戦姫絶唱シンフォギアDF ~DIVINE FLAME~ (私だ)
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プロローグ

 牙狼シリーズ最新作「神ノ牙 -JINGA-」、とうとう終わりましたねぇ…。
 メシアに翻弄された男の末路…崇高な魔戒騎士が闇に堕ちる過程を描ききった見事な作品だったと思います。
 お陰で神牙/ジンガは私の中の魔戒騎士ランキングで確実にベスト5に入り込む人となりました。
 そしてまだまだ先ですが「牙狼 -月虹ノ旅人-」や「戦姫絶唱シンフォギアXV」も控えています。
 なのでほんの少しでもそこまでの繋ぎの一つになれたらな…と思っていたり。

 とりあえず、付いてこれる奴だけ付いてこい!!



 その国は恵まれている。

 近年問題視されている自然環境問題なぞ素知らぬとでも言いたげに周囲一帯は広大な緑地に覆われており、その中に広がる城下町は古来よりの街並みを残しつつも時代に合わせた近代化も進んでいる。

 まるで漫画やアニメの世界からそのまま抜き取ったかのような風景がそこにはある。

 そして街の中心にはその国に生きる誰しもの心に深く有り続けるであろう雄大かつ優美な国城が建てられている。

 この国は恵まれているのだ。

 土地に、環境に、人に、そしてそこから生まれる資源に。

 だからこそ、このような事が起こるのは至極当然の事なのかもしれない。

 どれだけの制約を立てようとも、それを破るのもまた人なのだという事実を突きつけるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親愛なる現国王ならびに国民全員に告ぐ。我々が要求するはただ一つ…政権だ!!」

 

 城門より10m程手前、そこには多くの武装した集団が並んでいた。

 軍隊歩兵が所持する銃火器はもちろん、少ないながら戦車も用意しているその集団は城門から街を囲う外壁…俗に正門と呼ぶべき場所までズラリと並んでいる。

 ざっと数えても500人以上は居るのではないだろうか。

 その内前線に位置する場所の戦車から身を乗り出し、目の前の城へと声を張り上げているのは、この集団の総指令官と呼ぶべき男だ。

 

「本日を以て現国王による政治的統治を廃し、我々がその位置に就く!堕落しきったこの国を我々が再生するのだ!」

 

 彼等の目的は現国王からの政治奪還、つまりは反乱行動からの革命を起こそうとしているのだ。

 先に述べた通りこの国はあらゆる分野に於いて恵まれた資源を持ち、それらを世界に輸出している。

 余り有る資源を保有し、それらを世界へ提供するこの行為は国王の方針により世界情勢などを一切問わず行われている。

 つまりは輸出対象の国が世界的に見て風当たりの悪い情勢であろうとも変わらず、世界トップの国だろうがそうでなかろうが平等に資源を提供する。

 自らの意思を頑なに曲げず、しかし分け隔て無くほぼ無償とも取れる程に施しを与えるその姿勢は言ってしまえば他国からすれば願ってもない話であり、また場合によってはいいように利用されてしまう話でもある。

 反乱軍はそれを良しとしないのだ。

 その昔この国は隣国の中でも最大級の王国であった。

 そんな由緒あるこの国が今や他国に振り回されてあらぬ濡れ衣を着させられる事も少なくない…そんな国へと落ちぶれてしまった。

 そんな事は断じて許されぬ。

 この国の資源を有効的に活用すれば、この国はかつての威光を取り戻す。

 そう声高々に宣言する反乱軍の指令官。

 しかし件の国王は未だ何の動きも見せない。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「何とも古典的な方法を選んだものだ…これでは子供の悪戯と何ら変わらぬ…。」

 

 城内の会議室。

 この突然の事態に城内に居る官僚達も少々浮き足立っていたが、その中でこの国の現国王たるこの人物はそのような醜態を晒す事なく状況を静観していた。

 彼等の要求内容の吟味、交渉手段の模索、国民の避難状況…。

 一刻を争う状況の中、あらゆる要因を考慮し、選択をしなければならない。

 自然と答えを出すのに時間が掛かってしまっているのだ。

 

「しかし国王…いかがなされますか?」

「無論断る。由緒正しい歴史あるこの国を、あのような者達に明け渡す事など到底出来ん。しかし…。」

 

 国王はそう言うと改めて映像に映る反乱軍を見る。

 正確には、彼等の持つ兵器を。

 

「何の力も持たぬこの国じゃ。古典的とは言ったがその点を鑑みれば、もしかしたら彼等のやり方は一番正しい方法を取っているのやもしれぬな…。」

 

 この国には兵器が無い。

 軍隊はもちろん、自衛隊なんてものも存在しない。

 いつの時代からか、この国は一切の軍事的兵器を持たないと世界に表明し、以来その表明は守られ続けている。

 故にこの国はそういった平和に慣れすぎた。

 だから諜報員も暗殺部隊も使わない、正門以外からも一切攻めぬこんな子供騙しのような暴動でも大事になるのだ。

 兵器という概念そのものに慣れぬ国でそれらを見せつける、それだけでも国にとっては十分効果があるのだから。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「要求に従わぬ場合、我々は無差別の行動をも辞さぬつもりだ!国王殿下の賢明なる判断を求む!」

 

 そう、反乱軍(彼等)もそれを分かってやっているのだ。

 謀略なぞ使わなくとも人を、国を手にする事ができる。

 我等の理想の成就まで、あと少しだ。

 反乱軍に所属する誰もがそう思っていた、その時だった。

 

「何だ…この音は…?」

 

 何処からか大きな音が聞こえてきた。

 ヘリのローター音、それも複数だ。

 

「ヘリ!?何処から!?」

 

 何処から来るのかと警戒を露にする反乱軍。

 やがてそのヘリが現れたのは彼等の目指す頂の先、城の向かい側だった。

 

「向かいからだと!?」

 

 彼等の上空を3機のヘリが通り過ぎる。

 上空と言ってもそれなりに近い場所を通過した為、ローターから生じる突風に煽られ行動が制限される。

 

「しまった…体制を立て直せ!!奴等はこの隙を突く気だ!!」

 

 これが狙いかと革命軍の指令官は急ぎ体制を立て直すよう指示を飛ばすが、そうこうしている間にもヘリは何処へと去っていった。

 

「行った、だと…!?」

「な、何をするでもなく一体…!?」

 

 辺りを見回して数秒、状況は何の変化も無い。

 ではあのヘリは一体何の為にここへ飛んできたのか?

 まさか何処かの観光ヘリが物見遊山のつもりで飛んできた訳ではあるまいと思考を巡らせていた指令官だったが…。

 

「指令、あれは…!?」

 

 補佐官からの問いに応え、視線を彼が指差す方向へ向ける。

 自軍の正面、城の城門前、そこには先程までは居なかった3人の女性の姿が。

 

「な、何だ貴様らは!?」

 

 不意に現れたその者達に問い詰めると、向かって左側に居る青い髪の女性が口を開く。

 

「…我等は超常災害対策機動タスクフォース、“S.O.N.G.”(Squad of Nexus Guardians)の者だ。」

「S.O.N.G.だと…!?」

「そうだ。此度の暴動に伴い、国連から出動が要請されてな。」

「国連だと…!?」

「馬鹿な…いくらこの国が世界の資源輸出に貢献しているとはいえ、こんな辺境の地の騒動に国連が…!?」

 

 国連という言葉に周りの兵士達が浮き足立つ。

 彼等が口にする通り、ここまで国連からの対応が速いとは指令官も思っていなかった。

 彼等の動揺が誰しもの目に映る中、向かって右側に居る少女がさらに彼等を煽るように口を開く。

 

「ハッ!おつむが悪いんだよ!てめえらの考えは全部お見通しって訳だ!」

「今ならまだ間に合います!武器を下ろして、戦いを止めてください!」

 

 続けて声を上げたのは中央に居る少女。

 先の2人とは違い、彼女は反乱軍に対して説得を試みた。

 

「それは出来んな!我等はこの国の実権を握り、他国に並ぶ…いや、それ以上の大国を築き上げると誓ったのだからな!」

「こんな乱暴な事しなくても、話し合えばきっと分かり合えます!皆で手を取り合う事が大事なんです!」

「出来んと言っている!!だからこそ我等は相手の手よりもこの武器を手に取っているのだ!!貴様ら先程おつむが悪いと言ったな?その言葉、そのまま返してやろう…!」

 

 しかし彼等の意思の前に少女の言葉は届かなかった。

 その様子を静観していた青髪の女性が少女に対して小声で問い掛ける。

 

「…気は済んだか?」

「…。」

 

 その問いに少女は答える事は無かった。

 代わりにその手を…どこか普通ではない衣装に包まれたその手を握り締める。

 

「我等の意思は固い!!立ちはだかるなら女子供とて容赦はせんぞ!!」

 

 問答無用と言わんばかりに指令官は部下に命令し、自身も搭乗している戦車の砲台を彼女達へと向ける。

 しかしまだ撃たない、これは警告だ。

 それは少女達へ向けたものでもあり、またこの状況に未だ動く気配の無い国王へ向けた最後の通告でもある。

 普通に考えれば身の危険を感じた少女達が逃げるなり怖じ気付くなり、あるいは国王側から何かしらの動きがあって然るべきだ。

 しかし幾ら待っても状況は全く変わらない。

 少女達は退く事をせず、変わらぬ様子でこちらを見据えており、また国王側からも何の動きも無い。

 指令官の中で勝手に定められていた猶予は無くなった。

 

「…撃てぇ!!」

 

 その号令の後、戦車の火砲から轟音と共に巨大な鉛玉が発射される。

 生殺与奪を決めた自分、1秒とも間が空かず命令に忠実に従った部下、そして無抵抗の人間3人を殺すにしては大きすぎる兵器(凶器)

 自分達は非情である、そんな事を考えている間には既に戦車から弾頭が発射された際の轟音が静まる頃であった。

 この国の為とはいえ、この手で人を殺めた。

 何度見ても慣れるものではなく、慣れたくもない。

 しかし彼女達の犠牲を見ればさしもの国王も重い腰を上げる事だろう。

 彼女達はこの国の未来の為の礎となったのだ。

 人並みのような、狂信者のような、複雑な思いを胸に秘め、指令官は()()()()()()()()()()()を見る。

 

「な、に…?」

 

 思わず漏れた声、それを皮切りに辺りの兵士達からもどよめき声が聞こえてくる。

 

 今目の前には何が居る?

 

 ―少女達だ。

 

 その少女達は死んでいるのか?

 

 ―生きている。

 

 彼女達は何故生きている?

 

 ―分からない。

 

 弾は撃った、間違いない。

 

 ―何故生きている?

 

 狙いは彼女達に向けられていた筈だ。

 

 ―何故生きている?

 

 彼女達は変わらずこちらを見据えている。

 

 ―何故生きている!?

 

 不意に視線の上から何かが降ってきた。

 それは彼女達と自軍最前列との間に出来た空間に落ちる。

 それを目で追っていくと、その落ちてきた物体は何かの弾のようであった。

 大きくひしゃげており元の形が判別しづらいが、少なくとも拳銃程度の弾では無い。

 あの大きさだ、恐らくは戦車などに使われる弾頭だろうと予測をしたその瞬間、指令官の胸中でカチリと何かのピースが嵌まったような感覚がした。

 得も言われぬようなその感覚ではあるが、同時に何故だかそれは決して嵌まってはいけないピースだったのだという確信めいたものも胸中に渦巻いていた。

 そのまま呆然と視線を少女達へと戻すと、中央に居る少女がいつの間にやら掲げていた腕を下ろしていた。

 掲げていた手は握り拳、そしてその時の姿勢はまさに何かを下から打ち上げたかのよう。

 そして落下してきた弾頭。

 きっとこの瞬間、反乱軍の誰しもが同じ表情を浮かべていただろう。

 考えてみれば分かった筈だ。

 戦車の砲台は少女達の身長、位置によって斜め下へ向けられていた。

 その軌道で弾を撃てば確実に地面に着弾し、爆発を起こして黒煙が上がるはず。

 そうだ、最初からそんな煙は立ち昇っていない。

 “戦車の弾を撃てば地面に着弾し彼女達を巻き込んで爆発、煙を上げて彼女達は跡形も無く死ぬ”という常識は崩された。

 代わりに彼女の達の眼が訴えかけるのは、“放たれた弾頭はこの手で弾き飛ばした”という非常識だ。

 

 

 

 

 

 それを理解した瞬間、彼等の内の何かが切れた。

 

 

 

 

 

「うっ、撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 皆揃って銃を構え、躊躇無く引き金を引く。

 非情ではない、その胸に抱く思いは、恐怖だ。

 目の前に居る恐怖の対象を振り払わんと一心不乱に注がれる鉛玉の雨嵐、されどその恐怖は拭われる事は無く。

 確実に被弾している筈の彼女達の身には傷1つ付いておらず、ただ雨嵐の先に居る者達へ向けられている。

 襲ってくる訳でもない、しかしその場には確実に居るという拭われぬ恐怖に恐れ戦く彼等の指からは次第に力が抜け、1つ、また1つと撃たれる鉛玉は減っていき、遂に誰しもが引き金を引く事が無くなった一瞬の静寂。

 

「行くぞ!!」

「おう!!」

「はい!!」

 

 その隙を突き、3人の少女達は走り出す。

 反乱軍の内心に関してはしばらくの間語らないでおこう。

 今まで静観していた恐怖の具現が遂に動き出したのだ。

 誰もがパニックに陥り、いささか気が触れたかとも取れるように少女達に銃口を向けるだけなのだから。

 

 

 

 

 

「行きます!!」

 

 鉛の弾幕の中を一番に飛び出したのは中央に居た少女。

 その脚に一層の力を込めると、まるで彼女自身が1つの弾丸ように飛び出していく。

 彼女が一瞬その動きを止めたその時、そこは既に反乱軍の兵士の1人の前であった。

 

「はっ!!」

 

 一瞬の殴打。

 相手の腹部目掛けて放たれた“軽い一撃”、しかしそれは兵士を気絶させ無力化させるには十分であった。

 

「はっ!せいっ!はぁっ!!」

 

 少女はさらに身を翻し、一人、また一人と拳を当てていく。

 そんな少女の腕には、世界中どこの軍を見ても採用されていないであろう特殊なユニットが装着されていた。

 

 変わって少女の右翼、兵士達が引き金を引く対象は青い髪の女性。

 しかし銃弾は彼女の持つ一振りの流麗な刀によってその悉くを“切り落とされていた”。

 

「…参る!!」

 

 女性の掛け声が澄み渡るや否や、女性の姿が消える。

 それと同時に兵士の1人が一瞬の呻き声を上げると共に地に伏せる。

 何があったとそちらを向く前にまた誰かが倒れ伏す。

 それが何十回と続く中、兵士の1人が意識が飛ぶまでの一瞬の間に耳にした言葉があった。

 

「案ずるな…峰打ちだ。」

 

 《颯ノ一閃》

 

 戦闘が始まって1分にも満たない中、反乱軍はたった3人の少女達に瞬く間に戦況を覆されていた。

 

「えぇいやってくれる…ならば、“アレ”を出せ!!」

「し、しかしアレは…!!」

 

 その中で少しばかり冷静になった指令官は部下に戦車を下がらせながらある兵器の投入を命じる。

 しかし部下は先の忠実な姿勢から一転して二の足を踏む。

 それもそうだろう、命じられた兵器の投入は今回の計画に於いて最後の手段。

 いや、世界全体で見ても使用してはいけない代物だ。

 あの兵器を投入する事こそ、本当の非情というものだ。

 

「いいから出せ!!我等の理想が掛かっているんだぞ!!」

「は、はい!!」

 

 しかし指令官の怒号に折れ、ついにその兵器を投入する為のトリガーを引く。

 もう後には退けぬと断腸の想いで解き放ったそれは、内部が赤く不気味に光る結晶であった。

 無数のそれらが地面にばらまかれると結晶は弾け、代わりに内部の発光体が地面に着く。

 すると発光体を中心に幾何学的な模様が地に走り辺りを朱色に染め、そこから無数の異形が姿を現した。

 

「来たか…!」

 

 それを見た女性は兵士達へ向けていたものとは明らかに違う敵意を向ける。

 反乱軍が投入したこの兵器こそ、彼女達がこの戦場に介入した本当の理由。

 この世界には有史以前から存在が確認されていた特殊災害があった。

 発生場所、目的、それらの一切が不明であり、その存在に干渉する事は出来ない。

 それはその災害が物理法則を無視する事が出来る存在であるが故に。

 そんな災害を研究していく中で産み出された、悪魔の技術。

 人々が決して抗えぬ災いに対し造り上げたそれは、皮肉な事にその災いそのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルカ・ノイズ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “アルカ・ノイズ”

 認定特異災害“ノイズ”を模した特殊否法侵略兵器だ。

 

「陣形を変える!!間を読み違えるなよ!!」

「はい!!」

 

 アルカ・ノイズの出現に対し、少女達は行動を変える。

 兵士達はアルカ・ノイズの間から少女達へ発砲するも、少女達は器用にもアルカ・ノイズの攻撃を躱しながら兵士達へ向かってくる。

 他の奴等のように殴られる、打たれる。

 そう思った兵士達は身を固くするも、彼等はそのような目に会う事は無かった。

 

「そりゃぁぁぁ!!」

「は?え…えぇぇぇぇぇ!?」

 

 兵士の一人が投げられた。

 ある兵士は襟首を掴まれ路地裏に投げ込まれた。

 またある兵士達は纏めて胴を掴まれそこら辺に放り出された。

 

「翼さん!!」

 

 やがて少女が声を上げると、翼と呼ばれたあの青い髪の女性が文字通り天高く舞い上がる。

 空中にて身を翻した彼女はその手に何本もの短刀を握ると、狙いを定めてそれらを投げる。

 狙いはただ一つ、アルカ・ノイズの影。

 

 《影縫い》

 

 影に短刀が突き刺さった瞬間、アルカ・ノイズは一切の行動を封じられた。

 そのまま追撃を行うかと思いきや、意外にも彼女達は自らの進む道以外のアルカ・ノイズには構わず先に居る人間の集団の方へと進んでいく。

 その様子から察するに、如何に彼女達でもアルカ・ノイズは倒せないのだろう。

 ならばあの短刀を引き抜きさえすれば、先に進んだ2人を挟み撃ちに出来る。

 そう判断した反乱軍の兵士達はすぐさまアルカ・ノイズの側へと走り寄ろうとする。

 

「ちょいと待ちな、そこらの大勢方。」

 

 だがその行いに待ったを掛ける者が1人。

 それがうら若き少女の声だと理解した時、兵士達はしまったと動きを止め、その声がした方へと視線を向ける。

 そうだ、敵は何も2人だけでは無かった。

 そこには大きく真っ赤なクロスボウを引っ提げた3人目の少女が居た。

 

「よーし良い子だ、そのまま動くなよ…。」

 

 少女は再度兵士達へ声を発し彼等の注意を自分へ向けると、その手に握る真っ赤なクロスボウの狙いをを遥か上空へと定める。

 

「何せアルカ・ノイズ(こいつら)に贈る大事なプレゼントなんだからな。下手に受け取ったりしたら…そん時はあたしは知らないぜ?」

 

 そして引き金を引き、クロスボウから水晶のような矢が発射される。

 狙いは遥か上空という事で放たれた矢はそのまま虚空へと消えてしまい、兵士達は一体何をしているんだと訝しむ。

 少女はそんな兵士達に対し、妙に気取ったようなポーズを取りながら笑みを浮かべた。

 

「ちょいと早めの“クリスちゃん”(クリスマス)プレゼント…ってな!」

 

 その瞬間、文字通り空から“水晶の雨が降り注いだ”。

 

 《GIGA ZEPPELIN》

 

 一瞬の雨嵐、その後に立っていたのは少女と兵士達のみ。

 アルカ・ノイズはその全てが水晶の雨に射たれ、今は赤い塵となって消えている。

 

「心配すんな、あんたらにはあんたらで特別な事情聴取その他もろもろ(プレゼント)があるからよ。」

 

 そして兵士達もアルカ・ノイズのように塵とはならなかったが、その代わりとして一様に水晶で出来た拘束具によって両手を塞がれていた。

 

「なぁに遠慮なさんな、持ってけサービスだ☆」

 

 その可愛らしく発せられた宣言に兵士達は色んな意味で心を撃ち抜かれ、そこでやっと…いや、薄々は感付いていたが、気付いたのだ。

 “彼女達は誰一人殺す事無くこの戦いを終わらせようとしている”事を。

 

 

 

 

 

「馬鹿な…アルカ・ノイズがこうも容易く…!?」

 

 その事実に気付いた反乱軍の指令官は決戦兵器として用意したアルカ・ノイズが易々と倒されている現状に歯噛みをした。

 馬鹿な、あれらは全て正真正銘アルカ・ノイズだぞ!?

 いくら流れに流れた横流し品をかき集めたものだとしても彼女達の戦闘能力は軽い一撃で兵士を昏倒させたり銃弾を切り落としたり異常な程高い精度の範囲攻撃を有していたりと一線を画し過ぎている。

 あれほどの戦力を持つあの装束は一体何なのだ!?

 あれではまるで対ノイズを想定して造られたようなもの…。

 そこまで思考して指令官はようやっと気付いた。

 聞いた事がある、頻発するノイズの襲撃に対抗すべく、一人の科学者が名乗りを上げた事を。

 特殊な調律を発する事によりノイズが持つ炭素化能力も、物理法則を無視する位相差障壁も無効化し、世界で唯一ノイズを攻略する事が出来る超法規的防衛武装。

 “歌の力で戦う”という奇天烈な発想の下で開発されたその力の名は…

 

「まさか…あれが国連が所持しているというアンチ(Anti)ノイズ(Noise)プロテクター(Protector)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “シンフォギア”(Symphogear)なのか!?」

 

 そのシンフォギアが今、目の前で牙を向いている。

 アルカ・ノイズを決戦兵器とした事で…いや、そもそもアルカ・ノイズという存在に手を出した時から、既にそうなる運命だったのだ。

 

「後方部隊より入電!!謎の人物3名による襲撃!!投入したアルカ・ノイズも悉く打ち倒されているとの事!!」

 

 そして世界が決めた法を破った罪は、さらに自らの未来を押し潰す結果となって返ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンフォギアが“6機”も、だと…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~王国近郊~

 

「そこっ!!」

 

 《EMPRESS†REBELLION》

 

 反乱軍の後方部隊、彼等の使役するアルカ・ノイズが銀の煌めきによって滅せられる。

 前線部隊が3人のシンフォギア装者によって瓦解していく中、こちらも同じように3人の装者によって壊滅させられていた。

 

「搦め手は得意だよ…!」

 

 アルカ・ノイズを失い動揺する兵士達を桃色の光放つヨーヨーが拘束する。

 搦め(絡め)の意味を間違えているのではと言いたげにアルカ・ノイズがヨーヨーを操る少女へ向かっていくが…。

 

「ちょいと通るデース!!」

 

 《断殺・邪刃ウォttKKK》

 

 それは彼方より飛来した緑刃と、それを操る少女によって阻まれる。

 

「ノイズの相手はアタシに任せるデス!」

「頼りにしてるわよ切歌!調はそのまま兵士達をお願い!」

「うん、任せて!」

 

 銀のシンフォギアを駆る女性が先陣を切り、3人は革命軍へ駆け出す。

 その様子は前線に居る3人と変わらず、半ば一方的な戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ…あのような異形の怪物達をいとも容易く…!!」

「彼女達は一体…!?」

 

 そしてその様子は城内にも知れ渡っていた。

 誰もが畏怖の念を以て戦局を見守る中、側近の1人がはっと我に返り、国王に早急な避難をするよう促す。

 

「しかしながら国王、いずれここも危険になる恐れがあります。早く避難を…!!」

「やはりそうか…!」

 

 しかし国王は側近の言葉に耳を貸さず、少女達の姿を目で追い続けていた。

 初めに彼女達3人が革命軍の前に出た時は肝を冷やした。

 何を馬鹿な真似をしているのだと。

 彼女達が撃たれた時は口から心臓が飛び出るかと思った。

 見ず知らずの者達ではあるが、国王として人を守る事が出来なかったと後悔もした。

 そして少女達が生きている姿を見て、彼女達が戦う姿を見て、ある疑問が生まれた。

 彼女達の姿を何処かで見た事があると。

 いや、見たのでは無い…聞かされたのだ。

 戦場にて命を謳い上げし姫巫女の存在を、この国を今日まで築き上げてきた先代国王からずっと…。

 

「あの者達こそ、絶唱の戦巫女…“神の炎を授けよ”と先祖代々告げられていた、あの…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な…こんな筈では無かった…こんな奴等に…!?」

 

 指令官がそう呻いている時には、既に多くの兵士は捕らえられ、アルカ・ノイズは全て出し尽くした頃だった。

 決定的な戦況と指令官の様子に動揺を隠せぬ戦車内の兵士達だったが、レーダーに反応有りと確認するや否や、即座に配置に着く。

 だが彼等にとっては無情なるか、レーダーに映る反応というのは、敵であるシンフォギアに他ならない。

 

「もう終わりです!他の兵士の皆さんに武器を下ろすよう命じて、投降してください!」

 

 彼等の前に現れたのはあの説得を試みた少女だった。

 この期に及んでまだと言うべきか、それともこの覆しようもない状況から来る余裕、傲慢さか…。

 何れにしろ、その言葉は指令官の逆鱗に触れるには十分であった。

 

「何度も言わせるな!!この国はもっと昇れる!!かつての王国のように、この世界の上に立てる国なのだ!!その為にも…退く訳にはいかんのだぁ!!」

 

 尤も、それは単なる逆恨み(逆ギレ)でしかないのだが。

 

「撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 歪んだ怨念が形となって少女に襲い掛かる。

 それに対して少女が取った行動は…“片手で受け止める”であった。

 仮にも世界の現行兵器で未だ主力である戦車の一撃だ、受け止めるにしても漫画やアニメでは受け止めた際の衝撃によって後退りなんてものが発生するだろう。

 目の前の少女はそれさえもしない、する程の威力が無かったのだろう。

 悪い夢であれと誰もが思っていた、少女は意図してか知らずか、その幻想を真正面からぶち壊した。

 しかし少女も鬼では無い。

 少なくともこの戦いは続けた所で誰も幸せになどならないと分かっている。

 

「最上の旋律(シンフォニー)…。」

 

 故に少女は決めた。

 こんな悲しい戦いは、もう終わらせる。

 

 最速で…。

 

 最短で…。

 

 真っ直ぐに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「声を一つに束ね!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一直線に!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃てぇっ!!撃てぇぇぇ!!この国をかつての王国のように…あの“光の騎士伝説”が語り継がれていたあの時代を取り戻す為にぃぃぃ!!!」

 

「無限大の(ソウル)が…!!」

 

 全ての火器を用いて抵抗する革命軍。

 しかし赤いクロスボウを持つ少女がその武器から矢を放ち、戦車の無限軌道(キャタピラ)を破壊。

 

「「手と手を、繋ぐよ!!」」

 

 翼と呼ばれた青い髪の女性が刀を一閃、戦車の火砲を切り捨てる。

 そして最後の一人、心優しき少女が放つ渾身の一撃が…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「激唱…インフィニティィィィィィィィィィィ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦車の砲塔を一瞬で空の彼方へと吹っ飛ばした。

 晴れ渡る指令官と兵士達の視界。

 しかし彼等の目には刀を携え、弓を番え、そして堂々と仁王立つ少女達の姿しか写らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の指令官(リーダー)は捕らえたが…マリア、そっちは?」

「まだ戦闘中。前線の状況が伝わっていないだけかもしれないけど…何れにしろ、早々に終わる気配は無さそうよ。」

「分かった、引き続き頼む。…だそうだ、お互いまだ少しばかり時間が掛かりそうだ。」

「あいよ。ったく、結果なんぞ目に見えて分かってるだろうにこいつらは…。」

「…。」

 

 指令官を捕らえた3人、その中で翼は後方部隊を相手にしている仲間達へ連絡を取っていた。

 クロスボウを携える少女は未だ抵抗を見せる兵士達へ惜し気も無く悪態を吐くも、もう1人の少女は彼女とは打って変わって静かに立ち尽くしている。

 しかしその表情は思い詰めた様子であり、もしその胸の内を吐露するような事があれば、きっと彼女以上に言葉が出る事が目に見える。

 

「…ここからは作戦を残党処理に切り替える。散開し、各個迎撃に当たるぞ。」

「りょーかい。」

 

 それを見越したか、翼はこれ以上止まって思考する事を止め、この場から動き出す決意を固めた。

 クロスボウの少女はその判断に二の次の言葉無しに了承の返事を返す。

 対してもう一人の少女は…。

 

「…はい!」

 

 一拍あったものの、了承の返事を返した。

 話し合う、手を取り合う、分かり合う。

 ただそれだけの、何と難しき事か。

 この戦いでまたその現実を突き付けられた。

 しかしそれでも彼女は歩みを止めない。

 それが自分の生きがいだから。

 その“夢”を追い続ける事が、分かりあえた者達との、分かりあえなかった者達との“約束”になるから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の欲望、業…。

 

 古より人は幾多もの罪を背負い、神からの贖罪を求めていた…。

 

 神こそが全て、神こそが正義だと…。

 

 だが何時の時代からか、その神への反逆を宣言した者達が現れた…。

 

 人々が救いを求めている神こそが、人類に大罪を着せた悪魔に他ならぬと…。

 

 欲に塗れし人類は彼等のコトバを時に信じ、時に疑い、今も拭いきれぬ罪を背負い生きている…。

 

 神もまた、そのコトバを時に否定し、時に貶し、時にねじ伏せ、今も人類を己が手で導かんと笑みを浮かべている…。

 

 あるべき形となっていた未来を崩し、混沌へ誘われた世界…。

 

 その果てに待つのは、希望の未来か、絶望の未来か…。

 

 世界を壊した愚かなる者達、人々は時に絶対なる神を裏切ったと侮辱の眼差しで以て、時に彼等こそまだ誰も知らぬ新たな世界を築き上げる先見者なのだと羨望の眼差しで以て、彼等の名をこう呼ぶのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “守りし者”と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは奇跡が起こした偶然か…。

 

 或いは定められし必然か…。

 

 異なる時代に生きる2つの運命が交わりし時…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刻まれし刻印は炎となり、絶えず命を謳い上げる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~思い付いた限りでの補足~


・正面からしか攻めない反乱軍

→いや、こんなアホみたいな連中にするつもりはなかったんだけどね…色々と作者的な都合がね…


・特殊否法侵略兵器アルカ・ノイズ/超法規的防衛武装シンフォギア

→適当に名付けました


・クリスちゃんプレゼント

→シンフォギアはAXZ終了後、冬休み直前からのスタートとなっています
つまりはクリスちゃんの多分な愛が込められた素敵なプレゼントなのです(意味不明)


・そしていつまでも動かない国王殿下

→いや、だからこんな馬鹿みたいな人にする予定はなかったんだけどね…


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第1話「それは奇跡が起こした偶然か」前編

新年明けましておめでとうございます。
このお話を見る前に作者から一言。

“シンフォギア第1話の衝撃を私は忘れない”



「♪~♪~」

 

 弾むような心地好い鼻歌が流れている。

 それと同時に食欲をそそられる良い匂いが室内を満たす。

 

「…よし、晩御飯の準備は完了!後は…。」

 

 時刻は19時を回る頃、彼女…“小日向(こひなた) 未来(みく)”は夕食の準備を終えると必要な分の片付けを済ませ、部屋に備え付けられているソファーへと腰を下ろしTVの電源を付ける。

 

「…ではここで本日の特集です。世界的輸出大国である“ヴァリアンテ王国”に於いて今日未明、国際連合から経済革命を目的とした紛争行為が勃発したとの発表がありました。紛争自体は3日前に行われ、現在は鎮圧が確認されているとの事ですが…。」

 

 TVで放送されていたのは、先日とある王国で起きた騒動について特集を設けたニュース番組であった。

 これまで内戦といった言葉とは無縁であった王国でのこの騒動。

 王国が世界的な輸出大国である事も相まり、今日1日のニュース番組は概ねこの事件を特集として放送していた。

 今ちょうど評論家が画面の向こうで論説しているが、現在の王国の在り方に疑問を持つ者が国内から出てきた以上、これまで通りの貿易関係を続けられるとはどの国も思っていないであろうし、このような問題が起きたのには彼等と貿易を行っている全ての国にも責任があると誰しもが思うであろう。

 今頃ネットではこれらの情報を踏まえて独自の目線でこの事件を追及、考察してみた等といった書き込みや動画が流れているであろうが、この小日向 未来という少女はそれらとは全く別の観点でもってこのニュースに注目していた。

 

「皆が…響が関わった事件…。」

 

 …話は変わるが夕食が出来たのならば冷めない内に食べれば良いのではと思われる人が居るかもしれないが、彼女が作った料理は彼女1人分だけの量では無いのだ。

 彼女は“リディアン音楽院”という音楽学校の生徒であり、同時にそこの寮生でもある。

 つまり彼女が居る部屋というのは何も彼女1人だけの部屋では無い。

 そう、彼女は現在所用で外出している相部屋の者の帰りを待っているのだ。

 帰りの連絡が来ていない以上先に食べてしまっても問題は無いのだが、彼女は敢えてそれをしない。

 彼女は分かっているのだ、自身と相部屋となっているあの少女は、誰かと一緒に笑い合って食事をするのが好きなのだと。

 そして自分もその少女と共に食べる食事が好きなのだ。

 お互いの好きな事、嫌いな事、してほしい事、してほしくない事…。

 特別言葉を交わさなくとも、相手の気持ちは十分理解している。

 ただ同じ部屋となっただけでは無い、彼女達はそれほど長い付き合いなのだ。

 そんな同居人の帰りを心待ちにしていると、室内にとある連絡を告げる音声が鳴り響く。

 待ちわびた連絡だと彼女は飛び付くかと思いきや、意外にもその音声を鳴らす機械を呆けた様子で見つめている。

 それは普段同居人である少女から連絡が入る携帯の着信音では無く、滅多に鳴る事の無い別の通信機からの連絡音だったからだ。

 何故、と疑問に思うが、連絡が来たならばと彼女は気を取り直し、未だ連絡音の鳴るその通信機へと手を掛ける。

 

「はい、小日向です。」

「俺だ。すまないな未来君、こんな時間に…。」

「いえそんな、とんでもないです!それより、どうかしたんですか?私に連絡なんて…。」

 

 通信機の向こうからは壮年の男性の声が聞こえてきた。

 開口一番俺だなど、端から聞けば詐欺紛いの連絡でも掛かってきたのかと疑わしくもなるが、未来は通信の相手を一切疑う事無く話を聞く。

 

「うむ、実はな…未来君、これから時間はあるかな?」

「あ、はい…特に外出する予定はありませんけど…。」

 

 遅くなるであろう待ち人の事を考え、今夜の主食はカレーを選択した。

 急な外出となっても問題は無い。

 

「そうか…では申し訳ないが、未来君には至急本部まで来て欲しい。」

「本部にですか…?」

「あぁ、構わないかな?」

 

 連絡相手から指定された行き先は本部と呼ばれる場所。

 まるで特殊な組織に属する者同士の会話に聞こえるそれは到底10代半ばの少女がするような会話では無くまるで意味の分からないものであるが、彼女はすぐさま了承の返事を返す。

 

「はい、大丈夫です。」

「よし、では至急迎えをそちらに送る。未来君は寮の外で待機していてくれ。」

 

 その言葉を最後に通信は切れた。

 彼女は急いで外出の為の身支度を整えると、言われた通りに寮の外で迎えが来るのを待つ。

 それからおよそ5分後、軽いクラクション音と共に1台の車が目の前の通りに停まる。

 

「あおいさん!」

「お待たせ未来ちゃん、さぁ乗って。」

 

 運転手である“友里(ともさと) あおい”と軽く挨拶を交わし、未来は車に乗り込む。

 彼女が乗車したのを確認したあおいは車を反転させ、海岸へと車を走らせる。

 ここで1つ、種明かしをしよう。

 先程未来と男性の会話をまるで特殊な組織に属する者同士の会話のようだと言ったが、それは事実なのだ。

 彼女はその組織の特別外部協力者。

 そして彼女が属している組織は超常災害対策起動タスクフォース、通称S.O.N.G.。

 今から向かうのは街の海岸に停泊している潜水艦…詰まる所、S.O.N.G.本部だ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま戻りました。」

「ご苦労、あおい君。未来君も急にすまないな。」

 

 S.O.N.G.本部の中枢である発令室へと到着した2人を壮年の男性が迎え入れる。

 その声は先程彼女が通信機越しに会話をしていた人物のものであった。

 “風鳴(かざなり) 弦十郎(げんじゅうろう)”、このS.O.N.G.の司令官を務める大人の男性だ。

 

「いえ…それよりも、私が呼ばれた理由って…?」

「うむ、実はな…。」

 

 特別外部協力者という名から分かる通り、未来は正式にS.O.N.G.に所属している訳では無い。

 あくまで外部の協力者という立場上自分が呼ばれるというのは余程の事態でも起きない限りは無い筈。

 何故今回自分が呼び出されたのか未来が説明を求め弦十郎もそれに答えようとしたその時、

 

「おっさん!未来の奴が来たって…!」

 

 今しがた未来やあおいが入ってきた扉が開き、そこから3人の少女が司令室へと駆け込んできた。

 

「クリス!調ちゃんに切歌ちゃんも…!」

「未来先輩…!」

「未来先輩、昨日ぶりデス!」

 

 まず先頭、仮にもS.O.N.G.司令官であり何歳も年上の弦十郎をおっさん呼ばわりした少女、“雪音(ゆきね) クリス”。

 その後ほぼ同じタイミングで部屋に入ってきたのは“月読(つくよみ) 調(しらべ)”と“(あかつき) 切歌(きりか)”。

 未来の1学年下の後輩で、いつでも一緒の仲良しコンビだ。

 

「全員揃ったか、では改めて状況の確認を…。」

「え…待ってください!」

 

 少女達3人がやって来たのを確認した弦十郎が改めて話を進めようとするが、未来が慌ててそれを止める。

 

「響は…?今日は皆と一緒に居た筈じゃ…?」

 

 未来に響と呼ばれたその人物こそ、彼女と寮のルームメイトとなっている少女であり、幼い頃からの大親友。

 その響が外出していた理由というのは、他ならぬS.O.N.G.の活動に関するものであり、今日彼女はクリスや調、切歌と共にこの本部へと顔を出していた筈なのだ。

 しかし今この場に彼女の姿は無い。

 まさか彼女だけが部外者なんて事は無いだろうと未来は疑問を投げ掛けるが、弦十郎はそれに対して何故か苦い表情を浮かべる。

 

「…それも含め、未来君に伝えなければならない事がある。まずはこれを見てくれ。」

 

 弦十郎が指示を出すと、司令室内にある巨大モニターにある映像が表示される。

 

「これは…?」

 

 そこに映っていたのは、とある室内に存在している黒い円形の何かだった。

 大の大人1人分くらいの大きさのそれは部屋の中央に存在しており、全体が黒色となっている。

 まるでその部分の景色だけをすっぽりと抜いてしまったかのように黒一色となっているそれだが、その中にもう1つ人目に付く存在があった。

 上手く言葉で説明するのは難しいが、強いて言えば「炎」の漢字をそのまま形にしたような形状のそれは謎の円の中央に存在しており、周りが黒一色なのと相まって異様に色彩を放っているように感じる。

 その奇妙かつ非現実的な光景を目にした未来は怪訝に眉を顰め、心の中で疑問を反芻する。

 これは一体何なのかと。

 

「これはある聖遺物によって生じたものです。」

「エルフナイン…。」

 

 そんな未来の疑問を心を読んだかのように答えたのは、まだ10代にも満たっていないような子供だった。

 彼女の名は“エルフナイン”、幼い見た目に反してS.O.N.G.の専属技術者でもある。

 何処からともなく現れた彼女であるが、その表情は弦十郎と同じく晴れやかなものではない。

 よく見るとクリス達3人やあおいなどのオペレーター達の表情も暗いものであった。

 不意に場を満たす重たい空気に一体何が、と思っていると、弦十郎が漸く重たくなっていた口を開く。

 

「まずは簡潔に事実だけを話そう。未来君、どうか落ち着いて聞いてほしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響君が消息不明となった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 告げられた言葉に驚愕を通り越して呆けた表情を見せる未来。

 消息不明?

 あの響が?

 ここに居たのでは無いのか?

 皆と共にこの本部で仕事をしていたのでは無いのか?

 それが何故居なくなるなんて事になる?

 一体何があった?

 状況が飲み込めず固まる未来の姿を見た弦十郎は胸を痛める。

 彼女達の仲は弦十郎もよく知っている。

 故に当時の状況の説明という彼女にとって受け入れ難い現実を突き付ける行為に踏み込むのが躊躇われる。

 

「すまない、これは全て我々…いや、俺の不遜が招いた事態だ…。」

 

 しかし話さなければならない。

 事は全て自分の失態によるもの。

 大人として、それ以前に人として責任を果たす為、弦十郎は未来に事の次第を説明し始めた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「お待たせしました、師匠!」

「うむ、全員揃ったな。すまないな、冬休み早々呼び出してしまって。」

「全くデス…今日は1日のんびり過ごす予定だったのに…。」

「そうやってグータラしてっからいつまでも課題が終わんねーんだよ…で、今日は一体何の用なんだ?」

 

 時刻は15時頃、S.O.N.G司令室に4人の少女が入ってきた。

 内3人はクリス、調、切歌。

 そして最後の1人、その少女こそ件の人物である“立花(たちばな) (ひびき)”だった。

 ちなみに今の季節は12月後半、弦十郎が言った通り彼女達が通うリディアン音楽院は先日終業式を迎え、多くの学生が待ち望んでいた冬休みへと突入した。

 学生やら勉学やらといった普段のしがらみから解放され心行くまで休日を満喫しようと思った矢先に呼び出しとは、切歌でなくとも色々と募るものがあるだろう。

 

「うむ、まずは全員これを見てくれ。」

 

 そんな少女達の様々な反応にまだまだ若いな、と頬が緩みそうになるが、弦十郎は今回彼女達を召集した理由を今一度脳裏に思い浮かべ、モニターを操作し映像を見せる。

 

「これは…?」

「何だか綺麗な色してるデス。」

「あぁ…おっさん、こいつは?」

 

 少女達が目にしたのは赤、オレンジ、黄色といった暖色系のグラデーションをベースとし、金色のラインが入っている何かの物体であった。

 当然これだけではこの物体が何なのか見当も付かない為、クリスは遠慮なくその正体について問い掛ける。

 

「これは“プロメテウスの火”と呼ばれる聖遺物です。」

「エルフナインちゃん!」

 

 それに答えたのはまたも…というよりかはこの時も、と言った方が正しいか、何処からともなく現れたエルフナインであった。

 

「プロメテウスって?」

「プロメテウスはギリシャ神話に登場する神の1柱であり、主神ゼウスによって取り上げられてしまった火の文化を再び人類にもたらした文化英雄であると記されています。」

「この聖遺物は先日君達が向かったヴァリアンテ王国から提供されたものでな。なんでも絶唱の姫巫女降り立ちし時これを授けよ、と代々受け継がれてきた物らしい。」

 

 S.O.N.G.…超常災害対策タスクフォースという肩書きの通り、彼等は世界から見ても大いに特殊な組織である。

 その活動の1つに聖遺物と呼ばれる物の回収がある。

 その聖遺物というのは世界各地の神話や伝承にて語られる超古代の異端技術(オーバーテクノロジー)の産物の総称の事。

 世界各地の遺跡から発掘され、その殆どは経年劣化や破損によって本来の力を失っているが、ごく稀にその力を宿したままの状態の物が発見される事がある。

 聖遺物は総じて超常的な力を持っており、悪用されればどれ程の被害が出るかは見当も付かない。

 そんな危険を伴う古代の遺物を回収するのがS.O.N.Gの目的の1つだ。

 

「1度は国連の方で引き受けたらしいが、調査の結果これが聖遺物である事が判明し、我々の下に送られた。それもこいつは…完全聖遺物なんだ。」

 

 そしてそんな聖遺物の中に極めて稀ではあるが、経年劣化を起こさず当時の形状そのままを維持した状態の物が発見される事がある。

 それらは“完全聖遺物”と呼ばれ、国連で厳重に保管される事になる。

 欠片でさえ人智を越えた力を秘めているのだ、完全聖遺物となるとその力は未知を超え、もはや神のみぞという言葉を使うしか無い程に途方もない力を秘めている。

 

「完全聖遺物か…懐かしいなその響き。」

「しばらくは聖遺物自体を相手にする事が無かったから…。」

「完全聖遺物…ネフィリム…フロンティア事変…手紙…うっ、頭が…デェス…!!」

「何自爆してんだよ…で?上の連中からこいつを送られて、それで一体こっちは何しろって言われたんだよ?」

 

 そしてそんな完全聖遺物を渡す以上タダで引き渡すという事はあるまいと、クリスは嫌な予感しかしないといった表情で弦十郎達に問い掛ける。

 

「察しが良いなクリス君。そう、上層部からは我々にこの聖遺物の全面的な調査を命じる…と言われてな。」

「はぁ?んなモンたまにはてめぇらの方でやりやがれっての。何で毎度毎度あたしらに全部押し付けてくるんだよ…。」

 

 想像していた通りの答えだったとクリスは愚痴を溢す。

 上の連中はいつもそうだ、常々こちらの動きにあーだこーだとちょっかいを掛ける癖に、ほんの少しでも手に傷が付きそうな事態になれば平気で全ての問題をこちらに丸投げしてくる。

 自分達は良いように扱われる玩具じゃ無いとクリスは頬を膨らませる。

 

「仕方が無いんです。もし万が一にでも聖遺物が暴走を起こした場合、対処できる方法は限られています。目には目を、という事です。」

 

 確かにS.O.N.G.には聖遺物に関連する設備が他の組織よりも多く備わっているし、そもそも聖遺物の調査は元来からS.O.N.G.に一任するものだと決められてしまっている。

 故にクリスのそれは半ばただ駄々を捏ねているだけだという事になるが弦十郎達も人の身、彼女の抱く気持ちは良く分かる。

 クリス自身もそれは分かっている為、それ以上は文句を言うのをやめ、一先ず目先の事情に目を向ける事にした。

 

「ちっ…まぁ良いか。で、あたしらは何をすれば良いんだ?」

「ひとまず聖遺物の起動から始める。方法はただ1つ、歌だ。」

 

 今弦十郎が言った通り、聖遺物に秘められし力を発動させる為に必要な事は、歌だ。

 本来ならば欠片の状態の聖遺物から力を引き出すにはその聖遺物に見合った“適合者”と呼ばれる者の歌が必要なのだが、完全聖遺物ともなれば話は別。

 後は歌によって“フォニックゲイン”と呼ばれる固有の数値を上げれば良いだけだ。

 

「要はいつも通り歌えって事か。」

「うむ、起動には相応のフォニックゲインが必要だ。故に君達には様々な歌を歌ってもらう必要がある。少しばかり時間を取らせてしまうが、暗くならない内には終わらせる予定だから安心してくれ。では全員聖遺物が保管されている部屋へと案内する、頼んだぞ。」

 

 弦十郎に指示に従い少女達は背後の扉へと踵を返す。

 響も同じように先んじて歩く3人の後ろに付いていこうとするが、ふと足を止めモニターへ視線を向ける。

 特に意図した訳では無く、本当に何気無い気持ちで振り返ったその先では、ちょうど弦十郎がモニターの映像を切り替えようとしていた所であった。

 そしてまさにモニターの映像が切り替わったその瞬間…。

 

「え…?」

「ん…どうした?」

「あ、いや…何でもないよクリスちゃん、行こう!」

 

 彼女の様子を不審に思ったクリスに呼び掛けられ、響は慌てて止めていた歩みを進める。

 

「(今、何か見えた…?)」

 

 間違いない。

 モニターの映像が切り替わったその瞬間、響の脳裏を何かが過った。

 あまりにも一瞬の出来事だった為、残念ながら脳裏に過ったそれがどんなものだったのか鮮明に思い出せそうには無い。

 しかしそれは響にとってあまりにも強烈なものだったのか、それ自体が頭の中から離れる事は無い。

 それは全面が赤色掛かった何かの光景だった。

 いや…赤だけでなく所々オレンジや黄色等暖色系の色が混じり、何かの輪郭とおぼしきものが激しく揺れていた記憶もある。

 響の記憶の中にあるものから無理矢理当て嵌めるとすれば、それはまるで炎が揺らめいているようで…。

 しかし響が気になっているのは何もそれだけではない。

 視界を遮るように揺らめく炎のような輪郭、その向こうに響の意識は向けられていた。

 朧気で不鮮明なその光景の中で赤い輪郭が揺らめく度、その隙間から漏れる向こう側の景色。

 そこから見えたものは…。

 

 

 

 

 

「金色の…光…?」

 

 

 

 

 

 果たしてこの光景は一体何なのか、何を意味するものなのか。

 晴れぬ疑問を1人静かに抱える中、響達は件の聖遺物が眠るその部屋へと到着した…。



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第1話「それは奇跡が起こした偶然か」後編

「ふう…疲れたデス…。」

「何回も歌い続けてると、流石にね…。」

「おーいおっさん、どうなんだ?」

 

 聖遺物(プロメテウスの火)の起動実験が始まってから、約2時間が経過した。

 聖遺物が保管されている部屋には4人の少女達が集まり、部屋の中央で専用の装置に固定されているそれに向かって指示された歌を歌っていた。

 

「どうだ2人共?」

「駄目です…数値に変化は見られません。」

「むぅ…やはりそう上手くは行かないか…。」

 

 既に何回も歌い手を変えたりあらゆる曲を歌ってみたりはしているものの、オペレーターであるあおいと“藤尭(ふじたか) 朔也(さくや)”が答えたように、残念ながら今歌い上げた時点でも成果は出なかったようだ。

 

「ひぇ~…こんなに歌ったのに全然デスか…。」

「うむ…残念だが、今日の所はこれまでだな。全員一度こちらの部屋まで来てくれ。やはり翼とマリア君の2人が戻ってくるのを待つしかないか…。」

 

 冬の時期にもなると、17時でも外は暗くなる。

 2時間歌い続け疲弊している彼女達の事を考えると、今日はここらが潮時だろうと弦十郎は終了の合図を告げる。

 少女達もそれに異存は無く、喉が乾いたやら夕飯どうするかやら他愛も無い話をしながら部屋を出ようとする。

 ただ1人を除いて…。

 

「おい何やってんだよ、戻るぞー?」

「うん…。」

 

 響が何故か名残惜しそうに聖遺物を見つめて動こうとしない。

 普段とは少し違う彼女の様子を感じ取り、クリスや他の2人の足も自然と止まる。

 何故あんなにもあの聖遺物の事を見ているのか、何か気になる事でもあるのか。

 実を言うと響本人もこうしている理由はよく分かっていないのだ。

 今も脳裏にちらつくあの光景、それは司令室のモニターでこの聖遺物の姿を見てからの出来事であった。

 ならばこの2つには何か関係があるのではと思いながら実際に目の当たりにしてみたが、特にピンとくるものは無かった。

 ならばこの推理は外れだったのだろうと諦めて踵を返せば良い筈なのだが、それでも何故かこの聖遺物から目を逸らす事が出来ない。

 まるで今ここから離れてはいけない、目を逸らしてはいけないと誰かに押さえ付けられているように身体が動かない。

 

「(いや、違う…。)」

 

 しかし響は即座にその考えを否定した。

 

「(誰かじゃ無い、私自身がここから動いちゃいけないって思ってる…?)」

 

 己の心が身体を支配している、自らの意思でこの聖遺物と向き合っている。

 そう気付いた時、響は何故か胸中に安心感が沸き上がってくるのを感じた。

 この聖遺物を見ていると心が落ち着く、しかしどこか高ぶる想いもある。

 まるでアルバムを捲り、昔の自分の事を思い起こしているような、そんな不思議な感覚…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私…この聖遺物を()()()()()…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の聖遺物を見つめながらそう口にした、その時だった。

 突如彼女の脳裏にとある強烈な映像が流れ込んできたのだ。

 それはもはや脳裏どころの話ではなく、まるで今自分がその光景の中に立っているのではと錯覚してしまう程。

 先程まで目にしていた無機質な部屋から一転してのこの光景。

 幻覚だと分かっているが故に現実とのギャップの激しさに耐えきれず目眩が起こる。

 そんな彼女の切迫した状況なぞ知る術も無い周りの人達は彼女が何をしているのか全く分からず、いい加減クリスが引っ張ってでも部屋から連れ出すかと考えたその時、彼女達の耳にある歌が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―Gatrandis babel ziggurat edenal…。―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…絶唱?」

 

 “絶唱”…それは聖遺物の力を極限まで高める禁断の歌。

 それを口ずさんでいるのは、他ならぬ響であった。

 何故急に絶唱を歌い出したのか皆その理由を考えていたが、誰よりも早く弦十郎がその思考を中断し響に声を掛ける。

 

「響君、響君!」

「…うぇっ!?な、何ですか師匠!?」

「何ですか、ではないぞ響君。こちらの許可無しに絶唱を歌うのは感心しないな。」

 

 弦十郎が響に声を掛け絶唱の歌唱を中断させた理由、それは絶唱を歌う事による代償を懸念したからだ。

 先に述べた通り絶唱には聖遺物の力を極限まで高める作用があるが、同時にそれは聖遺物を扱う者の安全面を度外視して力を増幅させるという事なのだ。

 別に手に取っている訳でもないし一定距離は保っている為彼女の身に何かが起こる可能性は低いが、理由はどうあれ実際に聖遺物に絶唱を聞かせるのは危険が多い。

 

「え…今私、歌って…?」

「む…どうした響君?」

「あ…いえ、何でも無いです。すみません勝手に…。」

 

 だが彼女の反応を見る限り、彼女は自らが絶唱を口ずさんでいたのを覚えていない様子。

 今さっき行っていた行動を覚えていないとは、まさか悪戯の類かとも一瞬考えてしまったが、彼女はそのような事をする人物ではないというのはこれまでの付き合いで既に分かっている。

 今回は無意識に行動を誘発させてしまう程に疲労を蓄積させてしまったと考えるのが妥当だろう。

 

「いや、こちらも無理をさせ過ぎたのだろう。とにかく響君も一旦こちらの部屋に…。」

 

 報告や事後処理も最小限とし、早めに彼女達を自宅へ送ってやらねばと弦十郎が思った…その時だった。

 

「司令!聖遺物のフォニックゲイン数値に変化が!」

「何!?」

 

 あおいからフォニックゲインの数値上昇の報告が上がる。

 だがそれは決して待ち望んでいた最良の報告では無かった。

 

「フォニックゲインの数値、急激に上昇!」

「何だよこれ…あ、安定基準値超えました!!」

 

 本来予定していた基準値を一瞬で越えた数値の上昇に誰もが浮き足立つ中、更なる報告が彼等の統率を乱していく。

 

「数値、尚も上昇…司令!!聖遺物から熱反応を感知!!熱量…こちらも急激に上昇しています!!」

「何だと!?」

 

 備え付けのモニターから保管室を見てみると、聖遺物は拘束していた装置を破壊して独りでに宙に浮き、不気味にも煌々と光を放っている。

 

「おいおっさん!!一体何が起きてんだよ!!」

「退避だ!!全員部屋から退避しろ!!」

 

 通信機からクリスの声が聞こえてくる。

 モニターを確認するとまだ彼女達が保管室の中に居るのが見え、弦十郎は即座に退避の指示を出す。

 普通なら彼女達ほどの年齢だとこの非常事態にパニックを起こしているかもしれないが、そこは訓練された特殊部隊に所属する者達。

 冷静に、しかし指示された通りに急いで部屋を出る。

 しかし調がある異変に気付きその足を止める。

 

「待って!!響先輩が!!」

 

 そう、この非常事態を前にしても響はその場から動こうとしないのだ。

 

「おい何やってんだよバカ!!早くこっち来い!!」

「響君何をしている!!早く部屋から脱出するんだ!!聞こえないのか響君!!」

 

 クリスや弦十郎の声も無視して、彼女は聖遺物の前に立つ。

 その視線は変わらず聖遺物に向けられたままだ。

 

「聖遺物から発せられている熱量、なおも増大!!先程よりも上がるスピードが早くなっています!!」

「っ…!!いけません!!皆さん今すぐそこ…いや、ここ一帯から離れてください!!ここに居る皆さんもです!!」

「どういう事だエルフナイン君!?」

 

 あおいと朔也からの更なる報告、それが指し示している事をいち早く察したエルフナインが声を荒らげる。

 

「これ以上熱量が上昇してしまうと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪ここ一帯がその熱で熔解してしまいます!!!」

 

 

 

 

 

 もはや声にすらならない、絶句という言葉が各々の心にのし掛かる。

 

「あのバカ…って熱っつ!?」

「これじゃ近付くなんて無理デスよ!?」

「響君!!返事をしたまえ!!響君!!!」

 

 最悪の事態を回避する為少女達は響に近付こうとするも、既に室内は生身では容易に居られない程の高熱となっていた。

 迂闊に口を開けば文字通り一瞬で喉を焼かれてしまいそうな程の高熱に少女達の足は自然と室外へ歩みを進めてしまう。

 

「これは…ガ、ガングニールの起動を確認!!こちらも数値が急激に上昇しています!!」

「ガングニールだとぉ!?」

 

 次から次へと舞い込んでくる報告。

 刻々と変化していく状況にS.O.N.Gの面々は翻弄され続ける。

 

「司令!!もう時間がありません!!」

「っ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保管室の扉を閉めろ!!装者達の安全の確保だ!!」

 

 …だからだろうか、普段ならば絶対に出さない非情とも取れる指令を彼が下したのは。

 

「なっ…おいおっさん何してんだよ!?扉を開けろ!!」

「中にまだ響先輩が…!!」

 

 少女達の目の前で扉が閉まる。

 抗議の為に強く扉を叩く少女達だが、無情にも扉のロックが外れる事は無い。

 

「聖遺物の熱量さらに増加!!!もう計測できません!!!」

「いかん!!!皆逃げろおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 限界が来た、そう察した弦十郎は全力で逃げるよう伝える。

 しかし彼等の予測に反しモニターに写る聖遺物はその姿が見えなくなる程の輝きを見せ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、凄まじい衝撃が彼等を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ…皆無事か!?」

 

 衝撃自体は一瞬だった。

 衝撃による揺れの兆候が収まったのを肌で感じた弦十郎はすぐさま全員の安否を確かめる。

 

「――…っさ…!――…おいおっさん!!聞こえねぇのか!?」

「クリス君か!?調君と切歌君は!?」

「こっち…――…2人…――無事です!」

「それよ――…輩は!?響先輩…―無事デ…―!?」

 

 室内の面々は目視で確認し、弦十郎は通信機から聞こえてくる少女達の通信に耳を澄ます。

 ノイズ混じりで正確な音声は聞き取れないが、断片的に聞こえる声から3人とも無事なのだと確認できる。

 

「響君は!?向こうの部屋はどうなっている!?」

「モニター…回復しました!!」

「映像出します!!」

 

 そして、室内に取り残されていた彼女は果たして無事なのか。

 あおいと朔也が高速でコンソールを叩き、保管室内のモニターに映像が写る。

 

「なっ…何だあれは…!?」

 

 そして写し出された映像、それを見た弦十郎は思わずそう声に出してしまった。

 よく見ると他の者達も声には出さないものの、抱いている思いは彼と同じようで、皆写し出されている映像から目を離せない。

 

「おいおっさん!!何で扉を閉めた!?あいつは無事なのかよ!?」

 

 そんな中少女達3人が部屋へと入ってきた。

 1番に室内へと入ってきたクリスは胸倉の代わりに弦十郎のネクタイを引っ張り彼女の安否を問うも、彼等が釘付けとなっているものへ視線を向けるとその先の言葉が続かなくなってしまう。

 

「な、何だよあれ…!?」

 

 調や切歌も同様に声を出せないでいた。

 そう、彼女等が見ているのは少し先の時間で未来が見たものと同じもの。

 つまりはあの黒い謎の物体だ。

 

「し、司令…。」

「どうした!?」

 

 朔也が新たな報告を告げようとする。

 その声は先程の緊迫したものとは違い、明らかに震えの入ったものであった。

 何が彼をそこまで震えさせるのか、それは次に彼の彼の口から告げられた言葉から判明し、それは同時にこの場に居る誰しもの心に刻み込まれる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響ちゃんの生命反応…消失(ロスト)しています…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しんと静まり返る室内。

 その言葉に目を見開く者も居れば、彼が何を言ったのか理解していない…いや、理解しようとしない者の姿も。

 起動しているコンピューターの発する最低限の機械音のみが室内に反響する中、一抹の希望を胸にあおいがコンソールへ指を添えて動かし始めるも、次第にその動きは止まっていき、やがて朔也と同じように震えた声で新たに現実を告げる。

 

「ガングニールの反応も同様に消失(ロスト)…室内に彼女の痕跡…発見出来ません…!」

 

 彼女の震えは驚愕から来るものではない。

 受け入れ難い現実を目の当たりにしてしまい、無力感や後悔から来る涙混じりのものであった。

 

「そんな…。」

「嘘…デスよね…?」

「…そ、そうだよな…嘘に決まってるよな…ほら、映画とかでよくあんだろ?実は隠し扉が、とか…な、そうだろおっさん…?」

 

 少女達もあおいが言わんとしている事を理解したが、それでもとクリスは弦十郎に縋り寄る。

 そんな縋り寄られた弦十郎ではあるが、彼もまた表情に影が差しており、彼が今どんな面持をしているのかは1番近くに居るクリスでさえ分からない。

 

「なぁそうだろ…そうだって言ってくれよ…そうだって言えよ!!!嘘だって言ってくれよおっさん!!!」

 

 しかし何も言わずただ黙って俯いている、それだけでも彼が自分達の望む答えを出してはくれないと理解出来てしまう。

 それでもこんな現実は認められないとクリスは弦十郎に掴み掛かる。

 

「あんたが殺したんだ!!!あの時扉を閉めなけりゃ…頼むから嘘だって言ってくれよ!!!じゃなきゃあたしはあんたをぜってぇ許さねぇ!!!」

 

 そう言ってクリスは掴んでいた手を離し、首から下げているペンダントを握り絞め、右手を彼に突き付ける。

 その手に赤き銃身の拳銃を握り締めながら。

 

「っ…!?駄目!!クリス先輩!!」

「先輩駄目デスよ!!そんな事したら…!!」

「お前らは黙ってろ!!!あいつが死んだなんて…何て言や良いんだよ…!!先輩に…マリアに…あいつの家族や学校の奴等にだって…!!何より…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来(あいつ)に何て言えば良いんだよ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嗚咽混じりに言ったクリスは突き付けていた腕を力無く下げ、そのまま泣きじゃくってしまう。

 調と切歌も彼女の姿に感化されたか、2人寄り添って涙を流している。

 つい先程まで共に笑いあい、共に涙を流し、共に生きてきた仲間が死んだなど、一体どうやって受け止めろというのか。

 ましてやまだ10代半ばの少女達にこんな現実を受け止めろなど、酷以外の何ものでもない。

 

「まだ…死んだと決まった訳じゃない…!」

 

 だからこそ、彼は諦めようとしなかった。

 彼の瞳は、突き付けられた現実を覆そうと燃えていたのだ。

 

「各員に通達、これよりあの正体不明の物体の調査並びに立花 響の捜索を最優先事項とする。絶対に彼女を捜し出すぞ!!!

 

 弦十郎の声が室内に反響する。

 そう、まだ彼女の生存を告げる機械的な反応が無くなっただけ。

 この目で確かめるまでは、彼女が死んだなどと言わせはしない。

 彼の激励に心動かされたS.O.N.G.の面々は今一度彼女の生存を証明すべく各々の作業へと移っていく。

 

「これは俺達…いや、俺が招いてしまった事態だ。全ての責任は俺が背負う。もし彼女の生存が確認されなかった時は…」

 

 そう言って弦十郎はクリスの手を取り、銃口を自身の胸部へと向ける。

 

「君の好きにするんだ…!」

 

 クリスは涙に溢れる瞳をじっと彼に向けている。

 果たしてその引き金を引く事となるかならないか、それは約2時間後S.O.N.G.職員が総力を揚げて謎の物体の調査を進めた時まで持ち越される事となる。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―2時間後、S.O.N.G.発令室―

 

「…以上が、事の顛末だ。」

 

 その言葉を最後に、弦十郎からの説明は終わった。

 その場に居る誰もが口を紡ぐ中それ以降の事情を説明すべく、エルフナインが沈黙を破る。

 

「これまでの調査の結果、あの黒い物体はプロメテウスの火から発せられた膨大な熱エネルギーによって生じたものだと判明しました。その熱エネルギーはS.O.N.G.のスーパーコンピューターでも計測が不可能になる程のものです。」

「そんな…それじゃあ響先輩は…!?」

 

 調の表情が蒼白に染まる。

 もしその通りの事が起きたのだとしたら、あの場に居た響は無論無事では済まない。

 

「それ程の熱を耐えきる構造物など、この世界のどこにも存在しません。ですので本来ならその熱量で以て周囲一帯を熔解して、それで全て終わる筈だったんです。」

 

しかし現実には周辺はおろかあの部屋にも何かが熔解した痕跡は一切無く、代わりにあの物体が姿を現した。

あの物体は一体何なのか、立花 響はどうなったのか。

それは現在も調査中だという。

 

「…以上です。」

「以上って…他に何か分かってる事は無いんデスか!?」

「…すまないが、今はこれしか確証のある情報が無い。」

 

 何か朗報の1つでも無いのかと切歌が弦十郎に問いただしてみるも、返ってきた返事は変わらず少女達の心に影を差すものであった。

 

「…なら、確証の無い情報ならあるって事だよな?」

 

 だがクリスは言葉の裏をかき、正確性には欠けるものの彼等が何かしら情報を持っていると読んだ。

 その読みは正しかったようで、エルフナインが慌てた様子で弦十郎に視線を送る。

 すると彼はエルフナインに向かって軽く頷いた。

 秘蔵している情報を話しても良いという事だろう。

 エルフナインはそれでも1度は躊躇う素振りを見せたが、やがて意を決して少女達を見据え口を開く。

 

「これからお話しする事はあくまでも僕の希望的観測に基づく1つの仮説です。それを踏まえて聞いてください。」

 

 前置きを置いた後に語られた仮説、それは実に希望的観測と言うに相応しい荒唐無稽な話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクはあの物体を、一種のワームホールだと仮定しています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…わーむほーるって何デスか?」

「ワームホールって確か別の空間同士を繋げるっていうあれだろ?何でそんな…?」

 

 エルフナインが語ったワームホール。

 言葉としては知っていても実際に日常生活はおろかS.O.N.G.のような特殊な組織でもそうそう出てくるようなものでは無い。

 そんなものが何故今この場で出てくるのか、その根拠は一体。

 誰もが疑問に思う中、エルフナインは一旦ワームホールの説明を避け、当時の状況について説明を始めた。

 

「ボクがさっき言った事を思い出してください。あの聖遺物から発せられていた熱量は計測も出来ない程のものでした。そんな熱量に耐えられる施設や設備はこの地球上のどこにも存在しません。しかし現実には聖遺物のあったあの部屋でさえも何の被害も被る事なく存在している…普通に考えて有り得ない現象です。」

 

この一連の現象はエルフナインの頭を大いに悩ませた。

有り得ないと説明されるものが今こうして現実のものとなってしまっている。

まるで神様の仕業だと匙を投げたくなる程の非現実的な事情であるが、その時エルフナインは気付いたのだ。

現実的な概念が否定されたのならば、それこそ神様のような空想的な目線で物事を計れば良いのではないかと。

 

「では何故そんな神のような所業が成されたのか、その鍵を握るのは、計測不可能な熱量とその熱源、そして…ガングニールです。」

「ガングニールが…?」

 

 鍵を握るとして出されたキーワード、その内1つは少女達にも馴染みのあるものであった。

 彼女の…立花 響の持つ力が一体あの時何をしたというのか。

 逸る皆の気を抑えつつ、エルフナインは1つずつ説明を始める。

 

「まず熱量に関してなのですが…S.O.N.G.のスーパーコンピューターは世界的に見ても他に類を見ないと言える程の物を使用していまして、概ねこの地上で起こりうるであろう現象に対して計測や演算が出来るようになっています。ですのでこのコンピューターで計測、演算が出来ないとなると、それは正しく()()()()()()()()()だという事が言えます。この事をまず頭に入れておいてください。次に熱源に関してなのですが…。」

 

そう言うとエルフナインは着ている白衣の内側からタブレットPCを取り出しそれを手近なコンソールに接続すると、司令室の巨大モニターにタブレットの画面がそのまま表示される。

 

「これは2時間前に起きた当時の状況をデータ化して算出、その時起きたであろう事をシミュレーションして3Dモデルで再現したものです。」

 

 …この2時間の何処か合間で作ったのだろう、立花 響と名前が貼り付けられた女性用の3Dモデルそのままの姿の前に円柱の3Dモデルそのままの固定台、円形の3Dモデルそのままの聖遺物、果てには背景含めその全てが着色の施されていない初期設定の灰色と、これがごく短時間で作り上げられた力作だというのがありありと見てとれる。

 エルフナイン自身もこの出来映えにはかなり頬を赤らめている。

 

「開始時間はプロメテウスの火からフォニックゲインの上昇が確認された時から始まります。そして開始から約30秒程でボク達はプロメテウスの火から発せられた熱反応を感知しました。その時なんですが…これです、これを見てください。」

 

エルフナインがタブレットを操作し画面を拡大させる。

拡大した箇所は聖遺物を写しており、いち早く未来がその変化に気付く。

 

「プロメテウスの火に色が付いてる…?」

 

そう、3Dモデルで表示されたプロメテウスの火が初期設定の灰色から黄色に変わっているのだ。

エルフナインは少女達4人がそれを認識したのを確認し、解説を続ける。

 

「実はこの時プロメテウスの火からは別の反応が検出されていたんです。調べた所、この反応は物質の燃焼…つまりこの時プロメテウスの火は名前通り火を上げながら燃えていたんです。」

「まさか、それがあの熱を出してた原因…?」

「恐らくは。」

 

尋常ならざる熱源の正体はプロメテウスの火が実際に火をあげて燃えていたから。

熱だけであの熱さなのだ、実際の火は一体どれ程の熱さだったのか。

正直あまり考えたくは無い。

 

「熱の正体は分かったけど…結局あの黒いやつの正体はなんなの?」

「アタシにはチンプンカンプンデ~ス…。」

「…まぁとにかく、問題は何でそんなワームホール()が空いたか、だろ?」

「はい。そしてその問題を解決するのが、ガングニールなんです。」

 

 エルフナインの言葉に改めて皆の注意が彼女に向く。

 何せ話の主題がかの少女が持つ撃槍、ガングニールが主体となるのだから。

 

「プロメテウスの火が暴走を初めてからしばらくして、響さんのガングニールも何らかの要因で起動を始めたんです。少し時間を進めて…ここですね、これがちょうどその時の状況です。」

 

 エルフナインが再びタブレットを操作すると、3Dモデルによる映像が流れる。

特に見栄えの無い映像が流れ、やがて時間の流れを表すタイマーの動きが止まる。

映像が終わったという事なのだろうが、特に変わった所は無かった。

何も分からないではないかと皆がエルフナインに問おうとしたが、彼女はそれを遮るように口を開き新たに説明を始める。

 

「見ての通り()()()()から見た状況はこのようになっていますす。」

「こちら側…?」

 

 エルフナインの言うこちら側というのは、響の背面を写し出している視点、つまり当時の状況で言えば弦十郎達の居た別室側であり、またクリス達が聖遺物の熱によって下がっていった時の視点でもある。

 

「先程の状況を今度は別の視点から見てみましょう。そうすると…。」

 

 エルフナインの操作によって視点が切り替わる。

 エルフナインが定めた視点は響達が視線を向けていた方向を正面とし、部屋そのものを横から見た図。

 そこから当時の状況を見てみると…。

 

「これは…!?」

「何かみょーんって伸びてるデス!」

 

 不思議な事に爆発とは別の色…ガングニールと名付けられたオレンジ色の角錐が響の身体からプロメテウスの火に向かって伸びていたのだ。

これは一体何なのか、皆の抱く疑問を余所にエルフナインは別の事情を口にする。

 

「皆さんはあの時一瞬だけ強い衝撃が発生したのを覚えていますか?」

「あぁ。そういやあれは何だったんだ?何かが爆発したみたいな感じだったが…?」

 

確かにエルフナインの言う通り一瞬だが爆発の衝撃のようなものが襲ってきた。

状況が状況故に身構えていなかったとはいえ、それでもかなりの距離を身体ごと吹き飛ばされたものだ。

思えばあれは一体何だったのだろうか。

 

「その通りです、あの時確かにあの部屋では強い衝撃が発生していました。」

 

どうやらあの時本当に衝撃が発生したらしいのだが、その疑問にエルフナインはまたもそれは一旦置いておくと言って別の話を振る。

 

「少し話は逸れますが…皆さんは炉心溶融(メルトダウン)というものを知っていますか?」

「メルトダウン…?」

「カッコ良い名前デスね。」

「えっと…原子力発電で起こりうる事故災害なんですが…。」

「…あぁあれか!あのニュースとかでたまに取り上げられてる…!」

 

4人の反応が今一パッとしないものだったので意外と知られていない事なのかと焦りを見せたエルフナインであったが、何とか理解を示してもらえた事に内心ほっと一息吐く。

 

「それです。そして響さんから伸びているこれなんですが、これは恐らくガングニールから発せられた純粋なエネルギー反応です。」

 

これで素材は揃った。

後は分かるよう説明をするだけだとエルフナインは1度深呼吸をすると、まず結論からだと声に出して言う。

 

「人智を超越した熱量、その熱を発する聖遺物、そしてガングニール。この3つの要素が炉心溶融(メルトダウン)に類似した現象によって重なった事により、あのワームホールが形成されたのではとボクは考えています。」

 

よし、まずは結論を告げた。

ここから如何に噛み砕いて説明が出来るかが腕(頭?)の見せ所だと意気込むエルフナインであったが…。

 

「…ちんぷん。」

「…カンプン。」

「…デ~ス。」

「じ、順を追って説明しますから…。」

 

既にお前は何を言っているんだと言いたげな表情を見せる少女が3人。

未来も3人のように露骨に表現はしていないが、それでも纏う雰囲気は困惑の一色に染まっている。

いけない、このままではいずれ全員知恵熱で倒れる事態に成りかねない。

こういった話になるといつも無意識にも自分中心に考えて回りの人を振り回してしまう。

 

「この話を聞くに当たりまして、まず皆さんの持つ固定観念を一度捨てる必要があります。錬金術師(アルケミスト)であるボクがこう言うのもなんですが…この話を説明するのに必要なのは“空想観念”と“希望的観測”ですので。」

 

自身の悪い癖を再認識しながら、エルフナインはさらりととんでもない前置きをしてからいよいよこの話の根幹へと口を開く。

 

「まず炉心溶融(メルトダウン)の仕組みなのですが…

そもそも原子力発電というのは核燃料を燃やして水を沸かし、その蒸気でタービンという発電機を回して電気を得る発電方法です。もっと簡単に言うと水の入った容器の中に何本もの熱い鉄の棒を入れて湯を沸かし、その蒸気で発電しているような感じです。」

「な、なんか理科の授業が始まったデェス…。」

「切ちゃん、我慢。」

 

それに伴いどうしても理系の話となってしまい、日々を感覚で生きている自称常識人が早くも音を上げそうになる。

しかし相方に諭されてしまってはと、切歌は何とか理解をしようと努める。

そのやり取りを見届けたエルフナインはでは改めて、と言って続きを話し始める。

 

「そして炉心溶融(メルトダウン)というのは何らかの要因によって冷却が行われず異常な高温状態となった核燃料に炉心が耐えきれず熔けて壊れてしまう事を言います。先程の例で言うと容器の中に入れた棒が熱すぎて勢い余って容器そのものを溶かして穴を開けてしまった、といった所ですね。」

「はぁ…ん、まぁ何となく分かった。」

「…全然分かんないデス。」

「…後でじっくり教えてやるよ。で、そのメルトダウンがどうして今回の事に関わってるってんだ?」

「要はあの時この炉心溶融(メルトダウン)と同じ事があの場所で起きたのだとボクは思っているんです。そしてここで言う核燃料というのがあの聖遺物であり、炉心というのが…()()()()()()()()なんです。」

「おぅ…ここで来たか、その固定観念を捨てろっていうのが…。」

 

最後に発せられた言葉を聞いたクリスの表情が若干ひきつる。

言われはしたものの、実際にそう考えろというのはやはり難しいのだろう。

しかしここで納得と想像をしてもらわなければ先へ進めない。

彼女達には申し訳無いが、今暫く付き合って貰おうとエルフナインはそのまま説明を続ける。

 

「はい。そしてここで1つ訂正をします。先程核燃料を聖遺物だと言いましたが、もう1つその核燃料を構成するものがあるんです。それがあのモデルの中で響さんの身体から伸びていた角錐…ガングニールから発せられていたエネルギーです。」

「ガングニールのエネルギー…?」

 

再び声に出された聞き慣れた単語。

ここぞとばかりに食い付く少女達の勢いに負けないようにとエルフナインも説明に一層力を込める。

 

「鉄の棒を熱くする為にはそうする為の熱源が必要…つまりここで言う熱源というのが聖遺物であり、鉄の棒そのものがガングニールのエネルギー、合わせて核燃料という例えという事です。」

「…読めてきた。」

 

そこまで説明を終えると、クリスが小さく呟いた。

クリスは自分の中で組み立てられた仮説が正しいかを証明する為にエルフナインの説明を遮って自身の意見を主張する。

 

「つまりだ、メルトダウンは何かの原因で冷やせなかった燃料が容器を溶かして起こるものなんだろ?で、ここで言う冷やせなかった燃料っていうのが…。」

「はい、あの聖遺物の事です。」

「んでもってそこにガングニールのエネルギーがぶつかって…。」

「容器であるこの世界に穴が開いた。」

 

あの時皆が感じた衝撃というのはその穴が開いた際の反動なのだろう、と補足を付けてエルフナインは一先ず説明を終えた。

エルフナインは静かに皆の顔色を伺う。

クリスは自身の仮説が正しかったと僅かに笑みを溢していたが、直ぐ様その表情を引き締める。

本当に大事な事はそこでは無いという事を忘れていない。

一方未来や調は未だ思う所があるのか表情が固い。

切歌は…言わずもがなである。

 

「…よく分かんないデスけど、それって本当に出来る事なんデスかね?」

「言ったろ?固定観念を捨てろって。あの聖遺物の熱量はあたしらの想像の範疇を超えた代物なんだ、一々口で説明出来るもんじゃ無いんだろうよ。」

「…でもそれほどの熱量だったのなら、その…ガングニールから出たっていうエネルギーも熔けちゃうんじゃ…。」

 

そう言った未来の言葉にクリスはまた固定観念を捨てろと言おうとしたが、それならば未来の言っている事も正しい可能性があると肯定する事になる。

どう納得させるべきかクリスは悩むが、その疑問にはエルフナインが答える事となった。

 

「確かに未来さんの言う事にも一理あります。そこはそれこそボク達の希望的観測に従うしかありませんが…それに基づく形でなら無理矢理ですが証明する事が出来なくもないです。」

「どんな…?」

 

これまで捻りに捻くれた話から一転して納得のいく説明が出来ると豪語したエルフナイン。

当然ながら皆彼女の言葉に一層耳を傾ける。

そしてエルフナインはこれまでの長ったらしい話とは打って変わってとても短く話を纏め挙げた。

 

 

 

 

 

「皆さん思い出してください、ガングニールの特性を。」

 

 

 

 

 

「ガングニールの特性って…。」

「確か、エネルギーベクトルの操作…。」

 

 そう、ガングニールの特性はエネルギーベクトルの操作。

 あらゆるエネルギー概念の流動を自在に操作できる。

 

「そうです。プロメテウスの火から発せられていた熱エネルギーも想像の範疇を超えた代物ではありますが、そもそも皆さんの持つ聖遺物も人智を超越した代物です。

ガングニールならば“エネルギーが熔ける”という流れも操作が可能かもしれません。そして空間に穴が開いたのだとしたら、ワームホールの法則に従えばきっとその先の空間があると思われます。つまり…。」

「響はそこに居る…!」

 

 エルフナインの説明を遮る勢いで未来が口を開く。

 未来だけじゃない、ようやく彼女の生存という希望の光が見えたのだと少女達の心は浮き足立っていたのだ。

 しかし…。

 

「ですが…もしボクの仮説が正しかったとしても、響さんが無事だという保証は出来ません…。」

「…何でだよ?」

 

 その感動に釘を刺すようなエルフナインの一言。

 思わず刺のある声色で聞き返すクリスであったが、エルフナインの苦々しい表情を見てすぐに後悔の念が押し寄せる。

 

「まず響さんはあの時生身の状態でした。直前にガングニールが起動したとはいえ、計測不能の熱量を発していた聖遺物の近くに居て、さらに空間という概念を穿ち開いたワームホールの吸引。この2つの障害を前にして、果たして響さんの身体が持ちこたえられるのかどうか…。それにワームホール自体未だ解明されていない未知の現象です。ワームホールを通った先がどうなっているのかはそれこそ検討の仕様がありません。ワームホールを通った先に何かしら世界や空間があるという事さえ、ボク達の希望的観測に過ぎないのですから…。」

 

 そう、あらゆる分野で自分達よりも遥かに膨大な知識を得ているエルフナインでさえ今回の件は未知の領域なのだ。

 それも大切な仲間の命が掛かっているにも関わらず未だ少しの解明にも至っていないとなれば、彼女にしか分からぬ募りというものもある。

 その思いが果たして自分達に理解出来るものか。

 そしてそれは、普段自分達を引っ張ってくれている大人達も然りだ。

 

「…すまない未来君、これは俺のミスだ。どれだけ謝罪の言葉を綴ったとしても、どんな贖罪をしたとしても、償いきれる事じゃない。だからもしもの事があったその時にはクリス君…いや、皆共々好きにして良い…。」

「私は…。」

 

 事の成り行きを見守っていた弦十郎の言葉に未来は俯く。

 幼い頃から常に寄り添い、家族同然に生きてきた2人の心はお互いがお互いの存在に大きく支えられている。

 そんなお互いに半身とも言える存在が、運命の悪戯によって引き裂かれてしまった。

 また会える、そんな甘い言葉は許さないとでも言うような現実を突き付けながら。

 好きにして良いなどと言いはしたが、彼女の胸中に渦巻く思いは、きっとそんな程度の事では晴れるものでは無いだろう。

 そしてそれは回りに居る全ての者達にも同様に言える事だろう。

 弦十郎は皆からのどんな仕打ちも受け入れるつもりだった。

 そんな彼に未来が向けたものは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…響の事を信じてます…S.O.N.G.の皆さんの事も…だから…!!」

 

 涙に溢れながらも、決して希望を捨てない強い眼差しであった。

 突き付けられた現実に抗う術が無く、ただ涙を流す事しか出来ない。

 それでも諦めたくはない、彼女がまたいつも通りに皆の前に現れる事を信じている。

 それを叶えてくれるのは、目の前に居る大人達しか居ない。

 

「あぁ、必ず期待に応えてみせる…!!」

 

 彼女の切実な思いを受けた弦十郎は彼女の肩に手を乗せ、しっかりと頷く。

 彼女の…皆の期待に応えるべく、それが大人のやる事だと。

 その後調査が続く中少女達には自室待機が命じられたが、その命令に従う者は1人としていなかった。

 ある者は待機室でじっと待ち、ある者は相応の事態に備えて訓練室へと向かい、そしてある者は少女の無事を、ただ祈り続けていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかの国、どこかの街。

 深夜と呼ぶにはまだ早いが、辺りはすっかり暗くなったこの時間。

 1件の宿屋にある青年が帰ってきた。

 

「ただいま。」

「おかえりなさい。あら?その子は…?」

 

 その宿屋の宿主である女性が出迎えるも、青年が背負っている人物を見て首を傾げる。

 

「帰り際にちょっと。こんな時間だから医者はどこも空いてなくて…今夜はここで彼女を寝かせたいんですが…。」

「なら2階に1部屋空いてるわよ、1番奥ね。」

「ありがとうございます。すみません急に…。」

「良いのよ、それよりもその子を…。」

「えぇ。」

 

 事情を理解した女性は快く引き受け、青年を中へと通す。

 青年は承諾をしてくれた女性に礼を言うと2階へと続く階段を上がっていく。

 背に背負っている少女や他の利用客を起こさないよう、慎重に。

 大人達は、少女達は、そして青年はまだ知らない。

 今この出会いこそが新たな物語の運命が交差した瞬間だという事を。

 青年の背に眠る少女…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の名は、立花 響という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・翼マリ

→海外主張中です


・逃げろと指示するよりも大きな声で言う「ガングニールだとぉ!?」

→シンフォの肝だからね、しょうがないね


・ギアも纏わずに拳銃引っ提げるクリスちゃん

→サブマシンガンまで出したんだ、拳銃くらい訳無い筈だ!…ぶ、部分展開的な事も出来る筈だ…!(この作品は作者の多大な妄想が8割を占めています)


・メルトダウンの説明

→合ってるかどうか?そんな事、俺が知るか!(電気バリバリ)


・ラストに出てきた青年達

→やっと出てきました


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第2話「目覚-Variante-」

今日は久々に雪道の脅威に晒された…。
皆さんもこの時期はどうかお気をつけを。



「ん…。」

 

 暗闇の視界に光が差し込む。

 閉じられし瞼を開き、眠りから目覚めよと優しく促すその光に釣られ、少女…立花 響は目を覚ます。

 目覚めの本能に従い目を開けたものの、意識はもやが掛かったように不明瞭であり、響はそのまま天井を見上げる。

 はて、この身体を蝕む怠惰感と朦朧とした意識は一体何だろうか、眠りに着く前までは一体何をしていただろうか。

 記憶を探ろうにも思考が纏まらず、それどころか上手く機能しない脳内情報を酷使しすぎたせいか頭がズキズキと痛む。

 それでも少しずつ時間を掛け続けながら模索していると、不意に全ての出来事が脳裏に鮮明に甦った。

 

「(そうだ、皆は!?)」

 

 身に起きた出来事を思い出した彼女の意識は急速に明朗になり、急いで身体を起こそうとするも…。

 

「痛っ!?痛った~…!!」

 

 全身に鋭い痛みが走り、彼女は起こした上体をそのまま力無く横たわらせる。

 すると全身を包み込むような柔らかさを感じ取り、違和感を覚えた響は近辺の状況を確認するべく視線を動かす。

 見ると、今自分が横になっている場所はベッドの上だった。

 人が寝るのにベッドは当たり前だと言われてしまえばそうなのだが、そのベッドはいつも彼女が寝ている部屋の物とも、不足の事態や検診などで世話になる事のあるS.O.N.G.備え付けの物でも無かったのだ。

 

「ここは…?」

 

 今自分が身体を寝かせているベッドが馴染みのあるベッドで無い事を理解した響は次いで他の場所へと視線を向ける。

 まずは天井、視線の先に見える限りでは特殊な加工もされていない完全な木造建築であり、近代化が進むこのご時世にとってはかなり珍しい造りだ。

 次に左へ視線を向けると格子で囲われた窓から光が差し込んでいるのが見えた。

 どうやら寝起きを促してくれた光はここから差し込んだ日の光のようで、今も自分の身体を優しく照らしてくれている。

 そう思うとベッドから伝わってくる布団の温かさについ思考を奪われてしまう。

 正直な話、二度寝するには好条件な事この上無い。

 思わぬ寝心地の良さに目蓋がとろんと微睡んでいくのを感じた響は首を振って必死に眠気と抗う。

 このままでは冗談抜きに再び寝入ってしまいそうだと響はまだ視界に納めていない右側の光景を目にするべく、痛む身体を動かして寝返りを打つと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 距離にしておよそ20㎝程、こちらをじっと見つめる子供の顔が。

 超が付く程の至近距離に突然現れたそれに反応が追い付かず数秒間が空いたが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁびっくりしたぁ!!」

 

 やがてありきたりなリアクションと共に響はその場から飛び退く。

 文字通り鞭打つ勢いで身体を酷使したせいでまたも全身に強烈な痛みが走り、彼女はそれに苦悶の表情を浮かべるも…。

 

「あ…。」

 

 先程目の前に居た子供に視線をやると、その子供は一瞬先の自分と同じように驚いた顔をしていたが、やがてその表情が歪みに歪み、瞳に沢山の涙が溢れ返ったかと思うと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇぇぇぇん…!!」

 

 ご覧の通り、泣き出してしまった。

 

「あわわ…ご、ごめんね急に大きな声出しちゃって…ってどうしよう全然泣き止んでくれないよ~!?」

 

 響は必死に子供をあやそうとするも、一向に泣き止む様子は無い。

 どうしたものかと彼女が頭を悩ませていたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたロベルト、何かあったのか?」

 

 子供の背後にある扉から1人の青年が部屋へと入ってきた。

 部屋へと入ってきた青年を視界に捉えたその瞬間、響はその青年の姿に目を奪われる事となる。

 上部へ幾つも逆立つ、1つの混じり気の無い赤色。

 その青年は炎だった、そう比喩出来る位に特徴的な髪だ。

 それに加えて白と黒のツートーンカラーのコートを着用しており、かなり珍しい見た目をしている。

 しかし不思議と似合わないといった印象を受ける事は全く無く、むしろそこらに居る人が着ている服と何ら変わらないと言える程に自然な印象を受ける。

 そんな不思議な風貌の青年は一度響と少年を交互に見ると小さく溜め息を吐き、少年と視線が合うように屈む。

 

「ロベルト、そんなに泣くんじゃない。ほら、下にヒメナさんが居るから…。」

 

 青年に論された少年はぐずりながらも頷き、そのまま部屋を出ていく。

 それを見届けた青年は改めて視線を響の方へ向け、今度は彼女に話し掛ける。

 

「すまない、弟が迷惑を掛けたみたいで…。」

「い、いえそんな!私がびっくりして大きな声出しちゃったからで…。」

 

 青年は謝罪の言葉を掛けるが、あの少年を泣かせてしまったのは自分の方だ。

 そのように響が主張をすると、青年は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、そのままベッドの横に置いてあった椅子へと座る。

 

「目は覚めたみたいだが…体の具合は?」

「あ、ご心配無く!全然大丈夫で…。」

 

 響は青年を心配させまいと気丈に振る舞おうとして腕を大きく上げると…。

 

痛ぃっ!!??…た…いぃぃぃ…!!」

「…大丈夫では無さそうだな。」

 

 その瞬間信じられないような痛みが響を襲い、彼女の目尻に涙を浮かばせる。

 その様子を苦笑混じりに見た青年は彼女の肩と背に優しく手を掛け、そのままベッドへ寝かせる。

 

「まだ横になっていた方が良い、何かあったら呼んでくれ。」

 

 気を使わせてしまったのだろう、青年はそれじゃあと言い残して部屋を退出していった。

 青年が部屋を出るのを見届けた響はそのまま先程見れなかった部屋の右側を確認する。

 しかしそこには先程青年が座っていた木で出来た椅子と簡素な化粧台、その向こう側に部屋への出入りの為の扉が付いているだけであった。

 他には何かないのかともう一度辺りを見回してみるも、やはりそれ以上の発見は無かった。

 娯楽の類は勿論の事、生活を補助する便利グッズの1つや2つ置いても良いのではないかと思わず思ってしまう位に非常に物が無い部屋である。

 そう考えていると、不意にある事に気付き響はもう一度辺りを見回し、それが無いと知るや愕然とする。

 何とこの部屋、時計さえも無い。

 さて、今このご時世に時計無しで暮らせる人が果たしてどれだけ居るのであろうか。

 どこぞの防人のように自らの振舞いに枷でも付けている者達に世話になっているという事なのか、それとも単に使われていない部屋を提供されただけなのか、はたまた本当に類稀な者達に世話になっているのか、真相は如何に。

 しかしながら今現在窓から差し込んでいる光は朝日か昼間の日の光のそれであると同時に、S.O.N.G.本部に居た時は既に17時は回っていた筈。

 冬の時期で17時以降といえばもう日が落ちて辺りは暗くなっている。

 となれば今の時間帯は少なくともあれから半日以上の時間が経過している事になる。

 どうやら想像以上に長い時間眠っていたようだと理解した響は先程考想していた中で出てきた防人という単語から思い出し懸念してい事態を確認する為、痛みを堪えながら右手を首元まで持っていく。

 

「良かった…ギアはちゃんとある。」

 

 首元に掛かる紐を手繰り、目的の物がちゃんと着いていた事を確認した響はほっと一息吐く。

 身辺の状況を確認するとなればまずこれから始めなければならない。

 これを無くしたとなれば一大事どころの騒ぎではないからだ。

 他にも通信機や自身の携帯など確認したい物は沢山あるが、それは身体の痛みが無くなってからでも遅くは無い筈。

 一先ずの懸念を解消した響は次いで現状と、本部に居た時の状況を改めて整理し始める。

 まず先程の青年だが、自分は彼の姿をS.O.N.G.本部で見た事は無い。

 見た目からしてもS.O.N.G.の者では無いであろう事から、自分は今何らかの理由で弦十郎達の直接の保護環境に居る訳では無いという事が分かる。

 ではあの時一体何があったのだろうか?

 思い出そうとしても脳裏に浮かぶのは保管室で仲間達と歌を歌った事、実験終了後も聖遺物から離れたくないと強く思った事、そして初めてあの聖遺物を見た時から脳裏にちらつくあの光景、それ以外に記憶している事は無い。

 当時の状況を考察しようにもあまり成果が出ないという事を理解した響は一旦その議題を置き、思考を先程の青年へと向ける。

 

「不思議な人だったな…。」

 

 それは見た目の印象だけでは無い、彼本人の印象から来る感想であった。

 街中ですれ違う人達とも、仲間やS.O.N.G.の面々とも全く違う雰囲気を纏っていたような気がする。

 上手く言葉では言い表せないが、まるで存在そのものが別の次元だと言いたくなるような気持ちに駆られるのだ。

 それに、彼から感じ取った事はそれだけでは無い。

 

「初めて会った筈、だよね…?」

 

 当然ながらと言うのは失礼かもしれないが、過去にあのような不思議な見た目と雰囲気を纏う者と関わったのならばそう簡単に忘れる事は無い筈。

 そう、彼とは初対面の筈なのだ。

 なのに彼の姿を目にした時響が1番最初に感じた印象、それは何故か“懐かしさ”だったのだ。

 まるで長い時を掛けてようやく出会えたかのような…。

 顔も名前も知らない人物にこんな感情を抱くなど、どうかしている。

 目覚めるまでの間に頭でも打ったのだろうか?

 そんな事を考えていると響は不意にある事に気付き、あっと呆けた声を出す。

 

「名前聞くの忘れてた…。」

 

 そういえばお互い名前も聞かずに別れてしまったと今更ながら気付いたが、それは後で聞ける事だろうと響は瞼を閉じる。

 ろくに身体を動かせない以上、出来る事は少ない。

 身体の回復、皆と自分の置かれている現状の把握、青年の事…。

 考える事は多いが、今は無理に何回も身体を動かしたせいか疲労が溜まっている。

 とりあえず今は身体を休めよう、果報は寝て待てとも言うではないか。

 そう誰に聞かせるでもない事を思いながら、響は迫る眠気に抗う事無く再度深い眠りへと落ちていった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 響が再び目を覚ましたのは夕方になってからだ。

 窓から差し込む光がオレンジ色へ変わり、室内を穏やかに照らす。

 先程目を覚ました時が朝か昼かは分からぬが、どちらにせよまた長い時間眠っていた事には違いない。

 

「どうしようかな…。」

 

 さて目を覚ましたは良いものの、特にする事が無い。

 いやあるにはあるのだがまだ身体の節々が痛み、十全に動けるとは言い難い。

 付近に時間を潰せるような物も無い以上、やる事が無いのだ。

 

「そうだ、えっと…すみませーん!

 

 三度寝でもするかと呑気な考えも出たが、不意にあの青年の事を思い出し、響は部屋の外に聞こえるよう大きな声を上げる。

 数秒待つも返事が返ってくる様子が無く、誰も居ないのかと思っていると、扉の外から駆け足でこちらの部屋へ向かってくる足音が聞こえ、やがて扉が開かれる。

 

「ごめんなさい待たせちゃって!呼んだかしら?」

 

 部屋へ入ってきたのは先程の青年ではなく、大人の女性であった。

 女性は響の様子を見てとりあえず急ぎの用事では無さそうだと判断したのか優しい笑みを浮かべ、ベッドの横に備わっている椅子へと座る。

 

「ごめんなさいね、夕食を作っていた最中だったから…」

「あ、そうだったんですか!すみません、私もその…呼んだには呼んだんですけど、特にこれといった用事があるとかじゃなくて…。」

 

 夕食を作っていたと言われてしまった手前、単に暇だったから呼んだと素直には言えず何と答えたら良いものかと焦る響を見て、女性は率先して響に話し掛ける。

 

「身体の具合はどう?まだ痛む?」

「えっと…そうですね、まだ歩き回るにはちょっと…。」

「そう…大丈夫、ゆっくりしてて良いからね。」

 

 女性の気遣いに感謝の気持ちが溢れる。

 自身にとって覚えの無い場所に1人だけで居るというのは必要以上に心細くなるもの。

 たとえ見知らぬ人でも、そのような状況で温かな言葉を掛けるのというのは、相手の心に安らぎをもたらすのだ。

 折角会えたこの縁、先程の青年の時のようにここで会話を終わらせる訳にはいかないと、今度は響の方から話を持ち掛ける。

 

「あ…私、立花 響って言います。あの…出来れば貴女のお名前を聞きたいなぁ、なんて…。」

 

 何とか会話を繋げようとする響の必死さに女性は思わず笑みを溢すも、会話を続けるのはこちらも歓迎だと同様に名を名乗る。

 

「タチバナ・ヒビキちゃんね?私の名前は“ヒメナ・ルイス”、よろしくね。」

「はい!よろしくお願いします、ヒメナさん!」

 

 見た目から何となく察していたが、やはり彼女…ヒメナは外国人だった。

 それでいて遜色の無い流暢な日本語を話すギャップに驚きながらも、ようやく今現在周囲に居る者との良識的なコンタクトに成功したと響の心は喜びに満ち溢れる。

 

「良かったわ、レオンが貴女を運んできた時は心配したけれど…見た感じ身体の回復を待てば問題無さそうね。」

「レオン…?」

「えぇ、貴女をここまで運んできたのは彼…って、もしかしてレオンからまだ何も聞いてない?」

「はい。あの…レオンさんってもしかして赤い髪の男の人ですか?」

 

 会話の中で聞き慣れぬ人物の名が出て響は一旦首を傾げるも、今まで出会った人の中で名前が判明していないのはあの青年だけ。

 もしやと思いヒメナに訪ねると、彼女はあの子ったら…と溜め息を吐きながら響の問いに答える。

 

「そうよ。“レオン・ルイス”、それが彼の名前よ。」

「レオン…ルイスさん…。」

 

 レオン・ルイス。

 かつて出会った事があるかもしれないと感じていた相手の名前が分かりその名を反芻してみるも、やはりピンと来るものは無く、かといってこの既視感が消え去る事は無い。

 この正体不明の既視感は一体何なのだとヒメナを置いてうんうん唸る響だったが、突然ヒメナがある事を思い出し手を軽く叩く音に思考が中断される。

 

「そうだ!夕食を作っていた最中だった!タチバナちゃん、まだ少し時間が掛かるけど、夕食が出来上がったら食べられそう?」

 

 ヒメナから夕食のお誘いが掛かると、響はキラキラと絵に描いたように目を輝かせる。

 立花 響、17歳。

 誕生日は9月13日で血液型はO型。

 趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯。

 もう1度言う、好きなものはご飯&ご飯だ。

 思えば15時のおやつもそこそこに本部に呼び出された。

 正直いつ腹の中に居る獣が雄叫びを上げてもおかしくない。

 今の響にとってその誘いはたとえこの身体にどれだけの痛みが襲い掛かろうとも構わぬとベッドから這い出てでもありつきたいものなのだ。

 

「はい、是非!!あ、あとすみません…私、名前の方が響でして…。」

「そうなの?ごめんなさい、勘違いしちゃったみたいで…!」

「いえそんな、こちらこそすみません!そうですよね、ヒメナさん見た感じ外国の人みたいですからファーストネームで言った方が良かったですよね!いや~うっかりうっかり…。」

 

 全力で了承の返事を返すと共に名前の訂正を希望した響はヒメナが外国人である事を考慮すべきだったとしばらく笑っていたが、響のある一言に興味を示したヒメナの言葉に表情が固まる事になる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外国…?あら、もしかしてヒビキちゃん“ヴァリアンテ”以外の国から来たの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…ヴァリアンテ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「はぁ…参ったなぁ…。」

 

 ヒメナが夕食作りを再開すると言って部屋を出てからも変わらずベッドで横になっている響は1人深い溜め息を吐く。

 

 ―ヴァリアンテ?―

 

 この国の名前だとヒメナは答えた。

 

 ―え、ヴァリアンテってあのヴァリアンテですか?―

 

 具体的にどのヴァリアンテだと逆に質問された。

 

 ―えーっとぉ…この前私達が…って言っても分かんないだろうし…そうだ!この前革命運動が行われたっていう…!―

 

 ここ最近、というかこれまでの人生の間で革命運動なぞ行われた事は無いと返された。

 

 ―あ、あれ?おかしいな…えっとぉ…そうだ、輸出大国!アメリカとか世界のいろんな国に資源を提供しているっていう…!―

 

 政治的な事はよく分からないがアメリカという国は聞いた事が無いと話した。

 

 ―へ!?ア、アメリカを知らない!?じ、じゃあ中国は!?フランスは!?イギリスは!?―

 

 少なくとも私は聞いた事は無いと告げられた。

 

 ―…日本は?―

 

 それも聞いた事が無いと言われた。

 

 ―…ここ何処ですか?―

 

 ヴァリアンテ王国の城下町、サンタ・バルドにある民宿よと事細かに説明してくれた。

 

 あの質問攻めにはヒメナも少々困惑の色を示していた、次に会った時には謝らなければ。

 それよりも改めて現状を整理しよう。

 地名的にはここは先日自分達が革命軍と戦ったあのヴァリアンテ王国であり、日本では無い。

 そしてヴァリアンテに関してだが、何故か革命軍との戦闘はおろか諸外国に関しての情報が文字通り消えてなくなっている。

 把握完了、さっぱり分からない。

 ちょっと日本で…恐らく事故であろう事態に巻き込まれてしまっただけなのに何故こんな訳の分からない事になってしまったのか。

 日本で起きた事を頭に思い浮かべていると、そういえば身辺の確認がまだ途中だったと着ている服のポケットを探る。

 幸い何度も寝ていたからか少しは身体が動かせるようになっており、着ている服も変えられた様子は無い。

 その証拠にポケットの中には当時入れていた物がそのまま残っており、響はそのままポケットから自身の携帯とS.O.N.G.の通信機を取り出した。

 誰か知人と連絡が取れないか試してみるも、どちらも音沙汰無し。

 というか携帯に関しては画面にヒビが入っており、電源さえも付かない始末。

 壊れているのは明白だ。

 

「私、久々に呪われてるかも…。」

 

 思わず1年程前まで口癖だった言葉を呟く響。

 今を前向きに生きようとするには相応しくないと自然に言わなくなった言葉だが、今回ばかりは許してほしい。

 そう日本に居る友人知人に謝罪の念を送っていると、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。

 

「すまない、起きてるか?」

 

 それと共に聞こえる男性の声。

 恐らく朝か昼かの時間にやってきた青年、レオンだろう。

 ヒメナから聞いた限りでは彼が自分をここまで運んでくれたらしい。

 そんな彼ならばここに運ばれるまで眠っていた間に何があったのか知っている筈。

 彼と会話が出来るチャンスだ。

 

「はい、起きてますよ。」

「夕飯を持ってきたんだが、入っても良いか?」

「あ、どうぞどうぞ。」

 

 世話になっている身としては少し返事がフランク過ぎただろうか。

 まぁ人と固く接するのは性に合わないし今更だ、気にしないでおこう。

 そんなしょうもない事を考えている間にドアがゆっくりと開く。

 

「失礼するよ。」

 

 部屋に入ってきたのはやはりあの青年、レオンであった。

 お盆を持って部屋に入ってきたレオンはそのままベッド横の椅子へと座り、響の様子を見る。

 

「…とりあえず身体の方は大丈夫そうだな。」

「はい!まだ動き回るのは難しいですけど、明日になったら絶対良くなってますよ!」

 

 まだ痛むであろうに自ら上体を起こしてまで答える響の献身的な姿に対し、僅かに微笑みを見せるレオン。

 するとレオンは持っていたお盆を化粧台の上に置き、その上に乗っていた大きめのお椀とスプーンを手に取る。

 

「一応怪我人だからな、すまないが食べさせやすいようにとお粥なんだが…。」

 

 レオンがお椀の中からお粥を掬い息を吹き掛ける。

 お粥からは白い湯気が出ており、それが温かな料理だと証明している。

 

「いえいえそんなお構い無く…ん?食べさせやすいように…?」

 

 目の前の料理を食するのを心待ちにする響であったが、ふとレオンが言った言葉が脳裏に過る。

 それと同時にレオンはスプーンを響の口元まで持っていき…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、あーん。」

 

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いぃ!?いやいやいやいややっぱりお構い有りましたぁ!!大丈夫ですよ自分で食べられますから!!」

 

 しばらくポカンとしていた響だったが、やがて顔を赤らめ、自分で食べると拒否をする。

 まだ出会ってから少ししか共に居ない、それも男性にご飯を食べさせてもらうなど恥ずかしくてしょうがないのだ。

 

「そんな事言ってもまだ身体が痛むだろう?無理をしない方が良い。」

「そ、そんな事ありませんよ!!平気へっちゃr痛てて…平気、へっちゃらです!!」

「…駄目だ、今無理に身体を動かしたら治りが悪くなる。今日は大人しくしてるんだ。」

「バレた…うぅ…致仕方無しかぁ…。」

 

しかしレオンの強行には敵わず、観念した響は火照る頬に手を当て悶えるものの、やがて目を閉じ意を決して口を開ける。

 

「じゃあ…あーん…。」

 

口を開けた響にレオンは器用にお粥を食べさせる。

響はそのままお粥を咀嚼し飲み込むと、閉じていた目をぱっと開き、感嘆の声を上げる。

 

「あ…美味しい!」

「普通のお粥じゃ何だと、ヒメナさんが色々気を効かせたんだろうな。ほら、まだ食べるだろう?」

「はい、食べます!…けどやっぱりそうなっちゃうんですね…。」

 

 お粥の思わぬ美味しさに舌鼓を打つ響だったが、やはり食べさせてもらうという形式は変わらないと知って再び頬を赤く染める。

 そのまま食事を終えるとしばらく取り留めの無い会話を続ける事になったものの、その中で響は一向に知りたいと思っている話題へ話を振れていなかった。

 と言うのもここまで話して分かった事だが目の前に居るこの青年、そこまで口数の多い人物では無い。

 じゃあ口下手なのかと言えばそれも違う。

 会話に花を咲かせるタイプの人間では無いと言った方が良いか、とにかく相手の事をよく見て少ない言葉で的確に物事を言う人物なのだ。

 別にそれ位なら大した問題では無いのだが、いざ面と向かって話すとなると彼の常人とは違う独特な雰囲気と自身の中に渦巻く謎の既視感が鬩ぎ合い、そう簡単に事を運ばせてくれないのだ。

 相手は間違いなく見知らぬ人、しかし完全な他人行儀で話すには些か失礼な気がする。

 ならばそれとなく親近感のある口調を織り交ぜていけば良いのだろうが、彼の纏うどこか超然とした雰囲気が、彼との会話に慣れていない自分にとっては緊張感として身体に染み込み、気楽に話そうとする自分の心を律する。

 結果として緊張感を解すのと距離感を探るのに精一杯で他の事に気を回せないのだ。

 そうこうしている間にも平行線を辿る話は続いていき、夜も更けってきた。

 こうなったら不自然と思われようが無理にでも話題を切り替えるしか無いと響が声を発しようとしたその時、レオンの口が開く。

 

「そういえばヒメナさんから少し話を聞いたよ、複雑な事情を抱えてるってな。」

「え?あ、あはは…そうなんですよ、どうしてこうなっちゃったんだか…。」

 

 出鼻を挫かれるかのように言葉を遮られ、生返事を返す響。

 まぁ知りたい話題には振れたので結果オーライと言った所だろう。

 

「とりあえず、何があったのか話してくれないか?」

「はい、えっと…。」

 

 そのまま当時の状況を説明しようとするも、響はある事を懸念して思い留まる。

 懸念している事は2つ、1つはS.O.N.G.の情報規制。

 S.O.N.G.は世界でも特殊な部隊であり、当然活動内容も原則極秘だ。

 今は非常事態なので部外者への事情説明自体は咎められる事は無いだろうが、S.O.N.G.は活動内容や存在そのものを隠す為に事情を知ってしまった部外者へ厳しい情報規制を行う。

 今ここで事情を説明すれば間違いなくこの人達に迷惑を掛けてしまう。

 世話になっている手前、これ以上の迷惑は掛けたくないのが響の心情なのだ。

 次に話の信憑性。

 そもそもあの時何が起こったのか当事者である自分でも把握しきれていない。

 国外の秘密機関、それも事故かどうかも正確に判明していない身の上話、普通に考えれば誰も信用しない。

 それを思うと言い出すのを躊躇ってしまい、響はそのまま押し黙ってしまう。

 

「話せない事情なら無理には聞かないが…。」

「いえ、大丈夫です。ちゃんと話します。」

 

 が、やはり説明すべきと判断した。

 ここで誰かに事情を説明しなければ動く事態も動かない。

 信用やら心配やらは後回しに、響はレオンにこれまでの経緯を話し始めた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「成程な…。」

 

 5分程して、響は説明を終えた。

 何分不明な点も多い今回の事態、響自身も話している中で何か気付く事が無いか確認する為に少し長めの説明となってしまったが、相手の反応はどうであろうか。

 見ると事情を聞いたレオンは何やら考え込んだ姿勢のまま動かず、程なくしてから姿勢を崩し響に話し掛ける。

 

「…分かった、とりあえず今日の所はこれで話を終わりにしよう。また明日もっと詳しく話を聞かせてくれ。」

「あ、はい…分かりました。」

 

 特に追求される事無く話は終わりとなり、レオンは席を立ちドアへと向かう。

 

「それじゃあ、また何かあったら呼んでくれ。」

「はい、分かりました。」

 

 最後に挨拶を済ませるとレオンはそのまま部屋を出て扉を閉めた。

 レオンが部屋から退出するのを見届けた響は起こしていた上体をベッドに寝かせ、視線を天井へと向ける。

 

「信じてもらえたかな…。」

 

 そうぽつりと呟くも、何も追求しなかった彼の姿を思い浮かべ、その期待はしない方が良いだろうと思ってしまう。

 もちろんこちらの容態を考慮して早々に話を切り上げたのかもしれないが、話した内容が内容だけにその可能性もあまり無いだろう。

 明日またとは言っていたがそれもどうだかと思った時点で、響は自分の思考がどんどんネガティブな方向へ向いている事に気付き、その邪念を振り払うべく首を左右に振る。

 

「あ~駄目だ!!こんな弱気になってちゃ私らしくない!!いつだって、今出来る事をやるだけだ!!」

 

 どうやら思っていた以上に友人知人が側に居るという温もりが無い孤独な状況が心を蝕んでいたようだ。

 大丈夫、すぐにまた皆と会える。

 根拠は全く無いが、それくらいが今の自分の心を奮い立たせるには丁度良い。

 それに折角会えたのだからここに居る人達とも繋がりを持ちたいと思っている。

 ヒメナはもちろん、泣かせてはしまったがあの子も。

 そして彼…レオンとも。

 彼の事も知っていかなくてはならないだろう。

 響の胸中からは未だに既視感が拭えない、むしろより強まっている気さえしている。

 それに先程彼と話している間、何故だか脳裏にあの光景が時々ちらついたのだ。

 あの光景は一体何なのか、彼は一体何者なのか。あの時一体何があったのか。

 もう何度繰り返したかも分からぬ問答を再び反芻しながら、響は明日元気に身体を動かせるよう眠りについた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、また名前聞いたりするの忘れてた…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ニホン、ソング、セイイブツ…。」

 

 響が眠りについた時、レオンは自室のベッドに腰を下ろしていた。

 そして響から説明された話の中で気になった単語を幾つか反芻する。

 するとレオンは左手を顔の前まで上げ、そのまま口を開く。

 

「…どう思う?」

 

 部屋の中にはレオン以外の人影は無い。

 故にその問いに答える者も当然居ない…。

 

「…どうもこうも荒唐無稽過ぎる、まともに考えたら話にもならん。」

「まともに考えたら、か…。」

 

 …筈なのだが、何処からかレオンに言葉を返す声が。

 その声を聞いたレオンは上げていた手を下ろし、視線をある方向へと向ける。

 その視線の先は、響が居る部屋へと向けられていた。

 

「いずれにしろ、“ガルム”の指示を仰ぐしかないか…。」

 

 そう1人呟いたレオンは就寝の為に立ち上がり、着ていたコートを脱ぎ始めるのだった…。




・泣いちゃうロベルト

→可愛い


・好きなものはご飯&ご飯

→いっぱい食べる君が好き


・「ほら、あーん。」

→内心彼もクッソ恥ずかしがってる


・誰も居ない筈なのに問い掛けに答える声

→牙狼を知っている人ならもうお分かりの筈


・そして最後まで名乗らないレオン

→コミュ障って訳じゃ無いんです


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第3話「慣れない平穏」

「ん~…朝…!」

 

 翌日、窓から差し込む日の光と小鳥のさえずりが気持ちの良い朝を迎えてくれる。

 それに比例するかのように響も目を覚まし、身体を起こして軽く伸びをする。

 何気無く行った動作だが、昨日全身を襲った痛みが無くなっている事を察するに、どうやら寝ている間にすっかり回復したようだ。

 試しに身体を左右に捻ったりベッドから降りて立ち上がってみても違和感の欠片も無い。

 

「響、起きてるか?」

「はい、ばっちり起きてます!」

 

 身体の調子を見ていると、外からノックの音と共にレオンの声が聞こえてきた。

 返事を返すとレオンが部屋へと入り、ベッドから立ち上がっている響を見て少し驚いた表情を見せた。

 

「もう動けるのか?」

「はい、この通り!」

「そうか…なら、朝は下で食べようか。」

 

 そう言って先立つレオンの後を付いていく。

 廊下を歩き階段を下っていくとリビングとおぼしき場所へ辿り着き、そこではヒメナがテーブルに朝食を並べている最中であった。

 

「おはようございます、ヒメナさん。」

「おはようヒビキちゃん、もう動いて大丈夫なの?」

「はい、一晩寝たらすっかり良くなりました!」

 

 大きく身体を伸ばしてアピールする響。

 その様子を見て確かに良くなったのだろうとヒメナも安堵したようで、それは良かったと響に笑顔を見せる。

 

「朝食にする前に顔を洗ってきた方が良い、外に出て左の方に洗い場があるからそこで。」

 

 タオルを渡された響はレオンに施された通りに外へ出る。

 言われた通り左の方向を見ると、確かに綺麗な水が組まれている桶がある。

 レオンが言っていたのは恐らくこれであろう、そう判断した響は桶から手で水を掬い、そのまま顔を洗う。

 タオルで水気を落とし、そのままレオン達の所へ戻ろうとしたが、あるものを見て立ち止まり、感嘆の声を漏らす。

 

「わぁ…!」

 

 それは朝日に照らされた街並みであった。

 地平線から出た日の光が街を照らし、道路や建物を明るくしていく。

 まるで著名な絵からそのまま抜き出したかのようなその景色は、これまで響が見てきた美術的感動をまるごとひっくり返すかのような衝撃を与えた。

 

「本当に日本じゃないんだ…。」

 

 だが逆にその感動が自分が今普段の日常から遠ざかっているという事を明確にし、響の胸中に熱いものが込み上げてくる。

 が、すぐに気持ちを切り替えて響は止まっていた足を動かし、歩き始める。

 今出来る事をやるだけだと決めたのだ、その悲しさに足を止めている暇は無い。

 

「お帰りなさい、朝ご飯にしましょう?」

「はい!…って、あれ?その子は…。」

 

 レオン達の所へと戻った響はヒメナの足元に1人の少年が居る事に気付く。

 昨日の朝だか昼に泣かせてしまったあの子だ。

 

「紹介するよ、弟のロベルトだ。ほら、挨拶。」

「えっと…おはようございます…!」

 

 レオンに紹介された少年…“ロベルト・ルイス”は若干たどたどしい様子で響に名前を告げる。

 

「おはよう、ロベルト君。私の名前は響、立花 響だよ。よろしくね!」

 

 響も自己紹介をして握手しようと手を伸ばすも、ロベルトはヒメナの後ろへ隠れ、疑心の念を響にぶつけてくる。

 原因はやはり昨日の事だろう。

 

「えっと…昨日はごめんね?急に大きな声出しちゃって…」

 

 響は何とかロベルトと仲良くなろうと謝罪の言葉を述べる。

 ロベルトはヒメナの影に隠れるように身を潜め、レオンやヒメナも含め全員の顔色を伺っていたが、やがてヒメナの側から離れて響の前に立ち、小さなその手を伸ばす。

 

「えっと…大丈夫、です…!」

「良かった…ありがとう、ロベルト君!」

 

 ひとまずは仲直りが出来たと響は満面の笑みを浮かべながら彼の手を握り握手をする。

 

「ヒメナさんも昨日はすみません、変な質問ばっかりして…。」

「そんな、良いわよあれ位。さぁ、ご飯にしましょう?」

 

 ヒメナに施された響は言われた通りに椅子に座る。

 そのまま全員が座ると一同は目の前に広がる料理に向けて手を合わせる。

 

「それじゃあ…。」

「「いただきます。」」

 

 皆と共に食事の挨拶を済ませた響は改めて目の前に広がる料理に視線を向ける。

 パン、目玉焼き、サラダ、スープ…。

 如何にもな感じのメニューだが、こちらの想像する朝食のイメージと何ら変わらぬその並びは非常に受け入れやすい。

 試しにスープを口に運んでみると…。

 

「あ、美味しい…!」

「そう?良かったわ、お口に合って。」

 

 訂正、イメージしていたそれとは比較出来ない程の美味しさが口の中に広がる。

 親友の作る朝食も美味たるものだが、これはまた格別な美味しさだ。

 

「おかわりはまだあるから、遠慮せずにどうぞ。」

「はい、お言葉に甘えて!」

 

 朝からこのような食にありつけるとはありがたいと、先程外で胸中に込み上げていた寂しさなぞ何処へやら、響は目の前の料理に次々と手を付けるのであった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ごちそうさまでした~!」

「ふふっ、良く食べたわね。」

「はい!ヒメナさんのお料理、とっても美味しかったです!」

「そんなに大層な物じゃ無かったけれど…喜んでもらえて良かったわ。」

 

 朝食を食べ終え、至福の時間が過ぎた響は満足感に溢れる身体を椅子に預け、余韻に浸る。

 簡素な並びではあったが、そのどれもが今まで味わった事の無い至高の一品であった。

 あれを毎日食しているレオン達が正直羨ましい。

 

「っと…響、少し話したい事がある。今良いか?」

「はい、何でしょう?」

 

 そんな事を考えていると、レオンから声を掛けられた。

 昨日の話の続きであろうか、響はレオンの居る方へと向き直る。

 

「とりあえずこの後は時間になったら医者を連れてくる。だからそれまではここに居てもらう事になる。その後、昨日の話をもう1度聞かせてくれ。それから今後の行動を決める。何かやりたい事などがあれば言ってほしいんだが…。」

「うーん、そうですね…。」

 

 話を聞く限りでは特に不満点は無かったので、他に提案が無いか考えると、ふと先程外で見た光景が脳裏に過り、もっと詳しくこの街を知りたいと感じた。

 

「あ…でしたら、お医者さんの所まで歩いて行きたいです。この辺りの事も知っておきたいので。」

「そうだな…見た限り歩く分には問題無いか…分かった、じゃあ出掛けるまではゆっくりしていてくれ。」

 

 レオンも部屋からここまで難なく歩いてきた響の様子を見て問題無いと判断し、医者の所へは歩いていく事になった。

 後はレオンの言う通り出掛けるまでは部屋でくつろぐだけなのだが…。

 

「あっ、何か手伝いますよ、ヒメナさん。」

「え?良いわよそんな、悪いわ。」

「いえ、何ていうか…何もしてないっていうのはどうも落ち着かなくて…。」

 

 いかんせん立花 響という少女、ただ暇を持て余すというのに馴れていない。

 お節介かもしれないが、趣味=人助けなので動けるのならば誰かの為に動きたいのだ。

 

「じゃあ、一緒にお皿洗いをお願いしても良いかしら?」

「はい、任せてください!」

 

 そのまま響は医者の下へ出掛けるまで、ヒメナ達と仲を深める良い機会だと率先して家事に協力していった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「わぁ~すごいですね!お家も道路も全然違う!何だか素敵な感じです!」

「そうか?見慣れている光景だから何とも…響の住んでいるっていう街はどうなんだ?」

「うーん…そう言われると何とも…まぁ、レオンさんと同じで見慣れちゃってるんですよ。だからここは新鮮味があってとっても良いんです!」

 

 少しして、響とレオンはサンタ・バルドの街中を歩いていた。

 響はせわしなく周囲を見回し、見慣れぬ街並みに改めて目を輝かせる。

 民家や道路、露店など…そのどれもが木や石、レンガといった物で出来ており、コンクリート主体の日本の街並みとはまるで別世界だ。

 そう…まるで別世界だ。

 朝見た時もそうだったが、本当に漫画やアニメからそのまま抜き出したかのような街並みが視界一杯に広がっている。

 そして何よりも響が気になったのは、表通りを歩いている今でも電気及び電子機器の類が一切見当たらない事だ。

 例を挙げるならばまず電柱、日本のみならず現代の街と呼ばれる場所ならば何処でも見掛けるそれが影も形も無い。

 他にもテレビや電気屋などの類が一切無い。

 携帯が壊れて使い物にならないと言ったが、そうでなくても使い物にならなかったという事だ。

 それよりも電柱すら無いとなると自身の持つヴァリアンテでの記憶と大分食い違う事になる。

 1週間前にヴァリアンテを訪れた時、表通りと説明された場所には確かに電柱が何本も立っていたし、テレビやその他の電化製品なども見かけていた。

 何故こうも違う街並みが広がっているのか、響は不安半分、興味半分といった具合で色々と調べる為にあっちこっち歩き回っている。

 

「まぁ景色を見る分には構わないが、あんまり変に動かないで「あ、お婆ちゃん大丈夫ですか?荷物持ちますよ!」…。」

 

 あまりのせわしなさに下手に動かないよう注意を施そうとしたレオンだったが、それよりも前に響は道行く老人に向かって歩いて行ってしまう。

 

「…何してるんだ?」

「お婆ちゃんのお手伝いです!お婆ちゃんの荷物が重そうだったんで…。」

 

 これから病院に行くというのに何をしようとしてるのかと思えば、まさかの慈善活動。

 彼女の人柄が伺える。

 

「これから病院に行くんだぞ?」

「分かってますよ、ちょっとだけです!さ、お婆ちゃん荷物預かりますね!」

「いやそうじゃなくてだな…。」

 

 レオンの制止も他所に、響はそのまま老人の手荷物を持って歩き始める。

 しかもその方向は病院へ行く道とは真逆、つまり来た道を戻るという事。

 彼女の身勝手(趣味)に付き合わされる羽目となったレオンは仕方無く彼女達の後へ付いていく。

 やがて老人の目的地へと辿り着き、そのまま別れを告げると、響はこれまで来た道をわざわざ戻ってきてしまった事に気付き途端に顔を青ざめ、慌ててレオンに謝罪の言葉を述べる。

 

「あわわわわ…す、すみませんレオンさん!つい何時もの癖で…!」

「何でわざわざ来た道を戻らなきゃならないんだ…。」

 

 しかも結構な距離を戻らされた。

 昼前には医者の所に着いて診察が終わっている予定であったのだが、これではどうなる事やら。

 

「全く…行くぞ。」

「は、はい!」

 

 まぁ過ぎた事は仕方無し。

 溜め息を吐きながらもレオンは再び病院へと歩みを進め、響も急いでその後を付いていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま…。」

「お帰り二人共…って、どうしたのレオン?何だか疲れたような顔をして…?」

 

 夕方、宿屋へと帰ってきた2人をヒメナが迎える。

 しかし何だか二人の様子がおかしい。

 何やらレオンは疲れたような表情をしており、響は響で申し訳無さそうにレオンの様子を伺っている。

 それもそうだろう、老人介護から始まり落とし物を拾ったり泣いている子供がいればあやして回って…。

 結果、今日のレオンは響の溢れんばかりの慈悲慈愛に振り回され続ける羽目となったのだ。

 響も悪気があってやったのでは無いし、レオンもそれは理解しているので咎めたりはしていないのだが、その結果がこれである。

 

「いえ、何でも無いです…。」

「えっと…すみませんレオンさん…。」

「?…まぁ良いわ。とりあえずこれからお夕飯の準備をするから、二人は部屋でゆっくりしてきなさい。」

「あっ、私お手伝いしますよ!」

 

 ヒメナが夕食の準備をすると言い出すと、響は率先して手伝うと名乗り出る。

 昼間あれだけ人の為と動き回っていたというのに元気な事だと彼女の様子を横目に、レオンはヒメナに言われた通り部屋で身体を休めようとしたのだが…。

 

「そういえばレオン、今夜は?」

「あぁ、いつも通りに夕飯を食べたら行ってきます。」

 

 ヒメナからある質問をされ、レオンは足を止めてそれに答える。

 別に何の変哲も無い質問だが、響は何故かそれが妙に気になってしまい、思わず首を突っ込んでしまう。

 

「えっ、レオンさんこれから何処かに行くんですか?」

 

 そう質問すると、何故か場の空気が凍り付いた感覚に襲われる。

 場の空気が一瞬で冷たく変わった事を感じた響は恐る恐る2人の表情を見る。

 その表情は揃って何かを失念していたというようなものであった。

 

「…あぁ、まぁな。」

 

 やがてはっと気を取り直したレオンは簡素な答えを響に返す。

 何かおかしな事を聞いてしまったのだろうかと響は首を傾げるも…。

 

「えっと…ヒビキちゃん!こっち手伝ってもらえる?」

「あっ、はい!」

 

 ヒメナに呼ばれた事で響はそれ以上の詮索を中断する。

 そしてレオンはその間にそそくさと自室へと戻って行ってしまった。

 そんなレオンの様子を見た響は聞いてはいけない事だったかと唇を噛み締め、ヒメナの家事を手伝い始める。

 この家族と仲良くしようとした矢先に失敗してしまったという後悔と、何故だかその隠している事について知りたい…いや、知らなくてはならないという強迫観念に駆られながら…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「それじゃあ、行ってきます。帰りはまた遅くなるだろうから、気にせず…。」

「えぇ、気を付けてね。」

「行ってらっしゃい、レオン!」

「あ、えっと…行ってらっしゃいレオンさん!お気を付けて!」

「あぁ、ありがとう。」

 

 夕食を食べ終えてしばらく、そろそろ日が暮れ夜の時間になる頃、レオンはヒメナとロベルトに見送られ出掛ける事になった。

 響も慌てて彼を見送らんと声を掛けると、レオンは優しい笑みを返して宿屋を後にした。

 

「(それにしてもレオンさん、もう外は暗くなるのに本当に一体何処に…?)」

 

 レオンが出掛けていってからも響はヒメナの手伝いをしたりロベルトの遊び相手になったりしていたが、その間にもレオンが何をしに出掛けていったのかが気になってしまい、後は寝るだけだという段階まで来た所で響は堪らずヒメナにレオンの事を聞いてしまう。

 

「あの、ヒメナさん…ちなみになんですけど、レオンさんは何しに出掛けて行ったんですか?」

「え?えっと…。」

 

 響の質問にヒメナはやはり困惑した様子を見せる。

 一時は知らなくてはならないなどと身勝手な強迫観念に駆られてしまったが、今のヒメナの様子を見ると急速にそこ熱が冷め、代わりに非常に申し訳ないという気持ちが高まってきた。

 

「あ、その…無理に答えなくても良いんです!すみません、勝手にこんな…人の事聞いちゃって…。」

 

 これ以上ヒメナの機嫌を損ねないよう響は直ぐ様謝罪の言葉を述べるも、ヒメナは何故か少し考える素振りを見せてからぽつりと呟く。

 

「…お仕事。」

「へ…?」

「レオンはお仕事に行ったのよ。夜中にやるお仕事でね…。」

 

 レオンが出掛けた理由は仕事に行ったからだと、仕事の時間帯は夜中なのだと言った。

 2人してやけに隠したがっていた様子であったが、蓋を開けてみたら別に何て事の無い事情であった。

 はぐらかされたか?

 いや、この家族に限ってそんな事は無いだろうが…と響は思考に耽る所であったが…。

 

 

 

 

 

「そうだよ!レオンは“ホラー”を倒しに行ったんだよ!」

 

 

 

 

 

 ロベルトが発した一言でその思考は中断された。

 

「え?ホラー…?」

 

 はて、ホラーとは一体何の事であろうか?

 ホラー映画のホラーの事であろうか?

 となれば恐怖という意味合いになるのであろうか?

 ならばレオンは恐怖を倒しに行ったという事になるのか?

 …さっぱり分からない。

 ホラーとは一体何なのかロベルトに聞いてみようとしたが…。

 

「ロベルト!!駄目でしょそんな事言ったら!!」

「ひぅ!?ご、ごめんなさい…。」

 

 そこには既にヒメナに叱られてすくんでいるロベルトの姿が。

 

「えっと…気にしないで!ただの子供の言う事だから…レオンは警備のお仕事をやっているのよ。ここら一帯は夜中になると治安が悪くなる所もあるから…さぁ、今日はもう寝ましょう!」

「は、はい…分かりました。」

 

 そんなロベルトに代わってヒメナが話をし、説明もそこそこに話を切り上げてしまった。

 少々強引な切り上げ方に違和感を感じた響だったが、無闇に食い付く事はしてはいけないだろうとヒメナの言う通りに部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お仕事、か…。」

 

 部屋に戻った響はベッドに横になると先程の会話を思い起こす。

 

「(確かに昼間はヒメナさんのお手伝いとかロベルト君のお世話とかあるだろうし、仕事をやるんだとしたら夜中しかないけど…。)」

 

 正直に言うと不審な点が多々見られる。

 レオンにしてもヒメナにしても単に仕事だというのであればあそこまで何かを隠すような物言いなどしなくても良い筈。

 それにロベルトが言っていたホラーという言葉も気になる。

 ヒメナの言う通りレオンが警備の仕事をしているであればホラーというのは恐らく街中で悪さをする者達の事になるのだろうが、わざわざそんな名前で呼ぶ理由が分からない。

 間違いなくこの一家は何か大事な事を隠している。

 

「でもまぁ、気にしてもしょうがないか…。」

 

 しかしながらそれを知って自分は一体どうすると言うのであろうか。

 どうもしないだろう。

 万が一この家族が何か良からぬ事を隠しているのだとしたら関わるやもしれぬが、そうでなければそれは人様の領域、関わる事では無い。

 それにこの一家はそんな悪さをする家族では無いと思える。

 まだ世話になって1日2日しか経っていない為根拠の無い話ではあるが、不思議と絶対にそんな事はしないのだと思えてしまうのだ。

 だから彼等を信じよう。

 彼等と共に生活し、仲を深め、そして友人達に紹介するのだ。

 自分はこんなに素敵な家族と出会えたのだと。

 そんな未来を夢見ながら響は静かに目を閉じ眠りに就こうとするが、不意に遠くの方から何かが聞こえ、思わず身体を起こして窓の外を見る。

 

「何…?」

 

 今聞こえてきたのは何の音だ?

 いや…あれは音では無い。

 かすかに耳に残るこれは、決して物が出せる音では無い。

 世界に爪痕を残さんばかりに響く、生物でしか発する事の出来ない声。

 S.O.N.Gの活動の中で、辛くもこの手が届かなかった者達が上げる助けを求める断末魔…。

 

 

 

 

 

 ()()だ。

 

 

 

 

 

「まさか、ね…。」

 

 いや、そんな筈は無い。

 ここはとても綺麗で素敵な街なのだ。

 ヒメナが夜になると治安の悪い場所もあると言っていたが、それでも違うだろう。

 レオンが夜中に出掛けていった事も関係無い、関係無いのだ。

 あの声が聞こえたその瞬間に何故かまたあの赤い光景が過ったのも、何も…。

 響は一切の事を忘れんとばかりに布団を頭から被り、今度こそ眠りに就いた…。

 

 

 

 

 




・元気100倍立花ビッキー

→ジーッとしてても、ドーにもならねぇ(話が進まねぇ)!


・でもちょっとおセンチな気分になっちゃう立花ビッキー

→個人的に響は未来さんに限らずあのメンツにかなりメンタル依存してるんじゃないかと思っています。


・それでもやる事は変わらない立花ビッキー

→趣味=人助けって実際側に居たらどれだけ振り回されるのだろうか…。


・そして一家の隠し事が気になってしょうがない立花ビッキー

→誰だって秘密の1つや2つはあるもの、それが彼等なら尚更なのです。


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第4話「黄金-GARO-」

 翌朝、響は瞼を擦りながら1階の食卓へ顔を出した。

 結局昨日の夜はそこまで寝付けなかったのだ。

 

「ふぁ…おはようございます!」

「おはようヒビキちゃん。」

「お姉ちゃんおはよ~!」

 

 寝不足気味ではあるものの、響は元気な挨拶を欠かさない。

 彼女の挨拶にヒメナはもちろん、ロベルトも親しげに挨拶を返すも…。

 

「ロベルト。」

「あっ、えっと…お、おはようございます!」

 

 部屋の奥から現れたレオンに咎められ、直ぐに親しげだった挨拶の言葉を訂正する。

 

「うん、おはようロベルト君。レオンさんもおはようございます。」

「あぁ、おはよう。」

 

 次いで2人も挨拶を交わしそのまま席に座る。

 その中で響はちらりとレオンの姿を見る。

 昨夜聞こえたあの声、そして警備の仕事だと言って出掛けたレオン。

 やはり昨夜のあれはレオンも関わっていたのだろうか?

 それとも単なる偶然なのか?

 見た限りでは目立った変化は見られないが、果たして…。

 

「…どうした?」

「あ…いえ、何でも無いです…!」

 

 どうやら気付かない内に彼の事をじーっと見つめていたようだ。

 レオンに声を掛けられ焦る響であったが、折角だからこのまま直接聞いてしまうかとそのまま彼に話し掛ける。

 

「えっと…レオンさん、昨日は大丈夫でしたか?」

「昨日?何がだ?」

「ほら、昨日の夜…。」

 

 響はレオンに昨夜聞こえた声について問おうとするも、あの何かを隠している彼等の様子が頭の中に過り、言葉が詰まる。

 どんな理由であれ、その秘め事に関わるであろう事を好奇心からつつくのは良心が痛んだのだ。

 

「あ…やっぱり、何でも無いです…。」

 

 結局何も答えを聞く事無く話の話題が尽きる。

 それから朝食の時間は特にとりとめの無い話で会話を繋いでいたが、食べ終えた頃にレオンがふと思い出したかのように響に話し掛ける。

 

「響、今日は少し遠出をしようか。」

「遠出ですか?」

「あぁ、少し見てもらいたいものがあってな。」

「はぁ…分かりました。」

 

 さてレオンは一体何を見せるつもりなのか。

 急な提案ではあるが断る理由は無いと、響は了承の意を示した。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ここだ。」

「ひぇ~すごい…レオンさん、ここは一体?」

「いつもロベルトと鍛練をしている場所だ。」

「鍛練?」

「あぁ。まぁ自分の身ぐらいは守れるように、とな。」

 

 レオンの駆る馬で街を出ておよそ30分程、2人はとある遺跡の跡地へと来ていた。

 なんでもレオンにとっては馴染みのある場所のようで、普段はロベルトと共に来ているそうだ。

 適当な場所に馬を止め跡地内へ足を踏み入れると、響は奥の方に黒い円状の何かが存在しているのを見つける。

 

「レオンさん、あれは…?」

「3日前、突然あれが現れたんだ。そして…ここに君が倒れていた。」

 

 響の問いにレオンは黒い物体の前まで歩いていき、その物体の真正面の地面を指差しながら答える。

 

「あれの前に、私が…。」

「何か覚えは無いか?」

 

 今度はレオンの方から問われるも、あのような物体は今まで見た事が無い。

 一瞬プロメテウスの火(あの聖遺物の事)が頭に過ったが、確証が無い為今は口にしない事にした。

 

「…いえ、特には。」

「そうか…。」

 

 期待していた答えが返ってこなかったからか、レオンは厳しい表情で黒い物体を見る。

 その険しさがやはり常人のそれとは違うと、響はそれ以上彼の姿を目にする事が出来ず、ただ黒い物体を見つめ続けた。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 夕方、宿へと戻っていた響達はそれぞれの時間を過ごしていたが、日が落ち始めて早々レオンが1人出掛ける準備をしていた。

 

「あれ、レオンさん何処か行くんですか?」

「あぁ、仕事だよ。」

 

 レオンから仕事だと言われ、響は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。

 ヴァリアンテ(こちら)に来て右も左も分からぬ自分に、まるで本当の家族のようにとても良くしてくれているルイス一家。

 そう…あくまで自分は他人であり、人には秘密の1つや2つはあるという事も理解している。

 ましてやそれを無闇に聞き出そうというのは不粋極まりない事だというのも承知している。

 しかしそれでも彼等が何か自分に対して隠し事をしていると思うと、何とも居た堪れない気持ちになるのだ。

 響は自身のそんな思いに無理矢理蓋を閉め、レオンと会話を続ける。

 

「そうですか…あれ、でもまだお夕飯…?」

「急な仕事が入ってな。心配しなくても早く帰る事が出来たらこっちで食べるし、そうでなくても外で食べてくるさ…よし、それじゃあ行ってきます。」

「気を付けてね、レオン。」

「行ってらっしゃーい。」

「気をつけて、レオンさん。」

「ありがとう、行ってくるよ。あぁそれと…。」

 

 各々と挨拶を交わし外へ出ようとするレオンだったが、ふと足を止め視線を響へと向ける。

 

「歩けるようになったからって、無闇に出掛けないようにな。特に今の時間帯からは。」

 

 そう言い残すとレオンは扉を開け宿を出た。

 レオンが勤めているのは警備の仕事、その出勤時間が早まったという事は詰まる所普段よりも街が危険な状態になっているという事であって、こうしてレオンが念を推すのも尤もな事だろう。

 暇があれば少し辺りを散歩してみようかと思っていたのだが、これでは仕方がない。

 響はこれまで通りヒメナの手伝いを行う事にしようと彼女に問い掛けた。

 

「ヒメナさん、何かお手伝いできる事ありますか?」

「そうねぇ…そしたらお野菜洗ってきてもらってもいいかしら?」

「分かりました!」

 

 野菜の入った篭を渡された響は玄関を出て、洗い場にて丁寧に野菜を洗っていく。

 その最中ふと誰かに見られているような気配を感じ、響はすぐ横の通りへ視線を向ける。

 夕方という事もあって出歩く人の数もまばらになっているその通りを注意深く見てみると、とある路地に気になる人影を見つける。

 黒いローブを羽織っているその人物は何やら表通りを気にした様子で見ており、やがて視線が合いこちらが見ている事に気付く。

 するとその人物は僅かに見える口元を一瞬驚愕したそれへと変え、そのまま路地裏へ姿を消してしまった。

 こちらを見ていただけではあったが、明らかに怪しい人物である。

 そしてそれを見つけてしまった以上、黙って見過ごす事が出来ないのが立花 響という少女。

 洗っていた野菜を篭へ戻し、響はその人影が居た路地へと走り寄る。

 そのまま顔を覗かせるも、そこには夕日が作り出した暗い影が差し込んでいるだけで、やはり先程の人物はこの場から居なくなっていた。

 とはいえ相手がどんな理由でこちらを見ていたのかも分からないし、ヒメナ達に何も言わずにあの場から遠くへ離れる訳にはいかない。

 故に深追いはしないと響は踵を返し、宿の方へと戻ろうとしたが…。

 

「っ!?」

 

 突然背後から口元を抑えられ、そのまま路地裏へと引きずり込まれてしまう。

 

「(しまった…まだ奥の方に居たんだ…!!)」

 

 不意を突かれた響はあっという間に路地裏の奥の方へと引きずられ、やがて止まったかと思えば首元に一瞬ひやりと冷たい感触が。

 一体何だと視線を下へ向けると、そこには路地裏の僅かな木漏れ日に照らされたナイフがあった。

 

「喋らないで。騒ぎでもすれば…分かるわね?」

 

 響はその声を聞いて驚いた。

 ローブを着ていたから分からなかったが、この人物は女性だ。

 その割には力が強く容易に振り解けないと思っていると、不意に耳元でベルのような音が鳴り響いた。

 それなりに大きな音が耳元で鳴った為顔をしかめていると、女性がじっとこちらの顔を覗き込んでいる事に気が付く。

 その瞳はまるで怨敵を見つめるかのような冷たい光を宿しており、目が合ってしまった響は思わず身をすくませる。

 

「違うか…。」

 

 しかし女性はすぐにその目を和らげると、響を拘束していた手を放し、彼女から1歩離れる。

 拘束が解かれた事で自由の身となった響は直ぐ様振り向くと同時にさらに一歩後ずさる。

 彼女は一体何をしたのか、そもそもこうやって無理矢理人を捕まえてこんな所まで連れ込んだとなると、これは立派な犯罪である。

 響は彼女に対して事の追求をしようとするが、それよりも早く女性の方が口を開く。

 

「ごめんなさいね、突然こんな事をして。こちらにも色々事情があって…こんな事をしておいて言うのも何だけど、今回の事はどうか秘密にして欲しいの。」

 

 女性は軽く頭を下げて謝罪の言葉を述べると、ついでとばかりに免罪を求めてきた。

 しかし彼女が行ったのは路地裏への拉致に加え、未だ彼女の手に収まっているナイフとベルのような物の事を考慮すれば、この免罪の言葉も捉えようによっては脅迫になりかねない。

 というより響には脅迫にしか聞こえない。

 

「秘密にしてくれだなんて…立派な犯罪ですよ?」

「それを承知で頼んでいるのだけれども…正直に言うとこれ以上私と関わると本当に危険よ。思う所はあるでしょうけど、ここは何も無かった事にして別れた方がお互いの為よ。」

「関わると危険って…何でですか?何か理由でもあるんですか?」

「まぁ…少しね…。」

 

 女性はしきりに表通りを気にした様子で見ている。

 表通りの方に何かあるのだろうかと気にはなるが、それで隙を作ろうとしているのならば油断は出来ない。

 響の視線はじっと女性を捉えて離さない。

 そうやって食い下がってくる響の姿を見た女性は小さく溜息を吐き、小さな声で言った。

 

「実は…ちょっと追われてて。貴女を襲ったのは、その…奴等の仲間かと思っちゃってね…。」

「え、追われてるって…!?」

 

 女性の言った言葉に眉を潜める響。

 怪しげにこちらを見遣る不審者かと思いきや、まさかの追われる身。

 もちろん彼女の嘘という可能性もあるが、もし本当ならば先程の行為は追われる身として警戒していたが故の過剰防衛。

 そしてそうしなければならなかった程に彼女が追い込まれているという事実。

 たとえ先程自身を危険を目に会わせていた相手だとしても、そんな状況を前にして黙っていられないのもまた、立花 響という少女だ。

 

「追われてるって…一体誰に!?どうしてそんな事に…!?」

「いやそれは…貴女には関係無いわ。」

「関係無いなんて事ありませんよ!それこそこうして貴女に捕まって…それで関係無いなんて言わせません!貴女がそうやって困っているんだったら、私は貴女を助けたい!」

「えっ、えぇ!?貴女何言って…!?」

「それに言ってましたよね、何も無かった事にして別れた方がお互いの為だって。なら私に貴女の事を助けさせてください!2人で一緒に解決して、本当に何も無かったって事にして、それで全部チャラにしましょう!」

「え、えっと…。」

 

 お互い罪を胸に秘めたまま黙っているよりも、思う所を全て解決して大きな声で何も無かったと言えた方が良いに決まっている。

 そう意気込んで女性の手を取る響の思わぬ食い下がりっぷりに逆に困惑の色を見せる女性だったが、ふと響の背後に視線を向け、はっとその表情を歪める。

 

「っ…下がって!!」

「うぇっ!?」

 

 無理矢理身体を引っ張られた響はよろけ、女性の背後へと回る。

 一体何をと女性の方を見ると、彼女の視線の先に自分達以外の誰かが居る事を知る。

 男が2人、どちらも上下共に黒い服装に身を包んでいる。

 2人共暗がりでも分かる程に肌が白く、明らかに虚ろな瞳をしている様は、彼等が生気を纏わないどこか異質な存在であるという印象を与えてくる。

 

「しまった…こんな時に…!!」

 

 女性が口惜しそうに呟く。

 並々ならぬ彼女の気配に驚く響だったが、先程彼女が言っていた言葉を思い出し、この男達こそ女性が追われていると言っていた者達なのではと察する。

 

「貴女、逃げなさい!!今ならまだ間に合う!!」

 

 女性が響に対して逃げるよう促すも、意を固めた響はそれに反して逆に彼女の前に躍り出る。

 

「なっ…貴女何してるの!?早く逃げなさい!!」

 

 突然の響の行動に驚愕する女性。

 再度響に逃げるよう促すも、響は聞く耳を持たず彼女を庇うように手を広げる。

 

「…何だかよく分かりませんけど、この人達普通じゃない!」

「知っているわよそんな事は!!」

「だから、逃げるなんて出来ません!」

「なっ!?馬鹿な事を…っ!?」

 

 先程自分を助けたいと言っていたがまさかここまでやるとは思わず、呆れ交じりの声を上げる女性。

 すると2人の男がゆっくりとした歩みを数歩向けた後、徐々に加速を付けてこちらへと迫ってきた。

 女性は響に対して再三の言葉を掛けようとしたものの、響はそれに構わず男達に対して身を構える。

 

「ごめんなさい…はっ!!」

 

 まず男の1人がこちらを掴もうとしていた手を捌き、体勢を崩した所で肩を押して背中を向けさせるとそのまま鳩尾に掌底を浴びせ気絶させる。

 そしてもう1人襲い掛かってきた男には足払いを行い地面に伏した所を再び鳩尾を打ち、これも気絶させる。

 戦闘はあっという間に終わった。

 

「ふぅ…そうだ、大丈夫ですか!?」

 

 男2人を下した響は女性の安否を気遣う。

 そんな女性はと言えば、目の前で起きた寸劇に目をしばたたかせている。

 

「いや、それこっちの台詞なんだけど…。」

「私ですか?私は大丈夫ですよ!実は私ちょっとだけ武術を嗜んでいまして…。」

 

 えへへ…と笑う響を見て、女性は小さく肩を落とす。

 

「はぁ…無茶をするわね貴女…。」

「無茶なんかじゃありません。貴女が傷付く姿を見たくないって思いましたから…平気、へっちゃらです。」

 

 先の会話でもそうだが、どこの誰とも分からぬ、それもあんな事をした自分が正しい事を言っていると真に受けて助けるとはとんだお人好しだと女性は再度肩を落とす。

 

「馬鹿な子…。」

「あはは…何でかよく言われるんですよね、それ…。」

 

 訪れた一時に笑みを浮かべ合う2人。

 後はこの男2人を然るべき所へと送ればこの一件は解決だろうと思っていた響だったが、突如として背後から感じる気配に思考を止める。

 

「後ろっ!!」

「っ!?」

 

 女性の声が聞こえると同時に咄嗟の判断で女性の方へと転がり込む。

 果たしてその判断は正しかったようで、先程自分が居た場所へ視線を向けると、気絶していた男2人がゆっくりと起き出していた。

 

「もう立ち上がって…っ!?」

 

 再び身を構えようとした響だったが、起き上がる男達の姿を見て固まってしまう。

 男達は単純に起き上がっているのではない。

 脚を、腕を、顔を、身体全体を大きく震わせ立ち上がるその様は“普通”の人間が寝転んだ状態から立ち上がるそれではなく、彼等を初めて目にした時に感じた“異常性”をありありと見せ付けるものであった。

 そして立ち上がった男達は響が与えたダメージなどまるで無いと言わんばかりに先程と変わらぬ様子でこちらに向かってくる。

 その瞳は、何故か不気味な紅色に染まっていた。

 

「(こうなったら…)こっちです!!」

「え!?ちょっ、ちょっと!!」

 

 いよいよもってこの男達はおかしい。

 そう実感した響は少し考えると女性の手を取って男達の反対方向…つまりは路地裏の奥へと駆け出す。

 

「ちょっと!!何処に行くつもりよ!?」

「分かりません!!」

「えぇ!?」

 

 路地裏へと駆け出した響は一心不乱に走り続ける。

 道など端から分からぬが、それでも止まる事はしない。

 

「でも、捕まったら駄目だから…!!」

 

 色々あったが、この女性を助けると決めたのだ。

 それに、女性で無くともあの男達に一度捕まったらその先は無いと本能が警鐘を鳴らしているのだ。

 得体の知れない恐怖に呑まれまいと、響は女性を握る手を強め、さらに走りを速めながら複雑な迷路をひたすら駆け回った…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「やっばい行き止まり!?」

「何してるのよ!?勝手に連れ回しといて…っ!?」

 

 逃亡を初めてからどれぐらい経っただろうか。

 とにかくあの男達から逃げ切る為に闇雲に走り回っていたが、慣れぬ土地を我が物顔で走るという事はもちろん出来ず、やがて2人は袋小路へと当たってしまう。

 すぐに引き返そうと踵を返すも、そこには既にあの男達の姿が。

 

「もう追ってきた…!!」

「くそっ、これでは…!!」

 

 それも先程の2人だけではなく、いつの間にか20人以上の数で押し寄せてきている。

 その何れもが瞬きもせず赤々とした眼でこちらを見据えており、嫌悪感が一層引き立たされる。

 

「っ…貴方達は一体何なんですか!?どうしてこの人を狙って!?」

 

 問い掛けるも答えは言葉では返されず、しかしそれは程無くして目に見えて知らされる事となる。

 男達は響が問い掛けて数秒の間何も行動を起こさなかったが、しばらくすると揃って腕部が尋常ではない震えを見せ、やがて()()()()

 

「え…?」

 

 比喩表現では無い、本当に破裂したのだ。

 しかしそれ以上に響の心に衝撃を走らせたのは、破裂した男達の腕部が即座に再生を始めた事だ。

 そして再生された男達の腕は揃って鋭利な爪や刃物など、人間のそれとは明らかに違う形状となっていた。

 

「何…あれ…!?」

 

 目の前で起きた異常な出来事に狼狽していると、女性がやけに冷静な声色で響の疑問に答える。

 貴女は決して触れてはならないものに触れてしまった、そう諭するかのように。

 

「あいつらに人としての問答なんて無駄よ。あいつらはね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間じゃ無いのよ。」

 

「人間じゃないって…!?」

「貴女がそれ以上知っても意味無いわ。ここまで来たら、どうせここで死ぬんだし…。」

 

 人ならざる者とはと響は女性に問い掛けるも、彼女はどこか達観とした様子でそれ以上の事を喋ろうとはしない。

 彼等に目を付けられた以上、生き残る術はもう残されていないと、そう言いたげに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いいや、死にません!」

 

 しかし響はそれを否定する。

 彼女を庇うように前に出て、力強く宣言する。

 

「は?何言って…?」

 

 現実離れした状況に追い込まれて血迷ったかと疑うが、こちらを真っ直ぐ見つめる彼女の目を見て思わずたじろぐ。

 

「私には帰らなきゃならない場所があるんです…だからまだ死ねません!それに、貴女の事も絶対に死なせません!だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きるのを諦めないで!!」

 

 それは彼女の始まりにして今日までを生きてきた証ともなる希望の言葉。

 この言葉を胸に掲げていたからこそ、沢山の出来事と巡り会えた。

 沢山の命と繋がれた。

 

「私が、貴女の事を守って見せます!!」

 

 それだけの力がこの言葉にはある。

 ならば今もそれを信じよう。

 自分の中の大切な何かを守る為に。

 響は首から下げているペンダントを握り締め、胸の中に響く歌を口ずさむ。

 

 

 

 

 

 ―Balwisyall nescell “GUNGNIR” tron…♪―

 

 

 

 

 

 胸の内から溢れし聖なる歌。

 それは遥かなる時を経て現代に蘇りし力に命を吹き込む。

 命を与えられしその力は選ばれし者にその身を委ね、望むがままの形となって現世に降臨する。

 そして今この地に神の槍を携えし姫巫女が顕現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 …筈だった。

 

 

 

 

 

「(ギアが…出てこない…!?)」

 

 響が望んだ命を救う力。

 しかしそれは彼女の願いを裏切り、一切現れていない。

 

「何で…どうして…!?」

「な、何よ貴女…何をやっているの!?」

 

 まさか歌を間違えたかともう一度歌うも、やはり響が望む力は現出しない。

 

「何で…何で全然動かないの…!?私は戦えるよ!?応えてよガングニール!!」

 

 いつしか前にも同じような事はあった。

 あの時は力を振るう理由に迷い、歌う事さえも出来なかった故の事だが、今は違う。

 戦う理由も、歌う事にも一切の迷いは無い。

 それなのに何故ガングニール(求める力)は応えてくれないのか。

 

「どういうつもりよ!?助けるとか言って、当てもなく逃げ出して…何がしたいのよ貴女!!」

 

 女性からの罵倒が心に重くのし掛かる。

 何が原因なのかと思考を巡らせると、ヒビが入り機能停止した自身の携帯電話と今朝レオンと共に見たあの黒い物体の事が頭の中を過る。

 

 ―3日前、突然あれが現れたんだ。そして…ここに君が倒れていた。―

 

 携帯が何らかの多大な負荷が掛かって壊れていたと推測出来るように、もし自分が気を失っていた間にギアに何か大きな負担が掛かるような事があったなら…ギアが故障していたとしてもおかしくはない。

 

「そんな…。」

「くそっ、こうなったら…!!」

 

 決して起きてはならぬ事態に狼狽える響の前に出る女性。

 だがその表情は決して思わしいものではなかった。

 

「(未来…皆…!!)」

 

 異形の者に目を付けられ、袋小路に追い込まれ、抵抗する事さえも許されない。

 この絶望的な状況にさしもの響も弱気になってしまった。

 その思い否定し自らを鼓舞する為か、或いはただ目の前の恐怖から少しでも逃れようとしたのか、響は脳裏に浮かんだ大切な者達の事を思いながらぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女達から離れろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …その時だった、声が聞こえたのは。

 自分にとって既に聞き慣れたと言える、あの青年の声。

 その声に反応して目の前の集団が振り返る先、そこにはやはり自身が思い浮かべた彼の姿が。

 

「レオン…さん…!?」

 

 レオン・ルイス、彼がそこに居たのだ。

 そんな彼の姿を捉えた男達は響達へ向けていた歩みの先をレオンへと変え、変化した各々の腕先をレオンへと向ける。

 数十人の怪物染みた男達が迫るなど普通なら恐怖でしかないが、対するレオンはまるで臆せず彼等に向かって1歩を踏み出す。

 それと同時だった、男達が一斉にレオンへと襲い掛かったのは。

 

「レオンさんっ!!」

 

 殺される、そう思った響は声を荒らげるも、レオンは金属音を鳴らしながら男達の間をすり抜け響達の前へと出る。

 

「え…?」

 

 響達の前へと出たレオンは2人を庇うように腕を広げる。

 その両手には、いつの間にか一振りの剣と赤い鞘が握られていた。

 

「レ、レオンさん…!!」

「離れてろ。」

 

 警備の仕事と言ってはいたが、何故彼が都合良く剣など所持しているのか、そもそも彼等に剣を向けて大丈夫なのか。

 響は色々と聞きたい事があるとレオンの身を案じるも、彼から返されたのはこの場から離れろの一言だった。

 

「ボサッとしないで、こっち!!」

 

 レオンに促されてなおその場に残る響を今度は女性が響の手を取り小路の隅に置いてあった空き箱の山の裏へと回り込む。

 そこからレオンの様子を伺うと、既にレオンは男達に包囲されており、抜け出す事が困難な状況になっていた。

 その状況に一瞬息を呑むも、それ以上に目に付いた事があり、響は困惑した声を出す。

 

「レオンさん…?」

 

 男達に囲まれたレオンではあるが、彼はその状況に動じる事なく、何故か左手を顔の前まで持っていっていた。

 よく見るとレオンの口は何かと話をしているかのように動いており、その視線の先には自身の左手に嵌められている指輪へと向けられていた。

 この状況で一体彼は何をしているのか響はますます訳が分からなくなっていたが、それに反応を示したのは隣に居る女性であった。

 

「赤い鞘の剣…それに左手のあれは…まさか!?」

 

 女性が何かに気付いたと声を上げたその時、レオンを囲っていた男達が一斉に彼へと襲い掛かった。

 

「レオンさんっ!!」

 

 響は声を張り上げるも、既にあの状況では逃げる事は叶わない。

 そのままレオンは男達の影に呑まれてしまった。

 レオンが死に、自分達も殺される。

 そんな最悪のシナリオが頭の中で描かれようとしたその時、レオンに群がる男達の隙間から何かの光が漏れだした。

 その光は徐々に強さを増していき、やがて一層の輝きと共に男達を吹き飛ばした。

 

「え…!?」

 

 一瞬の出来事に頭の処理が追い付かず、響はそのまま視線を横にずらすと、そこには余程強い力で吹き飛ばされたのか、小路の壁一面に叩き付けられ、見るも無惨な姿となった男達の姿が。

 その断末魔の凄まじい表情に恐れをなした響はひっと声を漏らすも、直ぐにレオンの安否が頭の中を過り、彼の居た方へと視線を向ける。

 

「あれは…。」

 

 先程彼が居た場所、そこに彼の姿はなかった。

 

「間違いない、あれは…!!」

 

 代わりに居たのは、黄金の光を放つ者。

 その姿を目にした時、響の脳裏にまたあの光景が写し出される。

 目の前を揺らめく赤い光景、しかし今はその先が見える。

 燃え盛る炎の先に佇む者の姿、それは黄金の輝きを放つ鎧を纏った騎士であった。

 神聖なる剣を握り締め、漆黒のマントをたなびかせ、赤き瞳に紅蓮の炎を宿したその騎士の名を、響は知っている。

 何故、とは思わぬ。

 何故、とも思えぬ。

 たとえ出会った事は無くとも、響はその名を知っている。

 知っているのが当たり前だと。

 

 心が、

 

 身体が、

 

 “運命”が、

 

 彼女にそう、教えてくれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黄金、騎士…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金(GOLDEN)騎士(KNIGHT) ガロ(GARO)

 

 

 

 

 

 それが響の…彼女の運命を変える騎士の名。

 

 

 

 

 

 響が騎士の名を呟いたその瞬間、鎧は一層の輝きと共に天へと昇り、騎士が居た場所には再びレオンの姿があった。

 レオンは一度周囲を見回して状況を確認すると、響達の元へと歩いていく。

 

「…怪我は無いか?」

「は、はい…ありがとうございま…わっとと…!」

 

 怪我は無いかとは、それはこちらも言いたい所だと思ったが、その姿を見る限りでは怪我は負っていなさそうだ。

 それと同時に命の危機が去った事への安堵から張り詰めていた緊張感が解け、響の身体から一瞬力が抜けてしまう。

 そのせいでふらりとよろけてしまうも、レオンが直ぐ様肩を抱いて支えてくれた事で事無きを得る。

 

「す、すみません…。」

「いや…無理をするな。」

 

 レオンに支えられながら再び脚に力を込めるも、その脚は若干震えていた。

 未知の存在に襲われ、望んだ力も使えなかった。

 そのせいか暫く抱いていなかった恐怖に身体と心を蝕まれたのだと思い知らされ、響は小さく身震いした。

 すると肩に掛けられているレオンの手が僅かに力を増す。

 より響の肌に触れるよう力が込められた掌から彼の温かさが伝わってくる。

 それが死を覚悟したあの時に思い起こした大切な者達の温もりと重なり、目頭に熱いものが込み上げてくる。

 しかしこの掌から伝わる温かさが、今自分は生きてここに居るのだと実感させてくれる。

 自分は生きているのだという実感と、心に想う者達の姿、掌から伝わる人の温もり、そして自分を気遣ってくれたレオンの優しさに、響の心の傷は少しずつ癒えていった。

 暫くそのままの状態が続いたが、そういえばあの女性は大丈夫だろうかと気になった瞬間、レオンに肩を抱いてもらっているこの状況が何だか恥ずかしく思えてしまい、響は顔を赤らめながらレオンに目配せする。

 レオンは彼女の視線に気付くとその奥に込められた思いを理解したのか彼女の肩に置いていた手を下ろし、響から半歩距離を取った。

 すると頃合いを計ったのか女性がレオンに対して声を掛ける。

 

「黄金騎士…貴方はもしや、あの黄金騎士なのですか?」

「…あんたは?」

 

 黄金騎士という言葉に強く反応したレオンは若干ぶっきらぼうに女性に問い掛ける。

 いや、警戒しているのだろうか?

 何れにせよ女性はレオンの問いに答えるべくローブの中からある取り出す。

 

「失礼、私はこういう者です。」

 

 それは小学校の理科の授業でよく使用していたアルコールランプに似た物であった。

 ただこちらの方が明らかに煌びやかな装飾しており、価値観の高さや特別製が強調されている。

 それを見たレオンは一瞬眉を潜め、先程と変わらぬような低い声で呟いた。

 

「“魔戒法師”か…。」

「え…まかいほうし…?」

 

 小さいながらも確かに呟かれたそれの意味が分からず困惑する響。

 そんな響の様子を見たレオンはまたも一瞬だけだが、今度は明らかに不味い事になったと言わんばかりの表情を見せるも、今は気にするまいと女性に再度話し掛ける。

 

「あんたも怪我は無いか?」

「はい、お陰で命拾い致しました。」

「…それにしてもあれだけの数に追われるなど…何があった?」

 

 そう問い掛けたレオンの言葉に今更ながらもそういえばと同調する響。

 思えばあれだけの数の、それも人外の者に狙われるなど普通でなくともそうそう有り得ない話だ。

 一体彼女は何があって彼等に狙われたのか。

 

「…その事で、黄金騎士である貴方に是非お頼みしたい事があります。」

「何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうか、私を匿っては貰えませんか?」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま。」

「レオン…!大変なの!!ヒビキちゃんが…って、ヒビキちゃん!!」

 

 既に日は落ち、夜の時間。

 匿ってほしいと頼み込んできた女性の真意を知る為にも彼女を連れて宿へと戻ってきた響とレオン。

 扉を開けるとヒメナが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「あ…ヒメナさん…その…。」

「何処に行ってたのよ!?ずっと帰ってこないからもう…!!」

 

 そういえばここを離れたのはヒメナから頼まれ夕飯の為の野菜を洗っていた時だったと思い出し、勝手に居なくなってしまった事に対して罪悪感を抱いた響はどうにか謝罪の言葉を述べようとするも、それは突如身体を包み込んだ柔らかな感触によって阻まれる。

 

「本当に、心配したんだから…!!」

 

 ヒメナが響の身体を抱き寄せたのだ。

 決して離すまいと強く回された腕に、彼女の頭を優しく頭を撫でるその姿はさながら親が子に対して行うそれのようであり、立花 響という存在がヒメナにとってただの他人ではないという証となっていた。

 

「ヒメナさん…はい、本当にごめんなさい…!!」

 

 それに気付いた響はまた目頭に熱いものが込み上げてくるのを感じてヒメナを抱き締め返す。

 

「ヒメナさん、響をお願いします。」

 

 それを見たレオンはこれ以上側に居てはいけないだろうと判断して女性と共に部屋の奥へと姿を消した。

 そこに残っているのは世代や血の繋がりを越えた、家族の愛であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「はぁ…駄目だなぁ、私…。」

 

 あれから暫くして自室に割り当てられている部屋へと戻った響はベッドの上で横になっていた。

 本当はレオン達の会話に混ざるべきだったのかもしれないが、今はそうする気分では無いとヒメナに部屋で休むと言って伝えたのだ。

 ヒメナには勝手に居なくなって心配を掛けてしまった。

 女性には何とか助けようと勝手に振り回した挙げ句助ける事が出来なかった。

 そしてレオンには実際に命の危機から救ってくれた。

 ここに来てから迷惑を掛けてばかりで何一つ恩を返す事が出来ないでいると響は溜息を吐いた。

 

「それにしても…。」

 

 響は首に掛けられているギアのペンダントを握る。

 やはり見た限りでは損傷等は見られない

 

「どうしてあの時ガングニールは動かなかったんだろう…。」

 

 戦う事にも歌う事にも迷いは無かったと断言できる。

 となるとやはり内部系統の異常としか考えられない。

 それはまるで全幅の信頼を寄せられる存在に真っ向から否定されたようだと、響は再び深い溜息を吐く。

 

「それに…。」

 

 ギアへと向けていた視線を剃らし、今度は中空を見る。

 脳裏に思い浮かべているのは、あの黄金の光放つ騎士となったレオンの姿。

 

「レオンさんのあの姿…あの光景の中に…。」

 

 それはS.O.N.G.本部に居た頃から度々見続けているあの不可思議な光景の中にもあった。

 激しく燃え上がる炎の中に居るそれ、しかし今一度その光景を思い浮かべてみると、少し変わった絵面である事に気付く。

 目の前を揺らめく炎の向かいに居る黄金騎士、しかしその姿は先程自分達を救った時のような敢然と立ち上がっている勇姿では無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで正反対の構図となっているこの情景は、一体何を示しているのか。

 そもそも何故自分はこのような光景を目にするようになったのか。

 響は自身の身に次々と迫る不可解な謎から逃れたいと言うように手をぎゅっと握り、今はこの場に居ないレオンに1人問い掛ける。

 

「レオンさん…貴方は…。」

 

 

 

 

 

 貴方は一体、何者なんですか…?

 

 

 

 

 




・黒い円状の何か

→S.O.N.G.本部にあるのと同じものです。


・魔戒法師の女性

→感想欄で予定は無いと言ったな、あれは嘘だ。


・発動しない響の力

→本編でも書きましたが、決して響の意思が足りないとかそういうのじゃ無いんです。
 ただちょっと理由がありまして…。


・発動したレオンの力

→まだチラ見せ。
 本格的な活躍はこれからです。


・壁に叩き付けられる怪物達

→奇跡的に返り血は浴びていないそうな。


・怖がる響

→ちょっと聖遺物と融合しかけたり腕喰われたり神の兵器に成り代わったり色々あったけど、響だって普通の女の子ですからそれでも怖がったりする筈…多分。


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第5話「撃槍、異界を穿つ」前編

「おはようございま…あ…!」

 

 翌朝、響はこれまで通り一家に朝の挨拶をしようとするが、その言葉が途中で止まる。

 彼女の視線の先、そこには昨日の女性の姿が。

 

「おはよう。」

「はい、おはようございます。」

 

 どうやら彼女は先に起きていたらしく、既に空いている椅子に座っている。

 響も同じように彼女の対面の席へと座り、朝食の時を待つ事に。

 

「名乗るのが遅くなったわね。私の名前は“アンジェ”、昨日は迷惑を掛けたわね。」

「いえそんな!困った時はお互い様ですし…あ、私の名前は立花 響です!響って呼んでください!」

 

 その間の暇潰しと言っては何だが、2人は昨日交わせなかったお互いの自己紹介を済ませる。

 そのまま他愛の無い話を続けるも、彼女…アンジェは昨日と同じくローブを着た姿であり、素顔を晒そうとしない。

 部屋の中なのだし脱げば良いであろうもの、何か特別な理由でもあるのだろうか?

 そう思っていると、キッチンからレオンが朝食を持って現れた。

 

「2人共、朝にしよう。」

「あ、レオンさん…。」

 

 響はレオンと挨拶を交わそうとするも、不意に昨日の出来事が頭を過り、言葉が詰まってしまう。

 彼の姿はこれまで共に過ごした時と何ら変わらぬまま。

 しかし響の脳裏にはあの金色の鎧を纏った彼の姿が未だ鮮明に焼き付いて離れない。

 あの鎧は一体何なのか、昨日の男達…いや、あの怪物達は何者なのか、彼や魔戒法師と呼ばれた彼女の正体は…。

 

「…ヒビキちゃん?大丈夫?」

「え…?」

 

 そう考え込んでいると、いつの間にやらヒメナやロベルトも席へと座っており、目の前には朝食が並んでいた。

 

「あ…いや、何でも無いです!大丈夫ですよ!」

 

 話し掛けられた事で気を取り直した響を交えて、一家は朝食を取り始める。

 アンジェを始め、ルイス一家はこれまでと変わらぬ様子で会話に華を咲かせながら時間は過ぎていく。

 昨日の出来事を把握出来ていない自分にとって、普段と変わらぬ姿を見せてくれるその気遣いはとてもありがたい事なのだが、それは同時に自分の中に鮮明に刻まれているあの記憶が全て現実に起きた事なのだと遠回しに肯定しているようにも見え、彼等に何と話し掛けたら良いのか分からなくさせる。

 

「えっと…レオンさん、今日は何処に行くんですか?」

 

 とにかく何か会話をしなければと、響は先日も行った彼との外出について問い掛けるも…。

 

「あぁ…悪いが今日は一緒には居られない。彼女と少し用事があるからな。」

「そうですか…。」

 

 レオンはアンジェの方を見ながらそう答えた。

 確かに昨日はあんな事があって、2人はその事について知っているようで。

 ならばその2人がその次の日に共に行動するのは至極当然の話である。

 

「ごめんなさいね、彼を取ってしまって。」

「いえそんな…大丈夫ですよ。」

 

 アンジェにからかわれるように謝られるも、仮にも当事者の1人であるのにその輪の中に入れてもらえない事に胸の奥がチクリと傷む。

 

「そしたらヒビキちゃん、私達と一緒に買い物に行かない?」

 

 それを察してか、代わりにヒメナが共に外出をしないかと誘ってきた。

 先にも言ったが、今の自分は昨日の出来事が一体何だったのか、そもそも一体何が起こっていたのか、その殆どを把握出来ていない。

 きっとこのままではいつまでも悩み続け、その内何処かの誰かさんみたいにポッキリといってしまいそうだ。

 ならば今は気持ちを切り替えて、非日常に触れてしまった自身の感覚を元に戻そう。

 

「はい、是非!」

 

 ヒメナの誘いを聞いた響はそう笑みを浮かべて了承の返事を返した…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「本当に大丈夫?やっぱり少しは私が…。」

「いえいえ大丈夫ですよ!体力には自信ありますから!」

 

 ヒメナとロベルトと共に街へ買い出しに出掛けた響。

 ヒメナが心配したように響の両手には既に相当数の荷物が抱えられているが、響は何のそのと言わんばかりに笑顔で答える。

 実際は昨日の出来事を早く記憶の片隅に置いておきたいが為に空元気を出しているようなものだが、ヒメナはそれを知ってか知らずか、無茶しないでねと言い残して再びロベルトの手を引いて歩き出す。

 そうして出店を回り、そろそろ買い物も終わりに近付いた時だった。

 

「ん…?」

 

 ふと視線を向けた先…そこは果物屋であったのだが、店員が客と話し込んでいるその後ろに、何やらそろりそろりと近付く怪しい人影が。

 見た所10代前半の少年だろうか、彼は店員が客と話し込んでいる姿を注意深く観察しながら商品棚に並んでいるリンゴを2つ手に取ると…そのまま路地裏へと姿を消した。

 間違いない、窃盗だ。

 

「お待たせヒビキちゃん、行きましょうか。」

「すみませんヒメナさん、ちょっとだけ失礼します!」

「えっ!?ヒビキちゃん!?」

 

 買い物から戻ってきたヒメナの足下に荷物を置いて響は駆け出す。

 そして路地裏へ逃げ込んだ少年。

 彼はとある一角で立ち止まり手に持ったリンゴを見て笑みを浮かべるも、そのリンゴが急に手元を離れて消えてしまった。

 

「こーら、駄目でしょ?勝手にお店の物盗んだら。」

「なっ、返せよ!!」

 

 それと同時に背後から声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには今しがた自分が手に入れたリンゴをその手に握る女性の姿が。

 そう、立花 響だ。

 少年は響にリンゴを返すよう要求するも、彼女はそれに耳を貸さない。

 

「駄目です。ちゃんとお店の人に謝って…?」

 

 響はそのままお叱りの説教を始めようとするが、少年の背後…山積みのゴミの向こうから顔を覗かせる人影に気付き、話を止める。

 よく見てみると、その人影は目の前に居る少年よりもさらに幼く見える顔立ちをしており、その長い髪と目鼻立ちから察するにきっと女の子であろう。

 さらに少年は響の視線に気が付いたのか彼女から1歩下がり、少女の前に立つ。

 まるで少女を庇うようなその振舞いに彼等の外見年齢、そして盗んだリンゴの数…。

 これらの情報を照らし合わせ、響はある事に気が付いた。

 

「兄妹…?」

 

 2人の容姿はそこまで似てはいないが、少年が取った一連の行動は、まるで妹にリンゴを届けに来た兄の姿のように思える。

 そして次に気が付いたのは彼等の見た目。

 少女の方は姿を隠していて見えないが、少年の方は肌も服も埃だらけで正直に言って綺麗な見た目をしていない。

 まるで何日も同じ格好のままで過ごしてきたかのような姿だ。

 そして気になる事がもう1つ。

 彼等はまだ子供、こんな路地裏をそう易々と行き来して良い歳では無い。

 少なくとも同伴者…そう、親が居なければ。

 しかし辺りを見渡してみてもそのような人物は見当たらない。

 

「(何で…って、まさか…!)」

 

 その時響の脳裏に一瞬()()()()が浮かんだが、それはいくらなんでも漫画やアニメの中の話過ぎると響はその考えを否定する。

 

「ようやくありつけたんだメシなんだ…返せって言ってるだろ!!」

 

 そうこうしていると少年が痺れを切らして懐からナイフを取り出し、響に向けて突き出す。

 そんな少年の行動にこれは困ったと響は顔をしかめる。

 両手は塞がってはいるものの、この少年が余程その道に通じてなければ、一見不利に見えるこの状況を覆す事は難しくないだろう。

 だからと言ってそれを実行するには相手はまだ子供であるし、何より先程思い浮かんだ考えが頭から離れず、彼等に対して何かをする事に躊躇してしまう。

 そう踏鞴を踏んでいると少年は一層表情を険しくし、響に向けてナイフをさらに突き出して脅しを掛けてくる。

 そんな時だった、少年達のさらに向こう…路地裏の奥から彼の声が聞こえてきたのは。

 

「何をしている?」

「レオンさん!」

 

 視線をそちらへ向けると、いつの間にかレオンとアンジェの2人がこちらへと歩いてきていた。

 レオンはそのまま一同へ視線を向けると成程…と呟き、やや足早に少年へ歩み寄ってナイフを持つ手を掴む。

 

「おい離せよっ…!!」

 

 少年は抵抗をするも大人であるレオンの力には敵わない。

 レオンは少年の手首を軽く捻りナイフを手放させると、同時に彼が抵抗出来ないよう彼の首に腕を当て、そのまま彼を壁へと押し付ける。

 

「うっ…ぐぅ…!!」

「…悪い事は言わない、もうこんな事はするな。その代わり…。」

 

 軽く力を込めた後、拘束を解く。

 支えを無くした少年はそのまま地面に崩れ落ち、苦しそうに咳き込むも、レオンはそれに目もくれず響の方へ視線を向ける。

 

「響、それを。」

「え…?あ、はい…。」

 

 レオンは響の持つ2つのリンゴに目を向けながら両手を出す。

 渡せという事なのだろう、響は戸惑いながらも彼にリンゴを手渡す。

 するとレオンは渡されたリンゴ2つを少しの間品定めするかのように見てから、少年の前に置く。

 

「こいつと…ついでにこいつもやる。」

 

 そしてレオンは懐から別の食料を取り出し、それも少年の前に置いてから1歩下がる。

 少年はレオンの行動の意図が読めず暫し呆然としていたが、やがて恐る恐る目の前の食料に手を出し、全て手に納めた所で少女の下へと駆け寄る。

 

「…行け。」

 

 少年が食料を手にしたのを確認したレオンはただ一言ここから去るように施す。

 少年は未だに警戒心を露にしていたが、やがて彼の服の裾を怯えた様子の少女が引っ張ると、それに気付いた少年は少女を連れてそのまま路地裏の奥へと走っていった。

 

「…貴女も厄介事に巻き込まれるわね。」

「アンジェさん…あの…さっきの子供達は…?」

 

 2人が去ったのを見届けた響はアンジェに少年達について問い掛ける。

 自分より長くこの地に住んでいる彼女なら、あの少年達の事について何か知っているだろう。

 アンジェはそう聞かれると、やや大きく溜息を吐きながら答える。

 

「恐らく貧困地区の子供達ね。貴女サンタ・バルドの貧困地区は知ってる?」

「いえ…でもヴァリアンテって豊かな国だって聞いてましたけど…?」

「いや、言う程豊かじゃないぞ。これでも少しはマシになったが。」

 

 家を、そして身寄りを無くし、今日を生きる事も満足に出来ない、表の世界から追いやられた影に生きる者達。

 浮浪者、ホームレス…。

 S.O.N.G.の活動の中でもあまり触れる事の無かった世界の闇、日々の生活を送る中では見る事の無かった存在…。

 

「ヒビキちゃん!」

「ヒメナさん…!」

「急にどうしたの…って、レオン!」

 

 昨日の怪物達とはまた違う、現実味が溢れながらも非日常的な存在を目の当たりにした響が唇を噛み締めていると、表通りの方からヒメナの声が聞こえた。

 見ると、ヒメナはロベルトを連れて息を切らしながらこちらへと駆け寄って来ている。

 

「…何かあったの?」

 

 響以外にレオンやアンジェが居た事に驚いたヒメナであったが、場を満たす重たい空気にヒメナはたまらず何があったのか問い掛ける。

 

「まぁ、少しだけ。ヒメナさん達はまだ買い物の途中ですか?」

「えぇ…レオンの方は?」

「話は通してきました。とりあえず呼び出されるまでは待機するようにと…ここで何があったかは歩きながらでも。」

 

 それに対してレオンは表通りへと向かいながら返事を返す。

 そんなレオンに続いてヒメナ達が後を付いていく中、響だけはやるせない表情を浮かべながら、中々表通りへと向かう1歩を踏み出せなかった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 夕方。

 宿へ戻った響はいつも食事をしている1階の机にその身を預けていた。

 浮かない表情をしている今の響の心を支配しているのは、やはり昼間に出会ったあの兄妹。

 

「ヒビキちゃん。」

 

 沈んだ様子の響を見かねて、ヒメナが優しく宥めるような声で話し掛ける。

 

「ヒメナさん…。」

「お昼の事なら気にしなくても大丈夫よ。あの子達ならきっともうあんな事はしない筈よ。」

 

 そんなヒメナの言葉が胸に刺さる。

 日本に居た時、ヴァリアンテはとても裕福な国と聞いていた。

 しかし実態は家や職、家族を失った者達が日の当たらない影に潜んでいる現実。

 それもあんな小さな子供でも例外無く、だ。

 何故あの子達があんな苦しい思いをしなければならないのか…。

 いや、あの子達だけでは無い。

 誰だってあのような思いはしたくない。

 それでもそうしなければ彼等は生きていけないのだ。

 

「そう、ですよね…。」

 

 誰かの為に進んで手を伸ばしてきた。

 誰かの為に一心不乱に腕を振るってきた。

 それでも目に見えない場所というものはあり、そしてそこにはどれだけ手を伸ばしても届かない。

 全ての人が幸せであってほしい、そんな理想を願う彼女に突き付けられた現実は、彼女に大きな無力感を与える。

 それでも、彼等の為に何か出来ないだろうか。

 例えこの手が届かないとしても、貴方達を思って手を伸ばしている人が居るんだと証明する方法は無いだろうか。

 そう心に重く考えていると、遠くの方から何か物音が聞こえてきた。

 

「何だろ…?」

 

 よく耳を澄ませてみると、段々とその物音は近付いてきているようだ。

 鉄と鉄がぶつかり合うような金属音を響かせながら…。

 

「(まさか…!?)」

 

 その瞬間響の脳裏に過ったのは昨日の光景。

 赤い柄の剣をその手に持ち、得体の知れぬ怪物相手に向かっていく彼の姿。

 

「ヒビキちゃん、部屋に戻りましょう。」

 

 ヒメナが響に向かって部屋に戻るよう促す。

 いつもの柔らかで温厚な雰囲気とは違う、何処かレオンやアンジェが纏っていたものと同じような空気を身に纏うヒメナの姿を見て、響は自らの推測に確信を得た。

 

「…すみませんヒメナさん、私見に行ってきます!」

「あ、ちょっ…ヒビキちゃん!!」

 

 ヒメナの制止を振り切り、外へと飛び出した響。

 レオンとアンジェは昼間買った荷物を宿まで運ぶのを手伝って、再び何処かへと行ってしまった。

 そしてあのヒメナの様子から察するに、この物音を立てているのはきっとレオンやアンジェ、そしてあの怪物達だろう。

 響の胸中には、レオン達の抱える秘密を知らなければならないというあの強迫観念が再び押し寄せていたのだ。

 そのまま音が聞こえた方向だけを頼りに半ば勘で道を選びながら走っていると、とある路地裏に怪しい人影を見付けた。

 どうやら昼間の時の少女のように、端の方に無造作に積み上げられている廃材に身を隠しているようだ。

 先日のアンジェとの件もあり、慎重にその人影へと近付いていく響。

 やがて手を伸ばせば届きそうな距離まで近付いたその瞬間、響は一気に身を乗り出して人影の前に立つ。

 

「君達は…!」

 

 路地裏の木漏れ日によって照らされた人影。

 その正体は、昼間出会ったあの兄妹であった。

 

「どうしたの!?大丈夫!?」

 

 見ると2人とも着ている服は昼の時よりもボロボロになっており、特に少年の方は裂けた服の間から幾つもの切り傷が見える程であった。

 

「た、助けてくれ!!変な奴等に追われてるんだ!!」

「変な奴等…!?」

 

 少年は響の姿を見ると、昼の時のような敵意に溢れた姿なぞ嘘のように弱々しく響にすがり寄る。

 

「(それってやっぱり昨日の…!!)」

 

 響の脳裏に過ったのは、昨日自分達を襲ったあの怪物達の姿。

 まさかこんな小さな子供にまで手を掛けようとするとは…。

 ならば、響が取る行動は決まっていた。

 

「分かった、お姉ちゃんが2人の事絶対に守ってあげる。」

 

 響は2人の手を取り、その場から駆け出す。

 宿からがむしゃらに走ってはいたものの、幸いにもそう遠くない場所であった為、昨日のように迷ったりする事は無く宿前の通りまで出る事が出来た。

 

「とりあえずここまで来れば大丈夫かな…?」

 

 大通りまで出てしまえばそう襲われる事は無い筈。

 そう思った響は次に視線を2人の方へ向け、そのまま2人に話し掛ける。

 

「ねぇ、何があったのかお姉ちゃんにお話し出来ないかな?」

 

 昨日怪物達に襲われたのは、怪物達がアンジェを狙っていて、それを自分が庇ったから。

 そもそもアンジェが狙われていた理由自体不明ではあるが、もし2人を襲ったのがあの怪物達なのだとしたら、彼女のように2人もまた何か襲われる事情というものがあるのではないだろうか。

 この2人に限ってそれは無いだろうが、もし理由が分かるならば聞いておきたい。

 

「分かんない…ただいきなりあいつらが現れて、それで…なぁ?」

「う、うん…。」

「そっか…。」

 

 そう思って話を聞いてみるも、やはり2人が何かをしたからという訳では無さそうだ。

 理由も無しに襲われた2人の身を案じた響は眉間に皺を寄せる。

 

「(この子達だって、必死に生きているのに…。)」

 

 理由の有り無しに関係無く、人を殺してはならない。

 どんな事情があろうとも、それは人を殺して良い理由にはならない。

 響はそう考えている。

 しかし世界には人を傷付け殺める事に快感を見出だし、人々を襲う者達も居る。

 あの怪物達もきっとそうなのだろう。

 

「…もうすぐ着くよ。あそこの宿まで行けば大丈夫だからね。」

 

 ならば2人は自分が守ろう。

 大丈夫、この手はちゃんと2人の手を握っている。

 彼等の明日に手を伸ばす事は出来なくとも、彼等の今日の命を手に取り、明日へと届ける事ぐらいは出来る筈だ。

 

「お姉さん…。」

「ん?どうしたの?」

 

 2人の手を握る力を強めて心に強く決心したその時、少女の方から声を掛けられた。

 もしや握る力を強くしすぎたかと響は一旦手を離して目線を少女の高さに合わせる。

 

「えっと…っ!?」

 

 少女はそのまま話を続けようとしたが、ちらりと少年の方へ視線を向けたその瞬間何故か言葉を詰まらせ、怯えた様子で後退りし始める。

 一体どうしたというのか、響も少年の方へ視線を向けると…。

 

「え…?」

 

 少年はじっと少女を見詰めていた。

 しかしその表情は先程までの怯えた様子では無く、ただただ無表情であった。

 まるで彫刻のように感情を一欠片も見せぬ少年。

 響の目には、彼のその姿が何故か昨日の怪物と同じように見えて…。

 

「響!!」

 

 その瞬間、背後から自身の名を呼ぶ声が聞こえた。

 その声につられ後ろを振り返ると、こちらへと駆け寄ってくるレオンとアンジェの姿が。

 

「レオンさん!良かった…実はこの子達昨日の奴等に襲われて…!」

 

 少年達の様子が少し気掛かりだが、あの2人が来たならばもう安心だと響は笑みを浮かべ、2人に事情を説明しようと口を開くが…。

 

「その子供達から離れろ!!」

「…え?」

 

 突如レオンから告げられた言葉に耳を疑う。

 この2人から離れろ?

 たった今怪物か、そうでなくとも誰かに襲われて命の危機に瀕した2人を置いて離れろと?

 彼は一体何を言っているのだ?

 レオンが言い放った言葉の真意が掴めず、心に疑惑が募った響はレオンに抗議をしようとするが…。

 

「離れろと言っているでしょう!!」

 

 アンジェが手を翳した瞬間、彼女の手が光り輝き、そこから一筋の光がこちらに向かって瞬時に伸びてきた。

 

「えっ!?なっ…!?」

 

 いきなりの出来事に呆気に取られていると、伸びてきたその光が響の回りを囲み、まるで紐で縛るかのように響の身体を拘束した。

 アンジェはそのまま強く光の筋を引っ張り、強引に響の身体を手繰り寄せる。

 そのとてつもない力に響は抵抗する間も無く、気付けばその身体はレオンの腕の中に収まっていた。

 

「大丈夫か!?」

「レオンさん!?えっ…どういう…!?」

 

 その一瞬の出来事に理解が追い付かず暫し呆然としていた響だったが、やがて我に帰るとレオンが先程言い放った言葉が脳裏に起こされ、彼に対しての疑惑が再び呼び起こされる。

 

「レオンさんあの子達は…!!」

「アンジェ!!響を頼んだ!!」

 

 響はその感情に身を任せ、再び彼に抗議をしようと口を開くが、レオンは聞く耳を持たずそのまま少年達へ向けて駆け出してしまった。

 

「待ってレオンさん!!その子達は昨日の変な奴等に襲われて…!!」

 

 よく分からないが、レオンは何か誤解をしている様子だ。

 このままではあの少年達に対して何か手を出してしまうかもしれない。

 響はレオンの誤解を解こうと身体を動かすが、アンジェがその行動を遮ってしまう。

 

「アンジェさん!?何で…!?」

「…後ろを向いて、振り返らずに走りなさい。」

「でもあの子達が「いいから行きなさい!!」っ…!?」

 

 彼女は両手を広げて響の正面に立つ。

 まるでその先の光景を見せまいとしているように。

 

「でも!!」

 

 しかし響は彼女を押し退けるように身を乗り出す。

 アンジェも負けじと響を押し返そうとするも叶わず、響はアンジェの腕を退けて向かいの景色をその目に捉える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 そして響は見てしまった。

 少年達へ向けた視線の先、そこに居る彼等の姿を。

 

「くそっ…!!」

 

 少年達へ向けて駆けるレオン。

 

「お兄…ちゃ…ん…。」

 

 怯え、逃げるように後退る少女。

 そして彼女の視線の先に居る少年。

 そんな彼の眼が、同じ人間とは思えない程に不気味に赤く発光しているのを…。

 

「(え…あの子の目…昨日の…!?)」

 

 やがて少年の顔面に無数の突起が現れたかと思うと、一瞬にしてその突起が触手のように伸び、少女の身体に突き刺さる。

 

「え…?」

 

 足を、胴を、手を、首を、目を、頭を…。

 あらゆる箇所に触手を突き立てられ、血飛沫を上げる少女の身体。

 しかしその血飛沫は瞬時に勢いを無くし、同時に少女の身体が内側へと萎んでいく。

 その瞬間、少女の身体に突き刺さっていた触手が宙を舞う。

 少女の代わりに血飛沫を上げる触手の先にはレオンが居り、その手には昨日と同じ赤い柄の剣が。

 どうやら触手を叩き斬ったらしいレオンはそのまま少年へ向けて剣を振るい、彼と相対する。

 そんな彼等の周りには、通りを真っ赤に染めるおびただしい量の血。

 斬られた触手から撒き散らされた肉片、臓物。

 そして文字通り薄皮1枚だけとなった少女の亡骸。

 恐らく10秒にも満たないであろう一連の出来事。

 しかし響にはその10秒が嫌というほど長く感じられ、同時に周囲をこれでもかと満たす血の臭いとおぞましい光景が響の五感を刺激し、響は堪らず口元を手で覆い、喉元から込み上げてくるものを必死に抑える。

 

「だから行けと言ったのに…。」

 

 力無く膝を付いた響を見て、アンジェが苦々しく愚痴を溢す。

 

「何で…何であの子があんな…?」

 

 それから数十秒か、それとも数分か。

 吐き気を抑えた響は荒い息を吐きながらアンジェに問い掛ける。

 何故あの少年が昨日の怪物のような姿になってしまったのか。

 昼間に会った時には何らおかしい所など無かったではないか。

 

「昨日も言ったでしょう?奴等は人間じゃない。」

「じゃあ…何なんですかあれは…?」

 

 響にそう問い掛けられたアンジェは、通りの先でレオンと相対しているあの少年だった怪物にも、そして何故か響にも冷ややかな視線を送りながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「…遥か昔、人が神によって造り出されたその時から、奴等は常に人と共に在った。だがそれは決して共存などという甘えた理想では無い。争い、喰らい、根絶やしにする…奴等との時間は常にそうだった。人は奴等を悪魔と呼ぶわ。でも私達は違う。奴等は悪魔なんかよりも残忍で、狡猾で、そして強い。だから私達は奴等の事をこう呼んでいる。世界が生まれたその日から座する、あらゆる恐怖の概念の象徴…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホラー(Horror)とね。」

 

「ホラー…?」

 

 これまでにも、響は人ならざるものを沢山見てきた。

 しかし今目の前に居るあの化け物は、今まで見てきたそれらとはまた違う存在だ。

 それこそアンジェの言った通り、残忍で、狡猾で…。

 

「だからって…何であの子達が…。」

「ホラーが人間に取り憑くには“陰我”と呼ばれる負の感情が関係して「あの子達、必死に生きていたんですよ…?」…?」

 

 アンジェの話を遮り、響はゆっくりと膝に力を込める。

 

「どんなに辛い事があっても、あの子達は生きてた…2人で頑張ってた…!」

「ちょっと貴女、何を…?」

 

 これ程深く心を抉られたのは、いつ以来だろうか?

 そんな事を頭の片隅で考える響の身体は、震えていた。

 

「私…言えなかった…2人の背中を押してあげられなかった…!」

 

 しかしその震えは決して怯えや恐怖から来る震えでは無い。

 

「絶対に大丈夫だよって…だから、これからも…“生きるのを諦めないで”って…言えなかった…!」

 

 手を伸ばせなかった、救えなかった。

 自分に出来る事がありながらそれが出来ず、目の前で小さな命が散った深い悲しみ、そして怒り…。

 

「だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許さない!!!私は私を許さないし、あなたも絶対…許さない!!!」

 

 響は目元から流れる涙を隠さずに、溢れる想いを形に変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、歌が流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―Balwisyall Nescell “GUNGNIR” tron…!!―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の内から溢れし聖なる歌。

 それは遥かなる時を経て現代に蘇りし力に命を吹き込む。

 命を与えられしその力は選ばれし者にその身を委ね、望むがままの形となって現世に降臨する。

 そして今この地に、神の槍を携えし姫巫女が顕現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人の命を…返して!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖遺物第3号、撃槍・GUNGNIR(ガングニール)、起動。

 

 

 

 

 



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第5話「撃槍、異界を穿つ」後編

「響…!?」

 

 背後から聞こえてきた怒声を耳にしたレオンは、振り向いた先に居た人物を見て驚きを隠せなかった。

 最初はただ他人に心配を掛けまいと気丈に振る舞う健気な子だと思っていた。

 それが常に人の為と言って己の身を削っていく無意識な自己犠牲の心情の持ち主だと、それ以外には何の変わりの無い普通の子だと思っていた。

 しかし今あそこに居るのは一体誰だ?

 誰かの為にと嘆くその姿自体は、いつもの彼女と変わらない。

 しかしその身に纏う物は、彼女から溢れるこの圧は一体何だ?

 

「一番槍の拳…。」

 

 少女が1歩踏み出す。

 その瞳から流れる想いを、哀愁漂う歌声に乗せて…。

 

「一直線の拳…!」

 

 少女の拳に力が籠る。

 その内から沸き出る怒りを、震える歌声に乗せて…。

 

「撃槍…ジャスティスッ!!」

 

 そして一気に解き放たれる。

 投槍の如く飛び出した彼女は一瞬でレオンを抜き去り、彼と対峙していた怪物へと拳を振るう。

 拳が腹にめり込み怪物は直撃を受けるも、そこから微動だにせず、相変わらず感情の無い視線を響に向ける。

 それに対し響はさらにその表情を怒りへ染め、浮いていた脚を強く地へ踏み込ませる。

 陥没した地面が脚部を固定し、力が込められるようになると、響は身体の捻りを利かせて無理矢理怪物を殴り飛ばす。

 とは言え無理な体勢からの拳の打ち抜きは対した威力にはならず、怪物はその場から少しよろけただけであった。

 響は間髪入れずに次の拳を、また次の拳を打ち込み、怒濤の攻めを見せる。

 体力の温存など一切考えていない無茶な戦い、そうさせる程彼女の…響の心は荒れていた。

 見捨てないと選んだ正義。

 決意を固め、掴んだ正義。

 

「離さない事、此処に誓う!!」

 

 決して離さないと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、誓った筈なのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(出来なかった…私、何にも出来なかった…!!)」

 

 救えなかった2人の命に懺悔するのはこれで何度目だろうか?

 いや…何度目だろうが関係無い。

 きっと自分はこれから何度でも彼等に頭を垂らす事だろう。

 そんな響の脳裏に浮かんだのは、レオンとアンジェの姿。

 

「(貴方達は知っていたの!?こうなるって事を!?)」

 

 黄金の鎧を纏うレオン、怪物達の事を知っていたアンジェ。

 あの時レオンが離れろと言ったのは…アンジェが強引に2人から引き離し、自分の前に立ったのは…あの2人の命が助からない、救えないものなのだと知っていたからだろうか?

 

「(2人の命を奪った貴方は誰!?一体何なの!?)」

 

 ホラーと呼ばれた目の前の怪物は一体何なのか。

 何故人の命を狙い、奪うのか。

 そしてその果てに何を望んでいるのか…。

 

「(私は何を知らなくて、何を知れば良いの!?)」

 

 分からない。

 自分は何を理解して、何をしなければならないのか。

 それでも…。

 

「突っ走れ!!」

 

 怒り、哀しみ…例えその全ての声が枯れ果てたとしても…。

 

「突っ走れぇ!!」

 

 この胸に流れる歌だけは。

 そこから溢れる愛は、正義は。

 それだけは絶対に…絶対に絶やさない。

 

そう決意(ジャッジ)した空を…ぶっ飛べぇ!!!」

 

 全力の想いを乗せ、響は拳を下から上へと突き上げる。

 相手の胴にめり込んだ拳を振り抜き、宙へと飛ばす。

 まだだ、まだ終わらせない。

 響は間髪入れず怪物の下へ飛び上がろうと両脚に力を込めるが…。

 

「っ!?」

 

 宙へ打ち上げられた怪物の体表に再び無数の突起が現れた。

 恐らく先と同じ触手を伸ばしてくるのだろう。

 避けなければならない、しかし既に自身の体勢はもう飛び上がる寸前まで行ってしまっている。

 他の行動を取る余裕は無い。

 触手がこちらを捉える前に接近出来るか?

 いや…一瞬だが相手の出方を伺った為、僅かに脚部から力が抜けてしまった。

 再度力を込めている頃には、あの触手の餌食になっているだろう。

 

「(飛びながら捌くしかない!!)」

 

 出来る事はそれだけだと、響は行動の方針を変えずにそのままの勢いで宙へと飛び出す。

 怪物は予想通り表皮の突起を触手に変え、響へと向けて高速で伸ばしてくる。

 しかし…。

 

「っ…!?(数が多い…!!)」

 

 向かってくる触手の動きに目を配り、最初の1手を繰り出そうとした響。

 しかし怪物は先程少女に向けて突き立てた数の倍近い量の触手を時間差で伸ばしてきた。

 目や耳なども含めて、怪物の体表は触手で覆われている。

 そして唯一覆われていない口元、先程まで何の感情も表さなかった怪物は…確かな嘲笑を浮かべていた。

 

「(捌ききれない…!!)」

 

 相手の巧妙な手口に掛かった響の下へ、怪物の触手が迫る。

 そして彼女の身体に触手が突き刺さらんとしたまさにその時、響は身体を優しく包み込まれる感触と、何かを切り裂くような音を同時に感じた。

 そして響の身体は自分の意思に関係無く地面へ降りていく。

 いや…降りていくのでは無い、降ろされている。

 そう感じた響は正面に向けていた視線を上へと移す。

 

「レオンさん…!」

 

 視線を移したその先で、レオンがじっとこちらを見ていた。

 妙に近い距離だと一瞬戸惑ったが、ふと視線を下げた先…そこに映った自身の体勢を見て、合点がいった。

 自分は今レオンに抱き抱えられているのだ。

 そして膝裏に通された彼の左手には、あの赤い柄の剣が。

 どうやら自身の身体に触手が突き刺さらんとしたその瞬間に彼が割って入って触手を切り裂き、そのまま自分を抱き抱えて地面に降りたようだ。

 レオンは事の次第を理解した響を見て抱き抱えるのを止め、彼女を地に立たせる。

 そして彼女の目を真っ直ぐ見ながら、一言口を開いた。

 

「…1人で突っ走るな。」

 

 その言葉に響は先程までの自分を思い返してはっとする。

 僅かに手が痺れている。

 かすかに疲労を感じる。

 喉に若干の違和感を感じる。

 まだ歌い(戦い)出したばかりだというのに、ここまで消耗している。

 自分の身体も満足に管理できない程に激情に呑まれていた。

 それがあの結果に繋がったのだ。

 何度も命を救ってもらい、そして何度も迷惑を掛けてしまった事に、響の表情が曇る。

 

「…まだ行けるか?」

 

 そんな響にレオンは努めて優しい声で問い掛ける。

 およそ命を賭けるこの場には相応しくない程の声色は、まるで彼女が思っている事の全てを読んで、なお気にしていないと伝えているようだ。

 その優しさが響の心を落ち着かせ、そして奮い立たせる。

 

「…はい!!」

 

 怒りも、哀しみも、全てが消え去った訳では無い。

 しかし…涙は出しきった。

 もう己の中の激情に呑まれる事は無い。

 

「無事のようね。」

「アンジェさん…はい、もう大丈夫です。」

「それは結構。それにしても気味の悪い奴ね…。」

 

 アンジェも合流した所で改めて怪物を見ると、先程響と相対していた時と変わらず全身のあらゆる箇所から触手を伸ばしており、それらが不規則に動く様は、成程彼女の言う通り気味が悪い。

 

「…ザルバ、奴は?」

 

 そう思っているとレオンの声が耳に届き、そちらを見る。

 するとレオンは何故か左手を顔の前まで持ってきて、中指に嵌められている銀色の指輪に向かって話し掛けた。

 よく見てみると指輪はまるで人間の骸骨を模したような見た目をしており、確かに話し掛けたら喋り出しそうな程に精巧にデザインされてはいるが…。

 

「奴はホラー・デジュモニグ、見ての通り全身が触手で構成されている。斬っても新しいのが生えてくるだけだ。」

「…え?」

 

 響は己の目と耳を疑った。

 

 誰かが喋った気がする。

 

 ―誰が?

 

 何かが動いた気がする。

 

 ―カチカチと音を鳴らして。

 

 …今何が起こった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすれば良い?」

「何処かに奴の本体である核がある筈だ。それを斬れ。」

「喋ったぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 

 A.(答え)指輪が喋った。

 

 

 

 

 

「え、あ、え!?い、今それ喋って…えぇ!?」

「…うるさい奴だな。」

 

 喋りそうだと思っていたらまさか本当に喋るとは、それも結構な良い声(イケボ)で。

 ましてや至近距離でそんなものを見せられるとは思わず、響はヴァリアンテに来て1番とも言える程の動揺を見せる。

 

「さて…どうするの?」

「ザルバの言っていた核を探したいが…出来るか?」

「やってみましょう。」

「ならアンジェはそれを頼む…響はとにかく奴を引き付けてくれ、最後は俺が奴を斬る。」

 

 慌てふためく響をそのままに、レオンは剣を頭上に掲げ素早く宙に円を描く。

 すると切先が描いた円が光の輪となってその場に残り、次の瞬間には円の内側がひび割れ、眩い光がレオンを照らす。

 その光が晴れた時響の前に居たのは、あの黄金の鎧を纏った騎士であった。

 

「黄金の鎧…!」

 

 黄金騎士・ガロ。

 再び脳裏に過るその言葉と姿に動揺を忘れ、暫し言葉を失う響。

 そんな響に黄金の鎧を纏ったレオンは真紅の瞳を彼女に向け…。

 

「行くぞ…!」

 

 力強い声で彼女を促した。

 ならばこちらもその意思に応えんと、響も覚悟を以て返事を返す。

 

「…はい!」

 

 その言葉を皮切りに、3人は動き出した。

 対する怪物…ホラー・デジュモニグは、相も変わらず嘲笑を浮かべながら全身の触手を伸ばして、その矛先を3人へ向ける。

 地を抉る、人1人を簡単に殺める触手の刺突。

 まるで槍の雨とも言えるその中を、3人は時に躱し、時に捌き、時に斬り捨てながら猛進する。

 そしてあと数メートルという距離まで近付いた瞬間、アンジェはその場で垂直に、レオンと響はデジュモニグ目掛けて跳躍する。

 

「全身うねらせていようが!」

 

 アンジェは両手を光らせ、光の帯をデジュモニグへ伸ばす。

 帯はデジュモニグの腕に相当する場所へ到達すると、響を拘束したように触手を束にして巻き付ける。

 これで襲い掛かる触手の数は減った。

 ならば、後は斬り捨てるまで。

 

「ハァッ!!」

 

 デジュモニグに肉薄したレオンは剣を下から上へと斬り上げ、デジュモニグの身体を両断する。

 一刀の下に斬り裂かれ、苦痛の表情を浮かべるデジュモニグ。

 斬り裂かれた箇所に、核とおぼしき物は…見当たらない。

 

「まだぁ!!」

 

 反撃される前に、打つ。

 そう言わんばかりに両者の間に割って入った響は両断されたデジュモニグの身体に両腕を打ち込む。

 それと同時に響の腕部に付属しているユニットが起動、ハンマーパーツが自動で引き延ばされ、一瞬の内に絞られた撃鉄が打ち込まれる。

 そこから発せられる衝撃は並大抵のものでは無く、デジュモニグを一瞬で10メートル以上の距離まで吹っ飛ばした。

 

「なっ…!?」

「おいおい、何だあの馬鹿力は…!?」

 

 地面に激突すると凄まじい粉塵が舞い上がり、その威力を目の当たりにしたレオンと彼の指輪は目を丸くする。

 そんな彼等の側に着地するアンジェ。

 しかし彼女の表情は彼等とは違い若干怒りに満ちていた。

 

「貴女ねぇ…危うく巻き込まれる所だったじゃない…!」

「あわわ…すみません!」

 

 そういえば殴り飛ばした際、彼女がデジュモニグの両腕を拘束していたままだった事に気が付いた響は慌てて彼女に謝罪の言葉を述べる。

 その直後、デジュモニグが飛ばされた方向から不可思議な音が聞こえてきた。

 デジュモニグが動き出したのだろう、全員直ぐ様臨戦態勢を取る。

 それと同時に未だ舞い上がる粉塵の中からデジュモニグが姿を表す。

 しかしその姿は先程の人型の形状ではなく、一点に触手を集め螺旋状に回転している奇妙な姿であった。

 

「ど、ドリル!?」

 

 そう、螺旋を描きながらこちらへと向かってくるその姿はさながらドリル。

 デジュモニグは線上全ての物を薙ぎ払って自分達を排除する気だ。

 

「なら…こっちだって!!」

 

 響は右腕を空へ掲げる。

 すると彼女の腕部ユニットが再び変化し、回転を始める。

 ユニットが回転し始めたのを確認した響はそのまま腕を大きく振りかぶる。

 更に勢いを増し、回転するユニット。

 暴風を纏い形を為すその姿はデジュモニグと同じ形状…ドリルであった。

 

「貫けぇぇぇぇぇ!!」

 

 そのまま腰部のユニットから火を吹かせ、響はデジュモニグへ向かっていく。

 突き出した腕から伸びる円錐の頂点がデジュモニグにぶつかると、甲高い金属音が周囲に響き渡る。

 押して、押されて…一進一退の攻防が続く中、響はさらに険しくデジュモニグを睨みつける。

 

「(だから…どうした!!)」

 

 地に脚を付け、突き出していた腕を引く。

 無理矢理体勢を変えた事による多大な負荷が襲い掛かり、響はデジュモニグの力に押されそうになる。

 

「(守れなかった…けど、決めたんだ!!私は負けない…負けるわけにはいかないんだって!!)」

 

 砕けそうな腕、震える脚…しかし響は今にも破壊されそうな自身の身体に鞭打ち、全身全霊の()を込めてその場に踏ん張る。

 響の想いに応えるように、2人もまた動き出す。

 

「背中借りるわよ!!」

 

 アンジェは響の背後へと近付き、片方の手を彼女の背中へ翳す。

 すると翳した両手の先に水色の幾何学的な光の紋様が浮かび上がる。

 

「え!?アンジェさんそれって…!?」

「前見て踏ん張る!!」

 

 横目でその紋様を見て動揺を見せる響にアンジェが叱咤した瞬間、展開している響の腕部ユニットから大量の水が噴射された。

 

「え!?み、水!?」

「だから踏ん張る!!」

 

 水噴射という本来備わっていない筈の攻撃が出た事によりさらに狼狽する響を叱り付け、アンジェはさらに空いている手を響の背中に翳す。

 その手に光る紋様は…土を表すような黄色であった。

 

「水と土を足して…!!」

 

 響の腕部ユニットからまたも予期せぬ攻撃が繰り出される。

 アンジェが言った通り、それは水と混ざり合い泥と化した土であった。

 辺り一面黄土色となる中、デジュモニグもまたその泥を大量に被っていた。

 

「貴女、一気に空へ跳べる!?」

「空…はい、出来ます!!」

「なら合図で跳ぶわよ!!1、2の…!」

「え!?ちょっと待ってそんないきなr「3!!」あぁぁぁぁぁもうっ!!」

 

 急が急を呼ぶ展開に若干やけくそになりながらも響は脚部ユニットを起動、自身の跳躍と合わせて引き絞ったインパクトを地面に向けて打つ。

 ユニットの力が加わった響の跳躍は本来なら絶対に抜け出せないであろう体勢からの脱出を可能とした。

 

「焼いて!!黄金騎士!!」

 

 それと同時にアンジェの声が響き渡り、つられてレオンの居る方向を見る響。

 するとそこにはまたもや彼女の見知らぬ彼の姿が。

 

「あれは…!?」

 

 彼の姿は黄金の鎧を纏ったあの姿のままだ。

 しかし今の彼はただ鎧を纏っているだけでは無い。

 その上にもう1つ…と呼んでも良い程の炎を纏っていたのだ。

 雄々しく、激しく…見る者全てを魅了する緑色の炎を。

 

「ハァッ!!」

 

 レオンが剣を振り下ろす。

 すると全身に纏っていた炎が瞬時に刀身へと集まり、デジュモニグ目掛けて放射された。

 炎はデジュモニグを軽く呑み込む程の勢いで放たれ、その炎が晴れた時、そこにはあのドリルの形状のまま土くれと化したデジュモニグの姿があった。

 

「そして火で熱すれば土器になる…って事よ。」

 

 アンジェは響にそう言い聞かせるように呟くと、今度は緑色の紋様を手の平に光らせる。

 

「ぶちかましてきなさい。」

「…はい!!」

 

 短いながらもアンジェの言葉には次の一撃で終わらせろという確かな想いが込められていた。

 言われずとも応えよう、そう決意を表した響を見たアンジェは緑光の紋様を響に向けて翳す。

 すると紋様から強い風が吹き、響を地上へと下ろしていく。

 地に脚を着けた響は右腕のユニットを引き絞る。

 特殊な機械音と共に引き絞られたユニットであるが、響はさらにもう一段ユニットを引く。

 限界まで引き絞られたユニットが軋み、機械音は不協和音へと変わる。

 響はそれをかき消す勢いでデジュモニグへ向かいながら最後の歌を口ずさむ。

 

「熱き(ハート)…!」

 

 腕を引き、拳を握り締め、デジュモニグへ向かっていく響。

 ただ真っ直ぐに向かっていくその姿とは裏腹に、彼女の心は複雑な迷路を歩いていた。

 この戦いで初めて歌を口ずさんだ時に心を占めていた疑問、疑惑…それらが再び響の心を支配する。

 しかし彼女はその迷路にもう迷わない。

 見つけたのだ、自分が為すべき事を。

 デジュモニグの下まで、残り僅か。

 

「翔ける想い(ハート)…!!」

 

 突き出した拳がデジュモニグの身体に突き刺さり、そこを起点にデジュモニグの身体に亀裂が走る。

 もう迷わない、恐れない。

 この胸にある想いは、ただ1つ。

 決意を固めた彼女の拳は、決して折れない。

 そう…!

 

「ジャッジした空を…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     負けない愛が(ここ)にある!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 全霊の叫びが木霊し、腕部のユニットが打ち込まれる。

 その威力は、デジュモニグの巨体を文字通り一撃で粉砕する程。

 そして一瞬だが、響は確かに見たのだ。

 デジュモニグの身体だった土気色の破片が飛び散るその中に、赤く不気味に蠢く物体を。

 

「レオンさん!!」

 

 間違いない、あれが核だ。

 そう確信した響はレオンに向かって声を上げる。

 対するレオンは…既に動き出していた。

 黄金の脚が地を駆け、吹き飛ぶデジュモニグの核へ迫り…!

 

 

 

 

 

「ウオォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 一閃。

 横一文字に放たれた斬撃は数秒の間を置いて核に一筋の線を作り、見事に2つに裂かれた。

 そのまま地へと落ちた核と破片は、やがて風と共に塵となって消えていった。

 

「終わったわね。」

「あぁ…。」

 

 先日と同じように鎧が天へと昇り、黄金の騎士はレオン・ルイスへと姿を変える。

 鎧を解除したレオンはアンジェへ簡単に返事を返すと、そのまま視線を響の方へ移す。

 彼女はいつの間にか2人の先の道端に佇んでおり、彼女が見下ろすその先には、あの少女の亡骸が。

 

「響…。」

 

 果たして今の彼女に何と声を掛けたら良いのかレオンが模索していると、突然少女の亡骸が独りでに燃え始めた。

 目の前で起きた突然の出来事にびくりと身体を震わせた響は慌ててレオン達2人へと視線を移す。

 レオンも向けた視線の先、そこには少女の亡骸へ掌を向けているアンジェの姿が。

 その翳している掌の先には、火を連想させる赤い紋様が灯っていた。

 

「…残しておいても意味無いわ。」

 

 アンジェの声が2人の耳に届く。

 非情とも、せめてもの情けとも取れるその言葉に、響はただ拳を握り締めるしかない。

 レオンもまた、2人の抱える想いを理解している為に何も言えない。

 

「…色々と、聞きたい事がある。」

「…私も、色々聞きたい事があります。」

 

 複雑な事情が交差している今、お互いが出来る事はたった1つ…。

 

「全部話します…だから、全部聞かせてください。」

 

 全てを伝え、全てを知る事。

 疑惑、哀しみ、決意…。

 様々な想いを宿した響の瞳をじっと見据えながら、レオンはその場でただ深く頷いた…。

 

 

 

 

 




・「てめーはおれを怒らせた」状態の響

→気持ちはTESTAMENTばりのオラオララッシュをしている


・喋る指輪

→そりゃあんなの動いたら誰だって驚くわ


・アンジェの放つ4色の光の紋様

→現在どこぞの人形達が出番だと思ってスタンバっているみたいです


・怪物の詳細

→次回説明回なのでそこまで持ち越しで


・シンフォギアの戦闘

→総評「クソムズい」


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第6話「裏側-Shadow side-」

「はい、どうぞ。」

「どうも…。」

 

 夜…宿へと戻った響達にヒメナから温かいミルクが差し出される。

 いつもはもう一言付け足した感謝の言葉があるのだが、今はどうしてもそれを言う気分にはなれない。

 そんな響の心情を察してか否か、ヒメナはそれじゃあと言って足早に部屋を後にした。

 3人だけとなった部屋は誰として言葉を発しようとせず、沈黙した状態となった。

 何を話せば良いだろうか、何を聞けば良いだろうか。

 全てを話し、全てを聞くと決意したものの、聞きたい事が沢山ある。

 しかしどこから手を付ければ良いのかさっぱり分からない。

 何が分からないのかが分からない、今の響はそんな状態なのだ。

 

「まずは…俺達の方から話した方が良いか。」

 

 そう響が口を結ぶ中、レオンが静かに口を開く。

 その言葉を聞くと、不意にあの怪物の事が脳裏に過り、先程までの葛藤が嘘のように響の口から自然と言葉が流れ出る。

 

「あの子の…あの子に成り済ましていたあの怪物は一体何なんですか?」

 

 あの時、目の前で命を奪ったあの怪物。

 自らの知る異形とはまるで違うあの怪物の正体は一体…。

 響の問いにレオンは一度ミルクに口を付け一呼吸置き、その後真っ直ぐ響の目を見つめながら彼女の質問に答える。

 

「奴等の名は“ホラー”。魔界から現れ、人を喰らう魔獣だ。」

「魔獣、ホラー…。」

 

 魔獣ホラー。

 反芻し、しっかりと心に刻んだその名前からは、直球ながらもどこか名前以上の底知れぬ何かを感じる。

 

「この世界は俺達人間が住む人間界と、ホラーの住む魔界の2つがある。奴等は餌である人間を喰らう為にこの世界へやって来るんだ。」

「人が…ホラーの餌…!?」

「正確には“陰我”と呼ばれるものを喰らうのよ。」

 

 人界や魔界といったゲームにでも出てきそうな言葉が現れ困惑する響。

 そんなレオンとの会話に割って入ったのはアンジェだった。

 

「陰我というのは生きとし生けるもの全てに於いて存在する負の感情が形となったものを指すわ、恨み、妬みといったね…突然だけど、物には人の想いが宿るって聞いた事無い?」

 

 そう問い掛けるアンジェに響は当然だと頷く。

 例えば人から貰った贈り物、それには贈った人が贈る人へ向けて込めた想いがある。

 何を贈れば良いか、どう渡せば喜ばれるか。

 自分も何度人から物を贈られ嬉しくなった事か、何度人に物を贈り、贈った人の笑顔を見て心が晴れやかになった事か…。

 贈り物だけでは無い、普段自分達が使っている物の中にも愛着を覚える物はある。

 そういう物は当然大事にするし、それだけの想いが籠っている。

 

「大抵は良い方向で捉えられる事が多いけれど、実際は別。物に宿る大抵の想いは人の負の感情…つまりは陰我なのよ。」

 

 そういった大切な感情が込められた想い、しかしアンジェはそれらを真っ向から否定した。

 

「負の感情なんて…そんな事無いですよ!」

 

 それはまるで響がこれまで贈り物として他人に向けていた、向けられていた好意が全て偽りだと言われているように聞こえ、思わず声を荒らげる。

 しかしアンジェはそんな響にまたも冷ややかな視線を送り、彼女を論そうと口を開く。

 

「人から向けられる好意が常に希望に溢れているとは思わない事ね。過剰な愛はその人に不快感を抱かせる…そういった感情も陰我に繋がるのよ。」

 

 その言葉を聞いた響は声を詰まらせる。

 そう、人に向ける好意や愛情…単純に端から見れば素敵な美談に他ならない。

 だがもし好意を向けられている人が、好意を向けている人の事を何とも思っていない…或いは何らかの理由で距離を置いていたとしたら?

 好意を向けている人の感情は負担にしかならない。

 自分だって仲間や友達から好きだと言われたら喜ぶが、全く面識の無い人から突然好きだと言われても正直困る。

 ましてやそれが何度も続けば迷惑にもなるし嫌悪感も表れる。

 そしてその嫌悪感こそ人の負の感情…陰我なのだ。

 

「そうやって物に大量の陰我が集まると、それが人間界と魔界を繋ぐ“ゲート()”になる。ホラーはそこから人間界へ現れるのよ。ただしホラーはそのままの姿では人間界には留まれない、ホラーの身体は日の光に弱いのよ。」

「…何だか吸血鬼みたいですね。」

「みたいじゃなくてそうなのよ。何せ世に出回っているそういった噂の大半はホラーが正体なんだから。」

 

 そういった噂というのは恐らく幽霊だったりUMAといったものの事だろう。

 今世では大抵夏になると特番としてテレビで放送されたりするので、自分も仲間と共に肝試し感覚で見たりするのだが、ふとそういう噂の正体がホラーだという言葉に違和感を覚える。

 そういえばそんな存在を自分はよく知っているではないか。

 ホラーと同じようにあらゆる怪奇現象の正体とされている奴等を。

 

「(後で聞いてみようかな…。)」

 

 ホラーという存在はこれまでに聞いた事は無かったが、同じような噂が立ち、同じように人を襲うのならば、そういった事態に対処する存在である自分が名前も何も知らないというのは少々おかしな話なのではと思ったのだ。

 恐らくこちら側の説明をする時に自分の知る怪物については触れるであろうから、今は頭の片隅に置いておくだけに留めておき、アンジェ達の話に響は再び耳を傾ける。

 

「話を戻すと、ホラーはこの世界に留まる為にある事をするの。ホラーというのは目ざとい奴等でね、ゲートが開くと10秒もしない内に魔界からこの世界に這い出てくるの。すると大抵近くには最後に物に陰我を宿した元凶…人間が居る訳よ。だからホラーはまずその人間を襲うの。人の皮を被ってしまえば、日中でも活動出来るからね。」

「人の皮を被るって…!?」

「奴等にとっては着替えみたいなものよ。貴女も時と場所で服を替えるでしょう?」

「だからって…人の命ですよ!?そんな簡単に…!?」

「出来るのがホラーだ、奴等にとって人間は単なる餌にしか過ぎないからな。」

「そんな…!!」

 

 しかし耳を傾けた先に聞こえたのは想像以上の残虐性を持つホラーの実態であり、響の表情に影が射す。

 人の命をまるで玩具のように扱うホラーに言い知れぬ怒りが込み上がり、拳に力が籠ったその時。

 

「おいおい、それじゃまるで俺様も同じみたいな言い方だな?」

 

 どこからか聞き慣れない声が聞こえてきた。

 男性のような声であったが、ここに男性はレオンしか居らず、声質からして彼の出した声では無い。

 当然アンジェの声でも無ければ自分の声でも無いこの声の正体は一体…と一瞬疑問に思ったが、ふと先程の戦闘の事を思い出し、視線をレオンの方へと向ける。

 

「あ…指輪さん…。」

 

 すると声に反応していたレオンが左手を持ち上げており、中指に嵌められている指輪に視線を合わせていた。

 

「悪かったよ…先に紹介しておくよ、魔導輪の“ザルバ”だ。こんな見た目だが、こいつも立派なホラーだ。」

「え、ホラー…!?」

「安心しろ、別に人を喰ったりはしない。後でまた説明するさ。」

 

 指輪の正体がホラーという事で一瞬身構える響を窘めたレオンは次にその視線をアンジェへと移し、話の再開を促す。

 

「…で、人の皮を被ったホラーはこの世界で行動する事が出来るようになる。そうして次なる餌を求めて、ホラーは人を喰らう…って訳よ。」

「人を喰らう…魔獣…。」

 

 魔界から出て、人に憑り付き、人を喰らう。

 その目的はただ、自らの欲求を満たす為だけ…。

 

「何で人間なのかって顔してるわね?」

 

 誰の事も考えていない、本当に自分勝手に命を奪う。

 そんな横暴に何故人間が巻き込まれなければならないのか。

 そう考え込む響の疑問にアンジェが答える。

 

「当然の事よ。人は様々な事を考えられるし、感受性も高い。そしてそこから生まれる感情は他の動物よりも遥かに深くて多い。もちろん負の感情…陰我もね。食事は美味しいに越した事は無いでしょう?」

 

 何でもないように答えるアンジェの言い方が少し癪に触ったのか目付きを鋭くする響。

 視線をアンジェに向けていた為意図せず睨むようになってしまった事に気付いた響は慌てて謝ろうとするも、分かっていると言いたげに苦笑するアンジェ達の前に、こちらも申し訳無く苦笑いを浮かべるしかない。

 

「そしてそんなホラーから人を守る使命を帯びた者達が、魔戒の者達なのよ。俗に“守りし者”と呼ばれる私達は基本的に2つに分かれているの。私のような“魔戒法師”と、彼のような“魔戒騎士”ね。」

「魔戒法師…錬金術師(アルケミスト)とは違うんですか?」

 

 説明を受けた響が問い掛けた質問、それが意外すぎたのかアンジェは珍しくえっ、と驚いた声を上げてしまう。

 

「貴女よく知ってるわね…錬金術を見た事が?」

「はい、前にちょっと…。」

 

 S.O.N.G.の活動の中で知る事となり、そして2度に渡り敵対する事になってしまった錬金術。

 そんな力をアンジェが使うとは思わず、響はずっと気になっていたのだ。

 するとこれまた珍しく置いてけぼりを喰らってしまったレオンが2人の話に割って入り、錬金術について質問する。

 

「錬金術?」

「魔戒法師の扱う術の前身となったやつね。想い出を焼却…つまりは記憶を無くして力を行使するから最終的な損害が大きすぎると敬遠されてるけど、術自体は強力だから私は使ってるのよ。」

 

 錬金術…俗に魔法と称される事もあるそれは聖遺物にも匹敵する力を持っているが、その力の行使には記憶の焼却…つまりは扱う人物がこれまで培ってきた記憶や想い出を力へと変換して発動するのだ。

 従って何回も力を行使するという事は最終的に何の記憶も持たない人形のような存在となってしまう為、敬遠されるというアンジェの言葉も納得だ。

 

「最初に誕生したのは魔戒法師の方だった。錬金術を初めとしたあらゆる術式を参考にホラーに対抗出来る術を編み出して、暫くはそれで何とかなっていた。しかし激化するホラーとの戦いで徐々に劣勢となっていった人類は、新たな存在に望みを託す事にした。」

「それが…魔戒騎士?」

 

 魔戒法師が対抗出来なくなったのならば、残る存在はアンジェの言っていた魔戒騎士だろう。

 そう確信した響の言葉にアンジェは深く頷いて肯定の意を示す。

 

「レオンの纏う鎧…あれは“ソウルメタル”と呼ばれる特殊な金属で出来ていてね、ホラーを封印する事が出来る唯一の金属なのよ。魔戒騎士はああやってソウルメタル製の鎧と剣を使ってホラーを倒すの。」

「凄かったですよね、レオンさんの…。」

「当たり前よ、彼は特別なの。」

 

 黄金に光り輝き、ホラーを滅するレオンの鎧。

 その豪華絢爛たる姿は特別だと言われれば十分納得出来るものだと、響はその程度にしか考えていなかった。

 

「こいつは黄金騎士 ガロ。ガロの称号は魔戒騎士の中でも最高峰の証だ。」

 

 しかしザルバの言葉に響は首を傾げる。

 はて、最高峰とはどういった意味であっただろうか?

 確か、ある一群の中で最も優れているという意味であった筈だが…。

 

「え…って事は…?」

 

 響はちらりとレオンの方を見る。

 そこには何処か気恥ずかしそうにそっぽを向くレオンの姿が。

 

「良かったわね、今貴女が世話になっているのは今世最強の魔戒騎士の下なのよ?」

 

 対して笑みを浮かべているのはアンジェ。

 そう、今目の前に居るこの青年こそ、あらゆる魔戒騎士…ひいては守りし者の頂点に位置する存在。

 特別どころの話では無かったのだ。

 

「はわわ…レオンさんそんな凄い人だったんですか!?」

「別に言う程でも無いさ。2人もそんな煽てないでくれ…。」

「あら、貴方は紛れもなくガロの称号を継ぐ者。もっと誇っても良いと思うけれど?」

 

 アンジェの称賛に何とも言えないような笑みを浮かべるレオンだったが、脱線していた話を戻そうと軽く咳払いをし、表情をいつもの鋭いものへと変える。

 

「とにかく…奴等の名前はホラー、人を喰らう魔獣だ。俺達の仕事はそんなホラーの討滅…そうだ、ザルバの説明をまだしていなかったな。」

「そういえばその、ザルバさん?…もホラーって言ってましたけど…?」

「あぁ。ただザルバは人間に友好的なホラーの1体でな、そういったホラーは魔戒法師達の手によって“魔導具”という物に魂を移して俺達に協力してくれる。まぁ…ホラーも1枚岩じゃないという事だ。」

 

 人を喰らう筈のホラーの中に人間に友好的な者が居る。

 守りし者の頂点であるレオンの側に居るのだから間違いは無いのだろう。

 しかし…。

 

「あの子達は…その…。」

 

 ホラーの実態を目の当たりにしたばかりの自分にはやはり信じがたい。

 2人の命を目の前で奪われた感覚が、今もこの身に染み付いて離れない。

 

「男の子の方はもう手遅れね。ホラーに憑依された時点で、人の魂は消えてなくなる。女の子の方は…悔しいけれど私達2人の力不足ね。」

 

 悔しさを含めた溜息を溢したアンジェ。

 響を含めず自身とレオンの2人だけの責任としたのは、何も事情を知らなかった響に対するせめてもの慰めだったのだろう。

 しかし知らなかったとはいえ、この身体は動く事も出来なかった。

 何が起きるか分からなかろうが、この手を伸ばす事は出来た筈。

 アンジェの気遣いは、逆に響の心を再び深い所まで落とし込んでしまった。

 

「分かりました…次は私の方ですね。」

 

 だからといってこのまま悲観に暮れる訳にはいかない。

 もうあの2人のような犠牲者を出さない為に、今度はちゃんと手を伸ばす。

 そう決めたのだから。

 

「…あの戦いの時の格好は一体?」

 

 己の悲観を払拭した響は普段の爛漫な表情を引き締め、レオンからの質問に対し1つ1つ冷静に情報を整理して答える。

 

「あれは“シンフォギア”っていうもので、聖遺物って呼ばれる物を加工して作られたものなんです。」

「セイイブツ…前に話していた奴か。」

「…何の話?」

「あ、アンジェさんにはまだ話してなかったですよね。」

 

 前にレオンには軽く話していたが、そういえばアンジェにはまだ何の説明もしていなかったと、響は改めて聖遺物に関する事から説明を始める。

 

「聖遺物っていうのは神話やおとぎ話なんかで神様とかが使っていた武器や、身に付けていた物の事です。大体は年月が経っちゃって使い物にならなくなっちゃってるんですけど、たまに昔の力がそのまま残っている物があるんです。ただそれも物自体が欠片でしか残っていなかったりするので、それを加工して力を引き出せるようにしたのがシンフォギアなんです。」

「シンフォギアか…魔戒の技術とは違うのか?」

「そうですね、多分関係無いかと…。」

「まぁセイイブツなんて言葉は私達も知らない訳だしね。」

 

 普段自分が力を行使する対象とホラーの特徴は少なからず似通っている所がある。

 そう思うとシンフォギアや聖遺物にも何か魔戒の方面と繋がりがあるやもと思われるが、自分がこれまでホラーの情報を一切知らなかった事から考えるにその線は薄いだろう。

 思う所があった様子のレオンに代わり、今度はアンジェが響に対して質問を投げ掛ける。

 

「戦いの時に歌っていたのは何故?」

「シンフォギアには“フォニックゲイン”っていう特殊なエネルギーが流れているんです。それがシンフォギアの力の源で、そのフォニックゲインを高めるには歌を歌う必要があるんです。」

「成程、トチ狂っていた訳では無いと。」

「そ、そんな事無いですよ!」

 

 確かに命を掛ける場で歌いながら戦うとなると、端から見れば気の触れた者にしか見えないだろう。

 分かってはいたものの改めてそう言われると何だか哀しい気分になる。

 

「それにしても魔戒騎士に匹敵する程の力…一体何の為にそんな物を?」

 

 アンジェがそう聞くと、レオンも視線を改めて響へと向ける。

 自らの預かり知らぬ所で同じような力を使っている者が現れたのならば気になるもの。

 2人に関してもそれは同じようで、これまでの会話以上に意識を向けられている気がする。

 ちょうど良い、こちらも聞きたい事がまだ1つある事だし、この際にまとめて話してしまおう。

 

“ノイズ”っていう奴等に対抗する為に作られたんですけど…ノイズの事は知っていますか?」

「…いいえ、聞いた事無いわ。」

「ザルバ、何か知っているか?」

「いや…知らないな。」

 

 レオン達の返答に響は困ったと唸り声を上げる。

 と言うのもこのノイズというのは表向きに世界中で存在が認知されているものである為、レオン達の内誰もが知らないというのはおかしな話なのだ。

 

「ノイズは国から認定特異災害として扱われている、人を襲う怪物です。有史以前から存在しているって言われてる奴等で…。」

 

 まるで先程の自分のようだと思いながら、響はノイズについて引き続き説明を続けようとしたが…。

 

「ん…?有史以前から存在する怪物…?」

「どうしたザルバ?」

「いや…似たような話なら聞いた事がある。そいつらも有史以前から人を襲ってきたとか…。」

「それってどんな…?」

「さぁな…俺様も話を聞いた事があるだけだし、そもそもそれにはノイズなんて名前は付いてなかった筈だが…?」

 

 急にザルバが何か思い当たりがあるようにぶつぶつと呟き始めたのでレオンが問い掛けると、非常に興味深い事を話したのだ。

 もしかしたらやはり何か繋がりのようなものがあるのかもしれない。

 共通した特徴を持つホラーの言う事だ、信憑性はありそうだ。

 

「あの黒い物体…前にあれはセイイブツの力で出来たものだと言っていたが…。」

 

 お互い一通り質問をし終えたのか沈黙が続く中レオンが小さな声で呟いたのは、遺跡に存在しているあの物体について。

 

「…あれに関しては本当に私もよく分からないんです。多分事故だと思うんですけど…。」

 

 シンフォギアやノイズの事を隠していたので、念の為の確認といった所であろうが、それに関しては嘘偽りを言ったつもりは無い。

 というよりも嘘の付きようも無い。

 何故なら当事者である自分も未だに何が起きたのか分かっていないのだから。

 確認を取るにはあの時同じ場に居た仲間達から話を聞くしかないが、今はその手段が無い。

 こればかりは手放しで信じてもらうしかないと考えていると、アンジェが眉間に皺を寄せて自分とレオンを交互に見ていた。

 何をそんなに睨みを効かせているのかと思っていると、レオンが彼女の意図に気が付いたのか、そうだったと前置きをしてから彼女に説明をする。

 

「響と出会ったのはここから少し離れた所にある遺跡だ。そこに普段見掛けない黒い物体があってな、響はそれの前に倒れていたんだ。」

 

 その話を聞いてアンジェも響も成程と納得した。

 そうであった、アンジェには自分とレオンの出会いも何も話していなかった。

 これまでの自分や先程のレオンではないが、話の中で蚊帳の外にされれば誰だってむっとするものだ。

 アンジェの疑問も解けた所で後は何を話せば良いか考えていると、部屋の外から扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「入っても良いかしら?」

「ヒメナさんか…どうぞ。」

 

 レオンが返事を返すと扉が開き、ヒメナが部屋へと入ってきた。

 その視線はレオンへと向けられており、何やら思わしくない表情を浮かべている。

 

「レオン、これ…。」

 

 そう言ってヒメナが差し出したのは1通の赤い封筒であった。

 レオンもその封筒を目にした途端、ホラーと対峙していた時のような険しい表情を浮かべ、ヒメナから封筒を受け取る。

 はて、あの封筒は一体何であろうと響が首を傾げていると、レオンは懐からアンジェが持っていた物と同じようなランプを取り出し火を付ける。

ランプに緑色の火が灯され、部屋の中が淡い緑の光に満たされた次の瞬間、何とレオンは持っていた封筒をランプの火に翳してしまったのだ。

 

「え!?燃やしちゃうんですか!?」

 

 まさか封も開けずに燃やしてしまうとは思わず響は声を上げるが、翳された封筒のその後の姿を見て、それ以上の声を上げる事が出来なくなった。

 ランプの火に翳された封筒は一瞬の内に燃え、代わりにその灰が独りでに宙を舞ってレオンの前に並んだのだ。

 

「これは私達が所属している“番犬所”からの指令よ。単純に封を開けるのでは無くて、魔界の火…“魔導火”で燃やす事で初めて解読する事が出来るの。」

 

 目の前に浮かぶ、複数の文字列。

 そのどれもが響には読めない文字となっており、またすごいものを見せられてしまったなと響は若干上の空な様子でアンジェの言葉を聞いていた。

 

「…とりあえず今夜はここまでだな。明日また一緒に出掛ける所があるから、しっかりと寝ておいてくれ。」

「は、はい…。」

 

 宙に浮かんでいた文字列は暫くするとまた独りでに燃え、その姿を消した。

 それと同時にレオンが今夜はここまでだと話を切り上げ、席を立つ。

 

「黄金騎士、今夜は大丈夫なの?」

「あぁ。今日はもう1人の魔戒騎士が見回りに行ってる、俺達は休もう。」

 

 あの指令書には何が書いてあったのか、明日共に行くという場所は何処なのか。

 まだ気になる事はあったが、それは明日また分かる事だろうと響はレオンの指示に従い、置かれていたミルクに手を付ける。

 長話ですっかり冷めてしまったが、気持ちを切り替えるにはちょうど良いだろう。

 レオンが言ったもう1人の魔戒騎士という言葉だけ耳に残しながら、響は残っていたミルクを飲み干した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 夜も深まったヴァリアンテ郊外、そこで1人の青年が大きく身を翻した。

 それと同時に地面を抉る複数の物々しい音が。

 

「クッ…こいつら…!!」

 

 青年は荒くなった息を整えながら抉られた地面とそれを起こした者達へ視線を向ける。

 およそ20年間生きてきた中で知り得た生物の何れにも該当しないその見た目は宵闇に包まれるこの世界の中で異様な発光と共に不気味な存在感を露にしている。

 

「これは流石に不味いな…。」

 

 普段自分が相手しているあの“悪魔達”とはまた違う異質な気配を漂わせながら迫る彼等に注意を向けながら、青年は手元に握る物を見る。

 それは青い柄の長剣…だった物。

 その刀身の所々は、信じられない事に錆びるでも無く“炭”と化して朽ち果てていた。

 

「これでも少しは数を減らしたのだがな…。」

 

 青年がここへやって来た本来の目的は、先にも述べた悪魔から人々を守る為であった。

 深夜となり不穏な気配を察知した彼は悪魔が現れたと確信し現場へと向かったのだが、そこに居たのは件の悪魔ではなく、目の前に居るこの謎の生物達であった。

 こちらを見つけるなり襲い掛かってきたので応戦をしたのだが、その結果はとても思わしくない。

 初見で30体程居た敵の数は現在およそ25体。

 謎の炭化現象を掻い潜りながら持ち前の剣で斬り伏せていたのだが、10体も斬らない内に使いようが無くなってしまった。

 ここまで来れば頼れるのは己の身体のみとなるのだが、先程抉れた地面から風に乗って流れる炭を見る限り、どうやら奴等の炭化は剣に留まらず触れた物全てに適用されるようだ。

 直接拳で殴ろうものなら、その結果は火を見るより明らかだ。

 

「だとしても…!!」

 

 状況は限りなく悪い。

 しかし自分はこの者達を打ち倒さなくてはならないのだ。

 この国を、民を、世界を守る為に。

 ならばこの身が朽ち果てようとも、その使命を全うするのみ。

 文字通り決死の覚悟を胸に青年が再び身を構えた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―Killter “ICHAIVAL” tron…♪―

 ―Zeios “IGALIMA” Raizen tron…♪―

 ―Various “SHUL SHAGANA” tron…♪―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌が聞こえてきた。

 とても美しく、幻想的な歌声が。

 

「今のは…?」

 

 突如響いた歌声に困惑する青年。

 何処から聞こえてくるものなのかと辺りを見回そうとしたその瞬間、自身の正面に空から激しい光が降り立った。

 

「なっ…何だ…!?」

 

 突如として現れた謎の光に警戒する青年だったが、その光が徐々に晴れていくと同時にその警戒心は再び困惑へ変わる事となる。

 

「ふぅ…間一髪デス!」

「ったく、こちとら迷子の馬鹿探しに来ただけだってのによぉ…。」

「何でこいつらがここに居るのか分からないけど…!」

 

 光の中から現れたのは、3人の少女。

 それぞれが赤、緑、桃色を基調とした軽装を着ており、その手や頭、肩からは青年にはどういった用途を持つ物なのか予想も出来ない武装や装飾を身に付けていた。

 少女達は目の前の存在へ一通り視線を送ると、それぞれ思い思いに身を構える。

 

「しょーがねぇ、久々にただのノイズ狩りと洒落込むか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンフォギア装者と魔戒騎士、もう1つの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・俺様ザルバ

→我口調のザルバは作者的都合により魔界へ強制送還されました


・魔戒法師の術の前身となった錬金術

→そんな繋がりがあったら良いな~…


・少年に取り憑いたホラー

→「奴はホラー・デジュモニグ、全身が触手で構成されている気色悪い奴だ。その触手を自在に操り、ヒビキの
言っていたドリル…?とかを始めとした様々な形状を取る事が可能だ。触手は斬っても途端に再生を始める。倒すには本体である核を斬るしかない面倒な奴でもあるな。今回奴が取り憑いたのはヴァリアンテの貧困層に居る名も無い少年。妹と2人で暮らしていたらしく、恐らくその妹を守るという使命感と現状への脱却心が、過酷な日々の疲れや表通りを平然と歩く奴等への恨み辛みと混じりあい、持っていたナイフに陰我が宿ったんだろう。人種差別や部落問題…どうやらいつの時代でもそれは変わらないようだな…ん?何だこの紙は?何々…『ちなみにホラーの名前は《ポケットモンスター サン・ムーン》から《ウルトラビースト デンジュモク》とそのコードネーム《UB03 LIGHTING》からの造語です。』…おいおい、これは一体何の話だ?」


・ランプを持っているレオン

→映画で魔戒法師ではないレオン達の下に普通に指令書が送られていた事からの発想です


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第7話「再会の証」

「しょーがねぇ、久々にただのノイズ狩りと洒落込むか!!」

 

 青年の前に突如現れた3人の少女。

 その内の1人である赤い装飾を纏った少女…雪音 クリスが声を上げると、3人は一斉に異形であるノイズ目掛けて動き出す。

 まさか戦うつもりだろうか、青年は少女達に危険だと声を掛けようとするも、突如耳にある音が聞こえてきた事で言葉を発せずに終わってしまう。

 いや…これはただの音では無い、音楽だ。

 このような状況で一体誰が…と青年は訝しむが、その正体はすぐに判明する事となる。

 

 ―全身凶器でミサイルサーファーのターンだ!残弾0(ゼロ)になるまでバレットのKissを…!―

 

 《QUEEN's INFERNO》

 

 クリスが両手に持つ武器から大量の矢を放つ。

 その矢が刺さり、瞬く間にノイズが炭と化す中、少女の口元は…歌を口ずさんでいた。

 

「よーし、先輩に続くデスよ!」

「遅れは取らない…!」

 

 続いて緑と桃色の装飾を纏う少女達、暁 切歌と月読 調もノイズの前へと躍り出て、手に持つ鎌や振り子のような武器であるヨーヨーを使って異形の身体を切り刻んでいく。

 その間もクリスは歌を口ずさんでおり、戦場を歌一色に染めている。

 だからこそ青年には…というよりかは恐らくこの場に別の誰かが居たとして、その誰もが思う事があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何故歌いながら戦っているのだ…!?」

 

 

 

 

 

 ―Bang☆ Bang☆ yeah!!―

 

 

 

 

 

 …しかもかなりノリノリである。

 

 

 

 

 

 ―どうやら理不尽がまかり通る世の中だ、(やっこ)さんにも都合があるってんだろ?―

 

 少女達の奇天烈な戦いに思わず呆然としてしまう青年。

 しかし背後から迫る僅かな気配を感じ取り気を取り直した彼は、その正体を知るべくちらりと背後を見る。

 そこにはあの異形の内の1体が居た。

 

「しまった…!?」

 

 迂闊だったと青年は距離を取ろうとするも、時既に遅し。

 ノイズはその身体を槍状に変化させ、青年を貫こうと迫ってくる。

 回避…無理だ、避けられる体勢では無い。

 防御…この炭と化した剣では到底不可能。

 このままでは当たる()しかない。

 ならばせめてもの抵抗と青年は両腕で身体を守るように身を固くする。

 そして槍状に変化したノイズの先端が青年を貫こうとしたその瞬間、青年の視界の横を赤く発光する何かが通過し、それがノイズに突き刺さると、ノイズはその身体を一瞬くねらせ瞬く間に炭となって消滅した。

 

 ―だけど得物をそっちも抜くってんなら…。―

 

 そして再び青年の耳に届く歌声。

 まさかと思い、青年は恐る恐る後ろを振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…容赦しねぇ。」

 

 

 

 

 

 振り向いたその先、そこには得物をこちらへと構え、不適に笑うクリスの姿があった。

 

 ―バキュンと放った銃弾(タマ)が絶対曲がらないように!過去は変わらないと月を仰いだ夜…!―

 

 《BILLION MAIDEN》

 

 そのままクリスは振り返りノイズの群れへと身体を向ける。

 その最中少女の持つ得物は信じられない事にその形を変え、先程持っていた得物の倍近い大きさの武器へと変わる。

 そして束となっている白銀の筒が高速で回転し始めると、筒の先から幾つもの閃光が迸る。

 まるで目にも止まらぬ速さで戸を叩いているかのような音を発するその武器が向けられた先、そこに居る異形達は文字通り蜂の巣となってこの世から消え失せる。

 

「合わせる…!!」

「便乗デース!!」

 

 《α式・百輪廻》

 《切・呪りeッTぉ》

 

 それに続き調は身を翻すと、彼女の頭部に付いている機械が展開、中から大量の円盤が射出される。

 それと同時に切歌は持っている鎌を大きく振りかぶる。

 すると鎌の刃が3つに分かれそのまま振るうと、その内2つの刃が異形の群れ目掛けて飛んで行く。

 切歌が放った碧刃がノイズの脚を切り裂き、調が放った緋刃が頭部を穿つ。

 

「あいつでラスト…!!」

「先輩!!」

 

 ほぼ同時に放たれた2色の刃は完璧な連携を見せ、残る異形はあと1体となった。

 2人に声を掛けられたクリスは一丁前にお膳立てかい?と呟きながら小さく笑みを浮かべ、異形の下へと歩き始める。

 

 ―Ah…今は描けなくても信じれば…。―

 

 脚部を無くし、頭部に緋色の刃が刺さっているノイズは痛みにのたうち回っているが、悠々と歩いてきたクリスが異形の胴に足を乗せ拘束すると、最初に手に持っていた形へ再び変形させた武器で狙いを定め…。

 

 ―力に変わると誰かは、歌う…!―

 

 赤色の矢が放たれた。

 ちょうど喉元を射抜かれたノイズはしばらく痙攣を起こしていたが、やがて他のノイズと同じように炭となって消えていった。

 

「…一丁上がりってな。」

「楽勝デース!」

 

 全てのノイズを倒し終えたクリスは気取ったポーズを取りながら終了の合図を告げる。

 それを聞いた切歌は万歳の要領で腕を大きく伸ばし、手に持つ鎌を高々と空へ上げる。

 調もピースサインで静かに喜びを表している。

 

「さて、ノイズも片付けた事だし…さっさと引き上げるとするか。」

「はいデス!」

 

 勝利の余韻に浸っていた2人にクリスが声を掛ける。

 それと同時に少女達の身体は一瞬光に包まれ、先程の軽装から私服と思われし格好へと変わる。

 異形を倒した事で特にこの場に用事の無くなったクリスはそのままこの場を立ち去ろうとするが…。

 

「待って先輩、あの人は…?」

 

 調がそれを引き留める。

 その声に釣られ後ろを振り返ると、そこには未だ呆然としているあの青年の姿が。

 

「あぁそうだ…あんた、怪我は無いか?」

「え…あぁ、大丈夫だ。ありがとう、危ない所を助けてもらった。」

「気にする事は無いのデス。ノイズを倒すのが私達の役目デスから!」

「ノイズ…奴等はそういう名前なのだな…。」

 

 切歌から異形の名前を聞いた青年はそのまま何か考え込むように眉間に皺を寄せる。

 

「…つーかあんたこんな所で何してたんだよ?フラフラ出歩いて良い時間帯じゃ無いだろうに…。」

「え?まぁ、その…少し仕事で…そういう君達こそ一体…?」

 

 青年が何を考え込んでいるのか分からないので取り合えず第一に気になった事を単刀直入に聞くクリス。

 すると青年は何やら困ったような、言葉を選んでいるかのように少したどたどしい様子で彼女に答える。

 そして同じように青年から問われると、クリスは青年とは違い堂々とした様子で答えを返す…。

 

「え?あー…あたし達は…人探しって所だ。」

「人探し…?」

「…まぁ、あんたには関係の無い話だ。」

 

 …事は無く、青年と同じように言葉を選んで答えを返した。

 決して言っている事に間違いは無いのだが、少し事情が複雑なので説明が難しいのだ。

 

「悪りぃが急いでるんでな、あんたも気を付けて帰れよ。」

 

 とにかくこんな所で油を売っている訳にはいかないと踵を返し、早々にその場を後にしようとしたが…。

 

「待ってくれ、折角助けてもらったんだ…何か礼をしたい。私に何か出来る事は無いだろうか?」

 

 それを青年が引き留めようとする。

 確かに命を救われたのなら、礼の1つや2つしたくなるのが人情というものなのだろう。

 

「…いや、特には無ぇな。助けたのだってたまたまだ。そんな気ぃ使わせる程のもんじゃ無ぇよ。」

 

 しかし先程の青年の視線…それは未知の存在を目の当たりにし、複雑な感情が絡み合った視線であった。

 ああいう手合いは怖いもの見たさで世界の深秘に触れようとする。

 俗に好奇心と呼ばれるそれがどれだけ危険なものなのか、少女達はよく知っているのだ。

 彼の為にも、自分達の為にも、これ以上巻き込む訳にはいかないと、クリスはあえて彼の厚意を突っぱね、そのまま暗い夜道を歩き出した。

 

「でも先輩…これからどうするデスか?」

「どうするって、そりゃあいつを探…す前に寝るとこ探さないとか。」

「でももう真っ暗ですし、宿も空いているかどうか…それにそもそもここが何処かも分からない…。」

「ついでに言えばお腹も空いたデス…。」

 

 さて歩き出したまでは良いものの、実は2人の言う通り少々事情があって3人は現在迷子中なのだ。

 迷子を探しているのに迷子とはこれ如何にと言われそうなので青年の前ではおくびにも出さなかったが、いざ歩き出してみるとその辺りの不安が一気に押し寄せてくる。

 朝が来るまでじっとしていようにも、やはりどこか屋根の下で過ごすのが理想ではあるのだが、それをするにはこの明かりの無い真っ暗な夜道を歩き回る必要があり、そんな事はこの土地を知らぬ自分達にとって危険極まりない。

 いざやろうものなら仲良く共倒れ、そんな未来が目の前に広がるばかりだ。

 さてどうやってこの状況を脱するか…。

 

「…おいあんた!」

 

 そう考えた時には既に自分の口は声を発しており、それに気付いた少女は慌てて後ろを振り返る。

 自分達がこの場を去ろうとしていたので彼も帰ろうとしていたのだろうか…辛うじて見える視界の先で、彼も自分と同じようにこちらへと振り返っていた。

 

「その…れ、礼がしたいって言ってたよな…?」

 

 完全に無意識に発していた声であったが、そうなった理由は既に判明している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…泊めてくれないか?」

 

 

 

 

 

 …結局の所、答えは1つしかなかったのだ。

 

「い、いや勘違いすんなよ!?///これは、その…あ、あんたがどうしても礼をしたそうにしてたからであって…その…!///」

「…普通に寝る場所無いって言えば良いじゃないデスか。」

「あとあの人だけで帰すのは危ないからだって。」

「う、うるせぇ!!///お前等はちょっと黙っとけ!!///」

 

 先程突っぱねてしまった手前、こんな掌を返すようにして頼み込むのは居た堪れないと、クリスは顔を赤らめて必死に弁明を繰り返す。

 もっとも、残りの2人が余計な事を言ったお陰でバレバレであるが。

 

「あぁ、喜んで!」

「本当デスか!ありがとうデス!」

「ありがとうございます。良かったですね。」

「ふんっ…。///」

 

 そんな中青年が見せる笑顔が妙に眩しく、他の 2人と違いクリスは素直になれないのかそっぽを向いてしまう。

 

「と、とりあえずあんたを家まで送らなきゃだな。ほら、さっさと行こうぜ。」

「あぁ。ここからだと少し遠いが、その分存分に持て成そう。」

 

 とにかくこれで寝床は確保出来た。

 少女達は青年に付いていく形で再び暗い夜道を歩き始めた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…で、送り届けた先がまさかあの城だったとはねぇ…。」

「私も驚いたよ、まさか君達がヴァリアンテ以外の国から来ていただなんて。」

 

 翌日、街の大通りを4人の男女が歩いていた。

 内3人は無事に夜を明かしたクリス、切歌、調の3人。

 そして彼女達と並んで歩いている男は、昨夜クリス達がノイズの脅威から助け出した青年。

 彼の名は“アルフォンソ・サン・ヴァリアンテ”。

 ヴァリアンテ王国の現王子であり、魔戒騎士という特殊な力を持った人物である。

 

「…まぁ、ありがとな。お陰で行き倒れにならずに済んだからな。」

「ベッドがふかふかで気持ち良かったデ~ス!」

「ご飯もとっても美味しかった。」

「喜んでもらえて何よりだ。」

 

 昨夜の彼の服装が中々特徴的な見た目だったのでただの一般市民では無いだろうとは思っていたが、まさかこの国の王子だったとは思っておらず、ましてや自分達と同じ様にホラーという脅威から人々を守る者であったとは想像の範疇にある訳が無く、昨日は真夜中にも関わらず驚きから大声を上げてばかりであった。

 同時に自分達の現在地がヴァリアンテ王国と判明したという事で、クリスは談笑に興じる他の3人に気取られぬよう出店に近付き、適当に並んでいるどこか古めかしい商品を手に取り、そのまま辺りを見回す。

 

「(やっぱおかしい…街の様子が随分と様変わってやがる…。)」

 

 ヴァリアンテ王国…クリス達は1週間前にこの地を訪れている。

 その時この国は心無き者達の振るう力に脅かされ、表通りが壊滅した。

 故にクリスは今目の前に広がっているこの光景に違和感を覚えていたのだ。

 確かに王国は現在も復興作業を行っているとは聞いていたので多少の違和感を感じてもおかしな話では無いのだが、それにしては街が綺麗に整いすぎているし、民家や商品、人々の格好などあらゆる要素が全てどこか古めかしい物になっている。

 まるで時代そのものが逆行したかの如く様変わりしている街の様子に、クリスは言い知れぬ疑惑を抱いた。

 そんな中アルフォンソは1人はぐれていたクリスに気付くと、彼女を会話の中に引き込もうと声を掛ける。

 

「ところで、そのヒビキという少女は一体どんな娘なのだ?何か特徴があるのなら私も聞いておきたいが…。」

「一言で言うなら、馬鹿だな。」

「ば、馬鹿って…。」

「そんぐらいお人好しが過ぎる奴って事だ。」

 

 昨夜お互いの事を打ち明けた際に話した自分達の目的。それは行方不明となった仲間である立花 響の捜索だ。

 彼に事情を説明すると、知り合ったついでという事なのか自分も協力すると言ったのだ。

 クリスは最初に会った時同様手を煩わせまいと彼の申し出を許否したのだが、土地勘のある彼が居た方が良いのではという調と切歌の意見に押され、渋々同行を許可したのだ。

 そんな彼は響の事を知らないので率直に彼女の印象を言うと、彼は少々困ったような表情を浮かべる。

 大方仮にも仲間と言った者を馬鹿呼ばわりとはどうなのか、といった所なのだろう。

 仕方が無いので軽く彼女の事を話すと、今度はまるで無垢な少年のような明るい笑みを彼は浮かべた。

 

「困っている人は見過ごせない…成程、素晴らしい性格の持ち主ではないか!」

「普段それに付き合わされてるこっちの身にもなれっての…。」

 

 彼女のお人好しは当事者じゃないからこそ美談に捉えられるのだろうが、普段近くに居る者としては色々と危なっかしいのだ。

 しかしこうも手放しに喜ぶとなると、もしかしたら彼もそういった類いの人間なのかもしれない。

 気苦労が増えそうだ。

 

「ま、あいつの事だ。生きてんならこういう人通りの多い所でお節介の1つや2つ…。」

 

 ともかく彼女が無事ならば、身体的不自由でも無い限り誰かのお節介に回っている筈。

 そう思いながら何の気無しに辺りを見回してみると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと…よし!これで大丈夫ですかね?」

「あぁ、助かったよ!ありがとなお嬢さん達!」

「いえいえそんな!お礼を言われる程でも…。」

「…これ何で私達は手伝わされたの?」

「これが彼女なんだ、諦めてくれ…。」

 

 ふと目に付いた一行にクリスの動きがピタリと止まる。

 並んでいる野菜の多さからして八百屋であろうか、店主の指示に従い商品の卸しを手伝っている3人の姿が在った。

 

「あれ?どうしたんデスか先ぱ…い…?」

 

 内2人は成人した男女、あまり乗り気で無いのか2人で何か話をしながら荷物を整理している。

 

「切ちゃん…?クリス先輩もどうしたんで…。」

 

 そして最後の1人、まだ少女と呼べる年齢であろうその娘は他の2人とは違って率先と手伝いに回っている。

 

「おぉ!あの娘もまた心優しき少女だな!…ん?あそこに居るのはレオン…?」

 

 一行を見つめ固まっている少女達の事なぞ露知らず、アルフォンソは視線の先で行われている慈善活動に関心を示しながら、顔見知りでも居たのか首を傾げている。

 

「「い…。」」

「い?」

 

 すると少女達が揃って何か言葉を言い掛ける。

 はて、何を言うつもりなのであろうかとアルフォンソが耳を傾けると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「居たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「うわぁっ!?何が居たって!?」

 

 突然少女達は揃って大きな声で叫んだ。

 その声量は大通りいっぱいに響き渡る程であり、当然ながら彼女達の先に居る一行の耳にもその声は届いた。

 すると今度は一行の内の少女がクリス達を見て動きを止めた。

 

「クリスちゃん…!?調ちゃんに切歌ちゃんも…!?」

 

 少女はそう言いながらこちらの様子を伺うように歩いてくる。

 やがて近付くにつれて少女の顔は信じられないものを見たような表情から満面の笑みへと変わる。

 

「皆!!良かった…やっと会えた…って痛ぁ!?いきなり叩くのは酷くない!?」

「こぉんの馬鹿ぁ!!何こんな所でいつも通りしれ~っとしてんだよ!!生きてんなら連絡の1つや2つ寄越しやがれ!!」

 

 嬉しさ故か少女がクリス達の下へ駆け寄ろうとすると、当のクリスは何故か罵倒の言葉を発しながらポカポカと少女を殴り続ける。

 しかしそれも束の間、段々と殴る勢いが弱まり、最後には少女の胸に埋もれるかのように行動を止める。

 一体どうしたのだろうと少女が訝しんでいると…。

 

「…他の奴等も心配してんだぞ。」

 

 クリスは小さな声でそう呟いた。

 

「…うん。ごめんねクリスちゃん、心配掛けちゃって…調ちゃんと切歌ちゃんも本当にごめんね。」

「いいえ。」

「先輩が無事で何よりデス!」

 

 先程の罵詈雑言は決して少女の事を嫌っているからでは無い。

 むしろその逆…生きているかも分からぬとされていた大切な仲間が無事でいた事による安堵や、再会の喜びを素直に表現出来なかった故の、謂わば愛情の裏返しなのだ。

 少女も、そして調や切歌も彼女の気持ちは十分に理解出来ているので、彼女の行いを咎める事は無く、代わりに皆でそっと抱き締めあった。

 きっとあの少女こそ、件のタチバナ ヒビキなのだろう。

 そう思いながら少女達の再会を微笑ましく見守るアルフォンソの下に、少女と共に居た大人の男女2人が歩み寄ってきた。

 

「アルフォンソ。」

「レオン!えっと…これはどういう…?」

「それはこっちの台詞だ…。」

 

 少女達が再会出来た、それは良い。

 しかし件の少女が自分の知り合いの下に居た事には驚き、今彼の隣に居る女性の事や彼女達の抱える事情を2人は知っているのかという疑問やらなんやらで、実の所アルフォンソの頭は上手く回っていない。

 

「ともあれ、お互い積もる話になりそうだな…。」

 

 とにかくお互いに話さねばならぬ事が多そうだと、レオンとアルフォンソは互いに深く頷きあった…。

 

 

 

 

 




・ガトリングぶっぱクリスちゃん

→近所迷惑待った無しである


・響の事を手放しで喜ぶアルフォンソ

→個人的にアルフォンソは男版ビッキーといった印象


・すぐに再会した装者

→世間は狭いと言うではないか


・総じて素直になれないクリスちゃん

→だがそれが良い


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第8話「未知-Garm-」

 装者達が再開し、合流した2組。

 そんな中一行は揃って同じ目的地へと歩き出していた。

 

「…で?結局あたしらはこれから何処に行くんだよ?」

「番犬所と呼ばれる場所だ。君達やノイズの事を報告しておかなくてはならないからな。」

 

 番犬所とはレオンやアルフォンソ、アンジェのような魔戒の者達が所属している組織であり、ホラー討滅の指令や情報を受けたりする場所だ。

 ヴァリアンテ郊外の遺跡に出現した黒い物体やシンフォギア装者、ノイズなど想定外の事態が多発したので一度装者全員を連れて話をしようという事になったらしい。

 そのような話をしながら歩いていると、とある裏通りの薄暗い一角へ辿り着いた。

 

「ここですか?」

「ただの行き止まりにしか見えないけど…?」

 

 辺りを見回してみても特に何があるという訳では無く、装者達が何故こんな所で立ち止まったのか訳を問おうとすると、レオンが一角の適当な壁面へと近付いていった。

 

「ザルバ。」

「あぁ。」

 

 そのままレオンが左手に嵌められているザルバを壁に向けると、壁が変形して道が出来た。

 

「「…え?」」

 

 もう一度言おう、壁が変形して道が出来た。

 それはもう複雑怪奇な変形をしながら。

 

「行こう。」

 

 壁が無くなりぽっかりと空いた道をレオン達が先立って歩き始めたので、少女達もそれに連なって1歩踏み出す。

 

「…いやいやいやいや待て待て待て待て!!何がどういう理屈だよこれ!?」

 

 …なんて事は無く、唐突に目の前で起きた出来事にツッコミ担当のクリスが声を張り上げる。

 

「カッコいいデス!ガションガションって変形したデス!」

「いや関心すんなよ!!」

「わ~レオンさん達こんな事も出来るんだ~。」

「納得してんじゃねぇよ!!」

「…。」

「お前はお前で何か喋ろよ!!」

 

 それに対し切歌は変形した壁にロマンでも感じたのか目をキラキラと輝かせ、響はもはや慣れたものだと言わんばかりにレオン達の後に続き、調は調で平常運転だ。

 駄目だ、ツッコミが追い付かない。

 息の上がったクリスはそう観念したのか1度深い溜め息を吐いてから渋々と何も言わずに最後尾を歩いていく。

 そのまま通路をしばらく歩いていくと、先の方に光に照らされた広い空間が見えてきた。

 その空間の中央には赤いシートが掛けられたかなりの高さの高台があり、その中腹には目を閉じて静かに眠りに就いている女性の姿が。

 

「…誰だ?」

「番犬所の神官の“ガルム”だ。」

 

 彼女の印象を一言で表すとするならば、それは白。

 レオンの赤い髪と同じように1つの混じり気の無い白髪に、遠目で見ても染み1つ無いと分かる真っ白な服。

 極め付けは色白を通り越して、病的にまで見える程の肌の白さ。

 異常なまでに白く染め上げられたその姿は、背後の赤いシートや口紅、アイシャドーの色が必要以上に際立ち、装者達は言い知れぬ不気味さを感じた。

 すると眠っていた女性…ガルムの目が開き、視線をこちらの方へと向けてきた。

 

「…来たか。」

 

 予想通りの時間だと彼女が視線を向けた先、そこにはレオン達の他に見知らぬ4人の少女の姿が。

 ガルムは彼女達の姿を捉えると、何故関係無い者まで居るのかと眉を潜める。

 するとそれを察したアルフォンソが先立って彼女に少女達の事を説明する。

 

「彼女達は昨夜私を助けてくれた者達です。魔戒騎士や魔戒法師とは違う力を持っていまして…。」

 

 そのままアルフォンソが装者達の手を借りながらシンフォギアについて軽く説明をすると、彼女は事情を察したのか睨みを効かせていた視線を和らげた。

 と言っても、代わりに面倒臭そうな表情を浮かべているが。

 

「それと合わせてなのですが…。」

 

 アルフォンソは懐から青い柄の剣を取り出すと、鞘から剣を引き抜く。

 その刀身はやはりあらゆる箇所が炭となって朽ち果てており、それを初めて見たレオンや響は目を見開く。

 対してガルムは先程と同じ様に眉を潜めると、相も変わらぬ面倒臭そうな表情とは裏腹に真剣な声色で言葉を紡ぐ。

 

「…成程、奴等か。」

「知っているのか?」

「有史以前に人がホラー討滅の為にと創り上げたモノよ。もっとも、手に負えんからと早々に捨てたと聞いていたが…。」

「…今さらっととんでもねぇ事言った気がするが…?」

「ホラーを倒す為にノイズが創られたって…!?」

「微塵も聞いた事の無い話デース…!」

 

 ガルムがノイズの事を知っていた事実に驚いたレオン達であったが、それ以上に反応を示したのは装者達であった。

 ノイズが先史文明人によって創られたという事は知っていたが、その目的にまさかホラー討滅も含まれていたとは。

 確かにノイズの炭素化能力ならばホラーも炭と化す事が出来るであろう。

 もっとも、ホラーにはソウルメタルや対応した術でないと真に討滅したとは言えないので、先史文明人も討滅しきれなかったホラーへの対処やノイズの暴走に手を焼いていたのだろうが。

 

「それでガルム、前に渡したアレはどうだったんだ?」

「あぁ…。」

 

 レオンからの問い掛けに答えるように、ガルムは後ろ手で何かを取り出した。

 

「結論から言うと、こいつは魔導具では無い。」

「魔導具じゃ無い…?」

「まぁ、それこそ先に言ったやつと同じ先史文明の技術といった所だな。」

 

 その物体はパッと見た限り鍵のような物であったが、その全体は黒く染められており、歪な形をしていた。

 ガルムはそれを手の中でいじり回しながら自らの憶測を述べる。

 それに大きな反応を示したのは、またも装者達であった。

 

「なぁ、それちょっと見せてくれねぇか?」

 

 クリスがその物体を渡すよう言い願うと、ガルムはふむ、と一呼吸置いてからクリス目掛けてそれを投げ渡す。

 

「おっと、ナイススローっと…。」

 

 怠惰感溢れる投げ方からは想像も出来ない程に寸分違わず手元に投げ渡されたその物体をクリス達はじっと観察する。

 それの見た目はやはり歪な鍵のような形をしており、よく見てみると黒色に染められている全体には赤黒い線が乱雑に引かれており、遠目でも感じた不気味さを一層引き立たせている。

 まるで開けてはならない禁断の扉を開ける為の鍵のようだ。

 

「レオンさん、これは…?」

「アンジェが持っていたんだ。」

 

 この鍵のような物は一体何なのか響がレオンに問い掛けると、その出所は意外な所からであった。

 

「私もそれが何なのかは分からないのよ。でも私がホラーに狙われていたのは間違いなくそれが原因…だから番犬所に預けて調べてもらっていたのよ。」

 

 本来所有していたアンジェですら正体不明という謎の物体。

 果たしてこれは何なのか、どう扱えば良いのか皆が試行錯誤していると…。

 

「…これ、あたし達が預かっても良いか?」

 

 クリスの突然の発言に一同は彼女に視線を向ける。

 クリスはそんな周囲の視線など気にせず、手の内にある謎の物体をじっと見詰めながら自らの意見を口にする。

 

「これ、あんた達の所で造ったやつじゃ無いんだよな?先史文明の産物って言うなら、もしかしたらこいつはあたし達案件かもしれねぇ。」

 

 そう、クリスは先程ガルムが言った先史文明の技術という言葉が引っ掛かっていたのだ。

 その言葉は自分達にとって身近な存在であるシンフォギアや聖遺物によく使われる言葉…つまりこの鍵のような物体も、もしかしたら聖遺物やそれに近い何かである可能性がある。

 魔戒方面で調べが付かないのなら、こちらの方で調べてみたいというのが彼女の見解なのだ。

 とはいえ元々はそちらの方で調べていた案件であり、流石にこの申し出は断られるかと思っていたが…。

 

「…まぁ良い、好きにしろ。」

 

 一通り調べた以上こだわる必要が無いのか、意外にもガルムはあっさりとそれを彼女達へ引き渡した。

 

「ありがとうございます!アンジェさんも、これ私達の方で預かっても良いですか?」

「良いけど…なるべく早めに返してよね。」

 

 アンジェはガルムと違い渋い表情を浮かべていたが、何とか了承の返事を得る事ができ、それを聞いたクリスはその物体をポケットの中へ入れる。

 

「後は…あの黒い物体か…ガルム、あれは結局何なんだ?」

 

 するとレオンがあの遺跡に在中している黒い物体についてガルムに問い掛ける。

 こちらもガルムに調査を願っていたのだが、当のガルムは存外にあっけらかんとした様子でそれに答える。

 

「あれは局地的な空間の捻れよ。もっとも、それに関してはお前達の方が余程詳しいだろう?」

「あぁ、もうネタは上がってる。あぁそうだ、お前も早めに準備しておけよ。」

「準備?」

 

 クリスの言った準備というのが何の事か分からず、響は首を傾げる。

 それに対してクリスは不敵な笑みを浮かべながらその答えを言う。

 

「帰る準備だ、あたし達の居場所にな。」

 

 

 

 

 




・番犬所への入口

→光のゲートだったり壁が変形したり、つくづく男心をくすぐる仕様だよあれは


・ホラー討滅用兵器ノイズという設定

→ホラーにノイズに同族にと、先史文明の人は一体どれだけ戦いに明け暮れていたんだとか言ってはいけない


・謎の物体の模様

→Fate/のアンリマユみたいなものを想像してもらえれば


・元の世界帰る宣言

→しかしまだ帰らないし、帰ってもまだ終わらないのだ


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第9話「アララギ」前編

「「遠征?」」

「あぁ。」

 

 装者達の再会から2日後の昼、アルフォンソから話があると言われヴァリアンテ城の客間に揃ったクリス達は、彼の話に耳を傾けていた。

 

「明日、城の兵士を何人か連れて近辺の村へ遠征に行く事になっているんだ。各農村の視察を目的としてね。」

「へぇ…お偉いさんはやる事多いねぇ。」

「一応好きでやってる事さ。まぁ、それは()()()()()()なんだがな…。」

「表向き、デスか…?」

 

 何やら含みのある物言いに切歌が首を傾げていると、アルフォンソは懐から赤い封筒のような物を取り出し、3人に見せる。

 

「これは…?」

「番犬所からの指令書だ。番犬所の各神官はこうやって私達に指令を飛ばすんだ。」

「指令…もしかして、ホラー…?」

 

 そう問い掛ける調達に答えるよう、アルフォンソは深く頷き、今回承った指令について話始める。

 

「ここ最近、辺りの農村で暗躍しているホラーが居るらしくてな。ちょうど表向きの仕事(こちらの方)の都合と重なったから私が行く事になったんだ。」

「わざわざあんたにか?その村とかに他の騎士は居ねぇのかよ?」

「居ないな。今ヴァリアンテに居る魔戒騎士は、実質私とレオンの2人だけだ。」

「2人だけ…!?」

「何でそんなに少ないんデスか!?2人だけだなんて世のブラック企業も真っ青な人数デスよ!?」

「まぁ…少し事情があってな…。」

 

 どれ程の規模かは分からないが、ヴァリアンテはとても広い国だ。

 その広大な土地をたった2人だけで守っているとは思わず切歌が事情を問い詰めようとするも、アルフォンソは曖昧な返事を返して話をはぐらかす。

 

「とにかく私が何を言いたいかと言うとだな…君達の内誰か1人にその遠征に付いてきて欲しいんだ。」

「遠征に、ですか…?」

「そりゃまた何で?」

 

 彼の提案に3人は首を傾げる。

 別に断る理由なぞ無いが、本来彼等の仕事とは無縁の存在である自分達に何故そのように声を掛けたのか不明だからだ。

 

「…こう言うのも何だが、実を言うと皆がこの城の中に居られるのは私による所が大きいんだ。」

 

 するとアルフォンソは暗い表情を浮かべながらその訳を話し始めた。

 

「残念な話だが、ヴァリアンテでは未だにかつての政治体制が拭いきれていなくてな。余程の用事でない限り城内に王族や貴族では無い立場の者を置いておく事は基本的には許されない事とされていて、それは皆も例外では無い。今皆がこの城の中に居られるのは、私がもてなした客人という立場に在るからだ。」

「王子様自らのおもてなしだからな、そりゃ誰も文句なんざ言わないだろ?」

「そうだな…だが、だからといって安全かと言われればそうでは無い。改革をした今の政治を好ましく思わない者達の中でも所謂過激派と呼ばれる者達ならば、そういった者達に手を掛けるなんて事も珍しくは無い。」

「そんな…。」

 

 アルフォンソが語った政治的事情…。

 クリス達はそういった事には詳しくないので上手くは言い表せないが、人として好ましくない状況だという事は良く分かった。

 貴族や王族…3人からすれば、それはただの飾りでしかない。

 そんなものにこだわって人を蹴落とすのは正真正銘の馬鹿のする事だ。

 

「そして遠征中は当然ながら城内に私は居ない。そんな中皆が城内に居たとしたら…。」

「でももしそうなったら周りの人達が黙って見ている訳が…!」

「確かにそうだが、それは皆の存在を肯定的に見てくれる人が居たらの話だ。私や私を信頼してくれる者の目が行き届かない場所でなら…状況や証拠なんて幾らでも捏造出来る。」

 

 そう…この国ではそれが当たり前の事となってしまっている。

 誰も彼もがアルフォンソのように手を取り合える者達だけではないこの世界で、この件はそれが最もよく表されていると言えるだろう。

 

「つまり、遠征中はあたしらを任せられる奴が城ん中に居ねぇから目の届く所に居ろって事か。」

「そういう事だ。」

 

 だからといってアルフォンソの提案が最善かと言われればそれも少し違うだろう。

 かたや幼い頃からそういった教育を受けたアルフォンソや城の者達、かたやそういった作法のさの字も知らない自分達。

 右も左も分からぬ自分達が付いていけば彼等にとって迷惑な事この上無い。

 もし何かおかしな事でもしでかせば自分達を連れてきたアルフォンソにも責任が回り、王子としての示しも付かなくなるであろう。

 彼にとってもこの選択は苦汁のものであった事は間違いない。

 

「でも何で1人だけなんだ?いや、そりゃあ3人ノコノコと付いていくのは荷物以外の何物でもねぇ事は分かってるけどよ…。」

「そう、最初は皆揃ってレオンの居る宿に泊まってもらおうかと思っていたんだが…残念ながら空いている部屋が今2人部屋の1室だけらしくてな…。」

「…で、他に預けられる所も無いから1人来いと。」

「あぁ、遠征中も側に居れば私の目も届くからな。」

「成程…。」

 

 ならばこの3人の内誰が付いていけば1番良いであろうかと、クリスは思考に耽る。

 先程も述べた通り同行するアルフォンソや城の者達にくれぐれも失礼の無いようにしないといけない。

 となれば当然切歌(自称常識人)は論外となり、残りは自分と調の 2人。

 遠征はホラー討滅も兼ねているので、その時ホラーを討滅する力を持たない自分達は彼のサポートがメインとなる筈。

 ならば応用性、戦術性共に高いギア特性を持つ調が適任か…。

 

「(ん…?ちょっと待てよ…?)」

 

 するとそこまで考えたクリスは途端にある事に気付いた、気付いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいそれ殆どあたしに付いてこいって言ってるようなもんじゃねぇかよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「すまないクリス殿、無理を言ってしまって…。」

「いや別に…あそこで駄々こねた所で無駄に話が長引くだけだからな。」

 

 ヴァリアンテの首都サンタ・バルドを離れ、緑豊かな平原をアルフォンソ率いる兵士達が行進していく。

 その中で彼と共に馬に乗っているのは、話し合いの末同行する事となったクリスであった。

 さて、結局何故彼女がこの遠征に同行する事となったのか。

 色々と理由はあるのだが、1番の決め手は調と切歌…2人の持つシンフォギアの、とある特性が要因だ。

 実は調と切歌のギアは2つ揃って運用するとユニゾンという共鳴現象が起こり、装者最大の戦力となるのだ。

 だが逆を言えば揃って運用しないとお互い真価を発揮する事が出来ず、個人の力も他の装者より1歩劣ってしまう。

 おまけにあの2人は1日でも離れてしまうと禁断症状でも起こすのか、離れている間は1時間に4~5回は定期的に連絡を取り合い、いざ再開した時には軽く10分以上は抱き締め合ったまま離れない。

 つまりあの2人を引き離すと色んな意味で非常に面倒な事になるのだ。

 そうなると必然的に2人を遠征に行かせる事は出来なくなり、結果自分が行くしかなくなるのだ。

 結局あの夜の時のように、答えは最初から決まっていたのだ。

 

「って言うか…。」

 

 まぁそんな事はこの際どうでも良い話。

 今のクリスはそれ以上にある問題を抱えているのだ。

 それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でこんな格好なんだよ!!」

「ど、どうしたクリス殿?こんな格好とは…?」

「色々だよ色々!!今着てる服といい馬の乗り方といい!!」

 

 クリスの金切声が周囲一帯に木霊する。

 兵士達が何だ何だと視線を向ける中、アルフォンソは癇癪を起こすクリスをどうにか宥めようとする。

 

「着てる服…まぁ、その…一応城の者による視察だからな。形だけとはいえ、クリス殿にもそういった身なりをしてもらわないと…。」

「ちっくしょ~何だってこんなヒラヒラした服…絶対似合わないってのによぉ…!!」

 

 今クリスが着ている服はいつもの私服では無く、アルフォンソが用意した貴族様御用達のドレスである。

 全面が彼女のパーソナルカラーとも言える赤色をしたそのドレスは黒いフリルの付いた、いかにも品のあるものとなっている。

 赤と黒という大人な雰囲気を醸し出す配色に加え、急ごしらえ故に若干サイズが合わず、本来魅せる以上に身体のラインが出てしまっている。

 そんな羞恥にクリスが顔を赤らめていると…。

 

「そんな事は無いさ。とても似合っていると私は思うが…?」

「っっっっっ!!!???///ばばば、馬鹿!!!///何平然とそんな事…!!!///」

 

 アルフォンソが率直な感想を口にした。

 お世辞だとは分かってはいるが、まさかここでそんな追い討ちを喰らうとは思わず、ただでさえ赤くなっていたクリスの顔がさらに真っ赤になる。

 

「つ、つーかこの馬の乗り方もだよ!!///色々おかしいだろうが!!///」

 

 堪らずクリスは次に問題となっている事について声を荒らげる。

 今クリスはアルフォンソと共に馬に乗っているのだが、その乗り方というのが所謂普通の2人乗りではなく、手綱を持つアルフォンソの前に座らされている。

 さらにクリスは馬に跨がっているのではなく、身体を横向きにした状態で乗っている為、まるでお姫様抱っこをされている感じがして落ち着かないのだ。

 

「いや、馬は後ろに乗る方が揺れるんだ。それにクリス殿の着ている服は馬に跨がれる程生地が広がらない。故にこの乗り方になってしまうのだが…。」

 

 別にアルフォンソも他意があってやっている訳では無い。

 なので当然彼に当たるのは筋違いというもので…。

 

「くそったれが…何だよその天然発言行動は…どこぞの馬鹿や先輩じゃねぇんだからよ…!!///」

 

 クリスは早く目的地に着かないかと愚痴を溢しながら、拭えぬ羞恥を1人抱えるのであった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…人気者だな、あんた。」

「こんな私でも慕われていると分かって、とても嬉しいよ。」

 

 それからおよそ2時間程、一行は目的地である村へと辿り着いた。

 未だアルフォンソの駆る馬に揺られる中、一行を出迎えた村人達の目に晒される事もあってクリスの顔色はもはや熟れた林檎のように真っ赤であるが、諦めが付いたのか口調はいつもの調子に戻っていた。

 

「にしても…。」

 

 村というだけあって、そこにはサンタ・バルドでは見かけなかった田園風景が広がっている。

 そして出迎えた農民の姿は、やはりサンタ・バルドの町民よりも見窄らしい。

 

「(成程、あの馬鹿の言っていた通りか…。)」

 

 世界的に恵まれた地と言われていたヴァリアンテ王国。

 しかし今目の前に居る者達にその言葉が当て嵌まるかと言われれば、それは違うだろう。

 そういった情報の錯誤、国全体の技術的発展具合、暗躍する(守りし者)(ホラー)…。

 段々と形となってきた憶測という名の答えを胸に抱きながら、クリスはアルフォンソに指令について問い掛ける。

 

「…んで?指令の方はどうすんだよ?」

「もちろん遂行するさ。ただ今はこうして表向きの仕事がある。そちらの方は夜になってからだな。」

 

 そうしてクリスは周りの者に聞かれぬよう彼と小声で話をしながら、何気なく景色を眺めていると…。

 

「ん…?」

 

 少し離れた林の中から視線を感じた。

 そちらの方へ目を向けると、生い茂る木々の隙間からこちらを覗く人影が見えた。

 よく見てみると、どうやらその人影は女性…それも身なりから察して修道女(シスター)のようだ。

 歳は自分より少し上といった所か…じっとこちらの方を見つめる彼女の視線は、何故かあまり優しいものでは無い。

 

「クリス殿?」

「え?あぁ…何でも無い、気にすんな。」

 

 あまりに一点を見詰めすぎていたか、クリスが何かを見ている事に気付いたアルフォンソが声を掛ける。

 急に声を掛けられたクリスは一瞬彼の方に気を取られてしまい、再び視線を林の方へ向けた時には、その女性は何処かへと居なくなっていた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 森の奥深くの道を1人の女性が歩いていた。

 生い茂る木々が日の光を遮り、危険な予感を漂わせる薄暗いその道を、彼女は歩いていく。

 そんな女性の向かう先には1軒の建物が。

 細長く白い外壁のその建物の屋根には、簡潔な造りながらもちゃんとした意味合いを持つ十字架が。

 その建物…教会の扉の前まで辿り着いた女性はそのまま扉を開けるかと思いきや、取っ手に手を掛けたまま動こうとせず、終いには溜め息を1つ溢した。

 ここへ来る前、たまたま騒がしかった方向へ向かっていった先、そこにはこの国の首都であるサンタ・バルドからやって来た王族達が村の者から祝福を受けていた。

 あの光景が、今も目に焼き付いて離れない。

 そうやって女性が扉の前で立ち尽くしていた時だった。

 

「へぇー…奥の方だってのに、結構立派な造りしてんのな。」

 

 突如聞こえてきた声に驚き、女性は背後へ振り返る。

 

「貴女は…!」

「さっきぶりだな。」

 

 そこには先程見た王族達の中に居た少女…クリスが立っていた。

 

「…城の方がこのような所に、何か御用でしょうか?」

「そんな殺気立たせながら聞くなよ…別に大した用事がある訳じゃねぇ。それにあたしは城の連中とは違う、あんたと同じお飾り無しだ。」

「しかしその衣装は…。」

「仕方無くだよ…こっちにも色々事情ってもんがあるんだ。そんで…ここはあんたの教会なのか?」

 

 やけに敵意を露にする女性の警戒を解こうとしたクリスは女性にこの教会について問い掛けるも、彼女は視線を反らして答えようとしない。

 余程知られたくないのであろうか、頑なに拒否の意思を示す女性。

 こういう状態の人は何を言っても聞きやしないし、そもそも彼女の事自体別にそこまでこだわる事でも無いと思われるので、クリスは適当に別れを告げて帰ろうかと思ったが、教会の扉が開きそこから出てきた者達の姿を見た事で踵を返そうとしていた足を止める。

 教会の中から現れたのは、年端も行かない子供達であった。

 数は男女合わせて12人、きっと外から話し声が聞こえたので出てきたのだろう。

 子供達は一度クリスの方へ視線を向け戸惑う様子を見せたが、やがて女性の側に挙って集まった。

 

「結構な数だな…皆あんたの子か?」

「まさか…村の人の子を預かっているんですよ。」

「つまり教会と託児所を兼用してるって事か?何だってこんな森の奥に…?」

 

 体感時間ではあるが、ここは村から歩きで30分以上は離れている。

 おまけにこんな森の奥深く、いつ熊などの被害にあってもおかしくない。

 教会としても託児所としても機能させるにはあまり良くない立地条件だ。

 どっちの施設にしろ、村の中にあっても良い筈では…と女性に聞くと、彼女は足元に集う子供達に適当に離れて遊ぶよう伝えると、物悲しい様子でクリスの問いに答える。

 

「村は狭いですから…託児所なんて建てる場所は無いし、日中は皆仕事に追われていますから、子供達の面倒を見ていられる人なんて居ないんです。1番近くの預け所まで行くにも隣の村まで行く必要がありますし…それにここは私1人で住むには広すぎますから。」

「…優しいんだな、あんた。」

 

 そんな女性の献身的な姿勢を見たクリスは、途端に服の裾を引っ張られる感触を感じた。

 足下を見ると、先程の子供の内の1人である少女が何かを伺うような、期待しているような表情を浮かべ、クリスをじっと見詰めている。

 一体何だとクリスは少しだけ考えたが、すぐにその答えに辿り着きそれが無理だと分かると、クリスはその少女と目線を合わせるように膝を付き、申し訳無いと少女の頭に手を乗せる。

 

「…悪りぃ、この格好じゃあ遊べねぇな。」

 

 クリスの返答に少女は残念そうな表情を浮かべるも、自身の頭を優しく撫でるクリスの姿に嘘は無いと感じたのか、やがて笑顔で彼女の下を去っていく。

 途中で何度も振り返り、今度は絶対遊ぼうねと手を降りながら。

 

「…でもやっぱあんただけじゃ大変だろ?1人ぐらい村の連中に頼んでもバチは当たんないと思うぜ?」

「…前はここに、私の他にもう1人居たんです。この教会の本来の持ち主である、神父さんが。」

 

 少女を見送ったクリスは、やはり1人だけであの人数を相手するのは辛いのではと女性に意見するも、女性はその言葉に首を縦に振る事は無かった。

 

「あの子達全員が村の子っていう訳じゃ無いんです。中には捨てられたり、病気で親を無くしたり…そういった子達も居るんです。私もそんな身寄りの無い子供の1人だった…そんな私達を一身に引き受けていたのが、ここの神父さんだったんです。」

 

 彼女はそれ以上の事を言いはしなかったが、彼女の言いたい事は何となく分かる。

 

「…継ぎたいって訳か、その神父さんの意思を。」

 

 きっとこの女性はその神父に多大な恩義を感じているのだろう。

 そしてその神父の事を“だった”と過去形にする辺り、きっともうその神父はここには居ないのだろう。

 だから彼がやっていた通りに子供達を引き受ける事で、彼女は恩返しとしたいのだろう。

 自分はちゃんと貴方の意思を継いでいますよ、と。

 

「だからって何でもかんでも1人で背負い込むってのは頂けねぇ話だな。あんたが倒れちゃあ、その神父さんもおちおち休んでらんねぇだろうし。」

 

 だからこそ、この女性には無茶をしてほしくない。

 彼女が倒れてしまえば、誰がこの子達の面倒を見るというのか。

 

「…それであの人が帰ってくるなら、それも良いかもしれませんね。」

 

 そう儚げに笑みを浮かべた女性に仲間()の姿を重ねたクリスは彼女と同じ心の持ち主ながらどこか疲れているような印象を受ける女性に、それ以上の言葉を掛ける事が出来なかった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「クリス殿!急に居なくなるから何処に行ったかと…!」

「あー…悪りぃ、ちょっと気晴らしのつもりがそれなりの散歩になっちまった。」

 

 夕方、クリスはアルフォンソ達と共に寝泊まりする事となる宿へと帰っていた。

 アルフォンソが目を離した隙にあの教会へ行ってしまった為、当然ながら彼から心配されてしまう。

 失礼の無いようにと自分で言っておきながらこの様とは、存外人の事は言えないものである。

 それを隠すようにクリスは指令にあったホラーについて彼に問い掛ける。

 

「んで?そっちはどうなんだ?」

「あぁ…今の所この村の近くには居なさそうだが、警戒するに越した事は無いな。番犬所の話だと、奴は幼い子供から順番に人を喰らっていっているらしい。この村の者達は日中子供達を近くの託児所に預けていると聞いたが…。」

 

 人は千差万別とよく言うが、それはホラーにも当てはまる。

 姿形はもちろん、人を喰らう際にもそれぞれ好みがあったりするのだ。

 だが総じてホラーに美味と称されるのは、幼い子供の命。

 純真無垢なその心こそ、多くのホラーにとって最高のディナーとなるらしい。

 

「…なら付いてこい。知ってるぜ、その託児所。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこか?」

「あぁ…子供が10人ちょい、世話をしている女が1人。子供達の中には孤児も居る、だから夜中でもあそこには何人か子供が居るんだ。」

 

 2人が向かった先は、昼間にクリスが行ったあの教会。

 少し離れた所からでも明かりと楽しげな会話が確認出来るこの場所は、ホラーには絶好の的であろう。

 

「成程、村の中心からかなり離れているな…分かった、何か対策を考えよう。まさかこんな所にあったとは…。」

 

 アルフォンソの提案に、クリスは異論は無いと頷く。

 もしあの時自分がここに来ていなかったらどうなっていただろう。

 もしあの時あの女性を見つけられなかったらどうなっていただろう。

 

「あたしも大概、お人好しって訳か…。」

 

 だがあの女性が守りたいと思ったものは自分も守りたいと思った、ただそれだけだ。

 

 

 

 

 




・魔戒騎士、2人だけ

→本当は他にも居るのかもしれないけど、少なくともこの作品で出てくる事は無いでしょう(多分)


・離れたら面倒なきりしら

→XDのメモリアカードのストーリー「可愛い寝顔」が個人的に結構ツボ


・天然王子アルフォンソ

→クリスちゃんの弱点を的確に突いていくスタイル


・シスターと12人の子供

→12とはまた不吉な数字だなぁ…(すっとぼけ)


・結局レオン達の所に世話になるきりしら

→来る10話への布石と先に言っておこう


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第9話「アララギ」後編

・「よし、もうちょいで完成や!」←ここまでバックアップ無し

・「あ、そういやあの設定ってどんなんだったっけ?」←ブラウザバックポチー

・「(;゜∀゜)」←ヤラカシチャッタ…

素直に3部構成にしときゃ良かったんだよ…お陰でいつもよりも時間掛かるわ話の内容も変わるわ…ダーメだこりゃ…。(byツ○ヨミ)



「よう、シスターさん。」

「貴女は…今日はどのような…?」

 

 翌日、クリスは再びあの教会へとやって来ていた。

 クリスの姿を見た修道女の女性は、彼女が何故またここに来たのか理由が分からずその訳を問うと…。

 

「暇だから来た。」

「…はい?」

「だから暇なんだよ、あたしは城の連中とは違うから日中の仕事(そういう事)とは縁が無いんだよ。」

 

 女性にとって少々意外な答えが返ってきた。

 予想していなかった答えに女性が面食らっていると、彼女の側を小さな人影が走り抜ける。

 クリスの前に走り寄ってきたその影は、昨日クリスを遊びに誘おうとしたあの少女だ。

 

「よう、今日は着替えてきたから思いっきり遊んでやるよ。」

 

 今日のクリスはあのヒラヒラのドレスではなく、愛用の私服を着ている。

 それを聞いた少女はぱっと表情を明るくし、クリスを遊び場へ誘おうと手を引く。

 

「待て待て、そんな急かすな。焦らなくても逃げやしねぇよ。」

 

 クリスはそんな少女を嗜めながらも、速く遊びたいと逸る少女の希望に応えるべくしっかりと歩みを合わせている。

 少々乱暴な口調からは考えられないその細やかな気遣いは、本人に言わせれば柄じゃないと言うのであろうが慣れてもいるし、きっとその道にも向いているのであろう。

 

「ありがとうございます、子供達の我儘に付き合ってもらって…。」

「別に大した事じゃねぇ、わざわざ礼を言われる事でもないさ。」

 

 一頻り子供達が遊び終え、疲れて眠ってしまった昼下がりに女性はそんな事を思いながらクリスへと礼を言った。

 

「それに…我儘に付き合ってもらうのはこっちの方だ。」

 

 するとクリスは子供達へ向けていたものとは明らかに違う空気を纏いながら、女性へと話し掛ける。

 自分がここに来た本当の理由を。

 

「今この辺りの村の連中は狙われてる…ずる賢くてふざけた趣味を持ってる悪魔にな。ここも例外じゃない…あたしがここに来たのは、あんた達にその事を伝える為だ。」

 

 悪魔という言葉を耳にした途端、女性の顔色が青ざめる。

 修道女という立場に加え子供達を預かる身だ、当然の反応かとクリスはそのまま話を続ける。

 

「そんでもって明日の夜、城の連中でその悪魔を退治する事になった。村に居る奴等はその夜絶対に外に出るなって…当然あんた達もだ。」

 

 クリスは一度話を区切って女性の顔色を伺う。

 彼女は変わらず青ざめた表情で何かを考えていたようだが、やがて顔を上げクリスへと視線を合わせると深く頷いた。

 

「分かりました、戸締まりを徹底しておきます。」

「…いや、そうじゃねぇんだ。まだ話には続きがある。」

 

 何か問題でもあったのかと首を傾げる女性に対して、クリスは説明を始めた。

 今追っているその悪魔は幼い子供から手に掛けていくので、ここは格好の餌場となっている事。

 この教会は村から離れている為、監視の目が行き届かない事。

 そして皆の安全を確保する為に悪魔退治の日の夜はこちらで用意したテントで寝泊まりしてもらいたいという事…。

 クリスから全ての事情を聞いた女性は成程…と小さく呟くと、教会の方へと目を向ける。

 

「…ここは私にとって全てがある場所、この子達の居る場所なの。」

 

 既に顔色は元通りとなった彼女の表情は、昨日も見せたあの疲れているような、悲しいものであった。

 

「…無理言ってるのは分かってる。でもここで折れてくれねぇと、あたしらがあんたらを守りきれねぇ。」

 

 何事も命あっての物種だろ?とクリスは女性にそう言ったが、女性は教会を見つめたまま動かず、やがて消え入りそうな声でクリスに問い掛ける。

 

「思い出のある場所に居る事は、いけない事なの?」

 

 子供達の寝息にかき消されてしまいそうな、そんな小さく…そしてこれ以上なく疲れきった悲しさを秘めたその言葉。

 

「…ここに居たら、その思い出も無くなっちまうぞ。」

 

 我ながらよく聞き取れたと思いながら、クリスは女性に再度条件を呑んでもらう為に少々強気な言葉を放つ。

 それに対し女性は変わらず、寂しげに教会を見つめたままであった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 昼から夕方、そして夜へと差し掛かった逢魔が時、村へと戻っていたクリスの下へ公務を終えたアルフォンソが駆け寄った。

 目的は明日の夜の提案を教会に居る彼女達が受け入れてくれたかどうか。

 

「クリス殿、どうだった?」

「あぁ…渋っちゃいたが、何とか呑んでくれたよ。」

「そうか…ありがとう、よく説得してくれた。」

「あたししか面識ねぇんだから当たり前だろ?」

 

 望んでいた返答が返ってきた事に安堵するアルフォンソ。

 するとクリスがホラーに関する事でアルフォンソにとある質問をする。

 

「…で、どうやって奴さんを見つけるんだ?まだどこに居るのかも分かってないんだろ?」

「心配ない。番犬所に事前に連絡をして、餌を用意してある。」

 

 そう言うとアルフォンソは懐から小瓶を1つ取り出した。

 中には赤黒い滑りのある液体が入っており、正直見ててあまり心地の良いものではない。

 

「これは魔戒騎士によって斬られたホラーの返り血を集めたものだ、この返り血を浴びた肉はホラーにとって最高の美味となる…今回はこれを使って目的のホラーを誘き出そうと思っている。ただ…。」

 

 そこまで説明して、何故か急に言葉を渋るアルフォンソ。

 何故言葉を渋る必要があるのか分からず、何だよと問い詰めると、アルフォンソは昼間の公務の最中に村人達から聞いたと言って話の続きを口にした。

 

「あの教会…今でこそ託児所として使われているが、あそこに教会があると知ったのは村の者達もつい最近の事らしい。」

 

 そこから先のアルフォンソの話を纏めると、何でも2~3ヵ月程前にあの修道女の女性が突然村にやって来たらしく、託児所としての話を申し出たらしい。当時子供達の預け先に困っていた村人達は彼女の人当たりの良さもあってその件を了承したそうだが…。

 

「おかしいと思わないか?」

 

 どうやらアルフォンソはそこに疑問を感じたそうだ。

 特にそういった箇所が見当たらなかったクリスはアルフォンソの問いに首を傾げる事で答えると、アルフォンソは自らが疑問に思った事をクリスに説明し始めた。

 

「確かにあそこは森の中でもあるし村から離れてはいるが、それでも歩いて行けない距離ではない。そんな場所にあるあの教会をどうして村人達は今まで知る事が無かったのか…。」

 

 現に村の者達もあの辺りは何度も歩いた事はあるが、あんな教会なぞ見た事は無いと言っていたらしい。

 そして彼女が初めて村へとやって来た日は、今自分達が追っているホラーが最後に姿を消した日から幾日も経っていないらしい…。

 その言い回しで、彼が何を言いたいのかは十分理解した。

 

「確証は無い、だがそういった可能性は十分にある…。」

 

 要は疑っているのだ、彼女達を。

 現にそれだけの理由は十分揃っている。

 だが…疑いたくないと思っている自分が居る。

 子供達に慕われ、敬愛する神父の意思を継ぎ、しかし1人で抱え込みすぎて悩み、疲れ、必要以上の悲しみを纏う…そんなありきたりな馬鹿をしている彼女がホラーなど、そんな事はありえない。

 ただの偶然だろうと片付けたい、そう願っている自分が居る…。

 

「何あんたが迷ってんだよ、あんたがシャキッとしないとこっちも動けねぇよ。」

 

 しかし迷ってしまってはお仕舞いだ。

 たとえほんの一瞬でも、ホラーはその迷いを見逃さない。

 そこにつけ込み、自らの虜とする…アルフォンソから、そして仲間()から聞いた話で、それはよく心に刻みつけてある。

 

「…すまない、私もその者達の事を疑いたくはないからな…。」

 

 アルフォンソもアルフォンソだ。

 彼の方がホラーに関して熟知している筈なのにこうも迷いを見せるのは、きっと彼女達と親しくしている自分を思っての事なのだろう。

 申し訳ないが、それは余計なお世話というもの。

 自分は、彼女(あの馬鹿)とは違うのだ。

 そう彼と話をしながら歩いていると、クリスは村の入口の方が何やら騒がしい事に気付く。

 よく見ると、村人と警備の兵士達の間で揉め事が起きているみたいだ。

 

「おい…何か揉めてんぞあそこ、良いのか?」

「良くないな…すみません、何かあったのですか?」

 

 アルフォンソもその状況を確認し、仲裁の為に喧騒の輪の中へ入っていった。

 クリスは面倒事は避けたいとその場で事が収まるのを待つ事に。

 すると意外にも彼はすぐにこちらの方へと戻ってきた。

 いや…あの思わしくない表情とわざわざ走り寄ってくるその姿は、問題を解決して戻ってきたというわけではなさそうだ。

 

「クリス殿、どうやら村の子供達がまだあの教会から帰ってきていないそうだ。いつもならもうこの時間帯には彼女が子供達を連れて村へと来ているらしいが…。」

 

 やがて戻ってきたアルフォンソのその言葉を聞いたクリスは思わず教会のある森の方へ視線を向ける。

 しかしここから見た限りでは何か変化が見られる訳ではない。

 それでも、胸騒ぎは収まらない。

 2人が駆け出したのは、ほぼ同時であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 村から走り、教会の見える範囲まで近付いた2人。

 道中は何事もなく、それが却って不安を煽る。

 彼女達とすれ違わなかった、かといって何者かに襲われた形跡も無し。

 ならばまだ教会に居るのが妥当な考えなのだろうが、それにしては1つ気になる事が。

 

「…やけに静かだな。」

 

 そう…今目の前にあるあの教会からは、見える限り全ての明かりが消灯され、人の気配というものが全く感じられないのだ。

 まさかこの時間帯に就寝…は昨日見た限りでは無いだろう。

 ならば彼女達は今一体何を…と考えていると、不意にどこからか鼻につく匂いが漂ってきた。

 何の匂いだとよく嗅いでみるも、漂ってくるその匂いは嗅いでいてあまり心地の良いものではなく、思わず眉間に皺が寄ってしまう。

 しかしこの匂い、どこかで嗅いだ事がある。

 

 行き付けのファミレスのメニュー?

 

 ―んな訳ねぇだろ、と。

 

 妥当に考えてこの辺り独特の匂いというものだろうか?

 

 ―まさか、昼間に来た時はこんな匂いしてなかった。

 

 じゃあこいつ(アルフォンソ)の匂いか?

 

 ―いや違う、こいつは地味に良い匂いするんだ。

 

 段々話の焦点がずれている事に気付いたクリスは何を馬鹿な事を考えているんだと頭を振る。

 それがクリスを現実へと戻した、戻してしまった。

 

「(違ぇよ…そうだよ、何馬鹿な事を…!)」

 

 そう…この匂い、やはり嗅いだ事がある。

 本当はすぐに気付いていたのだ、しかしクリスの心がそれを認めたくないと否定した。

 そう気付いた時にはクリスは既に駆け出していた。

 教会の扉の取っ手に手を掛け、思いっきり引く。

 扉はクリスの強行に意外にもすんなりと応え、何の抵抗も無しに勢いよく開く。

 そこに広がっていた光景は…不覚にも芸術的だと、そう思ってしまった。

 そう思ってしまう程に現実離れした、地獄絵図であった。

 外は今なお宵闇へと包まれていっているというのにステンドグラスからは光が漏れ、教会の内部を妖しく照らす。

 まず目に付いたのは、祭壇へと続く通路に転がる無数の物体。

 形はそれぞれ歪…中にはまるで()()()()()()()()()()()()のような形をしたものも。

 そして村でアルフォンソが見せた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その物体が放つ異臭は、先程クリスが教会の外で嗅いだあの匂いと同じ。

 その数、およそ1()1()()

 

「これはっ…!?」

 

 遅れて着いたアルフォンソが漏らした声に気付くと同時に、クリスは自分の視界がぼやけている事にも同時に気付く。

 そのまま視線を上げると、祭壇の前にあの修道女の女性が居た。

 彼女は祭壇の前で普段神に祈りを捧げているのと同じように膝を付き、胸の前で手を組んでいる。

 違いがあるとすれば、祈りを捧げる為に閉じるであろう視線を上げている事であろうか。

 そしその視線の先に居たのは…。

 

「てめぇが…っ…!!」

 

 クリスの頬を熱い水粒が伝う。

 そこに居たのは、正しく神であった。

 しかし神は神でも、それは人が求める神に在らず。

 目も鼻も無い剥き出しの骸骨の頭部に、皮の無い隆々とした筋骨を見せるその神は、死神そのものであった。

 そしてその死神…ホラーの前にある祭壇の上には1つの命が。

 祭壇の上で横たわるその命は、クリスを遊びに誘ったあの少女…。

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!」

 

 そこでアルフォンソが動いた。

 鞘から剣を引き抜き、祭壇や女性を飛び越してホラーへと斬り掛かる。

 アルフォンソの存在に気付いたホラーは彼が振り下ろす剣を手で受け止めるや否やその背中から骨張った翼を生やし、彼の剣を掴んだままステンドグラスを破って彼共々教会の外へと出ていってしまった。

 ステンドグラスが割れる耳障りな音に暫し気を取られていたクリスだったが、やがて女性や少女の安否を確認する為、11の亡骸が転がる通路を駆ける。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 転がるそれを踏まないよう進んだ為、辿り着くまでにまたしても時間が掛かってしまったと焦るクリス。

 落ち着け、落ち着けよと逸る自らの心を何とか嗜めながら、クリスはまず祭壇の上に居る少女を降ろし、その胸元に耳を当てる。

 外からアルフォンソとホラーが鬩ぎ合う音が教会の中に響き、クリスが求める答えを妨害する。

 

「クソったれが…!!」

 

 思わず悪態を吐くクリスであったが、クリスが少女から耳を離したその時、少女はうなされているような声を発しながら軽く身動ぎをした。

 

「…生きてる。」

 

 彼女は生きている、そう確信したクリスの頬にまたも熱い水粒が伝う。

 このまま目尻に溜まる想いを吐露したい…だがクリスにはそれは出来なかった。

 

「あんた…さっき何してた…?」

 

 クリスはゆっくりと背後へ振り返る。

 未だ膝を付き、しかし祈りを捧げていた時とは違い項垂れている女性は、クリスの問いにはこたえない。

 

「あたしには…あんたがこの子をあの化物に捧げているようにしか見えなかった…!」

 

 悪魔へと捧げる、生贄の儀式。

 どこかの美術館で見たような、そんな光景が広がっていたからこそ、あの時クリスはすぐに動く事が出来なかったのだ。

 これは現実ではない、絵画をそのまま抜き出したのだと、そう感じさせる程に完璧な図であった。

 そう感じさせる程に完璧な儀式が目の前にあったのだ。

 

「あんた…一体何してたんだよ!?」

 

 頼むから嘘だと言ってくれ、たった1つの間違いくらいあっても良いじゃないか。

 そう目の前の神の代行者に縋るクリスの想いは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうしないと…殺されるから…。」

 

 尽く、打ち砕かれた。

 

「だって、こうしないとあの人が怒って…殺されるから…私…私…っ…!!」

「あの人って…まさか…!?」

 

 女性の言うあの人…クリスがその正体に気付いた瞬間、激しい音と共に何かが教会の天井を破って落ちてきた。

 

「くっ…!!」

 

 落ちてきたものの正体はアルフォンソであった。

 見ると彼の服は所々破け、彼自身頬に真新しい傷跡が。

 彼は剣を支えに再び立ち上がると、ステンドグラスの方目掛け剣を構える。

 そこには既に雄々しく翼を広げ、悠然とこちらを見下ろす死神の姿が。

 

「…上等。」

 

 クリスは一度顔を伏せると少女を抱え、女性の手を引き教会の入口の方へと踵を返す。

 

「クリス殿…。」

「…分かってる。」

 

 背を向けたままアルフォンソに応えるクリス。

 その声色はいつもの彼女と変わらない。

 

「こんな馬鹿げた茶番は…。」

 

 だがそう言って振り向いたクリスの瞳は…。

 

「とっとと終わらせるぞ…!!」

 

 隠しきれない程の激情を宿していた。

 そのまま数秒両者の間に沈黙が訪れたが、やがてクリスは踵を返し、2人を連れて教会の外へと出ていった。

 それを見送ったアルフォンソは目を閉じ、彼女の宿していた想いを深く心に刻み込むと、改めてホラーへと向き直る。

 

「尊く、清らかで…そして神聖なる心を誑し、未来ある命を奪い続けた貴様の暴虐、私達が断じて許さん!!」

 

 ホラーへと向き直ったアルフォンソは魔戒剣を空へと掲げ円を描く。

 レオンのそれよりも大きく描かれた円は濃紫の光を放ち、円の内側がひび割れると同時に辺りに地響きが起こる。

 それは光の輪より現れし騎士の鎧が起こしたもの。

 圧倒的な重厚感を放つその姿は、さながら1つの城壁。

 しかし彼の体型に合わせられた鎧は同時に軽やかな印象を見る者に与える。

 何処へでも速く駆け抜け、決して退く事なくそこにある命を守りきる。

 まさに彼の掲げる理想…“この国をホラーの魔の手から守りきる”という意思を体現したその鎧は、アルフォンソが師より受け継いだ誇り高き志と魂の権化。

 そんな彼に与えられし称号…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その名は堅陣騎士(STRONGHOLDKNIGHT) ガイア”(GAIA)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここに居ろ。」

 

 教会の中から再び両者が鬩ぎあう音が響く中、2人を連れて外へと出たクリスは適当な木陰に2人を置くと、再び教会へ向けて歩みを進めようとする。

 しかしその歩みは女性が服の裾を掴んだ事により阻まれる。

 

「何をする気なの…?」

 

 絞り出したかのようなその声は、他にクリスを留める言葉が見つからなかったからだろうか。

 何れにせよ、その質問はナンセンスだとクリスは裾を掴む彼女の手を払い再び歩き出す。

 

「やめて…あの人には手を出さないで!!」

 

 やはりそう言うかと、クリスは内心乾いた笑みを浮かべた。

 到底受け入れられないとしても、そう言葉に出さずにはいられない。

 どれだけ道を踏み外した者でも、それは変わらないのだと。

 しかしその願いは、やはり聞き入れられない。

 

 

 

 

 

 ―Killter “ICHAIVAL” tron…♪―

 

 

 

 

 

 

 そして歌を口ずさむ。

 その歌に応えたギアが形となり、彼女の身に纏われていく。

 

「あたしがやる事はただ1つ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんたを縛る枷を外す事だけだ…!!」

 

 

 

 

 

 穿て、百魔を滅する聖祈の弓…ICHAIVAL(イチイバル)

 

 

 

 

 

 ―何でなんだろ?心がグシャグシャだったのに…差し伸ばされた温もりは、嫌じゃなかった…。―

 

 まだ何かを言おうとしていた女性を置いて、クリスは歩き出す。

 その瞳に未だ宿る想いとは裏腹に、彼女の歌声はとても静かで、落ち着いていた。

 

 ―こんなに…こんなに…こんなに、溢れ満ちて行く…。―

 

 やがて立ち止まったクリスの纏う武装が形を変える。

 両手の弓矢はガトリングへ。

 腰部のユニットは大小様々な形のミサイルへ。

 全ての武装を展開したクリスはその身を大きく構え…。

 

 ―光が…力が…魂を…。―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ放せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

《MEGA DETH QUARTET》

 

 吼える、吼える。

 ありったけの想いを込めて、クリスは歌う。

 

 ―激唱、制裁、鼓動、全部!!―

 

 放たれた鉛玉が、爆炎が、教会を壊す。

 跡形もなく、粉々に…。

 その様子を目の前で見せられている女性の心は、グチャグチャに混乱していた。

 何をしている?

 何の冗談だ?

 何故彼女はあの教会を壊している?

 自分達の…彼との想い出が詰まったあの教会を、何故?

 自らを縛る枷を外すと言った彼女の行いは一体何だ?

 

 ―暴虐にして非道。

 

 これは赦されるべき行いか?

 

 ―否、断じて否。

 

 ならば自分は何をすべきだ?

 

 ―やめろ、壊すな、彼との思い出を傷付けるな!!

 

 女性もまた、クリスと同じ様にその想いを形にして吼えようとした。

 

「空を見ろ!」

 

 しかし彼女の歌につられてしまい、女性は声を上げるよりも先に空を見上げてしまう。

 そこには変わり果ててしまった愛する悪魔と、濃紫の鎧を纏う聖なる騎士の姿が。

 

「零さない!」

 

 

 

 

 

 

 そしてその中へと向かって跳んでいくクリスの姿が…。

 

 

 

 

 

 

「見つけたんだから!!」

 

 

 

 

 

 今は忌み嫌うものとなってしまった、天使のように見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ―嗚呼、2度と、2度と迷わない!叶えるべき夢を!轟け全霊の想い!断罪の鎮魂歌(レクイエム)…!―

 

 ホラーがその目や翼から無数の赤い光線をアルフォンソ目掛けて放つ。

 彼は臆する事なくそれを躱し、斬り伏せ、空を駆ける。

 

 ―歪んだFAKEを千切る、My song!未来の歌…!やっと見えたと、気付けたんだ…!―

 

 クリスも彼に続きホラーへと向かっていき、再び弓矢へと変えた武装の狙いをホラーへと向ける。

 それは聖戦であった。

 聖なる天使と騎士が悪い悪魔を討ち倒す…まだ自分が幼かったあの頃、神父が語った物語。

 そんなありきたりな物語が好きだった。

 あの人が…あの人の傍に居て、語られる物語が好きだった。

 

「何で…?何でこうなっちゃったの…?」

 

 しかし今討ち倒されんとする悪魔は、大好きだったあの神父。

 神に仕え、誰よりも慈悲深く、皆の幸せを願っていた彼が、物語の悪となっている。

 

「私が悪いの…?あの人がああなったのも、今こうなっちゃってるのも…?」

 

 何故こうなってしまったのだろう?

 何故彼はあんな姿になってしまったのだろう?

 思い出そうとしても何も思い出せず、しかしはっきりと覚えているのは、あの時刻み込まれた恐怖と、それでも彼と共にあらんと心に決めた事。

 たとえ彼が、忌み嫌っていた悪魔と成ってしまったとしても…。

 

 ―嗚呼…涙を越えた明日には、何が待ってるんだろう…?―

 

 クリスの歌声が耳に届く。

 それと同時に彼女と交わした言葉の数々が思い起こされていく。

 見ず知らずの自分に構い、何気なく話した事でさえ真摯に受け止め、その為に戦う。

 彼女の姿は、まさにあの日あの時の神父の姿と同じだった。

 

 ―消えてた歯車がぐっと動き出す、煌めいて…。―

 

 自分が目指し、そして共にあらんとした理想の姿。

 どこで間違えたのだろう?

 何を間違えたのだろう?

 今一度己に問い掛けるも、やはり答えは出ない。

 

「教えてよ…誰か教えてよ!!ねぇ!!」

 

 その答えを教えてくれる者も、また居ない。

 しかし彼女の悲痛な叫びは、確かにクリスとアルフォンソの胸の内に響いていた。

 

 ―嗚呼ッ!!繋いだ手だけが紡ぐ、何かへの為には!!―

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 クリスの放った小型のミサイルが空を覆う。

 それを足場とし、アルフォンソはホラーへ猛然と斬り掛かる。

 ホラーもまた両手の爪でアルフォンソの剣と打ち合うも、それは単なる時間稼ぎ。

 

《GIGA ZEPPELIN》

 

 遥か上空から舞い降りた水晶の矢がミサイルを貫き、ホラーの周囲で爆発する。

 黒煙が辺りを覆い視界が悪くなると、ホラーは黒煙の中からの奇襲を想定したのか直ぐ様上空へ飛び立つ。

 しかしそこには既にその思考を読んで大剣を構えるアルフォンソの姿が。

 

 ―繋いだ手を離さずに、行かなくちゃ分からない!!―

 

 突き出された魔戒剣は、あと少しの所でホラーの手によって阻まれる。

 

「まだだぁっ!!」

 

 しかしアルフォンソは一度剣を手放すと直ぐ様体勢を変え、柄尻を蹴り込む。

 たった一度ではない、二度、三度と…彼の猛攻は止まらない。

 そして剣を止めるのに必死となっていたホラーは気付かなかった。

 背後に迫るもう1つの影に。

 

 ―歪んだFAKEを千切る、My song!!未来の歌…!!―

 

 ホラーの背後へと回ったクリスはくるりの身を翻し、そのままホラーの首もとへ回し蹴りを決め込む。

 完全な意識外からの一撃は、怒濤の攻めを見せるアルフォンソの剣を受け止めるホラーの力を弱めるには十分であり…。

 

 ―やっと見えたと、気付けたんだ…!―

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 楔を解かれた魔戒の剣が、ホラーを貫く。

 己が身を貫かれたホラーが2人へと伸ばすその腕は最後の足掻きか、それとも救いを求める何かか…。

 何れにしろ、2人の答えは揺るがない。

 

 ―きっと…届くさ…。―

 

《QUEEN's ABYSS》

 

 クリスの放った閃光がホラーの頭蓋を穿つ。

 思考を、肉体を、そして想う心を失ったホラーの存在は地へと堕ちていく中で黒い霧となって消えていき…。

 

「きっと…。」

 

 2人が地上へと降り空を見上げる頃には、その存在は跡形もなく散っていた。

 その様子は修道女の女性も見ており、彼女は散っていった霧の行方を暫し見詰めていたが、やがてがくりと力無く項垂れると、自らの舌を歯の間に挟み、そのまま口元に力を込める。

 しかしそこから先は突然頬を襲った痛みによって遮られる。

 

「それだけはするんじゃねぇ…!!」

 

 いつの間にか側に居たクリスが頬を叩いたのだ。

 女性の口元から血が流れる。

 その苦い味が自分で自分を表しているのだと思ってしまい、女性の瞳から止め処もない涙が溢れる。

 

「じゃあどうしろっていうのよ!?あの人も居ない…あの人が教えてくれた道ももうない…1人ぼっちになっちゃった私に何が出来るの!?どうすれば良かったの!?これからどうやって生きてけって言うのよ!?」

 

 先には答えてくれなかった問いを再び投げ掛ける女性。

 神も捨てた、悪魔も居ない、進むべき道を教えてくれたあの人も、もう居ない…。

 ならば目の前の憧れに縋るしかないと、そんな女性の悲しい想いを受け止めてやりたい。

 

「…そうだな、あんたは全部を無くしちまったかもしれない。けどな…。」

 

 しかし彼女は縋る相手を間違えている。

 彼女の全てを奪ったのは、他ならぬ自分だ。

 そんな自分が彼女を導く神になぞ、成りえはしない。

 それに…。

 

「あんたは1人じゃないだろ…?」

 

 クリスは女性の横を通り過ぎ、少し離れた所で膝を付く。

 そんなクリスの目の前に居るのは、今も眠りに就いているあの少女。

 少女の姿を見た女性はそれで全てを察したのだろう、その場でうずくまり、ただただ嗚咽を流す。

 月明かりが下界を照らす夜の始め。

 慈悲深き神々が見守る中、悪魔の討滅はここに終わりを告げた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 翌日、アルフォンソ達は本来よりも1日早く村を発った。

 予定していたホラーの討滅を終えた今、長居は無用だと判断したからだ。

 クリスは旅立ちの時と同じようにアルフォンソの腕の中で馬に揺られているが、その顔は旅立ちの時とは違い赤くは染まっていない。

 しかしそれは決してこの乗り方に慣れたから、という訳ではない。

 

「これで良かったのかと、そう思っているのだな?」

 

 アルフォンソが問い掛けるも、クリスは返事を返さない。

 あの後女性と少女の2人は保護という形で村へと連れ帰った。

 だが当然村人達にその様子を見られてしまい、追究される事となった。

 

「…こう言うのは守りし者として失格なのだろうが、クリス殿は私達とは違う。思い残しがあれば、引き返す事も出来るぞ?」

 

 簡潔に事実を告げ、しかし彼女達が悪いようにならないよう言い回したが、愛する我が子を失った家族の想いはあれだけでは治まらないだろう。

 きっとまた彼女達に事実の追究をするに違いない。

 その時彼女達はどのように答えるのか?

 いや…どのように答えたとして、村人達の想いがそれで治まるのであろうか?

 

「…いや、いいさ。」

 

 彼女達にはこれからも生きていてほしい。

 罪を背負って、償って…そんな大層な事は望まない。

 ただただ、生きていてほしい。

 そう願ったからこそ、クリスはあの時彼女の問いに答えなかったのだ。

 

「あたしはあいつらの神様なんかじゃないからな。」

 

 彼女が縋るべき存在は、もうこの世に居ない。

 それもそうだろう、彼女はもう縋られる存在なのだ。

 職業的に?

 それとも経験的に?

 いや違う…どれだけ本人が拒んだとしても、彼女の本心がそう望んでいるからだ。

 愛する人が悪魔となり、殺されるかもしれない恐怖に怯え、そんな中で子供達と向き合う彼女の心は、酷く疲れ果てていた。

 しかし子供達と向き合っていた彼女の姿は、たとえホラーに殺されまいと必死に繕っていたものだったとしても、クリスの目には紛れもなく彼女自身が成りたがっていたと言っていたその姿だと感じたのだ。

 それに気付いてほしい、そしてその姿を誰かに受け継いでほしい。

 例えばそう、あの少女に…。

 

「信じるだけさ、人の心の温かさってもんをよ…。」

 

 目を閉じ、清清しい様で語るクリスを、思考の放棄だと…無責任の権化だと、世の誰かは罵るだろうか?

 

「…強いのだな、クリス殿は。」

 

 例えそうだと言われようとも、彼女はこの道を変えるつもりはないのだろう。

 たった17年しか生きていない少女が抱えるには複雑で重たいその志しを、少なくとも彼は否定をする気は無かった。

 

「…さーてと、辛気臭ぇのはここまでだ。もう帰るんだろ?」

「そうだな、途中他の村へと立ち寄ってからだが…あと2日で終わる予定だ。」

「へいへい、となると後はあいつらの問題か…。」

「そういえばシラベ殿やキリカ殿に何か頼んでいたな。確か…ツーシンキ?とやらだったか…?」

「そうそう、そいつを調整して向こうの奴等と連絡を取れれば…。」

「元の場所へ帰れる、という事だな?」

 

 そういう事だと笑う彼女の姿は、やはり年頃の娘らしいものだ。

 アルフォンソの表情も笑顔に溢れる反面、心には少しだけ痛いものが突き刺さる。

 彼女のような者があんな想いを抱え込む事なく普通の日々を暮らせる、そんな優しい世界…。

 

「まぁ分かりやすく取説も付いてんだ、帰る頃には完成してんだろうよ。」

「そうか…何だか寂しくなるな。」

「お、おいよせよ、何でそんな事…!あ~もうっ!!ほんっとあんたとは調子狂うな!!大体そんな長い時間一緒に居ないだろうに何長年の付き合いみたいな事…!!」

 

 それを為すにはまだまだ遠い現実だと、アルフォンソは腕の中で暴れる清き心にそう懺悔した…。

 

 

 

 

 




・今回のホラー

→「どうやら今回のホラーは珍しく憑依された奴の陰我で人間界に来た訳ではないそうだ。何でも側に居た若い女がそいつに向けていた愛情が陰我となってホラーを呼び寄せちまったとか…。それ以来ゲートにもなった教会を魔術で移動させながら辺境の村を襲っていたらしい。他者へ贈る幸福でさえ闇に堕ち入る原因になるとは…全く、人間ってのはつくづく生き辛い奴等だよな。まぁ、そこが人間様の魅力ってやつなんだろうが…おっと、またこんな所に紙が…『今回のホラーは特に名前を決めていません…っていうか思い付かなかった(焦)モチーフは《GANTZ》より《ぬらりひょん 第九形態》です。』…よくは分からんが、果敢な挑戦をしたという事だけははっきりと分かるぜ。」


・アルフォンソは良い匂い

→シリアルな空気にしたかっただけのネタだ、気 に す る な 。


・子供達の数って意味あったの?

→特に無い、気 に す る(以下略)


・いつの間にか直ってる魔戒剣

→8話でガルムに渡して今回返り血貰った時に一緒に受け取ったと思ってください。
え?期間が短すぎる?気 に す(以下略)


・堅陣騎士の綴り

→捻りの無いただの英語変換だ、気 に(以下略)


・繋いだ手だけが紡ぐもの

→歌わせたかっただけだ、気(以下略)


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第10話「女神-ZABABA-」前編

「仮面ライダージオウ」40話感想

想像以上にエグいもんを見た。



「どひぇ~~~疲れたぁ~~~…。」

「全然分かんないデ~~~ス…。」

 

 アルフォンソとクリスが遠征へ向かった2日目の夕方、響達はレオン引率の下、あのワームホールのあるヴァリアンテ郊外の遺跡から帰っている最中であった。

 その中でも響と切歌が肩を落としながら盛大な溜息を吐く。

 というのも、実はクリス達がワームホールに突入する際に仲間であるエルフナインからあるものを渡されていたのだ。

 それが彼女特製の通信機器であり、何でもワームホールの歪な電波障害を克服する為にギアから発せられている特殊な信号を直にキャッチしてうんたらかんたら…と言っていたので、無事にワームホールを抜けたらそれの調整をするよう頼まれていたのだ。

 ご丁寧に説明書も付いており、クリス曰く猿でも分かるとの事だったのだが…。

 

「やっぱり響さんじゃなくてクリス先輩に残ってもらった方が良かったかも…。」

「調ちゃんが地味に私を苛めてくる!?」

 

 結果としては何1つ解決していない。

 猿でも分かると言われた説明書があったにも関わらずだ。

 機械の類をまるで知らぬレオンなら話は別だが、これでは自分達は猿以下かと響は調の言葉に鋭く反応する。

 ちなみに今一行の中にアンジェの姿は無い。

 皆で番犬所へと向かったあの日、やる事があると言ってそのまま一行の下を離れてしまったのだ。

 後にヒメナに聞いた所、ヴァリアンテからも少し離れると言っていたらしく、自分達が宿に帰った時には既に宿代も払って行ってしまっていた。

 魔戒法師として聡明な彼女が居ればもしかしたら話は別だったのかもしれないが、無いものねだりをしてもしょうがない。

 

「でも何とかなるデスよ、きっと!」

「そうそう、諦めない事が肝心だよね!」

「前向きと言うか、何と言うか…。」

 

 なお、クリスには自分が帰ってくるまでに終わらせておけと言われている。

 このままではクリスにどんなどやされ方をされるか分からない。

 100%中0%進行しているのこの状況から果たしてどう巻き返せるのか、調の胸中は穏やかではない。

 

「それよりも早く宿に帰らないといけないデス!皆ダッシュデスよ!」

 

 そんな相方の考えなぞ露知らず、切歌は突然はっと何か思い出したかのように1人先立って行ってしまう。

 

「わっ、元気だね切歌ちゃん。でもそんなに急ぐ用事なんてあったっけ?」

 

 響はそんな切歌の姿を微笑ましく見ながらも、彼女を急かす理由に心当たりが無いと首を傾げる。

 すると調が何故か呆れたような様子で響に心当たりのある事を話す。

 

「多分、“あれ”じゃないかと…。」

「“あれ”?…あ、“あれ”かぁ…。」

 

 調に“あれ”と言われた響はそう聞いて納得した表情を見せる。

 レオンもそれを聞いて納得したような、しかしどこか困ったような表情を浮かべた。

 調の語る“あれ”…それは切歌達がヒメナの宿に世話になる為に挨拶をしに行った時まで話は遡る。

 

「ただいまでーす。」

 

 あの日初めてルイス一家と顔を合わせたクリス達。

 その際に切歌が“あるもの”を見て以来、すっかり虜になってしまったものがあったのだ。

 その“あるもの”とは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロベルト~~~~~♡」

 

 玄関を開けた先、そこにはロベルトを抱き抱えて猫撫で声を発する切歌の姿が。

 

「あぁ、やっぱり…。」

「んぅ~~~ロベルト可愛いデス~~~スリスリしたくなっちゃうデスゥ~~~~~♡」

「お、お姉ちゃん…。」

 

 そう、切歌が虜になってしまったのはレオンの実弟でありルイス一家の末っ子、ロベルト・ルイスだったのだ。

 

「…駄目デス、我慢できないデス!スリスリするデス!スリスリ~~~~~♡」

「お姉ちゃん苦しい…!」

「ロベルトのほっぺ柔らかいデス~~~~~♡スリスリ~~~スリスリ~~~デ~~~~~ス♡」

 

 初日の時点でやけにロベルトの方を見ながらそわそわしていた彼女だったが、昨日の朝にはもうこの状態であったのだ。

 

「切ちゃん、ロベルトが苦しそう。」

「はっ!アタシとした事がついうっかり…大丈夫デスかロベルト!?」

「う、うん…。」

 

 暴走状態であった切歌を嗜めると、彼女はこれはまずいとロベルトを腕から降ろして安否を気遣う。

 昨日の朝から振り回されっぱなしで正直大丈夫ではないが、こうして気遣ってくれる彼女の気持ちを無下には出来ない。

 そんな年不相応な考えを持ちながらロベルトは切歌に大丈夫だと伝える。

 流石に彼女もこれ以上は振り回す事はしないであろう、そう願いながら。

 しかし考えてみてほしい。

 ロベルトは切歌でも抱えられる程まだ幼い年齢であり、その容姿は男子であれど年相応に可愛らしく、まるで人形のよう。

 それでもって性格は大人しくて優しい良い子であり、そんな彼が涙目になりながらもこちらに心配を掛けまいと気丈に振る舞おうとしているのだ。

 

 

 

 

 

「…やっぱりロベルト可愛いデス~~~~~♡」

「わあぁぁぁぁぁ誰か助けてぇぇぇぇぇ…!!」

 

 

 

 

 

 …それで彼女のスイッチが入らない訳が無く、ロベルトは自身の誤った選択を後悔して今度こそ本当に泣きながら再び彼女に振り回される羽目となった。

 

「おかえりなさい、皆。」

「ヒメナさん!ただいまです!」

 

 そこでヒメナが宿の外から顔を出してきた。

 どうやらご近所さんと世間話をしていたようで、彼女は切歌とロベルトの様子を見ると、あらあらと微笑みを浮かべる。

 

「すみません、切ちゃんが…。」

「良いのよ。ロベルトの事を好いてくれて、私は嬉しいわ。」

「その好い方に問題があると思うんですが…。」

 

 調はヒメナに相方が失礼をしていると謝罪する。

 現にその相方は今レオンからやりすぎだと軽く手刀を喰らって悶えている最中だ。

 すると今まで状況を見守っていた響がヒメナに今夜の夕食について問い掛けた。

 

「ヒメナさん、これからお夕飯作るんですよね?」

「えぇ、また手伝ってもらえる?」

「はい、任せてください!」

 

 大方腹の中の獣が騒ぎだしそうで我慢ならなかったのだろう、ヒメナの答えを聞いた響は腕を捲って元気よく返事を返す。

 すると今度は調がヒメナの服の裾を引っ張りながら彼女に話し掛けた。

 

「ヒメナさん…。」

「えぇ、シラベちゃんも勿論。昨日と同じようにやれば良いのよね?」

「はい、ヒメナさんにお任せします。」

 

 調の表情がぱっと明るくなる。

 そうして3人は揃って台所へと向かうと…。

 

「それじゃあ、今日も料理教室を始めましょうか。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

 ヒメナを講師とした小さな料理教室が開催された。

 だが当の本人は照れくさそうに顔を赤らめているが。

 

「と言っても、教えられる程の腕は持っていないんだけれどね…。」

「そんな事ありません、ヒメナさんの料理はとても美味しいから…。」

 

 2日前、初めてヒメナの料理を食べた調は衝撃を受けた。

 こう言うのは失礼ではあるが、料理のメニュー自体は目新しいものではないし、使っている食材に関しては普段自分がスーパーで買うものよりも品が悪い物まで見受けられた。

 しかし彼女が一度その腕を振るえばあら不思議。

 何だこの美味しさは?

 何だこの料理から溢れ出る暖かさは?

 ただ料理を作るだけでは成し得られない、調にとって未知の境地がそこにあったのだ。

 成程、あの猛獣(立花 響)の胃袋を掴める訳だ…そう思った時には既に彼女に料理を教えてほしいと志願していた自分がいた。

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。それじゃあ始めましょうか。」

「はい。」

「私もアシスタントとしてお手伝いしますよ!」

「えぇ勿論、よろしくね。」

 

 知りたい、彼女の料理の秘訣を…。

 そしてそれを生かしたい、自身が料理を振る舞う人に向けて…。

 真の“おさんどん”を目指す為、今日も調の特訓が始まった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「さぁ~て夕飯も食べ終えた所で、そろそろ本当に暇になっちゃったデスねぇ…。」

「響さんやレオンさんも行っちゃったし…。」

 

 切歌と調の2人は現在リビングの椅子に身を任せ、暇をもて余していた。

 調達3人が作った絶品料理を堪能した一同は揃って思い思いの時間を過ごそうとしたのだが、いつの間にか机の上に置かれていた赤い封筒がそれを阻んだ。

 番犬所からの指令書…書かれていたのはやはりホラー討滅の指令であった。

 内容は、サンタ・バルドの外れにホラーの集団が現れたのでこれを討滅するように、との事。

 それを見たレオンの表情がいつもより一層険しくなったのは、少しばかり時間が経った今でもはっきり覚えている。(主に恐いという意味で)

 曰く指令自体は当然受けるとの事だが、現在このサンタ・バルドを守る騎士はレオンただ1人。

 魔戒騎士の絶対数が少ないこのご時世では1人の魔戒騎士が複数のホラーを相手取る事も決して珍しくなく、特にここサンタ・バルドはそれが日常茶飯事だ。

 指令によると対象の集団は全て素体ホラーで構成されているとの事なので、黄金騎士である彼に掛かればさして時間は取られないであろうが、もしその間街中に別のホラーが現れてしまった場合、引き返すまでの間そのホラーを野放しにしてしまう事になり、それは絶対に避けなければならない。

 

――じゃあ、私達も一緒に行きますよ!ホラー退治!

 

 そう悩むレオンに響が提案したのが、誰か1人がサポート要員としてレオンと共に付いていき、残り2人にザルバを預けてここで待機する、というものであった。

 そうすれば指令の遂行も迅速に終わるであろうし、レオンが戻るまでの間ホラーの足止めも出来る。

 しかし彼は彼なりに思う所があったのかその意見に反対気味であったが、響の押しの強さに負けて渋々承諾した。

 ちなみにあの時のレオンの表情も未だにはっきりと覚えている。(主におかしいという意味で)

 紆余曲折の末満場一致の意見となった一同は話し合った結果、響がレオンと共に行く事となり、そんな2人はつい先程宿を出ていった所だ。

 ヒメナはヒメナで宿の方の仕事が残っているとの事で席を外しており、それも2人に手伝いをお願いする程でもない程度のものらしい。

 なので今2人が出来る事といったら、こうしてダラダラと暇をもて余す事ぐらい。

 

「後はロベルトと一緒に遊ぶ事ぐらいデスね、ロベルト~♡」

 

 そう言って切歌は自身の側に居たロベルトに抱き付こうとするが、それよりも早くロベルトが調の影に隠れた為未遂に終わる。

 

「なっ!?ロベルト逃げないでほしいデス!お姉ちゃん抱っこがしたいデス!」

「駄目だよ切ちゃん、ロベルトが怖がってる。」

ガーーーン!?アタシ…嫌われちゃったデスか…!?」

「それは…あれだけ振り回していれば…。」

ガガガーーーン!?そ、そんな…ロベルトに嫌われるだなんて…アタシはこれからどうすれば…!?」

「素直に謝れば良いんじy「ロベルトごめんなさいデス!!お願いデスからお姉ちゃんの事許してほしいデス!!」切ちゃん痛い!切ちゃん重い!」

 

 唯一無二の親友を足蹴にしてまでロベルトに許しを懇願する切歌。

 それに対しロベルトはそっぽを向いて一言だけで彼女の願いに答えた。

 

 

 

 

 

「…やだ。」

「ガガガガーーーン!?」

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた切歌はあからさまにショックを受けたと言わんばかりの仕草で椅子から転げ落ち、床へと膝を付く。

 

「もう駄目デス…ロベルトに嫌われたアタシは生きていけないデス…アタシの黒歴史がまた1ページ…。」

「何なんだこいつは…?」

「ピュアな子なの、切ちゃんは…。」

 

 そのまま俯いて明らかな絶望オーラを発しながらぶつくさと呟く切歌を見て、現在調の指に嵌まるザルバも、調本人も面倒な事になったと溜息を吐く。

 

「ど、どうしたのこの状況…?」

「あ、ヒメナさん…大丈夫です、ただの自業自得ですから。」

 

 そこでちょうどヒメナが仕事を終えて戻ってきたらしく、部屋の状況(主に切歌)を見て眉を潜めるも、調は特に気にする事はないとあっけらかんと答える。

 何せ漫画でしか使われないような効果音をわざわざ自分の口で言う位には余裕があるのだから、一々気にしていたらきりがない。

 そんな調の意思を汲み取ったのかは分からないが、ヒメナはそれ以上の詮索はせず、代わりに自分が持っている情報を彼女達に提供した。

 

「そうだ、皆ちょっとお出掛けしない?」

「お出掛けですか?」

「えぇ。ご近所さんから聞いた話なんだけど、この後広場の方で音楽団の演奏が行われるらしいのよ。折角だから一緒に聞きにいかない?」

 

 音楽団の演奏…暇潰しにはもってこいの話だ。

 切歌の機嫌直しにも持って来いであろう。

 

「ザルバ、平気かな?」

「すぐに動けるのなら問題はない。」

「そっか。分かりました、行きましょう。ほら切ちゃんも…。」

「ほっといてほしいデース…今のアタシはさながら地獄を彷徨う亡者の女(ゾンビーガール)デース…。」

「めんどくさいなぁ、もう…。」

 

 ホラーが動き出すまで、まだ時間はある。

 それまでの間なら大丈夫だろうと、調は未だ塞ぎ込む切歌の首根っこを掴んで引き摺り、ヒメナ達と共に宿を後にした…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「う~ん…ロベルトぉ~…。」

「まだ立ち直ってない…。」

 

 件の音楽団の演奏会場へ向かう一行。

 …で、あれから切歌は何とか自力で歩くようにはなったのだが、やはりどこか上の空。

 

「ロベルト、ちょっとだけで良いから切ちゃんと手を繋いでくれないかな?」

 

 流石にこれ以上は他の人にも迷惑になるだろうと、調はロベルトに手を繋ぐよう持ち掛けてみる。

 が、やはりロベルトは表情を険しくして切歌から距離を取ってしまった。

 

「嫌か…そうだよね、ごめんね?」

 

 切歌は持ち前の明るさと人懐っこさで誰にでも擦り寄って仲良くなろうとする。

 それが彼女の良い所でもあり、同時に悪い所でもある。

 そして今回はその悪い方向へと運が傾いてしまったようだ。

 彼女も嫌われてしまったものだと調は相方が自分で招いた不幸にまたも溜息を吐く。

 

「…何かあったの?」

「まぁ、ちょっと…。」

 

 とはいえ、彼女の気持ちも分からなくもないのだ。

 むしろ自分には十二分に分かってしまう。

 何せ彼女がロベルトに擦り寄る理由は…。

 

「…あ、あれみたいね。」

「すごい人集り…。」

 

 そうやって感傷に耽っていると、一行の行く先にかなりの人集りが。

 その向こうにはサーカス会場で使われるような大きなテントが見え、どうやらその中で演奏が行われるようだ。

 話によるとこの音楽団はヴァリアンテでも結構有名な団体らしく、今は自分達の演奏力の向上も兼ねて各地を回っているのだとか。

 その実力は、今この場にて老若男女に子連れ問わず集まる群衆を見れば明らかであろう。

 しかし調にはそれよりも気になる事が。

 

「それにしてもいつの間にこんな大きなテント…。」

 

 ヒメナの宿に世話になる為に街を歩いた際…つまりは2日前にもこの広場は歩いたのだが、その時にはこんなテントを造っていた形跡は全く無かった。

 それに話を聞く限りヒメナがこの楽団の詳細を知ったのもつい先程のよう。

 現地人であり人当たりも良いヒメナがそういった情報に疎いというのはあまり考えられない。

 何だろう、何かが引っ掛かる…第六感と言うべきなのだろうか、得も言えぬ感覚が調を思考の渦へと拐っていく。

 

「えー皆様本日はお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。それでは我らが響かせる華麗なる音楽の数々、ぜひ皆様の耳に留めてもらいましょう!」

 

 しかし指揮者の男性が集まった観衆に向けて発した声でそれは中断された。

 どうやら考え込んでいる間に会場の中に入っていたようだ。

 客席からは彼等を歓迎するように多くの拍手が鳴り、それを満足げに受け止めた指揮者の男性は改めて演奏者達の方へ向き直り、そして音楽会は開かれた。

 

「綺麗…。」

「おぉ…何だかスゴいデス…。」

 

 彼等の演奏はとても素晴らしかった。

 あのめんどくさいダウン状態であった切歌も夢中になっている辺り、聞けば聞くほど我を忘れてのめり込んでいく、そんな錯覚さえ覚えてしまう。

 先程抱いていた感覚がまるで嘘のようだと、調を始めこの場に居る誰もが時間を忘れて彼等の演奏に聞き入っていた。

 

 

 

 

 

「感じます…皆様が私達の奏でる数々の楽曲で心が満たされていくのを…あぁ…もっともっとその幸福を感じていたい…!」

 

 しかし不意に聞こえてきたその言葉が耳に留り、調ははっと我に返る。

 いや、別に気にする事はない筈だ。

 強いて言えばちょっと酔狂な気もしなくもないが、音楽家なのだし自分達の演奏でこれだけの人の心を満たせているのを実感できればその喜びも一入のもの、喜びを露にするのはおかしな事ではない。

 しかし何故か調には彼の言葉の1つ1つが気になって仕方がなかった。

 得も言えぬ何かが再び調の心を支配する。

 今ここで、何か良くない事が起きると、そう警告しているような…。

 

「…ロベルト?どうしたの?」

 

 そう考えていると、不意に隣に居るヒメナが声を発した。

 見ると抱き抱えているロベルトの様子が何かおかしい。

 楽団に向けているその目は何故か涙で潤んでおり、しかし同時にその視線は彼等を睨み付けていた。

 

「しかし、残念ながらこれが最後の楽曲となります。それでは皆様がここまで高めた熱を、ここで全て解放致しましょう!」

 

 そして指揮者の男性が高らかに叫ぶ中、ロベルトはこう言ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママ…僕あの人達…嫌…!!」

 

 その瞬間、調は背筋に強烈な寒気を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒメナさん、ここを出ましょう!!何か嫌な予感が…!!」

 

「最後の曲名は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Je vais recevoir votre commande(あなたの命、頂きます)”。

 

 直後、文字通り貫くような頭痛が襲い掛かってきた。

 

「なっ…!?」

「何…この音…!?」

 

 どれだけ耳を塞いでも聞こえてくる楽団の演奏。

 その演奏が聞こえる度に起こる頭痛に、周りの人達も次々に悶え倒れ伏していく。

 

「何なんデスか一体!?」

「まさかあの楽団…!!」

 

 空は既に日が落ち、目の前に居るのは異様な音を放つ謎の集団。

 調の脳裏に浮かんだのは、ホラーという言葉ただ1つであった。

 

「ザルバ!!どういう事!?」

「分からん!気配を全く感知出来なかった!」

「っ…とにかくここを出なきゃ…!!」

 

 調はヒメナ達の手を引き、会場の出口の扉へと手を掛けるも…。

 

「開かない…!?」

「結界だ!この会場からは出られないぞ!」

 

 扉は鍵が付いていないにも関わらずびくともしなかった。

 すると調は視界の端で小さな影が項垂れる姿を捉えた。

 

「ロベルト!?」

 

 その正体はやはりロベルトであった。

 青褪めた表情を浮かべ呻くロベルトの安否を気遣うヒメナ。

 しかしそんなヒメナも段々と表情が青くなっていくのが目に見えて分かる。

 いけない、このままでは全員奴等の餌食だ。

 一刻も早くあの音楽を止めなければならない。

 

「切ちゃん!」

「分かってるデス!」

 

 切歌も考えていた事は同じらしく、2人は互いに頷きあうと、一節の歌を口ずさむ。

 

 

 

 

 

 ―Zeios “IGALIMA” Raizen tron…♪―

 ―Various “SHUL SHAGANA” tron…♪―

 

 

 

 

 

 辺りを支配する騒音の中、不意に澄み渡る小さな歌声。

 その歌が終わる時、ヒメナの前には2色の女神の申し子が立っていた。

 

「シラベ、俺様をヒメナに預けろ。ここでは何が起きるか分からん。」

「分かった。ヒメナさんはここに居て…切ちゃん!」

「行くデスよ調…!」

 

 お互い言われずとも同時に跳躍し、群衆の上を飛び去っていく。

 

「シラベちゃん…キリカちゃん…。」

 

 ヒメナは2人の姿を霞んでいく視界で捉えていたが、やがてぷつりと糸が切れるように意識が途絶え、他の者と同じように地に倒れ伏した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ごめんなさい…。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 サンタ・バルドの広場に設立された大きな会場。

 そこに響き渡る大合唱。

 その中心で指揮者の男は目を閉じ、満足げな表情を浮かべながら指揮を振るっていた。

 

「うーん…やはり素晴らしい。私が鳴らす演奏に、それを聞く皆様自身から奏でられる様々な音…まさに演奏者と観客とが一心となって完成するこの音楽…これに勝る音楽は世界中どこを探しても見つからない…私だけが奏でられる、神の曲…!」

 

 酔いしれる、酔いしれる。

 嗚呼、もっと…もっとこの音楽を、更なる高みへと…。

 そう願う男の願望は、突如として聞こえてきた雑音によって遮られた。

 

「ん…あ?あ…あ、あぁぁあぁぁぁぁ!?」

 

 男が目を開けたその先、そこには小さな円鋸で頭部を抉られた演奏者達の姿が。

 

「だ、だ、誰ですか!?私の演奏を阻む愚か者は!?」

 

 一方的に閉幕を告げられた事に憤慨した男は、その主催者をこの目で捉えようと背後へ振り返る。

 しかしそこにそれらしき者の姿が見当たらず、怪訝に眉を潜めていると…。

 

「こっちデスよ!このイカれた“コンニャクター”!!」

 

 右側から敵意を剥き出した少女の声が。

 見るとそこには緑を基調とした軽装を着た、大きな鎌を携えた少女の姿が。

 

「貴方の演奏はこれでおしまい…あと切ちゃん、それを言うなら“conductor(コンダクター)”ね。」

 

 さらに左側からも人の声が。

 そこには桃色の軽装を着た可憐な見た目の少女の姿が。

 ()を切り刻む翠の碧刃、イガリマ(IGALIMA)

 (肉体)を伐り刻む紅き緋刃、シュルシャガナ(SHUL SHAGANA)

 全ての生を奪い取る2振りの刃が宙へと踊り、男の前へ姿を現す。

 

「何だい君達は?魔戒法師…では無さそうだけれど?」

「アタシ達が何だろうがどうだって良い話デス!」

「音楽をこんな風に使うなんて…!」

 

 切歌は鎌の切先を、調はギアからヨーヨーを取り出しそれを男へと突き付ける。

 そんな2人の反応を見た指揮者の男は再び眉を潜める。

 しかし今度は怪訝にではなく、少々の募りで以てだ。

 

「こんな風に、ですと?私は皆さんの為に演奏しているのですよ?皆さんの心に幸福をもたらす私の演奏…何か間違っていますか?」

 

 人の為と謳う男の言い分は、2人は全く理解できない。

 話し合いは、やはり成立しないようだ。

 

「だったら正しい音楽の奏で方…!!」

「教えてやるデス!!」

 

 ならばこれ以上の問答は無用。

 2人はギアから自らを鼓舞する音楽を流し、揃って駆け出した。

 指揮者の男は一瞬わざとらしく身をすくめると、持っている指揮棒を楽譜の上で一振りする。

 すると譜面に描かれていた音符が紙をすり抜け宙で形となり、2人目掛けて一斉に放たれた。

 

「そんな攻撃…!!」

「余裕で躱せるデース!!」

 

 しかし2人はそんな奇妙な攻撃にも臆せず音符の合間を駆け抜け、先んじて切歌が男の前へと躍り出る。

 

「地獄からの…テヘペロちゃんデス!!」

「おぉう!?危ないですよ!!お客様は客席にてご静聴願います!!」

 

 切歌は愛用の鎌を指揮者へと振り下ろす。

 対して指揮者の男は迫る切歌を見るや、如何にも慌てた様子で彼女の攻撃を躱す。

 一度で当たらぬのなら二度、三度と切歌は次々に鎌を振るうも、鎌という特殊な長柄武器を扱う以上どうしても付きまとう隙の大きさが、攻撃の命中という結果を生み出すのを阻害する。

 

「うーむ…この一瞬で命を刈り取られるかもしれないというスリルと、合間合間に挟まれるこの休息…絶妙に組み込まれた2つのテンポが聞く者の心を飽きさせない…成程、貴女意外と音楽の才能ありますよ!」

「ごちゃごちゃうるせーデスよ!!」

 

 切歌の鎌が水平に薙ぎ払われる。

 切歌の攻撃パターンを掴んできたのか、男は先程見せていた慌てた様子を引っ込め、余裕綽綽といったように身体を仰け反らせてその攻撃を躱す。

 しかしそれに対して笑ったのは…意外にも攻撃を避けられた切歌の方であった。

 刹那の瞬間で彼女の表情を捉えた男は怪訝に眉を潜めるも、次の瞬間視界飛び込んできた緋色の剣を見て再びその表情は余裕を無くした。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、これ以上の危険物は持ち込み厳禁ですよ!?」

「貴方の方がよっぽど危険物!!」

 

 そう、調の鋸が男を襲ったのだ。

 二度、三度の一撃が当たらないのであれば、質と量をさらに上げよ。

 切歌の大振りな攻撃の合間を調が縫い、さらに調の攻撃を囮とする事で切歌の必殺の一撃を確実に当てにいく。

 

「異なる2つの音楽を重ね合わせ、1つの曲を造り上げる…それを演奏する側だけでやり遂げるとは素晴らしい!!やはり君達音楽の才能有るよぉ!!」

「「貴方(テメェ)に聞かせる音楽は無い!!」」

 

 称賛の声を浴びせる男の腹に深々と2人の蹴りが突き刺さる。

 一瞬時が止まったかのように男の悶絶した表情(アホ面)が見えたような気がしたが、次の瞬間には遠くの方へとすっ飛んでいた。

 

「…デス!」

 

 決まった、と言わんばかりに切歌は着地と同時に鎌を担ぎ、紡いでいた演奏を中断する。

 しかし男は遠く先の方でよろよろと身体を起こしていた。

 

「まーだ立つデスか…。」

「でも、これなら余裕…。」

 

 2人の連携は確実に相手を追いたてている。

 このままいけばレオン達が到着するまで十分持ちこたえられるだろう。

 そう思っていると、男は服に着いた埃を払いながら2人へ歩み寄ってきた。

 

「いやぁ…驚きましたよ。まさか人間の演奏にここまで心打たれる日が来るとは…案外この世界も棄てたもんじゃないですねぇ。」

「へぇ…自分からネタばらしデスか?」

「ならついでに心打たれた音楽でも聴いて、そのまま眠りに着きませんか、ホラーさん?」

 

 男の打って変わったような態度は今この場に明確に天敵と呼べる存在が居ない事から生まれるものなのか、それともこちらを探り、試しているのか…。

 何れにしろ相手のペースに持ち込ませてはならないと、2人も挑発するように男の話に乗る。

 すると男は2人の発言がどこか面白かったのか1人ゲラゲラと笑いを浮かべた。

 

「いやいやいや…眠りに着くのは私ではなく…貴女達の方でしょう?」

 

 そう言って男は指揮棒を顔の前に翳し、撫でるように振るう。

 そして振るわれた指揮棒の先に居たのは、既に人ではなくなった者の姿が。

 

「本性現したり…。」

「ふざけた見た目のホラーデスね。」

 

 醜く嘲笑う老人のような悪魔の顔に、様々な楽器がごちゃ混ぜになって背中から生え、肩へと乗っている歪な見た目。

 纏う布地は一見教会に属する聖歌隊の着るそれのようにも見え、しかし彼等を冒涜する黒一色に染まっている。

 そんな人を小馬鹿にしたような見た目のホラーは2人の感想を鼻で笑うとその身を一度縮こませ、大きく身体を開くと同時にその身体が四散、大量の音符となって2人へ襲い掛かる。

 しかし調は冷静に切歌の前へと出て、アームドギアを望む形へと変える。

 

γ式 卍火車(なんとノコギリ)

 

 展開された大鋸は見事音符を防いでいく。

 そして全ての音符を防ぎきった調は鋸を解除し、続けて切歌がホラーの下へ向かおうとするも、彼女達の視線の先にあのホラーは居なかった。

 

「あれ?どこ行っちゃったデスか?」

「逃げた…訳ではないみたい。」

 

 ホラーがどこに行ったのか2人は辺りを見回し、調がいち早くその姿を捉えた。

 自分達の後ろ…客席の方でホラーは悠々と椅子に座ってくつろいでいる。

 

「ほんっと余裕シャキシャキな態度デスね…。」

綽綽(しゃくしゃく)、ね。でも確かにあの態度はちょっと…ムカつく。」

 

 ホラーの回りにはあの忌々しい音色によって倒れ伏す観客が。

 人質のつもりだろうか?

 そこで堂々と椅子に座っているあのホラーは、その醜悪な見た目も相まってこちらをそうやって挑発しているようにしか見えない。

 舐められたものだ、ホラーと言えどあの程度の実力しかない奴に遅れなぞ取らない。

 このまま追い込もうと2人が身を構えた瞬間、ホラーはその歪な手で拍手を鳴らした。

 

「いやいや、本当にお見事。貴女達の奏でる音楽は実に素晴らしい…このまま無くすには惜しい程にね。」

「そう、それは何より。」

「お詫びに死ぬまで遠慮なく聴かせてやるデスよ!」

 

 さらに称賛の声を掛けられるも、それがどうした。

 これ以上時間掛けるのは無駄、レオン達が来るまでにぐうの音も出ない程に叩きのめしてやる。

 2人はそう意気込んで中断していたギアからの演奏を再生しようと身構える。

 しかしここで調はふと気付いた。

 何かがおかしい。

 奴のあの態度…人質を取るというのは確かに戦いの場では有効な手段と言えよう。

 しかしそれだけであんな大きな態度を取る事が出来るだろうか?

 自分だったらそうはしない。

 本気を出していない…それは当たり前と考えたとして、どうにも腑に落ちない。

 単純な力ではない、何か…()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな何かを隠し持っている?

 そう思ってホラーを見た調に対し、ホラーはその醜悪な表情を…さらに歪めた。

 

「ッ!?うるさっ!?何デスかこれ!?」

「切ちゃん!?どうしたの!?」

 

 直後、隣に居る切歌が悲鳴を上げた。

 彼女は何やらヘッドギアを押さえて顔をしかめている。

 その行為に一つしか心当たりのない調はまさかと思い曲を流してみるも、ヘッドギアから聴こえるのは慣れ親しんだ伴奏ではなく、何故かけたたましいノイズ音。

 何があった?まさかここにきてギアの不調か?

 そう戸惑う2人の耳にノイズ音とは別に聞こえてきたのは、あのホラーの笑い声。

 

「だから言ったでしょう?貴女達の演奏はこのまま無くすには惜しいって。だから…。」

 

 そう言ってホラーは後ろ手に隠していた物を取り出し、ヒラヒラと2人に見せ付ける。

 それは幾枚もの楽譜…その楽譜の題名を見た瞬間、調の背筋に再び冷たいものが伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思わず楽譜にして残しちゃいましたよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “獄鎌・イガリマ”

 “鏖鋸・シュルシャガナ”。

 “オーバーキルサイズ・ヘル”。

 “ジェノサイドソウ・ヘヴン”。

 “デンジャラス・サンシャイン”。

 “メロディアス・ムーンライト”。

 “Edge Works of Goddess ZABABA”。

 “Just Loveing X-Edge”。

 “ギザギザギラリ☆フルスロットル”。

 

 楽譜に描かれていた題名は、いずれも自分達が手掛けた数々の曲であった。

 

「あれって…アタシ達の曲!?どうなってるデスか!?」

 

 ホラーの手にある楽譜を見て困惑する切歌を他所に、調はさらに思考に耽る。

 あの楽譜に描かれているのは間違いなく自分達の曲だ。

 このヘッドギアから流れるノイズ音も恐らくそのせい。

 つまり奴の手元に曲があり、自分達の手元に曲が無い状態。

 さらにヒメナとの会話を思い出す。

 あの楽団は演奏力の向上を兼ねて各地を回っていた。

 ここから導き出される答えは…。

 

「奪ったんだ…私達の曲を…!!」

「な、何デスと!?」

 

 調が出した結論に、ホラーは再びゲラゲラと笑う。

 

「そう!!私が目指すは至高の一曲!!貴女達の曲は私の望みに一層近付く為の良い糧となりましょう…ですからお礼として…。」

 

 そう言ってホラーは指揮棒を指で弾く。

 すると回りで呻いていた人々が途端に静かになり、ゆらゆらと起き上がる。

 そして顔を上げたその瞳は、皆一様に色を失っていた。

 

「聴かせてあげましょう、私がこれまでに作り上げた数々の曲達を。」

 

 ()を切り刻む翠の碧刃、イガリマ。

 (肉体)を伐り刻む紅き緋刃、シュルシャガナ。

 全ての生を奪い取る2振りの刃…しかしそれを扱うは、今や神に見放され、踊らされる運命を背負わされた平雑なる2人の少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余す事なく全て、ね…。」

 

 悪魔の操りし人形達が奏でる悪夢に、神の刃は鈍り、朽ち果て、そして堕ちていった…。

 

 

 

 

 




そしてあれ以上に強いオーマジオウやオーマフォームって…。


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第10話「女神-ZABABA-」後編

相変わらず常識何それおいしいのがふんだんに詰め込まれたシンフォギアが楽しみで夜も眠れない…。



 同時刻、レオンと響は共にサンタ・バルド郊外の林の中を歩いていた。

 目的はもちろんホラー討滅による指令の遂行、なのだが…。

 

「レオンさん…。」

「あぁ…どうもおかしい、これだけ探しても見つからないのは普通有り得ない。」

 

 指令書に記載されていた場所に向かったは良いものの、そこにホラーの姿は無かった。

 くまなく辺りを探し回っても、結果は同じ。

 ホラーの姿は影も形も見当たらない。

 

「じゃあホラーは一体どこに…?」

 

 何らかの理由でここから移動してしまったのか、はたまた指令に何か誤りがあったのか…。

 こういう時にザルバが居れば頼りになるのだが、現在は街に残っている調と切歌の2人に預けてしまっているのでそれは出来ない。

 レオン唇を噛み締め、これはまずいな…と独りごちる中、響もその表情に暗い影が差す。

 本来の指令に時間を割いている間に街に別のホラーが現れてしまったら…。

 そんな事態を考慮しザルバを託すよう提案したのは他ならぬ自分だ。

 その結果そもそもの指令の遂行に支障をきたしている。

 もしあの時余計な事を言わなければ…響の頭はそんな思いで一杯だ。

 せめてこの間に街にホラーが現れないよう祈るしかない。

 そう思ってレオンにこの後どうすべきか問い掛けようとした時だった。

 

「っ…!?(これ…あの時と同じ…!?)」

 

 響の脳裏に見た事のない光景がフラッシュバックされた。

 それはあの炎の中に膝を付く黄金騎士の光景と同じような感覚であり、響はあえて受け入れようと目を閉じる。

 するとフラッシュバックされる光景が徐々に鮮明に、そして1つの映像へと変わっていく。

 その映像に写っていたのは…。

 

(切歌ちゃんに…調ちゃん…?)

 

 今は街に残っているあの2人の姿だった。

 しかし2人の様子はいつも見る明るく元気な姿ではない。

 その身体は傷だらけであり、鮮血が2人の纏うギアの色を赤黒く変えてしまっている。

 虚ろな眼で寄り添い合う2人…そんな彼女達に前には真っ黒な闇が広がっており、そこから多くの手が伸ばされる。

 しかしそれは決して彼女達を介抱しようとするような優しい手つきではなく、2人はその向かってくる手に向けて弱々しく武器を構え…何の抵抗も出来ずに2人は闇から出でた多くの手に掴まれ、そのまま闇に呑まれていってしまった。

 後に残ったのは彼女達が構え、そして呑まれていった際に手から滑り落ちた各々の武器。

 そして…。

 

(ヒメナさんに…ロベルト君…!?)

 

 調と切歌に守られていた2人は目の前で起きた出来事と今なお広がる闇に恐怖し、やがて2人も再び闇から伸びた腕に…。

 そこで映像は途切れた。

 目を開けた響は自身の額に先程まではなかった玉のような汗が流れている事に気付く。

 何だ今の映像は?

 あまりにも不穏なその光景は響に多大な焦燥感を与えるには十分であった。

 そして響の視線は自然とサンタ・バルドの街の方向へと向く。

 今の光景は…まさか…。

 

「レオンさん…!」

 

 響はレオンにすぐに街に戻るように言おうとしたが…。

 

「戻ろう、響。」

 

 遮るように開かれたレオンの口からは、意外にも自身が言おうとしていた言葉が紡がれた。

 そんな彼は何故か困惑しているような、しかしどこか焦っているような表情を浮かべており…。

 

「何か…嫌な予感がする。」

 

 しかしそれを詮索している暇はないという事は、響も承知の事実であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「はぁ…はぁ…っ…!」

 

 暗い、暗い闇の中。

 視認できる範囲は精々己の手元のみといった中、調と切歌はお互いに手を繋ぎ、息を切らして走り続けている。

 もうどのくらいの時間こうしているだろうか?

 ホラーが観客達を操って無理矢理起こしたあの後、世界は闇に包まれた。

 これもザルバの言っていたホラーの結界の力なのだろうか?

 現にこうしてどれだけの距離を走り続けても、一向に壁にぶつかったりどこかに辿り着いたりといった事がない。

 2人は今完全に暗闇の中を彷徨っている状態なのだ。

 そんな状況に歯噛みをする切歌だったが、ふいに握っている手から力が無くなり、何かが倒れる音が聞こえた。

 それが相方の調が倒れた音だと察した切歌は足を止め、脱兎の如く彼女の傍に駆け寄る。

 

「調、大丈夫デスか!?」

「っ…ごめん、切ちゃん…。」

 

 倒れた事を謝る調に、切歌は謝らなくていいと首を横に振る。

 調が倒れた原因は分かっており、それは自分にも当て嵌まる事だからだ。

 切歌は肩部のパーツから緑色の液体が入った注射器のような物を取り出す。

 

「最後の1セット…。」

「ごめんね…。」

「大丈夫デスよ、ちょうどそんな頃だと思ってたデスよ…。」

 

 それに合わせて調も同様の物を取り出し、お互いの首筋にそれを当て、取り付けられているトリガーを引く。

 すると液体は首筋に当てた針先から2人の身体へと流れ、2人の身体に活力を生み出す。

 

「持ってきたLiNKER(リンカー)は、これで最後…。」

「これが効いてる内に、決着をつけないとデスね。」

 

 今しがた2人が注射したのはLiNKER(リンカー)と呼ばれる物で、聖遺物の適合者の適合係数を引き上げる作用を持っている。

 しかしこれは本来の適合者には不用の産物。

 と言うのも調と切歌の2人は響やクリスのような元々の適合係数が高い“先天的適合者”ではなく、本来ならばその身にギアを纏う事さえ難しい、所謂“後天的適合者”と呼ばれる存在なのだ。

 そんな彼女達のなけなしとも言える適合係数をLiNKERによって無理矢理引き上げる事で2人はシンフォギア装者の戦力の一端となっているのだ。

 しかし先にも述べた通り、2人は本来まともにギアを扱えぬ存在。

 それを薬の効果によって引き上げているのだが、薬というのならば当然効き目というものが存在する。

 もし時間が経過してしまいその効き目が無くなってしまったら…後は言わずもがなである。

 

「そうと決まれば、さっさとあいつをぶっ飛ばすデス!」

「でも…私達にはそれ以外にもやる事がある。」

 

 調がそう言った直後、2人の耳に風を切り裂くような音が聞こえてきた。

 切歌は咄嗟に調の前に立ち、鎌を立てる。

 するとその直後に鎌の柄に強い衝撃が走る。

 1歩後ずさった足を踏み直し、ぶつかってきたものの正体を探る為に切歌は目を凝らすも、視線の先から放たれた不協和音に切歌は顔を歪ませる。

 

「アタシをバイオリン代わりにしないでほしいデス…!!」

 

 彼女の前にはバイオリンの弦を鎌へと押し付け、そのまま演奏するが如く弦を引く女性の姿が。

 調はその女性を止めるべくヨーヨーを取り出すも、背後から迫る気配に気付き、至急頭部のアームドギアを展開する。

 その直後、展開した2つの鋸にそれぞれ違う衝撃が襲い掛かる。

 

「こっちはシンバル代わりにしたい訳…!?」

 

 調の言う通り男2人が鋸の面に向かってスティックを叩き、切歌の対峙する女性と同様演奏しているかの如く連打を続けている。

 この道中で壁にぶつかったりどこかに辿り着いたりはしなかったが、1つだけ当たったものがある。

 目的の1つであるホラーを探している道中では、このように複数の人間達の妨害に遭っていたのだ。

 手っ取り早く倒せれば良いのだが、2人はこの人物達に手を出せない。

 何故ならこの人達は自分達と同じく演奏を聴きにきた観客達であり、ホラーに操られているだけなのだから。

 傷付ける訳にはいかない。

 

「「だとしても…!!」」

 

 切歌は弦を擦り付けている女性を力ずくで押し退け軽く飛ぶと、切先が3つへと分かれた鎌を調が相手している男2人に目掛けて振るう。

 

《切・呪リeッTぉ》

 

 振り抜かれた切先は1つを残して空を裂き、男達の持つスティックを的確に切り裂く。

 同じタイミングで調は背後へと向き直り、切歌が対峙していた女性の身体にヨーヨーを巻き付ける。

 そして切歌も肩部のパーツを展開し、2人の男を射出したワイヤーでぐるぐると巻き付け、固定した。

 目下の障害を乗り越えた2人は再び手を繋ぎ、そしてその場に同時にへたり込んだ。

 

「これで…何人目…?」

「端から数えちゃいないデスよ…。」

 

 そう…これが2人のやらなければならない事の1つ。

 囚われ、そして操られている人達の解放だ。

 その為には元凶のホラーを倒さなくてはならないのだろうが、その意欲に反して2人は立ち上がろうとはせず、切歌に至っては地面に寝そべってしまった。

 

「切ちゃん、寝ちゃだめだよ…。」

「分かってるデスよ…ちょっと疲れちゃっただけデス…すぐ起きるデスよ…。」

 

 すぐ起きる、そう言ったわりには彼女は一向に起きようとする気配がない。

 

「…静かデスね。」

「いつまた誰が襲ってくるか分からないけどね…。」

 

 無限に続くが如き空間でありながらも限定された視界、その中から自分達の命を狙う、決して傷つけてはならない存在。

 残された感覚を鋭利に研ぎ澄まし、今の所大事には至っていないものの、もはやいつそのような目にあってもおかしくはない。

 2人の精神は、疲弊しているのだ。

 それでも、2人は歩みを止める訳にはいかない。

 

「ヒメナさんとロベルト…どこに居るんデスかね…?」

「探さないとね…。」

「結構歩き回ったんデスけどね…。」

「暗いから…行き違いとかありそう…。」

「うへ~…ここだだっ広いデスからねぇ…。」

 

 ヒメナ・ルイスと、ロベルト・ルイス。

 あの時会場から出られなかった2人はきっとこの世界のどこかに居る筈。

 彼女達を探すのも、今自分達がやらなくてはならない事の1つだ。

 それも早急に探し出さなければ。

 

「不安?」

「色々と、デス。」

 

 ザルバが居るとはいえ、2人は戦う力を持たぬ。

 彼女達がこのような場所でどれだけの間無事で居られるか…正直考えたくない。

 

「アイツに操られていないかとか、操られていなかったとして、怪我してないかとか…挙げたらキリがないデス。」

「そもそも会えるか、なんていう心配は?」

「そんなもの…会えるか会えないかじゃなくて、会うに決まってるデス!」

 

 そう言いながら切歌はようやく身体を起こした。

 うん、まだまだいけそう。

 その明るい仕草が、少しだけネガティブな思考に偏りそうになっていた調の心を解してくれる。

 調はそんな相方の空元気に乗じて、何となくある質問をしてみる。

 

「切ちゃんはどうしてロベルトの事が好きなの?」

「え?…それはもちろん、ロベルトがとってもキュートでプリティーで愛らしくって…たまんないからデスよ~♡」

 

 場違いな質問にもしっかり惚気ながら答えてくれた切歌の優しさに、調も自然と頬が緩む。

 うん、正直だ。

 でもちょっとだけ()()()だ、と。

 

「そう言う調は、どうしてヒメナさんにお料理教わってるんデスか?」

 

 すると代わって切歌が同じ様な質問を返してきた。

 調はうーん…とわざとらしく前置きをしてから、()()()()()()()()分かる答えを返した。

 

「ヒメナさんのお料理は、とっても美味しいから…知りたいなぁ、って思って。」

「知りたい、デスか?」

「うん。」

 

 きょとんとしている切歌に、調は切ちゃんも同じでしょ?と問い掛けると、彼女はあぁ、と納得した様子を見せ、それもそうデスねと笑顔で返した。

 

「はぁ~…ロベルトが恋しいデス…。」

「私も…ヒメナさんともっとお料理したい…。」

 

 そのまま暫く沈黙が続いたが、やがてお互いともなく立ち上がった。

 

「会いに行かなきゃ…。」

「デスね!」

 

 手を繋いで、目を閉じて…。

 深い深い深呼吸をして、2人はそのまま歩き始める。

 

「ほんとにこれやるデスか?」

「走ってもドタバタして聞こえなくなるし、疲れるだけ。」

「きっとすんごく痛いデスよ?」

「承知の上。」

「なら、問題なしデスね。」

 

 ゆっくり、ゆっくりと歩く2人は、お互いに聴覚のみを頼りに暗闇の中を進んでいく。

 刹那、風を切る音が聞こえてきた。

 

「(違う…これじゃない…。)」

 

 鋭い、痛み。

 その音が自分達が求めているものではないと知ると、2人はその音にはもう見向きもしなくなる。

 次に聞こえてきたのは、肉を叩くような音。

 

「(これでも…ない…。)」

 

 よろけ、身体が痛む。

 違う、これではないと、2人の意識は再び聞こえてきた音を無視する。

 それを皮切りに、様々な音が鳴り響く。

 頭が割れるような、手足が千切れるような。

 命が、終わってしまうような…。

 

「(どこに…。)」

 

 それでも2人は歩みを止めない。

 

「(どこに…。)」

 

 ただその()を聞く為に、2人は歩みを止めはしない。

 

「(どこに居るの…?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ロベル―…駄目!!―

 

 

 

 

 

 そうして歩いて、どれ程か…。

 

 

 

 

 

―シラ―…ちゃんとキ―…ちゃんが来てくれ―…ら!!戻っ―…お願い…!!―

 

 

 

 

 

 2人の求めていた声が…。

 

 

 

 

 

―でも僕―…を守りたい!!―

 

 

 

 

 

 2人の求めていた人達が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が、ママを守らなくちゃ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、見つかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫…。」

「見つけた、デスよ…。」

 

 2人が触れた手の先に居たのは、大方自分達が闇から迫る魔の手だと思っていたのだろう、その小さな身体を震わせながらも精一杯腕を広げて、後ろに居る存在を守りたいと強い意思を示すロベルトが。

 そして彼の後ろには、彼が守りたいと願う存在であるヒメナの姿が。

 

「シラベちゃん…キリカちゃん…!!」

「ロベルト~♡会いたかったデスよ~♡」

「怪我はありませんか…?」

 

 切歌は今なお若干嫌がるロベルトに構わず抱きつき、調はヒメナの側へ歩いて安否を気遣う。

 

「えぇ、ザルバと…この子が守ってくれたお陰で…。」

「おぉ凄いデスよ!さっすがロベルトデス~♡」

「全く…遅いぞお前ら。」

「そうだね…ごめん、遅くなった。」

 

 そういえばやけにここだけ明るくヒメナ達の姿もよく見えるなと思っていたが…成程、ザルバが結界のようなものを展開していたようだ。

 おかげでヒメナとロベルトは、傷を負う事は無かった様子。

 そして久しくまともに見ていなかった知人と光、そして色を見ると、心の底から安心感が沸き上がってくる。

 と、同時に調はある事に気が付き、ヒメナもそれに対して珍しく焦りを見せる。

 

「でもそれよりも貴女達の方が…!!」

「へ?…あぁ!?いつの間にこんな血みどろにぃ!?」

 

 そう、調と切歌の身体が血で真っ赤に染まっていたのだ。

 当然だ、先程歩いてきた時に聞こえてきた雑音は全て自分達を攻撃してきた者達が発していた音だからだ。

 それに対して反撃をせずただ歩いてきたのだからこうなるとは分かっていたとはいえ、お互いの姿を改めて見ると、数えきれない程の切り傷を始め、殴打によって内出血でもしたのであろう無数の痣が各所に見え、とても痛々しい。

 

「…ってギャアァァァァァ!?ロベルトも血みどろじゃないデスか!?アタシのせいデス!!ごめんなさいデスロベルトぉ!!」

 

 しかし切歌はそんな事よりもと言わんばかりに自分が抱きついたばかりに汚れてしまったロベルトに謝りながら再度抱きつく。

 そんな事したらもっと汚れてしまうだろうが、これが今の切歌なりの最大限の謝り方だ。

 言って引き剥がしたとしてもエンドレスになるだけだろう。

 

 

 

 

 

「ごめんなさいなんて…こっちの台詞なのに…。」

 

 

 

 

 

 調はそんな切歌の暴走を眺めていた時、隣から小さく弱々しい声が聞こえてきた。

 それはヒメナが発した言葉であり、やがて俯く彼女の影から一粒の涙が落ちたと気付いた時には、彼女は調を抱き寄せ、とめどめのない涙を流し始めた。

 

「ごめんなさい…私が行こうなんて言わなかったら…貴女達をこんな目に合わせる為に言った訳じゃなかったのに…!!」

 

 自らが血で汚れるのも厭わず、自分達の為に涙を流すヒメナ。

 魔戒騎士である息子を持ち、日々傷を負って帰ってくるその姿を見て、ヒメナは安堵した表情こそあれ、心からの笑顔を現した事はない。

 毎晩魔戒騎士としての使命に赴き、そして帰ってきたレオンを出迎えるヒメナの姿を見ていれば、短い間だとしても調や切歌にもそれがよく分かる。

 ただでさえそうなのに今の自分達の姿を見てしまえば、彼女がこうなってしまうのも()()か。

 

「謝らないでください、謝るのはむしろ私達の方…。」

「貴女達が謝る事なんて何も…!!」

 

 しかし今、調と切歌はそんなヒメナの姿を見て、何故か微笑みを浮かべていたのだ。

 それは決して気が触れた訳でも、彼女を侮辱している訳でもない。

 

 

 

 

 

「私、知りたかったんです…()()ってなんだろう、って…。」

 

 ただ、嬉しかったのだ。

 そんな()()の事を自分達に向けてくれる事が。

 

「アタシも調も気付いた時には、血の繋がってる家族が居なくて…アタシにとって家族っていうのは調や響さん、クリス先輩っていった人達になっちゃったんです。…あ、いや…もちろんそれが悪いとか駄目とか、そういうのじゃないんデスよ?でも家族っていう場所があって、それが無くても思い出として語る事が出来る先輩達が、ちょっぴり羨ましくって…。」

 

 今なお健在であり、こじれていた関係も徐々に癒えていっていると話す、響の家族。

 小さい頃に両親を亡くし、その存在を失ったものの、過去を乗り越え、思い出話として語れる程に側に居た、クリスの家族。

 ここには居ないが、響と同じく健在であり、不器用ながらもお互い歩み寄ろうとしている、翼の家族。

 クリスと同じく唯一の妹を亡くし、しかしそれを乗り越え、大切な存在だと語れる、マリアの家族。

 会った事こそ無いが、話を聞くに大きな揉め事も無く良好な関係を築き、平凡という名の平穏な家庭を持つ、未来の家族。

 これまでにも2人は色んな家族に出会ってきた。

 しかし、2人には家族が居ない。

 血の繋がった、今を生きる家族も。

 思い出として、過去として語れる家族も。

 

「だからヒメナさん達を見て、それがすっごく羨ましくなって…でも、それだけじゃなかった。」

 

 そんな時、2人はこの家族に出会ったのだ。

 

「ヒメナさんは見ず知らずの私に一緒になって、色んな事を教えてくれて…。」

「ロベルトはアタシの我が儘にず~っと付き合ってくれたデス。」

 

 改めて言ってしまえば、それは今までお互いがお互いにしてきた事。

 

「何の繋がりもないアタシ達に“繋がり”を作ってくれて…。」

「“羨ましい”だけで終わらせてくれなかった貴女達が…。」

 

 でも、始めは違った。

 

 

 

 

 

―たとえどれだけ似てなくても、血が繋がってなくてもいい…。

 

 

 

 

 

―家族が、欲しい…。

 

 

 

 

 

 そんな()()()な想いから始まった、偽りだけど、本当の気持ち。

 

「とっても…。」

 

 それを密かに思い出させてくれたこの家族と、もっと繋がりたい。

 私達の想いが、偽りだけど、嘘じゃないと、そう大きな声で言いたいから。

 

「とっても…!」

 

 

 

 

 

―願わくば、本当の家族のようでありたい…。

 

 

 

 

 

 そう…これは夢を願う2人の孤児の…。

 

 

 

 

 

「「嬉しくて…!!」」

 

 

 

 

 

祈り(我が儘)なのだ。

 

 

 

 

 

「だから、ごめんなさいを言うのはアタシ達なんデス。」

「それを伝えなきゃいけなかったのに、伝えられなかった事…でもそれはもしかしたら私達がそう思っているだけの、2人はそんな事全然思ってもいない、ただの思い上がりかもしれない事…全部全部引っくるめて、沢山迷惑掛けちゃった事…謝りたくて…謝らなくちゃって…。」

 

 そんな我が儘に付き合わせてしまったからこそ、その繋がりを失くしてしまう所だった。

 自分達よりもその繋がりを必要とする者達に、大きな悲しみをもたらしてしまう所だった。

 2人の孤児はその微笑みの裏に、どうしようもない涙を溢れさせている。

 

 

 

 

 

「馬鹿…。」

 

 

 

 

 

 それでも彼女(ヒメナ)はそんな孤児(調)を優しく抱き締め…。

 

 

 

 

 

「思い上がりだなんて…。」

 

 

 

 

 

 家族(調)を、受け入れた。

 

 

 

 

 

「…たとえ血は繋がっていなくても、誰かを想う心は繋がっている…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―そう信じても、良いですか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 か細い声で問われたそれに、ヒメナはただ優しく、しかし強く抱き締める事で答えとした。

 そんなヒメナの身体に調はほんの少し遠慮がちに腕を回し、溢れさせていた涙を静かに流した。

 

「ロベルト…?」

 

 その様子を見守っていた切歌であったが、ふと側に居るロベルトの様子を見て首を傾げる。

 ロベルトは切歌に向けて何かしようとしていて、しかし俯いて何もしようとしない。

 切歌はそんなロベルトの様子を見て、再び微笑みを見せた。

 

「…恐かったデスか?」

 

 切歌の問いに、ロベルトは暫く沈黙した後に首を小さく縦に振って答える。

 あの時聞こえてきた声は決して恥じないものであったというのに控えめであるその姿勢は、黄金騎士の弟という肩書きに似合わぬ感情を持っていたと読まれた故の恥ずかしさと、実際に恐怖に気圧されてしまった事実を読まれまいと精一杯振る舞っているからだろうか。

 そんないじらしさに敵わず切歌はまたもロベルトに抱きつこうとするが、距離を詰めた気配を感じたロベルトがびくっと身体を震わせた事で、切歌は抱きつこうとした動きを止めた。

 

「…嫌だったデスか?」

 

 その問いに、ロベルトは再び時間を掛けてから首を縦に振って頷く。

 すると切歌は詰めた距離はそのままに、ロベルトと目線が合うよう膝を曲げる。

 

「…ごめんなさいデス。」

 

 そう謝った切歌の声は、普段の明るい彼女が発するものとは思えない程小さく、静かで、後悔の念が押し寄せたものであった。

 

「ロベルトの事、いっぱい置いてけぼりにしちゃったデス。アタシはダメでダメでダメダメなお姉ちゃんデス。」

 

 少しだけ涙混じりの声で話し掛ける切歌の前には、同じ様に涙を溢れさせるロベルトの姿が。

 ロベルトはまだ小さな子供。

 人の心なんて…それこそ、そこから紡ぐ論理的な言葉なんて言えやしない。

 それでも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こんなアタシを…許してくれますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こんなアタシが…お姉ちゃんでも良いですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロベルトは切歌の問いに、自ら歩み寄って答えた。

 どうしようもない嗚咽を流しながら、切歌の身体を抱き締めて…。

 

「ありがとうデス。お姉ちゃん、とっても嬉しいデスよ~…♡」

 

 切歌もまた、どうしようもない想いを曝け出し、ロベルトを抱き締め返しながら涙を流した…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 それから暫くして、調と切歌は相手に回していた腕を戻し、その相手と視線を合わせる。

 

「ヒメナさん…。」

「…えぇ、行ってらっしゃい。」

 

 

 

 

 

 本当はもう少し、こうしていたいけれど…。

 

 

 

 

 

「ロベルト…お母さんの事、よろしくお願いするデスよ。」

「…うん!」

 

 

 

 

 

 自分達には、やらくてはいけない事がある。

 

 

 

 

 

「行けるのか?」

 

 皆に背を向け歩き出す2人にザルバが問い掛ける。

 2人は一旦足を止め、振り返る事無くその問いに答えた。

 

「うん、大丈夫…。」

「アタシ達は今まで、2人だけの音楽を奏でていたデス…。」

 

 そして2人は再び歩き出し、ザルバの張った結界の外側へと出る。

 

「でも…。」

 

 その途端に聞こえる、救わなくてはならない数多の雑音。

 2人は手を繋ぎ、そして目を閉じる。

 

「今はもう…。」

 

 すると2人の纏うギアが変形…いや、“分解”し始める。

 身を守っていたアーマーが徐々に2人の身体を離れ、宙に浮かび、身を包む装飾がアンダースーツのみとなった、その瞬間。

 

「「2人だけじゃない!!」」

 

 キッ、と目を開けた2人は空いている手を目の前の闇へと大きく翳す。

 すると宙に浮かび上がっていたアーマーが全て六角形の水晶体となり、翳した手を合図に空を飛ぶ。

 射出されたアーマーは徐々にお互いのパーソナルカラーと同じ光を発しはじめ、全てのアーマーが展開された時には、世界を覆っていた闇は光に照らされていた。

 

「な!?光だと!?」

 

ギア(GEAR)ブラスト(BLAST)…シンフォギアのシステムを触媒となる最小限の固定物質のみ残した高純度エネルギーへと変換し、純粋なエネルギー照射による一点突破を初めとした、エネルギー体でしかなし得られず、かつ装者全員が共通して同様の効果を発揮出来る技として近日研究されたものである。

 特訓によってまだ修得し始めたばかりの技であるが、今回はザルバの結界をヒントに周囲を照らすエネルギーフィールドとして展開したのだ。

 その結果、ぶっつけ本番なれど実に良好なり。

 事実2人から10メートル程手前に、久しく見ていなかったあのホラーの姿(アホ面)が鮮明に見える。

 その両サイドにはホラーによって操られている人達がオーケストラ団体のようにズラリと並んでいる。

 どうやら暗闇の中観客達を引き連れてこちらの様子を観察していたようだ。

 何とも趣味の悪い奴だと2人が睨む中、ホラーは一度は取り乱したものの、2人の姿を見て下劣な笑いを見せた。

 

「いやこれはお見事といった所ですが…何ともまぁ可愛らしいお姿になってしまった事。そんな姿で一体何が出来るというのでしょうかぁ?」

 

 2人の姿はアンダースーツにそれぞれの得物を携えたのみ。

 端から見ればあまりにも心許ないが、それでも2人の闘志は揺るがない。

 

「決まってるデス…テメェをぶっ倒して、そのとことん人をおちょくりまくったアホ面ひっぺがして、下の顔を晴天に拝ませてやるデスよ!!」

「覗きの変態魔にはキツいお仕置き、ね…!」

 

 そう意気込み構える2人の姿が滑稽に見えたのだろう、ホラーは大声で再びゲラゲラと笑い転げる。

 

「そうですかそうですか…では私も特別に貴女達を食さず、晴天に晒す事にしましょう…私の作曲をとことん邪魔した、愚かな者達だとね!!」

 

 ホラーはそう叫び、右手に持つ指揮棒を高く掲げる。

 それを合図に両サイドに集まる観客達は各々どこからか楽器を取り出し、演奏の準備を始める。

 ヒメナとロベルトが固唾を飲んで見守る中、調と切歌はそれまで繋いでいた手を離し、2人揃って歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―重ねあったこの手は、絶対離さない…。―

 

 

 

 

 

 奪われてしまった、愛の歌を口ずさみながら…。

 

 

 

 

 

「…はっ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それがどうしたぁぁぁぁぁ!!」

 

 ホラーが指揮棒を振り下ろし、演奏が始まった。

 演奏者(観客)達が奏でる演奏がホラーの力で形を変え、音符という凶器となって2人へ襲い掛かる。

 ()を蝕む、悪魔の演奏。

 (肉体)を汚す、死の音符。

 まるで自分達のギアのようだなと思いながらも、2人は頭を割りそうな音楽に苦しみながら迫り来る凶器を捌いていく。

 

「その音楽は既に私の手元にある!!その音楽は私のものだ!!伴奏も無い声楽だけの音楽など…馬鹿にしてぇぇぇぇぇ!!」

 

 ホラーはさらに指揮棒を振る速度を上げ、曲のさらなるテンポアップを計る。

 演奏者(観客)達もそれに答え、苛烈を増した音楽は2人容赦無く降り掛かる。

 

「シラベちゃん…キリカちゃん…!」

「っ…。」

 

 足が止まり、片膝を付く2人をただ眺める事しか出来ないヒメナとロベルトは、ならば決して2人から目を離さないと強く意気込む。

 大丈夫、2人はまだ立ち上がれる。

 2人はまだ、歌う事を諦めていない。

 

 

 

 

 

 

―斬り刻む事ない世界に夢を抱き、kiss(キス)をしましょう…?―

 

 

 

 

 

 新たにホラーの耳に届いたフレーズは、またしても奪った曲の内の1つにあるもの。

 

「またしても…!!」

 

 往生際が悪いと憤慨したホラーはもはや滅茶苦茶と言わんばかりに指揮棒を振るう事に集中する。

 先程見た茶番劇で何か新しく曲を見出だせるか、そうでなくとも彼女達が見出だしてくれるかと期待していたが、もういい。

 何も無いのならば用済みだと、ホラーは一心不乱に指揮を振るう。

 

 

 

 

 

 だから気付かなかったのだ、このホラーが望んでいた新たな楽曲は、もう完成していた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―光も闇も番う調べ、見せようよ奇跡の歌を…!―

 

 

 

 

 

 そのフレーズが聞こえてきた時にまずホラーが思った事は、まだ歌うのかという呆れ。

 そして、やけに静かだという事実。

 確かにこのフレーズを歌う時に流す伴奏は全体の曲の中でも特に静かに演奏する場面であるが、それにしても静かすぎる。

 まるで…()()()()()()()()()かのように静かだ。

 そう気付いたホラーは耽っていた思考を現実へと戻し、正面に居る2人と、両サイドに居る演奏者達へ視線を向ける。

 演奏者達は…誰も演奏していない(観客へと戻っている)

 そして2人は…続きとなる、新たな楽曲のフレーズを口ずさむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ―胸の中の“祈り”届けて…!!―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、誰も知らない音楽(物語)の始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―人は誰もが孤独な存在じゃないんだ…!―

―人の命、人の心、それぞれ違うけど!想いは1つ…そう!―

 

 歌の始まりと共に切歌は展開していたギアの一部を呼び戻し肩部のアーマーともう一振り鎌を生成すると、2つの鎌を合わせて1つの長柄の武器とし、バーニアを利用してホラーへと突貫する。

 

《対鎌・螺Pぅn痛ェる》

 

 さらに調も一部のギアを呼び戻すと同時に切歌の両肩にヨーヨーを巻き付け、置いていかれないように脚部のアーマーを生成する。

 それによって世界を照らす明かりが少し減ってしまうが、問題はない。

 

「な!?そ、そんな馬鹿n!?」

 

 ホラーが台詞を言い終わる前に顔面を串刺しにした切歌は一瞬バーニアを強く噴射して観客(演奏者)達から距離を取ると、今度は逆噴射をしてホラーを無理矢理引き剥がす。

 それと同時に調は跳躍、牽引の力も相まって綺麗な放物線を描きながら飛ぶ調は、吹き飛ばされながらも串刺しにされた顔を元に戻そうとする余裕のあるホラーに向けて合体、巨大化させたヨーヨーを振り下ろす(プレゼントする)

 

「こ、ここをkうして…それdこkを…こうしてっと!ふぅ…何とか…?」

 

《β式 巨円断》

 

「へ?あ…あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?」

 

 ぶっ飛ばされた先で何とか顔面整形が完了したホラーは一息吐くも、ふと自身が影に隠れている事に気付き上を見上げ、そして迫る凶器に目を見開く。

 そしてピンク色の可愛らしい色をした物騒な鋸がホラーの身体を一刀両断…。

 

「ぐっ…ぬn…。」

 

 …する事は無く、ホラーは指揮棒で鋸をすんでの所で受け止めいた。

 …いや、顔面の半分ぐらい鋸が入っているのですんででは無いが。

 だが今のホラーにとってはそんな事はどうだっていい。

 

「な、何故dすか…!?」

 

 顔の半分程が鋸で抉られ、潰されているので少々発音が悪いが、それでも彼が一番に投げ掛けたかった問いは、皮肉にも発声良く2人の耳に聞き取れた。

 

 

 

 

 

「何故こいつらに向けて演奏してるんだぁっ!?」

 

 

 

 

 

 そう…演奏していたのだ。

 観客(演奏者)達が、この2人の歌声に合わせて。

 馬鹿な、ありえない!!

 あいつらは全員自分が操っている筈!!

 何故こいつらの音楽を奏でているんだ!?

 癇癪を起こすホラーに対し、観客(演奏者)は答えない。

 しかしその答えはこの2人(調と切歌)が応じてくれる。

 何故ならその答えは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「僕らは“()()”だよ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てこの歌に込められているから!!

 

 

 

 

 

「いや意味が分からんッッッ!!??」

 

 

 

 

 

―だから…手と手…。―

―だからその手、怖がらないで…。―

 

―繋ぎ合おう!!―

 

 そんなホラーの嘆きと、そこから生まれる大量の楽譜を飛ばした攻撃に2人はまともに応じる事はなく、調は切歌の前に飛び出して再びギアの一部を回収、腕部のみを残して全て生成し、鋸と化して宙を舞う。

 

《裏γ式 滅多卍切》

《Δ式 艶殺アクセル》

 

 4本の巨鋸を展開しながら6回ムーンサルトという常軌を逸した回転技で以てホラーの攻撃を全て凌ぎきると、次は切歌の番。

 展開していたギアを集め、脚部以外のアーマーを展開。

 がら空きになったホラーの懐目掛けて2振りの鎌の肩部の鎌で滅多切りにした後、大きく空を飛び鎌からエネルギーを放出、十字にホラーを切り裂いた。

 

《封伐・PィNo奇ぉ》

《聖罰・HoワiTオNAイToォ》

 

 それに合わせて調も跳躍し、空中で切歌と並び互いに頷きあった後、全てのギアを呼び寄せた。

 それにより世界は再び闇へと還ってしまうが、目指すべき場所(仕留めるべき相手)は、もう見えている。

 

 

 

 

 

 

―「愛してる」コトバで…!!―

―「愛してる」コトバ紡ぎ…!!―

 

 

 

 

 

 

 2人は自身の得物である鎌とヨーヨーを合体させ、巨大な刃の着いた車輪状の武器とし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「夢を叶え…生きていこう!!!」」

 

 

 

 

 

《禁合β式・Zあ破刃惨無uうNN》

 

 

 

 

 

 そのままホラーへとぶち当たった。

 

 

 

 

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!??」

 

 2人の攻撃は止まる事を知らずホラーの身体を抉り轢き、やがて何かにどん詰まったかと思いきや、パリン、と硝子が割れるような音と共に世界が真に色を取り戻した。

 どうやら2人の攻撃にホラーの結界が耐えきれなくなったようだ。

 結界が解けると同時に演奏していた観客達も次々に気を失ったように倒れ始める。

 観客達の解放も、これで完了だ。

 しかし…。

 

「まさか、即興で歌を作り出すとは…それも…ここまでの歌を…!」

 

 抉りに抉られた身体をヨロヨロと整体しながら起き上がるホラーだったが、その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。

 

「ですが、ついには終演の時のようですね…?」

 

 ホラーの視線の先、そこには力尽きたと言わんばかりに膝を付く調と切歌の姿が。

 

「っ…ゲホッ!!ゲホッ!!」

「調!?」

 

 調のあまりにも苦し気な咳を聞いて切歌が手を伸ばそうとするも、その手は彼女の肩に触れようとした手前で止まってしまう。

 

「調、血が…大丈夫デスか!?」

 

 調の口から大量の血が吐き出されていたからだ。

 だが調はそんな自分の状況を省みず、逆に切歌の事を気遣った。

 

「切ちゃんこそ…目が…。」

 

 調の言う意味が分からず一瞬戸惑った切歌だったが、ふいに頬を伝う涙とは違う滑りを感じ、指で拭ってみる。

 それはまだ真新しい血であった。

 そして気がつけば、自身の視界が真っ赤に染まる。

 あぁ、前にもこんな事あったなぁと思いながらも、前回とは違う要因で流したであろう血涙について考えてみる。

 いや…考る必要は無い。

 元から体中に蓄積されていたダメージに加えて慣れないギア・ブラストの行使、さらに言えばこの身体を蝕むような感覚…恐らくLiNKERの薬効切れ。

 本来ならもっと長引く筈のLiNKERも、今回の劣戦には音を上げてしまったようだ。

 

「素晴らしい…素晴らしいですよ貴女達は!!私は今、この世界で真に評価に値する名曲に出会いました!!まるで私が探し求めていたものが今まさにそこにあるかと錯覚してしまうように!!」

 

 ヘッドギアからは、未だにノイズが鳴り響いている。

 どうやらまだ自分達の曲は奴の手元にあるようだ。

 

「貴女達の歌には感動しました、感銘を受けました、そして感謝を致します。先の歌をこの手に納める事が出来れば、必ずや私は神の1曲へと到達する事が出来るとね…。」

 

 逃げる手立て、無し。

 戦う手立ても、無し。

 

「シラベちゃん!!キリカちゃん!!」

「お姉ちゃん…!!」

 

 朦朧としてくる意識の中、背後からヒメナとロベルトの声が聞こえてくる。

 

「アンコールを、ご希望デスか…。」

 

 そうだ…この背中には、守るべき家族が居る。

 

「でも…その前に…。」

 

 だから、まだ立ち上がれる。

 

「もう1曲聞いていく気は…。」

「無いデスかね?」

 

 最後の切札が、まだ残ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お…。」

 

 

 

 

 

 ホラーの耳に何かが聞こえた。

 誰かの声のようだ。

 

 

 

 

 

「ま…。」

 

 

 

 

 

 ホラーは目を凝らす。

 どうやらあの2人でも、その後ろに居る親子が発した声でも無いようだ。

 

 

 

 

 

「た…!」

 

 

 

 

 

 ホラーは辺りを見回す。

 段々と近づいてくる第三者の正体を知る為に

 そしてホラーは気付いた。

 その者は自身の背後、その上空からとんでもない速度で来ている事を。

 

 

 

 

 

「せぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 そして拳が撃ち込まれた。

 ホラーの背中にメキリと撃ち込まれた拳は声を発する事も、呼吸をする事も忘れさせ、そのまま遥か上空へと打ち上げる。

 こんな最速で最短で真っ直ぐに一直線にある意味一番常識をぶっ飛ばした事を平気でやり遂げる者は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人共!」

 

 

 

 

 

 立花 響以外誰が居る!

 

 

 

 

 

「響さん!!」

「待ってました!!」

 

 指令に赴いていた響が、やっと帰ってきた。

 となれば当然、あの男も…。

 ホラーが遥か上空へと打ち上げられたその時、その方向に向けて街を駆ける1人の青年の姿が。

 そう、レオン・ルイスだ。

 彼はホラーが天高く打ち上げられているのを見ると既に引き抜いていた剣で斜め前方に円を描き、その輪の中へと飛び込む。

 その光の輪から出てきたレオンはガロの鎧を纏っていたが、それとは別にもう1つ飛び出してきた影が。

 赤き鬣をたなびかせ、ガロと同じく黄金の輝きを放つその影は、魔戒騎士が100体ものホラーを封印し、己の内なる影との試練を乗り越えた暁に授かる、大いなる力。

 ザルバと同じく、常にガロと共に在る、もう1つのガロの相棒…。

 

 

 

 

 

“魔導馬 ゴウテン”。

 

 

 

 

 

「響さん!!」

「ぶん投げ、お願いするデス!!」

「え!?で、でも「「良いから早く!!」」は、はいぃ!!」

 

 ゴウテンの嘶きが聞こえたのか、調と切歌は響に自分達をホラーの下までぶん投げてもらうようお願いをする。

 当然響は今の2人の姿を見て躊躇したものの、2人の剣幕には勝てずに言われるがまま2人の手を取り…。

 

「行ってらっしゃぁぁぁぁぁい!!」

 

 本当にぶん投げた。

 響にぶん投げられた調と切歌はどんどんホラーへと近づいていく。

 ゴウテンを駆るレオンもそれに気付き、さらにゴウテンの腹を蹴って加速させる。

 やがてゴウテンは気高い蹄音を響かせながら2人と同じようにヴァリアンテの空を跳ぶ。

 するとガロの持つ牙狼剣が金色の輝きと共に形状が変化し、大剣へと姿を変える。

 これぞ魔導馬の持つ秘めたる力。

 主人を厚く慕う魔導馬の想いにソウルメタルが応え、魔戒騎士の持つ剣を更なる領域へと昇華させる。

 そして牙狼剣がゴウテンの力によって変化したこの剣こそ、“牙狼斬馬剣”。

 どんな強大な闇でさえも断ち斬る大聖剣だ。

 

「待ちくたびれの…!!」

「大儲けデス!!」

 

 そしてホラーと同じ高度に達した切歌は肩部のワイヤーを射出しホラーをがんじがらめにすると、調が放った2つのヨーヨーを両手で受け止める。

 

「がっ!?なっ…あ…!?」

 

 拘束されたホラーはワイヤーを解こうとするも、それは許されない。

 そしてホラーは目にしてしまった。

 ()を切り刻む切歌(イガリマ)の碧刃が…。

 (肉体)を伐り刻む調(シュルシャガナ)の緋刃が…。

 そして自らの天敵(黄金騎士)の金色の刃が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、黄金騎士ぃぃぃぃぃ!!??」

 

 

 

 

 

 一斉に自分へと向かってくる光景を。

 

 

 

 

 

「「いっけえぇぇぇぇぇ!!!」」

「ウオォォォォォ!!」

 

 

 

 

 

《禁殺邪輪 Zあ破刃エクLィプssSS》

 

 

 

 

 

 ヴァリアンテの空に、3色の光の軌跡が描かれた。

 

「まだ…っ…私はまだ…最高の音楽を…っっっ…!!」

 

 その交点となる場には4色目となる軌跡もあったのだが、その()はすぐに3色の光によって揉み消され、やがてヴァリアンテの空は日常の夜景へと戻っていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「わっ、わっ、わぁ!?調ちゃん、切歌ちゃん…!」

 

 ホラーを討滅した直後、力を使い果たしたのか調と切歌は受け身の姿勢を取る事なく下界へ落下してきていた。

 調は響が受け止め、切歌はレオンが機転を効かせてすぐに馬を反転させて受け止めた為大事にはならなかった。

 

「シラベちゃん!!キリカちゃん!!」

 

 2人を地面へと寝かせると、ヒメナとロベルトが駆け寄ってきた。

 そのまま安否を気遣おうとしたが、2人は側に駆け寄った段階でその動きを止めた。

 

「シラベちゃん…!?」

「お姉ちゃん…?」

 

 もっと言えば響とレオンも動きを止めて調と切歌に見入っていた。

 何故なら2人は目を閉じ、眠っていたから。

 ただしそれは真に文字通りの意味ではない。

 

「調ちゃん…切歌ちゃん…!?」

 

 響は2人の頬に触れてみる。

 2人の肌はとても、とても冷たかった。

 

「っ!?ちょっと…ねぇ2人共!ねぇってば!!」

 

 響は堪らず2人の肩を揺さぶる。

 それでも、起きる事はない。

 レオンが割って入って脈を計るも、脈が感じられない。

 呼吸で胸が上下している様子もない。

 

「駄目…駄目だよ2人共!!お願い戻ってきて!!」

 

 響は再び調に寄って彼女の胸部に手を置き、そのまま上下に体重を掛けたりやめたりを繰り返す。

 いわゆる心臓マッサージを施す響の隣では、レオンもまた切歌に対して同じ処方を施していた。

 それでも…2人は目を覚まさない。

 

「そん…っ…な…!!」

 

 ヒメナが大粒の涙を流す。

 沢山の傷跡による出血に肉体の破壊。

 長時間暗闇の中で行動し、限界まで疲弊した精神。

 そしてLiNKERが切れた事による反動(バックファイア)…。

 それでもなお最後の一撃の為に力を行使したのだ。

 彼女達は戦った、戦い過ぎたのだ。

 

「くっ…っ…!!」

「お願い…お願い調ちゃん!!切歌ちゃん!!諦めないで…生きるのを諦めないで!!!」

 

 しかし彼女達にとっては本望であろう。

 自分達が求めていたもの、そして守りたいと思ったものを、守りきる事が出来たのだから。

 どこか安心しているような彼女達の表情からは、そんな意図さえ読み取れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだ…死んじゃ、やだぁ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロベルトぉ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …それでも、“生きていたい”という欲を持ってしまうのが、人間という種族が持つ罪の1つなのだろう。

 

「おね、え…ぢゃんっ…!!」

 

 涙が止まらず嘔吐き、しゃくりあげ、声にならない声を上げるロベルト。

 切歌はそれをしっかりと聞き届け、えへへ…と笑い、

 

「お姉ちゃん、ちょっと頑張り過ぎちゃったデスよ~…♡」

 

 ロベルトの頬に手を添えた。

 彼女手は弱く、儚げで、それでいて優しさに溢れた、確かな温もりがあった。

 そのままロベルトは切歌に抱きつき、散々に泣きわめいた。

 再び自らの足取りで、確かに切歌(お姉ちゃん)という存在を受け入れて…。

 

「ヒメナさん…。」

「シラベちゃん…っ…!」

 

 調もまた目を覚まし、ヒメナの涙を拭おうと手を伸ばす。

 その手は願い通り彼女の止まらぬ涙を拭い、そして彼女の手に包まれる。

 生きる暖かさを貰っているみたいだと、調は何となくそう思った。

 

「2人共…良がっだぁぁぁa「やめよう響、それこそ本当に2人が死ぬ!」ふぎゅうっ!?でも…でも本当に、良かった…!」

 

 そんな場面に容赦なく抱きつこうとする響に、それを止めるレオンも交えて、長い長い夜は終わりを告げた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 3日後、ルイス一家の宿屋…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程な、そりゃあお互い災難だったな。けどな…何1つとして終わってないのはどういう了見だおい!!」

「しょ、しょうがないじゃん!全然分かんなかったんだし!」

「挙げ句ホラーとのすったもんだの療養生活でやってる暇なかったデスよ!」

「うるせぇ!!お前ら真面目に帰る気あんのかぁぁぁぁぁ!!」

「ギャアァァァァァ!!痛い痛い痛い痛い!!クリスちゃん痛い!!クリスちゃん痛い!!」

 

 ご覧の通りの大惨事である。

 何が起きたか簡潔に説明すると、昨日の夜中にサンタ・バルドへ帰還したアルフォンソとクリスが今朝宿屋へと顔を出し、お互いの情報交換をしていた所、頼んでおいたものが未だに完成していない事を知ったクリスがお冠になった、といった所だ。

 

「あ、アカンとです…今のクリス先輩は何故か虫の居所が悪いデス…ロベルト~♡お姉ちゃんと一緒に遊ぶデス~♡」

 

 いつも以上に容赦の無いクリスに恐怖した切歌は現実逃避の為ロベルトに向けて手を伸ばす。

 というのもやはりあの戦いの傷は深く、しばらくは療養生活を強いられる羽目となっているのだ。

 と言ってもあの後早急に病院へと担ぎ込まれた事により奇跡的にも本当に深刻なまで、とはいかなかったようであり、さらにレオンが病院には内緒で魔界の知識による治療を施している事も相まり、早ければ1週間程でこの妖怪ミイラ女生活ともおさらばできるようだ。

 そんな訳で今は安静の為切歌は現在ベッドからあまり派手に動く事は出来ない。

 なので愛しのロベルトと遊ぶ為には彼の方から来てもらう必要がある。

 大丈夫、仲直りもしたし、彼も何だかんだ満更でもなさそうだから、今となっては呼べば来てくれる。

 

「ロベルト、今切歌お姉ちゃんと遊ぶとお姉ちゃんまた倒れちまうからさ、今日はちょっと我慢してくれねぇかな?」

「えっと…。」

「なっ!?先輩酷いデス!!ロベルト、お姉ちゃんは大丈夫デスから一緒に遊んで「そんじゃあロベルトはちょっと向こうで遊んでような~。」あぁっ!?先輩酷いデス!!ロベルト戻ってきてほしいデス~~~!!」

 

 しかしそれを許さぬと、クリスはロベルトを隣の部屋に居るアルフォンソの下へと連れていってしまった。

 切歌はロベルトに戻ってくるよう懇願するも、隣の部屋からは徐々に楽しげな声が聞こえてくる始末。

 

「し、調!!助け…!!」

 

 かくなる上は生涯の友にしてやっぱり1番の家族、月読 調に頼るしかない。

 切歌はそんな最後の希望に縋り付こうとするも…。

 

 

 

 

 

「おさんどん~おさんどん~わ~た~し~は~お~さ~ん~ど~ん~♪」

「見捨てないでほしいデスぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 

 

 

 哀しいかな、自分より一足早めの回復を見せる調は既にベッド生活とは軽くおさらばをしており、今日も今日とてヒメナの手伝いに奔走している。

 

「…さぁ~て準備は良いかぁ、おい?」

「ちょっ!?重病人!!アタシゃ今見ての通りの重病人でアカンとデスよ先ぱi「黙って喰らっとけこの大馬鹿野郎共ぉ(必愛デュオシャウトォ)!!」みぎゃあぁぁぁぁぁ!!??」

 

 ここから先はご想像にお任せしよう。

 まぁヒメナが引きつった笑みを浮かべながら見守っているので、大事にはならないだろう。

 ちなみに調は軽いチョップ1発だけで済んだ。

 何故だ。

 と、ここで各々の様子を見守っていたレオンが急に外へ出て行こうとする。

 

「あれ、レオンさん?どこ行くんですか?」

「番犬所だ、まだあの指令について報告をしていなくてな。」

 

 復活した響に皆にもそう伝えておいてくれと言い残し、レオンは喧騒溢れる宿から番犬所へと向かっていった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 そして、番犬所…。

 

「来たか…。」

 

 番犬所の神官ガルムは来訪者の存在を感じ取り、そちらへと視線を送る。

 暗がりの中から歩いてきたのは、いつも以上に険しい表情を浮かべるレオンだ。

 レオンはそのまま歩きながら、明らかな怒気を含んだ声でガルムに質問を投げ掛ける。

 

「…先日の指令、あれは一体どういう事だ?」

 

 あの時渡された指令に従い出向いた先にホラーは居らず、代わりに街中にホラーが出現した。

 しかもあの街中に現れたホラーこそ、本来出向いた先に居なくてはならなかったホラーだというのだ。

 明らかなる錯誤…それを問われたガルムはあぁ…といつも通り面倒くさそうに溜息を吐いてから答える。

 

「あれはこちらのミスだ、非礼は詫びよう。」

 

 その仕草が、今は余計に腹が立つ。

 

「そんな簡単に済まされる問題じゃない、指令にここまでの誤りがあるなど…前代未聞だぞ。」

 

 レオン守りし者達を統括する神官としての至極もっともな意見をぶつけるも、ガルムは特段意に介した様子もない。

 

「随分と言うな、黄金騎士?こちらも今忙しいのだ。一々お前らに気を掛けている暇などない。」

「忙しい?」

 

 ガルムの口から出た忙しいという発言に眉を潜めるレオン。

 それもそうだろう、何せガルムは今高台の側に設置してある泉に釣竿の糸を垂らしている。

 まぁ…つまりは見ての通り釣りをしているのだ。

 

「…とてもそうは見えないが。」

「束の間の休息、といった所だ。」

 

 あくびをしながらガルムはそう答えた。

 釣れないのだろうか…いや、そんな事を気にしてる場合じゃない。

 それよりもガルムが言っていた忙しいという言葉が妙に気になり、レオンはそれについて掘り下げようとする。

 

「何がそこまで手を煩わせる?」

「貴様に話してどうする。」

 

 …が、結果は門前払いだ。

 ガルムは視線を釣り糸の先へ向けながら逆にレオンへと話し掛ける。

 

「全てに於いて完璧に物事をこなせる者などこの世には存在しない。我ら神官とて、それは同じ事よ。」

「だから疎かになっても仕方がないとでも言うのか?ふざけるな、もしあの時俺達が遅れていたら…!」

 

 レオンの脳裏に過ったのは、やはりあの時の切歌と調の姿。

 彼女達の手を煩わせたのは他ならぬ自分とは言え、今言った通りもし自分達の到着が遅れていたら、彼女達はもちろん、あの場に居た他の観客達もどうなっていた事か。

 それについてはガルムも承知しているらしく、揚げ足を取るような真似をせずに答えた。

 

「だが、結果としては間に合った…それで良いではないか?」

「そういう問題じゃない…ったく、俺達を纏める存在が忙しいって理由でそれを疎かにして、おまけに秘密ときたか。風情にも置けないな。」

 

 やはりこの女との会話はいつもながら平行線を辿るばかりだと腕を組んでそっぽを向くレオン。

 そんなレオンに、ガルムは大きな反応を示した。

 

「…それは貴様とて同じ事だろう?」

「何…?」

 

 ガルムの声色が、一段と落ちた。

 そう感じたレオンは外していた視線を改めてガルムの方へと向ける。

 

「…どういう意味だ?」

「風情にも置けぬなどと…それを今の貴様が言うかと言っているのだ。」

 

 ガルムもまた、逸らしていた視線をレオンの方へと向けており、その目は険しいものになっている。

 一体何だと訝しむレオンに対し、ガルムは今回の件でただ1つだけ、自身がどうしても納得できなかったある決定的な事実を告げる。

 

「あの時お前は指令によって指定された場から真っ直ぐにホラーの居る広場まで向かっていった。そう…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…。」

 

 まさかそう言われるとは思っていなかったのだろう、それを聞いたレオンの目が見開かれる。

 

「思えばあの裂け目について報告した時もそうだったな…あの時は言及するまいと思っていたが、今はさせてもらうぞ。」

 

 そんなレオンの反応に気を良くしたガルムはそれに乗じて別件でも気になっていた事を問い掛ける。

 

「あの日、あの時…貴様は何故あの遺跡へと()()()()()()()()()()?話を聞く限りでは、あの時もまるであそこに裂け目があると知っているかのようだったな?」

 

 弟君の鍛練は、終わった後だったのだろう?と問い掛けるガルムに対し、レオンは…悔しそうに目を逸らす事しか出来なかった。

 

「…そういう事だ。お互い秘めたる事情の1つや2つ、あるというもの。だが今回の件は完全なるこちらの失態だ、重ねて詫びるとしよう。」

 

 どうやらぐうの音も出ないようだと確信したガルムは一応自らの失態は詫びて、早々に話を切り上げた。

 レオンもああ言われてしまって話す事などなく、彼は背を向けて出口へと進んでいく。

 

「…次は頼むぞ。」

 

 そんな捨て台詞を残して、レオンは番犬所を後にした。

 

「黄金騎士とて多感なお坊ちゃん、か…。」

 

 すごすごと引き返したその姿がとても最強の魔戒騎士の姿とは思えず、ガルムはレオンが去った後に1人笑うも、やがてその表情を再び真剣なものへと変え、垂らしていた釣り糸を引いて綺麗に竿へと巻き付ける。

 それと同時にガルムの前に無数の映像が表示された。

 それはガルムが番犬所で保管してある魔導具の数々であるのだが、たった一ヶ所だけ映像が抜け落ちている箇所があった。

 ガルムはそれを見て再度溜息を吐きながら1人ごちる。

 

 

 

 

 

「さて…一体どこの誰だ?わざわざ()()()()を盗む物好きは…。」

 

 

 

 

 




・ギア・ブラスト

→だからズルいんだってあんなの使いたくなっちゃうじゃん


・世界記録もびっくりの調選手

大きい鋸が4本あるので内2つで局所的に非常Σをやれば浮いて何とかなる説


・聖罰・HoワiTオNAイToォ

→実は「銀弾の軌跡」をやっていなくて動画で見たら何だかやってる事微妙に被ってるって焦って、でももう引き返せないから何デスとぉした記念に


・2人の楽曲

→描写はしていませんが、ちゃんと2人の下へと戻ってきています


・で、実際に歌ったやつ

→いや、何と言いますか…普通にやるのもつまらないと言いますか…深夜のテンションと言いますか…


・魔導馬ゴウテン

→映画直前なので既に持っているという設定で
試練を期待していた方には申し訳ない…
(いや、やっても良いんだけど雷牙狼の特例を鑑みるに、彼の場合歩んできた人生そのものが内なる影との試練だって言って片付けられそうだし…)


・ホラーについて

→「こいつは“ホラー・アビスコア、真の音楽を~とか言って情熱を注いでいる酔狂なホラーだ。取り憑いたのは同じく音楽に情熱を注ぐ音楽団の指揮者だ。とはいえ今回は奴にとって運が良かっただろうな。何せ何だかんだ音楽に携わる事なら大抵の事が出来るのに加え、それに勝るとも劣らない情熱を持つ奴に憑依した訳だからな。だからこそ今回は音楽団なんて規模にまで拡大したんだが…まぁ、だからといって借り物の音楽なんかで黄金騎士やあの嬢ちゃん達に勝てる訳がないがな。奴が真の音楽ってやつに辿り着くのは、きっともう少し先の未来…何故だかそんな気がするぜ。…おぉそうだ、手紙を預かっていたんだったな。あー…っと…『実を言うとこの回全然ホラーのデザインやら何やらやが決まってなかったんです。なので勝手ながらもご意見の方から使わせて頂きました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます、未確認蛇行物体さん、大変ありがとうございました!』…だそうだぜ。」


・で、ジルヴァは?

→もうちょっと、もうちょっと待っててください…大丈夫出番はありますから…


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第11話「或いは定められし必然か」前編

―よ~し…ここをこうして…おい、もうちょい周波数上げてくれ。

 

―うん。え~っと…ごめんクリスちゃんどれだっけ?

 

―馬鹿、そのダイヤルだよ。良いか、ゆっくり回せよ…?

 

―うん、OKOK。

 

―え?響さんに任せて大丈夫デスか?

 

―おう…うん?…あ、おいちょっと待て!!

 

―ゆっくり…ゆっくり…は…はっ…はっくしゅん!!

 

っっっっっ!!??こぉんの馬鹿ぁぁぁぁぁ!!あたしの鼓膜をぶち破ろうとすんじゃねぇよ!!

 

痛ぁっ!?ごめんごめん!!ごめんって!!

 

―先輩、代わります…。

 

―サンキュ、助かる…。とりあえずお前はそこでじっとしてろ…うーしそんじゃ1年コ共、やるぞ。

 

―はい。

 

―はいデス!

 

―え~ん除け者にされちゃったぁ…。

 

―自業自得だ馬鹿…ん、もうちょい下げて…あーそっちもちょい弄って…ん?ちょっと待て…お前らストップ!!

 

―お?もしかして…!

 

―もしかすると…!

 

―ちょ、馬鹿お前ら!!そんな寄るなって!!え~っと…ここまできたらこいつを弄って…おい、聞こえるか!?こちら雪音、雪音クリスだ!誰か聞こえるか!?

 

―…その声、エルフナインか!?…あぁ…あぁ…お、おっさんか。

 

―…あぁ、あたしらは無事だよ。それに…探し人もな。

 

―…分かった、変わるよ。…ほら、お前に。

 

―あ、私?うん、分かった。

 

―えっと…もしもし?…あ、師匠!お久しぶりです!…はい…はい…はい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花 響、バリバリ健在です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…つー訳で、明後日にはここを発つ事になった。」

「嫌デス!!」

「何でお前が一番に拒否るんだよ!?」

 

 音楽団ホラーの襲撃から1週間、ついにこの日がやって来た。

 それを聞いて喜びの声を上げたのは、まるで自分の事のように目を輝かせているアルフォンソ。

 

「仲間達と連絡が取れたのだな!」

「あぁ。短い間だったが、世話になったな。」

 

 特にこいつらが。

 そう言ってクリスはあれからすっかり全快した調と切歌の肩を掴んで引き寄せる。

 しかし片方だけ何だか引き寄せた時の重みが違う。

 そちらへ目を向けると、どうやら自分が引き寄せたのはこの2人だけではなかったという事をクリスは知る。

 

「切ちゃん、ロベルトを離してあげて。」

「嫌デス!!アタシは決めたデス…明後日のお別れの日まで、アタシは絶対ロベルトから離れないデス!!いやむしろお別れの日もそのままお持ち帰りをして…!!」

「切ちゃんそれは駄目、絶対駄目。あとそろそろロベルトを離してあげて。」

「何でデスか!?調はアタシとロベルトの仲を裂こうとする悪い悪魔さんだったんデスか!?」

「いや、そうじゃなくて…ロベルト窒息しそう…。」

「へ?…わぁぁぁぁ!?ごめんなさいデスロベルトォォォォォ!!」

 

 そんないつもの、と言ってももはや差し支えの無くなった寸劇を見ながら、レオンは早々に話を戻さんとばかりにクリスに更なる詳細を問い掛ける。

 

「帰るのは明後日のいつ頃になる?」

「昼頃だ。つっても向こうの連中と折り合いつけなきゃならないから、現地には少し早めに着いていたいがな。」

 

 そのまま一同は話を続けていたが、1人だけその会話に交ざらない人物をヒメナは目ざとく見つけ、その人物に声を掛けた。

 

「ヒビキちゃん?」

「えっ…な、何ですか?」

「大丈夫?何だかぼーっとしていたけれど…。」

 

 そう、響だ。

 ヒメナに呼び掛けられて気が付いた彼女であったが、その様子からはいつもの元気な姿は見受けられない。

 

「…はい、大丈夫です。」

 

 憂いた表情を見せる彼女が果たして今何を思っているのか、残念ながらここに居る誰もが分からなかった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「帰る、か…。」

 

 その日の夜、部屋のベッドに寝転がった響は今一度その言葉を反芻する。

 帰る…そう、帰るのだ。

 大切な家族や仲間達が居る、あの場所へ。

 

「けど…。」

 

 響の表情がまたも曇る。

 仲間達と通信が繋がった時には、そしてすぐにでも帰れると分かった時には素直に喜んだものだ。

 しかし今の響は一刻も早い仲間達との再開を願う反面、これまでここで過ごしてきた思い出が頭から離れないのだ。

 朝起きたらおはようと言って日中を共に過ごし、夜になればおやすみと言ってまた明日へ。

 それは初めて出会った時から今日まで変わらず、そして明日も明後日も変わらないのだろう。

 この家族は見ず知らずの自分を最初から最後まで優しく、温かく迎えてくれて、自分もその好意にとても甘えていた。

 それこそ、ここでの生活はあくまでも非日常なのだという事を忘れさせてしまう位に。

 この家族との暮らしに慣れてしまった事が、帰還という絶対の行動を変える事なく、しかし気持ち良く物事を終わらせる事を妨げる。

 響は寝返りを打ち、窓の外から見える景色を眺める。

 ここのベッドは角度の関係上普通に寝ながら窓の外を眺めようとしても、外の景色はほんの少ししか見えない。

 なのでなるべくベッドの縁の方に身体を預けてから見ると、窓一面の星空という素敵な光景が広がるのだ。

 それに気付き、そして意識する事無く行動できてしまうあたり、このベッドにもだいぶ寝慣れてしまったものだと響は感じながら星空へと想いを馳せる。

 今まで起きた出来事を1つ1つ想い起こしながら最後に響が選んだ記憶は…。

 

「(レオン…ルイスさん…。)」

 

 レオン・ルイス、黄金騎士 ガロ。

 かの聖遺物、プロメテウスの火を初めて見た時から意図せず認知していた存在。

 出会った事など無い筈なのに、そもそも存在さえも知らない筈なのに、そうではないと己の心は今も間違いなく訴えかけている。

 会って、話して、共に戦って…そうすれば何か分かる事があるのでは。

 そう思って日々を過ごして分かった事は、やはり自分は彼を…あの鎧を知っているという漠然とした事実と、それ以上に漠然とした“情”であった。

 初めて彼と出会ったあの時から、胸の中で少しずつ燻っていく“何か”がある事に気が付いた。

 それは彼と共に日々を過ごしていく内に徐々に明確なものとなっていき、今ではその“何か”の正体が“情”であると分かる程にまで大きくなっていた。

 しかしそれほどまでにはっきりとしている事実を漠然と、と表現したのは、その“情”の正体が全く分からないからだ。

 友情、親情、憧憬…響の中に浮かぶ情愛の感情全てが合っているようで、しかしその全てが違うような、はっきりと1つに纏めたり、絞る事が出来ない。

 しかし強いて1番近いと思われるものを挙げるとするならば、それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“愛情”、とか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響とて年頃の少女、そういった事に興味が無い訳ではない。

 むしろ夢見てやまない位だ。

 だがそれも果たして言い得ているものなのかと言われれば、答えはNO(ノー)だ。

 かつて学校の友人達と共に読んだ恋愛小説を前に感じたときめきが、沸き上がったドキドキが自分の中の恋愛感情なのだとしたら、彼に対して抱いている感情は少し違う気がする。

 しかし何故だかこの“情”が1番近いという確信に近いものがある。

 この訳も分からず、しかし絶対とも言えるこの感覚は、あの“彼を知っている”という感覚と同じ印象を響に与えてくる。

 

「(何なんだろ…この感じ…。)」

 

 星空を眺める視界が徐々にぼやけ始め、瞼が重くなっていく。

 考え過ぎて疲れてしまったのだろう、響はその欲求に抗う事なく瞳を閉じる。

 

 本来ならある筈のない彼への既視感。

 

 本来ならはっきりとするであろう自身の感情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思いながら、響は眠りに就いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…あぁ、分かった。んじゃちょっくら挨拶済ませてくるわ。」

 

 2日後、サンタ・バルド郊外の遺跡に集った一同は別れの挨拶を済ませるべく対面した。

 

「…って事で、あたしらはこれで戻る。改めて、世話になったな。」

「短い間だったが、共に居られた事を光栄に思う。またこちらには来るのだろう?」

「一応な。こいつを調べて返さなきゃならないし…。」

 

 そう言ってクリスはアンジェが持っていたあの物体を取り出す。

 結局彼女はこの2日間も姿を現す事がなく、今この場にも居ない。

 そんな彼女の持ち物であるこれを持っていくのは些か忍びないが、この物体の正体を探る為には戻って専用の設備で調べなければならない。

 彼女もこれの正体を知りたがっていた事であるし、今回は致し方無しと考えよう。

 

「まぁそん時のメンバーがあたし達かどうかも、あの(ワームホール)がいつまで持つものなのかも分からないからな…もしかしたら直接会うのはこれで最後かもしれないな。」

「そうか…それは残念だ…。」

「いや、だから何でそんな顔して…ったく、ほんとにこいつは何でも自分の事のように…。///」

 

 相変わらずの反応を示すアルフォンソにクリスは愚痴を溢すも、こういった手合いに弱い彼女の顔は朱色を帯びている。

 彼女はここ(サンタ・バルド)に居る間ずっと彼と行動を共にしていたが、その間に何回こんなやり取りをして、そて何度顔を赤らめていたのか、少し気になる所である。

 

「ヒメナさん、お世話になりました。それで…もしまたこっちに来る事があったら、その時はまたお世話になっても良いですか?」

「もちろんよ。また貴女達が来るのを楽しみにしているわ。」

 

 替わって調とヒメナだが、彼女達は普段と変わらない様子で会話をしていた。

 まぁ2人共落ち着いた性格をしているし、同性での会話だから目立った何かなど無いのであろう。

 

「えっと…お姉ちゃん…。」

「あえて何も語るまい、デェス…。」

 

 目立っていると言えばやはりこの組み合わせだ。

 いつもなら猫撫で声を発しながらロベルトを抱き締めている切歌だが、今は声を発する事無く静かに彼を腕の中に納めている。

 しかし彼女の嫌に腹を括ったような表情と回した腕を頑なに離さないその態度から、彼女の考えている事は容易に想像できる。

 

「チョップ。」

「痛い!…うぇぇぇぇぇんロベルトォォォォォ!!絶対絶対また会いに来るデスぅ~~~!!」

「う、うん…。」

 

 やはり彼女はロベルトをお持ち帰りする気満々だったようだ。

 仮にも自ら自称常識人を名乗っているので冗談だとは分かってはいてもロベルトに対する切歌のご執心具合を考えると、あながち本当にやりかねないという疑惑が。

 幸い彼女を良く知る相方のストップが効いたので事無きを得たが。

 そんな仲間達の様子を見ていた響はその視線を目の前に居る人物…レオンへと向ける。

 そのまま自分も別れの挨拶を、と響は口を開くも…。

 

「レオンさん…えっと…色々とありがとうございました。」

「あぁ…。」

 

 そこから漏れたのは何とも味気の無いありきたりな言葉であった。

 彼には多大に世話になったというのに、もっと言う事があるだろうと響は続きの言葉を紡ごうとするも、やはりその想いは口から出てこない。

 しかしそれが何故かなどと思うのは愚問だ。

 この家族と共に過ごした想い出、そして目の前に居る彼へ抱いている想いの正体について…。

 昨日の夜から考えていたこれらの事が原因だと分かっているが、具体的に何をすれば良いのか分からず、そのまま2人の間には会話も無しに時間が過ぎていく。

 

「…よし、んじゃぼちぼち行くか。」

「はい。」

「うぅ…暫しの別れデェス…。」

 

 するとそれを見かねたのだろう、クリスが撤収の合図を出した。

 別れをきっちりと済ませた調は二の次の言葉無しに了承の意を示し、切歌もまた文字通り泣く泣く最後の別れの言葉を告げ、揃ってワームホールのある場所まで歩いていった。

 

「…うん。」

 

 このまま時間を費やしても言葉なぞ出て来ないと、クリスの言いたい事は理解できる。

 故に響もそれに逆らう事無く、3人の後を付いて別れを告げようとしたが…。

 

「…響!」

 

 1歩踏み出そうとした瞬間、レオンが引き留めた。

 一体何だろうと響は先に行った3人の方へと向けていた身体を彼へと向け直す。

 すると彼は真っ直ぐに響の目を見ながら…。

 

「…またな。」

 

 と、一言だけ言った。

 彼もまた味気の無い言い方ではあるが、それでも響にとっては彼がそう言ってくれた事がたまらなく嬉しいと思い…。

 

「はい!また…!」

 

 元気な声で応え、再び踵を返して走っていった。

 そこに先程までの躊躇いなどは、一切無かった。

 

「おい遅せぇぞ、何やってたんだよ?」

「ごめんごめん!」

 

 そして響は3人に合流する。

 走ってきた彼女の先程までとは違う笑顔が、こちらに来るまでに一体何があったのかと気にさせるが、今はやるべき事をやらなければ。

 

「よし、始めるか。」

「OK!」

 

 そう意気込んだクリスを始めとして、他の3人もそれぞれ首から下げるシンフォギアのペンダントを握り、聖唱を歌う。

 

 ―Balwisyall Nescell “GUNGNIR” tron…♪―

 ―Killter “ICHAIVAL” tron…♪―

 ―Zeios “IGALIMA” Raizen tron…♪―

 ―Various “SHUL SHAGANA” tron…♪―

 

 4人の歌にギアが応え、彼女達の身に纏われる。

 クリスは他の皆がギアを纏った事を確認すると、帰りの手順について仲間から指定された事を口頭にする。

 

「そしたらあたしらはこのまま待機、そんでお前は…。」

「絶唱、だね。」

 

 響は3人よりも1歩前に出て、ワームホールと対峙する。

 そして1度深呼吸をしてから、禁じられたその歌を口ずさんだ。

 

 

 

 

 

 ―Gatrandis babel ziggurat edenal…♪―

 

 

 

 

 

 そして絶唱を歌い上げてから数秒して、ワームホールの中心から徐々に眩い光が漏れ始めた。

 

「来た!」

「お前ら気ぃ張れよ!」

「合点デス!」

 

 煌々と輝く光に比例して上がっていく周囲の温度。

 あの時と同じ現象だと認識したクリス、調、切歌の3人は次に起きる事を予知し、身構える。

 

「(短い間だったけど色んな事があったし、まだまだ分からない事もあるけど…。)」

 

 そして響は今一度目を閉じて再びこれまでの出来事を振り返る。

 出会って、共に暮らして、秘密を明かして、そして別れて…。

 そして最後に選んだ記憶は、離れ離れになってしまった仲間の姿。

 あえて彼の姿(レオン)を選ばなかったその理由は…。

 

 

 

 

 

「(今は、帰るんだ…皆が待ってる、私の世界に!)」

 

 

 

 

 

 また会おうと、約束したから。

 その想いを最後に、響達4人はヴァリアンテの地から姿を消した。

 

 

 

 

 

「行ってしまったか…。」

「きっとすぐにまた会えるわ。」

 

 盛大な爆発音が鳴り渡った後、ワームホールのある場所へと向かったレオン達であったが、あの大きな音のわりには周囲の被害など皆無に等しく、そして響達4人の姿はそこには無かった。

 無事に戻れた、と考えて良いのだろう。

 ならばこれ以上の長居は無用と、アルフォンソ達はサンタ・バルドへ戻ろうとしたが…。

 

「…レオン?どうかしたか?」

「いや…何でもない。」

 

 1人レオンがその場で立ち尽くしていた。

 彼にしては珍しい事だとアルフォンソは声を掛けるも、その割りには彼は存外素っ気なくその場を後にしてしまった。

 彼女達との別れが惜しかったのかと思っていたが、違うのだろうかと首を傾げるアルフォンソのその考えは、決して間違えてはいなかった。

 

 ―貴様はこちらからの指示も、魔導輪の導きも無しに、何処にも寄らずにそこへ向かっていった。まるでそこにホラーが必ず居ると確信しているかのようにな…。

 

 ―あの日、あの時…貴様は何故あの遺跡へと戻るような真似をした?

 

 あの時ガルムに言われた言葉が、レオンの心の中で反響する。

 そうだ…あの時何故自分はそんな事が出来たのだろうか。

 これまでにも自問自答を繰り返してきたが、その答えはやはり“そんな予感がしたから”としか答えられない。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま、ヒメナさん。」

「おかえりなさい。ロベルトは今日も?」

「あぁ、寝てるよ。」

「夕飯作り終わるまでまだ時間あるから、ロベルトをベッドに寝かしておいて。レオンもその間ゆっくりしててね。」

「分かってますよ。」

 

 あの日、いつも通りロベルトとの鍛練を終え、宿へと戻ったレオン。

 無事に宿へと戻れたのならば、後は夜の仕事に備えるだけだが…。

 

「っ…!?」

 

 ロベルトを寝かしつけた直後、レオンの脳裏にある映像が過った。

 それは荒れ狂う炎の中の映像であり、そこでは何故か事切れたかのように地に膝を付き動かぬガロの鎧が。

 それだけでもレオンにとっては不可解な事だが、それ以上に気になるのはガロの鎧の前に居る、見知らぬ少女の姿であった。

 傷付き、体力を消耗しているのだろうか、何か悲痛な声を上げながら必死に地を這いガロへと向かう少女。

 しかしその瞳が見開かれ、一層の悲鳴を上げながらガロへと手を伸ばした所で映像は途切れた。

 

「今のは…?」

 

 突然何の前触れも無しに過った映像に困惑するレオンだったが、ふとレオンの脳裏に先の映像とは別のある場所が浮かび上がり、その場所がどこか認識した瞬間、彼はその場から走り出していた。

 

「…あら?レオンどこに行くの?」

「すいません、少し出掛けてきます。」

「え?夕飯は!?…って、行っちゃった…。」

 

 ヒメナへの返事も疎かに、レオンは自身の馬を預けている街の馬小屋へと走っていく。

 間もなく再び現れた事と時間帯も相まって若干小屋主に訝しまれたがそんな事は気にせずレオンは馬を駆ると、目的としている場所へ一心不乱に向かっていく。

 

「どうしたレオン?何かあったのか?」

「…分からない。」

「何?」

「だが…行かなければならない気がするんだ。」

 

 そうして向かった先、そこは先程ロベルトと鍛練をしていたあの遺跡だった。

 そう、レオンの脳裏に浮かび上がった場所というのはこの遺跡だったのだ。

 

「あれは…!?」

 

 そして到着して遺跡内へと目を向けると、そこには先程ロベルトと鍛練していた時には無かった謎の黒い物体が。

 レオンは馬から降りると、先程までの勢いを落ち着けるべく一息吐き、その未知なる存在へ向けてゆっくりと歩いていく。

 するとザルバがとある反応を感知し、それをレオンへと伝える。

 

「レオン、あの妙な物体の前に人の気配だ。」

「何…?」

 

 ザルバの助言に従いよく目を凝らして見ると、夕日が沈み始め暗がりの増してきた光景の中に、確かに倒れている人の姿が。

 黒い物体に警戒しながら足早に駆け寄ってみると、その人物はうつ伏せで倒れており表情を伺う事は出来ないが、身体付きからして恐らく女性…それも10代後半の少女だろうと推測できた。

 目立った怪我は見受けられないが、どうやら意識を失っているらしく、レオンは彼女を介抱すべく彼女の肩に手を掛け、仰向けへと寝返らせる。

 

「おい、大丈夫か…っ!?」

 

 そうして仰向けにさせた少女の顔を見て、レオンは驚愕したのだ。

 この少女はあの炎の中の映像に居た子だと。

 彼女の顔を見た瞬間、三度別の映像が脳裏に過ったと。

 そして…。

 

 

 

 

 

「立花…響…。」

 

 

 

 

 

 自分はこの子の名前を知っていると。

 

「何だ、知っているのかこいつを?」

「…分からない。」

「何?どういう事だ?」

 

 少女の事を知っているのかとザルバに問われるも、この少女は今始めて見た筈だ、これまでに彼女と会った事など無い筈。

 しかし彼女の名前は立花 響だと、何故かそれで合っている、そう知っていると自身の心は分かっている。

 何なんだ、何なんだこの少女は?

 

「…とにかくこの子を助ける。話はそれからだ。」

 

 突然降り掛かった不可解な出来事には、さしもの黄金騎士(レオン)も答えを見出だす事が出来なかった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 それから彼女と共に日々を過ごしていったが、結局その答えが何なのかは分からず終いだった。

 あの指令の時も脳裏にキリカとシラベ、そしてヒメナとロベルトがホラーの手に掛かるような映像が流れたから対処が出来た。

 その時はそれしか頭が回らなかったが、思い返せばあの時響も何か自分に対して何か言い掛けていた。

 あの時彼女は何を言おうとしていたのか?

 自分が考えていたのと同じ事だったのか、または別の事だったのか…。

 いずれにしても、聞いておくべきだったかと少し後悔している。

 特に、()()()()については…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青空の下、一面に拡がる白い花畑。

 その中心に、2人の少女が手を取り合って立っていた。

 1人は、立花 響。

 もう1人の少女から何かを手渡され…託されたかのように清清しい笑顔を浮かべている。

 そしてもう1人、響の前に居るその少女は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(どうして…君がそこに居るんだ…?)」

 

 

 

 

 

 立花 響…何故彼女がその花畑に居るのか。

 

 

 

 

 

 何故、()()と共に居るのか…。

 

 

 

 

 

 結論が出せるのは、もう少し先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子ですか…。」

 

 

 

 

 

 ようやく、見つけました…。

 そう呟いたのは、遠方からレオン達の様子を見る謎の男。

 彼の視線の先には、ヒメナに手を引かれて歩いているロベルト・ルイスの姿が。

 やがて彼等の姿を見送ったその男は踵を返し、その場を後にする。

 

 

 

 

 

「もう少しです…どうか、今暫くの間お待ちください…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラ様…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第11話「或いは定められし必然か」後編

「ん…。」

 

 暗闇の視界に光が差し込む。

 閉じられし瞼を開き、眠りから目覚めよと優しく促すその光に釣られ、少女…立花 響は目を覚ます。

 その一連の行為に、響は初めてヴァリアンテで目を覚ました時も同じような感じだったなと思うと同時に、前回とは違って目覚めと同時に意識もはっきりとしている事に気が付き、身体を起こして辺りを見回してみる。

 

「ここは…。」

 

 見上げた天井、寝ているベッド…ルイス一家の下で暮らしていた時とは違いながらも見慣れた景色を見て、響は確信した。

 ここはS.O.N.G.本部の病室であると。

 つまり…帰ってきたのだ、元の世界に。

 すると響から見て右手の方にある病室の扉が開き、そこから検診の為か看護婦が姿を現した。

 大方まだ寝ていると思っていたのだろう、看護婦は響の姿を見てあっと声を挙げるも、すぐに自分のやるべき仕事へと取り掛かった。

 具合はどうだなど軽い質疑応答をして検査を終えると看護婦は問題無しと判断したのか司令を呼んでくると言って病室から出て姿を消した。

 それから数分後、再び病室の扉が開き人が入ってくる。

 ただしその人物は先程の看護婦ではなく屈強な肉体を持つ男性であり、響にとって大切な人の1人。

 

「響君。」

「あ、師匠!」

 

 S.O.N.G.司令官、立花 響の師匠こと風鳴 弦十郎だった。

 彼は響の姿を見るや安堵の一息を吐き、そのまま響の寝ているベッドの横にある椅子に座った。

 

「クリス君達から大まかな話は聞いた。ともかく…無事で何よりだ。」

「いえそんな…私の方こそすみません、こんな事になっちゃって…。」

「いや、今回の件は全て俺の責任だ。すまなかった、君をあんな目に合わせてしまって…。」

「いやいやいや!顔を上げてくださいよ!そんな事されると身体がむず痒くなっちゃいますよ…!」

 

 普段見せない弦十郎の態度にあたふたする響。

 その仕草がやはり目の前に居るのはあの立花 響なのだと、変わらぬ姿で帰ってきてくれたのだと弦十郎の心を一層安堵させる。

 

「詳しい事情聴取などは、後日改めて行うとしよう。今日はこのまま身体を休めてくれ。」

「はい、分かりました。」

「うむ…さて、そろそろ()()が来る頃合だろうから、俺はこれで失礼させてもらうよ。」

 

 弦十郎はそう言うと確定している次の来客への配慮か足早に病室の扉へと向かうが、扉を開ける前に響の方へと向き直り、今一度響に向けて謝罪と感謝の言葉を述べる。

 

「最後にもう一度だけ言わせてほしい…すまなかった、そして…よく帰ってきてくれた。」

「…はい!」

 

 響はその言葉に精一な返事を返すと、弦十郎はふっと笑みを浮かべて、今度こそ部屋を後にした。

 弦十郎が部屋から去った後、響はどうしようかと再びベッドへ身体を預ける。

 弦十郎が言っていたのは間違いなく彼女の事なのだろうが、どうやって彼女を迎えようか。

 何せ彼女は響にとってこちらの世界で一番会いたい人物である。

 きっと多大に心配しているであろう彼女に対してまさか気軽にただいま~なんて言える訳がないし、もしかしたらロクな説明も無しに向こうの世界へと渡ってしまった自分に対して怒っているかもしれない。

 それこそゴメンゴメンで済む話ではないので、彼女を宥める為の言い訳も考えねばなるまい。

 さてどうするかと響は腕を組んでらしくもない唸り声を上げるも、勢いよく開かれた扉の音に驚き、さらにそこに立っていた人物を見て衝動で思考が停止する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響…!」

 

 

 

 

 

 分かっていた、彼女がここに居るという事は。

 

 

 

 

 

 

「未来…!」

 

 

 

 

 

 分かっていた、彼女がここに来るという事は。

 しかし実際に目の前にして、()()が目の前に居るのが現実なのだと知らされて…。

 何て声を掛けようか、どうやって会おうか…お互いに抱いていたそんな悩みなど、現実は一瞬で吹き飛ばしてくれて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響ぃ!!」

「未来っ!!」

 

 

 

 

 

 2人はお互いの身体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「響…良かった…本当に無事で…!!」

「未来…ごめんね、急にこんな事になって…。」

 

 響の想い人である小日向 未来はその瞳からとめどめのない涙を流し、未来の想い人である響もまた、目尻に熱いものが込み上げてきている。

 

「未来…。」

 

 お互いこんな状態で、まともに言葉を交わす事など出来はしない。

 だからたった一言だけ、響は未来に告げる事にした。

 心配されたり、怒られたり…たとえどんな形で再会したとしても…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。」

 

 

 

 

 

 絶対に伝えたかったこの言葉を。

 

 

 

 

 

「お帰りなさい…響…!」

 

 

 

 

 

 今日この日、立花 響は帰還した。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「すみませ~ん!遅れました~!」

「ったく、遅せぇぞ!」

「ごめんごめん!冬休みの宿題が全然終わらなくって~!」

 

 それから2日後、響と未来はS.O.N.G.発令室へと顔を出していた。

 先に来ていたクリスが遅いと声を上げるも、今回ばかりはこの言い訳が通用してほしい所だ。

 何せ病室で目が覚めた時点で次の学期が始まる4日前、つまり明日には新学期だ。

 こういう時漫画やアニメではお互いの世界で流れている時間が都合良く違ったりするものなのだが、どうやらそんな事は無かったようであり、お陰で今年の冬休みの思い出は分かるようで分からない、少しだけ分かっている別国で過ごすというとんでもなくよく分からないものとなってしまった。

 

「多分に漏れぬその姿…やはり変わらぬな、立花。」

「翼さん!マリアさん!ライブツアーお疲れ様です!あ~見たかったなぁ~ライブ~…。」

「ライブビューイングの映像なら録画してあるから、後で一緒に見ましょう?調と切歌も見たがってるし。」

 

 そしてその被害を受けたのは彼女達(きりしらコンビ)も同様であり、調は調なりに力一杯頷き、切歌は切歌なりにデスデスとうるさくしている。

 そんな2人の表情はとても喜びに満ち溢れており、そしてそれは自分も変わらない。

 何せずっと会えていなかった者達が目の前に居り、そしてこれから同じ時間を共有しようと直々に持ち掛けてきてくれたからだ。

 

 “風鳴(かざなり) (つばさ)”と“マリア・カデンツァヴナ・イヴ”。

 

 世界を股に掛ける2大歌女(アーティスト)でありながら、自分達と同じシンフォギア装者でもある。

 彼女達とは仕事の都合上ただでさえ会える機会が少ないにも関わらず今回の事件とのバッティングである。

 起きて欲しくない奇跡もあるものだと痛感させられたものだ。

 

「盛り上がっている所悪いのだけれど、話を進めてもらっても良いかしら?」

 

 そんな感傷に耽っていた響の耳に水を差すような言葉が聞こえてきた。

 その声を聞いた瞬間、響の中で高ぶっていた思いは四散し、その声を上げた人物の姿を見てさらにその心は落ち込んでしまう。

 こちらもまた、起きて欲しくなかった奇跡のようなものだ。

 

「アンジェさん…。」

 

 魔戒法師、アンジェ。

 数日前に別れたきりの彼女の姿が、そこにはあった。

 

「その…すみません、気付かず巻き込んでしまって…。」

「良いわ。それにあれは私の落ち度よ、貴女が気にする事じゃない。」

 

 響の言葉に気にしないと答えたアンジェではあるが、その様子はやはり話の催促を促しているようだ。

 それを見越した弦十郎が集まった一同を一目見て、声を上げる。

 

「うむ…では全員揃った所で、改めて今回の一件について纏めるとしよう。まずはプロメテウスの火によってワームホールが形成されるまでの流れからだ…緒川。」

「はい。」

 

 弦十郎の指示に従い、黒のスーツに身を包んだ若男…“緒川(おがわ) 慎次(しんじ)”が手元の資料を読み上げる。

 彼は普段歌女(アーティスト)風鳴 翼のマネージャーを表の顔としているが、裏ではS.O.N.G.の凄腕エージェント(NINJA)としての顔を持っている。

 

「…以上です。」

「うむ…誰か、この時点で気になるような事はあるか?」

 

 そんな彼によって読み上げられた一連の出来事を元に弦十郎が問い掛けると、マリアがそれに応え手を上げた。

 

「立花 響、貴女に聞きたい事があるの。プロメテウスの火が起動したのは貴女の絶唱によるものだと説明があったけれど…何故その時絶唱を?司令からは疲労によるものだと聞かされているけれど、普通疲れているからといって絶唱なんて口にするものじゃ無いわ。」

「私もよく分からないんです…ただ…。」

 

 マリアが提示した疑問は、弦十郎達もかねがね気にしていた事。

 響も提示された問いに答えようとするも、途中でうーん…と顔をしかめて答えを言い淀めてしまう。

 が、話すべき事だと判断したのか、しかめた顔はそのままに、恐らく自分しか体験していないであろうあの現象について言葉にする。

 

「あの聖遺物を見た時から、変な光景が頭の中に流れてくるんです。あの時もそれが見えて…師匠に呼ばれるまで全然意識が無かったんです。」

「変な光景?」

「はい。ガロが炎の中で膝を付いてて…あの時はまだ朧気というか…よく分からなかったんですけど…。」

「ガロ…君達が向こうの世界で出会ったという…。」

 

 弦十郎達には既に向こうで起きた事や知り合った人物達の事は伝えてある。

 だからこそその時に黄金騎士の姿を見たという響の発言が気になるのだ。

 

「当時知り得もしないガロの存在が脳裏に過り、その間意識が無かったと…成程、しかし何故そんな事が…?」

「それについての明確な答えにはなりませんが、紐を解く鍵になりそうな事なら…。」

 

 その疑問に声を上げたのはエルフナインであった。

 彼はそう言うと自前のノートパソコンを広げてキーボードを打ち込み始める。

 

「ボクの方で皆さんとプロメテウスの火との適合係数を調べてみたんです。そうしたら…。」

 

 そしてエルフナインが一同に見せたのは、装者6人分の身体データと、プロメテウスの火との適合率と書かれたグラフであった。

 そのグラフは概ね全員同じ位に伸びているのだが、1人だけ群を抜いて伸びているグラフの持ち主が居た。

 その人物の名は…立花 響。

 

「響さんが1番適合係数が高かったんです。いや…この数値の結果から、むしろ響さんしか適合している人が居ないとさえ言える程です。」

「明らかに群を抜いた適合係数…それが鍵になる…?」

「響さんの見た光景というのが今一掴み所の無いものなので何とも言えませんが…関連性は十分有り得るかと。」

 

 何かを調べるのならば同じ目線で立って臨むのが1番の理想であるが、もし本当に適合係数が関係しているのであれば、一体どうやって同じ土俵に立てと言うのか。

 軽く突き放された真相への筋道は奈落の底へ。

 究明はどこまでも時間が掛かりそうだ。

 

「私からも少し良いだろうか?」

 

 そんな沈黙を破ったのは現代が誇る防人、翼であった。

 

「立花、その光景を見るようになったのは初めてあの聖遺物を目にした時から、と言っていたな?ならば…その光景というのはあの聖遺物から直接立花に向けて送られているもの、という事なのだろうか?」

 

 翼が掲示したのはある種事実確認のようなものであったが、こういった場では彼女のように些細な事でも口にした方が良い。

 たとえその事実を既に当たり前と把握している人物からしても、再度の確認という事で無駄にはならない。

 

「その可能性は極めて高いです。プロメテウスの火が何らかの意図を以て響さんにその光景を見せている可能性は多いに考えられます。」

「ちょ、待て…って事は、あの聖遺物には意思があるって事か!?」

「有り得ない話ではありません。自我を持つ聖遺物なら自律行動型聖遺物であるネフィリムも似たようなものですし、聖遺物から適合者に向けて何らかの働きを掛けてくるのはダインスレイフもその対象です。」

 

 何よりそれを当たり前と把握していない人物も居るかもしれないから、余計重要な事となる。

 まぁその人物の中にクリスが居た事には、休日は映画鑑賞に努めている彼女の事だから似たような状況を映画で見ているかもしれないと考えていた翼も少し驚いていた。

 

「しかし他にも可能性が無い訳ではありません。プロメテウスの火に自我や自律行動を取るプログラムが無いとするならば、考えられるのは…プロメテウスの火を通した外部からの接触、でしょうか?」

「その場合その外部とは一体何者なのか、そしてその目的とは…謎は深まるばかりね。」

「不本意ではあるが、あらゆる存在に対して疑念を掛けなければならないな。S.O.N.G.へ調査命令を出した政府に、提供元であるヴァリアンテ王国…こちらも疑い出したらキリが無いな。」

「その点に関しては八絋の兄貴や事務次官殿も間に入っているから問題は無いだろうが…あらゆる観点から物事を見なければならないのは間違いないな。」

 

 考えれば考える程深みに嵌まっていく話である。

 ちなみに弦十郎が言った八紘の兄貴というのは“風鳴(かざなり) 八紘(やつひろ)”という弦十郎の実の兄の事であり、事務次官は“斯波田(しばた) 賢仁(まさひと)”という人物の事である。

 八紘が内閣情報官、賢仁が外務事務次官というポストに就いており、どちらもS.O.N.G.の政治的案件を支えてくれる頼もしい人達だ。

 

「他には無いか?…よし、ならば話をワームホール先のヴァリアンテ王国からの帰還まで進めよう。」

 

 そして弦十郎はこれ以上はキリが無いと判断したのか、本題の話を先へと進める。

 その指示に従い緒川は再度手元の資料に目を通しながら、装者達それぞれの魔戒の者達との出会いやホラーとの戦闘など、こちらの世界への帰還までの流れを声に出した。

 

「…ここまでが帰還までの一連の流れです。何か事実と相違はありましたか?」

「いや、特には無いな。お前達は?」

「私も特には無いです。」

「デース。」

「私も無いかな。」

「うむ、では何か気になる事は…と言っても、現地に行っていない俺達からすれば、どれも根掘り葉掘りと言いたい所だが…緒川、その辺りの調べはどうなっている?」

「報告を受けてから色々と調べてはいますが…現状魔戒騎士やホラーといった情報はこれと言って掴めていません。ただ調査の中でヴァリアンテ王国の歴代国王の中に、アルフォンソ・サン・ヴァリアンテという名の人物が居た事が分かりました。」

 

 聞き慣れた名前が出てきた事で響達の注意が強く緒川へと向けられる。

 彼女達の期待に応えられる内容になるかはともかくとして、緒川はそのまま得られた情報を口にした。

 

「彼が国王となっていたのは今からおよそ700年程前の中世後期初盤でした。彼が皆さんの言うアルフォンソ・サン・ヴァリアンテと同一人物かは分かりませんが、もしそうだとしたら、あのワームホールが通じている先は今から700年程前のヴァリアンテ王国だと推測出来ます。」

「装者一同が言及してくれた街の様子などを鑑みても、当時の建造物その他の技術的背景は一致します。」

 

 緒川の説明に朔也も交ざり、向こうの世界の時代考察が語られる。

 日本の歴史で言えば鎌倉時代末期の話であるが、当時のそれぞれのお国事情を知らないとはいえ、教科書で見た鎌倉幕府よりもあのヴァリアンテ国の方が何だか“良い国(1192)”してたような気がする。

 

「うむ…先程エルフナイン君が提示した可能性も含め、ヴァリアンテ王国とは今後も交信を続けていかなくてはならないな…エルフナイン君、例の彼女の所有物だというあの物体について何か分かった事は?」

「調べていますが、まだ何とも…ただ、聖遺物特有のアウフヴァッヘン波形が検知されない事から、あの物体が聖遺物由来の物という可能性はあまり無いと考えられます。」

 

 それはさておき(完全に話がそれた)

 次に弦十郎が問い掛けたのはアンジェが所持していたあの謎の物体について。

 しかしその答えは響達が予想していたものとは違ったものであった。

 魔戒剣や鎧のような高度な物を作れる魔戒の技術で作られた物では無いらしいので、てっきり聖遺物かと思っていたのだが、結果は外れ。

 向こう側の案件である魔戒の技術ではなく、こちら側の案件である聖遺物でもない。

 ただでさえややこしい事情を多く抱えているというのに、ここに来てまさかの第3の可能性が浮上するかもしれない事態に頭を抱えたくなるが、弦十郎は努めて冷静に次の案件へ話題を移す。

 

「うむ…では、ワームホールやプロメテウスの火についてはどうだね?」

「ワームホールに関しては大分勝手が分かってきました。説明すると少し長くなりますが…。」

 

 エルフナインがちらりと弦十郎へ目配せをする。

 こうしてわざわざ確認するような仕草を取るあたり、本当に少し長くなるのだろう。

 しかし弦十郎はそれでも構わないと小さく頷き、話の続きを施した。

 

「分かりました、ではご説明しますね。あのワームホールは今ボク達が居るこの空間とアンジェさん達が住んでいるヴァリアンテ王国とを繋げるものではありますが、ワームホールとしての機能が常時働いている訳ではありません。ワームホールの付近で装者の皆さんが絶唱を歌う事により、ワームホールの中央に存在しているプロメテウスの火が起動、それと同時に入口であるブラックホールとしての機能がごく小範囲かつ限定された対象に働き、自動的に対象は出口であるホワイトホールへと出て移動が完了します。ここで言う対象というのはこれまでの記録から、ワームホールの入口から3メートル圏内に存在する生命体であると考えられます。」

「…成程、つまり私はあの時まんまと近付き過ぎて巻き込まれたと。」

 

 事実は彼女の述べた通りだ。

 響達がこちらの世界へ帰還したあの日、アンジェはヴァリアンテへと戻っていたのだ。

 彼女は一応挨拶でもと、戻ってきて1番にルイス一家の居る宿へと向かったのだが、その時の時間がちょうど一家とアルフォンソ、そして響達装者がワームホールへと向かって出発していた時と重なり、彼女は誰も居ないと首を傾げたそうだが、もしやと思って遺跡の方へと向かっていったら案の定響達がワームホールの側に居た。

 レオン達の姿も視界に捉え、何故あんな遠くに居るのかと疑問に思ったらしいのだが、取り敢えず話し掛ける分には問題無いだろうと響達に近付いた所、彼女の存在に全く気が付かなかった装者達がワームホールを起動、斯くしてアンジェは無事響達の渡航に巻き込まれたという訳だ。

 装者達もアンジェも話を聞いた時は揃って目の前が真っ暗になったが、1人でも良いから気付くべきだった、もっと早く声を掛けるべきだったと、今はお互いに反省の色を示しているので、良しとしている。

 

「さらにあのワームホールは響さんのガングニールと併用する事で入口と出口を作り替える事が可能であり、これによってこちらの世界と向こうの世界を行き来する事が出来ます。また、あのワームホールはプロメテウスの火に強く依存している事も推測出来ます。と言うのも既存の法則に基づいた場合、あのワームホールがあそこに存在しているのはあまり現実的な話では無いからです。詳しい説明は…この部屋が響さんや切歌さんの?マークで埋め尽くされてしまいそうなので控えさせてもらいますが、ともかくあのワームホールは現代の理論で問題視されている箇所を全てクリアしているんです。そんな不可能とも言える話を可能に出来るとしたら…。」

「神のみぞ…とどのつまり、聖遺物の力に他ならないか…。」

「はい。故にあのワームホールからプロメテウスの火を引き離すと、最悪ワームホールが消滅する可能性があります。なのでプロメテウスの火単体での調査は現状難しいものかと。」

「引き離すって…そんな事出来るのか?」

「一応は可能です。何の理論も無しに無理矢理引き剥がす形にはなりますが…。」

「それはまた中々に一直線な方法ね…。」

 

 マリアが苦笑を漏らしながら何故か横目で響を見やる。

 一体何を考えているのであろうかと翼は目ざとくマリアの様子に気付きながらも自身の見解を口にする。

 

「となるとプロメテウスの火単体での検分は実質不可能…彼女の所持品であるそれといい、早くに根幹を暴きたい所存ではあるが…。」

「はい、ボクも一層の尽力を尽くします。」

「無理はしないでね。」

 

 しかし最悪はその強引な手段を取らざるを得ない状況に陥るかもしれない。

 その場合の手段として最適なのは、やはり立花か…。

 そうなるとマリアのあの視線も邪一辺倒と見るべきではないであろう。

 半分以上期待を込めた感想ではあるが。

 

「では纏めると…あのワームホールが繋がっている先は今から約700年前と思われるヴァリアンテ王国であり、君達はそこで魔戒騎士やホラーといった者達と邂逅。ノイズの出現も確認した。そして帰還後もワームホールは健在し、今に至ると…。」

「そうでなければ困るわ、私が帰れなくなる。」

 

 アンジェの鋭い言葉を語尾にし、簡潔に物事を纏めた弦十郎は一瞬ふむ…と熟考した後、声高らかに今後について言及する。

 

「では今後の方針としてはプロメテウスの火とアンジェ君の所持品であるあの物体、魔戒騎士やホラーを始めとした向こうの世界の調査が主目的となる。引き続きワームホールや響君が見た幻覚についても調べなくてはならないな。」

 

 そして彼は装者一同を見渡して、更に言葉を紡いでいく。

 

「なにぶん今回の件は今までとは一線を画する…装者の皆もこれから先何が起こっても対処出来るよう、一層気を引き締めて今回の件に挑んで欲しい。」

 

 彼の言葉を聞いた装者達は声に出す事こそ無かれ、皆一様に力強く頷いた。

 

「アンジェ君、君にも随時協力を要請する事になるだろう。その時は…。」

「良いわ。こちらも知りたい事は色々あるし。」

 

 アンジェ本人からも協力の意を示してくれた事で、今回の話し合いは終わりを迎えた。

 

「では今日の会議はこれまで!全員、解散!」

 

 

 

 

 

 これで装者、魔戒騎士共々一端の休息を迎える事となる。

 これから先彼女達に何が待ち受けるのか、今回の事件の真相は一体何なのか。

 その答えは彼女達が再びあの世界へ向かったその時から、少しずつ紐解かれていく事になるだろう…。

 

 

 

 

 




・想い人

→こう書かないと○されそうな気がした


・アーティスト=歌女

→シンフォギアGを見返した時に1番頭に残ったSAKIMORI語


・忍者では無くNINJA

→ドーモ。最近「ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン」を見たワタシダです


・中世後期初盤

→某サイトを参考に自分なりに考えてみた結果当て嵌めるとしたらこのあたりじゃないかなぁと…


・1192だったり、マリつばのくだりだったり

→この辺は完全に深夜のノリです、お気に為さらず


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幕間「ゆるフォギア」

「ゆるがろ」×「戦姫絶唱しないシンフォギア」=「ゆるフォギア」!

という事で次のお話行く前にちょっと息抜き

※本編との差別化の為、地の文無しの台本形式とさせて頂きます



【アンジェという女 1】

 

 

弦十郎「では今日の会議はこれまで!全員、解散!」

 

 

エルフナイン「…という事でアンジェさん、不自由を掛けるとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。」

 

 

アンジェ「そんな畏まらないでも良いわ。同じ錬金術師同士、仲良くしましょう?」

 

 

エルフナイン「はい!分からない事があったら何でも聞いてください!」

 

 

アンジェ「そう…じゃあ早速なんだけど、貴女がさっきから使っているそれは一体何なの?気になってしょうがないんだけど…。」

 

 

エルフナイン「これですか?これはノートパソコンといって色んな情報を扱う事が出来る機械ですよ。」

 

 

アンジェ「ノートパソコンねぇ…何だかそう思うとそこかしこ気になるものだらけじゃない…ねぇ、あれは一体何?こっちのこれは?あと彼等は一体何をしているの?」

 

 

エルフナイン「え?えっと…あれはモニターと呼ばれるもので、こっちのこれはコンソールというもので、彼等はこのコンソールを使って色々な事を…。」

 

 

アンジェ「ふーん…何だか無償に触りたくなるわねこれ…ねぇちょっと代わって頂戴な。えーっと見よう見まねで…あ、成程へーこうやって使って…わ、何かいっぱい出てきた!」

 

 

あおい「ちょ、ちょっと貴女何してるの!?」

 

 

朔也「うわぁ何だこの人!?どうやってパスワードを解除して!?」

 

 

アンジェ「うわ何これ!?え、アルカ・ノイズ!?…あ!錬金術の事とか書いてある!ファウストローブ?何これすごいすごい!!」

 

 

エルフナイン「ア、アンジェさん!気持ちは分かりますけど、どうか落ち着いて…!」

 

 

響「…ア、アンジェさんってあんな人だったっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アンジェという女 2】

 

 

響「ところでアンジェさん、あのアンジェさんが持ってたあれって何処で見つけた物なんですか?何でアンジェさんはあれを持って…?」

 

 

アンジェ「あぁ…そういえば詳しく話した事は無かったわね。あれはね、私の父が遺した物なのよ。」

 

 

響「アンジェさんのお父さんが…?」

 

 

アンジェ「えぇ…実は私、生まれた時に両親とは生き別れになってね…私は貴女達に出会うまでは父の行方を追っていたの。と言っても、父の居た場所に辿り着いた時には、父はもう…ね。」

 

 

響「あ…すみません、変な事聞いちゃって…。」

 

 

アンジェ「大丈夫よ…で、そんな父が遺していった物の中にあれがあったのよ。他にも色々な物はあったけど、あれには何故だか妙に惹かれてね…勝手だけど、形見として持たせてもらっていたのよ。」

 

 

響「そうだったんですか…じゃあ早くあれの謎を解明しないとですね。」

 

 

アンジェ「えぇ、そうね。でも意外だったわ、私はてっきりあれは父が作った魔導具の一種かと思っていたけれど…ましてや貴女達の言う聖遺物?でも無いんだなんて…父はそれこそ何処であんな物を…?」

 

 

響「アンジェさんのお父さんも、アンジェさん達と同じ魔戒の人だったんですか?」

 

 

アンジェ「えぇ、父は結構有名な魔戒法師だったのよ。」

 

 

響「そうなんですか!」

 

 

アンジェ「えぇ。生まれてから一度も会った事の無い私の父…あれの正体を解明する事で、そんな父の事を少しでも知れたらと思っているわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【事実のそーい 1】

 

 

未来「あの…今更なんですけどさっきの会議、あれって私が居て大丈夫だったんですか?」

 

 

弦十郎「うむ、むしろ居てもらわないと困るんだ。我々は引き続き向こうの世界の調査を行うが、向こうの世界とこちらの世界で流れている時間は互いにリンクし、同じ時間が流れている。という事は、これから先の調査は必然的に明日から始まる学校生活に干渉する事となる。本来ならば学生としての本分を優先させたい所だが、残念ながら先程エルフナイン君が話した通り世界の行き来には響君の力が必要不可欠となる。無論教師の方々や響君のご家族には適切な説明をして、十分な措置を取ってもらうつもりだが、それでも響君の学友にまでは逐一話は出来ないものでな…。」

 

 

未来「それで私が事情を知った上で…。」

 

 

弦十郎「説得などを行って欲しい、という事だ。頼まれてくれるかね?」

 

 

未来「もちろんです、それが響の帰る場所を守る事に繋がるなら。」

 

 

弦十郎「すまない、友人達を騙すような真似となってしまうが…よろしく頼む。」

 

 

切歌「ななな、何と!それはもーてんだったデス!アタシがロベルトに会いに行っている間にもこっちの時間は流れているから…大変デース!調、急いでアタシ達の学年の誰かにこの事を伝えなければデス!」

 

 

弦十郎「あぁ、切歌君達は心配する必要は無いぞ。」

 

 

切歌「へ?」

 

 

弦十郎「言ったろう、本来ならば学生としての本分を優先させたいと。世界の行き来に必要なのは響君の力であるし、今回は本格的な調査となるからな…次に向こうの世界へ渡るメンバーは響君と翼、マリア君の3人を見当している。」

 

 

切歌「(゜ロ゜)」

 

 

弦十郎「とは言え、流石に翼とマリア君ばかりに調査を任せる訳にはいかんが…君達には学生としての生活もあるしな…最悪、今度の学期が終わるまではメンバーの交代は無しと考えるべきか…?」

 

 

切歌「…するデス。」

 

 

弦十郎「うん?何だって?」

 

 

切歌「やり直しを要求するデス!!メンバーの!!人選を!!でないとアタシの愛と怒りと悲しみがシャイニングファイヤーデスよ!!」

 

 

弦十郎「うぉ!?どうした急に!?何があった!?」

 

 

調「しまった…切ちゃんがロベルトにぞっこんっていう事実の相違をすっかり忘れていた…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【事実のそーい 2】

 

 

未来「それにしても不思議だね、響の見た夢?というか何というか…。」

 

 

響「うん、どうしてあの時私はレオンさんの事…。」

 

 

未来「レオンさんって、確か響の見たそれに出てくる黄金の鎧の…。」

 

 

響「うん、向こうの世界でいっぱいお世話になったの。」

 

 

未来「へぇ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな人?」

 

 

響「へ?」

 

 

未来「そのレオンさんって、どんな人なの?」

 

 

響「レオンさん?えっと…ちょっとぶっきらぼうな所はあるけど…。」

 

 

未来「うんうん。」

 

 

響「強くて…。」

 

 

未来「うんうん。」

 

 

響「優しくて…。」

 

 

未来「うんうん。」

 

 

響「とっても良い人だよ!」

 

 

未来「へぇ…そうなんだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も会ってみたいなぁ。」

 

 

響「お、未来もレオンさんの事気になる?私も未来の事、レオンさんに会わせたいと思ってたんだ~。私の大親友の未来ですって!いつか2人を会わせられると良いな~!」

 

 

未来「そうだね、その時は私もレオンさんにお礼を言わなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

響がお世話になりましたって…ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオン「…っ!?」

 

 

ザルバ「どうしたレオン?」

 

 

レオン「いや…何でもない。」

 

 

 

 

 

レオン「(何か妙な寒気がしたが…気のせいか?)」

 

 

 

 

 



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第12話「次代-Robert-」

絶対ならないと思っていた平成ライダーロスに陥ってさぁ大変な今日この頃



「えいっ!!やぁっ!!たぁっ!!」

 

 青く広がる晴天の下、幼い男児の声が辺りに響き渡る。

 ヴァリアンテ王国の首都サンタ・バルド郊外のとある遺跡、その敷地内に無造作に散らばる石造りの柱に懸命に手製の木棒を叩き付けている少年が発している声だ。

 少年の名は、ロベルト・ルイス。

 現在彼が行っているのは将来を見越した、立派な修行だ。

 そんな彼の姿を、赤い髪をした1人の青年が厳しめの目差しでもって見守っていた。

 青年の名は、レオン・ルイス。

 ロベルトの実兄で、彼に稽古をつけさせている師匠でもある。

 そしてレオンのすぐ側には敷地に横たわる石柱を椅子代わりとし、レオンとは対照的に笑顔でロベルトの事を見守っている少女と、青い長髪をそよ風に靡かせながら時に少女のように優しく、時にレオンのように厳しくロベルトを見守る女性の姿が。

 立花 響と風鳴 翼だ。

 2つの世界を繋ぐワームホールが形成されてから1ヶ月が経過して間もなく。

 未知なる世界、未知なる存在を解明する為に本格的な調査をと再び派遣され、その責務を全うする日々を過ごす中、今はこうしてこちらの世界で知り合った者達の日常にお邪魔させてもらっている。

 これも調査の一貫になるだろうかなどと考えながら、響はふと首元から下がるシンフォギアのペンダントに触れる。

 

―響さんが向こうの世界へ渡ってすぐにガングニールの力を使えなかった理由ですが…これはワームホールの入口と出口の相転移という本来想定されていない使い方をした事によるオーバーワークが原因のようですね。もちろん改善の処置は施してみますが…想定外を想定内にするのは少々鬼門でして…次の調査までに改善されるかどうかは、あまり期待はしないでください…。

 

 この世界に来て初めてホラーの脅威に晒されたあの日の光景が脳裏に過る。

 結局エルフナインが言った通り改善は困難なものとされ、対策を得る事無く今回の調査へ乗り出す事になった。

 なので世界を渡って数日はガングニールの力を使う事は出来ず、ガングニール自身による自己修復を待つ必要がある。

 その期間は約4、5日程。

 そんな時に前回のような事態が起きてしまったらと最初は危惧していたが、響が再びこの世界に来て今日でちょうど5日目。

 今朝確認の為にギアを起動させた所、問題なく展開された為その心配は杞憂に終わったのだ。

 そうとは知らず前回は大変な目に会ったと、一緒に居たアンジェにも多大に迷惑を掛けたものだと響は自嘲気味に1人笑う。

 ちなみにそのアンジェだが、彼女は再び自分達の前から姿を消した。

 当然ながら今回の調査には彼女を元の世界へ帰すという目的があったのだが、その際に彼女はS.O.N.G.に提供していたあの物体の返却を求めてきたのだ。

 元々彼女の所有物であるあの物体を預かったまま元の世界に帰すなどとはこちらも考えてはいないと、あの物体を彼女に返した後、一同はこちらの世界へ来た。

 そしてそのすぐ後に彼女は用事があると言って自分達と別れて、それっきりだ。

 アンジェがホラーに狙われていた理由があの物体だと彼女自身が言っていた為大丈夫だとは思いたいが、やはり心配ではある。

 連絡の1つでもくれれば…と響がアンジェの身を案じていた時だった。

 

「レオン!」

 

 遠くの方からレオンの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 呼ばれた本人や響、翼もその声がした方向をを見ると、濃紫の上着に身を包んだ青年がこちらへと歩いてきていた。

 

「やっぱりここだったか。」

「アルフォンソ…。」

「アルフォンソさん、おはようございます!」

 

 レオンに名を呼ばれたその青年はアルフォンソ・サン・ヴァリアンテ、このヴァリアンテ王国の王子である。

 

「また城を抜け出して来たのか?」

「あぁ、自由なのも今の内だ。それに…。」

 

 現在“クリスティーナ”という貴族の娘との交際が噂されていたり、近々現国王である“フェルナンド・サン・ヴァリアンテ”に代わり国王としての座に着く事も検討されていたりと話題に事欠かない人物であるとザルバがぼやくが、そんな事には目もくれず、アルフォンソはレオン達の前を通り過ぎていく。

 すると近付いてきたアルフォンソに気付いたロベルトがぱぁっと表情を明るくし、彼に走り寄った。

 

「アルフォンソ!」

「やぁロベルト、お前の顔を見ないと寂しくてな。」

 

 そんなロベルトに優しく語りかけるアルフォンソ。

 そう、彼がここに来た理由はロベルトの様子を見て癒される為なのだ。

 切歌ではないが、やはり彼にとって従弟のロベルトは可愛いものなのだろう。

 ロベルトもアルフォンソの事は見知った間柄だと挨拶もそこそこにぴょこぴょことその場を跳ねるが…。

 

「ロベルト!」

「あっ…お、おはようございます!」

 

 レオンの叱責ですぐさま高ぶっていた気持ちを正し、アルフォンソに挨拶の言葉を掛ける。

 アルフォンソも柔らかい笑みを浮かべながらおはようと返事を返すと、そのままロベルトの脇に手を通し、彼を持ち上げた。

 

「よっと…おぉ!また重くなったな!それに…ますます叔父上に似てきたぞ!」

 

 従弟の成長に喜びを隠せないアルフォンソ。

 それはレオンや響、翼も同様であり、この何気ない些細な幸せを噛み締めるが如く2人の様子を見守っている。

 

「さぁ~て、今日は何をする?魚釣りか?」

「うん!」

 

 そしてそのまま平和な日常の1ページが綴られるのだろうと思っていた矢先、ブォンッと風を裂く音が聞こえ、そうはさせまいと言わんばかりの半ば冷徹な声が辺りを支配した。

 

「鍛練だ。」

「うっ…うぅ~…。」

 

 他でもない実の兄からの指示。

 ロベルトは明らかに嫌そうな顔を浮かべながらも、渋々承諾をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていっ!!ふっ!!やぁっ!!」

「剣先がブレているぞ、手首だけで振るな!腰を落として…もっとだ!」

 

 レオンの指導の下、ロベルトの鍛練は続く。

 今度は動く的に対して攻撃を加える鍛練であり、ロベルトは必死にレオンの魔戒剣に木棒を叩き付けている。

 そんなロベルトの様子を見て少し可哀想なのではと思いながらも他人の家の敷居に無作為に上がる訳にはいかないと困り眉をしている響に、ただ鍛練の様子をじっと見つめる翼。

 2人はレオンとロベルトの邪魔をする訳にはいかないと黙って様子を見守っていたのだが、それを意に介さない者がここに1人。

 

「良いぞロベルト!その調子だ!お前には才能がある!流石叔父上の子だ!」

 

 アルフォンソだ。

 誰がどう聞いてもベタ褒めな声援に響も翼も苦笑いを浮かべる中、レオンが鍛練を中断してアルフォンソへと歩み寄り、苦言を漏らす。

 

「あのな、適当に褒めるな。」

「適当じゃない、ロベルトはまだ3歳だろう?それにしてはすごいぞ!」

 

 そんなレオンの苦言など真っ向から否定するアルフォンソ。

 翼も、確かに私もそんな幼少の頃から剣を握ってはいなかったなとぼやくが…。

 

「…俺は親父に、1歳から剣を握らされていた。」

「お前はお前だろう、ロベルトは…。」

「甘いな。」

 

 どうやら他人の話を意に介さないのはレオンも同じようで。

 その頑なな態度を前にしたアルフォンソは…堪忍袋の尾が切れてしまったようだ。

 

「子供に甘くて何が悪い!」

「ロベルトは俺の弟だ、口を出すな!」

「私の従弟でもある!」

 

 そのまま子供の喧嘩かと言わんばかりの口論を始め、互いに1歩も引かぬ意地の張り合いとなってしまったが…。

 

「あ~…ご両人?弟君を巡って言い争うのは構わないのだが…。」

 

 仲裁に入ったのは翼だ。

 しかしその様子は心底といった具合に呆れ返っている。

 何をそんなにと思いながらも2人は翼が指差す方向を見ると…。

 

「む~…。」

「「あ…。」」

 

 そこには2人に対して、そんな下らない喧嘩などするなと膨れっ面を向けるロベルトの姿が。

 まさかの愛弟からの無言の叱責に、レオンもアルフォンソも思わず押し黙ってしまう。

 そんな一連の出来事を見ていた響は、レオン達の意外な姿を見れたと嬉しく思う反面、冷ややかに固まってしまったこの状況をどう解せばいいのか分からず、ますますの苦笑いを浮かべるしかなかった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 同時刻、サンタ・バルドにある一軒の宿屋。

 何の変哲もないその宿屋…しかしそんな宿屋を切り盛りするには似つかわしくない淋しい声が漏れたのを、()()は聞き逃さなかった。

 

「はぁ…。」

 

 溜息を吐いたのは、ヒメナ・ルイス。

 洗濯物を全て干し終え一息吐いた…とは違う溜息の正体が気になり、()()はヒメナに問い掛ける。

 

「溜息なんて吐いて…悩み事でもあるのかしら?」

「マリアちゃん…。」

 

()()の正体は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 響や翼と共にこの世界へとやって来たシンフォギア装者だ。

 彼女は響や翼とは別行動を取り、今はこうしてヒメナの手伝いを行っている。

 手伝いの為にとエプロンを着用し、淡いピンク色の豊かな髪をかきあげながらこちらへと穏やかな笑みを浮かべるその姿は、同性のヒメナからして見てもとても綺麗でよく似合っていると感じさせる。

 

「ごめんなさい、何でも無いの…。」

「…貴女の実子(ロベルト)の事?」

 

 そんな彼女に迷惑を掛ける訳にはいかないとヒメナは否定の言葉を返すも、マリアのその優しさに溢れる見た目とは反する鋭い狙いがそれを許さなかった。

 

「今朝は魔戒騎士になる為の鍛練を、と言って翼達と出掛けていったわね…その様子だと、あまり心良くは思っていなさそうだけれど。」

 

 マリアはヒメナの横に座りながらも彼女の顔色を伺いながら会話を続けていく。

 そんなマリアの的確な発言にヒメナもこれ以上はぐらかす必要はないと思ったのか、その胸の内を彼女に打ち明けた。

 

「あの子が決めた道、なんだけどね…。」

 

 かのホラーとの一件以来、ロベルトは魔戒騎士としての鍛練に苦言を漏らさなくなった。

 それまでは遊びたいと駄々をこね、時にはヒメナの脚にしがみつきながら泣きべそを掻いて鍛練自体を拒む事が当たり前であった。

 しかし今のロベルトは鍛練の途中、その辛さで涙を浮かべたり不服そうな表情を浮かべる事もまだ多くあるようだが、絶対に途中で投げ出したり、鍛練を拒んだりする事は無くなった。

 彼がその鍛練の先にある未来をどれだけ見据えているかは分からないが、ロベルトの中で確実に何かが変わったの間違いない。

 本来ならば愛する息子の成長に母親として喜ぶべきなのであろう。

 しかし彼女が紡いだたった一言、二言の言葉で、マリアには彼女の言いたい事が分かった。

 

「魔戒騎士の仕事は命を賭ける…親からすれば、当たり前か…。」

 

 日夜ホラーとの戦いに明け暮れる魔戒騎士に、命の補償など無い。

 それは最強の魔戒騎士である黄金騎士 ガロ…レオン・ルイスでさえも例外ではない。

 ましてや、これから守りし者として力を付けていく者ならばなおさらだ。

 今朝送り出していった魔戒騎士の我が子が、その日の内に物言わぬ死体となって帰ってきたら…。

 その時の心境など想像に難くなく、そもそも想像したくもない。

 

「でも他に男の子の生き方なんて、私には分からないから…レオンに任せるしかないの。」

 

 出来る事なら魔戒騎士とは別の道を知って、それを歩んでほしい。

 しかしヒメナは他の生き方というものを知らなかった。

 彼女もまた、ここでの生活しか知らないからだ。

 無論今ヒメナが抱えているこの仕事を継いでくれると言うのであれば、それはそれで嬉しいのだが…。

 

「父親…貴女の夫も魔戒騎士だったのよね?」

「えぇ、そうよ…ロベルトは会った事ないけどね。」

 

 ふと、マリアが彼女の夫について問い掛けた。

 それは本来ならば彼女と共に子の行く末を導き、見守る存在。

 しかし彼女の夫はここには居ない。

 ヒメナは首元に掛けてある物に手を触れた。

 

「それは…?」

「昔、あの人がレオンに渡したの。ジルヴァって言うんだけど…最近はめっきり喋んなくなっちゃって…。」

 

 ヒメナの手の上に、人の顔を模したような装飾品が乗せられる。

 魔導具“ジルヴァ”…レオンの持つ魔導輪ザルバと同じく魔戒騎士と共に在るホラーであり、かつてはヒメナの夫の相棒でもあった。

 

「それは、何故…?」

「次に鎧を継げる人が現れるまでは、って…あの子が生まれる前までは、結構お喋りしてたんだけど…。」

 

 騎士の鎧は、基本的に一子相伝。

 しかし第1子であるレオンは既にガロの鎧を継いでいる。

 ならばその鎧は第2子であるロベルトに受け継がれるのが普通であり、明言こそしていないが彼自身騎士になろうという意思も見られる。

 しかしジルヴァはロベルトが生まれて以来自分に対しても、彼に対しても、誰にも口を聞かなくなった。

 鎧を継いだ人物とは言わず鎧を継げる人物が現れるまでは、と言う事は、将来鎧を継承できる者の事を指していると見て間違いないだろう。

 ならばそれはロベルトの事なのではないのか?

 しかしジルヴァはロベルトが産まれてから一度もその意思を示していない。

 ならばそれが意味するものは…。

 

「あの子は、あのまま魔戒騎士になっちゃうのかしら…?」

 

 単に修行が足りず、魔戒騎士として活動できる年齢では無いからかもしれない。

 しかしヒメナからすればそれは周りで自分しか抱いていない想いを後押ししてくれているかのように思えて…。

 不謹慎とは分かっているものの、子の幸せを想う親としては、ジルヴァがロベルトに何も言わないのは“資格がないから”と思いたいのだ。

 たとえロベルト本人が魔戒騎士としての道を望んでいたとしても…。

 

「…それは彼次第でしょうね。」

「そっか…そうよね…。」

 

 それに関して言える事は、マリアには何も無い。

 その答えを聞いたヒメナの哀しげな横顔を見るに耐えられず、マリアは居たたまれない気持ちを隠しながらその場を離れた。

 私で力になれるのなら喜んで。

 しかしどうしても口を挟めないこの事情…。

 “家族”というのは、とても重たい扉の先にあるものだと今一度実感しながら…。

 

 

 

 

 

「ねぇ…貴方ならこういう時、何て言うのかな…貴方ならこういう時、どうするのかな…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ね、へルマン…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒメナの淋しげな声が、青空の中へと消えていった…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 しばらく時間が過ぎ、夕方。

 遺跡の方ではロベルトの鍛練が終わり、一同は遺跡の高所に登って夕日を眺めていた。

 

「えへへ…ロベルト君寝顔可愛い♡」

「疲れて眠ってしまったか。」

「鍛練の後はいつもこうだ。」

 

 しかし夕日以上に目を引くのが、ロベルトの存在であった。

 彼は今レオンにその身を預けて静かに眠っている。

 その幼少ならではの無邪気な寝顔は、成程確かに切歌のような存在を生み出すのも納得だ。

 アルフォンソもまたロベルトの寝顔を笑みを浮かべて見ていたが、その視線をレオンの方へと向けると、浮かべていた笑みを潜ませ、彼にある問いを投げ掛けた。

 

「…やはり、厳しすぎるのではないか?」

 

 その言葉に、響と翼も浮かべていた笑みを変え、レオンを見る。

 そんな一同の視線を一身に受けるレオンは…愁いた眼差しを何処ともなく向けていた。

 魔戒騎士の使命は一言で片付けられる程お気楽で優しいものではない。

 森羅万象あらゆる生命が持つ負の感情、陰我を相手取るという事は、それだけ生命が持つ醜い側面を見続けなければならないという事。

 それが何十、何百と続いていけば、人間という豊かな感性を持つ種族で居る限り、いつかは心が折れてしまう。

 ましてやその醜い邪心を見せ付ける対象が、そしてその邪心にホラーがつけ込んだ対象が自分の肉親だとしたら…それでも、斬らなければならない。

 

「俺は…ロベルトに俺と同じ思いをさせたくないだけだ。」

 

 レオンはそれを、よく理解していた。

 だからこその態度なのだと、彼はそれだけの思いでロベルトと向き合っているのだ。

 

「だから厳しく当たるという訳か…。」

 

 アルフォンソもその気持ちは理解できる。

 しかし彼の意見には足りないものがあるとして、それを指摘する事にした。

 

「我が師匠、ラファエロ殿も厳しい御方だった。だが私には、ヴァリアンテを守るという覚悟があったから耐える事が出来た。」

 

 アルフォンソの魔戒騎士としての始まりは先代堅陣騎士、“ラファエロ・ヴァンデラス”との出会いから始まった。

 アルフォンソは彼から魔戒騎士としての修行を受け、そしてその称号を継いだのだが、その修練の日々は過酷という言葉も生ぬるいと言える程であった。

 それでも彼が鎧を継いだのは彼が魔戒騎士である前に、この国の王子であり、民を守るという強い想いがあったからだ。

 しかしロベルトは…。

 

「ロベルトはまだ幼い、魔戒騎士としての経験を積む事が本当にこの子にとって幸せな事なのか…?」

 

 その問いにレオンは終ぞ答える事は出来ず、響と翼もまたその話に入る事が出来なかった。

 力になりたい想いは一杯なのに…。

 しかし彼等の淵に心身を投げ入れるには、自分達では土足が過ぎる。

 仲間である筈なのに敷居が高いと、2人の想いは夕日が作る影に消えていった…。

 

―――――――――――――――――――――

 

「ただいま、ヒメナさん。」

「ヒメナさん、マリアさん、ただいまです!」

 

 それからまたしばらくして、一同は宿へと帰ってきた。

出迎えたのはマリアであったが、その表情はどこか思わしくない。

 

「おかえりなさい。早速だけれど、非常に残念なお知らせよ。」

「凶報だと…?」

 

 訝しむ一同の為に、マリアが身を退ける。

 先程返事こそしなかったが、リビングにはヒメナが居り、その手には何かが握られている。

 本来綴られるそれとは全く違う、不気味な程に真っ黒な封筒…。

 

「「っ…!」」

 

 

 

 

 

 番犬所からの指令書だ。

 

 

 

 

 




・喋らない魔導具ジルヴァ

→ただ原作より頑固なだけという真相


・泣かないロベルトに悩みの違うヒメナさん

→1回ホラーとの戦いを経験させたり、ちょっと環境変えるだけでこんなにも変わる。
バタフライ効果とは恐ろしい


・黒の指令書

→事の重大さ故にむしろ何故原作では赤色だったのか今でも疑問


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第13話「魔貌-Venus-」

「早かったな…。」

 

 番犬所の神官、ガルムが側にあった適当な薔薇の花弁を千切る。

 そう言いながら視線を向けた先に居たのは、魔戒騎士のレオンとアルフォンソ。

 そして、呼んだ覚えの無い3人の女性。

 

「…何だ、貴様らも居たのか。」

「えっと…お久しぶりです、ガルムさん。」

「お初にお見えになります。私の名は風鳴 翼、彼女と同じシンフォギア装者です。」

「同じくマリア・カデンツァヴナ・イヴよ、よろしく。」

 

 再調査としてこの世界に来てからも、レオン達にはホラー討滅の指令が下されていたが、それに響達装者は参加していない。

 前回同様お互いの仕事には基本的に不干渉をとレオンから提案があったからだ。

 折角一緒に居るのにと響は当時反対の意を示したが、無闇に手を出して余計な混乱を招いてはならないと周囲に説得され、渋々承諾されたその提案。

 しかし今回は黒の指令書…これは拒否をする事が許されない、極めて稀な指令。

 それも指令の内容は総じて歴戦の騎士や法師でさえ辞世の句を熟考しなければならない程に危険なものばかりだ。

 こうなると流石のレオンやアルフォンソでも何が起こるか分からないと、指令書について説明を受けた響がここぞとばかりに声を大にした結果がこれだ。

 故に翼とマリア、ガルムは今回が初対面。

 そんな2人が軽く挨拶を済ませた事を確認したレオンは次いでガルムに話し掛ける。

 

「…で、お前がわざわざこれ(黒の指令書)で呼び出すって事は、面倒な仕事のようだな?」

「まぁな…。」

 

 レオンの問いにガルムは手持無沙汰とでも言いたげに再び薔薇の花弁を千切りながら今回の指令についての詳細を語り始める。

 

「“バゼリア”に、半年程前からホラーが居着いている。」

「バゼリア?その地は確か…。」

 

 バゼリアという言葉にアルフォンソが何か思い当たる事があったようだが、ガルムは彼の反応を無視してそのまま話を続ける。

 

「かの地には、代々根付きの魔戒騎士が居たのだがな…数年前から全く連絡が取れん。」

「まさか、ホラーに喰われたと…?」

「ありえる。その後送り込んだ別の騎士も、あの様だ…。」

 

 そう言ってガルムが薔薇の花を投げた先、そこにあった物は…。

 

「これは…!?」

「酷いわね…。」

 

 剣であった。

 しかしそれはただの剣ではない。

 戦いに敗れ、斬り落とされた手首から流れる血で刀身を紅く染めた、魔戒騎士の成れの果てであった。

 

「気の毒に、な…私には、こうして花を手向けてやる事しか出来ぬ…。」

 

 そんな有り様を見て、ガルムは突然よよよと涙を流し始める。

 しかし無造作に薔薇の花をポイポイと投げるその姿からは手向けとしての気持ちが微塵も籠っていないのが容易に理解出来る。

 

「俺達はお前の小芝居を見にきたんじゃない!さっさとそのホラーの情報を教えろ!」

 

 案の定レオンが声を荒らげるも、ガルムはそれを意に介さず、しかしレオンの言う通りに今回の討滅対象であるホラーについて言及する。

 

「使徒ホラー、ニグラ・ヴェヌス…この世で最も美しいホラーだ。」

 

 しかしガルムの気だるい話し方とは裏腹な名前が出てきた事で、レオンとアルフォンソの身に力が入る。

 それもその筈、使徒ホラーというのはかつての時代に於いて、その圧倒的な力と計り知れない知で以て人間界で猛威を振るった12体の最凶のホラーを指す言葉だからだ。

 その中でも美を司る使徒ホラーこそ今回の討滅対象、“魔貌ホラー ニグラ・ヴェヌス”だ。

 

「出来れば標本にしたいと思っている…。」

 

 その美しさは、どうやらガルムをも虜にしたようで。

 しかし彼女の奇天烈な趣味に構っていられるかと、アルフォンソもレオンに次いで話の催促をする。

 

「それが、そのホラーの武器か?」

「人にとってはな。男は喰らい、女は顔を剥がして殺す…。」

 

 ニグラ・ヴェヌスが最も美しいホラーと呼ばれる所以は、一連の補食行動にある。

 ニグラ・ヴェヌスは主な補食対象である男性を惑わす為に、まず何人もの女性の顔面を剥がしてそれを喰らう。

 そして補食対象である男性を前にした時、これまで喰らってきた女性の顔面の情報を使い、自身の顔を対象にとって最も美しいとされるものへと変えるのだ。

 そうしてその顔に虜になった男性は、当然容易に喰らい易くなる。

 

「顔を剥がすって…!?」

「お前と同じ悪趣味という訳か。」

 

 想像していたよりも生々しく、かつこれまで戦ったホラーよりも狡猾な補食方法を知った響は思わず自身の顔に手を当てる。

 しかし一々間に受けていても話は進まない、むしろ(ガルム)のペースに乗せられっぱなしになると、レオンは響とは対照的にガルムに対して食って掛かるような態度で返した。

 

「だが、今回の問題はそのホラーではない。」

 

 が、ここでガルムが唐突に別の案件を口にしだした。

 

「“あいつ”を覚えてるか?あー…メン…何とか、ドゥーサとかいう…!」

 

 そう言いながらガルムは眉間に手を当てわざとらしくうーん…と唸りながら何かを言おうとする。

 しかしその態度は2人の騎士…特にレオンには堪に触ったようであり、彼はガルムに対してこれまで以上の怒声を上げた。

 

“メンドーサ”だろ!?当然だ!!」

「おぉ~!」

「いや、忘れる方が凄いぞ…。」

 

 それでもガルムはレオンの鉾先をさらりと受け流し、再三わざとらしく上擦った声を上げる。

 これにはアルフォンソも怒りを通り越して呆れるしかなかった。

 

「彼奴が作り出した禁断の魔導具、“ツィルケルの輪”が見つかったのだ。」

 

 しかし茶番はそこまでにとガルムが別件の詳細を話し出すと、レオン達の背後にホログラムの映像が映し出される。

 歪な形をしたアーチ状のそれは、事の詳細を知らぬ響達にも不気味な印象を与える代物であった。

 

「そんな物…一体…あれは破壊された筈だ!」

「もはやどうでも良い事だ…厄介なのは、この魔導具が呼び出そうとしているのがホラーでは無いという事だ…。」

 

 一方その存在に心当たりが多分なレオン達には何故今更そんな物がとガルムに抗議するが、彼女はあくまで淡々と指令についての情報のみ彼等に伝える。

 

「ホラーに喰われ、魔界へと堕ちた人間の魂…死者を生き返らすなど、自然の摂理に反する事だ。しかも数十、数百ともなれば、時間も空間も全てが歪む。」

 

 先の歴史も変わるだろう…。

 ガルムはどこか面白そうにそう言ったが、実際はそんな風に言って良いものではない。

 彼女の言うような事になってしまえば、世界は一体どうなってしまうのか…もはや予想も付かない。

 

「既に起動に十分な数の生け贄も確認された…時間は無いぞ。折角だ、お前達にも協力してもらおう。」

 

 事の重大さは十分理解した。

 一同はガルムの言葉に強く頷くと踵を返し、そのまま番犬所を後にしようとするが…。

 

「待て。」

 

 と、ここでガルムが一同を引き留めた。

 まだ何かあるのかと、皆揃って再びガルムの方へと視線を向ける。

 

「ツィルケルの輪は、確実に止めねばならない。今回はその為の助っ人を用意してある。」

 

 その男と合流し、事に当たれ…。

 そう言ったガルムの表情は、またしてもどこか含みのある笑みを浮かべていた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「バゼリアか…アルフォンソ、知っているのか?」

「バゼリアはヘレネの山間部にある湖畔の小国だ。」

 

 番犬所から出て早々、レオンはアルフォンソにそう問い掛けた。

 残念ながらバゼリアという場所について、レオンはこれと言った情報を持っていない。

 ガルムに相手にされなかった分、アルフォンソが言おうとしていた事が気になっていたのだ。

 

「だが…その名前の国は、今はもう無い…。」

 

 5年前の、惨劇で…。

 しかしその国について語ろうとするアルフォンソは、何故かとても愁いに満ちた表情を浮かべていた…。

 

 

 

 

 




・レオンの提案

→だから何を今更と
でも彼にだって思う所があるのです


・使徒ホラーの説明やらニグラ・ヴェヌスの肩書きやら

→完全に捏造です真に受けないように


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第14話「誘拐-Kidnapping-」

シィィィィィィィィィィンンンンンンンンンンンフォォォォォォォォォォォギィィィィィィィィィィア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!!(語彙力崩壊)



「5年前…バゼリアでそんな事があったなんて…。」

 

 レオンと響、翼の3人が、ヒメナとロベルトの待つ宿へと歩いている。

 アルフォンソとマリアの姿が見当たらないが、レオンとアルフォンソがそれぞれ家族や城の者に遠出の言伝をしなければならない為、彼等を筆頭に二手に別れる事にしたのだ。

 その際マリアがアルフォンソと同行する事になった為、2人は今この場に居ない。

 それ故か、別れた後から会話という会話が無い。

 アルフォンソから聞いたバゼリア国の詳細が尾を引いているのもあるだろうが、何せこの2人(レオンと翼)、普段から口数が多くない。

 1人がボールを投げた所で受け取る者が居なければ遊びは出来ない、つまりはそういう事だ。

 

「翼さん…?」

 

 さらには翼が異様に何かを考え込んでいるのも要因の1つだ。

 今も顎に手を当てながら時折ブツブツと何かを呟いている。

 

「む…どうした立花。」

「いえ…何だか凄い考え込んでいるものだからつい…。」

「あぁ、すまない。だが…ツィルケルの輪か…。」

 

 声を掛ければ相応の返事は返ってくるものの、それは適当に返されたドッジボール。

 投げ返す術が見当も付かない。

 

「えーっと…な、何だかお腹が空いてきましたね!ヒメナさん、今日は何作ってくれたのかな~!マリアさんとアルフォンソさんも折角だし一緒に食べてから行けば良かったのに~…あ!そんな事言ってる内に見えてきましたね!あ~楽しみだな~!」

 

 もう良い、もう知らない。

 ここまで来てしまえば後は2人もヒメナの作る料理に舌鼓を打ち会話も弾むだろうと、響は目前まで見えてきた救世主(ヒメナの料理)に縋らんと宿を指差すも、ふと違和感を感じて皆一様にその場で足を止める。

 

「扉が開いている…不用心な…。」

「本当だ、どうしたんだろう…?」

 

 翼もようやく自分の領域から帰ってきたのか、自らが気付いた事を口にする。

 翼の言う通り宿の扉が開いている。

 この時間帯から2人が出掛けるとは思えないし、あのしっかりとしたヒメナの性格もある、理由でも無い限りは扉の開け放しなど考えられないが、その理由が想像つかない。

 そうやって響は首を傾げていたが、ここでレオンがはっ、と何かに気付いた。

 

「ヒメナさん…?ロベルト…!?」

「え、レオンさん!?」

 

 それと同時にレオンは宿へ向かって駆け出してしまった。

 響が驚いた声を上げたのは彼が急に走り出しただけでは無い。

 駆ける彼の速さが日常的なそれとは全く違う、まるでホラーを前にした時に見せるそれのようであったからだ。

 少なくとも日常ではない何かが起きている。

 そう判断した残りの2人も急いで彼の後を追い、開け放たれた扉の前に立つ。

 

「えっ…!?」

「これは…!?」

 

 そして扉から見えた光景は、今朝まで自分達を受け入れていた日常という安息をどこまでも否定していた。

 壊された机、椅子、窓、食器…。

 

 

 

 

 

 何者かが、ここを襲撃した。

 

 

 

 

 

 ヒメナとロベルトの姿は…無い。

 

 

 

 

 

 2人がそう状況を判断した時には、レオンは既に踵を返しその場を後にする所であった。

 

「立花!!」

「はい!!」

 

 翼から声を掛けられた響は、揃って首から下げるペンダントを握り締め、歌を奏でる。

 一瞬にしてギアを纏った2人は、とある高台のある建物でレオンと合流し、そのまま街へと目を向ける。

 ヒメナは、ロベルトは一体何処に…。

 

「…あっ!!あそこ!!」

 

 周囲を探す中、響はサンタ・バルドの街中を高速で駆ける者達を見つける。

 その内1人の腕の中には…間違いない、ロベルトの姿が。

 

「ロベルト…!!」

 

 レオンもその者の姿を捉えると、間もなくその場から飛び出し、響と翼もその後に続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かぁ!!ウチの子を…きゃあっ!?」

 

 ロベルトを拐う者達の後方で、ヒメナが悲痛な叫び声を上げる。

 しかし無情にもその声に人は動かず、また動いたとしても常軌を逸するその者を捕らえる事は出来ず、ただただ距離が離されていくばかり。

 そして運の悪い事に道につまづいてしまったヒメナは決定的な遅れを取ってしまったと口惜しく倒れる衝撃に目を瞑るも…。

 

「ヒメナさん!!」

 

 それは駆け付けたレオンが支えたお陰で無事事無きを得た。

 ヒメナが目を開くと、そこには珍しく焦躁を浮かべるレオンと、同じ表情を浮かべながら遅れてやって来た響と翼の姿が写った。

 

「っ…ヒメナさんを頼んだ!!」

「待てレオン!!1人では危険だ!!」

 

 2人が来た事を確認したレオンはヒメナを彼女達に預け、再び先へと走り出してしまう。

 翼がそれを制しようとするも、既に彼は遥か先の方へと行ってしまっていた。

 

「くっ、仕方あるまい…立花、ヒメナ殿を家まで!私は彼を追う!」

「はい!」

 

 彼を1人には出来ぬと響にヒメナを託し、翼は全速力で彼の後を追い駆けていく。

 

「ヒメナさん…!」

「ヒビキちゃん…ロベルトが…!!」

 

 後を任された響は一先ず荒い息を上げるヒメナを介抱しようと彼女の背中を擦る。

 きっとここまで一度も止まる事なく走ってきたのだろう。

 しかし一体何が起きたのか詳細を知らぬ響は酷である事は承知で、彼女に何があったのか聞こうと話し掛ける。

 

「あの人達は一体…!?」

「分からない!!急に家に押し寄せて…それで、ロベルトをっ…!!」

「ヒメナさん…。」

 

 やはり相手は何らかの理由でロベルトを誘拐したようだ。

 響の中でその行為を許せないという気持ちが沸き出てくるが、今はヒメナを介抱しなければと彼女の肩に優しく手を置く。

 するとヒメナはそんな響の手を両手で強く掴んで思いの丈を伝える。

 

「私は、大丈夫だから…ヒビキちゃんも行って…!」

「で、でも…!」

 

 ロベルトを想う者の1人としてその言葉はありがたいが、彼女の安全を確保するのも今は必要な事であろうと響は一度は従わなかったが、こちらを見つめるヒメナの強い眼差しに折れ、響は意を決して彼女の願いを聞き入れた。

 

「…分かりました、必ずロベルト君と一緒に帰ってきます!」

 

 レオンと翼の思いを無下にしてしまうが、構わない。

 響は遅れてしまった分を1秒でも早く埋めるべく、ギアの出力を上げて街を飛び出していった。

 

「皆…お願い…あの子を…!!」

 

 残されたヒメナはレオン達に望みを託し、涙を流す。

 愛する我が子を、愛する者との間に授かったあの子を、どうか無事にと…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 レオンは愛馬である黒毛の馬に跨がり、ロベルトを拐った者達を追い続けていた。

 既に街を過ぎ郊外の外れの方まで来たが、未だ犯人達は逃走を続けている。

 

「奴等、何者だ…!?」

「分からん…だが、単なる人間という訳では無さそうだ。」

 

 レオンが犯人達についてザルバに問うも、その正体は彼を以てしても分からず、レオンは思わず舌打ちをしてしまう。

 荒れた坂道を越え山道を繋ぐ橋へと至ったその時、犯人達の内2人が方向転換し、レオンに向かって近付いてきた。

 

「邪魔だ!!」

 

 レオンは威嚇の為に剣を取り出すも、相手はそれに全く怯む事無くすれ違い様にレオンの駆る馬の脚を隠し持っていた剣で切断した。

 

「なっ…!?」

 

 一切の容赦無く行われた一連の行動に驚くレオンは絶命し橋下へと放り出された馬の背から投げ出されるも、直ぐ様体勢を立て直し犯人達の姿を目で捉えようとする。

 しかし目線を向けたその先に犯人達の姿は無く、辺りは静寂に包まれる。

 一体何処に…と訝しむレオンだったが、突然自身を覆うように影が差した事によってその事実に気付かされる事となる。

 相手はレオンが落馬し体勢を立て直すわずかな間に音も無くレオンの背後へと回っていたのだ。

 不意を突かれたレオンは相手の行動に一拍対応が遅れてしまうも…。

 

「レオン!!」

「ツバサ!?」

 

 レオンを襲おうとしていた凶刃を、追い付いた翼が割って防いだ。

 ヒメナの身柄を頼んだ筈の彼女が突然現れた事にレオンは驚くも、今は状況の打開をせねばと瞬時に思考を変え、彼女と共に犯人達と相対する。

 すぐさま数合犯人達と打ち合いになるが、レオンはその中でまたも犯人達に驚愕する。

 自分も翼も、剣の腕は相応に持っている。

 無論殺さぬようにと本気は出していないが、それでもこいつら(犯人達)は自分達に引けを取らない強さだ。

 どうやらそれに関しては翼も同じ事を思っていたようで、2人は一瞬の隙を突いて距離を取るように相手から身を翻すも…。

 

「「っ!?」」

 

 翻した先で視線を上げた2人の前に、剣戟の嵐が襲い掛かってくる。

 2人は何とかそれを捌いていくものの、2人はまたも揃って相手に驚愕…いや、戦慄を覚えていた。

 苛烈を軽く通り越したこの動き…人としての普通を軽く超えていると。

 いよいよ以て不可解だと判断したレオンは再び相手と距離を取り、ガロの鎧を召喚すべく剣を掲げるも、円を描こうとしたその直後に相手はレオンに詰め寄り剣を弾いて手放させてしまう。

 その行動はまさに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぅわっ!?」

「レオン!!」

 

 再三の驚愕に思わず一瞬固まってしまったレオン。

 当然相手がその隙を逃す筈も無く、犯人はレオンの首を掴み、彼を高々と持ち上げてしまう。

 翼がレオンの身を案じ声を上げるも、前方から迫る刃に対処する為彼の元へと向かう筈だったその身を反らす。

 そして翼もまた、レオンと同様再三の驚きに身を固くする。

 偶然か…いや、先の展開を目にした今ではそれは考えられぬ。

 相手の狙いは自身の胸部…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな的確な事実を与えてきた相手の表情は…仮面で覆われ見える事は無い。

 翼はせめてもと相手を睨み付けるも、それで何が変わるという訳では無い。

 

「翼さん!!レオンさん!!」

 

 やがて響が遅れて現場にやって来るも、状況は既に最悪だ。

 助けなければ、しかしどうやって?

 自身の知る最強の剣使い2人が押されている現場を前に、響はどう動けば最善の結果となるか、答えが見出だせない。

 あと数秒もすれば捕らわれているレオンの命が、相手の剣に狙われる翼の命が、危ない。

 万事休す…そう誰しもの心にその言葉が過った瞬間、レオンは相手の手から()()()()()

 

「え…!?」

 

 予想していなかった展開に響は思わず声を漏らす。

 解放されたレオンはそのまま尻餅を付いて健在、相手からの追撃も無い。

 あそこまで敵を追い詰めておいて何もせず手を離すなど何をと訝しむが、それは事実の相違であったとレオンを捕らえていた相手の姿を見て知る事となる。

 レオンを捕らえていた筈の相手の手…二の腕より先が無くなっていたからだ。

 その腕とおぼしき物はレオンの傍らに彼の剣と共に転がっている。

 レオンが腕を斬り落とした訳では無い…ならば翼か?

 いや、彼女は今も相手の1人と鍔迫り合いを続けている。

 ならば誰がこんな事を…と困惑する響は、次いでレオンの前に突き立つ物を視界に捉えた。

 

「槍…?」

 

 それは先端が十字に分かれた、紫色の槍であった。

 その槍を柄先の方までなぞるように見ていくと、柄先を捉えた視界の先に、黒い物体がある事に気が付いた。

 視点を槍から奥に、その黒い物体へと変える。

 それは橋の向かいに立っていた。

 橋の向かいにある高欄の先に佇んでいたのは、漆黒の鎧であった。

 

 

 

 

 

「魔戒…騎士…?」

 

 

 

 

 

 その言葉を合図に、漆黒の騎士の瞳が煌めいた。

 

 

 

 

 




・アルフォンソ、バゼリアの何話したの?

→今後同じ内容を描写する機会があるので、今は端折ります
実際映画でもアルフォンソ喋んなかったし


・ツィルケルの輪に夢中な翼さん

→ちょっと翼さんが良からぬ事考えてると思った人、正直に手を上げなさい


・レオン達と共に行かないジルヴァ

→どこまで頑固なんだと思われるかもしれないが、まぁ後の為の布石なのです


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第15話「黒曜-ZEMU-」

た、台風の影響がががががががががが…



「魔戒…騎士…?」

 

 そう呟いた響の言葉を合図に、(漆黒の鎧)は動き出した。

 彼はまずその場から大きく跳躍し、レオンの前にある槍を引き抜くと、振り向き様に翼が対峙している相手の身体に槍を突き立て、そのまま豪快に宙へ上げて槍を引き、相手の身体を両断した。

 その早業に翼が目を見開いている間にも彼は次の行動を取り、またも振り向き様に槍を投げる。

 その狙いはレオンを追い詰めた犯人に定まっており、槍は相手の顔面を見事に貫き、投げた勢いそのままにレオンの横を通り抜けようとするが…。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 レオンがダメ押しと言わんばかりに剣を取り振るった事によって先程と同様相手は胴体を両断され、槍は犯人の上体を連れて響のすぐ横の高欄の柱に突き刺さる。

 

「っ…レオンさん!翼さん!大丈夫ですか!?」

 

 数秒もしない内に激変した状況に驚く響であったが、すぐに2人の安否の確認の為、手近に居たレオンの側に駆け寄る。

 

「ザルバ、追えるか!?」

「いや…気配を辿れない。どうやら奴等は特殊な方法を使って俺様の探知を逃れているようだ。」

「足取りを追えず、手掛かりは無しか…とにかく探すしかあるまい…。」

 

 しかし状況が状況故レオンは響に構う事無くザルバに逃走を続けた犯人の行方を問うも、その行方をザルバが捉える事は出来なかった。

 相手の巧妙さ、そして自分達を追い詰めたその実力にレオンは歯噛みするも、今はとにかくロベルトの行方を追わなければと翼がそれを嗜める。

 とはいえ闇雲に探しても結果が実るとは思えないと、一同の間に暗い影が射し込もうとしたその時だった。

 

「落ち着いてください、奴等の行き先なら分かります。」

 

 黒い鎧を着た彼が話し掛けてきたのだ。

 それも自分達の知りたい情報を口にして。

 

「ここから西に向かった先にある、古い神殿です。奴等は人目を避けて山道を通りますから、焦らずとも先回りできます。」

「どうしてそんな事が分かる?お前は一体…?」

 

 彼は先程投げた槍を回収しながらレオン達に説明するも、ザルバでさえ知り得なかった事を何故彼は知っているのか…。

 レオンがそう問うと、彼は自らの名を名乗った。

 

「私は、黒曜(OBSIDIAN)騎士(KNIGHT) ゼム(ZEMU)…。」

 

 黒曜騎士 ゼム…そう鎧の名を明かしながら、彼は纏う鎧を魔界へと返還する。

 

「「っ…!?」」

 

 そしてそこから現れた者の姿に一同は息を呑んだ。

 現れたのはレオンよりも年長と見られる見た目の、目元に黒い布を巻いた銀髪の男性…。

 

 

 

 

 

「名を、“ダリオ・モントーヤ”。」

 

 

 

 

 

 盲目の魔戒騎士であったからだ。

 

 

 

 

 

「こいつらは神殿に住むホラーが放った者…私の目的も、そのホラーの討滅です。」

 

 ダリオが側に倒れるうつ伏せの()()を槍で仰向けへと転がせ、顔を覆う仮面を弾く。

 

「っ!?」

「屍人だと…!?」

 

 現れた顔は、腐肉となり醜く朽ち果ててしまった屍人のものであった。

 ダリオが言うには番犬所の指令によってこの屍人をけしかけたホラーの下へ向かう最中、たまたまこの現場に居合わせたらしい。

 

「さぁ急ぎましょう、()()()()…。」

 

 偶然とはいえこれも何かの縁、総じて目的も合致するので行動を共にと、ダリオは先んじて歩き始めるが…。

 

「…待て。」

 

 それに否定の意思を見せた者が居た。

 レオンだ。

 

「…俺の名は、レオンだ。」

「レオン…。」

 

 彼はダリオを引き止めると、何故か自らの名を口にする。

 ダリオが彼の名を復唱するが、響にはレオンが何故わざわざ自らの名を言い出したのか一瞬見当が付かなかった。

 

「…あ、そっか!えっと、私の名前は立花h「お前…。」…え?」

 

 だがダリオがレオンの名を知らなさそうに呟いた事から、次第にそう言えば挨拶を忘れていたなと考え付き、響はレオンに続いて彼に名を告げようとするも、ザルバにそれを遮られ不発に終わると同時に、場を支配する空気が響の考えるそれとレオンの考えるそれは違うものであると彼女に感じさせる。

 

「レオンが()()()()だと何故分かった…?」

 

 そう…遅れて現場にやって来た響は知る由も無い事だが、レオンは先程の戦いで鎧を召喚していないし、今までの会話で自分がガロの称号を持つ者だとは一言も言っていない。

 もちろん過去にダリオと会った記憶も無い。

 であるのにダリオは何の迷いも無くレオンの事を黄金騎士だと言った。

 これではまるで、レオンが黄金騎士であると初めから知っていたかのようだ。

 さらに今のこの状況、ロベルトを拐われたレオン達にとって関連した情報を持っているダリオの存在は確かに大きなものだが、たまたまこの場に居合わせたと言う彼の存在…邪推となってしまうが、あまりにも都合が良すぎる。

 

「フフッ…。」

「…何が可笑しい?」

 

 翼も思う所は同じだったのだろう、突然笑みを溢したダリオに厳しい念を向ける。

 が、ダリオはそれを意に介さず、レオン達の思う所を察した様子でザルバの問いに答える。

 

「いや失礼…先程レオンが貴方の名を呼びました、()()()と…魔導輪ザルバを持つのは黄金騎士のみ、魔戒騎士なら誰でも知っています。」

 

 おどけた調子でそう答えたダリオ。

 これも響達には知る由も無い事だが、ザルバは黄金騎士と共に在る存在であるが故に黄金騎士以外の者が身に付けても彼はその者に応える事をしない。

 ならば必然的に彼と会話を為せるレオンは、黄金騎士の称号を持つ者以外有り得ないという事なのだ。

 

「…これは一本取られたな、ザルバ。」

「フンッ…。」

 

 至極真っ当な意見に思わずきょとんとしてしまったが、やがて嘲笑を浮かべるレオン。

 これにはザルバも思わぬ落し穴があったものだと口を閉ざしてしまう。

 

「…え?どういう事ですか?」

「立花の感性が正しかったという事だ。」

 

 突然柔らかくなった場の空気に翻弄される響を、翼が済んだ事だと宥める。

 疑惑が完全に晴れた訳ではないが、少なくとも一時の信用はしても良いだろうと判断したレオン達はロベルト奪還の為、ダリオの指示に従い西を目指していった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 レオン達がダリオと共に西を目指してから数時間後、1人サンタ・バルドに残ったヒメナは荒れてしまった部屋の片付けを出来る範囲で終えた所であった。

 既に日は落ちており、随分時間が掛かってしまったなとヒメナは溜息を吐く。

 

「そうだ、ご飯作らなきゃ…。」

 

 ヒメナは虚ろな目でそう呟き台所へ向かおうとしたが、数歩歩いた所でその足は止まった。

 

「ロベルト…。」

 

 分かっている、現実から目を背けてはならないと。

 あの時ロベルトは何者かに誘拐され、今はレオン達がそれを追っているのだと。

 だから大丈夫だと、レオン達が必ずロベルトを連れて帰ってきてくれると信じている。

 それでもたった一時、普段と同じ日常という虚構に意識を持っていかれてしまった事が、自分が現実を見ていない…自分1人が現実から逃げてしまった事をヒメナに事実として突き付ける。

 レオン達は今もその現実と向き合っているというのに…。

 

「神様…!」

 

 ヒメナの目尻から涙が溢れる。

 嗚呼、自分は何て弱い心の持ち主なのだ。

 今も現実と向き合い戦う彼等の事を信じきれず、1人こうしてただ涙を流すだけなど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「願うだけか?我の記憶では、お前はそんな弱い女では無かった筈だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲観に暮れるヒメナの耳に、誰かの声が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「マリア殿、無理はしていないだろうか?こんな山中を歩く事もそうそうあるまい。」

「気遣い感謝するわ、でも心配は無用よ。これでもそれなりに鍛えているし、意外と山中は慣れてるの。」

 

 一方レオン達より一足早くバゼリアへと向かったアルフォンソとマリア。

 2人は現在バゼリア付近の森林部を歩いており、長時間移動を続けているという事もありアルフォンソがマリアに色々と気を効かせようとしている。

 だがマリアは基本何事もそつなくこなせる人間であり、山中の移動も過去に色々と理由があってよくやっていたものだ。

 自分で言うのも悲しいものがあるが、自分はアルフォンソが心配するようなか弱い乙女ではないのだ。

 

「それよりも心配するなら翼達ね、2人して連絡が付かないまま…。」

「レオンが側に付いているだろうから、心配は無いと思いたいが…。」

 

 そう、それよりも今気にすべきは自分とは別。

 3人揃って実力は有るから問題は無いと思いたいが、それでも今までに連絡の1つも無いのは些か妙だ。

 何事も無い事を願うばかりだが…。

 

「そういえば聞いておきたい事があるのだけれども…正直今回の事件、私達には全く背景が掴めていないわ。ツィルケルの輪やメンドーサ…良ければ簡単にでも説明してくれると助かるのだけれども。」

「あぁ、そうだな…。」

 

 とは言え、気にしすぎても仕方がない。

 とりあえず3人の事は置いておいて、マリアはアルフォンソに今回の指令に隠された謎について問い掛ける。

 どうも今回の件はアルフォンソ達にとって深い関わりがありそうだ。

 アルフォンソもそう言えば何も説明していなかったなと、マリアの質問に言う通り簡単にだが答える。

 

「メンドーサは4年前、私とレオンが討ち倒した魔戒法師だ。彼は守りし者としての掟を破り、闇へと堕ちた魔戒法師でな…ツィルケルの輪も、当時はメンドーサの手によって魔界からホラーを呼び出す装置として使われていたんだ。」

 

 メンドーサ…かつては魔戒法師として確かな地位に着いていたが、その歪んだ信念が守りし者の掟に反するとして追放された過去を持つ。

 その後も彼の抱く信念はさらに歪なものとなり、自らを追い出した守りし者達に対する憎悪から人としての道さえ外れてしまった。

 人界と魔界を繋げる為に数多の犠牲を要求するツィルケルの輪など、その最もたる象徴であろう。

 

「成程、闇へと堕ちた魔戒法師が造り出した禁断の魔導具…。」

「あぁ、まさかそれが今になって再び私達の前に現れる事になるとは…。」

 

 4年の時を経てなお再び見えるその存在に今一度宿命染みたものを感じたアルフォンソであるが、ふと何かを感じて後ろを振り返る。

 

「どうしたの?」

「…いや、何でもない。先へ進もう。」

 

 何でもない、というのは嘘だ。

 巧妙に気配を隠してはいるが、間違いなくこの場に自分達以外の()()が居る。

 不思議なのはその誰かから敵意を全く感じられない事だ。

 それさえも隠しているのか、それとも…。

 いずれにせよ、気取られて妙な行動を起こさせる訳にはいかないと、アルフォンソは一先ず先へ進もうとその場から振り返って一歩を踏み出し…。

 

 

 

 

 

 瞬間、()()を踏んでしまった。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 すると地面を覆っていた落ち葉が宙を舞い、その下に隠れていた罠が現れた。

 これでも細心の注意を払っていたのだが、成程お見事。

 アルフォンソはこの罠を仕掛けた者の高い技術に感嘆と脅威を感じながら、突然の事態に息を呑むマリアよりもいち早く罠に対処しようとして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寂しいわねぇ…メンドーサを倒したのは貴方達2人だけじゃないでしょう?私も交ぜなさいよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その動きを止めた。

 彼の側には既にこの罠を仕掛けた何者かが居り、得物をアルフォンソへと向けていたからだ。

 しかしアルフォンソが動きを止めたのは何もそれだけでは無い。

 彼はその何者かの正体を見て動きを止めたのだ。

 何せそこに居たのは自身もよく知る、かつて共に戦ったかけがえのない戦友であったのだから。

 

「エマ殿!!お久しぶりです!故郷に帰られたと聞きましたが…?」

「帰ってたわよ。でも、結局旅暮らしが性に合ってるみたいでねぇ~。」

「あ…ではレオンに会いに「はぁ!?冗談でしょう!?」えっ…!?」

「はぁ…貴方魔戒騎士の癖にやっぱりどこか平和よね…。」

 

 突然の再会に意図せず会話に華を咲かせるアルフォンソとその人物…エマと呼ばれた女性であるが、めくるめく状況に流石に付いていけていないマリアを見かねたのか、アルフォンソと話すその女性がマリアの事を問い掛ける。

 

「…それで、そっちのお嬢さんは一体誰?魔戒法師には見えないけれど。」

「あぁ、そうだ…彼女はマリア殿といって、シンフォギアという特殊な力を使って共に戦う仲間なんです。マリア殿、こちらは魔戒法師の“エマ・グスマン”殿。4年前、私達と共にメンドーサと戦った盟友だ。」

「な、成程…初めまして、エマ・グスマン。私はマリア・カデンツァヴナ・イヴ、よろしく。」

「長い名前ね…えぇ、よろしく。」

 

 メンドーサを討ち破ったのは何もレオンとアルフォンソの2人だけでは無い、他にも多くの者達の力が有って成し得た事だ。

 その中の1人に彼女…エマ・グスマンが居た。

 メンドーサの一件以来サンタ・バルドを離れ故郷に帰っていたらしいので会う事が無かったが、変わらぬ姿を見れてアルフォンソは満足だ。

 エマとマリアも初対面ながらお互い隔てり無く打ち解けた様子である。

 

「それで、貴女は何故こんな場所に?」

 

 しかし久々の再会は良しとして、彼女はここで一体何をしていたのだろうか?

 そう問い掛けると、エマは何故か2人から視線を反らし、あらぬ方向へ自身の得物…魔導糸を構えた。

 釣られて2人もそちらへ視線を向けると、そこには地面に突き刺さる何かの物体が。

 

「結界よ、ここから先は敵のテリトリーって訳。」

 

 2人の身に自然と力が込もった。

 結界を使えるという事は、それだけでも相手には相当の知識が有ると分かる。

 それに直前にエマとの邂逅があったとは言え、アルフォンソでさえ完全に見落とさせる程の代物…警戒しない訳が無い。

 

「結界…ではエマ殿も指令を受けて…?」

「元老院からの指令でね。盗まれたメンドーサの研究資料を追っていたら、とんでもないものに辿り着いた訳…。」

 

 エマの話を聞くに、どうやら彼女は経緯は違えど自分達と同じ物を目指しているようだ。

 そして彼女の言うとんでもない物とはもちろん…。

 

「ツィルケルの輪…やはり法師が?」

「分からないわ…2週間程張り込んでみたけど、今の所動きは全く無し。」

 

 一介のホラーにこのような芸当は到底出来ぬ。

 それこそ魔戒法師か、それに匹敵する知識を持つ者が関わらない限りは。

 エマが見張っていた限りではそのような影は見受けられなかったようだが…。

 

「でもまぁ、貴方達が来てくれたお陰で、退屈せずに済みそうね。」

 

 それは今考えても仕方がない事だと、エマは結界に綻びを作り、一人先へと行ってしまう。

 

「え?あっ…エ、エマ殿!」

 

 相変わらずの調子だと思いながらアルフォンソが彼女に付いていく。

 置いていかれないようマリアも後を追おうとするが、一度はその場で立ち止まり、ちらりと背後を…ヴァリアンテの方向を見る。

 未だ連絡の付かない仲間の事が気になるが、やがて意を決したかのように彼女は閉じゆく結界の綻びの内へと駆けていった。

 

 

 

 

 



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第16話「父親-Hellman-」

今回“とある事情”により文章に効果音を付けております、ご了承下さい



「ツィルケルの輪?いえ、知りませんね…。」

「そうか…ガルムの用意した助っ人ってのは、あんたかと思ったが…。」

「残念ながら…。」

「え、じゃあガルムさんの言っていた助っ人って誰なんでしょうね?もうここまで来ちゃいましたけど…。」

「先にバゼリアへ向かったマリア達が合流しているかもしれん。とは言え、向こうと通信が繋がらない事には謎が残るが…。」

 

 深夜の街空をレオン達が屋根伝いに跳んでいく。

 ロベルトを拐った者達…眼下の街に潜む敵に気取られぬ為だ。

 奇しくもレオンはアルフォンソ達と同時期にメンドーサやツィルケルの輪について皆に説明をしたのだが、ダリオはそれらを一切知らぬと言った。

 この街がバゼリアから程近い場所にある為、もしや彼こそガルムの言っていた者なのではと思っていたのだが、その見当は外れたようだ。

 

「あと少しで神殿です。」

「ロベルト君はあそこに…。」

 

 適当な路地裏から、街の外れに在る神殿の様子を窺う。

 深夜に於いても活気に溢れる街中とは対照的にひっそりと佇んでいるその光景は、確かにホラーが住み着くにはうってつけの場であろう。

 

「ダリオ、すまない…助かったよ。」

 

 するとレオンがダリオに礼の言葉を述べる。

 疑いなど無い、本心からのものだ。

 出来すぎとも取れる場面の連続から何か裏があるのではと勘繰っていたが、彼は真摯にここまで接してきてくれた。

 もし彼が奴等()と繋がっていたのなら、ここに来るまでにいくらでも自分達を襲うチャンスがあったのがその証拠になるであろう。

 

「よしてください、私もこれが任務ですから。」

 

 ダリオもそんなレオン達の意図は承知の上だったようで、気にしていないと苦笑する。

 そんな彼の元来の優しさに、レオン達も自然と笑みが溢れる。

 

「それに…本当の試練は、これからですよ…。」

 

 その一言が聞こえるまでは。

 小声ながらも確かに聞こえたその言葉。

 一体それはどういう意味なのか彼の意図が掴めず、レオンはそれについて問おうとしたが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってよお姉さぁ~ん!!まだ夜はこれからじゃないかぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に()()の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「どうだい?一晩俺と人生について、語り合ってみないかい?」

「ん~そうねぇ…あんた、お金持ってんの?」

「へへっ…君の愛を金で買うなんて、無粋な真似はしたくないなぁ…。」

「はぁ…?」

「まぁまぁまぁまぁ!話の続きは、ベッドの中ででも…。」

「ちょ、ちょっと…!!」

 

 通りの方を見てみれば、何やら1組の男女がやんわりとだが揉めている様子。

 これはまぁ…所謂、ナンパというやつだ。

 

「騒がしいですね…これでは奴等の注意を惹いてしまう…。」

「如何なる世に於いてもあのような輩は存在するという事か…否、断じて許すまじ…!!」

 

 しかし男の方も節操が無いとダリオは呆れ、翼に至ってはその顔も知らぬ誰かに向かって今にも己が剣を抜刀しかねなさそう。

 

「あはは…あれ、レオンさんどうかしたんですか?そんな豆鉄砲食らったみたいな顔して…。」

 

 そんな仲間達の反応をどう受け止めようかと響は苦笑いするが、ふとレオンの様子がおかしいと彼に声を掛ける。

 何せ今の彼は文字通り目が点になってしきりに目蓋をしばたたかせており、口もパクパクとまるで何かを言おうとして、しかし声に出せぬといった、まさに今までに一度も見た事の無い表情を浮かべていたからだ。

 

「金の無い男は帰りな、しっしっ!」

「いやいや、そんな事言わずに…「もう!しつこい!」ぼぇおぉ!?」

 

 いや…これに関しては、本当に無理の無い話であろう。

 何せ彼は今も女性に退されて変な声を上げるその男性を、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「つれないなー…俺達の聖なる営みに、金なんて必要ないさ。」

「何訳分かんない事言ってんのよ!?アタシはあんたなんかに構ってる暇はないの!あんまりしつこいと、痛い目に会うよ!?」

 

 なおもその男性は女性を口説こうとしているが、残念ながらその結果は薄いようで。

 そんな男性の背後にある路地裏からおもむろに誰かの手が伸びてきたかと思うと…。

 

「おや!そんな怒ってる君の顔も素敵…だぁぁぁぁぁ!?」

「えっ!?」

 

 突如男性は出てきた手にひっ捕まれ、路地裏へと連行されていってしまった。

 

「え…ちょっと…!?キャアッ!?」

 

 土煙を上げる勢いで居なくなった男性を流石に心配したのか女性は恐る恐る路地裏を覗き込もうとするも、それは何処からか高速で接近してきた謎の存在…ロベルトを拐った者達の仲間が来た事で遮られてしまった。

 大方怪しい奴が居ると目を付けたのだろうが、残念ながら土煙が晴れた中、そこに男性の姿はもう無かった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「はぁっ…はぁっ…。」

 

 始まりは本当に突然であった。

 豆鉄砲を喰らったような様子のレオンに響が声を掛けてから彼はおもむろに歩き出したかと思うと、何と密かに話題となっていた件の男性の首根っこを掴んでこちらの方へと引き摺り込んできたのだ。

 無論皆一様にいきなりの彼の訳の分からぬ行動を問い詰めようとしたが、騒ぎを聞き付けて奴等()が来るからとこれまた一様に大急ぎでその場から離れる事となったのだ、その男性を連れたまま。

 そして街の教会の屋上へ赴いて、今に至る。

 

「よぉ~レオン!良い所に来たなぁ~!魔界帰りで(おぜぜ)が無いのよ、(おぜぜ)が。」

「…。」

 

 

 

 

 

 そんな中連れてこられた男性は一連の出来事など意に介さぬとばかりに、何故かレオンの名を口にしながら声を掛けてきた。

 

 

 

 

 

「ちょ~っとばかし貸してくれると助かるんだけどなぁ~?」

「…。」

 

 

 

 

 

 そんな男性の顔を、レオンはじっと凝視していたかと思うと…。

 

 

 

 

 

「だめぇ~~~?」

「…っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキィッ!!

 

「デュハァァァァァ!?」

 

 おもむろに(パンチ)を繰り出した。

 見事顔面にクリーンヒットした男性はあわやそのまま屋根から落ちそうになるが、レオンが速攻で救助した事により眼下の敵に気付かれる事は無かった。

 

「ちょっ!?レオンさん駄目ですよ!!そんないきなり人の事殴ったら!!」

「気にするな、いつもの事だ。」

 

 急展開の連続にそれまであたふたとしていた響だったが、流石に拳を繰り出すとまでは思っておらず、それが逆に響の心を一旦落ち着かせる事となり拳はいけないとレオンに言うも、彼は何故だか妙に手慣れた様子で響の言う事を受け流した。

 

「レオン、その御仁とは、その…知り合い、なのか…?」

「え!?いや…その…。」

 

 こうなるとレオンはその男性の事を知っているのではと考えるのは当たり前となり、翼がそう問い掛けると、彼はまた妙に慌てた様子で否定しようとして、しかし何故か口ごもってしまう。

 怪しさの塊である。

 

「おー痛ぇ…お前相変わらず容赦無ぇな…って、おい…ちょっと待てレオン、これは一体どういう事だ?」

 

 そんな中悶絶という束縛から解放された男性は改めてこの場この状況を見返し、そしてレオンに詰め寄った。

 

「いかにも元気印なポップでキュートなかわい子ちゃんに…いかにもクールビューティーで大人なかわい子ちゃんのダブルセットだと!?お前いつの間にこんな…!?」

 

 ただし話の内容はこれ如何に。

 いや仮にも可愛いとは言われたのだ、嬉しくない訳ではないのだが…何故だろう、絶妙なまでに手放しで喜べない何かがある。

 

「違う!!響とツバサはそんなんじゃない!!」

「あらやだもう名前呼び!?4年も見てない内にこんな事になってるだなんて…お父ちゃん嬉しい!!感激!!流石愛しき我が息子ぉ!!」

「うるせぇこのクソ親父ぃぃぃ!!」

 

ドゴォッ!!

 

「アビャアァァァァァ!?」

 

 そして繰り出されるは渾身の蹴り(キック)

 クリティカルヒットした男性はあわやそのまま(以下略)

 

「え…今お父さんって…!?」

「それに、愛しき我が息子と…!?」

 

 そんな事より聞き捨てならない台詞があったのだ。

 そう、男性は確かにレオンの事を“お父さん”やら“愛しき我が息子”と言ったのだ。

 レオン自身も…クソとは言ったが、彼の事を“親父”と言ったのは確かだ。

 ここまで来るともう隠しようが無いとレオンは本当に大きな溜息を吐き、これまた本当に観念したように超ぶっきらぼうにその男性について正体を明かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは“へルマン・ルイス”…俺の親父だ。」

 

 

 

 

 

 偉大なる最強の魔戒騎士、レオン・ルイス。

 

 

 

 

 

「「えっ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その父親は、変態(HE☆N☆TA☆I)でした。

 

 

 

 

 



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第17話「陰謀 -Conspiracy-」

 ヘルマン・ルイス。

 レオンの…そしてロベルトの父であり、4年前にメンドーサ打倒の為に活躍した者の1人だ。

 しかしながら、彼は本来この場に居てはいけない存在である。

 何故ならヘルマン・ルイスは既に故人であるからだ。

 

「ガルムが親父を…?」

「そうだ、魂の天秤っていう魔導具を使ってな。あいつが自分を魔界との中継点にして、俺を一時的に実体化させてるって訳だ。」

 

 4年前の戦いに於いて、彼はメンドーサの野望を阻止すべくその命を散らした。

 だからこそあの時レオンは彼の姿を見ておかしな顔をしていたのだ。

 

「そんな事が出来るのか…?」

「出来てるだろ、現に…あ、ちなみに俺とガルムの身体は今共有し合ってるから、お前がやった“これ”もしっかりガルムに反映させられてるだろうぜ。帰ったら覚悟しとけよ?」

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ガロめ…覚えておけよ…!」

 

 ヘルマンがそう言ったのと同じ頃、魂の天秤に吊るされるガルムが恨めしそうにレオンへの罵声を吐く。

 顔面を手で覆っており詳しい表情は伺えないが、1つだけ言える事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は珍しく目元に2つメイク(青痣)を施したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「まぁ…魔界にある魂を呼び出したなんて元老院に知られたら、ガルムもただじゃおかないだろうな。」

 

 場所は戻って神殿付近。

 ガルムが一人愚痴を溢す中ヘルマンが言ったその言葉には、レオンも疑問を抱いていた。

 死者を現世に呼び出すのは自然の摂理に反する事だと言っていた矢先の出来事だからだ。

 

「あのガルムが、何でそこまで…?」

「それだけ状況が悪いって事だ。元老院から破壊命令が出てたツィルケルの輪を黙って保管していたのは、奴だからな。」

 

 しかも彼女は他にも守りし者として反する行動を取っていた様子。

 仮にも騎士や法師達を束ねる神官である彼女が、一体何を考えているのか。

 

「ガルムさんが…どうしてそんな事…?」

「メンドーサが“アニマ”を復活させた時の、切り札に使うつもりだったのさ。」

 

 全てはそこに行き着いた。

 再び現れた過去の因縁にレオンは目付きを鋭くするも…。

 

「失礼、アニマとは一体?」

「ん?何だ、お前さん知らないのか?レオンと居るからてっきり知ってるもんだと思ってたが…。」

 

 その因縁について知っているのはこの場でレオンとヘルマンの2人のみ。

 それ以外のメンバーは具体的に何の事を言っているのだと疑問を抱き、ダリオがその第一声を上げた。

 

「私達も存じぬ事だ…レオン、詳しい説明を頼めるか?」

「お~っとぉ、お嬢さん達の頼みとあっちゃあ仕方がない…このへルマン・ルイスがこいつに代わってお嬢さん達に手取り足取り()()教えて…って待て待てレオン引っ張るなって服が伸びるぅ!!」

 

 続いて二声を上げた翼に対してヘルマンの目尻がキランと輝き、()()()()()()()()()()()()の解説をしようと身を乗り出すも、その明け透けな深意に彼の息子たるレオンが気付かない筈も無く、彼は見事かの男の淫行を阻止してみせた。

 

「アニマは4年前、メンドーサが復活させたホラーだ。伝説としても語り継がれる程の厄介な奴だったな…。」

 

 何でこんな寸劇をやらねばならないと溜息を吐きながらレオンは翼達の要望に答えるが、それが終わると彼は胸に秘めていたやるせない想いを当人たるヘルマンに向けて漏らす。

 

「でも…何で親父なんだよ!そんなの…俺とアルフォンソで…!」

 

 何故わざわざ死んだ者の力を借りなければならないのか。

 何故その者がわざわざ(ヘルマン)なのか。

 その答えもまた、1つでしかなかった。

 

「ツィルケルの輪が発動した場合、ゲートをくぐって装置を止められるのは、死者である俺だけなんだよ。」

「っ…!?」

 

 あくまで事実を淡々と述べるヘルマン。

 分かってはいる…ガルムにとってもヘルマンはその実力をよく知る者、彼女なりの信頼をもって選ばれたのだと。

 しかし彼は死した者なのだ。

 メンドーサの悪行をレオンやアルフォンソが止められるように、彼等に想いを託して死んだ者なのだ。

 その想いに報いる為に、この件は俺達だけで終わらせる。

 そう思っていたのに…。

 

「くっ…!」

「レオンさん…。」

 

 その想いに報いれない時が来るかもしれない。

 そう歯噛みするレオンの姿に憂虞を覚えた響は何か彼の気を晴らす言葉を掛けなければと思うも、4年も掛けたその想いに向けられる言葉なぞ、近日知り合ったばかりの響に思い付く筈も無く、彼女はレオンの姿をただ見ている事しか出来ない。

 

「だが…今の俺にとって、ガルムの思惑なんてどうでもいい事だ。ツィルケルの輪にも興味はねぇ…。」

 

 しかしヘルマンはレオンの抱える想いを既に理解している。

 その上で彼はその全てを関係無い事だと切り捨てた。

 

「ロベルトを救出する…それだけだ。」

「親父…。」

 

 屋根を伝って神殿を見るヘルマン。

 その姿は、ただ子を守ろうとする1人の父親であった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「大丈夫かいお嬢さん達、足元に気を付けなよ?」

「結構、気遣いは無用です。」

「おっと中々辛辣…いやでも何せ暗いからね、だからもし躓いたり転んだりした時は遠慮なく俺の胸に飛び込んで…ぅおっと!?」

「わっ!?大丈夫ですか!?」

「いや悪い悪い!気を付けなよって言った側からすぐこれだ!だから次に俺が躓いた時は君達のその暗闇の中でもはっきりと分かる2つの目印(おっ○いやお○り)で俺を明るい未来へと導いて…!!

「親父?」

「お、おう…冗談だよ冗談、ハハハ…!」

 

 神殿内、その奥地へと向かう中で繰り広げられるは、ヘルマンの場を和ませる楽しい会話(スケベトーク)

 全く油断も隙も無い人だと、響も翼も呆れるしかない。

 

「この先です、気を付けてください。」

 

 そんな変に緩んでしまった空気を正すダリオ。

 目的地は、もうすぐそこだ。

 

「ロベルトォー!!」

 

 やがて神殿内の深部、開けた場所へと出た一同。

 とは言え月の光も差さない場所である故どこに何があるのかは分からず、レオンが闇雲にロベルトの名を呼んだその瞬間。

 

「「っ!?」」

 

 突如として轟音と共に空間が光に照らされる。

 それと同時に巻き起こる土煙が、神殿の天井を突き破って何かがこの場に落ちてきた事を示唆する。

 そして間もなく聞こえてくる怪音と、現れる影。

 

「何っ…!?」

 

 それはレオンの予想を反する程の巨体を誇る怪物であった。

 間違いない、こいつがダリオの言っていた“ホラー”であろう。

 すると場が月明かりに照らされて見えるようになったからか、装者2人があるものを見つけて声を上げる。

 

「っ!あれは…!」

「ロベルト君!?」

 

 怪物の向こう側、神殿の高台からこちらを伺うように居る屍人が、ロベルトを抱えていたのだ。

 彼を助けなければと2人がギアを纏う為にペンダントに手を掛けたその瞬間、

 

「…ぬぅうあぁぁぁぁぁ!!」

「っ!?おい…!」

 

 突然ヘルマンが雄叫びを上げながらその場から駆け出した。

 当然見かねたレオンは彼を追う。

 

「このぉ!!」

 

 ヘルマンはとにかくロベルトを助ける事を第一にと考えているらしく、怪物の振るう尾の一撃を避け、しかしその尾の持ち主には構わず奥へと駆けていく。

 それを阻止せんと怪物は口元から凄まじい熱量の火炎を放つも、ヘルマンはそれさえもまともに見ていない。

 そんな生身で突っ切れるものかとたまらずレオンはヘルマンに突進、2人で転げながらも石柱の影に隠れて何とか難を逃れる。

 巨体に似合わぬ俊敏な攻撃に火炎放射…中々に隙の無い“ホラー”だと分析するレオンだったが、ヘルマンが発した言葉でその前提が覆される事となった。

 

「こいつはホラーじゃない、()()()だ!」

「何っ!?」

 

 ヘルマンは長年の経験で気付いたのだ、この怪物はホラーでは無いと。

 しかもその正体が魔導具とは思っておらずレオンも信じ難い事だと怪物を見る目を疑うも、怪物が石柱の影に隠れる2人を炙り出そうと再度炎を放ち、思慮の余地を許さない。

 

「ふっ!!」

「せやぁっ!!」

 

 尚も追撃を受ける2人を救出すべく、ギアを纏った翼とダリオが上空から怪物の身体にそれぞれ得物を突き刺し、奇襲を図る。

 2人の攻撃は怪物の表皮を貫き、奇襲自体は成功したものの大したダメージにはならず、怪物はその身体を大きく振るって2人を引き剥がす。

 

「ぬぅっ!?」

「くぁっ…!?」

 

 振り払われた2人はその勢いで強く壁へと叩き付けられる。

 怪物は狙いをヘルマンから2人へ変えたようで、接近して2人に脚による攻撃を行うが…。

 

「翼さん!!ダリオさん!!」

 

 間一髪、翼と同じくギアを纏った響が2人を抱えて脱した事で難を逃れる。

 

「すまない立花!」

「感謝します。」

 

 響によって救助された2人は彼女に礼を言いながら体勢を立て直し、そして再度怪物へと向けて身を構える。

 

「ロベルトッ!!」

「親父!!」

 

 それを隙と捉えたヘルマンは再び一人駆け出していく。

 また早計なとレオンは彼の後を追う為に身を乗り出すが、同時に怪物も3人に向けていた敵意をへルマンへと移し、くるりと方向を変えてへルマンへと襲い掛かった。

 怪物の機動はレオンの走力を上回り、彼がへルマンに合流する前に攻撃を仕掛けていく。

 へルマンもまた先程と同様怪物の攻撃を避けながらロベルトの下へ猛進しようとするも、ふと新たな攻撃の危機を察知して視線を横へ向ける。

 しかしその時には既に怪物は鋭利な牙を立てながら彼の目前へと迫っており…。

 

「ちぃ…!!」

 

 へルマンの居た場所が大量の砂埃で覆われる。

 そのタイミングでレオンが現場に到着、彼は直ぐ様剣を抜いて怪物の首にその剣を突き立てる。

 だが然したるダメージにはならず、怪物は強引にレオンを宙へ引き剥がすと、間髪入れずに尾を振るって彼を叩き落とそうとするが…。

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!」

 

 同時に追い付いた3人、その内響の放った拳の1発が振るわれた尾の軌道を変え、レオンへの直撃を防ぐ。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 彼女が作ってくれたこの好機を逃すまいと、レオンは雄叫びを上げながら怪物の身体へ着地し、そのまま首元を駆けると勢い良く跳躍、再度その剣を怪物へ突き立てる。

 狙いは万物共通の弱点、目だ。

 怪物が今まで上げた事の無い叫びを出している事から痛烈な一撃となったのだろうが、それがよりレオン達に対する脅威を上げさせてしまったのだろう、怪物は着地の隙を見せるレオンに対して一分の暇も与えずに火炎を浴びせようとする。

 

「くっ…()が間に合わん…!?」

「レオンさんっ!!」

 

 逃れようとするレオンに対して手助けが間に合わないと装者2人が悲痛な声を上げるが、何者かが彼を無理矢理蹴飛ばした事で石柱の影に隠れる形となり、彼は炎に焼かれずに済んだ。

 ではその何者かとは誰だと問われれば、その正体は…。

 

「親父!!ここは下がってろ!!死人は出てくるな!!」

「親に向かって死人とは何だ死人とは!?」

 

 自力で難を逃れたへルマンであった。

 しかし折角助けたというのにレオンから発せられた声は随分な辛口。

 それは無いだろと思わずへルマンは文句を言うが、そこから先の会話は彼等を炙り出そうとする怪物の攻撃によって遮られた。

 ロベルトの救出はもちろんだが、あの怪物を放っておく事も出来ない。

 どうするべきかと案ずるレオン、するとへルマンが先程とは全く違う声のトーンでこちらへと話しかけてきた。

 

 

 

 

 

「…レオン、俺の剣を渡せ。」

 

 持ってんだろ…?と、彼はそう問い掛けてきたのだ。

 それだけでへルマンが何を言いたいのかは、レオンでなくとも理解できるであろう。

 

 あの怪物を倒す。

 

 しかしレオンは彼に剣を渡す事を渋った。

 

「だが…今の親父は!」

「分かってるさ…今の俺は()()()()()()()()()()()だ…。」

 

 人は死んで魔界へと堕ちた後、100年の周期で以て生まれ変わる。

 それが死んだ人間が…死んだ人の魂が再び“人として”現世へ生き返る為の正しい在り方だ。

 しかしへルマンは魂の天秤を用いて本来とは違う方法でこの世に戻ってきた。

 そのような方法で現世に戻るのは、人の身に余る行為…出来るとすれば、人でない“何か”にならなければ…。

 重たい代償であると考えながら、レオンは付近まで迫ったロベルトの姿を伺う為に目線を上げる。

 

「ロベルトッ!?」

 

 するとロベルトを抱えた屍人がすぅっと後ろに下がる姿が見えた。

 戦闘の余波を受けないようにとの事か、或いは逃走の為か…。

 焦りを見せるレオンであったが、へルマンは何故かレオンとは違い不適な笑みを見せる。

 

「へっ…お前にしちゃあ、気の聞いた名前付けてくれたじゃないか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が捨てた本当の名…!」

 

 いわば、俺の分身って所だ。

 そう語りながら彼は立ち上がる。

 

 

 

 

 

「俺が守らなくて、誰が守るってんだよ?」

 

 

 

 

 

 その瞳から見える強い意思には、決して一言でも二言でも言い表せぬ覚悟が秘められていた。

 

「…ホラーになりたいのか?」

「なるつもりはねぇよ、ロベルトの顔を見るまではな…。」

 

 彼等の背後からは、なおも戦いの音が鳴り渡っている。

 へルマンの言葉と共にそれを聞いたレオンは、やがてその場からゆっくりと立ち上がり…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオン…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして剣は受け渡された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ!!親父!!」

「おう!!」

 

 親子は駆ける、愛する者を取り戻す為に。

 怪物は迫る2人に気付き火炎を放つが、2人は左右にバラけて火炎の射線から逃れると、レオンが怪物目掛けて剣を振るう。

 怪物はその攻撃に対して牙で剣を咥えて防御するという業をやってのけたが、それは2人とって織り込み済み。

 

「たぁぁぁぁぁ!!」

 

 本命はこっちだ。

 へルマンは手薄になった怪物の脚に自身の得物である双剣を突き刺し、自らそこを軸に回転して脚を切断する荒業を披露した。

 脚の一本を失いバランスを崩す怪物、それに合わせ距離を取ったレオンは再び怪物目掛けて駆ける。

 怪物はそんなレオンを咬み千切ろうと牙を立てるも、その攻撃を見切ったレオンは紙一重で躱し、すれ違う勢いを味方に付けて怪物の首をなぞるように斬り裂く。

 まだ終わらない。

 レオンはそのまま怪物の眼下を潜り抜け、残るもう1本の脚へと迫ると、同じく脚へと向かうへルマンと共に剣を振るう。

 

「「はぁっ!!」」

 

 タイミングに寸分の違いは無く、2人の剣はお互いに打ち合う事無く、しかし確実に怪物の脚を深く斬り裂き、見事その脚を切断した。

 

「凄い…!」

「何という戦運び…これが真の、以心伝心…!」

 

 その圧倒的な戦いぶりは他者の付け入る隙を与えず、響達はこの戦いをただ見ている事しか出来ない。

 だがここで怪物の尾がへルマンを捉えた。

 尾を打ち付けられ天へと上がる彼の身体。

 まずいと響と翼は加勢しようと身構えるも、それは無粋な事である。

 何故なら(へルマン)はそれすらも自らの流れに変えるのだから。

 

「つあぁぁぁぁぁ!!」

 

 宙へ飛ばされた彼は両腕を伸ばし、自身の左右に剣で円を描く。

 銀の軌跡で描かれたその円が消えた頃、戦場の地へ舞い戻るその影は、普段の飄々たるその姿を白銀の煌めきへと潜めていた。

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 そして地表に居るレオンも同じく黄金の軌跡で円を描く。

 燃える炎の瞳を黄金の鎧へと宿しながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄金(GOLDEN)騎士(KNIGHT) ガロ(GARO)

 

絶影(SHADOW)騎士(KNIGHT) ゾロ(ZORO)

 

 

 

 

 

 

ここからが本当の、戦いだ。

 

 

 

 

 

 鎧を纏った2人に対して、怪物は火炎を放射する。

 それはかの怪物が持つ最大の攻撃であるが、鎧を纏いし今の2人にはもうその攻撃は通用せぬ。

 

「ウオォォォ!!」

 

 レオンはへルマンの前へと躍り出ると、剣を振り翳してその炎を容易く斬り裂いた。

 敢然たる姿を見せるレオンの脇をすり抜け、へルマンは怪物の下を滑り抜ける。

 それと同時にレオンも空へと跳び、怪物の顔面を間近へと迫らせると…。

 

「はぁっ!!」

 

 残る目に向けて剣を突き刺した。

 魔戒剣から黄金の剣、牙狼剣へと変化し切れ味の増した一撃は怪物の視界を容易く遮断する。

 

「ヌオォォォォォラァァァァァ!!」

 

 それに合わせてへルマンも通り抜けた自身の身体を怪物へと合わせ、変化した得物である鎖の付いた双剣を伸ばし怪物の脚に纏わせると、大きく腕を引いて怪物の体勢を崩した。

 

「ハァァァァァ!!」

 

 そしてレオンは動きを抑えられた怪物目掛けて剣を振り下ろす。

 狙いは怪物の首だ。

 その一閃は何者にも阻まれる事無く放たれ、斬り落とされた怪物の首が大きな音と共に地面に転がる。

 

「ふんっ!!」

 

 しかしこれで終わりではない。

 へルマンは未だ繋がれている双剣をそのままに身体を大きく捻ると…。

 

「だあぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 何とド根性と言わんばかりに怪物の身体を振り回し、空へと放り出したのだ。

 そして予測される怪物の落下地点には既にレオンが待機しており、その視線は怪物の胴体にある、とある部分へと向けられており…。

 

「ウオォォォォォオ!!」

 

 地を抉る程の踏み込みと共に繰り出された渾身の突きが命中した。

 怪物の巨体が地面に落下し、凄まじい砂埃が吹き荒れる中、レオンは怪物から剣を引き抜く。

 するとレオンの身体に何かがもたれ掛かり、しかし次の瞬間にはその姿は塵と消えた。

 自立行動を取る魔導具を作製するには、その魔導具に行動を取らせる意思を与える為の贄となるものが必要だ。

 そこを貫かぬ限り、この魔導具は機能を停止しない。

 先程レオンが穿った部分、そこがこの怪物の核となる部分であり、その正体は…もはや誰かも分からぬ程に変わり果てた、女性の死体であった。

 そう、あの屍人と同じだと響が感じたその瞬間、高台から様子を伺っていた件の屍人が逃走を始めた。

 気付いたレオンとへルマンが直ぐ様後を追う形で高台に登るも、このままではまた逃げられてしまう…。

 

「逃がさん!!」

 

 それだけは許さぬと、翼は既に先回りをして屍人の前に立っていた。

 そして彼女が剣を振るうと、屍人の身体は呆気なく横一線に断たれた。

 しかし急いては事を仕損じる。

 誤算だったのは、屍人を止める事に専念しすぎてその後の事を疎かにしてしまった事だ。

 屍人は翼に斬られて機能を停止した。

 ならば当然その身体に込められていた力は抜けるという事になり、屍人が抱えていたロベルトがどうなるかと言うと…。

 

「なっ!?しまった!?」

「ロベルト!!」

 

 当然宙へと投げ出される事となる。

 しかもその行き先はこの高台の下、まだ身体が幼く強くないロベルトがこの高さから落ちてしまえばどうなるか…。

 へルマンは迷わず高台から飛び降り、ロベルトを救おうと手を伸ばす。

 しかしここでまたも誤算が生じる事となる。

 

「ロベルト君!!」

 

 階下に居た響が落ちてくるロベルトを受け止めようとして飛び出したのだ。

 そのタイミングは、奇しくも寸分違わぬものであった。

 

 

 

 

 

「「へ…!?」」

 

 

 

 

 

 そしてへルマンと響の行動の目的はほぼ同じである。

 つまりは…。

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁぁ!?」

「わぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 2人はロベルトを間にして激突してしまうという事である。

 

「親父!?」

「立花!?」

 

 まさかの衝突事故にレオンも翼も2人の身を案じるように声を上げ、高台から身を乗り出す。

 

「痛ったぁ…!!」

「わ、悪いお嬢ちゃん…!!」

「いえ…それよりも、ロベルト君は…!?」

「っ…そうだ、ロベルト…!!」

 

 まさかの展開に一瞬呆けてしまったが、肝心なのは今自分達が抱えている者だと、へルマンはくるまれている布を剥がす。

 そこに居るのは無事な姿のロベルトか、それとも無事とは離れたロベルトの姿か…。

 

 

 

 

 

 

「「…!?」」

 

 

 

 

 

 

 答えはそのどちらでも無かった。

 現れたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 蒸発する多くの液体によって構成されたその装置の横には、何か文字のようなものがリアルタイムで刻々と刻まれていっている。

 それは旧魔戒語という魔戒に携わる者でしか解読出来ない文字であり、それが読めるへルマンにはこう見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 6、5、4、3…と。

 

 

 

 

 

 

 不意に背後から音が聞こえてきた。

 魔戒騎士であるへルマンにとってそれは馴染みのある音…鎧を身に纏う際に発せられる音だ。

 振り返ると、そこにはゼムの鎧を纏ったダリオの姿が。

 しかし状況からして彼が今鎧を纏うのはおかしな話だ。

 

 敵も居ないこの状況で、何故彼は鎧を纏う?

 

 何故彼は微動だにせず、こちらをじっと見つめているだけなのだ?

 

 

 

 

 

 その仮面の下では…どんな表情を浮かべている?

 

 

 

 

 

 徐々に白い光で視界が包まれていく中、へルマンは…一同はそう同じ事を考え…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、彼等の居た神殿は謎の大爆発により崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・エロエロ全開へルマン・ルイス

→どこまでぶっ飛ばせば良いのか度合いが分からず四苦八苦した
多分もっとぶっ飛ばしても良いんだろうけど作者にはこれくらいが限界です…
他のキャラにも言える事だけど、それっぽく見えなかったらゴメンナサイ


・今回の敵

→「奴はギュスタヴォス、ロベルトを救出しに神殿へとやって来たレオン達の前に現れた“魔導具”だ。その巨体とは裏腹な俊敏性と口から発せられる炎はさしものレオン達であっても十分脅威的だったが、最後はレオンとへルマンの連携で以て沈められた。ダリオが言っていた神殿のホラーとは恐らくこいつの事なんだろうが、どうにもキナ臭い…気を付けろよ?」


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第18話「追跡-Chaser-」

さて!来る12月25日と言えば、全国的に公式が何かを発表する日なんだけど…!(クリスマス?知らない子ですねぇ…)

2020年9月13日 シンフォギアライブ開催決定

ファッ!?



「ここがバゼリア湖…。」

「一体、ツィルケルの輪はどこに…?」

 

 レオン達がへルマンと再会を果たしていた一方、アルフォンソ達は目的地であるバゼリア湖へと到着していた。

 ここに件のホラーやツィルケルの輪が…してその場所は一体とアルフォンソとマリアは湖全体を見渡すが、2人よりも早くこの件に手を付けていたエマには既にその見当が付いていた。

 

「分からない?湖を囲うように立てられた巨大な柱…。」

「…まさか!?」

「そう、この湖全体が魔導具となっているのよ。」

 

 エマの言う通り、同じ造形をした奇妙な巨柱が湖を1周するように建てられており、それが魔導具としての役割を果たしているのだろう。

 しかし湖1つを丸ごと利用するとは…やはりこの件、裏で何者かが手を引いていると見て間違いない。

 そこからさらにエマは湖を指差しながら話を続ける。

 

「湖の中心に島があるでしょう?恐らくあそこに魔導具の起動装置が設置されている筈…もう少し近付いて様子を見ましょう。」

 

 次いでエマからの提案に否がある筈も無く、アルフォンソは彼女の言葉に頷いて後に続こうとするが、ふとマリアが動いていない事に気付き、アルフォンソは彼女に声を掛ける。

 

「マリア殿、如何なされた?」

「…おかしいのよ。」

 

 彼女はそう言いながらしきりに手元の通信機を弄ったり耳に当てたりしていたが、やがて溜息を吐いてアルフォンソにその訳を話す。

 

「ヴァリアンテを発ってからもう数時間、ここまで翼達からは何の連絡も無し…彼女達は定時報告を怠るような娘達じゃ無いわ。」

 

 それは先に行われた会話と同じ内容…そもそもヒメナやロベルトに事情を説明してから出発する3人と、その必要の無い自分達ではどうしても現場への到着に差がある事は既に分かっており、万が一何か不都合が起きたとしても向こうのメンバーにはレオンが居る。

 大概の事ではそう遅れを取る事は無いであろうから、先の会話ではあまり詮索する必要は無いと言ったが、いざバゼリア湖へと到着してなお彼等から何の音沙汰も無いとなると…。

 

「言われてみれば確かに…まさか、途中で何かあったのか…!?」

 

 そうなると非常に由々しき事態である。

 アルフォンソはすぐさま推測されたその危機的予感をエマに伝えようとするが…。

 

「しっ!静かに!」

 

 そのエマから静寂を求める声が上がった為、言えず終いとなってしまう。

 するとエマは懐からある魔導具を取り出す。

 形状こそ手鏡のようであるが、開いた縁に納められているのは鏡面では無く湖面が映されていた。

 この魔導具は言ってしまえば虫眼鏡のような物であり、映しているのは湖の中央にある小島の縁であった。

 エマはそこから見える景色に思わず疑問符を付ける。

 

「黒いローブが1人、それと…子供?」

 

 何処からか船を漕いできたであろう黒いローブを着た者が、同じく船に乗せていた子供を島へと降ろしていたのだ。

 奇妙な組み合わせの2人であるが、一体こんな所に何用で…とエマは思慮に耽るが、彼女の発した疑問符が気になったアルフォンソとマリアがその魔導具に映されている子供の姿を見た事で、その驚愕の正体が明らかとなる。

 

「あの子供…アルフォンソ、あれはまさか!?」

「ロベルト!?そんな…何故…!?」

「…知っているの?」

「あの子は叔父上とヒメナさんの子です…!」

「何ですって!?」

「でも、何故こんな場所に…?」

 

 こちらに背を向け、なおかつ黒いローブの人型に抱えられている為普通ならば判断が付かないと思われるだろうが、アルフォンソもマリアも今日の夕方にロベルトの姿を見ている。

 ましてやロベルトはアルフォンソにとって遠く血の繋がる大切な家族だ、例え後ろ姿であっても彼を見間違える事など無い。

 しかしロベルトはその夕方にヒメナと共にヴァリアンテに残っていた筈だ。

 それが何故こんな所に彼が居るのか。

 

「誘拐された、って事…!?」

「「っ!?」」

 

 エマの言葉に否定は入れられなかった。

 まず仮にそうであるならば、あのレオンが黙っている訳が無い。

 彼の事だ、恐らく既にこの件を察知して響や翼と共に3人で行動しているであろう。

 それならばロベルトがここに居る以上、既に彼等もここに居て良い筈。

 しかし彼等はここには居らず、ロベルトだけがこの場に連れられている。

 つまりレオン達が事情を察知して追跡しているのを仮定として、あの相手方は彼等を欺く程の実力を持っている事になる。

 レオン達から連絡が付かないのも、相手側から何かしらの妨害に合っていると考えれば納得出来てしまう。

 

「しかし何故あの子を…!?」

「ツィルケルの輪を起動させるには陰我に苛まれた多くの生贄と、反対に1つの穢れる事の無い無垢な魂が必要…魔戒騎士の子供、これ以上無い最適な条件だわ…!」

 

 そしてその目的は推察するに、ツィルケルの輪起動の為の生贄。

 それを聞いたアルフォンソは衝動的にその場から身を乗り出すが…。

 

「待ちなさい!迂闊に動くのは危険よ!」

 

 ここはホラーのテリトリーって事、忘れないで…とエマに行動を遮られてしまう。

 腕は確かと言えど、彼とて傷一つ無く渦中を抜けられるような無双の戦神では無いのだ。

 

「…すみませんエマ殿、マリア殿!!」

「アルフォンソ!!」

「待ちなさい!!」

 

 しかしながら家族の危機に心動かない者など居る筈も無かろう。

 エマやマリアの制止は歯止めとして成り立たず、アルフォンソは内から沸き出る衝動に身を任せながら魔戒剣で円を描き、ガイアの鎧を纏いながらその場から飛び出した。

 

「ウオォォォォォ!!」

 

 2人の制止を振り切り、鎧を召喚したアルフォンソは次いで新たな力を召喚する。

“魔導馬 テンジン”…ガイアの鎧を継ぎし者に授けられる大いなる力だ。

 

「テヤァァァァァ!!」

 

 アルフォンソは呼び出したテンジンに跨がると、その愛馬に魔導火を纏わせ、人馬一体と成りて湖面へと堅陣騎士の刃を叩き付ける。

 するとその反動で湖に大規模な水飛沫が上がった。

 

「ヌウゥゥゥゥゥアァァァァァ!!」

 

 しかも驚く事にアルフォンソはその水飛沫の上を走っていたのだ。

 何と無茶苦茶なとかテンジンはどこ行ったとか言ってはいけない、この前代未聞の所業は彼の並々ならぬ覚悟の表れなのだから。

 

「ロベルト!!」

 

 やがて水飛沫が島の頂上にまで到達する程の高さまで上がった瞬間、アルフォンソは鎧を解除しながらロベルトを抱えるローブの者に斬り掛かった。

 しかしこのアルフォンソの判断は正解であると同時に、失敗でもあった。

 

「(こいつ…手慣れてる!?)」

 

 鎧を纏った状態では剣が大き過ぎてロベルトにまで被害が及びかねない。

 そう考えての鎧の解除…実際今の戦闘状況だけを見ればそれで正解なのだが、このローブの者の立ち回りがアルフォンソの機転に失敗の刻印を押し付けた。

 このローブの者、両手にロベルトを抱えている都合上攻撃が出来ず逃げに徹しているとはいえ、アルフォンソの攻撃をいとも容易く避け続けている。

 さらにこのローブの者はただ避けるだけでなく、常にアルフォンソの持つ剣の切先にロベルトが居るよう立ち回っている。

 お陰でアルフォンソは思いきった攻めをする事が出来ず、いたずらに弄ばれてしまっているのだ。

 だが、その弄びもほんの少しの間だけであった。

 今までの避けから一転、ローブの者は後方へと一気に跳び退いたのだ。

 隙を見せたかとアルフォンソは視線を辿らせるが、その辿った先を見て追撃を踏もうとしていた脚を止めざるを得なかった。

 視線を辿らせた先に居たローブの者、かの者が立っていた場所は…この島にそびえる塔の端。

 落ちれば常人に待つのは死あるのみ…かの者はそんな瀬戸際にただ静かに立っていた。

 まるでこれから先に起こす行動を、アルフォンソに見せつけるかのように。

 待て、止めろ、そんな事をしたらロベルトは…。

 そしてアルフォンソが言葉の1つを声にしようとしたその瞬間、ローブの者は彼に見せつけたのだ。

 彼が思い描いた、最悪の行動を…。

 

「ロベルトォォォォォ!!」

 

 落ちた。

 ローブの者はロベルトを抱えて端から落ちたのだ。

 ローブの者は別に良い、だがロベルトは?

 いくら幼少の期から魔戒騎士の道を目指して鍛練中とはいえ、果たして今の彼が常人の域を出ていると言えるか?

 そんな訳が無い、彼はまだ普通の男の子だ。

 ではその普通の男の子がこの高さから落ちて五体満足で居られるか?

 そんな訳が無い、この高さから落ちて常人たる彼が無事で居られる訳がない。

 だからアルフォンソは走った。

 無駄だと分かっていながら、彼の無事を願い、彼等の落ちた端まで駆け寄り、彼の名を叫んだ。

 自らの呼び声に応える声が聞こえると信じて。

 

「っ!?」

 

 果たしてアルフォンソの望みは叶った、彼の呼び声に応えた者が居たのだ。

 しかしその者は彼が本来望んでいた人物とは違った。

 塔の下層から空を浮き上がって来たのは、絶世の美貌を持つ、裸身の女性。

 

 

 

 

 

 それを模した最悪の怪物、ニグラ・ヴェヌスであった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 とある街の神殿にて爆発が起きた後、一対の人馬がバゼリア湖へと向かっていた。

 通常の馬とは異なる黒い鎧にて形作られているその馬の名は“ライメイ”、黒曜騎士であるダリオが持つ魔導馬だ。

 そのライメイを駆るダリオもまた黒曜騎士の鎧を纏っており、ただ一心に目の前に見える森へと目を向ける。

 ここを抜ければバゼリア湖は目と鼻の先…急がなければならないと思ったその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「居た!ダリオさん!」

 

 後方から聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

 その声に反応したダリオは背後にある崖の上を見るや、鎧の下で一瞬息を呑んだ。

 何故ならそこに居たのは、あの神殿の爆発に巻き込まれた筈のレオン達であったからだ。

 

「ダリオォォォォォ!!」

 

 ダリオの姿を捉えたレオンは背に響を乗せた状態のまま魔導馬ゴウテンを駆り、一気に崖から降りダリオの前へと躍り出る。

 さらにへルマンも自身の愛馬、“魔導馬 ゲツエイ”の背に翼を乗せながら崖から飛び降り、ダリオの背後へと着く。

 レオン達はダリオに対して明確な殺気を出しており、そんな彼等に前門後門を塞がれたダリオは…。

 

「ハァッ!!」

「ッ!!」

 

 森へと入った瞬間それに応じるようにレオンに向かって槍を突き出した。

 それを弾いたレオンは返しに剣を振るい、そのまま騎馬戦へと突入する。

 

「(レオンさん…ダリオさん…!)」

 

 魔導馬の荒い息遣いが耳に届く中、ダリオの槍がレオンを貫かんとするのを、レオンの剣がダリオを裂こうとするのを、響はゴウテンの背の上で見ている事しか出来ない。

 その瞳はレオンやへルマン、翼がダリオに向ける殺気立ったそれとは明らかに違うものであった。

 そんなこの場に於いて異質な視線が見つめる中、戦いは短いながらも決着が付こうとしていた。

 

「タァッ!!」

 

 ダリオが放つ刺突はその全てが必殺の意思で放たれている。

 故に、その槍には力が入り過ぎていた。

 

「ハァッ!!」

 

 レオンはそれを利用し、走行に際して横切る事になる大木の1つに彼の槍が刺さるよう巧みに剣で弾いたのだ。

 

「グァッ…!?」

 

 木に槍が刺さるという想定外の衝撃とその槍を引き抜けなかった瞬時の判断ミスは即座にダリオとライメイの体幹に反映され、ライメイが転げると同時に彼も愛馬から大きく投げ出され、二転三転と凄まじい勢いで地面に身体を打ち付ける事となる。

 

「ぐぅ…!!」

 

 森に静寂が戻り土煙が晴れたその場には、鎧を纏っていたとはいえ相応のダメージを負ったダリオの姿が。

 

「ダリオ。」

「っ!?」

 

 そんな彼の両側から2人ずつ歩み寄ってくる人影の姿。

 その内片側から彼に声を掛けるのは、先程まで死闘を繰り広げたレオン・ルイスだ。

 

「ロベルトをどうした?」

「何故だ…貴殿方の気配は、完全に消えた筈…!?」

 

 ダリオは動揺していた。

 あの神殿の爆発は魔戒騎士とて生身で耐えられるものでは無い。

 自分も事前に鎧を纏っていたからこそ生還できたものを、何故彼等は。

 

「ガルムの結界だ。」

 

 そんなダリオに向けた回答は、彼にとっては予想していない所からの助太刀によるものであった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 神殿が爆発してから暫く、その跡地に謎の白い光の柱が立っていた。

 その光の柱は奇妙にも徐々に無数の白い鳥に分れて羽ばたいていき、後には4人の男女の姿が残った。

 

―私のおかげで命拾いしたな…感謝しておけ。

「一体…どういう事だ?」

 

 残った4人…レオン、へルマン、響、翼の脳裏に聞き覚えのある声が響く。

 ガルムだ。

 そんな彼女にあの時一体何があったのか判断が付かぬとレオンが助言を頼む。

 すると彼女は一同にとって予想だにしなかった答えを言い放つ。

 

―黒曜騎士 ゼム…奴が消息不明のバゼリア根付きの魔戒騎士だ。

「何…!?」

「それって、どういう…!?」

 

 ガルムの話に出てきたバゼリア根付きの魔戒騎士、それがダリオだったのだ。

 しかしそうであるならば、何故今になって彼は再び表舞台へと現れたのか。

 そして神殿が爆発する瞬間、まるでそれを見越していたかのように鎧を纏っていた彼…どうも何かがおかしい。

 

「子息を拐ったあの屍人も、この神殿の怪物も、全て彼が仕組んだものだと…そういう事であろう?」

―あぁ…ここで邪魔者を始末するつもりだったのだろう。

 

 結論としては、そうとしか考えられない。

 翼達の推測を後ろ背に聞きながら、へルマンはしてやられたと口惜しそうに呟く。

 

「まんまと嵌められたな…ロベルトは今頃、バゼリアか…!」

 

 ともかく、ダリオを見つける。

 話はそれからだ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「成程…全く、残念です…。」

「あぁ、だから全部話せ。でなきゃ…もっと残念な事になるぜ?」

 

 そうして事のあらましを聞いたダリオはいかにもらしく項垂れる。

 そんなダリオにへルマンは追い討ちの言葉を掛けるが、彼がそれに応じない。

 

「ダリオさん…。」

 

 ダリオ・モントーヤ…自分達を騙した謎多き男であるが、その物静かな姿勢やレオンやザルバに真っ当ながらも茶化した言葉を投げ掛けたりするなど、響には彼がそう悪い印象を持つ者では無いと感じていた。

 例えこれまでの言動が偽りの演技であったとしても、そうしなければならない深い理由があるのではないか。

 そう考えると、響にはダリオに対して咎めの言葉を掛ける事が躊躇われてしまう。

 しかし他の面々は違った。

 とりわけへルマンはその違いが謙虚であり、彼はダリオが黙秘を貫く様を見るやゆっくりとダリオへ歩み寄り、おもむろに胸倉を掴んで彼の頬に拳を打ち込んだ。

 

「へルマンさん…!?」

 

 突然の荒事に響は慌てるが、他の面々はそれには目も暮れず、へルマンは殴り飛ばされたダリオの胸倉を再度掴み、彼に眼を飛ばす。

 

「良いか!?俺は本気だぞ…ロベルトはどこだ!?」

 

 鬼気迫るへルマンの様子は、これまでの飄々とした姿など一欠片も無い。

 1人の父親として、完全に本気の姿だ。

 そのあまりの変わりように響は思わず慄然としてしまったが、ダリオは彼の憤怒を前にしてなお言葉を交わそうとしない。

 

「てめぇ…ホラーに操られてんのか!?」

 

 いよいよ以て彼の正気を疑うへルマンであったが、ここに来てダリオは彼のその言葉に強い否定の意を示した。

 

「私は、守りし者…代々受け継いだ鎧の誇りを捨てた覚えはありません…。」

「ダリオ!!」

 

 しかしその返答はへルマン達の反感を買うものであり、へルマンは再び声を荒らげるが…。

 それに負けない程の声をダリオが張り上げる。

 

 

 

 

 

「私が!私が守るべき者は、ただ1人…!」

 

 

 

 

 

 そして彼は語ったのだ。

 アルフォンソも語った、5年前のバゼリア王国での惨劇…その時一体何があったのか。

 

 

 

 

 

 盲目の騎士によって語られる、ある1人の悲劇の女性の物語を…。

 

 

 

 

 




・え、城の人達に何も言わなくて良かったの?

→王子様が事前に超特急で「ちょっと出掛けてくる!」と適当な兵士1人に言ってきてるので大丈夫です、多分(本当に破天荒な王子様だ…)


・魔導馬の背に立つ装者2人

→非常に映えるが非常に危なっかしい
 多分ダリオも見てて気が気じゃ無かっただろう


・シンフォギアライブ

→おめでとうございます


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第19話「悲劇-Sara-」

新年明けてましたおめでとうございます。



 5年前…黒曜騎士の名を継ぐ者が代々守り続けてきたバゼリア王国。

 私…ダリオ・モントーヤも、当代黒曜騎士としてこの地で槍を振るってきました。

 その日も私は城の者相手に模擬戦を行い、呆気も無い勝利を飾りました。

 

「(こんなものか…。)」

 

 思わずそんな事を思ってしまう程に、あっさりと。

 この城の中でも腕に覚えの有る者が6人掛かり、それでもまるで相手にならない…。

 この国の騎士達は斯くも弱き者ばかりなのかと、私は彼等相手に武を振るう度にそう嘆きました。

 私がそうも嘆く理由は、ただ1つ…。

 

 

 

 

 

「凄いわ!貴方本当に強いのね!」

 

 と、模擬戦を終えた私に1人の女性が声を掛けてきました。

 それと同時に私の身体は緊張で竦みます。

 何故ならその女性は、バゼリア王国の王姫である“サラ”様であったからです。

 どうやらサラ様は城の中から私達の手合いを見ていたようで、拍手喝采と共に手合いの場であった中庭へと軽やかに躍り出るや、私の下へと駆け寄ってきます。

 

「ねぇ!貴方、ダリオって言うんでしょ?城では皆、貴方の話で持ちきりよ!」

 

 バゼリア最強の騎士だって!

 そう言って子供のようにはしゃぐサラ様を、私はどう受け止めれば良いのか分かりませんでした。

 それもそうでしょう、確かに私はサラ様の言う通りバゼリア最強の騎士であるかもしれませんが、所詮はそこまで。

 立場で言えば私は中々に下の者…そんな私にこの国の最高位たるサラ様がお声掛けになるなど、恐れ多いにも程があります。

 

 

 

 

 

 何より…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「サラ様!サラ様危ないですよ!貴方にもしもの事があったら、私は…!」

 

 そんな私の想いを知ってか知らずか、サラ様はそれ以来私を供人として側に従える事が多くなりました。

 サラ様はお若く、まだ子供らしい所が多く残っている御方でありまして、石橋の側橋を命綱無しで渡ろうとしたりと、毎度手を焼かされたものです。

 

「大丈夫よ。」

 

 しかしサラ様はその度に問題無いと言うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、ダリオが私の事守ってくれるんでしょう?」

 

 

 

 

 

 いつも私が側に居るから、と…。

 

 

 

 

 

 無茶苦茶な、と蔑んでもらっても構いません。

 それでも私はその言葉を聞く度にサラ様を御守りすると誓い直すのです。

 何故、と?

 それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛する女性(ひと)に声を掛けられて、何も思わぬ者など居ないでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ですが…そんな私達の想いなど、たった一夜にして崩れ去るものなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャアァァァァァァァァァァァァ!!!

 

 

 

 

 

 深まる夜の中、サラ様の悲鳴が城内に響きました。

 失態でした…まさか私ともあろう者が、城内にホラーの侵入を許すなど…。

 ましてやその毒牙をサラ様へ向けさせる事になるなど…。

 サラ様の下へ駆ける私の踏む地には、ホラーを止めようと戦い、そして散っていった者達の血肉が散乱していました。

 勇敢であると弔ったか、無謀であると貶したか…。

 彼等の姿を見て私が何と思ったか、正直今でも思い出せません。

 

 

 

 

 

アアァァァァァァァアァァァァァァァ!!??

 

 

 

 

 

 何故ならサラ様の御部屋へと辿り着いたその瞬間、私が最も聞きたくないと思っていた声が上がったのですから。

 

「フンッ!!」

 

 私はすぐさま鎧を纏い、不躾ながら御部屋へ飛び入ると、サラ様を襲うならず者へと蹴りを入れ、彼女から引き剥がしました。

 ならず者であるホラーは税楽の邪魔をされたと私を睨み付けますが…。

 

「トゥアッ!!」

 

 我が黒曜騎士の槍の前では何の意味も為さず、一刺し貫かれたホラーはたちまちこの世から姿を消しました。

 

 

 

 

 

熱い…!!

 

 すると視界の端から苦しい呻き声が聞こえてきました、サラ様です。

 

顔、がぁ…っ…!!

 

 しまった、サラ様は…!?

 そう思った私は慌ててサラ様の姿を視界に納めます。

 そして私は見てしまったのです、後にサラ様が忌み嫌う事になるその御姿を、誰よりも早く…。

 

熱イのぉ…顔ガ、ァ…ッ!!

 

 程無くサラ様は姿見へと近付き、そして己の姿を目にして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、サラ様は一命は取り留めました。

 しかしその代償として、サラ様はあの美しかった御顔を…失ってしまいました…。

 それからというもの、サラ様は酷く荒れ果てました。

 当たり前です、一夜にして望まぬ醜い姿へと変わり果てたら、誰だってそうなるでしょう?

 だからこそ、あの夜が訪れたのは他ならぬ必然だったのでしょう。

 5年前の…世に言う、バゼリア王国の悲劇が起きたのは…。

 

 

 

 

 

「サラ様…。」

「ダリオ…貴方も早く逃げなさい…私、全部灰にするの…そして…この世界を終わらせるの…。」

 

 悲劇の首謀者は、サラ様でした。

 この国の王姫としての責務、そして己が身に降り掛かった不幸は、まだ人として幼かったサラ様には過剰過ぎる重荷になっていたのです。

 

「私は、サラ様を守る者です…貴女の側を離れません。」

「やめて!!ダリオ…見ないで…私を見ないでよ!!!」

 

 自棄になったサラ様の御姿は、言われずともとても見ていられないものでした。

 しかしそれは決して彼女を否定するような想いから来るものではありません。

 

「サラ様!私は、あの時誓ったのです!貴女を一生御守りすると!!」

 

 その逆…彼女を心から慕う者だからこその想いでした。

 

 

 

 

 

「もし…この目が…貴女を苦しめるというのなら…こんな…。」

 

 

 

 

 

 あの方を1人にしてはならない、いや…したくない。

 あの方には、生きていて欲しいのです。

 彼女を、慕う(愛する)者として…。

 

 

 

 

 

「こんな目など…!」

 

 

 

 

 

 だから私は…あの方に生きてもらう為に…あの方の御側に居る為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「要らない!!!」

 

 

 

 

 

 貴女を“守る”と誓い直したのです(この瞳を抉り取ったのです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私とサラ様は、あの地で生き続けました。

 誰も居ない、2人だけのあの場所で…。

 心地好いものでした…全てのしがらみから解放されたと、サラ様もきっと同じ想いであった事でしょう…。

 

 しかし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダリオ…今までありがとう。」

「サラ様…何故です…!?」

 

 枝が分かたれたのは、半年前の事でした。

 何故サラ様があのような事をしたのか、今でも理解できません…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サ ヨ ウ ナ ラ 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言い残して、サラ様はその身をバゼリアの湖へと投げ出しました。

 

「サラ様ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 助けなければと身を投じた時には、もう遅かった。

 サラ様の姿は何処にも在らず、バゼリアの湖へと消えていました。

 何故…何故サラ様は今になって死を選んだのか。

 私に何か不足があったのか?

 この4年半の間で全ての終わりから身を遠ざけ、生き続ける事を選んだのでは無いのか?

 考えても答えは出ず、私はただその場で嘆く事しか出来ませんでした。

 しかし程無くして、サラ様は再び私の前にその御姿を現しました。

 生前たるあの御姿を捨てた、使徒ホラー ニグラ・ヴェヌスとして…。

 

「サラ…様…!!」

 

 分かっています…ホラーが現れたのならば、斬らなければならない…それが魔戒騎士の掟です。

 しかし私はその時、思ったのです。

 ホラーが現界するには、強い陰我によってゲートが開かれなければならない。

 ならばこのホラーは何の陰我によってこの世に招き寄せられたのか。

 それに応えるようにホラーの表情が見知った顔に変化したのを見て、私はふと抱いたその思いに答えを得ると同時に強い確信を持ちました。

 そうか…このホラーはサラ様の陰我に引き寄せられたのだと。

 そしてサラ様が死の間際に於いて抱いた陰我、それは…“生きる事を諦めない”。

 美姫と讃えられた生前の御姿を取り戻し、全ての縛りから解き放たれたあの生を、もう一度私と共に…。

 例えそれが、ホラーとしての姿だとしても…。

 そうでなければ多くの命が亡くなってなお4年半、ホラーが現れる事は無かったこの地に、このホラーが現れる事は無い筈だ。

 サラ様の御顔を、サラ様の御姿をしたこのホラーが、私の前に現れるなど…。

 ならば私が為すべき事は、決まっています。

 貴女を恋慕う者として、私は…。

 

 

 

 

 

 貴女を御守りする、と。

 

 

 

 

 

 私は貴女に誓い直した(溺れた)のです。

 

 

 

 

 




・最後の溺れた表現


→あんなのどうやって表現しろって言うんだめっちゃ苦労したんだぞ全くw


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第20話「暗黒-Dario-」

 荒廃したかの地にて、1組の異性が交わり合っている。

 しかしそれは多くの者が扇情的な渇望を見出だせるような、そんな艶かしいものでは無い。

 いや…確かにその異性の内に居る者であるアルフォンソは、その性的趣向に溺れているのは間違い無いであろう。

 しかし今彼が唇を重ね、舌を絡ませ合っているのは彼の身の丈に合った女という性では無い。

 彼が今浅ましく行為に耽っている相手は男とも女とも全く違う性…ホラーであるからだ。

 となればこの目会が“性”に連なる欲に縋るものでは無い事は容易に想像出来よう。

 そう、彼等が行っているのは“食”に連なるもの。

 アルフォンソは今、ホラー ニグラ・ヴェヌスの餌食となっているのだ。

 しかしそんな事は今のアルフォンソには知らぬ話。

 一目見てその魔貌に見入られた彼が知覚出来るのは、内から溢れる性に対する甘い恒久的な一時のみ。

 その一時に囚われた彼は自らの身体が冷え固まり、命の灯火が風前の物ともなっているのにも気付かず、更なる欲に溺れて…。

 

「やらせはしないっ!!」

「アルフォンソォォォォォ!!」

 

《EMPRESS†REBELLION》

 

 しかしここでエマとマリアが彼の救出に動いた。

 マリアの蛇腹剣がニグラ・ヴェヌスの腕を斬り裂き、エマが自身の得物である魔導糸を巧みに操って、周囲に転がっていた石柱をニグラ・ヴェヌスへと飛ばした。

 アルフォンソに集中していたニグラ・ヴェヌスはそれを避ける事が出来ず、そのまま石柱がぶつかりアルフォンソはホラーの手から解放される。

 

「ちょっと…大丈夫!?」

 

 間一髪死を免れたアルフォンソ。

 2人の介入あって命に別状は無さそうだが受けたダメージは大きく、彼は息を切らしてその場で蹲っている。

 このままでは危険と判断したエマとマリアは彼を連れて一旦この場から離れようとするが…。

 

「ウぅっ!?」

「エマ・グスマン!?」

 

 突如エマがくぐもった声を上げる。

 何事かと彼女の方を見てみれば、何と彼女はどこからか伸びる謎の触手のような物体に顔面を覆われていたからだ。

 

「はっ!?うぁぁぁぁぁ!?」

 

 エマの身に起きた異常に対処しようとマリアは動こうとしたが不意に強い敵意を感じ、それ故に一瞬気を取られてしまった。

 それが命取りとなってしまい、マリアもまた何者かに襲われてしまう。

 

「ぐっ…くはっ…!?」

 

 マリアを襲ったのは白く細長い無数の手…先程アルフォンソを捕らえていたあのホラーの手と同じものだ。

 身体を拘束される痛みに苦しく悶えながら、マリアはこの自身を拘束する腕の先を睨み付ける。

 そんな彼女の視線の先には、先程の妨害などまるで意味の無い事だと示すが如く、ニグラ・ヴェヌスの姿が在った。

 そんなニグラ・ヴェヌスの顔面からは生々しい触手のようなものが飛び出しており、その先はエマの下へと続いている。

 やはりエマを襲っているのも、ニグラ・ヴェヌスだったのだ。

 

「ム…グゥ…!?」

 

 と、急にエマの身体が宙へと上がる。

 それと同時にマリアの脳裏に過ったのは、ガルムから聞いたニグラ・ヴェヌスの補食行動。

 男は喰らい、女は顔を剥がして殺す…。

 そう、ニグラ・ヴェヌスは今まさに彼女の顔面を剥いで殺そうとしているのだ。

 

「エマ・グスマン…くそっ…!!」

 

 情けない事に助けようにも自分はこの様、アルフォンソもまだ動ける状態ではない。

 万事休す、このままではエマの命が…。

 

 

 

 

 

「エマ!!アルフォンソ!!」

「マリアさん!!」

 

 

 

 

 

 しかし2人の男女の声が聞こえたかと思いきや、自分達を襲うニグラ・ヴェヌスの腕や触手が瞬く間に断ち斬られ、さらに重い衝撃音と共にニグラ・ヴェヌスは先程と同じようにその場から吹っ飛ばされる。

 拘束から解放されたマリアが地に膝を付く僅かな合間に見た救援者の姿は…黄金騎士であるレオン・ルイスと立花 響であった。

 ニグラ・ヴェヌスの注意を引いたレオンはそのままバゼリアの湖面を先んじて駆け、響はレオンの後を追うニグラ・ヴェヌスをさらに追い掛ける形でギアのバーニアを吹かしていく。

 

「マリア!無事か!?」

「翼…えぇ、ありがとう…。」

 

 そして3人の介抱に回るのは、後から来た青きシンフォギア装者、風鳴 翼と…。

 

「エマちゃん、大丈夫か?」

 

 白銀の鎧を持つ魔戒騎士、へルマン・ルイスだ。

 2人はそれぞれが知った間柄の者の下へと向かったが、素直に感謝の言葉を述べたマリアに対し、エマはそうはいかなかった。

 彼女はやって来たへルマンに対して怪訝な表情を見せると、魔戒の者達が人とホラーを見分ける為に使われる魔導具、魔導ベルを取り出し…

 

 

 

 

 

 へルマンの目の前でベルを鳴らした。

 

「…へ?」

 

 間抜けた声を上げるへルマンであるが、そんな声を出している場合ではない。

 何せ彼の瞳には、人に化けたホラーが見せる魔導文字なるものが浮かび上がっていたのだから。

 ここで少し思い出して欲しい。

 へルマン・ルイス…彼は神殿内で戦闘に陥った際、自身の事を何と言っていたであろうか?

 

 

 

 

 

―分かってるさ…今の俺は()()()()()()()()()()()()…。

 

 

 

 

 

 …言い逃れは出来ない。

 

 

 

 

 

「エ、エマちゃん…!?」

 

 疑惑の眼差しで以て魔導糸を突き付けてきたエマを見て、へルマンはやべぇやっちまったと後悔した。

 レオンにホラーの追撃を任せず自分が行けば良かったと。

 

「叔父上!そんな、まさか…幽霊なんかに!?」

 

 おまけにアルフォンソがちょうどベルが鳴ったタイミングで体力が回復したそうで、彼もへルマンの眼に刻まれた紋様を見てしまったようだ。

 おかげで魔戒騎士の癖にどこか抜けている彼の早とちり(まぁある意味間違ってはいないのだが)が重なって場の流れがほぼ完全に確定してしまった。

 早い所レオン達の加勢に向かわなければならない状況ではあるのだが、これはどうにも時間が掛かってしまいそう。

 

「いや、まぁ2人共落ち着けよ…化けて出たんじゃねぇから…って似たようなもnふぎゅっ!?

 

 なるべく穏便かつ早めに説明を、とへルマンは2人を宥めるような物言いをしようとするが、エマの魔導糸が鼻先に突き付けられてしまい、まともな弁明も許されなくなってしまった。

 

「もし、貴方が本当にへルマンなら…私に分かるように説明しなさい…今、すぐに!!」

「ふ、ふぁい…。」

 

 さてここからどうやって時間を巻き返していくか、様々な女を吹っ掛けてきた彼に対して数少ない“返り討ち”が出来るエマ相手に、彼のどうでも良い饒舌の真価が試される時が来た。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 一方湖ではニグラ・ヴェヌスの放つ光弾の音が鳴り響いていた。

 その光弾の対象はレオン・ルイス。

 彼は苛烈なその光弾の中を駆け抜け、バゼリア城跡の中へと飛び入る。

 そのまま彼は城跡を抜けてまた湖面に姿を現すだろうと思いきや、ニグラ・ヴェヌスが行く先にレオンの姿はどこにも無かった。

 それもその筈、レオンは城跡の中で息を潜めてニグラ・ヴェヌスの追撃を免れようとしていたのだ。

 彼の思惑通りニグラ・ヴェヌスは先の湖面へゆらゆらと進んでいき、上手く撒けたと安堵するレオンであったが…。

 

「レオン、後ろだ!!」

「っ!?うわぁッ!?」

 

 ザルバの助言も虚しく、レオンは突如背後から現れたニグラ・ヴェヌスの触腕に捕らわれてしまう。

 

「レオンさん!!」

 

 どうやらレオンの考えはとうに見通されていたようだ。

 そんなレオンの危機に後を追っていた響はすぐさま彼の下へ駆け付けようとするも…。

 

「っ!?きゃあぁぁぁぁぁ!?」

「響!?」

 

 その響も突如襲来してきた者に蹴り飛ばされ、響は湖の浮島の1つに叩き付けられて意識を失ってしまう。

 

「レオン、もうそこまでにしてください…貴方はサラ様の苦しみを知ってなお、剣を向けると言うのですか?」

「ダリオ…当然だ!!目を覚ませ!!こいつは()()()だ!!」

 

 そして彼女を襲った者…ダリオは湖に立つ柱の上に着地し、ニグラ・ヴェヌスに捕らえられているレオンにこれ以上の行いを止めるよう促すも、レオンは彼の促しを断固として許否する。

 

「そうですか…。」

 

 ニグラ・ヴェヌスはサラ王女ではなく魔獣ホラー。

 レオンが守りし者として否定の意を示したその言葉。

 その言葉こそが彼を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…残念です!!」

 

 堕ちてはいけない領域まで堕としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 解き放たれるは猟犬の如く鋭く、恐暴な闇の力。

 光を掲げ、希望を胸に人々を守る魔戒の騎士が絶望の闇に堕ち、しかしながら確固たる信念によって闇に蝕まれる事なく、逆に己の力へと変える。

 それは強大な闇に立ち向かうべく、同じ闇の力を行使する魔戒騎士が本来成るべきであった姿。

 しかしながら彼等が掲げるのは、その誰しもが(守りし者)の身に余る信念(陰我)であるが故に、彼等はいつの時代に於いても光を捨て、闇にその身を委ねた。

 そしてダリオもまた、愛する者を救いたいが為にその1人となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒(Dark)騎士(Knight) ゼム(ZEMU)

 

 

 守りたい、人がいる―。

 その信念(陰我)を胸に彼は今、生まれ変わったのだ。

 

 

 

 

 

「ダリオ!?お前はっ…!?」

 

 ダリオが暗黒騎士へと変貌した事に戦いたレオンは彼に対して何か言葉を紡ごうとしたのだが…。

 

「っ!?ぐぅあぁぁぁぁぁ…!!」

 

 レオンが言葉を言い切る前にダリオは背後から彼の腹部に魔戒槍を突き刺した。

 

「ん…ぅ…?」

 

 ちょうどその時気絶していた響の意識が朦朧としながらも回復した。

 彼女は混濁する意識の中で何があったのか思い返そうとするも…。

 

「うっ…ぐぅ…!!」

「レ、レオンさん…!!」

 

 すぐに耳に届いた呻き声に瞬時に先程までの記憶が思い起こされる事となる。

 全ての出来事を思い出した響は視界に映っている事態に寝ている身体を起こそうとするも、ダリオの不意打ちが予想以上に効いたらしく、身体に力が入らない。

 このままではレオンが危険だと痛む身体に鞭打って、響は無理矢理身体を起こそうとするが…。

 

「「っ!?」」

 

 レオンと響…2人の表情が酷く歪んだのは、奇しくもほぼ同じタイミングであった。

 

「ウアァァァあぁァぁぁぁぁぁあァァぁぁぁ!!??」

「レオンっ…さん…!!!」

 

 レオンの身体が紫炎に包まれる。

 ダリオが魔戒騎士の必殺である“烈火炎装(れっかえんそう)”をレオンに向けて放ったのだ。

 闇の権化たるその炎に焼かれ、これまでに聞いた事の無い悲鳴を上げるレオンの姿を目にして、それでもなお響の身体は痛みに打ち震えて動かない。

 響は助けにいけないその絶望に、彼に向かって弱々しく手を伸ばす事しか出来ない。

 その時だった、ダリオが不意に妙な事を口にしたのは。

 

「っ!?そうですか…()()()()()()()()…!」

「え…?」

 

 光の騎士たるレオンと闇の騎士たる彼が同じ…戯言をと、響はダリオの言葉を聞き流す事をしなかった。

 彼は一体何を言っているのだと、聞き入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…!?」

 

 故に彼女は、これから先忘れる事の出来ぬ言葉を聞く事となった。

 

「(愛する人を…守れなかった…!?)」

 

 レオン・ルイスが、守れなかった人が居る。

 確かに彼とて人である以上、誰かを救おうと手を伸ばして、それが届かないという事があるだろう。

 自分がこの世界に来て出会った、あの小さな兄妹のように…。

 しかしダリオが口にしたのはそれとは違う。

 

 

 

 

 

 レオン・ルイスが生涯の中で愛した者が居た。

 

 

 

 

 

 そして彼はその者の存在を守る事が出来ず、失ってしまった。

 

 

 

 

 

「レオン、貴方は私に協力するべきだ…そうすれば、貴方が心に想うその少女を、生き返らせる事が出来るのですよ!?」

 

 だからダリオは同じだと言ったのだ、自分達は同じく愛する者を失った存在なのだと。

 紫炎の業火に包まれているレオンはその告げ言に、ただただ悲しい表情を浮かべていた…。

 

「レオォォォォォン!!」

 

 と、ダリオの前に一筋の閃光が過り、彼の前からレオンの姿が消える。

 過ぎ去った閃光の後を追うように目を向けると、その正体が判明する。

 自らの愛馬を駆り、レオンを救出したへルマンだ。

 

「立花 響!!」

「大丈夫か立花!?」

「翼さん…マリアさん…。」

 

 すると同じタイミングで翼とマリアが響の下に到着する。

 響は知らぬ事だが、向こうでの一悶着も彼女達のお陰で素早く解決したようだ。

 

「ダリオ、もうよせ!!これ以上魔戒騎士の誇りを、傷付けるんじゃねぇ!!」

「何故です!?貴方のロベルトへの想いと、私のサラ様への想いに、何の違いがあると言うのです!?」

 

 へルマンはこれ以上の争いは望まぬと声を上げるも、ダリオはそれを受け入れない。

 むしろ彼の変貌具合とそこから来る問い掛けに、逆にへルマンの方が言葉を失ってしまう。

 

「違いなど無い…私にとっては、サラ様こそが唯一の人であり、守るべき者です!その為ならば…!!」

 

 頑なな意思を示したダリオはそのまま一戦交えんとばかりに槍を構えるも、途端に彼の視界は白色の光に呑まれる。

 

「皆!一旦退くわよ!」

 

 状況が悪いと判断したエマが撹乱の術を発動したのだ。

 やがてダリオの視界が色を取り戻した時、そこには既に誰の影も無かった。

 ただ1つの異形の影、ニグラ・ヴェヌス以外は…。

 

―アナタ…ホントウニ…ツヨイノネ…。

 

 ニグラ・ヴェヌスがダリオに声を掛ける。

 その声はダリオがよく知る、あのサラ王女の声だ。

 しかしその声を聞いたダリオの胸中に浮かんだのは、愛する者の声を聞けた喜びでは無く、先に言われた男達の言葉であった。

 

 

 

 

 

―当然だ!!目を覚ませ!!こいつはホラーだ!!

―ダリオ、もうよせ!!これ以上魔戒騎士の誇りを、傷付けるんじゃねぇ!!

 

 

 

 

 

「…いえ。あの日、私は貴女を御守りする事が出来なかった。」

 

 ダリオとて分かっている、目の前に居るのは紛れもなくホラーだという事は。

 しかしこのホラーの寄代となっているのもまた、紛れもなくサラ王女なのだ。

 だから、自分が為すべき事は…決まっている。

 

 

 

 

 

「今度こそ…。」

 

 

 

 

 

 愛する人を、守る為に…。

 

 

 

 

 



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第21話「決意-Determination-」

例によってまた擬音が入る回です

つまりそういう事です



 湖から少し離れた古い小屋…ダリオ達の魔の手から逃れた一行は崩れされた体勢を立て直すべくこの場に身を寄せた。

 中でもレオンの治療を最優先とすべく、一行は今2手に別れて行動している。

 へルマン、アルフォンソ、翼、マリアの4人が水や薬草の調達及び周辺の警戒の為に外へ。

 残った響とエマは小屋の中でレオンの看病だ。

 そんなレオンの看病に回った響であるが、一通り治療を終えた後も彼の側から離れようとしない。

 

「心配しなくても坊やなら直に目を覚ますわ。」

「エマさん…。」

「ヒビキだったかしら、貴女の名前…坊やが世話になっているみたいね。」

「いえ…お世話になっているのは私の方ですよ…。」

 

 そんな響の執心を気にしたエマが彼女に声を掛けるが、響の返事はどこか上の空だ。

 

「…あいつ(ダリオ)に何を吹き込まれたかは知らないけど、気にする必要は無いわ。相手の言う事を真に受けちゃ駄目よ。」

 

 そう言いながらも響の様子が変わる事は無いであろうと踏んだエマはそれ以上声を掛けるのを止め、部屋の窓辺に腰掛ける。

 せっかくの気遣いを…と響の胸中は申し訳ない気持ちで一杯になるが、それでもやはり心の行き先はレオンに向いていた。

 

 

 

 

 

―貴方も私と同じだ…愛する者を守る事が出来なかった…!

 

 

 

 

 

 ダリオが言ったあの言葉が、響の心の中で何度も繰り返される。

 レオン・ルイス…人間を脅かすホラーの脅威から人々を守る魔戒騎士、その頂点。

 しかしそんな彼とて守るべき人達と同じ普通の人間だ。

 普通の人と同じ感性を持っているし、普通の人と同じ心を持っている。

 だから彼が誰かを好きになるなんて当たり前の事であるし、その者とそういった間柄になる事も何らおかしな話ではない。

 しかし彼はその愛する人を失ってしまった…それも単なる寿命や病の類ではない。

 守れなかった…つまり彼はその者を守る為に動き、力を尽くし、それでも助ける事が出来なかったという事だ。

 誰かを失う悲しみは、良く分かっているつもりだ。

 そしてその悲しみは1人で背負い、乗り越えるには重たい枷であるとも…。

 それでも彼はその重たい枷を、たった1人で背負っていたのだ。

 響にとってレオンは今や、かけがえのない存在の1人…その存在の抱える深い闇に気付けなかった。

 自分はいつだって彼の傍に居たというのに…。

 しかし自分はかけがえの無い存在だと宣ってはいるが、それを公言した所で相手が何でもかんでも口を開くとでも思っているのか。

 そんな事は無い…誰にだって踏み入られたくない領域というものはある。

 それこそ愛する者を失ったなど…どう足掻いても1ヶ月そこらの知り合いに話す内容では無い。

 気付けなかったと後悔し、話してくれればと渇望して、しかし結局それは傲慢なのである。

 聖遺物を通じた彼との絆に甘えていただけの、ただの傲慢だったのだ。

 その傲慢に身を任せてあれこれ知りたい、手を繋ぎたいなどと…本当に身勝手極まりない。

 そんな塞ぎ込む今の響の心を晴れさせるのは、エマはもちろん他の仲間達でも難しい話であろう。

 それこそ彼女が心に想う、当の本人が目を覚まさない限りは。

 その願いに呼応するかのように、小さな呻き声と共に彼の瞼がゆっくりと開いた。

 

「あっ、レオンさん…!」

「響…エマ…。」

「気が付いたようね…はい、喉渇いてるでしょう?」

 

 それに気付いた響が安堵の声を上げた事によりエマもレオンの覚醒を認知し、彼の下に歩み寄って水の入った瓶を渡す。

 レオンはそれを受け取ると、目覚める前までに起きた出来事を1つ1つ思い起こす。

 

「…親父達は?」

「周りの様子を見てくるって…。」

「ついでに水と薬草もね。」

 

 あれから自分達は、負けたのだろう。

 そこからおめおめと逃げ仰せて、今に至るといった所か。

 2人から返された答えと思い起こした記憶から現状を何となく察したレオンは悔しげに渡された水を一口飲み、それから難しい顔のまま物思いに耽ってしまった。

 そんなレオンの姿を見て、響もまた表情にさらなる暗さが宿る。

 まるでお通夜のよう…そんな風に思ったエマが次に放った一言…。

 

「レオン…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとは良い男になったんじゃない?」

「…なぁっ!?///」

 

 それはこの場の空気を変えるには十分過ぎるものであった。

 

「こんな可愛い子とも仲良くなっちゃって…ねぇ…。」

「へ…?」

 

 突然変わったその空気に気を良くしたエマは、戸惑う響を巻き込んで更なる爆弾発言を投下する事にした。

 

 

 

 

 

「おはようのキスとか、しないの?」

 

 

 

 

 

「なっ!?…えぇ!?///」

「え…えっ…へっ!?///」

 

 響もようやくエマの言っている事に気が付いたのか、拍子抜けしていた顔がたちまちレオンと同様真っ赤に染まる。

 全く何を言い出すのかこの女法師は。

 しかしこういった話は初心なこの2人に非常に良く効く。

 今もお互い否定の言葉を連ねようにも、恥ずかしさのあまり全く呂律が回っていない。

 とはいえエマの目論見であった場の空気を変えるという目標は達成された。

 流石にこれ以上弄るのは勘弁してやろうとエマはその後はただ2人に向けて口角を上げるだけであったのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、レオン!気が付いたか!」

「ひぇっ!?おっ、おっ、おっ、おっ、おっ、親父ぃ!!??///」

「えっ、あっ、ヘ、ヘルマn、さっ…えぇ!!??///」

 

 何とまぁタイミングの良い事か、ここに来て外回りを担当していたへルマン達が戻ってきたのだ。

 かの伝説的ナンパ騎士の登場に、場の空気はさらに掻き回される。

 

「どうした2人して…顔が真っ赤だぞ?」

「「へぇっ!!??///」」

 

 おまけに爆弾を投下してきたのはヘルマン、アルフォンソと続いて部屋へ入ってきた翼。

 わざわざ言わなくても良い事を素で言う辺り、この剣やっぱり可愛くない。

 

「おいおい…こんな時に何をしてたんだここの人達は?」

「さぁ、何かしらねぇ…?」

 

 お陰ですっかり茹でダコとなってしまった2人の様子から何かを察したのだろう、ヘルマンが如何にもなセリフを呟くと、それに助長してエマがこれまた如何にもなセリフを置いて、部屋の壁際へと歩いていってしまった。

 

「い、いやちょっと待て!!何も無いだろエマ!!響も!!」

 

 おのれ先程の気遣いはどこへ行ったと、レオンは必死に当事者2人に弁明の言の葉を要求する。

 まぁエマは既に壁際にもたれ掛かって我関せずの態度なので響にしか頼めないのだが…。

 

「えっ!?えーっと…え~っと…。///」

「おい!!」

 

 いかんせん立花 響のステータス、“彼氏居ない歴=年齢”という項目がある。

 気持ちとしてはレオンと同様の言葉を言いたいのだが、良くも悪くも全身全霊で物事を受け止めるその性格と男を知らぬ初心さから、先程エマから言われた事を上手くからかいという言葉で片付ける事が出来ず、彼女の頬は再び真っ赤に染まってしまう。

 残念、レオンの望みはすっぱり断たれてしまった。

 するとそれまで訝しむように様子を見ていたヘルマンの表情が急に真面目(不似合い)なものとなり、そのままレオンの肩に手を置いた。

 

「レオン、お前…成長したな。」

「親父…。」

 

 レオンが感嘆とした声と共に彼の姿を見る。

 レオンの知るヘルマン・ルイスと言えば、いつも女の尻を追っ掛けている究極に節操の無い男なのだが、こんな事を言うなど一体どうしたというのだろうか。

 いや…確かに彼は全裸が正装と言わんばかりに服を着ている事が珍しい程の絶倫騎士ではあるが、同時に守りし者としての実力も志も確かな人物だ。

 守りし者であれ…魔戒の者たる誰もが志しておきながら、人であるが故に守りきれないとされるその掟を、彼は4年前に自分達の為にその身で以て果たしたのだ。

 いつでも誰かの予想の斜め上を行く男は、いつでもそうやって誰かを導いてくれた。

 それはいつでも彼を貶しながらも迷惑ばかり掛けていた自分に対しても同じ事だ。

 どれだけ捻くれた事情であっても彼はいつも自分達の前に立ち、そして真っ直ぐに正してくれた。

 そうか…自分もそう言われる位にはまともな男となったのかと、レオンは親から素直に褒められた感動から来るくすぐったさに内心笑みを浮かべていた。

 実際レオンの思う通り、ヘルマンは彼の成長を素直に喜んでいた。

 4年前はあんなに手の掛かるバカ息子であったのに、今やこんなにも立派になって…。

 ならば親としてその成長を素直に褒め称えようと、彼はそう思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も繰り返し、女の素晴らしさについて語ってきた甲斐があるってもんだ…。」

 

 そう、こんな超絶Nice(ナイス) Body(バディ)で可愛い女の子達3人を侍らかしたレオンの成長具合を。

 

 流石、俺の息子だ…と述べるへルマンの表情は、どこか人生を賭けた壮大な目標を達成したと言わんばかりの感動に満ち溢れている。

 そんなヘルマンの姿を変わらぬ眼差しで見つめるレオンは…。

 

「これで俺から教えてやる事は、もう何も無い…さぁ今すぐ街に繰り出して、聖なる営みに挑まんとぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴグシャアッ!!!

 

 

 

 

 

「ふぎゃあぁぁぁ!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…親父は谷底の様子を見に行ったようだ、俺達も準備を進めよう。」

「「えっ、えぇぇぇぇ!?」」

 

 2の次も無しにぶっ飛ばした。

 装者達がそれで良いのかと懐疑を抱いているが、気にする必要はない。

 

 

 

 

 

だってこれがお約束(いつも通り)なのだから。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「…つまり、ツィルケルの輪で「へぇっっっくしゅん!!」…ツィルケルの輪で、ホラーに喰われたサラ王女を甦らせる…それがダリオの目的って訳ね。」

「しかしあの規模の魔導具だ…ゲートが開けば、サラ王女以外の魂もこの世に流れ出てくるだろう。ガルムの言うように、世界の因果律が崩壊するのは間違いない…。」

 

 気を取り直して作戦会議。

 若干1名体調が優れぬようであるが、緊急事態故考慮は出来ぬ。

 今は世界全体の危機なのだ。

 

「んな事させねぇよ…ゲートを開く為の生贄はロベルトだ、あの子は俺が絶対に取り戻す…。」

 

 事の重大さ故に沈黙が続いた場の空気が、壁に拳を打ち付けたヘルマンの一言で変わる。

 

「ダリオを殺してでもな…!」

「へルマンさん…。」

 

 彼の声色からは抑えきれない程の殺気が溢れている。

 ヘルマンはダリオの理想を真っ向から否定する気なのだ。

 彼程では無いが、表情から察するに他の者も同じ想いなのだろう。

 違うのは1人、響だ。

 

「(でも、それじゃあ…。)」

 

 誰か1人を守る為に、他の大勢を犠牲にするダリオの理想。

 ダリオを殺してまで、それを止めようとするヘルマンの意思。

 分かっている…ダリオの掲げる理想は間違っていると。

 だがその理想を阻む為に彼を殺してしまっては…それでは彼と変わらないのではないか?

 1を取って10を捨てるダリオの理想。

 10を取って1を捨てるヘルマンの意思。

 どちらも何かを捨てなければ為し得られない現実だ。

 響は…どちらも選びたくないと思っている。

 “何も捨てずに、守るべきものを守る”…それが響がかねてから願っている想いだ。

 それは正しく夢物語…これまでにも何度も否定され続けてきたその想いを、響は再び心の内に灯していたのだ。

 しかしそれを声に出して言えない、今までしてきたように声を上げて理想を語れない。

 どうした立花 響、何を躊躇う。

 自問自答する響の胸に去来したのは、またもダリオが放ったあの言葉であった。

 

「(愛する人を…守れなかった…。)」

 

 それが答えであった。

 レオンが、へルマンが、これまでに何度人の命を救ってきたのか、何度世界の危機を救ってきたのかは分からない。

 分からないからこそ、勝ち取ったその平和の礎となった者達の事も分からない。

 

 

 愛が人を強くする…よく聞く言葉であるが、失った愛が一体どれだけ人を強くするというのだろうか?

 

 

―…強くはあった。

 しかしとても恐ろしく、とても壊れていた。

 

 

 損失からなる愛の力…本当にそんな一面しか持っていないのだろうか?

 

 

―…きっと“あの人達”なら知っているのだろう。

 

 

 その愛の損失を、力に変えられない人が居るのではないのだろうか?

 

 

―…自分はどうであろうか?

 その愛を、力に変えられるだろうか?

 

 

 分からない…分からないからこそ、それを力に変えられたレオン達の前で意見する事が躊躇われるのだ。

 それは今まで戦ってきた、“あの人達”にも言えた事の筈。

 しかしその時はそんな事考えもしなかった。

 何も知らない、無知故に…。

 “あの人達”の想いを拳1つで殴り飛ばしてきた事に、響は今更になって怖じ気付いてしまったのだ。

 

「(私…どうしたら…。)」

 

 知る術など無いと言うのに、悩む必要など…。

 しかし響は悩むしかなかった、何故ならそれしか出来ないから。

 立花 響は不器用であると、また今更ながら心に思いながら俯いていると…。

 

「親父!」

「叔父上!」

 

 突然レオンとアルフォンソの悲痛な声が聞こえてきた。

 反応して落としていた視線を上げると、何やらヘルマンが胸を抑えて苦しそうにしている。

 

「言われなくても、分かってる…だが、ここで退ける訳無いだろ…?」

 

 ぜえぜえと息を荒くしながら言葉を紡ぐヘルマンが一同へと視線を送ると、彼の瞳を見た響は驚いて目を見開く。

 

「俺の魂が、どうなろうとな…!!」

 

 魔導文字の描かれた真紅の瞳。

 それは彼がホラーに並ぶ者ある事の証…。

 それだけではない、彼の肌には人の常ならぬ赤黒い血管さえも浮き出ている。

 魔戒の事情に疎い響でも、それが何を意味しているのかは察する事が出来る。

 ヘルマンのホラー化が進んでいる。

 ヘルマンはダリオだけで無く、自らの命でさえも犠牲にするつもりなのだ。

 まだ見ぬ、しかし愛する息子を救う為に…。

 

「分かってる…もし親父がホラーになったら、俺が討滅してやる。」

「レオンさん…!」

 

 そんなヘルマンの意思に応えるかのようなレオンの発言に響はまたも目を見開く。

 折角会えた実の肉親を、その手で殺めるなど…。

 だがレオンの瞳には、それだけの覚悟がありありと見て取れた。

 皆、何かの為に犠牲を払う覚悟が出来ている。

 その覚悟が、彼等を強くする。

 ならば自分は?

 犠牲を払わず人を救おうと考える自分には、その覚悟は無い。

 代わりにあるのは、犠牲を払わず人を救おうという理想だけだ。

 果たして愛も知らぬ自分の想いは、彼等の覚悟と釣り合っているものなのか…。

 そうでなければ、理想を叶える(ダリオを救う)事など出来ないというのに…。

 

「…これ以上ホラーの数が増えたら堪らないわ。へルマンがホラー化する前にロベルトを救出…さっさと湖へ戻るわよ。」

 

 そう言ってエマが話を切り上げたのとは裏腹に、響の胸中には誰にも言えぬ強いわだかまりが残っていた…。

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…ジルヴァが起きてるなんて、びっくりしちゃった。」

「我は必要な時に言葉を発するだけだ。故に、我は常に眠ってなどおらぬ。」

「じゃあ…いつも見てたんだ、私達の事…。」

 

 静かに、そして虚しく消え入ってしまいそうなヒメナの声。

 そんな彼女の声に応えるのは、彼女が首から提げている魔導具、ジルヴァだ。

 ロベルトが産まれて以来言葉を発さなくなったジルヴァの声を久々に聞けて嬉しくはある。

 だがその喜びに浸れる程ヒメナの心情は明るくない。

 

「駄目ね、ジルヴァにそんな事言われちゃうなんて。」

 

 ましてやその第一声は自身を咎めるものであったのだ。

 折角の再会を前にして自身はこの有り様で会わせる顔が無いといった具合で、ヒメナは自嘲から顔を綻ばせる。

 

「人間は思考の内に多くの感情を有する。故にただ1つの行動でさえ迷いが生じ、正しき判断を選択できなくなる。それがどの生命よりも人間が劣っている部分だ。だが…それこそが人間が持つ他の生命には無い“魅力”なのだと、我は解釈している。」

 

 そんなヒメナに随分論理的な意見を語るのは、ジルヴァなりの励ましなのだろうか。

 もしそれが励ましなのだとしたら、正直に言うとあまりしないで欲しい。

 

「ねぇ、ジルヴァ…私はどうすれば良いのかな…?」

 

 その励ましに、縋ってしまう自分が居るから。

 

「それを決めるのはお前だ、故に我から言える事は…。」

 

 しかしジルヴァは縋るヒメナを引き離し、代わりに言葉を与えた。

 

「受け入れろ。己の内にある弱さを受け入れ、そして前に進め。例え誤った道だとしても、歩んだ道に誇りを持てるように。お前の息子のレオン、そしてヘルマンのように…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くなれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジルヴァの言ったそれは弱きに嘆く者を励ますには到って普通な、ありきたりな言葉だ。

 だがその普遍的な言葉の中に何よりも強い指摘が秘められている事に、ヒメナは気付いていた。

 

「ヘルマン…。」

 

 閉じ込められた世界に居た、ただのしがない町娘であった自分を解き放ち、多くの知らない世界と一途な愛を教えてくれたヘルマン。

 いつも笑顔で自分を支えてくれた彼の姿に焦がれていたヒメナの心には彼が居なくなってから後、ある種の恐怖が生まれた。

 それは愛する者が居なくなってしまうという恐怖…ヒメナその恐怖の正体がそれだと、ずっと()()()()()()()

 いや、実際それも何ら間違えてはいない。

 レオンが毎日のように傷を負って帰ってきたり、あの日のキリカやシラベの姿を思い浮かべる度に、ヒメナの身体は震え上がってしまう。

 だがヒメナが本当に恐怖していたのはもっと根元…ヒメナは彼等が居なくなってしまって、そこに空いてしまう空虚に恐れていたのだ。

 そこに彼等が居なくては、自分はまた閉じ込められた世界の人間に戻ってしまうから。

 色の付いた絵を、綺麗な白紙には戻せない…一度その世界を知ってしまったヒメナには、それまでの日常にはもう戻れなくなってしまっていたのだ。

 愛する者達に死んでほしくない…ヒメナはそれを建前に自らの恐怖を隠していただけだ。

 嗚呼、本当に…情けない。

 こんな自分本意の邪な考えを持つ者が二児の母で、なおかつ関わる人との良好な関係を求めるなどと…。

 でも、その想いは決して嘘じゃない。

 レオンやロベルト、キリカにシラベ、アルフォンソにヒビキ…他にも関わる全ての人に笑顔で接したいというこの気持ちは昔からヒメナの中にあった、偽りの無い本物の心だ。

 そしてそうなりたいと想うこの気持ちもまた、決して嘘では無い。

 ならば…受け入れよう。

 自分本意の邪な考えを持つ今の自分を余す事無く受け入れ、そして成りたいと思える自分になる為に前に進もう。

 支えられるだけで無く、焦がれていた彼のように支える側に…。

 もしいつか彼等が同じ様に悩んだ時に側に寄り添える、寄り添うに相応しい人間になれるよう…。

 強く、ならなくては。

 

「ロベルト…。」

 

 ヒメナは伏せていた顔を上げ、何処かへと歩き出す。

 その表情に、もう迷いは見られなかった。

 

 

 

 

 




・レオンだけじゃなく響もからかうエマ

→何かを察したようです


・お約束

→古事記にもそう書いてある


・ジルヴァに活を入れられるヒメナ

→この後のヒメナの行動を考慮し、かつジルヴァを喋らせたかった結果生まれたオリジナル展開


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第22話「決戦-Decisive-」

VR牙狼ですってよ…

時代だねぇ…

時代が追い付いてきたねぇ…



 バゼリア湖の中央にそびえる塔の頂。

 そこには湖の底で眠る魔導具、ツィルケルの輪を起動する為の最後のピースがある。

 数多の犠牲を経て、ただ1つの純粋な心を運ぶ鉄の揺り篭…その中で選ばれた最後の生贄であるロベルトは、ただじっと人を待っていた。

 

「すまない…幼い君を犠牲にするのは胸が痛む…だが約束しよう、その1人だけは必ず護る。何があっても、守りし者として…。」

 

 それに応えるようにダリオが姿を表すが、彼はロベルトが望む人では無い。

 それを知らぬダリオはロベルトに言い聞かせるように己が妄言を口にする。

 

「…違うよ。そんなのレオンやお姉ちゃん達と違う…そんなの、守ってなんかないよ!!」

 

 するとロベルトがダリオを睨みながら彼の妄言を否定する声を上げた。

 その声は凡そ3歳の子供が出すようなものでは無い、とても力強く決意に溢れたものであった。

 

「強いのですね、君は…。」

 

 それはダリオの心に小児ながら侮れないという驚嘆と…。

 

「私も、そう在りたかったものだ…。」

 

 己に対する悲哀をもたらした。

 目的の為に手を汚した自分と、ひたすらに純粋な彼とでは、もう比べるのもおこがましい程に変わってしまったという悲哀を。

 

「…来ましたか。」

 

 しかしその事実に心を痛めている暇は無い。

 変わってしまったその心に寄り添い、自分はやるべき事をやるだけだと、ダリオは後ろを振り返る。

 

「ダリオ!!今すぐロベルトを解放しろ!!元老院の裁きを受けるんだ!!」

 

 湖に立つ無数の石柱、その頂点に彼等は居た。

 レオン、ヘルマン、アルフォンソ、エマの魔戒の者達。

 響、翼、マリアのシンフォギア装者。

 

「残念ながら…私には為すべき事がある。」

「それはお互い様ね。」

 

 互いの理念がぶつかり、バゼリアの湖はすぐに張り詰めた緊張感によってより静まる。

 一触即発、いつ崩れるとも分からぬ均衡。

 果たしてそれを破るのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

 突如として彼等の背後に現れたニグラ・ヴェヌスであった。

 奇襲によって崩れる石柱、そこから放り出されたアルフォンソ、エマ、マリアの3人。

 しかし各々すぐに体勢を立て直し、アルフォンソはガイアの鎧と魔導馬テンジンを召還、マリアを背に乗せエマは魔導糸をテンジンの馬尾に絡め、共にバゼリアの湖を滑走する。

 

「2人共良い!?手筈通り行くわよ!!」

「はい!!」

「えぇ!!」

 

 彼等の背後をニグラ・ヴェヌスが後を追う。

 対してダリオにはレオン、ヘルマン、響、翼の4人が立ち向かう。

 決戦が、ここに始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!!」

 

 塔の頂上を舞台に大混戦が開かれる。

 それでもレオンとヘルマン、響と翼のコンビネーションは狂いなく紡がれ、ダリオを狙う。

 

「でやぁっ!!」

 

 しかしダリオも4人を相手に驚異的な身体能力で以て全く引けを取らない。

 バゼリア最強と謳われた彼に盲目というハンデなど無いに等しいのだ。

 だが1対4という図式はさしもの彼でも追い詰められるものがある。

 だから彼は勝負に出た。

 

「ぬあぁぁぁぁぁ!!」

 

 攻撃を捌く力に更なる全力を注ぎ、4人の攻撃が同時に止まる瞬間を自ら作り出す。

 そして作り出されたその隙にダリオは持ち前の槍を大きく振るいながら4人の間に割って入るや、槍の両端をレオンとヘルマンの側頭部へと叩き込んだ。

 

「ぐっ!?」

「うぉっ!?」

 

 その一撃は見事両者に直撃するも、まだ終わらない。

 ダリオはそのまま槍を肩に担ぎ振り回し続ける。

 遠心力を味方にされ槍の両端に縫い留められている両者はまさに即席の肉壁。

 戦況を覆すダリオの非情な策だ。

 

「隙有り!!」

 

 だが残された装者達とて戦いには覚えがある。

 騎士2人を壁代わりに使っている今、ダリオに攻め手は無い。

 翼はこれを好機と捉え敢えてダリオ目掛けて突っ込むが…。

 

「だあぁぁぁ!!」

「なっ…ぐはぁっ!?」

 

 2人を壁代わりに出来るのは時間の問題だとはダリオも承知の事。

 彼は突き出された刀の腹を片脚で蹴って逸らし、もう片方の脚で翼自身も蹴り飛ばした。

 そしてダリオは翼を相手にした事で自らの体勢が崩れてしまったのを機に、槍に縫い留めている両者を手放す事にした。

 まずはレオン、タイミングを合わせて彼を蹴り飛ばす事で先程の攻撃で崖際まで退された翼に当てる。

 不意を突いたその行為に翼が飛ばされてきたレオンを受け止められる筈が無く…。

 

「「うわぁぁぁぁぁ!?」」

「翼さん!!レオンさん!!」

 

 2人は揃って崖から転落してしまった。

 両者を案ずる響の声が聞こえる中、ダリオはさらにその響に残るヘルマンをぶつけようとするが…。

 

「っ…こぉんのぉぉぉぉぉ!!」

 

 ヘルマンもやられてばかりではいられないとダリオの槍を掴むと、根性でダリオもろとも無理矢理崖下へと落下した。

 何て無茶なと思いながらも響はすぐに落ちていった4人の後を追う。

 お互いに状勢が崩れた中、騎士達はそれぞれ宙に円を描き、装者達は己の得物の更なる力を解放する。

 そして地に降り立つは黄金の輝騎士に白銀の煌騎士、暗黒の蠢騎士。

 2振りの翼を翻す麗剣士に限界まで力を引き絞った爛拳士。

 それぞれの全力が姿を晒し、戦いは第2段階へ。

 ゼムの鎧を纏いしダリオが湖へと駆け出し、一瞬遅れて騎士が、そして装者達が後を追う。

 湖へ到達したダリオが魔導馬を召還し逃走を図る中、騎士2人もまたそれぞれの愛馬を召還し、装者もまたお互いのギアに付属するバーニアを吹かして湖面を走る。

 湖面を走り、やがて両陣は再び激突する。

 ダリオやレオン、ヘルマンはただ一心に相手へ向かって。

 響と翼は続く一撃を確実に当てるよう狙いを澄まして。

 

「ヌアァァァァァ!!」

 

 先に動いたのはダリオ。

 彼は向かってくるレオンとヘルマンに対向すべく槍を肩担ぎしてそのまま正面から突っ込む。

 

「フッ!!」

「ハァッ!!」

 

 しかしレオンは跳んで、ヘルマンは身体を反らす事でその突進を回避。

 次に動くは装者達だ。

 

「「はぁぁぁぁぁ!!」」

 

《風林火山》

 

 響が唸る拳を、翼が炎纏う剣を同時にダリオに繰り出す。

 

「フンッ!!」

 

 だがダリオは担いでいた槍を勢いよく振るって両者の攻撃をかち合わせて反らす荒業を繰り出し、危機を脱した。

 その勢いのままダリオを狙う逃走劇が始まったが、追われるだけがダリオという魔戒騎士では無い。

 

「フッ!!」

 

 ダリオはおもむろに手頃な石柱に近付き、それを槍で破壊する。

 高速に乗って振るわれた槍によって破壊された石柱の残骸はその勢いを味方に天然の雨嵐となって追い立てる4人に襲い掛かるが…。

 

「させん!!」

 

《千ノ落涙》

 

 翼が腕を一振りすると、何処からともなく剣の雨嵐が降り注ぎ、4人を襲う岩石を次々に破壊していく。

 

「ッ!」

 

 正確無比の対応に舌を巻くダリオであったが、背後に気を取られてばかりで前方の注意が疎かになっていた。

 

「ウラァ!!」

 

 聞こえた声に前を向くと、いつの間に先回りしていたヘルマンがチェーンで繋いだ双剣をこちらへと振りかざしていた。

 仕方がないとダリオは槍を口に咥えて両手を開けると、向かってきた双剣を掴んで止める方法を選んだ。

 これは紛れもない好機だ。

 

「ウォォォォ!!」

「はぁぁぁぁ!!」

 

 両者の間に掛かるチェーンの綱をレオンと響が伝う。

 油断も隙も無いとダリオは舌打ちながら、しかし冷静に対処すべく双剣から手を離して再度槍を手に持ち、両者を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

「ハァッ!!」

 

 レオンの剣が閃き、

 

 

「せいっ!!」

 

 響の拳が穿ち、

 

 

「ムンッ!!」

 

 ダリオの槍が振るわれる。

 

 

 

 

 

 好機と見なした一時は残念ながら思惑通りとならず、響はレオンの駆る魔導馬の背に着地しながら再び彼へと迫る機会を伺う。

 そんな互いに一歩も譲らぬ激闘に業を煮やしたのはダリオ。

 戦況を覆すべく、彼は更なる手に出る為に魔導馬を巧みに操り、湖に小さな水流を作り出す。

 

「断ち斬る!!」

 

 何を企んでいるか…いや、企むその一分の隙も与えてなるものかと翼は先んじて空へと跳び、巨大化した剣を一思いに振りかぶる。

 

《蒼ノ一閃》

 

 放たれた斬撃が水流を断ち斬り、盛大な水飛沫が上がる。

 

 

 

 

 

 その瞬間であった。

 

 

 

 

 

「ぬぁっ!?」

「ツバサ!?」

 

 突如水飛沫の中から巨大な影が現れ、それが宙に舞う無防備な翼を襲った。

 翼は咄嗟に剣で攻撃を遮り難を逃れたが、その表情は襲ってきた相手の姿を見た途端、不意打ちを貰っただけでは無い驚愕に染まる。

 

 

 

 

 

 一方ニグラ・ヴェヌスと死闘を繰り広げるマリア達。

 ニグラ・ヴェヌスの持つ多彩な攻撃に翻弄されながらも仲間との連携によって互角の勝負を続けていたが、身を翻したマリアの耳に不思議な音が聞こえた。

 

「…?」

 

 それはガラスのような物が地面にばら蒔かれた、そんな音。

 足下に近い場所から聞こえたその音が妙に気になったマリアはニグラ・ヴェヌスの動きに注意しながらもその音の出処を探す。

 幸いにもその物音の正体はすぐに判明し、しかし不幸にも同時に彼女の中で一層の警笛を鳴らす事となった。

 

「なっ!?これは…!?」

 

 瞬間、彼女の足下が真っ赤に光り照らされる。

 地面に幾科学的な紋様が現れるこの現象をマリアは…装者達は知っている。

 

 

 

 

 

「なっ…なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」

 

 しかしヘルマンさえただ驚くしかないその存在は、本来この場に居る筈が無い存在なのだ。

 それはとある災害に立ち向かうべく人々が研究を重ねていく中で産み出された、悪魔の技術。

 過去の時間、もしくは異なる世界と名義されているこの場に於いて、在ってはならない異端そのもの。

 

「まさか…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「アルカ・ノイズ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特殊否法侵略兵器、アルカ・ノイズ

 それが、何故ここに…。

 

「ノイズだと…!?」

 

 同種をアルフォンソが相手取り、その脅威を味わった事はレオンの記憶にも新しい。

 そうして現れた招かれざる存在にレオン達が気を取られていた時であった。

 

「っ!?」

 

 突如レオンの横に先のものとは別の水飛沫が上がる。

 そしてその飛沫の中からすぐさま飛び出てきたのは、姿を消していたダリオであった。

 

「フンッ!!」

「ウァッ!?」

「きゃあっ!?」

 

 湖中を潜り死角を取ったダリオが躊躇無く放った不意打ちにはレオンも響も対処が出来ず、2人は魔導馬から弾かれ身体が宙を舞う。

 さらに厄介な事に弾き飛ばされた2人の先にはあの黒ローブ…“アポストルフ”の集団がノイズと共に押し寄せていた。

 

「レオン!!ヒビキちゃん!!」

 

 2人の身を案じヘルマンが声を荒らげる。

 しかし2人はその声に反応するかのように互いに体勢を立て直そうと身を翻す。

 レオンはごく小回りで、響はギアのバーニアを吹かせて大きく旋回しながら。

 

「レオンさん!!」

「あぁ!!」

 

 そうしてレオンの前まで飛んだ響は自らの手を握り合わせ、迫るレオンの脚をギアの腕部ユニットに乗せると、バレーのアンダーハンドパスの要領でレオンをアポストルフの内1体に目掛けて飛ばし、自らも即座にギアのバーニアを再度吹かせて湖面を背にアルカ・ノイズの集団へと突っ込む。

 

「ここは私達に任せてください!!」

「親父はロベルトを…早く!!」

 

 不意打ちをも味方に付けて戦闘へ復帰した2人の芸当にヘルマンは感嘆を覚えながらも、即座に気持ちを切り換えて言葉の通り為すべき事を為そうとし、握る双剣をチェーンと合わせて再びダリオ目掛けて投げ付ける。

 

「ウリャアァァァァァ!!」

 

 いや、正確にはダリオの乗る魔導馬の尾毛目掛けてだ。

 果たして彼の思惑通り剣は魔導馬の尾毛にくくりつけられる。

 そしてヘルマンはあえて自身の魔導馬から降りて、ダリオの魔導馬のされるがままに湖面を滑る。

 しかしこれこそがヘルマンの狙い。

 

「ウラァッ!!」

 

 ヘルマンは湖面を大きく旋回する瞬間を見計らい、チェーンを解除する。

 するとヘルマンの身体は旋回時の遠心力によって空高く放り出される。

 彼が放り出される先には…ロベルトの居る揺り篭がある。

 

「させぬ!!」

 

 その目的を察知したダリオはそうはさせぬと隠してあった短刀を取り出し、ヘルマンに向けて投擲する。

 

「うぃ…しょぉぉぉぉぉ!!」

 

 ヘルマンは妨害自体は想定内と投擲された短刀を事も無げに弾くも、続けて視界に写った2本目の短刀には対応が遅れてしまった。

 2本目の短刀の狙いはちょうどヘルマンの左目…当たれば致命傷は免れぬが、弾き飛ばすには身体が無理を言って聞かない。

 ヘルマンの視界にはもう一杯に短刀の光が照らされ、覚悟を決めるしかないと思われたその時、短刀とは別の光が閃き、代わりとなる赤紫の光がヘルマンの瞳を釘付けにした。

 

「叔父上!」

「アルフォンソ!」

 

 ヘルマンを狙った第二の短刀を弾いたのは、陸で激しい戦闘を繰り広げていたアルフォンソであった。

 どうやら戦いの場が湖面にまで広がったらしい。

 そんなアルフォンソは一瞬で状況を把握し、妨害に対処したせいで失速し塔へと辿り着けなかったヘルマンを魔導馬の背に乗せ、湖面に朽ちる他の石柱を次々に伝って塔を目指す。

 が、あと少しの所でまたしても妨害が。

 しかも今度はニグラ・ヴェヌスが真正面からだ。

 先の短刀とは違って簡単には逃れられない障壁にヘルマンとアルフォンソは揃って苦虫を噛み潰すも…。

 

「させるかぁ!!」

 

【DIVINE†CALIBER】

 

 そこにマリアが間に割って入り、銀十字の光がアルフォンソ達を妨害しようとしたニグラ・ヴェヌスに炸裂した。

 不意打ちを不意打ちで返されたニグラ・ヴェヌスはその注意をアルフォンソ達からマリアへと向け、この場から移動する彼女を追っていく。

 チャンス、ヘルマンはニグラ・ヴェヌスを追撃しようとするアルフォンソから離れ、チェーンを展開。

 いよいよ塔へと脚を踏み入れた。

 塔の頂上へと着地して顔を上げると、視界に揺り篭の中から不安げにこちらをみる息子…ロベルトの姿が飛び込んでくる。

 

「ロベルト…ロベルトォ!!」

 

 あれが息子のロベルト…決して見る事の叶わなかった、新たな家族。

 早く、早くあの子を…。

 ヘルマンは逸る気持ちを隠す事無く全速で駆け寄ろうと走り出すが…。

 

「グッ!?」

 

 突如横から襲ってきた衝撃に視界が暗転する。

 鎧が解除される程の衝撃の正体は、彼を追ってここまで辿り着いたダリオであった。

 

「ウァァァァァ!!」

 

 互いに思う、どこまでも邪魔をと。

 この募る思いを形にするには…皮肉にも同じ事を考える2人は相手に向かって同時に駆け出し、また同時に拳を繰り出す。

 

「ダリオ…俺の想いとお前の想いに、違いは無いって言ったよなぁ…!?」

 

 互いの拳は相手に当たらず腕組みの状態で膠着するも、どちらともなく一歩下がって離れた事により流れが変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大有りなんだよぉ!!」

 

 ヘルマンの拳がダリオの顔面に突き刺さる。

 鎧を纏っているにも関わらず、ダリオからしてみればそう表現するしかない程の一撃だ。

 

「俺は絶対に!!何かを護る為に!!何かを犠牲にしたりしねぇ!!それを!!認めちまったらなぁ…!!」

 

 その一撃をヘルマンは何度も何度もダリオに叩き込む。

 しかし鎧の強度に拳が悲鳴を上げる。

 それでも彼は、殴るのを止めない。

 

 

 

 

 

「ホラーと変わらねぇんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 愛する息子と、そして己の誇りと比べたら、血が滲む程度何とも無い。

 ヘルマンはダリオの鎧を剥がす程の勢いで繰り出した頭突きによって額から流れる己の血を見て、改めてそう決めたのだ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ちぃっ…!!」

 

 レオンの剣がアポストルフを1体斬り裂く。

 しかし間髪入れずにレオンを攻め立てたのはアルカ・ノイズ。

 ノイズと違いただ触れるだけなら被害は無いが、攻撃の際には万物をプリマ・マテリアという赤い塵へと変える。

 その力を今しがたマントを犠牲に身を以て実感したレオンはアルカ・ノイズに攻め寄られると迂闊に動く事が出来ない。

 響も出来る限り援護には回ってくれるが、彼女の下には何故かアポストルフ達がよく集まり、そして自分の下にはアルカ・ノイズが集まる。

 アポストルフは1体1体が自分や翼も苦戦する程の剣戟を放ち、身体能力も自分達と全く引けを取らない。

 それが集団で迫ったとしたら、いくら響でも攻め手にあぐねてしまう。

 互いの弱みを握られている…このままでは持久戦に持ち込まれてこちらが危うくなる。

 

「立花!!レオン!!」

「翼さん!!マリアさん!!」

 

 しかしその時、彼方から青と銀の刃が自分達の周囲に居た敵を押し退ける。

 翼とマリアが救援に来てくれたのだ。

 これは心強い、4人になれば敵の集団も一掃出来る筈。

 

「結構な数…!」

 

 しかしマリアが思わず苦言を漏らしてしまう程には相手方の数が多い。

 辺り一面アポストルフとアルカ・ノイズの群れだ。

 

「皆で一気に倒しましょう!!」

 

 だが気圧される訳にはいかない。

 響は仲間や己の心を激励する声を張り上げ、目の前の集団に向けて身を構えるが…。

 

「いや、ここで剣を振るうのは私とマリアだけだ。」

「え…!?」

「貴女達はヘルマン・ルイスの下へ!」

「で、でも…!」

 

 翼とマリアからはヘルマンの下へ向かうよう指示されてしまった。

 その言葉に響は思わず懐疑の声を上げてしまう。

 

「此度の戦で我等が為すべき事…それは弟君の救出に、世界の理を護る事!」

「その為には何がなんでもツィルケルの輪の起動を阻止しなければならないのよ!」

 

 2人の言う事は分かる。

 しかしこの数を前にして2人だけを残していくなど…。

 

「案ずるな立花…私達がこのような場で朽ち果てる、脆き剣だと思うてか?」

 

 しかし翼は凜とした表情で響の不安を打ち消した。

 この数の敵を前に2人を残していくなど、本当なら首を横に振る所だ。

 だが翼が言うように、この2人はどんな逆境でも不死なる炎を燃やして立ち上がる強者達だ。

 

「…分かりました、お願いします!」

「すまない、ここは頼んだ!」

 

 ここは2人を信じよう。

 響とレオンは2人の言葉通りにバゼリア湖中央の島へと向かっていった。

 

「さて翼、ちょっと聞きたい事があるのだけれども。」

「何だ突拍子に?」

 

 そして場に残った翼は迫る大群相手にどう一手を打とうか模索し始めるも、マリアが唐突に質問をしてきたので一度中断し、彼女の用件を聞く。

 すると彼女はフッ…と薄く笑みを浮かべながらこう言ったのだ。

 

「何歌いましょうか?」

 

 それを聞いた翼は意外な質問だと一瞬キョトンとしてしまう。

 全米を歌で虜にするあの英雄姫が、まさか選曲で悩むなどと…。

 だがその質問は、却って翼の心を安心させた。

 

「そうだな…身も削れんばかりの戦場だ、なれば不死なる炎を纏いて戦に臨むが妥当であろうが…今の私達には、その歌は危うく己が身を焦がしかねない。」

 

 実は日本が誇る歌女である翼も選曲に迷っていたのだ。

 本来ならば2の次無く歌うデュエット曲があるものの、不肖ながら“今の自分達では”その歌を歌うのは憚られる。

 

「そうね…ならば…!」

 

 しかしお互いの気持ちが通じあった所で、歌う曲は定まった。

 2人が一度目配せをすると、ギアのヘッドホンからは同じ音楽が流れ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦場に合わぬと腑抜けるなよ!!風鳴 翼!!」

「そうと言えば我が歌声、竦むと思うてか!!マリア・カデンツァヴナ・イヴ!!」

 

 激昂にも似た2人の高声が合図となり、敵の集団が2人を目掛けて襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「否!!高らかに歌い上げてみせよう!!」

 

 それに動じず2人は1歩踏み出し、また同時に歌を奏でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―遺伝子レベルの…!―

Independent(インディペンデント)…!―

 

 

 

 

 

 それは凡そ戦場には似つかわしくない歌かもしれない。

 

 

 

 

 

―絶望も希望も…!―

―抱いて…!―

 

 

 

 

 

 しかし“ただ戦うだけでない”と決意した今の2人には、この歌こそがその決意を他の何よりも示してくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「足掻け!!命尽きるまで!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“星天ギャラクシィクロス”

 

 2人が密かに抱えるその想いは、この戦場の空に願いの星を煌めかせられるのか…。

 

 

 

 

 




・言い返したロベルト

→この流れをやりたかったが故にきりしら回を挟んだ事実


・アルカ・ノイズ

→現在どこぞのロリ錬金術師が出番だと思って準備体操中だそうな


・星天ギャラクシィクロス

→この話の構想中にXVでフランメを歌われてリアル絶唱顔した記念


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第23話「涙-Tears-」

 湖の中心で繰り広げられたへルマンとダリオの勝負は、へルマンの勝利に終わった。

 鎧は剥がされ、ダリオは塔の壁にもたれ掛かりながら、へルマンの語る信念と強さを身を以て認めた。

 強いな、彼は…。

 こちらを見下ろすへルマンを見て、ダリオは薄らと笑いを浮かべる。

 その信念、強さ、そしてその姿は…正しく守りし者の姿だ。

 なればこそ、その守りし者としての姿が、今のダリオには()()()()()

 

「…ならば、守ってみせてください…貴方の大切な者を!!」

 

 瞬間、ダリオが腕を振るう。

 するとへルマンは顔のすぐ横を一陣の風が吹き抜けると同時に銀色に煌めく鋭利な物体が視界を掠めるのを感じた。

 やがて背後からキィン、と鋭い金属音の後、続いて“何か”が動くような鈍い音を耳にしたへルマンがまさかと目を見開きながら振り返る中…。

 

「あっ…!?」

 

 ロベルトを乗せた揺り篭が、ダリオが放ったナイフによって拘束が外れた事によりバゼリア湖へと落ちていった。

 寸前にロベルトが漏らした小さな悲鳴を置き去りにして…。

 

「ロベルトォォォォォ!!」

 

 途端にへルマンは形振り構わず左腕部のみ鎧を召喚するし、地面にチェーンを付けた剣を命綱代わりとして突き立てて揺り篭が落ちていった穴へと身を投げ入れた。

 しかし咄嗟の行動故突き立てが甘く、あわや剣が外れんとした瞬間。

 

「親父ィ!!」

 

 間一髪現場に到着したレオンが剣を取った事で、命綱としての機能は回復した。

 しかしそれはレオンという人材を割いてまで復帰させた機能。

 同時に戦力が削れたこの瞬間こそ、ダリオの狙い目であった。

 

「もう手遅れです、レオン。へルマン・ルイス共々生け贄として捧げられ、ツィルケルの輪は…完成する!!」

「ッ!?」

 

 ダリオの声が聞こえた同時に、レオンは足を払われた。

 地面に倒れ剣先の重みで穴に引きずり込まれそうになるも、死物狂いで地面に爪を立てて危機を逃れるレオン。

 そんなレオンが視界に捉えたのは、既に鎧を纏って立ち上り、こちらを見下ろすダリオの姿。

 

「さぁ…私に協力して、その鎖を離すのです、レオン…!」

「グッ!?ウアァァァァァ!!」

 

 そう言うとダリオは抵抗を見せるレオンの腹部を踏みつける。

 奇しくもそこは先の戦闘でダリオが槍を突き立てた場所であり、傷口を抉られたレオンは激しく悲鳴を上げる。

 

「貴方が護れなかった者の命を、取り戻すチャンスでもあるのですよ!?」

 

 そんな痛みに悶えるレオンの姿を見るに耐えないと、ダリオは彼にその手を放すよう()()()()()()

 

「それとも…貴方も生け贄になりますか!?」

 

 しかしその説得はすぐさま槍を振り上げると共に恐喝へと変わる。

 そんな時場に遅れてやって来たのは響であった。

 

「レオンさん!!」

 

 彼女は目の前に広がっている状況に心がかき乱される。

 

 彼が倒れている。

 

 このままではダリオに殺されてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうすれば良い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―お前の歌で救えるものか!!誰も救えるものかよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうすれば助けられる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―敵は強大、圧倒的…ならばどうする、立花響?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうすれば皆助かる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―胸の歌を…信じなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリオは目の前の彼を呼ぶ声が端から聞こえた事でそちらに目を向ける。

 この声は確かヒビキという少女の…そう思いながら視線を向けたその先に、彼女は居た。

 視線を向けたそのすぐ先に居た彼女は足下のレオンを救うべく、向かってくる勢いを一切殺さずダリオへと迫り…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼に()()()()()無理矢理レオンから引き離した。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 瞬間、悲鳴と共に響の身体から煙が上がる。

 その煙の正体を示唆するように、辺りには肉が焼ける臭いが立ち込める。

 

「響っ…!?」

「なっ!?何を…!?」

 

 その臭いで気を取り戻したレオンは彼女が何をしたのか察して絶句し、ダリオもまた彼女が犯した行動に目を見開き、すぐさま鎧を解除して彼女を突き飛ばす。

 突き飛ばされた彼女は受け身を取る事無く地を転げ回り、その先で表情を歪めながら呻いている。

 そんな彼女の露出している腕部は…まるで火に炙られたかのように火傷を負っていた。

 

「愚かな…魔戒騎士の鎧に女性である貴女が触れようものなら、どうなるかご存知無いのですか!?」

 

 ダリオは彼女が取ったその行動に激しく動揺した。

 ソウルメタルは非常に特殊な金属。

 その中でも突飛した特殊性が、“鎧や武器に加工されたソウルメタルは女性を拒む”だ。

 その原理は未だ解明されていないが、もしそういった物に女性が触れようものなら両者の間で非常に強い拒絶反応が起こり、女性の肌肉は瞬く間に焼け爛れてしまうのだ。

 そしてそれは暗黒騎士に堕ちた後でも変わらない。

 実際響も日常の傍ら、レオンからそう教わった事があるし、決してそれを忘れていた訳では無い。

 

「でも…犠牲なんて、出したくないから…レオンさんも…ヘルマンさんもロベルト君も…ダリオさんだって!!」

 

 しかし響は己の信念を優先したのだ。

 自分が抱いている彼の人柄を信じて、例え誰に咎められようとも、彼が悪い人では無いと響は自己を犠牲にしたのだ。

 

「なっ…何故そこで私…!?」

 

 彼女の行動、彼女の想い…それを聞いたダリオは戦場で何を馬鹿な事をと思わず狼狽する。

 そんな隙を縫うかのように、この戦場にまた別の存在が響とダリオの間に立った。

 

「そこまでだ、ダリオ・モントーヤ。」

 

 風鳴 翼…湖面でアルカ・ノイズやアポストロフの集団と戦っていた筈だが、誰もの予想以上にその尽くを手早く仕留めたようだ。

 湖面から大型アルカ・ノイズの残骸である赤い霧が風に乗って場を横切る中、ダリオは頭を振ってそれまでの思考を遮断すると、倒れていた身体を起こした。

 彼女の目は響のそれとは違い、相手を敵として見ている目であったからだ。

 

「翼、さん…。」

「…後は私が引き受ける。」

 

 その間に翼は背後に居る響を抱えると、警戒を怠らず塔の外周を回るようにしてレオンの側へと行くと響を彼の側へと降ろし、地面に生じるレオンの影に向かって短刀を突き立てる。

 

《影縫い》

 

 こうすればレオンの身体は影に縫い止められ、穴に落ちる事は無い。

 翼は2人に向かって互いの事は任せたぞ、と呟くと、立ち上がった後ダリオ向けて刀を突き出す。

 

「ダリオ・モントーヤ…ここからは、この風鳴 翼がお相手しよう。」

 

 刀を突き出した先に居るダリオは既にその身を構えており、両者の緊迫が場に満ち満ちていた。

 すると湖の底から不気味な赤い光が妖しく立ち込め、同時に湖を囲む柱から禍々しい光の柱が天を貫く。

 

「あれは…!?」

 

 レオンも驚愕で以て見つめる光の柱の先に現れた、天を覆う魔方陣。

 それだけで誰もがツィルケルの輪が起動間近に迫っている事を理解する。

 まるで混沌としたこの戦況をさらに彩るかのようだ。

 その彩られた場に張り詰められた緊迫の糸が…切れる。

 ほぼ同時に切迫し刃を重ね合わせる両者、そのまま身を躍らせ鎬を削り合う様は、いつ果てるとも無く続くかのようであった…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 バゼリア湖に堕ちていくロベルトを乗せた揺り篭。

 既に湖の底まで半分を切り、それを合図に底に眠っているツィルケルの輪が起き始める。

 湖が赤く染まり、底からは儀式の為に捧げられた生贄達の苦悶の声が、そして開きかけている魔界の隙間から儀式の成就を今か今かと待ち望む愚亡人の声が引っ切り無しに聞こえてくる。

 だがその愚亡人達が望むようにはさせないと、へルマンは必死に揺り篭へと手を伸ばし…。

 

「(掴まえた…!)」

 

 ようやくその手に揺り篭を掴んだ。

 しかしそれと同時に揺り篭の檻が開いてしまい、ロベルトは揺り篭から抜け落ちて再びへルマンの手を離れてしまう。

 

「(ちくしょう!!悪い時は本当に悪いんだな!!)」

 

 ロベルトは溺れまいと口元を手で押さえながら必死にへルマンへと手を伸ばすが、子供である彼がそう長く息を保ち続けられる筈も無く、すぐにロベルトは多量の水を飲み込んで意識を失ってしまい、湖の底へと加速して沈んでいく。

 そのロベルトの手を、へルマンは未だ取れない。

 

「(まだだ!!俺はまだこの子にしてやれる事、ちゃんとしてやれてねぇだろ!!)」

 

 愛する子を掴む為に握ろうとしているその手が、徐々に爪を立てていく。

 愛する子に見せる為の優しい瞳が、段々と血走っていく。

 

「(だからこんな所で…諦めてたまるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)」

 

 愛する子を守る為の想いが、刻々と闇に塗り潰されていく。

 

 へルマンのホラー化まで、もう時間は無い。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 刀が弾かれた。

 翼はすぐさまギアから2振りの剣を取り出すも、それも数合もしない内にまた弾かれる。

 状況は翼の劣勢に傾いていた。

 ダリオはレオンとへルマン、響に翼の4人掛かりでも十分に渡り合う程の猛者だ。

 翼1人で立ち向かった所で、その程度はたかが知れている。

 

「…歌わないのですか?」

 

 ましてや、歌を歌っていないのであればなおさら。

 

「貴女方が歌を歌う事で闘志を燃やすという事は知っています。何故それを為さらないのですか?」

 

 そう…翼はここに至るまでに、何故か歌を歌っていないのだ。

 シンフォギアシステムに於いて歌を歌う事は戦いの前提にして鉄則だ。

 それを為さずして戦う彼女の行いは、ダリオからしてみれば愚の骨頂にしか見えない。

 

「…歌では駄目だからだ。」

 

 だがそれは、ダリオからして見ればの話。

 

「今の私が紡ぐべきは歌では無く、貴殿の心に語り掛ける言葉だ!」

 

 翼には、翼の想う所があるのだ。

 

「言った筈です、それは出来ぬ話だと…。」

「いいや、是が非でも付き合ってもらうぞ…。」

 

 話し合いとは見下げ果てる…あれ程の眼をしておきながら、根は彼女と同じだったかとダリオは心底そう思ったが、翼はそれでもと弾かれていた刀を引き抜いて今一度彼と向かい合い、そしてその想う所を口にする。

 

「ダリオ…サラ王女が死した時、お前は何を思った?」

「っ…藪から棒に何を…!?」

 

 その翼から言われた言葉に、ダリオは一体何をと困惑する。

 今になって、何故彼女の事を問う必要があるのか?

 

「サラ王女は死したその時に、何を思ったんだろうな?何を思って、死を選んだんだろうな…?」

 

 しかしそれを聞いた瞬間にはダリオの心は瞬時に冷めた。

 成程、そうやってこちらの精神を揺さぶらせるつもりかと。

 愚劣卑劣極まりないとダリオは翼向けて槍を突く。

 その槍を払いながら、翼はなおダリオに語り掛ける。

 

「…正直に言えば、私はお前の語るその信念を、そう易々と否定する事が出来ぬのだ。」

 

 それはダリオが思うようなものでは無く、翼が持つ本心の独白であった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―…マリアは、今回の件をどう思う?

―どうしたの急に?

―いや…ただ、何となくな。

 

 それはへルマン達と共に付近の見回りに言っていた時の事。

 たまたまマリアと2人きりになった時に交わした会話だ。

 

―そうね…彼が狙うのはサラ王女の蘇生、しかしそれを行えば他にも多くの人の魂がこの世に溢れ返り、世界は形を変えてしまう…到底許される事では無いわね。

―そうか…。

―…らしく無いわね、貴女が迷うなんて。

 

 翼の問いに、マリアは敢然とした態度で自らの思いを答えた。

 それを聞いた翼の表情は、何故だか晴れやかでは無い。

 

―…正直な話、私には彼の言い分を素直に否定する事が出来ないと思ってな。

 

 それはダリオがレオンと自分を同じだと言ったように、翼もまたダリオと重なる部分があったからこその迷いであった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「私にはかつて、友が居た。唯一無二の…私にとって全てだったと言える程の、かけがえのない友が。」

 

 ずっと一緒だと思っていた。

 私達は片翼の翼…2人揃えば両翼となり、どこまでだって飛んでいける。

 翼はそう思っていた。

 

「だが彼女は逝ってしまった。片翼である私を残して、1人勝手に…。」

 

 

 

 

 

―一度…思いっきり歌ってみたかったんだよな。

 

 

 

 

 

 今でも鮮明に思い出せる。

 あの日共に歌い、共に戦い、そして1人塵となって消えていった友の姿が。

 思い出だけを残してこの世を去った、あの友の姿が。

 

「何故だと何度も繰り返した…その度に答えは見えず、飛べなくなった私は、幾度も己の弱さに打ちひしがれた…。」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―…天羽 奏ね?

―あぁ…奏の事を思うと、彼の考える事が分からなくも無いんだ。もしもう一度奏と会えるのだとしたら、例え禁忌を犯してでも…と、心の何処かで思ってしまっている自分が居る。そんな私が…果たして彼と対する資格があるのか、とな…。

 

 “天羽(あもう) (かなで)”…それは全ての始まりにして、翼の片身。

 共に切磋琢磨としていた彼女は既に、この世の人では無い。

 それを事実として受け入れた反面、まだどこか彼女を求めている想いを抱える自分。

 もしもう一度、となれば…そんな事を考えた事は一度や二度では無い。

 そして間接的に面と向かった今の中、翼はその想いを抱いて戦場に望む事を躊躇っていたのだ。

 

―…すまん、妙な事を口走ってしまった…忘れてくれ。全く、これでは防人としての風情にも置けんな。

 

 だが、それでも翼は彼の前に立つ。

 残された者が受け継いだ、残していった者の想いを彼に伝える為に…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「だが、今は違う。私には奏が全てだった…でもそれでは駄目だったんだ。私がこの剣を振るい、歌を歌い、言葉を紡ぐのは…ただ1人を守る為のものではないと、奏は教えてくれたんだ…。」

 

 天へと羽ばたいていった彼女は、それを知っていた。

 知っていたからこそ、私をこの世に残していった。

 それが彼女の願いであったから。

 それが私の願いであったから。

 

「お前もそうなのではないか…?」

「何…!?」

 

 そしてそれは、きっとこの2人も…。

 

「お前は確かにサラ王女を見てきたのだろう…だがそれは、彼女にも言える事なのではないのか?」

 

 彼がサラ王女を1人の愛すべき人と見ていたように…サラ王女もまた、彼を1人の騎士として…守りし者として見ていたのではないのか?

 だから彼女はその身を投げ出したのではないのか?

 ただ1人を守る騎士では無く、多くの人の命を守る騎士として在るべきだと教える為に…。

 それは人を防る使命を持つが故に人を信じる彼女の驕りなのかもしれない。

 それでも翼はサラ王女がただの身勝手な子供なのでは無く、人を思いやれる心を持つ者なのだと信じて、そう思うのだ。

 

「サラ様が…私を…。」

 

 気付けば応酬は止んでいた。

 ダリオは翼の言葉を受けて、その場に立ち尽くす。

 自分はただ、彼女と共に居られればそれで良かった。

 だから、それ以外の事からは目を背けていた。

 その中に、彼女から自分に向けた想いがあったとしたら…。

 あの日聞けなかった彼女の死も、何か知れたのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エマ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 すると遠くからアルフォンソの雄叫びがここまで聞こえてきた。

 

「マリア達か…!」

 

 そちらへ目を向けると、無防備な姿を晒すニグラ・ヴェヌス…サラ王女に魔導具の銃口を向けるエマの姿が。

 

「サラ、様…!?」

 

 

 

 

 

 それに気付いた時には、もう遅かった。

 

 

 

 

 

「うぅぅぅあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 エマが引き金を引き、魔導具から凄まじい数の火が吹く。

 その銃口から放たれた法術の鉛弾が、次々とニグラ・ヴェヌスの身体を抉っていく。

 その度にサラ王女の悲鳴が耳をつんざく。

 途端にダリオはその場から彼女の下へ跳んで行くも…。

 

「これで…!!」

「止せぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう遅いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだ!!」

 

《HORIZON†CANNON》

 

 マリアが放った駄目押しの一撃がニグラ・ヴェヌスの身体を貫く。

 

「サラ様ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 胴に大きな風穴の空いたニグラ・ヴェヌスはその反動で大きく飛び退き…バゼリアの湖へと沈んでいった。

 

「サラ様…私は…私は今度こそ、貴女を救ってみせると…!!」

 

 ダリオは崩れた橋の上から湖を見下ろし、愕然とする。

 今度こそ…今度こそと思っていたのに、あの日と同じ様に膝を付く事しか出来ない。

 この日の為に、私はどれだけの命を奪おうとも…ホラーである貴女と共に居る事さえ必死に()()()()()と言うのに…!

 するとダリオの耳にパシャリ…と水音が届いた。

 

「サラ様…!?」

 

 それは今さっきサラ王女が落ちた場所から聞こえてきた。

 それにこの気配…間違える訳が無い、愛しき人としての気配。

 間違いない、サラ王女だ!

 サラ王女は人として甦ったのだ!

 ダリオは身を乗り出して彼女に一声掛けようとした。

 

「っ!?」

 

 しかしその瞬間感じたのは陰我の気配。

 確かに人としての気配の在った場所からは、もうそんな気配は感じられない。

 そこから感じられる気配、それは…。

 瞬間、ダリオの身体は多くの手に包まれ無造作に宙へ抱え上げられる。

 

「うっ…うぁ…!?」

 

 ギリギリと身体を締め付けられる痛みに苦悶の声を上げるダリオ。

 そんな彼の耳に再び届いたのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方だけを、ワタシのモノニ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、ダリオは察した。

 彼女は人間に戻ってなどいない…目の前に居るのは、ただのホラーなのだと。

 その事実を理解したダリオは目の前に居るその存在に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狼狽えるなぁ!!」

 

 狼狽えた、所でマリアの叫びが場に木霊した。

 

「今お前の前に居るのは、お前が選んできた未来の象徴だ!!それを受け入れられないか!?愛する者の変わり果てた姿を見て、恐れを成したか!?」

 

 そう叫ぶマリアの胸にも、翼と同じ想いが滾っていたのだ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―奇遇ね、私もそう思っていた所なのよ。

―え…?

 

 返されたその言葉に翼はきょとんとしてしまった。

 その様子がどうしても可笑しく、マリアは思わず吹き出してしまう。

 

―あら心外、そうは思っていないと見えたかしら?

―いや、確かにマリアにも思い当たる節があるのは分かっているが…!

 

 そのままからかい半分で話を続けるマリアに翼はどう答えたら良いものかとあたふたしてしまう。

 その様子もまた普段の彼女らしからぬと笑みを誘うものであったが、マリアは一転して今度は自らの胸の内を彼女に打ち明けた。

 

―私も同じよ。もしもう一度あの子に…セレナに会えるのだとしたら…それで悪の道を貫けと言うのなら、私はやぶさかでは無いわ。

 

 そう…“セレナ・カデンツァヴナ・イヴ”。

 愛する妹が居たマリアもまた、彼等と同じ者なのだ。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ならばそれはお前の罪だ!!願った筈のそれを受け入れられない、お前の弱さが生んだ罪だ!!」

 

 その罪を認められないか!?

 己の信念さえも守れぬと、その弱さに涙を流すか!?

 マリアの叫びは咎めと共にダリオへと向けられる。

 

「(私は…っ…!)」

 

 その咎めに反する言葉を、ダリオは言えなかった。

 彼女の言う言葉の1つ1つが、己の心に戒めとして刺さる。

 

「ならば足掻け!!もう涙を流すものかと、弱い自分を…犯した過ちを全て受け入れ、前へと進む為に!!」

 

 そんなダリオに向けてマリアはなおも訴え続ける。

 今度は戒めでは無く、そこから這い上がる為の奮起の訴えを。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―…戯言を、ただの優しいお前に出来る話では有るまい。

―そこは皮肉と言って欲しかったわね。

 

 悪を貫く…過去にマリアが為そうとして為せなかったそれに対して、今度は翼が笑みを浮かべた。

 しかし言葉選びが随分なものだ、そういう所はやっぱり可愛くない。

 

―でも…それを戯言と言えるのならば、貴女は自分が為すべき事を分かっているんじゃない?

―そうだな…どうやら私は、背中を押されたかっただけみたいだ…感謝するぞマリア。

 

 だが可愛くない故に実直だからこそ、彼女は確固たる目的を持ちながらも、その目的に自信が無かったようだ。

 確かに隠してはいるものの、あのへルマンの様子を前にその目的を提唱するのは憚られるものがある。

 後押し出来たと言うのなら、良いものだ。

 自分も同じ事を考えてなお相談も出来なかった故に、こちらも後押しされたようなものだ。

 

―どういたしまして。私も、それは皮肉だと彼に突き付けてみせるわ。

 

 だから、自信を持って望むとしよう。

 私達が想う“それ”は、決して間違えたものでは無いと。

 

 

 

 

 

 そして…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 マリアは左腕部の籠手にブレードを逆さに取り付け、バーニアを吹かせる。

 

 

 

 

 

「(私は…!!)」

 

 

 

 

 

 その先に、“救う”と決めた“彼”の姿を捉えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今一度、己の心と向き合え!!

ダリオ・モントーヤァァァァァァァァァァ!!!」

 

 

《SERE†NADE》

 

 

 振り抜かれた一閃が、ダリオを拘束していた手を切り落とす。

 そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ダリオはそのままサラ王女共々湖へと落ちていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(私は…。)」

 

 湖の中で、ダリオは自問する。

 私は何をやっているのだろうと。

 湖に沈む彼の手には槍が握られており、その槍先は…サラ王女を貫いていた。

 無我夢中であった。

 いや…死に物狂いであった。

 そしてダリオは己に掛けた問いに対して自答する。

 それは初めて彼女がホラーとなった時にも、彼女を甦らせる為の生贄を集めていた時にも、ホラーである彼女と過ごしている時にも、いつもいつも思っていた事。

 言葉にしてしまえば何て事は無い。

 

 

 

 

 

 ただ、恐かったのだ。

 

 

 

 

 

 愛する人がホラーになって目の前に現れた時、そうまでしてと思っていた自分が居た。

 生贄を集めていた時も、こうしなければと思っていた。

 彼女と過ごす時はいつだって、殺されたくないと心に思っていた。

 それが実際に現実として目の前に迫った時に、死にたくないと…限界を迎えてしまっただけだ。

 結局、彼女を甦らせると言っていた反面、自分はそう想っていなかったという事だ。

 いや…確かにそうなればと想っていたのは事実だ。

 ならばその資格が無かっただけか?

 分からない…分からない…。

 ダリオはそれだけ答えが見つからず、ただ湖の底へと墜ちていく…。

 

 

 

 

 

 そんなダリオの頬に、水とは違うものの感触が伝った。

 

 

 

 

 

「(っ!!)」

 

 それは人の指先の感触…それを感じたダリオは反射的に顔を仰け反らせる。

 これはホラーの手だ、こいつ(ニグラ・ヴェヌス)まだ死んでいない。

 殺される…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ダリオ…。

 

 しかし次にダリオが感じたのは、とても温かい感覚であった。

 

「(サラ、様…!?)」

 

 その中から聞こえた声が生前の彼女のものだと理解したダリオは、見えない瞳で彼女を見る。

 

―ダリオ…ずっと私の側に居てくれたのね…。

 

「サラ様…!」

 

 間違いない…そこに居るのは彼女(サラ王女)だ。

 姿は見えないけれども、ダリオには確かに彼女の存在を感じていた。

 

「サラ様…私は…貴女を御救いしたかった…なのに…私は…!!」

 

 ダリオは彼女に己の行いを懺悔した。

 赦しを乞いるつもりは無い…そんな資格は、自分には無い。

 そんなダリオを、サラは慈しむように優しく抱き止める。

 

―ダリオ…私ね、恐かったの…皆を亡くして、それで誰かに咎められるのが恐かったの…どうすれば良いか、ずっと考えてた…。

 

 あの惨劇以降、僅かな情報を頼りに彼女が生きている事を知った遺族の者達が、彼女を狙ってバゼリアを訪れる事があった。

 その誰もが惨劇を起こした彼女を疎んでおり、そんな人達を彼女に会わせる訳にはいかないと、ダリオはその者達を悉く退していった。

 彼女を恐れさせる訳にはいかないと。

 だが彼女が一番に恐れていたのは、他ならぬそのダリオであったのだ。

 

―でも一番恐かったのは、貴方が変わってしまうかもしれないという…それが一番恐かったの…あの日私の側に居ると言ってくれた貴方も、いつかその人達と同じ様になってしまうんじゃないのかって…。

 

「そんな…そんな事…!!」

 

 その事実に狼狽しながらも彼女の言うような事には決してならないと伝えようとして、しかし後の言葉は続かなかった。

 

―だって…貴方は誰よりも優しい人だから…そんな優しい人が、私のせいで変わってしまうのだとしたら…もう、それだけで私は駄目だった…。

 

 変わっていようが、変わらなかろうが、どの道彼女は死を選んでいたのだ。

 ダリオ・モントーヤという存在が、側に居ただけで…。

 

 

 

 

 

 嗚呼、何て事だ…。

 

 

 彼女が死を選んだ理由が、

 

 

 彼女を殺してしまったのが、

 

 

 自分だったなんて…。

 

 

 

 

 

 

 ダリオは今、心の底から死を望んでいた。

 愛する人を殺したのが自分だったなどと、一体どう受け止めろと言うのか、それで一体どう生きろと言うのか。

 もう、私には生きる価値さえも無い…。

 ダリオは暗い絶望の中で意識を手離そうと身体の力を抜く…。

 

 

 

 

 

―だから…貴方にお願いしたい事があるの。

 

 

 

 

 

 しかし、サラはそれを望んではいなかった。

 

―私はどうしたら良いかずっと考えてた…どうすれば皆は私を赦してくれるだろう…どうすれば貴方は貴方のままで居られるだろうって…。

 

 でも…やっと見つけた。

 そう言ってサラはダリオを包んでいた手を彼の頬に当てる。

 その手は、人としての温もりに溢れていた。

 

―ダリオ…貴方は生きて、そして皆に私の事を伝えて。私という愚かな人が居た事を、この世界に伝え続けて…。

 

 サラはダリオの目元を優しく撫でる。

 もう二度と、私のような人が居ない世界にする事が、私が出来るたった1つの償いだと思うから…そう、言葉を添えて…。

 

―ごめんなさい…こんな我儘な人の側に居させて…。

 

 サラはダリオに己という存在が在った事を懺悔する。

 いつも誰よりも側に居てくれた彼に一番に謝る事が、一番の償いだと思ったから…。

 

「いいえ…貴女は私が生涯を誓って御仕えする、ただ1人の御方です…!!」

 

 そんなサラをダリオは赦した。

 彼女の願いと共に託された“贈り物”で以て、彼女の瞳をしっかりと見つめながら…。

 

―ありがとう、私の魔戒騎士…。

 

 サラは自分を赦してくれたダリオに感謝の意を示すと同時に、彼から手を離す。

 

「サラ様…!!」

 

 サラの姿が、どんどんダリオから遠ざかっていく。

 ダリオはそれをしてはいけないと分かっていながらも、思わず彼女に向かって手を伸ばしてしまう。

 彼女が手を取る事は無いと分かっていても、あの日のように、逝かないでくれと…。

 でもこうして別れる事が、彼女の望みならば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さようなら、私の守りし者…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はそれを、守ってみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 瞬間、ダリオの視界は光に包まれた。

 暖かくはないけれど、心に温もりを与える、そんな光に…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 白く染められた世界で、ロベルトは目を覚ます。

 側に誰か居る…顔を上げると、そこには見知らぬ人の姿が。

 

 

 

 

 

―…おじさん、誰?

 

 

 

 

 

 そう問い掛けると、その“おじさん”は少しおどけた様子で答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰でしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議と、とても暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッ…ヌウゥゥゥゥゥ…!!」

 

 握る剣から繋がるチェーンが激しい音を立てている。

 レオンは響と翼が見守る中、チェーンの先に居る者が地上に上がってくるのを待ち望む。

 あと少し…あと少し…!

 

「親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 そしてレオンの叫びと共にへルマンが地上に上がったのを機に、ツィルケルの輪は活動を停止。

 その反動で湖全体の水が蒸発する中、長い長い戦いは終わりを告げた。

 

「親父!!」

 

 レオン達は上がってきたへルマンの姿を見る。

 すると響と翼が息を詰まらせる声が聞こえた。

 無理も無い、上がってきたへルマンはゾロの鎧を纏っているだけであり、その手にロベルトの姿は無い。

 ならばロベルトはまさか…と危惧する彼女達の前で、へルマンは鎧を解除する。

 そして心配ご無用と笑う彼の腕の中には、眠りに付いているロベルトが収まっていた。

 魔戒騎士の鎧の中は一種の特殊な空間と繋がっており、どうやらへルマンはそこにロベルトを入れて帰還を果たしたようだ。

 ちょうどアルフォンソやエマ、マリア達も合流し、全員が無事である事が確認出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…サラ様…見えますよ…。」

 

 

 

 

 

 そう、この男も…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女の愛した、この世界が…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒸発した湖の水が綺麗な虹を作る中、ダリオはその虹が掛かる空を見上げていた。

 目元に覆わせていたあの布を外し、空を見上げる彼の瞳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳は無くした筈の確かな色を持って、涙を流していたのであった…。

 

 

 

 

 




・ダリオまさかの生存ルート

→故にサー・ヴェヌス戦も無し!天剣煌身も無し!
 自分でもえぇ…って思っちゃったのはナイショ


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第24話「継承-Howlite-」

ウイルスの被害がいよいよ馬鹿にならなくなってきましたね…おのれぶっコロナ



 全てが終わり、ヴァリアンテへと帰路に着く一同。

 その中でへルマンはロベルトを抱えて微笑みを浮かべている。

 ずっと会いたかった自分の子に会え、その上でこうして腕に抱く事も出来たのだ。

 親として、感無量である。

 

「しかし、あのままで良いのだろうか?折角ロベルトに会えたと言うのに…。」

 

 しかしアルフォンソはその現状に些かの疑問を抱いた。

 確かにロベルトと会う事が出来たへルマンではあるが、言ってしまえばそこまでだ。

 まだへルマンはロベルトと何一つ会話をしていない…アルフォンソはそれが気掛りなのだ。

 しかしその疑問は却って彼等の為にならないとレオンは知っている。

 

「日が昇る頃には、親父は消えなきゃならない…悲しい思いをさせたくないのさ。」

 

 魔導具によって魔界から現世に帰還したヘルマン。

 しかしなれどそのたった1人だけでも死者が現世に留まる事になれば、それだけで世界の在り方は変わってしまう。

 それをしてしまえば、守りし者とは言えない…だから妻であるヒメナにも会わない。

 会って話したら、きっとお互い未練が残ってしまうからだ。

 それならばいっそ踏ん切りが付く所で終わらせる、その方が互いの為なのだと。

 

「はぁ?それって結局男の自己満足ってやつよね?格好付けちゃって…相手の気持ちを考えてないのよ!」

「ま、まぁまぁエマさん落ち着いて…。」

 

 しかしそんなものは自分に酔いしれたい奴が一方的に付ける薬だとエマは反論する。

 エマとしてはどうせ消えるのなら会って言いたい事全部言って別れたい派なのだ。

 そんなお互いの気持ちは分からんでもないと濁すように場を和まそうとする響。

 

「と言うより…今の私の姿に誰かツッコんで頂けないでしょうか!?」

 

 いや、実際言うと今の響にはそれ以上に問題となっている事があるのだ。

 

「何で私翼さんに抱っこされなきゃならないんですか!?私自分で歩けますよ!!」

 

 自らそう申す通り、現在響は翼に抱えられている。

 確かに一同の中で一番目立った負傷を負いはしたが、それはエマに手当てして貰ったし、別に脚に被害が出た訳でも無いのに一体何故…!?

 

「駄目よ、貴女そうやってまた今回も無茶したんだから…これはその罰とでも思っておきなさい。」

「そんなぁ…。」

 

 その理由がちょっとした戒めであると知った響は軽く頭を項垂らせる。

 する方ならともかく、されるのは慣れていない。

 

「心配するな立花、重くなんてないぞ。」

「そういう事言ってる訳じゃないんですよ!!」

「うわぁやっぱりこの剣可愛くない…。」

 

 おまけにそれをしているのがこの防人であるから全くもってたち(太刀)が悪い。

 早い所ヴァリアンテへ着いて欲しいものだ。

 

「っと、そろそろ時間か…。」

 

 しかしそれとは別に来て欲しくない時間というものが来てしまったようだ。

 

「それじゃあ、俺はここまでだ。レオン、ロベルトとヒメナさんをよろしくな。」

「あぁ。」

 

 名残惜しくはあるが、へルマンはレオンにロベルトを渡し、自分の妻と第二の息子の事を任せた。

 

「アルフォンソ、レオン達の事を頼むぜ。エマちゃん、たまにで良いからこいつらの所に顔出してやってくれ。ロベルトもきっと喜ぶ。」

「はい、お任せください叔父上。」

「気が向いたらね。」

 

 次いでアルフォンソとエマにも言葉を残す。

 対照的な返事の仕方ではあるが、2人ともその答えは同じだ。

 

「お嬢ちゃん達もありがとな、感謝するぜ。」

「いえそんな!お礼なんて…。」

「無垢なる命を護るのは、防人が使命ですから。」

「短い間だったけれど、貴方と共に戦えた事を誇りに思うわ、へルマン・ルイス。」

 

 そして装者の3人にも彼は礼を述べる。

 彼女達が居なくては、この様な結果にはならなかったかもしれないから。

 あとピチピチムチムチの美ボディを見て目の保養にも「おい何考えてやがるこのクソ親父…!!」

「悪かったわねピチピチムチムチじゃ無くて…!!」

「なっ!?何でお前ら俺の考えてる事…ってギャァァァァァ!?止めてエマちゃん!!俺死んじゃうからぁ!!」

 

 もうとっくに死んでるでしょうが!!とツッコむエマに制裁されるへルマンの姿からは、先程までの良い父親像など何処へやら。

 本当にこの人は…と呆れる響と翼の一方、誇りに思うと言ってしまったマリアはその後悔から目を背けたくなった。

 全くこの男は、良くも悪くも場の空気を明るく変えさせる。

 こんな悲しい場面でさえも…。

 

「うし、んじゃそろそろ行くか…お前もまぁ、気を付けてな。」

「はい。」

 

 そして魔界へ帰るにはいささか要らぬ土産(たんこぶ)を持ったへルマンが最後に声を掛けたのは、かの男。

 

「ダリオさん…。」

 

 ダリオ・モントーヤ…彼はあの後自らの過ちを認め、元老院での裁きを受ける事を決めたのだ。

 

「…皆様には、ご迷惑をお掛けしました。」

「ご迷惑なんて言葉じゃ足りない程だけれどね。」

「重々、承知しております。私が犯した罪は、何をどうしたとしても償いきれないものです…。」

 

 番犬所から魔導具の強奪、生贄の用意から子供の誘拐、そして世界を巻き込んだ魂の蘇生の実行未遂…守りし者としてあるまじき行為の数々は、挙げだしたらキリが無い。

 もしかしたら、元老院に行った瞬間に斬首刑なんて事にもなるやもしれない。

 

「しかし、私は元老院で裁きを受けます。魔戒騎士として、サラ様に仕えた者として、そして…1人の人間として…。」

 

 それでも彼はその道を選んだ。

 彼女(サラ王女)から受け継いだ願いを叶える為に。

 

「私は、私の中にある闇を断ち斬りたい…己の弱さという闇を…その闇から私を引き上げ、立ち直らせてくれたあなた方には、感謝してもしきれません。」

 

 ありがとう。

 そう感謝の言葉を述べる彼の姿からは、少なくとももう闇に堕ちた者の姿では無いと一同の目には映った。

 

「よし、それじゃあぼちぼちお別れだ!じゃあな皆!達者で…!」

 

 後はここで別れて、それで全て終わりだ。

 そうしてへルマンは最後までお気楽な仕草を見せながらこの場を去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へルマン…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし背後から聞こえてきたその声に、去ろうとしていたその脚は思わず止まってしまった。

 振り返らずとも、誰かは分かる。

 だから、振り向いてはいけない。

 

「へルマン…!」

 

 いけないと言うのに…。

 

「ヒメナ…。」

 

 そう思った時には、へルマンの前には既にヒメナの姿が在ったのだ。

 

「へルマン!!へルマンッ!!」

 

 愛する夫を前にして、涙を流しながら彼へと抱き付くヒメナ。

 対するへルマンは何故、と言った具合で、しかし胸に飛び込んできた妻の身体を優しく抱き止める。

 

「ママ…?」

「ロベルト…!!」

 

 するとヒメナの声に反応してロベルトも目を覚ました。

 ロベルトは状況が掴めていないのか、しばらく辺りをキョロキョロとしていたが、やがてヒメナに呼び掛けられるとレオンの腕から下りて彼女の下へと向かう。

 そこには誰もが見たかった親子の姿が並んでいた。

 

「ヒメナさん…何で…!?」

 

 しかしへルマンはこの期に及んでまだそんな事を気にしていた。

 いや、気になるものは気になるのだから…と言い訳しながらも自分なりに理由を探っていたが、ふと目に留まった物を見てあっ…とそれを察し、ヒメナもまたそれを証明するかのようにその訳を話した。

 

「ジルヴァが教えてくれたの…私も、前に進まなくちゃって…。」

「ジルヴァお前…。」

 

 まさかこの相棒がそんな事をしていたとは…。

 お前はいつからそんなお節介焼きになったと困惑する一方、それならば自分が居なくてもこの家族は大丈夫そうだと安堵していた。

 

「ママ、このおじさん知ってるの?」

 

 すると今までその様子を眺めていたロベルトが、ヒメナにへルマンについて問い掛ける。

 そう、ロベルトはまだへルマンの事を“自分を助けてくれた変なおじさん”としか認識していないのだ。

 

「ロベルト、この人はね…。」

「待ったヒメナさん、そいつは無しで…。」

 

 そんなロベルトにヒメナが彼の事を紹介しようとするが、それはへルマンによって制止されてしまう。

 ヒメナに会わないという矜持は崩されてしまったが、せめてこの子に自分の事は明かさないという、それだけは守りたかったのだ。

 それをしてしまうと、きっと誰よりも自分が未練がましくなってしまうから。

 

「叔父上…。」

 

 その想いはレオンやアルフォンソ達はもちろん、装者や先程まで反論していたエマでさえやはり共感するものがあったらしく、誰もが彼等に掛ける言葉を無くしていた。

 

「ふむ…仕方ありませんね…。」

「え、ダリオさん…?」

 

 と、ここで状況を静観していたダリオが何か意を決したように前に出る。

 はて、何をするつもりなのだろうか?

 彼は一同より少し前に出て息を吸うと…。

 

 

 

 

 

「ロベルト!その人はですね…貴方のお父様ですよ!」

 

 

 

 

 

 

「「ちょっ!?」」

「なっ!?あ…あのヤロ…!?」

 

 まさかの宣言を行ったダリオの声はへルマンの耳にもしっかり届いており、あの馬鹿この期に及んでまだやらかす気かと狼狽する。

 

「…パパ?」

「え!?あ…えっと…。」

 

 そして彼の声はもちろんロベルトにも聞こえている訳で、本当にこれはどうしたものかと本気でへルマンが頭を悩ませた時だった。

 突然へルマンの身体が淡く光り始め、そして同時に身体が段々と透け始めてきたのだ。

 

「へルマン…!?」

「…悪いヒメナさん、もう時間だわ。」

 

 それはへルマンが魔界へ帰らなければならない事を知らせるサイン。

 そのタイミングがもう近いと分かっていたから、ダリオは声を上げたのだ。

 何せ彼も、エマの言っていた事には賛同派なのだから。

 早い話が、ちゃんとケジメをつけろという事だ。

 

「そんな…折角皆揃ったのに…!!」

 

 また居なくなってしまうのかと涙を流すヒメナの姿を見てダリオの思惑を察したへルマンは、非常に癪に触るがダリオの要らぬ気遣いに感謝しながら、その通りにケジメをつける事にした。

 

「泣くなよヒメナさん…ジルヴァに言われたんだろ?前に進まなくちゃって…。」

「へルマン…!!」

「安心しろ…俺はちゃんと、家族の事を見守ってるぜ…ヒメナ…。」

 

 愛してるよ…。

 そう言って彼はヒメナの唇に軽くキスをする。

 そして次に彼女の首元に下がるジルヴァに向けて声を掛ける。

 

「…ジルヴァ、2人を頼んだぜ。」

「…良いだろう。ゾロの系譜は、次代の絶影騎士へと受け継がれた…ロベルトが魔戒騎士として新たな一歩を踏み出すその時まで、我は再び沈黙する。」

 

 その短い会話に相変わらずツンケンしやがって、と愚痴を溢しながらも、晴れやかな表情で皆を見納める。

 

「それじゃあ…今度こそ行くわ。ありがとな、皆。」

 

 そして、最後にもう一言…。

 

「…ロベルト。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くなれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい!」

 

 その返事を聞いたへルマンは、最後にとびっきりの笑顔を残して、遂に光となって消えていった。

 

「…じゃあな、親父。」

 

 向こうでもどうか、俺達の事を見守っていてくれ…。

 朝焼けに、レオンの呟きが澄み渡った。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ロベルト、疲れているか?」

「うぅん!ほら!」

「うぉっと!」

 

 もうすっかり日が昇ってしまった。

 それでも一同の足取りは重たくは無い。

 こうして前に歩けるだけの力を、分け与えて貰えたから。

 

「じゃあ帰ったら…。」

「うん!鍛練!」

「いや…。」

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…魚釣りだ!」

「…!」

 

 それと、ちょっとした遊び心も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん!!」

 

 さぁ、帰ったら他にも何をしようか?

 装者達は、そしてレオン達は、再び訪れた平和を謳歌しようと前に進み続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さて、ダリオよ。分かっているとは思うが、お前はこれから元老院へ行き、相応の罰を受けてもらう。」

「承知しております。」

 

 番犬所。

 ガルムに呼び出されて、エマはダリオを連れてここを訪れていた。

 

「…が、その前に少し聞いておかなければならない事がある。」

 

 そしてガルムがダリオに対して掛けた言葉から、エマはある事を察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この事件は、まだ終わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダリオは王女の復活では無く、自らが生き残る道を選んだか…。」

 

 

 

 

 

 レオン達が去った後のバゼリア湖。

 その湖畔に、とある人物が居た。

 

 

 

 

 

「…まぁ良い。」

 

 

 

 

 その人物の隣には、大きな棺が1つ置かれている。

 

 

 

 

 

「いずれにせよ、目的は果たせたのだからな…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…。

 

 

 

 

 




・お姫さま抱っこされる響

→本当はレオンに持たせる予定だった


・ネタばらしするダリオ

→大分肩の荷が降りた事ではっちゃけちゃったご様子
 まぁ実際はダリオの出番を増やしたくって無理矢理エマさんの台詞ぶん取っただけなんだけども…


・何かを聞きたいご様子のガルム

→多分DIVINE FLAME見た人なら誰しも一度は思った事なんじゃないだろうかって事を聞きたいらしい
 答えはいずれ明かされます


・謎の人物

→ダリナンダアンタイッタイ…


・棺の中身

→ダリナンダアンタイッタイ…(ネタバレ)


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幕間「ゆるフォギア2」

次のお話から新章という事で、息抜き第2段

前回同様地の文無しの台本形式でお送り致します



【一難去って… 1】

 

 

「くぁ~…っとぉ…うん!身体の調子は絶好調!火傷の痕も綺麗さっぱり痛まない!」

 

 

ヒメナ

「良かったわ、本当に無事で。」

 

 

「すみません、ご心配をお掛けして…。」

 

 

ヒメナ

「良いのよ、こうして無事に帰ってきてくれて。私はそれだけで十分よ。」

 

 

「ありがとうございます。エマさんにも今度会った時にお礼言わないと!」

 

 

「…っとぉ、そういえばレオンさんは?ロベルト君はここに居るし、いつもの鍛練って訳じゃ無さそうだけど…?」

 

 

ヒメナ

「レオンはさっき出掛けるって言って出ていったけど…ごめんなさい、行き先までは…指令を受けたっていう感じじゃ無さそうだったけれど…。」

 

 

「うーんそっかぁ…なるべく早めに皆にお礼を言いたかったけど、レオンさんは帰ってきてからにするしかないかぁ…。」

 

 

ヒメナ

「そうね…何だったらアルフォンソに聞いてみたらどうかしら?日中のレオンの行動なら私より良く知っていそうだし。」

 

 

「アルフォンソさんにですか…確かにアルフォンソさんにもお礼を言わなきゃいけないですけど、アルフォンソさん忙しそうだし、そう簡単には…。」

 

 

ヒメナ

「心配しなくても大丈夫よ、多分そろそろ…。」

 

 

バンッ!!

 

 

アルフォンソ

「ロベルトォーーー!!お前の顔を見ないと私は寂しいぞぉーーー!!」

 

 

ヒメナ

「ほら来た。」

 

 

「一国の王子様が昨日の今日でお城抜け出して大丈夫なんですか…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一難去って… 2】

 

 

アルフォンソ

「成程、つまりヒビキ殿はレオンが今何処に居るのか所在を突き止めたい訳だ。」

 

 

「うーん、そこまで言われる程じゃ無いですけど…でも、アルフォンソさんは何か知っていますか?」

 

 

アルフォンソ

「いや、残念ながら私にも分からないが…代わりにレオンを呼ぶ良い方法を知っているぞ。」

 

 

響「え、本当ですか!」

 

 

アルフォンソ「あぁ、まずは見晴らしの良い場所まで行って、そこに立つ。」

 

 

「ふむふむ…はい、着きましたね。」

 

 

アルフォンソ

「そしたら大きく息を吸って…。」

 

 

「大きく息を吸ってぇ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフォンソ

「…レオォォォォォォォォォン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はい?」

 

 

アルフォンソ

「…と、このように大きな声で名前を呼べば、レオンは必ず来てくれる!さぁヒビキ殿も一緒に!せーの…レオォォォォォォォォォォォン!!」

 

 

「えっと、あの…アルフォンソさん…?」

 

 

アルフォンソ

「レオォォォォォォォォォォン!!」

 

 

「あの…。」

 

 

アルフォンソ

「レオォォォォォォォォォォン!!」

 

 

「…。」

 

 

アルフォンソ

「レオォォォォォォォォォォン!!」

 

 

「…れ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

アルフォンソ

「レオォォォォォォォォォォン!!」

 

 

「レオンさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

アルフォンソ

「レオォォォォォ(ry」

 

 

「レオンさぁぁぁぁ(ry」

 

 

アルフォンソ

「レオォォォ(ry」

 

 

「レオンさ(ry」

 

 

アルフォンソ

「レオ(ry」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオン

「何教え込ませてんだお前は!!」

 

 

アルフォンソ

「ほら来た!」

 

 

「えぇ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一難去って… 3】

 

 

「…以上が報告となります。」

 

 

弦十郎

「うむ、ご苦労だった。よく世界の危機を救ってくれたな。」

 

 

マリア

「いえ、そうでも無ければ調査に進展が無い事への示しも付かないわ。」

 

 

弦十郎

「そう気に病む必要は無い。今回の件は過去に前例の無い特殊なものだ、単純な調査と言っても我々だけでは限度がある。現地の人達との交流や協力する過程を報告してくれるだけでも立派な調査だ。」

 

 

マリア

「そう言って貰えるとありがたいけれど…言い訳がましくなってしまうけれども、正直私達だけではこれ以上の調査の進行は難航するわ。」

 

 

「やはり一度有識者を招いて本格的な調査を…。」

 

 

弦十郎

「うむ、現在エルフナイン君の方でもワームホールの解析を進めてもらっている。理想としては生身でのワームホールの渡航に対応した装置を建造した後、期を見てそちらの世界に赴きたいと思っている所だ。」

 

 

緒川

「可能であれば、現在協力関係を築いている彼等とも直接お話を伺いたいですからね。」

 

 

あおい

「世界情勢、戦力、聖遺物等への認識、それに敵対勢力と…聞きたい事は山程ありますからね。」

 

 

切歌

「デース!マリア達と通信が繋がったって聞いたデース!お話聞きたいデース!」

 

 

朔也

「しかし敵さんもまさか()()()()()()()()()使()()だなんて言い出すもんだし…向こうも向こうで怖い世界ですね。」

 

 

切歌

「は?(゜ロ゜)」

 

 

S.O.N.G一同

「「あ。(゜ロ゜)」」

 

 

マリア

「…どうやら向こうは向こうで忙しくなりそうね。」

 

 

「あぁ、邪魔しては悪い。今日の通信はここで切ろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【また一難 1】

 

 

レオン

「…で、何か用か?」

 

 

「あ、いや…大した用事じゃないんです。ただお礼を言っとかなくちゃって、またご迷惑お掛けしちゃったし…。」

 

 

レオン

「そうか…別に気にしなくて良いさ。」

 

 

「あ、っと…レ、レオンさん、そういえば用事があるとかで出掛けてたんですよね?大丈夫でしたかね、こうやって呼んじゃったりして…。」

 

 

レオン

「あぁ、用事はもう済んだからな。ちょうど帰ってる所で()()()鹿()が騒いでたもんだから…。」

 

 

アルフォンソ

「馬鹿とは何だ馬鹿とは、私はヒビキ殿の為にと…!」

 

 

レオン

「分かったから他に用事が無いんだったら帰るぞアルフォンソ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ララ)。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぇ?らら…?」

 

 

レオン

「っ…!!??」

 

 

アルフォンソ

「レオン…!?」

 

 

「えっ、何…!?」

 

 

レオン

「…いや、何でも無い。」

 

 

「レオンさん…?」

 

 

レオン

「…すまない、先に帰ってる。」

 

 

「え?あっ…は、はい…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【また一難 2】

 

 

「レオンさん…どうかしたのかな…?」

 

 

アルフォンソ

「…。」

 

 

「らら…うーん、何だろ…微妙に引っ掛かるようなそうでも無いような…?」

 

 

アルフォンソ

「…。」

 

 

「…って、あれ?アルフォンソさんもどうかしました?何でそんな私の事じっと見て…?」

 

 

アルフォンソ

「…まぁ、言われてみれば人柄は似てなくもないが…。」

 

 

「似てなくもない、って…そのららさんにですか?」

 

 

アルフォンソ

「…。」

 

 

「アルフォンソさん…?」

 

 

アルフォンソ

「…ヒビキ殿、この話は終わりにしよう。私は城へ戻る事にする。それと…ヒビキ殿に頼みがある。」

 

 

アルフォンソ

「ヒビキ殿はとても心優しい…だからレオンの事を想うのであれば、今の事については何も聞かず、そっとしてやって欲しい。」

 

 

「え…?」

 

 

アルフォンソ

「…きっとそれが一番良いと、私は思うのだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【また一難 3】

 

 

「不承風鳴 翼、只今旅籠に帰参して候!」

 

 

マリア

「何難しい言葉並べているのよ。」

 

 

「いや職業柄か、もうすぐこの地を離れる我が身としては、やはり古き良き日本の伝統や個人の“いんぱくと”というものを少しでも先方に伝えたいと思ってな…。」

 

 

マリア

「同じ職業やってる筈なのに私には全然理解出来ないんですけど!?それに貴女の教える日本の伝統は微妙に道が逸れてて誤解を生むから止めなさい!」

 

 

「何!?私が道を踏み外しているだと!?何を証拠にそんな事!!」

 

 

マリア

「そこまで言ってないし!!何!?まさかそれも貴女の言うインパクト作りの一貫!?何処までが計算の内なのよこの防人は!?」

 

 

「いや、別にそこまで意識はしてないが…。」

 

 

マリア

「急に真面目にならないの!!これじゃあ漫才やってるみたいじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオン

「…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…しかも見事にスベったな。」

 

 

マリア

「この落とし前ぇ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【また一難 4】

 

 

「…と言うより、随分と悵然とした様子だな?」

 

 

マリア

「何かあったの?私達で良ければ相談に乗るわよ?」

 

 

レオン

「いや…何でも無い。」

 

 

マリア

「ダウト。貴方がそんなんじゃ、こっちの調子も狂っちゃうわ。」

 

 

「御家族や立花も心配する事だ。」

 

 

レオン

「響…。」

 

 

「レオン…?」

 

 

レオン

「…。」

 

 

レオン

「響は…。」

 

 

レオン

「響は…何なんだ?」

 

 

マリア

「え…?」

 

 

「何、とは…?」

 

 

レオン

「…いや、何でも無い。」

 

 

翼&マリア

「「あっ…。」」

 

 

「…行ってしまったか。」

 

 

マリア

「立花 響とは何か、か…。」

 

 

「難しい質問だな、どうやら哲学の壁に当たってしまったようだ。」

 

 

マリア

「そうねぇ…と言うより、本人に直接聞けば良いのに…あの子はそういう壁をぶち破る事に定評がある子だし。」

 

 

「うむ、とにかく拳で以て語り合う。肉体言語の化身と言った所か。」

 

 

マリア

「流石風鳴司令の一番弟子って所よね。飯食って映画見て寝る…だったかしら?」

 

 

「あぁ、特に立花は食に関しては司令以上だ。あのいつも浮かべている快笑と共に並み居る料理がものの数秒で無くなっていく様は、ある意味怪力乱神を相手にするよりも恐ろしい…。」

 

 

マリア

「そうね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って、貴女あの子の事何だと思ってるの…?」

 

 

「お前も大概だという事を知れ、マリア。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザルバ

「急に墓参りしに行ったと思えば…あいつ(ダリオ)に言われて、また燻り始めたか?」

 

 

レオン

「…。」

 

 

ザルバ

「今一度言っておくぞ?忘れるなとは言わん…だが囚われるな。約束したんだろ?お前はもう自分の中の炎を見る事は無いとな。」

 

 

レオン

「…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオンさん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅人さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオン

「…分かってるよ。」

 

 

 

 

 



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第25話「三度、異界へ」

「GARO -VERSUS ROAD-」が始まりましたね
新章と釘打たれたように第1話の時点でこれまでの牙狼とは全く違う展開でまた面白そうな作品になりそうです
しかしせっかく100人集めたと言うのにねぇ…



 遥か彼方…神によって世界が、そして生命という存在が創り出された、その昔。

 ヒトという種族もまた、その創造の内に含まれていた。

 ヒトは他に創り出された生命よりも神による厚い加護を受け、故に一柱の神によってその存在を利用された。

 そうして神々による争いが起き、世界は…そしてヒトを含む生命は、神々から見放される事となった。

 星を守護する神が消え去ったこの世界…生命はその事実を大いに嘆き悲しんだ。

 特に神のように知恵や意思、感情を持ち合わせるヒトの種族は、その嘆き悲しみを時にコトバに、時にウタに変えて世界中に広め、星を満たしていった。

 そんな生命に救いの手を差し伸ばした神が居た。

 神々の中でも外れ者であったその神は、他の神々から見放された生命を酷く憐れみ、愛を以て微笑み掛けたのだ。

 自らがこの世界の、新たな神になろうと。

 多くの生命が、その御告に従った。

 だがヒトという種族の中に、その御告を断る者が現れ始めた。

 この星は既に神の忘却で満たされ、残った生命だけでやり取りされている。

 だからこの世界にもう、神は要らないと。

 神は怒る…この愛が届かぬのかと。

 神は怒る…この愛を届けようと、多くの使者を世界に送った。

 神は怒る…始めに声を上げたヒトに続くように、世界中に送った使者に抗い始めた、この世界の生命に。

 だから神は、この星の生命を淘汰する事を決めた。

 神によって創られた身でありながら、その(創造主)に反するなどと…外れ者の神らしき、陰我にまみれた望みで以て。

 故に神は理解する事となる。

 この星の生命が、神なぞ要らぬと宣う意味を…。

 故に生命達は理解する事となる。

 神に捨てられたあの日から今日まで生きてきた事に、確かな意味があったのだと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が闇に包まれようとしたかの日…神様も知らないヒカリで、世界は希望に満ち溢れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして…もうじきその逸話に手が届く…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「さて…響君には帰ってきて早々というべきだが、三度目の渡航調査だ。辛くはあるだろうが、どうか頼んだぞ。」

「大丈夫ですよ!全然へいき、へっちゃらです!」

「やったデース!ロベルトに会えるデース!」

「ピース。」

 

 バゼリアでの騒動から少しして、響達はまた元の世界に戻ってきていた。

 しかしながら帰還の余韻に浸る間も無く、国連からは再度の調査の要求が。

 どうやら政府としてもワームホールが繋ぐ向こう側の世界には極めて興味を引かれるものがあるらしく、多少の無理を押し通してでも情報が欲しいらしい。

 調査員にまともな休み無しとは何たる事かと声を荒らげたくなるが、直属である国連からの指示とあれば無闇には逆らえず、やむなくS.O.N.G.は現時刻を持って三度目の調査へ踏み切るに至ったのだ。

 もっとも、当の調査メンバーが調査に対して苦言を言わないのだから困ったものなのだが。

 

「おいおっさん、本当にこのメンバーで行かせるつもりか?あたしは今にも不安で爆発(【ARMOR PURGE】)しちまいそうだぞ…?」

「いやなにぶん切歌君から強い要望があったのでな…それに翼とマリア君にはまだ少し先ではあるがアーティスト活動も控えている、それらの事情を鑑みての判断だ。」

「本当に大丈夫なのかよ…?」

「まぁ今回の目的はギア・ブラストによる渡航時のバリア機能の確認としているし、渡航期間も約1週間程度としているからな、問題は無い筈だ。」

 

 とは言えS.O.N.G.も人権無視を強行してまでの指示には素直に従えぬ。

 故にこの短い調査期間であり、同時にこのメンバーなのだ。

 3人には申し訳無いが、このメンバーなら“現地での調査には限度がある”という理由で本来の調査目的に難癖を付ける事が出来るし、代わりに主目的を“エルフナインの開発したワームホール渡航用機能の実践”とすれば、その先へ繋がる目的だとして上からの小言を多少は黙らせる事が出来る。

 無理を貫き通すような道理ではあるが、向こうも無理難題を押し通しているのだ、一度くらいバチは当たらないだろう。

 おまけに切歌がバゼリアでの一件を聞いて以来向こうの世界に行きたがっていたので、今回はそれの解消も兼ねているのだ。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

「うむ、向こうの人達によろしくされてこい!」

「完全に旅行気分ね…。」

 

 そんなメンバーのフラストレーションと公務を一度に解決する為に強行した意趣返しとは言え、やはり色々と不安が絶えないのは事実。

 ワームホールが鎮座する部屋まで走っていく3人の後ろ姿に掛けられる言葉は、マリアの冷ややかなその一言に尽きる。

 すると退出した3人に代わって発令室に1つの影が忍び込んで来た。

 

「司令。」

「緒川さん…。」

「緒川か、ご苦労だな。」

 

 相変わらずの忍び(SINOBI)具合だと驚嘆された緒川ではあったが、彼はその評価は過大だと言いたげにしながら、弦十郎にとある事情を報告する。

 

「司令、例の件ですが…やはりどれだけ調査をしてもそれらしい情報は上がりませんでした。」

「そうか…となれば…。」

 

 難しい顔をしながら会話をする大人達からは、何やら不穏な空気が漂っている。

 思惑有りきといった具合ではあるが、目の前でそんな気になる話をされて隠すなんて事は無しだとクリスは居ても立っても居られず会話に割り込んだ。

 

「おいおい、こっちはこっちで何の話だ?」

「あぁ、魔戒騎士やホラーといった件についてだ。」

「前回の報告から様々な機関の御力をお借りして調べてはいるのですが…今日に至るまで一向にそういった情報は出てきませんでした。」

 

 聞けばそれは現在関わりを深めている彼等に関する事柄であった。

 魔戒騎士やホラーなど、初めて向こうの世界から帰還した時からそちらの調査も並行して進められていたのだが、どうやらこちらもこちらで行き詰まっている様子。

 

「ここまで結果が出ないとなると、考えられる可能性は3つ。緒川の力を以てしても未だ真相に辿り着けない程深く隠されているのか、或いは我々とは全く異なる関係に置かれている事情…つまりは平行世界同士の関係なのか…。」

「もしくは意図的に情報が消されたか、よね。」

「うむ、しかし聞く所彼等とホラーの戦いは人類史と共にありきと言っても過言では無い…そんな存在をそこまで深く隠したり消した所で、あまりメリットは無い筈だ。」

「となると、向こうの世界は平行世界って可能性が高いって事か…。」

「まだ何とも言えんがな。」

 

 向こうの者達はとても不思議な存在だ。

 人を喰らう魔獣ホラーに、そのホラーから人々を守る魔戒騎士や魔戒法師達…。

 年代的には後年たるこちらの世界でどれだけ調査を行っても、それらしき情報はまるで出てこない。

 平行世界と言うのであれば、最悪その一言で全てが片付けられよう。

 しかしながらこちらと向こうが同一の世界と言うのであれば、彼等の存在はまるでおとぎ話でも語っているかのようである。

 いや…彼等の関係性は天使や悪魔などといった物語を彷彿させ、おとぎ話と言うよりかは神話に近いものを連想させる。

 それくらい彼等は現実と虚構の境が曖昧な物語を紡いでいるのだ。

 案外平行世界と言うよりかは神話と言った方が納得が出来そう…なんて浮いたような物思いを、この場に居る誰もが何の奇跡か同時に思っていたが、計器から発せられた物音とオペレーター2人のインカムから聞こえてきた肉声が彼等を現実へと引き戻す。

 

「装者一同、ワームホール前に到着。ギアの装着、並びにギア・ブラストの展開を確認しました。」

「司令、絶唱の使用の許可を。」

 

 どうやらメンバーの準備が整ったようだ。

 報告を受けた弦十郎は一度モニターへ目を向け、画面に写る少女達の準備が報告と相違無い事を確認すると、あおいに向けて絶唱使用の指示を伝える。

 

「うむ、絶唱の使用を許可する。」

「了解。良いわよ響ちゃん、絶唱を使って。」

 

 その指示を受けたあおいがインカムに向けて指示を発すると、画面の向こうに居る響が一度切歌と調、そして彼女達を写すカメラ…つまりはこちらへと目配せをして、それからワームホールに向けて絶唱を聴かせる。

 するとそれに応じるようにワームホール中央に位置するプロメテウスの火が燃焼を始め、発令室の計器が一層の音を鳴らし始める。

 しかし三度目ともなれば対応も慣れたもの、皆慌てる事無く事の成り行きを見届ける。

 

「ワームホール、起動しました。」

「ゲート、開きます。」

 

 未だ謎が多い世界への新たな出発。

 今回は、何も起きなければ良いのだが…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

-…では、全員問題無しという事だな?

「ロベルトォォォォォ!!元気でしたかぁぁぁぁぁ!!」

「はい、調ちゃんも切歌ちゃんも前みたいに気を失ったりしないで渡る事が出来ました!」

「わぁぁぁぁぁお姉ちゃん待っでぐるじい…!!」

-そうか…ならば機能は問題無く起動したのだろうな。データはまたこちらに戻ってきた時に取る事にしよう。滞在日数はさっきも言った通り約一週間、また近くなれば追って連絡しよう。

「大丈夫デスか!?痛い所とか無いデスか!?おのれロベルトを拐ったという極悪人は何処にぃ!?」

「はい!ではまた一週間後に!」

「落ち着け、もう終わった話だ。」

-うむ、そちらの人達にあまり迷惑を掛けないようにな!

「痛いっ!?ロ、ロベルトの心配をしていたらアタシが痛手を負ったのデ~ス…。」

 

 ワームホールを渡った直後の通信。

 これによりエルフナインの開発したバリア機能は正常に作動したという証明となり、装者と発令室の面々は一週間後の再開を笑顔で以て約束した。

 

「響さん、司令は何て…?」

「エルフナインちゃんの作ったバリア機能は多分成功したって。だから後は一週間後にまた会おう!って。」

「おぉ~、何事も無くて良かったデスよ~!」

「切ちゃんそのたんこぶについては何事も無いって言えるの…?」

 

 ならば後は与えられた時を言われた通り目一杯使い倒せば、今回の渡航任務は無事完了だ。

 

「それじゃあ…レオンさん、またよろしくお願いします!」

「あぁ、よろしくな。」

 

 これまでは色々と忙しなかったが、今度はゆっくり何事も無く期間を迎えられますように…。

 響は三回目となるヴァリアンテでの生活に明け暮れようと、三度世話になる者へと元気な挨拶を交わしたのであった。

 

 

 

 

 



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第26話「英霊の塔にて ~種が芽吹いて、花が咲いて~」

「よいしょっと…レオンさーん、これ何処に置いたら良いですか?」

「それはそっちの棚の方に。あとそれは…後で2階に持っていくから階段の近くにでも置いといてくれ。」

「ヒメナさん、お皿洗い終わりました。」

「ありがとうシラベちゃん。ごめんね皆、私の仕事に付き合わせちゃって…。」

「もーまんたいデスよ!忙しいヒメナさんの代わりにロベルトのお世話は任されたデス!」

 

 さて装者達が三度ヴァリアンテへとやって来て、今日で6日目。

 もうそろそろ今回の調査期間が終了せんとするこの日も朝から装者達は現地の人々とのコミュニケーションに明け暮れていた。

 共に1日を過ごす中でこうして気兼ね無く話をして…彼女達はすっかりここの住人だ。

 

「よし…それじゃあヒメナさん、俺はそろそろ…。」

「あっ、そうだったわね。ごめなさい、レオンにまで時間取らせちゃって…。」

「いいえ、こっちも大した時間は掛からないですし、大丈夫ですよ。」

「あれ、レオンさん何処か行くんですか?」

「あぁ、まぁ大した用事じゃないんだがな。」

 

 するとレオンがその1日の中から少しだけ抜けようとしていた。

 はてその訳はと聞いてみたが、返された返事には答えらしい答えが無い。

 その様子から本当に大した事情ではないのだろうが、それはそれで気になるものであって…。

 

「これから鎧の浄化をしに行くんだ。」

「鎧の浄化?」

「おいザルバ、あまり余計な事は…。」

 

 すると意外にもレオンの左指に嵌められている指輪、ザルバからその事情が語られた。

 咄嗟にレオンは相棒の漏言に釘を差すが…。

 

「別に今更だ。それに…どのみちこいつは付いてくるだろう?」

 

 興味津々といった具合でこちらを見る響の存在を示したその言葉には、レオンもそうだろうな…としか返せなかった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「“英霊の塔”ですか?」

「あぁ、歴代の黄金騎士達の魂が眠る場所だ。」

 

 レオンと響の2人が“魔界道”なる場所を歩いている。

 この魔界道というのはその名の通り魔界に設置されている通路であり、魔界独特の次元の歪みを利用する事で人間界で遠く離れた場所と場所とを繋ぎ、少しの時間で移動する事が出来る便利な道なのだ。

 そして2人がその魔界道を使って向かっているのが、英霊の塔と呼ばれる場所。

 かつての時代を駆け抜けてきた歴代の黄金騎士達の魂が集う聖地だ。

 

「着いたぞ。」

「あれが…。」

 

 やがて魔界道を抜けて人間界の地表へと戻ってきた2人。

 そんな響の目に飛び込んできたのは、天を貫かんとばかりに高く造られた白外壁の塔であった。

 あれが英霊の塔…不思議にも見ているだけでこちらを律するような、何かの気が伝わってくる。

 それは有無を言わさぬ威厳のような、しかし同時に全てを受け入れるような温かさに満ち溢れている。

 それは塔に近付けば近付く程伝わってくるものであり、これが英霊の塔に眠る歴代黄金騎士達から発せられるものなのかと例えてみれば、成程このひしひしと感じる何かの正体が分かったような気がした。

 希望の名の下にその志を世界に広げる最高の騎士、黄金騎士 ガロ。

 その魂が余す事無くこの地に眠っているのだ、塔1つでそれを隠す事など出来はしない。

 死してなお溢れ出る英霊達の心を前にして、響は思わず固唾を飲み込んだ。

 これが黄金騎士か、と。

 そして同時に自分はまたとんでもない事に首を突っ込んでしまったのでは無いかと心持ちに若干のもやが掛かる。

 興味本意で付いてきたものの、自分が…いや、もはや自分如きと言えるか、そんな存在がここに来て果たして良いものなのだろうか?

 それはまるで、絶対たる神域を汚す行為に等しいような…そんな気がするのだ。

 まぁ実際響のその予感はある意味正解で、ある意味不正解だ。

 何故なら響のその心配は、杞憂に終わるからだ。

 

「それじゃあ、響はここで待っていてくれ。」

「あれ?私は入れないんですか?」

「あぁ、この中には黄金騎士や英霊達が認めた者しか入る事が出来ないんだ。」

 

 塔の中にはレオンしか入れない…つまり響が危惧したような直接足を踏み入れて神域を侵すような事態にはならない。

 しかしそれは同時にやはりお前如きが入れるものかと事実にされている事であり、響は内心安堵すると同時にまた無理に同行を願い出て迷惑を掛けてしまったかと不安になる。

 

「分かりました、じゃあここで待っていますね。」

「あぁ、何にも無い所で悪いが…。」

 

 それを押し殺して響はここで待つと告げると、塔の中へと入っていくレオンを見送った。

 

「さぁ~て待つとは言ったものの、どうしようかな…。」

 

 さてそんな感じでひとまず自由行動となった訳だが、レオンに付いていく事を主目的としていた響には特にやる事が無い。

 暇潰しになるような遊び道具など持っていないし、どうしたものか。

 そう思った響は暫くう~んと唸り悩むが、ふと何かを思い至ったらしく、塔の入口から少し離れた芝生の上に腰を下ろす。

 

「よいしょ…おぉ、良い天気!それに…うん、おっきな塔が青空に映えて良い感じ!」

 

 両手の親指と人差し指で四角く枠を作り、その中心に塔を収めて…はい、チーズ。

 シャッター代わりに片目を閉じて、枠の中に写る景色を記憶という名のフォルダに保存した響は枠を外して視界一杯に広がる光景を瞳に写す。

 とても綺麗だ…抜群の青空に少し非現実的な塔が交わり、幻想的な光景となっている。

 それに、とても静かだ。

 この英霊の塔が設置されているのはヴァリアンテから遠く離れた海に浮かぶ小さな島だと言う。

 それに加えて英霊達が眠る場所だからと特別な結界が張られており、動物達の気配や息遣いなどが感じられない。

 聞こえるとすれば、そよ風に吹かれて擦れる木々や葉の音ぐらい。

 塔から放たれる圧こそあるものの、非常に居心地が良い。

 俗世から解放されるとはこの事か。

 

「ふぁ…これはもうお昼寝するしか無さそうですなぁ…。」

 

 そのあまりにも喧騒から程遠い静けさからつい気が緩んで響の口から欠伸が漏れる。

 こんな良い天気の中外敵も居ないと分かっていれば当然かと響は勝手ながらも納得しながら背中を芝生に預ける。

 英霊達の前で不謹慎かもしれないが、やはりこの眠気には勝てぬ。

 これが何も持ち合わせの無い自分にとって最善の暇潰しだと聞こえていない心の声で英霊達に弁明しながら、響はうとうとと瞼を閉じるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―どうして助けたんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 それは知らない夢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―俺なんてあのまま…どうなっても良かったんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし不思議と、酷く懐かしく思えた夢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―嫌にならないのか?こんな何も無い所で毎日同じ事の繰り返しで…全部放り出して他所に行きたいって思わないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中で出会う彼は、いつもの彼の姿とは少し違くて。

 何だかとても辛そうで、虚しそうで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオンだ…俺の名前、言ってなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもその夢の中で彼は少しずつ変わっていって、私もそれが嬉しくて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―行かないよ、俺はここに居る…迷惑かな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも私に語り掛ける彼の前に居るのは、それは私じゃなくて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―良い眺めだな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知らない筈の彼の姿を、知っている自分が居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ありがとうな…きっとそう思えるようになったのは、ララのお陰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも何故だかそれを気持ち悪いと思ったり、変だったりとは思わないで。

 自然な事だと…知っているのが当たり前の事だと納得している自分が居る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ララ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが例え、彼が語り掛けている者の名前がどれだけ聞き取れないものだったとしても…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―良いんだ…もう良い…もう…大丈夫だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えこの夢が、どんな結末を迎えようとも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ララ、言ったろ?俺は何処にも行かないって…ずっと、ララと一緒だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はそれを知って(覚えて)いると、曖昧な記憶で上書きされて、私は夢から覚める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ララ…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚める時、知らない(私の)名前を呼ばれた気がした。

 

 

 

 

 




・魔界道

→『薄墨桜』の時代でも強引に魔界を突破してたってのにこの時代にそんな便利なものがあるのかどうかはツッコんではいけない


・離島にある英霊の塔

→流牙狼の世界で英霊の塔(とおぼしき建物)が小島にあったのが作者の中で印象的だったので遠い海の中に浮かぶ離島にある設定にしました(おまけに結界付き)


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第27話「英霊の塔にて ~涙の種が、花となって~」

 コツ…コツ…と、大理石で出来た通路を歩けば靴音が反響する。

 暗く、一切の静寂に包まれたこの空間では、それだけでも心を癒す音となって耳に伝わってくるが、その靴音を奏でていた彼…レオンは不意にその場で足を止めた。

 そして彼は顔を上げるや、その広い空間全てに行き届かせんとばかりの大きな声を上げる。

 

「英霊達よ!我が名はレオン・ルイス!黄金騎士 ガロの称号を継ぐ者!俺は鎧の浄化の為にここに来た!俺の声に応えてほしい!」

 

 レオンがそう声を上げると、一瞬の沈黙の後に暗い空間に徐々に明かりが灯っていく。

 やがて彼の見上げる景色全てが光に満ち溢れると、先程の彼の声に応えるように空間全体に何者かの声が響き渡った。

 

―レオン・ルイスよ、よくぞ来た…お前の望む通り我らが黄金の鎧、そしてお前の中に潜む邪気を祓おう。今この一時だけ、お前は守りし者としての使命から解放される。存分に英気を養うが良い…。

 

 それはかつて黄金騎士の称号を受け継いだ者達の総称たる声。

 その声に導かれるようにレオンが目を閉じると、彼の身体を一層の光が包み込む。

 歴代の黄金騎士達がレオンとガロの鎧に溜まった邪気を浄化しているのだ。

 その光が温かいと、レオンは感じる。

 同時に、想像していた温もりとはやはり違うとも感じていた。

 全てを包み込むような温もりではあるが、自分が幼い頃から密かに焦がれていた温もりは、きっともっと温かいのだろう。

 しかし次の瞬間にはその想いは浄化されてしまう、勿体無いなと思う間も無くだ。

 

―邪気は祓われた…レオン・ルイス、お前には再び守りし者としての使命を全うする時が訪れたのだ。

「邪気の浄化、感謝致します。」

 

 いや…それでも自分にはそれが良いのだ。

 自分にとってはそれが一番邪に触れる想いであるのだから。

 もう決して叶う事の無いうろ覚えの温もりを胸に、レオンはいつもこうやって浄化の儀式に臨んでいるのだ。

 

―だが…お前には1つ、告げなければならぬ事がある。

「…何でしょう?」

 

 だから英霊達からそう言われた時、それを見透かされたかとレオンは一瞬ドキリとした。

 そうやって想いを抱く事こそが邪であると、そう言われてしまうのか?

 

―お前の心の奥底に、迷いが見られた…。

「迷い…ですか?」

 

 しかし英霊達から告げられたのは、レオンが想像していたものとは若干外れていたものであった。

 

―それは邪気によるものに非ず、ただお前の想いが形となっただけのもの…しかしそれは早くに断ち斬らねば、後にお前自身を飲み込み、大きな災いとなるやもしれぬ…。

 

 そう告げられたレオンは眉を潜めた。

 心の奥底に秘めたというのは間違いない事なのだが、それが迷いかと問われれば絶対に違う。

 それは叶わぬと分かっている願望だ、断じて迷いとして抱えているものでは無い。

 ならば英霊達が告げる迷いとは、きっと別の事なのだろう。

 

―レオン・ルイスよ…己が生み出した迷いは、己でしか祓えぬ…その迷いの源と向き合い、守りし者としての使命を果たせ!

「…忠言、感謝致します。」

 

 ならば英霊達の言う迷いとは…。

 儀式を終えて塔を出るまでの路道、レオンはそれを考えていた。

 しかしその答えは案外早く見つかり、だが他に何か思い当たる事が無いか模索してしまう。

 迷いは剣を、そして使命を鈍らせる。

 断ち斬れと言われれば素直に従った方が間違いなく己の為になる。

 しかしながらその答えが分かってなおそれと向き合う事を避けようとしている彼の行いは矛盾を孕んでいる。

 理に適わぬと言われようが、それでも即斬出来ぬと彼は答える。

 英霊達の指摘した迷いとは、それほどまでに彼の心に深く根付いているものなのだ。

 一体、どう向き合うべきなのか…レオンの思考は最終的にそこに落ち着き、少し晴れぬ心持ちでその迷いの種となっている者が待つ外界へと姿を現した。

 

「響は…。」

 

 さて外に出てみれば、彼女の姿が見当たらない。

 英霊の塔があるこの島は結界で守られているから万一の事態は無いであろうが、島も島で案外広いのだ。

 下手に森に入られていると探すのが面倒なのだが…ともう一度辺りを注意深く見てみると、開けた芝生の上で横になっている彼女の姿を見つける。

 

「寝てる…。」

「呑気な奴だな。」

 

 近付いてみれば、どうやら彼女は夢の中のご様子。

 きっと待っている間退屈で仕方無く、そのまま眠ってしまったのだろう。

 レオンは待たせて申し訳無いと思いながら、せめて彼女の至福の時間を妨げないようにと音を立てずに彼女の横に座り込む。

 そのまま寝顔を見てみれば、それはとても穏やかな寝顔をしている。

 いつもの天真爛漫な姿とは真逆の静かな様子が年相応に愛らしく、自然とレオンの表情は弛む。

 しかしながらつい先程英霊達と交わした会話の内容が頭を過ぎり、彼は再び晴れぬ気持ちを抱える事となる。

 

「(別に言うほど似てはいないんだがな…。)」

 

 そっと彼女の髪を優しく撫でてやれば、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 その綻んだ笑顔も…特段似ている訳では無い。

 それでも自分の中では、彼女の姿が重なってしまう時がある。

 レオンはハァ…と息を吐くと、寝ている彼女の横で自身も身体を地面へと倒す。

 

「おいおい、お前まで寝るつもりか?」

「夜までに帰れば問題無いさ。」

 

 今は…少しだけ現実から離れたい気分なのだ。

 レオンは相棒の小言を無視して、目の前に広がる青空へと目を向ける。

 雲一つ無いあの空は、自分の心とはあまりにも違うなと感じる。

 今も昔も…自分の心は雲の中だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―旅人さん、調子はどう?傷を拭かせてね~、今日は暖かいから今の内よ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 それは良く知っている夢であり、決して忘れられない夢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―声…初めて聞いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて声を出した時は、まるで珍しい生き物でも見てるみたいな顔してたっけな。

 あの時最初に出した言葉は、今でも覚えている。

 どうして助けた?だなんて…全く、今思っても失礼な一言だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―はい、どうぞ。自分で出来る?手伝おうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、君はいつも俺に構ってくれたよな。

 あんなどうしようもなかった俺の側を、嫌な顔1つせずに…本当に感謝している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ごめん…うち、こんなのしか無くて…美味しくないよね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでいて、いつも俺の心配をしてくれていた。

 自分達だって今を生きるのに精一杯な筈なのに…助けてもらった身なのに、あの頃は心配してくれていた彼女や彼女の家族の事を随分突き放していたな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―旅人さんは、また何処かに行くの?暖かい所なら良いね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな自棄になっていた頃だったから、聞いてみたんだよな。

 何もかも全部放り出してどこか遠くへ行ってみたいと思わないのか、って。

 そうしたら君は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―うん!きっと他所の国には色んな場所があって素敵なんだろうなって思うよ!でも…何処にも行けないよ。何にも無くたって、お父さんが残した土地だもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …きっとその時の言葉が、俺を変えてくれた最初の一言だったんだろうな。

 最初は言われて、それにただ従って…。

 それから徐々に世話になっている身なのだからと理由を付けて…。

 最後には理由だとか、そんなの関係無しに彼女達の手伝いをしていって…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―本当にありがとう、旅人さん!きっとこれで、来年は麦がたくさん獲れるわ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の笑顔が、彼女の家族の労いの言葉が、俺の心には今も深く刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオンが手伝ってくれるようになって、本当に助かってるの…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刻まれていると言っても、それは痛みで心を抉られるようなものでは無く、むしろ傷ついた心をゆっくり、でもちゃんと癒してくれて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオンが良ければ、ここにずっと居ても良いんだよ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからその言葉を言われた時、戸惑ってしまった。

 彼女達が向けてくれる笑顔は、言葉は…俺が何者か知らないから。

 俺が一体何者で、何をしてきたのか、それを知らないからこそ向けられるものなのだと。

 もしそれを彼女達が知れば…その時はきっと、俺は彼女達の側には居られないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…行っちゃうんでしょ?レオンは、あの王子様と一緒に元の世界に帰っちゃうんだよね…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …でも、それでも俺は彼女達の側に居たいと願った。

 その願いを言葉にするなら、きっと色々な表現の仕方があるのだろう。

 だが俺はその願いを言葉にするなら…過去でも今でも、その言い方は変わらない。

 守りたい…そう想ったから、彼女達の側に居たいと願った。

 その為に変わるのだと決意して。

 大きな過ちを犯してしまった過去の自分から、変わるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ごめんね…言い付け…守ら、ないで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えその決意が、実を結ばなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―遠くに…行くのね…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えその願いが、儚い夢であったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオン…旅人、さん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りたいという…その想いはあの頃から変わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私の、知らない…遠くの…世界…に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の幻が、今も俺の中で燻っていたとしても。

 

 

 

 

 



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第28話「未知なる恐怖」

「ん…ぅ~ん…。」

 

 目が覚めた。

 軽く身体を伸ばして、しかし響はそのままだらんと身体の力を抜く。

 うん、まだ眠い…そんな寝ぼけ眼で視界を上げてみれば、わぁ綺麗な夕焼け空。

 さて…そもそも何で寝ていたんだったか?

 ぼけ~、と空を見上げる事約数分、段々と赤色に染まっていく空を見上げて、その赤色が見知った者の姿を連想させて、響は今度こそはっと目を覚ました。

 

「あっ!レオンさん!」

 

 そうだった…ここには彼の付き添いで来て、彼の用事が終わるのを待っている間に暇を持て余して、そしてぐっすり…。

 そこまで時間は掛からないと言っていた彼の用事は流石に夕方まで掛かりはしないだろう。

 ならば彼は今何処に…?

 響はぱちくりと覚めた目で辺りを見回して、そして意外にも近くにその探していた彼が居た事に驚いた。

 

「寝てる…。」

 

 そしてその彼が目の前で寝ている事にも驚いた。

 何せ普段の印象とは打って変わった穏やかな寝顔を、何の警戒も無しにこの晴天に曝け出しているのだから。

 いくらこの付近に結界が張られているとは言え、ここまで無防備な彼の姿を見られるとは…ちょっと得した気分だ。

 そんな稀に見られぬ彼の姿を見た事で気分の上がった響は、彼が眠っているのを良い事にそのまま同時に沸いてきたイタズラ心に身を任せて彼の特徴的な髪をツンツンと弄り始める。

 どうやったらこんな髪型になるのかと毎回気になっていた髪に直接触れて響はご満悦であったが、ふと夢の中で見た彼の姿を思い出し、髪を弄っていた手を止めた。

 夢の中の彼はいつも見る姿とも、今目の前に居る彼の姿とも違うものであった。

 最初は荒んだ仕草で、途中から屈託の無い笑顔を浮かべ、最後は涙を流して…。

 いずれも響には見せた事の無い表情であり、その表情を見せていた…夢の中で彼の前に居た人、それは一体誰だったのか。

 またこれだ…曖昧な、彼との繋がり。

 炎の中で蹲る黄金の鎧の幻から始まった、脳裏に過ぎる彼との繋がり。

 改めてこれは一体何なのかと思う…だが、その糸口となりえそうなものは見つけた気がする。

 それこそが夢の中で彼が見ていて、私がなっていた誰か…そんな気がするのだ。

 そんな憶測を立てていると、目の前の彼の瞼がゆっくりと開いた。

 

「響…。」

「あ、レオンさん…。」

「…お互い、よく眠っていたみたいだな。」

「あはは…そうみたいですね…。」

 

 目を覚まして、そして寝起きに髪を弄る彼の姿を見て、まさか起きるまでイタズラしていた事がバレたかと響は内心冷や汗を流すが、実際の所はそんな事は無く、むしろそれを誤魔化そうとする響の仕草から彼は何か勘違いを起こしたようだ。

 

「随分幸せそうに寝ていたが…どんな夢を見てたんだ?」

「え?えっと…。」

 

 どうやらレオンはイタズラしてた事を誤魔化そうとソワソワしていた響の様子を、目覚めてなお嬉しくなるような夢を見たのだと勘違いしたようだ。

 そんな思わぬ問いを掛けられた響は一瞬頓狂な声を上げるも、とにかく何か咎められる事は無さそうだと安堵し、そのまま夢の内容を彼に話そうとする。

 

「…秘密、です。」

 

 が、一言目を告げようとした所で響ははっと我に返り、結局それを語ろうとしなかった。

 ふと思い出したのだ…目覚める前、夢の中で最後に聞こえた彼の声…。

 ララ…その言葉を聞いたのは、これで2度目だ。

 1回は今さっき見た夢の中で…もう1回はそれより前、何気無い日常の中で…。

 その何れもが、彼を悲しげな顔にさせていた。

 ならば今その言葉を告げたとして、彼は一体どんな表情を浮かべるだろうか。

 無論響としてはかねてよりの謎に迫る重要なキーワードである為、聞ける機会があれば是非とも聞きたい。

 しかし、だからと言って相手に悲しい顔をさせてまで聞くような事はしたくない…そう躊躇ってしまったのだ。

 

「秘密か?」

 

 それを知らぬレオンの再度の問いに、響はこくりと頷いて返す。

 幸いそれで思う所を悟られはしなかったようであり、レオンは響の不答をそれこそイタズラ心のようなものだと解釈して、そうか、と軽く流した。

 

「…レオンさんは、どんな夢見てたんですか?」

 

 と、今度は返しに響が同じ質問をレオンにした。

 気を逸らしたいが故の何となくな質問であったが、レオンはそれを聞いた途端何かを思うような表情を浮かべ、そして小さく呟いた。

 

「…俺も秘密だ。」

 

 返された答えは、自分と同じ。

 それでも響は彼の様子を見て、いけない事をしてしまったかと彼から視線を逸らす。

 すると見えるは自分達の正面に立つ白色の塔。

 その立ち姿を見上げてみれば、真っ赤な空に雲とは違う白が映る。

 昼間見た時は良く映えると思っていたそれが、今は何だか異質に見える。

 

「…帰ろう、 皆が待ってる。」

「はい…。」

 

 その異質さがまるで彼にとっての自分のようだと、響の目には皮肉にもそう見えてしまった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「来たか…。」

「響達も呼ぶなんて、一体何があったんだ?」

 

 そして夕方、多分に漏れずレオンの下には指令書が届いた。

 その指令書にはどうやら響達にも番犬所に来るよう書かれていたらしく、装者達もまたレオンと共にガルムの下へと訪れていた。

 そこには自分達を呼び出したガルムと、既に先に来ていたアルフォンソの姿が。

 レオンはわざわざ響達をも呼んだ今回の用件について聞いてみるも、ガルムはそれに対して明確な答えは示さず、アルフォンソに向けて話を振った。

 

「ここ最近、サンタ・バルドのある地区で娼婦が行方不明となる事件が起きているであろう?」

「娼婦かどうかはともかく、確かに相次いでの行方不明者の報せはあったな。」

 

 その物言いから、どうやら今回現れたホラーもまた悪趣味な奴であるようだ。

 するとレオンの背後からひそひそと小さく会話をする影が。

 

「“しょうふ”ってなんデス?」

「良くは分からないけど…あんまり良い印象は無いかも。」

 

 見ると響達が先の会話について思う所を口にし合っていた。

 しまった、よりにもよってこの娘達が居る状況でこんな相手など…レオンはそのタイミングの悪さに内心頭を抱えながら何とか理解してもらおうと手っ取り早く説明を行った。

 

「ウチの親父の誘いに乗るような女達の事だ。」

「レオンさんの…って、あぁ…。」

 

 すまん親父、これしか思い付かなかった。

 レオンは半分程の本心で自身の肉親にそう詫びる。

 しかしおかげで響にはその言葉の意味が察せたようで、呆れたような、恥ずかしいような表情を浮かべた。

 

「その行方不明となっている娼婦達はホラーが喰らったものだと?」

「あぁ、既に根城も特定してある。お前達にはそのホラーを討滅してきて貰おう。」

「まさか、それに響達も連れていけって言うのか?」

「少し前から思う所があってな…もしかしたらそいつらの力が必要になるやもしれん。なに、まさか今更荷物になるとは言わんだろう?」

 

 本当なら彼女達を連れていきたくもないし、連れていったとしても彼女達を守るのは自分やアルフォンソだとレオンは思っている。

 しかしホラーを相手にする以上、それを当の彼女達に責任を委ねる事になってしまう事に、レオンは惜し気も無く苦い表情を浮かべる。

 思う所があると言ったが、ガルムは一体何を考えているのであろうか?

 

「私達は大丈夫ですから…2人にも私から説明しておきます。」

「…分かった、場所を教えてくれ。」

 

 いずれにせよ手早く終わらせるべきだと、レオンはこちらを気遣った響の言葉に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…ここだな。」

「見た目は意外と普通…。」

「でもどこか“あだるとちっく”な雰囲気が漂ってるデ~ス…。」

 

 それから程無くしてホラーの潜伏場所として指定された娼婦館へと辿り着いたレオン、響、調、切歌の4人。

 調の言う通り見た目だけならそこらの建物とあまり変わらないが、ここに来るまでにすれ違った人達の、こちらの身体を舐め回すかのような視線と、館から漏れ出るむせかえるような甘い臭いが、ここを異質な場所だと強調している。

 件のホラーは、この中に居るのだ。

 ちなみにアルフォンソは?と思われるかもしれないが、アルフォンソはこの国の王子として既に顔が知れ渡っている。

 そんな彼がこんな場所に居ると知られたらどんな尾ひれが付くか分からない。

 なので彼には少し離れた所で待機してもらっているのだ。

 

「さっさと終わらせる、行くぞ。」

 

 しばらく館の外観を観察していた一同だが、レオンの一声で気持ちを切り替え、館の中へと入っていく。

 

「いらっしゃいませ、何名様で…って、ちょっと!?」

 

 受付らしき人物が入ってきたレオン達に声を掛けるも、彼等はそれを一切無視して先に進む。

 一応ここに来る前に全員フード付きのコートを購入した為顔が見られる心配は無いだろうが、念の為足早に先へと進む。

 そしてフード付きのコートを買った理由としては他にもある。

 

「お、おうふ…///」

「これは予想以上に…///」

 

 館に入った途端に嫌でも目に写る艶かしい姿の女性達に、それに釣られて卑猥な表情を浮かべる男達…そんな理性のタガが外れた人の姿をなるべく見せたくないから施した策なのだが、残念ながらそちらの用途としてはあまり機能しなかったようだ。

 

「ザルバ、場所は分かるか?」

「奥だろうな、嫌な臭いが鼻に付くぜ。」

 

 響達に悪影響を与えぬよう、他には目もくれず先を急ぐレオン。

 少々気の逸っている彼に追い付くよう響達も足早に道を行くと、とある部屋の前で彼はピタリと足を止める。

 

「…この部屋だな。」

 

 館の最奥の部屋…この中にホラーが居る。

 レオンは一度響達と視線を交わすと、ガチャリと勢い良く扉を開けた。

 

「…あら、指名を受けた覚えは無いけれど?」

 

 開け放たれた部屋の中からは、通路で香っていた以上の甘い匂いが籠っており、その中で1人の娼婦がグラスを片手に恍惚とした表情を浮かべていた。

 これまですれ違ってきた娼婦とは少し違う雰囲気と外見から、ここの娼婦達の長のような存在なのか…。

 レオンはそんなこちらに絡み付くような視線を送る彼女に向けて、ホラー識別の為に魔導ベルを鳴らす。

 

「へぇ…どうやら特別な指名のようね?」

 

 彼女の瞳が真っ赤に染まる。

 予感的中…彼女が指令にあったホラーのようだ。

 それを知った装者達はいつでも動けるよう揃ってペンダントに手を掛ける。

 対してホラーは相手が魔戒騎士だと知ってどう動くのかと思いきや再びグラスに口を付けたりと、意外にも焦るような仕草を見せる事は無かった。

 恐らくレオンをただの若い騎士だと認識して、如何様にでも出来ると思っているのだろう。

 

「でも坊や…貴方みたいな坊やに私の相手が務まるのかしr…!?」

 

 その一手として誘惑の言葉を掛けようとして、しかしその言葉は長くは続かなかった。

 響達も目を見開く程の神速の業…ホラーの頭部には、レオンが投げ付けた魔戒剣が深々と刺さっていた。

 

「…お前の戯言に付き合う気は無い!」

「き、さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 盛大に出鼻を挫かれたホラーが怒声を放つと、両腕を黒い鞭のように変えて頭部に刺さった剣を力ずくで引き抜き、彼に向けて投げ付ける。

 先の彼程では無いが早い投擲をレオンは難なく受け取り、そのまま戦闘が始まった。

 それと同時にホラーの手から滑り落ちたグラス…そこから撒き散らされた中身がワインといった代物では無く、赤く滑りのある液体…人の血である事を見て察した響もまた、自然と戦闘の合図となる声を飛ばす。

 

「調ちゃん!切歌ちゃん!私達も行こう!」

「はい!」

「やったるデス!」

 

 

 

 

 

 ―Balwisyall Nescell “GUNGNIR” tron…♪―

 ―Zeios “IGALIMA” Raizen tron…♪―

 ―Various “SHUL SHAGANA” tron…♪―

 

 

 

 

 

 装者達の身体に色取り取りの装具が纏わり、3色のシンフォギアが起動した。

 

「ここに来てからずっと変な気分で悶々してるんデス!!」

「八つ当たりで晴らさせてもらう…!!」

 

 開幕早々、色々と複雑な心情を持つ調と切歌が前に出る。

 調が得意のヨーヨーでホラーの両腕を取り、切歌がそれをぶった切ると、ホラーは意外な増援に驚愕の声を上げる。

 

「なっ!?魔戒法師!?」

「違います!!」

 

 ホラーにそう問われるのはこれで何度目か…もはや慣れたものだと響は即座に返しの言葉と共に回し蹴りを2回相手の顔面目掛けて放つ。

 その二撃は残念ながら避けられてしまったが、それは折り込み済みとばかりにすかさず注意の逸れた腹部目掛けて自慢の拳を1発叩き込む。

 その強烈な一撃はホラーを盛大に部屋の壁へと叩き付け、追撃を行うレオンに有利な状況を作る。

 するとレオン達の居る場所とは別の方向から突然バンッ!と大きな音が部屋に鳴り響いた。

 後に続こうとしていた装者達が立ち止まって音のした方へ振り向くと、そこには5、6人程の男性が立っていた。

 見た感じ受付の人と同様、ここの管理人達だろうか…。

 恐らく部屋の騒動を聞き付けてやって来たのだろうが、一般人がやって来てしまった現状に響はまずいと唇を噛み締める。

 だがそれは杞憂の話、部屋へと入ってきた男達はレオンと装者達の姿を捉えるや、一斉に吼えた。

 その口元を一様に大きく裂けさせ、とても善良な生物が出すものではない奇声を…。

 ここまで来ればわざわざ手を煩わせなくても奴等が何者なのか分かる。

 今レオンと対峙している奴の、手下のホラーだ。

 

「レオンさん!」

 

 それを確認した響がレオンに声を掛けると、レオンは直ぐ様ホラーに二、三度攻撃を加えよろめかせる。

 

「響!」

「はい!!」

 

 そして最後の一撃と同時に飛び退き、同時に駆け出した響とすれ違う。

 すれ違ったレオンは手下のホラーの前に躍り出て相手となり、響は主となるホラーの目の前まで迫り…。

 

「飛んでけぇぇぇぇぇ!!」

 

 渾身の一撃を喰らわしてホラーを壁ごとぶち抜いて外へと追いやる。

 だがホラーもやられてばかりではと言わんばかりに再生させた腕部を館の外壁に張り付け、スリングショットの要領で館の中へ戻ろうとするも…。

 

「ハァッ!!」

 

 そこにガイアの鎧を纏ったアルフォンソが乱入、ホラーに蹴りを入れて戦いに参加する。

 その間にも調がホラーをまとめて絡め取り、それを響がぶん回して投げ飛ばし、切歌がホラー達の胴を纏めて両断、そして…。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 レオンが連続でホラーの首を切り落として雑魚の掃討が完了。

 しかし息つく暇も無く、部屋にはまたも増援が。

 

「また来た…!」

「すぐに片付ける!響は先にアルフォンソの下へ!」

「はい!」

 

 レオンの指示通りアルフォンソの下へ向かう響。

 自らが破壊した穴から外へ出て様子を伺うと、少し向こうの方で鍔迫り合う両者の姿を捉える。

 すぐにその間に割って入る響だが、隙を突かれてホラーの腕部に胴を掴まれて引き寄せられてしまい、そして手を取られた。

 

「へぇ、これは…!」

 

 その瞬間、何かを察して笑うホラー。

 嫌な予感がした響は自力で足掻いて拘束から抜け出し攻撃を加えようとするも、それと同時にホラーは逃走、近くの路地裏へと姿を消してしまった。

 

「ヒビキ殿、大丈夫か!?」

「はい、大丈夫です!それよりもあいつを…!」

 

 すかさずアルフォンソがフォローの為に安否の確認に回る。

 もし何か傷でも付いていたとして、そのもしもの為にわざわざ鎧を解除してまで行動する彼の気遣いはありがたいが、そうこうしている内にホラーが遠くに逃げてしまっては仕方がない。

 響は間髪入れずに返事を返すと、彼を置いていく勢いで路地裏へと入る。

 今から追い掛ければまだそこまで遠くには行けない筈…そう思いながら分岐する道をも逐一視界に捉えながら全力で道を駆ける響。

 そうして視線を向けたとある横道、その奥の方で何かの影が蠢いたのを捉えた。

 それがホラーの影だと踏んだ響は一気に跳んでその脇道に入り、視界の奥で走り逃げる何者かの影を今一度その目に捉える。

 

「逃がすかぁ!!」

 

 バーニアを吹かし、一気にその影へと迫る響。

 そしてその影目掛けて拳を振るおうとし…。

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「えっ…?」

 

 しかし聞こえた声が追い掛けている者とは明らかに違う声であると気付くと…。

 

「わぁぁぁぁぁ!?っと、っと、っとぉ!?」

 

 何とか急ブレーキを掛けて、寸での所で踏み止まった。

 ちょうどその影の前で止まる事となり、見てみるとその影の正体はやはり先程のホラーでは無く、“茶色い短髪の女の子”であった。

 

「だ、だ、大丈夫ですか!?怪我とかしてない…って怪我させようとしたのは私か…ってそれには理由があって、えっと、とにかくごめんなさぁい!!」

 

 危ない、後少し判断が遅れていたらどうなっていた事か…。

 響は守るべき命に手を掛けてしまう所だったと必死の謝罪を繰り返す。

 それに対して女の子は怯えた様子で口を利こうとしない。

 そりゃいきなり知らない人に拳を向けられたら誰だってそうなるかと響は弱った表情を浮かべるが、ふとその女の子を見ていて、思った事があった。

 

「(あれ?この子、どこかで…?)」

 

 目の前に居る少女…彼女の事を見掛けた事があるような、そんな気分になったのだ。

 しかしただ見覚えがあるという感覚ではなく、これは…レオン・ルイス、彼と初めて会った時に感じた感覚と似ている気がする。

 決して会った事は無い…けれど私は、この子を知っている…?

 

「ヒビキ殿、どうした…っ!?」

 

 と、物思いに耽っていた所に後を追ってきていたアルフォンソが到着した。

 彼は一度響を見て、その次に少女の姿を視界に捉えるや、何故か非常に驚いた表情を見せた。

 

「アルフォンソさん!すみません…私、この子の事巻き込んじゃったみたいで…!」

 

 それが一般人…それもまだ年端もそういかない女の子がこのような所に居る事によるものだと判断した響はアルフォンソに事情を説明し、今後の行動の方針を聞こうとしたのだが…。

 

「ヒビキ殿動くな!!」

「え…!?」

 

 それは彼の怒号と、その彼が発した炎の拳によって遮られた。

 何と彼は瞬時に鎧を再装したかと思いきや烈火炎装を発動し、少女の顔面に鉄拳を撃ち込んだのだ。

 馬鹿な、彼は一体何を…と視界の端で拳を振り抜いた彼に向けて疑惑の眼差しを送る響。

 しかし途端に背後から聞こえてきた悲鳴によって、その真意が判明した。

 その悲鳴はとても少女の口から発せられるとは思えない、それこそ先に現れた館の手下のホラー達が上げたような、人ならざる者の叫び声…。

 まさか先程の少女は、と響がその正体を確認しようと振り返るが、同時にアルフォンソがその場から飛び出た際に構えた大剣に纏う炎によって視界を遮られてしまう。

 

「ハァァァァァァァァァァァ!!」

 

 そして視界が晴れたと思った次の瞬間には、響が視線を向けた先にアルフォンソも少女の姿も無く、2人の姿は遥か上空に存在していた。

 

「お前が“彼女”の姿を…象るなぁぁぁぁぁ!!」

 

 少女の腹に深々と大剣を突き刺し上空へと跳んでいたアルフォンソ。

 その彼が普段出すようなものとは思えない程の怒りを露にしながら一閃、少女…もといホラーの身体を両断した。

 あっという間も無く最後の時を迎えたホラーは、それこそ何が起きたと言わんばかりの呆けた様子で、その身体を塵と化して消えた。

 

「アルフォンソさん…!?」

 

 やがて地表に降り立ち鎧を解除したアルフォンソに対して、響は思わず懐疑の声を漏らす。

 その募り具合は端から見るだけでも普段のそれとは違うものであると分かり、どうしても気になってしまったのだ。

 まるで仇にでも会ったかのような…いや、もしくは会ってはいけない人にでも会ったかのような…。

 

「響、アルフォンソ!」

「レオンさん…!」

 

 すると館のホラーを片付け終えたのか、表通りの方からレオン達3人がこの場にやって来た。 

 

「やったのか?」

「あぁ…。」

「…どうした?」

「…いや、何でも無い。さぁ、ホラーは討滅した…帰ろう皆。」

 

 現場に付いたレオンはホラーが居ない事から討滅が済んだのかと聞いてみるが、それに答えたアルフォンソの様子がどうもおかしい。

 何か思い詰めたような、一瞬悲しい表情を浮かべたのは気のせいであろうか…。

 

「…何かあったのか?」

「いや、えっと…。」

 

 響なら知っているかと聞いてみるも、どうやら彼女も何も分からぬ様子。

 何かはあったのだろうが、それを口にしないあたりあまり話したくは無い事なのだろう。

 人にはどうしても他人に言えない事の1つや2つ…と、レオンはそれで納得し、彼の言う通り長居は無用と装者達を促そうとする。

 

「ッ!?待てお前ら!まだホラーの気配がする!」

「何っ!?」

 

 しかしザルバからの一報で全員解けかけていた緊張が一気に呼び戻される。

 しかし同時にザルバが何だこれは…と怪訝な声を出した事で、一同は困惑した空気に呑まれる。

 

「結構な数だ…来るぞ!」

 

 あのザルバがそのような声を出すなど、と思っていた矢先、“それ”は現れた。

 

「何…!?」

 

 空から降り注いできた、幾多もの影。

 いずれも一同を取り囲むように地表に降り立ち、敵意を剥き出しにしている。

 

「こいつらは…!?」

 

 突如として現れたその影…彼等は、そして彼女達は今、未知の恐怖と対面する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホラー…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノイズ…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その影は、“ノイズのような体色をしたホラー達”であった。

 

 

 

 

 




・レオンの髪

→曰く、先っちょは予想通り痛かったそうだ


・純情乙女達VS娼婦館

→大人の特撮たる牙狼に男女の絡みは外せない
 大丈夫、アダムのすっぽんぽんを見ても特に何の反応も示さなかったんだから(その割にヴァネッサのファスナー降ろしには過敏に反応してたけど)


・今回のホラー

→「こいつはホラー・ボアラ、人間の痴情が好みの悪質なホラーだ。大して強い奴では無いんだが、触れた相手が心に想う者の姿を真似たり投影したりする能力で相手を惑わしてくる。しかし今回はまぁ…真似た姿が悪かったな。まさかあの娘の姿になるとは、ある意味レオンが会わなくて正解だったかもな…っと、呑気に説明している場合じゃ無さそうだ。こいつら、何か嫌な予感がするぜ…。」


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第29話「それは禁じられた邂逅」

「何だこいつらは…!?」

「ホラー、なの…!?」

「でも色的には完全にノイズデスよ!?」

 

 突如として現れた謎の敵…その見た目が互いに良く知る敵の姿を連想させ、困惑と動揺の空気に包まれる。

 しかしその空気を打ち破るようにレオンが前に出て、魔戒剣を敵の内1体に向けて振るった。

 

「おぉぉぉぉぉ!!」

 

 雄叫びと共に振るわれたその剣を、敵は避けようとはしなかった。

 故に彼の剣は敵の身体を大きく袈裟斬る。

 

「何っ…!?」

 

 しかし致命傷を負わせた筈だと言うのに、レオンは激しい動揺に駆られた。

 それも当然、致命傷を負わせたと思った所で、実際はそんな事は無い。

 彼の手には手応えなど一切無く、目の前には傷1つ付いていない敵がそびえ立っていた。

 

「やっぱりノイズ…なら!!」

 

 まるで空を斬るかの如きその感覚を客観的に見ていた響には見覚えのある現象だとして前に出る。

 

「おりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 魔戒剣で傷が付かないのであれば、あれはやはりホラーでは無くノイズ…それを証明するかの如く、響が突き出した拳は先程のレオンの時とは違い、相手の頬を抉り飛ばした。

 

「私達も!!」

「合点デス!!」

 

 それを見て確証を得た調と切歌も動き出す。

 相手が相手故、どうやらここは彼女達に任せた方が良さそうだと判断し、レオン達は戦闘の妨げにならないように下がろうとするが…。

 

「うひゃあ!?な、何デスか!?」

「ッ!?まずい!?」

 

 突然聞こえてきた切歌の悲鳴に意識を向けた事で、事はそう単純では無いと知った。

 切歌が悲鳴を上げた理由…それは相手を切り付けた際に勢い良く吹き出た相手の体液によるものであった。

 それを見て見覚えがあると感じたのは、レオン達の方であった。

 

「キリカ!!今奴の血を浴びたか!?」

「血ぃ!?え、えっとえっと…だ、大丈夫デス!」

 

 レオンは即座にその敵から切歌を離すと、その体液を浴びたかどうか彼女に確認する。

 幸い彼女自身驚いて1歩下がった事によりレオンの言うような事にはなっていないようであり、彼はひとまず胸を撫で下ろす。

 

「調ちゃん!!」

 

 しかし気を緩める暇は無し。

 次いで聞こえた響の叫びに注意を向ければ、切歌を欠いた事で戦力の落ちた調に群がる敵の姿が写る。

 

「大丈夫か!?」

「はい!ありがとうございます!」

 

 こちらも幸いアルフォンソがすぐに動いた事で危機を脱したが、一同からは苦しい表情が抜けない。

 

「それにしてもこいつら…!」

「ここまでしても倒せないなんて…!?」

 

 ただのノイズであればこの程度の数、今ぐらいには倒し終えている。

 しかしこの敵達はいくら殴っても立ち上がり、切歌や調が斬り倒したとしても向かってくる。

 しかも例えどこかの部位を欠損させたとしても、時にはその部位がすぐさま再生する程だ。

 

「アルフォンソ、こいつら…!!」

「あぁ、まさかとは思いたいが…!!」

 

 レオンとアルフォンソ、2人の胸中に同じ意思が過ぎる。

 しかしそれは確かなものだとすれば今まで以上の最悪な展開になりそうで…。

 

 

 

 

 

―全員跳んで!!

 

 

 

 

 

 瞬間、聞こえてきた謎の声。

 誰のものかも分からぬその声であるが、レオン達は反射的にその場から跳び上がる。

 すると彼等の居た所に幾何学的な赤い魔法陣が現れ、そこから炎の柱が噴出する。

 それに気を取られた謎の敵達…炎の噴出が止んだ時には、その敵達の視界からレオン達の姿は消えてなくなっていた…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目にあったデス…。」

 

 先の現場から少し離れた民家の屋根上…そこでレオン達は急な逃亡によって荒くなった息を整えていた。

 その中で切歌が溢した苦言…それにはさしものレオンも同意の意を示した。

 その苦言を生み出した窮地から自分達を助け出してくれた者に感謝の言葉を述べながら。

 

「あぁ…助かったよ、アンジェ。」

「いつ来ても話題に事欠かないわね、貴方達は。」

 

 あの時聞こえた謎の声、その正体は再びこの街に流離ってきた魔戒法師、アンジェであった。

 彼女は事件続きのこちらの状況を皮肉るように笑うが、実際それは彼女の方も同じであった。

 

「それにしてもあいつら、やっぱりノイズとしての側面も持っていたか…噂を聞いた時からまさかとは思ってたけど。」

「アンジェさん、知ってるんですか!?」

「えぇ、でもそれは番犬所で話しましょう。これは間違いなく今回だけで終わる話じゃ無いわよ。」

 

 何かを知っている様子のアンジェ。

 そんな彼女から告げられる真実がどういうものなのか…。

 いずれにせよ、一同は揃って嫌な予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…成程、やはり現れたか。」

「成程…って、知ってたんですか!?」

「毎回思うが知ってる事は話してもらえると助かるんだが?」

「確証が無かったからな、不確定な情報を流す訳にはいかないだろう?」

 

 そして番犬所に着いてガルムに事情を説明すると、何と彼女も彼女で何か知っていたようだ。

 どうやら指令の前に言っていた気掛かりというのが件の敵の事であったようだが、相変わらずの秘密主義に思わず響達も文句を言ってしまいそうになった。

 

「あの変な怪物は一体何なんですか?」

「それは貴方達も何となく察しているでしょう?」

 

 それを押し殺すように件の敵の事を問い掛ける。

 するとそれに答えたのはガルムでは無くアンジェであった。

 

「私は流れの法師だから特定の番犬所には属していないけれど、一応端くれとして慈善で活動はしているの。奴等はその中で近々噂になってきていてね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単刀直入に言うと、貴女達の言うノイズ…その特性を持ったホラーが現れたという事よ。」

 

 アンジェが語った真実…その内容はやはり予感として的中しており、しかし事の大きさは想像していたとしても受け入れがたいものであった。

 気持ちは分かるが、そんな一行を嫌でも納得させるべくそうよね?とアンジェは話の後押しをガルムに乞う。

 

「あぁ、そいつの言う通り…ちょうどお前達がバゼリアでの一件に手を付ける少し前からそのような存在が確認されてな。」

 

 ガルムの話だとバゼリアでの戦い以前に遠方の地で初めてその存在が仄めかされ、そこから徐々にサンタ・バルド方面に向かってきていたとの事らしい。

 

「奴等に剣や法術は通じん。いずれにしろ、まるで空を狙ったかの如く傷1つ付けられんそうだ…であるにも関わらず平気で人を喰らい、おまけに強い…大層タチの悪い奴等だ。そして…お前達の力で以てしても討滅には至らなかった。」

 

 これまでにも既に何人か騎士や法師が相対し、そのいずれもが無事では済まなかったようだ。

 その敗北の原因は、間違いなくノイズの持つ位相差障壁の力であろう。

 ホラーは魔戒の者でなければ倒せない…しかし倒そうとすればノイズの力で攻撃は通らず、シンフォギアで対抗しようとしてもホラーの不死性がそれを阻む。

 

「そんなの…。」

 

 理屈は単純ながら、明確に今まで相手にしてきた敵以上と言える、そんな正しく化け物と呼ぶべき相手に一体どう立ち向かえと言うのか…響は思わず気弱な声を上げてしまう。

 声にこそ上げなかったが調や切歌も表情が暗く、考えている事は響と同じのようだ。

 

「…だが、じっとしている訳にはいかない。」

 

 それでも、彼等は戦う意思を見せた。

 

「あぁ、例え相手がどれだけの力を持っていたとしても、私達は守りし者だ。」

 

 この国を、守らなければ…。

 そう宣言した彼等の瞳は、いずれも力に満ち溢れていた。

 

「貴女達はどうするの?」

 

 例え相手がどれだけ強大であろうとも、怯む事無く立ち向かう。

 全ては、守るべきものの為に…。

 折れる事を知らぬ彼等の意思を前にして、装者達は互いに目を配せる。

 そこに先程の意思の弱さなど感じられない…守るべきものを守りたいという想いは、自分達も同じなのだから。

 

「…戦います!」

 

 住む世界は違えど、私達もまた守りし者でありたいから。

 

「決まりだな。奴等がノイズとホラー両方の特性を持っていると分かった以上、この件は我々魔戒の者だけで対処出来る問題では無い…。」

 

 お前達の力を、貸してもらうぞ。

 真髄で厳しい視線を向けられ、響達の身に自然と力が込もる。

 新たに襲来した、未知の敵。

 その危機を前に、再び力を合わせる時が来たのだ。

 

 

 

 

 




・ホラーの血

→本当に浴びてないのでご安心を


・お助けウーマンアンジェ

→全く、毎度毎度都合の良い女だぜ!


・秘密主義者ガルム

→何で番犬所の神官って基本優しくないんだろ…


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第30話「ディソナンス」

―ノイズとホラーの特性を併せ持った敵だと…!?

「はい…。」

 

 ガルムから提案された協力要請。

 それに応えるべく番犬所から戻った響達はワームホール側まで行き、元の世界と通信を行っていた。

 

―響君…。

「分かっています、もう少しこっちに残りますね。2人はそれで良い?」

「はい、大丈夫です。」

「ドーンと任せされるデス!」

―すまない、こちらでも色々と調べてみよう…また何か分かったら知らせてくれ。

「はい、分かりました。」

 

 先日のアルカ・ノイズの件もあり、そういった事態にはやはり敏感となっているS.O.N.G.。

 と言うのもアルカ・ノイズというのは“響達の居る世界の現代”に於いてある錬金術師が創造したものであり、別世界であればまだどうとでも説明は付くものの、仮に地繋がりの世界であった場合、過去の時間軸であるこの場所にアルカ・ノイズが現れるのはおかしな話だからだ。

 故にS.O.N.G.では現在何らかの理由でアルカ・ノイズの情報がこちらに渡ったと考えており、その件もあって予想通り滞在の延長が承認された。

 

「すみませんレオンさん、わざわざ毎回付き添って貰って…。」

「良いさ、ここでしか出来ないんだろ?」

 

 通信を切り、レオンに謝る響。

 S.O.N.G.本部との通信はワームホールの歪んだ電波をシンフォギアのシステムを用いて無理矢理調律して行う為、離れた場所だと効果が薄くなり、通信が出来なくなるのだ。

 なので本部と通信するには毎回ここまで来る必要があり、大体その度にレオンには付き添いで来てもらっている。

 いくら行き来しなれた道とは言え、道中全てが安全かと言われればそうでもないからという理由での付き添いなのだが、完全にこちらの用事なのに手を煩わせている事が響としてはどうも気になってしまうのだ。

 それでも気にしていないと言うレオンの優しさには、本当に頭が上がらない。

 

「それにしても…ノイズホラー?ホラーノイズ?って言えば良いのか…。」

「任されるって言いましたけど、正直また会った時に勝てる自信が全然無いデスよ…。」

 

 そのまま帰路に着こうとした時、調と切歌がかの敵についてボソリと呟いた。

 何とかしなければならないのは分かっているが、やはりあんな化け物以上の化け物など、一体どう相手にすれば良いのか。

 

「また今日にでも、現れるのかな…?」

 

 今夜もきっとホラー討滅の指令が下されるのだろう。

 そうなった時、果たしてその敵が姿を現すのか。

 明確な答えは、ここに居る誰にも出せなかった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

Dissonance(ディソナンス)、か…。」

「ノイズとホラー…我々にとって決して交わってはいけない敵が交わり、奏でるはこれまで以上の不協和音…中々的を射た名前だと思いますね。」

 

 あの報告のやり取りから1週間。

 S.O.N.G.本部、弦十郎の手元にはエルフナインから提出された資料が握られていた。

 現地からの言伝を元に多分な推測の下作成された新たな敵の情報…その題名には、『超特殊危険災害生物“ディソナンス”について』と書かれていた。

 

「前回の通信から1週間…エルフナイン君、どうだね?」

「直接データを見なければ何とも言えませんが…対抗策はやはり2つだけですね。」

 

 その資料から現状打開の為の策を労するのがこちらの仕事。

 故に弦十郎はエルフナインが掲げた2つの策についての詳細を聞く事にした。

 

「1つは装者の皆さんと魔戒の方々による同時攻撃です。シンフォギアのシステムで攻撃をしてもホラーの特性に阻まれ、魔戒の人達の攻撃はノイズの持つ位相差障壁の前に無力化される…ならば両者の攻撃を同時に当てれば互いの力が相手の持つ特性を打ち消し、有効打を与えられる筈です。」

 

 策としては2つとも融合元であるノイズとホラー、両者が持つ耐性を無効化する方法が取られた。

 その内1つがシンフォギアと魔戒騎士及び魔戒法師による同時攻撃だ。

 

「ですが、それを成功させるには両者の攻撃を寸分違わぬタイミングで行う必要があります。その猶予は恐らくコンマ1秒も無いでしょう…。」

「それほど高度な連携を為すには、互いの息を文字通り一心同体と言えるまでに合わせなければなりませんね。」

「これが装者だけの問題であったなら、特訓次第でどうにかなるものなんだが…。」

 

 シンフォギアのシステムは装者達の感情の高ぶりだったり気の持ちようで力を増したり連携が取れたりするので、それに見合った特訓を行えば自然と体現出来る。

 しかし魔戒の者達はシンフォギアとは違う戦闘体系を取っている為、装者達と同じ特訓内容による対抗策の会得は難しいものがあるだろうし、そもそも特訓自体もこれまでS.O.N.G.の設備をフル活用して行っていた。

 遠く離れたかの地で同じ事を為すのは正直な話不可能であろう。

 

「…では、もう1つの策というのは?」

 

 となれば後はエルフナインの掲げた第2の策。

 その内容は…。

 

「互いの力を装備で以て1つに合わせる方法です。簡単に言うならば、シンフォギアに魔戒の力を…もしくは魔戒の力にシンフォギアの力を加えるという事です。」

 

 装備の増強による現状の打開であった。

 しかし言った側から、ですがこちらも実現は難しいでしょう…と弱音を吐く。

 そう、何せ彼等にとって魔戒の力は未だ未知なるもの…それに全てを賭けるというのは些か現実的な話では無い。

 

「しかしその装備というのは…そもそも作れるものなのか?」

「プランとしては、シンフォギアは“プロジェクト・イグナイト”を応用した、新たな決戦機能の搭載を想定しています。その為には魔戒の技術…その概念をボクが把握しなければならないのと、イグナイトモジュールに於ける“ダインスレイフ”に相当する触媒が必要になってきます。」

「その触媒については、当てはあるのか?」

「これも詳細が分からないのではっきりとは言えませんが…魔戒の方々が扱うソウルメタルがそれに相当するのではないかと考えています。」

 

 魔戒の方々の戦力増強については、残念ながらまだ見当が出来ません…と締め括って、エルフナインは策の説明を終えた。

 話を聞けば2つ目の方がまだ実現の見込みがあるが、その実現の為に必要な要素を如何にして手に入れるか…。

 

「いずれにせよ、我々が出来る事は限られてきますね…。」

 

 弦十郎の頭に浮かんだ1つの方法。

 それはどうやら緒川も思い付いていた事のようであり、弦十郎は彼の言葉にただ頷く事しか出来なかった…。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「つまり、アンジェ殿ないし彼女に代わる魔戒法師に加えて、不要なソウルメタルか鎧を召喚出来る騎士を1人連れてきてほしいという事か?」

「はい…それしか方法は無いって…。」

 

 そして弦十郎達から告げられたのは、『装者側のメンバーの交代』と『魔戒法師とソウルメタルをこちらの世界に持ち込む』であった。

 どうやらかつてシンフォギアに備えられていた決戦機能と同じような物を造るとの事らしいが…。

 

「しかし今の状況でそれは…。」

「今じゃホラーやノイズじゃなくてその…でぃ…ディ…“でぃっせんばー”としか戦ってないデスからね…。」

「12月を相手にしてどうするの…。」

 

 やはり現場からはその内容に渋る声が上がった。

 この1週間ホラー退治はもちろんだが、加えてほぼ毎回の如く件の敵であるディソナンスが現れるようになった。

 当然その対処に回るがやはり有効打という有効打は与えられず、毎度苦しい撤退を余儀無くされていた。

 毎晩そんな戦いを繰り広げていて、昼間には撤退したが故に野放しとなったディソナンスが施した被害地を遠目にS.O.N.G.から提案された両者の連携の為の特訓を行ったり…心身共に限界が近い今、例え1人であろうが戦力を欠くような事はしたくない。

 

「どうする、ガルム?」

 

 しかし現状を打破出来る策を生み出せるかもしれない可能性を放るというのも考えものであり、レオンはその決定権を現場の統括者であるガルムに委ねた。

 そんなガルムはしばらくじっと瞳を閉じていたかと思うと…。

 

「良いだろう。法師はそこの女と、後は…お前が行け、ガロ。」

 

 存外あっけらかんと許可を出した。

 

「良いのか?」

「どうせそちらの人員が変わるのだ、こちらもそれに合わせた方が現場の士気も維持しやすいだろう…元老院に知らせて代わりの騎士と法師を用意させた。ただし分かっているとは思うが最短で戻ってこい。」

「こちらは私達で何とかしよう、良い報告を待っているぞ。」

「あぁ、すまない…頼んだぞ。」

 

 どうやら今の今で元老院と掛け合って代わりとなる戦力の補充を頼んだらしい。

 この神官、こういう時の仕事は早いものだ。

 唯一変わらず残る事になるアルフォンソからも許可を貰えた事で、次なる渡航の目的が決定した。

 

「なら悠長な事はしてられないわね、すぐにでも行くんでしょう?」

「あぁ、行けるか響?」

「はい。」

 

 この苦しい現状から脱する為に、必ず希望を掴み取ってみせる…。

 

「…行ってきます!」

 

 響は一刻も早くその希望を掴む事を約束し、レオン達と共にワームホールへと向かっていった。

 

 

 

 

 




・ディソナンスとは

→「ディソナンスについて分かっている事を纏めようか。奴等はホラーとノイズ両方の特性を併せ持つ敵だ。一般的にホラーがヒトやモノに憑依するのと変わらない方法で誕生しているようだが、本来ノイズには対ホラー用兵器として一定時間後に強制的に自壊する機能が備わっており、例え憑依されたとしてもそのままの状態で人類の敵になるなんて事は無かったんだが、どうやら何者かの手によってその機能を弄くられたらしく、結果あの化け物が生まれたって訳だ。」


・その特徴(1)

→「奴等の特徴としてはまずさっきも言ったホラーとノイズ両方の特性を併せ持つ事が挙げられるな。ノイズの持つ位相差障壁に、触れた物体を炭へと変える炭素化能力…そしてホラーの持つ陰我による不死性に加え、その陰我もヒトを補食する事で賄う事が出来る…特にノイズの位相差障壁とホラーの不死性が同時に発動しているのが厄介だな。俺達魔戒の力だけでも、シンフォギアの力だけでも奴等を倒す事が出来ないんだからな…。」


・その特徴(2)

→「他にも奴等はいくつかの“型”に分けられているらしい。今現在確認出来ているのは…


通常型:いわゆる普通の型だな。後の2つの型と比べて秀でた能力が無い代わりに一番多く造られているらしく、奴等の集団の大体はこいつで形成されている。
(モデルは実写版の牙狼シリーズや『炎の刻印』で出てきた素体ホラー)


俊敏型:こいつは他の型と比べて随分と痩せ細った見た目をしているんだ。防御力も低く、軽い一撃でも倒す事が出来る。だがこいつは俊敏と名が付いている通り非常に動きが素早い。残像でも残るんじゃないかってぐらいの速さだ…毎回そこまで多くの数が出てくる訳じゃないってのがせめてもの救いだな。
(モデルは『牙狼 -紅蓮ノ月-』や『薄墨桜 -GARO-』に登場した素体ホラー。速さに関しては『GARO -VERSUS ROAD-』に出てくる素体ホラーと同じぐらいと思ってもらえれば)


剛強型:まるで鎧でも着込んでるんじゃないかってぐらいにゴツい見た目をしているこいつは、実際並大抵の攻撃じゃ傷1つ付かず、余程の大技でもない限り一撃で倒す事は不可能だ。おまけに力も大したもんでな…こいつも俊敏型と同じでそこまで多くは造られていないようだが、それでもこいつが1体居るだけで戦況が苦しくなる、とても厄介な奴だ。
(モデルは『牙狼〈GARO〉 -VANISHING LINE-』に於ける素体ホラー)


…まぁいずれにしても、簡単には倒せないって所は変わらないんだがな。」


・対策

→「こいつらを倒す方法は現状2つの策が挙げられている。1つは騎士や法師、シンフォギアの技を同時に当てる事だ。そうすれば互いの力でホラーとノイズ両方の特性を無効化し、倒す事が出来る。ただしこいつは文字通り両者の攻撃を同時に当てなければ成功しない。そんな集中力をヒトの身でいつまでも維持できる訳が無い…あくまでその場しのぎの方法だな。もう1つは互いの力を装備で以て合わせる事らしい。その為には法師の持つ知識と触媒となるソウルメタルが必要らしいんだが…おっと、そろそろワームホールに到着だ。さて、上手くいくのやら…?」


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第31話「交わる運命、その一手」

『GARO -VERSUS ROAD-』が終わってしまった…
今までの牙狼シリーズとは全く毛色が違ったけれど、良い作品だったなぁ…



「師匠。」

「皆よく戻ってきてくれた。アンジェ君も度々すまないな。」

「皮肉だけれど、もう慣れっこよ。」

 

 新たに現れた未知なる敵、ディソナンス。

 その対抗策を生み出すべく、魔戒の者を連れて元の世界へ帰還する事になった装者達。

 その帰還は無事果たされ、S.O.N.G.本部には普段見られない光景が拡がる事となった。

 

「そして貴方もよく来てくれた…我々は貴方を心から歓迎します。黄金騎士 ガロ、レオン・ルイス殿。」

「手厚い歓迎、感謝致します。こちらもあなた方とお会いできて光栄です。」

「貴方の事は装者一同から聞いております。本当ならばもう少し装い良く迎えたかったのですが…。」

「お気遣い感謝します。では、その代わりと言っては何ですが…お互い堅苦しいのは無しにしましょう。これから共に手を取り合う仲なのですから。」

 

 そう言いながら固い握手を交わすレオンと弦十郎。

 その手から伝わる感覚は実に力強く、まだ若いというのに決して揺るぎの無い芯を持っていると弦十郎は目の前に居る青年を高く評価する。

 話には聞いていたがやはり常人とも、少々常人ならざると自覚のある自分達とも何か違う雰囲気を纏っていると、他の職員達も彼の事を自然と一目置いた。

 

「では早速だが…アンジェ君とレオン君にはエルフナイン君の指示に従ってもらいたい。」

 

 すると弦十郎の紹介に合わせてエルフナインが前に出て、レオンとアンジェに向かってペコリと頭を下げる。

 

「エルフナイン君には我々の技術面での総指揮を取ってもらっている。2人にはエルフナイン君と共にディソナンスに対抗する為の新たな機能を開発してもらいたいんだ。」

「噂に聞く決戦兵器ってやつね?」

「はい、その為にはボクが魔戒の知識を十分に理解する事が必要となります。お2人にはそのご教授を願いたいのですが…。」

 

 ディソナンスに対抗する為の秘策…それはかつてシンフォギアに搭載されていた決戦機能を模した、新たな兵器の開発。

 それを為すには魔戒の知識と援助が必要不可欠。

 

「あぁ、俺達で力になれるのなら。」

「その代わり、厳しくいくわよ?」

「承知の上です、よろしくお願いします!」

 

 それはレオン達も周知の事であり、返事は異論無く了承と返し、ここにディソナンス対抗の為の協力体制が敷かれた。

 

「師匠、私達は…?」

 

 となれば自分も何か行動に移さなければと、響は弦十郎に何か出来る事はあるかと指示を貰うべく声を掛けるが…。

 

「響君達にはまずギアを提出してもらって、その後は待機だ。」

 

 彼から言い渡されたのは、響にとってあまり好ましくない指示であった。

 

「待機…ですか?」

「あぁ。ギアからディソナンスに纏わるデータを摘出しなければならないし、響君には連日に渡る渡航歴がある。これから先の事も考えて、今だけでも身体を休めておくべきだ。」

 

 その理由を説明されれば、確かに納得は出来る。

 出来るのだが…レオン達がこの大事態に動いている中で何もしないというのは気が引けるものがある。

 とは言え何か出来る事があるかと自身で考えてみても、それは全く浮かばない訳で…。

 

「…分かりました。」

 

 仕方の無い事なのだ…今は何も出来る事は無い。

 響はその事実を受け入れる事を躊躇いながらも、口惜しく指示に従うしか無かった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ただいま~。」

 

 そうして響が向かった先はこちらの世界での居住地、リディアン音楽院寮であった。

 待機命令が出された以上本部に居る用事も特に無く、時刻もそろそろ夕方を過ぎる頃。

 しばらく振りとなるこの場所に帰ってきてみれば、予想通り室内からは夕食の良い匂いが漂ってきた。

 と、同時にリビングの方から何やら急ぎ足で玄関へと向かってくる者の姿が。

 

「響?おかえり~、いつこっちに戻ってきてたの?」

 

 わざわざ確認しなくても分かるその者の正体は、この寮内での同居人である小日向 未来。

 そんな彼女は響が帰ってきた事に少々驚いた様子を見せており、途端に響は失念していた事を思い出してあっ、と声を上げた。

 

「ごめん、連絡するの忘れてたね…ついさっき帰ってきたんだ。」

「そっか…ううん気にしないで、ちょっとびっくりしちゃったけど。」

 

 久方振りに帰ってきたという事で自然と逸っていたのだろう、そんなちょっとした失敗も未来は変わらぬ笑みで以て流し、2人は室内へ入っていく。

 

「今度はどれくらいゆっくりできそう?」

「う~ん…まだ分かんない。」

 

 未来に促されてリビングの椅子に座り、響の目の前には彼女が作った料理が並べられていく。

 テーブルに並べられた料理は2人分有り、連絡も無しに帰ってきたというのにこの親友の備えには敵わないと、響は自然と顔を綻ばせる。

 

「うん、美味しい。」

「そっか、良かった。」

 

 そして料理を口の中に運んでみれば、想像通りどれも美味しくて。

 向こうの世界の料理も美味しいものは一杯あったが、やはりこの味には代えがたいと、響は次々と並べられている料理に手を付けていく。

 そんな響の様子を未来は何故だかじっと見つめており、それに気付いた響がどうしたのかと見つめ返せば、未来はどこか心配そうに声を出した。

 

「…元気無いね、響。」

「え、そう?」

「うん、眉間に皺が寄ってる。」

「うにゃ!?止めてよ未来~!」

 

 眉間を指で突つかれて変な声を上げる響を見ておかしそうに笑った未来だが、依然その目は響の姿を捉えて離さない。

 きっと何か話すまでこのままなんだろうなと親友の心配にまたもや敵わないと項垂れた響は、流石にこのまま見つめ続けられるのはと思い、その胸の内を吐露する。

 

「いや~…何て言うか、今ちょっと私にはやれる事が無いっぽくってさ…それで今は待機中って所なんだ。」

「そっか…響はじっとしてるのが苦手だもんね。」

 

 そうしている内に夕食を食べ終え、2人は並んで台所で洗いものをする。

 特に何を語るでも無い時間が過ぎていくが、響としては別に窮屈でも退屈でも無い。

 

「向こうの世界はどう?楽しい?」

 

 しかし隣に居る彼女は少し違うようであり、彼女は響に向こう側の世界について聞いてきた。

 悲しいのは、その話を明るいものに出来ない現状となっている事だ。

 

「楽しいよ。楽しいけど…今はちょっと厄介事がね。」

「…また、戦ってるの?」

「うん…皆と一緒にね。」

 

 未来はそれを聞いてそっか…と少し悲しげな声を上げる。

 お互い親友と公言する間柄でありながら、未来は響と同じ舞台には立てない。

 その分彼女の帰る場所はと意気込んではいるものの、やはり響が危険な事に向かっている事、向かわなくてはいけない事には常日頃悔しさを感じている。

 響もそんな未来を見て、またそのような想いをさせてしまったと気分が晴れやかにならない。

 それでも未来はせっかく帰ってきた響に暗い顔は似合わないとして、無理にでも明るく振る舞う。

 

「向こうの人達とは仲良くしてる?迷惑掛けてない?」

「もちろん、仲良くさせてもらってるよ。迷惑は…悲しい事に掛けまくりだね…。」

「ふふっ…大丈夫だよ、きっと皆そんな事思ってないと思うよ。」

 

 親友の健気な気遣いに、だと良いけど…と嘲笑気味な笑顔を浮かべる響。

 今だって彼女に気を遣わせているし、S.O.N.G.の皆や向こうの世界に残っている人達、自分達と入れ違いで向こうの世界に向かった翼にクリス、それにアンジェにレオンと…そう思える人達は例え一瞬だけでも考えただけで沢山居る。

 それを思うとやはり明るい笑みを浮かべる事など出来なくて…食器を拭く響の手は自然と止まってしまう。

 それを見た未来もその手がおぼつかないものとなってしまうが、やがてまた作業を再開しながら話を別の方向へ向けようとする。

 

「そう言えば、レオンさんの事はその後どう?」

「え?どう…って?」

「ほら、前に話してたでしょ?金色の鎧だっけ…何か分かった?」

 

 未来が新たに変えた話題…それは響があの日から時たま見ている謎のビジョンについて。

 そう言えば最近はあまり見ていないなと思いながらも、思い返そうとすれば今でも鮮明に浮かべる事が出来るあの光景。

 それについて分かった事は…何も無い。

 

「…全然。」

 

 その旨を伝えると未来はそれは残念、と先に洗いものを済ませて2人でくつろぐ為の準備を始めた。

 響もそれを見て止まっていた手をせっせと動かし、急いで洗いものを終えて彼女と一緒にくつろごうとする。

 

「…ねぇ未来。」

「ん?なぁに?」

 

 …が、ふと洗いものを終えたタイミングで響は未来にある問いを掛けた。

 

「…未来はどこまで自分の事話せる?」

 

 その問いがどのようなものなのか見当が付かなかったのだろう…彼女はキョトンと首を傾げてどういう事?と聞き返してきた。

 

「…ごめん、やっぱり何でも無い。」

 

 それを聞いて補足をしようとしたが上手い言葉が見付からず、響はやはり先程の質問は無しだと告げる。

 しかし未来はじっと響の事を見ていたかと思うと…。

 

「レオンさんの事?」

「えっ!?な、何で…!?」

 

 意外にも響の思う所を当ててきた。

 今の今まで分からなさそうだったというのに、一体どうやって正解を導き出したのかと響はあたふたする。

 

「まぁ、何となくそうじゃないかな~って。」

 

 最近響ったらレオンさんにご執心だからね、と呆れたような仕草を見せる親友。

 本当に何でもお見通しな事だと響は若干乾いた笑い声を上げながらリビングのソファに座る彼女の横に身を置く。

 

「実は…さっきの話、もうちょっとで何か掴めそうな気がするんだ。だけどそれを掴む為には、きっとレオンさんの心の深い所まで踏み込まなきゃいけない…。」

 

 乾いた笑いはいつしか重たい声へ。

 響は胸に手を当てながら気持ちを垂れ、最後にはギュッと拳を握る。

 

「私の為だけにレオンさんの…きっと悲しい記憶に手を出したくないなって…。」

 

 触れてはいけない過去、触れてほしくない過去…自分の知りたい事は、きっとその先に待っている。

 ならばそうまでしてまで知りたい事なのか?

 そうまでしてまで知らなくてはいけない事なのか?

 ずっとずっと、悩んで悩んで…結局躊躇っている。

 

「でも、知りたいんでしょ?」

「それは、そうだけど…。」

 

 ではその躊躇いこそが答えなのではないのかと問われれば、それは違うのではないのかと思っている。

 しかしそれは確証として言えるものでは無くて、それを言葉にして言うのはやはり躊躇われて…この繰り返しだ。

 それを聞いた未来はそうだね…と目を伏せ、彼女なりに考え込む。

 そうして時間が進んでいき、垂れ流されているテレビの音が室内を満たしていた中、未来は静かに声を出した。

 

「確かに響の思ってる通り、そこまでしてまで知りたいっていうのはいけない事かもしれない。」

 

 でもね…と言って未来は響の肩に手を置き、響の目をしっかりと見つめながら言葉を続けた。

 

「響の知りたいってその気持ち、私は良い事だと思う。」

 

 特に響なら。

 そう言った親友の思う所が分からず、響は先の未来の鏡写しのようにキョトンとしてどういう事と聞いてみる。

 

「だって響今言ったよね?私の為だけにって…そんな事、今まで無かったから。」

 

 すると未来は何故か笑顔を浮かべてその問いに答えたのだ。

 響の中で誰よりも、何よりも安心するあの笑顔を浮かべて。

 

「響はいつも誰かの為にって言ってた。いつも皆の事を思って…そこには自分はもちろんだけど、いつも誰かの存在があって…そんな響が今、自分の為だけにって言ったのが、私は嬉しかったよ。」

 

 立花 響の正義は歪んでいる。

 常に誰かを助けたい、救いたい、手を取り合いたいと謳い、その為ならば己の事なぞ何一つ省みずそれを成し遂げる。

 それを英雄的だと誉め称える声のある一方、それは前向きな自殺衝動の表れだと評価した声も過去にはある。

 立花 響にとって自己というのはいつだって他人より下の存在であり、彼女にとって他人というのはそれだけで何よりも優先すべき事項となっているのだ。

 だから彼女が言葉にする夢や願いには、自分自身は含まれていない。

 彼女が思考したり行動したりする中にも先にも、常にそこには他人という存在が一番に置かれているのだ。

 そんな響が今自分の身に起きている事を…自分自身の問題を第一に考えて思考し、行動しているのだ。

 いつも側で彼女の事を見ていた未来だから分かる…それは大きな変化だと。

 初めて自分を第一に考えている彼女のその変化を、確かな成長だと未来は捉えたのだ。

 

「いつも皆の為に頑張ってる響だもの…たまには自分に正直(わがまま)になっても良いんじゃないかな?」

 

 もちろん、響が納得するようにね?と言って、未来はまた笑みを浮かべた。

 対して言われた響はまだキョトンとした表情だ。

 それもそうだろう、何せ響にとって今の自分の考え…所謂“わがまま”というのは、今まで経験した事の無かったものなのだから。

 言われて初めてそれに気付いて…どうしたら良いのだろうと一瞬悩みそうになったが、その答えは先程彼女が言ってくれたでは無いかと、響は重苦しかった顔を上げる。

 

「うん、ありがとう…私、もう少し考えてみる。未来の言う通り、自分の納得出来る範囲で、自分に正直(わがまま)になってみるよ。」

 

 問題が解決した訳では無いが、気分はスッキリした。

 響の出した答えに良かったと嬉しそうにする未来…彼女はやはり私の日だまりだ。

 暗い影に覆われていた私の心を照らしてくれて…だから、頑張ってみよう。

 わがままのやり方なんて分からないけど…未来の言う通り、自分に正直に、自分らしく、やってみよう。

 少しだけ進めた心行き…響はその小さな歩みを確かに実感して、しばらく浮かべていなかった心からの笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

 

 



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第32話「曖昧な現実」

「え~、じゃあいつまた呼ばれるかも分かんないんだ?」

「うん、まぁそんな遠い話じゃ無いだろうけど…。」

 

 S.O.N.G.から待機命令を出され、暇を持て余している響。

 とは言えやりたい事が無い訳では無く、現に今も行き着けのお店の名物を箸でつつきながら件の詳細を軽く話題に持ち上げている所だ。

 

「しっかし前からやってる事常識破りだとは思ってたけど…。」

「まさかタイムスリップさえも経験されるなんて…!」

「ほんとアニメや漫画の世界で生きてるわよねあんた達って。」

 

 “安藤(あんどう) 創世(くりよ)”、“寺島(てらしま) 詩織(しおり)”、“板場(いたば)弓美(ゆみ)”…いずれも響の大切な友人。

 そんな友人達の個々の感想に出来ればそんな事起きて欲しくはないんだけどね…と響は苦笑いを返す。

 

「でもそれが無かったらレオンさんには会えなかったでしょ?」

「え?それは…そうだけど…。」

 

 しかし未来から言われたその一言で、確かに悲観する事ばかりでは無いなと思い直す。

 レオン・ルイスを初めとした、向こうの世界の人達…彼等との出会いを思い返してみれば、いずれも良い人達ばかりだなと顔が綻んでしまう。

 

「「レオンさん…?」」

「…え?」

 

 すると不思議にもその会話に疑問の声が上がり、響も思わずそんな声を上げてしまう。

 

「レオンさんって…。」

「誰?」

 

 その疑問の声を上げたのは創世と弓美。

 そしてその疑問の内容を聞いてみれば、これは失念。

 今まさに向こうの世界の事を話し始めたばかりだと言うのに、向こうの世界の人達の事など紹介出来ている訳が無い。

 しかしちょうど良い、この期に彼等の事を説明しようかと響は一声上げようとするが…。

 

「もしや、タイムスリップした先に居る人ですか?」

「うん、響が今ぞっこんの人。」

「ちょ、未来!?何かその言い方は変って言うか…!!」

 

 予想外にも親友が発した言葉が変に場を掻き乱すようなものであり、響は出しかけていた声を引っ込めてあたふたと慌てふためく。

 そんな特別に意識しているかのような言い方をしてしまえば…。

 

「ほぉ~~~~~~…。」

「あのビッキーがねぇ…。」

「とても喜ばしい事ですわね!」

「ちょっと待って皆!!あの、多分皆が思ってるような事とは違うから!!」

 

 ほらやっぱり、3人に要らぬ誤解が生まれてしまった。

 

「でも好きなんでしょ?」

「へ!?いや、そりゃあ嫌いじゃないけど…ってそれも違うって言うか…う~ん、何か未来意地悪だよ~~~!!」

 

 響は事の言い出しっぺに向けて非難の声を上げるが、当の彼女はそんな事は知らんとばかりに3人に向けて響ってば帰ってくる度にレオンさんの話ばっかりしてるのと、なおも有る事無い事言っている。

 嗚呼これ以上はやめて止めてと響もその話の中に入ろうとするが、S.O.N.G.からの通信音が耳に届き、それが叶う事は無かった。

 

「…はい、響です。」

 

 その通信音は未来や他の3人にも聞こえていたものであり、その場に居る全員の面持が神妙なものとなる。

 やがてまた後で、と言って通信を終えた響。

 彼女はゆっくりと、申し訳なさそうな顔を浮かべながら4人向けて振り返り…。

 

「ごめん皆…呼ばれちゃった…。」

 

 別れの報せを告げた。

 件の事で一度集まって欲しいとの事なのだが、この収集に応じてしまえばまた皆とはしばらくの間会えなくなってしまうだろう。

 今日でさえまだ1時間程しか一緒に居られていないのだ、積もる話はまだまだある。

 しかしこの収集指示は自分にとっての大義名分、応じなければならない。

 

「いいよビッキー、気にしないで。」

「ご健闘をお祈り致しますわ。」

「帰ってきたらそのレオンって人の事、もっと詳しく聞かせなさいよ!」

 

 それは響の友人たる彼女達全員が分かっている事であり、咎めるような言葉は一人として掛けられない。

 あぁ、優しいな…と、響はそんな友人達の思いやりに感謝する。

 そしてふと、そのお返しは何にしようかと思い浮かべてみる。

 …うん、あの人達の話をしよう。

 まだ話していない向こうの世界の人達…皆と同じくらい優しいあの人達の話を、飽きるまで聞かせよう。

 その話をするのが待ち遠しい…だから早く終わらせて、早く帰ろう。

 

「いってらっしゃい、響。」

「うん、行ってきます!」

 

 勝手だけれど、きっと皆待っている約束事。

 響はその約束を果たすべく、友人達の見送りに元気良く応えた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「えっ…今、何て…?」

「エルフナイン君の発案した追加兵装…その目処が立たないんだ…。」

 

 しかしそんな気持ちは本部に着いた途端に失われる事となった。

 本部に着いた響を待っていた報せ…それは待ち望んでいた朗報などでは無く、事態の悪化を知らせる凶報であったからだ。

 

「すみません、完全に僕の見当不足でした…まさかこんな事になるなんて…。」

「いいえ、こちらとしてもあれは想定外だった…そこまで一身に請け負う事では無いわ。」

 

 本来なら吉報を届ける筈であったそれを凶報へと変えてしまったと、エルフナインやアンジェが嘆かわしい声を上げる。

 果たして一体何があったと言うのだろうか?

 

「この子が欲していた魔戒の知識を与える事、そこは何も問題無かったわ。流石にこの子も錬金術師なだけあって覚えが早かったし。ただもう1つの鍵となるソウルメタル…これが上手く行かなくってね。」

「僕は当初、レオンさんの扱うガロの鎧…それに使われているソウルメタルを触媒にしようとしたんですが…。」

 

 そこまで説明するや、2人はその視線を真横に居るレオンへとずらす。

 視線の対象となったレオン…彼もまた2人と同じ様に眉を下げており、事態の深刻さが伺える。

 

「実際に見てもらった方が早いわね。司令さん、よろしくて?」

「あぁ、構わない。」

 

 するとアンジェが何かの許可を弦十郎から乞い、彼はそれを承諾する。

 それを聞いて動いたのはレオン…彼は魔戒剣を取り出すと頭上にその剣を掲げ、切先で円を描く。

 それは彼が黄金の鎧を召喚する為の一連の動作。

 描かれた円は光を纏い、それが魔界と現世を繋ぐゲートとなり、彼の身にガロの鎧が降り注ぐ。

 その筈なのだが…。

 

「え…?」

 

 その行動に反して描かれた円はいつものような光を帯びず、となれば魔界とのゲートが開く筈も無く、ガロの鎧は彼の下へ現れる事は無い。

 

「…見ての通り、魔界とのゲートが開かないんだ。」

 

 念の為二、三度同じ動作を行って事実の相違が無い事を確認し、剣を鞘に納めるレオン。

 それは今まで不確定であった事情の答えと成り得る事であり、S.O.N.G.の面々が賭けに負けた瞬間であった。

 基本的に魔戒剣で描き開くゲートは場所を問わない。

 人間界はもちろんの事、魔界やそれ以外の異界…彼等が如何なる場所に居ようとも、剣先で斬り開いたゲートは鎧と騎士とを結ぶ。

 しかしそれは何れの世界でも鎧が安置されている魔界と繋がっているという概念が存在しているからこそのものである。

 であれば現状鎧が召喚出来ない理由は、“この世界と魔界に繋がりが無い”という事になり、さらにエルフナインが提案したこの計画はその可能性を一切考慮しないという賭け事で成り立っているものであった。

 鎧が召喚出来ないという事は、それだけで計画の失敗を意味するようなものなのだ。

 

「なので次にレオンさんが普段から扱っている魔戒剣をその対象にしました。ですがこちらも…。」

 

 とは言えそれで諦めるかと言われればそうはいかないと、足掻きで彼等はレオンの魔戒剣に使われているソウルメタルを使おうとしたらしいが…。

 

「何十と打ち合わせてみたけれど、逆にこちらの剣が折れかねなかったわ。」

「私の鋸も削れてただの円盤になった…。」

「流石黄金騎士が扱う剣といった所ね、色々手を加えて見たけれど傷1つ付かず終いって訳。」

 

 居合わせたマリアに調、切歌、それとアンジェが尽力した様だが、結果は今彼女達が示した通り。

 

「かと言って、他に代用となる物はアンジェさんと話し合ってもこれしかないという結論に至りまして…。」

「だ、だったら今すぐ向こうの世界に行ってソウルメタルを持ってきて…!」

「一度世界を渡ったら1週間程は世界を渡る事が出来ないんでしょ?仮にそれをやったとして向こうで1週間、こっちに戻ってきてまた1週間…いや、ソウルメタルの加工なんかにどれだけの時間を費やすか分からない…貴女の言うような、そんな暇が有ると思って?」

「じゃあ、どうするんですか…!?」

 

 八方塞がり…話を聞くにそんな言葉しか浮かばない現状を、果たしてどう突破すれば良いのだろうか?

 総司令たる弦十郎が出した結論は…。

 

「一条の光明も見えない以上、これ以上の時間を割く訳にもいかない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よって新兵器の開発は中止し、装者と魔戒の者達との連携に重点を置く事にする。」

 

 そんな無情なる答えであった。

 装者と魔戒の者との連携攻撃はコンマ1秒のズレも許されない正確さを求められ、まず普通に息を合わせるのでは叶わない業。

 一番成功率が高いとされているのが翼や調、切歌などのアームドギアで相手を拘束している内に別の装者と騎士が同時攻撃をするというものなのだが、それでも手間と労力が尋常では無い。

 やるにしても、あまりにも現実的では無いのだ。

 

「やるしか無いんだ…まだこちらの方が見通しは有る。」

 

 だが現状手を打てる案がこれしか無いのもまた事実。

 厳しさに鞭打つ結果を呑み込むしかない、そう誰もが諦めかけた…その時であった。

 

「これは…司令!“鎌倉”から通信が!」

「何!?鎌倉からだと!?」

 

 途端に発令室が慌ただしくなる。

 一体何事だとレオンやアンジェはおろか装者達もざわつく中、その原因が室内前面の大型モニターに表示された。

 

「親父…!」

 

 写し出されたのは長い白髪と顎髭を蓄えた老齢の人物。

 だが何よりもモニター越しにこちらを見るその眼差しがあまりに威圧的で、とても普通の老人では無いと一目で分かる。

 そんな弦十郎から親父と呼ばれたその老男…“風鳴(かざなり) 訃堂(ふどう)”が口を開く。

 

―先の報告は聞かせてもらった…調査に進展が無い処か、否法兵器(アルカ・ノイズ)の情報を流し、あまつさえかの災害(ノイズ)の亜種をも生み出させる暇を与えるとは、何と腑甲斐無い事か…!

「はっ、面目次第も御座いません…。」

 

 開かれた口から発せられた言葉はいずれも弦十郎…ひいてはS.O.N.G.の活動をも否定するようなものであり、対する弦十郎はそれに何も言い返さない…いや、言い返せない。

 そんな様子がありありと見てとれ、装者達は風鳴 訃堂という男の立ち位置がどういうものなのかをこの一瞬で垣間見た。

 

―ふん…して、計画していると言う兵器の開発はどうなっておる?

「はっ…残念ながら、開発の為の資材の調達が困難と判明致しまして、兵器開発の計画は中止を宣言せざるを得ないという事で…。」

―何…?

 

 やがて話は件の決戦機能の話となり、弦十郎が計画の頓挫を告げると、訃堂はピクリと眉を上げたかと思いきや…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―このたわけがぁ!!!

 

 

 

 

 

 室内に置いてあった紙の書類が軒並み吹っ飛ぶ程の凄まじい怒号を放った。

 小柄な切歌や調、エルフナインが思わず転びそうになっているのを見るとどこのギャグ漫画だと言いたくなるが、そうは言わさぬ剣幕で訃堂はさらに罵声を浴びせてくる。

 

―何の為に危険を犯してまで計画を承認したと思っている!!先の否法兵器(アルカ・ノイズ)の件、呼び寄せた其奴等から流れたやもしれんと告げた事を忘れたか!!

「あら、随分酷い言われようね?」

 

 しかもその内容が内容だけに今度は装者達も不愉快さで眉が上がる。

 バゼリアに現れたアルカ・ノイズ…その原因が彼等にあるなど、彼等はもちろんこれまで共に戦ってきた装者達にとっても侮辱にも等しい。

 

「そんな…そんな事ありませんよ!!レオンさん達が、そんな…!!」

―貴様の意見なぞ聞いとらんわ小娘ぇ!!!

 

 しかし意見しようとすれば、モニターからはまたも凄まじき圧が飛んで来る。

 これは話が出来そうに無いなとある種達観めいた気持ちで場が収まるのを待っていると、今度は静かな口調で訃堂がある一点を見つめて問い掛けてきた。

 

―…其奴が黄金騎士か?

「は…?」

―そこに居る男が黄金騎士かと聞いておる。

 

 彼が見ていたのは、弦十郎の後ろに立っているレオンであった。

 思わぬ指名に誰もがレオンを見つめる中、彼はそれらの視線に応えるように前へと出て、モニター越しに訃堂の前に立つ。

 

「はい。黄金騎士 ガロ、レオン・ルイスです。」

 

 物怖じせず凛と答えたレオンを、訃堂はその人を射殺すような目でじっと見つめ続ける。

 そうして数秒、いや数十秒か…それぐらいの時が経つと、訃堂はやがてフンッと鼻を鳴らしてある事を呟いた。

 

―よもや“最後の騎士”と称されたのがこのような小僧であったとはな…。

「最後の騎士…?」

―…やむを得んか。

 

 黄金でも魔戒でも無く、最後と称されたレオン。

 それが何の意味を持つのか分からず聞き返すも、訃堂はそれに答えず手元に置かれている機械を弄った。

 するとそれに反応したのは朔也だった。

 

「鎌倉からデータが送られて…これは!?」

 

 察するに訃堂がデータを送ったのだろうが、それにしては朔也の驚き様が気になる。

 しかしそれを詮索する間も無く、訃堂がS.O.N.G.の面々に向けてまたも口を開いた。

 

―この風鳴 訃堂が国防組織S.O.N.G.に命ずる。黄金騎士を連れ、“ポイント・ネモ”へ向かえ。

「ポイント・ネモ…何故そこへ?」

―不承の息子へ送る親心よ、黙して受け取れい。

 

 そして訃堂はその言葉を最後に通信を切った。

 それを理解した途端、どっと襲い掛かる疲労感。

 

「お、おっかないお爺さんだったデス…。」

「あれが風鳴 訃堂…翼から話を聞いた事はあるけれど…。」

 

 直接相対した訳でも無いのにあの緊張感…流石にかつてこの国の守り人として頂点に居ただけの事はあると、全員の額から冷や汗が絶えない。

 

「…で、鎌倉から何かデータが送られてきたようだが、何があった?」

 

 そんな中でもやはり気になるのは何かのデータを送られてきて驚愕の声を上げた朔也。

 彼は一体何を見てあのような反応を見せたのだろうか?

 

「待ってください、モニターに出します。」

 

 それに答えたのは送られてきたデータの整理をいち早く終えたあおいであった。

 あおいの操作で先程まで訃堂の顔が写っていたモニターに、複数のデータが表示される。

 

「これは…!?」

 

 そのデータの数々は何かの書物の写しのようであるが、そこに書かれている内容に、S.O.N.G.の面々は目を見開く。

 

「今中央に出てるのが魔界詩篇ね。魔界に関する様々な事が書いてある詩集のようなもの…他に写ってるのも、全部私達に関係する事ね。」

 

 そこには魔界やホラー、守りし者達に関する情報がこれでもかと記載されていたのだ。

 やがてそれを見て驚愕から苦虫を噛み潰したような表情へと変えたのは、弦十郎と緒川の2人であった。

 

「灯台下暗し…まさか鎌倉にこれ程の情報があったなんて…!?」

「何だ…何が目的だ、親父…!!」

 

 いくら優秀なエージェントである緒川であっても、組織の総本山たる鎌倉の情報はそう簡単には閲覧出来ない。

 どうりで何処を探しても見つからない訳だと納得する一方、何故訃堂がその情報を半ば独占するような形で持っていたのか、またその情報を何故今こちらに引き渡したのか…肉親たる彼の思惑が読めず、弦十郎の拳には懐疑心から力が込もる。

 

「…ポイント・ネモ。」

 

 そんな疑心に溢れた空間に、澄んだ声がぽつりと呟やかれた。

 

「彼は俺を連れてそこへ向かえと行っていた…そこには何が?」

 

 その呟きの主であるレオンは訃堂の指定した場所の詳細を問うてきた。

 彼も訃堂の事は気になるが、今は彼自身の事よりも彼の言っていた事の真意を確かめた方が良いと判断したのだ。

 その判断に異議は無いとして、弦十郎達も一旦訃堂本人の事は忘れてその問いに答える事にした。

 

「ポイント・ネモは全世界の陸地から最も遠く離れた海上地点の事を指すんだ。」

「周囲に島国は無く、人的被害が最も少ない地点である事から、衛星を初めとした宇宙飛行物体の落下地点として全世界で指定されています。ですので何があるかと言われたら、それらの残骸としか…。」

「えぇ~…あのお爺さん、何だってそんなガラクタ山の海に行かせようって言うんデスか?」

 

 しかし聞いてみればそこは宇宙からの廃棄物処理場である事が判明。

 そんな所に行けなどと…ますます彼の思う所が読めない。

 

「それ以外の何かがあるって事なのかな…。」

「そうね…何れにしろ、行けと言われたのなら行くしかない…そうよね?」

「うむ…考える所は読めんが、意味の無い事を言う人では無い…我々はこれより指定されたポイント・ネモへと向かう。君達も付いてきてくれるかね?」

「はい。」

「もちろんよ。」

 

 ともかく、示された現在(いま)がある。

 腑に落ちない所は多々あるが、その示しが希望に変わる事を信じて、彼等は到達不能極とも呼ばれる海上地点、ポイント・ネモへと向かうのであった…。

 

 

 




・意地悪な未来さん

→内心ちょっと拗ねてる


・運頼みばっかりのS.O.N.G.

→そんな如何にも理屈っぽい事なんて語れるものかよぉ!!(泣)


・レオンの事を鼻で笑う訃堂さん

→出来れば女の子が良かった


・ポイント・ネモ

→実在する地点です
 気になったら調べてみると良い!


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第33話「示された希望の一条」

 未だ国防の頂点に君臨する風鳴 訃堂…その彼から出されたポイント・ネモに向かえという指示。

 その指示が行き詰まった現状を打開する策である事を信じ、S.O.N.G.はポイント・ネモへと向かう事になったのだが…。

 

「それにしても、この船でも丸5日掛かるなんて…。」

「仕方無いわ。世界最速とされるヨットを使ったとして、一番近い陸地から15日以上掛かると言うんだから…日本から出て5日で着けるのなら十分速いものよ。」

 

 それにもうすぐ着くとも言っているのだし、今更泣き言は無しよとマリアが言った通り、ポイント・ネモへ到達するには結構な日数を費やす事になり、音を上げる者が増え続けていた。

 まぁこの船も幾らか広いとは言え、代わり映えのしない閉鎖環境が5日も続けば仕方無しか。

 

「ポイント・ネモ…一体何があるんだろう…?」

 

 しかしそんな日々も一旦の区切りを迎える事になる。

 もうすぐ到着する地点であるポイント・ネモ…宇宙からの廃棄物の処理場となっているその場所に、一体何があると言うのだろうか?

 響だけでなく他の面々も来たるその時に向けて考えを巡らせていると…。

 

「…どうかした?黄金騎士。」

 

 ふいにアンジェがレオンに話し掛けた。

 見ると話し掛けられた彼は他の者と同じ様に思考を巡らせているようだが…。

 

「いや、少しな…。」

 

 その表情からは他の者以上に何か考えを巡らせている印象を受ける。

 アンジェはそれが気になって彼に話し掛けたのだろう。

 

「もしや、心当たりがあって?」

「…多分な。」

 

 そして次に彼が答えた内容に、その場に居た誰もが驚きを隠せなかった。

 こちらの世界事情に疎い筈の彼に心当たりがあるなどと誰もが訝しんでいると…。

 

―装者ならびに関係者一同、至急発令室に集合を。繰り返します…。

「…噂をすれば、かな?」

「そのようね。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね。装者並びに関係者一同、到着したわ。」

「うむ、ご苦労。もうすぐ我々は目的地であるポイント・ネモへと到達する。とは言え、何があるかは正直分からん…君達は有事の際にいつでも動ける準備をしていてくれ。」

 

 船内放送で呼び出された装者と魔戒の者達。

 弦十郎から万一の事態に備えてとの注意を受け、いよいよ件の場所へ到達しようとしていた。

 

「その前に1つ良いだろうか?」

「うん?どうかしたか?」

 

 しかしレオンが発した一言で、その瞬間は少し変化を遂げる事となる。

 

「この船を上げてくれないか?確かめたい事がある。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、外に出てみたは良いデスが…。」

「見ての通りの大海原…。」

 

 レオンの意見を呑み、海上へと船を上げる。

 そして甲板へと出て辺りを見渡してみれば、調も言葉を溢したように大海原の一言。

 とてもここに何かがある印象は受けない。

 

「そのポイント・ネモ…到達不能極と言われているそうですが、それは何故?」

「陸地からの距離や航行する際の食料問題など、あらゆる面から考えて並大抵での到達はほぼ不可能と判断されているからですが…。」

 

 あまりにも周りに何も無さすぎて、まさか海に潜れとでも言うのだろうか…なんて考えを抱いていると、またもレオンの方で動きがあった。

 

「…きっとそれだけじゃない。」

 

 彼は甲板の先に佇むと、振り返ってその場に居る緒川に向かってある提案をした。

 

「すまないが、ここから先は俺の指示に従って移動してもらっても良いだろうか?そうじゃないと、きっと目指している場所には辿り着けない…。」

 

 それは通常であれば呑みかねない提案。

 しかし訃堂が言っていたように、ここにはどうやら黄金騎士たる彼の存在が必要不可欠…きっと彼だからこそ感じる何かがあるのだろう。

 

「俺の予想が正しければ…。」

 

 まるでその先に何かがあるように海原を見つめる彼の提案を呑み、S.O.N.G.は彼の指示に従って移動を再開した。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―…2時の方向へ真っ直ぐ。

「了解、進路変更します。」

 

 レオンの指示に従いながら航行を続けるS.O.N.G.。

 しかしその航行もぐねぐねと曲がりくねっており、彼自身も手探りの状態なのだと伺える。

 

「一体、何があると言うのだ…?」

 

 黄金騎士を連れていけとの仰せがあった為彼に任せているものの、その彼でさえこうした状況に陥っている現状に、弦十郎を含めた誰もが益々の懐疑を見せた時であった。

 

―…止まってください。

 

 遂に彼から停船の指示が飛んだ。

 その指示に合わせて船を停止させ、外部モニターで外の状況を確認してみる。

 しかし全天見渡してみても、やはりそこは大海原の一言。

 特に何かがある印象は受けない。

 

「何も無いけど…?」

「ポイント・ネモからも少し離れた場所になりましたが…。」

「レオン君、ここで良いのかね?」

―はい、何か見えますか?

「いや、こちらからは何も見えないが…?」

―そうですか…。

 

 その旨をレオンに伝えるも、彼の様子からはやはりな…と分かっていたかのような印象を受けた。

 

―ザルバ、頼めるか?

―言っておくが、俺様が出来るのは()()()()()()()()だけだぞ?

 

 レオンはザルバに何か頼み事をすると、ザルバを嵌めている左手を船先の海に向けて掲げる。

 するとザルバから何か光の筋のようなものが放出された。

 その光は拡がる海と平行して進んで行ったかと思いきや…ある程度離れた場所で()()にぶつかった。

 

「なにぃ!?」

 

 その途端、信じがたい事が起こった。

 ()()に当たった光の筋はやがて奔流となり、徐々にその()()に沿うように拡がっていく。

 そしてその光が拡がった後に見えてきたのは…。

 

「これは…レーダーに反応有り!!小島が浮かんでいます!!」

「まさか、こんな所に陸地があったなんて…!?」

「でもさっきまでレーダーには何の反応も無かった…どうなってるんだ!?」

 

 ぽつりと浮かぶ小さな島であった。

 レーダーに写らず、目視も出来ず、しかし今確かに目の前には小さな島が浮かんでいた。

 現代機器はおろか己の感覚さえも欺かれた事にS.O.N.G.の面々は浮き足立つも、その中でアンジェは成程、と一人納得の意を示していた。

 

「結界が張られていたのね、あそこは選ばれた者しか立ち入る事が許されない秘境だから…。」

 

 そして他の面々と違う反応を示していたのは、何もアンジェだけでは無かった。

 

「あれって…!?」

 

 信じられないといった様子でその島を見ている響。

 何故なら響はその島の事を知っているから。

 レオン・ルイス…彼と共に行った、かのヴァリアンテ王国から遠く離れた海の中に浮かぶ小島にあるその聖地を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「英霊の塔…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて光の奔流が晴れ、英霊の塔がその姿を現した。

 

 

 

 



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第34話「英霊の導き」

 レオンの導きによってポイント・ネモに浮かぶ小島を発見した一同。

 同時にその小島が歴代黄金騎士の魂が眠る英霊の塔が立つ地という事で、訃堂の言っていた黄金騎士を連れていけという言葉の意味を察する事も出来た。

 恐らくここに眠る英霊達の力を借りよ、という事なのだろう。

 その考察に従い装者達とレオン、アンジェは実際に島へ上陸した。

 

「大丈夫か?」

「あっ、ありがとうございます…!」

「どへぇ~~~疲れたデスぅ…。」

「し、しんどい…。」

 

 切り詰められた岩肌の中でも何とか登れそうな場所を見つけ、年長者の手を借りながらキツい斜面を登りきると、一転して平坦な地となった先に目的地となる建物が見えた。

 

「英霊の塔…。」

「こう言うと失礼かもしれないけど…酷い有り様ね。」

 

 マリアが言及したように、英霊の塔はここから見えるだけでも響やレオンの知るそれとは違う姿を見せていた。

 遥か天まで伸びていたその塔は半ばから折れて無くなっており、壁面にも大きな風穴が所々見えている。

 恐らく時代の流れに逆らえず、塔自体が風化してしまったのだろう。

 その後の道中は何事も無く、一同は塔の入り口までやって来たのだが…。

 

「開いてる…。」

 

 塔の入り口は無造作に開かれていた。

 それは物語などでよくある来訪者を待っていたが故に事前に開かれている手厚い歓迎の印とは受け取れず、やはり時代の流れによる劣化という現実なのだと見て取れる。

 

「入れちゃった…。」

「どうやらもう目眩ましの結界しか機能していないようね。」

 

 それは同時にこの塔を維持する者が居ない、あるいは居なくなってしまったという事を暗に示しており、益々謎が深まる中、一同はいよいよ塔の中心部へと辿り着く。

 内部はやはり塔が半ばから無くなっている事で吹き抜けとなっており、壁面の穴からは外からの日の光が差し込んでいる。

 辺りの荒廃した様子と合わせればある種幻想的だと思えなくもないが、そんな楽観に身を委ねる程には一同の心に響くものは無かった。

 

「英霊達よ、聞こえるか!?俺はレオン・ルイス!!黄金騎士 ガロの称号を継ぐ者だ!!この声が聞こえているのなら、どうか俺達の願いに応えてほしい!!」

 

 果たしてこんな状態で英霊達は応えてくれるのだろうか?

 声を上げた当のレオンですらそんな怪しみを抱えていると、徐々に塔の中が日の光とは別の光に包まれていく。

 それはレオンもよく知る、英霊達の放つ輝きであった。

 

―レオン・ルイス…確かに黄金騎士の血を継ぐ者…待っていたぞ。

「な、何デスかこの声!?」

「これが、英霊達の声…!」

 

 これほど荒れ果ててなお、英霊達はこの地に残っていた。

 その事実に驚きと感心が織り混ざる中、英霊達は何とレオン達が問うその前に彼等の望む答えを告げた。

 

―汝らが望む事は、既に理解している…レオン・ルイスよ、大魔導輪と対話を行うのだ。

「何!?ガジャリだと!?」

 

 しかし告げられた言葉にザルバが過敏に反応する。

 その反応ぶりからあまり良い印象を受けないが…果たして英霊達の言ったガジャリとは一体?

 

「“大魔導輪ガジャリ”…人ともホラーとも違う、魔戒に携わる者にとって大いなる存在と言われているモノよ。あらゆる叡知を授かる事が出来るとされているけれど…。」

 

 凡そ生物を超越したそのモノの神秘を授かるには特別な契約が必要であり、一説にはその契約を交わした場合二度と現世に戻ってこれないと囁かれている…。

 

「そんな!?」

「何だってそんな危険な事…!?」

 

 アンジェが答えたガジャリという存在…相応の知恵を得る代わりにそれに見合う対価を払う事になるその存在に、装者達は目を見開いた。

 そんな危険な存在の力を借りるよう勧める英霊達の真意が読めないからだ。

 

「ガジャリから知恵を授かり、望みを叶えろという事か?」

 

 レオンも表情にこそ出さないが同じ事を思っているのだろう、再度の確認をする。

 が、英霊達からの返答は無い。

 

「…分かった、ガジャリと対話する。」

「待てレオン!ガジャリと契約を交わせばどうなる事か…!?」

「それでも、“今”を守る為だ。」

 

 それを受けたレオンは英霊達の意思を肯定と捉え、ガジャリとの対面を決意した。

 ザルバの制止をも振り切る彼の意思は固く、それはここに居る誰しもの言葉であっても崩す事は出来ないであろう。

 

「ザルバ、頼む。」

「…仕方が無い、良いだろう!」

 

 それを察したザルバがとうとう折れた。

 レオンの言葉に従い、ガジャリと対話する為の術を発動する。

 やがてレオンはザルバから溢れたおびただしい量の魔戒の文字に覆われ、その姿を消した。

 残された者達は彼の決死の覚悟に心打たれながら、彼の帰還をただ待つだけであった。

 

―定命なる者、立花 響よ…。

「へぇ!?は、はい!!」

 

 …筈なのだが、ふいに英霊達から名指しされて響は驚きで身体が飛び上がる。

 まさか見ず知らずの英霊達から指名を受けるなど…何かあるのだろうか?

 身に覚えこそ無いが、もしや何か粗相でも犯してしまったかとあたふたしていると…。

 

―そなたに授ける物がある…前へ出よ。

「へ…?」

 

 唐突にそう言われて、その意図が分からずぽかんとしてしまう響。

 しかしそのまま突っ立っている訳にもいかず、おずおずと言われるがまま前に出る。

 すると塔内部が一層の光を放ち始める…目を開けていられない程だ。

 やがてその光は収まっていき、瞑るしかなかった目を開けると、それまで塔を照らしていた光が消えており、内部は当初塔の中に入った時と同様の薄暗い闇色に染まっていた。

 

「あれは…?」

 

 しかし代わりに響達の頭上に光放つ球形の“何か”が浮遊していた。

 それはゆっくり下へと降りていき、響が反射的に受け止めようと伸ばした掌の上でしばらく停滞する。

 しかし次の瞬間、その光は響が首から提げているシンフォギアのペンダントへと()()()()()

 

「え、えぇっ!?」

 

 動揺する響の視線の先で、ギアのペンダントが淡く光っている。

 すると一同の耳に再び英霊達の声が聞こえてきた。

 

―我等の光をお前達に託そう…この光が、お前達の明日を開く力へと変わる。

 

 それまで塔全体に響いていた御告が、すぐ近くから聞こえる。

 そう、響のペンダントからだ。

 故に一同は察する…今このペンダントの中には、かの英霊達の魂が宿っているのだと。

 この光は英霊達がかつての栄光からなお持っている、あの黄金の鎧が纏う輝きと同じ光…それを託されたのだと。

 

―これより先お前達が挑むのは、未来を決める戦いだ…未来を生かすも殺すも、お前達次第…。

 

 そしてそれを見届けた英霊達が最後に告げた言葉…。

 

―故に忘れるな…守りし者とは何なのか、何を守ってこその守りし者なのかを。

 

 謁見を終え光を失った塔の中で、一同はそれぞれの想いを託された光の前で胸の内に浮かべていた…。

 

 

 

 

 




・大人が行かないというこの現実

→た、多分崖登りぐらいは手伝った…筈…


・荒れてる英霊の塔

→実際管理していた人や団体などといった存在はもうこの世界に居ない


・英霊達の光と魂を授かった一同

→こういう場面だと大抵ガロの鎧を…となりそうなものだが、どうにもそのガロの鎧が無いそうな


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第35話「大魔導輪ガジャリ」

 レオンの身体を闇が包む。

 ザルバから放出された魔導文字が起こす現象だ。

 それは現世を越え、大いなる存在と邂逅する為の儀式。

 その儀式によりレオンの視界は黒一色に包まれるが、程無くしてそれは色を取り戻す。

 しかし取り戻したと言っても彼の視界に入る色は精々着ている服と自らの髪色、後は薄暗い白に包まれていた。

 先程まで居た英霊の塔の中とは違う景色…するとレオンの頭上から知らぬ声が響いてきた。

 

―…人間、カ。

 

 見上げてみれば、レオンは一瞬目を見開く。

 そこには自らの相棒と似たような、しかし赤くおぞましい姿をした()()が居た。

 

「大魔導輪、ガジャリ…。」

―如何ニモ…オ前ハ何者ダ?

 

 それはかの大魔導輪ガジャリに他ならず。

 そのガジャリが問うてきた内容に、レオンはここに来た目的も添えて答える事にした。

 

「黄金騎士 ガロ、レオン・ルイスだ…ガジャリ、お前の知恵を貸してほしい。」

―レオン・ルイス…ソウカ、貴様デアッタナ…。

 

 レオンからの返答を受け、何故かクツクツと笑うガジャリ。

 その物言いからは、まるでいつしかに出会ったかのような印象を受けるが…。

 

―良イダロウ…ダガソノ対価トシテ、オ前ハ我ト契約シ、我ニソノ身ヲ捧ゲナケレバナラヌ…。

 

 それを聞く間も無くガジャリは話を進める。

 契約…その言葉にレオンは表情を固くする。

 

「レオン…。」

 

 ガジャリとの契約…人智を超えた叡知を授かる代わりに、その手足となって相応の使命を与えられる。

 一説には二度と現世に戻ってこれぬとも言われているそれを目前にして、やはり何も思わないという事は無かったようであり、ザルバは口を結んでいるレオンの身を案じる。

 

「…構わない、契約を結ぼう。」

―良イダロウ…オ前ノ望ミヲ叶エヨウ。

 

 しかしレオンはやがて意を決して口を開き、その契約を承諾する声を上げた。

 人々を魔の手から守るのが自分達の使命だ、かの敵を倒す為にこの身を捧げなければならないのなら、それに従おう…守りし者として…。

 レオンの覚悟、それを汲み取ったガジャリは望みを叶えると言った後、少しの間沈黙した。

 そして次にガジャリが声を発したその時、レオンの望みは果たされた。

 

―タッタ今、英霊共ニ使命ノ受理ヲ示シタ…コレデオ前ノ望ミハ果タサレタ。

「分かるのか?」

―我ヲ何ト心得ル?

 

 時間にして10秒弱…何も言わずともガジャリはレオンの目的を見抜き、たったそれだけの時間で望みは果たされ、そして同時にたったそれだけの時間でレオンはその対価を払わなければならなくなった。

 

―デハ貴様ニハ契約ニ従イ、相応ノ対価ヲ払ッテ貰オウ…。

 

 ガジャリとの契約…果たしてどんな使命を帯びさせられるのか。

 レオンも、そしてザルバも心構えをしていると、いよいよガジャリがその内容を告げた。

 

―貴様ガ払ウ対価ハ1ツ…運命ニ従イ、咎人デアル最後ノ騎士トナレ…ソレガ我ト交ワス契約ダ。

「…咎人?どういう意味だ?」

―我ガ世界ノ均衡ヲ保ツモノナラバ、オ前ハ世界ノ均衡ヲ崩スモノ…オ前ハソノ大罪ヲ背負ウノダ。

「世界の均衡を崩す…?」

 

 最後の騎士…その言葉はつい最近に聞き覚えがあり、しかしその意味が咎人であるという事に疑念を持つレオン。

 それがどういう事なのかと問い掛けてみれば、ふと足下に違和感を感じた。

 視線を落とすと、自身の足下からこの空間に来た時と同様の魔導文字が噴出していた。

 察するに、ガジャリの手によるものだろう。

 

―コレデ、契約ハ完了ダ…オ前ハ使命ヲ果タシニ現世ヘト帰ルノダ…。

「待ってくれ!最後の騎士とは何だ!?世界の均衡を崩すとは!?お前は一体何を知っているんだ!?」

―運命ニ従エ…サスレバ自ズトソノ意味ヲ理解デキル…。

 

 それがますます理解出来ない事だと困惑するレオンを他所に、ガジャリは一方的に話を打ち切る。

 そしてレオンの身体は再び魔導文字で埋め尽くされていく。

 次に視界が晴れた時には、辺りはガジャリの言った現世…英霊の塔へと戻ってきていた。

 

「お帰りなさい、どうだった?」

「…分からない。」

 

 すぐにアンジェ達が駆け寄ってくるも、彼女達の質問に明確な答えを示す事は出来ない。

 

 

 

 

 

 大魔導輪ガジャリと契約を交わしたレオン。

 最後の騎士…その名の下に世界を壊すという罪を背負う咎人となれ。

 その契約が示すものとは…。

 答えを知るのは、ただ先の未来のみである。

 

 

 

 

 




・レオンの事を知っている素振りを見せるガジャリ

→無論両者が過去に会った事は無いが、ガジャリは人智を超越するナニカだ
 人が知り得ない方法でそれを知ったとしてもおかしくはない


・ガジャリとの契約

→実は契約なんてしていない、ただの口約束である
 色々と知り得てはいるが、未来をたった1つに決めるなんて事は流石のガジャリでも出来ない
 促すだけが精々である


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第36話「HOWLING SABER」

「では、この中に英霊の皆さんが?」

「うん…英霊さん達はそれで私達の望みが叶うって…。」

 

 英霊の塔からの帰還は問題無く終わり、響はエルフナインにギアのペンダントを渡す。

 この中に英霊達が…淡く光るペンダントを皆一様にじっと見つめる。

 

「しかし光だなんて…固形でも無いものを弄れるものなの?」

「分かりませんが…出来るとボクは思っています。いえ、やってみせます。」

 

 これは是が非でも叶えなければならない事。

 エルフナイン…この名に賭けて、必ずやり遂げなければ。

 その意思を示すと、弦十郎はうむ、と一度大きく頷き、全員に新たな行動に移る為の声を行き渡らせる。

 

「よし、我々はこれより日本へと帰還する。そして同時にエルフナイン君を筆頭に新機能の開発に挑む。反撃の時は近いぞ…各員、来るべき時に備えて存分に英気を養ってくれ!」

 

 一度は諦めかけた希望。

 その夢を叶える為の光が、再び差し込んだ。

 合わせて一同の瞳にも、再び強い意志が込もる。

 大丈夫、私達はまだ…戦える。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「クソったれがぁぁぁぁぁ!!」

 

【MEGA DETH PARTY】

 

 怒号と共に少女…雪音 クリスのギアからミサイルの雨が降り注ぐ。

 その先には色取り取りの姿をした悪魔…ディソナンス達が居り、それらは着弾したミサイルが起こした土煙に覆われる。

 こちらの視界が遮られるのと同時に向こうからしてみても目眩ましとなるその煙の中に、2人の女性が突入する。

 

「ふっ!!」

 

 着地と同時に土煙が晴れる中、内1人の女性が手に持つ道具から周囲に糸を張り巡らせる。

 複雑な軌道を描き切る糸…するとその糸に沿うように光の線が迸り、地面に青白い魔法陣を作り出す。

 

「全員屈め!!」

 

 そしてもう1人の女性…風鳴 翼が柄尻を連結させた直剣を両手で掲げる。

 すると掲げられた直剣が人の身を越える大きさへと変わり、伴って刀身に纏われた赤き炎が嵐を起こす。

 

【炎乱逆鱗斬】

 

 その嵐に巻き込まれ、ディソナンス達は呻き声を上げながら宙へと舞い上がっていく。

 この悪魔を超えた悪魔を倒すには、異なる2つの力を合わせなければならない。

 それには寸分のズレも許されぬ所業を強いられるのだが、継続的に痛手を負わせられるこの技を以てすれば…!

 

「はぁっ!!」

 

 それに応えるようにもう1人の女性が地面に迸らせた魔法陣を起動、魔法陣から法力が込められた電撃が走り、その電撃に飲まれてディソナンス達は塵となって消えていった。

 

「ッ…終わりか?」

「そう言って何回逆襲されたと思ってるの?」

 

 周りから敵影が無くなった事でクリスが安堵の一息を漏らすも、女性に言われた一言で違いねぇ…と今一度気を引き締める。

 

「この2週間、奴等の動きは止まる事を知らず…。」

「これ以上は…流石に限界だな…。」

「まだ貴女達の言う打開策っていうのは来ないの?」

「先日の通信ではもうすぐだと聞いていますが…。」

 

 ヴァリアンテの首都、サンタ・バルド…そこは今、各地が戦場と化していた。

 悪魔を超えた悪魔…つまりはディソナンスの存在が街の人達にも認知され始めるぐらいに激化した戦況。

 この戦況を覆す切札が未だ手元に無い今、アルフォンソの口から出た言葉通り、これ以上の戦線維持は厳しくなっている。

 

「つーかそっちもどうなんだよ?あんた以外に騎士が1人来るんじゃ無かったのかよ?」

「残念だけれど今の所音沙汰無しね、あいつもあいつで忙しい身だし。」

 

 おまけにあらかじめ告げられていたメンバーの補充も、実際に来たのはクリスが文句を垂れた相手である魔戒法師、エマ・グスマンのみ。

 魔戒騎士の方は他に所用があるようで到着が遅れている事も現状をより困難なものとしている。

 

「っと…遊びの時間よ。」

「お呼びで無いっつの…!」

 

 そしてこの困難の何よりの要因が再び姿を表した。

 地から、空から…いつの間にやら群がる敵を前に、彼女達は互いに一目合わせると、別々の方向へ跳躍する。

 

「ハァッ!!」

 

 その内アルフォンソは跳躍と同時に鎧を纏い、着地した先で大きく剣を振るう。

 振るった剣が圧を放って風を起こし、ディソナンスを吹き飛ばす。

 その先には居合いの構えで待機する翼の姿が。

 

「っ!!」

 

【蒼刃罰光斬】

 

 抜かれた刀から蒼い光刃が幾多も放たれ、アルフォンソに吹き飛ばされたディソナンス達の身体をズタズタに斬り裂いていく。

 

「雪音!!エマ殿!!」

「おうさ!!」

 

 そうして身動きが取れなくなった相手に残りの2人が止めを差す。

 これまでの戦線を支えてきた、安定のフォーメーションだ。

 

「こんにゃろがぁぁぁぁぁ!!」

 

【QUEEN's SILVERRAIN】

 

 クロスボウから幾百もの矢が飛んでいき、戦場を包み込む。

 対してエマも魔導糸を複雑に張り巡らせ、一気に糸を引いて地を這いずる敵を追い討つ。

 

「ッ…ズレたか…!!」

 

 しかし安定しているとは言ってもそれはあくまで自分達が為せる手段の中で一番という意味であって確実なものでは無い。

 これまでにも同じ方法で何度も失敗を重ね、そして今回もタイミングがズレて失敗してしまった。

 だからといって仕切り直しをさせてくれる程、敵も事情を考えてくれない。

 

「くっ…!!」

 

 聞こえた苦言にクリスがちらりと横目を向ければ、翼が俊敏型のディソナンス複数に手間取っている。

 1体でも減らせるかとクリスはスコープを展開して狙いを定める。

 狙いは相手が地に足を着けたタイミング…それはちょうど今だとクリスはスコープの先に居る敵目掛けてライフルに変えたギアの引き金を引く。

 しかしそこから放たれた弾丸は目標より手前の方で弾かれる音と共に不発に終わった。

 

「いっちょまえに盾役かよ…!!」

 

 スコープ越しに見えた影は、その身形から剛強型と呼ばれるディソナンス。

 どうやらこちらの意図を読んでいたらしいその敵は他の剛強型と揃ってクリスの下へ向かおうとしている。

 クリスは苛立つように舌打ちをすると、後方へ大きく跳んでギアを展開させる。

 剛強型は防御力が高く厄介ではあるが、そのぶん動きが他の型より遅い。

 クリスにとっては動かぬ的と同意義…ならば一網打尽にぶっ飛ばす。

 そう思いながら多数のミサイルを展開したクリスではあるが、まさかそれが仇となるとは思っていなかった。

 

「ッ!?痛っつ…!?」

 

 避けられたのはほぼ奇跡であろう。

 地面に着地し、ギアを展開するその一瞬の隙に、死角から別のディソナンスが襲ってきたのだ。

 かろうじてそれを察知し、その場に倒れ込む形で身を投げ出した事で致命傷は避けられたものの、クリスのふくらはぎにアンダースーツとは違う赤色の線が走る。

 決して軽くないその傷は足に力を入れようとすると表情が歪む程の痛みが襲い、思うように立ち上がる事が出来ない。

 

「クリス殿!?」

 

 そしてそれは明らかなる隙に他ならず、アルフォンソが彼女の様子に気付き声を上げた時には、既にクリス目掛けて群がろうと迫るディソナンス達が。

 

「やばっ…!?」

 

 まさか先程の自身の狙いを敵に返される事になるとは…足の痛みは無論、それに気を取られ展開させていたギアを収納する事を失念していた今のクリスに素早い動きを取る事など不可能。

 彼女は狙いの付かぬ銃を気丈にも構えながら、しかし迫り来る死の波に抗えず呑まれ…。

 

「ごめんなさいアルフォンソさん、道壊します!!」

 

 …そうな所で聞こえてきた声、そして背後からの轟音。

 釣られて見上げた空の上には、人の身の丈を軽く超えた岩塊が。

 

「どおりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして岩塊に向かって迫る影があったかと思いきや、その影は何と身を翻して岩塊にオーバーヘッドキックをぶちかました。

 すると粉々に砕けた岩塊は天然即席の弾丸となり、クリスを襲おうとしていたディソナンス達の行動を妨げる。

 やがてクリスの目の前に降り立ったその影…しかしながらクリスはそれを誰だとは思わない。

 

「大丈夫、クリスちゃん!?」

「お前…!」

 

 何故ならこんなでたらめな救出方法を行う者などクリスの知る中では1人しかおらず、そして予想通り現れた影は立花 響その人であった。

 

「はぁっ!!」

「レオン!」

 

 と、同時にアルフォンソの下にも救援者が。

 久しくこの地を離れていた黄金の騎士、レオンだ。

 

「翼!エマ・グスマン!」

「マリア!暁に月読もか!」

「お待たせしました!」

「主役のご登場デース!」

「バゼリア以来ね、マリア…助かったわ。」

 

 少し遅れて翼やエマの所にもマリア、切歌、調の3人が集う。

 いずれも希望の光明を見出だす為に世界を渡っていた面々…そんな彼等がこの場に現れたという事は…。

 

「レオン、ここに来たという事は…!」

「あぁ、待たせたな。」

「この馬鹿!遅ぇんだよ!」

「ごめんクリスちゃん、でもここからは…!」

 

 響はクリスの方へと向けていた身体をディソナンス達の方へと返し、敢然と立ちながらヘッドギアへと手を伸ばす。

 

「エルフナインちゃん、準備は良い!?」

「は?エルフナインって…!?」

 

 そこから語られた名前にクリスは面食らう。

 エルフナインと言えば向こうの世界に居る筈であって、仮に連絡を取るのであればワームホール付近でなければ通信は出来ない筈…。

 

―はい!いつでもどうぞ!

 

 しかしクリスのヘッドギアにも聞こえてきた声は確かに響が名を呼んだ者の声であって…何が何だか分からないといった様子のクリスを他所に、響はさらに場に指示を飛ばす。

 

「翼さんはクリスちゃんを連れて!他の皆さんも離れてください!」

 

 指示を受けた翼やアルフォンソといった面子もクリス同様困惑した様子を見せていたが、やがて彼女の指示通りにそれぞれ行動に移る。

 そうして入れ違うように前線に立った響、マリア、調、切歌。

 

「行くわよ!これが、私達の新しい力!」

「この絶望を払う希望の光…!」

「逆転の一手デス!」

 

 マリア達の鬨の声が戦場に響き渡る。

 その声と共に響は胸のコンバーターに手を添え、そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“HOWLING(ハウリング) SABER(セイバー)”、リリース!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーを押し込む。

 合わせてコンバーターがキラリと輝くと、響は一度身体を縮こませ、そして大きく身を開く。

 するとギアがアンダースーツを残して響の身体から離れるや、それらは光の粒子へと変わり、彼女の頭上へと集まっていく。

 まるで天使の輪のように集束したその光…やがてその光の輪の内側がひび割れ、降光と共に新たなギアが現世に表れる。

 降り注ぎ、響の身体に纏われたその装束…それは普段その身に纏う物よりも鋭角的になっており、攻撃的な印象を受ける。

 しかしその配色はかの騎士を思わせる黄金色となっており、その装束から放たれる力が単なる破壊の力では無い事を知らしめている。

 そう、これこそ彼女達が掴み取った新たな希望の光。

 例えどのような苦難が、そして絶望がこれから先に待ち受けていようとも、決して諦めないと吼え立てる無双の力…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

その名も、咆哮の剣(ハウリングセイバー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが…!」

「おっさん達の言ってた新兵器…!?」

 

 遂に顕現した反逆の力…それを目の当たりにした翼とクリスは、響があの黄金騎士と同じ金色の輝きを纏っている事に驚愕するも、変化はそれだけで収まらなかった。

 

「な、何だ!?」

「ギアが…金色に覆われていく…!?」

 

 響のギアから光放つ金色の粒子が爆発とも呼べる程の範囲に拡がる。

 すると彼女の側に居たマリア、調、切歌のギアもまた、一部が金色の光に包まれたのだ。

 次々と起こる未知の現象に2人は付いていく事が出来ない。

 

「時間がありません!マリアさん、調ちゃん、切歌ちゃん!」

「えぇ!出し惜しみは無しよ!」

「全力の…!」

「全開デス!」

 

 そんな2人を文字通り置いていく勢いで響達4人が前に出る。

 踏み込んだその1歩から駆け出し、敵へと肉薄する…その瞬間は、瞬き1つも許さぬ速さであった。

 

 

 

 

 

―涙しても、拭いながら!前にだけは進める!!♪―

 

 

 

 

 

 次いで放たれるマリアの聖剣。

 そのたった一振でこれまで苦戦させられたかの敵を容易く斬り裂き、()()()()()

 

 

 

 

 

―傷だらけで、壊れそうでも!「頑張れッ!」が叫んでる!!♪―

 

 

 

 

 

 素早い俊敏型の敵も調はその動きを余裕で見切り、固い装甲を持つ剛強型の敵も時に正確で鋭利、時に力任せの重い切歌の一撃で難なく倒していく。

 

 

 

 

 

―高くは 飛べない ガラクタ…それでも踏み出す!!♪―

 

 

 

 

 

 それは歌い手に参加せず、その恩恵をあまり受けられていない筈の響にしても同様であり、たった1人で何体ものディソナンス達を相手取っている。

 

 

 

 

 

―後ろ だけは 向かない 絶対に!!♪―

 

 

 

 

 

 彼女達は正しく、反逆を宣言するに相応しい力を纏って戦っていた。

 

 

 

 

 

「凄ぇ…。」

「あれだけの数をいとも容易く…。」

 

 しかしただの装備強化だけとは思えないその戦いぶりに、翼とクリスは感嘆と共に若干の懐疑心を覚える。

 そしてそれはアルフォンソとエマも同様であった。

 

「しかし、あれは少々飛ばし過ぎなのでは無いか…?」

 

 そう…アルフォンソの言う通り、彼女達は最初から曲のサビとなる部分を歌っている。

 曲の中で最も盛り上がる箇所であるその部分は、必然的に装者達の戦いを激しくさせる。

 それを戦い始めてすぐに実行するとは…確かな力が有るとはいえ、体力が持つのであろうか?

 

「いや、あれは飛ばすしか無いんだ。」

「どういう事だ?」

 

 しかしそれは余裕からなるものでは無く、むしろその逆なのだとレオンは語った。

 新決戦機能ハウリングセイバー…その本質は、その戦いぶりからは想像出来ない程不明瞭で欠陥の多い代物なのだと。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「では、完成したハウリングセイバーの説明に入ります。」

「…待ってくれ、響達は?」

「後で詳しく説明しますが、響さん達はテスト後に疲労が溜まり別室で休息を取ってもらっています。」

 

 時はレオン達が世界を渡航する前まで遡る。

 英霊の塔からの帰還から僅か2日…完成したハウリングセイバーの説明を受ける為発令室へと集まった面々。

 一部の者を欠いた全体を前に、エルフナインがその口を開く。

 

「ハウリングセイバーはディソナンスに対抗する為に製造した新兵装です。過去にシンフォギアに搭載されていた機能であるイグナイトモジュールをベースに、英霊の塔から響さん達が持ち帰った光を媒介に製造しました。」

「光を媒介に…。」

「本当によく出来たわね?」

 

 しかしその説明は概要の時点で既に首を傾げなければならない。

 やはり光などという固形ではない物を取り扱うなど…どう考えても想像が出来ないのだ。

 そしてそれに対するエルフナインからの回答は、さらに聞いた者の理解を困難なものへ変える事となる。

 

「…実を言うと、ギアを渡された時点で既に殆どの機能は完成していたんです。」

「どういう事?」

「馴染んでいた、と表現すべきでしょうか…提出されたギアを解析した結果、その光は既にギアに搭載されていた“ラピス・フィロソフィカス”の内部に固着し、ダインスレイフと同様の機能が働くよう改造されていたんです。」

「改造…!?」

 

 ラピス・フィロソフィカス…俗に“賢者の石”とも呼ばれるそれはかつての戦いに於いてシンフォギアに搭載された物質であり、解析した結果光が固着したラピス・フィロソフィカスはその機能が本来の設定からだいぶ手を加えられ、それこそイグナイトモジュールと同様シンフォギアの形状を特異なものへと変えると同時に様々な恩恵をもたらすようになっていたとの事。

 なので後は過去のデータを参照に独自に調整を施せば、たった2日でもそういった代物が出来るという事だ。

 

「それはまた不明瞭な部分が多いわね…。」

「一応先程までテストを行ったので問題は無いかと…。」

 

 起動テストも先に行い、データ上は特に問題点は見受けられない。

 問題なのはアンジェの言う通り、そこまで来ても不明瞭な点が多すぎるという事だ。

 

「ハウリングセイバーはシンフォギアにホラー討滅機能を組み込ませる事が目的です。本来はソウルメタルで代用する予定であった一連の機能ですが、今回は件の光が固着したラピス・フィロソフィカスがその代わりを果たしてくれていると思われます。」

「思われますって…。」

「なにぶん対象となるホラーがこちらの世界には居ないもので…。」

 

 実はガワだけの見てくれだけのものかもしれない…そんな不安が拭えない。

 それに到ってはもはや信じる他無いと言った所だが、現状はっきりと分かっている事だけでも不安な部分が有るとエルフナインが告げる。

 

「先程装者の皆さんが疲労で休息を取っていると話しましたよね?確認した所ハウリングセイバーを起動するとギアの性能や装者の五感、身体能力などが飛躍的に高まる事が分かりました。しかしそれは地力を底上げするという意味では無いらしく、長時間の運用は装者やギアに多大な負担を掛ける事に繋がります。」

 

 実際起動テストも終始安全に終わった訳では無く、その終わり方は終盤になって何か行動を起こす度に不調を訴えた装者達が限界を迎え倒れた事で終了したのだ。

 後に聞いてみた所、装者達は揃ってまるで誰か別の人の感覚が乗り移ったかのようだったと証言し、それに彼女達の本来の身体能力が付いていかなかったようだ。

 そんな不可解な現象ではあるが、レオンとザルバからしてみれば1つ心当たりが。

 

「まさか、英霊達が…?」

「恐らくそうだろうな。英霊というのはそれだけで特別な存在だ、何が起きようが不思議じゃない。」

 

 響達が光を授かった時の状況を鑑みるに、恐らくその光というのは英霊達そのものと言って良い代物なのだろう。

 彼等の魂がそこにある…ならば先にエルフナインが言ったラピス・フィロソフィカス改造の件も、装者達の誰かに乗り移られたようだったという話も、彼等が手を加えたという事で話が付く。

 最強とされる騎士達の精神が複数人も乗り移ったのだ…身体が持たなくても当然の話だ。

 

「なのでボクの方でリミッターを設けました。つまりハウリングセイバーの起動には限界時間が有るという事です。」

 

 その稼働時間は…と言ってエルフナインがコンソールを操作すると、室内の大型モニターにその限界時間が表示される。

 その限界時間こそが、彼女達の戦いを最初から本気にさせる要因となっているのだ。

 何故ならその限界時間は、たったの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“99.9”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

99.9秒(約1分半)だとぉ!!??」

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―どこからだろう?声が響く!立ち上がれと言っている!!♪―

 

 

 

 

 

 しかし、だからこそ強く在れる。

 

 

 

 

 

―いつからだろう?鼓動が打つ!解き放て未来へと!!♪―

 

 

 

 

 

 シンフォギアの力の源には、装者達の想いの力も含まれている。

 

 

 

 

 

―高くは 飛べない ガラクタ…それでも踏み出す!!♪―

 

 

 

 

 

 たった数十秒の時間だからこそ、その短い間で全てを終わらせると強く思える。

 

 

 

 

 

―後ろ だけは 向かない 絶対に!!♪―

 

 

 

 

 

 そしてその思いに、ギアに宿りし英霊達も応えてくれる。

 

 

 

 

 

「強く!!」

 

「なると!!」

 

「信じ!!」

 

 

 

 

 

 そこから導かれる結末は、ただ1つ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「いつの日かぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝利の2文字だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―時間制限を設けたとて、ハウリングセイバー発動後は多大な疲弊に見舞われる…予測通り、ね…。

「はい…それを含めて、全ての機能がこちらの想定通りに作動していました。」

 

 サンタ・バルド郊外の遺跡平原。

 敷地内で数人の職員とエルフナインが機材を拡げている中、マリアからの通信が入る。

 息も絶え絶えな彼女ではあるが、その声色は喜びと達成感に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

「新決戦機能“ハウリングセイバー”…完成です!」

 

 

 

 

 エルフナインが上げた鬨の声。

 今この瞬間を以て、反逆の牙が光を見出だし、世界に希望が取り戻されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…!」

 

 同時刻…とある断崖に建てられた家の中を、1人の男が一心不乱に漁っていた。

 しかし男はある物を目にした途端その行動を止め、視線がその物に釘付けとなる。

 

「まずい…だとすれば…!」

 

 そして男は切羽詰まった様子で家を出るや、脇目も振らずに地を駆けていく。

 急がなければ…間に合わなくなる…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終演への鐘は、もう鳴り響いてしまっているのだから…。

 

 

 

 

 




・新決戦兵器“ハウリングセイバー”とは

→シンフォギアの新たな決戦兵器
 魔戒の神秘とシンフォギアの技術が組み合わさった事により、ノイズ、アルカ・ノイズ、ホラー、ディソナンスなどあらゆる存在に対して力を発揮する


・誕生経緯

→元々シンフォギアには賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)という錬金術由来の物質が組み込まれており、本来ならそれはあらゆる邪な存在に対して強い浄化の力を発揮するのだが、この賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)を製造した錬金術師達がそれに関連する知識を得ていなかった為か、その対象にホラーが指定されていなかった
 しかし今回その物質にガロの英霊達がホラーに関する記憶や想い出、さらにはそのホラーを討滅する事が出来る貴金属ソウルメタルの知識を付与した事により賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)の浄化作用の対象にホラーが指定されるようになり、さらにそれをかつての決戦兵器“イグナイトモジュール”のシステムに組み込む事で完成した


・その効果

→厳密に言うとハウリングセイバーを使えるのは立花 響1人だけである
 彼女がコンバーターのキーを押し込む事でギアが再構築され、ハウリングセイバーが起動する
 この時ギアから金色の粒子が爆発的に周囲に飛散する
 この金色の粒子はギアから排出された余剰分の力…ハウリングセイバーの持つ力が込められたものであり、他のシンフォギアが触れる事で外付けという形でそのギアにハウリングセイバーと同様の効果を付与させる
 ハウリングセイバーの効果は主に2つあり、1つはホラーに対する特攻能力である
 英霊達によって魔戒の知識を組み込まれた賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)は限りなくソウルメタル近い性質を持つようになり、それをギアに変換する事によってこれまで叶わなかったホラーの撃退を可能としている
 さらに当然の事ながら元来のシンフォギアのシステムも健在の為、ノイズやアルカ・ノイズはもちろん、新たな敵であるディソナンスにも有効打を与える事が出来る
 2つ目の効果は単純な戦闘能力の向上
 しかしただの向上と侮るなかれ、賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)にはホラーに関する記憶と同時に、そのホラー達を討滅してきた英霊達の記憶も植え付けられた
 故にその記憶を植え付けられた賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)を媒介に発動するハウリングセイバーを身に纏うという事は、英霊達の記憶もその身に纏う事となり、結果的に装者達には歴代英霊達の知識や感性、身体能力なども同時に付与される
 複数の英霊達の記憶や感性によって相手や状況に対する予測や反応も普段の何倍にもなり、数段先まで向上した身体能力とあらゆる邪を滅する力で以て敵を倒す…それがハウリングセイバーである


・弱点

→しかしながらハウリングセイバーには欠点とされる事が3つ程ある
 1つ目は時間制限
 複数の英霊達の力を借りる事が出来ると言っても過言では無いハウリングセイバーではあるが、その“力を借りる”とは“元来の装者達の地力の底上げor引き上げ”では無く“単純な上乗せ”である
 早い話複数の英霊達の力を身に宿すのに装者達の体力や精神がそのレベルにまで仕上がっておらず、長時間の運用は逆に装者達を疲弊させるのだ
 その為エルフナインによって設けられた制限時間は、僅か99.9秒
 その約1分半であってもハウリングセイバー起動後には装者達は多大な疲弊に見舞われる為、ハウリングセイバーを使うという事は文字通り決戦という事なのだ
 2つ目の弱点はホラーに対する特攻というのは“撃退”であるという事
 英霊達の記憶によってホラーに有効打を与えられるようになったシンフォギアもとい賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)であるが、変質したといっても根源までその性質が変わった訳では無く、完全なソウルメタルの模範とはならなかった
 具体的に何が違うのかと言うと、ハウリングセイバーで出来るのはホラーの身体を消滅させる事が出来るだけで、ソウルメタルのように魂までは魔界に送り返せないという事
 つまり“倒す”とは名ばかりの、実際には放置であるという事だ
 先述したハウリングセイバー起動時の金色の粒子にはハウリングセイバー同様の機能が備わっている為、周辺からは邪の対象である陰我は消滅し、即座に復活という事こそ無いが、どこか遠い場所で復活したとしても不思議な事では無く、それによって新たな被害が出たとしても…と語ると終わらないので割愛
 対抗策はやはり魂だけになった所を騎士や法師に対処してもらうなど、相応のサポートが必要になる
 3つ目は良くも悪くも未知数であるという事
 一応過去に実践していたイグナイトモジュールを参考にシステムを造っている為大方の問題は無いのだが、やはり変質した賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)という未知の物質を扱っている以上最初から万全の整備体制とはならず、現状は機能を使用する度にメンテナンスが必要となる
 今回エルフナインが現場に向かったのもこの為である


 ハウリングセイバー…改良の余地こそまだまだ有るものの、装者達の絶対な力になる事は間違いない


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幕間「大人達の見解」

次の章に進む前に一息…と言うには内容がお気楽ではないご様子



「では、ハウリングセイバーの稼働に問題は無かったと?」

―はい、予定されていた機能も全て発現していました。ただ一度発動した後はやはりギアに相応の負荷が掛かってしまい、その都度の調整が必要になってしまいます。

「実質、一度きりの切り札という事か…分かった。では予定通り1週間後、こちらの世界へ一時帰還だ。あれからこちらの方でも判明した情報が有るからな、帰ったら報告会だ。」

―分かりました、他の皆さんにもそう伝えておきます。

 

 新実装機能ハウリングセイバーの観測の為に渡航したエルフナインからの通信が切れる。

 その報告は期待していた通りの内容であり、S.O.N.G.の発令室に歓喜の声が上がる。

 

「ハウリングセイバー、無事に起動して良かったですね。」

「まだまだ制約はあるけれど、これが大きな一歩になったのは間違いないわね。」

「あぁ、それに大きな一歩を踏み出したのはそれだけじゃない。」

 

 弦十郎達が見上げるその先の大型モニターには、様々な種類の古い文献のデータが羅列されている。

 しかしこれらのデータはその実全て共通した事柄で繋がっている。

 

「鎌倉から送られてきたデータ…これも随分参考になりましたね。」

「これでも過去に存在していたとされる情報からすれば、えらく断片的ではあるらしいんだがな…。」

 

 現在協力関係を築いている魔戒の者達に関する情報…これまで手当たり次第探して見つからなかったそれが、組織の総本山に秘蔵されていた。

 秘蔵されていたその理由には未だに謎が多いものの、焦らされていた時間に見合うだけの情報は十分得られた。

 最もこのデータを渡した人物である風鳴 訃堂曰く、これでも相当数の情報が抜け落ちているとの事らしいが…。

 と、そんな弦十郎達に向けた意見の声が室内に通った。

 

「当たり前よ。たったこれだけの情報で全部だって言うのなら、私達はとんだ怠慢者ね。」

「アンジェ君…いや、すまない。決して君達の事を咎めようなどとは微塵も思っていない。」

「冗談よ、むしろ誉れ高いわ。私達は決して表舞台に出ない存在…後世に於いて、それも貴方達程の手で以てしてもこれだけしか情報が出てこないであれば、それは私達の信念が後の世に於いても守られているという証明に他ならない。」

 

 この時代に生きるには些か浮いた、黒いローブを身に纏うその女性は、魔戒法師アンジェだ。

 ワームホールを通じた世界に住まう彼女は、本来なら先に渡航したエルフナインや装者達と共に居るべきだ。

 そんな彼女が何故ここに居るのか?

 理由は単純、渡航に参加出来なかったからだ。

 と言うより、タイミングを逃したと言う方が正しいやもしれない。

 何せワームホールを起動させるその直前、彼女はその効果範囲外に出てしまったのだ。

 本人曰く“こけた”そうなのだが、一体どうやって待機している間の直立不動状態からこけるというのか…若干腑に落ちない所はあるものの、それはまぁ些細な話だ。

 

「…って、早とちりが過ぎたわね。まだこちらの世界と私達の世界が繋がっているとは断言出来ないんだったわね?」

「確かにそうですが、もはやほぼそうであると言っても過言では無いですね。」

 

 そんな話をしながら、一同は再びモニターへと視線を移す。

 気を利かせたスタッフがコンソールを操作し画面へ映したのは、とある神具に纏わる文献であった。

 

「神の炎…。」

「資料にある見た目や記述からしても、これはあの“プロメテウスの火”と同一の存在であると考えて良いでしょうね。」

 

 文献には“神の炎”と題されてはいるものの、その詳細は緒川の言った通り聖遺物プロメテウスの火に非常に酷似している。

 曰く、それは古の時代に於いて守りし者達を導いた最初の灯にして、その歴史に幕を降ろしたとされる最後の光。

 古の時代、とある騎士が強大な魔獣を前にして心が折れかけたその時、“炎人”なる異端者が火柱を起こして鎧を金色に照らしその心を支えたとされる逸話の、まさにその火柱の元なのだと言う。

 

「炎人とは後に魔戒法師の始祖の内に数えられる存在…言ってしまえば神の炎、プロメテウスの火は私達守りし者達が扱う魔導具のルーツ…私達の創始に神の力が関わって、そして今それを扱う貴方達と関わって…時代を越えて意外な縁があるものね。」

 

 微笑を浮かべるアンジェの姿は、どこか楽しそうだ。

 彼女の旺盛な知識欲求から来るものなのだろうが、対するS.O.N.G.のメンバーにはそういった表情を浮かべる者は居ない。

 彼等にはまだ、懸念を抱かざるを得ない事情が残っているからだ。

 

「でもやっぱり気になるのは、この“最後の光”って所ですよね。」

「うむ、それを匂わせるような情報も無くは無いが…。」

 

 モニターにはさらに別のデータが表示される。

 それは魔界詩編と呼ばれる、魔界に関する様々な情報を詩集として束ねたもの。

 モニターに写されているのは、そんな魔界詩編の最後のページだ。

 

 

 

 

 

 人間の欲望、業…。

 

 古より人は幾多もの罪を背負い、神からの贖罪を求めていた…。

 

 神こそが全て、神こそが正義だと…。

 

 だが何時の時代からか、その神への反逆を宣言した者達が現れた…。

 

 人々が救いを求めている神こそが、人類に大罪を着せた悪魔に他ならぬと…。

 

 欲に塗れし人類は彼等のコトバを時に信じ、時に疑い、今も拭いきれぬ罪を背負い生きている…。

 

 神もまた、そのコトバを時に否定し、時に貶し、時にねじ伏せ、今も人類を己が手で導かんと笑みを浮かべている…。

 

 あるべき形となっていた未来を崩し、混沌へ誘われた世界…。

 

 その果てに待つのは、希望の未来か、絶望の未来か…。

 

 世界を壊した愚かなる者達、人々は時に絶対なる神を裏切ったと侮辱の眼差しで以て、時に彼等こそまだ誰も知らぬ新たな世界を築き上げる先見者なのだと羨望の眼差しで以て、彼等の名をこう呼ぶのだ…。

 

 “守りし者”と…。

 

 それは奇跡が起こした偶然か…。

 

 或いは定められし必然か…。

 

 異なる時代に生きる2つの運命が交わりし時…。

 

 

 

 

 

「刻まれし刻印は炎となり、絶えず命を謳い上げる…魔界詩編最終章より。」

「う~ん…全然分からないですね。」

 

 ただそれだけの内容ならば、彼等はここまで頭を悩ませないし興味も持たない。

 果たしてこの詩の何が彼等の気を引くのか。

 

「しかしこの詩編に描かれている絵は…。」

「まぁ…似てるわよね、貴方達に。」

 

 それはこの詩の下部に描かれている絵にあった。

 その絵の最上段に位置する場所にはあの神の炎…つまりプロメテウスの火が描かれており、その下段にはそんなプロメテウスの火に向かって手を伸ばす6人の女性の姿が。

 そしてその6人の女性達の外見的特徴が、シンフォギア装者6人のそれと非常によく似ているのだ。

 

「確か英霊達は私達に、これより先に挑むのは未来を決める戦いだ…と言っていましたよね。」

「えぇ、未来を生かすも殺すも私達次第だとも…。」

 

 奇しくも現在の状況に当てはまるような構図に加え、英霊達が語った言葉。

 その2つを照らし合わせて考えると…。

 

「俺達のこの出会いが、向こうの世界にとって何か大きな変化をもたらす…という事か…?」

 

 飛躍した考え、であろうか?

 詩自体の内容も未だ具体性を帯びない段階であるし、実際まだまだ分かっていない事も沢山ある。

 そう、例えばこの絵に描かれているものにも不明な点が見られる。

 

「それにしても…ここに描いてあるのが装者なのはまだ良しとして、“これ”って一体何なんですかね?明らかに装者とは違うみたいですし…もしかしてこれがガロ?」

「にしては随分人から離れた姿をしているが…アンジェ君、何か知っているかね?」

 

 ちょうどよく朔夜が口にしたが、この絵の中央にはその正体が掴めぬ存在が描かれている。

 装者とおぼしき女性達が周りを囲う中、その存在は天に向かって吼え立てているように描かれ、一際目立つ。

 その外見がパッと見て獣を彷彿とさせた為、一同は狼を模したデザインをしていると報告にあったガロなのではと推測したのだが…。

 

「…さぁ、知らないわね。」

 

 アンジェはその問いに首を振った。

 そう…描かれているその存在を一目見て抱く感想が“獣”なのだ。

 人間離れした体格に加え、両腕が人のそれとは違う獣の頭部を模したとして描かれているそれは断じて“狼”でも“騎士”でも無い。

 そんな存在は今現在彼等の周りには居ない。

 こうした不明瞭な部分がまだまだ彼等を思案の渦の中に留まらせる。

 

「偶然か、必然か、ねぇ…。」

 

 そんな中アンジェは一人発令室から離れようと彼等に背を向ける。

 モニターに集中し、誰も彼女の事を気に止めない中、彼女の表情は…。

 

「神のみぞ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて言わせないわよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一層の笑みに溢れていた。

 

 

 

 

 




・炎人について

→原作からして烈火炎装やらの類いの始まりともなった炎人の逸話だが、この作品に於ける炎人の正体はギリシャ神話に登場するプロメテウス神本人である
 プロメテウスは『シンフォギアXV』に於けるエンキと同様人という種族に好意を持っていた(アヌンナキ)の1人であり、異端と称されながらも最後の時まで人々の側に寄り添っていたという
 何故そこまでと問われれば、明確な答えを出す事は叶わないが…





 その血は今でも受け継がれている事は確かだ






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第37話「終幕への序曲」前編

いや~とうとうここまで来たか…長かったなぁ…

最終章、始まりです



「はい…はい…では、また後程。」

 

 ハウリングセイバーを用いたディソナンスとの決闘から約1週間後、装者達の一部…響、翼、クリスの3人は自分達の世界に帰還する為に、残りの者達はその見送りの為に郊外の遺跡跡へと集まっていた。

 

「本部との連絡が取れました、いつでも大丈夫です。」

「すみません、せっかくハウリングセイバーが出来たっていうのに…。」

「そのハウリングセイバーをもっと安全に使う為なんでしょ?」

「あぁ、だからこっちの事は心配するな。」

「1週間程度、それ無しでも持ちこたえてみせよう。」

「ありがとうございます、それじゃあ私達はこれで…。」

 

 急造故十分なテストを積み重ねずに行使したハウリングセイバーは、その起動回路に不必要なダメージを負ってしまった。

 修復と調整を行うには今回エルフナイン達が持ってきた機材だけでは足りず、響には早急な帰還命令が出されたのだ。

 どのみち翼とクリス両名のメンタルチェックの為に帰還自体は行う予定ではあったので響の気負いは必要過多なものであるが、言わないと気がすまないのが彼女の本分であり、周りもそれを汲んで心配無いと口を揃えて言う。

 そんな周りの配慮に感謝しながら、響達はワームホール向けて足を運ぼうとする。

 

 

 

 

 

 しかし次の瞬間、響は突然誰かに殴られた。

 

 

 

 

 

「っ!?え…ぁ…!?」

「立花!?」

「おいどうした!?」

 

 いや…正確にはそのような感覚に陥ったのだ。

 グラグラと視界が歪む。

 何度も何度も金槌で殴られているかのような痛みが脳髄にまで響く。

 その痛みに感覚が麻痺したのか、耳鳴りが止まらない。

 立っている事さえままならず、響は膝を付いて呻く。

 その中で響の意識は現実では無い、どこか別の場所に飛ばされたかのような錯覚に陥る。

 歪む視界にちらつく炎の輪郭。

 止まらぬ耳鳴りを抜けて聞こえる薪の音。

 

「(これ…またあの…!?)」

 

 久しく見ていなかったビジョン…そう意識した途端、響を襲っていた痛みは徐々に引いていった。

 そして引いていったが故に、彼女は知りたくない事を知ってしまった。

 

「え…?」

 

 思わず呆けたような声が出てしまったのも無理は無い。

 今彼女が見ているものも、聞こえてくるものも、全て彼女の想像を越えた先にあるものであったのだから。

 少し思い返せば不思議なものだ…耳鳴りしか聞こえていなかった筈のこの耳に、何故薪が燃えるなんて音が聞こえたのか。

 パチパチと…想像してみれば分かるだろう、それは決して不調という壁を押し抜けて聞こえるような大きな音ではない事を。

 ではこの耳に届いたその音とは何だったのか。

 

 

 

 

 

 それは音では無い、“声”である。

 

―しかし彼女の拙い知識では、音と表現する他無かった。

 

 

 

 

 

 故にそれは薪の音に非ず。

 

―しかしそれはその実、“薪”と表現するしか無かった。

 

 

 

 

 

 声を発する薪など、有る筈も無い。

 

―しかし常識の範囲を飛び越え、それは存在した。

 

 

 

 

 

「あ…ぁ…!?」

 

 燃える、燃える、薪が燃える。

 その身を蝕む炎に焼かれ、苦しみ、悶え、叫声が木霊する。

 何十、何百と…彼女の周りで、“人”という名の薪が燃えている。

 絵画の世界に描かれるような地獄が、そこに拡がっている。

 

「嫌…嫌ッ…!!」

 

 堪らず目を伏せ、耳を塞ぐ。

 それでも聞こえてくる呪詛の如き末魔の声を、響は首を振って払おうとする。

 しかし彼女ははたとそれらの行為を止め、ゆっくりと視線を上げる。

 当然“薪”の姿も視界に入ってしまうが、彼女が見つめる先はただ1つ。

 拡がる世界を拒絶するその前に一瞬だけ見えたその“色”を…。

 

「ガロ…!」

 

 数十歩前に写る黄金色…しかしそれもまた、彼女の想像を越える様を見せつけていた。

 いつしか見た時のように項垂れ、地に膝を付くその鎧は…全身がひび割れていたのだ。

 少しでも衝撃を与えてしまえば脆く、そして呆気なく崩れ去ってしまいそうな程に…。

 そんなガロの鎧の側に“何か”が近付く。

 何処からか現れたそれは輪郭がぼやけて見え、青白い色をしているという事以外はっきりとした事が分からない。

 辛うじて人型と分かるシルエットであるそれはガロの鎧を前に立ち、そして腕と思われし部位を上げる。

 まるでその後勢いよく振り下ろし、ガロの鎧に当てるかのように。

 

「っ…駄目…!!」

 

 直感だった。

 あの腕を振り下ろさせてはならない。

 下ろさせてしまえば、ガロの鎧は粉々に砕け散る。

 そうなったら、きっと何か取り返しの付かない事になると…。

 

「駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 しかし彼女の訴え虚しく、その影は腕を振り下ろし…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―…な…立花!!」

「ッ…!?」

 

 ハッと気が付けば、そこは現実の世界。

 先に見ていたものも、聞こえていた音も、何も無い。

 

「んだよ急に…冷や汗かかせやがって…!」

 

 戻ってこれた…という表現が正しいかは分からぬが、とにかくここは現実だ。

 見れば翼とクリスの2人だけでなく、他の皆も自身の身を案じて側に寄ってきてくれている。

 

「まさか、あの…?」

「…はい。」

「…何が見えた?」

「えっと…。」

 

 その中でもマリアがいち早く事情を察し、他の者もそれに納得したようだ。

 次いで問うてきた翼の言葉…響はその答えを返そうとするが、言葉を詰まらせ下を向く。

 一番最初に炎の中に佇むガロを見た後、現実では実際にそのガロの鎧を身に纏い戦う騎士レオンと出会い、切歌と調が闇に呑まれそうになった場面を見た後には、街で2人がホラーを相手に辛戦をしていたり…。

 そんなある種の未来予知のような、未だ謎に包まれているこの感覚であるが、今見たそれはこれまでにない程に強くリアルな感覚によるものであり、それが却って危機感を煽ってくる。

 まるで今まで比喩的な表現だったそれが、本当にそのままの形で現実に反映されてしまいそうな…。

 少なくともそう気軽に話せるものでは無いと、響は伏せていた視線をレオンへと向ける。

 自分がそれを見ていた間に別に何かあったのだろうか…険しい表情でアルフォンソと話をしている彼の様子からは、少なくともあのビジョンのような折れた気配は感じられない。

 しかしもし仮に自身の仮説が当たっているのだとしたら、彼はこの先…。

 

「…んだよ黙りこくって、何か見えたんじゃねぇのかよ?」

 

 そんな風にいつまでも声に出さない響を見かねて、クリスが彼女を小突く。

 完全に意識外からのちょっかいに響は思わず体勢を崩してよろけてしまう。

 そうして2、3歩と千鳥を踏んだ足の先で…

 

 

 

 

 

 赤い光を放つ結晶がひび割れた。

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 気付けばそれが10、20と…彼等の周りを、遺跡全般を囲っていく。

 ひび割れた結晶から漏れ出た光は地面に幾何学的な魔法陣を作り、やがてそこから色取り取りの悪魔達が姿を現す。

 

「アルカ・ノイズ!?」

「何故今になって…!?」

 

 アルカ・ノイズ…またしても現れた、恐らくまだこの時代、この世界に在るべきでない筈の存在。

 しかも不思議な事に何故か世界渡航の為に一同が会しているこのタイミングで出現した。

 周りを見ても指導者らしき人物は見当たらず、余程隠れるのが上手いのか、それとも事前に撒かれていた種であるか…。

 後者であれば先にこの世界に足を入れた時にでも出てきておかしくない筈なのだが…どうにも“待て”をされていたという事か。

 

「応戦するわよ!!」

 

 どこか不自然なその発生の仕方に誰もが疑問を抱くも、今は詮索している場合では無い。

 装者達はギアを纏い、魔戒の者達はそれぞれの得物を手にアルカ・ノイズへと向かっていく。

 

「ここには闘えぬ者達が多い!彼等を護るぞ!」

 

 翼が激を発したように、今この場にはエルフナインを始めとした非戦闘員が滞在している。

 故に彼等にアルカ・ノイズを近付けさせてはならないのだが…。

 

「にしたって数多すぎデスよ!?」

「どこからこんな…!?」

 

 装者6人、魔戒の者3人を以てしても手に余る程のアルカ・ノイズが押し寄せる。

 しかしこの戦力差を覆し得る切札は先の戦いで既に切ってしまっている。

 頼れる術は無い…と苦虫を噛み潰す一同の耳につんざく悲鳴が届いた。

 そちらを見てみれば、S.O.N.G.職員の1人がアルカ・ノイズの手に掛かってしまっていた。

 もしもの時に連携して動きやすいようにと固まっていた彼等であるが、どうやら今はそれが裏目に出てしまったようだ。

 さらに1人、また1人と…負の連鎖は止まらない。

 

「走れ!!一ヶ所に留まるな!!」

 

 このままではただ狙われるだけだとレオンが指示を飛ばすも、残念ながら彼がそう言った時には既に職員達は皆アルカ・ノイズの手によって殺されてしまっており、エルフナインが最後の1人となってしまった。

 立ち止まっていてはいけない、走らなければとエルフナインは未熟な身体を必死に動かす。

 

「あっ…!!」

 

 しかし大多数のアルカ・ノイズとの戦闘は大規模な余波を生み、エルフナインはそれに巻き込まれて転倒してしまう。

 

「エルフナインちゃん!?」

「まずいぞレオン!!エルフナインの奴が!!」

「っ…!?」

 

 足を挫いたらしいエルフナインは苦悶の表情を浮かべており、直ぐには動けない。

 そしてその隙を見逃す程、アルカ・ノイズも甘くは無い。

 

「エルフナインちゃん!!」

 

 エルフナインに魔の手が迫る。

 誰の救援も間に合いそうにない。

 堪らず響は手を伸ばすも、その手は決して届かない。

 迫る死の予兆に響は目を見開き、反対にエルフナインは苦悶の表情のまま目を閉じ視線を反らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし訪れようとしていた運命は覆される事となる。

 

 

 

 

 

 ザンッ、という音がした。

 何かが斬れる音…エルフナインは当初それを自身の身体が斬られた音だと思っていた。

 しかしそれならば訪れる筈の痛みが襲ってこない。

 いくら末路が塵となるとは言え、それ以前に受ける攻撃のダメージは有る筈だ。

 それが襲ってこないという事は、つまり自分は攻撃を受けていないという事。

 そして今そのような考えを巡らせられる事が何よりの証拠となり、エルフナインは背けていた目を開ける。

 

「あれは…!?」

 

 同時に聞こえた響の声。

 何故そのような声を上げたのか、彼女の姿を見つける前に、エルフナインはある物を視界に捉える。

 アルカ・ノイズを滅した証の赤い霧を纏った、赤紫の柄の槍を。

 瞬間、赤霧を振り払う影が現れた。

 

「ご無事ですか?」

 

 その影は地に刺さっていた槍を引き抜くや、エルフナインに向けて膝を折る。

 

「貴方は…!」

 

 その人物をエルフナインは知らない。

 が、誰なのかは知っている。

 装者達から聞いた、赤紫の槍を振るい、濃紫の鎧を身に纏う盲目の魔戒騎士…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久し振りです、皆さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名を、ダリオ・モントーヤ。

 

 

 

 

 

「ダリオさん…!?」

 

 戦場の空気が刹那、止まる。

 予想だにしない人物の登場に装者や魔戒の者はおろか、感情などとは無縁の存在であるアルカ・ノイズですら衝撃を受けたのだ。

 正しく誰しもの注目を浴びたダリオはエルフナインの無事を確認するや、振り向き様に槍を構え戦闘の意思を示す。

 

「ったく、遅いのよあんた…!」

「申し訳有りません、お待たせしました。」

「待たせたって…まさか!」

 

 そんなダリオに近くまで来たエマが愚痴を溢す。

 その言い方はまるで彼があらかじめここに来る事が決まっていたかのように聞こえ、それが他の者達にかつての会話とを結びつけさせる。

 

「えぇそうよ、こいつがガルムの言っていた助っ人の騎士。」

 

 レオンが世界を渡る際にガルムが用意したという人材…彼がその内の1人だったのだ。

 最強の騎士たるレオンの代わりを務められる程の実力者が、ようやく合流を果たした。

 レオンとアルフォンソもその事実に大いに感謝しながら、彼の側へと寄る。

 

「ダリオ、お前…。」

「積もる話は後にしましょう、状況は?」

「彼女達を元の世界に返す。だがこの数だ…ご助力、頼めるか?」

 

 アルフォンソの嘆願に、ダリオは微笑を浮かべる。

 

 

 

 

 

「仰せのままに。」

 

 

 

 

 

 3人の騎士が一斉に円を描く。

 黄金の、赤紫の、そして濃紫の光が、3人の身体を覆う。

 

 

 

 

 

 

黄金(GOLDEN )騎士(KNIGHT) ガロ(GARO )

 

 

堅陣騎士(STRONGHOLDKNIGHT) ガイア(GAIA)

 

 

黒曜(OBSIDIAN)騎士(KNIGHT) ゼム(ZEMU)

 

 

 

 

 

 光が晴れし時、当代最強の三騎士が並び立つ。

 

「響!!向こうの世界に渡るのに時間は!?」

「皆を私の周りに集めて…そこから大体1分!!」

「私が奴等を引き付ける!!レオン、彼女達の補佐を!!」

「あぁ!!」

「1人で何とかしようって言うの?無茶言わないで!ダリオ、あんたもレオンと一緒に!」

「承知しました!レオン、彼女達の側に!私が殿を務めます!」

「無茶言うな!!1人で…!!」

 

 彼等を軸に形勢を立て直さんとする一同。

 その為の主力をダリオが担うと宣言するが、見渡した限りではやはり1人でどうこう出来る数では無い。

 しかしダリオは鎧の下で不適な笑みを浮かべる。

 

「出来ますよ。」

 

 瞬間、彼の隠されし力が解放される。

 その身姿こそかつて闇に堕ちたそれと違わぬが、彼が掲げる想いは今や違う。

 闇を越えて、その身に纏う…かつての戒めたる瞳に愛する者から授かった光を宿し、返り咲いた狼犬の名は…。

 

 

 

 

 

 暗黒(DARK)獣身(BEAST) ゼム(ZEMU)

 

 

 

 

 

 瞬間、彼は風となった。

 そう見まごう程の速さで動き、振るわれた守りし者としての十字槍は紫炎を迸らせ、並み居る敵を駆逐していく。

 

「うぉっ、マジか…!?」

「さあ、早く!!」

 

 そのあまりの早業に思わず見入ってしまうも、状況がそうしている暇は無いと告げている。

 

「今よ!!行って!!」

「残りは私達が引き受ける!!」

「でもレオンさん達が…!!」

「構わない!!早く!!」

 

 マリアに催され、レオンに促され、響は遂に絶唱を口ずさむ。

 

 

 

 

 

―Gatrandis babel ziggurat edenal…。―

 

 

 

 

 

 開かれた世界を繋ぐ扉。

 この瞬間、後に語り継がれる物語の終幕への序曲が紡がれた。

 その音色はこの先に待ち受ける運命を示すが如く、騒音に溢れていた…。

 

 

 

 

 




・謎のビジョンの正体

→主に響がよく見る謎のビジョンであるが、それは聖遺物プロメテウスの火の影響によるものである
 プロメテウスの火には創造の際に主であるプロメテウスの存在が強く影響され、プロメテウスが得意としていた“先見の明”という能力が反映されている
 先見の明とは“何か事が起きる前にそれをあらかじめ見抜く”という、謂わば卓越した予測能力である
 しかし人の乏しい知見ではそれを真に理解する事は出来ず、結果として未来予知のような形で認識、反映されるのだ
 しかしこの力はプロメテウスの火が持つ主な能力では無く、言ってしまえばおまけのようなものである
 その為誰でもこの力が使える訳では無く、響のような“特殊な条件を備えている者”にのみこの能力が反映されている


・暗黒獣身 ゼム

→バゼリアの件以降、ダリオが手にした能力
 一度闇に身を堕としたダリオが再び心に光を宿した際にゼムの鎧がその境遇に反応して誕生した姿
 かつての暗黒騎士と同様の姿となるこれは、ダリオが怒りや悲しみといった負の感情を募らせる事で発動され、暗黒騎士時代よりも荒々しい戦い方が特徴となっている
 実際この形態は姿こそ暗黒騎士のそれであるが、本質的には騎士が闇に呑まれ暴走した形態である“心滅獣身”に近い状態である
 光から闇へ、闇から光へと移り変わったダリオの心は言ってしまえば他の騎士と違って不安定で脆いものであり、それ故にこの形態を発現するに到った訳だが、当然そんな弱い心で強大な力を持つこの形態を自在に扱える訳も無く、常に暴走の危険性を孕んでいる
 しかしながら、彼がこの形態で暴走するという事は今後無いであろう
 何故ならこの姿になる為にダリオが抱く主な感情は、愛する者を失った事による“後悔”であり、それによって発現するこの形態は、謂わばそれそのものが彼にとっての“戒め”であるからだ
 この形態を発動するに当たって必ず目元の布を外す事が、それを示唆する何よりの証拠である


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第37話「終幕への序曲」後編

「無事、ですかね…?」

「…みたいだな。」

 

 アルカ・ノイズを退け、世界渡航を決行した響達。

 渡航時特有の頭痛が等しく一同を襲う中ゆっくりと周囲の様子を見てみれば、景色は機械的で見慣れた室内、側に居る人達はワームホール付近に居た者達ばかり。

 渡航者達の漏れは無く、マリアやアルフォンソといった予定外の人達の姿も無い。

 

「すみませんレオンさん、またこんな…。」

「いや、気にするな。」

 

 とは言え当初に予定されていた通りのメンバーかと言えばそうでは無く、巻き込むような形で加わってしまったレオンやダリオに響は頭を下げる。

 

「ダリオさんもすみませ…っ!?」

 

 そうしてダリオの方を向いた時、響は思わず息を呑んだ。

 下げようとした頭が止まる…それもそうだろう、響の目の前に居るダリオの姿自体はかつて見たその時とさして変わっていないものの、そこから見える素肌には見るもおぞましい紋様がくまなく走っていたのだから。

 

「…失礼、お見苦しいものを。」

「ダリオ、それは…。」

「…私が背負うべき枷ですよ。」

 

 ダリオが嘲笑を浮かべながら目元の布を結び直し、同時に彼の身体に走っていた紋様も成りを潜めていく。

 布の先に見えた瞳はかすかな色を宿しており、その様子からどうやら僅かに視力を取り戻しているようだ。

 しかしその瞳には確かな哀しみの色も見られた。

 愛する者の為に闇へ堕ち、そして愛する者の願いの為に光へ返り咲いたダリオ。

 しかしそんな彼の存在は果たして万人が受け入れられるものなのだろうか?

 その答えを暗示し、そしてそれを隠すような彼の心持ちに、響達は言葉を失ってしまう。

 

―皆無事か?

「師匠…はい、大丈夫です。ちょっと色々ありましたけど…。」

―そうか…分かった、とにかく一度こちらに来てくれ。その色々とやらが知りたい。

 

 そんな折に調度良く弦十郎が通信を掛けてきた。

 それと同時に室内へと入ってきた人物が1人。

 

「お疲れ様ね。」

「アンジェさん!良かったぁ…向こうに着いて周り見ても居なかったから…。」

「ごめんなさいね、心配掛けて。」

 

 その人物…アンジェの姿を見てぱっと表情を明るくさせる響。

 他の者も気掛かりとなっていた彼女の無事な姿を見れて安堵している。

 

「アンジェ…?」

「あら、見慣れない人ね。私はアンジェ、魔戒法師で…。」

 

 ただ1人違う反応を示したのはダリオであった。

 その理由が今までに会った事が無いからだと判断した響は互いの自己紹介をより深めようと会話に加わろうとする。

 

 

 

 

 

 しかし、

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 ガキンッ、という音がした。

 それと同時に響の視界を火花が横切る。

 何かがぶつかり合った音と証…響の視線は自然とその根源を探る。

 

「ダリオ!?」

 

 やがてレオンの懐疑の声が聞こえると同時に、響はその根源の正体を知る。

 

「まさか、こんな所で会えるとは…幸運です。」

 

 いつの間にか、ダリオが前に出ていた。

 その手には愛用の槍を持ち、その穂先は…アンジェへと向けられていた。

 そしてアンジェは法術を駆使して自らに向けられた槍先を反らし、受け止めている。

 そう…ダリオがアンジェの命を狙ったのだ。

 

「ダリオさん…!?」

 

 レオンに続き、響もまた懐疑の声を上げる。

 何故そのような事を、と。

 レオンと響だけでない、この場に居る他の誰もがそう思う中、鍔迫り合っていたダリオとアンジェの2人が同時に身を引く。

 しかし臨戦の態勢は崩さず、場には不穏と緊迫の混ざり合った空気が流れる。

 

「シラを切ろうとしても無駄ですよ。貴女のその“声”…私には誤魔化せません。」

「…成程、流石と言った所ね。」

「どういう事だ…!?」

 

 そのまま2人の間で紡がれる会話。

 それが何を示しているのか他の者達には全く分からない。

 ダリオはそんな面々を一度チラリと横目で見るや、彼等にも戦闘の催しを促す。

 

「構えてくださいレオン、あなた方が巻き込まれた一連の事件…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全て彼女が元凶です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…!?」

 

 告げられたその一言を、まず理解する事は出来なかった。

 一連の事件…それはきっとバゼリアでの一件や、つい先日までのディソナンスの案件の事を指しているのだろう。

 しかしその元凶が今目の前に居る彼女だと?

 何を言って…何を証拠にそんな事…。

 再び誰もの意見が合致し、そして同時にその視線はアンジェへ向けられる。

 そんな筈は無いだろうと、ともすれば鼻で笑えそうなその話を…実際に鼻で笑ったのはアンジェであった。

 

 

 

 

 

「あの戦いで生き延びたと聞いて、そうなるだろうとは思っていたが…やはり犬に成り下がったようね、ダリオ・モントーヤ。」

 

 

 

 

 

 その告言を否定する意思を感じられない、醜悪な笑みを浮かべながら。

 

「アンジェさん…!?」

―どうした!?何があった!?

 

 目まぐるしい状況の変化に、発令室の方でも不穏な空気が伝染する。

 そんな中でもアンジェはなおその口元を三日月の形から変えずにクツクツと笑っている。

 そしてスゥ…と手を掲げたかと思うと…。

 

「でも…気付くのが遅い。」

 

 唐突に指を鳴らした。

 すると場を支配していた空気がさらに変わり、一同を混乱に陥れる事になる。

 

「なにぃ!?」

「アルカ・ノイズ!?」

 

 響達の周り、そして発令室にも、地面に幾何学的模様が迸り、そこからアルカ・ノイズが姿を現す。

 

「動くな!動いたらお互い大事なお仲間が塵と消えるわよ!」

「おっさん達の所にもか…!!」

「乱心召されたか、アンジェ殿!!」

 

 各々を取り囲むように配置されたアルカ・ノイズ…その指揮を担っているのは、間違いなく今目の前に居るアンジェであった。

 

「何で…。」

 

 呆然と、そんな声が響の口から零れる。

 ダリオの言った事は、未だに信じられない。

 彼女が敵で、しかもこれまでの事件全ての元凶などと…そんな出来の悪い真実など、漫画やアニメじゃあるまいし、どうあっても受け入れ難い。

 

「貴方が知る必要は無い…。」

 

 しかし今彼女が自分達に牙を向けている事実だけは、どうしても認めざるを得ない。

 

「貴方はただの道具なのだから。」

 

 その口から本性と解釈すべき言葉が流れているのも、同様に認めざるを得ない。

 そう…ダリオの言うそれが真実かはともかく、彼女は今、自分達の“敵”なのだ。

 

「さて帰ってきた所悪いけど、貴女には私を連れてとんぼ返りしてもらうわよ。」

「…無駄だ、世界の渡航はそのような頻度で行えるものでは無い。」

 

 そんな彼女の目的は、どうやら自身の世界への帰還のようだ。

 しかしながら出入り口の相転移による世界の渡航はその都度ギアの調整が必要となり、概ね1週間程は同様の渡航が不可能となる。

 つまりその渡航方法を行った直後である今、彼女の言うとんぼ返りは不可能な筈なのだ。

 

「出来るわよ。」

 

 しかしアンジェはそんな翼の咎めに笑みを崩さず、出来ると言って憚らない。

 何を根拠にそんな自信を持って言っているのか一同には分からず、アンジェの言を止める声を出す事が出来ない。

 

「さぁ立花 響、選びなさい…私の言う通りに従うか否か。」

「…従わなかったら?」

 

 そのまま指名をされた響ではあるが、如何に彼女とてこの状況だ…そう簡単には意を示さない。

 しかしアンジェがチラリと横目でアルカ・ノイズを見るや、響は口惜しげに首を縦に振る。

 

「…何をすれば良いんですか?」

 

 逆らえば、待つのは死。

 それはこの場の誰とは指名していない。

 しかしそのいずれもが響にとって死なせてはならない者達。

 多勢の人質を取られてなお敢然なる意志を貫ける程、目の前の彼女も、自らの実力も、そして現実という理も許してくれない。

 

「簡単な話…思いっきりぶん殴れば良いのよ。」

 

 さて肯定の意を貰ったアンジェはと言うと、事が思惑通りに進んでいるのか満足げな様子だ。

 得意でしょう?と聞いてくるその調子が、今にも鼻歌でも歌いだしそうな程上がっているのが見て取れる。

 

「何を…?」

 

 そんな調子だからこそ、思いっきりぶん殴れば良いというその対象が明示されなかった。

 明示されなかった故にそれを聞き返す時間が生まれた。

 そしてその時間は、静かに整っていた反撃の手を場に到達させた。

 

「ッ!?」

 

 突如響いた爆発とも取れる音。

 アンジェも含めた室内全員が何事かと音のした方へ目を向ければ、何とこの保管室と通路とを隔てる扉…それが本来の役割を果たさず明後日の方向の壁面に突き刺さっていたのだ。

 

「今だ!!」

 

 次いで室内へ侵入する2つの人影。

 その内の1人が真っ先に躍り出たかと思いきや、次の瞬間その人物は煙と共に何人にも分身してみせた。

 

「なっ…!?」

 

 分身したその者達は見切るも困難な速さでアルカ・ノイズの背後を取るや、その頭部にハンドガンの弾を放ち、瞬く間に全滅へと追い込む。

 そして分身がまた煙と共に消えてなくなると、残った本体たる存在がアンジェの影に向けて銃弾を射つ。

 それだけでアンジェの身体は操作を放棄したゲームキャラクターの如く一切の行動を禁じられた。

 

「残念でしたね。」

「あいにく、こちらも多少の心得というものが有ってな。」

 

【影縫い】

 

 それは翼も扱う心得有りの技。

 しかしその技は彼女が編み出した剣の術に非ず。

 その技を類に分けるとしたら、それは忍術。

 彼女が身近な使い手に教えを乞うて会得した、忍が誇る搦め手。

 そんな技を扱う彼こそ、翼が教えを乞うた使い手本人にして、日本が誇る腕利きのエージェント。

 そして今悠々と室内に足を踏み入れてきた屈強な身体付きの男こそ、扉を壁にぶっ刺すなんて非常識も良い所な荒事をやってのけた張本人。

 

 

 

 

 

「師匠!」

「緒川さん!」

 

 風鳴 弦十郎と緒川 慎次。

 大人(OTONA)達の出陣だ。

 

 

 

 

 

「さてアンジェ君、これは一体どういう事か説明してもらおうか?」

「嘘でしょ…結構な数用意した筈なのだけれど…!?」

「多少浮き足は立ったが、それで崩れる程ウチはヤワじゃない。」

 

 何と彼等は自力でアンジェが用意した包囲網を突破してきたらしい。

 であるにも関わらず平時とまるで差が無いその姿からは、大人の余裕たるものを感じさせる。

 その貫禄を前に、彼等を知らぬ者達は敵も味方も揃って開いた口が塞がらない様子。

 

「アンジェさん…何で…。」

 

 だとしても気になるのはやはりアンジェの凶行だ。

 一時の気の迷いだと言うのならそうだと言ってほしい。

 それほどに響は彼女の行いを信じられなかったのだ。

 

「…だとしても、知る必要は無い!!」

 

 しかしアンジェは自らの意識のみで足下に錬金術を発動。

 魔法陣から青白い雷がスパークするや、影に刺さっていた弾が抜かれてしまった。

 

「フンッ!」

 

 自由を得たアンジェはさらに法術で煙幕を張る。

 

「何処に…!?」

 

 先程まで居た場所に、アンジェはもう居ない。

 未だ煙が立ち込める姿を眩ませた彼女の行方を探っていると…。

 突然ワームホールの方で異変が起きた。

 何やら人の呻き声のようなものも聞こえるとして振り向いてみると…。

 

「ぐぅぅぅぅぅ…!!」

「アンジェさん!?」

「一体何を…!?」

 

 アンジェがワームホールに張り付いていたのだ。

 彼女はワームホールから発せられている雷に身を打たれ苦悶の声を漏らしている。 

 

「させるか!!」

 

 彼女が一体何をしているのか分からず皆困惑しているが、ダリオが先んじてハッと気を取り戻し彼女の行いを止めようとするも、もう遅い。

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 やがてアンジェが一層の悲鳴を上げてワームホールから離れる。

 それはまるで何かを引きちぎって後退ったようにも見え、実際に彼女はその手に先程までは持っていなかった何かを持っていた。

 

「一か八か…!!」

 

 アンジェはそう言うと再び法術を発動、手先から光の帯を伸ばして響を捕らえる。

 

「なっ…!?」

「響!!」

 

 レオンが伸ばした手が空を切る。

 そのまま響を手繰り寄せたアンジェはこれまでに無い険しい表情を浮かべながら、足下にまたこれまでに無い程の陣を形成する。

 

「ぶつけてやるわよ…私の全力!!」

「アンジェさん!!」

 

 錬金術と法術の極限行使…それに感づいた響が悲痛な声を上げるも、その声は届かず。

 

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 振りかざした手から見るも焼かれる光の奔流が放たれる。

 その光は当然凄まじい光量を誇り、一瞬で室内を眩く満たす。

 それと同時にまた凄まじい音が鳴る…レオン達は何が起きているのか知る事が出来ない。

 やがて視界を染めていた光が晴れ、室内の様子が露になる。

 基本的には変わらぬ様子ではあるが…そこには確かな違いも見受けられた。

 

「何が起きた!?」

―ワームホールに異常を確認!プロメテウスの火の反応を感知出来ません!

「2人は!?」

―2人の生命反応も同様に感知不能!消失(ロスト)しています!

 

 まず響とアンジェの2人が居ない。

 恐らく向こうの世界へ渡ったのだろう。

 しかし向こうの世界へ渡るのに必要なワームホール…それに取り付いていた聖遺物プロメテウスの火が無くなっており、心なしかワームホール自体ユラユラと歪んでいるような印象を受ける。

 

「一体…。」

 

 何が起こっているのだろうか。

 アンジェの凶行から始まった新たな異変。

 それはこの物語を終わりへと導く最初の劇。

 世界の命運を分ける戦いが、いよいよ始まろうとしていた…。

 

 

 

 

 




・その後のダリオ

→原典と違い生存を果たしたダリオ
 その後の処遇について多分本編で語る暇が無いのでここに記載


~ダリオのその後の処遇について~


1.系譜の抹消

返り咲いたとはいえ、一度は闇に堕ちたのである。
掟に従い、以降の歴史に黒曜騎士の名が綴られる事は無い


2.堕落者の刻印

かつてレオン達に因縁のあった法師にも刻まれていたその刻印は感情が昂ると全身を覆う程のおびただしい紋様が浮かぶ
これは特殊な術によって肌では無く遺伝子に直接刻まれるものであり、早い話産まれた子供にも遺伝する
闇に堕ちた一族として末代まで語られる事になるのだ


3.元老院付き

一見すると誉れ高い事であるが、彼の場合後述の事を考慮するとそうとは言えない


4.指令に於ける拒否権の剥奪

通常神官から下される指令には(ものにもよるが)拒否権がある
しかしダリオにはそれが一切無く、下された指令はどんな事情があろうとも従い、そしてそれを達成しなくてはならない
元老院の神官は番犬所の神官よりも高位の存在であるが故に癖の強い者達が多い
ただでさえ無理無茶無謀な指令を平気で下してくる彼等が、掟に背いた過去を持つダリオの事を好ましく思う筈が無い
つまりはそういう事である


 騎士としておおよその自由を奪われてしまったダリオであるが、それでも彼は守りし者で在り続ける
 愛する人から受け継いだ想いを守る為に…


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第38話「永別-I Love You-」前編

「っ…!」

 

 ぴしゃり、と音がした。

 とても広く、どんな小さな音でも反響して耳に届く程に静寂なその空間に於いて、まるで水でも滴り落ちたかのような音を産み出したのはこの空間…番犬所の主、ガルム。

 そんなガルムは今、普段なら絶対に見せない苦悶の表情を浮かべていた。

 

「貴様…。」

 

 それもその筈、彼女の口端からは吐血によって一筋の赤線が描かれており、そして胸部には同じく血による真っ赤な花が咲いていた。

 それが先の音の根元である事は、言わずとも分かるであろう。

 そうして彼女のただでさえ真っ白な肌からさらに血の気が失せていく中、彼女は視線の先に立つ者の姿をキッと睨む。

 

「こうまでして、お前は一体何がしたい…?」

 

 その先に居るのは、ガルムもよく知る黒いフードを深く被った女性の魔戒法師であった。

 その人物は今にもその身全てを鮮血に染めてしまいそうなガルムに対してニタリと笑う。

 

「さぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄にでもなってみせましょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェの凶行から間もない頃。

 次々と起こった事態に各職員が対応している中、レオンや装者達はダリオから話を伺おうとしていた。

 

「一体どういう事なんだ?アンジェが全ての元凶だなんて…。」

 

 ダリオが戦時に言ったその言葉…それが気になり問い掛けてみると、彼は少し顔を俯かせ、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「…そもそもの始まりはサラ様が自害なさり、ホラーへと変貌した時まで遡ります。」

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―はぁっ…はぁ…っ…!!

 

 

 

 

 

 あの日サラ様がホラーへと変わり果てたその時、確かに私はあの人の陰我に呑まれ、溺れました。

 しかしそれでも一度はこの槍を振るおうとしたのですよ。

 

 

 

 

 

―私は、守りし者…ホラーは…斬らなければ…!!

 

 

 

 

 

 信じ難い事かもしれませんが、これでも騎士としての誇りや誉れは持ち合わせておりまして…私はその矛先をサラ様へと向けました。

 しかし、そこから先の行動に移す事は叶いませんでした。

 御察しの事とは思いますが…目の前に居るのは曲がりなりにも私が愛した人。

 それを斬れというのは、今度こそ完全な別離となってしまう…。

 私の掲げた騎士としての使命は、そこから来る情によって阻まれてしまったのです。

 この時点で既に私がサラ様を斬る事は永劫に無かったでしょう。

 だからと言ってどうすれば良いのか…目の前のホラーをただ野放しにでもするのか?

 

 

 

 

 

―良いのか?本当に斬って。

 

 

 

 

 

 そんな時でした、私をかの道へと導く事になる声が聞こえてきたのは。

 

 

 

 

 

―誰だ!?

 

 

 

 

 

 声が聞こえてきたのは、私の背後…振り返り、私はその者の正体を知ろうとしました。

 当時の私は視力を失っていましたので、当然その姿は見れませんが…まぁ、在りし頃からの癖というものですね。

 そうして振り返った先からは、徐々にこちらへと近付いてくる者の気配が。

 その者は私の側まで来ると、サラ様の姿を見て感嘆の声を上げました。

 

 

 

 

 

―ニグラ・ヴェヌスか…これは良い。奴等相手に不足無しだ。

 

―何…!?

 

 

 

 

 

 その声は所々雑音が混じり、声質自体も男性か女性か分からないように細工が施されていましたが、長年聴耳を頼りに生きてきた私には誤魔化せません。

 その声は確かに女性の…ひいては彼女(アンジェ)のものでした。

 

 

 

 

 

―貴様…貴様がこのホラーを!?

 

 

 

 

 

 そんな彼女がこのホラーを呼び寄せたのだと知った時、私の心は沸々と煮えたぎる想いで溢れました。

 

 

 

 

 

―黒曜騎士 ゼム、ダリオ・モントーヤ…亡国の姫君の為にその身を捧げた、報われない騎士…。

 

―黙れ!!

 

 

 

 

 

 さらに挑発の言葉を掛けられ、思わず槍先をサラ様から彼女へと向けると、彼女はあくまでこちらを嗜めようと口を開きました。

 

 

 

 

 

―まぁ待て、お前もお姫様を失って悲しいだろう?私も悲しいよ…嗚呼、この世界は何て不条理に満ち溢れているのか、とな。

 

 

 

 

 

 だからこそほんの一握りとて、この世の不条理を覆すような事が起きても良いでは無いか…と、端から聞けば世迷い言ばかりではありましたが、当時の私はその言葉をはね除けるような事は出来ませんでした。

 今思えば、その時には既に彼女がこれから告げる事を何処となく察し、そして期待していたのかもしれません。

 

 

 

 

 

―ダリオ・モントーヤ…愛しの姫君を蘇らせたくはないか?

 

―何…!?

 

 

 

 

 

 そして、彼女はその期待通りの言葉を私に掛けました。

 

 

 

 

 

―馬鹿な事を…そんな事が…!!

 

―出来るさ、この私の手を以てすればな。

 

 

 

 

 

 やけに自信に溢れるその様子からは確かに嘘を言っているようには思えず、私はただ彼女の言葉を聞く事しか出来ませんでした。

 

 

 

 

 

―魔戒騎士はホラーを斬る…大いに結構。しかしダリオ、お前は目の前のホラーを果たして斬れるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その震える手で、今にも涙が零れそうな眼で、そのお姫様の成り代わりを斬れるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …私は既にその場で深く膝を付いていました。

 彼女の言う通り、私にはサラ様を斬れなかった。

 愛する人をこの手に掛けるなど、そのような英雄悲劇…私ではとても出来ませんでした。

 

 

 

 

 

―悲しいよなぁ…私も悲しいよ…。

 

 

 

 

 

 だからダリオよ…と、彼女は項垂れる私に合わせるように屈み、静かで澄んだ声を私に聞かせました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私と一緒に、地獄に堕ちよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声は恐ろしい程に私の心の奥底に届き、私を闇へと堕としたのです。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ツィルケルの輪やその為に必要な生贄の場所、魔導具、それとアルカ・ノイズと言いましたか…ああいったものは全て彼女が手配したものです。私はこれまでそれらの出処、及び彼女の正体を探るべく行動していました。」

「それでアンジェが…。」

 

 ダリオが机上に拡げた資料…そこには複雑な数式と共にバゼリアで見えた屍人“アポストロフ”や神殿に居た大型魔導具“ギュスタヴォス”、さらにアルカ・ノイズやホラー、そしてディソナンスといったものの絵図が描かれており、それらの資料の末端には確かに“アンジェ”と自筆の名が書かれていた。

 

「彼女は一体何を狙いに…?」

「そこまでは分かりません…ですがバゼリアでの件を考えれば、それがどのようなものであるかは想像に難くないでしょう?」

「だったらなおさら急がねぇと…こんな所で油売ってる場合じゃねぇよ!」

 

 これ程条件が揃えば仮に元凶では無くとも彼女が敵対者として今回の件に深く関わっているのは間違いない。

 クリスは居ても立っても居られないといった様子でワームホールの下へ向かおうとするが、エルフナインが慌ててそれを制した。

 

「待ってください、今ワームホールを使用するのは危険です!」

「何でだよ!?」

「ワームホールの維持には、プロメテウスの火の存在が必要不可欠でした。それを欠いた今、ワームホールの存在そのものが非常に不安定なものとなっています。このまま渡航を行えばどうなるか…。」

 

 例えて言うなら、それは整備された道を外れ全く先の見えぬ藪の中を突き進むようなもの。

 まともな道標も無い中、鬼が出るか蛇が出るか…はたまた足を踏み外して奈落の底へ真っ逆さま…。

 アンジェでさえ一か八かと吼えたその道を無事に抜け、目的の場所に辿り着ける可能性というのは限りなく低い。

 

「どうすれば良い?」

「現在のワームホールの状態をより詳しく調べてみます。それから渡航の方法を確立させます。」

 

 今はエルフナインに任せ、待つしかない。

 歯痒く、もどかしく、焦りが募る。

 アンジェが僅かな可能性に賭けてでも行おうとしている目的。

 それがきっと恐ろしい事に繋がると、誰しもが予感しているからだ…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ん…。」

 

 それはまさに気が付いたという表現が正しかった。

 いつの間にか自分はこの瞳を閉じており、そして今意識が覚醒した。

 果たしてそれはただ眠っていただけなのか、或いは何らかの理由で気を失っていたのか…。

 しかし覚醒したとは言え、それは急な話…未だその意識は明瞭なものでは無い。

 それでも自分の置かれている状況を何とか理解しようと、響は辺りの様子一つ一つを食い入るように見つめる。

 

「ここは…?」

 

 この空間はとても広く、まるで洞窟のようであった。

 ゴツゴツとした剥き出しの岩肌が何かの光源によって薄暗くも青白く照らされており、そのような印象を抱いたのだ。

 その光源が足下から発せられていると察した響はその視線を下へと降ろす。

 そこは変わらず人の手が加えられていない岩肌となっており、どうやらその岩肌自体が何か特別な鉱石で出来ているのか、光はそこから放たれていた。

 しかしそれとはまた別に響は眼下の光景が周りのそれとは少し違った印象は受けた。

 と言うのも響の足下はまるで隕石でも衝突したかのような大きな穴が拡がっていたのだから。

 ぽっかりと開いたその穴は光る岩肌によって底へ行く程光源が増し、白く見えない。

 そしてその穴をちょうど真上から見下ろしている図から、響は今の己の状況を知る事が出来た。

 如何なる力が働いているのか、響はその空間の真中で宙に浮いていた。

 いや…まるで磔にでもされているかのような自身の格好と手足首から伝わる違和感から、何か見えない力で拘束されているのだろうか…。

 時間が経って少しは覚めた意識を用いてそう思案していると、この空間に自身のものとは違う声が響いた。

 

「おはよう、よく眠れた?」

「アンジェさん…!」

 

 視線を少しずらせば、穴の淵…そこに名を呼んだ彼女が居た。

 魔戒法師アンジェ…彼女の姿を見た事で一体何があったのかを思い出し、響はその場で身動ぎする。

 

「無駄よ、そう簡単に壊せはしないわ。」

 

 しかし予想していた通り両方の手首と足首に何か枷のような物が嵌められており、響はその場から動く事が出来ない。

 何かしらの負荷が掛かった時にのみおぼろげに可視化するその枷は体勢の問題もあるが、シンフォギアを纏っている現状でも外す事が出来ない程の代物だ。

 まぁ貴女があの大人達程の力を持っていれば話は別だけれどとアンジェは茶化すも、その大人でさえも果たしてどうであろうか…。

 

「アンジェさん、どうして…どうしてあんな事したんですか!?ダリオさんの言ってた事、全部嘘なんですよね!?」

 

 とにかく今はどうする事も出来ないと、響はせめてと言わんばかりに悔しく吼える。

 あの場に於いて否定の意を示さず、むしろ肯定すると言わんばかりの行動を起こした彼女にこのような事を聞いた所で、きっと無意味な事なのだろう。

 身の潔白を信じた所で、またそうではないと認めた所で、彼女がこちらに牙を向いたという事実に自分は傷付くだけだ。

 ならばせめて彼女の口から直接聞きたいのだ…分かり合う事の出来ない敵なのか、それとも一概に片付けられない事情を抱えているが故の血迷いの末に事を起こしただけの、味方なのか。

 それに対するアンジェの答えは…。 

 

 

 

 

 

「さぁ?」

 

 どちらとも違う形で響の心を傷付けた。

 

 

 

 

 

「さぁ、って…ふざけないでください!アンジェさんがそんな事…!?」

「ふざけてないわよ、私が何をしたのかなんて…逆にこっちが聞きたいわ。」

「え…?」

 

 あまりに予想外の返答に思わず咎めるような言葉を発してしまうも、アンジェは先の発言に違わぬ、本当に困ったような表情を浮かべてその発言に対する補足を入れた。

 

「だから()()()()()のよ、そのあたりの事は。でも何となく覚えてるわ…私どこかで錬金術を使ったでしょう?それも全力の。」

 

 それを聞いた響はハッと目を見開く。

 一か八かと…確かに彼女はワームホールに対して何かの術を放っていた。

 その正体は錬金術…使う者が使えば世界を壊す程の禁力。

 しかし錬金術は行使の代償に記憶を焼却する。

 術が高度に、そして規模が大きくなればなる程、比例して失う想い出も増える。

 そしてあの時彼女は自身の持てる限りの力を振り絞り、その禁術を放った。

 その代償として払った多量の記憶の中に、響が求めていた答えがあったという事だ。

 

「まぁ、やりたい事は覚えてるから良いけど。」

「やりたい事って…?」

 

 都合が良い、とは思えなかった。

 それよりも響の中では、そうまでして彼女が求めるものとは一体何なのかという想いでいっぱいであった。

 

 

 

 

 

「色々よ。栄光、繁栄、そして…復讐って所ね。」

 

 

 

 

 

 その求めるものが、世界を殺すものであると分かっていながらも。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ワームホールの解析結果が出ました。」

「それで、どうなんだ?」

 

 あれから1日が経過して、ようやくエルフナインから報告が上がった。

 呼び集められた装者2人と騎士2人は目の下に隈を浮かべているエルフナインに感謝をし、しかし申し訳無くも急かすように話を伺う。

 そして告げられたワームホールの解析結果は、幸いにもそう絶望に明け暮れるものではなかったが、あくまで幸いと言うように茨の道となっている事にはやはり違いはなかった。

 

「現在のワームホールの状態を簡潔に説明すると、“入口と出口は決まっているものの、道中の整備が整っていない状態”です。」

「出口が決まってるって事は…。」

「少なくともヴァリアンテには出られます…ただしそれは無事通り抜けられればの話です。もし道を踏み外してしまった場合、最悪そのままワームホールの中から出られなくなってしまうかもしれません…。」

「それでも行かねばならん…手はあるのか?」

「はい、ただそれも一応はというものになってしまいますが…。」

 

 下手をすれば次元の旅人…なんてロマン溢れる語りが出来ない危険が待ち受ける中、それを突破する為の策とは…。

 

「アンジェさんと同じ方法を行うんです。膨大なエネルギーをぶつけて、入口と出口とを繋ぐ道を無理矢理整えるんです。」

 

 成程、実に分かりやすいものであった。

 意外にも一か八かの手段が一番安定していたという結果が、果たして運が傾いていただけなのか、それとも実は計算通りであったのか…どちらにせよアンジェと響がワームホールを抜けてヴァリアンテに辿り着いた事実が極めて高い事に一同は安心と危惧が半々といった様子だ。

 それに危惧を抱えているのは何もそれだけでは無い。

 

「ですがそのような方法、どうやって…。」

 

 ダリオがそう溢したように、問題はそのぶつけるエネルギーが果たしてどれだけ膨大である必要があるのかだ。

 エルフナインによると、今までは装者達の絶唱やガングニールの特性でそれを成し得ていたものの、それ自体プロメテウスの火があってこそのものらしい。

 それを欠いた今、翼とクリスの絶唱だけでは求めるエネルギー量には到達出来ない。

 では騎士達2人ならどうか?

 残念ながら前回同様こちらの世界に来てから両者とも鎧が召還出来ず、期待が見込めない。

 考え得る限り、そのような手段が思い付かないのだ。

 

「大丈夫です、当てはあります。」

「あぁ。2人共、例の報告の件はどうなってる?」

「はい、既に返事が返ってきています。」

「『失望したぞ、我が息子よ。』との事です。」

「手厳しいものだ…まぁ、事実ではあるのだがな。」

 

 しかしエルフナインや弦十郎達は何も心配は無いと告げるや、さらにそのまま通信を繋げてS.O.N.G.全体にある衝撃的な指示を告げる。

 

「総員に告ぐ!先程上からの御厚意で、俺達には全員3日間の休暇が与えられた!この貴重な時間を有意義に使う為に、俺達はこれより急遽…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社員旅行に出掛ける!!」

 

 

 

 

 

「「…は?」」

 

 

 

 

 




・実はバゼリアの一件に関わってたアンジェ

→これは原作『DIVINE FLAME』を見て作者が思った事
いくらダリオが実力の有る優秀な騎士とは言え、たった半年…それも1人であれ程の計画を実行出来るものなのかという疑問への解決策


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第38話「永別-I Love You-」中編

「いやまぁ、何となく予想はしてたけどよ…。」

 

 響とアンジェ…2人の行方を追う為にワームホールの突破を試みようとする一同。

 しかしその方法に予想が付いていたと言っておきながら、クリスは何故か溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

憑自我(パンチーンゴー) 硬漢子(ンガァンホンチー) 挨出一身痴(ペンチョッヤッサンチィ)♪―

 

 

 

 

 

 そう…およそ聞き慣れないような音楽が流れる中、呆れたような溜息を。

 

 

 

 

 

流汗血(ラゥホンヒュッ) 盡赤心(チョンチャクサム) 追尋大意義(チョィチャムダァイーイー)♪―

 

 

 

 

 

「…本当にこんな方法で行けるのか?」

「無論、間違いなくな。」

 

 それもその筈、その方法とは弦十郎が持てる限りの一撃をぶつけるという考えもあったもんじゃない方法であるからだ。

 クリスが溜息を吐いたり、レオン達が怪しむのも納得である。

 

 

 

 

 

生命(サァンメン) 作賭注(チョッドウチュ) 留下了(ラゥハリュ) 英雄故事(イェンホングシー)♪―

 

 

 

 

 

「自信が有りますね…。」

「おっさんとの付き合いに一日の長が有るあたし等を信じろ。」

 

 しかしそう言われてしまえば、まぁ…従わざるを得ない。

 まして溜息を吐いた当人の言い分だ、信憑性も…有るのだろう。

 

 

 

 

 

憂患(ヤーゥワァン) 見骨氣(ギングァッヘィンゴンボゥグ) 昂歩顧分似醒獅(パァチィセングシー)!♪―

 

 

 

 

 

「でも流石にこの歌流すのは止めねぇか!?あたし等からすりゃ妙に気が抜けるんだが!?」

「何を言う!君達にとっての歌が有るのなら、これが俺にとっての絶唱だ!!」

 

 そしてやっと流れる曲へのツッコミが入った事で、作戦のさの字も無いような作戦が開始された。

 

「さぁ行くぞ!!」

 

 弦十郎がワームホールの前に立つ。

 目を閉じ、握り拳を腰だめに構え、身体を捻る。

 

衝前去(チョンチィンホゥィー) 全部得失只有寸心知(チュンボゥダッサッチーヤゥチュンサムチィ)♪―

 

 そして彼にとっての絶唱が佳境に差し掛かった、その時。 

 

 

 

 

 

「どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 

 

 

 カッ、と目を見開いた弦十郎が拳を突き出す。

 瞬間、その場に居る全員の身体が()()()

 繰り出された一撃が天地を揺るがし、巻き上がった風がそうさせたのだ。

 不意も不意たる突かれ方に誰もが尻餅を付き、そしてその目の前でワームホールは紫電を放ちながら起動を始めた。

 

「まさか、本当に開けたのか…!?」

「生身の拳1つで…何と無茶苦茶な…!?」

 

 例え鎧を纏えていたとしても、こんな芸当出来るものか。

 一体どんな鍛練をすればこんな事が…と疑視の目を向ける2人に対し、弦十郎はハッハッハ!と豪快に笑う。

 

「なぁに、大した事はしてないさ!

 

 

 

 

 

1.飯食って!

 

2.映画見て!!

 

3.寝る!!!

 

 

 

 

 

俺がやってるのは、ただそれだけよ!」

「「何だそのふざけた方法!?」」

 

 

 

 

 

跨歩上(クヮボゥセェン) 雲上我要去寫(ワンセェンゴイゥホゥィセ~…) 名字(メンチ)!♪―

 

 

 

 

 

 これが大人(OTONA)の真骨頂。

 弦十郎の高笑いが響く中、装者2人に騎士2人、そしてS.O.N.G.から選りすぐりのメンバーが破天荒に世界を渡った…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「おぉ~…凄い人集りデスねぇ…。」

「前が全然見えない…。」

「この国の王子様直々の演説だものね。」

 

 その日、サンタ・バルドの城下町は普段とは違う喧騒に溢れていた。

 ヴァリアンテ城眼下、街の中央広場にはこの城下町に住む全ての人が集まっているのではと思う程に人で溢れ返っている。

 その中にはマリアや調、切歌といった装者3人に加え、ヒメナやロベルトといった人物も顔を出していた。

 アルカ・ノイズの襲撃に遭いながらも、響やレオンといったメンバーが世界の渡航を行ったあの日…残る死線を何とか乗り越え、安息を吐いた彼女達。

 しかし希望の光“ハウリングセイバー”を得た事は当然ながら彼女達だけが存じ得る話であり、城下に居る民達は未だにホラーやノイズ、ディソナンスの脅威に怯えている。

 そんな彼等に詳細こそ話せないものの、せめて不安だけでも無くしたいとしてアルフォンソが急遽演説を行う事を決めた為、このような光景が出来上がったのだ。

 

―我が親愛なる民達よ!日々拡がる悪魔の噂に気を苛まれ、外を歩くにも常に不安と恐怖が心を蝕む中、よくこうして集まってくれた!

「あ、始まったみたいデスよ!」

「ドキドキ…。」

 

 すると遠くの方から聞き慣れた青年の声が広場一帯に響き渡ってきた。

 無論それはヴァリアンテ王国現王子であるアルフォンソの声…城の露台から最後尾の方にまで声を届ける姿は、例えその身が見えずとも立派な有り様だと聞いて分かる。

 

「ん…?」

 

 と、そんな感心に浸っていたマリアの胸元が僅かに震え始めた。

 胸ポケットに入れているS.O.N.G.の通信端末が振動しているのだ。

 マリアは日々の仕事柄もあって反射的に端末を取り出し、しかし耳に当てた所でこのような通信を入れる相手が誰なのかという疑問を抱く。

 

「はい、こちらマリア…?」

―マリア!!今何処に居る!?

「翼…え?何で通信が繋がって…?」

―話は後だ!!今何処に居るのかと聞いている!!

「な、何よ急に…今は街の広場に居るわよ。アルフォンソがこれから演説を始めるから見物をと…。」

―演説だと…!?

「えぇ、日々ホラーやディソナンスといった脅威に晒されている民衆を安心させる為にって。」

 

 その相手が昨日こちらの世界を渡った筈の翼である事、そして彼女の何故か鬼気迫る話の勢いに、マリアはますます怪訝に眉を潜める。

 

―まずい…とにかくマリア、月読と暁と共に近くの屋根に上がれ!!話はそこで!!

「え?…あ、ちょっ、翼!」

 

 そして矢継ぎ早に通信を切られてしまい、説明も無しに一体何なのかと募りが沸く一方、彼女がそこまで急くという事が単なる事情によるものではない事が容易に察する事が出来る。

 

「…ごめんなさい、仲間に呼ばれてしまって…ここを離れるわ。」

「え?えぇ、構わないけど…。」

「ごめんなさいね…調、切歌、行くわよ。」

「マリア…?」

「あ、ちょっと待っ…ロベルト~!良い子にしてるデスよ~!」

 

 ならば応じない訳にはいかない。

 マリアは調と切歌を連れて民衆を抜け、近くの路地裏へと足を運ぶ。

 

「マリア、どうしたんデスか?こんないきなり…?」

「さっきの通信、翼さんからだよね…って、あれ?何で翼さんと通信出来て…?」

「分からないわ…ただ、何か良くない事が起ころうとしているのは確かね。」

 

 そのまま2人を促しギアを纏うと、付近の屋根上へと飛び上がる。

 民衆は演説を行っているアルフォンソに注目している為、屋根上で何か行動を起こしても、そうそう気付かれはしない。

 

「マリア!!」

「翼、これは一体どういう事?貴女達向こうの世界に帰ったんじゃ…?」

 

 そうしてマリア達の下に訪れた翼とクリス、そしてダリオ。

 3人とも本来ならまだこちらの世界には居ない筈の人物であるとして、先程聞きそびれたその訳を聞こうとするも…。

 

「3人共、私達が来るまでに立花かアンジェ殿の姿を見なかったか!?」

「え?…いいえ、私は見ていないけれど…。」

「私達も…。」

「見てないデース…。」

「ッ…とにかく、今はその2人を探すぞ!!話はその中で!!行くぞマリア!!」

「えっ、ちょっと!」

「1年コ共はこっちだ!!」

「えぇ!?」

「な、何なんデスかぁ~~~!?」

 

 再びお預けを食らってしまい、マリア達はされるがままに翼達の用件に付き合わされる事となった。

 それに対してマリア達から抗議の声は上がらない。

 この件が只事では無いと既に予見して、そしてまさにその通りなのだと後に知る事になるからだ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 アルフォンソの演説は順調に進んでいた。

 相次いで国内に響く悪魔による被害…残念ながらそれは事実だと、まずはそれを受け止め、そしてどうか受け入れて欲しいと懇願した時こそ民衆からはざわつきが起きたが、例えその事実を受け入れる事によって、より心に不安や恐怖を抱える事になったとしても、その事実を受け入れなければ、その悪魔を討ち滅ぼす者達の事も受け入れられないと宣言した事によって、そのざわつきは徐々に収まっていった。

 

「この国を闇が覆うというのならば、それに対するように光もまた輝く…そして我々は既にその光を掴んでいるという事を、どうか皆には知っておいてもらいたい!その上で皆に頼みがある!光は確かに闇を照らす…しかしその先に照らされるべきものが無ければ、光が闇を照らす意味が無い…だから皆にはその照らされるものとなってほしいのだ!」

 

 残念ながら魔戒騎士やシンフォギアの事は機密事項の為、民にその光というものがどういうものなのかを見せる事は出来ない。

 故に中にはそのような光など本当は無いのではと疑う者も居るであろう。

 

「しかしそれでも、どうかその光の存在を信じて欲しい!例え明日をも知れぬ身だと、いっそ闇に身を委ねたくなったとしても…光を信じて、どうか待っていてほしい!必ず…必ずそこに希望の光を照らしてみせよう!!」

 

 そう言って勢い良く腕を掲げれば、民衆からは先程とは真逆の歓声が上がってきた。

 どうやらこの想いは届いたようだとアルフォンソも満面の笑みで以て歓声に応えた。

 

「アルフォンソ!!」

 

 その時であった、アルフォンソの居る城の露台に外から来訪者が現れたのは。

 

「エマ殿!それに…レオン!?何故ここに…!?」

 

 それは見知った間柄である2人…しかしその片方が今ここに居る事に、アルフォンソは侵入者だと警戒する兵士達を冷静に抑えながら、内心驚きを隠せないでいた。

 

「話は後だ!!今すぐ皆を避難させろ!!」

「なっ…どういう事だ!?」

「言っても聞かないのよこの子!!行くわよ!!」

 

 訳を聞こうにも、2人はその前に街の方へと揃って飛び出していってしまう。

 仕方無くアルフォンソは兵士達に演説はこれで終了だと告げ、そして1時間経って自分が帰って来なかったら民衆を街の外れへ避難させるようにと指示を出して2人の後を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 その1時間という時間の指定が、後に大きな災いを引き起こす引き金ともなる事も知らずに…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「色々よ。栄光、繁栄、そして…復讐って所ね。」

「復讐…!?」

 

 それが復讐などという今まで少しも素振りも見せなかった思惑である事に、響はますます目を見開く。

 そんな響を置いて、アンジェは先程からずっと何かの作業に没頭していた。

 しかしその作業も終了の段階まで到達し、彼女は作業の成果に満足げな笑みを浮かべる。

 

「さてと…出来上がり。」

「それって…!」

「あら、見覚え有り?とすると、以前同じものを造ってたのかしら?」

 

 アンジェの手に有る物…それはバゼリアでの一件に於いてとある神殿に赴いた際に目にした事のある物であった。

 

「そしたら…。」

 

 魔戒の技術で作られた時限爆弾…それを片手に彼女はローブの内側に手を通すと、今度は別の、しかしまた見た事のある物を取り出した。

 

「それ…。」

「これも見覚え有りと…どこまで知ってるのかしら?」

 

 それはいつしかS.O.N.G.でも調べた彼女の所持品…あの鍵のような形状をした物体であった。

 アンジェは見せつけるかのようにひとしきりその物体を手元で弄るや、やがてスゥ…と物体を持った手を前に伸ばす。

 するとその物体自体から何か禍々しい気のようなものが立ち込め、物体の先端に集まっていく。

 

「え…!?」

「成程、これの効果までは知らないのね。」

 

 かのワームホールの如く空間にぽっかりと穴を開けたかのように真っ黒な球形を形作りながら、その大きさは徐々に徐々に大きくなっていく。

 やがてその大きさがアンジェの身の丈を超える頃になった瞬間、彼女はその手を捻った。

 まるで扉の鍵を開けるかのように。

 するとそれに反応して物体の先端に出来ていた黒色の球がグニャリと湾曲し、次の瞬間そこから勢い良く何かの液体が噴出しだした。

 

「これは…!?」

 

 冗談だと言える程に赤黒いという言葉が当てはまるその液体の噴出は止まる事を知らず、今や濁流にまでなっている。

 そしてその液体の流れはそのまま重力に逆らう事無く、響の足下にあるあの大きな深みへと集まっていく。

 段々と深みに溜まっていくその液体…決して意味の無いものではあるまい。

 そう怪訝な表情を浮かべる響に対して、アンジェが衝撃的な答えを掲示してきた。

 

「ホラーの血。私も色々研究している内に随分溜め込んでいたらしいわね。」

 

 ホラーの血…それはその名の通りホラーの身体に流れる血液の事。

 しかしその血は人間のそれとは違ってある特殊な性質を2つ持っている。

 ホラー以外の肉身にその血が触れた場合、触れた血はたちまちホラーを惹き付けるかぐわかしい香りを放ち、血が浸透した肉はホラーの食欲をこの上無く満たす極上の食材へと変わる。

 ホラーの血が染み付いたが最後、その肉身の持ち主はホラーにとって最高の馳走となり、故に彼等に狙われる事となる。

 それだけでは無い…仮に彼等の手から運良く逃れ続けられたとしても、もう1つの特性が安息の時を許してはくれない。

 ホラーの血はやがて染み付いた肉身を腐らせるのだ。

 それは曰く、気絶する事さえ許されぬ痛みを伴うものであり、そこまで至って生きていられる生命は存在しないと言われている。

 これまで彼等と携わってきた中で聞いていた知識が脳裏を過ぎり、響の身体が震える。

 そんな致死の液が足下にどんどんと溜まっていっているのだから。

 先程まで必死に外そうとしていた枷が、皮肉にも今自分の命を救っている…響はそれ以上の抵抗が出来なくなってしまった。

 

「そしてこれを…。」

 

 やがて窪み一杯にまで満ちたホラーの血の泉を前に、アンジェは鍵のような物体を一旦仕舞い、代わりに別の物を取り出した。

 それもまた、響にとって見覚えのある物であった。

 

「プロメテウスの火…!?」

 

 あの時ワームホールから引き剥がしていた聖遺物、プロメテウスの火…。

 アンジェはそのプロメテウスの火をもう片方の手に持っている時限爆弾に接触させた。

 凡そそこに取り付ける事を考えていない、本当に適当に接触させたそれだが、まるで磁石でも仕込まれているかのように両者はしっかりと接着した。

 

「何をする気なんですか…!?」

 

 アンジェが手を離しても全く取れる気配の無いそれを、果たして一体何に使うというのか。

 組み合わせが組み合わせ故に悪寒が止まらない響を前に、アンジェはニヤリとほくそ笑むと…。

 

「実験よ。」

 

 そう言って手に持つそれを目の前の血溜まりへと投げ入れた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「じゃあアンジェ…彼女が響を連れ去って、こっちの世界に来ているって事!?」

「そういう事だ…!!」

 

 翼から事の経緯を聞いたマリアは信じがたい事だと眉間に皺を寄せる。

 まさか彼女がこれまでの事件を裏で糸引いていた敵だったなど…。

 

「でもなんでそんな事…!?」

「それが分かりゃ苦労はしねぇよ!!」

「今は彼女達を探す事を先決に!!」

「探すって何処をデスか~!?」

 

 確かめなければならない、その真意を。

 彼女達は何処に居るとも知れぬ2人の姿を見つけるべく、ヴァリアンテの街を駆け抜けていく。

 アンジェの企む計画の発現まで、そう時間も無いという中…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「実験よ。」

 

 そう言ってアンジェの手から離れた爆弾がホラーの血の池の中へと沈んでいく。

 響とアンジェの距離はそれなりに離れていた為、投げ入れた際に飛んだ飛沫が響に掛かるという事は無かったが、それでも足先を掠めかねないぐらいには血が飛び散り、響は堪らず足を引っ込めようと身動ぐ。

 無論足首にも枷に嵌められているのは先に示した通りであり、ただガチャガチャと音がなるだけ。

 動けない恐怖に苛まれている響を前に、アンジェはますますおかしいと言わんばかりに笑う。

 しかし何より響が恐れているのは、もし爆弾が爆発したらの時の事だった。

 この血溜まりの中に爆弾を投げ入れたという事は、当然ながらその爆心地はこの血溜まりの底という事になる。

 爆弾の威力は既に過去に体験済み…大型の神殿でさえ跡形も無く吹き飛ばす程だ。

 ならばもしその爆弾が、生物にとって劇毒となるこの池の中で爆発しようものなら…辺り一帯に死の雨が降り注ぐ事となる。

 ここが何処なのか具体的な場所は分からないが、このような事を行うという事はそう遠く無い場所に対象となる生物…恐らく人間が居るのだろう。

 ならばそこには一体どれ程の人達が居る?

 彼女の計画に気付いている者は果たして居るのか?

 止めなくてはならない…しかしそれを止められる力を持っている筈の自分は今やこの様。

 助けなければならない命が、目の前で無くなってしまうかもしれない…響はそれが何よりも恐いのだ。

 

「貴女、神の炎の効果は知ってる?」

「神の炎…?」

「今取り付けたあれよ。」

 

 唐突にアンジェから神の炎と称されたプロメテウスの火…思えばその効果が一体何なのか、今まで知る事が出来なかった。

 エルフナインでさえワームホールから迂闊に取り外せないからと詳細を知れずにいたそれを、彼女は知っていると言うのか?

 

「じゃあ教えてあげる…この神の炎の効果は、“繁栄”よ。」

「繁栄…?」

「そう、繁栄…神話においてプロメテウス神が人間に火の概念を授け、そして文明が繁栄したという逸話そのもの…そして繁栄とは“進化”と“増幅”の複合形…この神の炎は“触れているあらゆる物質や現象の繁栄を促す”効果を持っているのよ。」

 

 簡潔に言うならば、対象の質と量を同時に際限無く高め続けるという事。

 言うなれば元がマッチ1本の火でさえ、時間を掛ければ核爆発にも匹敵するレベルにまで到達させる事が出来るという事。

 

「では問題。その神の炎を取り付けたこの爆弾…爆発したらどうなると思う?」

 

 そして今そのプロメテウスの火が取り付いているのは、あの時限爆弾…当然マッチの火よりも早い段階でそのレベルに到達し、さらにそれ以上の段階へと進み続ける。

 しかしそれ程の爆発ならば、あまりの熱量にホラーの血が蒸発するのではないかと一瞬考えたが、響はすぐにその考えを払拭した。

 言うのも何だが馬鹿な自分でも考えられる事なのだ、アンジェがそのようなミスをするとは思えない。

 それに彼女はプロメテウスの火が効果を発揮する条件を、“触れている”と言っていた。

 そしてプロメテウスの火は今爆弾と共にこの血溜まりの中…それはつまり、プロメテウスの火は今ホラーの血と常に触れあっている状態であるという事だ。

 一応自律行動型とされていないプロメテウスの火が誰の手も借りずにそんな器用な事が出来るのかは分からないが、行動に移しているという事は少なくともアンジェはそれを狙っているのだろう。

 そしてもしホラーの血にもプロメテウスの火の効果が反映されたとしたら…繁栄された爆発にも耐えうる程の致死液へと変わる事となる。

 核爆発もかくやというレベルになるやもしれない爆発に、その爆発に耐えうるかもしれない致死液が合わさったら…。

 

「楽しみね…。」

 

 世界の終わり…そんな言葉が響の脳裏を過ぎった。

 

 

 

 

 




・英雄故事

→こんなものを書いたのは恐らくこのサイトの中でも私だけであろう


・プロメテウスの火の効果

→台詞通りプロメテウスの火の主たる効果は“触れているあらゆる物質や現象の繁栄を促す”効果である
簡単に言えば何にでも通用するバフアイテムのようなものであり、その効果も時間を掛ければ掛ける程絶大なものへと変わっていく
しかし繁栄とは“進化”と“増幅”の複合形…プロメテウスの火はそれを対象の意思とは関係無く勝手に促進させる為、例えば人や動物などに取り付ければ、やがてそれらの概念の範疇を超えた存在になるやもしれないという危険性が有る
また一度取り付けた後にプロメテウスの火を外した場合、対象がそれまで受けていた効果はリセットされるのだが、それは“元の状態までの急激な退化”を意味し、対象がその反動に耐えきれるかは別の話である


・当面のアンジェの狙い

→ヤバイ爆弾とヤバイホラーの血を使ってヤバイ範囲でヤバイ量の血に染まりし者を作り上げる事


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第38話「永別-I Love You-」後編

鋼カオ夫妻が自由過ぎて久々に腹抱えて笑った今日この頃



「これはっ…!?」

 

 レオンとエマの後を追って番犬所へとやって来たアルフォンソ。

 その番犬所が普段の在り方と違う事に彼は言葉を詰まらせる。

 

「成程、そういう事ね…。」

「先に俺が来た時には既にこの状況だった…。」

「そんな…何故ガルムがこんな…!?」

 

 彼等の前には、血に濡れたガルムの姿があったからだ。

 真白い姿を赤く染めた彼女は既に事切れていると見て分かる。

 知人のものとは言え演説をじっと立って聞いているのは性に合わぬと、エマが手近な屋根上で煙管を吹かしていた所に、先にこの惨状を見たレオンが鉢合わせた結果、ああして2人アルフォンソの所に向かったのが事の次第らしいが、しかし何故彼女がこうして狙われたのか?

 番犬所の神官を狙った所でメリットになるような事など有るのだろうか…と思考を巡らせていたその時。

 

「時間稼ぎよ…この口を黙らせるにはこうするのが一番手っ取り早いからな。」

「「えっ!?ガルム…!?」」

 

 何と奥の方からガルムが現れた。

 そう、今目の前で血に濡れている筈のガルムとは別に、いつもの見慣れた姿の彼女が現れたのだ。

 

「…何2人共そんな驚いてるのよ?」

「この私がそうヤワに死ぬとでも思っていたのか?」

 

 …どうやら彼女達神官には通常の死という概念が通用しないらしい。

 エマもエマで知っているなら言って欲しかったものだ。

 まぁ代わりの身体を用意するのに時間が掛かったがな…と愚痴るガルムは普段鎮座している場に在るかつての自分の姿を見てフンと鼻を鳴らす。

 

「な、成程…しかし時間稼ぎとは?」

「そのままの意味よ、魔戒法師アンジェ…奴が居る場所にはおおよそ当たりを付けてある。」

「それは何処だ?」

 

 話を聞くに、やはりアンジェが彼女を殺した犯人であるようで、その彼女が時間稼ぎという目的でガルムを殺害し、その果てで何を為そうとしているのか。

 

「ヴァリアンテ城の地下…かつてアニマが封印されていたあの場所だ。」

 

 その場所の名前を聞いた時、3人は己の耳を疑った。

 ヴァリアンテ城の地下には確かに大きな空間がある…その空間は太古から伝説のホラー アニマを封じていた場所であり、かつてそのアニマを利用しようと企んでいた魔戒法師メンドーサの拠点として使われていた。

 しかしあの場はその一件以来封鎖された筈だ。

 

「馬鹿な…あそこはもう封鎖されている筈だ!」

「封鎖と言っても結界を張ってあるだけだ、あれだけの空間を埋めるのは簡単な話ではないからな。」

 

 その旨を伝えると、封鎖に関する詳細が語られた。

 どうやら結界自体は元老院の手によって張られたらしいのだが、その結界を維持する権限はガルムに渡されていたらしい。

 そしてその権限を持つガルムが仮初とはいえ一度は死んだのだ…彼女が受け持っているものの全てが少しの間だけ機能を停止した。

 その間を利用してアンジェは地下に侵入したというのがガルムの予測だ。

 

「つまり彼女はそこに…。」

「可能性は高い…私の口を封じてまで行くような場所など、そこぐらいしか無いからな。」

 

 下手に結界を破ろうとするよりずっと効率的だ…と語るガルム。

 端から聞いても説得力のあるその言葉に黙っていられるレオン達では無い。

 

「先に行ってる!2人は皆にこの事を伝えてくれ!」

 

 その中でもレオンはいち早くその場を後にした。

 その様子はまるで、何か大切なものを取り返そうと躍起になっているように見えた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「そんな…そんな事させません!私達が止めて見せる!」

 

 アンジェが企てる恐ろしい計画…それを聞いた当初こそ身がすくんだものの、やがて響はキッと彼女を睨む。

 

「その体で何が出来ると?」

「っ…私じゃ無くても、レオンさんや他の皆が…!」

 

 アンジェからは無様だと蔑まされるも、響は退かない。

 今に仲間達がその野望を阻止する為に集う筈だと。

 

「レオンさん、ねぇ…。」

 

 しかしアンジェはそれを気にも止めず、どころかその仲間達を指した自身の言葉に興味を引かれたようだ。

 

「そう言えば貴女、随分と彼にご執心よね…好きなの?彼の事。」

「なっ…!?そ、そういうのは関係無いでしょう!?」

 

 このどさくさに何を、と響は場違いな質問に狼狽えるも、アンジェはさらに追求の言葉を掛けてくる。

 

「どうかしら…聞いたわよ?貴女彼に纏わる不思議な光景を見ているようじゃない。」

「え…!?」

「時代か世界か…違う場所に居る2人が共鳴するような現象…運命的だと思わない?」

 

 案外貴女達って見えない“何か”で繋がっているのかも…なんてね、とおどけるアンジェ。

 対してその言葉を聞いた響は…とても楽観した気持ちでは居られなかった。

 何度も自問自答したそれではあるが、やはりそう指摘されると考え込まずにはいられない。

 

「共鳴っていうのはね、強い想い同士が結び合う事なのよ。それこそ、その人達にとって欠けてはならぬ程の…ともすれば弱みとも取れてしまう程に強くその者達を支えるもの…。」

 

 身に覚えは無い?と聞かれれば、思い当たる節はある。

 ララ…彼が一時口にしたその名は、アルフォンソからも出来るだけ追求しないでほしいと言われたもの。

 つまり彼にとってララという存在がそれほど大事なものであり、それこそアンジェの言う欠けてしまっては弱みとなってしまうものなのだろう。

 ならばもしそれがレオンにとっての共鳴する何かなのだとしたら、自分とララとの間には何の関係があるというのだろう?

 出会った事などある筈も無いその人物と自分がどう関わって、そして彼へと繋がっているのだろうか?

 

「貴女は彼の事をどう想う?少なくとも彼は貴女の事を単なる守るべき者としては見ていない筈よ?」

 

 欠けてはならないもの…レオンにとってのそれはララとして、自分は何だ?

 自分を支えているのは仲間との絆、託された想い…そこにララという存在があると言うのか?

 アンジェの言う通りなのだとしたら、レオンは立花 響という存在をどう見ているというのか?

 答えはやはり…聞くしかない。

 

「今の内にはっきりさせておくべきよ…何せ彼とはここでお別れになるのだから。」

「え…!?」

 

 しかしその答えを聞く機会すら与えないと言わんばかりのアンジェの言葉に響は激しく動揺する。

 と、同時に激しい地鳴りが辺りに響いてきた。

 

「来たわね…。」

 

 それで何が起こっているのか察したアンジェはある一点に視線を向ける。

 そこは自分達が居るこの空間と外とを繋ぐ入口…しばらくするとその入口から多量の緑炎が溢れると同時に第三者の姿が現れた。

 

「響!!」

「レオンさん!!」

 

 それは黄金の鎧を纏いし騎士、レオンに他ならず、彼と響は互いの名を呼び合う。

 それがおかしく見えたのか、アンジェは含むような笑いをしながらやって来たレオンを歓迎する。

 

「遅かったわね、黄金騎士。足止めとして色々やった甲斐があったわね。」

「何故だアンジェ!?何故こんな事を…!?」

 

 しかしその歓迎の仕方はとても友好的なものに非ず、煽るような物言いがレオンの声を荒らげさせる。

 

「別に理解できる話じゃない…特に貴方にはね。」

「何…!?」

「黄金騎士 ガロ…その名の下に闇を討ち祓い、世界に光を宿す希望の象徴…そんな貴方だからこそ、私の想いは理解できない。」

 

 そう言うやアンジェはゆらりと手を掲げる。

 するとレオンの周囲におぞましい紋様が大量に浮かび上がり、そこから次々とホラー達が現れた。

 まだ日が昇っている時間帯ではあるが、ここは地下深く…ホラーの弱点である日の光の影響など受けないのだ。

 

「最後の騎士…。」

「っ…!?」

 

 そしてアンジェは掲げていた手をゆっくりと降ろしていき…。

 

「私が貴方を導いてあげる。」

 

 パンッ、と手を打ち付ける。

 そしてそれを合図にホラーが一斉にレオン向けて襲い掛かった。

 

「レオンさん!!」

「…邪魔するなぁ!!」

 

 対してレオンもホラーの集団を迎え討つ。

 彼の身を案じて声を上げた響であったが、しかし以降にそのような声を出す事は出来なかった。

 何故出来なかったのか…茫然としてしまったからだ。

 ホラーと戦うレオンの姿が、自分を助けようとしている彼の戦い振りが、およそ騎士と名乗る者のそれでは無いものであったからだ。

 飛び込んできたホラーの頭を鷲掴み躊躇無く首を斬ったかと思えば、力任せにホラー達の身体を剣で貫いて…。

 そんな悪鬼羅刹の如きとも言える、そんな彼の視線は…ただ自分一点に定まっている。

 まるでなりふり構わないその様子は、先程アンジェから言われた言葉を響に想起させるに十分であった。

 

 

 

 

 

―少なくとも彼は貴女の事を単なる守るべき者とは見ていない筈よ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(どうして…どうしてそこまで…!?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 己の在り方さえもかなぐり捨ててまで、何故救おうとする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(私じゃない…あの人が見ているのは、きっと私じゃない!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴方は一体、誰を守ろうとしているの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響!!」

 

 と、それまでホラーの相手をしていた姿勢を一転させ、レオンは一気に響の下へと跳躍。

 拘束していた鎖を断ち斬り、鎧を解除しながら響を救出する。

 

「大丈夫か!?」

「は、はい…。」

「…行くぞ、皆が待ってる。」

「あ…ま、待ってください!まだここに…!」

 

 安否の確認も程々に、レオンはなおホラーが蔓延るこの場を脱しようとする。

 しかしそれを拒むかのような響の制止に彼は訝しいと厳しい表情を浮かべる。

 

「この中に何があるんだ?」

「とびっきりの爆弾よ、貴方も経験あるでしょう?」

 

 その答えを示したのは響では無く、遮るように声を上げたアンジェであった。

 彼女がとびきりと言う程の爆弾に、身の覚えは…1つある。

 

「バゼリアの時のか…!」

「理解の早い事ね、なら放っておいたらどうなる事か…。」

 

 

 

 

 

―止めるとするなら…分かるわよね?

 

 

 

 

 

 アンジェはレオンを見据え、それを置き去りの言葉にして姿を消した。

 術を使って場を後にした彼女の行方を追う事は叶わない…残されたのはレオンと響、そして2人を餌食にしようとするホラーのみ。

 

「レオンさん…。」

「…今はここを切り抜ける。」

 

 響を立たせ、再び鎧を纏おうと剣を掲げるレオン。

 しかし円を描こうとした所で向かいの方向から激しい爆発音が轟いてきた事で手が止まる。

 

「レオン!良かった、ヒビキ殿も無事か!」

 

 そしてその方向から空を駆けて赤紫の鎧を纏った騎士がレオン達の付近に降り立った。

 ガイアの鎧を纏ったアルフォンソだ。

 さらに目前のホラーを掻き分けて他の仲間達も側へと駆け寄ってきた。

 

「立花、大事無いか?」

「ったく、面倒掛けさせやがって…。」

「ごめん…でも、早くしないと時間が…!」

「時間?どういう意味だ?」

「話している時間は無い!何にしても、今はここを出るぞ!」

 

 そして揃いに揃った一同は共にこの窮地を脱しようと奮闘する。

 響とレオンに切羽詰まれながらのそれは全員にただならぬ事態を予感させ、そしてそれが事実だとすぐ後に理解する事となる。

 ましてそれが最悪の結果になるとは、予想だにしていなかった…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―ホラーの血の池、だと…!?

「はい…そこに爆弾が投げ込まれて…。」

「そんでその爆弾にあの聖遺物がくっついてるって訳か…!」

「プロメテウスの火は触れているあらゆる物質、現象の繁栄を促す…となれば爆弾だけでは無く、ホラーの血もまたその恩恵を受けているという訳か…。」

「彼女の狙いは爆発によって広範囲にホラーの血を散布し、あらゆる生命を血に染まりし者へと変える事…。」

「ただでさえ凄い被害が出るのに、それが聖遺物の力で強化されてるから…。」

「ど、どうなっちゃうデスか…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界の、終わり…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城を抜け出して司令部へ通信が届くようになり、響達は司令塔である弦十郎に経緯を説明していた。

 事の大きさは改めて口にしてみても甚大極まりないものであり、通信先に居る弦十郎からも固唾を飲む音が聞こえんばかりであった。

 

「まずい、まだ1時間経っていない!民の避難など全く…!」

「何としてでもホラーの血か、爆弾そのものをどうにかしないとね…。」

「ですがもう一刻の猶予もありません…このままでは…。」

 

 止めなければならない…この世界を血に染まりし地獄へと変えてはならない。

 しかしその意思とは反対に、誰もその場を動こうとはしない。

 プロメテウスの火の影響を受けているであろうホラーの血に触れてしまえばどうなってしまうのか?

 それが全く想像出来ない…少なくとも行けば無事では済まないという事しか分からない場所に、世界を救うという使命を必ず成し遂げられると言える者は居なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…プロメテウスの火は、触れているあらゆる物質や現象の繁栄を促す、だったな?」

「え…?」

 

 その使命こそが存在の意義である者以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…俺が行く。」

「レオン…!?」

「俺が行って、止めてくる。」

「止めるなど…一体どんな手を使って…!?」

 

 ただ1人その声を上げたのは、レオンであった。

 何か方法でも有ると言うのだろうかと、その方法が一切思い付かない他の面々はレオンを凝視する。

 そんな中アルフォンソが、次いでエマが、レオンが異様に左手を握り込んでいる事に気付き、その方法に気付いてしまった。

 

「まさか…よせレオン!!そんな方法…お前の身体が持たないぞ!?」

「…鎧を纏えば少しは持つ筈だ。」

「例え持つとしてもほんの僅かよ!?馬鹿な真似は止しなさい!!」

「…他に手は無いんだ。」

「だとしてもそれは自殺行為だ!!レオン、頼むから考え直して…!!」

 

 そしてその方法が己の命を軽んじるものだと分かっているアルフォンソとエマはレオンを強く引き留めようとするも…。

 

「だとしても!!!誰かがやらなきゃいけないんだ!!!」

 

 しかしレオンの今までに無い叫び声に誰もが萎縮してしまった。

 危険など、無謀など、彼が一番良く分かっている。

 それでも彼は守りし者…守らなくてはならないものがあるのだ。

 

「…本当にやるつもりか?」

「…あぁ。」

 

 しんと静まり返った場に、ザルバの声が通る。

 返事を聞き、それっきり黙り込んでしまったザルバをレオンはゆっくりと指から外し、アルフォンソへと渡す。

 

「…後は頼んだ。」

 

 威厳にも、悲壮にも溢れたレオンの姿に、誰も何も言えない。

 止める事も出来ない。

 止めてはならないのだ…止めてしまえば世界は救えない。

 例え無事では済まないと分かっていても、仲間を死地に行かせるとしても、彼に頼るしかない。

 だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目、です…。」

 

 止めてはいけないのに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背を向けたレオンの服の裾を摘んで、響が小さな声で彼を制する。

 

「行っちゃ、駄目ですよ…行ったら…!」

「響…。」

 

 普段の彼女からは想像出来ない程にか細く儚い制止に、レオンはきつく瞳を閉じる。

 それでも、“彼女”を守る為に…。

 

「俺は…俺はもう、君を失いたくないんだ…君が見たかった花も、光も…。」

 

 背中越しに語るレオン…その相手は響である筈なのに、彼はまるで響では無い別の誰かに語り掛けているようであった。

 レオンは閉じた瞳の先で、あの日の事を思い出す。

 あの日…響達が元の世界に戻ると言ってアルカ・ノイズの襲撃にあった時。

 彼女が酷くうなされていたその時に、レオンもまた同じ現象に見舞われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―旅人さん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 想起されたのは、かつて自身が大きな過ちを犯した時にこの心を癒してくれた少女と過ごした想い出の日々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女の姿が、ここに居る彼女と重なっていき、やがて1つとなって…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオンさん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう…また…またこうして、俺の側に居てくれて。」

 

 きっと、最初から分かっていたのだ。

 彼女の姿を初めて見た時から…これはきっと、神様がくれた一隅のチャンスなのだと。

 だから…。

 

「約束する…必ず守る。今度こそ君を、守ってみせる…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ララ()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響の手先から感触が消える。

 同時に彼の姿がどんどんと離れていく。

 手を伸ばしても、黄金の輝きにその身を変えた彼を止める事は叶わない。

 

「レオンさん…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオンさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼にはもう、この手は届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だヒビキ殿!!レオンなら…レオンなら必ず戻って来る!!」

「離してください!!レオンさんが…レオンさんがぁ!!」

 

 なおもレオンを追い掛けようとする響をアルフォンソが引き止める。

 しかし響の一途な想いは強く、あわや振りきられんとした所で、彼女の鳩尾に強い衝撃が走る。

 

「…すまない、立花。」

「あ…っ…。」

 

 刀の柄尻が深々と刺さっている…見かねた翼が強行手段に出たのだ。

 不意を突かれた響は為す術無くその場で倒れ、意識を失う。

 最後まで彼に向けて手を伸ばし続けたまま…。

 

「…行きましょう。」

 

 響を抱えたマリアが静かな声でそう告げる。

 しかし彼女の声には静けさだけでなく、所々で噴き出してしまいそうな感情があった。

 仲間を見殺しにしかねないという、己の無力さを噛み締めて…。

 ただ、彼の帰還を信じるだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響達の下から駆け出したレオンはゴウテンを召還し、さらに加速を増して街を駆け抜ける。

 

「フッ!!」

 

 やがてゴウテンは主の意を介して地を飛び立ち、レオンもまたゴウテンの背を借りてさらに上へと飛翔する。

 

「ハァァァァァ…!!」

 

 城の直上、そこでレオンはその身に魔戒の炎を纏い、烈火炎装を発動させ…。

 

「ウオォォォォォォォォォォ!!」

 

 一気に地下へ向かって突撃した。

 その勢いは城の中を一瞬で通過し、しかし地下の血溜まりの中へ入った途端に消失してしまった。

 重くドロドロと粘ついているそれは普段ホラーを斬った時に飛び散る鮮血とはまるで違う、本当にホラーの血かと疑うものであった。

 

「グッ!?ウゥゥゥゥゥ…!!」

 

 しかし中に入った途端その身に纏っていた炎が消え去り、鎧の隙間を縫って内部に入り込んだそれが一瞬でレオンの身体を蝕んでいく。

 激痛と、まるで腐っていくように自分の身体が脆く崩れ去っていく感覚に見舞われ、レオンは確かにこれがホラーの血であると…プロメテウスの火によって性質が変化し、より凶悪になったそれであると理解した。

 気を抜けば直ぐにでも無くなってしまいそうな意識を何とか繋ぎ止め、レオンはただ水底を目指す。

 その視線の先には、プロメテウスの火が固着した爆弾があった。

 爆弾へ…プロメテウスの火へ向けて手を伸ばすレオン。

 もがくレオンの視線の先で、爆弾の時限が刻々と迫る。

 もう後10秒も無い…やがてその刻限に達したその瞬間、レオンはプロメテウスの火を左手に掴んだ。

 

「グゥゥゥゥゥ…!!」

 

 手先から、文字通り身が焼かれていく。

 それでもレオンはその手を離さない。

 黄金の鎧がひび割れ、そこからホラーの血が染み込み、さらにレオンの身体を壊し、それでも彼は諦めない。

 

「ウァァァァァァァァァァァ!!!」

 

 やがてその視界が真っ白に染まり、そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオン…さん…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ヴァリアンテに天を貫く火柱が上がった。

 火柱による被害は、直下であったヴァリアンテ城以外に無かった。

 その火柱による人的被害は、1人として居なかったのだ。

 

 

 

 

 

 レオン・ルイス、ただ1人を除いて…。

 

 

 

 

 



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第39話「最後の騎士」前編

 サンタ・バルド郊外の野原…そこは今、街から避難した人達で溢れ返っていた。

 王城から急遽出された避難指示、そして程無くして上がった巨大な火柱。

 それを民衆は不吉な予兆と捉えており、周囲からはざわざわとした声が絶えない。

 

「申し訳ありません、このような事になってしまい…何とすれば良いか…。」

「いえ、あなた方が最善の手を尽くしてくれたからこそ、こうして民の命が守られたのです。顔を上げてくだされ。」

 

 それでも幾つかの場所は平静を保っており、中でもここは特にその傾向が強かった。

 S.O.N.G.の司令官である風鳴 弦十郎が頭を垂れているのは、この国の現国王“フェルナンド・サン・ヴァリアンテ”。

 狂気に走った魔戒法師アンジェを止められず、この国を一方的に危険に晒してしまったとして、弦十郎はフェルナンド向けて懺悔をしているのだ。

 しかしフェルナンドはそんな弦十郎向けて慈笑を浮かべる。

 

「我々もかの者を止める為に力を尽くしましょう…何をすれば良いですかな?」

「いえ、この国の国王たる貴方に指示など、そのようなおこがましい事は…!」

「いいえ、人の上に立つにはそれに相応しき者でなくてはならない…そして今に於いてそれは何も存ぜぬ私などより、貴方の方がずっと相応しい。」

 

 息子であるアルフォンソの様子が最近慌ただしかった事から、何とはなしにこのような事態になるのではと予測はしていた。

 だからこそ、自分が表に出た所でこの件を解決する事は出来ない。

 自分はこの件が少しでも早く解決出来るよう、裏方に回った方が良い筈だ。

 

「…分かりました。必ずこの国を守ると誓いましょう。」

 

 フェルナンドの意思を汲んだ弦十郎は再び頭を垂れる。

 今度は懺悔では無く、必ずやという決意の表しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんだけの奴等をこうも動かすなんざ、流石だな。」

 

 弦十郎とフェルナンドが居る場から少し離れた所では、アルフォンソが大勢の兵士に向けて指示を飛ばしていた。

 するとひとしきりそれが終わった所でクリスが話し掛け、アルフォンソはそれに対してあまり心良くないといった表情を浮かべた。

 

「止してくれ、これでも避難出来ている民は恐らく半分にも満たないだろう。残る半分は未だに街の中だ…。」

 

 あの時自分は国民の避難の開始までに1時間という猶予を設けたが、事は1時間も経たずに動き出してしまった。

 しかし自らの直感に従ったフェルナンドが予定より早く指示を出した事で、こうして多くの民が避難を終えている。

 まずアルフォンソはそれに対し自らを不甲斐ないと評価する。

 あの時すぐさま避難をと指示出来ず、父の手を煩わせてしまった自らの事を。

 そしてサンタ・バルドにはもっと多くの民が住んでいる事は誰の目にも明らかな事だ。

 無論演説に参加していなかった故に声が届かなかった者も居るであろうが、中には必ずその場に居て、しかしその声を信じず残っていた者も居るであろう。

 幸い街に被害は及んでいないが、こうして多くの民があの火柱を見て不安に駆られているのだ、まだ街に残っている者達も心に思っている事があるに違いない。

 そんな者達を未だに救えていない事を、アルフォンソは悔やんでいる。

 このような失態を犯して、次期国王とは笑わせると。

 しかしクリスはそんなアルフォンソにバーカ、と言いながら肘を打つ。

 

「その残りの奴等も自分からこっちに来てんだろ?兵士の奴等も率先して救助に向かってる…皆あんたの事を信じてるからだろ?」

 

 クリスの言っている事は事実だ。

 アルフォンソが思う程、この国の民達は気弱でも無ければ、信頼が無いものでは無い…それはアルフォンソ自身も本当は分かっている筈なのだ。

 それでも彼がそう思ってしまったのは、彼自身の心が今弱気になってしまっているからだろう。

 

「…すまないクリス殿、気を遣わせてしまっているな。」

「別に…信じてるっつったってあの様子だ、無理もねぇよ。」

「…クリス殿は優しいのだな。」

「ばっ…///それこそ止めろっつの///」

 

 2人は揃って街の方を…崩壊してしまったヴァリアンテ城を見る。

 その地下へと消えた者の行方を追うように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 避難している民衆は大抵己の身を案じているものだが、ここに居る者達は己よりも別の者の身を案じていた。

 

「じゃあレオンはまだ城の方に…。」

「多分、ですけど…。」

 

 ヒメナは調から事情を聞いて不安げな表情を浮かべる。

 調もまたそんなヒメナを見て1つも朗報を与えられないと胸が痛む。

 

「レオン…。」

 

 さらにその側ではロベルトが2人以上にそういった面持ちで城の方角を見つめている。

 まだ幼く自由に外を出歩けない故に交友関係が少ない彼にとって、レオンはただの身内という言葉だけで片付けられない存在なのだ。

 するとそんな不安で一杯のロベルトを背後から抱き締める者が。

 

「大丈夫デスよ、レオンさんは絶対無事デス!ちょっと帰るのが遅れちゃってるだけデスよ!」

 

 切歌は笑顔を浮かべながらロベルトを宥める。

 状況的にあまり相応しくないと思われるかもしれないが、こんな状況だからこそだ。

 自分がお気楽を演じて、立ち直るきっかけにならなければ。

 

「私も信じてるわ、レオンは必ず戻ってくるって。」

「ヒメナさん…。」

 

 そんな切歌の節介が通じたのか、ヒメナは次第に笑顔を取り戻していく。

 不安にさせてごめんなさい、もう心配はいらないと言っているかのように…。

 調はただ、微笑みを浮かべるしかない。

 本当はそんな事無いだろうにと分かっていながら、彼女の献身に報いる為に。

 相変わらず自分は嘘つきだ…でも、だからこそこの嘘を正直に変えてみせる。

 レオンを必ず、迎え入れる事で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンタ・バルド郊外の遺跡跡。

 そこは今S.O.N.G.の野営地となっており、幾つかテントが立てられている。

 その内の1つ、装者達に向けて割り当てられたそのテントの中に、他のメンバーとは違って1人だけ外に出ず留まっている者が居た。

 いつもの天真爛漫な笑みなぞ欠片も無く俯いている、立花 響という少女。

 その少女は今思う事が有りすぎて、自分自身そんな表情を浮かべている事すら気付いていない。

 

「立花。」

 

 そんな彼女を現実に引き戻したのは、彼女にとって一番長く共に居る戦友…翼であった。

 

「次の作戦が発令された…編成が終わり次第出陣だ、戦支度を済ませておけ。」

 

 テント内へ入ってきた彼女はあくまで淡々と事の赴きのみを伝える。

 仲間が見るからに気落ちしているというのに、彼女は構う事無く己の有るがままをぶつけてきた。

 しかしそれが却って変に気遣われる事が無いとして、今の響にはむしろ心地が良かった。

 

「心配しなくとも、レオンの奴なら生きているさ。」

「ザルバさん…。」

 

 しかし相手の気持ちを汲み取る事も大事だと言わんばかりに翼の掌から声が上がった。

 すると翼は響の側へと歩み寄り、彼女の手を取って持っていたザルバを手渡した。

 

「今はお前が持っていた方が良い、だそうだ。」

 

 それだけ告げて、翼はテントから出ていった。

 アルフォンソから頼まれたのだろう…皆も気持ちの整理が付いていないであろうにこうして気遣ってくれて、しかもそれもわざとらしくなく絶妙な距離感を保って…。

 支えられているな、支えられてしまっているなと、響は皆の気持ちに感謝しながら、しかしその気遣いに答える事は難しく、その面持ちは変わらず暗いままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刻印?」

「えぇ、レオンの身体には生まれつきある刻印が刻まれているの。レオンはその刻印の中に爆発の衝撃やホラーの血を吸収して、被害を抑え込んだんでしょうね。」

「考え得るに、止める手段はそれしか無かった…奴にしては英断だったと言えよう。」

 

 場所は変わって番犬所。

 そこにはエマとダリオ、S.O.N.G.から代表としてマリアと緒川、そして神官であるガルムが今回の件についての話をしていた。

 既に亡骸を片付けいつも通り真っ白な姿を見せるガルムは今回の件の解決方法を讃えているも、それが本心からのものかどうかは、付き合いが短いマリア達でも察する事は容易であった。

 

「問題はそれを彼女(アンジェ)が認識していたかどうかよ。ザルバの話だとレオンとの契約が切れていないから、彼は生きているらしいけれど…知っての通りあの子はまだ帰ってきていない。」

彼女(アンジェ)は強かな人です…自らの造り出した物の、万が一の処理の仕方も当然想定しているでしょう。」

「まさか、彼女は最初から…。」

「それを止めようとする奴そのものが目的だった、と考えられなくもない。」

 

 だからこそこれは面倒な事態だ…とガルムは溜息を吐く。

 もしそれが本当の事なら、まさにアンジェの思惑通りになっていると…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…驚いた。」

 

 ヴァリアンテ城の地下深く。

 全てが終わり、生命の欠片も存在しないような場所に、アンジェは再び降り立った。

 

「こんな状態でも生きているなんて…大概化け物ね。」

 

 そんな彼女が嬉々とした表情で見つめているのは、この何も無くなった地に於いてただ1つだけ存在していたもの。

 炭の如く黒ずんだ色から分かり辛いが、四股に所々纏われている金属、辛うじて残る髪とおぼしきもの、そしてそこから見える瞳とそれらの色から、それが元は“黄金の鎧を纏っていた赤髪の騎士”であった事が窺える。

 

「まぁ、生きていてもらわなくては困るのだけれど。」

 

 見るに耐えず、おぞましいとさえ表現できるそれを見てアンジェは笑った。

 遂にこの時が来た、と。

 

「聖と邪、陰と陽、善と悪、光と闇…相反する2つの力が1つになる時、全てを超越する神の如き力が生まれる…。」

 

 アンジェは側に魔法陣を作り出すと、中から棺桶のような物を引きずり出した。

 そしてその棺桶を開け、さらに空いているもう片方の手にあの鍵のような物を持つ。

 

 

 

 

 

「さぁ…神話の終わり、その始まりよ。」

 

 

 

 

 



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第39話「最後の騎士」後編

年内最後の投稿です
皆様良いお年を



「9時方向異常無し。」

「12時方向も異常…あっ!あそこに居るデス!」

「大丈夫?前みたいに案山子だったりしない?」

「どうやら案山子じゃ無いみたいね…救護班、逃げ遅れた人を発見したわ。救助をお願い。」

 

 ヴァリアンテ城の崩壊から数時間後…暗雲が立ち込める中、装者と魔戒の者達は一度は離れたかの地に向かって歩みを進めていた。

 同時に逃げ遅れた人々の救出も兼ねて、あわよくば“彼”もその中に居ないものかと、慎重に。

 

「しっかし本当に街には被害が無ぇんだな…。」

「あぁ、世界の破滅やもとされていた先が現状城1つの崩壊のみ…彼のお陰だな。」

 

 本当に、奇跡のようなものだ。

 この被害を出した大元である爆弾の元の威力を知っている翼からしてみれば、今回の被害はある意味前回とは比べ物にならないとさえ言えてしまう。

 

「そうだな…この街が被害に逢うなど、レオンは良しと思っていないさ。」

 

 それはひとえに爆弾を止めた彼…レオンの揺るぎ無い想いが有ったからであり、アルフォンソはその想いが形となったこの街とその先に見える城跡を交互に見て下を向く。

 同じ守りし者だというのに、共に幾度も死線を越えてきた戦友であるというのに、絆で結ばれた従兄弟であるというのに…自分は何故動く事が出来なかったのかと。

 そうして暗く俯いているのは、何も彼1人だけでは無かった。

 

「レオンさん…。」

 

 メンバーの最後尾から、最前はおろかという程に聞こえない、消え入る声が漏れた。

 立花 響…いつもなら真逆の最前列に立つであろう筈の彼女は、今はその心に深い翳りを宿している。

 こうなると分かっていた筈なのに、名を漏らした者を引き留める手はいつに無く弱々しく、するりと抜けていって…。

 力が入らなかったのは、自らもそうであると自負している守りし者としての不足故か…。

 …いいや違う。

 それもあるが、もう1つ…彼が最後に呟いた言葉が、響の心を射抜いたのだ。

 ララ…その名前を、彼は真っ直ぐこちらの瞳を見据えて呼んだのだ。

 いつかのように思いがけずでも、先に囚われの身となっていた時に感じた、自身を通して別の誰かを見ていたようなものでも無く、彼は確かに立花 響という少女を見据えてそう呼んだのだ。

 衝撃だった…その名をそんな風に聞く事が。

 そしてそれを聞いて、この心が確かに喜んでいた事が。

 やっと呼んでくれた、と…。

 

「(私は…。)」

 

 響の脳裏に、まどろみの中で見た夢が過ぎる。

 いつものフラッシュバックのようなものでは無く、自らの意思で思い起こしたその夢で、彼がこちらを呼び掛ける名は、ララ。

 私を通して呼んでいた筈のその名は、いつしか私自身に向けて呼ばれて…。

 

「(私は一体、何者なの…?)」

 

 何となく、自分も彼もその名に強く縛られているような気がする。

 そしてそれは大切という言葉で表面を覆われた、呪いのようなものなのだろう。

 そんな呪いに縛られているから、自分達はきっと…。

 

「(だとしたら…私は…。)」

 

 それ以上を、考えてはいけない。

 呪いなのだから、どうしようも無い事なのだと諦めるべきだ。

 だとしても…だとしても、今の響はその呪いに対して…。

 

「(私は、貴女(ララ)の事を…。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは皆さん。」

「「ッ!!」」

 

 と、その瞬間全員の視線が一点に集まる。

 思考深くなっていた響でさえ一瞬でその注目を集めたのは、彼女達が探し求めていた、今や怨敵。

 

「そして貴女は…ついさっきぶりね。」

「アンジェさん…レオンさんは何処ですか!!あの人を返してください!!」

「知らないって答えたら?」

「そんな訳…!!」

 

 魔戒法師アンジェ…彼女は誰しもの視線を一身に受けながらも、普段から浮かべていた不適な笑みを崩さない。

 それは態度に於いても同じであり、響の必死の訴えも軽く躱されてしまう。

 

「嘘嘘、冗談よ。でも彼を返して欲しければ…。」

 

 アンジェがそう言うと付近の至る所からアルカ・ノイズが、物陰からはホラーが湧いて出てくる。

 四方八方を囲まれた面々だが、それで怖じ気付く者など1人も居ない。

 その先に、求める命がある筈なのだから。

 

「行くぞ!!」

 

 アルフォンソの号令で一斉に動き出す。

 多勢に無勢たる状況には見えるが、これまで幾度も共に戦い抜いた彼等にこの状況は通じない。

 

「悪りぃが手加減出来ねぇ!互いに自己責任でよろしくな!」

「ならそっちも後で文句言わない事ね!」

 

 クリスの容赦ない弾幕の中をエマが縦横無尽に駆け抜ける。

 

「あぁ~ダリオさん!なるべくアタシの近くに居ないで欲しいデス!()()()()手が滑って首チョンパしかねないデスよ!」

「何でしょうその言い方…何か恨みを買うような真似でも…!?」

「したんです…切ちゃんにとっては。」

 

 切歌に調、ダリオが自身の得物を遺憾無く振り回す。

 

「マリア殿!決して無茶をするな!」

「その台詞は私に言うべきでは無いわよ!」

 

 そしてマリアとアルフォンソは堅実な連携で敵を相手取る。 

 

「流石歴戦の猛者…でもまだまだ。」

 

 軽口を叩きながら戦い抜いているその様が、彼等の絆と強さを示す何よりの証拠だ。

 しかしそれは同時に今の彼等の脆さも表しているとアンジェは捉えていた。

 

「立花、前に出過ぎだ!孤立してしまうぞ!」

「っ…!!」

 

 彼女がちらりと視線を向けた先…そこには他の面々とは違い軽口を言う余裕の見受けられない少女が居た。

 そんな彼女…響は周りの敵を相手にしていながら、その眼差しをこちらから離しておらず、そして見るからに焦っている。

 彼の事を問い質したくて仕方がないのだろう…それは他の面々も同じ気持ちだ。

 しかし彼女の他とは一線を画す真髄な想いを汲み取り、だからあえて軽口を叩くような道を選んだのだ。

 本当は彼女と同じ様に一心不乱に答えを示したい筈なのに…。

 アンジェはそんな彼女達の様子を鼻で笑い、背後へと振り返る。

 

「もう少し、かしらね…。」

 

 そう言ったアンジェの背後…ヴァリアンテ城からは、いつの間にか不気味な青白い光が立ち上っていた。

 

「な、何デスかあの光!?」

「城の方で何かが起こってる…!?」

 

 それに気付いた面々から動揺の声が上がる。

 それの正体が何なのか分からないというのに、何故だか薄ら寒い感覚が背筋を走って止まらない。

 

「ッ…ハウリングセイバーを使います!!」

「待て立花!急いては事を仕損じるぞ!」

 

 放っておいてはいけない…響は早期の決着を付けるべく自身のギアのコンバーターに手を掛ける。

 

「ハウリングセイバー…!!」

「あの馬鹿!!話聞いちゃいねぇ!!」

「調!!切歌!!退がるわよ!!共倒れだけは避ける!!」

 

 普段ならば考えられない程に焦りにまみれた彼女は周りの制止を振り切り、遂にコンバーターのキーを押し込んだ。

 

「リリースッ!!」

 

 瞬間、弾け飛ぶガングニール。

 その後ギアは光の粒子へと変わり響の頭上で環を描くと、環の内側がひび割れそこから黄金色へと新生したギアが響の身体に纏われる。

 

「ふっ!!」

 

 全てのギアが装着され、余剰の力が辺りに飛散する。

 それを受けた翼とクリスのギアが響のものと同様に金色に染まる。

 

「あいつ、勝手しやがって…!!」

「こうなっては仕方あるまい…立花を支えるぞ、雪音!!」

 

 悪しきを覆す希望の力なれど、使えば最後は常なる力をも無くす呪いに近いそれを勝手に発動した事にクリスは憤慨するも、なってしまったものは仕方がない。

 ならばせめて力尽きる前に、周囲の脅威を駆逐するだけだ。

 

―絆、心、1つに束ね! 響き鳴り渡れ希望の音! 「信ず事を諦めない」と…唄え! 可能性に! ゼロはない!!―

 

 紡がれる歌が3人の力を束ね、大嵐が通り過ぎるが如く戦況を塗り替えていく。

 剣が閃けば敵は尽くなます切りとなり、銃器が火を吹けばたちまち辺りは蜂の巣となる。

 

「飛べよ!」

「この!」

「奇跡に…!!」

 

 ホラーもノイズもお構い無しに蹴散らしていき、気付けばアンジェの下へ繋がる道筋さえ見えた。

 

「光あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 それを見逃す訳も無く、響は全速力でアンジェ向けて拳を向けた。

 迫り来る響に対し、アンジェは法術を駆使して一撃を受け止める。

 

「アンジェさん!!貴女は一体何がしたいんですか!?復讐って一体誰に向けて…!!」

 

 拳と法術がぶつかり、閃光が走る。

 全力とはいかずとも力を込めた一撃で以てして割れない目の前の強固な壁に響は思わず舌打ちをしそうになった自らの意思を引っ込めながら、何とか会話を紡ごうとした。

 

「…私はね、呪われたこの身を怨んでいるの。」

「…!?」

 

 途端に込められた怨嗟の声と共に弾かれる。

 同時にハウリングセイバーの効果が切れ、響達のギアが元に戻る。

 激しい疲労感に苛まれながらもアンジェの方を見てみれば、彼女は変わらず静かにその場に立っていた。

 

「何が悲しくて…。」

 

 しかし紡がれる声から怨嗟の想いが消える事は無く、彼女は自らの顔を隠しているフードへと手を掛ける。

 ゆっくり、ゆっくりとフードを外していき、次第に露になっていく、これまで一度たりとも見せなかった彼女の素顔。

 その素顔を見た瞬間、響達の身に衝撃が走る。

 

「こんなものを背負わされなくてはならないのか…。」

 

 そよ風にも関わらず大きく靡く紅色の髪…しかしそれ以上に目を惹くのが、その顔に拡がる禍々しい刻印。

 端正な顔立ちである事を隠すかのように巡らされているその刻印は、いつしか響達が見た盲目の騎士に課せられているものと同じであったからだ。

 

「あれは、堕落者の刻印…!?」

「そんな…何故…!?」

 

 稀にも見ないその刻印は、確かに罪を犯した守りし者に刻まれる堕落者の刻印に他ならず、一同に驚愕と疑問を抱かせる。

 堕落者の刻印を刻まれた者はこれまでの歴史上数える程しか居ない。

 特に近年に於いてはダリオか、かつて敵として相対したとある魔戒法師しか記録上居ない。

 しかし彼女の見た目からしてそんな昔の人物という印象は受けないが…と思案に駈られていると、はたと気が付いたのかエマの態度に変化が訪れる。

 

「まさか…!?」

「エマ殿…!?」

 

 エマの目はまるで目の前の存在が信じられないとでも言いたげであり、事実そうなのであった。

 

「堕落者の刻印は刻まれたが最後、末代まで受け継がれる…そして今までの歴史の中でその刻印を次の世代に継がせられられる事が出来たのはただ1人…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()…貴女はまさか…!?」

 

 エマの震える声から告げられた言葉に、アンジェはフフッ…と不適に笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石音に聞く魔戒法師、エマ・グスマン。我が父の事をよーく知っておいでで…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メンドーサの…娘だと…!?」

 

 魔戒法師アンジェ…行方の知れぬ父を追っているとも言っていた彼女の正体は、かつて世界を破滅へ陥れようとした闇の法師、メンドーサの遺娘だったのだ。

 誰もが衝撃を受ける中、だがしかしとアルフォンソは強気な口調でアンジェに抗議した。

 

「しかし、メンドーサはもうこの世界には居ない!!奴は…!!」

 

 そう、彼女の行動目的には復讐という言葉が含まれていた。

 そして怨むは己に課せられた刻印という名の呪い…ならば彼女の復讐の対象はメンドーサという事になる。

 なればこそ、アルフォンソは敢えて強気な口調で抗議したのだ。

 何故ならメンドーサはレオンの手によって…。

 

「知ってるわよ、魔界に居るんでしょ?永遠の炎に焼かれながら…。」

「っ!?何故それを…!?」

 

 しかしアンジェは既にそれを知っていた。

 その上でやる事があるとアルフォンソに返し、彼は思わず動揺を隠せない。

 

「別に復讐の方法なんて人それぞれよ…それに復讐なんて言葉を使っているけれど、やろうとしている事はあなた達も望むものの筈よ?」

「何を言って…!?」

 

 その時、アンジェの背後にそびえるヴァリアンテ城からさらなる光が立ち昇った。

 

「かつてこの世界が多くの神々に見放された時、一柱の外れ者たる神がこの世界に手を差し伸べた…だがヒトを始めとして、この世界はその手を払い除けた。故にこの世界は神の怒りを買い、世界は闇に呑まれかけた…。」

 

 立ち昇った光は徐々にその光量を増していき、次第に街全てを照らす程までとなる。

 

「しかし金色の光が闇を照らした…それは誰によるものではなく、ヒトが…この世界が自ら造り出した希望に他ならない…。」

「どういう意味だ…!?」

 

 そしてアンジェの口上が昂ると同時に目を覆わなくてはならない程の光が辺りを襲い、しかしその光は急に沈黙した。

 

「何だ…?」

 

 誰もが懐疑の視線を向ける中、代わりとも言える変化が場を支配した。

 何かの音が聞こえる。

 ドクン、ドクン…と、まるで命の鼓動が鳴り響いているかのような音が、先程の光のように徐々にその音量を増していく。

 しんと鎮まり返ったこの場にその音は嫌に反響し、やがては耳を塞ぎたくもなるような音を一拍発し、そして再び沈黙した。

 

「そう…人は自らの力で闇を、悪魔を、神をも超えられる…私はその力で、この世界を光の下へ導く…!」

 

 しかしその瞬間、ヴァリアンテ城を丸ごと貫く青白い炎が天へと上がった。

 

「なっ…!?」

 

 そしてその炎が晴れると同時に、一同とアンジェとの間に“何か”が轟音を立てて降り立った。

 

「な…!?」

「何だ…あれ…!?」

 

 降り立った“それ”を見て、一同は驚愕と懐疑の声を上げる。

 そこに降り立ったのは先の炎と同じく青白い色をした“何か”。

 炎に包まれ詳細な事が分からないが、アンジェが聞かずとも“それ”の正体について語りだす。

 

「答えてあげるわ、あなた達に。」

 

 あまりにも残酷である、その答えを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオン・ルイスは…()()()()()。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェの言葉に合わせるように“それ”が纏っていた炎が散り、その全貌が露になる。

 

 

 

 

 

 その体色は先の炎と同じように青白く、人離れした体格には不気味な紋様が酷く蠢いている。

 

 

 

 

 

 俯く姿勢だった“それ”が顔を上げれば、見えるは真白い牙を遺憾無く露にし、敵意を剥き出す獣の姿。

 

 

 

 

 

 牙と同じく真っ白に染められている瞳からは、およそ正常な思考など見て取れない。

 

 

 

 

 

 そんな獣の顔が3つ…頭部と、そして両腕にも同じ様に理性を感じさせない獣の牙と瞳が一同を捉えて離さない。

 

 

 

 

 

 正しく化け物たるその姿に乖離感を覚えながらも、所々の装飾が嫌でもどこか既視感を想起させて止まない。

 

 

 

 

 

 そしてそんな異形を、彼女は一同が求める“彼”なのだと答えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…まさか…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…俯く姿勢を正し悲痛な雄叫びを上げようとする“それ”は、アンジェが求めた永久に後世に語り継がれる最高の守りし者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょう…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最恐にして究極の“騎士(ホラー)”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオン…さん…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その名は“ガロ”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ヴァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・アンジェの正体

→正真正銘メンドーサの実子
 『炎の刻印』本編ではメンドーサによって殺されたと描写されているが、本作では作者の意向によってしぶとく生き延びさせられた


・アンジェという名前の由来

→産まれた直後にメンドーサの手に掛かった為自身に付けられる予定であった名前を知る事が出来ず、結局母親である“アンジェリーナ”から名前を取った様子
 父親から取る気はさらさら無かったようだ


・外れ者たる神

→ホラーの始祖・メシアの事
 魔界の住民にとっては神と言っても差し支えない存在であろう


・アンジェが高説垂れていた内容

→25話冒頭でも同様の内容が語られていたが、これは『牙狼』シリーズの世界観設定にも語られている“金色狼”について言及したものである
 要約すると…

1.かつてバラルの呪詛が掛けられて以降アヌンナキ達の手から離れた世界をメシアがあの手この手で懐柔しようとする

2.しかしヒトを始めとして世界がそれを拒んだので怒ったメシアがホラーを引き連れてカチコミを仕掛けた

3.まだ魔戒騎士や法師といった存在が無かったその時代ではホラーに太刀打つ事がまともに出来ずあわや世界滅亡間近となった時、何処からともなく金色狼が現れホラーに対抗、それを見て奮起した生命達によって何とかメシアやホラーは魔界に追い返された

4.以降は『神ノ牙- JINGA-転生』でも登場した魔人獣のような存在が頭角を現し魔界を統治し始めた為、人間界との全面戦争というような事態にはなっていないが、やはり切っても切れぬものなのか、現在まで人とホラーとの戦いの歴史が続いてる…といった内容である


・牙狼のホラー化

→少なくとも私はそんな展開見た事無い


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第40話「記憶-Leon-」前編

新年明けてのおめで投稿です



「レオン…さん…。」

 

 響達の前に現れた、真の怪物。

 その正体があのレオン・ルイスだと告げられ、それを信じられない響は呆然とした声を上げる。

 この見ているだけで恐怖を掻き立てられる化け物が、幾度も自分達や世界の希望の光となった彼だと?

 そんな訳が無いと否定を示したくなるが、周りの反応…特に彼の事を良く知っているアルフォンソやエマといった者の様子がアンジェの言った事が嘘偽りではないと証明しており、ますます響の心を深い場所へ堕としていく。

 あの時彼を止められなかった故に、彼をこんな姿へ変えてしまったと…。

 

「呆けるな立花!!来るぞ!!」

 

 そんな響の耳に届いた、鬼気迫る声。

 はっと顔を上げてみれば、そこには視界一杯に正気を感じさせないあの怪物の顔が拡がっていた。

 

「っ…!!??」

 

 間一髪その場を飛び退いた響。

 鼻先を掠めたその先では、響目掛けて飛び掛かった怪物が大きな地鳴りを起こしながら着地し、またその視線を響へと向けていた。

 

「レオンさん…レオンさんなんですよね、あれ!?」

「確かにレオンではあるが、あれは…!!」

 

 真っ白に向かれたその目からはただただ狂気の意思しかなく、その目を向けられた響は背筋に多大な悪寒を感じながらアルフォンソに怪物について問い掛ける。

 

「心滅獣身…まさか彼が…!!」

「それもただの心滅じゃないわ…アンジェ、貴女一体何をしたの!?」

 

 そして言い淀んだアルフォンソの代わりに答えたダリオとエマの回答に、響はその事実を認めるしかないと絶句する。

 人々の希望となるその光は、世界を混沌に陥れる為の光となってしまったと。

 一体どんな事をすればこんな絶望を形作れると言うのか…エマの言う事も最もだと誰もが彼女が呼んだ名の者へと視線を移した時だった。

 

「ヴァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」

 

 突如聞こえた雄叫び。

 それは怪物となったレオンが発したものに他ならず、再び全員の注目を浴びた彼の周りに幾つもの魔法陣が浮かび上がったかと思いきや、その魔法陣から一斉に今の彼の腕部を模した獣の頭部が響達目掛けて襲い掛かった。

 

「これは!?この攻撃は…!?」

「やっぱり…貴女まさか…!!」

 

 まるで本能的な殺意を数知れない程にぶつけられているようなその攻撃を何とか避けながら、しかしその攻撃に見覚えがあるアルフォンソとエマの両名の表情がますます苦いものになる。

 何故ならその攻撃はかつてレオンも苦しめられた、あの男のそれに酷似しているのだから…。

 

「フフ…役に立つじゃないか、我が父も…。」

「メンドーサを…ホラーを無理矢理憑依させたと言うの!?」

「え…!?」

 

 そう、彼女はレオン・ルイス…黄金騎士 ガロに、かつての闇の権化であるメンドーサと、当時彼が吸収した伝説のホラー、アニマを融合させたのだ。

 最上級の希望の光と最大級の絶望の闇を合わせ、生まれた真の混沌たるこの怪物。

 その真相を聞いた響の顔から血の気がどんどんと引いていく。

 

「それじゃあ…レオンさんは…!?」

 

 それこそ、認めたくなかった事であった。

 ホラーに憑依された人間は“死ぬ”。

 それは響が彼等魔戒の者達と関わるに当たって彼女の心に最も最初に、そして最も深く刻まれた痛み。

 故に片時も忘れる事なく在り続けるその言葉が、最悪の形で以て目の前に現れた。

 もし本当にホラーに憑依されたのならば、彼は…レオンは…。

 

「脚を止めるな!!立花!!」

 

 再び思慮の底へと堕ちていた響の意思を、またしても鬼気迫る声が掬い上げる。

 しかし今度は視界を上げる間も無く身体を押され、響はその場に倒れる。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!!??」

「翼さん!?」

 

 そして次に響が目にしたのは、自らを押し退けた翼が自身を狙っていた獣頭の攻撃を代わりに受けていた場面であった。

 左脚をまるごと呑まれているその様に既視感の覚えある響は悲痛な声を上げる。

 

「ッ…舐めるなぁぁぁぁぁ!!」

 

【逆羅刹】

 

 しかし翼はギッと歯を食い縛るや、喰われているその只中で左脚のギアを変形させる。

 変形したギアは獣頭を内部から貫き、翼が身を翻せば獣頭は途端に斬り刻まれ、そしてそのまま消滅した。

 

「翼さん…!!」

「っ…まだ、脚の1つがやられただけだ…!!」

 

 解放された翼の下に駆け寄る響。

 本人はまだと強がっているが、深々と牙を立てられたその脚からはおびただしい程に血に濡れ、とても無事では無いと一目で分かる。

 

「立花 響!!貴女は翼を連れて退がりなさい!!」

「で、でも…!!」

 

 そんな彼女を連れて退がるというのは決して異存など無いが、そう言ったマリアの語気にはそれ以外の事情も含まれている気がして、響はつい二の足を踏むような声を出してしまうも…。

 

「足手纏いは2人もいらないわよ!!」

 

 エマからその事情についてバッサリと言い捨てられ、素直に従う他無かった。

 彼を止めなくてはならない…それは同じ想いの筈なのに、自分は今の彼の事を受け止めきれず気持ちが右往左往としている。

 他の皆も同じ様に現実を受け入れる事に精一杯の筈なのに、それでも彼を止める為に力を振るっている。

 本当なら自分もそうでなくてはいけないのに…響はどうしてもその気にはなれなかったのだ。

 そんな時であった、レオンがまた雄叫びを上げた。

 見れば彼は大きく叫んだ後、地に両腕を強く着けて身体を固定し、途端に俯いたかと思うと、その口元から何やら青白い炎を迸らせ始めた。

 

「まずい…何か来る!!」

 

 誰もが直感でそう悟り、合わせてその場を跳ぶ。

 するとそれと同時にレオンが先程まで皆が居た場所目掛けて口から凄まじい量の炎を吐いた。

 

「「なっ!?」」

 

 その炎を見て驚愕の声をあげる一同。

 今更ながら彼等が戦場にしているのはサンタ・バルドの城下町だ。

 付近には当然民家などがあり、今の炎にも数件の家が巻き込まれてしまった。

 しかしその炎が晴れた時、そこにはまるで民家など最初から無かったかの如く、文字通りの更地が出来上がっていたのだ。

 

「な、何だ今のは…!?」

「とんでもないなんてレベルじゃないわよ…!?」

 

 塵1つ残さず綺麗とまで言える程に対象を燃やし尽くすその火力に、一同は戦慄を覚える。

 もしこんなものが構わず撒き散らされるなんて事があったら…。

 

「クソッ…おい!!こんな奴相手に手ぇ抜いてらんねぇぞ!?撃って良いのか!?」

「えぇ!!思いっきり撃ちなさい!!」

「皆!!腰にある紋章を突くんだ!!そうすれば…!!」

「私が引き付けます!!その間に!!」

 

 一層なりふり構っていられなくなった。

 彼等は暗黒獣身を発動したダリオを筆頭にレオンへと向かっていく。

 

「ハァァァァァ…セヤァ!!」

 

 飛び交う獣頭の攻撃を掻い潜り、ダリオはレオンに向けて十字槍を振り下ろす。

 袈裟掛けに振り下ろされた槍先はレオンの身体に深い傷を付ける。

 

「何っ!?」

 

 しかし次の瞬間的その傷は瞬時に結合し、まるで何事も無かったかのようにレオンは活動を再開した。

 

「グアァァァァァ!!??」

「ダリオ!!」

 

 自身の両腕と、数体の獣頭を魔法陣から出現させ、ダリオへと噛み付かせる。

 

「ウゥッ…グ、ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!??」

 

 ゼムの鎧をまるで菓子か何かの如くバリバリと噛み砕き、ダリオの生身に喰らい付く。

 彼の悲鳴も合わさりおぞましい光景となったその有り様に、皆助けに行きたくても背筋が震え、棒立ちとなってしまう。

 

「くっ…そぉぉぉぉぉ!!」

 

 しかしアルフォンソが勇気を振り絞ってガイアの鎧を纏い、ダリオを喰らうレオンの両腕を切断した。

 普通の生命であれば致命傷となる筈も、腕は切断面から瞬時に再生され、彼等の前で元通りの姿を見せる。

 

「ダリオ殿!!しっかりするんだ!!」

「ア…ッ…。」

 

 アルフォンソは即座に解放されたダリオを抱えてその場から跳び去る。

 その中で必死に彼に声を掛けるも、受けたダメージが大きいのかまともな返事は返ってこなかった。

 

「鞭打ちの身体に…これ以上をさせんじゃねぇよ!!」

 

 アルフォンソに次いで動いたのはクリス。

 彼女は先にエマに施されたその言葉に従い、容赦無く全砲門を開く。

 

【MEGA DETH QUARTET】

 

 半ばヤケクソと共に放たれた全火力は余す事無くレオンへと命中する。

 

「なっ…!?」

 

 しかし着弾の黒煙から現れたレオンは、先程と同様何事も無かったかのように傷1つ無い姿を見せてきた。

 

「くそっ…!!」

 

【BILLION MAIDEN】

 

 目と目が合い身の危険を感じたクリスは両手のガトリングから絶えぬ弾嵐を浴びせるも、それらは先程からまざまざと見せ付けられている再生能力の前には一切通用せず、それどころかレオンは返しとばかりに魔法陣から獣頭を差し向けてきた。

 

「嘘だろ…!?」

 

 それまで多数に向けていたその攻撃が、ただ1人目掛けて放たれる。

 当然それを迎撃出来る術など持っている筈も無く、クリスは為す術無しかと身を固くする。

 

「先輩!!」

 

裏γ式 滅多卍切(なんとノコギリ)

 

 しかし寸での所で調が間に割って入り、ギアを駆使して即席の壁を作り難を逃れ、さらに切歌がクリスを抱えてその場を離れる。

 

「大丈夫デスか先輩!?」

「あ、あぁ…サンキュー…。」

「2人はそのまま退がって!!私が時間を稼ぐからその間に…!!」

 

 さらに調は2人が場を離れる為の殿を務めようと前に出る。

 彼女は宣言通り前方から襲い来る獣頭を大小様々な鋸で向かえ撃っていく。

 

「調!!後ろデス!!」

「っ!?」

 

 しかし前方に注意を向けるあまり背後が疎かとなり、調の身体が宙を舞う。

 要である頭部のギア、その基部に獣頭が噛み付いたのだ。

 

「やっ…離して!!」

 

 凄まじい咬力によって基部は瞬く間に破壊され、支えを失った鋸が地面へと落ちる。

 しかしなお獣頭は彼女を解放する事無く、それどころか他の獣頭も宙吊りでもがく彼女目掛けて群がっていく。

 

「調!!」

「あぁクソッ!!」

 

 切歌やクリスの脳裏に先程のダリオの様子が過ぎる。

 鎧を纏い、さらに素から屈強な肉体をしている彼でさえ一瞬で崩れたその攻撃を、華奢な身体付きの調が1秒とて耐えられる筈が無い。

 助けようにも切歌は両手が塞がっており、クリスも切歌の腕の中で必死に狙いを付けているが定まらない。

 このままでは2人の想いは儚く散る事になるが…。

 

「冗談じゃ無いわよ全く!!」

 

 間一髪のところでエマがバゼリアでも見せた魔導具の機関銃を完成させ、そこから放たれる鉛玉の嵐を調に群がろうとする獣頭に向けて放った。

 

「ッ!!」

 

【切・呪りeッTぉ】

 

 それによって獣頭の矛先がエマへと向き、隙が出来た所で切歌はクリスを近場へ降ろし、息吐く間も無く得物である鎌を振りかざす。

 

「調!!大丈夫デスか!?」

「切ちゃん…!!」

 

 飛ばされた鎌先が調のギアに噛み付いていた獣頭を切り跳ね、解放された調を今度はクリスの代わりに腕の中へ収める切歌。

 互いに無事である事を喜びたいものの、そんな暇も無く気配を感じた方へと目を向ければ、既にまた別の獣頭が襲い掛かろうとしていた。

 先に助けたクリスも同じ様に追われており、この場に安息を付ける場所など何処にも無い事が身を以て分かる。

 

「何で…どうしてこんな…。」

 

 どこもかしこも、命が常に危険に晒されている。

 それを引き起こしているのが本来なら多くの命を救う立場にある者であるのだから、もはや皮肉を通り越して何と表現すれば良いのか。

 どうしてこんな酷い仕打ちが出来るのか。

 そうまでして一体何を為したいのか。

 この状況を作り出した創造主の思惑が全く分からず、響は己の知も力も無いと項垂れる。

 

「そこまで。」

 

 するとそんな創造主直々に停戦の申し出が発せられた。

 レオンもまたその言葉に従い、その場で不動の姿勢を取る。

 

「どうかしら、私の最高傑作の出来は?」

「えぇ、最低の出来ね…!!」

 

 自身の作品の出来を問うアンジェの対には、誰もが息も絶え絶えな守りし者達。

 その守りし者達のせめてもの虚勢を、アンジェは滑稽と嘲笑う。

 

「そうまでして…一体何がしたいんですか…?」

 

 しかしその嘲笑は小さく呟かれた言葉に成りを潜めた。

 今にも泣き出してしまいそうな程にか弱い響の声…そんな響にアンジェはそれまで見せなかった真剣な面持ちで向き合った。

 

「終わらせるのよ、このふざけた歴史をね…我が父も、そして私自身も振り回される事となった、この魔戒の歴史を。」

 

 終わらない戦いの歴史に、多くの人々が犠牲になった。

 それは父であるメンドーサも同じ事だと、彼女は珍しく感情を露にする。

 

「ホラーさえ…ホラーなんて存在さえ無ければ、誰も彼も不幸になんてならない…!」

 

 魔戒法師アンジェ…彼女の半生は、決して幸楽溢れるものでは無かった。

 彼女は産まれたその瞬間、メンドーサの手によって母もろとも殺されかけた。

 メンドーサからすれば死してなお咎となる堕落者の刻印が次代にも引き継がれる事を知り、存在そのものが汚点と見なされたからだ。

 しかしメンドーサとて、望んでそのような道を歩んだ訳では無い。

 彼が堕落者としての道を歩む事になった原因は、どうすればより効率良くホラーを討滅出来るかを模索したからだ。

 後の世に於いては悪そのものである彼も、初めは崇高な守りし者であったのだ。

 ならばそもそも最初からホラーなんて存在が無ければ、彼はそのような道を歩む事など無かった。

 その身に刻印を刻まれる事など無かった。

 棄てられ(殺されかけ)る事も無かった。

 あの日母が自身に命を預け、亡くなる事は無かった。

 両親に育てられ、普通の人間としての幸せを得る事が出来た…。

 

「だから私が終わらせる!!この神さえ滅ぼす最強の力を以て、魔界の尽くを焼き払う!!それによって生まれる罪も怨みも何もかも全て背負って、私は真の守りし者となる!!」

 

 ホラーを討つ。

 この世界に害しかもたらさない悪鬼羅刹を、全て根絶やしにする。

 人が人として、当たり前の幸せを得られるようにする為に。

 

「私とあなた達の想いは同じ筈よ…だからあなた達にはこれ以上の手出しをしないで欲しいの。」

 

 感情の昂りに応じて身体に刻印を浮かび上がらせながら、アンジェは懇願する。

 今、誰もが願い、そして誰もが叶えられなかった夢に手が届く。

 その為に犠牲にしてきたものは計り知れない…けれどそれも後少しなのだ。

 だからこれ以上、余計な犠牲を出させないでくれと。

 

「だからと言って、それにレオンを巻き込むなど…それもこんな形で…!!」

「怨み言ならいくらでも聞くわ。だからそれで終わりにして欲しい…でなければ私は本気であなた達に手を掛ける事になる。」

 

 全て1人で背負ってみせる…アンジェの孤独な決意と、その決意を形にする力を前に、守りし者達はそれ以上の言葉を出せない。

 

 

 

 

 

「返してください…。」

 

 ただ1人を除いて。

 

 

 

 

 

「レオンさんの事…待っている人達が沢山居るんです…。」

「…ホラーが居なくなれば、それは無用になる。」

 

 フラフラと、響が前へ出る。

 影の差し込むその表情からは、彼女がどんな想いで居るのか察する事は難しい。

 

「ヒメナさんやロベルト君だって…!」

「その怨みは買いましょう…未来永劫、私の罪として。」

 

 それでも段々と強くなっていく語気からは、彼女がどんな想いで居るのか容易に察する事が出来る。

 

「レオンさんに聞かなきゃいけない事、まだ沢山あるんです!!」

「世界の平和は、彼だって望む事だ!!」

 

 だとしても、私達の大切な彼を…。

 

 

 

 

 

「レオンさんを…返してください!!!」

「貴女1人のわがままに、付き合う暇などどこにも無い!!!」

 

 

 

 

 

 決裂。

 求める願いは同じ筈なのに、話し合う、手を取り合う、分かり合う…。

 ただそれだけの、何と難しき事か。

 

「行きなさいレオン!!私の意思を分からせる為に…!!」

 

 手を振りかざし、レオンに指示するアンジェ。

 再び彼が動き出すと身構える一同であったが…。

 

「グッ!?ヴゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙…!?」

「…?」

「レオン…!?」

 

 その時、異変が起こった。

 レオンはアンジェの指示に従わず、その場に留まっている。

 そんなレオンの体色は先程までの青白さとは正反対の、赤黒いものとなっていた。

 

「クソッ!こんな時に…!」

 

 獰猛な姿勢もまるで苦しんでいるかのような呻き声と共に消え失せ、レオンはその場で膝を付く。

 その様にアンジェは苦虫を噛み潰したような表情と苦言を浮かべる。

 仔細は分からぬが、今の状況が彼女にとって良くない事は見て取れる。

 

「今だ!!退くぞ!!」

 

 それを好機と見たアルフォンソの号令に、従わない者は居なかった。

 それもまた、ただ1人を除いて。

 

「立花!!」

「ヒビキ殿!!」

 

 皆が駆け出す中、響だけはその場に止まっていた。

 ただじっと、レオンの姿を見つめながら。

 あの時前に向かって動けなかったから、彼はあんな姿になってしまった。

 ならば今は、今度こそはと半歩ずつ前に出ていき、彼に向けて手を伸ばそうとするも…。

 

「ッ…!!」

 

 響はぎゅっと目を瞑り、やがてその場を駆け出した。

 助けたいと想う者に背を向けて、仲間達と同じ方向へ。

 

「(今の私じゃ…何も出来ない…!!)」

 

 手を伸ばした所で、届かない。

 すぐそこに居るのに、触れられる距離に居るのに、この手は彼の手を握る事が出来ない。

 想いも、力も、何もかもが今の自分には足りない。

 

「拒絶反応…こればかりはどうしようもないか…。」

 

 響達が去った後、再び青白い身体へと戻ったレオンを見てアンジェが呟く。

 その声色は、どこか悲しげであった。

 この戦いで、一体誰が喜んだと言うのであろうか。

 勝者である筈のアンジェも、敗者である響達も、誰もが心に暗い影を落としたこの戦いの結末は、そんな虚しいものであった。

 

 

 

 

 




・神滅ホラー・ガロ

→アンジェが黄金騎士 ガロの鎧とその継承者であるレオン・ルイスにホラー・アニマを吸収したメンドーサを融合させて創り出した、“神をも滅ぼす最強のホラー”
 “魔戒の歴史を終わらせる最後の騎士”とも言われる
 彼女の創造物の中でも最高傑作であるこのホラーはレオン・ルイスが成る特有の心滅獣身をベースに体色がアニマを吸収したメンドーサを思わせる青白い見た目をしている
 発する声は叫ぶか唸るかの二択しか無く、目も真っ白に剥かれているその様からは理性の欠片も感じさせないが、如何なる術かアンジェの命令には一応従うようになっている
 また体内に聖遺物“プロメテウスの火”を内包しており、聖遺物からの加護も受けている


・神滅ホラー ガロの能力

→元々の心滅獣身の状態で総じて強力な力を持っていたが、それにアニマを吸収したメンドーサ、そしてプロメテウスの火が加わった事で途方も無い力を有する


 1.心滅獣身由来の獰猛な戦闘能力
 
 元が心滅獣身なので当然ながら単純な戦闘能力でさえ馬鹿にならない
 これが後述の能力と合わさる事でさらにこのホラーの強さを引き立てる

 
 2.再生能力
 
 アニマを吸収したメンドーサ由来の力
 腕や脚といった部位欠損はもちろん、首を斬り落とされようが心臓を貫かれようが、はたまた粉微塵にされようが瞬時に再生し、何事も無かったかのように活動を再開出来る


 3.魔法陣を駆使した遠隔攻撃
 
 先の能力同様アニマを吸収したメンドーサ由来の力
 空間に魔法陣を形成し、そこから遠隔攻撃を放つ
 メンドーサの時は巨大な人の腕や脚といったものを飛ばしていたが、今回は自身の腕部を模した獣の頭部が飛んで相手に襲い掛かる
 攻撃の際に数の制限はほとんど無く、一度に複数の攻撃を放つ事が出来る


 4.強化された魔導火
 
 元々の心滅獣身の時でさえ凄まじい炎を放っていたが、体内に宿したプロメテウスの火によってそれがさらに強化されている
 どれぐらい強化されているかというと、文字通り対象を塵も残さず消し去る程
 焼け野原という言葉も生温い更地へいとも簡単に変えてしまうこの炎は、このホラー最大の戦力であると言えるだろう


5.繁栄

プロメテウスの火由来の力
多分一番厄介な能力
プロメテウスの火の加護によって全ての能力が際限無く高まり続ける
放っておけば既存の能力の性能向上はもちろん、まだ見ぬ力をも発現しかねない
 

 総じて手の付け難い存在であるが、時折体色が正反対とも言える赤黒い色へと変わり、その間だけはまるで苦しんでいるかのような声を発し、アンジェの命令も受け付けずその場で活動を停止する姿が見られるのだが、果たして…


・最終的なアンジェの目的

→魔戒の歴史に終止符を打つ事
 その為に神滅ホラー・ガロを魔界に送り込み、そのまま永久に魔界を焼き続けてもらおうという魂胆


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第40話「記憶-Leon-」中編

魔戒法師 烈火役の松山 メアリ嬢がご結婚されたという
御相手は『仮面ライダー』シリーズのカリスマ的存在である武田 航平氏
このご時世に於いて非常に嬉しい事ですね
両作品、そして両者のファンとしてこの場を借りて祝言を…

ご結婚おめでとうございます



「これは…傷が癒えていく…。」

「感謝しろ、リヴァートラの刻は貴重なのだからな。」

「ダリオは?」

「桶の中にリヴァートラの刻を満たしてそこにぶち込んでやったわ…安心しろ、奴の事だからな…2、3時間もあれば目が覚めるだろう。」

 

 響達がヴァリアンテ城から撤退して暫く、サンタ・バルド郊外の遺跡跡地に設置されている仮設本部にて、有力者達による作戦会議が行われていた。

 この度は珍しくガルムも番犬所からこの場へと出向いており、ここの最高指導者である弦十郎を差し置いて椅子にどかっと座っている。

 

「しかし黄金騎士をホラーに…成程、奴も面白い手を使う。」

「…ふざけた物言いは止めてもらいたい。」

 

 そんな彼女はこの前代未聞の事態を前に焦りなどといった感情とは無縁であり、むしろ逆に面白いと笑う。

 アルフォンソが止めに入らなければ次に何を言い出した事やら。

 

「しかし、この先どうするかだな…。」

「えぇ…相手はこれまでに無い力を持ちながら、同時に手を出し辛い…。」

「強敵であり、人質であるという事か…。」

「まぁ、そもそも奴を相手にするかどうかの話ではあるがな。」

 

 ホラーを根絶する…その想いはこちらとて同じ事だ。

 ましてそれが人々を救う為ならばなおさら。

 そして彼女…アンジェにはそれを為せるだけの力を所持している。

 ガルムはあっけらかんと言ったが、その実口にした言葉はこの場に居る者達全員への重い問い掛けであった。

 ここで彼女を止める選択をすれば、多くの人々の悲願を踏みにじる事になる。

 逆に彼女の行為を止めない選択を取れば、これまで共に戦ってきた1人の仲間を犠牲にする事になる。

 メンバーによってはいつぞやも問われた、多くを取るかただ1つを取るかの問題…。

 

「でも…助けないと…!」

「その為に他を犠牲にしてもか?」

 

 それは決して許されないと響が声を大きくするも、対して冷めた声を返したのがガルムだ。

 

「こんな方法…絶対間違ってる!もっと何か別の方法がある筈ですよ!」

「それを見付けられなかったからこそ奴はこの方法を取ったのだ。そこまで言うならば、お前は何か別の方法を思い付いているのか?」

「それは…っ…!」

「…ならば仮に黄金騎士を救うとして、アンジェ…奴はどうするつもりだ?」

「そんなの…止めるに決まってます!」

「どう止めると?人を平気でホラーの餌にするような奴が、素直に話を聞く耳を持つとは思えないがな。」

 

 アンジェとて、何も無作為にこの手を選んだ訳では無い。

 これしか手段が無かったから、彼女はその道を選んだのだ。

 例え他の何を犠牲にしてでも…。

 その覚悟の前では、響のどちらも救いたいという願いは甘い考えだ。

 

「選ぶしかないぞ?黄金騎士か、奴か…。」

 

 アンジェを取り、世界を救うか。

 レオンを取り、犠牲を出し続けるか。

 誰もが一息には出せないその答えに、響は…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「…ザルバさん、お願いがあります。」

 

 会議が終わった後、響がザルバに声を掛けた。

 おもむろに話し掛けられたザルバは何だ?と努めて優しげな声で答える。

 答えた先に居る響は会議の時のように曇った表情こそ浮かべていたが、一度目を瞑り、そして次に開いた時には変わって強い意思を表した。

 

「レオンさんの事、私に教えてくれませんか?」

 

 レオンの過去、そしてララと呼ばれる者の事…響はそれを求めたのだ。

 

「…そうだな、きっと必要な事だろうな。」

 

 ザルバは最初こそ、そのような事を懇願されてどうしたものかと困惑したが、やがて何か納得したように笑みを浮かべた。

 

「ヒビキ、俺様を指に嵌めるんだ。」

 

 するとザルバは唐突に自身を指に嵌めてもらうよう響に頼んだ。

 響は躊躇う事無く、言われた通りザルバを指に嵌める。

 偶然か否か、本来の持ち主と同じ様に左手の中指へと…。

 それに思わずザルバはフッと笑うと、響に語り掛ける。

 

「ヒビキ、今からお前には俺様の記憶を見てもらう。俺様が知る限りでの、あいつの過去だ。」

 

 じっと見つめる彼の目は普段見るものとは違い、どこか厳しい。

 

「だが1つだけ肝に銘じておけ…非常事態とはいえ、他人の過去をそいつの許し無しで覗き見るのは人の道理に反する事だ。ましてレオンのそれは、きっとお前が思うようなものではない。」

 

 だから…と言って彼は響に告げる。

 

「決して目をそらすな。例え何を目の当たりにしようが、これがあいつの生きた道だ。」

 

 その瞬間、響の意識は彼方へと飛ぶ。

 これから彼女が見るのは、レオン・ルイスの記憶。

 かつて復讐に燃え、大きな罪を背負い、そして今を生きる男の生き様だ。

 

 

 

 

 



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第40話「記憶-Leon-」後編

き、キラ…キラメイ…!?



 意識を取り戻した響が最初に抱いたのは、目の前に拡がる景色に対する違和感であった。

 響の前に拡がっている景色は、場所としてはサンタ・バルドの街中…しかし周りの民家や挙る人達の姿など、ここが記憶の中の景色だという事を差し引いても、先程まで見ていた現実の景色と比べてどこか劇画調で現実味が無い。

 

「悪いな、初端からこんな拙い景色で。この辺りは俺様も話を聞いただけなんだ。」

 

 流石に奴が産まれた時から一緒に居た訳じゃ無いからなと、指に嵌めているザルバがカチカチと音を鳴らす。

 成程、伝え聞いただけというのならばその時の光景をリアルに再現出来ないのは納得だ。

 それと同時にこの記憶を辿る話が、彼が産まれるその時から始める必要があるものなのだと響に知らしめる。

 

「レオンが産まれたのは今から21年前の事だ…当時のヴァリアンテでは、“魔女狩り”というものが行われていたんだ。」

「魔女狩り?」

「あぁ、表向きは人々を陥れる魔女と、それに連なる魔獣からヴァリアンテを守る為にそいつらを殲滅するという政策だった。だがその実態は魔戒騎士や法師をその魔女や魔獣と見立てて捕らえ、拷問の末に処刑するというものだった。」

「そんな…何でそんな事…!?」

「当時のヴァリアンテの実権を握っていたのは闇に堕ちた魔戒法師、メンドーサだったんだ。自らを追放した守りし者達に復讐する為にな。」

「メンドーサ…。」

 

 メンドーサ…かつてレオン達が対峙した、闇に堕ちた魔戒法師。

 そして、アンジェの父親…。

 行き過ぎた理想を否定され、闇へと身を堕とした法師の復讐劇から始まった、レオン・ルイスの記憶。

 その始まりが想像していたものとあまりにも違うとして、響はザルバの語るその事実を理解し難いと頭を抱える。

 

「そんなある日の事だ。一組の魔女と魔獣…魔戒法師の女と、魔戒騎士の男が捕らえられた。男の方の処分は後回しにされ、女の方から先に処刑される事になった。民衆や他の守りし者達への見せしめになるよう、広場での実行だった。刑の内容は火刑…最も苦痛を味わうと言われている刑罰の1つだ。」

 

 それがちょうど今の光景だな、と語るザルバに合わせるように、目の前の景色が移り変わる。

 そうして移り変わった景色の先には、サンタ・バルドの大広場にて無作為に立てられた柱に磔にされた女性の姿があった。

 今しがた話に出てきた女性の法師だろう…響はその処刑方法が残忍極まりないとして、堪らず苦悶の表情を浮かべる。

 幸いなのは今の所話の中でレオンの名が出てきておらず、話の情景として語られるそれらの出来事とはそこまで関係が無さそうだという事。

 しかしその安息は幻であるという事を、今から示される事となる。

 

「アルフォンソの奴が言ってたな。当時の事はおぼろげながら覚えている…実刑の直前に女が振り向いた時には、子供なりに恐怖と言い知れぬ何かを感じた…ってな。」

「じゃあ…アルフォンソさんはその時に、この場所に居たんですか?」

「いや、間近に居た訳じゃなく、あそこの城の露台からだったそうだ。だが女が向けたその視線は刑場からかなりの距離が離れているあの露台からでもはっきりと分かったらしい。まぁ従兄弟の母親の視線だったからな、何か感じるものがあったんだろう。」

「えっ…今、従兄弟の母親って…?」

 

 その言葉を受けて響は思わず聞き返してしまう。

 何故なら自分の知る限りアルフォンソの従兄弟というのは…。

 ザルバは敢えてすぐには答えず、話を移り変わっていく景色と共に先へと進める。

 

「そこから先の事はアルフォンソは見ていないらしいが、予定通り刑は実行されたそうだ。」

 

 瞬間、目の前の景色に真っ赤な色が付く…処刑台に火が付けられたのだ。

 火は瞬く間に燃え広がっていき、処刑台を包む。

 当然処刑台に磔にされている女性にも炎は燃え移り、その身を焦がしていく。

 響はたまらず炎に呑まれる処刑台を構わず駆け上がり女性へと手を伸ばすも、その手は女性の身体をすり抜けてしまう。

 

「ここは俺様の記憶の中だ、触る事は出来ないぜ。」

 

 無我夢中で忘れていたが、ここはザルバの記憶の中。

 その証拠に炎に包まれる処刑台の中に居ながら熱さなど微塵も感じないし、火がこちらの衣服に燃え移るなんて事も無い。

 この景色は過去に起こった出来事を写し出しているに過ぎず、だから目の前の命を救う事も叶わない…人がみすみす死んでいく様を黙って見ている事しか出来ず、響は目の前の非道に対して悔しく目を背ける。

 

「処刑台が業火に包まれ、誰もが畏怖の念を以てそれを見守っていた…その時だった、どこからか赤ん坊の産声が上がったんだ。」

 

 ザルバが紡いだ次の言葉。

 それと同時に響の耳には確かにそれを示唆するように赤ん坊の産声が聞こえてきた。

 一体どこから聞こえてくるのか…ザルバは耳を澄ます響に向けて、もちろん民衆の中には実刑の最中に赤ん坊を産み落とす奴など居なかったと告げる。

 周りにそのような者は居ない、けれど確かに産声は聞こえる。

 そこから導き出される答えは、ただ1つ…。

 

「まさか…!?」

 

 まさかそんな訳がと響が改めて磔にされている女性へと視線を向けたその時、その女性の前に何処からかこの炎の中向けて飛び込んできた影があった。

 

「誰もが浮き足立つ中、城の方で異変が起きた…女と共に捕らえていた魔戒騎士が脱走したんだ。その騎士は城から脱出すると、躊躇う事なく炎の中へと飛び込み、それから逃走を始めた。その手に産まれたばかりの赤ん坊を抱えながらな。」

 

 ザルバの言葉通りに、目の前でその光景が写し出される。

 しかし響がまず驚いたのは女性の前に現れた、その魔戒騎士に対してであった。

 

「あれは…へルマンさん…!?」

 

 その魔戒騎士とはレオンの父親であるへルマン・ルイスが纏っていた鎧…絶影騎士 ゾロであったからだ。

 そしてゾロがゆらりと上体を起こしたその手の中には、確かに赤ん坊の姿が見えた。

 やはりそうだった…赤ん坊を産んだのは、今まさに刑に処されている女性であったのだ。

 そんな女性が産み落とした赤ん坊をゾロは自身のマントで手厚くくるむと、魔導馬 ゲツエイを召喚しそのまま何処かへと去っていってしまった。

 

「それから国は総力を挙げて逃亡した騎士とその子を捜したが、遂にその行方を知る事は出来なかった。まるで最初からその騎士や子など存在していなかったかのように、忽然と姿を消したんだ。」

 

 だがそれから17年後、その騎士と子は帰ってきた。

 成長したその子供は赤い髪色をしており、その髪形はまるで当時の火刑の様子をそのまま思い起こすかのような姿だった。

 

「そう、その瞳の奥底に決して色褪せぬ復讐の炎を燃やしながら、()()()は戻ってきたんだ。」

「赤い色の、炎みたいな髪って…まさか、あの赤ちゃんって…!?」

「あぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤ん坊の名は、“レオン・ルイス”。火刑に処された母親、アンナ・ルイスと、魔戒騎士である父、へルマン・ルイスとの間に産まれた子だ。」

 

 

 

 

 

 絶句、であった。

 告げられたその真実を、響はすぐに受け入れる事が出来なかった。

 だってそれが本当の事なのだとしたら、彼は産まれた時にはもう…。

 

「そう、レオンは産まれたその時から母親の温もりを知らずに育ってきたんだ。」

 

 その様子から察したのだろう…響からすれば無慈悲な追撃とも取れる事をザルバは語った。

 産まれた時から側に居て、一緒に笑ったり泣いたり、時には叱られたり…そうして色んな事を親から教えてもらい、その思い出が根幹となって、子は人として成り立つ。

 響も両親から人としての強さや優しさ、他にも色々な事を沢山教えてもらった…何なら今でも教えてもらっている所だ。

 その親が片方しか存在しない…それで人としてちゃんと成長できるのだろうか?

 (父親)だから、(母親)だからこそ教えられる事もあるのにそれを欠いてしまって、果たして人として大切な心というものを形作れるのだろうか?

 しかし思い返してみても、彼にそうした疑念を抱いた事など一度も無い。

 父親であるへルマンがそういった事に配慮して、人一倍教育に力を入れたのだろうか…。

 もちろんそれは事実ではあるが、事はそう簡単な話では無かった事がまたザルバの口から語られる事となる。

 

「初めてあいつの姿を見た時は、中々面倒な奴が来たと思ったな…何せ17の未熟な小僧が復讐目的でガロの鎧を継いだときたもんだからな、いくらメンドーサの策で騎士の絶対数が少なくなったからと言ってそりゃ無いだろと、あいつを選んだ英霊達の感性を疑ったぜ…こんな奴がガロを継いだら、後々とんでもない事になるぞってな。」

 

 半ば血筋だけで鎧を継いだ、一番厄介なパターンだなと、ザルバはまるで嘲るように笑う。

 いや、実際その通りなのだ…過去にその称号を継いだ者達の中で、そのような感情を持って鎧を継いだ者など居る筈も無いのだから。

 しかしガロとは希望…その存在は例えまことしやかにでも、常にこの世に居るのだと示さなければならない…この善い事ばかりでない、争い事の絶えない、そんなろくでもない世界だとしても、その世界に光を見出だしている者達の為に。

 故にレオンは選ばれたのだ…例えその称号を受け継ぐのにまるで相応しくない者だったとしても、ガロという希望を世界に奉り上げる為に…。

 

「まぁ当然、それでまともにやっていける程世の中甘くないさ。」

 

 そのしっぺ返しはすぐに訪れた。

 ザルバが抱いていた懸念が、現実のものとなったのだ。

 

「ある時メンドーサの下に直接向かえる機会があってな…だがレオンはメンドーサの策に嵌まり、その身を闇へと沈めちまったんだ。」

 

 不意に、周囲の情景が変わる。

 辺りを見回してみると、場所自体は先程と変わらず処刑台があった所であった。

 しかし曇天の昼空だった天気は暗い夜へと変わっており、しかし周囲の景色は夜の闇に呑まれる事無く、代わりに街全体に拡がる炎によって真っ赤に照らされていた。

 と、背後から獣のような叫び声が上がる。

 

―これが、光の騎士…!?

 

 振り返ってみると、そこには今と少し出で立ちの違う過去のアルフォンソと、その前に居る異形が視界に写る。

 先のレオンと違い黄金色をしていながらも、それが却って彼等の抱く黄金騎士のイメージを否定する、あの異形の姿…。

 

「あれが、心滅獣身だ。」

 

 心滅獣身。

 清らかで強い心の持ち主である魔戒騎士が感情に呑まれて暴走した成れの果て…。

 しかし彼の心がそうも弱いものであるかと問われれば、それは違うと響は思っている。

 先にも思った事であるが、彼は人としてとても尊敬出来る心を持っている。

 そんな彼が心が弱いという理由で暴走したなどと思えない…そう信じていた。

 

「お前さんはレオンに刻印が刻まれているのは知っているか?」

「刻印…?」

「レオンには生まれつき左半身に刻印が刻まれているんだ。“炎の刻印”と呼ばれるそれは母親のアンナがレオンを産み落とした時に奴を守る為に刻んだものなんだが…産まれて間も無く母親を失ったレオンの心はメンドーサへの復讐心で満ちていたが故に、刻印はレオンの想いに応えてその動力源となっていたんだ。」

 

 知らなかった…彼の半身にそのような刻印が刻まれている事など。

 それは本来母親が彼に与えた最初で最後の愛の形であるのに、その愛を歪な形に変えたのが彼自身であった事を。

 そして、それを利用された事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―…何が最強の黄金騎士だ、何が国を救うだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心滅獣身となったレオンは誰の制止も振り切り、ヴァリアンテの街を焼き尽くしていった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―自分の感情も抑えられず、守るべきものも、魔戒騎士としての使命も放棄する…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皮肉な話だよな。世界の希望となるべくその名を与えられたガロが、逆に世界を破滅へ導く道化と化すなんざ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオン!!私はお前を認めない!!絶対に!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからアルフォンソは当時のレオンからガロの鎧を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剥奪したんだ。」

 

 

 

 

 

「は、剥奪…!?」

「騎士の鎧は基本的に一子相伝…当然ガロの鎧もその対象だが、アルフォンソはレオンの従兄弟だからガロの称号を継ぐ者の血を受け継いでいる。鎧を纏う事は可能さ。」

 

 響の知らない彼等の姿が、次々と明るみに出る。

 

「その場はアルフォンソ達の勝利として収まったが、レオンの方はそうはいかなかった。当時仮初とはいえメンドーサが討ち果たされた事によってあいつの生きる糧であった復讐は潰え、その復讐を成し遂げる為の力もアルフォンソが奪った。全てを失ったレオンに俺様も含め、アルフォンソ達が掛けた言葉は…どれもあいつを否定するものばかりだった。」

 

 その度に響が抱いていた彼等へのイメージが覆される。

 

「へルマンやエマはどうだったかは分からない…だがアルフォンソは愛する街や民、国を傷付けたレオンの存在が、心から許せなかったそうだ。あいつらは揃ってレオンを置いて、それぞれの場所へと戻っていったんだ。」

「そんな…そんなの酷いですよ!!レオンさんだって…レオンさんだって…!!」

 

 

 

 

 

 そう成りたくて成った訳じゃ無いのに…!!

 

 

 

 

 産まれた時から母親の存在を失くし、その哀しみを埋める為に復讐の道に走ったレオン。

 そのレオンに大切なものを傷付けられ、それ以上の哀しみが生まれるのを止める為に彼から全てを奪ったアルフォンソ。

 2人がそれぞれ抱いた怒りの感情は、どちらも響の心に共感を与えた。

 だからこそ響はアルフォンソ達がレオンを突き放したその事実に怒り、しかし彼等の言い分も間違っていないとして、その怒りの矛先をどこに向ければ良いのかと悩み、そして遂にはやるせなく消沈してしまう。

 そんな心の葛藤は、どうやら当時のアルフォンソとて同じだったようだ。

 

「だがアルフォンソがその行為を後悔したのはすぐだった。戦いが終わった後、1つの報せがあいつを待っていた…あいつの母親が自殺をしていたんだ。」

「え…自殺…!?」

「元々アルフォンソの家族はメンドーサに捕えられて人質にされていたんだが、それでアルフォンソの奴がメンドーサを討つ事を躊躇わないように、とな。」

 

 その時アルフォンソはレオンにそのような行為をしてしまった事を深く後悔した。

 彼は母親という存在がどれだけ自身の心に大きく有るものなのかを、全く理解していなかった。

 ましてや産まれた時から母親という存在を亡くしていたレオンの心境など、とても…。

 

「アルフォンソはすぐに兵士共にレオンの捜索を命じたが、あいつを見つける事は出来なかった…21年前、へルマンとレオンが国から脱走した時のように、まるで初めからレオンという男なぞ存在していなかったかのように、忽然と。」

 

 もし仮にレオンと同じ境遇の中に居たとしたら、果たして違う道を歩めただろうか…。

 彼を突き放した手前、それは否定しなければならない事だ。

 しかしアルフォンソは今でもその答えにはっきりそうだと言える自信が無いのだと語っていた。

 それを考えずにただ己の事のみを貫き通した当時の彼は、まだ子供だったのだ。 

 

「それから半年程だったか…俺様とアルフォンソはとある辺境の村へと向かい、そこでレオンと再開した。」

 

 場面は移り変わり、激動の背景は穏やかな農村へ。

 アルフォンソが村の者達から歓迎の声を掛けられている中に、レオンの姿があった。

 

「レオンさん…良かった、無事だったんだ…。」

 

 その時のレオンの姿は他の農民と同様質素な格好をしており、自身のよく知る彼とも先程までの彼ともまた違った印象を受ける。

 そう思うのは彼の眼が宿す光が鋭さを無くしていたからだろう。

 しかし何故だろう…彼は確かに優しい雰囲気を纏っている筈なのに、同時にどこか空虚さも感じられた。

 

「…これだけじゃ察する事は難しいか。」

 

 それはやはり復讐という行為を自らの手で行えず、牙を抜かれたからであろうか…と思っていた時、ザルバが笑った。

 

「違うな、レオンは無事だった訳じゃない。」

 

 ザルバもまた、どこか虚しさを覚える笑みを浮かべて、語ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオンはな、俺達と別れた後に自殺をしようとしていたんだ。」

 

 自分達は危うく、彼を殺す所であったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声を出す事が叶わない。

 これはレオンから直接聞いた話だ、間違いないと念を押す声に返す言葉が出てこない。

 

「俺様もただ放浪の末にあの村に辿り着いたものだと思っていたが、そうじゃなかった…実際はあいつを殺してしまいかねない程に、俺達はあいつを追い詰めていたんだ。もし過去の時間に戻れるなんて事が出来るのだとしたら、あの時の自分を殴りたい…アルフォンソの奴はそうも言っていたな。だがそれでも伝えるべき事は伝えなければと、アルフォンソはレオンと話をした。その時のレオンの様子は半年前のような覇気は全く無かったが、代わりに俺様から見てもとても穏やかな雰囲気を纏っていた。それも、あの娘と共に居たからだろうな。」

 

 周りの風景はいつの間にかどこかの室内へと変わっていた。

 恐らく先程の村にある建物の一室なのだろうが…記憶の中のアルフォンソはそこで窓辺にもたれ掛かり、外へと目を向けていた。

 彼の視線を追って同じ様に室外を見てみれば、見下ろした先にレオンと、彼の手を取り何処かへと帰っていく様子の1人の少女が。

 

「あの娘の名は“ララ”と言ってな。レオンはあの娘と、娘の家族と共に暮らしていたんだ。魔戒騎士としてではなく、ごく普通の人間として。」

「ララ…。」

 

 トクン、と心臓が跳ねる。

 ララ…ようやくその名を持つ者の姿を見れた。

 レオンの心に強く在るその者は、天真爛漫な笑顔を見せるごく普通の少女であった。

 

「レオンに返せるものは何も無かったが、あいつはこのまま娘とその家族と共に1人の人間として静かに生きていける。だからこれで良かったんだとアルフォンソも、何なら俺様もそう思ったさ。」

 

 そんな彼女に半ば振り回されているように見えるレオンは、きっとしばらく浮かべていなかったであろう戸惑うような優しい笑顔を浮かべていた。

 それを見れば、ザルバの言う事にも首を縦に振れる。

 2人の姿はどこにでもありふれた、しかしかけがえのない幸せの形であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そう、思っていたさ。」

 

 だが、今はその幸せの形は無い。

 

「そもそも俺達がその村を訪れたのには、ある理由があってな…。」

「もしかして、その理由って…。」

 

 今のレオンの側に、彼女の姿は無い。

 響でさえ思わず焦がれるようなその幸せを手放す事になった、その要因は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ホラーだ。」

 

 やはりその名しか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辺境の村を次々と襲撃するホラーが現れたと指令が下されてな…俺達が夜中に付近の見回りをしていた時にレオンがやって来たんだ。娘達の所にホラーが現れたと。」

 

 

 

 

 

―今の俺には…ホラーを倒せない…助けてくれアルフォンソ!!ララを…皆を…!!

 

 

 

 

 

「あれほど焦燥しきった様子のレオンは、俺様もあの時しか見ていない。それほどまでに俺達はレオンを無力にしちまったんだ…そしてホラーを倒し終え、あいつの所に向かった時には…。」

 

 はらはらと落ちていく、真っ白な雪。

 その雪が地表へと降り積もる度に、そこであった悲劇を覆い隠していく。

 しんと静まり返ったその場は規模こそ小さいなれど、響が今まで見たどの焼け野原より悲壮に溢れていた。

 その焼け野原の真中で今、1つの命が無情に、儚く、散っていく。

 ララと呼ばれた少女が、レオンに看取られて、その瞳から光を無くしていく。

 

「守れなかったのは俺達も同じだった…レオンを、娘達を救えたのは、俺達しか居なかったというのに…俺様やアルフォンソがその時出来た事といえば、せめてあいつが道半ばで死なないよう剣を置いていく事だけだった。」

 

 トクン、と心臓が跳ねる。

 響の頬を、熱を帯びた水滴が流れる。

 それが流れたのは目の前の悲劇にただ嘆いたからでは無い。

 

「(私…知ってる…この景色を…。)」

 

 いつの日か見た夢の中で、響は一度この景色を見ている。

 彼女(ララ)の視点を通して、響は先にこの結末を知っていた。

 知っていたのに、知らない事だと押し通していた。

 関係無い事だと、知らぬ振りをしていた。

 本当は知っていると声を上げねばならなかったのに、それを拒んでしまった。

 それをしていれば、少しは何かが変わっていたかもしれないのに…。

 彼の手を、握れていたのかもしれないのに…。

 

「そのまま一度は城へ戻ったんだが、やはり俺様もアルフォンソも居ても立っても居られなくてな…気付いたら城を飛び出していた。やはりあのままあいつを1人にはしておけない。今のあいつを放っておいたら、あいつは再び闇へと堕ちてしまうと…。」

 

 

 

 

 

―レオン…!

―アルフォンソ…頼みがある…。

 

 

 

 

 

「そうして飛び出していった矢先、あいつと会った。あの村からずっと歩いてきたんだろう…おぼつかない足取りだったが、それでも力強い一言を俺達に向けて言ってきたんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―俺に…もう一度黄金の鎧を…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の響に出来るのはザルバの言った通り、せめて最後まで目を逸らさない事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―黄金の鎧を渡せと言うのか?

 

―あぁ…。

 

―…何故?

 

―…力が欲しい。

 

―っ…レオン!!お前はまた復讐に生きるつもりか!?ヴァリアンテを焼いたあの炎を忘れたのか!?

 

 

 

 

 

「鎧を欲する理由を聞いた時、正直遅かったと思った。レオンは既に心を闇に堕とし、復讐に身を任せているんだとな…。」

 

 

 

 

 

―いや…俺が欲しいのは、復讐の為の力じゃない…誰かを守る為の力だ。たった一人でも良い…明日へ、その先へ繋げていける力だ…!

 

 

 

 

 

「だが違った。あいつは決して復讐に心を奪われていた訳じゃなかった。」

 

 

 

 

 

―守りし者として戦いを…俺も…!!

 

 

 

 

 

「レオンさん、立ち直れたんですか…?」

 

 如何に響とて、簡単には信じられなかった。

 あれ程の悲劇に見舞われて、それで守りし者としてなどと…自分ならば絶対にそんな事は出来ない。

 

「正直、口だけなら何とでも言える。普通の人間ならあんな悲劇を目の当たりにして、早々立ち直れるものじゃない…俺様も半信半疑だった。」

 

 

 

 

 

―そうか…が、仮にも黄金の鎧だ。玩具のように貸し借りするものではあるまい…その覚悟、剣で確かめる!黄金騎士の資格がお前にあれば鎧は動くだろう…だがもし、お前の中にまた復讐の炎が燻っているのであれば…その時は…!

 

 

 

 

 

 それはザルバも、そしてアルフォンソも同じであったようで、事実記憶の中の彼はレオンに向けて剣を抜き放ち、厳しい眼差しを向ける。

 

 

 

 

 

―…俺を斬れ。

 

 

 

 

 

 そしてレオンもまた、揺るぎない意思を示す瞳をアルフォンソへと向けていた。

 

「だから確かめたんだ。あいつの中から本当に復讐の炎が消えたのか、ガロの鎧を継ぐ者として…守りし者として本当の心を持っているのか。」

 

 

 

 

 

 そして、決闘は始まった。

 

 

 

 

 

「さっきも言ったが、あの時のレオンは辺境の村からずっと歩いて、そのまま戦う事になった。アルフォンソが渡した剣も魔戒剣ではなくそこらの物と同じ剣…何よりレオンは半年もの間普通の農民として生活していた…騎士としての修行はしていなかっただろう。仮にも元黄金騎士とはいえ、下手をすれば勝負になるかどうか…俺様もアルフォンソも心の中で高を括っていたのは事実だ。」

 

 響の目の前で、激しい戦闘が行われる。

 それはザルバの言葉とは裏腹な、地を抉り、風が衝撃を生むような、命を賭した戦いであった。

 

「だがそれを抜きにしても、レオンは見違える程に強くなっていた。それこそ、当時のアルフォンソがほとんど手も足も出ない程にな。」

 

 

 

 

 

―間違いない…この剣、以前戦った時とはまるで違う…!

 

 

 

 

 

 記憶の中のアルフォンソと、今響の指に嵌まるザルバが同時に口角を上げる。

 今も昔も、当時のレオンの在り方に喜びを覚えたのだ。

 

「炎のような苛烈な攻めは変わらず、だががむしゃらに剣を振り回している訳じゃない。その背に守るべきものを背負い、決して退く事をしない…確かに守りし者としての戦い方だった。」

 

 やがて戦いは往境へ。

 夕暮れの残光が世界を包む時、遂に雌雄が決する。

 

 

 

 

 

―レオン!!二度と燻る事が無いよう、火の粉一つまで消し去れ!!

 

 

 

 

 

「今なら英霊達がレオンを選んだ理由も分かる。底知れぬ闇に溢れた意思をも光に変えたあいつの心は、きっと誰よりも…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 

 

 

 

―うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、決着は…?」

 

 …そう問うたように、戦いの決着は見られなかった。

 引き戻された現実で響が訪ねると、ザルバは柔和な笑みを浮かべながら答えた。

 

「それは、お前さんも知っている事だろう?」

 

 これが今、響が見るべきレオン・ルイスの半生。

 かつて復讐に燃え、大きな罪を背負い、そして今を生きる男が歩んだ道。

 その生き様を見届けた響の頬に、また1つ熱い雫が滴り落ちた…。

 

 

 

 

 




き…キラメこうぜ!


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第41話「それが私の“わがまま”だから」前編

スタリラともですかそうですかw
忙しいな全くw



「アルフォンソ君。」

「司令殿…。」

 

 テントから出た所を弦十郎に呼び止められたアルフォンソ。

 何用かと聞いてみれば、彼はちらりとアルフォンソの背後にあるテントを見る。

 

「響君は…?」

 

 正確には、その中に居る1人の少女を。

 神妙に聞かれたその質問…それを受けたアルフォンソは声には何も出さず、ただ視線を俯かせる。

 俯かせた視線の先には、響から返却されたザルバの姿が。

 

「…今は1人にさせておけ。」

「そうか…。」

 

 答えはそれだけで十分であった。

 3人が共に向いた先では、1人の少女が発する啜り泣きの声が聞こえていた…。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 レオン・ルイスの半生を辿った響。

 その生き様が想像を絶するものだったとして、彼女は打ちひしがれていた

 

「(馬鹿だ…私、本当に馬鹿だった…!)」

 

 知らなかった…彼があんな人生を送っていたなんて。

 産まれたその時から愛を欠けさせていた事、欠けた愛を怨み辛みで補っていた事、そのどちらをも失い死すら選んだ事、そして選んだ先で見つけた小さな幸せをも奪われてしまった事…。

 黄金騎士としての資格を失い、その代わりに得られた安息の日々は、きっと本当ならそれが彼の生きる道であった筈なのだ。

 今彼が騎士として生きているのはその日々を失い、そしてその失った日々に報いる為。

 そこまで彼を再起させたのは、彼と自分とを呪いで繋いでいたと思っていた少女。

 しかし本当は呪いなんて掛けられていなかった…掛けられていたのは全く反対の、希望そのものだったのだ。

 それを勝手に履き違え、勝手に疎んでいた自分が嫌になる。

 私は貴女(ララ)の事を…と、自分と彼とを繋いでいた彼女を、あの時自分は確かに許さぬと思った。

 でも本当に許されぬべきは、自分だったのだ。

 それで彼の事を助けたいなどと、どの口が言っているのか…悔しさと後悔で溢れる涙が止まらない。

 

「響君。」

 

 と、パサリとテントの入口が開かれる音と共に弦十郎の声が。

 響は呼ばれた声に反応して、しかし今の自分の泣き腫らした姿を見せる訳にはいかないと目元をぐしぐしと拭う。

 

「渡しておくものがある、置いておくぞ。」

 

 そうした後に振り返ろうとしたのだが、その前に弦十郎は近くの机に何かを置くや足早にテントを去っていった。

 その様子はこちらの有り方に配慮しているように見え、恐らく泣いていた事がバレていたのだろう。

 それを踏まえて手短に用件を済ませたのだとしたら、頭が上がらない。

 机の上に置かれていたのは、通信機であった。

 自分が普段使っているものとは違うその通信機は着信を知らせる音を鳴らしており、誰かから通信が入っている事が分かる。

 一体誰からだろうか…響は訝しみながらもその通信機を手に取り、通信に応じる。

 

―あ、もしもし響?

「えっ!?み、未来!?どうして…!?」

 

 すると聞こえてきたのは、意外な事に自身の一番の親友の声であった。

 

―あれ?響は何も聞いてないの?

「う、うん…。」

―何か、響がどうしようもなく落ち込んだ時には連絡するから喝入れてやってくれー、って。

「師匠…。」

 

 理由を聞いてみれば、それは敬愛する師匠の計らい事であると知って。

 まさか自分がこうなる事は想定内だったのかと言える程の周到さに、響はますます頭が上がらなくなる。

 

―それで、何があったの?

「あ~いや、その…。」

―泣いちゃうぐらい酷いんでしょ?

「…分かる?」

―だって思いっきり鼻声だもん。

「たはは…。」

 

 おまけにこう深く洞察してくる親友にもやはり敵わないとたじろいでしまう響であったが、暫しの沈黙の後に出した声はそんな狼狽えたものでは無かった。

 

「…私って、本当に馬鹿だなって。」

 

 自虐から始めたその語りは、今の自分の気持ちを嘘偽りなく知らせる為の精一杯の表現。

 

「相手の事何にも知らない癖に、いつも知ったつもりで居て…それで助けたいだとか、手を繋ぎたいだとか言って…。」

 

 悠久の時を生きた巫女も、悪の道を貫いていた科学者達も、世界を壊そうとした孤独な少女も、至高の光となって消えた錬金の使い手達も…。

 手を握ろうとした人達が何の為に自分達と向かい合っていたのか、それを知るのはいつだって全てが終わった後だった。

 そしてその想いは、誰もが自らの想像を超えたものばかりであった。

 それは彼、レオン・ルイスも同じであった。

 

「助けなきゃいけないのに…でも私、レオンさんの事何にも知らなくて…っ…!」

 

 握れていたのは、ほんの僅かな事…でも全てを受け止めようとすれば、それは自分には重たすぎて背負えない。

 それでも公に助けたい、救いたいなどと宣う事を、人はきっと偽善と言うのだろう。

 その偽善を振りかざし、それで満足していた自分は一体何なのか、何様のつもりだと…。

 その偽善で一体何を救えたというのか?

 下手に人の心に踏み込んで、逆に傷付けていなかったか?

 私はやっぱり、誰かをぶん殴る(傷付ける)事しか出来ないのか?

 

―…ねぇ響。

 

 自らを呪い蝕む暗い独白、それを受けた未来が響に対して掛けた言葉は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―私昨日晩ご飯何食べたと思う?

「…え?」

 

 励ましでも貶しでも無い、あまりにも予想外な質問であった。

 

「えっと…未来?」

―そうだなぁ…正解したら、帰ってきた時響の好きな料理沢山作ってあげる。

 

 藪から棒に一体何をと思うがそこは立花 響、食べ物を餌にされれば釣られない訳にはいかないと、混乱する頭で浮かんだものを1つずつ上げていく。

 

「…ふらわーのお好み焼き?」

―ぶっぶー、違います。

「…ファミレスの料理?」

―大雑把…でも外れ。

「…ビーフストロガノフ。」

―食べたいねぇ~…また皆で作ろっか。

「…自分の手作り料理!」

―残念、っていうかまた大雑把…。

「えっと…。」

―分かんない?

 

 しかしどれだけのものを上げていっても正解に辿り着けず、終いには時間切れ。

 正解を導き出せなかった響は果たして他に何かあるだろうかと疑問に思いながら、未来から示される回答に耳を傾ける。

 

 

 

 

 

―正解はね…ふらわーのお好み焼きでした。

 

 

 

 

 

「…え?私それ言ったよね?」

―うん、言ったね。

 

 しかしその回答は確か自身が一番最初に上げたものであって。

 確認してみればまさにその通り。

 

「…嘘付いたって事?」

―うん。

 

 まさかと思って聞いてみれば、それも的中。

 彼女は自身が答えを言い当てていたにも関わらず、あえてそれを無視していたのだ。

 

「な、何で…?」

―だって一番最初に当ててくるだなんて思ってなかったし、それに…。

「それに…?」

―…結構おまけしてもらっちゃったから。

「えぇ!?ずるい!」

―でしょ?だからあんまり言いたくなくて、つい嘘付いちゃった。

 

 彼女はあっけらかんとした様子で嘘を付いた事を認めるばかり。

 今まで嘘など付かれた事などそう無いし、それもまさかこんな状況でやられるとは…響は親友の思惑が分からず困惑するばかり。

 

―でもね、そういう事だと思うよ?

「え…?」

 

 しかしそんな親友は次の瞬間、いつものように語り掛けてきた。

 

―言われなきゃ分かんないもん、相手の気持ちなんて。

 

 私だって今響が嘘付いた事に怒ってるのかどうか分かんないし、聞いた所で相手がそれに応えてくれなきゃなおさらね、と。

 

―でもね響、どうして私が嘘付いたか分かる?

 

 いつものように優しく、自然と心を励ましてくれる…そんな言葉で語り掛けてくる。

 

―響に悲しんでほしくないからだよ。あの時は本当に色々とおまけしてもらっちゃってね…嬉しかったんだけど、響の事を思ったらちょっと申し訳ないなって。

 

 例えば私が今響に嘘付いた事怒ってるかって聞いて、響はどう答える?と聞いてくる。

 それに対して響はどう答えるか…否、答えられなかった。

 実際には微塵も怒ってなどいないし、何なら困惑の方が強い。

 ならばそれを伝えれば良いではないか…でも響はそれを躊躇った。

 励ますにしろ貶すにしろ、彼女が自身に何かを伝えようとしているのは間違いないだろう。

 そんな彼女に言ってる事全然分かりませんと素直に伝えた時、彼女はどんな反応をするだろう?

 もしかしたら伝えようとした事が伝わっていないと、逆に困らせてしまうのではないだろうか?

 じゃあ仮に彼女のように嘘を付いて怒っていると伝えたら、彼女はどう受け止めてしまうのだろうか?

 笑って受け流すのだろうか?

 想像だにしない反応だと傷付いてしまうだろうか?

 それを考えていくと、答える事が出来ない。

 それこそ彼女の言う通り、彼女に悲しんでほしくないから…。

 

―レオンさんもきっと、同じだったんじゃないかな?だから響にそういう大事な事を言わなかったんじゃないかな?

「そんな事…。」

―あると思うよ、響だってそうだったじゃない。

 

 もしかしたら今も、かな?と未来は会話の向こうでふふっと微笑む。

 彼女の言葉の1つ1つが図星であり、1つ1つが心に刺さる。

 彼女の言う通りだ…今も昔も、自分は誰かに伝えられない想いがあった。

 それで相手が傷付く事を恐れて…そこまで思って、響はハッとした。

 

「違う…。」

―え?

「私も同じだ…私も人の事言えなかった。」

 

 言えれば良かった、聞けば良かったと思う反面、心のどこかで言ってくれればとも思っていた。

 自分の思うままに言ってしまえば、不器用な私はきっと相手の事を傷付けかねない…だから言ってくれれば、聞いてくれればそれに見合った答えを掲示する。

 無論不器用なのだから本当に正しく見合った答えを出せるかどうかは別だが、それでもこちらも伝えたい事なのだ。

 だからそれに気付いてほしい、応えてほしいと…勝手に思っていた。

 相手も同じ気持ちなのかも…いや、どう思っているのかも分からないのに、勝手に期待して。

 そんな事にも気付かず、私は…本当に馬鹿だ。

 傲慢で、自分勝手な、本当の馬鹿だ。

 

―じゃあお互い様だね、気にする必要なんて無いよ。

「いやでも、気にする必要が無いなんて…!」

 

 そんな自己嫌悪を、しかし未来はどうとでも無いと言う。

 まさか、そんな事など無いだろうと響は彼女の話を遮ろうとするが…。

 

―だからこそ、響はどうしたい?

 

 その一言で、響はまたハッと気付かされる。

 そう、お互い様なのだ。

 言ってほしいと思う事も、気付いてほしいと思う事も、相手が何を考えているか分からないと思う事も、互いに同じなのだ。

 想うだけでは伝わらない、言わなければ伝わらない。

 だからこそ響はいつもこういう時、どうしてたっけ?と親友は聞いてくる。

 

「私は…。」

 

 そう、同じなのだ…互いに人の事など言えない、分からない者同士なのだ。

 言えば良かったなど、言ってくれれば良かったなど、初めからそんな事が出来る訳が無い。

 そんな時、私は一体どうしてただろうか?

 

「…私はやっぱり、私なんだね。」

 

 私はいつもぶん殴ってきた。

 それを知る為に、それを知らせる為に。

 傲慢だろうが、自分勝手だろうが。

 分かるだけでなく、分かってもらうだけでなく、分かり合おうと…。

 

 

 

 

 

 私はずっと、自分の“わがまま”を貫いていたではないか。

 

 

 

 

 

「ありがとう未来…私、頑張るよ。」

 

 だからもう…平気、へっちゃら。

 少し弱々しくも、でもはっきりと言葉にした今の彼女は…。

 

―良かった、いつもの響に戻ったね。

 

 成ろうとしていたいつもの(自分に正直な)姿となっていた。

 

「立花。」

 

 と、再びテントの入口から声が掛けられる。

 それに対して、今度は間を置かずに響は振り返る。

 振り返った先には自身を呼んだ翼の姿と、テントの外には他の装者や守りし者達…間に合いもしたのだろう、負傷していたダリオの姿も確かにそこにあった。

 

「行くぞ。」

 

 そして掛けられたその言葉に、響は力強く頷く。

 先程まで情けなく泣いていた彼女は、もう居ない。

 通信が切れた先…行ってくると宣言した彼女の声を聞いた未来はもう大丈夫だと、何の心配も無いと目を瞑る。

 今の彼女には余計な事だろうが、彼女達の無事を勝手に願いながら、彼女達が帰ってきたら何を作ろうかと、またわがままに考えるのであった。

 

 

 

 



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第41話「それが私の“わがまま”だから」中編

「生きるのを諦めるな、か…。」

 

 いつしか言われたその言葉を、アンジェはぽつりと反芻する。

 眼下に居る異常な存在(神滅ホラー)によって大気は乱れ、辺りは日中の時間帯であるにも関わらずホラーが悠々と活動出来る程に暗雲が立ち込めている。

 さらにホラーだけに止まらず、アルカ・ノイズにディソナンス…磐石の体勢だ。

 

「私にとって、それは呪いか祝福か…。」

 

 来る戦いに備えたこの布陣…果たして敵は誰なのか。

 その答えを、アンジェは遠く彼方から来る者達に指定した。

 

「ごきげんよう。その面構えを見るに、交渉は決裂といった様ね。」

 

 彼女の見据える先には、守りし者達。

 そのいずれもが強い眼差しを向けてきており、話し合いの余地は無いと見て分かる。

 まぁ分かっていた事だとアンジェは自嘲すると、雄々しく腕を振るう。

 それだけでホラーやアルカ・ノイズ、ディソナンス…果てはかの産物までが守りし者達に牙を向く。

 しかし彼等は気圧される事無く歩み続ける。

 揺るぎない決意を胸に、始まりの歌を口ずさむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Croitzal ronzell “GUNGNIR” zizzl…―

 

 

 

響の、翼の、クリスの声が重なり合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Balwisyall Nescell “GUNGNIR” tron…―

 

 

 

歌と共に、響の身体が淡い光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Imyuteus “AMENOHABAKIRI” tron… ―

 

 

 

次いで翼の身体が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Killiter “ICAIVAL” tron…―

 

 

 

そしてクリスの身体が同様に光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Granzizel bilfen “GUNGNIR” zizzl…―

 

 

 

続くようにマリア、切歌、調の声が重なる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Seilien coffin “AIRGET-LAMH” tron…―

 

 

 

マリアの身体が光に包まれ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Zeios “IGALIMA” raizen tron…―

 

 

 

切歌も、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Various “SHUL SHAGANA” tron…―

 

 

 

そして調も同じく光に身体を包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Rei “SHEN SHOU JING” rei zizzl…―

 

 

 

光に込められし、想いを纏う少女達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el baral zizzl…―

 

 

 

 

誰もが魅了されていた。

 

澄んだ歌声は遠く響き、世界を渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―Gatrandis babel ziggurat edenal Emustolronzen fine el zizzl…―

 

 

 

 

そして世界に伝えるのだ。

 

何があろうと、必ず守ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジェ君…君の守りし者としての決意は、確かに俺達も同じだ。」

 

 聞こえてくる歌声に耳を傾けながら、弦十郎がひとりでに口を開く。

 

「それでもボク達は諦めきれないんです…誰も犠牲にならない、そんな平和の在り方を。」

 

 合わせるようにエルフナインもまた己の想いを吐露する。

 その想いはきっと、彼女もかつては抱いていたであろうもの。

 それが出来なかったから、今の彼女がある。

 

「夢を見るなと嗤うのならば、俺達はそれでも答えよう…。」

 

 しかしそれでも、だとしても…。

 

「どんな夢も、叶えるものだと!」

 

 この夢は、諦められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―激唱、旋律、歌になれ!!―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オペレーション、“DIVINE SYMPHONY”!!

「作戦開始です!!」

 

 2人の指示がギアを通して伝わり、守りし者達は遂に動き出す。

 その場から駆け出し、目の前向かって突き進む。

 

 

 

―負けない愛が拳にある!―

 

 先陣を切った響が次々と敵を薙ぎ倒しながら進んで行く。

 

「花咲けぇ!」

 

 どんな敵が前に出ようと、拳を繰り出し押し通る。

 

 

 

 

―美しき刃で…月下に翼舞う!―

 

 翼が刀を翻し、一閃。

 蒼き残光を残しながら、烏合の衆を斬り伏せる。

 

 

 

―GUN BULLET X-kiss! 力に代わる…!―

 

 空へ跳び、宙に身体を預けたクリスを無骨な兵装が覆う。

 

「容赦しねぇ!」

 

 宣言通りの一斉掃射。

 生き残る術など許さない。

 

 

 

―「Stand up! Ready!!」示せ! 天へと向かい!―

 

 銀に煌めく剣が、振り上げられる拳が、誇り高きマリアの意思を乗せて敵を圧倒する。

 

 

 

―メロディ明日に繋ぐんだ…!―

 

 桃の軌跡手繰る調の刃と…。

 

 

 

朝日(サンシャイン)となり…!―

 

 緑の軌跡閃く切歌の刃が…。

 

 

 

KIZUNA()束ね!―

 

 交わり重なり、斬り刻む。

 

 

 

―絶対諦めないんだ! 戦う事から! このハート…! この命…! 響け! 響け! 響き合え!―

 

 さらに合わせてアルフォンソとダリオの剣槍が、エマの魔導糸が躍り舞い、共に猛進する。

 

 

 

―全霊込めて歌え! そして紡ぐんだ! 未来、の為、夢の、為に、決意を翳して!―

 

 彼等の勢いは、止まる事を知らない。

 

 

 

「アンジェさん!!」

 

 やがて響が一足速く飛び出し、アンジェに向けて拳を振るう。

 

「止めてみせる!!必ず!!」

「そうやってまた邪魔をする気か!!始まりの時のように!!」

 

 アンジェが法術でその一撃を防ぎながら奇妙な事を口走る。

 響がその口走りに怪訝な表情を浮かべると、攻め手の勢いを押し返しながらアンジェがさらに口を開く。

 

「覚えているわよ!!私の計画の前にはいつも貴女が居た!!貴女は始めから私の邪魔をしてきてばかりだった!!」

 

 全て計画の内だった。

 あの日ホラーに追い立てられていたのも、自らが用意した手駒を使っての自作自演。

 あの異物を番犬所やS.O.N.G.に渡したのだって、彼等の信用を得る為の一手。

 これまで彼等に手を貸していたのも、側に居たのも、全てはレオンの近くに迫り、計画を実行する為。

 その側に、いつも立花 響という存在が居た。

 人助けだ正義の為だと宣い自分勝手に人を振り回す彼女の存在だけは、アンジェにとって懸念であった。

 

「でも感謝もしている!!貴女のお陰で彼の側に寄れた!!そして今、夢見た悲願が果たされる!!」

「っ…貴女は、最初から…!!」

 

 しかしそれもここまで。

 ここから先に、彼女達の存在はいらない。

 

「それを敢えて楯突くか!!歴史を繰り返すか!!そうやって未来を殺していく気か!!」

「させない!!未来も今も、守ってみせる!!」

 

 鍔迫り合っていた両者が離れる。

 地に降り立った響の側に他の守りし者達が集う。

 数自体は少ないながらも、頼りに溢れる面子だ。

 対してアンジェの周りには自身が率いる軍勢が集う。

 数こそ目の前の者達より多く居ながら、アンジェにはこの軍勢がとても頼り無いと感じる。

 

「案外やるものだ…。」

 

 用意した軍勢は、今や三分の一を削られた。

 並み居る敵を蹴散らしていく彼等守りし者達は、決して全力を出していない。

 ディソナンスでさえ、困難とされている寸分違わぬ同時攻撃をこの状況下で次々とこなしていき、歯牙にも掛けていない。

 

「ならば…。」

 

 流石に歴戦の猛者揃い…しかし彼等はあくまで前座でなくてはならない。

 この後に控える本選の前に、これ以上の損害は出せない。

 故に、こちらから切り札を切らせてもらう。

 

「全てを燃やせ、レオン・ルイス。」

 

 アンジェがそう告げると、レオンは弾けるように彼等に襲い掛かる。

 飛来する狂獣頭、さらには全てを無に帰す極限の炎。

 本体そのものの凶暴性も合わさったレオンの襲来は、予想通り彼等の進行を止める事に成功した。

 

「(何だ…?)」

 

 しかしアンジェは何か違和感を感じた。

 相手が相手故に彼等は手を出せていない、それは良い。

 だが彼等の動きがどこか不自然だ。

 手を出せないなら避けるしかない…が、その避け方も先に戦った時とは違って妙にバラけていない。

 避ける範囲が狭くなり、攻撃が当たりそうになるのも、避けた先で仲間に危険が及ぶかもしれないのも承知の上で、彼等はレオンの視界から外れようとしない。

 これではまるで…。

 

「(何かを誘ってる…?)」

 

 と、痺れを切らしたかのようにレオンが唸り声を上げたかと思いきや直後に退がり、両腕を地に突き立てる。

 食い縛る牙からは炎が漏れ出し、これから強力な炎を吐き出そうというのが見て取れる。

 

「まさか…!?」

 それを見たアンジェがハッと気付くも、既に彼等は行動に出ていた。

 

「来た!」

「ヒビキ殿!」

 

 2人の騎士から合図を受けた響が、胸のコンバーターに手を伸ばす。

 

「ハウリングセイバー、リリース!!」

 

 そしてキーを握り込み発動させた切り札の力で、装者達は黄金に染まる。

 そう…レオンが炎による大技を発動する、この瞬間を待っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―でも…私はやっぱり、レオンさんを助けたい…!!

 

 レオンか、それともアンジェか…。

 ガルムから問われたあの時、まだ覚悟の決まっていなかった響は情けなく震える声でその問いに答えていた。

 

―決まりだな、アンジェ…奴を倒す、その方向で行くぞ。

 

 ガルムはそんな響を冷めた目で見るも、やがて話を進めんと口を開く。

 

―だとすれば問題は黄金騎士だな、話を聞く限りではとても手が付けられん。

―でも逆を言えば、彼さえ何とか出来れば戦況は大きく此方に傾く…そんな簡単に出来るものじゃないだろうけれど。

 

 その中で話題に上がったのは、やはり今アンジェの最大の駒となっている彼。

 一番の障害であり、救出対象である彼を如何にすべきか…。

 しかし彼等には既にその糸口が見えていた。

 

―そうね。簡単には出来ないけれど、方法が無い訳じゃないわ。

―あぁ、そういや言ってたな…確か、腰の紋章を突くだったか?

―あぁ。騎士の鎧は腰の紋章を貫けば強制的に解除する事が出来る。その一連の行為は、正確に言えば鎧に蝕まれている騎士の心を解放する手段なんだ。上手くいけば鎧と共に、レオンの身体からホラーを引き離す事が出来る。

―でもホラーに憑依されたらその人は…。

―普通なら死ぬ。でも思い出して…私達があの場から退く時のレオンの様子を。

 

 エマに言われてその時の場面を想起させると、確かに彼は身体中を赤黒く変色させて、呻き苦しんでいたように見えたが…。

 

―恐らくあれは、レオンの心が彼女の命令に抗っていた証なのだろう。

―確証は無いけれど、もしそれが事実なのだとしたら、レオンの心はまだホラーの手に掛かっていない…やってみる価値は十分に有るわ。

 

 実際魔戒の蔵書には何らかの要因で心を闇に支配された騎士に同じ方法を試し、事無きを得たという記載が散見されている。

 確かな証拠も有る以上、頼らない道理は無い…レオンを救う為の大まかな方法がここに決まった。

 

―それで、本当にレオンさんは助かるんですか…?

 

 しかし沸き立とうとしていた場の空気は響の発した一言で鎮まり返った。

 装者達がその答えを示す存在である魔戒の者達に目を向けると、そこには響の問うた不安にすぐに答えられない、神妙な面持ちをした彼等の姿があった。

 

―…確かに腰の紋章を突けば、鎧から騎士の身体と心を解放する事が出来る。

 

 やがて視線に耐えかねたアルフォンソが静かに口を開く。

 どこか、何故それに気付いてしまったのかと言いたげに。

 

―しかしそれで本当にレオンからホラーを切り離せるかは話が別だ。文献に載っているのはいずれもホラーや闇に堕ちた法師達に掛けられた“術”からの解放例だ、ホラーの憑依からの解放例は過去に類を見ない。

―おまけに取り憑いているのがメンドーサにアニマ…アニマは伝説として語られる程のホラーだし、メンドーサに至ってはそのアニマを取り込み、そして自らの力に変えた男…仮に方法自体が成立するものだとしても、憑依している奴等の力が強すぎて切り離すのは失敗に終わるかもしれない。

―そんな…!?

 

 さらに言ってしまえばこの方法自体本来の用途で実行して成功した例も有るには有るが、それ以上に失敗したケースの方が多いらしい。

 文献に載っているのは、逆に成功例が少ないからこその希少性によるものだ。

 確かな証拠なれど、確率は別…その事実を突き付けられ、装者達の…特に響の表情が曇る。

 

―それにもしそれらの問題が成功するものだと仮定して、現実的にそんな事をしている暇が有るかどうかだ。奴の強さはお前達の身に染みた通りであるし、もし次に楯突くような真似をすれば、奴とて容赦はしないだろう。

 

 雑魚を挙って、辿り着く前に野垂れ死に…なんて事になるやとわざとらしく大げさな溜息を吐くガルム。

 ふざけているようで実際その通り、次に見える時は恐らく一大決戦…ともすれば最終と名が付くかもしれない。

 直前に語ったアンジェの思惑を考えれば、当然手下となるホラーやアルカ・ノイズ、ディソナンスといった敵が集まっているだろう。

 それら雑魚を一々相手にしていたらこちらの力が尽きてしまうし、かといって放っておけばレオンとの戦いの障害になる。

 ましてそう放っておける程実力の低い雑魚でも無い…望まれるはやはり少ない労力で雑魚を蹴散らし、残りに全力をぶつける事だ。

 だとすると、問題はやはりそんな方法がどこにあるのかという所に落ち着いてしまう。

 振り出しに戻された話し合いに沈黙する場。

 

―…それについては、ボクの方で考えがあります。

 

 それを打ち破ったのは、それまで口を閉ざしていたS.O.N.G.の技術者、エルフナインであった。

 

―話を聞く限り、確かにレオンさんの力は強大です。特に口部や腕部から発したという炎…恐らくプロメテウスの火の力で強化されたのであろうそれが一番の障害です。ですが同時にそれこそが逆転の一手を担う鍵にもなります。

―どういう事?

 

 方法が有ると言って語り出したエルフナインであったが、話しの要点が今一掴めず調からそれを指摘されるも、彼女は敢えてそれに構わず話を進める。

 

―今のレオンさんに真っ向から立ち向かって勝てる可能性は、決して無い訳では有りません。レオンさんの身を省みず、念入りの作戦を立て、こちらが持てる限りの全力をぶつければ、倒せる可能性を見出だす事も可能かと。

―でも、倒すんじゃ駄目だよ!レオンさんは…!

 

 さらに飛躍していく話がそれまで話し合っていた思惑と違うと響が声を荒げる。

 

―えぇ、ですからそれを踏まえると、ボク達の勝率は否が応にも0です。埒外を相手に倒すのでは無く助けるという手段を取るのは、現実逃避と見て良いでしょう。

―…面倒な言い回しを抜きにすると、不可能と言いたい訳?

 

 終いにはマリアから咎めるような声まで上げさせてしまうが、それは全てこれから話す事への布石なのだ。

 

―いいえ、そうとも言いません。何故ならボク達はいつだって、埒外を相手に戦ってきましたから…そしてその度に取ってきた方法は、いつだって同じでした。

 

 そしてその言葉を聞いた装者達は口を揃えて言った。

 まさか、と。

 そして、そのまさかなのだと、エルフナインは確かに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「スパーブソング!!」」

 

 

翼とクリスが共に叫び、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―方法はたった1つです、埒外には埒外を…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「コンビネーションアーツ!!」」

 

 

切歌と調が手を合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―やり方はパヴァリア光明結社との最後の戦いの時と同じです。レオンさんが放つ規格外の炎から得られるエネルギーを、フォニックゲインへと変換します!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セット!!ハーモニクス!!」

 

 

マリアが響の背に手を重ね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―でもあの時はイグナイトがあったから…って、まさか!?

―はい、この作戦を成功へ導く為に…ハウリングセイバーを犠牲にします!

―短けぇ命だったなおい!?

―それでも、方法はこれしかありません!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな、馬鹿な事…!?」

 

 

アンジェが驚愕で目を見開く中…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―奇跡を起こす…それがボク達の理想を叶える為の、最善の策です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「S2CA…ヘキサコンバージョン!!!」

 

 

響が装者達を支えに敢然と立つ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受け止める気か!?あの炎を!?」

 

 まさかそんな馬鹿げた真似をとアンジェは狼狽えるも、そんな馬鹿げた真似を彼女達はいつだって奇跡に変えてきた。

 しかし彼女達がそれを奇跡に変えられたのは、彼女達の力だけでは無い。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「来たわよ!!私達の大仕事!!」

「いつぞやみたいな泣き言は言わないさ!!」

 

 サンタ・バルド郊外に建てられた野営地。

 その本部となるテントの中で、装者達を支える大人(OTONA)達のサポートが光る。

 

「コンバートシステム、確立!!」

「皆さん、後は頼みます!!」

「正念場だ!!地に足付けて踏ん張れよォ!!」

 

 彼等の想いは、通信を介さずとも守りし者達に届いていた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「何をしようと…塵になれぇ!!」

 

 しかしなれど、退く事なぞ出来ようものか。

 アンジェはそんな思い切りでレオンに指示し、遂に炎が放たれる。

 放たれた炎は神の加護を受け限界を知らず、射線上の如何なるものを消滅させる。

 その只中からは、彼女達の存在を示す鼓動を感じられない。

 なおも放射が続けられている事に弔いの火葬も良い所だとアンジェは嗤う。

 面白い策を捻り出したものだが、やはり神殺しの獣には勝てんよと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―絶対諦めないんだ、戦う事から…!―

「ッ!?」

 

 しかし、聞こえなかった筈の命の鼓動が耳に届いてきた。

 

―このハート…! この命…!―

 

 熱く燃えたぎる炎の中、彼女達は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「響け!」」

 

生きている。

 

 

 

 

 

「「響け!!」」

 

生きている!

 

 

 

 

 

「「響き合え!!!」」

 

生きている!!

 

 

 

 

 

―全霊込めて歌え!! そして紡ぐんだ!! 未来! の為! 夢の! 為に! 決意を翳して!!―

 

「ちぃっ…レオン、中断しろ!!奴等にこれ以上の力を与えるな!!」

 

 レオンが放射を続けている事に、まさかとは思っていたが…本当に受け止めようとは。

 しかし果たしてそれだけで終わろうものかと胸騒ぎが止まらないアンジェはレオンに即刻の中断を指示するも…。

 

「レオン!!」

「ヴォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙…!!」

 

 何故かレオンは指示に従わず、炎を吐き続ける。

 よく見れば、レオンの身体には所々に赤黒い箇所が。

 

「えぇいこんな時にぃ!!」

 

 聞き分けの悪い不出来作とアンジェが貶しの言葉を吐き散らかした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「歌は死なないとぉぉぉ!!!」」

 

 

 

 

 

 一層の強い声が、天を貫いた。

 それまで放たれていた全てを束ね、集め、解き放たれた炎は、青白い色から七色の光へと変わり、立ち込めていた暗雲を散らす。

 

「あれは…!?」

 

 空から日の光が差し込み、地上から悪魔(ホラー)が焼かれて消えていく中、アンジェは反対にその空に“天使”を見た。

 各々を象徴する、それぞれ違う翼が与えられながら、その身にはどこかかの騎士が着ていたものを思わせる、共通した羽衣を纏う天使達。

 それは彼女達が目指した奇跡にして、目指していた奇跡に非ず。

 時代を越えて交わった2つの物語が、守りたいという同じ想いによって1つになった、全く新しい奇跡の形…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EX-DRIVE(エクスドライブ) :“HOWLING(ハウリング) SAVER(セイヴァー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希望の光を灯す為、救済の咆哮が響き渡る。

 

 

 

 

 




・エクスドライブ:ハウリングセイヴァー

→響達装者が膨大なエネルギーをフォニックゲインに変換するという毎度の無茶をハウリングセイバーのシステムを媒介に行った事で発現した特殊形態
 『シンフォギアGX』のエクスドライブにレオンの魔法衣を模したそれぞれのパーソナルカラーに光る透けた羽衣のような上着を着ているのが特徴
 エクスドライブとハウリングセイバー両方の特性を兼ね備えているこの形態は、あらゆる状況で人智を逸した凄まじい力を発揮する事が出来る
 だがこの形態の発現には『シンフォギアAXZ』に於ける“リビルド”と同じ方法を用いている為、媒介となっているハウリングセイバーのシステム及びその根幹となるラピス・フィロソフィカスが燃え尽き消失した場合形態の維持が不可能となり、無論以降の変身もハウリングセイバー含めて同様に不可能となる
 全ての手を切ってまで顕現させたこの力は、果たして世界に希望の光を灯す事が出来るのか…


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第41話「それが私の“わがまま”だから」後編

 エクスドライブ : ハウリングセイヴァー…埒外の奇跡を発現させた装者達が、天から舞い降りる。

 暗雲から木漏れる逆光を背にそれぞれの色ともう一つ、黄金の色を纏う虹色の天使達に、言葉を失う世界。

 沈黙が支配する、そんな世界に…歌が流れる。

 静かに始まり、やがて強く流れるその歌は、この世界が世界そのものに向けた、始まりの歌。

 

 

 

 

 

―託す魂よ! 繋ぐ魂よ!―

 

 

 

 

 

 突き出す拳が風圧を起こし、あらゆる敵を穿ち貫く。

 

 

 

 

 

―天を羽撃くヒカリ…!―

 

 

 

 

 

【蒼ノ一閃・滅波】

 

 振るった刀が巨大な剣圧を放ち、並み居る敵を斬り捨てる。

 

 

 

 

 

―弓に…番えよう!―

 

 

 

 

 

【DESTRUCTION SABBATH】

 

 変形したギアから放たれる光線は、空を覆う敵影を狙い済まして駆逐する。

 

 

 

 

 

―紡ぐ魂よ…! 腕に包まれて!―

 

 

 

 

 

【ELEGANT†LUMIERE】

 

 地上に蔓延る敵は、無数の煌めく銀十字の剣の餌食となり…。

 

 

 

 

 

―太陽のように強く!―

 

 

 

 

 

【終曲・バN堕ァァSuナッ血ィ】

 

 どんな巨大な敵も魂を刈り取る碧鎌と…。

 

 

 

 

 

―月のように優しく…!―

 

 

 

 

 

【終α式・天翔光刃葬】

 

 肉体を伐り刻む紅鋸によってなます切りにされていく。

 

 

 

 

 

―何億の愛を重ねて! 我等は時を重ねて…! 奇跡はやがて歴史へと…! 誇り煌めくだろう!―

 

 

 

 

 

 彼女達の前に拡がる魑魅魍魎は、その意味を成さず。

 彼女達が通る後に拡がるは、世界が浄化された証となる光が残る。

 

「エマ殿!ダリオ殿!我々も…!」

「えぇ!」

「続きましょう!」

 

 その光が他の生命の意気を高め、心を奮い立たせる。

 そして天使達の手から溢れ落ち、命拾いをしたと案ずる悪しき者達に向けて、それは思い違いなのだという事を示していく。

 

「だが、それでもレオンを止める事など…!!」

 

 完全に想定を越えてきた彼女達に、アンジェはしどろもどろと言葉を紡ぐしかない。

 しかしその虚勢さえもまたすぐに払われてしまう事となる。

 

―響き 鳴り渡る 音を 奏でよう…!―

 

 響が一際高く空に飛びその手を掲げると、他の装者達も合わせて手を伸ばし、そこから彼女達の底知れぬ力が放たれる。

 そうして放たれた力が響の下で1つとなり、アンジェの前で巨大な拳を形作った。

 

「な、何だそれは!?」

 

 狼狽えに狼狽えるアンジェを放り、拳の先がレオンに向けられる。

 そう…この拳は、彼を救う為の一撃。

 

独奏(ひとり)きりの 歌では 調べには 遠く…!―

 

 その一撃を託された響は、拳の中でその託された時の事を思い起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―それで…エクスドライブを発動させたとして、その後はどうするの?いくらエクスドライブと言っても考え無しに突っ込むのは危険よ?

―はい。レオンさんを救出する為には、降り掛かる敵の猛攻を全てはね除け、ないし潜り抜け、腰の紋章を貫く必要があります。それが可能な戦術は、考え得る限り1つしかありません。

 

 あの時、ハウリングセイバーをも犠牲にして奇跡を発現すると宣言された後に出された疑問に、エルフナインは手元のパソコンを操作して答えてみせた。

 パソコンの画面に写し出されたのは、かつて装者達が初めて錬金術の脅威に晒された事変の、最後の戦いに於いて発動された力の映像。

 

―これは…まさか!?

―そうです…この条件を全て満たせるのはたった1つの存在を於いて他にありません。

 

 そして次にパソコンの画面に表示された文字、それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“GUNGNIR”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ガングニールだとぉ!!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―始まりの(バベル)とは それはただの風だった!!―

 

「クッ…レオン!!撃ち落とせ!!」

 

 キッと眼差しを強くした響に合わせて、とうとう拳が放たれる。

 雄々しく迫る拳に怯むアンジェはレオンに向けて指示を飛ばすも…。

 

―星の産声が交わした 寂しさの代名詞(プロナウン)!!―

 

「レオン!?」

「ヴァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙…!!」

「クソォ!!お前という奴はぁぁぁ!!」

 

 視線を向けた先に居た彼の姿は、彼女の創造したもの中でも最低の出来を見せていた。

 やがて目前まで迫った拳がグワリと開き、レオンの胴を掴み掲げ、天へと昇り…。

 

 

 

 

 

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

【Glorious Break】

 

 

 

 

 

 その中で放たれた響の拳が、鎧の紋章を貫く。

 途端にレオンの身から光が溢れ、響の意識はその光に呑まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こっちだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして“彼女”の声に導かれ、響はレオンの心を救う為の戦いに向かうのだった…。

 

 

 

 

 



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第42話「神炎-DIVINE FLAME-」前編

「ッ…?」

 

 目を開けた響は、すぐに違和感を覚えた。

 まず、目を開けたという行為そのものについて。

 気を失っていたのだろうか…大事な戦いの最中であった事を覚えている響は、横たわっていた自らの身体を起こしながら何故そんな事にと訝しむ。

 

 

 

 

 

 確か埒外の奇跡を起こして…。

 

―…その割にはこの身はいつもの姿だ。

 

 

 

 

 

 ならば何故その奇跡は解かれた?

 

―奇跡を解く程の何かがあったのだろう。

 

 

 

 

 

 ならばその何かとは?

 

―確か、皆の奇跡を1つに束ねて…。

 

 

 

 

 

 そうだ、束ねた力をぶつけて…。

 それは彼の心に…レオンの心に訴え掛ける為。

 果たして上手くいったのだろうかと響は顔を上げて、初めて周りの景色がどんなものか知る。

 

「ここは…!?」

 

 上擦った声が漏れる。

 それは目の前の光景がとても信じられないものであったから。

 目の前を炎がちらつく。

 いや、目の前だけでない…見渡す限り、さらにその先までもが炎に包まれている。

 世界を呑み込むその炎…その炎が揺らめく度に聞こえる薪の声。

 苦しみのたうつ、薪となりし人々の声が耳をつんざく。

 響は嫌悪感から堪らず目を閉じ、耳を塞ぐ。

 しかし目の前の光景そのものを否定する事は出来なかった。

 何故なら響は知っているから。

 この景色を、響は一度見た事がある。

 そして確信する。

 ここはきっと、彼の…。

 

「レオンさんの…心の中…?」

 

 と、その瞬間響は強烈な悪寒を感じた。

 半ば反射的にその場を飛び出すと、それまで響が居た場所に上空から青白い巨大な拳が降ってきた。

 地面を隆起させる程に力強く、また容赦の無い拳が、その一撃を皮切りに一斉に襲い掛かってきた。

 

「何処から…ッ!?」

 

 辺りを駆け回りながら紙一重の回避を繰り返す響。

 飛んでくる攻撃の色から最初こそレオンが仕向けているものかと思ったが、それにしては先の戦いとは違って飛んでくるのがちゃんとした人の腕や脚を模したものである為、この攻撃を仕掛けているのは別の誰かだと響は察する。

 そうして姿の見えぬ敵に内心舌打ちしながら攻撃を避け続けていると、ある時を境にぱったりと攻撃が止んだ。

 時間を掛けて注意深く辺りを見回しても攻撃が来る様子は無く、敵の正体も考えも分からないと探っていると…。

 

「驚いたな…このような場所に好き好んで来る者が居るとは。」

「貴方は…!?」

 

 突然背後から聞き慣れぬ男性の声が。

 振り返ってみると先程までは居なかったその場所にその声を発したであろう人物の姿が在り、響は咄嗟に距離を取る。

 そして距離を取った先でその人物を見てみると、どうも普通の人間とは違う事が分かる。

 何せその人物は今のレオンと同様に青白い身体をしており、とても人たる生気を感じられない。

 さらにかの法師を思わせる切れ長の眼…そこで響はハッと思い当たる。

 今目の前に居るこの人物こそ、かの法師…アンジェの父であり、今のレオンを蝕んでいる元凶…。

 

「メンドーサ…?」

「…気安く名を呼ばれる程落ちぶれてはおらぬぞ、小娘。」

 

 響がその名を呟けば、対面するその人物…メンドーサは元来の鋭利な目付きをより一層強いものへと変え、響に敵意を示す。

 すると彼の周囲に不気味な魔法陣が浮かび上がり、そこから先程響に向けられた攻撃が再び彼女に襲い掛かった。

 

「貴方がレオンさんに取り憑いてるホラーですよね!?レオンさんから離れてください!!」

「何を言う…ホラーは人の血肉を求める、そういうものだ。」

 

 ましてそれが黄金騎士のものならばな…と、メンドーサは自身の攻撃で躍り逃げる響を見て笑う。

 それに対して何か言葉を返せる状況ではないと響は苦悶に表情を歪めるも、嘲りを向けられていつまでも黙ってはいられない。

 降り注ぐ攻撃を避けながら、少しずつ距離を詰めていく。

 

「ここだッ!!」

 

 やがて一瞬の隙を付いて、響はメンドーサ向けて飛び出す。

 急激に詰め寄られたメンドーサはその動きに対処出来ないのか棒立ちのままだ。

 そんなメンドーサの顔面に、響は渾身の一撃を叩き込む。

 加速に乗せられたその一撃は凄まじい威力を生み出し、メンドーサの身体を大きく仰け反らせる。

 これで吹き飛んだりしないのは流石だとは思うが、この一撃は効いただろうと響はメンドーサの有り様にそう思った。

 

 

 

 

 

 しかし響がそう思った一瞬で、彼はその態勢を元の形へと戻した。

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 あまりに常軌を逸したその動きに響は思わず呆けた声を出した…瞬間、右脇腹に衝撃が走る。

 

「ゔっ…!?」

 

 返しとばかりに打ち込まれた一撃。

 その一撃は深々と脇腹に刺さり、響に普段では絶対出さないような声を上げさせる。

 そんな一撃を与えた目の前の彼は…響の姿を見て益々加虐的な表情を浮かべていた。

 そこに響が打ち込んだ一撃による痛手は、一切見受けられない。

 

「(違う…避けられなかったんじゃない…!!)」

 

 避ける必要が無かった…そう理解した時には既に響は大きく地を転げ回っていた頃だった。

 

「ここは黄金騎士の心の奥底…容易に立ち入れる場では無い。それをここまで来たという事は、それだけ貴様が奴にとっての存在だという事…。」

 

 宣うメンドーサの前で、響は躍り狂う。

 不意を突かれ、崩れた態勢を立て直すのは容易な話では無い。

 まして先程まででさえ紙一重だった攻撃は、メンドーサの気紛れでより威力と数を増している。

 

「そんな貴様をいたぶれば、奴の心も弱るというもの…さすれば奴の心身は共にこの手の内よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ…!?」

 殴る。

 

 

 

 

 

「あっ!?くっ…ぐぅ…!!」

 蹴る。

 

 

 

 

 

「い゙っ、あぁ…!!」

 叩く。

 

 

 

 

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 握り潰す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懸命に抗おうとする響を、メンドーサは言葉通りいたぶり続ける。

 容赦無く、執拗に…。

 

「我が娘には感謝しなくてはな、このような機会を与えるとは…黄金騎士を手に入れた暁には今一度殺してやらねばな…。」

 

 メンドーサにとって無理矢理黄金騎士に取り憑かせられているこの状況は、メンドーサ自身の過去の事もあって最大の侮辱であると同時に最大の好機でもあった。

 今はまだアンジェの命令に逆らえないが、この依代を完全に掌握する事が出来た暁には、彼女が敷いた術など弱小…はね除け、この屈辱を倍返し、そして今一度永遠の存在として名を上げよう。

 

「貴様にも感謝するぞ、小娘…貴様のお陰で私は今度こそ完全なる存在へと至れるのだからな。」

 

 その為の贄となる存在に、メンドーサは感謝の言葉を掛ける。

 しかし彼がその言葉を掛けた人物は、それに対しての反応を示さない。

 目の前で、僅かに生きている証を示すだけであった。

 メンドーサは上空から巨腕をゆらりと出現させ、その横たわっている人物の髪の毛を掴んで身体を起こす。

 何の抵抗も無く起こす事の出来た身体からはまるで力というものを感じない。

 半開かれた口からは先程まで戯れていた言葉も、悲鳴も、紡がれない。

 視線を合わせようとしても、意識が朦朧としている今では焦点も合わず、彼女は…響は骸も同然の姿となっていた。

 

「情けを掛けてやろう…せめて一思いに、な。」

 

 慈悲。

 ただしそれはその言葉通りの意味を持たぬ戯言。

 そんな悪意有る悪戯を向けられた響はそれによってようやく意識が戻り始め、メンドーサに向けての視線が定まった。

 

 

 

 

 

「(駄目…。)」

 

 

 

 

 

 目の前に魔法陣が浮かぶ。

 青白く不気味な紋様のそれは、彼女の命を終わらせようとすの為もの。

 

 

 

 

 

「(こんな…所で…。)」

 

 

 

 

 

 終わらせる訳にはいかない。

 私にはやるべき事があるのだ。

 でもこの身体は、決して動こうとしない。

 

 

 

 

 

「(私は…。)」

 

 

 

 

 

 意識だけはこんなにも抗おうとしているのに、散々に打ちのめされたこの身体には、もうそんな力など残っていない。

 それを証明するかのように、瞼も段々重くなっていく。

 もう終わりだと、残る彼女の意識を徐々に刈り取っていく。

 

 

 

 

 

「(私…は…。)」

 

 

 

 

 

 やがて魔法陣から巨大な腕が伸びる。

 真っ直ぐ、彼女の頭を握り潰そうと迫ってくる。

 視界一杯に青白さが写るも、やがてすぐに黒に染まる。

 瞼が閉じ、そしてこの命が終わる事で。

 彼女はただ、せめて悔しく顔を歪ませる事しか出来なくて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―綺麗だね、貴女の心。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …声が、聞こえた。

 とても可憐な少女の声…その声に反応して、閉じられた瞼が開いていく。

 そんな力など残っていなかった筈なのに、不思議と力が湧いてきて…。

 やがて完全に瞼を開いた響がその目で見たのは、先程まで拡がっていた炎にまみれたそれとは真逆の、真っ白な花に溢れた光景であった。

 

―カミツレの花…逆境に耐える、苦難の中の力…貴女にぴったり。

 

 風に乗って花弁が舞う…その向こうに、誰かが居る。

 こちらに背を向け舞い散る花弁と戯れていたその少女が、振り返る。

 短く切り揃えた栗色の髪が凛と跳ね、麻色の服がふわりと揺れる。

 爛漫な仕草に悲しき過去をも慈しみ、抱き締める…そんな強く優しい決意と想いを感じさせるその少女を、響は知っている。

 

 

 

 

 

 彼にとっての、守るべき者。

 

 私と彼とを繋ぐ者。

 

 そして…私自身である者。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ララさん…。」

 

 

 

 

 

 名を呼ばれた少女が笑う。

 彼女が本来浮かべるであろうものとは違う、贖罪の念を込めたものだ。

 

 

 

 

 

―ごめんね、私のわがままに付き合わせちゃって…私は私で、貴女は貴女なのに…。

 

 

 

 

 

 彼女が訴えたのは、自らの望みの為に立花 響という少女を巻き込んでしまったという後悔。

 果たさなければならない使命があって、側を離れると分かっていて、それでも彼はどこにも行かないと…ずっと側に居ると言ってくれた。

 心の底から嬉しかったその想いに、しかし応える事は叶わなかった。

 私の知らない遠くの世界に…そう紡いだ言葉の通りになったのは、何よりも自分自身だったのだから。

 代わりに彼女の側に寄り添ったのは、私が好きな花も、光も、一緒に見たかったという、今際の涙として溢す事も出来ずに残った未練。

 その未練は、そうでありたかったという切望と死に逝く現実によって交ざり逢い、やがて彼女の中で1つの願望へと変わったのだ。

 

 

 

 

 

 願わくばもう一度、彼の下へ…。

 

 

 

 

 

 人はそれを転生と言い望み、彼女もまたどこかで聞いたおとぎ話であるそれを仄かに望んで死を迎えた。

 しかしその望みは魔界に於いてその魂を見初められ、100年の時を経なければならないと決められており、そして儚くも彼女の願いはそれに選ばれる事が無かった。

 しかし、奇跡が彼女を見捨てなかったのだ。

 未来からの贈り火がその定めを打ち壊し、彼女の心は実に700の時を経て現世に生まれ変わった。

 立花 響という少女の心の中に…。

 立花 響という少女はララの転生であって、またそうではない。

 ララはあくまで立花 響という少女の心の中に入り込んだ、全くの別人なのだ。

 故に立花 響とレオン・ルイスとの間に繋がりなど無い。

 有るのは立花 響という器を介した、自分(ララ)(レオン)だ。

 その繋がりを持つ為に彼女という存在を利用してしまった事。

 その繋がりの先に望むのが単なるわがままであり、彼女という存在を利用した言い訳にもならない事であると、ララはそう言ってただ謝った。

 全く関係のない運命に無理矢理付き合わせてしまった自分は、許されない存在なのだと。

 けれども響は、それを笑って赦した。

 

 

 

 

 

「そんな事言わないでください、私もレオンさんの事…。」

 

 

 

 

 

 だって、知らなかったのだから。

 彼に対して惹かれていたのが全て貴女のせいだったなど、言われていなかったのだから露も知らぬ事。

 だから響は彼女の贖罪を気にも止めない。

 むしろそれは間違いなのだと否定した。

 私は間違いなく、私自身の心で彼に惹かれていたのだと…響はそう、わがままに笑った。

 そう返されると思っていなかったのか、ララはしばらくキョトンとしていたが、やがておかしそうに、そして響と同様に笑顔を浮かべる。

 

 

 

 

 

―…貴女で、本当に良かった!

 

 

 

 

 

 それは彼女だからこそ浮かべるべき、幸溢れた笑顔であった。

 

 

 

 

 

―これ、貴女に。

 

 

 

 

 

 と、ララが響の手を取り、そしてある物を渡す。

 それは全ての始まりにして全てを繋ぐ聖遺物、プロメテウスの火。

 

 

 

 

 

「これは…。」

 

 

 

 

 

 それを手にした途端、響の脳裏に記憶が宿る。

 ヒトを愛した異端の神から、やがてレオンへ脈々と受け継がれてきた血と炎の加護。

 本来ならいつかの未来に知る事になるそれを予見する事で、響の身にもその加護が宿る。

 

 

 

 

 

―レオンの事…旅人さんの事、お願いね!

 

「…はい!」

 

 

 

 

 

 やっと繋がったこの想いを…今度は届ける。

 必ず、彼の心に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃない…!」

 

 違和感を覚えた。

 目の前の小娘向けて放たれた掌が、何かに遮られ閉じられない。

 やがて掌が震え始める。

 まるで何かに捻られているかのように苦しく震える。

 そしてか細いながらも力に溢れた声が聞こえたかと思った瞬間…。

 

「小娘なんて名前じゃない!!」

 

 バンッ!!と掌が弾け飛んだ。

 何が起きたのか…見れば目の前の小娘がその手を掲げて握り拳を作っている。

 そして彼女の身体には、メンドーサが忌み嫌う色である黄金色の炎が纏われていた。

 

「これは…この炎は…!?」

 

 先程まで虫の息であった筈なのに、それを行った目の前の小娘は、まるでそれが嘘であったかのように睨みを効かせる。

 そしてスゥ…と息を吸い、開かれた口から出た言葉は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は立花 響、17歳!!誕生日は9月の13日で、血液型はO型!!身長は前の測定から変わってなければ157cm!!体重は…貴方には絶対教えない!!趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯!!あとは…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼氏居ない歴は現在進行形(年齢と同じぃ)ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …何だかよく分からないものであった。

 急に宣言された立花 響の自己紹介(ステータス)、これにはさしものメンドーサも目を丸くして呆けるしかない。

 

「あと、1つ訂正!!」

 

 しかもまだ何かあるらしい。

 これにはさしものメンドーサも露骨に嫌な顔をして引いている。

 そんな事など気にもせず、響はギアのバーニアを吹かしてメンドーサへと迫り…。

 

「私が好きなものはご飯&ご飯!!」

 

 拳を突き出す。

 ただの繰り言かと舐めたメンドーサはあえて真正面からそれを受け止める為に魔法陣による拳を繰り出し、響のそれと衝突させる。

 

「それに…私の大親友の未来!!」

 

 押し勝ったのは、響の拳であった。

 それも拮抗する間も無く速攻で撃ち破られ、メンドーサは少し驚いた様子を見せるも、すぐにまた表情を引き締め、今度は多量の拳を放つ。

 所詮はただの虚勢…すぐに力尽きると、そう高を括っていたのだ。

 

「翼さんに、クリスちゃん!!」

 

 しかし彼女はいつまで経っても倒れない。

 

「マリアさんに調ちゃん、切歌ちゃん!!」

 

 迫る拳の洪水の全てを撃ち破り、どんどんメンドーサへと向かっていく。

 

「師匠に緒川さん、あおいさんに朔矢さん!!エルフナインちゃん!!」

 

 一体何処にそんな力が隠れていたのか…彼女の想定外の奮闘に虚を衝かれたメンドーサは思わずその場から飛び退き始めるも…。

 

「奏さんに了子さん!!ナスターシャ教授!!キャロルちゃんにサンジェルマンさん!!カリオストロさんにプレラーティさん!!」

 

 時既に遅く、メンドーサの全力を潜り抜けた響の拳が、彼の頬に突き刺さる。

 

「私の家族に学校の友達!!街の皆!!世界の皆!!ダリオさんにヒメナさん!!ロベルト君にエマさん!!アルフォンソさんにララさん!!」

 

 そこからさらに一撃、また一撃と…繰り出す拳は加速を増していく。

 

「そして…レオンさん!!」

 

 さながら拳の超弾幕。

 息吐く隙も与えぬ撃槍拳が、メンドーサの身体を穿ち続け…。

 

「私が今まで出会った人達も!!私がこれから出会う人達も!!みんなみんな…!!」

 

 やがて限界まで引き絞った両拳を同時に突き出す!

 

 

 

 

 

「大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

【TESTAMENT】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無我夢中とはこの事か…。

 傷付いていた身体に鞭を打ち、限界を超えた力を解放した。

 故に伸ばした両腕も、身体を支える両脚もガクガクと震え、やがて意思とは関係無く響はその場でへたり込む。

 その身に纏う炎も潰え、だいぶ隙を晒している姿ではあるが、目の前にあの不気味な青白い影は無い。

 その事に安堵しながら荒れる息を整える中、響はふとある事に気付いた。

 

「あれは…?」

 

 遠くの方に何かを見つけたのだ。

 この空間に溢れる炎に隠されているかのようなそれの正体を探るべく、響は未だまともに力の入らぬ身体を必死に動かす。

 立ち上がり、一歩を踏み出す度に激痛が走り、それが身体を支える力を削いでいく。

 それでも負けるものかと…その何かの正体を知るべく向かう脚は響の意思によって留まる事を知らぬ筈だった。

 しかし近付いていくにつれてその何かの正体も判明していき、そしてその度に響の目は驚愕で見開かれ、やがてピタリと止まってしまった。

 

「何で…!?」

 

 思わず漏らした声の先に居たのは…ガロであった。

 しかしそのガロは響がそういった声を漏らした通り、彼女の知る限りのそれとまるで違う姿をしていた。

 本来なら高貴な威厳を感じさせるその鎧には全身ひびが入っており、響の目の前で力無く膝を付いた姿のままピクリとも動かない。

 それこそまるでただの置物のような…しかもその様子から少しでも触れてしまえば脆く崩れ去ってしまいそうだ。

 これは…ガロなのだろうか?

 そう疑ってしまう程の見た目だが、響はすぐにその疑心を払拭した。

 何故なら響は知っているから。

 この状態のガロの姿を、響は幾度も視ているから。

 かつて脳裏に過ったその光景が現実のものとなり…そこで響はハッと気付いた。

 この光景には続きがあった筈。

 そしてその続きは確か…!

 

「素晴らしい…よもやここまで思い通りになるとは…。」

 

 瞬間、視界がぐわんと揺れた。

 気付いた時には既に巨大な掌によって上から押さえ付けられ、響は身動きが取れなくなる。

 抗おうにも遅れてやって来た痛みに、身体がいよいよ限界を迎えたのだ。

 衝撃に耐えられず血を吐き出し、それがまた激痛を呼び、響は苦しく悶える。

 

「貴様が心の底から訴え掛ければ、奴も応えざるを得ない…奴の心の奥底まで辿り着けぬと悩ましかったが、人の心とはやはり扱い易いものだ。」

「メン…ドーサ…ぁ…!!」

 

 そんな響の側をゆらりと通り過ぎたその影は、響が名を呼んだその者に違いなくて。

 あの全力で倒せたかと思っていたが、見当外れも甚だしい。

 メンドーサが誇る永遠は少女の渾身を鼻で笑い、そしてそれさえも己の思惑に利用したのだ。

 

 

 

 

 

「これこそ奴の…黄金騎士の心の芯…。」

「っ…駄目…!!」

 

 

 

 

 

 メンドーサはガロの側へと立つや、その腕を掲げる。

 ゆっくりと、しかし確実な殺意を込めながら。

 

 

 

 

 

「これで私は、今度こそ…。」

「駄目ぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 響の必死の訴えも意味を為さず、掲げられた腕が振り下ろされ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永遠の存在だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(レオン)の心は壊れ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…。」

 

 呆気なかった。

 子供が立てた砂の城を崩すかの如く、あまりにも呆気なく鎧は粉々に砕け散った。

 それこそあんなものが彼の心の芯であるなどと疑いたくなる程に。

 しかしそれが無くなった瞬間、辺りを包んでいた炎も、嫌でも耳に入ってきていた苦悶の声も、全て消え去った。

 辺りは色を無くして黒く染まり、無音の時間が流れる。

 何の動きも無くなったこの空間こそが、何よりもそれが彼の心の芯であった事を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…っ…。」

 

 彼の心は、亡くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ…。」

 

 彼は、死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響は泣いた。

 結局私は、何も出来なかったと。

 託された想いを無駄にして、彼を死なせてしまったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メンドーサは笑った。

 これでこの身体は私のもの。

 この身体を使い、再び現世に降り立とうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空虚となった世界に溢れる、対なる想い。

 その想いが複雑に絡み合い、そしてその想いが実を結び…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて一輪の花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…?」

 

 響の、そしてメンドーサの前に突如として咲いた花。

 白く凛として咲くその花は、この黒く塗り潰された空間にはあまりにも目立ち過ぎな、異質な存在であった。

 

「ふん…。」

 

 それが気に食わなかったのか、メンドーサはその花の真上に魔法陣を作り、脚で以て踏み潰す。

 何の躊躇も無く一撃が放たれた事に響がビクッと身体を震わせる中、ゆっくりと魔法陣から出された脚が上がっていく。

 そこには誰しもの予想通りに哀れにも踏み潰されて汚された花があり…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 …いや、違った。

 そこにあったのは、変わらず咲き誇る花の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!?」

 

 メンドーサが矢継ぎ早にその花を踏みにじる

 それでも花は手折られる事無く咲いている。

 終いにはメンドーサ自ら花を摘み取ろうとするも、花はどれだけの根を張らしているのか全く抜けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―お前に、この花は汚せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、声が聞こえた。

 強く、大きく、はっきりと聞こえたその声。

 その声と共に、辺りの景色が一変する。

 

「これは…!?」

 

 吹き荒ぶ風に炎が払われ、そしてその風が吹いた後の地には花が咲く。

 それは先に響がララと出会った場と同じ、一面真っ白な花畑であった。

 

―過去に囚われてばかりのお前に…。

 

 再び声が聞こえる。

 それは先程のようなどこからかというものでは無く、確かにすぐ側から。

 そしてメンドーサは背後に気配を感じる。

 憎き、忌々しき、黄金の光をその身に宿すあの男の気配を。

 

「貴様はッ!?」

 

 背後に振り向き、拳を振るおうとするメンドーサ。

 しかし…。

 

 

 

 

 

「この想いは汚せない!!」

 

 

 

 

 

 それよりも早くメンドーサの身体に傷が付く。

 袈裟に斬り上げられたその傷からはやがて黄金の炎が吹き出し…。

 

 

 

 

「黄金騎士ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙ィ゙!!!」

 

 

 

 

 

 瞬く間にメンドーサを塵1つ残さず燃やし尽くした。

 そうして鎮まる炎の先…そこに居る者の姿を目にして、響の身体から思わず力が抜ける。

 

「響。」

 

 ふわり、と柔らかな感覚。

 力が抜け、膝を付かんとしていたこの身を抱き止めてくれた。

 そして語り掛けられる優しい声。

 その声が、この感覚が、響の瞳から涙を溢させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオン、さん…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく…ようやく会えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞こえたよ、君の声が。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく、救えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の声があったから、俺はここに居る…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛に溢れた、感謝の言葉。

 その言葉を掛けられた響は少しむず痒そうに、でも目一杯、同じく愛に溢れた笑顔を返す。

 

「行こう…!」

「はい!」

 

 そして再び、風が吹く。

 風に乗せて、2人の意識が運ばれる。

 最後の決意を、世界に示す為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、無事ですか?」

「しんどいってラインはとっくに通り越しているデスよ…。」

 

 肩で息を上げる装者達。

 持てる力の全てを響に預けた為、今の彼女達には戦う術は無い。

 そんな彼女達を守るべく魔戒の者達が奮闘しているものの、周りを見れば数こそ少なくなったけれども、未だ視界を埋め尽くす量は居る仇敵ばかり。

 

「奇跡、使い果たしたり…かしら?」

 

 そして取り囲まれた彼等を前にして、平静を取り戻したアンジェが笑う。

 未だ頭上に掲げられている巨大な拳…しかしその後に動きを見せる様子は無く、最大の戦力を欠いているとはいえ、アンジェには勝機が見えた。

 目の前の者達を始末し、後にあの拳とその主を捻り上げる…ようやくその時が来るのだ。

 アンジェは全てを終わらせるべく、残る手駒達に向けて指令を下そうと腕を掲げ、そして振り下ろす。

 しかしそれと同時に、世界の一面が光り輝き始めた。

 

「何…!?」

「あれは…!?」

 

 光の出所は、あの天に掲げられているホラーの身体から。

 段々と光量を増していくその輝きに、ある者達は希望を、またある者は絶望を心に感じ、そして間も無く光が弾ける。

 そして弾けた光の中からゆっくりと、悠々と守りし者達の側へ降り立つその姿は…。

 

 

 

 

 

「レオン!!」

「立花!!」

 

 レオン・ルイス。

 そして、立花 響であった。

 

 

 

 

 

「なっ…あ…!?」

 

 アンジェには目の前のそれが現実のものとは思えなかった。

 ホラーの憑依が不完全だったとはいえ、それでもあと一歩の所だった。

 そこまで心を侵されながら、しかし彼は帰ってきた。

 

「ったく、遅ぇよこの馬鹿!」

「本当、いつまでも世話の焼ける坊やね。」

 

 どんな奇跡を起こせばそんな事が可能になる?

 この場からでもひしひしと伝わる、彼等の纏う“それ”は何なのだ?

 

「必ず帰ってくると信じていたぞ、2人共!」

「どうやら2人して、吹っ切れたみたいだな。」

 

 アルフォンソと翼からの歓迎の言葉にそれぞれ笑うレオンと響の2人。

 しかしその笑みを直ぐに引き締め直し、2人はアンジェへと振り返る。

 

「アンジェ、お前の陰我…!」

 

 同時に響がレオンに手渡すそれは、彼等を繋ぎし繁栄の炎。

 それと共にレオンは己の剣をアンジェへ向けて突き出した。

 

「俺達が断ち斬る!!」

 

 それと同時に開かれる希望のゲート。

 レオンの頭上から降り注ぐ光は普段のそれより眩さを増し、彼の姿を再び光で隠す。

 その光が晴れた時、そこに居たのは黄金の輝きを放つ鎧。

 しかしその姿は、かの鎧の常なるそれとは大きく異なっていた。

 豪華絢爛、より雄々しく変化している鎧…その背から吹き上がる金色の炎。

 その炎が形作るは、見るも優雅な翼と尾羽。

 まるで古から伝わる伝説の神鳥が宿ったかの如きその姿は、生きとし生ける全ての為に命を燃やし、それでもなおと吼え続ける者達の…。

 かつて生きとし生ける全ての為にと孤独に生き、それでもなおと寄り添った一柱の神の…。

 血と想いが繋がりあった、正しく神の化身。

 過去と未来が結び合い、この世界に降り立ったその騎士の名は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神炎(DIVINE)刻身(FLAME) ガロ(GARO)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受け継がれし炎の運命よ、闇を討て。

 

 

 

 

 




・メンドーサご登壇!からの即刻退場!

→ごめんよ…私にはこれが限界だったんだ…前作(幻ノ理想郷)から何も成長していない私を道長共々恨んでおくれ…恨みなど幾らでも背負って立とう…(しかし反省感ゼロ)


・響とララの関係

→転生と言えば転生だけど、ちゃんとした転生ではない
 別の人間の心に入り込むという、世界の理が敷いた輪廻転生のシステムから逸脱したかなり特殊な事例である
 それにはどうも“未来からの贈り火”というものが関係しているようだが…?


・プロメテウスの火とレオンの関係

→昔どこかで見た「一介の魔戒法師である筈のレオンの母親=アンナ・ルイスが何故炎の刻印なんて特殊そうな術を施せたのか」という問いに対する私なりの考え
「そもそも特殊な血筋だからじゃね?」という…つまりこの作品に於ける法術:炎の刻印とはプロメテウス神由来の術であり、それを扱えるアンナ・ルイス方面の家系の者にはプロメテウス神の血が引かれているという割りかしどうでも良い裏設定(一応同じ家系列であるアルフォンソにもプロメテウス神の血が流れているが、聖遺物に適合する程とまでは引いていない)
 しかしそれらとは全く無関係である筈の響もその力を引き出している辺り、どうもそれだけがプロメテウスの火の適合条件ではないようだ


・神炎刻身 ガロ

→レオンと響、そして他の守りし者達の想いに応え、ガロの鎧と聖遺物“プロメテウスの火”が融合して誕生した、新たな奇跡の形
 ガロ本体は心滅獣身がまともな人の形を成すまで変化とスケールダウンをした見た目をしており、特徴として額にプロメテウスの火が取り付いている他、その背にはプロメテウスの火によって繁栄を促された金色の魔導火が不死鳥の如き翼と尾羽のように形作られている(分かり辛ければ牙狼・翔にそれっぽい翼と尾羽が付いているようなイメージでOK)
 翼や尾羽に留まらず、その全身には常に黄金の烈火炎装が纏われており、既に不死身とも言える存在であったメンドーサを消滅させる程の力を持っているが、プロメテウスの火とガロの鎧の性質上、それさえも一過性のものに過ぎず、長い時間と強い想いさえあれば際限無く強くなれる可能性を秘めている


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第42話「神炎-DIVINE FLAME-」後編

 神炎刻身 ガロ…現世に顕現した神の如き存在に、敵も味方も関係なく言葉が失われていた。

 と、そんな静寂の中でその神の如き存在たるレオンが拳を握り、唐突に腕を振り上げる。

 

「ハァッ!!」

 

 振り上げた腕から炎が溢れる。

 しかしその炎は溢れたと表現するにはまるで言葉足らずな勢いと量を誇っており、彼の前方に居たアルカ・ノイズとディソナンスを纏めてこの世界から消した。

 

「一撃…!?」

 

 そう、たった一撃。

 たった一つ腕を振るっただけで、残っていたアンジェの手駒全てが塵も残さずこの世界から消えた。

 レオンが纏う黄金の鎧…その額部分にはかの聖遺物“プロメテウスの火”が取り付けられており、その影響で今彼の全てが常に絶えず“繁栄”を繰り返している。

 その中で烈火炎装は、既にディソナンスやノイズが持つ位相差障壁をも意味を成さないレベルにまで到達しているようだ。

 

「終わりだ、アンジェ。」

 

 残ったのはアンジェただ1人。

 あまりにも呆気なく状況が転換した為、響達もしばらく呆けていた中で、レオンがアンジェ向けて詰めの一手を宣言する。

 

「終わりだと…?」

 

 ここから先どれだけ尖兵を差し向けようが、今のレオンの前ではただの一秒も持たない。

 如何なる敵が現れようが、如何なる手を尽くそうが、目の前の存在は必ずそれらを超えてみせるだろう。

 だからアンジェにはもう抵抗する手段など無い。

 レオンの言う通り、終わりなのだ。 

 

「いいやまだだ!!まだ終わりじゃない!!」

 

 しかしアンジェはレオンの言葉になおも反した。

 私が牙を剥いたその意味を履き違えるなと。

 

「膳は立てたぞ…“お前”も起こしてみせろ!!奇跡とやらを!!」

 

 アンジェはその手にあの鍵のような物を取り出すと、何の意図があるのかそれを足下の地面向けて突き刺す。

 まるでこの大地を貫かんとする勢いで突き刺されたそれを、鍵を開けるような動作で捻る。

 次の瞬間、彼女を中心に地面におどろおどろしい巨大な魔法陣が展開された。

 

「何だあれは…!?」

「あれは、魔界へのゲート…!」

 

 声を上げた翼を筆頭に誰もが懐疑を露にする中、エマがその正体に気付くも、アンジェはそれに対する思慮をさせる間もなくその身をゲートの中へと沈めていく。

 まるで待っているぞと言うかの如き三日月の笑みを浮かべながら。

 

「魔界など…今更何の為に…?」

「どの道ロクでも無い事なのは確かね。」

 

 そうしてアンジェはこの世界から姿を消し、残ったのはそのゲートのみ。

 彼女の最後の足掻きが一体どのようなものなのか…しかしエマの言う通り、間違いなく放っておいて良いものではない。

 

「ならばすぐに追わなくては…クッ!?」

 

 アンジェの思惑を阻止せんとしてその場を飛び出そうとしたアルフォンソ。

 しかし駆け出そうとした脚から途端に力が抜け、彼はその場で膝を付いてしまう。

 

「ここまで来て…悔しいけれど、私達も力になれそうもないわね。」

「気力だけなら有り余っているのだがな…。」

 

 同時に装者達も疲労の色を露にする。

 彼等は響とレオンが帰還するまでの間、ずっと戦い続けていたのだ…限界などとうに迎えていた。

 今やかろうじて残り灰と表現すべき装いが残っているのみ…これ以上彼等は戦えない。

 しかしレオンはおもむろに彼等へと手を向け、そのまま手を少し突き出す。

 すると一瞬で彼等の身体に黄金の炎が燃え移った。

 

「うぉお!?お、お前何トチ狂ってぇ!?」

「熱っ!?熱っ!?熱っ…くないデス?」

 

 何を思ったか、端から見たらただの凶行…当然皆驚愕から慌てふためくも、炎は彼等の身体で揺らめくだけで害を与えようとはしない。

 

「これは…!」

「力が…沸き上がってくる…!」

 

 むしろ炎が揺らめく度に、彼等の力が取り戻されていく。

 まだ微かに燻っていた残り火を再び燃え上がらせ、騎士達は鎧を、装者達は極限の神装(ハウリングセイヴァー)を再び身に纏う。

 そう、この炎はただ敵を倒す為だけのものでは無い。

 古の時代、炎人(プロメテウス)が残したかの逸話の如く、世界に希望を取り戻させる為の灯火でもあるのだ。

 

「皆…悪いがもう少しだけ付き合ってくれ。」

 

 レオンの言葉に皆強く頷く。

 目指すはあのゲートの先、魔界…守りし者達は揃って飛び立ち、ゲートの中へと突入する。

 と、ただ1人その場に残ったエマが魔導糸をゲートへ向けて放ち、縫い合わせるかのようにゲートの内側に糸を展開させる。

 

「分かってるわよ、帰り道は作っておいてあげる…だから必ず帰ってきなさい。当然、全員揃ってね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートを抜けるのは一瞬の出来事であった。

 真っ黒な円の中心向けて突っ込み、視界がその円と同じ色に包まれたかと思いきや、この眼はすぐに別の光景を写し出した。

 そこは見渡す限り薄暗く、色という暖かみをまるで感じさせないモノクロの景色。

 ホラーという存在が跋扈するには、皮肉にも相応しいと感じられてしまうこの世界は…。

 

「ここが、魔界…?」

「ただの魔界じゃない…ここは“真魔界”だ!」

 

 アルフォンソの指に嵌まるザルバの声が、仲間内で響く。

 そこは魔界という世界の中でもさらに奥深く、ただとある存在のみが果てしない闇を抱えて座している神域…真魔界であった。

 複雑に隆起した地面が遠く正面に見えるあたり、どうやら自分達は今地面に向けて落下しているような形でこの世界の空を飛んでいるようだ。

 と、変化に乏しかったこの世界に、突如として大きな変化が訪れた。

 

「あれは…!?」

 

 響達の真正面、その先の大地が異常なまでに真白く染まっていく。

 大きく大きく…もはやその世界の地の全てが染まるのではと思わせる程に範囲を拡げたその白き内から、驚く事に人の腕が伸びてきた。

 しかし異常な状況から出たその腕が常識に囚われた代物である筈が無く、やはりその腕もまた常ならぬものであった。

 その腕は巨大だった…ヒトという種族の何百、何千倍もあろうかという程の大きさの腕が1つ、2つ…。

 続けて頭、胴、脚と…白き大地からヒトと同じ姿をした“ナニか”が現れる。

 その身体は女性の裸体を模しており、もしそれがヒトたる器に収まるモノであれば、その身を惜し気も無く晒す様から見る者に怪奇や羞恥等の念を与えた事だろう。

 だがしかし、その身の巨大さや肌の異様な白さ、身体全体に走り蠢く魔界の文字、そして開かれた瞳からは、そういった情念の一切を切り捨てる圧があった。

 冷徹で、冷酷で、生きとし生けるもの全てに対する怨憎で満たされた気を纏うその“ナニか”こそ、この魔界の主であり、ホラーという存在に於ける神そのもの。

 全ての生命に対する悪の根元…。

 

 

 

 

 

「ホラーの始祖、“メシア”…!」

 

 

 

 

 

 真魔界の地に顕現したメシア…その視線は真っ直ぐ9人の居る方向へ向けられている。

 が、メシアは彼等ではなく、もっと前に居る存在に対してその眼差しを向けていた。

 

「アンジェさん…!」

 

 その存在…アンジェは9人と同様地表(メシア)向けてその身を落としている。

 

「メシア…。」

 

 その内彼等と違うのは、先までの足掻きに溢れた姿とは打って変わり、何の力も感じさせぬ姿を見せている事。

 

「本当に、待たせたわね…。」

 

 彼女はまるで大望を果たしたかのように虚ろな笑みを浮かべ、その身をゆっくりと翻して9人の方へと向ける。

 

「後は…。」

 

 そこから先の言葉は続かなかった。

 メシアがアンジェ向けて吐息を掛けたのだ。

 吹き掛けられた、メシアにとってはごく小さく、しかしその吹き掛けられる対象からすればあまりにも大きすぎる吐息は彼女の身体を瞬時に凍てつかせ、そして無惨にも裂き、千切り、跡形も無く消す。

 たった一息、それだけでアンジェという女は世界からその姿を消したのだ。

 

「アンジェさん…。」

 

 あまりにも、あまりにも呆気なく散ったその命に、響は口惜しい表情を浮かべる。

 あわよくば分かり合おうと、そうでなくとも何か言葉の1つだけは…そう思っていたのに、それさえも無く別れの時を目の当たりにした。

 この手を伸ばす暇さえ無かった事を悔やみ、そしてこの手を伸ばさせなかった源を、響はキッと睨み付ける。

 響だけではない…9人全員が、目の前の悪神を目標として定めている。

 想いはただ1つ、全てを守り抜く為に…。

 

「行くぞ!!」

 

 最後の歌を、世界に示そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―「聞こえますか…?」 広がり溢れるムジーク 天に… 解き放て!―

 

 

 

 

 

 地表に居るメシア向けて飛ぶ9人。

 そのメシアが彼等を敵と察知し、視線を向ける。

 

 

 

 

 

―「聴こえますか…?」 イノチ始まる脈動 愛を… 突き上げて!―

 

 

 

 

 

 メシアは先程アンジェにそうしたように息を吸い、9人向けて吐息を掛ける。

 メシアの吐息は忌み嫌う人間界のあらゆる生命を凍らせる絶対零度。

 それを吹き掛けられた9人は今に命もろとも凍り果てる筈。

 

 

 

 

 

―遥か 彼方 星が 音楽となった…かの日 風を 旅の 供に 連れて 終わりのないコドウを詩にした…!―

 

 

 

 

 

 だが彼等の命は身に纏われている炎によって凍える事は無く、変わらずメシア向けて距離を詰めていく。

 

 

 

 

 

―そして 夢は 開くよ 見た事ない世界の果てへ…!―

 

 

 

 

 

 するとメシアが唐突に後退を始めた。

 向かってくる彼等に怖じ気付いたか…否、メシアが後退の歩を進める度に、その踏跡からホラーが生まれたのだ。

 ホラーの始祖であり母であるメシアは、こうして新たなホラーを生み出す事が出来る。

 それも数十、数百、数千、数万と…。

 その全てが、たった9人に向けて牙を剥く。

 

 

 

 

 

―Yes, just believe…!―

 

 

 

 

 

 しかし彼等は退く事をしない。

 彼等にとって、目の前のそれはもはや障害と成らぬのだから。

 

 

 

 

 

―神様も知らないヒカリで歴史を創ろう! 眩い空 未来照らす…一緒に飛ばないか?―

 

 

 

 

 

 響とマリア…2人が繰り出す金銀の拳は、本来ならホラーという存在を脅かすものではない。

 振るわれる翼の刀や切歌の鎌の切っ先も、放たれるクリスの銃弾や調の鋸も…。

 

 

 

 

 

―just feeling 涙で濡れた羽 重くて羽撃けない日はWish! その右手に添えよう 希望のチカラよ…!―

 

 

 

 

 

 

 しかし彼女達の身を包む金色の炎が、彼女達の存在を強くする。

 神の炎は、本来力無き者達に悪魔を屠る力を与える。

 

 

 

 

 

―“生きる事を諦めない”とSinging heart!―

 

 

 

 

 

「ハァア!!」

 

 そしてその力を与えた神の写し身たる存在…ガロがその拳を魔界の大地に突き立てる。

 すると衝撃と共に炎が拡がり、瞬く間に魔界を黄金の揺らめきで満たす。

 その揺らめきは数多のホラーを生まれた瞬間から蝕み、焼いていく。

 メシアもこの炎を忌々しいと思うのか、9人に向けて次なる手を打とうとする。

 

 

 

 

 

―いつの日にか分かる時が来るから…ずっと 忘れない!―

 

 

 

 

 

 それは背や腕など、あらゆる箇所から時代に似合わぬ砲身を出現させ、その先から火を吹かせるものであった。

 

 

 

 

 

―その時には心のあるがままに…笑顔 忘れない!―

 

 

 

 

 

 その弾幕を時に防ぎ、時に避ける9人…しかし迫る攻撃は紙一重でなければ躱せない程に絶え間無く、その上どの砲撃も強い力が込められており、防げば瞬く間に腕が痺れ、長くは持たない事を示唆させる。

 

 

 

 

 

―たとえ どんな 苦難 待ち受けるとしたって…。―

 

 

 

 

 

「アルフォンソ!!」

「あぁ!!」

 

 そんな状況の打開の為にと飛び出したのはアルフォンソ。

 彼が纏うガイアの鎧は、アルフォンソの国や民を守りたいという想いに応える力。

 彼が望めば、鎧はそれを叶える為の最強の矛盾となる。

 

 

 

 

 

―僕ら 皆 手と手 繋ぎ 共に歩み続けると誓った…!―

 

 

 

 

 

「ハァァァァァ…!!」

 

 刀身に手を添え、狙いをメシアへと向けるアルフォンソ。

 その眼が闘魂に燃え滾りし時、彼は一条の閃光へと変わる。

 

 

 

 

 

―そして 生きる 今を 見た事ない明日の先へ…!―

 

 

 

 

 

「ムゥン!!」

 

 瞬きする間も無くメシアの額に突き刺さるガイアの閃光。

 貫けこそしなかったものの、その衝撃はメシアを大きくよろけさせる事に成功する。

 攻めるなら、今。

 

 

 

 

 

―Yes, just believe! 1000年後の今日も 生まれ変わって歌いたい! 暖かいよ この温もり 絶対離さない!―

 

 

 

 

 

 近付き、各々の技で以てメシアの体表に生える砲身を破壊していく。

 尽くを瞬間に無力にされていく様にさらなる募りを覚えたメシアはその表情を歪め、癇癪を起こしたかのような叫び声を上げる。

 メシア程の巨体から放たれる声ともなれば、それは音という概念を超え、衝撃を放つ。

 その衝撃を警戒し離れる9人…その間にメシアは態勢を整え、両手を空へと上げる。

 すると掲げた手の先に新たなゲートが出現し、そこからまた大量のホラーが現れる。

 それは真魔界より上層にある魔界に住まうホラー達…真魔界の地に走る炎によってホラーを産み出せないのなら別の手でといった所だろうか。

 だがメシアはそのホラー達をそのまま9人に向かわせなかった。

 メシアは上げていた腕を下ろし、胸の前に持っていく。

 まるで何かを作るように…球を作るかのように手をうねらせると、呼び出したホラー達がそのうねりの一点に集まっていく。

 集まるホラー達は母神の為にその一点で身を朽ちさせ、純粋な陰我へと変わっていく。

 そうしてメシアの前には巨大な陰我の塊が出来る。

 何の為か…それは如何なる方法であろうと、9人の命を脅かすものである事には違いなく、その脅威は遠目から見ても明らかだ。 

 

 

 

 

 

―just feeling 運命なんてない 物語は自分にあるJump! 逃げ出したくなったら 宇宙(そら)を見上げよう…! 勇気こそが輝くんだよSinging star!―

 

 

 

 

 

「させん!!」

 

 それを阻止すべくダリオが暗黒獣身を発動、その塊の中へと単身飛び込む。

 一見すれば自殺行為極まりないが、こと彼に至ってそれは違う。

 彼の発動した暗黒獣身はその在り様こそ心滅獣身に近いもの…だが目指した先は暗黒騎士のそれ。

 かつて曲がりなりにもその存在となった彼には、闇を操る力が備わっている。

 

「ヌゥゥゥゥゥ…!!」

 

 ダリオは塊を形成する陰我を制御し、その全てを自身の得物へと収束させる。

 そうする事でメシアの身の丈に匹敵する程の巨大な陰我の槍が形成され、ダリオはそれをメシア目掛けて投げ付ける。

 

「ウァァァァァア!!」

 

 ダリオ渾身の一撃…それはあのメシアが身の危険を感じて身構える程のものであり、またその一撃を受け止めきれずにその身体を地に横たわらせる程のものであった。

 再び訪れた好機…これで決める。

 

 

 

 

 

―遥か 彼方 星が 音楽となった…かの日…!―

 

 

 

 

 

 直上から迫る9人に、メシアが両手を向ける。

 再び表れるゲート…しかし今回出てきたのはホラーでは無く、自身のそれを模した大量の手腕であった。

 その手腕はたちまち彼等を飲み込むも、その隙間から徐々に光が溢れだし、逆に手腕を飲み込んでいく。

 そして光が晴れると、そこには装者達6人と、その身に纏っていた鎧を光に変え、手腕を打ち消したレオンの姿が。

 彼等はメシアにとっての最大手の攻撃を抜け、なお向かっていく。

 

 

 

 

―たぶん 出会い 別れ 全て 神話の一つのように紡いだ…!―

 

 

 

 

 

 そうしてレオンはメシア向けて魔戒剣を掲げる。

 合わせて響が、翼が、クリスが手を繋ぎ、同じ様にマリアが、切歌が、調が手を繋ぐ。

 そして響とマリアがレオンの背に手を添えると、彼等の身に纏われる炎が1つとなり、より激しく燃え滾る。

 やがてその炎は彼等を軸に形を変え、1つの剣を創り出す。

 希望の名を持つ黄金の騎士が持つそれに酷似した、神の炎で燃え盛る剣…その剣が、直下の悪神目掛けて突き進んでいく。

 堪らずその剣を折ろうとして抵抗に出ようとするメシアであったが…。

 

 

 

 

 

―何も 怖く ないよ 見た事ない世界の果てへ…!―

 

 

 

 

 

「ダリオ殿!!」

「えぇ!!」

 

 横たわるメシアの両側からアルフォンソとダリオがそれぞれの魔導馬を駈って迫る。

 魔界の地に迸る炎の恩恵を受け、再び両者の一撃がメシアを襲う。

 

 

 

 

 

―Yes, just believe…!―

 

 

 

 

 

「「ウオォォォォォォォオ!!!」」

 

 一閃。

 抵抗を示そうとしたメシアの両腕を斬り落とす。

 それによって荒れ狂うメシア…その命脈を断つべく、希望の剣が悪神目掛けて突き立てられる。

 

 

 

 

 

―神様も知らないヒカリで歴史を創ろう!! 眩い空 未来照らす…一緒に飛ばないか?―

 

 

 

 

 

 世界に衝撃が走る。

 メシアの額に突き付けられた剣は一息ではその身体を貫く事が出来なかった。

 が、その切先は徐々にメシアの身体に突き刺さり続けていく。

 

 

 

 

 

―just feeling 涙で濡れた羽 重くて羽撃けない日はWish!! 旋律は溶け合って シンフォニーへと…!!―

 

 

 

 

 

 やがて拮抗していた関係が崩れ去り、そして…!

 

 

 

 

 

―“生きる事を諦めない”とSinging heart!!―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【神歌 -DIVINE SYMPHONY-】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠(とわ)に続く あの輝きのように!!―

 

 

 

 

 

 魔界に悪神の断末魔が響き渡る。

 その身に突き貫かれた剣が再び炎の形を取り、メシアの身体を包んでいく。

 今ここに、かねてよりの伝説が塗り替えられようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 




・【神歌 -DIVINE SYMPHONY-】

→最後の最後に登場した騎士と装者の合わせ技
 プロメテウスの火によって繁栄した烈火炎装を牙狼剣の形に見立て、対象目掛けて突き刺す技
 簡単に言えば【Vitalization】のフォーメーションで放たれる、どちゃくそ強化された【Synchrogazer】
 その威力はあのメシアを文字通り一撃で倒す程


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第43話「永遠に続く、あの輝きのように」前編

パチンコ 牙狼 月虹ノ旅人

なぁにあの小林 ◯子形態



「エマ君!!」

 

 9人が魔界へ突入して暫く、ゲートを維持するエマの下に弦十郎達がやって来た。

 装者達が全員魔界へ行った事により反応が途絶え、それを危惧と捉えてここまで来たようだ。

 

「他の皆さんは…!?」

 

 緒川の問いにエマは目の前のゲートを顎で指して答えとする。

 おどろおどろしく存在するゲート…魔界の知識に乏しい弦十郎達でもそれが不吉の証である事、そしてその中に彼等が飛び込んでいったのだという事が目に見えて分かる。

 だがそれでもエマはゲートの先をじっと見つめ、言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫よ、必ず帰ってくるわ。」

 

 魔界では、既に9人がメシアを討ち果たした頃。

 しかし彼等は、まだ帰ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メシアを討ち果たし、現世へ帰還しようとする9人。

 しかし思わぬ存在がそれを阻もうとしていた。

 

「おい!?あの炎どんどん膨れ上がってるぞ!?」

「この世もろともとでも言うのか!?」

 

 そう、彼等が先程まで身に纏っていた金色の炎が未だに衰えを知らずに燃え盛っているのだ。

 それこそ翼の言う通り、この魔界全てを飲み込まんとする勢いで。

 

「レオン・ルイス!!今のあれは私達が触れて良いものなの!?」

「分からん!」

「もしあのゲートを越えるなんて事があったら…!」

「分からん!!」

「分からん尽くしじゃないデスかぁ~!!」

 

 ホラーを倒す…その想いで行使した炎は手元を離れ…ならばその炎は今一度触れて、果たして害の無いものなのだろうか?

 仮にこのまま現世まで炎が膨れ上がった場合、世に与える影響は?

 その炎を生み出した当の本人ですら分からぬ危機を前にして、切歌のような癇癪の声が上がるのも仕方がない。

 

「なら…やる事は1つ!!」

 

 ならば取れる方法は1つ…この炎を再びフォニックゲインへと変える。

 そうすれば最悪現世の環境を破壊するような事にはならない筈だ。

 

「アルフォンソ!!ダリオ!!」

「あぁ!!」

「分かっています!!」

 

 騎士達もその炎が元は烈火炎装に由来するものである事を利用し、炎をコントロールする方針を固める。

 振り返り、各々迫り来る炎に向けて手を翳す。

 進みを止めた事で、炎はすぐに9人の下へ。

 そして…。

 

「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 響の渾身の叫びと共に、彼等は炎の中に呑み込まれた。

 

「「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…!!!」」

 

 彼等の奇策は、滞りなく発現している。

 その全てを、余す事無く受けきっている。

 しかしそれは、ほんの僅かの出来事であった。

 

 

 

 

 

「あぅっ…!?」

「くっ…!!」

「ち…っくしょ…ぉ…!!」

 

 肉が裂ける。

 

 

 

 

 

「まだよ…まだ…っ…!!」

「調…!!」

「切ちゃん…!!」

 

 骨が砕ける。

 

 

 

 

 

「そうだ…終われるものか…!!」

「果たすべき使命が…ありますからね…!!」

 

 圧倒的な力を前に、彼等の命が呑まれていく。

 

 

 

 

 

「約束したんだ…必ず…!!」

 

 必ず守ると…。

 

 

 

 

 

「「ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」」

 

 そんな彼等の想いを、炎は燃やす。

 

 

 

 

 

「「ウアァァァァァァァァ!!!」」

 

 やがて世界は、金色の炎に包まれる。

 その中に、強く儚い命を含んだまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―レオン…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それこそが、世界を救う希望そのものであるから。

 

 

 

 

 

―った~くお前さん達無茶するねぇ…この死にたがり!親の後を追おうってか!?

 

「親父…母さん…!?」

 

 

 

 

 

 炎に包まれた世界で、聞こえる筈の無い声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

―アルフォンソ、貴方にはヴァリアンテを守る使命がある筈ですよ?

― 一度剣を取ったのならば、死ぬまで歩みを止めるなと、確かにそう言った…だがお前が命を賭すのは、今この時では無い。

 

「母上…師匠…!」

 

 

 

 

 

―お願いしたでしょう?貴方は生きて、そして伝え続けてほしいって…だから…。

 

「サラ様…。」

 

 

 

 

 

 過ぎ去りし想い人達の声が聞こえる。

 姿が見える。

 それが傷付いた彼等の心を癒していく。

 

 

 

 

 

―俺達だけじゃない…お前さん達の帰りを待ち望んでる奴等は、沢山居るんだぜ?

 

 

 

 

 

 そしてそれは、彼女達にも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―つ~ばさ!いつも言ってるだろ?あんま無理してると、その内ポッキリいっちまうぞってな!

 

「奏…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―胸の歌を信じた故にその身を捧げる、か…全く、馬鹿な事をしたわね。

 

「…へっ、あんたに言われちゃお仕舞いだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―1人で背負い込む必要はありませんよ、マリア。

―私達はいつでも側に居るから、辛い時は頼ってね?だってマリア姉さんは…。

 

「ただの優しいマリアだから…そうよね、セレナ…マム…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―英雄である僕を差し置いてフィナーレを迎えようだなんて、そんなの許されない事だからね!!分かってるかいそこの所!?

 

「何か変な奴が混じってるデース…。」

「でも…今はちょっとだけ、心強い…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を救った守りし者達に向けられたのは、時代を越えた祝福の讃歌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―あらあらぁ?あんた達まさかこーんな辺鄙な所で死んじゃう気ぃ?

 

―翼は折れぬ…そう言ったのはお前だぞ?

 

―今のお前達に、死という言葉は似合わないからな…。

 

―だからこんな所で死んだら絶対許さないゾ~!

 

―あーしらをコテンパンにしたあんた達は一体何処行っちゃった訳?

 

―お前達にはそれだけの力がある…少しはそう認めているワケだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ果てるとも知れぬ争い、いつ終わるとも知れぬ対立。

 虚しさ覚え、いっそ全てを諦めてしまえばと折れてしまいそうになり、しかしそれでも望みを捨てずに歩む、愚かで真っ直ぐな、守りし者としての彼等の道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―立て、お前達はまだ歌える筈だ。

―オレ達を倒して掴んだ世界だ…過去だろうが未来だろうが、意地でも守り通せ。

 

「サンジェルマンさん…キャロルちゃん…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし過去も未来も、かつての敵も関係なく、送り届けられるその言葉の数々が、彼等の心に力を与える。 

 愚かで真っ直ぐなその道に、決して無駄などなかったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―さぁ、レオン…。

―お前達には、まだやらなきゃいけない事が沢山あるだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ならば最後まで、歩み続けてみせよう。 

 この愚かで真っ直ぐな、でも数えきれぬ程の幸に溢れているこの道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(分かってるよ…親父…母さん…。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―こっちだよ、皆!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ララ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むっ…何だ…!?」

「地震…!?」

 

 9人の帰りを待ち続ける大人達。

 すると不意に地鳴りが聞こえ始め、足元がぐらついてきた。

 

「来たわね!」

 

 それらは段々と勢いを増していき、エマはその現象から確信を得てゲートを固定していた糸をほどく。

 

「高エネルギー反応を確認!」

「場所は…あのゲートからです!」

 

 同時にあおいと朔也が手元のパソコンでこの揺れの原因を特定。

 それがあのゲートから来るものだと判明した、その瞬間。

 ゲートの中から激しい光の炎が立ち昇った。

 

「なっ…!?」

「これは…!?」

 

 光の炎は立ち昇ると同時に金色の粒子となり、風の赴くまま世界へ流れていく。

 突然たる、しかし幻想的なその光景に呆気に取られる大人達。

 するとその光を掻き分けるように天から降りてくる別の色が。

 青、赤、銀、緑、桃。

 赤紫に濃紫。

 そして…黄色に黄金。

 

「皆さん!」

「装者6名に騎士3名の姿を確認!バイタル正常値!全員無事です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間とホラー。

 それは光と闇の象徴であり、その対立は決して変わらぬ世界の理であった。

 しかしこの日、この時を以て、その理は覆される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さーん!ただいまでーす!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その行く末を、今はただ誰もが祝福で以て迎え入れた…。

 

 

 

 

 



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第43話「永遠に続く、あの輝きのように」後編

「着いたぞ。」

「ここが…。」

 

 あの戦いから少しして…平和となったこの世界で、響とレオンは共にある場所へと赴いていた。

 そこはヴァリアンテの外れにある寂れた農村…その中にぽつんと立てられた、小さな十字架。

 そう、ここは墓場…かつてララと呼ばれた少女の命が眠る場所…。

 

「ありがとう、ララ…君のおかげだ。」

「貴女の願いをわがままだなんて言いません…貴女が諦めなかったから、この今がある…。」

 

 彼女の想いがあったから、この2人は出会えた。

 そしてその出会いから、多くの出来事が生まれた。

 その全てに、意味の無いものなど1つも無い。

 だから響はどうしてもここに来たかった…自分達を繋げ、導いてくれた彼女に、感謝の気持ちを伝える為に。

 

「ありがとうございます、レオンさん。最後に私のわがままを聞いてくれて。」

「気にするな。俺も来たかった所だし、今を逃したら響は二度と来れないからな。」

 

 それこそわがままだなんて言わないさ、と笑むレオンに、響も少し哀しげながらも同じ様に笑みを返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう…響はどうしてもここに来たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故なら響がこの場所に来る事は、もう二度と無いであろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日という日は、彼等の別れの時であるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~、では僭越ながら私風鳴 弦十郎がこの度の一連の事件解決を祝した乾杯の音頭を取らせて「「乾ぱ~い!!」」おぅい!!ありがちなネタをここでやってくるかぁ!!」

 

 一連の事件が終わった翌日、サンタ・バルド郊外の広大な敷地を利用して、事件解決を祝うパーティーが開かれた。

 

「しかしこのような場を設けさせてもらえるとは…本当に貴方には感謝をしてもしきれない…。」

「なに、私が出来るのはこの程度の事…遠慮などなさらずに。」

 

 それは国を襲った脅威から解放されたとして国民も宴客として交えるぐらいには盛大なもの。

 これまでの苦労を労い、明日への英気と希望を心に養える…そんな場を用意してもらったフェルナンドの采配には本当に一同共に頭が上がらない。

 

「ん…っ…プハ~!いや~大事が終わった後の飲みもん程五臓六腑に染み渡るもんはねぇぜ~…!」

「う~わ先輩ジジ臭いデスよ…どこでそんな言葉覚えたんデスか?」

「うるせぇお前らとは年季が違ぇんだよ年季が。」

「そうだぞ飲め飲め、今日は無礼講だぞ~。」

「ガルム…貴女もそう羽目を外すものなのですね…。」

 

 そんな彼に少しでも感謝の気持ちを届ける為に、そして何より自分達自身の為にも、この宴は満喫しなければ…皆その思い1つでそれぞれ箸や杯を進めている。

 

「フッ、騒げる時には騒いでおかないとな…後悔する事になっても知らんぞ?」

「…それはどういう?」

 

 しかし彼女…ガルムはそうでも無い思いを抱えているらしく、その意味深な言葉にダリオが首を傾げると…。

 

「まさか…貴方も気付いてないの?」

 

 何とエマもガルムと同じ口を持っているらしく、彼女からすればまさか彼までそうであったとは思っていなかったらしく、逆に驚愕の声を上げさせた。

 ますます彼女達が何を思うのか分からず、ダリオはただ彼女達の口からその答えが出てくるのを待つばかりだ。

 するとエマがそれに応える…いや、応えざるを得なく、視線をとある人物に向ける。

 その人物とは…エルフナインであった。

 

「いつかはそういう時が来る…って事よ。」

 

 エマの視線の先に居るエルフナイン…彼女は宴の席の端の方に1人ぽつんと佇んでいた。

 その表情は…まるでこの場にふさわしくない、暗く重たいもの。

 そしてその口は場の中心に居る者達向けて開かれようとして、しかしどうしてか口を接ぐんで…その繰り返しだ。

 

 

 

 

 

「あ、あの…皆さん…。」

 

「わーいご飯いっぱーい!」

「響、頬にご飯粒付いてるぞ。」

「アルフォンソさん、後でこの料理の事教えてください。主に盛り付けの仕方とか…!」

「そ、そうだな…係の者に話は通しておこう。」

 

 

 

 

 

 何かを伝えようとしている…それもきっと、何か重要な事を。

 

 

 

 

 

 

「あの…!」

 

「立花…いくら宴の席とは言え、あまりそうがっつくな。」

「そうね、親しき仲にも礼儀あり…調も羽目を外し過ぎないの。」

「むごっ!?ふごむごもごもごごごごご…!!」

「響、大丈夫か…!?」

「ほら言わん事ない…。」

「人の振り見て我が振り直せ…これは反省…。」

「けほっ…すみません…!」

「いや、こっちは気にしていないが…。」

「そうだな。今日と言わず、無礼な事など何も無いさ。これからも共に居る仲間なのだからな。」

「貴方それは甘やかし過ぎよ…まぁ、気持ちとしてはそれで良いんでしょうけど…。」

 

 

 

 

 

 

 そして伝えようとしているそれはきっと、皆にとって何か思わしくないもの。

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

「アルフォンソさん…そうですよね!レオンさん達とはこれからも一緒に…!」

 

 

 

 

 

 

 しかしダリオがそれに気付いた時には、もう遅かった。

 

 

 

 

 

「皆さんッ!!」

 

 この広い場の全てに響き渡るような、そんな金切り声にも近しい声が上がった。

 

「エルフナインちゃん…?」

 

 そんな声を上げた人物とは、響がその名を呟いたようにエルフナインであり、彼女はそれほどに注目を集める声を上げたにも関わらず、皆からの視線が痛々しいとでも言いたげに俯く。

 

「…ごめんなさい。」

「えっ!?何!?どうしたの急に!?何か謝られるような事あったっけ!?」

 

 そして次に発した言葉は、唐突な謝罪であった。

 その今にも泣き出してしまいそうな程の声の震えに一体何があったのだろうかと響はあたふたと取り乱し、他の皆もますます彼女から視線を外せない。

 

「…無理なんです。」

「え…?」

 

 そんな中で彼女によって示されたのは…。

 

「ボク達がこれ以上会うのは、もう無理なんです…!」

 

 これまで一度も冷めやらなかった皆の熱を一気に冷めさせるものであった。

 

「どういう事…?」

 

 か細く、呆けた声が響の口から漏れる。

 何を言っているのだろうか?

 さては冗談か、などとも考えられぬ程に衝撃を受けている響を始めとした全員に向けて、エルフナインは自らの言葉を紡ぐしかない。

 それがあまりにも酷な事であるとは理解して、しかし伝えなければ、現実から逃げてはいけないと自らに言い聞かせながら。

 

「実は…アンジェさんがプロメテウスの火を奪ったあの時から、ワームホールが縮小を始めていたんです。このまま時間が経てば、あのワームホールはいずれ消滅します…。」

 

 決して大きくないエルフナインの声が、嫌に場に行き渡る。

 誰もが息する事を忘れんばかりに口を閉ざしているからだ。

 皆心のどこかで錯覚していたのだ…交わったこの時は、これから先分かたれる事は無いのだと。

 いや…誰もがそうであれと自分を騙していたと言うが正しいか。

 そんな夢見溢れた願望が、そう現実に叶う訳がないと分かっていたから…。

 

「…で、でもよ!まだ時間はあるんだろ!?」

 

 分かった、ならばその現実は受け入れよう。

 いつか別れる時が来るのだろうとは、皆心の何処かに抱いていたのだから。

 しかしながら、まさか…。

 まさか…。

 

 

 

 

 

「それっぽっちも無いなんて事、無いよな…?」

 

 

 

 

 

 …エルフナインの表情は、暗いまま。

 それが何よりの答えであった。

 

「…プロメテウスの火を欠いた状態で渡航を行ったあの時、ワームホールの縮小が著しく早まったんです。」

 

 形あるものは、いつか崩れ去る。

 

「ボク達は元の世界に戻らなくてはなりません。それを加味して、ボク達がワームホールを使えるのは…。」

 

 その時の衝撃を、数日経った今でも響は欠片たりとも忘れていない。

 

 

 

 

 

「あと、1回だけです…。」

 

 

 

 

 

 あの時ふらつく身体を倒れさせなかった自らの意思は、神様が支えてくれたせめてもの奇跡だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリス殿、此度は本当に世話になった。君達と共に闘えた事は、未来永劫随一の誉れだ。」

「やめろって、んなドデけぇ言葉…まぁ、言うてあたしも忘れはしねぇよ。あんたらみたいなキャラの濃い奴等、中々出くわしゃしねぇからな。」

 

 ヴァリアンテ城。

 今となっては城跡となってしまったが、それでもこの国の者達はめげずに城を再建しようと励んでいる。

 曰く、かつてメンドーサと争った時にも同じ様に城が破壊されてしまったらしく、その経験もあって再建にはさほど時間は掛からないであろうとの事。

 この地を離れる身として気掛かりの1つが問題無いという事で、クリスは内心ホッと胸を撫で下ろす。

 

「まぁ、その…何だ…頑張れよ、王様のお仕事。今みたいに変にすっぽかしまくるんじゃねぇぞ?」

「分かっているさ、ほどほどにすっぽかす事にしよう。」

「そういう意味で言ったんじゃねぇよ!真面目にやれって意味だよ!ったく、こんなんでこの国大丈夫なのかよ…。」

 

 しかし肝心の先導者がこの体たらくではと、クリスは思わず声を張り上げてしまう。

 周りの人達がその声に何だ何だと反応し、視線を一点に集めてしまったクリスは顔を赤らめながらなおアルフォンソに対する懸念を愚痴として溢す。

 

「大丈夫だ。」

 

 しかし返ってきた答えは先程の冗談の交じった物言いでは無い、強く真面目なものであった。

 

「レオンも、エマ殿も、ダリオ殿も、クリス殿達も…ここが皆の集まる場所なのだからな。その場所は、必ず守るさ。」

 

 彼等はここでお別れ…もう会う事も無い筈だ。

 だというのに、彼はいつかの未来に期待を寄せている。

 

「…どっかの馬鹿みたいな事言いやがって。」

 

 これにはクリスもお人好しが過ぎると、自分もまたそれを望んでいる事は密かにして馬鹿な事をと笑う。

 と、視界の向こう…アルフォンソの背後に気になる人物を見つける。

 貴族の娘が着る洒落た服…間違いない、あれはクリスティーナ嬢。

 あのアルフォンソの心を射止めた、彼の恋人だ。

 その様子から彼を探していたのだろうか…大方、先程上げた自身の声がその標となったのだろう。

 

「ほら、未来の嫁さんが待ってるぞ。」

「あ、クリス殿…。」

 

 ならばこれ以上の長居は無用、仲睦まじい2人の邪魔は出来ぬ。

 クリスはアルフォンソの身体をくるりと反転させるや、背中を押して彼女の下へ向かうよう促し、自身もまた踵を返して場を去ろうとする。

 

「クリス殿!」

 

 しかし呼ばれた声に足を止め…。

 

 

 

 

 

「今まで、本当にありがとう!」

 

 

 

 

 

 屈託の無いその笑顔向けていつもの決めポーズを取る。

 

 

 

 

 

「期待してるぜ!未来の王様さんよ!」

 

 

 

 

 

 バァンッ!と放たれたその想いは、確かにアルフォンソの…そしてクリス自身の心にいつまでも枯れない花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしかったのですか?最後を共にするのが私などで…。」

「えぇ、むしろ貴方以外は考えられないわ。」

 

 バゼリア湖。

 そこにダリオと翼、マリアの3人がそれぞれ花束を携えて来訪していた。

 目的はもちろん、この地で亡くなった者達に向けた追悼の為。

 湖の水はあの戦いで干上がったままであり、流水による花束の送届は出来ないが、湖向けて花束を投げ入れれば、彼等の意思を汲むかのように風が花束を湖の中心へと送っていく。

 

「…これから、どうするんだ?」

 

 追悼を終え、翼がダリオに問い掛ける。

 一度は守りし者としての道を外れ、今は元老院の下で厳重な楔を打ち付けられている。

 今後も守りし者としての道を歩むのだとしたら、彼には今以上の重圧が掛かる事だろう。

 彼が騎士として今に在るのは、彼が今回の件に贖罪の念を持っていたから。

 それが終わった今、この件を解決した功績も合わせれば、これまでの記憶の一切を消し、普通の人間としての生を承る事も出来るのではないだろうか?

 

「生きていきますよ。サラ様(愛する人)の為にも、貴女方の為にも…。」

 

 しかしダリオは敢えてその茨の道を歩む事を決めていた。

 何故なら彼が再び騎士として在ろうとするのは、ただ贖罪の為だけで無いから。

 愛した者の事を、忘れない。

 愛した者が願った事を、伝え続ける。

 そんな“約束”があるからだ。

 

「貴女方には感謝しています。この世界がこんなにも素晴らしいものだと気付かせてくれたのは、貴女方ですから…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず布で隠し、目線の見えぬ彼。

 しかしその目線は隠されてなお、穏やかで優しいものであるという事は、翼とマリアの2人には分かっていた。

 

「こちらこそ感謝するぞ、ダリオ。」

「貴女のお陰で、私達も自分の事を見つめ直す事が出来た…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに気付かせてくれたものがある。

 愛した者から後を託され、今を生きる3人はいつまでもその事を噛み締めながら、別れの道を歩き始めた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「びえぇぇぇぇぇん!!ロベルトに会えなくなるなんて、アタシはこの先どうやって生きていけば良いんデスか!?」

「お姉ちゃん苦しい、苦しい…!!」

「うぅ…かくなる上は前回断念したお持ち帰り計画をいよいよ実行するしか…!!」

「だから切ちゃんそれは駄目だって…。」

 

 サンタ・バルドの民宿。

 今日が共に居られる最後の日という事で、朝から切歌の声がうるさい事うるさい事。

 唯一無二の親友がわりと本気で凶行に走りかねない様に、調の胸中は全く穏やかでない。

 

「それにしても、最後に居るのが私なんかで良いの?私なんかよりもっと色んな人に会いに行った方が…。」

「いえ、ヒメナさんが良いんです。ヒメナさんにまだ色々な事を教わりたいんです…だから最後まで、よろしくお願いします。」

 

 そんな調に掛けられたヒメナの言葉に、調はむしろそれが良いのだと答える。

 今までここで暮らしてきて一番お世話になったからこそ、最後までその世話になりたい…。

 ヒメナもそういう事なら喜んでと、調からの強い要望に優しく応える。

 

「ぐぬぬ…お持ち帰りも駄目デスか…かくなる上は、いつまでもロベルトの顔を忘れないようこの目に焼き付けておくデス!!じ~~~~~!!」

「お姉ちゃん恐いよ…。」

 

 切歌もそんな2人の様子を見て自分なりに悔いの残らないよう努めようとする。

 その努め方に多少の問題があるのはご愛嬌だ。

 

「それよりも2人で遊びに出掛けた方が良いんじゃないかな?いつまでも忘れない想い出を作るって、すごく素敵な事だと思う。」

「そうね。キリカちゃん、ロベルトの事をお願い出来る?」

「はいデス!!そうと決まればロベルト、早速お出掛けするデスよ!!お姉ちゃんの事をいつまでも覚えててくれるように、最ッ高に楽しいお出掛けにするデスよ~!!」

「わわっ!お姉ちゃん待って~!」

「いってらっしゃい、2人共!」

「気を付けてね!」

 

 例えこの先会えなくなっても、彼女達の絆は決して無くならない。

 心を通わせられた“家族”とは、そういうものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう…じゃあ貴女はあの娘の…。」

―はい、響は大事な親友なんです。

 

 サンタ・バルド外れの遺跡前。

 散在する石柱にもたれ掛かりながら通信機を片手に取っているエマ。

 その相手は、遺跡に座するゲートの向こう側の世界に居る未来であった。

 

「ごめんなさいね、出たのが全く関係の無い私なんかで…。」

―いいえ。貴女も響がお世話になった人ですから、お礼を言わせてください。響の事、ありがとうございました。本当なら直接顔を見てお礼をしたいんですけど…。

「残念だけれど、これでお別れだからね。」

 

 今日が最後の日だという事は、事前に響が未来に伝えていた。

 なので恐らく彼女の事…どこかのタイミングで通信が入るであろう。

 しかし響には最後にどうしても行きたい場所があり、ゲートから遠く離れてしまうその場所では通信が出来ない。

 そこで彼女はもし通信が来たら代わりに出て欲しいとエマに通信機を渡していたのだ。

 知らない誰かの話し相手という、それこそ響のような明るく社交的な性格の者でなければ二の足を踏みそうなその提案を、エマは意外にもすんなり受け入れた。

 

「それにしても良かったわ、貴女みたいな娘が居て。」

 

 その理由としては、エマにも1つ気掛かりな事があったからだ。

 

「初めてあの娘を見た時から感じてたの。あの娘はとても脆い…周りには強く見せているようで、その実ちょっとでも足を引っ掛けようものなら…。」

―派手に転んで立ち上がれない、ですか?

 

 そう、立花 響の事…。

 初めて彼女の事を知ったのが、バゼリアでの一件の時。

 あの時負傷したレオンの側に居た彼女の様子、その後の普段の彼女の様子、そして何よりレオンがアンジェの術中に嵌まり、側を離れていた時の彼女の様子…。

 彼女は常に自らの芯…その支えを、内ではなく外に依存している。

 何かの弾みでその支えが無くなり倒れてしまったら、彼女は自力で立ち上がれない。

 無論彼女が自らの内に支えを作る事が出来ればそれに越した事は無いが、それにはきっとまだ時間が掛かるだろう。

 ならば今の彼女に必要なのは、何があろうと常に彼女を支えてくれる誰かの存在。

 心を通わせ、しかし別れる事になる(レオン)とは違う誰か…。

 

「あの娘の事が少し気掛かりだったけど…貴女が居るのなら安心ね。」

―ありがとうございます。エマさんは優しい人ですね。

「別に…坊やの世話するついでよ。」

―坊や…レオンさんですか?

「えぇ、あの子もあの子で世話の焼ける子だからね…。」

―でも、放っておけませんもんね。

 

 (レオン)や自らの境遇があるから言える…彼女には、彼や自分と同じ道を歩んで欲しくない。

 大切な者と別れ、しかしその者の想いを糧に今を生きる…どれだけ美談として語られようが、やはりそれは悲しき物語であるのだから。

 

「…お互い、手の掛かる子を持ったわね。」

 

 だからエマは響の頼みに応えたのだ。

 普通なら突っぱねかねないその頼みを、大事な人からだと言って渡してきたその小さな機械の向こうに居る彼女が、この自らの燻りを消すに値する人物かどうか。

 

 

 

 

 

 

―レオンさんに伝えて貰っても良いですか?響がお世話になりました。きっと、響は貴方に出会えて心から幸せだ…って。

 

 

 

 

 

「えぇ、伝えておくわ。代わりに私からもあの娘に伝えておいて…レオンの事をありがとう。あの子はきっと、貴女に出会えて幸せな筈よ、って。」

 

 

 

 

 

 その結果がどうであったか…それはこの会話だけで察する事が出来るであろう。

 世界を越える小さな機械を隔てて、2人の微笑みが溢れ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてそれぞれがそれぞれの時を過ごしている。

 それは響とレオン…この2人も同じ事だ。

 

「確かレオンさんも、しばらく街を離れるんですよね?」

「あぁ、元老院に行かなくちゃいけないからな…。」

 

 そう言って空を見上げるレオンの姿は、どこか人とは違う雰囲気を晒し出している様に見える。

 それは言うなれば、人の形をした“ナニか”がそこに居るかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってくれたな、貴様等…。」

「いきなりそんな貶されるような事を俺達はしたのか?」

 

 それは事件が終わってから数日後の事、番犬所へと呼び出されたレオンとアルフォンソ。

 しかし呼び出されて早々の小言に2人の眉間には皺が寄る。

 

「報告では、真魔界でメシアを討ち果たしたと言っていたな?」

「あぁ。」

「その際にあの神の炎と呼ばれるものの力で強化された烈火炎装を用いた、と…。」

「それがどうした?」

 

 元々称賛の声を掛けられるとは思っていなかったが、それにしてもガルムの機嫌がよろしくない。

 2人以上に眉間に皺を寄せている彼女の胸中が如何なるものか、口を結んでその時を待っていると、告げられたのは意外な事実であった。

 

「真魔界で、正体不明の炎が燃え上がっている…その炎は範囲を拡げて、今は第三魔層にまで手が届いているそうだ。」

「正体不明の…?」

「まさか、あの時の炎がまだ…?」

「報告を受けた時からまさかとは思っていたが、本当にやってくれたな…お陰で魔界を統べる賢神共が元老院にまで顔を出しに来ているぞ?」

 

 一言に魔界と言っても、そこには何も人を喰らう事しか考えていないホラーばかりが居る訳ではない。

 ザルバやジルヴァがそうであるように、魔界にも歴とした知を持つ者達が存在している。

 その中でも特にそういった知や武に優れている“魔人獣”と呼ばれる者達が現在の魔界を統治しており、彼等によって魔界は幾つかの層に分けられている。

 第一、第二、第三、そして真魔界と…。

 その中でメシアが座していた真魔界から正体不明の炎…知る者から見ればプロメテウスの火によって繁栄を促された烈火炎装が、今尚尽きる事無く燃え続けているらしい。

 それもその筈、その炎の薪となっているのはかの悪神メシアそのものであるからだ。

 魔人獣達も信仰する(メシア)を救う為にその炎を何とか鎮めようとあの手この手と試したようだが、ホラーの始祖として決して尽きる事無き命を持つメシアを薪としているあの炎は彼等の打つ手の尽くを水泡へと帰した。

 かのメシアをも呑み込む程の炎を、魔界に居る他の存在が耐えられる筈も無く、このままあの炎を放置すれば、いずれ魔界全てがあの炎によって燃やされ、やがて魔界そのものが崩壊する…。

 それで現在あの炎を生み出した元凶に仔細を訪ねるべく、元老院に魔人獣達が揃って押し掛けているらしい。

 あれは相当頭に来ているな…と、ガルムの言。

 わざわざ言わずとも、その様子は想像に難くない。

 確かに一騒ぎ起こす程の事態ではあるが…正直レオン達からすれば、それに対して低い姿勢を示そうとは思えない。

 何故ならそれは魔界側の被事情であって、普段そちらから被害を受けている側から見れば正直いい気味だと思わなくもない。

 しかしそれは愚考が過ぎると、ガルムが2人を叱咤する。

 

「既にあの炎によって、魔界のバランスが崩れてきている。挙げればキリが無いが…一番厄介なのはこれよ。」

 

 ガルムがそう言うと、2人の前に巨大な樹の映像が現れた。

 その樹には通常の果実の代わりに何やら人魂のようなものが実っている。

 

「“オンタケの婆”を知っているか?人間界で死んだ命を管理している偏屈な奴なんだが…そいつからも苦情が来ている。何でもあの炎によって輪廻転生の仕組みが滅茶苦茶になっているそうだ。本来ならば100年の時と正式な手順を踏んで行われる輪廻転生が必要以上に長い年月を掛けたり、またはその逆で死んですぐに転生されたりな。」

 

 その話を聞いて驚感する2人…それは特にレオンが顕著であった。

 輪廻転生の仕組みは、レオンも詳しくはなくとも知っている。

 だからこそ彼にはずっと気になっていた事があった。

 響とララ…その関係性を、最初こそただの転生だと思っていた。

 しかし実際は700年の時を経て立花 響の心にララの魂が宿っていたという事実。

 輪廻という観点からも、転生という観点からも一線を逸脱しているこの事例は、果たして何が起こっていたのだろうかと。

 

「そういう事…なのか…?」

 

 輪廻転生の仕組みが崩れている。

 そのサイクルが早まったり遅れたり、そもそも完全な転生とならなかったり…。

 つまり彼女達の場合は輪廻転生のサイクルが遅れ、また完全な転生とならなかった事例。

 そういう事なら説明が出来る。

 

「それだけではない、死んで魂となった命が魔界で急激に増えたそうだ。調べた所、どうやらあの炎のせいで次元が歪み、あらゆる魂が入りに入り乱れているらしい。過去、現在、未来関係無く、な…。」

 

 さらにハッとさせられる事実。

 あの時自分達は散っていった者達の魂に導かれて現世へと帰っていった。

 その時レオン達から見れば知らない者達の姿も見えたが、あれは響達曰く自分達にとって縁のある者達であったとの事。

 それもまた何故…と揃って疑問に思っていたが、ガルムの言う事が真実ならば納得が出来る。

 しかしそれは確かな奇跡であったと同時に、この現世をも巻き込む危機であるのだと、ようやく2人も理解が出来た。

 

「分かるか?先にも言ったが、今の魔界では輪廻転生の仕組みが崩れ、かつ時間の概念も曖昧になってきている…下手をすれば未来の人間の魂が過去や現在、或いは逆に過去の人間の魂が未来に行ったりする…このまま事態を放っておけば、世界のバランスが崩れるのは確実だな。」

 

 レオンの中で思い起こされる、ガジャリとの会話。

 

 

 

 

 

―貴様ガ払ウ対価ハ1ツ…運命ニ従イ、咎人デアル最後ノ騎士トナレ…ソレガ我ト交ワス契約ダ。

 

―我ガ世界ノ均衡ヲ保ツモノナラバ、オ前ハ世界ノ均衡ヲ崩スモノ…オ前ハソノ大罪ヲ背負ウノダ。

 

―運命ニ従エ…サスレバ自ズトソノ意味ヲ理解デキル…。

 

 

 

 

 

 それが、こういう意味なのだろうか…。

 

「そこでだ、レオン・ルイス…お前には元老院に行ってもらう。今回の件を引き起こした張本人であるお前が行って話を付けてこい。ついでに元老院の奴等の欲求にも応えてやれ。」

「欲求?今の話とは別件なのか?」

「…ガルム、余計な事を言うな。」

「知っている事は話せと言ったのはお前達だぞ?」

「何だ…どういう事だレオン…!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()がそれなのだと思っていたが、どうにも違っていたようであり、そしてそれを話される事は憚られるとして、レオンは口を尖らせる。

 レオンとガルム、2人の間で語られる会話。

 その内容が今一掴めず、しかし聞き流しては良くないような、何か得体の知れぬものを感じ、アルフォンソが恐る恐る問い掛ける。

 

「プロメテウスの火…通称神の炎。それは触れているあらゆる物質の繁栄を促す物…。」

 

 そんなアルフォンソの様子を見て、ガルムは全く気付いていなかったのかと呆れ、しかしそれが却って彼らしいのかと嘲笑を浮かべる。

 

「こいつにはこれまで多くの災難が降り掛かった…それこそ、どれか1つだけでも人の身であるならば耐えられる筈の無い災難がな。」

 

 そうして語られる、今のレオン・ルイスという存在…。

 プロメテウスの火によって繁栄を促されたホラーの血による侵食。

 同じく繁栄を促され、そのまま爆破していれば多くの犠牲を出していたであろう爆弾。

 伝説のホラーであるアニマ、そしてそのアニマを取り込み逆に己の力に変える程の陰我を持つメンドーサの憑依。

 確かにガルムの言う通り、どれを取っても人の身…というより、例えどんな生命でも助からないであろう。

 

 

 

 

 

そう、()()()()()()()でも。

 

 

 

 

 

 アルフォンソは気付いてしまった…仲間が無事という安心感から今まで気付けていなかった、その事実に。

 

「それらの災難全てをその身に受けて、それでもこいつは生きている。ならばこいつはどうやってそれらの災難から生き延びたと言うのか…その謎を解く鍵は、やはりあの聖遺物(プロメテウスの火)だろう。ならば今のこいつに問う事など、1つしかない…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオン・ルイス…今のお前は“ヒト”なのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レオン…お前…!?」

「こいつが既に人の身を超えた“ナニか”だと言うのであれば、それらの問題全てに納得がいくというものだ。」

 

 そもそも生命という概念を超えてしまえば、疑問に思っていた事もそうでは無くなる。

 違う物差しで、物事を正確に計れる筈が無いのだから。

 ガルムに言われて、改めてレオンの方を見てみれば…そこには今の話を聞いて何を思うのか、少しばかり俯いている彼の姿。

 

「ッ…違う!!レオンは人間だ!!それ以外の何である筈が…!!」

 

 アルフォンソは信じたくなかった。

 俯く彼の表情は憂いを帯びて…こんな人間らしい表情を浮かべる彼が、今や人智を逸した存在だと?

 有り得ない…確かにそういう存在になったのだとしたら疑問に思う事は解決出来るだろう。

 しかしそれは早計というもの…他に解決の糸口が見えない中、そうであればという願望による思考の放棄だ。

 他に証拠も無い中、彼をそのように扱うのは家族(血縁者)であり戦友である自分が許さない。

 

「良い、アルフォンソ。」

「レオン…!!」

 

 しかしその反抗は他ならぬ当事者からの言葉で制止させられてしまった。

 

「自分の身体だ、何となく分かるさ。」

 

 それに…と言ってアルフォンソを見つめるレオン。

 その憂いを帯びた瞳を捉えれば、途端にアルフォンソの背筋を悪寒が襲う。

 

「例えどんな存在だろうと、俺は俺だ。」

 

 彼と出会い、話し、別れる…いつだって、今日だって行ってきた当たり前たるその中でいつも真っ直ぐに見据え、見慣れている筈の彼の瞳から、底知れぬ、得も言えぬ、そんな“何か”を感じ取ってしまったから…。

 その事実と彼の悲壮たる覚悟が表れる言葉の前に、アルフォンソは口を閉ざす他無かった。

 彼は確かに、人ならざる“ナニか”へと成ってしまったのだろう、と。

 

「…まさかレオン1人で行かせるつもりでは無いだろうな!?」

「逆に誰を付かせると言うのだ?」

「それ程の用事で元老院に赴くとなると、レオンの身が危険だ!!」

「仕方があるまい…お前はこの国の王子、エマもダリオも元老院から次の指令が下されているからな。」

 

 それでも、なればこそ、そこから生まれる危険からは守ってやりたい。

 例えどんな存在になろうと、己は己…そう言った彼の、どうしようもない人間らしさを前に、どうして人間以外の扱いなど出来ようか。

 しかしそんな彼の募りでさえも、レオンは優しく制する。

 

「心配するな、アルフォンソ。必ず無事に帰ってくるさ。」

「レオン…。」

 

 肩に置かれた彼の手。

 その手から伝わる温もりを前に、アルフォンソは真にそれ以上の言葉を出す事が叶わなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の身を外れた“ナニか”になってしまった事…それはこの場所に来る道中に響も聞かされた。

 ふと彼の方を見てみれば、彼はララの墓をただじっと見つめている。

 その身体は…ごく僅かながらに震えていた。

 本当に目を凝らさなければ分からない程のその震えは、彼の心の表れだ。

 大丈夫だ、心配ないと…周りにはそう強く振る舞って、しかしその心は一抹の不安を抱えている。

 どんなに常軌を逸した高潔な鎧を纏おうとも、彼の心は何の違いも無い1人の人間のものだ。

 そんな心で人たるモノから外れたなどという事実を、まともに受け入れられる筈がない。

 元老院に赴くまでに時間があるのも1つの要因であるだろう。

 一度元老院に行ってしまえば、暫くは帰ってこれない。

 だからこうして燻りが無いようにと時間を貰って…しかしながら暫く帰ってこれないというのは、それが一番望ましいというだけの願い。

 人から外れた身の者を、果たして元老院は守りし者として認めてもらえるだろうか?

 文字通りの意味と捉えて断罪の対象となる可能性は十分にあるし、或いは神秘の啓蒙を得たい危うき思考の者達から狙われるやもしれない。

 そしてそもそもが魔人獣達との対話の為に赴くものであり、彼等の対応次第では…。

 これが事が終わってすぐだったならばそういう事を考える間も無かったのだが、こうして暫しの猶予が与えられたからこそ、余計な事を考えてしまう。

 果たして無事に帰ってこれるだろうかと、これが皆との今生の別れとならないだろうかと…。

 

「大丈夫ですよ!」

 

 そんなレオンの不安を解したのは、やはり彼女…立花 響であった。

 

「レオンさんの言った、自分は自分だって言葉…それは本当の事です。どんなレオンさんだって、レオンさんですよ。それに…そういうのって意外と何とかなるものですよ!」

「そういうものなのか?」

「そういうものです!」

 

 ただ自らの希望を言っただけの、でも妙に納得してしまうような…彼女の言葉にはそんな不思議な説得力があった。

 

「…響、これを。」

「これは…。」

 

 だからこそなのだろう、レオンが懐からある物を取り出した。

 それはかの聖遺物、プロメテウスの火…それに対し響は少々面食らった。

 何故ならその聖遺物は、あの戦いの後に紛失とされていたからだ。

 レオンも当時行方が分からぬと言っていたが、どうやら密かに隠し持っていたようだ。

 

「これは君達の物だろ?このままこっちに置いておいたら返せなくなるからな。」

 

 彼らしからぬ…と思っていたが、彼の眼を見ればその真意がはかとなく知れる。

 縋るような、でも離別を決意しているような…そんな想いを感じ取れた。

 要は委ねているのだ…これを使えば、再びレオン達の居る世界と響達の居る世界を繋げる事が出来る筈。

 しかし本来は違う場所に居る者同士…今の魔界がそうであるように、これ以上深く交われば互いに良くない影響が起こるであろう。

 それでも…それでも抱く気持ちに嘘は付けぬ。

 この聖遺物を使って世界を繋げるも、そのままにしておくも、その全てを彼は響に委ねようとしているのだ。

 自分が持っていたら、きっとなりふり構わず使ってしまうであろうから。

 自らに課せられている何もかもを捨て去ってでも…目の前に居る、帰ってきた、そして新たに芽生えたその花を守りたいが為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いえ、これはレオンさんが持っていてください。」

 

 しかしその花は、どちらでもない答えを示してきた。

 これにはレオンも、だが…と戸惑いを見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この聖遺物が、全ての始まりだったんです…レオンさんと出会えたのも、これがあったからこそです。」

 

 それでも響は、決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから…約束、です。」

「約束…?」

 

 今は、今だけは、別れの時なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、いつかまたレオンさんに会いに行きます。絶対に、絶対。だから…。」

 

 今度は何ものにも縛られず、いつか必ず、もう一度と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオンは面食らった。

 守らなければと、側に居なければと、彼女もそう想っているだろうと。

 それ自体は決して間違ってはいない…だが彼女は、彼の想う以上に強かった。

 もう、守られるだけの存在ではない。

 今度は、今度こそ、貴方の側で花を立ち咲かせたい。

 それが今の響の、“願い(わがまま)”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、約束だ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!約束です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風が2人の間を流れるように、時もまた世界を流れて進んでいく。

 異なる時代に生きる2つの運命も、交わるべき時を外れ、またそれぞれの時を刻んでいく。

 いつかまた、再び互いの時を巡り合わせる為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからそれまでの間だけ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さよなら、だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・出会いと別れ

→それがあるから愛おしい


・未来さんがヤンデレしてないだとぉ!?

→良いじゃんたまにはそういう物語があって!!
 この作品の393は響の事を応援する健気な子なんだよぉ!!


・人でなくなったらしいレオン

→いわゆる融合症例
 神滅ホラーとなった際に体内にプロメテウスの火を埋め込まれたのが原因
 現在の彼は半分人間半分神様…分かる人には現人神と言えば良いか
 本当はもっと掘り下げたかった設定けど、私の実力ではここまでだ…


・現状がどうなっているか

→簡単に言うと、魔界崩壊の危機
 放っておけば人間界も巻き込まれかねないので、最悪総力を上げて魔界との断絶(現世にゲートが現れないようにする等)を検討しなければならない程
 果たしてその結果は…


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第44話「約束 ~またいつか~」

 遠く離れた、どこかの世界。

 界下の生命に恵みを与え、そして繁栄を促す太陽の光が地平の彼方へ沈み、宵闇が支配せんとするどこかの国。

 光に縋り、闇を恐れる生命達が自らの在るべき場所へと帰る、そんな時間…しかし全ての生命がそう成りを潜め、また光が昇る明日へ生きられるかと言われれば、悲しい事にそれは違う。

 不幸にも闇に魅入られ、その命を脅かされる者も居れば、闇の中にある深淵を求め、敢えてその中に飛び込んでいく愚かな者も居る。

 そう、ちょうどこの街の一角のように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌っ…来ないで…!!」

 

 人目も付かない裏通り…袋小路となっているその場所に、悲痛な声を上げる女性の姿が。

 質素な服に素朴な見た目…恐らく何の地位にも付いていない、ごく平凡な民草であろう。

 しかしその服の上からでも分かる恵まれた身体に、化粧を施せばたちまち人を虜に出来るであろう整った顔立ち。

 例えるならば極上の宝石、その原石のような…。

 きっと普通に生きられたのならば、人としてありふれながらも充実した幸せが得られた事だろう。

 

「大人しくしてりゃすぐ終わるからよォ…!」

 

 だが世には己の欲を満たす為だけにそういう原石を狙う輩も居る。

 悪戯に、乱暴に…女性の前で刃物をちらつかせるこの男も、そんな1人だ。

 きっとこのまま放っておけば、この場所は浅ましさと辱しめに溢れた地となり、男は天上の、女性は地獄のような時を得る事になるだろう。

 

「ッ!?」

 

 そんな時、チリン…と何かの音が鳴った。

 同時に忽然と感じた背後からの気配。

 それに対し過敏に反応した結果、男はその視界にとある青年の姿を捉えた。

 

「あァ…?」

 

 その青年は真っ直ぐに腕を掲げており、その手先には少し奇妙な造形をした鈴が下がっている。

 先の音の出所はそこだろう…して、その意味とは?

 青年の行動に理解を示せない男が怪訝な眼差しを送る中、青年は掲げていた腕を下ろしながら一言。

 

「…早く逃げろ。」

 

 その言葉を聞いた途端、男は嗚呼…と察した。

 世界は多様な存在で溢れている…男のような下衆と呼ばれる輩も居れば、そんな男の行いを良しと思わない者も居る。

 大方、彼もその1人であろう。

 居るのだ…こういう上っ面の正義感だけで動こうとする馬鹿が。

 そんな男から馬鹿と蔑まされた青年の眼差しは鋭く厳しいものであり、しかしまたどこか憐れみのようなものも感じる。

 大方前者は男に対して、後者は女性に対してのものだろう。

 非道と呼ばれる男の行いに募りを抱き、その被害に合っている女性には慈悲を…女性にとっては正しく救世主であろう。

 だがこれでも男はその道で長く生きてきた…その手の者の相手の仕方は心得ている。

 最も、その度に取る方法は毎回変わらないの(相手を殺す事なの)だが。

 

「何だぁこのガキ…死にてぇのかァ!?」

 

 しかし何故だろう…何故か男は普段のそれとは違う感覚に見舞われている。

 青年の眼差しから感じるものが、何か全く違う意図を持っているような…そんな気がするのだ。

 何か得体も底も知れぬ、触れてはならない禁忌に触れてしまうような…。

 そのような感覚に陥り、男は二の足を踏んで素人の如く青年をただ脅すような口を開くばかり。

 すると場に再三の変化が訪れる…再び男の耳にある音が届いたのだ。

 しかしその音は先程青年が鳴らした鈴のような小綺麗なものでは無く、ブチリブチリと不快なもの。

 まるで肉や皮を無理矢理引きちぎるかのような音は、男の背後…女性が居る所から聞こえてくる。

 同時に感じる強烈な悪寒…一瞬で血の気が引き、背筋に冷たい汗が走る。

 そして男の本能が警笛を掻き鳴らす。

 振り向いてはならぬ、今すぐ走れ、逃げろと。

 しかし男は既にその心を外道に落とした身…善良なる人間ならば素直に従うそれに、後悔すると分かっていながらも抗うという選択しか取れなかった。

 

「ッ!!??」

 

 そうして振り返った先で、男は悪夢を見た。

 そこに居た女性は、今や女性であったものへと変貌していた。

 男が想起した、肉や皮を無理矢理引きちぎるかのような…それがまさに現実となり、男の前でその形をあまりにも異常に変えていく。

 もはや人としての形を無くしたそれの中から今、ナニかが生まれようとしているのだ。

 女性の内に潜んでいた、この世の常軌を逸した存在が目覚める。

 

「ヒィッ!!??」

 

 覆っていた肉皮を弾けさせ、中から現れたソレは、その身を余す所無く血に濡れたかのような色に染めている、悪魔と形容するしかない異形…。

 その異形の真銀の眼と視線が合い、男は堪らず情けない声を上げる。

 その瞬間に察したのだ…殺される。

 如何なる手段を取った所で、目の前の怪物には敵わない。

 逃げるべきだったのだ…だが今やそれも敵わない。

 そして男の察した通り、彼はこの怪物に殺される。

 世界は多様な存在で溢れている…故に、中には不条理に見える必然的な世界の深淵を垣間見て、そしてその深淵に呑まれる生命もある。

 今この場が、まさにそれであろう。

 だが、それはこの場に居るのが彼等だけならばの話だ。

 今この場には、もう1人の生命が居る。

 

「早く逃げろと言っている。」

 

 その声が聞こえた途端、男の思考はただ1つ…逃走の文字で埋め尽くされ、そしてそれを実行した。

 喚き声を上げながら逃げる男…本来ならば目の前の怪物がそれを許さないだろう。

 だが怪物の視線は既に男を外れ、代わりに青年へと向けられていた。

 

ナサリシチ(魔戒騎士)()…。」

 

 青年向けて怪物が呟く。

 この世ならざる言葉で魔戒騎士と呼ばれた青年は、ただじっと怪物を見つめている。

 その視線は何処か怪物と同じ様に、この世の生命が持つそれとは外れたものであった。

 

「こいつはホラー・“クリムゾンゲイル”、両腕の鎌に注意しろ。」

 

 と、青年が指に嵌めている指輪がひとりでに語り出す。

 目の前の怪物…クリムゾンゲイルと同類の存在であるその指輪…名をザルバというその指輪からの助言に感謝の意を示し、青年が頷きを返した…次の瞬間、クリムゾンゲイルが青年目掛けて動き出した。

 青年の持つ命を奪う為、凡そ常人では1つの予測も立てられない程の奇抜な動きで迫り、その腕から生える死神が振るうそれの如き鎌を青年の首元目掛けて振るう。

 しかしその鎌が青年の首を刈り取る事は無かった。

 青年はいつの間にかその手に真紅の柄を誇る剣を握り、あらゆる生命に恐怖を与える怪物の一撃を防ぐ。

 そのまま二擊、三擊と…怪物の魔の手を青年は的確に防いでいく。

 

「…!」

 

 すると青年が突然その身を大きく反らした。

 その数秒後に、青年の視界を血色が掠める。

 クリムゾンゲイルの武器は両腕の鎌だけでは無い…その尾骨からは先の鋭利な尻尾が生えており、それが青年を襲ったのだ。

 だが青年はごく冷静にその攻撃を避け、また剣で受け流し、返しにその脚をクリムゾンゲイル向けて伸ばし蹴り込む。

 見た目としては決して楽な態勢から放たれたものではない為、そう威力のあるものでは無い筈…しかしクリムゾンゲイルはその一撃を受け止めた瞬間戦慄を覚えた。

 重い…いくら目の前の青年がヒトという種族の常なる者達とは違うと分かっていても、それにしても重さが違う。

 凡そ生身の人間が放つ一撃を軽く超えるそれを態勢を崩さずに受け止める事が出来たのは、クリムゾンゲイルにとっては幸運であっただろう。

 こいつは何かが違う…堪らず強めの攻撃を放つクリムゾンゲイル。

 その攻撃を剣で受け止めた青年は反動で大きく後退り、距離の空いた両者の間に緊迫した空気が流れる。

 青年に向けて一抹の懐疑心を持つ怪物、クリムゾンゲイル。

 対して青年は邂逅した時と変わらず冷静に目の前の異形と向き合っている。

 と、青年がおもむろに剣を頭上へと掲げ、切っ先で円を描いた。

 描いた軌跡が眩く形を残し、青年の頭上に光の輪を作る。

 そして輪の中心がひび割れると同時に、青年はその姿を変えた。

 

「ッ…!?」

 

 怪物の目が見開かれる、目の前に現れたその存在…青年の正体に。

 それはクリムゾンゲイルのような魔界に住まう魔獣ホラーを討滅せんと立ち上がる、魔戒騎士と呼ばれる存在。

 そして目の前の青年はその魔戒騎士の中でも最強と名高い鎧を纏う者。

 目の前で黄金の光を放つその姿が教えてくれる。

 

 

 

 

 

ロルゾユシチ(黄金騎士)…!?」

 

 

 

 

 

 彼の名は、レオン・ルイス。

 又の名を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻炎(SCAR FLAME) ガロ(GARO)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようクリス。」

「おはようございます、先輩。」

「おはようデス!キネクリ先輩!」

「よぅ、おはようさん。とりあえずキネクリ先輩は止めろ。」

「痛い!!デ~ス…。」

 

 遠く離れた、どこかの世界。

 多くの生命が営みを繰り返すこの世界の片隅で、小日向 未来、月読 調、暁 切歌、雪音 クリスの、何の変哲も無い日常が送られていた。

 

「雪音。」

「お、先輩にマリアか。わざわざ見送りかい?」

「あぁ、この後またすぐに日本を発つからな。」

「その前に皆の事を一目見ようとね。」

 

 そんな日常に加わる風鳴 翼、マリア・カデンツァヴナ・イヴという名の女性達。

 

「おはよ~~~う…。」

「おうおう、こっちは随分ドン底なテンションじゃねぇか。」

「だぁってぇ~折角の春休みがぁ~…。」

「しょうがねぇだろ出席日数足りてねぇんだから…春休みに足りねぇ分補習に来りゃチャラにしてくれんだからよ。」

 

 そして、立花 響という少女。

 翼とマリアを除いた少女達はそう比喩したようにまだ学生という身分…訳有ってその学生としての行事に暫し打ち込めなかった彼女達は、他の学生達との間に生まれた差分をこれから突貫で埋めようとしている所だ。

 

「まぁ後輩共と来年一緒の教室に居たいってんなら止めはしねぇが。」

「あ~調ちゃんと切歌ちゃんの2人と一緒かぁ…良いかも。」

「馬鹿、響ったらそんな事言って…響が同じ教室に居ないなんて私はやだからね。」

「未来ぅ…!」

「ま~た始まったよ…そういう事は家でやれって言ってんのによ…。」

 

 少女達とて本音を言えば休みと定められている期間は素直に休みたい。

 しかしここで何を言っても変わるものなど…響の機嫌ぐらいなもの。

 一部で夫婦とも噂されている2人の相変わらずな様子にクリスのみならず他の者達も苦い笑いを浮かべるしかない。

 

「それにここで頑張らないと、響の夢は叶えられないでしょ?」

 

 しかしその呆れた皆の様子は、未来がふと溢した一言で変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よし、報告書は後でよく目を通しておく。これで今回の件は解決だな。」

 

 少女達と時同じくして、超常災害対策機動タスクフォース“S.O.N.G.”では、近日起きた異変に対する報告が司令官たる風鳴 弦十郎の指揮下で行われていた。

 

「司令。」

「おう緒川、どうした?」

「例の聖遺物、プロメテウスの火について1つ。」

 

 そんな大人代表の下に影なる大人代表の緒川 慎次が1つの報告に上がる。

 その内容は、これまで未解決とされていたある事実について。

 

「現ヴァリアンテ王国から受領されたあの聖遺物ですが、調査の結果今から700年前の当時の国王、その親族から国へと寄贈された物だと分かりました。遠い未来に於いて命燃やす絶唱の姫巫女現れし時、神の炎…つまりはプロメテウスの火をその姫巫女に授けよ、と。」

 

 700年前のヴァリアンテ王国の国王と言えば、アルフォンソ・サン・ヴァリアンテ。

 その親族と言えば、彼等の中で思い当たるのはたった1人しか居ない。

 

「これは…確定ですかね?」

「だろうな…いやまさかこの歳になってタイムスリップなんてものを経験するとは、人生何があるか分かったもんじゃないな。」

「700年前…私達があの時代を守れたからこそ、今この時がある…壮大な話ですね。」

 

 藤尭 朔夜や友里 あおいが溢した言葉に思いを馳せ、噛み締める一同。

 しかし事はそれだけではないと小さな技術者が声を上げる。

 

「それに、きっとボク達はただあの時代を守っただけではありません。」

 

 そう言ったエルフナインの手元にあるタブレット…そこには魔界詩篇なる歴史書の最終章が記されている。

 かつてはおぞましき獣が描かれていたが、今は違う。

 そこには6人の女神と、雄々しき翼を拡げる金色の騎士の姿が描かれていた。

 この変化が今の世に何をもたらし、そしてこれからもたらすのか…それはまだ分からない。

 だが弦十郎はよぅし!と勢い良く立ち上がり、皆に向けて声を届かせる。

 

「俺達はこれからもあらゆる困難にぶち当たる事だろう!だが挫けるな!彼等との出会いで、俺達は自分達の力に限界など無い事を知った!可能性は無限大…故に未来などいくらでも変えられるとな!」

 

 その先にはきっと、希望に溢れる未来が待っているのだと。

 

「その想いを胸に、今日も気張って行くぞぉ!」

 

 永遠に続く、あの輝きのように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホラー(クリムゾンゲイル)は焦っていた。

 目の前に佇む黄金騎士 ガロ(レオン・ルイス)…その光を消し去るべくあらゆる手を使い攻め立てるも、彼はその全てを軽く受け流す。

 彼はホラーを倒すべく修練を積んでいる魔戒騎士、その中でも最強の称号を与えられし者…このような結果となるのも、分からなくはない。

 だがしかし、クリムゾンゲイルはそれ以上の何かを目の前の存在から感じていた。

 これ以上相対していては、確実に狩られる…クリムゾンゲイルは勝負に出た。

 限りなく密着に近い距離から右腕の鎌を首筋向けて、左の鎌は腹部へ、そしてコンマ数刻遅れて尾を相手の背後から心臓目掛けて…いずれか1つでも致命傷と成り得るその囲いの攻撃は、3つの矛を持つクリムゾンゲイルならではの戦法だ。

 果たしてその結果は…。

 

「ッ…ギアァァァァァァァァァァ!!??」

 

 失敗に終わった。

 レオンは同時に迫った3つの攻撃を全て避け、反撃に剣を突き刺していたのだ。

 しかしクリムゾンゲイルはそれに対し疑問を抱かざるを得なかった。

 目の前に居た彼はこの目で見ていた限り、全く動いていなかった。

 殺った…!と、そう思った一瞬の後、気が付いたら懐に潜り込まれ剣を突き立てられていた。

 まさか首筋に、そして背面から心臓に向けて傷が付く直前も直前のタイミングで身を翻して攻撃を回避し、あまつさえ反撃を行ったとでも言うのか?

 そんなものは人間離れが過ぎた所業だ…しかし相手の心臓を貫く筈であった尾が、そして黄金騎士の剣が揃ってクリムゾンゲイルの胸部を貫いている事がそれを示唆する何よりの証拠となる。

 そして繰り出される黄金の左拳。

 クリムゾンゲイルの頬に深々と突き刺さったそれの威力は、刺さっていた剣や尾を衝撃で引き抜かせ、袋小路の壁に瞬時に激突させる程の凄まじさであった。

 自由になったクリムゾンゲイルであったが、動きは鈍い。

 身体へのダメージはもちろん、心身に刻まれた感情がそうさせているのだ。

 あれは、人間が出来る業じゃない…身のこなしも、一撃の威力も。

 いくら黄金騎士とは言え、人間離れが過ぎている…ならばあれは一体何だ?

 あれは人という種族を軽く超えている…人では無い“ナニか”だ。

 それを感じた瞬間クリムゾンゲイルの脳裏に過ぎる、まことしやかな噂。

 

 

 

 

 

“黄金騎士の手により(メシア)が討ち果たされ、魔界が滅ぼされようとしている。”

 

 

 

 

 

 クリムゾンゲイルの身がすくむ。

 それは紛れも無く恐怖…目の前の存在が格下であるただの人間でも無く、天敵である魔戒騎士でも無い、世界を滅ぼす程の力を秘めた、全く別の未知なる“ナニか”である事を身を以て体感し、そして恐怖したのだ。

 それを理解した途端、クリムゾンゲイルは堪らずその場から飛び出す。

 かの咎人が、そんな愚行を許さぬ存在だと分かっていながらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり歴史は変わったか…。」

 

 また同じ頃…鎌倉と呼ばれる地で、風鳴 訃堂なる人物が1人物思いに耽っていた。

 

「しかし、惜しい事をしたものだ…儂とした事が、何を出し渋ったか…。」

 

 それは常の彼としては珍しく消極的なものであり、彼の姿を遠目に見る者達に気味の悪さを与える。

 

「おい…あのオッサンまた何か1人でブツブツ言ってるぜ…?」

「相変わらず胡散臭さの塊であります…!」

「こらこら2人共、気持ちは分かるけど我慢して頂戴。他ならぬ私達の為なんだから…。」

 

 吸血鬼を思わせるような見た目の者も居れば、人外の尾耳を生やしている者、その身が動く度に機械音が鳴る者と…しかしそんな者達の奇怪な視線など気にも止めず訃堂が思いを馳せているのは、あの金色の鎧について。

 

「黄金騎士 牙狼…真名“金色大神”…人が一から生み出した、神の如き大いなる力…現世に於いて失われていたそれを、あわよくばと思っていたが…。」

 

 護国の為に、そしていずれはその先の為に、訃堂はかねてからその存在を気に止めていた。

 それが手の届く所にあったというのに、自分は一体何を躊躇っていたのだろうか?

 

「…いや、やはり不要か。人の意思に共する力など。」

 

 違う、躊躇っていたのではない…端から必要無いと判断していたからだ。

 

「この国を真に防れるは、この風鳴 訃堂ただ1人よ…他者の意思が介せんとする力など、護国の為の力に在ってはならん。」

 

 訃堂は声高に笑う。

 やはり世に必要なのは我が意志のみであると。

 不要と切り捨てたその光に抱いていたのが、唯一己の野心を断ち斬る力になるやもしれなかったという“恐れ”である事を知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢?」

「響先輩の?」

「ほぅ、そんな大層に語れるような夢がこいつにあると?」

「何か皆当たり酷くない!?皆私の事どう思ってるの!?」

「馬鹿。」

「馬鹿。」

「馬鹿。」

「酷い!!皆酷い!!」

「見事に全員揃ったわね…まぁそれが貴女の良い所なのだけれど。」

「マリアさんまで!!」

「こらこら、立花は言う程馬鹿では無いぞ。」

「翼さぁん…!」

「立花は普段何も考えてないだけで考える時は考える奴だ。」

「それ誉めてます!?馬鹿にしてます!?」

「何っ!?誉めているに決まっているだろう!?」

「え~ん未来ぅ~!皆が私を苛めてくるぅ~!」

「よしよし、急に抱き付いてこないの。」

 

 未来が溢した、立花 響の夢について…それが気になった少女達の花咲く会話が、世界に流れていく。

 そうしてこの世界は色付いていくのだ…夢と希望という色で。

 

「それで、叶えたい夢ってどんな夢なの?」

 

 促されたその声に、響はくすりと笑う。

 それを語るのはどこか気恥ずかしく、顔も赤くなってしまうが、同時に語りたいという想いが前に出て仕方がない。

 

「確かに私は皆が言う通り、本当の本当に馬鹿だけど…。」

 

 でもいつか…叶えたいその夢を形にする為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空へ飛び、逃走を図るクリムゾンゲイル。

 その姿をしばらく、まるで呆けたように見送っていたレオンであるが、彼は途端にキッと眼差しを鋭くする。

 すると鎧の背から緑色の炎が吹き出した。

 魔界の炎、魔導火からなる烈火炎装…たなびく対の背旗に沿うように展開されたそれは、まるで深緑のマントを羽織っているようであった。

 そしてそのまま地を蹴れば、炎は魑魅魍魎を貫こうとする彼を運ぶ力となる。

 背後から迫る光に必死に足掻く悪魔(ホラー)

 その悪魔から世界の生命を守る為、黄金騎士は希望の剣を天に掲げ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォォォォォォォォォォォオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の夢は…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼等は今日を生き続ける。

 生きとし生ける全ての命が、誰からともなく交わした“約束”の為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつか、必ずと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦姫絶唱シンフォギアDF ~DIVINE FLAME~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・まさかのここでクリムゾンゲイル戦

→あの戦闘だけならどこの時間軸にでもぶっ込めるので、ラストを飾る戦闘として残しておいたんです
 あれですよ、「俺達の戦いはこれからだ!」的な
 まぁ“これからだ”と言うよりかは“残党狩り”なんですけど


・幻炎 ガロ

→幾度もの死線を超えたレオンに合わせてガロの鎧が変化した姿
 流牙に於ける牙狼・翔、雷吼に於ける牙狼・陣のような永続的な進化体
 見た目は神炎刻身からプロメテウスの火と身体に纏っていた炎を取り除き、代わりに業炎 ガロと同じ金輪の付いた背旗を提げている
 何かと炎に縁のあるレオンに合わせている為か、鎧自体がこれまでのより烈火炎装の制御に秀でており、作中のように背旗を軸にしてマントのように展開したりそのまま簡易的な飛行を行える他、剣先に集中させて巨大な刀身を作ったりバリアのように展開させたりと、レオンの発想次第で様々な戦法が取れるようになっている


・結局2つの世界は地繋がりなのかそうでないのか

→もうお察しでしょうが、普通に繋がってます
 この作品ではレオン達の時代から700年後が響達の生きている時代です


・魔界詩篇の絵

→神滅ホラーが描かれていたのが神炎刻身のそれへと変わったらしい
 つまり本来の歴史から未来が変わった事の示唆であるが…しかしこれは大した違いではない
 犠牲となったのがレオンかアンジェか、その程度の話である


・何か企んでいそうな訃堂さん

→企んでいるだけ、続きはない


・そんな訃堂さんに向けてぶつくさ言ってる3人

→当時は相当ファンから嫌われてたけど、今はどうなのだろうか?


・真名“金色大神”

→拡げようとしてた風呂敷の1つ、畳めないと判断して止めた
 大雑把に説明すると、「何で牙狼だけあんな特別な形態いっぱいあるの?」っていう疑問への、「牙狼がそういう哲学兵装だから」という自分なりの回答
 世界の希望であれという想いを、その名を持つが故にかつてから一身に背負わされた事によって、常に世界の希望にならなければいけない呪いを掛けられてしまった
 つまりはどんな奇跡を起こしてでもそうであれと…要するに牙狼は絶対負けないぞと、そういう設定でしたとさ


・響の夢

→何でしょうね?


・戦姫絶唱シンフォギアDF、完ッ!!

→まだもう1話だけあるんじゃよ


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第???話「守りし者である為に」

結局アンジェって何者だったの?っていう
ただそれだけのお話



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―終わりだ、アンジェ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に佇む、黄金の鎧。

 その神の化身とも言える存在から告げられた事実。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだと…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし彼女は…アンジェはその言葉に反旗を翻した。

 私が世界に牙を剥いた、その意味を履き違えるなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいやまだだ!!まだ終わりじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がこの胸に立てた誓いが、どんなものかも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「膳は立てたぞ…“お前”も起こしてみせろ!!奇跡とやらを!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンジェの胸中にはあの日の…彼女にとっての"始まりの時"が思い起こされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケホッ…流石に凄い事になってるわね…。」

 

 4年前、アンジェは魔導火を片手にとある暗闇の中を進んでいた。

 そこは前日、黄金騎士によって討滅させられたメンドーサがヴァリアンテの地下に築いた根城。

 恐らく明日にでも元老院から使者が来て、ここら一帯は封鎖される事だろう…その前に、アンジェにはどうしても確認しておきたかった事があったのだ。

 今にも崩れてしまいそうな洞窟を慎重に抜け、やがて彼女はこじんまりとした空間へ出る。

 備品や書類などが散乱の極みとも言える程の惨状を作り出すこの空間は、メンドーサがこの地で暗躍する為に使っていた研究室であろう。

 散らばる書類や備品を見てみれば、それが如何に人道から外れた代物かが分かる。

 まるで狂気しかない一面…しかしその先には、ホラーをこの世から滅ぼそうとする、歪みながらも守りし者としての意思が感じられる。

 

「ホラーさえ、居なければ…。」

 

 魔戒法師 アンジェ…彼女は恐らく、異常者だ。

 産まれて間も無い、幼い頃…彼女は父であるメンドーサによって母もろとも命の危機に晒された。

 全身を滅多に切られ、高崖から海へと落とされ…しかし彼女は一命を取り留めた。

 彼女の母親が、命を賭してこの命を守ったのだ。

 

 

 

 

 

―大丈夫…私が貴女を守るから…貴女は悲劇の子なんかじゃない…。

 

 

 

 

 

 母親によって遠く離れた海岸まで命を繋ぎ、そして奇跡的に善良なる人間に拾われ、その人の下で今日まで生きてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の身に何が起きたのか…それはこの愛用しているローブの下に眠る、今も全く癒えぬ数多の傷痕が教えてくれた。

 父母の事も、育て親となってくれた人がある程度の事を調べてくれた。

 子供ながらに恐ろしいと思った…自分は忌み子である事も、その忌みを消そうと躍起になった父親の事も、自分を生かす為に母の命を犠牲にしてしまった事も。

 普通の子供ならば気を堕ちさせやさぐれたり、場合によっては気を病んだりなんて事が有るのかもしれない。

 だが彼女は、強かった。

 自らの生い立ちを知ってなお、彼女は優しき心を失わなかった。

 ともすれば、自らを殺そうとした父親にさえ情けを掛ける程であった。

 父は確かに狂人かもしれない…けれど初めから狂っている人間など居ない。

 今がどうであれ、父はかつて高名なる魔戒法師であった…私はそれを誇りに思うと。

 だから彼女は決めていた…いつか必ず、そんな父親の前に立つと。

 前に立って、その時に父が自分の事を受け入れてくれるのならばそれで良し。

 そうでなければ、せめてその想いだけでも伝えてみせると。

 一応簡単には死なないように魔戒の術と、隠し種程度に錬金術なる業を身に付けた。

 育て親となってくれた人が変わり種(元魔戒法師)であった事が幸いしての自衛手段であったが…それを行う相手が居なければ、もはや無意味なものである。

 先日に於いてヴァリアンテの空で繰り広げられた光と闇の攻防、そしてその決着…それを脳裏に思い起こす。

 話をしたかった…今の貴方はどんな人なのか、その先に何を求めていたのか。

 その真相は、今や魔界の奥深くだ。

 だから彼女はここに来たのだ…ここに来れば、求めていた答えが見えてくるのではないかと。

 果たしてその答えは、残念ながら見えなかった。

 散乱する狂気の奥には、確かに守りし者としての意志が見える…それさえも身内故の甘目なのかもしれないが、いずれにせよ、その先の事は彼女には読めなかった。

 ここに散らばっているのは、全て当面の目標だ…ならばその先は、あの人は一体どうしたと言うのだろうか?

 いくら考えても分からず、終いに嘆息を吐くアンジェ。

 分かった事と言えば、彼の事よりも、むしろ己の…。

 

「ッ…!?」

 

 と、不意に大きな揺れが辺りを襲う。

 部屋と割り当てられた空間とはいえ、油断は出来ない…そう注意を深くしていた筈だというのに、彼女は地盤の緩みで落下してきた天井に対応が遅れた。

 

「しまっ…!?」

 

 

 

 

 

 法術を…!

 

―筆を取り出すには遅すぎる。

 

 錬金術は…!?

 

―気が動転してそれどころではない。

 

 回避は…!?

 

―間に合わない。

 

 

 

 

 

 彼女は迫る天井に為す術が無く、せめて身を固くして自らの無事を祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし彼女は突然その身に落下という浮遊感を覚えた。 

 

「なっ!?」

 

 なけなしに上ばかりを気にしていた彼女が、まるで足下が抜けたかのようなその感覚に付いていける筈が無く、彼女の気は混乱を極めながら、やがて尻餅を付き、再び重力というものを感じ取る。

 

「痛った…な、何…!?」

 

 天井に押し潰されて床が抜けたか?

 いや…襲い掛かる筈の重量などはまるで感じなかった。

 現に今も上から気にしていた物が落ちてくる気配も無く、恐る恐る頭上を見てみると…。

 

「なっ!?これは…!?」

 

 そこには落ちてきた天井の瓦礫ではなく、見た事も無い魔法陣が描かれていた。

 黒くおどろおどろしいそれは呆気に取られているアンジェの前でしばらく存在していたが、やがてゆっくりとその姿を消した。

 今のはまさかメンドーサの隠れた魔術だろうかと動揺から抜け出せずぼうっとするアンジェであったが、やがて聞こえてきた声によって現実に引き戻される。

 

「…あぁ、そこに落ちたのね。それさえ覚えていないとは…私も歳を取ったものね。」

 

 アンジェは聞こえてきた声を警戒して身を構える。

 しかしその最中に周りの状況を確認して、彼女は再び正気を迷わせる。

 そこは先まで居た部屋とは違う場所…しかしその場所はアンジェにとって因縁深き場所であった。

 父の行方を追う傍らに立ち寄った事のあるその場所は、かつて自身がこの世に生を受けた、当時メンドーサ夫婦が所有していた家であったからだ。

 そして彼女が目を見開いているのは、何もそれだけでは無い。

 そんな家の奥からゆっくりと彼女の下へ歩み寄ってくる人影…先程アンジェ向けて声を発した人物たるその者が羽織るローブの下から見える、その顔が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、2215320人目の私。」

 

 自身と瓜二つの見た目をしていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、だと…!?」

 

 多少老け込んではいるものの、その目鼻立ちは確かに己の鏡写しであるその人物は、アンジェの反応にくすりと笑っている。

 

「…お前が私だと?」

「未来の貴女って事ね。」

 

 いや…幻術という可能性もあると、アンジェは動転していた気を頭を振るって戻すや、その人物との対話を試みる。

 

「ならありきたりに…その証拠は?」

「いずれ分かる事よ。」

 

 試しにと話を振ってみれば、特に面白味の無い返答。

 そういう所は確かにこの私らしいが…。

 

「…まぁ、お前が何者かはどうでも良い事だ。」

「フフッ…さすが私、話が早い事。」

 

 ひとまずアンジェはその詮索を止めた。

 仮に彼女がそういう手合いなのだとしたら、真相を突き止めようとする行為こそが策中に嵌められる定石なのだ。

 そうやって思考するアンジェを、彼女はらしいと笑っている…癪には触る笑いだ。

 

「ではその私が、一体何の用だ?」

「貴女にしてもらいたい事があって…あそこで下敷きになられちゃ困ったのよ。」

「下敷き…。」

 

 返された答えに、アンジェは暫し黙考する。

 私に何かをしてもらいたい、だからあの時助けた…用件への対価とすれば、分かりやすいぐらいに相応なものだ。

 同時に、その者の良心に直接問い掛ける嫌味な取引でもある。

 至極簡単、これが真に恩人たる者からの誘いであれば、断るのは人道に反するからだ。

 同時に、もし彼女がそもそもあの状況を作り出した張本人というのであれば、ここで従うは敵の策中…。

 思案し、そしてアンジェが取った行動は、先延ばしからの願いの聞き出しだ。

 もしこの状況が逆の立場で、そういう対応を取られたのなら、自分はその目的について語るであろう。

 ならば自らの事を己と称する彼女もまた…。

 

「感謝でもしろと?」

「別に…ただ貴女には、それ相応の対価を払ってもらいたいの。」

 

 そうして思惑通りに動いた彼女に内心舌打つアンジェが耳にした、彼女の望みとは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女の理想を、形にしてほしいの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理想…。」

「えぇ、貴女の理想。」

 

 ストン、とアンジェの心に落ちて、嵌まった。

 

「知ったような事を…なら言ってみろ、私の理想とやらを。」

 

 完全に術中に堕ちたか、それとも…。

 アンジェはそれを確かめるべく、己に取って何よりもその証拠となるであろう問いを掛ける。

 

「守りし者として…ホラーを、魔界を滅ぼし、世界を平和にする…二度と自分や父親のような存在を生み出さない為に。その為に黄金騎士とメシアを利用する…まだ目測でしかないけれど、レオン・ルイス…歴史に類を見ない、彼特有の心滅が、その鍵となる。」

「ッ…!!」

 

 そしてそれを何の迷いもなくスラスラと口にした彼女に、アンジェは堪らず法術の矛先を向ける。

 

「安心して、その方法は決して間違ってはいないわ。あれから何年も時が経った今でも、それ以外の方法など思い付かないのだからね。」

 

 この女は危険だ。

 人の内心をすべからく見通し、そしてはっきりと告げる程の余裕がある。

 偽物だろうが本物だろうが、こいつは人の心をいとも容易く弄べる悪魔だ。

 

「でも、貴女はそれを行う事を躊躇っている…その方法では、世界の希望を代償にする必要があるのだから。」

 

 しかしアンジェが向けたその矛先からは、想いとは裏腹にいつまでも事が起こらない。

 

「黄金騎士、彼でなければ救えない命がある。彼を犠牲にこの命が生きながらえるよりも多くの命が…ならばその犠牲は、出来る事ならこの命で…。」

 

 だからこそ、賭けてみない?と…そう言った彼女の言葉に、思い当たる節が有り過ぎるのだ。

 

「二百万とか幾らとか言ってなかったか?それだけの私が失敗したんだろう…そんな塵の欠片も無いような話に我が生涯を賭けろと言うのか?」

「それでも貴女ならこの話、受ける筈よ。他ならぬ私なのだから。」

 

 口では否定するような事を言っているが、アンジェの心は既に、目の前の彼女の言う通りとなっていた。

 そんなアンジェに、女はある物を手渡す。

 禍々しい装飾をした、黒い鍵のような物だ。

 

「貴女に預けるわ。」

「これは?」

「私が造った物よ。科学の力って凄いわよね、突き詰めれば魔界の力も神の遺物の力にも頼らずにこんな代物を造れる…。」

「それで過去と未来を繋げていたという事か…。」

「貴女の理想に私が手を貸しましょう。確かに可能性は限りなくゼロ…それでも、いつかその時の為にね。」

 

 これで話は終わりだ。

 アンジェはこれから、いつ果てるとも知れない輪廻の中に呑まれる事となる。

 

「…何故だ?」

 

 だからこそ、アンジェには理解出来なかった。

 

「何故そうまでしてその願いを叶えようとしている?幾つもの私が出来なかった事だぞ?」

 

 何故そこまでして…アンジェにはただ1つ、それだけが理解出来なかった。

 すると女は何故か感慨深い様子を見せ、静かに声を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“生きるのを諦めるな”。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは小さくぽつりと呟かれながらも、アンジェが知覚する世界全てに声が行き届いた。

 

 

 

 

 

―大丈夫…私が貴女を守るから…貴女は悲劇の子なんかじゃない…。

 

 

 

 

 

 何故ならその言葉はアンジェにとって…。

 

 

 

 

 

―だから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―生きるのを諦めないで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと近い将来、貴女に掛けられる呪いの言葉よ。私は絶対に諦めない…あの父のようには成りたくないし。」

 

 それに…と言って、彼女はアンジェに向けて笑い掛ける。

 

「守りし者である為に、ね。」

 

 わざわざローブを外してまで向けられたその笑顔に、果たしてどんな意味が込められているのだろうか?

 

「さぁ、貴女はどうする?この呪い…今ここで断ち斬るか、それとも…。」

 

 それを知る為に、であろうか?

 或いは…。

 

 

 

 

 

 いずれにせよ、アンジェの答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メシア…。」

 

 今ならその意味が分かる気がする。

 嗚呼、何と清々しき想いであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、待たせたわね…。」

 

 堕ちていく身体を捻り背後を見れば、そこには未来を照らす9つの光が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後は…。」

 

 その光達に向けて、アンジェは微笑みを浮かべる。

 それは未来の彼女が浮かべたそれと、全く同じものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守りし者である為に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが私の、選んだ道だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・アンジェが持っていた鍵のような物の正体

→未来のアンジェが作った代物
 魔導具や聖遺物を参照にした科学技術オンリーで作られていた為、これを魔導具or聖遺物であるという前提で調べていたガルムとエルフナインは遂に正体を掴めなかった
 未来のアンジェが居る場所へゲートを作る効果を持っており、現代のアンジェはこれを用いて未来のアンジェから様々な施しを得ていた
 アンジェに関して何か不明瞭な点があったら大体コレのせいだと思っておけばOK



・アンジェを拾った元魔戒法師

→特にモデルなどは無い
 貴方が思い描いた法師の姿を当て嵌めよう!



・2215320人

→シンフォギア1期の放送開始日(2012年1月6日)と炎の刻印の放送開始日(2014年10月4日)を足したらこうなった



・生きるのを諦めるなという言葉

→本当にたまたまアンジェの中で重なっちゃっただけの偶然で、別に響に罪は無い



・アンジェって結局何者だったの?

→我欲にまみれた、誰よりも愚直に守りし者であろうとした者



・戦姫絶唱シンフォギアDFってどんなお話?

→アンジェの“わがまま”が引き起こしていた事件であったとさ





そしてこれにて『戦姫絶唱シンフォギアDF ~DIVINE FLAME~』完結です
2~3年ぐらい?いや~長かった…まさか最後まで描ききれるとは思ってもいなかった
これもひとえにこの作品を最後まで読んでくださった皆様のお蔭です、本当にありがとうございました
現在ネタが無いので次回作は描けないのですが、何か思い付いたらまたこのジャンルにも顔を出すと思いますので、その時はまた私の拙作をお手に取ってもらえたらと思います

それではこの辺で、失礼致します


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