【完結】ナツキ・スバルの生存戦略 In ナザリック地下大墳墓(短編) (taisa01)
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プロローグと一周目

コミケ&正月期間なので短編を1つ公開したいとおもいます。

活動報告にも書きましたがコミケに参加します。



 

 

 体のあちこちが軋みを上げる。

 

 鼓動に合わせて、激痛が全身を駆け巡る。痛みのあまり叫び声を上げそうになるも、喉はすでに喰いちぎられて、コヒューコヒューと言葉にならない音が血反吐とともに吐き出されるだけだった。

 

ーーああ、またか

 

 あまりの痛みで諦めのような思考が広がる。そのせいかわからないが、嫌に冷静な部分が過去の似た経験を掘り起こす。

 

 あれは(はらわた)狩りに切り刻まれた時だろうか?

 

 それとも崖の上まで追い詰められ、飛び降りた時だろうか?

 

 それとも誰かを救いたくて自裁した時だろうか?

 

 悲鳴を上げ続ける神経。絶望にすりつぶされそうな精神。何度繰り返そうとも慣れることのない不快感と嫌悪感が津波のように押し寄せてくる。

 

 しかしこんな時だからこそ、まるで頭上にでも目があるような俯瞰する感覚であたりを見回せてしまう。

 

 なぜ死にそうになっている?

 

 ここはどこだ?

 

 何があった?

 

 そんな思考が欠片でも存在する自分の心はすでに壊れているのだろう。すでに喉は食い破られ声は出ず、眼球は砕かれその機能を失っている。かすかな触覚が、体中……それこそ体内も含めて何かが這い回り、生きながら食われる感覚を知覚する。正気などこれだけで十二分に失えるものだが、失った正気さえも引き戻されてしまうのだから、この際目が見えていなかったことは幸運だったのかもしれない。

 

「……」

 

 浪々と何かを語る男の声が聞こえる。罠にかかった愚か者を蔑むようなものではなく、感謝の祈りのようにも聞こえる。何かにむさぼり食われる状況を鑑みれば、哀れな犠牲者への追悼の言葉にしか聞こえない。あのくそったれな怠惰の野郎に感謝の祈りをささげられているようで胸糞悪くなる。

 

 しかし、どうやらここまでのようだ。すでに体の熱は流れ出し、凍える心臓はその動きを止めようとしている。

 

 ここ数日に出会った顔が思い出される。なにかと世話を焼いてくれたフォーサイトの面々。いろいろ情報をくれた串焼き屋のおやじ。

 

 そして

 

「(エミリアたん。必ず帰るから……)」

 

 その時、ナツキ・スバルはナザリック地下大墳墓 第二層 ブラックカプセルの一角で、恐怖公の眷属である大量のゴキブリに貪り食われ息絶えた。

 

 

 

第一話

 

 ナツキ・スバルは、エミリアに贈るプレゼントを見繕うため、久々の休日を利用して露店街を見て回っていた。

 

 見慣れた街並み、見慣れた露店。もちろん顔なじみの店もある。しかし、この場ではコンビニのようにいつも同じ商品が手に入ることはない。同じ商品でも日々値段が移り変わり、日によって売られる商品さえかわってしまう様子は、彼にとって新鮮なものであった。

 

 そんな露店を回りながら、ふと街を見渡すといろいろな事が思い出される。

 

 異世界転移してエミリアに出会い、いろいろな事があった。楽しい事。辛い事。体がきしむような後悔にさらされた事。心臓をつかみ出されるような恐怖に直面した事。体の穴という穴から熱を持った血液が流れ出した事。

 

 あれ? なんかツライ事多くね?

 

 そんな風に考えるも、結局一周回って守りたい笑顔と縁のために思考を切り替えてしまうのは、よく言えばポジティブ。悪く言えば楽観的というナツキ・スバルがナツキ・スバルたる所以でもあった。

 

 しかし今回は良い縁はなかったのだろう。プレゼントに足りるアクセサリーのようなでもないかと、民芸品や小物をあつかってそうな露店を見て回るが、なかなかピンとくるものはなかった。悪くはないが無駄に高かったり、結構いい線を言ったデザインだが、どうも付いている小さなクズ宝石の色がいまいちだったり。

 

 小一時間露店を回ってみたが、結局決定打に値するものはなかった。

 

「ま。こんなこともあるか」

 

 誕生日とか期限が決まったものではないのだ。今日たまたま予定が空いていて、エミリアの笑顔が見れたから、何かプレゼントをしたくなった。そんなレベルのものだったのだから無理に急ぐ必要はない。そんな風に考えながら、川のほとりの芝の上に転がる。そして顔見知りの店で買ったリンガを一つ取り出しシャクリとかぶりつく。

 

 だがその瞬間

 

 ほんの一瞬だが、なにかに視界が覆われたような気がする。

 

 気のせいかと思い、袖で目をこすり辺りを見渡す。先ほどと同じように街中を流れる川のほとり。芝の上であることはかわらなかった。

 

――妙な違和感

 

 見た目は中世の街並みのようなつくり。中途半端に魔法が普及したせいか生活は近代程ではないがなかなか便利にそろった生活感。人間だけではない、獣人や亜人が平然と闊歩する街。

 

 だが先ほどまで歩き回っていた街並みとは違うことに気が付くと、ナツキ・スバルは右手で胸を抑えるようにうずくまる。それは何度も経験した感覚。すべてのものを置き去りにして、自分だけが一人見知らぬ世界に放り出された感覚。正確には自分ひとり逆行(・・・・・・)した感覚だ。

 

 もっとも、いつもなら込み上げてくる吐き気が襲ってこない。それでも儀式のようにゆっくりと深呼吸をして、目もくらむような錯覚と違和感を強引に腹の底に収める。

 

 そして立ち上がり、もう一度ゆっくりと回りを見渡す。中世のような街並みで、すくなくとも現代ではない。とはいえ建物の作りはそういうカテゴリに収まるが、先ほどまでいた街じゃない。周りを見れば、人間ばかりで亜人や獣人の姿はない。冒険者なのだろうか、漆黒の全身鎧を身に着けた戦士と美女が歩いている。また兵士らしい鎧を着た人間が街角に立っているが、顔見知りの騎士連中のような装備ではない。なにより、さきほどリンガを買った顔見知りの露店が影も形もない。

 

「どういうことだよ」

 

 スバルの口から自問の言葉が漏れるが、答えるものはいない。周りの人間はせわしなく働いている。活気のあるまちなのだろう。一人街角で呆けている男がいてもわざわざかかわるほど暇ではない。なにより着ている服がジャージである。そのデザインはこの辺りで見たこともないものであったため、周りからは旅人が初めて帝都(・・)を訪れて驚いているぐらいにしか見られていなかった。

 

 とはいえ、いままでにないパターンに混乱するが、しばらくすると情報を求めて川のほとりから見晴らしのよさそうな橋の上に移動したのだった。

 

「やっぱ王都じゃないのか」

 

 見渡せば、巨大な街の一角であることがわかる。遠くに巨大な城が見えるが、スバルが知っている城ではなかった。そしてエミリアと上った思い出の高台も見当たらない。その二つは王都であればたいていの場所から見えたのだから、ここが違う街であることが予想ついた。

 

 原因がわからないが……

 

 だけど一つだけ似た経験を思い出すことができた。

 

 それは初めて王都に訪れた日

 

 異世界転移した日

 

 エミリアと出会った日

 

「なにか巻き込まれたのか、それとも夢の中なのか? 目が覚めたらエミリアたんの笑顔が隣にあるなんてことは無いんだろうけど」

 

 彼は大きなため息をつきながら、都合の良い妄想を頭から追い出す。いつものごとく厄介ごとに巻き込まれた。そんな確信が胸の奥にあるのだから、現状確認でしかなく、それに続く言葉は軽口であり自身を誤魔化す戯言にすぎない。

 

「周りを見る余裕があるってだけで、あの頃と違うんだろうな」

 

 成長と呼んで良いのか、本人でさえわからない。たとえ成長であったとしてもうれしくもないと考えながら、スバルは食べ終わったリンガの芯の部分を川に放り投げる。それは思いのほか大きな波紋を広げながら川底に沈んでいくのだった。

 

******

 

 通貨は予想通り違った。いまだに記念として持っている日本円の硬貨ももちろんつかえなかった。

 

 一応貴金属としての価値があったため金貨や銀貨を両替することができた。多少はぼったくがれたのだろうが、ナツキ・スバルが必死に頭を下げたおかげでかなり(・・・)ではなく多少(・・)で済んだと考えることにした。とはいえ、周りの話を聞く限りではそれほど余裕がある金額ではない。

 

 前回は、一日と立たずにエミリアと出会い、その経緯もあってなんとか生きる術を手にいれることができた。過程に惨殺死体になったりもしたが、結果的に生活のとっかかりを手にいれることができた。

 

 それがどれだけ幸運だったかを理解できないほど馬鹿ではない。そんな出会いはそうそう期待できないならば、できるだけ早く日雇いでもなんでも、仕事なりを見つけなくてはならない。

 

「いや~旅でここまでこれたんだが、路銀が尽きそうなんで仕事を探したいんだけど、いいところ知ってます? あ、あとそのまま食えそうなの一つ」

 

 そのあたりの情報を、謎肉の串焼き一本で屋台のおやじからいろいろ聞きだすことができた。

 

 まず腕に覚えがあるなら冒険者。しかし帝国は冒険者ギルド自体が有名無実化しておりワーカーと呼ばれる直接契約をする連中が主流になっているそうだ。それ以外のまっとうな仕事となると、コネが必要とのこと。赤の他人に店番任すようなアホはいねえよな、なんて屋台のおやじは笑ってたが、コネどころかこの辺りの一般常識さえ無いナツキ・スバルにとっては他人事ではなかった。

 

 ただ、暇潰し程度に串焼き一本でいろいろ親切に教えてくれたおやじは最後にちょっとだけ真面目な顔になった。

 

「まあ、あんちゃんは人が良さそうな顔してるから無いと思うが、悪いことはしないこったな。見ての通り兵士が巡回してる。悪いことをすればすぐに飛んでくるぜ。なにより今の皇帝は鮮血帝っていわれてるんだ。悪事を働いたら貴族だろうななんだろうがバッサリよ」

「へ~。じゃあ真面目に生きるなら、生きやすいの?」

「人様のものに手を付けなければ、それなりにいい国じゃねえのか? 少なくとも王国よりかは生きやすいって商人連中は言ってたな。お? もう一本食うか?」

 

 屋台のおやじは、目ざとく食べ終わったことに気が付き声をかける。何の肉かは変わらないが、若干固いことに目をつぶれば濃い目のタレのおかげで、おいしく食べることができた。そして何か聞くならもう一本買えを言外でいっているのがわかる。

 

「さっきも言った通り仕事を探さなきゃならないんだ。仕事にありつけたら、また買いにくるよ」

「そうかい。じゃあ、あそこにある店にいきな。安酒の店だが宿もやってる。さっき言ったワーカーの仕事を仲介しているから、仕事は見つかりやすいだろうよ」

「お、ありがとう。助かるよ」

「礼を言えるのは、いい親にしつけられた証拠だ。がんばりなあんちゃん」

 

 スバルは屋台のおやじの進めを信じて安宿に向かう。中に入れば、昼間だというのに飲んだくれてる連中もいる。とてもではないが全うな仕事をしている連中では無いことは見て取れた。そして壁際にはいろいろ書かれた羊皮紙のようなものが張られている。しかし数字や文字は似ているが内容はいまいち理解できなかった。エミリア達の世界と数字や文字は近いのだろうが、単語を知らないため読めないという感じだ。もちろん日本語でもない。

 

 とりあえず、カウンターの開いている席に座り店員に声をかける。

 

「兄さん。一杯安いのでいいのでもらえる? あと一泊したいんだけど」

「個室は開いてないが大部屋なら空きはある。銅貨6枚だ。高いと思うだろうが、朝飯を最低限つけてやる」

「いや~旅してて……」

 

 ナツキ・スバルは先ほどと同じような理由を語り、値切ろうとするが結局出された安酒(さらに水割り)が一杯タダになっただけで金額はかわらなかった。相手を不快にさせないように、道化を演じて軽口をたたきながら値切ったのがよかったのか、ひと段落すると隣に座っている冒険者風の装いをした四人組に声をかけられた。

 

「いや~あの親父から一杯もぎ取っただけでも、やるもんだな坊主」

「ほんと。ここってぼったくらないけど、値切りもしないから一杯サービスさせただけでもたいしたもんだよ」

「いや~、路銀が少ないって必死だっただけですよ」

 

 スバルは安酒が入ったコップ片手に話しかけてきた冒険者達に顔を向ける。装備からみれば軽戦士に神官っぽい恰好の男が二人。あと弓をもった軽装の女性と杖をもったもし魔法があるなら魔法使いだろう女性。たぶんワーカーといわれる人たちなのだろうと当たりをつける。

 

「皆さんの出で立ち、もしかしてワーカーですか?」

「よくわかったな。外から来たなら冒険者と間違える連中のほうが多いのに」

「ほら、この店を出て斜め前の串焼きのおやじから教えてもらったんですよ」

「あそこのうまいよな」

 

 スバルは相手の表情を見ながら話を進める。相手はワーカーという言葉に嫌悪感などは無いようだ。まあ、聞く限り冒険者の仕事っぽいが、腕にそれなりの自信があり自負もあるようだ。あとラインハルトのようなトチ狂った強さを持った存在ではなさそうだが……。あれも、結局戦うまで強さを感じることはできなかったからいっしょかと、思考を切り替える。

 

 さっきまでのカバーストーリーを織り交ぜて様子をみる。ここではない遠い場所から迷い込み、この世界の作法を知らないのは事実なのだから、あながち嘘ではない。

 

 どうやらワーカーの面々、フォーサイトというチーム名の面々はなかなかの聞き上手だった。手元の飲み物がなくなるまでの小一時間話した結果、ナツキ・スバルを田舎から夢を見て上京してきた少年と認識されたようだ。

 

「なんらかのコネができるまでワーカーとして仕事をするってのは悪くない。真面目に働いて、贅沢をしなければ生きていけるぐらいの仕事はあふれてるからな」

「へ~。帝国って景気いいんですか?」

 

 何気ないスバルの言葉に、フォーサイトの四人中三人が一瞬視線を泳がせる。そして魔法使いという女性だけがすまし顔をしている。景気というキーワードで魔法使いの女性に何かあるのだろう。反感を買ってまで聞きたい内容でもないので、話題を変えようとするとその女性が口を開く。

 

「別にみんなが気にする事じゃないのに。ああ、私の実家は元々そこそこの貴族だったんだけど、いまの皇帝の改革に異を唱えた立場っていえばわかるかしら?」

「あ……その、ごめんなさい」

「別にあなたが謝ることじゃないわ。もう実家には愛想も尽きてるし。それに実家的にはアレでも、治世としては真っ当だから帝国全体の景気がいいわ。だから私もそれなりにやっていける」

 

 貴族の女性に対し、スバルは素直に謝る。しかし頭の中では、別のことも考えていた。

 

 今の皇帝は相当優秀なのだろうということを。見る限りテレビやラジオのようなものはないにも拘わらず、串焼き屋のおやじもだが国民にまで皇帝の働きというか成果が知られているのだ。プロパガンダ的なものであろうとも、やはりその辺を意識して対応できる頭脳と実行力があるのだから、この国は安定し、景気が良いのだろう。

 

 もっとも目の前の女性のように、家族が被害を受けた側にはなんとも言えない相手なのかもしれない。

 

 そのあと話題を変えて、フォーサイトと様々な話をした。 

 

 単純な噂話から、ワーカーのだれもがひっかかる失敗談、ワーカーの仕事そのものなど。スバルもエミリアとの出来事などそれなりにオブラートに包んで話題にした。途中からスバルのエミリアへの想いに感付いた女性陣から、質問攻めにされることもあったが、比較的有意義な時間だったのだろう。

 

 そんな時、馬車が店の外に止まる音と共に、一人の男が店に入ってきた。背丈はそれほど高くはないが、上質な服からどこかの貴族に仕える者と酒場にいる面々は当たりを付けた。

 

 その男は奥にいる店主に声をかけると、何かを話すと奥の個室に入っていく。そして店主は飲み食いしている連中に声をかけ始める。

 

「なあ、店主は何をはじめたんだ?」

「ああ、貴族の依頼が入ったんだろう。条件に合いそうなワーカーを見つくろってああやって声をかけてるんだ」

「へ~。あそこに依頼状をだして終わりってぐらいだとおもった」

「まあ、あそこに出てる依頼は基本誰でも受けれるやつだ。その分金額も低く設定されている。でも、店主が回ってるやつは、店主への謝礼なんかも含めて高額なやつだ。それなりにリスクもあるが」

 

 フォーサイトの面々が答えると、店主もこのテーブルにやってくる。

 

「あんたら、山が終わったところだったよな」

「ああ。久々の休みを堪能中だ」

「じゃあ、一山いかないか」

「さっきの、そんなにいい話なのか?」

「少なくとも提示された額も良い。二日前にも一度来てるんだが、そのあと調べたかぎり悪くない。少なくとも提示された金額を出せるぐらいの資産もあるようだ」

「内容は直接か?」

「ああ、そうだ」

 

 店主とフォーサイトのやり取りを見ながら、冒険者とはこんな感じなのか? とナツキ・スバルは考えていた。思い返せば、異世界転移をした初日、冒険者というものにも憧れていたと思う。だがそれも遠い昔のような気がするが、実際はそれほど経っていないというのが、いろいろおかしいスバルの縁であり境遇であったりする。

 

「店主。この話、彼を誘える?」

 

 スバルの気を利かせた沈黙を、フォーサイトの面々がどう受け取ったのかわからない。しかしツインテールの女性がスバルを指さしながら店主に声をかける。

 

 店主は軽く値踏みするようにスバルの姿を改めてみる。

 

「この辺りは初めてっていってたが、なにができる?」

「炊事はこっちの味がわからないから何ともいえないけど、洗濯に繕い物。あと大規模から小規模の旅は経験してるかな。腕っぷしはお察しってことで」

 

 スバルは、館での生活や白鯨討伐などのことを思い出しながらできそうなことをアピールする。カバーストーリーで旅をしてきたとしているのだからおかしいことではない。なにより、せっかく声をかけてくれたフォーサイトの面々に泥を塗らないように言葉を選びながら答える。

 

「最終的に代理人のお眼鏡にかなうかだが、あんたらが連れていくならいいんじゃないか? 報酬については相談して決めろ」

 

 それに対して店主は言外に、フォーサイトが最低限面倒見るなら良いと言ってきたのだ。その言葉にフォーサイトの面々は視線で会話する。最後にリーダーらしき男性が頷くと、ナツキ・スバルに向き直る。

 

「とりあえず、仕事の内容を聞いてみようとおもうがどうだ?」

「え? いいんですか?」

「内容次第では下りるし、それこそ働き次第で報酬には差をつけることになるかもしれない。ただ何もないよりかはマシだろ」

 

 フォーサイトのメンバーはそのあと警告染みたことをいろいろ言う。しかしスバルは、見も知らぬ自分に世話を焼いてくれるフォーサイトのメンバーの人の良さに感謝しつつ、右も左もわからぬ状況で唯一とれる選択肢と確信して立ち上がり、頭を下げながらしっかりした声を出す。

 

「よろしくお願いします。ご一緒させてください」

 

 その姿に、フォーサイトの面々も微笑む。

 

「よろしくするのは、依頼を聞いてからだよ」

 

 そういうと、奥の個室に待つ依頼人に話を聞きに行くため全員が立ち上がるのだった。

 



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二周目

 ナツキ・スバルの意識が戻ると、帝国の街中を流れる河原に寝そべっていた。

 

 先ほどまでの感覚に引きずられるように勢いよく上半身を起こす。意識していなかったため、手に持っていた食べかけのリンガを落としてしまうが、そんなことに気を向ける余裕は無かった。リンガを手放した右手を、そのまま心臓をつかむように胸に押し付ける。

 

――死に戻り

 

 スバルが何等かの理由で死んだ際、あるタイミングまで巻き戻るという時間遡行のチカラ。スバルが異世界転移した際になぜか身に着けたもので、視力や四肢といった物理的な代償を必要としない。これだけならばとてつもなく便利なものに見えるが、なにより死がトリガーとなっていることがそもそも重い。

 

 老衰のように、寝ている間に気が付いたら死んでいたというものならまだしも、たいていの死は何らかの苦痛を伴う。失血死、衰弱死は最もたるものだろう。なにより苦痛と恐怖は心を摺りつぶす。たとえ復活するとわかっていても、一度握りつぶされた魂の痛みを忘れることはできず、また慣れることもない。

 

 さらにスバルだけ(・・)が過去に戻るということは、他人の記憶は、その時点まで引き戻されるということだ。つまり、戻ってしまった期間に培った絆も愛情も信頼も、すべてが無へと帰すこととなるのだ。たとえ愛し合った相手がいても、それまでの経緯も含めて無かったことになる。たとえ盟友ともいえるほどの信頼を積み重ねたとしても、そのすべては無かったことになるのだ。

 

――自分以外の時間と記憶を差し出し、恐怖と苦痛を伴う時間遡行

 

 それが今発動した。

 

 スバルはゆっくりと腰を下ろしながら深呼吸をするも、胸を掻き毟りたくなるような嫌悪感が襲い掛かる。体の内側から食い尽くされる感覚を思い出し、胃の中身を吐き出す。もちろん、せいぜい先ほど食べていたリンガのカスが胃液とともに吐き出される程度で、記憶の中で自身をむさぼっていた虫のようなものが吐き出されることはなかった。

 

 なんとか現実を受け入れ、意識を落ち着ける。

 

 どれほど時間がたっただろう。いままで類を見ないほど最低な死に戻りの経験からなんとか立ち戻ると、周りを見渡した。

 

「ここか」

 

 バハルス帝国の帝都に流れる川のほとり。数日前、この世界に放り込まれた最初の地点だ。

 

「どうせなら、エミリア達のいる世界まで時間を戻しやがれ」

 

 悪態を付くも現実は変わらない。周りを行き来する住民たちに警邏の兵士たち。すこし離れたところに面倒見のいいおやじの串焼き屋も見える。目立つものといえば、川の反対側にいるワーカーか冒険者とおもわしき漆黒の全身鎧と黒髪美人の姿ぐらいだろうか。前回と同じように見える。

 

「ここで手をこまねいていていても何も進まない。換金して宿屋にいくか」

 

 そう思考を切り替えると、重い腰をあげて移動をはじめるナツキ・スバルであった。そして腰を落ち着ける場所を求めて移動を開始するのであった。

 

 ただ、これほど特異な能力を持つ彼は、戦闘訓練をしたこともあるし実践経験もある。しかし今でも一般人に毛が生えた程度のチカラしか身についていない。もし視線や気配を読むことができれば、自分のほうに視線を向ける二人の冒険者に気が付くことができたかもしれない。

 

 視線を向けた二人。

 

 ちょうど川の対岸に立つ、漆黒の全身鎧と黒髪の美女の姿に。

 

******

 

 リエスティーゼ王国において冒険者の立場を固めたモモンとナーベは、その立場を使いバハルス帝国を訪れていた。理由はいくつかある。一つは拠点としているエ・ランテルにおいてアダマンタイト級という最高峰の冒険者となったモモンとナーベの立場にふさわしい依頼が無くなったこと。二つ目を先日王都で発生した悪魔襲撃解決に貢献した二人への有象無象からの接触が増えていたこと。最後に本来の立場、ナザリック地下大墳墓 最高支配者アインズとして、新たなる策謀の一手を打つこと。

 

 もっとも最後の理由については、背後に世界征服という命題がある。この命題については誤解の結果ということもありアインズとしては納得しきっていなかった。しかし、対案もなく反論する気はなく、考えるかぎりデメリットも少ないため今は受け入れる方向でうごいていた。

 

 けしてアインズが冒険者らしい冒険をしたいという理由だけで帝国に来たわけではない。

 

「モモンさん!」

 

 そんな二人が、帝国での用事を済ませ街の様子を見るために散策していた時、急にナーベが警戒の声をあげる。もちろん、まわりに聞こえない程度に調整されているため、周囲からは冒険者同士の会話にしか見えていないが、その口調は穏やかなものではなかった。

 

「黒い煙か?」

 

 モモンが口にした通り、ちょうど二人と川を挟んだ対岸に突如黒い煙のようなものが立ち上ったのだ。

 

 しかし奇妙なことにナーベとモモン以外、まわりの人間たちが気が付いた様子はない。あれほどの黒い煙が立ち上れば周りの人間達がなんらかの反応を示しても良いはずだが、視線すら向けることなく日常が続いているのだ。

 

「ナーベ。見えているか?」

「はい」

「周りが反応していないのは、これが日常の現象であり注意を払うに値しない事象だからと考えられるか?」

「そのような話を聞いたことはございません。むしろ見えていないという推測が妥当かと」

「ナーベ。あれをどう見る?」

 

 ナーベはマントの下で隠れるように二・三の魔法を素早く発動させる。

 

「敵意・毒など危険な反応はありません。感覚的な回答となりますが危害を加えるような類には見えません。むしろ……」

「ああ。死の匂いとでもいうのかな? 私に近い気配があるな」

 

 各種魔法で害になるようなものを感知することはできなかった。加えて感覚的なものだがモモンにとっては、自分の絶望のオーラに近いもの、本質的にもっと近しいものの気配を感じていたのだ。

 

 モモンとナーベが黒い煙に対する周りの反応を観察していると、その煙も次第に収まる。そこには一人の少年が横たわっていた。もちろんすぐに起き上がったため、生きているだろうことは見て取れるが、苦しそうにうずくまっているあたり何等かの影響があったのだろう。

 

 そんな少年に対しナーベはさらなる魔法で安全を確認していたが、モモンはまったく別のとこに注目していた。

 

「(あの姿。ジャージだよな? すくなくともこの世界では見たことはない。ユグドラシルの公式デザインにはなかったはずだが、外見は好きなようにエディットできるから、ジャージに似たデザインがあった可能性は捨てきれないよな。ってことはプレイヤーか?!)」

「モモンさん。アレに特段問題点や危険があるようにはみえません。見た目通り低レベルのゴミ虫かと」

 

 確認を終わらせたナーベがモモンに報告をする。低レベルという点が引っかかる。モモンはあの少年がユグドラシルプレイヤーの可能性さえ一瞬頭をよぎったのだから。しかし少年が立ち上がり移動を始めたとき、反射的に指示を出してしまう。

 

「ナーベ。デミウルゴスと連絡を取り、帝国で情報収集をしているものから一人を、あのモノにつけるように伝えよ。気付かれるな」

「はっ」

 

 ナーベもただの人間にわざわざ特別な監視という点に疑問に思うも、至高の絶対支配者であるアインズ様が扮するモモンの指示に従う。よくよく考えれば先日も何もないとおもっていた人間にポーションを渡したことで、ポーション作りの名人を配下に加えた。アインズ様が何か気が付かれたということは、あの対象にも何らかの価値があるのかもしれない。

 

 そう考えナーベは素早く行動を開始するのだった。

 

******

 

 スバルは大部屋に設置された三つある二段ベットの一つに身を投げる。藁を詰め込んだと思わしき麻袋の上に申し訳程度のシーツのみ。やわらかいとは言えないが、最低限寝るには十分な代物だった。そして万が一を考え荷物を抱えるようにしながら横になるスバルは、前のループのことを思い返す。

 

 謎の転移後、情報収集を経てこの宿屋にたどり着いた。

 

 この宿屋の一階の酒場でフォーサイトの面々と出会い、そして前回死んだ直接の原因である新たに発見されたというダンジョン探索の依頼を受けた。

 

 そして出発日までの数日はバイトなどで小銭を稼ぎつつ情報収集。帝国自体はかなり安全で住みやすいようだ。なんせ毎年、隣国と戦争するがあくまで常備兵と志願兵中心のため経済は回り続ける。しかも勝つのだから国もまとまるというもの。それこそ皇帝に牙を剥こうとでもしないかぎりは、変な欲をださなければ暮らす分にはすみやすかろう。

 

 そしてダンジョンに出発。道中は順調そのもの。

 

 むしろ見つかった新しく見つかったダンジョンの表層の部分はすごかった。荘厳な廃墟。たしかにその言葉が正しいのだろう。しかし朽ち果てた神殿や建物、砕け散った柱などはある。そこに埃っぽさは無く、加えて人が生きた痕跡ともいう煩雑さというものがなかった。そこはあまりにも美しく、まるで作られた芸術品として作られた廃墟とナツキ・スバルは感じていた。

 

 そして探索。一日目は全く問題なかった。順調に探索をすすめ内部構造を持ち帰ることができた。

 

 問題は二日目。スバルは荷物持ちとして同行するも仲間とはぐれ、何か黒いものに食い殺されたと……。最後のシーンについては精神衛生上深く考えないようにする。

 

 やはりポイントはあのダンジョンとしか思えてならなかった。聞けば、ここ数十年単位で初めて見付かった場所。もともと平野だった場所が気が付けば丘陵地帯となり、その一つで見つかったというダンジョン。普通に考えれば怪しい。

 

――突然現れた

 

 なによりこの一点が、ナツキ・スバルにとって自分に近いナニカを感じた。

 

 そこまで考えてから、まるで視点を変えるように考察を引き戻す。

 

――そもそもそんな危険地帯に近づかなければよいのではないか?

 

 ある意味で一番しっくりくる選択肢だ。後ろ向きではある。気にかけてくれるフォーサイトの面々には申し訳ないが、ヤバイ案件と伝えてお断りする方向で調整してみよう。

 

 前回のループで、フォーサイトの面々は最終的にお金を必要していることを理解できた。しかしそれもワーカーを引退するためにまとまったお金が必要というものであって、いますぐ必要だったのは魔法使いの女性だけだった。彼女は妹を連れ浪費家である実家と縁を切りたいと考えているのだ。一人なら今すぐにでも実行可能であるらしいが、家族を連れてとなるとそれなりにまとまった額が必要となるのは想像に難しくない。

 

 でも命あっての物種。ナツキ・スバルはあそこから起死回生の復活劇を演じられたとは考えられなかった。フォーサイトの面々がどうしても参加するというなら、無事を祈るとしよう。そして帰ってきたときに情報を聞けばよいのだ。

 

「明日みんなに話してみるか」

 

 そう考えると心が軽くなったように感じられた。

 

 そもそも、元の世界への帰る手段の切っ掛けさえ見つかっていない。しかし、方針が決まったのだからと、ゆっくり目を閉じるのだった。

 

 



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三周目

 ナツキ・スバルの意識が戻ると、帝国の街中を流れる河原に寝そべっていた。

 

――死に戻り

 

 予感はあったが、予想はしていなかった。

 

 あの日、ダンジョンに行く依頼を断った上でフォーサイトの面々に、いくらなんでも怪しいと訴えた。しかし最終的には魅力的な報酬額を理由に彼らはダンジョンに向かうこととなった。

 

 ただ帰ってこれたかどうかわからない。

 

 なぜなら、帰ってくる前にスバルが死んだからだ。

 

 フォーサイトの面々が旅立って数日、ちょうどダンジョンに入っているだろう日。

 

 なんと帝国の上空にドラゴンが現れたのだ。

 

 ある資材商の下働きをしていたスバルは、城への大量物資の搬入のために駆り出されていたのだが、たまたまその時にドラゴンの襲撃を受けたのだ。逃げ惑う人々と迎え撃たんと集まる兵。スバルは不運にも兵士側の人波に飲まれ中庭の外周に放り出されてしまった。

 

 そこには異世界もののロマンの象徴。黄金の鱗を持つドラゴンとの邂逅に、スバルは一瞬魅了されてしまう。

 

 だが、その魅了も場違いとおもえる子供の声で我に返ることができた。

 

「あたしはアインズ・ウール・ゴウン様に仕える、アウラ・ベラ・フィオーラです!」

 

 子供特融の若干ハスキーな声が響く。

 

「この国の皇帝がアインズ様のお住まいであるナザリック地下大墳墓に失礼な奴らを送ってきました! アインズ様は不機嫌です。ですので謝罪に来ないのであればこの国を滅ぼします!」

 

 スバルの位置からではドラゴンが邪魔して見えないが、なんらかの使者が宣言しているのだろう。だが、スバルにとって姿よりも気になるフレーズがあった。「ナザリック地下大墳墓に失礼な奴らを送ってきました」というフレーズだ。

 

 先日フォーサイト達が向かった遺跡調査。地上部分の廃都市と地下ダンジョン。

 

 そしてこのタイミングでのドラゴンの襲撃。

 

 スバルの中で何かがカッチリとはまる音を聞いた。

 

「手始めに、ここにいる人間は皆殺しにします! マーレ」 

 

 だが、そこまでだった。スバルはその直後に発生した地震とともに大地が裂けて……。そこで自分の記憶はなくなっている。

 

 どのように死んだかはわからないが、たぶん地中に埋められたと予想すると背筋が凍るような気分となる。

 

「結局残っても地獄。ダンジョンにいっても地獄か……」

 

 まったく持って予想もつかなかった。城でドラゴンに地割れ? あまりの理不尽さに泣けてきた。ただいくつかのことが分かった。

 

 一つ目は、あのダンジョンに行こうと行くまいと死の運命が存在するということ。

 

 二つ目は、あのダンジョンがアインズ・ウール・ゴウンという人物の持ち物で、ナザリック地下大墳墓という名前ということだ。

 

 しかし解決などしていない。またあの恐怖のダンジョンに向かわなくてはいけないのか? そう考えるだけでも嫌になる。主観時間で数日前に何かに自身の体を貪り食われた感覚がよみがえる。その感覚は足をすくませ、気力も何もかものを奪い去ろうとする。

 

「エミリアたんの笑顔がみたい」

 

 恐怖に打ち震えながらも、脳裏に浮かんだのは少女の笑顔だった。いつもあの笑顔を守りたいためだけに、がむしゃらに頑張ってきた。どれほど恐怖に打ち震えようとも、最後にその背中を押してくれたのはあの笑顔なのだから。

 

「エミリア?」

 

 しかし、川辺に横になっているナツキ・スバルに話しかける男がいた。ナツキ・スバルは目を開け、見上げるとそこには漆黒の全身鎧がいた。

 

「俺の大事な人。俺がなんとしても帰らないといけない理由。きっと笑顔で待っていてくれる人」

 

 スバルの口からは、本人を前にして絶対にでない言葉がスラスラと流れ出る。エミリアの笑顔を思い出せば、いつもいろんなことが胸をよぎる。本人が一番つらいはずなのに、周りに気を使う優しいところ。困っている人を見過ごせず、いつも頑張るところ。様々なエミリアがスバルの脳裏を走り抜け、そんな子を守りたい自分が思い出される。

 

「ってすいません」

「いや、独り言に声を掛けてしまったのはこちらだ」

 

 スバルはあまりに恥ずかしいことを口走ってしまったことに気が付きつい謝ってしまう。それを漆黒の全身鎧の男は軽く右手をあげながら気にするなと答える。全身鎧という威圧感のある装備をしているが、その声色は思いのほか優しく、見かけによらず優しい人なのかなと考えるのだった。

 

「君は大切な人のもとに戻りたいのか?」

「えっ。はい!」

 

 漆黒の全身鎧がなにか興味を持ったのだろう。そんな質問に、スバルは少し目を閉じ、はいと答える。もちろんその閉じた瞼の裏には、エミリアだけではない、多くの仲間たちの姿が浮かんでは消えていた。時には手を貸してくれたり、感情をむき出しに責められたり。みんないろいろな事情を抱えていたが、それでも手を取り合うことができた仲間たちの姿だ。

 

「大切な人もいます。それに生死や苦楽をともに走り回った仲間もいます。だから帰りたいと……」

「帰れないのか?」

「気が付いたら突然この街にいました。帰る手がかりを探してますが、まだ見つかってません。それに生きるために生活費も稼がないといけませんし」

 

 目標があるのにそれ以外の生活という面を捨てられない、そんな情けなさを感じスバルは自嘲気味に笑いながら答える。目の前の男性の声質から年上と感じ、思いのほかすらすらと答えてしまったのは意外だったが、それでも案外悩みというのを口にすると気分が晴れるものなのかと感じるのだった。

 

「突然……か。それは難儀をしているな、もしなにか困ったことがあれば私を頼るがいい」

「え? そんなご迷惑じゃ」

「気にするな、先達としての役目だ。私は冒険者のモモン。しばらくこの町にいる。冒険者ギルドに漆黒といえば話が通じるだろう」

「ありがとうございます。でも、少しは自分で頑張ってみようとおもいます」

「そうか。それが良い」

 

 スバルはそういうとモモンに頭を下げ、まずは情報収集とばかりに露店街のほうに向かて行くのだった。そんな背中を見送るモモンは、背後に控えていた美女が声をかける。

 

「ナーベ。デミウルゴスと連絡をとって、この街で情報収集を担当するものの一人をあの少年の監視に回すように指示を伝えよ」

「かしこまりました。なにか気になることでも?」

「あの少年の言葉に嘘発見の魔法での反応はなかったのだな」

「はい。ご指示通り嘘発見の魔法をかけておりましたが、少なくともあのム……人間は自分の言ったことを真実と認識しているようです」

「突然この街にいた……似ていないか?」

「……はい」

 

 そう。しばらく前、モモンやナーベが所属するギルド「アインズ・ウール・ゴウン」はギルド拠点ナザリック地下大墳墓と共に、この地に突然転移してきた。その後、紆余曲折の末、ギルドマスターのモモンガは、冒険者モモンと名を変え活躍するようになった。この二人とスバルの共通点は「突然の転移」という事象であった。現状本当に転移があったかはわからない。くわえて同じ理由や方法で転移したのかもわからない。だからこそ、気に掛け、情報の一端でも知ることができればとモモンは判断したのだ。そしてナーベは深く礼をすると、指示を全うするために行動をはじめるのだった。

 

「大切な人のため、仲間のため……か」

 

 その背中を見送ったモモンはまるで思い返すようにつぶやくと、目的のために行動を開始するのであった。

 

******

 

 スバルの日常は平穏だった。最初こそ全く情報のない探索先について調べるがまったくというほど情報がないことだけがわかるという空振りっぷりを発揮していたが、前回までの経験から、自分の常識がまったく通用しないことを理解させられたため、できるだけいろんな人物に話を聞くことにした。

 

 特に漆黒の英雄と呼ばれるモモンから話を聞けたのは運がよかった。なぜならフォーサイトの面々でさえ、廃坑に住み着いたモンスター討伐ぐらいで、本格的なダンジョンアタックなど経験がないといっていた。

 

 しかしモモンは場所こそ明言することはなかったが、様々な話を聞かせてくれたのだ。

 

 難関な罠、巨大な敵と相対するモモンと仲間たちの姿をスバルは予想することができた。その素晴らしさにスバルは思わず絶賛してしまったのは、後になって気恥ずかしいものであったが、モモンは仲間たちの雄姿を手放しに称賛されたことに気を良くしたのだろう。いろいろな話をしてくれた。

 

「モモンさんもその仲間のみなさんもすごい冒険をされたんですね」

「そういう君はどうなのだ?」

 

 モモンはスバルのことをプレイヤー、またはそれに類する存在の可能性を考えていた。そこでユグドラシル時代の話を多少ぼかして話してみたが、この世界のものであればありえない話と切ってすてるような内容なのだが、スバルは普通に受け入れてしまったのだ。そこで逆にスバルの話を聞くことでユグドラシルの手がかりでもないか確認しようと水を向けてみることにした。

 

「そうですね。オ……私は人様に誇れるほどの冒険は経験ないです」

「そんなことはないだろう。私も話したのだ一つぐらいは聞きたいものだな」

「そうですね」

 

 スバルとしても、いろいろ教えてくれた人なのだから、何かないかと考えをめぐらせる。そこである出来事を思い出す。しかし同時に胸をかき乱すような焦燥とともに。

 

 モモンもその表情の変化を見たのだろう。

 

「無理に話さなくてもかまわないが?」

「いえ。絶対解決すべき問題です。あの子を救うためにも戻らないといけないので」

「そうか」

 

 記憶と名を食べる存在との闘い。モモンとしては目の前のレベルにすれば一桁がいいところの少年が、そんな大冒険を超えたとは考えられなかった。なによりユグドラシルでいえばモモンも知らないワールドエネミー級のモンスターにレイドを組んで挑んだというのだ。

 

 もちろん最初はなすすべなく負けたこともあったそうだ。協力者をあつめ、仲間をあつめ、必死に準備して乗り越えたが、それでも犠牲0で乗り越えることができなかった。スバルは血がにじむほど握りしめた拳をみながら、その時の悔しさを語る。

 

「すいません。あまり面白い話ではありませんでしたね」

「聞いたのは私だ。むしろツライこと言わせてしまったようだね」

「そんなことありません。帰らないといけない理由をまた一つ認識できましたから」

「そうか。明日出発なのだろう? もうもどるといい」

「あっ。すいません長居をしてしまって」

 

 スバルはそういうと、モモンに頭を下げながら自分の宿屋へと帰っていった。

 

 それを見計らったようにモモンの元に、軽装の冒険者装備をまとった美女のナーベが近寄る。

 

「よろしかったのですか?」

「ああ、魔法が使えればよかったのだが、せいぜい気分よく話をする程度の効果しかないようだが、このようなアイテムも存外役に立つ」

 

 モモンはそういうと机の上に置かれたアロマディフューザーを持ち上げると、虚空に開いたアイテムボックスに放り込んでしまう。しまったアイテムは、NPCやモンスターの好感度を一次的に上げるアイテムである。低レベルのテイマーがモンスター相手につかったり、NPCベンダーにつかってスキルで値引きなどで利用するものだ。

 

 今回のように、好感度をあげることで角を立てずに情報を引き出すことができるのでは? と考え使ってみたのだ。もっともナザリックのNPC達は好感度がカンストしているため、無用のアイテムなので使いどころが少ないといえば少ない。しかし、一般的には有用なアイテムであることを確認することができた。

 

「高位の精神操作系魔法を私が習得しておりましたら、モモンさんのお手を煩わす必要さえございませんでしたのに」

「良い。ナーベにはナーベのできることでナザリックに貢献せよ。それにしても名と記憶を食べることで、他者からの認識さえも消し去る怪物か」

「少なくともそのような存在、この世界における情報収集では確認されておりませんが、嘘発見の魔法には反応しませんでした」

「本人も突然飛ばされて帝都に現れたといっていたが」

「飛ばされる前の世界がもともと私たちがいた世界だったのか……」

 

 モモンも口ではそういっているが、それ以上にジャージの存在が気になっていた。聞けば普段着として着ていたものだという。もしかしたらリアルから直接という可能性も考えたが、化け物の話は違うと考えられる。それともまだまだ彼が話していない情報があるのか?

 

「(どっちにしろナザリックに来るみたいだし、そこで捕らえて情報を聞き出す方向でいくか? 待遇は……あとで考えるか)」

「モモンさんいかがいたしましょう」

「監視は継続。まだ情報を持っているだろう」

 

 そこまで口にして、あることを思いついた。

 

「どうせなら、ナザリックを楽しんでもらおうか」

「っとおっしゃいますと?」

「以前、ギルメンの妹が来た時に、楽しんでもらおうと罠の設定を指定した相手にのみ変えるという機能をつくったのだよ(たしかアトラクションモードだったかな)」

「ナザリックにそのような秘密が」

「間違って死なれても困る。無駄に敵対されるのも情報を入手するという点でいえば悪手となるときもあるからな」

 

 どうみてもレベル一桁のキャラでこっちに来たとしか思えないスバルのアンバランスな記憶。または別ゲームのプレイヤーが自分と同じように転移したのか? まあ、時間がくればわかることだと、モモンは思考を切るのだった。

 

******

 

 未だ太陽が昇らぬ仕事の伯爵の敷地に、幾人ものワーカーたちが集まっていた。その中にフォーサイトの荷物持ちとしてスバルも同行していた。

 

 スバルにとっては二度目のことだが、フォーサイトに所属するハーフエルフのイミーナに対する胸糞悪いやり取りを再度まのあたりにすることで、異種族への迫害というものを再認識することになった。

 

「そんなに耳の違いが重要なことかよ」

「スバルはいい子だね~」

 

 天武というエルフの奴隷をつれた男の対応にスバルは悪態吐くも、先どもまで同様に殺気さえ放っていたイミーナは、微笑みを浮かべながらスバルの頭をなでる。実際、数日しか行動をともにしていないが、この少年が良い子であることを感じ取ったイミーナにとって、年の離れた弟のようにも見えていた。

 

「やめてくださいよ。そんなに子供じゃないんですから」

「そう言っているうちは子供だよ」

 

 スバルはそんなやり取りをしているが、次の瞬間いままでに無いことが起きたのだ。

 

「ご紹介いたしましょう。たった二人でアダマンタイト級まで上り詰めた冒険者”漆黒”のモモンさんです」

 

 その後も紹介が続くが、スバルの耳には届いていなかった。

 

「(なんであの人がここに? 前来たときは別の冒険者だったはずだ。何が影響した?)」

 

 自問するが答えは出ない。だが、そのモモンがひときわ大きな声でワーカーたちに質問をなげかけていた。

 

「何故、遺跡に向かう? 依頼を受けたというのは分かる。しかし、組合から強く願われれば断るのが難しくなる冒険者と違い、しがらみのない君たちが引き受けたのは何のためなんだ? 何か君たちを駆り立てるんだ?」

「金ですよ」

 

 漆黒のモモンの問いに、ワーカーたちは金だと答える。しかしその問答の間にモモンをずっと見ていたスバルは何となくだが、ワーカーたちの回答を聞くたびにモモンがイラついているように見えていた。それを肯定するようにある言葉がでる。

 

「良くわかった。本当にくだらないことを聞いた。許してくれ」

 

 周りのワーカーたちは、くだらない話題を聞いたと受け取ったのだろう。しかし、なぜかスバルには、ワーカーたちの回答がくだらないこととモモンは言っているように思えてしかたがなかった。

 

「そういえば、君には聞いていなかったな」

「え?」

「ああ。君はなぜこの仕事を受けたのだ?」

 

 質問でいえば、先ほどまでの質問とかわらない。でもスバルはこの質問を聞いたとき、まるで断崖絶壁に追い詰められ、問答次第では命がない。そんな切羽詰まった空気を感じていた。昨日、あれほど優しくいろいろ教えてくれた冒険者の先達が、なぜこんなにイラついているのか? なぜこれほどの殺気のようなものを垂れ流しているのか。

 

「わた……俺は仲間の元に帰るためです」

「ほう。なぜ遺跡にいくことが、君が帰ることにつながるのかな?」

「わかりません。でも突然見つかったという遺跡。そこに帰るキッカケがあるんじゃないか。そう感じて・・・・・・」

 

 とても理論的ではない。ただ感情のままに口にした。実際にこの世界のお金というものにスバルは執着していない。まだひっ迫していないからできる考えだ。その上で自分の最優先はエミリア達の元に帰ること。そんな思いが口にでたのだ。

 

「ふっ。理論的ではないな。まあ、いいだろう」

 

 そういうと、モモンは後方にいる冒険者たちに合流すべく歩き出した。

 

「スバル。もしかして故郷に彼女でも……」

「え? いや」

 

 まるで入れ替わるようにフォーサイトのメンバーがにやけた顔で囲んでいる。いままでほとんど表情らしい表情をみせなかった元貴族のアルシェさえも、微笑みをうかべている。ああ、コイバナは大好物ですか、そうですか。

 

 スバルは半ばあきらめながら、エミリアへの愛を語り周りの連中に胸焼けを起こさせるのだった。

 

 

 



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四周目

 ナツキ・スバルの意識が戻ると、帝国の街中を流れる河原に寝そべっていた。

 

 意識が戻って最初に行ったのは、手に持っていたリンガを放り出し自分の体が地面の上にあること確認することであった。

 

――死に戻り

 

 最初の死に戻りが何かに貪り食われるという最悪の分類だった。しかし、今回は荷物持ちとして財宝を背負っていたため、重さに負けて吊り橋からの転落死という、別の意味で最低の死に方だった。

 

 二回目の地割れに巻き込まれて死んだ時に似ているが、不可抗力的なものと明らかに自分の限界を見誤ったところの差は大きすぎる。

 

「はぁ」

 

 大きなため息を吐き出す。なぜかいままでの死に戻りのように心臓を握りつぶされるような圧迫感も恐怖もない。しかし、死んだという事実が、自分の生は無意味であるといわんばかりに襲い掛かってくる。

 

「どうしたのかな。そんなとこでうずくまって」

 

 しばらくうずくまっていると、背中から声をかけられた。そう。前回の周回でいろいろ教えてくれた先達、心優しく世話焼きなアダマンタイト級冒険者のモモンその人であった。

 

******

 

 スバルは馬車の荷台に荷物番という名目で乗り込んでいた。

 

 これから遺跡探索に行くのだ。予定では数日、長ければ一週間を超える探索となるだろう。ワーカーだけで十九人。さらに後方を守る冒険者達を加えた大所帯となる。そのためベースキャンプに備蓄することとなる補給物資は、それこそ食料だけでも相当量のものとなる。もちろん、一回で運びきれるものではないので、数日毎に冒険者を護衛とした物資輸送隊も予定されている。

 

 もちろん、荷物が多いからと言って荷物番が必要ということはない。しかし、スバルとしては一人で考える時間がほしかったため立候補した。

 

「どう見ても自業自得だ」

 

 口に出してみても、その認識は覆ることはない。

 

 スバルの役目はフォーサイトの雇われ荷物持ち。ダンジョンアタック中はフォーサイトの面々から少し離れて後ろを警戒しながらついていくこと。

 

 荷物持ちという役目のため、チームの水やポーション、スクロールなどの補充物資を背嚢に入れ、イミーナの厚意で予備武器のショートソードを腰に下げている。両手が開いているのは、フォーサイトの面々による気遣いであった。

 

 そして遺跡探索を行ったところ、表層だけでも相当量の財宝が発見された。とはいえ、ベースキャンプに戻るにはまだ早い時間であったため、スバルの背嚢に入るだけの財宝を入れて進むこととなったのだが、それがいけなかった。

 

 第一層で他のパーティーと別れ進んでいく。

 

 ただのスケルトンの集団に始まり、スケルトンメイジを含む部隊編成。そして各種アンデットによる混成部隊。進んだ距離に比例するように徐々にだがアンデッドによる襲撃が増える。それらを効率よく倒していくフォーサイトの手腕にスバルは後方でみながら感嘆の声を上げていた。

 

 戦士であるヘッケランや神官であるロバーデイクの敵を倒す姿は、単純にすごいと感じるものだった。そしてハーフエルフのレンジャーであるイミーナも罠や敵の接近などを的確に見つける熟練の技術を感じさせた。しかしスバルが一番気になったのはもう一人の少女、マジックキャスターのアルシェの働きであった。それは彼女の持つ”相手の魔法力を探知し、マジックキャスターなら第何位階までの使用が可能か判別する”タレント。彼女自身優秀なマジックキャスターらしいが、そのタレントを有効活用することで、敵集団を的確に倒していくのだ。

 

「強いはずだよな」

 

 それがスバルの感想だった。自分もあんな力があればと思わなくもなかったが、もし死に戻りでなく別のチカラであった場合、ここまで仲間と手を取り合って生き抜くことができたか? といえば無理と自分でさえ考えてしまうのだからどうしようもない。

 

 最近では改善してきていると思うが、お調子者で楽観的、さらに空気が読めず、まるで自分が物語の主人公であるように振舞ってしまい痛い目を見ることがしばしば……いや結構あった。そんな性格で便利な力を持っていれば、それこそ有頂天となることは火を見るよりも明らか。

 

「でも、どうにもならなかったんだよな」 

 

 順調そうだったダンジョンアタックはそこまでだった。第二層に下りてしばらくすると、探索に入った部屋でスバルはフォーサイトのメンバーと離れ離れになってしまったのだ。正確にはフォーサイトのメンバーが転移罠でどこかへ飛ばされて、少し離れて追従していたスバルが取り残されてしまったのだ。

 

 もちろんフォーサイトの面々と事前にいろいろ決めていた。その一つは、はぐれた時はしばらくじっとしていること。ただし、しばらくたっても仲間が現れない時、モンスターなどに襲われた時は、表層のベースキャンプを目指すというものであった。

 

 スバルもその決め事に従い、しばらく待っているとカツカツとなにか音が近づいていることに気が付いた。そこでいつでも逃げられるように荷物を背負い耳を澄ます。スケルトンたちのようなガシャガシャという音ではない。ゾンビ系のズルズル引きずるような音でもない。どちらかといえば革靴の足音のように聞こえた。

 

 もしかしたら仲間の誰かかもしれない。

 

 そう思い、通路の先に目を凝らすことしばし、紫色のドレスをきた少女のようなものがみえた。もちろんワーカーの中にそんな姿をした人物など一人もいない。遺跡の調査、ダンジョンアタックにドレスを着るなんて狂気の沙汰だ。なによりスバルは首の後ろがチリチリと焼けるような感覚に襲われる。

 

 自分を含む一般人では絶対にかなわないという恐怖の塊。そんなものが今、目の前にいるのだ。

 

 気が付いたらスバルは逃げ出していた。

 

 途中休もうものなら、また足音が聞こえてくる。無駄に長居をすれば、またあのドレスをきた見た目こそ美少女だが、どうみても恐怖の塊が姿を現す。どこをどのように走ったかわからない。下にいく階段しか見つけられず、恐怖から逃れるためやむを得ず第三層に下りたという事だけは辛うじて覚えていたぐらいだ。

 

 そして、迷宮を抜けた先に広がる断崖絶壁。これ見よがしに架かっているボロボロの吊り橋が一つ。その先には神殿のようなものが見えた。

 

 しかしスバルの後ろからは、カツカツと足音がまた聞こえてくる。

 

 あの恐怖の塊が追いかけてくるのだ。

 

 スバルは意を決して吊り橋を渡るが、そこまでだった。小一時間、恐怖に追いかけまわされ、さらに財宝というデッドウェイトを抱えて身軽な動きなどできるはずはない。

 

 スバルはボロボロの吊り橋を渡りきることができず、奈落の底に落ちてしまったのだった。

 

 落ちた瞬間、「え~~~~~」という男性の間抜けな声が聞こえたような気もするが、それは別の音の聞き間違えだろう。

 

「どっちにしろ、なんとかあそこを抜けるしかないんだろうな」

 

 帝都に残っても、前回のドラゴン襲撃のように理不尽な理由で殺される。

 

 なにより目の前で発生した転移罠。

 

 突然出現したというナザリック地下大墳墓、その主であるアインズ・ウール・ゴウン。

 

「空間を捻じ曲げる系は見たことあるけど、転移系ってそういえば見たことなかったよな」

 

 エミリアやレムと共に過ごした館に住み、偏屈だが義理堅く、最後には契約した少女? のことを思い出す。もっとも今はほったらかしてしまっている。不可抗力とはいえ、心が痛む。

 

 つまりそういうことなのだ。突然と転移というキーワードに期待するしか、いまのスバルにはすがるものがなかったのだ。

 

 

******

 

 

 遺跡からほど近い場所にベースキャンプは設置された。遺跡との距離、水場までの距離も許容範囲内。なにより襲撃されたとしても、戦える広さが確保された場所。そんな理由で場所が選定された。

 

 荷下ろしがひと段落し、休憩をもらったスバルはベースキャンプの隅で、借りた望遠鏡を片手に遺跡を眺めていた。

 

「何度見てもすごい場所だよな」

 

 スバルの口から感嘆の言葉が漏れる。

 

 もしスバルが現実世界の考古学に詳しければ、その配置などに生活感がないゆえの違和感を感じたかもしれない。それどころか、現実世界の複数の遺跡が入り混じっていることに気が付くことができただろう。

 

 だが厨二病の患っているスバルには現実世界にあるローマ時代の遺跡のように見えていた。朽ち果てたはずなのに、その崩れた柱さえも美しい。人の生活感は失われ、ただ残った建物の残骸も風化した姿。わずかな草木に埋もれる様は、時間の経過というものを感じずにはいられない。

 

「前にもここに来たことがあるのか?」

「あっ……え~と」

 

 そんなことを考えていたスバルにいつの間にか近づいていたモモンが声をかけた。もちろんモモンに「前にもここに来たことがあります。死に戻る前のことですが」と言えるはずもなく、スバルは言いよどんでしまう。

 

「ここではありませんが。でも似た遺跡に潜ったことがあるので、そのことを思い出してました」

「似た遺跡。どんな遺跡か聞かせてくれるか?」

「自分が潜ったのは少しだけなんですが、表層はここみたいな遺跡でした。地下は石作りの迷宮でした。正直道も覚えていないのですが、アンデッドや怪物がいて逃げ惑ったぐらいしか思い出はありません」

 

 スバルは、一瞬でまかせを話そうとしたが、いままで嘘を並べて上手くいったためしはない。そこでできるだけ真実を話せるところだけ話すという感じで答えた。

 

「あまりいい思い出ではなさそうだが、先ほどすごいと言っていたのは?」

 

 しかしモモンはスバルの回答に思いのほか食いついてきた。スバルは今回もモモンと冒険の話をしたことから、本当に未知を探すことが好きな人という印象があるため疑うことなく答える。

 

「ここから望遠鏡で見える表層部ですが。朽ちた柱一本とってもすごい彫刻がされてるっぽいんですよ。近くで見てみたいですね。それに……」

 

 望遠鏡で見ることができた景色と、感じたことをそのまま伝える。たしかにこの表層の景色は他に類を見ないほど美しいのだ。もっとも厨二病の心をくすぐる美しさと説明できないのがもどかしい。そしてそんな説明も恥ずかしくてしたくもなかった。なので感嘆の単語が過多なあいまいな説明となってしまった。

 

「そうか。まだ安全も確保されたとは言い難い。ベースキャンプからあまり離れないほうがいいぞ」

「はい。ありがとうございます」

 

 そんなたどたどしいスバルの説明を聞き、モモンは納得したのか満足そうに頷くとキャンプ地のほうに戻っていった。

 

 しばらくするとフォーサイトの面々から声がかけられる。どうやら休憩時間は終わりの様だ。

 

******

 

 

 モモンはワーカー達が遺跡の表層に入っていくのを見届けると、ナーベに後を託しナザリック地下大墳墓に戻っていた。そこでアインズに戻ると、守護者統括であるアルベドに現状を説明させた。

 

「順調なようだな」

「はい。盗賊共は思いのほか慎重で、表層をある程度探索してから地下に入るようです。ただ……」

「なにか気になることがあったか?」

「はい。表層に配置した財宝に手を付けなかった者たちがおりました」

「ほう」

 

 アルベドの説明を聞いてアインズは驚く。あの金のためと言っていたくだらない連中が目先の財宝に手をつけなかったというのだ。

 

「そやつらは?」

「こちらになります」

 

 アルベドは、複数展開されている映像の一つをアインズの前に大きく展開する。そこにはフォーサイトの面々とスバルが、辺りを警戒しながら進むシーンであった。

 

「このチームか。ナザリックとしてはそれこそ木っ端のようなのもであるが、外の世界ではかなりの価値を秘めた財であったはずだ。なぜだかわかるか?」 

「音声までは監視しておりませんでしたが、アインズ様よりご指示のありました要監視人物が説得したようです。そして周りのものも、説得に納得したのか手にした財をすべて戻し、探索を再開しました。一応部屋に目印をしていったようですが」

 

 アインズはアルベドの説明を受けて考え込む。

 

「(あの者たちはなぜ財を手にしなかったんだ? あいつはどこかに帰る手立てを探していたはずだ。あいつ一人が財を手にしなかったというなら分からなくもない。しかしチーム全員を説得する理由はない。まかさこっちの思惑を看破しているのか?)」

「アインズ様、お考え中のところ申し訳ありませんが、賊どもが第一階層に侵入をはじめたようです」

「ようやくエントリーか。では手はず通りに進めよ」

「かしこまりました」

 

 アインズは一端思考を切り替え、アルベドに指示を出す。もっともアインズがどんなに考えたとしても、前の周回でスバルが財宝を持った重さと逃げ回った疲労に負け、吊り橋から落ちたから、財宝を持ちたくない一心でフォーサイトの面々を説得したことに行きつくことはないだろう。むしろフォーサイトの面々を説得した、「ここにこんな財宝があるなら深部にはもっと財宝があるはずだ。ここはベースキャンプにも近く危険も低いから、帰りに取りに来るのはどうか?」という言葉が妥当に思えるだろう。

 

「あと、アルベド」

「はい。アインズ様」

「監視を省力化するという点は問題ない。しかし音声も可能な範囲で記録せよ。今回のように戦力差が分かりきっているならともかく、同等であった場合、チーム内の会話にその後の戦略が含まれる可能性は高い。ゆえに情報収集を怠るな」

「かしこまりました」

 

 アインズはそこまで指示を出すと、監視ウィンドウに視線を戻す。どのワーカーチームもそれぞれスケルトンなどを破壊しつつ進んでいるようだ。しかしアインズは、フォーサイトとスバルが映し出されているウィンドウから目を離すことはなかった。

 

 





「え~~~~」という声は、アインズ様がわざわざ罠で殺さないようにアトラクションモードにしたにもかからわず、奈落に落ちるスバルの姿に思わず叫んでしまった声です。

なぜ聞こえたかは、演出の一言でしかないんですが。
きっと、この後アインズ様は精神の強制鎮静化が発動したことでしょう。


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最終周

年が明けてしまい例にもれず仕事があふれてましたorz


 ナツキ・スバルの意識が戻ると、帝国の街中を流れる河原に寝そべっていた。

 

 しかし意識が戻ったにも関わらず、ピクリとも動くことはできずにいた。

 

――死に戻り

 

 ナザリック地下大墳墓が死地であることぐらい理解していた。

 

 都合三回目のダンジョンアタック。

 

 難易度がすさまじい。しかし、三度目になってやっと理解できた。最初は別だが、後半の二回はあきらかに俺を殺そう(・・・)としていない。

 

 一度目にイミーナが第一層で見つけた落とし穴。わざと発動させて範囲を確認したところ、底には毒々しい色の沼と人が落ちればそれこそ穴だらけになりそうな針山がみえた。しかし、二度目以降はそれが存在さえ消えてしまったのだ。そしてそんなどう見ても引っかかれば即死するようなトラップが自体が見当たらなくなった。付け加えるならスバルがフォーサイトの面々と距離が開かなければ……。

 

 また、スケルトンやゾンビなどアンデッドの攻撃もそうだ。スバルがフォーサイトと距離を置かない限り、正面からしか襲ってこない。追っかけてくることがあっても、挟撃されることはなかった。また一周目は手をこまねいた遠距離攻撃も、二周目からスバルが狙われることはなくなり、巻き込まれるような形の範囲攻撃はなかった。

 

 なにより、第二層から追っかけてくる相手も、追いつくと脅す程度で直接手を出されなかった。もちろん薄暗い迷宮、何度も転移し、方向感覚などない中を一人進む状況。気まぐれに壁画でも見ようものなら、見ているだけで疲労や吐き気を感じさせる色相、大した距離ではないはずなのに何百メートルも進んでいるように三半規管や距離感を失わせる模様など、無駄に疲労する厄介極まりないものだ。でも、命を直接狙われるようなものはなかった。

 

 とはいえ、安全確実かとえばそうではない。例えば穴が開いているような不自然に真っ黒な床に一本人間一人がギリギリ通れる白い線が引かれた床は驚いた。触れば、たしかに床がそこにある。しかし、まったく光が反射しないためかどう見ても穴が開いているようにしか見えない。スバルは意を決して黒い床を歩くことにしたが、よく見れば白い線は途中から目の錯覚を利用した落とし穴になっていた。鎧を着ていれば落ちてもひっかかる程度の細さだが、ジャージ姿に背嚢というスバルは、運がわるければそのまま落ちてしまっていただろう。

 

 少なくとも直接命の危険を感じるものがなくなっていた。

 

 フォーサイトからはぐれた後、その状況に気が付くことができたのでなんとか精神的に追い詰められることもなく進むことができた。

 

 第三層の迷宮と奥にある廃神殿。

 

 第四層の地底湖。

 

 むしろ落ち着いてみれば、そこはとても地下とは思えないほどの規模、空間、施設、装飾。

 

 だがその驚きは第五層でさらなるものになった。

 

――大雪原

 

 遠くを見渡せば山脈さえみえる場所。ここが外なのか地下なのかわからない。だがスバルは理解することができた。こんなすごい場所なら……。

 

「すげえ! こんな技術がある場所なら、元の世界に帰るためのアイテムとか魔法みたいなものも見つかるんじゃないか?」

 

 感嘆と希望。一瞬だが、ダンジョンアタック中であることを忘れるほどの驚き。そしてエミリア達の元に帰れるかもしれないという希望。そんなものを初めて見つけることができたのだ。

 

「なんとしても、ここの主人に会って帰る方法を……って、どうみても俺って盗賊だよな? そんな相手のお願いを聞いてくれる……わけないよな」

 

 ふとした一言がナザリック攻略の糸口の一つに気が付くことができた。

 

「まずは主人に会うことが先決だな。そのあとは土下座でも何でもして頑張ろう」

 

 良くも悪くもスバルは楽観的で考えなしである。だからこそこの状況で第一歩を踏み出すことができた。

 

……が

 

 迷うこと2時間。

 

 ブリザードこそないが雪原という低温下で、薄手のジャージとTシャツ&下着ぐらいしか着ていない人間がどれほど動けるのか? おのずと限界を迎える。

 

 途中で寒さの危険に気が付き、背嚢から取り出した予備マントを紐をつかって体に括り付け、少しでも熱を逃がさないようにする。それでも足元から伝わる冷たさが、体の芯を凍えさせる。それこそ風がひとたび吹けば、せっかくあったまった体温が吹き飛んでしまう。

 

 もともと慣れないダンジョンアタック。孤独との闘いを繰り広げてきた。気力でここまで来たといっても過言ではない。それでも限界がある。

 

 気が付いた時にはスバルは倒れ、手足に力を入れようにもピクリとも動かすことはできなかった。

 

「フム。確カ殺シテハナラヌト言ワレテイタ個体カ」

 

 なにか大きなものに拾い上げられる感覚。すでに触覚は機能していない。助けてくれと口を開こうとするが悴んで弱弱しい謎のうめき声しか、スバルの喉から発することしかできなかった。

 

 言葉と行動とは裏腹に。自分を抱えている存在の体温は相当低いのか、スバルの残り少ない熱さえもすでに無くなっていく。

 

「運ブカ」

 

 もうピクリとも動けないスバルを抱えた大きなもの……蟲王のコキュートスは歩き出した。彼は武人として己にも敵にも厳しいが、敗者をいたぶるような趣味嗜好ではない。アインズより殺すなと指示を受けていたため殺すことこそなかったが、助けろとも確保せよともいわれていなかったため監視するにとどめていた。そしてどう見ても死ぬと判断した故の行動である。

 

「一緒ニ行動シテイタ盗賊共ハ、円形劇場デアインズ様自ラオ相手サレタトイウノニ、殺スナトイワレタノニ何モセズシヌスンゼントハ、運ト体力ノ無イ個体ダ」

 

 ナザリックにおいて死は終わりではない。たとえ対象が死んでいようと復活させる術はいくらでもある。ただそれだけだ。

 

 だが、死に戻るスバルにとって最重要な情報が意識が途切れる瞬間、魂に刻まれることになる。

 

ーー一緒ニ行動シテイタ盗賊共ハ、円形劇場デアインズ様自ラオ相手サレタトイウノニ

 

 この大きな存在は一緒に行動していた盗賊としか言っていない。しかしスバルはそれがフォーサイトの面々と理解できた。そう、自分の選択の最後の間違いは、フォーサイトとはぐれたことだ。

 

******

 

 スバルは、ある意味で前の周をなぞるように行動していた。しいて違う点は一点だけ、「ナザリック地下大墳墓においての盗賊の働きの抑制」であった。その対策の一つとして、フォーサイトの意識改革があった。

 

「以前似たダンジョンに潜ったことがあるんですが、あの手のダンジョンって主がいる場合があるんです」

「主?」

 

 そこから語るのは過去の周回でのナザリックの出来事。ただし地下ダンジョンに置き換えてこそいるが、生々しい実感のこもった説明。

 

「じゃああれか? 財宝はあえて見逃して……」

「そそ、主への謁見を果たす。もし主を倒すか認めてもらえば、帰りに財宝をもらえたんだけど、途中で財宝を手にした冒険者達はその時点から盗賊という扱いで、致死性の罠の対象となったんですよ」

「まあ、経験談ってことだしありそうな話だけど、今回のターゲットがそれって保証ないわよね」

「そうですな。私たちはそれで進んでも、他のチームはその辺を気にせず財宝に手を付けつつアタックすることでしょう」

「ですよね~」

 

 しかしフォーサイトの面々は、スバルの経験談だからとはいえ、財宝が見つかったとしてもいったん放置して先に進むという案には難色をしめした。

 

「でも、今回みたいな遺跡に私たちは潜ったことは無い。彼の意見を参考にしてもいいのでは?」

 

 難色を示すフォーサイトの面々だが、一人マジックキャスターのアルシェだけはスバルの意見に賛同する姿勢を見せた。もっともフォーサイトの面々は知っている話だが、アルシェの両親は没落貴族でありながら、金遣いの荒さは没落前と変わらず、妄想と現実の入り混じった生活をしている。そのため妹たちをなんとしても救いだすにはそれなりの財を必要としていた。しかし、妹たちにとって頼れるのは自分しかいないことも、アルシェは良くわかっていたため、スバルの話に賛同したのだった。

 

「まあ、致死性の罠ってのも気になるな」

「とりあえず、現地を見ながら考えればいいんじゃない? 財宝がほとんど見当たらないのに、置いていくってのはさすがに用心しすぎとおもうし、逆に大量にあるなら彼の意見を一考してもいいとおもう」

「ま、ここで取らぬ狸の皮算用して決めることでもないか」

「そうだな。なにより帰って迎えに行かなければいけない家族がいるのだ。命の危険はできるだけ避けたほうが良いというのも分かる話だ」

 

 アルシェの事情もあり、なによりそろそろ危険なワーカーから足を洗うことを考えていたフォーサイトの面々だ。だからというわけではないが、遺跡探索出発時に、アダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンに遺跡に行く理由を聞かれた際のやり取りも少しだけ回答が変わった。

 

「金ってのもあるが、仲間の家族を救うにはどうしても短期間にそれなりの金がいる。自分達の将来のためってのもあるが、やっぱ仲間のためにも一肌脱がなくちゃいけないだろ」

 

 という風に回答することとなった。もっともそれで終わりかとおもったモモンの質問だが、回答が変わったためかその後の反応も変わった。

 

「仲間の家族のために金か。もし仲間の家族やお前たちの将来が確保されるならどう……いや、これは蛇足だな」

 

 前回まではまるで呆れたような雰囲気を出していたモモンだが、今回は少し違うようにスバルは感じていた。なにより、自分の考えを頭の片隅に置いていてくれている。

 

******

 

 遺跡表層部の神殿だけでも、かなりの財を発見した。

 

 スバルはもう一度財の持ち出しは帰りと説得した。あまりにも強情に説得するため、何か知っているのではないか? とフォーサイトの面々に怪しまれるも、どうか信じてほしいと土下座をするスバルを見て、しょうがないかと肩をすくめるのだった。

 

「じゃあ、せめて帰りに拾えるように目印をいれる。ほかの連中も、配慮ぐらいはしてくれるかもしれない。それでいいか?」

「ああ!」

「だが、今日潜れるところまで潜って、戻るときに回収する。それでいいなスバル」

「ごめん。おれの嫌な予感に付き合ってもらって」

「まあ、予感ってのは案外重要な指針ではあるけど、今回限りだからね」

 

 フォーサイトは何かあるとわかっているのに口を割らないスバルに、もしかしたらこの遺跡と関係あるのではないか? とさえ思うようになっていた。もっとも全く関係ないのだが。それでも状況を好転できそうでスバルは一安心した。

 

 そこから先は順調に進んだ。

 

 罠やアンデッドの襲撃はあった。深く潜れば潜るほど苛烈に追い立てられる。

 

 油断はしていなかった。

 

 それでも巧妙に隠された転移魔方陣による罠は作動し、侵入した部屋一面が光に覆われる。

 

「えっ」

「仲間につかまれ!」

「でりゃ~~~~~」

 

 緊急事態にフォーサイトの面々は仲間との位置確認をすべく動き出す。そんな中、最後尾にいたスバルが叫び声をあげながら、飛び込んできたのだ。

 

「スバル!」

 

 その行動に反応できたのは、立ち位置の関係でアルシェだけだった。とはいえ、できたのはせいぜい声を上げるだけ。転移罠に飛び込んできたスバルをどうすることもできず、せいぜい受け止めるぐらいしかなかった。

 

 



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エピローグ

正月に描き上げるつもりが、正月明け後 修羅場に突入。
昨日やっと山を越えたので、描き上げました。

うん、この見通しの甘さはいつものことだ。


 ナツキ・スバルの意識が戻ると、王国の街中を流れる河原に寝そべっていた。

 

――死に戻り

 

 のはずだが、いつものような不快感はない。慣れるなんてことは一度もなかった死に戻りの代償ともいえる精神的・肉体的な苦痛。それが一切無いことに違和感を覚えていると、遠くから声が聞こえてきた。

 

「スバル! こんなところにいたんだ」

 

 声のするほうに視線を向ければ、そこには銀髪のハーフエルフ、エミリアの姿があった。スバルはそれだけで、いままで自分が巻き込まれていた何かから解放されたように立ち上がると走り出した。

 

「エミリアたん!」

 

 声にするだけで湧き上がる感情。スバルはエミリアの隣に立つとまるで子猫のような精霊パックも姿を現しいつものような会話が始まる。

 

「そういえば、今日はどうしてたの?」

「ん~掘り出し物を探してたんだけど・・・・・・変な夢を見たよ」

「掘り出し物を探しにいって夢を見るなんて器用なことするね。スバルは」

「どんな夢だったの?」

「それは……」

 

 スバルは、微笑みながら質問するエミリアに、先ほどまでの経験を語りはじめたのだった。そんなスバルの指には美しい宝石がはめ込まれた指輪が輝いていた。

 

***

 

「私ここと似た雰囲気の場所知ってる」

「言われてみればそうですね」

「帝都の闘技場」

 

 フォーサイトの面々とスバルが転移罠によって飛ばされた先は、どこか建物によくある廊下に見えた。足元も含めて石作り。いままで進んでいた地下ダンジョンと違い、一定間隔で明かりがともされ、よく見れば柱や壁などの細部まで、美しい意匠が彫り込まれている。

 

「闘技場ね。ってことは」

「でしょうね」

 

 そして顔を向けた先には明かりが見える。光に遮られ良く見えないが、外につながっているようにも見える。なにより闘技場という言葉から、ここにいる全員が同じ予測を思い浮かべる。

 

ーー競技場(アリーナ)

 

「もしかして遺跡の外に出たのか?」

「わからん。少なくとも先ほどの罠が関係しているのだろう」

「長距離転移は第五位階魔法。そんなものを罠として扱えるなんておとぎ話の世界」

「じゃあ、あの先でお待ちかねの人物は、おとぎ話にでてくる魔王ってところか?」

「案外神に等しい存在かもしれませんよ」

 

 相手が魔王であろうが神に等しい存在であろうが、想像を絶する存在であることは予想できる。しかし現実を直視することは重要だが、意識しすぎて諦めてしまっては元も子もない。

 

「それにしてもスバルも無茶したね」

「いや~はぐれるっておもったら飛びついてました」

「だからってアルシェに抱き着くことはないとおもうけど」

「え~と……とっさということで。ごめんなさい」

 

 話題を変えるつもりだったのだろうか、イミーナが茶化すようにスバルに声をかける。

 

 若干恥ずかしそうにしていたアルシェの表情をみてしまったスバルは、言い訳よりもそっさに頭を下げることを選択。まわりのメンバーも何やってるんだかと呆れつつも微笑んでいるあたり、イミーナの目論見は達成できたのだろう。

 

「大丈夫。たとえスバルが胸を触ったとはいってもパーティーがバラバラにならないためって理解してる」

「ハハハ……ごめん」

 

 しかしアルシェの言葉にはスバルも苦笑いしかできなかった。正直とっさのことで必死に飛びついたのが後衛のアルシェであったのだ。そして片手がアルシェの胸をわしづかみにしていたのは偶然の産物でしかない。もっとも、事故だからと考えてくれたアルシェでなければ、鉄拳の一発や二発は受けていただろう。

 

「さて気分がほぐれたところで、どうするか」

「ここの主は進めっていってるのよね」

「でしょうな」

 

 年長組3人が話を始める。後ろを確認すれば、廊下の少しはなれたところに鉄格子が下ろされている。まるでこれ以上先には返さないという意思さえ感じさせるものだ。逆にまっすぐ進んだ先にある扉らしきものは開いているようだ。

 

「こりゃ~スバルの予想があたったか?」

 

 誰もが思い浮かんでいたことを代弁する言葉。今回の遺跡探索の際、スバルの言った言葉を全員が思い出していた。

 

「まあ、主がいて会話ができたとする。財宝を盗んでないから生きて返してくれっていえるかどうか」

「まあ、盗賊でこそないが押し入り強盗未遂ぐらいのものだからな~」

「とりあえず、生きて帰ることを優先しましょう。外につながっているならそれこそ……ね」

「依頼を無視するのは残念だが、命にはかえられないか」

 

 フォーサイトの面々の方針はきまったようだ。同時にスバルは前周回で聞いた話を思い返していた。

 

「一緒ニ行動シテイタ盗賊共ハ、円形劇場デアインス様自ラオ相手サレタトノニ、殺スナトイワレタノニ何モセズシヌスンゼントハ、運ト体力ノ無イ個体ダ」

 

 人間とは思えない冷たい体をした存在。だが、その言葉が正しければ、ここでアインズ様というこのダンジョンの主を合うことができるのだ。

 

「じゃあいくか」

「はい」

「ええ」

 

 それぞれが、それぞれの返事をし進んでいく。いつ攻撃を受けても対応できるように慎重に、そして確実に光に向かって進んでいく。

 

 そして光を抜けた先にあったものは、予想通り巨大な競技場(アリーナ)だった。

 

 もちろんフォーサイトやスバルは観客席ではなく、競技場(アリーナ)の真ん中に出たという注釈がつく。

 

 周りを見渡せば、遺跡探索が思った以上に時間がかかっていたのだろうか満天の夜空。

 

 遠い観客席を見れば、無数の影がうごめいている。その影からは歓声とおもわしきうなり声が聞こえ、なによりその影の多くは人外に見えるのは気のせいではないだろう。

 

「どこまで飛ばされたんだ」

「ここは外か?」

 

 フォーサイトは円陣を組み、何があっても対処できるように構えを取る。そしてスバルは数歩離れた場所に待機する。その時、何かが観客席から飛び込んでくる姿をとらえた。

 

「上だ!」

 

 その陰はちょうど闘技場の真ん中へ、ズドンという派手な音とともに飛び降りた。浅黒い肌と長い耳、そしてまるで少年のようにスラリとした体躯。とてもではないが、観客席からこの巨大な競技場(アリーナ)の真ん中まで飛んできたとはおもえない。むしろ魔法か何かで移動したと考えるほうが自然ではあるが、派手な落下音がそれを否定していた。

 

「(おいおい、あんな体でどうやってあの距離を飛んだんだ? あれか? こいつも見た目通りの存在じゃないってパターンか?)」

「ダークエルフ。この辺り(帝国近辺)にはもういないといわれていたはずだが……」

「すごい魔力を持っているわ。でもマジックキャスターではないみたい」

「あの距離を跳躍する身体能力だけでも十分に脅威だろ」

 

 突然現れたダークエルフの姿に場違いなことを考えているスバルに対し、フォーサイトの面々はそれぞれの感想を口にしている。しかし目の前のダークエルフはそんなことなど気にせず何かショートワンドのようなものを取り出し、若干のオーバーアクションで語りだした。

 

「挑戦者入ってまいりました!」

 

 フォーサイトの面々は、目の前のダークエルフの言葉から少しでも情報を得ようと集中している。しかしスバルだけは、別のことを考えていた。

 

「(あれ、どうみてもマイクだよな。それにこの声……。宮殿を襲ったドラゴンから聞こえてきた声だ。ってことはこの子がドラゴンに乗っていたのか? それともこの子がドラゴンというオチ? どっちにしろ、あの時もアインズ様に失礼を働いたと言っていたから、ここの主はアインズという存在で確定か)」

 

 ダークエルフの紹介に合わせるように対面の扉がひらかれる。

 

 そこからはあらわれたのは人の姿をした骸骨と、その横には見目麗しい女性が付き従う。もっとも角と翼を持った女性であるのだから、こちらも人間ではないのだろう。

 

 そしてダークエルフは骸骨、いやナザリック地下大墳墓の主アインズ・ウール・ゴウンと付き従う守護者統括アルベドのコールをする。そしてこの二人がこの地でどのような存在か、観客席から大歓声が物語っていた。

 

「申し訳ない」

 

 この状況にアルシェが呟く。今回の依頼に金額を理由に受ける選択をしたのは自分だ。そしてこの窮地の切っ掛けを招いた責任は最初の選択があったからだと考えたのだ。しかし、他のメンバーはそんなことを考えていない。自分達の選択だとフォローしようとしたとき、走り出すメンバーがいた。

 

「申し訳ありませんでした!」

「(えーーーーーー)」

 

ーー土下座

 

 スバルは、全力で飛び出すとアインズの目の前で土下座をしたのだった。

 

 もちろん飛び出して来たことに気が付いたアルベドやアウラは警戒をしているが、アインズだけは呆気にとられていた。むしろ先ほどまで仲間と作り上げたナザリック地下大墳墓に土足で踏みにじった愚か者たちのおかげで怒りと鬱憤がたまっていた。目の前のフォーサイトにしても財宝にこそ手をつけていないとはいえ、家族のためとはいえ金銭欲で侵入したことには変わりはない。生きて返す気などまったく無かった。

 

 だが……

 

(土下座あああ!? なんで土下座?! おれだって頭を下げたことは山ほどあるけど、土下座なんてしたことないぞ! てか、この世界に土下座の文化なんてあったのか?)

 

 という風に、スバルの突然の行動に怒りを忘れ、別のことが頭を駆け巡っていた。

 

 もちろんこの世界に土下座なんて文化はない。普通に頭を下げる事はあるが土下座という行為自体意味不明な行為としてフォーサイトの面々には映っていた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様、この地に土足で侵入したこと申し訳ありませんでした!」

 

 スバルはそれこそ、喉が裂けんばかり大きな声で謝罪を述べる。逆にその声で我に返ったアインズは、スバルに語り掛けた。

 

「そういえば……お前だけは、大切な仲間や愛する者の元に帰るための切っ掛けを探してこの地に来たのだったな」

「はい!」

「それを証明するように財にも手を付けず進んでいた。故に言葉を聞こう、申してみよ」

「ありがとうございます!」

 

 スバルは土下座をしたまま答える。最初は呆気にとられたフォーサイトの面々だが、いままでの話を聞けば、自分達は金銭欲を理由に押し入った盗賊という扱いを受けていることぐらいわかった。

 

 だからこそフォーサイトの面々の切り替えは早かった。

 

「アルシェ。スバルが交渉に失敗したらフライで逃げなさい」

「そんな!」

「冷静になりなさい。目の前の存在がやすやすと倒されてくれる存在に見える?」

 

 だからこそ、こんな会話が出てくるのもしょうがないのだろう。

 

 しかしスバルは、そんなことお構いなしとばかりに事情をぶっちゃけた。

 

「俺は先日、突然この地に大陸レベルでの転移もしくは異世界転移をしてきました。そして同じように突然現れたというこの場所に、元の世界に帰るキッカケのようなものがあるのではと藁にもすがる思いで来ました」

「なぜ帰りたいのだ?」

「そこには一緒に戦った仲間たちがいます。助けたい人がいます。好きな人がいます。だから帰りたい!」

 

 それは単純な叫びだった。理由も陳腐で、交渉というにはあまりにも稚拙。意味こそわからなくはないが、これではアインズの許しなど得られるはずがない。守護者やこの場で聞くものの多くがそう感じていた。もちろん、突然の転移などのキーワードに反応するものもいたが、ナザリック地下大墳墓に侵入したという事実の前には些事でしかなかった。

 

 しかし、

 

「おまえの帰りなど、仲間たちは期待していないかもしれないぞ?」

 

 アインズはそう口にする。しかし内心では別のことを感じていた。モモンとして相対したスバルはお調子者ではあったが好感を持てる存在だった。なによりシンプルに仲間の場所に帰りたい。その欲求は、アインズの中にくすぶっている欲求とも似ている。

 

 だが、手放しに許すというのは、自分の立ち位置。ナザリック地下大墳墓の絶対支配者として求められている姿にそぐわない。

 

 だからこそ、あえて否定するようなことを言ってしまった。

 

「かもしれない。でも、おれは仲間のチカラになりたい! エミリアたんのチカラになりたいんだ! フォーサイトのみんなだってそうだ。家族を救いたくってどうしてもお金がいるから、ここに来ないといけなかったアルシェ。そんな願いを叶えたくって協力してくれた仲間たちなんだ!」

 

 しかしスバルの意思は変わらない。たとえ求められていなかったとしても、かえって力になりたい。シンプルにその欲を叫んだ。

 

 そんな姿にアインズは不意にもかつての仲間たちとの姿を幻視してしまった……。

 

 ゆえに……。

 

 

******

 

 スバルは一人、アインズの執務室に呼ばれた。スバルの異世界転移というキーワードに対する尋問は慎重を期す必要があるとアインズ自らが宣言したことにもある。もちろん、扉の外、隣の部屋には、守護者や護衛が待機していつでも突入できる状態なのは言うまでもない。しかし、ナザリック以外のものが直接監視もない中で、アインズと接見を許されたのはスバルが初めてのことであり、どれほどの異常事態かと守護者達は見守っていた。

 

「さて、スバルといったな。尋問という体をとっているが、情報交換と認識してもらって構わない。すくなくとも明確な敵対行為を取らない限り、君の、そして先ほどの連中の生命は保障しよう」

「は・・・・・・はい」

 

 円形劇場でスバルの独白の後、アインズはいままでの行動と異世界転移の可能性という情報提供を以てスバルに許しをあたえた。ただし、フォーサイトについては侵入者であることはかわらない。財に手をつけなかったこと、スバルの説明した点もあり、命こそとらないが価値を見せよと、その場でアインズVSフォーサイトの戦いが始まった。

 

 結果からいえば、フォーサイトの完敗。

 

 連携やアインズ達の知識にない武技など見せたが、アインズに傷一つつけることはできなかった。よって魔法的な情報漏えい対策とナザリックの指示への絶対服従を条件に、命だけは許されたのだった。

 

 もっとも、命だけは許されたというだけで、この後の彼らは人間社会での多くの情報収集やプロパガンダ、裏社会に根を張る八本指では動きづらい表の諜報を担うこととなるのだからたまったものではなかった。

 

 とはいえ、そこまでスバルに説明する気もないアインズは、あえて生命の保障などといった。しかし外見はアンデッド。装備を見ればどうみても魔王だ。そんな姿のものが生命を保障しようといったところで、スバルは内心でほんとか? と疑問を持たずにはいられなかった。しかし、いまここで暴れるような愚を犯すほど馬鹿でもない。

 

 なにより、少し前。フォーサイト四人を瞬く間に無力化してしてしまったのだ。そんな相手に自分が同行できるとは考えられないスバルであった。

 

「まず、私は君のことをある程度知っている。この姿を見れば納得してくれるだろう」

 

 そういうと、アインズは座ったまま、魔法をいくつか唱えた。そうすると先ほどまで座った魔王の姿は、漆黒の鎧を身にまとった屈強の戦士の姿へとかわったのだった。

 

「モ……モモンさん?」

「ああ、世を忍ぶ仮の姿だ。しかしこの姿のことは外でばらしてはいけない。後ほど魔法で関係者以外に言えないように魔法をかけさせてもらう」

「わかりました」

 

 スバルは魔法で口外禁止の制約をかけられるといわれると、身をブルリと震わせた。しかし、先日から相談に乗ってもらった優しいモモンなら、まあうまくやってくれるという根拠のない信頼があったので頷いた。もっともその根拠のない信頼も好感度をアップするアイテムによるものと知れば、しかめっ面の一つもしたことだろう。

 

「さて、質問だが。ユグドラシル。プレイヤー。日本。東京アーコロジー。これらの中で知っている単語はあるかね?」

「ユグドラシルは北欧神話ですか? ゲームとかでも結構有名だったような。プレイヤーはゲームとかのユニットを指したり、自分を指したりする言葉。日本は国名ですよね。東京アーコロジーは・・・・・・なんでしょう」

 

 モモンの姿をしているアインズは、その手を顎にもっていき少し考える。日本人の可能性が高い。ユグドラシルプレイヤーかどうかはわからないが、ユグドラシルという単語を知っている以上現実世界の住人だろう。しかしなぜ東京アーコロジーをしらない? 日本人なら全国のアーコロジーを知らなくても、中心にして最大規模の東京アーコロジーぐらいは知ってそうだ。

 

「君は日本出身でいいのか?」

「はい。ってことは?」

「ああ、こんな姿だが元は日本人で、仕事は営業職をしていたよ」

「じゃあ、先輩ですね。一応学生してました」

「学生? 君は以前別の世界から飛ばされたといっていたね。たしかエミリアという娘がいる」

「はい。もともと日本で暮らしてて、その後に、エミリアたんのいる異世界にいきました。なぜか今はさらに別の世界にいますが」

 

 ここまで聞いてモモンはある仮設を立てる。

 

「君は西暦何年に現実から転移した?」

「たしか20xx年」

「なっ」

 

 アインズはその言葉に驚愕する。さすがに、そのリアクションにスバルも驚いたのだろう。

 

「なにかありました?」

「私がこの世界に来たときは2xxx年だ」

「未来?」

 

 スバルとアインズの現実世界の年代が違う。その事実に行きついた二人は、相互に様々なことを聞くこととなった。

 

「私たちは日本から来たが、同じ日本ではない。時代が違うだけかそれとも似た世界なのか」

「はぁ~。せっかく帰れるかもしれないっておもったのに」

「まあ、そうだな。しかし、スバルのような存在がいるということは、将来私の仲間と出会える可能性もあるということだ」

「あ、以前言っていたギルドの仲間さんたちですね。やっぱ仲間が合流できるってのもいいものですよね」

「ああ、私にとってかけがえのない友人だ」

 

 アインズは心境を吐き出す。

 

 アインズとしては今回のナザリック襲撃も帝国に対する一手として有効であることは承知していた。むしろこれ以上にない良い手だとさえ理性では理解している。

 

 しかし、苦楽を共にした仲間たちと作り上げたナザリック地下大墳墓。思い出の場所に賊を招き入れるということ一点において嫌悪感があった。だから、財に手を付けたワーカー達の最後はそれはそれは惨いものであった。

 

 たとえ、財を手にしなかったフォーサイトの面々にしても、スバルの取り成しとスバル自身の心象という点を省いて、生かす価値は無いとさえ考えているのだ。逆にいえば、スバルから情報を引き出す価値もなければ、あの場で殺される程度の存在であったというのだから、本当の意味でフォーサイトは運がよかったのだろう。

 

「直接的な原因がわからないとはいえ、こうやって異世界の存在を確認できたのだから価値はあったのか」

「そうですね。おれもモモンさんのように使える異能があればいろいろ違ったかもしれないのに。いや、逆にかんがえればそんな便利なのが有るってことは、初見攻略で勝ち続けろってことか? ……むりだな」

「異能?」

 

 スバルの独り言に、アインズは反応する。

 

ーー異能

 

 アインズは自身がゲームのキャラとなることで、ゲームキャラのスキルなどを手に入れた。もちろん同時に生身の体を失ったのだからプラスばかりというわけではない。それでも得たものの価値は計り知れない。

 

 そしてスバルの口ぶりから何らかの異能を持っているというのだ。

 

「スバルはどんな異能をもっているんだ?」

「それは言えません」

「黙秘するってことか?」

「言葉にできません」

 

 異能について答えないスバルの姿にアインズは、若干のイラつきを覚えるが、言葉にできませんという言い回しに意味を見出した。

 

「つまり、スバルは自分の異能を何らかの理由で口にできないということか?」

 

 アインズの言葉にスバルは頷く。

 

 過去何度か、スバル自身が異能について口にしようとしたことがあった。そうすると心臓、生命そのものを締め上げられる苦痛を感じるのだ。加えれば、魔女の気配を垂れ流す。そのせいで多くの誤解を受けたのだが、相応な理由がないかぎりスバルは自身の異能、死に戻りについて口外することはなくなった。

 

 そんなスバルの事情を理解したわけではないが、言葉にできない意味を理解したアインズは別の案を提案するのだった。

 

「では、私がお前の記憶を読むのはどうだ?」

「それは……どうだろう?」

「その反応だとやったことはないんだな」

「自分の記憶を覗き見られた経験は無いと思います」

「そうか」

 

 アインズはそういうと、虚空に手を伸ばす。そこには黒い靄のようなものがあらわれ、あるものを取り出したのだ。

 

「これを左右の手に装備するといい」

「指輪が二つ?」

 

 スバルが渡されたものは、美しい宝石がはめ込まれた指輪であった。

 

「一つは下位精神攻撃の耐性。もう一つ下位物理攻撃耐性だ」

「うわ。ゲームみたいな効果のアイテムですね」

「ユグドラシルではゴミアイテムだった。ほんとうに低レベルのダメージを減衰させる程度のものでしかない。しかし、検証して分かったんのだが、これを生物に装備させると精神的なダメージや肉体的なダメージだけでなく苦痛という面も軽減できることがわかった」

「もしかして……記憶の操作って苦痛を伴うんですか?」

「私は経験がないのでわからんが、一応それを専門とする者に言わせれば、改変は矛盾を伴い、そこに苦痛が発生することもあるらしい。今回は見せてもらうだけだが、用心のし過ぎということはあるまい」

 

 アインズの説明に、釈然としないものを感じたスバルだが、好意で渡してくれたことがわかったので、そのままそれぞれの人差し指をさしこむ。しかしまさしくゲームのようなことがおこった。スバルが差し込んだ指輪が縮み、指にぴったりのサイズに変わってしまったのだ。

 

「おお」

 

 スバルの単純な驚きは、アインズの、ゲームをしていたときのような喜びを思い出すことができた。

 

「では、はじめるとしよう」

「はい」

 

 アインズは己の内からMPをくみ上げる。すでにもう何度もやっている行為。当たり前のように魔法が組みあがる。

 

記憶操作(コントロール・アムネジア)

 

 アインズの手から伸びた魔法がスバルを絡めとる。

 

 そして記憶を読もうと

「なっ?!」

 

 その時、アインズの魔法がつかまれた(・・・・・)

 

 アインズの驚く姿に、スバルは反射的に何があったかと顔を向ける。しかしアインズの骸骨の顔からは何も読み取ることができなかった。しかし、視界の隅にうごめく影のような手に見覚えがある。

 

「(怠惰)」

 

 スバルはそれを口にしようとするが、喉から音となることはなかった。むしろその影のようなものは半透明どころではなくどんどん色が濃くなり、気が付けばあたりは闇に覆われていた。そのなかで魔法をはなったアインズとスバルがまるで対面で立ち尽くしている。

 

「これは?」

 

 次の瞬間、黒い右腕がスバルを抱きかかえるように絡みつく。

 

 アインズも異変に気が付いたのだろう。魔法をキャンセルし黒い影への対策として時間停止の魔法を発動させる。

 

 だが、

 

 時間を置き去りにした空間のなか、スバルが黒い腕とともに消え去ったのだ。

 

「アインズ様!」

 

 気が付けば扉は開け放たれ、控えていた守護者たちがなだれ込むように入ってくる。

 

「あの者は?」

「消えた。それも魔法的なもの以外で」

「事前になにか仕込んでいたのでしょうか」

「持ち物を確認した段階ではみつからなかったが、しかし」

「はい」

 

 スバルが立っていた場所には濃厚な死の気配を称えた黒い霧の残滓のようなものがあった。もっとも、目の前でみるみる消えてしまったため、いまとなってはどんなものであったのかは予想することしかできない。

 

「ナーベ」

「はい。あの時と同じ黒い霧かと」

 

 その後、ナザリックの総力をもってスバルの捜索を行ったが、見つけることはできず、数日前までさかのぼってしまうと、生活していた痕跡さえ消えていることが判明した。アインズとしては、仲間の手がかりであり、同郷とおもわしき存在の行方を欲したがついぞみつかることはなかった。

 

 

 しかし、アインズの中では一つだけ確信めいた予想があった。

 

 スバルはきっと前の世界に連れ戻されたのだろう。

 

 なぜなら、スバルが消えた時、若い女性のような声で一言

 

「わたさない」

 

 そうアインズは聞こえたような気がしたのだから。

 

 

  

 



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おまけ ターニャ・デグレチャフの場合

「(どうしてこうなったああああああ)」

 

 魔導国 エ・ランテル中央広場

 

 先日、リ・エスティーゼ王国から割譲されたこの都市の中心に位置するこの場は、今、活気に満ちていた。

 

 なぜなら、漆黒とならぶエ・ランテル在住のアダマンタイト級冒険者、エ・ランテルを守る双璧ともいえる存在が、この場にて揃って重大な発表をするというのだ。 

 

「我が盟友 白銀ことターニャ・デグレチャフが、アインズ・ウール・ゴウン魔導王と謁見した。そして魔導国 特別軍事顧問となったことを私からエ・ランテルの皆に伝える。これは先日政治顧問として就任した私と同様に、魔導国がエ・ランテルの住民、ひいては生きとし生けるものを等しく統治しているかを監視する役目にある」

 

 エ・ランテルはアンデッドであるアインズ・ウール・ゴウン魔導王率いる、魔導国に王国から割譲された。

 

 アンデッド。

 

 一般的な常識では、生者の敵であるアンデッド。それが国王となった国の一部となったのだ。いままでのような暮らしができないのではないか? そもそもみんな殺されてしまうのではないか? そんな感情が生まれるのは当たり前であり、住む人間たちの混乱は想像にかたくないだろう。

 

 そんな中、演説をしているアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンは、併合当初に発生した事件においてエ・ランテルの人々を守るため戦う意思をアインズ・ウール・ゴウン魔導王に示した。

 

 アインズ・ウール・ゴウン 魔導王も一角のアンデッドどころではなく、卓越した統治者であった。立ちふさがるモモンに対し、人類を虐げる意図はないとし、その証明として隣に立てと命じたのだ。

 

 モモンはそれを受け入れいまでは、魔導国 政治顧問という立場で、エ・ランテルの住人達の安全を保障したのだ。

 

「白銀はその魔法的才能だけではなく、その知性と勇気を持ってエ・ランテルの人々と共に戦ってきた。そんな彼女が魔導王と対話し、人々を守る盾となり鉾となってくれることを私はうれしく思う」

「(なに言ってるんだこの骸骨野郎は!)」

 

 集まったエ・ランテルの群衆を前に、浪々とした声で高らかに宣言するモモンの姿は、誰もが想像する英雄像に等しい。

 

 そんな姿を横で笑顔を浮かべながら罵倒しているのはターニャ・デグレチャフ本人であった。

 

「(なにって、ターニャさんの立ち位置を明確にしてるだけじゃないですか)」

「(だからってやりすぎだ)」

「(でも日本では人事部にいて、前の世界では軍大学を出たエリート軍人。極めつけは中佐までいってたんでしょ? 軍事顧問ぐらいできますって)」

 

 内心愚痴っているつもりが、小声で漏れてしまったのだろう。隣で盛大なマッチポンプをかましている漆黒のモモンことアインズ・ウール・ゴウン魔導王。つまり、侵略者が人類の守護者の顔をしているのだから、その実情を知るものがいれば笑えない。

 

「(ほら、なんか一言いってください。グダグダになってもしまりませんよ)」

 

 気が付けば、モモンの言葉が一段落しており、観衆はデグレチャフへの視線が注がれている。うら若き少女の姿でありながら、凛々しく戦場を駆け回る人類の守護者。エ・ランテルで発生した多くの事件を、解決した漆黒と白銀の姿を忘れない。

 

「あ~こほん。私ことターニャ・デグレチャフが重要視するのは、ここに生きる人々(肉壁)の保全であり、(より高度な肉壁への)成長である。ゆえに、皆の尽力に期待する。私もそれに答えよう!」

 

 ターニャ・デグレチャフは人々の成長を願っている。最初こそ、その意味を図りかねていたエ・ランテルの住民たちだが、人々を助けるために戦うデグレチャフの姿を見て、いつしか理解した。

 

 いま漫然と生きるだけでなく、何かのためへの成長しつづける姿をこの戦女神を期待しているのだと。だから、多くの外敵から人々を守ってくれているのだと。

 

 デグレチャフの言葉は大歓声をもって迎えられる。

 

 その歓声を背に、二人はやれやれと溜息をつきながらエ・ランテル領主官邸、暫定魔導王の玉座に移動する。

 

「いや~。約一年ですがほんとうにいろいろありましたね」

「いろいろありすぎだ。馬鹿者」

 

 モモンと並び歩くデグレチャフの姿はまるで父と子の語らいのようにも見えるな、内容は、同僚との会話そのものであるが。

 

「転移したナザリックの表層に、ターニャさんが倒れてて、本当にびっくりしましたよ」

「まあ、私もそれだけは幸運だったとおもってるよ」

 

 そう。

 

 二人の出会いは、ナザリック地下大墳墓がこの地に転移した日まで遡る。

 

 当初は侵入者であり情報収集の対象であったターニャであった。

 

 しかしアインズはどうしても端々にみえる知性や言葉、行動から、もしかして日本人、すくなくとも日本に造詣のある人物ではないか?  と疑問がわき、確認を取ったことから全てがかわった。

 

 アインズはターニャをナザリックの番外のギルド員と迎え、守護者と同等の地位をあたえた。それは気心がしれ、リアルの事も話せる男性友人へのアインズなりの配慮であった。しかしアインズと行動を共にするターニャの姿は、双方が元社会人男性という行動原理に基づくものであったが、他からみれば親子や恋人の様にもみえた。

 

 よってアルベドをはじめとした女性陣からは、いらぬ疑いをかけられ、デグレチャフも苦労することとなった。

 

 しかし、情報収集作戦や潜入工作などの数々の実用的な案を出すようになると、その立ち位置だけでなく知性でもナザリック内で認められるようになった。なにより単体戦力としても、エレニウム九五式を介して繰り出される飛行および各種魔法は、限定状況ではあるものの守護者に匹敵するものがあった。

 

 種族的な差別以上に実力主義が根付くナザリックにおいて、力を見せつけるデグレチャフは次第に受け入れられるようになった。

 

 そして同時にナザリックと周辺諸国の実情を知ったデグレチャフはつぶやいた。

 

「は~。王国が主要人物が屑すぎて亡国への道をまっしぐら。宗教国家は存在Xを彷彿させるから嫌いだ。かといって帝国ではナザリックに勝つことなど不可能。その意味では、ここに拾われたのは幸運だったか? どうせなら、存在Xの呪いも解ければ万々歳だったんだが」

 

 つまりこういうことである。

 

「じゃあ、ターニャさん 俺はナザリックに戻るので後はお願いします」

「ああ、書類は終わらせてく」

 

 そういうとモモンことアインズは転移の魔法でナザリックへもどっていった。

 

 それを見送ったデグレチャフは執務室の扉を開ける。そこには、一人の美しい女性が立っていた。

 

「アルベド。アインズさんはナザリックに戻ったよ。こっちの仕事はどのぐらい残っている?」

「はい。デグレチャフ、こちらになります」

 

 机の上には、書類の束は少しだけ。都市一つの統治となると、普通なら山のような書類が発生ししかるべきなのだが、アルベドを含めた有能な人員が本当に決済が必要なもの以外、24時間ペースで処理してしまうため、この程度に抑えられているのだ。

 

 デグレチャフは椅子に座り、書類に目を通す。

 

 しかし、しばらくしてアルベドに顔を向ける。そこにはスンスンと鼻を近づけるアルベドの姿が。

 

「どうした?」

「アインズ様の香りは少々。予想以上に近づかれては困ります」

「あ~演説なんだからしょうがないだろ」

「なんとうらやましい!」

「代われるなら代わってやりたいよ!」

 

 そう。デグレチャフはアインズに恋愛感情はないことを証明するため、多くのことを強いられてきた。ナザリックの女性陣の嫉妬を買わぬためにしょうがなかったとはいえ、結局はこんなノリの付き合いとなってしまった。

 

 安全な後方勤務

 

 望むべくして手に入れた今の立ち位置ではあるが、まさか男女問題で胃を痛めることになるとは思わなかった。

 

「はぁ~。料理長に胃に優しいものをお願いしなくては」

 

 デグレチャフはそう思いながら、存在Xの手の届かないこの世界である意味で誤解され、ある意味で和気藹々と生きるのであった。 

 

 





ターニャ・デグレチャフへの評価

民衆:
アダマンタイト級冒険者。二つ名は白銀
漆黒に並ぶ英雄にしてエ・ランテルの双璧
見た目も合わさって民衆のアイドルであり戦女神

ナザリック男性陣:
アインズ様に近しい存在。知略、こと軍事についてはデミウルゴスに並ぶとさえ思われている
(デミウルゴス本人もアインズがデグレチャフをべた褒めするので)
アインズの妃候補

ナザリック女性陣:
実力は認めるが、本人がアインズに気はないと言っているが、現在最大警戒対象(妃レース的に)

アインズ:
リアルを知る男友達。いつか異業種に転生できないか宝物庫を調査中



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