友達の彼女は撲殺魔 (研太郎)
しおりを挟む
心優しいアホ毛メシマズ暴力ヒロイン
八坂井家は、今年の三月に向かいに引っ越して来た
彼らの引っ越しの挨拶は留守番をしていた俺が応対した
父親と娘の二人暮らしらしく、父親は三千人(ミチト)と娘は夏月(カヅキ)と名乗った
三千人は、190cmは有ろうかという長身に痩身で白髪も目立つが、ハキハキとした物言いと、生き生きした表情から病的な印象は無い
夏月の方も、女性らしく線は細いが、172cm有る俺と同じくらいの身長に、けっこう整った顔立ちで、ボリュームのあるショートカットとアホ毛が印象の、こちらは父親とは対に、おとなしそうな子に見えた
聞けば新学期から俺が通う平磐二高の二年生になるらしく、実は自分も平磐二高の二年生になる事と、彼らの隣家にも自分の幼なじみで、同級生の男子がいる事を話すと、すでに知っている様子で
「三人とも、いっしょのクラスになれるといいですね」
と花が咲いたような笑顔を向けて言った
新学期、なんと俺たち三人は同じクラスに編入された。夏月は人見知りする性格のようで主に我が幼なじみの三鶴城(ミツルギ)大助にくっついて歩いていた
大介は昔から面倒見の良かったので今度も彼の人徳が発揮されたようだ はぜろ
それから彼女の前の学校での履修状況を確認するうちに、三人で勉強会を開くようになった
どうにも彼女は常識はずれな部分があって、転校初日に
「この辺って、どんな熊がでるの?」
「子供のころ親と、熊狩りとかしなかった?」
とクラスを混乱の渦に落とし入れたのは今でも語り草だ
平磐市もけっこうな田舎だが、夏月は超ド級の田舎育ちらしい
とはいっても、夏月は頭が悪いわけではない
俺が理系大介が文系と、それぞれ得意教科を教えると、三人は中間テストでそれなりの成績を残した。
「二人共、苦手な食べ物ってありますか?」
お礼に弁当を作って来ましょうか?と彼女は言った
可愛い女の子の弁当とあって大助は直ぐにイエスと応えた
空気の読める俺は、ボクシング部の大会が近い事を理由に
「有り難いけど、カロリーコントロールがあるんだ。そうだな、おかずを少し分けて貰えれば充分だな」
次の日の昼休み、三人で屋上の隅に陣取ると夏月から、大助は弁当箱を、俺は小さなタッパーを受け取り、母親以外の女性から弁当を貰うというイベントに心を踊らせていた
タコさんウインナー、斜めにカットされハート型に盛られた卵焼きなど如何にもな、可愛らしい弁当だったが
一口食べると世界が一変した
塩と砂糖を間違えたというレベルではない
ある物は《さっぱりとしたアスファルト味》
またある物は《柔らかい地引き網味》
あぁ、昔読んだラノベに、不味い弁当で脳のリミッターを外しそれをエネルギーとして闘う。 そんな作品があったなぁ
少量の俺でさえ、この有り様で大助のストレスは、いかほどであろうか
などと現実逃避していると一つの予感が浮上する
夏月の恨みを買っていたという可能性だ
大助と二人きりになりたいのに、邪魔者が常に居る、それを排除しようと考えた末の犯行
とすれば俺の弁当とは他二人の弁当は別物
そこまで考え夏月を見る。モグモグと可愛らしく弁当を食べる姿があった
絶望し人間不信に成りかけたその時、眼にしたのは、彼女の手に巻かれたおびただしい数の絆創膏だった
そう彼女が料理下手で味オンチ説が新たに浮かび、そして大助を見た瞬間、俺はすべてを理解した
彼の目も死んでいた
良かった夏月は意図して凶行に及んだ訳ではない、彼女は不器用ながらも一生懸命弁当を作った心優しい娘なのだ!
この心尽くしの弁当、疎かには食わないぞ
一口食べてからこの間0,5秒
すると夏月がやや緊張した表情で
「あのぅ、どうですか?」
と感想を求める
「あー、えっと、さすがに有名シェフの料理みたいだとは言えないけど、なかなかユニークな味だと思うよ」
と大助が答えれば続いて
「女の子に弁当を作って貰えるだけで感無量で、言葉も無い。これは部活仲間に自慢する為に後で頂くよ。証拠がないとあいつ等信じないだろうからな、見せびらかしながら食べよう、タッパーは洗って夏月の家に持っていくから」
と蓋に手をかけるが
「恥ずかしいから、ここで食べてください。
洗い物も私がまとめてやるから、気にしなくて良いですよ」
友を見捨てようとした罰なのか救いは無いらしい
心を殺して飲み込む
「ご馳走さま、美味しかった」
礼と共にタッパーを返す。やり遂げた、この胸を満たすのは吐き気ではない、達成感だろう。
大助は、すがる様な目線を送ってくるけれども、神ならざるこの身ではどうしようも無い
「・・・そっちの弁当の中身も一緒なのかな?」
「一緒ですよ。食べてみます?」
とウインナーを箸でつまみ上げ、大助にアーンとやりたそうにしている
リア充に呪詛を送るという生業は今このときだけは休んでも良いと思えた
ややあって全員が見事完食した頃
「あ、もうこんな時間ですね。行かなくちゃ」
「・・・何か用事?」
「うん、借りてた本を図書室に返すんです。期限が今日までですから」
手早く弁当箱を片付けると、去り際
「明日からも弁当、作って来ますね」
「今日のお礼で、充分だって。いや大介は毎日購買のパンだから、良かったら作ってやって」
「わかりました」
と嬉しそうに階段を駆け降りていった
「・・・」
「先に言っておくが、俺に対する文句は夏月の名誉を傷つけることになりかねない。言葉は選ぶように」
幼なじみは、賢明にも無言を貫いた
しかし次の日からの弁当は、初日の様な惨事にはならず、それなりに食べられる物が続いた。と言うのは、大介の談である。
それでも指先の絆創膏は、一向に減らなかった。
その日も昼食を三人で食べながら、平磐で噂になっている撲殺魔の話題や、俺と大介が二人共、乱視が酷い。なんて雑談に興じていると、何やら思い詰めた顔をした夏月が
「二人共、今日の放課後、時間もらえますか」
「ボクシング部の練習は6時頃に終わるから、その後なら」
「僕の方は、ミステリー研はどうとでもなるよ」
「じゃあ、平磐城公園に6時半くらいでどうでしょうか」
大助一人を誘うのなら、愛の告白なんてとこもあるだろうが、俺の部活終が終わるまで待つという事は、荷物持ちでも頼むつもりだろう。
要件を言わないってことに違和感を覚えたが、ここでお願いすれば俺が面倒臭がって断ると思ったのか。確かに部活終わりに、快く一仕事するほどの聖人君子じゃないって自覚もあるがね。なかなか賢しい真似をしてくれる。言質は取られてしまったから、次からの教訓とさせてもらおう。
6時過ぎ、疲れた体に鞭打ってペダルを漕いで公園に向かう途中、大介から電話が
『夏月から公園に先に着いたという電話があったんだけど、夏月の悲鳴と同時に電話が切れた。それから連絡がつかない。例の撲殺魔が出たのって公園の近所だろう、合流して夏月を探そう!』
再びペダルを漕ぎ出す。さっきより強く、速く。
大介と合流し平磐城公園を見廻していると、倒れている学生服姿の男子生徒と、現行犯であろう撲殺魔に遭遇した
噂では平磐市内で犯行を繰り返して、すでに4人被害者が出ている。なんでも被害者は全員、三日から一週間くらい昏睡し、目覚めた後は被害当時の記憶を失っている。(誰も死んでいないのに撲殺魔とは、これ如何に)
目撃情報からの犯人の特徴は、スキンヘッドの大男でサングラスに口ひげ、青色の手袋とブーツ。だったか?
ところが、目の前の撲殺魔は身長170cm程度、黄色のタオルを頭に巻き、明らかに付け髭然としたカイゼル髭、両の手足には青色の、ゆるキャラの手足の様な物を装着し、話題の人物のコスプレをしましたといった格好だ。
しかし倒れている男子生徒を見ると、奴が件の撲殺魔で間違いないだろう。
そうだ、夏月はどうなった?近くには他に倒れている人影はない。少しばかり安心した束の間、迫りくる撲殺魔、次の標的は俺たちらしい。
あわよくば返り討ちにしてやろという思いは一瞬で消え去る。
奴の速度は常人のものではない。その顔面ストレートパンチに腕を滑り込ます事が出来たのは、偶然でしかない。ガードなどお構いなしに、縦回転で吹っ飛ぶ。
加速する意識の中、追撃をと迫りくる奴を視界の隅に捉える。何か手はないか。勝てない、逃げられない、大介を逃がすか、硬直している大助にもどかしさを覚えながら、うつ伏せに着地。いや地面に叩きつけられた、といった方が的確か。逃げろ!と叫ぶ暇も無く後頭部に衝撃が走り、意識を手放した。
布団のなかで目を覚ますと夏月と大助が居た。ここは夏月の家?そうだ俺は撲殺魔にやられて・・・
「あっ目が覚めました?どこか痛いところとかないですか?」
「撲殺魔はどうなった?!二人が助けてくれたのか?」
「僕も撲殺魔に襲われてさっき目が覚めた。これから、夏月と三千人さんが事情を説明してくれるらしい」
大助もやられて、夏月の家で目が覚める?・・・いや何で俺は撲殺魔に襲われて記憶が残っている?じゃあ奴は格闘技の達人でコスプレの模倣犯? 訳が分からない
「結論から言うと私が撲殺魔なんです。誰も殺してないのに不本意なんですけどね」
・・・彼女は他人を混乱させるのが得意らしい
申し訳ありませんが感想返しは出来ません。酷評も無しでお願いします
目次 感想へのリンク しおりを挟む