トワイライトD×D (ENE)
しおりを挟む

第一話 異端認定のトワイライト

信仰心を拗らせたオリ主が元聖女様をレイプしようとする話。

※陵辱描写に御注意下さい。


「戦士ジョン・オーリッシュ、君を教会から追放する、という事になった」

「でジマ?」

 

少年は己の上司の言葉に対し、作中時間的にはギリギリ現役で通じるかもしれない過去の流行語でもって問い返した。それほどまでに驚いたのだ。

 

ジョン・オーリッシュは教会の戦士である。

聖剣使いとして類稀な才能を有し、且つ回復系の神器を生まれ持つという恵まれた資質。孤児であった彼は教会で育ち、教会で学び、やがて戦場においては やや歪ながらも武才を示した。

これはワイの将来も薔薇色やで!(意訳)とかなんとかそんな風に雑に考えていたのだ、が。

 

つい先日、教会内部において一つの事件が発生した。

彼と同じ神器【聖母の微笑】を有する聖女、アーシア・アルジェントの異端騒動である。

 

――彼女の神器は悪魔を癒した。

人や天使を除き神の祝福を受けていない化外の輩は、神器によって治療を行う事が不可能である。それはこの世界における常識であり法則だ。だというのにそれを破った。破る事が、出来てしまった。

 

異常である。在ってはならない事だった。

 

かくして聖女の受けた罰は教会からの追放処分。異端と目され、魔女とさえ呼ばれ、信徒としての登録もまた抹消される。敵性種族たる悪魔を助けた事も当然悪いが、最も危険視されたのは神器の示した異常であった。

神器とは、聖書の神が齎す力。神の奇跡の一端である。ソレが誤作動を起こす事など有り得ない。なのに為ったというのならば、それは決して認めてはいけない事だった。

 

ゆえに魔女と同様に、【聖母の微笑】を有する彼、ジョン・オーリッシュもまた追放される。

つまり巻き添え、道連れ、とばっちりだ。

 

「無論、我々としても君のこれまでの勤労を評価せぬわけではない。正教会所属の若き聖剣使いであり優秀な戦士である君には今後――」

 

上司のおっさんがつらつらと今後の彼に対する立場の保証や気遣いの言葉を並べ立てるが、人生のほぼ全てを信仰と戦闘に費やしてきた上で盛大な卓袱台返しを食らったジョン・ホニャララの脳内は驚くくらいに真っ白で、欠片も耳に入っていない。衝撃と混乱で精神的には絶叫脱糞する寸前だった。

 

教会からの追放処分。つまりは馘首であり、信仰の否定だ。

それは敬虔な信徒たらんとして生きてきた彼からすれば、己の人生の否定であった。

 

呆然とした表情を隠すだけの余裕も無くして立ち尽くす。そんな姿に、彼の上司もこれ以上は負担をかけるだけだと悟る。今後のために必要な説明の九割方を聞き流されている事にも気付けぬまま、「今日は割り当てられた自室で休むように」と気遣った。

 

 

ふらふらと歩いて部屋の中、備え付けられた寝台の端に腰掛ける。

 

戦って鍛えて戦って、怖くても痛くても頑張り続け、その果てに与えられたものが解雇通知。

ひどい話もあったものだ。ふひひ、と少年の口から怪しげな笑い声が漏れ出した。

 

――実際には、表立った立場はともかくとして、ちゃんと教会側にも彼という今回の件の被害者に対する充分な補償を行う予定がある。ただし肝心のジョン自身に上司の話を理解するだけの精神的余裕が全く無くて、働かせるだけ働かせた上で「君明日から来なくて良いよ^^」と言われたものと思い込んでいたのだ。

要するに彼は勘違いをしていた。教会から公的に異端追放された魔女と同じ神器を持っているという外聞の悪い共通点を持つがゆえ、順調だった出世街道に明確な影が差した事は、間違いのない事実であったが。

 

何にせよ、今の彼にとって重要なのはそこではない。

両手を組んで額を押し付ける。祈りを捧げる彼は背筋が曲がるほどに深く俯き、肩も震えて頼りない。とても敬虔な信徒の姿とは言えないだろう。今此処にある己自身に情けなさを感じ、それでも、祈った。

祈って、何時も通りに返る言葉は何も無い。

神の声など聞こえない。

 

今までは、自分の祈りが、信仰が足りないのだと考えていた。

今はもう、そんな言い訳さえ浮かばない。

己は主に捨てられたのだ、と溜息を零した。自嘲混じりの溜息だった。

 

腰掛けていた寝台から立ち上がり、己の荷物に手を付ける。

手早く必要な物だけを纏め上げ、他はそのまま。亜空間に仕舞ってあるエクスカリバーの存在を確かめると、自室の扉を開け放った。

 

「あっ。――じょ、ジョン! そのっ、えと、だ、大丈夫っ!?」

 

部屋の外には己を訪ねてきた旧知の知り合いが立っていたが、適当な言葉で誤魔化した。

それでも折れずに掛けられる声。常日頃とは全く異なる、心を弱らせた少女の声音だ。恐らくは追放の件を耳にしたのだろう、心配そうな彼女の声掛けに後ろ髪を引かれる思いで、しかし足を止める事は無い。中身の無い相槌と気遣いの欠けた返答のみで会話を終わらせ、彼は彼女に背を向ける。

 

うるさい、と言い捨てて話を打ち切ってしまったのは、間違いなく失敗だった。

だけど今の彼には他者のために思い悩むだけの余裕が無い。

 

荒れ狂った感情の全てを腹の底に押し込めて、平然とした態度で教会内を歩き出す。そのまま、目的とする保管庫の入り口で見張り番に「任務だ」と偽り内部へ侵入、己の有する物と同等の、分かたれたエクスカリバーの一振りを手に取った。

 

窃盗である。

 

身の内にある聖剣使いの因子が七つ子の一つを誑かし、手にした聖剣は個人用の亜空間へと仕舞い込む。これでジョンの所有する聖剣は貸し与えられていた物と合わせて計二本。喜びの声も無く踵を返すと、見張り番の人間に労いの言葉を掛けて立ち去った。

 

聖剣使いはエリートだ。

教会の有するエクソシスト達の中でも特別希少で、重要な戦力。聖なる武器として最も有名だろう聖剣を、個人所有する事が許されている点からもそれは明白だった。

だから、声を掛けられた見張り番は名実伴うエリート様からの心優しい気遣いの言葉を素直に受け止め喜んだ。聖剣を保管する重要な箇所の警備を任されているだけあって、流石に表情にまで出す事は無いが。

 

聖剣使いには、立場と名声に付随する信徒達からの強い信頼があった。ゆえに、今自分の目の前を通り過ぎた少年が聖剣泥棒の現行犯だなどと考えもしない。

そうなるだろうと予測して、事実そうなったのだから、ジョン・オーリッシュには聖剣使いとしてだけでなく怪盗としての才能があったのかもしれない。彼は何食わぬ顔で保管されていた聖剣を持ち出し、己の物として逃げ出した。

 

 

建物の外に出て青空を見上げる。

彼の悲惨な境遇――と実は思い込んで若干勘違いしているだけなのだが、ともあれ一個人の幸不幸など知った事かと言わんばかりに晴れ晴れとした空を見上げて、元教会の戦士である少年が中指立てつつ呟いた。

 

「ファッキューゴッド」

 

数時間前までなら考えもしなかっただろう、天に唾する、信徒にあるまじき仕草と発言。今、彼の胸中には教会に対する悲しみと、神に対する苛立ちばかりが渦巻いている。――よくも裏切ってくれやがったな、と。

それが彼個人の先走った思考と勘違いから生じたものであろうとも、切っ掛け如何に関わらず、一人の人間が道を誤った事には変わりない。

 

こうして彼は教会から姿を消した。

魔女アーシア・アルジェントの教会からの追放と、ほぼ同時刻の事だった。

 

 

 

 

元教会の戦士ジョン・オーリッシュは敬虔な信徒、だった。――過去形である。

 

孤児である彼は教会で学び、教会で育った。

周囲に言われるがままに働き尽くす、無私である事こそが尊い在り方。そう考えてはいたのだが、追放という憂き目に遭って、彼は己の本質を理解した。してしまった。

結局のところ、報われなければ嫌なのだ。報酬無くして奉仕は出来ぬ。彼は当たり前の欲を持つ人間だった。

 

神への献身だけでは生きていけない。満たされない。

教会で植え付けられた綺麗な価値観は彼の本心を否定している。けれど自分がそういうものだと知ってしまった。

 

相反する知識と感情にジョンの心が悲鳴を上げて、捌け口を求めて暴走していた。

 

だからふと思い立ち、聖剣を盗んで逃げ出した。

だからふと目についた、憎き魔女の首を締め上げた。

 

「っ、ぁ」

 

か細く零れた、少女の苦鳴。それに対して歯噛みする。

翠色の視線が揺れて、睨み付けた彼の顔を見上げている。伸ばされた少女の指先がジョンの腕や身体に当たったが意味は無く、力の差は歴然だ。

教会の戦士として何年も修練を積んできたのだから、彼女の抵抗が実る事は無い。このまま力を篭めるだけで首を握り潰す事だって容易くて、けれど、苦しむ人間の顔を見ていると暴力的な衝動から醒めていく。

 

憎い。腹立たしい。悲しい。苛々する。意味も無く叫び声を上げたくなった。

人を守るために戦ってきた自分が、人を傷付けている矛盾。その不快感に戸惑いながら、それでも胸の内にあるものを吐き出さなければ耐えられない。

 

見つけたのは偶然で、手を伸ばしたのも衝動的なものだった。

金色の髪、翠の瞳。何の変哲も無いシスター服に小さな旅行鞄だけを抱える、着の身着のままで教会から飛び出したかのような見た目の少女。

ジョンは彼女を知っていた。己と同じ神器を持つ人、自分が追放された原因だ。

 

目の前に居る少女が、――魔女アーシア・アルジェント。

 

「っう、けほっ、けほ」

 

手を離せば少女が咳き込む。

苦しみから解放されて、それを与えた相手を窺っている。

 

「あなたは」

 

掠れた声音が耳朶を掠める。問い掛けに篭められたものは戸惑いと、僅かな恐れ。そして。

 

気遣いだ。

 

呼吸を乱し、先程まで彼女の首を締め上げていた両手を震わせる少年。

飛び掛り、押し倒し、首を絞めて、見下ろしていた。

なのに苦しそうな顔をしていた。

今もまた、傷付けた事を悔いるかのように震えている。

 

アーシア・アルジェントは、だから、気遣った。

 

教会という小さな世界で、ただ傷を癒して微笑む以外の全てを奪われ続けてきた物知らずな少女は、目の前で独り苦しむ暴漢の事を心配していた。

戸惑いながら、怯えながら、加害者の事を気遣っている。

 

「あああ゛――!!!」

 

少年が叫んだ。何を考えての激情か、彼自身さえ分からないまま。

少女の両頬を片手で掴み、再度地面に引き倒す。

 

苦しい。苦しい。くるしい。だから、吐き出さなければならない。

 

ずっと教会で育てられたのだ。神への祈りと、教会からの命令だけが彼の生活のほぼ全て。紫藤イリナを始めとして僅かながらの友人は居たが、精神の根底は信徒としての立場と教育によって作られている。悲しいかな、彼は人間である以前に信徒であるのだ。

なのにそれを奪われた。アーシア・アルジェントのせいで、追放されて、失くしてしまった。例え内実が彼の知るそれと異なっていても、今この瞬間だけはそれこそが彼にとっての真実だ。

 

正しくなくとも、間違っていても、罪だと理解していても。未熟な少年であるジョン・オーリッシュは、此処で行き場の無い激情を出し尽くさなければ壊れてしまう。本能の部分がそう言っていた。

 

獣のように息を吐き、下に組み敷いた少女を見遣る。

胸と、腰元。呼吸に合わせて上下する肢体。シスター服の暗い色合いの奥に隠された膨らみ、女の形が布地越しに表れていた。

少年の血走った視線が、上から下までアーシアの身体を舐め上げる。

 

戦士としての意識が殺人を否定し動きを止めても、感情の吐き出し方なら他にもあるのだ。

魔に属するもの達と戦う戦士の任務、その過程で沢山見てきた。生きているものも、生きていたものも、皆が等しく穢されていた。どうやれば良いのかは知っている。教わりたくもないのに教わってきたのだ、ありとあらゆる邪悪から。

 

「むぅ――っ!?」

 

少女の顔を押さえた手の反対、空いた左手でアーシアの胸をまさぐった。

乳房の丸みと、手の動き。それに合わせて暗い布地が波間のように乱れて歪む。軽く握り込むように力を篭めれば、手の平に伝わるのは下着の固さと更に奥にある柔らかさ。

女の胸とはこういうものだったのか、と思考の片隅で納得する。その上で、今度は味わうように肉を揉んだ。

 

片手で掴まれ不細工に歪んだ少女の顔が、羞恥に染まって赤くなる。

その、タコかアヒルのように突き出た口先に、少年は自分の唇を触れさせた。

 

「ン、ぅんんッ」

 

拒絶の声が、言葉にならぬまま漏れ響く。

衣服越しの乳房よりも余程柔らかな部分に触れて、ジョンは己の内で昂ぶるものを感じ取った。

上唇を軽く食み、下唇の内側に舌を伸ばして舐め上げる。少女の唾液で濡れた口の中、どこかすべすべとした肉の味は、憎い相手のそれであっても心地良い。思わず夢中になって舐めてしまった。

 

「んっ、ふ、んんっ、ふあっ」

 

押し返す力はとても弱くて、度重なる男の求めに少女の思考が徐々に濁って白み始めた。

両頬を掴み上げていた右手を離し、支えるように顎へと添える。

真っ当な形に戻ったアーシアの唇にキスをして、己の唇と伸ばした舌で彼女の口中を丁寧に味わう。左手は変わらず胸を弄るが、それも乱暴なものではなく愛撫に近しい力加減へと自然に動きを変えていた。

 

股間が苦しい。初めての交合に身体が昂ぶり、未だ着替えてもいない戦闘服のその部分が盛り上がって痛いほど。戦闘の邪魔にならぬよう身体に張り付く設計だから、幾ら張り詰めても必要以上に勃ち切らないのだ。押さえ付けられ痛くて苦しい。

 

「ぁ、ふぅ――」

 

伏し目がちになり、熱に浮かされたような互いの視線が交わった。

無理矢理唇を奪われていた少女の両手は少年の身体に縋り付き、抵抗のためだったその動きは傍から見れば愛し合うための抱擁にも見える。

怒りか羞恥か酸欠か、赤らんだ彼女の顔も乱れた金の髪に彩られて艶かしい。

 

地面に押し倒されたアーシアの上に覆い被さり、少年が熱心に口を啜った。

単調に揉み込まれた少女の胸は状況への興奮で僅かに膨らみ、全身の血流は活発化している。漏れ聞こえる互いの声からも、何時しか嫌悪の色が消えていた。

顎に添えられていた少年の手が首筋に下りて、優しく撫でながら肌と体温を確かめる。

 

上から押し付けられた少年の股間が、少女のそこへと重なった。

びくり、と少女自身の意識せぬまま本能で、スカートの奥に秘められた腰が震えて動くと互いの性器を触れさせる。触れて、少年が腰を揺すれば少女の側も控え目に動いた。未だ彼等の意識は口吸いのみに集中しており、ただ興奮に突き動かされて擬似的な性交を行うのみ。

やがてがくがくと腰を震わせながら、少年の下半身が戦闘服の内側で己の熱を吐き出した。

 

それと共に重ねられていた唇が離れ、二人の視線が再度絡んだ。溺れるように、濁った色で。

そのまま、何を言うでも無く、荒れた呼吸の音だけが互いの耳には聞こえていた。




アーシアの負い目に付け込み肉便器扱いしながら原作を横から眺める話、だった(過去形)。
教会の動きが想像し辛いので多少なりと捏造したら、主人公の描写が増え過ぎた上に色々拗らせてしまいました。
以下、設定。

 オリ主
ジョン・オーリッシュ。和訳するとオリ主太郎、もしくはオリ太郎。当ss唯一の竿役。
言われるままに御行儀の良い信徒をやっていたら破門されたので盗んだ聖剣で走り出す系オリ主。
聖剣使い兼回復神器持ち。聖剣泥棒第一号。エクスカリバー二刀流。卑の意思。
教会側の予定としては、以後オリ主には裏仕事を任せて精一杯使い倒すつもりだった。四大天使直属の御使いになれれば公的な扱いも良くなっていた、筈。教会所属のままで御使いになれなければ心身共に襤褸雑巾からの禍の団加入ルート。
自己の信仰を否定されたと考えて精神の均衡を失い、暴走。偶然出くわした魔女を殺そうとしたら無意識がストップをかけたので代わりにレイプしようとしたがキスとペッティングだけで射精して終わる童貞。
ヒロインは教会三人組。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 魔女追放のトワイライト

レイプしようとした癖に処女を食べ残す童貞オリ主の第二話。
ここまでプロローグです。


アーシア・アルジェントは魔女である。

――何故なら、彼女の周囲がそう言ったから。

 

神器【聖母の微笑】を用いて人々の傷を癒し、その働きをもって聖女と称され、だのに一転して排斥された。

が、それ自体に否やはない。

彼女は望まれたからこそ怪我人の治療を行っていたが、自身が聖女であろうと考えた事など一度だってありはしなかった。教会の指示通りに神器を使用する、ただそれだけの人員。要するに、大人達に取って都合の良い子供だったから。

自分で選んだ事なんて、主への信仰くらいのもので。それだけは彼女自身のものだった。

 

指示されたから、治療する。

言われるがままに神器を用いる。

聖女と呼ばれるに至った経緯も、教会側が発端だ。

 

やがて癒した人達の笑顔と感謝が彼女にとっての喜びとなり、ますます精力的に力を使った。

悪魔を癒した事件にしても、半ば以上が条件反射によるものだ。怪我をしている、だから助けなければ、と。神の祝福を受けていない魔に属する悪魔に対し、神器の力が届くか否かを考えるだけの思慮深さなんて彼女の中では育っていない。祈って癒して持て囃される、箱入り娘の聖女様には、聖魔の対立なんて遠い世界の出来事だった。

 

そして彼女は追放される。

今の今まで奇跡だ聖女だと褒め称えていた人達が、挙って少女を罵倒した。挙句の果てには魔女呼ばわりだ。

 

アーシア・アルジェントには分からない。

だって、彼女にとって先の一件は何時も通りの行いだった。

言われるがままに神器を使い続けていた彼女の価値観は世俗のそれとは程遠く、人と悪魔の区別なんて付けられない。少女の視界に映った怪我人は、皆が等しく治療を施すべき子羊なのだ。誰が否定しようとも、彼女にとっては間違いなく。

 

言われるがままに振舞えば褒められる、感謝される、誰も彼もが笑ってくれた。

だから変わる事は無い。成長するための刺激が不足する。外見ばかりが美しく育つが、彼女の中身は穢れを知らない子供のそれだ。

 

アーシア・アルジェントは無知であり、ゆえに彼女は無垢だった。

それこそが外部に対する人気取りと、教会の財源を僅かながらに潤す働きを為した聖女の真実。彼女が周囲から愛されてきた理由であり、同時に魔女として石持て追われるに至った根本原因。神を戴かぬ天界の内情などというものは、偶々関係しただけだ。

 

異端の烙印を押された少女は一変した現状に悲しみながらも、何故そうなったのかを真実理解するには至らない。ただただ傷付き、何時も通りに教会側から命じられるまま、追放処分を受け入れて、教会の外で途方に暮れた。

 

捨て犬ジョン・オーリッシュと出くわしたのは、彼女が教会を出て僅か数時間後の事だった。

 

 

「は、っぷ、ん、――ぅ、ああっ」

 

伸ばされた彼の舌が、真っ白な歯列を順になぞった。息継ぎの際に意味の篭らない音だけが漏れて、まるで喘いでいるかのように聞こえてしまう。その事がとても恥ずかしかった。

細い手首を掴み上げられ、大きく開いたシスター服の袖口から侵入した少年の手の平が少女の素肌に触れていく。

鍛えられた戦士の右手が、ろくに日に焼ける機会の無かった元聖女の腕を這い回り、手首から肘、そして二の腕までの柔らかさを、軽く揉みながら堪能する。しかし肩口、脇にまで触れれば、さしもの彼女も少女らしい羞恥心から腕を振るって拒絶した。

 

肌を味わいながらも続けられていたキスが止む。少女の口端から垂れ落ちた唾液が、シスター服の襟元を汚していった。

合わさる視線はお互いどろどろに蕩けており、相手の吐く息が顔に当たってこそばゆい。

 

――お前のせいだ、と少年が言った。

 

同じ神器を持っている事。そのせいで追放された事。心配してくれる友人にぶつけた心無い言葉。魔に属する者達と戦い、生死の境を彷徨った過去。幾度も祈り、けれど神の声など聞こえなかった事。

気が狂ってしまいそうな程に辛いのだと、そう言った。

 

異端認定。追放処分。信仰の否定。人生の否定。魔女に対する、――八つ当たり。

少女の身体をまさぐりながら口にした言葉が次々と積み重なっていく。語る順番が出鱈目で、内容に関しても支離滅裂。考えるより先に感情を吐き出す、荒れ狂った彼の内心が窺える語り口だった。

 

分からない部分は多々あった。だから、アーシアが理解したのは僅かに二つ。

少年が魔女の追放に巻き込まれた、という事。

そして自分の行動の結果、彼が傷付いているという事だ。

 

「っ痛、あ」

 

少年が、少女の首筋に噛み付いた。

加減を知らずに歯を立てて、赤くなった部位を舐め回す。首筋で脈打つものを舌で感じ、その部分を唇で食みながら、空いた両手は彼女の身体を弄っていた。

 

長い、シスター服のスカート部分を捲り上げる。

黒い布地との対比で真っ白に輝く少女の素足が、一息に膝上まで晒された。

熱の篭った衣服の内側、汗で湿った身体の一部が外気で冷えて縮こまる。素肌の感覚で己の状態を察したアーシアが膝を操り閉じようとするが、やはり力では敵わない。次いで言葉による拒絶を示そうとしても、首元を吸っていた唇が少女のそれと重なる形で意見を封じた。

 

涙が小さく零れ落ちる。

魔女と呼ばれ、教会を追い出されて。今は此処で強姦されている。

伸ばした両手が少年の衣服を握り締め、けれどそれ以上の抵抗も出来ない。

 

だって彼は被害者だ。魔女への罰に巻き込まれただけ。

やめて欲しいと彼女の心が望んでも、抵抗が正しい事かも分からない、成否を教える大人が居ない。仮に拒んだところで非力な彼女に抗う事など出来はしないが、意思を示す事さえ徐々に躊躇い、動きが鈍る。

 

「ふっ、ぅう゛――っ!」

 

口を塞がれているため、中身の無い声と一緒に鼻から大きく息を吐く。赤く染まった顔、零れる涙。いやだいやだと首を振っても、口内へ突き入れられた彼の舌が楔のように、アーシアの口を離しはしない。

 

スカートを、更に捲くって、奥の下着が晒された。

薄手の布地越し、少女の割れ目を無骨な少年の指先が幾度も擦る。強く押し付け過ぎて、擦られた部分が熱を持つかのようだった。下手糞な愛撫は快楽を齎すものではないが、精神的且つ肉体的に追い詰められた彼女の性器は僅か少量だけ分泌したものを滲ませて、簡素な下着を湿らせた。

 

少年が口を離す。掻き混ぜられた唾液が軽く泡立ちながら糸を引き、飲み込みきれなかった分を下に落としてシスター服を汚してしまった。

膨らんだ少女の胸元に、ぱたぱたと音を立てて二人の唾液が染み込んでいく。

其処に指を押し付け、布の下の乳房を押して揉みながら色を広げる。汚れを伸ばす。

 

二人分の荒れた呼吸が耳に届いてそれ以外には聞こえない。

少年の視線は彼女の下半身、晒された下着と、露わとなった白い太腿の位置にある。手を伸ばして太腿を触れば、指先の僅かな動きだけで肌が沈み込み、女の柔らかさを視覚でも伝えた。

押し広げられた鼠径部と、内腿の作りまではっきり見える。柔らかな布に覆われた部分も、僅かながらに盛り上がっていて いやらしい。

 

「待っ! そこ、は」

 

見上げるアーシアは、何を言えば良いのかも分からない。

世間知らずな彼女にしても、ここから先の行いまでもを許容する事など出来なかった。何をするかも、どんな意味を持つかも知っている。

だが、目の前の少年が自身の行動の結果、謂れのない罪で打ちのめされて震えているのならば。それを拒絶する事は正しいのだろうか。――優しさゆえに、そんな事を考えてしまった。

 

少女としての心は拒絶している。信徒としての理性も彼を悪だと訴える。だけど、アーシア・アルジェントという名の無知で清らかな人間の意志と決断は、板挟みにあったまま答えを出せなくなっていた。

 

不意に掴まれた少女の下着が、股に食い込む形で引っ張り上げられた。

 

「ぁあっ!」

 

いや、と言えず、言い切れず。ただ意味も無く悲鳴を上げる。

まごついている間に状況は進む。答えを出せないまま涙だけを流しながら、少女は少年にされるがままだ。

 

太腿を摩り、その張りと柔らかさに、見下ろす彼が唾を飲んだ。

引っ張り上げた下着の、隠し切れなくなった向こう側にはアーシア・アルジェントの秘めたるものが震えているだけ。弱々しかった抵抗とて今はもう無いも同然。少年が黒い戦闘服の股間を探り、いきり立ったモノを曝け出す。

 

「ひぅっ」

 

小さく悲鳴を上げた少女が、両目を強く閉じて視線を逸らした。

一度か二度、服の内側で吐き出した精液で濡れたまま、少年の男根が臭気を纏って外気に震える。

 

彼が見遣ったのは彼女の女の部分、ではない。

視界を閉ざし、下唇を噛み締め、汗と涙と唾液に濡れたまま恐怖に震えて天を仰いだ、美しい少女の整った面立ち。

そちらを選んだのは なけなしの理性によるものか、少女をより長く嬲り続ける事を望む嗜虐心か、はたまた性交を忌避した未熟な本性か。答えはさて置き標的は決まり、あとはただ行動に移すのみ。

 

横たわった女の胴部に跨ると、汚いソレを突きつけた。

 

掠れた呼吸。強く深い、威嚇するような吐息と共に、涙と金糸と種々の体液に彩られた少女の、整った顔に触れさせる。事ここに至ってアーシアはもはや声も出ず、泣き出す寸前の涙混じりな震える呼吸に、いやいやと左右に振れる首の動きだけで拒絶の意思を表した。

 

それらを目にして尚躊躇わず、興奮した少年が己の腰を揺すり始めた。

舐めさせるわけでもなく。目を開けとも命じずに。性処理用の道具のように、前後に腰を動かし己の性器を生娘の顔に擦り付ける。

それに、少女の悲鳴がか細く漏れた。零れる涙で魔羅(マラ)に塗られた精液の残りが融けていく。

 

歯を食い縛り、けれど僅かに開いた口から漏れる息が、彼の精臭を顔の周囲に撒き散らす。

羞恥と緊張で赤みを増したアーシアの顔は上昇した体温で熱くなっていたが、それ以上に少年のモノは熱かった。幾度も顔を擦る肉棒の形も、熱も動きも、射精の前兆で震える様さえも、彼女には全てが伝わっていた。

強く深く閉じられていた目蓋の奥から止まる事無く涙が零れる。

揺すり続ける少年の尻に潰されて、彼女の乳房が幾度も歪んで押し潰された。胸部への圧迫による息苦しさが、心の痛みと綯い交ぜになっていく。

 

――ああ、主よ。我等が父よ。

 

泣きじゃくりながら呟く彼女の祈りに、応える者は誰も居ない。

男に組み敷かれながら助けを求める少女の元に、駆け付けてくれる人は居なかった。

 

少年がその両手を伸ばし、彼女の側頭部及び長い金髪を掴み上げる。

そのまま、彼を見上げる形で固定した少女の顔に。耐える事もせずに射精した。

 

「うぅ、ぶ、ぅ、ぅうう゛うぅぅうう゛――ッ!!」

 

びゅくびゅくと断続的に噴き出して、飛び出すそれらが魔女の面貌を塗り潰す。

白濁が飛ぶ中では口を開ける事も出来ない。必然、少女の悲鳴はくぐもって、ぶうぶうと鳴く様は家畜のようだ。構わず更に吐精を続け、少年は少女の目蓋を白く染め上げ、唇も、頬も、額も、金色の髪も、整った鼻梁から鼻の穴にまで己の熱を叩き付ける。

首を振って逃れようにも、両手で固定されているから動けない。流れ続ける涙が精液によって堰き止められては混じって零れ、赤らんだ顔も白く汚く塗り込められる。

 

「ふーっ」

 

出し切って、腰の動きを止めた少年が息を吐く。

 

汚されきった少女の顔は常の美しさなど見る影も無い有様で。見下ろす視線は冷めている。

純潔までは奪えずとも、幾度目かの射精を終えたジョンの心は落ち着いていた。

酷く、気持ちが良かった。

やってはいけない事を、目一杯やり切った気分だった。思考も視線も冷め切って、今だけはあらゆる痛苦が遠くに感じる。

 

下に居るアーシアは目を閉じたまま、口も開けず、鼻で呼吸すれば精液の溜まりがぷくりと膨らみ、けれどただそれだけで、呼吸も出来ない。顔を汚した白濁の端から、透明感を失った彼女の涙が落ちていく様だけがはっきり見える。

肩や胸元が痙攣するように幾度も震えており、泣いているのだろうと察せられた。

 

気持ちの落ち着いたジョンが手拭を取り出し、顔を拭ってやる。が、べっとりと拭い取られていく臭いものを目で捉え、思わず吐き気を催した。

拭う手の動きに丁寧さは無い。割と雑に拭いて端から端へ。すると早々に手拭の拭ける部分が無くなった。何処も彼処もべとべとに汚れて、臭いも酷いし我が事ながら男というものが嫌になる。これに呼吸器を全て塞がれているアーシアがどんな心持ちで居た事か、ジョンはすぐさま想像する事をやめてしまった。

 

はあ、と大きく息を吐く。虚空に手をやり亜空間を開くと、其処に収めた聖水を取り出す。

洗い流せば多少はマシになる筈だ。これから先をどうするのかは、綺麗にしてから考えよう。

そうして、ようやく呼吸を再開できたらしい哀れな魔女の上に乗っかったまま両手を動かす。

 

「……ひどい、です」

 

下から漏れたのは嗚咽混じりの小さな悪態。もっと口汚く罵っても許される状況だが、人の良いアーシアには他者を責める行為は荷が重かった。

 

ふーん。と気のない返事でジョンが返した。

彼の頭の中は精液の臭さで一杯だ。八つ当たりをしたという自覚はあったが、追放の原因である魔女に対して優しくしてやるつもりも彼には無い。今はただ、どうすれば目の前の臭い女が綺麗になるかで思考の大半が埋め尽くされている。

雑に流されたアーシアにとっても先の言葉が精一杯。彼に対する追放関連の負い目もあって、これ以上は文句も何も言えやしない。

 

口を噤んで、汚れた顔を洗われるまま、時折鼻に入ってくる汚れた聖水に小さく騒いでは聞き流される。対する少年は何も言わずに洗顔に勤しみ、少女の気持ちなど見向きもしない。

そんな、ある意味平和な時間が暫く後まで続くのだった。

 

 

――彼等二人が堕天使レイナーレ率いる『教会』という悪魔祓い組織に加入する、数日前の事である。




※オリ主の射精量はエロ漫画並です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 駒王町内のディアボロス

アーシアにセクハラしながら多方面に喧嘩を売り出すオリ主の第三話。

※原作の日取りや細かな時系列に関しては、若干以上に無視しております。


「ブヒャヒャヒャヒャ! 正教会期待のホープ様がこぉーんなちゃっちぃ下部組織で堕天使相手に尻尾振らなきゃいけないなんて可哀想ぉーお! 今どんな気持ち? ねえねえっ、どんな気持ちぃー!? 僕ちゃん知ーりたーいなーあ!! アヒャァ!」

「ぶっ殺」

「聞こえているわよフリード。私の運営する組織が安っぽい……? 死にたいのかしらお前」

 

――などという大変心温まる遣り取りの末に、ジョンとアーシアは非合法悪魔祓い組織『教会』に所属する事と相成った。

 

そして次の日、二人揃って脱退した。

 

当然ながらレイナーレは激おこである。取り巻きの堕天使達も思わず怯えて縮こまる程に。

ちなみにフリードは爆笑していた。

 

 

「あっ、あの、ぁ、こ、これから、あんっ、ど、どうするんで、す、かっ?」

 

背後からおっぱいを揉まれながら、アーシア・アルジェントが艶めいた声で問い掛けた。

暇さえあれば傍らの女体に手を伸ばし、愛撫の技術が日々成長していくジョン・オーリッシュ。未だ童貞の少年は、先の質問に対して「気楽に行こう」という言葉通り、大変気楽に答えを返す。

 

『教会』を出る際、必要な資料には目を通してある。町の管理者とその根拠地に、あとは堕天使配下の人員構成が大まかに分かってさえいれば手順も見える。駄目そうだったら再度逃げれば良いだけだ。

彼は己の能力と、亜空間に仕舞ってある各種手札の有用性を信頼していた。最低限、アーシアを抱えて生き延びる程度は叶うだろう、と。

 

「んくっ、」

 

シスター服越しに下着をずらし、服の内側で まろび出た乳首を指で潰して転がした。

思わず肩を跳ねさせるアーシアの、朱に染まった横顔を眺めながら腰を振る。瑞々しさはあれど未だ豊満とは言い難い少女期の臀部に股間を押し付け、陰茎に伝わるその感触を楽しみながら、互いに服を着たまま擬似的な性交を楽しんでいた。

 

後ろから抱きつく少年が片手を伸ばすと、少女の顎先を捉えて捻る。

そのまま、背後へと向けられたアーシアの唇を啄ばんだ。

口を塞がれた事に対し、ふんふんと甘い鼻息の漏れる音が耳朶へと届く。相も変わらず柔らかい、剥いた果実のようなそれを味わう。ジョンは彼女とのキスが好きだった。個人的にはこれだけで射精出来そうなくらいに気持ち良い。

 

布地の向こうの乳房を揉み上げ、五指で押してはその度に離して弾ませる。

膨らんだ股間を尻の谷間で上下に扱くと、先走ったものが彼の下着をねっとり汚した。それに対する不快感はあったが、両手と唇、そして性器から齎される快楽の方が優先順位は上だった。止まる事無く行為を続け、興奮からがっつく動きに少女の身体が押し倒される。

 

ぎしり、と木板の歪む音が鳴った。押し倒されたアーシアが長椅子の上で仰向けになり、離れた唇から漏れ出す吐息は酷く熱い。

少女の上から覆い被さるように、ジョンがその身を乗り出した。

体重を掛けて、衣服越しに手の平で押し潰された乳房の形が優しく撓んで丸く広がる。

もう一度、と顔を近付けて唇を舐めようとする少年が、少女の方へと身体を倒した。

 

「だっ、だめですよっ」

 

しかし、そこでアーシアが拒絶した。言われた側は眉根を寄せて、不服そうな顔を更に近くへと寄せていく。

 

彼の胸元に、彼女の手の平が力無く触れた。

再度の拒絶に今度こそ、ジョンの表情が不快気に歪んだ。子供のように不貞腐れ、お前に拒否権があるのか、とでも言いたげな顔だ。――が、普段ならば態度はともかく行為自体は受け入れただろうアーシアが、もう一度口を開いて彼の動きを制止した。

 

「みっ」

 

み? と少年が繰り返す。

 

「見られ、ちゃってます、からぁ……っ」

 

言った彼女は泣きそうな顔、というか少しだけだが泣いていた。

羞恥に染まって耐え切れず、滲み出した涙と共に周囲を示すと、拒否した理由を彼に言う。

 

其処は、公園だった。

 

真昼間の公園の、長椅子(ベンチ)の上で。

十代半ばの少年少女が身体を重ねて性的な意味で睦み合っている有り様を、公園で遊ぶ未就学児童と子供等の保護者がしっかり見ていた。

果たして、外側だけなら愛し合う恋人同士に見える若い二人に「TPOを弁えなさい」と大人として叱ってあげるべきか、あるいは見守るべきなのか。思い悩むお母様方が口を噤みながら目を向けていた。ちなみに彼女等の内半数は保守派で、残りが叱責派と見て見ぬ振りだ。

 

なるほど、と平坦な口調で童貞が呟く。

初めてアーシアの肌に触れて以降の数日間、覚えたての猿そのものと化していたジョン少年だが、夢中になる余り周囲が全く見えていなかった事をようやく此処で自覚した。

今後は気を付けねばなるまい、と己の心にしっかり刻む。

 

未だかつて無いほど真っ赤な顔をしたアーシアが、両手で顔を覆って縮こまる。これはこれで可愛らしいのでもっと悪戯したくもなったが、教会と『教会』の双方から逃げている身だ、準備も終えぬ内から目立つのだけは実に実に宜しくない。膨らんだ股間を鎮める事も出来ぬまま、彼は彼女を担いで逃げ出した。

愛の逃避行ね! と嬉しそうにはしゃぐ とある主婦の歓声がアーシアに届いたが、もはや何を言う事も叶わなかった。

 

 

その頃、『教会』。

現役の聖剣使いと元聖女を迎え入れて大喜びの状態から一転、あっさり逃げられ盛大な肩透かしを食らわされた自称至高の堕天使たるレイナーレ様は一人、怒り狂っていた。

 

「配下のエクソシスト共を集めなさい! 私を虚仮にした奴等を徹底的に狩り出すわよッ!!」

 

相応に長く生きてきたレイナーレでさえ滅多に目にした事のない、天然ものの聖剣使い。本来ならば教会本部で手厚く遇され、その将来を約束されただろう希少な存在。

それに加えて古巣から持ち出して来たという名高き聖剣、エクスカリバー。その一つ。

おまけで、元とはいえ教会の聖女様が有用な神器を持って配下になりたいと言っている。

 

彼等二人の自己アピールを聞き終えたレイナーレは、軽くとはいえ絶頂した。

 

清らかで、尊くて、何よりも天界や教会が価値有るものだと誰憚る事無く喧伝している、聖剣と聖剣使いのコラボレーションに聖女添え。其れを、精々が中級に過ぎない一堕天使の自分が一つに纏めて従えるのだ。

神の座す天上へと向けられる嘲笑と湧き上がる優越感に、笑いが止まらず眠れなかった。

――その翌日に、彼ら二人は逃げ出した。「やめます。探さないでください」という雑な書置き一つを残して。

 

絶許。

 

「フリード!!! お前も探すのよ。……分かっているわね?」

「モチのロンであります事よん、レイナーレたま!」

 

ふざけた態度で白髪の少年が敬礼する。正直殺してやりたかったが、こう見えてもレイナーレ配下のエクソシスト達の中では一等使える奴なのだ。例え件の二人が此処を出て行った直接的な原因がこの下品な餓鬼の軽率な行為にあるのだとしても、今はまだ処分するには早過ぎる。

 

この糞がアーシアを連れて向かった先で行った、悪魔契約者の人間に対する殺傷行為、それ自体は良い。彼等『教会』の通常業務だ。

問題は、その場に乱入してきた下級悪魔との諍いから始まった揉め事の末に、糞が元聖女に対して強姦未遂を働いた事。

 

その結果、割り当てられた自室にアーシアを連れ込み今日も今日とてエロい事しながら眠ろうかな、などと考えながら意気揚々と彼女を探していたジョン・オーリッシュは、キレた。

 

雇い主であるレイナーレに対しては非常に礼儀正しく謙虚で従順、舐めろと言われれば靴だって舐めただろう彼の少年が、下手人たるフリード・セルゼンに対しては聖剣を振りかざしながら切った張ったの大立ち回りだ。

おっぱい揉んだだけじゃん、と無駄に煽る白髪の阿呆の口を塞ぐのは実に大変だった。

無表情で暴れ回るジョンをどうにか宥めて謹慎させたが、まさか即座に此処を出るとは想像だにすらしなかった。組織加入から未だ半日経つかどうかだ、決断が早いにも程がある。

 

レイナーレはあの聖剣使いに対し、大変大きな価値を認めていた。

暴れ回って拠点を破壊した事さえ不問にし、言葉による叱責だけで留めたほどに。

 

手放す気など、一切無かった。そのためなら、回復系神器以外に取り得の無い元聖女一人を宛がってやるくらいは許容する。事の原因であるフリードの処分だって検討していた。

――検討、してやっていたのに。この至高の堕天使たるレイナーレ様が、人間一人に対してここまで気を使ってやったのに! なのに、逃げやがったのだ。許せない。絶対に絶対に許せない。

 

ぎりぎりと音を立てて綺麗に整っていた爪を噛み、つり上がった両眼が虚空を睨む。

今の彼女に、自制の心など残っていない。

 

対してへらへらと笑うフリードであるがその内心は冷え切っていた。

 

目の前のレイナーレに対して「そろそろコイツ等も切り捨て時だな」と、離反と逃亡の算段を付けながら、脳内のみで手持ちの装備と必要経費の確認をしている。

若手とはいえ正式な上級悪魔の領地内で、堕天使の組織が暴れ回れば衝突は必至。事を始めたのが此方であるなら、お偉方だって庇ってくれはしないだろう。

『教会』に属するエクソシストの大半は下級悪魔や戦闘能力皆無な悪魔契約者の殺害に手を染めるのが精々で、上に立っている堕天使連中も中級の上位に届くかどうか。相手が上級に数えられる悪魔二匹とその眷属なら、勝てると思う方がどうかしている。

 

そうだ、今のレイナーレはどうかしている。怒りで目が曇り、判断能力に欠けていた。

こりゃ無理っしょ、俺っちお先に逃げますね☆ と事の発端である罪悪感など欠片も持たずに組織の脱退を勝手に決める。

姿を消した二人に関しては、機会があれば殺しておこう、という程度の、彼にとっては軽い扱い。

 

騒ぐ堕天使と、集う配下のエクソシスト達。

徐々に動き始める『教会』を起点に、不穏な空気が広がり始めていた。

 

 

 

 

最初に異変を察知したのは、駒王町領主リアス・グレモリーの使い魔だった。

可愛い蝙蝠が直ちに主へ報告すると、それを受け取ったリアスは己の『女王』を呼び寄せた。

 

「結界、ですの?」

「ええ。イッセーを殺害した堕天使か、あるいはソレと敵対する教会ね」

 

取り出された駒王町の地図には幾つかの罰点。

町に在る廃教会から点々と続く、十字架を触媒とした小型結界が十数箇所も。無駄に数が多い上、個々の規模に関しては小さ過ぎるため、防衛用と考えるのは難しい。真っ当な用途の結界ではない、と容易く判断出来るもの。

 

更に。

続く罰点を辿っていけば、廃教会からリアス達の居る此処、駒王学園へと向かう一本の線が引けてしまう。僅かに歪むも一直線、あからさまな異常であった。

 

「何かの誘導? それとも挑発? いいえ、どちらにしろ――」

「対応しないわけにも、いきませんわね」

 

リアスの上げた予測に溜息を吐きつつ、彼女の『女王』、姫島朱乃が呟いた。

使い魔の目にさえはっきりと見て取れる結界が複数、廃教会と駒王学園を繋ぐように現在進行形で設置され続けている。物知らずな阿呆の仕業か、あるいは明確な敵対行動か。秘されたものが何だとしても、駒王町の領主として、上級の位に位置する悪魔として、何よりグレモリー家の次期当主リアス・グレモリーとして、おかしな真似をする何処かの誰かを放置するなど許容出来ない。

それが彼女等の自負であり、同時に、課された責務を果たすためにも、意識して守るべき相応の面子というものがあるのだ。だから。

 

舐められるわけにはいかない。

相手を、してやらなければならない。

 

小さく、しかし決して品位を損なう事無くリアス・グレモリーが舌を打つ。

 

「祐斗と小猫に連絡を。朱乃は、……ソーナへ連絡を。周辺被害も考えないと」

「イッセー君はどうします?」

 

手早く指示を出したリアスに、朱乃が訊ねる。

兵藤一誠。

つい先日とある堕天使の手によって殺害されて、蘇生と同時にリアスの眷属悪魔となった年下の少年。未だ悪魔となってから日が浅く、命の危険にも慣れていないのだ。

真っ当に考えれば、素人である彼を詳細不明の現場に連れ出す事には躊躇いを覚えるが――。

 

「勿論連れて行くわ」

「宜しいんですの?」

 

一応の、確認。朱乃の問い掛けに首肯する。

慣れていないから。弱いから。そんな言い訳で新入り一人を仲間外れにするほど、リアス・グレモリーは情の薄い主ではない。

仮に危機が迫るなら、守ってあげれば良いだけだ。そう考えて、決を下した。

 

慢心である。

 

 

 

 

夜の駒王町を、多数のエクソシスト達が駆け抜ける。

その上方には夜空を背にした堕天使三名が、レイナーレの命令で監督していた。

追い立てられるのは、――聖剣を持った『教会』の離反者ジョン・オーリッシュ。ついでに彼が小脇に抱える元聖女が一人、走る速度に耐え切れず、青い顔をして込み上げる吐き気に耐えていた。

 

「早ーいっすねぇー、アイツ」

「そういう聖剣だそうだ」

「……フン」

 

悠々と飛ぶ堕天使達が、他人事のように言葉を交わす。実際、ほぼ他人事である。

その眼下には、魔王の妹達が拠点としている学園がすぐ目の前にまで迫っていた。

このまま進めば悪魔側との衝突の恐れがある。そう知りつつも、堕天使達に焦りは無い。所詮は百も数えぬ小童揃い、自分達ならばどうにでも出来るという無根拠な自信に満ち溢れていた。

ゆえ、然して時も置かぬ内に衝突する。

 

「止まりなさい!」

 

駒王学園正門前。自らの拠点へ不届き者共が足を踏み入れる事は許可しない、とばかりに自らの眷属を引き連れたリアス・グレモリーが立ちはだかった。

 

視線の先には真っ直ぐ駆けて来るジョンと荷物(アーシア)に、その背後から迫るエクソシスト集団。

上空の堕天使達に対しては、リアスが最も信頼する眷族、『女王』である姫島朱乃が空で翼を広げて向かい合う。些か以上に厳しい視線が、黒羽根を見せびらかす堕天使達へと向けられていた。

加えて、地上にて居並ぶグレモリー眷属。その一人である木場祐斗もまた、自分達の方へと走り続ける聖剣使い、ジョンが手にするエクスカリバーを睨み付けていた。

 

「お、おい木場? どうかしたのかお前?」

「……別に、何も? 何もないさ、兵藤君」

 

言いながら、掌に爪を立てつつ拳を握る。睨む視線は氷のようだ。

唸るように言葉を返す木場に対して、傍らの兵藤一誠は迫り来るエクソシスト集団からの圧力も相俟って顔色が非常に悪かった。ひっひっふー、と左手の篭手を撫でながら深呼吸。

傍に立つ無言の塔城小猫は、常の無表情でなく心配そうな顔で木場の様子をちらちら気にする。

 

「止まりなさい、と言っているでしょう――」

 

――事情はさて置き一先ず私の言葉に従え。

そう居丈高に命令するリアス・グレモリーの言葉を聞く者は、彼女の視界の何処にも居ない。堕天使に至っては、聞こえた上で嘲笑さえしていた。

 

掲げた彼女の右手の上に、揺らめく紅蓮の魔力が滾る。

それを見て、この距離が限界か、とジョンが悟った。

ちらと背後を確認し、小脇に抱えたアーシアに声を掛ける。ひうっ、と揺れ続ける体勢に涙目となっていた哀れな魔女が洟を啜って、大きく息を吸うと口を開いた。

 

「たっ」

 

と、そこで走りながらの急制動。聖剣を構えたジョンが反転、背後に向き直ると、刀身に充填された光力をもって境界線の如き見事な横一文字を大地に刻む。

声を出すため大口を開けていたアーシアは急な動きに付いていけずに、たわばっ! と舌を噛みながらも振り回された。が、彼女を抱える彼はそれを一切気にしない。

 

轟音。

 

二人を追い掛けていたエクソシスト達は、輝きに見合った聖剣の大威力に たたらを踏んで、どうにか巻き込まれる事無く、揃って追跡の足を止める。

次いで、アーシアの悲鳴が場に轟いた。

 

 

「だぅっ、たすけてくださィ、悪魔さ゛まぁああ――っっっ!!!!!」

 

 

ジョンの仕込んだ台詞をそのままに。しかし篭められた感情だけは力の限りの全力で。

泣き叫ぶ美少女の悲痛な懇願が、三つ巴となった小さな戦場を全身全霊で掻き回し始めた。




※後半部分におけるオリ主は、ちゃんと汚れたパンツを履き換えています。清潔です。
以下、設定メモ。

 『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ)
聖剣使いジョン・オーリッシュが以前より教会から預けられていた、エクスカリバーの一振り。
装備するとなんか色々速くなる、という不思議な力を持っているため、多分副作用で早漏になる。
正教会管理下か否かは不明なので、その辺りは捏造。
当SSの圧倒的不憫枠その1。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 悪魔契約のディアボロス

駒王町の平和を率先して乱す系オリ主がアーシアでオナニーする第四話。
ようやく二人の関係が進みます(どこまで進むかは言ってない)。


地に突き立てられた聖剣が輝き、グレモリー眷属の視界を照らす。

魔を祓い清める光の波動。悪魔である彼女達にとっては毒にしかならないソレを差し示し、聖剣使いの少年が朗々たる声音でもって短く言った。

 

――契約だ、と。

 

ソレの名が『天閃の聖剣』という伝説の一欠けらである事実を、悪魔側に立つ誰もが知らない。

かつて聖剣に纏わる死と慟哭を味わった木場でさえ、直接的に七つのエクスカリバーを目にした事など一度も無かった。だって所詮彼は、教会から見れば使い捨ての実験動物の一人に過ぎなかったのだから。

ゆえに。

ただただ今は、数多在る憎き聖剣の一振りであるという認識によって滾る憎悪に油を注ぐのみ。

 

ジョン・オーリッシュは聖剣を対価として、彼等駒王の者達に悪魔の契約を申し出る。

少年の傍らでは地に落とされたアーシアが、手荷物の如く振り回され過ぎたせいで込み上げる嘔吐感と現状に対する恐怖で涙目になりながら痙攣していた。リアスから見ればそれは、エクソシスト集団による追跡劇と迫り来る死への恐怖で泣いて震える悲劇の美少女そのものだ。

 

ちきちきと音を立ててリアス・グレモリーの聡明かもしれない悪魔的頭脳が回り出す。

 

各所に設置された小規模結界は、悪魔側に向けた精一杯の救援要請と視線の誘引。

目の前の二人は堕天使陣営に追われる可哀想な被害者、恐らくは互い愛し合う恋人同士。

上空でこちらを見下ろし嘲笑を浮かべる堕天使達も、あからさま過ぎる程に悪役だった。

 

以上。

――年若き領主リアス・グレモリーは利と情に因った思索の果てに、この場における決を下した。

 

「契約成立よ。――あとは私達に任せなさい!」

 

虚空に生じた駱駝の印章。紅き公爵を表す家紋が輝いた。

悪魔の契約が此処に成る。彼の願いは保護と助命、支払われる対価は聖剣一つ。

廻る魔法陣が契約の締結を盛大に知らせて、上空に浮かぶ『女王』はこの状況を作り出してしまった元凶二人に対するお優しい判断に苦笑を漏らしながらも、手の内から生じる雷音でもって己の賛意を主に伝えた。

 

対するエクソシスト達は僅かながらに志気が鈍った。

逃亡した新入り二人を追い立てるだけの仕事であった筈なのに、僅か一分未満の遣り取りのみで敵に悪魔が幾らか増えた。割に合わない、危険ではないか、と自己の保身に思考を囚われる者達がこの時点で早数人。

 

「狼狽えるな。貴様等には我等堕天使の加護がある」

 

上空で彼等エクソシストの監督をしていた男堕天使ドーナシークが一喝する。

わざとらしく口笛を吹いて真面目な同僚を揶揄うミッテルトと、早く帰りたいなとか考えながら月を仰いだカラワーナ。眼下のエクソシスト達は、グレモリー眷属という小勢相手ならばと武器を構えて対峙する。

 

そして始まったのは、乱戦だ。

 

まず最初に、聖剣を目にして常の冷静さを擲った木場祐斗が暴走する。

大恩ある主の命令。教会の信徒共を想起させるエクソシストに追われていた、被害者。忌々しい聖剣の、眩い光。――幾ら殺しても問題の無い、数多蠢く獲物達。

 

「ガアアアアアア――ッ!!」

 

胸中に封じ込めていた負の感情が暴れ狂い、駆け出す両脚に過剰なほどの力が篭る。

獣染みた雄叫びさえ上げて走り出し、神器で創った魔剣を振りかざすグレモリーの『騎士』。

 

この時点で、早くもリアス・グレモリーは己の失態を自覚する。大切な眷属悪魔である木場祐斗が心の内に抱えるものを知りながら、みすみす暴走を許してしまった。

制止する為の声を掛けるか追うべきか、行動に迷った僅か数秒で『騎士』の背中が遠ざかる。

 

続くように、木場を気遣う塔城小猫も前へ出た。

光の武器を持つエクソシストとの集団戦。一人孤立し包囲されれば、悪魔である木場は いとも容易く殺されるだろう。過去の経験から身近な相手を失う事に対して人一倍臆病な『戦車』が、先鋒に合わせて躍り出た。

 

上空の『女王』は堕天使三名を敵に回しての防衛戦。何よりも、眼下に向けた光力の流れ弾をこそ警戒しており、そのための牽制に忙しい。先走った木場と小猫が光の毒を食らわぬようにと、朱乃の攻め手はどうにも手ぬるくなっていた。

ゆえに下方への援護は不可能。

 

リアスの背後で一人出遅れた兵藤一誠。実戦経験皆無の彼は、瞬く間に変化していく目の前の状況に意識が付いていけないままだ。

視線のみでの右往左往。結果的には逸って進むよりも余程賢い、しかし役には立たない有り様だった。

 

「イッセー、貴方は此処に居なさい」

 

新人である『兵士』の事は心配だったが、今は何より前線で戦う『騎士』と『戦車』を支援せねばならない。二人の実力は信頼しているが、それとこれとは話が別だ。

ゆえに此処、後方での待機を命じ、『王』たるリアスも翼を広げてその身を宙空へと乗り出した。

 

乱戦に突入する、人と悪魔と堕天使の混成集団。

直接巻き込まれる事の無い位置に取り残されたのはリアスの『兵士』である一誠と、先に結んだ契約ゆえに結果として戦いそのものから遠ざけられる事となったジョンとアーシア。

 

其処に、今宵最後の登場人物が現れた。

 

「ようやく見つけたわよ、ジョン」

 

――わたしのかわいい聖剣使い。

 

ソレは黒い翼を背から生やした一人の女。

争いの渦中から僅かに離れた駒王学園正門前。一人、集団とは別の追跡経路での接近を成功させた堕天使レイナーレが、台詞とは裏腹な おどろおどろしい声音で逃亡者の名前を口にした。

 

「夕麻、ちゃん……?」

 

彼女を目にして、兵藤一誠が呆然と呟く。

身の内に宿る神器を理由として、彼の命を奪った女。仕事中の息抜き程度という軽い気持ちで恋人ごっこを演じた果てに、嗤いながら一誠の心を踏み躙っていった、彼にとっての初恋相手。

 

レイナーレは、数日前に使い捨てた己の偽名での呼び掛けに一度視線を向けて、逸らし、ふと思い出したかのようにもう一度、一人立ち尽くす一誠の元へと振り向いた。

 

「なに、悪魔になったの、貴方?」

 

不快な害虫を目にしたかのように吐き捨てる声。

軽く振るった左手に、堕天使の用いる光力が集った。

 

「――いけないっ!」

 

上空で堕天使三名を相手に、下方の戦場へ介入させない事を前提条件とした非常に地味で面倒な戦いを演じていた姫島朱乃が、逸早く気付いて声を上げた。

 

悪魔に対する光の毒が槍の形に成形されて、無防備な一誠を狙い撃つ。

朱乃の次にリアスが気付いて振り向いた。乱戦の最中で戦っている小猫と、持て余す激情に視界の曇った木場が続く。

 

が、間に合わない。

 

「素直に死んでおきなさいよ。――汚いわね」

 

レイナーレが口にしたのは、悪魔という種族に向けた飾り気の無い嫌悪の情。敵対集団の下っ端に向ける、傲慢ながらも、ゆえにこそ偽り無い彼女の本音だ。

きたない、と一誠の口が初恋相手の発言を繰り返す。少年の膝が折れて地を突いた。

 

その眼前で、直撃寸前だった堕天使の光槍が消し飛んだ。

 

「なんで……ッ!」

 

その光景を目にした木場が、歯を食い縛って怨嗟の声を吐き出した。

聖剣使いの癖に。服装からしても、きっと教会の信徒であった筈なのに。

――何故、お前が悪魔である兵藤一誠を庇うのだ、と。

 

視線の先、聖剣を手にするジョン・オーリッシュがレイナーレの前に立っていた。

地面に座り込んだ一誠の、眼前。刃を完全に振り切るでもなく、盾のように構えられた『天閃の聖剣』が夜空の下で薄っすらと輝く。背後に居る下級悪魔に悪影響を与えないくらいの低出力で。

 

「ッこのぉ!!」

 

どこまで自分に歯向かう気なのか。感情のままにジョンを怒鳴りつけたレイナーレが、再度光力を放出して武器とする。

対する聖剣使いの少年は、ろくに実力を発揮する事も無く、ただ攻撃を捌くのみで場を凌ぐ。

 

「夕麻ちゃん、おれっ、俺、は……」

 

兵藤一誠は呆然とそれらを眺めるだけだ。

殺されるだけでは終わらずに、存在そのものを否定された。汚いと。不愉快だと。死んでいなければならないのだ、とまで。

疑いようの無い殺意と共に、彼の心に皹が入った。

だが。

 

絶望と悲嘆に くずおれた一誠の左手を、シスター服を着た誰かの両手が包み込んだ。

 

誘われるように視線を向ければ、金色の髪の美しい少女が、彼の手を握ってふわりと笑う。

その少女、アーシアは亡羊とした視線で己を見つめる少年に対して何も言わない。口を開けば今にも吐瀉物を撒き散らしてしまいそうだったから。ジョンに抱えられ振り回された際に負った身体の不調は、未だ彼女から去っていないのだ。

だから、ただ微笑んだ。聖女アーシア、精一杯の痩せ我慢である。

 

お腹の辺りから上ってくる気持ちの悪さに肩を震わせ、生理的な反応で零れ落ちる涙を拭い取る程度の余裕も無くして。

迷子の子供のような顔をした兵藤一誠の左手を柔らかな両手で包み込み、傷付いた彼の心を守るため。何時かのように、何時も通りに、心からの優しさでもって。――救いたい、と心で伝えた。

 

目に見える傷の一つも無い一誠にとっては意味の無い、【聖母の微笑】の明かりが灯る。

温かな光だった。

身体ではなく心に届く、アーシア・アルジェントという人間の無垢な本質を映したような。

 

「おれは、」

 

薄翠色の温もりに照らされながら、一誠の瞳に光が戻る。

彼の視線の先には、かつて恋人だと思っていた女性と、自分を守るために堕天使と対峙しているらしい少年の背中。戦い続けるも決定打の全く見えない消耗戦が、此処からならば良く見えた。

 

輝く剣を手にした少年の肩を、堕天使の槍が僅かに掠める。

散った赤色に傍らの少女が小さな悲鳴を口にして。そこでようやく、覚悟を決めた。

 

「俺は――」

 

少女の両手に包まれた左手。その手の甲に、緑に輝く龍の紋章が浮き上がる。

次いで、力強い光と共に、一誠の所有する神器である赤色の篭手が姿を現す。

 

「まだだ。まだ、終わってねえ!!!」

 

兵藤一誠という人間は、あまり褒められた者ではない。悪魔となってもそれは同じ。

バカで、スケベで、才能も乏しく、欲望に素直で向こう見ずだ。

だけど。

美少女の涙を前にして。彼女の向けてくれる素直な優しさに触れて。折れた筈の心を瞬時に打ち直してもう一度立ち上がれる程度には、男気のある、少年だった。

 

『Dragon Booster !!』

 

赤色の神器、【赤龍帝の篭手】が宿主の想いに応えて形を変える。

その輝きに一瞥もくれずに、少年は己の立ち向かうべき相手の名を呼んだ。

 

「夕麻ちゃん――!!!!」

 

あとはもう、当たり前の結末が待つだけだ。

一歩を踏み出した若き龍帝が心の傷に立ち向かい、他の面々も勝利を手にして大団円。

たったそれだけの、何処にでもあるハッピーエンド。

今宵あった事件といえば、そんな有り触れた、何の変哲も無いものだった。

 

 

 

 

――終わった後の話をしよう。

契約者ジョン・オーリッシュとアーシア・アルジェントは、今後リアス・グレモリーの保護下で生活。教会出身という出自を理由に監視は付くが、それだってほとんど名目だけだ。

 

リアスの主観において、ジョンは愛する恋人との幸せのために聖剣という価値ある宝を惜しむ事なく差し出して、彼女の眷属である『兵士』兵藤一誠の身を守るために単身堕天使に立ち向かい、しかし力及ばず、手傷を負いながらも一誠が神滅具を覚醒させるまでの時間を見事凌ぎ切り事態の終息に貢献した、恩人にして契約者。

 

ただ一人、木場祐斗だけは聖剣使いであるジョンに対して思う所があるようだが。恋人の身の安全のために教会の怨敵である筈の悪魔に下る彼の覚悟と、仲間である一誠を庇った事実は無視出来ない。だから何も言わずに、リアスの決定に従った。

 

「勝ったなガハハ」

 

服を脱ぎながらジョンが言う。台詞の中身は上機嫌で、しかし声色だけは棒読みだ。

当面の生活費に加え、身分の保障もリアスが請け負うと言ってくれた。彼女は純血の上級悪魔であり、なのに冥界の貴族的思想に完全に染まり切っていない青臭さが実に良い。多少自分達の関係を勘違いされたが、それだって結果的にはプラスとなったのだから笑って受け入れ放置しよう。

 

無駄に手間を掛けた分だけグレモリー眷属からの受けは良かった。

目立つためだけの無駄結界を街中に設置する事で両陣営の注目を集め、『天閃』の速度で安全確実に誘導した『教会』の集団を悪魔にぶつけ、演技など ろくに出来ないアーシアを追い詰め心からの助命嘆願を口にさせ、聖剣の威光で悪魔の度肝を抜いた上で契約の対価として恭しくも献上する。――事の結果は、概ねジョンの描いた通りに収まった。

 

聖剣が一本減ったが、個人的には問題無い。

彼用の亜空間には、正教会からの去り際に盗んだもう一振りが残っているのだ。『天閃』は便利だが今後戦闘の予定は全く無いし、むしろ積極的に避けていくつもりなので高速剣など必要無い。

アーシアのものはともかくとして、彼の神器【聖母の微笑】の存在だって、悪魔にも堕天使にも知られずに終わった。

後半におけるレイナーレ相手の戦闘にしても終始手加減のし通しで、彼本来の実力は未だ半分も見せていない。

教会の内部情報が漏れさえしなければ、未だジョンの側には伏せ札が最低三枚も残ったままだ。

 

――全ては安住の地を手に入れるため。

第一候補の『教会』には馴染めなかったが、悪魔の下とはいえ此処なら長く続くだろう。

手札はしっかり手元に残った。此処が駄目になっても、次を選ぶための余力は充分。

 

人の良い、と言える性格の悪魔が相手で本当に良かった。下っ端を庇ってわざと怪我して恩も売れたし、小さいながらに負い目も持たせた。自分達に対して悪魔側は無体な扱いをしないだろう、と思える関係を構築出来たのは嬉しい誤算だ。実に実に運が良い。

逃亡中の身だが、住処を転々としながら生活するなんて御免被る。上級悪魔の後ろ盾さえあれば、教会もジョン・オーリッシュに対する追跡の手が鈍るだろう。衝動的に聖剣泥棒した過去の自分が悪い事は分かっているが、それはそれとして平和に暮らしたいのが本音であった。

 

「う、うぅう~……っ」

 

服を脱ぎ終え、全裸を晒す。彼の目の前にはアーシアが、何時ものシスター服の上だけを脱いだ姿で立っていた。

黒いスカートはそのままで、上半身を覆う全ての衣類を脱いだ彼女が恥ずかしそうに、交差した両手で乳房を覆って小さく唸る。

目に映る肌面積を少しでも減らそうと腕で隠すが、身体に押し付けた両手や上腕部分で潰れた乳房が柔らかく撓んで実に良い。部屋の照明で白い肌の色が煌いて、少年の股間を触れるまでもなく刺激する。

自ら立ち上がった肉棒が、高まる興奮によって びくりと震えた。

 

思えば、服を脱がしたのは初めてだ。

今までは服の上から触るだけ。それでさえ充分以上に興奮したが、直に目にしたアーシアの裸体は目を奪われるほど美しく、早く触りたいと両手が勝手に伸びていく。

自分の身体を ひしと抱き締めた金髪の美しい少女が、目を伏せて俯き首まで逸らし、羞恥に頬を染めながら逃げ出す事も無く少年からの接触を待っていた。

 

全裸の少年と半裸の少女。向かい合う二人が徐々に近付き触れ合った。

両掌で掴んだ彼女の二の腕は、酷く細くて華奢だった。肩まで撫でればより一層、未成熟な女の肢体が彼の五感を支配する。

すべすべとした肌を、掴んだままの手で味わう。身を寄せていけば勃起したモノが少女のスカートの股間近くに そっと触れ、小さく息を呑むのを確かに聞いた。

 

抱き締めるような距離で少女の身体を見下ろせば、彼女自身の腕で潰れた乳房が、照明に当たって輝いている。そこに滑らせた右手が触れて、柔らかさ以上に肌の瑞々しさに唾を飲んだ。ひくひくと しゃくり上げるように肩を震わせたアーシアの身体に更に近付き、両腕を彼女の背中に回して抱き締めた。

 

「んっ」

 

小さく、少女が吐息を零す。

もはや完全に押し付けられる形となった少年の肉棒が、黒いスカート地に先走りの染みを付けながら、秘された奥まで潜り込む。軽く腰を揺すれば、布地ごと、股間の下辺りの虚空へと角度を変えながらもモノが沈んだ。

 

それだけでもう、射精しそうな心地になった。

触れているのはただの衣服で、ただの布。けれどその奥にある少女の形が、間違いなく其処にあるのだと僅かな感触からさえ伝わってくる。興奮のまま上半身を抱き締めて、自分の胸板を相手の身体に擦り付けながら息を吐く。

 

はあ、とお互い同時に吐息を漏らした。

 

アーシアを見下ろせば、先程より更に赤く染まった顔で、恥ずかしげに唇を噛む様子が見える。

嫌々ながらに我慢する、清らかな少女が耐える様。

いじらしい、と言うべきだろうか。

最初に無理矢理行為を迫り、国を離れて以降もずっと、暇が出来る度に行ってきた。回を重ねる度に彼の行為は大胆になっていく。彼女は何時だって気の進まない様子で、時には声と仕草で制止して、けれど決定的な拒絶だけはしなかった。

彼女がジョンから逃げ出す機会が、全く無かったわけでもないのに。

 

「アーシア」

 

名前を呼べば、少女が呆けた。

何を言われたのか分からない。そんな顔だ。

一秒、五秒、そして十秒。幾らかの時間が過ぎた後に、ようやく彼女は自分の名前を呼ばれた事を理解した。

 

思えば初めて名前を呼んだ、ような気がする。

アーシアにとって目の前の少年は人の名前を呼んだりしない、純粋な性欲だけで動く妖怪か何かだったのかもしれない。

そんな妄想を勝手に浮かべて、ジョンは少しばかり腹を立てた。

 

「あっ、え、あ! ひぁっ! ちょ、ちょっと待ってくださ」

 

少女の腕を掴み上げ、強引に胸元から引き剥がす。

胸を、見られてしまう。羞恥心から抵抗を試みたアーシアだが、抗えるわけもない。あっさり腕を取られてまた好き放題に乳房を弄ばれるのだ、と考えていた彼女だが、掴まれた手の先に熱い何かが触れた所で思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「あっ、あ、あああひああああぁああん……っ」

 

それこそ、食器より重い物を持った事さえ無いのかもしれない、元聖女様の綺麗な手。

触ってみればふにふにしており、荒れた部分など全然見えない。

そこに。熱く欲望で煮え滾る、己の陰茎を握らせた。

 

はわはわと狼狽えるアーシアを見ながら、棒を握らせた手を上から掴むと、彼女の手の平をもって扱かせる。少女の一部を使った自慰行為。ほんのり温かい上に柔らかく、自分のものよりずっと繊細な作りをした手が、今はただ男性器を刺激するために使われている。

抵抗するように動く細い五指も、不規則な動きそのものが彼の性感を刺激した。

 

アーシア、ともう一度彼が名前を呼んだ。

 

「ひいっ! ぅな、なんですかあっ!?」

 

これまでの彼女の人生に存在しなかった形状、臭い、未知の感触。

もはや気持ち悪いのか恥ずかしいのか怖いのか、はたまた別の何かかも分からない。えっちな事だ、と頭の何処かが理解していたが、混乱しきったアーシアには声を上げながら耐える以外に道は無い。

そんな状態で、問い掛けられた。

 

どうして己と一緒に居るのか、と。

 

 

 

 

――アーシア・アルジェントは魔女であり、独りぼっちであり、逃げ出す先さえ何処にも無かった。

無理矢理酷い事をした相手であるが、ジョン・オーリッシュは彼女と共に居てくれたのだ。

いやらしい事はやめて欲しかったが、何度も繰り返されれば慣れてくる。順応する。人間はそういう生き物だから。彼女もやはり、例外ではない。

自分のせいではあるが、自分と同じ、教会から追い出された人で。お互いに行く宛てなんて何処にも無くて。きっと恨み辛みが理由だろうけど、それでも傍に居てくれる。

それも、彼が彼女を離さない、というのが正確な所ではあったのだが。

 

嫌がってはいても、触れ合い自体は無意識の部分でアーシアの心を癒してくれた。

教会や周囲の人々に捨てられた彼女は内心では寂しがっていたから、間違いなく本当に心から嫌だと思っていたのに、それでも強引に触れて抱き締めてキスをしてくる彼の行動は、独りぼっちの魔女を独りではなくしてくれたのだ。しつこく染み付く精液の臭いはともかくとして。

 

毎日やっていれば、慣れていく。

抵抗の意思も拒絶する心も、幾度も触れられて徐々に花開いていく彼女の性感と共に、やがて解きほぐされて変わってしまう。それを成長と取るか堕落と取るかは、個々人の価値観に任せるしかないが。

 

「レイナーレ様の『教会』を出たの、私のため、ですよね」

 

アーシアは、悪魔祓いの仕事に同行してくれ、と言うフリードについて行った先で、惨殺された悪魔契約者の死体を目にした。

更に後から、死んだ被害者に召喚されたらしい悪魔も訪れ、嬉々として彼を殺そうとするフリード神父を、彼女が止めた。

 

悪魔だろうと、殺すばかりが人との関係の全てではない。

相も変わらぬ世間知らずが本心から言ってのけ、それに気を悪くした狂人フリードによって衣服を裂かれて襲われた、――が。

 

其処に壁を打ち破って乱入したジョンが、白髪の神父を殴り飛ばした。

 

守られた、と理解した時、アーシアにあったのは戸惑い以上の喜びだ。

何時も嫌な事をしてくる人が。最近はちょっと気持ち良くなってきた気もするけれど悪い人が。

身の安全を図るために必要な事だ、と言って陰で嫌そうな顔をしながらも、無駄に偉そうな堕天使相手に諂う事さえ我慢して行っていた少年が。

――自分を助けるために。今後の立場が不利になる事も厭わずに。

 

あの時から、どこかがおかしい。

アーシアの中の見えない何かが疼きながらも騒ぐのだ。

 

少年の陰茎を扱かされながら、荒れた呼吸に紛れるように、少女が続く言葉を濁す。少年は、先の独白染みた問い掛けに対して答えを返さず、無言のままで顔を寄せる。

小さく開いた唇が、近付いてくる彼のそれに合わせて舌を伸ばした。

初めて出会った時よりも、国を出たばかりの時よりも、昼間口付けた時よりも、ずっと――。

 

深く深く重なって、彼と彼女はキスをした。




※フリード君は学園到着前にバックレたので登場しません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 日常閑話のディアボロス

悪魔と茶を飲みアーシアに夜這いをかける童貞オリ主の第五話。
ストーリーも特に進まない閑話回です。


「ねえジョン。貴方、私の眷属になる気はないかしら?」

NO THANK YOU(お断りします)

 

両の掌をリアスに向けて、絶妙に嫌そうな顔をしたジョン・オーリッシュが言葉を返す。

それに、紅髪の悪魔は仕方ないわねと苦笑を一つ。勧誘自体に嘘はなかったが無理強いする気も無いのだろう、気を悪くした様子も見せず、手元の紅茶を口にした。

 

彼とアーシアの二人が駒王町に腰を落ち着けて以降、時折こうして顔を合わせて話す機会が幾度かあった。

 

リアス・グレモリーは駒王町を領地とする上級悪魔である。

個人的には彼等の事を気に入っていたが、それはそれとして二人が問題を起こさぬようにと目を光らせるのも仕事の内だ。人となりに関しても、より詳しく知っていて損が生じる事は無い。そういうわけで主な仕事場であるオカルト研究部の部室に呼んで、他愛の無い茶飲み話をする日があった。

――が、リアスにとっての最たる理由は、ジョン達ではなく己の側にこそ存在していた。

 

ちらりと動いた彼女の視線。その先には、じっと口を噤んだ木場が居る。

過去体験した悲劇がゆえに、聖剣に対して並ならぬ想いを抱く眷族。聖剣使いであるジョン・オーリッシュに対しても複雑な感情があるようで、接触自体を持とうとしない。

ジョンという個人を憎んでいるわけでも嫌っているわけでもないのだが、それはそれとして聖剣に関わる者だから、という割り切れない感情があるという。最近彼に近い位置に居る小猫からの又聞きだ。

 

先日の契約でジョンから貰い受けた聖剣も、大事な眷族の気持ちを考えれば右から左へ気軽に動かすわけにもいかない。リアスにとっては剣一本よりも眷属優先、だから件の聖剣に関する詳しい調査も冥界に向けた報告も、今のところは差し止めている。上級悪魔なので権限的にもそれくらいなら問題無いのだ。

そういった理由で、長年の相棒に売られてしまった『天閃の聖剣』は今現在ほぼ完全に放置された状態であり、本当の名前もリアス達には知られぬままに、単なる聖剣その一、程度の扱いで駒王学園旧校舎の地下倉庫にて厳重な封印を施されていた。悪魔的には無名扱いでさえ消滅レベルの危険物なので、割と妥当な判断である。

 

話を戻すが、リアスは木場の事が心配だった。凄く凄く心配だった。

過去の事情は彼自身からも聞いている、それを忘れろなどと言う気は無い。かと言って、復讐心を煽るのだって諸々の事情から見て憚られる。

 

悪魔と天使、ついでに堕天使。三大勢力は過去の停戦以降、命の遣り取りそのものは小競り合い止まりの、唾を吐き合う犬猿の仲――未満、という些か微妙な関係なのだ。

大戦争から早千年、という長い冷却期間があったがゆえに、歯切れが悪いのも仕方無し。

 

が、魔王の妹であり元72柱の公爵家次期当主であるリアス御嬢様の眷属が、仮に正当な理由があったとしても教会相手に血みどろの復讐劇なぞ始めた日には、各勢力の戦争再開派が活気付く燃料を投じるだけ、だ。復讐相手の顔も名前もろくに知らない木場一人で、一体何を成せるというのか。

 

そして何より、如何なる流れが生じようとも彼の命の保証が出来ない。

 

リアスの思考は単純だ。

危ない。

やめよう。

しかしそれを口にしてしまえば木場の心を踏み躙るだけ。

 

彼女は彼を傷付けたくない。だけど彼の大切なものを蔑ろにしたくもない。ならばどうするか。

――何も思い付かなかったので、かしこいリアスさまは聖剣に関わる新たな友人に、何か、こう、良い感じの変化を期待していた。

 

「ねえジョン、貴方やっぱり悪魔にならない???」

「あ、蝶々」

 

ずずず、と品のない音を立てながら紅茶を啜る、リアスにとっての蜘蛛の糸。

もう少し丁寧に飲んでくれないかしら、と紅茶の御代わりを用意していた朱乃が思う。客人の相手をしながら頭の中は最近暗い顔ばかり見せる木場の事で一杯一杯なリアスは、多少のマナー違反程度気にする事も無く、似たような勧誘文句を繰り返していた。答えは当然、拒否一択。

 

そんな部室の一角で、最近仲良くなったらしいアーシアと小猫が二人で甘味を楽しんでいる。

木場はジョンに対する複雑な感情を整理しきれずに、視線を逸らしてだんまりだ。

一誠は新入りらしく勉強中。彼の知るべき悪魔に関する一般常識を教本片手に自習しながら、リアスや朱乃に囲まれて談笑しているジョンの姿に嫉妬の炎を燃やし始めていた。

 

これがここ最近の彼等の日常、その一幕。

後々思い返しても何ら特別なものなど見えない、当たり前の光景だった。

 

 

 

 

もそりと衣擦れの音を立て、少年が少女の傍へ行く。

 

契約した悪魔リアス・グレモリーの好意によって宛がわれた彼等の住居は、グレモリー家名義で駒王町の一角に建てられているマンションの一室だ。

隣接する部屋には監視名目の木場や小猫が住んでいたりもするが、これに関しては然して語る事も無いので割愛する。

 

恋人同士であると誤解されているジョンとアーシア。同棲中。

当たり前のように二人を同じ部屋に押し込んだ若干恋愛脳なリアスはともかく、彼等としても不平不満を口にはしない。

 

ジョンはアーシアを遠くへ手離すつもりが無くて、アーシアの側も拒否権があると思っていない。

前者としては、無意味に反対意見をぶつけて悪魔の機嫌を損ねたくないという考えもあって。

後者としては、最近彼の顔を見ていると変な気分になったりするので嫌だと言う事も出来なくて。

結局二人は同じ部屋に住み、割と当たり前のように寝食を共にする生活を送っていた。同室に住んでいるから、間取りの都合で寝室だって同じ部屋。

 

なので、就寝時間の訪れた今、ジョンはアーシア用の寝台の上へと我が物顔で身を乗り出した。全裸で。

 

「な、なんで入ってくるんですかぁ……っ」

 

深夜だから、という理由で小声に絞ったアーシアが言う。

実は防音に関してもしっかりしているので、多少アンアン騒いだところで御近所に御住まいの木場祐斗くん(童貞)や塔城小猫さん(処女)には彼等の声など聞こえないのだが、無駄に箱入りな境遇ゆえに生まれはともかく育ちの良かったこの魔女は、近所迷惑というものを重視していた。

 

無論、訊かれたジョンは一切構わず毛布を捲って潜り込む。

ついでに「ちんちんムラムラするから」と恥じる事無く少女に告げた。羞恥心など彼には無い。

 

赤裸々な告白に両手で顔を覆う少女が、諦めたように息を吐く。そして身体の力も抜いた。拒否したところでされる事には変わりがないから。わたし諦めましたよ、と態度で語る彼女の顔は、未だ性的な行為に慣れきる事無く羞恥に染まって赤らんでいた。無理をしているのがバレバレである。

そういった擦れていない所がまた異性の情欲を誘うのではあるが、幸か不幸かアーシア自身に自覚は無い。

 

せめてもの抵抗とでも言うかのように、ジョンへ背を向けて横たわる。

その背後から少年が身を寄せ、細身の身体を抱き締めた。

 

「ぅんっ」

 

無反応、というわけにもいかなかった。

最近慣れてきた特定の異性との接触に、思わず少女が吐息を漏らす。するりと伸ばされた彼の手が、卸し立てのピンクのパジャマの裾へと入った。

下腹の辺りから指先が侵入し、アーシアの腹部へ僅かに触れた。適度な脂肪で細くなり過ぎない綺麗な御腹の肉を撫で、臍の窪みと腰のくびれを両手で気儘に擽っていく。ふうふうと少女が息を吐き、くすぐったさに声が出るのを我慢していた。

それが少々気に食わない。より強く深く抱き締めて、少年が綺麗な耳に顔を寄せた。

 

「ぴっ!」

 

唇で耳朶を食み、舌先でちらりと縁を舐める。下手に我慢しようとしたせいで、妙な悲鳴を少女が漏らした。

パジャマの中に潜り込ませた両手が更に動いて、下から登って鳩尾を越えると乳房を覆ったブラジャーの元まで這い上がる。寝る時も下着を着けているのか、と少年が聞けば、口を噤んで少女が黙った。

 

その頬は赤い。が、元々赤かったので目立たなかった。現に少年も気付かない。

――夜も襲われるかもしれないのだからと諦め半分のアーシアが、就寝時に着ける下着をわざわざ選別していたなどと、知ったところで然したる変化は無いだろう。精々が彼の興奮を煽るだけ。

 

下着越しに乳房を撫でて、包み込みきらない部分の膨らみに指を突き立て刺激を与える。

少女の腰から下には、衣服越しとはいえ裸の下半身が押し付けられていた。

足を絡めて布地の向こうの、細い生脚を味わうように擦り付けられて。既に勃起していた彼の陰茎がパジャマの尻の部分に汁を塗り付け、臀部の丸みが軽く凹むほど強く押し付けて己の興奮を彼女に伝える。

 

あつい、と。されるがままの少女が思う。大きくなり始めた荒い呼吸が彼の耳へと届かぬように、袖口を押し付け羞恥を耐える。その間にも、止まる事無く彼の両手が彼女の身体を這い回る。

 

捲り上げられたブラジャーの奥から、彼以外の誰も知らない乳房が零れた。

乳房の丸み、肌表面の滑らかさから先端に飾られた乳首の形まで、やや繊細さを覚えた少年の手と指が撫で摩りながら時には抓み、指先で跳ねさせて弄ぶ。少女の耳元に添えられた口からは全力疾走した後のような強い吐息が何度も何度も繰り返された。

 

毛布で隠れた二人の身体が、がたがたと寝台を揺らしながらぶつかって。

出る、と言って少女の臀部に熱い体液が飛び散った。

 

布地に染み込み肌まで届いた熱に反応して、アーシアの全身が痙攣するように弱く震える。

今、自分の身体で射精した。それを理解して僅かに感じる何かがあった。上昇した体温で熱く感じる布団の中だが、肩や背筋にぞくりと走るものがある。

 

精液を吐き出し終えた少年が、抱き締める少女の心を慮る事も無く更に動いた。

上半身を包むパジャマのボタンがもたもたと外され、毛布に包まれた狭苦しい空間の中にアーシアの裸身が晒される。襟元を大きく後ろに剥がされ少女が小さく声を上げたが、射精直後でも萎え切らない熱情に衝き動かされた彼は半端に脱がした身体に抱きつき、片手で乳房を揉みながら、彼女の素肌を隅から隅まで空いた片手で弄り続ける。

 

毛の生えていない綺麗な脇を四本揃えた指の腹で撫で回し、鳩尾から腹部、脱がしきっていないパジャマに隠れた背中まで。その度にか細く少女が鳴いた。

抱き締められた背後から、犬のような呼吸が聞こえる。絡まった金髪を除けて首筋にキスを落とすと、再度勃ち上がりだした陰茎を汚れたパジャマの臀部に押し付け、腰を振り、その動きだけで下半身を覆う衣服を脱がし始める。徐々にずらすように乱雑に。

 

「え!? あっ、ぁの、待」

 

これには声を我慢しているアーシアも思わず大きな声が出た。

腰の動きと肉棒一本で服を脱がす驚きの器用さも気持ち悪いが、それ以上に乙女の危機だ。

 

だって、まだ、――()は見せた事が無い。

 

「待ってください、あの、てっ、手で、いえでも、ぁああ、あのっ!」

 

はずかしい。

 

その一言が出ないまま。背後に振り向き彼の動きを止めようとした彼女の、抗議するための口が塞がれた。

んん、とくぐもった声が出る。

慣れてしまった柔らかさに、互いの性器がじわりと疼く。

時間が時間ゆえ部屋の照明は落としてあった。だが目の前にある少年の顔くらいは見えている。

両目を閉じて、唇を擦り合わせながら一心に求める、飾る事の無いジョンの素顔だ。

 

むう、と意味の無い音だけを零して、アーシアもまた目を閉じた。

両の乳房を揉まれているが、何時かのような痛みが無い。勢いはあっても雑ではない。荒々しくはあっても暴力ではない。きもちがいい、と彼女のどこかがそう言った。

 

互いの肌に浮かぶ汗が触れ合い混じり合い、少女の耳には重ねられた口元から生じる水音だけしか聞こえなくなっていく。

下ろされたパジャマの隙間から、棒が入り込んで下着に触れた。

そのまま、少女の秘された部分を擦る。背後から染み出した精液とそれ以外のもので湿った彼女の下着越し。暗がりで見えない尻の穴、両脚の間、恥骨の下の会陰と呼ばれる部位までを、前後に振れながら刺激していた。

 

尻の谷間から股間まで、幾度も突き出す性器の先端が、下着を間に挟んでとはいえアーシアの入り口に僅かに触れる。

上と下から種々の体液による音が鳴ったが、それを聞く者は誰も居ない。

 

「あっ、あ、ああ――っ」

 

何かが込み上げてくる。

そう理解したアーシアが、込み上げてくるものの正体を理解する、直前。

 

ジョンが二度目の射精を行った。

 

「あ。……、……え?」

 

十数秒間の痙攣じみた震えを最後に、力尽きたジョンが くたりと倒れる。

吐き出された多量の白濁液がべったりとアーシアの股座に張り付き、熱い吐息が呆けた彼女の耳朶を叩いたが気にするべきはそこではない。

何か。何かが。恥ずかしくて嫌がるだけ、ではない新しい何かがアーシアの目の前にあった。そんな気がするのだ。なのに、その直前で取り上げられた。

 

ふうふうと荒れる呼吸を整え終えた背後の彼が、やがて静かな寝息を立て始める。

えっ、という少女の声が、暗い寝室に一瞬響く。

半端に脱がされた新品パジャマの上下を引っ掛けたまま、背後から全裸の少年に抱き締められて、おっぱい揉まれながら一人状況に取り残された哀れな魔女が呟いた。

 

「……ぶっころ。でしたっけ」

 

つい先日、背後の彼が頭のおかしな神父に向けて口にした、暴言。

何故だかそれを言いたくなって、妙にむずむずする身体を持て余しながら虚空を睨む。

 

よく分からない。分からないのだが、何かこう、きっと自分は今、またも彼に酷い事をされたのだろう。それだけを辛うじて理解して、けれど先の一言のみで諦めたように目蓋を下ろす。

先の運動で上がった体温のせいで眠るに眠れぬ不快感を抱えたままに、眉根を寄せて不機嫌そうな顔をして。

 

――明日は絶対、なにがなんでも拒否しよう、と。

 

自分でも理解しきれない正体不明の不満を抱えた少女が、暗闇の中で、恐らくは実を結ばないだろう決意を固めた。




着々と調教が進んでいくアーシアさんの話。
次回からフェニックス編です(フェニックスに会うとは言ってない)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 恋愛処女のフェニックス

性的な意味で成長していくオリ主が悪魔を苛めつつ風呂場でちゅっちゅする第六話。
合宿編前編です。


その日、ジョンは大して汚れていない部屋の掃除をしているアーシアの、(まぁる)い御尻を見ていたせいで、非常に股間がムラムラしていた。

 

長い金髪を後ろで括った少女の様子は上機嫌。鼻歌を歌い出しそうなくらいに明るい笑顔で、慣れない家事に精を出す。時折失敗もしているが、それさえ嫌とは思わなかった。

今まで必要の無かった、した事もなかった おうちの掃除。彼女は楽しくて堪らない。

 

この町に来た事で生まれて初めて、アーシア・アルジェントは平凡な生活というものを手に入れたのだ。聖女であった頃には夢見る以外で触れられなかった、当たり前の日常を。

だから、グレモリーの悪魔には感謝の気持ちで一杯だった。

 

一方、同じ部屋に居る童貞は、下半身から生じた煩悩によって思考の大半を濁らせていた。

 

見慣れたシスター服とは異なる飾り気の少ない私服の上から、真っ白なエプロンが少女を彩る。

せっせせっせと掃除機を動かし、その度にアーシアの持つ柔らかな曲線が前後左右に視界を過ぎる。気付けばジョンは日課であった十字架を始めとした聖具の手入れを放り出し、彼女の尻を眺める事にのみ集中していた。

 

ニコニコ笑顔で掃除を頑張る、綺麗で可愛いエプロン姿。その下の気取らない服装もまた、実に実に悪くない。最近は事あるごとに脱がしていたが、こういった何気ない瞬間の、然して特別なものの見えない格好だって悪くないのではなかろうか。

 

――其れは日常に潜むエロス。

 

アーシアとの出会いによって性に目覚め、日々身勝手に研鑽を続ける元教会の戦士ジョン・オーリッシュは雄として次なる段階へ至ろうとしていた。凄くどうでもいい類の成長である。具体的に言うとイカ臭い感じの。

 

魔女の御尻が少年を誘うかのように揺れている。

それを見て、ごくり、と少年が粘性の増した唾を飲む。

十字架を放り出して席を立ち、広げた両手がアーシアの臀部に近付いた、その瞬間。

 

 

「居たわね二人とも! さあっ、合宿に行くわよ!!」

 

ばばーん、と音を立てて部屋の扉を開け放ち。

空気を読まない紅髪の悪魔が、彼の邪念をブッ飛ばした。

 

 

 

 

リアス・グレモリーは純血の上級悪魔であり、そんな彼女の生家は元72柱グレモリー公爵家という素晴らしく歴史のある御家だった。

つまり貴族。御嬢様。口さがない言い方をすれば政略結婚の駒でもある。

紅髪の滅殺姫などという二つ名さえ持つ将来有望な悪魔の彼女は、今、親同士の決めた婚約の件で人生の墓場に埋まるか否かの瀬戸際にあった。

 

彼女自身を除いた御方々の勝手な都合が噛み合ったせいで、結婚式まで秒読み段階なのだ。

このままでは、高校生にして学生結婚。嫌な男との間に可愛いベイビーが生まれてしまう。

 

リアスは言った。私、結婚するかもしれないの、と。

ジョンは言った。――すれば?

 

「嫌よ!!」

 

教会育ちの無慈悲な意見を頂いて、リアス・グレモリー一世一代の我儘が炸裂した。

私は好きな人と結婚したいの、と恋愛処女が大袈裟に宣う。対して、アーシアの尻を逃したせいで不機嫌そのものの童貞は、恩人たる女悪魔の向かいに座り、手元の十字架を磨く片手間で言葉を吐いた。

 

「だる……」

 

怠い。面倒臭い。勝手にやってろ。巻き込むな。意味合いとしてはそういうものだ。

本当に嫌なのだろう、泥がぬめるような声色だった。

 

友人、と思っている相手に素気無く見捨てられたリアスの顔が小さく歪む。甘やかされて育った彼女は、拒否された事に対して割と本気で傷付いた。手伝ってくれると思ってたのにっ、と綺麗な顔には書いてある。

 

ジョンはリアスに感謝していたが、それだって所詮は契約だ。対価を払って安全を買う、恩も施しも彼の中では相殺済みだが、負い目は押し付け高く売りたい。だから特別肩入れしてやるだけの理由は無かった。結婚したからと言って、それ以前に結んだ契約が破棄されるなど有り得ないので大丈夫、というのが彼の本音だ。

つまり婚約に関しては成立と破棄の、どちらも同じ。ジョンにとっては変わらない。変わらないのなら、必要な労力の少ない方を選ぶのは当然だった。

 

普段ならば心象を悪くしないためにも気遣う振りくらいしたのだろうが、魔女尻を逃した今の彼にはそんな余裕があんまり無い。性欲に関して未だ猿である彼は欲求不満で股間がむずむずしてしまう。頭の中は まだ見ぬアーシアの白桃で一杯だった。

 

レーティングゲームで婚約破棄を、などと詳しい事情を語るリアスを、ジョンは適当にあしらうつもりで相手する。

が、対するリアスとて此処で見捨てられては困るのだ。

 

家同士が結んだ婚約を、破棄しようとする自分の方こそ間違っている。少なくとも、貴族悪魔の常識に則るのならばそういう意見が一般的だ。――だけど、嫌だった。分かった上で、嫌なのだ。我慢出来ないし耐えられない。実に自分勝手で恩知らず、子供の我儘なのだと自覚してさえ、リアス・グレモリーは幸せな結婚、というものを夢見る気持ちを捨て去る事が出来なかった。

 

我儘を通す。それが結論であり、リアスにとっての主張の全て。家族は当然反対している。

 

頼れる相手は眷属のみ、それにしたって相手の方が数は多くて三倍以上。外部協力者として幼馴染のソーナ・シトリーが候補にあったが、彼女とて貴族の次期当主だ。これが自分の身勝手だと知るリアスは、未来ある友人を巻き込む勇気に欠けていた。

 

出来る努力は最大限に、というのが物事に臨む際の理想形。自分の将来が懸かっているのだからその考えは当然だろう。しかし余所へのコネなど実家のものが大半だ。グレモリーの悪魔では無いリアス個人の、手を伸ばせる範囲は驚くほどに狭かった。

 

そうして頼った先が、聖剣使いジョン・オーリッシュ。

リアスの認識では中級堕天使と打ち合う程度が精一杯の実力だったが、力を借りてもマイナスになる事だけは無い。彼のパートナーであるアーシアの神器も、修行中の不意の負傷を治す際には有用だ。悪魔の有するものとは異なる、教会の元信徒だからこその知識や助言も期待出来る、筈。希望的観測が多分に混じるが、他の選択肢も今は無い。

 

つらつらと並べたが端的に言うと、溺れたリアスがジョンという藁を掴みにきた、という話。

 

ふーん、とジョンが相槌を打った。明らかな空返事である。

手元に積み上げた十字架多数。丁寧に磨き上げられた聖なる輝きが紅髪の悪魔の視界の真ん中で塔を成す。関係を悪化させないために、あくまで相手側からこの交渉を打ち切らせよう、というジョンの用意した嫌がらせだ。そうとは知らないリアスの側は、健気に光に耐えている。

 

今回の話、受けるつもりは彼に無い。

婚約破棄後に用意されるらしい御礼の類も、現状維持以上のものを求めていない彼にとっては不要なものだ。今のジョンは毎日のんびりアーシア相手にエロい事出来ればそれで良い。

この、人の良い悪魔が、協力を断った自分達に対して陰湿な報復をするとも思えず。ジョンのやる気は枯渇していた。強引に眷属に勧誘する、などという事をしない辺りが彼の好感度を稼いではいたが、それ以上のものにはならない。

 

ゆえに哀れなリアスは眷属以外の誰からも助力を得られぬまま、凡そ十月十日の後には不死鳥の血を引いた赤子を抱えて過去の幸福を夢見ながらに、一人涙を流して冥界の空を仰ぐのだろう。

それが満足な数の眷族も、無条件で味方をしてくれる友人さえも持てなかったリアス・グレモリーの未来の姿。力及ばず従わされた、無力な一悪魔に訪れる順当な結末というものだ。

 

――しかし。

そんな可哀想な恋愛処女を見捨てられない魔女、もとい聖女様が此処には居るのだ。

 

「任せて下さいリアスさん! 何が出来るか分かりませんけど、私もっ、精一杯お手伝いします!!」

 

ずっと横に居たアーシア・アルジェントが、きっぱりはっきり言い切った。

こちらは普通にリアスの事を目上と見ているが、彼女と親しい御友達になりたいと ふわふわした頭で夢見てもいるし、御世話になった相手が困っているなら助けたい、と素直に思える心があった。優しい。この辺り、所詮は教会の猟犬でしかなかったジョンとは育ちの違いが明白だった。

 

「あーしあ……っ!」

 

少女の口にした温かな了承の言葉に感激するリアス。

割と錯覚であるが己を取り巻く状況がはっきりと上向いてきたような気がして嬉しくなって、アーシアの用意したお茶を飲む事で浮かぶ喜色をこっそり隠した。

部下や信奉者ならともかく、立場上対等な友人関係というものに余り恵まれていない少女リアスの、ちょっとした照れ隠しのポーズであった。

 

一方、勝手に手伝う事を約束したアーシアと、彼女の隣に座るジョン。

眉を寄せた真面目な顔で「今日は御尻が良いな」とか考えている若干平和ボケしてきた助平な少年に、少女の真っ直ぐな視線が向かう。

 

「おっ、おねがいします……っ!」

 

心底恥ずかしそうにしながら私服の襟元をくいくい引っ張る、魔女の懇願。

首元、鎖骨、そして更に下にある胸の谷間が、――見えそうで見えない。

其処に、彼の視線が引き寄せられていく。

 

首を伸ばしてジョンが見下ろす。が、見えない。なので距離を近付け覗き込む。しかしッ、その直前で羞恥心の限界に達したアーシアは己の襟から手を離し、人助けのための精一杯の誘惑行為が半端なところで打ち切られた。

 

「馬鹿な……、早過ぎる……」

 

愕然とする童貞。

 

要した時間は僅か数秒。不意の絶景を見逃したジョンが、目の前にある天板を拳で叩いた。

がちゃりとテーブル上の持て成しの品々が音を立て、少年の行動にびっくりしたリアスが目を丸くしながら、驚きの感情を素直に表す。先の遣り取りも運良く彼女の目には入らなかったらしい。

決定的瞬間を逃して深く悔やむ様子を見せるジョンと、衣服越しの胸元を両手で押さえて赤い顔のまま俯くアーシア。不思議そうな顔で両者を見回し、何があったのかと心配さえする御客様。

 

少年が、歯を食い縛って拳を握る。

ここで無理矢理衣服を脱がして胸を見るのは簡単だ。だが違う。そうではないのだ。

ちらりと覗くから、良いのだ。恥じらいを捨てずに、それでも彼女自身が手ずから、秘した部分を見せてくれる、ゆえにこそその光景は美しい。

其れは男達の抱く共通幻想。ジョン・オーリッシュは浪漫を正しく理解した。

 

――合宿に行けば、見せてくれるんですねッ!?

 

言葉ではなく、視線で問うた。

自分でやって自分で照れる、という実に可憐な自爆芸を披露したアーシアは、ちらりと目を合わせて彼の意図を汲んだのか、僅かながらの頷きを返す。凄く真っ赤な顔をしていた。

 

その翌日、グレモリー眷属の修行合宿に合流する思春期二人の姿があった事は、もはや言うまでもないだろう。

 

 

 

 

控え目に言っても阿呆な遣り取りの結果であったが、ジョンは真面目に修行を手伝っていた。

 

「……手加減しているのかい?」

「別に」

 

木刀を手に持ち、木場を相手に模擬戦闘を繰り返す。

直接何かを言われはしないが、彼がジョンに対して隔意を持っている事は知っていた。じっと睨まれている事が多々あるし、話す機会があっても会話の内容は弾まない。

 

が、別にそれ自体はどうでも良いのだ。

教会の戦士だった頃、討伐対象に怨嗟の言葉をぶつけられた経験くらい幾らでもあった。

罵倒も、哀願も、嘲笑も、憎悪も。全部斬って捨ててきた。

過去のそれらと比べれば、直接危害を加えてこない木場の振る舞いはジョンにとって気に留める以上の価値が無い。アーシアにさえ手を出さなければそれで良かった。

 

ジョンにとっての弱みになり得る彼女には、過度に『祝福』された十字架や聖水を常に持ち歩くようにと厳命している。そもそも基本的には二十四時間傍に居るのだから、何かが起きても彼女一人を連れて逃げ出すのは容易い事だ。

 

容易い事だ、と先日までのジョンは考えていた。

 

真っ向からぶつかった木刀が押し負け、ジョンの側へと弾かれる。

人と悪魔の生物格差。力で競えば、ただの人間である彼が木場に勝る事は有り得ない。――だからこそ、真っ向からぶつかって力で競うこの状況、「手加減をしている」と木場に謗られるのは当然だった。

 

くそっ、と木場が小さな毒を吐く。彼らしくない悪態だった。

 

主であるリアスの契約者。教会から追放された被害者。守りたいと想う相手の居る少年。

聖剣使いであるというただ一点を除いて、木場がジョンを嫌う理由は何も無い。だからこそ、自分の中の消化しきれない不快感を殊更意識して抑えていたのだ。なのに、何故わざわざ自分の敵意を煽るような真似をするのか分からない。

 

木場程度、全力を出すには値しないとでも言うのだろうか。

そう考えて、より一層の力を篭めて武器を振るった。

 

木場は『騎士』ゆえ特に素早く、悪魔ゆえに人間以上の膂力があった。人間が彼を倒すなら、格差を埋める特別な何かを用意しなければ当たり前のように負けるだろう。

 

差を埋めるもの。今のジョンにはそれが無かった。

だって、もう彼はずっと、神への祈りを捧げていない。教会の戦士であった頃とは異なり、天界の加護による身体強化が全く為されていないのだ。だから当然、真っ向勝負では負けるだけ。

 

加護を受けられない教会からの追放者が。

聖剣を持たない聖剣使いが。

模擬戦闘ゆえに聖水や十字架等、あらゆる聖具の使えないエクソシストが。

共に戦う仲間の居ない、孤独な戦士が。

 

人では敵わぬ悪魔を相手に、どうやって勝てと言うのだろうか。

 

幾度目かの打ち合い。

またも真っ向からぶつかって来る木刀の動きに、木場が大きく舌打ちをした。

力を篭めて、大袈裟に振りかぶられる悪魔の一撃。真面目にやれ、と灸を据える意図を持って強く叩き込んだソレを、――当たり前のようにジョンが躱した。

 

「えっ。――あ」

 

終わりだ、と平坦な声音でジョンが言う。

 

突き付けられた、木刀の切っ先。木場の脇腹から潜り込み、心臓目掛けて入る位置取り。

これで勝ちだと言い捨てて、一足先に休憩を取って座り込む。

呆けた木場は、脇腹を押さえて黙り込んだ。

 

やった事は単純で、複数回ほぼ同じ体勢で木刀を打ち合わせ、「また同じ攻撃が来る」と相手の思考に刷り込んだ上で自分の側だけタイミングをずらして、一撃。それだけだ。

それだけの事だが、真っ当に考えればそんな勝ち方を出来はしない。木場にも分かる。

――だって、そんな単調な打ち合いに何度も付き合う馬鹿は居ない。

 

何度も付き合う馬鹿である木場が、酷く悔しそうに木刀を置いた。

あんな、戦術とは到底呼べない遣り方で負けるなんて、冷静さが足りていない証拠だ。その自覚は元よりあったが、修行に付き合ってくれている相手に見せて良い態度では無かった。

 

「ごめん」

 

真面目にやれ、なんて。それは自分こそが言われるべきだ。彼はあれで勝てると踏んでいたのだろう。だから何も言わず、ただ結果のみで悪魔の慢心を指摘したのだ。

情けない。何よりも、木場は今の自分自身にこそ嫌気が差した。

目を合わせる事も出来ずに、一言だけ謝罪する。そしてそのまま姿を消すように、これから数日間の宿泊先である別荘の方へと歩き出した。

 

木場の背中を見送って、ジョンもまた持ちっ放しだった木刀を放り出す。

 

激昂して襲い掛かって来る可能性もあったがゆえの、形だけの警戒だった。必要無いのは有り難いが、木場の態度はどうにも重症のように見える。もっと気遣うべきかもしれない。誰が気遣うのかといえば、ジョンの仕事、なのだろうか?

どこからどこまでが手伝いの範疇なのか。ひっそりと溜息を吐いたジョンは、未だ痺れの残る両の掌を気遣いながら、一人周囲に視線を巡らす。

 

その先には、もはや見慣れたとある少女の笑顔があった。

リアスの用意した、皆と御揃いの運動着。似合っていると、そう思った。

笑って、慌てて、また笑う。何処にでも居る少女のように、悪魔に囲まれて なお楽しそうな顔を見せるアーシアの姿。

 

拳を握る。

悪魔を凌ぐ力の無い拳を。神の加護の宿らない、当たり前の人間の、手を。

 

「ファッキューゴッド」

 

空に向けて、何時かのように。もう一度だけ、呟いた。

口にしたのは悪態だけで。祈りはやはり、そこには無い。

 

 

 

 

「どうか、しましたか?」

 

心配そうに、アーシアが囁く。

答える声は無い。何を言えば良いのか分からなかったのだ。

 

時刻は深夜。

ジョンとアーシア以外に誰も居ない、風呂場というより大浴場の、広い広い湯船の中で。

当たり前のように並んで浸かり、特別何かをするでもなく。二人揃って今日の疲れを癒していた。

 

視線を己の隣に向ければ、タオルで身体を隠して湯船に浸かるアーシアが居た。

身を隠すのには小さ過ぎる布一枚。濡れて素肌に張り付いて、少女の肢体が薄っすら見える。

普段なら無粋なタオルを剥ぎ取るか、或いは布越しの女体に飛びついただろう。けれど今のジョンはそういう気分になれなかった。これが賢者タイムという奴なのだろうか、と雑な日本知識を掘り返す。

 

あからさまに元気の無い、常とは異なる少年の姿。翠の視線が彼を窺う。

そっと、温かな湯船の中で少女の腕が伸ばされた。

触れてくる手に彼が気付いて、視線だけで、ゆっくりと絡み合う互いの手指を見下ろした。

 

そのまま、どちらからともなく握り合う。

 

「……不覚」

 

気遣われている事に気付いたジョンが呟いた。こんな様では木場の振る舞いを悪く言えない。

昼間の自分を思い返す。

力が落ちたというよりも、戦士のソレから人間本来の水準に戻っただけで、何も異常は起こっていない。今でさえ、聖剣と聖具を用いさえすれば上級程度は刈り取れる。そこに関しては断言出来た。

 

なのに不足を感じているのは、恐らくはジョンが欲張っているだけの事。

湯船の中で音も無く、少女の片手を一際強く握り締める。

 

「あ、っ」

 

そして身を乗り出して、キスをした。

 

少しだけ驚いた顔で、アーシアが少年の顔を見返している。そこに二度、三度と唇を合わせて、片手だけでなく両手を重ねて手を繋ぐ。その行動に、特別な意味は何も無い。ただそうしたいと思っただけだ。

湯船に浸かったまま正面から向き合って、互いの両手を水底につけたまま繋ぎ合う。

そのまま何度も唇を重ねた。

 

湯気と、水音と、キスの音。ただそれだけの空間がある。

股間のモノが勝手気儘に勃ち上がり、けれど今夜だけはそれが酷く嫌だった。

アーシア、と呼べば塞がれたままの唇でジョンの名前が呼び返される。彼女の声に、呼び掛けに、何故だか酷く興奮していた。だからもっと、もっとと互いの舌を絡めて名前で呼び合う。呼ばれ合う。

 

風呂の縁に彼女の背中が当たり、其処を越えて、白い肢体を滑らかな石床の上に押し倒す。

上と下で、完全に密着しながらキスを続けた。

両手は変わらず繋いだまま、押し付けた胸板でタオル越しの乳房が潰れてその柔らかさを彼に伝える。ひたひたと水音混じりの肌が擦れた。床に広がった金色の髪が少女の姿を神秘的な何かに見せて、なのに構わずキスだけを繰り返す。何度も、何度も、何度でも。

 

少年の勃起がタオルの向こう、少女の秘所に触れている。

それに気付いた少女が、囁いた。

 

「……しちゃいます、か?」

 

キスの合間の小さな問い掛け。

恥じらいながら、嫌がる様子は見えなかった。

雰囲気に酔ったというのは確かだろう。弱って見える彼を元気付ける意図も、またあった。慣れてしまったこのような行為に、最初の頃ほどの嫌悪は無い。恥じらいだけは消え切らないが、きっと好意だって、ある。

だから、仮にシてしまっても――。と思ってしまった。

 

言われた側も、惚けた頭で考える。

 

魔女アーシア・アルジェント。ジョンにとっての不幸の始まり。生まれて初めて深く触れ合った異性の存在。温かくて柔らかい、何時だって傍に居る相手。――絆されているのは御互い様だ。

今はもう、彼が彼女をどう見ているのか、自分自身でも分からない。

 

ただ一つ言える事があるのなら。守る力を持たない自分を、ジョン・オーリッシュは許容出来ない。

だから。

 

「もう、ちょっと」

 

もうちょっとだけ。

今のまま、名前の無いこの関係を。続けたい、と理由は伏せたままそう言った。

 

逃げとも取れる少年の返答に対し、少女は小さくキスで返した。そのまま幾度も繰り返す。

それがまるで、心通じ合った恋人同士のようにも思えてしまい。けれどきっと、そう呼ばれるためには二人の間に足りないものが多過ぎる。

 

湯冷めするほどの長い時間をただキスだけで塗り潰し。

付けっ放しの明かりに気付いたリアスが浴場に足を踏み入れるまで。二人はずっと、身体を重ねて互いの名前を呼び合っていた。




リアス「ハ、ハレンチだわ!(チラッチラチラチラッ」

オリ主は決して弱くないのですが、人魔本来の格差が不明なので大よそフレーバーで行きます。
以下、設定メモ。

 『祝福の聖剣(エクスカリバー・ブレッシング)
第一話でオリ主が盗んだ、正教会に保管されていた聖剣の一振り。
聖なるものを強化して魔なるものを弱化させる、バフ&デバフ系万能武器という設定解釈。
使用に際し独特の才能を必要とするが、オリ主はオリ主なので主人公補正で普通に使える。
未だに柄頭一つさえ本編で描写されていないが決して不憫枠ではない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 婚約破棄のフェニックス

悪魔相手に聖具を並べて脅しつけてみるオリ主が林で青姦(未通)する第七話。
合宿後編。グレモリー眷属ではないのでフェニックス編は特に盛り上がりもありません。


冥界にはレーティングゲームという悪魔独自の戦闘競技が存在する。

 

チェスに見立てた『王』を除く総数15の『悪魔の駒』を下僕に与え、盤上遊戯の如く『王』同士がチーム戦によって互いの優劣を競うのだ。

与えた駒は只の下僕を眷属悪魔へと転生させた上で、駒ごとの特性を与えてくれる。

ゲームに際して種々の形式が存在するが、今憶えるべきはただ一つ。

 

『王』を始めとする眷属悪魔の総力をもって、敵チームを打ち倒す。それが勝利の絶対条件。

 

実に単純、分かり易い。

格闘戦、魔法戦、人海戦術、罠を用いて。倒す手段に特別難儀な制約は無い。特に今回、リアス・グレモリーの婚約破棄を賭けた一戦に限れば、御家事情の絡む一般非公開の非公式戦という免罪符がある。

個人対個人の決闘ゆえのガバ判定。だからこそ大抵の事は許される。

 

でなければ、『王』を含めて16名のフェニックスチームVS諸事情あって総勢5名しか居ないグレモリーチームの正面対決なんてものは試合の成立自体が有り得ない。その人数差、実に三倍超。試合を組んだ奴は公平性という言葉を知らないのだろう、とさえジョンは思った。

ゲーム経験の有無に関しても、前者はプロで、後者はアマチュア。

 

率直に言えば出来レースである。試合を組んだ御偉方による八百長試合の可能性が否めなかった。これで勝てると思う方がどうかしている。

 

なので、試合を受けたリアスは頭がどうかしているのだろう。

まさかゲームを持ち掛けた側の人達も、負けず嫌いの極まったリアスが真正直に申し出を受けるとは予想だにしなかったに違いない。人数差によるハンディキャップとか、せめてもう少し何か有利になれる条件くらい付けろよ、とジョンは思った。口にも出した。

 

バカめ、と蔑む視線で吐き捨てる。

 

「失礼ね!」

 

バン、とリアスが机を叩いた。それに伴って聖水の瓶が十個くらい一緒に倒れる。

ガコガコガコン、と重そうな音を立てて『祝福』された聖具の群れが転がっていく。慌てたアーシアが両手を伸ばして転がる動きを押し留め、品位に欠けた振る舞いとその結果として起こった小さな事故に、焦るリアスが手伝った。

 

先の物音からしても分かるだろうが、特製の分厚い容れ物越しなので聖水の効果が悪魔な彼女には伝わらない。それでもおっかなびっくり手を動かすのは、種族の性質上仕方の無い事だろう。

机上に立ち並ぶ数多の聖水は、今朝になってジョンが用意したと言う特別性。グレモリー側は知りもしないが、こっそり隠し持っている『祝福の聖剣』を用いて聖なる力を大幅強化されたスーパー聖水である。

その効能、仮に未強化状態の一誠が触れば、――死ぬ。

 

「ちょっ、怖ぇえええーッ!!? なんてモノ並べてるんだよ!?」

 

話を聞いて、好奇心から聖水に手を伸ばしかけていた一誠が真っ青な顔で身を引いた。

迂闊が過ぎる年上の後輩悪魔の振る舞いを、小猫がジト目で非難する。自分も手を伸ばしかけていた事実には、彼女の隣の木場以外は気付かなかった。

 

ちなみに先の説明は決して冗談などではない。並の下級悪魔なら経皮吸収でも普通に死ねる。即死ではないが、瞬く間に肉が崩れて体内の神経中枢にまで作用した結果、アレルギー反応から来るショック死にも似た死亡結果が詳細なレポート付きで報告されていた。

時間はかかるが聖なる力で消滅するので死体だって残らない。

 

かつて教会の戦士として数々のクソ任務を乗り越えてきたジョン・オーリッシュが、自信をもってお勧めする逸品。これを使えば不死鳥だって絶命(イチコロ)だ。

 

「絶命……」

「イチコロ……」

「あの、ジョン君。流石にそれはいけませんわ」

 

一誠と小猫、続いて朱乃が押し止める。凄く顔色が悪かった。

レーティングゲームの安全措置は信頼に値するものではあるが、だからといって無制限に危険物を持ち込んで良いとは言われていない。意図して魂魄ごと消滅殺傷するような教会由来の致死性毒物が、易々許可されるとは思えなかった。

 

何よりも、扱う際の自爆が怖い。

取り扱いを間違えれば高確率で死ぬ道具、使いこなせる自信が無かった。

 

言われたジョンは、無表情で黙り込む。

少々表現を盛ってはいたが秘蔵の『祝福』も相俟って、効能に関しては折り紙付きだ。相手が相手だからこそ即死までとはいかずとも、不死鳥を相手にするのなら過剰なくらいで丁度良い。

が、あくまでこれはジョン個人の善意の施し。要らぬと言うなら押し付けるつもりは全く無かった。

 

「……でも、発想自体は悪くないんじゃないですか、部長」

 

一人黙って遣り取りを見ていた木場が言う。

数に劣り、経験で劣り。個々の実力と素養では負けていないと強がりはしても、周囲の下馬評は恐らくグレモリー側の必敗一択だろう。彼等にとっては負けられない一戦だが、客観視すれば負けて当然、勝ち目は極薄。

だからこそ敵の弱点を突く戦法は捨て難かった。勝利の結果に余計な物言いの付かない程度に限るが、手段を選んで負けられるほど、眷族達にとって主の価値は低くないのだ。

 

此処最近精神的に凹み続けてきた木場だからこその、開き直って拘りを捨てた合理的思考。

前日の負い目も合わさって、ジョンに対する助力のつもりで賛意を示した。

 

机の上には聖水に十字架、各種の物品。天界の加護無しには使えない特製の銃や武器類は脇に置き、聖釘の劣化模造品である小型の封印具や片手で読める聖書まで、実に様々な聖なる道具が並べられている。

そしてそれらから発せられる神聖な気配に、場の悪魔達は顔色を悪くしながら話を続けた。

 

「い、一応グレイフィアには、許可が出るかどうかを訊いておくわね……」

 

純血の上級悪魔であるリアスでさえも、室内に充溢し始めた聖なるオーラには呼吸が詰まる。

個人としての戦闘能力は特別危険視する程のものではない、というのがリアス達のジョンに対する認識だったが、目の前に並ぶ数多の聖具はグレモリー眷属と真っ向勝負してなお滅ぼし尽くせる量にも見えた。

――と、いう所で思考を止めた事実こそがリアスの美点である人の良さと経験不足の表れだったが、それを声に出して指摘する者は此処には居ない。

 

結果として、リアス・グレモリーは彼と彼女を警戒せぬまま。

ある種の踏み絵のような意図を持って自前の仕事道具を彼女等に披露したジョンは、内心で小さく息を吐く。これなら助けてやっても良いかな、と気紛れにも似たアーシアへの気遣いを滲ませながら。

 

リアスを助けたいと言う少女の想いを、昨夜色々とあった彼は少しだけだが手伝うつもりになっていた。

だから、本来は放置しても構わない筈の戦いに、間接的ながら助力を行う。

それでも駄目なら仕方ない。その程度の、本当に気紛れと呼ぶべきものではあったが、ジョンがアーシアに対して抱く感情が、先日よりも変化しているのは確かな事実。

 

彼の内心はさて置いて、聖具を用いる際の安全に関しては厳重注意が必要だった。

教会由来の武器が有する悪魔への脅威を知らしめるため、という名目で然して力を抑えず披露された道具の数々。それらに対して眷属一同が感じた恐ろしさは、此度のレーティングゲームにおける勝利の可能性にも繋がっている。

 

魔に属する種族がゆえに全てを十全に扱う事は出来ないが、それでも、使える物は使うべきだ。

個の実力と、従えた眷属の質と数、他にも戦術眼など『王』の力というものは多々あって、家同士の繋がりや、多種のコネクションとてその一つ。ゲームの相手がフェニックスの涙という実家の力を使うなら、リアスとて友人という独自のコネから助力を得るのだ。

ルール上、聖具の使用許可が下りるか否かは確認しなければ分からないが――。

 

「――よしっ。それじゃあ今日も頑張って行きましょうか、みんな!」

 

どうにかなる。皆で戦い、きっと勝つ。

半端な根拠で成功する未来を一心に夢見て、仲間を鼓舞して前を向く。

そんな能天気さもまた、リアス・グレモリーの長所であるのだ。

 

朝食の後の小休止を終え、合宿二日目。

今日もまた、グレモリー眷属は至極健全に明日への努力を開始した。

 

「ところでコレ。こんなに沢山、一体何処から持って来たんだ……?」

 

一人だけ大量の聖具の出所を気にした目敏い一誠の意見を聞き流しつつ、ジョンは用意した品々を幾らの値段で買い取ってくれるのかと、内心でリアスの財布に期待していた。

 

 

 

 

幾重にも重なる葉擦れの中に、二人分の荒い呼吸が紛れ込んでいた。

 

密着してくる少女の肢体が衣服越しでも酷く熱い。抱き締めるよりも受け止めるように、一本の樹木にその背を預けた少年は、自身に押し付けられている軽い体重を抱き留めたままで腰を振る。

首元に彼女の金髪が触れて肌を擽った。揺さぶる動きで本当に小さな、聞き逃しそうなくらいの衣擦れの音が鳴っている。

 

「ぁあっ、熱ぃ、です……!」

 

アーシアの呟きに、小さくだけど首肯する。

二人の身を包む駒王学園の運動着。その内側は、噴き出す汗で外気とは比べ物にならない熱気が生まれ、それでも動きが止まらないから互いの体温は上昇していく一方だ。

腰を振る。擦れて呻く。水音が鳴った。離さないように、両手で支える。

半端に下ろした男女別、色違いのジャージのズボン。晒された互いの腰元が、結合し切らぬまま性的な絡みを行っていた。

 

少年の突起が少女の女陰を幾度も擦る。中に入らず、外側だけを。

秘肉の柔らかさが僅かに肉棒の表面を包んで、またすぐに形を変えると、背後へ滑らせ互いを舐め合う。積み重なる刺激から分泌された二人分の体液が、僅かずつ混じって音を鳴らした。が、それもすぐさま梢の音に呑まれて消える。

 

幹に背を預け、腰だけを振る少年。少女は彼の衣服の胸元を握り締め、縋り付きながらジャージの肩口に顔を押し付け熱い吐息を吐き掛けた。

吐き出す熱気が厚い生地を越え、素肌の肩に湿気を増やす。不快ではないが、やはり熱い。

 

心臓の音が、酷く大きい。

 

少女の細い胴部を両腕で抱き締め、腰の動きだけはより激しく前後に振れる。痛っ、と腕の中のアーシアが呻いた。強く抱き締め過ぎたらしい。それには気付くが、力を緩めるほどの余裕が無い。だから早く済ませようと更に腰を動かし性器を擦った。

意識の集まる股間には快感ばかりが蓄積されて、彼女の秘した部分の感触が遠い。

きっと柔らかいだろう、なんて考えながら。全身の神経は射精する事ばかりを望んでいる。

 

それが嫌で、抱き合う相手の存在をもっと近くに感じたくて、傍にある金の旋毛に唇を寄せた。

 

「ふぅっ、ふあぁっ」

 

ふやけた声が顎の下から飛び出した。それに、可愛い、と思わず感想を漏らす。

ひうひうと甲高く吐息を零すアーシアの柔らかな金髪に顔を埋めながら、何度も鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。その度に声が聞こえ、聞こえる度に興奮が増して腰を振る。腰を振れば快感が増すから、また彼女に向けた意識が逸れて、遠のくソレを取り返すように金色の毛玉を強く強く掻き抱いた。

 

彼等二人きりの、他に誰も居ない林の只中。修行に関しては休憩時間なので問題無い。

仮にこの場に誰かが居れば、半端に脱がした運動着から綺麗な尻臀を覗かせたままで腰を振る、アーシア・アルジェントの後ろ姿が見えただろう。

 

時折彼女の股の辺りから背後に向けて、どろどろに濡れた陰茎が飛び出す。

その度に小さく汁が飛び散り、少女の履いたジャージの赤色が湿って染まる。

少年が少女の頭を抱き締めたままで腰を振る。少女が少年に縋り付きながら動きで応えた。

あーしあ、と呂律の回らない声が呼べば、彼の名前を舌足らずな彼女の声音が叫んで返す。

 

「じょっ、じょ、ん、さ――っっ!」

 

丁寧に、さん付けで呼ぼうと口を開くが言葉が途切れる。一足先に情欲を吐き出した少年の、濃い白濁色が少女の股座に飛びかかった。

軽く痙攣する彼の胸元に縋りついたまま、彼女もまた続くように腰の動きを加速させ、しかし未熟な性感が果てに行き着く事は叶わなかった。

 

はつはつと短く浅い呼吸が重なる。

 

彼とは違い、欲求を吐き出しきれなかったアーシアのそれは一層激しく強くて荒い。

豊かな金色に顔を埋めた少年、ジョンが徐々に呼吸を整えて、抱き締める力を弱くしていく。

対するアーシアは、逆に縋り付く力を強めた。極みに達するタイミングがズレた事を気にしての無意識的な抗議だったが、その篭めた気持ちに気が付けるほど彼は鋭い男ではない。子供をあやすように、少女の背を優しく撫でて快感の余韻に浸っていた。

 

むう、と彼女がむくれるが、頭を抱き締められたままでは表情で伝えるのにも位置が悪い。

仕方なく、己の吐息で湿った肩口に顔を埋め、匂いを擦り付けるように頭を振り出す。

加えて片手で、精液を吐き出して萎えたばかりの一物に触れた。

少女の細い指先が、白濁とそれ以外とでぬらりと汚れる。

 

更なる行為を求めた彼女の動きに、今度は彼の方が小さく唸る。

やわやわと揉み上げ、その度に汚れとも呼べる体液の混じりが細い手指に絡んで移る。少女の愛撫は未だ手馴れず拙いが、それ以上に欲求不満で遠慮が無い。肩口に埋めたままの視界で下の光景の見えない事が、恥ずかしがり屋な彼女が大胆に振舞える理由にもなっていた。

 

普段なら、視界の中にある雄の形に戸惑って、おっかなびっくり触れていただろう。

しかし見えないのなら、怯える気持ちも常より小さい。当然ながら、嫌悪も羞恥も戸惑いにしたって同様に。

あとはやっぱり、自分もイキたい、とアーシアの本能が言っているから。

 

う、と少年が再度呻いた。それは快感から出た喘ぎ声だ。

耳に届いた情欲の色に気付いて、少女は更に激しく片手を動かす。

ぬるりと伸ばした二人分の歓喜の液が、茎の部分から先端へ、更に引き返して袋の辺りまで広がっていく。幾らかの汁が垂れ落ちながら、徐々に手の内で少年の欲望が膨らみだした。

 

彼の呼吸が荒れていく。大きく、空を仰いで酸素を求めた。

愛撫する側の少女にしたって、今の自分の行いに何も感じないわけがない。むしろ直接刺激されている彼以上に興奮していた。

 

何時もならヤらされていた側なのに、今は自分から望んでシている。

誰の目にも映らない女性の部分が、密かに開いてその度に閉じた。入るモノだって今は無いのに、アーシアの其処は心底欲しがって はくはく震える。

 

「じょん、さん。ジョンさん、ジョンさんッ、ジョンさん――っ」

 

彼女に名前を呼ばれた分だけ、気持ちを返すように彼も叫んだ。

鼻を当てた肩口から異性の匂いを吸い込んで、少女は益々昂ぶっていく。

ぴちぴちと欲望の跳ねる水音が鳴る。

少女の片手が激しく動き、互いの衣服は汗と愛液で見る間に汚れて湿り出す。肩口に埋めたアーシアの顔は呼吸が苦しくなって逸らされて、間近にある少年の首へ噛み付くように唇を当てていた。

 

「アー、シァっ」

 

二度目の絶頂を迎え、緩く抱いていた筈の彼の両手が、少女の身体を再度力強く抱き締めた。

少年の全身が、幾度も跳ねるように上下に動く。その度に少女の手の内で熱い精液が吐き出され、小さな掌に納まり切らなかった分が跳ね回りながら、地へと向かって落ちていく。

 

少女はソレを、そのまま自身の股間に押し付けた。

 

挿入はしない。しないが、強く強く擦り付ける。何度も白濁が零れ、飛び跳ね、二度目の吐精で再度萎えようとしていた雄の象徴が、収まるべき場所に触れた事で太さを保ったまま使われていた。

何時も通りのそれとは異なる、立場逆転したアーシアの、相手の身体を使った自慰行為。

積もりに積もった感情の昂ぶりも相俟って、さほど時を置かずに彼女の性感は上り詰めた。

 

行いとは裏腹に淑やかに吹き出し、互いの股間を少女の潮が更に上から塗り直す。

 

「っ、はぁっ、ふ、ぁ、はあ……」

 

惚けた顔のまま、使った相手の顔を見上げて少女が呼吸を整える。

が、落ち着いてから自分の行いを自覚すると、真っ赤な顔をして固まった。

 

そのまま、ぷるぷる震えて何も言えずに立ち尽くすのだが、どうしろと言うのか。涙目で見つめられているジョンとしても、反応に困る。

何時もは彼がしたくてシていただけなのに、若干察しの悪い少年から見れば昨夜から突然、彼女が大胆に男女のまぐわいを求め出したように見えているのだ。より正確には、ついさっき性に目覚めました、みたいな感じで。

 

自慰に使われたジョンのちんこは、三度目を求めて膨らんでいる。

しかしどうにもこのままイケる雰囲気では、ない。アーシアは彼を見つめて震えたままだ。

もう一度ヤりたいのが本音であるが、昨夜の浴場での一件もあって、ジョンはアーシアを気遣った。より具体的に言うと、何故だか彼女に嫌われたくなくなってきたので、日和った。我慢の出来る夜の聖剣使い、新生ジョン・オーリッシュの誕生である。

 

「ちっ、ちがぅんですぅ~……っ」

 

そんな彼の胸元に縋り付くのはアーシアだ。

ついにはめそめそ泣き出して、どうしようもなくなったジョンは膨れた股間をぶら下げたまま、暫し彼女を抱き締めていた。

 

少女が泣き止むまで凡そ三十分。

ちんちんイライラしながらも我慢強く耐えるジョンの横顔は、なんだかすっごく疲れて見える。

 

 

リアス・グレモリー婚約破棄記念パーティーの開かれる、九日ほど前の出来事だった。




レーティングゲームに参加しないのでライザー戦は詳しく描写しませんが、()りました。
いやあ、フェニックスは強敵でしたね……。

レーティングゲームでは最終的に原作主人公が腕一本を代価に禁手化して勝利。あとは木場君の立ち振る舞いと聖具使用の残虐ファイト以外に大きな変更点は無し。
結果としてライザー眷属は総員暫く再起不能です。

次話からエクスカリバー編を開始します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 左右対称のエクスカリバー

ヴァチカン在住の紫藤イリナさん前奏曲(プレリュード)と、相変わらず未遂ックスするオリ主の第八話。
エクスカリバー編開始。初動はのんびりしています。

※紫藤イリナに関する独自設定、及び今後のキャラ崩壊に御注意下さい。


――今日もまた、紫藤イリナはあの日の光景を夢に見る。

 

一人の少女の姿が其処にはあった。

息さえ乱して駆けつけた先、閉じた扉の前に立つ。だけど部屋の主が居るのか否か、それをただ確かめるだけの事さえ躊躇っていた。

 

()が教会を追放されるという話を聞いて驚きのままに走ってきたのに。此処で強引に一歩を踏み出すという、たったそれだけの勇気が足りない。

だって、もしも自分が彼の立場なら、と。そう考えると何を言えば良いのか分からないのだ。

分からない。だからそのまま幾十幾百の秒を数えて少女は悩み。

 

目の前の扉が静かに開いた。

 

『あっ。――じょ、ジョン! そのっ、えと、だ、大丈夫っ!?』

 

挙動不審な栗毛の少女が、異性の友人相手に両手を振るって話し掛けている。

その声色も振る舞いも言動も、客観視すればまるで媚を売るかのようで滑稽だった。調子の乱れた無駄に大きな声で話しているせいで、少女に対する少年も、酷く煩わしそうにしているではないか。

やめなさい、と声を掛けても止められない。だってこれは夢なのだ。

 

ああ、情けない。恥ずかしい。見っとも無い。どうして、もっと上手く出来なかったのだろう。

でも仕方ない、と二人を見ながら当時の気持ちを思い返す。

 

だって。……心配だった。

 

彼女は彼を、元気付けてあげたかったのだ。

あの、強い信仰心を原動力とした直向きな努力家を、大切な友達の事を、助けたかった。

けれど結果は拒絶の言葉。遠のく背中を見送るだけで、以後、彼の姿は何処にも無い。

傷付いた彼に、何一つとしてしてあげられなかった。

 

友達なのに。

 

 

かつての少女は生まれ育った国を離れたばかりで、不安と緊張で一杯だった。

特に幼馴染の少年と離れ離れになった事は彼女の心に強い悲しみを齎して、表面上は明るく振舞いつつも、裏では一人で泣いてばかり。それを察したらしい父親からも心配されて、だからこそ幼かった頃の()と引き合わされたのだろう、と今なら分かる。

 

正教会管轄の訓練場で、大人達に囲まれて輝く剣を構えた少年。

ジョン。――ジョン・オーリッシュ。教会で出来た初めての友達。同年代の、異性の友人。

 

無表情で無愛想。なのに物言いだけはどこか可笑しくて、気が付けば仲良くなっていた。

夜に泣く事も徐々に減っていき、だからこそ属する教会が異なる事がもどかしかった。父親の縁でプロテスタント教会に所属する少女は、正教会によって養育されている彼と会う機会が多くない。会えないからこそ、逆に執着していた面もあったのだろう。もっと会いたいなんて我儘を言って、父親を困らせた事を憶えている。

 

およそ赤子の頃から教会で育って、教えを受け、学び、鍛えられ、成長してきたジョン。

対して少女は、父が信徒とはいえ他国から渡って来た後に信仰に目覚めたという差があった。

境遇自体に優劣を付ける気は無いが、培ってきた環境の違いは明白だ。開始地点が異なるせいで、何時も彼女は彼より幾らか遅れる位置に立っていた。

そんな事実に逆に奮起し、少女の努力はより一層強く深く積み重ねられていく。友達には負けられない、対等な立場で向き合いたい。子供ながらにそう考えて。

 

真正直な性格が高じて、彼女の評価は上向いていく。それと同時に教会からの教えを受けて、神に対する強い信仰心を育んだ。

先を行く彼の背中を追いかけるように。新しく出来た友達と肩を並べるために。もう二度と大切に想えた相手と離れたくない、という孤独を嫌う気持ちさえもを力に変えて。

 

今思い返しても、あの頃の彼女は生涯で最も純粋だった。

 

篤い信仰と日々の研鑽を評価され、特別な祝福を受けて聖剣使いになった日の事は忘れない。

天然の彼と人工の彼女。彼我の格差も理解出来たが、そんな事はどうでも良いのだ。

――ようやく並んだ。

教会の信徒。神への奉仕者。世界の裏側で戦うエクソシスト。そして何より、聖剣使い。

努力が実って肩を並べられたと、そう思った。それが嬉しくて自慢する。言われた側の少年は至極冷静に、しかし偽り無く、彼女の成果を祝福してくれた。

 

小さく、微笑んでくれた事を憶えている。

 

常の無表情が綻ぶように。おめでとう、と面と向かって言われた瞬間。

無性に恥ずかしくなったその日の事は、少女にとってとても大切な思い出となった。

 

そんな彼も、今となっては手の届く世界の何処にも居ない。

 

 

「……また、あのゆめ」

 

屍人のような声で呟く。就寝中に乱れた長い栗毛が口内に潜り込んでおり煩わしい。

ああ、また泣いてしまいそうだ。嫌な気持ちが燻っている。

顔を合わせた最後の記憶。居なくなった時の彼の背中が、目蓋に焼き付いて消えないままだ。

どうせ夢に見るのなら、もっと楽しかった頃の夢を見られれば良いのに。

 

目元の隈を、取れるわけが無いのに両手で擦る。

こんな事では父や周囲の信徒達、友人のゼノヴィアにだってまた心配を掛けてしまうじゃないか。そんな事を考えながら、乾ききった喉の痛みを誤魔化すために唾を飲む。酷く固くて、まるで泥のような味がした。

 

身を起こした姿勢のまま寝台の上で膝を抱き、あの日彼に対して自分が口にした拙い励ましと、それに返された彼の罵倒を思い出す。

 

『大丈夫よ、ジョン。主は越えられない試練なんて課されないわっ。だから頑張ればきっと――』

『うるさいッッッ!!!!!!』

 

きっと――、何だと言うのだろうか。何を言うつもりだったのだろうか、自分は。

 

馬鹿みたいだ、と呟いた。

きつく閉じた目蓋の裏から、未だ枯れ切らない涙が滲む。

納得出来ない別れの場面が、納得出来ないからこそ頭の中で繰り返す。

せめて最後の会話がもっと明るいものならば、彼女がここまで思い詰める事もなかっただろうに。

 

全ては間が悪かっただけの事。

 

彼が追放の一件を聞いた、その直後の会話でなければ。

彼の下へと駆けつけた彼女が、黙って傍に寄り添うだけで我慢出来ていれば。

彼が神への祈りを捧げ、返らぬ答えに、己は捨てられたのだと諦める前の会話であれば。

もう一日だけでも、彼の出奔が遅れてさえいれば、きっと他の道があっただろうに。

 

あの日、教会の戦士ジョン・オーリッシュは姿を消した。

 

彼に預けられていた『天閃の聖剣』を所持したままで、以後の消息は不明のままだ。

同時期に紛失した正教会管理下の『祝福の聖剣』の一件も、彼の仕業でないかと囁く噂が耳に入る。そんな筈は無い、と栗毛の少女は反発したが、タイミングからして疑われるのは当然で。当然過ぎる、事だった。

 

両手を組んで、少女は神への祈りを捧げる。

それは信仰の為のものではなくて、縋り付く為の行いだった。

 

どうか、私の友人が更なる苦難に見舞われていませんように。

傷付いていませんように。再度誰かに追われるような目に遭っていませんように。ひとりぼっちで泣いていませんように。どうか、どうかどうかどうかどうかどうか――。

 

わたしのことを、嫌ったままでいませんように。

 

「ぁ、……ばか。わたしの、ばかっ」

 

祈りの言葉に願望が混じり、身勝手な願いを天に捧げる自分自身を罵った。

結局の所、傷付けたのは自分の方で。彼は一方的な被害者だ。魔女の追放に巻き込まれただけの、不幸な友人を励ますつもりで傷付けた。

 

異端者として教会から追い出される、なんて。信徒の身ならば耐え難いほどの苦痛だろうに。彼女なりに気遣った言葉である事に嘘はないが、結果は拒絶、徐々に小さくなっていく彼の背中を追いかけられずに見送った。

そしてそのまま、行方不明。残されたのは自分を責める少女だけ。

 

あれが今生最後の会話だなんて思いたくはないが、失踪した彼の行方など皆目見当が付かないままだ。少なくとも、戦士である彼女如きの所にまで情報が降りてくる事は一切無い。

親しい仲だと思っていた癖に何処に行ったのか分からないなんて。自分で自分が情けない。

最近は、起きている限り鬱々と思考が沈むだけ。こんな事だから皆に心配を掛けるというのに。

 

ジョン、と遠くに消えた筈の名前を呼んだ。

 

少女にとって、彼は特別な存在だった。

それは丁度思春期に差し掛かる時期の大半を、彼という近しい立場の異性と過ごしたせいか。寂しかった心の隙間に、偶々彼が入り込んだだけなのか。

あくまで一般人であるかつての幼馴染とは異なり、ジョンとの間には信徒である事などの共通点も多く有って、あるいは同性の友人であるゼノヴィアよりも親しい仲だと、少なくとも彼女の側は考えていた。……彼の考えは、今となっても知らないままだが。

 

やめるべきだと分かっているのに、またも思考が彼に関した話題に戻る。

延々と続く自虐と回想。当のジョンが居ない以上、明るい答えなんて出るわけがない。

だから何度でも繰り返す。

 

やがて窓から朝日が差し込む。

結局夜中に目が覚めてからずっと、彼女は独りぼっちで蹲ったまま泣いていた。

 

七つある内の僅かに二つ、聖剣エクスカリバー強奪の報が紫藤イリナの耳に入る、僅か数時間前の事だった。

 

 

 

 

夢を見た。

友人、であるとジョンの側だけは思っているが、実際にどうなのかを確認した事のない大事な相手の、夢を。

 

夢から醒めても、未だ湧き上がる感情の数々を持て余す。

亜空間から『祝福の聖剣』を取り出し、その輝きで視界を埋める。すっかり馴染んだ神聖な気配が、かつて育った教会での事を思い出させた。少しばかりの寂しさが、彼の心を更に重くする。

 

この『祝福』は聖なるものを強化する、補助的な役割を担う聖剣。七つに分かたれたエクスカリバーの一振りだ。

ジョン・オーリッシュは聖剣使いで、夢に見た彼女もまた同じ。違いがあるとか聞いた気もするが、彼はその辺りを憶えていない。自分と同じだと認識していて、拘るところはそれで充分。彼にとって他は余計なものだった。

 

割と幼い頃から知っている、幼馴染、という事になるのだろうか。判断出来ずに首を捻った。

明るく素直で頑張り屋な、栗毛の少女。彼女の紹介で青髪の友人とも知り合えた。信徒である以外の生き方を知らなかった幼いジョンが僅かでもそれ以外のものに触れられたのは、友人である彼女の御陰だ。

誰とでもすぐに打ち解ける性格や、気付けば教会育ちの彼と肩を並べていた成長速度は本当に凄いと尊敬していた。

 

だけど今はもう、紫藤イリナは傍には居ない。

 

ふ、と溜息を吐いて剣を仕舞う。盗品如きを眺めたところで彼女の近況など分からない。こうしてイリナを想っているのは、大部分が最後の会話への罪悪感だ。信仰を裏切られて追放されたジョンにとっては、教会時代の思い出の全ては酷く遠いものとなっていた。

 

どうせもう、会う事なんて無いだろう。

そう考えて、それで良いとさえ割り切っていた。割り切ってしまえる理由を得ていた。

 

「あの。どうか、しましたか?」

 

心配そうな声を聞く。視線を向ければもはや見慣れた、アーシア・アルジェントが其処に居る。

なんだか無性に人肌が恋しくなって、ついつい彼女の腰に抱きついた。

 

「あっ」

 

小さな呟き。けれど抵抗は無い。最近は、あまり嫌がる姿を見ていない気がする。

部屋のソファに腰掛けた彼女の、その腰に抱き付いたまま、己の顔だけを膝に乗せた。

上ではなくて下を向く、変則的な膝枕。

スカート越しの柔らかな太腿が顔の表面を受け止めて、けれど鼻がぶつかるので少し痛い。

 

すうっと深く息を吸う。嗅ぎ慣れてきた少女の香りが少年の鼻腔を埋め尽くし、匂いを嗅がれた事に気付いたアーシアが膝を揺らした。揺らしたのだが、腰をがっしり掴んでいるので離れようにも離れない。結局すぐに抵抗を諦めたのか、下半身から力を抜いたままジョンの頭を手で撫で始めた。

掌の感触が気持ち良い。過去を思い返すが、撫でられるなんて初めてだ。

 

ずっとずっと、聖剣ばかりを振っていた。教会の戦士としての自分しか無かった。そうでない部分は全て残らず、あの日イリナの下へと置いてきたから。

――なんて考えた所で、それだって結局は強がりだ。理性はともかく、感情だけは今でも燻り、彼の内側に居残っている。

 

いりな、と彼の未練が思わず呟く。

ジョンの頭を撫でていた手が、彼の頭髪をぶちりと抜いた。

 

「――イィッタイ!!」

 

音調が小気味良く上下して、少年の悲鳴が室内に響き渡った。

ガバリと身を起こすと、少女を見遣る。抗議の視線を向けられた側であるアーシアは、今自分が何をしたのか分からない、というような顔で己の手の中の抜け毛を見下ろしていた。不思議そうな顔をするなよッ、と彼は思ったが、怒鳴りつけるだけの気力も湧かず、小さく洟を啜って、結局もう一度彼女の膝へと舞い戻る。

 

今度は不覚を取らぬようにと上を見上げて、彼の視界ではアーシア・アルジェントの ふっくらしている双子の部分が自己を主張して愛される時を待っていた。待っているのだ、とジョンは勝手に結論を下した。

もにもにと衣服越しのそこを揉む。

 

「あっ。も、もう~っ!」

 

触っても嫌がる様子は無い。むしろ喜んでいるように……いや錯覚だな、とジョンは思った。

だけど触っていて気持ちが良いので決してやめない。意図は不明だし彼女自身無意識の行動だったように見えたが、先程髪を引き抜かれた意趣返しも含めて、ソファの上で膝枕の体勢を維持したままに両手を動かす。痛かったんだぞ、と抗議の意思を指先に篭めて。

 

手の平に感じるのは初夏ゆえに薄手なシャツ一枚とその奥の、下着で包んだ両乳房。緩く刺激する度に少女の身体が身をくねらせて、悶えるような動きが実にエロい。

片手で乳房を正面から揉みしだき、もう片方は指の間接部で持ち上げるように下からつつく。

ふにふにと形を変える感触と温もりに、早くも股間が盛り上がった。

 

少年が、我慢出来ぬと身を起こす。入れ替わるように位置を変え、柔らかなソファの上に少女の全身を押し倒した。金色の髪が風に舞い、彩るようにふわりと落ちた。

押し倒された側に驚きなんて然程無い。彼の反応を予測していたと言わんばかりに、仰向けとなったアーシアが己のシャツをたくし上げる。

裾の下から綺麗な御腹が現れて、臍から乳房の下辺りまでを視界に映す。

 

自身で半端に肌を晒した少女の顔が、薄っすらと恥じらい赤くなる。見下ろす側の少年は、恥ずかしいならやらなければ良いのに、などと乙女心の分からぬ事を考えていた。

が、思考とは別に彼の動きは止まらない。

 

広がったシャツの裾に己の頭を潜らせて、更に両手も差し込んだ。

ひあ、と少女の悲鳴が鳴ったが、構わずブラジャーを手馴れぬ様子で もたもたと、アーシアに手伝って貰いながらようやくの事で引き剥がす。フロントホックって何だ。少年の独白がシャツの内側で虚しく消えた。

 

篭った熱と匂いに包まれ、彼の興奮が増していく。

目の前にある乳房を両手で寄せて、一緒に頬張るように舌で舐った。

二つの乳首を同時に、などと考えていたがサイズが足りずに届かない。仕方なしに片方ずつを吸っては離す。その度に狭い視界で乳房が弾み、目と口の双方で少女の柔らかさを味わった。

やわやわと左右から揉み摩り、ぬるりと跳ねる乳首の形を舌で覚えて優しく吸った。

 

飼い犬が水を舐めるような音がシャツの内側に閉じ込められた。しかし漏れ聞こえるものもあり、その度に少女が唇を噛んで快感に耐え、熱くなった息を鼻から逃がす。

少女の声が、聞こえそうなのに聞こえない。我慢する顔も彼から見えずに気付かない。

身悶えする度ソファの上で細い背中が幾度も反って、上から圧し掛かる少年の身体に再度ソファへと押し戻される。滲んだ汗が小さく湿り気を落としつつ、シャツの中で乳房を弄ばれるたび何度も何度も肢体が跳ねた。

 

僅かながらの小休止。少年が息を吐くと身を捩り、片手をシャツから抜き出して、少女のスカートへと指を掛ける。

 

動きを察してぴくりと震えたアーシアが軽く己の尻を上げ、そこまで捲り上げる許可を、少年に気付かれぬまま確かに出した。

するりと衣擦れの音が鳴る。そのまま、乳房を吸われながらに彼女の生足が晒されていく。

初夏の熱気が素肌を舐めたが、衣服の内側よりは部屋の室温の方が僅かに低く、足先から順に感じる肌寒さから少女の両足が温もりを求めて彼の身体に擦り寄っていく、絡み合う。その感触が心地良い。

 

頭に被ったシャツの存在が邪魔になり、少女の首元辺りまで引き上げられた。

身を起こす少年が見下ろした先に居るのは、上半身のほぼ全てと太腿の付け根までをも晒した少女。荒い息を零し汗で湿った赤い頬、情欲に震える女の顔だ。

 

彼の指先が僅かに覗いたショーツに掛かり、縁の部分を引き下ろす。

腰の くびれの少し下、鼠径部のラインが見えた辺りで、上と下から視線を絡めた。

 

「あ、っん。……ど、どうぞっ」

 

乳房を隠そうと反射的に動いた両手を、彼女自身が押し留める。僅かに除いた乳首の色と、ふるりと震える乳房の白さ。目を奪われるほどに魅力的だった。

そこで深い呼吸を二度置いて。

空いた両腕を彼に向かって差し出して、迎え入れるために呼び掛けた。

 

「アーシア……ッ!」

「はひゅ。ぁの、できれば優しく――」

 

 

ぴんぽーん。

 

来客を告げる鈴が鳴る。

性的興奮で昂ぶりきった表情のまま、二人は互いに動きを止めた。

 

が、ジョンの片手だけが虚空へ伸びて、そこから輝く剣の柄を。――取り出す直前で、アーシアが止めた。無言のままで。

ゆっくりと首を振り、彼女は彼の凶行を押し留める。見上げた先の少年の顔もまた首を振って、彼女の制止を振り切るためにも訴える。やはり無言。

 

一頻り無駄な遣り取りをした後に、「……居留守じゃ駄目かな」とか考えながら、ジョンが玄関先の対応に乗り出した。聖剣は流石に止めておく。この部屋への来客といえばグレモリー眷属限定で、隠した手札を晒す事は今後のためにも控えるべきだ。

きっと昼間から事に及ぼうとしたのが悪かったのだろう。あるいは、喧嘩別れした友人の夢を見た寂しさを理由に始めた事が悪かったのか。

 

反省しながら、彼は手の平に残る少女のおっぱいの感触を思い返して肩を落とした。もはや

御互いが深く触れ合う行為が当たり前のものになりつつありながら、それでも最後の一歩が踏み込めない。

――今日は最後までイクつもりだったのに!

下腹に渦巻く欲求不満の不快な衝動を抱えたままで、少年は苛立たしげに小さく唸る。

 

一方、部屋を出て行く背中を見送り、残されたアーシアが呟いた。

 

「ぶっころです。これはきっと、凄くぶっころですよジョンさん……」

 

来客を部屋に通した場合を考慮して、衣服やソファを整えながら。

未だ果たされぬ初体験の恨みを篭めて。真っ赤な顔のままそんな言葉を繰り返していた。




暴力系ヒロイン要素を垣間見せるアーシアさんの話。
そして紫藤イリナさんの長い受難の始まり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 三角関係のエクスカリバー

メッタメタにされる紫藤イリナさんと、修羅場!暴力!SEX!なオリ主が織り成す第九話。
一万文字超。

※残酷な描写に御注意下さい。


聖剣エクスカリバー。

 

最も広く名を知られた、現存する伝説の一つ。かつて最強と謳われてさえいたのだが、今在るものは戦争で折れた彼の聖剣を再生利用した劣化品。四散した破片から生まれた七つ子だ。

 

各々異なる能力を有した劣化聖剣。

その中で最強である行方不明の『支配の聖剣』を除いた六つは全て、教会の各宗派ごとに二振りずつ保管されていた。

 

聖剣使いである紫藤イリナ、ゼノヴィア両名に預けられた『擬態』と『破壊』。

ジョン・オーリッシュが出奔に際して窃盗、及び持ち逃げした『祝福』と『天閃』。

そして残るカトリック、プロテスタントが各自保管していた『透明』と『夢幻』は、――強奪された。

 

結果だけを見ればジョンの持ち出した二種を合わせて、7分の4が盗まれている。過半の被害が出ているのだ。更に最強の『支配』も長らく行方不明とあっては、教会に残されたのは先の戦士達が有する二つのみ。主より賜った聖なるものの所有権を主張する教会の面子はボロボロだった。

 

堕天使組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』の幹部コカビエルが行った聖剣強奪という凶行も教会としては放置出来ない。『祝福の聖剣』紛失の一件から各聖剣には術式を施し、現在位置も把握している。もしかするとその『祝福』とてコカビエルの一党が盗み出したのでは、という意見さえ出始めて、事件直後の混乱の最中で教会側は奪還部隊を編成する事となった。

 

教会からの聖剣強奪という、あからさまに派手な犯行を行ったコカビエル。此度の一件は他勢力への影響がとても大きく、複雑だった。

 

荒ぶる信徒達。幹部級が動いた事に事態を重く見る天界。堕天使側の突然の凶行に対する不審と、未だ天界側に対して何ら声明を発する事の無い不可解さ。此度の件が外に漏れた場合の、悪魔側が見せる今後の動き。そして三大勢力間の緊張状態に伴う、他神話体系の反応予測。

――ざっと考えるだけでも、問題の火種が多過ぎる。

 

千年続いた小康状態。決して良いとは言えないが、大戦中と比較すれば今の時代は平和そのもの。

それを、崩されるわけにはいかない。脅かされるなど、許せない。

これ以上、三竦みの状況を騒がせるわけにはいかなかった。

 

教会の威信に懸けて、必ずや聖剣を奪還せねばならない。だが、ならば如何なる人員をもって事を成すのか、という所で躓いた。

追跡術式の状態は良好だ。むしろ良好過ぎて、泳がされているという懸念が強い。

それに加えて、反応の出た座標が問題だった。

 

向かう先、二つの聖剣の予測到達地点は駒王町。

其処に現魔王の血縁者が複数居る事は、教会上層部にとって知るには容易い常識だ。もしも彼女等に一変事あれば、身内を害された魔王二人が何をするかと不安が生じる。

種族の長が情で判断を誤るとは思いたくないが、悪魔などという敵対種族をそう易々と信じる事も出来ない上に、仮に問題が起きた場合、堕天使幹部との相乗効果を起こして事態が悪化拡大する可能性が恐ろしかった。

 

ならば他勢力へ与える刺激を最小限度に抑えるために、広く名の知れた者達は送れない。

腰の引けた判断によって事態を収拾出来なくなってもいけないからこそ、実力も装備も相応に、且つ先の条件を踏まえた上で、現地に送る部隊規模は少数精鋭。それらに適した戦士を派遣し、堕天使コカビエルから二種の聖剣を取り返す。

端的に言おう。――そんな都合の良い人材は居ない。

 

ゆえに会議は盛大に踊った。

『教会最強のエクソシスト』や『ミスター・デュランダル』を送り込めれば確実なのだが、代わりに悪魔がいきり立つ。戦力としては非常に信頼出来る反面、他方面への影響力が強過ぎる。

とはいえ大戦以降 数が減りに減った天使勢を向かわせるのも、場所が場所ゆえに、魔王の血族やその周囲からの過剰反応が予測出来た。

 

結果として、派遣が決まったのは聖剣使い二名に加えて後方支援のエクソシストが極少数。

数日後、教会の戦士 紫藤イリナとゼノヴィアが、駒王町へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「イリナ。ほら、手を」

「ん、いい。私は平気よ、ゼノヴィア」

 

弾まぬ会話が少女達の間で交わされていた。

青髪に緑のメッシュを入れた外見の少女ゼノヴィアの気遣いを、栗毛の少女イリナが手を振って拒絶する。断りの際にも謝るように小さく笑みを浮かべていたが、それだって見るからに弱々しくて、本調子ではない様子。

支えるための手を伸ばしても、強がる彼女が取る事は無い。断られたゼノヴィアは不機嫌そうな顔を見せたが、それはむしろイリナを心配するがゆえのものだ。

 

ジョン・オーリッシュが姿を消して以来、紫藤イリナの様子は憔悴する一方。だというのに、実力自体は増している。

懊悩するだけの精神的、及び時間的余裕の大半を、彼女は戦士としての鍛錬に費やしているからだ。

身体を動かしていれば気も紛れるし、悩まない。何より戦士として他者の役には立てている。

顔色こそ悪いが、此処最近イリナが任された任務にしても、全て残らず及第点以上の評価を得ていた。だからこそ、今回の聖剣奪還も任されたのだが――。

 

その陰で、父親である紫藤トウジに頭を下げてまで今回の件に関わる機会を得ようとした事実を、友人のゼノヴィアだけは知っている。

 

ジョンの阿呆め、と胸中のみで呟いた。声に出さないのは、イリナに負担をかけない為だ。

彼が悪いかと言えば、言葉に詰まる。だが、今のイリナの変調は間違いなく奴が原因で。最後に顔を合わせた際の遣り取りだって、ゼノヴィアは彼女の口から聞いているのだ。

 

魔女の追放。巻き込まれた友人。聖剣の紛失と、直後の混乱。日々憔悴するイリナの姿。

まるで何処かの誰かが災厄の引き金を引いてしまったかのように、矢継ぎ早に事件が起こる。

 

彼を追放すると決めた教会の動きも、ゼノヴィアにとっては腹立たしい。

彼女にとっての彼は、イリナに引き合わされる事で友誼を結んだ異性の友人。自分と同じ、生まれながらの聖剣使い。聖剣を扱う訓練や、任務を共にした事とて多数ある。

イリナと並び、ゼノヴィアにとってはたった二人の大切な友達だ。

 

彼の生真面目な性格を知っている。日々の鍛錬に歯を食い縛りながら、弱音を吐かずに繰り返す姿に、強い信仰心と敬虔なる信徒としての振る舞いも。

――決して神の教えに背くような人間では、なかった。

 

だから当然、そんな相手が異端認定されるだなんて納得いかない話ではある、――が。

ずっと間近でイリナという大事な友人の苦しむ姿を見せられていれば、遠く離れた友に対して反発の一つも湧いてくる。どうせ逃げるなら事前に行き先くらいは言っておけっ、と空っぽになったジョンの自室で怒鳴ったものだ。

 

ふんふん鼻息を荒く吐き、殊更明るい声でゼノヴィアが言った。

 

「ほら、イリナ。そろそろキミの幼馴染という彼の家に着くのだろう? そんな顔ではせっかくの再会が台無しだぞ」

「ぁ、……うん。そうね。ありがとう、ゼノヴィア」

 

任務で訪れた土地ではあるが、幸か不幸か此処は紫藤イリナ生誕の地。

少しでも気を持ち直して欲しくて、「任務中だから」と言って幼馴染との数年振りの再会を渋る友人の背中を、気遣うゼノヴィアが押したのだ。これで元気になれれば良いが、と気を揉む友達思いの青髪少女。

その、視界の、中に。

 

紅髪の悪魔と連れ立って歩く兵藤一誠が通りかかった。

 

「すいません部長。部長に見合った御持て成しなんか、ウチじゃ全然用意出来なくて……」

「いいのよイッセー。元々わたしの方から無理を言って訪れたんだもの」

 

恋人同士、というほど甘い雰囲気はそこには無い。

だが、赤の他人と言えるような心の壁もまた、見えなかった。

 

先日行われたライザー・フェニックスとのレーティングゲーム。その最終局面において【赤龍帝の篭手】に封じられたドラゴンに右腕という対価を支払う事で、勝利に至る最後の一手を担った、リアスの『兵士』兵藤一誠。

 

己のために犠牲を払った少年の姿に、割と古臭い乙女思考を持つリアスはときめいた。

 

恋をしたと言うにはまだ早い。だけど確実に、彼女の中に炎が灯った。

今はまだ小さな種火だが、きっと大きく燃え上がる。そう思えるだけの、確かな熱が。

 

それゆえの恋愛攻勢。御宅訪問。

まずは彼の御家へ顔を出そう、という果断な選択。一誠が悪魔に転生した直後にも御邪魔したのだが、あれはまだ眷属として以上の好意がなかったからノーカンね、と謎の計算でリアスは兵藤邸へと遊びに来ていた。

今は丁度、その帰り際。

 

だから、これはただの偶然だ。

 

「あれは、どちらも悪魔か? 紅髪ならばこの地の管理者の」

「ぅ、ぐう――」

 

至極冷静に状況を見て取ったゼノヴィアと、対照的な少女の姿。

二人で連れ添う姿を目にしたイリナが口元を手で強く押さえて、――その場から逃げるように駆け出した。

 

一瞬だけ、ゼノヴィアが呆けた。その一瞬で、イリナが遠く駆け出すには充分だった。

何が理由で彼女の体調が悪化したのか。何故この状況で周囲の耳目も無視した上で走り出すのか。

紫藤イリナの幼馴染に関する情報をろくに持っていない彼女には、分からない。

 

それは大切な誰かが遠ざかる、という過去の体験の焼き直し。

 

一度目はこの町を離れる際の、まさに今目の前に居る一誠を相手に。

二度目は当然、突如姿を消したジョンとの間に。

そして三度目。

 

知っている筈の相手が、親しかった幼馴染が、手の届かない遠くに行く姿。知らない誰かと仲睦まじく過ごす光景。両者の距離は確かに近く、この場での部外者はイリナの方だ。きっと、今話しかけても届かない。

 

また、居なくなった。と心の何処かが誤解する。

 

緻密な論理は必要無い。彼女の精神がそう判断し、肉体がソレに答えただけだ。

込み上げる吐き気を押さえ付け、友人の事さえ見えなくなった彼女はただ一心に駆け出した。

今のイリナにとっての一番の恐怖。嫌なもの。嫌いな事。――寂しい、と心が言っている。

だから走った。居なくなる前に、自分で逃げた。

 

何処まで逃げれば恐怖(ソレ)が消えるのか。紫藤イリナには分からない。

 

 

 

 

ざわざわと、多くの人達の声と雑音が耳に聞こえる。

先程までの住宅街から離れた何処か。随分遠くまで走ってきたのだな、と紫藤イリナの戦士の部分が冷静に言った。

 

今回の聖剣奪還で堕天使から『祝福の聖剣』を取り戻し、ジョンがあの聖剣を盗み出したという疑惑を晴らす。――それがイリナの秘めた目的である。

 

無論、教会から任された任務も大切だ。手を抜くつもりは微塵も無い。

三大勢力の泥沼の戦争を生き残ったほどの強者が相手なら、彼女が死ぬ危険性は高過ぎるほどに高かった。現に今回の任務に参加出来るようにと根回しを頼んだ父だって、娘であるイリナを心配して、何度も考え直す事を勧めてくれた。

 

「っハハ。そうだよね、任務中によけーな私情は、よくないよね!」

 

今ある全力で搾り出した大きな声が、盛大に空回って虚ろに響く。

良く目立つそれを聞き届けた繁華街の通行人は、白マント姿のおかしな少女に眉を顰めて距離を取る。足を止める者は居なかった。

 

泣き出す寸前の荒い呼吸で、イリナは必死に心を宥める。

根回しなんて、考えた事自体生まれて初めての事だった。頼んだ父は、娘がグレたのかと心底驚き泣いていた。いや、泣いたのは、間違いなく彼女の心を労わる為の道化た演技だろうが。

 

今の彼女は無理をしている。そして、それへの自覚はほとんど無い。

聖剣泥棒の疑いが晴れたからと言って、消えた友達が帰って来るわけでもないのに。

どうして、と不満や不安を誤魔化すために考える。

どうして己が独りであるのか。どうして彼が消えなければならなかったのか。

 

悪いのは教会だろうか。彼の生まれ持った神器だろうか。それともやっぱり――。

 

 

「見てくださいジョンさんっ。こんなに()っきなの、わたし、初めて見ました!」

「アーシア、今の発言もう一回」

「え? ……えっ???」

 

 

イリナの視線が、会話の発生源へとゆっくり向かう。

 

日本語ではない言葉の羅列。楽しそうにはしゃぐ、少女の声。

それに応えた、聞き覚えのある、聞き慣れていた筈の、――声。

 

ジョン、と小さく呟いた。

 

何も出来ずに、その場にそのまま立ち尽くす。

やがて見知った少年は所用が出来たのか、すぐに済むからと少女の傍を離れて消えた。

向かう先は立ち尽くすイリナの元、ではない。彼は彼女の存在に、気付いてさえいないらしい。

イリナとは無関係な場所へと入り、残された金色の髪の少女は本当に嬉しそうに、少年の背中を見送った。

 

それはまるで、恋人同士の逢瀬の情景。

 

「なにそれ」

 

冷えた声音が飛び出した。

誰が言ったものなのか、イリナには全く分からない。

 

彼女の視線の向かう先には、こちらもまた知った顔が立っている。

ジョンの失踪に際して調べた、魔女の顔。諸悪の根源。イリナの友人が教会を追い出された、そもそもの原因である筈の女。

少女の思考が先のものへと巻き戻る。心を誤魔化すためでなく、捌け口を定めるためだけに。

 

悪いのは、教会だろうか? ――思うところはあるが、保留。神の御心は計れない。

それとも彼の生まれ持った神器だろうか? ――主の与えたもうた奇跡が悪のわけも無い。

それともやっぱり。やっぱり。やっぱり? ――魔女アーシア・アルジェントのせいだろうか。

 

「其処に居たのかイリナ。まったく、突然私を置いて――」

 

鍛え上げられた両手が伸びた。

 

背後から掛けられた言葉を余所に、人外種族に比肩する戦士の両腕が魔女を捉える。

くあ、と締め上げた喉から音が零れた。酷く細い、鍛えた事も無い女の首だ。

 

翠色の視線が揺れて、睨み付けた彼女の顔を見上げている。伸ばされた魔女の指先がイリナの腕や身体に当たったが意味は無く、力の差は歴然だ。

教会の戦士として何年も修練を積んできたのだから、魔女の抵抗が実る事は無い。このまま力を篭めるだけで首を握り潰す事だって容易くて、だからイリナはそのまま――。

 

「あなたのっ、せぃでェッッッ!!!!!」

「やめろイリナ!!」

「――死ね」

 

三人分(・・・)の言葉が重なる。

最初にイリナ。掌中の獲物に対して限界寸前の心が叫んだ。

次にゼノヴィア。友人の行った突然の凶行に、大声を上げて手を伸ばす。

そして最後に、彼女等の友人ジョン・オーリッシュが吐き捨てた。

 

「ジョン、さっ。――駄、目」

 

か細く呼び掛けるアーシアの事しか見えないままで。神聖なる『祝福』の剣閃が抜き放たれた。

 

膨大な光力が弾け飛ぶ。

酷く甲高い非現実染みた衝突音が、繁華街の一角に響き渡った。

 

「何をッ!! ぇ、いや、そんなっ、――ジョン? 何故キミが」

「は? ……ゼノ助?」

 

亜空間から引き抜く動作そのままに振り切った、聖剣。断頭の刃は標的であるアーシア暴行犯の首に当たるよりも僅かに早く、加護を受けた身体能力の差によってほぼ完璧に受け止められていた。

太陽の如く強く輝く切っ先が、白布に包まれた『破壊の聖剣』に阻まれている。

その持ち主は当然、ゼノヴィア。教会の戦士であり、ジョンにとってもたった二人きりの友人枠に入る少女。

ならば防がれた聖剣が狙った先は――。

 

「イリナ?」

「……じょん?」

 

名前を呼んで、名前が返る。

今更になって、彼は下手人の正体に気が付いた。

かつてフリード相手に暴れ回った時と全く同じだ。アーシアに手を出された狂犬は、周りも見ずに凶器を振るう。相手が誰かなんて関係無しに。

だから今更。今更だ。余りに遅い。ようやく此処で、彼は友達の存在に気が付いた。

 

呆然とした瞳が、少年のそれを見つめ返している。

 

以前よりも窶れて見える、ツインテールの栗毛の少女。目の下の隈も、彼女の美少女面には全然全く似合っていない。ケアぐらいしろよ、と俗世に塗れた思考が過ぎる。

まるで幽鬼のような立ち姿とて、以前の彼女を知る彼から見れば異常であった。

更に言うまでも無い事ではあるが、伸ばされたイリナの両腕の先には。

 

「手を離せ」

 

意識せず、厳しい声を放った。

ジョンが言えば、弾かれるようにイリナが離す。殺意から解放されたアーシアは、くずおれるように少年の腕に抱き止められた。地にある土埃一つ触れる事無く、即座に。壊れ物を扱うかの如く、優しい仕草で。

イリナにとっての憎い相手を、イリナの友達が抱き締めていた。

 

「なんで」

 

少女の声が大きく震える。

 

なんで、どうして庇うのだろう。

思い返してみたが、分からない。確かにイリナのやった事は悪い事だ。だけど、相手は魔女で、それでも、仮にイリナが先の行動によってパパや教会やその他各関係機関から罰せられて、死刑とか追放とかそういう何かの対象になったとしてもそれはジョンには関わりの無い事の筈でいやでも友達だけど彼は魔女のせいで教会を出奔したのだから関係ないわけでも無くてだから抱き締めているのはどうして久しぶりに会った一誠くんは綺麗な人だったなあの紅髪のひと結局わたしは寂しかっただけで甘えるために一時的にでも重荷を投げ出すために苦しくて彼に会いたくなってそれはつまりただ利用するだけのひどく酷いあつかいで何時かの笑顔はとても嬉つまり私ってたぶんずっと前からジョンのこと、――どうしてじょんはソイツを抱き締めるの?

 

 

紫藤イリナは逃げ出した。

 

 

 

 

ごめんなさい、とアーシアが言う。何度も何度も。泣きじゃくりながら繰り返す。

何度宥めても止まらないから、焦れたジョンは彼女の唇をキスで塞いだ。

 

「っふ! ……ふん、ぅうっん」

 

両手首を捕まえて、顔と首の動きだけで口を封じてキープする。

塞いだのにまだ何か言っているから次は舌を捻じ込んで、彼女の舌から言葉を奪った。

繰り返される水音の中で、徐々に呻くような女声が失せていく。

だけど心はざわめくままだ。

 

――お前のせいだ、と少女が言った。

 

憎いのだと。嫌いだ、と。今此処に居るアーシア・アルジェントの存在そのものを否定していた。

解放された後、ジョンから説明を受けて得心する。

先の少女紫藤イリナの手元から、自分という魔女は友人一人を奪い去ったのだ。

 

平穏な生活で忘れていた。自分が、傷付けた側だという事を。

悪魔を癒した。神器が狂った。追放されて、巻き込んだ。ズレた彼女の価値観で見ても、彼だけは魔女の被害者なのに。

 

奪った癖に、親しく振舞う。キスをしている。何度も何度も触れ合った。そしてきっとこのまま時が過ぎれば、いずれアーシアは彼の手に抱かれる事になる。

女になる。愛される。

幸せに、なるのだ。

 

「そんなのっ、駄目、です」

 

許さない人が居る、と知ってしまった。だから少女は否定する。

 

不意に離れた口の端から弱音が漏れた。

うるさい、と言ってジョンが唇で声を奪う。それでも、少女の心は晴れないままだ。涙を流して止まらない。

 

手首を掴んでいた両手を離し、次は身体を抱き締めた。

衣服越しの背中を撫でて、今日のデートに備えて履いてきた精一杯のミニスカートの、滑らかな布地ごと尻を揉み上げて刺激を与える。閉じようとする細い両脚の間に己の膝を差し込んで、路地裏の壁と自身の身体でアーシアの全身を押し潰す。

 

口は互いに合わせたままで、呼吸も出来ないから鼻が鳴る。

くすぐったくて堪らない。互いが互いの鼻息を浴びせられているのだから当然だけど、もう、そんな事は気にならなかった。そんなものよりもずっと強く、少年は少女の事を欲しがっていた。誰に何を言われたとしても、彼の心は真っ直ぐだ。それが多少歪で傷があろうと。子供のように純粋だった。

 

胸板に押されて乳房が撓む。絡み合う足の間から、幾度も肌を擦るような音が漏れる。

離した口と口の間に、短く橋が架かって輝いた。

両手を離すと、壁に背を預けたままのアーシアがジョンの顔を黙って見上げる。その抵抗は、酷く弱い。

 

かちかちと僅かな金属音が鳴り、互いの腰の辺りで雄の象徴がぶるりと震える。

アーシアは、視線を絡めたまま下を見もせずに呟いた。

 

「わたし、魔女です。魔女ですよ、ジョンさん」

 

何をシようとしているかは分かっている。自分がそれを求めている事も同様に。

それでも訊ねた。

彼にとっての魔女であるのに、それでも本当に求めてくれるのか、と。泣きながら。

 

彼女の中に、栗毛の少女の顔がちらつく。なのに浅ましく欲しがっている。彼よりもきっと彼女の方が、ずっと激しく求めているのだ。

いけない事だと分かった上での、これが最後の抵抗だった。

 

「好きだ、アーシア」

 

少年が言った。

 

本当にそうなのかなんて知らない癖に。それでも素直に口が動いた。

恋愛感情なんて彼にとっては未知のもの。人として、あるいは友人として、好意を抱いた事はあっても異性を抱いた事は無い。信徒として生きていたからこそ縁遠く、戦士として沢山の汚い性のまぐわいを見てきたがゆえに忌避さえしていた。

狂ったのは、魔女のせいだ。

 

間違いなく、これは真っ当な恋愛観では無いのだろう。似たような境遇の者同士で肌をすり合わせ、傷を舐め合うが如き一面もある。互いの事情は二の次で、心の問題も未解決。

肉体的な欲求こそが先んじており、恋人だなんてとてもじゃないけど呼べはしない。

それでも、目の前の相手を欲しいと思う気持ちだけは確かにあった。手放したくない。抱き締めたい。それを好きだという言葉に変えて、今のアーシアを受容する。

口にしてなお彼には恋の自覚が全く無い。だけど間違っている気もしなかった。

 

真っ直ぐな言葉と視線によって、少女の涙がようやく止まる。

求められた側であるアーシアが、何を言うかなんてずっと前から決まっていた。

 

「――わたしも、あなたが好きです」

 

ずらされた下着の脇を抜け、少年の性器が少女と繋がる。

 

ふ、と息を吐いて硬直する。性交の始まりは彼女にとって、想像以上に息苦しかった。

両手を伸ばして、少女が少年の首へと回す。そのまま重心を全て彼の側に預けると、挿入し易いように、と持ち上げられた片足に釣られて腰が浮く。

未だ入りきらぬ其処が彼の手によって繋がるための動きを始める。

 

ふつり、と誰にも聞こえない音が鳴った。

 

性的な行為に慣れた女体が潤滑の汁を多めに吐き出し。そこに紛れ込むように、幾らかを陰茎の表面に滑らせながら、それでも大半の赤が愛液と一緒に地面へ向かって落ちていく。

 

だが未だ結合は先端のみだ。行為自体は始まったとさえ言い辛い。

下へ。下へ。僅かずつでも、棒の先端が潜り込む度に息を吐く。軽く持ち上げられた少女の身体を少年がゆっくりと動かした。奥へ進む度に割り開かれるような苦痛が増して、その度に少年が手を止める。

 

吐き出す息は互いに荒い。時折苦痛に耐えるような声まで混じり、休み休みの稚拙な動きで初めての行為を続行する。

真新しい傷の部分を擦られながら、ざわめく膣の入り口が彼の一部を飲み込んでいく。

互いに見合わせた顔は、苦しそうで。けれど内心は別方向に飛んでいる。

熱くて、柔らかくて、気持ちが良い。と少年が言う。

熱くて、硬くて、酷く苦しい。と少女が思った。

 

肉棒の半ばまでをどうにか挿れて、そこで息をつき動きを止める。もっと強引でも良い、とアーシアが言ったが、流石にそれが強がりである事は、色々と疎い彼にも分かった。

何より、彼自身既に限界近い。

 

未だ男性器の全長は入りきらないが、それでも強い快感が込み上げてくる。動きを止めた今でさえ、内側で蠢く膣肉の粒が彼の性器を愛撫していた。

気持ち良いからもっと欲しい。正直休まず動きたいが、動けば出る、とも自覚する。

 

「っぁ」

 

伸ばした舌を、仕舞い込まぬまま絡め合う。

キスというより舐め合う動き。力を篭めて舌を伸ばせば、棒状に近くなったソレをなぞるように相手のものが円を描き、くるくると丁寧に舐め上げた。舌の先端同士でつつき合ったり、舌中近くの中央部分で軽く擦って刺激を与える。

 

ぱちりと唾液が弾けて落ちた。

舌同士でのセックスが盛り上がり、気持ちを高めた少女の膣内がゆるりとうねる。

少年の側だって然して変わらない。そもそもキスが好きなのは彼の方だ。舌で舐め合う動きだけで限界に達し、少女側から齎される膣の刺激がトドメとなって、全く耐え切れずに吐き出した。

 

はく、と呻く。

 

射精の快楽に忘我した少年の側がキスを中断、うっかり離れた舌同士から下に向かって練り上げられた大きな唾液が真っ直ぐ落ちる。

少女の身体は背中の部分を壁に預けて、下半身だけは少年に掴まれ、前へと引っ張られる形で繋がっていた。

つまり丁度、結合部分が、落ちた唾液の真下にあった。

 

「――……っ」

 

音も無く落ちて、刺激が生じる。陰茎と女陰の繋がる其処を、二人分の唾液が舐めた。やがて断続的に吐き出される精子が僅かに外へと漏れ出して、これもまた一緒に混じり合う。

口も舌も性器も唾液も互い吐き出した体液も、視線さえもの全てがまぐわい、ようやく終わった。

 

お互いに、長く息を吐いて呼吸を休める。

二人の間の地面には、白と赤と透明と、色んなものの混じった体液がとろりと落ちては広がっていた。

ああ、と少年が意味の無い声を呼吸と一緒に外へと漏らす。ようやくの性交に感極まったような声だった。

 

それを見上げていた少女の方も、肉体的には足りずとも、精神的には満たされていた。

一人だけ達した彼に対して思うところが無いではないが、今は何よりも、確かに繋がる事の出来た事実がとても嬉しい。そこに至った経緯にしても、今この時だけは忘却している。

股座から上ってくる疼くような痛みも熱も、アーシアの心の充足を乱すには到底足りない。

再度視線が絡み、そっと近付く。開いていた距離はあっという間に縮まった。

 

彼等以外の誰も居ない、誰にも見えない路地裏で。

彼と彼女はもう一度だけ、今度は優しいキスをした。




※当SSはハッピーエンドを目指して執筆されております。

恋天使イリナちゃんと、その裏で悲願達成処女童貞W喪失する糞カップルの話。
やはり恋愛ものはトライアングル以上だからこそ燃え上がるのだな、と思いました(小並感)。

イリナVSアーシアの首絞め案件は内情的にはジョンの時とほぼ同じ、第三者の存在以外は然して違いがありません。
第一話から持ち越したイリナちゃんフラグはこれで消化完了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 戦闘準備のエクスカリバー

オリ主的には遅過ぎる、状況説明の第十話。
戦闘前の一幕です。


「えくすかりばー」

「ええ、エクスカリバーよ」

 

ジョンの棒読みにリアスが返す。

此処はオカルト研究部の部室。夕闇に沈みつつある外とは隔離されたこの場所に、今回ばかりは茶飲み話で済まない類の重大案件が持ち込まれていた。

 

分かたれた聖剣エクスカリバー二種の強奪と、その奪還に乗り出した教会のエクソシスト。

それが紫藤イリナとゼノヴィアである、とリアス・グレモリーはそう言った。ちなみに後方支援役の少数に関してこの時点の彼女は聞いてもおらず、知らないままだ。

対するジョンは、しばし言葉を失くして黙り込む。思わずズズズと紅茶を飲み干し、堂々たるマナー違反に朱乃の視線が厳しく光った。

 

が、あまりにも突然過ぎるこの話、聞かされた側が僅かに呆けても仕方ない。

 

平穏な生活を享受する最中に、まさかのエクスカリバー案件。加えて友人二人がこの町に居る。

もっと早く言えよコイツ、とジョンは思った。口には出さない。繁華街で派手にやらかした彼は、文句を言える立場ではないからだ。目撃した一般人の記憶処理から記録映像の改竄まで、後始末をしてくれたリアスにはしばらく頭が上がらない。

――というか教会側から話が来たのがその後始末の直後であるのだ、早く言えないのも当然だ。

 

場所が場所だから大変だったのよ、と疲れた顔をして言う紅髪の悪魔は、それ以上の文句を決して口にしなかった。本当に、身内には甘い女である。

そして何時の間にか身内判定されている事に、ジョンは一切気付いていない。実に友達の少ない女でもあった。

 

堕天使によって強奪された二振りのエクスカリバー。

これを、たった二つと言ってはいけない。名高き聖剣がそれぞれ二宗派からほぼ同時に盗まれたなんて、教会からすれば醜聞以外の何ものでもないのだ。憤死するほどに恥ずかしい。教会側の主観では、先んじて消えた『祝福の聖剣』を合わせて三つの被害、とも考えているから尚の事。

こっそりコカビエル配下である可能性さえ考慮されている元教会の戦士ジョン・オーリッシュ。彼は当然、その事にだって気付いていた、が。

 

「エクソシストの拠点は」

「そこまでは聞いていないわね。この件に悪魔は関わるな、というのがあちらからの要求よ」

 

ジョンが今最優先で考えているのはイリナとゼノヴィア、友人二人の事だった。

とはいえ、所在を訊いても分からない。彼としても、逃走したイリナとそれを追うゼノヴィアの行方を追うだけの余裕は無かった。あの時はアーシアの事が一番心配だったのだ、一手二手の遅れを取っても当然だろう。

 

リアスからすれば「悪魔って堕天使と組んでるんすか^^違うなら手ぇ出したりしませんよね^^^^」などと煽られた上での不干渉、自分からそれを破るなどプライド的な意味で出来ない事だ。今回の件での敵対を疑われている立場がゆえに、教会側の今後の動向に関して根掘り葉掘り、と訊いていないのも仕方ない。

 

ジョンが一つ、溜息を吐いた。ついでに紅茶の御代わりを朱乃に頼む。

彼の視線が小休止ついでに室内の端から端を見渡した所で、見慣れた顔が一つばかり足りない事に気が付いた。リアス、朱乃、小猫、一誠。其処にあと一人だけ、睨まれ慣れた視線が無い。

 

木場は? と聞けば、今度はリアスが言葉に詰まる。

 

「……自宅謹慎中よ」

 

言われて思わず首を傾げたが、聖剣に対して含むもののあるらしい木場が、悪魔側に話を通しに来たエクソシスト――話を聞くからに恐らくそれ自体はゼノヴィア単独、との対面に影響されて調子を崩しているそうだ。

崩したというのも身体ではなく心の調子だが、木場が自分で謹慎を言い出すほどに悪い、らしい。

 

リアスとしても、ジョンと知り合って以降の木場に関して思うところが多々あるのだが、初対面の聖剣使い相手に喧嘩を売るほど血迷っているわけでもないのだ。彼の望む復讐云々に関して肯定的な意見を持てない御主人様は、せめて当人が望む通りに眷属仕事を休ませて、一時の休暇を与えてあげる事しか出来なかった。

 

――ああ、心配だ。時間が出来次第、様子を見に行ってあげなければ。

などと思い悩みながら、当の木場くんが今現在何をしているのか、実は彼女はまだ知らない。

 

「ところでアーシアはどうしたの? 一緒に来ると思っていたから二人分の御持て成しを用意していたのだけど」

 

どうしたのかと訊かれれば、路地裏セックスのし過ぎで現在自宅療養中である。

 

が、流石にセックスどうこうと口には出さず、体調を崩して休んでいる、と言って誤魔化した。

となれば、次はアーシアを心配しだすのがこの人の良いグレモリーさんである。最近になってリアスの人となりをより詳しく理解し始めたジョンがどうやって宥めようかと悩む姿を、紅茶の用意を済ませた朱乃が小さく笑った。

実に平和なひと時であった。

 

今は、まだ。

 

 

 

 

「……ようやく寝た、か」

 

寝台の傍らに腰掛けるゼノヴィアが、溜息と共に小さく呟く。

仮の拠点である安ホテルの一室。二つある内の片方の寝台には先程ようやく寝入ったイリナが、閉じた目蓋から涙を零して丸まっている。

逃げて、追いつき、また逃げて。ゼノヴィアが再度発見した時の紫藤イリナは、本当に酷い有り様だった。思わずその原因を罵りたくなるほどに。

 

「ジョンめ。ジョンの癖に。これだからジョンは……」

 

友人を宥めて寝かし付けるために多大な労力を要したゼノヴィアが、口中のみでぶつぶつ呟く。

少女の眠りを邪魔せぬ程度に罵倒を抑え、それでも我慢出来ずに何度でも。

 

互いに理由はあるのだろうが、傍に居ながらゼノヴィアだけが蚊帳の外。後方支援のエクソシスト達は今も別室で術式を行使し、聖剣探索の真っ最中。戦闘要員である彼女等二人はもはやイリナが戦えない。

当人はきっと、今の状態でも任務に従事する事を望むだろう。いや、むしろ今の状態だからこそ、我武者羅になって戦うかもしれない。例え自分が死ぬ事になっても関係無いと、心配する周囲を顧みるだけの余裕も無くして。

 

本国に救援を要請するべきか、と考える。が、すぐさまそれを却下した。

連絡さえすれば新たな戦力が来るだろう。愛娘を心配する紫藤トウジ辺りが、今現在も更なる増援の認可獲得に走り回っている可能性は高い。イリナの現状が彼の下に届けば、立場を辞してさえ自らこの国に飛んで来る事も充分有り得た。

 

しかし、駄目だ。連絡は出来ない。

理由は当然、旧知の友人ジョン・オーリッシュ。

 

「ジョンの阿呆め、向こう見ずめ。本当に、あの馬鹿は……っ」

 

思い出すのは繁華街における一瞬の交差。

己の振るう『破壊の聖剣』とぶつかり合った『祝福の聖剣』を、イリナはともかくゼノヴィアだけは確かに見ていた。――ああ、つまりそれは。

 

彼が失踪する際に『祝福』を盗み出したという噂は、本当だったのだ。

 

友人である彼女等二人が否定して回った単なる疑惑が、よりにもよって当人自身の手で真実なのだと証明された。本当に、腹が立つ。理由は知らないが魔女と共に居た事だって驚いているのに、それに加えて聖剣泥棒。あの男はどれだけこちらを心配させれば気が済むというのだ!!

 

「……いや、違う。心配なんてしてないぞ、あんな奴」

 

内心の憤りが一瞬で冷めて、誰も聞いていないのに否定する。

心配しているのはイリナの方で、私の側は、あれだ、ほら、あれだ。なんというか、義理? 一応友人だから、みたいな。ホントだぞ。――などと一人で寸劇を演じだす。見る者も居ない、実に無意味なツンデレだった。

 

ともあれ、これで本国への連絡は出来なくなった。

何故ならば現状を報告するという事は、この町に居る魔女と『祝福』泥棒の存在もまた知らせるという事。都合の悪い情報だけを握り潰す、などという小狡く器用な真似事を、実は頭が良い癖に基本使う事をしないゼノヴィアに出来るわけが無い。

そういうのは、何時だって()の役目だった。

だから。

 

「だから。キミが此処に居れば、それだけで良かったんだよ……ジョン」

 

だから、だからと言い訳をして。遂には弱音を吐いてしまう。

何時も三人で居たじゃないかと、ほんの少し前までの日常を恋しく想う。

そんな弱音を、数度繰り返して振り切った。

 

何時までも弱いままではいられない。友人のみならずゼノヴィアまでもが足を止めれば、何もかもが台無しになるのだ。三大勢力の関係に今更波風を立てるなど、任務如何に関係無く、止めねばならぬ悪行である。

イリナが駄目なら自分がやるだけ。友人の手の届かぬ場所には、自分が代わりに手を伸ばす。何時だって互いにそうしてきたのだから、今回はゼノヴィアの番だった。

差し当たっては聖剣の奪還。任務を果たしてまず一つ、彼女の重荷を取り除こう。

 

片手に『破壊の聖剣』を掴み取り、眠るイリナに背を向ける。

『擬態の聖剣』はこのままイリナの手元に置いて、部屋には万が一のための結界を敷いた上で、後方要員にも連絡だけは欠かす事無くしておこう。

 

この町は既に戦場だ。傷付き果てて無防備な彼女が更なる被害を受けるような事態だけは、ゼノヴィアにとって絶対に許されない事だった。

本来ならば今からでも本国へ帰還させるべきなのだが、移動の際にイリナが目を覚ませば、暴れ出してでも此処に留まろうとするだろう。それは、駄目だ。だからせめてこの部屋で、少しでも心穏やかにあって欲しい。

 

「行って来るよイリナ。目が覚める頃には任務も終わって、ジョンの首根っこを引っ張って来れていれば良いんだが――」

 

そう上手くは、行かないだろうな。

 

波乱の予感に、ゼノヴィアは一人厳しい顔をして呟いた。

眠る友人に届かないとは分かっているが、それでも無言のまま放置したくはなかったから。

 

敵は間違い無く強大で、自分だけでは勝てないだろうとも知っている。

助けを、呼ぶべきだ。戦士の勘と、普段は眠りっ放しの明晰な頭脳がそう言っている。だが出来ない。ゼノヴィアは傷付いて眠る友人も、この町で再会した傍迷惑な友人の事も、両方大事だ。

どちらも損ないたくはない。だから一人で戦いに向かうし、本国への連絡もしない。愚かな選択を自ら選ぶ。

 

死ぬという事の本当の重みを、それが周囲に与える強過ぎるほどの影響力を、本当の意味では理解していないから。

二人も大切な友を持ってさえ、彼女の人生は信徒としての道を外れられない。かつてのジョンと同様に。

 

敢えて悪し様に言うのなら、教会は既に幾つも間違った。何も分かってなどいない。

 

どれほどの才気を秘めていようと。将来的に教会の重鎮、あるいは天界の要職さえ担い得る綺羅星の如き人材だろうと。――今はまだ、三人共に子供なのだ。

如何に伝説の聖剣を携えようと。一流のエクソシストさながらの戦果を叩き出そうと。十数年しか生きていない、彼女等の心は未だ熟さぬ脆いもの。

 

信仰の否定で今までの己を壊したように。

旧友の拒絶に今も泣き伏せたままであるように。

友人達を想うが余り、独りで死地へと向かうほど。

 

ジョン・オーリッシュも。紫藤イリナも。ゼノヴィアも。揃って未熟な子供に過ぎない。

それを理解出来ずに放した結果、今まさに未来の可能性が摘み取られる寸前にあった。

 

ゼノヴィア一人を外へと出して、扉が静かに閉められた。

残されたのは、泣きながらに眠る少女が一人。

オカルト研究部部室からジョンが退室するのと同時同瞬、日が沈む直前の事だった。

 

 

 

 

また考え事ですか、とアーシアが言った。

 

窓の向こう、カーテンに隠された空は暗い色。黙り込むジョンの表情も似たようなものだ。

其処はもはや過ごし慣れたマンションの一室。彼と彼女の、愛の巣である。

ソファに座った少年の膝の上、横向きに腰掛ける少女の顔もまた、少しだけ沈んだものだった。

 

先の問いへの答えは返せず、少年は、少女を抱き締める事で返事を誤魔化す。

が、それだって答えの一つになった。横から抱き締められたアーシアは、小さく はにかんで想い人からの抱擁を受け入れる。彼女の側にも悩みはあるが、触れ合う温もりに対して嬉しそうな顔を隠せなかった。

 

最後に目にしたイリナの顔が、少年の中から消えてくれない。

いや、そもそも積極的に消したい顔でもないのだ。傷付いたように見える表情だった事が気にはなるが、ジョンはイリナを忘れたいとは思っていない。

教会での彼の立場は既に無く、だからこそ其処に属する彼女達と関わる事などもはや無いのだと割り切っていた。だが。

 

未だ言葉を交わせる位置に居るというのなら、離れたいわけが無いだろう。

だって友人だ。尊敬していた、親しい相手だ。消えて欲しくないのは当然だった。

 

聖剣強奪。相手は堕天使、その幹部。任務に従事するエクソシストも、リアスから聞いた限りではイリナとゼノヴィアの二人のみ。――嫌な想像ばかりが膨らんでいく。

それを誤魔化すために、腕の中の女体を まさぐった。

抵抗は当然、無い。アーシアの身体から、行為を受け入れるように力が抜けた。

 

衣服越しの乳房を弄び、もう片方の手を股の間に差し込んだ。

持ち上げるように胸を揉みながら、内腿の滑らかな感触を とっくり楽しむ。鼻先を彼女の首に寄せると流れるような金髪に埋もれて、そこに篭った匂いを嗅いだ。落ち着く匂いだ、と少しだけ、急いた心が持ち直す。

指先で鍵盤を叩くように太腿を撫でていく。時には いやらしく撫で摩り、前後に動きながら手と指でそこの柔らかさを味わっていると、指先がアーシアの秘所を覆う下着に触れた。

 

「っ、」

 

軽く、小さな声を聞く。不意に指先が当たる度、少女はぴくりと反応を返した。

やがて内腿ではなく其処へと至る。体温の高い、僅かに湿った少女の陰部に。

薄い布地の下から上へ。膝の上で横座りとなっている彼女の脇腹を腕で抱えて、もう片方の手が下着の表面を執拗に嬲った。

 

奥に秘された女の形を確かめる。撫でるように、擽るように。その度に手の内に熱が生じて、僅かずつ湿気が増していく。それが楽しくて、夢中になって弄り続けた。

少年の呼吸が激しくなって。少女のものもまた、ふつふつと跳ねる。

そればかりに没頭していく。暗がりに火を灯すように。落ちた種火が燃え広がるように。

 

興奮から勃ち上がっていく少年のモノが、座る少女の尻を押す。位置関係ゆえ少々ズレて、太腿と臀部の境目辺りを熱い塊が押し上げている。

少女も当然、ソレの存在にはすぐさま気付いた。

応えるように、己の下着の中央辺りから広がるものも自覚した。

 

まさに今日、己の中心を抉ったモノが、此処で今一度の機会を望んでいる。己自身も待ちかねていた。

それを受け入れる、――わけにはいかない。

 

「ジョンさん」

 

そっと唇が落ちて重なる。

さらりと流れた金色が、少女の顔と一緒に彼の顔をも包み込む。突如生まれた暗がりで、翠の瞳が彼を捉えて微笑んだ。

そのまま、一センチ未満の距離に離れた唇が開く。

 

「大丈夫です、私は。だから」

 

――友達だと呼んだ女性(ひと)を、放ったままで居ないで下さい。

 

熱い吐息が、互いの唇を温めている。激しく行き交う呼吸はどれがどちらのものであるのか、混ざり過ぎていて分からない。

何時かの膝枕。いりな、という小さな呟き。それの指す相手があの栗毛の少女なのだと、アーシアは正しく知っている。だから言うのだ。互いに想い合っている友人ならば、手を伸ばしても良いのだと。手を伸ばして欲しいのだ、と。

 

一時置いていかれる程度なら、彼女が拒む理由は無い。聖女時代の経験もあって、我慢にはとっても慣れている。

だから、と。優しく聖女が言い切った。

心の内の、彼女自身自覚さえしていない女としての嫉妬を隠して。

 

アーシアの言葉は今までで一番強い響きを伴っていた。

拒絶ではない。懇願でもない。何よりも、ジョンが本当にしたいと思った事を後押しするように、言葉でもって焚きつける、これは彼女なりの応援だ。

 

行かなければならない理由は、無い。

 

だって、本当ならば此処で彼は逃げ出す予定だった。リアス・グレモリーと契約した時に考えていたように、アーシアだけを連れて拠点を捨てて、何処へなりとも去るべきだ。

堕天使幹部コカビエル。信徒時代の、信仰に衝き動かされていた彼ならともかく、今のジョン・オーリッシュが挑む事など不可能だ。勝てる相手では当然無いし、挑む事など有り得ない。

 

そう、有り得ないのだ。友人である二人さえ居なければ、絶対に。絶対に逃げている。

 

短すぎる距離を詰めて、少女の唇に己のものを押し当てる。

少しだけ、舌先で柔らかい朱色の肉を舐めると、直ぐに離れた。

少女の身体を脇に退かせて少年は一人立ち上がる。

 

「すぐ帰る」

「はい。――帰って来るまで、起きてますから」

 

外は既に暗闇だ。星はあっても、明かりとしては町の街灯の方が役に立つ。

勝てる相手ではない。敵は堕天使幹部、すぐにでも逃げ出すべき怪物だ。信徒ならば喜び勇んで殉死するところだが、教会を追放された捨て犬には無関係な話である。

逃げたところで、それによってこの町に住む人々や悪魔が死んだところで、それは彼個人の判断を左右するには重みが足りない。

 

仮に、友人が二人も来ていなければ。

その友人が揃いも揃ってそんな怪物に挑むような教会の飼い犬、考え無しの阿呆でなければ、立ち向かう事など有り得なかった。

 

ああ、なんと悲しい話だろうか!

 

友達は選ばないとな、とジョンは大きな声で呟いた。

選ぶ権利があったとしても、結局はあの二人くらいしか友人が出来ないだろう自分自身を散々胸中で馬鹿にして、仕方が無いから戦う事を心に決めた。

 

仕方が無い。まったくもって、仕方が無い。我が事ながら呆れて笑ってしまうほど。

神は己を捨てたのだろうが、己は友を捨てたくないらしい。繁華街で斬りかかった事はこれでノーカンだからな、とイリナに対する勝手な言い訳を用意して。未だホテルの一室で眠り続ける少女の抱く、本当の悲しみも理解しないまま。

 

一人の聖剣使いが、夜の駒王町へと飛び出した。




オリ主がやっと主人公っぽいムーブを始める話。
以下設定メモ。

 後方支援用エクソシスト
教会勢力の専用支援ユニット。モブ中のモブなので立ち絵も台詞も、名前だって当然無い。
基本的に安ホテルの一室で聖剣に仕込まれている追跡術式を弄り回しつつゼノ助&イリ蔵への情報サポートを行っている。戦力値としては計算出来ないフレーバー設定。何故ならモブだから。
多分少女二人に先んじてホテルに向かう途中で一人か二人殺されている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 聖魔乱闘のエクスカリバー

オリ主がごちゃごちゃ考えながらの戦闘中に仲間割れまでしてイリナが自爆する第十一話。
一万文字超え。
展開的に性的な描写は五、六行くらいしかありません。

※当SSの竿役はオリ主なので、それ以外の男性キャラが性行為をする事は有り得ません。


「ゼノヴィア……?」

 

安ホテルの一室、寝台の上で。

目を覚ました紫藤イリナが、一人虚ろに呟いた。

 

 

 

 

「ハロー! そして、グッドバイ!!」

 

上空からの振り下ろしに、握った聖剣の鍔際近くを合わせる事で、辛うじてだが受け止める。

重い、一撃がジョンの全身を震わせた。痛みと痺れが上から下へと這い回り、それら攻撃の余波は全身に仕込んだ十字架を『祝福』する事で結界を細かく多重起動、人間の脆い肉体をどうにか万全に保護しきる。

 

が、それはあくまで護りのみ。

 

噛み合った刃同士が、力の流れで下方へ圧される。

結界はあくまで防御用、護れはしても、攻撃用の膂力までは補助出来ない。剣と両腕だけでは受け止めきれない。天界からの加護を受けない只の鍛えた人間如き、堕天使幹部の加護を受けた聖剣使いの相手としては不足している。

 

「ほっほぉー! 何それどれそれ!? 以前見た聖剣とは違うよなァ――ッ」

 

白髪の少年は両腕の力のみで己の手にする聖剣を押し込み、その反動で背後へと跳ねた。

かつてレイナーレ率いる『教会』にて出会った狂人、フリード・セルゼンが笑って叫ぶ。

その言動は、実にうざい。

 

片手で『祝福の聖剣』を構えたジョンが、もう片方で聖具を取り出しながら視線を眇める。

悪魔に渡した『天閃』と、今此処にある彼の左手の『祝福』。確かに異なるが、一瞬で見分ける奴の目敏さが気に食わない。頭のおかしい言動をしているのだから思考も同じく狂っていれば相手をする方も楽なのに、どこか鋭く得体が知れない、押し切れない。かつてやり合った時と同様に。

この白髪の男は、見た目と異なり手強い相手だ。

言動に惑わされず内心の警戒を維持しながら、再度聖剣をぶつけ合う。

 

「ヒュゥーッ! 今日はアーシアちゃん居ないのー!? ひょっとして振られちゃったーっ!?」

 

敵の言動は全て無視。間違いなく、問答としての意味が無い。

聖具の補助を、更に『祝福』で強化してフリードの攻撃を凌ぎ続ける。

 

基本的には防御優先。

相手の手札が読めない内から攻めたとしても、身体能力全般が劣っているジョンでは逆撃を受けて押し負ける。体力と精神力の消耗は最小限に、時間を稼いで手の内を暴く。

特にこの、フリードが手にする聖剣に関して。

 

()らしー目ぇしてんなあ。そういうの、僕ちゃん良くないと思うでごんす」

 

台詞の後半、低くなった声音と一緒に像がブレる。

フリードの全身に重なるように、煙るように。複数の顔と腕と胴部と両脚と視線と嘲笑、――朧な幻影が纏わり付いた。それによってこちらの狙いが定まらなくなり、僅かに迷う。

本物に直接触れた経験は無いが、分かる。これは『夢幻の聖剣』の固有能力、幻術を操り敵を惑わす力だろう。この狂人の持つ聖剣はソレであり、ならば問題は無い、と先走った思考をジョンは意識して戒める。

 

次の瞬間、全身の各所で準備しておいた内の一つ、自動防御の聖なる結界が発動した。

 

「あり?」

 

背後から斬りかかったフリードが、不思議そうな顔でその動きを止めている。

 

結界が一枚破れ、二枚目で刀身が止められていた。

『祝福』で強化した結界は堅固だ。戦闘中に片手間で張れる程度のものだからこそ加護込みの力押しで一枚は破れたが、二枚目を抜くには聖剣使いとしての練度が足りない。

 

ジョンの目の前には変わらず幻影、幾人もの像が重なったフリードの姿。なのに、背後には実像を伴って斬撃を打ち込み、その上で『祝福』込みの防御結界に阻まれた間抜け面がある。となれば。

 

「卑怯かよ」

「オイラってば恥ずかしがり屋さんだから正面から斬り合うなんて無理なんだ☆ キラッ!」

 

とりあえず罵倒しておく。効果は無いと思うが、吐き出す事でこちらの心は僅かに晴れる。フリードのふざけた台詞はやはり無視。

 

敵が手に持つ聖剣は一振りのみ。一瞬で背後に回ったのは――否、音を聞き損ねた可能性がある。

となれば短距離転移ではなく、他の手段。無駄に親切なリアスの話とジョンの持ち得る過去の情報からして、教会から盗まれた聖剣は二つ、『夢幻』と『透明』。単純な高速移動の線も『天閃』が欠けているから、只の加護持ちエクソシストに過ぎないフリードなら、先の一瞬での超速は不可能、の筈。つまり高確率で『夢幻』で惑わした際に、姿を消したまま必死に音を殺して『透明』で不意を打った、という事になる、と思うのだが。

 

舌を打つ。可能性はあっても、確定ではない。逸って誤認すれば死期を早める。フリードが、顔に似合わず補助系の魔術を修めている可能性だって皆無じゃないのだ。

めんどうくさい。心が読めれば楽なのに。

せめて情報系のサポート要員が居れば、と無い物ねだりを捨てて戦いを続行する。

 

幾度目かの斬り合い。

スタミナ自体はまだまだ充分残っているが、鍛えた加護持ちと鍛えた人間では色々な部分の差が大きい。手早く済ませなければ時間と共に磨り潰される。嗤うフリードを相手に勝利の手順を構築し続け、幾度も訂正、敗北の可能性を一つずつ丁寧に消していく。

 

相手の手には一本しかないが、実態としては二種の聖剣相手、と仮定。使い手は加護持ち、戦い慣れた頭のおかしなエクソシスト。聖剣使いだったとは初耳だが、性格の悪さが良い方向に作用しているのか、『夢幻』も『透明』も固有能力だけなら実用レベルで使いこなしている。そして何より、戦い方が変則的で、手札も思考も読みきれない。

教会仕込みの正統剣術だって、崩しに崩され悪手邪道の連続なのに、ところどころ見覚えがあるせいでジョンの先読みが乱される。

 

己が攻めても敵には届かず、敵の攻め手も護りを抜けず、限定的な拮抗状態。が、相手の手札が全て割れたわけでも無いがゆえ、それ次第では何時崩れるかも分からない。

 

聖剣による戦闘反応を察知したイリナかゼノヴィアが来てくれさえすれば勝負は決まる。

今の己の戦闘能力に見切りをつけているジョンにとっては、戦況を劇的に変える仲間の助けこそがこの場で最も必要だった。

 

その期待に応える者は、一応居た。

 

聖剣同士で鍔迫り合う両者。互いの五感が同時に察して、相手の瞳からもそれを知る。

右脚同士を振り上げて、二つの足裏がぶつかり、互いを蹴り飛ばしながら背後に跳んだ。

其処に、両者が押し合っていた地点に、上空から轟音と共に魔剣の一撃が飛来した。

爆心地から広がっていくのは大量の土煙と、暴力的な魔力の波動。

 

「やあ。こんばんは、オーリッシュ君。それと、……そっちの君は、とりあえず殺しても良いよね?」

 

口元だけの笑みを浮かべて、聖剣を手に持つフリードに対して隠さぬ殺意を向けながら。

神器で生み出した魔剣を携え、木場祐斗が駆け出した。

 

 

 

 

「朱乃、祐斗の居場所はまだ分からないの?」

「先ほど使い魔を放ったばかりですわよ、リアス」

 

部長ではなくわざわざ名前で呼びかけて。朱乃の嗜める声に、焦るリアスが口を噤んだ。

 

ようやく時間が空いたから、とリアスが謹慎中の木場の見舞いに行ってみれば、彼の住まう部屋は蛻の殻で。風呂もトイレも探してみたが、当然ながら何処にも居ない。

――やられた。

居なくなった木場自身に、主を出し抜く意図は無い。最初は素直に謹慎していたのだが、聖剣を想って荒れ狂う心を持て余し、頭を冷やすためだと言い訳した上でふらふら出歩き、結果として今現在、因縁のエクスカリバーを相手に心躍る復讐劇を開始している真っ最中。というだけの事。

が、今の状況下で聖剣憎しの愛する眷属を自由にさせていた自分自身を、リアスは大層責め立てた。

 

とはいえ本当に眷属を想うなら、何時までも呆けている暇はない。すぐさま木場の捜索命令を全眷属に通達、しようとしたのだが、そこで優秀な『女王』が『王』の命令に待ったを掛ける。

 

教会から来た聖剣使いと、堕天使幹部、加えて彼女等が把握する限りの全てを合わせれば旧校舎で封印中のものを除いて聖剣四種。今の駒王町には悪魔にとっての天敵が多過ぎる。迂闊に出歩けば堕天使側だけでなく、不干渉を約束した筈の教会側とて契約不履行を理由に敵対してくる可能性があった。

その場合、まず一誠が死ぬ。次点で小猫も危うい、かもしれない。

 

曖昧な予測である。

そもそも敵戦力が不明瞭過ぎて正確な判断が不可能なのだ。幹部というのだからとりあえず凄く強いと思う、などと考える程度が彼女等にとって精一杯の認識であるから当然だが。

 

この辺り、所詮独り立ち出来ていない若手の上級とその眷属。敵対勢力の幹部情報なんて、無くても今まで生きて来れたのだ。今ソレが無い事は致命的だが、この一点に限るなら、平和な時代に生まれた彼女達自身に非など無い。ただしこのままなら仲良く揃って死ぬかもしれない辺りが問題過ぎて、大問題だ。

 

己の領地に堕天使幹部が、恐らくは敵対意思を持って訪れている、という時点でリアス達には危うい状況。まずは何よりも情報収集が最優先である、として各々の使い魔を放ったのがついさっき。

 

「冥界への援軍を呼びましょう」

 

『女王』からの提案に、嫌そうな顔で『王』が渋った。危機が御身に迫るかもしれない、という状況下でこの反応、ある意味図太く頼もしい。その内実はただの平和ボケだが。

 

「援軍……。それってつまり、グレモリー家に、よね?」

「あるいはサーゼクス様ですわね。今回は、相手が相手ですから」

 

魔王サーゼクス。

此処に居るリアス・グレモリーの血の繋がった実兄であり、悪魔という種族の頂点に立つ四大魔王の筆頭格。出生率の低い種族の都合上 大きく年が離れて生まれた妹のリアスを、深く愛して甘やかし続けてきた頼れる身内、且つ今の彼女の人格を形成した一要因、の筈だったが――。

その名前を聞いたリアスは顔を顰めて不満顔だ。

 

先日の、性急過ぎる婚約話。ライザー・フェニックスとのレーティングゲーム。

実兄であるサーゼクスは、結局一度も助けてはくれなかった。

 

グレモリー家の将来を案じて婚約を強引に進めた父は、分かる。彼は家に対する責任を負う現当主であり父でもあるのだ、感情的にはともかくとして、理屈としては納得出来る。

母もまた、仕方が無い。昔から、リアスを甘やかしたがる父や兄の代わりとばかりに彼女を叱って厳しく接する人だから。感情で反発する娘に対し、彼女は母として、あるいは貴族として先の一件を推したのだろう。

 

だが、兄に対しては複雑な感情が拭いきれない。

何時もリーアたんリーアたんと五月蝿いくらいに構ってくる優しいお兄様だったのに、本当に必要な時に、リアスが一世一代の我儘を通そうとしたあの時に、サーゼクスは種族の頂点に立つ魔王として、貴族同士の都合こそを優先させた。少なくともリアスにとってはそうだった。

 

王の重責を背負う兄に甘えて、助けを乞うわけにもいかない。婚約に関しては自分でどうにかしなければ。――そう考えていたのが当時のリアスの本音であるが、だからと言って、助けて欲しくなかったわけでは決して無い。

 

大好きなお兄様に「助けて」と言いたかった。けれどそれを我慢した。

我慢はしたが、「助けてくれても良いじゃないか」と子供のように腹を立てている自分が居る。

妹の事が心底大事で愛して止まない、そういう普段の態度が嘘だったのではないか。そんな事まで考えた。きっと事情があって仕方なかった事なのだろうが、推測と理解と納得を超えて、それでも感情だけはままならない。やはりリアス・グレモリーには我慢が足りない。

 

要するに、リアスは兄に対して拗ねていた。おにいさまのバカっ! という若干甘えた論調で。

 

「ほら、もう。何時までも拗ねていないで、ねっ、リアス」

「朱乃が子供扱いするぅ」

 

それこそまさに子供の振る舞いでしょうに、と声には出さずに朱乃が呆れる。

 

この場に一誠が居なくて良かった。

今は小猫と共に席を外している彼に対して、この無駄に可愛いところのある我儘な主が淡い気持ちを抱いている事を、ドSスイッチさえ入らなければ温厚な『女王』も知っている。

普段の、冷静で年上のお姉さんっぽいリアスに対して憧れのような感情を抱いているらしい年下の少年に、こんな情けない彼女は見せられない。何時かはこういった弱みを見せる時も来るのだろうが、今はまだ。

 

そんな朱乃の密かな気遣いにも気付かずに、本格的に拗ね始めたリアスはぐだぐだと話の流れを誤魔化しながら、胸の内では木場の安否を心配していた。

今この時、部室に居ない一誠と小猫が何をしているのか。それを考えるだけの余裕も失くして。

 

駒王町の領主にして朱乃達の『王』、リアス・グレモリー。

見るべき所もあるのだが、本当に色々と足りない女であった。

 

 

 

 

「聖剣をっ、――返せぇッ!!!」

 

突如乱入してきたゼノヴィアが、振り上げた『破壊の聖剣』を、――盛大に空振った。

 

「お馬鹿ァ――っ! 馬鹿か! ゼノ助の馬ァ鹿!」

「誰が馬鹿だ、馬鹿! ジョンの癖に! そもそもキミのせいでなー! 私はなーっ!」

 

咄嗟に馬鹿を連呼し罵倒したジョンが、支離滅裂な文句を聞き流しながら、思った。

まずい。

ゼノヴィアの有する『破壊の聖剣』は、名前通り攻撃力に特化した聖剣だ。

ソレが、フリード狙いの一撃を見事に外し、大量の土砂と土埃と、ついでに瓦礫を巻き上げた。

 

にやりと笑う、白髪頭の顔を見た。そんな錯覚、戦士の勘だ。

 

「邪魔をするなら帰ってくれないかい? 聖剣使い」

 

視線も向けずに直球で皮肉る木場も、ジョンと同様に現状を理解しているらしい。

巻き上げられた道路の残骸、土砂の煙幕。そのせいで視界が閉ざされ、隠された奥には『夢幻』と『透明』を行使するフリードが確かに居るのだ。聖剣の能力で不意を打たれる可能性は高い。

 

いや、と目を眇めて土色の向こう側を睨み付けていたジョンが思考を廻す。

自分なら、三対一の状況に陥った時点で、逃げる。あちらの本当の狙いは分からないが、この場で自分たちを殺さねばならない理由があるのならともかく、そうでないのなら逃走する絶好の機会。

 

「――とか思ってるぅ? おほほほほほ」

 

右側から声が聞こえた。

聖剣を振るう、事はせず。『祝福』した結界の起動に問題が無い事を理解しているからこそ、自動防御からのカウンターのみに意識を集中した。無理に攻めれば手玉に取られると分かっているから。

 

しかし、それはあくまでジョン個人の判断だった。

 

「そこかァ!」

 

『破壊』音が再度轟き、新たに煙幕を追加する。

 

「っ、邪魔をするな聖剣使い!」

 

ゼノヴィアの聖剣から迸る無駄に大きな光力に晒され、怒鳴る木場。

その不和を見て取ったフリードが、煙に紛れて先程のゼノヴィアのように、わざと木場を掠める位置で聖なる光を奔らせる。あちらもまた、声から位置を割り出したらしい。

無論木場は躱すが、そこで一つのパターンが出来た。思考にも、行動にもだ。

 

それが敵であるフリードからの攻撃か、あるいは心情的な意味での敵であるゼノヴィアからのものかは関係無い。彼は悪魔だ、当たれば光毒に冒される。ならば必然、回避に更なる意識を割いて、その結果として攻め手が鈍る。

 

ゼノヴィアもゼノヴィアで、此処に至るまでに積み重なった精神的な疲労が、動きの全てを雑にしている。グレモリーとの交渉の結果からして此処に居る筈の無い悪魔、木場への気遣いは最小限で、それが限界、精一杯。

すぐ隣には、ずっと探していたジョンが居る。だが、同時に任務の対象である強奪された聖剣だってすぐ其処だ。良くも悪くも真っ直ぐな彼女はどちらかなんて選ばない。当たり前のようにどちらも欲し、ゆえに攻める姿勢が戦意と共に、前へ前へと傾いていく。結果として、一応敵ではない筈の木場を巻き込みそうになりながら戦っていた。

 

「最悪だ」

 

――コイツら、全然連携とか出来てない!

 

聖剣を使うジョンと木場とて、相性自体が良くは無い。ジョンは聖具を使わなければ今のフリードに敵わないが、木場にとっては只の結界も致死の毒。聖剣相手に逸った木場を堅実にサポートする事で戦闘を優位に進めて来た。だからこそ、ゼノヴィアの乱入によって生じた煙幕に紛れて敵が逃げる、と予測したのだ。不利な状況からは一秒でも早く脱するというのが、戦場における当然至極の選択だから。

 

だというのに、むしろ此処から戦況を巻き返そう、と考えたフリードは頭がおかしい。

結果として其れが最適解となるのだから、ジョンとしては頭が痛かった。

 

「そして離脱っ!! バイビー☆」

 

は?

 

呆ける低音を吐いたのが誰かは分からない。視界は未だ見通しが悪く、不意の乱戦になったせいで、誰が何処に居るかも曖昧なままで分からない。

ただ一つ確かな事は、場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、まんまと逃げおおせた白髪の神父が一人居た事くらいだろう。

ぎり、と誰かの歯軋りする音が鳴った。

 

「追うぞ」

「へえ、教会の人間の癖に少しはマシな事を言うじゃないか」

「五月蝿いぞ下級悪魔。貴様が邪魔をするせいで逃がしたんじゃないか」

「君が割って入らなければ倒せたさ。ジョン君、君も仕事の相手は選んだ方が良いよ」

「は? ジョンは私のズッ友だぞ? 数年来の仲なんだからな。一緒に風呂にも入ったし」

「は? 君が? 彼と? ……っぷ。み、見え透いた嘘だね、ははははっ!!」

 

無駄で無意味な一触即発。むしろ逆に相性が良いのでは無いかとさえ思える遣り取りだ。御陰で、もはやフリードを追おうにも間に合わない。

 

わざわざゼノヴィアを挑発するために名前呼びに君付けまでして存在しない筈の親しさをアピールする木場も阿呆だし、ゼノヴィアと風呂に入ったという話も、任務中の致し方無い事情ゆえ。

そもそもあの頃のジョン・オーリッシュに性欲は無い。アーシアに出会って性に目覚めた彼だから、ゼノ助如きの裸に特別な感情は一切、……今思い出したら身体の一部が反応しそうになったので、この話題は脇に置こう。

 

「木場っ! 見つけたぜ!」

 

横から声が掛かり、そちらに振り向けば一誠、とその後ろに続く小猫が居た。

更に、駆け寄る彼等の上空には、何処かで目にした蝙蝠の使い魔。リアス・グレモリーの()があった。

ジョンは咄嗟に手元の『祝福の聖剣』を隠そうとするが、状況からして既に遅い。すぐさま隠蔽を諦めて、むしろ見せ付けた上で更なる戦力の確保を図る。

 

一本では足りない。もう一本、最も使い慣れた『天閃』が欲しい。

 

幸い、何時ぞやのレーティングゲームにおける手伝いの報酬は保留していた。一度その件でリアスが住居に訪れた事はあったが、あの時は不意に訪れた初セックスの機会を邪魔された憤りも相俟って、彼女の提案する条件の全てを断ったのだ。

結果的には損ではなかった、此度の件に利用出来る。

あの報酬を今、使ってしまおう。問題は相手が受け入れるかどうかだが、リアス相手だから多分何とかなるだろう。と、ジョンは当たり前のように考えた。

 

そうして徐々に集まり出す駒王町の全戦力。人と悪魔と聖剣使いのアーシア抜き。

 

一方その頃、ホテルで目を覚ました紫藤イリナは支援役からの追加報告を受けて、堕天使幹部コカビエルの居座る廃教会へと辿り着いていた。一人で。

 

 

 

 

身体が寒い。

心が寒い。

手を伸ばしても、誰も居ない。

手の内の聖剣も、今は無い。

 

「弱いな、随分と質が悪い。……ミカエルめ、出し渋ったか?」

 

倒れ伏した少女の身体をどうでも良さげに踏み躙り、堕天使コカビエルが呟いた。

彼こそが此度の聖剣強奪の主犯。三大勢力間の戦争再開を臨む、古き堕ちた天使。

単独で廃教会へと踏み入った教会の戦士、紫藤イリナは『神の子を見張る者』の武闘派幹部たる彼の手にかかり、何も出来ずに倒された。

 

相手の出方くらいは見てやろう、と余裕ぶっていたコカビエルだからこそ、一応は敵対の形を取る事は出来たのだが。その実力差は歴然で、聖剣を相手にしてさえ光力を用いぬ身一つで打ち勝てる強者を相手に、精神状態最悪なイリナでは形だけでも善戦する、という程度の事さえ叶わなかった。

 

無情ではあるが、当然の結果だ。

 

最初から勝てる筈の無い勝負。否、競えるだけの位置に居ないのだから、勝負でもない。作業だ。雑に腕を振るうだけで彼女の身体は宙を舞い、何の見せ場も無しにそれは終わった。

相手をしてやった側のコカビエルでさえ、僅かな哀れみを覚えるほど一方的に。

 

「いったい何のために来たのだ、貴様は?」

 

友人が失踪し、再会した上で拒絶され、目が覚めれば残った一人もまた消えていた。

紫藤イリナの心はボロボロで、此処に居るのも、ほぼ状況に流されただけの結果に過ぎない。

 

彼女の事情など知りもしないし、興味も無い。そんなコカビエルにも分かる事があった。

この人間の娘は、戦士ではない。戦士ならばもっと喰らい付いてくるものだ。千年よりもずっと前から、コカビエルはそれを知っている。その身に刻んで憶えて来たのだ。

コイツは違う。

帰る家さえ無くした子供が偶然、迷い込んで来たかのようだ。

戦場に立つための、最低限の誇りにも欠ける。――ゴミだ。

 

「ただいまでヤンスー! おやおやぁ? 此処にも教会のゴミカスが来てたんれすかー?」

 

トドメを刺すのも億劫だ、と考えた所で騒がしい奴が帰ってきた。

全身土塗れの砂塗れとなったフリード・セルゼンが、二種を混合した聖剣片手に廃教会へと帰還する。言動は軽いが彼の身体には大きな疲労が蓄積し、戦利品だって何も無い。

 

この町に来た堕天使は、まさしくコカビエルの一人きり。

彼の属する『神の子を見張る者』の大半は、内心はともかく表面上は日和ってばかり。上に立つアザゼルが反戦派という事もあり、表立って戦争を望むコカビエルに付いて来るような気概のある堕天使は居なかった。

今回の、企てとさえ言えない彼の暴挙が上首尾に終われば、日和っていた連中も数多く起ち上がる事だろうが、――それは残念な事に今ではない。

 

ゆえに、最低限度の手駒として目を付けたのが狂人二人。

今此処にやって来た、品の無い言動を繰り返す はぐれエクソシスト、フリード・セルゼン。

聖剣さえあれば他はどうでも良いと言い張る、皆殺しの大司教バルパー・ガリレイ。

 

まったくもって頼りにならない人材揃いの、僅かに二名。

これが堕天使コカビエルと愉快な仲間達の陣容、有する限りの全戦力である。性格が悪くて個々の倫理観も盛大に狂っているため、使い捨てても心が痛まない素敵仕様だ。

 

正直に言えば、どちらも聖剣を盗み出した教会側への挑発のための道具であって、既に役目は済んでいる。戦力自体はコカビエル自身、己のみしか信じていないため、もはや何時彼等が死んだって構わない。

 

「コカビエルの旦那ー、この襤褸雑巾どうしやす? エロゲの陵辱枠でおk?」

 

倒れ伏す栗毛の少女を足で引っ掛け持ち上げて、にやにやと卑しく嗤うフリードが訊ねる。

 

コカビエルが適当にあしらった偶然の結果ではあるが、肌に張り付く黒い戦闘服を着たイリナの姿は布地も破れて素肌が覗き、あるいは扇情的ですらあった。

擦過傷と僅かな土汚れに負けない、健康的な肌の色。剥きたての果実の如くに震える少女の乳房と、僅かに解れたツインテールの栗色が女性である事を殊更強く強調している。その引き締まった腰周りも年に見合わぬ肉付きで、同じ人間なら むしゃぶり付きたくなるくらいには豊かに実っていやらしい。

 

何処ぞで戦ってきたらしい戦闘直後のフリードであれば、成程、少々昂ぶってしまっても年齢を考えれば仕方無い。

が。

 

「気に食わん。俺の流儀ではないぞ、フリード」

 

赤く染まった彼の両眼が釣り上がり、裂けた口腔に居並ぶ牙が、光力さえ発して照り輝いた。

 

コカビエルは戦争狂だ。

戦って戦って戦い続け、殺して殺して殺し続ける。ただそれだけを求めて生きてきた。何時か再び起こるだろう三つ巴の大戦争を、今一度骨の髄まで味わうために。

血湧き肉躍る闘争こそが彼の望み。其処に、個々の性や肉欲などという不純物は邪魔ですらある。相手が戦士でもない子供なら、わざわざ踏み躙ってやるだけの価値は無い。

 

「……はぁーい。僕ちゃん大人しくしてますぅ」

 

従順に振舞うフリードが、足を退かしてイリナの身体を床に落とす。

表面上は大人しく従っているようだが、その瞳の奥にコカビエルへ向けた悪感情が垣間見えた事を、それを確かに悟られた事実を、果たして白髪の少年自身は理解しているのか。

 

もう少し上手く隠せ、とコカビエルが内心で思うが、口にはしない。

彼にとって、目の前の少年はもはや価値の無いものだった。これから先どうなろうが、興味も持てない。意味が無い。

だから彼の事は放置して、廃教会の床に転がっていた聖剣を見下ろし、声を上げた。

 

「バルパー。お望みの聖剣だ、回収しろ」

「――おおお! これでようやく三本目かっ!」

 

戦いになれば邪魔になる、という理由から奥へと下がらせていたバルパーが、聖剣の一言で陰から飛び出し走り寄る。無駄に機敏で、気持ちの悪い動きだった。

 

さっそく更なる改良を、とフリードから未完成のエクスカリバーを取り上げまた消える。

残されたフリードは無駄口を叩く気にもなれなかったのか、無言で肩を竦めて、部屋の端に置いてある長椅子の上で寝そべった。必要になったら起こして下さいね、と雇い主であるコカビエルに図太く要求した上で。

 

「……まあ、いい」

 

日付が変わるまでにも未だ幾ばくかの猶予がある。時間を掛け過ぎれば、よりにもよって『神の子を見張る者』から己に対する追討、あるいは捕縛のための部隊が送られてくるだろうが、他の二勢力からならばむしろ望むところ。戦いが激化すればするほどコカビエルは喜ぶだけだ。

 

そのためにこそ、此処駒王町にやって来た。

 

戦端を開く理由に成り得る魔王の血縁二人もそうだが、騒乱を引き寄せるドラゴンの力、その中でも望める限りの最上級たる二天龍の片割れ、【赤龍帝の篭手】の所有者。長きに渡る戦いの幕開けに相応しい其れをこそ求めて、駒王を目的の地と定めて来たのだ。

 

手ずから集めた聖剣によって教会側、天界の戦意を擽って。

魔王の妹を二人、贅沢に使って悪魔側からの悪感情を買い漁る。

そして最後に極め付け、赤き龍の力でもって盛大に、絶滅戦争の第二幕を飾るのだ。

 

「バルパーの用が終われば打って出るか」

 

帰還直後のフリードの言からして、教会から送られた戦士は他にも居るのだろう。ならば今足元に転がっている小娘も、相手の戦意を煽る材料程度にはなる筈だ。

好き好んで貞操を穢す気は湧かないが、戦争を起こす事は彼の悲願、そのために必要ならば殺す事も嬲る事も特別厭う事は無い。首を引き抜いて投げ付けてやれば、神の狗を自称する人間共の怒りを買えて、闘争の質も多少は上がる。そうして開戦前の、ちょっとした楽しみ程度にはなれば良い。軽く考えて、コカビエルは暫しの休息に目蓋を閉じる。

 

その直後、上空から真っ直ぐに撃ち落とされた滅びの魔力が教会の天井部分を消し飛ばし、彼の全身を呑み込んだ。




申し訳程度のお色気を見せてくれるイリナさんの話。
必要な描写量が嵩んだため、以後エクスカリバー編終了まで性描写はありません。
以下、設定メモ。

 加護
総じてクソステである人間種族のための素敵な救済措置。万能バフ。
天界のシステムによる信徒への加護と、堕天使が個人的に与える加護がある。
教会の術式は加護によって光力を得た上でソレを動力にして起動するので、祈らないオリ主は手持ちの聖剣から供給する光力で聖具を使用、更に『祝福』で強化、というように無駄に手間が掛かる。

――という独自設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 月光教会のエクスカリバー

狂人同盟とのじゃれ合い、爆発オチからの感動の再会を果たす第十二話。
一万文字超。

※性描写はありません。


「気の利かねぇー目覚ましじゃねぇーですかいっ、オルルァ゛――ッ!!」

 

紅蓮色の魔力砲撃による余波、廃教会の天井より降り注ぐ幾らかの瓦礫をぴょんぴょん飛び跳ねながら躱しつつ、昼寝から即座に目覚めさせられたフリード・セルゼンが奇声を上げた。

 

彼等聖剣強盗団が一時の根城としている廃教会。その周囲数百メートルは既に、シトリー眷属総出で張られた結界によって他とは隔離されている。

内側に居るのはグレモリー眷属と聖剣使い二名、そして廃教会内部の者達だけだ。

 

「おいっ! 本当にイリナに被害は無いんだろうな!」

『勿論よ。教会と私達、双方の探知結果から確認した上での攻撃だもの』

 

一時的に貸し与えられた通信機越し。友人の身を心配するゼノヴィアが声を上げ、教会上空にて腰に手を当て胸を張る砲撃担当のリアスが言い返す。

ちなみに悪魔側で探知を行ったのは自信満々に述べるリアスではなく、彼女と同じく駒王町に居る魔王の妹その2、ソーナ・シトリーの手によるものだ。他人の念仏でナントヤラ。

 

問答もそこそこに、上空から大穴を開けた直後の混乱、それを突くべく突入部隊が踏み入った。

その一番槍は、速度の優れる『騎士』の駒を賜ったグレモリー眷属の木場、ではない。

 

飛び出すように、跳ねるように。イリナの安否を気遣うジョン・オーリッシュが前へ出た。

 

その右手に握る『天閃の聖剣』が強く輝く。

悪魔の駒で後天的に付与された特性さえ上回る、移動速度の大幅な向上。

生まれながらにして聖剣に愛される才を持つ、真なる聖剣使いの面目躍如。彼にとっては長く使い慣れた、『天閃の聖剣』の全力稼動だ。

其れは天界の加護を受けていない只人の肉体をもってさえ、リアス・グレモリーの『騎士』木場祐斗の全力を一段階以上飛び越える、人外の速度を彼に与えた。

 

門を打ち破り接敵する。

 

「こんにちは、――死ね」

「こーんばーんわー、だろうが時間的に。近所迷惑ですぞ! くたばりゃ押し入り強盗ォ!!」

 

ジョンが言い放って、斬りかかる。フリードが応えて、武器も持たずに両手を挙げた。

一瞬の交差。

それを、――ジョンは完全に無視して、倒れ伏すイリナの元へと駆け出した。

 

「あれれーっ!? 空気お嫁さん、ってちょっ、危っぬぁい!?」

 

通り抜けたジョンの背を追い、己の背後に振り向くフリード。

その真下から、剣が生えた。

先行するジョンに遅れて三秒半後、教会内へと突入してきた木場が神器【魔剣創造】を用い魔剣の針山を創り出す事で、下方から突き上げる形で攻撃したのだ。

 

が、躱される。

 

確実に一撃は入ると見て取った、絶好のタイミングで。相応の範囲を魔剣の群れで埋め尽くしたが、無手のまま立ち尽くすフリードの生存本能が、全身全霊で我が身の安全を守り抜いた。

身を捩り、両手を広げ、指先もまたバラバラな方向に向けられて、足を組み替え首を伸ばす。滑稽を通り越して気持ちの悪くなる珍妙な体勢だったが、彼は辛うじて魔剣に傷付けられる事も無く、己が窮地を乗り切ったのだ。神父服はボロボロになったが。

 

これには然しもの木場も驚く。武器も持たずに生身の人間が、アレを避けるとは予測出来ない。

そして先の二人に遅れて三人目、『破壊の聖剣』を構えたゼノヴィアも到着する。

 

「なんだ、仕留め損なったのか。……ふっ」

 

生き残ったフリードは、それでも今なお危地にある。ゆえに追撃を試みようとした木場だったが、不意に耳に届いた嘲笑で神器操作の意識を逸らされ、手が止まる。

フリード、九死に一生。全ては空気の読めないゼノヴィアの責任である。

 

「……先に君から殺ってあげようか?」

「ハハハ出来もしない事を。哀れだな、悪魔というのも。同情するよ」

 

罵り合いながら、二人が揃って相競うかのように踏み出した。

その目標は互いに同じ、床から突き出す魔剣の切っ先に囲まれたまま身動きの出来ないフリード・セルゼン。この状況、真っ当に考えれば取り逃がす事など有り得ない。

 

これは死ぬるっ! と白髪の少年の鍛えに鍛えた狂人の勘が嗤って囁く。末期の言葉を考えるだけの余裕はあるが、まだまだ死ぬには物足りなかった。どうにか抵抗しようと視線を巡らすが、残された手段は命乞いくらいしか見つからない。

 

其処に、老人の声が俄かに届く。

 

「フリード! 新しい聖剣じゃあーっ!!!」

 

皆殺しの大司教、バルパー・ガリレイの元気一杯な声が飛ぶ。ついでに聖剣も一本飛んだ。

宙を回転しながら真っ直ぐに。フリード目掛けて輝くソレは、未だ名高きエクスカリバー。

錬金術によって三種の融合を果たしたNEWカリバーが、歪み濁りきった彼等聖剣強盗団の絆が如く、ぐるぐると朧な光の尾を引いて狂人の下へと辿り着く。

 

が、軌道が絶妙にずれていた。あと少しだけ届かない。

 

「う、うおおおおおおおっ!!! 届けっ、この想ぉお――い!!」

 

気合と奇声を同時に発し、フリード・セルゼンの全てを使ってその指先が蠢いた。

僅かに引っ掛かった指先に、聖剣が使い手の因子を察知して能力を発動。新たに組み込まれた『擬態の聖剣』、その固有能力によって両手剣の形を変えて、紐状となったソレが狂人の腕に絡まるように動き、掌の内へと収まった。

 

もはや木場とゼノヴィアは鼻の先。

分かたれた内の7分の3を纏め上げたエクスカリバーが、組み込んだ数に見合った光力を滅多矢鱈に撒き散らし、まずは悪魔である木場の挙動を牽制する。

 

速度差から先んじていた木場が弱点攻撃を前に足を止め、魔剣によって光を防ぐ。その後ろから走り寄るゼノヴィアに対しては『夢幻』の幻術で視界を惑わし、『透明』化した刀身を『擬態』で槍状に変化させて、直線を描く一撃を打ち込み、――防がれる。

 

SHIT(くそっ)! またソイツかよ!」

 

ゼノヴィアが『透明』な聖槍モドキを見切ったわけではない。彼女は確かに不意を打たれた。

一撃を防いだのは、彼女が懐に仕舞う十字架を基点とした、聖なる結界。事前にジョンから渡されていた『祝福』済みの自動防御だ。だからこそ、聖剣の不意打ちを受け止めた上で一秒以下の時間を稼ぎ、続くゼノヴィア自身の『破壊』の迎撃で打ち払われた。

 

「ふん。まったく、ジョンの奴め。あの心配性め。仕方ない奴だな、本当に!」

 

嬉しそうに言うゼノヴィアが、戦闘中ゆえ手は離せずに、ただ意識だけを懐に仕舞った十字架に向ける。

 

紫藤イリナが単独で廃教会へ向かった、という情報自体は事前に得ている。

ならば敗北もまた、想定内。感情を排して思考するなら、イリナがコカビエルに勝てるわけがないのだから、聖剣強奪犯に彼女の『擬態』が奪われている事も予測済み。フリードの持つ妙な聖剣の事を憶えていれば、二種から三種に固有能力を増やした聖剣というのもまた、容易に考えられる事だった。

 

性格の悪い白髪の狂人が、七面倒臭い聖剣の力を制御可能でも不思議じゃない。

だからこその準備、だからこその自動結界。当然ながら、一つだけでは済まさない。悪魔である木場には逆効果だから渡せないが、ゼノヴィアならば問題無かった。ジョンとしてはゼノ助が阿呆で心配だから渡しただけだが、渡された側は実に素直に喜んでいる。御陰で彼女は無事だったのだが、過剰に好感度を上げた先、己と彼女のやがて辿る遥か未来を予測出来ない、ジョン・オーリッシュ痛恨のミスであった。端的に言うと修羅場フラグが一増えた。

 

そして一方、不意打ち即殺は失敗したが、時間稼ぎは大成功。剣山を綺麗に掃除し終えて自由の身となったフリードが、パワーアップした聖剣を掲げて大きく叫ぶ。

 

「うひょーっ! 元気百ばーいっ!!」

 

無邪気に喜ぶ狂人の姿に、聖剣を届けたバルパーおじさんも御満悦だ。

が、その光景を見た聖剣使いゼノヴィアの顔が、怒りに震えて大きく歪む。

 

彼女にとっての青春とは、信徒としての生活の傍ら、ジョンとイリナによって与えられたものが知り得る限りの全てであった。それこそが、ただそれだけが唯一、ゼノヴィアという名の一人の少女の幸福である。

生まれながらの適正に加え、友人達との御揃い装備である聖剣に対して相応以上の思い入れを抱く彼女である、こんな奴等にいいように使われるなんて! とエクスカリバーに対する哀れみと義憤が滲み出ていた。ついでに殺意も、眼前の狂人二人に向かう。

 

背後でそんな寸劇が行われている頃、フリードをやり過ごしたジョンがイリナへの接近を成功させていた。あとは彼女を拾って離脱するだけ。

とはいえ、そう簡単には行かないのだが。

 

「教会の聖剣使いか。それもこれで三人目、ふふふ、ふっ、ふふふふふ」

 

妖しげに笑う堕天使幹部コカビエルが、現状における最大倍加の滅びの魔力の破壊跡から姿を現す。イリナの救出を目指す少年の目の前に、立ちはだかるように。

 

敵側の負傷は当然、ある。が、それで戦闘行動に支障があるようにも見えなかった。

相手は歴戦の古強者。気を抜く瞬間があったとしても、最上級悪魔並にまで強化されたリアスの魔力を察知する事など造作も無い。仮に不意を打てても、素の実力差と、戦場で磨き抜かれた生存能力を凌駕するのは、防御無効の滅び(バアル)の力を用いた上でさえ困難である。

 

コカビエルは『神の子を見張る者』でも数少ない武闘派幹部だ。

彼我の優劣を抜きにしても、長く戦場で生き残り続けた生粋の強者。そこに疑う余地は無い。

たった一度、全力で不意を突いた程度で殺されるなら、彼は今日まで生きてはいない。そんな間抜けなら早々に他の二勢力の誰かに討ち取られ、既に過去のものとなっていただろう。

 

「ミカエルも気が利くじゃないか。一度にこれだけの聖剣使いが集うなど、そうそう有り得ぬ事なのだぞ?」

 

コカビエルの座する廃教会攻略の、初手。

神滅具【赤龍帝の篭手】の『倍加』能力を今の一誠の限界域まで蓄積した上で、リアスに『譲渡』。駒王町に在る全戦力の内でも最上の攻撃手段である滅びの魔力を、頭上から真っ直ぐコカビエルに直撃させて可能な限りの負傷を与える。

 

倒せるなどと、そんな甘い考えは捨てている。

敵側の最高戦力を、一時的にでも戦闘不能に陥らせればそれで良かった。その隙に、伝説の聖剣に対抗可能な手札を有する聖剣使いに足の速い木場を加えた三人が突入、コカビエル以外を足止めしながらイリナを回収して、教会外へと逃走するのが二手目に当たる。――木場の加入は当然、彼個人の強い要望の結果だが。

 

しかし想定以上に敵が強い。否、強過ぎる。

未だ相手は元気過ぎるほどに力に満ちて、今か今かと戦端が開かれるのを待っていた。

 

「――そちらから来ないのなら、俺から行くぞ」

 

頭上が大きく空いた廃教会。

その最も広い部屋、礼拝堂の上下左右が光の槍群に埋め尽くされた。

 

一目で分かる。逃げ場が無い。

これが真っ直ぐに放たれれば、教会内部に居るフリード含めた全員が蜂の巣になって死ぬ。もしくは光に焼かれて消滅する。やもすれば塵も残らない結果となるだろう。

 

うん、これ無理。

 

「プランBで行こう」

『プランBって何かしら。……えっ、そんなの決めてた???』

 

思わず呟いたヤケクソ気味なジョンの独り言に、通信機越しのリアス・グレモリーが慌て出す。

が、割とポンコツな彼女ではなくもう一人、駒王の町に座す二人目の『王』が場を取り成した。

 

『落ち着きなさいリアス。兵藤君の倍加が上限値に達しました。譲渡を受け次第、再度の砲撃を』

 

ソーナ・シトリーが結界維持の傍ら各自通信に耳を通した上で、猿にも分かる指示を出す。

譲渡受ける。魔力撃つ。以上。

実に分かり易い。リアスも先の混乱を放り出して納得顔だ。上空に居るから見えないけど。

 

「上は一先ず捨て置くか」

 

笑うコカビエルが悠然と構えてそう言うと、己の周囲に浮かべた無数の光を撃ち出した。

その速度は、酷く遅い。

彼にとってはこれとて娯楽。すぐにでも再開されるだろう大戦争の前座に過ぎない。

この町における戦いの全ては一時の遊びだ。せめて少しでも、戦争直前の景気付けになる程度には楽しめれば良い、と考えてはいるがそれだけで。

だからまったく全力とは程遠く、しかし眼前の彼等にとっては致死の攻撃。

 

若い奴等は時折、追い詰めれば追い詰めるほど面白い事をやらかしてくれる。

それは、数だけは多いくせに寿命の短い人間ならばなおの事。何を魅せてくれるのかほんの少しだけ楽しみだった。

 

そんな傍迷惑なジジイの戯れに対峙する暫定人類代表、ジョン・オーリッシュは眼前の美しい弾幕風景によるストレスで胃腸がぐるぐる鳴っていた。

――死ぬ。

口を開く間も無くそう思った。それほどの威容、それほどの密度、それほどの光力。

 

だが、此処で黙って殺されるなど、ジョンは決して受け入れられない。

すぐ帰る、と。アーシアと交わした約束を嘘にするつもりは毛頭無かった。

 

幸い、こちらにとっての救助対象であるイリナを巻き込むつもりは無いのか、倒れ伏したままの栗毛の少女はコカビエルの背後に居る。あの光槍の群れは当たらない。この場に限り、彼女の心配は不要だった。

ならばあとは目の前の困難に打ち勝つだけだ。

出来得る準備は事前に全て、済ませてある。現代最強の聖剣を用いれば迎撃は充分可能だろう。

 

「ゼノヴィア!!」

 

一切ふざけず、名前をそのまま大きく呼んだ。

呼ばれた側は華やかに笑う。ようやく呼ばれた、と満足気な顔で。

 

「ああ。ようやく出番だ、――デュランダル」

 

事前に封印は解いてある。後は亜空間から引き抜くだけだ。

抜剣の隙を突こうと口端を上げたフリードが、仕方なくフォローに入った木場に邪魔され舌を打つ。聖剣三種の能力を用いて変幻自在に攻め入るも、創造される多数の魔剣が力を発して聖魔の格差をギリギリのところで誤魔化していた。

 

木場の単独ならば稼げる時間は、極僅か。

徐々に姿を現す青の聖剣に、光の弾雨を放ったコカビエルが視線を向けて小さく唸る。

 

「ストラーダの……。そうか、もう()に渡ったか」

 

堕天使の表情に僅かだけ、寂寥にも似た何かが浮かんだ。

長きを生きる彼とは違い、かつて彼と鎬を削った英雄は、既に愛剣を次代の担い手に託していたのだ。それを想い、極々短い間だけ、コカビエルは己が総身から戦意を散らした。

 

その、頭上から。

全く意図せぬ偶然を完全完璧に打ち抜く絶好のタイミングで、赤き龍の匂いを纏わせた最大倍加の滅びの魔力が降り注ぐ。

 

「ジョン!!」

 

ゼノヴィアの呼び掛けに、ようやく其処まで後退し終えたジョンが応える。

少女が突き出したデュランダルの刀身に、彼もまた手にする『祝福』の刃を合わせ、俄かに量を増した聖なる力が二種の聖剣の周囲を廻り出す。

 

聖剣デュランダルの持つ固有の特性、他の聖剣の力を高めるオーラが燃え上がった。

『祝福の聖剣』の持つ固有能力、聖なる祝福が青の聖剣へと注がれて、高められた力で相手を強化し、更に強化された聖なるオーラが『祝福の聖剣』を強化する。力の流れが互いを増幅しながら循環していく。

 

止まる事無く高め合う二振りの聖剣と、見る間に溢れ出し礼拝堂を満たし始めた聖なる光。

 

「ジョ、ジョン君! ちょっと待ってくれないかな! こっちッ、こっちにも来てるんだけどっ!!」

 

必死にフリードを押し止めていた木場が叫んだ。慌て過ぎたせいで此処最近の暗い様子も吹き飛ぶくらいに。

彼の身体の各所は防ぎきれなかった狂人の斬撃で傷付いて、流れる血よりも肉体内部に侵食する聖剣の光、悪魔に対する毒の苦しみこそが問題だった。このまま戦っても、長くはもたない。

 

だというのに、更に追加で味方の筈の二人から、おぞましい程の聖なるオーラが溢れ出す。

既にこの時点で呼吸が辛い。悪魔の本能によって身体が震える。このまま此処に居れば、死ぬ。

 

ふ、と笑ってゼノヴィアが木場の方へと振り向いた。

 

「すまん。制御出来ない」

 

頭が良い癖に力押しが大好きで、聖剣の制御も然して得意ではないメスゴリラ。ゼノ助はホント、相変わらずの駄目な奴だな。と諦め半分焦り半分のジョン一人が、過剰に強化され続けている聖剣同士の無限循環を押し止めようと闘っていた。

ちなみに、無理だった。

 

爆発した。

 

 

 

 

その場には、吹き飛んだ廃教会から漏れ出した多大な光力と、大威力の魔力砲撃の余波の残りと、リアスを強化するために使われた赤いドラゴンのオーラが混ざり合いながらも残留していた。

 

「死ぬなっ、木場ァアッ!!」

 

其処に設けられた小型結界の内側で、兵藤一誠が慟哭する。

彼の目の前には眷属悪魔としての同僚である木場祐斗。学園の王子様などという割と痛い異名でも呼ばれている憎きイケメンが、悪魔の弱点である光力に焼かれて酷く痛ましい姿で横たわっていた。

駒王学園のモテない男子生徒達から「イケメン死ね」と数多言われてきた彼が、今まさに死線をさまよっている。

 

「祐斗せんぱい、祐斗せんぱい……。いやですっ、死んじゃ嫌ですっ」

 

木場を挟んだ一誠の反対側には、めそめそと涙を流す塔城小猫。

大粒の涙が光に焼かれた木場の身体に降り注ぎ、しかし慈雨とは異なり彼を救う事は無い。

 

泣きじゃくる少女の傍らで、その小さな肩に手を添えた朱乃が歯を食い縛る。

直撃は避けたが、身体の過半を光に炙られた年下の同僚。目に見える限りでも虫の息と呼んで差し支えない、死に瀕するほどの重傷である。

 

――堕天使のせいで、またも身近な相手が傷付いた。

先の爆発と木場の負傷、それらの原因を堕天使幹部コカビエルにあるのだと誤解している姫島朱乃が、かつてのトラウマを盛大に抉られ、握った拳から血を流す。

 

「……ジョン。キミのせいだぞ」

「お前だゾ」

 

友人同士の醜い罪の押し付け合い。

このままでは木場が死ぬ。恐らく死因は傷そのものよりも、痛みから来るショック死だ。放置する気は全く無いが、せめて責任の所在だけは明らかにすべきだろう。なので二人は互いを指差す。

実際のところ、どちらも等しく悪かった。内心でそれが分かっているからこそ、ジョンは惜しむ事もせず治療を施すために駆け寄っていく。

 

吹き飛んだ廃教会から可能な限りの距離を取り、こちらの様子に気付いたリアスが現れた。

 

「祐斗ッ! ああっ、そんな……。祐斗!!」

 

悪魔の悲劇で胸が痛い。

アーシアは何処っ、と半狂乱で助けを求めるリアスの隣に膝を突き、片手を翳してジョン・オーリッシュが己の神器を発動する。

 

――其れはその名の通りの薄明かり(トワイライト)

神器使用に使う手とは逆側、彼の右手に握られた『祝福の聖剣』が聖書の神の齎す奇跡、文字通り聖なる力の結晶たる神器を強化し、その回復力を大幅に増幅する。

 

「ジョン。貴方っ、其れは――!」

 

隣でリアスが驚愕の視線と共に呟くが、今は忙しいので放置する。

光で焼かれて毒に冒され、木場の全身は焼け爛れており酷いものだ。本当に酷いものだった。が、この程度なら過去の任務で幾度か見ている。彼の神器はアーシア同様、即効性では右に出るものがそうは居ない。瞬く間に木場の負傷が癒えて、否、消えていき、残ったのは光力による種族独自の負担だけ。毒だけは消せない、神器が癒すのは傷だけだ。

 

明かりが消えた。負傷も無くした。これで全ては元通り。

先の慟哭は何だったのかと言えるほどの、それはあまりにも見事な救済劇だった。

 

グレモリー眷属の瞳から、先とは異なる熱を宿した涙が零れる。

回復系神器【聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)】。

流石に爆発するのは予想外だったが、コレがあるからこそ悪魔である木場を組み込んだ突入部隊で、先の循環増幅を試みたのだ。いや、本当に爆発は予想外なのだが。

循環に関しても最低限、突入前に試してはおいたのだが……。実戦では何が起こるか分からない。ジョンだって完璧ではないのだ、失敗だって、する。今回ばかりは致命的だが。

 

「これで悪人はゼノ助だけだな」

「おいやめろ」

 

俺は治療したからノーカンだ、とジョンが言う。破壊魔の異名を持つゼノヴィアとしてはそこを突かれると弱かった。壊す事しか出来ない、持たざる者の悲哀である。

と、若干和み始めていたこの状況。

 

木場の生還に泣いて喜ぶグレモリー眷属の気持ちに水差すように、――先の爆発で吹き飛んだ廃教会の瓦礫の下から、暴力的なまでの大きな光が漏れ出した。

 

間違い無く、コカビエルの発するものだ。随分と元気な御様子で、見ている彼等も思わず心が沈んでしまう。

あれで死ぬとは思っていなかったが、この状況で更に戦うのも少しばかり――。

 

「あ、イリナ」

「あっ」

 

ああああああああああああああ!!!!!!!!

 

此処に至って、二人はようやく本当の意味での致命的な失敗に気付く。

予想外な大規模光力爆発によって、思考も何も、全てが消し飛んでしまっていた。

 

まさに一生の不覚。

イリナを、忘れていた。あの瓦礫の下に、自分達の大切な友人が埋まっているのだ。教会が吹き飛んだ衝撃で、とか。木場が死に掛けていたから、とか。どうでも良い事に囚われていた。

コカビエルの攻撃が余りにも恐ろしく、他にあの状況を切り抜ける手段が無かった、というのは間違いない事実。

 

だが、そんな言い訳など到底効かない。

彼等二人の目的は他とは異なり、友人である紫藤イリナの救出だった。だというのに、この始末。

冗談ではないし、冗談にはならない。酷い。あまりにも酷過ぎる。畜生の如き所業であった。

 

一頻り自らを罵倒して、無理矢理頭を冷やしたジョンが必死に己の思考を回す。

信徒として加護を受けたイリナは肉体的にも頑強だ。加えて気休め程度だが戦闘服の補助も計算出来る、大量の瓦礫に押し潰された程度なら即死は無い。断言出来る。

――助けなければ。

ジョンとゼノヴィアの思考が、この瞬間に一致した。

 

そんな二人の目の前に、栗毛の少女が放り出された。

 

「いっ」

「イリナぁあああああ!!!!!」

 

叫び声を上げて、二人で飛びつく。

その直前。

 

宙を駆けた光の槍がイリナを狙い、間髪入れず、最速で反応した『天閃』持ちのジョンが迎撃。次いで、地に転がったイリナを庇う形でデュランダルを構えたゼノヴィアが、彼の破壊し切れなかった光槍に追撃を加えて、今度こそ完膚なきまでに消し飛ばした。

 

「ぁ――」

 

至近距離で行われた致死の連撃にイリナが呻く。

光に照らされる事で目蓋の奥が刺激を受けたのか、夜空の下で眩しそうに薄目を開いた。

 

「イリナ!」

 

安堵するように表情を崩したゼノヴィアが少女を見下ろす。

目覚めたばかりで今の状況も分からずに、茫洋としたイリナの視線が、傍らに膝を突いたジョンの面貌を確かに捉えた。

 

瞬間、心が冷える。

 

少女の内心に自分と、彼の事が蘇る。最後の別れと、繁華街での刃と叱責。拒絶された事、自覚した想い、逃げ出した事。自分自身の立ち位置が彼によって否定され、魔女にも負ける己の価値が、紫藤イリナの抱く心の傷を引きずり出した。

 

息が詰まって、あまりの緊張に視界が暗くなっていく。

逃げ出そうにも身体が痛くて動かない。謝ろうにも、涙で喉が詰まったかのよう。そんな筈など絶対無いのに、眦から零れ落ちていく大量の雫で溺れてしまう。

 

「イリナ」

 

なのに、抱き締められた。

それだけの事で、抱いた懊悩の一切が溶けてしまう。

 

「良かった。本当に、無事で良かった――」

 

万感の思いを篭めて、ジョンが言う。震える声音は、まるで泣いているかのようだった。

重なった少年の身体から、熱が伝わる。冷えた心を、身体と一緒に温めるように。

言いたい事はあった。聞きたい事だって、あった。

けれどもう、そんな事は全て、たったこれだけの事でどうでも良くなってしまっていた。

 

「ジョン」

 

ほつれた栗毛を撫でられる。

呼び掛けに頷く彼の気配が、こんなに近い。

 

「ジョン、ジョン、じょん。わたしっ」

 

言葉にならない。

 

難しい事なんて、最初から何一つとして存在しなかったのだ。

何時かの別れ、最後の瞬間。それを後悔していたのは少女だけではなくて、少年の方だって気持ちは同じだ。ずっと、ずっと引き摺る心を捨てられないまま悩んできた。謝りたくても、もうずっと、一生、そんな機会が無いのだと諦めていた。諦めた振りをしていたのだ。

 

なのに本当は、謝る必要だって何処にも無かった。

だって、こうして触れ合っているだけで全てが解れて溶けていく。それに関しては御互い様で、きっと、後で一言、軽く言葉を掛ければ今度こそ何もかもが済むのだろう。

 

ごめんなさい。

こちらこそ、と。

 

本当にただ、それだけの話で終わってしまえる。

それは何処にでもある擦れ違い。子供同士の哀しくも優しい、他愛の無い失敗で。きっとすぐに笑い話になってしまう身近な過去、掛け替えの無い情景だった。

 

――本当に、瓦礫に潰されてなくて良かった。生きていて、良かった!

などと考えている実に馬鹿な少年も居たが、少々の邪念を脇に除ければ、間違いなく彼と彼女はお互いを大切に想っていたし、ようやく正式に果たせた再会に、少年の涙腺も僅かに緩んで熱が溢れ出る寸前だった。

 

ちなみに横で仲間外れにされているゼノヴィアは拗ねていた。が、この後で愚痴愚痴と文句を言われるのはジョンだけであるので、特に問題と呼べるだけのものは、無い。

 

そしてイリナ救出の立役者、兼、先の光槍を放った下手人であるが。

 

「――ふん。ついでとはいえ拾ってやったのだ、この程度の意趣返しは許せよ、聖剣使い」

 

煤と埃と僅かな負傷で汚れた堕天使幹部が、片手を振るって一人の老人を放り出す。

見た目だけなら木場以上にボロボロとなったバルパー・ガリレイが、丸い体躯で地に転がって動かなくなった。

 

その破れた衣服の懐から、小さな何かが零れて落ちる。

最低限度に緩く研磨された宝石のような、内側に美しい光を閉じ込めた、ほぼ円錐状のソレ。

あれは、とゼノヴィアが小さく呟いた。

新たに生まれる聖剣使いが祝福と共にその身に宿す、聖剣使いの儀式の象徴。

 

幾度か小さな瓦礫に躓き、転がり続けるその結晶が辿り着く先。

傷を癒され仲間に囲まれ、それでも未だ地に背を付けたままの木場の指先に、ソレが触れた。

 

最初は、朧げな人影だった。

結晶から生じて天へと昇る、清らかでありながら悪魔にとっての害にはならない、淡雪の如き光の幻影。其処に居並ぶ幾つかの影が、倒れ伏す木場の、しかし決して孤独では無い姿に微笑みかけた。

 

「――あ」

 

その微笑みに、木場の表情が強張った。

考えるよりも先に、彼の心が震え出す。何も言えずに、瞳だけを見開いていた。

並ぶ人影の一人一人が、彼の手を取って、頭を撫でて、最後に微笑んで立ち上がる。

 

「待、って」

 

傷は癒えても、疲労は消えない。光に侵された身体もまた、満足に動けはしなかった。

動けない木場の背を、傍に居た小猫が、リアスが、朱乃が、そしてついでに一誠が支える。そうする事で、辛うじて木場はその手を伸ばせる。

 

伸ばした手の平に、軽く打ちつけられる手があった。

ぽん、と大人が子供を撫でるような優しさで。ひどく軽い、温かさ以外の何も宿らないハイタッチ。呆然と彼等を見上げる木場の、目線の高さで。同じ年齢の子供同士が笑って行うような気軽さで、一人一人が手を叩いては――光に還る。

見覚えのある顔が。木場にとっての大切だった人達が、消えていく。

 

「まって。待ってよ、ぼくは、みんなっ! だって、ぼくだけ。ッ、待ってくれ!!」

 

叫ぶ木場に対して仕方無さそうに微笑みながら、次から次へと光に還って形を失う。

そして最後に残った、一番小さな背丈の少女が木場の手を叩き、彼の泣き叫ぶ口元に己の指を添えて優しく笑った。

 

真っ直ぐに立てられた人差し指が、木場(イザイヤ)の唇にそっと触れている。

言葉は無かった。

木場の言葉は封じられ、光に過ぎない彼等人影の立てる音は空気を震わせる事が無い。

けれど伝わる。其処に間違いの無い、会話があった。

 

何も言わないで良い。

言葉は要らない。

大丈夫。

 

――大丈夫だよ、イザイヤ。

 

最後の一人も形を失い、ただの光と化して舞い上がる。

そして、仲間に囲まれ涙を流す木場を包んで、まるで星のように輝いた。

確かな温もりを伴って。

 

一人の少年の魂が、想いに触れて昇華した。




月光校庭になれないエクスカリバー編。
一応補足しますと、最後の一幕で聖魔剣に禁手化しました(ただし活躍はしない)。

一部爆発ネタや汚いジャムおじさんが入りましたが、シリアスになり過ぎるとコカビエル先生に瞬殺されるしかないのでこういう流れに。
イリナ関連のイベントも、残りは戦闘後になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 天上空位のエクスカリバー

堕天使コカビエル戦、そして祈りを捧げるオリ主の第十三話。

※性描写はありません。


――神は死んだ。

堕天使コカビエルはそう言った。

 

「貴様らの神は死んでいる。かつての大戦争で、旧き四大魔王共々な」

 

立ち向かう人影は皆が皆少なからず負傷を抱えており、息も荒い。

揃いも揃った駒王町内の全戦力。純血の悪魔と聖剣使いに神滅具持ちを敵に回してさえ、堕天使幹部はなお強かった。

勝負は既についている。全ての手札を出し尽くし、駒王側が勝てる要素は何処にも無い。

ゆえに、飽きの入った、あるいは満足したコカビエルが、戦いを終わらせるために言ったのだ。

 

未だ立ち続ける教会側の聖剣使いに、貴様等の戦う意義など始めから存在しないのだ、と。

その言葉に如何なる影響を受けたのか。かつての信徒、一人の聖剣使い、今は何の肩書きも持たない彼、少年ジョン・オーリッシュの心を正しく理解出来た者など居ないだろう。

 

彼の魂、その深き奥底から湧き上がったのは、――歓喜だ。

 

 

 

 

廃教会が、その礼拝堂部分を爆心地としてジョンとゼノヴィアのうっかりで吹き飛び、もはや全損と呼んで差し支えない状態になった、後。

三度立ち上がった堕天使幹部コカビエルと、駒王側勢力の全面対決が遂に開始した。

 

その結果など、言うまでもない。

 

まずは戦闘開始以前に、グレモリー眷属側からは聖剣使いの因子によって【魔剣創造】を禁手化させた木場祐斗が離脱。傷が癒えたとはいえ先の爆発による消耗から復帰する事も叶わぬまま、後方へと撤退。

 

更に教会側からは紫藤イリナが、当然の如く離脱していた。

聖剣の暴走爆発に関しては、コカビエルの存在が偶然とはいえ盾になった事で巻き込まれる事無く、しかしそれ以前の戦闘による負傷が原因で戦闘不能。瓦礫に押し潰されていたバルパーのついでとしてコカビエルが拾い上げた彼女だが、本人に参戦の意思があろうと友人二人が許してくれず、巻き込まれぬよう結界外部へと搬送されていく。

 

この時点で二人が離脱。しかし、それ自体は問題ではない。

 

対するコカビエル陣営はバルパー・ガリレイが重傷、虫の息だがそれでもしぶとく生きている。

フリード・セルゼンは姿が見えない。実は今現在瓦礫の下で、聖剣使って必死に脱出しようと頑張っていた。バルパーとは違いコカビエルの手で回収されなかったのは、単に位置関係上、教会崩壊後に彼の居る位置が分からなかったからだ。元々居ても居なくても関係無い人員なので、見捨てたコカビエルは既に彼の存在を忘れかけていた。

 

そして最後に、堂々たる堕天使幹部。五対十枚の黒翼を翻すコカビエル。

彼だけで、この戦場の全戦力が無意味と化した。

 

ただ単純に強過ぎる。【赤龍帝の篭手】の倍加を最大までリアスに譲渡したとして、それでも彼の堕天使と対等などとは到底言えない。力だけなら最上級悪魔の領域に至れるが、コカビエルとて堕天使側で戦い生き残り続けた数少ない武闘派幹部。仮に互いの格が並んだと嘯こうとも、性能だけで勝てるほど容易い相手の筈が無い。更に悪い事に、その強化後の性能さえもが明確に劣っていたのだが、もはやその程度の事では問題にさえならなかった。

 

滅びの魔力が打ち払われる。

迸る雷撃が黒い翼に防がれた。

聖剣の刃を光の刃で受け止めて。

グレモリーの『戦車』と『兵士』は致死域の光力ゆえに近付く事さえ叶わなかった。

 

攻撃が、全く通らないわけではない。

現にリアスの魔力は迎撃されて、朱乃の雷も防御を誘う。聖剣も、特にデュランダルは現存する中では最上の切断力を持っており、当たりさえすれば間違い無く敵の身体を斬り裂ける。

 

――そう。当たれば、だ。

 

当たるわけがない。

この戦巧者を相手にしては、相打ち覚悟でも無ければ攻撃の一つとて届かなかった。

 

「っくう、届かない……っ!!」

「ぬるいぞ、当代。ソレは貴様には過ぎた代物だったか?」

 

ゼノヴィアは優秀だ。

聖剣使いとして生まれながらの才があり、今の時代においては最強とされる聖剣デュランダルの使い手に選ばれたのも伊達ではない。

だがそれ以上に先代の使い手が優れ過ぎていた。内心で比較するコカビエルの落胆も当然だ。

彼女は未だ、未完の大器。このような必死の任務に従事する事こそが間違っている。

 

光力で作り出した剣で受け止め、青の聖剣だけが遥か上空へと大きく舞った。

 

愛剣を手放すなど剣士として、何より聖剣使いとして有り得ない。しかし今回ばかりは相手が相手だ。残り少ない生き残った堕天使幹部達の中で、生粋の武闘派は極僅か。あるいは堕天使限定ならば最強の位置に立つかもしれないコカビエルを敵に回して、純粋な膂力の差から、ゼノヴィアの両手が痺れてほどけた。

 

手元に、デュランダルが無い。胴体は、がら空きだ。

堕天使の光が少女の命に狙いを定めた。

 

牽制、あるいは制止の意図をもってリアスの魔力が放たれる。それより速い朱乃の雷撃もまた、コカビエルの全身を包む形で、ゼノヴィアの回避を手助けしていた。

更にもう一人の聖剣使いが前へと駆ける。

堕天使の一撃を無防備に受ける寸前の友人を、『天閃』の速度でカバーした。

が、しかし。

 

「貴様が一番つまらんな、――雑魚め」

 

滅びの魔力に半身を包まれ、雷撃が頭上から降り注ぐ。

だというのに当たり前のように前へと進む、コカビエルの赤い両眼がジョン・オーリッシュを見下ろしていた。

 

見下ろされた側は、息が荒い。汗は吹き出し全身が震えて、目も血走っていた。

限界だ。

至極単純に、肉体が目に見えて不調を訴えるほどの大きな疲労が、彼の全身を蝕んでいる。戦い始めてから あっと言う間にジョンのスタミナは底を突き、下級悪魔の最底辺に位置する兵藤一誠よりもなお先に、最も早く、肉体的な意味で戦える状態ではなくなっていく。

 

『天閃』で速度を増しても、肉体性能は据え置きだ。体力その他は強化されない。

加えて町中でのフリードとの戦闘、続いて廃教会、今の状況、と三連続で戦い続けてジョンの身体は限界だった。

 

この場に居るのは、天界の加護を受けた上でデュランダルの放つ莫大な聖なるオーラにその身を護られているゼノヴィアを除いて、全て残らず、人間以上のモノばかり。

普通の人間はジョンだけだ。力が無いのは、生物として明確に劣るのは彼一人。

この戦場における最低最弱の性能が、当たり前のように表れている。この、大切な友人を助けようとした譲れない局面で。

 

けれど。

見下す視線に、それでも退かずに聖剣二刀を突きつけた。何も出来ないわけではないのだ。

 

言葉ほどには、コカビエルは彼の事を侮ってはいない。

よく戦場が視えている。動きも細かく注意深い。聖剣の使い方も、当代のデュランダル使いより余程上。だが。だが、だ。――それら全てをろくに生かせぬ、貧弱な肉体が気に障る。

コカビエルにとってその少年は、戦士ではあるが、敵ではない。敵にはなれない。

 

弱い。ぬるい。脆過ぎる。なんだその体たらくは。ふざけているのか人間如きが。

貴様程度の劣等が、せっかくの前祝いに顔を出すな。興醒めするぞ。

 

「戦士を気取るなら凌いで見せろよ、小僧」

 

不快げに吐き捨てるコカビエル。

人間一人よりもずっと大きな、光の槍が虚空に生じる。一段、二段、と規模が膨れ上がって力が増した。

喉を引っかくような呼吸を繰り返し、眩く照らされたジョンの表情が薄く歪んだ。

 

「ゼノヴィア」

 

その、片手に握った『天閃の聖剣』が、彼の背後へと放られる。

其処に伸ばされる少女の手。

受け取ったのは、当然ゼノヴィア。未だ空から落ちて来ないデュランダルを見上げたまま、速度を強化した彼女がジョンの肩を蹴って、空へと跳んだ。

そのまま上空にあるデュランダルを両手で掴むと、瞬く間に用済みとなった『天閃』を下方に残った友人へと落とす。

 

仲間頼りか、と平坦な感情で、コカビエルが一連の動作を観察し、光の槍を振り下ろした。

ジョンの持つ『祝福の聖剣』からオーラが生じ、上方でゼノヴィアが構えるデュランダルへと強化を施す。

そしてそのまま、一閃。するよりも前に。

 

『――今です。兵藤君から姫島さんへ、譲渡を』

赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)ぉっ!!」

『Transfer !!』

 

ソーナ・シトリーの指示に従い、聖剣使い二人の後方から強大な魔力が立ち昇る。

リアスではない。その『女王』姫島朱乃の強化が為され、最上級悪魔の領域に辛うじて迫る雷撃が、文字通り雷の速度で、光槍の一撃よりもずっと早くコカビエルの肉体を打ち据えた。

 

これには流石に動きが止まる。隙が生じる。一人の少年の、只の人間の肉体が、堕天使の攻撃によって消滅するまでの更なる猶予を、力技で勝ち取った。

 

「喰らえ、コカビエルッッ!!!」

 

ゼノヴィアの振り下ろした聖剣が真っ直ぐに、コカビエルの肩口から潜り込む。

一センチ、二センチ、三センチ。

引き伸ばされた意識の中で、確かな手応えを感じ取る。僧帽筋から堕天使の身体を縦に斬り裂くデュランダルの斬撃が、鍛え上げられた男の胸部に到達する、その瞬間。

 

ゼノヴィアの両手首が斬り離された。

 

「ちょっと待て」

 

場違いなほど冷静なツッコミが、少女の口から零れ落ちる。

暴力的なまでの光に照らされる最中で、その脇腹を躊躇無く蹴り飛ばす少年の右脚。

真っ直ぐ真横へと飛んでいく、戦闘服の黒い影。まともに蹴りを喰らったゼノヴィアは空中で身を捻り、両脚で勢い良く地を叩きながら着地した。――それと同時に。

 

彼女が先程まで居た位置を、相打ち狙いの堕天使の光槍が、轟音を伴い盛大に消し飛ばした。

肉を切らせて骨を断つ。が、コカビエルの一撃は見事に外れて誰の身体も傷付けられず。

 

「ジョン。キミ、絶対に責任を取れよ、私の両手。両手だからな、両手。『あーん』だぞ」

 

失った手首から先を上に向けて脇を締め、僅かでも出血量を抑えようと試みるゼノヴィア。

両手両手と繰り返しながら、大穴の開けられた路上と土煙の、更にその奥に居るジョンへと向かって言い募る。

 

「緊急避難だし」

 

宙空に無数の十字架をばら撒きながら、ジョンが言い返した。

その意図は防御と、目晦まし。しかし相手も然る者、意味は無い。

彼の『祝福』を受けた防御の結界が十字架の数だけ設置され、しかし腕の一振りで砕かれる。

 

一瞬、結界を砕いたコカビエルの視線と、返却済みの『天閃』で強化された速度で背後に飛び退くジョンの視線が重なった。

そこで更に、朱乃が放った二度目の電撃が、二人の中間を翔け抜ける。

 

最大倍加の雷撃。聖剣デュランダルの斬撃。そしてそれ以前から積み重なった数々の負傷。

全身傷だらけで左肩から血を垂れ流すコカビエルが、その身にデュランダルを喰い込ませたまま、朱乃の未強化電撃を己が光力で打ち払い、ジョンの後を追う為の動きを止めた。

 

「フゥ――……」

 

血に濡れた堕天使が大きく息を吐き出した。

 

その表情は悪くない。この戦場は、中々に楽しめた。

未熟者ばかりの半端な遊びだが、手加減した上での結果とはいえ、こうして見事な戦傷を抱える破目に陥ったのだ。正直に言えば、この有り様でさえ大戦時の記憶に拘る彼にとっては軽傷止まり。だが、まあ、悪くはない。実に実に悪くない。

 

――まさか、自分を護るために剣を振るった女の両手を、コカビエルからの反撃を確実に回避させるためとはいえ、躊躇無く斬り落とすとは。可笑しくなって、笑ってしまう。死ぬよりは良くとも、度が過ぎている。今の平和な時代より、むしろ戦時の価値観であろう。

 

全力で握り締めた聖剣を、全力で振り下ろしていたゼノヴィアの体勢。確かに、敵の身体に深く喰い込むデュランダルから一瞬で手を離させるには、切り離すのが一番早い。だがだからといって、それをやる奴は居ないだろう。居たけど。

自分の神器で くっ付けられるとはいえ無茶苦茶だった。一歩間違えれば大惨事で、間違わなくたって今も普通に惨事と呼べる。特に、両手を失くした少女の見た目が。

 

コカビエルが、己の左肩からデュランダルを引き抜いた。先程までとは比べ物にならない量の血が噴き出すのを気にもせず、使い手の両手を柄に飾ったままの青の聖剣を、足元に落として転がしておく。ソレはそのまま、ジョンの下へと跳ねていった。

 

堕天使が笑う。

まあまあ、楽しかった。これ以上はもはや無粋。

だからもう、終わらせよう。

 

此処で残らず殺す気だったが、もしも見逃してやったならば、今後起こる大戦争で面白い事になるだろう。先々が楽しみになる才の持ち主が実に多々居り、久しくなかった機嫌の良さで、コカビエルは口を開いた。

先ずは戦争狂である彼の御眼鏡に適った最弱の人間とデュランダル使い。

彼等二人を生き残らせる意図をもって、戦意を挫いて離脱させるために。後方の悪魔達は一旦置いて、己の目の前に居る聖剣使いへと。演技半分で嘲りながら。

 

神は死んだ、と。

堕天使コカビエルがそう言った。

 

 

 

 

――其れは千年前の昔話。

神は死んだ。魔王も死んだ。三大勢力は戦争に参加したその大半が命を落とし、天使も悪魔も大わらわ。翼の生えた数多の人外は、下等生物と見下す種族、人間如きに依存しなければ生きてはいけない寄生虫へとその身を落とした。

聖書の神の残したシステムを熾天使ミカエルがどうにか動かし、神の代行を勤めている、と。

 

堕天使コカビエルが高らかに語る。

それら昔語りのほとんどが、ジョンの耳には入らない。聞いてはいても、脳には届かぬ。

 

「は、」

 

ただ、笑った。

 

「ははは」

 

抑えきれない。我慢しない。

だって。

 

「はははははは」

 

だって。

――ずっと昔に死んでいるなら、裏切るも捨てるも無いじゃないか。

 

「ははははははははははは!!!!!!!」

 

魔女の追放に巻き込まれ、彼女を憎んで組み敷いた。

教会は己を異端と断じ、神は祈っても応えてくれない。

――祈っても、声が聞こえないのは当然だ。だって最初から神など居ない。彼が生まれる以前から死んでいる。幾度も捧げた祈りの声は、届く先も無く虚しく消えて行ったのだろう。全て残らず、最初から。

 

孤児である彼は教会で学び、教会で育った。

周囲に言われるがままに働き尽くす、無私である事こそが尊い在り方。そう考えてはいたのだが、追放という憂き目に遭って、彼は己の本質を理解した。

結局のところ、報われなければ嫌なのだ。報酬無くして奉仕は出来ぬ。彼は当たり前の欲を持つ人間だった。皆が望むような綺麗な存在では在れなかったのだ。環境によってそう成る事さえ叶わなかった。

 

幾ら祈っても答えはない。身命を捧げても、異端として追放された。人である以前に信徒で在り続けた彼に与えられた報いは とばっちりゆえの罰だけで、利益と呼べるものなど心の中にさえ何も無かった。例外はあっても、与えてくれたのは神ではなくて、それはイリナでありゼノヴィアだ。

 

だから教会を出た。聖剣を盗んだ。魔女に対して八つ当たりをして、傷付けた。

ファッキュー・ゴッド。神など虚像で、嘘っぱち。搾り取るばかりで何もくれないケチ野郎だ。くたばってしまえと、そう罵った。

 

だけど、そもそもの大前提が崩れると言うなら、話は別だ。

 

神は死んだ。かつて生きて、死んだのだ。

虚像ではなく、嘘でもなくて。祈りに答えないわけでもないし、彼は捨てられたわけでもなくて、信仰を裏切られたわけでもない。

死んで、答えられなくなって。死んで、裏切りもしなくなって。教会と天使だけが己を捨てた敵ならば。神に否定されたと絶望していた、その結論こそが間違っている。

 

かつて神に仕えたジョン・オーリッシュの信仰は、間違ってなどいなかったのだ。

 

神は死んだ。実在していた(・・・・・・)。今は居ないが、過去には在って。それだけでもう充分だった。

祈りに答えが無い事も。信仰に報いが返らぬ事も。神器を理由に異端追放をされた事も。偶々、今現在神様が生きていないからこその不備であるなら、その責任は生きる者にこそ有る筈だ。

 

死者に鞭打つ趣味はない。

死んだ相手を、死んだ程度で嫌うなど、不毛の極みだ。死人に加護を求めるなんて可笑しな話。

死ぬまで頑張ったのなら、まあ、良い。それ以上を求めるのは傲慢だろう。

死に得る神が全知全能ではないと知っても、神の教えとその痕跡は間違いなくこの世界に残されている。かつて、人類に向けられる神の慈愛は確かにあったのだ。ならばそれに応えようと正しく生きた事もまた、間違っていない。――例えるならば其れは、墓標に花を捧げるように。

 

聖書に記されし堕天使コカビエルが、証明してくれた。

信徒として生きたかつての彼の人生は、教会と天使に利用されていた面はあっても、間違ってなどいなかったのだ。救えたものとて有ったのだから。

信仰と勤労の対価に関しては、支払ってくれる神が死んでいるので踏み倒されたと諦めよう。過去の事はもう、それで良い。

怒りを向けるべきは他にある。

 

「ファッキュー熾天使(セラフ)

 

大きな声で、中指を立てて夜空に向ける。酷く清々しい気分であった。

教会は絶許。天使も死ね。天界は滅べ。ただしイリナとゼノヴィアだけは別枠である。

突如吐き捨てられた罵倒の言葉に、一同の視線がジョンへと向かう。だが、彼は一切気にしない。もはや迷いも苦しみも消えていた、夜だというのに心の中は晴れ晴れとしている。

 

「わが神、わが王よ――」

 

天より主を。地より主を。

――わが霊は主をほめあげよ。

 

朗々と響き渡る其れは、再度の信仰の宣言だった。

一度捨てたものを拾い上げる、定型的な祈りの言葉。篭められた想いは、死者(かみ)の冥福を願う祈りと実利的な加護の要求。月光が、星明かりが、街灯が、あらゆる全ての輝きが己の下へと降りてくるような自惚れ混じりの錯覚を抱いた。

 

定められた所作を簡易的になぞり上げ、教会の戦士が行う儀式の一つを、天ではなくて虚空へ捧げ。

天上の御座に向けて信徒が祈った。それに、奇跡を司る『システム』が機械的に反応を返す。

 

力が満ちる。

懐かしい感覚が蘇る。

かつてと同じ、かつて以上の、身体能力の向上を感じる。

天界の加護が一人の人間を包み込み、神の遺した心を有さぬ機構によって、人を人でなき者達と戦い得る位階にまで引き上げた。

 

ジョンは足元のデュランダルを拾い上げると、聖剣の『祝福』と、それによって高まった神器の明かりを宿らせて、膝を突いたゼノヴィアの元へと軽々放る。

咄嗟に手首から先の無い両腕を伸ばした少女が、聖剣に付属する己が両手首に宿った治癒の光に包まれると、瞬く間に切断面が接合された。

 

痛みは無い。異常も無い。完全に復調した両手を見下ろし、青髪の少女は呆然とした表情で、笑う幼馴染の顔を見上げた。

神の死を知らされてなお笑みを浮かべる友の横顔を。迷い子のような揺れる瞳で見上げていた。

 

「さあコカビエル。――もう一度だ」

 

二つの聖剣を両手に掲げ、ジョン・オーリッシュが言い放つ。

笑うその顔はかつて無いほどの自信に満ちて、手にする聖剣もまた、今まで以上に輝いていた。

 

 

――そして当然の如く敗北した。

敢えて控え目に言うが、ボロ負けだった。

 

数分後、結界を破壊して現れた当代の白龍皇が、手ずから襤褸雑巾にしたコカビエルとついでに狂人二人を回収して行ったが、別口で襤褸雑巾にされたジョンは気絶していたので見ていない。

 

信仰はさて置き祈りの心を取り戻し、精神的には復調以上の絶好調で、加護を得た上で聖剣持っての二刀流。これで勝つる、と調子に乗ってしまうのも十代半ばの青少年としては当然だろうが、結果は一方的なものだった。

当然である。その程度で形勢逆転出来るほど、堕天使幹部は甘くない。全力を出したコカビエル相手に普通に負けて、普通に気絶。色んな体液を顔面から撒き散らしながら気絶したジョンは、ゼノヴィアの膝枕の上で朝日が昇るまで眠りこけ、目覚めた時には多くの物事が済んでいた。

 

朝日が眩しい。日付など、とっくのとうに変わっている。

つまり。

アーシアとの大事な約束を見事に すっぽかした負け犬が一人、此処に居た。

 

 

 

 

「た、ただいまー……」

 

不安に揺れる少年の声が、真っ暗な部屋に小さく響いた。

約束の一つもまともに守れない犬畜生が、色々と派手にやった挙句に朝になるまで別の女の膝枕で爆睡した上で、ようやく自宅へと帰還したのだ。

 

怒っているかもしれない。

心配させたかもしれない。

 

恐る恐る両足を踏み出し、玄関先から住み慣れた我が家へと身をくぐらせた少年が、胸元にぶつかってきた一人分の体重に驚き、その足を止めた。

明かりの付いていない部屋の中。カーテンも閉まっていて薄暗い廊下で、金色の長髪がふわりと揺れて被さってくる。それが誰のものかなんて、考えるまでも無い事だった。

 

ひくりひくりと揺れる肩。それに伴い金色も波打った。

アーシア、と声を掛ければ少女が伏せていた顔を彼へと向ける。

 

何か、謝罪の言葉を口にするつもりだった。

少年は昨夜の口約束を本気で守るつもりだったし、好きだと告白し合った少女の事だって大事に思っている。だから、約束を破るという悪い事をしたのだからと、まずは何より先に謝るつもりで此処に帰ってきていたのだが。

 

涙に濡れる彼女の顔を見て、そういった気持ちが吹き飛んでいた。

 

そっと顔を寄せ、唇を落とす。

応えるために目蓋を下ろす、少女のそれが重なった。

触れ合った箇所から、涙の味が伝わってくる。一晩をかけて積み重なった、彼女の想いの味だった。

 

両肩に添えた手の平には相変わらずの細い感触、頼りなさげな彼女の身体。伝わってくる相手の体温と柔らかさと、冷え切った衣服の冷たさに己を戒め、舌を噛む。

ゆっくり離した唇同士、ほぼ至近距離で離れる動きを取り止めて。

顔の全体さえ見えないくらいの近さで、翠色の視線だけで視界のほぼ全てを埋め尽くし、少年は少女に向かって口を開いた。

 

「ただいま」

 

おかえりなさい、とアーシア・アルジェントが笑って返した。




これにてエクスカリバー編は終了です。

神様を恨んでたけど死んじゃってるなら仕方ないよね! というオリ主の話。
――ただし教会と天使にヘイトが向かう。
今後、彼は亡き主への哀悼と加護欲しさに祈ります。それはそれ、これはこれ、みたいな。

次からは日常回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 休日逢瀬のヴァンパイア

友人二人とのんびりコミュした後にアーシアとセックスする第十四話。
【停止教室のヴァンパイア】編突入です(ヴァンパイアが出るとは言ってない)。


「あーあ! 誰かに斬り落とされた手首が痛いなー!!」

 

ファミリーレストランの一角で、駄々っ子と化したゼノヴィアがわざとらしく大声を上げた。

その対面には、五月蝿そうな顔をしたジョンが一人座って向かい合う。

 

痛いとは言うが、無論、ジョンの治療に不備は無い。失血分の不足にしても、やがて時間が解決するだろう。

手首を斬られた事だって彼女自身、本当は気にもしていない。あれは自分を助けるための行為であり、無事に治療も施されたし、あるいは仮に治らなかったとしても日常生活が大変不便になるだけで納得自体はしただろう。それだけの友誼と信頼を、彼女は彼に向けていた。

 

つまるところコレは、単純にゴリラが甘えているだけ。友人同士のじゃれ合いだった。

 

仕方ないなと溜息を吐いて、少年が手元のフォークを差し出した。

それはいわゆるアレだった。あーん、と言うやつ。あの夜のゼノヴィアが言った事だ。

銀色の櫛状部分に乗せられているのは一掬いのチョコレートケーキ。ぱちりと目を瞬かせたゼノヴィアが、小さく口を開けて身を乗り出すと、音も無く、その唇でフォークの先を咥え込んだ。

 

口を離して正面に居る相手と目を合わせたまま、咀嚼する。

金に近しい少女の瞳。煌くそれと視線を絡ませ、少年の視界で整った口元が幾度も動く。

そして最後に、唇に付いたクリームを舐め取り食事が終わる。小さく動いた赤い舌がちらりと見えて、何とはなしに彼の視線が逸れたが些細な事だ。

その目線の動きにも当然気付いたが、当のゼノヴィアは気にする事無くぽつりと呟く。

 

「ジョン」

「いやしんぼめ」

「違う。いや、一応貰っておこうか」

 

そんな遣り取りの末にもう一口。

名前の呼び掛けは御代わりの催促ではなかったのだが、美味しかったので問題無い。

はむ、と優しく咥えたフォークの先が、瑞々しい唇の先からぬるりと抜けた。

 

周囲の客から幾らかの視線が向けられているのに気付いたが、気にするほどでもないので受け流す。二人の母国語が日本のそれではないので会話の内容は通じていないが、彼等の姿は確実に友人以上の関係で。周りとしては、耳目を気にせず睦み合っているように見えるのだ。

が、ジョンもゼノヴィアもそういった恋愛方面の認識自体が未発達なため気付いておらず、その実態は戦場で培った絆で繋がる、距離を測り違えた戦友同士の心温まるスキンシップに他ならない。

 

「ジョン」

「あーん」

「だから違う、そうじゃない。――いや待て、要らないとは言ってないぞ。フォークを下げるな!」

 

三口目までをしっかり貰い、言葉に迷いながらも少女が食べる。

二度も誤魔化したジョンの側とて、ゼノヴィアの言いたい事は分かっていた。先の一件、コカビエルが口にした聖書の神の話だろう。

信仰の深さを競うつもりなど毛頭無いが、彼女もまたジョンと同様、己の人生のほぼ全てを信徒としての勤めに捧げてきた身。自身の生き方、その根幹を成す最大要素が、神の存在が、教会からの教えとは異なり既に喪われているというのなら。

 

今までの全ては、己という名の人間は、一体何のために生きてきたのだろうか。

 

支柱を引き抜かれたモノが瓦解するのは当然だ。モノの対象が建物であれ、心であれ、それだけはきっと変わらない。ゼノヴィアの過去は、既に彼女の中では破綻していた。

崩れきっていないのは、友人である二人の存在、そして同じ場所に立ち同じ真実に触れた上で、それでもなお立ち上がり、笑みさえ浮かべたジョン・オーリッシュの姿が最も大きい。

 

何故だ、とゼノヴィアが呟く。

何故折れない。何故笑える。何故、何故、なぜ――。

何故、私はキミと同じ事が出来ていない。そういう風に、寂しさと一緒に考えている。

だから。

 

「……わたしにも、その強さをくれないか、ジョン」

 

一人の少女が、弱々しく呟いた。

テーブルの上にゼノヴィアの両手が乗せられている。目に見えて震えながら、長年の修練で固くなった彼女の手指がジョンの方へと伸ばされた。

 

掬い上げたケーキを一口分口に含んで。少年は、応えるように己の右手をそこに重ねた。

やがてそっと抱き締められた片腕が、酷く熱かった事だけは憶えている。

 

 

 

 

「ジョン」

 

甘えるように、紫藤イリナが呼び掛けた。

伸ばされた少女の両手が少年の右腕へと絡み付き、しかし身体を預けるまではせず、ただ離すまいとして捕まえる。

 

エクスカリバーを巡る戦い、廃教会での一夜が明けて、イリナの態度は変わってしまった。

 

それを不快だ、とは思わない。ジョンにとって彼女は尊敬する友人で、大切な相手だ。割と肉体的接触が多いのも、子供の頃からの知り合いなので別におかしな事ではない。ない、が。

何か、こう、少しだけ違う気がする。彼には上手く、言えないのだが。

声色が。視線が。触り方、が。

 

今日だって、きっと聖書の神の死に関わる話をするのだろうと思い、此処に来た。数十分前まで同じ立場であるゼノヴィアの相手をしていたのだから、尚更だ。

しかし違った。よく分からないが、名前を呼ばれながら腕を掴まれるだけの時間が過ぎる。他人の心を察する能力に乏しいジョンは、イリナが何を考えているのか分からない。

 

「どうしたの、ジョン?」

 

脳内に疑問符を浮かべたまま視線を向ければ、微笑む少女の視線が返る。

真っ直ぐに向けられた、親愛の情。深い紫の瞳が、ジョンへの好意に輝いていた。

なんでもない、と返して視線を泳がせる。やはりどこか違和感を覚えるのだが、それが何かは分からない。いや、考え方を変えよう。むしろ変わったのは自分の方、なのかもしれなかった。

 

神への不信、ずっと抱き続けていた否定の感情。彼の中にあった重苦しいほどの暗雲の全ては堕天使の言葉で晴れ渡り、もはや悩みなど何も無い。天から降り注ぐ強化の加護によって身体の調子もすこぶる良かった。

 

きっと、そのせいなのだろう。イリナが変に見えるのは。

心境の変化が視点の変化、認識の変化へと繋がって、友人としての絆を取り戻したばかりの彼女に対して今までと違った印象を抱かせた。つまりはそういう事なのだ。

 

二人並んで座る寝台の上、傍らに突いたジョンの右手に、抱き付くイリナの両手が忍び寄り、その指が絡んで手首より先を包み込む。

大切なものを愛でるように。ただ純粋に、愛しい相手と触れ合いたくて擦り寄るように。

 

右手に感じる くすぐったさに、何故かアーシアを思い出す。

 

イリナとアーシア。二人の間の共通点など、信仰くらいしか思い付かない。だけど、どうしてか今触れてくる手つきに、その熱に、金色の少女の顔が浮かんだ。

 

「誰の事考えてるの?」

 

耳元で囁く甘い声。甘い、と思う事さえ彼にとってはおかしな事だが。

ぞくり、と少年の背筋に不快感とは異なる何かが走り抜け、勢い良く振り向いた。

くすぐったいからやめてくれ、とイリナに向かって言う筈だった。筈、だったのに。

 

微笑む少女の顔が近い。

 

腕を掴まれ、片手と両手が絡み合っている。友人同士の近しい距離が、何故か以前よりも迫って見えた。間近で目にした紫色の彼女の両目は、とても綺麗で呼吸が苦しい。

思わず、視線を逸らした。

俯くように下げた視線の、その先に、年頃の少女の肢体が見える。

 

「――」

 

言葉に詰まる。呼吸が詰まる。彼の視線が、動きを止めた。

白い肌。細い少女の頤の下から、これもまた細い首筋が伸びている。

鍛えた身体が、しかし決して太くはなくて整っていた。頼りなさげにさえ見える女らしい両肩の線と、その更に下方へと視線を動かせば、見慣れたアーシアのそれより豊かな実りがぶら下がっている。

 

窓から差し込む太陽の明かりで照らされた、駒王学園の女子制服。

なんで制服着てるんだろう、なんてぼんやり考えながら。大きく膨らんだ真っ白な胸部と、ウエストを締め上げる制服の黒。その下には臙脂色のスカートが広がり、奥から伸びる真っ白な太腿を映えさせる。

可愛らしいのにどこか性の匂いを感じさせるその秀逸なデザインが、普段着としては教会から渡される簡素な物しか知らない筈のイリナの肢体を――。

 

ジョン、と鼻にかかる声が耳朶を擽った。

は、と思考を覆った靄が晴れ、近過ぎる距離で己を見つめる友人の瞳と視線を合わせる。

薄っすらと頬を染める、イリナの綺麗な、顔。居た堪れずに震える表情。

異性に身体を観察されて、恥じ入る少女の顔だった。

 

「あ」

 

吐息と共に、みっともない間の抜けた声が喉奥から跳ねた。

ようやく、今、自分が何を見ていたのかを自覚する。顔が熱い。

いけない。これはいけない。女性、それも大切な友人に対してなんたる事を。すぐにでも謝るべきだと常識的な思考が告げて、身を離しながらイリナへ謝罪の言葉を告げようとした、その前に。

 

ぎゅ、と掴まれていた手に力が篭められた。篭った力に引き止められて、退く動きが相殺される。

 

「その、」

 

呟く少女の、頬が赤くなっている。

こちらを見上げ、目を伏せて、また窺うように視線を上げる。

 

「そういうの、興味、あるのは分かるんだけ、ど……」

 

徐々に小さくなっていく、たどたどしい声と言葉が彼の耳朶を舐めては痺れが走る。

寝台に突いた少年の右手、そこを握り締める細い両手には力が篭り、それに伴い縦に伸ばした彼女の両腕が中央に寄った。

まるで、肘の内側で豊かな乳房を挟むように、あるいは持ち上げるように身を縮め、真っ白な制服越しの胸の谷間を見せつけながら。幾度か唇を動かし言葉を選ぶと、上目遣いでイリナが言った。

 

「もうちょっと、待、ってくれたら。その……」

 

と、そこまで言ったが続かなかった。

これ以上は言葉にならない。そう言うように、少女の赤い顔が伏せられた。

 

常の快活さなど欠片も見えない、まさに見違えるような、艶かしさと少女の脆さ。違和感がある。なのに、やはり不快ではない。

両手で握って固定された少年の右腕。手を突く形で真っ直ぐに伸びたその、二の腕辺りに、顔を押し付け少女がすっかり黙り込む。

落ち着くための所作だろう。吸って、吐き出す深呼吸。彼女の吐息を衣服越しの肌で感じた。

 

――なんだこれは。どうすれば良いのだ。何故だか無性に恥ずかしい。

自分は今、何を言われたのだろうか。と、異性関係に疎いジョン・オーリッシュの理性が言う。反面、彼の本能は先ほど見下ろした友人の肢体で騒がしい。何より何故だか おなかがいたい。

 

「ご、」

 

ごめん、なさい。

 

とりあえず、謝っておこう。謝らなければ、ならない。

肉欲と好意はともかくとして、恋愛や乙女心に関して全くさっぱり理解出来ていない割と歪な少年の、精一杯の気持ちがたった一言に表れていた。

 

言われた少女は相も変わらず、少年の腕に顔を埋めたまま何も言わずに、ただただ熱い呼吸だけが彼の下へと伝わってきていた。

 

 

 

 

堕天使コカビエルとの戦いが終わって、明けた朝。

積み重なった疲労のせいですぐさま本国へトンボ返り、というわけにもいかず、イリナとゼノヴィアは一日二日、駒王町に留まり体力回復に努める事と相成った。

――帰るつもりは、特に無い。

 

理由は複数、此処にある。

例えば、コカビエルの語った聖書の神の不在。

例えば、本国への連絡で神の死に関する事の真偽を問うた時の教会側の態度。

例えば、大切な友人であるジョンの盗んだ聖剣二振りの取り扱い。

例えば、大切な相手であるジョンの傍らに侍る魔女の事。

例えば、例えば、例えば――。

 

言い訳だけなら幾つかあるが、大まかに言って二つ、友人の件と教会への不信だろうか。

最終的に全て回収された合計四つのエクスカリバーも、今はイリナ達の管理下にある。ジョンの有する二つに関しては、私情に囚われ正しい判断が出来なかったので、結局彼の手元にあるままだ。

 

彼女達二人は今、先の戦いで知り合ったリアス・グレモリーの好意に甘え、ジョンが住まうマンションの近い部屋を一時借り受け滞在している。

久方振りに再会した異性の友人との時間も設け、彼が自宅へ戻った後も、イリナは先の遣り取りの余韻に浸るかのように寝台の上で寝転んでいた。

 

一応はリアスから私服用として渡されたものも幾つかあったが、かつて日本で暮らしたイリナとしては、高校生という身分に興味があって。だからだろうか、見た目も良い駒王学園の女子制服に袖を通したのは。

それを見た彼がどう思うか、なんて。顔を合わせるまでは考えていたものだ。

 

しかし、今思い描くものはそれではなかった。

手を伸ばし、胸と、脇腹と、腰の辺りのスカートの裾までをそっと撫でる。

 

――見られていた。

 

イリナの身体を、ジョンが見ていた。

今まであんな目で見た事なんてなかったくせに。あんなに近くで、あんなに熱心に。

 

ひょっとすると自分の気持ちが通じているのか、などと考えてしまったくらいに、熱かった。

あまりにも恥ずかしくて拒んでしまったが、自意識過剰な女だなんて思われてはいないだろうかと心配になる。でも、彼女としては流石にそういった事(・・・・・・)は早いと思うのだ。今はまだ。せめてちゃんと、関係を築いてからならば――。

 

と、そこまで考えてイリナは己の身体を抱き締めた。

いけない。考え過ぎた。思考がどうにも、飛躍し過ぎる。一足飛びだ。

妄想するのは彼女の癖だ。父親譲りの、あまり褒められない癖だった。事が事だけに思春期の少女としては仕方の無い部分もあるのだが、もしもジョンに知られれば、恥ずかしくて耐えられない。

 

寝台の上をごろごろ転がり、先ほどまで彼と二人で腰掛けていたその場所に、天井を見上げる形で仰向けになる。制服に包まれた少女の胸が、身体の動きを追って僅かに揺れた。

 

目の前に翳すのは己の両手。

久しぶりに会って、好意を自覚して、逃げ出して再会して抱き締められて、仲直りをした。

握った手の感触を思い出す。彼女のものよりずっと固い、戦士の、いやさ男の子の手。

握って絡めて摺り寄せた。彼が、少しばかり過剰な触れ合いに煩わしさを感じていなければ良いのだけれど、と心配する。

 

何度も何度も思い返して、失敗が無かったかを記憶の中でチェックする。

握った右手。恥ずかしさの余り顔を押し付けた彼の右腕。そして、そこに絡めた己の両手。

その、己の両腕に鼻を擦り付け匂いを嗅いだ。制服に染み付いた少年の香りを。

 

ジョンの片腕に鼻を押し付けた時とは違う、深く静かに確かめるような、呼吸音。

鼻腔に届くのは憶えのあるもの。

彼の腕。彼の匂い。自分の手。自分の腕。

そして思い出す、そこに混じった、他の匂い。

 

たった一人きりの部屋の中。寝台の上で、薄く開いた虚ろな視線が宙へと泳いだ。

 

 

「……ゼノヴィアの匂いがした」

 

紫藤イリナが、呟いた。

 

 

 

 

背後から抱き着いたまま、互いの腰をぶつけ合う。

ぐつぐつと肉同士の絡む音。互いの呼吸と、飛び散る体液の鳴らす音。衣服の衣擦れ。

 

「ジョン、さっ! ん、まだ、お料理、が……っ」

 

抵抗する声はあったが、そこに嫌悪など微塵も無い。ただ場の不都合があるだけだ。

エプロン姿のアーシアが、背後からのほぼ一方的なセックスに身体を揺らす。捲り上げられたスカートは元より、上着の裾から潜り込む少年の両手で乳房を弄られ、揉み摩られる快感によって見えない部分も紅潮している。

金色の髪が、前後への運動に舞い上がった。背面では腰辺りまで捲くられたスカートも、前の部分は垂れたまま。セックスの動きにひらひらと揺れて、秘された奥から僅かずつ滴るものが確かに見える。

 

コカビエルとの一戦から帰還して、命の危機から脱した安堵から熱中する事は確かにあった。

だが、今のこの激しさは全く別だ。

 

つい数分前の、イリナとの会話。その時の情景。彼女を()として見た、自分自身への嫌悪の情。

どれほど大切に想っていても、ジョンにとってはあくまで友人でしかない紫藤イリナ。

可愛い顔をしているとは思っていた。魅力的だ、というのも理解出来る。だが、欲情した事は一度も無かった。そういう気持ちを忌避していたから。

 

教会の戦士として勤めていた頃、そういった、性的な何がしかを目にする事が幾度かあった。

戦士が向かう先には討伐対象、つまり、教会から見て抹殺せねばならない相手が必ず居るのだ。それは大抵、人間にとって許容出来ない邪悪であり、其処で目にする性的なものといえば、嫌悪する事を禁じ得ない、禁忌を犯した果てとなる。醜悪であるのは当然だ。

正しくあれ、清らかであれ、そう教わって育った幼い少年がソレを忌避するのも当然の事。

 

ジョン・オーリッシュにとって性とは本来遠ざけるべき悪であり、その唯一の例外が、信仰の否定から暴走する当時の彼が踏み躙った、アーシア・アルジェントの存在だった。

起点と経緯と結果はさて置き、少年にとってアーシアだけは特別なのだ。今となっては好意だって当然あるが、彼女一人だけは自身の性欲を向けても問題無い、とそういう認識。無意識の箍が外れている。――なのに。

 

「あーしあ、ッ!」

 

細い腰を掴んで何度もぶつける。腰を振って、彼女の中で己のモノを必死に扱いた。

熱い肉で陰茎が揉まれ、先端から吐き出した先走りと、少女の愛液が混ざって滑る。

服の内側に潜り込んだ五指で、立ち上がった乳首を弾く。自在に形を変える柔らかな乳房の感触が、手の平を通じて少年の性感を高め続けた。ぐ、と強く乳首を握り潰せば、苦鳴と共に少女の膣が締め付けを増した。

 

吹き出す汗で半端に滑る肌を押し付け合いながら、お互いが立ったまま、もどかしげに腰を振る。

やがて、得られる快楽が物足りなくて、アーシアを床に押し倒す。

 

少女の手から菜箸が落ちた。その転がる音も、二人の意識を惹き付けるには到底足りない。

エプロンとスカートを乱暴に除けて、片脚を持ち上げ挿入の角度を変えつつ突き込む。

うつ伏せから横向きになった彼女の身体。少年の視界に、少女の顔が映りこむ。

上昇した体温で赤くなった顔で、辛そうに見上げて吐息を零す姿、視線。

 

ごめん、と呟く。けれど腰の動きは止まらない。

 

気持ちを吐き出さないと、落ち着かなかった。始まりも途中経過も最悪だったが、彼にとってアーシアだけは特別なのだ。彼女以外をそういう対象として見た事に、驚くほどのストレスを感じる。

身勝手な感情で大切な友人を穢してしまったような、罪悪感。

 

――端的に言えば、それは思春期ゆえの潔癖症。ただそれだけのものだ。

やがては慣れる、一時の情動。開き直る事だって充分可能な、生きてさえいれば誰にでもある、麻疹(はしか)のような青い忌避感だった。

だからきっと今のコレも、そう遠く無い内に晴れるだろう。そういった方面での成長を、彼自身が未だ迎えていないだけ。

 

少女が手を伸ばし、抱え込むように少年の頭を己の下へ近付ける。

そのまま、舌を絡めて唇を合わせた。

互いにどちらも気遣いなど無い、気持ちばかりが先走った、激しい口吻。唾液を啜り合って掻き混ぜる。

 

初めて出会った時のようだ、とアーシアが思った。

気遣いの欠けた、ただ乱暴に気持ちを吐き出すだけの自慰行為。

そこには少しだけ悲しさがあって、あとは遥か遠くに向けるような懐かしさと、現状の行為に対する興奮がある。

 

すっかり慣れてきた繋がる悦び。互いに腰を振りたくり、唇とその内側を舐めしゃぶって、身体の重なった部分は酷く熱い。興奮しきった少女の膣内が襞で擦って陰茎を扱けば、少年の腰を振る動きが僅かに鈍り、減った快感の不足分を埋めるために、隠れた乳房を弄り出す。

少年によって抱え上げられた片脚を、何度も何度も摩られる。脛、脹脛、膝裏と、太腿まで遡って付け根まで。少女の若い素肌を手の平全体で味わい尽くす。互いの接合部に指先が辿り着くと、ソコに生え揃った薄毛を撫でて、小さく顔を出す陰核を抓んだ。

 

「っん゛、ぅ――ッ」

 

今までろくに弄った事の無い場所だ。乱暴ではないが手際が悪く、無遠慮に触れた指先に少女が痛みを感じて悶える。

が、それでさえ確かな刺激の一つ。

痛みに跳ねた肢体と同じく、彼女の内側もまた収縮し、絞り上げるような動きを取った。

 

陰茎が震える。痛みではないがそれに近い、強い膣内の締め付けに少年が呻いた。

もはや腰を振るだけの余裕が無くなり、細かく揺さぶるような動きで性交を続け――。

 

アーシアの中へ大量に射精した。

 

ひきつけを起こすような動きが続く。吐き出す度にがくがくと跳ねて、繋がったままの少女の肢体も一緒に揺れる。その最中に離れてしまった唇同士の間から、捏ね回された唾液が粘性の塊となって零れ落ちた。

二人分の体重と運動で潰されて くしゃくしゃになったエプロンの上に、汗と涎が跡を残す。

 

目蓋を閉じて射精後の余韻に浸る少年の頭を、下になっている少女が撫でた。その、撫でる感触に目蓋を開けば、翠の瞳と視線が合った。

 

「……ごめん」

 

乱暴な行為に、今更の謝罪を零してそれっきり。悪事のバレた小さな子供のように黙り込む。

呼吸を整え、視線だけは合わせたままで、撫でる動きも変わらない。

やがて萎み始める陰茎の形を己の性器で確かめながら、アーシアが小さく微笑んだ。

 

「大丈夫ですよジョンさん、大丈夫」

 

少し驚いただけで、大丈夫。そう言ってそのまま抱き締める。

慈母のように。愛妻のように。彼を優しく撫でながら。

 

彼をこうした理由、原因。

何時かのように辛そうな表情を浮かべさせた、何処かの誰かの顔を形にならぬまま思い描いて。

 

それでもなおアーシア・アルジェントは、全く変わらぬ穏やかな声音で微笑んでいた。




異性の友人二人とデートした直後に本命の彼女と乱暴な男性上位セックスをするクズ男の話。
オリ主の恋愛感情は現状ではアーシアのみに向いています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 家族会議のヴァンパイア

プール回なのに水着の出番が無いオリ主SIDEと、イリナパパ登場の第十五話。


「駒王町、か。……懐かしいな」

 

ふと口を衝いて出たような、独り言。

遥か海の向こう側から数年ぶりに駒王の土を踏んだ男が、日本の雑踏に目を向ける。

 

過去の出来事も相俟って、非常に複雑な感情が彼の胸中を渦巻いていたが、それでも、今最も優先すべきは自身の娘であるイリナの事だ。

無論、仕事の方も疎かにする気は無いが。かつて父である己に続くように信徒の道を歩み始めた一人娘が、教会における最上位機密に触れた事で破門寸前の身となっては、もはやその内心を誤魔化す事など出来なかった。

 

「大丈夫だよイリナちゃあん! 今っ、パパが行くからねぇ――!!」

 

彼の脳内ではかつて幼かった頃のイリナが、泣きながら「パパ、パパっ」と叫んで こちらにその小さな御手々を伸ばしていた。応えるように、彼もまた両腕を己の前方へと大きく広げる。

妄想の中の愛娘を、その懐へ抱き締めるように。

 

気炎を揚げて天に向かって吼え猛る、牧師服姿の栗毛の中年。

駒王町の駅前を行き交う多数の一般人は、そんな彼に対して当たり前のように見ない振りをして足を早めた。

 

――紫藤トウジ、駒王町に到着。

 

 

 

「フハハ、働け愚民共」

「……やめませんか、そういう事言うの」

 

プールサイドで踏ん反り返りながら口走るジョンの横顔に、小猫の向けた散水用ホースから飛び出る大量の冷水が襲い掛かった。

が、それを当然のように聖なる結界で防ぎきり、少年は空を仰いで視線を眇める。

 

此処は駒王学園敷地内にある運動施設の一角。

生徒会から頼まれた大掃除ついでにプールで遊ぼう、と誘われてやって来た、ジョンとアーシア。しかし服を着替えた時点で面倒臭くなった非学生の少年は、適当に掃除してる振りさえ見せずに、凄く堂々とした態度でサボっていた。

 

先の独り言も暇潰しを兼ねた単なる冗談。あからさまな無表情無感情なので水をかけようとした小猫だって分かっていたが、それはそれとしてサボり自体は見過ごせず、ジト目で睨んで文句をつける。効果は全く無いようだったが。

 

「もうっ、駄目ですよジョンさん。ちゃんと皆さんと一緒にやりましょう?」

 

デッキブラシを両手で抱えて、健気なアーシアが彼に言う。

水の満たされていないプール内から、プールサイドのジョンを見上げて上目遣い。翠の視線がキラキラ光る。むむむ、と無表情な聖剣使いの眉が寄り、好いた相手からの叱責に抵抗力が削られていく。

 

跳ねた水で湿った、白の運動着。透ける下着の色も白。太腿眩しい黒のブルマー。陽光の下で煌く彼女の金髪も、此処は水気が多いからだろうか、常より美々しく輝いて見えた。

 

僅か数秒でジョンの側が根負けし、仕方が無い、と溜息を吐いて下へと降りる。

素直にプール掃除を始めたジョンの姿にアーシアとしては嬉しげだったが、彼の視線の行く先をしっかり見ていた小猫の視線は冷え冷えだった。小さな彼女の脳内において、ジョン・オーリッシュの位置付けが微妙に下がり始めた瞬間である。

 

「ところで二人とも、そろそろ私の眷属になる気にはなったかしら」

「ないです」

 

掃除の傍ら、相変わらずの雑勧誘を行うリアスに、ジョンが即座に断った。

そう……、と若干何時もより落ち込んだ様子で拒絶の言葉を受け入れたオカ部の部長だが、その姿に何か思うところがあったのか、順調にこの場に居る女性陣との友情を深めつつあるアーシアが、首を傾げてリアスに問うた。

何かあったんですか、と。

 

「ええと、そうね。少し、思うところが、あ、って……、ねっ?」

 

問われた方は、凄く微妙に言葉を濁した。別に言っても構わないのだが、生来の高いプライドが邪魔をして、口の動きがどうにも鈍る。

 

――実は、来たる学園の夏休み期間中に、純血の若手悪魔を集めた会合が、冥界にて行われる予定があった。

一般観衆に御披露目するという意味での公式の場ではないが、参加する者達は皆が皆、この時期新たにレーティングゲーム公式戦にてデビューする、いわゆる同期という間柄だ。

初心表明、顔合わせ、新人同士の交流会。

 

リアスとて貴族だ。観られる、という事には慣れているが、此処に一つだけ問題があった。

 

彼女は眷属が、少ない。

リアス率いるグレモリーチームの構成は、『王』『女王』『戦車』『騎士』『兵士』、そして封印中の『僧侶』。

各属性ごとに一人ずつ、の計六人。チェスを模した悪魔の駒に合わせてチームを組むため、最大人数は十六人。となれば、今のリアスは最大値の半分以下しか眷属を集められていない事になる。

 

勿論、数が全て、などとは言わない。兵士の駒8つ全てを費やした兵藤一誠という例外もある、多ければ良いというわけではなく、同時に、リアス個人としては愛する眷族達を、己の身を飾る装飾品扱いなんてしたくもなかった。

 

が、それはそれ、これはこれ!

他の新人達、彼女と同年代で似通った貴族的立場にある『王』は皆、きっとそれぞれ十分な数と、相応の質を持つ眷族達を連れてくるのだろう。

質ならばリアスも自信があるが、数だけはパッと見た目で容易く分かる。――少ないな、と。

もしも同期の誰かに「アイツあれっぽっちしか眷属作れなかったんだってwwwぼっち乙www」みたいな事を言われてしまえば、リアスは羞恥で引き篭もる。あるいはパーティー会場を滅びの魔力で消し飛ばす可能性さえ充分あった。

 

要するに、彼女は見栄を張りたかった。

輝くほどのドヤ顔で、「うちの眷属は凄いでしょう! フフーン!」と、自慢したかったのだ。

 

装飾品扱いしたくないっ、などと言いつつ、本心としては他人に褒められたいし格好も付けたい、同期にだって胸を張りたい。実に負けず嫌いな女である。そういうところも面倒臭、ゴホンゴホン可愛らしいでしょう、と朱乃が言った。

 

――以上、無駄にプライドの高い主に代わって勝手に説明役を買って出た『女王』の言だ。

 

「朱乃ぉお!!」

「あらあらうふふ。いけませんわリアス、一誠君が見てますわよ」

「あぁ朱乃ぉおーっ!!! 貴女分かってて言ってるでしょおー!?」

 

デッキブラシでじゃれあい始めた友人同士の喧嘩を尻目に、他の面々は置いてきぼりだ。

取っ組み合って色々な部分が乱れている『王』と『女王』のキャットファイトに、一誠一人が鼻の下を伸ばして喜んでいた。

 

転生悪魔。レーティングゲーム。リアス・グレモリーの、眷属になる道。

誘われた側であるジョンとしては、悪魔への転生というのは有り得ない。

――だって聖剣使いだし。聖なるオーラで自家中毒とか怖いじゃないか。

 

それに関しては有り余る聖剣使いの因子が有効に働き、我が身を傷付けるという事態を避けられる、かもしれない。が、彼の用いる結界等、教会由来の術式は悪魔の体質と相性が悪い。

本来は敵である悪魔に転生するという事は、そういった秘術との相性が悪化するという結果にも繋がる。その場合最も容易く有効なのは、害ある手段の選択放棄。つまりはソレらを使わず弱体化、己の不利益を呼び込む行為だ。

積極的に戦うつもりは毛頭無いが、手札が減るのは嫌だった。この辺りは、もはや拭いきれない職業病の類かもしれない。いざという時の備えを怠る、というのはジョンにとっては苦痛ですらあった。

 

悪魔自体に偏見は無い。ゆえに悪魔になるのも嫌っていない。

教会の戦士として、唾棄すべき魔性を多数見てきた身ではあるが、内訳としては人間だって大差は無かった。良い奴は良い、悪い奴は悪い。好きと嫌いは個人で違う。生まれだけで判断するほど、少年は種族という大きな括りに期待しない。

 

「ファッキューセラフ」

「そのフレーズ気に入ってるんですか。あと掃除して下さい」

 

天使だって人を傷付ける御時勢なのだ、悪魔だからといって無条件には忌避しない。

それが今現在のジョン・オーリッシュの価値観だ。優先順位の上位三人はアーシアを筆頭に、イリナとゼノヴィアが同位にあった。最下位はミカエル。

 

聖剣使いで、回復系神器持ちで、戦闘経験豊富で、頭だって中々回る。

加えて幾つかの問題に直面した際、彼とグレモリー眷属は共に戦って乗り越えてきた。コカビエルの件で、瀕死の重傷を負った木場を助けた大恩もある。何気ない茶飲み話でしばしば席を共にする程度には、友好的に過ごしてこれた。

そういうわけでリアスとしては、ジョンを眷属として勧誘するのは至極当然の事だった。

 

能力良し、好感度良し、人格だって、彼女主観では確かに良し。と実に優良物件である。

これにアーシアが付いて来てくれれば、恋人同士で悪魔になって、眷属内にも回復役二人に兼業として、優秀な騎士が一人追加だ。適する駒がどれになるかは現時点では分からないが、場合によっては『戦車』を与えて純粋な攻防力を強化するのも全然有りだと考えている。

 

――と、いうのは取らぬ狸の皮算用。リアスの勝手な期待であった。そうなったら良いな、と考えて悪魔の駒を弄り回す姿が部室で何度か見受けられる、そういう類の内心のわくわく。

 

勧誘されたジョンの側にその意思が無い以上、強引に迫るなど、御嬢様らしくプライドが高いくせに人の良いリアスには決して出来ない。だからこそ、彼も相手の心象を考えもせずに気安く断っていられるのだが。

 

ちなみに、ソーナ・シトリーもこっそり彼の眷族化を狙っていた。

冥界に専門の学校を作って純血の下級・中級悪魔の環境向上を目論む彼女だが、その眷属は一人残らず他種族からの転生悪魔だ。

若く、熱意があり、一見平和ではあるが全体としては停滞気味な悪魔社会に、新しい風を吹き込むための、外からの人材。現四大魔王が推進する『転生悪魔』という大方針に沿いながら、且つ自分の夢を応援してくれる人選。

そういった者こそが、ソーナの求める眷族候補だ。

 

年若く、熱意は不明だが、新しい風という意味では純人間で教会出身その他諸々を備えたジョンは確かに適任。神器も知識も経験も、生まれ育った環境の違いも、眷属間の齟齬さえ埋められれば疑いようなく有用だ。

だからこそ欲しいと思った。だが、実際のところは勧誘自体が出来ていない。

 

彼は、リアス・グレモリーが一悪魔として契約を交わした人間なのだ。

契約内容が眷属化と直接関係無い事くらいは知っているが、この場合は契約者であるという事実そのものが障害となる。ジョンとリアスは俗に言う、唾を付けた、あるいはコネがある、というような関係なのだ。外から他人が気安く手を出せるものではない。

 

個人の情も家同士の関係も、手出しを控える理由だけなら幾つかあった。ゆえにソーナと彼にはほとんど関わりと言えるものが無い。精々がコカビエルの一件では直接的な面識を得られた、という程度。

リアスを通して一度機会を設けて貰おうか、とも考えたが、彼女の先の婚約騒動で一切手助け出来なかった不甲斐無い幼馴染であるところのソーナ・シトリーが、厚かましくも頼み込むなど友誼に反する。

 

彼と最初に出会い、契約を結んだ悪魔がソーナであれば何も問題は無かったのだが。

こういった、巡り合わせの良さだけはリアスに到底敵わない。生徒会室で仕事をするソーナがこっそり溜息を吐いていた事を、副会長である真羅椿姫以外の誰も知らない。

 

「……いい加減、皆さん真面目に掃除しましょうよ」

 

仲良く喧嘩するリアスと朱乃、麗しい女性同士の争いに下心から視線を奪われている一誠、自分ではどうしようもないので苦笑いして誤魔化す木場、これ幸いと掃除をサボるジョンと、サボる少年に引き摺られて何処ぞに連れ出されて行くアーシア。

 

まったくもって役立たずな彼等一同を見渡して、塔城小猫が疲れたようにツッコんだ。

 

 

 

 

捲り上げた運動着の裾から、プール掃除に用いた水が滴り落ちた。

 

「んっ、はぁ、」

 

晒されたアーシアの腹部に、幾筋もの水滴が縦に流れて線を引く。雑に揃えた指の腹で横一線にそれらを拭うと、少女の体温で温められた温水がぱたぱたと音を立てて、足元の床に溜まりを作った。

手の平で撫でた丸い尻、黒いブルマの布地にしたって湿りきって ぐしょぐしょだ。絞ればきっと、小さいながらも滝が出来よう。それは奥の下着も、言わずもがな。

身体を触れ合わせる度に濡れた衣服が音を出し、滴った水の音が鳴る。

 

正面から抱き付いたまま、ブルマの腰部分から手を突っ込んで、生の臀部を揉み上げる。

しっとりと濡れて、実に良い。柔らかい上に滑らかで、尻の谷間から垂れ落ちる水も、排泄器官に近いというのに嫌悪以上の興奮を煽った。

放水で冷えた少女の素肌が、行為への期待と興奮から徐々に体温を上げていく。

 

今日この日、掃除が終わったら次は娯楽だ、というのが当初の予定。

皆で泳ぐために更衣室で水着に着替える移動時間。その際目にした、濡れそぼったアーシアの姿に少年の欲望が膨れ上がった。

ならば後はもう、決まりきった事をするだけだ。

 

抱き合いながら、キスをする。

口内から溢れ出す唾液と、掃除中不意に口へと入ったのだろう、水の味。それを汚いとは思わない。彼女の中から出たものならば、何故だか美味しく感じてしまう。

口付けを交わしながら、彼は下半身を覆うジャージと、その下の短パンや下着を脱いだ。

跳ねるように姿を現す勃起状態の陰茎が、濡れたブルマの下腹部辺りに押し付けられる。

 

固い肉棒に押さえつけられた黒い布地から、ほんの少しだけ水が滲んだ。

少年が、ブルマの下側、裾部分を無理に引っ張り己のモノを侵入させる。

そこは見た目以上に きつくて狭い。ブルマの内側に隠れた彼女の股間に触れさせて、僅かずつ熱くなっていく女の肌に、燃えるような男の熱を擦り込んだ。

 

「ふ、っん」

 

少女の口から声が漏れる。不自由な隙間で前後に動かし秘裂に触れて、その度に愛液か水かも分からない音が申し訳程度に耳へと届く。

少年が腰を動かし性器を擦れば、少女もまた自分から押し付けるように尻を振る。

 

少女の上半身、濡れ透けた運動着と、薄っすら見える胸部の下着。キスをしながら胸を揉み、腰を振りながら水音を響かせる。何度も何度も、誰も居ない授業プール用の用具室で、二人の男女が睦み合う。

上下双方から込み上げる快感で思考を塗り潰されながら、ひたすらに腰を振って、直接繋がる事の無い男女の交わりへと没頭していく。

 

「ジョンの奴何処行ったんだ――?」

 

不意に、用具室の外から声が聞こえた。

此処最近で割と聞き慣れた一誠の声。びくりと二人で揃って震え、腰の動きが同時に止まる。

呼吸と、小さな水の音だけが暗い室内に響いて聞こえた。

 

「そうだね。一誠君と一緒に、彼にも騎士としての誓いを捧げたかったんだけど……」

「お、おう。……まさかアイツ、それが嫌で逃げたんじゃないだろうな」

 

何処となく ねっとりした木場の呟きと、腰の引けたような一誠の声。

用具室の外を歩く彼等の会話が耳へと届くが、此処に二人が居る事がバレたわけではないようだ。

それを理解すると、少年が少しずつ腰を動かし、先の行為を再開する。

 

「じょんっ、さん。外。そとに」

 

密やかな文句は口を塞いで封じ込んだ。恥ずかしそうに眉根を寄せた少女の顔が、やがて舌を絡ませるディープキスに意識を囚われ、外への興味を失っていく。

吐息の音が、幾度も重なる。

 

「そういうの、普通可愛い女の子に言うもんじゃないかなあ、って思うんだ、俺は」

「うん? ちゃんとグレモリー眷属の皆にも言うさ」

「だからあっ、なんでそれを一番最初に男の俺に言うんですかねえ……」

 

何故か涙声になっていく一誠の言葉も、もはや二人の耳には届いていない。

挿入だけはしないまま、特殊な環境、特殊な衣装での行為に対して熱中していく。

 

少年の両手が胸から離れて、少女の尻を鷲掴む。

ぐすりとブルマの生地が鳴り、両の手の平で搾り取られた水が噴き出す。形が崩れた黒い布地の奥の方から、上と御揃いの白い下着が僅かに覗いた。しかし揉みしだく側はそれの存在に気付く事も無く、直接触れば痕が残るくらいに強く、激しく、ただただ両手で臀部の柔らかさだけを味わっている。

 

歪むブルマから はみ出た尻の肉が、伸びた指先で頻りに歪む。

重なり合い擦り合わせる唇の端から吐息が漏れた。零れる唾液に頓着するだけの余裕も無い。

乱れに乱れた運動着から、少女の肌色が半端に覗いて僅かな明かりに照らされていた。

 

出る、と声にならない言葉でもって少年が言えば、対する少女も爪先立ちになってびくびくと総身を振るわせた。それは動きで相手の性器を刺激しているのか、あるいは彼女自身が絶頂しているのか、見た目だけでは分からない。

 

「っんん、――ん」

 

体内から吐き出されたばかりの精液は酷く温かく、アーシアの女陰がそれに塗れて溺れ出す。

どくどくと下着の内側に注ぎ込まれた白濁が、すぐに溢れてブルマの裾から垂れ落ちた。

滴って、落ちて。染み出して、流れる。黒色に白が塗り重なって、やがて表面を伝い少女の太腿にまで到達。ゆっくりと線を引くようにして下へ下へと流れていった。

 

こんなに気持ち良い思いが出来るなら、プール掃除も悪くない。

誘いがあれば、次も絶対手伝おう。

 

そんな見当違いな事を考えながら、少年は満足そうに少女の身体を抱き締めていた。

 

 

 

 

「ごめんねパパ。私、ヴァチカンには帰らない。――パパ達の居るイギリスにも」

 

そう言い切った紫藤イリナの表情は、強い決意に満ち満ちている。

彼女の父である紫藤トウジは、娘の事を心配していた。だからこそ、深く眉根を寄せながらも、心の大半では安堵していた。

 

聖書の神の死を、トウジとて既に知っている。立場相応の教会機密に触れる機会は今に至るまで幾らでもあり、神の不在を知った上で、それでも信仰に生きる事を決めた人間の一人が、彼だった。

だからこそ、千年前の真実が如何ほどの衝撃を信徒に与えるかも知っている。

 

彼は乗り越えた。他にも、未だ教会の上層部に席を持つ者達は皆、前提条件として信仰対象の死を知った上で、祈りの姿勢を維持し続けているのだ。

あるいは、単に今在る平穏を継続するための、争いへの恐怖や儘ならぬ現実に対する惰性とて、少しばかりはあるかもしれないが。それに関して、今は悩むべき時ではない。

 

幼いイリナが信仰の道を志した原因は、間違いなく、同じ信徒という立場にある父トウジの影響だろう。そこに、別宗派の教会施設で引き合わせた同い年の少年の存在も、まあ、無関係ではなかっただろうが。

 

学び、鍛え、努力を重ね、人工的な聖剣使いの祝福を受ける立場にまで選ばれた一人娘。

誇らしかった。それと同時に、心配でもあった。教会の戦士である以上、何時かは危険と対峙し、あるいは乗り越えられない時も来る。近しい例としては、先のエクスカリバー騒動がそれに当たる。

 

あの時は、胃が捩じ切れそうになる程の多大なストレスが紫藤トウジの心を襲い、事後にイリナからの連絡があった際は、安堵からの涙さえ零れた。

そして今もまた、己の手の届く位置から飛び立とうと、その若い翼を広げている。

 

「……そう、か。それで良いんだね、イリナ」

「うん。ごめんなさい。パパが心配してくれてるのは分かるけど、私は此処に居ようと思うの」

 

――例え教会から破門されようと、自分の答えは変わらない。

 

友人である少年が失踪して以降の憔悴した姿からは想像も出来なかった、眩く輝く愛娘の、真っ直ぐな視線。信徒の立場としては止めるべき選択を躊躇い無く選ぶイリナの眼差しは、紫藤トウジの胸中に強い安堵を呼び起こした。

 

本当に、見違えるようだ。この町で、そして先の戦いで、きっと娘は得難いものを得たのだろう。

父として、それを奪うような事はしたくなかった。

止めねばならないのに。傍に置いて、護ってやった方が、きっとずっと安全なのに。

 

「そうか。そうか……。うん、イリナがそう言うのなら、私から言う事は何も無いよ」

 

言葉面だけなら、突き放したもののように思える。しかし、彼の表情は娘の決意を認めていた。

温かく微笑む、イリナが大好きな、イリナが尊敬する父親の顔だ。

 

「ただ、エクスカリバーは全て回収させて貰うよ。それが今回の私の仕事だからね」

 

その言葉に応えて、テーブルの上に二つの聖剣が並べられる。

コカビエルの一党に奪われた『夢幻』と『透明』、それにイリナの奪われた『擬態』を錬金術によって融合させた、バルパー謹製の7分の3カリバー。その隣に、ゼノヴィアがカトリック宗派から預けられていた『破壊』、の合わせて二つ。

 

一つ一つ丁寧に、しつこいくらいに調べ上げ、紫藤トウジがようやく頷く。

 

「うん、確かに。――これをもって此度の任務の達成を、私から君たちに認めよう」

 

対面のイリナと、その隣でじっと黙って話を聞いていたゼノヴィアが頷く。戦士の顔だ。

教会からは追い出されるが、任された仕事はしっかり果たした。途中色々と、首絞め殺人未遂したり、一人で攻めて返り討ちにあったり、悪魔や聖剣泥棒第一号と手を組んで戦ったりしたが、結果としては上々だ。これで聖書の神の死を暴露する一件が無ければ文句無しの満点評価だが、それに関しては彼女等が考えても仕方が無い。

 

「たまには手紙でも出してくれると嬉しいな。電話でも良いが、やはり形が残る物の方が、ね」

「うん、分かったわっ。必ず出すからね、パパ!」

「ああ。それと、ゼノヴィアくん。うちのイリナを、宜しく頼むよ」

 

親子の会話を邪魔しないように、と御行儀良く「待て」をしていたゼノヴィアが、名前を呼ばれて顔を向ける。

娘想いが行き過ぎて親バカとさえ呼べるイリナパパからの、深々と頭を下げてまでする頼み事だ。友人想いで根が素直な性格のゼノヴィアは、目の前の中年男性を安心させるために、自分なりの、精一杯の安心材料を提供した。満面の笑みで。

 

「問題ありません。私とジョンが責任を持ってイリナの面倒を見ますから!」

「そうか。そう、……ジョン? ジョン君と言ったかい、今?」

「はい! ……、……あっ、これは確か言ってはいけない奴だったな???」

 

あっ。

 

隣でイリナが驚愕の視線を友人に向けている。それを此処で言うのかこのゴリ、友人は、と。

目の前の紫藤トウジが、今現在失踪中である筈の教会からの行方不明者、兼、聖剣泥棒容疑者第一号の名前を聞いて、両目を見開き驚いていた。彼としては、全く予想もしない話だったのだ。

 

そしてやってしまったゼノヴィアは、謝ったら今の聞かなかった事にしてくれないかな、とかなんかそんな風な事を考えながら、笑顔で胸を張った姿勢のまま固まって、真っ青な顔で米神から一筋の汗を流すのだった。




彼女(ぼく)眷属(ともだち)が少ない(ただし眷属ガチャは常にSSR)。

少しゼノヴィアがうっかり過ぎる気もしますが、彼女には善意しかないのでセーフです(アウトでないとは言ってない)。
駒王会談までは暫く日常回が続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 信徒面談のヴァンパイア

イリナパパに軽くあしらわれるオリ主と、三人娘の不思議な御茶会の第十六話。
一万文字超。


「……まさか、この国で君と顔を合わせる事になるとはね」

 

神妙に呟くその男は、紫藤トウジ。

そして此処はジョンとアーシアの住まう部屋。

同じマンションに住むイリナとゼノヴィアから彼等の部屋番号を聞き出した後、二つ隣のこの部屋へ、客人として訪ねてきたのだ。

 

目的は、ジョン・オーリッシュとの面談である。

 

一方、運動着でセックスして、プールで散々遊んだ後に水着着衣セックスして、と運動続きで疲労困憊なアーシアと、満足気なジョン。二人の体力差ゆえに見た目は実に対照的だが、疲れているのは共通していた。

正直に言えば、こんな状態で客を歓待するなど御免蒙りたい。が、相手はイリナの父親だ。

友人想いというか、好意を向ける対象が極少数に留まっているため、その結果として情に厚い一面を持ってしまっている彼は、友人の親が相手だと無下には出来ない。したくない。

一応面識もある事だし、仕方ないかと気だるい身体を引き摺りながらも相手をしていた。

 

今にもベッドに倒れ込みそうな顔をしたアーシアが、御客様用に用意した御茶を机に置いた。

 

「ど、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

無論、紫藤トウジは魔女と呼ばれたアーシア・アルジェントの顔を知っている。

此処で彼女を目にする事に、顔に出さずとも驚く気持ちが当然あった。

が、今はそれを置いておく。

 

そもそも、教会からの沙汰は既に下った。彼女の受けるべき罰は、教会を追放された時点で終えている。

罪も罰も、本来ならば神のみが定めて、人間はあくまで地上において代行するのみ。神の死を事実として踏まえればまた別の解釈もあるのだが、ともあれ、今更一信徒に過ぎないトウジが個人で彼女を罰する事など有り得ない。

不必要に刺激する事もないだろう、と指摘もせずに茶を飲んだ。

 

その結論を、ジョンもまた相手の振る舞いから察している。紫藤トウジの大まかな人となりとて、彼は過去の面識から知り得ていたのだ。戦う事さえ覚悟していたが、今の所はその必要が無さそうなので、内心では安堵していた。

勝てるかどうかも分からないし、進んでやりたい事でもない。相手はイリナの父親なのだから。

 

「成程、今はグレモリー公爵家令嬢の保護下に」

「はい。――『天閃の聖剣』を対価に、身分の保障を約束して頂いております」

 

まず、今まで何をしていたのか、という所から二人の話は始まった。

 

アーシアとの初対面時の詳しい遣り取りに関しては当然伏せて、堕天使レイナーレ率いる『教会』の話、グレモリー眷属との契約を切っ掛けとした婚約騒動、そしてコカビエルとの一戦に至るまで。流石に性的な話題やイリナの首絞め事件等、刺激的過ぎる部分は省いたが。

 

今の今までアーシアが聞いた事が無いような丁寧な口調で、詳し過ぎるほどに詳しく語る。契約の対価に『天閃の聖剣』を差し出した事まで、隠さずに、だ。

 

純血の上級悪魔。元72柱。現魔王の実妹。リアス・グレモリー。――その契約者。

それを誤魔化す意味など何も無い。むしろジョンからすれば、積極的に話すべき事だ。

自分はグレモリー家次期当主と懇意にしている。聖剣は正式な契約手続きの上で悪魔側に渡してしまった。その反面、教会側のエクスカリバー奪還だって命懸けで手伝った、と。

 

自分達は悪魔の庇護下にある、だから仮に手を出せば勢力間の揉め事に、なる可能性がある。

持ち出した聖剣だって悪魔の生業、契約の対価ならば無理に取り返せば衝突は必至だ。

 

――それは非常に分かり易い、紫藤トウジへの牽制だった。

 

教会側に立つトウジも、彼の言いたい事は理解出来ている。出来ていなければジョンの側としても不味いのだが、残念ながら年季が違う。

湯気を立てるカップに再度口を付け、栗毛の男が穏やかに笑った。何の動揺も見えない所作で。

 

「実は、この町には聖剣エクスカリバーの回収のために来ていてね」

 

それを聞いた少年は、肩を竦めて視線を逸らす。あからさまに気まずそうな、態度で。

問題が問題だけに、誤魔化す事など出来はしない。紫藤トウジに断りを入れて、亜空間から一振りの聖剣が姿を現す。

両手で捧げ持ち対面の相手に差し出して、『祝福の聖剣』が渡された。

 

「……うん、確かに」

 

聖剣が本物である事を確認し、そのまま己の隣に置いて言う。

 

「これで『祝福の聖剣』は回収完了だ。それと、『天閃の聖剣』に関しては仕方ない。流石に、私の裁量を超えているからね」

 

何食わぬ顔で盗品扱いだった聖剣一つを回収し、牧師服姿の栗毛の男が言葉を続ける。

これで何も問題は無い。悪魔側に渡ってしまった聖剣に関しても、教会が君を責める事は決してさせない、と。当たり前のように言い切った。

 

ジョンからすれば気味の悪い対応だ。何を考えているのか分からない。

 

だってエクスカリバーだ。

世界で一番有名な聖剣と言っても過言ではない、教会秘蔵の七つの一つ。秘めたる力云々よりも、その名と権威こそが重要で、だからこそ面子に懸けても絶対に管理下に置かねばならない重要な聖具。

軽く扱って良いものではない。

 

実は『天閃』の現所有権は、フェニックスの件の貸しによって既に彼の下へと返って来ている。

イリナ達が聖剣返還の為の帰国をしていない、と聞いた時点で回収役の来日も予測済みだ。

念の為、リアスに頼んで一時的に『天閃』を預かって貰っていたが、この物言いだと警戒自体が無意味だったかのようだ。

 

だが、何故そうなるのかが分からない。聖剣窃盗の罪で捕縛されてもおかしくないのに。

エクスカリバーを私物化した異端者の扱いが、こんなに良いなんて有り得ない。と、それがジョンの考えだった。

 

ずっと維持し続けていた無表情の奥で、少年が幾度も考える。

対するトウジは、朗らかに笑って彼の思索を遮った。

 

「実際問題、悪魔側と事を起こすわけにもいかないんだよ。君が気にする事ではないさ」

 

何か、含みのある物言いだった。気のせいだろうか、と訝しむ。

聖剣エクスカリバーを盗み出した下手人、もはや信徒でさえないジョンに対して咎め立ての一つも無く、ただただ穏やかに接する男。その内心が、賢しらな少年にはどうにも読めない。

そんな娘の友人に対して、くつくつと可笑しそうにトウジが笑った。

 

「君は少しばかり疑り深い。戦場においては強みになるが、時と場合によってはそれが己の足を引く事を、憶えておくと良い。もう少し、目の前の物事を素直に受け止めてみても良いんじゃないかな?」

 

――私としては若者のそんな姿もまた、微笑ましく感じるがね。

 

かつて素直に受け止め過ぎていた結果が教会追放からの絶望と、アーシアに対する強姦未遂事件なのだが、その件を知らないトウジが言っているのは、それらとは全く別、ジョン自身の生き方の話だ。

 

目の前の少年は、どうにも思考が臆病に過ぎる。

腰が引けている、というわけではない。常に最悪を想定し、その最悪は己を攻撃するものなのだ、と決め付けている。楽観しない。期待しない。切り捨てるものを、容易く選ぶ。諦めが早い、と言っても良い。

そういう荒み切ったものの考え方は、年長者の視点から見れば少しばかり心配になるのだ。

教会の戦士としての今までの経験ゆえに、仕方の無い部分はあるのだが。

 

元72柱の悪魔という分かり易過ぎる後ろ盾の強調や、エクスカリバーに関する話を振った際の、あからさまに気まずそうな、態度。そして今し方の、渋るような態度の割に、すぐさま『祝福』の返却を行った潔さ。

――それが保身のための演技である事は、教会のエージェントを長年勤めてきた紫藤トウジにはバレバレだった。

もう一度言うが、年季が違う。

 

ジョン・オーリッシュの見せる無表情無感情の仮面、馬鹿丁寧で口数の多い説明口調。見た目だけでは計り辛いが、きっと内心では焦っているのだろう。

自分と、恐らくは傍に居るアーシア・アルジェントを護る為に。教会で一定の立場にある信徒、紫藤トウジに怯えている。怯えながらも毛を逆立てて戦っている。

 

それを思うと、いや本当に、微笑ましい。トウジは笑みを深くした。

その笑顔こそがジョンの警戒を更に深める一番の原因なのに、割と天然気味なイリナの父は、そこだけは全く気付きもせずに、ニコニコ笑顔で言葉を続ける。

 

「エクスカリバーの件に関しては、私の方で話を付けておこう。なに、君はイリナの友人だ、先の一件でもあの子が世話になったそうだから、これくらいはさせておくれ」

 

そう言って、教会の牧師さんらしい穏やかな笑顔を向けるのだが、やはり少年の警戒は晴れてはくれない。ちなみに世話云々はイリナからの精一杯のフォローなので嘘っぱちだ。実際にはアーシアの首を絞めた件での殺害未遂など色々あった。が、流石にそこは内緒の話。一生背負う秘密であった。

 

何を言われてもジョンの態度は変わらない。ただ、ここまで問題なく進むなら直近に迫る危険は無い、とだけ納得する。その内面では未だ心が ざわついていた。

イリナ繋がりの顔見知りではあっても、決して親しい間柄ではない男二人だ、そうすぐに緊張が解れる事は無いのだろう。もう少し個人的に交流を持つべきだったな、とトウジは今更になってかつての己を顧みたが、個々の性根に関しては、大人が少々口煩くした程度で容易く変われるものでもない。今回は一旦切り上げて、また次の機会にと先送りをする。

 

そもそもの話、至極簡単に聖剣返却と窃盗の免罪が終わった事に関しては、ジョンの考える通りに裏があった。

 

近く、三大勢力合同の会談が開かれる。

中心となる議題は恐らく、勢力間の関係改善。――極論すれば、和平への動きだ。

 

その妨げとなる要素は可能な限り、どんなに小さなものであろうと、事前に取り除いておきたい。だからこその、聖剣の窃盗、及び譲渡に関する無罪放免。やり過ぎなくらいの、温情だ。

神の死亡から既に千年。教会内部でも、悪魔と堕天使双方との平和的関係の構築に向けて、度重なる根回しが行われてきた。

長年敵対してきた天敵同士の問題なのだ、そうそう容易く賛同を得られるわけでは無いが、だとしても、そういった動き自体は既にある。

 

エクスカリバー強奪から始まった、三大勢力全てに等しく関わる戦争再開のための不穏な動き、コカビエルの起こした駒王襲撃。これを奇禍ではなくて奇貨として、此度の会合で新たな未来に向けた決定的な何かが起こる、かもしれないのだ。

 

なる、かもしれない。ならない、かもしれない。先の事なんてはっきりとは知れないものだ。

だけど娘を持つ身の親として、紫藤トウジは争い事から程遠い未来を願っている。其処に至るまでに立ちはだかる問題が余りにも多過ぎる事を理解していても、これから先永遠に敵対し続ける事によって生じる数々の不幸を受け入れられない。

 

各勢力のトップ陣も、現在の対立関係を延々継続し続ける事の愚かしさは知っているのだ。

常に何処かしらで他勢力の手が蠢き、衝突から来る被害の件数は減らぬまま。鎮圧のために手勢を使えば戦争で減った数が更に減り、しかし対応せねば被害は増えていくばかり。

 

戦って、戦って、戦い続けて。それを、もう嫌だと、変えねばならぬと考えている。

そうでないのは、直接被害を受けていない者達、あるいは他者の犠牲をこそ強く望む、各勢力内の一部だけ。少なくとも天界と冥界の上層部は、その大半が終わりなく争い合う現状を変えたがっていた。

 

公言はしないが、今この時に、ただでさえ使い手の少ない聖剣一本で事を荒立てるのは馬鹿らしい。

それが、リアス・グレモリーという特殊な立場の後ろ盾を得ている相手の事なら、一考するだけの余地は充分。

先の説明は確かに効果があったのだ。ジョンの側に、その手応えを感じられないままであろうとも。

 

天界と悪魔の関係が決定的に軟化すれば、聖剣そのものがどちらに在っても損は無いのだ。

無所属の、天然ものの聖剣使いジョン・オーリッシュ。グレモリーの悪魔だって、きっと彼には目をつけている。あちらには悪魔の駒という便利な代物もあるのだし、あるいはそちら側に転生した彼が件の『天閃』を任されるという事も有り得るだろう。

 

その際に心配なのは、愛娘であるイリナの友人に対する気持ちだが……。あの娘はあれでしっかり者だ、きっと何があっても大丈夫。

常の親馬鹿ぶりと愛娘への信頼ゆえに、紫藤トウジは割と楽観的に考えていた。

 

「あの、御代わりを、どうぞ」

「――む。ああ、すまないね」

 

空になった紅茶のカップに、あからさまに緊張した様子のアーシアが、震える手つきで代わりを注いだ。

トウジは彼女の給仕に礼を告げ、次にジョンへと向けて、変わらぬ笑顔で口を開いた。

 

「さ、仕事の話はここまでだ。実は先ほど会って来たんだが、君にも言っておきたくてね」

 

 

 

 

――イリナの事をよろしく頼むよ、という紫藤トウジの声を背に、アーシアの後ろで扉が閉じた。

 

ほう、と大きく息を吐く。

教会の人間、それも中々に上の立場に居るらしい彼が訪れた事で、思った以上に気疲れしていた。

いや、それは恐らく言い訳だろう。彼女自身も理解している。

 

紫藤イリナ。

ジョン・オーリッシュの教会時代からの古い知り合い。大切な友人であり、親しい異性。

彼女の話題が紫藤トウジの口から出てきて、それにジョンが答えを返す。そんな常識的な遣り取りが、何故か苦しい。

 

自分の知らない時期の、自分の知らない知り合い。友達なんて一人も居なかったアーシアとは違い、彼の少年にはそういう相手が確かに居たのだ。アーシアよりもずっと長く傍に居た、人が。

それが同い年の、綺麗な見た目の少女である事が酷く苦しい。

 

貴女のせいで、と言われた事は憶えている。

 

アーシアの首を絞めて、泣きそうな顔で叫ぶ栗毛の少女。あれは大切な相手のための怒りだった。魔女を罰する激情だ。甘んじて受け入れるべきだ、とアーシアの中の甘ったるい部分が訴えていたのに、助けが入って嬉しかった。

彼が助けてくれた事が嬉しくて、しかしそれと同時に「やはり」と思った。

――やっぱり、ジョンさんはわたしを助けてくれるんだ、と。

 

「わたし、いやな子かもしれません」

 

彼のために叫んだ少女を、冷たく突き放したジョンの姿が嬉しかった。己のためにそうしてくれたのだ、と喜ぶ自分が確かに居たのだ。

無意味な程に無垢な心のアーシアは、そんな自分を嫌だと思う。だけど喜びは消えてくれない。

 

住居の外、マンションの廊下。自室の玄関扉に背を預け、ずるずると腰が落ちていく。

疲れた身体と、揺れる心。疲弊した少女の耳に、とある少女の声が届いた。

 

「――む。キミは確かジョンの同居人だな。どうしたんだ、鍵でも失くしたのかい?」

 

ぼけっとした顔のアーシアが向けた、視線の先。

同じ階層、二つ隣の部屋の住人。見た目だけならクールビューティーで通る青毛にメッシュの優しいゴリラが、悩める魔女へと親切に訊ねた。

 

その数分後。

 

イリナとゼノヴィアが住まう住居の中は、どうにも不思議な空気に満ちていた。

その原因と呼べるものがゼノヴィアには分からない。

部屋に居るのは彼女とイリナ、そして先ほど廊下で出くわし此処まで引っ張って来た少女、アーシア・アルジェントの三人ぽっち。

それが何故こんな空気になるのか、頭脳明晰なゼノヴィアさんには分からなかった。

 

向かい合う形で座るイリナとアーシア。

片や、つい先ほど教会の戦士を正式に止めたばかりの聖剣使い、ジョンの友人紫藤イリナ。

対するは元教会の聖女、ジョンの現同居人である おっとり魔女、アーシア・アルジェント。

互いが互いに視線を向けず、俯き加減に向かい合う。

 

ぽつりとイリナが音を漏らした。

 

「貴女は」

 

一拍置いて、僅かに室内の空気が淀む。

目も合わせずに、言葉が続いた。

 

「どうして、ジョンと一緒に住んでいるの」

 

何時も素直で天真爛漫、明るい性格が目印の美少女、紫藤イリナ。

そんな彼女が、平坦な口調で御菓子を食べつつアーシアに問い掛けた。

 

「どうして、って」

 

どうして、と問われれば、それはジョンが求めたからだ。

 

追放されて僅か数時間の後、突如飛び掛る人影に首を絞められ押し倒されて。――唇を奪われた。色々と、性的なあれそれを無理矢理された。

最初は、明確に理由と呼べるだけのものは無かった。

魔女となった自分のせいで教会から追放された少年。始めの頃は何よりも先に罪悪感があり、苦しそうな彼の姿に自分の立場も弁えないで心配をして、引き摺られて、流されて、気が付けば『教会』の所属となって。

毎日毎日、性的な行為を強要されて。

――助けられて。

 

思えばずっと、アーシアは彼の行動に従うばかりだ。

自分から動いた事なんて、僅かに一度か二度程度。それは人形か、奴隷か、あるいは。

あるいは、夫の三歩後ろを歩く妻のよう、に――?

 

かあ、と顔が熱くなる。

最近は恋するリアスと話す機会が多いせいか、少しだけ思考が飛躍していた。

 

「じょっ、ジョンさんが、言う、ので。それで」

 

質問の答えを考えている内に、段々恥ずかしくなって身悶える。

照れた表情で、彼が望んでくれたから、みたいな桃色に染まった言葉を返す。

 

「そう」

 

聞いたイリナはただ一言。

短く答えを返すだけ。

視線は手元のスナック菓子に向けられたまま、ぐしゃぐしゃと粉にする作業が実に捗っていた。

 

「む、このバナナのやつ美味しいな」

 

二人の遣り取りに耳を傾け、内心では「成程。ジョンの奴め、人助けか。あとで御菓子持って行って褒めてやろう」などと暢気に考えているゼノヴィアだけが、変わらぬ姿で腹を満たしてのんびりしていた。

 

「貴女は、その」

「……イリナで良いわ」

「そうですか。イリナ、さんはその、ジョンさんとは、どういう……?」

 

淡々と返すイリナだったが、問われた事で手を止める。既にサラッサラの砂みたいになっていたスナック菓子が、袋ごとゼノヴィアの方へと寄せられる。受け取ったゴリラは開いた袋を傾けて、口の中へと勢い良く流し込んだ。そして咽た。

 

栗毛の少女は考える。

イリナとジョンの関係と言えば、幼馴染で友人だ。

少女の側は、数年来の付き合いから密かに育った想いもあるが、少年の認識はずっと変わらず異性の友人。立ち位置としてはゼノヴィアと同等、色恋なんて別に無い。

だから、関係性と言えば友人だ。が、それを正直に言うのは嫌だった。

 

何故嫌かと言えば、先頃自覚したばかりの少女らしい感情ゆえだが。今この場に限っては、自身の知らぬ間にジョンに近付いた魔女の存在がとても大きい。

――負けたくない。

そんな漠然とした感情がイリナの中で燃え上がり、やがて口から飛び出した。

 

「ジョンとは一緒に御風呂に入ったわ」

 

えっ、とアーシアが驚いた。その反応に、イリナは「勝った」と先走る。

別に勝ってなどいない。

 

金色の少女が思い出すのは、グレモリー眷族と共に行った対フェニックス用強化合宿。その大浴場での事だった。

雑に計って二時間くらいだろうか。ずっとキスばかりをしていたあの夜、未だ彼女が純潔を保っていられた頃の事。

明かりを付けっ放しの大浴場を訝しんで訪れたリアスが、顔を真っ赤にして「かっ、風邪を引くでちょう!?」とかなんとか、羞恥や興味等、様々な感情を誤魔化しながら二人を叱る光景。

今思い出すと実に恥ずかしい思い出なのだが、先のイリナの物言いに眉尻が下がった。

 

そこにあるのは、自分だけではないのか、という想い。

目の前の栗毛の少女。自分よりもずっと彼の傍に居たイリナも、同じ事をしたのだろうか。

そう考えると、胸が痛い。息が苦しくて気落ちする。大きく叫んで逃げ出したくなった。

 

「――ああ、あの任務か。三人で一緒に入ったな。怪我したジョンを私が洗ってやったやつ」

 

喉に張り付くスナック菓子の粉をジュースで全て流し込み、空気を読まない女が言った。

イリナは恥ずかしがっていたから私だけで、などと続けているが、ぱちりと瞬きをするアーシアには詳しい事まで分からない。

ただ、そっと視線を向けた先、俯くイリナは手元のプリンをぐちゃぐちゃに掻き混ぜて、下りた前髪で瞳が見えない。何を考えているのか、その表情が分からなかった。

 

アーシアが、コップを手にして考え込んだ。

自分の考えは先走ったものだったのか。あの少年がああいった行為をスるのは、自分を特別だと思ってくれているから。自分だけの事なのか。

 

好きだ、と言われたあの日の事を忘れていない。

全身で抱きすくめ、強引に己の唇と言葉を貪る少年の顔を憶えている。

 

「わたし」

 

イリナが言った。

思い出話を続けるゼノヴィアと、考え込んでいたアーシアの動きが同時に止まる。

 

「貴女の事、まだ許せないわ」

「……そう、ですね」

 

彼女の言葉は普通の事だ。魔女に友人を奪われたなら、腹を立てない方がおかしい。

追放も異端の認定も、教会が決めた事ではあれど。起点となったのはアーシアだ。

彼女が余計な事をしなければずっと変わらず、少なくともコカビエルの一件までは、互いの仲が拗れる事も無く過ごして来れた。そう考える。八つ当たりなのかもしれないが。

 

仄かな想いを寄せていた少年と離れ離れになった事で傷付いてからの、僅か数ヶ月。生来の妄想癖が悪い方にばかり働くせいで、イリナの心はどこかで形を変えてしまった。飾らず素直で明るくて、誰にでも笑顔で接する事の出来る紫藤イリナは、その心の深い部分に、今も鬱々としたものを宿しているのだ。彼への好意と密接に繋がるような、心の奥に。

切れた絆は元に戻った筈なのに。かつてと今は、何かが違う。

 

「――それでも、私はあの人と一緒に居たいです」

 

俯いているイリナからは見えもしないのに、アーシアが笑っているのが分かる。

結局そのまま会話も途切れ、三人で黙々と御菓子を片付け、魔女は自宅へ帰って行った。

 

残されたのは、イリナとゼノヴィア。

 

「ねえ、ゼノヴィア」

「どうしたイリナ?」

 

いそいそと御菓子のゴミを片付けている友人が、俯く姿に変わらぬ声音を投げ掛けてくれる。

 

「わたし、ジョンが好き」

「そうか」

 

そうかそうかと何度も頷き、本当に分かっているのか不安になる様子でゼノヴィアが掃除を続行する。その内心は恋愛感情とか全く全然分かっていない。好きは好き、嫌いは嫌い。子供のように純粋に、「私はイリナもジョンも好きだぞ???」という気持ちが表れていた。

 

思わず小さく笑ってしまう。

今のイリナはこんなにも暗いのに、接する彼女は変わらない。

変わらない事が時には煩わしくも感じてしまうが、今は、凄く救われたような気持ちになった。

 

「その、ね。ゼノヴィアのことも、好きよ?」

 

むむむ、と掃除中の彼女がなにやら呻いた。

そっと視線を向けて見れば、どうやらド直球な好意の言葉に照れているらしい。それが少しだけ意外に思えて、笑ってしまう。

 

「笑う事はないだろう。――ほら」

 

伸ばされた手の先には小さな飴玉。どうやら掃除中に見つけた、食べ損ないの一つらしい。

丸くて黄色いそれを、イリナは素直に己の口で受け取った。

 

甘い。

 

パイン味の安っぽい甘さ。一粒で10円から20円ほどだろう、何処にでもある味だった。

ころころと口の中で転がして味わう。気付けば、先ほどよりもずっと気持ちが楽になっていた。

きっと当人にそんなつもりは無いのだろうが、ゼノヴィアに気遣われるなんて珍しい。などと失礼な事を考えながら、イリナは部屋の天井を見上げながら目蓋を閉じた。

 

「あの子には絶っっ対に、負けないんだから」

 

相手の見えない場所で、一方的な宣戦布告。

真実を知らない一人の少女が、小さく笑って気持ちを固めた。

 

砕けるまでは、あと僅か。

 

 

 

 

夏を目前とした、湿気の多い夜だった。

今日は特に蒸し暑く、ベランダに通じるガラス戸を開ければ、外の風が優しく吹き込む。

其処で、少年の股間に少女が顔を埋めていた。

 

小さく、短く、何度も繰り返す水の音。床に直接腰掛けた少年は、少女が与える快感によって僅かに喘いで膝を震わす。

く、と呻き、後ろ手を突いて天井を仰いだ。

 

彼の下半身では金髪の少女が陰茎を咥えて、拙い動きで舌を動かしている。

それは基本的に自分から事に及ぶばかりだった少年に、未知の快楽を与えてくれた。

股間ばかりに意識が集中して、伸ばした両足が弛緩する。なのに快感で震えるたびに、足先が緊張してびくびく跳ねる。

 

どうですか(ほうえ、か)?」

 

うあ、と みっともない声が漏れた。

彼の肉棒に触れている舌と唇が、発言に伴い刺激を増やした。

その、素直な反応に気を良くした少女は、より一層熱心に、口での奉仕に精を出す。

引き続き、責められる少年は喘ぐだけ。

 

何故こうなったのか、彼にはあんまり分からない。

珍しい事にアーシアが、自分から行為を強請った結果。友人であり、恋する相手を持つ同士であるリアス・グレモリーがこっそり見せてくれた、如何わしい雑誌の数々から得た性の知識の、実践だ。

慣れない刺激に腰が動く。己の最も汚い部分を、綺麗な彼女が口にしているという事実が狂おしいほどの快楽と罪悪感を齎していた。

少女の金髪が腰に、太腿に、擦れて落ちる。それだけでも、ぞくぞくと震えて気持ちが良い。

 

何時かの陰茎を用いた自慰といい、アーシアは主導権を握るとジョンの予想もしない方向から攻めてくる。確かな快楽があったが、少しばかり釈然としない。性行為は男性主導であるべきだ、というのは、非常に宜しくない禁忌の数々を任務で目にしてきた元戦士ゆえの偏見であるが、女性に口でさせるのは如何なものか、という元信徒としての常識的な考えも混じっていた。

 

程なく、少年のソコから白濁が飛んだ。

口で受け止めたアーシアであるが、小さな口内に収めきれずに陰茎を離す。

若干あひる口になりながら唇の端から精液を零し、入りきらなかった分が顔に飛び跳ね、衣服や床へとぱたぱた落ちた。

顎へと伝う白を手の甲で拭って、口の中のものを飲み込むべきなのに飲み込みきれない。

困ってうーうー唸りながら、涙目になったアーシアが少年の顔を窺った。

 

彼の視線の先、己を見上げてくる少女の困り顔。

朱に染まった頬。涙に濡れた綺麗な瞳。その整った顔を汚す、垂れ落ちていく己の子種。

吐き出したばかりの下腹部に、渦巻く熱が確かにあった。

 

その細腕を引いて抱き締める。突然の動きに驚く少女が、閉じた口から声だけを漏らした。

アーシアからの奉仕によって、少年の心の内側はずっと興奮し通しだった。

自分に対して何かをしたい、と伝える彼女の姿に、こみ上げる嬉しさが隠し切れない。

 

「アーシア。セックス、したい」

「んっ。」

 

口の中に精液を溜めたまま、困った顔をした少女が抱き締められながらに腰を上げる。

スカートの内側に手が入り、下着を下ろして本格的に行為を始める。

開けっ放しのベランダのガラスが、室内の運動によってガタガタ揺れた。

 

部屋の外側、天上は綺麗な星空で。

部屋の両隣は木場と小猫、悪魔の仕事で不在中。

 

 

二つ隣のベランダには、星を見上げる少女が一人。

漏れ聞こえてくる見知った少年少女の性の営みを、一つ余さず聞き留めながら。

 

「……なんで」

 

――どうしてじょんは、その子とそんなことするの?

 

栗毛の少女、紫藤イリナが呟いた。




傍にヒロインが三人も居るのにオッサン相手の描写が最も濃厚な第十六話。
教会はなんでデュランダルを放逐したのん……? とか割と真面目に悩みましたが、それなりに誤魔化しつつ描写していく予定です。
以下、設定メモ。

 アーシア
オリ主に対する感情は、肉欲と愛情が半々。
頼めばきっとお尻だって舐めてくれる奉仕大好き系ヒロイン。

 イリナ
オリ主に対する感情は、愛情混じりの恋愛先行。
恋愛に対しては割と乙女な思考をしていた。――だがもうなくなった。

 ゼノヴィア
オリ主に対する感情は、愛情寄りの友情。
頼めばセックスして妊娠して出産からの愛人関係だってOKしてくれるけど、あくまで友情。
友情と愛情の区別がついていないが、ジョンとイリナは世界で一番大事な相手なので気にしていない。多分イリナとのレズセックスだって求められれば普通にヤれる危険人物。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 神話崩壊のヴァンパイア

天使とオリ主の一方通行、イリナが踏み外す第十七話。
一万文字超。

※D×D世界観に関する捏造設定があります。
※レイプ表現に御注意下さい。


口を塞がれて、反射的に鼻から吐息が漏れ出した。

 

胸板に添えられた少女の手の平と指先が、衣服越しに肌を擽る。くすぐったいから止めて欲しいが、そういった文句は舌を絡めているせいで言葉にならない。

ずるりと吸われて、息継ぎ一つ。粘ついたものが糸を引き、離した箇所から繋がっている。

 

「……アーシア?」

 

紫藤トウジ来訪の、翌朝。不意に彼女の方からキスを強請って擦り寄ってきた。

不安そうな、恥ずかしそうな、物欲しそうな顔で。

離すまいとして強く抱きつく、おかしな態度。その内心が、少年の側からは分からない。

 

少女もまた、そうするに足る明確な理由が自分自身で分っていない。

ただ、彼女の中で紫藤イリナの顔が過ぎって消える。何度も。何度もだ。

その度にアーシアはどうしようもなくジョンの身体に触れたくなって、自分の中の気持ち悪い何かを誤魔化すように彼へと触れた。今日だって朝から、寝起きのまま、顔も洗わず互いの口を舐め合っている。

 

拒む理由は、ジョンには無い。

求められるのは嬉しい事だ。そうされる事で、自分の全部が肯定されているような錯覚さえあった。

二人の関係の始まりが唾棄すべきものであったからこそ、尚更に。かつて被害者だったアーシアから性的な行為を求められれば、許しを得たような安堵と共に男としての喜びを感じる。

 

手を伸ばして乳房を揉んだ。衣服の向こう、下着の奥で、ぷくりと乳首が勃ち上がる。

互いの股間を擦り付ければ、熱く膨らんだモノと蜜の溢れ出す箇所とが夜着を挟んで触れ合って、耳に届かない程度の小さな水音がソコで鳴る。

一人用の狭苦しい寝台の上で、上と下とで重なり合った男女が次の段階へと移る、直前に。

 

来客を告げる鈴が鳴った。

 

 

 

 

――うちに熾天使が来た。

 

それを認識した瞬間、ジョンの右手が閃いた。

亜空間から取り出された聖水瓶が五本くらい同時に飛んで、頭上に光の輪を浮かべた金髪の美男子の、その麗しい御尊顔に音を立ててぶち当たる。

 

連続する殴打音。瓶同士の衝突音に、肉とぶつかる鈍い音。

聖水の詰まった瓶が五本とも、一つ残らずヒットして下へと落ちる。困ったような笑みを浮かべる金色の翼の男性は、何の痛痒を感じた様子も無く、身を屈めて手ずから全ての瓶を拾い上げると、そっと投擲の主へと差し出した。

 

応えるために手を伸ばしたジョンが、口を開く。

 

「すみません、手が滑りました」 「こちら、落としましたよ」

 

玄関先に立つ金髪の美男子が、同じタイミングで口を開いた。

 

完全に棒読みな前者と、親切という言葉が音を成したような後者の響き。

元教会の戦士ジョン・オーリッシュと熾天使ミカエル。両者の初の邂逅だった。

 

「じょっ、じょじょじょ、じょんさんっ! だっ、だめですよう! この、このひと天、てんん――!?」

 

そして突然の暴挙に驚いたアーシアが、必死にジョンの袖を引いて泣き喚く姿が非常に可愛いらしくて面白く、ついつい二人揃って笑ってしまった。

その直後、天使と同じ理由で笑みを浮かべた自己嫌悪で玄関先に唾を吐いた少年も居たが、余り重要ではないので割愛する。

 

 

熾天使ミカエルは、その名の通り、天使である。

聖書の神によって生み出された聖なるいきもの。神に侍り、神に仕え、神のために生き、やがて必要とあれば命を投げ出し死に至る。そういうものだ。そういうもの、だった。

 

その当然が壊れてしまったのは千年前。大戦争の最終局面。

偉大なりし父なる神の、死。絶対者の喪失こそが終わりであり、今にまで続く始まりだ。

 

大戦後、四大魔王を全て同時期に失った悪魔側の混乱とて相当なものだったが、天界のそれは他の二勢力の比ではない。

当たり前だ。

聖書の神こそがまさに当神話体系の中心であり、天使や信徒、彼等にとっての拠り所。全知全能、全てを生み出す創造主だ。殺されれば死ぬ、なんて至極当然の理とても、彼の唯一神にだけは適用されないと本気で信じて生きていた。

 

なのに信仰は覆された。神は死んだ。残されたのは、導を亡くした羊だけ。

神の奇跡、神話世界観の維持を行うシステムだけは天界の最上部に遺されていたが、その機構を知悉する管理者は先に述べたように死んでいる。

 

神のシステムを何もせず放置し続けていれば、何時誤作動を起こすか分からない。仮に停止するだけで済んでも、未だ戦争の残り火の消えない世界においては致命的だ。加護によって護られている信徒達の身の安全、あるいは世界そのものへの悪影響など、可能性だけなら数え切れない程に考えられる。

管理も手入れもろくに分からず、それでも生き残った天使達は必死に動く。遺されたものを失わせないためという使命感と、これ以上失うかもしれない恐怖、そして神の死からの逃避を兼ねて。

 

神の死を伏せたのは、何よりも現世界の維持のため。

 

信仰とは神話にとっての力の根源。決して欠かせぬ必須要素だ。

人間達からの信仰によって神々は力を得、力をもって信徒達へ加護を与える事で、更に信仰を吸い上げる。その正の循環こそが、各勢力の支配領域、延いては神話体系の維持を成す。

奇跡、法則、神秘、果ては新たな生命の創造まで。一定以上の信仰があるからこそ、神はそれらを行えるのだ。

 

聖書の神もまた、その点に関しては他の神々と変わりなかった。

世界最大宗教、聖書の神話体系。

天界や冥界という人外の領域のみならず、人間の住まう惑星上の大半をもその影響下に置いた、世界の支配者。天上に君臨する神こそ死んだが、遺されたシステムさえ動けば不完全ながら代行は出来る。どれほど劣化した拙いものでも、維持が叶う。世界の維持が。

 

実相世界を支える神秘を含んだ物理法則、神の奇跡。

――聖書神話の核たる『システム』。

 

これの維持と稼動には力を要する。つまり信仰の維持とは世界の維持に繋がっているのだ。足りなくなれば、当然止まる。あるいは誤作動を起こすだろう。

余りにも増え過ぎ、広がり過ぎた人々の信仰が揺らげば、供給されるエネルギーが急激に減少したシステムは動きを止めて、やもすれば惑星そのものが物理的に崩れ出す恐れすらあった。

 

それを嘘や冗談とは言い切れない。聖書の神話の版図とは、それ程までに致命的な規模と影響力を誇る。誇っていたのだ。

 

だが、それは困る。星もそうだが、其処に生きる人類種族の絶滅は、あらゆる超常の存在にとっての損失だ。それこそ、人類の消滅が各神話の消滅に繋がったとしても、なんらおかしな事ではないほどに。

だからこそ天界のみならず、冥界に住まう二勢力も、その他神話体系さえも、おぞましいほどに偉大過ぎる聖書の神の死を、隠蔽したのだ。

全ては今在る世界を維持するために。――己自身が、生き延びるために。

 

「神の死に関しては、貴方方も御存知の通りですが――」

 

熾天使がその言葉を吐き出す直前に、ジョンが彼の顔面を殴りつけようと拳を握った。

 

が、先の邂逅時の暴挙を知るアーシアが止めた。止めてしまった。

もう一度同じ事があったら自分が止めよう、などと優しい彼女は決意しており。それゆえに、物の見事にジョンの動きを制止し得、少年は熾天使の口を封じる事に失敗したのだ。

 

「かみの、……死?」

 

傍らからジョンの腕に飛び付いたアーシアが、途切れ途切れに呟いた。

何を言っているのか分からない。音が頭蓋の内を反響し、それでも理解が追い付かない。

腕ごと捕まえられている少年が顔を青くした。彼女を傷つける事が出来ないからと、ミカエルを黙らせる動きが鈍った事が口惜しい。だから言わせてしまった。

 

聞かせてしまった。

 

「おや。まさか、貴女は」

 

分かり易く驚いた顔を見せる熾天使が、次いで罪悪感に塗れた表情を作った。

黙れ、と怒鳴りつけてジョンが少女の顔を覗く。

その顔色は、今の彼以上に分かり易いくらい、真っ青だ。

 

「ジョンさん、いま、あの、今の。わたっ、わたし」

 

アーシアが訊ねるが、答えはない。否、質問自体が形にならない。

彼女は聖書の神の死を知らなかった。――ジョンが教えなかったからだ。

別に知らなくたって彼女の人生は変わらない。知ってしまえば傷付くだろう。だから、今でも日々の祈りを欠かさない敬虔な一信徒に敢えて知らせず、今日まで来たのだ。

傷付いて欲しくなかったから。

 

それは確かに彼女への気遣いだったが、同時に、真実から遠ざける意地の悪い遣り方でもある。知らない方が幸せだという意見も、傷付いてでも知るべき真実も、善悪はともかくとして、考え自体は人それぞれ。そしてジョンは選んだ。選んだ上で一方的に押し付けて、まさに今、失敗という結果を得たのだ。

 

結局彼女は知ってしまった。それも、真実を知る経緯としては割と最悪に近い、奇襲染みた発言によって。

 

アーシアの視界。少年の苦しげな顔を見れば、嘘でない事はすぐに分かった。

そもそもそれを言った相手は熾天使なのだ。翼を仕舞っていてさえ感じる神々しさも、当人の自己申告も、グレモリー家所有のマンションへの立ち入り許可証も、彼の尊い立場を証明している。

果たして熾天使が、最も偉大な天使の一人が、いと高き主の不在を他者に騙るだろうか。

 

ああ、と喘ぐように少女が呟く。

神は死んだのだ。

己の仕える主は、居なかったのだ。

 

それを理解して。アーシア・アルジェントは打ちのめされたように気を失った。

 

 

 

 

「……彼女の事は申し訳ありません。私の配慮が足りませんでした」

 

――気持ち悪い。

絵に描いたような善人面で、熾天使ミカエルが只の人間に謝っている。

それが酷く、不愉快だった。

 

今までも、こんな優しそうな顔で一勢力の長として天上に君臨し続けていたのかと思うと、込み上げる不快感から怒鳴りつけてしまいそうだ。玄関先でも瓶ではなくて、中身をぶつけるべきだった。種族の特性上有り得ない事だが、それで浄化されれば溜飲も下がる。

 

大きく、これ見よがしに溜息を吐いた。

教会を追い出された事、神の死を隠蔽して信徒を集め、今も働かせ続けている事。それを思えば強い怒りが湧いてくる。居もしない偶像(かみ)に祈らせるなど、それはまるで悪魔の所業だ。

 

上には上の都合があるのだろうが、下にも下の感情があるのだ。

 

捨てられた身分で、裏切られた身の上で、不利益を被った立場で、傷付けられた側に立つジョンの主観からすれば、天界側の最上位者であるミカエルを好意的に見るのは難し過ぎた。

初対面時に聖水瓶を投げた事も、そうだ。

善であるとされる天使の長が、天界、あるいは麾下にある教会の不備で異端とされた元信徒に対して、手荒な真似はしないだろう。――そういう俗な計算も確かにあったが、行動の理由は結局の所、ジョン個人の悪感情だ。人生全てを台無しにされた、怒り。

 

手が滑ったなんて言い訳、当人も相手も信じていない。つまらない挑発、あるいは迂遠な罵倒の言葉。それで少しでも気分を害してやれれば胸も透く、と考えた上での事だった。

それで仮に反撃されれば容易く消し飛ばされてしまうのに、感情のまま、彼は我慢する事なんて考え付きもしなかった。そういう、自分勝手な行動だった。

 

膝の上で眠るアーシアの頬を、微かにくすぐる。

くすぐったのに、反応は無い。随分と深く眠っているようだ。そうさせた熾天使相手に舌打ちをしたくなる。原因が自分にもあると知ってはいても、嫌いな相手はより強く罵倒したくなるものだ。

 

頭が回らない。胃がムカムカする。腹の中で物理的な何かが渦巻いているかのようだった。

 

「今日は貴方方に、教会に戻るつもりが有るかどうかを訊ねる為に来たのですが……」

 

お断りだ、と吐き捨てる。口調を整えるだけの自制も出来ない。まるで小さな子供のように。

そして手厳しい言葉をぶつけられたミカエルは、本当に悲しそうな顔で謝りながら微笑むのだ。

 

良い子ぶってんじゃねえ、と言いたくなる。それくらい、綺麗だった。綺麗過ぎた。

光力を発しているわけでもないのに、どこか輝くような風貌。善意の体現と言えるだろう、中身の無い暴言の一つ一つにさえ余さず対応する姿。ああ天使さまだな、と皮肉を篭めて胸中で呟く。

まるで人形。そう振舞うように設計された、ロボットのようだ。

それほどまでに理想的な善の振る舞い、に見える。無論、それは天使を罵倒するためのジョンの勝手な言い掛かりだが。

 

「彼女にも、貴方にも。我々の都合で本当に申し訳無い事をしてしまいました」

 

悔いるように、ではなく真実悔いているミカエルがそう言った。立場ゆえに、頭だけは下げられなかったが。

 

天界の維持、勢力の維持、システムの維持、神話体系の維持。天使長ミカエルの背負う責任は、大き過ぎるほどに大きなものだ。共に背負う者は他の四大熾天使を始めとして多々居るが、それでも頂点は彼である。

今日まで重責に潰されきっていない事が不思議なくらいに、過ぎ行く日々の全てが苦しい。

本来は神が背負うものなのだから天使如きが耐えられないのは当然だったが、それでも必死に勤めてきたのだ。神が死んで以降の、千年間。

 

ミカエルは天使だ。神に仕えるものなのだ。そう創られて、生きていた。

神の代わりなんて、出来るわけがないし、したくもない。

力があっても、システムの管理者権限があっても、己の不足ばかりが目についた。

 

出来ない事は当然だ。だって、彼は決してそういう用途で生まれてきたわけでは無いのだから。

考える事も、決定する事も、裁く事も。彼本来の役割ではない。それらは全て、かつては神が成していた事。神の使い、天使達の長に過ぎないミカエルの職分の外にある。だから上手く行かない、失敗する。

手が届かなかった。良い方策が思いつかなかった。幾度も切り捨て取りこぼし続けて、それでも残ったものを必死にかき集めては、僅かな成功に安堵する。その繰り返し。

命令通りに動いていられた過去の自分が羨ましい。天使達の纏め役程度ならともかくとして、下に居る人間達を含めた一勢力の長なんて立場、向いていない事を自分が一番よく知っているのだ。

 

今、三大勢力の平和的関係構築に向けた動きがある。

思い返せば、あれから千年の時が経った。長い、長い千年だった。

千年かけて、やっと、前へ進むための準備が整った。

木場祐斗の至った禁手【双覇の聖魔剣】を始めとした、システムの齎す不備の確認。何時崩壊するかも分からない世界の中心で、神経をすり減らしながら、ようやく一応の結論を得たのだ。

 

神は無くとも世界は回る。

 

星は崩れない。物理法則は変わらずあった。命あるものは生きている。

聖魔のバランスの不均衡と、神の不在によるシステム運用の不足はあったが、今日も明日も世界は続く。その結論を出すためだけに、千年もかけた。

今の時代になって、ようやく天界勢力は、ミカエルを始めとした天使達は、神の死したあの瞬間から脱しようと、未来に目を向けられるようになったのだ。

 

なんて遅い親離れ。これでは腐れ縁のアザゼルに笑われてしまう。

 

「そういえば、飲み物も何もありませんね」

「聖水でも飲んでろ」

 

何を言っても睨まれる、話題に困った熾天使が、ふとそんな事を口にした。

決して自分が欲しいというわけではなくて、対面の少年を気遣った善意の言葉だ。

それへの返答は、どん、とテーブルの上に置かれた聖水瓶。玄関先でミカエルが拾った奴だろう、土埃が付いているのがよく見えた。

 

ありがとうございます、と微笑む熾天使。その内心は、実は結構傷付いていた。

目の前に居るのは被害者だ。至らない自分、不相応な天界の長が手を差し伸べられずに切り捨てた相手、その一人。多少手酷く扱われた程度で、嫌うわけがない。怒りも湧かない。むしろ責任ある立場として、望んで負の感情の捌け口になろうとさえ考えていた。

 

だから、やはり彼は笑う。少年の行いを受け入れる、己の気持ちを表すように。

へらへら笑ってんじゃねえぞ、とか思われているなんて気付きもしないし、気付いても変わらず、完全に逆効果な精一杯の誠意を持って。ミカエルの管理するシステムの加護を受ける信徒に対し、優しく微笑みながらほぼ一方通行の会話を続けた。

 

この後は、先日教会を出たばかりの聖剣使い二名への勧誘。そして夕方になれば、当代の赤龍帝に対して聖剣片手に媚を売る仕事が待っている。

 

本来ならば他に適任が居るだろうに、忙しい予定の合間を縫って、此処に来ていた。

仕事。仕事。仕事。重責。物言わぬ神の遺品を相手に、システムの不調を取り返す作業。天使達への指示出し、教会からの報告に目を通して、悪魔と堕天使との予定の調整、根回し色々。実に忙しい。目が回る。

だからこれは、息抜きなのだ。決してそうは見えないだろうが、ミカエルは今のこの時間を楽しく思えた。

 

ジョン・オーリッシュは、システムが司る奇跡の加護を受けている。自分が管理するシステムの、加護を。

教会のそれではなくシステム側の、彼の信徒としての履歴を見ればはっきり分かる。一時祈る事をやめてしまった彼が、先日、コカビエルの一件から再び祈りを捧げ始めた事が。

異端追放の件から神への信仰を捨てた少年が、今は真実を知った上で、信徒としての道を歩いている。それは神の不在という絶望を乗り越えた事の証明だ。

 

天界の長は、乗り越える事が出来なかった者達を知っている。人に限らず、天使さえもが、数多く堕天し己の指揮下を立ち去った。

だから、ミカエルは少年の事を評価していた。彼に対する好意と尊敬があった。あからさまに嫌われているのは悲しい事だが、出来れば、自分の下で共に未来の為に働いてくれれば、などと考えてもいる。

 

絶対に叶わない希望を思い描いて、熾天使は聖水の瓶に口を付けた。そうして再び語りかけては、無下にされて密かに落ち込む。飽きる事無く繰り返し、根気強く話をしていた。

幼子のそれに似た、酷く分かり易い敵意と悪意をぶつけられながら時間まで、ずっと。

反抗期の子供を持つ父親のように、困り果てながらも微笑んでいた。

 

 

 

 

ミカエルが帰って、玄関先に塩を撒いて、眠るアーシアの傍に付き添って。

夕日が差し込む時間になって、ようやく少女が目を覚ました。

 

だというのに、今のジョンは家の外で立ち尽くすだけ。

 

――少しだけ、落ち着くための時間を下さい、と彼女は言った。

だから抱き締める事もキスをする事もせず、少年は少女の部屋から背を向けた。

居た堪れなくって家からも出て、玄関扉に背を預け、ずるずると腰を落として座り込む。何時かのアーシアがそうしたように。

 

自分は間違っていたのだろうか。

 

マンションの廊下で俯いたまま、溜息を零して考える。

過保護だったのか。彼女の気持ちを蔑ろにしていたのか。今になって、アーシアに神の死を伏せた自分の選択を後悔している。

 

答えは出ない。それでも何度も考えている。何度も何度も考えている。

今更正解を知っても仕方がないのに、未練がましく うじうじと。

 

「――ジョン?」

 

名前を呼ばれて、顔を上げる。

其処に居たのは見慣れた少女。

紫藤イリナが、彼の目の前に立っていた。

 

 

 

 

少女の右手が、下着の中で蠢いている。

ジョンのものより細い指、それが熱く膨らむ彼の陰茎をまさぐっていた。

 

熱い。熱い。熱い。そして少しだけ、冷たい。

下着の中に篭った熱気が、僅かな隙間から漏れていく。なのに体温は徐々に上がって、汗は次々吹き出すばかり。唯一、男性器を弄る少女の手だけが僅かに冷たく感じられ、指先で柔らかい棒状のソレを撫で回しては刺激を与える。

 

「イリ、ナ……っ」

 

駄目だ、と言った。

言えば、今も彼の股間を愛撫している栗毛の少女が、悲しそうな顔で彼を見るのだ。

 

「嫌なの?」

 

嫌か、と聞かれれば分からなくなる。そうして悩む間も、陰茎を直接摩る手の平の動きが止まらない。ふよふよと弄ばれる小さな袋も、棒の表面に浮き上がる血管のラインも、好き放題に

愛撫されていた。

その度に言葉が喉に詰まる。胸が苦しくて、アーシアの顔が何度も浮かぶ。

 

「いや? ……ねえジョン、私じゃ、駄目?」

 

媚びるような声だった。けれど同時に、泣き出しそうな、物言いだった。

狭苦しい下着の中で、棒の根元から先端までを何度も上下に摩って少女が訊ねる。

イリナの吐息が少年の首筋に当たっていたが、生温かく感じるそれに嫌悪の情を抱けない。

 

頭の中がぐちゃぐちゃだった。

先日の紫藤トウジの訪問。朝方の熾天使ミカエルの訪問。アーシアからの、小さな拒絶。

そして今、数年来の友人が己を寝台の上に押し倒し、甘く囁きながらその手で男性器を扱いている。気持ちが良いのに、嬉しくない。

 

わけが分からなかった。泣きたくなるくらいに意味不明だった。

彼にとっての紫藤イリナは、そういう対象ではない。ただの仲の良い友人なのに。

彼女はアーシアではないのに、齎される快楽が彼の()を揺さぶっている。

 

仰向けになった少年の胸板。上から覆い被さる少女の乳房が、サマーセーター越しの柔らかい肉を押し付けて、その身を揺する度に少年の性欲を刺激した。

セーターの裾に隠れてろくに見えないショートパンツ、そこから伸びた健康的な少女の素足が少年のものに擦り付けられて、その度にひくひくと太腿が震える。厚い布地越しでも、彼女のそれがすべすべとして、実に気持ち良い事が伝わってきたから。

 

だめだ、駄目だ、駄目だ。と何度も繰り返す。

どうして、と友人に向かって問い掛けた。

 

好きだと言ってくれた少女の顔が、イリナを言葉で拒絶する度に、頭の中に過ぎって消える。

肩に手を置いて、軽く押す。それ以上の抵抗は出来なかった。

 

「ジョン。わたし、わたしね――」

 

だって、イリナが泣いている。

 

「あなたのこと、好きよ」

 

大切な人が泣いている。

ジョン・オーリッシュにとって、世界でたった三人しか居ない、大切な相手が。

命の危機があると知っていても、堕天使の幹部格が相手だとしても立ち向かえてしまう程度には、大切な人が。今、目の前で泣いている。

 

その理由が、彼には全く分からない。

 

必死に歯を食い縛った。そこまでが彼の限界だ。

駄目だ、と口で制止するのが精一杯。力尽くで押し退けるなんて不可能だった。

泣いている彼女を更に泣かせるかもしれない事を、少年は絶対にしたくない。かつて何度も彼女を蔑ろにした事への後悔もあったが、身勝手な庇護欲で好きな女の子を傷付けた直後だからこそ、尚更に。彼の心は衝突に怯えて動けない。

戦う事も殺す事も慣れてはいるが、彼の心は人間として未熟が過ぎる。恋愛と友情の区別が付かないゼノヴィアとだって大差無い。戦術的な思考と異なり心の形は子供のままだ。性欲だって、今はともかく最初の内は、ひたすらに感情を発散するための手段の一つに過ぎなかった。

 

だから無理だ。拒めない。それが出来るほど彼の心は強くはないし、大人でもなかった。

 

そうしている内に唇が重なる。

アーシアのものより、少しだけ湿り気が強いような、そんな気がした。

比べる事に意味は無いのに、追い詰められた思考の片隅が勝手にそんな事を考えている。

 

押し付けられる少女の唇が、何度も食むように少年のそれを啄ばんだ。

唇だけで味わうように、憶えさせるように、何度でも。その最中に彼女の右手が一時止まって、股間から湧き出してくる快楽が、少しずつだけど冷めていく。

彼の手はイリナの肩に添えられたままで、見る者が見れば、合意の上で行為に耽っているようにも見える。抵抗していない時点である意味間違ってはいないのだが、少年は未だ何も出来ずに固まっていた。

 

荒い息と共に少女の側が身を起こす。右手は未だ下着の中だ。イリナの手の平が汗とそれ以外で湿って熱い。

潤んだ紫の瞳が見下ろして、見上げる視線と焦点を合わせた。

 

「昨日、聞こえてた」

 

イリナが言うが、何の事だか分からない。

僅かに考え込んだ内に、再度右手が彼の陰茎を刺激しだした。小さく呻いて反応すると、少女の両目が薄っすら笑う。

それはひどく、嬉しそうに。

 

「――あの子と、えっちな事してたでしょ」

 

言われた言葉に驚きを覚えたが、衣類の擦れる音が聞こえるほどに激しくなった右手の動きで何も言えない。放置されて徐々に萎え始めていた陰茎が、再度血を集めて膨れ上がった。

痛いくらいの刺激であるのに、倒錯した状況が彼の本能を刺激する。気持ちが良い、と脳味噌のどこかが訴えていた。

上半身だけを起こしたイリナは、荒い息のまま言葉を続ける。

 

「ねえ、私じゃ駄目? わたし、けっこう、……おっぱいあるんだよ? あの子よりきっと」

 

言って、もう一度覆い被さると頬を寄せた。

顔同士が触れ合う事で、彼の背筋がぞくりと震える。

身体に当たった乳房が潰れて、その感触がはっきり分かる。上の下着を着けていないと、今更になって彼も気付いた。ふわりと下りてくる栗毛の先が、ずっと嗅いでいたくなるような少女の香りを鼻腔に届ける。

 

彼も彼女も、息が荒い。下着の中で限界まで膨れ上がった彼のモノが、先走りで少女の右手を汚してびくびく震える。

いりな。いりな、いりな、いりな。懇願するような声音で言った。やめて欲しいと口にする。

上り詰めるような快楽で、心の中のアーシアの顔が曖昧になっていく。駄目だ、嫌だ、と声にならずに胸中で叫んで、なのにやっぱり、決定的な拒絶は出来ないままで。

 

彼は精液を吐き出した。

 

少女の手指に白濁が跳ねる。下着の内側に飛び出した精液が、すぐさま布地に打ち当たり、窮屈な空間を臭い匂いで一杯にした。

 

好いた異性への手淫という、初めての体験にイリナは目を見開いてじっと見ている。

見るべきものは右手の先では無い。雄の快感に高潮した頬を見せる少年の、快楽に潤んだ瞳と打ち震える表情だけをずっと見ていた。

 

「きもち良かった?」

 

問われても、彼は答えない。答えられないし答えたくない。

何か、とても酷い裏切りを働いてしまった気がする。よく分かってもいないくせに、そう感じる。

心の内に金色の少女を思い描きながら。子供のように未熟で、歪な心を持った少年が声も出せずに泣いていた。

 

それを、そっとイリナが抱き締めた。頬に唇を寄せて、何度も優しく擦り付ける。動物が親に甘えるように。あるいは匂いを擦り付け、己の印を残すかのように。

 

下着の内から引き抜いた右手を、顔の前へと持ち上げた。

鼻から深く息を吸って、口から吐き出す。

 

()っっっさい。……ね、ジョン?」

 

嬲るような台詞とは裏腹に。

言った少女は、酷く嬉しそうに微笑んでいた。

淫らに。艶やかに。男を知った女のように。紫藤イリナは彼を見下ろし微笑んでいた。

 

少年の衣服を割り開き、かちかちとベルトの音が鳴る。

晒される下着と男の身体。汚れた右手で、手ずから彼の下着を引き下ろした。されるがままの少年は、どうすれば良いのか分からない。何を間違ったのかも分からない。ただ友人を見上げて、辛そうな顔で抵抗しない。

少女が己の下着を下ろし、細く透明な糸を引く。

 

歯車のズレる、音がした。




トップに向かない穴埋め人事の現社長ミカエルさんと、逆レイパーイリナちゃんの話。
ここまでキャラを歪めた上で色々積み重ねれば逆レイプを敢行しても異常ではない、筈です。

システムって何だ(哲学)。
天界の事情、システムが惑星の成り立ちや他神話にまで大きく影響する点に関しては捏造です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 女性上位のヴァンパイア

前回に引き続き、幼馴染にセックスを強要されるオリ主の第十八話。
一万文字超。


ゆっくりと下りてくる少女の秘唇。

そこを抉じ開けるように、張り詰め、膨張しきった男性器が身を埋めていく。

 

「は、ぁぁ――」

 

痛みから両目を閉じたイリナが、口を開いて吐息と共に声を出した。

今まで試した事がないくらいに大きく歪に、無垢な女性器が広がっていく。

一人でスるのとは全然違った。熱い。痛い。何より苦しい。意図せずとも下腹に益々力が篭り、そのせいで、膣の入り口はより狭くなるように締め付けられて、更に陰茎が入り辛くなっていく。

 

少女が思い描いていた素敵な初体験、などというものは此処には無い。

 

棒の根元を片手で掴み、もう片方で、己の性器を入れ易いように弄り回した。

痛みと熱と、互いの肉の蠢く感触に、取り返しの付かない変化を受け入れる未知への恐怖。

混じり合った感情のまま彼女は強引に腰を捻って、少年のモノを己の中へと捻じ込んだ。

 

「じょん、ん……っ」

 

赤いものが垂れ落ちる。

たった一筋、わざわざ目を向けなければ分からない程度の少量だけの、それが紫藤イリナの純潔の証だ。押し開くような痛みに重ねて、僅かながら、道を拓いた喪失感が、彼女の中で生じて消える。

 

仰向けとなった少年の腰に跨る少女。未だ処女膜を破ったばかりで入りきらずに、余った陰茎の長さの分だけ、イリナの腰が彼の身体から浮いている。

貫かれた痛みと、好いた相手と繋がった達成感から、目蓋が開く。

見下ろした先の少年も、彼女の事を見上げていた。

何も言わずに視線が絡む。それを、先に振り切ったのはイリナの方だ。

 

もっと奥へ、もっと深く。肉付きの良い、しかし引き締まった少女の奥へと突き立ったモノ、それを全て収めるために腰を揺すって誘い込む。閉じきっていた処女の膣肉が、少し進む度に捕食するように蠢いて、肉棒に絡み、逃走を阻むかのように締め付けた。

少年の側が固過ぎる肉の歓迎に眉根を寄せて、それでも、つい数秒前まで純潔を護っていた新鮮な膣からの刺激は、男の本能を掻き立てる。

 

ほとんど濡れていない紫藤イリナの内側が、彼女自身には痛みばかりを与えながらも、呑み込んだ雄の象徴には積極的に絡んで波打つ。それによって、限界まで勃起した男性器が後の射精に備えて先走るものを吐き出して、内側の潤滑に追加する。

上がる体温と苦痛から、僅かずつ汗が滲み出す。その間にも、徐々に陰茎が女陰の奥へと姿を消して、やがてほとんど入りきった。

 

じりじりと痛む接合部と、少年の腹部に突いた片手で、身体を支える。

ふつふつと吐き出す呼吸ばかりが強く零れて、落ちた少女の汗が、組み敷いた彼の上へと一つ二つと小さく不規則に降り注いだ。

 

ジョン、と彼の名前を呼びかける。

 

「ごめんね……」

 

俯いたまま、影になった彼女の顔はほとんど見えない。繋がる二人は騎乗位の体勢、部屋の照明が眩しくて、背中から光を受けて人型の影となったイリナの姿は、どこか非現実的なものに見えた。

 

ぎゅ、と少女の中の肉が締まる。

思わず呻いた少年は、僅かな痛みと同時に、紛れも無い快楽を覚えて唇を噛んだ。

 

「好きよ。すき。ジョン、じょん、わた、しっ」

 

少女が腰を揺すり出す。肉棒の表面にはろくに濡れていない膣肉が吸い付き、上下運動の引き抜く動きは、中の桃色を融け合ったように引っ張り出した。その痛みを誤魔化すように、イリナは更に力を入れる。

そしてまた、腰の動きで奥へと押し込む。音が鳴りそうなほどの、勢いで。

 

一度手淫で出した分の滑りはあるが、それでは足りない。僅かに混じった処女の出血も潤滑としては不足が過ぎて、動かす度に少女の側へと未知の痛みを与え続ける。

しかし彼女はそれでも良かった。繋がったという事実さえあれば、苦痛も何も、どうでも良いのだ。

 

「だいて。抱き締めてっ。わたしの、なかに! 出してっ!!」

 

泣きながらイリナが腰を振る。あの子よりも激しくシたいと懇願している。

酷く苦しそうな顔をした少年が、何度も躊躇いながら手を伸ばすと、少女の頭を抱え込んだ。

 

――抱き締められた。

それを理解した少女の動きが加速する。もはや感じる痛みなど無いも同然。上半身だけを押し付けるように抱き締め合って、浅ましささえ感じる動きで、浮かせた尻を彼の股間に叩き付けては引き抜いて、上下に何度も何度も振った。

 

下半身だけの交合。貪るようにしゃぶり付く、膣肉の動き。

ぱつぱつと五月蝿い音が鳴る。

僅かずつ量を増していく汁気を飛ばしながら、女の心が男のソレを犯し続けた。

 

ひきつけを起こしたように少年が震える。

射精の予感に、彼の思考が溶けていく。

 

上から強く叩き付けると、ほぼ無意識ながら、下から細かく腰を揺すった。彼が自分との行為に応えてくれている、その事実に歓喜したイリナが、より強く激しく己の膣内を波立たせる。搾り取るために、絡め取るように。ようやく ぬめり始めた肉が蠢く。

 

強く、強く互いを抱き締めた。

少年の抱擁は力が入り過ぎ、イリナの細腰を締め上げる。

少女の抱擁はただ身を寄せるだけの気弱なもので、だがだからこそ、彼の力強さが嬉しかった。例えそこに心が足りずも。

 

出る。でる、でる、でる。うわ言のように彼が言い、出して欲しいと彼女が叫ぶ。

張り詰めたものが弾けるような、圧倒的な開放感と共に。

少年の精が、大切な友人の、性器の内側を染め上げた。

 

 

 

 

――そしてジョンは引き篭もった。至極当然の結果である。

 

ついでにイリナも引き篭もった。事が終わって冷静になると色々思うところがあったらしい。

とはいえ、時既に遅し。尊敬する異性の友人に逆レイプされた少年は、アーシアにもイリナにも合わせる顔が無くなったと思い込み、紫藤イリナ容疑者(1×)が先の被害者に対し弁解と謝罪の機会を得られるのは、これより数日後の事となる。

 

「――というわけで。理由は定かではないんですけど、今ジョン君は僕の所に居ます」

 

ジョンの新たな寄生先、木場祐斗がそう言った。

 

聞かされたリアスは何と返せば良いのか分からない。ジョン・オーリッシュの恋人、という事になっているアーシアから彼が家出したと聞かされて、行方を捜してみれば、己が眷属の元に居るという。

マンションの隣室、直線距離にして僅か数メートルのプチ家出だ。ツッコミに困る。

 

「わた、わたしがっ、私がジョンさんの気持ちを無視したから……っ!」

 

めそめそと泣くアーシアの頭を、リアスがその豊かな胸元に迎え入れる。

先に相手の気持ちを無視したのはジョンの方だが、涙を流す少女にとって順番自体は問題ではない。ただ単純に、今、離れ離れになっている事が悲しかった。その責任を、己自身に押し付けている。

 

部屋主である木場に許可を貰えばすぐにでも再会できる距離に居るが、引き篭もった当人は、今は誰にも会いたくないと言う。

 

表層だけを知り得たリアスとしては、友人であるアーシアの味方をしたい。今すぐ怒鳴り込んで、首根っこ引っ掴んで彼女の目の前に連れて来てあげたかった。

自分のおっぱいに埋もれて泣いている可愛い友人の事を思うたび、短気なリアスの怒りの熱気(ボルテージ)が上昇していく。

こんなに可愛い恋人を泣かせておいて、自身は素知らぬ顔で他の男の部屋に引き篭もるとは、男の風上にも置けない奴だ。そんな輩は決して許せん、ライザーの刑に処さねばならない――。

 

かつてフェニックス相手に行われた残虐ファイトの記憶が、リアスの脳裏に蘇る。

 

スーパー聖水による大量の放水攻撃を受け、喉を焼かれてゴボゴボ言いつつリタイア宣言も出来ぬまま、審判の手によって退場させられていった『兵士』の双子。

聖なるクレイモア地雷に引っ掛かり、汚い高音で泣き叫びながら時と共に衰弱していき、やがて蝋燭の火が消えるようにリタイアしていった『戦車』。

模造聖釘で校舎の壁面に打ち付けられた上で、部長の処女を護るためだッ、と片腕を代価に擬似禁手化した赤龍帝に延々と私刑を受ける『王』。

 

自分達のやった事だが、思い出すだけで背筋が震える。出自はどうあれ同じ悪魔だ、聖具によって消滅するかのように強制退場していく姿を、明日は我が身と思えてしまう。

 

――ジョン・オーリッシュを敵に回してはならない。

 

割と箱入り育ちなリアス・グレモリーは、教会の戦士の持つ本当の恐ろしさを、彼によって学ばされた。より正確には、彼の提供する『祝福』済みの超強力聖具によってだ。

その重みは、表層をなぞるだけだった座学知識の比ではない。ライザーを筆頭とするフェニックス眷属の尊い犠牲は、今もリアスの中に刻み込まれている。

 

教会の戦士は、ヤバイ。

 

やはり物事は話し合いによって解決するべきだろう。刹那で日和った紅髪の悪魔は、事の方針を穏便な方向へと凄く強引に切り替えた。

好きな人と結婚したい、などという乙女な理由で先のヤバイ行為を一通り実践した己の功罪を脇に置き、気を取り直したリアスは、すすり泣くアーシアの頭を撫でながら言葉を放った。

 

「何にせよ、まずは状況の把握からね。他人が無思慮に状況を掻き回すのは下策よ!」

 

最初の己の思考を棚に上げ、かしこいリアスさまは珍しく行動よりも情報収集を優先した。

号令を受けたグレモリー眷族が各々頷き、一組の恋人達のために役に立たない奮闘を開始する。――そう、役に立たない。立たなかった。先に結果を述べるなら、彼女等の頑張りは身を結ばないまま無駄に終わる。

 

木場の部屋に引き篭もったレイプ被害者ジョン・オーリッシュ。

彼が新たな拠点となした押入れの奥から顔を出すのは、この時より数日の後、此処駒王学園で行われた三大勢力間の会談の最中。

反三大陣営テロリスト集団『禍の団』の襲撃と、ほぼ同時刻の事だった。

 

 

 

 

「そうか。イリナがなあ……」

 

紫藤イリナが処女を捨てた日より、数日の後。

木場祐斗の住居、其処にある和室の押入れの前。

綺麗で落ち着く色合いをした高そうな襖にその背を預け、元教会の戦士ゼノヴィアが、持って来た見舞いの品を自分でもぐもぐしながら呟いた。

 

彼女の背後、襖で遮られた押入れの奥。

逆レイプ被害者ジョン・オーリッシュが、真っ暗闇の中で蹲ったまま、数年来の友人に対して己の気持ちを吐き出していた。

 

教会から追放を言い渡されて絶望した事。

偶然見かけた魔女を襲って、欲望を吐き出した事。

堕天使の組織に属したが、何故か分からないが我慢出来なくて離反した事。

悪魔との契約と、それからの平穏な日々の事。

アーシアとの爛れた行為と、再会したゼノヴィア達の事。

 

イリナにレイプされた事。

イリナに好きだと言われた事。

どうすれば良いのか分からなくなって、一人で逃げ出し、今はこうして木場の部屋で厄介になっている事。

 

全部、全部吐き出した。そうしなければ、耐えられなかったからだ。

 

「……そういえば私も好きだと言われたな」

 

――まずいな、このままではイリナにレイプされてしまうぞ。

 

ゼノヴィアは冗談とも本気とも付かない口調で呟き、手元のナッツ類を噛み砕いた。

まず間違い無く杞憂であるが、「イリナに迫られたらどうしようか、……いや、問題無いのか???」などと大真面目に考えている。

 

先の一件でジョンはショックを受けていた。心が傷付き、揺れていた。

イリナに告白された事もそうだが、それ以上に、尊敬する大切な友人に、強姦などという汚い真似をさせてしまった事実に対して、だ。

 

アーシアに好きだと言って、好きと言われて。友人二人と再会出来て、仲直りして。

彼は全てが満たされていた。もう何も、これ以上は要らないと、本気で思っていたのに。

イリナはそれでは嫌だと言った。好きだから抱いて欲しいと、そう言った。

 

苦しい。悲しい。胸が痛い。

自分の何がいけなかったのか、少年には分からない。

どうしたら良い、と涙混じりに吐き出した。

 

それは誰かに届く事など望んでいない、ただの弱音で、独り言だ。

しかし、此処にはそれを耳聡く聞き付けてくれる友が居る。ジョンとイリナの二人が大好きな、頭の良い脳筋が居たのだ。

 

ばさりと襖を抉じ開けて、仁王立ちするゼノヴィアが、ジョンに向かってこう言った。

 

「ジョン。セックス、しよう」

 

 

 

 

いや゛――ッ!! と声変わり済みの少年の声が悲鳴を上げた。

 

ゼノヴィアとて乙女だ。引き篭もりを、相手の住まいから無理に引っ張り出すような無粋はしない。布団の敷かれた押入れの中へ、当たり前のように乗り込んだ。

己の聖域に侵入者を許してしまったジョンは、逃げるように後退り、すぐさま押入れの壁に打ち当たる。物理的な意味で退くに退けない状況下で、それでも逃走を諦めきれず、壁に背を押し付けて距離を取る。

 

そうして稼いだ僅か数センチの猶予を、押入れの中に入り込んで襖を中から閉めたゴリラが、我が物顎で占領していた。圧倒的である。勝負にならない。

ひぃ、と悲鳴を上げて目蓋を閉じる。

 

蘇るのは逆レイプの記憶。

抵抗しようにも出来ない相手。友人という距離感に満足出来ない、物欲しそうな雌の顔。彼の身体をまさぐる少女の両手。揺れる乳房、跳ねる尻肉、柔らかな唇の感触。アーシアに対する罪悪感。止め処ない肉の快楽と、捕食される、恐怖。

 

身体が震える。見知った相手が、紫藤イリナが、違う何かに変わったかのような変貌だった。

ゼノヴィアの顔を見る事が出来ない。怖いのだ。彼女までイリナと同じになっていたのなら、と。

 

「ジョン、もっと単純に考えるんだ」

 

ふわりと優しく抱き締められた。

 

鼻腔に届くのは少女の香り。少しだけ汗ばんだ、かつて身近な距離に居た友人の匂いだ。

目蓋を開けられないまま、それでも少しだけ、強張った全身が楽になる。

耳元で、変わらぬ声音でゼノヴィアが言う。

 

「セックスは好きな相手とするものなのだろう。私はキミが好きだ。――キミはどうだ?」

 

単純に。という言葉が頭の中で木霊する。

そうなると、答えなんて決まっている。考えるまでも無い事だ。

 

「……好きだ」

「そうだろう。……ふふっ、これで相思相愛だな」

 

嬉しそうに返すゼノヴィアの耳は少しだけ赤くなっていたが、この押入れの中の暗がりで、胸元に抱き締められた彼からは彼女の様子なんて分からなかった。

 

「あの娘、アーシアの事が好きなんだろうが。それで良いさ。それでも、私はキミが好きだぞ」

 

何か良い事を言っている気もするが、まず間違い無く、どこか論点がズレている。

恋愛事とは、そこまで単純で、分かり易く、なによりも都合の良いものではないのだ。

 

が、此処に居るのはジョンとゼノヴィアの二人だけ。

お互い恋というものを理解せず、好きと嫌いの、大まかに二種類の基準で世界を見ている子供同士だ。歪な二人、だけだった。

頭を使う方の子供であるジョンにしても、今は心が弱りきっていて逃げ場が無い。怖いものの見えなくなった暗闇の中で、信頼する友人に抱き締められて、温かなものに包まれていれば、常の七面倒な小理屈なんて簡単に何処かに行ってしまう。

 

「私はキミが好きだ。そして、キミも私が大好きだ。――ほら、何も問題は無いじゃないか」

 

互いに好き合っているのなら、もう、それだけで充分だろう。

 

さり気なく彼の気持ちにのみ「大」を付けて言い切ったゼノヴィアは、思考の鈍った彼とは違い、本当に本気でそう思っている。

好きな相手が沢山居て何が悪い。好きならばセックスするのは当然ではないのか、と。教会譲りの偏った知識と野生的なメスの本能で判断し、それを実践しようと身を寄せていた。

 

「ジョン、セックスしよう」

 

先程と同じ言葉を、先程よりもずっと優しい声音で繰り返す。

ゼノヴィアの思考なんて単純だ。本当の本当に、シンプルだ。

 

セックスによって得た傷は、セックスで癒す。

 

彼女は友人二人が大好きなので、彼等が避け合う状況を解決したかった。

弱りきっている今のジョンには言わないが、イリナだって先の一件で引き篭もったまま、布団に潜って水も食事もゼノヴィア頼りの要介護状態。これではいけない、とゴリラは思った。

彼のトラウマにその原因を上塗りするような、酷く強引な解決法だ。単純思考な彼女が考えているほど、心の傷というのは、容易く乗り越えられるものではない。

 

だが、二人のためなら一肌どころか幾らだって頑張るつもりのゼノヴィアである。

自分だって処女のくせに。怖いのなら、怖くなくなるまで付き合うからと。彼の話を全て聞いた上で、それを当たり前に受け入れていた。追放も窃盗も、強姦未遂も、今に至るまでの全てを知って、それでもゼノヴィアは変わらない。

聞いた上でも好きな気持ちが変わらなかったから、別にいいかと納得していた。

 

実に簡単な話だ。――彼女は彼が好きだった。

それは一切混じり気の無い、赤ん坊のように素直な気持ちだ。

 

だから弱りきった少年は、まるで縋るように少女の身体を抱き締めた。

 

 

 

 

「んっ。結構、こそばゆいな」

 

暗がりの中で露出した乳房を、少年が舌で舐めしゃぶる。

衣服を捲り上げて腹部から胸元までを露出したゼノヴィアは、ろくに見えない視界の中で、彼に己の身体を差し出していた。処女なので遣り方も分からないから好きにして欲しい、とそれだけを言って。

 

が、これが意外と恥ずかしい。

倫理観も性知識も恋愛観も言い訳不能なくらいにガバガバだったが、ゼノヴィアだって女の子だ。いざ事に及べば、恥じ入る気持ちも少々あった。だからと言って、やめる気なんて全く無いが。

 

乙女な自分を再発見した少女の胸元、少年が甘えるように乳房に吸い付く。

彼女の乳房に両手で触れて、小さめの乳首を唇で咥える。舌で舐って軽く弾いた。強く啜れば何故か落ち着く、安堵する。

大きく、丸い、真っ白な果実。少女の胸元に抱き留められて乳を吸う。構図だけなら赤子のそれだが、少年の股間は当たり前のように女を求めて勃起していた。

 

怖い怖いと怯えていたのに、いざ事に及べば身体は素直だ。気持ちだって、頭の中に先のゼノヴィアの言葉が反響していてそればかり。好きだ、と何の衒いも無く言われた事が、どうやら自覚している以上に嬉しかったらしい。弱った心に付け込むような、実に見事な手際であった。やった少女は無自覚だが。

 

ゼノヴィア、と胸を舐めながら名前を呼んだ。

それを耳にし ぴくりと震える、常の態度とはどこか異なる少女の姿。

股間が滾る。心が燃える。身を乗り出して、襖の合わせ目から僅かに漏れ出る明かりを頼りに、彼女の顔へと己のそれを近づけた。

 

薄っすらと見える、彼女の視線。金色の瞳が真っ直ぐに、彼の顔へと向けられている。

身を乗り出して、薄く開いた唇を寄せれば、少女の方もまた応えて動く。

 

がちり。

 

「いたいぞ、ジョン。……へたくそ」

 

目算が狂ったのは恐らく、キスに慣れていないゼノヴィアの方だ。

暗いと言っても、少年の側は百では足りない数の口付けを経験している。今更失敗などするわけが無い。そう言い返してもう一度、覆い被さるように顔を寄せた。

 

しかし、少女の側はその言い訳が気に食わなかったらしい。

手を伸ばして襟元を掴むと、少年の顔を己の方へとかなり強引に引き寄せる。

がつり、かつりと何度もぶつかる。ぶつかる度に、彼の顔のどこかしらに柔らかなものが触れてきた。やがて伸ばされた少女の口が頬に当たり、鼻の頭を舐め、何度も何度も失敗し、流石にこれはわざとだな、と理解した辺りで、――微笑みながら少年の唇を奪い取っていく。

 

篭るような吐息が、互い相手の方から漏れ聞こえてくる。

キスをしながら手を伸ばし、彼が彼女の胸を揉む。軽く触れるように撫でて、乳房の曲線をなぞりながら、時に先端の突起を弾き、もう片方の手で脇腹から腰元、臀部にまで愛撫の手を伸ばして動く。弄ぶ動きをゼノヴィアの側も受け入れて、勝手気ままに触って愉しむ。

 

唇を離せば吐息が零れて、もう一度、僅かな明かりで金色の視線を垣間見る。

既に股間のモノは張り詰めていた。肉付きの良い女の尻を揉みながら、ゼノヴィアの股間に己の形を知らせるように、軽く幾度か擦り付ける。

二人の人間が身を潜めるには些か狭い、押入れの中。ガタゴトと音を立てながら下を脱ぐ。

つるりとした少女の下腹部に己のモノを軽く乗せ、ここで一拍息を吐く。

 

「今更だが」

 

ゼノヴィアが、暗がりでよく見えない陰茎を見下ろし、ぽつりと言った。

 

「少し恥ずかしいな、これは」

 

今更言うのか。

 

脚を広げた彼女の腰元、軽く立ち上がった姿勢のままで、少年が小さく吹き出した。

彼女としては最初から割と恥ずかしかったのに、それを察する様子も見えない彼へと向けた、ちょっとした気遣いの要求だったのだが。この様子では通じなかったようだ。

 

股間同士を軽く触れさせながら、もう一度顔を寄せてキスをする。

今度は、失敗しなかった。

 

陰茎に手を添え、互いの腰の位置を調整する。手が足りないと見るや、少女の側もまた、己の秘所を指で広げて迎え入れる態勢を整えた。

 

ずくり、と入る。

すぐさま気付くが、湿り気が足りない。少年が片手の指を立て、ゼノヴィアの口の中を優しく まさぐると、そこから掬い上げた二人分の混じった唾液を、繋がった部位や己の性器に塗りたくり、出来るだけ痛みがないようにと気を使う。

それを見て、ゼノヴィアの片手も彼へと伸びた。

己が今されたように、少年の口内を好き放題に弄り回して舌を揉めば、刺激を受けて彼の唾液が分泌される。掻き出すようにそれを掬えば、今度は彼女がぬめりを施す。

 

塗って広げて、腰を振る。少しずつ、動きが滑らかになっていく。

その途中で破れた処女膜から多めの赤が追加され、更に動きが加速した。痛みは、余り無い。

 

少年の側が強くなり過ぎないように腰を振って、手を伸ばして乳房を揉んだ。

丸みを帯びた形を引っ張って、指先が先端の乳首を弄る。狭苦しい暗がりの中でも、掴んでいない方の乳房が跳ねるのを確かに見て取り、視覚からの刺激に興奮が更に増していく。

 

陰茎が膣の内側で舐め上げられる。

見知った他の二人よりもずっと強い締め付けと、それ以上に複雑な動き。引き抜く動きに ざらざらと動く襞の刺激が気持ち良く、すぐさま打ち付け奥へと潜る。

 

少女が両腕を伸ばすと、少年の首を抱きすくめるようにキスをした。

前後運動の最中で唇同士が僅かに離れ、垂れた唾液が少女の臍辺りで溜まりを作る。ソレは揺れる女体の上から零れ落ち、その内の僅か少量だけが、二人の繋がる部分へ流れた。

 

射精が近い。少年の側の動きが、速く、細かく変わっていく。

出そうだ、と言えば少女の側が両脚を伸ばして彼の腰を絡め取る。ぐるぐると蠢く膣内の動きも、まるで搾り取るようなものへと変わった。

このままだと、出る。彼女の内側に射精する。

 

「ふふっ」

 

このままでは妊娠するな、となぜか得意気に笑うゴリラ。

 

今、彼女に何らかの恐ろしい企みがある、なんて事は当然無い。

ちょっとした戯れ、男に対する からかいだ。妊娠の重みも出産の苦痛も、彼女は何にも分かっていない。

セックスなのだから子供が出来ても当然だ、とは考えてはいるが、避妊をする事に否やは無かった。別に、彼に対して子供を作って縛り付けたり、嫌がらせをしたりの意図など無い。人によっては割と恐ろしい脅しになるが、ゼノヴィアは子供のじゃれ合い程度の意識で口にしている。

 

一方、言われたジョンは両目を見開き呟いた。

 

「しまった。イリナやアーシアとスる時、避妊した事が無い……!」

 

ジョン・オーリッシュは戦慄した。

このままでは妊娠してしまう。――アーシアが。あと、可能性は比較的低いが、イリナも。

今更になって、そこに気付いた。本当に今更だった。

 

「――は???」

 

ゼノヴィアが短く、重低音で訊き返す。凄く不機嫌そうな顔だった。

色々と足りない部分はあっても、彼女とて年頃の、立派な乙女だ。行為の最中にこんな事を言われて何も感じないほど、女を捨ててはいなかった。女というのは心がどれだけ幼くとも女なのだ。

 

均整の取れた美しい少女の両脚に、ゴリラの如き力が篭る。

少年の腰をがっちり固定し、下半身の動きに伴い、膣内の動きもどこか淫らに変化する。不意の刺激に陰茎がびくりと大きく震え、それさえも膣の愛撫に押さえ込まれた。

ゼノ助!? と驚く彼が言う。が、対する彼女は不敵に笑って言葉を続けた。

 

「子供は五人くらいが良いな。――パパ?」

 

完全に、臍を曲げた子供の顔だ。

別に今の彼女は子供が欲しいわけでも結婚願望があるわけでもないが、ただ単純に、先の発言で乙女心が傷付いたので、報復のために口にする。

 

既にして充分な愛液を溜め込んでいる膣内が、一際激しく動き出す。

女の肉が、舐めて、絞って、吸い付いた。言葉や精神が年齢不相応に未成熟でも、肉体だけは一際強く、彼女の性を主張していた。

 

少年が喘いで、僅か数日の引き篭もり期間で溜まりに溜まった精液を噴き出す。

 

性の快楽に突き動かされて、二人が互いに抱き締めあった。まさしく、番い合う男女そのものの姿で。その間にも、少女の内側ではありったけの熱が吐き出され続け、膣と子宮を泳ぎ出す。

 

やがて重なり合ったまま、敷かれた布団の上で一つになって横たわる。

汗ばんだ素肌が触れ合って張り付く、たわわに実ったゼノヴィアの乳房が胸板で潰され、美味しそうに撓みながらも彼の体重を受け止めた。

二人っきりの狭苦しい暗がりの中で、しばし呼吸の音だけが響いて聞こえる。

 

三大勢力のトップ陣が会談を行う、二日ほど前の出来事だった。




木場「家に帰ったらジョン君に貸してる和室から変な臭いがする……」

ゼノヴィアは剛毛か無毛の二択なイメージだったのですが、ケツ毛ボーボーなメスゴリラ系ヒロイン(ガチ)を待ちわびている方がどれ程いらっしゃるか不明なので善意のパイパンと相成りました。

主人公がぐだぐだ悩む展開は面倒臭いので、彼個人に関してはさっさと吹っ切れる予定です。
次話こそ駒王会談(参加するとは言ってない)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 駒王会談のヴァンパイア

その頃のイリナと三大勢力会談、そして禍の団とオリ主の第十九話です。
一万三千文字。読む際は御注意下さい。


「ゼノヴィア、ごはん……」

 

もそもそと動く布団の塊。

その内側から、寝惚けたような少女の声音がのっそり響く。

が、それに応える者は誰も居ない。室内は静かなまま、彼女以外の誰も居ない。

 

「ぜのびあー?」

 

びあーびあーと小さな子供のように間延びした声が、幾度も飛んでは返答も無しに虚しく響く。

望みの相手が声の届く位置に居ないと理解すると、ぐちゃぐちゃに丸まった布団の中から栗毛の少女が顔を出した。

 

何時ものツインテールは ほどかれて、寝癖だらけの酷い有り様、寝起きで充血したその両目。ぼけっとした表情で室内を見渡し、寝室のサイドテーブルに置かれたビニール袋に気付くと寝惚けた動きで手を伸ばす。

袋の中身はゼノヴィアが買って来たコンビニのおにぎり等、その他食べ物色々だ。全て残らず既製品、ゴリラは料理などしない。

寝台の上に座り込んだまま、もそもそと三角形の米を食う。

 

おいしい。

 

何故コンビニのおにぎりはこんなにも美味なのか、イリナはとっても不思議であった。

ビニール袋から取り出した500mlペットボトルで喉を潤す。雑な飲み方が祟ったのか、少量の緑茶がシーツの上へと零れ落ちる。が、気にしない。季節が夏に差し掛かった今、室温は高く、ずっと布団に包まっていたイリナの汗で、シーツは元々汚れていたから。今更染みの一つや二つが増えた所で、栗毛の引き篭もりは気にしない。

不意に鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。ちょっと臭うかな、と思ったが御風呂に入るのも億劫だった。

 

「はあ……」

 

溜息を吐いて、食べかけのおにぎりを片手に持ったままで俯いた。

片思いの少年を強姦して以降、紫藤イリナはずっと自室に引き篭もっている。

色々な事があって。色々な事があり過ぎて。引き篭もり生活当初の彼女は本当に気持ちが参っていたのだ。

 

離れ離れになった相手ともう一度手を取り合えた、かと思えば突き放される。ジョン・オーリッシュが教会を出奔して以降、彼とイリナの関係はそんな事の連続だった。

 

此処駒王の町で別離と再会を繰り返し、ようやく自覚した恋へと邁進する事を誓えば、凄く生々しい経緯で己の敗北(ねとられ)を思い知る。

あの風の吹かない日の夜に、二つ隣の部屋から漏れ聞こえてきた情事の声が、忘れられない。あれが無ければ、彼を泣かせる事も無かったのに。と犯った自分が悪いのに思ってしまう。

 

そっと丸出しの下着に指を伸ばす。思い出すのは、痛みと歓喜で一杯になった初めてのセックス。今もじわじわと残滓が燻り、咥え込んだモノの形を鮮明に思い出せた。

前日から履きっ放しの、蒸れた下着の表面を擦る。

最初は臍下、やがて股間へ。非処女の割れ目を指一本で すりすり撫でた。頭の中には好いた少年の顔と、屹立する男根の雄々しい形。

 

ふつふつと荒れ始めた呼吸を聞きながら、あの日の情事を思い出しては女陰を擦る。

宙に浮いた片手から、おにぎりが落ちた。だけど熱中する彼女は気付かない。

 

半端に開いた脚の間に右手を差し込み、何度も何度も刺激を与える。触った部分はじわりと熱を持って気持ち良く、けれど奥の方、数日前に少年の男性器を受け入れた場所だけは、未だに火で炙られるような違和感があった。

だけど、それが良い。

 

例えそれがイリナの錯覚で、もはや与えられた痛みも変化も彼女の身体からは消えており、全てが単なる妄想だとしても。あの日の痕跡が残っていると思った方が、彼女は嬉しい。気持ちが昂ぶる。きもちいい。

右手と股間に意識が集中し、徐々に脱力していく他の部分が、項垂れる形で丸まっていく。

身体の半ばを覆い隠すように、乱れに乱れた長い栗毛が動きに従い流れて落ちた。

 

「じょんっ、そこ、そこ! ぁ、ああっ!」

 

寝台の上で座り込み、その身を縮めて一心不乱に自慰の快楽に没頭する。

頭の中では少年のモノで膣肉を穿られ、出し入れされる度に内側の肉が熱くなる。

妄想である以上それら全ては錯覚であるが、身体は素直に反応していた。

 

手持ち無沙汰な左手が、シーツを掴んで握り込んだ。皺くちゃに歪んだ白布が、その上に乗せたおにぎりを転ばせ床へと落とした。

自分の身体の、最も柔らかく繊細な部分を片手で弄る。激し過ぎて僅かな痛みが走るほど。

潜り込んだ指先が入り口の周辺を強く揉み込み、第二関節辺りまで深く突き入れては、指を引き抜く動きで擦る

 

――頭の中で、組み敷いた彼の身体を押し潰す。

貫かせたまま腰を振って、呼びかけてくる仮想の声に軽く喘いだ。

膣内の襞が蠢いている。居もしない雄を求めて搾り取るための動きが生じた。

 

吐息が熱い。

 

「っぅ、ん、――ふぁっ」

 

絶頂する。

繋がった時よりずっと容易く、気持ち良く。未だ一度きりの性交よりも、自慰の方がずっと慣れていて気持ちが良い。ぷしぷしと汁を飛ばして力を抜いた。下着はすっかり湿ってしまい、シーツに染み出し汚れを増やす。

凄く、気持ちが良い。きっと人生で一番の快楽だった。

 

なのに、目蓋を開けばすぐさま冷める。

弾けるようにイリナの中へと飛び込んでくる大量の白濁は、所詮偽りの夢に過ぎない。

彼女の内側を満たすものは掻き混ぜられた愛液のみで、肉棒も子種も全部嘘。

ああ、と泣きそうな声で呟いた。

 

「……あやまらないと」

 

弾む呼吸の合間に、言葉に出して自分自身に言い聞かせる。

泣かせた事。傷付けた事。既に相手が居るのに、セックスした事。浮気させた事。全部、ちゃんとジョンに対して謝らなければ。

謝って、そして。

そして。

……。

 

「ううん、謝らないと。謝って、あやっ、あや、まって。うん、うん、……それだけ」

 

謝って。そしてその後、どうするべきか。どうなるのだろうか。

あの魔女に譲って、己の気持ちを諦めるのか。それともこのまま完全に嫌われて、彼とは他人になってしまうのか。

 

欲を満たして冷静になったイリナの中には、楽観的な思考が生まれてこない。ただただ当たり前に、常識的で悲観的な結果ばかりが思い浮かんだ。

何時もの妄想の、良くない流れだ。だけど自分では止められない。己を責める言葉が胸中を蝕み降り積もる。

――悪い事をしたのだから、報いはきっとあるのだろう、と。

気持ちを浮上させては、落ち込んで。それが引き篭もり始めて以降の、紫藤イリナの日常だ。

 

今日のこの日は、駒王学園で三大勢力合同の会談が行われる、らしい。

 

先日彼女等の住居を訪れた、熾天使ミカエルの言である。コカビエルの一件に関わった面々には出来れば同席して貰いたい、と勧誘に添えて告げられていた。

ならば、ジョンも其処には来るのだろう。擦れ違う事など有り得ない、顔を合わせるにはまたと無い機会だ。

 

恋人を裏切らせて彼自身を傷付けたイリナに対し、あの少年から何を言われるのか。想像するだけで怖くて怖くて堪らなかったが、これ以上逃げる事も出来はしない。此処で進まなければ、ずっと蹲って震えるだけだ。

 

先への不安で痛いくらいに脈打つ心臓を上から押さえて、紫藤イリナは身繕いの為に立ち上がる。所詮脇役とはいえ、不相応過ぎる舞台に踏み入るのだ。今の身なりでは恥ずかしい。

どうなるにせよ、好きな男の子の前に、見っとも無い姿を晒したくなかった。

シャツを脱いで、下着も放って、御風呂場に向かって裸のままで歩き出す。

 

会談の場に自身の想い人が現れない、なんて想像だにすらしないまま。

 

 

 

 

「ほーん。例の聖剣使いも、当代のデュランダル使いも居ない、か。顔ぐらいは繋いでおきたかったんだがな」

 

椅子の肘掛けに凭れかかりながら、堕天使総督アザゼルが、消えぬ笑みのままそう言った。

 

人の消えた深夜の学園。

この日この時のために誂えられた一室で、三大勢力のトップ陣四人が円卓を囲み、顔を突き合わせて語り合っていた。

 

悪魔側からは魔王が二人、当代のルシファーとレヴィアタン。

堕天使側からは『神の子を見張る者』総督、堕天使アザゼル。

天界は、実質的なトップである熾天使ミカエルただ一人。

 

その周囲には、名目上の護衛役である白龍皇や悪魔の面々。

現状無所属であり此処での身の置き所に困った紫藤イリナは、輝く熾天使から僅かに距離を取った位置に立ち、同じく立場が明確ではないアーシア・アルジェントは今、駒王学園旧校舎にて、友人の小猫やグレモリー眷属の『僧侶』であるギャスパー・ヴラディと共に寛いでいる。

 

学園に在籍する若き悪魔達は『戦車』と『僧侶』を除いたグレモリー眷属と、『王』と『女王』のみのシトリー眷属が、先の聖剣騒動の詳細を説明するためだけに部屋の隅にて待機していた。

 

「――アザゼル。彼等は教会から籍を剥奪されたとはいえ我等が主の信徒です。貴方の興味本位で手を出すというのなら、止めさせてもらいますよ」

「それならば私も。妹のリアスが彼とは仲良くしているそうだし、ここは口出しをさせて貰おうかな?」

 

気軽に言ってのけたアザゼルに対し、天使と悪魔が掣肘する。

とはいえ、これは本題の前の前哨戦だ。話題自体に重みは無い。

 

事実として、アザゼルの物言いはミカエルが言う通り、興味本位ゆえのもの。

無所属の聖剣使いへの勧誘意欲くらいはあるが、優先順位は比較的低い。なにしろ此処には当代の二天龍、己の側には白龍皇が、視界の内には赤龍帝が居る。

注目度を語るなら、才ある人間と神滅具持ちでは比較にならない。これは他の二勢力に向けたほんの少しのからかいと、目に付いた人材に対する各々の評価を探るための冗談だ。

 

信徒を愛する熾天使ミカエルは、アザゼルの戯言に真っ向から反対した。

生来の善性ゆえに一勢力の長としては著しく適正が低いが、善性ゆえに情も深い。

何ものにも縛られる事無く生まれて初めての自由を謳歌している若者達を、権力者の個人的興味で振り回すなど以ての外だ。大真面目に言葉面を捉えて、悪友染みた縁のある堕天使総督に噛み付いた。そこに裏は一切無い。

 

悪魔側、魔王サーゼクス・ルシファーは婚約の一件以来微妙に距離を感じる愛妹に、少しでも機嫌を直して欲しくて媚を売る事が目的だった。

割と馬鹿みたいな理由だったが、本人的には真剣だ。

常に新しい人材を欲する貪欲的な種族方針ゆえに、勧誘出来るのならばしておきたいが、妹の機嫌を損ねてまで、個人で接触する価値は無い。そもそも当人達にその気が無いなら、誘ったところで役にも立たない。

ゆえに、天界側の言に乗って堕天使総督を牽制する程度が、彼の得られた此処での成果。

ただしリアスの機嫌はちょっぴり上向く。実にチョロい。

 

この場に居ない彼等の事が、ちょっとした話題の一つとして口端に上り、すぐさま流され次へと移る。その程度の軽い扱いでイリナを除いた聖剣使い二人の話は終わってしまい、会談は次の段階へ。

 

――そして、暴走する停止の力が学園の全てを呑み込んだ。

 

 

 

 

三大勢力の会談が襲撃を受けているのと、ほぼ同時刻。

ジョン・オーリッシュは、木場祐斗の自宅の和室、その押入れの中でセックスしていた。

 

暑くて臭くて粘着いている、暗闇での熱心な交合。その相手は当然、ゼノヴィアだ。

青髪の少女は、引き篭もるイリナの下へ欠かさず三食、コンビニ食品を補給して、更にジョンの下へも同じく持ち込む。そのまま、食事を終える度にセックス三昧。食事、セックス、休憩、補給、のサイクルを丸二日ほど、ずっと繰り返してはセックスしていた。というかすっかりハマっていた。これではまるで猿である。

 

締め切った押入れ。狭苦しい閉所での男女のプロレス。

季節は初夏だ。すごく暑い。吹き出す大量の汗で互いの全身は濡れそぼり、体調維持のための水分を適宜大量に補給しながら、二人分の体液に塗れて腰を振る。唇を擦り合わせる。裸の胸を押し付けあって、手も足も絡めて溶け合っていた。

 

生まれて始めて男に抱かれた少女の身体が、たった二日ほどで開発されて、今では徐々に快楽さえもを覚え始めて、異性の肉欲に反応している。

擦り合う肌が気持ち良い。初めてのキス以降幾度も貪られた唇も、純潔を捨てたばかりの処女膣だって、彼の専用へとかつての形を変えられていく。

 

「ジョン、暑いぞ……!」

 

暑いと言いつつ腰を振る。何度も何度も、文句を言う割には動きが全く止まらない。

少女の意見に同意しながら、少年もまた、腰を押し付け抱き締める。座り込んだ姿勢で向かい合い、胸板でゼノヴィアの大きな胸をわざと強く押し潰しながら、彼女の中で陰茎を扱いた。

 

もう、何度射精したかも分からない。

 

慣れるまで。飽きるほど。異性との行為が怖くなくなるくらいに、ずっとずっと交わっていた。

効果は確かにあったのだろう。未だかつて無いほど濃密に、少年はゼノヴィアだけを見、ずっと彼女を貪っている。忌避感なんて、もはやどこにも見えはしない。腰を振る機械と化していた。

まるで動物だ。荒療治の成果はあったが、ヤり過ぎたせいで頭の中が互いに馬鹿になっている。

 

もはやイリナへの恐怖も罪悪感も、アーシアに向けた彼個人の蟠りも、性欲と一緒に吐き出されており形が無い。悩みは消えたが、同時に人として大事なものも投げ出している気がする。それを取り戻すには、しばしの猶予が必要だった。

 

「……暑い」

「だから、さっきから私が何度もそう言っているだろう」

 

思わず少年が呟けば、少女も同意して言い返す。繋がったまま、腰を振りながら、互いに相手を抱き締め合って。

 

――喉が渇いた、水分が欲しい。

少年が手を伸ばして傍らの500mlを掴み取るが、手応えは酷く軽かった。重みで分かるが空っぽだ。すぐさま転がし、別のものを手探りで求める。

が、無い。

 

「ゼノ助、飲み物」

「む? よく見ろ、ちゃんと買って、かって……、もう無いな」

 

額から流れ落ちる汗で、髪が顔に張り付いている。その不快感に腕で拭って髪を払うと、相変わらずの暗がりの中で互いの視線がぶつかった。

 

唇を合わせて唾液を啜る。が、全然足りない。非常にぬるくて不満も募る。

喉が渇く。他には無いのかと少年の首を少女が舐めて、塩辛い汗の味に眉根を寄せた。舌の感触に ぞくりと震えて、舐められた側が舐め返す。が、やはり気持ち良さ以外に何も無い。

暑くて苦しい。頭が回らない。ゼノヴィアの胎内に精液を流し込み、一息吐いて考える。

性欲と熱気に湯だった頭で、ジョンがぽつぽつ呟いた。

 

「のみもの、みず、れいぞーこ……。そうだ、冷蔵庫だゼノ助」

「っああ、そうか。木場の奴が何か置いている筈だ、貰おう」

 

暗がりに光明を見い出した男女がふわふわした笑顔を浮かべる。明らかに平静ではない。

当然のように木場の貯蔵品を貰い受ける事を決定し、二人は繋がったまま襖を開いた。

開けた視界。押入れに向かって吹き込んでくる、新鮮な空気。久しぶりに目にした気のする、和室の風景。そして人工の明かり。――付けてさえいない筈の、明かり。

 

「ねえ曹操、此処、何か変な臭いがしない???」

「おかしいな、確かに此処に――ん?」

 

聞いた事の無い声が聞こえた。

其処には、学生服の上に漢服を羽織った、黒髪の男が立っていた。その傍らには、和室にそぐわぬ西洋鎧の金髪の女。

 

四人の目が、合った。

 

黒髪の男は、下半身で繋がったまま姿を現す、押入れの中の男女を目にして固まった。

どうやら彼の理解の範疇外の光景だったらしい。ジョンとしてもそれは同じだ。なんで木場の部屋に見知らぬ男女が土足で突っ立っているのか、彼にはさっぱり分からない。友達は選べよ、と脳内の木場に向けて忠告さえした。勘違いだが。

金髪の女は、目を見開いて口元を押さえ、頬を少しだけ高潮させながら まじまじと二人を観察している。どことなく助平そうな顔をしていた、というのは言い掛かりだろうか。

 

覗き魔かな? とかジョンが考える一瞬の内に、――亜空間から引き抜かれた聖剣デュランダルが光を放った。

 

「ちょっ、」

「ええっ!?」

「待ってくれ、わざとじゃないんだ。少しで良い、落ち着いて俺の話をぉ――」

 

正体不明の不審者男女が慌てた様子で声を上げた。

が、止まらない。

 

ゼノヴィアは乙女である。

 

内面が割とゴリラだったり、価値観がかなり世間一般とズレていたりする脳筋だったが、それでも、間違いよう無く女の子なのだ。

赤の他人に情事真っ最中の裸を見られて、何も感じないほど鈍感な生き物などではない。

異性の友人に「セックスしよう」とド直球で言い放って二日ほどセックス三昧に耽ったり、教会時代に男女三人で風呂に入ったりもしていたが、それは相手がゼノヴィアにとっての特別な相手、ジョンとイリナであるからだ。彼等は特別枠なのだ。

 

隠すもの無き体液どろどろな真っ裸、心許した相手と繋がる姿を。

赤の他人、それも恐らく状況からして不法侵入者である謎の男女二人組に晒しているのだ。彼女にとっては決して、平気の平左で流せる事態、などではない。

 

内心では「キャーとか言った方がそれらしいのだろうか」などとジョンに対する乙女アピールを考えているが、それはそれとして、ゼノヴィアの感情はしっかり激しく荒れ狂っている。

なので、斬った。

思いっきり、衝動のままに聖剣を振るった。

 

それで相手がどうなるかなど、セックスし過ぎて脳味噌が馬鹿になった上 怒りと羞恥心が全力で渦巻く今のゼノヴィアに、考えられるわけがない。

 

木場祐斗の住居の一角、和室の中で、聖なるオーラが解き放たれる。

だが。

それに対応する者が居た。

 

「――聖槍よ」

 

厳かな宣言と共に、聖なる槍が虚空から生じるように姿を現わす。

 

其れは地上で最も美しきもの。名実共に最強至上の神滅具。

白夜の如く尊く輝く神殺しの聖槍が、現時点におけるデュランダルの全力を打ち払った。

 

「う、あ」

 

ジョンの視界に光が見えた。

自分自身の呻き声が、どこか遠くから聞こえてくる。

 

青白く輝く、とても美しい明かりが在った。それはとても綺麗な、槍の形をしているようだ。

呑み込まれる。忘我する。魂全てが其処に溶けて行くかのような、圧倒的な多幸感。

手を伸ばして、触れたくなった。あの聖槍の輝きに。

 

ああ、なんて美しい。なんてなんて尊いのだろう。

あれは。あれは。あれは――。

 

「――おっと」

 

光が消えた。

其処に在るのはただ美しいだけの金の槍。

 

ふと気が付けば、其処は無残に破壊された何時もの和室だ。

一時我を失っていたジョンは押入れの中から、身を乗り出すように男の手にした槍に向かって、己の片手を伸ばしていた。

傍らのゼノヴィアも、若干不快そうな顔をしながら、デュランダルを持たない方の手で己の口元を押さえている。何かを耐えるかのように。

 

「信者を忘我の境地に至らせる、か。そういえばそんな効果もあったな」

 

軽く苦笑しながら漢服の男がそう言った。

片手で槍を持ち、もう片方の手の平を長柄の部分で何度も叩く。他者に魅せるための演技染みた、実に様になる仕草であった。

 

「さて。とりあえず、――服を、着てくれないかな、君達」

 

それとなくゼノヴィアの裸から視線を逸らして、聖槍を宿す男が言った。

 

 

 

 

破壊痕に加えて異臭も漂う和室を後にし、別の部屋にて向かい合う。

 

名も知らぬ男女は揃って楽しそうな表情で、どことなく嫌な印象を受けてしまう。

見下されているような、あるいは値踏みされているような。理由の見えない友好的な空気も感じる。何にせよ、謎の男女は謎の自信に満ちていた。先のデュランダル砲を容易く打ち払った事を鑑みれば、その認識も然程的外れではないのだが。

 

「改めて名乗ろう。俺の名は曹操、禍の団英雄派においてリーダーの役を務めている」

「私はジャンヌ・ダルクよ。宜しくね」

 

不可解な名乗りに、隣のゼノヴィアと視線を交わす。

ある意味特殊な箱入り育ちである二人は、曹操という名を寡聞にして知らないが、ジャンヌ・ダルクなら知っている。1400年代前半に活躍し、今の時代ではカトリック側の聖人に列せられている過去の偉人だ。

 

神の声を聞いたという、フランスの聖女。

実際のところ聖書の神は千年前に死んでいるので、当のジャンヌが神の声を聞いたというのは真っ赤な嘘だとはっきり言える。いや、神ではなくミカエルの声だっただろうか? だとすれば彼の聖女が処刑されるまでの一連の事態、全ての黒幕は熾天使ミカエル……。

 

「ファッキューセラフ」

「!?」

 

ジョンがぼそりと呟いた。それを聞き取ったのだろう自称ジャンヌが驚いていたが、それに関してはどうでも良い。金髪の女は偶然耳にした脈絡の無い罵倒に耳を疑っているが、ジョンは一切気にしなかった。

 

深く、椅子に腰掛け力を抜いた。完全に脱力した、戦闘の意思の見えない態度だ。

 

此処はグレモリー家名義のマンションの一室。駒王町への度重なる堕天使の侵入から信頼性は割と低いが、領主であり魔王の妹でもあるリアスの眷属、『騎士』木場祐斗の部屋なのだ、相応以上の備えがある。

其処に、容易く侵入して来た一組の男女。

 

ずっと押入れで行為に没頭していたから自信は無いが、物音なんて聞こえなかった。破壊的な音も生じず、己の記憶を当てにするなら、侵入に用いたのは暴力的な手段ではないのだろうし、そもそも、侵入している自分達の存在を何時悪魔に察知されてもおかしくない状況で、何ら慌てる事無く椅子に腰掛けジョンとゼノヴィアを観察するその余裕。自分達の力や手札に、余程の自信があるのだろう。

 

先の攻防、圧倒的な槍の輝きを思い返せば、油断や慢心とは言い切れない。

目蓋に焼き付いた尊い光に思考が鈍り、足を抓って意識を戻す。

 

こいつらは、危険だ。

 

実力は不明。しかし目で見ていてさえ、軸がぶれない、身体の各所も衣服越しでさえ引き締まっている。

ジャンヌはともかく、曹操の側は徹底的に鍛えているのが見て取れた。

 

先程の槍だって気味が悪い。……いや、おぼろげながら、アレが何かは分かっているのだ。教会育ちで見知った気配、あの目に見えるほど濃厚な聖なるオーラは間違いなく聖具の一種。

冠された名を探る余裕など今は無い。ただ、もう一度目にして、その上で真っ当な戦闘を行えるだけの自信が、ジョンには無かった。目にすれば再度正気を失うだろうと、諦め半分で考える。

 

だから、結論としては戦わない。危険は避ける。勝てる勝負しかしたくない。

 

深く腰掛け、対話の姿勢を露わにし、相手の酔狂に付き合ってみせる。少なくともこうして向き合っている以上、相手側は本気で話をするつもりなのだから、乗るしかなかった。

 

「うーむ、スポーツ飲料しか無いぞ。木場の奴め、アイツは本当に気が利かないな」

 

傍らのゼノヴィアも地頭だけは良いのに、こういった場では基本ジョンに任せきりだ。彼が席に着いて話を始めれば黙っているし、何か動きがあれば即座に応える。信頼している。だから何を指示する事も無く、隣でジュースを飲んでいる彼女は放っておいた。

 

そして、漢服の男が口を開く。

 

「まずは、こちらの事情から説明しようか」

 

にこやかに笑う青い瞳の男、曹操は過激派集団『禍の団』の一派閥におけるリーダー格だ。

悪魔や魔法使いが集う他の派閥とは異なり、彼の麾下には神器持ちの人間ばかりが所属している。――停滞した今のこの世界において、覇を唱える事を目的として。

 

ジョンとゼノヴィア。二人の情報の出所は、先頃仲間になった当代白龍皇ヴァーリの世間話だ。

 

聖剣を強奪し、駒王町を襲撃した堕天使コカビエル。あの戦争狂を捕縛して連れ帰るために『神の子を見張る者』から出向いたヴァーリは、あの時この町で行われた、ほぼ全ての戦闘行動を観察していた。

見ていた理由は単なる興味。一度でも触れれば容易く敵を無力化出来る【白龍皇の光翼】を有するヴァーリにとっては、コカビエルの捕縛なぞ子供のお使いと変わらない。自分自身の興味本位とアザゼルに向けた土産話、当時はそういった目的で一連の事態を見守っていた。

 

赤龍帝。多数の悪魔。教会の戦士。そして当時既に無所属だった乱入者、聖剣使いジョン。

 

――端的に言えば、今日のこの時、この場に曹操が現れたのは勧誘のためだ。

会談中の駒王学園を他派閥が襲撃する、この瞬間、それ以外への警戒は、笑えるほどに疎かになっている。

そうでない時でも無理なく侵入出来ただろうが、今は敢えて危険を冒すような時期でもない。

タイミングが良かった。暇があった。興味も当然。手勢を増やす好機でもあった。

 

三大勢力に潜ませている間者から仕入れた情報で、ジョン・オーリッシュの事も調べてある。

天然ものの強力な聖剣使い。実に優秀な教会の戦士。

教会から追放されて、堕天使の下部組織をヴァチカンからの脱出に利用し、すぐさま離脱。

魔王の妹である上級悪魔と契約し、果ては堕天使幹部との一騎打ち。

 

調べ上げた情報の全てに目を通して、曹操は笑った。

――だって、これではまるで英雄だ。

これから先、必ず芽吹く。やがては裏の歴史にその名を刻む、未だ年若き英雄の始まり。――資料を読み終えたばかりの当時、曹操は彼の来歴をそう捉えた。

 

正直に言えば、羨望を抱いた。

英雄への階段を一段ずつ上り詰めていくような彼の経歴が酷く羨ましくて、妬ましくもあった。

自分が彼の立場であれば、きっともっと上手くやれただろう。そんな事まで妄想したほど。

 

だからこそ、そんな彼を自分の麾下に加えられれば、どれほどの喜びを得るだろう。

資料から察せられる力量であれば、最低予測でも英雄派の幹部級。そこに回復系の神器まで付いてくる。これを求めないほど、曹操は無欲な若者ではない。

 

来歴からして教会や天界に対して隔意がある筈。先の熾天使を罵倒する独り事も、それを裏付ける証拠の一つ。

勧誘する以上、心象が良くて損は無い。最強の神滅具を手にするリーダー自らの勧誘と、かつて異端の罪で教会によって処刑された聖女の魂を受け継ぎ聖剣使いとしての適正も持つジャンヌを添えれば、似たような相手の立場からしてそうそう悪い流れにはならないだろう。

そう考えた上での初対面が先ほどのアレだったのだが、曹操は折れる事無く燃え上がっていた。

 

――絶対に、彼を俺の麾下に加えてみせる。

 

出自自体に特別なものの無い、ただ才能があるだけの少年。数奇な運命を辿り、各勢力下を転々とする流浪の戦士。それは実に男心を擽る境遇だった。

欲しい。絶対に、欲しい。約1800年の時を越えて蘇った、人材コレクターの血が騒ぐ。

半ばほどしか自覚は無いが、曹操は初対面であるジョンに対して並々ならぬ執着を持っていた。それこそ、隣に座るジャンヌや同派閥の幹部衆が、その熱意に引くほどに。

 

「どうだろうか、俺達と一緒に人の限界を極めてみないか!」

「OK牧場」

「そうか! だが大丈夫だ。俺の話を聞けばきっと君も――えっ、なんだって???」

 

果たして、曹操の勧誘に対するジョンの返答は即座の了承。作中時間的には未だ現役で通じる名台詞でもって、テロリストの申し出を受け入れた。

曹操が思わず突発性の難聴を疑うほどに、その返答には躊躇いが無い。

 

禍の団や英雄派の大まかな情報、そこから自慢の幹部勢や己の神器や血統自慢。実に気前良く内部事情を口にして、その実本当に重要な情報は一切相手に与えていない。

それでも曹操の熱意は本物だった。

そしてその結果が、ジョンの返した即答だった。

 

思わず曹操が訊き返し、隣のジャンヌも訝しむほど潔い。

あまりにも早過ぎる返答だ。疑われる事自体は、ジョンの側とて理解している。

 

だから、己の言葉を裏付けるだけの物証をこの場で示した。

 

「それは――」

 

亜空間から引き抜かれた『天閃の聖剣』が机に置かれた。

一目で分かる、聖剣の威光。名を聞けば、かの有名なエクスカリバーの一振りだと言う。

教会を出奔したジョンが、預けられたまま持ち去っていた聖剣の一つ。今の彼にある唯一の武器。本来ならば決して手放さないだろう、聖剣使いの切り札である。

 

鋭い視線で『天閃』を眺める男女に対し、ジョンが弛緩しきった姿勢を保って話を締める。

 

「英雄派への紹介、楽しみにしているよ、リーダー(・・・・)

「っ!! ああ! こちらこそ、――ジョン!」

 

男同士の固い握手が交わされる。

見守る女性陣は、思いがけず手に入った聖剣を手ずから確かめるジャンヌと、小腹が空いたので備え付けの冷蔵庫を再度漁り始めるゼノヴィア。絵面だけなら割と感動的な場面なのだが、彼女等は全く興味が無さそうだった。

 

数分後。

 

そちらへ行く前に準備があるから、と一時禍の団への合流を断ったジョンとゴリラをその場に残し、自称英雄派の二人は帰って行った。

霧の中へと消えていった未来のテロリスト達を見送って、ジョンの分のコップから飲み物を補給しているゼノヴィアが、隣の少年に向けて小さく問うた。

 

「――それで、実際どうするんだ」

 

話の内容は聞いていたが、彼女には彼がテロ集団に入りたがるとは思えなかった。

当然である。ジョンは色々と攻撃的な部分もあるが基本的には性根が善良で、人助けだって嫌いじゃない。追放された今になっても、教会の戦士として行った任務の数々を唾棄する事無く、あれはあれで人々の助けになれていたのだ、と肯定的な意見を持っている。

 

デュランダルの一撃を完璧に打ち払った、槍と技量。傍に控える聖女の名を持つ仲間の女。理解度に関しては話半分だが随分自信を持っているらしい、曹操の語った仲間の話。

仲間になるにしても、異形に挑戦するという目的自体が言葉としては曖昧で、ジョンの興味を惹くとも思えない。

だからといって、『天閃の聖剣』まで信頼させる材料として差し出した以上、少年が相手側に相応以上の価値を認めている事も理解していた。

 

――つまり、どういう事だろうか。

分からなかったので、かしこいゼノヴィアさんは正直に訊ねた。

 

問われたジョンは、目頭を揉みながら溜息を吐く。ゼノヴィアに呆れたわけでない、事態が思った以上に深刻かもしれない、と内心ではかなり追い詰められて疲弊していたのだ。

今後、セックスはもう少し頻度を減らそう。

心身の疲労に肩を落としながら、中々上手く回ってくれない脳味噌の回転を必死に上げる。

 

禍の団とか、英雄だとか、神滅具持ちとか血統だとか、よくもベラベラと話してくれたものだと腹立ち紛れに臍を噛む。もう少し押入れの中に引き篭もっていれば、あんな面倒臭くて至極厄介な話の種なぞ、聞く事も無く終わっていたのに。今更ながら、先の出会いを後悔している。

 

三大勢力を敵に回す、と曹操は言った。

質はともかく数に関しては、たかだか人間の小集団如きが立ち向かえる相手ではないのに、あの男は自信満々に言ってのけたのだ。つまりそれだけの自信と、その裏付け、豊富で強力な手札があるのだろう。

 

槍に驕っただけ、ではない筈。三大勢力が、そのただ一角でさえ強力なのは、遥か過去よりも大幅に弱体化した今でさえ、裏側の事情を真っ当に知る者ならば誰であろうと理解している。だが、つまり、いやしかし。何度も何度も、曹操の考えを想像しては否定する。

 

ジョンは思った。――勝てるわけねーだろ、と。

 

奴の話に乗る、つもりは無い。

だからと言って、全てではなくとも無駄に胸襟を開いて情報を開示したのだ、曹操はジョンとゼノヴィアを無条件に放逐する気など無いだろう。その気があったら奴の頭がおかしいだけで済む。が、そんな楽観は絶対出来ない。曹操は本気だ、という前提で思考を進める。

 

戦えばどうなるか、と問えば、今のジョンは言葉に詰まる。

自分達二人の意識を捕らえた、彼の名高き【黄昏の聖槍】。

あれは不味い。あれはヤバイ。もう一度あれを見てしまえば、強弱を競う以前に勝負が決まる。

あれには勝てない。どうやっても相性が悪い。正直に言えばもう一回見たいくらいだ。

信徒の心を容易く捕らえる最上の聖遺物の放つ威光は、信仰心だけなら友人二人を確実に上回るジョン・オーリッシュにとって、天敵以上の難物だ。

 

戦う事も叶わない相手、だというのに乗れば泥舟、沈むだけだとジョンの中の理性が言う。

敵に回して、生き残れるか。『天閃』の尊い犠牲によって時間は稼げたが、この手は二度と使えない。誰をも納得させ得る貢物の残弾は、先程の聖剣で弾切れだ。

 

ならば。ならばどうする。

 

選択を間違えれば自分だけでなく、ゼノヴィアの身にも危険が及ぶ。自分の近くに居るアーシアも、あるいはイリナも、戦力値不明のテロリスト集団に狙われる可能性が、無いとは言えない。

ジョンは悩んだ。

悩んで、悩んで、悩み続けて。

 

――いっそ丸ごと投げ出してしまおう、とあっさり全てを切り捨てた。

 

 

 

 

翌日の事である。

凄く嬉しそうなリアス・グレモリーが、意気揚々と眷属全てに言葉を放った。

 

「みんな、紹介するわねっ! ――新しく眷族になった、ジョンとゼノヴィアよ!!」

 

この日、グレモリー眷属に愉快な仲間が二人ほど増えた。

 

一方、想いを裏切られた曹操は、拠点で一人発狂していた。

派閥の幹部勢は皆、そんなリーダーを遠巻きに、関わらないようにと視線を逸らして各々散った。

夢を描き、想い破れる。実に悲しい話であった。




オナニーマスターイリナと、波乱万丈なオリ主に夢を見る曹操くんの話。
(ちょっと病んだかもしれないけどホモでは)ないです。

ルート決定、オリ主が悪魔に転生しました。
悪魔をお嫌いな方はいらっしゃるでしょうが、この方向性で話が進みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 四角関係のヴァンパイア

悪魔化してハーレム構築に向けて頑張ろうとしたオリ主があっさり修羅場る第二十話。
タイトル詐欺の停止教室編、終了です。
一万三千文字。


結局のところ、出した結論は簡単だった。

詳細不明のテロ集団に目を付けられた現状、周囲の人間に危険が及ぶ、かもしれない。

それがただの可能性であれ、大切な人達が危ないのであれば手段を選ぶつもりは無い。

 

――護れないのなら、護って貰う。

 

ジョン・オーリッシュは楽観しない。期待しない。だから、早々に切り捨てる事を決断した。

差し当たっては、自分自身の将来を。

 

今のジョンは無所属であり、悪魔との契約によって立場の保障を受けている。

何も無ければ現状維持で良かったのだが、事実として、公爵家次期当主の眷属用住居に容易く侵入してくる難敵が居り、何の因果かあからさまな熱意を持って勧誘してくる。目を付けられている。

力尽くで振り払おうにも、簡単に消えてくれるとは思えなかった。

 

逃げるか、守るか、いっそ飛び込み食い破るか。

 

逃げるのは不可能、と敢えて仮定する。曹操の説明はあくまでジョンを勧誘するための誘い文句であって、内部の詳細は不明なままだ。何も知らないのに相手を低く見るような楽観思考、護るべきものを持つ臆病なジョンには到底出来ない。

 

単身であれば、件のテロリスト集団に合流しても問題無かった。自分自身の安全のみなら、万が一何かがあっても彼は容易く割り切れる。自業自得だ、残念だった、とそれだけで。他人の気持ちなど考えもせず。

 

ジョンの主観では理由が謎だが、相手側からの熱意を強く感じた。あの聖槍使いと手を取り合った際、キラキラと、まるで夢見る少年のように輝く相手の瞳を間近で見ている。正直不気味でさえあったが、信頼を勝ち得た事実は認識していた。

ゆえに潜入自体は叶うだろう。あとは内側から情報を抜いて横流ししたり、機会があれば背中を刺して、任意のタイミングで組織を抜け出せば問題無い。

 

事前に、直接的な伝手のあるリアスと、癪ではあるがミカエル辺りに「スパイするから根回しヨロ^^」みたいな事を頼んでおけば、色々と片付いた後に何食わぬ顔で出戻り出来る、かもしれない。

彼にしては随分と曖昧且つ他人任せな部分が目立つが、あのポンコツ悪魔、もといリアスという個人ならば、能力はともかくとして、人格的には信頼しても良いかな、とこっそり思うジョンである。気付けば中々に絆されていた。

 

ちなみに本気で禍の団に所属する意思は全く無い。

所詮は泥舟。少なくとも彼はそう見る。

問題は、その泥舟がジョンを乗せようと正面衝突しに来ている点だ。実に勘弁して欲しいところだが、あの強い期待の視線を思い返すに、きっと逃がしてはくれないのだろう。

 

逃げるのは、敵が未知数で不安が残る。

泥舟に乗り込み頃合いを見て逃げ出そうにも、曹操の執着が少し怖い。機を見誤れば一緒に沈むし、三人を危険に誘うわけにもいかないからこそ、乗り込むのは彼一人。必然距離は離れてしまい、傍に居る事も叶わなくなる。

 

離れている間に何かあったら、と不安だった。単純に寂しくもある。

子供のような物言いではあるが、傍に居た上で護れるのなら、彼は喜んでその選択肢を選びたかった。目立ったデメリットが自身の悪魔化以外に見えないのなら、尚更だ。

 

なので護る。身を守る。彼にとっての大切な三人、ついでに自分の周囲を固める。

リアス・グレモリーの眷属になって、元72柱次期当主、兼、将来有望な上級悪魔である彼女の庇護下に皆で入る。

――要するに身売りだ。精々高く買って貰いたい。

無論現魔王とのコネへの期待もありはしたが、そこに関してはわざわざ言う事でもないだろう。

 

元々友人関係を構築していたジョンとアーシアに対して、御人好しのリアスは随分気にかけてくれてはいたが、身内と友人ではやはり比較して距離があり、扱いも異なる。ならば開き直って人をやめ、上級悪魔の傘下に入り、身の安全を買ってしまおう。眷属の身内ならばより直接的な庇護も得られるし、当人次第でアーシアも眷属化すれば良い。

 

イリナに関してはそこまで心配していない。

ゼノヴィアの持つデュランダルのような、唯一無二の価値を持たない、元教会の戦士。外から見ても手出しするだけの価値が無く、ジョンから飛び火する危険性にしても、身を守る事さえ出来ないアーシアと比べれば、余程心配が要らなかった。

教会を出ても、親子である紫藤トウジとの繋がりはある。最悪、父親を頼って教会の庇護下に逃げ込む事が出来るのが、イリナの強みだ。ジョンはそのように考えている。

 

今最も危うい立場に居るのはゼノヴィアだ。

あの話し合いに同席していた、デュランダル使い。英雄派に関する多少の情報を記憶し、何よりも現状最強の破壊力を有する聖剣の持ち主。

彼女は紛れも無く逸材だ。それが人であろうと剣であろうと、手に入るのならば、如何なる手段を用いてでも手に入れたいと思うのは至極当然。だから早急に彼女の、ゼノヴィアの身の安全を確保する必要があった。

 

次は危険性から言ってジョン自身の番ではあるが、こちらに関してはあまり心配していない。

先の説明の通り、自分の事ならどうにでもなる。能力的にも、心情的にも、然して考慮に値しない。自分の周囲に大切な人が三人居て、個人として幸せならば。本当に、望むものはそれだけだ。

 

しかし現実というのはどこまでも彼にとって都合が悪い。

平穏な生活に耽溺し、このまま時が過ぎれば良いとさえ思って流されていたが、決断するべき時が来てしまったのだ。根無し草のままでは、大事なものを護れない。個人の力、だけでは足りない。もっと大きな、彼にとっての大事な全てを纏めて護れる力が欲しい。

 

だから彼は、悪魔に転生した。

 

事情を聞いた上で笑って受け入れてくれた、人の良いリアスには感謝している。

今まで散々素っ気無く断ってきたのに、彼の申し出に彼女は喜び、悪魔の駒を取り出した。

残念ながら、本来の適正とは異なる駒を担う事になったが、兵士三つ分で足りないのならば仕方ない。ここは才があった事を喜ぼう。

 

――リアス・グレモリーの『戦車(ルーク)』の二番手、ジョン・オーリッシュ。

それが、今後彼の背負い続ける肩書きだ。

 

 

「ふふっ、これからよろしくねジョン、ゼノヴィア。困った事があったら何でも言うのよっ!」

「サンキューリアス」

「せめて『部長』って呼んでくれない???」

 

無邪気に喜ぶ主を前に、新たな眷属悪魔は相変わらずの無表情で、感謝の言葉を口にする。

 

イッセーにもまだ呼ばれてないのに……、などと小さく呟くリアスだったが、乙女な台詞を聞き届けてくれる人は全く関心の無いジョンと、ドSな朱乃くらいしか居なかった。

後で己が『女王』に散々からかわれる事が決定した かわいそうな『王』を尻目に、新たな仲間を迎えた眷属一同は和気藹々と言葉を交わす。

 

「改めて、これから宜しくねジョン君」

「これでやっと俺にも後輩が……。しかも一人は美少女! これは吹いてるな、風が!」

「よ、よろしくお願いしますぅ~……っ」

 

にこやかに手を差し伸べる木場と、外面だけなら美人なゼノヴィアの眷属化に喜びの声を上げる一誠。なお、後者の女子への幻想が砕け散るのは、割とすぐの事である。

 

そしてジョンを含めた男子三名の足元には謎の段ボール。

先頃封印を解かれたグレモリー眷属一人目の『僧侶』、ギャスパー・ヴラディが新顔二人に怯えながらも、少々聞き取り辛い小さな声で挨拶していた。

 

男女でそれぞれ分かれて暫しの歓談。

その、悪魔同士の輪から外れたオカ研部室の一角で、金色の少女が思い詰めた表情でジョンの横顔を見つめていた。

 

彼女の名前はアーシア・アルジェント。彼にとって、今最も身近な存在。

 

話を、しなければならない。

だってまだ、彼女には何も話していないのだ。

 

 

 

 

「こうして一緒に歩くの、なんだか凄く久しぶりみたいです」

 

夕方、グレモリー眷属が開いた新人歓迎会からの、帰路。

ジョンとアーシアは二人並んで自宅への道を歩いていた。

 

彼等の擦れ違いを知っているリアスが気を利かせて、今日は初日だから悪魔の仕事は御休み、という事で早めの時間に帰してくれたのだ。

アーシアは一緒に歩くのが久しぶりだと言っているが、実際には一週間も経っていない。

 

とはいえ、ヴァチカン追放直後からずっと一緒だった二人だ、離れていたのがほんの数日の間だとしても、見慣れた姿が傍に居ない事に違和感を覚えるのはおかしくない。

コカビエルの時でさえ半日も離れていなかったのだ。常にべったり、というのが二人を表すのには適切だろうか。

かつて聖女だった頃は一人で居るのが当然だったのに、随分と贅沢になったものだ、とアーシア自身も笑ってしまう。

 

が、不意に笑みを止めて、彼女がジョンへと身体を向けた。

言うべきか、言わざるべきか。悩むような仕草の後に、ようやく口を開いて彼へと訊ねる。

 

「ジョンさん。悪魔に、なった事。……私のせいですか?」

 

表情には、――期待があった。

自分のせい、と言ってはいるが。その実、自分のためだ、と言って欲しい。少女の声音には、そう懇願する響きが含まれていた。

 

何時も自分を助けてくれた人が、今回もまた、自分のために人間さえやめてしまった。――そんな、酷く浅ましい女の期待。

彼女自身に、自覚は無い。

 

かつて彼女は無垢だった。

知らないがゆえに純粋で、子供のような心と視点で世界を見ていた。

それを変えたのは、今目の前に居る少年だ。

人ではない、ただの象徴としての聖女であったアーシアを、組み敷いて穢し、時間を掛けて()に仕立てた。

 

少女は今でも優しいままだが、その心の内に入り込んだジョンという不純物が、聖女を魔女に、そして人間へと変えていたのだ。

もはや彼女は、清らかなだけの乙女ではない。好き嫌いはするし優先順位も当然付ける、自分以外のジョンに近しい女性に対して嫉妬だってする、ただの一人の女の子だ。彼女自身に自覚が無くとも、傷付き、汚れる事で成長していた。

 

だから期待する。夢を見る。

そしてそれを、裏切られる事だって、当然あった。

 

「みんなと一緒に居る為だ」

「みんな……」

 

その言葉に、少女の表情が悲しそうに歪む。期待を裏切られた顔だった。

『みんな』が誰かを、彼女は既に知っている。少なくとも、その一人だけは確実に。

 

ジョン・オーリッシュは誤魔化さない。全て言うのだと決めている。

だから、手を伸ばしてアーシアに触れた。

肩に手を置き、頬を擽る。しかし、何時もなら喜んだだろう触れ合いに、少女は僅かに首を振って拒絶した。

 

「アーシア?」

「……いやです」

 

聞きたくない。

首を振って、俯いた。視線を合わせず、呼び掛けを拒み、彼の言葉を否定する。

 

「アーシア」

 

譲れないものが三つある。

それら全てを大事にしたいと、少年はそんな贅沢な本音を言うつもりだった。そのために人間を捨てたのだと、今更、転生が成って、取り返しが付かなくなった後に説明するつもりだったのだ。

 

聞かされる側は、言葉の中身までは予測出来ない。それでも、きっと自分にとって嬉しくない事を言うつもりなのだと、少女はなんとなくだが理解している。

だから拒んだ。

拒む度に、アーシアの中の汚くなった部分が浮かび上がるように姿を見せる。

 

「嫌。いやです。そんな言葉、聞きたくないです」

 

両手を捕まえて顔を寄せるが、少女は俯いたまま首を振る。振り回される金髪が、少年の顔に当たって音を立てた。

どうにか宥めようと言葉をかけても、彼女は全く聞いてもくれない。

 

「わたし、私、もう、絶対我儘言いませんから。ジョンさんが言うなら、なんでも出来ます」

 

追い詰められたような翠の視線が、地面だけを睨み付けている。

握った手首が、酷く細い。簡単に手折ってしまえそうなそれは、戦う事を知らない少女のものだ。

だが、気のせいでなければ、引き篭もる以前に見た時よりも、全体的に線が細い。

 

たった一週間足らず。何処にでも居る一般人の少女よりも一層脆く、日々を穏やかに生きる事しか出来ないアーシアには、たったそれだけの短い期間でも抱えた負担が大き過ぎた。

離れ離れになった事による心労と寂しさ、元より健啖家ではなかったが、更に減退した食欲。自分の拒絶がジョンの家出の理由と考え、ずっとずっと気にしていたのだ。

 

友人であるリアスや小猫に相談して買い揃えた、街中に居る普通の女の子みたいな可愛らしい装いが、夕日の中で赤く染まっていた。

その下の身体も、きっと手首のように細くなってしまっているのだろう。

 

「お料理も沢山練習してるんです。家の掃除だって欠かしませんし、可愛いって言って貰えるように、リアスさん達とファッションの勉強もしました。まだ、慣れないですけど、きっとすぐに」

 

髪の手入れも肌の磨き方も、全然知らなかった色んな事を、教えて貰いながら頑張っている。

既に好きな人の居るリアスと、まだ居ない小猫、時折茶化すだけの朱乃も混ざって、三人もの友達と一緒に、女性陣みんなで恋の話を膨らませていた。

そういう雑誌に目を通し、性的な知識も蓄えている。

一言シたいと言われれば、きっと何だって出来るだろう。

 

全部、目の前に居る彼のためだ。

 

好きになって欲しいから。好きだと言って欲しいから。イリナよりも、他にも居るだろう誰かよりも。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、――もっと。

 

「わたしの、ことっ、好きになってください! ――誰よりも!!」

 

泣きながらアーシアが叫びを上げた。心の底からの、生まれて初めての我儘だった。

みんなの為だなんて言わないで欲しい。自分だけを、とそう言っている。

 

覗き込むように近く、寄り過ぎた顔が互いに触れ合う。

少年の唇が少女に当たり、溢れる涙の味がした。何時かの嬉し涙よりもずっと辛い、彼女の悲しみの味がする。

不意に起こった僅かな接触。それを、アーシアが拒んだ。首を振って、顔を離す。

 

「駄目っ! だって、誤魔化す奴です、それ。キス、今されたら私っ」

 

――誤魔化されてしまう。だって、好きだからだ。好きだから、自分から進んで馬鹿になる。誤魔化されたいとさえ思ってしまう事を、彼女は既に知っている。だから唇を、触れ合いを拒む。両手を離せと身を捩った。

 

涙を流しながら声を上げる。精一杯の怒鳴り声。

それを少年が、口で塞いで全て飲み込む。

力尽くで押さえ込みながら、怪我だけはしないようにと気遣って。何度も何度もキスをした。

理由は無い。誤魔化すつもりは特に無かった。ただ、泣きじゃくる彼女を止めてしまいたいと、それだけで。子供にも出来る精一杯の自己表現の手段をもって、未熟な少年が何度も触れる。

 

「どうしてっ」

 

どうして自分だけでは駄目なのかと、少女が泣いて叫んでいる。

 

夕暮れ時の帰り道。疎らにある人通りなんて気にならない。大きな声に視線を向けてくる人が幾らか居ても、そんなものは目に映らない。

目の前の少年以外、どうでも良かった。要らなかった。大切な、やっと出来た友達の事だって、今だけは頭の中から消えている。

 

たった一人が居るだけで満たされていたのに、なのに相手は他にもと欲張る。それは、あまりにも酷い話じゃないか。少女をこんな風にしたのは、彼だというのに。

 

「私じゃ、駄目ですか……?」

 

何度も叫び、嗄れた声音でアーシアが訊ねた。

答えは返せない。

だって、どう考えても少女の方が正論だった。冷静に考えて、否、冷静に考えずとも、三股なんてクズの所業だ。大事だから、好きだから、そんな子供の理論で誰を納得させられる。

 

ジョンが言おうとした言葉なんて、まさしく子供の我儘なのだ。

みんな一緒で、みんな幸せ。

言葉面だけなら綺麗であるが、こうして、全力で嫌だと言う一人の少女を前にすれば、薄っぺらい事この上無い。何も言えずに、ただ見つめ返すのが精一杯だ。

 

彼の知る、他の二人よりも細い身体を抱き締める。泣き喚く彼女は、今度こそ抵抗出来なかった。

流石に見かねたのだろう、周りから掛けられる誰かの声が耳に届いた。が、応える余裕なんて二人揃って欠片も無い。

偶然その場を通りかかったイリナが来るまで、二人はずっと、人に囲まれ抱き締め合っていた。

 

 

 

 

「ジョン、悪魔になったんだ」

「……ん」

 

数日振りに合う友人からの問い掛けに、少年が短く返事を返す。

 

先程の場所から遠く離れて、町の公園まで逃げてきた。

備え付けのベンチの上、ジョンを挟んで両隣に少女が二人。その内片方とは正式な恋人ではない肉体関係、もう片方とは強姦された間柄。どちらとも、少し特殊で無駄に生々しいベッド上での真実を除けば、両手に花と言えなくもなかった。

 

「良かったの? その、悪魔になったら、やっぱり色々と……」

 

視線を合わせず、イリナが言う。

が、逆レイプ事件以降初めての会話だ。緊張していて上手く言えない。

声色も所々乱れ気味で、今の話題もほとんど誤魔化し。心配自体はしているが、本当に言いたい事、訊くべき事はそれでは無かった。

なのに、言葉が口から出て来てくれない。

 

しどろもどろに言葉を重ねるイリナの話が、やがてぷっつりと途切れてしまった。

そうして生まれた沈黙を、最初に破ったのはアーシアだった。

 

「イリナさん」

 

つい先程の泣き声とは似ても似つかない、平坦な声。

呼びかけられた側は応えない。しかし聞こえているのは確かだろう、ジョンの傍らにあるイリナの肩がぴくりと動いたのを確かに感じた。

反応はしたが、返事は無い。

 

「わたし、ジョンさんとセックスしてます」

 

その一言で、空気が冷えた。

風が止む。七月も近いというのに、暖かさが感じられない。

アーシアの爆弾発言に、渦中のジョンは何と言えばいいのかも分からない。

イリナが、口を開いた。

 

「わたしもシたわ、セックスくらい」

 

お前のはレイプだ、とは今のジョンにはツッコめなかった。

 

「毎日沢山、ジョンさんに中に出して貰ってるんです。もう妊娠してるかも知れません」

「……そう。私も中に出して貰ったわ。奇遇ね、アーシアさん」

 

今度の会話は、間が少なかった。

イリナとアーシアが交互に言う。徐々に声の響きが強くなる。口調は大人しいのに、台詞の中身は生々しかった。

 

攻撃的な空気の中で、次から次へと性的な話題で二人が言い合う。挟まれる位置に居るジョンは、ただひたすらに口を噤んで、何も言えずに俯いていく。何を言えば良いのか分からない、実に無力な姿であった。

 

「わたし。……私、初めて会った時にジョンさんに押し倒されたんです。無理矢理キスされて、胸も、一杯揉まれて。痛くて、すごく強引でした。抵抗なんて出来ませんでした」

「そうなの。それは怖かったわね。これからは私がジョンにしてあげるから、もうアーシアさんは無理しなくて良いのよ。お疲れ様」

 

かつてのジョンの行いが暴露され、しかしこの場の誰一人として動揺しない。

初めて聞いたイリナでさえも、あっさり頷き、言葉面だけは優しく言い返す。

 

「……そういう意味じゃありません」

「じゃあどういう意味かしら。ああ、別に気遣ってくれなくても良いのよ? 私なら嬉しいくらいだもの。――貴女と違って」

 

バン、と大きな音を立てて木製のベンチが音を鳴らした。

 

ジョンの右側で立ち上がったアーシアが、ジョンを挟んでイリナを睨む。

ジョンの左側で立ち上がったイリナが、ジョンを挟んでアーシアを睨む。

 

向かい合った二人共が、眦を吊り上げて相手を、()を、睨んで吼えた。

 

「私がします!! 私がッ、私がジョンさんにしてあげるんです! ――邪魔しないで!!!」

「後からしゃしゃり出て来て何!? あんたッ、貴女だって後出しで、私からジョンの事奪ったじゃない!! ――邪魔なのは貴女でしょ、魔女のくせに!!!」

 

言葉に熱が入る。口調が早くなっていく。

アーシアは始めから、イリナはそれに釣られるように。頭の中はぐちゃぐちゃだった。

牽制と拒絶から入り、執着心と独占欲が表れる。そして次に、酷く強い、対抗心。

 

目の前の女が、一番要らない。どうしようもなく邪魔だった。

 

「良いじゃないですか、魔女でッ!! 魔女だから、魔女だからジョンさんと会えたんです、抱いて貰って、キスも沢山して、わた、わたしっ、この人と結婚しますから!!!」

「ふざけないでよ!! ジョンのキャリアが貴女のせいで台無しになったのよ! ずっと、ずっと頑張ってたの私が一番知ってるんだから!! なに勝手な事言ってるのよ!!!」

 

少年の頭上で、女同士の言い争いが加熱(ヒートアップ)していく。

頭の中に、昼間の、歓迎会での記憶が蘇る。――俺はハーレム王になる! という兵藤一誠の言葉。それに、ジョンは思った、やめとけ、と。少なくとも、教会育ちの彼にこの修羅場を治める手段は思いつかなかった。

 

やはりゼノ助の意見は当てにならない。

好きだからセックスをする、それだけで良い、なんて嘘っぱちだ。全然駄目だ。森の理論はコンクリートジャングルでは通じない。ジョンは言い争う二人の事が大好きだったが、好意だけでは現状の打開が出来ない事を知ってしまった。それと同時に、自分の想定が如何に甘々だったかを自覚する。

 

――ああゼノ助。助けてゼノ助。もうどうすれば良いのか分からないんだ。

 

奴は今日の歓迎会でもひたすら肉ばかりを貪って、ジョンから上質な動物性蛋白質を摂取する機会を奪っていったのだ。脳内でゴリラの服を剥いて辱め、煩悩によって女の戦いから目を逸らす。逸らしてはいけないのだが、本当に、どうすれば良いのか彼にはさっぱり分からなかった。幼児並の恋愛観では、女の戦いには参戦出来ない。

戦い以外の役には立たない己の脳味噌を強く呪う。

 

だが逃避など許されない。何故なら彼は、この場の主役の一人なのだから。

俯いて顔を両手で覆うジョン。その襟首を、――横から強引に引っ張られた。

 

「あっ。ああ゛――っ!!?」

 

視界に翠の瞳が映る。柔らかな感触を口元に感じ、自分がキスされているのだと理解した。

湿った唇と、口内を嘗め回す舌の動き。それに反応した少年の身体がひくひくと動く。

左隣、首を捻らされているせいで背後になったイリナの方から、醜い叫び声が消えてくる。

 

ぷは、と互いの唇が離された。

見上げたアーシアの顔は、彼の事など見ていない。視線の先はイリナの居る方向だ。

挑むように睨む、常の彼女には決して似合わないだろう強い敵意を感じさせる表情。その中に、僅かながらの優越感が見て取れた。口端が歪んで、笑っている。

 

「――このッ!」

 

再度、今度は背後からジョンの襟首が掴まれた。

強引に、ベンチの上に仰向けになる形で引き倒される。

今まで彼を掴んでいたアーシアは、戦士であるイリナとは膂力の差が大き過ぎ、あっさりと男を奪われ慌て出す。

しかし、取り返すための手が届くよりもずっと早く、少年の唇を奪われた。

 

舌が捻じ込まれ、口内をまさぐる。キスをしながら上になったイリナが首を捻って、その度に角度を変えながら、舌、歯列、頬、上顎、と別の場所を舐めては愛撫する。

歯の裏側を彼女の舌先で擽られ、その度にぞくぞくとした快楽に腰が引くつき、言葉にならずに小さく呻く。

彼の身体に飛びついて来たアーシアが精一杯引っ張ったが、力の差は歴然だ。押しても引いても動かせず、栗毛の少女は悠々と彼の内側を味わい続けた。

 

引っ張りだこ となった少年は、抵抗も何も出来ないままだ。

もう頭の中が真っ白だった。せめて怪我をするような事だけはしないで欲しいと切に願うが、それを言葉にするだけの余裕も無い。

 

だって悪いのは自分なのだ。

 

アーシアにした事は忘れていないし、イリナが暴走した事だって、自分に非があったのだろうと考えている。この場に居る二人共が己にとっての大事な相手だからこそ、責任を押し付けるような事が出来ない。

それが優しさではなく甘さ、あるいは優柔不断と呼ばれるような選択だろうと、二人の内どちらかを責めるよりはずっとずっと楽だった。楽な方に、逃げていた。

 

股間の辺りがまさぐられている。

かちかちと金属音が小さく鳴って、次いで感じたのは開放感。

キスを続けるイリナが気付き、責めるような唸り声を上げた。

 

「むっ!? むぅ――!!」

 

露出させた少年の股間を、金色の少女が顔と両手で愛撫していた。

未だ膨らんでいない小さな一物を両手で掬って、柔らかな頬に摺り寄せる。時々唇を棒の表面にそっと寄せ、その度に軽く食むように口で性器を味わった。

熱と、ぬめりと、吸い込むような口での愛撫。細い指先が肉棒を撫で上げ、先走ったものが溢れ出しては、少女が つるりと飲み込んだ。

 

上からはイリナの口淫が。下からはアーシアからの口淫が。

天国と天国が上下にあって、なのに心は昂ぶってくれない。身体、というか股間はしっかり反応し、徐々に膨れて勃ち上がり、それに喜ぶアーシアが、笑みを浮かべてイリナを嗤う。

 

「わたしの方が良いみたいですね。ね、ジョンさん?」

「っこの……!」

 

ちゅ、と肉棒に少女のキスが落とされる。

敏感な部分への明確な刺激。びくりと震える堪え性の無い男性器に、少年はもはや事態の解決を諦めた。

対抗心を剥き出しにした少女達は、目の前の敵を打ち負かすためだけに、彼の身体を使って競う。夕暮れ時の公園の一角、男一人と女が二人。一種異常な光景だったが、頭に血が上った彼女達は止まる事など考えられずに、ただ行動ばかりが加速する。

 

上半身の衣服を脱がされ、身を乗り出したイリナの口が、彼の胸板を舌先で舐める。刷毛で引き伸ばすように彼女の唾液が胸板を濡らし、外気に触れてひやりと冷える。くすぐったいくらいの力加減、乳首をちろちろ舐められると、おかしな感覚が背筋を走った。

少女の両手が素肌をすべり、臍や脇腹、くぼんだ脇の辺りまでを広げた手の平で撫で回す。

ぞくぞくする。不快ではないが、慣れない刺激だ。

 

伸びたイリナの舌が少年の臍に差し込まれ、痛くないように優しく穿る。不快かと思えば気持ち良く、熱されたような朱色の肉が臍の内側をじゅぶじゅぶと、音を立てながら愛撫した。

仰向けの彼の上に身を乗り出した姿勢ゆえ、豊かな双丘が顔面に着地し、彼女が身体を動かす度に、温かく柔らかな肉饅頭が押し付けられて形を変えた。嗅覚を刺激する蒸れたような匂いが、どこか甘い。

乳房の形が頬や目蓋、鼻の頭で撓む度、言葉に出来ない男性特有の喜びを覚える。

 

下のアーシアだって負けていない。

大きく深く、喉まで咥え込んだ陰茎を扱く。慣れていない動きのために幾度も嘔吐き、その都度動きを僅かに変えて、休む事無く口での抽挿を繰り返す。

熱い。柔らかい。ぬるぬるとした唾液たっぷりの口内が、酷く気持ちの良い穴となって彼の性器を刺激する。どろどろに温まった上の性器で肉棒を洗われ、腰が幾度も震えて跳ねる、もはや射精が目前だった。

 

この公園に人目が無い事が唯一の救いだ。

口元を塞ぐ乳房を噛んで、イリナの身体に顔を押し潰されながらも大きく唸る。

耐える事無く吐き出して、喉奥目掛けて真っ直ぐ飛び出す精液で、アーシアが強く咳き込んだ。

思わず口を離してしまい、こぼれた陰茎からは臭い白濁が少女の顔へと何度も飛び散る。

それを、イリナが捕まえる。

 

身を乗り出していた先の姿勢も完全に変わって、もはや69の体勢だった。勿体無いとばかりに射精途中の性器を咥え、自身の身体を下になった少年の身体に何度も何度も擦り付ける。少年の視界は、衣服越しのイリナの股間で埋め尽くされていた。

雌の匂いが、酷く強い。

 

「――はっ」

 

鼻で笑う声がした。少年ならば聞き間違えない、イリナのものだ。

奉仕の一つも満足に出来ないのか、と股間に顔を埋めたままのイリナが、アーシアを笑う。自分だって生まれて初めて男のモノを咥えたくせに、それを おくびにも出さずに優位を気取った。

 

笑われたアーシアは悔しそうな顔で、座り込んだまま顔に飛び散った精液を舐め取る。

場所も弁えず、金色の少女が衣服を脱いで上半身を露出した。

見下す視線で、栗毛の少女もまた晒す。先の少女よりも全体的に肉付きの良い、より魅力的な女の肢体を。

どちらも、心の奥底にあるものは全く同じ。

 

――渡さない。

 

身体を使った男の取り合い。当の少年が完全に置いてきぼりであるという事実を除けば、あるいはこれは、男の夢と呼ぶべき光景だった。一誠辺りが知れば、恐らくは泣いて喜ぶほどの。

けれど現実は非情である。

彼への恋情を種火として、対抗心ばかりが燃え上がる。想い人の心象さえもを脇に置き、二人の少女は生まれて初めての恋の鞘当てに意識の全てを囚われていた。

 

やがて夕日が西へと沈む。

美しい少女二人に貪られながら、少年の悪魔生活初日は更けていくのであった――。

 

 

 

 

初日だからと悪魔の仕事を免除されたゼノヴィアが、何時まで待っても帰って来ないイリナを心配して、夜の駒王町を走っていた。

 

そんな彼女も、悪魔に転生した事を実は結構気にしていたが、他ならないジョンの頼み。自分を心配しているという言葉も貰えて御満悦な青毛の少女は、転生初日にして、割と素直に新たな人生に順応し始めていた。

と、彼女の視線が知り合いの姿を一つ捉える。

 

「塔城、だったな。何をしているんだ?」

「ぁ。……ゼノ、ヴィアさん」

 

猫のような耳と尻尾を生やして座り込んでいる彼女は、赤らんだ顔で公園の奥を見つめながら、余り得意ではない人除けの結界を維持し続けていた。

悪魔の仕事だろうか、と首を傾げたゼノヴィアが、公園の入り口に座り込む塔城小猫の視線を追った。

 

――少女が腰を振っている。

 

少年の身体に跨って、見知った栗毛の少女が騎乗位の姿勢で腰を振っていた。

傍らには金髪の少女。こちらは全裸で仰向けになる少年に向かって、何度もキスをしながら己の乳房を掴ませている。

 

夜の公園、星空の下。全裸で踊る男女の宴。

端的に言えば、それは乱交の現場だった。

 

「成程」

「違うんです」

 

なるほど、と頷くゼノヴィアに、月が昇るまで乱交を眺め続けていた小猫が言い訳する。

友人のアーシアが暗い顔をしていた事が心配で、リアスに許可を取ってまで追いかけて、割って入れる空気ではなかったので見守っていたら、――乱交を始めて。

 

止めるべきか立ち去るべきか。悩んだ末に、現場を他人に見られないように、と友達想いな彼女は結界を張ってこの場を死守した。死守しながら、死守しているからこそ、離れる事も叶わずに、ずっと現場を見守る破目に陥っていた。

ちょっと当てられて発情しかけたが、距離もあるので、ギリギリ我慢の出来る範疇だ。

別に、覗き見が目的ではない。本当である。

 

ちなみにゼノヴィアは小猫の事など疑っていない。

ただ単に、「青姦、そういうのもあるのか!」とセックスの新たな可能性に気付いただけだ。

 

「そうか」

「はいっ、そうなんです」

 

ゼノヴィアの相槌に、食い気味の小猫が頷いた。

そしてそのまま、青毛の野性が公園の中へと入り込む。

 

「!?」

 

小猫は驚愕した。

まさかあの場に足を踏み入れようとする痴女、もとい馬鹿が居るとは、想像だにしていなかった。

いや違う、そうではない。友人の邪魔を、させるわけにはいかないのだ。むしろ邪魔した方が良いくらいに倫理観の欠如した光景だったが、生の乱交を見過ぎて脳が茹だった状態の淫乱猫ショウは、謎の使命感に燃えていた。あの乱交を、最後まで守護らねばならぬ、と。

 

「――大丈夫だ、ちょっと混ざって来るだけさ」

「全然ダイジョブじゃにゃいです!?」

 

ニヒルな笑みを浮かべて親指を立てたゴリラが一頭、白猫の制止も聞かずに、渦中の三人へと近付いていく。

声を掛けても止められず、ならば直接、と思い立っても動けない。発情しきっていないと自分では言うが、情事に当てられた未だ幼い小猫の身体は、初めての感覚に戸惑っている。耳も尻尾も出しっ放しで仕舞いきれずに、腰にも力が入らない。股間は既に湿ってぬるい。

やがて遠くから見守るだけの小猫の視界で、新たな参加者が乱交に混じって絡みだす。

 

「ああ……」

 

哀れむような、諦めるような吐息が漏れた。

本来ならば女の敵だと蔑む所だが、見ている限り、主導権はジョンに無い。一方的に少女二人に絞られて、今また更に、追加でゼノヴィアが彼の裸体に取り付いた。

せめて見ないであげようか、などと考え星を見上げて。しかし生来の優れた聴覚で何が起きているかは丸分かりだ。

 

「がんばってくださいね……」

 

新たに加わった仲間に向けて、『戦車』の先輩が小さく励ます。届かない事は承知の上で。

 

この翌日から激化する、ジョンに対する性的なアプローチ。

非情に生臭い紆余曲折はあったが、結果としてアーシアの涙は止まり、イリナとの複雑な関係も形を変えた。しかし、彼の受難は正に此処からが本番なのだ。

やがて訪れる己の未来を知らぬまま、生まれたての転生悪魔ジョン・オーリッシュは死んだような目で少女三人に弄ばれていた。

 

助けは、来ない。

彼は結局、朝までずっと、休まず絞られ続けるのであった。




吹っ切れたからと言って上手く行くとは限らないオリ主が、修羅場で役立たずっぷりを晒す話。
修羅場を予定してから実際到達するまでに十話以上。長かった……。
あとは四人で適当にズブズブしながらストーリーを消化するだけです。
以下、設定メモ。

 オリ主
幼稚園児~小学校低学年並。
肉体関係はあれど、本質的には「すき!」で全部済む子供恋愛。
流され系主人公。人の心が分からない修羅場製造機。
「どうしてこうなったのか本当にわからない……(真顔」

 アーシア
中高生並の発展途上。
一夫一妻が当然という常識的思考。聖女様は汚れる事で大人になりました。
「大丈夫です、子供の名前はもう決めてますから!」

 イリナ
高校生。年齢相応。
手酷いNTR経験によって拗らせた。ある意味最も警戒すべきゼノヴィアに気付いていない。
「――私の方が先に好きになったのに!!!」

 ゼノヴィア
森の理、野性の掟。あと本能。
ハーレム? 何か問題あるのか? な安全地帯。ただし倫理観ガバガバの両刀(無自覚)。
「ウホ? ウホウホホ、ウホ?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 合宿直前のヘルキャット

グレモリー眷属の枠が埋まって、アーシア&イリナを取っ替え引っ替えSEXする第二十一話。
【冥界合宿のヘルキャット】と【体育館裏のホーリー】はほぼ同時進行です。


「皆さん、これから改めて宜しくお願いしますねっ!」

 

黒い悪魔の翼を広げたアーシア・アルジェントが、明るい笑顔で微笑んだ。

見た目と言動から分かる通り、この度晴れてグレモリー眷属の『僧侶』として転生した彼女。

所有する神器を用いた純粋な回復役として、今後長らく皆を助けていく事だろう。

 

転生以前から度々部室にお邪魔していた事もあって、彼女はすぐにグレモリー眷属の輪の中に馴染んでいった。

学園の夏休み期間中に冥界で行われる、若手同士の会合前にフルメンバーが揃った事で、主であるリアスも御満悦。分かり易いその態度に、朱乃も隣でこっそり笑う。

 

しかしそれとは全く別の理由で、今、紅髪の御主人様は頭を悩ませる破目に陥っていた。

 

「えくすかりばー」

「エクスカリバー」

 

リアスの棒読みに、ジョンが返した。何時かの焼き直しのような光景だった。

話題は主に一つ。先の三大勢力会談の最中、少年の前に現れた、禍の団英雄派を名乗る一組の男女に関する報告書の作成。今はそのための事情聴取の真っ最中だ。

 

既に、眷属化を望む際、大まかな事情説明は終えている。

ジョンにとってのリアスとは、駒王町に来て以降、時間を掛けて信頼関係を構築してきた相手だ。今後主従となるのなら、隠し事は可能な限り減らすべき。そういう理由で、自己と周囲の保身のために身売りしたい、と包み隠さず明かしていた、のだが。

 

「聞いてないのだけど……」

 

リアスの呟きに、ジョンがそっと視線を逸らす。罪悪感は、ちゃんとあった。

 

転生前に説明したのは些か雑で、あくまで自分達に関わる部分、のみ。今日此処で、詳細な部分を詰める予定となっていたのだ、が。

曹操に渡した聖剣の件で、少しばかり話が止まった。

 

七つに別れた聖剣、エクスカリバー。

リアスの『騎士』木場祐斗の憎悪(コンプレックス)の対象。先の聖剣騒動において、堕天使幹部コカビエルが大戦争の再開を目論み、そのための一要素として教会から強奪したもの。

戦っても勝てないと判断した相手、曹操とジャンヌから安全確実に逃れる為に、時間稼ぎの必要経費として彼等二人に差し出された、かわいそうな『天閃の聖剣』。

 

――かつてジョンからリアスに対して、悪魔契約の対価として支払われた事もある、アレである。

 

あれってエクスカリバーだったの……? とリアスが小さく呟いた。

彼女の主観では今更になってようやく知れた、驚愕の新事実であった。

 

いやいや、別にそれ自体は構わない。差し出された対価の価値を理解出来ない悪魔なんて、笑われたって仕方が無いが、人間側にはその辺りの義務など存在しない。古い御伽噺に良くある、悪魔が騙される系の奴と同じだ。

対価を認めたのは、ろくに調べもせずにその場のノリで契約を交わしたリアス自身。事実を秘されていた事にこっそり落ち込む気持ちはあったが、ここで彼を声高に責め立てるような、プライドの欠けた女ではない。

 

問題は、それを()に報告する義務がある、という点にあった。

 

三大勢力間の和平が、各勢力トップ陣の強引な運びだったとはいえ成された現状。目下の敵と見做される事となった禍の団に関する情報は多いほど良い。

血統はさて置き、立場自体は当たり前の上級悪魔に過ぎないリアスも当然、報告を上げないわけにはいかなかった。心情的にも立場的にも、この一件は情報を纏めて上役へ、はっきりと言えば魔王である実兄に送らなければならないものだ。

だが。少しばかり、報告書を作成するリアスの手が鈍る。鈍ってしまう。

 

契約の対価でエクスカリバーの一振りを手にしたというのに気付きもせずに、婚約の件で世話になったからと契約者へと差し戻す。

無所属の友人に、悪魔にとっての天敵である聖剣の扱いを任せたままで、気が付けばテロ組織へとソレが渡って、知った時には後の祭り。

 

……思い返してみれば、それは中々に大きな失点だった。

一貴族の、一領主の、立派な悪魔の仕事ぶりとは、流石に言えない。言い訳出来ない。

そんな駄目駄目なリアス・グレモリーだからこそ、目の前の新人『戦車』の信頼を勝ち得た面が間違いなくあるのだが、それとこれとは話が別だ。誰だって恥を掻くのは嫌なもの。気が重くなるのは仕方がない。

 

「あー……、うん、そう。大丈夫よ、ちゃんとお兄様には報告しておくから」

「ごめん。……なさい」

「うん。いいのよ? ほら、わたしってば貴方の御主人様だし? ……うん、へーき」

 

この報告を上げても、公私混同を平気で行う彼女の兄は怒らないだろう。しかし禍の団関連の情報として他の者達にも共有されて、――以後、リアス・グレモリーは聖剣エクスカリバーの一つをまんまと取り逃した間抜けな悪魔であるとして、泥を塗られた経歴を半ば永遠に背負い続ける事となる。

 

同じ部屋、二人の傍らでずっと黙って見守っていた『女王』姫島朱乃がジョンを睨んだ。

主が許す事を明言している以上、臣下の身では、わざわざ口に出して非難は出来ない。だが、二人分の助命嘆願や身分保障、住居から生活費に至るまで、散々世話になった身の上でこんな隠し事をしていたジョンに対して、それなりに思うところが彼女にはあった。

 

ギラリと睨む。僅かに紫電が虚空に散った。視線が合って、無言が続く。

リアス・グレモリーの友人の一人として、控え目ながら、これが立場を弁えた精一杯の意思表示。新たな同僚に対する『女王』からの叱責だ。

あとでリアスからは愚痴の一つ二つは聞いておかなければ、と内心で主を気遣ってもいた。

 

睨まれた側の少年も、これに関しては素直に頭を下げて謝る。

だって、実際に悪いのはジョンの方だ。

あの時は自分とアーシアが最優先で、グレモリー眷属の事など利用するだけの相手だった。だから情報は伏せるし、それで得た優位を生かし、支払った筈の対価をまんまと取り返して私物化していた。元々教会からの盗品だというのに、随分と好き勝手に扱ったものだ。

挙句の果てにはテロ組織行き。実に可哀想な聖剣である。長年の相棒に対する仕打ちとは思えない。

 

教会側へ向けての謝罪文等を考えて、リアスは今から頭が痛い。実際に頭を下げるのも他勢力への言い訳をするのも、それが自分ではなく兄だからこそ、これに関しては申し訳無さが先に立つ。

上級悪魔としての羞恥心と、身内に対する罪悪感。それを思えば、報告以前から既に おなかが痛かった。

 

「次からはちゃんと報告しなさい。――いいわね?」

 

僅か数分で随分と疲れた顔をして、リアスが微笑み、少年の鼻頭を軽く弾いた。

――以上、罰則終了。身内に甘いリアス・グレモリーの、これが精一杯の御小言である。

 

ジョンがぱちりと瞬きをした。それだけで終わりなのか、と。

 

基本的に、命に関わるような失敗でもない限り、リアスは眷属に厳しくしない。内心ではかなり胃を痛めていたりするプライドの高い彼女だが、必死に見栄を張って我慢した。

だって彼女は御主人様だから。精一杯お姉さんぶって、それでこの話はおしまいである。

 

これには朱乃も呆れるばかり。が、少しだけ、強く叱れない主の姿に嬉しそうでもあった。彼女もまた、その甘さに助けられていた時期が確かにあったのだから。

 

「さ、今日から貴方も御仕事よ。頑張ってきなさい、ジョン」

 

一時暖かな空気がその場に流れ、詳細な報告を終えたジョンは、グレモリー眷属新人悪魔の通過儀礼であるチラシ配りのためにオカ研部室を後にした。

 

ちなみにこの日、とある堕天使総督がオカルト研究部顧問として赴任してくる事となっていたのだが、ジョンにとっては凄くどうでも良い話だったのでその詳細は割愛する。

 

 

 

 

目の前に、金髪の少女が立っていた。

 

彼女の着ている真っ白なバスローブが正面から開かれて、晒されるのは素肌と下着。

その瞳の色に合わせた緑。白のレース模様をあしらった上下一揃いの薄布が、少女の性的な部分を覆い隠して飾り立てる。

 

寝台に腰掛けた少年の眼前。

バスローブを半端に脱いだアーシア・アルジェントが、肩を晒し、頬を高潮させて、男に媚びるために己が肢体を晒しながら近付いて来る。

 

瞳は期待に濡れていた。隠れた乳房の先端部分も膨らみ始め、下の蜜壷も今の時点で潤っている。

先程風呂場で磨き終えたばかりの白肌が、ベッドライトの薄ぼんやりとした明かりの中で浮かび上がるように輝いていた。

 

「ジョンさん……」

 

熱に浮かされたような声が届く。

一メートル足らずの距離を開けた彼女の立ち位置。それは、少し身を乗り出すだけで手が届きそうなほどに近かった。

上気した肌から汗が滲む。僅かに湿った金髪が明かりに照らされ輝いて、彼女の姿を幻想的なものに見せていた。

 

「どうぞ、あ、貴方の、アーシア、です……っ」

 

心底恥ずかしそうに、媚を売る。何かの受け売り、健気な懇願。

一対一。誰に気兼ねする必要の無いこの状況で、好いた男をその気(・・・)にさせるための、精一杯の、少女の媚態。

 

彼が立ち上がって手を伸ばし、彼女の肢体を勢い良く抱き締めた。

未だバスローブを羽織ったままの背中を抱え、その動きで、ふわりと長い金色が宙に舞う。

柔らかな布の向こう側、少女の細い肢体が両腕の中で身を捩る。未だ成熟したとは言い難い、けれど既に男を知った女の身体。胸板に当たる下着越しの両乳房が僅かに撓み、軽い体重を少年に預けて力が抜ける。

 

ああ、と少女が歓喜の吐息を漏らすのが聞こえた。強く強く抱き締められて、自分が求められている事を己の身体で理解した。

 

バスローブの内側に手が入る。

背から腰、手触りの良い下着に包まれた臀部まで。流れるように手の平が滑って肢体を味わう。

上向いた少女の顔、唇を正面から咥え込まれて朱色同士で擦り合う。

激しく、強く、衣擦れの音が耳に届くくらいに尻を揉む。下着越しの白桃を幾度も摩り、股座に揃えた四指を食い込ませ、果ては太腿に触れて すべすべとした素足を往復する動きで揉みしだく。

押し付けられる、股間が熱い。少女のものも、同じく熱を持っていた。

 

大きく侵入してくる少年の舌に、上顎を何度も舐められる。他者からの刺激によって新たに分泌された唾液が口内に溜まって、それを待っていたとばかりに吸い上げられた。

優しく丁寧に髪を掬っては、指を離して感触を楽しむ。風呂上りの、比較的強い香りが彼の嗅覚を刺激した。それが自分のための身繕いの結果だと知っているから、なおさら堪らなくなって髪に鼻を埋め匂いを嗅いだ。

それを終えれば、僅かに互いの視線が絡む。どちらも呼吸は荒れていて、気持ちだって高まっている。血流が加速し身体は全身熱くなり、繋がる準備は万全だった。

 

「あ――」

 

アーシアの身体を抱き上げて、すぐ傍にある寝台へ向き合う。

そっと仰向けに寝かせると、金色の髪が大きく綺麗に広がった。半端に脱いだ状態のバスローブの白と相俟って、少年個人の贔屓目を抜きにしたとしても、酷く美しくて蠱惑的だ。

 

向けられる期待の視線に、少女の両手が腰へと伸びる。

自身の履いた下着の両脇に指を通して、焦らすようにゆっくりと、緑色のソレを下へとずらす。

生来の控え目な性格に見合った、淑やかな金毛が秘所を飾っているのが目に見えた。その下には、今まであまり間近で見る事のなかった、彼女の女の象徴部分。そこは既に糸を引き待ちかねている。

少女の手が伸び、秘めた部分を指先で押し開けば、濡れた桜色が露わとなった。

 

「此処に、下さい。わたしに、ぁ、あなたの、お――」

 

最後まで聞かず、取り出したモノを其処へと沈めた。

度重なる行為で幾度も耕されてきた女の肉が、男のモノを飲み込んでいく。

より深く内側へと誘い込むように、膣内の肉襞が蠕動する。齎された刺激と僅かな快楽に、アーシアが大きく声を上げて歓喜に鳴いた。

 

「ぁ、あっ、あ、ああああ――……っ!!」

 

女陰が男の全てを呑み込み、すぐさま少年が、細腰を掴んで性器を引き抜く。

絡み付く肉が陰茎を扱き、彼女同様彼もまた、小さく呻きながら腰を動かして膣を掘る。

 

両手は彼女の腰を掴んだままで、前のめりになった彼の上半身が、緑色の下着に包まれた双丘に近付き吐息を漏らした。頬や顎先から垂れ落ちる少量の汗が下着に染み込み、奥の乳房に湿気を齎す。元々滲んでいた少女自身のものと合わせて、溜まった汗がブラの隙間を縫って一筋ばかり流れていった。

 

胸元にある少年の頭部を、アーシアが抱き締めて腰を振る。その両脚は、相手の腰を逃がさぬようにと、力一杯絡んで捕らえた。

二人分の体重を載せた質の良い寝台が音も無く揺れ、不規則な動きに真っ白なシーツも徐々に歪んで、飛び散る体液で一秒ごとに汚れを増やす。

 

陰茎が、奥を引っ掻く。

引き抜かれる動きに肉襞が蠢き、吸い付いて、入り口の辺りで確かな音を響かせた。

無理矢理掻き出されていく愛液が、薄白く濁りながら膣口より溢れ出す。そのまま割れ目の下、尻の谷間と順に流れて、真下のシーツに染みを広げた。

 

膣肉が絞る。陰茎で耕す。肉同士が絡み合いながら何度も何度も刺激を与え、互いが互いの限界を誘う。下着の下で乳房が踊り、揺れる金髪が視界の端で、行為の激しさを表すようにシーツと擦れて幾度も波打つ。

 

そして、吐き出した。

 

「ぅ、あ、あっ、あぁぅ、……あ、ぁ、ああっんあっ」

 

断続的に噴き出す精液に合わせるように、少女の身体が痙攣する。

その度に艶めいた声が喉から飛び出し、少年の耳朶を犯すかのように舐め上げた。

大きく見開かれた翠の瞳から涙が零れる。高潮した頬は汗に濡れて輝いて、上り詰める快感から綺麗な背筋が反り返り、控え目な乳房が抱き締められたままの彼の顔へと押し付けられた。

 

やがて、互いに力尽きて倒れ伏す。

少年の耳に届くのは二人分の呼吸の音と、間近で響く少女の心音。軽く首を動かし乳房に埋もれ、ふかふかの肉布団に居心地の良さを覚えて目蓋を閉じた。

体力も精力も未だ余裕が残っていたが、なんだか酷く満足してしまっていた。

わざわざ今夜のために下着からベッドライト、他にも色々と、彼を誘うための準備をしてくれたアーシアの頑張りも、きっと無関係なものではない。

 

少女の身体に圧し掛かって、重いだろうに、アーシアは変わらず少年の身体を抱き締めていた。

気持ちが良い。酷く落ち着く。だから。

射精後の倦怠感に身を任せ、ジョンはそのまま意識を落とした。

 

「私、負けませんから」

 

ぽつりと呟く少女の声を、当然の如く聞き流しながら。

 

 

 

 

「へえ。これが悪魔の羽なのね」

 

土色の目立つ、旧校舎脇の運動場。

物珍しさに目を輝かせ、紫藤イリナが少年の翼を撫で回していた。

その手付きが、くすぐったい。人間だった頃には無かった両翼の新感覚は、慣れるまで暫くは時間がかかりそうだ。

 

二人の周囲には、量だけはある数打ちの聖剣が多数突き立って輝いている。

コカビエルの一件で神器【聖剣創造】の力を得た木場に、頼み込んで用意して貰った練習用だ。

手に入れたばかりの新たな力。ジョンにとっての悪魔の身体、木場にとっての二つ目の神器。その双方を使いこなすための訓練の一環。

 

憎んでいた筈の聖剣を創り出す神器に対し、木場は随分と複雑そうではあったが、それはかつての同志達からの贈り物だ。新たな後輩悪魔の頼み事にも苦笑一つで快く頷き、大量の聖剣を用意してくれた。

 

持つべきものは便利な知り合いである。「押入れはもう二度と貸さないからね」と死んだ目をして付け加えるイケメンに対し、ジョンは感謝の気持ちを惜しみなく伝えた。

 

――余談だが、羞恥のデュランダル砲で壊れた和室ごと、木場の自宅は今現在改装中だ。

出会い以降、ずっと聖剣憎しで迷惑を掛け続けたジョン相手だからこそ許しはしたが、その裏ではゼノヴィアとの口喧嘩が絶えない苦労人の木場くんである。

 

話を戻すが今現在、長年連れ添った『天閃』も、便利に使い倒していた万能な『祝福』も、もはやジョンの手元に残っていない。

悪魔に転生した結果、聖具を手に取るだけで苦痛を感じ、聖水なんて余裕で毒物。毎日捧げる祈りにしても、脳に鉄杭を刺すような激痛に耐えながらの苦行となった。

 

下級悪魔ジョン・オーリッシュには、不便が多い。

人間だった頃の方が手札も多く、自由に動き回れていた気がする。

 

今の彼が以前よりも勝るのは、人をやめた事で得た人間以上の、『戦車』に見合った身体能力、それと悪魔生来の特質である魔力を得た事くらいであろう。それこそが人でなき者の最大の強みであると知ってはいるが、未だ慣れたとは言い難い。

魔力に関しては、未だ扱い方も習っていないので無いも同然。悪魔の駒によって得た『戦車』の特性、攻防力の上昇に関しては今、イリナを相手に確かめたばかりだ。

 

同じく悪魔に転生したゼノヴィアではなく、人間のまま、能力値の変化していないイリナだからこそ、人だった頃との比較が出来る。今とかつての、ジョンの強さの変化の比較を。

 

そのための聖剣。そのための木場への頼み事だった。

使い慣れた物よりずっと脆いが、それでも、やはり聖剣こそがジョンにとっての主武装だ。因子が働き、手にも馴染んで、実に軽くて良く斬れる。悪魔の弱点である光力も、聖剣由来のものなら今も変わらず運用出来た。

打ち合い、斬り合い、あくまで身体の調子を確かめるために繰り返した、――結論。

 

「……なんだか弱くなったよね、ジョン」

 

言い辛そうに、イリナが言った。

 

まだ慣れてないだけだから、と言い訳するが、そもそも適正自体が合っていない。

今回の転生、『戦車』はゼノヴィア、『騎士』がジョン、というのが互いにとっての最適解だろう。もう少し才能が乏しければ『騎士』の駒でも足りたのに、と贅沢な文句を思い浮かべて、こっそり捨てた。

 

力が増し過ぎて、振り回される。肉体的な強化の程が、すぐに自覚できるくらいに目立って強い。

 

教会の戦士だった頃は基本、聖剣や他の聖具をメインに据えて、身体能力に頼るような事も少なかった。

加護によって強くなっても、それは手持ちの聖具を有効に活用するための手段に過ぎない。

人外の輩を力で押し潰そうなどと考える方がおかしいのだが、今の状態はかつてと逆だ。道具ではなく、力によって戦わなければせっかくの宝の持ち腐れ、悪魔の強みを殺すだけ。如何に時間がかかろうと、使いこなせるように為らなければならない。

 

とはいえ、努力は得意だ。

単純作業と苦痛への耐性も、教会時代に培っている。

戦って鍛えて戦って、怖くても痛くても頑張り続け、結果として馘首されたが過去の努力は無駄ではない。何度でも何日でも身体を動かし、今の自分に慣れる事自体は、そう遠くない内に叶うだろう。

 

ゼノヴィアとアーシアがグレモリーの庇護下に入った時点で、彼の目的は達成している。

彼が今でも力を求めるのは、なんだかんだ言いながら何時も小まめに助けてくれたリアスへの恩返しと、あとは単なる職業病だ。

あるとは思いたくもないが、何かあった際に何も出来ないのは嫌だった。

いざという時の備えが欲しい。教会時代に植え付けられた社畜意識が、今でも彼を追い立てている。多分一生治らない。

 

――強くなる。そうとも、強くなりさえすれば良いのだ。悩むくらいなら努力をしよう。

聖具の代わりに、悪魔の力。方向性が変わっただけで、やるべき事に変わりはない。

彼は何時だって、出来る事しか出来ないのだから。

 

「『戦車(ゴリラ)』だ、おれはゴリラになるのだ……」

「やめよ? ね、ジョン。それはやめよう?」

 

小猫が聞いたら腹パンされそうな事を呟きながら、拳を握っては開いて翳す。

宥めるために詰め寄ったイリナが、しな垂れかかるように抱き付いた。

 

かつてより見慣れていた、教会製の戦闘服。ぴったりと肌に張り付く黒色が、日の光を反射して照り輝いている。

肩、二の腕、乳房、腰元から尻と、太腿までのラインが太陽光で白く光った。

抱き付く姿勢で少年の肩に乗せられた乳房が、柔らかく撓んで形を変える。

 

溜息のように、熱い吐息が少年から零れた。

 

「――んっ、」

 

空気の変化に気付いたイリナが、乳を擦り付けるように肩に押し当てた。

身体ごと動いて、何度も乳房で刺激する。あるいは乳房を、彼の肩を使って愛撫した。

戦闘服によって大まかに形を維持された丸みが、僅かに歪んですぐ戻る。ボールが跳ねるように、柔らかく。それは、音が鳴りそうなくらいに目に楽しい。

 

彼が手を伸ばした。彼女の腕を掴んで引き寄せる。

当たり前のように重なった唇同士が、相手のものを舐め合いながら互いの唾液で濡れていく。

尻を掴んで、乳を揉む。黒い戦闘服の、無駄に滑らかで僅かに固い感触を楽しんだ。

 

そっと覆い被さるように押し倒し、地面の上に少女を寝かせる。

何度も胸を揉みながら、紡錘形に歪むほど強く扱くように引っ張って、服の上から乳首を舐めた。

 

何故だか酷く、興奮する。

 

見慣れた戦闘服。飽きるほど身近にあった黒い色。性的なものなんて、ずっと、見い出した事が無かったというのに。今はこうして欲情している。

何の変哲も無い戦闘装備が、男を誘うための衣装に見えた。

 

イリナの股間を弄り回す。排泄のための、戦闘服の一部を開いた。指先が触れる度に性器への刺激で少女が震え、合わせて漏れ聞こえる喘ぎ声が ますます少年の興奮を掻き立てる。

 

自身も脱いで、固く張り詰めたモノを外気に晒した。

むき出しの土の上で。周囲に聖剣を侍らせて。見知った格好の、異性の友人を前にして。

翼を広げた一匹の悪魔が、勃起した男性器を突きつけている。

 

背徳的な感動がある。

昂ぶっていくばかりの劣情に逆らえず、開かれた恥部へと己の肉棒を触れさせた。

イリナが笑う。

 

「いいよ。ほらっ、私だって――」

 

イリナだって、欲しがっている。

濡れた膣口から透明な雫が垂れ落ちて、待ち侘びるかのように下の唇が震えている。

目一杯膨らんだ小さな陰核が立ち上がり、彼女の興奮を表していた。

使い慣れた少年の陰茎が、少女の一番狭苦しい場所へと押し入った。

 

「ふっ、ぅ、ぃ――!」

 

細い吐息を吐き出しながら、イリナが歓喜の声を上げる。

挿れたばかりなのに蕩けるように微笑んで、地面に寝転がったままで腰を振る。

 

鍛えた肢体、女の場所に、少年が股間を遠慮無しに打ちつけた。

衣服が擦れて汁が飛び散り、足元の土を掻き混ぜながらも汚れに構わず絡み合う。

宙に浮いた蟹股の両脚が、幾度か動いて彼の腰元を締め付ける形で落ち着いた。

全身の大半を黒い戦闘服に包まれたまま、顔や手足以外で唯一無防備に晒された少女の秘所が、同じく秘めるべきモノを受け入れて、しつこいくらいに愛撫する。何度も何度も、食い付くように。舐めしゃぶるような水音が、繰り返し耳元まで届いて溶けた。

 

少年の両手が豊かな乳房を弄ぶ。強く、強く、悪魔の力無しでも揉み潰しそうなくらい、乱暴に。その、痛みと快楽が脳に伝わり少女の性器が応えるように蠢いた。彼の手の平にだって柔い肉を揉む感触と、戦闘服の滑らかな手触りが返ってきている。

腰の動きだけで股間の抽挿を行いながら、両手は胸を揉み、唇で相手の口内を味わい尽くす。

土に汚れた少女の栗毛が動きに伴い振り回されて、長い髪の乱れる様子が更に女を感じさせ、少年の情欲を煽りに煽った。

 

強い興奮に、すぐさま射精感が込み上げる。腰を強く、最も深くまで押し込んだ。

奥歯を噛んで射精する。我慢なんて必要無い。心のままに、イリナの中へと精を放った。

熱と快楽で陰茎の先端が痺れるようで、触覚も一時的に馬鹿になる。

 

「じょ、じょんっ、でてるっ、出てるよぅ……ッ」

 

射精を受けた少女が喘ぎ、うわ言のように同じ言葉を繰り返す。

幸せそうな顔で腰を振り、最後の最後まで搾り取ろうと、腰と一緒に膣の動きで陰茎を舐めた。

少年もまた、合わせるように腰を揺する。断続的に、抽挿の度に射精するように何度でも。

 

やがてはそれも静まっていく。ゆっくりと、吐き出し終えた腰が止まった。

仕事を終えて萎え始めた陰茎が、少女の内側で尚もしゃぶられて小さく震える。

イリナの身体に覆い被さった姿勢のままで、下になった顔を見下ろす。そうして、極自然に顔を寄せると、唇を合わせてキスをした。舌を差し込み、互いのものを何度も舐め合う。

 

そっと離せば、二人の熱い吐息が漏れる。視線が絡まり、少女が小さく微笑んだ。

黒い翼がゆっくり下りて、事後の姿を覆い隠すように彼等を包む。

 

「ね、……わたし、もっと頑張るからね」

 

未だ人間のままの少女が、悪魔となった少年に向けて囁いた。

小さく頷き、栗毛の髪を撫でながら、ジョンもまた更なる努力を己に誓う。

 

イリナが何を頑張るつもりか、微妙に勘違いをしたままで。




書いていて必要以上に弱体化が描写されてしまった気がするオリ主の話。
強弱設定はあくまで話の流れのためのフレーバーです、と第六話以来二度目の言い訳。

次回から冥界編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 冥界合宿のホーリー

イリナと悪魔、冥界野外ゴリラセックス、そして修羅場の第二十二話。


――紫藤イリナは人間である。

 

数年来の友人二人がリアス・グレモリー配下の眷属悪魔に転生し、更に其処に、他人の幼馴染を寝取った憎き魔女までもが加わったりもしたのだが、イリナだけは、未だ人間のまま変われない。

グレモリー眷属に一つでも空席があったのならば話は別だが、現実は彼女に厳しかった。

 

一応、転生するに至った経緯も聞いた。少々過剰な警戒にも思えたのだが、彼の少年が割と普段から仕出かす人だと知っているから、まあ、納得出来る。実際、最強の神滅具持ちのテロストがジョンに対して謎の執着を見せていた、などという妙な話を聞かされれば、警戒するのも確かに分かる。イリナが彼の立場なら、混乱しきって何も出来なくなっていただろう。

 

ともあれ。友人二人が悪魔になって、自分一人が取り残されて、疎外感が半端じゃない。

事は命の危機にも関わるのだから不謹慎な考えだという自覚はあったが、それが飾らぬイリナの本音だ。

 

人と悪魔は、大いに違う。

種族も形状も基礎性能も異なるが、何よりも、寿命の桁が三つは違う。

一万年とは一体何年だっただろうか、と改めて悪魔に関して調べたイリナは思わず惚けて、若干言い回しの狂った疑問に暫し頭を悩ませたものだ。

 

悪魔の寿命は一万年超。翻って人間のそれは言うまでも無い。生きている時間が、全く違う。

五年も経たない内に紫藤イリナは大人になるが、ジョンとゼノヴィアは必ずしもそうではない。悪魔である彼等は意思と魔力さえ十全であれば、イリナが死ぬまでずっと変わらず、死んだ後まで生きるのだ。イリナの事を忘れてしまうくらいの、長い時間を。

 

今のまま、ずっと三人一緒だった教会時代と変わらぬ姿で。人間である自分一人が老いさらばえて死んでいく。それは、なんと恐ろしい事だろう。

 

未来を想って、イリナは怯えた。

自分が、自分だけが、置いて行かれる。独りぼっちで消えていく。何時かのように、これからも。

それにはきっと、耐えられない。ほんの数ヶ月ジョンと離れていただけでも、心が折れそうな想いをしたのだ。ならば一生の問題を前にして、自分がまともで居られるとは思えなかった。

 

ただの予測と妄想が、少女の心を締め上げる。

時が過ぎれば現実化するだろう悪夢を抱いて、一日ごとに追い詰められていた。

傍に居たい。一緒に居たい。同じ時間で、同じものを見て生きていきたい。

 

悩む時間はあっと言う間に過ぎていき、結局、彼女は決断した。

 

「それでは面談を始めましょうか。――紫藤イリナさん」

 

眼鏡の奥で、赤紫の瞳が輝いた。

その傍らには彼女の『女王』、真羅椿姫が控えている。

 

駒王学園生徒会室。

上級悪魔ソーナ・シトリーの目の前に、栗毛の少女が決意を抱いて立っていた。

 

――その日、シトリー眷属に一人の『騎士』が加わった。

 

 

 

 

「ポチっ、とじゃなくてズムッ! っと突くんだ!!」

 

冥界の豪華温泉、その一角で。

無駄に良い声をした堕天使総督が、当代の若き赤龍帝に、全身全霊で如何わしい性知識を吹き込んでいた。

 

感動して涙さえ流す茶髪の少年。そんな彼の未熟を受け入れるように温かく微笑む中年、もとい年齢不詳。堕天使アザゼルが何故天界から堕天したのか、一目で分かる光景だった。

 

おっぱい談義で盛り上がる男二人を遠巻きに見つつ、一誠を除いたグレモリー眷属の男三人は、湯船に浸かって のんびりしていた。

 

「……実際どうなんだい?」

 

並ぶ三人の真ん中で、ぼそりと木場が囁いた。

口元をお湯に沈めてポコポコ泡を作って遊んでいたジョンが、隣のイケメンに目を向ける。

 

木場の右手の握り拳。そこから人差し指が一本、立った。

 

金髪碧眼、駒王学園の王子様の透き通った視線は、助平な男二人を真っ直ぐ捉え、その手は何かをつつくような形で固まっている。いわゆる、ズムッ、と付きそうな形で。

なるほど、とジョンは小さく頷いた。

 

「ムッツリかな?」

「違うよ」

 

違わない。

 

即座に否定した木場であったが、内心では実際ムッツリだった。

だが、それも仕方の無い話なのかもしれない。

かつて隣の少年を泊めていた和室の押入れ、その事後の惨状と濃厚な性臭は、木場の記憶にも新しい。結果として和室ごと改修する破目に陥ったのは、良かったのか悪かったのか。家主が手ずから事後の掃除をせずに済んだ事だけは、きっと良かった事なのだろう。

 

――臭いは強烈、昼夜問わずに音と嬌声が自室に届く。

 

その時の影響が無い、わけがない。だってなんだかんだ言って思春期だから。

知り合い同士がセックスすれば、男の子として気になってしまうのは当然だった。だから、つい、青い好奇心からそういう話題を振ってしまってもおかしくはないのだ。おかしくない筈なんだ、と木場は言ってしまってから胸中のみで自己弁護をした。口に出す勇気は流石に無い。

 

学園での女子人気の高さゆえ、逆に男子の友達が全然居ない孤独な王子様は、性経験豊富なジョン・オーリッシュに問い掛けた。

 

おっぱい、って、柔らかいのかな、と。実体験込みの感想を求めて。

 

「ムッツリかな?」

 

ムッツリである。

 

再度問われた木場は、流石に恥ずかしくなって湯船の中へと逃げ込んだ。

慣れない猥談を興味本位で試みた、純情少年の末路であった。

隣のギャスパーが彼を心配して声を掛けたが、お湯の向こうで耳元を赤くして震える青少年には届かない。浮上には暫く時間がかかるだろう。

 

階層別に分けられた一段上の、女性用の温泉で、そんな男性陣を見下ろして聞き耳を立てていたリアスが ころころ笑う。

 

「祐斗ったら遅蒔きの思春期かしら?」

 

日頃最も思春期らしい振る舞いをしているのはリアスの方だが、自分の事なのに自覚は無い。彼女以外に先の会話を耳にした者が居ないのは、恐らく木場にとっては幸運だろう。聞かれた時点で充分不幸ではあるのだが。

 

最近は一誠との仲もそれなりに進展しており、紅髪の少女は御機嫌だった。

豊かな、豊満過ぎるほどの大きな乳房が、湯船に浮いてぷかぷか揺れる。

その傍らにはそれ以上のものを抱えた朱乃。そして順位的には三番手になる、大き目の胸を隠す事無く全身を伸ばして、温泉を楽しむゼノヴィア。と、比較対象が悪いせいで小さめに思えてしまう胸元を両手で押さえて、軽く揉んでは刺激を与え、大きくなぁれと呟くアーシア。傍からは自慰の真っ最中にも見えてしまう。

 

そして最後に、圧倒的な戦力格差。幼児体型相応の小さな胸を湯船で隠し、ちらちらとアーシアやゼノヴィアの様子を窺う小さな小猫。

その頭の中は先日の乱交現場で一杯だ。

温泉の効果だけでなく自前の熱で頬が上気し、無意識に出しっ放しになった耳と尻尾を動かしながら、もじもじと太腿を擦り合わせて息を吐く。熱い吐息が湯気に紛れた。

 

「にゃあ……」

 

ところどころで微妙な空気になりながら、グレモリー眷属御一行様の冥界初日は、こうして更けていくのであった。

 

 

 

 

「お前さん『戦車』向いてねーな」

 

――などとチョイ悪オヤジに言われたジョンは、言われなくても分かってるんだゾ、と言い訳しながら木場製の聖剣を振っては壊す。ただの気晴らし、八つ当たりである。

数打ちの聖剣から無理矢理 力を引きずり出して、自壊するほどの威力と共に、薙ぎ払っては破壊を齎す。下級中級の悪魔程度なら、使い捨て用の聖剣一つあれば即殺出来るだろう威力であった。

 

天性の才能。類稀な、因子の濃度。

聖剣使いとしての格を問うなら、彼は間違いなく当代最高だ。――あくまでも、適正だけを問うのなら。

数値に直せば確定トップだが、聖剣デュランダルが彼ではなくゼノヴィアに託されたように、何事にも相性というものはある。

 

ジョン・オーリッシュに最も合っているのはエクスカリバーだった。

 

全部で7種、同時使用も可能な多種の特性。

7分の1でさえ強い光力を秘めている、聖剣としての優れた性能。

仮に先程のように壊しても、核さえあれば再生出来る、道具としての使い易さ。

 

相応しい、と言えば流石に高慢が過ぎるだろうが、テクニックタイプに分類されるジョンにとっては、とても魅力的な武器だった。

魔女の追放に巻き込まれるような事さえ無ければ、ゆくゆくは教会から『天閃』含めて複数のエクスカリバーを預けられる、という未来も有り得ただろう。

 

「……無いな」

 

溜息を吐いて、首を振る。下らぬ妄想を放り捨てて拳を握った。

所詮は無いものねだりに過ぎない。物欲にかまけて、要らぬ妄想に思考を囚われてしまったようだ。

 

結局は、今あるもので行くしかない。そう結論付けて身体を動かす。

彼は確かに弱くなったが、それは単に転生直後で慣れていないから、というのが大きい。

十数年間弛まず続けた、戦士の訓練。教会の悪魔祓い任務に従事する事で得た戦闘経験。学んだ知識。多数の聖具の種類と用法。

最後の一つは悪魔である以上捨てるしかないが、他は変わらず残されている。積み上げたものは彼の身の内から消えてはいない。

 

だから、まずは『戦車』の特性を使いこなす。

技術は既に身に付いているのだから、急激に上昇した身体能力さえ掌握出来れば、ただそれだけで弱体化中の彼の実力は跳ね上がる。

伊達に幼少の頃から教会で学び育ったわけではないのだ。そもそもの年季が違う。努力に費やした年月だけなら、グレモリー眷属の中でも一番長い。比較出来るのはゼノヴィアくらいだ。それこそ一生を費やしてきた、とさえ言えるのだから。

 

とりあえず動け。暴れろ。当たり前に自分の身体を扱えるようになるまでは、剣なんてむしろ邪魔なだけだ。――というのが、オカルト研究部の顧問兼アドバイザーであるアザゼルの言だ。

 

自由に身体を動かして、時折気晴らしに聖剣を使い、只管にそればかりを繰り返す。

日本に来てから憶えたラジオ体操を、音楽も無しに第一第二と順番に。続いて教会時代の基礎訓練を。飽きる事無く何度も何度も、無心となって伸びをして、雨粒のように汗が滴っても休む事無く、身を捩っては飛び跳ねること数時間。

 

「――此処に居たのか、ジョン」

 

ガサリと草むらを掻き分けて、見慣れた野性が飛び出した。

 

ゼノ助、と呼びかける筈の声が、掠れて喉から出てこない。仕方なく片手をふらりと上げて、視線と合わせて返事を返す。

宙を掻いた力無い指先から、ぱたりと汗が飛び散った。

それを見たゼノヴィアの眉根が僅かに歪む。

 

「丁度良いな。休憩するぞ」

 

言葉と一緒に、着ている運動着の裾を持ち上げ、白い布地で少年の汗をぐいぐい拭った。

捲り上げられた衣服の下から、臍と腹部がちらりと覗く。もう少しで下乳の辺りが晒されそうなくらいのギリギリの位置、見えそうで見えない光景が実にもどかしい。

 

腕を引かれて地面に座る。

倒れるような勢いで、胡坐をかいた股の辺りにジョンの頭が丁度良い形で収まった。

 

見上げれば、そこにはゼノヴィアの豊かな双丘と、自身を見下ろす金の視線が注がれている。

未だ荒れた呼吸で胸が苦しい。額から新たに流れ落ちる汗で、視界が滲んでよく見えなかった。

それを、呆れたような声音が責める。

 

「ジョンの阿呆め。本当にしょうがない奴だな、キミは」

 

伸ばされた両の手の平で、拭いたばかりの頬をぐにぐに揉まれる。

その度に新たな汗が吹き出しゼノヴィアの両手を汚していくが、そんな事を気にする繊細さなんて彼女には無い。好き放題に弄り回して、見下ろしてくるその表情が綻んだ。

 

相変わらず休むという事を知らない。そう言って笑う少女の顔が、徐々に彼の方へと下りてくる。

休みくらいは知っている。不服そうな顔で少年が、唇を受け入れ目蓋を閉じた。

 

少しだけ塩辛い、汗の味。

 

傍からどのように見えているのかは知らないが、彼は彼なりに効率を考えて動いただけだ。

怠けられるなら怠けていたい。楽してズルして利益があるなら、そっちの方が絶対に良い。

必要だからやっているだけなのに、ゼノヴィアの物言いは理不尽だ。そう考えて、口内に侵入してきた少女の舌先を甘噛みする。

 

寝転んだ彼の頭頂部辺りに、運動着越しの彼女の乳房が当たっていた。実に幸せな感触だ。

片手を伸ばして軽く触れば、手の平に滲んだ汗と湿気が、少女の衣服をじっとり濡らす。

乳房に触れている片手が掴まれ、手の甲の上から、より強く揉むようにと指先の動きで指示された。それに応えて、弾力のある丸い果実を揉み潰す。乳の張りの良さが手の平に返って、少年の股間に僅かながらに熱が灯った。

探り当てた、乳首を弄る。

 

「ふぁ、っんん」

 

ぴくりと少女の身体が震えて、重なった唇からも声が漏れる。

少年の濡れた運動着、その裾を掴むと捲り上げ、晒された胸板をゼノヴィアが両手で撫で回す。

脇腹の辺りを指の腹で順に撫でられれば、くすぐったいのに気持ち良い。ぞくぞくとしたものが背筋を走った。

 

疲労した身体が軽く疼いて昂ぶっていく。

キスの途中で強く吸い、弾くように唇を離して身を捩った。が、起き上がろうとする彼の身体が押さえ込まれ、姿勢を変えた彼女の身体が、彼の正面から覆い被さる。

 

「疲れているだろう。私がやるよ」

 

仰向け状態の、腰に跨ってゼノヴィアが言う。

中腰となった少女の下半身で、下着ごとブルマが引き下ろされた。

ほぼ騎乗位の体勢で。少年の視界には、開かれた脚の間が良く見える。

そこは既に濡れていて、一筋糸を引いていた。

 

「っん、あまり勃ってないな」

 

続いて少年のものを脱がされて、半端に膨らんだ彼の陰茎が外気に触れる。

汗に濡れた手の平で、棒状の肉がやわやわと揉まれる。股間を寄せて、湿り気を帯びた女陰から、男根の表面に粘着いた愛液が塗された。続いてゼノヴィアの秘めるべき部分で陰茎を扱かれ、柔らかな刺激が股間の勃起を強くしていく。徐々に膨らみ、勃ち上がった。

 

頃合と見た少女が、互いの性器をゆっくり繋げる。

熱く うねる女の肉に、あっさりと肉棒が呑み込まれた。

内側で揉み解されていくような感触が、蕩けるほどに気持ちが良い。気付けば少年は腰を揺すって、膣内をより深く味わおうと、疲弊した身体に鞭打ってまで中の媚肉を掘り返す。

 

青の頭髪が振り乱されて、熱い呼吸が耳に届いた。

手を伸ばす。乳房を揉む。震える腰を強く叩き付ければ、小さく喘いた少女の顔が小さく歪む。

そのままずっと抽挿を続け、ゼノヴィアの顔を見ながら射精した。

 

苦痛に喘ぐように顰められた顔。赤く染まる頬。一度閉じられ、薄く開いた金の瞳。

下半身の快楽も良いが、目の前で善がる彼女の姿の方が、彼の悦びを掻き立てる。

ふと、じっと見られている事に気付いたゼノヴィアが、片手を伸ばして少年の視界を覆い隠した。

 

「……みるな」

 

一丁前に照れているのか、そのままの姿勢でゆっくりと呼吸を整える。

やがて陰茎が引き抜かれ、垂れて零れ落ちる精液と愛液が、少年の股間をべっとり濡らした。

 

粘着くソレは気持ち悪いが、文句を言うだけの気力も残っていない。自分で拭くのも億劫だった。

ジョンは元々疲労していた。数時間ぶっ通しの運動の後で、ほぼ流されるままに行為に耽って、今は股間丸出しで空を仰いで倒れたままだ。

 

彼女だって汚れているだろうに、拭う様子も全く無しに、ゼノヴィアが下着とブルマを強く引き上げ己の格好を整える。黒い布地の股間から、ぷくりと染み出すものが確かに見えた。下着とブルマの二枚だけでは抑えきれなかった、二人分の体液だ。滲み出し、そこに溜まり、やがて自重で糸を引きながら垂れ落ちる。

 

平然とした表情の少女の下から、情事の残滓が垂れていた。

それを見ていると込み上げるものが確かにあるのに、疲れきった身体は応えてくれない。

はあ、と体内に居残った熱を吐き出すように空を仰いで、指先だけで下着を履いた。

 

そういえば、結局コイツは何をしに来たのだろうか。

今は個々の訓練メニューをこなす時間だ。わざわざ会いに来たのなら、それなりの理由が、……あるのだろうか? ゼノ助のくせに???

 

何しに来たんだお前、とジョンが訊けば、答えはあっさりと返ってきた。

 

「ん? いや、身体を動かしていたら少しムラっと来てさ。それで、な」

 

ふふっ、と照れたように笑うメスゴリラ。照れるところが絶対おかしい。

 

「――いや、修行しろよ」

 

付き合ったジョンも同罪なのだが、とりあえず一言だけ文句を言って、休息を取るために目蓋を閉じた。

そんな調子で会合までの二十日間、時折ゼノヴィアとセックスしながら過ごすのだった。

 

 

 

 

能面のような顔をした少女二人が、若手悪魔の式典会場で向き合っていた。

 

「こんにちは、アーシアさん」

「はい。お久しぶりです、イリナさん」

 

互いが互いに無表情。さん付けしていても敬意や親しさは全く見えない。

おかしな空気に気付いたその場の面々が、二人の間で視線を巡らせ首を傾げる。

 

眷属化の際に大まかな事情を聞いているソーナは、下手に刺激しないよう距離を取り、彼女の『女王』もそれに続いた。一応は、やり過ぎれば止められる位置だ。

夏休み前の乱交を見ていた小猫が頬を染めて視線を逸らし、横に居た木場とギャスパーの袖を引いてその場を離れる。緊急避難だ。乱交以前の修羅場だって、彼女はしっかり見ていたのだから。

 

アーシアから恋愛相談を受けていたリアスと朱乃は、詳しい事情を知らないながらも、不穏な空気にどうにか気付く。が、恋愛経験値の低いリアスと、見た目ほど男女の機微に聡いわけでもない朱乃では、現状における最適な行動など思い付かない。結果、主を盾にして修羅場を見守る朱乃と二人で取り残される。

一誠は当然、状況が全く分からない。何が起こっているのかと二人を窺い、一先ず状況を見ようとのんびりしていた。実に危機感が足りていない。それを後悔するのは数秒後の事だ。

 

ゼノヴィアは「小腹が空いたな」と平常運転。

ジョンは無心になって立ち尽くしていた。自身の無力は以前の乱交で自覚している。何が起ころうと、彼は翻弄されるだけ。情けない奴と笑っても良い。

向き合う二人は淡々と、周囲の様子も目に入らぬまま会話を続ける。

 

「イリナさんも悪魔になったんですね」

「ええ。私が上級悪魔になったらジョンを眷属にするの」

 

さらりと爆弾発言が飛び出した。

まさかの引き抜き、青田買い。合法的に男を手に入れる野心の持ち主、紫藤イリナ。

ぎょっとしてジョンを見遣ったリアスだが、答える余裕がジョンには無い。そして彼とて初耳だ。

 

「本当は『女王』の駒をあげたいんだけど」

「――渡しません」

 

微笑む事も、睨む事も無く。硝子のような翠の瞳でアーシアがイリナを見つめている。

真っ向から迎え撃つ紫の瞳が、言葉を遮られても一切乱れず、僅かに見下ろし睨み付けた。

 

「ジョンさんは渡しません。ずっと、わたしと一緒にグレモリー眷属で仲良く過ごすんです」

「ふうん。……アーシアさんさ、そういうとこ、重いって言われない?」

 

台詞の応酬に、ようやく一誠が話の主題を理解する。が、二股だとかモテ野郎だとか罵れるような空気ではない。女の秘めたる情念が、彼の目の前で二つも揃って燃えている。

 

背筋が冷える。冷や汗が滲む。今すぐにでも他人面をして、この場を離れてしまいたくなる。

無関係な筈なのに、ちょっとだけだが御腹が痛い。生まれて初めての修羅場を前に、彼は何も出来ずに震えるばかり。

遠目に避難済みの木場とギャスパー、その傍らの小猫を見つけて、兵藤一誠の顔が歪んだ。――なんで俺をそっちに連れて行ってくれなかったんだ! と。単に位置関係が悪かっただけである。

 

「それ、今関係ないですよね。イリナさんの方こそ勝手な事ばかり言って……。そういうの、ジョンさんに御迷惑ですから止めた方が良いと思います」

「大丈夫よ、ジョンは私の御願いなら聞いてくれるもん。貴女の方こそ勝手にジョンの気持ち決め付けないでくれない? ねえ? ――勝手に正妻気取らないで」

 

イリナの物言いは傲慢ではあったが、事実として、ジョンは彼女とリアスならば、最終的には前者を取るだろう。そして最後の一言、正妻という言葉に平坦だった口調が崩れ、低い声音には怒気も含まれ凄みがあった。

 

大人しく聞いていたリアスが、両耳を押さえて震えだす。

うちの可愛いアーシアが何処かに行っちゃったの……、などと涙目で呟いているが、その背後に居る朱乃も、引き攣った笑みで視線を逸らす以外に何も出来ない。それほど空気が重かった。

 

一誠が、そっとジョンを見て囁いた。

 

「……お前、何したんだよ」

 

何もしてない、と言い返したが、全く信じて貰えなかった。実に冷たい先輩である。

周囲の方々とて、何時までもこの遣り取りに気付かぬ訳が無く、徐々に視線が集まり、中には囃し立てはしないまでも、面白そうに笑っている顔が幾つか見える。

何時だって他人の修羅場(ふこう)は蜜の味。人も悪魔もその点だけは共通していた。

 

「ジョン。私は御腹が空いてきたんだが」

 

というのは極一部の例外に属するゼノヴィアの言。

この状況でそんな事を言える鋼の精神にはいっそ敬服するほどだ。

 

放っておけば何時までも言い合い、あるいは以前のようにジョンを相手に乱交、は流石にこの場で行う筈も無いが、ともかくまずい。今回ばかりは公的な場なのだ、無駄に周囲の不興や関心を買う真似は勘弁願いたい。下級悪魔の当事者二人やジョンはともかく、上級悪魔であり本日の主役の一人であるリアス辺りには、良くない評価が付いてしまう。

 

しかし止めようにも主のリアスは役に立たず。イリナの『王』であるソーナにしても、困った顔で傍らの『女王』と相談するだけ。想定以上の修羅場を前に、出自を除けばあくまで十代の少女に過ぎない彼女達では、上手い宥め方など即座に出てくるわけがない。

少なくとも、今すぐ事態を解決する、というのは期待出来なかった。

 

――自分が、どうにかするしかない。

悲壮な決意でジョンが動いた。正直嫌な予感しかしないのだが、やらねばならぬ。

 

が、死んだ目をして足を踏み出す彼より早く、――新たな闖入者が不意の遭遇に声を上げた。

 

「アーシア・アルジェント……!」

 

歓喜に染まった声が響いた。

その場の空気を切り裂く新たな人物の呼びかけに、周囲の視線が一斉に向かう。

 

白いマントに、濃い緑の髪。仕立ての良い衣服に身を包んだ細身の美青年が、ただ真っ直ぐにアーシアの下へと近付いていく。

 

名を呼ばれ、近付かれた少女の顔は疑問符で一杯だ。突然の事態に先の無表情も既に消え、イリナ以外には人当たりの良い優しいアーシアが戻ってきていた。

その、美しい少女の右手を、先の美青年が手に取った。

 

「ああっ! ずっと会いたかったんだ、アーシア。君に、――この想いを、伝えたくて」

 

青年の唇が、アーシアの右手の甲にそっと音も無く落とされた。

まるで舞台上の演者のように、酷く優雅で、丁寧な所作で。止める間も無く行われた。

 

それを見て。

 

「――は?」

 

ジョン・オーリッシュの無表情に、恐ろしく大きな皹が入った。

 

 

 

 

二転三転、新たな波紋を生み出し続ける式典会場の人混みの中。

塔城小猫の足元で、一匹の黒猫がにゃあと鳴いた。




オリ主「なんだァ? てめェ……」

実は結構スケベらしい木場君が生まれて初めての猥談で自爆する話。
そしてディオドラ君登場。多分すぐ死にます(致命的なネタバレ)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 式典会場のヘルキャット

オリ主とディオドラの関係と、黒猫を追う小猫達や禍の団の第二十三話。


ディオドラ・アスタロトは聖女狂いである。

 

――より正確には、清らかなものを堕落させ、踏み躙る事に愉悦を覚える、という割とどうしようもない性癖をもった青年だった。

その隠された本性、彼の人格の根幹は、人の思い描く邪悪な悪魔そのものと言える。

 

悪魔だからこそ、その対極にある清らかな存在、聖女を求めて誘惑する。堕落を求める。

上級悪魔として『悪魔の駒』を下賜されて以降の、過去数年間。既に彼の眷属には幾人もの元聖女達が、心折られて堕落した果てに、従順な下僕悪魔として膝を屈して従っていた。

逆らう意思など、残っていない。

むしろ今となっては、自ら喜んでその身を捧げるほどの忠誠心。調教されきった家畜の姿。

形は歪で邪悪だが、これもまた配下を従えるに足る『王』の資質、魅力の一つ。ディオドラ・アスタロトの魔性であった。

 

「ずっと探していたんだ。君に助けて貰ったあの日から、ずっと」

 

――それは何という美談だろうか。

 

聖女の御座す所に突如現れた、傷追い倒れ伏す一匹の悪魔。

心優しい聖女様は互いの立場も善悪も捨てて、苦しむ誰かを助けたいと思う一心で、その年若い悪魔を神器で癒した。

 

その果てに異端の烙印を押され、教会を追放されて、一人孤独に世界を彷徨う。

助けられた悪魔の側は、身も心も美しい彼の聖女に心を奪われ。また、自らの過ちのせいで孤独に堕ちた恩人を助けたいと、見えない背中を探し続けた。

そして今ついに、かつて分かたれた二人の道が一つに――。

 

「僕の、妻になって欲しい。愛しているんだ、アーシア!」

 

一つに、――ならない。

 

修羅場から一転、恋愛劇の舞台と化したこの場の主役。美形の青年悪魔ディオドラ。

周囲の者達の関心を一息に奪い、揚々と語りかけるアスタロトの次期当主。

その、彼の。アーシアの右手を掴んでいた手が、――弾かれた。

 

皆の視線の集まる其処で、とても大きな音が響いた。

 

細く、柔和な目元が薄っすらと開く。

痛みと、衝撃と、込み上げてくる不快感。濁った金色の眼が覗き、ゆっくりと焦点を動かした。

 

聖女に跪くディオドラの、見上げた視線の先には一人の少年。

彼にとっては取るに足らない下等な悪魔、ジョン・オーリッシュが、奪い取るようにアーシアの身体を抱き締めていた。

 

「っあ。ジョンさ、ん……」

 

艶のある声でアーシアが呟く。応える少年の声は無く、しかし抱き締められた少女は幸せそうに、少年の胸元に頬を擦り付け微笑んでいた。

先の求婚の答えなど、これだけでもう周囲の誰もに理解が出来る。

 

愛しい騎士に救われた姫君のような顔で目蓋を閉じるアーシアの傍ら、能面のような顔をした男二人の視線が逸らされる事無く ぶつかり合う。

 

見下ろす視線。彼我の上下貴賎を弁えない、身の程知らずの下級悪魔。

見上げる視線。先程までの笑みを消し、弾かれた片手を押さえる上級悪魔。

 

じっとりと、炙るような熱を宿した両眼で、ディオドラがジョンを観察している。

見覚えはあった。情報も持っている。ディオドラが欲する聖女に集る、たまに目にする羽虫の類。アーシアに付けた監視が幾度も振り切られてきたのは、目の前に居る元人間の存在ゆえだ、とも報告されていた。

監視が途切れる度に、聖女の消息が途絶える度に、愚図な眷属に仕置きをしてやったものだ。その際の快楽を思い出し、小さく嗤って立ち上がる。

 

ディオドラの瞳に、ジョンに対する敵意は無い。

 

敵意を抱くほどの価値を認めていないのだ。名も力も己に届かぬ、所詮は下等な元人間。

こういう輩は、踏み躙って目の前で女を奪ってやれば、良い娯楽の添え物になる、とこれまでの経験から知っている。ゆえにむしろ、集る虫の一匹二匹、彼にとっては喜ばしい要素の一つであった。今回もまた遊べそうだと、そう考えれば笑みさえ浮かぶ。

 

ディオドラは、目の前の少年の事など、使い捨ての調味料程度にしか考えていなかった。

 

「はじめまして。一応、名前を聞いておこうか、――下級悪魔くん?」

 

 

 

 

走る。

 

「小猫ちゃん! 待ってくれ!」

 

己の視界から決して消えず、しかし触れられないほどの遠い距離。一匹の黒猫が走る背を、塔城小猫が必死な表情で追いかけていた。

だが、更にその後ろから、木場とギャスパーも追って来ている。

追って、今、追いついた。

 

「小猫ちゃん!」

 

先に走り出したのは小猫であり、後ろ二人は遅れて動いた。しかし『騎士』の特性で速度に勝る木場を相手に、『戦車』の小猫では引き離せない。

当然のように追いつかれ、腕を掴まれ引き止められる。

 

「――離、してくださいっ!」

 

掴まれた腕を、己の側へと引き寄せる。

速度で勝るのが木場であるなら、力で勝るのは小猫である。容易く振り払われそうになったが、精一杯の力で掴んだ木場の手は、仲間に対して全力を振るえない小猫の甘さによって、どうにか繋がったままで腕を引かれた。

 

胸元に寄せられた木場の手に、少女の吐息が熱く届いた。潤んだ金の眼差しが、少年の碧眼と真っ直ぐぶつかる。

そこでようやく、木場の背後から、大幅に遅れたギャスパーが追いつく。

両膝に手を置き息を整え、色っぽく赤らんだ顔で肩を弾ませ二人を見上げた。

 

そんな彼等の諍いに、小猫の先導役となっていた黒猫が足を止めた。()と同じ、金色の瞳がじっと三人を見つめて輝く。

 

「わたし、行かないとっ」

 

何処に、と木場が訊ねれば、辛そうな顔で唇を噛んだ。

答えられる事なんて、何も無い。ただ黒猫の背を追っただけで、本当は何処に行くのかだって分からないのだ。

 

黒い猫。金の瞳。記憶に残された姉の匂い、その気配。並べられた要素を幾つも束ねて、小猫の心はかつて生き別れた実姉の幻影に囚われている。

 

向かった先に居るか否かも知らぬまま。会ってどうするかなんて決めてさえいないのに。主殺しの犯罪者となった家族の残り香に誘われるように、まともな思索の一つも出来ずに走ってきただけ。

彼女の中には、身を衝き動かす焦燥感。それ以外は、形にならない激情しかない。

 

「小猫ちゃん……」

 

小さな肩に両手を置いて、気遣わしげに木場が呼びかける。

何があったのかは分からないが、放っては置けない。だって、彼女は大切な仲間なのだ。

 

堕天使レイナーレ率いる『教会』との揉め事の最中。其処で『天閃の聖剣』を目にして以降、木場祐斗は、ずっと精神の均衡を崩した状態で日々を重ねていた。

リアスも朱乃も、あのイケメン嫌いを標榜する一誠でさえ気遣ってくれたが、最も傍に居たのは、妹のように想っていた眷属仲間の小猫であった。

 

心配そうな呼びかけに応える事さえ億劫で、随分と邪険にしていた気がする。ろくに憶えていないくらいに、あの頃の木場は心が追い詰められていた。

元々の聖剣の持ち主であるジョンとは、木場自身の隔意もあって距離があったが、だからこそ一番近くで、一番迷惑を掛けて、一番世話になったのは小猫だろう。

 

恩を返すという義理もある。感謝の気持ちだって、忘れたくはない。ただ。

――助けになりたいのだ。自分が、そうして貰ったように。

 

「迷惑くらい、かけて欲しいよ。僕達、家族(なかま)だろう?」

 

グレモリー眷属は、仲間で、身内で、家族である。血の繋がりは無く、各々が過去に傷を持つ同士であるから、どこか馴れ合い染みたものはあったのだろうが。大切だ、という気持ちだけは嘘じゃない。

優しく微笑む木場の隣で、ギャスパーもまた、胸元で拳を握って口を開いた。

 

「そ、そうだよ小猫ちゃん。あっ、でも、僕じゃあんまり役に立たないだろうけど……」

 

酷く頼りなさげに、女装姿の少年が言う。本当に励ましているのか疑わしいくらいに覇気が無い。

けれど、そこに嘘が無い事は小猫にも分かった。

 

微笑みと小さな困り顔。二人の少年を前にして、小さな胸元を ぎゅ、と強く握り締める。

首を巡らせれば、離れた道の角に居る黒猫が、小猫の事をまっすぐに見ていた。

待たせている。誘われている。その事実が、冷えた頭には先程よりもはっきり分かる。

 

小猫の中で、天秤が揺れた。

姉。仲間。思い出。みんな。過去。現在。色々なものが頭の中を駆け巡り、一抹の寂しさと共に、胸の内側が温かくなる。後者のほうが、ずっと大きい。

結果として、肩を掴む木場の手の甲に両手を重ねた。

 

「……大丈夫です」

 

溜息を吐く。

全く同じ色の視線を、黒猫の小さなそれに合わせて呟いた。

 

姉と話をしてみたい。

会うのは怖いが、姉の気配を、確かに感じた。あの黒猫に付いて行けばきっと会える、と小猫の本能が告げている。

だが。だけど。それでも。しかし。

それは、今此処に居る自分の家族(・・)を一時的にでも置き去りにしてまで望むようなものでは、無い。

 

此処で姉と顔を合わせなかった事を何時か後悔するかもしれないが、小猫の心の天秤は、既にグレモリー眷属の側へと傾いていた。思い出の中の姉よりも、だ。

 

時が、経ち過ぎていたのだ。良くも、悪くも。

かつてのあの日、姉が消え、ひとりぼっちになってからの数年間。小さな白猫の傍に居たのは姉ではない。だから選んだ。顔さえ見ずに、在るべき場所へと引き返す事を。

 

「ごめんなさい、祐斗先輩、ギャーくん。――戻りましょうか」

「うんっ。……でも、戻るって、あの場所に?」

 

微笑む小猫に木場が返した。脳裏に思い浮かぶのは修羅場、修羅場、そして修羅場だ。

何故か途中で参加者が増えて、その人物がアーシアに対する愛の告白、その前振りまでを語り始めていた気がするが、どう考えても良い結果には繋がらないだろう。

 

傍らのギャスパーも細かく震えだして縮こまる。木場と小猫は、口を噤んだ。

あの場に戻ってどうしろと言うのか。冷静になれば、先程の会場とは違って全く静かなこの広い廊下が、酷く落ち着く場所に思えた。

 

「……いえ、ちょっと噛みました。少し休んでから、戻りましょうか」

 

休んでから、という言葉を小猫が殊更強調する。

 

彼女にとってグレモリー眷属とは第二の家族、大切な居場所だ。だが、だからと言って、何もかもを共有しなければならない、と言うのは流石に押し付けがましい事だ。そういう事にしておこう。知人同士の修羅場になんて関わりたくない、という本音は隠して。

 

全会一致の同意も得られ、暫し彼等はその場に屯し、あちらの問題が解決するまでの時間稼ぎに勤しんだ。穏やかな空気で語り合う姿は、仲間と言うより、まるで兄弟のようだった。

 

金の瞳の黒猫は、何時の間にやら姿を消して、何処にも見えなくなっていた。

 

 

 

 

クソ、と少年が吐き捨てた。

 

便座の蓋に手を突かせ、曝け出した少女の尻に腰を打ちつけ、ただ一心に抽挿を行う。

尻の谷間の僅か下、秘された場所へと肉棒が潜り、引き抜かれては突き入れられた。

その度に、トイレの個室に確かな音が響き渡り、床のタイルに雫が跳ねた。

 

「ジョン、さっ、ん……ぁあっ!」

 

金色の髪の向こうから、熱の篭った女声が届く。少女の腰を掴んだ両の手の平に力が篭り、真っ白な臀部に赤い指痕を薄っすらと残した。

勢い良く叩き付けた少年の腰が、少女のものと ぶつかり合って、大きな音を反響させる。

ぐるぐると膣内が波打っている。熱々の雌の肉が少年の陰茎に絡み付き、雄の精を搾り取ろうと浅ましくも蠢いていた。

 

もっと欲しい、とアーシアの身体が言っている。

 

それに応える為に、再度引き抜き、もう一度。繰り返し腰を振り続ける彼は、一秒ごとに高まっていく射精感に歯を食い縛り、追い立てられるように抽挿の速度も増していく。

己の内側で前後運動する棒の動きを理解して、少女もまた尻を振っては、陰茎の先端が当たる部分を、自分にとって気持ちの良い所へと調整する。軽く突かれ、抉り、擦られる度に愛液の滑りが増していく。

 

少年の両手が、一際強く尻を掴んだ。張りのある肉を揉み上げて、指の腹で摩り、軽く叩く。

そこには、悪魔である少女にとってさえ痛いくらいの力が篭っていた。

 

だが、それが嬉しい。その痛みはアーシアにとって、どれほど彼が自分に執着してくれているのかを、正しく感じる指標となっていた。

髪を振り乱し、無理矢理に曝け出された女の尻が、少年の股間とぶつかる度に波打った。

音が鳴る。丸出しの臀部に、また新しい汁が跳ねた。

 

最も深く、陰部の奥にまで彼の男性器が突き入れられる。そしてそのまま、激情に見合っただけの量、熱い精液が子宮目掛けて噴き出した。

 

「ぁ、――~~っ!!」

 

同時に、アーシアが達する。

酷く甲高い、鼻に掛かった声で喘いだ。もしもトイレの周辺に誰かが居れば、廊下にさえ届くほどの。知る者が聞けば耳を疑っただろう、彼女らしからぬ大きな声で。

 

少年の身体が丹念に腰を揺すって前後する。吐き出したものを彼女の中に擦り込むように。あるいは、射精直後で未だ熱と硬さを失いきっていない己が陰茎の形状を、女の身体に覚えさせるように。何度も、何度もだ。

 

事後の疲労に目蓋を閉じて、ジョンがアーシアの腰を掴んだままで息を吐く。

その胸中の燻りは、未だ残ったまま。緑髪の悪魔の薄笑いが消えてはくれない。

 

「ジョンさ、ん……っ」

 

少女の呼び掛けで、不機嫌そうに目蓋を開いた。後背位の姿勢。背中を見せて、便座に上半身の体重を預けたままのアーシアが、首を捻って彼を見上げている。

酷く嬉しそうに微笑んで、蕩けるような声で続けた。

 

「もっと、してくれますか?」

 

整いきらない呼吸、だけではなくて、声色自体も弾んで聞こえた。

彼を誘う彼女の瞳は、女としての歓喜と快楽に染まりきっている。恥じらいなんて、どこにも無い。

 

ディオドラからの求婚と、感情のままに割って入ったジョンの行動。前者に対しては単純に戸惑い、それでもアーシアの返答自体は決まりきっていた。しかし、後者に関しては正直に言えば驚いた。

 

庇護の傘を求めて悪魔となったが、それはつまり立場によって縛られて、立場に見合った行動を強いられる、という事でもある。

身なりと振る舞いからしても、ディオドラという青年はリアスと同様上級悪魔だ。

反抗すれば、不利益を被るのは想像出来る。それこそ、最近ようやくそういった損得の計算が出来るようになったばかりの、アーシアにさえも。

 

つまり、ジョンだって分かっていた筈なのだ。

あれが、良くない行動なのだ、と。

 

「ジョンさん。わたし、もっと、あなたと――したい、です」

 

それでも庇って貰えた事が、酷く嬉しい。

あんなに乱暴に、力尽くで奪うように。感情のままに動いたのだ、と分かるからこそ。

今此処に居る彼と繋がりたい。遠慮なんてせずに貪って欲しいし貪りたかった。

 

誘いに応えた少年が、少女を抱えて裏返す。

背後から物を使うように犯すのではなく、正面から、重なるための体位になって。

互いの唇をしゃぶりながら、彼と彼女はその場でずっと繋がり続けた。

 

 

 

 

冥界の森の樹上にて、黒い着物を着崩した女が呟いた。

 

「あーあ、振られちゃったにゃ……」

「おん? 何か言ったかい、黒歌?」

 

声に反応して女を見上げた男性が、首を捻って聞き返す。

が、それに対する答えは無い。己が身を預ける樹木の根元、とてとてと走り寄ってきた黒猫を見下ろし、見た目だけなら平気な様子で、猫耳を生やした黒い女は溜息を吐いた。

 

「私より悪魔(そっち)の方が良いの、白音? ……お姉ちゃん傷付いちゃうにゃあ」

 

口調だけはふざけたままで、宝石のような金の瞳が、僅かに寂しさを過ぎらせる。

しかしそれもすぐさま掻き消えて、目的が達成出来なかった事実に対する僅かな未練を滲ませながらも、女はその身を起こして帰り支度を一人で始めた。下の男の事は知らぬ、とばかりに。

 

直後。

 

「何をしている。――美猴、黒歌」

 

地から湧き出す濃霧の中から、繊細な芸術品の如く美しい槍を背負った、一人の男が現れた。

黒髪の下にある冷淡な青の瞳が、二人を見据えて離さない。

 

「げっ」

 

黒歌と呼ばれた着物の女が、男の背負った槍を目にして身を引いた。とはいえ、樹上であるため大して逃げれるわけでも無いが。

 

「グレモリー眷属には手を出すな、と言っておいた筈だがな」

 

己の肩を【黄昏の聖槍】で軽く何度か叩きながら、子供に言い聞かせるような静かな口調で男が言った。――その槍の動きが、踏み出すタイミングを数える動作の一つであると、黒歌はともかく美猴の方は良く知っている。

 

声に含まれる感情は、決して色好いものでは無いだろう。が、言われた側の片割れである美猴は、気にした様子もなく、苦笑を浮かべて反論する。

 

「俺っちは黒歌に付き添っただけだぜい。それにグレモリーじゃなくて、例の、お前さんが御執心の聖剣使いに手を出すな、じゃねえのかい?」

「どちらも変わらないさ」

 

からかうように言ったつもりだったが、相手の反応は芳しくない。挑発には乗る気が無い、という事だろう。

男は淡々と言い返し、次いで樹上、黒歌の方へと視線を向けて答えを待った。

 

鋭く見据える青色の視線に、黒歌の整った美貌が僅かに引き攣る。彼女の視界内には悪魔を滅する最強の聖遺物。如何に実力に自信があろうと、魔に属する者が決して敵対してはいけない、槍の形をした滅びの具現だ。

 

両手の平を相手に向けて、降参のポーズ。樹木の根元では彼女の使い魔である黒猫が、ころりと御腹を見せて服従を示した。少しばかり不安ではあったが、それで、男は納得したらしい。

 

「理解したのなら退くぞ。――ゲオルク」

 

男の呼び掛けに応えて、先の濃霧が三人を包む。

明らかに妖しげな霧の動きだが、抵抗する姿は無い。好戦的な気のある美猴としては、聖槍持ちの男を相手に一戦やっても良かったのだが、流石に位置と、時期が悪い。負けるなどとは思わないが、此処で勝てると言い切れるほどに容易い相手ではなかった。

 

先に美猴と黒歌が消えて。最後に残った男、曹操が悪魔達の居る建物の方角を振り向いた。

 

「……頃合いか。あまり時間をかけてもな」

 

小さく呟き、彼もまた霧の内側へと姿を消した。

 

 

その翌日。

若手悪魔同士の交流試合、グレモリー眷属のレーティングゲーム第一戦。

――ディオドラ・アスタロト眷属との試合の日程が発表された。




聖女調教系エロゲ主人公ディオドラ君と、オリ主の嫉妬をスパイスにして乱暴気味な個室トイレックスを愉しむ魔女アーシアさんの話(式典はサボった)。
当SSにおけるヴァーリチームは、残念ながら端役止まりでこのままフェードアウトします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 依怙贔屓のホーリー

聖剣エクスカリバーと若手悪魔ディオドラ戦開始の第二十四話。
一万文字超。


「ん……。まだいけるわよね、ジョン?」

 

常のツインテールを解き、栗毛を真っ直ぐに下ろしたイリナが囁く。

さらりと流れる彼女の毛先が、少年の胸板を擽った。情事の臭いと、彼女の匂いが鼻腔を擽る。

 

その身を起こせば肌触りの良い毛布が落ちて、少女の真っ白な裸体が見える。

寝台の上に寝転がった少年の上、覆い被さるようなイリナの肢体。剥きだしの乳房が重力に従い形を変えて、樹木にぶら下がる果実のように、ふるふると揺れて実に美味しそうに輝いていた。

 

脇腹、腰のくびれ、丸みのある部分から太腿へ、影になりながらも綺麗に見えた。身体のラインの中央辺りに、つい先程まで少年のモノが入り込んでいた、大事な場所までくっきりと。

間近で揺れる、魅惑の果実。少女の乳房。思わず舌を伸ばせば、丁度口元に当たるようにと、少女が己の身体を動かして、先端の小さな突起が彼の口へと咥え込まれた。そのまま、赤ん坊のように乳を吸う。

 

直に吸われている少女の顔が、気持ち良さそうに蕩けて笑う。女の顔だ。

何処ぞの魔女には僅かばかり難しい、豊かな乳房を吸わせる快楽、優越感。それがイリナの口元を緩ませ、更に、想い人に乳房を吸わせている悦びで、股座から先ほど注いで貰ったばかりの精液と共に、新たに分泌された愛液が落ちた。

 

裸の足を毛布の中で組み替えて、少年の股間、一戦終えたばかりで勃ちの鈍い肉棒に触れる。

胸を吸わせながら、膝で優しく、その部分を愛撫する。

やがてモノが膨らみ始めると、膝から太腿、もう一度動かし、脛と脹脛で刺激を与える。

 

少年の側からは、すべすべとした少女の生足の感触が感じられた。

そこにイリナの両手が加われば、口元と股間、その両方から性の快楽が押し寄せる。

指の腹で陰嚢を弄られ、やわやわとした刺激に思わず腰を捩った。膝裏に優しく挟んだ陰茎は、若い素肌に愛撫され、先走りの汁が漏れていく。漏れたそれらが動きの中で引き伸ばされると、あっと言う間にイリナの脚が汚れていった。

やがて完全に勃起したものを軽く握って、紫の瞳が淫靡に笑う。

 

「……あはっ。これなら、もう入るよね」

 

男女の混合液でぬるぬるになっていた陰裂は、何の抵抗も無く、彼の陰茎を飲み込んだ。

少女が腰を振れば、その度に柔らかな媚肉の群れが棒を舐める。初めての行為からそれなりの時が経ち、今やイリナの内側は立派に女になっていた。

 

性交に熱が入って、呼吸が乱れる。少年が息苦しくなって乳房を離せば、再度押し付けるために少女が動いた。

呼吸が辛い。口元に触れるものが柔らかい。下半身は温かくて、気持ちが良い。

伸びた少年の舌が乳首を舐めて、唇は強く啜って水音を鳴らす。そうして興奮を増していき、一際強く、腰を押し上げ打ちつけた。

 

「っ、ぅんン!」

 

強引なピストンに喘いだイリナを押し退けると、今度は少年の方が上になって腰を振り出す。

重力で僅かに潰れた乳房の形が、押し潰すような彼の手の平で更に撓んだ。そのまま、力強く肉を揉まれてまた喘ぐ。痛いのに、だからこそ求められている事が良く分かり、それが少女には嬉しかった。

 

「っ、っん、ぅぁ、ああっ」

 

叩き付ける。押し込んでいく。何度も何度も強引な抽挿が繰り返されて、組み敷かれた女体が動く。その度に、穿られているイリナの膣内が悲鳴を上げる。歓喜の悲鳴を。

両手で彼女の胸を掴むと、引いて押し込んで乳房が伸びた。その先端に口付けて、音が鳴るほど強く吸う。

 

それと同時に、射精した。

白く溶けていく思考の中で、揉み潰された乳房の肉が、指の隙間から溢れるように歪な形で膨らんでいた。

 

絶頂の最中の痛みで鳴いて、やがて力尽きたようにイリナが倒れる。

断続的な射精が止むと、事後のけだるい空気が流れた。

 

「ひぁ、は、あ、ふぅ、う……っ」

 

何時もよりずっと激しい行為の後だ、息も絶え絶えのイリナが虚ろな瞳でジョンを見上げた。

彼の些か乱暴な行為の理由も、彼女は当たり前に知っている。

先日の、ディオドラ・アスタロトによるアーシア・アルジェントへの求婚劇が原因だ。未だ、その時の気持ちが、ジョンの中では冷めてはいないのだろう。

 

目の前で行われた告白に対する紫藤イリナの感想は、酷く複雑なものだった。

 

まず第一に、あの魔女が、この少年以外からの求婚を受けるわけが無い、という確信。

そして、仮に、もしも、万が一、ジョン以外からの求婚を受けるような事があれば、絶対に許さない、という矛盾した思考。

 

――自分から奪った癖に、それを捨てるなど許せるわけが無い。捨てられるほど軽いものだなどと、言わせてはならない。

 

それは、間違いなくイリナ個人の身勝手な考えだろう。以前からずっと、自分とジョンの間を邪魔する敵だと罵っているくせに、いざ消えるとなれば腹を立てるのだから、矛盾しているにも程がある。

理性的ではない、感情だけが先行した、子供のような我儘だった。

その自覚はイリナにもあるが、それはそれとして気持ちは変わらず、腹が立つのは仕方ない。

 

魔女の追放に巻き込まれ、ジョンはあるべき筈の未来を失ったのだ。

魔女が居るからこそ、紫藤イリナは恋の自覚と失恋の痛みを同時に得たのだ。今は必死にしがみ付いているけれど、負けた事実は忘れていない。何時か絶対にアイツも同じ目に遭わせてやるのだ、と黒い決意を胸に抱いていた。

 

ふつふつと怒りが湧いてくる。

何故、自分があの女の事に思考を割かねばならないのか。何故、あの女が視界から消えてくれるかもしれないのに、それを心の底から喜べないのか。

 

結局の所、イリナは、ジョンの事が好きなだけなのだ。

好きな相手を奪われれば、憎みもしよう。大切な人を軽く扱われれば腹も立つ。それだけの事。

 

「――ジョンは、あれ(・・)が私でも攫ってくれた?」

 

問い掛ければ、快楽と疲労で惚けた視線がイリナを捉える。

それに、やっぱりなんでもない、と言葉をかぶせて誤魔化した。訊いたは良いが、答えなんて聞きたくない。

 

羨ましい。ああ羨ましい妬ましい。アーシア・アルジェントが羨ましい!

自分も、あんな弱々しい見た目の女の子であれば、ああやって奪い返して貰えたのだろうか。そんな思考がイリナの中で生まれて消える。

守って貰った事くらい、今までにも幾らだってあった。これはただ、対抗心を持っている相手の事だからこその、つまらない嫉妬と羨望だ。自分にも同じ事を、あるいはそれ以上の事をして欲しい、という乙女の欲だ。

 

「好きよ。ジョン、だいすき」

 

好意を口に出して嫉妬を誤魔化す。答えは聞かず、少年の身体を抱き締めながら囁いた。

数日後の、グレモリー対アスタロトのレーティングゲーム。

ディオドラ側が勝てばアーシアを貰う、などという勝手な約束を口にして、それが周囲に広がっている。

 

果たして、イリナはジョンに勝ってほしいのか。それとも負けて欲しいのか。

アーシアが彼の傍から消えてしまえば嬉しい筈なのに、どこか不快感が拭えなかった。

それは例えば、空気の読めない第三者に抱くような。無関係な筈の赤の他人が、自分達の問題に無許可で首を突っ込んできた時の、邪魔ものに対して向ける悪感情だった。

 

魔女を押し退けるのは、自分でありたい。

相手側の試合放棄による不完全燃焼な決着ではなく、疑いようの無い勝利が欲しい。

――イリナの方がずっとジョンの事を好きなのだと、アーシア・アルジェントに認めさせたい。

 

「ね。勝ってね、試合」

「……ん」

 

小さく答える少年の首を抱きすくめ、紫藤イリナは目蓋を閉じた。触れ合う体温が心地良い。

後の運びは彼女が考えるような事ではない。

好いた相手はきっと勝つ。無思慮無根拠にそう信じて、ただそれだけで満たされていた。

 

 

 

 

「こちらが、教会から貴方へ贈られる事となった聖剣エクスカリバーです」

 

魔王の代理だという銀髪のメイド、グレイフィア・ルキフグスが事も無げにそう言った。

 

ジョンの目の前には聖なるオーラを発する剣。

本来あるべき7つの内の過半を占める、『破壊』『擬態』『透明』『夢幻』『祝福』の総数5本を錬金術によって融合させた、聖剣7分の5カリバーが置かれていた。

 

その形状は、既に見知ったものではない。感じるオーラも同様に、ジョンが知るよりずっと強い。これでも未だ不完全だと言うのだから、かつてのコイツは一体どれ程のものだったのだろうか。

 

ジョンに付き添っている主のリアスが、メイドに対して困った顔で小さく尋ねる。

 

「私としても眷属への贈り物は嬉しいのだけど……、良いのかしら、これは?」

「――はい。先ほど教会とは申しましたが、実質的には天使長ミカエル様からの個人的な贈り物、という事になります」

 

ファッキューセラフ。

 

聖剣に驚いていたジョンの顔が、凄く嫌そうなものに変わった。常の無表情なんてどこにも無い。

エクスカリバーが手元にあるのは嬉しい事だ。喜ばしい事なのだ。だがだがしかし、それはそれとして、熾天使の名前など聞きたくなかった。拗ねた顔をして聖剣の柄を撫で回す。

 

教会側、というよりも天界としての目的自体は単純だ。

未だ和平を結んで日の浅い悪魔側との関係を、少しでも良くする為のもの。いわゆるプレゼント作戦というやつだ。

 

三大勢力間の技術交流、情報交換。ゆくゆくは若い人材の交換留学等、意識の融和を進める事で仲を深めていくつもりではある。だが、現状ではそれらを実行するための準備も根回しも全然足りない。細々としたもので精一杯だ。

それではいけない。未だ和平そのものに納得がいかない者達も居るのに、今、勢力同士の繋がりが揺らいでしまっては、これまでの全てが無駄になる。協力関係が揺らいでいる、と見做されるだけでも可能な限りに避けたい事だ。

 

早急に、体裁を整える必要があった。だからこその贈り物。それも、エクスカリバーという重要過ぎるほどに重要な、価値ある聖具を贈るのだ。それだけの固い決意と紐帯があるのだと、内外に喧伝するために。

 

もとより、扱うのに特別な才を必要とするのが聖剣という武器なのだ。

人工の聖剣使いを生み出す事は可能だが、少量の因子のみを取り出す劣化『聖剣計画』では、その誕生にだって時間がかかる。以前より、デュランダル使いに『破壊の聖剣』を預けるなどという数的余裕が出来てしまうくらいに、聖剣使いは数が居ない。

ならば所有者の所属にこだわる必要だって、無い。

 

贈る相手がジョン・オーリッシュ、天使長が個人的に目を掛けている相手だという私情とて、実はこっそり混じっていた。

 

神の死を知り、その果てに信仰を取り戻した敬虔な信徒。

悪魔へと転生してもなお、未だ祈りを捧げる姿勢。それさえも、システムを管理するミカエルにとっては既知の事実なのである。痛みを耐えて祈りを欠かさぬ彼の信仰、これには日々を忙しく過ごす天使長もニッコリ笑顔で喜んでいた。

 

何かを、してあげたくなる。しかし互いの立場を考えれば、してはならない。だが、いや、しかし――。

悩んでいた最中に訪れた機会、今回の話は渡りに船である、と件の熾天使は考えていた。

要するに、贔屓である。

 

悪魔側との友好関係強化を名目に、どうせエクスカリバー使いなんてそうは居ないのだからと言い訳し、個人的に注目しているのに何もしてあげられなかった少年に向けて、とびきり価値のあるプレゼントを贈る。

 

――どう考えても贔屓である。千年前なら堕天していたくらいに、甘さの過ぎる扱いだった。

 

嫌われているのは知っているし、仕事が忙しく、立場上直接出向く事が叶わないからと、魔王伝いに聖剣を贈る。まるで反抗期の子供を持ったバカ親の如き、迂遠でありながらも無駄に豪勢な所業だが、ミカエルは何時だって大真面目だ。大真面目に、今回エクスカリバーを利用した。

 

一応、他の教会追放組に対しても、無視しているというわけではない。

アーシアとゼノヴィアは、ジョンと同じグレモリー眷属であるがゆえに、聖剣の恩恵を受けられるので損は無い。反して、イリナはどうにも立ち位置が悪く、贈れるものが特に無い。7分の5カリバーから分け与えても良かったのだが、せっかくの融合聖剣、その名の持つ価値を落としたくない。関係強化という口実を無視するわけにもいかず、今回は申し訳ないが先送り、という結果と相成った。

 

以上。ジョンの知らない、クッソどうでもいい裏の事情というやつである。

 

「ファッキューセラフ」

「ちょっと、ジョン!?」

 

つい口に出してしまったジョンではあるが、エクスカリバー自体は大歓迎だ。

手を触れさせれば光が生じ、デュランダル並に大振りの西洋剣が、小さな指輪に形を変える。

実に不可思議な質量変化、『擬態の聖剣』の能力だ。間違い無く組み込まれている事を確かめて、他の4つも順番に試す。

ジョンは何時も通りの無表情だが、瞳の色だけは常よりずっと輝いている。これがあれば糸目の間男、ディオドラ・アスタロトもイチコロだ、と。

 

わざわざ聖剣を持ち運んでくれたグレイフィアに対して頭を上げる、ジョン・オーリッシュ。その旋毛を見下ろし たおやかに微笑む女悪魔、延いてはその主たる魔王サーゼクスにも思惑があった。

 

堕天使率いる『教会』との諍い、フェニックスとの婚約騒動は悪魔側の事情ゆえに省くが、続いて堕天使幹部コカビエルや、今回のディオドラの求婚話。

――実妹であり義妹である、リアスに襲い掛かる数々の変事。

 

眷属として迎え入れた赤龍帝の影響だろうか? あらゆるものを引き寄せるドラゴンの体質ゆえか、あるいは変わりつつある世界の流れの一端か。これから先、リアスとその周囲に、更なる災いが降りかからぬとも思えない。備えはあっても損は無かろう。

 

だからこその、エクスカリバーの受け入れと、一下級悪魔への下賜へと行き着く。悪魔だからこそ他に聖剣を扱える有為の人材が居ない、というのもあるのだが、人工聖剣使いのイリナではなくジョンが選ばれたのは、ソーナよりもリアスの方が、災難に縁があるからだ。

 

セラフォルーも妹のために聖剣を欲しがってはいたが、シトリー眷属のイリナには代わりを、アザゼルから渡すという事で決着がついた。決め手は【閃光と暗黒(ブレイザー・シャイニング・オア)の龍絶剣(・ダークネス・ブレード)】。

 

要するに、贔屓である。天界も冥界も、どっちも贔屓ばかりだった。

 

それで世が上手く回るのならば構わないのだが、相も変わらず私情が入るトップ陣。何にせよ、この場で無邪気に喜ぶジョンにとっては酷くどうでも良い事だ。

手の中の聖剣を弄り回して、視線だけで小さく笑う。

子供のような、まさに子供らしいその姿。身内に甘いリアスは、ニコニコ笑顔で見守っていた。

 

 

 

 

――貴族のお坊ちゃんが、元人間の転生悪魔に懸想して、遂には決闘騒ぎにまで発展した。

グレモリーVSアスタロトの対戦カードは、つまりはそういう下世話な好奇心の結実であった。

 

この場合、最も注目されているのはディオドラだ。

純血の貴族、元72柱アスタロト家の次期当主。今年レーティングゲームのデビューを飾る、年若き男性悪魔。容姿と財力に恵まれた貴公子の、耳に楽しい恋愛事情。――人伝に聞く噂話程度でも、大衆の興味を惹くには十分過ぎるものだろう。

恋のお相手が教会出身の元聖女だ、などという情報も、つい先日まで敵対していた悪魔の常識で嫌悪されるどころか、逆に面白がって盛り上げる要素へと変わってしまう。

 

道ならぬ恋だ。教会を脱走した恋人同士に水を差す横恋慕。略奪愛。女を賭けての決闘騒ぎ。

 

デビュー戦の数日前からこのような盛り上がりをみせる周囲を余所に、当のディオドラはアーシアを手に入れた後の事で頭の中がいっぱいだった。

別に、彼が噂を煽ったわけでもない。式典会場であそこまで目立つ真似をしたのだから当然の結果ではあるが、他人の口の端に上るのも悪くないな、とちょっとした優越感に笑みを浮かべるだけで話は終わった。悪くないどころか、内心凄く喜んでいるのは内緒である。

 

「随分と機嫌が良さそうだな」

「――うん?」

 

己が眷属のものとは違う声を聞き、ディオドラが僅かに眉根を寄せた。が、すぐに戻る。

声を掛けてきたのが彼の知る相手だったからだ。

 

式典の日の夜に現れて、「協力がしたい」と殊勝にも頼み込んできたから手を借りてやっている、という程度の相手。便利ではあるが、興味は無い。彼にとって、敬虔な信徒の女を手折る以上の価値など、世界の何処にも存在しないのだから。使える内は、使ってやる。そんな傲慢な考えだけで手を組んでいた。

 

「ああ、君か。――ふふっ、手筈通りに頼むよ」

「勿論だとも、ディオドラ・アスタロト」

 

笑う悪魔と、笑わない人間。

各々、その行いの果てに何があるのかも知らないくせに、来る未来に向けて歩を進めていた。

 

そして戦いの幕が上がる。

 

 

 

 

――試合なんて、始まりもしなかった。

 

初手は濃霧。

紫色の不快な霧が、転移した先、レーティングゲームの試合場全域に立ち込めていた。

何が何だか分からない。

分からないまま、気付けばグレモリー眷族は霧に――【絶霧】に呑まれて攫われていた。

 

転移させられた先は、先程までと同じ試合場、その一角。位置だけが移動させられていた。

周囲の景観に然程の違いは無かったが、己の陣地に居る筈のアスタロト眷属が、目の前に立ち、彼等グレモリー眷属を嘲笑っていた。

 

「これは――!」

 

驚愕の声をリアスが上げるが、反応そのものが遅過ぎる。

一斉に襲い掛かってくる敵を前にして遅れて身構え、自分達の周囲からジョンとアーシア、二人の仲間が姿を消している事さえ分かっていない。辛うじて木場とゼノヴィアが目敏く気付くが、しかし、この状況では応戦以外の何も出来ないままだった。

 

一方、若手同士の試合を今か今かと楽しみにしていた貴賓席。

 

「申し訳ありませんが、少々席を外させて頂きます」

「――ふむ? 儂が行こうと思うとったんじゃがな」

「お゛、オーディン様!? 何を仰っているのですか!?」

 

ゲームフィールドには霧が満ち、此処貴賓席も侵入してきたテロリスト達に襲われている現状で。

黄金の翼を翻す熾天使が席を立ち、隻眼の老人が顎鬚を扱いて面白そうな笑みを浮かべた。

老人の傍らでは戦乙女が騒ぎ立てるが、誰もそれを咎める事はしない。耳を傾ける者さえ、一人たりとも居なかったので。

 

「駒王町の会談ではアザゼルが暴れていましたから、今度は私が。――構いませんね、魔王サーゼクス?」

 

問い掛けられた紅髪の魔王が、苦そうな顔で、辛うじて小さな笑みを浮かべた。

招いた立場で、せっかくの試合は邪魔されて、貴賓席への襲撃を許してしまい、果ては事態解決に賓客の御手を煩わせる。愛する妹とその眷属が事の渦中に居る事も合わせて、言葉に詰まっても仕方が無い。

 

問題が一度に起こり過ぎている。胃が痛い、という程度の心労では済まなかった。この件の補償を如何にするべきか、頭の片隅では為政者として最低限度の思考が回る。

 

そこまで(・・・・)するのかい、天使長」

この程度(・・・・)で済むとも思っていませんよ、私は」

 

彼の天使長に、個人的に気遣う相手が居る事は知っている。が、流石に、下級悪魔の身の安全のために天界の長が自ら動くというのは、魔王にとっても驚くに値する事実であった。

 

真顔で言い返す熾天使を目にして、客人の前でするべきではない程に大きな、本当に大きな溜息を吐いた。

既に己の『女王』であるグレイフィアは方々への指示のために席を外しており、魔王の胃を慰めてくれる者など誰も居ない。軽く頭を振って、それに釣られた紅色の長髪が僅かに揺れた。

 

「すぐに支援が向かう。程々で御願いするよ、天使長殿」

「ええ。――程々に、ですね」

 

笑う天使が莫大な光力を撃ち放ち、貴賓席の防護結界を一部撃ち破って身を躍らせた。

 

悪魔が招いた場での騒動に、天界の最高責任者を用いる。――改めて考えれば酷い話だった。問題にならないのか、と問われれば、問題になるだろう、と返すしかない。

だが、大義名分として対等な関係を築いている、天界の長が相手なのだ。北欧の主神を向かわせるよりは間違い無くマシだろう、と己を慰めて気を取り直す。

 

サーゼクスが、霧に包まれ内部を除けぬ試合場を、僅かに睨む。

不穏な霧だ。

あれが何なのかを、この場で答えは出せないが、どちらにしろ、事を行ったのは禍の団、という彼の予測はそう的外れなものではないだろう。

ディオドラ・アスタロトには特に不審な点も見い出せず、試合に際して、常通りの安全対策以上のものはしていなかった。この状況は、悪魔側が完全に後手に回った形だ。

 

「リアス……」

 

小さく呟き、興味深そうな顔で消えたミカエルの背を探すオーディンと、その周囲の他の賓客達の安全のために、彼もまた彼なりの、立場に見合った責務を果たすために立ち上がった。

 

 

 

 

「ディオドラさん、知ってますか。わたし、魔女なんですよ」

 

少女が聞かされたのは、魔女アーシア・アルジェント追放の真実。

 

――怪我をした可哀想な悪魔なんて、最初から何処にも居なかった。

騙して神器を使わせて。教会から追放させて。『教会』によって保護させて。彼の計画では、堕天使に殺された後に、優しい作り笑顔で拾い上げるつもりだったのだ。

 

嗤って種明かしをする悪い悪魔に、アーシアは微笑んで言葉を返す。

 

「だから。それくらい、へっちゃらです」

 

というのは半分嘘で、実はこっそり強がりだった。

 

騙されていた事に対して胸が痛む。けれど、結果として今の彼女は幸せで。ゆえにこそ、むしろ教会を出る切っ掛けとなったディオドラに対しては、感謝の気持ちを向けても良い。

何も知らず、ゆえに綺麗な心のままで、皆に聖女と持て囃されていた少女は、何時しか汚れて成長していた。まだまだ子供の内には入るが、それもきっと、時間と共に変わっていく。変えられていく。()に、皆に、そして彼女自身の想いによって。

 

彼女は愚かだ。

最近は要らぬ知識ばかりが増えてはいるが、その本質は未だ変わり果ててはいない。

困っているから。苦しんでいるから。怪我をしているから、だから癒した。ただそれだけだ。それ以上の難しい理屈なんて、馬鹿なアーシアには分からないだろう。

 

今、あの日の真実を知ってしまって。けれどこれから先、同じような光景を目にしたとする。その時 彼女は、きっとまた、相手を助けようとするだろう。

 

だから。そう。

つまり。

あの時の行いに対する後悔なんて、彼女の中には一つも無いのだ。きっとまた、何度だって間違える。喜び勇んで、信徒のくせに悪魔を癒すような悪い行いを重ねるだろう。

――そんなどうしようもなく頭の悪い魔女だから、今の彼女は幸せなのだ。

そう告げる彼女の身体が、実は小さく震えていても。その気持ちだけは、嘘じゃなかった。

 

「あ゛あ、――っ!」

 

ディドラが呻いた。大きく、空を仰ぐように声を上げる。

再び下ろした視線の先には、変わらぬアーシアの姿があった。

あの頃と同じ翠の視線で、まっすぐに悪魔であるディオドラの顔を見つめてくれている。

 

実に。実に、実に、実にっ! ――圧し折ってやりたくなる顔をしている。

 

ディオドラの顔が大きく歪む。口の端に引き裂くような笑みを浮かべた。

彼女を堕とすには言葉じゃ足りない。無理矢理押し付けた過去の境遇にも、不幸が少しばかり足りていなかったようだ。ならば、力で手折るのが常道だろう。今までもそうやって、愉しんできた。沢山の女達を、出会った数と同じ分だけ踏み躙って此処まで来たのだ。

 

うひ、と嗤う。卑しい雄の、笑みだった。

震える聖女の姿がよく見える。確かにその心に後悔は無いのだろう。だが、それは今この場で感じる恐怖とは全く別だ。捕らえられた状況で、逃げ出す事の叶わない身で、一体どこまで彼女の心が耐え切れるのか、それを確かめたくて仕方ない。

 

「これはっ、かなり滾ってきたなあ! 最っ高だよアーシア!! さあっ、今すぐ僕と――」

「――うるせえ死ね」

 

頭上から落ちてきた聖剣の一閃で、少女へ伸ばすディオドラの片腕が斬り落とされた。

 

「あっ。ぇわ――?」

 

目の前で塵と化して消えていく、右前腕部。

聖剣のオーラに炙られて消滅する、己が肉体の一部を眺める視線が、ゆっくりと腕の切断面へと向けられる。

そこで、ようやく理解する。痛覚が働き、脳が認識して命令を下した。

 

絶叫。

 

叫びを上げる悪魔に向かって、更に光が閃いた。

逃走を防止するための両脚切断、翼は保留だ。ディオドラが絶叫しながら苦し紛れに放った、制御の拙い魔力攻撃に、聖剣が分厚い大盾に『擬態』して全てを防ぎ、攻撃が絶えた次の瞬間、盾の中央部から溶けていくように、大型の馬上槍と化して正面の胴体部を刺し貫いた。

 

「ぅギィ、――い゛っ!?」

 

爆発するように、身体の内側から聖剣の光が浸食する。

あっさりと胴体を貫通した『破壊』力に重ねるように、直接触れた事で『祝福』が発動、悪魔であるディオドラの力が聖なる祝福で弱体化していく。同時に、物理的にも崩れ始める。

 

槍が溶け、『擬態』の力で剣へと戻る。救助対象であるアーシアの下まで退り、追撃は控えた。

何時でも殺せる相手であるが、今は状況が悪かった。

 

「前座にもならなかったな。――ゲオルク。邪魔だ、コレ(・・)を回収しろ」

 

頭上に立ち込める霧が渦巻き、ディオドラを包んで、何処か遠くへ転移させた。

そして、代わりのように輝く槍を手にした男が現れる。

 

男が片手を振るうと、一本の剣が、聖剣を構えるジョンの眼前へと突き立った。

見覚えのある、形と波動。暫く振りに見る『天閃の聖剣』が、すぐ手の届く位置で輝いている。

 

「さあ、()り合おうか。ジョン・オーリッシュ」

 

禍の団英雄派リーダー、曹操が当たり前のようにそう告げた。




天閃の聖剣「やあ」

始まって即終わるディオドラ戦RTA、所要時間十秒以下。多分これが一番早(略)。
RTAというよりイベントムービーかもしれません。

本当は原作で影の薄いアスカロン先輩を主武装の無いオリ主に預けて活躍させる予定だったのですが、龍殺しの活躍する機会がシトリー戦での匙イジメくらいしか思い付かなかったので急遽エクスカリバー選手が登板しました。
さんきゅーアスカロン。ふぉーえばーアスカロン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 祈願到達のトワイライト

拗らせ系男子曹操くんの傍迷惑な大暴走と、オリ主の祈りが届く第二十五話。
二万文字超え。凄く長いので、読む際には御注意下さい。

※性描写はありません。


真っ直ぐ突き込まれた聖槍の一撃に、聖剣の腹を当てて軌道を逸らす。

反撃を、と考えて左手の『天閃』に力を篭めれば、その時には既に曹操もまた槍を引き、一呼吸の間さえ挟まず、次の攻撃が繰り出されてきた。それを、もう一度剣で受け流す。

 

青白い、その槍刃の輝きに歯噛みする。

 

――なんて尊い光だろうか。今すぐ跪きたくなるくらいに、それはとても美しい。

だがそれは出来ない。一秒以下でも、止まれば当たる、当たれば終わる。

口中で幾度も主への祈りを呟いて、脳味噌を掻き混ぜるような激痛、種族由来の拒絶反応に頼る事で正気を維持する。あまりの痛みに脂汗さえ滴るが、拭っているような暇は無い。

 

聖具の拳銃に『擬態』した、中距離射撃を見舞う。が、曹操は両手で操る槍の長柄を細かく動かし、その悉くを弾き落とした。

身を屈め、下方から突き上げられる神滅具の一撃。

拳銃を篭手に変え防御に用い、更に『夢幻』で自身の幻影を幾重も重ねる。それによって守備位置を誤魔化し、敵の攻撃に迷いを誘った。しかし、――曹操は槍ではなく、その有り余る聖遺物のオーラを用いた砲撃に切り替え、無駄になった幻影ごと、ジョンの身体が吹き飛ばされた。

 

「ジョンさんっ!!」

 

二人の戦闘から僅かに離れた位置、拘束されたアーシアが叫ぶ。

応える余裕は、無い。

 

地を跳ねながら、篭手を溶かして剣へと戻す。多少は防いだが、悪魔の弱点、その中でも最悪の相性である【黄昏の聖槍】の光が身体を焼いて、塵へ還るように幾らかの皮膚が剥げ落ちた。

神器を用いて治療するが、それだって完全なものではない。

 

ジョンの持つ【聖母の微笑】は回復系の神器であるが、その能力は傷の修復と呼ぶべきものだ。

減った体力は戻せないし、滅んだ皮膚等、部位の欠損も再生しない。

傷は癒えても、上辺だけ。このままでは幾ら回復し続けていても、いずれ削り殺される未来が見えていた。

 

「君の属性は『戦車』だったな。聖剣の護りに加えてその頑丈さ。良い駒を与えられたようだ」

 

淡々と告げる曹操の顔に、油断は一切見られない。

こちらが不利だと分かっていたが、やはり聖槍が厄介過ぎる。

 

防御用、大振りの右篭手。

聖剣の発する聖なるオーラ。

そして『戦車』の特性、一際秀でた防御力。

――三つも重ねて、それでも(とお)る。悪魔であるジョンにとって、曹操の神器は最悪の相手だ。先立って手に入った5種融合済みのエクスカリバーが無ければ、この程度では済まなかっただろう。

彼の聖槍は、それほどの相手だ。無防備に喰らえば、既にジョンは死んでいる。

 

だが、まだ負けていない。ダメージだって許容範囲内だ。

 

『祝福』で強化した左の『天閃』で、更に速度を強化する。

周囲一面が『夢幻』で濁り、頭上で渦巻く【絶霧】を真似た同色の幻霧を撒いて、視界の不良を引き起こさせた。

更に『透明』化し、真っ直ぐに駆け出す。

 

「器用なものだ」

 

からかいには応えない。

対する曹操は、長柄を伸ばした聖槍でもって足元の地面を薙ぎ払い、礫を巻き上げ、牽制する。それ自体は、姿が見えずともジョンまで届き、ゆえに回避するため宙へと跳ねた。――その反応は、当然ながら曹操だって予測している。予測されている事を、ジョンの方だって理解していた。

 

「君と俺は似た者同士だ」

 

――冗談はやめろ。

 

思わず口を衝いて出そうになった言葉を飲み込み、相手の挙動に対応する。

姿を消したままのジョンを巻き込むように、広範囲が光の波動で吹き飛ばされた。が、見えぬ間に全身鎧へ『擬態』し、更にそこへ『戦車』の特性を合わせる事で、集束の甘い範囲攻撃を防御。鎧を維持したまま、左手の『天閃』を振るって、光力の斬撃を曹操へ飛ばす。

 

「見ていて分かり易いほどのテクニックタイプ。それに加えて聖なる武器の使い手だ」

 

『夢幻』によって見えてはいないが、槍と剣の違いはあれど、慣れ親しんだ聖なるオーラ、それを感じる事なら出来る。

察知する材料は、音、風、そしてオーラ。飛来する斬撃にも冷静に対応してみせた曹操は、槍の柄を構えて一撃を凌ぎ、衝撃を受け流す動きをそのままに、身を翻して回転する。

一瞬のみだが、曹操がコチラに背を向ける。

 

次の一手は背を向けた体勢からの強力な薙ぎ払いか、あるいは先程のようにオーラの砲撃か。他の手札も有り得るが、聖槍以上のものは無い、と予測する。

このまま距離を詰めての攻撃も、僅かに遠く、敵より早くは届かない。

 

僅かに迷った。守るか、退くか、更に攻めるか。

次の瞬間――。

 

その背に輝くナニカを背負って、曹操が笑った。

 

天輪聖王(チャクラヴァルティン)

 

――禁手化だ。

 

悟る以前に鎧を解除。両脚に具足を『擬態』して、聖剣の光力を下方へ向かって全力で放出、地を蹴って己自身を射出するように上空へと脱出する。

その、脱出した、先に。

既に転位している曹操が立っていた。

 

背には先の輪後光、そして周囲に6つの球体。足元には、7つ目が足場として浮遊している。

 

「見えはしないが、大よその位置は分かるぞ」

 

曹操の周囲に、光る人型が幾つも生じる。

 

ジョンよりもなお上空の位置取り。球体の上に立つ曹操自身とは異なって、飛行能力を持たない分身達は、重力に従って真っ直ぐ落ちていく。――姿の見えないジョンの居る、大よその座標を目掛けるように。

そのまま攻撃をするのも、取り付いて動きを阻害するのも敵の自由だ。ジョンは咄嗟に回避を選択、『透明』なままで両翼を伸ばし、未だ慣れていない悪魔の翼の飛行能力で、分身達の落下予測地点を大雑把な動きで回避する。

 

其処に、球体がまた一つ、転位して来た。

 

「……くそっ」

 

思わず毒づく。

転移魔法にしても、無茶苦茶過ぎる性能だった。

設置された魔法陣同士を繋ぐものではなく、拠点に帰還する専用の転移術式でもない。予備動作なんて全く無いし、近・中距離を自由自在に瞬間移動出来るなんて卑怯過ぎる――!

 

視界内に突如現れた球体が、真っ直ぐに飛び出し空気の壁を突破した。

破裂音が、遅れて届く。

 

――曹操の禁手、【極夜なる天輪聖王の輝廻槍】。その、七種の四。

転位する『馬宝』。

飛行する『象宝』

分身の『居士宝』。

そして、圧倒的な破壊力を有する『将軍宝』。

 

これこそが曹操の禁手、そこに宿る七宝という名の能力だ。

とはいえ――。

 

「流石にあれで当たるわけも無いか」

 

最後の不意打ちを、ジョンは辛うじて回避した。

オーラの位置を読んで見当をつけても、彼は変わらず『透明』なまま。

当たれば殺せる一撃だろうと、曹操が目測で狙いを付けている以上、透明人間を相手に、面では無く点の攻撃を直撃させるなど、流石に幸運頼りが過ぎる。

 

空間を捩じ切るかと思うほどの力、当たれば悪魔でなくとも戦闘不能に持ち込めるだろう。曹操の禁手、七宝の『将軍玉』は恐ろしく強い。

だが、それは所詮攻撃特化だからこそ。特化しているがゆえに、強さの反面、追尾能力も広範囲攻撃も備えていない、ただ強いだけの球体である。回避する事は十分可能だ。

それでも、『夢幻』の霧が、空間ごと力尽くで剥ぎ取られる程度には強かったが。

 

空中にて曹操を見上げるジョンの視線が、鋭く歪む。『夢幻』と並んで『透明』も、強過ぎる一撃と、それに伴う聖なるオーラで既に能力が解除されていた。

絵に描いたような力尽く、強引過ぎる能力の無効化。彼我の武器の差は明白だった。

 

炙るような聖なる光で肌が引き攣り、更に負傷が増えていく。

能力が消えて、視線が絡む。汗が滲んで頬を滑った。

攻撃全てが一つ残らず、防御無しには致命の一撃。躱してはいるが精神的な疲労が酷い。ジョンはまだ戦える。今は、まだ。だが、それが後どれほどの時間可能なのか、自分自身でも分からない。

 

勝算はある。

当たれば倒せる。弱点を常に突かれ続けているジョンがそうであるように、肉体があくまで脆弱な人間に過ぎない曹操だって、人外の攻撃は全て残らず致死性の威力だ。

先に直撃を当てた方が、そのままの勢いで押し潰す。この戦いに勝利する。

 

逃走は不可能だ。アーシアが拘束され、ジョン自身が常に曹操から狙われている状況下では、敵を全て倒す以外に道は無い。

 

細く息を吐き、聖剣の柄を握り締める。

勝てば良い。倒せば良い。かつてそうであったように、今回も。敵を殺せばそれで終わりだ。

冷静に思考を回しながら、曹操の周囲の球体七つ、残った手札を予測する。

 

「……あの日の裏切りを憶えているか、ジョン」

 

静かに呟く曹操とても、見た目ほどの余裕があるわけではない。心の揺らぎを表すように、口数だって、戦闘開始時から無駄に多かった。

 

人と人外では基礎性能に大差があるのだ。速度も膂力もあらゆる全てが、曹操はジョンに負けている。このまま続ければ、先に曹操の体力が尽きるだろう。そうなれば必然、追い詰められて殺される。

 

「代わりに『天閃』あげたからノーカンで」

 

飄々として返す悪魔に対し、小さく笑って槍を構える。酷く皮肉気な笑みだった。

 

思えば、戦い自体に無駄ばかり。

目の前に居るのは下級悪魔の聖剣使い。決して、英雄派の首魁が敵に回すような者ではない。

エクスカリバーは高名だが、所詮はかつて砕けたものの再利用(リサイクル)品。仮に7つ全てを合わせたとしても、完全だった頃よりも、武器としての格自体が落ちるだろう。最強の聖遺物たる【黄昏の聖槍】と比較すれば、どちらが上かは言うまでも無い。それは、先の戦闘からも知れている。

 

聖剣使いの才能を除けば、何処にでも居る下級の悪魔、雑魚同然だ。

英雄派の幹部勢から見ても、周りに居るグレモリーの次期当主や赤龍帝、聖魔剣等の方が余程脅威で、彼個人には誰一人として見向きもしない。

 

こだわっているのは、曹操だけだ。

此処に居るのは、ジョン・オーリッシュの過去に確かな英雄の影を見た、彼一人しか居なかった。

 

「……俺は英雄だ。英雄であらねばならない」

 

少なくとも、曹操自身は己に対してそう決めている。

英雄で、なければいけない。

だから、己が英雄(それ)であると感じた彼を、倒さねばならない。乗り越えねば、ならない。そうでなければ、耐えられない。我慢が出来ない。

 

ジョン・オーリッシュが英雄であると、曹操だけは考えている。

英雄である為に、英雄を倒して、乗り越える。

理屈ではない。意地の問題だ。

 

その決意の中に、騙された怒りや裏切られた悲しみとて当然混じってはいるのだが、それら全てを一纏めにした結論として、――曹操はただ単純に、目の前の少年と競い合って勝ちたかった。

 

わざわざ『天閃の聖剣』を返却して。

こんな御誂え向きの状況に招いて。

ディオドラという要らぬ懸念を排除させて。

真っ向から正々堂々闘えるように場を整えたのも、全て、胸の内の激情に衝き動かされた果てのもの。

 

夢を裏切られた。騙されて、虚仮にされた。憧れたのに、嫉妬したのに、相手は己の事などどうでも良いと言わんばかりに、人間である事さえあっさりとやめて、悪魔になった。人間にこだわっている曹操を嘲笑っているのだと、そんな被害妄想さえ抱いたものだ。

一つ一つを胸中で確認する度にハラワタが煮えくり返り、全身に力が漲ってくる。

 

激情が、言葉となって飛び出した。

 

「舐めやがって……!」

「根に持ち過ぎ。ワロス」

 

別に、決して、絶対に、ただの逆恨みだけで立ち向かっているわけではない。違うのだ、と祖先の名と、己が聖槍に誓って言い切れるが。

それはそれとして、この場では怒りが最も強くて都合が良い。怒りこそが、戦いの場では一番大きな力を持つのだ。それに流される事なく乗りこなす程度の冷静さは、常に頭の片隅に居残っている。だから。

 

槍を構えた曹操が、足場である『象宝』を動かし突撃してくる。

対するジョンの側にとって、相手の主義主張などどうでも良い。

 

霧に招かれ、間男を排除し、此処で目の前の男を倒せばそれで済む。

あとはアーシアと一緒に帰還して、平々凡々とした下級悪魔の一生を送れば良いだけだ。

 

そのために、切り捨てるべきものを選別する。

 

敵は強い。手札も多い。エクスカリバーという便利な武器を持っていてさえ、明らかに相手の方が上手であった。

多少の犠牲は仕方ない。現時点でさえ、転位、飛行、分身、攻撃の四つがあるのだ。目に見えるものだけで判断してさえ、あと三つ。更に加えて、元々あった聖槍の力もかなり酷い。

 

時間稼ぎなんて、思考の内にも入らない。

一度の失敗で、悪魔のこの身は滅ぼされ得るのだ。早ければ早いほど良く、遅ければ遅いほど死の危険性が増していく。助けが来るまでずっと、命懸けのギャンブルに興じられるほど、ジョンは己を信じていないし期待しない。

死ねば滅ぶのだ、終わるのだ。それは流石に受け入れられない。

だから捨て身だ。それしかない。傷を負ってでも確実に、殺す。覚悟があれば、如何に光毒の激痛といえど、数秒程度は耐えられよう。

 

――つまるところは相打ち狙いだ、それで良い。

あっさりとそう、決断を下した。

 

二刀の聖剣を両手に携え、曹操の強襲に応えて前へ出る。

翼を翻し、ただ真っ直ぐに飛ぶ事だけを考えた。空中戦は不得手だが、地に降りるだけの暇は無い。勢いを殺さず前進できれば、ただそれだけで十分だった。

 

「俺はッ! 君となら、()を目指せると思った!!」

 

槍を用いた上段への突き、と思わせて空を抉り、一瞬のフェイントと共に縦一閃に槍刃が襲う。

それを右の聖剣で絡め取り、『擬態』した刀身で槍を捕らえようとするが、転位。消えた曹操を追うより早く、もう一度形状を変えた聖剣が、球体状の壁を、ジョンの前方以外の全周囲に展開させて、視界外への盾とする。

そのまま、『天閃』の速度で前方へと飛んだ。

 

「何故だ! 何故俺の誘いを断った!」

 

泥舟だからだよ、と言い返しもせずに、穴の空いた球形の壁から外へと脱出。

それと同時に、背後上方、転位した曹操が槍を構えて、七宝『輪宝』を用いた突きを放つ。

 

甲高い破壊音が戦場に響く。

7分の5を融合させた、聖剣エクスカリバーの壁が砕けた。

 

「……マジか」

 

音を耳にして、飛びながら視線だけで背後を振り返る。砕けた壁、槍で突かれた箇所から崩れ落ちていく無数の破片、そして上方から真っ直ぐに打ち込まれる、槍状に変じた七宝の一つ。

壁を壊しても勢いが全く止まらない、宙を引き裂くような光力の余波が、周囲一帯に撒き散らされた。

 

「悪魔に堕ちて! 何を得られるッ!?」

 

余波を受けて、ジョンの身体が姿勢を崩す、空中において振り回された。

曹操は自身で追わず、槍を構えて聖なるオーラを集束している。遠距離の砲撃、先の攻撃の余波を受けて一時的に行動の自由を失っているジョンを目掛けた、光力の刺突だ。

 

「俺はっ、俺がっ、人間にこだわっているのに! 愚かだと思うか、俺をっ!!」

「興味無い、し……!」

 

片手を伸ばし、エクスカリバーの破片へ伸ばす。

――来い、と呼びかけ、己の因子を強く意識して活性化させた。

破片の全てが宙を翔け、一つところに纏まりながら、『擬態』の力で剣の形を構築していく。

 

だが、それよりも曹操の方がずっと速い。

 

「俺は、君を超える!! 手に入れられないのなら! 勝って己の糧にするんだ――!!」

 

腹の底から湧き出る想いをそのまま、何も考えずに曹操が叫んだ。

自分自身でも、何を言っているのか分かっていない。勢いだけで、言葉も、攻撃も、全身全霊でぶつけて来ている。言葉以外の意識の全ては、今ある殺し合いの中にのみ注がれていた。

 

「拘り過ぎだろ、ホモかよ」

 

ジョンが毒づき、左手の『天閃』に、意識の大半を集中させた。

聖剣が強く、輝く。輝く。輝く。輝く。そこから更に輝きを増して、剣と言うより光の塊と呼べるほどまでに強く激しく、聖剣の力を引き出していた。

 

「あばよ、ダチ公――!」

 

使い捨ての、聖剣爆弾。

 

7つあるエクスカリバーの一振りが、無理矢理にその力の全てを引き摺り出され、自壊するほどの大威力と共に、聖槍の光力砲撃を迎え撃った。

力一杯叩き付け、辛うじて軌道上から身体を逃がす。

 

振り切った『天閃の聖剣』が砕け散り、核だけを残して聖槍の光に飲まれて消えた。最強の神器の一撃を完全完璧に凌ぎ切り、強力過ぎる一撃の反動の全ては、『戦車』本来の攻防力が受け止める。

 

「まだだっ!!」

 

左手を外側へと振り切った体勢のジョンの、眼前。

再度転位してきた曹操が、空中で槍を構えて突き出した。

 

だけどどうにか間に合った。集まりきったエクスカリバーが、巨大な槍となって真正面から受けて立つ。

 

一瞬の、拮抗。

僅か一瞬の後の、更なる追撃。武器破壊の七宝『輪宝』が、槍の形で聖槍とは別角度からエクスカリバーを刺し貫く。穿たれた箇所に皹が入るが、砕けるまでには至らない。

ただの壁だった時とは違う。堅牢に『擬態』した大槍は、容易く撃ち破れるほど柔くない。

 

しかし曹操の背には、未だ七宝の残り五つが輝いていた。

現れたのは、光り輝く人型の分身。

未だ空中にあるジョンの周囲を、複数の光体が取り囲んで殺到する。

 

――終わりだ、と曹操の視線が言っている。

勝利への歓喜に染まった青の瞳が、傍らに浮遊する最強の七宝『将軍宝』を向かわせた。

破壊力特化の一撃。致死の球体。ソレに向かって、悪魔の翼が羽ばたいた。

 

周囲を取り囲む分身達は、見ない。

聖槍も、槍となった武器破壊の球体も、致死の一撃も、見ない。知らない。完全に無視した。

 

ジョンが、大槍を掴んだまま『擬態』させて形を変える。それによって、拮抗していた聖槍は狙いを外され僅かに泳ぎ、槍状の『輪宝』も、エクスカリバーの表面、幾分かを削り砕きながら、前に進む少年よりも後ろへと逸れる。

分身達が追い縋りながら、身体に取り付く。が、『戦車』の膂力で逆に引き摺り、止められない。

 

エクスカリバーから光が奔った。

 

刹那にも満たない、視界を塗り潰す力の波動。この至近距離、視覚以外で敵を感知出来る曹操に対し、目晦ましにもなりはしないが。――問題無い。

掲げられた右の聖剣を、真横から一閃。曹操目掛けて振り切る、が。

 

当たる直前に、『将軍玉』が少年の上半身を消し飛ばした。

 

「――()、っっ」

 

とった。

 

大口を開けて宣言する曹操。下方から、叫ぶアーシアの悲鳴が聞こえる。

 

鮮やかな色の赤が飛び散った。

弾け飛んだ肉が、見事砕かれた聖剣が、ジョン・オーリッシュの右腕と右翼が、宙空で微塵と化して光に焼かれながら消滅していく。

 

「右、腕? つばさ?」

 

先ほど奔ったエクスカリバーの光が、完全に霧散していく。

砕かれた事で『夢幻の聖剣』の効果が消失し、曹操の目の前に残された悪魔の下半身が、掻き消えた。――幻だ。

 

殺したと思った。勝ったと思った。

衝突と拮抗、そして相手を上回った勝利の予感、超越の喜び。近接の戦闘距離での、僅か一秒以下の攻防の成果。

 

それが。目の前から消えていく。

 

()ったぞ」

 

先の曹操の勝利宣言を奪い取り、多数の人型に取り付かれたままの少年が、残った左拳を振り抜いた。

 

「――っガ、」

 

人と人外の性能格差。

人は弱く、脆い。悪魔は強く、頑丈だ。

当たりさえすれば、聖剣なんて必要無い。武器は最初から全部、敵を誘うための見せ札だった。

 

距離が近過ぎたために回避しきれず、腕も翼も半分が欠けて、痛みが全身を貪り尽くす。だが、この程度の激痛、日々の祈りで味わい慣れていた。

敵に一撃を見舞うだけの短時間、歯を食い縛って拳を振り切る程度、問題無い。

 

だって最初から相打ち覚悟だ。

 

切り捨てるべきものは決めていた。腕なんて要らない。翼もまた、必要無い。アーシアと一緒に二人で帰る。命以外の己が全てを、そのためだけに、いとも容易く切り捨てた。

楽観しない。期待しない。勝利のためなら、迷いも無い。

――それが彼の、戦士としての生き方だった。

 

右脇腹から突き刺さった『戦車』の拳が、曹操の胴体部に真っ直ぐ潜って大穴を開ける。

 

「アアアあああああああ゛あ゛――ッッ!!!!!」

 

残った七宝の内一つが輝く。

胴体を千切り取られる前に、転位の『馬宝』が曹操自身を其処から逃がし。残されたのは隻腕片翼となったジョンと分身、あとは置き去りにされた幾つかの七宝だけだ。

千切れた分の腕と翼は完全に滅び、砕けた聖剣は残らず下へと落下した。

 

翼を片方失くして、飛行状態を維持出来なくなったジョンが落ちていく。

残った左腕で『居士宝』の人型を幾らか掴んで、落下時の衝撃吸収のために下に敷く。攻撃されるが、腕を失くすよりは全然痛くないので半ば無視。

 

あとは『戦車』の防御に期待するだけ。魔法は使えず聖剣も無いので、補助も無いまま運任せ。

神器を使って傷を塞いで出血を止めると、彼はそのまま、真っ直ぐに地へと落下した。

 

 

 

 

――()の生涯は全て、ただ振り回されるだけのものだった。

 

聖槍を宿した幸運と不運。実家を飛び出してからの戦いの連続と、血臭漂う研鑽の日々。欲望によって身を滅ぼした己の両親。1800年ほど昔の、もはや他人としか言いようの無い、酷く遠い過去の英雄の血統――。

 

それらの要素を恨んだ事が無いかと言えば、答えはひとつだ。

恨んだに決まっている。

 

生まれ持ったものの殆ど全てが、彼から奪うばかりで与えてはくれない。

なのに、天涯孤独の身の上となった彼に残ったものは、血筋と、聖槍と、戦うための力だけ。ならば残ったそれらに縋るのもまた、当然だった。だって他には、何も無い。だから、これに限るなら仕方の無い話ではあった。

 

何も持たない自分が、己自身を肯定し、受け入れるためには、何よりも大きな夢が必要だ。

痛みと不幸を誤魔化す為に、何よりも彼自身がこれから先も生きる為に、だ。

 

それが英雄。神器と血統に大きく依存していたがゆえに定められた目標だったが、口に出してみれば、成程、中々どうして悪くないものにも思えた。

眩く、強く、天下万民が憧れを抱くもの。憧憬の対象。輝かしい、男の夢だ。

目指す切っ掛けは完全なる逃避だが、それを成し遂げるだけの素質が彼にはあった。

 

あった、筈だった。

だから夢を見ていた。幸福な夢を。ただ美しいだけの憧れの先の、果てを。

 

「っぐ、ぅ、ううううう!!」

 

胴体に開いた大穴を両手で押さえても、流れ出す血の量は変わらない。

懐を探って不死鳥の涙を求めたが、先の一撃で空の何処かに落としたようだ。何処にも無い。

血に這い蹲って、痛みに喘ぐ。激痛から涙が零れ、曹操の整った容姿を血と泥と共に更に汚す。

 

負けた。

負けた。負けた。ああ負けた。完全に、敗北した。

 

「は、はははっ、ははははははは……っ」

 

己の身の危険を顧みず、片腕を完全に喪失しながら、頼りの聖剣を失ってまで、それでも、微塵の躊躇も無く勝利のために身を投げ出した。

最後の幻影を用いた突撃だって、ただの賭け。命を賭して、運に恵まれただけとも言える。

だが結果として、彼は成した。真っ向勝負で曹操に勝った。

 

――英雄だ。

 

少なくとも、曹操は英雄だと思った。己の成りたかったものが彼なのだと、そう思った。

己の私見と、かつての執着に結果が伴い、ジョン・オーリッシュは英雄であるという認識が、彼の中では確かなものとなっていく。

最強の神器持ちに正面から勝ったのだから、きっと他の者達も認めるだろう。

 

死に向き合いながら、なおも諦めずに前へと進む、眩いばかりの勇ましさ。

あれ(・・)が、ずっと欲しかった。

ああいう風になれれば、きっと、彼は己の全てを肯定出来た。

だが。

 

「負けた。ああっ、負゛けたなぁ……!」

 

血泡で声を濁らせながら、清々しくも呟いた。

全身全霊、一回限りの全力戦闘。その結果が、今あるコレだ。

 

【絶霧】によって場を整えてくれたゲオルクには、曹操から連絡するまでは、と他所事の面倒を頼んである。邪魔をされたくなかったのだ。

という事はつまり、助けは無い。

 

助けが無ければこのまま死ぬ。曹操は、英雄と戦い、敗北して死んでいくのだ。

生まれ持ったもの、磨き抜いてきたもの達全てを振り絞り、その果てに死ぬ。そこには全て出し尽くしたという感動さえあった。ああ、なんて素晴らしい終わり方だろうか。

それが単なる自己満足で、実際には負け犬同然の有り様だろうと、今の彼には関係無い。

他者の評価なんて、今だけはどうでも良いと心底思えた。

 

だから、もう、いい。

何処とも知れぬ場所を目指して這いずっていた身体を、地に伏せるように横たえた。

笑いが止まらない。痛みと興奮で、脳味噌のどこかがおかしくなったかのようだ。

けれど決して、悪い気分だとは思わなかった。

このまま死ねたのなら、曹操は満足だ。幸福だ、と敢えて言おう。

 

幸福、――だった。

 

「だっ、大丈夫ですかっ!?」

 

愚かな魔女が、かつてディオドラに掛けたものと、同じ言葉を投げ掛けた。

 

大量失血によって意識が朦朧とした状態で、耳の遠くなった曹操の視線が、声の発生源へとゆっくり向かう。

そして、彼の身体を温かな光が包み込んだ。

 

「すぐに治しますから! 少しだけ、我慢して下さいねっ!!」

「――ぁ、あ?」

 

拘束されたままの少女、アーシア・アルジェントが、神器の光を、数メートル先で倒れ伏す曹操の身体に纏わせていた。

神器による遠距離治療。ここ二十日ほどの、過去の研鑽の賜物だ。

 

身体を動かせない状態で、遠く離れた者の負傷を癒す、アーシアの力。

優しい【聖母の微笑】の明かりが、曹操の自己満足から成る終わりを否定した。

 

――奪われた。

 

やっと手にした大きな安堵、彼自身の幸福を。

一人の魔女が、慈悲の心で奪い去っていく。力尽くで、拒否権も無く。

 

「やめ、ろ」

 

先程までの熱が、何処かに消えた。血を失い過ぎた身体ばかりでなく、心の中まで冷えていく。

真っ直ぐな翠の視線が、温かな神器の光が、とても恐ろしいものに思えた。

 

「やめろ、やめろっ、やめてくれ――!」

 

声が届かない。優しい魔女は、弱っちい人間の言葉なんて聞きもしない。

癒えていく。内臓が、骨格が、神経が、皮膜が、脂肪が、筋肉が、血管が、皮膚が、ゆっくりとだが確実に、癒されていく。彼から幸福を遠ざけていく。終わらず生きろと、そう言っていた。

 

耐えられない。それだけは、もう、耐えられない。

英雄に殺された自分自身に、これより先へ進めと言うのか。

目先の満足感だけで死を受け入れていた曹操は、だからこそ救われる事が恐ろしかった。

だから。

 

「やァめェろォォオ――ッッ!!!!!!」

 

だから。

 

聖槍が、魔女を穿った。

悪魔の肉体を真っ直ぐに貫き、その心臓を消し飛ばした。

 

 

 

 

祈りを捧げていた。

神器を使い、治療を施し、脳髄を貫く激痛に耐えて、それでも一心に神へと祈る。

叶わない願いを、届かない祈りを、天の空座へと何度も何度も捧げ続けた。

 

泣きながら。

 

「主よ、主よ、その憐れみによりて――」

 

彼の目の前には一つの遺体。よくよく見知った形の肉塊。

胸と腹部に穴を空け、背後が覗けるほどの重態で、アーシア・アルジェントが死んでいた。

 

傷口から徐々に灰と化し、塵と消え、宙に溶けるように消滅していく。やがて肉体はその全てが消えて無くなり、肉の器から完全に解き放たれた魂さえも、虚無の果てへと還るだろう。

聖なるものによって滅ぼされた悪魔に、死後は無い。

あるのは無だけ。聖槍に殺された魔女の末路は、完全なる消滅だ。

 

崩れていく。

彼の目の前で、宙空に拘束されたままの少女の身体が、淡雪のように消えていく。

 

「あー、しあ……ッ」

 

意味も無いのに呼びかける。

自分自身とて身体の端から、先の捨て身の戦いの結果として、滅ぶ最中であるというのに。

傷だけは癒したが、彼の身体には未だ光毒が浸食しており、整ったのは形だけ。今も、癒した筈の肉や骨がボロボロと崩れて、右半身から塵に還って溶けていく。

なのに。

ジョンの視界にはアーシアの死しか見えていない。

 

穴が開いている、傷がある、だから、治療をしなければならない。

死体に向けて、錯乱する思考に促されるまま、神器を用いて無意味な治療を施して、成果も無いのにそれを続ける。

 

彼女は既に死んでいた。

肉体そのものは絶命している。

もう、何も出来ないというのに。それを理解したくないと拒否する子供が、必死になって天へと願いを投げ掛けていた。

 

其処から僅かに離れた位置で、地に座り込んだ曹操が、即座の死亡を免れたギリギリの状態のまま、魂が抜けたような顔をして呆けていた。

その手には、アーシアを貫いた聖槍がある。

 

――実に馬鹿みたいな話だった。

 

敗者である曹操が生きながらえて、勝者であるジョンの求めるものが失われた。

それを行ったのが自分であると、彼は未だに認められない。ただ呆然と、泣き叫ぶ勝者の背中を見つめるだけだ。

 

其処に居るのは、曹操の焦がれた英雄ではない。ただ悲しくて泣きじゃくるだけの、何処にでも居る一人の少年。まるで、小さな子供のようだった。

彼にそうさせたのは自分である。分かっているのに、動けない。泣き喚きながら神器を使うジョンだって、曹操なんかに一瞥もくれない。無視する以前に、視界の中にも入っていない。

 

「いやだ、いやだっ! アーシア!!」

 

悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 

至極単純な現実の否定。ただただ純粋なだけの、幼子の如き否定と悲哀。

そして真っ直ぐな、好意だ。

 

果たしてそれらが導くものは、――空間を揺るがすような、神器の脈動。

 

曹操はそれを知っている。

自身の従える英雄派内部でも幾度か目にした、進化の予兆。彼が見知ったものの殆どは人工的な、無理矢理に其処まで引き摺りあげた果てのものだが、目の前のコレはそれらとは比較にもならない大きな力を感じさせた。

 

「だが、……無駄だ」

 

吐息に紛れるほどに小さく、かすれた声音で、呟くように曹操が言った。

ジョンの神器は【聖母の微笑】。希少で価値ある神器であるが、所詮は数打ち、通常神器。彼の所有するものが生命を司る神滅具【幽世の聖杯】であれば話は別だが、そうではない。

だから結果は見えている。――禁手に至ったとしても、届かない。

 

あの神器では、条理を覆すには到底足りない。道具としての拡張性が不足している。

彼の想いも、力も才能も、暴走するだけ暴走し、膨れ上がるだけ膨れ上がって、結局は何の実を結ぶ事も無く弾けて終わる。

それが、神亡き世界の現実だった。

この世にもはや奇跡などない。あるように見えたのならばそれは、設定された機能の一つか、システムによる誤作動か、あるいは酷く常識外で、理不尽なまでの悪運(バグ)だけだ。

 

泣こうが叫ぼうが神器を禁手化させようが、決して神の奇跡に届かない。その果ての悲劇を作り出したのは曹操自身だが、そんな当然の事実を直視したとしても、目の前の現実は変わらなかった。

 

片手でアーシアの遺骸に縋り、少年が無意味な祈りを捧げる。

何も出来ない弱者が、無慈悲な現実に向き合った時、最後に出来るのは祈る事。そんな悲観的な言葉を聞いた事がある。まさにそれが今、目の前で行われていた。

聞き届ける神は居ないと、この場の誰もが分かっているのに。

 

焦がれた筈の英雄の哀れな姿に、見ていられなくなった曹操が視線を逸らす。

ただ祈るだけで死人が生き返る事は無い。だって、奇跡を起こしてくれる神様なんて――。

 

「神様、なんて」

 

手元の槍を、もう一度握る。

今ある世界で、最も尊い力の結晶。至上にして最強の、真なる神滅具。

聖書の神の、『遺志』を宿した聖遺物。

 

「……馬鹿な」

 

ふと浮かんだ考えを否定する。

だって、――それが本当に叶うなら、それこそ本当に英雄だ。絵物語の、主人公だろう。

あの、ただ一心に神頼みをする事しか出来なくなった、情け無い子供に、奇跡を手にする資格があるなどと、まさかそんな事があるのだろうか。

 

「槍よ、神を射貫く真なる聖槍よ」

 

口を衝いて出た詠唱に、曹操自身が驚いた。驚いて、けれど止める事は無い。

どちらにしろ、今の自分に出来る事など他に無いのだ。

敗北して、嫌だと言うのに救い上げられ、子供の癇癪のように命を奪って後悔している。――それは、なんて情けない有り様だろうか。とても英雄の姿ではないし、真っ当な人間のそれでもない。

 

では翻って、()の方はどうだろうか。

数々の苦難を乗り越え、強敵に打ち勝ち、悲劇の淵から己が幸福を取り戻す。そんな御都合主義的な展開があるのなら、それはまさしく――。

 

ああ、と息を継ぐ。縺れる舌で、噛まないように気を付けながら、呪文の続きを口にした。

 

「我が内に眠る、……覇王、の理想をっ、吸い上げ! 祝福と滅びの間を抉れ!!」

 

覇王と理想。その言葉を口にする時僅かに躊躇い、それでも無理矢理吐き出した。誤魔化すように力が入り、叫びを上げながら詠唱を続ける。

思考を捨てる。自分の事は、考えない。想うべきは、仄かな期待、だけだった。

 

「汝よ、遺志を語りて――」

 

果たして、奇跡は起きるのか。

神は、彼を救うのだろうか。彼は、本当に曹操が思い描くような存在だったのか。

もしもそれが叶うなら。かつて夢見たような眩さが、本当に其処に生まれるのならば。

 

見てみたい、と。

抜け殻のような男がそう願った。

 

 

 

 

試合場に侵入してきた無数の悪魔、魔法使い、テロリストの大集団。

それら全てを、一つ余さず熾天使の大槍が消し飛ばす。一つ、二つ、十、二十、百、二百、と瞬く間に数を減らして、それでも殲滅速度が落ちる事は無く、ただただ加速するばかり。

 

「あれ、は」

 

ふと、その視線が、霧の向こう側から漏れる明かりに奪われた。

レーティングゲーム用の、異空間を構成する結界ではない。システムの管理に携わるミカエルには見間違えようの無い、神滅具【絶霧】の境界線。単純な力では貫けない筈の霧の向こう側から、酷く懐かしい光がすり抜けてきた。

 

「まさか、そんなっ、そんな馬鹿な……ッ!!」

 

禍の団に【絶霧】が渡っていた、などという当然の理解は脇に置く。

目にしたソレが何であるのか、ミカエルは間違いなく知っていた。

千年前に失われた筈の尊い光。否、それよりはずっとずっと弱々しい、しかし間違い無く同質ではあるのだろう、白夜の如き優しく広大な薄明かりが、【絶霧】を通して彼の下まで確かに届く。

黄金の翼が照らされて、熾天使の輝きに負ける事無く染め上げる。

 

熾天使の両目から涙が零れた。

そんな筈は無い、と分かっているのに、それでも懐かしくて嬉しかった。

何が起こっているのか、正確な事は分からない。分からないが、きっと、其処には己にとって尊い何かが存在するのだ。それだけはきっと、間違いが無い。

 

その確信だけを支えに、ミカエルは再び戦場の制圧に力を注いだ。

 

 

 

――かくして()は、その少年の祈りに応えた。

 

淡く、優しい明かりが灯る。

事切れたアーシアの遺骸から、周囲一面、【絶霧】の結界さえ容易く越えて、何処までも広がっていく光があった。

穴は塞がり傷は消え、生命活動を停止していた筈の少女の、目蓋が開く。

 

「――ぁ。っじょん、さ、」

 

音が生じて、祈り続けていた少年が顔を上げる。伸ばされた手が、確かに彼女の頬へと触れた。

その先を、曹操は目にする事も無く背を向けた。

 

「ゲオルク、撤収だ。――いや、その前に後始末があったか」

 

 

 

 

奇跡の起こる中心地よりもずっと遠く、レーティングゲームの会場の端。

誰も居ない廊下の壁に凭れかかって、ディオドラ・アスタロトが死人のような顔で這いずっていた。

 

「馬鹿な、こんな、こんなぁ、クソ、くそ、くそぅ……! ごの僕がっ、ぷざげるな゛あ!」

 

右腕と両脚を失って、左腕一本で地を掻き毟る。

口から零れるのは怨嗟の声だ。あってはならない現実だ、と血と反吐とそれ以外の何かを垂れ流しながら、ディオドラは死ぬ寸前で踏みとどまっていた。

それは彼自身の生命力の賜物ではない。体内に取り込まれている無限の龍神の『蛇』、莫大な力の塊を、全て生命維持のために費やしているからこその、現状だ。

 

『蛇』が無ければ死んでいる。『蛇』があってもじきに死ぬ。そんな当たり前の現実を理解しないまま、彼は彼の中の粘着いた妄想と偽りの栄光に縋りながら、自身にとって都合の悪い全てを否定していた。

 

その背に、地を這う悪魔の背中に、一振りの西洋剣が突き立った。

 

「ァ゛え――ッ!?」

 

刃の先には黒い戦闘服に身を包んだ、年若い少女。

栗毛の髪を二房揺らす一匹の悪魔が、無様なディオドラを見下ろしていた。

 

「な゛、なば、あんなあななな゛っ! な゛に゛、お゛前っ、げ……!」

 

背中の剣が引き抜かれ、また別のところへ突き刺さる。

その度にディオドラは苦鳴をあげるが、剣を刺す悪魔は動じない。無言のままで、何度も何度も、左腕以外の四肢を失くした、虫けらのような青年の身体を傷付けていく。

 

「な゛ん、で」

「は? ――なんで(・・・)?」

 

虚ろに見下ろす紫の視線が、濁った金色を見下ろしていた。

中身の無い、苦し紛れの問い掛けに、少女は不愉快そうに、ディオドラの言葉を繰り返す。

けれどその手は止まる事無く。

 

結局、答えを返す前にディオドラの命は尽き果てた。

 

声を出さなくなった身体に向けて、それでも幾度か突き刺して、ようやく死亡の確認を終えた少女が息を吐く。

そこに男の声が小さく届いた。

 

「一応トドメを刺しに来たんだが……、必要無かったようだな」

 

はっ、として少女が視線を向けた。

其処には血と泥に塗れた聖槍使い。青白い顔で槍を支えに彼女を見据える曹操が、霧に包まれて立っていた。

 

「貴方は……っ」

「争う気は無い。この状態でも君には負けないが、……いや、もう既に、他で負けてしまった後なんでね」

 

そう言って笑う彼の顔は、疲れ果てた老人のようだった。

本当に、争う気など無いのだろう。すぐに背を向け、霧の向こうへと歩き出す。その足元に、ディオドラの死骸から抜け出した『蛇』が這い寄り、霧に飲まれて姿を消した。

男の背に、栗毛の少女、紫藤イリナが言葉を投げる。

 

「貴方、ジョンに負けたの?」

 

なんとなく、そう思った。そうであれば良い、という願望も込みの問い掛けだ。

出くわしたのは完全なる偶然だったが、足元に転がっているディオドラが、今日の試合会場襲撃を企てたらしいという話を聞いている。其処に合わせて、以前ジョンから聞いた通りの容姿と、何より聖なる力を発する槍の存在。テロリスト集団の派閥リーダーが血塗れでこの場に居るとなれば、渦中に居る筈のジョンと戦った可能性だって無くはない。

勝てたのならば、無事である筈。そういう期待も篭めた問いだった。

 

「……ああ。負けたよ、大負けだ」

 

曹操が小さく笑う。自棄になったような笑みだった。

 

――己は結局何がしたかったのか。

英雄を目指して。英雄にこだわり。目にした多数の人間達の中で、己にとって最もそれらしい相手と戦い。敗北した挙句に、戦いそのものとは無関係な少女を殺して、助ける為に奇跡を望む。

本当に、支離滅裂で、無軌道で、空っぽな自分らしい行いだった。

 

もう何も分からない。心だって疲れ果て、考えるだけの力が無い。

逃げるように霧の中へと歩を進め、そのまま彼は姿を消した。

 

残されたイリナは、暫く立ち尽くした後に足元の死体を見下ろして、小さく囁く。

ぶつぶつと呪うように呟くと、最後に、言った。

 

「だって。――ジョンが教会から居なくなったの、貴方のせいじゃない」

 

死に際の、意味の無い問いかけ。「なんで」というただ一言。それに対する答えなんて、彼女の中には一つしかなかった。

 

例えディオドラ本人がそれを意図していたわけではなくて、本当に、ジョンはただの、巻き込まれた端役に過ぎなくとも。それでも、イリナが想い人を一時的にでも失ったのは、魔女に奪われてしまったのは、今足元に転がっている悪魔のせいなのだ。魔女を生み出した、ディオドラの。

 

嫌う理由も、憎む理由も、攻撃する理由だって、当然ある。

それを絶対にしてはいけない理由があって、今はもう無い、それだけだ。だから殺した。

 

薄く開いた虚ろな瞳で遺体を見下ろし、たった一度、軽く蹴り飛ばして視線を振り切る。

主であるソーナに、事態を報告しなければ。そんな事を考えながら。

 

 

 

 

霧の内側、【絶霧】の結界内を歩く曹操の、足が止まった。

 

『曹操?』

 

霧越しの通信、ゲオルクの声が耳に届いた。

けれど、答えるだけの気力が湧かない。彼は今、酷く疲れてしまっているのだ。

膝を突いて、俯いた。泣きそうな顔で、己の影を見つめたままで蹲る。

 

「なあ、ゲオルク。英雄ってのは、何だろうな」

 

――英雄になる。自分達は、英雄だ。世界に対して覇を唱え、英雄として生きていく。

 

かつて並べ立てた言葉の全てが、今となっては薄っぺらい。

個人的な感情で挑んだ上で、敗北し、要らぬ犠牲を出した上で、焦がれた相手の見たくない弱さを直視させられ。最後の最後に、無様に生き延びて此処に居る。

 

薄明かりの中で起きた奇跡を、思い返す。

死者の蘇生などという馬鹿げた行いを、神の御業を、悪魔が成した。

笑ってしまう。

あれに比べれば、ただの生まれの偶然で英雄の血や神滅具を手にした自身の、何とつまらない事だろう。

 

「俺は結局、この槍しか持っていない」

 

それだって、偉大なる聖書の神の遺した物なのだ。今までも他の誰かが使って来た物で、自分が死ねば次の誰かに渡っていく、ただの一時的な預かり物。何時かの時代、何時の時代にも一人くらいは存在していた。数居る人間の一人に過ぎない。

それが今の時代では、彼だった。それだけの事。

ちっぽけだ。酷く、凄く、ちいさなものだ。それが曹操を名乗る彼の真実。英雄などとは程遠い。

 

『立て、曹操』

「すまない、俺は」

『――立て!!!』

 

立ち込める【絶霧】の向こう側から、ゲオルクの声が強く届いた。

槍を支えにしなければ今にも くずおれてしまいそうな曹操が、僅かに目を見開いて、宙を、そこにある霧の向こうに居る筈のゲオルクを見上げる。

 

『お前が始めたんだろう、曹操。お前が、俺達を集めて、俺達を率いてッ、だから!』

 

だから、なんだと言うのだろうか。

 

怒鳴られている側の曹操は、顔を歪めて苦しそうに俯くだけだ。

今までの行いを並べ立てられると、ただひたすらに辛かった。己の愚行を突きつけられて、自分の至らなさ、くだらない子供染みた英雄ゴッコを自覚させられる。

もうやめてくれ、と情けなく言い返す曹操に、ゲオルクの声は止まらない。

 

『お前は、俺達のリーダーだろうがッ!!!!』

 

責任を取れ、と彼が言う。顔も見えないのに、どんな顔で怒鳴っているのか容易く思い描けてしまう、それほどに強い、声だった。

 

霧の内側に、重苦しい沈黙が横たわる。

辛い。苦しい。逃げ出したい。それが今の曹操の本音だった。

だが、それを聞いた長年の仲間は、否定する。もはや彼に、英雄を自称するだけの気概は無いのに。最初からそんなもの持っていなかったと、自覚してしまったばかりなのに。

 

手元の槍を見下ろした。

あの少年の祈りに応えた、聖書の神の遺志が宿る槍。

もしも今、曹操が『覇輝』を用いれば、果たして結果はどうなるだろう。あるいは今の彼が求める何かを、神は与えてくれるのだろうか。

そう考えて、首を振る。もはや遺志を呼び起こすだけの気力も無いのだ、きっと発動さえ叶わないだろう。

 

自分は英雄ではない。()とは違う、ただのつまらない人間だった。

それでも。

 

「ああ……、帰るよ。転送してくれ、ゲオルク」

 

ようやく、何の覇気も宿らぬ死人の声で、曹操がそれだけを呟いた。

間違いなくその有り様に不満を抱いているだろうゲオルクも、何も言わずに神器を操作する。

そうして、霧の中から姿を消した。

 

残されたのは、僅かに刻んだ足跡のみ。

彼等の行く先なんて、この世界の誰もが知らない。

 

 

 

 

「そこで俺が部長のおっぱいをつついて禁手化! 驚いたディオドラ眷属が――」

「――お前は何を言っているんだ」

「え、分かり辛かったか? だから、こう、指で、部長のおっぱいの先端をだな?」

「違う、そうじゃない」

『もっと言ってやれ、聖剣使いの小僧。今回の相棒はどうしてこうなった……』

 

おっぱいをつついたら神器が禁手に至った、などと。聞く側からすれば正気を疑う、精神異常者一歩手前! みたいな事を言い始めた一誠に対し、本気で理解出来ないという顔で、ジョンが首を捻りながら話を聞いていた。

 

バカばっかり、とそれを見ていた小猫が呟き、手元の御菓子をさくさく齧る。

傍らの木場は苦笑して、しかし一誠の話を肯定するでもなく、紅茶に口をつけて微笑んだ。

 

一誠の説明は本当の事なのだが、実際に目にした者でなければ理解も納得も出来ないだろう。どうにかして慕う先輩を弁護しようとギャスパーが悩むが、知り合って日も浅く、全然仲良く出来ていないジョンを相手に、彼では何を言えば良いのかも分からない上に、顔を合わせるのだって未だに怖い。結局、段ボールの中から、彼等二人の延々と続くおっぱい問答を拝聴するに留まっていた。

 

ゼノヴィアはジョンの右隣で、ジョンの分まで御菓子を食べている。たまにジョンの口まで運んでいるが、それがいわゆる「あーん」なので、目撃した一誠が面倒臭い反応をするのが少しばかり問題だった。

 

アスタロト眷属とのレーティングゲームから早数日。

 

ようやく全員があの日の怪我の治療を終えて、今日は久々に一同揃っての御茶会である。

満足そうに部室を見渡すリアスの視線が、ジョンの下で、一旦止まった。

其処にあるのは、右腕の無い、少年の姿。ゼノヴィアに介護されているジョンが居た。

 

禍の団に他の皆とは別に攫われ、その先で戦って得た負傷。

護って、あげられなかった。そもそも、その時傍に居て一緒に戦う事だって叶わなかった。主のリアスは可愛い眷属の痛ましい姿に、己の無力を悔いるばかりだ。

 

今は仕舞ってあるので見えないが、悪魔の翼とて右側のものが欠けていて、今後、それで空を飛ぶ事も出来ないという。

当人は全く気にもしていない事が、逆にリアスの心を締め付ける。何も出来ない自身の無力が恨めしい。

 

そんな悩める御主人様の姿を目にした朱乃が、せめて少しでも気を紛らわせてあげようと、新しく淹れた紅茶を置いた。小さく礼を言うリアスは、明らかな強がりで笑ってくれる。

 

紅髪の悪魔の手元には、青白く透き通ったチェスの駒。

リアス自身の『僧侶』を表す悪魔の駒。――否、変異の駒と呼ばれるものだ。

 

「ただいま戻りました」

「お邪魔しまーす!」

「あら、おかえりなさいアーシア。それと、いらっしゃい、イリナ」

 

部室の扉を開けて、何時も通りに優しく微笑むアーシアが言えば、リアスも応えて微笑んだ。

金色の少女の背後には、彼女に誘われて来たイリナが居る。……若干、二人の向け合う視線の色が、不穏だが。

 

手の内で『僧侶』の駒を弄り回す。

リアスにはさっぱり分からないが、悪魔の駒の開発者が言う事には、死亡したアーシアが復活する際、蘇生の邪魔になった駒を無理矢理、彼女の中から排出したらしい。

 

排出したと言うが、それが誰の仕業かと訊けば、ニヤリと怪しげに笑って、答えてくれはしなかった。が、あの魔王たる超越者が見た目怪しいのは割と何時もの事なので、不都合が無いとの太鼓判だけを貰って話は終わった。

もっと詳しく訊いて欲しそうな顔をしていたが、リアスにとっては眷属の傍に居る方が余程大事だ。濃い話なら、彼の友人であるリアスの兄にあたって欲しい。

 

あの日、死んだアーシアが復活した。

 

死んだ、という時点でリアスは普通に錯乱したが、目の前に生きている彼女が居るので、すぐさま朱乃達に宥められ、その後詳しい話を聞いてはみたが、やっぱり理解が及ばない。

その場に居たジョンも、アーシアも、何故そうなったのかを未だに理解出来ていないのだ。

居合わせた曹操の『覇輝』にしても気付かぬままで、ただ単純に、生きてまたもう一度抱き締め合えただけで満足している。

 

「どうしましょうか、この駒」

「アーシアさんにあげませんの?」

「うーん。駒の機能に問題は無い、って言われたのだけどね……」

 

悪魔の駒が排出されて、なのに今、アーシアは当たり前に生きている。

今の彼女は悪魔のままだ。駒が無いのに、何故かそういう事になっていた。

 

死んで、生き返って、何があったのか。あの日から今日まで続いた怪我の治療、冥界での検査の数々は、治癒不可能なジョンの怪我ではなく、アーシア・アルジェントに異常が無いかを調べる意味合いが強かった。

結果として、問題無し。種族上は、転生悪魔のそれではなくて、純血のそれになったとか、なってないとか。まあいいか、とリアスは適当に投げ出した。問題が多過ぎて、もうおなかいっぱいなのだ。かしこい彼女とて許容量の限界はある。

 

大事な眷族が無事に笑って過ごしているなら、リアスにとってはそれが何よりの成果である。

 

だからいいか、と小さく笑って、手元の駒をまた弄り出す。

なんだか癖になってしまった。妙に手触りが良いな、と不思議に思いながら手の内で転がす。

 

「アーシアさん、そっち、もっと詰めてくれないかな。あ、退いてくれても良いわよ?」

「イリナさんはそちらに座ったらどうでしょう。沢山空いてますよ?」

「……私、そっちが良いんだけど」

「はい! 知ってます!」

「ふふっ、……ぶっころ」

「ぶっころ」

 

ジョンの左側に座ったアーシアが給仕を行い、それを羨んだイリナが邪魔する。これから徐々に日常化する、彼女等二人の修羅場の一幕。

げんなりしたジョンが溜息を吐く。反対側、腕の無い右隣に腰掛けるゼノヴィアの肩に凭れて、逃げるように目蓋を閉じた。

 

「む? どうした、もう眠いのか」

 

肩に頬を擦り付けて うにうにと首を振る。いっそ寝た振りをした方が巻き込まれずに済むのだが、いい加減、この修羅場をどうにかしなければな、という気持ちもあった。

彼女等の言い合いが自分への好意ゆえのもの、というのは最近理解出来たばかりだが、それはそれとして、勘弁して欲しいのも本音なのだ。

 

ふと、ゼノヴィアを見上げて問いかけた。

――お前は、こういうの無いな、と。

問われた少女は、バナナロールを一飲みしながら頷いた。何を当たり前の事を、と言いたげな顔で。

 

「争う事に意味は無いよ。私はずっと、キミと一緒さ。勿論、イリナやアーシアともね」

 

微笑んで言い切る姿が、ちょっと羨ましくて照れ臭い。他の二人もこうであればと、普段のゴリラな部分を忘れたように思ってしまう。

修羅場を全く気にしていない。好きなのだからそれで良い、と言い切る姿勢は、ジョンにも理解出来るものだ。

 

「結局、二人共キミが好きなだけさ。好意が根底にあるのなら、互いに譲る事は無いし、相争っても決着なんてつくわけがない。――何、悪魔の寿命は長いんだ。何時か私達四人で、収まるべき所に収まるだろう」

 

それは、随分と気の長い話である。

だが、まあ、ずっと一緒に、と言い切ってくれた事は凄く嬉しい。あの二人の納まるべき所というのがどの辺なのかは全く分からないが、ゼノ助の言う通り、気長に待つとするとしよう。

 

何せ己は悪魔であるのだ。十年でも、百年でも、千年だって構わない。

ずっとずっと、このまま皆で過ごせれば良い。ただそれだけで十分だ。

そう考えて、少年は目蓋を下ろして、隣の修羅場から逃避した。

 

 

――それはゼノヴィア・クァルタの初懐妊が発覚する、一ヶ月ほど前の事だった。

 

修羅場(じごく)の釜の蓋はやがて開くが、それはまた、きっと別の話となるだろう。




当SSはここまでで完結です。
R-18なのに最終回で性描写を入れる暇が無かったり、予定していた4Pが無かったりと反省点はありますが、元々ディオドラがラスボスだったのでここで終了します(なお実際)。
以下、設定メモ。

 禁手亜種【-名称未定-】
オリ主の神器【聖母の微笑】の禁手。ザオリク、もしくはサマリカーム。
禁手化に際して、神への祈りと聖槍の『覇輝』を取り込んだ結果大化けした回復用禁手。
聖書の神の遺した奇跡の『システム』に干渉する、限定アクセスキー(・・・・・・・・)。現時点では蘇生権限のみ。
実際に蘇生しているのは神器所有者のオリ主ではなく天界にあるシステムなので、生命の理に触れて発狂する事が無いデメリット皆無の禁手。
本編中では聖書の神の奇跡である『死者の復活』を再現してアーシアを蘇生。彼女が純粋な悪魔になったのは神器ではなく『覇輝』の方の奇跡が余ったから神の『遺志』が気を利かせただけ。

――という設定を本編で描写出来なかったので此処にメモ。


実は「殲滅して問題無いか」の裏付けが取れていないのでこっそり生き残っているレイナーレを始めとした『教会』勢や、バルパー共々ヴァーリに回収されたフリードのその後。小猫の発情期フラグ、木場&ギャー助相手の逆ハーフラグ、あるいはIF番外編用のオリ主フラグ等、裏設定が幾つかありますが、使いどころが無かったので設定メモを此処に追記。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。