【遊戯王ZEXAL】声よ届け! 光貫く闇のデュエル!【映画風】 (千葉 仁史)
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①SKY

【1】

 

 声は届かない。

 

 真っ暗闇の深海の牢獄のなか、彼は叫んでいた。だが、どんなに泣き喚いたところで、壁を拳で叩いても、地を足を踏み鳴らしても、何の音も響かない。まるで周りの壁がスポンジみたいに、自身の鼓膜に届く前に音を吸い込んでいくようだった。闇によって、視界は塗り潰され、聴覚は閉ざされ、孤独は広がり、心まで蝕まれていく。

 

 それでも、彼は叫んでいた。友の名を呼び続けていた。“太陽”が深海の底にまで光を投げ掛けることを強く信じていた。

 

 

 

【2】

 

 エルンスト、曰く。全ての物語は「むかし、むかし」から始まる。

 

 むかし、むかし。古代の砂漠の国でのお話です。

 理由は存じ上げませんが、左手の甲を擦りむいた男の子が泣きながら裏通りを歩いておりました。痛い痛い、と男の子が泣いていると、誰かがその手を優しく包みました。唖然として男の子が顔を上げると、熱射から守る白いフードのローブを身に付けた女の人がいました。ローブの裾からは、砂漠の民らしからぬ白い肌が覗いていました。女の人は男の子を手当てし、「泣いちゃ駄目。男の子は強くないと」と微笑みました。

 

 その日から、男の子と女の人の交流が始まりました。女の人は、それはそれは不思議で珍しいことを男の子に話して教えてくれました。男の子は女の人に会えるのを楽しみにしていました。

 

 ところが、そんな日々は長く続きませんでした。ある日、砂漠の国の王宮から沢山の兵士が来て、女の人を連れて行ってしまいました。彼女は余所の土地から来た異邦人だったのです。異端者、という理由だけで彼女は捕まってしまいました。泣きじゃくる男の子に、女の人はあの日と同じように「泣いちゃ駄目。男の子は強くないと」と微笑みを残していきました。

 

 それが、男の子が女の人を見た最後でした。女の人は川の決壊を防ぐ堤防を造るための生け贄にされてしまったのです。

 

 男の子は復讐を誓いました。しかし、王宮の王侯貴族、神官は千年アイテムと呼ばれる道具を持っていました。所持者に千年の叡智の力を与える不思議なアイテムです。

だから、誰も千年アイテムの保持者に逆らえないのでした。千年アイテムを持つ者には、同じように千年アイテムを持つ者でしか立ち向かえません。

 

 だからこそ、男の子は女の人に教えてもらった異邦の魔術を用(もち)い、長い年月を掛けて独自の千年アイテムを造り上げました。

 

 復讐の刻(とき)は満ちました。男の子――男の人は、造り上げた千年アイテムを装備し、千年アイテムを付けた王宮の人物にディアハを挑みました。ディアハは決闘を意味します。そして、負けた者には恐ろしい結末――罰ゲームが待っているのです。

 

 長く熾烈な攻防の末、男の人は敗れました。ディアハの敗北の代償により、男の人の肉体は消滅され、魂は皮肉にも彼が造り上げた千年アイテムに閉じ込められた挙げ句、二重の封印を施されてしまいました。

 

 男の人は女の人の敵(かたき)を取ることが出来ませんでしたとさ。

 

 ※ ※ ※

 

「ハルト! 其処にいたのか」

「兄さん!」

 

 ハートランド近郊の巨大ショッピングモールの一角のブックストア。カイトの呼び掛けにハルトは立ち読みしていた本をパタリと閉じながら、嬉しそうに応えた。

 

「勝手にいなくなるから探したんだぞ」

「ごめんなさい」

 

 シュンとするハルトに屈めて視線を合わすカイトは、台詞とは裏腹にとても優しい表情を浮かべていた。そして、兄が声を掛けるまで弟が読んでいた本に視線を向ける。

 

「『古代の砂漠の国の物語集』?」

「それ、ちょっと読んでみたけど、ハッピーエンドじゃないから面白くなかったよ」

 

 頬を膨らまして応えるハルトに、カイトは目を見開きたくなった。ほんの少し前まで、人々の悲鳴や苦しみを愛していた者の言葉とは到底思えない。年相応の無邪気な愛らしい表情を見る度に、カイトは笑みをこぼしそうになり、あの情熱的な瞳を持つ年下の友人に感謝したくなるのだ。

 

(それにしても、ハルトは古代の砂漠の国に興味があったのだろうか……?)

 

 弟の事なのに知らなかった嗜好にカイトは首を傾げていたが、ハルトの視線の先にあるポスターを見て合点に至った。スターには、明日からハートランドの美術館にて行われる古代の砂漠の国展が紹介されていた。

なるほど、と口の中でその言葉を転がすと、カイトは提案した。

 

「明日、美術館に行くか」

「本当?」

 

 眼をきらきらさせながら瞬時に反応したハルトだったが、戸惑いがちに「……いいの?」と尋ねた。それに対し、兄は「勿論だとも」と応え、弟の頭をゆっくりと撫でる。

 

 そのまま手をつないで去っていく兄弟と入れ違いに、真っ黒い髪で褐色肌の少年とバジル色のモヒカン男が本屋にバタバタと走り込んできた。今は互いに誰も気付かない。「これも勉強、勉強!」と言い訳がましく漫画コーナーに突撃する二人の男によって巻き上がる風に、ぱらりとハルトが読みそびれたページが開かれる。その頁には、夢を売る御伽噺には似つかわしくない警告文が綴られてあった。

 

 ※ ※ ※

 

 幾星霜が経ち、砂漠の国が滅び、近代国家が立ち並ぶ現代になっても、その千年アイテムの封印は解かれず、彼の魂は閉じ込められたままです。気か遠くなるような永い時間は封印された彼の人格を歪ませ、彼は憎悪の吐け口を求めるようになりました。

 

 千年アイテムを見付けたら気を付けなさい。莫大な力を得る代わりに、自身の魂を光の届かない“深海の牢獄”に閉じ込められてしまうでしょう。二重の封印が解けたとき、闇のゲームが始まり、冥府の門が開くでしょう。

 

 だから決して封印を解いてはなりません。異邦の魔術で造り上げた千年アイテム――“千年レンズ”に。

 

 

 

【3】

 

 スカッとした青空の下、皇の鍵が陽光にキラリキラリと瞬(またた)くように輝く。自室の窓から乗り出した少年は宝物を結ぶ紐を持ち、振り子のように揺らしていた。

 

「遊馬、君は何をしているんだ?」

「アストラル!」

 

 赤色の瞳の少年――九十九遊馬に、水色の精神体――アストラルが話し掛ける。

 

「いや~、今まで色んなことがあったなぁって思って」

 

 今は行方不明となった父・一馬が遊馬に託した皇の鍵によって引き起こされた出来事――不思議な夢から始まるアストラルとの出会い、新しい仲間や数多の好敵手達とのデュエル等、そして、とうとう得たデュエルチャンピオンの称号を得たことを思い返し、遊馬が嬉しそうに目を細める。

 

「大変なことがあったけど、かっとビングで全部乗り越えられたしな!」

「思い返すのは良いことだが、君はよく鍵を失うのだから、そんな安易に扱って貰っては困る」

 

 小言を漏らすアストラルに、遊馬は「へぇーへぇー分かってますよー」と口を尖らす。

 

「まぁ、でも、もう盗る奴なんていないって!」

 

 そう言って、遊馬がニカッと笑ったときだった。シャッと小柄な影が通り過ぎ、手元にあった皇の鍵を盗っていった。ヒョッ! と奇妙な声を上げる少年の一方で、「ぎゃ」とも「げ」ともつかぬ短い悲鳴を上げて、アストラルは霞(かすみ)のように消えてしまった。

 

「ななななんで!」

 

 おどおどする遊馬の視線の先で、尻尾がゆらぁりと揺れる。どことなくベビートラゴンに似た猫は遊馬を一瞥すると、皇の鍵をくわえたまま、ひょいっと九十九家の赤い屋根から飛び降りていった。

 

「皇の鍵! アストラル!」

 

 思わず身を乗り出そうとした結果、遊馬は落ちそうになり、慌てて上半身を引っ込める。そして、飛び降りるように一階へ向かい、玄関へ駆け抜けていたら、「大きな事件でも起きないかなぁ」と物騒なことを呟いていた姉・明里に正面衝突してしまった。

 

「何すんのよ、遊馬!」

「今はそれどころじゃねぇんだよ、姉ちゃん!」

 

 ストレス解消を兼ねて怒りを向ける明里の攻撃を避け、遊馬は突き飛ばすように玄関の扉を開け放った。

 

「待ちなさい、遊馬!」

「夕飯までには帰るようにの」

「遊馬、帰宅次第、姉ちゃんにしごかれる、しごかれる」

 

 振り向かなくても分かる姉の鬼の形相を考えないようにしつつ、それとは対称的な、のほほんとした祖母・ハルの「いってらっしゃい」と、庭先を掃除しながら遊馬の運命を笑うオボミの機械的な声を背に、遊馬は九十九家から飛び出した。

 

 

 【声よ届け! 光貫く闇のデュエル!】

 

 

 その頃、ハートランドシティの美術館では明日の展覧に向けての搬入作業が行われていた。儀式にでも使われたのか、ウジャト(眼)の紋様の入った大きな石版が運ばれていたのだが、あまりの重さに一度落としてしまった。

借りてきた展示品だぜ、大丈夫かよ? 不安を口にする搬入業者だったが、彼等以外に目撃者がいないこと、大きな傷が見受けられなかったことを良いことに、何事も無かったように作業を続行した。その時、元々ひびの入っていた石版から小さな石片が漏れ落ちたことに誰が気付けただろうか。しかし、それはお掃除ロボットのオボットに回収され、証拠隠滅されてしまったのだった。

 

「猫~、皇の鍵~、アストラル~、何処だ~?」

 

 首を左右に振りながら、遊馬は市内を走り回った。あまりにもキョロキョロするものだから、遊馬は赤信号を渡ってドライバーにどやされ、オボットに激突したりしまった。遊馬に衝突されたオボットがゴミやガラクタを吐き出し、「お掃除、お掃除」と言いながら、その代わりだと言わんばかりに遊馬をつまみ上げる。

 

「俺はゴミじゃねぇよー!」

 

 情けない声で抗議して、オボットから逃れ、そのまま走り出そうとした瞬間、先程オボットが吐き出したガラクタの一つ――石片を踏んで、遊馬はすっ転んでしまった。周りからクスクスと笑い声が上がる。コントじゃないぞ! とすぐに立ち上がって誰に言うまでもなく遊馬は否定すると、自身を転ばせたものを睨み付けようとした。

てんてん、とガラクタは河川敷へと転がっている最中だった。その河川敷では、デュエルディスクを構えて対峙した友人二人と、その様子を見守る幼なじみの女子がいた。ハッと遊馬は顔を輝かすと、ポケットに入っていたDゲイザーをすかさず装着する。

 

『ARヴィジョン、スタンバイ』

 

 機械的な声を耳にしながら、遊馬は河川敷――デュエルフィールドへ飛び込んだ。

 

「トドのつまり、『ワクチンゲール』をエクシーズ召喚! 更に『リミッター解除』を発動! これで『ワクチンゲール』の攻撃力は1800から3600に変化します! 『ブリキの大公』に攻撃―‐」

「そうはさせるか! ブリキの大公の効果発動! オーバーレイユニットを一つ使って、委員長のモンスターの表示形式を変更するぜ! 『リミッター解除』の効果によって、エンドフェイズ時に『ワクチンゲール』は破壊される! これで次の俺のターン、ダイレクトアタックで終わりだ!」

「甘いですよ、鉄男くん!」

「なにっ!」

「トラップカード『エクシーズ・ブロック』発動! 自分のフィールド上のモンスター『ワクチンゲール』のオーバーレイユニットを一つ取り除いて、相手モンスターの効果を無効化して破壊します!」

「そんな!」

 

 仮想空間に誘われた遊馬が一番初めに観たのは、友人のエースモンスターであるブリキの大公が破壊される様であった。圧巻な光景に、遊馬は一瞬目を奪われる。

 

「おーい、小鳥! 鉄男! 委員長!」

「遊馬!」

 

 大きく手を振って、遊馬は友人たちに手を振った。武田鉄男と、委員長こと等々力孝のデュエルを見守っていた観月小鳥が最初に反応する。

 

「おー、デュエルかぁ! すっげぇ応酬だな!」

「遊馬くん! 今、すっごく良いところなので、邪魔しないで下さいね」

「遊馬。お前、皇の鍵はどうしたんだ?」

 

 にしし、と笑って観客の仲間入りになる遊馬だったが、鉄男の言葉で目的を思い出す。

 

「あ! 皇の鍵が盗られちまったんだよ!」

「トドのつまり、一大事ですよ!」

「誰に盗られたの? まさか、バリアンに?」

「いや、猫に」

 

 遊馬の回答に三人が揃って肩を落とした。

 

「もう紐じゃなくて、いっそのこと鎖にしたらどうです?」

「シルバー巻くとかさ」

 

 呆れる等々力と鉄男を横目に、遊馬は身振り手振りで「ベビートラゴンみたいな猫でさ、尻尾が大きくて、オレンジ色で」と説明する。

 

「ベビートラゴンみたいな猫? それなら、さっき此処を横切っていたけど。あれ、本物だったのね。てっきり、ARヴィジョンのバグかと思っちゃった」

「小鳥、サンキュー!」

 

 緑色のレンズのDゲイザーを装着した小鳥が、ついっと猫が消えた行く先を指差す。遊馬はその先を見据えながら早口でお礼を言うと、再び走り出した。つむじ風みたいな幼なじみに小鳥は溜め息を吐きつつも、「私も行く!」と駆け寄る。

 

「委員長、俺たちも行こうぜ!」

「鉄男く~ん、デュエルに負けそうだからって誤魔化そうとしても無駄ですよ?」

 

 にっこり、と黒い笑みを浮かべる委員長に、鉄男は仰(の)け反(ぞ)りたくなる。ライフポイントは互いに2000を切っており、鉄男のフィールドは空っぽ、等々力のフィールドには攻撃力3600のワクチンゲール、そして、今は等々力のターン。鉄男の悲鳴があがるのは、僅か数十秒後の未来である。

 

 そんなデュエル風景を余所に、河川敷に居た小学生たちは水切りを楽しんでいた。水切りには平たい石が一番だ。遊馬が転けたガラクタである、一部キラキラしたものが見える石片を拾うと、小学生は勢い良くスイングした。ナイスフォームだったらしく、石片は向こう岸にまで届き、小学生たちはデュエルの敗者の悲鳴を背後にハイタッチした。

 

 その日、彼女は上機嫌だった。欲しかった服も買えて、おいしいものも食べることが出来て、これで愛しのダーリンが居たならば、と夢想した瞬間に相手が現れたのだ。

 

「あ、キャットちゃん!」

「キャッと! ゆ、遊馬!」

 

 ショッピングモール前の広場。

 Dゲイザーを外した遊馬の呼び掛けに、白と黒のゴシックロリータの服を着たキャシーは胸を高鳴らせた。無論、彼の側にいる小鳥は視界からシャットアウトするに限る。

 

「ベビートラゴンみたいな猫を見なかったか? そいつに皇の鍵を盗られちまったんだ?」

「それは大変! 猫ちゃんたちに話し掛けて、すぐに調べるわ」

「おう! 助かるぜ、キャットちゃん」

(ダーリンのお役に立てるなんて! こんなこと、小鳥には出来ないし)

 

 遊馬からのお願いに有頂天になりながらも、キャシーは猫を集めようとした、そのときだった。

 

「ベビートラゴン似の猫? それなら、公園に行くのを見たウラ」

 

 偶然に通りかかった表裏徳之助が大情報を投下する。遊馬はその情報に目を輝かせると「徳之助、サンキュー!」と告げると、小鳥と共に春嵐のように過ぎ去ってしまった。

なんて短い邂逅だろう。

 

「一日一善、良いことしたウラ」

 

 ホクホクと笑みを零す徳之助が振り向いた先にいたのは、化け猫そのもののキャシーだった。

 

「ドドドうしたウラ?」

「徳之助! なに余計なことをしてくれてるのよーっ!」

 

 シャキーン! と少女の爪が輝き、ギャーッ! と少年の悲鳴があがる。その悲鳴に通りがかった犬がびっくりして、宝物にしようとしてくわえていた石片を落とした。汚れ等が落ちた石片からは金色が見えている。

 

「どうしてこんな目に合うウラかーっ!」

 

 大量の朱線が浮いた顔で、苛立ち任せの絶叫混じりに徳之助が石片を蹴り飛ばす。キャシーの怒りが治まるまで、まだ時間は掛かりそうだ。

 

「いたっ!」

 

 その石片が遊馬に直撃したのと猫を見つけたのは同時だった。頭を抑えつつ、待てーっ! と追っ掛ける遊馬なんて気にも留めず、猫は公園の茂みに飛び込んだ。遊馬も猫に倣(なら)って飛び込むが、小鳥はスカートを抑え、流石に遠慮することにした。

 

「絶対に返して貰うからな。かっとビングだ、俺!」

 

 皇の鍵! アストラル! と呪文のように繰り返しながら、匍匐前進で遊馬は猫の後を追う。猫が茂みから出て、ピタリと動きを止めた。チャンス! と遊馬が飛び出した途端に猫は跳躍し、彼の両手は空を切り、強かに顎を打つ羽目となった。

 

「いってぇー!」

「何してやがるんだ?」

 

 痛みで地面をのたうちまう遊馬に冷ややかな台詞が落とされる。聞いたことある声に、遊馬が顔を上げた。

 

「シャーク!」

 

 其処にはベビートラゴン似の猫を抱いた、一つ上の学年である神代凌牙がいた。皇の鍵が! アストラルが! と単語で喋る遊馬に凌牙は眉をひそめたが、ん、と猫に皇の鍵を渡され、合点がいった。

 

「……ったく、テメェな、人のもんは盗るんじゃねぇよ」

 

 ぶっきらぼうに言いつつ、凌牙は猫の頭をゆるりと撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らす猫が、遊馬からすると恨めしい。

 

「その仔、シャークの猫だったの?」

「違(ちげ)ぇよ。誰に教わったか知らねぇが、この猫はお礼に金ピカのもんをやるんだよ」

 

 遠回りして、ようやっと合流した小鳥の質問に凌牙が答える。猫から皇の鍵を受け取り、凌牙は「そらよ」と遊馬に放り投げた。

 

「シャーク、サンキュー! ところで『お礼』ってことは猫を助けたのか?」

 

 首から皇の鍵をぶら下げながらの遊馬の目敏(めざと)い質問に凌牙の眉間に皺が寄る。地雷だったかしら、と小鳥が訝(いぶか)しんだ瞬間、猫の大きな耳がぴょこぴょこ動き、ゴム鞠のように凌牙の腕から逃げ出した。

 

「あ、ファラオ!」

 

 遊馬たちから離れた場所に居た見知らぬ少女に猫が飛び付く。

 

「おや、梯子がいらなくなっちゃったな」

「あらあら。パパが梯子を持ってくる前に、自力で降りられたみたいね」

「でも、あたしが見つけたとき、あの高い木から降りれなかったのに、どうやって降りたのかな?」

 

 不思議そうに首を傾げながら、猫――『ファラオ』を抱き締める少女とその両親は去っていった。

 

「なぁ、シャーク」

「うるさい、黙れ。それ以上、言ったら蹴り飛ばすぞ」

「あの猫、木から降ろしたの、お前だろ?」

 

 お前やっぱり優しいのな、とニマニマ笑う遊馬に凌牙が大きく舌を鳴らす。よくよく見ると、凌牙の頬や手の甲に枝にこすれた跡や引っかき傷があった。これの『お礼』ね、と小鳥も密(ひそ)かに笑う。

 

「漸(ようや)く行ってくれたか」

「よう、アストラル!」

 

 肩を振るわせながら現れた相棒に、遊馬が元気よく声を掛ける。

 

「君はもっと鍵を大事にするべきだ」

「お前、本当に猫が苦手なんだな」

「遊馬、人の話は聞きたまえ! ……だが、本当にあの生物は苦手だ。見ていると、怖気(おぞけ)が走る」

「なんだ、お前も猫が苦手なのか」

 

 遊馬とアストラルの会話のドッヂボールに、凌牙がぼそりと呟いた。

 

「あら、シャークの知り合いにも猫が苦手な人がいるの?」

 

 小鳥が何気なしに振った話題に、凌牙はハッとした顔を見せた後、黙って背を向けた。れこそ地雷だったらしい。そのまま離れようとする凌牙を遊馬が呼び掛ける。

 

「待てよ、シャーク!」

「もう用はないはずだ」

「用も何も、デュエリストが出会ったんだ。やることは一つしかないだろ?」

 

 煩わしげに振り返る凌牙に遊馬は宣言した。

 

「やろうぜ、デュエル!」

「却下だ。俺は今から隣地区にカードを買いに行くんだよ」

 

 間髪なしに返された否定の言葉に遊馬は肩透かしをくらったが、それで諦める彼ではない。

 

「カードを買いに行くなら、俺もついて―‐」

「却下だ。ノーヘル(ヘルメットを被らないこと)の奴を乗せて、セキュリティ(警察)の世話になりたくない」

「じゃあ、明日! 俺とデュエル―‐」

「却下だ! 新しく買ったカードでデッキ編成する予定だ」

「なら、明後日!」

「却下だ!! デッキ調整させろ」

「だったら、明々後日だ!」

「却・下・だ!! 更にデッキの再調整を加えるからな」

「それなら、明々々後日(ししあさって)だ! シャーク、これなら良いだろっ!」

「……お前、本当にデュエル馬鹿なのな。」

 

 プッと呆れたように吹き出しながら、しつこいやり取りに凌牙が折れた。このまま拒否し続けたら、明々々々々々後日まで遊馬は言いかねないだろう。

 

「仕方ねぇな。四日後、お前のデュエルを受けてやるぜ。この俺が相手するんだ、デッキ調整しとけよ。ヘボデュエリスト」

 

 不敵で挑発的な癖に、何処か柔らかみのある笑みを浮かべる凌牙に遊馬が「ヘボデュエリストって呼ぶな!」と声を荒げる。それに対して、凌牙はククッと小馬鹿にしたように喉の奥で笑っただけだった。

 

「それじゃあ、四日後! デュエルしようぜ、シャーク!」

 

 楽しみで楽しみで溜まらない! と全身で表現する遊馬に、凌牙は背を向けて歩きながら、手をひらりと振ると、公園の入り口のすぐ側に止めていたバイク――Dホイールに飛び乗って行ってしまったのだった。その際、遊馬の頭に当たった石片――メッキが剥がれ落ちたかのように金色が覗く“それ”を弾いて、側溝に落とす。紫色のヘルメットをした彼の姿が見えなくなるまで、遊馬は大きく手を振り続けた。

 

「四日後にシャークとデュエル、か。くぅーっ! 楽しみだぜ!」

「ならば、しっかり対策をしなくてはな」

 

 浮かれる遊馬にアストラルが忠告する。

 

「彼は水属性エクシーズデッキだ。それ相応の対策をしなくてはならないだろう」

「特殊召喚を封じるのはどうかしら?」

 

 デュエル知識をかじったばかりの小鳥がアストラルに提言するが、彼は首を横に振った。

 

「だが、遊馬も特殊召喚がメインのワンキルエクシーズデッキ。自分で自分の首を締めることになる」

「……となれば、水属性メタデッキ?」

「水属性メタデッキは難しいな。光属性や闇属性、機械族は組みやすいのだが」

「あの~」

 

 相棒と幼なじみのデュエルトークに遊馬がおずおずと挙手する。

 

「『メタデッキ』って、何?」

 

 彼の台詞に二人は凍り付いた。

 

「ちょっと、遊馬! デュエルチャンピオンなのに、そんなことも知らないの?」

「『メタデッキ』というのは、特定のテーマに対抗するカードを中心に組まれたデッキだ。例えば、相手が光属性をテーマにするデッキなら『閃光を吸い込むマジックミラー』、闇属性なら『暗闇を吸い込むマジックミラー』や『聖なるあかり』、機械族なら『システムダウン』といったところか。魔法カードの閃光・暗闇を吸い込むマジックミラーはそれぞれの属性のモンスターカードの効果を無効化し、『聖なるあかり』は闇属性モンスターの召喚・特殊召喚を封じる効果モンスターカード、『システムダウン』は相手フィールド上と墓地から機械族モンスターを除外する魔法カードで―‐」

「アストラル、もういいって! もういいって!」

「いや、君はこの機会にデュエルの勉強をするべきだ!」

 

 ずらずらと続くアストラルの説明に遊馬は目眩を覚えそうになる。

 

「シャークにメダルデッキをしても無駄だって!」

「遊馬、それを言うなら『メタデッキ』だ」

「そうそう、メタデッキを組むよりも、俺は新しいテーマのカードを入れてぇの!」

 

 メタデッキの講釈を逃(のが)れるため、適当な話題へ反らす。

遊馬の相変わらずな間違い言葉にツッコミつつも、アストラルが「どんなテーマのカードを入れる気だ?」と尋ねた。

その場しのぎの話題だったため、遊馬はわたわたと答える。

 

「えーとな、うーんとな……ギャンブルデッキ?」

「やめときなさい」

 

 遊馬の提案にアストラルと小鳥は声をそろえて一蹴したのだった。

 

 

 

【4】

 

 雲が通り過ぎ、目蓋(まぶた)を開いたかのように十日余りの月が現れた。寝転んだ虚ろ気な金色(こんじき)の眼(ウジャト)が見下ろすなか、神城凌牙はDホイールを押して歩いていた。

 

 今日は最悪な日だった。

 何気なしに寄った公園でよく見掛ける猫が木から降りれなくなっていて、助けようとしたら、興奮した猫に引っかかれ、枝葉にも随分と傷を付けられてしまった。気を取り直して、カードを買いに隣地区へ向かうことにした。

本来の発売日よりも一足先に販売するカードショップへはD・ホイールではいけない路地奥にある。だが、目当てのカードショップ前にはドレッドヘアと刈り上げ頭の男の二人組――以前に凌牙が連(つる)んでいた不良グループのリーダーと副リーダーが屯(たむろ)って居た。

 

(陸王と海王じゃねぇか!)

 

 あの美術館襲撃未遂事件以降、姿を見ていないと思ったら、隣地区を拠点にしていたようだ。新たなメンバーを増やしたらしく、陸王・海王兄弟に似たガタイの男共数人が周りを固めている。喧嘩(リアルファイト)なんてされたら、中学生の凌牙は一溜まりもないだろう。

 

「ん? アイツは―‐」

「シャーク! 神代凌牙じゃねぇか!」

 

 凌牙が黙って踵を返そうとしたのと、陸王・海王が気付いたのは同時だった。追え! という奴らの言葉が耳に届く前に凌牙は走り出していた。滅多にいかない隣地区のため、凌牙には地の利が一切なかった。どうして、路地前に止めていたDホイールへ向かわなかったのかが悔やまれる。目茶苦茶にラビリンス・ウォールのような路地を駆け回ったが、とうとう袋小路へ迷い込んでしまった。陸王・海王たちの怒声と駆け音が近付いてくる。くそっ! と悪態を吐(つ)こうとした瞬間、行き当たりに「亀のゲーム屋」という看板をぶら下げた店があることに気付いた。

 

「もうなんとでもなりやがれ!」

 

 自棄っぱちに呟くと、『open』を掲げた玩具屋へ凌牙は飛び込んだ。

 

 からんからん、とベルが鳴る。

 反対の『close』を掲げてもおかしくないくらい、外から見た通りに店内は薄暗かった。息を吐くよりも先に小窓から、不良グループの様子を伺った。デュエルマッスルの男たちは辺りを満遍なく見渡していたが、鼠が見付からないことにギャースカ騒いだ後、元の道を戻っていった。これで暫(しばら)くぶりに息を吐ける。ドアを背にしたまま、息を整えていると、薄暗闇に目が慣れてきた。正面には空っぽのカウンターがあり、狭い店内の両壁に天井に届くぐらいの棚が設置され、所狭しと玩具が並んでいる。

 

 王や姫等を象(かたど)った人形と一緒に置かれた、真ん中に仕切りのある舞台装置。

 お札と縄によって雁字搦めにされた、カードの束を上に置いた壷。

 メッセージを書けるようにした、真っ白なジグソーパズル。

 デュエルモンスターズのモンスターカードをトゥーン化したような人形が入ったカプセル。

 戦士・魔法使い・ガンマン・ビーストテイマー等の職業人形とダンジョン・街・フィールドマップが描かれたTRPG(テーブルロールプレイングゲーム)のボード。

 

 玩具屋、と銘を打っている以上、これらは全て玩具なのだろう。だが、随分と埃っぽい。小さな咳を繰り返しつつ、見慣れぬ玩具を順々に見ていた凌牙だったが、とある棚の前で歩みを止めた。

 

「なんだ、デュエルモンスターズの前身の『マジック&ウィザーズ』かよ」

 

 デュエルモンスターズのカードが売られているかと思いきや、今は何処にいっても使えないカードだった。

 

「こんだけ古くて裏ぶれた玩具屋だ、どうせジーサンの道楽でやっているんだろうな」

「悪かったの、ジーサンの道楽で」

 

 返るはずのない独り言に凌牙の肩が竦み上がる。ほっほっほっ、と仙人のような笑い声が狭い店内に響く。カウンターには『双』と書かれたバンダナをした、真っ白い髪をした老人が座っていた。

 

「お主、デュエリストかの?」

 

 生気が感じられない風貌の癖して、ギョロリとしている眼だけ生気に溢れている。不気味さに声を奪われた凌牙が小さく頷くと、店主はカウンターの下を指さした。其処には大きな籠があり、デュエルモンスターズのカードの束が十枚パックされたものが入っていた。

 

(中古カードかよ)

 

 あのような売り方をしているものにはロクなカードは入っていない。凌牙はチラリと入り口を見たが、ドア横の小窓から男たちの姿が見えた。店主はニコニコと人好きするような笑みを浮かべていたが、凌牙からすると亡霊が冥府へ手招いているようにしか見えなかった。前門の亡霊、後門の不良。口をひん曲げると、凌牙はやたら安いパックを何セットか掴み、カウンターに叩き付けたのだった。

 

(陸王・海王どもが何処かに消えて、やっと辛気臭い店から出れたと思ったら、元の道に出るまでかなり迷う羽目になるし、目当てのカードショップは閉店してるしよ。更に美術館前にデカいトラックが止まって道を塞いでいたから遠回りすることになるし、本当に最悪だ)

 

「イラッとするぜ」

 

 最後の愚痴はとうとう声になって吐き出された。加えて、亡霊店主の店で購入した中古カードはやっぱり使えないものばかりだった。凌牙のデッキテーマに合わない、という問題ではない。本当に『使えない』のだ。でも、本当にツイていなかったのは―‐

 

「璃緒。見舞いに行けなくて、ごめんな」

 

 凌牙は路地裏から月を背景(バック)にそびえ立つ病院を見上げた。くだらないアクシデントの連続のせいで、ハートランドシティに戻ってきたときには夜半に差し掛かっており、面会時間はとうに終わってしまっていたのだ。

 

「次は必ず会いに行くから」

 

 最愛の妹がいるであろう病室をじっと見つめる。目を閉じると、瞼の裏の彼女の手を取って「おやすみ」と呟く。そんな儀式のような挨拶を終えると、凌牙はDホイールを押しながら、病院に背を向けた。

 

 摩天楼のガラス窓は磨かれた鏡のように、頭を垂れる少年を写す。顔を上げれば、明かりの灯った家々が見えることだろう。昼間、『ファラオ』という猫を連れた家族も暖かな団欒を過ごしているに違いない。だが、凌牙を待つのは誰もいない寒い部屋だ。彼以外に誰かが先に居ることもなければ、後に来ることもない。あの一年前の事件以降、夜の街を彷徨っていたのは孤独を凝縮させた暗い部屋に帰りたくなかったからだ。

 

 一年前の事件。

 双子の妹を傷付けられ、デュエリストとしての誇りを凌牙は失った。一ヶ月前に行われたWDC(ワールドデュエルカーニバル)を通して、神代兄妹を陥れた一家との因縁は晴らされたことになっている。今、あの一家はどうなったのだろうか。家長は呪われた姿のままだが、以前の心を取り戻し、あの三兄弟と仲良く過ごしているのだろう――帰れば、誰かが待っている暖かな空間で。

 

 そう思った途端、凌牙は身を掻き毟りたくなる程の憎悪に襲われた。

 

(彼奴等には帰る暖かい部屋があるのに、俺にはない。呪われた姿とはいえ、家族と見て話して笑い合うことができるのに、璃緒にはできない。百万のスターチップを散らしたと比喩されるハートランドシティの夜景を眺めることすら、お前たち四人はできても、俺たち二人はできない)

 

 彼と妹をどん底に突き落とした一家の暖かな団欒を想像して、凌牙はDホイールのグリップを強く握り締めた。

WDC中にシャーク・ドレイクに突き刺された胸から闇が溢れ落ちていく。耐えきれず、唇を開いたその時だった。

 

『それじゃあ、四日後! デュエルしようぜ、シャーク!』

 

 昼間の約束がはっきりとした輪郭を以て蘇る。その台詞を聞いた時、凌牙は背を向けていたというのに、遊馬の笑顔をありありと思い浮かべることができた。胸の圧迫感が消え、いつの間にか詰めていた呼吸が正常に戻る。

夜闇を一人歩いているのに、太陽の光すら感じた。

 

「ヘボデュエリストの癖に生意気なんだよ」

 

 唇の片端が上がる。その人物がヘボデュエリストではないことは、凌牙が一番知っている。だが、その人物の名前を口にするのは年上としての矜持が止めさせた。年下に助けられるなんて、もう懲り懲りなのだ、彼は。

 

 さっさと家に帰ろうと決めた。部屋に入って電気を付けて、引き出しに入った全部のカードを引っくり返して、デッキを構築しよう。

 

(『希望皇ホープ』に代表されるように光属性のモンスターカードに頼っている節があるから、光属性メタデッキにしてやろうか? それとも、相手の攻撃を防ぎつつ、ライフポイントを削るロックバーンや特殊勝利デッキにガラリと変えて驚かせてやろうか? いっそのこと、この機会に様々なデッキで攻めてやろうか? アイツ、テーマデッキの癖を知らないからな)

 

 デッキテーマの癖を知ることで、対戦相手が出したカードを見て、相手がどんな攻め方をするか想像することが可能となる。凌牙が彼にしてあげられることなんて、デュエルしかないのだ。ならば、そのデュエルの勉強相手になってやれば良い。それが年上の先輩としてのせめてものの矜持だ。最も勉強相手になるとはいえ、負ける気は更々ないのだが。

 

 考えれば考えるほど、Dホイールを押すのが楽になっていく。四日後には嫌でも彼奴によって賑やかになるのだ。束の間の一人きりの静寂を楽しもうではないか。

 

 そうやって思考を巡らせていると、凌牙の背後から「なぁご」と声がした。振り返ると、ベビートラゴンによく似た昼間の猫『ファラオ』がちんまりと座り込んでいた。

 

「テメェ、こんな夜半遅くに何やってるんだ? ……もしかして昼間のお礼か?」

 

 Dホイールにロックを掛け、しゃがみこんだ凌牙はファラオがまたしても金色のものをくわえていることに気が付いた。手渡されたものの汚れを払うと、砂時計をあしらったチャームを付けた、全て金色の派手な片目レンズが現れた。

 

「Dゲイザー? 壊れてんのか」

 

 両隣の建物のガラス窓がミラー化し、月光に反射するレンズを覗き込む凌牙を映す。その瞬間、凌牙は身をブルリと震わせた。一言で言うならば、嫌な予感がした。まるで、頭のてっぺんから足の爪先まで、骨の内部から魂の裏側まで全て覗き込まれたような気がしたのだ。

 凌牙はすぐにレンズを投げ捨てようとしたが、彼の右腕は言うことを効かなかった。それどころか、レンズを装着しようと勝手に右腕が動き始めた。左手で抑えようとしたが、もう遅い。右手の甲に眼(ウジャト)が浮かび上がり、抗う声が路地裏に影を落とす。ファラオが背中を震わせ、ハーッと息を吹いた。

 

「やめろ! やめ―‐」

 

 パチリとレンズが神代凌牙の左目に装着され、抵抗が一切消えた。両腕をブラリと下げたかと思うと、肩だけ揺らして、ケヒケヒと笑う。

 

「キィーヒャッハッハッー!」

 

 それから始まる、盛大でいて奇妙な笑い声にファラオは目を丸くして、その場を逃げ出した。金色のレンズがギラギラと光り、全ての砂が上のままの砂時計がチリチリと揺れる。興奮気味に笑う余りに、今日買ったばかりのカード群が落ちた。彼は一枚カードを拾うと、展開したデュエルディスクにセットする。一度目はアラームが鳴ったが、彼が手をかざすと、眼(ウジャト)がデュエルディスクに刻まれ、二度目は正式に読み込み始めた。

 

 宵月のなか、彼の耳に何者かが走る音が届いた。路地裏の先にある河川敷へ水色髪をした少年が同じ色のマントを翻しながら駆けていくのを、彼は視界に捕らえる。ケヒヒ、と笑うと、彼は大舞台の俳優のように芝居がかった演技で宣言したのだった。

 

「さぁ、闇のゲームの始まりだ」

 

 

 

つづく




※SKY……シャーク、カイト、遊馬の頭文字


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②DOR

【1】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束をした翌日の昼(一日目)。

 

 ハートランドシティの美術館には大勢の客で賑わっていた。砂漠の古(いにしえ)の国の生活用具や遺跡の出土品を子ども達が物珍しそうに見上げている。ドラゴン二体と巨兵が描かれた壁画は特に人気があったが、実物のミイラは人気がないようだ。そのミイラを前にして肝試しのように男女の高校生――しかも卒倒し掛けているのが女生徒ではなく、男子生徒だ――がキャーキャー騒いでいるのを見て、カイトは「うるさいな」と眉をひそめた。

 

「兄さん、あっち見てみようよ」

 

 最愛の弟に手を引っ張られると、兄がすぐに優しげな表情になった。弟に連れて行かれた先には、呪術に使われたと言われるアイテムのレプリカが並んでいた。金色にメッキされたそれらは照明に綺麗に反射し、偽物とはいえ、触れる展示物として人気を誇っているようだ。試しに、もうすでにハルトはその内の一つを掴んでいて、「遊馬の皇の鍵に似ているね」とニコニコしている。レプリカは全部で七つあり、その全てに眼の紋様が刻まれてあった。

 

(眼……ウジャトというのか)

 

 古代の砂漠の国では好まれた象形らしい。レプリカの上に掲げられた説明文をカイトは手持ち無沙汰に眼で追った。七つのアイテム群は王侯貴族・神官が儀式や呪術に使ったものらしい。全てが揃ったとき、邪悪な封印が解かれた、あるいは真逆の王を封印したとも言われ、今では本物は行方知らず、このレプリカも遺跡の壁画等を元に復元したとのこと。だが、やはり資料が少なかったらしく、現状は魔術道具とでしか分かっていないようで、アイテムの意味も意図も何を模したものですらも判明していない。

 

(ハルトが持っているのは鍵だろうが、あれはチョーカー? 天秤は羽がセットになっているのか。錫杖は分かるが、球体と四角錐と、円と三角と鍼で形成された、なんとも形容しがたいものまであるな)

 

 何処か玩具を連想させる、奇妙な呪術道具をざっとカイトは見渡した。四角錐は分解できるらしく、パズルにもなるようだ。ガッチャガチャと音を立てながら、ハルトはパズルに悪戦苦闘している。説明文の続きを読む。アイテムは各々不思議な能力を持っており、これらを造り上げるために村を一つ犠牲にしたという言い伝えまで書かれていた。

 

「なにか面白いことが書いてあるの?」

 

 解けないパズルに嫌気が差したのだろう、まだまだ読めない漢字が多いハルトがあどけなく尋ねる。

 

「このアイテム群には色々な伝説があるらしい」

 

 手寂しさに、カイトはレプリカ――四角錐、球体、錫杖、天秤、チョーカー、円と三角と鍼でできた形容しがたいものを順々に触りながら答えた。

 

「伝説って?」

「ああ」

 

 それは、と続けようとしたその時だった。鍵に触れた途端、超現実主義(シュルレアリスム)の絵画のように視界がぐにゃりと曲がった。それからセピア色、モノトーンに点滅するように変化していき、美術館を満たしていた騒音ごと、渦を巻くように全てが一点に集約していく。状況が全く追い付かないというのに、愛すべき弟の名を呼ぼうとした瞬間、どんでん返しのように床がひっくり返り、カイトを飲み込んだのだった。

 

 

 

【2】

 

 眼を開けると、見知らぬ部屋にカイトは居た。ブーツを履いているにも関わらず、フローリングの床がひんやりと冷たい。壁には沢山の写真が掛かっていて、その殆どがハルトが写ったものだった。カイトと共に写ったものもあれば、ハルト単独のものもある。九十九遊馬や神代凌牙が写り込んだ写真もあったが、一番目を引いたのが、父親、Dr.フェイカーと一緒のものだった。だが、その写真はDr.フェイカーの部分だけ、破っていたり、修正液で顔を塗り潰したりした形跡があり、今はテープで補強していたり、修正液もはがれ落ちていたりしている。カイトがそれらをなぞるように触れると、テープも修正液跡も消え、一枚の家族写真になった。

 写真の下に配置されたウッドチェストにはカイトのデュエルディスク、師匠であるⅤ――クリストファーと修行した時のテーブルデュエルに使用したマットやサイコロ、コイン、カウンターが並んでいる。また、部屋の四隅は暗く、照明も其処まで照らす気は更々ないらしい。明かりが届かない、という理由だけにしては四隅は暗すぎて、夜の墓地を連想させた。

 視線を上に向けると、メリーゴーランドをモチーフにしたシャンデリアが静かにくるくると回っていた。メリーゴーランドの馬には可愛らしい人形が乗っている。光源のため、凝視することは出来ないが、その人形達は天城一家だとカイトは思った。そして、天井には『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』が大きく描かれていた。

 

 見知らぬ部屋のはずなのに、見慣れたものばかりが支配する空間に、カイトは驚きを隠せない。まるで、これでは―‐

 

「上さえ見上げれば、この部屋の何処にいても、『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』を見ることができる。執着と誇りの象徴だ。メリーゴーランドには、最初、君と弟しか乗っていなかった。だが、君は弟を助けるために降りた。そして、今、家族を大切にするため、再び、今度は父親と一緒に乗った。父親のことを許し始めた証拠でもあるだろう。現に、破ったり塗り潰したりした家族写真は修復されつつある。弟一辺倒だったこの部屋も他者の介入を認め、仲間の写真や師匠との思い出の品が並ぶようになった。しかし、ナンバーズハンターとして魂を刈り取り、数多くの者を傷付けた事実への罪悪感は深く、棺桶のような四隅の暗闇にそれらが現れている。また、自身への戒めか、甘さを禁じる故、この部屋には常に冷気が漂っている」

 

 かつり、と床を靴が叩く。カイトが天井から視線を落とすと、己以外誰もいなかった部屋に第二者が立って居た。純白のターバンと同色のローブを着た男は異国情緒漂う浅黒い肌をしており、隙も感情もない瞳をカイトに向けている。

 

「貴様は何者だ! 此処は何処なんだ!」

「私は砂漠の国の墓守の末裔、そして、此処は君の心の部屋だ」

「墓守の末裔? 俺の心の部屋? どういうことだ?」

 

 シャムシール(剣の一種)の切っ先を突きつけるように、カイトは強く睨み付けるが、第二者は何の動揺も見せずに答えただけだった。逆に混乱するカイトに墓守の男は単刀直入に言い放った。

 

「『千年レンズ』の第一の封印が解かれた」

「……千年レンズ? 待て、まるで意味が分からんぞ」

 

 ますます混乱に陥るカイトに、第二者は語り始めた。

 

「幾千夜も昔、古(いにしえ)の砂漠の王国は『千年アイテム』を持った王侯貴族・神官によって治められていた」

「千年アイテム?」

「君が見た、あの七つの呪術道具だ。あの道具群は千年アイテムと呼ばれ、保持者に千年の智慧と様々な力を与えてきた」

 

 カイトの脳裏に七つの呪術道具のレプリカが過(よ)ぎる。まさか、本当にあの呪術道具には不可思議な力があったというのか? 半信半疑なカイトを余所に墓守は話を続ける。

 

「しかし、いつの時代でもそうであるように王侯貴族・神官達のやり方に異議を唱える者が居た。その者は異邦の秘術を使い、千年アイテムを模倣した亜種『千年レンズ』を作り上げ、千年アイテムの正当継承者に決闘(ディアハ)を挑んだ。結果、男は破れ、闇のゲームの代価として肉体は消滅、魂は千年レンズに封印された。だが、消滅させるには千年レンズは余りにも強力過ぎた。そのため、千年レンズに二重の封印が施されることになった。百の魂を捕まえなければ力を解放できないうえ、更に千年レンズそのものを石碑に封印したのだ。仮に二重の封印が解かれたとしても、正規の千年アイテムがある限り、杞憂で終わるはずだった」

 

(終わるはずだった?)

 

 意味深な言い方にカイトが心の内で首を傾げる。墓守は静かに息を吐くと、更に続けた。

 

「七つの千年アイテムの役目が終わり、それらは全て封印され、もう二度と日の目を見られなくなってしまったのだ。そして、私が千年レンズの存在を知ったのは七つの千年アイテムが封印されてからだった」

 

 だから、と墓守は言った。

 

「私は千年アイテムを模したレプリカにヴィジョンを託すことにした。墓守の末裔たる私の魂の残り香のようなものだ。千年レンズの情報を唯一知る私がこの世を去った後でも、その驚異を知らしめるために」

 

 墓守が手をかざすと、千年アイテムの一つが現れた。それは、カイトが最後に触れた呪術道具であった。

 

「私がヴィジョンを込めたアイテムの名は『千年錠』。相手の心の扉を開ける千年アイテムだ」

「成る程、その錠によって俺はこの部屋に招待された訳か。それにしても、随分と回りくどい方法だな」

 

 合点がいったカイトがいつもの調子を取り戻して言葉を放つ。

 

「つまり、貴様はこの俺に千年レンズとやらの最後の封印が解かれないようにしろ、と言いたい訳だな」

 

 沈黙の肯定に、カイトはフンと鼻を鳴らした。

 

「人の心の部屋を覗いた挙げ句、勝手なことばかりを抜かすな!」

「今、千年レンズのことを知っているのは君だけだ。君が止めなければ、千年レンズの最後の封印は解かれ、この街は忽(たちま)ち『絶対的な暴力』たる闇が溢れ返ることになる」

 

 部屋の隅の暗闇を見ながら告げる墓守に、カイトは舌打ちをしたくなった。この男は分かって言っているのだ。

 

「このヴィジョンは誰にでも見える訳ではない。強い心を持ち、デュエリストとして崇高な誇りと本能を持つ者にしか反応できないようになっている――君のような最高ランクのデュエリストにしか」

「当たり前だ。俺のようなデュエリストがそういるはずがない」

 

 急に手放しに褒められても、カイトはさも当然だと言わんばかりに即答する。

 

「君のようなデュエリストに会えるのは稀有(けう:滅多にないこと)なことだ。私はこの僥倖(ぎょうこう:偶然の幸運)を逃したくはない」

 

 そう言い放つ墓守の視線は研ぎ澄まされたシャムシールの切っ先のようであった。それを真正面から受け止めながら「成る程」とカイトは思う。この墓守のオリジナルは既に故人なのだろう。レプリカにヴィジョンを込め、優れたデュエリストを探し、心の部屋に招待し、その人物を暴き、弱みを握り退路を絶ってまで、彼は千年レンズの暴走を食い止めたいのだ。

 

(存外、必死ではないか)

 

 その証拠に初対面の時には感情のなかった墓守の瞳には、今ではありありと使命感が見て取れる。余裕を取り戻したカイトは口端を微かに上げて言った。

 

「いいだろう、その話に乗ってやる。だが、俺はレアだぜ?」

「分かっている。だからこそ、君に憂(うれ)いを託す」

 

 部屋の模様替えをせずに済んで何よりだ、と墓守が小さく呟く。模様替え? とカイトが疑問を口にするよりも先に、墓守が千年錠を強く掴んだ。すると、千年錠は光子(光の粒子)の塊となり、手の平に収まるサイズの、眼(ウィジャト)が刻まれた金色の八面体の形をした、また別の物質となった。

 

「これは『千年砂』。破邪の力を持つアイテムだ。これを用(もち)いれば、奴の呪術を回避することができる」

 

 ころり、とカイトに千年砂が渡される。冷たくも暖かくも柔らかくも堅くもない、奇妙な物質だった。よく見れば、それは二つに分かれるようになっていて、この中にその砂が入っているようだ。

 

「幾星霜に渡って封印された者は精神崩壊(マインドクラッシュ)を起こし、奴の性質は憎悪と邪悪さに歪みきっているだろう。だが、第一の封印が解かれ、奴は弾けた。そのため、最後の封印を解くためにはどのような悪行も厭(いと)わないはずだ」

「先程、貴様は封印を解くには百の魂が必要だと言ったな? 石版から抜け出したとはいえ、力を封印された状態で何が出来る?」

「千年レンズに封印されし、王侯貴族・神官への反逆者の魂は、誰かに取り憑く形で本懐(ほんかい:願い事、望み)を遂げようとするに違いない。心の闇が濃く、そして、因果の深い者ほど、奴の餌食になりやすい。千年レンズの能力は、そのような者を見付けるのに優れている」

「千年アイテムには各々特別な能力があるらしいが、千年レンズの力はなんだ?」

「それは―‐」

 

 途端、部屋がぐにゃりと歪んだ。フルカラー、セピア、モノトーンと変化し、音が消失し、全てが渦を巻いて一点へ集結していく。床がどんでん返しのようにひっくり返る前にカイトは墓守を見ようとしたが、オリジナルの元へ向かったのか、魂の残り香は既に消え失せていた。

 

 

 

【3】

 

「兄さん、どうしたの?」

 

 ハルトに袖口を引っ張られる。意識が浮上する。周りの景色が色鮮やかに動き、人々のざわめきがカイトの鼓膜を打つ。其処はもう、心の部屋ではなく、美術館内だった。

 

「急に動きが止まっちゃってさ。兄さんもこの鍵が気に入ったの?」

 

 千年錠のレプリカを触りながら、ハルトが尋ねる。心の部屋で見たオリジナルの方がよっぽど存在感と威圧感があった。

 

「ハルト、俺はどれくらいぼんやりしていた?」

「えっと、2・3秒くらいかな」

 

 須臾(ほんのわずかな間)に起きた不思議な出来事に、カイトは「さっきのは白昼夢(デイ・ドリーム)か?」と思ったが、コートのポケットに手を突っ込んだ拍子に爪先に当たった感触にその言葉を改めた。ゆっくりとそれを握り込む。八面体の物質がカイトの手の平の中にあった。

 

「兄さん?」

「いや、なんでもない。それよりもパズルはいいのかい?」

「難しいから、もういいや。あっち行こうっと」

 

 子供特有の気紛れさを見せながら、ハルトがその場を離れていく。弟を追いながら、カイトは状況整理を行う。あの白昼夢は夢でありながらも、夢でなかったらしい。

 

(千年レンズ……か)

 

 己の力を解放するため、百の魂を狩るという千年レンズがどんなあくどいことをするのか、カイトは皆目見当がつかない。だが、それは食い止めなければならないのだ。墓守の男に託されたからでもなく、崇高なデュエリストからでもなく、あの心の部屋の隅に佇む暗闇を見てしまった以上には、この街を更に危険な目に晒すわけにはいかない。

 

(千年レンズの暴走を止めること。これが罪滅ぼしになれば)

 

 だが、まずはどうするか。一番に、五つ年下の小さな好敵手の顔が浮かんだ。同じデュエリストとして協力を、と通信機器が入った、千年砂が入ったポケットとは反対側に手を伸ばす。

 

「兄さん、早く! こっち、こっち!」

 

 笑顔で手招きする弟を見て、思考が四散した。少し前まで、弟は悲鳴を愛する、猟奇的で笑わない子だった。その子が純真に笑っている。父さんのお土産、買わなくちゃ! と嬉しそうに話している。弟の笑顔を取り戻したのは、父との家族の絆を取り戻したのは、カイトに満ち足りた気持ちをもたらしたのは、たった一人の少年だった。

 

 心の部屋で見たメリーゴーランドのシャンデリアが浮かぶ。その光が一つの写真を照らしている。だが、メリーゴーランドに暖かい光を灯らせたのは、その写真に写る九十九遊馬だった。

 

(千年レンズについては、クリスにでも訊いてみるとするか)

 

 カイトは通信機器に伸びた手をぐっと握ると、ハルトと手を繋いだ。にっこりと笑うハルトに、カイトも微笑み返す。

 

「兄さん、この石版には何が書いてあるの?」

 

 次の展示室には石版が飾られており、古代文字と共に二体の神獣が刻まれてあった。だが、風化が進み、特に神獣の痛みは激しい。

 

「ペレト・ケルトゥ、死者への祈りの言葉が書いてあるらしい」

 

 石版の隣に置かれた案内板を見ながら、カイトが説明する。読んで読んで! とせがむ弟を愛おしむ一方、この千年レンズの件に遊馬を巻き込まないことへの決心を強くさせながら、カイトはその言葉を読み上げたのだった。

 

 

 

 屍は横たわる

 器は砂となり塵となり

 黄金さえも剣さえも

 時の鞘に身を包む

 骸に王の名は無し

 時は魂の戦場

 我は叫ぶ

 闘いの詩を

 友の詩を

 遥か魂の交差する場所に

 我を導け

 

 

 

【4】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束してから二日目の夜。

 

「満足できねぇ」

 

 納得できない、と言いたげに敗北者が膝を着く。

 

「敗北に満足も何もないだろ」

 

 勝利者のDゲイザーが夜闇に妖(あや)しく煌めくなか、月影(月の光)すら遮断する雑木林にケヒケヒと笑う声が響く。

 

「貴様は知らないだけだ。満足する敗北があるということを」

「寝言は寝て言え」

 

 敗北者の発言を負け惜しみだとバッサリ斬り捨てると、勝利者はその場を後にした。

 

 手元の戦利品に勝利者は視線を落とす。これによりかなりの数が集まったが、まだまだ目的数には程遠い。ふむ、と演技ぶった仕草で考え込む勝利者に粗大ゴミの山が見えた。その中には真っ黒なフルフェイスのヘルメットがあった。勝利者はそれを掴むと、くるくると地球儀のように回して確認した。大きな傷やひびは見当たらない、飽きたから捨てたのだろうか。試しに被ってみると、Dゲイザーをしたままでも十分に被ることが出来た。ケヒヒ、と勝利者は笑う。フルフェイスのヘルメットを持ちながら、勝利者は夜の街へ溶け込んでいったのだった。

 

 

 

つづく




※DOR……だが、俺はレアだぜ

「遊戯王5D's」の主人公・不動遊星の台詞。
クラッシュタウン編で使われた発言なのだが、使い方がイマイチおかしい


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③ODS

【1】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束してから三日目の昼。

 

「最近、夜のハートランドシティは物騒だから、五時のサイレンまでには帰宅するように。はい、今日はこれまで」

 

 ハートランドシティ中学の一年の教室。

 右京先生がパタリと日誌を閉めると、委員長こと等々力孝が「起立!」と号令を上げる。生徒が皆立ち上がるなか、一人だけ机に突っ伏したままの生徒が居た。九十九遊馬である。

 

「ちょっと、遊馬!」

「おい、遊馬!」

 

 小鳥と鉄男が声を掛けるが、遊馬は今尚夢の中だ。右京先生は態(わざ)とらしく咳払いすると、大きな声で「九十九遊馬くん!」と呼んだ。

 

「ふぁ、ふぁい!」

「後でお話があるから、先生のところにくること!」

 

 慌てて立ち上がり、間抜けな寝ぼけ声を漏らす遊馬にクラスのあちこちから笑い声が漏れる。先生直々の呼び出しに顔を青くする遊馬を無視して、等々力は「礼!」と号令を行った。

 

「せいぜいしっぽり怒られるウラ」

「遊馬、キャットびんぐよ」

「じゃあ、いつもの校門前で待っているから」

「頑張れよ、遊馬」

「トドのつまり、しっかり叱られてきなさいってことです!」

 

 ナンバーズ倶楽部も先に教室から出て行ってしまい、見捨てられた遊馬は思わずアストラルに愚痴った。

 

「なんで、起こしてくれなかったんだよ。明日のシャークとのデュエルの為に、夜遅くまでデッキ調整をしてたの、知ってただろ?」

「私は君の目覚まし時計ではない。それに君のお姉さんも『甘やかしてはいけない』と言っていただろう?」

「なんで姉ちゃんに忠実なんだよ、お前」

「九十九遊馬くん」

 

 右京先生に名を呼ばれ、遊馬がびしりと気をつけの姿勢を取る。

 

「ホームルームでも寝ちゃ駄目だよ」

「ごめんなさい」

 

 勢い良く頭を下げる遊馬に右京先生は眼を細めると、「前置きはこれぐらいにして」と本題に入り始めた。

 

「遊馬くん。君、神代凌牙くんと仲が良かったよね?」

「おう! シャークは仲間だ」

「彼、二日前から学校に来ていないようなんだけど、知らないかい?」

「アイツ、またサボっているのかよ」

 

 あーあ、と遊馬が息を吐く。美術館前で遊馬とタッグデュエルしてから、不登校だった凌牙はちょくちょくと学校に通うようになっていた。通う、と言っても授業に顔を出すことはあまりなく、フラリと来ては去っていくというスタイルを繰り返していた。

それでも、完全に学校に来ないよりかは遥かにマシだろう。

 

「今回は学校にすら来ていない状態なんだけれども、君から神代くんに来るように伝えてくれないかな」

「分かったぜ! 明日、シャークとデュエルする約束してるから、その時に言うよ」

「ありがとう。君の声なら彼に届くみたいだからね」

 

 先生なのに申し訳ないな、と情けなく笑う右京先生に遊馬が「俺に任しとけよ」と自身の小さな胸を叩く。

 

「それじゃあ、右京先生、さよなら!」

 

 鞄を肩に掛けると、遊馬は教室から飛び出していった。

廊下を走っちゃ駄目だよ! とその背に声を掛けるが、あっと言う間に彼の姿は見えなくなってしまっていた。

 

「本当に太陽みたいな子だ」

 

 だから、凌牙は遊馬に惹かれたのだろう。誰もいない教室に右京先生が独り言を呟く。そして、海は太陽が恋しいからね、と更に小さな声で続けたのだった。

 

 

 

 

【2】

 

「おーい、みんなー!」

 

 一人なのに賑やかに走りながら、遊馬はナンバーズ倶楽部に合流する。怒られなかった? と心配する面々に遊馬は「二日前からシャークが学校に来ていないって相談されただけだって」と笑う。

 

「今日は何する? やっぱり、デュエルだよな! タッグ? サドンデス? バトルロイヤル?」

「本当に遊馬はデュエルが好きなのね」

 

 早速とばかりに、デュエルトークを持ち出す遊馬に小鳥が呆れかえる。

 

「ですが! 右京先生が仰っていた通り、遅くまでは遊べませんよ。委員長として見逃すわけにはいきません」

「最近、ハートランドシティの夜は物騒とか言っていたニャ」

「確かに中学生の夜の一人歩きは禁止だけどよ、なんで今更言い出すんだ?」

「じゃっじゃ~ん! 衝撃の裏情報を公開するウラ」

 

 徳之助の発言にナンバーズ倶楽部の視線が注がれる。

ウェッホン、と気障ったらしい咳を一つすると、人差し指を立てながら言った。

 

「夜にはデッキ狩りが出没するからウラ」

「デッキ狩り!」

 

 アストラルを含めたナンバーズ倶楽部の声がぴったりと揃う。

 

「不当なアンティルールをふっかけ、負けたらデッキの全てを奪う凶悪なデュエリストが三日前の夜から出没してるウラ」

「だから、右京先生は注意したのね!」

 

 小鳥が納得の意を表す。

 

「デッキ狩りと言えば、まるで一昔前のシャークみたいだぜ」

「そういえば、シャークって二日前から学校に来ていニャいって、さっき遊馬が……」

 

 鉄男の呟きを受けたキャシーの台詞に一同が凍り付く。

皆の頭の中に浮かんだ推測を口にしたのは等々力だった。

 

「トドのつまり、デッキ狩りは神代凌牙、シャークではないかと―‐」

「そんな訳ねぇ!」

 

 遊馬が大声で反論する。

 

「アイツは確かにデッキ狩りしてた! だけど、WDCの後、デッキをみんなに返して回ったんだ! 怒鳴られたり、酷(ひで)ぇことを言われたりしたけど、それでも、シャークは頭を下げて全員に返したんだ! そんな奴がデッキ狩りなんて、もうする訳がねぇ!」

 

 拳を強く握り込み、遊馬は力説する。

 

 一度、遊馬は見たことがあった。校舎裏、凌牙が他クラスの生徒の一人に頭を下げて、デッキを返していた。だが、相手は激昂(げきこう:酷く怒ること)していて、凌牙に罵詈雑言を浴びせていた。耐えきれない! とばかりに飛び出そうとした遊馬をアストラルが引き止めた。

 

「贖罪の邪魔をしてはいけない。これは彼自身の問題だ。彼を仲間だと言うなら見守ってやれ」

 

 遊馬は上げた腰を再び落とす。いつもは大きく見える凌牙の背が小さく見えた。

 

 それから二週間も経たないうちに、凌牙が唐突に遊馬の元へ訪れて「終わった」と告げた。目的語はない、ただ言いたかっただけなのだろう。凌牙は遊馬が知っているということを知らないのだから。それだけ言うと、説明もなしに凌牙は背を向けた。その背はもう小さく見えなかった。

 

「だから、シャークじゃねぇ!」

「でも、証拠がないウラ」

 

 論破! とばかりに、徳之助が発言する。言葉を詰まらせた遊馬は思わずアストラルを見上げた。アストラルとて凌牙がデッキ狩りなんてするはずがないと信じている。

 

「ならば、証拠を探せばいい」

 

 相棒(とも)から端的に告げられた助言に、遊馬は閃いた。

 

「じゃあ、俺がデッキ狩りを捕まえてやる!」

 

 遊馬の宣言にどよめきが走る。

 

「シャークの濡れぎすを晴らすにはそれしかねぇ!」

「遊馬、それを言うなら『濡れ衣(ぬれぎぬ)』だ」

「流石、鉄男くん。遊馬の人間翻訳機ね」

 

 格好いい宣言も言葉間違いのせいで台無しである。鉄男と小鳥に茶々を入れられてしまったが、遊馬の決意は鈍らないらしい。小鳥は小さく息を吐いた。

 

「仕方ないわね、私もつきあってあげる。夜の街なんて、遊馬だけだったらすぐに迷子になっちゃうわ」

 

 笑みを見せながら、小鳥が共に行く意志を示す。

 

「……ったく、こうなっちまったら、遊馬の奴、瞬間接着剤でくっつけても行っちまうからな。俺もついて行くぜ」

「わ、私も行く! 遊馬にそんな危ニャいこと、させたくないもの!」

 

 鉄男とキャシーもついて行くことを決めたようだ。等々力と徳之助が顔を見合わせる。

 

(徳之助くんはこういう危ないことは嫌いでしょう。とりあえず、委員長として右京先生の言い付けを破ろうとする皆さんを止めなければ! さぁ、一緒に皆さんを止めましょう、徳之助くん!)

 

「裏情報なんて、自分の目で確かめないと信じられないウラ。遊馬の持ってきた証拠――犯人が本物かどうか、一番に確認させてもらうウラ」

 

 そう思案する等々力が見たのは、あっさりと裏切る(?)徳之助の姿だった。

 

「ところで、委員長はどうするの?」

「嫌なら無理に来なくてもいいウラよ~」

 

 キャシーの後ろで、徳之助がニヤニヤしている。委員長としての使命が~っ! と悩む等々力だったが、迷った末に決断した。

 

「君たちが危ない真似をしないよう見張るため、委員長として僕もついて行きますよ! ですが、危険なことをしたら、すぐに右京先生に言いますからね!」

 

 委員長の肩書きを大事にする等々力に、らしいっちゃらしいな、と皆笑いそうになる。

 

「アストラルもついて来てくれるよな?」

「当然だ。デッキ狩りという非道な輩を放置する訳にはいかない」

「よし、これでナンバーズ倶楽部全員参加だな」

 

 虚空に話し掛ける遊馬の頷きを確認した後(のち)、鉄男が締めくくる。

 

「デッキ狩りは夜に出没するって言ったわね! なら、それまでに情報収集しなくちゃ」

「裏情報を探(さぐ)るウラ」

「ネコちゃんネットワークをフル活用よ」

「トドのつまり、インターネットの情報なら僕にお任せです!」

「集合場所はハートランドシティ広場だからな」

「カットびんぐだ、ナンバーズ倶楽部!」

 

 遊馬の号令を元に、小鳥・徳之助・キャシー・等々力・鉄男たちは情報を集めるために散らばったのだった。

 

 

 

【3】

 

「一番に君が駆け出したものだから、何処か宛があるものだと思っていたが、まるっきり無かったとは」

 

「あはは」

 

 アストラルのぼやきに遊馬は力無く笑う。勢い余って一人で駆け出した遊馬だったが、何も考えないままメインストリートに来てしまったのだ。

 

「せめて、小鳥や鉄男と行動を共にしておけば」

「でもよ! 此処は人が多いから情報なんてすぐに集まるって」

 

 お気楽な遊馬の発言にアストラルがとうとう溜め息を吐く。そして、不意に気が付いた。

 

「遊馬、風也がいる」

「風也?」

 

 アストラルの指差す方には、WDCの記念に配布された赤い帽子を目深に被った風也が一人で歩いて居た。

 

「お~い、風也!」

 

 両腕を振り回して、遊馬が呼んだ。風也が振り向くよりも先に周りの歩行者が反応する。

 

「風也って、あの有名子役の?」

「エスパーロビン役の奥平風也くん?」

「本物なら、サイン貰おうかしら」

 

 こんな状況にも関わらず、遊馬は「風也ったらー! 俺だよ! 九十九遊馬だよ!」と呼び続けている。風也は更に帽子を深く被ると、らしくもない歩き方で遊馬にずかずかと近付いて、態とらしいぐらいに大声で言った。

 

「はっはっはっ! 久しぶりだね、遊馬! 僕の名前は『榊 遊矢(さかきゆうや)』だから間違っちゃ駄目だよ! さぁ、サ店でも行こうか!」

 

 やや強引に遊馬の肩に腕を回すと、何か言いたげな彼を引き摺るようにして偽名を名乗った風也はその場を後にした。なんだ人違いか、と周りの歩行者は興味を無くしたようだ。ただ一人、子供が着るにしては上質な皮ジャンを着た少年が此方をじっと見つめていた。だが、今は何も行動を起こす気はないらしい。橙(だいだい)色の髪の少年もまた雑踏の中へ姿を眩(くら)ましたのだった。

 

「遊馬、駄目だよ。人混みの中で僕の名前を呼んだら。芸能人なんだから」

「悪(わり)ぃ、風也」

 

 メインストリートにある、先払いセルフサービス制のカフェ。

 帽子を被ったまま、アイスコーヒーを飲む風也に遊馬がペコペコと謝る。そんな友人の姿に「もう怒ってないよ」と風也が柔らかい笑みを浮かべた。

 

「なぁ、会えたのも何かの縁だし、デュエルしようぜ!」

「遊馬、デッキ狩りの情報収集はどうした」

「デュエリストが会ったんだ、デュエルしなきゃ損だぜ、アストラル」

 

 デュエルしない方が変だ、と言いたげな遊馬にアストラルが何度目かの溜め息を吐いた。頼んだミルクをそっちのけで、目をキラキラしながらの遊馬の提案に、風也の顔が急に曇る。

 

「ごめんね、デュエル出来ないんだ」

 

 なんで? と訊くよりも先にアストラルに指先で指摘されて、遊馬は気が付いた。腰に付けた彼のデッキケースが空っぽだったのだ。

 

「デッキ狩りにやられちゃったんだ」

「デッキ狩り!?」

 

 風也の発言に遊馬とアストラルの声がハモる。アイスコーヒーの氷をストローでカラカラと回しながら、風也はポツポツと語り始めた。

 

 三日前の夜――遊馬と凌牙がデュエルの約束をした当日の夜の話。

 エスパーロビンの撮影が終わった奥平風也は、そのコスチュームのまま、河川敷へ向かっていた。人がいないうえに、街頭の明かりが届かない夜の河川敷は風也のとっておきの練習場所であった。開放感のある外の空間の河川敷にて、エスパーロビンになりきったまま、風也はその日も台詞や動作の練習をしていた。いつもと違ったのは、其処へ第二者が現れたことだ。

 

「誰?」

 

 ケヒケヒと笑い声が静かな夜の空気を揺らす。第二者は橋の真下にいるため、影と同化して全く正体が掴めない。Dゲイザーを既に付けていて、金色のチャームと共に、暗闇のなか、ギラギラと妖(あや)しく煌めいていた。もう一度、今度は強く「何者だ!」と風也はエスパーロビンになりきって問う。第二者は最初の発言が此だった。

 

「おい、デュエルしろよ」

「なにっ、デュエルだと!」

 

 暗がりからデュエルディスクの展開音が響く。声しか分からない相手からの唐突なデュエル宣言。普段の弱気な風也ならば、すぐに断っていただろう。だが、その時、彼は強気なエスパーロビンになりきってしまっていた。

 

「いいだろう、暗黒帝王デッドマックスの手先め! このエスパーロビンが正義の大盤振る舞いをお見舞いしてやろう!」

 

 風也――エスパーロビンはすぐさまマスクのDゲイザーを起動させる。

 

『……―‐ィジョン、スタ・バイ』

 

 起動アナウンスにノイズが走るが、気にせずデュエルディスクを展開させた。マトリックス(数学の行列)が降り注ぎ、デュエルフィールドが完成する。

 

「デュエル!」

 

 先攻を貰ったのは相手だった。

 

 決着がついたのは、水がお湯になるまでの短い時間だった。崩れ落ちる敗北者のロビンに勝利者は「弱者にそんなデッキはいらんよなぁ」とすっと暗がりから手を伸ばした。すると、ロビンが魂を込めて構築したデッキは見えないピアノ線に引っ張られるようにして宙を舞い、相手の手の平に収まってしまった。

 

「これで一つ目」

 

 第二者がデッキを持ったとき、彼のDゲイザーに付いた砂時計のチャームの輝きが仄(ほの)かにくすみ、全て上に溜まった砂がさらさらと下へ少し落ちたのが見えた。敗北とデッキ強奪のショックに呆然とするロビンに背を向けると、第二者――デッキ狩りはケヒケヒと笑い声を上げながら立ち去っていった。

 

 風也が話し終えた頃には、アイスコーヒーの氷はすっかり溶けきっていた。デッキを失い、憔悴する風也を見て、遊馬は怒りを露わにした。

 

「デッキ狩りめ、風也のデッキを奪うなんて絶対に許さねぇ! 風也、絶対にお前のデッキを取り戻して―‐」

「駄目だ、遊馬!」

 

 風也が立ち上がって、遊馬の決意を強制終了させる。

周りの客の視線なんて、気にも止めずに風也ははっきりと言い切った。

 

「いくら君でもアイツには勝てない!」

「でも、風也、俺はデュエルチャンピオンなんだぜ?」

「それでも、無理だ! 奴には誰も勝つことは出来ないんだ!」

 

 風也らしくない剣幕に遊馬は一瞬たじろいでしまった。それを見て正気に戻ったのか、客の視線に気付いたからか、風也は席に着くと、小声で祈るように続けた。

 

「君には僕と同じ思いをしてほしくないんだ。だから、僕の敵(かたき)なんて取ろうとしないで。お願いだ、遊馬」

 

 片手を両手でぎゅっと握り込まれた状態での懇願に、遊馬は困惑する。

 

「絶対に勝てないだなんて、奴はいったいどんなデッキを使ったんだ?」

「それは……」

 

 風也の口がキュッと引き結ばれる。彼の顔に浮かんだ表情は、屈辱だった。デッキを取られたことではなく、デュエル内容に対してのものだろう、とアストラルは読む。

 

 そのなか、控えめな電子音が響いた。

 

「あ、ママだ」

 

 通信機器の画面に浮かんだ文字に風也が呟く。

 

「ごめんね、遊馬。ママが呼んでいるから、僕行かなきゃ。絶対にデッキ狩りとデュエルしようとは思わないでね。アイツには絶対に勝てないから」

「風也!」

 

 慌ただしく立ち上がり、WDC記念の赤い帽子を深く被りなおすと、遊馬の呼び止める声を無視して、風也はカフェから飛び出していってしまった。

 

「いったい何なんだよ。普通、デッキを取り返してほしいって思うもんじゃねぇのか?」

 

 独り言を呟いた後、遊馬は苛立たしさを抑えるようにミルクを一気飲みする。その間、アストラルは風也が繰り返した「絶対に勝てない」というセンテンス(文)について考え込んでいた。

 

 すると、またもや電子音が響いた。遊馬がDゲイザーを取り出す。画面には鉄男の名前が浮かんでいた。

 

 

 

【4】

 

 石段を登った先にある決闘(デュエル)庵の奥の和室。正座した遊馬と小鳥と鉄男は、この庵の主・三沢六十郎と向かい合っていた。

 

「師匠! 鉄男から聞いたんだけどよ、闇川がデッキ狩りにあったってのは本当なのか?」

「ああ。今、闇川はショックで寝込んでおる」

 

 遊馬の問い掛けに六十郎が重々しく頷く。デッキ狩りの身近な被害者に遊馬とアストラルは奥歯を噛み締めた。

 

 闇川から話を聞いた六十郎曰わく、遊馬と凌牙がデュエルの約束をした二日目の夜に事件は起こった。師匠からのお使いで遅くなった闇川が雑木林を歩いていたとき、デッキ狩りが現れたという。月光すら届かない真っ暗闇のなか、デッキ狩りの装備したDゲイザーだけが浮かび上がるように煌々と輝いていた。そのDゲイザーに付随したチャームがちらちらと瞬(またた)く。

 

「貴様、何奴だ?」

「おい、デュエルしろよ」

 

 闇川の問い掛けを無視し、ケヒケヒと笑いながら相手はデュエルディスクを起動させる。

 

「いいだろう。デュエルで負かせて素性を吐かせてやる」

 

 闇川も同じくデュエルモードに入る。デュエルディスクを展開し、Dゲイザーを装着する。その際、スタンバイアナウンスにノイズが走ったが、彼は気にも止めなかった。そして、あっという間に敗北し、魂を込めて構築したデッキを奪われてしまった。相手の手に闇川のデッキが渡ったとき、砂時計のチャームの輝きは鈍くなり、少し下へ落ちたという。

 

「儂が聞き出せたのは此処まで。デュエル内容、相手のデッキについて、闇川は口を閉ざしたままじゃ」

 

 はぁ、と六十郎は溜め息を吐く。アストラルが「風也と同じだ」と呟き、遊馬が「ああ」と端的に答える。

 

「くそっ! デッキ狩りめ!」

「闇川さんにまで被害にあうなんて」

 

 拳を握り締める鉄男に、悲しそうな顔を浮かべる小鳥。遊馬も耐えきれず立ち上がり、決意を吐露した。

 

「師匠! 俺が絶対に敵(かたき)を取って―‐」

「やめろ! 遊馬!」

 

 スパーンと襖が開く。其処には寝込んでいたはずの闇川が立っていた。

 

「お前もデッキ狩りの餌食になるだけだ! 奴には絶対に勝てない!」

「勝てない勝てないって、やってみなくちゃ分からねぇだろっ!」

 

 闇川の否定的な意見に遊馬が噛み付く。ぎりり、と彼は遊馬を睨むようにしながら告げた。

 

「貴様にはデュエリストとしての誇りがあるだろう! デッキ狩りと同じレベルに堕ちない限り、奴には絶対に勝てない!」

「なら、せめてデッキ狩りがどんなタクティクスを、コンボをしたのかだけでも教えてくれよ!」

 

 鉄男の発言にデッキ狩りとのデュエルを思い出したのか、闇川の顔が屈辱で歪んだ。質問には答えず、「絶対に挑もうとするな、分かったな!」とだけ言うと、闇川は襖を音を立てて閉めてしまった。

 

「デッキを取られてからはずっとあんな調子じゃ。寝言でも『このデュエル、満足できねぇ』『納得がいかない』とうなされておっての」

 

 遊馬、と六十郎が呼んだ。

 

「闇川はデュエルして欲しくないようじゃが、おぬしは聞かんじゃろうな。儂からは何も助言も頼み事も出来んが、呉々(くれぐれ)も無理をするでないぞ」

 

 その言葉に、遊馬は唇を引き締めて頷いたのだった。

 

 

 

【5】

 

 ハートランドシティの広場。

 ナンバーズ倶楽部の皆が揃い、情報交換を行っていた。

 

 分かったことといえば。

 

 デッキ狩りは夜に出没すること。

 明確な姿を見た者はいないこと。

 デュエル前から金色のDゲイザーを装着していること。

 Dゲイザーに金色の砂時計のチャームを付けていること。

 ケヒケヒ、という笑い声をあげること。

 「おい、デュエルしろよ」から始めること。

 敗北者から不思議な力でデッキを奪うこと。

 その際、チャームの輝きが一瞬鈍り、砂時計の砂が少し落ちること。

 そして、被害者の誰もが仇討ちを望まず、デッキ狩りとのデュエル内容を話さなずに「アイツには絶対に勝てない」と言うことだった。

 

「トドのつまり、ほぼ一緒の情報ですね」

「裏情報を漁ったのに、この程度の情報しか集められないなんて……デッキ狩りって、いったい何者ウラ?」

 

 悩む等々力と徳之助を横目に遊馬はアストラルに尋ねる。

 

「なぁ、アストラル。絶対に勝てないデッキって在(あ)るのか?」

「そんなものは存在しない。デュエルはカードの引き、運に左右されるところがある。いくら強いカードがあったとしても、引けなければ何の意味がない」

「でも、闇川さんもロビンも言っていたんでしょ? 『絶対に勝てない』って」

 

 小鳥が会話に参入し、三人揃って首を傾げた。だが、とアストラルは思う。

 

(被害者は皆『アイツには絶対に勝てない』とは言うが、『アイツが絶対に勝つ』や『アイツには絶対に負ける』とは決して言っていない。闇川が『満足できねぇ』『納得がいかない』と呟いていた通り、納得のいかないデュエル内容だったのではないのだろうか? だからこそ、『勝つ』『負ける』とはっきり言えずに『勝てない』と評したのではないか。加えて、闇川が勝てる条件として『デッキ狩りと同じレベルに堕ちない限り』と言っていたが、どういう意味だ? もしかすると、デッキ狩りはイカサマや卑怯な手を使ってくるのかもしれないな。陸王海王のようにデュエルディスクのオートシャッフル機能を停止させたり、リストバンドにカードを仕込んだり等のイカサマを)

 

 だとしても、遊馬は正攻法で勝とうとするだろう。凌牙とのタッグデュエルでそうしたように。しかし、アストラルにはそれ以上のおぞましさがあるような気がして仕方がなかった。

 

「そう言えば、遊馬、明里さんには訊かニャかったの? ライターだから何か知っているんじゃないかしら」

「それがなぁ、キャットちゃん、決闘庵帰りに電話したけど、電話中だったんだ」

 

 姉ちゃんは長電話が好きだからなぁ、と遊馬はぼやく。

 

「そう言えば、俺も姉ちゃんに訊こうと思ったら電話中だったな」

「案外、二人で長電話してたりして」

 

 鉄男と小鳥も話に乗ってきて、三人で顔を見合わせて笑った。

 

 その頃、明里と鉄子は本当に長電話していた。

 デッキ狩りという特ダネを掴んだ明里が浮かれて鉄子に話し込んでいたのだ。

 

「被害者との話を聞いたし、もう記事に出来たわ。でも、どうしてもデュエル内容は教えてくれなくってさ、ホント参っちゃうわ」

「ねぇ、明里。本当に記事にするつもり?」

「何よっ! 鉄子、私にこんな特ダネを見逃せっていうの?」

 

 Dゲイザーのレンズに写る鉄子に明里がずいっと詰め寄る。落ち着け落ち着け、映像の鉄子が手の平で合図する。

 

「『絶対に勝てないデッキ狩り』なんて記事を書いたら、デュエリストが夜の街に集まっちゃって被害が増えると思うんだけど」

「大丈夫、大丈夫。むしろ、たくさんデュエリストが集まれば、そのなかにデッキ狩りを倒す実力者も居るに決まっているから、犯人も捕まるし、私も更に記事を書けるし、一石二鳥じゃないの!」

 

 ピアノみたいにエンターキーをポーンと叩き、明里は原稿のデータを本社に送信する。鉄子は「だといいんだけど」と苦い返事をしただけだった。

 

「不可思議な力が働いている以上、ナンバーズが関わっているのかもしれない。遊馬、カイトには連絡しないのか?」

「うん、しないよ」

 

 電話で思い立ったのか、アストラルの強力な助っ人要請に遊馬は間髪なく断った。

 

「アイツ、ようやっと家族の絆を取り戻せたんだ。ナンバーズは俺たちの問題だし、デッキ狩り退治は俺が好きでやっているんだから、巻き込むわけにはいかねぇんだ」

「遊馬……。君がそう望むなら私は何も言わない」

 

 アストラルがそう呟いたと同時に、五時のサイレンが黄昏に染まるハートランドシティに響き渡った。

 

「夜九時に此処へ集合だ! 家族にバレないようにしろよ、特に遊馬!」

 

「鉄男! なんで、俺を名指しするんだよ!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ中学生グループに、周りの人々は生暖かい視線を向けている。

 

「『絶対に勝てないデッキ』か。俺が絶対に勝ってやるぜ! カットびんぐだ、俺!」

 

 遊馬が元気良く宣言する。太陽は海に沈もうとしていた。

 

 

 

【6】

 

 双眼鏡がくるくると動く。

 あるときは兄弟二人のデュエリストを、またあるときは男女二人組のデュエリストを、時には長い金髪と灰色の短髪の青年二人組も視界におさめたが、今は何もしようとは思わない。そして、中央広場に群がる中学生グループを見つけたとき、双眼鏡を覗き込んでいた人物はケチャップの付いた指を舐めながら呟いた。

 

「ビンゴ」

 

 遊馬の首に掛かる皇の鍵に焦点を合わせた後、隣に浮遊する――特定の人物からでしか見えないアストラルを凝視する。

 

「成る程、あの忌々しい千年アイテムはまだ存在していたのか。しかも、誰かさんの魂つきで」

 

 ファーストフードの袋をくしゃくしゃにして後方へ投げ捨てる。双眼鏡も捨て去ると、デッキ狩りはすくっと立ち上がって街を見下ろした。屋上にいるからか、摩天楼特有のビル風が気持ちいい。

 

「噂話のおかげでデュエリストがわんさかいやがる。こりゃあ、今晩で百個の魂のデッキの回収を達成できそうだ。俺も運がいいぜ。因果も深いわ、心の闇も申し分ないわ、デュエル知識もあるわ、タイミング良く素敵なカードを持ってるわ、トドメに強(つえ)ぇ聖霊もいる奴にソッコーで出逢えるとは。こりゃあ運命の女神さんすら仲間にしちまったみてぇだぜ」

 

 Dゲイザーに似たレンズに付いた金の砂時計の形をしたチャームを忌々しげに弾く。

砂時計の砂の半分は下に落ちていた。すう、とデッキ狩りは息を吸い込むと、これから始まる闇のゲームの舞台会場へ向けて声を張り上げた。

 

「レディース アーンド ジェントルメン! さぁ、DDC(ダークデュエルカーニバル)の始まりだ!」

 

 太陽は海に沈んだ。闇のゲームが始まる。

 

 

 

つづく




※ODS……おい、デュエルしろよ

「遊戯王5D's」の主人公・不動遊星の一番最初の台詞。
セキュリティの牛尾との会話が全く成立していない。 


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④DDB

【1】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束をした三日目の夜。

 

 覚醒したように目開く満月が見守るハートランドシティでは、二台のDホイールによって熾烈なチェイスが繰り広げられている真っ最中であった。宵闇に溶け込む紫色のDホイールがコーナーを曲がると、追尾していた宵闇に浮かぶ白色のDホイールも同じように曲がる。人気のない狭い道を紫色のDホイーラーは勝手知ったるとばかりに走らせる。その道の先には高い障害壁があった。紫色のDホイーラーは無言でアクセルギアを更に上げると、直線道路を突き抜けるように進み、倒れた柵を利用して壁を飛び越えた。白色のDホイールラーはチッと舌打ちすると、アクセルをフルスロットルさせ、勢い良く壁を乗り越えるが、その先に紫色のDホイールはいなかった。

 

「あの野郎、何処へ行きやがった?」

「Ⅳ兄様、あちらです!」

 

 白色のDホイール走者の腰を掴んだ同乗者が指をさす。封鎖されたハイウェイの入り口の『工事中』と掲げた看板を轢(ひ)き散らす紫色のDホイールが見えた。音を立ててブレーキを掛け、無理矢理に進路変更すると、白色のDホイールも無人の空中ハイウェイへ突っ込んでいく。

 

「Ⅲ、しっかり掴まれよ! 落ちても知らねぇからな!」

 

 チェーンアップ(魔改造)されたDホイールが唸りを上げる。更に速度を上げ、紫色のDホイールへ一気に追い上げた。フルフェイスのヘルメットをしているため、紫色のDホイーラーの顔はまるで分からない。

 Dホイールの車間距離が残り十メートルを切ったあたりで、桃色のヘルメットをした同乗者がボーガンを構えた。コーナーを抜け、直線に入ったと同時に矢を放つ。矢は紫色のDホイールの一つしかない球体のホイールに当たり、回転運動にノイズを与えた。制御不能になった紫色のDホイールはガードレールにぶつかりそうになりつつも進む。

ぐるぐると回りながら進む紫色のDホイーラーが見たのは、工事中の為、途切れた道路だった。ちりり、とフルフェイスのヘルメットの下にあるチャームが音を立てる。Dホイールに眼(ウジャト)がほんの一瞬浮かび上がり、高く長いブレーキ音を響かせながら、人工崖の一歩手前で止まった。

 完全に相手のエンジンが止まったのを確認してから、白色のDホイールから二人の兄弟が飛び降り、瞬時にデュエルアンカーを放つ。二人のデュエルアンカーは謎のDホイーラーを見事に拘束してみせた。

 

「会いたかったぜぇ、デッキ狩り」

 

 一人は茶髪に金髪のメッシュが入った白色の礼服の青年――Ⅳが追い込むように言い放つ。

 

「貴方がデッキを奪う様(さま)を見ていました。もう逃がしはしません。そのフルフェイスを取ったらどうです?」

 

 同乗者のピンク髪に杏(あんず:アプリコット)色の礼服の少年――Ⅲも言葉で追撃する。紫色のDホイーラーはそんな二人を無言で見渡してから、デュエルアンカーなんて気にも止めずに真っ黒なフルフェイスを外した。

 

 

 

【2】

 

「やっぱりテメェだったか。落ちたもんだな、神代凌牙!」

 

 Ⅳが声を荒げる。外に跳ねた紫髪、海を連想させるディープブルーの瞳の少年が其処に突っ立っていた。

 

「何故、こんな酷いことを! 君にはデュエリストの誇りはないのか?」

 

 Ⅲが質問を浴びせるが、砂時計のチャームを付けた見慣れぬDゲイザーを装着した凌牙はケヒケヒと肩を揺らして笑うだけだった。「何がおかしい?」と苛立つⅣに、凌牙はこう告げた。

 

「おい、デュエルしろよ」

「なにっ、デュエルだと!」

 

 腕を伸ばし、凌牙はいつもの青色のデュエルディスクを展開する。有無(うむ)を言わさないデュエルへの誘(いざな)いに、ケッとⅣが悪態を吐いた。

 

「Ⅳ兄様。どうやらデュエルに勝たないと、彼は理由を教えてくれないようですね」

「そのようだな、Ⅲ。そんなに俺のファンサービスを受けたいなら、とくと味合わせてやるぜ。凌牙ァ!」

 

 兄弟揃って腕を伸ばし、各々のデュエルディスクをセットした。羽をモチーフにしたデュエルディスクと、猩々緋(しょうじょうひ:黒を帯びた鮮やかな赤)色のナイフのようなデュエルディスクが月光に反射する。右目に手をかざすと、紋章の力によりマーカーが浮かび上がる。ARヴィジョンにより、幾千の数字コードが降り注ぎ、デュエルフィールドが構築された。その数字コードに僅かなバグが走ったことに二人は微塵も気付かない。

 

「デュエル!」

 

 そして、三人は一斉に宣言した。

 

「ルールは一対二の変則タッグデュエル。墓地・フィールド・ライフは共有ではなく、相手チーム全員を倒して勝利となる。無論、初ターン目は全員攻撃不可」

 

 ようやく凌牙が呼び掛け以外に声を出した。夜に沈殿する暗闇を抱えたかのような声でのルール説明をすると、更に続けた。

 

「だが、これは闇のゲーム、敗者は罰を受けてもらう」

 

 凌牙のDゲイザーのレンズに眼(ウジャト)が浮かび上がるが、刹那すぎて今は誰も気に止めない。

 

「闇のゲームだぁ? なに、訳の分からねぇことを。その罰とやらがデッキ強奪って訳か」

「安心しろ。デッキ狩りは俺の目的であって、罰ゲームではない。内容は負けるまでのお楽しみだ」

 

 Ⅳが口を挟むが、凌牙はさらっと受け流す。

 

「タッグデュエルで僕たち二人に適うと思っているのか!」

「ああ、だからハンデを用意した」

 

 Ⅲの強気な発言に、仰々しく両手を広げた凌牙は提案した。凌牙だけ手札十枚スタートか、どんな無理難題ハンデを付けるのか、とⅣとⅢが身構える。

 

「ハンデ内容は以下の通り。俺のライフは2000、お前らのライフは8000ずつだ」

 

 ⅣとⅢに衝撃が走る。一対二という不利な状況でありながら更に自身に不利に追いやる提案は狂気の沙汰以外の何物でもなかった。

 

「僕たちがハンデだと!」

「凌牙! テメェ、ふざけているのか!」

「ふざけてなんかいねぇよ。強者が弱者に情けを与えるのは当然だろ? Ⅳ、お前お得意のファンサービスだよ、ファンサービス」

 

 最後の単語を強調しながら、凌牙はケヒケヒと舌を出して笑う。月の光が逆光になって凌牙の表情は伺えず、金色(こんじき)のDゲイザーだけが不気味に輝いていた。

 

「舐めんなよ、凌牙。強者は俺たち二人の方だ。ライフは全員4000。せめてものの情け(ハンデ)だ、先攻はくれてやる」

「おーおー、お優しいこって。自分たちが弱者だとは微塵も思わねぇんだな。それじゃあ、先攻だけ頂くとしますか」

 

 Ⅳの妥協案(?)を凌牙がお芝居のように受け入れる。

 

(人を完全に見下した――まるでⅣ兄様みたいな言葉使いだ。本当にコイツは凌牙なのか?)

 

「おい、Ⅲ」

 

 疑念を抱くⅢにⅣが呼び掛ける。

 

「今のコイツはいつもの凌牙じゃねぇ。このデュエル、絶対に勝って奴を正気に戻すぞ」

 

 ぐっと握り拳を作り、ⅣはⅢにしか聞こえない声で続けた。

 

「なんでデッキ狩りなんて再びするようになっちまったのか分からねぇが、一度、アイツは俺のせいで落ちるところまで落ちちまった。もうアイツを闇落ちさせる訳にはいかねぇ。絶対に止めてみせる。それが、俺がアイツに出来る贖(あがな)いだ」

「Ⅳ兄様……」

 

 兄の決意に弟の決意も固まる。

 

(このデュエル、凌牙を止めるためにも、Ⅳ兄様のためにも絶対に勝たなければならない。たとえ、奴の使うデッキが『絶対に勝てないデッキ』と形容されていたとしても!)

 

「内緒話は済んだか? なら、行くぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 凌牙(ライフ4000)vs Ⅳ(ライフ4000)&Ⅲ(ライフ4000)の変則タッグデュエルの火蓋が切って落とされた。

 

「そういやぁ、巷(ちまた)では俺のデッキが『絶対に勝てないデッキ』と言われているらしいな」

 

 一ターン目。

 加えたカードを眺めながら、凌牙が唐突に呟いた。

 

「イカサマじゃねぇと良いんだけどな」

「本家本元に言われちゃあ、ザマァねぇぜ」

「……」

「まぁいいぜ。簡単な証拠でも見せてやんよ」

 

 黙り込んだⅣを凌牙は気にも止めずに「まずは」と言わんばかりに袖口を捲(めく)り、リストバンドがないことを見せた。リストバンドにカードを仕込むという簡単なトリックではないらしい。

 

「更に更に~」

 

 ドローしたことにより、六枚になった手札から凌牙が一枚を手に取った。

 

「俺は魔法カード『増援』を発動。レベル4以下の戦士族モンスターを手札に加える、と。せっかくだから、俺はレベル4の戦士族モンスター『鉄の騎士ギア・フリード』を手札に加えるぜ」

 

 デッキから抜き取ったカードを見せびらかし、凌牙は手札に加えた。オートシャッフル機能が作動し、デッキは再びバラけた。これにより、オートシャッフル機能による不正の線も消えてしまった。

 

「俺はモンスターカードを一枚裏側守備表示でセットして、ターンエンド。次はお前のターンだぜ、Ⅳ」

 

(『増援』といい、『鉄の騎士ギア・フリード』といい、凌牙らしくないカードだな。いつものデッキではないのか)

 

 凌牙のフィールドのモンスターゾーンにカードが一枚裏側守備表示でセットされる。

凌牙のカード内容にⅢは首を傾げたくなった。

 

 爪跡が残るぐらい強く握り締めてから、Ⅳは二ターン目に入った。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は手札からフィールド魔法『王家の眠る谷‐ネクロバレー』を発動! フィールド上の「墓守の」と名の付いたモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。また、墓地のカードに効果が及ぶ魔法・罠(トラップ)・効果モンスターの効果は無効化され、お互いに墓地のカードをゲームから除外できない!」

 

 デュエルフィールドが夕焼け差す谷へと変貌する。

 

「そして、俺は裏側守備表示でモンスターカードを一枚セット、更にカードを一枚セットしてターンエンドだ!」

 

 Ⅳのデュエルフィールドに一枚の裏側守備表示のモンスターカードが、魔法・罠ゾーンに一枚カードがセットされる。

 

(俺が伏せたモンスターカードは『墓守の偵察者』だ。守備力2000、生半可な攻撃じゃあ倒せなねぇうえにリバース効果付きだ。リバース効果は俺のデッキから攻撃力1500以下の「墓守の」と名の付いたモンスター1体を特殊召喚。その後、俺のターンで一気にエクシーズ召喚を決めてやる! 仮に2000以上の攻撃力のモンスターでバトルしてきても……)

 

 相手には見えないよう、裏側守備表示にした『墓守の偵察者(レベル4闇族魔法使い族、攻撃力1200守備力2000)』と伏せカードを見下ろしながら、Ⅳは次ターンに備える。

 

 Ⅳと目が合ったⅢがコクリと頷く。Ⅲが三ターン目の開始宣言を行った。

 

「次は僕のターン! ドロー! 僕は裏側守備表示でモンスターカードを一枚、カードを一枚セットしてターンエンド」

 

(ナンバーズは全て遊馬に渡してしまったから、Ⅳ兄様の『ギミック・パペット』、僕の『先史遺産[オーパーツ]』は使えない。だから、僕たちは兄様の昔のデッキを組んだ。恐らくⅣ兄様が伏せたカードは『墓守の偵察者』、僕の伏せたカードは『墓守の番兵』と『スキルドレイン』だ)

 

 相手に分からないようにⅢはほくそ笑んだ。

 

 モンスターカード『墓守の番兵(レベル4闇属魔法使い族、攻撃力1000守備力1900)』はフィールド上の相手モンスター1体を持ち主の手札に戻すリバース効果を持つ。永続罠『スキルドレイン』は1000ライフポイントを支払って発動、このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の全ての効果モンスターの効果を無効化されるカード。 『王家の眠る谷‐ネクロバレー』により、双方の墓地活用が封じられた挙げ句、『スキルドレイン』によってモンスター効果すら打ち消してしまう、この戦法。

 

(俺とⅢでタッグデュエル用に組んだ『スキドレ墓守』デッキだ)

(凌牙、君は果たして勝てるかな?)

 

 ⅣとⅢが凌牙の動向を追う。

ライフポイントはお互いに4000のまま、四ターン目、凌牙のターンに入る。

 

「俺のターン、ドロー。俺は手札より魔法カード『大嵐』を発動。フィールド上の全ての魔法・罠カードを破壊する」

 

 淡々と凌牙がアクションを起こす。『王家の眠る谷‐ネクロバレー』『スキルドレイン』『聖なるバリア‐ミラーフォース‐』が一気に消し飛び、フィールドがまたもや夜の闇に沈んだ。

 

「『聖なるバリア‐ミラーフォース‐』か、怖い怖い。攻撃しなくて良かったぜ」

 

 悔しそうな兄弟に、凌牙は愉快そうに告げる。相手モンスターの攻撃宣言時に発動し、相手フィールド上の攻撃表示のモンスターを全て破壊する『聖なるバリア‐ミラーフォース‐』は厄介な存在だ。

 

「それじゃあ、俺は『王立魔法図書館』を反転召喚。そして、『鉄の騎士ギア・フリード』を通常召喚するぜ」

 

 一ターン目に伏せたカードがひっくり返る。意外にも、それはリバースモンスターではなかった。『王立魔法図書館』はレベル4光族・魔法使い族、攻撃力0守備力2000、続けて通常召喚した『鉄の騎士ギア・フリード』はレベル4地属性戦士族、攻撃力1800守備力1600のモンスターだ。ⅣとⅢが伏せたモンスターの守備力には届かない。ならば、レベル4のモンスター2体でエクシーズ召喚か? と考える二人に凌牙は一枚のカードを掲げた。

 

「俺は手札から装備魔法『蝶の短剣‐エルマ』を―‐」

「ちょっと待って下さい!」

 

 Ⅲが声を張り上げて止めた。

 

「『蝶の短剣‐エルマ』は禁止カードだ! デュエルディスクには読み込めないようになっているはず!」

 

 彼の言う通り、『蝶の短剣‐エルマ』は禁止カードだ。使うこと自体が禁じられているため、デュエルディスクには読み込めない。

 

「そうだっけなぁ~。俺のデュエルディスクは読み込めるんだけどな」

 

 試しに凌牙が、ぺしっと装備魔法カードをデュエルディスクにセットすると、電子音が鳴り、正式に読み込んだ。その作動音にⅣとⅢは顔を見合わせる。

 

「相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する『ハーピィの羽根箒』や、相手フィールド上の全てのモンスターを破壊する『サンダー・ボルト』みたいに“誰がどう見てもブッ壊れ”性能じゃあるまいし、たかだか攻撃力300ポイントアップにビビっているのか、お前たちは?」

「誰がビビりだ!」

「んじゃ、オッケーってことで」

 

 ケヒケヒと奇妙な笑い声で煽りを受けたⅢの発言を、凌牙は了承と受け取った。

 

(『蝶の短剣‐エルマ』は禁止カードだが、数値をみる限り大した驚異じゃねぇ。仮に装備したとしても『王立魔法図書館』の元々の攻撃力は0だから、300にしかならねぇし、『鉄の騎士ギア・フリード』は論外だ。何故なら……)

 

 Ⅳが今後の展開を予想していると、凌牙は斜め上の行動に走り始めた。

 

「俺は『蝶の短剣‐エルマ』を『鉄の騎士ギア・フリード』に装備!」

「馬鹿な!」

「『鉄の騎士ギア・フリード』の効果を忘れたか、凌牙! そのモンスターは装備された装備魔法カードを破壊するんだぞ!」

 

 タクティクスが売りなはずの凌牙の頓珍漢な行動にⅢとⅣが怒鳴るように叫んだ。

だが、時すでに遅し。『鉄の騎士ギア・フリード』の効果が発動し、『蝶の短剣‐エルマ』は破壊され、墓地に送られる……はずであった。

 

「この瞬間、『蝶の短剣‐エルマ』のもう一つの効果発動! モンスターに装備されているこのカードが破壊されたとき、このカードを持ち主の手札に戻すことができる」

 

 『蝶の短剣‐エルマ』は凌牙の手札に蝶のように舞い戻った。これにより、何の消費が行われなかったと同義になった。なんだ、単なるパフォーマンスか? と訝しむ兄弟二人は、今度こそ攻撃か! と警戒する。だが、凌牙が取った行動は以下の通りであった。

 

「俺は『蝶の短剣‐エルマ』を『鉄の騎士ギア・フリード』に装備!」

 

 無論、何度装備されようとも『鉄の騎士ギア・フリード』の効果は変わらない。『蝶の短剣‐エルマ』は破壊され、再び凌牙の手札に戻った。更にもう一度、凌牙は『蝶の短剣‐エルマ』を『鉄の騎士ギア・フリード』に装備する。三回も繰り返される、意味不明な行動にキレたのはⅣだった。

 

「凌牙! いい加減、時間稼ぎに無意味な行動を起こすのはやめろ!」

「この瞬間! 『王立魔法図書館』の効果発動!」

 

 三度手元に戻った『蝶の短剣‐エルマ』を手にしながらの凌牙の宣言に、ⅣとⅢは今まで忘れられていたモンスターを見た。そのモンスターには魔法カウンターが三つ乗っかっていた。

 

「このカードがフィールド上で表側表示で存在する限り、自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。このカードに乗っている魔力カウンターを3つ取り除く事で、自分のデッキからカードを1枚ドローできる! よって、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 ドローしたカードを見て、凌牙の唇が醜い みに歪んだ。引きが良かったのだろうか? 次こそ本当にエクシーズ召喚か! と思われたが、凌牙は四度目の『蝶の短剣‐エルマ』を『鉄の騎士ギア・フリード』に装備する作業に戻っていった。

 

(いったい凌牙は何をしたいんだ!? 『王立魔法図書館』『鉄の騎士ギア・フリード』『蝶の短剣‐エルマ』で永久ドローコンボが成立するが、今、アイツの場に手札の数×400ダメージを与える『潜航母艦エアロ・シャーク』がいる訳でもない。仮に居たとしても、『潜航母艦エアロ・シャーク』の効果は1ターンに一度きり。凌牙は一番最初に『相手チームを全て倒す』ことが勝利条件だと言った。僕とⅣ兄様、どちらかは必ず残るし、7枚以上の手札になった場合、エンドフェイズ時に6枚になるように捨てなければならない。手札を増やして、どうする気なんだ!?)

 

 延々と繰り返される作業に、Ⅲは怒りよりも不気味さを覚える。一方、Ⅳは冷静に戦局を見極めようとしていた。

 

(もう十回目のドローだ。欲しいカードが来るまで引き続ける気なのか、アイツは。そもそも、何故『蝶の短剣‐エルマ』は禁止カードになった? 確か、禁止カードには二種類の理由があったはずだ。一つ目は 奴の言う通り『ハーピィの羽根箒』や『サンダー・ボルト』みたいにデュエルそのものの根底を覆す“誰がどう見てもブッ壊れ”性能を持つカード、二つ目は……)

 

「Ⅳ兄様?」

 

 真実に辿り着いたとき、一瞬にしてⅣの顔は青ざめた。彼の異変に気付いたのか、恐る恐る尋ねるⅢにⅣは言った。

 

「Ⅲ、逃げるぞ」

「えっ?」

「逃げるんだ、Ⅲ! このデュエルは絶対に勝てない!」

 

 Ⅳが必死の声をあげた。らしくないⅣの形相にⅢの思考が停止する。

 

 その時にはもう、凌牙はカードを持ちきれなくなっていた。必要なカードだけ手元に残し、それ以外のカードは全て地面に落としていく。落としたカードには『アームズホール(装備魔法カードをリサーチする。但しこのターン通常召喚は行えない)』や『名工虎鉄(効果モンスター、装備カードを手札に加える)』があった。彼が必要と見なしたカードは一枚二枚と増えていき、今は『蝶の短剣‐エルマ』を除くと四枚になっていた。

 

「くそっ! 俺としたことがどうして気付けなかったんだ! 禁止された理由には二つ種類があるってことに! 一つ目は奴の言う通り“誰がどう見てもブッ壊れ”性能、二つ目は絶対に勝つコンボの一端を担(にな)っているからだ!」

「Ⅳ兄様! いったいどうしたって言うんです!?」

「『蝶の短剣‐エルマ』は後者だ! 絶対に勝つコンボの布石なんだよ! Ⅲ! デュエルアンカーを早く解け! あの五枚のカードが揃う前に―‐」

「もう遅いよ、Ⅳ」

 

 凌牙から下された終焉の宣告に、Ⅳの表情が絶望に歪む。

十七枚目のドローカードを加えた凌牙は、とうとう『蝶の短剣‐エルマ』すら投げ捨てた。

 

「凌牙、何が遅いんだっ!」

 

 噛みつくように吠えるⅢに凌牙は歪んだ笑顔で答えた。

 

「俺の勝ちってことさ、坊や」

 

 

 

【3】

 

 彼が手札の五枚のカードを見えるように裏返す。

 

『封印されしものの右足』

『封印されしものの左足』

『封印されしものの右腕』

『封印されしものの左腕』

『封印されしエクゾディア』

 

 揃った五枚のカードにⅢは驚きを隠せない。

 

「エクゾディアパーツが揃った、だと……!」

「エクゾディアの効果は単純明快至極簡単。この五枚のカードを揃えたものは勝利する! つまり、お前たちの負けだ」

 

 敗者二人に勝者が宣言する。為す術(すべ)もなく負けた事実に、Ⅲは唖然とした。

 

「『王立魔法図書館』と『鉄の騎士ギア・フリード』を利用し、永久ドローを確立させ、『エクゾディア』で勝利するコンボ――通称“図書館エクゾディア”。これが『蝶の短剣‐エルマ』が禁止された理由だ」

 

 Ⅳは亡霊のように口を開く。譫言(うわごと)にも似た呟きに、凌牙はケヒケヒと笑う。

 

「ですが、笑えますねぇ! 極東エリアのデュエルチャンピオンがギリギリまで禁止コンボに気付かないなんて。ライフポイントを一ミリも削られずに終わるとは、随分とあっけなく勝敗がつきました。悔しいでしょうねぇ?」

「テメェ……っ!」

「卑怯者め! 其処までして勝つことにいったい何の意味があるというんだ!」

 

 盛大に見下しながら告げられる台詞にⅣは唇を噛み締める。

次兄の悔しさを代弁するように三男は叫ぶが、相手は不気味な笑みを湛えたままだった。

 

「卑怯で結構。勝ちゃあ良いんだよ、勝ちゃあ。勝たなきゃ何の意味がねぇんだからな」

 

 舌を見せて笑う彼は常軌を完全に逸脱していた。その狂気に二人は声すら出ない。

 

「まぁ、いいや。時間稼ぎのつもりか知らねぇが、くだらないお喋りは此処までだ。なんたって、とびっきりのファンサービスが始まるんだからな」

 

 満月が雲に隠れる。夜の空気が闇の空気に変貌していく。風は吹いていない筈なのに、勝利者かつ断罪者を服の裾を浮かび上がらせる。無音が近付き、それは絶望の足音となった。

 

「罰ゲームの始まりだ」

 

 今度こそはDゲイザーにくっきりと眼(ウジャト)が浮かび上がった。凌牙は手にしていた五枚のカードを後方へ放り投げる。地に落ちるはずの五枚のカードは夜の帷(とばり)に張り付き、正式な順序で五芒星を描く。混沌の光を放ちながら、五芒星はその形を維持したまま、ハイウェイへと落下していく。地に着いたのか、エクシーズ召喚時のエフェクトのように音と光が響いた。

 

「それにしても、五枚揃えただけで無条件で勝つこのモンスターをなんて呼べばいいんだろうな」

 

 一人で疑問を醸(かも)しながら、凌牙は振り向きもしないまま後退し始めた。無論、ハイウェイは彼の後ろで途切れている。

 

「お、おい」

「やはり有り体に例えるならば“神”だろうか? だが、そう呼ぶには、あまりにも“神”が氾濫し過ぎている。コイツを翼神竜や激瀧神、機皇神龍やらと一緒にしちまうとは失礼だしな」

 

 Ⅳの呼び掛けすら無視し、持論を語りつつ、ハイウェイの淵へ歩いていく。高架下から地響きが唸るのと、彼が落下したのは同時だった。

 

「凌牙!」

 

 Ⅳが思わず駆け寄ろうとする。だが、落ちたはずの凌牙はひょっこりと姿を現した。

 

「ならば、コイツは“神”を越えた存在“概念”だ。記憶・絆・希望を無慈悲にすり潰す、この概念を俺はこう呼ぼう」

 

 地上からせり上がる舞台装置に立つ彼は結論付けた。

 

「“絶対的な暴力”と」

 

 古代の砂漠の国の巨人エクゾディアが聳(そび)えるように立っていた。金色(こんじき)の鉱物で出来た化け物の肩に立った罰ゲーム執行者が獲物二人を見下ろしている。

その光景に威圧されたⅢがぺたりとその場に座り込んでしまった。これがARヴィジョンの産物ではないことは、圧倒的な存在感ですぐに二人は悟った。ならば何故? と思うⅣに凌牙のデュエル前の言葉『闇のゲーム』が蘇る。

 

(まさか、本当に『闇のゲーム』だというのか! 現実を超越した何かがあるっていうのか!)

 

 すっと凌牙が両手を広げると、エクゾディアも同じように両手を広げた。巨人の掌(てのひら)に赤い光が集まりつつある。それを目視したⅣはⅢの前に仁王立ちした。

 

「凌牙! 罰は俺が受ける。だから、Ⅲは見逃してくれ」

「Ⅳ兄様、何を言うのですか!」

 

 Ⅳの突然の行動にⅢが瞠目(どうもく:目を見開く)する。

 

「お前の妹を傷付け、お前自身すら陥れたのは確かに俺だ! だが、Ⅲは関係ない! だから、弟だけは―‐」

「僕だけ助かるなんて真っ平御免です!」

「馬鹿野郎っ! 弟を見捨てる兄が何処にいるってんだよ! 凌牙、やるなら俺だけにしろ」

 

 Ⅲを守るように立つⅣは相手に懇願する。凌牙は立ったまま、無言だった。満月が姿を現したが、逆光のため、輝くDゲイザーの輪郭しか掴めない。

 

「お前たち強者はいつもそれだ。自分たちが弱者になるなんて微塵も考えず、弱者の願いを無視して“絶対的な暴力”を振るう癖に、自分たちが弱者になった途端、強者に懇願する」

 

 ケヒケヒという気味の悪い笑い声すらあげず、嘲りもせず、彼は静かな声で話し始めた。風が吹き、ⅣとⅢの高貴な服装を撫でていく。白く浮かび上がる彼等の服装は王侯貴族や神官のそれらのようであった。

 

「なぁ、強者共よ。俺はあんなにも懇願したのに、お前たちは彼女を連れ去った。俺を代わりにしてくれ、とも叫んだ。でも、お前たちはそれをしなかった。何故なら、彼女を贄(にえ)にすることが目的だったからだ。あの時、強者(お前たち)は弱者(俺)の懇願に耳を貸さなかった。よって、今強者である俺が弱者であるお前たちへやる答えは一つしかない」

「凌牙、俺は―‐」

 

 Ⅳの言葉を待つことなく、凌牙は言った。

 

「“NO”だ」

 

 エクゾディアの両手に集まった灼熱の魔力は溢れんばかりになっていた。絶望に沈む標的(ターゲット)に復讐者は鉄槌を下す。

 

「強者共(弱者共)よ、弱者(強者)からの罰ゲームを受けるが良い。怒りの業火『魔神火炎砲(エグゾードフレイム)』!」

 

 魔神が両手から紅蓮の火炎砲を放つ。一瞬にして、その場は燃え盛る処刑場と化した。ARヴィジョンのまやかしではないことは、アスファルト舗装を溶かす程の熱気で分かる。哀れな叫び声ごと、焔は情け容赦なく兄弟二人を包み込んだ。

 

(くそっ! Ⅲだけでも助けねぇと)

 

 眼も開けてられない地獄の業火に身を焦がしながらもⅣが考えたのはⅢのことだった。彼だけでも助けようと、Ⅳが身を起こす。喉すら燃やし尽くす勢いに逆らい、弟へ向かおうと顔を上げると、巨人の肩に座り込む忌々しき少年が見えた。まるで糸の切れた絡繰り人形(マリオネット)のように、凌牙は力無く座り込んでいた。頭(こうべ)を垂れた彼の表情は掴めない。その時だけ、Dゲイザーの輝きは失せていた。

 

 不意に彼が呟いた。その呟きは小声な癖に、Ⅳの耳にはっきりと届いた。

 

「可哀想な璃緒。お前はもっと熱かったろうに」

 

 途端、Ⅳは焔に抗うのを止めた。Ⅲを助けに行くのすらやめた。あの兄妹を傷付けた罪として、己は罰を受けなくてはならないのだ。アイツが妹を失って苦しんだように、この焔を弟共々(ともども)身に受けるべきなのだ、と神の勅令のように感じた。その場を動かず、祈るようにⅣは罰を受け入れることを決める。

 

 だが、皮肉にもⅣが望んだ瞬間に焔は幻のように消え去ってしまったのだった。

 

「あーあ、もう終わりかよ。運が良かったな。俺の力が100パーセントだったら、今頃、お前たちは骨の一欠片も残らなかったぜ」

 

 Dゲイザーがギラギラと輝く。泡沫と消えた巨人からハイウェイに降り立った凌牙が調子を取り戻して、ケヒケヒと笑う。早く封印を解かなきゃなー、とだるそうにぼやくと彼は両手を前に伸ばした。すると、その場に倒れ込む敗北者二人のデッキが光の塊となって飛んでいき、凌牙の手の平に収まった。

 

「ぼ、僕と兄様のデ、ッキ……」

 

「弱者には必要ないっしょ。むしろ、俺様の糧になることを光栄に思え」

 

 カラカラの喉から出した必死のⅢの想いを凌牙が一蹴する。徐(おもむろ)に凌牙はその二つのデッキを宙へ放り投げた。パチン、と指を鳴らす。闇が傷口を開くように大きな眼(ウジャト)が現れると、それらを吸い込みんでしまった。闇の眼が目蓋を落とした際、凌牙が付けたDゲイザーのチャーム――砂時計がくすぶるように煌めいたかと思うと、上に溜まっていた砂がさらさらと下に落ちていくのを、Ⅲは見た。

 

「待……て、凌牙」

 

 鼻歌をしそうな感じで、凌牙はDホイールのエンジンを入れる。火傷の痛みにのた打ち回る程の体力もないⅣの呼び掛けに見向きもしない。Dゲイザーをしたまま、フルフェイスを被ろうとした凌牙だったが、「あ、忘れ物」と楽しそうに呟いた。そして、盛大に見下しながら告げたのだった。

 

「無様だなぁ、Ⅳ」

 

 “絶対的な暴力”とは、何の力もなく反撃も出来ない弱者に強者が一方的に振るう暴力だとⅣは気付いた。今までⅣが凌牙がしてきたように、Ⅳへ返されたのだ。

 

 凌牙が奇妙な高笑いを上げる。デッキ狩りはDホイールに跨がると、敗者二人を置き去りにして、新たな犠牲者を探しに街へ戻ったのだった。

 

 

 

つづく




※DDB……誰がどう見てもブッ壊れ

禁止カードの『ダーク・ダイブ・ボンバー』のこと。
効果は以下の通り。

シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動できる。
リリースしたモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

ダーク・ダイブ・ボンバー自身ですら発射可能という恐ろしいカード。
相手を瞬殺できる故に環境を破壊した「D(誰が)D(どう見ても)B(ブッ壊れ)」性能。
「蝶の短剣‐エルマ」同様、恐らく二度と戻っては来ないだろうと思われる。

……と思われたのだが、まさかのエラッタ(文章変更、効果が1ターンに一度に規制)されて、2014年03月に『ダーク・ダイブ・ボンバー』が復活した。
『カタパルトタートル(こちらもエラッタされ、効果が1ターンに一度に変更)』といい、何故、禁止カードを題材にしたデュエルを書いた途端、変更されるのだ?


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⑤ZOT

【1】

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束をした三日目の夜半過ぎ。

 

 デッキ狩り退治に抜け出したナンバーズ倶楽部御一行は各家庭に強制送還されていた。

 

「すみませんねぇ~、うちの愚弟が迷惑をお掛けして」

 

 明里が謝罪しつつも、グリグリと遊馬の頭を拳骨で押している。幾らも駆け出さないうちに出戻りになった遊馬は「痛い、痛い!」と姉の無言の折檻に耐えつつも、ムッとした顔で強制送還執行者を見上げた。

 

「酷(ひで)ぇよ、ゴーシュ! 見逃してくれたって良いじゃねぇか!」

「こんな夜にお仲間連れて外出だなんて、とんだ不良のノリだぜ。遊馬?」

 

 玄関灯に照らされ、仁王立ちした赤髪の大柄の男――ゴーシュが腕を組みながら言い放つ。

 

「なんだよ! ゴーシュたちだって、夜遅くに彷徨(うろつ)いているじゃねぇか!」

「私たちはハートランドシティのセキュリティからの正式な依頼だ。WDCのベスト8の実力を買われてな」

 

 遊馬の次の発言に答えたのは紫髪の妖艶な女性――ドロワだった。

 

「俺だってWDCのベスト8の一人だぜ!」

「残念だが、十七歳未満は対象外だ。大人として、健全な青少年を巻き込むわけにはいかねぇからな」

 

 ガハハと笑いそうな表情で、ゴーシュは不服そうな遊馬の頭を乱雑に撫でた。完全な子供扱いに遊馬は口をへの字に曲げ、我関せずとふよふよ宙に浮く相棒(とも)に呼び掛ける。

 

「なぁ、アストラルも何か言ってくれよ!」

「観察結果“アイン(ドイツ語で一)”、子供だけでの夜歩きはやっぱり危ない」

「なに冷静に観察してるんだよ! 何だよ、アインって!」

「たまには違う数え方も良いだろうと思って。だが、集合して一時間も経たないうちにゴーシュたちに見付かって帰されてしまうとは、君もついていない。やっぱりギャンブルカードは外すべきだ」

「こんなときでもデュエルのデッキの助言かよ!」

 

 会話のドッチボールを行う二人だが、アストラルが見えない三人からすると、奇天烈以外の何物でもない。

 

「遊馬、今回ばかりは諦めろ。それにしても、お前の姉ちゃん、マジゲロマブだな! もう少し俺も若ければ……」

「姉ちゃん、ゴーシュより一つ年上だぜ?」

「マジ?」

 

 顔を近付けて小声で話しかけるゴーシュに、遊馬が事実を告げる。驚いた大男は吃驚して、明里ではなく相棒を見た。その言動が同意の意味ではないことはすぐに分かる。

ドロワは無言でゴーシュの足を踏みつけた。

 

「子どもたちの送還は弟さんで最後です。我々は任務に戻りますので、弟さんを“よろしく”お願いします」

「ええ、もう外に出ないよう柱でも括(くく)り付けておくわ。デッキ狩りを捕まえたら教えて頂戴ね! 私、記者だから」

 

 ウインクしてせがむ明里にドロワが「ええ」と短く返事する。それから礼儀正しく礼をし、足を痛がるゴーシュに「なに一人で遊んでいるんだ? いくぞ」と冷たい言葉を投げつけると二人揃って夜の街へ戻っていった。

 

「デッキ狩りを捕まえるのは俺なのに!」

「遊~馬~」

 

 家に放り込まれ、今尚悔しがる弟に姉が怒りの表情を向ける。彼女の手には梱包用のビニール紐が握られてあった。

 

「夜にお出掛けする弟には罰を与えないとね~」

 

 じっくりと喋る明里に、遊馬は冷や汗を垂らす。ドロワに告げた“柱に括り付ける”は冗談ではないらしい。

 

「姉ちゃん! ちょっと待って―‐」

「問答無用!」

 

 玄関先でドタバタ大騒動する姉弟に、祖母は「あらあら」と笑い、オボミは「埃舞い上がる、舞い上がる。後でお掃除お掃除」と理路整然に呟いている。そんな様子を見ながら、アストラルは独り言を口にした。

 

「観察結果“ツェン(ドイツ語で十)”、明里はやっぱり恐ろしい」

 

 

 

【2】

 

「遊馬の奴、今頃ゲロマブ姉ちゃんにたっぷりしごかれているだろうな。ま、それだけ愛されている証拠だが。だから、真っ直ぐ育ったんだろうな」

「そうでなくとも、真っ直ぐ育つ奴はいるさ」

 

 夜のハートランドシティをゴーシュとドロワは歩いていく。デッキ狩りは暗くて人通りの少ないところを好んで出没するため、明るい繁華街ではなく、倉庫が立ち並ぶ海の方へと向かっていた。

 

「今回のヤマ、遊馬なら首を突っ込みそうなノリだと考えていたが、マジで突っ込んでいたとは。事前阻止できて良かったぜ」

 

 小さな好敵手(ライバル)の心配をするゴーシュの隣でドロワが通信機器のアプリを開く。セキュリティから貰ったアプリとして、今夜のハートランドシティのデッキ狩り被害マップが現れた。

 

「この赤丸、みーんなデッキ狩りの仕業かよ。昨日・一昨日と比べて多いうえに行動範囲が広すぎるぜ」

「恐らく今夜から何かしらの移動手段を得たらしいな」

「派手なノリしやがって。それにしても、ペースがちょっと早すぎやしないか? ワンキルデッキでも使ってんのか?」

 

 わざと下手くそにゴーシュが口笛を吹く。ハートランドシティのマップには繁華街や明るいところを避けて、デッキ狩りの出没ポイントが端から端まで点在していた。

 

「そういや、カイトはどうした? ベスト8のアイツもデッキ狩り狩りに参加しているのか?」

「カイトは参加していないが、独自で調査しているらしい」

「なんで、お前がそんなことを知ってんだ?」

「質問ばかりだな。少しは自分で考えろ」

 

 冷たく言い放つドロワにゴーシュが「ノリ悪(わり)ぃな」とぼやく。カイトと連絡を取り合ったであろう通信機器に力を込めると、ドロワはいつもの調子で話し始めた。

 

「昨日・一昨日の被害者を合わせると九十は越える。しかも、今夜は被害がデッキだけでなく身体にも及んでいるとのことだ。なんでもデュエリスト二名が大火傷を負ったらしい」

「おい、ドロワ。デッキ狩りとのデュエルではARヴィジョンのバグが入る、とは聞いたが、そんなにリアルダメージをくらうもんなのか? もしかすると、また別の強大な力――ナンバーズが関与しているかもな」

「さぁな。だが気を付けるに越したことはない」

 

 ドロワの脳裏にベスト8で対峙したトロンが蘇る。ナンバーズと共に使用された不可思議な力――紋章。頭の中を掻き回されるような、あの感触を思い出し、ドロワの拳が震えた。

 

「デッキ狩りがどんなにヤバい奴だろうが、俺は奴を止めてみせるぜ。ハートランドシティを守るため、子どもたちが楽しくデュエルするためにな。これって、ヒーローみたいで格好いいノリじゃねぇか!」

 

 ゴーシュが誓うように発言した。その宣誓に彼女の震えが消える。真っ直ぐなゴーシュにドロワは余裕を取り戻し、フッといつものように笑った。

 

「ヒーローか、確かにお前らしい」

「なんだって、プロデュエリストを目指しているからな」

 

 顔を見合わせ笑う二人の前にセキュリティが現れた。この先でデッキ狩りが出没したらしい。やっと御大将のお出ましか! とノリノリでゴーシュはセキュリティの後をついていく。

 オフィス街へ走り去るセキュリティとゴーシュを追おうとしたドロワだったが、不意に足を止め、狭い路地を見た。おいでおいで、と誰かが誘っているような気がした。もう一度、ゴーシュを見る。ドロワがついてきていないとは微塵も考えていないらしい。女性デュエリストは息を一つ吐くと、震わない拳を握り締め、狭い路地へ足を進めた。

 

 

 

【3】

 

 路地奥には四方をビルで囲まれたアスファルトの広場があった。もう少し先に進んだところか? と素通りしようとしたドロワに声が掛けられる。

 

「グーテンアーベン! フロイライン(ドイツ語で『こんばんは! お嬢さん』)」

 

 見上げると、ビルの上には金色のDゲイザーを付けた少年が佇んでいた。

 

「貴様がデッキ狩りか!」

 

 声を荒げるドロワにデッキ狩りはケヒケヒと笑うと、飛び降りて綺麗に着地した。着地する瞬間、3×3マスの黄金の魔方陣が現れ、衝撃を緩和させる。それを見て、後退りしようとする己の身体を彼女は叱咤する。近付くデッキ狩りの正体にドロワは目を見開いた。

 

「貴様はWDCのベスト8の神代凌牙! 何故、こんなことを―‐」

「おい、デュエルしろよ」

 

 昨日・一昨日と続くセオリー通りに相手の言葉に被せるように告げると、凌牙はデュエルディスクを展開させる。神代凌牙の精神が平常ではないこと、ナンバーズや紋章とは別の強大な力が働いていることに、ドロワは気づいていた。

 

(此処で逃げ出したら、ゴーシュに笑われるな。それに逃げたりしたら、子どもたちのデュエルを守ろうとするアイツの隣に立つ資格はない!)

 

「そのデュエル、受けて立つ!」

 

 片腕を掲げ、ドロワも蝶の羽根の形のしたデュエルディスクを羽ばたくように作動させる。マーカーが浮かび上がり、バグ混じりのARヴィジョンがリンクされた。情報通りの流れに湧き出す恐怖と焦りを、ドロワはデュエリストの誇りと宣誓の想いで抑えつける。

 

(私は……負けない!)

 

「デュエル!」

 

 デッキ狩りvsドロワのデュエルが始まった。

 

「さぁ、スピード勝負といかせてもらおうか! 先攻は俺が貰うぜ。俺のターン、ドロー!」

 

 どうしても先攻が欲しかったのか、相手がすぐさまドローする。

 

「俺はカードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

(手札事故でも起こしたか?)

 

 勢い良くデュエルを開始した癖にモンスターを設置せず、魔法・罠ゾーンにカード二枚を伏せただけのデッキ狩りにドロワは疑問を抱く。急かすように足先を鳴らす凌牙に苛立ちながらも、ドロワはデッキに手を伸ばした。

 

「私のターン、ドロー! 私は『幻蝶の刺客アゲハ』を通常召喚! 更に『幻蝶の刺客オオルリ』を特殊召喚! 『幻蝶の刺客オオルリ』は戦士族モンスターの召喚に成功した時、手札から特殊召喚できる」

 

 一気にドロワのフィールドにレベル4のモンスター二体――『幻蝶の刺客アゲハ(レベル4闇属性戦士族、攻撃力1800守備力1200)』と『幻蝶の刺客オオルリ(レベル4闇属性戦士族、攻撃力0守備力1700)』が揃う。エクシーズ召喚を行うなんて、誰が見ても分かるだろう。だが、凌牙は無表情だった。いや、何かを隠すために無表情に努めているようだった。

 

「私は2体のレベル4のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、『フォトン・アレキサンドラ・クィーン』!」

 

 光子の鱗粉を纏い輝く蝶が華々しく現れる。ランク4光属性戦士族、攻撃力2400守備力1200、バウンス効果(フィールドのカードを手札やデッキに戻すこと)を持つ強力なカードだ。

 

「お前のフィールドにモンスターはいない! 2400のダイレクトアタックを受けるが良い!」

「受けるのはお前だけだよ、フロイライン」

 

 ドロワが攻撃宣言を行うよりも早く、デッキ狩りがフィールドのカードを一枚ひっくり返した。

 

「罠カード発動! 『破壊輪』!」

「馬鹿な、『破壊輪』だと! それは禁止カードでは―‐」

「デュエルディスクが読み込んでんだ、問題ねぇだろ」

 

 表側表示になった通常罠カードを見たドロワの異議申し立てを、凌牙はばっさりと切り捨てる。

 

「『破壊輪』の効果発動! フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。俺が選択するのは『フォトン・アレキサンドラ・クィーン』だ!」

 

 凌牙に指をさされた途端、『フォトン・アレキサンドラ・クィーン』は破壊され、残された鱗粉は二人の中間に舞い上がり、二つの光の玉となった。召喚した後に瞬時に破壊され、2400のダメージを負うことにドロワは歯軋りする。このダメージは受けるしかないが、手札には次の相手ターンを凌げるカードが何枚かある。

 

(私はまだ戦える!)

 

「痛み分けを狙ったか、凌牙! お前も2400のダメージを負うことになるぞ!」

「おいおい、言ったはずだぜ、フロイライン。『受けるのはお前だけだ』とな」

 

 凌牙がケヒケヒと笑う。金色のDゲイザーのレンズに眼(ウジャト)が浮かび上がった。なに!? とドロワが声をあげるよりも先に相手はもう一枚伏せたカードをひっくり返した。

 

「カウンター罠発動! 『地獄の扉越し銃』!」

「“越し銃”だと!」

「効果を知らねぇとは言わせないぜ、ベスト8のフロイライン。『地獄の扉越し銃』はダメージを与える効果が発動した時に発動、自分が受けるその効果ダメージを相手に与えるカウンター罠だ。よって、お前は2400×2=4800のダメージを受けてもらう」

 

 二つに分かれていたダメージ玉が大きな一つの玉になった。今更になって、ようやっとドロワは気付いた。奴は禁止カードを使ったワンキルデッキを使用し、先攻を取り、今のドロワ同様に瞬殺で倒していったのだから、とんでもないスピードでデッキ回収を行えたのだ、と。

 

「対戦者がフロイラインだから、かなり甘くしたんだぜ? 対戦者がモンスターを召喚する前やターンが来る前に効果ダメージで沈めたり、ドローすら出来ずに負けるのと比べたら、今回のデュエルはよっぽどマシだろ」

「誰がフロイライン(お嬢さん)だ、貴様」

 

 優しく囁くデッキ狩りに、悔しそうに睨み付けるドロワが吐き捨てるように言う。

 

「口だけは元気のようだな。分かったよ、フロイラインはやめてやるさ」

 

 ケヒケヒと笑うのを止めると、光の玉に照らされながら、勝利者は告げた。

 

「女、安らかに眠るがいい」

 

 4800のオーバーキルダメージがドロワを襲った。

 

 

 

【4】

 

 一方その頃、遊馬はふてくされていた。

 ゴーシュたちに見付かったが為に連れ戻され、自宅に強制送還され、明里によって柱に括り付けられるところだったのだ。柱への縛り付けは嘆願して免れたが、自室へ軟禁されてしまった。

 

「これじゃあ無敗のデッキ狩りとデュエルできねぇじゃねぇか!」

 

 癇癪を起こす遊馬にアストラルは「本末転倒だぞ」とぼそっと呟く。凌牙の無実を晴らすためにデッキ狩りとデュエルするはずが、いつの間にかデッキ狩りとデュエルすることが目的になっている。やれやれ、と溜め息を吐くアストラルを余所に遊馬は隠していたシューズを履くと、窓を開いた。

 

「駄目だ、高すぎて降りられねぇ。いや、かっとビングすればいけるかも」

「いや、それは無理だろ」

 

 突然の第三者のツッコミに、遊馬はかっとビングどころか、ロープなしで降りるを通り越して落ちそうになった。

 

「アンナ!?」

「何やってんだよ、遊馬」

 

 落ち掛けた遊馬をフライングランチャーで支えながら、赤髪の少女・神月アンナが呆れた声を出す。

 

「お前、此処でなにやってんだよ?」

「そんなもん、“デッキ狩り”狩りに決まってんだろ! 見つけ次第、これで仕留めてやろうと思ってな」

 

 フライングランチャーを撫でつつのリアリスト発言に、遊馬は唖然とする。

 

「ちょっと、遊馬、何してるの?」

 

 明里の声に、遊馬が正気に戻る。階段を上ってくる音に青ざめそうになりながらも、テンパった遊馬はアンナに懇願した。

 

「アンナ! 俺を連れて逃げてくれ!」

「はぁ? その台詞、普通は女から男へ言うもんじゃねぇか」

「俺だってデッキ狩りを捕まえたいんだ!」

 

 真っ直ぐに見つめられ、アンナは思わず頬を掻いた。姉の足音が気が気でならない遊馬はアンナの了承も得ずまま、フライングランチャーに跨がった。

 

「お、おい。勝手に乗るな! 俺はまだ了承した訳じゃあ―‐」

「いいからいいから! 早く!」

 

 急かす遊馬に気押されたのか、アンナは「しっかり掴まれよ!」とだけ言うと、フライングランチャーを発進させる。

 

「遊馬!」

 

 姉が弟の寝床に辿り着いたときには蛻(もぬけ)の空だった。怒り狂う明里の姿を見て、恐ろしさ半分愉快半分な気分に遊馬はなる。

 

「よっしゃあ、デッキ狩り狩りに出発だぁー!」

「馬鹿! 動くな騒ぐな! 二人乗りなんて、慣れてないから―‐」

 

 自室脱出に喜ぶ遊馬だったが、フライングランチャーの急降下・急上昇に舌を噛みそうになる。

 

「観察結果“フンダウト(ドイツ語で百)”、フライングランチャーはやっぱり危険」

 

 アストラルが呑気に述べる。ジェットコースターのようにきり巻きながら、二人を載せたフライングランチャーはハートランドシティ上空を飛び回ったのだった。

 

 

 

【5】

 

 デッキ狩りの情報を得て、勇んで駆けつけたゴーシュだったが、既にデッキ狩りの姿はなく、リアルダメージをくらって動けない被害者とそれを保護するセキュリティがいるのみだった。遅かったか! と悔しがるゴーシュは其処で初めてドロワがいないことに気付く。

 

(まさか、アイツ、デッキ狩りに……っ!)

 

 不安が背筋を駆け上がる。元来た道を全力で戻るゴーシュが見たのは、路地奥で倒れるドロワの姿だった。

 

「ドロワ!」

 

 すぐさま駆け寄り、抱きかかえる。リアルダメージが深く、ドロワはぐったりしている。彼女のデッキはやはり無くなっていた。デッキ狩りめ! と怒りを募らせるゴーシュが見たのは更なる路地先へ消える人物の姿だった。

 

「アイツがデッキ狩りか!」

 

 ドロワを優しく横たわらせ、走り出そうとするゴーシュの裾を弱々しく彼女が引っ張った。

 

「ゴー……シュ、アイツとは戦うな」

「お前がやられて黙ってられるノリじゃねぇんだよ!」

 

 怪我人相手に思わず怒鳴るように叫んだ。今のゴーシュには何を言っても聞かないだろう。せめて、とドロワは口を開く。

 

「アイツに先攻……をとらすな。アイツのデッ、キは……」

「分かったから、もう話すな。じきにセキュリティが来る」

 

 ドロワの両手を掴んで、ゴーシュが宥める。それから、すくっと立ち上がると鬼の形相でデッキ狩りを追ったのだった。

 

 冷静に考えれば、デッキ狩りがデュエリストたるゴーシュをおびき寄せようとしているのは分かるはずだ。だが、ドロワがやられたことにゴーシュは己の怒りを抑えられなかった。

 

「何処にいやがる、デッキ狩り!」

 

 とうとう海の近くの倉庫が並立しているエリアへ入った。大声を上げるゴーシュに向かって、ドラム缶が立ったまま器用に回ってきた。ドラム缶はゴーシュの前でピタリと静止してみせた。

 

「上面が平らで綺麗なのを探すのに苦労したぜ」

 

 ドラム缶が現れた先から、黄金のDゲイザーを付けた少年がポケットに手を突っ込んだまま歩いてきた。

 

「デッキ狩り! いや、神代凌牙! テメェ、よくもドロワを……っ!」

「暴力はいけません。デュエリストなんだから、これで決着つけようぜ?」

 

 腕を伸ばし、凌牙は展開したデュエルディスクを見せ付ける。余裕綽々な態度はゴーシュの怒りの炎に油を注いだ。

 

「その勝負、買ったぜ!」

 

 厳(いか)ついデュエルディスクを広げ、満月の下、ゴーシュの左目にマーカーが浮かび上がる。

 

(ドロワ。お前の敵[かたき]、取ってやるぜ)

 

「デュエル!」

 

 バグが更に増えたARヴィジョンが辺りを包み込んだ。相手に先攻を取らすな、ドロワが残した言葉に従い、ゴーシュがデッキに手を伸ばす。

 

「先攻は」

「この十面ダイスで決める」

 

 ポケットに突っ込んでいた手を出し、凌牙がゴーシュに持っていたものを投げつける。それはねじれ双五角錐――二つの五角錐を半分ずらして底面で貼り合わせたような形状の十面ダイスだった。それぞれ赤と白の二つの十面ダイスは上偶数面(0・2・4・6・8)と下奇数面(1・3・5・7・9)と分かれている。

 

「赤のダイスが十の位、白のダイスが一の位を意味する。ダイスを振って、00(クリティカル)に近い方が先攻権を得る」

 

 見慣れぬダイス二つにまじまじと見るゴーシュに凌牙は説明する。十面ダイスに仕掛けはなさそうだ。これならきっとフェアに違いない。

 

「いいぜ、これで決めてやるよ」

 

 ドラム缶を挟んで、二人のデュエリストが対峙する。そして、一斉に十面ダイスを投げた。

 

「ダイスロール!」

 

 ゴーシュが振り投げた十面ダイスはコロコロと笑うようにドラム缶の上を飛び跳ね、止まった。赤のダイスは5、白のダイスは4だった。舌打ちしたそうなゴーシュの視線の先には、今尚、独楽のように回り続ける凌牙の十面ダイスがあった。力尽きて十面ダイスが倒れる。出た目は04だった。

 

「先攻は俺が貰うぜ」

「運だから、こればっかりは仕方ねぇ」

 

 ゴーシュの発言に凌牙がケヒケヒと笑う。先攻を取れなかったことを悔やむ彼に、デッキ狩りは妙案を出した。

 

「いい加減、普通のデュエルも飽きたな。少しルールを変えるか」

「ルールを変えるだぁ?」

「ライフを互いに8000ポイントにしようぜ。プロリーグでもそんな特別ルールがあっただろ? 悪くない話じゃねぇか。プロデュエリストみてぇにデュエルしようぜ」

 

 つまり、いつもの倍のライフポイントで始まる訳である。これなら後攻開始も不利にはならないだろう。ゴーシュは了解した。

 

「互いにライフポイント8000の変則デュエルの開始だ。まずは俺のターン、ドロー!」

 

 デッキ狩りvsゴーシュのデュエルが開始された。

 

「俺は裏側守備表示で一枚セット、もう一枚カードを伏せてターンエンドだ。さぁ、ゴーシュ、お前のターンだ」

「テメェに言われなくとも! 俺のターン、ドロー! 俺は―‐」

「罠カード発動『覇者の一括』! 相手スタンバイフェイズで発動、発動ターン相手はバトルフェイズを行えない!」

「くそっ!」

 

 急に凌牙が罠カードを発動し、ゴーシュのバトルフェイズを封じてしまう。先攻が取れなかったうえ、攻撃も出来ず、ゴーシュは苛々する。

 

「俺は『H・C(ヒロイック・チャレンジャー)スパルタス』を通常召喚! カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

 『H・Cスパルタス』はレベル4地属性戦士族、攻撃力1600守備力1000の効果モンスターだ。

 

(俺が伏せたカードは罠カード『ヒロイック・リベンジ・ソード』と『炸裂装甲(リアクティブアーマー)』だ。攻撃した途端、ドカンだぜ)

 

 『ヒロイック・リベンジ・ソード』は発動後に装備カードとなり、自分フィールド上の『ヒロイック』と名のついたモンスター1体に装備され、装備モンスターの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは相手も受ける。また、装備モンスターと戦闘を行った相手モンスターをダメージ計算後に破壊するカードだ。

 『炸裂装甲』は相手モンスターの攻撃宣言時に発動でき、その攻撃モンスター1体を破壊するカードだ。

 つまり、どちらを使用しても相手のモンスターは破壊される運命にある。

 ライフポイント8000のまま、3ターン目に突入する。

 

「俺のターン、ドロー。俺は魔法カード『手札抹殺』を発動。お互いの手札を全て捨て、それぞれ自分のデッキから捨てた枚数分のカードをドローする」

 

 1ターン目、凌牙は一枚ドローして六枚になり、二枚伏せている。2ターン目、ゴーシュ相手に伏せカードを一枚使用。ゴーシュは一枚ドロー後、三枚フィールドにセットし、残り三枚。3ターン目、凌牙は一枚ドローし、『手札抹殺』を使用している。

 つまり、凌牙は手札四枚捨てて四枚のドロー、ゴーシュは手札三枚捨てて三枚のドローとなる。

 

 相手の繰り出すタクティクスが不透明すぎて、ゴーシュはまるで分からない。凌牙がケヒヒと笑った。

 

「俺は『手札抹殺』により墓地(セメタリー)に捨てた闇属性モンスター『召喚僧サモンプリースト』と光属性モンスター『ライトロード・ハンター ライコウ』を一体ずつゲームから除外し、コイツを手札から特殊召喚する。現れろ! 『混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者』!」

 

 凌牙の墓地から『召喚僧サモンプリースト(レベル4闇属性魔法使い族)』と『ライトロード・ハンター ライコウ(レベル2光属獣属)』が除外され、彼の場に『混沌帝龍-終焉の使者(レベル8闇属性ドラゴン族、攻撃力3000守備力2500)』が特殊召喚される。超ド級のドラゴンが吠え、夜の風が唸り声をあげた。

 

「おい待て! 『混沌帝龍-終焉の使者』は禁止カードじゃねぇか!」

「デュエルディスクが読み込んでいるんだ。お前が知らねぇうちに禁止解除されたんじゃねぇの?」

「こちとらプロデュエリストを目指してんだ。ンなこと、見落とすかよ!」

 

 ゴーシュの抗議を凌牙は適当に受け流した。そうして、彼はドロワが本当に言いたかったことに気付く。絶対に勝てない禁止カードの使い手だからこそ、彼女はゴーシュを止めたかったのだ。

 

「こんなデュエル、俺は認めねぇ!」

「認めようが認めまいが、召喚されちまった以上、もう止まれねぇんだよ」

 

 凌牙は手をかざして、禁止カードの恐ろしい効果を発動させた。

 

「『混沌帝龍-終焉の使者』の効果(エフェクト)を発動! 俺は1000ライフポイントを払い、お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地(セメタリー)に送る。この効果(エフェクト)で墓地(セメタリー)に送ったカード一枚につき相手ライフに300ポイントダメージを与える! 俺の手札は三枚、フィールドは二枚。お前の手札は三枚、フィールドも三枚。よって合計十一枚、3300の効果ダメージを受けてもらおう!」

 

「インチキ効果もいい加減にしやがれーっ!」

 

 互いのフィールド・手札が全て0になる。怒り混じりの罵声を上げながら、ゴーシュは3300のダメージをその身に受けた。これにより、凌牙のライフは7000、ゴーシュは4700となった。

 

「うぐぐ……」

 

 手の平を地につけ、ゴーシュは立ち上がった。ドロワの為にも、楽しくデュエルする子どもたちの為にも倒れたままではいられないのだ、己は。

 

(だが、これで奴の手札・フィールドも空っぽになった。次の俺のターン、何でも良いからモンスターを出せればダイレクトアタックが出来る)

 

「俺の、ターンだ。ド―‐」

「おいおい、ターンエンド宣言どころか、メインフェイズ1すら終えていないのに、そりゃあねぇんじゃねぇの?」

 

 ケヒケヒと笑う奴の発言に、ゴーシュは耳を疑いたくなった。メインフェイズ1すら終えてない、と発言する辺り、相手は通常召喚やバトルフェイズも行う気満々のようだ。

 

(だが、どうやってだ!? 手札すらないのに?)

 

 考える余りに硬直してしまったゴーシュを見ていたデッキ狩りだったが、妙案! とばかりに言い出した。

 

「では、クエスチョン。俺はどうやってお前を倒す気でしょうか? 三分間、待ってやるからさ。プロデュエリストを目指しているんだろ、当ててみろよ。もっとも当てたところで『大逆転クイズ』みたいなメリットはないけどな」

 

(この状態で奴は俺に勝つ気なのか!?)

 

 痛みを訴える身体を無視して、ゴーシュは思考を巡らせた。Dゲイザーに付いたチャームを指で弾きながら、デッキ狩りは言った。

 

「ヒントは俺が墓地(セメタリー)に送ったカードだぜ」

 

 そういえば、とゴーシュは思う。1ターン目に奴が伏せたモンスターカードはいったい何だったのだろう。『覇者の一括』を使ってまで守った癖に、『混沌帝龍-終焉の使者』で躊躇なく破壊している。3ターン目で破壊されなきゃならない意味があったのだろうか。

 

(禁止カード、絶対に勝つコンボ……!)

 

 導き出された答えにゴーシュは息が止まりそうになった。だから、奴はあんな妙案を出してきたのだ、ただゴーシュを苦しめるためだけに!

 

「三分間、経ったな。答えを聞こうか。これで答えが出なかったら、プロデュエリスト志望者が笑えるぜ」

 

 ゴーシュのデュエリストの誇りを傷付ける発言がポンポン発射される。一度強く歯軋りしてから、ゴーシュは憤怒の眼差しで相手を睨み付けながら回答した。

 

「テメェが1ターン目に伏せたのは禁止カード『クリッター』だ。『クリッター』がフィールド上から墓地へ送られた時、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える効果を持っている。そして、デッキから攻撃力200の、同じく禁止カードの『八汰烏(ヤタガラス)』を手札に加え、通常召喚。『混沌帝龍-終焉の使者』は特殊召喚だ、通常召喚権はまだ残っている。『八汰烏(ヤタガラス)』が相手ライフに戦闘ダメージを与えた場合、次の相手ターンのドローフェイズをスキップする効果を持つ。だが、俺の手札は0、場も0。確実にダイレクトアタックは決まり、ドローフェイズをスキップしたら、なにもできずにターンエンドするしかない。後は『八汰烏(ヤタガラス)』で攻撃すればいいだけの簡単なお仕事だ。俺は永遠にドローできず、4700÷200≒24ターン掛かって負ける」

「エクザクトリー(全く以てその通り:exactly)! 大正解、大正解!」

 

 子どものように喜ぶ凌牙を見て、ゴーシュは腸(はらわた)が煮え繰り返そうになった。だから、デッキ狩りは8000ライフポイント制にしたのだ。ゴーシュにドローできない屈辱と何も出来ない悔しさと長い苦痛を延々と与えるために。

 

「ご褒美だ、その通りにブッ倒してやんよ」

 

 Dゲイザーのレンズに眼(ウジャト)が浮かび上がる。『クリッター(レベル3闇属性悪魔族、攻撃力1000守備力600)』の効果を発動し、手札を加えた『ヤタガラス 八汰烏(スピリットモンスター、レベル2風属性悪魔族、攻撃力200守備力100』を通常召喚してから、デッキ狩りは処刑宣告を行った。

 

「ずっと俺のターン!」

 

 

 

つづく




※ZOT……ずっと俺のターン

台詞として使われたことはないが、遊戯王ネタの一つ。
オービタルが「ずっとオイラのターンであります」と使ったため、公式ネタとなった。

※破壊輪(通常罠)

 フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける。

 2005/09/01に禁止カードになったが、2015/01/01に下記の効果にエラッタされ制限入り。

 「破壊輪」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):相手ターンに、相手LPの数値以下の攻撃力を持つ相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。
その表側表示モンスターを破壊し、自分はそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。
その後、自分が受けたダメージと同じ数値分のダメージを相手に与える。

※混沌帝龍(カオス・エンペラー・ドラゴン)-終焉の使者-
(レベル8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500)

 このカードは通常召喚できない。
自分の墓地の光属性と闇属性モンスターを1体ずつゲームから除外して特殊召喚する。
1000ライフポイントを払う事で、
お互いの手札とフィールド上に存在する全てのカードを墓地に送る。
この効果で墓地に送ったカード1枚につき相手ライフに
300ポイントダメージを与える。

 2004/09/01に禁止カードになったが、2015/01/01に下記の効果にエラッタされ制限入り。

 自分の墓地から光属性と闇属性のモンスターを1体ずつ除外した場合のみ特殊召喚できる。
このカードの効果を発動するターン、自分は他の効果を発動できない。
(1):1ターンに1度、1000LPを払って発動できる。
お互いの手札・フィールドのカードを全て墓地へ送る。
その後、この効果で相手の墓地へ送ったカードの数×300ダメージを相手に与える。

 何故、禁止カードデュエルを書くと次々にエラッタされるのか……orz


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⑥IDN

【1】

 

 幾千のスターチップを散らしたかのような夜景が窓の向こうに広がっている。

 母親に叱られ、ロウテンションになっていた小鳥は空気と共に気持ちも切り換えようと窓を開いた。好きでやったとはいえ、神代凌牙の無実を晴らす為の行動――禁止されている夜の出歩きをしてしまったことに溜め息を吐く。

 

(遊馬はどうしているのかな? 明里さんは厳しいから、柱に括り付けられていたりして)

 

 彼の身に降りかかるであろう災難に何故か笑いが漏れてしまう。そんな彼女を突き動かす結果になった人物の家の方角を見ると、勢い良く、それでいて危なっかしく飛び出す朱色の影が見えた。

 

「ア、アンナ!? それに遊馬!?」

 

 フライングランチャーに跨がり、軟禁部屋から飛び出した二人に小鳥は声をあげた。

どうやら、遊馬はアンナの協力で脱出したらしい。自身ではない別の女の子と二人っきりで夜空に繰り出す幼なじみに、小鳥は思わず窓から身を乗り出した。

 

「遊馬~。ア、アンナと二人っきりだなんて許さないんだから!」

 

 焦燥感で揺れる想いを抑えるように、小鳥は窓のサッシを強く掴む。

 

(でも、どうしよう)

 

 フライングランチャーが消えた方角を恨みがましく見つめていると、視界を流れ星のように白銀の影が横切った。

 

(大きな白い鳥? 違う、あれは―‐)

 

「カイト!」

 

 夜ということも忘れて、小鳥は変形したオービタルによって夜空を飛ぶ幼なじみの好敵手(ライバル)の名を大きな声で呼んだ。

 

 

 

【2】

 

「これで終わり!」

 

 愉しげに神代凌牙が攻撃宣言する。『八汰烏』の独壇場のダイレクトアタックを受け、ゴーシュのライフポイントは0になった。たった200とはいえ、二十四回の攻撃を受けたゴーシュは俯せにくしゃくしゃになって倒れ込んだ。

 

(弱いジャブでも何度も受けているうちにダメージは蓄積され、最終的には立っていられなくなるとはいうが、こんな形[ノリ]で知りたくなかったぜ)

 

「さぁて、回収タイムといきましょうか」

 

 呻き声をあげて、そんなことを思う敗北者を見下ろしながら勝利者が手をかざす。

すると、ゴーシュのデッキは光り輝く玉となって浮遊し、凌牙の背後に現れた眼(ウジャト)に吸い込まれてしまった。Dゲイザーに付けられたチャームの砂時計の砂がさらさらと落ちていく。これで残りはほんの僅かとなっていた。

 

「これで九十八人目の魂のデッキ、あと二つで……」

「おい」

 

 ケヒケヒと器用に肩だけを揺らして笑う相手をゴーシュが掠れ声で呼んだ。ボロボロなのに、彼は立ち上がろうとする。その目は負けたというのに、闇に呑まれてはいなかった。むしろ、不当な行為への反感の炎を宿してギラついていた。

 

「絶対に勝つ為に禁止の手を使うとは……テメェ、それでもデュエリストか!?」

「リアリストだ」

 

 不愉快に感じた凌牙が地面に着けた彼の手を足払いする。結果、顔面をアスファルトに強打するゴーシュに凌牙は「無様だなァ」とニヤニヤした。

 

「弱者くん、俺を卑怯者と罵りたいのか? 卑怯で結構。勝ちゃあ良いんだよ、勝ちゃあ。それに、そんな戯れ言で強者である俺様がキレるとでも思ったのか。せめて口だけは勝ちたい、弱者特有の思考回路だな」

「何が強者だ、笑わせるぜ。テメェは卑怯なだけじゃねぇ」

「あ?」

 

 強者特有の余裕で唇を曲げながら、凌牙は背中を仰(の)け反(ぞ)らしてケヒケヒと笑っていたが、弱者であるゴーシュの次の台詞でその余裕は一瞬にして吹き飛ぶことになる。

 

「負けるのが怖くて禁止の手を使う奴なんぞ、単なる臆病者だ」

 

 同じように唇を曲げて言い放った弱者の台詞に、強者の瞳が大きく揺れ動いた。その態度にハッとゴーシュが一笑した途端、凌牙の黄金のDゲイザーのレンズに眼(ウジャト)が彼の瞳を隠すように紅く浮かび上がった。

 

「ナンバーズの聖霊! コイツを押し潰せ!」

 

 足を振り下ろし、夜の空気を裂く音が聞こえる。凌牙が宣言するや否や、何者かの大きな足にゴーシュは背中から強く踏み付けられた。全身を圧迫され、ゴーシュは声ならぬ悲鳴を上げる。

 

(いったい誰だ?)

 

 呼吸すらままならないていうのに、無理に首を動かして見上げる。其処には神代凌牙が持つナンバーズ『海咬龍シャーク・ドレイク』が悠々と聳(そび)え立ち、獲物を噛みつかんばかりに首を擡(もた)げていた。

 

「違う、俺は臆病者じゃねぇ。弱くねぇ。俺は強い、誰よりも強くならなきゃならねぇんだ」

 

 ブツブツと呪(のろ)いのように凌牙が“強い”という言葉を繰り返す。“強くなくては”――、それは彼を縛る鎖の言霊のようだった。

 

「“千年レンズ”。何を狼狽(うろた)えている?」

 

 第三者の声が響く。ゴーシュの真上から聞こえる事実に、ナンバーズの聖霊の台詞だと彼は知る。ただ唯々諾々と命令を聞くのではなく、明確な意志がある発言に、ゴーシュの持つナンバーズに対する常識をひっくり返された。

 

「なんでもねぇよ、クソが」

 

 シャーク・ドレイクの指摘に正気が戻ったのだろう。唾棄するように暴言を吐くと、『千年レンズ』と呼ばれた凌牙はしゃがみこみ、ゴーシュの耳元で囁いた。

 

「お前さ、あの姉ちゃんが倒れているのを見て、怒り狂って俺にデュエルを挑んだんだろ? ということは、あのチビガキもこうして倒れているお前を見て、怒り狂って俺にデュエルを挑むんだろうな」

「遊馬の、ことか?」

 

 上からの重みに散り散りになりそうな声を拾い集めるようにしてゴーシュが言うと、凌牙はケヒケヒと笑った。

 

「神代凌牙はナンバーズを持っている。ナンバーズが絡んだデュエルが普通のと違うってことは百も承知だろ? 俺の力が百パーセント解放されていないとはいえ、もう九十八パーセントは解放されてんだ」

 

 上の空間に残り数ミリメートルも残っていない砂時計を見せ付けながら、“千年レンズ”は続ける。

 

「確か、皇の鍵と呼ばれている千年アイテムに宿った魂――アストラルはナンバーズを賭けたデュエルで敗北すると消滅しちまうんだよな。想像してみろよ。ナンバーズに闇の力も合わさったデュエルに負けたら、心身ともにズタボロになった挙げ句、相棒を失っちまうんだぜ? アイツのハート、ボッキバキに折れちまうかもな」

 

 影によって真っ黒に塗り潰された顔に穴が空いたように、煌々とレンズが輝いている。コイツは人間じゃない、化生(けしょう:化け物)だ、とゴーシュに彼の本能が語り掛けた。ケヒケヒと笑いすぎて、涎が垂れる。自身の台詞によって、少年は更に暗い愉悦に浸った。

 

「噂をすれば、だな」

 

 シャーク・ドレイクが天を仰ぎ呟く。夜空を泳ぐように飛ぶフライングランチャーに乗った男女を見付け、ケヒッと凌牙は涎を掬いながら笑った。

 

「せいぜい目一杯、アイツの激情を焚きつけてくれよ。ベスト8のゴーシュ」

 

 背中の重みが消える。開放感にゴーシュが喘いでいる間にシャーク・ドレイクのカードを手に持った神代凌牙は愛機へとブラブラと歩いていった。そして、フライングランチャーから降りた遊馬がゴーシュの名を呼んで近付こうとするのを確認してから、わざとエンジン音を吹かして、その場を後にしたのだった。

 

 

 

【3】

 

「遊馬、あれを見ろ!」

「ゴーシュ!」

 

 夜の倉庫街に倒れたゴーシュを先に見付けたのはアストラルだった。フライングランチャーが地面に着く前に、そんな小さな時間すら待てずに飛び降りた遊馬が名を呼んで駆け寄る。

 

「おい、いったい何があったんだ!」

「ゴーシュのデッキが奪われている」

「なんだって!」

 

 アストラルの発見に遊馬が驚愕していると、犯人のエンジン音が聞こえた。顔を上げると、紫色のDホイールに跨がったフルフェイスの人物が逃げていく様が見えた。

 

「遊馬!」

「言われなくても! 追うぜ、アストラル!」

 

 よくもゴーシュを! と拳を握り締めながら、弾丸のように遊馬は走り出していく。

ゴーシュが遊馬に手を伸ばすが、彼は気付かないまま、角を曲がっていってしまった。

呼ぼうにも大きな声が出せない。

 

(マズいノリだぜ。このままじゃ、遊馬までデッキ狩りに……っ!)

 

「あーあ、行っちまった。ホント、爆走機関車みたいな奴だぜ」

 

 アイツの計画の小道具になってしまった己自身を歯痒く思うゴーシュに、少女の台詞がコツンとぶつかる。フライングランチャーを持って佇む少女は、彼がWDCで出会った神月アンナだった。

 

「お……い……」

 

 不死者(アンデッド)のように手を伸ばし、アンナが走り去る前にゴーシュは彼女の細い足を掴んだ。突然のことにアンナはギョッとする。

 

「うわっ! ゾンビ!」

「誰が、ゾンビだ。WDCで見逃して、やった恩、忘れた訳じゃ、ねぇだろ?」

「今、それを持ち出すのかよ!」

 

 舌が回らないうえ、思い通りに発せない声を使い、ゴーシュはまだ残された可能性に縋ることにした。あの小さな好敵手のハートを折るなんてこと、真っ直ぐな熱情家に不当で卑怯なデュエルをさせる訳には絶対にいかないのだ。

 

「よく聞けよ。アイツは―‐」

 

 

 

【4】

 

「くそっ! デッキ狩り、何処へ行ったんだ?」

 

 すぐさま追い掛けたとはいえ、Dホイールと人の足では雲泥の差がある。角を曲がったはいいが、奴の形跡なんて何処にも残ってはいなかった。

 

「遊馬。あのDホイールは―‐」

「違う! アイツなんてことは絶対にない!」

 

 アストラルの発言に遊馬が全力で否定する。そうでなければ、此処まで来た意味がまるでなくなってしまう。忍び寄る猜疑心にムシャクシャして、遊馬は闇雲に倉庫街を走ろうとしたが、真横に衝撃が止まった。

 

「遊馬、乗れっ!」

 

 隣にスタンバイされたフライングランチャーに跨がったアンナが手でサインを送る。

おう! と彼が飛び乗り、彼女の腰を掴んだと同時に飛び立った。

 

 一台のDホイールが夜の倉庫街を縦横無尽に走る。追跡者を撒こうとする行動も、全てが丸見えな空からでは何の意味もない。アンナが手元の装置を操り、カチャリと機動音がした。えっ? と遊馬が思う間もなく、アンナはランチャーを発動させ、デッキ狩りの後方に当たった弾丸は爆発音をたてて倉庫の壁を粉砕した。

 

「チッ、外したか」

「アンナ、何やって――うわっ!」

「遊馬、落ちるなよ!」

 

 命中力を高めようとアンナはスピードを上げ、ターゲットとの距離を詰める。空気を突っ切る音を耳元どころか、遊馬は全身で聞いた。

 

「オラオラオラーッ!」

 

 ランチャーを連続で放ち、デッキ狩りの逃走経路を狭(せば)めていく。壁やコンテナが崩れ、デッキ狩りは次第に港へ誘導される。其処は遊馬と凌牙が以前デュエルした場所であった。Dホイールが倉庫街から港へ抜けようとした瞬間、とうとう弾丸が直撃した。クラッシュの巻き添えになる前に操縦者が飛び降りる。

 

「せめてもの情けだ、苦しまずに逝けるよう一発で仕留めてやる」

 

 そんな緊急脱出したばかりのデッキ狩りにアンナはエネルギーを溜めたランチャーを放つ。遊馬が止める間もなく放たれた弾丸はデッキ狩りへ真っ直ぐに向かった。その瞬間、デッキ狩りの真っ黒のフルフェイス越しに金色の眼(ウジャト)が左目の位置に浮かび上がる。デッキ狩りが手を翳(かざ)すと3×3マスの黄金の魔方陣が前方に現れ、彼を弾丸から守り抜いた。

 

「あの力はいったい……?」

 

 ナンバーズとも紋章とも違う力にアストラルは驚きを隠せない。チッと遊馬に聞こえるぐらいに大きな舌打ちをすると、アンナはフライングランチャーを着陸させる。逃げるのは無用と悟ったのか、その間にデッキ狩りはパチリと指を鳴らし、眼(ウジャト)の魔術でDホイールを起き上がらせた。

 

「俺はアンナ! テメェは何者だ!?」

 

 相手を指差して、赤髪の少女が武将のように漢(おとこ)らしく名乗りを上げる。探知式の街頭に光が灯る。それによって照らされた少年は遊馬がよく知る人物と同じ服、背格好だった。それでも、遊馬は信じなかった――デッキ狩りがフルフェイスのヘルメットを外すまでは。

 

「テメェは水属性の貴公子、神代凌牙じゃねぇか!」

 

 アンナの声に、凌牙はケヒケヒと笑うだけであった。フルフェイスをDホイールの上に置くと、鬼火のように光る見慣れぬDゲイザーを装着した凌牙がカツカツと近付いてくる。歩く度に、Dゲイザーに付けた砂時計のチャームが控えめに揺れた。

 

「シャーク」

 

 神代凌牙がデッキ狩りだった。あってはならない事実に頭が空っぽになってしまった遊馬がポツリと呟く。その瞬間、Dゲイザーの光がOFFになったように消え、凌牙の歩みがピタリと止まった。

 

「遊馬」

 

 彼もまた、遊馬と同じように呟く。そして、次に鋭く叫んだ。

 

「こっちに来るんじゃね―‐」

 

 凌牙が言い切るよりも早く、暗闇を背負う彼の背後から現れた片手が口を塞いだ。だが、眼(ウジャト)が浮かび上がる左手は他ならぬ神代凌牙本人のものだった。右手で左手を振り払おうとするその姿は、左手が彼の所有物ではなく、また別の誰かの所有物のようにさえ見える。しばらく暴れていたが、憑き物が落ちたかのように彼は無抵抗になった。

 

「シャーク……?」

 

 だらんと両腕を垂れ、ぐわんと事前造作なしにデッキ狩りが顔を上げる。其処にはONとなり、燦然と煌めくDゲイザーがあった。左手の甲には、まだ眼(ウジャト)が輝いている。不意にアンナは遊馬の足元を見た。砂礫(すなつぶて)のように、彼の足元は眼(ウジャト)と同じように輝こうとしていた。

 

「遊馬っ!」

 

 アンナが遊馬にタックルしたのと、相手が左手を鳴らしたのは同タイミングだった。遊馬の居たところの地面に3×3マスの魔方陣が現れ、アンナを閉じ込めてしまった。

 

「アンナ!」

「チッ、しくじったか」

 

 守られた遊馬が呼び、仕掛けた張本人が舌打ちする。アンナが結界の中で体当たりしたり、蹴ったり殴ったりして暴れるが、彼女の解放を決して許さなかった。

 

「なんなんだよ、これは!」

「そいつはデュエルアンカーから着想を得た『デュエル結界』。デュエルしない限り、其処からは決して出られねぇ代物だ」

 

 アンナに丁重に答えると、凌牙は腕を伸ばしてデュエルディスクを展開する。ケヒヒと笑ってから、彼は挑戦状を叩きつけた。

 

「おい、デュエルしろよ」

「仕方ねぇ! そのデュエル、受けてたつぜ!」

 

 アンナがDゲイザーとデュエルディスクを装着する。それに倣って、遊馬も身に付けた。

 

『……―‐ヴィジョン・ンク完了』

 

 昼間得た情報通り、バグとエラー混じりのデュエルフィールドが辺りを包んでいく。降り注ぐはずの数字の羅列は、読めない記号に所々置き換えられていた。

 

「アンナ、なんで俺を庇ったんだ! 俺はシャークに聞きたいことが―‐」

「お前を負けさせる訳にはいかねぇからだ!」

 

 振り向きもしないで、アンナが理由を述べる。俺は負けねぇ! と言いそうな遊馬に先手を打つため、アンナは自棄っぱちのように続けた。

 

「遊馬! いくらお前でもアイツには絶対に勝てねぇ! 俺はゴーシュに聞いたんだ、デッキ狩りの戦い方を!」

 

 その言葉に遊馬はデッキ狩りの最大の噂『絶対に勝てないデッキ』を思い出した。

遊馬、とアストラルが囁く。

 

「彼女は身を挺して君に彼とのデュエルを観せる気だ」

「そんな! アンナは最初から負ける気なのか!」

「馬鹿言え! 負ける気なんて、てんでねぇよ。ちょっと分が悪いだけだ」

 

 最後の言葉は随分と小声だった。だが、アンナは体中の闘志を奮い起こすように対戦相手を強く睨んだ。

 

「卑怯者、俺とデュエルだ!」

「アンナと言ったか。九十九人目の俺の餌食になれることを光栄に思え」

「デュエル!」

 

 二人が一斉に宣言した後、凌牙はポケットから取り出した十面ダイス二つをアンナに投げ渡した。

 

「先攻後攻はこの十面ダイスで行う。赤が十の位、白が一の位。00(クリティカル)に近い方が先攻権を得る」

「面白(おもしれ)ぇ、やってやろうじゃねぇか!」

 

 喧嘩腰のアンナに凌牙は無言で不気味な笑みを浮かべる。パチリと彼が指を鳴らすと、眼(ウジャト)が刻印された真っ黒いテーブルが現れた。

 

「何もないところからテーブルが!? さっきのバリアや結界といい、何なんだよ!? もしかして、これもナンバーズの力なのか? なら、シャークは―‐」

「いや、これはナンバーズの力ではない」

「じゃあ、何だって言うんだよ! まるで意味が分からねぇぜ!」

「私にも分からない。シャークからはナンバーズの気配は一つ、シャーク・ドレイクしか感じられない。だが、遊馬、このデュエルをしっかり見ておくことだ。絶対に勝てないデッキの秘密を暴くために」

 

 連続する不可思議で信じられない現象に遊馬が取り乱す。対照的にアストラルは冷静に彼を諭した。

 

「ダイスロール!」

 

 二人が会話をしている間に、賽は振られてしまっていた。アンナの天高く放り投げた十面ダイスの目は82、対して凌牙の回るように投げた十面ダイスの目は02だった。

明らかすぎる差に、アンナが地面を蹴り飛ばす動作をする。パチリと指を鳴らして、凌牙は役目の終えたテーブルを消失させた。

 

「先攻は俺が貰う! ドロー! 俺は『昇霊術師(しょうれいじゅつし)ジョウゲン』を表側攻撃表示で召喚。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

 

 1ターン目。

 白頭巾と紫の法衣を纏った術師のモンスター『昇霊術師ジョウゲン(レベル3、光属性魔法使い族、攻撃力200守備力1300)』が凌牙のフィールドに召喚される。

エクシーズ召喚を行わず、攻撃表示のモンスター一枚と二枚の伏せカードが置いただけで、あっさりとターンエンド宣言を行ったうえに、光属性魔法使い族という凌牙らしくない戦法とカードに遊馬は首を傾げた。

 

 2ターン目、アンナの番が回ってきた。

 

「俺のターン! ドロー! 俺は―‐」

「永続魔法『検閲(けんえつ)』を発動! このカードは相手のスタンバイフェイズ毎に500ライフポイントを払う事で、ランダムに一枚、相手の手札を見る事ができる」

 

 アンナのドローフェイズが終わった瞬間に、凌牙が伏せカードをオープンする。手札を見られるという、デュエリストが嫌がる行為を迷いなく行うことに、アストラルは眉を顰めたくなった。

 

「ピーピングか」

「ピーピング?」

 

 アストラルの独り言に遊馬が鸚鵡返しする。

 

「相手の手札を見る戦略だ。手札を見ることで相手のキーカードやコンボ、タクティクスを推察できる。情報アドバンテージを得ることで、相手より優位に立てることだろう」

「でも、それってライフを500払ってまでする戦略なのか?」

 

 至極、遊馬の言うとおりだ。相手の手札が一・二枚ならまだしも、アンナの手札は六枚もある。六枚のうち一枚をランダムで確認するために、ライフを削るのは効率的ではない。だが、凌牙はとんでもない行動に出た。

 

「……で、お前は俺の手札を何枚見たいんだ? 一枚か、それとも二枚か?」

「六枚全てだ」

 

 彼の回答に空気が凍り付いた。六枚ということはアンナの手札全てだ。よって、凌牙には6×500=3000のライフコストが発生する。

 

「馬鹿な!」

「自分で自分の首を締める気かよ!」

 

 アストラルと遊馬の声を無視し、凌牙は処理を行う。『検閲』により、彼のライフは1000になった。

 

「そんなに見たかったら見やがれってんだ!」

 

 アンナが手札六枚を全て公開する。

 

『攻通規制』

『臨時ダイヤ』

『機関連結』

『除雪機関車ハッスル・ラッセル』

『勇気機関車ブレイブポッポ』

『豪腕特急トロッコロッコ』

 

 ARヴィジョンによって彼の目の前に現れたカード六枚を、凌牙は何の言葉も漏らさずにチラリと見ただけだった。

 

「もういいぜ」

 

 ライフコストを3000も払った行為は呆気なく終わった。出鼻を挫かれる行為に苛立つアンナはすぐにメインフェイズ1へ移動しようとしたが、凌牙が砂時計のチャームを指で弾きながら呟いた。

 

「飽きたな、そろそろ終わらすか」

 

 2ターン目に入ったばかりというのに、この台詞。困惑や思考する暇も与えずに凌牙はもう一枚の伏せカードを引っくり返した。

 

「罠カード『ラストバトル!』発動。自分が1000ライフポイント以下の時、相手ターンで発動する事ができる。自分フィールド上モンスターを一体選択し、他のお互いのフィールドと手札のカードを全て墓地に送り、相手はデッキからモンスター一体を選択して攻撃表示で“特殊召喚”し戦闘を行う。だが、プレイヤーへの戦闘ダメージは0とする。そして、エンドフェイズ時にフィールド上にモンスターが残ったプレイヤーをデュエルの勝者とする」

「なんだとっ!」

「今までのデュエルは何だったんだ!?」

 

 デュエルの積み重ねとルールを否定するカードの登場に、アンナと遊馬は思わず叫んでしまった。つまり、『検閲』はピーピングが目的ではなく、この罠カードの発動条件を満たすため、ライフを1000にすることが凌牙の目的だったのだ。

 

「遊馬、『ラストバトル!』は禁止カードだ! デュエルディスクには読み込めないはず」

「禁止カード!? なんで、シャークがそんなものを持っているんだ? でもよ、アストラル。シャークの場には攻撃力200のモンスターしかいないし、アンナはあの火力マックスのカードを持っているから―‐」

「いや、アンナは絶対に勝てない」

 

 アストラルが断言する。えっ? と思いながら、遊馬はデュエルの続きを見守った。

 

「一気に蹴りを付けようってか! 俺はデッキから『爆走特急ロケット・アロー』を選ぶぜ! コイツは攻撃力5000のモンスターだ! そして、お前のフィールドにいるモンスターはたかだか攻撃力200! どう足掻こうが俺の勝ちだ!」

 

 アンナが選択したのは、遊馬と初めてデュエルしたときに出した効果モンスターだった。召喚条件、フィールドに持続させるにはカードコストが必要だが、レベル10地属性機械族、攻撃力5000守備力0の超火力のモンスターだ。彼女の言うとおり、どう足掻こうがアンナが勝つ……はずだった。

 

 しかし、待てども『爆走特急ロケット・アロー』は召喚されなかった。

 

「なんで召喚されねぇっ!?」

「『昇霊術師ジョウゲン』の効果だ。フィールド上に表側表示で存在する限り、お互いにモンスターを“特殊召喚”できない。つまり、お前は『ラストバトル!』に必要なモンスターをフィールドに出せねぇってことだ。そして、エンドフェイズ時にフィールド上にモンスターが残ったプレイヤーをデュエルの勝者とする『ラストバトル』の効果により、お前はもう負けたんだよ」

 

 あまりにも早い幕切れであった。アンナの足元の魔方陣――デュエル結界が光り輝き、爆発を起こす。彼女のライフが強制的に0になり、デュエル終了音が鳴り響いた。勝者こと神代凌牙が手を伸ばすと、敗者である神月アンナのデッキは光の玉となり、彼の背後に現れた眼(ウジャト)に飲み込まれていき、砂時計の砂がさらさらと落ちていった。残すところ、後一回であった。

 

「アンナ!」

 

 その場に崩れ落ちたアンナに遊馬が駆け寄る。

 

「遊、馬。俺はゴーシュから奴の、戦略を聞いて……いたんだ。それだとしても、お前は絶対に挑、んじまう。それを止めたかっただけ……だ」

 

 途切れ途切れに語る彼女に、アンナを支える遊馬の腕が震えた。

 

「遊馬、これが『絶対に勝てないデッキ』の正体だ。禁止カードを使ったコンボを使い、相手が何の手も打てないままにワンキルする」

「こんなの、こんなデュエル、俺は認めねぇっ!」

 

 アストラルが語る『絶対に勝てないデッキ』の正体に遊馬が吠える。

 

「シャーク! なんで、こんな酷いことをするんだ! お前はもうデュエルに嘘を吐かないって言ったじゃねぇか! なぁ、答えろよ! 答えてくれ!」

 

 溢れそうになる想いを抑えながら、遊馬は凌牙を真っ直ぐに見て追求する。射抜くようではない、咎めるようでもない、ましてや非難するようでもない。決して見えるはずのない相手の魂を見詰めるような、悲痛な訴えだった。赤い瞳の真摯な視線を向けられ、凌牙がたじろいだ。彼のDゲイザーの金色の煌めきが弱まったり強まったりを繰り返す。ブルブルと動き出そうとする右手を左手で抓りながら、凌牙の口が開いた。

 

「この俺を、その名で呼ぶんじゃねぇ!」

 

 カッとDゲイザーに紅い光が灯り、レンズにくっきりと眼(ウジャト)が刻まれる。

左手を翳すと、遊馬の足元がキラキラと輝きだした。遊馬! とアストラルが呼ぶ。

瞬時に飛び退くと、魔方陣――デュエル結界がその場に現れ、消えていった。捕まったら最後、遊馬は確実に勝てず、アストラルとデッキを失う。アンナが身を張った意味すら無くなってしまう。次から次へと地面が光り出し、遊馬はジャンプしたりダッシュしたり逃げ回った。幸運にも3×3マスの魔方陣は小さく、走り続ければ避けることが可能のようだった。

 

「ヒーロー気取り小僧みたいに“サイエンカタパ”か? それとも、忍者野郎みたいに初ターンからの『現世と冥界の逆転』コンボか? どちらにせよ、別れを惜しむ間も与えずに一瞬で敗北させてやるぜ」

 

 眼(ウジャト)が浮かび上がる左手で、凌牙がパチリと指を鳴らす。今度は十平方メートルに渡って、地面が光の粒子を放つ。

 

「駄目だ、今度ばかりは逃げられねぇ!」

「もはやこれまでか!」

 

 3×3マスの巨大な魔方陣の輪郭が浮かび上がる。絶望の彼方を覚悟した瞬間、空から星屑の欠片が降り注いだ。その瞬間、相殺したかのように魔方陣は消失してしまった。

 

「この力は……っ!」

 

 凌牙が破邪の砂が降ってきた方向を睨み付ける。顔をしかめた少年は左手でDゲイザーを守るように覆った。

 

「遊馬!」

「小鳥! カイト!」

 

 幼なじみの少女の声が天から落ちてくる。空から観月小鳥を抱えた天城カイトが降り立つと、背中に装着されていたオービタルが変形して基本の形に戻った。

 

「粋がっているな、“千年レンズ”」

「不良鮫を乗っ取るなんて、とんでもない奴であります」

 

 小鳥を丁重に降ろすと、彼より年下の少年少女に背を向け、カイトが口火を切る。それにオービタルが同調し、事情を知っている青年の登場に凌牙の顔付きが更に険しくなった。

 

「千年レンズ……?」

「安心しろ、遊馬。奴は神代凌牙ではない。古代の砂漠の国の呪術アイテム――奴が身に付けているDゲイザーによく似た“千年レンズ”に宿りし魂が凌牙の体を乗っ取っているだけだ」

 

 カイトの説明を聞き、凌牙自身が望んであの酷い行為をした訳ではないことに遊馬はひとまず安心した。

 

「奴は封印されし力を解放するため、百の魂を集めなければならなかった。だが、魂を狩る能力がなかったため、奴は代わりのものを集めることをした」

「それがデッキだったのか」

「そうだ。デュエリストの想いと願いのこもったデッキには魂が宿ると言われている。それを代わりにして、奴は己の封印を解こうとしている」

 

 アストラルの疑問を挟みながら、カイトが冷静に説明する。それでこんな酷いことを! とアンナを介抱しながら、小鳥が非難の声を上げた。

 

「けどよ、カイト、アイツは禁止カードの使い手なんだ。デュエルじゃ絶対に勝てねぇ」

「ああ、俺以外のデュエリストならば、な」

 

 手元にある正八角形の金色の容器の蓋を音を立てて閉めながら、カイトが遊馬に告げる。破邪のアイテムの存在を確認した凌牙が後方へ後ずさった。

 

「俺に禁止カードは通用しないぞ。どうする? 最も、お前に選択肢はないがな」

「観念するであります! “不良レンズ!」

 

 デュエルアンカーを用意するカイトの横で、オービタルがふんぞり返って突きつける。相手が観念したように首を垂れた。地面に視線を向けたままま、肩を揺らさないで、凌牙は話し始める。

 

「ギャラクシーアイズ使いか、確かにこりゃあ観念した方がいいかもな……なんて言うとでも思ったか!」

 

 絡繰りのように上げた面に装着されたDゲイザー――千年レンズが閃光を放つ。夜の暗さに慣れた目をやられ、膝をつくカイトたちの耳をエンジン音が打つ。やばい! と瞬時に判断した彼等は飛び退いた。

 

「きゃっ!」

「小鳥!」

 

 走り抜けるとき、フルフェイスのDホイーラーは小鳥に掴んでいた。遊馬の声なんて気にも止めずに、闇の力を用いてデモンズチェーンで小鳥をDホイールの後部座席に固定すると、凌牙本来のヘルメットを被せた。

 

「千年レンズ! 小鳥を返せ!」

「嫌なこったい。そんなに返して欲しければなぁ……」

 

 フルフェイス越しに見えた眼(ウジャト)の光が不意に消え去る。表情を闇に沈ませたまま、凌牙は言った。

 

「深夜十二時過ぎにハートランド美術館へ一人で来い」

 

 後数時間で深夜の十二時は過ぎ、暦上の明日となる。明日は遊馬と凌牙がデュエルの約束をしてからの四日目――対峙する当日だ。

 グリップで左手を強打すると、フルフェイス越しに眼(ウジャト)を浮かべた相手は続けた。

 

「デュエルに勝てば、この女を返してやる」

 

 もう一度、閃光が走る。ケヒケという気味の悪い笑い声だけが反響して倉庫街にころがっていく。残されたのは怪我人のアンナと遊馬、カイト、アストラル、オービタルだけとなった。

 

「ちくしょー!」

 

 小鳥が攫われたことに、遊馬はやり切れない怒りの声を上げたのだった。

 

 

 

つづく




※IDN……今までのデュエルは何だったんだ!?

実際に使われた台詞ではない。
アニメにおいて「ラストバトル!」は海馬が乃亜戦に使用。
このカードが発動した瞬間、視聴者の誰もがこう思ったに違いないだろう。


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⑦IWU

【1】

 

「‐―馬、遊馬、遊馬!」

 

 アストラルの呼ぶ声で、遊馬が目を覚ました場所は物置部屋だった。シェーレグリーンによく似た色のソファに遊馬は寝かされており、周りには白骨色の棚が林立し、どれも紙媒体のファイルや本で埋め尽くされている。ソファは壁際にあり、正面五メートル先にはこの部屋唯一の扉、真後ろの高窓には満月が輝いていた。

 

「あれっ? なんで、俺は此処に? うわっ! Dゲイザーがねぇっ!」

 

 見慣れぬ白い天井を見ながら、遊馬は思い返す。

 

 千年レンズに取り憑かれた神代凌牙によって観月小鳥が攫われ、デュエルダメージの深かった神月アンナを病院へ送り届けた後、カイトに話があると言われ、彼のデュエルの師匠であるVのアジトに誘われたのだ。地下には潜水艦があるという倉庫にて、カイトが用意してくれたホットチョコレートを飲みながら、千年レンズによってⅢとⅣが、ゴーシュとドロワも敗れ、デッキを奪われたことを聞いているところで、遊馬の記憶は途切れている。

 

「恐らく、あのホットチョコレートには睡眠薬が混入されていたのだろう」

「へ、なんで?」

「それは君を行かさないためだ」

「V!」

 

 アストラルの推察に、ソファから飛び起きた遊馬が疑問符を浮かべていると、扉の格子窓から水色髪の長身の男が覗き込み、遊馬のDゲイザーを持ったまま会話に参入する。

 

「小鳥が浚われたんだ、じっとしてられねぇ!」

「禁止カードデュエルをされたら、君は百パーセント負ける。君のデッキとアストラルを守るため、カイトは一人で向かった。私は君の見張りだ」

「そんな! いくらカイトだって、あんなデュエルじゃあ……」

「カイトは“俺に禁止カードは通用しない”と言っていたが、何か算段があるのではないか?」

 

 紋章の力でアストラルを認識できるVが肯(うなづ)く。

 

「アストラルの言う通り。俄(にわ)かに信じられないと思うが、カイトは古代の砂漠の国の墓守の末裔の亡霊から千年レンズの脅威を聞いたらしい。そして、それの対抗策として破邪のアイテム“千年砂”を渡された」

 

 千年砂? と首を傾げる遊馬にアストラルが「あの大きなデュエル結界を弾(はじ)いたあの金の砂がそうなのだろう」と耳打ちする。

 

「その砂を奴のデュエルディスクに振り掛ければ、禁止カードは認識できなくなる。そうなれば、普通のデュエルとなり、カイトの負ける道理はなくなる」

「それでも、俺は―‐」

「遊馬」

 

 納得できても、最初に彼が言った通り、じっとしていられないだろう。感情的に口を開く遊馬にVが語り出す。

 

「君によって、私たち兄弟は父との絆を取り戻すことが出来た。カイトも同じだ。だからこそ、我々は君を守りたいと思う。カイトを友と呼ぶのなら、彼の意志を尊重してくれ。今は君が動くべき時ではない」

 

 Vの厳しい眼差しの中には慈愛が含まれていた。彼もまた弟たちがやられ、本心は遊馬同様じっとしていられないはずだ。だが、私情に流されず、確実性とカイトへの信頼を理由に彼は美術館へ向かわず此処に立っている。それが分からない程、遊馬は幼くない。カイトのデュエルの強さを知らない訳でも、彼の実力を信じていない訳でもない。

それでも、ただ行かなければならない、という使命感に似た我が儘さが腹に蠢(うごめ)いて仕方ないのだ。

 自身でも処理できそうにない、その焦燥感を払拭したくて、遊馬は「くっそー!」と埃まみれの書庫室のなかで叫んだのだった。

 

 

 

【2】

 

 仕掛け時計が十一時の鐘を鳴らす。

 どの展示室に置かれたものなのか検討もつかないが、足音を立てて近付くように、神代凌牙の居る廊下まで響いてきた。深い闇夜によって鏡と化した窓に頭を預けながら、凌牙――千年レンズに閉じ込められた人格は、チャーム――封邪のアイテム・千年砂時計を弄(いじ)くりながら考える。

 

「さて面倒なことになったな。まさか、カイトが破邪のアイテム・千年砂を持っているとは。あのまま波止場でデュエルをしていたら危ないところだったぜ。思わずガキを攫っちまったが、奴等は約束を守ってくれる気はあるのかねぇ?」

 

 高い確率で答えは“NO”だろう。遊馬ではなく、千年砂を持ったカイトがやってくるに違いない。禁止カードを封じ込め、正々堂々のデュエルで千年レンズを叩き潰すために。冗談じゃない、と思う。千年レンズの力を百パーセント解放するために、ようやっと九十九個の魂のデッキを集めたというのに、何故残り一つのところで諦めねばならないのだ。

 

「こうなっちまったら、奴等が変なことを考えないように、脅しでも掛けるとするか」

 

 転がっている鉄パイプと、少女を閉じ込めた資料室の扉、凌牙のDゲイザーの映像を送る機能を思い起こす。ケヒヒと笑った瞬間、くんっと左手が勝手に跳ね上がり、凌牙の後方の窓を裏拳で叩き割った。

 

「ああ、もう一つの懸念を忘れていたぜ。宿主サマの存在をよ」

 

 パラパラと粉雪のようにガラス片が舞う。千年レンズの人格に乗っ取られた少年――闇凌牙が振り返ると、窓越しに対峙しているかのように、夜の鏡には憤怒の表情を浮かべた“凌牙”が写り込んでいた。

 

「ガキとはいえ、女を傷付ける行為に怒ったのか? それとも、それを見たチビガキが悲しむのが嫌で怒ったのか?」

「俺の身体を返しやがれ!」

 

 なぁ、どっち? と呑気に質問する闇凌牙に、獰猛な鮫のように凌牙が怒りをぶつける。

 

「そいつはお断りだ。だって、お前、取り憑くのにすっげぇ好都合なのよ。心の闇も申し分ないわ、因果も深いわ、デュエル知識もあるわ、タイミング良く禁止カードを持ってるわ、トドメに強(つえ)ぇカードの精霊も憑いているんだぜ? こんな奴にソッコーで出逢えるなんて、こんな僥倖、滅多にねぇよ。俺、マジで運命の女神様に惚れられちまったかもな」

「テメェ……っ!」

 

 おどけたように肩を竦(すく)める闇凌牙に、凌牙の視線が怒気から殺意に変わっていく。

 

「そんなにカッカするなよ、神代凌牙。お前に代わってⅢとⅣに恨みを晴らしたんだ、感謝ぐらいしてくれても良いだろう? そういやぁ、その時といい、九十九遊馬に逢った時といい、暫(しばら)く大人しくしていた癖に、妹とあのチビガキのことになると急に自我を現しやがって、ホントいい迷惑だったぜ」

「遊馬に手を出すんじゃねぇ!」

「信頼する大事(でぇじ)なオトモダチだもんねぇ? まぁ、裏切りの予行練習だと思えばぁ? 結果的には予行練習を通り越して本番になっちまうけどなぁ」

「ふざけんな!」

 

 語尾を伸ばしてケヒケヒと笑うドッペルゲンガーに、窓に映った凌牙が詰め寄る。

 

「ふざけてなんかいねーよ。俺はな、千年アイテムと王侯貴族・神官が大嫌(でぇっきら)いなんだよ。だから、皇の鍵とかいう千年アイテムを持った九十九遊馬やそのアイテムに宿った魂には容赦しねぇし、ましてや、お前の言うことを聞く気なんて更々ねぇんだよ」

 

 有りっ丈の憎悪を眼球に込めて言い放つ少年は、神代凌牙の姿を借りながらも神代凌牙とは全くの別人のように見えた。

 

「皇の鍵が千年アイテム? アストラルがアイテムに宿った魂? テメェ、なに訳分からねぇことを―‐」

「あ、いいことを思い付いた」

 

 凌牙の呟きを無視して、相手が手を打って独り言を呟いた。

 

「なぁ、ゲームをしようぜ?」

「ゲームだと?」

 

 ねたりとコールタールのような笑みを浮かびながら、闇凌牙が窓に唇が触れそうなほど顔を近付けて提案する。

 

「賭けるものは互いの魂だ。無論、俺が負けたらお前の身体を返してやんよ」

「何のゲームだか知らねぇが、俺が勝ったところでテメェが約束を守るようには見えないけどな」

「ただのゲームのじゃねぇ、闇のゲームだ。敗者には必ず罰ゲームは行われるから安心しな」

 

 疑いしか持てない凌牙に闇凌牙は仰々しく両腕を広げて、ゲームマスターのように告げた。

 

「ルールは簡単。あのチビガキがお前を信じ抜いたら、お前の勝ち。疑って見捨てたら、俺の勝ちというシンプルなゲームさ」

「くだらねぇな! 勝負するまでもねぇ」

 

 凌牙が鼻で笑う。信頼に裏打ちされた余裕が、彼にその発言を間髪置かずにさせていた。だが、そんな彼の態度に闇凌牙は苛立つ様子を見せず、むしろゲームを楽しくする要素だと言わんばかりに昂揚とした声で続けた。

 

「宿主サマ。この千年レンズの真の能力を使っても、それは揺らがないかい?」

「真の能力、だと?」

「魔方陣なんて付加能力さ。あの女性(ヒト)が授けてくれた智慧で俺が造り上げた千年レンズの真の能力を使えば、―‐」

 

 ギラリ、と千年レンズが金色に輝く。更に距離を詰めると、その能力を使い、悪戯好きの悪魔がこれから行う謀略を宿主に暴露する。だが、それは悪戯では済まないどころか遊馬を絶望の淵に追いやる企みだった。

 

「……そんなことされたとしても、遊馬が騙される訳がない!」

「そう吠えるなよ、神代凌牙。大したお人好しだもんなァ、九十九遊馬くんは。でもよ、俺様という内部的要因だけでなく、仲間や取り巻く環境という外部的要因があれば、話は別だよな?」

「外部的要因?」

「ほら、よく言うだろ。選手宣言、我々は全力を以て戦います! って。だから、俺も全力で――ありあらゆるもの・ひと・お前の知識をフル活用して九十九遊馬に勝利し、更なる力・ナンバーズを手に入れる。今の俺には、百個目の魂のデッキの餌食となるカイトとのデュエルもその前哨戦(意味:本格的な活動の前の準備的な行動)にしか過ぎないのさ。こんな“いいこと”が突発的に思い付くなんて、流石俺様だぜ」

 

 策謀を余すことなく聞かされた凌牙が怒りと焦りで震える拳を隠しながら反論する。

おどけて手を上げたりしながら、口笛を吹くようにそれを論破する材料を並べ、闇凌牙は更に続けた。

 

「この作戦を成功させるにはお前はとてつもなく邪魔だからな、暫(しばら)くは引っ込んでてもらうぜ。こいつを拘束しろ、シャーク・ドレイク!」

 

 闇凌牙が命令を下すと否や、凌牙の背後にシャーク・ドレイクが現れた。何のアクションも起こせない内にシャーク・ドレイクの鋭い爪に捕らえられ、鏡の中の凌牙は身体の自由を封じられてしまった。

 

「シャーク・ドレイク! テメェッ!」

「お前の忌々しいエースモンスターは、今では俺の味方って訳よ」

 

 憤慨する凌牙とケヒケヒと笑う闇凌牙に対して、黒き海咬龍は「味方?」と繰り返す。

 

「俺は誰の味方にもなり得ない。自我(ego)があるとはいえ、所詮一枚のカードにしか過ぎない。ただ所有者の望むままに現れ、消えていく」

「今の所有者は俺だから、俺の言うことを聞くってか。良いも悪いもリモコン次第、とはよく言ったものだ」

「お前も似たようなものだろう、“千年レンズ”」

「たわけ、この俺様をカードと一緒にするな。俺は俺だ。肉体は消滅され、魂が千年レンズに封印されたとはいえ、道具ではないからお前のように誰かに使われることはない。使わせもしない。……しかし、あんなにも躍起に凌牙を闇に引き込もうとしていたのに、随分と大人しくなったものだな。なんだ、『心変わり』でも起こしたか?」

 

 シャーク・ドレイクの消極的な台詞とこれまでの積極的な行動との差に、闇凌牙が挑発的な言葉を投げ掛ける。

 

「俺は悲劇(トラジック)を観たいだけだ。全ては演劇にしか過ぎない。俺は観客席で、時折シャーク・ドレイクが登場する演目を観ている。だが、俺は観客であって、脚本家ではない。全ては“運命”という名の脚本家が望むままに」

 

 対してシャーク・ドレイクは淡々と語っただけだった。その間に凌牙はシャーク・ドレイクの束縛から逃れようともがくが、無駄に終わっていた。

 

「ずいぶんとメルヘンな答えだな。嫌いじゃないがな。ナンバーズを揃え、“全てのはじまりのカード”を手に入れたら、俺が脚本家になる番さ」

「さっきから“全てのはじまりのカード”とか、訳の分からねぇことをゴチャゴチャと! 俺を解放しろ!」

「それが最後の台詞か、凌牙。お前の登場する章(チャプター)はもうおしまいだ」

 

 ナンバーズの聖霊と古代の砂漠の王国の悪霊の会話に凌牙が無理矢理に参入するが、台本にはない行動(アクション)を起こした俳優を咎めるように闇凌牙が冷たく告げた。

 

「お前には俺と同じ目に合ってもらうぜ。シャーク・ドレイク、こいつを“深海の牢獄”へ連れていけ」

 

 仰せのままに、と海咬龍が凌牙を更に引き寄せる。悪足掻きと知りつつも、凌牙は闇凌牙が映る鏡に詰め寄った。だが、暴言を吐く前に先手を打たれた。

 

「もがき、あがき、泣き喚き叫べ。誰にも届かない芝居だと知りつつもな」

 

 あばよ、王サマ。

 そう付け加えられた、嫌悪がへばりついた台詞がピシャリと投げつけられる。シャーク・ドレイクによって凌牙は鏡の奥へ連れ去られ、暫くは水泡が見えたが、それも消えると闇凌牙が映り込む割れた鏡が残った。

 

「これで懸念は消えた。カイトを倒して力を百パーセント解放し、遊馬を潰してナンバーズを手に入れる。俺は弱者から強者になり、“絶対的な暴力”を手に入れる!」

 

 一人きりの舞台を大股で闊歩しながら、オーバーリアクションで闇凌牙が台詞を口にする。それから割れた鏡の前に再度立つと、傷付いた左の拳で殴りつけた。

 

「どうせ割るなら、もっと派手にやりやがれ」

 

 大きな破片が喧しい音を立てて散っていく。小さな穴だったのが、窓一枚を割る大惨事となる。血の流れる拳をそのままに、闇凌牙はRPGのラスボスの魔王のように盛大に笑ってみせた。

 

 

 

【3】

 

 深海へと沈んでいく。

 海咬龍との邂逅時のように周りが海となり、凌牙はシャーク・ドレイクによって更に下へ深く引きずり込まれる。自身が出した水泡すら目視できなくなる程に深くまできたとき、ようやっとシャーク・ドレイクは凌牙を解放した。シャーク・ドレイク! と怒りを露わにする所有者に、彼は闇凌牙が残した台詞に色を変えて再度放った。

 

「もがき、あがき、泣き喚き叫べ。それが芝居ではないなら尚更」

「おいっ!」

 

 シャーク・ドレイクが離れていく。凌牙が呼び止めようとした瞬間、深海の底からブラックボックスが現れ、彼を閉じ込めてしまった。

 

 急な衝撃に閉じた瞼を開けるが、其処は開ける前と同じ暗闇が広がっていた。手を伸ばすと、ぼんやりとした虚ろな感触の壁に触れた。声を出しながら壁を叩くが、一切の音も響かなかった。まるで凌牙の鼓膜に届く前に、周りの壁がスポンジのように全ての音を吸い取っているかのようだった。しかも壁もまるで硬くなく、叩いている感触が実感できない。視覚は暗黒で塗り潰され、聴覚も無音に支配され、触覚すら奪い取られた“深海の牢獄”。何も見えない、聞こえない、感触のない事実に凌牙が身を震わせた。

これが永続的に続いたら、確実に精神崩壊(マインドクラッシュ)を起こしてしまうに違いない。

 その恐怖から焦りが生まれ、凌牙は声を上げて無茶苦茶に壁を叩いた。だが、音は響かない、声は届かない、光は生まれない。

 

 気が付けば、彼は叫んでいた――闇のゲームの対象となってしまった、心から信頼できる少年の名前を、ただひたすらに。

 

 

 

 

【4】

 

 乱雑に資料室の扉が開く。地べたに座り込み、両手を後ろに縛られた観月小鳥が俯いた面(おもて)を不意に上げた。

 

「あなた……っ!」

「安心しな、フェーゲレヘン(ドイツ語で小鳥の意味)。良い作戦が思い付いたからな、凌牙に免じてお前には何もしないさ」

 

 おどけた様子で両の手の平を見せる犯人を、一度息を飲んだ小鳥が強く見つめる。

 

「この縄を解(ほど)きなさいよ!」

「解いて逃げたところで何の意味もねぇぜ。位相をズラしてあるからな。要はこの空間は切り取られて独立している訳。だから、俺が許可しない限り、あるいは破邪のアイテムを使わない限り、此処からは逃げることも入ることも出来ねぇんだよ」

「違う、そうじゃないわ!」

 

 少女の訴えに千年レンズに完全支配された少年がケヒケヒと笑うだけだったが、予期せぬ否定に「あ?」と怪訝な声を漏らす。

 

「あなた、怪我をしているじゃないの!」

 

 彼女の言う通り、ガラス窓を叩き割った左手の甲からは血が滴り落ちていた。顔を上げた小鳥が息を飲んだのはこれを見たからか、と闇凌牙は得心する。

 

「これがどうかしたのかよ、これぐらい―‐」

「手当てするから縄を解きなさい! それじゃあ、デュエルが出来ないじゃない! よく遊馬は怪我するから、私のポーチには包帯とかが入っているの」

 

 闇凌牙が言い切るよりも早く小鳥が矢継ぎ早に言葉を続ける。自身の逃亡ではなく、敵の治癒を目的とした言動に闇凌牙は眼をパチクリさせた。一瞬、カイトが事前に千年砂を渡したかと疑ったが、彼女から破邪のアイテムの気配は一切感じられなかった。

 

「さぁ早く!」

 

 相手の真の目的を推理している間に再度小鳥が声を上げた。相手は単なる一般人の少女、九十九パーセントも千年レンズの力を解放しているのだ、何を恐れることがあるのだ? 何もせずにほうっておいた左手の甲が痛みが加速していく。舌打ちすると、いつでも魔方陣を放てるようにしながら、闇凌牙は小鳥の縄を解き始めた。

 

 縄を解かれた小鳥は逃げ出すこともなく、ポーチから消毒液と包帯を取り出すと、テキパキと処置を行った。同じように座り込む闇凌牙に小鳥は「痛くない?」「染みるけど我慢して」「包帯、強く巻きすぎたら言ってね」と声を掛け、最初はうざったそうに鼻を鳴らしていた彼だったが、包帯を巻き始める頃には彼女の頭頂部を見るばかりになっていた。

 

「ねぇ、遊馬とは正々堂々デュエルして。遊馬はもうデュエルには嘘を吐かないって約束したから、イカサマデュエルはしないで欲しいの」

「フェーゲレヘン、それが手当ての代償か。チビガキの事情なんて知らん、そんなのは俺の管轄外だ」

 

 空いた片手で魔方陣の用意しながら、手元に視線を落としたままの小鳥に闇凌牙は返答する。手当てに対する交換条件を言い出したように、変なことをしようとしたら一瞬で吹っ飛ばせるようにだ。

 

「聞いてくれるとは思っちゃいないわ。ただ言いたかっただけ。手当てしたのは怪我している人をほうっておけなかっただけよ」

 

 キュッと包帯が結び終える。右手で途中まで描いていた魔方陣が消失する。手当てが済んだ左手と彼女の顔を交互に見ながら、闇凌牙は考えた。

 

(つまり、俺を手当てしたのはデュエル相手の九十九遊馬の為ではなく、本当の身体の持ち主の神代凌牙の為でもなく……)

 

 その瞬間、数千年前の記憶が逆行してきた。擦りむいた左手の甲を手当てしてくれた、氾濫する川の生贄になってしまった異邦人の女の人の輪郭が思い浮かぶ。

 

「そういえば、あなた、名前は?」

「“千年レンズ”だよ。言わせんな、恥ずかしい」

「知っているわ、カイトに聞いたもの。でも、それはあなたの魂を閉じ込めたアイテムの名前でしょ? 私はあなたの本名を知りたいの。人に聞く前に自分からね、私は観月小鳥よ」

「知ってる」

 

 自身を攫った相手との沈黙に耐えきれなかったのだろう。会話することによって薄れてきた恐怖が蘇る前に小鳥が質問する。闇凌牙は顔をしかめながらも律儀に言葉を返した。包帯を巻かれた左手に痛みとは違う熱が宿り始める。遠い過去に感じたことがある熱と同じ燻(くすぶ)りに後押しされるようにして、古代の砂漠の王国の住人は口を開いたのだった。

 

「俺の本名は―‐」

 

 

 

【5】

 

「ところで、アストラル、あいつ――“千年レンズ”が言っていた“サイエンカタパ”とか“初ターンからの『現世と冥界の逆転』コンボ”って、いったい何なんだ?」

 

 深夜十一時過ぎになろうとしていた。

 資料室からの様々な脱出法を試してみては失敗した遊馬が息を整えながら、思い出したかのようにアストラルに話し掛ける。扉の向こう側で立って居るであろう見張り役の存在を感じながら、アストラルは返答した。

 

「禁止のコンボの名称だ。風矢がやられたであろう“サイエンカタパ”は『魔導サイエンティスト』と『カタパルト・タートル』を利用したワンキルコンボだ」

 

 分かりやすいようにアストラルは説明していく。

 

「禁止カードであり、効果モンスター『魔導サイエンティスト(レベル1、闇属性魔法使い族、攻撃力300守備力300)』は1000ライフポイントを払う事で、融合デッキからレベル6以下の融合モンスター一体を特殊召喚することが可能だが、この融合モンスターは相手プレイヤーに直接攻撃する事はできず、ターン終了時に融合デッキに戻ってしまう」

「ん? 攻撃も出来ないし、しかも戻っちまうなんて、何の意味もねぇじゃん」

「だが、リリース素材には使える。効果モンスター『カタパルト・タートル(レベル5、水属性水族、攻撃力1000守備力2000)』は自分のフィールド上に存在するモンスター1体を生け贄に捧げ、そのモンスターの攻撃力の半分をダメージとして相手に与える効果を持つ。そして、両方とも、効果を使うに当たって一ターンに一度きりという制限がない(※『カタパルト・タートル』は2014年3月頃にエラッタされ、一ターンに一度と制約がついた)。ここまで言えば、君でも分かるだろう?」

「『魔導サイエンティスト』で融合モンスターを特殊召喚し、『カタパルト・タートル』で射出する。それを繰り返せば、簡単にワンキルができるということだ。一ターンに二体のモンスターを揃えようと思えば、『魔導サイエンティスト』を通常召喚、魔法カード『愚かな埋葬』でデッキから『カタパルト・タートル』を墓地へ送り、その後に魔法カード『死者蘇生』で復活させれば良い。ライフが足りなければ、通常魔法『治療の神ディアン・ケト』で1000ライフ回復すれば事足りる」

 

 締めくくったのは扉の向こう側にいる、見張り役のⅤだった。

 

「一番悲惨なのは“初ターンからの『現世と冥界の逆転』コンボ”を受けた闇川だろう。禁止カードの通常罠『現世と冥界の逆転』は自分の墓地にカードが15枚以上ある時、1000ライフを払い発動し、お互いに自分の墓地と自分のデッキのカードを全て入れ替える効果だ。先攻で発動すれば、後攻の相手はドローが出来ずに確実に負ける」

「初ターンで十五枚も墓地にある状態に出来るのかよ? しかも、罠だからそのターン中に発動できないし」

「禁止カードを使えば、十五枚ぐらい楽に墓地へ送れるうえ、罠カードをすぐに使用可能になる」

 

 尤もな遊馬の質問に答えたのはⅤだった。

 

「成る程、確かにⅤの言う通りだ。まず、通常魔法の禁止カード『苦渋の選択』を発動する。このカードは、自分のデッキからカードを五枚選択して相手に見せ、相手はその中から一枚を選択、相手が選択したカード一枚を自分の手札に加え、残りのカードを墓地へ捨てる効果を持つ。その選択する五枚のうち三枚に禁止カードの効果モンスター『処刑人(しょけいにん)マキュラ(レベル4、闇属性戦士族、攻撃力1600守備力1200)』を入れておく。『処刑人マキュラ』は墓地へ送られたターン、このカードの持ち主は手札から罠カードを発動する事ができるようになる凶悪なカードだ」

「デッキから五枚選択して、相手がその中から一枚選んで、他を捨てる? あれっ、三枚も『処刑人マキュラ』を入れたらどう頑張っても一枚は必ず捨てられちまう! このターン、“千年レンズ”は罠カードをすぐさま使えるようになるのか!」

 

 アストラルの説明に遊馬がポンと手の平を打つ。『苦渋の選択』自身と効果により、この時点で既に五枚を墓地送りにしている。手札はまだ六枚もある。

 

「次に、禁止カードの通常罠『第六感』を発動。罠カードだが、『処刑人マキュラ』により使用可能だ。効果は、自分プレイヤーは一から六までの数字の内二つを宣言する。相手がサイコロを一回振り、宣言した数字の内どちらか一が出た場合、その枚数自分はカードをドローする。ハズレの場合、出た目の枚数デッキの上からカードを墓地へ送るものだ」

「本当の第六感がなければ、六か五を選ぶのが当然だろう。ここで運が良ければ、カードを六枚も墓地送りにできる」

「もし運が悪くてドローすることになったら?」

 

 アストラルとⅤの順当な説明に、遊馬が質問する。それに対して、アストラルが溜め息を吐いた。

 

「少しぐらい自分で考えたらどうだ? やはり、君はデュエルの勉強を―‐」

「Ⅴ! 教えてくれっ!」

 

 相棒の長くなる説教を恐れて、閉じ込めている張本人に遊馬は助けを求めた。Ⅴは扉に背を預けながら、回答する。

 

「魔法カード『未来破壊(アニメオリジナル、5D’Sのアポリアが使用)』を使えばいい。自分の手札の枚数分自分のデッキの上からカードを墓地に送る効果がある」

「え~っと、最初の手札は五枚で一枚ドローして六枚、『苦渋の選択』を使って一枚ドローするから、手札はやっぱり六枚。四枚プラス『苦渋の選択』が墓地に行くから墓地五枚。更に『第六感』を発動して、六を当てられたとしたら、手札は十二枚。それで『未来破壊』したら、墓地は十七枚!? 『現世と冥界の逆転』の発動条件の墓地十五枚を超えちまった!」

 

 指折り数える遊馬が素っ頓狂な声をあげる。Ⅴは更に後学の為に二枚のカードを呟いた。

 

「他にも墓地肥やしとして、通常罠『針虫の巣窟』や禁止カードの通常魔法『天使の施し』がある」

 

 『針虫の巣窟』は自分のデッキの上からカードを5枚墓地へ送る効果を持つ。更に禁止カード『天使の施し』は自分のデッキからカードを三枚ドローし、その後手札を二枚選択して捨てることが可能だ。

 

「つまり、初ターンで墓地十五枚は不可能ではないということだ」

「“千年レンズ”の奴、やりたい放題だな」

 

 アストラルの辿り着いた結論に、遊馬が拳を強く握り締めた。

 

「先攻ワンキル、ドローすら出来ずに敗北。禁止カードを使われていたとはいえ、デュエリストとして、これ程屈辱的で悔しいことはない」

「だから、風矢も闇川も俺に教えてくれなかったのか」

 

 Ⅴの言葉を受け、遊馬は風矢や闇川と出会ったときのことを思い出した。風矢はデッキ狩りのことを話そうとしたとき酷く屈辱的な表情を浮かべていた。闇川に至っては、寝込むほどにショックを受けていた。だから、どの被害者もデッキ狩りについて語りたくなかったのだろう。

 

「“千年レンズ”め、絶対に許さねぇ!」

「だが、デッキ狩りを倒すには禁止カードを封じるしかない。その封じる方法はカイトが持っている千年砂のみだ。遊馬、君には此処にいてもらうぞ」

 

 少年の決意表明をⅤが容易く回収する。肩を下ろしながら、遊馬がぼんやりと呟いた。

 

「それにしても、なんでシャークは禁止カードを持っていたんだ? 使っちゃ駄目なんだろ」

「使っては駄目だが、持ってはいけないということはない。彼ぐらいのデュエリストなら、デュエルの歴史を学ぶために持っていても可笑しくはない」

「そんなものなのか? でも、禁止カードって一枚一枚が凶悪な訳じゃないんだな。コンボによってワンキルになるぐらいヤバくなるだけでさぁ、よくそんなコンボを思い付くよなぁ」

 

(確かにその通りだ)

 

 ぼやく遊馬を見下ろしながら、アストラルは考察する。

 

(デッキ狩りが使用した禁止カードの殆どがそれ単体ではなく、コンボによって凶悪になったものばかり。『蝶の短剣‐エルマ』はその最たる例だ。禁止カードとそのサポートカードを使いこなし、ワンキルコンボをするなんて、並大抵のデュエリストでは出来ない。余程の高いデュエルタクティクスを持つ人物でなければ―‐)

 

 そういえば、とアストラルは思い当たる。三日前、二日前、今日と段々と犠牲者は増え、受けるダメージも高くなっている。三日前の犠牲者・奥平風矢は落ち込みはしたが、まだ元気だった。しかし、二日前の犠牲者・闇川はショックもあるだろうが、寝込むほどのダメージを追っている。更に今日に至っては、アンナは大ダメージを身体に受けている。千年レンズの力が解放されつつあるからだろうが、一つだけ不可解なことがある。ⅢとⅣのことだ。彼等だけ全身大火傷という、一番酷い結果になっている。それなのに、彼等より後に闘ったであろうドロワ・ゴーシュ・アンナにそんな大怪我は負わせていない。まるでⅢとⅣに個人的な恨みがあるかのようだった。

 

(ⅢとⅣを恨んでいて、高いプレイングセンスを持っている……? まさか、そんなことが―‐)

 

 答えを出すのがこんなにも怖いということを、アストラルは知らなかった。無言になった相棒を遊馬が不思議そうに見上げる。Ⅴが何気なしに溜め息を吐いたときだった。

 

 

 

【6】

 

 遠い廊下から破裂音が鳴り響く。しかも一つや二つなんて可愛いものではなく、八つ九つはゆうに越えている。

 

「何奴だっ!」

 

 Ⅴが声を荒げて、音の出所へ走っていく。遊馬とアストラルは顔を見合わせる。もしかすると、“千年レンズ”の強襲だろうか。

 

「遊馬!」

「鉄男!」

 

 唯一の小窓から月光と共に小声で声が落ちてきた。親友の声に遊馬の気分は一気に弾んだが、次の台詞と音で酷く焦ることとなる。

 

「離れていろ、遊馬!」

 

 聞こえたのは入院しているはずの少女の声、そして、エネルギーを溜める音だった。アストラルに言われるまでもなく悟った遊馬は本棚に身を潜めた。フライングランチャーによって壁が木っ端微塵になる。

 

「アンナ、やりすぎだぜ。でも、お前、病院はどうした?」

「これぐらいどうってことねぇよ! あのひょろひょろ兄ちゃんたちがお前を監禁するって言うのを聞いてて、じっとしている訳ないだろ」

「そういうことだ。アンナから連絡が入ってな、ナンバーズ倶楽部みんなで助けに来たって訳だ」

 

 大きなお腹をデンと叩きながら、鉄男が言う。あの破裂音の騒ぎはⅤを引き寄せるための囮だったらしい。

 

「そうだったのか、アンナ、助かったぜ!」

 

 遊馬はニカッと笑う。その笑顔にアンナは顔を反らし、「ただ俺は暴れたかっただけだ!」と先程とは矛盾する台詞を吐き、「小鳥を助けてやれよ」と言い捨てると更なる騒動を巻き起こすべく、フライングランチャーを持ってⅤの去った方向へ走っていった。

 

「なんだぁ、アイツ?」

 

 心底不思議そうな顔をする遊馬を、アストラルはデコピンしたくてたまらない。

 

「爆竹に、メントスコーラ(コーラにメントスやラムネ菓子を入れると面白いことになる)に、ペットボトル爆弾(ドライアイスと水を入れ、栓をしたもの。膨張して言うまでもなく爆発する)に、ロケット花火……。徳之助とキャシーと委員長の奴、大暴れしているな」

 

 ぼそりと鉄男が今尚続く音のパレードを聞きながら呟いた。其処に更にフライングランチャーを担いだアンナが加わるのだ。Ⅴの行く末は誰も考えないことにした。急ぐあまりにⅤが落とした遊馬のDゲイザーを鉄男が拾い上げる。

 

「鉄男、サンキュー!」

 

 そのDゲイザーを貰おうと手を伸ばす遊馬だったが、鉄男は真っ直ぐに彼を見て告げた。

 

「遊馬、お前は俺の親友だ。小鳥も大事な友達だ。絶対に助けろよな」

「ああ、絶対に助ける!」

 

 情熱の炎が宿った瞳を向けられ、鉄男は遊馬にDゲイザーを手渡す。早速と走り出す遊馬に鉄男が再度呼び掛けた。

 

「姉ちゃんが言っていたが、助けを求めるって行為は相手を信頼してなきゃ出来ねぇんだってよ」

 

 鉄男から意図の読めない台詞に遊馬が首を傾げる。

 

「そんなものなのか?」

「そんなものだ」

 

 遊馬にアストラルが肯定する。

 

「孤高だったり、プライドが高かったり、大人びていたりしたら、簡単に『助けてくれ』なんて呼べねぇ。“アイツ”が助けて欲しいと願うのは恐らくお前に対してだけだ」

 

 “アイツ”……小鳥が孤高を愛し、高飛車で大人びていただろうか? 形容矛盾に遊馬が反応に困っていると、鉄男が何かを弾いてきた。月光にキラキラ乱反射するもの――コインが遊馬の手元に落ちた。表には百獣の王ライオンの顔、裏にはライオンの尻尾が刻まれている。

 

「姉ちゃんの御守りだ。親友を助けに行くって行ったら、外出を許してくれて、それもくれた」

「そんな大事なものを、俺に?」

「馬鹿、貸すだけだ。だから、必ず三人で――“アイツ”も入れて四人で戻ってこい、いいな!」

 

 鉄男に遊馬が諾と頷く。それを見届けると、鉄男もまた破壊のパーティーに参加するべく走り出した。遊馬も美術館へ向けて走り出す。鉄男との約束を果たす為に。

 

「遊馬、今こそ我々が動く時だ!」

「そうだな、アストラル! かっとビングだ、俺!」

「……で、お前は美術館まで走っていく気なのか?」

 

 幾らも走らないうちに水を差され、遊馬は転けそうになる。確かに美術館までは遠い。カイトのデュエルまでに間に合わないかもしれない。

 

「そうだけどさぁ、アストラル、走るしかねぇじゃねぇか」

「私は何も言っていないぞ」

 

 アストラルの発言に遊馬は前しか向けていなかった顔を横に向ける。Dホイールで併走していた人物を見て、遊馬は「お前はっ!」と声を上げた。

 

「ファンサービスだ、乗っていきな」

 

 ヘルメットを投げ渡される。其処には、大火傷で入院しているはずのⅣの姿があった。

 

 

 

【7】

 

「ト・テテ、ケセパソル、リ・セイテ。シュンペーリャ、ケセパリソル、エストーニャ」

 

 歌声が闇夜に落ちた室内に満ちていく。床に散らばったカードの中心に闇凌牙が座り込み、仮想デュエルを交えながら、元々あったデッキを再構築していく。指で床を叩くと魔方陣が、指を宙で鳴らすと眼(ウジャト)が現れ、カードが飛び出した。床から現れた己のカードと、宙から現れた他者のカードを組み合わせ、デッキを積み上げていく。

 

 この部屋にフェーゲレヘン(小鳥)はいない。手当てされた後、縄で縛らず、自由にさせておいた。特殊な結界がはっているため、外には出られないのだから、少女を縛る必要がないことに気付いただけだ。闇凌牙が暫(しばら)く彷徨いて戻ってきたら、少女はいなかった。あるはずもない出口を探しにいったのだろう。資料室の床にどかりと座り込むと、独りきりの空気を愉しむように彼はデッキ編成をすることにした。

 

 頭が空っぽでは出来ないデッキ編成という行為なのに、千年レンズに封印されし魂は気が付けば口ずさんでいた。聴いた通りに歌うが、やっぱりあの女性(ヒト)のようには歌えない。異国の歌なので何を言っているのか分からなかったが、彼女が言うには故郷の歌らしい。習わなかったことが非常に悔やまれる。

 

 異邦人である彼女はこの歌を愛していた。あの日も歌いながら異国の秘術を教えてくれた。3×3マスの魔方陣を描き、数字を埋めていく。魔方陣には縦・横・斜めの一列の合計数が全て一緒になる特性があった。

 

 彼女は言った。

 

 元ある数字の上に行うのが、生贄(アドバンス)召喚。縦・横・斜めの一列の合計数となった“同じ”数字を使い、魔方陣の“外”で行うのが、貴方の国の召喚術。隣り合った全く“別”の数字を使い、魔方陣の“内”で行うのが、私の国の召喚術。

 

 その魔方陣に黒い影が差す。王宮から来た兵士は難しいことを言い、彼女を連れ去ろうとした。止めようとしたが、子供では歯が立たず、蹴り飛ばされてしまった。滲む視界の向こうで彼女は「泣いちゃ駄目。男の子は強くないと」と笑った。兵に囲まれた彼女は二度と帰ってこなかった。

 

「“千年レンズ”、招かれざる客だ」

 

 シャーク・ドレイクの発言に意識が浮上する。集中すると、結界の前に立つ青年の気配を感じ取れた。眼(ウジャト)に使わなかったカードを回収し、出来上がったデッキを腰のケースに収める。デュエルディスクを展開し、臨戦態勢を取る。残り一回分となった千年砂時計が静寂の水のように揺れる。金色(こんじき)の焔が千年レンズに迸(ほとばし)った。

 

 

 

【8】

 

 カイトが美術館に着いたのは日付が変わる二十分前だった。Dホイールに変形したオービタルから降り、美術館前に立つと、視(み)えない厚いカーテンが垂れ下がっているのが感じられた。

 

「カイト様、どうかご無事で」

「この俺が負けると思っているのか、オービタル」

「いえ、そのようなことは決して」

「ならば大人しくお前は待っていろ」

「かしこまり!」

 

 優しさの欠片もない一瞥をオービタルにくれてやると、カイトは黄金の八角形のケースの蓋をずらし、千年砂を空中へ撒いた。千年砂が宙へ舞うと、結界が解除され、切り取られた空間の扉が開いた。カイト様! と叫ぶオービタルに振り向くことなく、青年は敵の巣窟へ飛び込んだ。

 

 

 

つづく




※IWU……今はまだ私が動く時ではない

Ⅴの台詞なのだが、これによりニートネタにされてしまった。
この物語中にこの台詞は使用されていないが、弟二人がやられたっていうのに、この台詞を吐いたらヤバいだろう、とのことで言わせていない。

※現世と冥界の逆転(通常罠)

 自分の墓地にカードが15枚以上ある時、1000ライフを払い発動。
お互いに自分の墓地と自分のデッキのカードを全て入れ替える。
その際、墓地のカードはシャッフルしてデッキゾーンにセットする。

 2006/03/01に禁止入りしたが、2015/01/01に下記の効果にエラッタされ、制限入り。

 「現世と冥界の逆転」はデュエル中に1枚しか発動できない。
(1):お互いの墓地のカードがそれぞれ15枚以上の場合に1000LPを払って発動できる。
お互いのプレイヤーは、それぞれ自分のデッキと墓地のカードを全て入れ替え、その後デッキをシャッフルする。

 禁止カードデュエルを書いた途端に改定されるなんて、あまりのタイムリーさに我ながらびっくり。


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⑧TRD

【1】

 

 遊馬と凌牙がデュエルする約束をしてから三日目の深夜。

 

 深夜の美術館に二人の足音が響く。隣り合うものではなく、向かい合うものであった。その足跡の持ち主の一人は口笛を吹いていた。二人が大広間で対峙する。展示品がデュエリスト二人の動向を探るように息を殺し、珍妙な気配を放っていた。

 

「人の心に淀(よど)む影を照らす眩(まばゆ)き光、人は俺をナンバーズハンターと呼ぶ」

 

 口笛を吹き終えたカイトが口火を切った。

 

「記念すべき百人目の犠牲者・天城カイト、俺の舞台へようこそ。やはり九十九遊馬は来なかったか」

 

 ケヒケヒと笑いながら、闇凌牙が応対する。非常灯が照らす室内に、千年レンズが灯(とも)す金色(こんじき)の焔と、彼の左手に巻かれた包帯の白さが際立って仕方がない。

 

「貴様のような卑怯者の相手をアイツにさせる訳にいかないからな」

「卑怯者、ね。俺は勝利にしか興味がないだけさ。さぁ、さっさとデュエルしようぜ」

 

 千年砂が撒かれる前に入りたいのか、急く闇凌牙にカイトが微かに笑った。

 

「そんなに正規の千年アイテム恐いのか、“千年ジャンク”」

 

 千年ジャンク。

 カイトの揶揄に闇凌牙は全身の毛が逆立つような怒りに襲われた。

 

「あの女性(ヒト)の智慧で作り上げた千年レンズを、お前はそう呼ぶのか!」

「非合法に作られたそれはジャンク以外の何物でもない。だから、数千年前、貴様は正規の千年アイテムの保持者に敗れたのだ」

「この野郎っ!」

 

 ぶるぶると怒りで震える拳を闇凌牙はカイトに振り下ろす。その動きを読んでいたカイトは軽くかわすと、残りの千年砂を全て闇凌牙に放った。この破邪の砂が千年レンズに掛かってしまえば、封じられし魂は凌牙に取り付くことが出来なくなってしまう。

闇凌牙は咄嗟にデュエルディスクで千年レンズを庇った。バチリ、と火花が散る。

アラーム音が甲高く鳴り響き、闇凌牙のデュエルディスクは禁止カードを含めたデッキをそこら中にばらまいた。なかには禁止カードの永続魔法『マスドライバー』や、同じく禁止カードのモンスター『イレカエル』、制限カードの通常魔法『ワン・フォー・ワン』、そして『鬼ガエル』や『粋ガエル』に代表される大量のカエル・ガエルのカードがあった。

 

 『マスドライバー』は自分フィールド上のモンスター一体を生け贄に捧げる度に、相手ライフに400ポイントダメージを与える効果を持つ。

 

 『イレカエル(レベル1、水属性水族、攻撃力100守備力2000)』は自分フィールド上に存在するモンスター一体を生け贄に捧げることで、自分のデッキから「ガエル」と名のついたモンスター一体を選択して自分フィールド上に特殊召喚できる。

 

 『ワン・フォー・ワン』は手札からモンスター一体を墓地へ送って発動でき、手札・デッキからレベル1モンスター一体を特殊召喚する魔法カードだ。

 

 『鬼ガエル(星2、水属性水族、攻撃力1000守備力500)』は手札からこのカード以外の水属性モンスター一体を捨てて、手札から特殊召喚できる。

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキ・フィールド上から水族・水属性・レベル2以下のモンスター1体を選んで墓地へ送る事ができる。

 

 『粋カエル(レベル2、水属性水族、攻撃力100守備力2000)』は自分の墓地の“ガエル”と名のついたモンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを墓地から特殊召喚する。

 

「『イレカエル』を使った永久コンボによる『マスドライバー』のワンショットキルか」

 

 カイトが瞬時に相手のタクティクスを見抜いた。

 

「『ワン・フォー・ワン』を使って『イレカエル』を特殊召喚、『鬼ガエル』を通常召喚し、『粋カエル』を墓地に送る。『イレカエル』の効果を発動し、『鬼ガエル』をリリース。デッキからもう一体の『鬼ガエル』を特殊召喚した後、『鬼ガエル』の効果を使い、ガエルモンスターを墓地に送る。そして再び『イレカエル』の効果で『鬼ガエル』をリリース、三体目の『鬼ガエル』を特殊召喚し、三体目の『鬼ガエル』の効果を発動して、ガエルモンスターを墓地に送る。『イレカエル』の効果で『鬼ガエル』をリリースして、また別のガエルモンスターを特殊召喚。更にその特殊召喚したガエルモンスターを『イレカエル』でリリースし、また別のガエルモンスターを特殊召喚。これを繰り返し、墓地にガエルモンスターが十体以上集まったら止める。墓地の『粋カエル』の効果を発動、『粋カエル』は墓地のガエルモンスターを除外することで墓地から特殊召喚できる。それを『マスドライバー』で射出。墓地にいった『粋カエル』を墓地のガエルモンスターを除外することで再度特殊召喚し、射出。これを繰り返せば、ワンショットキルが可能だ」

「ご明察だ、天城カイト。WDCのベスト4入りを果たすだけはある」

 

 カイトの明瞭とした説明に、千年レンズを庇ったままの姿勢で闇凌牙が吐き捨てる。

 

「貴様が凌牙のデュエルディスクにかけた、禁止カードを読み込む力は消え去った! 禁止カードに頼らなければ勝てぬ千年ジャンクがこの俺に勝てる訳がない!」

 

 カイトが傲慢不遜に発言する。憎悪の焔を千年レンズからこぼしながら、必勝法が見抜かれたというのに闇凌牙はケヒケヒと笑った。

 

「ふざけろよ、天城カイト。俺にはまだ俺のデッキがあるんだぜ」

 

 腰に付けたデッキケースのカードをデュエルディスクに差し込む。エラーによるアラーム音は響かない。禁止カードが入っていない、正しく構築されたデッキだ。元々腰に備え付けていたデッキ――即ち凌牙のものだろうとカイトが早合点する。

 

「それは凌牙のデッキだ。貴様に使いこなせるものか!」

「使いこなせるぜ、“俺のデッキ”だからな。天城カイト! 今受けた千年レンズへの侮辱と、あの時ライフを一ミリも削れずに敗北した屈辱を合わせて晴らさせてもらうぜ」

 

 あの時ライフを一ミリも削れずに敗北した屈辱、というのはカイトと凌牙の初デュエルのことを差すのだろうか。そう考えて、カイトは頭を振った。目の前にいるのは凌牙を乗っ取った千年レンズに封印されし魂だ。断じて凌牙ではない。疑念を払うようにカイトは声を張り上げた。

 

「フォトンチェンジ!」

 

 カイトに眩き光が集結する。闇に溶け込む黒色のコートが、光を放つ白色に変わっていく。マーカーが片目に浮かび上がり、ナンバーズハンター特有のデュエルディスクが装着される。

 

「さぁ、闇のゲームのはじまりだ」

 

 既に用意を整えていた闇凌牙はそう言うだけであった。デモティック(象形文字の一種)が刻まれた文字の柱が林立して降り注ぎ、デュエルフィールドを形成していく。

 

 そして、二人揃って宣言した。

 

「デュエル!」

 

 闇凌牙対カイトのデュエルが始まった。

 

「先攻後攻は―‐」

「この十面ダイスで決める! 赤が十の位、白が一の位を意味する。そして、00(クリティカル)に近い方が先攻権を取る」

 

 闇凌牙の提案をカイトが受け継ぐと、白と赤の十面ダイスを投げ渡した。カイト自身が用意したのはインチキを防ぐためだろう。三勇士の一人だってのに信用されてないね、と闇凌牙は愚痴を吐くと指をパチリと鳴らして、隅にあった四足のテーブルを魔術で引き寄せた。闇凌牙はテーブルの近くのギリギリに立ち、カイトは投げやすいようにテーブルから離れて立った。

 

「ダイスロール!」

 

 強い回転を込められた四つの十面ダイスがテーブルの上で全て独楽のように回る。

 

「“千年レンズ”、貴様の十面ダイスのクリティカルのトリックは分かっている」

 

 十面ダイスが踊る様を見ながら、カイトがネタバレを行う。

 

「十面ダイスは上が偶数(0・2・4・6・8)、下が奇数(1・3・5・7・9)と分かれている。強い回転を加え、偶数が上になるように回す。これで00(クリティカル)への確率がぐっと上がる。これが貴様が仕掛けたクリティカルのトリックだ」

 

 カイトの赤い十面ダイスが倒れ、0を差す。闇凌牙の赤いダイスが8を差した。この時点でカイトの先攻権は決まった……はずだった。

 

「成る程、この独楽回しの練習で来るのが遅れたのか。だが、甘いな、カイト。まるでホットチョコレートのように甘い」

 

 闇凌牙がそう言った瞬間、一番回転が強かった彼の白い十面ダイスが弧を描き、赤い十面ダイスを両方とも弾いてしまった。

 

「なにっ!」

「この十面ダイスにはもう一つ奇策『ダブルヒット』がある。二つの十面ダイスを回す際、一つにはより強い回転を加える。そうすることで片方が良くない目を出した場合、弾いて修正をかけることが出来る。そう上手く弾けるのか、と思うだろうが、解答は“YES”だ。テーブルに肘か足で衝撃を与えれば、ダイスの軌道なんて簡単に変えられるさ」

 

 驚愕するカイトに、闇凌牙が笑みすら浮かべずにすらすらと述べた。この時、カイトは何故闇凌牙がテーブルに隣接するように立ったのかを理解した。

 

「お前は俺のトリックに気付いた。だが、それを阻止しようとはせず、イカサマを承知で同じ土俵に上がった。それに対し、俺は更なるトリックを使った。イカサマにはイカサマを、今のお前に俺を非難できまい。同じ土俵に上がれば勝てるなんて思い上がりも甚だしい」

 

 十面ダイスが四つとも止まった。カイトの目は62、対して闇凌牙の目は00(スーパークリティカル)だった。今は忌々しげに、カイトはその数字を見下ろす。闇凌牙は「おや、ラッキー」と飄々と告げると、指を鳴らしてテーブルをどかした。

 

(先攻を取られたといって、相手は禁止カードを持っていないから、ワンショットキルをされることはない)

 

 最初の五枚をドローしながらカイトは自身を落ち着かせる。

 

「ンな悔しそうな面するなよ。あ、そうだ! ハンデとして先攻はドローしないでおこうか?」

「戯れ言を言う暇がありなら、とっとと始めろ」

「はいはい」

 

 怒気混じりのカイトに闇凌牙は肩を竦めると、自身のデッキの上に手を置いた。

 

「先攻、俺のターン、ドロー!」

 

 初ターン目。

 ドローしたカードを見た闇凌牙は芝居がかった口調で言った。

 

「オイオイこれじゃ……Meの勝ちじゃないか!」

 

 ドローしたカードを掲げ、闇凌牙がレベル2の水属性海竜族の見慣れぬモンスターを通常召喚した。水属性という凌牙らしいモンスターカードにカイトは困惑する。

更に闇凌牙はそのモンスターの効果を発動させ、デッキからレベル3の水属性海竜族のモンスターを特殊召喚した。

 

「ジャンクと馬鹿にした、千年レンズを造り上げた異端の秘術を見るが良い!」

 

 二体のモンスターが光の輪に包まれ、闇凌牙のフィールドに新たなモンスターが召喚される。

 

「なんだ、この召喚方法は!」

 

 見知らぬ召喚方法にカイトは驚きを隠せない。そんなカイトに闇凌牙は丁重にそのモンスターの効果を説明した。

 

(光属性メタモンスターか!)

 

 カイトの顔付きが険しくなる。絶対なる自信故の説明を終えると、闇凌牙はカードを三枚伏せてターンエンドした。

 

 二ターン目。

 互いにライフ4000のまま、カイトのドローフェイズに入る。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は―‐」

「まずは一枚目、罠カード『バトルマニア』! 相手ターンのスタンバイフェイズ時に発動、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターは全て攻撃表示になり、このターン表示形式を変更する事はできない。また、このターン攻撃可能な相手モンスターは攻撃しなければならない!」

「チッ!」

 

 スタンバイフェイズでの発動に興が削がれ、カイトは音を立てて舌打ちした。

強制戦闘を行うことであのモンスターの効果を用いて、カイトのモンスターを掃討する気らしい。しかし、そんな手に乗るナンバーズハンターではない。

 

「スタンバイフェイズからメインフェイズ1へ移行! 俺は『フォトン・スラッシャー』を特殊召喚。自分フィールドにモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる。更に『フォトン・クラッシャー』を通常召喚!」

 

 カイトのフィールドに『フォトン・スラッシャー(レベル4、光属性戦士族、攻撃力2100守備力0)』と『フォトン・クラッシャー(レベル4、光属性戦士族、攻撃力2000守備力0)』、二体の攻撃力2000のモンスターが並んだ。

あのモンスターか、と闇凌牙は身構える。

 

「俺は光属性のレベル4二体のモンスターでオーバーレイ! 現れろ、『輝光子(きこうし)パラディオス』!」

 

 意外にも召喚されたのはエクシーズモンスター『輝光子パラディオス(ランク4、光属性戦士族、攻撃力2000守備力1000)』だった。予期せぬモンスターに呆けたような顔付きになった闇凌牙に、カイトは効果を突き付ける。

 

「『輝光子パラディオス』の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を二つ取り除き、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター一体を選択して発動、選択したモンスターの攻撃力を0にし、その効果を無効にする(OCG効果)。これでお前のモンスターの効果は消える!」

「させっかよ! 俺は『輝光子パラディオス』の効果にチェーンして速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動するぜ! フィールド上に表側表示で存在するモンスター一体を選択して発動。エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップし、効果は無効化される。選択先は『輝光子パラディオス』だ!」

 

 闇凌牙の二枚目の伏せカードがオープンする。『輝光子パラディオス』の効果はかき消され、代わりに攻撃力が2400にアップした。カイトは動じずに手札から三枚目のカードを手に取った。

 

「俺は装備魔法『アサルト・アーマー』を発動。自分フィールド上に存在するモンスターが戦士族モンスター一体のみの場合、そのモンスターに装備する事ができる。装備モンスターの攻撃力は300ポイントアップ。更に装備されているこのカードを墓地へ送る事で、このターン装備モンスターは一度のバトルフェイズ中に二回攻撃する事ができる。俺は『アサルト・アーマー』を『輝光子パラディオス』に装備し、『アサルト・アーマー』を墓地へ送る! このターン、『輝光子パラディオス』は2400の攻撃力で二回攻撃を行える」

 

「だが、俺のモンスターに攻撃した途端、ドカン! だぜ?」

「それはどうかな」

 

 闇凌牙の茶々をスルーして、カイトは四枚目のカードを手に取った。カイトの残り手札は二枚だ。

 

「俺は魔法カード『フォトン・サンクチュアリ』を発動! このカードを発動するターン、自分は光属性以外のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚できない。自分フィールド上に『フォトントークン(雷族・光・星4・攻2000/守0)』二体を守備表示で特殊召喚する! そして、攻撃力2000のモンスター二体をリリース!」

 

 カイトが五枚目のカードを天に掲げた。

 

「闇に輝く銀河よ、希望の光になりて我が僕(しもべ)に宿れ! 光の化身、ここに降臨! 現れろ、『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』!」

 

 フォトンの力で具現化した十字のブーメランを、カイトは空高く放り投げる。投げた先から一筋の光が差し込み、遙々とした銀河をその瞳に宿した『銀河眼の光子竜(レベル8、光属性ドラゴン族、攻撃力3000守備力2500)』が召喚された。デュエルフィールドを揺るがす彼のエースモンスターの雄叫びに闇凌牙は眉をひそめた。

 

「『銀河眼の光子竜』の効果は相手モンスターと戦闘を行うバトルステップ時、その相手モンスター一体とこのカードをゲームから除外する事ができる、だったな」

「どんな効果を持とうと『銀河眼の光子竜』の前では無意味! “千年レンズ”、貴様が無効化するカードを伏せていることなど、お見通しだ!」

 

 『輝光子パラディオス』は無効化するカードを使わせるためのフェイクだった。闇凌牙のモンスターを無効化するモンスターをカイトが召喚することを予測していた彼は、そのモンスターを無効化するカードを用意していた。しかし、無効化に対する無効化を読んでいたカイトは無効化とは違う方法――『銀河眼の光子竜』で闇凌牙のモンスターを除外することで衝突を回避したのだ。

 

「無効化する以外にも防ぐ方法はあるということを思い知れ! “千年レンズ”! 懺悔の用意はできているか!」

 

 カイトが最後通牒する。このままいけば、『銀河眼の光子竜』の効果によって闇凌牙のモンスターは除外され、フィールドは空っぽになり、攻撃力2400の『輝光子パラディオス』の二回攻撃によって彼のライフはゼロになるだろう。見事なコンボだった。

 

「あの時、『輝光子パラディオス』に『禁じられた聖杯』ではなく、攻撃不可と効果無効化にする永続罠『デモンズ・チェーン』でも使っていれば、ワンキルされずに済んだものを。貴様のプレイングミスだな」

「この俺がプレイングミスだと? とんだロマンチストだな!」

 

 堂々としたカイトの指摘に、千年レンズに目(ウジャト)を浮かび上がらせた闇凌牙はケヒケヒと大笑いした。

 

「三枚目の伏せカードをオープン! 永続罠『王宮の鉄壁』!」

 

 初ターン目に伏せられた最後のカードがひっくり返った途端、カイトの顔が強張った。瞬く間に巨人ですら乗り越えられない程の高さの鉄壁が二人のデュエリストと三体のモンスターを包囲する。

 

「『無効化する以外にも防ぐ方法はあるということを思い知れ!』だっけなぁ、その台詞、熨斗(のし)付けて返すぜ! 『王宮の鉄壁』がフィールドにある限り、 お互いにカードをゲームから除外できなくなる!」

 

 これにより、『銀河眼の光子竜』の除外効果は使えなくなった。真っ向勝負するしかなくなったのだ。

 

「俺はバトルフェイズをスキップして、メインフェイズ2へ―‐」

「プレイングミスはお前の方だ、カイト! 現実逃避する余り、スタンバイフェイズで発動した『バトルマニア』の効果を忘れたか!」

 

 ナンバーズハンターの勝利の方程式が瓦解していく。唖然とするカイトの前で、『バトルマニア』の効果により『銀河眼の光子竜』と『輝光子パラディオス』が強制戦闘に入ろうとしていた。

 

「滅しろ、苛立たしき竜め!」

「やめろーっ!」

 

 カイトが叫ぶが、止まれるはずがなかった。バトルフェイズに入り、『銀河眼の光子竜』が自身より低い攻撃力の相手モンスターにバトルを挑むべく、“破滅のフォトン・ストリーム”を放つが、モンスター効果により為す術(すべ)もなく消滅していく。続いて『輝光子パラディオス』が“フォトン・ディバイディング”を振るうも、相手モンスターには届かず、逆に破壊されてしまった。

 

「粉砕! 玉砕! 大喝采!」

 

 デュエルフィールドを闇凌牙の高笑いが隙間なく埋めていく。

 

「……『輝光子パラディオス』の更なる効果を発動。フィールド上のこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、デッキからカードを1枚ドローする。『禁じられた聖杯』の効果はフィールド上のみだ、墓地での発動には適用されない」

 

 カイトがのろのろとした動作でカード一枚ドローする。手札が二枚になったとはいえ、フィールドが空っぽになったカイトは膝から崩れ落ちるのを堪えるので精一杯だった。

 

「ンな落ち込むなよ、カイト。ライフ4000はあるんだから、どうにかなるっしょ? まぁ、お前のフィールドが空のまま、俺のターンに入って1800以上の攻撃力を持つモンスターを召喚したら、どうしようもないけどな」

 

 二枚の手札を見せびらかすように、闇凌牙が邪悪に笑う。もしかすると、既に攻撃力1800以上のモンスターカードが控えているのかもしれない。

 

「WDCにおいて同じベスト4入りなのに、俺も舐められたものだな。禁止カードさえ封じれば楽に勝てると思ったのかよ。自身の問題が全て解決したからって、腑抜け過ぎじゃねぇの? こっちはまだ何(なぁん)も解決していないってのに、いい気なもんだぜ。……安心しろ、楽には負けさせないから。デッキにはまだまだ素敵なカードが入っているんだ。是々非々にでも御披露目させておくれよ」

「まさか、お前のデッキは対光属性デッキではなく……」

「やっと気付いたか。そうさ、お前専用のメタデッキだ。枝葉末節に至るまでお前のデッキに対応するカードが投入されている。わざわざお前の為に構築するの、大変だったんだぜ? ファンサービスだ、喜べよ、カイト」

 

 それまでケヒケヒと笑っていた闇凌牙だったが、トーンを落とすと、汚泥のように濁りきった呪いをべったりと擦(なす)り付けるようにカイトに囁いた。

 

「『懺悔の用意はできているか!』だっけなぁ。でもよぉ、カイト、懺悔したいのはお前の方なんじゃねぇの?」

「なん……だと……?」

「だってよぉ、お前の親御さんが暴走しなければ、チビガキこと遊馬の父ちゃんが行方不明になることも、チビッコパパが狂気に走ることも、俺達兄妹がそのとばっちりを受けることもなかったのにな。しかも、お前はナンバーズハンターになって人の魂を刈り取り、俺も魂を取られる体たらく」

 

 その呪詛を聞いた瞬間、カイトの呼吸が遠退(とおの)いた。『銀河眼の光子竜』を召喚するために投げたブーメランがそのまま落下してきて、自身の胸を貫いたかのようだった。

 

「ナンバーズハンター、良いことを教えてやんよ。『許す』ってのは相手が『許してほしい』と懇願して初めて成立する行為で、『許し』ってのは強者のみが使うことが出来る最大の我が儘なんだぜ? なんたって、自分(強者)の一存で懺悔する相手(弱者)の運命が決まるからな」

 

 彼の千年レンズが地獄の火炎のように揺らめいて輝く。王侯貴族・神官のように気取る相手の胸に刺さる見えないブーメランを、闇凌牙は足で更に強く押すように口を開いた。

 

「だから、『許してほしい』と懺悔もしていない奴に『許さない』と言うのは可笑しな話になるって訳だが、その逆はどうかな? 加えて、強者は弱者に我が儘を言える権利があるんだ」

 

 どす黒い感情で塗り潰された台詞を、闇凌牙は放った。

 

「だから、お前がどんなに懺悔しようとも、俺(強者)はお前(弱者)を『許す』気はない」

 

 カイトの胸に突き刺さったブーメランがとうとう貫通する。今、彼の目の前にいるのは“千年レンズ”ではなかった。心の部屋の隅に潜む闇が怨みを持って具現化した存在だった。千年レンズの暴走を止めることが償(つぐな)いになれば、とカイトはずっと感じていたが、それは懺悔したいという何よりの証拠だった。

 

 そして、かつて魂を奪ってしまった神代凌牙もまた、カイトの罪が濃縮された闇の一部――彼を恨む人物の一人だと気付かされる。

 

 今思えば、初めてのデュエルだというのに、どうして、闇凌牙はカイトが光属性のデッキの持ち主だと知っていたのだろう。何故、『銀河眼の光子竜』の効果を知っていたのだろうか。知っていなければ、『王宮の鉄壁』というピンポイントメタカードを入れる訳がない。

 

 加えて、『マスドライバー』と『イレカエル』のワンキルコンボ。口で言うのは簡単だが、あのコンボを確立させるには高いプレイングセンスが必要となる。

 

(俺を恨んでいて、俺のデッキを知悉[ちしつ:知り尽くすこと]しているうえに、高いプレイングセンス……? そんな、まさか……)

 

 敗北と疑念の二文字が色濃く浮かび上がる。ケヒケヒと再び笑い出した許さない者を前にして、許されざる者は身動きを取ることが出来なかった。

 

 

 

【2】

 

 テールランプが夜闇に尾を引っ張る。遊馬を乗せた、ⅣのDホイールがネオン街から離れた道程を走っていく。アストラルはDホイールの空気を切る感覚を味わいたいからか、遊馬とは背中合わせになるように座る真似をしていた

 

 姉・明里の強烈なドライビングテクニックのDホイールに乗せられたことのある遊馬だったが、家族以外の他人との相乗りは初めてのため、緊張しっぱなしだった。それ故にⅣの腰を掴む手に力が籠もる。

 

「Ⅳ、サンキュ! これでカイトに追い付くことが出来るぜ!」

「別に感謝する程のことじゃねぇだろ」

「いや、ホントに助かったって!」

 

 ヘルメットに装着されたイヤホンとマイクにより、遊馬の嬉しそうな声が耳にすぐさま到着する。もしDホイールに乗っていたのではなく、面と向かいあっていたならば、きっと遊馬は全身を使って大袈裟に感謝したに違いない。

 

「Ⅳ、君は大丈夫なのか? Ⅲ共々“千年レンズ”の罰ゲームを受けたはずだが」

「Ⅲは病院だ。命に別状はねぇし、俺は二度目だから慣れてんだよ。それに……俺に出来るのはこれぐらいしかねぇからな」

「Ⅳ?」

 

 遊馬の呼びかけに返答はなかった。遊馬と背中合わせのアストラルも何も言わず、Dホイールの駆動音だけが響く。

 

「遊馬、独り言だと思って聞き流してくれ」

 

 二回カーブを曲がった頃だった。自嘲気味にⅣがぽつりぽつりと話し始める。

 

「俺はアイツの妹を傷付け、アイツ自身の心も傷付けた。だから、アイツを助けることが俺の贖(あがな)いだと思っていたが、どうやら俺にはそんな力はないようだ。せいぜい、アイツを助けられるテメェを運搬するしか出来ねぇ」

 

 闇凌牙とのデュエルをするまで、彼を助けるのが自身の償いだとⅣは強く信じていた。許されなくてもいい、許されないだけのことを自身はしたのだ。凌牙に罵られようとも贖ってみせる、とⅣは固く覚悟をしていた――あの台詞を聴くまでは。

 

『可哀想な璃緒。お前はもっと熱かったろうに』

 

 覚悟が粉々に打ち砕かれる。凌牙の悲しみを前にしてみれば、Ⅳの覚悟なんて、幼児のおままごとのようなものだったのだ。突きつけられた罪の重さに怯え、Ⅳは贖いではなく、罰を望んだ。地獄の業火に灼かれるべきだと自身に下した。しかも、最愛の弟を巻き込むという最悪な審判だ。だが、それは罰を受ければ許されるという甘えだった。

Ⅳは覚悟を放り出し、罪悪感から逃げたのだ。

 

「俺さぁ、跳び箱二十段によく挑戦するんだよ」

「はぁ?」

 

 そんなことをⅣが悶々と考えていると、遊馬から脈絡なく話し掛けられた。先の見えない会話に怪訝がるⅣをそのままに、遊馬は話を続けた。

 

「かっとビングでチャレンジするんだ! まぁ、失敗することもあるけどな」

「稀(まれ)に、極(ごく)稀に成功することはあったな」

「アストラル、なんで稀を強調するんだよ! ……でもさぁ、Ⅳ、俺が最終目標の跳び箱二十段にチャレンジするのは、跳び箱一段が跳べるからなんだ」

「そりゃあ当たり前だろ、跳び箱一段も跳べないのに二十段が跳べる訳がねぇ」

「うん、そうなんだ。いきなり二十段は跳べないんだ」

 

 遊馬がⅣに更に強くしがみつく。それはDホイールに同乗していることからくるものではなかった。

 

「Ⅳが来なかったら、俺、美術館に行けなかった。Ⅳが来てくれたから行けるんだ。“Ⅳが助けたいシャークを助ける俺”をⅣが助ける。今はそれでいいんじゃねぇの? これが跳び箱の一段目だぜ、きっと」

 

 涙がこぼれるかと思った。自身の覚悟は児戯じゃない、真実だとⅣは知った。瞼がラインに沿(そ)って熱くなる。運転しているのに馬鹿なことを言うなよ、と胸中で呟く。

 

「おい、トンマ」

「トンマって言うな!」

「舌ァ、噛むなよ」

 

 フルスロットルを超えた先までギアを上げる。遊馬が悲鳴を上げる間もなく、地面に付く程に車体を傾けながら右へ切ると、路地裏に飛び込んだ。Dホイールで通れるのが奇跡なぐらい狭い路地だ。魔改造(チェーンアップ)されたDホイールが唸りを上げて風を切り、美術館への近道となる路地裏に潜むがらくた共を巻き上げていく。

 

(お礼を言うのは俺の方だ、遊馬)

 

 滲もうとする視界を必死に堪えながら、Ⅳは更に更にスピードを上げる。そんなⅣの態度を見ながら、アストラルは誰とも知れずに呟いた。

 

「観察結果“タウゼント(ドイツ語で千)”、彼はやっぱり素直ではない」

 

 

 

【3】

 

 Dホイールで美術館の柵を優に飛び越える。耳障りな音を響かせながら、Dホイールは急停止した。暗闇に落ちた美術館はいつもより不気味さが増し、異様な空気を背負いこんでいる。扉の前には神代凌牙のDホイールがあった。

 

「特殊な結界を張ってやがる。位相がずれてんな」

「位相?」

 

 紋章の力で察知したであろうⅣが遊馬に説明する。

 

「分かりやすくいうなら、本来一枚の絵をカートゥーンアニメのように何枚かのセル画にしてるってことだ。アニメってのは何枚ものセル画を使って一場面を作ってるからな。一つの空間をセル画のように幾つかの空間に分け、その一枚に奴が潜んでいるのさ。端から見ると普段通りだが、位相がズレているから、相手が許可しない限り、その一枚――結界に他者は侵入も脱出も出来ねぇけどな」

「わかりやすいような、分かりにくいような」

「遊馬、君って奴は……」

 

 中学一年生である相棒のぼやきにアストラルが肩を落としていると、キーキーという機械音が聞こえてきた。

 

「九十九遊馬にⅣ!」

 

 彼等二人を発見したオービタルがずかずかと近付きながら、声を上げた。

 

「確かお前は軟禁されていたはず! ええい、こうなれば、オイラが止めて―‐」

「黙れ、凡骨(ボンコツ)」

 

 すこーん、とⅣが投げたカードがオービタルの頭部に突き刺さり、ばたーん、とオービタルは仰向けに倒れてしまった。

 

「Ⅳ、やりすぎじゃねぇ?」

 

 心配した遊馬がDホイールから飛び降り、オービタルに近付いた。刺さりどころが悪かったのか、ロボットの癖してウンウンと唸っている。そのカードを引き抜こうとすると、彼のDホイールの隣に立ったⅣに名を呼ばれた。

 

「今みたいに、これから! ってな時に邪魔されると無性に腹が立つんだ。気持ち良くデュエル出来ねぇと、まさしく“イラッとするぜ”って言いたくなる」

 

 だから、とⅣは続ける。

 

「遊馬、そのカードを貸してやる。テメェのデッキにそんなカードはないだろうからな。いいか、貸すだけだからな。必ず返せよ。そして……凌牙を助けてやってほしい」

 

 横暴な口振りが途中から懇願に変わる。自身とはまた異なる紅の瞳をしかと向けられ、遊馬は「当たり前だ、必ず助けてやる」と誓う。カードをオービタルから抜き取る際、「あ痛っ」と実に人間らしい言葉を漏らした。遊馬が美術館の入り口へ近付くと、空間――セル画がペーパーナイフのように切り取られ、隔絶された位相へ招待される。

 

「いくぜ、アストラル!」

「必ず“千年レンズ”を止めるぞ、遊馬!」

「おう! かっとビングだ、俺!」

 

 皇の鍵がキラリと輝く。

 

 二人が飛び込むと、何もなかったかのようにセル画は戻り、一枚の絵になった。

 

「あー、いってぇー」

 

 救世主が消えたのを確認すると、ⅣはDホイールに凭れながら声を漏らした。大火傷を負ったというのに病院から抜け出したのだ。痛まない訳がない。

 

「とんだカッコ付け野郎であります」

「うっせーよ、スクラップにするぞ。あいてて……」

 

 礼服の下に隠された包帯をさすりながら、Ⅳはオービタルに暴言を放つ。

 

「頼んだぜ、勇者」

 

 Ⅳがそう呟いた瞬間、カチリと秒針が動き、美術館前の広場の時計が十二時を差す。遊馬と凌牙がデュエルする約束の日付になった瞬間だった。

 

 

 

つづく




※TRD……とんだロマンチストだな!

凌牙vsカイト戦での、カイトの台詞。
カイトのプレイングミス(?)を指摘した凌牙へ放ったもの。


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⑨AOJ

遊馬vs闇凌牙のデュエル、前編。
デュエル構成は千葉仁史自身、補正は弟。
オリジナルカード、要はオリカが一枚だけあり。

カード効果はアニメよりなので、『潜航母艦エアロ・シャーク』が強いまま。
ルールは先攻ドローあり、ナンバーズはナンバーズでしか戦闘破壊できない。
この作品はセカンドに入る前、WDCが終わった後の設定なので、遊馬が少し驕っている。


【1】

 

 遊馬とアストラルが千年レンズの結界に飛び込んだと同時に、美術館内に深夜十二時の鐘が鳴り響く。彼と凌牙がデュエルの約束をしてから四日目――約束の当日となった瞬間だった。

 

「小鳥ーっ! 何処にいるんだーっ!?」

 

 位相が切り取られた館内はじんわりと闇に浸食され、お情け程度にぼんやりと非常灯が照らしている。お化け屋敷を連想させる空気を感じながらも、その悪寒を払拭するように遊馬は大声で幼なじみの名を呼び続けた。

 

「遊馬!」

 

 正面の廊下から小鳥が走ってきた。余程、怖かったのだろう。勢いのまま、抱きついてきた小鳥に遊馬は目を白黒させる。小鳥自身、彼女の大胆な行動に吃驚したが、互いにそれどころじゃないと慌てて離れた。

 

「えっと、その……小鳥、無事か?」

「彼は――“千年レンズ”の姿が見当たらないのだが」

「私は無事よ。あの人は……分からない。どうせ出られないだろうって私の縄を解いた後、何処かに行っちゃって」

 

 遊馬とアストラルの質問に小鳥が分かる範囲で答える。遊馬を呼び出した張本人――この事件の犯人の不在に彼が何かしらリアクションを起こそうとした途端、アストラルがぐるりと方向転換した。

 

「後ろで大きな爆発音がした、デュエルをしているようだ」

「カイトか!」

 

 こくりとアストラルは頷くと、その場所へ遊馬と小鳥を誘導する。嫌な予感が遊馬の胸の中を風船のように膨らんでいく。

 

(どうか無事でいてくれ!)

 

 皇の鍵を握り締めながら、遊馬は祈った。角を数回曲がり、長い廊下を抜けると、大広間に出る。悲鳴が聞こえた。ヴィジョンで出来た壁をぶち破り、敗者――カイトがぶっ飛ばされてきた。カイト! と名を呼び近付く遊馬の耳に、元凶の人物の声が届いた。

 

「勝負は足の長さで決まったな」

 

 穴の空いた壁の向こうで、勝者――凌牙に取り憑いた“千年レンズ”に封印されし魂がケヒケヒと嘲笑っていた。その横では印籠の如く『閃光を吸い込むマジックミラー』が輝き、守護神のように見たことのない機械仕掛けのモンスターが佇んでいる。あれは……? とアストラルが凝視する間にデュエル終了音が鳴り響き、ヴィジョンが解除されていった。

 

「俺のライフが4000で、お前が0。あの時とはまるで逆だなぁ、カイト。さぁて、それでは記念すべき百個目の魂のデッキの回収タ~イムの始まりだ!」

 

 闇凌牙が包帯の巻かれた左手を翳すと、カイトのデッキが光の玉となり、持ち主の手元から離れていく。

 

「父さん! ハルトーっ!」

 

 カイトのデッキを構成する思い出の名を彼が叫んだ。遊馬が掴もうとするが、無慈悲にもデッキはすり抜け、闇凌牙の手に渡る。彼がニッと笑ったと同時に、背後に眼(ウジャト)が傷口を開くように現れ、デッキを吸い込み、千年砂時計の砂が全て落ちきった。

 

「千年レンズの封印が解かれる……っ!」

 

 アストラルがそう呟いた瞬間、闇凌牙を中心にして黒き旋風が巻き上がった。その風の煽りを受けたかのように、ちりちりと鬱陶しげに千年レンズのチャームとして揺れていた千年砂時計が粉々に砕け散っていった。

 

「キィーヒャッハッハッー! 力が漲(み~な~ぎ~)る~っ!」

 

 凶喜の声を上げる闇凌牙の身体が闇のオーラに覆われる。千年レンズが輪郭を改めるように強く輝きはじめ、今まで現れたり消えたりを繰り返していた黄金の眼(ウジャト)がレンズに刻み込むようにくっきりと浮かび上がった。

 更に闇凌牙の背後にあった眼(ウジャト)が大きく見開き、真っ黒い眼球――闇の塊を吐き出した。暗黒物質(ダークマター)はわしゃわしゃと嘲笑うような動作をしたかと思うと、辺りを縦横無尽に飛び回り、身を削りながらそこら中に闇の破片をバラまいていく。遊馬たちの悲鳴を無視して、まるでスプレーを撒くが如く空間を暗闇に染め上げていった。

 

 眼球が抜けた裂け目はまさしく傷口を連想させ、血が滴(したた)り落ちるようにカードを数枚吐き出すと、対カイト用に構成したデッキに入り込み、代わりにいらなくなったカードが傷口に戻っていく。一滴だけ本当に黒き闇の血痕を落とした。その血滴を闇凌牙が片手で受け止めると否や、千年レンズの金色の焔を受けて一枚のカードになった。ケヒヒと笑い、闇凌牙はそのカードをデッキに投入した。そして、吠えるように宣言した。

 

「ざまぁ見やがれ、千年アイテムの王侯貴族・神官共! とうとう俺は復活してやったぞ!」

 

 身を削りきった眼球は消え去り、辺りは闇に包まれていた。本来はあるはずの展示品も隠され、闇凌牙・遊馬・アストラル・小鳥・カイトだけが浮かぶように存在していた。

 

「千年アイテムが封印された今、俺を止めるものはいねぇ! ……だが、一個だけ残っていたみたいだな。九十九遊馬! お前の千年アイテムをぶっ壊せば、俺の千年レンズのみが真の千年アイテムとなる!」

 

 闇凌牙に闇が纏わりつき、それは蛇のようにも、何故か緋色のマントのようにも見えた。

 

「千年アイテム? あの人は何を言って……?」

「数千年前、奴は千年アイテムを持った王侯貴族・神官との決闘(ディアハ)に敗北し、肉体は消滅され、魂は千年レンズによって封印された。皇の鍵は千年アイテムとよく似ているからな。勘違いの上、逆恨みもいいところだ」

 

 小鳥の呟きに、満身創痍のカイトが答える。

 

「何を言っているのか分からねぇが、みんなのデッキ、返してもらうぜ! “千年レンズ”、俺とデュエルだ!」

「完全復活した千年レンズに挑むとは、とんだハリキリボーイだぜ! ああ、いいぜ。お前を倒し、ナンバーズを手に入れ、六人の部下を引き連れて“すべてのはじまりのカード”を掴んだ暁(あかつき)に、俺は“絶対的な暴力”そのものとなる! ……だからよ、始めようぜ。本物の“闇のデュエル”を!」

 

 遊馬の勢いある宣戦に、千年レンズの百パーセントの力を取り戻した闇凌牙がケヒヒと笑った。

 

「デュエルディスク、セット!」

 

 宙へ放り投げたDパッドを変形させ、遊馬は左腕に装着する。

 

「Dゲイザー、セット!」

 

『ダークネス・デュエル、リンク』

 

 遊馬がDゲイザーを装備したときに流れた音声は間違いなくはっきりとそう言った。

古代の砂漠の国の文字――デモティックが柱の雨のように降り注ぎ、デュエルフィールドを造り上げていく。

 

「デュエル!」

 

 遊馬と闇凌牙が揃って宣言した。

 

「先攻後攻はこの十面ダイスで決めるぜ! 赤が十の位、白が一の位を意味し、00(クリティカル)に近い方が先攻権を得る!」

 

 闇凌牙は遊馬に白と赤の十面ダイスを投げ渡すと、指を鳴らし、暗黒色の四つ脚のテーブルを出現させた。

 

「いくぜ、ダイスロ―‐」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 遊馬からストップが入り、闇凌牙は鬱陶しげに「何なんだよ!」と怒鳴った。

 

「この十面ダイスって、回すように投げなきゃ駄目なのか?」

「そんなルールねぇよ。目が出りゃ、投げ方なんてどうでも構わねぇ」

「投げ方なんて構わないなら、手の平から滑り落とすようにしようぜ、お互いにさ」

 

 遊馬からの提案に闇凌牙は言葉を詰まらせた。

 

「何か都合が悪いのか? 君は先程、『目が出りゃ、投げ方なんてどうでも構わねぇ』と言っていたが」

「……チッ、分かったぜ。互いにダイスは手の平から滑り落とすことにする」

 

 アストラルからの追い討ちに闇凌牙が忌々しげに承諾する。テーブルに近付いて立つ二人を見ながら、カイトは安堵した。

 

「これで奴はクリティカルを出せまい」

「どういうこと?」

「“千年レンズ”はイカサマを使ってクリティカルを連発していた。だが、滑り落とすようにすれば、イカサマは出来ない。遊馬め、考えたな」

「単にあのカッコ良く回す動作が出来ないだけじゃないかしら」

 

 相手と同じ土俵に立つのではなく、自身の立つ土俵まで相手を引きずり落とした遊馬にカイトは素直に感心する。対して、昔から遊馬を知っている小鳥は呆れるようにして幼なじみを見詰めただけだった。

 

「ダイスロール!」

 

 闇凌牙と遊馬が十面ダイスを手の平から滑り落とした。カッカッと小気味の良い音を立てながら、四つのダイスが転がっていく。最初に止まったのは、遊馬の白い十面ダイスで9だった。次に闇凌牙のダイスが二つとも止まり、73を指した。

 

「言い忘れたが、99(ファンブル)を出したら、強制的にデュエルの敗北が決定する」

「は!?」

 

 とんでもない後出しルールに遊馬が驚愕する。赤いダイスがカラカラと転がり、一瞬9で止まり掛けたが、そのまま転がり、最終的に3を指した。

 

「39と73、か」

「よっしゃあ、先攻は貰ったぜ!」

 

 カイトが出た目を呟く。遊馬の言葉に、闇凌牙が舌打ちながら魔術でテーブルを消失させた。

 

「だが、知っての通り、これは闇のゲームだ。敗者には罰ゲームが待っている」

「罰ゲーム?」

 

 相手の急な冷静な切り出しに、遊馬が首を傾げる。

 

「ああ、そうだ。敗者は魂を一つ捧げるんだよ――あの冥府の扉へと」

 

 千年レンズに浮かび上がったままの金色の眼(ウジャト)が紅色に染まる。途端、重々しい扉が対峙する二人の間に現れ、開いてもいないのにその隙間から毒のように闇が溢れ出した。衰えを知らない闇の氾濫にギョッとした少年少女たちだったが、次第に遊馬と小鳥が苦しみ始めた。

 

「どうした! 遊馬、小鳥!」

「“千年レンズ”! 貴様、何をした!」

「知れたこと、闇のデュエルフィールドを完成させたまでだ。千年レンズの力を完全解放した今、コイツは単なる闇じゃねぇ。“絶望の闇”だ。光なき人を絶望に叩き落とし、希望を食い尽くす“闇のフィール”さ。最も人じゃなかったり、光を纏っている奴には効かないんだけどな」

 

 動揺するアストラルとカイトに、ケヒケヒと嗤いながら闇凌牙が説明する。

 

(“人じゃなかったり、光を纏っている奴”……? だから、私とフォトンモードのままのカイトは効果を受け付けないのか)

 

 アストラルはすぐに状況判断すると、今にも闇に覆い尽くされそうな遊馬に話し掛けた。

 

「遊馬、ゼアルだ! 希望の光を纏い、絶望の闇を払うぞ」

「……ああ、分かって、いるさ。アストラ、ル」

 

 倒れそうな足を叱咤し、情熱の炎を宿した瞳で遊馬は相棒を見た。互いに諾と頷き、片手を天に翳した。

 

「俺は、俺自身とお前でオーバーレイ! 俺たち二人でオーバーレイネットワークを構築!」

 

 遊馬が口上を述べると、遊馬は赤い光に、アストラルは青い光となった。二つの光は交差しながら、天に描いたエクシーズの円陣へと吸い込まれていく。

 

「遠き二つの魂が交わるとき、語り継がれし力が現れる」

 

 円陣から稲妻のように勇者が光臨する。白き光の服に赤い肩当て、金色の髪に赤色と金色のオッドアイの瞳を持つ、一人の人物がその場に立っていた。

 

「エクシーズチェンジ! ZEXAL!」

 

 遊馬とアストラルの声が合わさった宣言が闇のデュエルフィールドに貫通するように響く。闇を払う光の化身――ゼアルの登場に闇のフィールが退(しりぞ)き、闇凌牙は「思っていた以上に光が強いな」と眉をひそめただけだった。だが、策謀は始まったばかり、もう突き進むしかない。

 

「ダイスのファンブルといい、闇のフィールといい、デュエルの妨害もこれまでだ!」

 

 闇凌牙に指を突き付けるゼアルに少女の悲鳴が聞こえた。カイトはフォトンチェンジ、遊馬とアストラルはゼアル化して闇のフィールをはじいた。では、何の変哲のない少女は?

 

「小鳥!」

 

 ゼアルとカイトは叫ぶが、何の手だての仕様がない。闇のフィールに侵(おか)され、小鳥が荒い息を吐く。それを無言で見ていた闇凌牙だったが、わざわざ包帯の巻かれた左手で指を鳴らした。すると、小鳥の足元に金色の魔方陣が現れ、彼女を闇から隔離してみせた。

 

「オーディエンス(観客)が煩いと萎えるからな」

 

 視線そっちのけで、闇凌牙が呟く。

 

「だからよぉ、ゼアル、お前も気が萎えることすんなよ。ピンチでもないのに、初ターンにシャイニング・ドローなんていうチートドローされたらマジ萎えるし」

 

 ぶつくさと文句を垂れるように闇凌牙が続けた。まるで年端もいかない中学生のような、年相応の動作にゼアルは錯覚してしまいそうになる。散々禁止カードを使ってきたことを棚に上げての言い草に、ゼアルは卑怯者相手に使うのすら勿体無いと感じ、すぐにはシャイニング・ドローをしないことを決めた。

 

 

 

【2】

 

「座興はここまでだ。さっさと始めようぜ」

「言われなくても! 俺のターン、ドロー!」

 

 究極体ゼアル(ライフ4000)vs闇凌牙(ライフ4000)のデュエルが始まった。

 

 初手札五枚とドローしたカード一枚を見て、ゼアルは思わず喜びの声を上げそうになる。瞬時に頭に浮かび上がる勝利の方程式に、シャイニング・ドローなんてしなくても勝てることを確信した。

 

「俺は『ガガガマジシャン』を召喚! 更に、レベル4のモンスターが通常召喚されたとき、手札から『カゲトカゲ』を特殊召喚でき……るっ?」

 

 ゼアルのフィールドに『ガガガマジシャン(レベル4、闇属性魔法使い族、攻撃力1500守備力1000)』と『カゲトカゲ(レベル4、闇属性爬虫類族、攻撃力1100守備力1500)』のレベル4二体のモンスターが揃った途端、デュエルフィールドを満たす闇の比重が増し、ゼアルの語尾が裏返る。

 

「言い忘れたが、闇属性のモンスターを召喚すると、闇のフィールが更に濃くなっていく仕様だ」

「どこまでも貴様は……っ!」

「睨むなよ、カイト。こういう仕様なんだから仕方ねぇだろ。最も光に包まれているお前らには痛くも痒くもないから別に構わねぇじゃねぇか」

 

 闇凌牙にカイトが非難の視線を向けるが、当の本人は全く気にしていないようだった。確かに彼の言う通り、遊馬とアストラルはゼアル化、カイトはフォトンチェンジ、小鳥は光の結界内にいるため、今のところ何のダメージも見受けられない。

 

「俺は! レベル4二体のモンスターでオーバーレイ!」

 

 そんな闇の重力を払拭するかのようにゼアルが大声で召喚準備を整える。全て2で埋め尽くされた2×2の魔方陣が現れ、縦横に合計数の4を二つ欄外に吐き出し、二つの“同じ数字”である4が光り輝いた後、それらはエクシーズの円陣となった。『ガガガマジシャン』と『カゲトカゲ』は赤い光となり、その円陣に吸い込まれていく。

 

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、『No.39 希望皇ホープ』!」

 

 円陣が消え、希望の光を纏(まとい)し遊馬のエースモンスター『No.39 希望皇ホープ(ランク4、光属性戦士族、攻撃力2500守備力守2000)』が現れた。闇属性モンスターが消えた途端に闇のフィールの比重が下がり、光属性モンスターが召喚されたことにより、もっと下がっていく。ゼアルの力もあってか彼等の周囲の闇は薄れ、部屋の壁や本来この場にある展示品まで見え始めた。そんな光の氾濫に、闇凌牙は「ハイホーハイホー」と呟いただけだった。

 

「初ターンは攻撃できねぇ。俺はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

 ゼアルがエンドフェイズを迎える。次は闇凌牙のターンだ。いったい闇凌牙はどんなデッキを使うのか、と緊張の汗を垂らすゼアルにカイトが囁いた。

 

「気をつけろ。奴は俺達のデッキ内容を把握している」

「えっ!」

「いくぜ、俺のターン! ドロー!」

 

 カイトの発言にゼアルが驚いている間に、闇凌牙が二ターン目に突入する。そして、ゼアルが予想だにしない行動を取り始めた。

 

「俺は『ハリマンボウ』を召喚! 更に、自分フィールド上に魚族・海竜族・水族モンスターが召喚・特殊召喚された時、このカードを手札から特殊召喚する事ができる。来い、『シャーク・サッカー』!」

 

 敵である闇凌牙のフィールドに『ハリマンボウ(レベル3、水属性魚族、攻撃力1500守備力100』と『シャーク・サッカー(レベル3、水属性魚族、攻撃力200守備力1000)』が揃う。凌牙の扱うモンスターの登場にゼアルは驚きを隠せない。

 

「遊馬、マイフェイバリッドカードを見せてやるぜ! 俺はレベル3二体のモンスターでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、『潜航母艦エアロ・シャーク』!」

 

 全て1で埋め尽くされた3×3の魔方陣が現れ、縦横の外の欄に3の数字を二つ吐き出す。二つの“同じ数字”である3が強く光った後にエクシーズの円陣となり、『ハリマンボウ』と『シャーク・サッカー』を呑み込み、凌牙のエースモンスターの一体である『潜航母艦エアロ・シャーク(ランク3、水属性魚族、攻撃力1900守備力1000)』が召喚された。

 

「なんで、お前がシャークのデッキを使っているんだ!」

「俺が俺のデッキを使って、何が悪い?」

 

 悲鳴のような驚愕に闇凌牙はまるで当然だと言いたげにしれっと答える。

 

「いくぜ、遊馬! 『潜航母艦エアロ・シャーク』の効果発動! 一ターンに一度、このカードのエクシーズ素材を一つ取り除いて発動、自分の手札の数×400ポイントダメージを相手ライフに与える! 俺の手札は四枚、1600のダメージを受けろ! “エアー・トルピード”!」

「大人しくくらってたまるかよ! 罠カード『ダメージ・ダイエット』! このターン、自分が受ける全てのダメージは半分になる! よって、俺の受けるダメージは800となる!」

 

 『潜航母艦エアロ・シャーク』がミサイルを発射する。しかし、『ダメージ・ダイエット』の効果によりダメージは半分となり、ゼアルのライフは4000から3200になった。くっ! とダメージを耐えるゼアルに凌牙は追い討ちを掛ける。

 

「エクシーズ素材として墓地に送られた『ハリマンボウ』の効果発動! このカードが墓地へ送られた時、相手フィールド上に表側表示で存在する相手モンスター一体の攻撃力を500ポイントダウンさせる!」

 

 ゼアルのフィールドにモンスターは一体しかいない。『No.39 希望皇ホープ』の攻撃力が2500から2000まで下がった。

 

(2000に下がったとはいえ、『潜航母艦エアロ・シャーク』の攻撃力は1900、『No.39 希望皇ホープ』の攻撃力には届かない。仮に攻撃されたとしても……)

 

 ゼアルが状況分析するなか、闇凌牙は四枚目のカードを手に取った。

 

「俺様のマジックコンボを見せてやるぜ! フィールド魔法『ウォーターワールド』を発動! フィールド上に表側表示で存在する水属性モンスターの攻撃力は500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする!」

 

 何処かでイルカの鳴く声が聞こえ、水音がした。空間は暗いままだが、デュエルフィールド全体が大きな水溜まりとなる。

 

「闇のフィールに満ちているから、特にフィールドに変化なしか。あのイルカの絵、好きだったのに残念だな。何処ぞかのイルカよりもずっとかわいい」

 

 ぱしゃぱしゃと足元の水を鳴らしながら、闇凌牙が独り言を口にする。『潜航母艦エアロ・シャーク』の攻撃力が500ポイントアップし、2400となった。

 

「これで『No.39 希望皇ホープ』の攻撃力を上回ったな。バトルフェイズへ移行、『潜航母艦エアロ・シャーク』で『No.39 希望皇ホープ』を攻撃! “ビッグ・イーター”!」

「馬鹿な! ナンバーズは『No.』と名のついたモンスター以外との戦闘では破壊されないんだぞ!」

「ンなことは百も承知! だが、200のダメージは受けてもらうぜ!」

 

 ゼアルの絶叫を無視し、全てを噛み砕かんと大口を開けた『潜航母艦エアロ・シャーク』が『No.39 希望皇ホープ』に迫る。このターン、ゼアルは既に800のダメージを受けている。『ダメージ・ダイエット』の効果により、本来400受けるダメージは200になるが、一ターンに合計1000ダメージを受けても良いのだろうか。

 

(それに……)

 

 ゼアルはちらりと手札に視線を落とす。相手のフィールド魔法『ウォーターワールド』はゼアルにも恩恵をもたらす。それを活用し、次の三ターン目で蹴りを付けるのならば、あのカードには是非とも墓地に行ってもらわなければならない。ゼアルは顔を上げた。

 

「『No.39 希望皇ホープ』の効果発動! エクシーズ素材を墓地に送ることで戦闘を無効化する! “ムーンバリア”!」

 

 『No.39 希望皇ホープ』の鎧の一部が変形し、彼を守る盾となる。『潜航母艦エアロ・シャーク』は攻撃を弾(はじ)かれてしまった。

 

「様式美ってヤツだな」

「なにが様式美だ」

 

 闇凌牙の感想に、彼に取り憑くシャーク・ドレイクが怒りの声をあげる。その瞬間、闇凌牙はシャーク・ドレイクと二人っきりの精神世界へ誘(いざな)われた。

 

「お前は時折シャーク・ドレイクが登場する演劇を見ていると言っていたが、まさしくその通りだぜ。観客ってのは野次を飛ばすしか出来ないからな」

「惚(とぼ)けるな。何故、“あのモンスターカード”をエクシーズ召喚しなかった? 『No.39 希望皇ホープ』を破壊できたものを」

 

 シャーク・ドレイクの鋭い眼光に闇凌牙は肩をすくめる。

 

「確かに“あのモンスターカード”を出せば、『No.39 希望皇ホープ』は破壊できたろうよ。だが、破壊して墓地送りにしてどうする?」

「どういう意味だ?」

「『No.39 希望皇ホープ』はゼアルのエースモンスターだ。このまま墓地送りにしたままデュエルを続けてみろ。墓地なんて第二の手札みたいなものだ。ライフ1000を切ったあたりで奴は必ず『No.39 希望皇ホープ』を復活させ、『CNo.39 希望皇ホープ・レイ』にカオスエクシーズチェンジをしてくる。復活させるカードなんて幾らでもあるからな。加えて1000を切っている状態、即ちピンチだからシャイニング・ドローをしてくる。魔法・罠の対象にならない、攻撃力を倍々にするとか超チートで強(つえ)ぇZW(ゼアルウェポン)を出されて、アイツの勝ち、俺の負け……なんて洒落にもならねぇ」

 

 本当に舞台に立つ俳優のように真似事リアクションをしながら、闇凌牙は続ける

 

「つまりだ、『No.39 希望皇ホープ』は墓地にもデッキにも居てほしくねぇんだよ」

「お前にそれが出来るのか?」

 

 挑戦にも揶揄にも聞こえるシャーク・ドレイクの質問に闇凌牙は手札にある一枚のカードを見せびらかした。それは闇が零れ落ちて出来た、千年レンズのカードであった。

 

「ほう、そのカードを使うか。しかし、使えるのか?」

「使えるさ。ゼアルになれば、シャイニング・ドローなんてせずとも引きは良くなるからな。奴の手札には必ず“あのコンボ”を成立させるカードがある。次のターン、絶対にそのコンボで俺にトドメを刺しにくるさ」

 

 精神世界から浮上する。闇凌牙は千年レンズが生み出したカードを魔法・罠カードのゾーンに伏せ、ターンエンド宣言をした。

 

 闇凌牙とシャーク・ドレイクが内緒話をしていたとき、遊馬とアストラルもまた話し合っていた。

 

「遊馬。彼は何故“あのモンスターカード”をエクシーズ召喚しなかったのだろうか?」

「“あのモンスターカード”?」

「『ブラック・レイ・ランサー』だ」

 

 幾度もデュエルでシャークのデッキを知っているアストラルは疑問点を並べ立てた。

 

「あの時、『潜行母艦エアロ・シャーク』ではなく『ブラック・レイ・ランサー(ランク3、闇属性獣戦士族、攻撃力2100守備力600)』を出していれば、エクシーズ素材を一つ取り除いて『No.39 希望皇ホープ』の効果をエンドフェイズまで無効にすることが出来たはずだ。その時、同じように『ハリマンボウ』を墓地に送れば、『No.39 希望皇ホープ』の攻撃力は2000に下がり、攻撃力2100の『ブラック・レイ・ランサー』で破壊出来た。なのに、彼はそれをしなかった。何故だ?」

「そんなの、“千年レンズ”がシャークのデッキを使いこなせてないだけだろ? プレイングミスさ。みんなのデッキを奪った挙げ句にシャークのデッキを使うなんて、本当に許せねぇ!」

 

(本当にプレイングミスだろうか)

 

 怒りを露わにする遊馬とは反対に冷静にアストラルは考える。神代凌牙に取り憑いた“千年レンズ”の悪霊は非常に狡賢い知恵の持ち主だ。自身が魂を刈る能力がないのに封印を解くために魂が百個必要だと知ると、代わりに魂のデッキを集めることで代用している。加えて、絶対に勝つために禁止カードを扱い、そのコンボをフル活用していた。遊馬に見破られた(?)が、必ず先攻を取るためのイカサマダイス。ゼアル化によって阻まれたが、闇のフィールを満たしてのデュエル妨害。卑怯とはいえ、勝利のために幾つものの策を労した“千年レンズ”がプレイングミスなんてするだろうか。

 

(もう一つ気になるのが、カイトの台詞だ)

 

 カイトはゼアルに「気をつけろ。奴は俺達のデッキ内容を把握している」と告げていた。ほんの一瞬しかアストラルは見れなかったが、カイトとのデュエルにおいて“千年レンズ”は光属性のモンスター効果を封じ込める『閃光を吸い込むマジック・ミラー』と、彼のエースモンスター『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』の除外効果を禁じる『王宮の鉄壁』を使っていた。対カイト用のカードと言っても過言ではないだろう。

 

(“千年レンズ”はゼアルがシャイニングドローをすることも知っていた。つまり、彼に我々の情報を漏洩[リーク]した者がいるということになる)

 

「アストラル」

 

 考えるあまりに無言になった相棒に遊馬が話し掛ける。

 

「奴が何を考えているか分からねぇが、最後まで突っ走るしかねぇ。勝利の方程式も出来上がっているんだ。卑怯者には負けないさ」

 

 コンボの要となるキーカードを二人で覗き込み、アストラル「その通りだ、我々は負ける訳にはいかない」と頷いた。

 

「遊馬、勝つぞ」

「おう!」

 

 ゼアルがキラキラと全身から光を放つ。

 三ターン目に入った。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は『ズババナイト』を召喚! 更に魔法カード『死者蘇生』を発動! 『No.39 希望皇ホープ』のオーバーレイユニットとして墓地に送った『ガガガマジシャン』を特殊召喚する!」

 

 カードを一枚ドローし、四枚となった手札から次々とモンスターをフィールドに並べていく。

 

「『ガガガマジシャン』は一ターンに一度、レベル1から8までの任意のレベルに出来る。俺はレベル3を選択!」

 

 『ガガガマジシャン』のレベルが4から3へ変わる。これにより『ズババナイト(レベル3、地属性戦士族、攻撃力1600守備力900)』と同じレベルになった。

 

「レベル3二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 現れろ、『No.17 リバイス・ドラゴン』!」

 

 『潜航母艦エアロ・シャーク』が召喚されたときと同じように、全て1で埋め尽くされた3×3の魔方陣が現れた。縦横の外の欄に吐き出された二つの“同じ数字”である3が強く光った後に現れたエクシーズの円陣が浮かび上がり、『ズババナイト』と『ガガガマジシャン』をエクシーズ素材として、遊馬のフィールドに二体目のナンバーズ『No.17 リバイス・ドラゴン(ランク3、水属性ドラゴン族、攻撃力2000守備力0))』が召喚される。

 

「フィールド魔法『ウォーターワールド』の効果により、『No.17 リバイス・ドラゴン』の攻撃力は500ポイントアップする! 更に『No.17 リバイス・ドラゴン』の効果を発動! 一ターンに一度、オーバーレイユニット(エクシーズ素材のこと)を一つ取り除くことで攻撃力を500ポイントアップさせる! “アクア・オービタル・ゲイン”!」

 

 ウォーターワールドの影響を受けたうえに、オーバーレイユニットを一つ吸収した結果、『No.17 リバイス・ドラゴン』は攻撃力3000のモンスターと化した。相手プレイヤーである闇凌牙は何も言わず、目元すら動かさなかった。

 

「バトルだ! 『No.17 リバイス・ドラゴン』で『潜航母艦エアロ・シャーク』を攻撃! “バイス・ストリーム”!」

 

 ゼアルは闇凌牙の伏せカードを見た。神代凌牙のデッキを使っているならば、『ゼウス・ブレス』を伏せている可能性が高い。『ゼウス・ブレス』は相手モンスターの攻撃宣言時に発動し、相手モンスター一体の攻撃を無効にする挙げ句、自分フィールド上に魚族・海竜族・水族モンスターが表側表示で存在する場合、その数×800ポイントダメージを相手ライフに与えるカードだ。『潜航母艦エアロ・シャーク』は魚族のため800のダメージになるが、墓地にある『ダメージ・ダイエット』を除外すれば、効果ダメージを半分にできるため、400の効果ダメージで済む。もう一つの効果も、カウンター罠カード『攻撃(こうげき)の無力化(むりょくか)』のようにモンスター一体の攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了する訳ではなく、攻撃を無効化にするだけなので、それはそれで好都合だ。ゼアルの狙うコンボは成立する。

 

 勇者は伏せカードを見つめる。伏せカードは発動しなかった。

 

 『No.17 リバイス・ドラゴン』が口から“バイス・ストリーム”を放つ。『潜航母艦エアロ・シャーク』は破壊され、闇凌牙は600の戦闘ダメージを受けた。百一人目にして、ようやく闇凌牙にダメージを与えられたのだ。これにより、闇凌牙のフィールドは伏せカード一枚のみとなった。

 

「『No.39 希望皇ホープ』でプレイヤーにダイレクトアタックだ!」

 

 ゼアルが敵に人差し指を突き付けながら攻撃宣言を行う。あの伏せカードが攻撃宣言で発動するカードではないと知った今、何も恐れることはなかった。

 

「やったわ! これで相手のライフは1400になるわ」

「いや、これで終わりだ」

 

 喜ぶ小鳥の横で、カイトが遊馬の勝利を確信していた。闇凌牙はやはり何も言わない。

 

「『No.39 希望皇ホープ』の効果発動! エクシーズ素材を一つ使って、攻撃を無効化する!」

 

 ゼアルの命令に『No.39 希望皇ホープ』は攻撃を寸度目する。まだ闇凌牙は何も言わない。

 

「この瞬間、手札から速攻魔法『ダブル・アップ・チャンス』を発動! モンスターの攻撃が無効になった時、攻撃力を二倍にして、もう一度だけ攻撃できる!」

 

 スロットマシンから星の欠片のようにコインが溢れ出て、『No.39 希望皇ホープ』を包み込み、攻撃力を底上げする。『ハリマンボウ』で500ポイント下げられたままだが、『No.39 希望皇ホープ』は攻撃力2000から4000のモンスターになった。

 

「『No.39 希望皇ホープ』! “千年レンズ”にダイレクトアタックだ! デッキを奪われたみんなの怒りを思い知れ! “ホープ剣スラッシュ”!」

 

 『No.39 希望皇ホープ』が再び剣を振りかぶる。遊馬陣営の誰もが勝利を信じ込んでいた。

 

 その瞬間、黙り込んでいた闇凌牙の肩が揺れた。敗北への恐怖かとアストラルは思ったが、それはとんだミステイクだった。

 

「キィーヒャッハッハッー!」

 

 猿叫のような笑い声を闇凌牙は上げたのだ。デュエルフィールドを余すことなく広がっていく耳障りな笑い方に、カイトの口が開く。

 

「どうした、“千年ジャンク”。敗北を目前にして、気でも触れたか」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、“ブラコンナンバーズハンター”。『No.39 希望皇ホープ』と『ダブル・アップ・チャンス』のセオリー過ぎるコンボに、おかしくって腹が痛いわ!」

 

 腹を抱えてヒーヒー笑う闇凌牙だったが、ぐりんとまるで梟のように奇妙な動きをすると、伏せカードを発動させた。

 

「カウンター罠発動『深海の牢獄』! このカードは相手モンスターの攻撃力が変動したときに発動! 手札一枚捨てて、変動した数値を百で割ったターン数、相手モンスターを除外する! 遊馬! 『No.39 希望皇ホープ』の攻撃力は2000から4000にアップしている。2000÷100=20ターンの間、除外エリアでおねんねしてもらうぜ!」

 

 地面に魔方陣が現れ、全てのマス目が消失し、深海の暗闇が覗き込む。その深海から鎖が飛び出し、『No.39 希望皇ホープ』をがんじらがらめに縛っていく。

 

「『No.39 希望皇ホープ』!」

「失せろ、目障りな光め!」

 

 ゼアルが叫ぶが、闇凌牙の言葉が合図となり、『No.39 希望皇ホープ』は深海に引きずり込まれ、魔方陣と共にフィールドから消失する。『No.39 希望皇ホープ』が消えたことで闇の度合いが増した。

 

「くそう、『No.39 希望皇ホープ』が……っ!」

「まずいぞ、遊馬。奴が行(おこな)ったのは破壊(墓地送り)やバウンス(デッキや手札に戻すこと)ではなく除外だ。我々は除外から復活させるカードは持っていない」

 

 ゼアル化した遊馬とアストラルが会話する。このターンに蹴りが付くと思っていただけに二人とも動揺していた。

 

「けどよ、アストラル、俺らにはシャイニング・ドローがある」

「その通り、我々には好きなカードを作成できるシャイニング・ドローがある。次のターンを凌(しの)ぎ、五ターン目に『No.39 希望皇ホープ』を除外から復活させるしかない」

 

 ゼアルの手札に伏せれそうな魔法・罠カードはない。だが、フィールドには攻撃力3000の『No.17 リバイス・ドラゴン』が残っている。バトルにおいて、ナンバーズはナンバーズでしか破壊できないのだ。何も焦ることはない。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 

 

【3】

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 四ターン目。

 ゼアルのライフは3200、フィールドには攻撃力3000の『No.17 リバイス・ドラゴン』のみで、手札は一枚。闇凌牙のライフは3400、フィールドには何もなく、『深海の牢獄』のコストで手札を一枚捨ててしまったので、手札は今引いた分を合わせても二枚だ。勢い良くドローしたカードを見て、闇凌牙は目を瞬(またた)かせた。

 

「ありがとう、俺のデッキ」

 

 引いたカードにリップ音を立てて闇凌牙はキスする真似をした後、フィールドに掲げた。

 

「俺は『深海のディーヴァ』を召喚! このカードが召喚に成功した時、デッキからレベル3以下の海竜族モンスター一体を特殊召喚できる! 現れろ、『ニードル・ギルマン』!」

 

 闇凌牙のフィールドに水属性のモンスターが一気に二体揃う。だが、『深海のディーヴァ(レベル2、水属性海竜族、攻撃力200守備力400)』と『ニードル・ギルマン(レベル3、水属性海竜族、攻撃力1300守備力0)』のレベルはバラバラだ。エクシーズ召喚は出来ない。

 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、彼のフィールド上の魚族・海竜族・水族モンスターの攻撃力を400ポイントアップさせる『ニードル・ギルマン』の効果と、水属性のモンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる『ウォーターワールド』の効果を受けても、『ニードル・ギルマン』の攻撃力は1300から2200、『深海のディーヴァ』に至っては200から1100までしか上がらない。『No.17 リバイス・ドラゴン』の3000には届かない。仮に魔法カード『アクア・ジェット』で強化して1000ポイントアップさせたとしても、バトルにおいてナンバーズはナンバーズでしか破壊できないため、ダメージしか与えられない。

 

「シャークって魚族中心だと思っていたけれど、海竜族も入れていたのかしら?」

 

小鳥は不思議がるだけだったが、カイトは闇凌牙とデュエルした“あの時”と同じ展開に恐怖した。間違いなく“あのモンスター”が召喚されてしまう。

 

「千年アイテムの保持者・九十九遊馬、並びに千年アイテムの亡霊・アストラル。千年アイテムを持った王侯貴族・神官共が異邦人という理由だけで氾濫する川の生贄にした“あの女(ヒト)”が俺に授けてくれた異国の秘術をとくと見るが良い!」

 

 闇凌牙が纏う闇のフィールがマントのように揺れた。憎悪・憤怒・嫌悪を宿した紅き光が千年レンズから放たれる。

 

「俺は『ニードル・ギルマン』に『深海のディーヴァ』をチューニング!」

 

 3×3マスの基本的な魔方陣が浮かび上がり、2と3の二つの数字を輝かせる。すると残りの数字は全て消え、2と3が混じり合い、内側に“合わせた数”である5が生まれた。魔方陣は煌めきとなると、チューナーモンスター『深海のディーヴァ』に覆い被さり、二つの輪に変形させ、その輪がチューナー以外のモンスター『ニードル・ギルマン』を包み込む。そして、『ニードル・ギルマン』は二つの輪の中で三つの星になった。

 

「正義が勝者ではない。勝者、即ち強者のみが正義を語る権利があるのだ」

 

 絶望の闇を背負いし、数千年前の復讐者が禍々しき口上を述べていく。

 

「愚かな弱者共よ。機械仕掛けの正義執行者が近付く、絶望の足音を聴け。光砕く道となれ! シンクロ召喚!」

 

 輪の中を光が走り、巨大なシルエットが浮かび上がる。機械音を轟(とどろ)かせ、異端のモンスターが復讐の舞台に這い上がった。

 

「現れろ! 『A.O.J(アーリー・オブ・ジャスティス)カタストル』!」

 

 甲殻類にも似た白き機械仕掛けのモンスター『A.O.J カタストル(レベル5、闇属性機械族、攻撃力2200守備力1200)』が降臨し、闇のフィールが強くなった。カイトとのデュエルで見た、あの見知らぬモンスター、見たこともない召喚法にゼアル達は唖然とする。

 

「この召喚法はいったい何なんだ? なんでレベルが違うのにモンスターが!」

「闇雲にモンスターを俺ルールで特殊召喚した訳じゃねぇ、俺はルールを守って楽しくデュエルしてるぜ。これはな、お前ら千年アイテムの保持者が殺した彼女が俺に遺してくれた、チューナーモンスターとそれ以外のモンスターのレベルを“足して”、新たなモンスターを呼び出す絆の召喚法『シンクロ召喚』さ」

「『シンクロ召喚』!?」

 

 初めて聞く召喚方法にゼアル達は瞠目する。あのアストラルですら知らない秘術の召喚方法であった。

 

「待ってくれ! 皇の鍵は千年アイテムじゃ―‐」

「問答無用! 御託は聞き飽きたぜ! 復讐の刻(とき)は満ちた! 『A.O.J カタストル』、『No.17 リバイス・ドラゴン』に攻撃だ!」

 

 ゼアルの反論を薙ぎ倒し、闇凌牙が攻撃宣言を行う。だが、如何に不可思議な方法で召喚されたとはいえ、『A.O.J カタストル』の攻撃力は2200、攻撃力3000の『No.17 リバイス・ドラゴン』には適わない。

 

「自爆特効する気か!」

「反射ダメージでも受けちゃいなさいよ……って、カイト?」

 

 先の読めない攻撃にゼアルと小鳥が声を上げる。四ターン目に入ってから黙(だんま)り状態のカイトを小鳥が見やると、蒼白を通り越して、顔は真っ白になっていた。

 

「遊馬、戦闘を回避しろっ!」

「えっ!」

 

 カイトが有りっ丈の声量で叫ぶが、何の意味もなかった。

 

「この瞬間、『A.O.J カタストル』の効果発動! このカードが闇属性以外のフィールド上に表側表示で存在するモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する!」

「なんだって!」

 

 あまりにもとんでもない効果にゼアルの声が甲高いものになる。

 

「消えろ、忌々しきドラゴンめ! “カラミティ・エンド”!」

 

 『A.O.J カタストル』から光線が放たれ、『No.17 リバイス・ドラゴン』は呆気なく雲散してしまった。

ゼアルのフィールドは空になってしまったのだ。

 

「ナンバーズはナンバーズでしか破壊できない。だが、それは戦闘による攻撃力の前にだけだ。効果破壊には通用しない」

 

 一気に形勢逆転となった。有利になった闇凌牙がケヒヒと夢遊病者のように笑う。

それと引き換え、ライフの変動はなかったが、フィールドが空になり、手札が一枚きりのゼアルはよろめきそうになる。しかし、次のターンが来て、シャイニング・ドローをすれば勝てるはずなのだ。

 

「俺はカードを一枚伏せてターンエンド……する前に」

 

 揺らごうとする精神を落ち着かせるゼアルに、闇凌牙はブッ飛んだことを言い出した。

 

「ジャンジャジャ~ン! みんなお待ちかねの、シャーク先輩による『A.O.J カタストル』の倒し方講座の始まり始まり~」

 

 なんと、ゼアルを追い込んだモンスターの倒し方を説明し始めたのだ。永い間、深海の牢獄のような千年レンズ内に閉じ込められ、精神崩壊(マインドクラッシュ)を起こしたとはいえ、ここまでおかしくなってしまうものだろうか。混乱するゼアル達を前に、人差し指を立てて闇凌牙は丁重に説明していく。

 

「その一! 攻撃力2200以上の闇属性のモンスターでバトルすること! 一番手っ取り早い方法だが、お前が召喚できて、強(つえ)ぇ闇属性のモンスターといえば、『No.53 偽骸神 Heart-eartH』と『No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon』になるが、『No.53 偽骸神 Heart-eartH』はレベル5×三体のモンスターが必要だから、低レベルモンスター中心のお前のデッキじゃあ、まず無理だな。『No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon』は『No.53 偽骸神 Heart-eartH』が破壊されなきゃ出てこれねぇ。つまり、この方法は出来ませ~ん!」

 

 くるりと回って、指を二本立てて闇凌牙は続けた。

 

「その二! 魔法・罠カードで破壊すること! 『A.O.J カタストル』は破壊耐性がないからな。攻撃力の低いモンスターを破壊する『地割れ』、防御力の高いモンスターを破壊する『地砕き』の魔法カードをされちゃあ、ア、お終(しめ)ぇよ。しかぁし! 遊馬のデッキはモンスターを破壊を防ぐ代わりに半分ダメージを受ける『ハーフ・アン・ブレイク』に代表されるように、モンスターを守るものばかりで破壊系は持っていないので、これも出来ませ~ん。あ、次で最終だからな」

 

 今度は指を三本立てて、闇凌牙が次の説明に入る。希望の光そのものであるゼアルの顔が段々と青ざめていく。不可能を連呼されたからではない。今始めて戦う相手から自身のデッキ内容が筒抜けの事実に対してだった。

 

「その三! モンスター効果で破壊すること! 『No.61 ヴォルカザウルス』の相手モンスターを破壊して、その攻撃力分ダメージを与える効果“マグマックス”をされたら、一発アウトよ。だがしかし、だがしかし! その一で説明した通り、レベル5×二体を揃えるのはお前のデッキじゃあ難しいだろうし、レベル変更出来る『ガガガマジシャン』は墓地だし、『死者蘇生』も使用済み。ターンを掛けて、素直にアドバンス召喚なんてしていたら、都度都度『A.O.J カタストル』に効果破壊されちまうから無駄無駄無駄。つ・ま・り、これも出来ませ~ん。し・か・も、お前の手札は今一枚ぽっきり! これで次のターン、 その時のタッグデュエルでお前が使用した、エクシーズモンスターが二体以上いるときに発動、デッキからカードを二枚ドローする魔法カード『エクシーズ・ギフト』なんていう死に札なんて引いたら目も当てられねぇぜ。あらら~、これじゃあお前が勝つ算段が無いじゃねぇか。ご愁傷様だな、遊馬」

 

 ケヒケヒと愉快に笑う闇凌牙が悪魔に見える。ライフは互いに3000以上なのに、ゼアルはデスパレート(絶望の崖っぷち)に立たされたかのような気に陥った。闇凌牙がすらすらと列挙した『No.53 偽骸神 Heart-eartH』『No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon』『ハーフ・アン・ブレイク』『No.61 ヴォルカザウルス』『エクシーズ・ギフト』、どれも彼には一切見せたことのないカードだ。

 

「なんで“千年レンズ”が俺のデッキ内容を知っているんだ!」

「何者かが俺達の情報をリークしたとしか考えられん」

「リーク! そんなのいったい誰が!」

 

 ゼアルの絶叫に、カイトが沈痛な面立ちで答える。そこに小鳥の叫びも合わさり、絶望の闇のフィールが更に濃くなっていく。

 

「ンなもの、消去法でいけば良いじゃねぇか。神代凌牙との初デュエルで使用した『No.39 希望皇ホープ』と『ダブル・アップ・チャンス』のコンボを、神代凌牙とのタッグデュエルで陸王が使用した『No.61 ヴォルカザウルス』の効果を、お前とカイトと神代凌牙で協力して倒した『No.53 偽骸神 Heart-eartH』と『No.92 偽骸神龍 Heart-eartH Dragon』を知っているうえに、デュエルに精通している人物なんて一人しかいないでしょうが」

 

 にっこりと笑う闇凌牙に、ゼアルは怖気(おぞけ)が走った。喉がカラカラになり、心臓がバクバクと鳴り、カードを持つ手がブルブルと震える。

 

「う、嘘だ」

 

 否定してほしくて、ゼアルは小鳥とカイトを見た。小鳥は口元を抑え、カイトは膝をつきながら答えた。

 

「“千年レンズ”は俺のデッキを知り尽くしていた。『銀河眼の光子竜(ギャラクシーアイズ・フォトンドラゴン)』の除外効果を知っているからこそ除外を封じる『王宮の鉄壁』を使い、光属性デッキと分かっていたからこそ光属性のモンスター効果を封じる『閃光を吸い込むマジックミラー』を己のデッキに投入していた。弱点も急所も掴んでいたのだ。俺のデュエルを見ていなければ、カードに精通していなければ、こんなことは出来ない。加えて、俺が凌牙から魂を奪ったことへの憎悪をぶつけてきた。当て嵌まる人物は一人しかいない」

 

「アストラル!」

 

 カイトの結論に我慢出来なくて、遊馬は相棒を呼んだ。アストラルは顔を伏せながら告げた。

 

「遊馬、デッキ狩りを思い出せ。ⅢとⅣだけが他の者と比べて異様にダメージを受けていた。まるで彼等にだけ明確な恨みがあるかのように。もう一つはカウンター罠『深海の牢獄』を起こすタイミングだ。何故、彼は『No.17 リバイス・ドラゴン』には発動しなかったのだろうか。『No.17 リバイス・ドラゴン』も自身の効果と『ウォーターワールド』により攻撃力が上がっていたというのに。あの後、我々が『ダブル・アップ・チャンス』で攻撃力を高めるなんて知らなければ、あそこで彼は使っていたはずだ。なのに使わなかった。彼は知って待っていたのだ、『No.39 希望皇ホープ』と『ダブル・アップ・チャンス』のコンボを、我々のエースモンスターを除外できる好機を」

「そんな……だって、俺が此処まで来たのは……」

 

 導き出される答えに、遊馬は目の前が真っ白になりそうになる。

 

「今明かされる衝撃の真実、ってヤツだな」

 

 先程までのハイテンションが別人のように落ち着き払った声が、現実逃避しかけるゼアルの頬をぴしゃりと叩く。闇凌牙が千年レンズに包帯を巻いた左手を掛け、ゆるりと外す。ギラギラと今尚輝く千年レンズを外した闇凌牙――悪霊から解放された凌牙がふうと息を吐いた。

 

「シャーク」

「遊馬」

 

 呆然とするゼアルの呼び掛けに凌牙が対応する。ゼアルの見開かれた瞳とは対称的に、凌牙はウォーターワールドのように穏やかな瞳をしていた。

 

「凌牙、貴様が“千年レンズ”にリークしたのか?」

「リークしたんじゃねぇよ。共同戦線を張ったまでだ」

「共同戦線?」

 

 静かに怒りを向けるカイトに凌牙があっさり答える。疑問符を浮かべる小鳥に「そうだ」と凌牙は言った。

 

「俺は『絶対的な暴力』が欲しかった。トロン一家に俺ら兄妹が危害を加えられたのも、ナンバーズハンターに魂を奪われたのも、全て俺が弱かったからだ。俺が弱くなければ、妹も自己も守れたはずだ」

 

 輝きを失わない千年レンズを握り締め、凌牙は話し続けた。

 

「WDCが終わり、復讐は終わったことになった。だが、俺の内にある憎悪の炎は決して消えたりはしなかった。むしろ、周りが終わったことにすればするほど、俺の怒りは増した。絶ゆることのない憎悪に俺が身をかきむしっている間、俺を苦しめてた連中が仲良く笑っているかと思うと殺意すら沸いた。その時だ、千年レンズに出逢ったのは」

 

 凌牙が“憎悪”“怒り”“殺意”のワードを口にする度(たび)に暗闇が深みを増していく。

 

「千年レンズの力を完全に解放すれば、俺は“絶対的な暴力”を手に入れることが出来る。これさえあれば、もう何もいらない。虐げられるだけの弱者なんてうんざりだ。もう誰も俺らを傷付けないよう、全てを“絶対的な暴力”でねじ伏せる強者になる」

「だから、君は“千年レンズ”に協力したのか? デュエリストとしての沽券を捨て去ってでも」

「もう傷付かないため、失わないため、守るためなら、俺はなんだってするさ」

 

 アストラルの震える声での問い掛けに、凌牙ははっきりと頷いた。

 

「つまり、貴様は“絶対的な暴力”を得るために望んで俺達を裏切り、進んで俺達の情報をリークし、操られたのではなく自(みずか)ら“千年レンズ”に協力し、デッキを奪う非道に荷担したのか!?」

「弟を助けるという名目でナンバーズハンターとして悪事に手を染めたお前なら理解してくれると思ったんだけどな」

 

 段々と声が大きくなり、最終的に怒鳴るようなカイトの詰問に、凌牙は肩をすくめながら回答する。

 

「嘘だ! シャーク、お前はそんな奴じゃねぇっ! お前、デュエルと真っ直ぐ向き合うって言ったじゃねぇか! 真剣に俺達と協力してデュエルしたじゃねぇか! 俺は信じねぇっ!」

 

 遊馬が涙を零して反論する。ゼアルを包み込む光がまるで蝋燭の明かりのようにか細くなる。

 

「今まで俺に言ってきた言葉は嘘だったのかよ!」

「嘘じゃない。全て本気(マジ)だったさ」

 

 凌牙から迷うことなく返された台詞に遊馬の眼が縋るように輝く。しかし、凌牙は続けてこう言ったのだ。

 

「だが、たった今、嘘になった」

 

 ゼアルが蹈鞴(たたら)を踏むように揺らいだ。二、三歩後退り、それでも凌牙を見る。凌牙は遊馬に灼熱の太陽すら瞬間凍結しそうな冷たい視線を向けていた。味方に送るものではない。敵に向けるものだった。

 

 視界がグルグル回り、呼吸速度を見失う。闇の冷たさが心臓に寄り添っていく。立ち方すら分からなくなってしまった。

 

「遊馬! 精神を強く持て! でなければ、ゼアルが―‐」

 

 アストラルが叫んだ途端、ゼアル化が解除されてしまった。二人に分裂すると否や、待っていたと言わんばかりに、増しに増した闇のフィールが普通の人間である遊馬に襲い掛かる。むしゃぶり尽くす勢いの闇のフィールによって、苦痛の叫び声を上げる遊馬の姿は見えなくなってしまった。

 

「遊馬!」

 

 アストラルが、小鳥が、カイトがその名を呼ぶが、絶望の闇に捕らわれた遊馬はただただ叫ぶばかりだ。そんな遊馬の姿を見つつ、暁色の焔を零す千年レンズを握り締めたままの凌牙は「勝った!」と確信の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

つづく




※AOJ……アーリー・オブ・ジャスティスのこと。
カタストル以外にもシリーズがいるが、全て光属性メタ効果を持つ。

※カウンター罠『深海の牢獄』
オリジナルカード(オリカ)

このカードは相手モンスターの攻撃力が変動したときに発動できる。
手札一枚捨てて、変動した数値を百で割ったターン数、相手モンスターを除外する。


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⑩YGO

遊馬vs闇凌牙、後半戦。
『No.39 希望皇ホープ』と『死者蘇生』と『ゼアル化』が封じられた遊馬に果たして勝機はあるのか? 絶望と希望が鬩(せめ)ぎ合うデュエルの行方は? 繰り返される形勢逆転、最後の最後に笑うのは誰?

※遊馬が最後に使ったカードについて。
この小説を考えていた時(2013年7月頃)はアニメオリジナルだったが、2014年3月頃にOCG化され、びっくりすることに。

ちなみに、この小説の敵について、ベクターを超すゲスキャラを目指した。


【1】

 

 四ターン目終了時

(※次は遊馬のターン)

 

フィールド魔法:『ウォーターワールド』

(※フィールド魔法。フィールド上に表側表示で存在する水属性モンスターの攻撃力は

(今現在、水属性モンスターがいないため、死に札状態)

 

先攻:遊馬

手札:一枚

(※何のカードか不明)

ライフ:3200

モンスターゾーン:なし

魔法・罠ゾーン:なし

 

後攻:凌牙

手札:0枚

ライフ:3400

モンスターゾーン:『A.O.J カタストル』

(※シンクロ・効果モンスター。レベル5闇属性機械族、攻撃力2200守備力1200。チューナー+チューナー以外のモンスター一体以上。このカードが闇属性以外のフィールド上に表側表示で存在するモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する)

魔法・罠ゾーン:伏せカード一枚

(※何のカードか不明)

 

 

 

 ゼアル化を解除した瞬間に闇に浸食され、勇者だった少年の悲鳴がデュエルフィールドに響き渡る。

 

「遊馬!」

「しっかりしろ、遊馬!」

 

 仲間の呼び声も届かず、押しつぶされそうな程の絶望に遊馬は苦しみ、もがいていた。彼の名を呼ぶ仲間たちもまた、身体の苦痛こそないが、遊馬の惨状に心が悲鳴を上げていた。だが、ただ一人――凌牙だけが愉快気に笑みを浮かべていた。

 

「シャーク! いったい君は遊馬に何をした!」

「何もしてねぇよ。言ったろ、絶望の闇は光なき者を襲い、希望を食い散らかすってな。さっきまでゼアル化で光に包まれていただけに落差が酷いな。これじゃあ、デュエル続行不可か? ゲームにアクシデントはつきもの、とよく言ったものだ」

 

 アストラルの問い掛けに、まるで悪魔の如く淡々と凌牙が答える。彼の余りのぬけぬけとした態度に、怒髪天を衝(つ)いたのはカイトだった。

 

「アクシデントはつきものだと!? 貴様が招いた結果だろう!」

「ああ、そうだ。そうじゃなかったら、ゼアル化を促す訳ないだろ。闇がいい感じに深まったところでネタバレして、精神を揺さぶりを掛けることでゼアル化を解除させ、希望によってより堆(うずたか)くなったデスパレートから闇落ちさせるのが目的だからな。Got you!(“[I've] got you”、からかいなどに引っかかった相手に対して「やった!」という意味) 我ながら上手くいったものだぜ!」

 

 望むように戦略(ストラテジー)が運んだからか、饒舌に凌牙は苦労を語った。

 

「こう見えても、それなりに大変だったんだぜ? シャイニングドローさせないよう挑発したり、変にピンチにならないよう、かつヤバい効果を持つナンバーズを召喚されないよう、水属性の攻撃力を上げる『ウォーターワールド』を張って、攻撃力アップしか能がない『No.17 リバイス・ドラゴン』を召喚するよう誘導させたり、有利だと錯覚させるために『潜航母艦エアロ・シャーク』を破壊させたりまでしたんだからな」

「凌牙、貴様……っ!」

 

 最初から凌牙の手の平の上で転がされていた事実にカイトは殺意を覚えた。

デュエルダメージがなければ、殴りつけているところだ。

 

「嘘よ!」

 

 憎悪と怒りに濁り淀んだ空気を切り裂くように、甲高い声が小鳥から発せられた。

今尚苦しむ遊馬を除いた皆の視線が、闇のフィールから魔方陣によって守られている少女に一斉集中する。

 

「シャークが遊馬を苦しませる訳がないわ! あんなにも遊馬に恩を、友情を、絆を感じていたじゃない! それを自分の為に簡単に裏切るなんて、私は信じない! お願い、嘘だと言って……」

 

 感情が高まりすぎて、台詞の最後は声にならなかった。小鳥は誰かの名前――本名を呟いたようだった。それを感じ取った凌牙が幼い子供のように目を瞬(またた)かせた。

泣き崩れる小鳥にカイトとアストラルは途方に暮れてしまう。

 

「小鳥。凌牙が遊馬を裏切った事実は本当だ」

「ではなければ、俺と遊馬のデッキ内容を知っている訳が―‐」

「ああ、そうだよ。全て嘘さ、フェーゲレヘン(ドイツ語で“小鳥”という意味)」

 

 小鳥に憶測を再確認するアストラルとカイトの目の前で、凌牙はにっこりと笑って真実を告げた。

 

「神代凌牙は裏切ってないよ。アンナの時を最後にお前らの前に凌牙は自我を出していないからね。……今の今まで美術館内でお前らの相手をしたのは、この俺――“千年レンズ”ただ一人さ」

 

 それまで片手で握り締めていた、紅い光を失わない千年レンズを徐(おもむろ)に持ち上げると、左目に装着する。凌牙ではない、千年レンズに封じ込められた魂の持ち主――闇凌牙がケヒケヒと嘲笑った。明かされた事実に小鳥の涙は止まり、アストラルとカイトは唖然とした。

 

「なん……だと……!」

「どういう……ことだ……?」

「そのままの言葉通りってことさ。カイトに会う以前に、千年レンズの九十九パーセントの力を取り戻せていたからな、元の身体の持ち主を“深海の牢獄”に閉じ込めることぐらい、お茶の子さいさいだった訳。『イラッとくるぜ』を使うタイミングがなかったのが残念だったが、なかなか上手かったろ、俺様の演技」

 

 唐突なネタバレに言葉を失う三人を見渡しながら、器用にパラパラと右指を動かしつつ、闇凌牙は滑(なめ)らかに語る。

 

「そんな……嘘よ」

「君には嘘を吐かないさ、フェーゲレヘン」

 

 虚脱に包まれた小鳥に話し掛ける一瞬だけ、闇凌牙はにこにこと笑った。

 

「アストラルにカイト。いつから千年レンズさえ外せば、神代凌牙の自我が出ると錯覚していた? この身体はもう俺のもんさ。さっきみたいに外したところで、今更何の支障も出ねぇんだよ」

 

 千年レンズの悪霊が眼(まなこ)をぐりぐりと動かす。我を取り戻したカイトがまるでしゃっくりを耐えるように口を開いた。

 

「では、何故、俺たちのデッキ内容を知っている? あれは凌牙が漏洩(リーク)しなければ分からないはず……っ! まさか、貴様の能力は……」

「ようやっと気付いたようだな」

 

 纏(まと)わりつく闇を外套のように翻(ひるがえ)しながら、闇凌牙は告げた。

 

「千年レンズ越しで視た相手の過去を、記憶を、因果を覗き込み、相手の知識と感情をものにする。それがこの千年レンズの能力さ」

 

 明かされた能力に、小鳥とアストラルとカイトに衝撃が走る。三者三様に浮かべる絶望の表情に、闇のフィールがもっと高まるの感じながら、闇凌牙はスピーチを行った。

 

「最初に千年レンズを覗き込んだのが神代凌牙でウルトラスーパーラッキーだったぜ。丁度トロン一家を思い浮かべて憎悪を煮えたぎらせていたし、どこぞかのジジイにネガティブオプションされた禁止カードを持っていて、カードの聖霊もいて因果が深かったからな。取り憑くのに申し分なかったぜ」

 

 お腹を抱え、ケヒケヒと闇凌牙が笑う。心に闇があり、因果が深い奴ほど千年レンズに取り憑かれやすい――そんな情報を古代の砂漠の王国の墓守の末裔から教えられていたことを、カイトは今更ながら思い出していた。

 

「デュエルの知識もパネェから、禁止カードコンボの知識はすらすら出てくるし、お前らとのデュエルによってデッキを把握していたから、対処法も楽に思い付いたし、もう最高だったぜ!」

 

 笑いすぎて浮かぶ涙を拭いつつ、闇凌牙は更に絶望を高めようと、三人を闇の井戸の縁(ふち)へ追いやっていく。

 

「それにしても、可哀想な神代凌牙。トロン一家への恨み言と自分の非力さを語っただけで、『裏切った』なんて一言も言っていないのに、肯定すらしていないのに、そう推測されちまうなんて! これこそお前らからは何一つ信用されてなかったってことの証明じゃないか! 確かにお前らにとって、これからのことを考えたら、そっちの方が懸命だけどな」

「それはそうなるよう仕掛けられたからだ!」

 

 歓喜の余り大口を開けて笑う闇凌牙に、感情を露わにしたアストラルが口を挟む。

 

「Exactly(エクザクトリー:確かにそのとおり)! けどよ、お前らが俺様の演技と口車に乗せられて、神代凌牙が裏切ったと勝手に思い込んだことには変わりないよなぁ?」

 

 人の心の闇を的確に射抜く闇凌牙に、アストラルは底知れぬ狂気を覚えた。悪霊は悪魔(デビル)どころか、とんでもない魔王(サタン)だった。

 

「遊馬の前でべらべらと種明かしをするとは、調子に乗りすぎたな、“千年レンズ”。凌牙が裏切ってないと分かれば、遊馬はまだ立ち上がれる!」

「果たして、それはどうかな?」

「なにっ!」

 

 カイトの攻めの言葉を、闇凌牙があっさりと受け流す。驚きの声を上げるカイトの耳に、いつもの遊馬では信じられないか細い声が聞こえてきた。

 

「アストラル……?」

「遊馬! 私の声が聞こえるか!」

 

 一番間近で相棒を呼び続けるアストラルに、暗黒に覆われた遊馬が反応したかに見えたが、次の台詞で皆の胸に咲いた淡い希望も砕け散ることになる。

 

「何処にいるんだ? カイトも小鳥も何処に行っちまったんだ?」

 

 うつろな眼(まなこ)で辺りを遊馬は見渡すが、何処を向いても闇ばかりで、仲間の声は聞こえず、仲間の姿も誰一人目視できない。いつもは情熱の炎を宿した瞳も今では風前の灯火のようであった。

 

「この場(フィールド)を支配する闇の名は“絶望”。絶望は様々な負の感情を呼び起こす。憎悪、嫌悪、憤怒、悲哀、失望、そして、孤独を」

「孤独だと!」

「だから、我々の姿が見えなくなったというのか!」

「姿だけじゃなく、声も届かねぇぜ。まるで深海の牢獄みたいにな」

 

 ケヒケヒと笑いながら、デスパレートの高みを闇凌牙は目指していく。

 

「絶望しているときって不思議だよな。どんなに間近で良い情報――希望が漂っていても、気付くことが出来ねぇ。スルーしちまう。ドンドン悪い方向へ自ら進んじまうし、未来の運命も同じように流れちまう。だから闇のフィールに纏わりつかれている限り、どんなにチビガキがドローしても、サイコロを振っても、都合の悪いものしか出ねぇのさ。つまり、本来希望であるはずの此のネタバレ話も九十九遊馬に届いていないって訳。Savvy(サヴィ:お分かり)?」

 

 ウィンクしながら茶目っ気に語る闇凌牙だっが、急に無表情になるとアストラルとカイトを責めるように睨み付けた。

 

「少なくとも、遊馬はギリギリまで凌牙を信じていたぜ。それをへし折り、凌牙を裏切ったと助言したのはお前ら二人だ。仲間に言われたら、遊馬も疑わざるを得ないわな。お前らは良かれと思って助言したんだろうが、小さな親切、大きなお世話。お前ら二人が遊馬を闇に突き落としたのだ」

 

 突きつけられた罪状にカイトとアストラルは後退(あとずさ)りをするあまり、闇の井戸に落ちていった。弁明どころか、遊馬を見ることすらもう出来なかった。二人の絶望を吸い込み、一ターン目よりも遥か濃厚に、新月の夜のようにとっぷりと深まった闇のフィールに悪霊は満足と愉悦の息を漏らす。デュエル続行は不可能、と闇凌牙が思った瞬間だった。

 

「俺の、ターン……、ドロー」

 

 絶望の闇に浸食されている遊馬がドローを行ったことで、五ターン目に入る。

 まだデュエルを続行できるだけの力があることに闇凌牙は戦(おのの)くが、それは一瞬の徒労に過ぎ去った。ドローの勢いが無さ過ぎて、遊馬の指からカードがすっぽ抜けてしまったのだ。地面に落ちたカードを見て目を点にした後(のち)、闇凌牙はケヒケヒと高笑いした。

 

「キィーヒャッハッハッー! ドローしたカードを落とすなんて、お間抜けにも程があるぜ。笑いすぎて腹が捩(よじ)れるわ! 何の魔法カードか見ないでおいてやるから早く取れよ……って、おっと口を滑らせちまったぜ!」

 

 右手を顔に当て、その指の隙間から覗き見しながら呵々大笑する闇凌牙と、力ない動作で慌てふためいてカードを拾う遊馬は、アストラル達にとって見ていられないものだった。

 

 遊馬はおどおどしながらもカードを拾い上げる。これにて手札は二枚になった。最初からあった一枚はモンスターカード、先程引いた一枚は魔法カードだ。モンスターを通常召喚して魔法カードを使おうか、と遊馬は思い付くが、首を横に振った。闇属性以外のモンスターを破壊してしまう効果を持つ『A.O.J カタストル』の前では、強化したところで仕方がないからだ。ならば、このターンは耐え忍ぶしかない。のし掛かる闇のフィールにより散漫してしまいそうな思考を働かせ、遊馬はカードを掲げた。

 

「俺は『カードカー・D(レベル2地属性機械族、攻撃力800守備力400)』を召喚。このカードをリリースして発動、デッキからカードを二枚ドローする。このターン、俺はモンスターを特殊召喚できない(アニメ効果)」

 

 もそもそと小声で言いながら、今度は落とさないようにしっかり掴んで、遊馬が二枚ドローする。

 

 一枚は魔法カードで、もう一枚はⅣが貸してくれた罠カードだった。

 

 魔法カードを見た遊馬は安堵の息を、彼が見なかった罠カードを背後から覗き込むように見たアストラルはため息を漏らした。悔やんでも仕方がないが、もっと早くこの罠カードが出ていれば『深海の牢獄』を防げて『No.39 希望皇ホープ』を除外せずに済んだのに、とアストラルは思わずにいられない。遊馬は覇気のない動作で魔法カードをデュエルディスクにセットした。

 

「魔法カード『光の護封剣』を発動。相手のターンで数えて三ターンの間、相手フィールド上のモンスターは攻撃宣言できない」

 

「姑息(その場しのぎ、という意味)な真似を」

 

 光の剣が降り注ぎ、『A.O.J カタストル』を縫い付ける。三ターンもあればモンスターを揃えて、反撃も出来るだろう。眉を潜める闇凌牙に対して、カイトたちは逆転のチャンスを望んだ。

 

「俺はこれで―‐」

「遊馬!」

 

 ターンエンド宣言を行おうとする相棒をアストラルが引き止める。今、残っている二枚うちの一枚は罠カードだ。伏せなければ、何の意味がない。その一枚を伏せて欲しくて、遊馬からは声も聞こえず、姿も見えないのにアストラルは叫んだ。

 

「アストラル?」

 

 焦点の定まらない目で遊馬は宙を見上げた。絶望病に侵されているため、遊馬からアストラルを見ることは出来ない。そして、視線を手札に下ろした。遊馬は恐る恐る罠カードを手に取り、デュエルディスクにセットする。アストラルがほっとするなか、少年はターンエンド宣言を行ったのだった。

 

「Now it's my tune! Draw!」

 

 闇凌牙がノリノリで六ターン目に入る。

 遊馬のライフは3200、闇凌牙のライフは3400だが、彼の手札は今引いた一枚きりしかない。闇凌牙は引いたカードを見ると、ケヒケヒと笑って言った。

 

「『光の護封剣』、本当にその場しのぎだったようだな」

 

 物騒な台詞に遊馬の肩が震える。まさか、と観衆(オーディエンス)が息を飲んだ。

 

「俺は『スカル・クラーケン(レベル3闇属性水族、攻撃力600守備力1600)』を召喚! 遊馬、コイツの効果を忘れたとは言わせねぇぜ! このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上に表側表示で存在する魔法カード一枚を選択して破壊する事ができる! 『スカル・クラーケン』、『光の護封剣』を破壊しろ!」

 

 闇属性のモンスターの登場により、またしても闇が濃くなっていく。『スカル・クラーケン』が体を上下逆さまにした状態で上部の口から吐かれた墨によって、遊馬のフィールドにある表側表示の魔法カード『光の護封剣』は呆気なく破壊されてしまった。これにより、遊馬のフィールドは罠カード一枚きりとなってしまった。

 

「『スカル・クラーケン』が水属性だったら、『ウォーターワールド』の恩恵を受けれたのに残念だな。でも、邪魔っ気な『光の護封剣』を破壊できただけ御の字かな」

「あ、ああ……」

 

 絶望の嘆息を落とす遊馬を、『光の護封剣』から解放された『A.O.J カタストル』と『スカル・クラーケン』の影が覆う。Let's battle! と指を鳴らして闇凌牙はバトルフェイズに移行した。

 

「まずは『スカル・クラーケン』でプレイヤーにダイレクトアタックだ!」

 

 『スカル・クラーケン』が真っ黒い足を鞭のように振るい、遊馬に攻撃する。倒れ込む遊馬を見た仲間の呼ぶ声が悲鳴のように上がった。3200から600差し引かれ、彼のライフは2600になった。

 

「そのまま寝ててもいいんだぜ」

 

 以前に言われたことがある闇凌牙の台詞に頭がガンガンする。ゆらゆら揺れるようにして立ち上がる遊馬に「そう来なくっちゃな」と闇凌牙はケヒケヒ笑う。

 

「なんたって、メインデッシュの攻撃がまだだからな」

 

 闇凌牙の発言に遊馬がハッとして顔を上げると、機械仕掛けの正義執行者にエネルギーが溜まっている真っ最中だった。

 

 遊馬のフィールドにある罠カードが『スカル・クラーケン』のダイレクトアタックに反応しなかったあたり、攻撃宣言時に発動するタイプではない。もしかすると、死に札になった『エクシーズ・ギフト』でも伏せて、ブラフ(はったり)をしているかもしれない。どちらにせよ、凌牙の知識によって遊馬のデッキは知り尽くしている今、あのカードは遊馬を守るものではないのだ。そんな推測推理に安心して、闇凌牙は命令を下した。

 

「『A.O.J カタストル』、遊馬にダイレクトアタックだ! 全てよ、絶望の海に沈め! “ジャッジメント・レイ”!」

 

 レーザー光線が横一直線に放たれる。大爆発を起こした後に煙が濛々と立ち込め、直撃を受けた少年の叫び声が上がった。2200のダイレクトアタックを受け、遊馬のライフはとうとう400ぽっちになってしまった。

 

「遊馬!」

 

 アストラルとカイトと小鳥が悲痛に名を呼んだ。煙が消えると、膝をついて倒れ込む寸前のボロボロの遊馬が其処に居た。瞳の炎は絶望により今にも立ち消えそうで、倒れ込まないでいるのが精一杯なのが見て取れた。加えて最悪なことに、凌牙はナンバーズを所有している故、これはナンバーズを賭けたデュエルになっていた。遊馬のライフが小さくなったため、彼のライフと連動しているアストラルの身体が儚げに点滅する。このデュエルに敗北したら、遊馬の魂は冥府の扉へ送られ、アストラルは消滅、ハートランドシティはたちまちに“絶対的な暴力”に支配されてしまうだろう。それだけは何としてでも避けなくてはならない。

 

(“千年レンズ”は攻撃を優先する余り、低攻撃力の『スカル・クラーケン』をフィールドに晒している。次のターン、遊馬がモンスターカードをドロー出来れば、『スカル・クラーケン』を破壊し、ダメージを与えることが出来る!)

 

「メインフェイズ2へ移行。俺は罠カード『超水圧』を発動するぜ」

 

 どうにかしてダメージを与える術(すべ)を考えるアストラルに、闇凌牙のカード発動の声が響く。

 

「『超水圧』は自分フィールド上に存在するモンスター一体を破壊して墓地へ送った後、自分のデッキからカードを一枚ドローする! 俺は『スカル・クラーケン』を選択!」

「なにっ!」

 

 『スカル・クラーケン』が破壊されたことにより、唯一の攻めどころが消えてしまった。これにより、相手フィールドは厄介な『A.O.J カタストル』の一体だけとなる。

 

「残念だったな、アストラル。『スカル・クラーケン』を攻撃してライフダメージを狙っただろうが、何処に攻撃力600のモンスターをフィールドに放置する阿呆がいるかよ。ドロー!」

 

 デッキから引いたカードを見て、闇凌牙は思わず笑ってしまった。

 

「俺ってカードに選ばれてるぅ~! 運命の女神様どころか、“神様”すら従えちまったよ!」

 

 余程良いカードを引けたのだろう。闇凌牙が笑えば笑うほど、遊馬の敗色が濃厚になっていく。絶望に深みが増していく。

 

(闇のフィールよ、もっと高まれ! 絶望よ、俺に力を与えろ! そして、因果の底より“あのカード”を浮上させろ!)

 

 邪神に祈るように、闇凌牙が心の内で呵呵と嗤(わら)った。

 

 遊馬のライフはたかだか400、手札は一枚で、フィールドに罠カードは伏せているが、モンスターは居ない。攻撃力2200以上の闇属性モンスターではない限り、闇凌牙のエース『A.O.J カタストル』を破壊することは出来ない。加えて、相手のライフはまだ3000以上もある。トドメに『No.39 希望皇ホープ』は除外され、『死者蘇生』も使用済みだ。闇のフィールによって仲間と隔離されてしまっているため、ゼアル化も見込めない。仲間が気付いているように、遊馬自身も気付いていることだろう――勝てない条件が揃い過ぎていることに。

 

 絶望だった。

 

「俺様はカードを伏せて、ターンエン―‐」

「もうやめて!」

 

 最後の一枚の手札を伏せた闇凌牙が言い切る前に、あまりの遊馬の絶望に堪(こら)えきれなくなった小鳥が叫んだ。

 

「このデュエル、勝たなくちゃいけないってこと分かっているわ。でも、私は見たくないの。遊馬がこれ以上、心も身体も傷付くのを黙って見ていることしか出来ないなんて、私は耐えられない……っ!」

「小鳥……」

 

 涙をポロポロ零してしゃがみ込む小鳥に、アストラルもカイトも言葉を失う。ダイレクトアタックを二回も受け、希望をへし折られ、仲間が視えなくなっても、デュエルをしなくてはならない遊馬の姿は見ていて辛いものだった。だが、デュエルが始まってしまった今、どうしようもないことだ。小鳥の啜(すす)り泣きを聞いて、言葉を失っていたのは、遊馬陣営の二人組だけではなかった。

 

「フェーゲレヘン」

 

 闇凌牙がポツリと呟く。

 右手で左手の甲に巻かれた包帯を数回さすり、視界を床に落とした。そして再度視線を遊馬に向けると、口が裂けるように笑ってみせた。

 

「九十九遊馬。此処まで持ちこたえるなんて、流石は千年アイテムに選ばれただけあるな。普通の人間だったら、これだけの闇のフィールの中に居たらとっくのとうに発狂しているぜ」

 

 カツカツと音を立てて、ゆっくりと闇凌牙が遊馬へ接近していく。

 

「お前が闇のフィールに完全支配されないのは、何処かで希望を持っているからだ。神代凌牙は裏切っていないってな。……最も、相棒と宿敵(ライバル)に揃いも揃って『凌牙が裏切った』と言われて動揺しちまったからか、ゼアル化を続けていられる程の精神は保てなくなっちまったけどな」

 

 だからよぉ、と闇凌牙は悪魔の契約書を取り出すように言った。

 

「お前に神代凌牙の本音を視(み)せてやるよ。この千年レンズは人物の記憶を覗き込む能力を持つからな」

「貴様、何を考えている?」

 

 隠者にも似た妖(あや)しげな雰囲気を醸し出す闇凌牙に、カイトが顔面を引きつった状態で話し掛ける。

 

「何をって、チビガキに王サマの記憶を視させてやるのさ」

「そんなことをして、いったい君に何の得がある? 裏切っていないという何よりの証拠になるだけではないか」

 

 アストラルの言う通り、神代凌牙は九十九遊馬に絶対の信頼を置いている。記憶を視せたら凌牙が裏切っていないことは自明の理になり、せっかく絶望に追い込んだ遊馬を希望に復活させることになるため、闇凌牙には何の利点もないはずだった――彼の悪略を聞くまでは。

 

「早とちりすんなよ、千年アイテムの亡霊。いつ俺が今現在の記憶を視せるって言ったんだ?」

「なに?」

 

 訝しげに応答するアストラルに対して、闇凌牙は嬉しげに答えた。

 

「俺が視せる凌牙の記憶は、遊馬と出会ったばかりの頃だ」

 

 彼の謀略に、アストラルと小鳥とカイトは一瞬にして血の気が引いていった。

 

「待って! そんなことをしたら―‐」

「今でこそ、仲良しこよしな二人だが、出会ったばかりはどうだったろうな。少なくとも、凌牙は遊馬に対して鬱陶しい感情しかなかったはずだ。自分みたいな挫折を知らず、孤独からは程遠く、仲間に囲まれ、明るく楽しげに毎日を過ごし、デュエルチャンピオンを目指すなんて軽々しく口にする一年坊主。イラッときて、潰したくて、同じ闇に突き落としたくて、絶望する様を見たかったに違いねぇよなぁ」

 

 止める小鳥を通過し、絶望の足音を立てながら、正義執行者――強者は確実に弱者へと近付いていく。

 

「その時のどす黒い感情を今の凌牙の本音としてアイツに視せつけたら、さぁて、どうなっちまうかねぇ」

「やめろ、やめてくれ!」

「裏切った、と信じざるを得なくなっちまうよなァ!」

 

 カイトの制止を無視し、闇凌牙は遊馬の真ん前に立ち、襟首を掴んで無理矢理に立ち上がらせた。尋常ではない空気を読み取ったであろう、遊馬が身を捩(よじ)らすが、闇凌牙は情け容赦なく遊馬の瞳を自身の左目に装着した千年レンズに近付けた。

 

「視てみろよ、九十九遊馬。神代凌牙の本音を! 逃れられない真実を!」

「視るな! 遊馬ーっ!」

 

 アストラルが叫ぶが、全ては遅過ぎた。千年レンズが強く光り、凌牙の心を覗き込んでしまった遊馬が大きく目を見開く。僅か須臾の出来事だった。用は済んだとばかりに闇凌牙が襟首を突き飛ばすように放すと、遊馬は崩れるようにその場に座り込んでしまった。この瞬間、アストラルもカイトも小鳥も遊馬が絶望に落ちたことを確信した。アンブレイカブル(折れない)ハートは、とうとう折れてしまったのだ。

 

「そういや、宣言がまだだったな」

 

 最初の定位置に戻りながら、闇凌牙は悠々と宣言を行った。

 

「少年よ、これが絶望だ。ターンエンド」

 

 そう言い終わるや否や、闇凌牙のセットしたデッキの一番上のカードが混沌(カオス)の光を放ち始めた。闇のフィールがマックスに達したのだ。次に闇凌牙のターンが来たとき、これを引けば確実に勝てるだろう。デッキの一番上に置かれた、因果の底から浮かび上がった魔法カードに、闇凌牙は狂喜の声を上げたくて仕方がなかった。

 

「さぁて、七ターン目。九十九遊馬、お前のラストターンだ……と言っても、デュエルする意欲はもうねぇだろうけどな。なんなら、サレンダーしても良いんだぜ? 負けたら魂は冥府の扉行きだが、身体はそれ以上ボロボロにならずに済むんだ。身も心もボロボロになるところを、心だけで済むから良い案だと思うんだけどな。安心しろよ、独りじゃねぇぜ。アストラルも一緒に逝くからさ。なんなら、カイトも後追いさせてやろうか? 相棒と宿敵も逝かせてやるなんて、俺様、親切過ぎだろ。あ、そうそう! フェーゲレヘンは俺の側に置かせてやるからな。お前まで逝く必要はねぇよ。“絶対的な暴力”となった俺の側に居られるなんて、とんだ果報者だぜ?」

「誰があなたなんかと!」

 

 涙を無茶苦茶に拭うと、小鳥が闇凌牙を嫌悪感を露わにして強く睨み付けた。予想だにしない小鳥の反論に目を丸くした闇凌牙だったが、遊馬が狼煙(のろし)のように立ち上がるのを見て、彼女に何か言うのを辞めた。

 

「九十九遊馬、冥府の扉の向こうへ逝く覚悟は出来たか? 神様の御前の天秤に乗せる真実(マアト)の羽とお前の心臓の重さは? 最期に呼ぶ名前は決まったのかい?」

 

 そろそろと遊馬の右手がデッキへ伸びていく様を見つつ、闇凌牙がケヒケヒと笑いながら言葉を詰め寄らせていく。

 

「遊馬」

 

 アストラルが相棒の名を呟く。

 

 右手がデッキの上にそのまま置かれれば、サレンダーとなり、遊馬の敗北が決定する。諦めるな、と叫びたくても叫べない。遊馬がこれ以上傷付かずに済むのならいっそのこと――。

 

「遊馬。聞こえただろ、神代凌牙の声が」

 

「ああ、聞こえた」

 

 闇凌牙の問い掛けに、遊馬が端的に答える。彼の右手はデュエルディスクのデッキの上に置かれ、俯いているため、遊馬の表情は掴めない。アストラル・小鳥・カイトが息を飲む。ケヒヒと闇凌牙が笑いを漏らす。

 

 そして、遊馬は答えた。

 

 

 

【2】

 

「シャークの――『助けてくれ』という声が!」

 

 遊馬が顔を上げる。

 その表情の何処を見ても絶望はなかった。絆という希望に満ち溢れていた。闇が遊馬から遠退いていく。彼から絶望という死に至る病は完全に消え去っていた。

 

「行くぜ、俺のターン! ドロー!」

 

 瞳に不屈の炎が燃えている。その情熱さながらの光を放ちながら、遊馬がドローした。

 

(そんな馬鹿なっ!)

 

 ゼアル化していたときよりも一層輝く希望の光に闇凌牙は目が眩みそうだった。

 

(確かに俺はアイツに過去の凌牙の記憶を視せたはずだ。なのに何故絶望しない!? どうして闇のフィールに屈しない!?)

(それはお前が三つの失策を演じたからだ)

(シャーク・ドレイク! どういうことだ!)

 

 ナンバーズの聖霊が闇凌牙の耳元で囁く。姿を見せないまま、シャーク・ドレイクは三つの失策を説明し始めた。

 

(一つ目。餓鬼とはいえ女に現[うつつ]を抜かしたこと)

 

 包帯を巻かれた左手をうっすらと視えない手で撫でられる。

 正々堂々戦って欲しいという小鳥の言葉を真に受けた闇凌牙は、心理フェイズを利用したが、禁止カードやイカサマを使わずに遊馬とデュエルし、「シャークが裏切るなんて嘘よ」と言う彼女の為に凌牙が裏切っていないことを早々にネタバレしていた。

挙げ句、心身ともに遊馬が傷付くのを見たくないという小鳥の為に心をズタボロに引き裂いて、身体は無事で済むようにサレンダーを促そうとさえした。

 

(二つ目。他人に利用させないと豪語した千年レンズを道具として使わせたこと)

 

 シャーク・ドレイクとのやり取りで闇凌牙は『千年レンズを誰かに使われることはない。使わせもしない』と言ったにも関わらず、遊馬に凌牙の記憶を視せるために自ら望んで道具として使わせた。

 

(三つ目。最も敵に回してはならない者を目覚めさせてしまったこと)

(最も敵に回してはならない者?)

(ほう? 古代の砂漠の国の民でありながら、神の名を忘れたか)

(神だと!)

 

 思いも寄らない遊馬の絶望から希望への変わり身に、闇凌牙は冷静さを完全に欠いていた。そんな彼を追い詰めるように、シャーク・ドレイクがその神の名を口にした。

 

(ラーの神、太陽だ。その光が千年レンズの虚偽の幻を打ち破り、凌牙の真実の感情を遊馬は視ることが出来たのだ)

(そんな馬鹿な!)

 

 闇凌牙は振り被って遊馬を見た。太陽が夜を切り開くように、遊馬が放つ希望の光が絶望の闇を打ち払っていく様に恐怖を感じた。

 

「アストラル、小鳥、カイト! やっぱりみんな居てくれたんだな!」

「遊馬、俺達が視えるのか!」

 

 カイトの質問に遊馬が諾と頷く。

 

「どうやって闇のフィールを弾(はじ)いたの?」

「このデュエルに挑むうえで一番大切なことを思い出しただけだ!」

 

 不思議そうに小鳥が尋ねると、遊馬は自信を持って答えた。

 

「俺はデッキ狩りがシャークじゃないことを証明するために、此処まできたんだ。だから、シャークを信じるだけで良かったんだ。もう迷わねぇ!」

 

 遊馬がアストラルを見た。彼の瞳には真実しか映っていなかった。

 

「迷惑掛けたな、アストラル」

「いつものことだろう、君なら」

 

 二人揃って、ニィと笑う。勇気と希望がデュエルフィールドを満たしていく。

 

「遊馬、勝つぞ」

「分かっているさ、アストラル」

 

 顔を見合わせて宣言する。恐怖なんて何処にもなかった。

 

「いくぜ、“千年レンズ”! 俺は先程引いた魔法カード『カップ・オブ・エース』を発動! コイントスを一回行い、表が出た場合、自分はデッキからカードを二枚ドローし、裏が出た場合、相手はデッキからカードを二枚ドローする!」

 

 鉄男から借りたコインをポケットから取り出した。一か八かのギャンブルカードなのに、遊馬はちっとも恐くなかった。

 

(そうだ、俺がシャークを孤独にさせないように、誰かが俺を孤独にさせないようにしてくれている。だから、俺はいつまでもどこまでもこの想いを忘れずに走っていけるんだ!)

 

「かっとビングだ、俺ーっ!」

 

 コイントスする。左手の甲に落ちたコインを右手で抑え、相手に見せつけるようにしてその手をどかした。コインはライオンの顔を見せていた。

 

「当然、正位置(表)! よって、俺は二枚ドローする!」

 

 絆を確かめるようにコインを強く握り締めたまま、遊馬はデッキからカードを二枚引き抜く。これにより彼の手札が三枚になった。絶望の闇を振り払った今、悪い方向へ進むことはない。それを認めたくない闇凌牙は「ただ運が良かっただけではないか!」と悪態を吐きたくて仕方がなかった。だが、九十九遊馬が何をしようと無駄だ。所詮絶望に落ちる定めなのだ。伏せたカードを見ながら、闇凌牙は人知れずほくそ笑む。

 

「遊馬、これで勝利の方程式が完成した」

「ああ、そうだな。アストラル」

 

 そんな闇凌牙の思惑を余所に、まずは一枚目のカードを遊馬は掲げた。

 

「俺は『ガガガガール(レベル3闇属性魔法使い族、攻撃力1000守備力800)』を通常召喚!」

「闇属性のモンスターを召喚して『A.O.J カタストル』を正面から倒す気か? だが、『A.O.J カタストル』の攻撃力は2200、まだまだ足りないぜ!」

「なら重ね掛けをするまでのこと!」

 

 アストラルから闇凌牙への返答を耳にしつつ、遊馬は二枚目のカードを手に取った。

 

(シャーク、俺に力を貸してくれ! お前を助ける力を! お前を独りにしない力を! もう絶対に俺はお前を見捨てない! お前が俺を信じ続けてくれたように、俺もお前を信じ続けて、信じ切ってみせる! だって、俺達は……――なぁ、そうだろ、シャーク!)

 

 強き意志が希望になり、皇の鍵を輝かせる。希望の輝きにより、闇属性の『ガガガガール』を召喚したことで増すはずの闇のフィールを切り裂いた。

 

「俺は手札から魔法カード『アーマード・エクシーズ』を発動! 自分の墓地に存在するモンスターエクシーズ一体を選択し、自分フィールド上に存在するモンスター一体に装備カード扱いとして装備する。装備モンスターはこのカードの効果で装備したモンスターと同名カードとして扱い、そのモンスターと同じ攻撃力になる!」

「残念だったなぁ、遊馬! お前の愛しのエース『No.39 希望皇ホープ』は墓地じゃなくて除外だ。『アーマード・エクシーズ』は使えねぇ!」

「墓地にはまだコイツがいるさ! 蘇れ! 『No.17 リバイス・ドラゴン』!」

 

 墓地から『No.17 リバイス・ドラゴン』が現れ、その上に『ガガガガール』が乗り、装備された状態になった。

 

「同名カードとして扱う場合、引き継ぐのは名前だけであって、属性等は元々のモンスターのものが適応される」

「つまり、『No.17 リバイス・ドラゴン』は闇属性になる!」

 

 アストラルの説明を遊馬が引き継ぎ、闇属性になった『No.17 リバイス・ドラゴン』が咆哮する。

 

「だが、闇属性になったところで攻撃力は2000。『A.O.J カタストル』には後200足りねぇな。闇属性になった今、フィールド魔法『ウォーター・ワールド』の恩恵すら受け付けねぇうえ、オーバーレイ・ユニットもねぇ。詰んだな」

「まだだ! まだ重ね掛けは終わってねぇ!」

 

 遊馬は手札の最後の一枚である魔法カードを手に取った。この魔法カードは五ターン目で引き、落としてしまったカードだ。闇凌牙は確実に何の魔法カードなのか知っているだろうが、この際関係なかった。

 

「魔法カード『破天荒な風』を発動! 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター一体の攻撃力・守備力を次の自分のスタンバイフェイズ時まで1000ポイントアップする! 俺は勿論『No.17 リバイス・ドラゴン』を選択だ!」

 

 黄金の風が吹き荒れ、闇属性の『No.17 リバイス・ドラゴン』の攻撃力を2000から3000までアップさせる。

 

「『No.17 リバイス・ドラゴン』の攻撃力が『A.O.J カタストル』の攻撃力2200を上回った!」

「これで『A.O.J カタストル』を破壊できるわ!」

 

 カイトが拳を握り、小鳥が喜びの声をあげる。そんな空気をケヒケヒとした笑い声を揺るがした。

 

「土壇場で此処までやるなんて、流石にWDCのデュエルチャンピオンなだけあるな」

 

 自身のエースを破壊するモンスターが登場したというのに、闇凌牙には悪意のこもった余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「遊馬、いいことを教えてやるぜ。所詮は絶望が勝つ定め! 希望は絶望の礎(いしずえ)にしかならねぇんだよ! カウンター罠『神の宣告』発動!」

「“神宣”だとっ!?」

 

 それまでの希望を刈り取るカウンター罠にナンバーズハンターが驚愕の声をあげる。

闇凌牙が『超水圧』で引き当て、伏せたカードがオープンされた。

 

「ライフポイントを半分払い、魔法・罠カードの発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚のどれか一つを無効にし破壊する! 今の俺のライフは3400。1700支払い、『破天荒な風』を破壊する!」

 

 このゲス野郎! とカイトは怒鳴りたくなった。『神の宣告』はいつでも発動できるカウンター罠だ。つまり、一番最初の『カップ・オブ・エース』の時点でも発動できたのだ。それを見逃して、今の今で発動させるなんて、何処まで遊馬の積み上げた希望を打ち砕き、デスパレート(絶望の崖)から突き落としたいのか!

 

「キィーヒャッハッハッー! 残念だったな、九十九遊馬! これで分かっただろ! 所詮、希望なんざ積み上げれば積み上げる程、デスパレートを高くするだけということを! 絶望の礎でしかないことを! 最後に勝つのは絶望なことを!」

「違う! 希望は絶望の礎なんかじゃねぇ! 希望はみんなの胸の中にあるもんなんだ! ずっと寄り添っているものなんだ! それを忘れずに信じ続けていれば必ず応えてくれる! 希望そのものになれる! たとえ、それがどんなに……深海の牢獄のような絶望のドン底にいたとしても!」

 

 千年レンズに猩々緋(黒い赤、という意味)色の眼(ウジャト)が浮かび上がる。しかし、遊馬の煌めきは消えたりしなかった。『神の宣告』の放つ光が『破天荒な風』を裁く前に、遊馬は五ターン目で伏せた、Ⅳから借りたカードをひっくり返した。

 

「Ⅳ! お前がシャークを助けられるってことを証明してやる! カウンター罠発動、『ギャクタン』!」

「『ギャクタン』は罠カードが発動した時に発動。その発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻すカウンター罠だ」

 

 遊馬のデッキに入っているはずのない、まさかの『ギャクタン』に、凌牙の記憶を覗き込むことで対戦相手のデッキを把握してきた闇凌牙は発声すら忘れて唖然とした。アストラルの説明通りに『神の宣告』は巻き上げられ、闇凌牙のデッキに戻っていく。

 

「ライフ1700の払い損だな」

「そんな馬鹿な……神が、俺の神がーっ!」

 

 カイトの冷静な言葉に、闇凌牙は怒ることすら出来なかった。ドラゴンの唸り声がデュエルフィールドを轟かす。闇凌牙が振り向くと、攻撃力3000の闇属性の『No.17 リバイス・ドラゴン』が圧倒的な存在感と共に佇んでいた。

 

「“千年レンズ”、バトルだ! 『No.17 リバイス・ドラゴン』で『A.O.J カタストル』を攻撃! 対“光”属性のモンスターを“貫く”、“闇”の“バイス・ストリーム”!」

 

 遊馬とアストラルが声を揃えて攻撃宣言し、『ガガガガール』を背に乗せた『No.17 リバイス・ドラゴン』が暗黒の“バイス・ストリーム”を放つ。800のオーバーダメージを受け、機械仕掛けの正義執行者『A.O.J カタストル』は爆散していった。

 

「正義が、強者と勝利の象徴が、あの女(ヒト)との絆の召喚モンスターがぁぁぁぁぁ……ぜ、全……め……滅めつめつ……」

 

 泡を吹くように呟きながら、闇凌牙が膝から崩れ落ちた。これにより、闇凌牙のライフは1700から900までダウンし、モンスターゾーンは空っぽになってしまった。

 

(だが、まだ900も残っている! 次のターン、神代凌牙の因果の底から蘇った魔法カードさえ引ければ……)

 

 そこまで考えて、闇凌牙はハッとした。凌牙が遊馬に渡した『アーマード・エクシーズ』にはもう一つ効果があったのだ。

 

「君は遊馬を追い詰めるため、念入りに二人のタッグデュエルを覗いたのだろう。『アーマード・エクシーズ』のもう一つの効果を忘れたとは言わせない。遊馬!」

「おう! 『アーマード・エクシーズ』のもう一つの効果発動! この効果で装備したモンスターを墓地へ送る事で、もう一度攻撃することが出来る!」

 

 この効果によって、『No.17 リバイス・ドラゴン』は再び墓地へ戻っていく。残されたのは、攻撃力1000の『ガガガガール』だけとなった。

 

「やめろ、よせ……っ!」

 

 後退りするライフ900の闇凌牙に、『ガガガガール』は冷たい視線を送る。

 

「いっけーっ! 『ガガガガール』でダイレクトアタックだ! “ガガガプッシュ”!」

「やめてくれーっ!」

 

 遊馬の声を受けた『ガガガガール』は無慈悲にも、ピ・ポ・パとスライド式携帯電話を鳴らす。携帯電話から放たれた超電磁魔導波が闇凌牙に直撃し、彼のライフは0となり、デュエル終了音が鳴り響いた。

 

「アストラル」

「遊馬」

 

 グッジョブ! と二人一緒に親指を立てる。闇のフィールが次第に紐解かれていく。

 

 九十九遊馬の勝利だった。

500ポイントアップし、守備力は400ポイントダウンする)

「やったわね、遊馬!」

 

「全くヒヤヒヤさせる奴め」

 

 自由に動けるようになった小鳥とカイトが合流する。四人で勝利の喜びを享受していると、ブツブツと呟くようにケヒケヒと笑い声が聞こえてきた。

 

「“千年ジャンク”、約束だ。冥府の扉へ貴様の魂を捧げ、凌牙を解放しろ」

 

 カイトがそう告げると、倒れ込んでいた闇凌牙は絡繰り人形のようにブワリと立ち上がった。人間らしからぬ動きに不気味さを感じた小鳥が遊馬の後ろに隠れる。

 

「それとも、自身が負けたら反故(ほご)にする気だったのか」

 

 アストラルの追撃に闇凌牙は「まさか」と笑った。

 

「闇のデュエルの罰ゲームは絶対だからなぁ、ちゃんと魂は冥府の扉に捧げるぜ――神代凌牙の魂をなぁ」

 

 闇凌牙の言葉に全員が凍り付いた。フリーズ状態を真っ先に解いたのは遊馬だった。

 

「なんでそうなるんだ! どうして、シャークの魂を捧げなくちゃならねぇんだ!」

「俺は『敗者は冥府の扉に魂を一つ捧げる』と言っただけだ。その魂が誰のものなのか――敗者とかプレイヤーとか一切限定しちゃいねぇ。都合の良いことに、今この身体には俺と神代凌牙の魂で二つあるんだ。その内の一つを捧げるだけでさァ」

 

 なぁに怒っちゃっているの? とケヒケヒ笑う闇凌牙に、皆の顔色が絶望に染まっていく。

 

「だったら、遊馬は何のためにデュエルを……」

「そんなに意味を持ちたいなら、俺との二回戦目で勝てば良い話じゃねぇか。最も、目の前で凌牙の魂が消し飛ぶのを見て冷静でいられたらの話だけどな」

「貴様っ!」

 

 小鳥の言葉を一蹴する闇凌牙にカイトが拳を振り上げる。それを後方へ大きくジャンプすることでかわすと、闇凌牙は醜い笑みを更に強くした。

 

「遊馬ァ、これで分かったろ? 結局は絶望が勝利することが。さぁ、デュエルディスクを展開しろ。デッキをセットしろ。Dゲイザーをオンにしろ。俺様ともう一戦デュエルだ。その前に大事(でぇじ)なお友達のお別れイベントがあるけどなァ!」

 

 お楽しみはこれからだ! とエンターテイナーのように闇凌牙は両手を仰いだ。

 

「さぁて、みんなお待ちかねの罰ゲームの時間だ! 因果のカードは惜しいが、俺様の命には代えられねぇ。開け、冥府の扉! 闇のゲームの代償に神代凌牙の魂を捧げてやるからよ! ケヒヒ、ケヒケヒ、キィーヒャッハッハッー!」

 

 冥府の扉が徐々に開いていく。涎を垂らさんばかりに高笑いする闇凌牙に、遊馬たちはその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

 

「アストラル、どうにか出来ねぇのか」

 

 遊馬の呟きにアストラルは返す言葉がなかった。せっかく絶望から希望に返り咲いたのに、また絶望へと萎(しぼ)まなければならないのか。シャーク、と遊馬が呼ぶ。

 

「やめろ、やめてくれよ……」

「三度目の死を味わえ、神代凌牙!」

「やめてくれーっ!」

 

 闇凌牙が高らかに宣言し、遊馬が絶叫した、そのときだった。

 

 

 

【3】

 

「それはどうかな?」

 

 闇凌牙とも遊馬ともアストラルとも小鳥ともカイトとも異なる、全くの第三者の声が割って入るように通っていく。声のした方向を見ると、全開になった冥府の扉からだった。扉の向こう側は冥府だというのに光に満ち溢れ、その開け放たれた扉の真ん中に一人の人物が立っている。逆光のため、顔は分からない。背格好から推測するに青年の域だろうか。奇抜な髪型をし、古(いにしえ)の砂漠の国の王族の真っ白い礼服を着こなした彼はシルバーの鎖のペンダントをしている。そのペンダントトップはカイトが美術館で見た千年アイテムの一つであり、眼(ウジャト)の紋様が刻まれた、黄金の大きな四角錐を逆さにしたものだった。

 

「お前は――!」

 

 闇凌牙が王の真名を口にするが、遊馬たちは聞き取れなかった。王は闇凌牙にすっと指差しながら判決を下した。

 

「千年レンズに封印されし魂よ、罰ゲームを受けるのは貴様の方だ」

「なにぃっ! 何故、俺が受けなくてはならねぇんだ! 俺は俺の魂を捧げるとは一言も―‐」

「確かにそのような約束を貴様は彼等とはしていない。だが、その身体の持ち主とは交わしただろう」

「宿主と?」

 

 その瞬間、波のように闇凌牙に記憶が蘇ってきた。夜の窓ガラス越しに、闇凌牙は凌牙にゲームを持ち掛けたのだ――遊馬が凌牙を信じ抜いたら彼の勝ち、疑って見捨てたら闇凌牙の勝ちというシンプルなゲームを。

その時、闇凌牙はこうとも言った。

 

『賭けるものは互いの魂だ。無論、俺が負けたらお前の身体を返してやんよ』

『ただのゲームじゃねぇ、闇のゲームだ。敗者には必ず罰ゲームは行われるから安心しな』

 

 闇凌牙は理解した。今、此の場で行われるのは遊馬との闇のデュエルの罰ゲームだけでなく、あの時、凌牙と交わしたゲームの処理も行われるのだ。

 

「あ、あれは正式な闇のゲームじゃねぇ! 口からの出任せの単なるハッタリだ!」

「闇のゲームの元に約束した以上、罰ゲームは受けて然(しか)るべきだ」

 

 にじりにじりと闇凌牙が後退りする。顔には冷や汗が流れていた。

 

「ふざけるな! なんで、俺ばっかり罰ゲームを受けなきゃならねぇんだ! “すべてのはじまりのカード”を手に入れるまで、俺はまだ涅槃に逝く訳にはいかねぇんだよ!」

 

 千年レンズに浮かび上がる眼(ウジャト)が紅の色を発する。闇凌牙が右手を掲げると3×3マスの魔方陣が現れ、数字が消えうせたかと否や、ベクトルのように魔法の矢が王に向かって飛んでいく。しかし王が呪文を呟くと、忠実な魔導士が冥界から現れ、攻撃を一気に蹴散らしたうえ、消える間際に罪人を黒魔術で拘束していった。

 

「くそっ! 放せ! 放せよぉっ!」

「問答無用! 罰ゲーム!」

 

 闇凌牙を指差す王の額には、第三の眼(ウジャト)が浮かんでいた。同じように罪人の足元に黄金の眼(ウジャト)の結界が現れ、彼を包囲する。結界から迸(ほどばし)る聖なる光を受け、闇凌牙は断末魔の叫び声を上げた。次第に彼の身体はぐんぐん宙へ浮かび上がっていったかと思うと、ぐにゃりと歪んだ。落ちる! と感じた瞬間に遊馬は走り出し、スライディングするように落ちてきた凌牙を受け止めた。

 

「シャーク! シャーク!」

 

 遊馬が何度も名を呼ぶと、気を失っていた凌牙は少しだけ呻いた。千年レンズは付けていなかった。戻ってきた凌牙に遊馬は涙が零れそうになる。そんな彼等の頭上では、凄まじい光景が繰り広げられていた。

 

「いったい俺の何が悪いんだ! お前らがあの女(ヒト)を生贄に捧げなければ! 俺はただ“すべてのはじまりのカード”を使って、あの女(ヒト)を―‐」

「貴様は此処にいてはいけない。輪廻の輪に加わり、あの女(ヒト)に出会うための新たな人生を歩め。それが、貴様に俺が出来る最後の情けだ」

 

 千年レンズを装着した紅蓮の悪霊が身を捩(よじ)りながら呪詛と願いを口にする。王が宥めるように口を開くと同時に冥府の扉に風が吹き始めた。悪霊を吸い込もうとする扉に、彼はひたすら抗(あらが)い続ける。

 

(哀れだなぁ、“千年レンズ”)

 

 姿を現さないまま、凌牙が唯一所有するナンバーズの聖霊が幾千年の悪霊にだけ聞こえるように囁きかけてきた。

 

(シャーク・ドレイク! 俺様を助けろ!)

(“千年レンズ”、俺は言ったはずだ。『俺は誰の味方ではない』と。所有者すらでなくなったお前に何故協力しなくてはならない? だが、お前には感謝している。久方振りに余興を楽しむことが出来たうえに、面白い事実――宿命を知ることが出来たからな)

 

 縋るような声色の癖に上から目線の懇願をシャーク・ドレイクは鼻で笑う。命懸けの復讐劇を余興と揶揄され、悪霊が憤る前にナンバーズの聖霊は告げた。

 

(さて、今の内に伝えておくとするか)

 

 ケヒケヒと笑いそうな勢いでシャーク・ドレイクは言った。

 

(“千年レンズ”、冥府の扉の向こうへ逝く覚悟は出来たか? 神様の御前の天秤に乗せる真実[マアト]の羽とお前の心臓の重さは? 最期に呼ぶ名前は決まったのかい?)

(シャーク・ドレイク! 貴様ァ!)

 

 悪霊が怒り任せで声を荒げるが、シャーク・ドレイクの気配は跡形もなく消え去っていた。

 

 冥府の扉の吸引力は益々強まるばかりだが、悪霊は悪霊らしく呪いの言葉を吐き散らし続けた。

 

「何故だ! 何故、逝かねばならない!? 弱者だからか? 違う、俺は弱者じゃねぇ! 俺は強者だ! あの女(ヒト)の言う通り、強くなった! 勝ち続けたから此処まで来れた! 勝利こそが全てなんだ! 九十九遊馬ァ、お前とてそうだろうが!」

「それは違うよ」

 

 悪霊の吠えるような問い掛けに遊馬は静かに答えた。眠っている凌牙の頭を二・三度撫でながら少年は続けた。

 

「俺、弱かったんだ。鉄男に負けて、カードへの理解の足りなさを感じた。シャークに負けて、自身の意志の甘さを知った。カイトに負けて、タクティクスの未熟さを分かったんだ」

 

 悪霊を見上げ、遊馬は言った。

 

「勝つことが全てじゃない。満足する敗北もある。俺は“勝ち続けた”から、此処に来れたんじゃない。“あの時、負けた”から此処まで来れたんだ。負けたときの悔しさをバネにしたり、誰かと協力したり、時には叱られたり、躓いたりして、それでも起き上がれたから、かっとビングの更なる向こうへ行けたんだ。負けるのが怖い余り、禁止カードに逃げたお前は単なる卑怯者じゃない」

 

 千年レンズに封じ込められた魂を見詰めながら、遊馬は結論を下した。

 

「お前は臆病者の弱虫だ」

 

 突き付けられたら己自身の正体に悪霊がシャウトする。冥府の扉の吸引力が更に強くなる。もう耐えきれなくなったのだろう、悪霊が手を伸ばした。手を伸ばした先は、取り憑いた神代凌牙でも、デュエルで敗北した九十九遊馬でも、そのパートナーたるアストラルでも、デュエルに勝利した天城カイトでもなかった。あの女(ヒト)と同じように手当てしてくれた、一人の少女だった。

 

「小鳥……!」

「ウル……?」

 

 小鳥が呼び返した本名に、彼がどんな表情を浮かべたのか確認する間もなく、数千年に渡って千年レンズに封印されし魂は冥府の扉の向こうへと消えていった。

 

 悪霊が冥府へ送られると、扉の向こうの世界が白黒と点滅し、王の首から掛けたペンダントと同じ紋様を浮かび上がらせた。ゆっくりと開眼した眼(ウジャト)が光の玉――悪霊が奪い取った百人のデュエリストの魂のデッキを吐き出していく。そこら中に光を撒き散らしながら、花火のようにデッキは元の持ち主の所へ戻っていき、デッキを再び手にすることが出来たデュエリストの一人であるカイトはほっと息を吐き、思わず最愛の弟の名を呟いていた。

 

 放たれた光によって、闇のフィールがじわりじわりと潮が引いていくように消えていく。用は済んだとばかりにマントを翻す古代の砂漠の王にアストラルが問い掛けた。

 

「君はいったい何者なんだ?」

 

 背を向けたまま、王が左腕を伸ばす。見えない水蒸気が固体化するように現れたプロトタイプのデュエルディスクが展開され、いつの間にか彼の服装は王族の礼服から群青色の学生服にも似た格好になっていた。

 

「お前、デュエリストなのか!」

 

 遊馬がすくっと立ち上がる。急に立ち上がったものだから、凌牙を膝の上から落としてしまい、眠る彼が痛さで声を漏らした。

 

「なぁ、俺とデュエルしてくれよ!」

「ちょっと遊馬! さっきデュエルしたばかりでしょ!」

「凌牙を先に病院へ連れていくのが先決だろうが」

 

 デュエル馬鹿の遊馬を小鳥とカイトが押さえ込む。アストラルもその通りだと頷く。

 

「じゃあ、次は必ずデュエルしてくれよ! 俺、もっとつよくなるからさ!」

「次ってねぇ……」

「泉下(せんか:あの世)の住人に次があるものか」

 

 それでも諦めない遊馬とその様子に呆れる二人に、黄泉の国の王様は「ああ必ず」と笑ってみせた。音を立てて冥府の扉が閉まっていく。完全に閉まる前にアストラルが再び質問した。

 

「どうして君は我々の味方をしてくれたんだ? シャークと“千年レンズ”の闇のゲームは正式なものではなかったはずだ」

 

 王は遊馬を一瞥してから、嬉しげにこう答えたのだった。

 

「彼の気質が俺の知己(ちき:親友のこと)に似ていたからさ」

 

 冥府の扉が完全に閉まる。闇のフィールと共に冥府の扉は消え去り、窓からはさんざめく朝日が差し込んでいた。

 

「仲間を信じること、それが俺が俺らしくあるために一番大事なことだと思うんだ。それを忘れたから、俺は俺のデュエルが出来なくなっちまったんだ。だから、俺が俺らしく俺であるために仲間を信じる。デッキを、勝利を信じる。信じることを俺は諦めない! それこそが“かっとビング”なんだ!」

 

 遊馬が皇の鍵とコインを握り締めた拳を空に掲げる。朝日を浴びながらの小さな勇者の宣誓に三人は顔を見合わせた後、宿敵はフッと笑い、幼なじみは優しく笑い、相棒は柔らかい笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

つづく




※YGO……『遊戯王』をローマ字にしたものの頭文字。


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⑪XYZ (完)

【1】

 

「Dホイールで事故って、四日間も意識不明だったってか。イマイチ実感涌かねぇな」

 

 遊馬と凌牙がデュエルの約束をしてから、五日目の朝。

 ハートランドシティ病院の最上階に近い病室から見える青空を見ながら、凌牙がポツリと呟く。

 

「バイク事故の癖に怪我が左手の甲だけだし、その割には四日間も眠る羽目になるし、全く訳が分からないぜ」

「運が良かったってことでいいじゃない! ねぇ、遊馬?」

「お、おう! そ、そうだぜ、シャーク!」

 

 嘘を吐くのが下手すぎる遊馬を小鳥が小突く。そんな二人にアストラルは吐きそうになる溜め息を堪(こら)え、凌牙はますます怪訝な顔つきになった。

 

 千年レンズに封じ込められし魂が昇天し、百のデッキは各持ち主の元へ戻っていった。暗闇でデュエルをしていたので大多数の被害者が神代凌牙とは判別できなかったこと、判別できた者は遊馬の知り合いだったため正体を秘密裏にできたこと、昨日の朝には光の玉となってデッキが戻ってきたことにより、ジャーナリスト達は揃って首を傾げたが、デッキ狩り事件は不可思議な現象――都市伝説の一つとして片付けられることになった。幸運なことに凌牙は千年レンズに乗っ取られている間の記憶が全くなかったようで、カイトの提案を受け、Dホイール事故により眠っていたことにされたのだった。

 

 それにしても記憶がなくて良かった、と遊馬は思う。千年レンズに取り憑かれていたとはいえ、インチキをしていたなんて、デュエルに嘘を吐きたくない凌牙はショックを受けるだろう。彼が目覚めたときにどう説明しようかと悩んでいたので、カイトの申し出――フェイクが遊馬には有り難かった。

 

「Dホイールは修理して病院の駐車場に停めてある。しばらくは休んでいろ」

 

 遊馬に助け舟を出してくれた当の本人であるカイトは目も合わせずに淡々と凌牙に告げ、病室の扉に向かう。相変わらずクールだなぁ、と思いながら遊馬は彼の背中を見つめていたが、扉が開いても尚、彼は不動のままだった。カイト? と遊馬が疑問に思っていると、彼は脈絡のない言葉を発した。

 

「凌牙、すまなかった」

 

 謝罪が転がり落ち、扉のエアロックが閉まる。病室を出て行ったカイトの言動に、残された三人は理解できなかった。対象者である凌牙も「なんだ、アイツ?」と不思議を通り越して不気味そうにしている。ただ、アストラルだけはその謝罪の目的語――数週間前、同じ病室で違う理由で生気なく眠る凌牙のヴィジョンが視えていた。

 

「観月、アストラル」

 

 らしくないカイトについて「どうかしたのかしら?」「さっぱり分からねぇ」と遊馬と小鳥が顔を見合わせていると、凌牙が話し掛けてきた。

 

「少し病室を出て行ってくれないか。遊馬と話したいことがあるんだ」

 

 その台詞に今度は小鳥とアストラルが顔を見合わせる。

 

(もしかしてフェイクがバレた? 二人っきりになって口が軽そうな遊馬にカマ掛けてみる気なのかしら?)

 

 思わずそう推測してしまった小鳥は凌牙の言葉に頷きつつ、遊馬に注意(アテンション)の意味を込めてアイコンタクトを送った。アストラルも小鳥と似たような視線を向ける。扉を閉まる音を遊馬は冷や汗と共に聞いたのだった。

 

 

 

【2】

 

 病院の廊下をカイトが音を立てて歩いていく。

 中庭に出ると、ベンチに座った茶髪の青年が手元に戻ってきたデッキを喜ばしげに入院着の同じ髪色の妹に報告している。良かったね、お兄ちゃん。と笑う妹に、これでデュエルが出来るぜ! と拳を握り締める兄。その二人の姿が、凌牙と、見たことがない彼の妹に重なった。

 

 一昨日の夜。

 デュエルの最中、千年レンズに宿りし悪霊に支配された凌牙はカイトに憎悪をぶつけてきた。カイトの父親・Dr.フェイカーのエゴにより、二つの平和な家族が壊され、そのうちの一つの家長が恨むあまり、他者の兄妹を巻き込み、カイトはその兄の魂を奪った。“千年レンズ”はその事実をカイトに叩き付け、精神の安定を崩してデュエルに勝利し、かつ、“凌牙が裏切った”と思い込ませた。つまり、言いように自身は踊らされていたのだ。だが、肝心なのは“踊らされていた”事柄ではない。

 

(凌牙は心から俺を恨んでいたのではないのだろうか)

 

 あの千年アイテムの能力は、千年レンズ越しで視た相手の過去を、記憶を、因果を覗き込み、相手の知識と感情をインプットするというものであった。記録はただのデータだが、記憶は主観的な感情の伴ったデータだ。あの時は“知識”ばかりに捕らわれていたが、悪霊が凌牙の“感情”を共有したとしたら、あの時の憎悪は凌牙のものとなるはずだ。

 

『だから、お前がどんなに懺悔しようとも、俺はお前を許す気はない』

 

 あの台詞には、過去から連(つら)なる明確な怨嗟が塗りたくられてあった。悪霊からしたら会ったばかりの人物となるカイトに、演技とはいえ、あんな殺意のこもった気迫をぶつけられる訳がない。それに、もし本当に奴が演技王だとしても、ⅢとⅣの件はそうでなければ説明がつかない。凌牙が裏切ったと思わせよう、と悪霊が思い付いたのはカイトの千年砂を見たからだ。禁止カードデュエルが出来なくなるから、勝率を上げるために精神攻撃を行うことにしたのだろう。ならば、それより以前のⅢとⅣとのデュエルで罰ゲームと称して炎の鉄槌を下したのは、千年レンズの悪霊が凌牙の憎悪に共感したからに違いない。

 

『WDCが終わり、復讐は終わったことになった。だが、俺の内にある憎悪の炎は決して消えたりはしなかった。むしろ、周りが終わったことにすればするほど、俺の怒りは増した。絶ゆることのない憎悪に俺が身をかきむしっている間、俺を苦しめてた連中が仲良く笑っているかと思うと殺意すら沸いた』

 

 悪霊が演じた凌牙の言葉に嘘偽りがなかったとしたら? あれこそが凌牙の本心だとしたら? ただ違うのは、凌牙は行動に起こさず、悪霊は行動を起こしただけのことだ。

 

(あの“千年ジャンク”も凌牙と同じように、大切な人を失ったのだろうか? だからといって、他者を傷つけて良い理由にはならない)

 

 今日、凌牙の顔からは殺意の纏った憎悪は消え去っていた。記憶にないとはいえ、千年レンズの悪霊が彼の感情に従い、復讐したのだ。行き場のない感情の処理がされたため、溜飲が下がったのかもしれない。

 

(少し感傷的すぎたか)

 

 そろそろ退院だろ? お兄ちゃんは楽しみにしてるからな。そんな会話をしながら兄が妹の手を取り、院内へ歩いていく。全くの見知らぬ他人の兄妹を見送りつつ、空いたベンチにカイトは腰を下ろした。見上げると、雲一つない青空だった。

 

 まんまと悪霊の策略に引っ掛かり、カイトとアストラルは“凌牙が裏切った”と思い込み、遊馬を追い詰める一手を担(にな)ってしまった。だが、とカイトは思う。また同じようなことがあったとしても、やはり彼は裏切ったと結論付けるだろう。遊馬みたいに信じられる程、幼くも純粋でも甘くもないのだ。一点の汚れがない、完璧な雲一つない青空にはもうなれない。

 

 だから、と続ける。

 

 ならばせめて、デュエルだけは強くあろう。似たようなことが起きた場合、遊馬みたいに信じられないカイトが彼に助言したところで、今回のように彼の道を狭(せば)めるだけにしかならない。そんなカイトが遊馬の為に出来るのは、ただデュエルに強くあることのみだ。遊馬が彼の道を突き進めるように、答えが見付けられるように、己は黙ってデュエルで語れば良い。小さな勇者である彼の道を阻む者を倒せば良い。

 

 闇凌牙のデュエルを思い返す。

 攻撃力2200以下の闇属性以外の表側表示のモンスターを問答無用に破壊する『A.O.J カタストル』。

 その対処法として、彼は三つを指立てていた。

 

 一つ目は2200以上の闇属性モンスターで殴ること。

 二つ目は魔法・罠カードによる効果破壊。

 三つ目はモンスターカードによる効果破壊。

 

 しかし、まだ倒す方法があった。

 

(“四つ目”、裏側守備表示にすること。裏側守備表示にした場合、リバースモンスターではない限り、効果は発動しない。魔法カード等で『A.O.J カタストル』を裏側守備にしてしまえば、破壊効果は発動しないため、闇属性モンスター以外でも破壊は可能だ)

 

 リーグのファイナリストの肩書きを持つ凌牙の知識を得ていた悪霊がこの“四つ目”に気付かない訳がない。

 

 わざと黙っていたのだ。

 

 遊馬は『管魔人メロメロメロディ』『弦魔人ムズムズリズム』『太鼓魔人テンテンテンポ』をデッキに投入しているから、同じ魔人カテゴリーである『交響魔人(こうきょうまじん)マエストローク』が入っているかもしれない、と悪霊は警戒したのだろう。『交響魔人マエストローク(ランク4闇属性悪魔族、攻撃力1800守備力2300)』は攻撃力こそ低いが、オーバーレイユニットを使って、相手フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターを裏側守備表示にする効果を持つ。もし、遊馬が『交響魔人マエストローク』を持っていて召喚し、効果を発動していたら、『A.O.J カタストル』は裏側守備表示になり、効果は発動できない。しかも『A.O.J カタストル』の守備力は1200、攻撃力1900の『交響魔人マエストローク』でも破壊可能だ。

 

 裏側守備表示にはまだ利点がある。

 その表示形式に変更してしまえば、装備カードは破壊され、モンスター効果等でアップした攻撃力・守備力の数値をリセットしてしまう。攻撃力が高くても、守備力が低いモンスターなんて五万といる。ダメージを与えられなくても、厄介なモンスターを駆除できるなら充分だ。

 

(制限だが、モンスターを裏側守備表示にできる魔法カードがあったな)

 

 早速デッキ編成をしようと決めた。闇凌牙が言っていた通り、自身の問題が全て解決したから腑抜けていたのかもしれない。今回の事件においては後手後手に回ったうえ、相手の悪略の片棒を担いでしまった。

 

(同じ轍[わだち]を踏まぬためにも、強いデュエリストでいなくてはならない。俺を宿敵[ライバル]として仰ぐ、仲間である遊馬の為に。そして、ギャラクシーアイズ使いとしての誇りにかけて!)

 

 ベンチから立ち上がると、カイトは振り返りもせずに病院を後にしたのだった。

 

 

 

【3】

 

 緊迫した場面が終わり、閑話染みたありきたりな日常編へと演劇が移り変わっていく。

 舞台から目を離すと、態(わざ)とらしいぐらいに大きな欠伸(あくび)をした後、座席を倒して、天を見上げた。黒曜石のような天井の向こうに“全ての始まりのカード”の夢が見えたような気がした。

 

 “千年レンズ”によって舞台袖まで引きずり出された“神代凌牙の因果のカード”は彼の敗北と共に影一つ残さずに消え失せ、まるで最初からいなかったようであった。憎悪に取り憑かれた怨霊は、あのカードこそ“オナーズ(Honors)”(切り札)と思っていただろうが、召喚したが最後、神代凌牙の因果に飲み込まれ、皇の復活により身体を奪還された挙げ句、“千年レンズ”は消されていただろう。その因果の底から記憶が蘇った皇の帰還を待ち遠しく思っていたが、感情の全てを憎悪に費やすことが出来なかった“千年レンズ”の甘さによってデュエルは敗北に終わった。

 

(あの時、女の言葉を真に受けて余計なパフォーマンスをしなければ、七ターン目に遊馬が引き、発動した『カップ・オブ・エース』のコインは高まった闇のフィールの影響を受け、裏を弾き出して希望を完全に排斥し、八ターン目で“オナーズ[切り札]”を召喚し、遊馬とアストラルをあの世送りし、ナンバーズを手に入れ、皇が“千年レンズ”を取り込み、復活できたものを。……まぁいい。いずれ時期がくれば皇は帰還するのだ。いつまでもぬるま湯にいれる訳がない。神代凌牙が何故ナンバーズの影響を受けないのか、此方が何もせずとも闇に落ちていくことが判っただけでも充分な収穫ではないか)

 

 思考を邪魔するように笑い声が舞台から響いてくる。現在、とるに足らない日常編が舞台で演じられている。以前では不快にしかならなかった場面も、今では愉しく感じられた。

 

(希望は絶望の礎にしか過ぎない。積み上げれば、積み上げるほど、デスパレートは堆[うずたか]くなっていく、か。“千年レンズ”も良いことをいったものだ。この下らない寸劇もデスパレートを高くするためのスパイスだと気付けば、笑顔で観流すことができる)

 

 今回のエピソード(章)によって一番の収穫は己が何もせずともトラジック(悲劇)が観られることが分かったことだ。今時分も遊馬たちはせっせと友情を積み上げ、デスパレートの落差を高くしている。小さな諍(いさか)いも時には絆を強くするといったが、強くした結果が絶望である皮肉に観客――シャーク・ドレイクは笑いが止まらない。

 

「九十九遊馬、お前には未来たる運命を変える力があるが、過去からの宿命は変えられまい。せいぜい記憶(思い出)・希望・絆を重ね、デスパレートを築き上げ、俺に最高のトラジック(悲劇)を観せてみろ」

 

 黒曜石の輝きが北斗七星の形を結ぶ。

 シャーク・ドレイクは大声で笑った後、自身の出番がくるまで満足の沈黙に浸ったのだった。

 

 

 

【4】

 

(あの事件において、何点か気になることがあった)

 

 小鳥と共に病室前にいるアストラルは、ふよふよと浮きながら腕を組みながら考えて込む。

 

『……ああ、いいぜ。お前を倒し、ナンバーズを手に入れ、六人の部下を引き連れて“すべてのはじまりのカード”を掴んだ暁(あかつき)に……』

 

『……“絶望の闇”だ。光なき人を絶望に叩き落とし、希望を食い尽くす“闇のフィール”さ。最も人じゃなかったり、光を纏っている奴には効かないんだけどな』

 

 闇凌牙の台詞をズラリと並べてみた。

 遊馬にすら話したことがない、アストラル界とバリアン界の住人しか知らない“すべてのはじまりのカード”のことを何故彼が知っていたか。六人の部下とは何を意味するのか。どうして“闇のフィール”の影響が悪霊が取り憑いている、普通の人間であるはずの凌牙に及ばなかったのか。千年レンズは相手の記憶と共に因果を覗き込む能力を持っていた。もしかすると、凌牙の因果――前世に関係しているのかもしれない。皇の鍵・フォトン・紋章の力なしにナンバーズを扱えることについても、それと関連している可能性がある。

 

(いや、考えすぎだろう。恐らく“千年レンズ”が古[いにしえ]の砂漠の王国の言い伝えとして事前に“すべてのはじまりのカード”のことを知っていたのだろう。六人の部下も口から出任せ、“闇のフィール”については悪霊の影響が及んでいたから、ナンバーズについては何度も接触して順応してしまったからに違いない。遊馬がシャークを信じたように、私も彼を信じなければ)

 

 その遊馬の他者を信じる力が今回の策略に利用されてしまったが、彼は邪悪な疑念を払いのけることに成功している。今回の事件を経て、相棒の信じる力は更に増したはずだ。

 

(遊馬は誰も裏切らない。希望同様、私が信じていれば、必ず信じ返してくれる。それだけは絶対だ)

 

 辿り着いた結論に勇気が湧いてくる。

 一人諾と頷くと、小鳥が視界に入ってきた。そういえば、“千年レンズ”は小鳥の言うことには基本的に従っていたような気がする。加えて、闇のフィールから小鳥を守るために魔方陣を作成したり、カイトを冥府の扉へ送ると言ったが、小鳥は送らないと名言すらしている。完全なストレンジャー(stranger:見知らぬ人)ではないだろう。

 

「小鳥、“千年レンズ”と二人っきりでいるときに何を話していたんだ?」

「あの人と? 特に何も話していないわ。手当てをして、自己紹介しただけよ。彼、私を縛ったりしたけれど、解いた後は放置していたし。でも、アストラル、私思うの。あの人、本当は……」

 

 小鳥はそれっきり口を噤(つぐ)んでしまった。アストラルがそれを促そうと発声する前に、緑髪をいじりながら小鳥が「ところで、二人は何を話しているんだろうね」と話題をずらしてきた。

 

「検討もつかないが、一つだけ言えることがある」

「それって?」

 

 小鳥の意志を尊重して、アストラルがそれに乗っかる。彼女と共に病室の扉を見つめながら、アストラル界の使者は述べた。

 

「観察結果、テンタウゼント(ドイツ語で“万”を意味する)。彼“も”やっぱり素直ではない」

 

 脳裏に過(よ)ぎる、遊馬の、一つ年上の好敵手(ライバル)の姿。

 小鳥はアストラルの観察結果に笑って同調したのだった。

 

 

 

【5】

 

 はて、困ったことになったぞ。

 凌牙と二人っきりにされた遊馬は置き所なく目を左右に揺らした。自身は嘘を吐くのが下手だ。姉の明里にすぐ赤点の答案がバレてしまうぐらいにだ。千年レンズの事件を話してしまったら、凌牙が傷付くのは分かっているが、誤魔化しきれるのだろうか。

 

(こんなときこそかっとビングだ、俺!)

 

「おい、遊馬」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 無理矢理に奮い起こしていると凌牙に急に呼ばれ、遊馬の声が情けないぐらいにひっくり返る。初手から事故してどうする、とアストラルならツッコんでくれただろうが、今此処に相棒はいない。自身のあまりの挙動不審さに神に祈りたくなっていると、凌牙は窓に視界を向けたまま問いかけてきた。

 

「お前、また俺を助けてくれただろ?」

 

 予想だにしない質問に遊馬は瞬(まばた)きを繰り返す。彼からの返答を待たずに、凌牙は「夢を見た」と言葉を続けた。

 

「声を上げても周りの壁がスポンジみたいに吸い取って自分にさえ聞こえない、壁を叩いても感触がまるで感じられない、暗闇を暗闇だと判別すらできない、光のない深海のような牢獄に俺は閉じ込められていた」

 

 それって……っ! と遊馬が口を挟む間もなく、話は展開していく。

 

「それでも、俺は声を上げていた。マインド・クラッシュ(精神崩壊)しそうな無音の暗黒のなかを、ただひたすらに。すると、眼を開くように窓が現れ、お前が覗き込んできた。お前の声が聞こえた後すぐに窓は閉じたが、夢も終わった」

 

 一呼吸開けて、彼は呟いた。

 

「だから、お前が助けてくれたんだろう? 何があったか知らない、何もなかったかもしれないが、そう思うんだ。遊馬、俺はお前になら……」

 

 凌牙はずっと窓の外を見ていたが、窓には強がりの仮面を外した、緊張の解(ほぐ)れた彼の顔が映り込んでいた。そんな好敵手(ライバル)の独り語りを遊馬は黙って聞いていた。あの時、遊馬が凌牙の心の内を覗いたように、凌牙も遊馬の心の内を覗いていた。一瞬の邂逅を互いに本心で会話したのだ。窓に皇の鍵が乱反射する。信じてよかった、と遊馬は素直に思った。

 

「さて、夢のお話は此処までにして、と」

 

 凌牙の雰囲気がガラリと変わる。挑戦的な視線が向けられ、遊馬は覚悟した。きっと誘導尋問をされたり、カマを掛けたりされてしまうに違いない。アストラル、小鳥、助けてくれーっ! と心の内で絶叫していると、ベッドの端の足の置く方へ座るよう指示される。

 靴を脱いで、ぎこちなく正座すると、ベッドの端の頭の置く方で胡座をかく凌牙と向き合う。掛け布団を隅に除(の)けると、凌牙は枕の下に隠していたものを二人の間に広げた。それはデュエルのプレイマットであった。へっ? とポカンとする遊馬に、ベッドデスクから取り出した電卓とメモとペンを凌牙がポイポイと投げ渡す。

 

「デッキシャッフルしろよ。ショットガンシャッフルはカードを傷つけるからやめとけ」

 

 久しぶりの手動の準備にわたわたする遊馬に凌牙が忠告する。思わずプレイマットと凌牙の顔を交互に見てしまった遊馬に、彼が口の端を上げてニィと笑った。

 

「約束。少し過ぎちまったが、するんだろ、デュエル」

 

 遊馬の頬が紅くなる。笑顔がノンストップになる。自身が楽しみにしていたように彼が楽しみにしていたことが、二人の心が重なったようで嬉しくて堪らない。

 

「おう! シャーク、デュエルやろうぜ! 俺、負けないからな!」

「計算、間違ったらタダじゃあ済まないからな」

 

 メモに4000と記入する。デッキを所定位置に置き、ジャンケンで先攻後攻を決め、カードを五枚ドローする。そして、二人揃って高らかに誇らしげに宣言した。

 

「デュエル!」

 

 二人のデュエリストを映す窓の向こうには、何処までも澄み切ったような青空が広がり、都市に隣接する海は太陽の光を浴びて燦々と輝いていた。

 

 

 

【6】

 

 深海の牢獄のなか、凌牙は壁を叩き、声を張り上げていた。

 壁に感触はなく、自身の声すら鼓膜に届く前に消失してしまうが、だからといって何もしないでいたら、無音で近付く絶望の足音に心が折られてしまう。もう何千と叩き、呼んだが、闇黒(あんこく)は静かに嘲笑うだけだった。それでも、それでも! と行為を続けていると、不意に眼(ウジャト)が開くように窓が暗闇の壁に開いた。窓から覗き込む人物に凌牙は今まで呼んでいた名前を精一杯に叫んだ。

 

「遊馬、助けてくれっ!」

 

 窓に居る遊馬は大きく目を開くと、あの太陽を宿した瞳を向けて、はっきりと応えた。

 

「当たり前だっ! シャーク!」

 

 それはほんの一瞬の邂逅だった。窓が閉まると、牢獄は再び暗闇に戻っていった。凌牙は壁の前で膝を折った。海色の瞳から涙がこぼれていく。絶望したのではない。信頼と友情に裏打ちされた安堵の涙だった。

 

 声は届いたのだ。

 

 

 

おわり




※XYZ……エクシーズのこと。
この場合、アルファベットの終わり三文字にかけて物語の終わりも意味する。


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おまけ:ネタ特集

【はじめに】

※この「おまけ」では、本編のネタバレを普通に載せているので未読の方はご遠慮ください。

 この小説を書くにあたってお世話になった「スターライト速報」、「遊戯王@2ch辞典」や「遊戯王カードWiki」から、そのまま引用しているものもあり。

 タイトル「声よ届け! 光貫く闇のデュエル!」は映画っぽい題名にしたいなぁ、ということで名付けたが、最初の案では「声よ届け! 闇を貫く光のデュエル」。
 「闇(ウル)を貫く光(遊馬)のデュエル」という意味だったが、「最終デュエルで光属性の『A.O.J カタストル』を闇属性の『リバイス・ドラゴン』が倒すという展開だから逆の方がいいな」と考えたため、今のタイトルに。お気付きの方もいる通り、何故か『A.O.J カタストル』を光属性だと思い込んでいた作者こと千葉仁史。9章に入って改めて確認したら闇属性だったため、かなり驚愕したが、今更タイトルは変えられないので、このままに。最終局面、無理やりこじつけられたから結果オーライ……か?
 今思えば「(対)光(属性のモンスターを)貫く闇(属性のモンスター)のデュエル」ではなくて、「光(遊馬が)貫く闇(ウル)のデュエル」と解釈した方が良かったような気がしないでもない。響きを重視するあまり。てにをはを省いたのが失敗。

 次から各章ずつの説明。それにしてもネタを積み込み過ぎだ。


【①SKY】

 

※SKY

 シャーク・カイト・遊馬の頭文字を登場する順で並べたもの。なので、最初の下りはウルではなく、シャークである。

 

※ディアハ

 DMより、古代エジプトにおける決闘の事。

 

※真っ黒い髪で褐色肌の少年とバジル色のモヒカン男が本屋にバタバタと走り込んできた。今は互いに誰も気付かない。

 人間界視察中のアリトとギラグ。

 

※ヒョッ! と奇妙な声を上げる少年の一方で

 DMのインセクター羽蛾の驚いたときの声。

 

※『リミッター解除』

 GXのカイザー亮が好んだ魔法カード。機械族の攻撃力が二倍になるが、エンドフェイズに破壊される。

 

※「もう紐じゃなくて、いっそのこと鎖にしたらどうです?」

 遊戯は千年レンズを鎖でぶら下げていました。

 

※「シルバー巻くとかさ」

 コミック16巻に収録されている「遊闘134 新遊戯」での闇遊戯のセリフ。千年パズルの紐を鎖に変えた事に対しての表の「ちょっと派手じゃない……鎖の千年パズルって……」との言葉に対しての返しの台詞が「俺からしたらまだ地味すぎるくらいだぜ! もっと腕とかにシルバー巻くとかよ!」である。アニメでは少し変更され、「もっと腕にシルバー巻くとかさ!」になっている。

 

※これで愛しのダーリンが居たならば

 どちらかというと、漫画版のキャットちゃんの思考回路。漫画版のキャットちゃんの方がアニメより大胆になっている。

 

※「あ、ファラオ!」

 GXに登場した大徳寺先生の飼い猫の名前。クリーム色の地に茶色の縞が入ったトラネコで、かなり太っている。

 

※「あら、シャークの知り合いにも猫が苦手な人がいるの?」

 神代璃緒のこと。

 

※セキュリティ(警察)

 5D'sに登場する職業。

 

※公園の入り口のすぐ側に止めていたバイク――Dホイール

 5D'sに登場するバイクの一種。ZEXALにおいて、凌牙のバイクの名称(あれはバイクではないらしい)が出ていないため、拝借した。

 

※「特殊召喚を封じるのはどうかしら?」

 観月小鳥の声優ネタ。小松未可子氏の使用デッキはお手軽に作れるガチデッキこと『代行天使』。特殊召喚を封じることが可能なデッキである。先攻ヴァルハラ・クリスティアが出されたら、ゼアルでも詰む。

 

※「えーとな、うーんとな……ギャンブルデッキ?」

 遊馬が新しく投入することになるギャンブルカード「カップ・オブ・エース」の伏線。

 

※眼(ウジャト)

 千年アイテムによく描かれている文様。

 

※喧嘩(リアルファイト)なんてされたら

 実際の喧嘩のことだが、遊戯王だとよくあること。

 

※「亀のゲーム屋」という看板をぶら下げた店

 DMの武藤双六が経営する玩具屋の名前。

 

※王や姫等を象(かたど)った人形と一緒に置かれた、真ん中に仕切りのある舞台装置。お札と縄によって雁字搦めにされた、カードの束を上に置いた壷。メッセージを書けるようにした、真っ白なジグソーパズル。デュエルモンスターズのモンスターカードをトゥーン化したような人形が入ったカプセル。戦士・魔法使い・ガンマン・ビーストテイマー等の職業人形とダンジョン・街・フィールドマップが描かれたTRPG(テーブルロールプレイングゲーム)のボード。

 デュエル三昧になる前の遊戯王で行われていたゲームで、アニメと漫画が混ざっている。

 

※マジック&ウィザーズ

 インダストリアル・イリュージョン社より発売されているトレーディングカードゲーム。名前がモデルとなったMagic: The Gatheringに似ているためか、東映版遊戯王においてデュエルモンスターズに改名される。

 

※カウンターには『双』と書かれたバンダナをした、真っ白い髪をした老人が座っていた。

 どう見ても武藤双六。

 

※其処には大きな籠があり、デュエルモンスターズのカードの束が十枚パックされたものが入っていた。

 中古のゲーム屋だと、こんな風に売られていたなぁ。碌なカードが入ってなかったけど。

 

※加えて、亡霊店主の店で購入した中古カードはやっぱり使えないものばかりだった。~本当に『使えない』のだ。

 禁止カードだったため。

 

※スターチップ

 DMの王国編にて登場したアイテム。

 

※ヘボデュエリスト

 凌牙とのタッグデュエル後の彼の台詞より。

 

※両隣の建物のガラス窓がミラー化し、月光に反射するレンズを覗き込む凌牙を映す。その瞬間、凌牙は身をブルリと震わせた。一言で言うならば、嫌な予感がした。まるで、頭のてっぺんから足の爪先まで、骨の内部から魂の裏側まで全て覗き込まれたような気がしたのだ。

 千年レンズに覗かれた瞬間。

 

※路地裏の先にある河川敷へ水色髪をした少年が同じ色のマントを翻しながら駆けていくのを、彼は視界に捕らえる。

 エスパーロビン。

 

※ケヒヒ、と笑うと

 遊戯王って変な笑い方や喋り方が多いので、考えた結果「ケヒケヒ」に。

「聖剣伝説 Legend OF Mana」に登場するシャドールがこう笑うんだよなぁ。

 

※興奮気味に笑う余りに、今日買ったばかりのカード群が落ちた。彼は一枚カードを拾うと、展開したデュエルディスクにセットする。一度目はアラームが鳴ったが、彼が手をかざすと、眼(ウジャト)がデュエルディスクに刻まれ、二度目は正式に読み込み始めた。

 禁止カードを読み込むようにした。

 

※「さぁ、闇のゲームの始まりだ」

 漫画・遊戯王の最初の方の台詞。

 

 

 

【②DOR】

 

※DOR

 5D'sにおけるクラッシュタウン編の遊星の台詞「だが俺はレアだぜ」より。

クラッシュタウン編は終始テンションがおかしいので、腹筋がクラッシュタウン編とも呼べる。

 

※そのミイラを前にして肝試しのように男女の高校生――しかも卒倒し掛けているのが女生徒ではなく、男子生徒だ――がキャーキャー騒いでいるのを見て、カイトは「うるさいな」と眉をひそめた。

 城之内、ホラーが嫌いだったなぁ、漫画でこんなシーンがあった。

 

※(ハルトが持っているのは鍵だろうが、あれはチョーカー? 天秤は羽がセットになっているのか。錫杖は分かるが、球体と四角錐と、円と三角と鍼で形成された、なんとも形容しがたいものまであるな)

 千年アイテム特集だが、千年リングはどう説明しろと?

 

※アイテムは各々不思議な能力を持っており、これらを造り上げるために村を一つ犠牲にしたという言い伝えまで書かれていた。

 バクラといい、トラゴディアといい、恨みを買うきっかけとなりましたとさ。

 

※解けないパズル

 ハルトには、いや、大概の人には難しいだろう。

 

※「伝説って?」「ああ」

 遊戯王デュエルモンスターズGXで106話にて使用されたヨハンの記念すべき初迷ゼリフから引用。 言葉のドッジボールの一例ともなっている。会話は以下の通り。

 

ヨハン「こいつはカーバンクルのルビー。伝説上の生き物さ。」

十代 「伝説って?」

ヨハン「ああ! それってハネクリボー?」

 

その後、伝説がどのようなものなのか一切語られる事はなかった。何故「Why」に「YES」で返すのだろうか?

 

※テーブルデュエルに使用したマットやサイコロ、コイン、カウンター

 電卓も入れるべきだったか?

 

※「私は砂漠の国の墓守の末裔、そして、此処は君の心の部屋だ」

 どう見てもシャーディー。心の部屋は千年錠の能力。

 

※まるで意味が分からんぞ

 初出は遊戯王5D's・123話。 チーム・ラグナロクのリーダーであるハラルドの電波発言を聞いた彼の上司が発した台詞。経緯は以下の通り。

 

戦闘機に乗っていると、突然発生した謎の暗雲に包まれる

 ↓

山に激突しそうになり、「神よ…力を…!」

 ↓

ミサイルで山頂を破壊

 ↓

その行為を上官に叱られると「世界を守るために仕事をやめます(大意)」

 ↓

「まるで意味がわからんぞ!」

 

やっぱり意味は分からない。

 

※絶対的な暴力

 ウルが求めた理想の力。あまりキーワードにならなかったな。

 

※部屋の模様替えをせずに済んで何よりだ、と墓守が小さく呟く。

 結構アクティブな墓守の亡霊であった。心の部屋の模様替えをされると、シャーディーの操り人形になってしまう。カイトは余裕ぶっていたが、実は危険なシーン。

 

※千年砂

 適当に名付けた……ってか、そのまんま。

 

※幾星霜に渡って封印された者は精神崩壊(マインドクラッシュ)を起こし、奴の性質は憎悪と邪悪さに歪みきっているだろう。

 「マインドクラッシュ」はDEATH-Tで闇遊戯に敗北した海馬が受けた罰ゲーム。

あの海馬ですら半年間廃人になるほどの強力な罰ゲームである。ちなみに、ウルの性格はマインドクラッシュによって歪んだため、封印される前からあんな性格だったとは限らない。

 

※だが、第一の封印が解かれ、奴は弾けた。

 「遊戯王5D's」54話にて不動遊星が、自分に敵対するかつての仲間・鬼柳京介に対して呟いた台詞「だが奴は……弾けた」より。

 

※「千年アイテムには各々特別な能力があるらしいが、千年レンズの力はなんだ?」「それは―‐」

 シャーディーがここでちゃんと伝えていれば、こんなにややこしい話にはならなかっただろうに。

 

※ペレト・ケルトゥ

 王様の死後、セトが彫ったとみられる詩。

ファラオアテム、神官セトとそれぞれが使役する僕が彫ってある。

ちなみに、三体の神の石版の上に描かれている巨大な羽の様なものは光の創造神ホルアクティの意匠である。

 

※この千年レンズの件に遊馬を巻き込まないことへの決心を強くさせながら

 この時、カイトが遊馬に連絡を取っていれば、こんなややこしい話には(略)。

 

※「満足できねぇ」

 5D'sの登場人物・鬼柳京介の台詞より。満足は彼の口癖である。

 

※その中には真っ黒なフルフェイスのヘルメットがあった。

 シャークのヘルメットじゃ、千年レンズが付けられない! と気付き、この下りを入れることになった。

 

 

 

【③ODS】

 

※ODS

 5D'sの主人公・不動遊星の一番最初の台詞「……おい、デュエルしろよ」より。セキュリティの牛尾との会話は以下の通りだが、全く成立していない。

 

牛尾「オイ、そのDホイールどこから盗んだ? マーカーなしか? 囮かよ。クズはクズ同士かばい合いか?」

遊星「……」

牛尾「お前も、逃亡を手助けしたおかげで立派に拘束する理由ができたな。ああ、そのDホイールの出どころも聞かなきゃな」

遊星「おい、デュエルしろよ」

 

おい、会話しろよ。

 

※「本当に太陽みたいな子だ」

 右京先生は遊馬を太陽に例えていたから。

 

※タッグ? サドンデス? バトルロイヤル?

 弟にデュエルの種類を聞いたら、こう返されたので。

 

※アンティルール

 レアカードを賭ける行為。

 

※論破! とばかりに、徳之助が発言する。

 このとき、ダンガンロンパのアニメ(2013年の春から夏ぐらいの時期に放映)を見てました。なので、ウルの言い回しがそれのラスボスっぽくなることに。

 

※「流石、鉄男くん。遊馬の人間翻訳機ね」

 小鳥の実際の台詞より。

 

※WDCの記念に配布された赤い帽子

 『遊戯王ZEXAL 激突! デュエルカーニバル』の主人公が被っていたもの。

 

※僕の名前は『榊 遊矢(さかきゆうや)』だから間違っちゃ駄目だよ!

 ARC-Ⅴの主人公の名前。書いていた時は最新の情報だったんだよなぁ。

 

※ただ一人、子供が着るにしては上質な皮ジャンを着た少年が此方をじっと見つめていた。だが、今は何も行動を起こす気はないらしい。橙(だいだい)色の髪の少年もまた雑踏の中へ姿を眩(くら)ましたのだった。

 ベクターも視察中。

 

※「いいだろう、暗黒帝王デッドマックスの手先め! このエスパーロビンが正義の大盤振る舞いをお見舞いしてやろう!」

 エスパーロビンの設定を探すのに苦労したなぁ。

 

※起動アナウンスにノイズが走るが、気にせずデュエルディスクを展開させた。

 闇のデュエルの影響を少し受けていたため。最終的には完全なものになる。

 

※「弱者にそんなデッキはいらんよなぁ」

 漫画「うしおととら」に登場するたゆらとなどかの台詞「そんな脳みそはいらんよなぁ」を思い起こしてました。

 

※見えないピアノ線

 遊戯王カードのPSゲ-ムにあったなぁ、OCG化されてないけど。

 

※彼のDゲイザーに付いた砂時計のチャームの輝きが仄(ほの)かにくすみ、全て上に溜まった砂がさらさらと下へ少し落ちたのが見えた。

 第二の封印が解けつつある。

 

※風也の口がキュッと引き結ばれる。彼の顔に浮かんだ表情は、屈辱だった。

 「何もできずに敗北するのは結構屈辱だから」という弟の言葉からヒントを得ました。

後攻ワンキルされると悔しいよね~(『遊戯王ZEXAL 激突! デュエルカーニバル』でカラクリで瞬殺されたことを思い出しながら)。

 

※遊馬は苛立たしさを抑えるようにミルクを一気飲みする。

「ミルクでももらおうか」という遊星の台詞があったんだよ。

 

※「貴様にはデュエリストとしての誇りがあるだろう! デッキ狩りと同じレベルに堕ちない限り、奴には絶対に勝てない!」

 禁止カードを使っていることを仄めかしている。

 

※「なぁ、アストラル。絶対に勝てないデッキって在(あ)るのか?」「そんなものは存在しない。デュエルはカードの引き、運に左右されるところがある。いくら強いカードがあったとしても、引けなければ何の意味がない」

 弟が教えてくれた言葉より。

 

※陸王海王のようにデュエルディスクのオートシャッフル機能を停止させたり、リストバンドにカードを仕込んだり等のイカサマを

 リストバンドにカードを仕込んだのは遊星とバンデット・キース。

 

※「ねぇ、明里。本当に記事にするつもり?」「何よっ! 鉄子、私にこんな特ダネを見逃せっていうの?」

 おかげでウルがウハウハする羽目に。

 

※「遊馬、カイトには連絡しないのか?」「うん、しないよ」~「ナンバーズは俺たちの問題だし、デッキ狩り退治は俺が好きでやっているんだから、巻き込むわけにはいかねぇんだ」

 見事なすれ違い。

 

※あるときは兄弟二人のデュエリストを、またあるときは男女二人組のデュエリストを、時には長い金髪と灰色の短髪の青年二人組も視界におさめたが、今は何もしようとは思わない。

 ⅢとⅣ、ゴーシュとドロワ、視察中のミザエルとブックス……じゃなくて、ドルベ。アリト・ギラグとカイトの時はお互いに気付かず、ベクターと遊馬はベクターだけ気付き、今回は凌牙――ナッシュの記憶を見たウルだけが気付いている。

 

※「成る程、あの忌々しい千年アイテムはまだ存在していたのか。しかも、誰かさんの魂つきで」

 ザ・勘違い。

 

※「噂話のおかげでデュエリストがわんさかいやがる。こりゃあ、今晩で百個の魂のデッキの回収を達成できそうだ。俺も運がいいぜ。因果も深いわ、心の闇も申し分ないわ、デュエル知識もあるわ、タイミング良く素敵なカードを持ってるわ、トドメに強(つえ)ぇ聖霊もいる奴にソッコーで出逢えるとは。こりゃあ運命の女神さんすら仲間にしちまったみてぇだぜ」

 精霊はシャーク・ドレイクのこと。魂のデッキは遊戯が爺ちゃんがくれたデッキのことをそう呼んでいた。運命の女神様発言は後々の伏線。

 

※レディース アーンド ジェントルメン!

 ARC-Ⅴの主人公、遊矢の口癖。

 

 

 

【④DDB】

 

※DDB

 禁止カードだった『ダーク・ダイブ・ボンバー』の頭文字を使って揶揄した「誰がどう見てもブッ壊れ」より。効果は以下の通り。

 

 シンクロ・効果モンスター

星7/闇属性/機械族/攻2600/守1800

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動できる。

リリースしたモンスターのレベル×200ポイントダメージを相手ライフに与える。

 

 ダーク・ダイブ・ボンバー自身ですら発射可能という恐ろしいカード。

相手を瞬殺できる故に環境を破壊した「D(誰が)D(どう見ても)B(ブッ壊れ)」性能。発売されて一年もたたずに禁止入りになってしまった。「蝶の短剣‐エルマ」同様、恐らく二度と戻っては来ないだろうと思われていたのだが、2014年3月頃、まさかのエラッタ(文章変更、効果が一ターンに一度に規制)されて、『ダーク・ダイブ・ボンバー』が復活した。

 『カタパルトタートル(こちらもエラッタされ、効果が1ターンに一度に変更)』といい、何故、禁止カードを題材にしたデュエルを書いた途端、変更されるのだ?

この「DDB」がきっかけで、章の名前を付ける統一性「全て三文字のアルファベット」にしようと決めた。

 

※満月

 第一章では「十日余りの月」と描写してあるため、ちゃんと時間が経過している。

 

※「おい、デュエルしろよ」「なにっ、デュエルだと!」

 説明済みなので省略。

 

※ファンサービス

 Ⅳの口癖。気に入ったのか、ウルもよく使っている。

 

※凌牙だけ手札十枚スタートか

 遊星・鬼柳ペアとの二対一のデュエルで、通常の二倍のライフではなく、二倍の初期手札を要求したロットンのこと。

 

※「ハンデ内容は以下の通り。俺のライフは2000、お前らのライフは8000ずつだ」~「舐めんなよ、凌牙。強者は俺たち二人の方だ。ライフは全員4000。せめてものの情け(ハンデ)だ、先攻はくれてやる」「おーおー、お優しいこって。自分たちが弱者だとは微塵も思わねぇんだな。それじゃあ、先攻だけ頂くとしますか」

 ZEXALの三悪人とのデュエルとは逆の条件。ウルはわざとⅣとⅢをいきり立たせることで先攻を取っている。先攻でなければ、禁止コンボは使えない。キーワードの「弱者」がでてくる。

 

※闇落ち

 遊戯王の定番。

 

※「イカサマじゃねぇと良いんだけどな」「本家本元に言われちゃあ、ザマァねぇぜ」

 一年前にⅣが凌牙をイカサマするよう謀ったことを指している。この時点でウルが凌牙の記憶を掌握していることがわかる。

 

※リストバンドにカードを仕込むという簡単なトリック

 説明済みだが、キースはともかく、主人公の遊星はしたらあかんやろ。

 

※「~せっかくだから、俺はレベル4の戦士族モンスター『鉄の騎士ギア・フリード』を手札に加えるぜ」

 『鉄の騎士ギア・フリード』は城之内のフェイバリットカードのひとつ。

 無理やりではあるが、セガサターンソフト『デスクリムゾン』のオープニング動画における、越前康介の台詞「せっかくだから、俺はこの赤の扉を選ぶぜ!」をオマージュしたもの。何がどう「せっかく」なのかが全く不明で、選ぶも何も扉はひとつしかなく、そもそも扉は赤くない。ちなみに『デスクリムゾン』は伝説のクソゲーと呼ばれている。

 

※(俺とⅢでタッグデュエル用に組んだ『スキドレ墓守』デッキだ)

 一年前の大会において、ばら撒かれたカードから推測するにⅣが使用していたらしいデッキ。過去の(現実の遊戯王の)大会において、ベスト8入りしたことがあるらしい。

カードの展開については弟の受け入り。「タッグデュエル専用にⅢのデッキを組むなら何がいい?」と弟に訊いたところ、「Ⅳと一緒でいいんじゃね?」と返されたので、二人とも『スキドレ墓守』になった。

 

※「『聖なるバリア‐ミラーフォース‐』か、怖い怖い。攻撃しなくて良かったぜ」

 WDC前にⅣが凌牙に投げつけたカード。

 

※「『蝶の短剣‐エルマ』は禁止カードだ! デュエルディスクには読み込めないようになっているはず!」~「相手フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する『ハーピィの羽根箒』や、相手フィールド上の全てのモンスターを破壊する『サンダー・ボルト』みたいに“誰がどう見てもブッ壊れ”性能じゃあるまいし、たかだか攻撃力300ポイントアップにビビっているのか、お前たちは?」「誰がビビりだ!」「んじゃ、オッケーってことで」

 煽り耐性のないⅢと、自身が望む展開に相手を誘導するウル。

 

※十七枚目のドローカードを加えた凌牙は、とうとう『蝶の短剣‐エルマ』すら投げ捨てた。

 17はリバイス・ドラゴンの数字。

 

※「ですが、笑えますねぇ! 極東エリアのデュエルチャンピオンがギリギリまで禁止コンボに気付かないなんて。ライフポイントを一ミリも削られずに終わるとは、随分とあっけなく勝敗がつきました。悔しいでしょうねぇ?」

 Ⅳの実際の台詞「ですが、笑えますねぇ。あの一件で貴方はデュエルの表舞台から追放、一方私は今では極東エリアのデュエルチャンピオン。随分と差がつきましたぁ。悔しいでしょうねぇ!」を改編したもの。

 

※無音が近付き、それは絶望の足音となった。

 『A.O.J カタストル』の召喚の口述にもなった。

 

※「やはり有り体に例えるならば“神”だろうか? だが、そう呼ぶには、あまりにも“神”が氾濫し過ぎている。コイツを翼神竜や激瀧神、機皇神龍やらと一緒にしちまうとは失礼だしな」

 『ラーの翼神竜』『No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ』『機皇神龍アステリスク』のこと。強いアニメ効果と比べて、実際のOCG効果の余りのヘボさにより、「ヲーの翼神竜」「激安神」「カステリスク」等と揶揄されるカード群。『No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ』のことをちゃっかり語っている。

 

※記憶・絆・希望

 5D'sの最終エンディングソング『みらいいろ』の歌詞より。アニメ版とCD版では微妙に音程と歌い方が異なっている。

 

※ケヒケヒという気味の悪い笑い声すらあげず、嘲りもせず、彼は静かな声で話し始めた。風が吹き、ⅣとⅢの高貴な服装を撫でていく。白く浮かび上がる彼等の服装は王侯貴族や神官のそれらのようであった。

 ウルはⅢとⅣを強者(王侯貴族・神官)に重ねてしまっている。

 

※「なぁ、強者共よ。俺はあんなにも懇願したのに、お前たちは彼女を連れ去った。俺を代わりにしてくれ、とも叫んだ。でも、お前たちはそれをしなかった。何故なら、彼女を贄(にえ)にすることが目的だったからだ。あの時、強者(お前たち)は弱者(俺)の懇願に耳を貸さなかった。よって、今強者である俺が弱者であるお前たちへやる答えは一つしかない」

 璃緒の話ではなく、ウルの話。

 

※「可哀想な璃緒。お前はもっと熱かったろうに」

 ウルではなく、凌牙の本心。

 

※神の勅令

 こんなカード、あったような気が……と思って書き込んだが、ありませんでしたとさ。

 

※「無様だなぁ、Ⅳ」

 これも確かⅣが言ったことのある台詞より。ブーメラン効果炸裂中。

 

 

 

【⑤ZOT】

 

※ZOT

 ずっと俺のターン、のこと。台詞として使われたことはないが、遊戯王ネタの一つ。オービタルが「ずっとオイラのターンであります」と使ったため、公式ネタとなった。

 

※「私たちはハートランドシティのセキュリティからの正式な依頼だ。WDCのベスト8の実力を買われてな」~「残念だが、十七歳未満は対象外だ。大人として、健全な青少年を巻き込むわけにはいかねぇからな」

 十七歳のⅣもハートランドシティのセキュリティに雇われた身であった。

 

※「観察結果“アイン(ドイツ語で一)”、子供だけでの夜歩きはやっぱり危ない」

 この物語独自の観察結果のため、独自の数え方に。ドイツ語なのは単なる私の嗜好(大学時代、少し勉強したから)。ちなみに、数え方は『一』『十』『百』『千』『万』となっている。GXの万丈目準の勝利台詞「一! 十! 百! 千! 万丈目サンダー!!」が元ネタ。

 

※やっぱりギャンブルカードは外すべきだ

 『カップ・オブ・エース』の伏線。

 

※「遊馬、今回ばかりは諦めろ。それにしても、お前の姉ちゃん、マジゲロマブだな! もう少し俺も若ければ……」「姉ちゃん、ゴーシュより一つ年上だぜ?」「マジ?」~驚いた大男は吃驚して、明里ではなく相棒を見た。

 ドロワさん、じゅうきゅうさい(ゴーシュと同じ年齢)。一つ年下には見えないわな。

 

※「観察結果“ツェン(ドイツ語で十)”、明里はやっぱり恐ろしい」

 やっぱり~、で統一している。

 

※「遊馬の奴、今頃ゲロマブ姉ちゃんにたっぷりしごかれているだろうな。ま、それだけ愛されている証拠だが。だから、真っ直ぐ育ったんだろうな」「そうでなくとも、真っ直ぐ育つ奴はいるさ」

 ゴーシュとドロワは互いに協力しながら苦労して育っている。彼女が言った「そうでなくとも」はゴーシュを指す。

 

※「恐らく今夜から何かしらの移動手段を得たらしいな」

 千年レンズをしたまま被れるヘルメットを見つけたので。

 

※昨日・一昨日の被害者を合わせると九十は越える。

 封印が解けるまで、あとわずか。

 

※「~子どもたちが楽しくデュエルするためにな。これって、ヒーローみたいで格好いいノリじゃねぇか!」

 ZEXALⅡにおいて、スパルタンシティでプロデュエリストになったゴーシがこんなこと言ってましたね。

 

※「なんだって、プロデュエリストを目指しているからな」

 ZEXALⅡにおいて、スパルタンシティでプロデュエリストになったゴーシュ。

 

※「グーテンアーベン! フロイライン(ドイツ語で『こんばんは! お嬢さん』)」

 ドロワさん、じゅうきゅうさい(19歳)再び。お嬢さんはキツイとか、言ってやるな。

 

※3×3マスの黄金の魔方陣

 書いていた当時、「ファイ・ブレイン 神のパズル」を視聴していたので。魔方陣には魔よけの効果がある、と言われていたそうです。

 

※『破壊輪』

 海馬が使ったカード。

 

※「“越し銃”だと!」

 『地獄の扉越し銃』の略称名。

 

※「対戦者がフロイラインだから、かなり甘くしたんだぜ? 対戦者がモンスターを召喚する前やターンが来る前に効果ダメージで沈めたり、ドローすら出来ずに負けるのと比べたら、今回のデュエルはよっぽどマシだろ」

 風矢や闇川のこと。

 

※「女、安らかに眠るがいい」

 ドルベ対ドロワ戦より、ドルベの勝利台詞でした。

 

※リアリスト

 デュエリストの対義語。何でもデュエルで解決しようとするデュエリストに対し、デュエル以外で物事の解決に当たろうとする人々のこと。

 

※「観察結果“フンダウト(ドイツ語で百)”、フライングランチャーはやっぱり危険」

 説明した通り。

 

※「アイツに先攻……をとらすな。アイツのデッ、キは……」「分かったから、もう話すな。じきにセキュリティが来る」

 最後まで聞いてやれよ、ゴーシュ。

 

※ドラム缶はゴーシュの前でピタリと静止してみせた。「上面が平らで綺麗なのを探すのに苦労したぜ」

 十面ダイスを回せるようにするため。だから、でこぼこな地面でする訳にはいかなかった。

 

※暴力はいけません。

 Ⅳの台詞。

 

※「赤のダイスが十の位、白のダイスが一の位を意味する。ダイスを振って、00(クリティカル)に近い方が先攻権を得る」

 バクラがTRPG(テーブルアールピージー)用に使用した十面ダイス戦法。

 

※十面ダイスに仕掛けはなさそうだ。これならきっとフェアに違いない。~「先攻は俺が貰うぜ」「運だから、こればっかりは仕方ねぇ」ゴーシュの発言に凌牙がケヒケヒと笑う。

 全くフェアではなかった。だから、ウルが笑っている。

 

※ゴーシュが振り投げた十面ダイスはコロコロと笑うようにドラム缶の上を飛び跳ね、止まった。赤のダイスは5、白のダイスは4だった。舌打ちしたそうなゴーシュの視線の先には、今尚、独楽のように回り続ける凌牙の十面ダイスがあった。力尽きて十面ダイスが倒れる。出た目は04だった。

 ゴーシュが出した目「54」は、ZEXALⅡにて彼が使用した『No.54 反骨の闘士ライオンハート』より。「04」は『No.4 猛毒刺胞ステルス・クラーゲン』より。

 

※「ライフを互いに8000ポイントにしようぜ。プロリーグでもそんな特別ルールがあっただろ? 悪くない話じゃねぇか。プロデュエリストみてぇにデュエルしようぜ」

 8000ポイントライフはOCGルール。プロデュエリストみてぇに、と言った通り今回のデュエルにおいて、GXに登場するプロデュエリストのエド・フェニックスのように「効果」を「エフェクト」、「墓地」を「セメタリー」と呼んでいる。

 

※これなら後攻開始も不利にはならないだろう。

 むしろ、とんでもない目に。

 

※闇属性モンスター『召喚僧サモンプリースト』と光属性モンスター『ライトロード・ハンター ライコウ』

 OCGにおいて、よく使われるモンスターカード。

 

※「インチキ効果もいい加減にしやがれーっ!」

 遊戯王5D's第52話のクロウVSボマーのライディング・デュエルにおいて、ダークシグナーと化したボマーが使用したモンスター『DT デス・サブマリン』の「自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは墓地から特殊召喚できる」という、実質「レベル9のモンスターをノーコストで蘇生する」効果に対し、クロウが言い放ったセリフ。視聴者からは「お前が言うな」と総ツッコミが入ったのは言うまでもない。

自分もこの発言の直前に『BF-大旆のヴァーユ』の効果でレベル7の『BF-アーマード・ウィング』をコストなしで召喚していた。一応墓地からモンスター二体を除外はしているがほぼノーコストと言ってもいい。しかもタッグフォースではアキに「人のこと…言えるの?」と言われ「お前が言うな」が公認化している。

 

※三分間、待ってやるからさ

 某大佐の「三分間待ってやる!」なんてね。

 

※『大逆転クイズ』

 実際にある遊戯王の通常魔法カード。

自分の手札とフィールド上のカードを全て墓地に送り、自分のデッキの一番上にあるカードの種類(魔法・罠・モンスター)を当てる。当てた場合、相手と自分のライフポイントを入れ替える、というもの。ワンキルコンボがある。

 

※「エクザクトリー(全く以てその通り:exactly)! 大正解、大正解!」

 そういえば、アニメの万丈目、最初は英語を使っていたな。

 

 

 

【⑥IDN】

 

※IDN

 「今までのデュエルは何だったんだ!?」のこと。

実際に使われた台詞ではない。アニメにおいて「ラストバトル!」は海馬が乃亜戦に使用。このカードが発動した瞬間、視聴者の誰もがこう思ったに違いないだろう。

 

※幾千のスターチップを散らしたかのような夜景が窓の向こうに広がっている。

 説明済み。

 

※「遊馬~。ア、アンナと二人っきりだなんて許さないんだから!」

 嫉妬する小鳥。

 

※「絶対に勝つ為に禁止の手を使うとは……テメェ、それでもデュエリストか!?」「リアリストだ」

 5D'sでのやりとり「貴様それでもデュエリストか!?」「リアリストだ」より。

 

※「負けるのが怖くて禁止の手を使う奴なんぞ、単なる臆病者だ」~「違う、俺は臆病者じゃねぇ。弱くねぇ。俺は強い、誰よりも強くならなきゃならねぇんだ」

 あの女(ヒト)に「泣いちゃ駄目。男の子は強くないと」と言われたことをウルは気にしているらしい。

 

※アイツのハート、ボッキバキに折れちまうかもな

 ZEXALⅡのOP「折れないハート」より。

 

※「あーあ、行っちまった。ホント、爆走機関車みたいな奴だぜ」

 それはアンナ、お前でしょうが。

 

※「誰が、ゾンビだ。WDCで見逃して、やった恩、忘れた訳じゃ、ねぇだろ?」

 そんなシーンがあったような気が。

 

※「チッ、外したか」~「せめてもの情けだ、苦しまずに逝けるよう一発で仕留めてやる」

 実際にあったアンナの台詞。

 

※「テメェは水属性の貴公子、神代凌牙じゃねぇか!」

 漫画版の凌牙の通り名。

 

※アンナの天高く放り投げた十面ダイスの目は82、対して凌牙の回るように投げた十面ダイスの目は02だった。

 「82」はTRPGにおいて城之内が出した目、「02」は杏子が出した目。

 

※「ピーピングか」~「相手の手札を見る戦略だ。手札を見ることで相手のキーカードやコンボ、タクティクスを推察できる。情報アドバンテージを得ることで、相手より優位に立てることだろう」

 アニメのデュエリストにとって、ピーピングは恥ずかしい行為らしい。

 

※『攻通規制』『臨時ダイヤ』『機関連結』『除雪機関車ハッスル・ラッセル』『勇気機関車ブレイブポッポ』『豪腕特急トロッコロッコ』

 アニメにて、アンナが使ったカード。

 

※「飽きたな、そろそろ終わらすか」

 DQ5だっけなぁ、「飽きたな、そろそろ殺すか」という台詞がある。

 

※「ヒーロー気取り小僧みたいに“サイエンカタパ”か? それとも、忍者野郎みたいに初ターンからの『現世と冥界の逆転』コンボか? どちらにせよ、別れを惜しむ間も与えずに一瞬で敗北させてやるぜ」

 物語上で説明しているのでカット。

 

※デモンズチェーン

 作者が一番嫌うカード。永続罠、フィールド上の効果モンスター1体を選択して発動、選択したモンスターは攻撃できず、効果は無効化される。選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。 使われたら、二進も三進もいかないんだよなぁ。

 

 

 

【⑦IWU】

 

※IWU

 Ⅴの台詞「今はまだ私が動く時ではない」なのだが、これによりニートネタにされてしまった。この物語中にこの台詞は使用されていないが、弟二人がやられたっていうのに、この台詞を吐いたらヤバいだろう、とのことで言わせていない。

 

※シェーレグリーンによく似た色

 シェーレグリーンそのものだったらヤバかった。(毒を持つ色なので)

 

※ホットチョコレート

 ハルトが好きな飲み物。

 

※今は君が動くべき時ではない

 ZEXALⅡでのⅤの台詞。

 

※凌牙――千年レンズに閉じ込められた人格は、チャーム――封邪のアイテム・千年砂時計を弄(いじ)くりながら考える。

 ようやっとアイテム名が「千年砂時計」と判明。

 

※転がっている鉄パイプと、少女を閉じ込めた資料室の扉、凌牙のDゲイザーの映像を送る機能を思い起こす。

 とんでもない犯罪行為と脅迫を考えていた。

 

※宿主サマ

 バクラは表獏良のことをこう呼んでいました。

 

※俺、マジで運命の女神様に惚れられちまったかもな

 伏線。

 

※「信頼する大事(でぇじ)なオトモダチだもんねぇ? まぁ、裏切りの予行練習だと思えばぁ? 結果的には予行練習を通り越して本番になっちまうけどなぁ」

 裏切りの予行練習とは、ナッシュとしての記憶が戻ったら遊馬を裏切るのは決定事項なことを差している。

 

※「ふざけてなんかいねーよ。俺はな、千年アイテムと王侯貴族・神官が大嫌(でぇっきら)いなんだよ。だから、皇の鍵とかいう千年アイテムを持った九十九遊馬やそのアイテムに宿った魂には容赦しねぇし、ましてや、お前の言うことを聞く気なんて更々ねぇんだよ」

 ウルは千年アイテムと王侯貴族・神官が大嫌い。だから、前世が王である凌牙(ナッシュ)も大嫌い。

 

※有りっ丈の憎悪を眼球に込めて言い放つ少年は

 遊戯王特有の顔芸。ベクターが眼をグリグリさせていたなぁ。

 

※良いも悪いもリモコン次第

 古すぎるネタ。

 

※『心変わり』

 通常魔法(禁止カード)。相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。このターンのエンドフェイズ時まで、選択したモンスターのコントロールを得る。

 

※ずいぶんとメルヘンな答えだな。嫌いじゃないがな。

 漫画版のシャークの台詞。

 

※、“全てのはじまりのカード”

 ヌメロン・コードのこと。ナッシュの記憶も覗いたので知っている。

 

※“深海の牢獄”

 キーワード。

 

※「もがき、あがき、泣き喚き叫べ。誰にも届かない芝居だと知りつつもな」

 某歌手の歌詞のオマージュ。声が低いから、まだ歌いやすかったなぁ。

 

※「もがき、あがき、泣き喚き叫べ。それが芝居ではないなら尚更」

 上の台詞をもじったもの。この時点でシャーク・ドレイクは結末を予想していたのかもしれない。ずっと呼んでいたから、遊馬が急に現れても助けを呼ぶことができたんだし。

 

※フェーゲレヘン(ドイツ語で小鳥の意味)

 実は「おばかさん」の揶揄の意味もある。

 

※「“千年レンズ”だよ、言わせんな恥ずかしい」

 ネットスラングでごめんね。

 

※「爆竹に、メントスコーラ(コーラにメントスやラムネ菓子を入れると面白いことになる)に、ペットボトル爆弾(ドライアイスと水を入れ、栓をしたもの。膨張して言うまでもなく爆発する)に、ロケット花火……。徳之助とキャシーと委員長の奴、大暴れしているな」

 危ないので決してやらないように!

 

※「姉ちゃんが言っていたが、助けを求めるって行為は相手を信頼してなきゃ出来ねぇんだってよ」~「孤高だったり、プライドが高かったり、大人びていたりしたら、簡単に『助けてくれ』なんて呼べねぇ。“アイツ”が助けて欲しいと願うのは恐らくお前に対してだけだ」

 遊馬は小鳥だと勘違いしていたが、シャークのこと。凌牙は遊馬を信用していたことが分かる。

 

※月光にキラキラ乱反射するもの――コインが遊馬の手元に落ちた。表には百獣の王ライオンの顔、裏にはライオンの尻尾が刻まれている。

 覇者のコインに似ている。

 

※「ト・テテ、ケセパソル、リ・セイテ。シュンペーリャ、ケセパリソル、エストーニャ」

 ニコ動ネタになるが、FF5の「故郷」を歌ってみたというのがある。それを聞こえたとおりに書いてみた。元はトルコ語だったような気がする。

 

※元ある数字の上に行うのが、生贄(アドバンス)召喚。縦・横・斜めの一列の合計数となった“同じ”数字を使い、魔方陣の“外”で行うのが、貴方の国の召喚術。隣り合った全く“別”の数字を使い、魔方陣の“内”で行うのが、私の国の召喚術。

 エクシーズ召喚とシンクロ召喚の話。

 

※Dホイールに変形したオービタル

 ZEXALⅡより、どんな構造しているんだ、アレは?

 

 

 

【⑧TRD】

 

※TRD

 凌牙vsカイト戦での、カイトの台詞「とんだロマンチストだな!」より。カイトのプレイングミス(?)を指摘した凌牙へ放ったもの。レジャー施設のTDLではない。

 

※「人の心に淀(よど)む影を照らす眩(まばゆ)き光、人は俺をナンバーズハンターと呼ぶ」

 『遊戯王ZEXAL 激突! デュエルカーニバル』において、デュエル開始前のカイトの台詞。

 

※『イレカエル』を使った永久コンボによる『マスドライバー』のワンショットキル

 コンボの説明に心が折れそうになった。

 

※「十面ダイスは上が偶数(0・2・4・6・8)、下が奇数(1・3・5・7・9)と分かれている。強い回転を加え、偶数が上になるように回す。これで00(クリティカル)への確率がぐっと上がる。これが貴様が仕掛けたクリティカルのトリックだ」~「この十面ダイスにはもう一つ奇策『ダブルヒット』がある。二つの十面ダイスを回す際、一つにはより強い回転を加える。そうすることで片方が良くない目を出した場合、弾いて修正をかけることが出来る。そう上手く弾けるのか、と思うだろうが、解答は“YES”だ。テーブルに肘か足で衝撃を与えれば、ダイスの軌道なんて簡単に変えられるさ」

 バクラが実際にしたトリック。

 

※カイトの目は62、対して闇凌牙の目は00(スーパークリティカル)だった。今は忌々しげに、カイトはその数字を見下ろす。

 「62」は『No.62 銀河眼の光子竜皇』のこと。

 

※ハンデとして先攻はドローしないでおこうか?

 2014/03末頃のルール改定により、先攻はドローできなくなった。

 

※「オイオイこれじゃ……Meの勝ちじゃないか!」

 漫画版のGXのデイビット・ラブの台詞。どう見ても死亡フラグの台詞だが、なんと勝利している。

 

※ドローしたカードを掲げ、闇凌牙がレベル2の水属性海竜族の見慣れぬモンスターを通常召喚した。~更に闇凌牙はそのモンスターの効果を発動させ、デッキからレベル3の水属性海竜族のモンスターを特殊召喚した。

 『深海のディーヴァ』と『ニードル・ギルマン』のこと。相性がいいんだよなぁ、『A.O.J カタストル』を召喚するにも、凌牙のデッキに紛れ込ますにも。

 

※二体のモンスターが光の輪に包まれ、闇凌牙のフィールドに新たなモンスターが召喚される。「なんだ、この召喚方法は!」見知らぬ召喚方法にカイトは驚きを隠せない。

 この時点でシンクロ召喚、『A.O.J カタストル』に気付けた人はいるのだろうか?

 

※「それはどうかな」

 遊戯王お約束の台詞。結構何回も使っている。

 

※瞬く間に巨人ですら乗り越えられない程の高さの鉄壁

 書いた当時は「進撃の巨人」という漫画が流行っていました。

 

※「滅しろ、苛立たしき竜め!」

 『銀河眼の光子竜』のこと。次章では「失せろ、目障りな光め!」(『No.39 希望皇ホープ』)、「消えろ、忌々しきドラゴンめ!」(『No.17 リバイス・ドラゴン』)と似たようなフレーズを使っている。

 

※「粉砕! 玉砕! 大喝采!」

 DEATH-T編で海馬が放ったセリフ。青眼の白龍で遊戯のモンスターを片端から粉砕していく時のセリフで、「スゴイぞー! カッコいいぞー!」「強靭! 無敵! 最強!」と並ぶ青眼絡みでの社長の名言。

 

※姉・明里の強烈なドライビングテクニックのDホイールに乗せられたことのある遊馬だったが、

 漫画版のZEXALの描写より。

 

※「Ⅳが来なかったら、俺、美術館に行けなかった。Ⅳが来てくれたから行けるんだ。“Ⅳが助けたいシャークを助ける俺”をⅣが助ける。今はそれでいいんじゃねぇの? これが跳び箱の一段目だぜ、きっと」

 ZEXALⅡでの、凌牙を助けたいⅣの言動の活力になったであろう発言を入れたかった。

 

※「観察結果“タウゼント(ドイツ語で千)”、彼はやっぱり素直ではない」

 説明した通り。

 

※カートゥーンアニメ

 トロンが好きなもの。

 

※凡骨(ボンコツ)

 海馬は城之内のことをこう呼んでいました。

 

※気持ち良くデュエル出来ねぇと

 実際のⅣの台詞「なんで俺に気持ちよくデュエルさせねぇんだ」から。

 

※いいか、貸すだけだからな。必ず返せよ。

 FF2のシドが主人公フリオニールに飛空艇を貸すときの台詞。だが、この後、シドは帰らぬ人に。

 

※「頼んだぜ、勇者」

 ZEXALⅡにおいて「勇者の凱旋!」というタイトルがあったなぁ。

 

 

 

【⑨AOJ】

 

※AOJ

 アーリー・オブ・ジャスティスのこと。カタストル以外にもシリーズがいるが、全て光属性メタ効果を持つ。弟に「遊馬デッキのメタカードって何? 何を出されたら詰む?」と尋ねて返ってきたのが『A.O.J カタストル』だった。

 

※「後ろで大きな爆発音がした、デュエルをしているようだ」

 ネット上で見掛けたアストラルの台詞。

 

※「勝負は足の長さで決まったな」

 PS2『WILD ARMS アルターコード:F』のザックの勝利台詞より。ZEXALにおいて、カイト(18歳)と凌牙(14歳)の身長があまり変わらなかったんだよなぁ。流石にZEXALⅡでは見直されて、カイトの身長は高くなったけれど。

 

※『閃光を吸い込むマジックミラー』

 光属性のカイトが勝つのは無理レベル。

 

※俺のライフが4000で、お前が0。

 結構根に持っていた。

 

※ハルトーっ!

 ZEXALでは叫びまくっていたなぁ。

 

※黒き旋風

 ブラック・フェザー。

 

※力が漲(み~な~ぎ~)る~っ!

 ZEXALⅡでのMr.ハートランドの復活の際の台詞。真っ裸って誰得よ?

 

※千年レンズの金色の焔を受けて一枚のカード

 オリジナルのカウンター罠『深海の牢獄』より。

 

※闇凌牙に闇が纏わりつき、それは蛇のようにも、何故か緋色のマントのようにも見えた。

 緋色のマントはナッシュの装備品。

 

※とんだハリキリボーイだぜ!

 5D'sのクラッシュタウン編より。

 

※ああ、いいぜ。お前を倒し、ナンバーズを手に入れ、六人の部下を引き連れて“すべてのはじまりのカード”を掴んだ暁(あかつき)に、俺は“絶対的な暴力”そのものとなる!

 七皇やヌメロン・コードのことがダダ漏れ。

 

※手の平から滑り落とすようにしようぜ

 バクラのイカサマダイスを止めるために闇遊戯の発案。

 

※「39と73、か」

 「39」は『No.39 希望皇ホープ』、「73」は『No.73 激瀧神アビス・スプラッシュ』。

 

※フィール

 漫画版の5D'sの遊星がよく使う言葉。

 

※ゼアルは卑怯者相手に使うのすら勿体無いと感じ、すぐにはシャイニング・ドローをしないことを決めた。

 相手の口車に乗せられるゼアル。

 

※全て2で埋め尽くされた2×2の魔方陣が現れ、縦横に合計数の4を二つ欄外に吐き出し、二つの“同じ数字”である4が光り輝いた後、それらはエクシーズの円陣となった。

 魔方陣の話があったので。

 

※「ハイホーハイホー」

 ネットスラング。遊馬がいつも『No.39 希望皇ホープ』を召喚するので「ハイハイ、ホープホープ」と野次られ、とうとう縮めて「ハイホーハイホー」と言われる羽目に。

 

※マイフェイバリッドカード

 GXの十代がよく使っていた言葉。

 

※『潜航母艦エアロ・シャーク』

 無論アニメ効果です。

 

※俺様のマジックコンボを見せてやるぜ!

 「シャークさんのマジックコンボだ!」という台詞が第一話にありました。 

 

※何処ぞかのイルカよりもずっとかわいい

 キモイルカ……ではなくて、『ネオ・スペーシアン・アクア・ドルフィン』のこと。

アニメ版GXに登場した最初のネオスペーシアン。 外見は無駄につぶらな瞳を持ち、首から下が人間体型のイルカというどこか不気味な姿。妙にすべすべした体でありながら人間体型、イルカの顔なのに妙にさわやかな声でべらべら喋り、かと思えば「ケケケケケ」と奇声を発したりと、見るものにアンバランスさとストレスを感じさせる外見&言動をしている。

 

※それを活用し、次の三ターン目で蹴りを付けるのならば、あのカードには是非とも墓地に行ってもらわなければならない。

 あのカード、『ガガガマジシャン』のこと。レベル変動は便利だよね。

 

※「『No.39 希望皇ホープ』の効果発動! エクシーズ素材を墓地に送ることで戦闘を無効化する! “ムーンバリア”!」~「様式美ってヤツだな」

 確かにその通り。

 

※「惚(とぼ)けるな。何故、“あのモンスターカード”をエクシーズ召喚しなかった? 『No.39 希望皇ホープ』を破壊できたものを」

 『ブラック・レイ・ランサー(ランク3、闇属性獣戦士族、攻撃力2100守備力600)』のこと。

 

※墓地なんて第二の手札みたいなものだ。

 弟の発言を参考にしました。

 

※復活させるカードなんて幾らでもあるからな。加えて1000を切っている状態、即ちピンチだからシャイニング・ドローをしてくる。魔法・罠の対象にならない、攻撃力を倍々にするとか超チートで強(つえ)ぇZW(ゼアルウェポン)を出されて、アイツの勝ち、俺の負け……なんて洒落にもならねぇ

 ベクターの台詞で「俺の勝ち、お前らの負け」なんていう台詞があったなぁ。強すぎるカード、私はあまり好きじゃないな。

 

※「使えるさ。ゼアルになれば、シャイニング・ドローなんてせずとも引きは良くなるからな。奴の手札には必ず“あのコンボ”を成立させるカードがある。次のターン、絶対にそのコンボで俺にトドメを刺しにくるさ」

 ウルは全て見抜いていました。

 

※ “アクア・オービタル・ゲイン”

 馴染みのない技名。『遊戯王ZEXAL 激突! デュエルカーニバル』にて判明しました。

 

※「『No.39 希望皇ホープ』の効果発動! エクシーズ素材を一つ使って、攻撃を無効化する!」~「この瞬間、手札から速攻魔法『ダブル・アップ・チャンス』を発動! モンスターの攻撃が無効になった時、攻撃力を二倍にして、もう一度だけ攻撃できる!」

 お約束のコンボ。

 

※「どうした、“千年ジャンク”。敗北を目前にして、気でも触れたか」~「馬鹿言ってんじゃねぇよ、“ブラコンナンバーズハンター”。『No.39 希望皇ホープ』と『ダブル・アップ・チャンス』のセオリー過ぎるコンボに、おかしくって腹が痛いわ!」

 カイトの揶揄にウルが返すが、本人にとっちゃ嫌味ではないだろうな。「おかしくって腹が痛いわ!」はベクターの台詞。

 

※カウンター罠発動『深海の牢獄』! このカードは相手モンスターの攻撃力が変動したときに発動! 手札一枚捨てて、変動した数値を百で割ったターン数、相手モンスターを除外する!

 『次元幽閉(通常罠。相手モンスターの攻撃宣言時、攻撃モンスター1体を選択して発動できる。選択した攻撃モンスターをゲームから除外する)』で事足りるなんて言わない。遊馬が攻撃アップしてくるということが分かっていた、という描写がしたかった。手札を一枚捨てさせたのは、計算すると最終的にウルの手札が一枚残って締まりが悪かったので。

 

※「けどよ、アストラル、俺らにはシャイニング・ドローがある」「その通り、我々には好きなカードを作成できるシャイニング・ドローがある。次のターンを凌(しの)ぎ、五ターン目に『No.39 希望皇ホープ』を除外から復活させるしかない」

 シャニング・ドローをすれば勝てる、確かにその通りなんだけど。

 

※「ありがとう、俺のデッキ」

 デュエリストが自らのデッキが応えてくれた時に返す感謝の言葉。アニメ「遊戯王GX」第91話にて“一撃必殺居合いドロー”をコンセプトとしたワンターンキルデッキを使う橘が、自ら宿った死神との契約(好きなカードを好きな時に引ける能力)を破棄した時に発した言葉である。後々、十代もこの台詞を使っている。

 

※3×3マスの基本的な魔方陣が浮かび上がり、2と3の二つの数字を輝かせる。

 魔方陣の話。

 

※「愚かな弱者共よ。機械仕掛けの正義執行者が近付く、絶望の足音を聴け。光砕く道となれ! シンクロ召喚!」

 5D'sの遊星のシンクロ召喚の口上「集いし願いが新たに輝く星となる。光さす道となれ! シンクロ召喚!」(『スターダスト・ドラゴン』)を真似たもの。今回の口上は自分で考えました。

 

※「闇雲にモンスターを俺ルールで特殊召喚した訳じゃねぇ、俺はルールを守って楽しくデュエルしてるぜ。これはな、お前ら千年アイテムの保持者が殺した彼女が俺に遺してくれた、チューナーモンスターとそれ以外のモンスターのレベルを“足して”、新たなモンスターを呼び出す絆の召喚法『シンクロ召喚』さ」

 「ルールを守って楽しくデュエル!!」とは、OCGのパックCMにて遊馬が乱発しているフレーズ。 絆は5D'sの遊星の口癖のようなもの。

 

※反射ダメージでも受けちゃいなさいよ

 小鳥、いつの間にかデュエルに詳しくなってる。

 

※あまりにもとんでもない効果にゼアルの声が甲高いものになる。

 ゼアル、お前に言えるのか?

 

※“カラミティ・エンド”

 語呂が良かったので、思いついた技名をそのまま使用。後で漫画「ダイの大冒険 Dragon Quest」の大魔王バーンの技名と知りました。

 

※ジャンジャジャ~ン!

 ベクターの台詞より。

 

※だがしかし、だがしかし!

 PS3だっけな、「END OF ETENTY」に登場するヴァシュロンがこんな台詞を言っていたっけなぁ。

 

※今明かされる衝撃の真実

 ベクターの台詞、再び。

 

※灼熱の太陽すら瞬間凍結

 メラグの口上でしたね。

 

 

 

【⑩YGO】

 

※YGO

 『遊戯王』をローマ字にしたものの頭文字。『XYZ』『YGO』、どちらを10章・11章にしようか迷った挙句、こうなりました。この章の最後に闇遊戯が登場するので、丁度良かったかな。

 

※ゲームにアクシデントはつきもの

 「キングダムハーツ」のハデスという敵キャラの台詞。

 

※Got you!

 “[I've] got you”、からかいなどに引っかかった相手に対して「やった!」という意味。GXの十代の口癖「ガッチャ(Gotcha)」は「(I've) got you」の略らしい。なので、このシーンは「ガッチャ!」と読んでください。

 

※「なん……だと……!」

 ジャンプで連載されている漫画「BLEACH」でよく使われる台詞。

 

※「どういう……ことだ……?」

 遊戯王ZEXAL第24話で、遊馬とアストラルの新たな力「エクシーズ・チェンジ・ZEXAL」を目の当たりにした天城カイトが驚愕の表情を湛えながら口にした台詞。

 

※器用にパラパラと右指を動かしつつ、闇凌牙は滑(なめ)らかに語る。

 5D'sに登場するジャンはよく指を滑らかに動かしていた。流石、通称「指ゲイ」。

 

※いつから千年レンズさえ外せば、神代凌牙の自我が出ると錯覚していた?

 「いつから~だと錯覚していた?」というジョジョの有名な台詞のパロディ。

 

※千年レンズの悪霊が眼(まなこ)をぐりぐりと動かす。

 遊戯王お馴染の顔芸。

 

※「それにしても、可哀想な神代凌牙。トロン一家への恨み言と自分の非力さを語っただけで、『裏切った』なんて一言も言っていないのに、肯定すらしていないのに、そう推測されちまうなんて! これこそお前らからは何一つ信用されてなかったってことの証明じゃないか! 確かにお前らにとって、これからのことを考えたら、そっちの方が懸命だけどな」

 ナッシュの記憶が戻ったら(バリアンの使命を思い出せたら)、確実に凌牙は裏切るため。ちなみに本当に「裏切った」とは自己申告していない。相手が自ら勝手に「裏切った」思い込むようにウルは画策していた。

 

※ウィンクしながら茶目っ気に語る闇凌牙だっが、急に無表情になるとアストラルとカイトを責めるように睨み付けた。

 これまでにもウルの態度・感情表現は急にコロコロ変わっている。深海の牢獄によって精神崩壊(マインド・クラッシュ)したため情緒面が狂っているのがその主な理由だが、「ダンガンロンパ」のラスボスに影響されたのもある。

 

※お前らは良かれと思って助言したんだろうが

 良かれと思って、真月零の口癖。

 

※一枚は魔法カードで、もう一枚はⅣが貸してくれた罠カードだった。~悔やんでも仕方がないが、もっと早くこの罠カードが出ていれば『深海の牢獄』を防げて『No.39 希望皇ホープ』を除外せずに済んだのに、とアストラルは思わずにいられない。

 『ギャクタン』のこと。効果は以下の通り。

 

カウンター罠、(1):罠カードが発動した時に発動できる。

その発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻す。

 

 ちなみにTAG FORCEシリーズでは4以降、OCG化に先駆け、以下の効果でオリジナルカードとして収録されている。

 

カウンター罠、相手の罠カードを無効にし、そのカードを相手のデッキに表向きで戻してシャッフルする。

そのカードをドローするまで相手は同名カードを発動する事はできない。

 

 見比べると、かなり異なっているのが分かる。

調べるまで、あまり効果は変わらないと思い込んでいた自分が恥ずかしい。

 

※『光の護封剣』

 DMにおいて、遊戯が最も多用した防御系カード。「DEATH-T編」の「遊戯vs海馬」(2戦目)で『青眼の白龍』二体を足止めしてエクゾディアパーツが揃うまでの時間を稼いだのを皮切りに、遊戯が窮地に陥るたびに発動されては逆転のカードを引く時間をもたらしてきた。実際に遊馬が使用した『炎の護封剣』でも良かったがエクシーズ召喚の為にモンスターを揃えるのが難しい、向かないので却下。遊戯がピンチの時に引いてその場を凌いだように遊馬も……としたかったが、残念な結果に終わる。

 

※「姑息(その場しのぎ、という意味)な真似を」

 ドルベの台詞「姑息な手を(サルガッソの灯台を墓地に落としながら)」より。

 

※「Now it's my tune! Draw!」

 2014年の夏前に「Now it's our tune!」というZEXALのTシャツが販売されてました。

 

※「そのまま寝ててもいいんだぜ」以前に言われたことがある闇凌牙の台詞に頭がガンガンする。

 凌牙とのタッグデュエルでの台詞より。

 

※「『A.O.J カタストル』、遊馬にダイレクトアタックだ! 全てよ、絶望の海に沈め! “ジャッジメント・レイ”!」

 技名は正義らしく、レイはビームなので。枕詞はどうしても使いたかった。

 

※遊馬のライフはとうとう400ぽっちになってしまった。

 鉄壁、入りました! 鉄壁とは、原作およびアニメシリーズにおいて残りライフポイントがわずかな状態のこと。 概ね1000未満、狭義では100以下のことをさす。

原作やアニメではデュエルを盛り上げるために、敗北する寸前まで追い込まれる→驚異のディスティニードローで大逆転という展開が多い。 そのため「先に瀕死状態になった奴が勝つ」という図式になり、それを指して鉄壁と呼ばれるようになった。

 

※罠カード『超水圧』

 OCGされていないカード、シャーク対Ⅲ戦にて使用。

 

※俺ってカードに選ばれてるぅ~!

 ARC-Ⅴの沢渡の台詞。

 

※運命の女神様どころか、“神様”すら従えちまったよ!

 今まで散々「運命の女神様」を連呼していたのは、ただこの時のためだけに。「神様」とは『超水圧』で引き当てた『神の宣告』を指す。

 

※遊馬のライフはたかだか400、手札は一枚で、フィールドに罠カードは伏せているが、モンスターは居ない。攻撃力2200以上の闇属性モンスターではない限り、闇凌牙のエース『A.O.J カタストル』を破壊することは出来ない。加えて、相手のライフはまだ3000以上もある。トドメに『No.39 希望皇ホープ』は除外され、『死者蘇生』も使用済みだ。闇のフィールによって仲間と隔離されてしまっているため、ゼアル化も見込めない。仲間が気付いているように、遊馬自身も気付いていることだろう――勝てない条件が揃い過ぎていることに。

 考えられるだけの絶望条件を揃えてみました。アニメや漫画において、主人公のデュエルの勝利条件は以下の通り。

 

≫鉄壁ライフ(500以下が望ましい)

≫主人公の場・手札が絶望的

≫相手が圧倒的に有利

≫相手のエースモンスターを効果破壊ではなく、戦闘破壊すること

≫コンボ必須

≫このターンで相手ライフを0にして、蹴りをつけること 

 

 更に以下を付け足しました。

 

≫思い出のあるカードを使用

≫『No.39 希望皇ホープ』は使用禁止

≫ゼアル化は駄目

≫相手の裏をかくこと

 

 今回はこれらを全て満たすデュエルにしました。我ながらよくやったなぁ。

 

※「俺様はカードを伏せて、ターンエン―‐」

 DMのバクラは俺様を連呼していたイメージがあります。

 

※「もうやめて!」

 DMの杏子の台詞「もうやめて! とっくに羽蛾のライフは0よ!」より。

 

※アンブレイカブル(折れない)ハートは、とうとう折れてしまったのだ。

 ZEXALのOP「折れないハート」より。

 

※「少年よ、これが絶望だ。ターンエンド」

 5D'sのアポリアの台詞。

 

※そう言い終わるや否や、闇凌牙のセットしたデッキの一番上のカードが混沌(カオス)の光を放ち始めた。闇のフィールがマックスに達したのだ。次に闇凌牙のターンが来たとき、これを引けば確実に勝てるだろう。デッキの一番上に置かれた、因果の底から浮かび上がった魔法カードに、闇凌牙は狂喜の声を上げたくて仕方がなかった。

 魔法カード『RUM (ランクアップマジック)-七皇の剣(ザ・セブンス・ワン)』のこと。これで次のターン、ウルがドローしたら『No.101 S・H・Ark Knight』をデッキから特殊召喚し、『CNo.101 S・H・Dark Knight』に進化させ、遊馬を潰す気であった。

 

※神様の御前の天秤に乗せる真実(マアト)の羽とお前の心臓の重さは?

 古代エジプトでは、天秤に真実(マアト)の羽と死者の心臓を載せて天国行きか地獄行きか決めるそうな。

 

※最期に呼ぶ名前は決まったのかい?

 ブーメランとなる台詞。

 

※右手がデッキの上にそのまま置かれれば、サレンダーとなり、遊馬の敗北が決定する。

 サレンダーのポーズ。

 

※彼から絶望という死に至る病は完全に消え去っていた。

 「死に至る病」という本があるんだよ、哲学書だけど。

 

※ラーの神、太陽だ。

 右京先生は遊馬を太陽と比喩してましたね。

 

※「遊馬、勝つぞ」

 お約束のアストラルの台詞。

 

※『カップ・オブ・エース』

 遊馬が投入したギャンブルカード。某掲示板にて『ヘルカイザー「進撃の巨人? そんなことよりデュエルだ!」』というのがあり、其処に登場していたカード。ギャンブルカードって、いいじゃん! と直感で気に入ったので、絶対にこのカードは使用すると決定。当初はウルが『潜航母艦エアロ・シャーク』を召喚後に使用、しかし失敗、遊馬が二枚ドローするが、ウルが発動させた『仕込みマシンガン(通常罠(1):相手の手札・フィールドのカードの数×200ダメージを相手に与える)』によりダメージを受ける、という筋書きを考えていたが、下手すると遊馬のライフが瀕死を通り越して0になるので断念。

 

※当然、正位置(表)!

 GXの斎王琢磨(さいおう たくま)の得意台詞。闇のフィールの度合いが高いままだったら確実に失敗していたが、闇のフィールをはねのけていたため、ちゃんとした確率になっている。

 

※「ただ運が良かっただけではないか!」

 遊戯王5D's第8話にてジャック・アトラスが言ってしまった禁句。過去のシリーズでは積み込み臭い引きが登場してもこの様な事は言われなかったが、こんな事を言われてはデュエリストの面目丸潰れである。

 

※伏せたカードを見ながら、闇凌牙は人知れずほくそ笑む。

『神の宣告』さえあれば、もう何も怖くない!(死亡フラグ)

 

※「遊馬、これで勝利の方程式が完成した」

 アストラルのお約束台詞。

 

※だって、俺達は……――なぁ、そうだろ、シャーク!

 俺たちは、の後ろには好きな言葉を入れて下さい。最終話の凌牙も似たような台詞「遊馬、俺はお前になら…」と言っている。

 

※魔法カード『アーマード・エクシーズ』

 遊馬対ナッシュ戦で使われたらどうしよう! と焦っていたが、杞憂に終わった。

 

※『No.17 リバイス・ドラゴン』

 凌牙に因縁のあるカードの登場。

 

※墓地から『No.17 リバイス・ドラゴン』が現れ、その上に『ガガガガール』が乗り、装備された状態になった。

 遊戯王お約束のただ乗っただけ。

 

※「同名カードとして扱う場合、引き継ぐのは名前だけであって、属性等は元々のモンスターのものが適応される」

 ちゃんと調べた結果、これがクリアのミソになった。

 

※「“神宣”だとっ!?」

 『神の宣告』の略称。

 

※このゲス野郎! とカイトは怒鳴りたくなった。

 初代遊戯王に「この弱虫(ムシ)野郎!」という台詞があったな。

 

※対“光”属性のモンスターを“貫く”、“闇”の“バイス・ストリーム”!

 タイトルの回収が出来ました。

 

※「正義が、強者と勝利の象徴が、あの女(ヒト)との絆の召喚モンスターがぁぁぁぁぁ……ぜ、全……め……滅めつめつ……」

 DEATH-T編において、闇遊戯とのデュエルでエクゾディアが召喚され、青眼の白龍が全滅したときに海馬瀬人が発した台詞のオマージュ。 正確な表記は「オ……オレの『青眼の白龍』がぁぁぁぁぁ…ぜ……ぜん…め…めつめつめつ…」。

 

※お楽しみはこれからだ! とエンターテイナーのように闇凌牙は両手を仰いだ。

 ARC-Ⅴの遊矢の口癖より。

 

※「三度目の死を味わえ、神代凌牙!」

 一度目は海の王として、二度目はバリアンのナッシュとして。

 

※「それはどうかな?」~逆光のため、顔は分からない。背格好から推測するに青年の域だろうか。奇抜な髪型をし、古(いにしえ)の砂漠の国の王族の真っ白い礼服を着こなした彼はシルバーの鎖のペンダントをしている。そのペンダントトップはカイトが美術館で見た千年アイテムの一つであり、眼(ウジャト)の紋様が刻まれた、黄金の大きな四角錐を逆さにしたものだった。

 来たぜ、初代主人公!

 

※千年レンズに浮かび上がる眼(ウジャト)が紅の色を発する。闇凌牙が右手を掲げると3×3マスの魔方陣が現れ、数字が消えうせたかと否や、ベクトルのように魔法の矢が王に向かって飛んでいく。しかし王が呪文を呟くと、忠実な魔導士が冥界から現れ、攻撃を一気に蹴散らしたうえ、消える間際に罪人を黒魔術で拘束していった。

 遊戯王お約束のいきなり始まる謎バトル。忠実な魔導士は『ブラック・マジシャン』かな。

 

※いったい俺の何が悪いんだ!

 GXの十代の台詞。

 

※俺はただ“すべてのはじまりのカード”を使って、あの女(ヒト)を―‐

 ヌメロンコードを使えば、過去の改ざんが可能になる。ウルは女の人を助けたかったのだろう。

 

※面白い事実――宿命を知ることが出来たからな

 凌牙の宿命のこと。

 

※「それは違うよ」

 PSP「ダンガンロンパ」の主人公の台詞。

 

※「ウル……?」

 闇凌牙の本名。ラピュタ語で「ウル」は「真」の意味。イカサマデュエルばかりしてきたくせに、名前の意味は「真(本物)」という皮肉。

 

※見えない水蒸気が固体化するように現れたプロトタイプのデュエルディスクが展開され、いつの間にか彼の服装は王族の礼服から群青色の学生服にも似た格好になっていた。

 いつもの学生服に。

 

※「彼の気質が俺の知己(ちき:親友のこと)に似ていたからさ」

 城之内のこと。

 

※「仲間を信じること、それが俺が俺らしくあるために一番大事なことだと思うんだ。それを忘れたから、俺は俺のデュエルが出来なくなっちまったんだ。だから、俺が俺らしく俺であるために仲間を信じる。デッキを、勝利を信じる。信じることを俺は諦めない! それこそが“かっとビング”なんだ!」

 ZEXALⅡに続けるための決意表明。結果的にベクターに利用されることになる。

 

 

 

【⑪XYZ】

 

※XYZ

 エクシーズのこと。この場合、アルファベットの終わり三文字にかけて物語の終わりも意味する。

 

※デッキ狩り事件は不可思議な現象――都市伝説の一つとして片付けられることになった。

 明里姉ちゃん、記事にならずじまい。

 

※「凌牙、すまなかった」~ただ、アストラルだけはその謝罪の目的語――数週間前、同じ病室で違う理由で生気なく眠る凌牙のヴィジョンが視えていた。

 そういえば、カイト、凌牙に謝ってなかったよな。

 

※中庭に出ると、ベンチに座った茶髪の青年が手元に戻ってきたデッキを喜ばしげに入院着の同じ髪色の妹に報告している。良かったね、お兄ちゃん。と笑う妹に、これでデュエルが出来るぜ! と拳を握り締める兄。

 城之内兄妹を思い出しながら。

 

※だが、とカイトは思う。また同じようなことがあったとしても、やはり彼は裏切ったと結論付けるだろう。遊馬みたいに信じられる程、幼くも純粋でも甘くもないのだ。~だから、と続ける。ならばせめて、デュエルだけは強くあろう。似たようなことが起きた場合、遊馬みたいに信じられないカイトが彼に助言したところで、今回のように彼の道を狭(せば)めるだけにしかならない。そんなカイトが遊馬の為に出来るのは、ただデュエルに強くあることのみだ。遊馬が彼の道を突き進めるように、答えが見付けられるように、己は黙ってデュエルで語れば良い。小さな勇者である彼の道を阻む者を倒せば良い。

 ZEXALⅡに続けるための決意表明。

 

※(制限だが、モンスターを裏側守備表示にできる魔法カードがあったな)

 ZEXALⅡにて使用した『月の書』(速攻魔法《制限カード》、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、裏側守備表示にする)のこと。

 

※“オナーズ(Honors)”(切り札)

 『No.101 S・H・Ark Knight』のこと。

 

※俺に最高のトラジック(悲劇)を観せてみろ

 ZEXALⅡにてシャーク・ドレイクが大人しくなったのは、自分が何もしなくても凌牙はナッシュとなり、遊馬を裏切り、対峙し、破滅のロードを行くことが分かったからだと解釈させるための下り。彼はトラジック(悲劇)が観たいだけ。おかげで裏ボスっぽくなりました。

 

※遊馬にすら話したことがない、アストラル界とバリアン界の住人しか知らない“すべてのはじまりのカード”のことを何故彼が知っていたか。六人の部下とは何を意味するのか。どうして“闇のフィール”の影響が悪霊が取り憑いている、普通の人間であるはずの凌牙に及ばなかったのか

 バリアン七皇の一人だったから。

 

※(遊馬は誰も裏切らない。希望同様、私が信じていれば、必ず信じ返してくれる。それだけは絶対だ)

 これがZEXALⅡの悲劇を生む。

 

※完全なストレンジャー(stranger:見知らぬ人)ではないだろう。

 「The stranger」という小説があってね。

 

※でも、アストラル、私思うの。あの人、本当は……

 ウルへの救済策。

 

※「観察結果、テンタウゼント(ドイツ語で“万”を意味する)。彼“も”やっぱり素直ではない」

 凌牙はツンデレだから(笑)。

 

※遊馬、俺はお前になら……

 読者に任せます。ZEXALⅡを見終わった今なら「倒されてもいい」かもしれないと思う。

 

※凌牙はずっと窓の外を見ていたが、窓には強がりの仮面を外した、緊張の解(ほぐ)れた彼の顔が映り込んでいた。そんな好敵手(ライバル)の独り語りを遊馬は黙って聞いていた。あの時、遊馬が凌牙の心の内を覗いたように、凌牙も遊馬の心の内を覗いていた。一瞬の邂逅を互いに本心で会話したのだ。窓に皇の鍵が乱反射する。信じてよかった、と遊馬は素直に思った。

 本心で会話した二人。

 

※ショットガンシャッフルはカードを傷つけるからやめとけ

 遊戯の台詞。

 

※二人のデュエリストを映す窓の向こうには、何処までも澄み切ったような青空が広がり、都市に隣接する海は太陽の光を浴びて燦々と輝いていた。

 第三章の右京先生の台詞「海は太陽が恋しいからね」を受けて。

 

※声は届いたのだ。

 この小説の始まりは「声は届かない」。逆、対になっている。




【最後に】

 ここまで読んで下さり、ありがとうございました。



 千葉 仁史

執筆終了日:2014/08/31/日(GXの十代の誕生日)


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