目覚めれば、真っ白な空間。何もない上に視界がうるさいので、おちおち目も開けていられない空間に自分は居た。細目で辺りを見渡しても何にもないのがわかった。はて、自分は何でこんな場所に居るのだろうか。
そんな考えの中ボーッと辺りを見渡していれば、どこからともなくコツコツと足音が響き渡る。これは誰の足音なのだろうか、いやそれよりも……なぜ足音が
だがこれだけはわかった、この足音は徐々に自分の方へと近付いていることに。言い知れぬ恐怖感によって警戒心が増幅していく。険しい視線で辺りをキョロキョロと見渡し、次第に顔まで動かしていく。だが一向に足音の正体は掴めない。
「ふー」
「っ!?」
突如後ろから耳に息を吹きかけられたことで、1つの恐ろしさが全身を駆け巡ったことで咄嗟に振り向きざまに手刀を出してしまった。だが当たった感触は感じられず、虚しく空を切るだけであった。
「おーこわっ。まぁそんぐらい警戒してるなら大丈夫そうだし、別に良いんだけど。」
目の前から声が聞こえた。その声の正体は精々良くて12歳前後の少年が、ヘラヘラと小馬鹿にしたような表情でこちらを伺っているみたいだ。しかしどことなく……異質な雰囲気が醸し出されている。いや、この場に居る時点で異様としか言い様がないのだが。因みに掛けた訳では無い。
目の前の少年(?)は不気味すぎるほどのにこやかな笑みを浮かべてこちらの方に近付いてくる。後退り……をしたかったが、何故か体が動かない。気付けば少年は目と鼻の先に居た。
「────やっぱり、いつ見ても君は素晴らしいよ。■■ ■■」
「ッ──!?」
名前が、聞こえない──!? まるでノイズにでも掛かったみたいに自分の名前だけが塗り潰されて……自分ですら名前が何なのか分からないというのか!? こんなこと……この世にあって良いのか!?
「ここはこの世じゃなくて、あの世なんだけどねぇ。」
「────」
コイツは今、何と言った? いやそれよりも、俺の考えに対する
「察しが良いねぇ。ま、その性格は1つの禁忌に触れるから、有ってはならないものに成りかねないけど。」
「──死んだのか、自分は」
「当たりっ。」
にこやかな笑みを保ちながら指を鳴らして自分を見ている少年。どうやら自分の考えは当たっていたが、そうなるとどのような死因で自分は死んだのだ?
「まぁ流石にそこは分かんないよね。ちょーっとあれだけど、君の死んだ理由……聞きたい?」
片目だけを広げさせて私の視界に近付いた少年を見て思案する。だが先程のも合わせると思案している内容は筒抜けと見ていいだろう。ここで考えるのもどうかと思うが、嘘なんぞ言ったところで即刻バレる。ならば聞かせてくれ、自分はどのようにして死んだのかを。
「────良いねぇ、やっぱり君を選んで正解だった。」
選んで正解?──どういう意味だ。
「それについては後、先ずは君の死因からだ。まぁ言ってしまえば…………全部僕が仕組んだゲームのせいで死んだ。これが事実さ。」
ゲーム……だと? 自分はゲームをしていた覚えは無い。まぁそもそも記憶が曖昧なのだから覚えてなくても仕方ないのかもしれんが。
「曖昧なら、その記憶を確実なものにすれば良いさ。──さて、ゲームって言ってたけど実際は人間と地球外生命体を使ったものでね、これまでに何度もそんなことをしたよ。んで君は……最終局面で発狂した仲間に殺された、ってのが君の死因さ。簡単に纏めるとこうだよ。」
──つまり何か? お前はゲームの駒として人間と……地球外生命体、宇宙人を使用しているとでも?
「そそっ。人間の認識としてはそれでOK。」
────では、そのゲームの実行者であるお前は何だ? あまり信用されそうにない単語を平然と使っている辺り、自分からしてみれば狂言を吐いているようにしか映らんが。
「知りたい?──ふふっ、じゃあ名前だけね。」
あの不気味な笑みに戻った少年は、自分から離れる。するとどうしたことか、少年の左腕が気持ち悪い程の音を立てて変貌していくではないか。ただこの変貌ぶりは見ていて良いものでは無いし、気持ち悪い。
その少年の思わしき何かは、異形の腕を強調させつつも自己紹介を始めた。
「そうだね……【ニャルラトホテプ】って言えば分かるかな?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ニャルラトホテプ──というと、クトゥルフ神話では有名な邪神の一柱だったか。成程、納得いった。確かにゲームと称して悪趣味な展開をその身で体験させられたであろう自分にとっては、信じるに値する。
「ふふん──君らしいね。」
──でだ、お前が言っていた“選んで正解”の言葉の意味は何だ? 自分は何に選ばれたというのだ? あまり想像はしたくないが。
「なぁに、簡単なことさ。僕の望みを聞いて欲しいんだ。」
望み? 神であるニャルラトホテプが、自分に望みを聞いて欲しいだと? ある意味胡散臭い上に嫌な予感しかしない。
「嫌な予感……か。確かにその予感は的中してるかもしれない、でもこれは僕にとって死活問題ってのもあってね。まぁ言ってしまえば手伝いをしてほしい訳さ。」
手伝い? この私がか?
「そうそう、君が出来るお手伝い。それは────僕の目や耳、まぁ……【化身】となってほしいってことさ。」
──化身?
「そう、化身。あぁ、あんまり聞き覚えがないよね。んー…………簡単に言えば、僕自身になってほしいってことかな?」
お前……ニャルラトホテプ自身にか? すまんがその意味がわからん。いや、先程の目や耳となってほしいという意味は何となく分かる。だがお前自身になれというのは疑問に思うのだが?
「あっはっはっ、確かに。……言っちゃえば、君が僕と同じ権能を使えるってことさ。化身ってさ、
特別サービス──自分の魂のエネルギーの量、によるものか。ある意味救われたとも言うべきか。
「まぁ化身って言っても、体は人間だから死ぬのは変わらないけどね。」
……まぁ、そうそう良いこと尽くしという訳でもないみたいだな。しかし、このようなことを自分が味わう羽目になるとは……奇妙な縁だな。
「確かに。んまぁ長話もここまでにして、早速話しを進めていくよ。」
そう言ってニャルラトホテプは1つのビジョンを見せる。ニャルラトホテプの手の平に映されたのは青い青い地球、その青い地球の映し出されている右手とは反対の左手からは3つの空き欄。
左手に映し出された3つの空き欄を投げるようにしてこちらへと近付けさせた。その空き欄は自分の周りに散らばり、左端の1つが前に来た。そしてニャルラトホテプは説明を始めた。
「まず、君が出向く世界……今時の文化に合わせるなら異世界ってヤツさ。そしてそこに異世界転生してもらう。まぁ君の場合は転生じゃなくて“降臨”だけどね。」
──転生と降臨の違い、とは如何なるものだ?
「そうだねぇ……降臨の場合は、僕ら神々の権能を使用出来るってのがあるかな。違いはたったそれだけさ。」
ふむ、成程。神々の力が使えるのが降臨であり、転生は……輪廻転生などのあれか。
「それ以外も極稀にあるけどね。さて、次に僕からの贈り物なんだけど……願い事を3つ叶えられる、これまた今時に合わせたら“特典”ってヤツだね。」
……特典が無くとも十二分に生活は出来るだろう。なぜそんなものを欲するのだ? よく理解できんが……。
「転生者が前世の自分とは違ったもの、目に見える“異能”が欲しいっていう願望があったんだよ。君みたく研究一筋だった人には分からない感性さ。」
そんなものなのか?
「そういうものさ。さて、特典の方なんだけど──」
要らん、というよりも必要性が皆無だ。そもそも特典の必要性は自分には無いのではないのか?
「……んー、成程。要らない……ね、良いとも。まぁそれだと僕の気が済まないかーら……」
ニャルラトホテプが指を自分の額につける。瞬間、頭が異様に冴えていく感覚が自分の中を駆け巡っていった。ニャルラトホテプが指を退けてもその感覚がまだ残っているみたいだ。
……ニャルラトホテプ、貴様は自分に何をした?
「ちょっとした細工さ。それじゃあ……世界に降臨しておいで。君は僕の目となり耳となり、そしてその世界を謳歌していってね。」
それを気に意識がドンドン薄れていく。視界がぼやけ暗闇が広がっていき……いつしか自分の意識は消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
西暦2000年8月12日、この日アメリカ合衆国に1人の赤子が誕生した。マサチューセッツ州ボストンの産婦人科でその姿を現した赤子は、額に十字の痣があった。
その特殊な痣を持つ子どもは、普通の赤子と変わらぬように泣き続け元気な証拠を見せつけていた。
分娩台で横になっている女性 『
「
「
「
「
小さな我が子の、小さな手を、フェデルは自身の大きな手で覆い被せる。少しだけ隙間はあるものの、その暖かさは伝わっている。
フェデルの言葉を、メツェルは笑顔で待つ。期待と、これからの希望を思って。
「
「
「
これが始まりであった。フェデルとメツェルも、この赤子が持つ額の十字にさして興味なんてなかった。ただ少しだけ痣が特殊な形をして現れただけと、そう考えているのだから。
天の監視者……ではなく、ニャルラトホテプはその赤子を見る。人間というものは弱く、脆い。だが感情の揺さぶりによって行動が変わるため、飽きない。飽きずに人間に干渉し続ける。
それが例え、化身とはいえ自分の意思が確立される運命にある赤子でさえも、ニャルラトホテプからしてみれば1つの玩具に等しい。
この赤子は、2人の言う通り世界に震撼を起こすことが、ニャルラトホテプによって約束されている。
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2話
月日が経過し、2004年3月6日。現在の時刻は午前9時23分
あのニャルラトホテプから前世の名前を言われたけれども、忘れているのでここでの『トーマス』という名前が自分だ。まぁ既に両親は居るし、今の生活に不満はないので名前云々はどうでも良いのだが。
しかし出生がアメリカか。前世は日本人だったが、4歳になるまで前世の記憶なんぞ思い出さなかった分、言語に戸惑いなく順応したのだろうな。おかげでバイリンガルになった。
ニャルラトホテプが異世界といっていたと思うが、そこまで現実と大差ない世界だというのは確かだ。……強いて現実離れしているといえば、自分の両親や環境だろう。
父親のフェデルは神経インターフェースと神経の接続による義手や義足の製作をした発明家であり会社の社長で、さらには神経工学の権威とも呼べる人だ。元々それなりに資産はあったが、その発明品で世界が知る資産家にもなった。因みにその義手は伝達速度の誤差が僅か0.041秒という高性能。
母親のメツェルは有名外科医として名を馳せている。その腕は神の技とも呼べるほど上手く、癌の施術に失敗したことは1度たりともない。観察眼も素晴らしいもので、僅かな異変にも気付くほどだ。
そんな規格外両親の間に生まれたのが自分、『トーマス・コール』だ。まぁ2人の影響に感化されているのかといえば……完璧感化されてます。
1歳の10ヶ月の頃に3語文を使用し、2歳と11ヶ月には普通の人と大差なく話すことが出来た。3歳になってからは父親の自室にある本を読んで内容は覚えた。3歳のこれはニャルラトホテプの
そんな自分だが、産まれた時から乳母さんの『シエラ・R・クラリス』の世話になっている。今でもお世話になっているけれども。そして今、この外出の準備にも手伝ってもらってる。
「
「
「OK.
「
今から父さんの行くマサチューセッツ工科大学について行くんだ。ちょうど今日は父さんが大学で講義の予定が入っていたから、ついでに自分は図書館で本を読み漁って知識を集めるだけ。
父さんが運転するロールスロイスドーンに乗って出発する。マサチューセッツ州の街並みを走りながら────自分は回路基盤の本を読む。
AIを作りたいなと考えているからだ。幾らなんでも乳母さんにも手伝ってもらうのは気が引けるし、そもそも必ず独り立ちはしなきゃならないのに頼りっきりなのは自分が抵抗感を感じる。だってそのぐらいまで前世は生きていたのだから。
まぁ今から1人、というのも些か無理な話な訳で。だったら人の代わりとしてAIのサポートシステムを開発したら良いんじゃないのかなと、そんな訳の分からない安直な考えで父さんについて行くんだけどね。
まぁ、その買ってもらった回路基盤の本を読み漁っているんだけどね。良い知識は学び舎にあるってね。
「
おっと答えにくい質問が来たな。この世界じゃAI関連の研究は最先端とはいえ発展はほんの些細なものだ。それを作ろうとしてるって正直に言うと、どんな反応されるか分からない。
そもそも異世界とはいえ前世と殆ど変わらない世界なんだ。発展が進んでいない物を作ると他人に言っても“何を馬鹿なことを”と一蹴されるから……。
「……
「
「
「
「
本を読みながらそう言った。……ってか4歳の子供が何を言ってんだろ。まぁ既に父さんの書物を読み漁ってる時点でおかしいだろうけど、今の発言はおかしいと指摘するでしょうに。
「
「…………
どうやら、文化の違いは国民性の違いにも繋がるみたいだ。まぁ両親も自分の行動を見て一喜一憂してたぐらいだし、そこら辺は……まぁ折り合いは付けようか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、ただいま父さんは講義中だから……本を読み漁るとしますか。といっても持てる本の量にも4歳では限界があるので、1冊取ってその場で速読して内容を覚えなければ。幸い時間はたっぷりあるんだし、詰め込む時に詰め込まなきゃ。
なるべく自分の手伝いをしてもらいたいから……情報収集を自動的にさせるか。少し面倒くさくなるけど、自分が速読して全部記憶領域に詰め込むのも非合理的だし。
あ、どうせなら放射能対策とか毒素とか研究したいな。解毒作用のある物質、エネルギーetcとかの開発や放射能消滅とか。出来るかどうかは置いといて。
……まぁでも、完成するまでは結局地頭使わなきゃいけないけどさぁ。
それから6時間ほど経ちまして────
「
「……
「
「
「
「
地頭がオーバーヒートしてたから一旦整理していた途中に起こされた。あともうちょっと時間が欲しいけども……まぁ起きてても出来るか。無駄な情報を入れないために腕枕で寝て視界を遮っただけだし。
幾らニャルラトホテプの細工やらで記憶能力や何やらが優れていても、結局は単なる子どもだ。当然キャパシティの問題でオーバーヒートするのも当たり前だろう。……この図書室にある回路基盤の本の殆どを読み尽くしておいて何を言ってるのかと、自分自身にツッコミたくなるが。
他にも放射線物質や毒の一覧、作用、発表されている理論に、今日思い付いた空間ディスプレイに使えそうな知識をあらかた集めた。ただ詰め込みすぎて眠い。今にも寝そうな予感……。
……眠気覚ましのヤツ、何か無いかな?
って思ってたら頭が冴えた。あ、眠気も無いや。…………うん?
「
「
いかんいかん、あまり悟られたくはないな。──さて、今自分は何をしたのか思い出してみよう。眠気覚ましのことを考えていたら眠気が覚めた…………何を言ってるんだ自分は?
だが急に目が覚めるなんてのは普通ではない。まぁ自分は普通じゃないけども。思いつく辺り、ニャルラトホテプの権能の1つ……なのか?あとでニャルラトホテプを調べてみるか。
父さんの車に乗って、いざ帰宅。父さんの運転するドーンの窓からボストンの街並みが映像のように流れていく風景を眺めつつ、自分は風景そっちのけでコンピューター欲しいなと思考していた。どうせなら自作するか。スネかじりになるけど。
最新のPC部品とか調べなきゃな。値段もそこそこ掛かりそうだけど、市販よりかはマシかも。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あ、家が見えてきた。もうここまで来たんだ、速いなやっぱり。そして……目の前の86階建て白いタワーマンション、このマンションの最上階の1室が家だ。あと他にも5室ぐらい部屋があって、父さんの実験部屋が1つと倉庫代わりの部屋。
といっても倉庫にあるのは父さんの作った義手や義足の失敗作達。あ、部品ならいっぱいあったわ。PCは無理だろうけど、何かしら作れそうだし。
……義手義足、ねぇ。発展すれば補助系のスーツとか開発しても良いかもしんない。人工筋肉と伝達指令系のインターフェース組み込ませて、筋肉の発する筋電信号に反応させて補助するとか────父さんに言って試してみよう。
「
「
シエラ乳母さん──もう完璧メイドみたいな立ち位置だけどね。それとシエラさんって呼んだ方が良いかも……って思ってたけど違和感があるから止めよ。
シエラ乳母さんがいつもの通りに出迎えてくれて、自分は先に洗面所に向かって清潔にさせておく。そんでもって終わったあとは……善は急げ、かな?
「
「
話しやすいように自分の目線に合わせてくれる父さん。そんな父さんに、多分これから色んな我儘を言うから少し罪悪感があるけど……今は我儘を言わなきゃ始まらないか。
「
「
「
「
「
嘘ついても何の得にもならないから、ある程度誤魔化して話したけど……確かに父さんの研究の支障になりそうなのは理解してたから、ちょうどいいのかもしれないけど。
ただ自分の精神年齢がこの行動に対して、少し気持ち悪いなと思ってしまった。うん、誰も好き好んでやる以外子どもの真似なんてやろうともしないよね。自分の場合は欲しい物があるから、そうせざるを得ないんだけどね。
「…………
「
「Yes!」
「Thanks dad!」
一々オーバーリアクションだって?親がOKしてくれたのに喜ばないってのも、どうかしてると思うけどな!けどこれで制作に取り掛れる!
「But,
……今からやりたかったんだけどなぁ。
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3話
昼食も済ませたところで、ちょっと父さんのPCを借りて検索開始っと。取り敢えず先に調べたいキーワードは【ニャルラトホテプ】を……とと、出た出た。
魔術 技術 秘術 機械……って、殆ど自分の抱える問題解決できるじゃん。と思ってたのも束の間、使ったら自滅してるって書いてる。……あら、じゃあさっき眠気覚ましに使ったアレはヤバくない?
あ、でもそもそも自分、ニャルラトホテプの化身だったわ。心配は……しなくていいかもしれない。でも兎に角望むものは何でも手に入るのは分かったけど、流石にその力に頼りっきりになるのは些かどうかと思う。まぁあんまり多用しなければ良いか。
それに自分の手で作って初めて達成感があるんだ、それを神の力とか何やらでオールOKにしたくはない。というよりも、人生無駄があった方が楽しい方が案外多いしね。
それは兎も角、明日から自作PCはどうにか出来るけど……調べてみたら高性能PCよりも技術的な特化型のワークステーションがあった。ただ研究機関とかで使用されるもの故に電力消費も激しいだろうから却下。だったら自作高性能PCを何台か使用すれば良い。
確かに自分が行う作業にはワークステーションが適応してるけど、流石に家の電気料金を考えたらすぐに除外する。ワークステーションでも対応できる永久機関みたいなのがあれば、話しは別なんだろうけど。
……ちょっと父さんの失敗作達を見に行こう。研究の軌跡と父さんは豪語してるけど、まぁ確かにそうとも言える。研究なんて失敗があって成り立つんだしさ。
父さんの部屋の3番目の引き出しの中に……あった。えーっと確か、部屋番号が8509だったね。1階下だから階段で行けるんだけど……ご生憎様、ここエレベーターしか無いのよ。
態々エレベーターで1階下に降りて8509の部屋を探す。まぁ案内板に従っていけば良いから早く見つかることは出来るんだけどね。
鍵を開けて部屋に入室、確りと戸締りして……よし、中を探索しよう。部屋に入ってみれば案の定父さんが失敗したものが散乱している。いや、ちょっとは整理しようよ。
まぁ手当り次第探すから良いけどさぁ。この義手や義足の山から、取り敢えず何か使えそうなものを探すとしますか。
それから4時間経過して────
めっちゃあったわ。ちょっともー、何これ。確かに神経インターフェースとの接続で連動する信号伝達速度が微妙に遅いって感覚はあるけど、これ再利用できるじゃん。普通に改良すれば上手くいけんじゃん。
まぁ父さんも考えが浮かんだんだろうな。新たに基盤からやり直しして、漸く成功に至ったんだからさ。金融危機もあったけど、今のところ家にその影響は感じられないのは確かだ。実際あの義手や義足は世界に流通しているんだし。
まぁ製造してるのは父さんの会社になるけどさ。売れ行きはかなりのものさ。それだけじゃなくて、結構色んなものを開発してたりもしてるよ。会社の会議資料とかで立案候補のヤツ見させてもらったことがあったなぁ。
いかんな、結構時間経ってる。そろそろ戻ろうか。あ、思い付いた案は後で何か書いておこうか。先にルーズリーフに書いとこ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日になりました。何か早くないかって?気の所為じゃないか?……って、誰に言ってんだろ自分は。
そう、翌日。父さんがPC買ってくれるというので専門店に来てるわけで、PCスペックを高めのものにしたい。あと個数だけども、5つ……6つぐらいがベストかな。欲を言えば10は欲しかったけどね。
CPU、マザーボード、メモリ、SSD、光学ドライブ、本体ケースに電源ユニット。後はディスプレイにキーボード、マウス……現段階でハイスペックな全てを6組買って。あとは父さん、お願いします。
そして帰宅して────
シエラ乳母さんが頭を抑えて疲れた様子を見せているのを尻目に、自分の部屋に行って制作開始としましょうか。先に説明書やらで確認して……おっしOK。この速読力と記憶力、案外便利なんだよな。
あとは別に説明書は要らないや、全部覚えたし。準備として手袋して先にマザーボードの箱を開けて……ほぉう。えーっと後はガチャガチャと組み立てて━━━━
30分ぐらいで1個完成しましたよっ。……殆ど流れ作業みたいなモンだし、見所なんて殆ど無いしね。作業やってる個人は面白いけれども。
そんな調子で6つ全て組み立て終えて、ディスプレイと本体を接続。電源コード……あ、延長コードみたいなのが要る。あーしまった、殆ど盲点だったわ。家にあったっけなぁ?
…………バレないかな?バレない、と思いたいな。ここで延長コード出しても良いよね、良いよね?まぁ誰に言われずともやっちゃうけどね!ほいっ!
頭の中に6つの挿し込み口のある延長コードを想像させていると、右手に物体特有の重みが感じられる。目を開けると……ほら出てきた。忘れずコード付きの物をね。
それのプラグをコンセントに挿し込んで、コンピューター本体から伸びるプラグコードを延長コードに挿し込み電源を付けていく。デスク?製作中に父さんが設置してくれたものがあってだね。
さて、それじゃあコンピューターに無線LANとWiFiの接続を開始しますか。……ってか、これ何時間掛かるのかな。一旦接続が開始されたら休憩しよう。
それから暫く経ちまして────
「──s.Ge──」
「──mas.」
「Thomas.」
「────Oh, good morning dad.」
「
「Ahー……
「
「……Wow.
「Yeah.
「OK dad.」
どうやら疲れて眠ってたしい。自室のベッドに潜ってグースカピースカ夜まで寝てた所を父さんが起こしに来てくれたのは助かった。多分あのままだと本能的にお腹が空くまで起きなかっただろうし。
コンピューターの方を見てみると全部画面が黒で塗りつぶされているかのようだ。試しにマウスを動かしてみると初期設定のホーム画面が現れた。ただ流石に電力消費はこれ以上止めておこうか。全てシャットダウンさせてリビングに向かう。
そのリビングには白い大理石のテーブルの上に料理を並べていく母さんの姿があった。珍しいね、いつもは急患が出た時のために病院に居るのに。まぁ誰かに仕事をバトンタッチしたんだろうけど。
母さんと目が合うと、自分に向かって手を振ってきた。早足で母さんの所に向かうと、そのままハグして挨拶する。
「
「
「
あぁ、因みに母さんは自分のことをトムという。トーマスの綴りから略してトムになるから、愛称として呼んでる。何か使い古されてそうなネーミングだけど案外気に入ってるんだよね。
一緒にテーブルの方に向かって、父さんと母さんと対面するように座った。
「OK.Let's eat.」
まぁ全員──シエラ乳母さん?あの人は帰ったよ。久々に母さんも帰ってきたからね、休暇みたいなもんさ。というわけでシエラ乳母さんを除いた……いやちょっと違うか。訂正しよう、家族水入らずでディナーとしよう。
ハンバーグにバゲット、コンソメスープに葡萄ジュース……成程、肥満になりやすい訳だわ。まぁ今のところ家族全員痩せ型だから、一概に
「
「What?」
何だろ?父さんと母さんの表情が朗らかになってる。いや大抵険悪な雰囲気って訳じゃないけど、あんまり父さんと母さんが家に居ることって中々無いから2人揃ってっていうのが珍しい。
「
「
「
「──Japan?」
日本に旅行って……マジか?いや確か2004年代って昔の記憶だと、海外からの注目は低かった筈だし。中国人観光客は除外するけど、多くなったのはSNSの普及によるものの筈だけど……。
「
「
「Um……
危なかった……って言うべきか。“昔日本人でした”っていうのが悟られないようにしないと不味い。それに別世界だから自分の…………って、そもそも自分の苗字とか名前とか全然覚えてないんだったわ。仮に勘付かれても調べたっていえば済むし。
「
「Yes.」
先に誤魔化しとして笑っていたら、不意に2人とも優しそうな微笑みを浮かべていた。……あぁもう!自分の中の罪悪感で苦しくなるんです!その笑顔が結構精神的ダメージになってたりするんです!
絶対に言わないけどさ。
「OK.
どうやら三重県に行くことは確定らしいです。……研究に専念したいんだけどなぁ。
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4話
2ヶ月後────
特に何の変哲もなく研究開発が進んでいる。まぁニャルラトホテプの権能使えば補助スーツとかAIとかの製作は簡単……なんだけど、流石に使おうとは思わない。そもそも権能を使用して制作図みたいなのが頭に流れて、その通り作ったとしよう。そしてそれらを世間に紹介したとしよう。
世間はそんなに甘くないってね。作り方とか疑問点とか詳しい理論とか聞かれるから、ただ頭の中の製作図に頼るのは悪手となる。だったら試行錯誤して研究開発するのが良い。
さて、先ずは補助スーツの件だけども……神経の電気信号に反応させる技術は父さんのシステムの運用と改良を重ねてどうにか連動させることは出来た。でもパワーアシストが微妙だった。
人工筋肉ではなく、完全に機械のみの補助スーツ。電圧もうちょい上げたりしてるのに微妙なんだよな。……弄りすぎたかな、基盤。
これはデータに…………ついでにAIのプロセスを並行して製作してっと。AIの件は学習のシステムを自動にさせたいからねぇ、音声認識システムも搭載させたいし。
今はまだ実験段階だし、まだ荒削りな部分もある。でも実現が出来ない訳じゃない。それにAIに関しては研究も進んでいて、恐らくだけど今は人の手で言葉や思考ルーチンを形成させていると予想している。でも発展としては微妙なところと少なからず思ってしまう。
多分、このままだと同じような未来になる。確かにAIが日本の棋士に将棋での勝負に勝ったというニュースも前世にはあったし、チェスやオセロでも勝ったというニュースは報道されていた。
でも自分が作ろうとしているのは自動的に情報を集め、判断するAIだ。人の手で情報を掻き集め、それを人間の思考回路にも似たデータに保存させ判断させるのでは手間が掛かる。
…………まぁ、悩んでるのは一緒なんだけどね。そもそも自動的に情報収集するってのが、この時代にとっても自分の見てきた科学と比べるとオーバーテクノロジーだし。昔見たアメコミ実写映画に出てきたAIは……どうだろうか。それでも情報を掻き集め、整理し、求めるものに値する情報なのかはAIがやってた。
そんなAI目指して頑張ってはいるけど……自動収集がミソなんだよなぁ。どうやってするんだよ、その発想が出てこないんだよ。
──悩んでても仕方ないか。取り敢えず先に補助スーツの問題点は……関節のギアと基盤か?多分違和感の原因は生体電位信号と補助スーツの伝達との誤差だろうな。このまま配線も弄ってみるとするか。
そして6時間後────
「
いやー、苦労した!配線の位置変えて、ギアの増減を繰り返す。それを普通は昼寝の時間を
そして漸く!下半身の補助スーツが完成した!電圧の調整ちょっとミスって、補助の力98%でベッド持ち上げちゃったのはマズかった。でも電圧を下げれば大抵の重量物は軽々と運搬できる!人の手でだ!
さっそく父さんに電話……の前に外すか。この補助スーツ。
「Thomas.
不味いッ!補助スーツはともかく、AIのデータは不味い!早くホーム画面に戻らせて……よっし、何とか!
「Thomas. …………
「…………Ah.
「……
「OK.……haha.」
あの母さんの目は怖い、何か怖い。何で黙ってこんなことしてたのか知りたいのかな。多分絶対そうだと思う。もしくは……何だ?
そして少しして父さんが帰宅。自分の足腰にある補助スーツを見て驚愕の表情になってた、ムンクの叫び以上にね。あぁ、叫んではいないけど。
補助スーツの説明をデータも混じえながら行い、仕組みや技術の……応用って言って良いよね、うん。父さんの神経工学の技術を使用したことも言って補助スーツの性能実演。今回は自分の下半身に合わせて作ったから小さい物だけど、これ大人用に合わせても上手くいく筈だと思う。そう説明した。
「Thomas.」
父さんが真剣な眼差しで自分を見据え、少し溜めを作って話していく。
「────It's amazing !
……あぁ、そうだった。父さん、大体のことは許容してくれるんだった。話しだと日本がこの様な補助スーツを世界で初めて作ったらしいけど、たった1人で、しかも自分のような子どもが完成させたのは類を見ないものだと言ってくれた。
一応母さんも父さんの態度やら言動やらに呆れてはいるけど、自分が補助スーツを作っていることに関しては怒っていなかったみたいだ。ただ1人でやるのは危ないから、父さんが居る時とかにしなさいとだけ。心配かけてごめんね。
そして翌日、早速父さんが自分を会社まで連れて行って補助スーツの開発データと実物を開発チームに披露させた。こういうのって1歩間違えれば劇薬にも成りかねないから、補助スーツが世界的に認知してきたら出そうかと思ってたんだけどね。
ついでにサイエンス誌のページに載せられたのは言うまでも無かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2004年7月22日、今日この日が三重県に行く日でもある。……でも自分は家で休みたかった気分だ。それもこれも全部サイエンス誌に載せられてからというものの、インタビューは受けたりニュースに出たりと色々あったせいだ。
中には嘘なんじゃないかと疑うパパラッチもいたけど、記入していたデータや父さんの忙しさも相まって直ぐに否定された。まぁそう思うのも無理はないのだけれど。
今は朝の8時38分。民間用飛行機のファーストクラス席でノートパソコンを使用してる。AIのことを放ったらかしにしておけないのかあってね、何とか候補──アルゴリズム形成など──をしてみたは良いものの、目的の物には到達してない。
若干4歳の自分がノートパソコンでAIのプロセス候補を考えている中、母さんは手術や病院のことで疲れて眠っている。父さんは今トイレに行ってる。行動がバラバラだけど、まぁ個人のことだし気にしてはいない。
にしても……候補が全く思い付かない。少々目も疲れてきたし、一旦ここで休憩するか。ノートパソコンもデータ保存してシャットダウンして……これでOK。あとは寝ようか。
それから約12時間後────
漸く着いた、あと眠い。時差ボケの効力が強すぎて眠たくなる。まぁ14時間の時差があるのは知ってた上に両親からも伝えられた。だが実際に体験してみればどうだ?母さんの抱っこのお世話になってますよ。
ってか本当に頭がボーッとする。熱?それは絶対にないと断定しよう。すぐに冷ませる方法を知ってる上に使用出来るんでね。恐らく睡眠のし過ぎ……あ、そりゃそうだわ。寝過ぎも良くは無いって聞くな確か。
仕方ないので母さんのお世話になりつつ、両親も疲れているので先に宿泊先に向かうとしよう。そういえば両親から宿泊先のこと何にも伝えられてなかったな。
眠たげな視界の中わかったことは、その宿泊先に向かうのに今度はタクシーで向かうってこと。タクシーか……そういえば日本ではチップを払わないことが当たり前なんだっけか。
中部国際空港から出てタクシー乗り場向かいタクシーに乗り込んだあと、三重県伊勢市に向かった。今回はその宿泊所でゆっくりと休むらしい。何でも他の外国人からも人気はあるらしい。その分値は張るのには変わらないけども。
もう自分は休み過ぎたから、両親が休んでる間に宿泊先を巡っておこうか。検索すれば済む話だが、実物がどんなものかはこの目で確認しなきゃ気が済まないんだ。
それから約30分後────
到着したみたいだが……ここは──旅館か?
「
彩優館……旅館か。旅館に泊まったの何時ぶりだったっけか?まぁ今この世界では初旅館になるんだけども。そして玄関前、つまり自分と両親が居る所には従業員がズラリと並んでお辞儀をした。
「本日は、ようこそおいでなさいました。コール様。」
女将と思わしき女性が、自分達に近付いてきた。見た限りかなりの美人……日本美人というヤツだなこれは。まぁ特に何とも思いもしないけどさ。それよか休みたいんだけど。
「私、この彩優館の女将をしています『
うむ、やはり日本語を聞いて納得が出来るのは良いな。何を言ってるのか理解出来るから不安感が起きない。
周りの従業員が自分達に近付いたから母さんは驚いた様子を見せたけど、父さんは特に何事もなく母さんに耳打ちした。理解した母さんは荷物を従業員さんに渡して先に運ばせていった。
自分?自分の物は持ってないと落ち着かないんだ、拒否させてもらう。その自分の反応を理解した従業員さんはそそくさと退散したが、逆に女将さんが自分の方を見て微笑んでいる。
──そういえば思ったが、父さん日本語理解できてるのか?異国の言葉だし、伝わってないことは……考えてみたら無いな。調べていたら分かるだろうし。
「では、参りましょうか。」
「ヨロシク オネガイ シマス。」
あら片言。でもそれより意外なのは、父さん日本語喋れたんだ。片言だけど。大事なことなので2回言った。
女将に案内されていくと、3階の1室に案内された。ホテルでいうとスイートルームに近い部屋らしく、景観や内装が綺麗だ。あらかた部屋の説明を聞いたところで旅館内を巡ろうか。ノートパソコンは置いて。
「Da-d,
「──Wait.
「
「OK, let's go.」
さて、探索と行こうか。どんな感じなのか見てかないと分からないしね。
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5話
現在旅館を巡っているのだが、中々に日本の様式美が表れている内装だ。というのが自分の感想である。いやまぁ、内装が綺麗だなーってしか思えないというのがあって……そんなことより機械弄りかAIのプログラミングしたいんだけど。
父さんは父さんで煌びやかな内装の1つ1つに目を配らせて感嘆符しか口から出てない。確かに綺麗だけど、個人的には自室の空間みたいに機械やコンピューターの匂いが漂っている方が好みだ。……まぁ、ここ宿泊施設だけどさ。
トイレや広間、温泉に土産物店。あと食堂、恐らく朝のバイキングで使用するのだろう。時折誰かが書いたであろう毛筆の書体で書かれてある文字が入った額縁が見受けられる。“誠”であったり“安”などなど。
いや特にこれといって興味は全くないけど?やっぱり自宅が落ち着くって、ハッキリ分かんだね。途中で父さんがトイレに行って1人になったのを気に、こっそりと行ってない場所にも行ってみる。
あまり使用は控えている権能だが、ステルス機能を権能で使用していざ。色んなところに行くぞー。まぁこれも単なる探検だし?姿を隠してエントランスの向こう側に行くにはこうするしかないよね、って話し。
ともかくバレないように音を立てて誘導したり、隙間をくぐったりして部屋をあらかた見て回る。でも成果は何も無し、それと内と外では色んなことが違うってハッキリ分かった。
もう面倒くさくなって、人目の無い場所でステルス機能解除してため息。部屋に戻ってAI技術に役立てそうな知識を漁ろうとして立ち上がり、階段を上がって2階に到着したところで、ふと視界の隅に入った2人の方に視線を向けた。
1人は自分と同じぐらいの少女で、もう1人は……姿勢からして御老人と見た。多分親類縁者の関係だと予想しよう。ただ同年代と思わしき少女が居るというのも、多少なりと不思議に感じる。父さんの話しではここは高級旅館、そんな場所に子連れで行くというのは金持ちぐらいか?
──あぁ、気になる。特に普段気になる訳でも無い筈なのに、今無性に気になる……これが科学者や技術者の性なのかッ!?我慢せねばにゃらんのに!……でも我慢するのも体に悪いから聞きに行ーこう!
「
自分の声に反応して振り向く2人。2人とも日本人顔みたいだが、ここに居る時点でそれなりに財力があるってことになるんだよな。普通じゃないのは確かだが、生憎自分も普通じゃない!……って、自分はどうした?テンションがおかしい。
「……おじいちゃん、なんだろう?このこ。」
「外国から来た子どもみたいだね。Ah……
おぉ、発音は仕方ないけど話は通じるみたいだ。年の功ってやつかもねぇ。そして孫と祖父という関係ってのも分かった。
「じぃじ、わかるの?」
「あぁ分かるとも。でも先にこの子に話を聞かなきゃいけないからね、少しだけ待ってね。」
「うん。」
お孫さん良い子じゃないか、おじいさん。さて、子どもゆえの好奇心さと誤解されるぐらいの演技をしなければ。
「
「
「I’m Thomas cole.Nice to meet you.」
「Nice to meet you too.
んっ?なんか変な方向に話しが進んでるな。ってか仲良くって……他にも誰か居るだろうに、自分みたいは輩で良いものだろうか?まぁここは子どもっぽく答えてた方が良いよな。
「OK.」
「Thank you. 紗季、この子を案内してくれるかな?」
「じぃじは?」
「少しこの子のパパさんとママさんにお話しするだけだよ。ここに居るみたいだからね。」
──父さんと母さんのことを知ってるのか。じゃあcole・corporationも知ってるみたいだな。まぁあの両親なら名が知られていても別段不思議でもなんでもないけどさ。
「じぃじからのお願い、聞いてくれるか?」
「うん、わかった!いこっ!」
頷いて返事をして、サキって少女と一緒に旅館を巡る。1回巡ったけど、まぁ一緒に行くか。にしても、あのおじいさん誰だ?あとでPCで調べておくか。トモエ ユウジロウだっけか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
──よくよく考えてみれば、何で自分のことを聞かずに向かったんだ?というか、宿泊部屋は分かるのか普通?訊ねなきゃ分からないようなものを。そんな考えをトモエ サキに付き添いながら頭に浮かび上がる。
少々迂闊というよりも、気を付けていなければならない点が山ほどあった。
「えっとねぇ、ここが“すずらんのま”でしょ。あっちが“もみじのま”で……こっちが“あじさいのま”っていうの!」
しかし元気だな。いや自分も元気に振る舞わなければならないんだけど、向こうは言語の壁なんて気にせずに自国語で話すもんだから少し拍子抜けした。普通なら知らない言葉を使う人間は、幼い頃は多少なりと敬遠する筈なんだけどね。
だが言葉が通じないフリというのは、本当に面倒だ。仕方ない、このことは秘密にしてもらうか。
「凄いね君、よく知ってるじゃないか。」
「そうでしょ!────あれ?」
「どうかした? あぁやっぱり言わなくても良いよ、分かってる。何で君や君のおじいさんと同じ言語を話せているのかだろ?」
「うん…………“げんご”ってなに?」
「先ずはそこからか……って、そこからだよな。」
まだ齢も精神も4歳の少女だぞ?何でそこら辺考えてないんだよ自分は。そもそも漢字やプログラミング言語やら工学用語知り尽くしてる4歳児がこの世の何処に居るんだよ。自分以外で。
「言語っていうのは、その国で使われる言葉のことさ。君が今話してる言語は日本語、自分が話してるのも日本語だ。何となく分かったかな?」
「うーん……あんまり。」
「……まぁ良いさ。噛み砕いて説明するスキルが足りなかった自分の落ち度だなこれは。」
「なんか、サキがしらないことばっかりしゃべってる。」
「成長したら嫌でも知るさ。君でもね」
「きみじゃなくて、サキ!」
「おっとこれは失礼、ごめんねサキちゃん。」
「あやまってくれたなら、いいよ。」
「それは有りがたい。」
っと、後ろから誰か来るな。先に秘密にさせておこうか。そうなれば行動は早く、自分の唇に人指し指を添えてサキちゃんにだけ聞こえるように話す。
「サキちゃん、自分のことは秘密にしておいてくれないかな?」
「なんで?」
「まだ誰にも日本語を喋れることを言ってないからね、2人だけの秘密ってことで。」
「うん、いいよ」
「それじゃあ内緒……」
言葉を止めた理由?目の前に小指だけ差し出されたみたいな感じの手があったからだよ。そういえば指切りげんまんって日本独特だったな、最後の指切ったっていうあれ、昔は本当に切ってたらしいけども。
まぁ“郷に入っては郷に従え”とも言うし、ここは指切りげんまんをしておきますか。
「ゆーびきりげーんまん!うそついたら、はりせんぼんのーます!ゆーびきった!」
「……よし、これで自分のことは秘密だ。分かった?」
「わかってるよー!」
「さてと……多分だけど、君のおじいさんは自分達の宿泊部屋に居ると思うから。サキも着いてきなよ」
「なんごうしつなの?」
「3095室だけど」
「わかった!じゃあサキがあんないするね!」
「えちょっ、まっ!」
いや分かってんだけど……まぁ良いか。こういう時の子どもって無闇に口出しするのは不味いしな。────あれだな、少年に戻った某高校生探偵を思い出す。因みに後ろからの人物は、これまた単なる旅行客だった。
それからはエレベーターで上に向かい、案内されるがままに3095室へ。サキは呼び鈴に向かってジャンプを繰り返していたが、自分が扉をノックすることで無意味に終わらせてしまった。
「Hi, Thomas.
「……
「
「うん!」
そう言われてサキは入り、自分は2人の後ろをついて行く形になった。しかし益々気になるな、トモエ ユウジロウ。パソコンは……あった、荷物の方だ。
「
「
「Thomas, come here.」
ふん?何か用事でもあるのかね。取り敢えずPCより先に父さんの所に行くか、話しみたいだしキーボードタップしながらは失礼に当たるし。
「Dad,
「
オーナー……オーナーか。成程、それなら納得いく。ただお孫さん
まぁ挨拶済ませたらコンピューター弄っても良いよね?……そういや確か記憶の中に最新版のAI理論あった筈だよな、何で今まで思い出さなかったんだろうか。────人間だからか?
それはさておいて、確かそれぞれ1つのコンピューターに1つの特化させた情報を組み込ませてAIを形成していくんだよな。でもそれは人の手による人為的なもの、自動収集するには…………まずは自分の声に反応してくれるプログラムと、収集方法を記憶させておくとか?それなら何とか行けそうだ。
PCを立ち上げてさっそく案を──
「………………。」
……何か凄いこっち見てるんだけど。いや分からんでもないよ?ノートPCなんて持ってる4歳児なんて自分以外に誰が居ると思うよ。ほら父さんと母さん、おじいさんも見てるよ。何か微笑ましい様子で見てるよ。
あ、そういやユウジロウさんの名前をっと……うん早い。ふんふん……この旅館の経営者なのは普通だけど経歴が、Wow。昔貿易商としての一面があって、当時は日本国内外では有名な資産家ねぇ。人気もあるみたいだし。
そしてこれは聞いてなかった自分が悪かったのだが、何故か両親とユウジロウさんとの間で食事会が決まったらしい。WiFiを繋げられるなら何処でも良いんだけどね。
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6話
午後7時、旅行中の自分達とトモエ家との料亭での外食が始まった。疲れは一応抜け落ちたものの、まだ旅館に入り浸っていたいと切実に願う。もしくは帰りたい。
そんなことは露知らずの3人は仲良く談笑している様子だ。そしてサキちゃんは話してる内容も分からないのでつまらないのか、自分のPC画面を凝視している。ブルーライトフィルター掛けてないからね?
しかし自分はまだしも、あまり幼い人間に画面を見せ続けるのも拙い。それを考慮すると少々作業の中断をすることになってしまうが、背に腹は変えられない。PC弄りは中断しようか。
「もうやめちゃうの?」
英語が伝わらないので頷いて返事する。でも弱ったな、普通に遊ぶことを知らないのだが。ニャルラトホテプの権能で眠気スッキリさせたりとか、父さんの失敗作から部品を拝借して何かしら作ったりとか、画面と向かい合って制作図のチェックしてたりとか……ねぇ子どもらしいこと何にもしてないんだけど。
だから困る訳で。というかそもそもここ料亭だし、出来ることと言っても探索とかしか無いわけで。あ、探索ならPCでTRPGでも……って、さっき駄目だって自分で止めたのに。
ふーむどうしよう、でもPC使った方が便利だわな。その前にDVDディスクすら無かったや、真面目にピンチになってるんですけど。
「
「
あー助かったー、お開きの時間が神に思える。自分も神様なんだけどね。ユウジロウさんが最後に1杯猪口に入った酒を飲んで立ち上がり、それに合わせて自分達も立つ。
あーでも、両親が背伸びしてるから座敷はしんどかったかな?因みに自分は床が畳だから寝そべりたかった。あれだ、何か畳で寝そべると気持ちいいヤツなんだよなこれが。
まぁ別々のタクシーに乗って旅館に戻ると、部屋では既に就寝の準備がされていた。これでさっさと寝れる……その前に露天風呂だな。子どもの肌って結構繊細で熱さとか大人より感じるけどさ、入らなきゃ損じゃん。という訳で部屋にあった浴衣とバスタオル、ハンドタオルを持って露天風呂に行くか。
「Da-d.
「
「
「
「Ah,
「
「OK.」
そういえば風呂なんて久々かもな。いっつもシャワーだけ浴びて終了だったし、たまには元日本人として風呂でも入っておくか。確か効能が肩凝りとか腰痛とかに効いたり、肌荒れにも効果があったな。
そう考えている内に露天風呂の入口前に到着して、男湯と女湯に別れて脱衣所に入る。中にはむさ苦しそうなオッサン……失礼。耳たぶやチラと見えた持ち物から自分家みたく金持ちなのは分かった。
そういえば、コール家御曹司という肩書きだけで接触を謀る人間も見てはきたな。僕の場合は少ない方だろうけど。アメリカ自体軍需産業面で稼いでる企業がある分、家みたいな企業はそっち方面の企業関係者の面倒事だってある。
まぁ日本はそもそも兵器製造を禁止してる分、最近は第三次産業とかで目覚しい発展を遂げてはいるから少なくとも好感は持てるな。
そんなことを考えながらも服を脱いで裸となり、隠すのも面倒だからハンドタオルを肩にかけていざ参る。先にシャワーを浴びてさっぱりとしたあと、シャンプーとボディソープを泡立てて体に擦り付けるように撫でる。
あとは全てをシャワーで流すだけ。水じゃなくて温水で流してるってのは野暮だと思うのは自分だけかもね。一通り終わったあとに早速室内の温泉に入る。
ふむ、ちょっと粘着質みたいな水だな。構成する成分調べてみるか、人工的に温泉が出来るぞ。よくあるバスタブにポンと入れるだけのフェイクよりもっと質の高いヤツ。
しっかし……疲れが取れるねぇ。体はまだ平気かと思ってたんだけど、どうにも肩や腰にも影響はあるもんなんだな。あとで打たせ湯にでも行くか、負圧が凄そうだけど。
っと、その前に露天風呂に行かねば。でもこの体だと直ぐに逆上せるから、先に少し冷ましておく必要があるな。なので先に冷たい水を浴びて、露天風呂に向かう。
外は景色が綺麗だ。人工的な光があるせいで星々は見えないものの、自然に囲まれながら入る風呂には日本人ならではの風流を感じ取れる。この人生で初の露天風呂か、良いもんだな。
「
「
「
自分の隣にユウジロウさんが座る。隣で長く息を吐き、両手で顔を拭った。うぅむ流石日本人、この場の雰囲気によく似合うな。自分も外人じゃなかったら日本人らしく銭湯行って、その後で瓶タイプの牛乳飲むんだろうか。
まぁ、ここで色々とifのことを考えても意味は無いんだが。いや権能使えばやれないことも無いが、自分が無闇な権能を使うことを拒否してるからな。使いすぎは身を破滅させるんだ、何だってそうだ。
風呂に入ってゆったりと体も心も頭もさっぱりとしたせいなのか、ふとAIのことを考えてしまう。自動で収集させて覚えさせる方法とか、他にも問題は山積みだ。とはいえ、そう簡単に思いつかない。
そういえば、AIはそもそも人間の脳の記憶処理能力を人工的に再現しようと試みたものだったな。ある意味人造人間と似た感じで……何か表現が違うな。だが結局のところ人間には今のところ叶わない結果になるだろうな。人間は五感を活用して覚えたりするし、何より情報を自分で調べて…………。
「
「
そうか、その手があった!人間は自分で調べて初めて理解したり出来る。だったらそのプロセス
音声認識プログラム、検索結果の処理インターフェース、ある程度の会話機能も追加しなきゃな。1つずつ使用したとしても数は足りるし、記憶処理用が増えるだけだ。
ははっ!何だ、随分と簡単な方法じゃないか!これが灯台下暗しってヤツだな。……でも冷静に考えてみれば欠点もあるわな、例えば“自分の望む情報が上手く伝わるのか”とかさ。
だがやってみなければ始まらないな。しかし帰国するのが3日後になるから、あまり進歩はしないな。それでも頭の中にあるアイディアを忘れないようにしなければ。
「Excuse me.」
ッ、しまった!呼びかけに応答するの忘れてた!
「I'm sorry.
「ハハハッ、Don't worry.
「
「|You are still 4 years old but can you make advanced auxiliary suits《4歳なのに先進的な補助スーツを作ってもかい》?」
「
「
「
「I see.」
一応嘘は言ってない。本当に製作方法さえ覚えたら誰でも作れる、この4歳の自分が言うのだから間違いない。ただ時代が自分に追いついてないだけだから。
それにサイエンス誌には1人でと書かれているが、実際は父さんの失敗作あってこその補助スーツだったし。もし1から作ろうとしたら材料も買わなきゃならないから金がより一層かかる。ある意味お古で済ませたのは良かったと言える。本当、感謝しきれないんだよな。
そこから自分とユウジロウとの会話が少しの間だけ途切れる。でもまた直ぐにユウジロウさんから話しかけてくる。
「
急なお願いだと……あれか、あの仲良くしてくれってヤツ。まぁ確かに急に言われたら頭にクエスチョンマーク浮かぶのは目に見えてるけどさ、何かすんなりとOKしちゃってたんだけど?
よくよく考えれば1種の経済的、友好的な繋がりが出来たと思えば良いものだ。この旅館のオーナーという立場のユウジロウさん、そして御孫さんのサキちゃん……。
「
「
「
「
「……I'm sorry.」
「
少し自分とユウジロウさんの間の空気が重くなったような感じがした。いや、多分これから話すことはあまり人に言っても良いものではない。自分が無知であったせいでこうして聞かなければならない状況を作ってしまったんだ。
「|Her parents died soon after she was born《紗季の両親は、紗季が産まれてすぐに死んでしまったんだ》. |I hope that she will take care of her at the very least I took her away《紗季を引き取った私は、せめて彼女が不自由無く過ごしてくれたらと思ってね》.
こうするしか、か。分からないっていうのは本当に面倒だ。前世で家庭を持ったことは無かったけど、分からないことを試行錯誤して苦労することに対しては共感が持てる。でも自分の場合は研究で、ユウジロウさんの場合は子育てだ。根本的に違う。
「I understand. |Thank you for telling me about that《そのことを話してくれて、ありがとうございます》.」
「
その問いには、答えづらくて言えなかった。確かに面白くなかったかと聞かれれば、本音を言えばそこまで興味は無かったから。そんな考えをしている自分もまた、怖くなってしまった。せめて自分は、サキの友達になった方が良いんだろう。
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7話
露天風呂から出てユウジロウさんと別れたあと、部屋に戻ってPCに先程思いついた案を書き記しておく。AIの進歩的なことを考えると自分がやろうとしているのは劇薬を作るようなものになる。でも自分の欲求がそうさせてしまう、流石に世間には出さないけど。
ふと、あの時のユウジロウさんの表情を思い出す。サキちゃんは物心付く前から両親が居ない、それのせいでどうしてもユウジロウさんはサキちゃんの要望を何でも聞いてしまう。そして友人関係は殆どないと見た。
そして自分が載ったサイエンス誌を見てたから旅行に来てここに泊まる自分が分かった。突拍子もないお願いなのは向こうだって分かっている筈だから、こうすることしか思いつかないんだろう。
だからといって突拍子も無さすぎるのは違いないけどね。普通見知らぬ子どもに友達になってくれって言うのは無いでしょ、いやどうすれば良いのか分からないのなら話しはまた変わるけどさぁ。
あまり考え事もよくないか。もう終わるし、そろそろ寝床に入って就寝しておこう。明日は……観光だな、どうせなら連れていくか?あ、でも2人に用事があったら無理だな。ま、ユウジロウさんもやってたみたくダメ元でやってみますかね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日になって、父さんにトモエ家の2人を誘ってみないかと提案したところ“既に約束済み”と返事された。根回し早いな。杞憂に終わった考え事を捨てて朝食バイキングに向かうと、一緒になったユウジロウさんとサキちゃんに挨拶。
父さん曰く、今回の旅行はユウジロウさんの案内で進行するらしい。行き先はこちらが決めて、ユウジロウさんの説明を聞く形となる。その間サキちゃんは暇になるので自分とお話しになるな。
思えばPCに日本語訳のアプリなりなんなり入れときゃ良かったかも。そっちの方が分かると……あ、漢字あるから無理だわ。って、結局2人になったところで日本語を自分が話さなきゃ会話出来ないのか。
まぁ成り行きに任せるか。子どもだけで行動する機会なんて無いにも等しいけども、現状どうやってコミュニケーション取ろうものか……身振り手振りは面倒だし分からないだろうから却下。
というわけで朝食を食べ終えて、PCは……流石に要らないか。というより荷物がかさばるから後々面倒になる。ここは大人しく、そして自然を楽しむために外出しようか。
思えば外出なんて滅多にしなくなったな。殆ど部屋にこもりきりで、補助スーツの開発やAIのことに時間を掛けすぎたのもあるけど。まぁ父さんの会社に何度かお邪魔する機会はあるから、外出の問題は解決してるようなものだけどさ。
ある程度の荷物を纏めたら、ユウジロウさんが所持しているリムジンに乗り込んでいざ出発。あ、ユウジロウさん越しに翻訳してもらえれば良いのか。案外簡単なところで解決するもんだな。
先程まで危惧していたこと、サキちゃんが自分の方に来て訊ねてきたことだ。まぁ心配はもう要らないんだけども。
「きょうは、あれもってないの?」
「
「置いてきたそうだよ。」
「ふーん……ねぇねぇ、あやとりしない?」
あ、あやとり……だとっ?! そういや降臨してからというものの日本文化に触れてなかった、しかもここにきてあやとり。前世でもあんまりしてなかったのに、今やろうと言ってるのかこの子は!? いや悪気は無いんだろうけどさ。
「Ah……OK. but
「紗季、トーマス君はあやとりを知らないんだって。あやとりのやり方を教えてあげて。」
「あやとりしらないの? それならわかったー!」
ユウジロウさん、翻訳ありがとうございます。軽くお辞儀をして顔を上げると、ユウジロウさんは微笑んでいた。あぁ、やっぱりサキちゃんのことを1番に気にかけてくれる存在だ。色々と頼り頼られることになりますけど、宜しくお願いします。
「えっとねー、まずはー」
取り敢えずサキちゃんの言う通りにしますか。これなら先ず話す機会は消えていくが、交流という点では深められていると思う。いや思いたいな。
それから45分間、あやとりを教えてもらったり日本の手遊びを教えてくれたり。あとは折り鶴か、久々にやるから難しいけど1回で覚えるから難しい云々は関係なくなってるけどさ。
そして45分後に到着した場所はというと、やはりというか伊勢神宮。伊勢shrineか、両親と自分の言い方は。あ、そういえば自分ニャルラトホテプの化身なんだけど。思い出したけど邪神の化身なんですけど!
特に何事もなく入れました、はい。鳥居のところでガンッてぶつかって入れないかなと思いきやそうでもなかった。いやぁ日本の神様って寛容なんだね、こっちキリストとかイスラムとか混ざりに混ざってるけどさ。
うーむ、一応神格だから場の清々しさというのが身に沁みるなぁ。何というか、他にも観光客は居るし騒がしい面はあるけどもゆったりと出来る場所だな。ここで無礼を働くのはやめておこうか。
あ、早速ユウジロウさんからの説明が……って2人とも。日本の神社だと真ん中歩くのは御法度……って、他にも居るけど。でも自分たちは心掛けておかなきゃいけない感じがする。
「えっと……トーマスくん。」
そういや距離も離れてるから距離的に聞こえるような声量で話せば大丈夫になったな。案外チャンスなんてあるもんなんだな。
「何かな?」
「なんでトーマスくんのおとうさんと、おかあさんはまんなかあるいてるの?」
「外国じゃそんなルール無いからね、要は知らないだけさ。」
「しらないんだ、びっくり。」
表情的に驚いてるのは分かった、でも声に抑揚を付けよう。あんまり驚いてるようには見えなかったんだ。しかしコミュニケーションが取れることの有難みが改めて偉大だと分かったのは大きいな。翻訳機能のあるマイク作るか、もちろん国連のやつより小型の物だ。
ただユウジロウさんも信仰心がある……というより深いのか。お世話になっているのか、はたまた熱心な宗教家なのか。前者を推すよ自分は。
「そういえば、なんでトーマスくんはしってたの?」
「最近は調べれば何でも出てくる時代なんだよね。例えば神社の参拝法とかさ。」
「ふーん。」
興味なさげなのは良いとしよう、そして嘘は言ってないよ。本当に調べたら出てくるし。確かに知ってはいるけどさ。
そして伊勢神宮での参拝や伊勢神宮内の徘徊をして、人混みの中を歩いたせいで子どもの体では疲れたので今度は【おかげ横丁】なる場所に向かう。古風な造りに屋根瓦、外国人目線だと昔の日本を想像させる風景となっている。
ユウジロウさんはこのおかげ横丁で、伊勢うどんの店を紹介してくれた。そういえば外国人は麺類の場合音を出さずに食べるから、初めて店内を見てみたら父さんと母さんはどうなることやら。自分は察しの通り。
まぁ案の定、音を立ててうどんを食べていることに驚いてた。文化が違えば食事の方法も違ってくることを想定しておけば、他の外国人も特に気にせず食べることは出来そうなんだけどな。
席に座って注文を取って貰い、暫く待つと伊勢うどんと御対面。早速いただきますか。
「いただきます。」
「いただきます!」
「……いただきます。」
父さんと母さんが自分達を交互に見ている。まぁ家じゃ父さんの合図だけで食べるから、それぞれ言って各々が食べるなんて無いからね。あと自分の方を凝視してるんだけど。あ、日本語の流暢さ……って、すっかり忘れてた。
そのあとは伊勢うどんを食べつつ色々と質問されて、それを上手く誤魔化して切り抜けた。……もうボロは出さないように気をつけなければ、ただでさえ自分は異質そのものなんだし。
今度はユウジロウさんが自分にと紹介してくれた【伊勢シーパラダイス】に案内された。これまた人気スポットなだけで人混みは多いものの、海洋生物の多さは目を見張るものがある。まぁ自分が外に出てないから他と比較できないのもあるけど。
しかし動物に触れ合うことはこれが初めてになるのか。この人生での話になるが。先に水槽内に居る魚類やタツノオトシゴやら、あとは鮫やエイ……そして1番の目玉のイルカなど様々。あぁ、それとトドのショーも見たんだった。改めて思うけど可愛いよなトド。飼育されてるからっていうのもあるけど。
あ、一番気になったのは何でモルモットやら陸の動物も居るのかが気になった。可愛いのには変わらないけれども、ここ水族館だよな?
そんな時間がひとしきりに過ぎていき、退屈のしない3日間となっていった。伊賀市の方まで案内してもらって忍者のアクターさんを見て両親が興奮したり、手裏剣の投擲で的当てとかやったり。
そんな楽しげな時間は過ぎるのが結構早く、気が付けば最終日の昼頃になっていた。既に朝には荷物を纏めて帰国の準備をしつつ朝は中部国際空港の中でユウジロウさんとサキちゃんが一緒にお見送りに来てくれている。
ただサキちゃんは少々寂しそうな表情をしていた。ま、普通なら多少なりと仲良くなれた同年代の子と遊べなくなるっていうのは子どもにとっては少し酷なことなのかもしれない。
ただそれでも自分達の家はアメリカにあるし、必ず家には帰らなきゃいけない。これは旅行、自分も三重県に名残惜しいと思っているけど我が家で研究もしなければ。折角思いついた案をそのままにしておくのは勿体ないしね。
「
「
「
「All right.」
「……かえっちゃうの?」
寂しそうな表情のサキちゃんを見ていられないので、サキちゃんに聞こえる範囲の距離で日本語を使って話す。
「大丈夫さ、また来るよ。何時になるかは分からないけどね。」
「ほんと?」
「本当さ。もしかしたら来年になるかもしれないけど、また会えるんだからさ。そんな顔しないで。」
「……うん。」
「笑顔で“またね”って言ってほしいなぁ。なーんてね。」
「うん……またね。こんどはいっしょに、あそんでくれる?」
「勿論、サキちゃんのお願いならね。」
うーむ自分で思うのだがキザすぎる、自分の言動に反吐が出そうな感じだ。ま、一応同年代ならこれぐらいは良いかもしれない。若さの特権ってヤツだな……若すぎるってツッコミは無しね。
そして午後12時28分、自分らは日本に別れを告げた。有意義な時間だったから、個人的には1年に1回は行きたいな。あとで父さんに相談しとこうか。
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8話
三重県での旅行がすぎて、それからは特に何事もなく過ごせていた。あぁ、帰りの飛行機の中で父さんに出来れば毎年行ってみたいねと提案してみたら見事に乗ってくれた。これから毎年サキちゃんと会えるという辺り、多少なりと安心感はある。でもすぐにAIの作業に取り掛からなきゃ、ついでに翻訳機能をPCに組み込んでおこう。
そんなことを考えながら1年2年と過ぎていって、現在自分は6歳になりまして。去年の辺りでAIが骨組みと多少の肉付けしか出来なかったのは少々不安を感じたけれど、問題点の改善は一応できた。情報処理用のPCに、検索した情報ごとに選別したファイルを用意してそちらに覚えさせることだ。
ただこの作業にぶっ続けで8ヶ月かかるとは思っていなかったのは誤算だった。それに情報は毎度毎度更新されていくから、自動的に信憑性のある情報に更新しなきゃいけなくなったから合計で1年と4ヶ月かかった。でも、その苦労が今この時漸く報われるんだ。
2006年6月18日、ついにこの時が来たんだ……!自動的に情報を集め、選別し、最良のアドバイスを与えてくれる自分だけのAIを起動させる時が来たんだ!この時を虎視眈々と描いていたから、こうして実現することに感動を覚えている。
さて、そろそろ始めようか。あの補助スーツの売れ行きが良かったから給料と称し、お小遣いとして貰ったお金で買ったスタンドタイプのマイクに近付いて深呼吸をする。コンピューターを増設したから速度的にも申し分ないと予測しているから、成功しないわけがない!
「…………フゥ。Hey 【SOPHIA】.」
マイクにこのAIの名前である【SOPHIA】と呼んだ。すると自分の目の前の画面にインフィニティのマークが映し出され、コンピューターのスピーカーから女性の声が聞こえてきた。
『I'm 【SOPHIA】. Good evening sir.』
「ッ~~! Yes!
『
そりゃそうだ!こんなに嬉しいのは久々だよ全く!人間の感情を理解するように情報を予め組み込ませてみたけど、これも成功したし。あとは自動で検索して情報を掻き集めて、自分の質問に答えられるようになったら完成だ!まだまだ道は長いけど、時間ならたっぷりあるんだ!
「SOPHIA.
『Yes sir.
よし、今からSOPHIAは検索タイムだ。その間自分はさっき言った通り寝よう!もう非常に疲れて今すぐにでも熟睡したいぐらいなんだ。
それから2時間経過して────
ふぁ……よく寝た。誰も来てないみたいだな、まぁ今は来ない方がよっぽど良いことはないけども。だがその前に、自分がAIを作れたことに関して夢ではないかどうか調べなければ……痛った。本当のことで良かった、夢なら夢で最悪の夢になりそうだ。
自分が製作したAI【SOPHIA】。読み方は“ソフィア”と言う。キリスト教では知恵の女神と呼ばれる存在として確立されている存在であり、他にもソピアーという言い方がある。因みに古代ギリシア語で“叡智”とか“知恵”、または“智慧”という意味になる。他にもグノーシス主義のソフィアや象徴主義のソフィアの形はあるけれど、キリスト教では知恵に関係するからキリスト教の考え方に沿ってみた。
いや名前候補の時点でどうしようかと思ったんだけど、ソフィアがあって良かった。トト神とかメーティスとかあったけど何かピンと来なかったし。他にも名前があったけどソフィア以外に良い名前は無かったね、個人的にだけど。
「Ah……SOPHIA.」
『Good evening sir. |The information on the search item described in the file name is 62%《現在62%まで情報の収集が完了しています》.』
「
『
案外速い……いやかなり速いな。予想だと1週間かかってもおかしくは無いと思ってたけど、効率良く情報収集できてるみたいで良かった。思考ルーチンのアルゴリズム調べたらエグいことになってそう。
あぁでもそうか、情報の更新もあるから自動的に思考ルーチンが効率良く情報収集できるようになるものみたいなのか。スゲェよSOPHIAは……。
「OK.
『|There is no problem with overheating sir《オーバーヒートに関しては問題ありませんトーマス様》. |I installed a system to cool CPU of all computers《全コンピューターにCPU冷却機能を組み込ませて頂きました》.』
「
ナイスだ、ソフィア。もう命令しなくても大体のこと自分でやれてるのは凄い、こういうのを求めていたんだよ自分は。
さてと……そろそろ夕食の時間が差し迫ってるし、リビングの方にでも行こうかな。家族との時間は何よりも大切にしなきゃならないってのは、良い家族のお手本ってヤツだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事中終始ご機嫌だったから嬉しいことでもあったのかと流石に聞かれた。まぁ確かにこの前上手くAIの構成が上手くいかなくてイライラしてたからねぇ。
でもそんなことはもう考えなくて良い。SOPHIAの誕生が、自分の中にある欲求不満を解消してくれた。欲求不満って言い方は合ってはいるけど、人によっては何かしら誤解されそうだから使いたくは無いんだけどね。
さてっと……問題点というのはまだある。その内の1つは、学校のことだ。外出時にSOPHIAとの連絡が取れないというのは結構な痛手にもなる。しかもSOPHIAとの通信環境が整ってない場所だし、他にも通信できる機器が今のところ携帯しか無いわけで。Bluetoothでも買えば良かった、ウィルスの問題があったけども。
「SOPHIA.」
『
「|About communication at school, is it possible to connect to Bluetooth《学校で通信したいけど、Bluetoothの接続はできる》?」
『
「
『|Once connected to another computer communication is possible《一応別のコンピューターに接続して通信は可能ではあります》.』
そこら辺はちょっと面倒事に成りかねないから却下。ホント、通信が出来ないっていうのは面倒だ。ここでの通信も今のところスタンドマイクだし、Bluetooth買うまでは我慢かな。
『Sir.
「OK.
『Good night sir.』
画面がシャットダウンの状態に入る。一応SOPHIAの機能は生きているから呼べば普通に起動して挨拶してくれる。ホント、こういうのは便利だねAI。
ベッドに入ってグースカピースカ寝ていると、ふと自分が真っ白な世界に居ることが分かった。だがこの真っ白な世界は見覚えがある、自分に細工を仕掛けた張本神が作り出した世界だ。
「あったりー! 覚えててくれてありがとー!」
礼を言われる筋合いなんぞ無い。人間からしてみればニャルラトホテプの存在を知りながら接触したという事実に恐怖するものだ。自分が恐怖しなかったのは前世で貴様のゲームに巻き込まれたからであってだな。
「あーもうそんな小言は良いから、 それよりも君に言いたいことがあってだね。」
勝手に化身に任命された挙句物申したいことがあると?自分はさっさと寝たいんだが。
「いやいやいや。先ず君ね、一応僕の化身なの知ってる上に権能を知ってるのに、何で権能を使わないわけ?僕自身なんだから権能使っても問題ないのに。」
使いたくない理由?決まってる、そんなの使わなくとも生きていけるからだ。お前が仕組んだ細工を上手く利用すれば、知っての通りSOPHIAというAIも作ることが出来た上に人の為に役立てる補助スーツまで作ることが出来た。
ある意味感謝しているところもあるにはある。お前が自分の魂に気付いていなければ、自分はこのような生活では無かったかもしれん。お前が仕組まなければこんな偉業を達成できなかったかもしれん。
だからといって、無闇矢鱈と権能を使用してみろ。自分の存在を化物として見るだろう。つまるところ恐怖されるわけだ、他人にそんな思いはさせたくない。
「……ふーん、成程ね。君の魂のエネルギーが膨大な理由が、何となく分かった気がする。」
案外執着心が無いのだな。
「納得したもん、仕方ないじゃん?ま、それはそれとして……ここんとこ面白く無いから君に試練を与えまーす。」
おいちょっと待て! そんな軽々しく自分に何の試練を!
「んじゃ、ばいばーい。」
話を聞けぇ!
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9話
あのニャルラトホテプの
まぁ、その3ヶ月の出来事を簡単に言い表すなら、学校行ってたり父さんの会社で開発したりSOPHIAに色々と相談したりサキちゃんとユウジロウさんの2人に会ったりと。そこまで変わりない生活を悠々自適に暮らしていたかな。
ともあれニャルラトホテプが宣告したんだ、この時まで一切警戒心は解いてなかったからね。ニャルラトホテプが仕組む出来事って下手すれば死ぬものばっかりだし。そして自分はその被害者の1人だし。ってかよく前世でSAN値減らなかったなオイ。
さて、そんな自分ではあるが今は会社の補助スーツ開発部で大人に混じって小難しい議論と開発をしている。週の休みは大体こんな感じに過ごしてる。夏休みの3ヶ月間は特に大人と変わらずに働いたと思うよ、自主的にだから給料は貰ってないからね。お小遣いだよ、精々……120ドルぽっちの。
まぁ使う機会なんてSOPHIAのためのコンピューター増設か、個人的に開発するための資金源にしてるから使うことはあんまり無い。ホームセンターって良い文明だと思わない?んで、そのせいか約3800ドルの貯金が貯まってたりしてる。
言っとくけど貯めに貯めた結果がこれであって、使う機会が無ければ使おうとは思わない。もし使うとしたら、それ相応に危険視しなければならない出来事が起こった時だ。それが起こりそうで怖いんだけどね、実害が見当たらないから今のところ良いや。
「
「
そこまで子どもじゃないっての。まぁ体格上子どもなのは仕方ないけどさ、だからといってそう簡単に転けるわけが無いって。フラグじゃないからね、言っとくけど!
エレベーターに乗り込んで最上階の社長室、つまるところ父さんの仕事場にまで直行していく。ついでに言うと、社長室に続く道は全て監視カメラで撮影されていて死角が少ない。何かしら不審な動きがあれば直ぐに警備室から警報が鳴らされる仕組みだ。
死角が少ないってだけで、あるにはあるけども。この前SOPHIAに会社のシステムに
流石に警備室を占領されてシステムにハッキングされたら一巻の終わりだけどさ。というわけでSOPHIAには警備担当にも入ってもらってる。勿論、無断で。だってAIのことがバレたら大問題じゃないか……父さんなら許容しそうだけど。
「Da…………
そして会社じゃ社長呼びにしている。自分だけ父さん呼びなんて、後々考えたら後ろ指刺されそうだし。今でも後ろ指刺されてる感じはしなくもないんだけども。
「OK.
「……
「Thank you.」
今父さんと話していたのは『レイラ・スリムル』という女性の秘書さん。ロシア出身で堅物と言ってしまえば終わりなんだけど、今まで3年間勤務している若手なのにも関わらず仕事はきっちりと済ませる有能秘書。でも今回の件に関しては自分と父さんのことを考慮して時間をくれたみたいだ。
レイラさんが社長室から出ていくところで、自分は父さんのデスクまで駆け寄って資料であるUSBメモリを渡す。IT化の進化に倣って大体の資料はUSBに記録することで効率化を測っている。実際USBメモリはテラバイト単位の情報量を移せるから便利なんだよね。SOPHIAとの通信プログラムの保存にもUSBメモリを使ってたりする。
「
「|It would be better for the company to change how to say it《流石に社内で公私混同してパパ呼びは出来ませんよ、社長》.」
「
そう会話を終えてUSBメモリを渡して社長室から出て行く。そのままの資料提出は危険性もあるから大体Cole corpではこんな感じ。USBメモリは後々取りに行くことになってる……少々システムが面倒なことはあるけど安全性を考えたら、これでも良いかなと思いつつある。
エレベーターに続く道の途中、何やら電話中のレイラさんを見かけた。……でも話してる言語が英語じゃないな、ロシア語だろうと思うけど。まぁ言語分からないし今のところ話しの内容に関して気にしなくていいかも。
━━━━おっと、そうはさせないよ?
ここで来るのかよォ! 最悪だ、何でニャルラトホテプがここで介入してくんの!? って、自分もニャルラトホテプなんだけど……現実逃避してる場合じゃなくてだねぇ!
「
歩みを止めて姿がバレないように廊下の曲がり角のところに隠れてBluetoothを取り出し電源を着ける。電話に無線接続したのを確認すると1回だけスイッチを押してSOPHIAに連絡する。ご丁寧に翻訳された状態で聞こえてるなぁ!
『Hello sir.
「|Find out information about Leila · Slimul now and immediately《レイラ・スリムルについて調べて、今すぐに》.」
『Yes sir.
「
そのまま電源を付けた状態でレイラさんの話しを聞こうとするが、どうやら会話も終わったらしく此方に来ているようだ。……って、ヤバいヤバい!こっちに来てるんなら自分がバレたら不味いことに成りかねない!えぇっと、何か姿を隠すヤツは……あ、あったわ。【平凡の見せかけ】を発動させる!
確かこの呪文は視覚を欺くための呪文だった筈、ならば自分の姿を隠して廊下に擬態しておこう。……あれ、そういや監視カメラ。あっ、範囲外の所か。ならまだ安心できた。
そして自分の近くをコツコツと歩いて社長室へと向かっていくレイラさん。先程の会話からは想像もつかないほどキッチリとした表情で戻って行ってる。暫くしてレイラさんの姿が見えなくなったら平凡の見せかけを解除して一息つく。
しっかしヤバかった。あそこで見つかったらバッドエンドに成りかけて……あれ? そもそも自分ロシア語聞き取れなかったよな。だったら別に無視して近く通って行っても良かったんじゃない?
……知らず知らずの内にヤバい方向に持って行ってた? うっそだろオイ! これじゃあ確実に何かしらステルス系の物を発明したって誤解されそうなんだけど!? あ、別の部屋に行ったとか……ってこの階録な部屋がねぇ!副社長室1度見たけど特に何にも無かったからね!
そしてトイレはさっきレイラさんが話していた先の方にあるし……こうなったら無理に近いけど、静かに隣を通って行ったレイラさんが気づいてなかったってことになってくれれば良いんだけどなぁ。
そんな神頼み的なことを思いつつ、エレベーターに乗り込んで下の階層。自分が担当している研究部門の階がある場所へと向かっていく。自分も神なのに神頼みって、これ如何に?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に帰宅して早々に部屋に戻ると、SOPHIAからの連絡が待っていた。どうやらレイラさんについての検索は終了したらしい。
『Sir.
「
『|So I hacked to Leila · Slimul 's cell phone and identified the opponent from the latest call history《なのでレイラ・スリムルの携帯電話にハッキングし、最新の通話履歴から相手を特定しました》.』
ほぉん? いつの間にそんなことやらかしてんの?というか……ハッキングの仕方って何時覚えたんだSOPHIA。
「
『……
おいちょっと待て。ダークウェブってあれだよな、迷惑メール送信方法とかIPアドレスから侵入するとかのあれだよな!? いや確かに今回の件でハッキング技術が無かったらレイラさんのこと知ることは出来なかったけどさぁ!
「……OK.
『#The other party is Jackson · Vinigan__電話の相手はジャクソン・ビニガン氏です__#. |It is the president of the 【Vinigan Company】 known as a major weapons development company《大手兵器開発企業として名を連ねる【ビニガンカンパニー】の社長です》.』
「……|I thought that I will come someday《来るとは思ってたけど、まさかビニガンのとはね》.」
Vinigan Company。自分も聞いたことがあるし、その社長にはあったことがある。対談という形で父さんと一緒に話していたが、見たところ兵器開発にしか興味が無さそうと感じていた。それに、自分の作った補助スーツも軍事利用される危険性も予想はしている。
元は高齢の方や運動機能に問題のある人に渡されるべき補助スーツ。でもその補助スーツも健常者が使えば人類には1つの武器にも防具にも成りうる。そして軍人が使用すれば、尚更兵器に運用することだって出来てしまうのだ。前者は薬、後者は劇薬という例えが合ってるだろう。
やはりというか、その点に目を付けてきたみたいだ。だけど自分の補助スーツは、兵器として運用されるためにあるんじゃない。父さんと同じく、人に希望を与えるためにある。悪いけど、思惑通りには行かないことだね。
Cole Corporationには自分とSOPHIAが居るんだ。そう簡単に設計図を渡させてたまるものかっての。
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10話
SOPHIAがレイラさんの携帯電話をハッキングして通話履歴から会話内容を傍受したところ、どうやら3日後の交流会に合わせてデータを盗むつもりらしい。確かその時は有名企業の社長が集まって交流を謀るものなのは覚えている。5歳の頃に初めて行かせてもらったが、全くもって面白くなかったのを覚えている。
でもデータを盗むには絶好の機会だ。父さんも確か前、副社長と一緒に出向くと言ってた記憶はある。秘書を連れていかないというのは少々考えものだけど、秘書さんに会社を任せられるようになったと考えているからだろう。前回の頃はレイラさんも確かに居た。
その時は自分の目付け役のような役回りであった気がする。でも……いや、一旦先ずは対策からやらせてもらおうか。先ずはハッキングの件、資料や設計図自体がUSBメモリ内に保存されている物を手に入れれば早い。でもメモリ自体の紛失があって中身が取られそうになったら、ロック画面が現れる仕組みになってる。
パスワードを入れなければ中身は奪われないし、失敗したら位置情報が発信されるようにシステムが組み込まれている。相手にとっては一発勝負の賭けになるからハイリスクだ。でもレイラさんはそんな賭けをしないだろう、どうやってパスワードを手に入れるのだろうか。
……いや、もう1つ方法があった。技術部のPCから直接データを抜き取ることだ。あちらにもパスワードはあるけども、USBメモリ本体を盗むよりリスクは低い。だったら先に手を打っておくか。
いや、それだと他の技術者が混乱する。SOPHIAに頼んで新しいパスワードを急ピッチで済ませてもらって、侵入されそうになったらパスワードを無理やり割り込ませておこう。それなら時間稼ぎにはなる。
あとは……自分が終わらせよう。技術部内で発見出来た場合は容赦なく捕まえてやる。自分の信念には反するけど、権能を使ってでも罪を償わせてやる。父さんの希望を、軍事利用させてたまるものか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
恙無く3日が過ぎていって、予定の時刻に差し迫っている。家には母さんは居なくてシエラさんが居るけれども、流石に夕食後に部屋に来ることはあまり無い。そして交流会は8時から行われ、現在の時刻は6時52分。この時間帯なら他に技術者は居るけれど、用心に越したことは無い。
つまり今、行くしかないか。夕食は既に食べ終えたし既に行動に移しているかもしれないからね。
「SOPHIA.
『
「OK.
『Yes sir.』
通信は繋げたままで【門の創造】を使用する。状況を確認したいから社内の駐車場に、そして監視カメラの死角になってる位置は既に覚えているからその場所に。
この【門の創造】は望む場所に何処へでも行ける優れもの呪文。人間が使用するには幾つかの過程を踏まなきゃ出来ないけれど、自分はニャルラトホテプの化身。手順を踏まずとも門の創造ぐらい簡単に出来る。
虚空に魔力を纏った指で扉の形を描き、行きたい場所を想像する。すると形の通りの門が現れ、自動的に扉が両方開く。向こう側は社内の駐車場、それも監視カメラの死角内の場所にだ。その門を潜り外へと出ると門は消えて無くなる。
さて、ここからが正念場だ。潜入ミッションを開始する。先に警備室から行かせてもらおう。
「SOPHIA.
『
「
駐車場から入れる入口にまで近付くと、扉の傍にパスワード入力装置とカードリーダーがある。カードリーダーは社長とか権限的に上の人が主に使用し、パスワードは他社員用として扱うのがウチだ。セキュリティに問題が出る可能性を問われるが、社員用は色々と制限が掛かるので面倒なのだ。
例えば情報。社員全員が情報を入手するさいはパスワードを入力しなければならず、その上で機密情報に近いものは先ほどより難解な16桁のパスワードを入力しなければ漏洩されることもない。他にもあるが、今は後回しだ。
今は社員用のパスワードでも有難い。SOPHIAが調達したパスワードをすぐに覚えて消去させることで証拠はデータ上では残らないようにしてあるからだ。ホント、SOPHIAには頭が上がらないね。
入口の16桁のパスワードが……d26@coleeeyolpmeっと。よし開いた、潜入開始。静かに静かに、普段使わない非常階段で行こう。入口のある1階に到着したら警備室の様子を確認、そこからSOPHIAの出番だ。まだまだ頼むよ。
静かに足音を立てず1階フロアに到着して先に辺りを伺う。巡回している警備員は何故か居らず、スニーキングしなくてもバレないんじゃないかと思うぐらいの静かさだった。部屋には遮音設備が整っている為、外には漏れない仕様になっているし外の音も聞こえない設計になっているからだ。
そこから警備室まで向かうと、何故か警備室の扉が僅かに開いていた。侵入しているのか、もしくはもう……そんな予想を立てつつゆっくりと開いている扉の隙間を覗き込む。
ここから見て分かることと言えば特に無い。なので音を立てないようにして開いて中へと侵入する。こういう時の子どもの身長って便利だよね。そうして中へと入ってみて分かったことだが、どうやら既に手は打ってあるらしい。
眠らされた監視員。そして傍にある小さな円筒状の物体……脈はあるし息もしてる。恐らくだが催眠グレネードを使用して眠らせたとみた。だがガスが無いとなると……む、換気扇が動いている。眠った後で換気扇の電源を入れたのか。
「SOPHIA.
『Roger.』
さてっと、こっから本領発揮といきますか。警備室のコンピューターを操作して、先に自分が担当している研究部門がある部屋を探ってみる。あのビニガンが自分の開発した補助スーツに注目した情報があれば、危険性が高いのはスーツ制作部の方に集中する筈。
その室内の全監視カメラの映像をコンピューター内に映して……あれ?レイラさんが居ない……どういうことだ。予想だとレイラさんはこの部屋に居るはずなのに、外れたのか?とにかくSOPHIAに調べてもらおうか。
「SOPHIA.
『……Sir.
「
それって父さんと副社長さんが居るホテルじゃ? でも話しだと今日の筈なのに。……あの会話に嘘は無いと思う、自分に気付いての行動なら何かしら警戒行動をする可能性だってあるんだから。じゃあ……待て、誰かにやらせてる可能性もある。それだとちょうど1人PCの前に立ってる技術者が居るな。
映像をPCを中心にズームさせて見てみる。画素が荒いけど仕方ない、でも行動なら何となく分かる。これは、何かPCから抜き取ったみたいだ。PCであの場所に該当するのは、USBポータルだから……コイツか!監視カメラの番号は06!
「SOPHIA! |A little while ago, who is the enginer in the 6th video of this computer《こっちのコンピューターで監視カメラ6番に映ってる技術者は誰》?!」
『
「Oh, shit……!」
すぐにエレベーターに向かう。くっそ!今からでも遅くは無いけど、そもそも逃げられたら子どもと大人だと体力や筋力差で話にならない! ましてや相手は何をしてくるのか分からない状態になるのも非常に不味い!
エレベーターに乗り込んですぐに28階に向かっているけど……速度を上げさせた方が良いみたいだ。今は5階、このまま順調に行ってくれば……。っ! 7階で止まった!?来たのは、2人の女性技術者かっ!
「
「Ah……
「
「
「OK. |But, it's already midnight so let president pick you up《でも、もう、夜中だから社長にお迎えに来てもらおうね》.
「No! Ah……|Actually, it is a design drawing of invention invented in secret to dad《実は父さんに内緒で作ってる発明品の設計図なんだ》! |So it's no use trying to find only that《だからそれだけは自分だけにしか見られたくなくて》.」
「
「OK. Thanks.」
本当に誤算だ。でもこの人達も上に行く予定だったのは良かったけど、時間を食ってしまった。しかも途中で15階に止まるし、これ本当に間に合って欲しいんだけど。
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