戦姫絶唱シンフォギアDF ~DIVINE FLAME~ (私だ)
しおりを挟む

プロローグ

 牙狼シリーズ最新作「神ノ牙 -JINGA-」、とうとう終わりましたねぇ…。
 メシアに翻弄された男の末路…崇高な魔戒騎士が闇に堕ちる過程を描ききった見事な作品だったと思います。
 お陰で神牙/ジンガは私の中の魔戒騎士ランキングで確実にベスト5に入り込む人となりました。
 そしてまだまだ先ですが「牙狼 -月虹ノ旅人-」や「戦姫絶唱シンフォギアXV」も控えています。
 なのでほんの少しでもそこまでの繋ぎの一つになれたらな…と思っていたり。

 とりあえず、付いてこれる奴だけ付いてこい!!



 その国は恵まれている。

 近年問題視されている自然環境問題なぞ素知らぬとでも言いたげに周囲一帯は広大な緑地に覆われており、その中に広がる城下町は古来よりの街並みを残しつつも時代に合わせた近代化も進んでいる。

 まるで漫画やアニメの世界からそのまま抜き取ったかのような風景がそこにはある。

 そして街の中心にはその国に生きる誰しもの心に深く有り続けるであろう雄大かつ優美な国城が建てられている。

 この国は恵まれているのだ。

 土地に、環境に、人に、そしてそこから生まれる資源に。

 だからこそ、このような事が起こるのは至極当然の事なのかもしれない。

 どれだけの制約を立てようとも、それを破るのもまた人なのだという事実を突きつけるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親愛なる現国王ならびに国民全員に告ぐ。我々が要求するはただ一つ…政権だ!!」

 

 城門より10m程手前、そこには多くの武装した集団が並んでいた。

 軍隊歩兵が所持する銃火器はもちろん、少ないながら戦車も用意しているその集団は城門から街を囲う外壁…俗に正門と呼ぶべき場所までズラリと並んでいる。

 ざっと数えても500人以上は居るのではないだろうか。

 その内前線に位置する場所の戦車から身を乗り出し、目の前の城へと声を張り上げているのは、この集団の総指令官と呼ぶべき男だ。

 

「本日を以て現国王による政治的統治を廃し、我々がその位置に着く!堕落しきったこの国を我々が再生するのだ!」

 

 彼等の目的は現国王からの政治奪還、つまりは反乱行動からの革命を起こそうとしているのだ。

 先に述べた通りこの国はあらゆる分野に於いて恵まれた資源を持ち、それらを世界に輸出している。

 余り有る資源を保有し、それらを世界へ提供するこの行為は国王の方針により世界情勢などを一切問わず行われている。

 つまりは輸出対象の国が世界的に見て風当たりの悪い情勢であろうとも変わらず、世界トップの国だろうがそうでなかろうが平等に資源を提供する。

 自らの意思を頑なに曲げず、しかし分け隔て無くほぼ無償とも取れる程に施しを与えるその姿勢は言ってしまえば他国からすれば願ってもない話であり、また場合によっては言いように利用されてしまう話でもある。

 反乱軍はそれを良しとしないのだ。

 その昔この国は隣国の中でも最大級の王国であった。

 そんな由緒あるこの国が今や他国に振り回されてあらぬ濡れ衣を着させられる事も少なくない…そんな国へと落ちぶれてしまった。

 そんな事は断じて許されぬ。

 この国の資源を有効的に活用すれば、この国はかつての威光を取り戻す。

 そう声高々に宣言する反乱軍の指令官。

 しかし件の国王は未だ何の動きも見せない。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「何とも古典的な方法を選んだものだ…これでは子供の悪戯と何ら変わらぬ…。」

 

 城内の会議室。

 この突然の事態に城内に居る官僚達も少々浮き足立っていたが、その中でこの国の現国王たるこの人物はそのような醜態を晒す事なく状況を静観していた。

 彼等の要求内容の吟味、交渉手段の模索、国民の避難状況…。

 一刻を争う状況の中、あらゆる要因を考慮し、選択をしなければならない。

 自然と答えを出すのに時間が掛かってしまっているのだ。

 

「しかし国王…いかがなされますか?」

「無論断る。由緒正しい歴史あるこの国を、あのような者達に明け渡す事など到底出来ん。しかし…。」

 

 国王はそう言うと改めて映像に映る反乱軍を見る。

 正確には、彼等の持つ兵器を。

 

「何の力も持たぬこの国じゃ。古典的とは言ったがその点を鑑みれば、もしかしたら彼等のやり方は一番正しい方法を取っているのやもしれぬな…。」

 

 この国には兵器が無い。

 軍隊はもちろん、自衛隊なんてものも存在しない。

 いつの時代からか、この国は一切の軍事的兵器を持たないと世界に表明し、以来その表明は守られ続けている。

 故にこの国はそういった平和に慣れすぎた。

 だから諜報員も暗殺部隊も使わない、正門以外からも一切攻めぬこんな子供騙しのような暴動でも大事になるのだ。

 兵器という概念そのものに慣れぬ国でそれらを見せつける、それだけでも国にとっては十分効果があるのだから。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「要求に従わぬ場合、我々は無差別の行動をも辞さぬつもりだ!国王殿下の賢明なる判断を求む!」

 

 そう、反乱軍(彼等)もそれを分かってやっているのだ。

 謀略なぞ使わなくとも人を、国を手にする事ができる。

 我等の理想の成就まで、あと少しだ。

 反乱軍に所属する誰もがそう思っていた、その時だった。

 

「何だ…この音は…?」

 

 何処からか大きな音が聞こえてきた。

 ヘリのローター音、それも複数だ。

 

「ヘリ!?何処から!?」

 

 何処から来るのかと警戒を露にする反乱軍。

 やがてそのヘリが現れたのは彼等の目指す頂の先、城の向かい側だった。

 

「向かいからだと!?」

 

 彼等の上空を3機のヘリが通り過ぎる。

 上空と言ってもそれなりに近い場所を通過した為、ローターから生じる突風に煽られ行動が制限される。

 

「しまった…体制を立て直せ!!奴等はこの隙を突く気だ!!」

 

 これが狙いかと革命軍の指令官は急ぎ体制を立て直すよう指示を飛ばすが、そうこうしている間にもヘリは何処へと去っていった。

 

「行った、だと…!?」

「な、何をするでもなく一体…!?」

 

 辺りを見回して数秒、状況は何の変化も無い。

 ではあのヘリは一体何の為にここへ飛んできたのか?

 まさか何処かの観光ヘリが物見遊山のつもりで飛んできた訳ではあるまいと思考を巡らせていた指令官だったが…。

 

「指令、あれは…!?」

 

 補佐官からの問いに応え、視線を彼が指差す方向へ向ける。

 自軍の正面、城の城門前、そこには先程までは居なかった3人の女性の姿が。

 

「な、何だ貴様らは!?」

 

 不意に現れたその者達に問い詰めると、向かって左側に居る青い髪の女性が口を開く。

 

「…我等は超常災害対策機動タスクフォース、“S.O.N.G.”(Squad of Nexus Guardians)の者だ。」

「S.O.N.G.だと…!?」

「そうだ。此度の暴動に伴い、国連から出動が要請されてな。」

「国連だと…!?」

「馬鹿な…いくらこの国が世界の資源輸出に貢献しているとはいえ、こんな辺境の地の騒動に国連が…!?」

 

 国連という言葉に周りの兵士達が浮き足立つ。

 彼等が口にする通り、ここまで国連からの対応が速いとは指令官も思っていなかった。

 彼等の動揺が誰しもの目に映る中、向かって右側に居る少女がさらに彼等を煽るように口を開く。

 

「ハッ!おつむが悪いんだよ!てめえらの考えは全部お見通しって訳だ!」

「今ならまだ間に合います!武器を下ろして、戦いを止めてください!」

 

 続けて声を上げたのは中央に居る少女。

 先の2人とは違い、彼女は反乱軍に対して説得を試みた。

 

「それは出来んな!我等はこの国の実権を握り、他国に並ぶ…いや、それ以上の大国を築き上げると誓ったのだからな!」

「こんな乱暴な事しなくても、話し合えばきっと分かり合えます!皆で手を取り合う事が大事なんです!」

「出来んと言っている!!だからこそ我等は相手の手よりもこの武器を手に取っているのだ!!貴様ら先程おつむが悪いと言ったな?その言葉、そのまま返してやろう…!」

 

 しかし彼等の意思の前に少女の言葉は届かなかった。

 その様子を静観していた青髪の女性が少女に対して小声で問い掛ける。

 

「…気は済んだか?」

「…。」

 

 その問いに少女は答える事は無かった。

 代わりにその手を…どこか普通ではない衣装に包まれたその手を握り締める。

 

「我等の意思は固い!!立ちはだかるなら女子供とて容赦はせんぞ!!」

 

 問答無用と言わんばかりに指令官は部下に命令し、自身も搭乗している戦車の砲台を彼女達へと向ける。

 しかしまだ撃たない、これは警告だ。

 それは少女達へ向けたものでもあり、またこの状況に未だ動く気配の無い国王へ向けた最後の通告でもある。

 普通に考えれば身の危険を感じた少女達が逃げるなり怖じ気付くなり、あるいは国王側から何かしらの動きがあって然るべきだ。

 しかし幾ら待っても状況は全く変わらない。

 少女達は退く事をせず、変わらぬ様子でこちらを見据えており、また国王側からも何の動きも無い。

 指令官の中で勝手に定められていた猶予は無くなった。

 

「…撃てぇ!!」

 

 その号令の後、戦車の火砲から轟音と共に巨大な鉛玉が発射される。

 生殺与奪を決めた自分、1秒とも間が空かず命令に忠実に従った部下、そして無抵抗の人間3人を殺すにしては大きすぎる兵器(凶器)

 自分達は非情である、そんな事を考えている間には既に戦車から弾頭が発射された際の轟音が静まる頃であった。

 この国の為とはいえ、この手で人を殺めた。

 何度見ても慣れるものではなく、慣れたくもない。

 しかし彼女達の犠牲を見ればさしもの国王も重い腰を上げる事だろう。

 彼女達はこの国の未来の為の礎となったのだ。

 人並みのような、狂信者のような、複雑な思いを胸に秘め、指令官は()()()()()()()()()()()を見る。

 

「な、に…?」

 

 思わず漏れた声、それを皮切りに辺りの兵士達からもどよめき声が聞こえてくる。

 

 今目の前には何が居る?

 

 ―少女達だ。

 

 その少女達は死んでいるのか?

 

 ―生きている。

 

 彼女達は何故生きている?

 

 ―分からない。

 

 弾は撃った、間違いない。

 

 ―何故生きている?

 

 狙いは彼女達に向けられていた筈だ。

 

 ―何故生きている?

 

 彼女達は変わらずこちらを見据えている。

 

 ―何故生きている!?

 

 不意に視線の上から何かが降ってきた。

 それは彼女達と自軍最前列との間に出来た空間に落ちる。

 それを目で追っていくと、その落ちてきた物体は何かの弾のようであった。

 大きくひしゃげており元の形が判別しづらいが、少なくとも拳銃程度の弾では無い。

 あの大きさだ、恐らくは戦車などに使われる弾頭だろうと予測をしたその瞬間、指令官の胸中でカチリと何かのピースが嵌まったような感覚がした。

 得も言われぬようなその感覚ではあるが、同時に何故だかそれは決して嵌まってはいけないピースだったのだという確信めいたものも胸中に渦巻いていた。

 そのまま呆然と視線を少女達へと戻すと、中央に居る少女がいつの間にやら掲げていた腕を下ろしていた。

 掲げていた手は握り拳、そしてその時の姿勢はまさに何かを下から打ち上げたかのよう。

 そして落下してきた弾頭。

 きっとこの瞬間、反乱軍の誰しもが同じ表情を浮かべていただろう。

 考えてみれば分かった筈だ。

 戦車の砲台は少女達の身長、位置によって斜め下へ向けられていた。

 その軌道で弾を撃てば確実に地面に着弾し、爆発を起こして黒煙が上がるはず。

 そうだ、最初からそんな煙は立ち昇っていない。

 “戦車の弾を撃てば地面に着弾し彼女達を巻き込んで爆発、煙を上げて彼女達は跡形も無く死ぬ”という常識は崩された。

 代わりに彼女の達の眼が訴えかけるのは、“放たれた弾頭はこの手で弾き飛ばした”という非常識だ。

 

 

 

 

 

 それを理解した瞬間、彼等の内の何かが切れた。

 

 

 

 

 

「うっ、撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 皆揃って銃を構え、躊躇無く引き金を引く。

 非情ではない、その胸に抱く思いは、恐怖だ。

 目の前に居る恐怖の対象を振り払わんと一心不乱に注がれる鉛玉の雨嵐、されどその恐怖は拭われる事は無く。

 確実に被弾している筈の彼女達の身には傷1つ付いておらず、ただ雨嵐の先に居る者達へ向けられている。

 襲ってくる訳でもない、しかしその場には確実に居るという拭われぬ恐怖に恐れ戦く彼等の指からは次第に力が抜け、1つ、また1つと撃たれる鉛玉は減っていき、遂に誰しもが引き金を引く事が無くなった一瞬の静寂。

 

「行くぞ!!」

「おう!!」

「はい!!」

 

 その隙を突き、3人の少女達は走り出す。

 反乱軍の内心に関してはしばらくの間語らないでおこう。

 今まで静観していた恐怖の具現が遂に動き出したのだ。

 誰もがパニックに陥り、いささか気が触れたかとも取れるように少女達に銃口を向けるだけなのだから。

 

 

 

 

 

「行きます!!」

 

 鉛の弾幕の中を一番に飛び出したのは中央に居た少女。

 その脚に一層の力を込めると、まるで彼女自身が1つの弾丸ように飛び出していく。

 彼女が一瞬その動きを止めたその時、そこは既に反乱軍の兵士の1人の前であった。

 

「はっ!!」

 

 一瞬の殴打。

 相手の腹部目掛けて放たれた“軽い一撃”、しかしそれは兵士を気絶させ無力化させるには十分であった。

 

「はっ!せいっ!はぁっ!!」

 

 少女はさらに身を翻し、一人、また一人と拳を当てていく。

 そんな少女の腕には、世界中どこの軍を見ても採用されていないであろう特殊なユニットが装着されていた。

 

 変わって少女の右翼、兵士達が引き金を引く対象は青い髪の女性。

 しかし銃弾は彼女の持つ一振りの流麗な刀によってその悉くを“切り落とされていた”。

 

「…参る!!」

 

 女性の掛け声が澄み渡るや否や、女性の姿が消える。

 それと同時に兵士の1人が一瞬の呻き声を上げると共に地に伏せる。

 何があったとそちらを向く前にまた誰かが倒れ伏す。

 それが何十回と続く中、兵士の1人が意識が飛ぶまでの一瞬の間に耳にした言葉があった。

 

「案ずるな…峰打ちだ。」

 

 《颯ノ一閃》

 

 戦闘が始まって1分にも満たない中、反乱軍はたった3人の少女達に瞬く間に戦況を覆されていた。

 

「えぇいやってくれる…ならば、“アレ”を出せ!!」

「し、しかしアレは…!!」

 

 その中で少しばかり冷静になった指令官は部下に戦車を下がらせながらある兵器の投入を命じる。

 しかし部下は先の忠実な姿勢から一転して二の足を踏む。

 それもそうだろう、命じられた兵器の投入は今回の計画に於いて最後の手段。

 いや、世界全体で見ても使用してはいけない代物だ。

 あの兵器を投入する事こそ、本当の非情というものだ。

 

「いいから出せ!!我等の理想が掛かっているんだぞ!!」

「は、はい!!」

 

 しかし指令官の怒号に折れ、ついにその兵器を投入する為のトリガーを引く。

 もう後には退けぬと断腸の想いで解き放ったそれは、内部が赤く不気味に光る結晶であった。

 無数のそれらが地面にばらまかれると結晶は弾け、代わりに内部の発光体が地面に着く。

 すると発光体を中心に幾何学的な模様が地に走り辺りを朱色に染め、そこから無数の異形が姿を現した。

 

「来たか…!」

 

 それを見た女性は兵士達へ向けていたものとは明らかに違う敵意を向ける。

 反乱軍が投入したこの兵器こそ、彼女達がこの戦場に介入した本当の理由。

 この世界には有史以前から存在が確認されていた特殊災害があった。

 発生場所、目的、それらの一切が不明であり、その存在に干渉する事は出来ない。

 それはその災害が物理法則を無視する事が出来る存在であるが故に。

 そんな災害を研究していく中で産み出された、悪魔の技術。

 人々が決して抗えぬ災いに対し造り上げたそれは、皮肉な事にその災いそのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルカ・ノイズ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “アルカ・ノイズ”

 認定特異災害“ノイズ”を模した特殊否法侵略兵器だ。

 

「陣形を変える!!間を読み違えるなよ!!」

「はい!!」

 

 アルカ・ノイズの出現に対し、少女達は行動を変える。

 兵士達はアルカ・ノイズの間から少女達へ発砲するも、少女達は器用にもアルカ・ノイズの攻撃を躱しながら兵士達へ向かってくる。

 他の奴等のように殴られる、打たれる。

 そう思った兵士達は身を固くするも、彼等はそのような目に会う事は無かった。

 

「そりゃぁぁぁ!!」

「は?え…えぇぇぇぇぇ!?」

 

 兵士の一人が投げられた。

 ある兵士は襟首を掴まれ路地裏に投げ込まれた。

 またある兵士達は纏めて胴を掴まれそこら辺に放り出された。

 

「翼さん!!」

 

 やがて少女が声を上げると、翼と呼ばれたあの青い髪の女性が文字通り天高く舞い上がる。

 空中にて身を翻した彼女はその手に何本もの短刀を握ると、狙いを定めてそれらを投げる。

 狙いはただ一つ、アルカ・ノイズの影。

 

 《影縫い》

 

 影に短刀が突き刺さった瞬間、アルカ・ノイズは一切の行動を封じられた。

 そのまま追撃を行うかと思いきや、意外にも彼女達は自らの進む道以外のアルカ・ノイズには構わず先に居る人間の集団の方へと進んでいく。

 その様子から察するに、如何に彼女達でもアルカ・ノイズは倒せないのだろう。

 ならばあの短刀を引き抜きさえすれば、先に進んだ2人を挟み撃ちに出来る。

 そう判断した反乱軍の兵士達はすぐさまアルカ・ノイズの側へと走り寄ろうとする。

 

「ちょいと待ちな、そこらの大勢方。」

 

 だがその行いに待ったを掛ける者が1人。

 それがうら若き少女の声だと理解した時、兵士達はしまったと動きを止め、その声がした方へと視線を向ける。

 そうだ、敵は何も2人だけでは無かった。

 そこには大きく真っ赤なクロスボウを引っ提げた3人目の少女が居た。

 

「よーし良い子だ、そのまま動くなよ…。」

 

 少女は再度兵士達へ声を発し彼等の注意を自分へ向けると、その手に握る真っ赤なクロスボウの狙いをを遥か上空へと定める。

 

「何せアルカ・ノイズ(こいつら)に贈る大事なプレゼントなんだからな。下手に受け取ったりしたら…そん時はあたしは知らないぜ?」

 

 そして引き金を引き、クロスボウから水晶のような矢が発射される。

 狙いは遥か上空という事で放たれた矢はそのまま虚空へと消えてしまい、兵士達は一体何をしているんだと訝しむ。

 少女はそんな兵士達に対し、妙に気取ったようなポーズを取りながら笑みを浮かべた。

 

「ちょいと早めの“クリスちゃん”(クリスマス)プレゼント…ってな!」

 

 その瞬間、文字通り空から“水晶の雨が降り注いだ”。

 

 《GIGA ZEPPELIN》

 

 一瞬の雨嵐、その後に立っていたのは少女と兵士達のみ。

 アルカ・ノイズはその全てが水晶の雨に射たれ、今は赤い塵となって消えている。

 

「心配すんな、あんたらにはあんたらで特別な事情聴取その他もろもろ(プレゼント)があるからよ。」

 

 そして兵士達もアルカ・ノイズのように塵とはならなかったが、その代わりとして一様に水晶で出来た拘束具によって両手を塞がれていた。

 

「なぁに遠慮なさんな、持ってけサービスだ☆」

 

 その可愛らしく発せられた宣言に兵士達は色んな意味で心を撃ち抜かれ、そこでやっと…いや、薄々は感付いていたが、気付いたのだ。

 “彼女達は誰一人殺す事無くこの戦いを終わらせようとしている”事を。

 

 

 

 

 

「馬鹿な…アルカ・ノイズがこうも容易く…!?」

 

 その事実に気付いた反乱軍の指令官は決戦兵器として用意したアルカ・ノイズが易々と倒されている現状に歯噛みをした。

 馬鹿な、あれらは全て正真正銘アルカ・ノイズだぞ!?

 いくら流れに流れた横流し品をかき集めたものだとしても彼女達の戦闘能力は軽い一撃で兵士を昏倒させたり銃弾を切り落としたり異常な程高い精度の範囲攻撃を有していたりと一線を画し過ぎている。

 あれほどの戦力を持つあの装束は一体何なのだ!?

 あれではまるで対ノイズを想定して造られたようなもの…。

 そこまで思考して指令官はようやっと気付いた。

 聞いた事がある、頻発するノイズの襲撃に対抗すべく、一人の科学者が名乗りを上げた事を。

 特殊な調律を発する事によりノイズが持つ炭素化能力も、物理法則を無視する位相差障壁も無効化し、世界で唯一ノイズを攻略する事が出来る超法規的防衛武装。

 “歌の力で戦う”という奇天烈な発想の下で開発されたその力の名は…

 

「まさか…あれが国連が所持しているというアンチ(Anti)ノイズ(Noise)プロテクター(Protector)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “シンフォギア”(Symphogear)なのか!?」

 

 そのシンフォギアが今、目の前で牙を向いている。

 アルカ・ノイズを決戦兵器とした事で…いや、そもそもアルカ・ノイズという存在に手を出した時から、既にそうなる運命だったのだ。

 

「後方部隊より入電!!謎の人物3名による襲撃!!投入したアルカ・ノイズも悉く打ち倒されているとの事!!」

 

 そして世界が決めた法を破った罪は、さらに自らの未来を押し潰す結果となって返ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンフォギアが“6機”も、だと…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~王国近郊~

 

「そこっ!!」

 

 《EMPRESS†REBELLION》

 

 反乱軍の後方部隊、彼等の使役するアルカ・ノイズが銀の煌めきよってに滅せられる。

 前線部隊が3人のシンフォギア装者によって瓦解していく中、こちらも同じように3人の装者によって壊滅させられていた。

 

「搦め手は得意だよ…!」

 

 アルカ・ノイズを失い動揺する兵士達を桃色の光放つヨーヨーが拘束する。

 搦め(絡め)の意味を間違えているのではと言いたげにアルカ・ノイズがヨーヨーを操る少女へ向かっていくが…。

 

「ちょいと通るデース!!」

 

 《断殺・邪刃ウォttKKK》

 

 それは彼方より飛来した緑刃と、それを操る少女によって阻まれる。

 

「ノイズの相手はアタシに任せるデス!」

「頼りにしてるわよ切歌!調はそのまま兵士達をお願い!」

「うん、任せて!」

 

 銀のシンフォギアを駆る女性が先陣を切り、3人は革命軍へ駆け出す。

 その様子は前線に居る3人と変わらず、半ば一方的な戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ…あのような異形の怪物達をいとも容易く…!!」

「彼女達は一体…!?」

 

 そしてその様子は城内にも知れ渡っていた。

 誰もが畏怖の念を以て戦局を見守る中、側近の1人がはっと我に返り、国王に早急な避難をするよう促す。

 

「しかしながら国王、いずれここも危険になる恐れがあります。早く避難を…!!」

「やはりそうか…!」

 

 しかし国王は側近の言葉に耳を貸さず、少女達の姿を目で追い続けていた。

 初めに彼女達3人が革命軍の前に出た時は肝を冷やした。

 何を馬鹿な真似をしているのだと。

 彼女達が撃たれた時は口から心臓が飛び出るかと思った。

 見ず知らずの者達ではあるが、国王として人を守る事が出来なかったと後悔もした。

 そして少女達が生きている姿を見て、彼女達が戦う姿を見て、ある疑問が生まれた。

 彼女達の姿を何処かで見た事があると。

 いや、見たのでは無い…聞かされたのだ。

 戦場にて命を謳い上げし姫巫女の存在を、この国を今日まで築き上げてきた先代国王からずっと…。

 

「あの者達こそ、絶唱の戦巫女…“神の炎を授けよ”と先祖代々告げられていた、あの…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な…こんな筈では無かった…こんな奴等に…!?」

 

 指令官がそう呻いている時には、既に多くの兵士は捕らえられ、アルカ・ノイズは全て出し尽くした頃だった。

 決定的な戦況と指令官の様子に動揺を隠せぬ戦車内の兵士達だったが、レーダーに反応有りと確認するや否や、即座に配置に着く。

 だが彼等にとっては無情なるか、レーダーに映る反応というのは、敵であるシンフォギアに他ならない。

 

「もう終わりです!他の兵士の皆さんに武器を下ろすよう命じて、投降してください!」

 

 彼等の前に現れたのはあの説得を試みた少女だった。

 この期に及んでまだと言うべきか、それともこの覆しようもない状況から来る余裕、傲慢さか…。

 何れにしろ、その言葉は指令官の逆鱗に触れるには十分であった。

 

「何度も言わせるな!!この国はもっと昇れる!!かつての王国のように、この世界の上に立てる国なのだ!!その為にも…退く訳にはいかんのだぁ!!」

 

 尤も、それは単なる逆恨み(逆ギレ)でしかないのだが。

 

「撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 歪んだ怨念が形となって少女に襲い掛かる。

 それに対して少女が取った行動は…“片手で受け止める”であった。

 仮にも世界の現行兵器で未だ主力である戦車の一撃だ、受け止めるにしても漫画やアニメでは受け止めた際の衝撃によって後退りなんてものが発生するだろう。

 目の前の少女はそれさえもしない、する程の威力が無かったのだろう。

 悪い夢であれと誰もが思っていた、少女は意図してか知らずか、その幻想を真正面からぶち壊した。

 しかし少女も鬼では無い。

 少なくともこの戦いは続けた所で誰も幸せになどならないと分かっている。

 

「最上の旋律(シンフォニー)…。」

 

 故に少女は決めた。

 こんな悲しい戦いは、もう終わらせる。

 

 最速で…。

 

 最短で…。

 

 真っ直ぐに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「声を一つに束ね!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一直線に!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃てぇっ!!撃てぇぇぇ!!この国をかつての王国のように…あの“光の騎士伝説”が語り継がれていたあの時代を取り戻す為にぃぃぃ!!!」

 

「無限大の(ソウル)が…!!」

 

 全ての火器を用いて抵抗する革命軍。

 しかし赤いクロスボウを持つ少女がその武器から矢を放ち、戦車の無限軌道(キャタピラ)を破壊。

 

「「手と手を、繋ぐよ!!」」

 

 翼と呼ばれた青い髪の女性が刀を一閃、戦車の火砲を切り捨てる。

 そして最後の一人、心優しき少女が放つ渾身の一撃が…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「激唱…インフィニティィィィィィィィィィィ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦車の砲塔を一瞬で空の彼方へと吹っ飛ばした。

 晴れ渡る指令官と兵士達の視界。

 しかし彼等の目には刀を携え、弓を番え、そして堂々と仁王立つ少女達の姿しか写らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の指令官(リーダー)は捕らえたが…マリア、そっちは?」

「まだ戦闘中。前線の状況が伝わっていないだけかもしれないけど…何れにしろ、早々に終わる気配は無さそうよ。」

「分かった、引き続き頼む。…だそうだ、お互いまだ少しばかり時間が掛かりそうだ。」

「あいよ。ったく、結果なんぞ目に見えて分かってるだろうにこいつらは…。」

「…。」

 

 指令官を捕らえた3人、その中で翼は後方部隊を相手にしている仲間達へ連絡を取っていた。

 クロスボウを携える少女は未だ抵抗を見せる兵士達へ惜し気も無く悪態を吐くも、もう1人の少女は彼女とは打って変わって静かに立ち尽くしている。

 しかしその表情は思い詰めた様子であり、もしその胸の内を吐露するような事があれば、きっと彼女以上に言葉が出る事が目に見える。

 

「…ここからは作戦を残党処理に切り替える。散開し、各個迎撃に当たるぞ。」

「りょーかい。」

 

 それを見越したか、翼はこれ以上止まって思考する事を止め、この場から動き出す決意を固めた。

 クロスボウの少女はその判断に二の次の言葉無しに了承の返事を返す。

 対してもう一人の少女は…。

 

「…はい!」

 

 一拍あったものの、了承の返事を返した。

 話し合う、手を取り合う、分かり合う。

 ただそれだけの、何と難しき事か。

 この戦いでまたその現実を突き付けられた。

 しかしそれでも彼女は歩みを止めない。

 それが自分の生きがいだから。

 その“夢”を追い続ける事が、分かりあえた者達との、分かりあえなかった者達との“約束”になるから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の欲望、業…。

 

 古より人は幾多もの罪を背負い、神からの贖罪を求めていた…。

 

 神こそが全て、神こそが正義だと…。

 

 だが、何時の時代からか、その神への反逆を宣言した者達が現れた…。

 

 人々が救いを求めている神こそが、人類に大罪を着せた悪魔に他ならぬと…。

 

 欲に塗れし人類は彼等のコトバを時に信じ、時に疑い、今も拭いきれぬ罪を背負い生きている…。

 

 神もまた、そのコトバを時に否定し、時に貶し、時にねじ伏せ、今も人類を己が手で導かんと笑みを浮かべている…。

 

 あるべき形となっていた未来を崩し、混沌へ誘われた世界…。

 

 その果てに待つのは、希望の未来か、絶望の未来か…。

 

 世界を壊した愚かなる者達、人々は時に絶対なる神を裏切ったと侮辱の眼差しで以て、時に彼等こそまだ誰も知らぬ新たな世界を築き上げる先見者なのだと羨望の眼差しで以て、彼等の名をこう呼ぶのだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “守りし者”と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは奇跡が起こした偶然か…。

 

 或いは定められし必然か…。

 

 異なる時代に生きる2つの運命が交わりし時…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刻まれし刻印は炎となり、絶えず命を謳い上げる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~思い付いた限りでの補足~


・正面からしか攻めない反乱軍

→いや、こんなアホみたいな連中にするつもりはなかったんだけどね…色々と作者的な都合がね…


・特殊否法侵略兵器アルカ・ノイズ/超法規的防衛武装シンフォギア

→適当に名付けました


・クリスちゃんプレゼント

→シンフォギアはAXZ終了後、冬休み直前からのスタートとなっています
つまりはクリスちゃんの多分な愛が込められた素敵なプレゼントなのです(意味不明)


・そしていつまでも動かない国王殿下

→いや、だからこんな馬鹿みたいな人にする予定はなかったんだけどね…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話「それは奇跡が起こした偶然か」前編

新年明けましておめでとうございます。
このお話を見る前に作者から一言。

“シンフォギア第1話の衝撃を私は忘れない”



「♪~♪~」

 

 弾むような心地好い鼻歌が流れている。

 それと同時に食欲をそそられる良い匂いが室内を満たす。

 

「…よし、晩御飯の準備は完了!後は…。」

 

 時刻は19時を回る頃、彼女…“小日向(こひなた) 未来(みく)”は夕食の準備を終えると必要な分の片付けを済ませ、部屋に備え付けられているソファーへと腰を下ろしTVの電源を付ける。

 

「…ではここで本日の特集です。世界的輸出大国である“ヴァリアンテ王国”に於いて今日未明、国際連合から経済革命を目的とした紛争行為が勃発したとの発表がありました。紛争自体は3日前に行われ、現在は鎮圧が確認されているとの事ですが…。」

 

 TVで放送されていたのは、先日とある王国で起きた騒動について特集を設けたニュース番組であった。

 これまで内戦といった言葉とは無縁であった王国でのこの騒動。

 王国が世界的な輸出大国である事も相まり、今日1日のニュース番組は概ねこの事件を特集として放送していた。

 今ちょうど評論家が画面の向こうで論説しているが、現在の王国の在り方に疑問を持つ者が国内から出てきた以上、これまで通りの貿易関係を続けられるとはどの国も思っていないであろうし、このような問題が起きたのには彼等と貿易を行っている全ての国にも責任があると誰しもが思うであろう。

 今頃ネットではこれらの情報を踏まえて独自の目線でこの事件を追及、考察してみた等といった書き込みや動画が流れているであろうが、この小日向 未来という少女はそれらとは全く別の観点でもってこのニュースに注目していた。

 

「皆が…響が関わった事件…。」

 

 …話は変わるが夕食が出来たのならば冷めない内に食べれば良いのではと思われる人が居るかもしれないが、彼女が作った料理は彼女1人分だけの量では無いのだ。

 彼女は“リディアン音楽院”という音楽学校の生徒であり、同時にそこの寮生でもある。

 つまり彼女が居る部屋というのは何も彼女1人だけの部屋では無い。

 そう、彼女は現在所用で外出している相部屋の者の帰りを待っているのだ。

 帰りの連絡が来ていない以上先に食べてしまっても問題は無いのだが、彼女は敢えてそれをしない。

 彼女は分かっているのだ、自身と相部屋となっているあの少女は、誰かと一緒に笑い合って食事をするのが好きなのだと。

 そして自分もその少女と共に食べる食事が好きなのだ。

 お互いの好きな事、嫌いな事、してほしい事、してほしくない事…。

 特別言葉を交わさなくとも、相手の気持ちは十分理解している。

 ただ同じ部屋となっただけでは無い、彼女達はそれほど長い付き合いなのだ。

 そんな同居人の帰りを心待ちにしていると、室内にとある連絡を告げる音声が鳴り響く。

 待ちわびた連絡だと彼女は飛び付くかと思いきや、意外にもその音声を鳴らす機械を呆けた様子で見つめている。

 それは普段同居人である少女から連絡が入る携帯の着信音では無く、滅多に鳴る事の無い別の通信機からの連絡音だったからだ。

 何故、と疑問に思うが、連絡が来たならばと彼女は気を取り直し、未だ連絡音の鳴るその通信機へと手を掛ける。

 

「はい、小日向です。」

「俺だ。すまないな未来君、こんな時間に…。」

「いえそんな、とんでもないです!それより、どうかしたんですか?私に連絡なんて…。」

 

 通信機の向こうからは壮年の男性の声が聞こえてきた。

 開口一番俺だなど、端から聞けば詐欺紛いの連絡でも掛かってきたのかと疑わしくもなるが、未来は通信の相手を一切疑う事無く話を聞く。

 

「うむ、実はな…未来君、これから時間はあるかな?」

「あ、はい…特に外出する予定はありませんけど…。」

 

 遅くなるであろう待ち人の事を考え、今夜の主食はカレーを選択した。

 急な外出となっても問題は無い。

 

「そうか…では申し訳ないが、未来君には至急本部まで来て欲しい。」

「本部にですか…?」

「あぁ、構わないかな?」

 

 連絡相手から指定された行き先は本部と呼ばれる場所。

 まるで特殊な組織に属する者同士の会話に聞こえるそれは到底10代半ばの少女がするような会話では無くまるで意味の分からないものであるが、彼女はすぐさま了承の返事を返す。

 

「はい、大丈夫です。」

「よし、では至急迎えをそちらに送る。未来君は寮の外で待機していてくれ。」

 

 その言葉を最後に通信は切れた。

 彼女は急いで外出の為の身支度を整えると、言われた通りに寮の外で迎えが来るのを待つ。

 それからおよそ5分後、軽いクラクション音と共に1台の車が目の前の通りに停まる。

 

「あおいさん!」

「お待たせ未来ちゃん、さぁ乗って。」

 

 運転手である“友里(ともさと) あおい”と軽く挨拶を交わし、未来は車に乗り込む。

 彼女が乗車したのを確認したあおいは車を反転させ、海岸へと車を走らせる。

 ここで1つ、種明かしをしよう。

 先程未来と男性の会話をまるで特殊な組織に属する者同士の会話のようだと言ったが、それは事実なのだ。

 彼女はその組織の特別外部協力者。

 そして彼女が属している組織は超常災害対策起動タスクフォース、通称S.O.N.G.。

 今から向かうのは街の海岸に停泊している潜水艦…詰まる所、S.O.N.G.本部だ。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま戻りました。」

「ご苦労、あおい君。未来君も急にすまないな。」

 

 S.O.N.G.本部の中枢である発令室へと到着した2人を壮年の男性が迎え入れる。

 その声は先程彼女が通信機越しに会話をしていた人物のものであった。

 “風鳴(かざなり) 弦十郎(げんじゅうろう)”、このS.O.N.G.の司令官を務める大人の男性だ。

 

「いえ…それよりも、私が呼ばれた理由って…?」

「うむ、実はな…。」

 

 特別外部協力者という名から分かる通り、未来は正式にS.O.N.G.に所属している訳では無い。

 あくまで外部の協力者という立場上自分が呼ばれるというのは余程の事態でも起きない限りは無い筈。

 何故今回自分が呼び出されたのか未来が説明を求め弦十郎もそれに答えようとしたその時、

 

「おっさん!未来の奴が来たって…!」

 

 今しがた未来やあおいが入ってきた扉が開き、そこから3人の少女が司令室へと駆け込んできた。

 

「クリス!調ちゃんに切歌ちゃんも…!」

「未来先輩…!」

「未来先輩、昨日ぶりデス!」

 

 まず先頭、仮にもS.O.N.G.司令官であり何歳も年上の弦十郎をおっさん呼ばわりした少女、“雪音(ゆきね) クリス”。

 その後ほぼ同じタイミングで部屋に入ってきたのは“月読(つくよみ) 調(しらべ)”と“(あかつき) 切歌(きりか)”。

 未来の1学年下の後輩で、いつでも一緒の仲良しコンビだ。

 

「全員揃ったか、では改めて状況の確認を…。」

「え…待ってください!」

 

 少女達3人がやって来たのを確認した弦十郎が改めて話を進めようとするが、未来が慌ててそれを止める。

 

「響は…?今日は皆と一緒に居た筈じゃ…?」

 

 未来に響と呼ばれたその人物こそ、彼女と寮のルームメイトとなっている少女であり、幼い頃からの大親友。

 その響が外出していた理由というのは、他ならぬS.O.N.G.の活動に関するものであり、今日彼女はクリスや調、切歌と共にこの本部へと顔を出していた筈なのだ。

 しかし今この場に彼女の姿は無い。

 まさか彼女だけが部外者なんて事は無いだろうと未来は疑問を投げ掛けるが、弦十郎はそれに対して何故か苦い表情を浮かべる。

 

「…それも含め、未来君に伝えなければならない事がある。まずはこれを見てくれ。」

 

 弦十郎が指示を出すと、司令室内にある巨大モニターにある映像が表示される。

 

「これは…?」

 

 そこに映っていたのは、とある室内に存在している黒い円形の何かだった。

 大の大人1人分くらいの大きさのそれは部屋の中央に存在しており、全体が黒色となっている。

 まるでその部分の景色だけをすっぽりと抜いてしまったかのように黒一色となっているそれだが、その中にもう1つ人目に付く存在があった。

 上手く言葉で説明するのは難しいが、強いて言えば「炎」の漢字をそのまま形にしたような形状のそれは謎の円の中央に存在しており、周りが黒一色なのと相まって異様に色彩を放っているように感じる。

 その奇妙かつ非現実的な光景を目にした未来は怪訝に眉を顰め、心の中で疑問を反芻する。

 これは一体何なのかと。

 

「これはある聖遺物によって生じたものです。」

「エルフナイン…。」

 

 そんな未来の疑問を心を読んだかのように答えたのは、まだ10代にも満たっていないような子供だった。

 彼女の名は“エルフナイン”、幼い見た目に反してS.O.N.G.の専属技術者でもある。

 何処からともなく現れた彼女であるが、その表情は弦十郎と同じく晴れやかなものではない。

 よく見るとクリス達3人やあおいなどのオペレーター達の表情も暗いものであった。

 不意に場を満たす重たい空気に一体何が、と思っていると、弦十郎が漸く重たくなっていた口を開く。

 

「まずは簡潔に事実だけを話そう。未来君、どうか落ち着いて聞いてほしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響君が消息不明となった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 告げられた言葉に驚愕を通り越して呆けた表情を見せる未来。

 消息不明?

 あの響が?

 ここに居たのでは無いのか?

 皆と共にこの本部で仕事をしていたのでは無いのか?

 それが何故居なくなるなんて事になる?

 一体何があった?

 状況が飲み込めず固まる未来の姿を見た弦十郎は胸を痛める。

 彼女達の仲は弦十郎もよく知っている。

 故に当時の状況の説明という彼女にとって受け入れ難い現実を突き付ける行為に踏み込むのが躊躇われる。

 

「すまない、これは全て我々…いや、俺の不遜が招いた事態だ…。」

 

 しかし話さなければならない。

 事は全て自分の失態によるもの。

 大人として、それ以前に人として責任を果たす為、弦十郎は未来に事の次第を説明し始めた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「お待たせしました、師匠!」

「うむ、全員揃ったな。すまないな、冬休み早々呼び出してしまって。」

「全くデス…今日は1日のんびり過ごす予定だったのに…。」

「そうやってグータラしてっからいつまでも課題が終わんねーんだよ…で、今日は一体何の用なんだ?」

 

 時刻は15時頃、S.O.N.G司令室に4人の少女が入ってきた。

 内3人はクリス、調、切歌。

 そして最後の1人、その少女こそ件の人物である“立花(たちばな) (ひびき)”だった。

 ちなみに今の季節は12月後半、弦十郎が言った通り彼女達が通うリディアン音楽院は先日終業式を迎え、多くの学生が待ち望んでいた冬休みへと突入した。

 学生やら勉学やらといった普段のしがらみから解放され心行くまで休日を満喫しようと思った矢先に呼び出しとは、切歌でなくとも色々と募るものがあるだろう。

 

「うむ、まずは全員これを見てくれ。」

 

 そんな少女達の様々な反応にまだまだ若いな、と頬が緩みそうになるが、弦十郎は今回彼女達を召集した理由を今一度脳裏に思い浮かべ、モニターを操作し映像を見せる。

 

「これは…?」

「何だか綺麗な色してるデス。」

「あぁ…おっさん、こいつは?」

 

 少女達が目にしたのは赤、オレンジ、黄色といった暖色系のグラデーションをベースとし、金色のラインが入っている何かの物体であった。

 当然これだけではこの物体が何なのか見当も付かない為、クリスは遠慮なくその正体について問い掛ける。

 

「これは“プロメテウスの火”と呼ばれる聖遺物です。」

「エルフナインちゃん!」

 

 それに答えたのはまたも…というよりかはこの時も、と言った方が正しいか、何処からともなく現れたエルフナインであった。

 

「プロメテウスって?」

「プロメテウスはギリシャ神話に登場する神の1柱であり、主神ゼウスによって取り上げられてしまった火の文化を再び人類にもたらした文化英雄であると記されています。」

「この聖遺物は先日君達が向かったヴァリアンテ王国から提供されたものでな。なんでも絶唱の姫巫女降り立ちし時これを授けよ、と代々受け継がれてきた物らしい。」

 

 S.O.N.G.…超常災害対策タスクフォースという肩書きの通り、彼等は世界から見ても大いに特殊な組織である。

 その活動の1つに聖遺物と呼ばれる物の回収がある。

 その聖遺物というのは世界各地の神話や伝承にて語られる超古代の異端技術(オーバーテクノロジー)の産物の総称の事。

 世界各地の遺跡から発掘され、その殆どは経年劣化や破損によって本来の力を失っているが、ごく稀にその力を宿したままの状態の物が発見される事がある。

 聖遺物は総じて超常的な力を持っており、悪用されればどれ程の被害が出るかは見当も付かない。

 そんな危険を伴う古代の遺物を回収するのがS.O.N.Gの目的の1つだ。

 

「1度は国連の方で引き受けたらしいが、調査の結果これが聖遺物である事が判明し、我々の下に送られた。それもこいつは…完全聖遺物なんだ。」

 

 そしてそんな聖遺物の中に極めて稀ではあるが、経年劣化を起こさず当時の形状そのままを維持した状態の物が発見される事がある。

 それらは“完全聖遺物”と呼ばれ、国連で厳重に保管される事になる。

 欠片でさえ人智を越えた力を秘めているのだ、完全聖遺物となるとその力は未知を超え、もはや神のみぞという言葉を使うしか無い程に途方もない力を秘めている。

 

「完全聖遺物か…懐かしいなその響き。」

「しばらくは聖遺物自体を相手にする事が無かったから…。」

「完全聖遺物…ネフィリム…フロンティア事変…手紙…うっ、頭が…デェス…!!」

「何自爆してんだよ…で?上の連中からこいつを送られて、それで一体こっちは何しろって言われたんだよ?」

 

 そしてそんな完全聖遺物を渡す以上タダで引き渡すという事はあるまいと、クリスは嫌な予感しかしないといった表情で弦十郎達に問い掛ける。

 

「察しが良いなクリス君。そう、上層部からは我々にこの聖遺物の全面的な調査を命じる…と言われてな。」

「はぁ?んなモンたまにはてめぇらの方でやりやがれっての。何で毎度毎度あたしらに全部押し付けてくるんだよ…。」

 

 想像していた通りの答えだったとクリスは愚痴を溢す。

 上の連中はいつもそうだ、常々こちらの動きにあーだこーだとちょっかいを掛ける癖に、ほんの少しでも手に傷が付きそうな事態になれば平気で全ての問題をこちらに丸投げしてくる。

 自分達は良いように扱われる玩具じゃ無いとクリスは頬を膨らませる。

 

「仕方が無いんです。もし万が一にでも聖遺物が暴走を起こした場合、対処できる方法は限られています。目には目を、という事です。」

 

 確かにS.O.N.G.には聖遺物に関連する設備が他の組織よりも多く備わっているし、そもそも聖遺物の調査は元来からS.O.N.G.に一任するものだと決められてしまっている。

 故にクリスのそれは半ばただ駄々を捏ねているだけだという事になるが弦十郎達も人の身、彼女の抱く気持ちは良く分かる。

 クリス自身もそれは分かっている為、それ以上は文句を言うのをやめ、一先ず目先の事情に目を向ける事にした。

 

「ちっ…まぁ良いか。で、あたしらは何をすれば良いんだ?」

「ひとまず聖遺物の起動から始める。方法はただ1つ、歌だ。」

 

 今弦十郎が言った通り、聖遺物に秘められし力を発動させる為に必要な事は、歌だ。

 本来ならば欠片の状態の聖遺物から力を引き出すにはその聖遺物に見合った“適合者”と呼ばれる者の歌が必要なのだが、完全聖遺物ともなれば話は別。

 後は歌によって“フォニックゲイン”と呼ばれる固有の数値を上げれば良いだけだ。

 

「要はいつも通り歌えって事か。」

「うむ、起動には相応のフォニックゲインが必要だ。故に君達には様々な歌を歌ってもらう必要がある。少しばかり時間を取らせてしまうが、暗くならない内には終わらせる予定だから安心してくれ。では全員聖遺物が保管されている部屋へと案内する、頼んだぞ。」

 

 弦十郎に指示に従い少女達は背後の扉へと踵を返す。

 響も同じように先んじて歩く3人の後ろに付いていこうとするが、ふと足を止めモニターへ視線を向ける。

 特に意図した訳では無く、本当に何気無い気持ちで振り返ったその先では、ちょうど弦十郎がモニターの映像を切り替えようとしていた所であった。

 そしてまさにモニターの映像が切り替わったその瞬間…。

 

「え…?」

「ん…どうした?」

「あ、いや…何でもないよクリスちゃん、行こう!」

 

 彼女の様子を不審に思ったクリスに呼び掛けられ、響は慌てて止めていた歩みを進める。

 

「(今、何か見えた…?)」

 

 間違いない。

 モニターの映像が切り替わったその瞬間、響の脳裏を何かが過った。

 あまりにも一瞬の出来事だった為、残念ながら脳裏に過ったそれがどんなものだったのか鮮明に思い出せそうには無い。

 しかしそれは響にとってあまりにも強烈なものだったのか、それ自体が頭の中から離れる事は無い。

 それは全面が赤色掛かった何かの光景だった。

 いや…赤だけでなく所々オレンジや黄色等暖色系の色が混じり、何かの輪郭とおぼしきものが激しく揺れていた記憶もある。

 響の記憶の中にあるものから無理矢理当て嵌めるとすれば、それはまるで炎が揺らめいているようで…。

 しかし響が気になっているのは何もそれだけではない。

 視界を遮るように揺らめく炎のような輪郭、その向こうに響の意識は向けられていた。

 朧気で不鮮明なその光景の中で赤い輪郭が揺らめく度、その隙間から漏れる向こう側の景色。

 そこから見えたものは…。

 

 

 

 

 

「金色の…光…?」

 

 

 

 

 

 果たしてこの光景は一体何なのか、何を意味するものなのか。

 晴れぬ疑問を1人静かに抱える中、響達は件の聖遺物が眠るその部屋へと到着した…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話「それは奇跡が起こした偶然か」後編

「ふう…疲れたデス…。」

「何回も歌い続けてると、流石にね…。」

「おーいおっさん、どうなんだ?」

 

 聖遺物(プロメテウスの火)の起動実験が始まってから、約2時間が経過した。

 聖遺物が保管されている部屋には4人の少女達が集まり、部屋の中央で専用の装置に固定されているそれに向かって指示された歌を歌っていた。

 

「どうだ2人共?」

「駄目です…数値に変化は見られません。」

「むぅ…やはりそう上手くは行かないか…。」

 

 既に何回も歌い手を変えたりあらゆる曲を歌ってみたりはしているものの、オペレーターであるあおいと“藤尭(ふじたか) 朔也(さくや)”が答えたように、残念ながら今歌い上げた時点でも成果は出なかったようだ。

 

「ひぇ~…こんなに歌ったのに全然デスか…。」

「うむ…残念だが、今日の所はこれまでだな。全員一度こちらの部屋まで来てくれ。やはり翼とマリア君の2人が戻ってくるのを待つしかないか…。」

 

 冬の時期にもなると、17時でも外は暗くなる。

 2時間歌い続け疲弊している彼女達の事を考えると、今日はここらが潮時だろうと弦十郎は終了の合図を告げる。

 少女達もそれに異存は無く、喉が乾いたやら夕飯どうするかやら他愛も無い話をしながら部屋を出ようとする。

 ただ1人を除いて…。

 

「おい何やってんだよ、戻るぞー?」

「うん…。」

 

 響が何故か名残惜しそうに聖遺物を見つめて動こうとしない。

 普段とは少し違う彼女の様子を感じ取り、クリスや他の2人の足も自然と止まる。

 何故あんなにもあの聖遺物の事を見ているのか、何か気になる事でもあるのか。

 実を言うと響本人もこうしている理由はよく分かっていないのだ。

 今も脳裏にちらつくあの光景、それは司令室のモニターでこの聖遺物の姿を見てからの出来事であった。

 ならばこの2つには何か関係があるのではと思いながら実際に目の当たりにしてみたが、特にピンとくるものは無かった。

 ならばこの推理は外れだったのだろうと諦めて踵を返せば良い筈なのだが、それでも何故かこの聖遺物から目を逸らす事が出来ない。

 まるで今ここから離れてはいけない、目を逸らしてはいけないと誰かに押さえ付けられているように身体が動かない。

 

「(いや、違う…。)」

 

 しかし響は即座にその考えを否定した。

 

「(誰かじゃ無い、私自身がここから動いちゃいけないって思ってる…?)」

 

 己の心が身体を支配している、自らの意思でこの聖遺物と向き合っている。

 そう気付いた時、響は何故か胸中に安心感が沸き上がってくるのを感じた。

 この聖遺物を見ていると心が落ち着く、しかしどこか高ぶる想いもある。

 まるでアルバムを捲り、昔の自分の事を思い起こしているような、そんな不思議な感覚…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私…この聖遺物を()()()()()…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の聖遺物を見つめながらそう口にした、その時だった。

 突如彼女の脳裏にとある強烈な映像が流れ込んできたのだ。

 それはもはや脳裏どころの話ではなく、まるで今自分がその光景の中に立っているのではと錯覚してしまう程。

 先程まで目にしていた無機質な部屋から一転してのこの光景。

 幻覚だと分かっているが故に現実とのギャップの激しさに耐えきれず目眩が起こる。

 そんな彼女の切迫した状況なぞ知る術も無い周りの人達は彼女が何をしているのか全く分からず、いい加減クリスが引っ張ってでも部屋から連れ出すかと考えたその時、彼女達の耳にある歌が届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―Gatrandis babel ziggurat edenal…。―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは…絶唱?」

 

 “絶唱”…それは聖遺物の力を極限まで高める禁断の歌。

 それを口ずさんでいるのは、他ならぬ響であった。

 何故急に絶唱を歌い出したのか皆その理由を考えていたが、誰よりも早く弦十郎がその思考を中断し響に声を掛ける。

 

「響君、響君!」

「…うぇっ!?な、何ですか師匠!?」

「何ですか、ではないぞ響君。こちらの許可無しに絶唱を歌うのは感心しないな。」

 

 弦十郎が響に声を掛け絶唱の歌唱を中断させた理由、それは絶唱を歌う事による代償を懸念したからだ。

 先に述べた通り絶唱には聖遺物の力を極限まで高める作用があるが、同時にそれは聖遺物を扱う者の安全面を度外視して力を増幅させるという事なのだ。

 別に手に取っている訳でもないし一定距離は保っている為彼女の身に何かが起こる可能性は低いが、理由はどうあれ実際に聖遺物に絶唱を聞かせるのは危険が多い。

 

「え…今私、歌って…?」

「む…どうした響君?」

「あ…いえ、何でも無いです。すみません勝手に…。」

 

 だが彼女の反応を見る限り、彼女は自らが絶唱を口ずさんでいたのを覚えていない様子。

 今さっき行っていた行動を覚えていないとは、まさか悪戯の類かとも一瞬考えてしまったが、彼女はそのような事をする人物ではないというのはこれまでの付き合いで既に分かっている。

 今回は無意識に行動を誘発させてしまう程に疲労を蓄積させてしまったと考えるのが妥当だろう。

 

「いや、こちらも無理をさせ過ぎたのだろう。とにかく響君も一旦こちらの部屋に…。」

 

 報告や事後処理も最小限とし、早めに彼女達を自宅へ送ってやらねばと弦十郎が思った…その時だった。

 

「司令!聖遺物のフォニックゲイン数値に変化が!」

「何!?」

 

 あおいからフォニックゲインの数値上昇の報告が上がる。

 だがそれは決して待ち望んでいた最良の報告では無かった。

 

「フォニックゲインの数値、急激に上昇!」

「何だよこれ…あ、安定基準値超えました!!」

 

 本来予定していた基準値を一瞬で越えた数値の上昇に誰もが浮き足立つ中、更なる報告が彼等の統率を乱していく。

 

「数値、尚も上昇…司令!!聖遺物から熱反応を感知!!熱量…こちらも急激に上昇しています!!」

「何だと!?」

 

 備え付けのモニターから保管室を見てみると、聖遺物は拘束していた装置を破壊して独りでに宙に浮き、不気味にも煌々と光を放っている。

 

「おいおっさん!!一体何が起きてんだよ!!」

「退避だ!!全員部屋から退避しろ!!」

 

 通信機からクリスの声が聞こえてくる。

 モニターを確認するとまだ彼女達が保管室の中に居るのが見え、弦十郎は即座に退避の指示を出す。

 普通なら彼女達ほどの年齢だとこの非常事態にパニックを起こしているかもしれないが、そこは訓練された特殊部隊に所属する者達。

 冷静に、しかし指示された通りに急いで部屋を出る。

 しかし調がある異変に気付きその足を止める。

 

「待って!!響先輩が!!」

 

 そう、この非常事態を前にしても響はその場から動こうとしないのだ。

 

「おい何やってんだよバカ!!早くこっち来い!!」

「響君何をしている!!早く部屋から脱出するんだ!!聞こえないのか響君!!」

 

 クリスや弦十郎の声も無視して、彼女は聖遺物の前に立つ。

 その視線は変わらず聖遺物に向けられたままだ。

 

「聖遺物から発せられている熱量、なおも増大!!先程よりも上がるスピードが早くなっています!!」

「っ…!!いけません!!皆さん今すぐそこ…いや、ここ一帯から離れてください!!ここに居る皆さんもです!!」

「どういう事だエルフナイン君!?」

 

 あおいと朔也からの更なる報告、それが指し示している事をいち早く察したエルフナインが声を荒らげる。

 

「これ以上熱量が上昇してしまうと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪ここ一帯がその熱で熔解してしまいます!!!」

 

 

 

 

 

 もはや声にすらならない、絶句という言葉が各々の心にのし掛かる。

 

「あのバカ…って熱っつ!?」

「これじゃ近付くなんて無理デスよ!?」

「響君!!返事をしたまえ!!響君!!!」

 

 最悪の事態を回避する為少女達は響に近付こうとするも、既に室内は生身では容易に居られない程の高熱となっていた。

 迂闊に口を開けば文字通り一瞬で喉を焼かれてしまいそうな程の高熱に少女達の足は自然と室外へ歩みを進めてしまう。

 

「これは…ガ、ガングニールの起動を確認!!こちらも数値が急激に上昇しています!!」

「ガングニールだとぉ!?」

 

 次から次へと舞い込んでくる報告。

 刻々と変化していく状況にS.O.N.Gの面々は翻弄され続ける。

 

「司令!!もう時間がありません!!」

「っ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保管室の扉を閉めろ!!装者達の安全の確保だ!!」

 

 …だからだろうか、普段ならば絶対に出さない非情とも取れる指令を彼が下したのは。

 

「なっ…おいおっさん何してんだよ!?扉を開けろ!!」

「中にまだ響先輩が…!!」

 

 少女達の目の前で扉が閉まる。

 抗議の為に強く扉を叩く少女達だが、無情にも扉のロックが外れる事は無い。

 

「聖遺物の熱量さらに増加!!!もう計測できません!!!」

「いかん!!!皆逃げろおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 限界が来た、そう察した弦十郎は全力で逃げるよう伝える。

 しかし彼等の予測に反しモニターに写る聖遺物はその姿が見えなくなる程の輝きを見せ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、凄まじい衝撃が彼等を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ…皆無事か!?」

 

 衝撃自体は一瞬だった。

 衝撃による揺れの兆候が収まったのを肌で感じた弦十郎はすぐさま全員の安否を確かめる。

 

「――…っさ…!――…おいおっさん!!聞こえねぇのか!?」

「クリス君か!?調君と切歌君は!?」

「こっち…――…2人…――無事です!」

「それよ――…輩は!?響先輩…―無事デ…―!?」

 

 室内の面々は目視で確認し、弦十郎は通信機から聞こえてくる少女達の通信に耳を澄ます。

 ノイズ混じりで正確な音声は聞き取れないが、断片的に聞こえる声から3人とも無事なのだと確認できる。

 

「響君は!?向こうの部屋はどうなっている!?」

「モニター…回復しました!!」

「映像出します!!」

 

 そして、室内に取り残されていた彼女は果たして無事なのか。

 あおいと朔也が高速でコンソールを叩き、保管室内のモニターに映像が写る。

 

「なっ…何だあれは…!?」

 

 そして写し出された映像、それを見た弦十郎は思わずそう声に出してしまった。

 よく見ると他の者達も声には出さないものの、抱いている思いは彼と同じようで、皆写し出されている映像から目を離せない。

 

「おいおっさん!!何で扉を閉めた!?あいつは無事なのかよ!?」

 

 そんな中少女達3人が部屋へと入ってきた。

 1番に室内へと入ってきたクリスは胸倉の代わりに弦十郎のネクタイを引っ張り彼女の安否を問うも、彼等が釘付けとなっているものへ視線を向けるとその先の言葉が続かなくなってしまう。

 

「な、何だよあれ…!?」

 

 調や切歌も同様に声を出せないでいた。

 そう、彼女等が見ているのは少し先の時間で未来が見たものと同じもの。

 つまりはあの黒い謎の物体だ。

 

「し、司令…。」

「どうした!?」

 

 朔也が新たな報告を告げようとする。

 その声は先程の緊迫したものとは違い、明らかに震えの入ったものであった。

 何が彼をそこまで震えさせるのか、それは次に彼の彼の口から告げられた言葉から判明し、それは同時にこの場に居る誰しもの心に刻み込まれる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響ちゃんの生命反応…消失(ロスト)しています…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しんと静まり返る室内。

 その言葉に目を見開く者も居れば、彼が何を言ったのか理解していない…いや、理解しようとしない者の姿も。

 起動しているコンピューターの発する最低限の機械音のみが室内に反響する中、一抹の希望を胸にあおいがコンソールへ指を添えて動かし始めるも、次第にその動きは止まっていき、やがて朔也と同じように震えた声で新たに現実を告げる。

 

「ガングニールの反応も同様に消失(ロスト)…室内に彼女の痕跡…発見出来ません…!」

 

 彼女の震えは驚愕から来るものではない。

 受け入れ難い現実を目の当たりにしてしまい、無力感や後悔から来る涙混じりのものであった。

 

「そんな…。」

「嘘…デスよね…?」

「…そ、そうだよな…嘘に決まってるよな…ほら、映画とかでよくあんだろ?実は隠し扉が、とか…な、そうだろおっさん…?」

 

 少女達もあおいが言わんとしている事を理解したが、それでもとクリスは弦十郎に縋り寄る。

 そんな縋り寄られた弦十郎ではあるが、彼もまた表情に影が差しており、彼が今どんな面持をしているのかは1番近くに居るクリスでさえ分からない。

 

「なぁそうだろ…そうだって言ってくれよ…そうだって言えよ!!!嘘だって言ってくれよおっさん!!!」

 

 しかし何も言わずただ黙って俯いている、それだけでも彼が自分達の望む答えを出してはくれないと理解出来てしまう。

 それでもこんな現実は認められないとクリスは弦十郎に掴み掛かる。

 

「あんたが殺したんだ!!!あの時扉を閉めなけりゃ…頼むから嘘だって言ってくれよ!!!じゃなきゃあたしはあんたをぜってぇ許さねぇ!!!」

 

 そう言ってクリスは掴んでいた手を離し、首から下げているペンダントを握り絞め、右手を彼に突き付ける。

 その手に赤き銃身の拳銃を握り締めながら。

 

「っ…!?駄目!!クリス先輩!!」

「先輩駄目デスよ!!そんな事したら…!!」

「お前らは黙ってろ!!!あいつが死んだなんて…何て言や良いんだよ…!!先輩に…マリアに…あいつの家族や学校の奴等にだって…!!何より…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来(あいつ)に何て言えば良いんだよ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嗚咽混じりに言ったクリスは突き付けていた腕を力無く下げ、そのまま泣きじゃくってしまう。

 調と切歌も彼女の姿に感化されたか、2人寄り添って涙を流している。

 つい先程まで共に笑いあい、共に涙を流し、共に生きてきた仲間が死んだなど、一体どうやって受け止めろというのか。

 ましてやまだ10代半ばの少女達にこんな現実を受け止めろなど、酷以外の何ものでもない。

 

「まだ…死んだと決まった訳じゃない…!」

 

 だからこそ、彼は諦めようとしなかった。

 彼の瞳は、突き付けられた現実を覆そうと燃えていたのだ。

 

「各員に通達、これよりあの正体不明の物体の調査並びに立花 響の捜索を最優先事項とする。絶対に彼女を捜し出すぞ!!!

 

 弦十郎の声が室内に反響する。

 そう、まだ彼女の生存を告げる機械的な反応が無くなっただけ。

 この目で確かめるまでは、彼女が死んだなどと言わせはしない。

 彼の激励に心動かされたS.O.N.G.の面々は今一度彼女の生存を証明すべく各々の作業へと移っていく。

 

「これは俺達…いや、俺が招いてしまった事態だ。全ての責任は俺が背負う。もし彼女の生存が確認されなかった時は…」

 

 そう言って弦十郎はクリスの手を取り、銃口を自身の胸部へと向ける。

 

「君の好きにするんだ…!」

 

 クリスは涙に溢れる瞳をじっと彼に向けている。

 果たしてその引き金を引く事となるかならないか、それは約2時間後S.O.N.G.職員が総力を揚げて謎の物体の調査を進めた時まで持ち越される事となる。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 ―2時間後、S.O.N.G.発令室―

 

「…以上が、事の顛末だ。」

 

 その言葉を最後に、弦十郎からの説明は終わった。

 その場に居る誰もが口を紡ぐ中それ以降の事情を説明すべく、エルフナインが沈黙を破る。

 

「これまでの調査の結果、あの黒い物体はプロメテウスの火から発せられた膨大な熱エネルギーによって生じたものだと判明しました。その熱エネルギーはS.O.N.G.のスーパーコンピューターでも計測が不可能になる程のものです。」

「そんな…それじゃあ響先輩は…!?」

 

 調の表情が蒼白に染まる。

 もしその通りの事が起きたのだとしたら、あの場に居た響は無論無事では済まない。

 

「それ程の熱を耐えきる構造物など、この世界のどこにも存在しません。ですので本来ならその熱量で以て周囲一帯を熔解して、それで全て終わる筈だったんです。」

 

しかし現実には周辺はおろかあの部屋にも何かが熔解した痕跡は一切無く、代わりにあの物体が姿を現した。

あの物体は一体何なのか、立花 響はどうなったのか。

それは現在も調査中だという。

 

「…以上です。」

「以上って…他に何か分かってる事は無いんデスか!?」

「…すまないが、今はこれしか確証のある情報が無い。」

 

 何か朗報の1つでも無いのかと切歌が弦十郎に問いただしてみるも、返ってきた返事は変わらず少女達の心に影を差すものであった。

 

「…なら、確証の無い情報ならあるって事だよな?」

 

 だがクリスは言葉の裏をかき、正確性には欠けるものの彼等が何かしら情報を持っていると読んだ。

 その読みは正しかったようで、エルフナインが慌てた様子で弦十郎に視線を送る。

 すると彼はエルフナインに向かって軽く頷いた。

 秘蔵している情報を話しても良いという事だろう。

 エルフナインはそれでも1度は躊躇う素振りを見せたが、やがて意を決して少女達を見据え口を開く。

 

「これからお話しする事はあくまでも僕の希望的観測に基づく1つの仮説です。それを踏まえて聞いてください。」

 

 前置きを置いた後に語られた仮説、それは実に希望的観測と言うに相応しい荒唐無稽な話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクはあの物体を、一種のワームホールだと仮定しています。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…わーむほーるって何デスか?」

「ワームホールって確か別の空間同士を繋げるっていうあれだろ?何でそんな…?」

 

 エルフナインが語ったワームホール。

 言葉としては知っていても実際に日常生活はおろかS.O.N.G.のような特殊な組織でもそうそう出てくるようなものでは無い。

 そんなものが何故今この場で出てくるのか、その根拠は一体。

 誰もが疑問に思う中、エルフナインは一旦ワームホールの説明を避け、当時の状況について説明を始めた。

 

「ボクがさっき言った事を思い出してください。あの聖遺物から発せられていた熱量は計測も出来ない程のものでした。そんな熱量に耐えられる施設や設備はこの地球上のどこにも存在しません。しかし現実には聖遺物のあったあの部屋でさえも何の被害も被る事なく存在している…普通に考えて有り得ない現象です。」

 

この一連の現象はエルフナインの頭を大いに悩ませた。

有り得ないと説明されるものが今こうして現実のものとなってしまっている。

まるで神様の仕業だと匙を投げたくなる程の非現実的な事情であるが、その時エルフナインは気付いたのだ。

現実的な概念が否定されたのならば、それこそ神様のような空想的な目線で物事を計れば良いのではないかと。

 

「では何故そんな神のような所業が成されたのか、その鍵を握るのは、計測不可能な熱量とその熱源、そして…ガングニールです。」

「ガングニールが…?」

 

 鍵を握るとして出されたキーワード、その内1つは少女達にも馴染みのあるものであった。

 彼女の…立花 響の持つ力が一体あの時何をしたというのか。

 逸る皆の気を抑えつつ、エルフナインは1つずつ説明を始める。

 

「まず熱量に関してなのですが…S.O.N.G.のスーパーコンピューターは世界的に見ても他に類を見ないと言える程の物を使用していまして、概ねこの地上で起こりうるであろう現象に対して計測や演算が出来るようになっています。ですのでこのコンピューターで計測、演算が出来ないとなると、それは正しく()()()()()()()()()だという事が言えます。この事をまず頭に入れておいてください。次に熱源に関してなのですが…。」

 

そう言うとエルフナインは着ている白衣の内側からタブレットPCを取り出しそれを手近なコンソールに接続すると、司令室の巨大モニターにタブレットの画面がそのまま表示される。

 

「これは2時間前に起きた当時の状況をデータ化して算出、その時起きたであろう事をシミュレーションして3Dモデルで再現したものです。」

 

 …この2時間の何処か合間で作ったのだろう、立花 響と名前が貼り付けられた女性用の3Dモデルそのままの姿の前に円柱の3Dモデルそのままの固定台、円形の3Dモデルそのままの聖遺物、果てには背景含めその全てが着色の施されていない初期設定の灰色と、これがごく短時間で作り上げられた力作だというのがありありと見てとれる。

 エルフナイン自身もこの出来映えにはかなり頬を赤らめている。

 

「開始時間はプロメテウスの火からフォニックゲインの上昇が確認された時から始まります。そして開始から約30秒程でボク達はプロメテウスの火から発せられた熱反応を感知しました。その時なんですが…これです、これを見てください。」

 

エルフナインがタブレットを操作し画面を拡大させる。

拡大した箇所は聖遺物を写しており、いち早く未来がその変化に気付く。

 

「プロメテウスの火に色が付いてる…?」

 

そう、3Dモデルで表示されたプロメテウスの火が初期設定の灰色から黄色に変わっているのだ。

エルフナインは少女達4人がそれを認識したのを確認し、解説を続ける。

 

「実はこの時プロメテウスの火からは別の反応が検出されていたんです。調べた所、この反応は物質の燃焼…つまりこの時プロメテウスの火は名前通り火を上げながら燃えていたんです。」

「まさか、それがあの熱を出してた原因…?」

「恐らくは。」

 

尋常ならざる熱源の正体はプロメテウスの火が実際に火をあげて燃えていたから。

熱だけであの熱さなのだ、実際の火は一体どれ程の熱さだったのか。

正直あまり考えたくは無い。

 

「熱の正体は分かったけど…結局あの黒いやつの正体はなんなの?」

「アタシにはチンプンカンプンデ~ス…。」

「…まぁとにかく、問題は何でそんなワームホール()が空いたか、だろ?」

「はい。そしてその問題を解決するのが、ガングニールなんです。」

 

 エルフナインの言葉に改めて皆の注意が彼女に向く。

 何せ話の主題がかの少女が持つ撃槍、ガングニールが主体となるのだから。

 

「プロメテウスの火が暴走を初めてからしばらくして、響さんのガングニールも何らかの要因で起動を始めたんです。少し時間を進めて…ここですね、これがちょうどその時の状況です。」

 

 エルフナインが再びタブレットを操作すると、3Dモデルによる映像が流れる。

特に見栄えの無い映像が流れ、やがて時間の流れを表すタイマーの動きが止まる。

映像が終わったという事なのだろうが、特に変わった所は無かった。

何も分からないではないかと皆がエルフナインに問おうとしたが、彼女はそれを遮るように口を開き新たに説明を始める。

 

「見ての通り()()()()から見た状況はこのようになっていますす。」

「こちら側…?」

 

 エルフナインの言うこちら側というのは、響の背面を写し出している視点、つまり当時の状況で言えば弦十郎達の居た別室側であり、またクリス達が聖遺物の熱によって下がっていった時の視点でもある。

 

「先程の状況を今度は別の視点から見てみましょう。そうすると…。」

 

 エルフナインの操作によって視点が切り替わる。

 エルフナインが定めた視点は響達が視線を向けていた方向を正面とし、部屋そのものを横から見た図。

 そこから当時の状況を見てみると…。

 

「これは…!?」

「何かみょーんって伸びてるデス!」

 

 不思議な事に爆発とは別の色…ガングニールと名付けられたオレンジ色の角錐が響の身体からプロメテウスの火に向かって伸びていたのだ。

これは一体何なのか、皆の抱く疑問を余所にエルフナインは別の事情を口にする。

 

「皆さんはあの時一瞬だけ強い衝撃が発生したのを覚えていますか?」

「あぁ。そういやあれは何だったんだ?何かが爆発したみたいな感じだったが…?」

 

確かにエルフナインの言う通り一瞬だが爆発の衝撃のようなものが襲ってきた。

状況が状況故に身構えていなかったとはいえ、それでもかなりの距離を身体ごと吹き飛ばされたものだ。

思えばあれは一体何だったのだろうか。

 

「その通りです、あの時確かにあの部屋では強い衝撃が発生していました。」

 

どうやらあの時本当に衝撃が発生したらしいのだが、その疑問にエルフナインはまたもそれは一旦置いておくと言って別の話を振る。

 

「少し話は逸れますが…皆さんは炉心溶融(メルトダウン)というものを知っていますか?」

「メルトダウン…?」

「カッコ良い名前デスね。」

「えっと…原子力発電で起こりうる事故災害なんですが…。」

「…あぁあれか!あのニュースとかでたまに取り上げられてる…!」

 

4人の反応が今一パッとしないものだったので意外と知られていない事なのかと焦りを見せたエルフナインであったが、何とか理解を示してもらえた事に内心ほっと一息吐く。

 

「それです。そして響さんから伸びているこれなんですが、これは恐らくガングニールから発せられた純粋なエネルギー反応です。」

 

これで素材は揃った。

後は分かるよう説明をするだけだとエルフナインは1度深呼吸をすると、まず結論からだと声に出して言う。

 

「人智を超越した熱量、その熱を発する聖遺物、そしてガングニール。この3つの要素が炉心溶融(メルトダウン)に類似した現象によって重なった事により、あのワームホールが形成されたのではとボクは考えています。」

 

よし、まずは結論を告げた。

ここから如何に噛み砕いて説明が出来るかが腕(頭?)の見せ所だと意気込むエルフナインであったが…。

 

「…ちんぷん。」

「…カンプン。」

「…デ~ス。」

「じ、順を追って説明しますから…。」

 

既にお前は何を言っているんだと言いたげな表情を見せる少女が3人。

未来も3人のように露骨に表現はしていないが、それでも纏う雰囲気は困惑の一色に染まっている。

いけない、このままではいずれ全員知恵熱で倒れる事態に成りかねない。

こういった話になるといつも無意識にも自分中心に考えて回りの人を振り回してしまう。

 

「この話を聞くに当たりまして、まず皆さんの持つ固定観念を一度捨てる必要があります。錬金術師(アルケミスト)であるボクがこう言うのもなんですが…この話を説明するのに必要なのは“空想観念”と“希望的観測”ですので。」

 

自身の悪い癖を再認識しながら、エルフナインはさらりととんでもない前置きをしてからいよいよこの話の根幹へと口を開く。

 

「まず炉心溶融(メルトダウン)の仕組みなのですが…

そもそも原子力発電というのは核燃料を燃やして水を沸かし、その蒸気でタービンという発電機を回して電気を得る発電方法です。もっと簡単に言うと水の入った容器の中に何本もの熱い鉄の棒を入れて湯を沸かし、その蒸気で発電しているような感じです。」

「な、なんか理科の授業が始まったデェス…。」

「切ちゃん、我慢。」

 

それに伴いどうしても理系の話となってしまい、日々を感覚で生きている自称常識人が早くも音を上げそうになる。

しかし相方に諭されてしまってはと、切歌は何とか理解をしようと努める。

そのやり取りを見届けたエルフナインはでは改めて、と言って続きを話し始める。

 

「そして炉心溶融(メルトダウン)というのは何らかの要因によって冷却が行われず異常な高温状態となった核燃料に炉心が耐えきれず熔けて壊れてしまう事を言います。先程の例で言うと容器の中に入れた棒が熱すぎて勢い余って容器そのものを溶かして穴を開けてしまった、といった所ですね。」

「はぁ…ん、まぁ何となく分かった。」

「…全然分かんないデス。」

「…後でじっくり教えてやるよ。で、そのメルトダウンがどうして今回の事に関わってるってんだ?」

「要はあの時この炉心溶融(メルトダウン)と同じ事があの場所で起きたのだとボクは思っているんです。そしてここで言う核燃料というのがあの聖遺物であり、炉心というのが…()()()()()()()()なんです。」

「おぅ…ここで来たか、その固定観念を捨てろっていうのが…。」

 

最後に発せられた言葉を聞いたクリスの表情が若干ひきつる。

言われはしたものの、実際にそう考えろというのはやはり難しいのだろう。

しかしここで納得と想像をしてもらわなければ先へ進めない。

彼女達には申し訳無いが、今暫く付き合って貰おうとエルフナインはそのまま説明を続ける。

 

「はい。そしてここで1つ訂正をします。先程核燃料を聖遺物だと言いましたが、もう1つその核燃料を構成するものがあるんです。それがあのモデルの中で響さんの身体から伸びていた角錐…ガングニールから発せられていたエネルギーです。」

「ガングニールのエネルギー…?」

 

再び声に出された聞き慣れた単語。

ここぞとばかりに食い付く少女達の勢いに負けないようにとエルフナインも説明に一層力を込める。

 

「鉄の棒を熱くする為にはそうする為の熱源が必要…つまりここで言う熱源というのが聖遺物であり、鉄の棒そのものがガングニールのエネルギー、合わせて核燃料という例えという事です。」

「…読めてきた。」

 

そこまで説明を終えると、クリスが小さく呟いた。

クリスは自分の中で組み立てられた仮説が正しいかを証明する為にエルフナインの説明を遮って自身の意見を主張する。

 

「つまりだ、メルトダウンは何かの原因で冷やせなかった燃料が容器を溶かして起こるものなんだろ?で、ここで言う冷やせなかった燃料っていうのが…。」

「はい、あの聖遺物の事です。」

「んでもってそこにガングニールのエネルギーがぶつかって…。」

「容器であるこの世界に穴が開いた。」

 

あの時皆が感じた衝撃というのはその穴が開いた際の反動なのだろう、と補足を付けてエルフナインは一先ず説明を終えた。

エルフナインは静かに皆の顔色を伺う。

クリスは自身の仮説が正しかったと僅かに笑みを溢していたが、直ぐ様その表情を引き締める。

本当に大事な事はそこでは無いという事を忘れていない。

一方未来や調は未だ思う所があるのか表情が固い。

切歌は…言わずもがなである。

 

「…よく分かんないデスけど、それって本当に出来る事なんデスかね?」

「言ったろ?固定観念を捨てろって。あの聖遺物の熱量はあたしらの想像の範疇を超えた代物なんだ、一々口で説明出来るもんじゃ無いんだろうよ。」

「…でもそれほどの熱量だったのなら、その…ガングニールから出たっていうエネルギーも熔けちゃうんじゃ…。」

 

そう言った未来の言葉にクリスはまた固定観念を捨てろと言おうとしたが、それならば未来の言っている事も正しい可能性があると肯定する事になる。

どう納得させるべきかクリスは悩むが、その疑問にはエルフナインが答える事となった。

 

「確かに未来さんの言う事にも一理あります。そこはそれこそボク達の希望的観測に従うしかありませんが…それに基づく形でなら無理矢理ですが証明する事が出来なくもないです。」

「どんな…?」

 

これまで捻りに捻くれた話から一転して納得のいく説明が出来ると豪語したエルフナイン。

当然ながら皆彼女の言葉に一層耳を傾ける。

そしてエルフナインはこれまでの長ったらしい話とは打って変わってとても短く話を纏め挙げた。

 

 

 

 

 

「皆さん思い出してください、ガングニールの特性を。」

 

 

 

 

 

「ガングニールの特性って…。」

「確か、エネルギーベクトルの操作…。」

 

 そう、ガングニールの特性はエネルギーベクトルの操作。

 あらゆるエネルギー概念の流動を自在に操作できる。

 

「そうです。プロメテウスの火から発せられていた熱エネルギーも想像の範疇を超えた代物ではありますが、そもそも皆さんの持つ聖遺物も人智を超越した代物です。

ガングニールならば“エネルギーが熔ける”という流れも操作が可能かもしれません。そして空間に穴が開いたのだとしたら、ワームホールの法則に従えばきっとその先の空間があると思われます。つまり…。」

「響はそこに居る…!」

 

 エルフナインの説明を遮る勢いで未来が口を開く。

 未来だけじゃない、ようやく彼女の生存という希望の光が見えたのだと少女達の心は浮き足立っていたのだ。

 しかし…。

 

「ですが…もしボクの仮説が正しかったとしても、響さんが無事だという保証は出来ません…。」

「…何でだよ?」

 

 その感動に釘を刺すようなエルフナインの一言。

 思わず刺のある声色で聞き返すクリスであったが、エルフナインの苦々しい表情を見てすぐに後悔の念が押し寄せる。

 

「まず響さんはあの時生身の状態でした。直前にガングニールが起動したとはいえ、計測不能の熱量を発していた聖遺物の近くに居て、さらに空間という概念を穿ち開いたワームホールの吸引。この2つの障害を前にして、果たして響さんの身体が持ちこたえられるのかどうか…。それにワームホール自体未だ解明されていない未知の現象です。ワームホールを通った先がどうなっているのかはそれこそ検討の仕様がありません。ワームホールを通った先に何かしら世界や空間があるという事さえ、ボク達の希望的観測に過ぎないのですから…。」

 

 そう、あらゆる分野で自分達よりも遥かに膨大な知識を得ているエルフナインでさえ今回の件は未知の領域なのだ。

 それも大切な仲間の命が掛かっているにも関わらず未だ少しの解明にも至っていないとなれば、彼女にしか分からぬ募りというものもある。

 その思いが果たして自分達に理解出来るものか。

 そしてそれは、普段自分達を引っ張ってくれている大人達も然りだ。

 

「…すまない未来君、これは俺のミスだ。どれだけ謝罪の言葉を綴ったとしても、どんな贖罪をしたとしても、償いきれる事じゃない。だからもしもの事があったその時にはクリス君…いや、皆共々好きにして良い…。」

「私は…。」

 

 事の成り行きを見守っていた弦十郎の言葉に未来は俯く。

 幼い頃から常に寄り添い、家族同然に生きてきた2人の心はお互いがお互いの存在に大きく支えられている。

 そんなお互いに半身とも言える存在が、運命の悪戯によって引き裂かれてしまった。

 また会える、そんな甘い言葉は許さないとでも言うような現実を突き付けながら。

 好きにして良いなどと言いはしたが、彼女の胸中に渦巻く思いは、きっとそんな程度の事では晴れるものでは無いだろう。

 そしてそれは回りに居る全ての者達にも同様に言える事だろう。

 弦十郎は皆からのどんな仕打ちも受け入れるつもりだった。

 そんな彼に未来が向けたものは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は…響の事を信じてます…S.O.N.G.の皆さんの事も…だから…!!」

 

 涙に溢れながらも、決して希望を捨てない強い眼差しであった。

 突き付けられた現実に抗う術が無く、ただ涙を流す事しか出来ない。

 それでも諦めたくはない、彼女がまたいつも通りに皆の前に現れる事を信じている。

 それを叶えてくれるのは、目の前に居る大人達しか居ない。

 

「あぁ、必ず期待に応えてみせる…!!」

 

 彼女の切実な思いを受けた弦十郎は彼女の肩に手を乗せ、しっかりと頷く。

 彼女の…皆の期待に応えるべく、それが大人のやる事だと。

 その後調査が続く中少女達には自室待機が命じられたが、その命令に従う者は1人としていなかった。

 ある者は待機室でじっと待ち、ある者は相応の事態に備えて訓練室へと向かい、そしてある者は少女の無事を、ただ祈り続けていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかの国、どこかの街。

 深夜と呼ぶにはまだ早いが、辺りはすっかり暗くなったこの時間。

 1件の宿屋にある青年が帰ってきた。

 

「ただいま。」

「おかえりなさい。あら?その子は…?」

 

 その宿屋の宿主である女性が出迎えるも、青年が背負っている人物を見て首を傾げる。

 

「帰り際にちょっと。こんな時間だから医者はどこも空いてなくて…今夜はここで彼女を寝かせたいんですが…。」

「なら2階に1部屋空いてるわよ、1番奥ね。」

「ありがとうございます。すみません急に…。」

「良いのよ、それよりもその子を…。」

「えぇ。」

 

 事情を理解した女性は快く引き受け、青年を中へと通す。

 青年は承諾をしてくれた女性に礼を言うと2階へと続く階段を上がっていく。

 背に背負っている少女や他の利用客を起こさないよう、慎重に。

 大人達は、少女達は、そして青年はまだ知らない。

 今この出会いこそが新たな物語の運命が交差した瞬間だという事を。

 青年の背に眠る少女…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の名は、立花 響という。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・翼マリ

→海外主張中です


・逃げろと指示するよりも大きな声で言う「ガングニールだとぉ!?」

→シンフォの肝だからね、しょうがないね


・ギアも纏わずに拳銃引っ提げるクリスちゃん

→サブマシンガンまで出したんだ、拳銃くらい訳無い筈だ!…ぶ、部分展開的な事も出来る筈だ…!(この作品は作者の多大な妄想が8割を占めています)


・メルトダウンの説明

→合ってるかどうか?そんな事、俺が知るか!(電気バリバリ)


・ラストに出てきた青年達

→やっと出てきました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「目覚-Variante-」

今日は久々に雪道の脅威に晒された…。
皆さんもこの時期はどうかお気をつけを。



「ん…。」

 

 暗闇の視界に光が差し込む。

 閉じられし瞼を開き、眠りから目覚めよと優しく促すその光に釣られ、少女…立花 響は目を覚ます。

 目覚めの本能に従い目を開けたものの、意識はもやが掛かったように不明瞭であり、響はそのまま天井を見上げる。

 はて、この身体を蝕む怠惰感と朦朧とした意識は一体何だろうか、眠りに着く前までは一体何をしていただろうか。

 記憶を探ろうにも思考が纏まらず、それどころか上手く機能しない脳内情報を酷使しすぎたせいか頭がズキズキと痛む。

 それでも少しずつ時間を掛け続けながら模索していると、不意に全ての出来事が脳裏に鮮明に甦った。

 

「(そうだ、皆は!?)」

 

 身に起きた出来事を思い出した彼女の意識は急速に明朗になり、急いで身体を起こそうとするも…。

 

「痛っ!?痛った~…!!」

 

 全身に鋭い痛みが走り、彼女は起こした上体をそのまま力無く横たわらせる。

 すると全身を包み込むような柔らかさを感じ取り、違和感を覚えた響は近辺の状況を確認するべく視線を動かす。

 見ると、今自分が横になっている場所はベッドの上だった。

 人が寝るのにベッドは当たり前だと言われてしまえばそうなのだが、そのベッドはいつも彼女が寝ている部屋の物とも、不足の事態や検診などで世話になる事のあるS.O.N.G.備え付けの物でも無かったのだ。

 

「ここは…?」

 

 今自分が身体を寝かせているベッドが馴染みのあるベッドで無い事を理解した響は次いで他の場所へと視線を向ける。

 まずは天井、視線の先に見える限りでは特殊な加工もされていない完全な木造建築であり、近代化が進むこのご時世にとってはかなり珍しい造りだ。

 次に左へ視線を向けると格子で囲われた窓から光が差し込んでいるのが見えた。

 どうやら寝起きを促してくれた光はここから差し込んだ日の光のようで、今も自分の身体を優しく照らしてくれている。

 そう思うとベッドから伝わってくる布団の温かさについ思考を奪われてしまう。

 正直な話、二度寝するには好条件な事この上無い。

 思わぬ寝心地の良さに目蓋がとろんと微睡んでいくのを感じた響は首を振って必死に眠気と抗う。

 このままでは冗談抜きに再び寝入ってしまいそうだと響はまだ視界に納めていない右側の光景を目にするべく、痛む身体を動かして寝返りを打つと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 距離にしておよそ20㎝程、こちらをじっと見つめる子供の顔が。

 超が付く程の至近距離に突然現れたそれに反応が追い付かず数秒間が空いたが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁびっくりしたぁ!!」

 

 やがてありきたりなリアクションと共に響はその場から飛び退く。

 文字通り鞭打つ勢いで身体を酷使したせいでまたも全身に強烈な痛みが走り、彼女はそれに苦悶の表情を浮かべるも…。

 

「あ…。」

 

 先程目の前に居た子供に視線をやると、その子供は一瞬先の自分と同じように驚いた顔をしていたが、やがてその表情が歪みに歪み、瞳に沢山の涙が溢れ返ったかと思うと…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇぇぇぇぇん…!!」

 

 ご覧の通り、泣き出してしまった。

 

「あわわ…ご、ごめんね急に大きな声出しちゃって…ってどうしよう全然泣き止んでくれないよ~!?」

 

 響は必死に子供をあやそうとするも、一向に泣き止む様子は無い。

 どうしたものかと彼女が頭を悩ませていたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたロベルト、何かあったのか?」

 

 子供の背後にある扉から1人の青年が部屋へと入ってきた。

 部屋へと入ってきた青年を視界に捉えたその瞬間、響はその青年の姿に目を奪われる事となる。

 上部へ幾つも逆立つ、1つの混じり気の無い赤色。

 その青年は炎だった、そう比喩出来る位に特徴的な髪だ。

 それに加えて白と黒のツートーンカラーのコートを着用しており、かなり珍しい見た目をしている。

 しかし不思議と似合わないといった印象を受ける事は全く無く、むしろそこらに居る人が着ている服と何ら変わらないと言える程に自然な印象を受ける。

 そんな不思議な風貌の青年は一度響と少年を交互に見ると小さく溜め息を吐き、少年と視線が合うように屈む。

 

「ロベルト、そんなに泣くんじゃない。ほら、下にヒメナさんが居るから…。」

 

 青年に論された少年はぐずりながらも頷き、そのまま部屋を出ていく。

 それを見届けた青年は改めて視線を響の方へ向け、今度は彼女に話し掛ける。

 

「すまない、弟が迷惑を掛けたみたいで…。」

「い、いえそんな!私がびっくりして大きな声出しちゃったからで…。」

 

 青年は謝罪の言葉を掛けるが、あの少年を泣かせてしまったのは自分の方だ。

 そのように響が主張をすると、青年は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、そのままベッドの横に置いてあった椅子へと座る。

 

「目は覚めたみたいだが…体の具合は?」

「あ、ご心配無く!全然大丈夫で…。」

 

 響は青年を心配させまいと気丈に振る舞おうとして腕を大きく上げると…。

 

痛ぃっ!!??…た…いぃぃぃ…!!」

「…大丈夫では無さそうだな。」

 

 その瞬間信じられないような痛みが響を襲い、彼女の目尻に涙を浮かばせる。

 その様子を苦笑混じりに見た青年は彼女の肩と背に優しく手を掛け、そのままベッドへ寝かせる。

 

「まだ横になっていた方が良い、何かあったら呼んでくれ。」

 

 気を使わせてしまったのだろう、青年はそれじゃあと言い残して部屋を退出していった。

 青年が部屋を出るのを見届けた響はそのまま先程見れなかった部屋の右側を確認する。

 しかしそこには先程青年が座っていた木で出来た椅子と簡素な化粧台、その向こう側に部屋への出入りの為の扉が付いているだけであった。

 他には何かないのかともう一度辺りを見回してみるも、やはりそれ以上の発見は無かった。

 娯楽の類は勿論の事、生活を補助する便利グッズの1つや2つ置いても良いのではないかと思わず思ってしまう位に非常に物が無い部屋である。

 そう考えていると、不意にある事に気付き響はもう一度辺りを見回し、それが無いと知るや愕然とする。

 何とこの部屋、時計さえも無い。

 さて、今このご時世に時計無しで暮らせる人が果たしてどれだけ居るのであろうか。

 どこぞの防人のように自らの振舞いに枷でも付けている者達に世話になっているという事なのか、それとも単に使われていない部屋を提供されただけなのか、はたまた本当に類稀な者達に世話になっているのか、真相は如何に。

 しかしながら今現在窓から差し込んでいる光は朝日か昼間の日の光のそれであると同時に、S.O.N.G.本部に居た時は既に17時は回っていた筈。

 冬の時期で17時以降といえばもう日が落ちて辺りは暗くなっている。

 となれば今の時間帯は少なくともあれから半日以上の時間が経過している事になる。

 どうやら想像以上に長い時間眠っていたようだと理解した響は先程考想していた中で出てきた防人という単語から思い出し懸念してい事態を確認する為、痛みを堪えながら右手を首元まで持っていく。

 

「良かった…ギアはちゃんとある。」

 

 首元に掛かる紐を手繰り、目的の物がちゃんと着いていた事を確認した響はほっと一息吐く。

 身辺の状況を確認するとなればまずこれから始めなければならない。

 これを無くしたとなれば一大事どころの騒ぎではないからだ。

 他にも通信機や自身の携帯など確認したい物は沢山あるが、それは身体の痛みが無くなってからでも遅くは無い筈。

 一先ずの懸念を解消した響は次いで現状と、本部に居た時の状況を改めて整理し始める。

 まず先程の青年だが、自分は彼の姿をS.O.N.G.本部で見た事は無い。

 見た目からしてもS.O.N.G.の者では無いであろう事から、自分は今何らかの理由で弦十郎達の直接の保護環境に居る訳では無いという事が分かる。

 ではあの時一体何があったのだろうか?

 思い出そうとしても脳裏に浮かぶのは保管室で仲間達と歌を歌った事、実験終了後も聖遺物から離れたくないと強く思った事、そして初めてあの聖遺物を見た時から脳裏にちらつくあの光景、それ以外に記憶している事は無い。

 当時の状況を考察しようにもあまり成果が出ないという事を理解した響は一旦その議題を置き、思考を先程の青年へと向ける。

 

「不思議な人だったな…。」

 

 それは見た目の印象だけでは無い、彼本人の印象から来る感想であった。

 街中ですれ違う人達とも、仲間やS.O.N.G.の面々とも全く違う雰囲気を纏っていたような気がする。

 上手く言葉では言い表せないが、まるで存在そのものが別の次元だと言いたくなるような気持ちに駆られるのだ。

 それに、彼から感じ取った事はそれだけでは無い。

 

「初めて会った筈、だよね…?」

 

 当然ながらと言うのは失礼かもしれないが、過去にあのような不思議な見た目と雰囲気を纏う者と関わったのならばそう簡単に忘れる事は無い筈。

 そう、彼とは初対面の筈なのだ。

 なのに彼の姿を目にした時響が1番最初に感じた印象、それは何故か“懐かしさ”だったのだ。

 まるで長い時を掛けてようやく出会えたかのような…。

 顔も名前も知らない人物にこんな感情を抱くなど、どうかしている。

 目覚めるまでの間に頭でも打ったのだろうか?

 そんな事を考えていると響は不意にある事に気付き、あっと呆けた声を出す。

 

「名前聞くの忘れてた…。」

 

 そういえばお互い名前も聞かずに別れてしまったと今更ながら気付いたが、それは後で聞ける事だろうと響は瞼を閉じる。

 ろくに身体を動かせない以上、出来る事は少ない。

 身体の回復、皆と自分の置かれている現状の把握、青年の事…。

 考える事は多いが、今は無理に何回も身体を動かしたせいか疲労が溜まっている。

 とりあえず今は身体を休めよう、果報は寝て待てとも言うではないか。

 そう誰に聞かせるでもない事を思いながら、響は迫る眠気に抗う事無く再度深い眠りへと落ちていった…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 響が再び目を覚ましたのは夕方になってからだ。

 窓から差し込む光がオレンジ色へ変わり、室内を穏やかに照らす。

 先程目を覚ました時が朝か昼かは分からぬが、どちらにせよまた長い時間眠っていた事には違いない。

 

「どうしようかな…。」

 

 さて目を覚ましたは良いものの、特にする事が無い。

 いやあるにはあるのだがまだ身体の節々が痛み、十全に動けるとは言い難い。

 付近に時間を潰せるような物も無い以上、やる事が無いのだ。

 

「そうだ、えっと…すみませーん!

 

 三度寝でもするかと呑気な考えも出たが、不意にあの青年の事を思い出し、響は部屋の外に聞こえるよう大きな声を上げる。

 数秒待つも返事が返ってくる様子が無く、誰も居ないのかと思っていると、扉の外から駆け足でこちらの部屋へ向かってくる足音が聞こえ、やがて扉が開かれる。

 

「ごめんなさい待たせちゃって!呼んだかしら?」

 

 部屋へ入ってきたのは先程の青年ではなく、大人の女性であった。

 女性は響の様子を見てとりあえず急ぎの用事では無さそうだと判断したのか優しい笑みを浮かべ、ベッドの横に備わっている椅子へと座る。

 

「ごめんなさいね、夕食を作っていた最中だったから…」

「あ、そうだったんですか!すみません、私もその…呼んだには呼んだんですけど、特にこれといった用事があるとかじゃなくて…。」

 

 夕食を作っていたと言われてしまった手前、単に暇だったから呼んだと素直には言えず何と答えたら良いものかと焦る響を見て、女性は率先して響に話し掛ける。

 

「身体の具合はどう?まだ痛む?」

「えっと…そうですね、まだ歩き回るにはちょっと…。」

「そう…大丈夫、ゆっくりしてて良いからね。」

 

 女性の気遣いに感謝の気持ちが溢れる。

 自身にとって覚えの無い場所に1人だけで居るというのは必要以上に心細くなるもの。

 たとえ見知らぬ人でも、そのような状況で温かな言葉を掛けるのというのは、相手の心に安らぎをもたらすのだ。

 折角会えたこの縁、先程の青年の時のようにここで会話を終わらせる訳にはいかないと、今度は響の方から話を持ち掛ける。

 

「あ…私、立花 響って言います。あの…出来れば貴女のお名前を聞きたいなぁ、なんて…。」

 

 何とか会話を繋げようとする響の必死さに女性は思わず笑みを溢すも、会話を続けるのはこちらも歓迎だと同様に名を名乗る。

 

「タチバナ・ヒビキちゃんね?私の名前は“ヒメナ・ルイス”、よろしくね。」

「はい!よろしくお願いします、ヒメナさん!」

 

 見た目から何となく察していたが、やはり彼女…ヒメナは外国人だった。

 それでいて遜色の無い流暢な日本語を話すギャップに驚きながらも、ようやく今現在周囲に居る者との良識的なコンタクトに成功したと響の心は喜びに満ち溢れる。

 

「良かったわ、レオンが貴女を運んできた時は心配したけれど…見た感じ身体の回復を待てば問題無さそうね。」

「レオン…?」

「えぇ、貴女をここまで運んできたのは彼…って、もしかしてレオンからまだ何も聞いてない?」

「はい。あの…レオンさんってもしかして赤い髪の男の人ですか?」

 

 会話の中で聞き慣れぬ人物の名が出て響は一旦首を傾げるも、今まで出会った人の中で名前が判明していないのはあの青年だけ。

 もしやと思いヒメナに訪ねると、彼女はあの子ったら…と溜め息を吐きながら響の問いに答える。

 

「そうよ。“レオン・ルイス”、それが彼の名前よ。」

「レオン…ルイスさん…。」

 

 レオン・ルイス。

 かつて出会った事があるかもしれないと感じていた相手の名前が分かりその名を反芻してみるも、やはりピンと来るものは無く、かといってこの既視感が消え去る事は無い。

 この正体不明の既視感は一体何なのだとヒメナを置いてうんうん唸る響だったが、突然ヒメナがある事を思い出し手を軽く叩く音に思考が中断される。

 

「そうだ!夕食を作っていた最中だった!タチバナちゃん、まだ少し時間が掛かるけど、夕食が出来上がったら食べられそう?」

 

 ヒメナから夕食のお誘いが掛かると、響はキラキラと絵に描いたように目を輝かせる。

 立花 響、17歳。

 誕生日は9月13日で血液型はO型。

 趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯。

 もう1度言う、好きなものはご飯&ご飯だ。

 思えば15時のおやつもそこそこに本部に呼び出された。

 正直いつ腹の中に居る獣が雄叫びを上げてもおかしくない。

 今の響にとってその誘いはたとえこの身体にどれだけの痛みが襲い掛かろうとも構わぬとベッドから這い出てでもありつきたいものなのだ。

 

「はい、是非!!あ、あとすみません…私、名前の方が響でして…。」

「そうなの?ごめんなさい、勘違いしちゃったみたいで…!」

「いえそんな、こちらこそすみません!そうですよね、ヒメナさん見た感じ外国の人みたいですからファーストネームで言った方が良かったですよね!いや~うっかりうっかり…。」

 

 全力で了承の返事を返すと共に名前の訂正を希望した響はヒメナが外国人である事を考慮すべきだったとしばらく笑っていたが、響のある一言に興味を示したヒメナの言葉に表情が固まる事になる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外国…?あら、もしかしてヒビキちゃん“ヴァリアンテ”以外の国から来たの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…ヴァリアンテ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「はぁ…参ったなぁ…。」

 

 ヒメナが夕食作りを再会すると言って部屋を出てからも変わらずベッドで横になっている響は1人深い溜め息を吐く。

 

 ―ヴァリアンテ?―

 

 この国の名前だとヒメナは答えた。

 

 ―え、ヴァリアンテってあのヴァリアンテですか?―

 

 具体的にどのヴァリアンテだと逆に質問された。

 

 ―えーっとぉ…この前私達が…って言っても分かんないだろうし…そうだ!この前革命運動が行われたっていう…!―

 

 ここ最近、というかこれまでの人生の間で革命運動なぞ行われた事は無いと返された。

 

 ―あ、あれ?おかしいな…えっとぉ…そうだ、輸出大国!アメリカとか世界のいろんな国に資源を提供しているっていう…!―

 

 政治的な事はよく分からないがアメリカという国は聞いた事が無いと話した。

 

 ―へ!?ア、アメリカを知らない!?じ、じゃあ中国は!?フランスは!?イギリスは!?―

 

 少なくとも私は聞いた事は無いと告げられた。

 

 ―…日本は?―

 

 それも聞いた事が無いと言われた。

 

 ―…ここ何処ですか?―

 

 ヴァリアンテ王国の城下町、サンタ・バルドにある民宿よと事細かに説明してくれた。

 

 あの質問攻めにはヒメナも少々困惑の色を示していた、次に会った時には謝らなければ。

 それよりも改めて現状を整理しよう。

 地名的にはここは先日自分達が革命軍と戦ったあのヴァリアンテ王国であり、日本では無い。

 そしてヴァリアンテに関してだが、何故か革命軍との戦闘はおろか諸外国に関しての情報が文字通り消えてなくなっている。

 把握完了、さっぱり分からない。

 ちょっと日本で…恐らく事故であろう事態に巻き込まれてしまっただけなのに何故こんな訳の分からない事になってしまったのか。

 日本で起きた事を頭に思い浮かべていると、そういえば身辺の確認がまだ途中だったと着ている服のポケットを探る。

 幸い何度も寝ていたからか少しは身体が動かせるようになっており、着ている服も変えられた様子は無い。

 その証拠にポケットの中には当時入れていた物がそのまま残っており、響はそのままポケットから自身の携帯とS.O.N.G.の通信機を取り出した。

 誰か知人と連絡が取れないか試してみるも、どちらも音沙汰無し。

 というか携帯に関しては画面にヒビが入っており、電源さえも付かない始末。

 壊れているのは明白だ。

 

「私、久々に呪われてるかも…。」

 

 思わず1年程前まで口癖だった言葉を呟く響。

 今を前向きに生きようとするには相応しくないと自然に言わなくなった言葉だが、今回ばかりは許してほしい。

 そう日本に居る友人知人に謝罪の念を送っていると、部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。

 

「すまない、起きてるか?」

 

 それと共に聞こえる男性の声。

 恐らく朝か昼かの時間にやってきた青年、レオンだろう。

 ヒメナから聞いた限りでは彼が自分をここまで運んでくれたらしい。

 そんな彼ならばここに運ばれるまで眠っていた間に何があったのか知っている筈。

 彼と会話が出来るチャンスだ。

 

「はい、起きてますよ。」

「夕飯を持ってきたんだが、入っても良いか?」

「あ、どうぞどうぞ。」

 

 世話になっている身としては少し返事がフランク過ぎただろうか。

 まぁ人と固く接するのは性に合わないし今更だ、気にしないでおこう。

 そんなしょうもない事を考えている間にドアがゆっくりと開く。

 

「失礼するよ。」

 

 部屋に入ってきたのはやはりあの青年、レオンであった。

 お盆を持って部屋に入ってきたレオンはそのままベッド横の椅子へと座り、響の様子を見る。

 

「…とりあえず身体の方は大丈夫そうだな。」

「はい!まだ動き回るのは難しいですけど、明日になったら絶対良くなってますよ!」

 

 まだ痛むであろうに自ら上体を起こしてまで答える響の献身的な姿に対し、僅かに微笑みを見せるレオン。

 するとレオンは持っていたお盆を化粧台の上に置き、その上に乗っていた大きめのお椀とスプーンを手に取る。

 

「一応怪我人だからな、すまないが食べさせやすいようにとお粥なんだが…。」

 

 レオンがお椀の中からお粥を掬い息を吹き掛ける。

 お粥からは白い湯気が出ており、それが温かな料理だと証明している。

 

「いえいえそんなお構い無く…ん?食べさせやすいように…?」

 

 目の前の料理を食するのを心待ちにする響であったが、ふとレオンが言った言葉が脳裏に過る。

 それと同時にレオンはスプーンを響の口元まで持っていき…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、あーん。」

 

 そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いぃ!?いやいやいやいややっぱりお構い有りましたぁ!!大丈夫ですよ自分で食べられますから!!」

 

 しばらくポカンとしていた響だったが、やがて顔を赤らめ、自分で食べると拒否をする。

 まだ出会ってから少ししか共に居ない、それも男性にご飯を食べさせてもらうなど恥ずかしくてしょうがないのだ。

 

「そんな事言ってもまだ身体が痛むだろう?無理をしない方が良い。」

「そ、そんな事ありませんよ!!平気へっちゃr痛てて…平気、へっちゃらです!!」

「…駄目だ、今無理に身体を動かしたら治りが悪くなる。今日は大人しくしてるんだ。」

「バレた…うぅ…致仕方無しかぁ…。」

 

しかしレオンの強行には敵わず、観念した響は火照る頬に手を当て悶えるものの、やがて目を閉じ意を決して口を開ける。

 

「じゃあ…あーん…。」

 

口を開けた響にレオンは器用にお粥を食べさせる。

響はそのままお粥を咀嚼し飲み込むと、閉じていた目をぱっと開き、感嘆の声を上げる。

 

「あ…美味しい!」

「普通のお粥じゃ何だと、ヒメナさんが色々気を効かせたんだろうな。ほら、まだ食べるだろう?」

「はい、食べます!…けどやっぱりそうなっちゃうんですね…。」

 

 お粥の思わぬ美味しさに舌鼓を打つ響だったが、やはり食べさせてもらうという形式は変わらないと知って再び頬を赤く染める。

 そのまま食事を終えるとしばらく取り留めの無い会話を続ける事になったものの、その中で響は一向に知りたいと思っている話題へ話を振れていなかった。

 と言うのもここまで話して分かった事だが目の前に居るこの青年、そこまで口数の多い人物では無い。

 じゃあ口下手なのかと言えばそれも違う。

 会話に花を咲かせるタイプの人間では無いと言った方が良いか、とにかく相手の事をよく見て少ない言葉で的確に物事を言う人物なのだ。

 別にそれ位なら大した問題では無いのだが、いざ面と向かって話すとなると彼の常人とは違う独特な雰囲気と自身の中に渦巻く謎の既視感が鬩ぎ合い、そう簡単に事を運ばせてくれないのだ。

 相手は間違いなく見知らぬ人、しかし完全な他人行儀で話すには些か失礼な気がする。

 ならばそれとなく親近感のある口調を織り交ぜていけば良いのだろうが、彼の纏うどこか超然とした雰囲気が、彼との会話に慣れていない自分にとっては緊張感として身体に染み込み、気楽に話そうとする自分の心を律する。

 結果として緊張感を解すのと距離感を探るのに精一杯で他の事に気を回せないのだ。

 そうこうしている間にも平行線を辿る話は続いていき、夜も更けってきた。

 こうなったら不自然と思われようが無理にでも話題を切り替えるしか無いと響が声を発しようとしたその時、レオンの口が開く。

 

「そういえばヒメナさんから少し話を聞いたよ、複雑な事情を抱えてるってな。」

「え?あ、あはは…そうなんですよ、どうしてこうなっちゃったんだか…。」

 

 出鼻を挫かれるかのように言葉を遮られ、生返事を返す響。

 まぁ知りたい話題には振れたので結果オーライと言った所だろう。

 

「とりあえず、何があったのか話してくれないか?」

「はい、えっと…。」

 

 そのまま当時の状況を説明しようとするも、響はある事を懸念して思い留まる。

 懸念している事は2つ、1つはS.O.N.G.の情報規制。

 S.O.N.G.は世界でも特殊な部隊であり、当然活動内容も原則極秘だ。

 今は非常事態なので部外者への事情説明自体は咎められる事は無いだろうが、S.O.N.G.は活動内容や存在そのものを隠す為に事情を知ってしまった部外者へ厳しい情報規制を行う。

 今ここで事情を説明すれば間違いなくこの人達に迷惑を掛けてしまう。

 世話になっている手前、これ以上の迷惑は掛けたくないのが響の心情なのだ。

 次に話の信憑性。

 そもそもあの時何が起こったのか当事者である自分でも把握しきれていない。

 国外の秘密機関、それも事故かどうかも正確に判明していない身の上話、普通に考えれば誰も信用しない。

 それを思うと言い出すのを躊躇ってしまい、響はそのまま押し黙ってしまう。

 

「話せない事情なら無理には聞かないが…。」

「いえ、大丈夫です。ちゃんと話します。」

 

 が、やはり説明すべきと判断した。

 ここで誰かに事情を説明しなければ動く事態も動かない。

 信用やら心配やらは後回しに、響はレオンにこれまでの経緯を話し始めた…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「成程な…。」

 

 5分程して、響は説明を終えた。

 何分不明な点も多い今回の事態、響自身も話している中で何か気付く事が無いか確認する為に少し長めの説明となってしまったが、相手の反応はどうであろうか。

 見ると事情を聞いたレオンは何やら考え込んだ姿勢のまま動かず、程なくしてから姿勢を崩し響に話し掛ける。

 

「…分かった、とりあえず今日の所はこれで話を終わりにしよう。また明日もっと詳しく話を聞かせてくれ。」

「あ、はい…分かりました。」

 

 特に追求される事無く話は終わりとなり、レオンは席を立ちドアへと向かう。

 

「それじゃあ、また何かあったら呼んでくれ。」

「はい、分かりました。」

 

 最後に挨拶を済ませるとレオンはそのまま部屋を出て扉を閉めた。

 レオンが部屋から退出するのを見届けた響は起こしていた上体をベッドに寝かせ、視線を天井へと向ける。

 

「信じてもらえたかな…。」

 

 そうぽつりと呟くも、何も追求しなかった彼の姿を思い浮かべ、その期待はしない方が良いだろうと思ってしまう。

 もちろんこちらの容態を考慮して早々に話を切り上げたのかもしれないが、話した内容が内容だけにその可能性もあまり無いだろう。

 明日またとは言っていたがそれもどうだかと思った時点で、響は自分の思考がどんどんネガティブな方向へ向いている事に気付き、その邪念を振り払うべく首を左右に振る。

 

「あ~駄目だ!!こんな弱気になってちゃ私らしくない!!いつだって、今出来る事をやるだけだ!!」

 

 どうやら思っていた以上に友人知人が側に居るという温もりが無い孤独な状況が心を蝕んでいたようだ。

 大丈夫、すぐにまた皆と会える。

 根拠は全く無いが、それくらいが今の自分の心を奮い立たせるには丁度良い。

 それに折角会えたのだからここに居る人達とも繋がりを持ちたいと思っている。

 ヒメナはもちろん、泣かせてはしまったがあの子も。

 そして彼…レオンとも。

 彼の事も知っていかなくてはならないだろう。

 響の胸中からは未だに既視感が拭えない、むしろより強まっている気さえしている。

 それに先程彼と話している間、何故だか脳裏にあの光景が時々ちらついたのだ。

 あの光景は一体何なのか、彼は一体何者なのか。あの時一体何があったのか。

 もう何度繰り返したかも分からぬ問答を再び反芻しながら、響は明日元気に身体を動かせるよう眠りについた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、また名前聞いたりするの忘れてた…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ニホン、ソング、セイイブツ…。」

 

 響が眠りについた時、レオンは自室のベッドに腰を下ろしていた。

 そして響から説明された話の中で気になった単語を幾つか反芻する。

 するとレオンは左手を顔の前まで上げ、そのまま口を開く。

 

「…どう思う?」

 

 部屋の中にはレオン以外の人影は無い。

 故にその問いに答える者も当然居ない…。

 

「…どうもこうも荒唐無稽過ぎる、まともに考えたら話にもならん。」

「まともに考えたら、か…。」

 

 …筈なのだが、何処からかレオンに言葉を返す声が。

 その声を聞いたレオンは上げていた手を下ろし、視線をある方向へと向ける。

 その視線の先は、響が居る部屋へと向けられていた。

 

「いずれにしろ、“ガルム”の指示を仰ぐしかないか…。」

 

 そう1人呟いたレオンは就寝の為に立ち上がり、着ていたコートを脱ぎ始めるのだった…。




・泣いちゃうロベルト

→可愛い


・好きなものはご飯&ご飯

→いっぱい食べる君が好き


・「ほら、あーん。」

→内心彼もクッソ恥ずかしがってる


・誰も居ない筈なのに問い掛けに答える声

→牙狼を知っている人ならもうお分かりの筈


・そして最後まで名乗らないレオン

→コミュ障って訳じゃ無いんです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「慣れない平穏」

「ん~…朝…!」

 

 翌日、窓から差し込む日の光と小鳥のさえずりが気持ちの良い朝を迎えてくれる。

 それに比例するかのように響も目を覚まし、身体を起こして軽く伸びをする。

 何気無く行った動作だが、昨日全身を襲った痛みが無くなっている事を察するに、どうやら寝ている間にすっかり回復したようだ。

 試しに身体を左右に捻ったりベッドから降りて立ち上がってみても違和感の欠片も無い。

 

「響、起きてるか?」

「はい、ばっちり起きてます!」

 

 身体の調子を見ていると、外からノックの音と共にレオンの声が聞こえてきた。

 返事を返すとレオンが部屋へと入り、ベッドから立ち上がっている響を見て少し驚いた表情を見せた。

 

「もう動けるのか?」

「はい、この通り!」

「そうか…なら、朝は下で食べようか。」

 

 そう言って先立つレオンの後を付いていく。

 廊下を歩き階段を下っていくとリビングとおぼしき場所へ辿り着き、そこではヒメナがテーブルに朝食を並べている最中であった。

 

「おはようございます、ヒメナさん。」

「おはようヒビキちゃん、もう動いて大丈夫なの?」

「はい、一晩寝たらすっかり良くなりました!」

 

 大きく身体を伸ばしてアピールする響。

 その様子を見て確かに良くなったのだろうとヒメナも安堵したようで、それは良かったと響に笑顔を見せる。

 

「朝食にする前に顔を洗ってきた方が良い、外に出て左の方に洗い場があるからそこで。」

 

 タオルを渡された響はレオンに施された通りに外へ出る。

 言われた通り左の方向を見ると、確かに綺麗な水が組まれている桶がある。

 レオンが言っていたのは恐らくこれであろう、そう判断した響は桶から手で水を掬い、そのまま顔を洗う。

 タオルで水気を落とし、そのままレオン達の所へ戻ろうとしたが、あるものを見て立ち止まり、感嘆の声を漏らす。

 

「わぁ…!」

 

 それは朝日に照らされた街並みであった。

 地平線から出た日の光が街を照らし、道路や建物を明るくしていく。

 まるで著名な絵からそのまま抜き出したかのようなその景色は、これまで響が見てきた美術的感動をまるごとひっくり返すかのような衝撃を与えた。

 

「本当に日本じゃないんだ…。」

 

 だが逆にその感動が自分が今普段の日常から遠ざかっているという事を明確にし、響の胸中に熱いものが込み上げてくる。

 が、すぐに気持ちを切り替えて響は止まっていた足を動かし、歩き始める。

 今出来る事をやるだけだと決めたのだ、その悲しさに足を止めている暇は無い。

 

「お帰りなさい、朝ご飯にしましょう?」

「はい!…って、あれ?その子は…。」

 

 レオン達の所へと戻った響はヒメナの足元に1人の少年が居る事に気付く。

 昨日の朝だか昼に泣かせてしまったあの子だ。

 

「紹介するよ、弟のロベルトだ。ほら、挨拶。」

「えっと…おはようございます…!」

 

 レオンに紹介された少年…“ロベルト・ルイス”は若干たどたどしい様子で響に名前を告げる。

 

「おはよう、ロベルト君。私の名前は響、立花 響だよ。よろしくね!」

 

 響も自己紹介をして握手しようと手を伸ばすも、ロベルトはヒメナの後ろへ隠れ、疑心の念を響にぶつけてくる。

 原因はやはり昨日の事だろう。

 

「えっと…昨日はごめんね?急に大きな声出しちゃって…」

 

 響は何とかロベルトと仲良くなろうと謝罪の言葉を述べる。

 ロベルトはヒメナの影に隠れるように身を潜め、レオンやヒメナも含め全員の顔色を伺っていたが、やがてヒメナの側から離れて響の前に立ち、小さなその手を伸ばす。

 

「えっと…大丈夫、です…!」

「良かった…ありがとう、ロベルト君!」

 

 ひとまずは仲直りが出来たと響は満面の笑みを浮かべながら彼の手を握り握手をする。

 

「ヒメナさんも昨日はすみません、変な質問ばっかりして…。」

「そんな、良いわよあれ位。さぁ、ご飯にしましょう?」

 

 ヒメナに施された響は言われた通りに椅子に座る。

 そのまま全員が座ると一同は目の前に広がる料理に向けて手を合わせる。

 

「それじゃあ…。」

「「いただきます。」」

 

 皆と共に食事の挨拶を済ませた響は改めて目の前に広がる料理に視線を向ける。

 パン、目玉焼き、サラダ、スープ…。

 如何にもな感じのメニューだが、こちらの想像する朝食のイメージと何ら変わらぬその並びは非常に受け入れやすい。

 試しにスープを口に運んでみると…。

 

「あ、美味しい…!」

「そう?良かったわ、お口に合って。」

 

 訂正、イメージしていたそれとは比較出来ない程の美味しさが口の中に広がる。

 親友の作る朝食も美味たるものだが、これはまた格別な美味しさだ。

 

「おかわりはまだあるから、遠慮せずにどうぞ。」

「はい、お言葉に甘えて!」

 

 朝からこのような食にありつけるとはありがたいと、先程外で胸中に込み上げていた寂しさなぞ何処へやら、響は目の前の料理に次々と手を付けるのであった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ごちそうさまでした~!」

「ふふっ、良く食べたわね。」

「はい!ヒメナさんのお料理、とっても美味しかったです!」

「そんなに大層な物じゃ無かったけれど…喜んでもらえて良かったわ。」

 

 朝食を食べ終え、至福の時間が過ぎた響は満足感に溢れる身体を椅子に預け、余韻に浸る。

 簡素な並びではあったが、そのどれもが今まで味わった事の無い至高の一品であった。

 あれを毎日食しているレオン達が正直羨ましい。

 

「っと…響、少し話したい事がある。今良いか?」

「はい、何でしょう?」

 

 そんな事を考えていると、レオンから声を掛けられた。

 昨日の話の続きであろうか、響はレオンの居る方へと向き直る。

 

「とりあえずこの後は時間になったら医者を連れてくる。だからそれまではここに居てもらう事になる。その後、昨日の話をもう1度聞かせてくれ。それから今後の行動を決める。何かやりたい事などがあれば言ってほしいんだが…。」

「うーん、そうですね…。」

 

 話を聞く限りでは特に不満点は無かったので、他に提案が無いか考えると、ふと先程外で見た光景が脳裏に過り、もっと詳しくこの街を知りたいと感じた。

 

「あ…でしたら、お医者さんの所まで歩いて行きたいです。この辺りの事も知っておきたいので。」

「そうだな…見た限り歩く分には問題無いか…分かった、じゃあ出掛けるまではゆっくりしていてくれ。」

 

 レオンも部屋からここまで難なく歩いてきた響の様子を見て問題無いと判断し、医者の所へは歩いていく事になった。

 後はレオンの言う通り出掛けるまでは部屋でくつろぐだけなのだが…。

 

「あっ、何か手伝いますよ、ヒメナさん。」

「え?良いわよそんな、悪いわ。」

「いえ、何ていうか…何もしてないっていうのはどうも落ち着かなくて…。」

 

 いかんせん立花 響という少女、ただ暇を持て余すというのに馴れていない。

 お節介かもしれないが、趣味=人助けなので動けるのならば誰かの為に動きたいのだ。

 

「じゃあ、一緒にお皿洗いをお願いしても良いかしら?」

「はい、任せてください!」

 

 そのまま響は医者の下へ出掛けるまで、ヒメナ達と仲を深める良い機会だと率先して家事に協力していった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「わぁ~すごいですね!お家も道路も全然違う!何だか素敵な感じです!」

「そうか?見慣れている光景だから何とも…響の住んでいるっていう街はどうなんだ?」

「うーん…そう言われると何とも…まぁ、レオンさんと同じで見慣れちゃってるんですよ。だからここは新鮮味があってとっても良いんです!」

 

 少しして、響とレオンはサンタ・バルドの街中を歩いていた。

 響はせわしなく周囲を見回し、見慣れぬ街並みに改めて目を輝かせる。

 民家や道路、露店など…そのどれもが木や石、レンガといった物で出来ており、コンクリート主体の日本の街並みとはまるで別世界だ。

 そう…まるで別世界だ。

 朝見た時もそうだったが、本当に漫画やアニメからそのまま抜き出したかのような街並みが視界一杯に広がっている。

 そして何よりも響が気になったのは、表通りを歩いている今でも電気及び電子機器の類が一切見当たらない事だ。

 例を挙げるならばまず電柱、日本のみならず現代の街と呼ばれる場所ならば何処でも見掛けるそれが影も形も無い。

 他にもテレビや電気屋などの類が一切無い。

 携帯が壊れて使い物にならないと言ったが、そうでなくても使い物にならなかったという事だ。

 それよりも電柱すら無いとなると自身の持つヴァリアンテでの記憶と大分食い違う事になる。

 1週間前にヴァリアンテを訪れた時、表通りと説明された場所には確かに電柱が何本も立っていたし、テレビやその他の電化製品なども見かけていた。

 何故こうも違う街並みが広がっているのか、響は不安半分、興味半分といった具合で色々と調べる為にあっちこっち歩き回っている。

 

「まぁ景色を見る分には構わないが、あんまり変に動かないで「あ、お婆ちゃん大丈夫ですか?荷物持ちますよ!」…。」

 

 あまりのせわしなさに下手に動かないよう注意を施そうとしたレオンだったが、それよりも前に響は道行く老人に向かって歩いて行ってしまう。

 

「…何してるんだ?」

「お婆ちゃんのお手伝いです!お婆ちゃんの荷物が重そうだったんで…。」

 

 これから病院に行くというのに何をしようとしてるのかと思えば、まさかの慈善活動。

 彼女の人柄が伺える。

 

「これから病院に行くんだぞ?」

「分かってますよ、ちょっとだけです!さ、お婆ちゃん荷物預かりますね!」

「いやそうじゃなくてだな…。」

 

 レオンの制止も他所に、響はそのまま老人の手荷物を持って歩き始める。

 しかもその方向は病院へ行く道とは真逆、つまり来た道を戻るという事。

 彼女の身勝手(趣味)に付き合わされる羽目となったレオンは仕方無く彼女達の後へ付いていく。

 やがて老人の目的地へと辿り着き、そのまま別れを告げると、響はこれまで来た道をわざわざ戻ってきてしまった事に気付き途端に顔を青ざめ、慌ててレオンに謝罪の言葉を述べる。

 

「あわわわわ…す、すみませんレオンさん!つい何時もの癖で…!」

「何でわざわざ来た道を戻らなきゃならないんだ…。」

 

 しかも結構な距離を戻らされた。

 昼前には医者の所に着いて診察が終わっている予定であったのだが、これではどうなる事やら。

 

「全く…行くぞ。」

「は、はい!」

 

 まぁ過ぎた事は仕方無し。

 溜め息を吐きながらもレオンは再び病院へと歩みを進め、響も急いでその後を付いていった。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「ただいま…。」

「お帰り二人共…って、どうしたのレオン?何だか疲れたような顔をして…?」

 

 夕方、宿屋へと帰ってきた2人をヒメナが迎える。

 しかし何だか二人の様子がおかしい。

 何やらレオンは疲れたような表情をしており、響は響で申し訳無さそうにレオンの様子を伺っている。

 それもそうだろう、老人介護から始まり落とし物を拾ったり泣いている子供がいればあやして回って…。

 結果、今日のレオンは響の溢れんばかりの慈悲慈愛に振り回され続ける羽目となったのだ。

 響も悪気があってやったのでは無いし、レオンもそれは理解しているので咎めたりはしていないのだが、その結果がこれである。

 

「いえ、何でも無いです…。」

「えっと…すみませんレオンさん…。」

「?…まぁ良いわ。とりあえずこれからお夕飯の準備をするから、二人は部屋でゆっくりしてきなさい。」

「あっ、私お手伝いしますよ!」

 

 ヒメナが夕食の準備をすると言い出すと、響は率先して手伝うと名乗り出る。

 昼間あれだけ人の為と動き回っていたというのに元気な事だと彼女の様子を横目に、レオンはヒメナに言われた通り部屋で身体を休めようとしたのだが…。

 

「そういえばレオン、今夜は?」

「あぁ、いつも通りに夕飯を食べたら行ってきます。」

 

 ヒメナからある質問をされ、レオンは足を止めてそれに答える。

 別に何の変哲も無い質問だが、響は何故かそれが妙に気になってしまい、思わず首を突っ込んでしまう。

 

「えっ、レオンさんこれから何処かに行くんですか?」

 

 そう質問すると、何故か場の空気が凍り付いた感覚に襲われる。

 場の空気が一瞬で冷たく変わった事を感じた響は恐る恐る2人の表情を見る。

 その表情は揃って何かを失念していたというようなものであった。

 

「…あぁ、まぁな。」

 

 やがてはっと気を取り直したレオンは簡素な答えを響に返す。

 何かおかしな事を聞いてしまったのだろうかと響は首を傾げるも…。

 

「えっと…ヒビキちゃん!こっち手伝ってもらえる?」

「あっ、はい!」

 

 ヒメナに呼ばれた事で響はそれ以上の詮索を中断する。

 そしてレオンはその間にそそくさと自室へと戻って行ってしまった。

 そんなレオンの様子を見た響は聞いてはいけない事だったかと唇を噛み締め、ヒメナの家事を手伝い始める。

 この家族と仲良くしようとした矢先に失敗してしまったという後悔と、何故だかその隠している事について知りたい…いや、知らなくてはならないという強迫観念に駆られながら…。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

「それじゃあ、行ってきます。帰りはまた遅くなるだろうから、気にせず…。」

「えぇ、気を付けてね。」

「行ってらっしゃい、レオン!」

「あ、えっと…行ってらっしゃいレオンさん!お気を付けて!」

「あぁ、ありがとう。」

 

 夕食を食べ終えてしばらく、そろそろ日が暮れ夜の時間になる頃、レオンはヒメナとロベルトに見送られ出掛ける事になった。

 響も慌てて彼を見送らんと声を掛けると、レオンは優しい笑みを返して宿屋を後にした。

 

「(それにしてもレオンさん、もう外は暗くなるのに本当に一体何処に…?)」

 

 レオンが出掛けていってからも響はヒメナの手伝いをしたりロベルトの遊び相手になったりしていたが、その間にもレオンが何をしに出掛けていったのかが気になってしまい、後は寝るだけだという段階まで来た所で響は堪らずヒメナにレオンの事を聞いてしまう。

 

「あの、ヒメナさん…ちなみになんですけど、レオンさんは何しに出掛けて行ったんですか?」

「え?えっと…。」

 

 響の質問にヒメナはやはり困惑した様子を見せる。

 一時は知らなくてはならないなどと身勝手な強迫観念に駆られてしまったが、今のヒメナの様子を見ると急速にそこ熱が冷め、代わりに非常に申し訳ないという気持ちが高まってきた。

 

「あ、その…無理に答えなくても良いんです!すみません、勝手にこんな…人の事聞いちゃって…。」

 

 これ以上ヒメナの機嫌を損ねないよう響は直ぐ様謝罪の言葉を述べるも、ヒメナは何故か少し考える素振りを見せてからぽつりと呟く。

 

「…お仕事。」

「へ…?」

「レオンはお仕事に行ったのよ。夜中にやるお仕事でね…。」

 

 レオンが出掛けた理由は仕事に行ったからだと、仕事の時間帯は夜中なのだと言った。

 2人してやけに隠したがっていた様子であったが、蓋を開けてみたら別に何て事の無い事情であった。

 はぐらかされたか?

 いや、この家族に限ってそんな事は無いだろうが…と響は思考に耽る所であったが…。

 

 

 

 

 

「そうだよ!レオンは“ホラー”を倒しに行ったんだよ!」

 

 

 

 

 

 ロベルトが発した一言でその思考は中断された。

 

「え?ホラー…?」

 

 はて、ホラーとは一体何の事であろうか?

 ホラー映画のホラーの事であろうか?

 となれば恐怖という意味合いになるのであろうか?

 ならばレオンは恐怖を倒しに行ったという事になるのか?

 …さっぱり分からない。

 ホラーとは一体何なのかロベルトに聞いてみようとしたが…。

 

「ロベルト!!駄目でしょそんな事言ったら!!」

「ひぅ!?ご、ごめんなさい…。」

 

 そこには既にヒメナに叱られてすくんでいるロベルトの姿が。

 

「えっと…気にしないで!ただの子供の言う事だから…レオンは警備のお仕事をやっているのよ。ここら一帯は夜中になると治安が悪くなる所もあるから…さぁ、今日はもう寝ましょう!」

「は、はい…分かりました。」

 

 そんなロベルトに代わってヒメナが話をし、説明もそこそこに話を切り上げてしまった。

 少々強引な切り上げ方に違和感を感じた響だったが、無闇に食い付く事はしてはいけないだろうとヒメナの言う通りに部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お仕事、か…。」

 

 部屋に戻った響はベッドに横になると先程の会話を思い起こす。

 

「(確かに昼間はヒメナさんのお手伝いとかロベルト君のお世話とかあるだろうし、仕事をやるんだとしたら夜中しかないけど…。)」

 

 正直に言うと不審な点が多々見られる。

 レオンにしてもヒメナにしても単に仕事だというのであればあそこまで何かを隠すような物言いなどしなくても良い筈。

 それにロベルトが言っていたホラーという言葉も気になる。

 ヒメナの言う通りレオンが警備の仕事をしているであればホラーというのは恐らく街中で悪さをする者達の事になるのだろうが、わざわざそんな名前で呼ぶ理由が分からない。

 間違いなくこの一家は何か大事な事を隠している。

 

「でもまぁ、気にしてもしょうがないか…。」

 

 しかしながらそれを知って自分は一体どうすると言うのであろうか。

 どうもしないだろう。

 万が一この家族が何か良からぬ事を隠しているのだとしたら関わるやもしれぬが、そうでなければそれは人様の領域、関わる事では無い。

 それにこの一家はそんな悪さをする家族では無いと思える。

 まだ世話になって1日2日しか経っていない為根拠の無い話ではあるが、不思議と絶対にそんな事はしないのだと思えてしまうのだ。

 だから彼等を信じよう。

 彼等と共に生活し、仲を深め、そして友人達に紹介するのだ。

 自分はこんなに素敵な家族と出会えたのだと。

 そんな未来を夢見ながら響は静かに目を閉じ眠りに就こうとするが、不意に遠くの方から何かが聞こえ、思わず身体を起こして窓の外を見る。

 

「何…?」

 

 今聞こえてきたのは何の音だ?

 いや…あれは音では無い。

 かすかに耳に残るこれは、決して物が出せる音では無い。

 世界に爪痕を残さんばかりに響く、生物でしか発する事の出来ない声。

 S.O.N.Gの活動の中で、辛くもこの手が届かなかった者達が上げる助けを求める断末魔…。

 

 

 

 

 

 ()()だ。

 

 

 

 

 

「まさか、ね…。」

 

 いや、そんな筈は無い。

 ここはとても綺麗で素敵な街なのだ。

 ヒメナが夜になると治安の悪い場所もあると言っていたが、それでも違うだろう。

 レオンが夜中に出掛けていった事も関係無い、関係無いのだ。

 あの声が聞こえたその瞬間に何故かまたあの赤い光景が過ったのも、何も…。

 響は一切の事を忘れんとばかりに布団を頭から被り、今度こそ眠りに就いた…。

 

 

 

 

 




・元気100倍立花ビッキー

→ジーッとしてても、ドーにもならねぇ(話が進まねぇ)!


・でもちょっとおセンチな気分になっちゃう立花ビッキー

→個人的に響は未来さんに限らずあのメンツにかなりメンタル依存してるんじゃないかと思っています。


・それでもやる事は変わらない立花ビッキー

→趣味=人助けって実際側に居たらどれだけ振り回されるのだろうか…。


・そして一家の隠し事が気になってしょうがない立花ビッキー

→誰だって秘密の1つや2つはあるもの、それが彼等なら尚更なのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。