もはや抵抗できないのも事実ですし」

 

だろうな。

フロイデ王家が、アポロニア王国の傘下入りして終わりか。

それには幾らかの年数がかかるだろうが。

 

「個人的にはアルバート王が大人しくしてるのが不思議に思うんですけどね」

 

アレを大人しくしていると世間では言うのだろうか?

まあ、言う事にしておくとしてだ。

 

「今の良質な政治を続けるには、とりあえずフロイデ王国の吸収までが限界と考えてるんじゃないか」

 

今のアルバート王の世代ではだが。

アルバート王が嫌々、王様業をやっているわけではなく、もっと野心的な人物だったらどうだろう。

我が国はもっと大王国になっていたのは間違いなかろうが、次の世代では持つまい。

いや、何真面目な事考えているんだろう。

この国がどうなろうが関係ないだろ私。

 

「スズナリ殿、一体何真剣に考えこんでるんですか……やはり国を継ぐ気があるんですか?」

「冗談じゃない。二年だと言ったろ」

 

その決意は揺るぎない。

だが、国政に少なからず関わる立場としては、どうしても考えてしまうだけだ。

 

「まあ、私はそうなった場合、側姫でもいいですけど。ちゃんとお嫁さんには貰ってくださいよ」

「……一体、いつの間にそういう話が出来上がってるのかね」

 

何かルル嬢、私の知らないところで何かやってないか。

アリエッサ姫の主導で、何かが動いている気がするのだ。

この直感は正しい気がする。

 

「……別に何もありませんよ。ただ、人には逃れられない定めがあるという事です」

「冗談じゃない、私は二年経ったらギルマスを辞めて、王家との関りも止めるぞ」

「本当にそれが可能ですか? スズナリ殿、変な責任感だけはありますから……」

 

……それは自分でも自覚している。

なんで私こんな事やってんだと立ち止まって思う事はしばしばある。

だが、この決定だけは揺るがない。

 

「二年だ! 二年経ったら私は全ての責任を放棄する!」

「はあ……応援する立場なんですが、何か無理な気がしてきました。でも頑張ってください」

 

何か力ないルル嬢の応援を聞きながら。

私はファウスト君に新しいワイングラスを持ってくるよう頭のアンテナで命令した。

 

 

 

 

 

 



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033 幕間 オマールの夢

ダンジョンギルドの酒場。

いつものように依頼を達成した後の打ち上げで。

オマールと一緒に酒を飲んでいる。

 

「結構、最近は真剣に悩んでるんだよな。冒険者止めて騎士団入るか」

「はあ?」

 

お前、騎士団なんか嫌だって以前の会話では言ってなかったか。

いや、確かにそう言っていた。

金と自由が欲しいから、騎士団入りなんてウンザリだと。

 

「言っておくけど、今すぐ――アルバート王の時代にじゃないぜ。ギルマスの時代になったら、だよ」

「ああ」

 

やっとオマールの言っていることを理解する。

要は、ギルマスが王になったら、今の生活を捨て騎士団入りもやぶさかではないと言いたいのか。

コイツ、何かギルマスの事好きだよな。

私自身、ギルマスの性格は好ましいものと思っているが。

 

「騎士団長まで割とすぐだと思うんだよなあ、実力的にも親密的にも」

「最近の騎士団長候補は有望株だと聞いたが……ギルマスに絞められてからだが」

 

なんで騎士団長候補がギルマスに殺されかけた話が、市井まで伝わっているのだろうか。

貴族――王宮のお喋り雀たち、うるさすぎやしないか。

まるで、もっと酷い何かを隠しているかのようだ。

 

「別に騎士団は一つじゃないぞ、当国は。そいつ無視しても騎士団長にはなれる」

「騎士団長になりたいのか」

「ガキの頃の――三男坊で鬱屈してた頃の夢だったんだよ。忠誠を誓った男に――王に認められて、騎士団長にまで引き上げられるのが」

「……」

 

初めから市井の出で、医者の長男だった私には、よく分からん話だ。

思えば――親の仕事も継がず、錬金術に傾倒して冒険者となり、親不孝をしているものだ。

ふと田舎の故郷を思い出す。

 

「おい、聞いてんのかアルデール」

「聞いてますよ、オマール」

 

大分酔ってるな、オマール。

そこまで胸襟を開いてくれるのは嬉しいが、絡み酒は好きじゃないぞ。

私は眉をしかめる。

 

「お前はどうするんだよ」

「私? お前には言ってなかったか? 次のギルマスになるよ」

 

確か、一度オマールだけには酒飲んでる最中に言ったはずだぞ。

ギルマスに指名されて、次のギルマスになると。

 

「それは知ってるよ。その後だよ、その後」

「ギルマス辞めてその後か? その後は――そりゃ錬金術に没頭するさ」

 

すまん、親父。

何、長男は親不孝してるが、次男が後を継いでくれるからいいだろう。

私は勝手な事を想いながら、オマールに答える。

 

「王宮錬金術師にならねえの?」

「王宮錬金術師?」

 

想像もしてなかったオマールの言葉に、疑問符をつけて答える。

 

「ほらさあ、国家で秘匿されてる錬金術の類にも触れられるから、お前向きじゃないかと思って」

「そりゃ、確かに興味はあるが……」

 

考えもしなかった選択肢に、心が揺らぐ。

 

「俺、お前と同僚なら上手くやっていけそうな気がするんだよなあ」

「今も上手くやっているだろう」

「そりゃそうだ」

 

オマールは笑いながら酒を飲む。

……王宮錬金術師か。

それもアリだな、ただ……オマールの奴、ギルマスが王家を継ぐ前提で話してるよな。

ギルマスが国から逃げる可能性を考えていないのだろうか。

そこだけを気にしつつ、アルデールは同じように酒を飲んだ。

出来れば、オマールの夢が叶うように祈りながら。

 

 

 

 

 



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034 魔法の素質

「やっぱり、人間って素質が物を言うんですかね」

「10代でレッサーデーモンを切り殺した人間が何を言う?」

 

ルル嬢の言葉に、思わずツッコミを入れる。

私は呼んでた本を閉じ、ルル嬢の顔を見た。

 

「というか、いきなり何を言う、ルル嬢」

「いえ、田舎から先日弟が出てきましてね。市井の学問所でスズナリ殿と同じ生物魔法を学んでいるのですが――これが一向に進展がなく。簡単な治療術もまだ使えないのですよ」

「本人の努力にもよるし、師匠の質にもよるさ。素質が全てというわけではない」

 

私は言葉もロクに通じない世界で生きる術を身に着けようと必死だったし――

師匠である先代もスパルタだった。

治療術が使えなければ、死ぬという環境下に何度も置かれた。

――いざとなれば、助けてくれるつもりだったと思いたいが。

おそらくは、そのまま見捨てられていただろう。

だからこそ必死だった。

 

「ルル嬢の仕送りで、暖衣飽食な生活なんだろう。それではな……」

「やはり、厳しい環境下でなくては能力は育ちませんが」

「才能だけで全てを凌駕する存在もいるがな。私自身、才能が無かったとは思わん」

 

5年で土魔法と生物魔法を”ほぼ”極めたしな。

ほぼ、というのは基礎的な呪文を学んだ後は創意工夫の領域に入るからだ。

100の魔法を使えるよりも、1の魔法を100通り使える奴の方が偉いと言ったのは誰の台詞だろう。

とにかく、魔法は使いどころにもよるから、その微妙な”センス”が非常に重要となる。

ルル嬢の弟は、まだそこにすら至っていないが。

 

「まあ、簡単な治療魔法を使えるようになるだけでも使いどころはあるんだ。勉学に励むよう応援してやれ。足の一本でも斬って、”頑張って治せ”、そう励ますだけで死ぬほど努力するぞ」

「さすがにやりすぎかもしれませんが、考えておきます。ところで……ギルマスにご兄弟は」

「? いないぞ」

 

というか、両親も他界している。

そのはずだと「代わりに育ててくれた人」から聞いた。

 

「問答無用で、天涯孤独の身だ」

「そうですか……面倒が無くて、何よりと言うのは失礼な話でしょうか」

「そうでもない。気軽な物だ」

 

もし元の世界に心残りがあれば、こう、のんのんとはしていないだろう。

 

「姫様にもお伝えしておきますね」

「……なぜそんなことをするのかね」

「? いえ、必要でしょう?」

「……」

 

何が?と言いたいところだ。

何故か、ルル嬢はアリエッサ姫と情報の交換を行っている。

というか、情報の交換会が知る限りの女性間で行われている気がする。

何故そんなことをするのか私には分からないが、ツッコム勇気もない。

だから、黙り込むことにした。

 

 

 

 

 

 

「私? スズナリ程じゃないけど、生物魔法一通り使えるわよ」

「意外ですね」

 

縦ロールを揺らしながら、肉を齧りつつアリエッサ姫がいつものように訪ねてきて回答する。

屍のように疲れ切ったパントライン嬢が後ろに続いていた。

だから、パントライン嬢を休ませろ。

 

「……姫様、オデッセイの冒険者ギルドに、姫様の護衛役の募集掛けといたので雇ってくださいね」

「募集をかけた? どんなのよ」

「応募者の中で一番強い奴が、姫様の護衛役になります」

「完全に実力主義で選んだのね。いいわよ」

 

本当にいいのか、と言いたくなるが。

今のコイツとパントライン嬢に必要なのは、脳筋だと思うのでいいだろう。

 

「話を元に戻しますが、何で生物魔法? アルバート王は雷魔法を主軸としていたと聞きますが」

 

アルバート王は魔法剣士だったと聞く。

魔法の属性は才能を受け継ぎやすい。

才能が受け継がれているなら、雷魔法を選択すべきだと思うが。

 

「美容にいいから……他に理由なんかいるの?」

「いりませんね」

 

女性らしい回答だ。

そういえば――パントライン嬢も魔法が使えたはずだ。

 

「パントライン嬢は何を? 以前に見た魔力注入は御見事でしたが」

 

大分昔の話になるな。

あれは……マリー嬢と初めて会った日になるか。

懐かしすぎて、思わず苦笑する。

 

「光魔法が使えますよ」

 

ふわり、とトーチの呪文で灯りが浮かぶ。

それと同時にゲホ、ゴホと咳をついているが大丈夫だろうか。

オデッセイの冒険者ギルドよ、早く姫様のお守役を見つけてくれ。

 

「で、何で急に魔法の素質なんか聞いてるのよ」

「一通り、聞くことにしたんですよ。緊急時に相手の事も知らないなんて拙いでしょう」

「緊急時? スズナリ一人でどうにでもなるでしょう」

「どうにもならない時もありますよ」

 

先代から与えられた最終課題。

レッサードラゴンの時は本当にどうしようかと思った。

勝ち筋が全く見えなかった。

レッサードラゴンが呼吸を三日せずとも死なないなんて知らなかったし。

初見殺しもいいところだろう、あんなの。

予備知識にしても、過去の対戦記録が少なすぎる。

 

「スズナリ、無茶苦茶渋い顔してるけど、本当にどんなケース考えてるのよ」

「体験した限りで最悪のケースです」

「レッサードラゴン戦を基準に考えるの、いいかげん止めない? それだけ衝撃的だったんでしょうけど」

 

言っとくけど、そんなん来たら逃げるからね、私。

アリエッサ姫は冷たい事を言う。

いや、逃げてくれた方がいいのだが。

 

「その時は、私も姫様を連れて逃げるのでよろしくお願いします」

 

もう一度、この国がレッサードラゴンに襲われることなんて無いと思うがな。

少なくとも私が生きている間には。

だが、どうしても考えてしまうのはトラウマが原因だろうか。

私はこめかみをぐりぐりと弄った。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで二人を呼んだわけだが」

「どういうわけだよ」

「いや、どういうわけなんですかギルマス。一切の説明なしでは……」

 

オマール君とアルデール君が困惑の表情を浮かべる。

 

「今説明する。二人とも、そこそこ長い付き合いだ、切り札を教えて欲しい。私も教えるから」

 

要するに、アリエッサ姫と話していて、そういえば二人の切り札――イザという時の隠し札を知らないと気づいただけだ。

結構長い付き合いなのにな。

今後も組む事あるだろうから、知っておいた方がいい。

 

「そういってもギルマスの切り札なんて一つじゃないでしょう。釣り合いませんね」

「そうだよな、俺たちの切り札なんて一個だけだぜ」

「教えて減るもんじゃないだろう。決して口外はせん事を誓う」

 

ちなみに教える私の切り札は、モルボ〇もどき戦で使った”薔薇の棘”だ。

 

「まあ、それなりに長い付き合いになったからいいか。今後も組むことがあるだろうし……」

 

先に納得したのはオマール君だった。

 

「俺の切り札は――”雷鳴一撃(ライトニングスピア)”。雷魔法と組み合わせた槍の一撃だよ。ジャイアントラット戦で使おうとしてたんだがな……その機会を逸した。使うとしばらく疲労で動けなくなるから、よく覚えておいてくれ」

「……アルデール王に憧れて覚えた雷魔法との組み合わせか?」

「御名答」

 

オマール君の微妙に屈折してた過去を慮っての予想だったが、当たったようだ。

アルデール君が、続いて口を開く。

 

「オマールが言ったなら……私の切り札は”無呼吸撲殺乱撃”です」

「待て」

 

それ切り札の名前か。

どういうネーミングセンスしてんだ。

 

「ギルマス、俺見たことあるぜ。ネーミングセンスはともかく酷かった。とにかくひたすら無言で殴り続けて、ミノタウロスがただの肉塊になるんだもん」

「奥歯に仕込んだ薬草――錬金術との応用で、一時的に呼吸を不要とします。後はひたすら全身全霊の力で敵を殴り潰すだけの切り札です。吸血鬼の王族もこれで仕留めました」

 

怖いわお前。

そこまでされると、生物魔法でも治療に時間がかかるんだよな……。

アルデール君と対人戦した場合、ひょっとして私負けるんじゃないか?

 

「俺たちの切り札は言ったぜ。次はギルマスの番な」

「あ、ああ……言うより見せた方が早いだろうな」

 

私は椅子から立ち上がり、オマール君とアルデール君を連れてダンジョン内部へと出かける。

適当なモンスターに出遭えることを祈りながら。

 

 

 

 

 

「酷い言われ方をされた。一回唱えられたら対処できないとか、まあ普通のバリアとか張られても貫くからそうなんだが」

「はあ」

 

オマール君とアルデール君からえげつない魔法と罵りを受けた後、ダンジョンから帰ってきた。

なので、ひとまずはルル嬢に愚痴る。

 

「私は見ていませんから何とも言えませんが、そういえば私の切り札はお聞きになりませんの?」

「いや、基本ルル嬢を闘わせる気は無いから。デスク希望だろう」

「そうは言っても、避けられない時もあるから教えておきます。といっても技名などは無く……絶叫しながら捨て身での大上段からの一撃を加えるだけです。田舎で一人稽古での練習中に、いつの間にか身に付きました」

「……」

 

それ、示現流って言わないかな?

ちょっとルル嬢が怖い。

何故そこに至った。

 

「弟に、一度寸止めでかましてみましょうかね……。どうもギルマスの台詞じゃありませんか、暖衣飽食の生活で世の中舐めてる気がしてきました」

「そうしろ」

 

一番いいのは、さぱっと腕の一本でも落とす事だが。

私はそうされたし。

やはり”必死”さが無いと上達しない。

私は世の中舐めてるっぽいルル嬢の弟に心中で辛く当たった。

 

「しかし、田舎から出てきたか。やはり冒険者になりたくてか」

「多分、そうじゃないですか? 儲かりますしね、冒険者」

「金だけは儲かるけどな」

 

別に、社会的地位がそう高いわけじゃないんだけどな。

名持ちクラスに至れば名士扱いではあるが。

なにせ、死ぬ危険性が高い。

そんなにお勧めできる仕事ではないのだが……実際、ルル嬢は文官職を選んでるし。

ターナ君のような若くして名持ちでも、パーティー半壊に至ることはよくある。

 

「そういえば、ルル嬢の昔のパーティーメンバーはどうしているのかね?」

「今まで組んだパーティーメンバー全員、という意味でしたら……1/3は死に、1/3は違う道を行き、残りは未だ冒険者としての道を歩んでいますね」

「やはり、そんなもんか」

 

人は死ぬ。

慣れたダンジョンでも、容易く人は死ぬ。

この毎日人が訪れるダンジョンギルドにだって、到着できず死に至る冒険者はいる。

 

「アリエッサ姫の護衛、早く見つけないとなあ」

 

本当に、なんでパントライン嬢を酷使してまでここに来るんだあの姫様。

肉か。

肉がそんなに食いたいのか。

もう街で食えよ、肉ぐらい。

 

「そうですねえ……まあ、来週には来られると文書に書いてありましたよ」

「なんだ、もう向こうでは決まってたのか」

「ええ。元パイレーツの女性だそうですが」

「海賊!?」

 

きっと筋肉モリモリのアマゾネスが来ると思ってたのに。

いや――ある意味、似たようなものか。

私は笑ってルル嬢の報告を受け入れた。

 

 

 

 

 



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035 パイレーツ

 

「いい奴選んだじゃない、スズナリ」

「私が随分楽できるようになりました」

「おい、ここギルマスの私室だろ。ノックもせず勝手に入っていいのか」

 

開口一番、アリエッサ姫はいつもの縦ロールを揺らしながら、私の人選を褒めた。

だが、部屋に入るならノックぐらいしろ。

なんで元海賊より礼儀知らずなんだ、と私は薬草茶を飲みながら思った。

 

「紹介――しなくても知ってるだろうけど、紹介するわ。私の新護衛、モーレット・ダーレンよ」

「よろしくー。もうこの眼帯取っていい? 凄い闘いにくかったんだけど」

「パイレーツなのに?」

「別にパイレーツだからって眼帯が必要なわけじゃないだろ。というか、厳密にはプライヴァティアって呼べ。この際どっちでもいいが」

 

モーレット嬢は眼帯を外しながら、男言葉で姫様に抵抗する。

海賊なんて男社会だからな。

言葉口調も自然と荒っぽくなるのだろう。

と、勝手な偏見を抱く。

 

「モーレット嬢、姫様の言う事はそこまで真面目に聞かなくてもいいですよ」

「そういわれても、雇い主だからな。と、嬢ちゃん扱いは止めてくれよ。もう25だぜアタシ」

「十分お嬢さんと呼んでいい年齢です。少なくとも私から見れば」

 

モーレット嬢は豊満な――その形容すら足りない巨大な胸を窮屈そうな海賊装束で包みながら、私に抗弁する。

だが、聞きはしない。

25は十分に若いし、私から見れば子供だ。

 

「……まあいいけど、アタシを嬢ちゃん呼ばわりする奴なんか、仲間内でもいなかったぜ」

「全員ブン殴ったからでしょう。やるわねモーレット」

「そう、全員ブン殴った。スズナリの旦那には勝てそうにないから止めとくけど」

 

嬉しそうにアリエッサ姫は語る。

おそらく、モーレット嬢のパイレーツ時代の武勇伝でも聞きながらダンジョンを歩いてきたのだろう。

そう語るだけの実力はあるらしい。

負担が楽になったのか、パントライン嬢も笑顔だ。

私はルル嬢に用意してもらっていた、モーレット嬢の資料を漁り読む。

 

「えーと、貴族にさせられた上、結婚させられそうになったから逃げてきたんでしたっけ?」

「そう、オデッセイで私掠船の船長やってたんだけど、大活躍してたら、そうなりかけたんだ。酷くね?」

「いや、オデッセイとしては報酬代わりでやったんでしょ」

「貴族なんて格式ばっか高くて、下っ端は貧乏人じゃねえか。しかも自分より弱い結婚相手? アタシは御免だね」

 

私掠船やってたアタシがいくら稼いでたと思うよ、と愚痴っぽく言うが知らん。

まあ、ウチの国に逃げてきたからには姫様の護衛役としてバリバリ働いてもらおう。

そんな事を考えるが、何か妙に色っぽい目で私の事をモーレット嬢が見ている。

 

「……それで、アタシはいつスズナリの旦那と閨を共にすればいいんだ。姫様」

「もちろん、今日からよ」

 

ちょっと待て。

モーレット嬢とアリエッサ姫の会話に嫌な物を感じる。

私はガタンと椅子音を立てながら立ち上がり、とりあえず逃げる準備を整えた。

 

 

 

 

 

 

「え、そのつもりで雇ったんじゃないの。この乳オバケ」

「誰が乳オバケだよ、誰が」

 

アリエッサ姫とモーレット嬢の言い合いを聞きながら。

どっから誤解が生じたのかを読み取ろうとする。

 

「あのですね、何で私が自分の性癖で、姫様の護衛役を選ばなきゃいけないんです。オデッセイのギルマスが、一番強い人を選んだといったでしょう」

「だから性的に一番強い――」

「どっからそんな偏見が生じた!?」

「だって見なさいよこの豊満な乳。どう考えても『あ、スズナリの奴おっぱいで選んだわね』って思うわよ、誰でも。モーレットを見た御父様もそう言ってたもの」

 

思わねえよ。あとアルバート王の言う事を絶対視する節があるのを止めろ。

というか、モーレット嬢の反応も何なんだよ。

いつの間に閨を共にすることを了承したんだ。

 

「モーレット嬢、その、閨を共にするというのは?」

「いや、姫様やオデッセイのギルマスが”スズナリはレッサードラゴン殺した事あるぞ”っていうから。強い奴ならまあアタシも納得できて別にいいかな……と」

 

ポリポリと頬を掻きながら、モーレット嬢が答える。

何の納得だ。

駄目だ、コイツ脳味噌筋肉だ。

ちょっと頭がボケてるパントライン嬢よりもマシかな程度だ。

 

「アタシも25だし、そろそろ子ども欲しいんだよね。あ、責任はとらなくていいから」

「だいじょーぶ。責任はキッチリとらせるから。だから、スズナリは娼館に行かないように」

 

アリエッサ姫、まだその話続いてたのか。

その話したの、随分昔だぞ。

 

「だから、娼館には行かないと何度も言ってるでしょうに」

「嘘よ! この間オマールが無茶苦茶真剣な表情で、どうやってスズナリを娼館に連れて行くか街の酒場でギルド会議してたもの、待機してるギルド員集めて」

「……それ本当ですか」

 

会議の招集権限はギルド員全員にあるが。ギルド長への報告義務はある。

私そんな会議知らんぞ。

人がダンジョンに籠ってる間に何勝手な事やってんだオマール君。

今度、報告を怠った罰ということにして絞めよう。

 

「とにかく、スズナリが娼館に行かないなんて信用できないわ。パントラインかモーレット、どっちか選びなさい」

「……ルル嬢。聞いてるんだろう」

「はい、スズナリ殿」

 

突如、ドアが開きルル嬢の姿が現れる。

絶対話を聞いてると思った。

 

「第三の選択肢!?」

「違うわアホ。ファウスト君」

 

頭の中のアンテナで動かしたファウスト君が、アリエッサ姫に向けて蹴りを放つ。

その跳躍に、モーレット嬢もパントライン嬢も反応できない。

 

「げふっ」

「はい、ここまでです」

 

蹴り飛ばされて、ドアまで吹き飛んだところをルル嬢に抱きとめられるアリエッサ姫。

 

「私の選択は”誰も選ばないし娼館にも行かない”です」

 

私は気絶したアリエッサ姫にそう答えた。

 

 

 

 

 

 

失礼しました、とばかりにパントライン嬢に背負われて出ていくアリエッサ姫。

それに続くモーレット嬢。

 

「……ルル嬢、オマール君が変なギルド会議開催してたのって知ってるかね」

「存じません。会議と言うか、待機制度で待機してたギルド員で談義してただけでは?」

「ああ、なるほど……まあ絞めるのは変わらんが」

 

一体何考えてんだかオマール君。

 

「今ちょうど酒場に来てますよ」

「行ってくる」

 

私はドアを開き、酒場へと出向いた。

そして叫び声を上げる。

 

「オマール君!!」

「ギルマス、聞いてくれ! ターナの奴が童貞じゃなかった! 裏切り者だから処刑しようぜ!! イヤッハー!! その首ねじ切って玩具にしてやるーー!!」

 

開口一番、何言ってんだコイツ。

 

「昔、冒険初心者だったころに先輩に娼館に連れていかれて……それから週一で」

 

ターナ君があわあわと慌てた感じで、オマール君を黙らせようとする。

いや、別にターナ君が娼館行っててもいいだろ。

 

「これで君は錬金術師としては、大成できない、な……」

 

アルデール君がまた変な事を言っている。

最近何かおかしいぞアルデール君。

ワイングラスを揺らしながら言うセリフがそれか。

 

「え、錬金術師って童貞が条件なんですか」

 

ターナ君、信じるな。

何だか慌ただしい。

私はオマール君の首を泥濘の手で絞めながら、ターナ君を落ち着かせる。

 

「ターナ君、まずは落ち着いて椅子にでも座り給え」

「そうしよう」

 

泥濘の手を腕力で無理やりに剥がしたオマール君が、ちゃっかり私の横に座る。

 

「あの……それでですね。ギルマスを含めた皆さんが童貞って本当ですか?」

「本当だとも」

 

自信をもって答える。

別に胸を張って誇れることも無い、悲しい自信だが。

 

「アルデールさんやオマールさんも? 普通、パーティーを組んでいたら先輩に無理やり連れていかれるものじゃないですか? 命の洗濯とか言われて」

「そんな機会なかったぞ。俺、最初から頭目だったからな。騎士教育受けてたし」

「同じく最初から頭目だった。知能労働できる奴が私しかいなかったしな」

 

オマール君とアルデール君が答える。

我々童貞三人衆の結束は固い。

オマール君は別に望んでじゃないが。

 

「何でギルドのトップ3が全員童貞なんですか……」

 

ターナ君がどこか呆れたように言う。知らんわ。

少なくとも、本来あるべきはずの出来事をみんなどこかに忘れてきたのは事実だが。

 

「……じゃあ、今度連れて行きますよ。それで許してくれますか、オマールさん」

「違う、俺だけじゃなくギルマスを連れて行くよう説得しろと言ってるんだ」

「何で一緒に行きたがるんだお前は」

「アレだよ、連れションと同じ感覚だよ、判れよ」

 

判らんわい。

一人で行け、一人で。

 

「ギルマス、一緒に娼館に行きましょう」

 

ターナ君が糞真面目に、その燃えるような少年の瞳で訴えかけてくる。

娼館へ行こう、と。

ひっでえ構図だなオイ。

 

「その娼館、彼女よりおっぱいデカい娼婦はいるのか?」

 

私は酒場で――姫様が目覚めるまで休憩をとっているモーレット嬢を指さして言った。

 

「何ですか、あのおっぱい……乳神様? いませんよ」

「私は彼女に誘われても全く心が動かなかった。娼館に誘いたければ、あれ以上の女を連れてこい」

 

ターナ君が驚愕の顔で私の顔を見た。正気を疑う瞳であった。

その時、私は勝利を実感した。

あまりに虚しい勝利であった。

 

 

 

 

 

 

「酷い一日だった」

 

王宮の寝室。

ダンジョンでの汚れを落とした後、姫様と、護衛役のパントラインと一緒に床に就く。

他国から来た人間を、いきなりそこまで信用するのはどうかと思ったが。

最初は戸惑ったが、まあベッドの感触は悪くない。

あのまま――オデッセイで貴族になって望まない結婚をさせられるよりは余程良い。

ただ一つ、気にくわないことがあるが。

 

「姫様、アタシって魅力的な体してるよな? ガサツな性格はともかく」

「そうね、言葉遣いはともかく、女性から見ても魅力的な肢体をしてるわよ」

 

美少女で、ちいさな顔をした、今まで見たことないくらい可愛らしい姫様にも認められている。

それだけの魅力があるはずだ――アタシの胸は。

 

「じゃあ、なんであんなどうでもいい顔してアタシを見てたんだ、スズナリの旦那。オデッセイに居た頃は、頼まなくてもジロジロ胸を見られてたぜ。いや、この国に来てからもだが」

「基本、スズナリ殿は女性に対して、いつもあの顔です。諦めなさいモーレット」

 

パントラインの奴が横から口を挟む。

え、いつもあの死んだ豚を見つめるような顔してるの、スズナリの旦那。

 

「顔の感情が無さすぎない?」

「あら、たまには慌てることもありますよ。そこが可愛いんですが」

 

パントラインが完全に魅了された女の顔で言う。

アレにガチで惚れてるのか、パントライン。

強いからって理由で体を許そうとしたアタシもアレなのは判ってるが。

 

「酒飲んで酔っ払ってるときはよく笑うわよ。何に解放されてるのか知らないけど」

 

姫様が、自慢の縦ロールに特製の椿油で浸した櫛を通し、髪をストレートに戻す。

 

「まあ、貴方もその内魅了されるんじゃない? 私の勘だけど」

「そう願ってるよ」

 

いくら子を為すためだけとはいえ、惚れた男になるんならその方が良い。

あのドラゴン殺し――アルバート王譲りという直感スキルを信じよう。

 

「ところで――姫様はスズナリの旦那の事好きなんですかねえ」

「それは私にも判らないわね」

「判らない?」

「好きかもしれないわ。でも普通、好きな男に他の女を宛がおうとする? そんなことしても、全然心にこうモヤモヤッとしたものが来ないのよねえ」

 

姫様はパタリ、と倒れるようにベッドに横になった。

このまま眠ってしまうつもりだろうか。

 

「これは私が貴族だからかしら、パントライン」

「どうでしょうねえ。今は良いだけで、誰かと寝たら急に嫉妬深くなったりするかもしれませんよ」

「嫉妬、いいわね、その感情。それを覚えたら私がスズナリの事好きって実感できるかも」

「……」

 

アタシから見て、姫様はすでに嫉妬してると思うのだが。

娼館に行かれるのが嫌なのは、婚約者の評判が悪くなるからではない。

姫様のコントロール下を、スズナリの旦那が離れるのが嫌なだけなのだ。

そこに、姫様は気づいていないのだろうか。

一度でも離れたら、姫様はどうなることやら。

まあいい、それを口に出しても姫様は否定するだろう。

夜も更けた。

あとは夢の世界に旅立つだけだ。

モーレットは目を閉じ、眠ることにした。

初めて自分を女として意識しない、不思議な男の事を想いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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036 フロイデ王国の降伏

「と、いうわけでフロイデ王国が降伏してきたから一緒に行くわよ」

「なんでやねん」

 

思わず元の世界のお国言葉が出た。

まさか、設立記念日のアレで――姫様の演説で降伏を決意したのか?

冗談抜きで?

いや――もう抵抗は不可能だから、潔く諦めた方が今後の扱いもいいだろうが。

随分屈辱的な経緯で降伏を望んだもんだな。

 

「なんでやねん? 何それ」

「いえ、なんでもありません。とにかく、フロイデ王国が何故か降伏してきたんですよね」

「何故かじゃないわよ! 私の演説が国民とフロイデ王国に響いたのよ」

 

少なくとも、国民には響いてなかったぞ。

私はそう思いながら、ただアルバート王の威圧はフロイデ王国に響いたと考える。

それに――自分がやったことではあるが。

誰しも、死体としてスープにはなりたくないだろう。

私はそう考える。

 

「そういうわけで、私がパントラインとモーレットと、騎士団連れて乗り込むから。スズナリも一緒に来なさい」

「何故私が?」

「私の護衛でもあるけど――今回の立役者でしょうが!!」

 

立役者、か。

少なくとも暗殺を――そう呼びたくはないが。

いや、呼びたくないではない、認めたくない。

 

「私の行いを、立役者としては認めて欲しくありませんね」

「なんでよ!?」

 

不思議そうな顔でアリエッサ姫が問い詰めるが、それは壊れた倫理観の。

私のカルマの譲れない点だ。

だが――

 

「姫様、本当に行かれるつもりですか? いくら護衛連れとはいえ、相手は敵国ですよ。呼びつければいいのですよ。こっちは勝戦国ですよ」

 

戦らしきものは幸いにして起こらなかったが。

それでも勝戦国であることに変わりはない。

 

「フロイデ王国が持っている資産の監査――どういう風に、具体的にはあのキメラの資金の流れについてもマリー達が調べるのよ。相手の国に行かないわけにはいかないわ」

「……」

 

黙り込む。

理由によれば依頼を蹴っ飛ばしたが、その理由だと別だ。

場合によっては――アリエッサ姫に危害が加わる前に、フロイデ王国の人間を、”密かに消す必要がある”。

 

「……」

 

ぐに、と私の頬肉がつかまれた。

 

「その顔、私の前では二度と止めなさい」

「……どんな顔、してたんですかね」

「二度と見たくない顔よ」

 

死んだ豚を見つめる顔が、目だけギラギラとしてんの。

アリエッサ姫が呟く。

それは確かに――見たくないな。元々ツラに自信は無いが、あまりにも醜い。

顔をバシッと自分ではたき、帳尻を合わせる。

 

「……仕方ありません。行きましょう。ただし、今回の立役者なんてものではなく、暫定的な婚約者として護衛するためです。これは譲れません」

「……私もそっちの方がいいから、何にも言わないけどね」

 

一旦、妙な考えは止めることにして、とりあえず正式な理由をつくる。

何故か私に色っぽい視線を注ぐ、パントライン嬢とモーレット嬢を無視しながら。

 

 

 

 

 

 

「悪くないな、あの顔」

「でしょう?」

「どこがいいのよ」

 

あの死んだ豚を見つめる顔が、目だけギラギラとしてる顔。

それをモーレットとパントラインが褒めるので、それを否定する。

 

「獲物をしとめる前の猛禽類みてえな顔してたな」

「私が面倒臭い事をやる前に、私の代わりに片付けてくれる顔をしてました」

「……」

 

目ん玉腐ってるのか。

そう言いかけるが、三者三様。

あまりにも違う感性をしているのだ。

だから、納得しよう。

私はスズナリと出会ってから、随分成長したのではないかと思う。

特に我慢ができるようになった。呪われるのは二度と御免だからだが。

 

「私はあの顔、気にくわないわね」

「殺し屋の顔だからか?」

「殺し屋の顔でしたよね」

 

判ってるじゃない。

判ってて、何でそれに欲情するのか。

とんと私には理解できない。

 

「少なくとも――私の婚約者としては相応しくない顔つきだったわ」

「それはまあ……」

「そうでしょうよ」

 

だから、判ってるなら欲情するなよ。

二人に言いたいが、我慢する。

我慢できる子のはずだ、頑張れ私。

 

「えー、姫様は欲情しないの、あの顔。悪く無かったじゃん」

「そこのところは同意します」

「――このダメ人間どもめ」

 

ついに罵りとなって口にした。

いやさ、仮にも仮とはいえ惚れた男が殺し屋の顔をして――場合によっては躊躇いなく、自分のためにそれを実行する決意を固めた顔をしているのに――欲情するってどうなのよ。

そんな事を口にする。

 

「仮にも仮って……」

「もういい加減に諦めましょうよ姫様」

「仮っつってんでしょうよ!?」

 

モーレットとパントライン。

二人して、呆れたような顔をする。

 

「いやさあ、”アリエッサ姫のためだけに”に行動しようとしてるんだぜ。スズナリの旦那。本当はフロイデ王国なんて行くのも嫌だろうに。女として何か思うところ無いの?」

「こう、疼いたりしませんか。子宮の辺り」

「疼くかボケェ!!」

 

モーレットは脳味噌筋肉の癖に理論だっているから、まだいい。

パントラインは、ガン、と拳で頭を殴る。

だがパントラインは殴られ慣れているせいか堪えた様子も無く、

 

「姫様。今が認める時ですよ。もう面倒くさいからスズナリ殿に『好きよ』って言いましょうよ」

「言えるか――第一、まだ好きじゃない」

「”まだ”って事はいつかは好きになる――ぐえぇ」

 

私はパントラインの首を両の手で締め上げた。

とにかく――まだ好きではないのだ。

それを否定する奴は容赦しない。

 

「姫様、パントラインの奴死んじゃうからその辺にしてやれ」

 

モーレットの言葉。

頭のどこかまだ、冷静な部分であったそれが言葉をくみ上げ、私は手を離した。

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでフロイデ王国に行くから、お前らも準備して護衛任務に就いてくれ」

「いいけどさあ」

「別にいいんですけどねえ」

「何だよ」

 

不満げな顔をするオマール君とアルデール君に、私はその意を尋ねる。

 

「それってアリエッサ姫のためにだろう?」

「それでいいんですか、ギルマス?」

 

良いも糞もあるか。

お前ら状況判ってるのか。

 

「16歳のガキの命がかかってるんだ。守ってやるのが大人の務めだろう」

「オッケー、理解した。それでこそギルマス」

「命に代えても」

 

私の言葉に二人は意を翻し、嬉々とした表情で頷いた。

何なんだ一体。

 

「いやさあ、イザとなると、やっぱりあの姫様はギルマスに似合わない気がしてさあ。あの乳神様やアリー嬢の方がエロくて、押しが強そうでギルマス向きじゃね? 完全に俺の好みで言ってるけど」

「それで夢が叶わなくなるのは、言っとくけどお前だからな。オマール」

 

夢?

何のことだかさっぱりわからん。

 

「お前、それは黙っとけよ。ギルマスには判らなくてもいい事だ」

「すまん、ついな」

 

二人の秘密らしいし、聞かなかった事にしておくが。

まあいい。

 

「出立に関しては問題ないんだな?」

「報酬は特別に出るんだろ?」

「パーティーメンバーの休暇費用も含めてお願いしますよ」

 

そこら辺は事前に考えていた事だから問題ない。

 

「報酬は王宮から特別に出る。それを分けるから心配無い」

「に、しても相手の国まで堂々と出向くか。度胸あるねえ姫様も」

 

呆れ半分にオマール君が呟く。

 

「責任感の表れ、として受け取っているがな、私は」

「そうでしょうか?」

 

アルデールが顔に疑問を浮かべる。

何故か、えらく姫様に反発的だなこの二人。

 

「いやさあ、ギルマスの疑問も判るぜ。なんで俺たちが姫様をそんなに嫌がるのかって事だろ?」

 

オマール君が私の疑問に、言葉を交わさずに察する。

 

「市井の評判あんま高くないし、それにしたって貴族の頂点だろ。市井の民としては憧れよりも、多少ないし反発あるよ。三男坊の俺にとっては特に。成り上がったアルバート王は憧れだけど」

「私も……市井の評判を鵜呑みにするわけではありませんが、姫様の良い評判は聞きません。最近はマシになったとは聞いてますけど」

 

姫様の市井での評判が、アダとなっているのか。

自業自得であるので仕方あるまい。

アルデール君やオマール君だって好悪の感情はあるだろうしな。

 

「そこら辺は私を信じてくれ」

「信じるさ。だからついて行くんだろ」

「姫様の制御、お願いしますよギルマス」

 

……私は、そこまで悪い人間には思えないんだがな、アリエッサ姫。

少なからず、マシにはなってるはずだし。

いや、その頃から会ったからか。

もしくは、姫様が――私に好意を抱いているからか。

よくわからない。

良くわからない事には、一時蓋をしておく。

うん。

私は一つ頷いた後、とりあえず二人の了承を得たことに、安堵のため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻り、ため息をつく。

 

「はあ」

 

ダンジョンの私室。

ファウスト君が屹立しているだけの個室で、私は今日の事を思い返す。

 

「やっぱり評判悪いんだな姫様」

 

なんとなく落ち込む。

私はそこまで、あのけったいな性格の姫様を嫌ってはいない。

あの開放的な性格の――実際に面したこともあるオマール君に嫌われるとはよっぽど世間の評判が悪いんだろうが。

 

「いや、実際に面した事があるから嫌ってるのか」

 

酷い見合いの断り方だったもんな姫様。

よくよく考えれば無理もない。

新しいワインのコルクを開ける。

 

「護衛は……パントライン嬢とモーレット嬢。それにオマール君にアルデール君か」

 

あの4人が組んでいればもしもの事は無いだろう。

私が――”もしもの時に”独自に行動しても問題ないはずだ。

 

「……」

 

黙ってワイングラスにワインを注ぐ。

今日はファウスト君を頼る気にならない。

 

「調査は、マリー嬢がすると言ってたな」

 

ならば、私が行くのはそっちの方だ。

もし――フロイデ王が、ゲーサーズの研究資料通りに”何十人もの孤児達”を実験台として使い捨て、キメラを造ることを知っていたら

 

「その時は一思いに殺そう。その罪をフロイデ王宮全体に叫びながら」

 

知らなかったら、どうする?

それでも責任はあるのではないか?

 

「……」

 

この思考は、よくない。

また何かに操られているような気がする。

頭がジクジクと痛む。

 

「先代」

 

言葉を口にする。ピクリ、とファウスト君が反応する。

先代から譲られた財産の一部。

今日は触れたくもない。

 

「……」

 

私は倫理観を破壊されている。

どうやって?

ジワジワと壊されていった?

それとも――脳を直接弄られた?

どうもその辺が、よく、把握できない。

 

「……」

 

頭を押さえる。

眩暈と吐き気が止まらない。

ワイングラスの中身は既に床に転がっている。

 

「……」

 

私は酩酊することも無く、軽い眠気を感じながら、ただ床に突っ伏したまま夜を過ごしている。

そしてそのまま、身体を丸め、まんじりとして動かなくなった。

朝が明けるまで、ずっと。

 

 

 



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037 フロイデ王国の降伏式典

 

「マリー嬢、今日はよろしくお願いする」

「本当に、姫様について行かなくてよろしいのですか」

「すでに必要な分の護衛は付けましたよ」

「いえ、スズナリ殿が傍にいないのが問題なんですが……姫様お冠(かんむり)ですよ、きっと」

 

知った事ではない。

最優先は、キメラの出資源の調査だ。

 

「で、フロイデ王は知ってたのか、知らなかったのか? 知っている人間は何人だったんですか?」

「急かしますねえ」

 

マリー嬢が私を落ち着かせるように、少しからかうような声をあげる。

……確かに、急いている。

やるべき事を、事前に決めてきたせいだろうな。

少し、自分の気を落ち着かせる。

 

「さあさあ、働きなさい皆さん。次代の王が見ていますよ」

「ミス、マリー。了解しました!!」

 

若き王宮魔術師たちが急いで資料を漁る。

別に、私は次代の王になるつもりはないのだが。

働いてくれるなら、まあいい。

 

「調べきるのに何時間かかります?」

「1時間もあれば」

「十分です」

 

仕事が早い。

マリー嬢に教練された王宮魔術師達が、いかに有能か一目で判る。

 

「それまで、姫様に会ってらしたらどうです?」

「……仕方ありませんね」

 

私はマリー嬢の言葉に従い、姫様に会いに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

「一体どこほっつき歩いてたのよ!?」

 

腰元に両の手を当て、アリエッサ姫が叫ぶ。

 

「マリー嬢の所です。調査によって行動如何が変わるのでね」

 

重要事項だ。

それを判らせるべく、姫様に言葉を返すが。

 

「式典が終わるまではずっと傍に居なさい。妙な事は考えないように」

「妙な事?」

 

私にとっては重要な事だ。

そう言い返そうとするが――

むに、とまた頬肉を掴まれる。

 

「その顔、止めなさいと言ったでしょう!!」

「……」

 

私は閉口する。

傍付きのパントライン嬢とモーレット嬢は相変わらず色っぽい目線を送って来るし。

何故かオマール君とアルデール君はニヤニヤとしている。

 

「ギルマス、俺、姫様のこと、ちょっと誤解してたわ」

「ええ、それほど嫌な方ではないかもしれません」

 

オマール君とアルデール君の言葉。

それは――私にとっても嬉しいが。

何故ニヤニヤと笑っている。

 

「とにかく、式典が終わるまでは傍にいなさい。それ以外は許さないわよ」

「……いいでしょう」

 

どうせ、マリー嬢は一時間もすれば調査結果をこちらに伝えに来る。

それを待つのも悪くは無い。

私は頬肉を掴まれたまま、赤い絨毯の敷き詰められた――フロイデ王の王の間で。

降伏式典が始まるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

「今後、フロイデ王はアポロニア王国の侯爵に叙されます。領土は現在のフロイデ領の1/3を与えられることになります」

「承知しました。姫様」

 

姫様とフロイデ王の交渉が今為った。

まあ、実際フロイデ王が元々有していたのもフロイデ王国の1/2程度だ。

そこまで不満は無いだろう。

その下も、そこまで不遇をかこつ事にはなるまい。

最下級、フロイデ王国の騎士たちを除いての話だが。

元々最下級であった騎士は、厳しいアポロニア王国の試験を受けることになる。

合格すれば良いが、殆どは通るまい。

冒険者の門を叩く人間が増えるな――そこまでを考えて、私は傍に近づく人間に反応する。

――マリー嬢。

 

「結論は出ました。王族は全てが発覚するまで、何も知りませんでした」

「……そうか」

 

手をそっと下す。

私は静かに、王を殺すのを諦めた。

 

「スズナリ。控えなさい」

「……はい」

 

私はフロイデ王を、目の前の男を殺さなくても良い。

その方が良いのは確かだ。

 

「今後は――キメラ製造等、企むことの無いようお願いしますね」

「勿論だ、あの様な事は決して――まして、民を犠牲にしていた等と」

 

孤児達を、民と呼ぶか。

確かに、殺さなくても良い相手だ。

私は握りしめていた拳を開き、自分の腰に沿って姿勢を正す。

 

「スズナリ、挨拶なさい」

「はい。私は冒険者ギルドのマスター、スズナリと申します」

「私は……かつてフロイデ王国の王であり、今はアポロニア領フロイデ侯爵のアークベル・フロイデだ。迷惑をかけた――いや、迷惑をかけ、申し訳ありませんでした」

 

確かに、迷惑をかけられたよ。

だが、何故敬語で接する?

 

「アンナ……こちらへ」

「はい、お爺様」

 

アンナと呼ばれた幼い少女が近寄ってくる。

ぽふ、とフロイデ侯爵の手が少女の頭におかれ、深い沈黙が辺りを包んだ。

 

「判っているな?」

「はい、お爺様」

 

なんだ?この雰囲気。

嫌な予感がビンビンしてきたぞ。

 

「姫様――アリエッサ姫、フロイデにもなにとぞ希望を。その方が統治もやり易いと思います」

「判ってるわよ。その方がやりやすいしね」

「よろしくお願いします」

 

ふふん、と両腕を組むアリエッサ姫の前で、アンナ姫が頭を下げる。

何だ。

何が起こっている。

何か――良くないこと。

 

「アンナを――スズナリ殿の第二王妃としてよろしくお願いします」

「よろしくできねえよ」

 

私は途中で思わずツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

「フロイデ王国に希望を与えて下さらないのですか!?」

 

フロイデ王の――今となってはフロイデ侯爵となった男が、私にしがみつくように訴える。

 

「希望ってなんですか!?」

「アンナを第二王妃として迎え、フロイデの民や貴族を決して悪しようには扱わないという希望です」

「迎えるも何も、まだ姫様とも結婚していない!! 暫定の婚約者だ!!」

 

私はアリエッサ姫の方を向いて、どういう事か説明を求める。

 

「いや、政略結婚によって領土を獲得するのは王として当たり前の事じゃない」

「当たり前以前の問題でしょうが!! まだ結婚していないでしょう」

「だから暫定よ、暫定。暫定だから第二王妃決定ねアンナ」

「はい、まだ暫定ですね。判りました」

 

ペコリ、とアンナ姫がスカートの裾をつまみながら、頭を下げて礼を行う。

 

「これから末永くよろしくお願いします。スズナリ殿」

「何にも判っていないじゃないですか!?」

 

この流れは拙い――他国まで、いや、もはやアポロニア王国だが。

これ以上余計なしがらみを作ると、逃げるのが困難になる。

というか、姫様も何故反対しない。

 

「姫様、姫様も私との結婚なんて御免だと言ってたでしょう……」

「だから何度も言ってるでしょう。暫定よ、本決まりじゃないから気にしなくていいわ。とりあえず、フロイデ侯爵が言ったように民の慰撫のためにはアンナを暫定の第二王妃として迎える必要があるのよ」

「婚約者候補が変わった際は、第二王妃もちゃんとスライドしてくれるんですよね」

「もちろんよ」

 

……ならば、いい。

暫定的な処置として必要なのは確かだ。

 

「承知しました。暫定的に第二王妃として迎えますよ」

「おお、有難い」

 

暫定と言う言葉が並びすぎて、何か頭がゲシュタルト崩壊を起こし始めて来たが。

とりあえず私の腰にしがみつくフロイデ侯爵を離す。

そしてアンナ嬢の方に向き直り、その外見を見た。

――アンナ・フロイデ姫。

フロイデ侯爵の一人孫娘だ。齢はまだ12にも満たないだろう。

政略結婚の道具にされるとは哀れだが、貴族なので仕方あるまい。

 

「じゃあフロイデ侯爵、アンナは第二王妃兼――人質として私が連れて帰るから」

「よろしくお願いします」

「大切に扱うから心配はしなくていいわよ。別れの挨拶はもう済ませたわね」

「はい、昨日には」

「ならいいわ」

 

ひらひらとアリエッサ姫が手を翻しながら、アンナ姫の元に近づく。

そしてその手を優しく握り、その手をくい、と引っ張り、近くに引き寄せる。

 

「さて、城に帰りましょうか」

 

後はマリー嬢と騎士団達が粛々と手続きを行うだろう。

私はやっと仕事が終わったことに、大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「ロリコンじゃなかったのね」

「?」

 

不思議そうな顔で、アンナ嬢が私の顔を見る。

 

「いやさ、姫様。それはあんまりな予想じゃないか?」

「モーレットの乳にも反応しなかったのよ。スズナリの奴、もしかしたらって思うじゃない」

 

私はモーレットの顔を見ず、その反則的な胸に向かって反論した後、アンナ嬢を振り返る。

 

「アンタ、スズナリは好みのタイプ? 年齢ダブルスコアどころじゃないけどいいの?」

「……元々、相手を選べる立場にありませんから」

 

アンナが小さく答えた。

こりゃスズナリの事、気に入ってないわ。

年齢離れまくってるから当たり前だけど。

昔の私みたい。

過去を振り返りながら、馬車の中に目をやる。

スズナリはいない。

代わりに、オマールとアルデールが護衛についている。

 

「オマールとアルデール、フロイデ王国の騎士ってどんなの?」

「それをアンナ姫の前で聞くか?」

「アポロニア王国の騎士に比べると弱小ですよ。国そのものが弱体化していましたからね」

 

最下層の騎士など、強い奴はとうの昔に騎士を止め、冒険者としてアポロニア王国のギルドの門を叩いてます。

なにせ待遇が違いますから。

アポロニア騎士への騎士試験では、大多数のフロイデ騎士が脱落するのではないでしょうか。

そう冷たくアルデールが分析する。

聞いた私もなんだが、容赦ないなお前。

 

「そうですか……」

 

アンナが顔を暗くする。

 

「だからといって、アポロニア王国では浮浪者等おりません。職はあるので、別に食えなくなるのではないので心配せずとも結構……ですよ、アンナ姫」

 

オマールが珍しく丁寧語で喋る。姫様相手だからか。

コイツ、反骨の相があるな。

私には見合いの席ですら丁寧語で喋ってないのに。

 

「そうですね、国としては浮浪者もいない、スラムに孤児も無い、良い国になるんですよね……」

 

12歳にしては知的だなコイツ。

私はアンナの知能の発達度を見極めながら、どこまで脅すかを考えた。

 

「そうよ、伯爵がある日スープになったりすることもないわ」

「あれは当然の事です!! 孤児達をキメラにしていた等と!!」

 

急にアンナが叫ぶ。

なんだ、知っていたのか、つまらない。

これでは脅し文句にもならない。

 

「知っていたんなら、つまらないわね」

「……ひょっとして、脅し文句のつもりでした?」

 

そうよ。

12歳の癖に、それ相応の教養は備えているようね。

 

「それをやったのがスズナリと知っても怖くないの?」

「残念ですが、脅しには乗りませんよ。私は第二王妃として、誇り高くあるつもりです」

 

そう言うが、私はアンナの震える手を見て取った。

 

「やっぱ性格悪いわアリエッサ姫」

「まあ、多少性格悪くないと姫様業なんかやってられないでしょう」

 

姫様業ってなんだ。

アルデールから漏れた妙な言葉を考えるアリエッサ姫をよそに、馬車は一路アポロニア王国を目指していた。

 

 

 

 

 

 



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038 王宮出頭命令

「アンタね、王宮に来なさいよ」

「はあ? 何でですか」

 

ダンジョンギルド本部の私室。

椅子に座りながら、私はアリエッサ姫と対峙していた。

 

「第二王妃であるアンナにちっとも会いに来ないじゃない!!」

「いや、そりゃそうでしょう。私嫌われてますよ、多分」

 

結婚相手が32と聞いて納得する12の少女がいるかよ。

私はよくよく姫様に言い聞かせようとするが。

 

「そんなこと知るか! フロイデ王国の民が不安になるのが問題なの。世情不安よ、世情不安!」

「ああ……絶対こういうロクでもない依頼が来ると思ってた」

 

あの日、アンナ姫に会った時から嫌な予感はしてたんだ。

 

「依頼!? 義務よ!義務!! 暫定婚約者としての義務よ!!」

「ギムレットが飲みたい」

「何の話してるの!?」

 

酒に意識を飛ばす。

ドワーフの冒険者から先日手に入れた火酒(ジン)があった。

それを使おう。

 

「一緒に酒を飲んで全てを忘れません?」

「事が大きすぎて忘れられるか!!」

 

常識的な回答をする。

あのエキセントリックな演説をした姫様はどこに行ったんだ。

というか、全部お前のせいじゃないのか。

あの演説が無ければ、併合はもっと遅かったはずだ。

 

「姫様が慰めてあげればいいじゃないですか」

「私、アンナに嫌われてるのよ」

「姫様、誰からも嫌われますね」

 

もはや嫌われる事に関しては達人級ではなかろうか。

 

「うっさい!! とにかく、一度王城に来なさい」

「行くのはいいです。でも話すことは何もないですよ」

「菓子でも宝石でも買って会いに行くだけでいいから。金はあるでしょう!?」

 

確かに、金ならあるが。

……仕方ない。

 

「では、明日には必ず……」

「今日来なさい、今日。馬車は用意してあるんだからね」

「……」

 

強引だな、姫様。

国政に関わることだから仕方ないか。

 

「ほら、モーレットとパントライン、スズナリを取り押さえなさい」

「よっと、失礼するぜ」

「失礼します」

 

私は両脇をモーレット嬢とパントライン嬢に抱えられ、連れ去られていく。

 

「ルル嬢」

 

私は扉の向こうに絶対いるに違いない名前を呼んだ。

 

「はい、スズナリ殿。ギルマス代理はしっかり務めておきますので……」

 

どうやら助けは来ないようだ。

諦めて、モーレット嬢の乳に埋もれた腕を離し、姫様に言う。

 

「自分で歩きますよ。とにかく、アンナ姫に会えばいいんですね」

「最初からそうしてくれればいいのよ」

 

アリエッサ姫は腕組みをしながら、何時もと変わらぬ表情で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「菓子と宝石です。好きなものが在りましたらどうぞ」

「えっと……どうも有難うございます」

 

私はテーブルの上に、とりあえず選んできた菓子と所有している宝石類を大量にぶちまけた。

アンナ姫はその行動にためらっている。

 

「いらない物は私たちが貰っていいんですよね。何かください」

「アタシ、この宝石が欲しい」

「いいわけあるかボケども」

 

パントライン嬢とモーレット嬢の物欲しそうな視線に反論する。

 

「そんな乱雑に扱うくらいなら、くれてもよいかと」

 

パントライン嬢がむー、と不服そうに言う。

金に換金するのも面倒くさいので持っていた宝石類だ。

くれてやっても良いが、それを奇貨として私から宝石をもらった等と触れ回ってもらっては困る。

また婚約者が増えたのかと噂され、面倒が増えるのは御免だ。

 

「とりあえず、お菓子は全て頂きます。日持ちしそうですし」

 

むー、と何か不満げな顔をしながらも、アンナ嬢は菓子を全て受け取ってくれた。

やはり食欲か。

アポロニア王国の食卓は不味いのかな、と勝手な推測をしながら、踵を返す準備をする。

 

「では、これにて」

「待てい」

 

がしっ、とアリエッサ姫が私の肩を掴む。

 

「話し合いなさい。アンナ姫と」

「話し合うも何も、32のオッサンが12の子供と何を話し合えと」

 

正論で言い返すが――

 

「12の子供でも、第二王妃候補です。話し合う必要はあるかと」

 

アンナ姫がまた正論で返す。

面倒な。話し合う必要など、こちらにはもう無いのに。

 

「アンナ姫、あくまで暫定の話です。形さえ取り繕えばそれでよいのでは?」

 

要は、アンナ姫――第二王妃候補を大切にしているという体裁さえ取り繕えばよいのでは。

そう提案するが――

 

「私たちはお互いに理解し合う必要がある。私はそう考えています。次代の王は――スズナリ殿は違うのですか?」

 

必死な表情で、アンナ姫が訴える。

私は王になるつもりはない。

だが、アンナ嬢の不安ももっともだ。それだけは解消しておく必要がある。

 

「……」

 

私は深くため息をついた後、黙ってアンナ姫を見つめる。

 

「では、まずアンナ姫の事からお聞きしましょうか。大事な事です。私の他に――アポロニア王国に来る前に、婚約者はおられなかったのですか?」

 

私にとっては非常に大事な質問だ。

可能なら――ソイツが有能なら、アリエッサ姫もそれに押し付けてしまおう。

そう企みながら、アンナ姫に質問を投げかけるが――

 

「それ聞きますか? 第一候補はデライツ伯爵でしたよ。話を壊してくださって有難うございます」

 

私がスープにした人物と聞いて、その目論見は淡くも崩れ去った。

 

「デライツ伯爵? フロイデ王はどれだけ見る目が無かったんです?」

 

私はフロイデ王――今は侯爵の見識に疑問を覚える。

まともな目ん玉してたらアレを婚約者候補には選ばんだろう。

 

「仕方なかったのです。銀山が伯爵領にありましたから」

 

要は金目か。

いや、マネーイズパワーであるから仕方ない事か。

私はあんなのが第一婚約者候補であったアンナ嬢に同情を寄せる。

 

「だいたい、アポロニア王国もそうではないですが。スズナリ殿は王様の次にお金持ちでしょう?」

「失敬な事言わないでよ。ウチは実力主義。お父様の次に強いからスズナリなのよ」

「それもどうかと思いますが……」

 

アリエッサ姫とアンナ姫のやりとりを横で聞くが、確かに。

強さで王位が決まるってどこの蛮族だよ。

やっぱアポロニア王国どっかおかしいのではないか。

だが、所詮は王族など、一番強かった蛮族の末裔とも言うし……いや、山賊だったか?

私はなんとも言えないまま、口を閉じる。

 

「本音を申しても良さそうなので、喋りますが。私から見て現在のスズナリ殿はデライツ伯爵よりはよっぽどマシ、という程度でしょうか……」

 

アンナ姫の評が下る。

アレと比べられるのは屈辱だが、アンナ姫から見ればその程度だろうな。

 

「ですから、スズナリ殿との相互理解を深めたいのです。今後より良い関係を築いていくためにも」

 

姫様の言う事は分かるが、二年後には崩れる関係だ。

少なくとも私にとっては。

だが――12の少女を不安にさせるのは、私にとって本意ではない。

 

「判りました。何か話でもしましょうか。お互いに質問に答える形としましょう。先ほどは私が質問しました――」

 

何、全て戯れと思えば丁度良い。

全ては滑稽な夢の戯れ。夢の内――

 

「アンナ姫から私に何か質問は何かありますか?」

「私からですか!? えっと……」

 

アンナ姫は困惑しながら、えーと、えーと、と呟く。

その年相応の可愛らしさを愛でながら、私はふと先代の事を思い出す。

――先代との会話も、このような形式を用いて行われていた。

まるで全ての――異世界の情報すべてを抜き出すような質問の応答。

いや、実際に先代は抜き出したかったのだろう。

私がかつていた、今となっては不可思議な世界の全ての情報を。

――少し、意識がそれた。

だが、アンナ姫の質問によって現実に戻る。

 

「モーレット嬢には、やはりもう手を出されたのですか!?」

「私は童貞です」

「……童貞ってなんです?」

 

アンナ姫の質問に、特に誇り高く無い回答を成し遂げながら。

 

 

 

 

 

 

 

「帰ってしまいましたね、スズナリ様」

「そうね」

 

アンナと私が、スズナリの持ってきた菓子を頬張りながら茶を啜る。

 

「結構、話した感じでは温厚のような方のようです」

「そうよ、時々怒ると怖いけど」

「それはアリエッサ姫が怒らせるのが悪いのでは」

「怒らせたのは元フロイデ王国でしょうよ。私は怒らせたことないわよ」

 

呪いを掛けられてからは自重してるのだ。

だが、そろそろ弾けてしまっても良いかもしれない。

王宮生活はストレスが溜まるのだ。

 

「そういえば、アンナ。貴女、パントラインとモーレットみたいな傍付きの騎士はいないの?」

「おりますが、併合の混乱中のため国に一時置いてきております」

「そう……混乱が収まったら連れてきなさいな」

「よろしいのですか?」

「よろしいも何も、傍付きの一人もいないと不便でしょうよ」

 

パントラインが、私たちの飲み干したカップに茶を注ぐ。

こういったことを一人でしろと言うのか? それは面倒くさい。

 

「判りました。お言葉に甘えて……と言いたいところですが。強制的にスズナリ様の側姫候補に含まれたりしませんよね。モーレット嬢とパントライン嬢はそうだと伺っていますが」

「含まない含まない。この二人は特別」

 

私はモーレットとパントライン二人に指を指し、そもそもスズナリへの好意が前提としてある弁を述べる。

 

「スズナリ様のどこがいいんですかね」

 

その弁を聞いて、アンナが不思議そうに言う。

 

「そりゃアンナ嬢ちゃんは、歳が離れているから疑問に思うだろうけど。25のアタシから見れば魅力的なもんさ」

「私の代わりに、面倒臭い事をやってくれるからです」

 

モーレットとパントラインが二人して反論する。

パントライン、私の世話はそんなに面倒臭いか。

 

「はあ……12の立場としては判りませんね」

「私だってまだ16なのに嫁がされるのよ」

 

年齢を理由にするアンナに、今度は私が反論する。

 

「一応聞きますが、他に候補は?」

「他国のイケメン美形の年頃の王子様が急に求婚に来る? ないわね」

 

御父様の威圧で小便漏らして命乞いするのがオチだ。

というか以前に一度あったのだが、その類は。

遠国から国を継げない第二王子が、この国目当てで求婚に来たがあっさり蹴散らされた。

さすがにそんな情けない奴を、この国の王にするわけにはいかない。

結局、強い奴が王になるのが正しいのがこの国の在り方なのだ。

 

「12と……32、年齢離れすぎですよね。もはや親子ですよ。というかお父様がその年齢なのですが」

「諦めなさい、貴族の宿命よ」

 

私はしつこいアンナを慰めようとはせず、いかにテーブルの上の菓子を多くせしめるかを考え始めた。

 

 

 



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039 私はカニが食べたいだけなのに

「当国のカニが不漁なのよ。解決して」

「知らんわそんなもん」

 

思わす素になって答える。

ダンジョンギルドの私室。アリエッサ姫と向き合って答える。

何が悲しくて漁業問題に取り組まねばならんのだ。

私は冒険者ギルドのギルドマスターだぞ。

 

「知らないじゃ済まないわよ」

 

ほいっと机上に私の筆跡で書かれたレポートが投げられる。

そのレポートのタイトルには「当国の遠洋漁業の環境改善について」と書かれていた。

 

「勿論、不漁と環境改善とは何の関係もないんだけどね。貴方、この問題には関心が深いでしょう」

「たまたま気になっただけで、そこまで関心ありませんよ……」

 

そもそもレポート出すほど、そこまで酷くなかったしな遠洋漁業の環境。

一応調べたから改善案は出したけれども。

 

「全く取れないわけじゃないけど、現地消費分で終わっちゃって、王都への出荷分が全く取れないのよ。このままでは市民の不満度はマッハ、革命が起きるわ」

「起きるわけないでしょう……」

 

蟹食えないぐらいで反乱を起こす奴らが……

いたな、目の前の姫様とアルデール君だ。

 

「具体的にどうしろと」

「蟹、獲れる様にしなさいよ」

「犯罪者の死体でも猟場にまき散らしておきなさい。大量に獲れますよ」

「そんなカニが食えるか!」

 

甲殻類は死体を食うのが大好き、以上の知識が私にはないぞ。

漁業の専門家にそんなもの――

 

「そういえば、パイレーツがいましたよね」

「モーレット、どうなの?」

「海戦のあった場所では、よく蟹が取れるという悪い冗談以上の知識は無いな。スズナリの旦那と同じレベルだよ」

 

モーレット嬢は両手を開きながら、お手上げのポーズをする。

 

「だらしないわね、海の女が」

「私掠船の船長に無茶いうなよ。私が狩ってたのは海賊と他国の船さ」

「……ウチの船は狩ってないわよね」

「特に争ってもいない、海洋国家でもないアポロニアの船なんか襲わないよ。交易船なんかいなくて漁船ばっかじゃん。ていうか、火薬の導火線に火をつけるマネは禁じられていたさ」

 

怖いもんな、アルバート王が。

アリエッサ姫は地団駄を踏みながら、子供のように叫ぶ。

 

「どうでもいいから、誰か蟹の不漁をなんとかしなさい。さもないと暴れるわよ」

「無茶苦茶言わないでくださいよ……ただ、食えるだけでいいなら方法は無い事も無いですが」

「何よ、それ」

 

コホン、と咳をつき、モーレット嬢を指さす。

 

「直輸入するんですよ、モーレット嬢の故郷、オデッセイから」

「その発想はあったけど……」

 

腕組みをしながら、アリエッサ姫は何故か口ごもった後、仕方ないかといった風情で呟く。

 

「私、あの国の第二王子の求愛一度断ってるのよねえ。それで関係悪くしてるのよ」

「大した問題じゃないでしょう――あなたの場合だと」

「あんまりしつこいから、お父様に求婚許可を求めさせた結果――御父様の威圧で小便漏らして命乞いしたのに?」

「ああ……それはいけませんね」

 

私は呆れた声を挙げながら、椅子に体重をかけた。

 

「なんでそんな断り方したんです。多少気にくわなくても、本人が断ればよかったのに」

「断ったわよ。それでもしつこいから御父様に頼んだら、そんな結果に」

「……まあ、いいです。私がなんとかすればいいんでしょう」

 

ため息を一つ吐き、机上のレポートに目をやる。

それをどけて、茶を入れるようファウスト君に命令を出した。

 

「できるの?」

「別に国家間の仲が悪くても、商売は別でしょうよ」

 

オデッセイの冒険者ギルドマスターを通して、向こうのカニ漁獲会社に話をつけよう。

水揚げから直接ウチの国まで卸してもらうのだ。

絶対これ、冒険者ギルドのギルドマスターの仕事じゃないと思うが。

じゃあ誰がやるんだ普通。

蟹? カニの業者だよな多分。せめて商人。

そもそも仕入れまではともかく、誰が販売するんだ。

 

「素敵、これでカニが食べられるのね」

「蟹の販売業者ぐらいは探しておいてくださいよ」

 

パントライン嬢と手を組んで、室内をくるくると踊るアリエッサ姫。

その姿を見ていると、何でコイツそんなにカニ食いたいんだと思う。

少しも16の少女の誰もが持つ愛らしさというモノが得られない。

 

「何でそんな残念そうな顔で私を見るのよ!」

「貴方があまりに残念だからです」

 

私は正直に答える。

 

「カニの流通を制する者は世界を制する、判らないの?」

「いや、商人の世界は一部制することができるかもしれませんが……」

「カニの流通には、私達には思いもよらない闇の部分が存在するに違いないわ……」

 

何か変な事言い始めた。

私はファウスト君がテーブルの上に置いた茶を啜りながら、それを黙って聞く。

 

「カニの闇商人!! カニの闇取引!! 積み荷の蟹を狙って暗躍するパイレーツ!!」

「さすがにそんなパイレーツいないよ……普通は宝石とか交易品狙うし」

「いるのよ! カニこそ海の宝石よ! 私はカニが金貨に見えるわ!!」

 

元パイレーツが否定してるんだから聞けよバカ姫様。

 

「これからはカニを支配している者の時代が来るに違いないわ……オデッセイは強国になるわね」

「……」

 

海洋国家の時代が来る、という予測はあながち間違っていないな。

世界大国となるための絶対的な前提条件は海洋を掌握することだ。

シーパワーだったか? 薄い過去の記憶から知識を穿り出す。

 

「オデッセイが強国になる、と言う予想だけは間違ってませんね」

「スズナリもそう思うのね……よし!」

 

何か決心したようにアリエッサ姫は、私の言葉に頷いて呟いた。

 

「いつかオデッセイを支配しましょう、スズナリ」

 

何言ってんだコイツ。

私は正気を疑う目で、アリエッサ姫の瞳を覗き込んだ。

これ斜め45度のチョップで頭叩けば治るかしら、という面持ちで私はアリエッサ姫を眺める。

 

「我が国とオデッセイの関係はイマイチと言っていいわ」

「主に姫様とアルバート王のせいですよね、わかります」

「フロイデ王国が亡んだ今、この周辺国家は戦乱期に入ったと言ってもいい」

「亡ぼしたのウチですよね、わかります」

 

テキトーに相槌を打つ。

というか打つのが一番だと、私はアリエッサ姫との関係から学んだ。

 

「オデッセイが周辺国家に恐るべきカニの力を貸す恐れがあるわ」

「カニの力ってなんだ」

 

コレステロール値を下げる力なら知っているが。

私も32だ、健康には気を遣っていきたい。

キメラ手術受けてるから健康も糞もないけど。

 

「先手必勝、オデッセイは遠国だけど、それまでの国は道路にしてしまえばいい。亡ぼす必要があるわ……」

「……」

 

どうしようコイツ。

……国家戦略上間違ってるとは言い切れないのが難だ。

周辺国家が戦乱期に入った――アルバート王という爆弾があるせいでみんな大人しくしているが――その重石が亡くなれば入るのも事実ならば。

将来強国になることが決定して――いや、今現在強国になりつつある、オデッセイを今のうちに叩いておくのもそう間違いではあるまい。

しかもだ。

 

「オデッセイの富国強兵化を表立って推進しているのが例の第二王子でしたっけ」

「そうよ! 御父様の威圧を受けて、一皮むけたらしいのよ!」

 

他国との海戦では第二王子自ら陣頭指揮を執り、連戦勝利の山を築いているらしい。

そのせいで国民の人気は第一王子を遥かに凌ぎ、今は――貴族たちが王位後継者で揉めに揉め、内乱が始まりかけているともオデッセイの冒険者ギルドマスターから聞いた。

活躍するのも、いい事ばかりじゃないな。

 

「ただーし、詰めの甘さは残っているのか国は内乱寸前。攻め込むなら内乱に入ったところを横合いから思い切り殴りつける、これよ!!」

 

実にエキセントリックな意見である。

正しい、正しいが……。

 

「それ、アルバート王に進言したらどんな言葉が返ってくると思います」

「たぶん、”めんどい”の一言で拒否されると思うわ!!」

 

がっ、と握り拳を作りながらアリエッサ姫が叫ぶ。

判ってるじゃないか。

私は不安を打ち消し、大きな安堵のため息をついた後、茶を飲もうとして――

私の両肩を掴んで離さない、アリエッサ姫の顔を見た。

 

「やらない? スズナリ」

「やるかボケ!!」

 

私は湯飲みを思い切りアリエッサ姫の額にぶつける事にした。

 

 

 

 

 

 

「いったー」

 

スズナリと別れ馬車の中、私はオデコを擦りながら、傷跡が残ってないか鏡を見る。

 

「姫様、生物魔法の使い手だろう? 傷跡なんか残ってねえよ」

「それでも気になるもんなの!」

 

相変わらず乳だけバカでかいモーレットに言い返す。

何食ったらあんなにデカくなるんだろう。

やっぱりカニ? カニの力なのかしら?

 

「カニの販促に、蟹を食えば巨乳になるってどうかしら?」

「どうかしら?と言われてもな……アタシそんなにカニ好きじゃないし」

「嘘! カニ嫌いな奴なんてこの世にいるの?」

「食べ過ぎると体痒くなるじゃんアレ。エビもだけど」

「そうなの? 私はなんともないけど……」

 

そんな奴もこの世にはいるのか。

いや、生物魔法の講義でアレルギーと言う奴を学んだ事があった。

モーレットはその類かもしれない。

でも販促には関係ない。

 

「パントライン、噂を流して。姫様の傍付きのモーレット嬢はカニを食べて巨乳になりましたって」

「判りました」

「おいおい、マジでやるのかよ」

 

別にどーでもいいけど、とモーレットが言う。

本人が納得済みならいいだろう。

 

「カニの販売業者も探さないとねえ……なんでお姫様がこんなことしなきゃならないのかしら」

「アリエッサ姫が、ギルマス殿に無茶ぶりしたからでしょう」

「カニの直輸入を取り仕切る羽目になったスズナリの旦那にアタシは同情する」

 

なんでギルマスがカニの仕入れを遠国からやらなきゃならないのか。

スズナリの旦那、糞真面目なところあるからきっと真面目にカニの仕入れこなすんだぞ。

そこんとこ判ってんのか。

と、モーレットが五月蠅い。

 

「いーじゃない、もうルートさえ作ってくれれば、後はノータッチでこっちで販売できるようにするから」

「それならいいんだけどさあ……それとオデッセイを亡ぼす件ってどこまで本気だったんだよ」

「スズナリがやる気なら、やったわよ。御父様もスズナリがやる気なら、協力してくれるだろうし」

 

本気だったのかよ……アタシの故郷だし止めてくれ、とモーレットが泣き言を言う。

世間は厳しいのだ。

いつか外敵となるならば、先に潰しておくのも王家の判断。

これも国民のためなのだ。

 

「カニのためなら……スズナリとの結婚も考えるわ。国のためだしね」

「酷すぎる……あまりに」

 

今まで言いなりだったパントラインが悲痛な面持ちで被りを振る。

何よ、何が気にくわないのよ。

今までイヤイヤだったスズナリとの結婚も考えると言っているのよ。

 

「カニを理由に自分を誤魔化そうとするのは止めてくださいよ、姫様。もう好きって言ってください」

「そうだよなあ、スズナリの旦那があまりにも可哀そうすぎる。もう好きって言っちゃいなよ姫様」

「うっさい」

 

私はパントラインとモーレットの批判の声に耳をふさぎながら、王都にまだ存在していないカニ専門料理店に思いを馳せた。

 

 

 



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040 彼女が欲しい

「じゃあ娼館はもういいよ。代わりに彼女が欲しい」

「知った事ではない」

「それこそ勝手に作れよ」

 

じゃあってなんだよ。

私はダンジョンギルドの酒場にて、オマール君とアルデール君と酒を飲み交わしながら思う。

ともかく、娼館に誘うのは諦めてくれたのか。

 

「……可哀そうな友人に彼女を世話してくれるとか、そういう気持ちは無いのか」

「世話と言われても」

「なあ」

 

我々、オマール君を含めた童貞三人衆に彼女の紹介?

一体何を期待しているのであろうか。

 

「いや、アルデールはいいよ。どうせ女性との縁なんかないだろ」

「無いわけではない。あえて避けてるのだ」

「はいはい、避けてる避けてる。実際に避けてるのは知ってる。アルデールはいいとして、ギルマスは違うじゃん。望めばヤラせてくれる女が一杯いるわけじゃん。ハーレムじゃん」

「恐ろしく下品な言い方をするなオマール君」

 

全員、もれなく責任付きだがな。

というか、責任がなくても責任を取る気でもない限り、手など出さんわ。

第一、私が好きな人は別にいる。

……最近、その気持ちも、何か雑音のような疑念を抱きつつあるが。

それはいいとして。

 

「いや、そもそも世話をする必要があるのか? 顔も背丈も悪く無ければ、名持ちでギルドのトップスリーに稼いでいる冒険者だろうが。オマール君、モテない方がおかしいだろう」

「それもそうですね」

 

アルデール君も今気が付いた、と言う風情で呟いた。

 

「そう思うだろう」

 

オマール君がその植木鉢みたいな頭に触れながら、呟く。

そう思うというか、事実そうでないとおかしいだろう。

 

「それがまーったくモテない。この間もシスター口説きに行ったら子供の相手させられたし」

「それはおかしいですね」

「だよなあ」

 

正直、子供の世話をさせられてると言っても、前回のアポロニア国家設立記念日の際に、シスターの一人くらいは口説くことに成功しただろうと思っていた。

正直言うと、ああ、コイツ教会に捕まりやがったな、と認識していた。

捕まってすらいなかったのか。

 

「だから紹介だよ紹介。もうこうなったら豊富なギルマスの人脈を活かして彼女を紹介してくれぇ」

「私は基本ぼっちでペンフレンドしかいないぞ……といいたいところだが、確かに最近はそうでもないな」

 

ここ半年もしない間に、大量に女性の知己はできた。

今なら、オマール君に彼女の紹介ができるかもしれないが……

 

「本当にモテないのか? 自分で気が付いてないだけで、赤い糸はそこらに転がっているんじゃないのか?」

「本当にモテないよ。何度も言わせるなよ。お見合いパーティーの勧誘員みたいな事いうなよ」

 

ふむ、とイマイチ納得しないながらも相槌を入れつつ。

 

「まあわかった、何とかしてみよう」

 

とにかく、オマール君が私を娼館に誘わないのは良い事だから。

この際、協力してやろう。

私はギムレットを飲みながら、オマール君の彼女の世話をする約束をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンギルドの酒場。

そこに数人の妙齢の女性が集まっていた。

 

「それでは、第一回チキチキ、オマールの彼女をなんとか見つけようの会を始めるわ」

「何で姫様呼んだの? 俺いらないよ、この人の紹介」

 

死んだ目でオマール君が呟いた。

 

「本当にすまない。何か勝手に集まってきたんだ」

 

私は心からオマール君に謝罪しながら、同じく死んだ目で姫様を見つめる。

何で集まって来るかなこの人。いらないのに。

 

「私もスズナリと同じでぼっちだから、貴族のお嬢様なんか紹介できないわよ。司会よ司会」

 

だから、何でオマール君への彼女の世話が、会議になるのかなあ。

そこのところを問い詰めたいが、諦めることにした。

 

「まずはマリー・パラデス、紹介できるなら……」

「まずオマール殿は自分の評判の悪さを自覚すべきかと。次代の王を娼館に引きずりこもうとしていると貴族中で噂になっています」

 

アリエッサ姫の指名に、いきなりマリー嬢のキツイ一言が入った。

 

「え、だからモテないの、俺。道理で貴族の淑女からの視線キツいと思った」

「……男性貴族からの好意と言いますか、好感度は逆に高いようですが。実に豪胆だと」

「俺は女にモテたいの!!」

 

オマール君が魂の絶叫をする。

その声は酒場の喧騒に虚しく消された。

 

「貴族の三女とか、嫁ぐ先にも困る相手なら幾らでも見繕えますよ? それがオマール殿のお望みならですが」

「お望みなわけねえ! 相手絶対イヤイヤ付き合ってるじゃねえか!!」

「嫁ぐ当ても無い三女なら、仕方なく……という感じで付いてきてくれますよ」

「だからそういう恋愛がしたいわけじゃないって。もっと明るくいきたいの!!」

 

酒場内の視界の端にターナ君が見えた。

彼は巻き込まれないようにフードを被り、こちらに背を向けた。

その判断は正しい。

 

「イヤよイヤよも好きのウチ、という言葉があります」

 

パントライン嬢の横やりが入る。

その言葉はそういう意味で使うものではない。

 

「わかった。とりあえずマリー嬢と、あとパントライン嬢は黙ってくれ。貴族はダメだと言う事はわかった。次だ次」

「面白くなってきたわね」

「何も面白くねえよ姫様!!」

 

オマール君の叫び声。

そう何度も叫ぶとそういう玩具だと姫様に認識されるぞ、オマール君。

 

「俺は正直凄く面白いと思っている」

「……」

 

アルデール君が手酌で酒を飲みながら、心中を正直に告白した。

すまない、私もそう思っている。

 

「お前なあ。いつかお前の番が来たら復讐してやる」

 

オマール君はテーブルに突っ伏し、恨み言を吐いた。

続いての絶叫が酒場の喧騒をねじ伏せる。

 

「次だ! 次! モーレット嬢、貴女のようにおっぱいデカい子紹介してくれ」

「お前ぶん殴るぞ。好きでデカいわけじゃねえし」

「じゃあ半分ちょうだいな」

 

姫様が余計な横やりを入れる。

モーレット嬢はそれを無視して――

 

「私の故郷、オデッセイならともかくだ。こっちで知人なんて殆どいないぞ」

「やっぱりか」

 

大して残念な様子も無く、オマール君は諦める。

まあ聞く前から分かってただろう。

一応聞いたんだろうけど。

 

「じゃあアリーナ嬢……と言いたいところだがパス」

「あら、何故ですか?」

「同業者――冒険者の知己ばっかだろ? 死なれると辛い。彼女は冒険者以外がいい」

 

冒険を終えたら、優しく包みこんでくれるような女がいい。

オマール君が夢みたいなことを言っている。

同業との出会いを省いたら、市井との付き合いが少ない冒険者など大分恋愛が制限されるぞ。

 

「冒険者なら、オマール殿モテるから、幾らでも紹介できたんですけどね」

「そりゃ強いからモテるさ。それ以外の俺を見てくれ」

「また難題を」

 

本当に夢見がちだな。

何かもう既に面倒くさくなってきたな。

司会を姫様に任せて良かった気がしてきた。

 

「オマール、もうあと一人しか残ってないんだけど」

「もう最後だ最後。大本命、アリー嬢! シスター紹介して」

「オマール殿の寄付金は現在金貨3枚、あと7枚でお気に入りのシスターと手をつないでのデートが可能になります」

「……そんなシステムだったの? 教会」

 

姫様の疑問の声が周囲を包む。

何のレベルアップだ。

というか結構寄付してるなオマール君。

この間の子供の買い食いが効いたのか。

 

「金貨7枚か……いや、安いっちゃ安いし寄付してもいいけど」

「金貨7枚が安い、ですか。金貨10枚あれば大人一人、1年食べていけるのに……」

 

何かに戦慄したかのように言うアリー嬢。

オマール君はアホほど金稼いでるからな。

つうか装備以外に金使ってるのかオマール君。全部貯金してるのではなかろうか。

いや、ちょっと待て。

そういう問題ではないことに気づく。

 

「待て、オマール君。そのシステムで本当にいいのか? 何か疑問は持たないのか?」

「いや、ギルマス。正直疑問だらけだ。騙されてるんじゃないかと言う気持ちでいっぱいだ」

「ならば」

「だが課金する!!」

 

オマール君は金貨7枚をテーブルの上に投げ出した。

 

「浄財!!」

 

素早くアリー嬢の手が金貨を掠め取った。

満足そうなオマール君の顔。

何か間違っているのではないかと言う私の疑念。

いつしか酒場中の注目を集めていたこの「オマール君の彼女をなんとか見つけようの会」。

 

「何故その金で娼館に行かないんですか」

 

遠くから、ターナ君の疑問の声が虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議が終わり、女性陣が引き上げた後。

男三人で、再び飲み会が始まる。

 

「まあ、金払った以上は仕方ない。シスターとのデート、頑張れオマール」

 

どこか呆れ果てたアルデール君の言葉が、オマール君の耳に響く。

 

「おお! デート一回で惚れさせて見せるぜ!!」

 

ビシッ、と握り拳の親指を自分に向けて叫ぶオマール君。

まあ、それでオマール君が幸せならそれでいい。

教会のシステムは甚だ疑問ではあるが。

だが――ひとつオマール君に対し、疑問がある。

 

「オマール君、デートの経験は?」

「……」

 

私の指摘に、固まるオマール君。

そうだと思った。

デートの経験なんかないよな。

私達、童貞三人衆だもんな。

 

「アルデール! デートの経験は?」

「あるわけないだろ。ギルマスに聞けよ」

 

アルデール君が冷たく突き放す。

というか、実際に経験が無いから仕方ないんだろうが。

 

「ギルマス、デートの経験は?」

「三回……いや、二回だな」

 

ルル嬢と、マリー嬢。

アリー嬢のあれは外していいはずだな、うん。

いや、待て。

私、アリー嬢とあと二回のデートの約束してなかったか?

あんなの二回も繰り返すのか、それは嫌だぞ。

 

「アドバイスお願いします!!」

「ちょっと待て、私も今嫌な事実に気が付いた。それよりターナ君」

 

フードを被り、こちらに背を向けている男に呼びかける。

 

「なんですか、ギルマス」

 

背を向けたままだが、一応返事はしてくれた。

 

「我々童貞三人衆に何かアドバイスをくれ。特にオマール君に」

「……娼館にしか行ったことが有りません。彼女なんて出来た事ありません」

 

背中を向けたまま、少し物悲しくターナ君の告白が酒場に響いた。

 

「なんだ、素人童貞かよ。ギルマス、アドバイスしてくれ」

「その言い方はないでしょう! オマール殿よりマシですよ!!」

 

ターナ君が振り返り、怒鳴りながら席に近づいてくる。

 

「素人童貞」

「素人童貞」

 

オマール君と、酔っぱらったアルデール君が、ターナ君を指さしながら罵る。

酷い光景だなオイ。

女性陣が先に帰っていてよかった。

……いや、女冒険者達は三人を呆れ果てた目で見ているが。

これが蔑んだ目で無いところが、市井や貴族との違いだろうか。

いや、そうでもないかな。

うん。

私は一呼吸息をした後、杯にギムレットを注ぐことにした。

 

 

 



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041 君の代わりはどこにもいない

『と、言うわけでお世話になりました』

 

筆記にて、会話を為す。

そんなアレキサンダー君を全力で引き留めんとする。

当ギルドで事務員と働いているアレキサンダー君。

最初は一時的なピンチヒッターのつもりだったが、今では無くてはならない存在となっている。

 

「ちょっと待った。確かに最初の約束では冬が来るまでだったが、当ギルドは君の力を必要としている」

「そうですよ、アレキサンダー君。考え直してくれませんか」

 

ルル嬢と一緒にアレキサンダー君を引き留める。

サラサラ、とまたアレキサンダー君が机上のホワイトボードに文字を書く。

 

『私も残念ではあります。しかし、冬が来ました。

おかげさまで冬の食料不足は逃れられそうですし、一時王命のため帰省したいのです』

 

私はその文字を見て、顔を上げ質問する。

 

「一時、というと、また冬が終われば働き続けてくれるのかね」

 

私の質問に、またサラサラと回答が書かれる。

 

『コボルト王家の子と言っても、所詮は18人兄弟の末っ子です。この仕事も気に入りました。冬以外の季節では今後ともお世話になろうと思っています。実家に仕送りもしたいですし』

 

アレキサンダー君、そんなに兄弟いるのか。

……コボルトは多産だな。

ていうか、王家だからと思ったが、ひょっとしてみんな筆記計算できるのかコボルト。

下に見るつもりなどなかったが、想像以上に教育水準高いな。

まあ、それはいい。今後も働いてくれるのを快諾してくれたのは嬉しい話だ。

 

「それは嬉しい。冬の間は仕方ないな。ゆっくりしてくれ。……そして、もし他にも就職希望者がいれば紹介してくれ。何分、事務員が不足しているのでね」

『判りました。春には必ず帰ってきます。その際には何人か誘ってみますね』

「有難い」

『それでは、失礼します』

 

ペンとホワイトボードを持って立ち上がり、ペコリと頭を下げて一礼し。

アレキサンダー君はダンジョンギルドの私の私室から出て行った。

 

「寂しくなるな」

 

思わず、呟く。

 

「私も寂しいです。みんな寂しいですよ。モフモフがいなくなると」

 

というか、冬の季節にこそ欲しい人材です、とルル嬢が呟く。

たまに抱きしめてたからな、ルル嬢も、ギルド員達も。

アレキサンダー君は抱きしめられるたびに銅貨貰ってたら、今頃大金持ちだろう。

まあ、そんな話はどうでもいい。

 

「ていうか、事務員だよ!! 足りてないぞ!!」

 

アレキサンダー君が完全に離れたであろう時間を見て、強く机を叩く。

彼は良くやってくれた。これ以上の心配はかけたくない。

 

「アレキサンダー君が一人で十人分くらい仕事こなしてましたからね」

 

本当に有能だったな。

いや、そんな冷静に語っている場合ではない。

 

「アルデール君に手伝わせるのは……いや、無理だ。冬は強力なモンスターが出る。冒険者として働いてもらわなくては」

 

彼に事務員をやらせている暇はない。

頭を抱え、どうしようかと呟く。

本来ならアレキサンダー君が手伝ってくれている間に、事務員を確保していたはずだったのだが。

キメラ騒ぎでそれどころではなかったのだ。

デライツの野郎、もっと苦しめて殺せばよかった。

 

「すぐに臨時募集をかけてくれ」

「もうやってます……が、これという人物はなかなか。ギルドの守秘もありますし。というか、どこもかしこもデスク業は人材の奪い合いですよ、今年の冬は」

「何故?」

「コボルトが王命のためか、洞窟に籠るからです。雇っていた商人達や、執事代わりにしていた貴族は行かないでくれの悲鳴の合唱ですよ」

「何でこの国そんなにコボルトに頼ってるんだよ! 本来国民ですらないだろ! 私も頼ってたけどさ!!」

 

ルル嬢は私の悲鳴を聞き、大きくため息をついた。

私は抱えていた頭を持ち上げ、呟く。

 

「仕方ない。やっかいな依頼事は出来る限り避け、私がデスク業務に専念するしかないか」

 

愚痴を吐いてもどうにもならん。

現実的な行動を起こさなくてはならない。

そんな私の思考を差し置いて、ドアからノックの音がする。

 

「どなたですか?」

「私です。貴方のアリー・クロレットです」

「お帰りください。というか本当に帰ってください。今それどころじゃないから」

 

私の断りを無視して、ドアが開いた。

 

「どうやら、大分お困りの用ですね」

「なんです、その全てお見通しといった顔は」

「さっき、アレキサンダー君とダンジョンですれ違いましたので」

 

ショートソードぶんぶん振り回してましたよ。

意外と強いんですね、コボルトって。

アリー嬢が血まみれのメイスを腰に下げながら言う。

 

「……面接のときも彼、ダンジョンギルドまで一人で来たからな。強いのは知ってる」

 

パントライン嬢と同レベルに強いんじゃないのか、彼。

パントライン嬢も姫様の護衛騎士だから、かなりのレベルなんだがな。

いや、要するに並の騎士より強いってことだよな。コボルトって何だ?価値観が崩壊しそうだ。

いくらなんでも、事務能力の有能さを含めアレキサンダー君が例外中の例外なんだろうが。

 

「それはそれとして、お困りのご様子。ここは教会に頼ってみませんか?」

「教会に?」

「孤児の世話がありますし、教会に暇人がいるわけではありませんが。冬の間程度なら手伝えるシスターも神父も何人かいますよ」

「なるほど、と言いたいところだが」

 

シスターや神父なら教育水準は問題ない。

だが、ギルドの守秘がある。

それを守ってくれるかどうか。

 

「受付程度なら、別にギルドの守秘など問題にならないでしょう?」

 

先を読んだように、アリー嬢が呟く。

確かにそうだ。アレキサンダー君は信頼して大分深いところまで食い込ませたが。

だが、それでも。

 

「冒険者たちの懐具合を把握されるのが問題なんですよね。受付任せると」

「そこを心配しますか」

「オマール君の例を見てれば心配もします。オマール君はちょっとアレでしたが」

「そんな、依頼達成の度に浄財を懇願したりしません。オマールさんにはちょっとアレでしたけど」

「……信用できませんね」

 

年頃のシスターに手を握られながら懇願されて、断れる男冒険者が何人いることやら。

男冒険者は市井の女に弱いぞ。

 

「いやいや、本当にやりませんから。勿論、事務員としてのお給金を弾んで頂けるならばですが」

「そっちが魂胆か……」

「毎月、キチンと浄財を下さるギルドへのお礼も含んでいるんですよ?」

 

なるほど。

しばし考え、目線でルル嬢に可否を問う。

ルル嬢は黙って頷いた。

そう言う事ならば。

 

「冬の間、よろしくお願いします」

「お任せください」

 

アリー嬢はドン、と豊かな自分の胸を叩いて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで事務員の問題は解決と考えていいのか? ルル嬢」

「まあ……正直不安は残りますが、解決と言っていいでしょう」

 

ルル嬢が不安げに答える。

私も不安だ。

教会が信用できない。

だって神父が――いや、後になって知ったが。

 

「前に会ったあれ、大司教だったんだってな」

「我が国の大司教がアレとは……」

 

以前、教会の告解室であった人物。

あれはただの神父ではなく、大司教であったと後に知った。

 

「何考えてんだろ教会」

「知りませんよ、私に聞かれても」

 

私の取り込みに全力を注いでいる。

――浄財、だけではないな。

アリー嬢も知っての通り、私を取り込んでもギルドの浄財の額は変動しない。

私はそんなことで浄財の額を変動させない。

権力的な何か。

大司教より上の人物、枢機卿? まさか教皇?

その命令で、私の取り込みに力を注いでいるのではないか。

まさかな。

だが――今の教皇は強いものが好きらしい。

噂では、武力による教皇領の確保を目論んでいるとか。

 

「ギルマス?」

「すまない、変な事を考えていた」

 

自分を高く見積もりすぎだ。

いくらレッサードラゴン殺しとはいえ、そんな事で取り込もうとしないだろう。

だが、人の欲望は限りない。

 

「まあ、今回は教会に素直に感謝しておこう。今回だけになりそうだが」

「そうですね、今回だけですね」

 

ルル嬢と意見が一致した。

 

「それで、私はもう酒を飲んでもいいのかね」

「寝る前だけにしてください。しばらくは断酒でデスク業です」

「……」

 

ルル嬢は厳しい。

私は棚から取り出そうとしたジンをそっとしまう。

 

「……酒が、飲みたいなあ」

「完全にアル中ですねえ、ギルマス」

「酒を飲むと、何かから解放される気がするんだ」

「……」

 

あの解放感は不思議だ。

時折物を深く考えると、起こる偏頭痛、それが薄れる。

おそらくは、アルコールが何かに良好に作用しているのであろう。

先代に弄られた、脳のどこかに。

それでも――それでも、私は先代を恨まないが。

いや。

愛している。

 

「ギルマス、頭が痛いなら一度キリエに頭を見てもらってください」

「あのマッドにか? 御免だね」

 

この、弄られた脳の部分を含めて、私という個人が完成している。

私はそうしないと生きていけなかったのだ。

だから、私はこれで完成なのだ。

 

「……私は、今の私に何の不満もない」

「……そうですか」

 

少し、不満げなルル嬢の顔に。

心のどこかが、申し訳ない気持ちを抱きながら、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

火山の活発化に襲われ、一族中でどうしようかと思った。

というか、人間コワイ。敵対したらどうしよう。

そんな意見がコボルト中を一時占めたが、新しい洞窟に引っ越してみれば、これが以前よりも快適である。

まあ、ギルマスのおかげなのだが。

懐で永続的に軽く熱を発する、ギルマスの言うところによればカイロと言われるもの。

今では全住民が持っている、その温もりを感じながら、アレキサンダーは軽く眠気を感じる。

 

「アレキサンダーよ、よくぞ戻った」

「只今戻りました」

 

コボルト語で父が話し掛けてくる。

それに応じながらも思考は止まらない。

ビビりまくる周囲のため、仕方なしに使者としてアルバート王や公爵、そして他でもないギルマスに赤鉱石を抱えて挨拶回りに行ったが。

その反応はむしろ好意的だった。

公爵は報告に対して礼を言い、その騎士団は避難の手伝いと冬までの食糧支援をしてくれた。

ギルマスもこの懐の中で温まるカイロを返礼として渡してきた。

そうそう、アルバート王が直接こちらに訪れた際の父上の慌てようといったら。

含み笑いをしながら、父上を見る。

 

「アレキサンダーよ、何を笑っている」

「再会の嬉しさに、つい」

「そうか、そうか」

 

父が朗らかに笑う。

善きコボルトではあるが、父上はあまり王らしくない。

武力ではなく、その人柄によって選ばれた初代の王ゆえ、仕方ないとも言えるし誇りでもある。

 

「皆が帰ってきて私は嬉しい。どいつもこいつも、人間社会に出稼ぎに出かけてしまっていたからな。はげ山になってしまって食料を得るのが困難になり、仕方ないとはいえ……」

「……」

 

本音を言えば、帰りたくないコボルト達もいたはずだが、王命とあっては仕方ない。

そう思いながら帰ってきたコボルトもいるはずだ。私も含めて。

貨幣制度というものは面白い。

貰ったコインでいろんな物が買えるというものは、とても面白い。

今まで、人里から隠れ住んでいた山の隠者から――何の意味があるのか?と疑問に思いながらも、いつか必ず必要になるからと教わった知識を活かすのは面白い。

そう思うコボルトは多いだろう。

今思えば、あの今は亡き山の隠者は、火山活動を予測していたのだろうか?

人間社会には面白いものが沢山ある。

そしてアポロニア王国の住人は想像以上に人が良く、絆されてしまったコボルトも多いだろう。

よく抱きしめてくるのには少し辟易としているが。

 

「アレキサンダーよ、お前は我が一族で一番賢い。故に、当家は末子相続とした。兄弟の誰もが納得している。いつかはお前が王を継がねばならんのだぞ。あまり人間社会に入れ込み過ぎるのは……」

 

煩いなあ、判ってるよ父さん。

判ってるんだけどね。

ギルマスとルル嬢の、必死に私を引き留める顔がチラつく。

そして何より人間社会と仕事の面白さ。

私は欠伸をしながら、父さんへの返事にどう答えるか――いっそ、退屈に違いない王位を兄に譲ってしまおうか。

そんな事を考え始めた。

 

 

 

 

 

 



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042 メシマズ王国アポロニア

二週間に一度の、王宮訪問日。

アンナ姫が与えられた私室を嫌々訪問する。

 

「王宮のご飯が美味しくないのです。というか酷く冷たいのです」

「はあ」

 

そして開口一番、アンナ嬢――いや、アンナ姫はメシマズ王国への不平を述べた。

その背後には女騎士が二人屹立している。

フロイデ領から連れてきた傍付きであろう。

 

「何でそれを私に言うんです? いや、愚痴くらいは聞きますけども」

「いえ、人質の身ですし、他には――王やアリエッサ姫には言い辛いじゃないですか」

「私には言っても?」

「何だかんだ言っても婚約者ですし。解決してくれないかなと、はい」

 

アンナ姫は椅子に座り、両手を膝に添えながら、こてん、と首を横に倒す。

その仕草は可愛らしいが、非常にわざとらしい。

というか、あざとい。

私は大きなため息をついた。

 

「姫様、おそらく見抜かれてます。スズナリ様には通用しないかと」

「ジル、五月蠅い」

 

傍付きの女騎士の忠告を、アンナ姫は罵った。

やはり演技か。

 

「というか、何故料理が冷たいんですか? フロイデではこんな事ありませんでしたよ」

「そりゃ毒見のためでしょうに。毒見役の様子を見るにも時間が――」

「解毒化の魔法を用いても、更に毒見が必要なのはまだ判ります。でも冷たいのは何故ですか?」

「何故というと?」

 

不思議そうに答える。

 

「アポロニア王国が真の蛮族国家でなければ、フードウォーマーぐらいあるでしょう。湯煎器があれば食事の温度を保てるはずです。ていうかですね、魔法で目の前で温めてくださいな」

「ああ、そういえばそうですね」

 

何故気づかなかったのだろう。

そう思ったが、別にアリエッサ姫が不味いメシ食ってようが、心の底からどうでもよかったからだろう。

自己完結した。

 

「というか、アルバート王は思いっきり温かい食事を食べてると聞きました。何故、アリエッサ姫と私だけ?」

「王様は直感スキル持ちですからね、毒があっても気づきますよ」

「――水差しに塗られた毒にすぐ気づいて、そのまま間者を縊り殺した事があるそうですね。知ってますよ、やったの今は亡き当国っぽいですから」

「フロイデ王国は前科がありすぎです」

 

よくその時に亡ぼされなかったな。

多分、アルバート王の事だから、亡ぼしに行くのが面倒くさかっただけなんだろうが。

 

「話がそれましたね。ともかく、ご飯が冷たいのです。何とかしてください。なんなら後ろの二人――ジルとエルの姉妹を差し出してもいいですから」

「「姫様!?」」

「それは遠慮しておきます。性的に興味がありません」

「「しかも断られた!」」

 

ノリがいいな、アンナ姫の傍付き。

まあ、どうでもいいが。

とにかく、温かいご飯を食べられるようにすればいいわけだが。

 

「アリエッサ姫も同じような事を愚痴ってたわけですが、何故16年もの間に気づかなかったんでしょうか?」

「……いえ、それは判りませんけど。何か物凄い怒る気がしてきました。アリエッサ姫」

「私もそう思います」

 

宝石や服を愛でるより、肉食ったり、カニ食ったりしてる姿が実に似合っている。

あの蛮族めいた姫様がこの事実を知り――どういう行動に出るのか。

私とアンナ姫は、軽い頭痛がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

アリエッサ姫の私室。

まずは怒号。

そしてしばらく椅子を両手で振り回し調度品をぶち壊したり、天蓋付きのベッドのシーツを破ったりして、猿のように大暴れした後に。

アリエッサ姫は呟いた。

 

「まずは不敬罪で処刑ね。ちょっと死刑執行人呼んでくるわ」

「お待ちください。まずは料理担当者に事情を聴きましょうよ」

 

とりあえずアリエッサ姫に報告したが、予想通り激怒した。

16年間気づかなかったお前も悪いぞと言おうと思っていたが、機嫌を損ねるだけだろう。

とりあえず姫様を落ち着かせることに思考を巡らせる。

 

「ほら、飴玉あげますから」

「私はガキか!? 飴玉はもらうけど」

 

私の手から飴玉を受け取り、ぽいと口に放る。

とりあえず甘いものを与えておけば落ち着くだろう。

私の中のアリエッサ姫は、そう反応するはず。

 

「なんか落ち着いてきたわ」

 

ほら、やっぱり。

別に理解できても嬉しくないがな。

さて、落ち着いてきたところで。

 

「死刑執行人の前に裁判よね」

「やっぱりそうなりますよね」

 

普通に処刑なのは変わらない気がしていた。

実際駄目な奴だろ、アリエッサ姫とアンナ姫の料理担当。

 

「ていうか、何で今まで気づかなかったんです。16年間ものあいだに気づかなかったんですか?」

「パントライン、何故気づかなかったの?」

 

姫様はナチュラルに人のせいにした。

自分がバカだと認めるのが嫌なのだ。

 

「姫様だって気づかなかったじゃないですか。それに、私は温かい料理を普通に食べてましたから」

 

ぶっちゃけ、どうでもいい。

そう呟こうとする前に、アリエッサ姫はパントライン嬢の首を絞め始めた。

 

「このまま縊り殺してやろうかしら」

「止めとけ、姫様。その力は料理長の首を絞め殺すのにとっときなよ」

 

物騒な事を口走るモーレット嬢。

料理の担当は、料理長か。

まあ姫様の料理担当となるとそうだろうな。

 

「では皆して行きますか。事情が事情なら、料理長が責任取ってクビということで」

「クビ? 処刑よ処刑。手抜きにも程があるわよメシマズ料理長。というか毒見役含め気づかなかった奴、全員処刑よ」

 

それだとお前も処刑だぞ、バカ姫様。

仕方ない。

姫様に伝えたらそれで終わりだと思っていたが、最後まで責任もって、ついて行こう。

 

「あくまでクビですよ。そこは譲れません。たかが食事の事で血を見るのは御免ですよ」

「食事の恨みは何より恐ろしいって知らないの?」

「知ってます。浮浪者の頃に残飯を漁った事もありますので。温かい食事を食べる人たちへの身勝手な恨みも、その惨めさも良く知ってますよ」

「……」

 

アリエッサ姫は私の言葉に閉口する。

ハッキリいえばこの件とそれとは別だが、とりあえず勢いで黙らせることは出来たようだ。

 

「さて、調理場へ行きましょう」

 

私はアリエッサ姫の手を取り、そのまま歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

調理場。

料理の熱気ではなく、姫様の怒気に包まれた調理場にて。

料理長と料理人、そして毒見役が全員平伏する中で。

料理長が頭を地面に擦り付けながら、言葉を述べた。

 

「先代の王妃様――アリエッサ姫のお母上が生来のネコ舌のため、あえて冷たくなった料理を出していたのです。それが慣例化して姫様のご料理も――本当に申し訳ありません」

「そう、それは仕方ない――で、納得がいくか!!」

 

確認くらいとれ!

なんでお母様と同じって決めつけてんのよ。

ていうか、お母様そこまでネコ舌だったの!?

と姫様が絶叫するが、お前も16年間もの間に直接文句くらい言えよともいえる。

どうしよう、コレ。

とりあえずツッコミを入れる。

 

「誰も疑問に思わなかったのか? さすがに誰か一人くらい気づいたでしょう。アリエッサ姫も散々飯が不味い、そこら辺の酒場の肉の方がマシと文句言ってたんだし」

「あくまで味、の事と思っておりました。まさか温度の事とは……」

 

料理長がガンガン、と頭を床にぶつけながら答える。

その内、鉄板で土下座しだすんじゃないかこの料理長。

まあ、理由はわかった。

姫様性格悪いから、料理について愚痴られても、単に意味も無く貶されてると思ったのか。

 

「本当に? 本当にそうなのね? 嫌がらせで言わなかったって毒見役もいないのね?」

 

そこを気にしてんのか。

姫様も性格悪いから――いや、今は少し反省してるから、悪かったと過去形で言ってやるべきか。

その辺の関連で気苦労多いな。

 

「というか、毒見した後に普通に誰かが温めてると考えておりました」

 

毒見役がまたガンガンと頭を床にぶつけながら言う。

というか、料理人と毒見役全員が同じようにしている。

その前に立ち尽くす、私とアリエッサ姫、そしてパントライン嬢とモーレット嬢。

ガンガン鳴り響く叩頭の音。

実にシュールな光景だ。

何かの儀式だろうか。

いや、もう何かそうするぐらいしか誠意の示し方が無いのは判るが。

 

「……許すわ。もう何かどうでもよくなってきた」

 

儀式の崇拝対象が、許しの言葉を告げた。

 

「有難う……有難うございます」

「但し、今日の食事の味を見てからね。不味かったら料理長は死刑にするわ」

 

訂正する。微妙に許してない。

料理長は顔を上げた後、真っ青な顔になって立ち上がり、言葉を述べた。

 

「総員、持ち場に着け。今日、人生で最良の料理を作るんだ」

「畏まりました!!」

 

せいぜい頑張ってくれ料理長。

さすがにこれ以上は知らんわ。

私は全員に背を向け、帰ろうとするが――

 

「せっかくだし、スズナリも食べていきなさい。審査員にするから」

 

そんな人の命がかかった審査員になりたくないが。

そう思いながらも、私はため息を吐いて立ち止まることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期せずしてアルバート王、アンナ姫を交えた会食となった。

アンナ姫がモグモグと頬を膨らませながらエビフライを咀嚼する。

 

「美味しいですわよ、このエビ。モーレット嬢は食べないんですか。おっぱい大きいのに」

「胸のサイズ関係ないだろ。スズナリの旦那、私の代わりにこれ食べて」

 

モーレット嬢に差し出されたエビフライを皿の上に乗っけながら、自分の分のエビを咀嚼する。

美味い。

さすがに王宮料理長だけの事はある。

アリエッサ姫も満足だろう。

だが、怒りはまだ収まっていないようだ。

縦ロールの髪を怒りで尖らせながら、アルバート王に詰め寄っている。

 

「御父様は知ってらしたんですか、料理長の誤解」

「うむ、いつ気が付くかなと思って見てたぞ」

「御父様! さすがにそれは酷いんじゃないかしら!!」

「さすがに16年も気づかないとは思わなかった。ぶっちゃけお前が変だぞ」

 

モグモグ、とステーキを口で噛み切りながらアルバート王が呟く。

アリエッサ姫は必死に首を絞めているが、膂力が足りない。

アルバート王は普通に肉を咀嚼している。

力量差が圧倒的な親子喧嘩だ。

 

「何にせよ、これで解決ですわね」

 

アンナ姫がナプキンで口を拭きながら呟く。

ああ、アリエッサ姫の16年の怨念とともに解決した。

アンナ姫が問題提起をしてくれてよかったのではないか。

そんな事を考えながら、モーレット嬢の分のエビフライを咀嚼する。

 

「素早い解決有難うございます。スズナリ様。御礼を申し上げますわ」

「礼などいりませんよ。いや、本当にいりません。こんなくだらない問題で」

 

今日一日を振り返ってみれば、本当にアホらしい話だった。

デスクの仕事がまだ残っているのだ。

今日は帰り次第、深夜まで仕事せねばならん。

 

「お礼に我が傍付きのジルとエルの姉妹を差し上げますわ」

「いりません。それ口癖ですか」

「いえ、モーレット嬢とパントライン嬢が、スズナリ様の御手付きと聞きまして、私も対抗しようかと」

 

こてん、と首を横に倒しながらアンナ姫が呟く。

だから、その仕草わざとやってるって知ってるから。

 

「要りませんよ。これ以上の婚約者なんて御免です」

「そう言うな、後継者が一人で困る事だってあるんだぞ」

 

アルバート王の言葉が横から飛ぶ。

そりゃ王の子供が一人きりというのも拙いが。

私には何の関係も無い話だ。

 

「お前、逃げようと思ってるだろう」

 

ギョ、と瞳孔を大きく開いて反応する。

動揺するな、私。

アルバート王は喉からアリエッサ姫の手を離しながら、私に告げる。

 

「俺から逃げられたら逃がしてやるよ。逃げられるんならな」

「……」

 

私は空笑いを浮かべて、その言葉に答えた。

全く、今日は厄日だ。

 

 

 

 

 

 



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043 ウジェーヌ枢機卿

薬草茶をルル嬢がゆっくりと注ぐ。

ここは街のギルド。

大司教たっての願いとあって、アリー嬢に懇願されて街のギルドで待ち合わせをしていたが。

 

「こんにちは、スズナリ殿。いえ、スズナリ様とお呼びすべきですかな」

「スズナリ殿で結構ですよ、ウジェーヌ枢機卿」

 

待ち合わせの相手が枢機卿とは聞いていない。

ギロ、と視線をアリー嬢に合わせるが、彼女は汗を流しながら、横を向いた。

今回の件で溜まったデート回数は全部チャラだからな。

 

「それで、御用件は」

「単純簡潔に申しましょう。教皇に力をお貸し願いたい」

「力を? それは単純に個人的な力を意味しますか?」

「それもありますが――アポロニア王国の次代の王として、ご協力を約束頂きたく」

 

その緑色の祭服を見つめながら、ウジェーヌ枢機卿の強さを感覚で測る。

この男、アルデール君並に強いな。

かなりの格闘術を修めている。

まあ――個人の強さ云々はどうでもいい。

 

「それならば――私よりもアルバート王に嘆願すべきでは? 個人的な強さも上なら、現国王ですし」

「残念ながら、アルバート王は非協力的――とまでいっては失礼ですね。規定額の浄財も頂き、教会も保護し良政を敷いている御方ですし。ですが、残念ながら――」

 

協力的とまでは言えない、と。

何分、何事も「めんどい」の一言で済ませそうな人だ。

致し方あるまい。

 

「具体的に――正直言って、想像はつくのですが。簡潔に仰ってください。何をお求めで?」

「神に誓って正直に申しましょう。目的は、教皇領の確保です」

 

やはり、それか。

私は予想通りの回答を聞きながら、頭を痛める。

 

「今の状況は不服ですか。教皇の権威は揺るぎないものですし、別に貧乏をしているというわけではないでしょう」

「不服ですね。仮に――この大陸の全てがアルバート王の治世下だったとしましょう。それならば私は教皇を諫める立場にあったでしょう。もっとも、教皇は最初から不服を申されないでしょうがね」

 

少し興奮してきたのか、枢機卿は息を荒げて喋る。

 

「亜人への迫害、治安の悪化により跋扈する山賊や海賊、隣国同士の紛争。被害にあう弱者、泣いて我慢するしかない女子供。すべてすべて不愉快で不服と教皇は仰っています。教皇の権威? 平和が達成できない時点で無きが如しと」

 

それには反論しない。

私も不服には思ってるさ。仮にも平和を維持されていた異世界の国家の人間としてはな。

 

「我々の目的は、一切それの無い――民が平和に暮らせる教皇領。アポロニア王国に近い、理想郷の設立です」

 

また夢みたいなことを言う。

私はウジェーヌ枢機卿の真剣な目を見つめながら、またロクでもない仕事が舞い込んできたと思った。

 

「その思想には反対しません。それどころか同意すらしましょう」

「ならば!!」

 

ウジェーヌ枢機卿が机に手を掛け、こちらに顔を近づける。

しかし、だ。

 

「その手段が武力によるものとは、思想と不一致ではありませんか」

「逆に武力――いえ、はっきり言いましょう。暴力以外にどうすれば解決できるというのですか。正直、私は若かりし頃、アルバート王に期待していました。アルバート王の手によって、この大陸は支配され平和になるものとばかり」

 

その経過により血が流れる事となったでしょうが、今の状況よりはマシです。

枢機卿が肩を落としたように呟く。

 

「枢機卿。アルバート王による大陸の支配は可能だったでしょう。ですが、次代が持ちませんよ。強烈な揺れ戻しが来てまた分裂した事でしょう」

「……失礼ながら、スズナリ殿は自分を低く見積もりすぎているようで。私は貴方なら、その状況でもなんとか回して見せたと予想しますが」

 

それに、教皇も尽力を惜しまなかったでしょう。

二人、ありもしなかった予想図を語る。

その予想はお互いに大分ズレがあるようだが。

まあ、ありもしない事をこれ以上語っても仕方ない。

 

「――現実に話を戻しましょう。アルバート王によって均衡状態にあるアポロニア王国周辺を除いて大陸中は紛争の真っただ中。奴隷もあれば亜人への迫害もある、嫌な時代。その中に暴力による――鉄拳を持って介入しての教皇領の確保、それが教皇の最終目的であり、私への依頼ですね」

「はい。簡潔に言えば、そうなりますね」

「無茶言うなよ」

 

私は正直に答えた。

なんちゅう依頼してくるんだこの人。

もう一度アリー嬢の顔を見る。

アリー嬢はゆっくりと目を閉じた。

目を見ろ、この淫乱シスター長。

 

「勿論、個人の力では不可能な事は重々承知しております。――アルバート王は例外ですが。ですので、先の話です。他国へ攻め入る大義名分は何とでも用意できますので、スズナリ殿には是非、悪辣な他国に攻め入り平和と教皇領の確保を成し遂げて頂きたく」

「あのですねえ、私がアポロニア王国を継ぐとはまだ決まった話では――」

「決まった話です。”教皇が予知しました”」

「待てい」

 

それって簡潔に言うと、"シスターのインチキ"の強化版だよな。

 

「本当に! 本当に予知したのか!?」

「はい、教皇の予知確率は実に80%を超える――」

「まだ20%の逃げ道は残っているんだな!!」

「逃げ道――そういう言い方はされたくないのですが。王位を継がれるのが嫌なのですか?」

 

不思議そうに枢機卿が呟くが、嫌に決まってる。

しかも、他人にそれを予知されていた等おぞましい事この上ないわい。

私は閉口し、薬草茶を啜った。

 

 

 

 

 

 

「やはり、御確約はできませんか。正直、スズナリ殿の思想は私たちに近いと聞き及んでいたので……」

「いえ、思想的には近いですし、多少の活動にならご協力もしましょう。ですが、戦争となりますとね。王ですらない自分には手が余ります」

 

正直なところ、そんな事を今の私に言われても困る。

 

「では、スズナリ殿が王位に就いた暁にはもう一度お願いすることとしましょう」

「そうしてください」

 

絶対に王にはならん。

その決意を改めて再度しながら、ウジェーヌ枢機卿に言葉を返す。

 

「さて、では改めまして伺います、と言いたいところですが」

「?」

 

枢機卿は息を改め、コホンと咳をついて呟く。

 

「実は、他にも依頼があるのですがよろしいでしょうか」

「なんでしょうか」

「公爵領のコボルト達の件です。スズナリ殿は彼らと縁深いようで」

「ええ、まあ」

 

王族のアレキサンダー君が働いているくらいだしな。

縁深いと言っていいだろう。

 

「彼らに、別なコボルト族を混ぜた場合、問題は発生しますか?」

「? 要領がつかめません。何の話ですか?」

「失礼、実は最近――他国で奴隷として不当に捕らえられ迫害されていたコボルト達をこの手で奪還――もとい保護しまして」

 

にこやかに、拳を撫でながらウジェーヌ枢機卿が笑う。

要するに奴隷商人をボコボコにしばき殺して、コボルト達を救出したんだな。

怖いわ。

 

「教会で保護しておくのも別に良いのですが、どうせなら同族の元で過ごした方が彼らも――」

「大体わかりました。公爵領のコボルト達と合流させたいということですね」

「そうです」

 

少し、考える。

 

「何人ぐらいですか?」

「おおよそ、50人ぐらいです。もっと早ければ、もっと大勢を救えたのですが――」

 

悔恨の表情を浮かべながら、枢機卿が机を叩く。

やめてくれ、アンタの膂力だと机が壊れる。

 

「公爵領のコボルトは500弱です、特に問題ないと考えます。公爵にもコボルトにも話を通しておきますよ」

「有難うございます!」

 

笑顔で枢機卿が応じる。

無表情に口元だけ緩めたアルカイックスマイルだ。

なんか馬鹿力と合わさってこの人怖い。

いや――顔に関しては人を罵れるほど上等な顔してないが。

 

「いやあ、これで不安が一つ片付きました。次の案件に移れます」

「……枢機卿、失礼ですが次は何をされるおつもりで?」

「オデッセイで内乱が発生寸前とのことですので、ドサクサに紛れて亜人の奴隷を解放してきます」

 

ビッ、と親指を立てて枢機卿は答えた。

私はそれに対して、どう答えていいのかよくわからなかったので――とりあえず、アレキサンダー君への手紙の文面を考え始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

教会。

その荘厳な面持ちで屹立している聖堂の中で、アリー嬢と話す。

 

「まずまず、といったところでしょうか」

「まずまず、と言ったところだな。スズナリ殿が我々と同じ思想に近いという事がハッキリ知れただけでも大きい」

 

スズナリ殿は協力的だ。

我々が望まずとも、間接的な力にはなってくれるだろう。

それをハッキリと理解できた。

 

「最悪、教皇領の確保でなくアポロニア王国の拡大でもよいのだ。この世が平和に近づきさえすればそれでよい」

 

このアポロニア王国は平和だ。

いっそ、教皇はこの王国へと身を移して貰いたいぐらいだが。

テコでもあの人は危険地帯から動かんだろう。

いや、今も錫杖を片手に戦場を駆け回り、人々を救済しているに違いない。

かつて、一介の傭兵だった私の命を救ったように。

そして、私と同じように神の列兵となり、この世を救う人を増やしているのだ。

 

「そのためにはアリー嬢、判っていると思うが」

「スズナリ殿との結婚ですね、望むところですよ」

「うむ、その時は是非とも、スズナリ殿に他国に攻め入るよう進言して欲しい」

 

結局は暴力なのだ。

世界は力が支配している。

金の力、武力、欲しがればキリがない。

ぎゅっと握り拳を手に作る。

私も老いた。歳は40を過ぎ、膂力も落ち始めている。

あと何十年と最前線で活躍できるものか疑問だ。

 

「……結婚による教会との関係強化は望むところですが、進言は」

「進言するのだ。枢機卿命令だぞ。かのフロイデ王国も併合によりマシになりつつあるではないか」

 

あのフロイデ王国も孤児は全て教会に収容され、今では笑顔で暮らしている。

全てはデライツ伯爵の領地を併呑し、銀山の収益を孤児院に振り向けてくれたアルバート王あってこそだが。

うん、デライツ?

 

「……そういえば、デライツ伯爵の死因は暗殺であったな。そういう方法もあるか?」

「枢機卿!?」

 

とても枢機卿の仰っていい言葉とは思えません。

そうアリー嬢が叫ぶ。

五月蠅いなあ、綺麗ごとでは世界を綺麗にできんのだ。

いっそ、アポロニア王国周辺の悪辣な王や領主を一人一人消していくか?

勝手にアルバート王にビビって併合を望んでくるだろう。

 

「いや、それは拙いか」

 

手段としてはアリだが、そのうちアルバート王に消されるのがオチだ。

死は決して怖くない。だが私にはまだやることがある。

私はため息を吐きながら、断念する。

 

「そうですよ、拙いですよ」

「そうだな、拙いな」

 

アリー嬢の、私の思考を理解していないであろう言葉に頷きながら。

ウジェーヌ枢機卿は今日の成果に、とりあえず満足することにした。

 

 

 



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044 オデッセイ内乱

街のギルド。

騎鳥便――ロック鳥を飼い鳴らし、騎手となった荷受人が運ぶ配送方法。

以前のキメラ騒動の際にも使われた。

それによってオデッセイのギルマスから受け取った手紙を紐解く。

 

「ついに起こったか」

「ついに起こりましたね」

 

ルル嬢の頷きを聞き、実感する。

オデッセイの内乱寸前の報。

起こるとは誰しもが予想していた。

だが、実際起こるとは誰も確実とは言えなかった。

しかし。

 

「まさか、オデッセイ王が死ぬとはな」

「大分具合が悪いとは聞いていましたが……」

 

王が死んだら、もはや二人が争いあうだけだ。

ゴングはすでに鳴り響いた。

 

「第一王位と第二王子同士の決闘で片づけりゃいいんだよ、こんなもんは。実に阿呆らしい」

「またそんな乱暴な事を」

 

乱暴な言い方だが、一番被害が出なくて済む。

この手紙を送ってきたギルドマスターも大変だ。

最悪の場合、こちらに逃げてくると言っているが。

その場合は温かく迎えよう。

 

「オデッセイの冒険者はどちらに就くかな」

「どちらにも就かないか、儲かるほうでしょうよ」

 

当然、専らモンスター退治が専門である冒険者も、この時ばかりは戦争に赴く。

もちろん、戦争に巻き込まれるなんざごめんという冒険者も多いが。

冒険者の名持ちは、戦場では一騎当千の実力を誇る。

当然、戦時とあらば実力以上の報酬が支払われる。

稼ぎ時だ。

 

「オデッセイ周辺国の冒険者たちも戦にあつまる。金が欲しいのは誰も変わらんよ」

「全く……冒険者としての誇りは無いんですかね」

「冒険者の誇り?」

 

そんなものは誰もが持たない。

なにせ、ギルマスの私ですら持ってない物だ。

戦争に参加しないのも「なんとなく嫌だ」という理由が大半を占めるだろう。

――いや、宗教的な忌避も含まれるだろうが。

先日出会った、ウジェーヌ枢機卿の事を思い出す。

 

「……ルル嬢は、そんなものあると思うのかね」

「私はあると思っています。モンスター退治だけを主とする冒険者こそ正だと」

 

アリーナ・ルル嬢は珍しいタイプの冒険者だと思う。

私の感想はそれで終わりだ。

 

「さて、私としての感想はオデッセイからカニの輸入が滞って姫様がキレるのが一番怖い、というのが感想でしかないが……君の今回の騒乱に関する意見を募る」

「アルバート王から呼び出しがかかっています」

 

……。

頭の中のアンテナをいじくり、ファウスト君に奇妙な踊りを踊らせる。

時よ止まれ お前は美しい。

あの言葉は丁度ファウスト君の名の元になったゲーテの一句であったか。

ファウスト君の名前は、私が付けたのだ。

そんな事を考える。

むろん、現実逃避だ。

 

「ルル嬢、もう一度」

「アルバート王から呼び出しがかかっています。すぐに出頭してください」

 

ルル嬢が、決して望んでその言葉を吐いたのではないのがせめてもの救いか。

何の意味も無いが。

私はそんな事を考えながら、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

「まあ、気楽に座れよ」

「ここ王の間ですよ」

「どかっと床に座り込め、遠慮はいらん。話が長くなるのだ」

 

王宮。

いつもの赤い絨毯を敷き詰めた王の間で、招致されて、いつも通りにすぐさま本題に入る。

アルバート王は無駄話が嫌いだ。

言葉通り、どかっと絨毯に座り込む。

話は長くなりそうだ。

 

「さて、耳聡いお前の事だから状況はわかってるな」

「オデッセイの内乱発生でしょ? 知ってますよ」

「うむ、今回はその件で呼んだ」

 

ぴら、とアルバート王は指に挟みこんだ二通の手紙を見せる。

ああ……なるほど。

大体要件は読めた。

 

「お前なら、第一王子と第二王子、どちらの味方をする?」

「その手紙が両者のものなんですね」

「そうだ。第一王子の方は騎鳥便で、第二王子の方は直接使者が届けに来た」

 

アルバート王はそう答えた。

到着方法からすれば、先見の明は第二王子にあるらしい。

アポロニア王国からオデッセイまでは、騎馬ではいくら急いでも使者が到着するには10日はかかる。

 

「勝つ方に味方すればよろしいのでは?」

 

噂と、先見の明で判断するに第二王子が勝つ。

私はそう判断し、意見を述べようとするが――

 

「このままだと、普通に考えたら勝つのは第一王子だ」

 

私の予想に反した意見を述べる。

 

「理由を伺っても?」

「傀儡ってのはバカなほうがいいんだよ。改革派の強い王様なんて領主連合はいらないのさ。現状維持、それが全てさ」

 

そう一言述べる。

少し考える――間を置かずに、口を開く。

 

「第一王子の勢力は?」

「公爵、侯爵、伯爵の全員が第一王子に付いてる」

「負け確定ではないですか」

 

よくその状況下で第二王子派は内乱を起こそうとしたな。

 

「ところがどっこい、第二王子は海の全てを支配している。海賊から私掠船になった――パイレーツからプライヴァティアの貴族となった全員、海戦での熟練経験者が一人残らず第二王子派だ」

 

海洋国でそれか。

となると――駄目だ、判断つかん。

なんだ、そのハチャメチャが押し寄せてる環境。

陸軍が第一王子派で、海軍は第二王子派か。

頭を平らにして考える。

かつての故郷――異世界の我が国ではどうだったか。

比較して考える。

それでも判らん。

 

「つまり、どっちが勝つと予想を?」

 

聞いた方が早い。

そもそも、その予想は私が判断を付けるものではない。

アルバート王に尋ねる。

 

「俺が味方した方が確実に勝つ。考えるのは無意味だぞ」

「そりゃそうだ」

 

考えるだけ無駄だった。

じゃあ何で考えさせたと言いたくなるが、私は黙る事にした。

今日のアルバートは、あの思いだしたくない貴族のパーティーの雰囲気を醸し出していたから。

 

「で、どっちに付く?」

「どちらにも付かないという選択肢は無いんですか?」

「無い。今回、オデッセイに影響力を持っておく必要がある」

 

アルバート王は冷静に言葉を吐く。

 

「お前、オデッセイが将来どうなると思う? 正直に答えろ」

「……強国になると思います。正直、アポロニア王国以上に」

「そうだ。それが怖い。で、ある以上は当国から強い影響力を持つ必要がある」

 

ならば、潰してしまえばいいではないか。

潰した後は知った事ではない。

そう単純に考えるが、そうなればオデッセイに群雄割拠の地獄が訪れる。

それが嫌なのだろう。

正直、アルバート王は優しいのか面倒臭がりなのか判断付きづらいところがある。

おそらくは、その両方なのだろう。

自分の知らないところで地獄が起こっているのはいいが、自分がそれを作るのは嫌なのだ。

フロイデ王国への対応を見るに、それが一番正しい気がする。

 

「将来は、婚姻関係を結ぶ必要もあると考える」

「ならば、第二王子とアリエッサ姫を」

「あんなヘタレが息子など断る。いくら成長しても限界が知れている。ウチの騎士団長格がせいぜいの男だ」

 

その騎士団長格の男は、他国の海洋国家相手に連戦連勝を築いているんだがな。

そう思うが、実際大して――強くはないだろう。

怖くも無い。

そう思うのは、自分がレッサードラゴン殺しだからか。

それとも――認めたくはないが――普通の人類を超越したキメラだからか。

そんな事を考える。

 

「あくまで将来の話だ。影響力を軸に、お前の娘の一人でも、オデッセイに正室としてやればいい。できればオデッセイに娘しか生まれず、息子の一人でもやるのが理想的だが」

 

人の人生と、子を勝手に戦略に巻き込むなよ。

私はこの国家を継ぐ気等ないというのに。

そう返したいが――殺気を放った状態のアルバート王にそれを言う度胸は無い。

いや、ヘタレか、私は。

ちゃんと言い返そう。

 

「私はこの国家を継ぐと決まったわけではありません」

「そう言ってのけるお前だからこそ俺の後を継ぐ権利がある」

 

アルバート王がニコリと笑う。

言い返さなければ良かった。

心の底からそう思う。

 

「で、どっちに付く? すぐ決めろ、さあ決めろ、今決めろ」

「……」

 

玉座を降り、私の目の前に歩み寄りながら迫るアルバート王に対し。

私は判断を迫られながら、ひたすらに悩んでいた。

だが、結論は決まっている。

 

「答えは――会ってみてからということで」

「そう答えるか。となると――」

 

直接、オデッセイに出向く必要がある。

それを承知で私は答えた。

 

 

 

 

 

 

「それで!? 結局オデッセイに出向くことになってしまったんですか?」

「ま、そうなる」

 

王宮であった事をかいつまんでルル嬢に話す。

 

「完全に巻き込まれてるじゃないですか!? その間のギルド運営はどうするんです」

「君に完全に代理を任せる。本当に申し訳ないと思っているが……」

「……オデッセイに、私は連れて行ってもらえないのですか?」

「そうなる」

 

今回も、ルル嬢はお留守番となる。

今となってはマンティコア戦も懐かしいが。

頼めるのはルル嬢しかいない。

 

「誰か、付き添いを……」

「姫様の護衛から、モーレット嬢を引き抜く。オデッセイ出身だしな」

 

本人も、内乱寸前の故郷がどうなっているのか気にしていたしな。

案内役には申し分ない。

 

「……」

「……」

 

二人して、沈黙する。

本当に申し訳ないと思っている。

この冬の、事務員が神父とシスターと言う異常事態の時期に、席を空けるのは。

 

「判断を迫られたからな。さすがに会わんと、どちらにオデッセイの未来を託すかは判断できん」

「……そうですね、国の未来がかかってますもんね」

 

致し方ありません。

そうルル嬢が呟く。

二度目になるが、本当に申し訳ないと思っている。

 

「お酒、飲みましょうか?」

「うん?」

「お嫌ですか? それとも、すぐに出立するんでしょうか?」

「いや、出立は明後日だから酒は飲めるが……」

「では飲みましょう」

 

ファウスト君が、黙ってワインとワイングラスを二つ用意してきた。

私は命令していない。

また勝手に動いたな、ファウスト君。

空気を読むフォールン化でもしたのだろうか。

 

「酔った拍子に、二人してベッドインしても構いませんね」

「それは構う」

 

チン、と中身の入ったワイングラスを重ね合わせて音を立てる。

 

「私は構わないんですよ。判ってると思いますけどね、スズナリ殿」

「ああ、判ってるさ。いつかな。いつか」

「いつかっていつですか」

「今じゃない事は確かだ」

 

ルル嬢と、くだらない言い合いを愉しむ。

出立は明後日だ。

明日には、可能な限りの人物と出会い、判れの挨拶をしておかなければ。

特にアリエッサ姫。

アイツは挨拶しておかなければ、絶対に後が五月蠅い。

いや、せっかく王宮に出向いたのだから、今日挨拶しておくべきだったか。

後悔先に立たず。

明日は忙しい一日になりそうだ。

私はワインを一気に飲み干した後、プロージットと叫びそうになりながら、それを止めた。

 

 

 



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045 出立準備

 

「と、いうわけでモーレット嬢をお借りして、明日には出発を」

「アタシはいいけどさあ」

「私はよくない」

 

アリエッサ姫の私室。

すでに話はアルバート王から通っているであろうに、姫様は反対の声を挙げる。

 

「姫様、これは王命ですので」

「王命だからって戦場に二人で行くの? マジで」

「まだ戦場ではありませんよ」

 

何故そんなに反対するのだろうか。

疑問に思うが、姫様には私の心根を打ち明けておく。

 

「どちらかと言うと、戦を起こさないために行動するつもりですが」

「どーやってよ、もう衝突寸前じゃない。オデッセイは」

「アルバート王が立場を明確に――どちらに参戦するかを表明した時点で、片方は委縮して戦乱の輪は縮まります」

「……まあ、そうでしょうけど」

 

正直、そう思ってでもなけりゃバカバカしくて行く気にならん。

私は戦争をしに行くのではない、戦争を縮小させに行くのだ。

私なりの大義名分が、この心に欲しい。

 

「また護衛がパントライン嬢だけになりますので、しばらく大人しくしててくださいね」

「いや、アンタがダンジョンにいないなら、外に出る理由も無いから」

 

ぱたぱたと、姫様が手を振る。

外に出る理由くらいはあるだろう。

 

「今度王都に出来るカニ料理店でカニを食べに行ったりとか」

「貴方が心配でそんな事、できると思う?」

 

しな、と少し萎れた様子を姫様は装う。

そうか、コイツ友達少ないぼっちだったな。

可哀そうな目で姫様を見つめる。

 

「オイ、聞いてんのか。16歳の美少女が心配に思ってるのよ。何かしら反応を」

「お前友達少ないなあ、としか。美少女なのは認めてあげますが」

「ぶっ殺すわ」

 

姫様は笑顔で花瓶を持ち上げようとするが、パントライン嬢がそれを止める。

隣にいたアンナ姫はそれを意図的に無視しながら、こてん、と首を横に倒しながら喋る。

 

「スズナリ殿。できれば我が傍付きのジルとエルの姉妹もお連れください」

「弱そうだから嫌です。むしろ邪魔」

「「また断られてる!?」」

 

愉快な姉妹だ。

しかし強さ的にはモーレット嬢一人にも劣るからいらない。

そもそも、モーレット嬢が付いてくるのは案内役としてだ。

 

「道行の性処理係はモーレット嬢だけで十分、と言いたいのですか」

「アンナ姫、何ほざいてるんです」

「12歳の身の上とはいえ、スズナリ殿がロリコンの可能性があるからと教育を受けている最中です。大人のひみつは知っています。男性は我慢できないのでしょう、アレ。ジルとエルの双子姉妹丼なんていかがでしょう」

 

どんな偏った教育してるんだアポロニア王国の侍女たちは。

いや、そういった教育をするのは傍付きか。

双子の姉妹に視線を向けるが、二人してぷいと横に顔を向ける。

 

「それは誤解です。そうでなければ今でも童貞の身でいません」

「あら……ジルとエルが耳年増の腐れ処女なだけですのね。もう二人とも25になるのに男と縁遠いから、私を騙してスズナリ殿と縁を造ろうと必死で」

「「姫様、口汚い批判はお止めください!! スズナリ殿だって腐れ童貞です!!」」

 

アンナ姫が顔に手を当て、ほんのりと顔を赤らめる。

私は姉妹をゴミのような目で見ながら、その場を後にする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、マリー嬢。しばしのお別れを言いに来ました」

「あら、スズナリ殿の事ですから、私は話が通っているだろうから無視していくものかと」

 

マリー嬢が嬉しそうに笑う。

どうやら、私が別れの挨拶に来ることを想定できなかったようだ。

 

「……そこまで、野暮な男ではありません」

「そのようですわね。今、スズナリ殿の男としての株が、私の中で最高値ですわよ」

 

私の男としての評価、そんなに低かったのか。

そんな男に惚れてるマリー嬢は何なのか。

色々言いたいことはあるが、とりあえず会いに来て良かった。

絶対挨拶も無しに行ったら、後日グチグチ言われるパターンだったぞコレ。

 

「……別れの挨拶に、食事でも、と言いたいところですが、この後準備がありますので」

「そうですか、ではキスの一つでもくださいな」

 

しれっと、マリー嬢は恐ろしい事を言う。

 

「キス?」

「そうです。キスの一つくらいしてくれてもいいではありませんか。何か月もお離れになるのでしょう?」

「冬が終わる前には帰ってきますよ」

「じゃあキスしてください」

「……」

 

何でキスしなければならないんだろう。

あれ、私とマリー嬢、別に付き合ってないよな。

大前提を確認したうえで、周囲を少し見る。

 

「……」

「……」

 

貴族の淑女達と、侍女たちが庭園から様子を見守っていた。

人の恋愛事情、盗み見するなよ。

 

「確かに、私とスズナリ殿とは未だ1度デートしただけの仲です。認めたくありませんが。でも、お別れのキスぐらいはしてくれてもいいではありませんか」

「そう言われましてもですね、世間の目が気になりまして」

「だから余計に、ですよ。側姫候補の一人としてみなされている以上、私の立場もあります」

 

このシーンでキスの一つも無いなんて知られたら、どんな酷い噂流されるか。

片手で反対側の腕を押さえ、ブルブルと震える仕草をよそおうマリー嬢。

実にわざとらしい。

 

「じゃあ、お手を」

「手ですか、口ですよ、口」

「手です、あくまで手です」

 

何が悲しくて、こんな交渉をせねばならんのか。

普通逆だよな。逆。

もう交渉する気はない。

私は黙ってマリー嬢の前で跪いて、その手を手に取る。

 

「チッ」

 

舌打ちすんなよ。

マリー嬢はその手を私の前にやり、私はその手に優しく口づけした。

 

「……」

 

マリー嬢は口づけしたその手を自分の口元にやり、同じく優しくキスをする。

 

「今回は、ここまででいいですわ。スズナリ殿。ご無事を心から祈っています」

「それではマリー嬢、しばしのお別れです」

 

私は立ち上がり、庭園でキャーキャー言う貴族の淑女や侍女たちを無視しながら、ダンジョンへの帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

ダンジョンギルドの受付。

そこで仕事をしているアリー嬢に声をかける。

 

「というわけで、アリー嬢。しばらく留守にしますので、その間仕事よろしくお願いします」

「その前に一度ベッドインしよう、この挨拶はそういう意味にとらえても」

「ただの業務連絡です」

 

ただの業務連絡をどんな意味に捉えている。

淫乱なシスター長を見下した目で見つめながら、私はため息を吐く。

 

「……私の扱いだけ何か酷くありませんか。王宮内に忍び込ませた侍女兼シスターからは、マリー嬢にはキスまでしたと、すでに私の所に報告があがっているのですよ」

「何やってんだ教会」

 

組織力を完全に無駄にしている。

というか、あのはしゃいでた侍女の中にシスターが混じってたのか。

 

「そういうわけで、私にも何かエッチな事なにかしてください!」

 

さあ、と胸を張り、受付で叫ぶシスター長。

ギルド中の全員が目をこちらから逸らした。

何かが狂っている。

いや、きっと何もかもがだ。

 

「じゃあキスでも」

「はい、キス来ました! 続いてベッドインですね!」

「……」

 

一体、アリー嬢の頭の中はどうなっているのだろうか。

何か、ムカムカしてきたぞ。

 

「とりあえず、手を出してください」

「はい!」

 

昔飼っていた柴犬のポチがお手をするように、アリー嬢はその右手を差し出す。

私はその右腕の下を経由して自分の左腕を首の後ろに巻きつけ、背後を取る。

そしてアリー嬢の左足に自分の左足をからめるようにフックさせ、背筋を伸ばした。

コブラツイストである。

 

「ぐふぅ! なんで情熱的な抱き着き! スズナリ殿の愛を感じますわ!!」

「……」

 

効いちゃいねえ。

むしろ身体を密着させて喜んでる。

メイス片手にダンジョンを突破するシスターには、後衛職による締め技は無意味か。

だが、これで嫌ってるかどうかぐらいはわかるだろうに。

 

「……スズナリ殿、このままでいいからキスしてください」

「……」

 

コブラツイストを決められながら、キスをせがむアリー嬢。

なんか哀れになってきた。

コブラツイストからアリー嬢を解放する。

 

「……」

 

私は黙って跪いて、アリー嬢の手を優しく掴む。

そして優しく口づけをした。

 

「はい、キスしました。皆さん、私今キスされましたよ、見てますか」

「……」

 

うん、よかったね。

そんな表情でギルド中の冒険者が、アリー嬢を見ていた。

 

「なんですか、その微妙な表情は!」

「はいはい、終わったから受付業務に戻ってね」

「スズナリ殿もそんな投げやりに言わなくても!」

 

ぷんすこ、と頬を膨らませながら怒るアリー嬢。

あんまり怖くない。

 

「それでは、私がいない冬の間はよろしくお願いしますね」

「……判りました、スズナリ殿。ちょっと寂しいですけどね」

 

アリー嬢は、本当に寂しそうにそう呟いた後。

私が口づけしたその手を自分の口元にやり、優しくキスをした。

 

 

 

 

 

 

ギルドの酒場。

適量の酒のみを口にしながら、呟く。

 

「もういいだろ、知ってるんだし」

「いや、ちゃんと別れの挨拶しろよ!」

「そうですよ、こういうのは気持ちの問題ですよ」

 

気持ちの問題か。

それをいうなら、それこそ挨拶しなくても伝わると思うが。

まあ、ちゃんとしようか。

 

「私がいない間、よろしく頼む。オマール君、アルデール君」

「任せろ、やることいつものモンスター退治だから変わらねえけど」

「お任せください」

 

これで挨拶は終わった。

出立の準備は先ほど終えたし、あとはメシ食って寝るだけだ。

 

「それにしてもよー、何で俺たちは呼んでくれないわけ」

「そうですよ、誘ってくれてもいいではありませんか」

 

オマール君とアルデール君を連れてか。

実はそれも考えたんだが。

 

「オデッセイは遠国とはいえ、君たちそこそこ有名だからなあ。君たちから辿られて、私の正体を予想されても困る」

「俺たちってそんなに有名か? まあ悪い気はしねえけど」

「まあ、ギルドのトップスリーですしね」

 

満足げな顔をして呟くオマール君とアルデール君。

だが。

 

「童貞三人衆として有名なのが問題なんだ。三人連れ立っていると正体がバレる」

「なんて不名誉な称号なんだ」

「女人には興味ありませんが、殊更に強調されるとなんか腹立ちますよね」

 

言葉を翻すオマール君とアルデール君。

下らない事を口にしていると、ふ、と目端にターナ君が見えた。

 

「ターナ君も私がいない間、よろしく頼む」

「……いえ、申し訳ありませんが、私達パーティーもオデッセイに向かうつもりでしたので……」

「おや、稼ぎに行くのか」

 

その行為を否定はしない。

戦争に参加するというなら、致し方なかろう。

 

「だが、敵対するなら手を緩めたりはしないぞ。それを覚悟の上で行け」

「そうなるだろうから、今迷ってるんですよね……」

「正直、辞めといた方がいいと思うぞ」

「どっち側に付くか教えて下さいよ」

 

酒を飲みながら、ターナ君が渋い顔をする。

そう言われてもな。

 

「それは現地で決める。ああ、そうそう、現地で私の事を漏らしたら殺すぞ」

「じゃあこんな酒場で喋らないで下さいよ! 今決めました、もう行くの止めます……。大人しくダンジョンでモンスター退治やってますよ」

 

なんだ、止めちゃうのか。

つまらん。

私は少し酔った頭でそんな感想を抱きながら、空になった杯を残念そうに見つめた。

明日には、もうオデッセイへの旅路だ。

オデッセイまでは遠い。

気を引き締めていかねばな。

そう思いながらも、私はもう一杯だけギムレットを頼むことにした。

 

 

 

 

 

 



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046 オデッセイ到着

潮騒が耳に聞こえる。

懐かしい。

アポロニア王国の海には行ったことが無いので、本当に懐かしい。

いや、異世界に来てから全く海に来たことが無いわけではないが。

あれは――先代と放浪していた8年ほど前であろうか。

海に来たことがあった。

あの時はクラーケン一匹を殺すにも手間どって――

 

「スズナリの旦那、着いたぜ。ここがオデッセイだ」

 

モーレット嬢の言葉が、私の感傷を黙らせる。

 

「ああ、ここがオデッセイだな」

 

海洋国。

その名の通り、国土の大部分が海に包まれた国。

過去のキメラ事件にも深くかかわった国。

ここがオデッセイだ。

 

「まずはどこ行く、旦那は第一王子と第二王子の二人に出会うのが目的なんだよな」

「最終目的は人となりを知る事、だから出会うまではいかなくても良いのですがね」

 

トントン、とブーツの先を整える。

今回は完全装備で来た。

レッサードラゴンのブーツに、ズボンに、ジャケットに、そしてマスク。

傍から見れば全身黒ずくめで怪しい事この上ないが、身分をバラすわけにもいかない。

何、内乱で治安が荒れている――というか周辺国から様々な文化を取り入れた格好の冒険者どもが集まっていて、違和感がない。

私はさすがにマスクが目立つが。

なに、衛兵に呼び止めさえされなければいいのだ。

 

「第二王子なんだが、アタシの一声で会えるぜ。元々、アタシを貴族にしようと目論んでたのが第二王子だからな。強力な冒険者を連れてきたと言えばそれで会える」

「嘘は言ってないしな。では先に第一王子か」

 

私の格好にツッコミを入れないモーレット嬢。

彼女は久々の故郷の雰囲気を愉しんでいるようだ。

ウミネコの声が辺りに響く。

 

「さて、ではどう動くかが問題になるが……まだ衝突には至ってないんだよな」

「内乱が決定的になっただけで、まだ衝突には至ってないね」

「そういえば、今回衝突のきっかけになったのは――」

「王様の死去、言わせるまでも無く知ってるだろう?」

 

知っている。

それで、第一王子派と第二王子派の内乱が確定となった。

お互いの派閥が将来の地位を決定づける、死に物狂いの戦が。

全く、ロクでもない時期に死んでくれるものだ。

私はため息をつく。

 

「じゃあまず、第一王子派への接近方法を考えようか」

「王様からの紹介状は? 使者が王に来たんだろ?」

 

不思議そうにモーレット嬢は呟く。

 

「あるが……演技無しの状態での第一王子派が見たい。アルバート王にペコペコしている状態の連中を見ても仕方がない」

「またややっこしいこと言うねえ」

 

モーレット嬢は耳の穴をほじくりながら、おっ、と声をあげる。

 

「じゃあスズナリの旦那は実力を示せばいいんじゃない? それが一番早い」

「実力?」

「ちょうど募兵してるんだよ。この決闘場で」

 

ほら、と指さされた掲示物に目をやる。

確かに、そこには人差し指を突きだした絵柄の徴兵ポスターが、国の決闘場に貼りだされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝者、ファウスト!」

 

ジャッジの勝ち名乗りとともに、私は右手を上げる。

ファウストは偽名だ。ファウスト君から借りた。

さすがにスズナリのままというわけにもいくまい。

 

「さあ、土魔法使いのファウストの五連抜きだ! 次の相手は!!」

 

ジャッジが声を張り上げるが、名乗り出る人間はいない。

それもそうか、全部適当にゴーレムでボコった後に闘技場の床に埋めたもんな。

実はまだ全員生きてるんだが、しばらくは埋めたままにしておこう。

ビビッて名乗り出る連中がこれ以上でないように。

 

「誰も名乗り出ない! ならば、今回の闘技会はファウストの優勝で決まりだ!」

 

ワァ、という歓声の声に私が包まれる。

セコンドではパチパチと眼帯をつけたモーレット嬢が拍手していた。

彼女もあれで変装しているつもりらしい。

乳がデカすぎて、知り合いには一目で本人が誰かバレると思うが。

 

「素晴らしい戦いだった」

 

私はそう告げて、床から5人の決闘相手を引きずり出す。

ほっ、とため息が聞こえたのは決闘相手の縁者のものだろうか。

殺す気はない。必要が無い限りは。

 

「優勝者には賞金と――この後、開催者である伯爵との食事会があります」

 

ジャッジが耳打ちをしてくる。

私は小さく頷き、それに答えて閲覧席の方を見る。

そこでは肥えた伯爵が私に拍手を送っていた。

私は右手を振ってそれに答えながら、モーレット嬢に尋ねる。

 

「彼の伯爵の名前は?」

「モジューレ伯爵、嫌な野郎さ。私を妾にしようとしてきたこともある」

「ということは君の正体は」

「バレてるだろうね。なあ、食事会には行くが、旦那をアタシの夫ということにしてもらえるかい」

 

モーレット嬢がボソボソと私だけに聞こえるように返事をする。

問題ない。

一時、モーレット嬢を妻として扱おう。

オデッセイでは今後そうした方が、お互いのためにもよさそうだ。

 

「了解した。君の身は完全に守るから安心してくれ」

「信じてるさ、”旦那”」

 

モーレット嬢は私の言葉にコクリと頷き、閲覧席を眺めた。

閲覧席では、好色そうな目で伯爵がモーレット嬢を見つめている。

私はモーレット嬢の前に立ち、それを遮った。

 

「さて、ここからどうやって第一王子まで近づくかだが」

 

伯爵まではトントン拍子に話が進んだが、上手く侯爵、公爵へとつなぎ第一王子へとお近づきになれるのだろうか。

私は思索しながら、闘技場の床を降りる。

そしてモーレット嬢と手を繋ぎながら、観客の拍手へと手を振りながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかモーレット嬢が結婚されていたとは。残念ですが、これほど強力な魔法使いとあれば致し方ないですな」

「無理やり第二王子に貴族にされかけて逃げてたけど、今回は内乱で稼ぎどころだと聞いてね。慌てて他国で結婚した旦那と戻って来たってわけさ」

 

モジューレ伯爵とモーレット嬢が和やかに会話を交わす。

もっとも、話す内容は剣呑だが。

 

「と、言う事は我が第一王子派に、ファウスト殿と一緒に加勢してくださるということですかな」

「勿論、と言いたいところだけど、それは報酬次第だね」

 

モーレット嬢は上手くやっている。

このまま、無口な人間を装っていた方が良いか?

そんな事を考える。

 

「報酬! それはもちろん望みのままに。貴族位でも金でも何なりと。第一王子派の勝利はすでに確定していますが――貴方達を第二王子派には取られたくないのでね。どうですかファウスト殿」

「有難い」

 

一言、それだけを口にする。

侯爵や公爵には会わせてもらえないだろうか、と発言しそうになるがそれを抑える。

無謀な主張だ、それは。

まるで伯爵を相手にしていないような発言にもとられる。

 

「旦那は乗り気みたいだけど――実際のところ、どうなってるのさ」

「どうなってるとは?」

「アルバート王のことですよ」

 

単刀直入に、その名を口に出す。

ピクリ、とその名を聞いてモジューレ伯爵が、ワイングラスを持つ手を震わせる。

 

「も、もちろん、アポロニア王国のアルバート王は私たちの味方ですとも」

「そうかな。まだ立場を決定していないようにも見えますが」

「公爵から伯爵まで、一丸となって第一王子を盛り立てようとしているのです。正義は明らかですとも。必ずや、かのアルバート王もこちらに参戦してくださいますとも」

 

そう信じたいだけだな、これは。

アルバート王の恐怖は遠国のオデッセイにまで響いている。

実際には第二王子派として参戦したら、モジューレ伯爵は降伏の一手を打つだろう。

いや、最初から第二王子派だったと寝返りをするかもしれない。

 

「公爵から伯爵まで、本当に一丸となっているのですか。モジューレ伯爵を疑うわけではありませんが」

「それは間違いありません。あんな戦好きの第二王子にこの国を――オデッセイを渡すわけにはいきませんからな」

 

モジューレ伯爵がワインをあおりながら答える。

アルバート王の情報自体は間違っていないようだ。

さて、ここからだ。

 

「私の関わる事ではありませんが――決起集会のようなものも行われたのですか?」

「決起集会? それはまだですね、なにせ――王が死んでから葬儀もまだ行われておりませんゆえ」

「そうですか」

 

決起集会――公爵から伯爵まで集まるであろうそれに、何とか参加できないか。

私はそう思考を巡らしながら、伯爵と同じようにワインを飲むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

食事会を終え、館に泊まっていく招待を固辞し。

酒に少し酔ったまま、モーレット嬢と夜道を歩く。

 

「今回の食事会だけでは、第一王子の人柄はわかりませんね」

「まあ、伯爵一人捕まえてどうこう言っても仕方ないだろねえ」

 

モーレット嬢の言う通りだ。

ポイントは決起集会になるな。

そこに参加できれば――第一王子がただの傀儡か。

公爵から伯爵までの人柄が大分読み取れるはずだ。

 

「さて、どうやって参加するかだが……」

「何か妙案はあるのかい」

「あるには、ある」

 

それには、ある権威を使う必要があるが。

問題は、あまり使いたくないくらいだ。

 

「ウジェーヌ枢機卿は知っているか?」

「あのステゴロが強そうな? 王宮で見たことあるけど」

「ステゴロ……」

 

確かに強そうだが。いや、実際ステゴロなら私より強いだろう。

アルデール君とどっちが強いだろう。

いや、それはどうでもいい。

 

「丁度今、そのウジェーヌ枢機卿がオデッセイに来ているはずだ」

「オデッセイに何しに?」

 

モーレット嬢が疑問符を浮かべる。

これは答えるに窮するが、正直に答える。

 

「内乱のドサクサに紛れて亜人の奴隷の解放に」

「あー、いつもの教会の活動か」

 

そう、”いつもの教会の活動”だ。

ドサクサに紛れて、その国の法を無視して、教会の正義をゴリ押しで実行する。

半ばテロリズム――といっては活動内容的に失礼だが、本当によくあることなのだ。

なんであの教会、それでも権威と地位を保ってられるんだろう。

民衆からは絶大な人気があるから、教会の否定は国家として自殺行為に繋がるからだろうが。

ようはパンとサーカスのサーカス、国民のガス抜きなのだ、教会の活動は。

残念ながら、その段階までにしか至っていないとも言える。

 

「まずはウジェーヌ枢機卿を探しだすことだな。一緒に決起集会に参加してもらおう」

「第一王子派として決起集会に? 無理じゃね」

「いや、第一王子派は教会が味方となるとあれば、絶対に参加を許可する。ウジェーヌ枢機卿の行為を見て見ぬふりをしてでもだ」

「そうじゃなくて、ウジェーヌ枢機卿に決起集会に参加させることがだよ」

 

……。

モーレット嬢の言葉に、少し思考する。

ウジェーヌ枢機卿を決起集会に参加させることは可能か?

そう言われれば、疑問に思えてくる。

 

「豪華な晩餐会――決起集会に、あの枢機卿か。確かに似合わんが」

「だろう。弱者から搾り取った富をこんな無駄な事に、て暴れだしそうだぜ」

 

この国、オデッセイは弱者の扱いなんて酷いものなんだぜ。

モーレット嬢は、腕に作った力こぶを私に見せながら呟く。

 

「……そこは私が説得しよう。とにかく、ウジェーヌ枢機卿を探さねばな」

「まず教会から当たってみるか?」

 

私とモーレット嬢は、相談しながらも宿の前に立つ。

 

「念のためモーレット嬢に言っておくが、演技のため部屋は一緒だがベッドは別だからな」

「わかってるさ。でも忍び込んできてもアタシは一向に構わないよ」

「私は構う」

 

私は大きくため息を吐きながら、宿の中へと入っていった。

 

 

 



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047 枢機卿の実力

朝方、オデッセイの教会にたどり着く。

教会は豪華絢爛、というわけではないが荘厳とした面持ちでそこに建っている。

というか。

 

「形がアポロニア王国と一緒だな。海洋国らしい特色がない」

「質素堅実がモットーというか、アレだよ、建てた大司教が同じなんだろうよ」

「ああ、大司教の中に建築系のマジックキャスターが混じってるのか」

「確か、そのはずだよ」

 

モーレット嬢とよもやな話をしながら、教会の周辺を見る。

治安は悪い、というよりも。

 

「孤児が多いな。教会までの道が塞がれてるぞ」

「全部は教会も収容できないのさ。あれは炊き出し待ちの孤児だね」

 

アポロニア王国では見られなかった光景だ。

 

「これはいつもの事か」

「いつもの事さ。戦時だからじゃないよ。戦争になればもっと増えるんだろうけど」

 

食いつめた孤児たちが、炊き出しだけでなんとか食べて行って。

そこで生き残った子供だけが、後に船乗りとして海に出るようになる。

ただの船乗りとして一生を終えるか、そのうち海でおぼれ死ぬのか。

その先は知らない、そうモーレット嬢が語る。

 

「教会の力にも限りがある……か」

「というか、国の構造が悪いのさ。アタシは嫌いじゃないけどね」

 

まあ、両親揃ってたアタシが言っていい台詞じゃないかもしれないけれど。

そう言いながら、モーレット嬢が銅貨をばら撒く。

 

「ほらほら、銅貨やるから教会まで道を開けとくれ」

 

わあ、と子供たちが銅貨めがけて集まり、教会までの道が開く。

 

「この分だと、この国に滞在中のウジェーヌ枢機卿は随分不機嫌だろうな」

「こういう雰囲気にも、慣れてるんじゃないかなあ。アタシから見れば、アポロニアが変なんだよ」

 

あそこは住んでみると本当にいい国だよ。

何度も言うが、故郷を嫌いにはなれないけれどね。

モーレット嬢の言葉が続く。

そして、その手が教会の門に届いた。

ふう、とモーレット嬢が大きな息をついた。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「何故教会に行くのにそんな言葉が飛び出す?」

「今、ウジェーヌ枢機卿を中心とした”過激派”が集まってるんだろう。元パイレーツ――プライヴァティアとしては顔を合わせづらいからねえ」

 

アタシは寄付なんかしたこと無いし。

孤児(ガキ)に小銭をバラまいたりはするけどさ。

ひらひら、と手を空に翻しながら、モーレット嬢が呟く。

 

「そういうわけだから、枢機卿との会話はよろしく頼むよ。スズナリの旦那」

「元よりそのつもりだ。君は黙って後ろについていてくれればいい」

「はいよ」

 

言葉通り、モーレット嬢が私の後ろに付く。

私は教会の門をくぐり、扉をゆっくりと開くことにした。

 

 

 

 

 

 

「決起集会に出る必要などありませんよ。私たちの狙いは第一王子の暗殺です。決起集会なんぞされる前に事は終わります」

 

今凄い事を耳にした。

背後から白湯を吹くモーレット嬢を見るに、聞き間違いではないらしい。

 

「? どうかしましたか?」

「何、いきなりすさまじい事を打ち明けられたのでね」

「スズナリ殿だからこそです。他には申しません」

 

ウジェーヌ枢機卿が、我々と同じように白湯を啜りながら答える。

教会には運よく、ウジェーヌ枢機卿が滞在中であった。

それは良い。

それは良いのだが……何企んでるんだ、この坊さん。

 

「第一王子はそんなに問題があるのですか?」

「問題です。更に結果的にそうなるというだけです。私の目的は前に話しましたよね」

「内乱に乗じた、亜人の奴隷の解放でしたっけ?」

「そうです。最初はそのはずでした……やることは変わりませんが、やや事情が変わりました」

 

ウジェーヌ枢機卿が白湯を飲み干す。

そして湯飲みをテーブルに置いた後、言葉を続ける。

 

「まだ……ご存知ないようですね。無理もありません。昨日の事ですから。エルフの行商旅団が、オデッセイで襲われました。それを行ったのが」

「第一王子だと?」

「そうです。オデッセイの民曰く、”第一王子のお戯れ”でやったことのようですよ。」

 

ミシ、と枢機卿の握り拳から音が上がる。

 

「何が戯れだ! 阿呆な国民どもが!!」

 

湯飲みをテーブルに置いたのは、その膂力で湯飲みを破壊しかねんからか。

第一王子所属の騎士団を使ったため、すでに街の噂にもなっています。

そうウジェーヌ枢機卿は続けた。

 

「しかし枢機卿。第一王子の暗殺ともなれば国が揺らぎます。小を救うために大を殺すのは、教会の主義ではないのでは?」

「正直、事はもっと大きくて、”オデッセイの内乱の悪化なんぞ”、もうどうでもよいのですよ。現状を見えない阿呆な民が、いくら巻き込まれて死のうがこの期に及んでは仕方ありません」

「というと」

「旅団の故郷であるエルフの大国ルピーアが、オデッセイ相手に戦争準備を始めているようです。オデッセイは確実に敗北します。もう潰れる国です」

 

……口から白湯が漏れる前に、なんとか飲み干す。

そうだな。

そりゃそうなるわな。

国民の旅団が山賊団ではなく「国家に」襲われたんだ。国家として対処するわなそりゃ。

国のメンツが関わってくる。

 

「それを読めなかったほど、第一王子はアホなのですか」

「第二王子が名声を上げているのをマネしようと、山賊退治にでかけ、適当な相手が見つからなかったため代わりにエルフの旅団を襲ったくらいの極まったアホですな」

 

その旅団の財貨の一部は気前よく民衆に与えて、人気取りのつもりだったようですよ。

ああ、完全なアホだ。

もう殺すしかない。亜人相手だから許されるとでも思ったのか?

諫めなかった第一王子の騎士団丸ごと含めて皆殺しにせんと、もはや拙い。

 

「アルバート王に報告しますので、枢機卿、少々お待ちください」

「報告されるのは結構ですが、捕まっているエルフの解放をしなければなりません。そのついでに第一王子は殺します。それでエルフの進軍が止まれば良いのですが……望み薄ですね」

「解放には協力します。だから、しばしお待ちください!!」

 

私は悲鳴を上げるように、枢機卿を止めるべく叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「第二王子との連携を?」

「そうです――確か、ボナロッティ王子でしたか?」

 

アルバート王の殺気に触れ、小便漏らして命乞いした事で有名な新進気鋭の海戦王子だ。

 

「確かに、第二王子が――ボナロッティ王子が殺してくれる分には申し分ありません」

「それも決闘――第一王子、確かフィナル王子でしたか。それとの殺し合いが一番です」

「二人に決闘させると? そんな事が?」

「可能です」

 

以前から考えていた。

こんな馬鹿馬鹿しい事は戦なんぞ起こすより、二人で殺し合わせて終わらせりゃいいんだ。

 

「正直言わせてもらえれば、アルバート王という問答無用の武力がある時点でなんとかなります」

「アルバート王の権力――いや、武力を用いて強制的に二人に決闘させるということですか」

「そうです」

 

邪魔する奴は、皆殺す。

その覚悟があれば実行可能だ。

 

「……いいでしょう。スズナリ殿の話に乗りましょう」

「有難うございます」

 

私は礼を言い、軽く頭を下げようとするが。

 

「頭を下げるのはお止めください。私も冷静さに欠けておりました」

 

本当に、スズナリ殿の方法で片付くならずっと良い。

枢機卿は控えていたシスターに白湯の代わりを頼みながら、そう呟く。

 

「但し、エルフの救出は早急に、それは譲れません」

「わかっています。今からこの足で、第二王子の元へと向かいますよ」

 

第一王子の人柄はもう十分すぎる程に愚かだとわかった。

もう調査の必要はない。無駄足踏んだ。

アルバート王の紹介状を持って、モーレット嬢の案内によりボナロッティ王子の元へと向かうだけだ。

 

「ボナロッティ王子の居場所は判りますか?」

「船ですよ。暗殺を警戒してるのでしょう。身内でガッチリ固まっています」

 

私も一緒に向かいます。

枢機卿はそう呟いて、代わりに持ってこられた白湯を飲み干した。

モーレット嬢と三人連れ立って歩きだす。

 

「スズナリ殿、救出はいつ?」

「今日中に事を片付けます。決闘に関してだけは――王の葬儀の場がいいでしょう」

 

そこならば、アルバート王が居ても不自然ではない。

そして――何を起こそうとも不自然ではない。

 

「スズナリの旦那、悪い顔してるぜ」

「エルフの件を聞いて気分は悪いが――案外、事は簡単に成りそうでな」

 

モーレット嬢の色っぽい視線を受けながら――私は顔に薄笑いを浮かべる。

そして、ボナロッティ王子が居るという船着き場へと足を早めていった。

 

 

 

 

 

 

 

船着き場。

そこから船に乗り、三十分ほど船に揺られたその先で

大きなガレオン船に乗ったボナロッティ王子と出会う。

 

「葬儀の場、そこで切り殺すつもりだった」

「お前もかい」

 

ボナロッティ王子の言葉に、思わずツッコミを入れる。

今、好戦的な奴ばっかだな、この国。

 

「いや、本当にどうしようもない状況だったのだ。心の底から助かる。ちなみに、私の事はボナロッティと気軽に呼んでくれ、スズナリ殿」

「ならば私の事もスズナリと呼んでいただいて構いませんよ」

 

ボナロッティ王子――、もといボナロッティはソファに身を投げ出し、語り始める。

 

「もはや国の命運は尽きた。エルフに蹂躙され、滅び去るのみ。その前に、原因である首でも最後にとって名を残そうと――そこまで追い詰められていたのだ」

 

だらだらと汗を流しながら、ボナロッティが語る。

そうだよな、そうなるよな。

 

「アホだ、ウチの兄上は。極まったアホだ。あんなアホと国家を心中させるのも嫌だったから私は――」

 

感情的になったボナロッティが腕を振り回す――が途中で止めた。

 

「失礼。だが、これで何とかなる。アルバート王の力を借り、あのアホと従った騎士団連中の首を刎ねて差し出せば、エルフの王女の気も少しは収まるだろう」

「……」

 

エルフの女は気性が荒い。

それでなんとかなるだろうか。

いや、なんとかしなければならない。具体的には私がやることになるだろうが。

まあ、まずは何より。

 

「と、言う事は、エルフの解放には協力していただけると――」

「むしろ、協力させてくれ。解放から参加せねば、意味がないのだ今回は」

 

ボナロッティが身を乗り出して私に迫る。

顔が近い。

 

「では、枢機卿とも約束しているので、夜には」

「いや、今すぐ行こう。時間が惜しい。さっさと殺してさっさと助ける」

「そうですな、今すぐ行きましょう。アホどもをブチ殺しながら」

 

二人とも、気が荒い。

私がブレーキ役となるべきだな、これは。

 

「何より、スズナリがやる気のようだしな」

「そうですね、私も潜入の装束を用意すべきでしたかな、これは」

「あ」

 

しまった、そういえばマスクを剥がすのを忘れていた。

そのせいで、二人に一番やる気があると勘違いされている。

まあ、いいか。

どうせこのままエルフの救出に行くんだ。

 

「では、ボナロッティの用意が出来次第行きましょうか?」

「そうしよう。すぐに兵を用意する」

 

ボナロッティが立ち上がり、ドアから出ていく。

私はそれを見送りながら――今日は何人殺すことになるのかな。

そんな事を考え始めた。

 

 

 



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048 エルフの救出

 

船から降りてボナロッティの精兵数十人で隊伍を組み、前進する。

目標はオデッセイ城だ。

 

「城かよ!?」

「そうだよ、あのアホ。捕まえたエルフ達を城に閉じ込めてるんだよ」

 

正確には、第一王子の宮殿内にだが。

ボナロッティ王子が愚痴るように言う。

 

「また厄介な。正直、こうなったら容赦はできんぞ」

「やる気だねえ、スズナリの旦那」

 

ヒュウ、とモーレット嬢が口笛を鳴らす。

攻城戦になるとなったら、正直手加減する余裕がない。

罪のない命が幾多も散ることになりかねん。

 

「スズナリ殿、大丈夫です。敵は領主連合ではなくフィナル王子の手下のみですから。領主連合はすでにフィナル王子を見放しつつあります」

「当たり前だろ!? むしろ何故まだ見捨ててない!」

「エルフと闘うにしても、ボナロッティ王子との内乱をするにしても、旗印は必要だからでしょう」

 

三日後には気が変わって、フィナル王子の首をエルフに差し出してるかもしれませんがね。

そうウジェーヌ枢機卿が語る。

どちらかというとその可能性の方が高いだろう。

そんなアホ旗印にしてどうする。殺して公爵が成り代わった方がまだいいわい。

 

「とすると、我々が相手取るのは第一王子の騎士団か。エルフを襲った連中だろ、遠慮はいらんな。敵対した奴は皆殺しにするぞ」

「スズナリ、我が精兵を連れてきたが、この数でそれは無理だぞ」

「私一人で可能だ。問題ない」

「……」

 

ドン引きするボナロッティの顔を横目にしつつ、隊伍はオデッセイ城の城門前まで辿り着く。

まだ夕刻だというのに、よくここまで邪魔が無かったものだ。

 

「警戒心が薄いな、フィナル王子」

「いや、まさか城に直接殴りこんでくるとか想定してねえだけだろ」

 

モーレット嬢がもっともな事を言う。

そうこうしているうちに――

 

「開門せよ!」

 

ウジェーヌ枢機卿の叫び声に従って、門が開く。

そこには血まみれで倒れ伏す衛兵と、血まみれのメイスを片手にした神父が数人立っていた。

 

「事前に、侵入させておきました。本当は夜に事を行う予定でしたが」

「さすがに手慣れているな」

 

何度もこんな事やってんだろうなあ。

そう思わせる手並みだ。

怖いわ、教会の組織力。

 

「エルフが囚われているのは!?」

「第一王子宮殿の地下牢です。このままご案内いたします」

 

神父が血まみれの装束を拭おうともせず、走り出す。

我々もまたその後を追い、走り出した。

 

「逃げ道の――逃走経路の確保は必要ないか!?」

 

ボナロッティが叫ぶ。

 

「今回は必要ない。邪魔するものは端から片付ける!!」

 

私は叫び返しながら、構築する魔法の幾つかを考え始める。

――ああ、面倒くさい。

敵は全員、壁に埋めちまえ。その内窒息して死ぬだろう。

城の強度劣化はボナロッティが責任を持てばいい。

私は走りながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

「敵襲、敵襲ーーーー!!」

 

衛兵の叫び声が王宮内を木霊する。

 

「敵は教会!そしてボナロッティ王子だ!! フィナル王子を護衛しろ!!」

 

フィナル王子の護衛に人数が行ってくれるなら有難い。

今回の目的は地下牢にある。

先頭を走る神父――彼が振り下ろしたメイスで、また騎士の命が一つ絶たれた。

今のところ、彼の後を追いかけるだけで、する事が無いな。

というかウジェーヌ枢機卿傘下の神父連中が、オデッセイの騎士より遥かに強い。

明らかに荒事に手慣れている。本当に坊さんかこいつら。

いや元々、コイツらだけでエルフの解放を計画してたんだし、強いのは当たり前か。

だが――

 

「待て! それ以上の暴虐は許さんぞ」

 

中には強い騎士も混ざっているようだ。

神父のメイスをはじき返し、返す刀で神父の腕を斬り飛ばした。

私は素早く腕を拾い、その神父の腕を生物魔法でくっつける。

その間に、ウジェーヌ枢機卿がカバーしようと前衛に回った。

 

「……エルフを襲って国を滅ぼしかけているアホが何をぬかす!?」

 

ボナロッティの悲鳴のような叫びが辺りを包んだ。

 

「……王子の命であったのだ!! 選択肢はなかった」

 

それを諫めるのが部下であろう。

アホが。

そんな感想を抱いている間に、騎士と枢機卿の戦闘が始まる。

騎士の剣が枢機卿の首を狙うが、スウェーで軽く流される。

そして剣を引き戻す瞬間を狙って、枢機卿のタックルが入った。

右足を掴み、そのまま倒れ込む枢機卿。

地面に引きずり込まれる騎士、もう勝負は終わりだ。

ゴキリ、と音が鳴り騎士の首の骨がへし折られる。

……私の活躍の場は、なさそうだな。

腕を治療した神父に礼を言われながら、私は一度足を止め周囲を見渡す。

 

「あの階段の下が地下牢か?」

「そうです!」

 

治療した神父が叫ぶ。

 

「足止めは――ウジェーヌ枢機卿と神父たちに任せる。ボナロッティ! 兵を連れて地下に進むぞ」

「お、おう!!」

 

枢機卿の戦いぶりにドン引きしていたボナロッティの腕を引き、兵を連れ地下に降りる。

――いや、降りようとした瞬間。

 

「”フォースよ、我が眼前にその存在を示せ”」

 

私の頭部を狙って、爆発魔法が放たれる。

 

「”泥濘よ、我が身を守り給え”」

 

私の頭の代わりに、弾け飛ぶ黒い泥濘。

その泥濘の向こうがわに視線をやる。

そこには、ローブに身を包んだ魔術師が立っていた。

 

「王宮魔術師長である、このダニエルがお相手いたしますよ。ボナロッティ王子と名も知らぬ土魔術師殿」

 

そう呟き捨て、ダニエルが次の呪文を構成しようと杖を掲げる。

 

「貴様、王宮魔術師長ともあろうものが、第二王子に逆らうつもりか!? というか、落ち着け!お前は確かエルフの旅団を襲うのに加わってはいないだろう!!」

「エルフを捕らえたことで、この国の将来はすでに閉ざされた。散々すぐ解放する様に諫めたが、私の意見何て誰も聞きやしない。もう知った事か!! 第二王子、それが何だ!?」

 

ボナロッティの声に、泣きながら叫ぶダニエル。

コイツ――ダニエルは暴走している。

恐らく、国の行く末が見えて絶望のあまりに発狂したんだな。

殺すのは簡単だが――

 

「スズナリ! 悪いが可能なら”殺さず”倒してくれ。コイツは無実だ」

「やっぱりそうなりますか」

「”フォースよ、我が眼前の全てにその存在を示せ”」

 

視界の全対象破壊を目的とした爆発呪文が詠唱される。

目標も何もあったもんじゃない、泥濘でボナロッティや兵達への被害は防ぐが――地下牢への階段が衝撃で破壊され、私達は石畳に腰を打ち付ける。

私はそのまま、手を石畳に突き――

 

「”敵を大地に閉じ込めよ”」

「甘い。”固定化”」

 

床の石畳に閉じ込めようと呪文を唱えるが。

ダニエルは、杖による床への一突きで、その呪文を無効化した。

さすがに、王宮魔術師長ともなると、この手は通じんか。

 

「”泥濘よ、踊り狂って火を灯せ”」

「”フォースよ、我が周囲の全てを破壊せよ”」

 

数多の泥濘の手を踊り狂わせるが、全て爆破魔法で破壊される。

糞、やりにくい。

真面目にやってたんじゃ千日手だぞ。

魔力残数の底なら私が勝つ。

だが、相手も相当なマジックキャスターだ、このやり取りが最悪数時間続く。

それは避けたい。

――切り札を打つか。だが、それをするとダニエルが死ぬ。

その判断を迫られる。

だが、転機は思わぬところから訪れた。

ズキューン、と。

一発の銃撃音とともに。

 

「……は」

「スズナリの旦那、私の事忘れてないか」

 

モーレット嬢の手の短筒から、硝煙が上がっている。

弾丸はダニエルの腹部に命中したようだ。

ダニエルは腹を押さえ蹲っている。

 

「……泥濘の手よ」

 

ダニエルの首に、一本の泥濘の手を生じさせ、頸動脈を絞めて落とす。

私ばかりに意識が集中し、モーレット嬢を意識外に置いたのが仇となったか。

というか、私も意識していなかった。

……修行が足りていないな。

 

「有難う、モーレット嬢」

「気にしなくていいよ、それより」

「ああ、地下牢からエルフを救出するか」

 

私はそう声を挙げ、ボナロッティに視線を送り、兵を各牢に散らせた。

地下牢の鍵はどこだ。

私はダニエルの腹部を治療しながら、そのローブの中から鍵束を漁った。

 

 

 

 

 

 

「……失礼な言い方だが、慰み者にはされていなかったようですね」

「そこのダニエル殿が死に物狂いで反対してくれたおかげで。あのアホ王子の頭を吹き飛ばそうとしてまで反対してくれました」

 

私の言葉に、エルフの一人が答える。

ダニエルを殺さずに済んでよかった。今回の功労者だったようだ。

私は鍵束からエルフの首輪――魔法を制御する錠を外し、鍵束を横の兵士に渡す。

一人ひとり、解放されていくエルフ達。

その内の、頭目格と思われるエルフが口を開く。

 

「助けてくれた貴方達への恩は忘れん。だが、旅団が襲われた際の戦闘時に多数のエルフが死んだ。このままで済むとは思わない事だ。エルフは必ずこの国に復讐するぞ」

「……救出したこの中には、第二王子が含まれているのも考慮していただきたいものですが」

「……第二王子が混ざっている? どういう状況なのだ、今は」

「質問は、後にしましょう」

 

とりあえず、急いで脱出だ。

命令された兵の一人がダニエルを背負って、先んじて階段を駆け上ろうとするが。

――先ほど、ダニエルにより破壊されていたか。

 

「”泥濘よ、階段の形をとれ”」

 

一時的な階段を泥で製作する。

もう地下牢には用はない。

 

「誰か、動けない人はいますか」

「正直、負傷したままのエルフが多い、半分は動けん」

 

――全員、いちいち治療している暇はないか。

今は時間が惜しい。治療は後だ。

 

「兵達よ、エルフを背負え。このまま城門を再突破するぞ」

 

ボナロッティの声が飛び、兵たちがエルフを背負う。

私も頭目格のエルフを背負い、階段を昇っていく。

そこでは、枢機卿のパワーボムがオデッセイの騎士の脳天に炸裂していた。

その膂力に兜は用を為さず、へこんで赤い血液を飛び散らせる。

退路は無事確保できているようだ。

 

「おお、スズナリ殿。エルフは無事救出できましたか」

「なんとか。それより、怪我人はいますか」

「いいえ、オデッセイの騎士はどうも頼りない。ウチの大司教格が一人いただけですな」

 

例の、神父の腕を斬り飛ばした奴です。

そう枢機卿は呟く。

教会って、強さで階級決めてるのかよ。

いや、脳筋以外の奴もいるはずだ。

――そんな事は、今どうでもいい。

 

「脱出します。後衛はお任せしますよ。前衛は私とモーレット嬢が」

「判りました。エルフの救出が終わった。全員、撤収するぞ!!」

「はい、ウジェーヌ枢機卿!!」

 

神父の叫び声が揃う。

私はそれを耳にしながら、城門に向かって前進する。

邪魔しようと斬りかかってきた騎士は――全員、壁の中に埋めた。

 

 

 



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049 王たる自信

 

エルフを一人一人治療していく横で。

ボナロッティは夜も眠らず、各貴族に出す手紙を書いている。

内容は全てこうだ――

 

『今の領地の安堵は確約してやる。俺の味方につけ。エルフにはフィナルとその騎士団の首を持って戦争を防ぐ。――追伸、アルバート王はこちらについた。馬鹿につける薬は無いとの事だ』

 

実に分かり易い。

これで抵抗する貴族はいないだろう。

内心はともかくとして、だ。

 

「葬儀は三日後ですか、その席でフィナル王子を殺してください。予定通りでしょう?」

 

目にクマが出来ているボナロッティに言葉を投げかける。

 

「それはいいが、アルバート王は? 騎鳥便で飛ばしても一日半から二日はかかるぞ」

「そのまま、騎鳥便に乗ってこちらに来るでしょう。三日で間に合います」

「……ロック鳥にまで乗れるのか、アルバート王」

 

ドン引きした表情でボナロッティがコーヒーを喫する。

 

「私も乗ったことありますよ。ボナロッティは」

「無いよ! あれ普通十何年も訓練積んだ乗り手しか扱えないだろう」

「操る事はできませんよ。ただ乗せてもらうだけなら度胸があればなんとかなります」

「……なるほど、俺には無理だ。怖い」

 

コーヒーを飲み干したボナロッティが素直に恐怖を言葉にする。

 

「海戦では連戦連勝の男が?」

「アルバート王に比べれば海の男達もゴミのようなもんだ。所詮はカトラスや短筒ぶん回してるだけの雑魚だ。正式な剣術を身に着け、冷静さを保ってれば余裕だ」

「そう言ってのけられるだけで、十分強いと思いますが」

「その丁寧語はやめてくれないか。スズナリとはもっと友好的になりたい」

 

ボナロッティが全員分の手紙を書き終わったのか、大きく伸びをしてペンを置く。

 

「将来のアポロニア王とはな。もっとフランクにいきたい」

「まだ、決まったわけじゃない。というか遠慮したい」

 

フランクに返せというなら、ハッキリ言ってやる。

 

「アルバート王の息子何て御免だぞ」

「そうか……まあ、そうだよなあ。俺なんかビビって小便漏らして命乞いまでしたもんなあ」

 

ボナロッティが笑いながら自分の恥話を語る。

すでに過去は乗り越えたようだ。

 

「ボナロッティ、ハッキリ聞くが、王になるってどんな感じなんだ」

「なんだ、急に」

「仮に――仮にだが、私がアポロニア王になるなら……その覚悟を聞いておきたくてな」

 

私、なんか変な質問してるな。

アポロニア王になんかなりたくないのに。

そんな事を考えながら、私はボナロッティの回答を待った。

 

「王になるってどんな感じ?か。正直言うと、俺が継げるとは思ってなかったけどなあ。昔はだが」

 

だから必死になって、遠国のアポロニアまで行って――結果、笑い物になったわけだが。

ボナロッティが苦笑しながら、呟く。

 

「海戦で陣頭切り出したのも、王になりたかったわけじゃないからなあ。ビビりのヘタレ野郎としての汚名を返上するためだけだったし」

 

過去を思い出すように、遠い目をしながら喋る。

そんなボナロッティが何故か眩しい。

 

「気づいたら、連戦連勝の海賊王子として国民や兵に扱われていた。その時だな、兄上を廃して――自分が王になろうと思ったのは。兄上は知っての通りボンクラだ。別に俺がこの国乗っ取ってもいいだろ、そんな感じだったな」

 

眩しく感じるのは、自分で何かを成し遂げたからだろう。

私には――何か成し遂げた事があるだろうか。

いや、無い。

この世界に来て、自分で行動して何かを成し遂げたことがない。

 

「これからは――三日後には、おそらく真に王になる。そういう意味では、国民にせいぜい責任を感じてるって事ぐらいか? 知ってるだろ、教会の炊き出しに並ぶ孤児ども。あれがこの国の現状だよ」

 

他人に私はこれを成し遂げた、と言えるものが何もない。

アルバート王に評価されているレッサードラゴン退治も、先代に言われたからやっただけの事。

私には何もない。

今の仕事も、先代から引き継がされただけ。

 

「アポロニアに一度行って驚いたぜ、スラムも孤児も浮浪者もいやしねえ。急には無理さ。だが、海の外には――資源と、働き口がある。俺が王になるからにはアポロニアのように、オデッセイを何とかして見せるさ」

 

ボナロッティの所信表明は聞き心地が良い。

ウジェーヌ枢機卿が聞いていたらスタンディングオベーションをしてくれたであろう。

だが、私には眩しく見えるだけだ。

 

「どうした、スズナリ」

「なんでもない。君は素晴らしいよボナロッティ」

 

そして、私が必死にアポロニア王になりたくない理由。

先代の事は別としても、絶対になりたくない理由。

その一つがハッキリした。

私は私が”王にふさわしい人物ではない”と見限っている。

 

「大変、参考になったよボナロッティ」

「それならいいんだがよ、何か暗い顔してるぜ」

「そうか」

 

それは一人のキメラの嫉妬のようなものだ。

だから気にするなボナロッティ。

そう心に思うが、口にはしなかった。

私には――確固たる自信が存在しないのだ。

そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

「夜通しぶっ続けで治療してたからねえ、スズナリの旦那」

「御礼の一つもまだキチンと言えてないのだが」

 

膝枕。

自分の膝で眠るスズナリの旦那を見ながら、アタシはエルフの頭目に呟く。

 

「起きてからでいいだろう。しばらくは眠らしてやんな」

「もちろん、そのつもりだ。しかし、この男が有名なスズナリか」

 

エルフの頭目が、じっとスズナリの旦那の顔を覗き込む。

 

「レッサードラゴンを殺した男とは、とても思えんな」

「アタシも、こんな穏やかな顔をしている旦那は初めて見るよ」

 

寝てる時の顔だ。

あの死んだ豚を見つめるような普段の顔でも、酒に酔って笑っている顔でもない。

ボナロッティ王子と喋って、何故か少し意気消沈していた後の寝顔。

ひょっとしたら、この寝顔が、これが本当の素の表情なのかもしれない。

アタシはそんな事を考えた。

 

「まあ、何にせよ話は聞いた。我々の仲間を殺したアホどもは、第二王子が代わって死をもって誅するから戦を取りやめろと言いたいんだな」

「要は、そういうことだな」

 

スズナリの旦那の髪を撫でる。

惚れた男が膝の上というのは、何かむずかゆい。

自分にも、こんな女らしいところがあったのかと思う。

 

「我々はそれで矛を収めよう。金は返してもらうし慰謝料も貰うが。だが国との交渉は無理だぞ。エルフの女王様を止めるなんて無理だ」

「無理か。まあしゃーないわな」

 

アタシはあっさりと返事をする。

逆にエルフの頭目は虚をつかれたような顔をする。

 

「それでよいのか?」

「それでいいよ。私はスズナリの旦那に迷惑がいかなきゃそれでどーでもいい」

 

そう、どうでもよくなった。

故郷の事なんだが、いっそ滅んでも仕方ない。

そんな気持ちに、今なっている。

ああ、子が欲しい。

この男との子が。

眠っている間に、襲っちまおうか。

 

「……モーレット嬢、何か良からぬこと考えてないか」

「そうかい? 悪い事じゃないと思うんだがね」

 

自分では、慰めの気持ちも含めている。そのつもりだ。

なんでスズナリの旦那は、あんな意気消沈してた顔をしたんだろう。

ひょっとして、ボナロッティ王子に何か敗北感でも感じたのだろうか。

負けてる点なんかないのに。

 

「……」

 

私は黙って、スズナリの旦那の髪をなぞる。

うん。

自分はこれでも女だ。

今、実感した。

早く子が欲しい。

 

「エルフの頭目さんよ、ちょっと部屋から出て行ってくれないかい」

「そうしたいところだが、そうするとスズナリ殿から何か文句言われそうでな」

「出ていかなきゃ、アタシが文句言うぜ」

「それは怖いな」

 

エルフの頭目が、笑いながらドアから出ていく。

私は黙ってスズナリの旦那の髪をなぞる。

結局――ずっとそうしていて、旦那の寝込みを襲うのは止めておいた。

 

 

 

 

 

 

 

御父様はスズナリの手紙を一読みした後、それを握りつぶして燃やした。

そして笑顔で叫んだ。

 

「でかした、スズナリ!」

「ねえ、お父様。何が書いてあったのか早く教えてよ」

「時間がない。後でな」

 

そう言って御父様はロック鳥に飛び乗る。

騎手は一瞬驚いた顔をしたが、然もあらんという表情に変え飛び立つ準備をする。

 

「後でっていつよ!」

「わからん! すべて事が解決してからだ!!」

 

私は庭で――ロック鳥の羽ばたきの風圧に押されながら、文句を言う。

 

「結局、スズナリはいつ帰ってくるのよ!!」

「姫様、危ないからしゃがんでください!! ロック鳥に轢かれます!!」

 

パントラインが私の身体を押さえつけて、無理やり地面にしゃがみこませる。

ロック鳥は到着して数分で、お父様を載せて再び飛び去って行った。

 

「……何なの!? 何が起こってるっていうのよ!!」

「……アルバート王の反応を見る限り、決して悪い事では」

「私にとっては悪い事よ!? もう2週間も経つのよ!!」

 

感情的になって叫ぶ。

 

「オデッセイに到着するまで10日以上かかりますから。致し方ありません」

「手紙は? 旅先でも出せるでしょう!?」

 

自分でもよくない事だと分かっているが、パントラインに当たる。

 

「……便りが無いのが良い便り、とも申しますし」

「私には手紙無しでも良いって? そーですか。そーですよね」

 

何か、イライラが止まらない。

 

「どうせ暫定的な婚約者ですもんね、そーでしょうよ」

「アリエッサ姫、落ち着いてください」

 

アンナ姫が落ち着かせるように飴玉をポケットから取り出す。

 

「……もらうわ」

「どうぞ」

 

飴玉をしゃぶりながら、自分を何とか落ち着かせようと試みる。

――無理だ。

スズナリが――自分の事をどう思っているのか?

それを考え出すと、イライラが止まらない。

手紙一つ無しと言うのは婚約者としてどうなのだ。

何か――行動しなければパントラインを殴りそうだ。

また、昔の陰険な自分に戻ってしまう。

 

「こっちから手紙出して、届く?」

「教会経由でなら……素早く届くかもしれません。あそこは専門の通信使が居ますから」

「出すから、書くわよ。他にも出したい奴は呼びなさい」

 

そっちがそのつもりなら、こっちから書いてやるわよ。

そしたら返事くらいだすでしょうよ。

 

「……でも、何書こうかしら」

「私はジルとエルの双子姉妹は多分どうしようもない淫乱ですと書くつもりです」

「「姫様!?」」

 

アンナ姫がアホな事を言う。

私もパントラインのアホなミス全集でも書こうかしら。

そんな事を考えながら、苛立ちは少しづつ収まっていった。

 

 

 



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050 葬儀の日に

 

「着いたぞ、スズナリ!!」

 

未だ降下中のロック鳥から、アルバート王が飛び降りてくる。

ズシン、という衝突音とともに王は着地した。

数十メートルも上から平然と飛び降りてくるなよ。

 

「ようこそおいでくださいました、アルバート王」

 

横にいるボナロッティが歓迎の意を示した。

 

「おお、久しぶりだな小便垂れ」

「昔の事はお忘れください」

 

ピシッとボナロッティの笑顔にヒビが入ったが、気にするな。

アルバート王はこういう人なのだ。

 

「で、どうやら葬儀の日には間に合ったようだな」

「今から王城に出向くところです」

「フィナル王子は逃げていないのか? 俺なら逃げるぞ」

「未だに、自分が拙い状況である事にも気づいていませんよ」

 

エルフの大国が攻めてくるなど、夢にも思っていないらしい。

彼の王子の脳内では、ボナロッティと教会が手を組んだ。

その程度の内容で処理されているのだ。

まあ領主連合も今の状況を教えないし、フィナル王子自身はアホだしな。

そして、今日が彼の命日になるのも気づいていない。

どうしようもないな。

 

「アホだな、よし、さっさと殺しに向かうか」

「一応、逃げ出さないようにアルバート王は我が父の葬儀に来たとして……」

「わかってる、わかってる」

 

ひらひらとアルバート王が手を翻しながら、ボナロッティの言葉に諾を返す。

 

「葬儀の場所は? 教会でやるんじゃないんだろう」

「埋める前に、場内の王の間にて」

「ではそこで斬り殺せ。誰も文句言うまい」

「はい」

「俺は来賓客として先に貴族連中に挨拶しに行っておく」

 

そう言ってズカズカと、アルバート王が場から離れる。

要は、フィナル王子の殺しを邪魔しないよう脅しに行くんだな。

いちいち行かんでもすでに手紙は送ってあるから問題ないのだが。

念には念を入れるのだろう。

 

「……さて、スズナリ。我々も行こうか」

「ああ、これで終わりじゃない事を忘れるなよ」

「わかってる、エルフの事だろ。問題はそれなんだよなあ……」

 

あの後、ボナロッティが何度もエルフ達に嘆願したが、エルフの女王への取り成しだけは受け入れてもらえなかった。

というか、「もはや我々の問題ではないから無理だ」と言われた。

二度とこんなアホな事が起きないように、エルフの国は行動を起こす必要があると。

全く持って正論だ。

ボナロッティが足元の小石を蹴っ飛ばしながら、迷いを振り切ったように叫ぶ。

 

「ええい!! それを考えるのは後だ、後。先に兄上をブチ殺す。行くぞスズナリ!!」

「はいはい」

 

エルフの事は、私も考えておこう。

我々は王城への馬車に乗るため、歩き出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボナロッティ、先日はよくもやってくれたな」

 

開口一番、怒気をはらませながらフィナル王子はボナロッティに詰め寄った。

ここは玉座が取り払われた王の間。

王の間の玉座があった場所には、王の遺骸が眠った棺桶が鎮座している。

 

「お前のアホな行為をリカバリーしようと必死なだけだ。エルフが攻めてくる前にな」

「エルフが攻めてくる? お前は何を言っているんだ」

 

逆にお前が何を言っているのかと言いたい。

王の間に集まった貴族連合の顔ぶれを見る。

フィナル王子派――いや、今では元フィナル王子派と言った方が良いか。

公爵、侯爵、伯爵の顔ぶれは、ただその様子をじっと見守っている。

いや、一部はこめかみに血管を浮かべている。

もちろん、その怒りはフィナル王子に対してだろうが。

今、この国は亡国の危機に瀕している。

 

「貴様がエルフの旅団を襲ったからだ、貴様が何を言っている! 状況も理解してないのか!!」

 

ボナロッティがフィナル王子の首を絞める。

誰もそれを止めようとはしない。

唯一、第一王子の騎士団だけは止めに入ろうとするが――ボナロッティが一睨みで黙らせた。

 

「この場で殺してやる……」

 

ボナロッティの握力が強まる。

フィナル王子の口から舌が飛び出るが、殺すにはまだ早い。

 

「ボナロッティ、まだだ。葬儀を終わらせてからだ」

「チッ」

 

舌打ちをして、ボナロッティが手を離す。

フィナル王子は床に崩れ落ちた。

その喉にはくっきりとボナロッティの手の跡が残っている。

 

「こ、殺してやるぞ、ボナロッティ! 公爵、侯爵、伯爵は私の味方だ。父の葬儀が終わり次第殺してやる」

 

フィナル王子は良く喚く。

もう味方ではない。お前の味方は全員ボナロッティについた。

うんざりした表情で、貴族連合が頭を手で抑えている。

 

「全員、葬儀の事忘れていませんか?」

 

とりあえず、私が口に出す。

全員がハッと気づいたように、私を見た。

 

「紹介しよう、俺の友人のスズナリだ」

「……それがどうした。護衛一人つけて何の自慢を」

 

フィナル王子、俺の事知らんのか。

貴族連合は気づいた顔をしているのにな。

まあ、アルバート王が挨拶に回っているから、俺の存在を今更匂わせても――すでにアポロニアがボナロッティについた事は知っているはずだが。

 

「葬儀が終わり次第、必ず殺してやるからな」

 

フィナル王子がもう一度捨て台詞を吐いた。

彼が数時間以内に死ぬのはすでに決定している。

その調子に乗った姿が、私は何か物悲しく感じた。

そうして、葬儀が始まる。

棺桶の中に眠る王に、花が差し入れられていく。

貴族連合の中には涙している者もいた。

オデッセイ王は、それなりに慕われていたようだ。

 

「ボナロッティ、貴様もさっさと花を入れろ。最後の恩情だ」

「……」

 

フィナル王子が花を差し入れながら、台詞を吐く。

だから、恩情を感謝しなきゃならないのはフィナル王子なんだがな。

仮に貴族連合がトチ狂ってこの場で暴走しても、私が全員殺せる。

まかり間違って何かがあっても、もはやフィナル王子が死ぬのは変わらん。

 

「それから、その不細工な連れに、その死んだ豚のような目は止めろと言っておけ」

 

フィナル王子が私に無礼な言葉を吐いた。

貴族連合が全員汗をかいている。

一応、アポロニア王国の次期国王として今回ここには来ているからな。

私は認めたくないが。

フリューテッドアーマーに身を包んだ騎士団が現れ、棺桶を担ぐ。

あれは――結構強いな、フィナル王子の騎士団ではあるまい。あらかた殺したし。

今は亡き王の王宮騎士団か。

 

「あの騎士団も、すでに私のものだ。王家を継ぐ、私のものだ」

 

ならないよ、無茶苦茶睨んでるよお前の事。

忠誠を誓う王の葬儀をこんな修羅場と変えたお前の事を恨んでないわけないだろ。

全員、足早にこの場を立ち去ろうとしてるよ。

何なんだ、このフィナル王子とかいうアホは。

人はここまで愚かになれるものだろうか。

早く殺したいなあ。

 

「葬儀はもう終わりか、ボナロッティ」

「ああ、終わりだ。何もかも――ではないが、とりあえず区切りは付ける」

 

ボナロッティは一つ呟いた後、貴族連合を見る。

その視線には殺意を含んでいる。

貴族たちは頷き、それに答えた。

フィナル王子を殺す。

 

「それでは、これまでだボナロッティ。ああ、そうそう、お前が期待しているアルバート王もこちら側につくに違いないぞ。小便垂らして命乞いをした男に着くわけないからな」

 

ゲラゲラとフィナル王子が笑う。

だから、もうボナロッティの側について――いいや。

このアホには心の中どころか、もう口に出しても判ってもらえまい。

 

「さて、そろそろ出番かな」

 

貴族連合の中から、聞き慣れた声がした。

やっと出てくる気になったのか――アルバート王。

 

「全員、役者はそろったようだな」

 

アルバート王が貴族連合の中から、ひょっこりと顔を出す。

今までどこに隠れてたのかというぐらいに存在感がなかった。

実際、暗殺者のように気配を消してたんだろうが。

 

「おお、アルバート王!! 来ておられたのですか!!」

 

フィナル王子が歓喜の表情で、アルバート王の元に駆け寄る。

 

「お願いです! 我が陣営に――私に協力を――」

「うざい」

 

アルバート王は軽くフィナル王子に蹴りを入れる。

それだけで、フィナル王子は宙に舞い、その身体は王の間の中心部へと投げ出された。

 

「へぶぅ!」

「よしよし、ちょうどいい位置に転がったな」

 

アルバート王は満足げに頷く。

何がちょうどいい位置なんだろうか。

 

「ボナロッティ王子、剣を二本用意しろ。一本はあのアホにくれてやれ」

「わかりました」

 

ボナロッティが素直に応じ、衛兵から剣を譲り受け――内一本をフィナル王子の目の前に放る。

 

「これで決闘の準備が整ったな」

「なるほど」

 

思わず、声を出す。

ここを決闘場に見立てようというのか。

まあ予定通りではあるが。

だが。

 

「アルバート王、フィナル王子が気絶しています」

「はあ!? そんなに強く蹴飛ばしてないぞ」

 

アンタの基準なんぞ知らねえよ。

現に気絶してるんだから仕方ないだろ。

 

「目覚めるまで待ちますか」

 

私は手で自分の額を覆いながら、呟く。

 

「仕方あるまい。すでに聞いたが、もう一度確認しておこう。貴族連中! この決闘に不満はないな!!」

 

アルバート王が後ろを振り返り、叫ぶ。

貴族連合から声が上がる。

 

「本当に、これでエルフの侵略を防げるのならば」

「ボナロッティ王子の宣言通り、領地安堵を確約頂けるのであれば」

「そもそも、最初から私はフィナル王子が王になるなど反対だったのです」

 

上から公爵、侯爵、伯爵の順に好き勝手言っている。

何もかもフィナル王子の愚かさが産んだツケだから仕方ないが。

 

「う、うん……」

 

そうこう言っているうちに、フィナル王子のうめき声が聞こえた。

もうすぐ覚醒するだろう。

そうすると死ぬが。

 

「立会人はこのアルバートが務める」

 

そうこうしている間にも、着々と死刑執行の準備が進められていく。

どこからか、葬儀のため取り除かれていた玉座が王の間に運ばれてきた。

アルバート王が手配したのだろう。

 

「さて、さっさと起きてくれないものかね」

 

私は小さくため息を吐きながら、この茶番が早く終わってくれるよう望んだ。

 

 

 

 

 

 



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051 オデッセイの決着

王の間。

玉座の横にアルバート王が歩み寄り、そして叫んだ。

 

「では二人とも、殺し合え。勝者がオデッセイを継ぐのだ!」

 

シーン、と静まり返る王の間。

そのあと、貴族たちはザワつき始めるが――どこからも反論の声は飛ばなかった。

いや、ただ一人いる。

 

「あ、アルバート王? あなたは私の味方に」

「残念、俺は強いものの味方だ。お前ら二人には今からここで殺し合いをしてもらう」

 

フィナル王子が呆然とした後――突如、状況を理解したように激怒する。

 

「ふ、ふざけるな! 他国の王がそのような事を」

「決められるんだよ、ガキ」

 

アルバート王が周囲に死の様々な断片的イメージを振り撒き、会場全員の細胞のひとつひとつまでもを委縮させた。

床に転げるフィナル王子。

 

「ひいっ!」

「これが一番手っ取り早いだろう? ウチの次期国王スズナリの提案なんだよ。イカしてるだろう? 大人しくここで死ぬんだな」

 

腰を抜かし、股を小便で濡らしたフィナル王子に対し、アルバート王は冷たく告げた。

フィナル王子が、その殺意に押しつぶされそうになりながら悲鳴のように叫ぶ。

 

「あ、アルバート王、もうこの国はいらない。ボナロッティもだ! 命だけは勘弁してくれ!!」

「それは無理だな、兄上。アンタはやりすぎたよ」

 

アルバート王の殺気に耐えながら、ボナロッティが呟く。

ボナロッティ自身の殺意も生半なものではない。

 

「それに――アンタの首はエルフの女王の元に贈られることが決定してるんでね。王族の義務だ。大人しく死にな」

「頭を丸めて、僧院に入る。教会から――二度と出ない」

「エルフの旅団から奪った金でも差し出しますか? いくら金を積まれても、お断りですね。未だに状況が分かっていないようで」

 

ウジェーヌ枢機卿の声が飛ぶ。

浄財は幾らでも受け付けるが、腐った金はいらんか。

 

「剣を取れ、兄上。せめてそれぐらいは許してやる」

「ひいっ」

 

悲鳴を上げながら、ボナロッティの殺意に反応し、フィナル王子が立ち上がり、剣を抜く。

だが腰は完全に引けていた。

小便に濡れたズボン姿のそれは余りにも滑稽であり、虚しかった。

こんな奴にエルフ達は殺されたのか?

――不意を突かれたのだろうな。まさか襲われるとは思いもしていなかったのだろう。

 

「では、処刑を開始する」

 

ボナロッティが本音を吐いた。

まず、フィナル王子の剣を握る手が宙を飛んだ。

 

「ぎゃぁあああああああああああ!!」

「もう一つ」

 

もう片方の腕も飛ぶ。

 

「ああ……」

 

もはや痛みにもがく声ではない。

慟哭に近い、フィナル王子の全てを諦めた嘆き声が虚しく王の間に響く。

誰もその姿から目を離そうとはしない。

フィナル王子は、ここにいる全ての人間から見放された。

 

「首は贈答品として丁寧に扱ってやる。そこで冷たくなって死ね!」

 

ボナロッティが、フィナル王子の身体に唾を吐きかけた。

フィナル王子は諦めたように、もうその場から動かない。

その逆に、ボナロッティは一歩、一歩、確かめるように玉座に歩いていく。

――そして、アルバート王が立つ横、その玉座に座り込む。

パチパチ、と拍手するアルバート王。

それに合わせるように――どこか、顔に少し苦いものを含みながらも拍手する、公爵やモジューレ伯爵といった貴族たち。

それとは逆に、歓喜して拍手する下位階級の貴族たち。

それにはウジェーヌ枢機卿の拍手も含まれていた。

――こうして、オデッセイの王位継承式は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「私は王子の命で仕方なく……」

「じゃあ王命だ。死ね無能が」

 

ボナロッティ自らがその剣を振る。

第一王子配下の騎士団長の首が、王の間を舞った。

 

「それじゃ足らんぞボナロッティ」

 

アルバート王がつまらなそうにそれを見つめながら、忠告する。

 

「判っています。関わった騎士は全員皆殺しにし、市中を引き回した後エルフの女王に首を引き渡します」

「うむ、そこまでやっても厳しいな。お前エルフがブチキレたときの恐ろしさを知らんだろ」

「ならば、どうしろと? アルバート王ならば……」

「仕方ないから、スズナリを仲介に貸してやる」

 

じっ、とボナロッティとアルバート王の視線が私を見つめる。

そう来るか。まあ予想はできていたが。

 

「スズナリ、お前エルフの女王と面識があったよな」

「一度、依頼を受けて解決したことがあります」

「その時の依頼は?」

「今回と同じですよ。もっと小規模でしたが」

 

捕まったエルフ達の解放と、それを捕まえた奴隷商人たちの皆殺しだ。

ギルド的にはエルフが戦力として協力してくれるから、楽で美味しい仕事だった。

まあ……戦力的には先代一人で十分だった仕事だが。

 

「ならば話は早い。お前が首持って代わりに謝りに行け」

「そこまでして頂くのは……」

「報酬は、次のお前の子とスズナリの子の結婚だ。婚姻同盟の約束だな」

「……」

 

ボナロッティが黙り込む。

何か考え込んでいるようだ。

 

「今回の兄上のような子が生まれたら? 何分、子供の出来、不出来までは確約できないのでね」

「そん時は矯正できないなら殺せよ。親として当たり前だろ」

 

恐ろしい事を平然と言ってのけるな、アルバート王。

娘を呪った男は言う事が違う。

 

「俺が親なら死ぬ前に、フィナルを必ず殺してた。お前の親父はとんでもなく愚劣な王だ」

「……否定できませんね。ただ、エルフを襲った時には親父はもう棺桶の中でしたからね」

 

ボナロッティが薄笑いを浮かべる。

アルバート王はそれを無視して言葉を続けた。

 

「俺なら死んでても、蘇って殺してたぞ」

「……あなたが父親だったらよかったのに。いえ、一度そうなりかけましたが」

「アリエッサはやらんぞ。もうスズナリにやった」

「それは残念」

 

ボナロッティがアルバート王の殺気を受け止め、冷や汗を流す。

正直、殺気を受け止めきれるだけでも素質アリだと思うんだがなあ。

噂に聞いた小便流して命乞いした状況から、随分立派になったものだ。

……私の代わりに、アリエッサ姫とどうにか結婚してくれんものか。

もう国を継ぐから無理だろうが。

 

「……但し、お前が数年前に今の状態だったら話は別だったんだがな」

「わかってます。以前の私はヘナチョコだった。正直、貴方には一生消えない恐怖とともに、一生消えない感謝もしています。あの時の恐怖が無ければ、今の私にはなれなかった」

 

遠くを見つめるような表情をするボナロッティ。

当時の事を思い出しているのだろうか。

 

「じゃ、さっさと王命を果たせ。殺して殺して殺しまくれ」

「はいはい」

 

悪魔のような忠告を出すアルバート王。

それを薄笑いで応じるボナロッティ――いや、ボナロッティ王。

私は二人を見つめながら、エルフの王女に先んじて出す手紙の文面を考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、オデッセイの滞在期間五日だぞ。五日。慌ただしい日々だった」

「旦那も苦労性だねえ」

 

モーレット嬢が私の愚痴に、呆れたように言葉を返す。

モーレット嬢もそれに巻き込まれたはずなんだが、随分元気だ。

何か良い事でもこの間にあったのだろうか。

 

「モーレット嬢は先にアポロニアに帰っていてくれ、私は首を持って、オデッセイの使者やエルフ達とともにエルフの国ルピーアに向かう」

「本当に苦労しすぎだろ、旦那」

「何、エルフの女王とは面識がある。要は面子が立てばよいわけだから――私が頭を下げれば、なんとかなるか」

 

私がため息をつきながら答える。

 

「そこはボナロッティ王子がじゃなくて?」

「もちろん公式に謝罪はさせるが、小僧に頭下げられても許さん!とエルフはキレるだけだよ」

 

エルフの気性は知っている。

そんなもんで許してはくれん。

 

「だが、私が――アポロニア王国の、アルバート王の代理人として、スズナリ個人の両方として頭を下げることに意味はある」

「ドラゴン殺しとレッサードラゴン殺しに頭を下げさせて、ようやく収まると」

「そういうことだ」

 

それでようやくエルフの国内向けへの面子の両方が立つ。

エルフ王女の気性もあるが、エルフ国民の気性も荒い。

生半な対応では納得しないだろう。

これは大きな貸しだぞ、ボナロッティ。

だが――

 

「モーレット嬢、私はよく今回働いたよな。オデッセイの相続争いも、結局私の計画通りの決闘で済ませたし――」

 

フィナル王子の部下は全員くたばったが、それは私の責任ではない。

 

「オデッセイの内乱を抑えた。この国に血で血を洗う地獄は訪れなかった。頑張ってるよな?」

「ああ、頑張ってるよ? 誰が見ても頑張ってる。故郷を救ってくれて感謝してる。急に何だい?」

「いや、誰かに認めてもらいたくてな」

 

自分の働きを。

今回、私はアルバート王の依頼があっての事とはいえ、自分の計画通りに事を進めることが出来た。

これは自分の実績と誇っていいのではないだろうか。

そんな事を考える。

思えば、初めてではないか。

自分の意志によって、何か――建設的な大きな事を成し遂げるというのは。

殺し以外で、だ。

 

「褒めて欲しいのかい、それとも抱きしめて欲しいのかい?」

「……」

 

私は恥ずかしくなって沈黙する。

モーレット嬢は黙って私の前に立ち、私を抱きしめた。

 

「何に悩んでいるのか知らないけどさ、旦那はよくやってると思うぜ」

「……そうか」

 

私はモーレット嬢の乳房に埋もれながら、そう呟いた。

今回、エルフの侵略を止めることが出来れば、それは確固たる私の自信につながるのだろうか。

そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

色々と世話になったウジェーヌ枢機卿に別れを告げるため、訪れた教会前。

 

「スズナリ殿、出立の前にお渡ししたいものが」

「? ただでさえ百近い首が載ってるからあまり荷物になるものは」

「いえ、大した荷物にはなりません。手紙ですので」

 

そう言いながら、ウジェーヌ枢機卿が幾枚かの手紙を渡してくる。

私はそれを受け取り、礼を言うが……

 

「相手は? いったいどこから」

「沢山です。アリエッサ姫とアンナ姫、それにマリー嬢やアリー嬢、ルル嬢なども」

「……返事を書かなければなりませんか」

 

面倒臭いなあ。

馬車の中では揺れるから、書く時間もないぞ。

まあいい、馬車の中で文面を考えて、休憩中に書くか。

 

「それではスズナリ殿、行きましょうか」

「ええ」

 

私は後ろを振り返り、ダニエル殿――今回のオデッセイ国の使者として選ばれた――まあエルフ達を半ば保護していたんだから当然だが。

それに言葉を返しながら、馬車に乗る。

そうして、馬車がゆっくりと動き出した。

 

「スズナリ殿、ルピーアはどんな国家ですか、私は寡聞にして知らない物で」

「アマゾネスが大半の国?」

 

痩身に筋肉をモリモリつけた弓兵があふれる都市だ。

ロングボウを笑顔で緩やかに引く連中があふれる魔境。

 

「私の知るエルフと……若干違いますね。単に弓が得意な美麗で長命の亜人と」

「それは行商人だからでしょう。本来のエルフは武闘派集団でしょう」

 

外面の――エルフの国から出ている彼らの見かけに騙されてはいけない。

彼らは――彼女たちは脳味噌筋肉だ。モーレット嬢が理知的にみえるぐらいの。

いや、モーレット嬢は結構頭を使っているタイプだが。

この国に来て、彼女の印象が少し変わった気がする。

 

「……さて、手紙でも読むか」

 

私、手紙読むのも返すのも苦手なんだよなあ。

一番難易度の低いところ――アンナ姫の手紙から読むか。

私は手紙を開く。

 

『スズナリ様、特に話すこともないのでジルとエルの事を書きます。ジルとエルの双子姉妹は多分どうしようもない淫乱です。だからと言って見放さないでくださいまし。25の齢も超え、やっと来た好機――スズナリ様との出会いに淫乱度が最高潮に達しただけなのです。今日も寝床で二人はスズナリ様の名前を呟きながら自らを慰め――』

「……」

 

私は手紙を破いて馬車の外に捨てた。

アンナ姫、特に話すことがないなら手紙を送って来るな。

あの姫様、未だに性格がよくわからん。

それとあの双子姉妹は何か俺を見る目が怖いから近づきたくない。

何度もいうがいらない。

私は――先代を、愛している、はず、だ。

突如、偏頭痛に襲われて、私は馬車の中でうずくまる。

 

「――スズナリ殿?」

「すまん、持病だ。馬車は止めなくていい」

 

私は懐に入れたスキットルから、ウイスキーを口に含む。

アルコールが脳を満たす。

私は、先代を愛している、はずだ。

この想いは変わらない。そのはずだ。

馬車はゆっくりとエルフの大国、ルピーアを一路目指していた。

 

 

 

 

 

 



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52 エルフの大国ルピーア

 

王の間。

木製造りの玉座に座りながら、エルフの女王グレイスが微笑む。

 

「今回は本当に申し訳ありませんでした」

「スズナリ殿のせいではありません、お気になさらず。アルバート王にもよろしく言っておいてください」

 

グレイス女王はニコニコと笑いながら――横にいるダニエルに威圧を掛けていた。

ダラダラと冷や汗を流すダニエル。

 

「グレイス女王、御戯れは」

「ダニエル殿の働きは知っています。囚われていたエルフ達にも聞きました。だけれど、オデッセイの使者として来られた以上は威圧も必要でしょう?」

 

二度と、こんな馬鹿な事を起こさないよう頼みますね。

グレイス女王が、更に威圧をかける。

アルバート王――ドラゴン殺しとそう変わらない威圧を受けたダニエルは、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込みながら答える。

 

「はい、ボナロッテ王には必ずお伝えします」

 

グレイス女王は、アルバート王とそう変わらない化物であると。

そう伝わるであろう。

それで何事も上手くいく。

私はそう考えながら、どのタイミングでこの場を辞するかを考え始める。

 

「ところで、スズナリ殿。アルバート王の娘、そう、アリエッサ姫といいましたか。婚約したというのは本当ですか」

「……婚約者、候補ですが」

 

この場では否定できない。

否定すれば、私がアルバート王の代理として来た効果が薄れる。

 

「そうですか。貴方はあのギルドマスターの先代に惚れている、と見ていたので―――」

「……懐かしい、話です」

 

あの時、グレイス女王の依頼により――奴隷商人と傭兵たちを皆殺しにした夜。

先代のハルバードが、一切合切を踏みにじっていった光景を思い出す。

先代は極まったマジックキャスターでもあったが、それ以上に戦斧の使い手であった。

 

「遠慮していたのですが――この分では、縁談を紹介しても問題なさそうですね」

「問題です。それでは話も終わりましたので、さようなら」

 

私は声を挙げて答えた。

 

「逃がしません」

 

入口の衛兵が、ハルバードを重ね合わせて逃げ道を塞ぐ。

 

「何故、どいつもこいつも私に女性を押し付けたがる!? グレイス女王、貴女まで!!」

「強力なマジックキャスターである事に加え、アポロニア王国の王となるなら婚姻政策の一つも結ぼうと考えますよ。それが誰であれ」

「長命種と定命の者の結婚など、上手くいきませんよ!!」

「それを決めるのは私ではありませんよ。まずはお見合いを――」

 

私は衛兵をブチのめして逃げようと考えたが――今回は使者として来ていることを鑑み、静かに逃げることを諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

食事会。

あの囚われていたエルフの頭目を加えた宴席で。

というか、目の前にエルフの頭目が置かれた宴席で。

食事会と言う名の見合いが始まる。

 

「ウォルピス・スーザンハントだ。エルフの行商旅団を率いていた」

「スズナリと申します」

「……家名は?」

「捨てました。天涯孤独の身ですので」

「そうか」

 

理由になってない理由を吐きつつ、酒をあおる。

ウォルピスも、黙ってエールを口にした。

 

「……」

「……」

 

二人とも、黙って酒を飲む。

まるで飲み比べの様だ。

 

「あらあら、二人とも。これがお見合いの席って事忘れてない?」

「忘れたいと思っています」

「スズナリ殿の事は嫌いではないが、急にお見合いと言われてもな。仕事が残っている」

「あらあら」

 

グレイス女王が口元を扇で隠しながら、目つきを鋭いものに変える。

 

「ウォルピス・スーザンハント、正直言えば、私は貴方に怒りを感じています」

「判っています。私が負けたからですね」

「そうです」

 

いや、判らんわ。と口に出しそうだがやめる。

実のところ、女王が怒っている理由は判っているからだ。

 

「何故負けた、何故同胞の多くを人間風情に殺された、その事です」

「……油断がありました。まさか王族の騎士団が襲ってくるとは」

「そのせいで長距離から弓が放てず、距離の利を捨てた。その状況でも騎士団の半数は殺った。その点は褒めてあげましょう。でもそれだけです」

 

人間風情、の言葉に少し反応するが、私はキメラ風情だ。

関係ない。耳に入れなかったことにする。

 

「何故負けた。言いたい言葉はそれだけです」

「私が弱かった。それだけです」

「そうです。最初からそう言えばよいのです」

 

エルフの脳筋主義はとても厳しい。

どんな状況下でも負けることは許されないのだ。

この国に、判断を誤ったウォルピス・スーザンハント嬢の居場所は既に無い。

 

「だから、強い子を産みなさい。これは情けです」

「どこが情けなんです」

 

思わずツッコミを入れる。

というか、エルフの脳筋主義に私を巻き込むなよ。

 

「あら、助けた男と助けられた女がくっつく。とても恋愛主義的で情け深いと私は思うけど。ウォルピスだって、スズナリの事をそれほど悪く思っていないでしょう」

「……礼の一言ぐらいは言いたいと思っていました。こんな場ではありませんが」

 

ウォルピス嬢が酒をあおる。

私も黙ってワインに口を付けた。

二人して、酒を飲むだけの時間が過ぎていく。

それにやきもきしたグレイス女王が声を張り挙げた。

 

「言い換えます、ウォルピス・スーザンハント。これはエルフの女王としての命令です。スズナリと結婚し、アポロニア王国との懸け橋となり――そして強い子を産みなさい」

 

私とウォルピス嬢の意思を完全に無視するお見合いが、こうして成立することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方ない、今後は夫としてよろしく頼むぞスズナリ殿」

「いえ、貴女はこの結果に納得しているのですか」

「このままでは、国から追放されてしまうのでね」

 

ふん、と鼻で息を鳴らしながら吐き捨てるウォルピス嬢。

エルフの国は厳しい。

実際、女王の命に逆らえば追放となるであろう。

 

「ただ、私は行商旅団を止めるつもりはないぞ。商売しながらとなるから、通い妻となるがそれで良いか」

「というか、私の感情は考慮してもらえないのですか」

「無理だな。スズナリ殿がグレイス女王に反論してもらえるのか?」

「しばらく付き合ってみたけど上手くいかなかった――そう言い訳づければいいのですよ」

 

ふむ、とウォルピス嬢が頷く。

私はグレイス女王の今回の決定は、そこまで本気ではないと考えている。

とりあえずの示しをつけるためにウォルピス嬢に縁談を命じた。

その程度だ。

そういった旨をウォルピス嬢に話す。

 

「……スズナリ殿はエルフを甘く見ているようだ。この国はそんな理論で成り立っていない」

「そうでしょうか? 50年もすれば――皆忘れてますよ」

「……まあな、長命の癖に、エルフはすぐ物を忘れるからな。まあ人間にとってはそれでも長いと思うが」

 

だって脳筋だもんエルフ。

私が生きている間だけ付き合っていると言い張ればそれで済むと思う。

もしくは――私が予定通り逃げだして、縁談に価値がなくなれば。

それで済む話だ。

 

「ただ、そのフリの内に私が本気になったらどうする?」

「いきなり何を言い出してるんです」

「何、私はそこまでスズナリ殿との縁談を嫌がっているわけではない、という意思表示だ」

 

ウォルピス嬢が私の腕に、自分の腕を絡ませながら言う。

痩身だが、筋肉のしまった固い腕だ。

そのまま、身を寄せてくる。

 

「その時はまあ――口説いてみてください。おそらく私は応じないでしょうか」

「ふむ、努力してみよう」

 

ウォルピス嬢と連れ立って、王宮内の庭を歩く。

ふとバルコニーを見れば、グレイス女王がオペラグラスでこちらを監視していた。

何やってんだ女王様。

 

「……女王様は何をやっておられるのだ? エルフの視力なら、あんなオペラグラス必要ないだろうに」

「こちらを見てるぞというアピールでは?」

 

二人して、ため息をつく。

私達は腕を解くのを諦め、そのまま腕を組みながら恋人のように王宮から出る事にした。

このままウォルピス嬢にラブホテルに引きずり込まれたりしないかな、というアリー嬢の恐怖の再来を恐れながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……今度こそアポロニアに帰れる」

「お疲れさまでした、スズナリ殿」

 

ダニエルが言葉で労をねぎらってくれる。

労の一つには、君が地下牢で暴走してた件もあるがな。

それすらも懐かしい。

 

「帰りは一緒に帰ろう。アポロニアへの行商もあるし、馬車で送る」

「そうしようか、ウォルピス嬢」

 

私は大きく背伸びしながら、ウォルピス嬢に答える。

そういえば、まだすべて手紙を読んでいないな。

アンナ嬢の手紙があまりにも酷かったから、何か嫌になって他を読んでないのだ。

返事も書いていないし、アリエッサ姫がキレる前に送っておかねば。

 

「ウォルピス嬢、馬車で手紙を読んでいてもいいか」

「構わんよ、我が夫殿」

 

夫で無いというのに。

だが、私は言い返すのも何か面倒臭く、馬車に乗って手紙を開く。

 

「ルル嬢は……ただの業務連絡か。何事も無いようで何より」

 

オマール君がデートに失敗したとの報告が気になるが、些細な事である。

絶対失敗すると思ってたしな。

 

「マリー嬢は……アリエッサ姫が昔のワガママ姫に戻りつつあるから、早く帰ってきてください、と」

 

別に私が防止弁になっているわけでもなかろうに。

マリー嬢は大袈裟だな、と思いつつ次の手紙を開くのが拒まれる。

 

「さて、次は読まなくてもいい気がするんだが。アリー嬢は……」

 

一瞬、読まずに破こうと思うが、さすがに失礼だ。

仕方なく手紙を開く。

 

『貴方のベッドを濡らして待っています』

「待たなくていいわい。ていうか、勝手に私のベッドに潜り込んでるのかアリー嬢」

 

私はその場で手紙を破り捨てた。

さて、いよいよ最後だ。

どんな暴言が書かれているんだろう。

そう思いながら、アリエッサ姫の手紙を開く。

 

『貴方が好きです。早く帰ってきてください』

「……」

 

私は沈黙する。

もう一度読み上げる。

 

『貴方が好きです。早く帰ってきてください』

「……」

 

私はもう一度沈黙する。

そして口を開いた。

 

「……え、ナニコレ」

 

私は手紙の封筒の名付けをもう一度よく確かめる。

確かに、アリエッサ姫のものだ。

誰かと入れ間違って届いてないだろうか。

……。

 

「いや、突然そんなこと言われても」

 

その、なんだ。困る。

私のいない間にアリエッサ姫に何があったというのか。

 

「我が夫殿。そろそろ出発するぞ」

 

少し呆けていたのか、近くまでウォルピス嬢が近寄ってきていた。

そうして手紙を覗き込み、呟く。

 

「ふむ、我が夫殿はやはりモテるようだな」

「いや、何かの間違いだろう」

「何かって、随分ストレートな恋文じゃないか。さあ出るぞ」

 

ウォルピス嬢が外に出て馬にまたがり、馬車がゆっくりと動き出す。

 

「……これにどう返事を出せと」

 

私は指でコメカミを抑えながら、とりあえず返信の文面を考えようとするが――

どうにも、アポロニアに帰り着く前に考え付きそうになかった。

 

 

 

 



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53 幕間 アリエッサ姫の憂鬱

 

私は頭を抱えながら、自室の机で呻いていた。

そしてハッ、と気づき、顔を上げて叫ぶ。

 

「暗殺者を雇いましょう。そして手紙を奪うの!!」

「どれだけの脚力の暗殺者でも、もう間に合いませんよ。姫様」

 

もうモーレット嬢も帰ってこられたではないですか。

手紙も、もうおそらく読まれてますよ。

そうパントラインが呟く。

そうか、もう手遅れか。

 

「どーしよー、変な内容の手紙出したわ」

「何だってんだ一体。カニを直通便で送ってくれとでも書いたのかい」

 

アホか、モーレット。

そんな内容ならこんなに悩みはしない。

ええい、この際ぶっちゃけてしまおう。

 

「貴方が好きです。早く帰ってきてくださいって書いたわ」

「……」

「……」

 

パントラインとモーレットがお互い顔を見合わせて沈黙する。

そして同時に口を開いた。

 

「「何の問題が?」」

「私にとっては大問題よ!!」

 

ドン、と机を強くたたく。

あの恥ずかしい手紙がスズナリに読まれていると思うと、もう心のどこかがたまらない。

 

「別に婚約者だからいいじゃん」

「そうですよね……」

 

ええい、この二人には何を言っても判ってもらえない。

何と言うか、その、なんだ。

 

「つい告白しちゃったじゃない。これって拙くない」

「いいじゃん。別に。本気なんだろアリエッサ姫」

「そうですよね。嫌いとか本意でないならともかく……」

 

判ってない連中め。

というか、繰り返すが、その、なんだ。

 

「愛している、はスズナリから私に言うべき言葉じゃない」

「そんなもの夏に雪が降るくらいにあり得ない事だろ」

「スズナリ殿の姫様への感情は、ライクの可能性はあってもラブでは絶対にありません」

「殺すぞお前ら!」

 

シャー、と歯をむき出しにしながら叫ぶが、二人は動じない。

というか、ものすごく冷静な顔をする。

 

「もうこっちから攻めて攻めて攻めまくるしかないぞ姫様。ぶっちゃけ押し倒す以外に方法無いタイプの男だアレ。オデッセイへの旅の途中も女として意識された記憶ないもの」

「そうですよね、二、三人で一斉にかかって捕まえて犯すしかありません。アリー嬢がこの間言ってました」

 

おっそろしい事言うわねコイツら。

そんなシュチュエーションで満足なのだろうかコイツらは。

いや……心のどこかがそれで正しいと頷きもしているのだが、無視する。

 

「もういいわ。アンタらに話すだけ無駄だった。それにしてもスズナリが帰ってきたらどうしよう」

「駆け寄ってしがみつけば良いんじゃないか」

「そしてそのままキスです」

「できるか!」

 

本当にどうしよう、スズナリが帰ってきたら。

あの手紙を見て、どんな反応を示しているのだろうか。

スズナリの帰りは待ち遠しいが、反応が怖くて永遠に帰ってきて欲しくない気持ちもある。

私は頭を両手で抑えながら、スズナリが帰って来た時の対応を考えていた。

 

 

 

 

 

 



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054 アポロニア帰着

「夫殿、着いたぞ」

「ついに帰ってきたか、アポロニア」

 

ウォルピス嬢の言葉に従って、馬車の中から外を眺める。

といっても、旅立ってまだ二か月も経っていないが。

まだ冬も終わっておらず、雪がチラホラと舞っている。

 

「私は降りて、ひとまず王城を目指す。ウォルピス嬢は?」

「一応、私も一度アルバート王に会うように言われてるんだが……別な日にしておこう。ひとまず、荷を下ろさねばならん」

 

ウォルピス嬢はそう言って、背後の馬車群を眺める。

行商旅団の馬車の中には、蟹やら香辛料やらが満載されている。

 

「そうか。ではしばしお別れだ。私に会いたいときは、ダンジョンのギルマス室まで来るか――街のギルド室まで来るように手紙で呼びつけてもらえれば」

「わかった。ではしばしお別れだ。夫殿」

 

ウォルピス嬢は唇に自分の指をあて、こちらに向けてそれを振った。

投げキスだ。

私は苦笑いしてそれに答えながら、街を歩き始める。

 

「さて、王城まで歩くか――と言いたいところだが。久しぶりだなオマール君」

「ギルマス、こっち、こっち」

 

物陰からオマール君の気配がした。

そしてそのまま物陰から、私に呼びかけてくる。

ため息を吐きながら、私は彼に近づいた。

 

「どうしたんだ、オマール君。そんな物陰で」

「シスターは近くにいないか?」

「シスター?」

 

感性を鋭く尖らせ、気配を探る。

シスターどころか人すらいない。

 

「参ったぜ、今シスターに追われててな」

「追われてるって……」

 

ルル嬢の手紙では、確かデートに失敗したと書いてあったぞ。

なのに何故追われている。

 

「確か、デートに失敗したと聞いたぞ」

「失敗したよ。いきなりラブホテルに連れ込まれそうになってな」

「……」

 

アリー嬢と同じ行動かよ。

教会のシスターは行動パターンが同じなのか?

だが。

 

「別に、そのまま引きずり込まれれば良かったじゃないか。本望だろう」

「本望じゃねえよ! 俺は恋愛がしたいの! エッチな事をいきなりしたいわけじゃないの!」

 

そこんとこ判れよ、とオマール君が吠える。

そういうが、あれだけ人を執拗に娼館に誘ってて、その願望はどこから来たんだよ。

そう思うが、詳しく問い詰めはしない。

 

「そういうときは手紙だな」

「手紙?」

「自分の思っている事を全て吐き出して、手紙としてアリー嬢を通して相手に送れ。判ってもらえるかもしれん」

「……」

 

沈黙するオマール君。

そう言いつつ、私は結局誰に対しても手紙の返信を出していない事を思い出した。

アリエッサ姫のアレがあまりに衝撃的だったからな。

 

「良い考えだな」

「だろう?」

 

オマール君は納得したようだ。

 

「じゃあさっそく、手紙出すことにするわ。その前にダンジョンギルドに逃げ込まないとな」

「そうしたまえ」

 

私はそう言い捨て、オマール君と別れて一路、王城を目指すことにした。

 

「オマールさまー、どこですかー。教会の組織力からは逃げられませんよーー」

 

何か恐ろしい事を叫ぶシスターを横目にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

アルバート王への報告を終え、アリエッサ姫の私室へと向かう。

 

「良く帰ってきたわね、スズナリ!」

 

ビシっ、と音を立てながら、アリエッサ姫が私を指さす。

人に指さしちゃダメって教わらなかったのかね、この子は。

 

「只今帰りましたよ、姫様。ところで……」

「手紙の事なら忘れなさい!」

 

ふん、と鼻息荒く姫様が叫ぶ。

……いや、忘れろと言われてもな。

思ったことを、そのまま口に出す。

 

「……いや、忘れろと言われましても、ですね」

「わ・す・れ・な・さ・い。いいわね!」

 

一言一句を強調して、姫様が強要する。

そりゃ忘れろと言われれば忘れるがね。

それでいいのだろうか。

……まあ、いいか。

ここまで言うからには多分、姫様も何か気の迷いで書いたのだろう。

 

「判りました。忘れましょう」

「何で忘れるのよ!? そんな内容の手紙じゃなかったでしょう!!」

「待ってください」

 

お前が今忘れろと言ったんだろうが。

うー、と何か獣のように唸る姫様を見つめて思う。

何がしたいんだコイツは。

 

「……キスしなさい」

「はい!?」

「ただいまのキスよ、早くしなさい」

 

腰に両手を当てたまま、アリエッサ姫が命令してくる。

いや、ホント何がしたいんだコイツ。

というか、もう聞こう。

 

「一体、何がしたいんです姫様」

「……しばらくぶりだから、ただいまのキスぐらいいいでしょう。婚約者なのよ、私達」

「暫定ですけどね」

「暫定でもなんでもよ」

 

……わからん。

そういえば、パントライン嬢とモーレット嬢が居た。

アイサインで「何がしたいのコイツ」という旨を送るが、二人は無視したようにニヤニヤ笑っている。

何なんだよ。

もういいや。

 

「……では、お手を」

「手? 却下」

 

アリエッサ姫は腰に当てていた両手を背後に回す。

そして顔だけをぐい、とこちらに近づけてきた。

……口にしろと。

そいつはお断りだ。

だが。

 

「……」

「……」

 

まあ、頬にキス位はいいだろう。

親愛のキスだ。

私はそう考えて、頬にキスをする。

 

「ただいま、アリエッサ姫」

 

そう言い捨て、逃げる準備を整えることにした。

 

「頬!? そこは口でしょうに!」

「そうだぜ、スズナリの旦那。口だろ口」

 

うるさい外野。

第一――

 

「……おかえり、スズナリ」

 

頬にキスされたぐらいで、顔を真っ赤に染めている姫様にはこれ位がお似合いだ。

私はばっと後ろを振り返り、これ以上ごちゃごちゃ言われる前にこの場から逃げ出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョンギルド。

ついにそこに帰り着き、ため息を吐く。

もうベッドに入って眠りたいが。

 

「それでは、アンナ姫は無視してこられたんですか」

「あんなアホな手紙を送る輩は無視していい。マリー嬢には、また後日だ」

 

アリー嬢も同じだが、こいつ受付やってんだよな。

強制的に会わざるおえん。

 

「人のベッド、汚してないだろうな」

「汚してはいませんよ。ルル嬢が怖いですもん。仮眠室にしただけで」

「勝手に寝てんじゃねえ!!」

 

私は大声でツッコミを入れながら、オマール君の事を思い出す。

 

「オマール君の手紙の件は聞いたか?」

「聞きましたよ。今一生懸命書いてます」

 

チラリ、と横目で酒場のテーブルを見る。

確かに書いている。

一生懸命、精神込めて書いているのだ。

俺を襲わないで、と。

なんか頭痛くなってきたな。

 

「シスターの行動原理はどうなってるんだ?」

「いや、ここでオマールさんを押さえておくのも悪くないので、襲おうと結論が下りまして」

「下るな。教会での決定かよ」

「シスター本人もノリ気でしたよ?」

 

そんな言葉聞きたくなかった。

教会にはロクな奴がいない。

 

「今後、オマール君への態度が良化される可能性は?」

「いや、良化といわれても、こちらは誠心誠意襲ってるんですが……」

 

誠心誠意襲うってなんだ。

そんな言葉初めて聞いたわ。

 

「襲うな。これを破ったら、私は今後教会を蔑視する」

「判りました。本人にも教会にもよく言っておきますよ……オマールさん、嫌がってますしね」

 

嫌がるという想像をまずしろよ。

私は教会を蔑視しながら、ため息を吐く。

 

「私が居ない間、ギルドの様子はどうだった?」

「何もありませんでしたよ。平和な物です。早くルル嬢の元に言ってあげてくださいな。或いは、ただいまのキスを」

「……ルル嬢に会ってくる」

 

私は唇を差し出してくるアリー嬢を無視しながら、階段を昇ろうと試みる。

 

「アリエッサ姫にはしたのに?」

「だから、その情報はどこから流れてくるんだよ」

 

なんで私が直通でダンジョンに帰って来るより、情報が流れる方が早いんだ。

私は教会の組織力を訝しみながら――

 

「やっぱりしたんですね」

「勘か」

「そうです」

 

それを翻し、アリー嬢の女性的感覚を恐ろしんだ。

 

「と、いうわけで私にもキスをば」

「君への土産は私の笑顔で十分だ」

「ちっとも笑ってないじゃないですか!?」

 

私はいつもの死んだ豚を見るような顔でアリー嬢を見つめながら、自室への階段を昇る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした」

「いくら請求しよう」

 

二か月の旅路をねぎらうルル嬢に対し。

開口一番、私はギルドとしての対応をルル嬢に尋ねた。

 

「いや、挨拶ぐらいしましょうよ」

「したいんだが、ずっと気にしててな。相談できる相手もルル嬢しかおらん」

 

ルル嬢の不満を述べる声に対し、私はずっと悩んでいた旨を伝える。

 

「えーと、何やった。もとい、やらかしたんでしたっけ」

「全力国内紛争を王子同士の決闘までに収めた、かつエルフの大国の侵略を瀬戸際で食い止めた」

「……頑張りましたね」

 

有難う。

褒めてくれて、なんだか嬉しい。

よくやったよな、私、という実感が湧く。

 

「で、金だよ」

 

だが、すぐに意識を切り替えて現実的な言葉を吐く。

 

「もちろん、アポロニアにとっては思惑があって協力して、将来の同盟路線も結んだわけだが、今の私にはまったく関係ない。アポロニアの次期国王としての面はあっても、それはそれ、これはこれ」

「まあ、ギルドとしては二か月ギルマスが拘束されたんだから仕事した分、金払えという話になりますよね」

「そうなる」

 

で、請求する額が問題になるんだが。

 

「これ、アポロニアに請求しても結局請求書はオデッセイに行くから話は同じなんだよ。ボナロッティ王子にいくら請求する?」

「難しいところですよねえ……これ、相手がいくら出すかも面子に関わりますよね」

 

ゴブリン退治のように金貨10枚とはいくまい。

 

「金貨100万枚?」

「適正価格、と言う気もしますが、ボナロッティ王子が茶を吹く姿が目に見えます」

「10万人を1年食わせられる額になるからな……」

 

払えといえば払うだろうが、オデッセイ国内は荒れるだろうな。

貴族連合からも金をかき集める羽目になり、ボナロッティの弱みとなるだろう。

全部フィナル王子のアホが悪いんだがな。

 

「10分の1、金貨10万枚」

「国を救った額としては安すぎ、と言いたくなりますが、将来のアポロニア王としての恩も着せる気ならそんなもんでしょう」

「アイツ――ボナロッティはエルフの行商旅団に対しても賠償金を支払わねばならんからな、まあここが落としどころだろう」

 

フィナル王子の全財産全てを処分して――ついでに、ぶっ殺したフィナル王子の騎士団全員分の年金数年分を見越して充てれば払えるだろう。

 

「額はそれでいいとして、スズナリ殿」

「なんだ、ルル嬢」

「ただいまのキスを」

 

チュ、と音を立てて、不意打ちでルル嬢が私の頬にキスをする。

 

「……」

 

私は突然の事に一瞬停止したが、ため息を一つ吐いた後、御返しのキスを頬にした。

 

 

 

 



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055 アンナ姫のお怒り

「アンナ姫が自分だけ無視されたとお怒りです。王宮に出頭を」

「知らんわそんなもん」

 

マリー嬢が使者にやってきたが無視する。

こっちは二か月分溜まった仕事の消化で忙しいというのに。

殆どはルル嬢が消化してくれてたが、私で無いと決済できない書類もあるのだ。

アルデール君が代理できればよかったのに。

 

「ち・な・み・に、同じく無視された私も怒ってます」

「……マリー嬢に関しては無視してたわけではないのだがな。後日会いに行くつもりだった」

「来ないので、こちらから来ました」

 

マリー嬢はローブの裾の汚れを気にしているようだ。

ダンジョンで苦戦したのだろうか。

そういえば、彼女がこちらまで来るのは初めてだったか。

 

「……マリー嬢、一つ聞きたかったのだが」

「なんですか?」

「王宮魔術師長からして、私は王にふさわしく見えるのかね?」

「はい?」

 

間の抜けた声が、マリー嬢の口から上がる。

いかん、変な質問をした。

 

「……アポロニア王国の次期国王として、アルバート王の代理として、エルフの女王との交渉を無事済ませてきた方が何おっしゃってるんです」

「そうだな、妙な質問をした」

 

やはり、自分は今回仕事したよな。

なんとなく自画自賛する。

そのためにマリー嬢にいらん事を言わせた自分に、また自己嫌悪もする。

 

「……ひょっとしてスズナリ殿、実は自分が王になれるかどうか――いいえ、王になる資格があるかどうか気にされてたんですか?」

「……マリー嬢には本音を話すが。気にしない方が変だろ。いや、実際になるかどうかは別としてだが」

「いらない気遣いです。いったい誰に対して王になる資格など――気に咎める必要が?」

「……」

 

おそらくそれは――

 

「先代だ」

「またそれですか。王となる資格があるなら、このままなっても先代も気にしないだろうと?」

「うん……?ああ、自分でもよくわからんのだ、そこらへんは」

 

また偏頭痛が始まる。

それを予感して、ファウスト君にワイングラスを持ってこさせる。

 

「自分でもよく……?」

 

マリー嬢が疑問を浮かべたような顔をする。

それを見ながら、私はワインを口にした。

偏頭痛が和らぐ。

 

「……どうした、マリー嬢」

「いいえ、何でもありません」

 

マリー嬢が訝し気な表情で、頭を押さえる私を眺める。

一体、どうしたというのだろう。

 

「とにかく、アンナ姫に一度お会いください。丁度ウォルピス嬢もアルバート王に御会いするとの事ですし」

「ああ、わかった……今から向かうよ」

 

はあ、とため息をつきながら、私は立ち上がる。

最後まで、マリー嬢の訝し気な表情を気にしながら。

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと手紙は書いたはずです。何故返事を頂けないのですか。しかも帰ってきてまで無視して」

「自分の胸に聞いてください」

 

私は理由をアンナ姫の心中に求めた。

アンナ姫は自分の胸をぱっと手を当てた。

すかすかとしている。

 

「ありません。だからですか?」

「何が?」

 

何が言いたいんだこのアホ。

大体、あの手紙は何なんだよ。

 

「ジル嬢とエル嬢についての手紙を書かれても困るんですよね」

「私も困ってます。夜中にうっせえんですよ。こっちは眠りたいのに」

 

アンナ姫が言葉を崩しながら、不満を述べる。

なるほど、要はあの手紙は「何とかしろ」と言いたかったのか。

……わかるか、そんなもん。

 

「ハッキリ言います。ジルとエルが夜中に自らを慰める声がうっせえんです。何とかしてください」

「本人に言ってくださいよ、それは」

 

顔を赤らめながらそっぽを向いているジル嬢とエル嬢に視線を向ける。

恥ずかしがる要素があるなら、姫様のベッドで自分を慰め――もとい、妙な真似をするな。

 

「いや、だから。抱いてやってください。そうすれば収まると思います」

「何故私がそんな事を……」

「次期国王の義務です」

「お断りです。ハッキリ言って苦痛です」

「「苦痛!?」」

 

ジル嬢とエル嬢がハモる。

こういった芸風なのだろうか、この二人は。

 

「……そこまでお嫌ですか。結構美人だと思うんですけどね、この二人」

「いや、そういう問題ではなく。好きでもない女性を抱くのは苦痛です」

「……そう発言する男性の方を初めて見ましたよ、私」

「他にもいると思いますよ。アルバート王とか」

 

誰も彼もが、男の全てが女好きと思うなよ。

性欲はあっても、誰でも良いわけではないのだ。

そう――そのはずだ。

頭を押さえ、ジクジクと痛むこめかみを押さえつけながらそう思う。

――頭が痛む。

 

「頭痛が――止まらん。何故だ。いつもはこれくらいなら止まるはず」

「「そこまでお嫌なんですか!?」」

 

ジル嬢とエル嬢、五月蠅い。

 

「とにかく、直接二人を抑えてください。それはアンナ姫の指揮下の範疇のはずです」

「……納得いきませんが、わかりました。今度私の睡眠を邪魔したら棒で殴りますからね、二人とも」

「「猿ですか、私達は!?」」

 

実際、盛った猿みたいなもんだろお前ら。

私は頭痛の収まりが解けない中、二人に対する罵りの言葉を並べた。

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでお前のハーレム候補が増えたわけだが、何か言い訳はあるかスズナリ」

「どうせエルフは脳筋だから50年もすれば忘れますよ」

「気の長い話だな、オイ。まあいい、ちょっと会話に混ざれ」

 

王の間。

アルバート王との謁見で、ウォルピス嬢との縁談について適当に会話する。

ウォルピス嬢は私の横に控えている。

 

「夫殿、通商手形を頂けるよう、夫殿からもアルバート王にお願いしてくれないか?」

「通商手形、何の?」

「香辛料。ルピーアから仕入れた香辛料を街で卸そうと思ったんだけど、手形がいるって言われてな」

「エルフに許可出すと巨大利権になりすぎる。一つの行商旅団に任せていいもんじゃない。香辛料の輸送で食ってる馬借もいるんだぞ。小口全部食いつぶすつもりか」

 

けんもほろろと、アルバート王が断る。

だが――

 

「別にルピーアから香辛料を今までより安く仕入れて、他国に捌けばよいではありませんか。当国が損をするものじゃないでしょう。ウォルピス嬢も欲張りすぎです、独占はいけませんよ」

 

一応、一言だけ補助を入れてやる。

 

「独占する気はないのだがな。ルピーアはエルフ以外通常は入国禁止だ。結果的に一手に任せてもらう事になるのは仕方ないだろう」

 

ウォルピス嬢が言い返す。

エルフの国、ルピーアは香辛料の大生産地だ。

他国から手に入れてきた種から、一大栽培地まで育て上げたのだ。

そういうところだけはエルフらしい。脳味噌筋肉なのに。

 

「税金も払わん他国人にそんな巨大な利権を与えてたまるか。それなら多少金銭的に損しても他の商人を通して香辛料を手に入れる方がずっといい」

 

アルバート王の言う事もわからんでもない。

というか正しい。

だが――それを言うと。

 

「ならばアポロニア王国の国民になりましょう。税も納めます。それでいいですか」

「マジかよ。祖国はどうでもいいのか?」

「ルピーアに入国禁止になるわけでもなく、どうせ嫁入りの立場ですし。なあ夫殿」

 

そういう事言うよな、この銭ゲバだと。

ウォルピス嬢が銭ゲバなのは、アポロニアへ帰る前の帰路で銅貨一枚まで交渉してるのを見て知った。

こっちみんな、ウォルピス嬢。

その、よく私の意図を読み取ってくれたみたいな目をやめろ。

 

「じゃあ、いいか……税金払うし、香辛料が他国に捌く分も安く入るってんなら。小口の馬借も他国への輸送に商売替えすればいいし」

 

アルバート王も、金になるならいいかとざっくばらんに考える。

ここら辺有能ととらえるかテキトーととらえるか微妙なところだ。

 

「ところで、スズナリ。マリーに聞いたが、お前最近頭痛が激しいそうだが」

「二か月の旅が響いたようです。しばらくは休ませてもらいますよ」

「……そうしろ。お前はもう帰っていい、後はウォルピスと細かいところを詰める」

 

私はウォルピス嬢の横から離れ、背を向けて王の間から離れる。

私の頭をじっと見つめる、アルバート王の視線が妙に気になりながら。

 

 

 

 

 

 

やっとダンジョンの私室に帰ってきた。

瞬間、挨拶の間も置かずにルル嬢に愚痴る。

 

「頭痛が痛い」

「そりゃ頭痛が痛いのは当たり前です。妙な言葉遣いは止めてください」

「そりゃそうだが」

 

頭の弱った口から出た言葉にツッコミを入れてくるルル嬢。

何か、今回の偏頭痛は変だ。

酒を飲んでも和らぎが薄い。

 

「……やはり、一度キリエに頭を見てもらってください」

「あのマッドは御免だといっているだろうに」

「開頭手術しろと言ってるわけでもないでしょうに。キリエはアレでも、この国でも傑出した生物魔法学者ですよ。お願いですから一度診てもらってください」

 

そりゃそうだが。

 

「……おそらく、これは医者では治らんよ」

「……失礼ですが、ギルマス。以前に――いえ、単刀直入に聞きます。先代に――何かされた記憶は?」

 

ルル嬢が慎重に言葉を選ぶかのようにして――少しとどまった後。

単刀直入に、先代に過去に何かされたかを聞いてきた。

 

「ある。だがそれとは関係ないし――」

 

キメラ化手術。

それとは関係ない。

言いかけて、一つ留まる。

 

「いや、関係はあるか。これはおそらく――」

「おそらく?」

 

私はワインを一飲みして――それとは関係なく、頭痛が収まってきたのを感じる。

 

「恋の病が原因だ」

「はあ?」

「先代への想いが、私の脳を痛めているんだろう」

 

横に――他の女に意識がブレるから、偏頭痛がするのだ。

私はその結論に至った。

 

「そんな事例この世で聞いたこともありませんよ!」

 

ルル嬢が叫ぶ。

だが、実際その通りなんだから仕方がない。

 

「私が頭を痛める時は、深く物事を考えて先代に疑念を抱いた時か、他の女に関心を抱きそうになった時だ――間違いない」

「待って下さい。いえ、本当に待ってください。それどう考えても――」

 

頭弄られてるんじゃないですか。

ルル嬢はそういうが。

 

「仮にそうだとしても恨まん。何だ、結論さえ出てしまえば大したことでもなかったな。今、完全に謎が解けて頭もスッキリした状態だぞ」

「いえいえいえ」

 

ルル嬢が横に手をぱたぱたと動かし、全力で否定のジェスチャーをする。

 

「スズナリ殿、今すぐキリエの所に行って診てもらいましょう。頭開いて治してもらいましょう。ね、飴玉あげますから」

「私はアリエッサ姫か。そんなんで釣られんよ。行かんと言ったら行かん」

「スズナリ殿!」

 

ルル嬢の叫び声を聞きながら、私はワインを一気に飲む。

仮にそういった手術をされていたとしても、私は先代を恨む気にはなれん。

だって、愛しているからな。

この感情だけは嘘ではないと知っている。

私はくだらない事で悩んできて損したと思いながら、軽くゲップをした。

 

 

 

 



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056 幕間 スズナリの頭痛をなんとかしようの会

 

王宮。

赤い絨毯が敷き詰められた王の間――ではなく。

ここはアリエッサ姫の私室。

そこに数人の女性が集まっていた。

 

「それでは、第一回チキチキ、スズナリの頭痛をなんとかしようの会を始めるわ!」

「チキチキ?」

「お約束みたいなものだから気にしなくていいわよ、アンナ」

 

姫様がアンナ姫に優しく言い聞かせる。

それにしても、何とかしようと言うが――今回の主催はアリーナ・ルル嬢だ。

 

「とにかく、ルル嬢の話を聞くわよ」

「はい。おそらくスズナリ殿は――先代のギルマスに頭を弄られて、先代への疑問や反抗、また他者への性的な感情を抱くと強烈な頭痛がするようになっています」

「……聞いといてなんだけど、そんな事ってできるの?」

「当代随一のマジックキャスターと呼ばれた先代なら」

 

可能かと。

そうルル嬢が呟き捨てる。

 

「それって、つまり私が近づくと頭が痛くなるって事ですかね」

 

身体のラインが見える、いつものシスター服に身を包んだアリー嬢が呟く。

 

「いえ、そんな話は全く。興味持たれてないのでは? 香水の匂いで頭が痛くなるとは言ってましたが」

「何故!? あんなに誘惑したのに!!」

 

アリー嬢は憤りを隠せないようだ。

だが、アリー嬢に性的な興味を覚えないというのも妙な話だ。

 

「今はここに居ませんが……エルとジルを近づけると無茶苦茶顔顰めてましたよ、スズナリ殿。ひょっとして性的な興味が?」

「あの二人、明らかに淫売の雌の匂いまき散らしてますからね、スズナリ殿にその気がなくても頭痛くなったんじゃないですか?」

 

アンナ姫に、マリー嬢が答える。

マリー嬢、あの二人の事そんなに嫌いか。

まあ個々の相性の悪さを一々咎める気はないが。

それともエルとジルの姉妹が、マリー嬢の事をこの間「やーい、行き遅れ」呼ばわりしたのが悪いのか。

きっとそうだ。

 

「質問あるんだけど?」

「どうぞ」

 

挙手したモーレット嬢に、ルル嬢が発言を促す。

 

「アタシとのオデッセイへの旅路の最中、スズナリの旦那、頭痛めたりしてなかったぜ。女として傷つくんだが」

「いや、そんな事言われましても」

 

ルル嬢が困ったような声を返すが――続けて発言する。

 

「正直言って、他の女性に性的な興味を覚えなくするように手術されてないか? なんかそんな気もする」

「私たちの名誉的にはそうあって欲しいですね」

 

モーレット嬢とルル嬢が顔を見合わせながら、呟く。

だが。

 

「さーれてないわね、多分」

「どういう理論で?」

「直感。多分、アイツ先代の事愛してるってだけで、”ただそれだけで”、アタシたちへの性的な興味殆どないのよ」

 

ぐしゃ、とテーブルのクロスが姫様の手で握りつぶされる。

 

「そもそも、先代への愛とやらは本物なのか?」

「……刷り込みみたいなものでしょ? スズナリ、10年前は浮浪者として苦労してたみたいだから。私に言わせれば、そこを拾い上げられて『わざと執着するように』仕込まれただけで、愛じゃあないわよアレ」

 

シーン、と場が静まり返る。

だがしばらくして、はい、と手を挙げてマリー嬢が答えた。

 

「先代を殺したいです。何処ですか?」

「今は行方不明です。それに、アルバート王でも無いと殺せませんよ」

 

ルル嬢がそれには同意したいが、という顔で答えた。

 

「チッ」

 

マリー嬢が舌打ちした。

よく舌打ちするのよね、この人。

 

「で、結論から言うけど、スズナリにまだ手術を受けさせる必要はないわね」

「何故ですか――姫様になら賛同していただけると。もっとヤバいものを仕込まれている可能性もあるんですよ! ギルマスの頭の中は!!」

 

全員で、無理やり生物学者であるキリエの元に引きずっていけば――

いっそ、アルバート王に無敵のドラゴンキラーの力でなんとかしてもらえれば。

そうルル嬢が呟くが。

 

「いいバロメーターじゃない。先代から私達へ心が傾けば、頭痛がするって事でしょ」

「そう解釈します?」

「そう解釈するわ」

 

姫様は冷静だ。

熱く冷静だ。

今まで、興味の一つも持たれていなかったことを自覚して――熱く燃え上がる心を抑えつつも冷静である。

 

「振り向かせてやろうじゃない。先代だか何だか知らないけど、今ここにいない人間に何ができるものか!!」

 

姫様が大喝する。

素晴らしい。

それでこそ私の姫様だ。

姫様が、落ち着いたのか息を大きく吐いた。

 

「解散。以後、随時開催するからちゃんと集まるように!!」

 

全員、バラバラと姫様の部屋を出ていく。

パントラインはアリエッサ姫の覚悟に感動しながら、どうスズナリを姫様のベッドに引きずり込むか。

そして、そこにどう混ざるか。

そんなエロ妄想だけを考えていた。

 

 

 

 



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057 日常回帰

 

「コボルトが酒造りしてるらしい。実に興味深い」

「……アレキサンダー君の手紙ですか?」

「そうだ」

 

例のウジェーヌ枢機卿が解放してきた50人余りのコボルト達。

どうやら酒蔵で働かされていたらしく、コボルト族で酒造りを試してみたいそうな。

植物は栽培していないので、公爵領から輸入しての加工になりそうだが。

 

「……協力するか。アレキサンダー君には世話になってるしな」

「自分がコボルト酒飲みたいだけでしょう」

「そうだ。実に興味深い」

 

何か人間とは違う感性から新しい酒が生まれるのではないか。

ラベルにコボルトの顔が貼ってある酒というのも飲んでみたい。

そういえば、昔はラベルに猫が貼ってあるワインが好きだった。

 

「さっそくドワーフに連絡して、酒造りに協力してもらうよう頼もう」

「敵対しませんか? 競争相手になるわけでしょう?」

「むしろ彼らはライバルを求めている。ドワーフ一強だからな」

 

なんで火酒の類をドワーフしか造っていないのかな、この世界。

人間も造れよな。

そういえば、エルフ族はどんな酒を造ってるのかウォルピス嬢に聞くのを忘れていた。

……米栽培しているらしいし、日本酒ねえかなあ。

 

「酒は人類最高の発明だぞ。どんな嫌な事があっても忘れられる」

「お酒はほどほどにして欲しいんですけどね、私は。というか、最初に造ったのはドワーフと聞いていますが?」

 

この世界ではそうなのか。

また一つ勉強になった。

ルル嬢に感謝しながら、早速ワインを開ける。

 

「もう、口にした傍から……」

「この辺のドワーフの集落ってどこだっけ?」

「伯領領じゃありませんでしたっけ? 詳しくは知りませんが」

「まあいい、ギルドのドワーフ冒険者に手紙渡しておけば、あっちで勝手に動くだろ」

 

人間が酒造ってても、勝手に寄ってきてあーだこーだ言う種族だからなドワーフ。

 

「スズナリ殿もそれぐらい働いてください」

「今、働いているだろうが」

 

ワインを飲むが、書類を決済する手は止めてないぞ。

ルル嬢の愚痴に言葉を返しながら、ふと思い出す。

 

「そういえば、オマール君の騒動はどうなったんだろうなあ」

「シスターに追っかけられてた件ですか?」

「そうそう」

 

手紙一つでどうにかなったんだろうか。

アリー嬢からも注意が入ったはずだが、個人的にあんま信用無い。

 

「直接聞いてみればよろしいかと。酒場にいるはずですよ」

「ふむ、この書類の決裁が終わったら行ってみよう」

 

私は目の前で山となっている資料をこなすべく、燃料代わりにワインをもう一度口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「デートしてきたぞ。ミノタウロス退治より疲れたが」

「……お疲れ様」

 

完全燃焼したように、いつもの植木鉢みたいな頭をしならせたオマール君がそこに居た。

椅子に座り、まるで休憩中のボクサーのように項垂れている。

 

「普通のデートだったんだろ?」

「普通のデートだったはずなんだが、女性への気遣いがあんなに疲れるとは……」

「ふむ」

 

私はマリー嬢やルル嬢に対しても、恋愛的感情を抱いていなかったからな。

そこらへん、恋愛の成功に精魂込めたオマール君とは気疲れの度合いが違うのかもしれない。

 

「まあ、成功したんならおめでとう」

「ありがとよ」

 

ぐっ、と親指を立てて答えるオマール君。

それをぼーっと酒飲みながら見てるアルデール君。

 

「どうした、アルデール君」

「いえ、そんなに苦労してまで恋愛して楽しいもんなんですかね」

「苦労はしたけど、楽しくはあったぞ」

 

オマール君が机に突っ伏しながら答える。

アルデール君が、それを見ながら唸る。

 

「うーん。錬金術に惚れ薬――といっても、飲んだ人間に多少の恋愛的興奮を呼び起こす程度の薬があるのですが」

「それが何だ」

 

急に話がそれたな。

 

「いえ、実験として試しに作ってみたのですが、オマール、いるか?」

「いらん。そんなんで惚れさせても面白くない。第一どうやって飲ませんだよ」

「その様子だと、そうだよな。大量に造ったはいいが、処分先に困っていましてね」

 

懐から小瓶を数本取り出し、それを私に渡す。

 

「ちょっと待て。私もいらんぞ」

「使ってみてくださいよ。作っただけではなく、実験結果が欲しいんですよね。効果があるのかどうか」

「それが何で私なのかね」

「……」

 

アルデール君は沈黙する。

イマイチ、言葉がつながらないらしい。

さては――

 

「誰に頼まれた?」

「……白状しましょう。アリエッサ姫です」

「何故アリエッサ姫が出てくる?」

 

こんなもの私に使わせて、どうしろというのだ。

 

「私も判りませんよ。アリエッサ姫曰く、”スズナリの感情が薄すぎるから、それで何か効果出るかちょいと試してみて”らしいですが」

「感情が薄いって……」

 

自分でも自覚しているところはあるが。

――ふむ。

 

「いいだろう。そのうち飲んでみよう」

「――本気ですか? いえ、渡した私が言うのもなんですが」

「自分の愛を試してみるためにな」

 

先日、ルル嬢には先代を愛していると断言した。

それは一切変わらないが。

男心も複雑なのだ、自分で時に自分を試してみたいときもある。

――身内の女性に相対した時、飲んでみるのも悪くないかもしれない。

 

「機会があれば飲んでみよう」

「……使った際は、どんな機会だったのか、どんな効果が出たか是非ともお聞かせ願いますよ」

 

アルデール君は、疲れ切ってピクリとも動かなくなったオマール君に心配の視線を送りながら、エールをあおった。

 

「それでは早速一本目いってみましょう」

 

アリー嬢がポン、と私の肩を叩き呟いた。

受付業務を放棄して、いつの間にか近づいてきていた様だ。

 

「いや、アリー嬢に興味は多分無いから。これって恋愛的興奮と言っても、元々何の関心も無いと効果ないだろ? アルデール君」

「ええ、まあ」

 

キッツイ事いうなあ、と言う表情をするアルデール君。

何の効果も出ませんでした。がオチになる気がするんだ。

 

「どうしてそんな事言うんですか、こんなにもアプローチしてるのに!!」

 

ぐぐぐ、と胸を寄せて私の身体に擦り付けてくるアリー嬢。

うむ、何の感情もわかない。

受付業務をやってる間は香水もつけてないようだしな。

 

「すまない、本当に何の感情も湧かんのだ」

「スズナリ殿、あのですね。スズナリ殿が先代を愛しておられるのは知ってますけど、女性に抱き着かれても何の感情も湧かないって正直怖いですよ。それは愛とは別次元の問題です」

「……」

 

冷静に言われると、私もだんだん怖くなってきたな。

いや、だからこそ惚れ薬なんか貰ったんだが。

 

「だから、飲んで。そして私と愛欲に溺れましょう」

「そう言う事言うから余計興味を無くすんだが」

「何故!?」

 

そう言いつつも、私は惚れ薬を一本グビリとやる。

少しえづく、これ味キツイぞ。

 

「どうですか」

「……」

 

身体が少し火照り、目がしぱしぱとする。

視界には効果の様子をじーっと見つめるアルデール君と――少しばかり。

ほんの少しばかりだが、輝いて見えるアリー嬢が居た。

 

「アリー嬢、君との付き合いは5年だっけ」

「……そうですよ、何か効果はありました?」

「……」

 

まあ、5年もあれば少しは愛着もあるか。

 

「ほんの少し、君が輝いて見える」

「……」

 

そう呟くと、何故かアリー嬢は両手を背中に隠し、もじもじとしだした。

 

「……どうした?」

「いえ、嬉しいってこういう事を言うんだろうなって」

 

私にもチャンスがあると知って安心しました。

そんな事をアリー嬢が呟く。

いつになく、しおらしい。

 

「愛情があれば、もっと爆発的な効果がみられるはずなんですけどね……」

 

アルデール君がそう発言するが、アリー嬢は夢見心地だ。

 

「……神よ、感謝します」

 

神にまで祈っている。

早く受付業務に戻って欲しいのだが。

 

「アリー嬢は受付業務に戻り給え。私も仕事に戻るとするよ」

 

私はアルデール君とアリー嬢に背を向け、ギルマス室への階段を昇っていく。

この惚れ薬の効き目があるうちに、ルル嬢で試してみようと思いながら。

階段を昇り、私室に居たルル嬢を見る。

やはり、少し輝いて見える。

 

「ふむ」

「なんですか」

「惚れ薬を飲んだ」

 

単刀直入に何があったかを述べる。

これで何があったかわかってもらえる気がする。

ルル嬢、アリエッサ姫と秘密裏に連絡とってる気がするんだよな。

 

「……ベッドインしますか?」

 

ルル嬢が私室のベッドを見やる。

 

「いや、別に性的欲求は湧いてないから」

 

あくまで恋愛的興奮を沸かせるものらしいからな、この薬は。

性的な興奮剤とはまた別なのだろう。

私はそう言った旨をルル嬢に伝える。

 

「なんか残念な薬ですねえ。アルデール君の錬金術も限界が見えるようで」

「いや、凄い薬だと思うぞコレ」

 

性的な興奮剤なんかアリー嬢にも作れるからな。

独学とはいえ、一部錬金術の極みに至っているアルデール君ならではの薬だと思う。

 

「……ま、いいです。それで、私はどう見えますか?」

「ルル嬢の姿がプリズムをまぶした様に輝いて見えるな」

 

正直に、今起こっている現象の答えを述べる。

 

「その意は?」

「私はルル嬢の事を悪く思ってはいない――少なくとも恋愛的好感は持っているとのことだろう」

 

素直に答える。

アリー嬢の時と同じ現象だ。

 

「そ、そうですか」

 

ルル嬢は顔を赤らめて答えた。

ちょっと機嫌がよくなった気がする。

 

「人間関係の再確認にはちょうどいいなあ、コレ」

「……スズナリ殿、女性関係多くなりましたもんね」

 

ルル嬢はねちっこい声を出して、私を罵った。

ちょっと機嫌が悪くなった気がする。

 

「そう怒るな――しかし、これは面白いな。女性関係相手に一通り使ってみるか」

「スズナリ殿。先代の事を愛しておられるのではなかったのですか」

「男心は複雑なんだ」

 

愛しているのは変わらない。

もし先代が帰って来られたら、その場で求愛するだろう――だが。

おそらく、もう、帰って来られないのではないかと思う。

だから――

 

「他に好きな女性が出来るなら、それも悪く無いさ」

 

男心は複雑なのだ。

少しは反抗したい気持ちもある。

 

「……言質取りましたよ」

「別に取ってもらっても構わんが、取って何をするつもりだ」

 

ルル嬢の言葉に返す。

ルル嬢は笑って答えた。

 

「一定以上の反応を返したものは、将来お嫁さんにしてもらいます。もちろん、二年後に逃げたりしないならですが」

「ふむ、よかろう」

 

私は軽く返した。

 

「よろしいんですか?」

「何、その一定以上が何人いるかという話だ――」

 

言っておくが、アリー嬢とルル嬢は"まだ"一定以上ではないぞ。

そんな言葉を返しながら、私はワインを口にした。

 

 

 

 

 

 

 



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058 コボルトの国民化

 

冬が明けるまで帰ってくるはずのないアレキサンダー君が帰ってきた。

が、事務員をしてくれるわけではなく、相談事だ。

 

「要は市民権の獲得?」

『そうです。アポロニア王国に帰属する――国民になっておきたいのですが、同時にコボルトの独立も維持したいのです』

「また難しい相談事――いや、そうでもないかな」

 

領主が丸ごとアポロニア王国に下るのと変わらん。

コボルトの中で王を名乗っても、別にアルバート王は気にせんだろう。

というか、コボルトの労働力を大々的に使える――すでに使ってる現状から考えると国としては歓迎だろう。

問題は領地が――コボルト達の住んでいる場所が公爵領だという事だが。

 

「公爵殿から領地を買い取るか? はげ山だから安く買えるぞ。新しく出来たダンジョン部分を除いてだが」

『そのための先立つものがありませんが――』

「別にそれぐらいアレキサンダー君なら貸してやるぞ。無利子で」

 

私はこう見えて金持ちなのだ。

はげ山を一つ買い取る金を用意するくらい訳ない。

まして活火山だしな。

 

『感謝を』

 

短く、サラサラとペンとホワイトボードを持って会話を為すアレキサンダー君。

彼の信用度から考えれば金を貸すぐらい当たり前だ。

 

『それでは、公爵様と交渉を進めてみます』

「ついでだ、コボルトの酒造りの手助けもしよう」

 

私としてはそっちが主題だ。

 

『今、勝手にドワーフの人たちが来て指導頂いているところです』

「ハチャメチャな種族だな、相変わらず」

『有難いんですけどね』

 

まあ、順調に進んでいるならいい。

私はワインを口にし、同時にもう一つのグラスをアレキサンダー君に勧める。

 

『今から帰るので、酒は……』

「泊っていくといい。まずは一口飲め。たまには男同士の会話もいいだろう。下にオマール君とアルデール君もいるはずだし」

 

私は受付としては知っているであろう、アレキサンダー君を友人の輪に加えるべく誘う。

 

『冒険者を希望しているコボルトもいますしね……了解しました』

「……冒険者を希望しているコボルトとかいるのか?」

『一応、この手足でも人並に武器は扱えるんですよ。器用さは劣りますが』

 

私はアレキサンダー君の全身を眺める。

身長140cm程の体躯にモフモフとした毛皮に覆われているが。

確かに、人族と同じ作業をしているわけだし、やっていけるかもしれん。

筋肉に至っては普通の人族よりついているというか、獣並みだろうしな。

アレキサンダー君が実際強いしな。

 

「ドワーフに、コボルト向けの装備を作ってもらえ。喜んでやってくれる」

『なるほど。頼んでみます』

 

私はアレキサンダー君がワインを一あおりしたのを眺めながら、階下の酒場へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

「というわけでアレキサンダー君だ」

『よろしくお願いします』

 

礼儀正しく、アレキサンダー君がペコリと頭を下げる。

 

「知ってる、モフったし」

「知ってる、モフりましたし」

 

そりゃ受付なんだから知ってるし、とりあえずモフるわな。

 

「銅貨払えや」

「銅貨払えばモフれるんなら、金貨投げて無茶苦茶モフるぞ」

「アレキサンダー君ハゲますよ」

『止めてください』

 

アレキサンダー君から非難の声が上がったので止めておく。

オマール君、そんなにモフりたかったのか。

 

「実は、アレキサンダー君がというか、コボルト内で冒険者パーティーを結成しようと考えているらしくてな。今回は紹介した」

「ほう」

「これからは御仲間になるわけですか、よろしくお願いします」

「言っておくが、アレキサンダー君は事務員継続だぞ」

 

普通の冒険者より遥かに金を払ってでも確保する。

アレキサンダー君ほど優秀な事務員がギルド内に居ない。

 

『冬は暇なので、コボルト大武闘大会を開いて、実力者を集めて1パーティー編成しました』

「何故私を呼ばない。そんな面白そうなイベントに」

「俺も見たかった」

「私もです」

『ギルマス殿とアルバート王はいませんでしたから、公爵殿だけお呼びしました』

 

さりげなく良いポジションにいるな、公爵様。

金とって人集めりゃ、さぞいいイベントになったろうに。

いや、活火山だし場所が悪いか。

……何か、守銭奴みたいな事考えてるな。

オデッセイからの道中、ウォルピス嬢の考えが感染したか。

 

「優勝者は誰だったんですか?」

 

アルデール君が少し興味を示した様に発言する。

 

『……私です』

 

だろうな。

 

「マジで? まさか俺より強いとか」

『いえいえ、所詮コボルト身内での話ですので』

 

オマール君の言葉にアレキサンダー君が謙遜するが、正直強さの深さが読めん。

身内の強さ順ってどんな感じか。

ざっと相性の悪さを除けば、アルバート王>人間には超えられない壁>私>アルデール君>オマール君=モーレット嬢=マリー嬢>アレキサンダー君=パントライン嬢>ターナ君=アリエッサ姫ぐらいか。

指折り数える。

そんな事をしている間にも、話は続く。

 

「要は、新人冒険者の研修と変わらねえんだろ。そりゃコボルトの冒険者パーティーが来たら優しく教えてやるさ」

「先達の務めみたいなもんですしね」

『有難うございます』

 

オマール君とアルデール君に紹介したのは正解だったようだ。

ならばあとは――

 

「酒を飲むだけだ」

「好きですねえ」

 

私達4人――高くジョッキを持ち上げ、それを重ね合わせて打ち鳴らしながら叫んだ。

 

「乾杯(プロージット)」

 

私達は杯を重ね終え、グビリとエールをあおる。

 

「スズナリ殿、お酒ばっか飲んでないで受付にも紹介してくださいよ」

「ウザいのが来た」

「本当だ、ウザいのが来た」

『教会と話すメリットが見えません』

「全否定!? しかもアレキサンダー君の言う事が一番キツイ!!」

 

人が――コボルト混じってるけど、4人で酒飲んで気持ちよくなってんだからさあ。

そこを邪魔すんなよアリー嬢。

 

「ぶっちゃけですね、コボルトを教会宗教に勧誘したいんですけど」

『改宗、といいますか信じてるものもないので構わないんですけどね』

 

アレキサンダー君はそういうが、こいつら面倒臭いんだよなあ。

 

『同族を50人も救って頂いた恩もありますし』

 

そうだった、それがあったか。

私は頭を押さえながら、それを読んで勢い込むアリー嬢を眺める。

 

「そうですよ、我が協会は亜人にも協力的です。というか亜人解放に全力を尽くしてます。是非信仰をば……」

 

アリー嬢が意気込む。

アレキサンダー君は、だが冷えた感じで答える。

 

『ですが、それは個人個人に勧誘していただけませんか。あなた方に救われて新しく来た50人は、すでに信仰しているようですが……』

「むう、直接神父を送り付けねばなりませんか……手すきの神父が今はいないんですよね」

 

コボルト専門の神父でも送り付けるつもりか?

まあ、好きにすりゃいいが。

それはそうと。

 

「宗教と言えば、オマール君。シスターとの仲は」

「ああ、あれなあ……忘れてくれない?」

「待てコラ」

 

あんだけ苦労、はしてないが。

せっかくデートまでこじつけたんだから、そっから進展はないのか。

そう思うが。

 

「だってデートの度に神父になるよう勧誘してくるんだもん。さすがに今の生活まで変えるつもりはないわ」

「何分、人手不足でして……」

 

オマール君が神父として加われば、そりゃ心強いだろう。

教会の活動的には。

だが、恋愛沙汰としては悪手も悪手だ。

 

「あれ、じゃあ破談?」

「そうだよ」

 

面白くもなさそうに、オマール君が言い切る。

 

「俺がバカだった、初心に帰る。ギルマス、娼館行こうぜ」

「断る」

 

元の木阿弥じゃねえか。

教会を信じた私が愚かだった。

 

「じゃあアルデール、娼館に行こうぜ」

「断るというのに。アレキサンダー君でも誘……いや、違うか」

『異種族姦の趣味はありません』

 

アレキサンダー君が首をぶんぶん振りながら、全力で断りを入れる。

 

「結局、俺は一人か……女がわんさかうろついてるギルマスが羨ましい」

「私も童貞なんだがな」

「今日望めば卒業できるんですけどね」

 

ぽん、と両肩にアリー嬢の手が乗る。

私はそれを鬱陶し気に跳ね除けながら、大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

私は広いがらんとした場所に出た。

いつものように手を叩くと、歪な反響が周囲から返ってくる。

 

「ご機嫌いかが? ドラゴン殿」

「今すぐお前を殺してやりたいよ」

 

いつもの挨拶。

 

「お久しぶりですね。二か月ぶりですか」

「牛よこせ、牛。腹減ったぞ」

「ドラゴンなんだから二か月くらいで飢えを感じないだろう」

「心が飢えるのさ」

 

くだらない会話。

それを行いながら、結界の様子を見る。

いじられた様子は無い。

 

「また、我が知恵が必要になったか」

「特に何も……ああ、でも無理やり考えるとすれば」

「何だ? 何