隣のあの子 (マンソン)
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隣のあの子

高校生活もあっという間に1年が過ぎ、俺は2年生になった。

運悪く、仲の良かったクラスメートとはほとんどと離れてしまい、俺にとって不安のスタートとなった。

 

そんな感じで授業中、真面目に受ける気が起きずに隠れて読書をしていると、

 

 

「ねーねー」

 

 

隣の席の方から声をかけられた。

俺は後ろから2番目の廊下から2番目の位置に座っており、声の方向は廊下側───つまり一番端から来たわけだ。

 

その方向を見ると、確かに俺の方を見る女の子がいた。

 

眩しいくらいに明るいブロンド色の切り揃えられたロングヘアーに大きく開いた茶色の瞳、

ふくよかだが太っているわけではなく、折れそうなくらいに痩せている昨今の女性とは逆に安心感を与えてくれる身体つき、

そして身体同様……いやそれ以上にお肉がたっぷり詰まっている胸(詳しくないから憶測だが、Gは越えてる)。

 

こんな可愛い子が隣にいたって何で気付かなかったのかと疑いたくなるような美少女だった。

 

 

「今日ね、教科書忘れちゃったの。だから見せてくれると嬉しいの」

 

 

そのブロンドヘアーの女の子はノートしかない自分の机上を示しながら笑顔でお願いしてきた。

 

授業を受ける気がないとはいえ、刺された時に教科書がないと困るので、俺は自分の教科書を机のギリギリの位置に置いた。

 

 

「お互いの机に乗せる形でいいなら構わないぞ」

 

「うんっ、ありがとー」

 

 

答えると、彼女は「机がったーい! ガシャーン♪」と楽しそうに言いながら机をくっ付けてきた。

その際に軽く揺れた巨大なダブルマシュマロボールに目が釘付けになったのは秘密だ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

私、山箸姫南(やまはし ひな)はお隣さんの日野皆也(ひの かいや)君と仲良くなったの。

 

欧州生まれのママの遺伝で髪色は薄いのに他は日本人のパパの血を受け継いで顔立ちは日本人のままだから、みんなに奇異の目で見られるのがちょっとした悩みだったりするの。

 

 

 

そんな事を考えていたら、4限終了のチャイムが鳴った。

つまり私が学校で一番楽しみにしてる時間……ランチタイムなの!

 

 

「ごっはん♪ ごっはん♪」

 

 

私は嬉々としながらバッグからお弁当箱を取り出したの。

それを見ていた日野君が話しかけてきたの。

 

 

「……山箸、それ全部食べるのか?」

 

 

***

 

 

俺が何故ここまで驚いたのか、その理由は明白だった。

山箸が取り出した弁当箱は男子の使うサイズの2段弁当……よりも2段高い4段弁当なのだ。

要するに一般男子の2倍だ。

 

 

「だってお腹ペコペコなんだもん。これぐらい食べなきゃ!」

 

 

対して山箸はこれが当たり前の量といった表情で返してきた。

 

山箸のふくよかな体型の理由が分かった気がした。

つかむしろ、よく『ふくよか』程度で済んでるな……。

 

 

(残りのエネルギーは、あの胸に行ってるってことか……)

 

 

俺はついつい山箸の豊満すぎる胸を凝視してしまった。

山箸は飯に夢中らしく、全く気付かなかったが。

 

 

***

 

 

「起立、礼」

 

『ありがとーございましたー』

 

 

帰りのHRの最後の号令を終えると、私は既にまとめ終えているバッグを手に教室の出口へと向かったの。

 

 

「ひなな、またねー」

「じゃねーひなちん」

 

「うん、ばいばーい」

 

 

その途中で友達のあきるんとみゃーちゃんが声を掛けてきたので、返事をしながら教室を出て行ったの。

 

 

***

 

 

山箸が出ていくのを見送った後、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

 

「皆也、今日ウチでゲームしようぜ」

 

 

その時、友人からそんな誘いを掛けられた。

だが俺は首を横に振った。

 

 

「いや、今日は行きつけのスーパーでタイムセールがあるんだ。また今度な」

 

 

俺は現在、姉との二人暮らしをしていて、料理のみ壊滅的な姉に代わって俺が料理を作っている。

買い物も俺の役割だ。

 

そこらへんの事情が分かってくれている友人は「何だよー」と不満そうな言葉を口にしつつも、引き下がってくれた。

俺は「んじゃまたな」と言って、教室を後にした。

 

 

 

 

 

とはいえ、タイムセールまでは余裕がある。

スーパーは家とは逆方向にある為に、帰ったところで大して休めないが、直行だと暇という面倒な現状をどうしようかと考えた。

 

考えた結果、途中にある公園のベンチで読書でもしてればいいかという結論に至った。

 

そしてその公園が見えてきたわけだが、

 

 

「んふふー♪ まだかなぁ~」

 

 

そこでは山箸が足をばたつかせながらベンチに座って鼻歌を吹いていた。

何をしてるんだ、こんな所で。

 

俺は何故か身を隠し、山箸にバレないように様子を窺い始めたのだった。

 

 

 

 

 

監視を始めて数分後、山箸は自分のバッグの中から菓子袋を取り出した。

チョコスナック菓子のようだ。

 

あいつ、昼飯あんだけ食っといてまだ食べるのか……。

 

そんなツッコミをついつい心の内でしてしまったが、声には何とか出さずに済んだ。

 

 

 

数分待っていると、道路の方から聞き慣れた音が聞こえてきた。

 

 

「い~しや~きいもっ、おいもーっ」

 

「あ、きたきた♪」

 

 

すると山箸が目を輝かせて、その道路の方へと駆けていってしまった。

 

え、あいつ焼き芋屋目当てでここで待ってたのか。

 

俺は予想外の目的に目を丸くした。

とりあえず無防備にも山箸はバッグを置いていってしまっているので、ここで待ち続けることにした。

 

 

 

 

 

また数分待つと山箸が戻ってきた。

その手には焼き芋が……3つも抱えられている。

 

おいおい。

 

俺の心のツッコミなど露知らず、山箸は元の位置に戻ると、ホカホカの焼き芋をパクリと咥えた。

 

 

「はむっ、ん~♪ おいしぃ~~っ!」

 

 

そして味を噛み締めた山箸は頬に左手を当てながら、今まで見たことないぐらいの笑顔になった。

 

この世界で山箸だけが、眩しく光り輝くように見える最高の笑顔に──

 

 

 

俺はたった一瞬で、惚れてしまった。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

席が隣同士なので、顔を合わせたり話す機会も結構ある。

 

その度に俺は心臓が跳ねあがるのを必死に抑えて、会話を盛り上げるのに必死だった。

まぁ大体、美味しい食べ物のことを話せば大喜びだったので、大して難しくなかったけど。

 

 

「ねぇ、日野くん」

 

 

そんなある日、山箸と仲の良い女子が話しかけてきた。

 

 

「君、もしかしなくてもひなちんの事、好きだよね?」

 

 

ドストレートに核心を突かれた。

 

とはいえ、山箸との仲を取り持ってくれる味方なのかもしれないし、そうでなくても何かしらの情報をくれるハズだ。

 

俺はそう思い、焦りを抑えて肯定の意を示した。

 

 

「その通りだよ」

 

「そっか。でも、諦めた方が良いと思うよ?」

 

 

だが彼女は身を引けと言ってきた。

 

まさか山箸はああ見えて、彼氏でもいるのだろうか。

 

 

「日野くんも分かってると思うけど、ひなちんって恋愛ごとにはまるで興味ないからさ。前は結構男子にデートのお誘いされてたんだよ。美味しいデザート一緒に食べに行こうって言えばすぐに乗るから」

 

 

その姿がすぐに浮かんだ。

男子そっちのけでデザート食べてたんだろうな。

 

 

「どんなに男子がアプローチしても、自分に好意を向けているってことに気付けないのよあの子。それでみんな離れちゃったの。あれは可愛いけど攻略不可能だーってね。だから日野くんも他の子狙った方が良いと思うよって忠告」

 

「……なるほどな」

 

 

こいつの言い分は分かった。

まぁ俺の為を思って言ってくれたんだな。

 

俺の答えはすぐにでた。

 

 

 

 

 

「なら、長期戦だな。数年でもかけてやるさ」

 

 

俺がそう答えると、女子は驚くと同時に──ちょっと嬉しそうだった。

 

 

「そっか。本気であの子に恋しちゃってるんだね」

 

「まあな」

 

 

女子は「頑張ってね」と言って立ち去った。

とりあえず俺はまたまたタイムセールのために足早に教室を出るのだった。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

それから一ヶ月が経過した。

結果として未だに山箸との仲は大して進行していなかった。

 

そんなある日、いつも通りタイムセールのあるスーパーへと向かっている時だった。

 

 

「……めえ! こ……すん……よ!」

 

「ご……さいー!」

 

 

遠くから何やら穏やかではない会話が聞こえてきた。

 

この時の俺はどちらかというと野次馬根性でその現場へと足を運んだ。

 

 

「まあまあ落ち着けって。この子、ちょっと太いけどめちゃくちゃ可愛いじゃん?」

 

「それもそうだな。じゃあお詫びに遊んでもらうぜぇ」

 

 

路地裏では男二人が、女の子一人を挟んで何やら下世話な話をしていた。

 

俺から正面が見える方の男の上着には、ソフトクリームがべったりと接着している。

なるほど、あれがこの会話の元凶か。

 

 

「って、ちょっと待て……っ!」

 

 

そこで俺はようやく気付いた。

 

挟まれてる女子……。

 

 

「遊ぶ? アイスぶつけちゃったのに、遊んでくれるの?」

 

 

山箸じゃねーか!!

 

 

「おう、そうだぜぇ? もっとも、君はちょっと痛いだろうけどなぁ」

 

「ははっ、大丈夫大丈夫。すぐに気持ち良くなれるから」

 

「?」

 

 

男たちの話を理解できな山箸は能天気に首を傾げる。

 

でも山箸が犯されるかもという事実を目の前に、俺は穏やかじゃいられなくなった。

 

 

「おい、お前らっ!!」

 

 

俺は勢い余って、山箸の前へと割り込んだ。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

「ッチ、まともに喧嘩できねぇくせに出しゃばんじゃねーよザコ」

 

「まぁ、クリーニング代とちょっとした小遣い貰えたしー。カラオケでも行こーぜー」

 

 

数分後、男二人が付いた埃をはらいながら立ち去っていった。

 

俺はと言うと、痣が所々付きながら地面に転がっている。

財布も抜き取られ、完全にボコられた後だ。

 

 

「日野くん、だいじょーぶ……?」

 

 

でもまぁ山箸は何ともなく済ませられたんだから、目標は達成できたな、うん。

超痛いけど。痛すぎて動けない。

 

 

「……今度からソフト食べるときは気を付けろよ」

 

「うん、分かったの。でも……あの人たち服にアイス付けられても遊んでくれるって言ってたの。あまり怒って無さそうだったの」

 

 

まぁ分かんないよなぁ。

今まで男子たちを諦めさせた鈍感さは筋金入りだ。

 

 

「あいつらの遊ぶってのはな、お前にエロいことをさせるって意味なんだよ」

 

 

起き上がれる程度には痛みが引いたので、俺は身体を起こしながら、その意味をしっかりと教えてやった。

 

 

「エロい? 私みたいなおデブちゃんにそんなことあり得ないの!」

 

 

しかし山箸はそれを否定した。

 

なるほど、山箸は自分の体型を太っていると解釈してるわけか。

 

でもそれは違う。

 

 

「山箸は、可愛いって。他の女の子みたいにガリガリに痩せてるよりマシだって」

 

「可愛い……っ!?」

 

 

俺の言葉を聞いた山箸は、いつもとは反応が違い、顔を赤くした。

 

もっとも、この時の俺は痛みがちょっとぶり返し、そっちに意識が持ってかれたので気付けなかったんだけど。

 

 

*告白編*

 

 

あの出来事をきっかけに、俺と山箸の関係に変化が現れた。

 

でもそれは好転ではなく、悪転だ。

 

 

「山箸、おはよ」

 

「はぅ!?」

 

 

朝、隣の山箸に挨拶をすると、山箸は驚いて顔を真っ赤にする。

そして俺の方を見るとどんどん赤みを増していき……。

 

走って教室から出ていってしまうのだ。

 

こんな感じで、俺はまともに山箸と会話も出来なくなってしまった。

俺、嫌われたのかな。

 

だとしたら、何が悪かったのか。

いや、悪いだろうな……。かっこよく助けに出たかと思ったらめちゃくちゃにボコられて、それなのにキザに「可愛い」って言ったんだから。

ダサイにも程があるな、うん。

 

 

「はぁ……まぁ元々長期戦覚悟だし、頑張るか」

 

 

俺は半分涙目になりながら溜め息を付くのだった。

 

 

***

 

 

「ごちそうさまなの」

 

 

お昼休み、私は両手を合わせてお食事終了の合図をしたの。

 

 

「えっ!? もう食べないの?」

 

「ひなちん、いつもの5分の1しか食べてないじゃん」

 

 

私の様子に友達二人がとってもビックリした顔をしたの。

 

確かに、今日は食欲が出なくて全然食べれなかったの。

 

 

「あ、もしかしてひなちん、日野くんのこと考えてたぁ?」

 

「ひゃう!!?」

 

 

そんな時、一人の友達が唐突に日野くんの名前を出してきたの。

 

私は頭が真っ白に、顔がポッポーって熱くなったの!

 

 

「どっ、どど、どうして、きょきょでひにょくんが出てきゅるにょ!!?」

 

 

私は噛み噛みになってしまった。

それがほとんど肯定の意味を示してしまっているの。

 

 

「あーやっぱりかぁ。いやー、やるねぇ日野くん」

 

「もしかしてひななが色恋沙汰始めちゃったの?」

 

 

私があうあうあうと唸っている間に、友達二人が勝手に話を進めていたの。

 

 

「私もとっても意外。まさかひなちんのハートを射止めちゃう猛者がいるなんて思わなかったー」

 

「そっかそっかぁ。日野っちで頭一杯だからご飯も進まなかったんだ!」

 

 

友達二人は勝手に納得していたの。

 

どういうことなの?

私だけ置いてけぼりなんて酷いのー!

 

 

***

 

 

「ねぇねぇ、日野くん」

 

 

俺が放課後、いつも通りタイムセールまでの時間つぶしがてら、自分の席に座ったまま読書をしていると、この前応援をしてくれた山箸の友人が話しかけてきた。

 

 

「何?」

 

 

冷静を装って返事はしたが、内心はビクビクだった。

山箸に嫌われちゃった今の俺だ。

それが彼女に通じて、怒りにきたのかもしれない。

 

だが、彼女の言葉はむしろ正反対だった。

 

 

「日野くん、すごいすごい! ひなちんが食べ物以外にデレてるの初めて見たよ!」

 

「え?」

 

 

山箸がデレた?

何にだ?

 

俺が言ってることを理解できずに黙っていると、彼女はそれを察して説明を始めてくれた。

 

 

「気付いてなかったの? ひなちん、明らかに日野くんに恋しちゃってるよ?」

 

「……マジで?」

 

 

俺よりも山箸と一緒に居るこいつの言う事だから間違ってはいないんだろうが、

なら何故避ける真似をしているのだろうか。

 

 

「ひなちん、初恋どころか好きって感情が分かってないからねー。今は日野くん見るとドキドキしちゃう謎の現象に慌てふためいてるんだよ。しかも、あのひなちんが最近はご飯全然食べないんだよ、日野くんのこと考えてるせいで」

 

「……」

 

 

俺は黙って考える。

 

今までの山箸は食べ物に恋してるって表現がピッタリな女の子だった。

それが今は友人が目に見えて分かるほどに俺のことを考えてくれている。

 

そう思うと、俺はついついニヤけてしまった。

 

 

「あーそのニヤけ顔ちょっと気持ち悪いよ」

 

「ぐはっ」

 

 

山箸の友人に突き刺さる一撃を喰らってしまった。

けれど直後に笑って言ってきた。

 

 

「こっからどうやって恋愛感情を教えるかは日野くんの技量の見せどころ! ひなちん、正門に呼び出しとくから頑張って♪」

 

「は!?」

 

 

俺が驚きの声を上げるも、彼女はそれを無視してスキップしながら教室を出ていってしまった。

 

見せどころったって……どうすりゃいいんだ。

 

 

 

とりあえず正門に向かうと、本当に山箸が待っていた。

 

 

「よ、よう」

 

 

手を挙げて挨拶する。

だが、山箸は一度俺を見るとすぐに顔を反らしてしまった。

その頬は明らかに膨らんでいる。

 

 

「ふんだ!」

 

 

あれ、俺あからさまに嫌われてません?

 

 

「日野くん、さっきは随分とみーちゃんと楽しそうだったの!」

 

 

あ、それ見られてたのか。

それで怒って……

 

 

 

って、それって明らかに嫉妬、だよな。

俺が他の女の子を話してるのを見かけて、それで嫉妬してくれたのか。

 

 

「山箸、あれはお前の話をしてたんだ」

 

「……私?」

 

 

予想外だったのか、怒るのも忘れて山箸はキョトンと首を傾げた。可愛い。

 

 

「ちょっと、歩きながら話さないか」

 

 

俺がそう提案すると、

 

 

「う、うん。構わないの」

 

 

山箸は顔を赤くしながら承諾してくれた。

 

 

 

山箸と一緒に歩く帰り道。

隣を歩く彼女の胸が、歩行のリズムに合わせてぽよんぽよんと上下する。

あぁやっぱ大きいな……ってそうじゃない!

 

 

「お、俺さ……山箸に嫌われたと思ってた」

 

 

胸から頑張って意識から逸らしながら切り出してみる。

 

すると俺の言葉が意外だったらしく、山箸は首を傾げた。

 

 

「え、どうしてなの?」

 

「いやだって、避けられてたしなぁ」

 

 

そんな彼女に事実を告げてみる。

対して山箸は勢いよく否定する。

 

 

「さ、避けてなんかないの! そ、その……日野くんの顔見ちゃうと顔ぽっぽーになって……頭ぽわわわーんってなって、つい逃げちゃってたの……」

 

 

擬音語で例えてくる彼女はとっても可愛かった。

でも、そっか……。やっぱあいつの言ってたことは本当だな。

 

俺は山箸が自分に好意を持ってくれているという事実を確認できて、とても嬉しくなった。

 

「でもさ、こないだの路地裏で山箸が男たちにいちゃもん付けられてた時さ。かっこつけて間に入ったクセに、ボコられて金取られただけで、かっこ悪かったろ? だから嫌われたんじゃないかなって」

 

 

そう説明すると、山箸はまた勢いよく話してきた。

 

 

「嫌いなんかならないのっ! かっこ良かったの!」

 

 

かっこ良かった、と彼女の口から聞けて、それだけで幸せな気持ちになれた。

 

と、そういえばこの会話をきっかけって山箸の友人と話してたのを聞かれてたからだったっけ。

 

 

「そいや、あいつと話してた山箸の話ってやつなんだけどさ」

 

 

ちょっと唐突な話題変更な気がしたが、山箸はすぐに食い付いてくれた。

 

 

「あ、それそれ! ずっと気になってるの! みーちゃんとどんなお話してたの?」

 

「お前が……まぁその、俺に惚れてるって話だ」

 

 

思い切って端的に告げた。

自分から「自分に惚れてる」なんて言うのは、この上なく恥ずかしい。

 

でも、山箸には直球で行かないと……隠した言い方をすると分かってくれなさそうだからな。

 

 

「ほれる?」

 

 

まぁこれでも伝わりきるとは思わなかったけど。

俺は諦めずに説明を続ける。

 

 

「俺を見ると顔が熱くなって、頭真っ白になって……胸がドキドキしてくれるんだよな。それ、典型的な恋してる状態だよ」

 

「こい? こい……」

 

 

言葉を反復して、顔を伏せる山箸。

彼女が今何を考えているのか、俺には分からない。

 

うぅ、不安だなぁ……。

自意識過剰すぎとか言われて嫌われなんかしたか、寝込むぞ。

 

でも、その心配は杞憂だったみたいだ。

 

 

「そっか……そっかぁ……。この気持ちが……恋なの!」

 

 

そう言って顔を上げた山箸は、頬を紅潮させつつも幸せに微笑んでいた。

 

 

「好きなの! 好きなの好きなの!! 日野くんが大好きなのっ!」

 

 

捕まえたと言わんばかりに勢い良くオレに抱き着いてきた。

豊満なおっぱいが胸板で潰れる感触に意識を持てかれたが、すぐに戻して俺からも抱き締め返した。

 

 

「俺も山箸のことが大好きだよ」

 

「ホント? 私、おにくいっぱい付いてるの」

 

 

山箸は相変わらず自分にはネガティブだな。

まぁそのお陰で他の男に取られずに済んだって考えれば結果オーライか。

 

 

「前も言ったろ。山箸ぐらいならむしろベリーグッドだ」

 

「日野くん、マニアックなの!」

 

 

何故か俺がデブ専扱いされた気がする。

んー、そだな。その辺はちょっとずつ解消してこう。

 

今は山箸の彼氏になれたってだけで十分嬉しい。

 

 

 

 

 

………………。

 

 

 

 

 

「……というわけで、山箸と付き合うことになった」

 

「なったの!」

 

 

次の日、俺たちはキューピット役を買って出てくれた山箸の友人に報告をした。

 

 

「おー、おめでとうお二人さん」

 

「これでひななも彼氏持ちかぁ」

 

 

友人二人はからかいつつも祝福してくれた。

すると山箸が突然俺の腕に抱きついてきた。

 

 

「今、と~っても幸せなの♥」

 

 

そう言う彼女は、俺が惚れた時と同じ笑顔を向けてくれた。

 

俺は腕を挟んで、柔らかい感触を絶え間無く伝えてくることにより熱を持とうとする股間から意識を離すことに必死になっていた……。



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