深窓のTS魔女 (小動物愛好家)
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魔女

息抜きに書いた短編TSです。
多分続かない。

2/27 ストーリー進行に伴いサブタイトルを変更しました。


 

木々の隙間から少量の陽が差し込む、鬱蒼とした森。小動物すらも滅多に足を踏み入れないような場所に、その屋敷は建っていた。

両開きの扉は植物の蔓に覆われ、往時は白く輝いていたであろう白亜の石柱も、薔薇に巻きつかれおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。窓枠は経年劣化でガタガタになっており、屋根に至っては一部腐り落ちてしまっているザマ。外観だけでも、人が住んでいるとは思えないようなこのオンボロ屋敷。

 

どうです、これが私のおうちなんですよ。酷いでしょう?

 

おっと、申し遅れました。私ロラ・プラシエルといいます。僭越ながら、このオンボロ屋敷の主人をしております。経緯を話せば長くなるので、掻い摘んで説明いたしますと、TS転生して気付けば館の主となっていました。ということです。

何を言っているのかわからねーと思うが…という感じですね。自分でも分かりません。

目を覚ますといきなり森の中で、人里求めて歩き回るうちにここへたどり着いたんです。前世の記憶は結構忘れていますが、性別が男だったという事は辛うじて覚えています。ああ、私の名前は書庫にある絵本から適当に抜き取ったものです。江戸○コナンみたいな。名前が無いと色々不便ですからね。

 

 

つらつらと動かしていた羽ペンを止め、ほぅとため息を吐き外を眺める。やめたやめた、馬鹿馬鹿しい。こんなことしてもなんの役にも立たん。俺は書き始めたばかりの日記を机に放り捨て椅子に凭れかかった。

 

転生してから恐らく三ヶ月程。屋敷に掛けられていた何らかの魔法か呪いで魔女となってしまった俺は、この何もない森を一定範囲から出られないようになっていた。生まれ変わった意味を探すかのように、一時期は頻繁に屋外調査に赴いていたが芳しい結果は得られず、屋敷内の本を虱潰しに読み漁ったりもした。しかしやはり結果は同じで、代わりに手に入れられたのは前世に無かった魔法の知識と薬草学、この世界の文字だけであった。

俺にできることと言えば、精々こうして暇潰しをするか、森や屋敷の手入れをするくらい。神がいるのならば、何故俺をこんな所に放り出したのか問いただしたいもんだね。日記には飽きたし他にやれることは無いだろうかと立ち上がった時、森の奥から悲鳴が聞こえてきた。

ついに来たか!逸る気持ちをなんとか抑え、身支度を済ませてから屋敷を飛び出す。これだよこれ、異世界転生ならやっぱりイベントが無いと始まらないよね。俺は持ち前の優れた嗅覚と聴覚を駆使し、悲鳴がした方向へと駆け出した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

それは一瞬のことだった。魔獣に襲われもうダメだと諦めた時、一陣の風が背後から吹き抜けた。するとさっきまでヨダレを垂らして僕を食らわんとしていた魔獣が、恐ろしいナニカでズタズタに引き裂かれてしまったんだ。それと同時に、目の前に黒いローブとつば広のとんがり帽子を被った人が視界に飛び込んできて、直感でこの人に助けられたんだと僕は思った。と、とにかくお礼を言わなくちゃ失礼だよね。

 

「あ、あの!助けてくれてありがとうございます!」

 

僕がそういうと、その人はゆっくりとこっちに振り返った。

 

「ああ。怪我は無かったか?痛むところは?」

 

"彼女"は気遣わしげな目でこちらを見つめてくる。それなのに僕は、返事をするのも忘れてぽーっとその人を観察し始めてしまう。背中まで伸びたマゼンタの髪に、帽子の影からでも目立つ透き通った蒼い瞳。それに村の人たちよりも長い耳は今まで見たこともないものだったから、仕方ないよね。

いつまで経っても返事をしない僕に、やがてローブのお姉さんはあわあわし始めた。

 

「お、おい。どこか痛むのか!?怪我はどこだ、私に見せろ」

 

こっちに手を伸ばして服を脱がせようとするお姉さんに、流石に僕も慌てて制止する。彼女のお陰で傷なんてどこにも無いし、体調は至って健康そのものだし。

 

「大丈夫だよ。ありがとお姉さん」

 

「な、なんだ、それならそうと言ってくれれば良いのに」

 

僕の言葉に、お姉さんはホッと胸をなでおろす。その姿を見ながら、ふと疑問が浮かび上がってきた。それはお姉さんが何故こんな所に居たのかということ。この森の中へは僕みたいにやむを得ない事情がある人しか来ないはず。ひょっとしてお姉さんもそうなんだろうか?とは言え村にこんなキレイな人なんていないしなぁ。うーん?

 

「キミ、この森は結構デンジャラスなんだぞ。家はどこだ?途中まで案内するから教えてくれないか」

 

考え事をしていた僕に声がかかる。そう提案してくれたのはお姉さんだ。しかし僕は首を横に振って答える。

 

「だ、ダメだよ。薬草が無いとお母さんが…」

 

そう、僕には病に倒れた母がいる。この森で採れるという薬草が無いと、病気は治らず母は亡き人になると医者に言われ、だからこそ僕は危険を冒してまでここへやってきたのだ。

それを聞いたお姉さんはしばらく顎に手を当てて考えると、こう言った。

 

「その薬草、うちにあるかもしれない」

 

と。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

屋敷を見た少年は若干表情を歪めていたが、薬草のためと割り切って俺の後ろを付いて歩く。この子、知らない人について行っちゃダメだと教わらなかったのか?案外ダメ元でも言ってみるもんだね。

少年を連れたまま俺が倉庫として使っている部屋に入る。一応掃除はしてあるので見て呉れは悪く無いはず。そこから引き出しのプレートを確認し薬草を探す。彼が言うには、赤い葉脈に白のギザギザした葉が特徴の草らしいが。確か最近そういうのを採取したような記憶が…あった、これだな。

 

「キミ、これがその薬草か?」

 

少年の言う薬草と特徴がピッタリ合う草を掌に乗せて見せる。すると彼の目はキラキラと輝きだし、満面の笑みで勢いよく頷いた。

 

「これですこれ!間違いありません!」

 

「そうか、なら持っていくと良い。このままでも良いのか?」

 

少年の手にそっと薬草を握らせる。すると彼は困惑してこちらに返そうとしてきた。

 

「えっ、良いんですかこんな貴重なものを持っていっても!?」

 

「良いも何も、うちじゃ使い道がないからな。是非有効活用してあげてくれ。このまま引き出しの中で腐らせてしまうよりよっぽどいい」

 

そう言うと、彼は渋々といった感じで大切そうに茶色いベストのポケットにしまってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、何から何まで。お姉さんがいなきゃ今頃僕は魔獣の胃の中でしたよ」

 

少年を守りながら移動出来る最大範囲までやってきた俺は、念のためにと攻撃魔法を込めた水晶を手渡し別れの挨拶を交わしていた。

 

「礼は要らん。後は一人で行かなきゃならないんだ、気を付けろよ」

 

「大丈夫です。ここまで来れば魔獣も出てきませんから。お姉さん。ホントに、ホントにありがとうございました!それじゃまた!」

 

元気よくパタパタと駆けていく少年を見つめながら、俺は安堵の溜息を吐いた。

まさか日本語が通じるとは思わなかったなあ、と。

 

 

 

 

 

 

彼が無事帰った後、少年の村では"森の奥にとんでもない美女がいる"という噂が広がったことを、ロラはまだ知る由もなかった。

 



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友達


なぜ続いたし。



 

ロッキングチェアーに揺られながら、うつらうつらと船を漕いでいた時のこと。滅多に人が訪れないはずのこの屋敷に来客があった。

窓際で陽の光に包まれながら気持ち良くうたた寝していたところを邪魔されたのであるから、当然俺の機嫌は急降下する。魔獣だろうが何だろうが殴り飛ばしてやるという勢いで部屋を飛び出し、軋む階段を降りて玄関の扉を開ける。するとそこには、傷だらけで今にも倒れてしまいそうな女の子が立っていた。予想だにしない光景に俺は何があったのかと尋ねようとしたが、それより先に彼女が口を開いた。

 

「魔女さん助けて!」

 

息も絶え絶えといった様子の少女はユラっと後ろを指差す。それと同時に猛烈な勢いで草木を破壊しながらソレは現れた。

 

「ガルルル…!」

 

獲物を睨みつけ前足をひたりと踏み出し『もう逃がさんぞ』とばかりに唸る魔獣に、少女は恐怖のあまり目の前でぺたんとへたり込んでしまった。

 

「なるほどな」

 

何が目的かは知らんが俺に会うためにやってきたであろう女の子を守るため、玄関から外に出て部外者と対峙する。すると俺の覇気に圧倒されたソイツは毛を逆立て一際大きく威嚇すると、そのまま飛び掛かってくることもなく再び鬱蒼と茂る木々の中へと姿を消していった。

 

「あ、ありがとうこざいました…」

 

未だ小刻みに震える体を自分で抱きながら、上目遣いに感謝を伝えてくる健気な少女に手を差し伸べながら癒しの魔法を施してやる。すると触れ合った指先から波動が伝わり、みるみるうちに傷が癒えていく。

 

「わ、あ!」

 

しばらく傷のあった箇所をペタペタと触り不思議そうにしていた女の子だったが、思い出したようにスクッと立ち上がると突然こちらに抱き着いてきた。あまりにいきなりすぎて何事かと慌てふためく俺に、彼女はこんな事を言い放ったのだった。

 

「ねえ魔女さん、私と友達になって!」

 

と。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

フランソワは夢見がちな少女である。それが災いして、村ではあまり友達が出来なかったのだという。彼女は専ら絵本や御伽噺の世界に没頭し、日がな一日空想を重ねていた。

しかし数日前、誰もが生還を絶望視したとある少年が無傷で帰り、村人がその理由を尋ねると『魔女が助けてくれた』と興奮気味に語ったらしい。その噂を聞きつけたフランソワは、居ても立っても居られずこうして会いに来たんだと少女は抱き着きながらに教えてくれた。しかしこのままではリラックスして会話も出来ないので、とりあえず自室のソファに座らせ、適当に飲み物を持たせる。

俺も暖炉の前に移動させたロッキングチェアーに腰掛け、自前の茶葉を使った紅茶に口を付けて一息つく。

 

「それで魔女さん、私の友達になってくれるの?」

 

フランソワは渡された飲み物に手を付けず前のめりになって聞いてくる。どんだけ友達になりたいんだこの子は。まあ、俺も一人は寂しかったから断る理由も無いし快く受け入れてあげようと思ったが…ここでちょっとした悪戯心が芽を出した。彼女は絵本が好きで、俺は物語に登場する魔女そのものなのだ。ちょっとくらい意地悪したって、バチは当たらないよな?

フッと息を吐きわざとらしく天井を仰ぎ見、そのまま視線だけフランソワに寄越す。如何にも魔女っぽい挙動。俺って案外演技派だったんだな。

 

「そうさな。別に友達とやらになっても良いが、一つ条件を出そう」

 

「条件?」

 

まだ10歳くらいの少女に提示する条件。当然子供にも出来なくはない程度の難易度にするべきである。俺は悪い魔女じゃないからね。

 

「うん。キミには地下室の掃除でもしてもらうかな。それでどうだ?」

 

地下室。それは玄関ホールに設けられた暗く湿っぽい空間。実は暗い場所が怖くて未だに手をつけられてないという、屋敷に住み始めた当初からの悩みの種。それを彼女に掃除してもらおうと言う魂胆である。ふふ、我ながら良い案だ。

 

「分かりました!掃除道具、ください!」

 

俺の問いに即答したフランソワは、袖を捲り可愛らしい二の腕に小さな力こぶを作って見せた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

魔女さんに見送られながら、モップと燭台(しょくだい)を持って私は地下室に入った。細く長い階段を降りると、床は魔女さんの言っていた通り湿っていて滑りそうな感じ。事前に教えてくれるなんてえらく親切な人なんだなぁと思う。そんな呑気な事を考えていたら、後ろからついて来ていた水入りのバケツが目の前に着地した。あの人が魔法で動かしていたんだろうけど、やっぱり魔女って凄いんだなあ。

じゃなくて、今は掃除に集中しなきゃ!

 

「よし、頑張るよ!」

 

とにかく目に付いた汚れを片っ端から拭い去っていき、クモの巣や小さな昆虫の死骸なんかはモップの柄で移動させていく。長年使われていなかった様子の本棚や引き出しはカビだらけで酷い有様だったけど、私のお掃除のお陰で多少はマシになったかな。そうして一時間くらいで目に付くところは粗方片付け終わった。

 

「ふぅ、取り敢えずこれでキレイになったわね。さて、ちょっとだけ休もうかな」

 

手頃な大きさの木箱を見つけて腰掛ける。私としてはかなり頑張ったから、これは自分へのご褒美よご褒美。

 

「んー、それにしてもここって何に使ってた部屋なのかなぁ?」

 

ふとそう思いフランソワは独り言つ。棚や引き出しにあった用途不明の器具の数々。部屋を見渡せば不気味な物が所狭しと並べられていて、なんとも趣味が悪い。

ただ、掃除中に見つけたこのキレイな石だけは不思議と惹きつけられるものがあった。棚の上の少し大きい小箱に、隠すように収められていたとても透き通っている石。これを魔女さんに渡せば、もしかしたら気に入ってくれるかもしれない。そう思って取っておいたのだ。

 

「ふふ、気に入ってくれるといいなぁ」

 

休憩を終えてモップやバケツを手に取り、上機嫌に玄関ホールへと戻る。

これで魔女さんは私の友達だ。フランソワはニヤつきを抑えきれずニヨニヨしながら階段を登ったのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「じゃあね、ロラちゃん!また遊びに来るから!」

 

「気を付けてな、フランソワ。危なくなったら水晶を使うんだぞ」

 

森の行ける範囲まで案内した俺は、数日前のようにフランソワを見送ることとなった。結果として俺は彼女を友達第一号に認定し、お互いこのように名前で呼び合う仲に発展。この世界に来て初めての友人だからか、俺も心なしかテンションが上がっているらしい。しかしちゃん付けは少し…恥ずかしいな。何とかならないだろうか。

 

「バイバイ!」

 

鼻歌を歌いスキップしながら帰っていったフランソワちゃん、今回の出会いは俺にとっても彼女にとっても大きくプラスに働いただろう。何よりこの透明な石、なんと知っている相手の現在の様子を視ることが出来るのだ。俺と知り合いなのは残念ながらこの前の少年とフランソワだけだが、試しに念じてみると彼の姿が映ったのである。

ただタイミングが悪かったらしく、俺の事を呼びながらアレを致している(・・・・・・・・)のが視えたので何とも言い難い感情に苛まれてしまった。フランソワ曰くこの時の俺は顔が真っ赤になっていたという。バカな、前世男のこの俺が他人の行為を見て赤くなるなど!

コホン、まぁそれは置いといて。今後はこの石を通して外界の様子を探ることに専念する予定だ。ついでに名前も付けておこう。『石』だと呼びづらいしな。そうだな…透石(とうせき)とでも名付けておこうか。うん、我ながらいい名前だ。

 

「これからよろしく、透石クン」

 

手に持った透石を手ぬぐいで磨きながら、俺は屋敷へと足を向けた。次にフランソワと会ったときは何をしようかと考えながら。

 

 




大体10〜12話くらいで完結する予定。


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旅人

三ヶ月家に籠ってたロラは若干コミュ障気味。
ぶっきらぼうな話し方が個人的なツボ


 

 

 

ある日、透石で知人の様子を伺っていたところ、以前助けた少年が見知らぬ男性を連れて屋敷に向かってくる姿が見えた。

度々襲いかかってくる魔獣を撃退しているのを見ると、男は戦いに慣れた人間であると予測出来る。俺としてはそういう穏やかじゃない人間に来てほしくないと言うのが本音だが、曲がりなりにも魔女をやっている以上避けられない運命なのかもしれない。とりあえず警戒されないようお茶でも淹れて待っておくか。うん、それが良い。

 

しばらくして客人はやって来た。帯剣し太陽の光を受け鈍い輝きを放つ鉄製の鎧は、戦いを生業にする人間であることを言わずとも語っている。玄関の扉を開けて彼を視界に入れた瞬間、突然跪いたと思ったら目にも留まらぬ速さで俺の手の甲に口付けを落とした。

 

「驚いた…こんな所に僕のフィアンセが居たなんて。今すぐ教会へ向かおう!」

 

「ぇ?」

 

俺の手を握って返事も聞かずに道を戻ろうとする男に、隣に居た少年が待ったをかけた。その顔は般若のような形相である。

 

「パトリックさん!何やってるんですか!」

 

「おおアンリ君。すまない、つい癖で…」

 

パトリックと呼ばれた男は俺の手を離し、気恥ずかしそうに頰を指で搔く。あの流れるような動作は確かに女性の扱いに慣れているようだったが、彼が女好きであることはこの際気にしないでおこう。

 

「俺はパトリック。旅をしている者だ。先程の非礼をお詫びするよ、森の魔女さん」

 

「べ、別に気にしてない。私はロラ、ロラ・プラシエル」

 

改まって手を出す彼に応じる。旅の途中、村で俺の噂を知り態々会いに来たと彼は語った。なるほど、パトリックは旅人だったのか。それならあの強さにも頷ける。ついでとばかりに側で控えていた少年も身を乗り出し、こちらに手を差し出す。今日は案内人としてここへ来たんだという。

 

「僕はアンリ。この前は助けてくれてありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

彼の身長に合わせ少し屈む。この前視てしまったアレはもう気にしてないし、笑顔で握手を交わす。するとアンリ君は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。どうしたのだろうか?

 

「彼はウブなのさ。どうもレディの笑顔に慣れてないらしい」

 

「ち、違います!」

 

赤くなっていた少年は更に顔を真っ赤にしてパトリックへ吠える。なるほどそういうことだったのか。いや、そうじゃなくて、彼らは意味があってここを訪れたはずだ。さっきからさながら漫才のようなやり取りを繰り返しているが、何がしたいのだろう。

 

「パトリックさん、そんなことより目的があるんじゃなかったんですか!?」

 

恥ずかしさを誤魔化すように話の流れを断ち切るアンリ君。そうそう、それが知りたかったんだ。

 

「おっとそうだった。君を弄るのが楽しくてつい」

 

悪怯れる様子もなく彼はクツクツと笑う。爽やかそうな見た目のわりに悪趣味なヤツだ。その内背後から刺されるぞお前。

 

「ロラさん、俺はあんたに求婚しに来たわけじゃなくて、魔法を教わりに来たのさ」

 

「ほう。魔法を、か」

 

見た所パトリックは剣士、魔法を駆使して戦う類の人間には見えない。そりゃあ魔法を教わるなら魔女以上の適役はいないだろう。

 

「俺は今よりもっと強くなりたいんだ。その為には魔法を習得するしか道はない」

 

悔しそうに顔を歪め彼の拳に力が入る。余程の事情があるらしい。

 

「だから頼む!俺に魔法を教えてくれ!」

 

俺の両肩を掴んで懇願するパトリック。人に何かを教えた経験など無いに等しいが、こうも頼りにされてしまっては断ることも出来ない。結局彼の願いを聞き入れ、日没までの間魔法の習得を手伝う流れとなってしまうのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「己が魔力を感じる方法は幾つかある。その中でも簡単なものを実践してもらう」

 

荒れ果てた屋敷前の庭での実習。何にでも挑戦したいお年頃のアンリ君も参加しているから、生徒は二人だ。

まずは基礎の基礎、そもそも自分に流れる魔力を感じ取れないと魔法は使えないからな。

 

「口で説明するのは難しいのだが、こう…包丁で指を切りそうになった時、怪我をしてないのにジクジクした熱を感じたことはないか?」

 

分かりやすい事象を挙げるのなら、まな板に手を固定して指の間に釘を落とすという実験。実際にやってみると分かるのだが、釘が落下した瞬間、着地点周辺の指に熱が集まるのを感じ取れると思う。あれが謂わば魔法の源なのだ。

 

「あれを常にコントロール出来るようにならなければ、魔法は使えない」

 

「あの感覚を、か。ちょっと難しそうだなぁ」

 

自分の手を見つめ、グッパグッパと開いては握りしめる動作を繰り返すパトリック。アンリ君に至っては頭からはてなマークが乱立してしまっている。

自分にとって当たり前の感覚を他人に伝えるのは非常に難しい。こういった手はあまり使いたくないが、時短の為にも魔法で手っ取り早く感覚を掴んでもらうとしよう。

 

「仕方ない。パトリック、私の手を握ってみろ」

 

「ん?良いのか。じゃあ遠慮なく」

 

サササッと体を横付けさせ、ぎゅっと指を絡ませてくる不届き者。彼の突拍子も無い行動に、アンリ君も俺も呆気に取られてしまう。

 

「ば、馬鹿者!誰が恋人繋ぎをしろと言った!!」

 

「いででででで!?」

 

反射的に電撃魔法をお見舞いしてやると、パトリックは地面に落ちた蝉のように転がり回った。ハッハッハ、思い知ったか魔女の力。

 

「真面目にやれ!」

 

「パ、パトリックさん…大丈夫ですか?」

 

心配そうに駆け寄るアンリ君だが、どこか残念なものを見るような目になっているのは気のせいではないはず。

 

「あ、ああなんとか。やれやれ、厳しいねロラは」

 

「自業自得だろうが」

 

少年の手を借り立ち上がったパトリックは、土を払うと俺に平謝りをしてきた。コイツ懲りてないな。

 

「いいか、余計な事はせずただ黙って私の手を握れ。わかったか?」

 

「もうしないって。悪かった」

 

彼がキチンと手を重ねたのを確認したので、今度は電撃ではなく魔法の源を相手に流し込む。指先にピリピリした感覚を感じ取ったのだろう、パトリックは気持ち悪そうに顔を歪めさせた。そこで俺は手を離す。他人の魔力ではあるがこの効果は20秒程続き、今ならそれを使って魔法を行使出来るはずだ。

 

「指先に力を集中させてロウソクの火をイメージするんだ。出来るか?」

 

「ああ。ロウソク、ロウソクの火…だな」

 

人差し指に念を送り始めた彼は何度かブツブツ呟いた後、見事小さな灯火を生み出した。とても嬉しそうに喜んではいるが、魔法習得への道はまだ始まったばかり。これを自らの魔力で作り出し、さらに複雑なイメージを湧かせられるようにならなければ実戦で使えるモノには到底ならない。

年甲斐もなくはしゃぐパトリックを見て、僕も僕もとアンリ君がこちらにやってくる。

 

「どれ、君もやってみるか。さあ手を」

 

「うわあ、なんか変な感じ…」

 

痒そうに掌を掻く少年に、先程と同じようにロウソクの火をイメージするよう促す。するとアンリ君は、予想外なことに少しの時間も必要とせず即座に火を指先に灯した。しかもサイズが大きい。彼は自分の可能性に気付いていないようだが、上手くいけば将来大物の魔術師になれるかもしれない。この俺がそこまで言うのだからまず間違いないだろう。

 

「偉いぞアンリ君。あのダメ男より才能がある」

 

「ダメ男は酷いんじゃないかな魔女さん」

 

肩を落としてボヤく男を、少年の頭を撫でて無視する。伸び代のあるアンリ君を手塩にかけて育てた方が教え甲斐があるというものだ。とは言え日没まで手伝ってやる約束を忘れた訳じゃない。約束を守ってこその魔女だ。それ故、俺はパトリックに向かってこう囁いた。

 

「なら、誰でも使える強力な魔法を知りたいか?」

 

と。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

太陽が険しい山岳に身を隠し、森に夜の帳が下りる。出番を待ち続けていた音楽家達が彼方此方でアピールを始め、あっという間に天然のコンサート会場へとその姿を変貌させていく。普段は荒々しい魔獣共も、今は演奏に耳を傾けている頃だろう。

そんな中、忙しなく荷物を纏める人間の影が二つあった。傍らにはとんがり帽子を目深に被り、黒いローブを着た傾国の美女が立つ。

 

「よし、これでおしまい」

 

丸々と太った皮袋を肩に掛け、パトリックが立ち上がる。あの中には魔女お手製の水晶をこれでもかと詰め込んでおいた。旅先でも魔法の修行は続くだろうが、その穴埋めをする為の謂わば繋ぎ。これが先程言っていた『誰でも使える魔法』の正体。少年やフランソワに渡していた物と同じ、自分の魔力を必要としない使い捨ての魔法である。

 

「水晶が無くなればまた訪ねて来い。その時は稽古に付き合うぞ」

 

「助かる。恩にきるよ、ロラ」

 

小さくはにかむパトリックに、アンリ君が不満そうに頬を膨らませる。

 

「む、いつから呼び捨てするような仲になったんです?」

 

「おや、妬いてるのかな?」

 

「妬いてません!」

 

ムキーッと赤くなって反抗する少年。相変わらず趣味の悪い男だ。顔は眉目秀麗だというのに、何故こうも中身が残念なのか。

 

「仲良くしろ二人共。それとアンリ君、山菜は忘れず母に渡してやるんだ。分かったね?」

 

「あ、ハイ勿論です!お母さんもこれで元気になりますよ!」

 

透石を通じて視る彼の母は想像以上に儚げな人だった。力をつけて欲しいとの願いも込めて、少年には健康に良い山菜をたっぷり持たせている。これで元気になってくれればよいのだが。

 

「それじゃあロラさん、また会いましょうね!」

 

「ああ。達者でな」

 

森の外に向かって歩き始めた彼らを屋敷の玄関から見送る。いつもなら行動範囲ギリギリの所まで付いていくが、今回はパトリックがいる。俺の出番は無いというわけだ。

茂みに隠され見えなくなった姿から視線を切り、屋内に戻る。喧騒の去った屋敷内はヒンヤリと冷たく、そして淋しい。

 

「…………」

 

次に誰かが訪れるのはいつだろう。そんな事を考えながら、トボトボと自室へ向かうのであった。

 

 

 




パトリック「都に着いたら色々仲間に自慢してやろっと」

アンリ「都に行くんですか?」

パトリック「あそこは稼げるからな。オススメだぜ」

アンリ「ふ〜ん…」


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希望

お待たせしました。更新が遅くなってしまい申し訳ないです。
言い訳させてもらうと、本当にこの内容でいいのかとかなり悩んでおりました。プロットにも若干の軌道修正をくわえてます。
あとがきにも書いていますが、可笑しな点がございましたらドシドシご報告ください。低評価も覚悟の上です。

2/27 ご意見をもとに、作中の表現を一部改定いたしました。ご指摘ありがとうございました!


 

「鉄砲隊、装填開始!」

 

黒光りする馬に騎乗した男が、地を揺らす大声で叫ぶ。その言葉に呼応して横一列に並んだ銃士たちが、一斉にマスケット銃の弾込め作業に入る。

ここは戦場。周囲を大国に囲まれたこの国は豊富な海洋資源や鉱物を目当てに、度々他国からの侵略を受けている。今眼前に広がる光景も、隣国の侵略行為に他ならない。

 

「魔術師隊攻撃始め!」

 

作業を行う銃士の傍に立つ魔法使い達が、陣の左右から順番に攻撃を放つ。距離にして150m、敵陣の兵士たちは前面と頭上に掲げた大盾で魔法から身を守る。しかし特殊な訓練を修了した魔術師隊の完全なるアウトレンジ戦法は、確実に相手を蝕む。

 

「良いぞ!次、鉄砲隊射撃用意、撃てーーッ!」

 

中心に位置する魔術師達の攻撃が止むと同時に、先程と同じ順番で銃士が鉛玉を発射。魔法を受け耐久度の下がった大盾では防ぎ切れず、銃弾は貫通。何人もの敵兵が自陣に到達する事なく崩れ去っていく。

 

「鉄砲隊はすぐさま再装填にかかれ!術師も詠唱が終わった者から順次攻撃せよ!」

 

銃士が慌ただしく銃弾の再装填に着手し、魔術師も同じ手順で魔法を降り注がせる。

幾度の危機を乗り越え、死線を潜り抜けた者達は他国軍よりも練度が高く、その恐ろしい攻撃の嵐を前に敵兵は動く事を許されない。

 

「将軍様、此度の戦も何とか持ちこたえられそうですな」

 

先頭に立つ馬上の男に、近づいて来た初老の爺が呟く。しかし男は顰めっ面を崩さず正面を睨みつけたまま動かない。

 

「いいや、奴らの戦術も日に日に改良されている。このままでは、いつかこの戦線も突破されてしまうだろう」

 

これは将来確実にやってくるであろう最悪の日。見ての通り彼らはテストゥドと呼ばれる構えを運用し、遠距離攻撃に対し防御力を高めて来た。それに加え、マスケット銃の製造技術が流出する可能性も視野に入れなくてはならない。銃を運用しているのは今のところ我が軍しか存在しないが、この優位性も今後失われてしまうのは明白。だからこそこの男は独自の方法で戦闘を指揮し、出来る限り敵を殲滅するのだ。

 

『神よ。どうか我々に希望を…』

 

男の指揮の下、止む事のない魔法と銃弾の嵐は、敵兵を文字通り蹴散らしたのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

魔術師の詠唱時間をマスケット銃の発砲でカバーする戦術は、将軍によって考案された。さらに陣形は横陣を基本とし、大砲の砲手も含め順番を決めて攻撃することでそれぞれのクールタイムを補い合う。これにより絶え間なく攻撃が続けられるのである。万一に備え後方にパイク兵を配置し、撃ち漏らしがあった場合は彼らが銃士・魔術師の援護に駆け付ける。この戦術が編み出されてから全戦辛勝、兵士の損耗率も以前に比べ飛躍的に改善された。ほぼ無敵と言っても過言ではない戦果に、しかし男は素直に喜べないでいた。

 

「度重なる戦闘、彼らの疲労も限界か…」

 

都の南端に位置する兵舎では、多くの兵士達が身体を休めていた。だが目には生気が無く隈も酷い。それも当たり前だ。三日連続で出撃すれば誰でもこうなる。加えて碌な睡眠も取れていないのだから。

敵国は昼夜を問わず我々に何度も戦場へ赴かせる事で、軍を疲弊させるつもりなのだろう。このままではマズイ。元々低い射撃の命中率も目に見えて悪化している。

 

「何か、決定的な一撃を与えられるものは無いのだろうか…」

 

思わず口にしてしまったのは、ありもしないただの願望。そう都合のいい話が運良く転がっているはずもないのに。やはり人というものは、行き詰まると神頼みをしてしまうものらしい。全く嘆かわしい事だ。

 

「おや、将軍様。お考え事ですかな?」

 

「セバスか。いや何、ただの独り言さ」

 

廊下の窓から月を眺めていたのを、白髪の混じった初老の爺に声を掛けられ顔を向ける。セバスティアンは私の優秀な部下だ。初めて戦場に立った時からの付き合いであり、時に軍事顧問としての側面も見せる経験豊富な男だ。

 

「左様で。なれば将軍様、巷で噂になっている"魔女"の話をご存知ですかな?」

 

鋭い眼光が私を射抜く。どうやら独り言は聞かれてしまっていたらしい。

 

「知らんな。それは私の世迷言と関係があるのか、セバス」

 

「ええ、ええ。勿論でごさいます。というのも、酒場にいたという流浪人が火元なのだそうですが…」

 

要約すると辺境の村に隣接した森で、古より語り継がれる"魔女"が暮らしているという噂だ。それだけなら私も与太話として聞かなかったことにしたが、セバスティアンは流浪人が持っていたとされる水晶の欠片を懐から取り出した。

 

「ふむ、確かに魔力の残滓を感じられるな。だがこれは…」

 

残滓としては余りにも力が大きすぎる。通常はここまで大きな痕跡は残らないはずであり、それに今まで感じたことの無い波動だ。

私は僅かに希望の光が差すのを幻視した。もしかすると、この噂は本当かもしれない。

 

「…セバス、その流浪人とは話したのか」

 

「はい、既に情報は搾り尽くしました。やはりその森が怪しいかと」

 

「そうか。直ちに調査隊を向かわせろ。この噂が本物かどうか、調べる必要がある。可能ならば魔女とやらに協力を仰ぐのだ」

 

「仰せのままに」

 

恭しく腰を折り、スッと立ち去っていく後姿を見て戦慄する。あの爺はどこまで見通しているのか、彼に知らないことなど無いのではないかと思ってしまうほど、何か末恐ろしいものを感じずにはいられなかった。

 

「兎にも角にも、最も敵に回したくない奴なのには違いない」

 

暗い廊下で一人、男はニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

存外植物を育てるのも悪くないな。大きく開いた一輪の花を愛で、そう思った。

パトリック達が去って一週間が経ったある日、何らかの植物が発芽しているのを発見したのだ。寂しさ紛れで水遣りをしていたところ、見ての通り美しい花が咲いたのである。俺の髪に似たマゼンダ色の花弁をふんだんに湛える、百日草のような花。

だが、せっかく生まれてきてくれたんだ。どうせならもっと相応しい場所が良かったろうにと、俺は雑草が生え放題のままだった庭を整備してそこへ植え替えた。造園については全くの無知なので、枯れてしまったりしないかと不安だったものの、現在も元気に空を見上げているのでとりあえず一安心だ。ついでに屋敷の景観も相対的に良くなったから、まさに一石二鳥。あとは腐り落ちた屋根をどうするかだが、あまりそこについては考えたくない。想像するだけで頭が痛む。

しかし新たな楽しみが増えた事を喜び、木々の隙間から漏れる陽の光に目を細めながら呟く。

 

「ミツバチや蝶が来れば、きっと和むだろうな」

 

と。

 

 




執筆に際して、以下の戦争を参考にしています。

パヴィアの戦い
チャルディラーンの戦い
長篠の戦い

現実世界でのマスケット銃は有効射程がギリギリ70mくらいですが、この世界では魔法が存在する為、ライフリングがなくても補助魔法を使うという形で、そこそこ遠くまで撃てる設定。

可笑しな点がありましたら気にせずお知らせください。


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告白

お待たせしました。
かなり難産でしたが、ようやく皆様に最新話をお届けできます!

たくさんの感想や批評、本当にありがとうございます。お陰様でランキングにも掲載させていただいたようで、なんと感謝を伝えればいいのか…!
うおお執筆頑張るぞーー!


 

 

「だ、大丈夫かな。僕たちだけで森に入るなんて…」

 

「平気よ!なんたって私はロラちゃんの友達なんだから。きっと迎えに来てくれるわ」

 

よく晴れた朝、僕らは魔女さんに会いたくて森に足を踏み入れていた。

隣にいるフランソワちゃんとは最近よくお喋りするようになった仲で、この前ロラさんに褒められたという話をしたら彼女は羨ましがって『ズルイ、私も褒められたい!』と息を巻いてしまい、こうして強引に森へとやって来てしまったのである。

碌な武器も持たずに鬱蒼とした木々の間をまったり歩いているけど、いつ魔獣に襲われてもおかしくない状況だ。にも関わらずフランソワちゃんはズンズン進んでいくのだから、肝が据わっているというか無鉄砲というか。

それにしても、相変わらず暗い森だなあ。狭苦しく生える樹木に太陽の光は遮られてしまい、もう夜になってしまったかのような錯覚に陥る。これはなんというか、魔獣よりも幽霊が出そうな雰囲気。

 

「こ、怖いなあ」

 

「男の子が情けない声出しちゃダメでしょ?そんなんじゃ白馬の王子様になれないわよ」

 

木陰や木の幹が人の顔のように見えてきて、分かっていても身震いしてしまう。でもフランソワちゃんは全く動じておらず、冷めきった目でダメ出しをされてしまった。たとえ男でも怖いものは怖いんだ。

ほら、あそこの影なんてちょうど人みたいな形をしているじゃないか。そう言おうとして背筋が凍り付く。影が、動いた。

 

「う、うわああああ!?」

 

「な、なんだ!魔獣か!?」

 

口から情けない悲鳴を漏れ出させながらその場に蹲る。しかし聞き覚えのある声に僕はハッとして顔を上げると、やはりそこにはとんがり帽子に黒のローブを着た女性が立っていた。そう、ロラさんだ。

 

「やっぱり!迎えに来てくれたのね!」

 

嬉しそうにフランソワちゃんが駆け寄る。勢いをそのままに腰の辺りへ抱き着くと、猫のように頬ずりをし始めた。

そんなことをしたらさすがに困るんじゃないだろうかと思ったけど、ロラさんは満更でもなさそうにしていたので黙っておく。

 

「当たり前だ。友の訪問を喜ばない者はいないだろう?」

 

フフッとにこやかに微笑む彼女は、愛おしそうにフランソワちゃんの髪を撫で始める。それを見た僕に嫉妬の様な感情が芽生えた。

う、羨ましい。けどあの人にそんなだらしない事をしてもらうわけにはいかない。なによりそんなことをされたら、僕の心臓は興奮と感動のあまり破裂してしまうだろう。

 

「だが、子供二人で森に立ち入ったのはいただけないな。せめてパトリックのような者が付いてきてくれれば良いのだが…」

 

「ねえ早く行こー!それは帰るときにまた相談しようよ?」

 

早く遊びたくてウズウズしている彼女は、急かすようにローブの裾を引っ張る。

 

「む。立ち話もなんだし、とりあえずそうしようか」

 

僕はもんもんとした感情を内に秘めたまま、ひとまず屋敷へ招待させてもらうのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

ランタンの灯りを頼りに、薄暗い屋内を歩く。軋む床板の音以外には何も聞き取れない真の静寂の中、俺は確実に近くで息を潜めているであろう子供を探す。

残るはあと一人、男の子の方は早々に発見し玄関ホールにて転がってもらっている。

 

「どこだ…?」

 

優れた聴覚を頼りに自室までやって来たものの、少し前に音がパタリと止んでしまっていた。この部屋に居るのは間違いないはずだが、こうも音がしないのはおかしい。

手当たり次第にクローゼットや暖炉の中まで調べたが一向に見つからず、本気で心配になってきてしまう。

 

「だ、大丈夫か?もしかして何かあったのか?聞こえたら返事をしてくれ」

 

当然、返事が返ってくるはずもなく静けさだけが木霊する。それもそのはず、俺たちは今"鬼ごっこ"の最中なのだから。

フランソワちゃんの提案で始まったこの遊びは、どうも彼女の悲願であったらしい。曰く、『鬼ごっこなら、悪い魔女に狙われて追いかけられるスリルを味わえるから』とのこと。

なるほど、鬼役をするなら(悪の魔女という設定を除き)俺以外の適役はいないだろうな。そういう経緯で残った彼女を今探し回っているのだが、どうやらフランソワは鬼ごっこの達人だったようだ。

どうやら認識を改めざるを得ないらしい。少し姑息だが、ここは魔女らしく魔法を使わせてもらうじゃないか。

持っていたロッドを床に突き立て、俺の魔力を薄く室内に充満させる。こうすることにより、微かな力の流動や存在を認知できるのである。

 

「ん、あそこか。よし」

 

反応が感じられたのは、俺の寝床であるシングルベッドの下。その僅かな隙間にあった。まさに子供だからこそできる芸当だろう。

ソロリソロリとベッドに近付き、そして十分に間を置いたところで、

 

「そら、見つけたぞフランソワ!」

 

素早く片膝をつき、体を曲げて隙間に顔を覗かせた。そこにはやはり読み通りフランソワちゃんが小さく収まっており、いきなり見つかってしまったことに驚いているようだ。

 

「あ!見つかっちゃった。なんで分かったの?」

 

「ふふ、それは秘密だ」

 

ぷくーっとイジけるフランソワちゃんを宥めつつアンリ君の元へ向かう。玄関ホールで待っていた彼もあの異常なステルス性を知っていたのか、まさか彼女が見つかるとは思っていなかったらしい。

 

「流石はロラさんだ。えっと、じゃあ次の鬼はフランソワちゃんだね」

 

「えー。私逃げる方がいいな〜」

 

緊張感のあるスリルに味を占めたのか、ぷくっと頰を膨らませて抗議するも、これは三人で決めたルール故にそれを破ることはありえない。納得してもらえるよう彼女の頭を撫でながら言い聞かせる。それでも初めは拒否していたものの、五分ほどゆっくり話した後漸く説得に応じてくれた。

 

「それじゃ、30秒数えるからその間に隠れてね。始めるわよー!」

 

いーち、にーぃ、と玄関ホールに元気な声が響き渡る。それを聞き届けてから、俺は隠れられそうな場所を思い浮かべて動き始めた。

しかし、二階へ続く中央階段の手すりに手を掛けたその時、俺の進行を妨げる存在が現れたのである。

 

「ロラさん、こっち来てください!」

 

それは他でもない、少年アンリ其の人であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふう、ここならきっとバレませんよ」

 

狭苦しいクローゼットの中で、僕とロラさんは息を潜めて気配を隠す。さっき隠れられそうな場所を探しているときに見つけたここは、ちょうど人が二人くらい入れそうな大きいサイズで、僕はどうしても伝えたい事があった為にクローゼットへ彼女を引っ張ってきたんだ。だけど思ったより少し狭くて、まさかここまで物理的に密着することになってしまうとは思いもしなかった。

口ではいつもと変わらない雰囲気で話してても、頭の中は良い匂いがするとか色々柔らかいとか煩悩でいっぱいだ。

 

「アンリ君。それはいいんだが、少し…というかかなり狭くないか?」

 

「そ、そうですよね…あはは」

 

既にカウントダウンは終盤、フランソワちゃんがもうすぐ探しに回るので外へ出る訳にもいかず、もう動くことは出来ない。

あの子に見つからない自信はあるけど、一体いつまでこの状況は続くのだろうか。気持ちを伝える伝えない以前に、これを耐え抜けるだけの精神力が僕にあるかどうか。これが一番の問題だ。

 

「あ、あの。実はロラさんに伝えたいことがあるんです」

 

煩悩で頭がおかしくなってしまわない内に目的を達成しておこうと思い、勇気を振り絞って声を捻り出した。いつもの帽子を壁にひしゃげさせたまま、彼女は何事かと僕の目を真剣に見つめ返す。ドアや木材の継ぎ目から射し込む光に照らされ、その顔はいつもより美しく見えて…その瞬間心臓が悲鳴を上げそうなくらい飛び上がったけど、ここで尻込みしてはいけない。絶対に伝えて見せるんだ、この気持ちを!

 

「ぼ、僕。実は、そのぉ、えぇっと」

 

なかなか言葉を言い出せない僕に、ロラさんは首を傾げつつその続きを待ってくれる。

よ、よぅし落ち着け。落ち着くんだアンリ。彼女はちゃんと待っててくれているんだ、それに応えてこその男だろう。

肺に空気を精一杯取り入れて、ゆっくりと息を吐き出す。喉はカラカラで上手く舌が回るか分からないけど、やってやるぞ僕は。

 

「僕、ロラさんの事が大す『な、なに!?誰貴方たち!』

 

一番大事な部分が、階下のホールから届いた叫びにかき消されてしまった。この声はフランソワちゃんのものに違いないだろうけど、何が起こったのか想像もつかない。でも、きっと良くない事があったんだというのは声の焦りから感じ取れた。

告白なんてもうどうだっていい、一刻も早く彼女の元へ駆けつけるべきだろう。

 

「すまないアンリ君、その話は後で聞く。あの子の元へ急ぐぞ!」

 

「ハイ!」

 

戸を蹴破るような勢いで飛び出したロラさんは、僕の手を掴んで走り出す。

彼女の目は真剣そのもので、状況がよく分からない僕ですら固唾を飲んでしまう。

果たして玄関にたどり着くと、そこには真っ黒なロングコートにシルクハットを被った怪しい三人組の男と、フランソワちゃんが対峙している姿があった。すかさず僕とフランソワちゃんを背に隠し、ロラさんが前に出る。

やっぱり、この人が目的でやってきたんだろうか。

 

「何者だ。どうやら私に用があるとお見受けするが」

 

ロッドを構えながら問う。正面の男達はしばらく相談し合うと、代表して真ん中の男が一歩前に踏み出した。

 

「我々は国に遣わされた使節の者です。許可なく立ち入った無礼をお許しください」

 

脱帽し、心底申し訳なさそうに頭を下げる男に、後ろの二人も続く。

 

「都にて魔女の噂を耳にし、こうして馳せ参じた次第でございます。改めてお伺いしますが、魔女とは貴女様のことで間違いないでしょうか?」

 

「くどいな。ここを嗅ぎ付けた以上そんなこと分かってるんだろう?早く本題に入ったらどうなんだ」

 

ロラさんのロッドを握る手に力が入り、額には汗が滲む。

でも僕たちはそれを怯えて見つめることしか出来ない。こんなにも自らの無力に苛立った場面はないだろう。

 

「…ご協力感謝します。プラシエル殿、我が国家の主権と民の自由を守る為の聖戦にどうか力を貸していただきたいのです」

 

国家の主権と民の自由を守る聖戦。それは、現在進行形で続けられている隣国との全てを賭けた戦争。辺境に位置する村では中々情報が入ってこないけれど、風の噂では国軍が押されつつあると聞いた事がある。

ロラさんは森でずっと暮らしているから戦争のことなんて何も知らなかったそうだけど、外の世界は意外と殺伐としているんだ。

 

「そう遠くない未来、我々は敗北を喫するでしょう。しかし、貴女さえ居れば国と民は守られるのです。どうか、どうかご一考いただけませんか?」

 

そう熱く語る彼は本当に国を想っているんだろう。今にも零れ落ちそうなほどの涙を湛えているのだから。

でも、きっとこの頼みをロラさんは受け容れられない。何故なら彼女は…

 

「事情は分かった。貴殿の想いも伝わった。だが、この話は断らせて頂く。期待に添えず本当に申し訳ない」

 

「な、何故です!何か気に入らないことでもあるのですか!」

 

「違う。私は、私は────

 

 

 

 

 

 

 

この森から出られないんだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

外で待機していた騎士に連れ添われ、黒服の三人組は帰っていった。彼らの背中に悲壮感が漂っていたのは、きっと見間違いではないだろう。

あの時俺は男の言う戦線には加わらず、いつも通り屋敷で暮らす決断を下した。いや、そうせざるを得なかった。魔女の力となんらかの関係がある結界がある限り、俺はこの森から一歩も出られないからだ。

遊びに来ていた子供達にも村へ帰ってもらい、一人ロッキングチェアに揺られながら思案に耽る。

もし国軍が打ち破られ侵略を許してしまったら、どうなってしまうのだろう。頭をよぎるのはそればかりだ。アンリ君たちの住む村も焼き払われたり、略奪の限りを尽くされてしまうんじゃないかと考えてしまう。

そんなことはさせたくない。出来るなら俺の手で守ってやりたい。しかしそれは叶わぬ願いだ。

 

「はぁー…どうしたものか…」

 

あの結界は俺の力では破壊できない。つまり、こちらから外界へアプローチ出来ないということだ。例え国が滅びようと、村が焼き尽くされようとも。

うんうん頭を捻ってもこれといった打開策は思い付かず、時間だけが淡々と流れていくのだった。

 

 

 




TS要素が日の目を見るのはもうちょっと先です。
すみません…


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憧憬

お久しぶりです、今回はリハビリを兼ねて短めのお話を投稿させていただきます。
世界を騒がせているCOVID-19の影響を受けて、私の職場も休業となり、こうして久しぶりの更新をする運びとなりました。
外出自粛要請に従い、ぽちぽち家で執筆していきますので、何卒宜しくお願い致します。


 

 

 少し、昔話をしよう。

 それも御伽話になるくらい遥か昔のお話だ。

 

 ──かつてこの世界には、数多くの「魔女」と呼ばれる存在が人と共に暮らしていたと言われる。

 彼女たちは、只人には到底扱えないような高位の魔法を駆使し、人々の営みを豊かにしていたそうだ。

 当時の人間と魔女の関係は極めて良好で、それこそ互いに惹かれ合い、新たな生命を授かるほどだったという。

 

 しかし、そんな平穏な世界にある事件が起きた。

 

 愛する人に裏切られ、あまりに酷い仕打ちを受けた一人の魔女が、怒りと絶望に身を任せ自身の住んでいた国を丸ごと焼き尽くしてしまったのだ。

 

 この事件が起きた後、魔女に向けられていた人々の尊敬は畏怖に変わり、中には迫害を受ける者まで現れたという。これを受けて、各地に点在する魔女たちは「彼の地」に集いある決断を下した。

 

 人との共生はもはや不可能、己の強力すぎる魔力は自身と共に人里離れた場所に封印すべし、と。

 

 それからというもの、魔女は人間たちの前から姿をくらまし、人目につかない秘境に自身を封じ込めたという──

 

 これは、我が国で教育を受けていれば誰でも知っている昔話だ。多くの民はこれをただの御伽話だと捉えており、魔女など存在しないと、架空の存在だと考えている事だろう。

 

 だが、実際に魔女は存在している。

 

 いや、存在していた…と言うべきか。

 これまで私は、かつての魔女の隠れ家と思しき場所を訪れ、何度も調査を行ってきた。

 しかし、そこにあるのは幾ばくかの人骨と、孤独を綴った古い日記ばかりであり、肝心の魔女本体もとうの昔に亡くなり、力の継承も行われていないという状況のみであった。

 確かに、この世界には魔女が存在していたのだろう。しかし今現在に於いては、もはや力の系譜は絶たれ、魔女は滅びてしまったものだと考えられていた。

 

 そう、あの時までは──

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「カルミア様!大変でございます!」

 

「何事だ、そんなに取り乱して」

 

 息も絶え絶えに、失礼にもノックもせずに入ってきた部下を叱ることはせず、話を続けるよう促す。彼のこのような慌てた姿はごく稀である。それほどの何かがあったのだろう。

 

「魔女が、魔女が見つかりました!」

 

「おいおい、冗談は止してくれ。あれほど探し回ったのだ、魔女はもう存在しないと結論付けたはずだぞ」

 

 大真面目にそう抜かす部下に、話を聞くのも馬鹿らしくなり、机に足を乗せ煙草に火をつけ一服する。全く、どうせならもっとマシな嘘を吐けないのか。

 

「う、嘘などではありません!先程、将軍の向かわせていた調査隊が帰還したのですが、彼らが言っていたのであります!『魔女がいた』と!」

 

「ほう…?」

 

 小耳に挟んではいたが、オカルトを全く信じないあの堅物将軍が本当に調査隊を向かわせていたとは。

 吸い始めたばかりの煙草をくしゃりと灰皿に押しつけ、話を聞く姿勢に入る。

 

「煙草を一本無駄にしたんだ、それなりの話を聞かせてくれよ?」

 

「は、はい!彼らが言うには、つば広のとんがり帽子を目深に被った赤髪の女が、辺境の森に住んでおり…」

 

 その話は私の枯れた好奇心と探究心を大いに刺激した。幼い頃から探し求めた存在が、今まさに手の届く範囲に現れたのだから。

 しかし、私には一つの疑問が浮かんだ。それは、自らを封印する「結界」が魔女の住処に張られているはずであり、なんの知識も持たない者はそこから先へは侵入出来ないようになってるからである。

 

「結界でありますか?確か、赤髪の魔女は結界の外へは出られないと言っていたそうですが、他の者は自由に行き来できるんだそうです」

 

「なんだって?そんな馬鹿な…いや、しかし…」

 

 不可解なことであった。これまで私が調査した魔女の住処にはいづれも不可視の結界が張られており、私のように古代魔術に精通した者がいないと結界の解除は不可能に近い。

 調査隊の見たと言う魔女は結界に何か細工をしたのか?しかし、人を避け生きる彼女たちがそのようなことをするわけが…いやいや、あの物語からは相当の年月が経っている。もしや、人間との共生を彼女は望んでいるのか?そう考えると辻褄が合いそうだ。

 実のところ、魔女の使う魔術については未解明の部分がかなり多い。中には精神状態によって効果が左右されるものもあったらしい。もしかしたら、赤髪の魔女は無意識の内に人間との触れ合いを望み、その結果結界の作用が和らいだと仮定することもできなくはない。

 

 しかし、何はともあれ…

 

「気になることが多すぎる。直接会って話さないことには全てが机上の空論に過ぎん。行くぞ」

 

「は…行くとは、まさか魔女のところへでありますか!?」

 

 椅子にかけていた上着を手に取り、部屋を後にする。後ろから部下が慌てて追いかけてくる音が聞こえるが、もはや私は彼が追いつくのを待っていられるような状態になかった。

 久方ぶりに自分の頬が緩むのを感じる。ここのところデスクワークばかりだったからだろうか。思えば外に出るのも随分な気がする。

 ああ、こんなにも晴れやかな気分になるのはいつぶりだろうか──

 

 足取りも軽やかに、私は堅物将軍の元へ急ぐのであった。




自分の作った設定で自分の首を絞めるスタイル(結界のくだり)
更新が止まっていたのも、この結界の扱いに困ってたからなんですよね…いやあ、なんでこんなの作ったんだろう…


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衝突

長らくお待たせしました。
長期間ほったらかしになってましたが、最近ようやく創作意欲が湧いてきたので、中身はともかくまず完結させようと思い立ち、こうして更新する運びとなりました。
今後更新が続くかは分かりませんが、頑張ります!
えい、えい、むん!


 

 

 

それはある日のことであった。

いつものようにロッキングチェアに揺られながら、透石を通しアンリ君や村の様子を見ていた時に、それはやってきた。

漆黒の鎧を身に纏った筋骨隆々の大男が、数人の兵士を引き連れ村にやってきたのである。

彼らは物珍しさに集まってきた村人たちに声をかけると、あろうことかアンリ君を拘束し、俺のいるこの森へと歩を進め始めたのだ。

俺は慌てて戦支度を済ませ(勿論本当に事を構えるつもりはない)玄関前で彼らが現れるのを待つ。大男たちの目的は間違いなく俺だ。村人への質問により俺と関わりがあると分かったアンリ君を人質とする事で、交渉を有利に進めようとしているのだろう。

やかましく音を立てる心臓を押さえつけるように腕を組み、玄関前に立つこと数分。はたして彼らはやってきた。

 

「こんな森の奥深くまでご苦労様。歓迎…はあまりしたくないが、要件は聞いてあげよう」

 

「わざわざ出迎えてくれるとはな。私たちの動向をどう探っていたのかは分からんが…」

 

兵士たちの一歩前に立つ大男は、手首を縄で拘束されたアンリ君を一瞥すると、こう続けた。

 

「一々説明する手間が省けたと言うわけだ。早速だが魔女ロラ・プラシエルよ、我々と共に都へ来て頂こう」

 

有無を言わさぬ圧でそう男が言い切ると、傍に立つ兵士が火縄銃?の銃口をアンリ君に向けた。つまり、逆らえば彼の命はないと言う事だ。

 

「どうやら、私に断る権利はないらしいな」

 

「ダメですロラさん!こいつらはロラさんを戦争の道具にするつもりなんです!ついて行っちゃダメだ!僕のことは気にしないで下さいっ!」

 

銃口を向けられたままアンリ君は叫ぶ。以前館に来た黒服の男たちの話でおおよその見当はついていたが、やはりそうか。

兵士の持つ銃を見るにそこそこ銃火器は発展してるらしいが、それでも魔女の力は必要らしい。

正直なところ、人を殺めるなんてまっぴらごめんだ。前世はもちろんのこと、今においても魔獣を殺めることはあるものの、無益な殺生は極力していない。しかしアンリ君を人質とされている以上、つべこべ言っている場合ではないだろう。

こうなっては仕方ない、俺は傍に浮かせておいたロッドを握りしめ、威嚇する。

 

「だが抵抗する権利は行使させてもらおうか。引き金を引くのが先か、魔法で怪我するのが先か…試してみるか?」

 

「なるほど面白い、やってみるがいい。私が相手をしよう。ちょうど魔女の実力を知りたかったところだ。」

 

鎧の大男は腰に手を当てて挑発するような素振りを見せる。怖がってアンリ君を解放してくれないかなと考えていた俺の甘すぎる願望は、あっさりと崩れ去ってしまった。

 

「………」

 

「どうした、何もしないのか?」

 

マズイ。この状況…どうすればいいのだろうか。ここまで来ても人を傷付けることに躊躇いが生じてしまう。冗談が通じない相手なのは見ればわかる。

どうしようかと内心あたふたしている間に、男が先に動いた。

 

「来ないのならこちらから行かせてもらおう!」

 

「くおっ!?」

 

ぶおん、と剣が重く速度のある音で目前を過ぎ去った。気付くと既に大男は眼前に迫っており、二の矢が首めがけて飛んできている。

相手がその気なら、もうやるしかない。皮肉にも男の攻撃によって俺の覚悟は決まった。

決心がついたのはいいがまずは防御。迫る剣を障壁魔法で弾き返し、ロッドを介して男を動けなくする程度の激しい水流を放出する。

 

「無駄だッ!この程度で怯むとでも!」

 

だが男はあっという間に水流を凍らせてしまうと、氷柱が地面へ落下する前に剣で叩き割り、鋭利な氷の破片を此方に吹きつけさせた。

 

「くっ!」

 

「阿呆め、隙だらけだぞッ!」

 

破片の防御に手を割かれた瞬間を突かれ、男が懐に入り込む。奴に反撃するよりも早く、彼の突き出した短剣が左肩に深々と刺し込まれ……ることはなかった。

 

「なッ!?刃が通らん…!まるで鋼鉄のような硬さ!」

 

男は心底信じられないと言った表情を浮かべるも、冷静に距離を取り俺と再び対峙する。今の俺は斬りつけても火花が散るだけで、身体には傷一つつかないほど硬く強固になっている。

 

「魔法使いが真正面から近距離戦を受けるとでも思ったか?既に私の体は硬質化魔法で鋼の硬さを手に入れている…そして!」

 

密かに準備させていた、雷撃魔法の起動トリガーを押した。

 

「私はお前が距離を取るのを狙っていた!」

 

「ぐ!?…ぉぉぉおおおおおお!!!」

 

強すぎる電撃に周囲が極光に包まれる。これだけの電流を流されれば、例え象であってもしばらくは動けない。俺は殺めてしまわぬよう慎重に魔力を制御しながらこう続けた。

 

「お前には国を守ると言う使命があるのだろう。命までは取らない、潔く帰ってはくれないか」

 

平穏で楽しくこの世界を生きていければいいと、アンリ君やフランソワちゃん達との交流を経て、最近はそう思うようになった。人を殺したくなんてないし、これは嘘偽りない心からの本心だ。

たとえこの男のように俺に危害を加えようとした人間であっても、殺してしまったら一生その出来事に苛まれ続けることになるだろう。

そんなエゴとも言える願いを込めながら極光を見つめていると、信じられないことにあの大男は事もなげに姿を表した。

 

「ふ……どうやら魔女というものは随分と驕傲な奴のようだな」

 

一体何をしたのか、皆目検討もつかないがとにかく男は無事だ。あの様子だと傷一つ負ってないかもしれない。

俺は嫌な汗が頬を伝って行くのを感じた。

 

「まさかこの私、サルデア王国将軍【ソール・ガイスト】に勝てると思ったのか?」

 

国の、将軍───!そんな人間を相手に俺は戦っていたのか。雰囲気から只者ではないと薄々感じていたが…

 

「そして、既にお前の敗北は決した。大人しくお縄につくがいい」

 

「な、にを…ッ!?」

 

大男──ソール・ガイストがニヒルな笑みを浮かべたかと思うと、途端に俺は立っていられなくなり、片膝をついてしまった。

自然と視界が下がり、ふと目に入った足元を見やると、何やら足に植物が絡み付いているのが見えた。

 

「ようやく気付いたか。そいつはこの森に自生していた、魔力を糧に成長する植物。ここへ来る道すがら、俺が採取したものだ」

 

この植物…以前森を散策していた時に見かけたものだ。近付くと途端に蔓を伸ばし、腕に絡み付いたと思った瞬間、凄まじい勢いで魔力を奪われたので火炎魔法で焼き、結局どのような植物だったのか調べることが出来なかったはずだ。

 

「少し手を焼いたが、私の凍結魔法で保存しておいたのだ。まあ、俺の鎧が電気を地面へと逃してくれていなければ、流石に危なかったが」

 

運も実力のうちと言うことか、とガイストは笑う。非常にまずい状況だ。何か策を考えなば俺は拘束され、国のために戦わされるハメになる。それはわかっているが、これほど魔力を失ってしまうともはや動くことすらも困難だ。ガソリンがなければ車は動かないように、魔女もまた魔力を失えば再起不能となる。

 

「ああ…!そんな、ロラさん…!」

 

将軍は俺に近付くと、縄で俺の両手足を拘束する。向こうではアンリ君が悔しそうに顔を歪めさせているのが見えた。

今までそれなりに魔法の訓練はしたはずだが、まさかこうも易々と打ち倒されてしまうとは。これが実戦経験の差か。

 

「さて、遊びはこれでしまいだ。皆の者!急ぎ都へ帰るぞ!いつ敵国が侵攻してくるか分からんからな!」

 

「ハッ!」

 

将軍の号令と共に、兵士が俺を米俵を持つかのように肩で担ぎ歩いて行く。あの男は本気でこの俺を森から出し、都へ連れて行くつもりらしい。

だが、館にやってきた使者たちから何も聞いてないのだろうか。結界が張られているが為に、俺がこの森から出る事は叶わないと言うことに。

 

「おまえ…私が、この森から、出られ…ないと…知らないのか…」

 

辛うじて絞り出すことが出来た声をしっかりと聞き届けた将軍は、森の出口へと足を進めながらこち らに不敵な笑みを見せ、答えた。

 

「結界のことか?心配はない、古代魔術に精通した女を連れてきてある。今頃は結界も解除した頃だろう」

 

古代魔術…?旅人のパトリックが確かこのワードを口にしていた気がする。魔法の訓練をした時に、彼は『ロラさんの扱う魔法は現代で使われてるものとはまた別の系統、いわゆる古代魔術なんじゃないか』と言っていた気がする。その時はさして気にも留めなかったが、まさかこんなところで再びこの言葉を聞くことになるとは。

というか、俺ではまったく手出しが出来なかったあの結界は、古代魔術の産物だったのか。

 

「彼女は普段、自室に引きこもり古代魔術の研究をしている者で、な!………ふん、普段は変人扱いされているが、今回ばかりはその知識に頼るほかなかった」

 

話しながら片手間に襲いかかる魔獣を斬り伏せ、将軍は続ける。曰く、使者たちの話を聞いたその女は資料を漁り、結界がどのような仕組みで働き、どのようにすれば機能を停止させられるかを突き止めたらしい。この遠征に同行させるよう懇願したのも本人だという。

話している内に件の女が見えて来た。タバコを咥えたまま地面に何かを書いている。

 

「おお、将軍殿。そいつが魔女さんかい?随分と早かったじゃあないか。ちょうど解除の術式を描き終えたところさ」

 

金髪を無造作に後頭部で纏め、片眼鏡をかけた個性的な出立ちの女は、タバコをペッと吐き出し靴で火を消しながら男に向き直った。

 

「一戦交えたが、戦闘に関しては素人だ。しかし光るものはある。そっちは?」

 

「もう終わったよ。こいつは完成した時点で効力を発揮するらしくてね」

 

「そうか。結界がなくなったのであれば行くぞ。道具をまとめろ」

 

はいはい、と気安い調子で返事をした女は、せかせかと後片付けを済ませ、俺の横についた。先頭を行く将軍をチラチラ窺ったあと、女はヒソヒソとささやいた。

 

「私の名はカルミア、君には研究者として調べたいことが山ほどある。長い付き合いになるかもしれないんだ、都に帰ったらぜひ歓迎パーティーをしような」

 

ゾクリと背筋が凍る。カルミアと名乗った女は人の良い笑みを浮かべているが、目は全くと言って良いほど笑っていない。まるで彼女は、俺を通して別の何かを見ているような…そんな瞳をしている。

 

「それじゃあ道すがら簡単な質問をしていこうじゃあないか。まず、魔女はすべからく非処女であると聞くが────

 

その後、こんな遠慮のない話から始まり、矢継ぎ早に質問が飛んできたせいで、俺は結界を知らぬ間に踏み超えていたことにあとで気づくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

思っていたよりも呆気なく森から出てしまった俺、もとい将軍一行は、村の出入口に待機させてあるという馬車へと急ぐ。

初めて見る森の外の景色、アンリ君の生まれた村はファンタジーの世界を丸ごと持ってきたような景観であった。

主要な道は石畳で舗装され、家々は煉瓦や石材で組まれており、少しくすんだ赤い屋根が目を引く。行き交う人々は素朴なウールや麻製の服を着ているようだ。

 

「外に出るのは初めてかな?ここは辺境の村ゴルゼル。都まではかなり遠いが、行商人も訪れる賑やかな村だ」

 

物珍しさからあたりを見渡していたところ、それに気付いたカルミアが 村の概要を教えてくれた。透石で見るより鮮明で美しい景色に、呑気にしていられる状態ではないが思わず感嘆の息が漏れる。

ぼけーと能天気に村を眺めていると、集まってきた村人たちの中から妙齢の女性が駆け寄ってきた。

 

「お母さん!」

 

「アンリ!」

 

その女性はアンリ君の母親だったようで、彼に近付こうとするものの、いかつい兵士によって静止させられてしまった。

アンリ君の母は病弱であったはずだが、彼に初めて会った時に渡したあの葉が功をなしたのか、体調は良さそうだ。

 

「お母様ですか。すみませんが、少しばかり貴女の息子さんをお借りします」

 

「しょ、将軍様…!どうしてアンリを連れて行くのですか!人質が必要なら私が行きますからっ」

 

お母さんは後ろから走ってきたアンリ君の父親らしき男性と一緒になり、ガイストに詰め寄る。

 

「本来ならば守るべき民を害すなど言語道断ですが、今は一大事なのです。魔女を戦場へ連れて行き、我が軍を勝利へ導く為にはどうしても彼が必要なのです。どうか分かって頂けないでしょうか」

 

ガイストは膝をつき、威圧的な言動はせずアンリ君の両親に向き合う。さらに必要であれば国から協力金を払うと続け、アンリ君の身の安全も自らが保障すると言い切った。

将軍の真摯な態度は、両親の不安を拭い去る力があったようだ。母親は心配そうな顔を浮かべてはいるものの、一応は納得したらしい。しかし、父はそうではなかった。

兵士に引き止められながらも歩みを止めず、ついに将軍の目前までやってきたアンリ君のお父さんは、ガイストの両腕をガシリと掴んだ。

 

「将軍様、いくら貴方が力を持った人だとしても、息子に何かあれば絶対に許しません。アンリは俺たちの宝だ。本当に、その言葉を信じてもいいんですね?」

 

「ええ、他でもないこの私が保障します。もし御子息が怪我でもしようものなら、私は潔く腹を切りましょう」

 

ガイストの言葉に父親はなおも煮え切らない様子だったが、ポツリと『ぐれぐれもアンリを頼みますよ』と言うと引き下がった。

 

「お母さん、お父さん…!」

 

「良いご両親を持ったな、少年」

 

ガイストはそれだけ言うと両親に一礼し、村の出入り口へと歩みを進めた。

冷酷な男だと思っていたが、国を守る軍人としての責務を感じてはいるらしい。先程のやり取りは森で戦った時のガイストとはまさに正反対だ。どうして俺にもその態度で接してくれないのか、少しばかり腹が立った。

 

 

それから少しして馬車のある村の出入り口に到着した俺たちは、ついに都へと向かって走り出すのであった。

 

 



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