赤のキャスターは蓬莱山輝夜 (木工用)
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"赤"のキャスター編
トラブルメーカーの凱旋


  ~~永遠亭、最上階~~

 

 

 

春越えて 夏も過ぎにし 紅葉落ちて

 徒然なられど また梅を呼ぶ

 

 訳:この一年は退屈であったし、また次の一年も変わることなく退屈であろう。

 

塵一つ 数えて楽しむ 我が身さへ

 量り尽きれば 心冷えたり

 

 訳:日常のほんの僅かな変化でも楽しめる自分だが、知り尽くして変化のないままではそれも叶わない。

 

徒然なり あゝ徒然なり 徒然なり

 

 訳:暇だ。暇だ。暇だ。

 

「暇じゃあ~~~~~~~!!!」

 

 

 .....................。

 

 

「.........ごほんっ! ごほんっ!

 ううぅ......ごっほおおおんんっっ!!」

 

 

 .....................。

 

 

「......咳をしても一人、か」

 

 蓬莱山輝夜(ほうらいさん かぐや)

 部屋で一人俳句を詠んで退屈を紛らわしている彼女こそ、月より舞い降りた竹取物語の主人公にして、面倒ごと厄介ごと八意永琳その他もろもろを引き連れて幻想郷に移住した永久不滅の困ったちゃんである。

 彼女は今、モーレツに退屈していた。

 月のやつらからの追跡も丸くなり、鈴仙は異変で私が与えた折檻を気にしてかこちらに来ず、永琳は薬の研究で忙しくしてて、てゐはお金稼ぎに出ていき、殺しあい相手のもこたんは最近張り合いが無くなってきて。

 

「何か、が」

 

 退屈な日常、退屈な生活、退屈な殺しあい―――贅沢を言えば、()()が欲しいところだ。月のやつらと無関係で永琳の邪魔にならず鈴仙の手も煩わせずてゐにも迷惑をかけないような、そんな()()が。

 

「無いものかしら、ね」

 

 

 暇で暇で、死にそうになっていた―――その心を、聖杯が見つけた。

 

 

「ん......こんにちは、初めまして、誰かさん?」

 

 何かしらの術が、永琳の防衛術をすり抜けて私のもとに訪れた。

 

「召喚魔術、ねぇ......」

 

 その術が何か、輝夜は断片的にだが理解した。

 月のやつらからのものにしては余りにも非力だったそれは、強制的に引っ張っていくものではなく、トントンっと肩を叩いて『来ていただけますか?』と聞いているような魔術であった。

 垂らされた蜘蛛の糸を引くも引かないも自由、ということだ。

 

「自由って、いいわよね♪」

 

 

 ドゴッ

 

 

「姫様っ! ご無事ですか!?」

「あら永琳。床を突き破って来るなんて、品が無いわね」

「お許しください......それで、何かお怪我や不都合などはありませんか!?」

「ん~、無い!」

「そうですか......お騒がせしました」

 

 永琳、グッドタイミング~♪

 

「ねえ永琳。今の術から術者の場所と情報、逆探知できてる?」

「はい。術者の場所は西洋のロンドン、術者は外の世界の一般的な魔術師のようです。

 そしてその術の中継地点となって実際にこの地まで術を飛ばしてきたのが、西洋はルーマニアにございます大きな魔術集合体――名を、大聖杯」

「大聖杯、ね」

 

 知らない名前だ。

 芽生えて当然の好奇心が、輝夜の退屈で冷えきっていた心を満たしていく。

 

 輝夜が召喚魔術から知ることができたのは、召喚する理由と召喚方法だ。

 その内容は、まさに肩を叩いて呼ぶが如きものだった。

 曰く、聖杯大戦、赤のサーヴァント、かぐや姫、とのことだ。

 

「その体で行っては行けませんよ?」

「大丈夫。なんか、向こうで体は作ってくれるみたいだから」

「体を作る......?」

「そう。私は魔力でできたデク人形の操縦席に乗るだけなの。明らかに偽者だから、むしろ月のやつらも関わって来なくて安心なの」

 

 聖杯が輝夜に求めたものは、現在のこの体の召喚ではなく、聖杯が用意した"かぐや姫"の体に乗ってもらうことだったのだ。

 それも、日本に伝わる物語を原典とした存在の召喚ということで、少々懐かしき"かぐや姫"の体を操ることになるらしい。

 

「......有事になれば、即姫様の身に危険が及ばぬようにと動かせていただくことを、条件とさせていただきます」

「もちろんいいわ。できれば私の勇姿を見ていてくれていると嬉しいな♪」

「......子供のように喜ばれて......わかりました。私も従者として、姫様のお気の済むまでお付き合いします」

「やった♪ ありがとう永琳♪」

 

 やった~♪

 これで暫く、暇とはおさらばできそうね!

 

「あ、そうだ」

「どうかなさいましたか?」

「ん、暫く家を空けることになったでしょ? だから、手紙を書いておく相手がいてね」

 

 ついでにいいこと思いついちゃった~♪

 さ~て、紙とペンは~♪

 

「渡しておきます。お相手はどなたに?

 まさか、あの子ですか?」

「そんな詰まらないことしないわ♪

 もっと残酷に、富士山が爆発しちゃうほど怒らせなきゃ、ね♪」

「......ほどほどにしてくださいよ」

「えへへっ♪」

 

 よし、できあがり!

 あとはー......特に何もいらないか。

 

「じゃ、留守は任せたわ♪」

「はい。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 

 そう言い残して。

 輝夜は、その場に体を投げ出して、呼ばれた先へと”心”を向かわせていったのだった。

 後に永琳は語る。このとき止めておけばよかったけど、このときの輝夜は誰にも止められなかった、と。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。私がこの度の聖杯戦争の監督役を務めさせていただく、シロウコトミネです。赤の陣営の仲間として、共に協力しましょう」

 

 マスターさんは、このシロウとかいう神父に着いていくらしい。

 ならば、サーヴァントである私も、そうすることになるのだろう。まあ、家があるのはいいことだ。

 

「マスターとサーヴァントで別々にお部屋をご用意させていただきました。どうぞこちらへ」

 

 ま、なかなかサービスの良さそうな神父だし、しばらくはこいつに従ってれば良さそうね。楽でいいわ。

 

「ああ、忘れていました......部屋をご用意するにあたり、貴方のサーヴァントのことを教えていただかないと、適切な設備がご用意できません。よろしければ、お聞かせ願えますか?貴方のサーヴァントの名前を」

 

 ん? 雲行きが怪しいわね。この神父、悪いやつみたい。

 マスターさんは......あー、疑ってないようね。まあそんなもんか。

 姿を現して真名を言えって? はーい。言いまーす。

 

「こんにちは、シロウコトミネさん。

 私は赤のキャスターです! 呼ぶときは、キャスターか、親しげに"カグヤ"って呼んでね♪」

 

 カグヤの部分に姫様スマイルを乗せておいた。

 かぐや姫とか、なよ竹のかぐやとか、思いきってバニーイヤー装備してイナバを自称しようとかいろいろ考えたけど、シンプル・イズ・ベストの精神を重んじてカグヤにしました!

 どや?

 

「......東洋の英霊、ですか? 冬木の大聖杯では、原則として聖杯戦争に東洋の英霊は召喚できないはずですが......」

 

 そうなのよね。

 その制約のせいで、こんな体で呼ばれちゃったのよ~。懐かしいったらないわ~。

 

「東洋の英霊としての私では、召喚に応じることができませんでした。なのでこの体は、月に住んでいたころの私の体を再現して作られた、月の姫としてのカグヤに平安の衣装をもらい受けたものです」

「......なるほど、だから真名が......」

「?」

「いえ、ありがとうございます。そういうことなら、女性用の、高貴さを重視したお部屋をご用意させていただきます」

「よろしくね~」

 

 この後は、部屋を整理して、お風呂に入って......暫くのんびりした後に、神父さんからいろいろ説明を聞いた。

 

 曰く、キャスターには元々他の人物を用意していたが、『せっかくサーヴァントを召喚するなら、女の子がいい!』と言った私のマスターさんが勝手に自分で触媒を用意して召喚したらしい。はあ、いつの時代も男はろくでもない面白いやつらだわ~。

 曰く、キャスターとしての役割を担うサーヴァントは、すでに神父さんがセミラミスとかいうアサシンを召喚できているらしいので、私の担う役割は軽くていいらしい。楽ができるよやったね! まあ私のステータスがパッと見でも低く見えるから、期待されてないところもあるんでしょうけどね。まあいいでしょ。楽なもんは楽だ。観光しちゃうもんね!

 曰く、しばらくはマスターも関係なく自由にしてていいとのことだ。外の世界を堪能できるよ、やったね! なんかここの街並みは中世のヨーロッパを再現したものとか言ってたから、近代のとはまた違った趣がありそうね。 よーし、服買っちゃうぞ! 月にいたころの服なんて着てられるかってね!

 

 早速マスターさんにお駄賃もらって、いざ! しゅっぱーつ!!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「......あのキャスターをどう見ます? セミラミス」

「どうもなんも、ペットにこそなれど、お前の計画を阻害するものではあるまい?」

「そうなんですけどね......」

 

 聖杯戦争の監督役、シロウコトミネは、小遣いを握りしめて教会の扉を大きく開けて出ていった者の背中を眺めて言った。小気味よくスキップして、着物の十二単をぶわぁんぶわぁんと豪快に跳ねさせながら楽しそうに進む姿は、戦士や闘士とは無縁のものに見えて他ならない。

 

「カグヤ姫。真名はこの地上の言葉で発音できない言葉でしたが、彼女のマスターが使った触媒で召喚されるなら、間違いないでしょう」

 

 カグヤ姫のマスターが用いた触媒は、偶然近くを通った商人から買い叩いたらしい"火鼠の皮衣(ひねずみのかわぎぬ)"。

 カグヤ姫の原典である"竹取物語"に出てきたその物ではなく、むしろその皮衣も火をつければ敢え無く燃える偽物であったらしいが、原典通りの"火鼠の皮衣とされた偽物"という概念でもって、カグヤ姫を呼び寄せることは可能だった。しかも、原典でもカグヤ姫は皮衣を持ってきたという貴族の呼び掛けに応じて顔を出していることから、可能性は決して低くはない。

 

「彼女に戦いを行った逸話は無く、故にステータスも元々召喚を予定していたシェイクスピアに毛が生えた程度。宝具やスキルもありきたりのものばかりです。まだ顔を見ていないセイバーを含めても、何がどう転んでも間違いなく、彼女はこちらの陣営では最弱でしょう」

「ならば、何を気にしているのだ? マスターよ。まさか、あやつに惚れたか? 求婚でもするのか?」

「まさか、そのようなお遊びは致しませんよ」

 

 しかし、とシロウは思うのだ。

 思うのだ、が、

 

「まあ確かに、思い違い、考えすぎでしょうか。もしかしたら本当に彼女の"魅了"のスキルに当てられてたのかもしれません」

「あっははははは! マスターが魅了されるとはな! 冗談も大概にしろ? うっかり殺してしまいそうになるわ」

「貴女にも魅了されてますよ? セミラミス」

「っ......世迷い言はよせ、そんなことを言う暇があったら、早く準備を進めるがよい。早いに越したことはないのだろう?」

「まあ、それは追々。

 今は、最後の来客を出迎えるときです」

「ふん。セイバーとそのマスターの接近に気づかぬほどには、腑抜けてなさそうで安心した」

「殺さずにすむからですか?」

「ああそうだ。私の手でお前に死なれると、困るからな」

 

 聖杯戦争――否、聖杯大戦はまだ始まったばかり。

 これまではすこぶる順調にことを運べている。当然だ。

 

「このときを六十年待ったぞ、ダーニック」

 

 我が短き生涯、それと六十年の歳月が経った。

 主の天啓の導きの元に、この願いを叶えてみせよう。

 

 

 ドンッ

 

 

「ただいま! ここを探してる人がいたから、連れてきちゃった♪ あとはよろしくー」

「道案内ありがとう、赤のキャスター。

 さて、赤のマスターとして参加することになった者だが――」

 

 ......あのキャスターが私の計画の歯車を狂わせる異物でないことを、願うばかりだ。

 

「はい。私がこの度の聖杯大戦の監督役を務めさせていただく、シロウコトミネです」

 

 

 

 

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「拝啓、慧音様。梅がその花を急ぎ咲かせること無く、根に蓄えた養分を解き放つ日を今か今かと待ちわびているような今日の良き日に......」

 

 

 輝夜が、姿を見せない。

 いつも通り永遠亭まで来て、かぐやあああああと大声で叫んだってのに(何なら永遠亭の隅に火をつけて脅したってのに)、あいつは姿を見せなかった。

 普通に火を消しに来たあいつの従者である永琳に話を聞けば、慧音には話をしたとのこと。

 

「おっす慧音。元気か?」

「おお、妹紅か。いらっしゃい、元気だぞ」

「なあ、輝夜がお前さんに”手紙”を送ったらしいんだが......」

「ん、ああ、確かに受け取った。三日前ほどだったかな」

「それ、読ませてもらえる?」

「人への手紙を読むとは感心しないが......まあ妹紅と輝夜の仲ならいいか。

 ほら、これがその手紙だ」

 

 ――そこには、あいつが姿を見せなくなったこととその理由が、まざまざと書かれていた。

 曰く、暫くは人里の子供らへの読み聞かせ教室を休むとのこと。

 曰く、理由は外の世界の西のほうで観光をしてくるからとのこと。

 曰く、お土産話を子供らにするつもりだから、楽しみにしてて......

 

「ザッケンナオラアアアアア!!!」

わああああ!? 妹紅! 火はダメだ火は! せめて外でんああいや外もダメだ! ああとにかく落ち着くんだ妹紅!!」

 

 落ち着く?

 ああ私は落ち着いているよ!!

 あの野郎一人で勝手にどこか行きやがって!!

 

「待ってろ輝夜ああ!! 今すぐ会いに行って(殺して)やるからなああああ!!!」

 

 いてもたってもいられずに、私は家を飛び出して、外の世界を目指して炎の翼を飛翔させた。

 

「あー......行ってしまった......」

「慧音先生......」

「ん? ああ、君、いたのか」

「先生、妹紅さんと輝夜さんって、付き合ってるんですか?」

「ん~......そうかもしれんな」

 

 後に残された慧音は、ただ煙混じりの青空を眺めるばかり......

 

「って、煙!? 火!? 火事じゃないか!? すまない、君は誰か大人を呼んできてくれ!」

「! わ、わかった!」

「ああもう! 帰ってきたら二人とも頭突きだからな!」

 

 

 ―――その日、博麗大結界に人の形をした小さな穴が空けられた。

 傷口とその周囲に見える焦げ付いた跡、そして慧音の証言から、穴を開けて外に出ていった者の名前は、藤原妹紅で決まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ”赤のキャスター”

 

 【マスター】男(魔術協会の雇われ)

 【クラス】キャスター

 【真名】:×××(地上の言葉で発音不可能)

 【中身】:蓬莱山輝夜

 【属性】中立・狂

 【ステータス】

 筋力:B 耐久:E 敏捷:E 魔力:C 幸運:A 宝具:A

 

 

 【クラス別能力】

 陣地作成:ー キャスターとしての能力だが、自らの手で住み処を作ったことがないことから適用されず、失われている。

 

 道具作成:ー(A)キャスターとしての能力。自らの手で道具を作ったという話が無いので失われているが、下記宝具を作成するときに限り、Aランク相当の力を発揮する。

 

 単独行動:D 姫としての自由さ、貴族に言い寄られても結婚しなかったことなどからアーチャーでないが獲得している。マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。Dランクなら一日の半分ほどは現界可能。

 

 

【固有スキル】

 成長:C 子供だったカグヤが竹のように急成長したことから獲得。時と共に自身のステータスが上昇する。使用する魔力量に比例して上昇速度が上下し、現在はおおよそ千日でワンランクアップ。もしイリヤがマスターだと百日程度まで速くなる。

 

 魅了:B 平安中の貴族をたちまち虜にしたことから獲得。異性からの敵意を和らげ、自分への守護意識と仲間意識を植え付ける。悪化すれば言うことを何でも聞く下僕と化す。幸運判定で回避可能。

 

 トラブルメーカー:A 彼女に関わったもの全てが何らかのトラブルに巻き込まれていることから獲得。意図してかせずかに関わらず、接した者は近いうちに何らかのトラブルに巻き込まれる。幸運判定で回避可能だが、カグヤのスキル"魅了"に当てられている者は回避不可能。

 

 

 【宝具】

『天の羽衣(口惜しや心有りける地の都)』

 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~40

 

 真名開放して現界させることで発動。カグヤの頭上に月の馬車が現れ、同時に周囲を月の光で照らす。光に触れたものは瞬く間に石化し、行動不能になる。

 しかし原典通り、これは自滅宝具であり、この衣を着たカグヤは月の使者の手によって強制的に霊核を失い、脱落扱いとなる。

 

 

『不死の薬(その体苔の蒸すまで月を見よ)』

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1

 

 月の見える日の夜に一度だけ、真名開放しながら道具作成することで発動。カグヤが致命の一撃を受けても一度だけ復活できるようになる薬を作成する。重ね掛け不可。えくすてんどあいてむ。

 ただし、一度死ぬことには抗えないという特性上、マスターとの魔力の繋がりやサーヴァント契約は失われ、カグヤは単独行動スキルによってのみ現界するはぐれサーヴァントとなる。このときを狙われれば当然やられる。耐久Eのカグヤならデコピン一つで命が危ない。

 物理的な死や毒殺、呪殺、また令呪による強制自害などにも効果を発揮できる。が、自身の宝具である『天の羽衣』には効果を発揮しない。また不死殺しの概念を持つ宝具や技なら、これを貫通してカグヤを倒しきることができる。

 

 

『五つの難題(さあ惑へ夜這い求める俗どもよ)』

 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~5

 

 真名開放することで発動。五回に限り、固有スキルの"トラブルメーカー"を、幸運判定を無視して強制的に引き起こす。"魅了"に当てられている者ほど、不幸な結末を迎える。同性には効き目が弱くなる。カグヤちゃんマジ困ったちゃん。

 

 

 

 

 

 




 幸運:A←強そう


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トラブルメーカーの挨拶まわり

 

 

 

「ん~! やっぱりお外の服は動きやすいわねー! お出かけなんだからこうでなくちゃ♪」

 

 マスターさんの小遣いで服を買ってきました!

 上は黒の"きゃみそーる"に白いシャツを着て茶色の"ぱーかー"、下に"しちぶたけでにむ"を着て、足下は黒の靴下に茶色の運動向きブーツ。こんな感じで揃えてみたよ!

 ただこれだと私の黒い長髪が似合わないなーと思った。

 

「頭も軽くなったし、いい感じ♪」

 

 だから思いきって、()()にしてみました! ばっさりいったよ!

 頭が軽くなりすぎて違和感があるから、追加で帽子も買いました。茶色の"うぇすたんはっと"とかいうやつ。

 我ながら、そこそこオシャレになったかな? カッコいい系だね!

 

「よーし! 行くぞー♪」

 

 見た目を整えたところで、向かう先は一つ!

 

「突撃! 隣の昼ごはん!」

「おお? なんだなんだ?」

「ライダーさん、こんちには!」

「おう。なんか用か?」

 

 サーヴァント仲間に、ご挨拶だ!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「こんにちは! 赤のキャスターです! 今日からお仲間さんということで、挨拶に来ました! あなたのお名前は?」

 

 一軒目!

 背の高いライダーのにいちゃん!

 

「へぇ、挨拶まわりか、感心だな嬢さん。

 俺は赤のライダー、真名は伏せさせてもらうぜ」

「なんか、真名は隠しておいたほうがいいらしいですね。神父さんには聞かれたので教えましたけど」

「さっきから思ってたが、俺とはタメ口で構わねえからな。

 ああ、そうだな。真名はそいつの特徴、特に弱点を探るための大きなヒントになる。そういうのがある奴は特に隠すべきだな」

「ん~、でもなー......」

「どうした、不満か?」

 

 だって、名前で呼び合えないのって、不便だし距離遠いしでね。

 

「そうか......じゃあ、俺はあんたのことを”姫さん”と呼ばせていただこうか」

「お!」

「それでいいか?」

「うん! それ気に入ったわ!」

 

 お~。このにいちゃん、見る目があるようね。驚き。

 

「それと、やっぱり姫さんもあの神父が気にくわないか?」

「ふんっ、私にも人を見る目はあってよ?」

「ははっ、違いねえな。

 あの神父は気に食わねえが、協力するしかねえだろうさ。どうにも、マスターからの指示も、あの神父を通じて俺らに伝えられるみたいだぜ」

「そうなの?」

 

 え、初耳。なにそれ、いと怪しい。

 うちで言えばわかりやすいかな。永琳からの指示だよ~って、てゐが薬入りの試験管を飲ましてくるようなものよ。めっちゃ怪しい。

 それで飲まされた鈴仙は爆発したり小さくなったり赤くなって鼻血出したりしちゃうの。鈴仙良く生きてるわね。

 

「ああそうだ。七人のマスターが思い思いでバラバラに動くよりも足並みが良くなるって言ってな。胡散臭いことこの上ないが......マスターがそれを認めちまった以上、俺らサーヴァントは従うだけだ」

「あら、従順なのね、ライダーさん」

「ふん、心まで許す気は毛頭ないがな......用事は済んだか? 実は俺は今、食事中でな。あまり長居はできないんだが......」

 

 うん。知ってる♪

 さっきからお肉の匂いがお腹をくすぐってるもの。

 

「だからこそよ。挨拶まわりついでに、お仲間サーヴァントさんたちがどんな食事をしているか調べ回って、ついでに少しいただこうっていうことをしてるの」

 

 名付けて、隣の昼ごはん作戦! どんどんぱふぱふっ♪

 

「なんだそれ、そういうことならこんな場所じゃなく、ちゃんとしたところに呼びたいものだぜ」

「ん~、ダメ?」

「ダメっつーか、場所を変えようぜって話だ。だが今日の俺のメシは変えられないんでな。

 つーことで明日の昼でどうだ? 俺の好きな店でいいんだろ?」

「おー! わかった! 明日ね!」

「おう、楽しみに待ってろ。んじゃそういうことで」

「はーい! よろしくねライダー♪」

「......おう、姫さん」

 

 ガチャっと、扉が閉まった。

 挨拶まわり一軒目終わり! わーい! 明日はライダーとご飯だ~♪ 仲良くなりたいな~。

 よーし! この調子で、次!

 

 

 

 

 

「......行ったか」

 

 赤のライダー、アキレウスは閉まった扉の向こうを走っていく気配を感じながら、一人、昼メシの席に戻る。

 

「..................」

 

 その手には、自身の武器である手槍が一筋。生涯を共にした、半身とも呼べる槍だ。

 

『いつかその槍は、お前が愛しいと思った誰かを穿つ』

 

「......ペンテシレイア......」

 

 その言葉を覚えている。

 試されたのか、呪われたのか、からかわれただけなのか......言葉の真意は、アキレウスにはわからない。

 ただ一つ、アキレウスにわかることは、

 

「上等だ......!」

 

 自身が、最速最高の英雄であるということだ。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

突撃! 隣の昼――

 

 

 ヒュッ

 ザシュッ

 

 

――ごはん?」

「ノックもせずに入るな。無礼者と思って射抜いてしまうだろ」

「おっとっと、ごめんなさい」

 

 二軒目!

 今度の人はちょっと物騒な女の方! アーチャーさん!

 ていうか、人なのかな? 耳がにゃーにゃーになってるから、もしかして妖怪さん? 同郷の方?

 

「......まあいい。同じ赤の陣営の者だな」

「うん! 挨拶まわりに来た♪」

「そうか。我が名は赤のアーチャー、"アタランテ"だ。よろしく頼む」

「はーい! 真名言っちゃっていいの?」

「構わん。適当に顔を会わせてみたが、バーサーカーとあのアサシン以外は、信用に値すると私は見た。汝も悪人には見えない。それに私は、真名を知られて困ることもないしな」

 

 へー。そんな考えの人もいるんだ。

 

「私を信じてくれたんだ! ありがとね!

 じゃあ私もお返ししちゃうわ。私は赤のキャスター、真名は”×××”」

「......ん? 今なんと言った?」

「これ月の言葉だから、地上の人にはわからないのよね。この世界には"かぐや姫"って名前で伝わっているわ」

「そうなのか。難儀なものだな」

「うん。同じ女同士、仲良くお願いします!」

「ああ、よろしく頼む」

 

 右手を差し出された。こ、これは、じゃぱにーず握手!

 ということで、アタランテさんと挨拶できました! おててにぎにぎっ。あっ柔らかい♪

 

「ところで、今お食事中ですか?」

「ああ。軽食だがな」

 

 この匂いは......木の実?

 

「なんだ、気になるか?」

「うん。一ついただけるかしら?」

「構わん。ほれ」

「あーん」

「.............手を出せ......」

「あーん」

「...............はあ、ほれ」

「んっ......ん、おいし♪ ありがと!」

「......ああ。用件は終わりか?」

「うん。ありがと! じゃあね、よろしく!」

「ああ、よろしく頼む」

 

 ガチャっと、扉が閉まった。

 よし、二軒制覇完了!

 残るは~、ランサーとバーサーカーとアサシンとセイバーね。ただ、セイバーさんはマスターが『教会とは別行動をとる』って言ってどこか行ったらしいし、アサシンには近づきたくないから、あと二軒にしましょうか。

 

「よし! 次はランサーさんのとこに行こう!」

 

 早くしないと昼飯が終わってしまう!

 走れ~♪

 

 

 

 

 

 

 

「........................」

 

 

 ブチッ

 

 

 アーチャー、アタランテはキャスターから逸れて壁に刺さった矢を引き抜いた。

 昼飯を食べていた姿勢から咄嗟に弓に矢をつがえて射ったとはいえ、それは最高の狩人と言われし自身の放った矢。ただの、と言わず一流の戦士にも反応できるかどうかという至高の一撃だった。

 だった、のだが。

 

「反応、できていたな......」

 

 あのかぐや姫と名乗ったキャスターは、不意の一撃にも関わらず完璧に反応していた。もし私が彼女の眉間を狙ったとしても、矢が届く前に顔を反らすことができるだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()で、だ。

 

「......面白い女だな」

 

 次に彼女を狙うときには、もう少し腕を上げておかねば。

 そう、彼女は心に決め、昼メシの席に戻――

 

 

 バンッ

 

 

「アーチャーさ―――ヒュッ―――。明日の昼飯、一緒に行かない?」

「......わかった。お願いしよう」

「やった♪ じゃあね!」

 

 

 バタンッ

 

 

「......また、避けられたか」

 

 

 プチッ

 

 

 アーチャー、アタランテは壁に刺さった矢を引抜き、

 

 

 メキュッ

 

 

 何かを込めた片手の握力で、矢の中間点を握りしめてへし折った。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「突撃! こんにちは、ランサーさん! 赤のキャスターです! お仲間として挨拶に来ました!」

「そうか。月から降りた姫よ。こちらから伺う礼を尽くさず、ご足労をさせてしまったことを謝罪する。

 我が名は赤のランサー、カルナ。太陽神の子。槍に過ぎない我が身だが、これからよろしく頼む」

 

 三軒目! ド派手なランサーさん!

 こちらもアタランテさんと同じで真名を名乗る人だ。カルナさんかー、わかってたけど外国の人ばかりだね。というかこの人まだ昼ごはん食べてないみたい。突撃は失敗かー。

 ん? 月から降りた姫? 私自分の名前言ったっけ?

 

「あれ? 私の真名、知ってたの? もしかして昔会ったことある?」

「いや、誰かから情報を得たわけではない。

 月の姫よ。その身は常に光を発している。オレも太陽神の子として似たようなものを持っているが、この二つの光は正反対の性質だ。

 加えて、その高貴な身のこなしと、綺麗な竹のような背格好。

 ここまでくれば、必然的に答えは出てくるものだ」

「へー」

 

 途中から求婚でもされてるのかと思って断りの短歌を五個くらい考えてたけど、どうもこれが素の彼のようだ。

 変な人。でも面白いからおっけー♪

 

「ま、一応言っておくわ。私の真名は”×××”」

「”×××”か、よろしく頼む」

「地上の言葉じゃないから......あれ?」

 

 え、普通に返された?

 

「話せるの? 月の言葉?」

「太陽神の子として、月に関しても一応の知識は身に付けている。下手に聞こえるだろうが、許して欲しい」

 

 へー! 何だかこの名前を誰かに呼ばれたの千年ぶりくらいだから、懐かしい!

 

「すごーい! じゃあ今日から私を呼ぶときはそう呼んで♪」

「わかった、慣れるように努めよう」

「そうだ、お近づきの機会として、明日の昼ごはんを一緒に食べない?」

「マスターの判断無しには、オレは動かない」

「じゃあ、いいよって言われたら?」

「断る理由がない。ご一緒しよう」

「やった♪ そこでも私のことは、ね?」

「わかった。”×××”と呼ぼう」

「うんうん♪ えへへっ」

 

 やったー! なんか変だけど近そうな人の仲間がいた!

 この人とも仲良くなれそうだ! なんだー戦争仲間だと思って身構えてたけど大丈夫じゃ~ん♪ むしろ楽しい~♪

 

「じゃあねランサーさん!」

「ああ」

 

 

 バタンっと、扉が閉まった。

 三軒目終わり! 面白い人が多い!

 よーし最後! 四軒目!

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか」

 

 ランサー、カルナは先ほどまでの会話を思い出していた。

 

 自分の真名の開示。

 相手の真名がわかった理由の説明。

 明日の昼飯の同行。

 

「恐らく、マスターの意向に背くものは無かったはずだ」

 

 サーヴァント、カルナ。

 施しの英雄たる彼は、トラブルメーカーが相手でも一切ブレなかった。

 そしてブレないが故に、後々の混乱を生むこととなる......。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「お城? 確かあっちのほうだったような......」

「おおそうか! キャスターよ御協力感謝する!!

 さあさあ圧政者よ!! その首に! 我が弾劾の剣が刺さるときを! 首を洗って待つがよい!!

 ムーッハハハハハ!!!」

 

 

 ドガアアアアン!!

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「バーサーカーが暴走して要塞に攻めいったぁ? アハハッ」

「あぁ......」

 

 連絡を受け、獰猛な笑みを浮かべる赤の従者と、その隣で天を仰ぐ主人。

 期待は裏切らず、懸念は解消せず。常に想定の上を行く。

 やっぱり、トラブルメーカーはトラブルメーカーだった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ランサーはあのルーラーを倒すのに失敗したようだな」

「仕方のないことです。加勢として黒のセイバーが現れ、やはり最優に相応しい強敵だったという話でした。そんなセイバーを退けて、かつ能力が高めに召喚されるルーラーを倒すというのは難しいでしょう。ランサーの働きを疑うものではありません」

「マスターがそう言うのならいいだろう。

 それで、バーサーカーはどうする? あのカグヤとかいうやつの仕業のようだが?」

「......責任の所在は後で構わないでしょう。悪気は無かったようですし。

 アーチャーとライダーを向かわせたので、動向はこちらが把握できています。必要になれば、バーサーカーのマスターに令呪を使ってもらい、強制帰還させます」

 

 今は早朝、朝日が差して間もないころ。

 昨晩にランサーがルーラーを倒すのに失敗し、黒のセイバーはやはり強敵だということがわかった。

 そして、昨日の昼頃に突然暴走して敵地のミレニア要塞めがけて単身突っ込んで行ったバーサーカーが今の問題だった。暴走はあのキャスターの仕業で、挨拶がてら話していたら突然壁を破壊して笑いながら走り去っていったとのこと。

 

「まあ、バーサーカーですし、そういうこともありますよ」

 

 もともと"戦力"としては期待していなかったバーサーカーだ。たとえ黒の陣営に囚われ、戦場で敵として会おうとも、役割を果たしてくれればそれでいい。

 

「........................」

「......? どうした、マスターよ」

「......いえ、何でもありません」

 

 ()()()()()と、思っていたのだが。

 

「バーサーカーのマスターはどちらに?」

「自分の部屋に待機させている」

「行きましょう。バーサーカーの真名を考えるに、帰還の令呪を使うタイミングは考えなければなりません」

 

 キャスターの影が、シロウの脳裏にちらついた。

 

 

 

 

 

 この後、バーサーカーは要塞めがけて走り続け、思っていた通りに黒の陣営と武力衝突。ゴーレムの大群や、敵のライダーとランサー相手に気高き闘志を示しつつも敗北して気絶させられた。

 ここまでは正史と同じだった。

 しかし、

 

 

『令呪二画をもって命ずる。バーサーカーよ、直ちにマスターのもとに帰還せよ』

 

 

 無かったはずのことが起こり、バーサーカーは光に包まれて姿を消した。令呪か、とその場にいたダーニックは気づいたが、気づいたところでバーサーカーは帰ってこない。

 こうして、正史では囚われ敵の手に落ちたバーサーカーが、傷を負い令呪を失いながらも赤の陣営へと帰還を果たした。

 赤のトラブルメーカーの存在がために起こった、この小さな変化。これが引き起こすのは、清流か、濁流か。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「あ! ライダー♪ こっちこっち!」

「おう姫さん。って、ランサー!? それに姐さんも!?」

「オレも呼ばれた身だ」

「なんだ、お前も呼ばれていたのか、ライダー。それと我が名はアタランテだ」

「......こうなったか......」

 

 

「あはは、ちょっと私たち目立つわね」

「無理もない、月の姫よ。その身から発している光は、到底隠せるものではあるまい」

「いや、汝が一番目立つぞ、ランサー」

「ケモ耳しっぽの姐さんも、な?」

「我が名はアタランテだ」

「ライダーのにいちゃんはあれね、ドラマー?」

「えっ」

 

 

「おいランサー、この鎧はどうにかならんのか。邪魔くさいぞ」

「すまない。この具足はオレの一存でどうにかできるものではない」

「その鎧、脱げないの?」

「この鎧はオレの肌に癒着している。あることをすれば脱ぐことができるが、そのときはこの辺り一帯が焼け野原になる。恐らく地図からルーマニアが消える」

「......は?」

 

 

「ん、キャスター」

「ん、な―――ヒュッ―――に?」

「............くっ」

「どうした姐さん? 赤のキャスターに何かあったか?」

「......何でもない。それと我が名はアタランテだ」

「?」

 

 

「すまない”×××”、塩が欲しい」

「ん、はい♪」

「ん?」

「お?」

「......なんだ、オレの顔に何かついてるか?」

「......いや」

「......なんでもない」

「ん、特に何も無さそうだけど......?」

「そうか。悪いが”×××”、戻すのも頼む」

「はーい♪」

「「!?!?!?」」

 

 余談だが、翌日行われたサーヴァント四騎による豪華絢爛な昼飯会場は、主催者のトラブルメーカーっぷりに相応しく楽しくて賑やかなものになったという。

 

 

 




 8/14:ペンテレイシア→ペンテシレイア


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トラブルメーカーの寄り道

 

 

 

「森の中かー、結構行ったみたいね」

 

 昼ごはん(超楽しかった!)の後、ライダーのにいちゃんとアーチャーのアタランテさんが一緒の仕事について、ランサーのカルナさんも別の仕事にお出かけしちゃって、暇になってしまった。

 ということで、私の指差した方向に一直線突っ込んで行っちゃったバーサーカーさんを追いかけることにしました! ちなみに誰にもナイショだよ!

 

「うん、大丈夫。ここまででいいよ♪ ありがとう!」

 

 目の前には鬱蒼とした森林。しかも今は夜。迷いの竹林よりも葉っぱが多いぶん暗さマシマシで不気味。

 そして足元には、バーサーカーさんが残した大きな足跡がたくさん。ってバーサーカーさん素足か、寒そ。

 ちなみにここまでは車で来ました。適当な若者が乗ってた車をちょいと捕まえてね。便利だわー。"魅了"のスキル便利だわー。

 

「行った先は私の指差した方向で間違いないし、地面に大きな足跡があるから、追跡には困らないわね」

 

 さて、行きますか!

 暗いし枯れ葉も多いから、くれぐれも足跡だけは見逃さないようにしないとね~。

 

「大丈夫! 私、幸運Aだから!」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「迷った......」

 

 ふえぇ~ん。道中に可愛いシカさんがいたから追いかけっこしてたら、足跡見逃しちゃったよぉ~。

 

「どうしよっか、シカさん」

 

 

 フエェ~ン......

 

 

 あら可愛いお返事。言葉通じちゃった? まあ兎さんと話せる私なら、シカさんと話せてもおかしくないか。

 あ、今はシカさんに乗せてもらって宛てもなく移動してるの。気分はお姫様! 毛皮フサフサで気持ちいいわ♪

 よ~し、シカさんよ! 私をいい場所に連れて行き給え~!

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......すまない」

 

 

 ドゴッ!

 

 

「ぐほっ!!」

 

 

 バタッ......

 

 

「遅いよセイバー! どうしてもっと早く決断しなかった!!」

「......すまない」

 

 ということがライダーとセイバーにあり、ライダーが逃がそうとしていたホムンクルスの男の子が酷くダメージを負っており、大変な状況になっていた。

 

「......この子を生かす手段はある。俺のマスターのせいでこうなったのだ。その責任は俺が......っ」

「! 待てセイバー!!」

「時間がないだろう。俺の持つこの心臓を、この子に......!」

「やめろ! やめてくれっ!!」

 

 生前にできなかったことを、セイバーは()()()()()()今こそ.....!

 

 

 

 

 ......そんなときだった。

 

「ん......あら?」

「っ!? 誰だ!」

「......まさか、サーヴァント、か?」

 

やっほー!

 こんばんは~、始めまして~♪」

 

 場違いな鹿に乗って場違いな明るい挨拶をきめた、何もかも場違いでブチ壊しな赤のキャスターが現れたのは。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「始めまして~♪」

 

 第一村人ッ 発ッ見ッ!

 ってここ森の中か。なら第一森人? もうどうだっていいや♪

 一人目~! ピンクの髪が可愛い女の子!

 二人目~! 懐かしの都の堅苦しい兵士みたいな男の人!

 三人目~! 木にもたれて座ってる男の子!

 わーい、三人もいるぞ~♪

 

「くっ......こんなときに敵サーヴァントか......!」

「問題ない。俺が相手しよう」

「セイバー......うん、頼んだよ!」

 

 ん~、あんまり歓迎されてないかも。

 というか、何かに困ってるのかな?

 

「あの、何かお困りでしょうか?」

「貴殿には、関係の無いことだ」

「えー? そう言われると気になっちゃうー」

 

 ふん、止まれと言われて止まるほど、私は安いオンナじゃなくてよ!

 んで、察するにピンクの女の子が大事そーーに隠してる男の子が問題なのね。

 

「その男の子が、どうかしたのかしら?」

「違う! この子は聖杯戦争に関係ない! ただの一般人の子供なんだ!

 見逃せ! 見逃してくれ!」

 

 聖杯戦争?

 ......あっ忘れてた、そういえばそれでここにいるんだった~。聖杯戦争に関係ない一般姫になってたわ。

 

「見逃すも何も、攻撃なんてしないわ。

 どうしたの? 怪我? 病気? 何にせよお医者様を呼ばなきゃ! 助けてえー...」

 

 りん! って言おうとしたけど、本当に来ちゃいそうだから止めました。冗談で済まなくなるからね......

 

「お医者......魔術師は呼んじゃダメだ。この子は魔術師に追われてるんだ」

「あらそうなの......なら、私たちで何とかしましょうか」

「へ?......助けてくれるのかい!?」

「ええ、勿論よ♪」

 

 男の子を見たところ、体は丈夫そうだし、あれを使っても大丈夫か―――

 

 

 

 

 

 シュッ!

 

「それ以上、近づくな」

 

 

 

 

 

―――おっとっと。兵士さんに抜剣されて凄まれちゃった。怖い怖い。

 

「セイバー!?」

「ライダー、彼女は赤のサーヴァント。敵だ」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないだろう! 早くしないとあの子がっ」

「だがっ」

 

 そんでもって、私を置いて揉め始めちゃったー。

 あーもう、後ろの子が危険に見えるんだけどー。ちょっとー、もしもーし......はあ。

 

「―――うるさい。黙りなさい」

「「っ―――」」

 

 赤だ黒だは知らんがな。

 要は、この子でしょ。

 

「この子を治せばいいんでしょ?」

「あ...ああ、そうだ。できるのか?」

「舐めないの。私は赤の―――"キャスター"よ」

 

 ピンクの子が唾を飲んだ。大丈夫、任せて。

 兵士さんはまだ剣をこっちに向けてる。好きにさせておこう。こちとら怪しいことはしないし。

 あ、ちょっとは怪しいかも。

 

「永琳、あなたの技術、借りるわ」

 

 

 

 では始めましょうか、()()()()()()()()を。

 

 

 

 脈をとる。まだ生きてるわね。

 消化器官は痛めてそうだけど、機能に問題はない。腸が働いていればそれでいい。

 疲労がとんでもなく溜まってるのが問題なわけね。それなら、うん、それならそうしましょう。

 

 今日は、まだ()()を作ってなくて良かった。

 そして今夜は月夜、完璧!

 

「運がいいね♪ 君。助かるわよ!」

 

 条件は、全てクリアされた。

 "道具作成スキル"、発動。

 

 

 

宝具――

――不 死 の 薬(その体苔の蒸すまで月を見よ)

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「あの子、大丈夫かなぁ......」

「不安か」

「いやー...だって...ねえ」

 

 黒のライダーとセイバー。

 ホムンクルスの子が、ユグドミレニアの城から逃げるのに協力した二人である。

 一人は何の葛藤も無く己の心に従い、もう一人は大いなる葛藤を振り切って、ホムンクルスの子を追跡から逃がしきった。

 

「キャスターに任せたのは他ならぬ貴殿だろう。貴殿が自信を持ってくれなければ、俺も不安になる」

「そう言われてもなあ......」

 

 逃げる際に、魔術師から受けたダメージと極度の疲労により命の危機にあったホムンクルスの子だったが、何の前触れも予感もなく現れた赤のサーヴァント、キャスターの助力により一命をとりとめた。

 

「しかし、赤のキャスターのお陰であの子が助かったのは、認めたくないが事実だろう」

「......だね。よくわからないけど、宝具まで使ってあの子を救ってくれた」

 

 キャスターは、真名解放した()()()()を飲ませることで、あの子に元気を与えた。

 何の薬かはライダーにもセイバーにもわからなかった。キャスター本人は「ただの栄養ドリンクよ♪」と言ったが、宝具クラスの栄養ドリンクとはどういうことだ。

 

「あげく、本人は予期して無さそうだったけど、ルーラーまで呼んでもらっちゃったしね」

「ああ。現状俺たちが頼れる者の中で、最もあの子を安心して任せられるのは、あのルーラーであった」

 

 そして、一命はとりとめたが目を覚まさないこの子をどうしようかというときに、ルーラーの登場だ。

 あのときあの場にいたのは、黒のライダーとセイバー、そして赤のキャスターだ。これを感知したルーラーは"赤と黒の交戦"だと思い、監視役の責任から慌てて駆けつけたのだという。徒歩で。

 もし、赤のキャスターがあの場にいなければ、ただ黒の陣営の数名がいるだけということで、ルーラーは特に気に止めなかっただろう。

 赤のキャスターがいたからこそ、ルーラーはすぐに現れ、ライダーたちは安心してあの子を送ることができたのだった。

 

「終わってみれば、敵とは思えないなあ、赤のキャスターのやつ」

「だが、油断は禁物だろう」

「えー? 僕はあの人と戦いたくないなー。いい人だもん」

「......まあ、そうだな」

 

 キャスター(魔術師)のサーヴァント、それも女とくれば、身も心も綺麗なやつなど地球のどこにもいないという偏見じみた考えをライダーは持っていた。アーサー王伝説のモルガン、ギリシャのメディアなどはその筆頭になるかもしれない。

 しかしあのキャスターには、キャスターかどうか疑われるほどにキャスターらしさがどこにもなかった。

 

「彼女は悪に見えなかった。だから僕は彼女を信じたい。いや、信じるんだ!」

「......貴殿のその真っ直ぐな心、是非俺にも分けてほしいものだ」

「実際にあの子に心を分けようとした君に言われたくはないなー」

 

 そして、結果的に赤のキャスターは黒のセイバーまでも救った。

 あのときはまさに、セイバーが己の心臓をあの子に与えようしていた瞬間だった。当然、霊核たる心臓を失えば、セイバーは死に、聖杯戦争から脱落する。あの子の命の代償として。

 それを止めたことで、間接的にだが、赤のキャスターは敵であるはずの黒のセイバーさえも助けたことになった。本人にその気は全く無さそうだったが。

 

「ま、あの子が助かって良かったし、敵のキャスターがまともそうなやつでダブルに良かったよ!」

「そうだな。安心して戦いに望むことができる」

「魔術は厄介だからねー。遠くからネチネチ~後ろからジワジワ~って、面倒この上ないよ~」

「うむ......では、我々はこの後どうする?」

「あ~、そうだね。ランサーとキャスターの意向に逆らっちゃったし、君に至ってはマスターに反逆を......」

「俺は問題ない。あのときの選択は、今でも正しいと思っている」

「だけど、バツとか......」

「正しいと思っていることをした以上、バツなど、俺にとっては何も怖くない」

「......そっか、強いね~君は!」

「君のほうが、バツなど恐れる者には見えないが」

「もっちろん! 僕は自分のしたことを後悔しない! 自分が正しいと思ったことをしただけだもん。だから後悔も、反省も、何もしないし怖くない!」

「......ライダーは、強いな」

「君ほどてはないさ。僕は理性がブッ飛んでるからね♪」

 

 こうして、誰も失われることの無かった夜は過ぎていき、サーヴァントたちはそれぞれの思いを抱えて、自らの家路につくのだった......。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「あ~あ......折角のバーサーカーさんの活躍、見逃しちゃったよぉ~」

 

 一方こちら、一般トラブルメーカーのカグヤちゃん。

 黒の二人と別れてすぐに令呪一画で強制帰還され、意気消沈の自室待機なう。

 

「相手のライダーとランサーと交戦して、大暴れするも追い詰められて、令呪で離脱か~......

 み゛た゛か゛っ゛た゛な゛~!」

 

 溢れる何かを抑えきれず、用意された畳の部屋をゴロゴロゴロゴロローリンガール。

 

「は~......令呪かー、聖杯戦争だって忘れてたな~。敵のサーヴァントと二人も会っちゃったよ。セイバーさん? には剣先向けられちゃったし......。

 あれ? 私実は危険な橋渡ってたりするのかな?」

 

 実はもなにもない。丸腰キャスターが一人で、敵のライダーとセイバー二人に出くわしたのだ。

 むしろなんで帰ってこれた。これが幸運Aの力だとでも言うのか。どういうことなんだ、神よ。

 

「どういうことなんでしょうね......アサシン、私に答えをください」

「さあ? 私に聞かれても、なあマスター?」

「そうですね......はあ」

 

 その姿をアサシンの使い魔ごしに見守っていたシロウコトミネ神父である。

 彼がキャスターを捕捉できたのは、ちょうどキャスターがライダーたちと別れてすぐであった。

 あの馬鹿は、優雅にシカの背中に跨がって、無防備に背中をさらしやがってました。敵のセイバーに斬られるとか、アーチャーに狙撃されるとか......何一つ考えなかったのでしょうか。

 

「それとも、早くも内通者......裏切り者になったとかでしょうか」

 

 敵のサーヴァントと何をしていたのかは知らない。もし仮にだが、黒の陣営の者と繋がりを手にいれていて、こちらの情報を漏らしている裏切り者になっていたのだとしたら、見逃されたことにも説明がいきます。

 

「アサシン、明日の朝に自白剤入りの朝食を作ってもらえませんか?」

「ふん?......なんだ、マスターの好物は自白剤だったか。それならば毎日食べさせてやるぞ?」

「セミラミスの手料理は食べたいけど、そうじゃないです。キャスターに食べさせます」

「......ふん、わかっておるわ。冗談の通じぬ男よ」

 

 キャスターに関しては、慎重に動くとしましょう。今一番の不安要素は、黒の陣営の誰でもなく、あのトラブルメーカーのキャスターです。

 まあ、さしあたってはあれですね。彼女には無闇に出歩かないようにして貰いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて、次の日。

 キャスターには、命ぜられるまでの外出禁止令を下しました。これは効いたらしく、腕をブンブンさせてあーだこーだ駄々をこねてきました。当然無視ですね。

 アサシンに自白剤入りの朝食を盛らせて話をしたところ、黒の陣営二人と話してた理由は、迷子中に通りすがった一般人が死にかけで倒れていたので、皆で助けてあげたというものでした。

 ......神に仕える者として非常に怒りにくい内容です。ですが流石に叱りました。彼女はショボーンとなりました。どうやら内通や裏切りでは無かったらしいです。

 

「退屈のあまり逃げられても困るので、これをあげますよ」

「ん~? 何よこれ?」

「携帯ゲームというやつです。あなたが日本の英霊だということで、日本で有名な"PSP"というものを用意しました。これで退屈を凌いでください」

「え~? こんなちっこいので何ができるってのよ~」

「それでは」

「えっ、あっ、ちょ待」

 

 バタンッ。

 ふふっ、トラブルメーカーさんには、今後一切容赦無しです。

 

 内心、これだけでどうにかなるものでも無いかな~、と思っていました。

 しかし一時間後、アサシンに様子を見てもらったら、凄く楽しそうにゲームをしてるキャスターの姿があったので、こちらも凄く安心しました。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、いよいよ今夜だ。

 アサシンの宝具がこの時代に甦り、敵として出てくる黒のサーヴァントを、その領土ごと赤のサーヴァントで蹂躙し、我が悲願を成就させてみせよう。

 六十年と数多の夜を超え、大聖杯を我が手に。

 待ってろ、ダーニック。お前に大聖杯を使わせはしない。

 

 

 



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トラブルメーカーの波紋

 

 

 

 

「......では、私はここで」

「ああ。ありがとう、ルーラー」

「いいえ。あなたを助けたサーヴァントの働きに比べれば、大したことではありません」

「......黒のライダー。黒のセイバー。そして赤のキャスター、か」

「はい」

 

 名も無きホムンクルスの男の子である彼は、たくさんの人の尽力を経て、ここに生きている。

 人間大の水槽から脱走したところを黒のライダーとアーチャーに助けられ、

 城を出た後はセイバーに守られ、命を脅かされたところでは赤のキャスターにも助けられた。

 その後は、目の前にいるルーラーに導かれ、戦争から遠く離れた安全なこの農家のおじさんのところに住まわせてもらった。

 

「彼らにも、貴女にも、感謝の気持ちを伝えきれない。何か俺にできることはないか?」

 

 生きたい。

 それは彼の持った唯一の感情であり、同時にただ()()のホムンクルスの感情でしかなかったはずだ。

 それだけのために救われた彼は、その恩にどう報いればよいのかがわからない。

 

「......サーヴァントの彼ら彼女らは、貴方に人として生きてほしいと思い、貴方を助けました」

 

 そんな迷える子羊に、聖女であるルーラーは言葉を紡ぐ。

 

「人として生きるということは、ただ単に心臓を鼓動させることではありません。それでは植物やメトロノームと同じであり、貴方が水槽に閉じ込められていたときと何も変わりません。それを、人の生とは呼べません。

 何か目標を作り、それに向けて行動し、努力をして鍛えあげ、その結果や過程に何かを見つける......それが、人としての"生"」

「人としての、"生"......」

 

 それは、数えきれないほど多くの者が尊び、求め、守ろうとした宝物。

 インドの大英雄は、未来にもそれがあってほしいと願い、その身を燃やした。

 ネーデルラントの騎士は、それに望まれたがために剣を握り、邪竜を墜とした。

 他にも護国の王将が、トロイアを駆け抜けた英雄が、十二勇士の冒険家が、ローマの反逆の剣闘士が、愛を求めた人造人間が、それぞれの立場でその宝物を願った。

 

「人の"生"とは、言葉では伝えきれないほど輝かしく美しい宝物。それを、あなたに見つけてほしいと、サーヴァントである彼ら彼女らは望みました。

 もし貴方が、貴方を助けてくれた者たちの恩に報いたいと思うのなら、その望みを叶えてあげてください」

「......俺は、生きてくれと望まれたのか......」

 

 生きたいという一心でここまで歩き、多くの者に助けられ、ここに彼は自由を手にいれた。

 そしてここからは、彼が生きるということを見つける―――人が願いを叶える物語の始まりだ。

 

「......ルーラー、一つ頼みを聞いてくれ」

「はい、何でしょうか?」

「黒のライダーと、赤のキャスター。二人の名前を、教えて欲しいんだ」

「.....................」

 

 知って当然の、自分を助けてくれた恩人の名前。当然彼にはそれを聞く権利はある。

 しかしルーラーは迷った。サーヴァントの()()は、聖杯戦争においてかなり重要な機密情報だからだ。

 それを、聖杯戦争を監督する役割を持つ自身が口にするのは(はばか)られる。

 そしてそれを聞けば、彼に危険が及ぶ。

 

「......それを聞いてしまえば最後......貴方は戦争と無関係ではいられなくなりますよ」

 

 情報を求めた敵のマスターに狙われる。

 名前を知られることを怖れたサーヴァントが、口封じのために存在を消す。

 あるいは名も知らぬ魔術師が、神秘の秘匿のためにと人殺しの武器を持って現れる。

 相手は違えど結果は同じ。彼は必ず、ぬ。

 

「構わない」

 

 それを聞いて、理解してなお彼は求めた。

 

「......黒のライダー、真名をアストルフォ。

 赤のキャスター、真名は言語違いが理由で伝えられませんが、かぐや姫という名前を持っています」

 

 周囲に探知の術や使い魔がいないことを確認し、彼以外の誰にも聞こえないようにルーラーは言った。

 これが彼女の譲れる最大限である。

 

「......アストルフォ、カグヤ姫、か。

 ありがとう、ルーラー」

 

 彼はその名前を胸に刻んで、笑顔をルーラーに返した。

 

「......他は、もう大丈夫ですか? その......」

 

 名前を、彼の名前を呼ぼうとした。そこで気づいた。

 彼には名前が無い。

 

「俺には、名前が無かったんだ。戦争のための、部品の一つに過ぎなかった俺には」

「......しかし、今の貴方は違います」

「ああ。皆に助けられ、生きると決めた俺はもう、部品なんかじゃないと思いたい。人として生きる個人なのだと思いたい。

 だからこそ、名前が欲しかった。そしてその名前には、是非とも俺を助けてくれた者の名前を使いたかった」

 

 そう言って、名無しだった彼は、自分の名前を言葉にした。

 

 

「俺を助けてくれた者の名前は、アストルフォとカグヤ姫。二人の名前の頭文字をいただいた。

 

 

 

 

 

 俺の名前は―――"アカ"だ」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「来たか......!」

 

 ユグドミレニア城砦、上階の辺りが広く見渡せる場所で、彼ら彼女らは敵を仰ぎ見ながら戦意を高めていた。

 王である黒のランサーは誰よりも前に立つ。彼が先頭に出て奮い立つことが、民や臣下に恐れ無くして戦場へと勇んでもらうことに繋がるからだ。

 ひとえに王の器の成せる勇姿だ。彼が率いる軍には負けなど存在しないのだと思わせる強さを感じる。

 

 

「ライダー......」

 

 軍を指揮する黒のアーチャーはその左に立つ。その賢さから参謀としての役割を兼ねている彼は、昨日の夜に見つけた懐かしい顔を脳裏に浮かべながら、有利地形や敵の配置予想から兵の動かし方を考えている。

 彼がいる以上、黒の陣営に弱点はない。

 

 

「ヴヴヴゥ~~......!」

 

 その兵隊の一番前に黒のバーサーカーが構えている。力強く唸る姿は闘争心剥き出しで、今にも飛び出して行きそうなほど高まった戦意を、なけなしの理性で堪えている。

 確かに彼女はステータスで劣っているだろう。しかしその狂暴さと怪力、そして一発のもつ破壊力からくる威圧感は、決して無視できるものではない。

 

 

「後方支援は、僕が担当しよう」

 

 誰よりも後ろで大人しくしているのは、後方支援を担う黒のキャスターだ。個人としての彼は自他共に認める弱い存在だ。

 だが、後方からゴーレムを手繰る彼を、たかが後方支援と侮る無かれ。

 ゴーレムは土という材質状、その姿形を千変万化させられる。昨晩はその性質でもって、赤のバーサーカーの動きを封じ込めた。つまり、彼の操る千に届く数のゴーレムは、その全てがサーヴァントに届き得る可能性を秘めているということなのだ。

 

 

「剣として、立ちはだかる者を倒すのみ。それが俺の望みだ」

 

 ランサーの右側に控えるのは、黒の戦力の要と言える黒のセイバーだ。望みを失い、道を外しかけた彼は、多くの者に救われ、迷いを絶ちきった。今やその剣の冴えたるや、雲一つ無い青空の如く精練されている。

 誰かの望みではなく、自らの望みで剣を振るう彼の前に、果たして誰が立ちはだかれるというのだろうか。

 

 

「おぉ~! みんな気合十分だね!

 僕たちも行くよ~、ヒポグリフ!」

 

 黒のライダーはセイバーの右隣にいる。この陣営唯一の対空戦力である彼には、成さねばならぬ仕事がある。

 

「まさか、()()()攻めてこようとはな......」

「ダーニック、あれも魔術とやらの(わざ)なのか」

「はっ。あの空飛ぶ要塞は間違いなく魔術のものと思われます。

 しかし、現代にあのような術式があるとは記憶しておりません。恐らく、敵のキャスターの陣地作成スキル。それもあれほどの規模となると、宝具かと」

 

 そう、敵は空から攻めてきたのだ。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「お~! こいつは凄いな~!!」

「空飛ぶ要塞、か。これには黒のやつらも驚くだろうな」

「大した物だ、アサシン」

「然様。この天空に浮かぶ要塞こそ、セミラミスたる我が宝具......"虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)"よ」

 

 黒の陣営が見上げる先に構えるは、空を飛ぶ要塞と、そこに立つ赤の陣営のサーヴァント。

 最速の大英雄、赤のライダー、アキレウス。

 最速の狩人、赤のアーチャー、アタランテ。

 最強の大英雄、赤のランサー、カルナ。

 最古の毒殺者、赤のアサシン、セミラミス。

 後ろには反逆の大英雄、赤のバーサーカー、スパルタクスが解き放たれるときを今か今かと待ちわびており、攻城戦力は十二分に揃っている。

 別行動を取っている赤のセイバーも来るとなると、申し分などどこにもない。

 

「皆さん、準備はよろしいでしょうか?」

 

 そして、彼ら彼女らをまとめている神父にも、不足はない。

 

 

「へっ、どんな手を使うのかと思ってたが、まさか城ごと敵陣に攻めこむとはな。

 姐さんは大丈夫か? 実は高所恐怖症だったりしたんなら、震えを抑えるために抱きしめてあげてもいいんだぜ? 腕が震えちゃ弓も握れんだろ?」

 

 ライダーはいつも通りだ。いついかなる状況であっても、英雄たる自分ならどうにでもできるという自信、そこからくる余裕がある。

 だが慢心はない。彼は真に大英雄だからだ。

 

 

「馬鹿者。私を柔な女と一緒にするなライダー。

 ところで神父、一つ質問だ。私は空を飛ぶ手段を持ってないのだが、帰りはどうすればいい?」

「必要とあらば令呪を使います。余裕があれば、ライダーの戦車やランサーと共に帰って来てください」

「了解した」

 

 アーチャーは、油断せずにこれからの戦いを始めから終わりまで通して考えている。自分のなすべきことの整理、狩るべき相手、そして撤退時など、狩人として考えられる内に考えておくのだ。

 

 

「オレからも質問だ。未だにオレは会ったことはないが、マスターたちの身の安全が大丈夫かを知りたい。

 "歩兵"に過ぎぬオレが生きていたところで、"王"であるマスターたちが取られれば意味がない」

「ご安心を。マスターの彼らはこの空中庭園の一室にまとめて待機してもらっています。この空中庭園はアサシンが全てを掌握しているので、例え敵のアサシンでも侵入されれば感知し、迎撃できます。心配は無用です」

「そうか」

 

 ランサーは、己がサーヴァントに過ぎないことをわきまえている。後ろの安全無くして前には進まない心構えだ。

 一分の隙も許さず、常に謙虚で高潔である彼は、正しくこの戦場で最強のサーヴァントだ。

 

 

「そういうことだ。この空中庭園は虚構にあらず。どんな羽虫が(たか)ろうとも、我が宝具が秒で打ち落としてくれようぞ」

「頼りにしています、アサシン」

 

 そしてアサシン。

 長い年月をかけて万全の準備で迎えられ、ここに女帝として空中庭園に君臨した彼女に、負けはない。

 

 

「頼みましたよ、サーヴァントの皆さん」

「おう」

「言われずとも」

「出来る限りのことはしよう」

「ふん。お主も、バーサーカーを放つタイミングを誤るで無いぞ?」

「ええ、わかっています」

 

 

 黒のユグドミレニア城塞。

 そして赤の空中庭園。

 二つの陣営の狭間にある広大な平野は、互いのサーヴァントのほぼ全てが揃う大戦場と化す。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「なあマスター! オレの出番はまだか!?」

「安心しろ。俺の予想が正しければ、近いうちにデカイのが始まるはずだ」

待ちきれねえんだよ!

 今まで戦ったのは、雑兵のゴーレムに殺人鬼、それと弓兵だけだ。どいつもこいつも数だ搦め手だ遠距離攻撃だで、面白くねぇんだよ!」

「んなこと言ったって、これは戦争だ。そんなこと、お前さんの時代にもあっただろうに。我慢できないのか」

「待ちきれん! 早くオレに剣を抜かせろ!」

「まあ待てよ。戦争では前に出た奴から死ぬ。だから、赤のやつらが始めた戦争に乗っかるのが合理的だ」

「それじゃあ~つぅまぁらぁねぇえぇ~~!!」

「はぁ~......一服...」

 

 こちら、獅子劫・赤のセイバーチーム。

 今まさに始まろうとしている戦争に全く気づくことなく、拠点の墓場にての~んびりと過ごしていた。

 

「はぁ~......つーか、その傷は大丈夫なのかよ」

「ん? 足のこれか。ちょっと深傷を負ったな。なーに、マスターどうしの戦いなんざもうしねぇし、車の運転はお前さんに任せるから、問題ねえよ」

 

 そんな二人は昨日の夜、黒のアサシンと戦い合っていた。

 夜の街を歩いていたところを奇襲されたが、結果は見事な返り討ちでセイバーの戦術的勝利。黒のアーチャーの邪魔が無ければ、セイバーはアサシンの首を獲れていたと確信している。

 

 そう、黒のアーチャーが邪魔をしてきてからは、そのマスターと獅子劫、そしてセイバーとアーチャーによる、マスターどうしとサーヴァントどうしの第二ラウンドが勃発したのだ。

 その戦いでもセイバーは敵の首を獲りきれずに逃がしてしまい、またマスターである獅子劫は敵マスターとの戦いで右足に深傷を負ってしまった。

 普通ならしないようなミスなのだが......勘が鈍ったか、あるいは()()()()()に微笑まれたかだ。

 

「お、おう、そうか。運転、任せてくれるのか......へへっ」

 

 何はともあれ、その言葉を聞いて嬉しそうな顔になったセイバーを見て、こいつは本当にわかりやすいやつだなぁ、と顔を優しく綻ばせる獅子劫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、ここまでの全ての歯車を狂わせた元凶である赤の問題児(キャスター)さんはというと、まあひどい有様でして。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ふっ......教えてあげるわ。戦場では、力こそが正義だと言うことっ、あっ、ちょっ、待っ......!

 あああああああっ!? そ、そんなあぁ......! 嘘でしょ......? そこで負けるぅ?」

 

 うわあぁぁん! 今回こそは勝ったと思ったのにぃ......。

 蛇さんの、バカっ!!

 

 ということで、エンジョイ"ぴーえすぴー"ナウ!

 これメッチャ楽しい! ハマる! 時間を忘れる! 止められない止まらない!!

 

「う~ん......皆のとこに行くべきかなぁ。戦争が始まるぞっ、ってライダーのにいちゃんが言ってたし......でも私呼ばれてないから行かなくても......

 うーん、もう一回!」

 

 今は戦争中? 時間を忘れると怒られる?

 でも大丈夫! 何故なら私には

 

 [永遠と須臾を操る程度の能力]

 

があるのだから!!

 幻想郷に置いてきたはずのこの能力、な~ぜか使えました! だから時を切り取ってゲームやりたい放題! やったね!

 

「あーあ、もう夜だから能力使えない~、不便~...」

 

 ......とはいかず、能力には制限がかかっちゃってる。

 ズバリ、"月が見えている間は使用不可!"

 理由はわかんない。多分永琳が月の民対策とかいろいろ考えて、頭と腕を尽くしたんだと思う。私のことにあれこれできる人なんて永琳とあの子くらいしかいないし!

 

「プレイ時間いくつだろ......うわ、百時間超えてるわ。この画面見られちゃったら能力がバレちゃうね......」

 

 ちなみに、このゲームの他にも四作品ほどプレイして、それぞれ百時間超えしました。

 なので、合計なんと五百時間をゲームに費やしてます! 戦争放ったらかして何やってんだろうね、私。

 まあいいや! 楽しいし! 何だか体が軽くなってきてるし!

 

「よっしゃあ! このワンプレイであいつを倒すぞ~! 行くよ蛇さん!」

 

 ちなみにこのあと三プレイして、どれもあと一歩で負けちゃいましたよ。ええ。

 くっ...悔しくなんか......な...なぃ!

        ......ふえぇ~ん...

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーの参戦

 

 

 

 

「ねえ、おかあさん」

「ん? なあに、ジャック」

 

 ルーマニアの、とある街にある宿の一室。

 そこでは、ある親子が話をしていた。

 

「なんだか、遠くのほうで戦争が始まったみたい」

「あら、本当? それってジャックが関係してるっていうあの戦争?」

「うん。魔術師たちが戦うっていう、あの戦争」

 

 白髪の子供―――黒のアサシンは、サーヴァントたちのぶつかり合いを察知し、緑髪の母親らしき人に教えた。

 

「なら、ご飯いっぱい食べれるかも?」

「うん! たくさんのハンバーグさんがいるよ!」

「あら~、良かったわねジャック。ちょうどお腹空いてたものね」

「うん。わたしたちもうお腹ペコペコ~」

「ごめんね~。私が魔術師だったら、魔力を分けてあげられるのだけれど......」

「ううん。おかあさんは何も悪く思うことはないよ! 悪いのは、魔術師さんたちなんだから」

「そうね。なら、悪い魔術師さんたちの料理は任せてね」

「うん♪ わたしたち、おかあさんの作るハンバーグ、だ~い好き♪」

 

 一見すると微笑ましい親子の会話である。

 しかし、だ。

 両手にナイフ、腰回りにも大型ナイフと小型のメス、さらに大腿に投擲武器まで完全武装した少女が、果たしてただのあどけない少女に見えれば、の話だが。

 

「今度は本当の戦争だから、おかあさんは着いてきちゃダメだよ?」

「わかった。おかあさんはここで、ジャックの帰りを待ってるから」

「うん♪ それじゃあ、行ってきます!」

「はい。行ってらっしゃい」

 

 黒のアサシン―――ジャック・ザ・リッパーという殺人鬼(加害者)が、魔術師(被害者)の集う戦場に解き放たれた。

 赤と黒の入り乱れる戦場は、黒赤血祭の結末へと加速した。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「っ―――」

「ふっ―――」

 

 

 ガキィン!!

 

 

「久しぶりだな、黒のセイバー。再びお前と戦場で会う約束を果たせたことを嬉しく思う」

「ああ」

 

 赤のランサー、黒のセイバー。

 聖杯戦において一番に真っ向勝負をした両者は、惹かれ合うように再び戦場で再会した。

 

「そして黒のセイバーよ。どうやら以前会ったときのお前と今のお前とは、似て非なる存在らしい。

 真なる望みを見つけたか、或いは迷いが斬れたか」

「......そうかもしれない」

「事情はどうあれ、お前の目は以前会ったときよりも英雄のそれになっている。そのようなお前とこの槍を交わせることに、心から感謝しよう」

「俺も、貴殿のような高潔な戦士と戦い、その身を斬れることを誇りに思う......!」

「よく言った。ならばオレを斬るのはお前の剣であり、お前の身を貫くのはオレの槍だ......!」

 

 大英雄がぶつかり合うには少し寂しい、名もなき平原の中心。

 黒の剣と赤の槍が、同時に強く地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その首! 戴いたッ!!」

「..................」

「なっ......!?.......」

「それが君の弱点です」

 

 平原を大きく外れた森の中。

 先生と生徒が、鉄と土のもとに再会した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る......」

「........................」

 

 

 ドズン...ドズン...ドズン...ドズン...

 

 

「........................」

「.....................ミツケタゾ...!」

 

 

 ドズンッ ドズンッ ドズンッ ドズンッ

 

 

「.........『極 刑(カズィクル)――」

 

 

 ドズン!ドズン!ドズン!ドズン!!

 

 

「圧政者ああああああああ!!!」

「――(ベイ)』!」

訴 状 の 矢 文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

 杭に貫かれた、夥しい数の竜牙兵の屍が広がる高原。

 黒の王と、圧政への反逆者と、百獣の狩人がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うへ~、ありゃ様子を見るだけでも命がけだねー。どんな手厚い歓迎をしてくれるのか、どんなやつが待っているのか......楽しみだね! ヒポグリフ!」

 

 月明かりのみが照らす夜の空。

 一人の冒険家が、未踏の空中庭園へと羽ばたいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ここにも参戦者が一人。

 

「キャスター。貴女は戦えませんか?」

「うーん、一応戦いの経験はあるけど、ライダーのにいちゃんたちがいるような戦場だと足手まといになっちゃうかなー」

「やはりそうですか。ではこれから私のサポートをお願いします」

「ん? 神父さん行くの?」

「はい。この戦場から私が生きて帰れたのなら、それは私の願いが神に認められたということになりますから」

 

 神父。自称、シロウ=コトミネ。

 アサシンのマスターに過ぎないはずの彼が、サーヴァントの戦場に赴くと言うのか。

 余りにも無謀だ。

 

「キャスター、お前に誰かを補助するスキルはないのか? いくら貴様が弱いサーヴァントとはいえ、仮にもキャスターなら、その程度は持っているだろう?」

 

 アサシンが問いかけるようにキャスターを煽る。

 それに対し、うーん......と眉を寄せて困り顔のキャスター。煽りの効き目は弱そうだ。

 

「そういう宝具、あるにはあるんだけど、どうなるかわかんないんだよね~♪」

「何だと? ふざけているのか、キャスター。間違ってもマスターに不利なようにはするなよ? そのときには我が杯を喉に通して貰うぞ?」

「わあ、恐い恐い♪」

 

 そしてこの味方を不安にさせる言い様である。

 そんな未知で運頼みの不安要素、誰が好きこのんで貰うものか。

 

「構いません。元より、どうなるかなどは考えておりません。

 しかし、私は信じています。貴女からいただくものが幸運だろうと不幸だろうと、私の進む道の途中に、神は乗り越えられる試練しか与えないと」

 

 貰うものがいた。

 

「ん~、じゃあいくよ?」

「はい、お願いします」

「......正気か、マスター」

 

 不安そうにアサシンが問いかける。当たり前だ。こんなトラブルメーカーの不安宝具に身を委ねるなど、正気の沙汰ではない。

 

「ここで負けるようなら、それまでということでしょう。それならば、私の夢にも諦めがつきます。しかし、ここで私が試しもせずに逃げるようなら、神の手によってこの先どこかで否定されるはずです。

 心配は無用です、アサシン。神が与えてくれたこの体と、君が強化してくれたこの"三池典太"なら、サーヴァントが相手でも負けませんよ」

 

 その心にあるのは、強がりか、自信か、あるいは尊大な信仰心か。

 シロウ神父の目と言葉には、確たる決意があった。

 

「わかった。じゃあ行くよ~」

 

 その決意を知ってか、心を打たれてか、あるいは脳ミソが空っぽなだけか。

 キャスターは、宝具の詠唱に入った。

 

「ん゛ん゛っ―――あなたが語ったその望み、成せると言うなら成してみよ。あらゆる苦難、あらゆる障碍の先に手にいれたものを、是非とも私は見てみたいのだ

 

 言葉を紡ぐたび、キャスターから溢れる月の光が、夜の闇を妖しく照らす。

 それは、平安の有力貴族の尽くを墜とした魔性の光。

 

 

 

宝具―――

―――五 つ の 難 題(さあ惑へ夜這い求める俗どもよ)

 

 

 

 キャスターの詠唱に呼応して、光はシロウ神父に集い、その体の中に入っていった。

 それを合図に、神父シロウ=コトミネはキャスターとアサシンに背を向け、大地をその目に捉えた。

 

「......帰りは出迎えてやる。せいぜい働いてこい、マスター」

「ありがとう。帰ってきたら温かい味噌汁をお願いしますね、アサシン」

 

 そう言い残し、神父はアサシンの転移魔術の中に消えていった。

 

「神父さん行ってらっしゃ~い♪」

「ん? 何を他人事のように言う。貴様も行くのだキャスターの紛い物。ほれ」

「へ? ぐはっ」

 

 ついでにその中に、アサシンに蹴り飛ばされたキャスターも入った。

 

「ふん。せいぜいもがけ。帰って来たいのならな。

 ......さて、こちらに近づく羽虫が一匹。この荘厳な庭園に大して、何とも可愛い者が来たものよな。いいだろう、遊んでやろう。何秒持つやもわからんがな......」

 

 英雄豪傑の集う、ルーマニアの大戦場。

 そこに、何か大きな望みを抱く神父と、何か大きなことをしでかすキャスターが参戦したのだった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「いったーい!!」

「行きますよ、キャスター」

「あー、わかりました。着いていきまーす。

 もー! お姫さまはもっと丁寧に扱ってよねっ」

 

 がーっ! せっかく初めて戦場にお邪魔するんだから、馬に跨がって格好よく参上! とかしたかったよぅ......。

 

「キャスター、戦闘はどの程度できますか?」

「んー......人並み!」

「では、後ろに逃げながら戦うのはどうでしょう?」

「あ、それは得意! 待て待て~って来るやつを、ここまでおいで~って弾幕ばらまきながら下がればいいんでしょ?」

「弾幕......主な武器は魔力弾ですか」

「そうかも。距離が遠かったら弾幕で、近いときは直接殴るかな」

 

 ステータスを見たら、魔力はCで、筋力がB。

 

 筋 力 が B !

 

 あれれ~、おかしいぞ~? なんでかぐや姫にそんなステータスなの~? まあ実際私そこそこ力もちだからいいんだけどね~。なんか複雑~。

 

「そうですか、わかりました。キャスターには撤退のときの支援をお願いします」

「ん? 戦わなくていいの? サーヴァントが来ても?」

「サーヴァントが来てもです。この先にいるはずのサーヴァントは、私が一人で相手します。

 撤退のときは指示しますので、それまで待機しててください」

「りょーかい!」

 

 なーんだ、簡単じゃん!

 ライダーのにいちゃんみたいな無茶を要求されたら......みたいにドキドキしてたけど、普通に易しいものでした。

 

「そろそろサーヴァントが来ます。隠れていてください」

「見学してていい?」

「構いませんが、見つからないようにお願いします」

「はーい!」

 

 うっしゃ! 初めて生で見るサーヴァントとの戦い! 楽しみ!

 もしかしたら私も参加させてくれるかもしれない! 幻想郷に来てからというもの、両拳を唸らせてガチで戦うのはあの子との"コロコロごっこ"だけだったから、あの子以外の人とも戦いたかったんだ! 戦いたいなー♪

 あー、でも撤退戦だと弾幕使うべきなのよねー。神父さーん、私にも戦わせて欲しいナー。チラッチラッ。

 

「......キャスター、こっちを見てないで早く隠れてください」

「......はーい」

 

 がっ、ダメ......!

 まあいいや。大人しく見てよーっと。

 ん、遠くから元気に来たあのサーヴァントは......女の子?

 

 

 

 



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トラブルメーカーの巨影

 

 

「古今東西、後世に名を残した大英雄が集う戦場か。まさか、私のようなものがここに関わることになるとは、な」

「先生! 僕に何かできることはありますか?」

「マスター......そうだな、引き続きゴーレム作りの調整と、できればこの城付近の警戒の強化を。サーヴァント小数の城を隙と見たアサシンが来るかもしれない」

「わかりました!」

 

 ユグトミレニア城砦、その地下の一室。

 ここでは、黒のキャスターとそのマスターが、戦場に繰り出すためのゴーレム作りに励んでいた。

 

「僕は弱いからね。まだ姿こそ見ていないが、アサシンなんかが来れば、(たちま)ちやられてしまうだろう」

「でも、先生のゴーレムはアサシンにも負けませんよ!」

「ははっ、そうだといいね」

 

 とはいっても、下準備は既にキャスターが終わらせており、あとはマスターであるロシェだけでも管理は容易い状態だ。

 なので、キャスターはそこから目を離し、モニターに映されたいくつかの戦場を見ている。

 

(こちらのアーチャーと敵のライダーがぶつかっている。ライダーに接近されてもなお優勢とは、彼の強さは末恐ろしいな)

 

 森の中での、アーチャーとライダーの戦い。

 こちらとしては、大軍を物ともしないあのサーヴァントは足止めさえできれば御の字だ。それを完璧に足止め、ないしは討ち取れるかというアーチャーの働きは、流石の一言。

 

(怖いのは、あの出鱈目な耐久を誇るランサーと戦うセイバーと、バーサーカーとアーチャーの二騎と戦わされている我らが王様のほうだね。王様のほうは僕も支援しているが、さて......)

 

 キャスターが不安視しているのは、両軍のエース対決とも言える平原での戦いと、二対一をさせられている我らが王様の戦いだった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「っ―――」

「はっ―――」

 

 剣と槍。

 近距離の白兵戦において代表格とされる二種の武器。

 それぞれの術を極めた両者の間に言葉や雑音の介入する余地は無く、ただ金属のぶつかり摩れ合う音と、時折肉が引っ掻かれるような音、そして荒れ狂う暴風とそれに混じる火の粉のみが、この戦場にある全てだった。

 

「っ―――!」

 

 袈裟横凪ぎ唐竹突き足払い逆袈裟当身突き蹴り上げ唐竹横凪ぎ斬り上げ袈裟―――

 一呼吸の内に墜竜の剣を重ねても、流されるか浅い傷を生むか。槍の奥にある体に深い傷を刻むに至らず、深く入らんとすれば忽ち神速の槍が牙を剥く。

 

「はっ―――!」

 

 突き流し突き凪ぎ突き突き流し防御突き突き魔力放出突き流し突き突き突突突―――

 針穴より狭き隙に連撃を撃ち込もうとも、灼熱の穂先は乾いた空を穿つのみ。必勝を期した槍も流され、逆に己が具足に傷をつけられた回数は知れたものではない。

 

「―――」

「―――」

 

 互いが互いの武を心から称賛し、だからこそ心の中だけに留め、互いに死力を尽くすこの戦いに余計な水を差すまいとしている。

 今この瞬間に決着がついてもおかしくない勝負は、しかし以前に戦ったときと同じく、永遠に終わらないものに両者は思い始めた。

 

「っ―――」

「っ―――」

 

 

 ガキィィン!!

 

 

 故に、示し合わしも無く両者は同時に強力な一撃を放ち、その反動で距離をとる。

 そして、やはり考えることも同じ。

 

「剣よ、道を......!」

「マスター、魔力をもらうぞ」

 

 自信の持つ武器に、莫大な魔力を込めて、構える。

 その後のサーヴァントのすることといえば、唯一つ。

 

 

幻 想 大 剣・天 魔 失 墜(バ ル ム ン ク)』!

梵 天 よ、地 を 覆 え(ブ ラ フ マ ー ス ト ラ)』!

 

 

 

 宝具の、真名解放だ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「圧政者よ! 私の腕の中で安らかに眠るがいい!! ムーッハッハッハー!!」

「いいぞ、その名の通り好き勝手に暴れるがいい、バーサーカー。汝が作ったその隙を......射つ!」

 

 数多の竜牙兵の屍、そこに新たにバーサーカーの血と折れた矢、そして幾千もの鋼鉄の杭とゴーレムの残骸に埋め尽くされた戦場が広がる。

 

「ふん、当たらん......しかし驚いた。キャスターのゴーレムの攻撃のみならず、余の杭に貫かれてもなお畏れず立ち向かうか」

「ムーッハッハッハー!! そうだ! そこに圧政が有る限り! 圧政者の鼓動が聞こえる限り! 私の弾劾の剣が止まることは! 無いッ!!」

「よく言ったぞ、反逆者よ。真実無限に存在する、恐怖の象徴たる余の杭。それを一身に受けながら、露とも畏れぬ気高き者よ!」

 

 王は笑う。

 反逆者がそれ以上に高笑う。

 狩人は静かに隙を伺う。

 それらを、魔術師に見張られているこの戦場。

 

(心臓を貫かれても、即動き始める耐久力。ならば、以前のように脳を貫く。......しかし、こうもアーチャーに狙われては狙いがつけられんな)

(そうだ。バーサーカーはあくまで囮。精々あやつに構って隙を見せろ。そのときがランサー、汝の最後だ)

(圧政者よ! おお圧政者よ!! 数多の苦難の果てに、我が拳は(かちどき)を掲げよう!!)

 

(アーチャーは素早く、バーサーカーの片手間に貫くのは困難。魔力供給は良し。キャスターの援護もある)

(神父から指示が無い以上、これを続けるしか無いだろう......ここいらで、こちらから射って出るか)

 

訴 状 の(ポイボス)......

「むっ......!」

......矢 文(カタストロフェ)!』

 

 アーチャーが天に放った光り輝く矢。それが空に達したところから、ランサーに狙いを絞った大量の矢が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あのバーサーカーは何なんだ」

 

 この戦場、実は簡単に決着がつく要素が一つ存在していたはずだった。

 それは、キャスターのゴーレムによるバーサーカーの無力化だ。昨晩にバーサーカーの動きを完全に止めれたように、先ほどもライダーの戦車を止めれたように、ゴーレムが上手く機能すれば、王の戦場は早期にケリがつくはずだった。

 しかし、現実はそう行かない。

 

「僕が地中に仕掛けたゴーレムの罠を、尽く()()して見せるとは......あのバーサーカー、何かしらの探知スキル持ちなのか。それとも、相手マスターの令呪とやらなのか」

 

 そのゴーレムの使用方法は、『地中に用意したゴーレムを溶かして相手にくっ付ける』という地雷のようなもの。

 故に、地中のゴーレムのちょうど真上を通るときが最高の好機となる。

 あの狩人のようなアーチャーなら、地面に感じる違和感などでその罠を回避できていてもおかしくはない。

 しかし、バーサーカーは違うはずだ。アーチャーと違って彼にはこの罠が一度通じたはず。あのときと変わらず、理性を持たぬ獣のはずの彼が、どうやって罠を回避しているというのか。

 

「わからないね......ただ単に、()()()()()が微笑んでいるのかもしれないな」

 

 黒のキャスターはまだ知らない。

 運の拗れた不可思議な戦場の最奥に、聖杯戦争を"旅"と称して紛れ込んだ幸運の女神(トラブルメーカー)がいることを。

 既に、[バーサーカーであるはずの彼が、ゴーレムトラップを避けてしまう]というトラブルが発生していることを。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「うわああああ!!」

 

 

 ボフッ

 

 

「痛ったたたた......やられちゃったかー」

 

 主戦場から遠く離れた平原。

 ここに、一騎のサーヴァントが空から墜落した。

 黒のライダー、アストルフォである。

 

「何だよあの城は~! 反則級に強いじゃないか~! しかも操ってるのはあの赤のキャスターよりもキャスターっぽい嫌なヤツだったし!

 もー! じゃああの赤のキャスターは何だったんだよ~!」

 

 事前の話、あの空飛ぶ城の宝具が赤のキャスターのものだろうという話を聞いて、アストルフォはどうにも納得できていなかった。

 アストルフォは、黒のセイバーとともに一度赤のキャスターに会っている。ホムンクルスを外へ逃がしたときだ。

 そのときの赤のキャスターは、あんな大層なことをしてきそうな人ではなかった。どちらかといえば、自身のような弱い側のサーヴァントだという印象を持っていたからだ。

 

「実は本当の赤のキャスターはあの城にいたほうで、あの赤のキャスターのお姉さんは違うクラス......? いや、あのお姉さんは僕の目の前で道具作成スキル使ってたし......でもあの女の魔術は僕の攻略本を破るくらい強かったし......」

 

 それを確認する目的も込めて、アストルフォは空飛ぶ城に攻めいった。

 しかし、そこて待ち受けていたのは、知った顔のキャスターではなく、アストルフォが想像するいかにも嫌な女キャスターだった。

 はたして、どちらが本物のキャスターなのか。誰もいない平原で頭を悩ますアストルフォ。

 ......しかしこの英雄、わからないことはわからないと捨て置ける精神の持ち主でして。

 

「まあいいや! キャスターが二人召喚されたとか、そんなもんでしょ!

 さてと、僕には僕にできることをしないとね! マスター、聞こえる? 僕は次は何をすればいいんだい?」

 

『..............................』

 

「おーい、マスター?」

 

『..................ブツッ』

 

「切られた!? なんで!? 僕なにか悪いことしたかい!?」

 

 城にいた強いキャスターと、以前会った優しいキャスターのこと。

 今後の自分の動きと、戦場の現状のこと。

 アストルフォにはマスターに聞きたいこと話したいことがあるのに、とある日から彼とマスターの関係は変わり、以前までの熱いにも程があるマスターの執着はどこへやら、白けに白けて会話すら無くなっていた。

 以前までのマスターの自分への執着を誰よりも知っているからこそ、アストルフォはマスターの変化にめっちゃ驚愕している。

 

「う゛に゛ゃ゛~! いいよもう! 勝手に行動しちゃうよ!」

 

 以前より()()()()()()()()を掻きつつ、理性が蒸発しているアストルフォは独断行動を始めるのだった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ふん、誰がマスターよ。人を勝手に主扱いしないでくれるかしら」

 

 セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。

 ユグドミレニア一族として聖杯大戦に参加した、黒のライダーのマスターである。

 

「アストルフォ、あなたはもう用済みよ」

 

 サーヴァントのアストルフォに異常な情欲を向けていた彼女だがしかし、既にその心からアストルフォへの興味は失われていた。

 理由は、アストルフォが()()()()の影響で短髪にイメチェンしたことで、見た目が美少女のような美男子ではなく()()()()()()になったこともある。

 しかし、それ以上に大きな理由は、

 

「あ~......どこにいるの~? 何をしているの~? 早くその姿を見せて......」

 

 彼女が次のターゲットを見つけたこと。

 

「赤の♪ キャスターちゃん♪」

 

 即ち、彼女が黒のライダーの視界を通じて、赤のキャスターの"魅了"スキルに当てられたからであった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「どうだマスター、この馬動くか?」

「どうもこうもねえ。コンプレッサーが完全にイカれてやがるぜこりゃ。動かんわな」

「なんだって~!? コンプだか昆布だか知らねえが、直せねえのかよマスター!」

「すぐには無理だ。何なら街に戻って、新しい車を探したほうが早い」

 

 正史では、このタイミングで黒のライダーとかち合っていたはずの、赤のセイバーとそのマスター。

 彼らもまた、トラブルに巻き込まれていた。

 

「だぁ~!! 戦場に遅参してる時点で大恥だってのに、馬が動かなくて戦場に行けないとか、ねーわ! くそっ!」

 

 

 ボゴッ!

 

 

「やめてくれ。お前さんの筋力で車を破壊しちまったら、最悪爆発して俺が死ぬんだが」

「うるせぇ! 加減してらあ!」

「何なら、ここから歩いて現地に向かうか?」

「騎士に徒歩で戦場に向かえだと~!?」

「悪いが、今はそれしかねえ。それとも令呪を使うか?」

 

 獅子劫の手に刻まれた、まだ一度も使われていない令呪を、セイバーが見つめる。

 令呪の奇跡を借りれば、確かに今すぐにでも戦場に着くだろう。

 

「あ~..................

 そいつは止めとく。そいつを使うのは、聖杯獲得に直接関わるときだけだ」

「賢明だな、王様」

「ったりめーだ! 今すぐ戦場に行こうが、時間をかけて悠然と行こうが、大して変わりないからな」

 

 しかし、セイバーは止まった。

 こういうところで、自身のプライドに縛られすぎず、マスターとともに冷静な選択を取ることもできるのが、赤のセイバーの強みであった。

 

「まあ、そうなると歩いて行ってもらうことになるな」

「......マスター」

「なんだ?」

「魔力、搾り取るぞぉ!」

 

 

 魔力放出(雷)

 

 

「なっ......!? おい! 車にはやめろ!」

「うおおおおおおお............!」

「......ったく、行っちまったよ」

 

 馬が使えないとあっても、一刻も早く戦場に行くのが騎士の勤め。

 竜の因子をもつ赤のセイバーは、どこかの誰かとまるで同じように、自身の後方に魔力放出をジェット噴射することによる高速移動でもって、戦場に全力疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 ......そして、そんなふうにトラブルメーカー全力全開で戦場をかき乱しまくりな、どこかの困ったちゃんはというと......

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ナァァァァアアア!!」

 

 ブウォオン!

 

「......っ!......!...っ!......」

「オウッ!!」

 

 ドゴォ!

 

「......ふう、大振りだから避けやすいとはいえ、怖いですね」

 

 ワホーイ!

 リアルタイム戦場だこれ!

 さっきまでやってたゲームの中で見てたものが目の前にあるよ! すごーい!

 

「フニャアアアアアア!!」

「......!Anfang(セット)!」

 

 お~!? 神父さんが投げた短剣が、空中で止まってからバーサーカーちゃん狙いで飛んでった!?

 神父さんも魔術師さんなんだ。それなんか面白い! そういえば幻想郷にも僧侶兼魔法使いさんがいたっけ? 南無三ッ! とか言う人!

 

「ナグッ!? ムーッ! ナァァアアア!!」

 

 その剣が刺さっても構わず勇敢にハンマーをぶん回すバーサーカーちゃん! 可愛い! 健気って言うのかな~あの可愛さは♪

 

「......!......っ......!」

「ナァアアオウッ!」

 

 刺されても斬られても、臆せず立ち向かって来るか~。なーんだろ、どこかで......見たことがあるような、懐かしいような......

 ......あ。

 

「ああああああああああ!!」

「ムグッ!?」

「......っ、キャスター、あなたは静かに見てなさいと」

「思い出したよ! バーサーカーちゃん!」

「ヴヴヴ......?」

 

 そうだそうだ! やっとわかった!

 

「そうそう! その警戒心も敵意もむき出しでこっちを見る姿とか、自傷を気にせず突っ込むところとか! 三百年くらい前の()()()にソックリだわ!!」

 

 あ~懐かしい~♪ あの頃の()()()()は可愛かったな~♪ よくも()()のお父さんを! だったっけ? あの頃はオレって言ってたのよね~♪

 あ~懐かしい! 懐かしい!

 

「ねえあなた! 一度自分のことを"オレ"って言ってくれないかしら?」

「ヴヴヴ......!」

「う~ん、ダメか! 残念!」

 

 くぅ~!

 言って欲しかった~!

 

「キャスター」

「はい」

「いい加減にしてください」

「はい。ごめんなさいでした」

 

 怒られちゃった。てへぺろ。これ最近の流行りね♪

 さて。

 

「でも、神父さんも悪いのよ? さっきから代わり映えのない戦闘ばかりしてるもん......つまんなくなって、姫様としてはちょっかいかけたくなるわ」

「だからといって、みだりに体を出しては......」

「ナァァアアア!!」

「あ」

「おっと」

 

 おっと、バーサーカーちゃんこっち来ちゃった。

 

 

「ウルァアア!!」

 

 

 お腹目掛けて横振りに迫る丸っこいハンマー。当たったら痛そうだなあ。

 まあ、

 

「ほいっと、どーん!」

「ムグッ!?」

「もいっちょ、どーん!」

「モガッ!!」

 

 膝でハンマーの先端を下から突き上げて、体を反らしてハンマーを回避。

 んで、反らしついでに反動を利用して、隙だらけのバーサーカーちゃんのお腹に拳をどーん!

 

「グゥ......!」

 

 どうだ! これが"筋力B"の力だ!

 でも"敏捷E"だから避けきれなくて掠っちゃった! あーコワイコワイ。

 ちなみに、今のはもこたんとの長年の戦いで身に付けた、"対正拳突き用よくばりセット"! 火を纏った突きを決めてきたもこたんの鳩尾に決めてあげると、最高に愉快な悲鳴が聞こえるわ♪

 

「ふー、怖かった♪」

「........................」

「ん、あ、ごめんごめん。この戦いでは神父さんが活躍しなきゃだよね。どうぞどうぞ」

「........................」

「......ん?」

 

 ん? あら?

 なんか、神父さんに凄くウザいものを見る目で見られています......

 そんなに勝手に体を出されるの嫌だったの? そうなら私めっちゃ謝るよ? 確かにやっちゃったなーとは思ったし。

 

「......はぁぁ~~......もういいです。

 確かに、代わり映えのしない、大して盛り上がりのない場面を引っ張るのは物語として考えものですね」

 

 お。許してくれた! ありがとう!

 んで、どうするん?

 

「ヴヴヴ......!」

「キャスター、撤退します。支援を」

「よしきた! おまかせ!」

 

 そして来た! 活躍のチャンス!

 よーし、やったるで!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......なんなんだ」

 

 カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 黒のバーサーカーのマスターである。

 現在、ユグドミレニア城砦の一室にて、使い魔の視界を通じてバーサーカーの状況を見ながら指示を出すことに専念している。

 

 その目が、あり得ないものをいくつか見た。

 

 第一に、サーヴァントであるバーサーカーと互角の戦闘を繰り広げていた、神父と自称する謎の人物だ。

 神父、というのはわかる。魔術協会から派遣された監督役とかいうやつだろう。

 

「まさか、代行者か?」

 

 そうだ。相性や条件次第で、サーヴァントに匹敵する戦闘能力を持つ者がいると聞いたことがある。あいつがそれか?......可能性の一つとして念頭に置いた。

 

 というか、そんなこと霞むくらいにあり得ないことがある。

 

「あいつ......本当にキャスターなのか?」

 

 第二に、前触れなく唐突に現れた赤のキャスターのステータスだ。

 "耐久E"、"敏捷E"などいかにもキャスターらしいステータスもあるにはある。"幸運A"もまあまああるかもしれない。

 だが、なあ。

 "筋力B"はおかしいだろ! あの細い腕と胴のどこにそんな筋肉があるんだ。

 そしてだなあ。

 "魔力C"はもっとおかしいだろ! それでよくキャスターを名乗れるなあおい。

 

「大丈夫か、バーサーカー!」

 

『ヴヴヴ......!』

 

「......まだやれるか?」

 

『ヴゥ! ナァァアアア!!』

 

「よし......いやいやよくないよくない......」

 

 そして最後に、先ほどバーサーカーが赤のキャスターに攻撃したときに見た、異常なほど洗練された身のこなしだ。

 

「......おかしいだろ。あいつ本当にキャスターなのか?」

 

 あいつのあの動きはおかしいと、その一言に尽きる。

 迷いのない回避と、溢れる余裕、恐ろしく後ろに仰け反ってなおその反動を利用する発想と、それを可能にする体......極めつけは彼女の()()だ。キャスターは、恐れることも緊張することもなく、()()()()()に完璧な身のこなしを見せた。

 武道に関係のない人生を送ってきた自分でもわかる。あれは魔術師が一年や二年だけ興味を持った程度で身に付く物ではない。それこそ、()()()()()()を戦いに費やしてようやく体に染み込むもののはず。

 

「格闘専門の魔術師か......? なんて邪道な......」

 

 自室にインターネット回線とパソコンをもらった魔術師である自分が言うのがおかしいのはわかってる。

 それでも言わせろ。

 おまえのその動きはおかしいぞ、赤のキャスター。

 

 

 



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トラブルメーカーの置き土産

 

 

 

 

「ふー。今日はここらで宿を探すかのう」

 

 所変わって、ここは富山県の某所、富士山が綺麗に見える宿場町だ。

 一人の大荷物を持った中年の男が、暮れてきた日が山と山の間に沈みゆくのを眺めながら、今日の安宿を探していた。

 その目が、

 

「はぁ......はぁ......はぁ......」

「......ん?」

 

 ボロボロの白い服にツギハギだらけの赤いズボンを着て、地面に着いてしまうほど長い白髪を後ろにまとめて、地面に腰を降ろして肩で息をしている女の子を見つけた。

 

「そこの女の子、どうした?」

「......あ......」

「そんなとこに一人でいては危ない。お金がないなら、警察を頼るなり、子供もちの家族を頼るなりしなさい。ともかく、一人はいけないよ」

 

 至ってまともな感性に立派な良識を持つその男は、女の子に声をかけた。

 長すぎる白い髪に目元が隠れており、幽霊やモノノケを連想させなくもない見た目の女の子。しかし、女の子からは長い道を全力疾走した後のような熱を感じ、人の存在であることが明らかだった。日の暮れる路上に彼女を見捨てることは彼の良心が許さなかった。

 

 男は、自分の大荷物から一つの服を取り出した。

 

「これを着るといい。本来は()()()()()()()()だが、まあ寒さも問題なく防げる女の子用の上着だ。冬にその服一枚では辛かろう、上に着るといい。」

 

 それは、所々に焦げた後のような模様がある厚めの赤い服だった。

 荷物の中から女の子に似合う服を探した結果、どうにもこの服が女の子に似合う気がしてならなかったのだ。それはもう、まるで本来の持ち主のもとへ帰すように。

 

「......これは?」

「駄賃ならいらんわい。その服は売り物だが、どうにも売れ行きが悪い。外国で一着売れただけで、残りの在庫はあえなく処分しようと思ってたものだからな。

 おっと、申し遅れた。わしは阿倍(あべ)、しがない商人だ」

 

 人当たりのいい笑顔を浮かべ、話ができる程度には警戒心を解いてもらおうとする商人の男。

 努力の甲斐あってか、女の子は少し表情を和らげ、とりあえず渡した赤い服は着てもらえた。

 うん、やはり似合う。サイズも悪くはなさそうだ。

 

「ん、暖かいな......これ、なんて服なんだ?」

 

 おそらく女の子からすれば、本当に何気なく言った程度のもの。

 しかし、男には答えづらい質問であった。

 

「うーむ、名前は確かにあるが......誰にも話してくれるなよ?

 その服には、()()()()に因んだ名前がある。しかし、その服は物語にある服では無いんだ。だから、名前を聞いても、本物かどうかを()()()()確認したりはしないでほしい」

「......物語? 燃やす? どういうことだ」

 

 首をひねる女の子。改めて見ると、華奢に見える体にも確かな筋肉がついており、整った体つきからは、漫画かなにかから抜け出してきたかのような美しさを感じさせてくれた。

 もちろん、この男に怪しい気は無い。ただ良心がために、警戒心を解こうと会話しているだけだ。

 

「聞けばわかるさ。

 その服の名はな―――火鼠の皮衣(ひねずみのかわぎぬ)というんだ」

 

 本当に、ただ警戒心を解こうとして、その話をしただけであった。

 のだが、

 

「っ!! おい! 何て言ったッ!!」

「えっ、ちょっ、なんだっ」

 

 それを聞いた途端、女の子を纏う雰囲気が一変した。

 まるで火がついたように女の子は飛びあがり、商人の男に両手で胸倉に掴みかかってきた。

 

「まさか()()か!? そうだろう!? 輝夜だろう!?

 輝夜ああああああ!! どこにいるんだ輝夜あああああ!!」

「待て待て! どういうことだっ」

「輝夜よ! 見てるか!?

 お前が出てくるまでこいつを詰め続けるぞ輝夜あああああ!!」

 

 先ほどまで前髪に隠れて見えなかった赤い瞳をくり剥いて、全身で怒りを燃やす女の子。

 商人の男は動揺する。しかし、女の子の言葉から聞き覚えのある単語が聞こえたのを逃さなかった。

 

「ん? カグヤ......?」

「そうだ! 輝夜だ!! あいつはどこだ!」

 

 カグヤ......火鼠の皮衣......はっ!

 

「思い出した! 君と会う前に、その火鼠の皮衣を買った唯一のお客様がいたんだ」

「そいつが輝夜か!?」

「僕はそのカグヤが誰かわからないけど、男の人だった。

 だが、その人は確かに"カグヤひめ"がどうたらこうたらと言ってた」

「それは真か!?」

「ああ。本当はお客様の情報は守らなきゃなんだけど、お嬢さんには特別な事情がありそうだからね。特別だよ」

 

 胸倉を掴まれながらも、必死に愛想笑いを作る商人の男。

 夕暮れ時に一人ぼっちだったから声をかけたものの、どうやらこの女の子は非力とは無縁の存在だったようだ。胸倉を掴まれ睨まれているだけで、大の男が怯まされるだけの威圧感を持っていた。

 

「そいつはどこだ!? どこにいる!?」

「い、イギリスのロンドンという都市で取引をした。でもそのお客様は、近々()()()()()という国に行くと言っていたから、今ごろはルーマニアにいるかもしれない」

「るーまにあ......るーまにあ......」

 

 女の子は国名を復唱し始めた。

 まさかとは思うが、行くつもりなのだろうか?

 

「わかっていると思うが、行くなら家族と一緒に行くんだよ?

 ルーマニアは君が思うよりずーっと遠いところにある。遠い遠い、海の向こう側だ。お嬢さん一人では無理だ」

 

 商人の男は、あくまで当たり前のことを話す。

 しかし、女の子はどこか上の空だった。

 

「......るーまにあか、わかった。ありがとうおっさん。掴みかかって悪かった」

「礼を言うくらいなら、無事に家族のもとに帰ってほしいかな」

 

 掴んでいた胸倉から手を離し、女の子は礼を言って後ろに振り返った。

 大丈夫かなと心配になった男だったが、流石にあの歳の少女が一人で外国に渡るとは思えない。男の思考はそこまでだった。

 

「じゃあ、元気でね。早く家に帰るんだよ」

「......ああ。ありがとうな」

 

 無事に家まで帰るようにと祈りつつ、男は振り向いてその場を後にした。宿を探さないといけないのは自身も同じだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、商人の男は気になって昨日の出来事があった場所に帰ってきた。

 女の子はその場にいなかった。

 

「ふう。無事に家まで帰ったかな」

 

 もう、男の出る幕はない。

 最後まで事情がわからなかった女の子のことを考えながら、その場を歩いてみる。

 すると、男の目があるものを捉えた。

 

「......?」

 

 アスファルトの上に、()()()()()()()()()()()()がそこについていたのだった。

 

「......数奇なトラブルもあるものだな」

 

 

 

 

 

 男は知らない。知ることは決してない。

 あの女の子に、身寄りなんて無かったことを。

 あの女の子が、本当に単身でルーマニアに向かったことを。

 女の子の名前が、藤原妹紅(ふじわらのもこう)であることを。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「はっくしょんっ!」

「ナァァァアアア!」

「んも~、しつこいなー!...はっくしょん!」

 

 あーもう、さっきから私の噂をしてるのはどこのもこたんよ!

 コロコロしちゃうぞぉ? へへっ♪

 

「キャスター、もっと距離を稼いでください」

「いやー、なんかこの子、電気ビリビリで弾幕を分解しちゃうんだよね......」

「アァァァアアア!」

「ひえぇ~、可愛いって言ったこと怒ってるのかなぁ......」

 

 うん。撤退しようってんで下がりながら弾幕撃ってるんだけど、電気に弾幕が消されるの。

 ズルいよ~、弾幕消すなんて~。これじゃあ必殺の金閣寺も効かないじゃんよ~。

 

「あなたの魔術はその程度ですか」

「私はお姫様だもん! 魔法使いじゃないもん!」

「あまり真名がバレるような発言はやめてください」

「ナァァァアアア!!」

「うわまた来た!」

 

 今度のバーサーカーちゃんは電気を纏ってるから、接近戦は無理! 勝てない!

 弾幕も無理! 消されちゃう!

 結論、詰み! おしまい! やっぱり敏捷Eの私に撤退戦は無理だったんだ!

 

「仕方ないですね......Anfang(セット)

 そして......壊 れ た 幻 想(ブロークンファンタズム)!」

 

「ムグッ?......ギィ......!」

 

 おお?

 神父さんが投げた短剣がバーサーカーちゃんの足元に刺さった!

 そして爆発した!

 

「逃げますよキャスター、こちらです」

「いえっさ!」

 

 辺りには爆発してできた濃いめの砂埃! そこに私の大玉弾幕をバラまいて、視覚阻害は完了!

 ちょっと情けない方法だけど、これなら逃げれるぜ! あばよ~、とっつぁ~ん♪

 

「ウルァァァアアア!!」

 

 遠くからバーサーカーちゃんの悔しそうな声が聞こえるぜ!

 

「アサシン、位置に来ました。転移を」

『ようやくか。こちらには羽虫が一匹来たのみでな、暇であったぞ』

「ごめん。ここからは君にも活躍してもらうから」

『ふん......それと、みそ汁ならマスターの部屋にある。冷めないうちにいただけ』

「えっ」

『えっ』

「......本当に作ってくれたのですか。ありがとう、セミラミス」

『......さっさと帰れ、マスター』

 

 近くから神父さんの惚気会話が聞こえるぜ! きゃ~♪

 おっと、目の前にこれ見よがしな魔法陣出現! これを通れば帰れるぞ! いざ、のりこめ~^^

 

「ではキャスター、バーサーカーは頼みます」

「うん!......うん?」

 

 うん? 頼みます?

 

「よっと」

 

 魔法陣に入って行った神父さん。

 

『さらばだ、キャスター。またこの世で会えるといいな?』

 

 アサシンさんの言葉と同時に、()()()魔法陣。

 

「......うん?」

 

 置いていかれた私。

 

「ウルアアアァァァ!!」

 

 遠くから聞こえるバーサーカーちゃんの声。

 

 

......これ、死んだんじゃないの~?

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......ふぅ......ふぅ......!」

「......すぅ......ふぅ......!」

 

 剣と槍の戦場も、終わらず。

 

 

 

「化生に墜ちようとも、弾劾を望むか。なんたる執念か! それでこそ英雄! それでこそ反逆者!」

「ムーッハッハッハー! 愛゛ィ゛!!」

「......並んで戦う気は毛頭ないが......あのような化け物にも、使い道はあると考えよう」

 

 王と反逆者と狩人の戦場も、長引いた。

 

 

 

「自分にできることを見つけよう! 僕は、サーヴァントなんだから!」

 

「くっそおおお! 敵はどこだあ!!」

 

 冒険者と騎士は、会うこともなかった。

 

 

 

「まっ、待ってくれ! ぐっ、ぐああぁぁ......!」

「わあ~♪ この人たち、美味しい!」

 

 殺人鬼は、森の中の戦闘人形をバイキングのように食い漁った。

 

 

 

「ふんっ!」

「がッ!?......くっそ......」

「動きも殺意も甘すぎる! そんなもので敵を倒せるとでも思っているのですか」

「っ......先生......!」

 

 先生と生徒は、拮抗した戦いをし続けた。

 

 

 

「ヴヴヴゥ......!」

(ひえぇ~......! 見つかったらヤバい~......!)

 

 狂った乙女と困った姫は、食うものと食われるものの隠れんぼを演じていた。

 

 

 

「......啓示が降りない......サーヴァント同士の戦いにも問題はない......どうして私は現界させられたのでしょうか......」

 

 裁定者は、何らかの()()()()で降りない啓示に戸惑っていた。

 

 

 

 未だ誰も欠けず、未だ誰も負けず、勝たずの戦場。

 全てが全て、形は違えど拮抗し、停滞したままの大戦場。

 

 

「ふう......ここが、赤と黒の集まる戦場か」

 

 そこに、ライダーの剣を手に一人のホムンクルスの男の子―――アカが到着した。

 ちょうどそのタイミングで、彼の視界の中で"それ"は起こされた。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

令呪ずる―――』

 

 聖杯戦争には、いついかなるときにも切り札となりうるものが存在する。

 マキリが開発した、マスターの手の甲に宿る、サーヴァントへの絶対命令権―――令呪だ。

 

『―――アサシン、空中庭園をユグドミレニア城砦の真上に転移させ、大聖杯を強奪せよ』

 

 

「なっ......!? 先生! 大変です!」

「どうしたマスター?」

「まっ、真上に! 敵の城が出現しました!!」

「......何だと......!?」

 

 

 その赤い光に応えるように、赤の陣営の空中庭園が、サーヴァント過疎のユグドミレニア城砦の真上に瞬間移動した。

 

 

「......どうした神父......わかった。

 悪いな先生! この場は預けたぜ!」

 

 

疾 風 怒 濤 の 不 死 戦 車(トロイアス・トラゴーイディア)!』

 

 

「なっ......!」

 

 

「乗れ! ランサー! アーチャー! ついでにバーサーカー!」

「心得た」

「了解した。お前は俺が持ってくぞ、バーサーカー」

「オオ? オオオオ~......!」

 

「......くっ、斬るに至らず、か......」

「なにっ......邪魔が入ったか。おのれ......!」

 

 

 そして、ライダーの戦車が赤のサーヴァントを回収したことで、地上の戦場も終わりを迎えた。

 

 

『抉れ―――十 と 一 の 黒 棺(ティアムトゥム・ウームー)

 

 そして、空中庭園から照射された三つの巨大なレーザーにユグドミレニア城砦は抉られ、その下にあった大聖杯を丸裸にされた。

 

「......バカな! このままでは、大聖杯が......!

 王よ! 何処にあらせられる!?」

「きゃっ!」

「な、地震か!? なんだ!?」

「...ああもううるさい! 赤のキャスターちゃん人形作りを邪魔するんじゃないわよ!」

「ぐう......! ホムンクルスの貯水槽が......!」

 

「ダーニックか......何!?」

「......まさか、赤の陣営の王手ですか......!」

「ウルァァァアア!!」

「なっ......なんだよそれ! 卑怯だ!」

「......これが、聖杯大戦か......」

 

 あまりにも突然の危機に、黒の陣営はマスターもサーヴァントも大混乱した。

 

 

『聞け!! 黒の陣営の諸君!!』

 

 

 だが、この状況において、ただ一人だけ頭を働かせて指示をできるものがいた。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「赤の陣営の狙いは大聖杯だ! 敵の城は大聖杯を魔術によって吸い寄せている! 敵のライダーが地上のサーヴァントを回収したことから、やつらは大聖杯を持ったまま逃げる気であることは間違いない!」

 

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。

 自身が一度聖杯戦争を経験していることや、元々の頭がいいこと、何よりも敵のとった行動が()()()()()()()()()()()()()していることから、比較的冷静に頭を働かせることができた。

 

「だが、敵は大聖杯を回収するので精一杯だ! 故にあの空中庭園に乗り込むのは、大聖杯を吸い寄せている今こそが好機!」

 

 大聖杯。

 あの輝きは、ユグドミレニア一族の勝利の象徴。

 絶対に、失われるようなことがあってはならない!

 

「マスター、及びサーヴァント全員に通達する! 戦闘員は今すぐ空中庭園に乗り込み、敵のサーヴァントを退け、大聖杯を奪還せよ!」

 

 ダーニックは一人、大聖杯のあった場所で必死に頭を働かせていた。

 

(くっ......やつらの狙いは始めから大聖杯だったか......! 先ほどの瞬間移動は、間違いなく赤のマスターの令呪。なるほど確かに有効な使い方だ。まるで私のように、一度聖杯戦争を経験しているような慣れを感じさせるな......亜種の経験者でもいるのか......)

 

『王よ、空中庭園には乗り込めましたか』

『ああ。セイバー、アーチャー、キャスターも共にいる。案ずるなダーニック、我が汚名を抹消するためにも、必ずや大聖杯は取り返す。城で待つ臣下のためにもな』

『......よろしくお願いいたします、我が王よ』

 

(戦力は十分だ。先ほどまで戦いを拮抗させていたものは軒並み空中庭園に乗り込めた。ライダーとバーサーカーは......行けたとしても戦力にはなれまい。

 戦場で赤のセイバーを見なかったことが唯一の気がかりだが......遅刻でもしたのだろう)

 

 落ち着いて、腰を据えて現状を捉える。

 そのとき、自分の右手に宿る令呪が見え、ダーニックの顔に悪人の笑みが浮かんだ。

 

()()()は、我が手に......」

 

 そう、ダーニックは一人で思惑に更けていた。

 ()()で。

 

 故に、

 

 

 

 

 

 

 

「ええっと、あなたがダーニックさん?」

 

「っ!?」

 

 令呪で転移してきたのが空中庭園だけだと見誤り、

 今のユグドミレニア城が完全なる無防備だという事実に気づかず、

 聖杯戦争において、頭―――マスターを狙うのは常道という基本的なことも頭から抜けていたダーニックは、

 

「こんにちは♪ 赤のキャスターっていいます! あなたをコロコロするために来ました!」

 

 令呪で転移してきた、ただ一人だけライダーに回収されずに戦場に残っていた赤のサーヴァントに気がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、ダーニック。六十年前に自分がしたこと、少しは思い出したか」

 

 ここまでの全ての展開が、部屋で優雅にみそ汁をすすっている神父―――シロウ=コトミネの掌の上であった。

 

 



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トラブルメーカーの王手

 

 

「え~......?」

 

 さっきまで頭上にあった空中庭園が、相手さんの城の上にワープして、極太ビームをドカーンして、綺麗な丸いものを盗み出した!

 ......何だろう、この既知感は。

 魔法......極太ビーム......死ぬまで借りてく......うっ、頭が...!

 

 

 

令呪ずる―――』

 

 ん、マスターさんの令呪? なんだろ~......

 あ、転移がいいな! 電気ビリビリのバーサーカーちゃんから逃げたいもん!

 転移来い! 転移来い! 転移来い!!

 

『ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアのもとに"転移"し、彼を今夜中に始末せよ』

 

 

 イヤッッホォォォオオォオウ!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「赤の......キャスター......か......」

「うん、そうだよ♪」

 

 マズイ。

 マズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!

 

「......ご丁寧にどうも。いかにも、私がダーニック・プレストーン・ユグドミレニア、この城のオーナーでございます」

「へ~! あなた、この城の持ち主さんなんだ!」

「はい。いかがでしょうか? この城は。あなたのお目に適うものでございましょうか?」

「そうね~。私の家とは違って西洋チックな雰囲気で、なかなか見る機会が無かったけど、あの目に悪い色の館よりはこっちのほうが好きだな~」

 

 黒の陣営のサーヴァントは、主力が全て空中の城を攻めに出払っている状況。故にこちらの守りが薄くなるのは必然。

 その隙を突いてくる、最悪の一手だ......!

 

「そうですか―――物は相談なのですが」

「ん?」

 

 令呪でヴラドを呼び戻すことは、叶わない。

 ただでさえ戦力に不安がある攻城部隊からヴラドまで抜けてしまえば、勝利は絶望的になる。そうなれば大聖杯を失い、我が一族の悲願も、ここで終わってしまう。それだけは避けなければならない。ヴラドは呼び戻せない。

 他のサーヴァントやマスターと連絡を取ろうにも、目の前にいる敵サーヴァントがその隙を見逃すわけがない。

 戦う、というのは論外だ。魔術師が、魔術師(キャスター)の英雄と正面から戦って勝てるわけがない。

 

 こうなったら......己にできることは一つ。

 

「私の陣営に来る気は、ありませんか?」

「...........................」

 

 

 口八丁に、八十罠と嘘八百を絡めて贈る。

 "八枚舌のダーニック"による、命と名誉と一族を賭けた交渉だ。

 

 

「怪しむお気持ちもわかります。ですが私は、貴女にも聖杯を手にいれて欲しいだけなのです」

「...........................」

 

 相手のキャスターは、返事こそないものの、一応こちらの話を聞く素振りを見せている。

 これがバーサーカーやアサシン相手で無くて本当に良かった。もしそうなら今ごろ自分の命はない。

 

「考えてみてほしい。あなたは赤の陣営の皆が全員空中の城にいるなか、たった一人でこの城に攻めに行くように命ぜられた。

 それって、おかしいことだとは思いませんか? 赤の陣営は我々黒の陣営のサーヴァントを退ければ、直ぐに撤退できる。聖杯も何もかも持って、皆仲良くですね」

「..............................」

「ですが、貴女は違う。一人で、生きて帰れるか判らぬ敵地のど真ん中に、キャスターという非戦闘向きクラスであるにも関わらず放り出された。

 ―――包み隠さず言います。貴女は赤の陣営に捨てられたのです」

「..............................」

 

 自分の持っている情報、持っている能力、持っている知恵。

 その全てを、この場に。

 

「他の赤のサーヴァントに比べれば劣ってしまう能力、そしてステータス。今のところ大きな武功も立てられず、逆に敵のサーヴァントの救いたい相手を救ってしまうという破天荒な行動。

 ここに来て、貴女のマスターは恐れたのでしょう。自分がそれらを理由に、戦いの後の利益交渉で他の赤のマスターに比べて不利益を被ることを」

「...........................」

「よくあることじゃないですか。自分のサーヴァントの命を差し出すから、役立たずな自分のことも大目に見てくれ、周りと同じ待遇にしてくれってやつです。

 貴女は、自らのことしか考えないマスターにその身を売られ、哀れにもその仕事を全うすることしかできない"捨て駒"にされたのだということを......理解していただけたでしょうか?」

「...........................」

 

 主張するのは、相手の境遇の悪さ。

 そして続けるはこちらの待遇の良さだ。

 あわゆくば、寝返りを狙う。

 

「我々は、貴女にそのようなことはしない。サーヴァントとして召喚に応じてくれたことへの敬意を払い、思いを尊重する。してくれということには直ちに応じ、するなということは絶対に守る、約束します。

 貴女の協力を経て聖杯を取り戻した暁には、当然貴女にも望みを叶えてもらいましょう。陣営を変える、という危険で勇気の必要な行動をとってくれた貴女には、もちろん優先的に」

「........................」

「部屋も当然個室を用意いたします。空き部屋はいくつもございますので、直ぐにご用意できるでしょう。欲しいものは早急に取り寄せさせていただきます。

 代わりとなるマスターには、絶対に貴女に口出ししない利口な者を派遣します。我が陣営には無尽蔵の魔力供給装置がありますので、そちらも心配要りません。今まで魔力供給が不安でできなかったスキルや宝具も、存分にご使用ください」

「...........................」

 

 ......締めだ。

 

「......地下で立ち話というのも難ですね。客間に移るとしましょう―――ご案内いたします」

「..............................」

 

 無言でこちらを見て立ち尽くすのみのキャスターに近づき、笑顔で手を差し出す。

 一見ただの案内の誘いだが―――これに乗るということは、黒に寝返るということ。それを感じさせぬように、されど気づいたときには逃げられないところまで誘い込んだ。

 この手腕で、幾度も魔術協会のクソじじいどもを欺いてきたのだ。

 八枚舌に滞り無し。その手腕に陰り無し。

 あとは、この手を掴んでさえくれれば、こっちの―――

 

 

 

 

 

「―――一昨日来やがれ☆」

 

 

 バコオォン!!

 

 

「がッ......ぅあッ!」

 

 

 な......にが......おきた......?

 どうして、私は、天井を見ているんだ。

 どうして、こんなにも世界が、波打つんだ。

 どうして、こんなにも顎と舌が、痛い............ッ!?

 

「ああああああああああッッ!!」

 

 痛い!

 痛い痛いいたいいたいイタイイタイ!!

 舌がッ! 舌がアアアアアアアアッッ!!

 

 

「そーれっ♪ もこたんぱんち!」

「グフッ!?」

 

 

 ......なぜ......!

 

 

「もこたんきっく!」

「グハァ!?」

 

 

 ......なぜ......だ......!

 

 

「もこたんちょっぷ!」

「ガッ!?」

 

 

 ......グッ......!

 

 

「ナゼ......なんだ......っ!」

「もこっ...あら、まだ喋れるの。すごーい♪」

 

 

 ......はあ......はあ......はあ......まだ、生きているか? 生きているな......なら、まだだ。

 

 

 丈夫なのには訳がある......魔術師は、一族の魔術を後世に残すため、己の体に刻まれている魔術刻印に肉体強化の魔術を仕込んでいるからだ。

 そして自身は、恐らく今回の聖杯戦争における最強のマスターだ。自分の魔術師としての腕にはそれくらいの自信がある。故に、それ相応の耐久力も備えているわけだ。

 だが、このキャスターの攻撃の重さ、どう考えてもキャスタークラスの筋力ではないステータス......まさかクラス騙りか何かか......?

 

「お前は......!」

「うん」

 

 ......わからない。

 

「死ぬのが、怖くないのか......っ!?」

 

 目の前の、自称キャスター女のことが、何一つとしてわからない!

 

「えー? だってー」

 

 キャスターは、そう言いながら、右の拳を高々と振り上げて―――

 

「そのほうが、楽し―――」

 

 振り下ろ―――

 

 

「バーサーカーッッ!!」

「ウルゥゥウアアアア!!!」

 

 

 ―――されなかった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ふっ......!」

「はっ......!」

 

 平原から空中庭園の中へと場所を移した戦場。

 狭い空間の中でも、剣と槍の両者は変わらず打ち合い、

 

 

「はあ!」

「ぐっ......!」

 

 先生と生徒はぶつかり合い、

 

 

「......どこから来るのだろうね」

 

 ゴーレム使いは、アサシンやキャスターからの不意打ちを警戒して備えていた。

 

 

 

 しかし、

 

「オオオオオオオオォォゥゥ!!」

「ぐっ......馬鹿な! 何故......!?」

「ふん、まさかバーサーカー如きに封じ込められるほどに弱ろうとはな、黒のランサーよ」

 

 黒のランサー、ヴラド三世だけは、そのスキルや知名度の圧倒的な差から、著しい弱体化を受けていた。

 その参事たるや、化け物のような絵面のバーサーカー一騎に完封されている現状だ。

 

「圧政に反逆を! 圧政に痛打を!!

 ムーッハッハッハー!!」

「小癪な......!」

「どうした!? 動きが鈍いぞ圧政者!!」

「ぐっ......『極 刑 王(カズィクル・ベイ)』!」

 

 苦しみながら、無理矢理に反撃に出るも、

 

「オオウ......ムッフフフ......!」

「っ!?」

 

 "耐久EX"を誇るバーサーカーから、効いている気配は感じられない。

 

「痒い゛ィ゛!!」

「ぐおああっ!」

 

 

 ついにバーサーカーの強烈な一撃をもろに受け、背中から壁に衝突してしまう。

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 その瞬間を狙ったように、赤のアーチャーの矢が飛来する。

 矢先にあるのは、黒のランサーの頭蓋。

 

「っ......!」

「......ちっ」

 

 辛うじてその矢を避けたヴラド。

 だがそこに、再びバーサーカーの拳が迫る。

 

「愛゛ィ゛ィ゛!!」

「ぐうっ!」

 

 杭を全力展開し、自身の槍も使ってその拳を受け止める。

 だが、バーサーカーの重量と筋力は凄まじく、徐々に押し潰されていく。

 後ろは壁で、下手に逃げればアーチャーの矢が待っているであろうこの状況。

 絶体絶命とはこのことだ。

 

(万事休す、か......?)

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「はあ......! はあ......! はあ......!」

 

 キャスターに止めの一撃を喰らいそうなところで、カウレス君の黒のバーサーカーに助けられ、辛くもその場を脱出したダーニック。

 専門ではないが、聖杯戦争に参加したマスターとして当然の治癒魔術は習得しており、舌を始めとする各種重要部位の治療は終えていた。

 

「いかんな......ヴラド三世もピンチか......!」

 

 その目の奥に映るのは、サーヴァントと魔力のパスを通じて共有している視界。

 即ち、己のサーヴァントが巨大化したバーサーカーに押し潰されそうになっている危機的状況だ。やはり知名度補正が失われ、弱体化したか。

 もはや一刻の猶予もない。すぐに何かしらの対処をしなければ。

 しかし......だ。

 

「"()()()()"は......私が側に居る状況でなければ、発動しても意味がない......!」

 

 ヴラド三世には、ある宝具が存在する。

 その宝具を発動すれば、飛躍的に向上する能力でもって赤のサーヴァントを倒せるはずだ。

 ......しかし、ダメなのだ。

 自身が側に居ないときにあの宝具を使っても、ヴラド三世は恐らくただ自害してしまうだけなのだ。その姿になった自分自身が嫌すぎて。殺すほどに憎すぎて。

 

「ちっ......赤のキャスターめ......!」

 

 あの妨害、それによるダメージが無かったのなら、ダーニックはこの視界に映る戦場のどこかに潜んでいるはずだった。

 英霊ヴラド・ツェペシュのサーヴァント。その魂を食らい、我が妄執と同化させ、吸血鬼の体を乗っ取る。それこそが私の切り札だった。

 それには令呪三画と、私自身がヴラドの傍にいて魂に干渉する魔術を行使することが必要だ。つまり、キャスターにボコられて城の中を何とか逃げている現状で切れる札ではないのだ。

 

「..................」

 

 そして、やはり一刻の猶予もないのだ。

 決断、しなくては。

 

「......ヴラド三世か......我が儘な王だ」

 

 ―――仕方がない、か。

 

 

 

 

『ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが令呪ずる!』

 

 

 

「ダーニックか......!」

 

 ダーニック......遠くにいるマスターからの令呪の光を、ヴラドは感じた。

 確かにこの場は大事なところ、令呪を使うほどの価値もあるというものだ

 だが......とヴラド三世は嫌な予感を覚えた。

 

 まさか、()()()()を使う気ではないのか、と。

 悪魔の宝具、『鮮 血 の 伝 承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)』を......!

 

 

『英霊、ヴラド・ツェペシュ! 宝具―――』

「ダーニック! よせ―――」

「オオオオオ!?」

「まさか、黒のマスターの令呪か!? ならば使われる前に......!」

 

 

 

 

 ―――私は、貴様を信じることにしたぞ―――

 

 

 

 

『―――『極 刑 王(カズィクル・ベイ)』を強化し、赤のサーヴァントを打倒せよ!』

「......っ!!」

 

 

 

 ―――ヴラド三世、我がよ―――

 

 

 

 ランサーの身に令呪の光が届き、赤のアーチャーが先手必勝と射っていた矢を杭で完璧に弾き返す。

 その堅さ、鋭さ、そして与える畏怖は、以前の輝きそのもの。

 

 

『続けて第二の令呪を以て命ずる!

 敏捷のステータスを強化しろ!』

「ダーニック、貴様......」

 

 

 

 ―――お前は吸血鬼の力を借りなくとも、愛する祖国を幾度となく護った―――

 

 

 

 そして、俊敏のランサークラスにしては遅かった敏捷がブーストされ、バーサーカーの攻撃は勿論、アーチャーの矢でさえ直撃は難しくなった。

 

 

『最後に第三の令呪を以て命ずる!

 聖杯のため、臣下のため、一族のため......死力を尽くして戦い抜け! ヴラド三世!

 

 

 

 

―――護国のと謳われた、英雄なのだと!

 

 

 

 

「オオオオオアアアアア!!!」

 

 その令呪(ことば)に応えるように、

 ルーマニアの上空、空中庭園にて、護国の鬼将(ヴラド三世)の咆哮が響き渡った。

 

 

 



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トラブルメーカーの逆転劇

 

 

 

「ウルゥゥウアア!!」

「間に合ったか......! 逃げろダーニック!」

 

「っ......恩に着る、カウレス君!」

「バーサーカーッ!」

「ラァァアアア!」

「きゃん!」

 

 うわあああああああん!

 ダーニックさんに逃げられちゃうよおおおお!

 

「待てやああああ!」

「ナァア!」

「っ!? あっぶ! ちょっ、待って」

「ラアァイ!」

「ひえっ!?」

 

 おのれ! おのれバーサーカーちゃん!

 どこかの全身インフェルノみたいなしつこさ見せやがって! 帰ったら覚えてろよもこたん!

 

「ダーニックは逃がせた......そいつにこれ以上暴れられたら厄介だ! ここで倒すぞ、バーサーカー!」

 

 ニゲラレチャッタ......まあいいか。

 ふう。あの人がバーサーカーちゃんのマスターさんだよね。バーサーカーちゃんを令呪で呼んでたし。今も話しかけてるし。

 

「......令呪はあと二つか......慎重に使わないとな」

 

 なんだか、お似合いじゃない。

 いいなー、私もマスターさんと一緒に戦いたかったなー。あんなくそマジメな神父さんじゃなくて。

 

「ナァァァアアア!!」

「うわわわわ! あっぶない!」

「バーサーカー! 電気は常に放出し続けろ! やつは電気に弱そうだ!」

「ヴヴッ!」

「ぐぬぬっ......!」

 

 というか、これもしかしなくてもヤバくない?

 さっきの森なら木に隠れてやり過ごせたけど、ここ隠れるとこないじゃん?

 しかもここ敵地のど真ん中じゃん?

 バーサーカーちゃん電気ビリビリで私触れないじゃん?

 

\(^o^)/

 

(お前に世界の半分をやろうとか言われた気がしたからつい殴っちゃった)ダーニックさんの言ってた通りの展開じゃん!

 

「ええい! 弾幕!」

「ナアア!」

「電気に防がれるよね! 知ってる!」

 

 うわああああん!

 誰でもいいから助けてええええ!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ハッ!?」

 

 自陣の者のためになる何かを考えるでもなく、

 自身のサーヴァントに命令を下すでもなく、

 ただひたすらに一つの芸術作品『赤のキャスターちゃんフィギュア♪』を作るのに夢中だったセレニケの脳に、怪電波が届いた。

 

「キャスターちゃんを守らなきゃ!」

 

 使い魔の視界で久々に見たライダーは、この城に向かって走っているところだった。

 以前までは花が散るほど愛おしく思っていた彼が必死に自分のもとに向かっているのを見てセレニケは、

 

令呪ずる! ライダー! 赤のキャスターちゃんのもとに行け!

 ねて令呪ずる! ライダー! 赤のキャスターちゃんを死ぬ気で守れ!」

 

 何の躊躇もなく、そんな彼を捨て駒にする覚悟を固めて令呪を使った。しかも二画も。

 セレニケ初めての令呪は、敵陣営のサーヴァントを守れというめちゃくちゃなもの。しかも二画で。

 聖杯戦争史上、最も摩訶不思議な内容の令呪が、何のトラブルがあってかここに発動した。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「避けろおおおおおお!!」

 

「ヴゥ!?」

「へ?」

 

 その声は、戦闘中の二人のサーヴァントにとって全くの不意なところから発せられた。

 声の発生源には光が集まり―――()()()()()()の先端が顔を出した。

 

「!?」

「うわわわわ!?」

 

 闘争本能の塊である黒のバーサーカーは、これにもしっかり反応し、後ろに飛び退いて回避する。

 対して赤のキャスターは、情けない声を出しながら後ろにビッタンと倒れて回避(?)する。

 

「くっそ......何故だマスター!? どうして!?」

 

 程無くして全身があらわになった、馬上槍の使い手である黒のライダー。

 その両手が持つ馬上槍の矛先は、無様に倒れている無防備の赤のキャスター()()()()、黒のバーサーカーに向けて構えられている。

 

「ライダー! どうした!?」

「バーサーカーのマスターか!

 わからない! マスターに令呪で命令されたんだ!」

 

 あろうことか、黒のライダーは敵であるはずの赤のキャスターに背を向け、味方であるはずの黒のバーサーカーに敵対するような姿勢を作っている......いや、()()()()()()()ということは、バーサーカーのマスターであるカウレスに見てとれた。

 

「内容は!?」

「"赤のキャスターのもとに行け"そして"赤のキャスターを死ぬ気で守れ"だ!」

「どういうことだ!? どういうことなんだ!?」

 

 カウレスの頭には一瞬にして多くの可能性が閃く。

 セレニケの裏切りか? 今一信用ならないあの女性なら有り得る。

 何者かに脅されたか? キャスターが城に攻めてきた以上、他の何者かも連携してここに攻めてきて、セレニケのもとにいる可能性だってある。

 目の前のキャスターが、ダーニックに向かう前に何か仕込んでいた? キャスターというクラスを鑑みれば、むしろそういった小細工があって当然とも言えよう。

 

(ダメだ、わからない)

 

 思い当たることが多すぎた。

 

「へぇ~♪ ライダーちゃんは私を守ってくれるんだ!」

「いや、違うよ! あくまで僕と君は敵対関係だ! 僕が君を守るなんておかしいよ!」

「ふ~ん? それならなんで貴女は私を守ってくれているのかな~?」

「こ、これはっ、令呪で......!」

「いや~ん♪ ライダーちゃんツンデレ可愛い♪」

「か、かわ......! ぼ、僕は男の子だぞ! いやいやそうじゃなくて......」

 

 しかも、赤のキャスターまでもとんちんかんなことを言い始めた。これは素なのか、ワザとなのか......

 

(ワケが、わからない)

 

 もう、ぼくはかんがえるのをやめた。

 たおせばいいんだ。

 

「もういい! やってくれバーサーカー!」

「ナァァアアア!!」

 

「くそっ......黒どうしでやりあうことになるとは......!」

 

 黒のライダーがいてはその奥の赤のキャスターを倒せない。

 黒のライダーには悪いが、厄介な宝具を持つ黒のライダーから無力化し、その後に赤のキャスターを......

 

「うーんと......じゃああとはお任せして」

 

 ......あっ、

 

「ダーニックさんコロコロチャーンス♪ レッツゴー!」

「ヴゥ!?」

「あっ!?」

「くっ......!」

 

 しまった!

 あの女、ダーニックの逃げた先に繋がる廊下に向けて走り始めやがった!

 赤のキャスターにとって幸運なことに、カウレスやバーサーカーにとって不幸なことに......ダーニックの逃げた先は赤のキャスターのほうが近く、バーサーカーを無視して進める方向だ。

 

「どいてくれライダー!」

「すまない、バーサーカーのマスター! 頑張ってはいるんだけど......令呪がっ......!」

「くそっ! 追ってくれ、バーサーカー!」

「ウゥ!」

 

 しかし赤のキャスターの敏捷はE。バーサーカーが今から走れば十分に追いつける。

 はずなのだが......

 

「ダメだ! 避けてくれバーサーカーっ!

触れれば転倒(トラップオブアルガリア)』あああ!!

「ムギュア!?」

「バーサーカー!?」

 

 黒のライダーの宝具が、バーサーカーに向かって発動した。

 今度は不意をつかれてしまったバーサーカー、ライダーの必死の軌道逸らしも叶わず、足下を掠めてしまった。

 

「グウッ......!」

「くそっ、くそっ! 僕には令呪に抵抗できるだけの対魔力があるのに......令呪に込められた想いが強すぎるのか......?」

 

 強制的に足が霊体化させられ、身動きがとれなくなるバーサーカー。

 令呪に阻まれ、望まぬことばかりさせられているライダー。

 

「ナァイスゥ♪ よくやった私のライダーちゃん!」

「違うんだ......違うんだあぁぁぁ......」

「ダメだ! このままではアイツが......!」

「へへ~ん♪ ここまでおーいで~♪」

 

 そして無力なカウレスと、その場の全てを嘲笑いながら尻を向けて逃げる......いや、ダーニックを追う赤のキャスター。

 令呪のサポートがあるようで、その足は迷いなくダーニックのいる方向へ向かっている。

 

「このままでは、ダーニックが......!」

 

 それだけじゃない。

 ダーニックが死ぬことでランサーも消えてしまったら、空中庭園で行われているであろう大聖杯奪還戦も敗色濃厚になる。最悪、こっちのサーヴァントが全滅する。

 そうなれば、黒のサーヴァントはここにいるバーサーカーとライダー、いたとしてもまだ姿を見せないアサシンの三騎だけ。これだけでは二度と大聖杯を奪還できはしないだろう。

 

 絶対に、絶対にここで赤のキャスターは止めなければならない......!

 それには、自分の力だけでは無理だ。

 

「......バーサーカー!」

 

 足を霊体化させられた、自らのサーヴァントを呼ぶ。

 バーサーカーはこちらに振り向き、目があった。

 

「......ヴヴッ」

 

 ―――同じ考えだったようだ。

 カウレスは知っている。言語能力に乏しくて思考を上手く伝えられない彼女は、しかしながらその思考能力はバーサーカーとは思えないほど高く、時には自分ですら考えの及ばないことも考えていることを。

 

 そんな彼女との思考が今、重なりあった。

 

 

「バーサーカー―――令呪ずるッ」

 

 

 赤い呪印が刻まれた右手に、渾身の魔力を込めて言葉を紡いだ。

 

 

「赤のキャスターに組み付け!」

 

 

 行くぞ、バーサーカー。

 これが、僕たちの最後の勝負だ。

 

 

 

   ×   ×  ×   ×

 

 

 

「ここならばっ......!」

極 刑(カズィクル)―――(ベイ)!」

「ちっ......!」

 

「オオオッ!」

極 刑 王(カズィクルベイ)!」

「ムウッ!?」

 

 戦況は、転じて一方的となった。

 令呪により強化された黒のランサーの杭は、赤のアーチャーの矢を完璧にいなし、赤のバーサーカーの体を貫き、封じ込める。

 

「今こそ、その目その体に刻むがいい。

 信頼できる臣下を供にした、護国の串刺し公の恐怖を!」

 

 空中庭園に来てから、ランサーは防戦一方だった。

 しかし臣下の令呪の助けを得て、初めて攻勢に回った黒のランサーは、いい加減目障りな者に止めを刺しに狙いをつける。

 

「反逆者。貴様が真に反逆の志を有するというのなら......余の杭を跳ね返して見せよ!」

 

 

極 刑 王(カズィクルベイ)

 

 

 頭上から、足下から、右手に左腕に背中に胸に。

 頭蓋から爪先まで全方位から、赤のバーサーカーは黒のランサーの杭に(はりつけ)にされた。

 

「.....................」

 

 瞬間、今までうるさいほどの奇声と打撃音を奏でていた赤のバーサーカーが大人しくなった。

 

「まさか......やられたか!?」

 

 赤のアーチャーは不安になる。

 いくら気持ち悪い存在であったとはいえ、赤のバーサーカーという肉壁が失われれば、今の黒のランサー相手にどこまで戦えるかわからないからだ。

 こんな変体な変態にも、使い道はあったのだ。

 

「フン......わかっているだろう。次は貴様だぞ、赤のアーチャー」

「っ......!」

 

 黒のランサーは赤のバーサーカーから目線を外し、赤のアーチャーに向ける。

 肉壁が機能停止した今、いくら敏捷Aの彼女でも、狭い廊下の中で全方位から来る杭から逃げ続けるのは至難の業。

 

「その足、その弓、その戦闘術。名のある狩人とお見受けする。このようなことをしても真名を明かすような者ではないだろうが敢えて、礼を尽くそう。

 ヴラド・ツェペシュ。それが我が名であり、今から貴様を串刺しにする者の名だ」

 

 その言葉とともに、黒のランサーは右手に持った槍をゆっくりと赤のアーチャーに向けた。

 一寸先の敗北に、赤のアーチャーは額を嫌な汗で濡らす。

 槍先で赤のアーチャーを貫くが如きその姿勢で、黒のランサーは宝具を―――

 

 

 

「 時 は 満 ち た 」

 

 

 

 ドゴンッ、と。

 

 巨大な岩石が落ちたような音とともに、周囲に撒き散らされる大魔力の衝撃波。

 たまらず、黒のランサーは後退。赤のアーチャーから衝撃波の方へと注意を移す。

 

「なんだなんだぁ?」

「今のは......?」

 

「............」

「......一度、槍を収めよう。様子が見たい」

 

「魔力......しかし、赤の魔術師のお出ましではなさそうだな......」

 

 衝撃波は遠くで戦闘していた大英雄たちにも伝わり、全員の意識を向けさせた。

 

 

「愛゛ィ゛......」

 

 

 遠くからでもわかる、赤のバーサーカーの異変。

 この戦いが始まる以前より、既に異形の肉塊と成り果ててはいた彼だが、ここでの戦闘でより一層その大きさを増しているように見える。

 

「......成る程。自らの身に刻まれた傷を、魔力に変換して体内に蓄積しているのか」

「おいランサー、どういうことだ?」

「貧しい見識から言わせてもらうなら、赤のバーサーカーは傷を受ければ受けるほど強くなり、耐えれば耐えるほど体内に多くの魔力を溜め込む」

 

 語るのは赤のランサー。

 赤のバーサーカーは言葉が聞こえているのかいないのか―――いや、もし聞こえていたとしても、黒のランサーに向ける圧倒的敵意が逸れることなどない。

 それを一身に受ける黒のランサーは、誰よりも赤のバーサーカーの近くにいる。

 偶然にもそれは赤のバーサーカーから黒のサーヴァント全員を背中に隠すような形になった。

 

「しかし、何事にも限界があるように、バーサーカーのあやつの耐久にも限界が来た。

 そのときにため込まれた魔力がどうなるか、ということだ」

 

 例えるなら火山の噴火。

 もしもそれが、バーサーカーの意志による制御でもって、一方向に放たれたのなら......。

 

「......来るか、反逆者。

 いいだろう。貴様が反逆者であるならば、その前に立ちふさがるべきは黒の王たる余だ」

 

 黒のランサーは、背中にいる臣下を守るため、赤のバーサーカーが放つだろう一撃に、真正面から対峙する構えだ。

 事実、ランサー以外の黒のサーヴァントにこの一撃を対処できるかと問われれば、首を傾げることになる。

 キャスターは"最終宝具"があれば確実に防御できるが今は無く、アーチャーの矢では威力が足りず、高い敏捷も狭い廊下の中では発揮できない。

 

(......すまない、ランサー)

 

 そして、セイバーには対処するべきではない理由があった。

 彼の放つ『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』の真名解放なら、赤のバーサーカーの一撃にも何とか拮抗できるだろう。令呪によるブーストをかければ相殺さえ叶うかもしれない。

 しかし、赤のサーヴァントが三人―――この城の主やマスターも含めればそれ以上―――いるこの場で真名解放などしては、自身の名が露呈する。そうすれば自ずとアーチャーやキャスター、アサシン辺りが、ジークフリートである自分の弱点である背中を容赦なく狙ってくるだろう。

 赤のランサーには既に知られているだろうが、彼相手ならば騎士の誇りにかけてセイバーは背中を取らせない。しかし、不意打ち専門のようなクラスに狙われては、さしものセイバーもたまらない。

 

「我が一撃はありとあらゆる圧政を飲み込み、全ての権力を打ち砕き、震える民を照らす光となる......」

 

 言葉を一つ一つこぼす度、その体からドロッとした魔力が溢れだして空気を犯す。

 身を少しよじる度、巨体から伝わる威圧感が雰囲気を支配する。

 しかし―――ヴラド三世には、効かない。

 

「全身を杭に磔にされて、それでもなお余に抵抗する精神、少しの畏怖をもって褒め称えよう。

 だが、余が生前に故国を守ったときも、敵は同じく強大であった。さらに言えば、今の余には頼れる臣下がいる。たった一人の反逆に屈することはない」

 

 護国のため、己のため、そして臣下のため。

 ヴラド三世は、己の宝具に全身全霊を賭ける。

 

 そして、いよいよ赤のバーサーカーの準備が整ってしまったようだ。巨体を前屈みにし、前方へ放出する一撃の反動に耐えるようにする。

 さながら砲身を構えた大砲の如く。

 

 

 

「おお、圧政者よ......ああ圧政者よ!!

 我ここに勝利の凱歌を唄わんッ!!」

「反逆者よ、雄々しき漢よ。

 国に還るがいい......!」

 

 

疵 獣 の 咆 吼(クライング・ウォーモンガー)

 

 

 ついに、赤のバーサーカー渾身の一撃が放たれた。

 それは、細工も何もない。ただの魔力砲だった。

 しかし―――威力が桁違いだ。先ほどユグドミレニア城を襲った三つの魔力レーザーも相当だったが、それさえも比べものにならない、超極太魔力砲だ。

 それは正しく、赤のバーサーカー―――スパルタクスが命を代償に放つ、反逆の鉄槌だった。

 

 

極 刑 王(カズィクルベイ)

 

 

 それに対するは、護国の象徴である杭。

 ヴラドはただ数えきれない杭を乱立させるのではなく、令呪により強化されたことを利用して可能な限り杭を操り、広く展開した杭を(ねじ)って絡み合わせ、一ヶ所にまとめあげた。

 完成したのは、数多の杭が合わさってドリルのような形状になった、()()()()()()()。その大きさは異形となったスパルタクスにさえ匹敵した。

 

 黒のランサーと赤のバーサーカー以外の者が戦闘を止め、来たる大衝撃に歯を食い縛って備える中、

 

 

「雄々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ———!!」

 

「オオオオオアアアアア!!!」

 

 

 ドゴオオオオオオオオン!!!

 

 

 両者の、一世一代を象った宝具が、衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「.....................」

 

 一方その頃、ユグドミレニア城の近くにて、空を見上げるサーヴァントが一人。

 聖杯戦争の監督役、ルーラーことジャンヌ・ダルクである。

 

「......どうしましょ」

 

 啓示が降りなかったり、赤と黒の戦場が多すぎてどこを見ていいかわからなくなったりと、聖杯戦争史上でも稀に見るほど散々な状態の彼女である。

 今もまた、天空に浮かぶ庭園の戦場を見に行くか、城の中の戦いを見に行くかで選択を迫られている。

 

「ああ、どうしましょ......」

 

 見に行きたいのはあの空の戦場のほうだ。大英雄が集いも集った激しい戦場を自分が見に行かない道理はない。

 中でも一人、黒のランサーには正当な聖杯戦争を狂わせてしまう宝具があるのだ。彼の歴史からすれば積極的にその宝具を使うものではないだろうが、マスターのほうから令呪で無理に発動させないとも限らない。

 

「......高いですね」

 

 しかし、空の戦場は遥か高い。いくら筋力Bの彼女とはいえ、あそこまで飛び上がることはできない。

 ならば行く先を城の中の戦場にするべきなのだが、こちらは見に行くほど危険なメンバーではなかった。

 唯一、何を起こすか(しでかすか)わからない赤のキャスターが不安だが、民間人に積極的に害を与える気質でないことは明らかだった。

 ルーラーの監督がいるほどの存在ではない。

 

「......むむむ」

 

 城に向かって急接近する赤い彗星が見えた。

 あれは赤のセイバーだ。魔力放出のスキルを駆使し、ジェット噴射の要領で空を飛んでいる。

 

 私にもあんなことができればなあ、と思わなくもない。

 

「はあ......ん?」

 

 ため息ついでに足元を見ると、ふわあ、と平たい石の板が地面数センチほど浮いているのに気づいた。

 ちょうど人が一人ほど乗れそうなサイズであったので、よっこらしょっと何気ない気持ちでルーラーはそこに両足を乗せる。

 

『ふん、ルーラー一名様ご案内だ。振り落とされるなよ聖女、そのような醜態を晒されてはルーラーというクラスが堕ち、()()()()()()()からなあ』

「なぁ......!?」

 

 グワンッ、と。

 突然、ルーラーが乗った石が上に向けて急発進した。

 さながら天国へのエレベーター。石はなおも加速を続け、とうにサーヴァントでなければ耐えられないほどの速さに達していた。

 流石にルーラーがダメージを負うほどではないが、身動きが取れず、途中下車ができない。

 

「どういうことなんですかああぁぁぁ............」

 

 ルーラーの姿は、瞬く間に天高く輝く星の向こうに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーの電撃引退

 

 

 

「ダーニックさんコロコロチャーンス♪ レッツゴー!」

 

 幸運は舞い降りた!

 流石は私! 流石は幸運A!

 幸運ステータスってのがどういう風に戦争で生きてくるのかわかんなかったけど、ナルホドナルホド、こういうことだったのね。

 うん、一番大事なステータスな気がする。

 

 

「へぇ~♪ ライダーちゃんは私を守ってくれるんだ!」

「いや、違うよ! あくまで僕と君は敵対関係だ! 僕が君を守るなんておかしいよ!」

「ふ~ん? それならなんで貴女は私を守ってくれているのかな~?」

「こ、これはっ、令呪で......!」

 

 [速報]黒のライダーちゃんはツンデレ[界隈に激震]

 かわいいよぉ......! かわいいよぉ......! 必死に目線逸らして~、俯いちゃって~、僕は男の子だよ~なんて照れ隠ししちゃって~。

 はぁ~ヤバい。攻略されちゃう。

 日本最古の美少女攻略物語の主人公にして、攻略難易度史上最凶(ルナティック)を誇るはずのカグヤ姫様が、あろうことか女の子に攻略されちゃう日がくるとは......これが因果か......!

 

「へへ~ん♪ ここまでおーいで~♪」

 

 もっと悔しそうな顔が見たいから意地悪してみる♪

 とは言っても、敏捷Eなこの体では満足に逃げれないのだ。

 竹取物語原作には、帝のしつこい追跡に痺れを切らしたカグヤ姫が体を透明な影に変えて逃げる場面があったと思うのだけど、この体はその話を再現してないんだよねー。

 聖杯のケチ! 透明化能力くれてもいいじゃない!

 あ、その話の本当は、ただ須臾の能力で瞬間移動して逃げただけ......ってのは、みんなにはナイショだぞっ。

 

「バーサーカー、令呪を以て命ずる! 赤のキャスターに組み付け!」

 

 げぇっ!? バーサーカーちゃんのマスターの令呪!?

 

「やっば......!」

「ウルゥァアアア!!」

 

 

 ガシッ!!

 

 

「ぐえっ......!」

「ナァァァアアア!!」

 

 だいしゅきホールド!?

 えっ!? バーサーカーちゃんまさかのだいしゅきホールド!?

 ちょっ、待って! みんな見てるから! 好意は嬉しいけどもう少し場所とか状況を考えて......

 

最後令呪ずる!

 バーサーカー! 全拘束解除! 宝具磔 刑 の 雷 樹(ブラステッド・ツリー)最大出力で発動し、赤のキャスターを倒せ!!

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 遠くでバーサーカーのマスターさんが何か言ってたけど聞こえなかっ―――

 

 

 バチチチチチチチチ!!

 

 

「痺びびびびびびびび!?」

「ウルアアアァァ!!」

 

 あっ、違う! これ違う!

 ごめんねバーサーカーちゃん、貴女の思いを勘違いしてた。これ好意とか甘えてるとかそういうのじゃないね!

 ズバリ―――私にゾッコンなライダーちゃんに嫉妬しちゃったのね! そうよね! ごめんね! 私バーサーカーちゃんも幸せにするから!

 

「ナイスだバーサーカーのマスター......よしっ、僕は何とかこの令呪に耐えてみせる......!」

 

 後ろ見たらライダーちゃんが何かを耐えているのがわかった。

 そうか―――バーサーカーちゃんが私に抱きついているのを見て、今だけは私にデレるのを我慢しているんだ......!

 ライダーちゃんありがとう! 私、頑張ってバーサーカーちゃんの思いを受け止めるから! そこで待ってて!

 

「ぐっ......!」

 

 というか、余裕そうに聞こえるかもだけど、正直体がめっちゃ痛い。

 あんな大きなハンマー振り回してたからわかってたけど、バーサーカーちゃん凄い怪力。締め付けられる私の体(耐久E)の気持ちも考えてほしいな......?

 そんでその上から電撃だよ? 痛みでどうにかなっちゃいそうだよん......ここは少しでも和らげてもらえるか交渉を......!

 

「ねえ、バーサーカーちゃん......!」

「ヴヴヴっ!!」

 

 痺びびっ!? ヤ、ヤバい死ぬ......! 久方振りに一度死ぬ......! これは交渉の余地なしだ......!

 でも、死ぬ前に一つやりたいこと、思いついちゃった......!

 

「バーサーカーちゃん......お姉さんに教えて......?」

 

 ただ抱きつかれて力尽きるだけじゃ、この子の好意に満足に応えられたとは言えないから......!

 そんな死に様、カッコ悪いじゃん......?

 

「......あなたの、望みは、なあに......?」

「ヴヴヴっ!」

「痺びび!?......ごめんね、私、その、あなたのこと、知りたくて......」

「.....................!」

 

 私は、貴女のことを、どこかの人間インフェルノと重ねて見ていた。

 でも、違うっぽい。貴女はあの子とはどこか違う。どこかはわからないけど、どこかが違うのはわかったよ。

 だから......!

 

「教えて......私は、あなたを......あなたのことを好きになりたいから......!」

 

 自分を抱きしめる両腕を、こちらからも抱きしめ返して告げる、白き祈り。

 わずかだけど、バーサーカーちゃんの腕が震えていた。

 

「ヴ、ヴヴ............!」

「うん......お願い」

「っ!......ナァァァアアア!!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?」

 

 痺びびびばばばばアアア!!

 あっ......これ......死............

 

 

 

 

 

 

 

『..................』

 

 一片の花びらが見えた

 

『..................』

 

 一面の花園が見えた

 

『...............』

 

 その中に、どこかで見た一人の女の子がいた

 

 

 

 

 

 

 

『......ふざけるな』

 

 一人の男がいた

 

『お前は、失敗作だ!』

 

 その男が、見たことのある女の子をぶった

 

『..................』

 

 女の子は、とても悲しそうだった

 

 

 

 

 

 

 

『.....................』

 

 女の子は、いろんなものを見た

 

『.....................』

 

 女の子は、いろんなものを聞いた

 

『.....................』

 

 女の子はいろんなとこに行って、たくさんのことを学んだ

 それでも、女の子は悲しそうだった

 

 

 

 

 

 

 

『.....................』

 

 女の子は、灼熱の炎に包まれていた

 

『.....................』

 

 そのときも、女の子は悲しそうだった

 

『............ヴヴヴ......』

 

 女の子の、最期を見た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......痺びび!?」

 

 痛たたた!?

 ハッ!? ここは誰!? 私はどこ!?

 ここが誰かはわからないけど、私は今バーサーカーちゃんに熱く抱きつかれてます。ヘブンズフィール。

 そして死後の世界の一歩手前にいます。ヘブンズフィール。

 

「ラ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 痺びびばばっ!?

 わかったよ! 貴女の過去のことは痛いほどよくわかったって! だから痛いのやめて!

 てか、気がついたら電気の幹ができてるし!? めっちゃ綺麗! 痛いけど綺麗! 痛いほど綺麗!

 

「わかったよ......お姉さんがあげるから......」

 

 というか、バーサーカーちゃんの欲しいものって、赤のバーサーカーさんと同じなのね。あの人も同じこと言ってたし、凄い偶然。

 よっしゃ、多分この命の最後のお仕事だし、気合いれてやるよ!

 

「あなたの欲しいもの......それは―――」

 

 筋力Bを最大発揮!

 バーサーカーちゃんの拘束を無理矢理脱出して、こっちから抱きしめ返す!

 そして目と目を合わせて、呟けば、ほら、

 

 

「~""~」

 

「!?」

 

 

 魅了

 

 

 同性だけど多分成功! やったね!

 でもこれだけじゃ足りない。

 しかし、赤のキャスターの能力はこんなもんじゃないよ!

 

貴女が欲しいと思うなら、真に欲しいと想うのなら......足掻け、手を伸ばせ、言葉で伝えて当たって見せろ。その美しい貴女の姿に、幸運の女神は心を奪われるだろう

 

 お願い! 私の幸運A! 魅了! そしてトラブルメーカー!

 バーサーカーちゃんを救って!

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

(あー、私の木に、光が灯る......?)

 

 今から宝具で死ぬ。

 綺麗だなー、この光。

 

(このお姉さん、いい人、なのかなー)

 

 マスターに言われたから殺しちゃうけど、この人、いい人なんだろうなー。

 好き。ちょっとだけ。

 

(思い、かー。愛、かー)

 

 確かにそうかもなー。

 欲しい、なー。

 

(......()()くらい、わがまま言っても、いいよなー)

 

 うん。どうせもうサヨナラだもんなー。

 マスターは巻き込みたくないけど、このお姉さんならいいでしょー。

 

 

「おまえは―――」

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「おまえは―――わたしと―――」

 

 

磔 刑 の 雷 樹(ブラステッド・ツリー)

 

 

「貴女は―――私と―――」

 

 

五 つ の 難 題(さあ惑へ夜這い求める俗どもよ)

 

 

 

 

 

 

 

「いっしょに、いくの」

「一緒に、おいで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 月に照らされるユグドミレニア城。

 一本の大樹が、月に届かんと唸りを轟かせ、須臾の輝きを満開に咲かせ、儚く散っていった。

 

 

 

 

 黒のバーサーカー、脱落確定。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「雄々ォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 赤のバーサーカーの咆哮が、余の杭を打ち砕かんと雄々しい唸りを叩き込んでいる。

 

「オオオオオアアアアア!!」

 

 対抗する余の杭は、薄氷の上でだがしっかりとバーサーカーの咆哮を受け止め、威力を左右に分散させることで後ろにいる臣下たちに攻撃が行くことを防いでる。

 

 反逆者の咆哮が勝るか、それとも余の杭が受け止めきるか―――これは、互いの意地の戦い。

 ならばこの勝負、王として負けるわけには―――

 

 

 

「狩人にとって、標的を仕留める最大の好機はいつだと思う」

 

 

 

「っ!?」

 

 雄々しい爆音の中を透き通って耳に届いた高い声。

 しかしそこから、暴力にのみ特化した極太の咆哮とは異なり、極限まで無駄を排した、鋭利な矢先のような殺意を感じた。

 

「それは標的が正しくただの"的"となるとき。見渡しも警戒もせず、防御も回避もしないとき。

―――ち、()だ」

 

―――気がつくと、胸元に一つの細い棒が刺さっていた。

 それが()()()()()()()()だと理解し、口元から()()()()が溢れた頃には、

 

 

 バキィン.......

 

 

 咆哮が、余の杭を突き破っていた。

 

 

極 刑(カズィクル)―――』

 

 

 負けるわけには、いかない。

 余の後ろ姿を信じて見ている臣下(サーヴァント)たち......そして、余を信じて令呪を託してくれた臣下(マスター)のためにも!

 

 

『―――(ベイ)!!』

 

 

 咄嗟に作れた杭は二つのみ。自身の背中に密着するように、真縦に一つと真横に一つ―――さながらそれは()()()の如く。

 最後に残されたのはこの杭と、余の体一つのみ―――十分だ。これ以上に信じられる臣下はいない。

 何より―――神は、乗り越えられる試練しか与えない!

 

 

 信仰の加護

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 咆哮を浴びる。

 全知覚が埋め尽くされる。

 一秒先の敗北を予感し―――打ち消す。耐えてみせると奮起する。

 反逆者に負けはしない。

 余はワラキアの王、ルーマニアの串刺し公(ツェペシュ)、ドラクルの名を持つ者にして護国の鬼将、ヴラド三世なのだから......

 

 

 

 

 

 

 

 

「......終わったか」

「...............」

 

 赤のランサーとライダーは、己の防御力のみで咆哮の余波の暴風を耐えきった。

 黒のセイバーとアーチャーも同じく、自身の防御力や筋力で耐えきった。

 黒のキャスターは全身を多数のゴーレムに隠し、防御していた。

 赤のアーチャーは、気がつけば赤のバーサーカーがいた位置より後ろにいて、暴風を回避していた。

 

 赤のランサーとライダーは別だ。彼らは強く、庭園の外に吹き飛ばされても空を飛んで戻ってこれる。

 しかし、黒のセイバーとアーチャーとキャスターに咆哮が直撃していれば、暴風に吹き飛ばされ、この空中庭園から落とされていたであろう。飛ぶ手段を持たない彼らを待つのは、堅い地面と聖杯が盗られたという絶望的な現実。

 

 だが、彼らは無事にここにいる。

 これこそが、ヴラド三世がスパルタクスの咆哮から彼らを守り切ったことの何よりの証拠だ。

 

「おい......バーサーカーはどこだ?」

「......ランサー、王は......」

「...............」

 

 しかし、赤のバーサーカーと黒のランサーがいたところには、()()()()()()()

 左右の壁に走る抉られた痕と、クレーターのような爆心地の痕が衝突の激しさを物語る。

 そして一際目を引くのは、廊下の床に刻まれた、唯一何も傷跡が残されていない綺麗な()()()()()()

 荒れた世界に堂々と孤独に佇むそれは、()()の墓標のように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 黒のランサー、脱落確定。

 赤のバーサーカー、脱落確定。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「......ハァ......ハァ......ハァ......」

 

 森の中を走る。

 城の中は危険だと、赤のキャスター以外にも何者かがいるかもしれないと思い、森の中を走る。

 ここら辺に展開しているはずのホムンクルス戦闘兵たちから魔力をかき集め、一肌を移植して一時補強できればと思い、森の中を走る。

 

「クッ......息が......」

 

 気のせいか、呼吸がしづらい。

 顎を殴られ、脳震盪でもやったか?

 くそっ、まともに頭が働かない。

 

「......グッ......ランサーがやられたか......」

 

 右手に痛みが走る。

 ランサーがやられたようだ。

 クソッ......現状を知るためにも、早くユグドミレニアの領内で安全なところへ......!

 何にせよ、早くホムンクルスたちを見つけなければ......!

 

「......!......よし、ついてる......!」

 

 見つけた。

 ホムンクルス戦闘兵たち......の死骸。鋭利な刃物で全身を切られた後で心臓部を抉られた痕跡がある。

 この際、生死などどうでもいい。むしろ抵抗しない分、死骸のほうが楽まである。

 

「よし......魔力はいくらか戻った。これなら治癒魔術をかけながら走れる......」

 

 幸運は味方している......!

 魔力もまあまあだ。戦闘はできなくても、生きるための努力ができる程度にはなった。

 後は、ユグドミレニア傘下の魔術師がいる町まで無事に避難できれば、まだ......!

 

 

 

 

 

 

「―――みーつけた」

 

 

 ザシュッ!

 

 

「がっ―――」

 

 

 バタンッ!

 

 

 声とともに、右足の腱に切り裂かれるような痛みが走り、立てなくなってその場に強かに倒れる。

 

「......なんだ......?」

「フフフ......やっほー♪ おにいさん、魔術師さんでしょ?」

「......!?......なぜだ......!」

 

 ......予感はあった。

 ホムンクルス戦闘兵の傷跡や呼吸のしづらさなど、不気味な気配は森のどこにでもあった。

 しかし、面と向かった今でも、これほどまでの絶望は信じられない。

 どうして、こんな森の中に......!?

 

「うーん、魔術師さんから私たちの声が聞こえる......? あなた、赤ちゃんを食べたこととか、ある?」

「......いいや、そんな覚えは、ないな......」

 

 いや、そんなことは後で考えろ。

 今は、この場に集中するんだ!

 

「ふーん......まあいいや♪ 魔術師さん、ハンバーグちょうだい♪」

「ハンバーグ......? さては魔力供給に困っているのか? 私の陣営にはたくさんのホムンクルスによる無尽蔵の魔力供給装置が......」

 

 この場もまた、自身の舌技によって切り抜けるしかない......!

 たとえ耐え難い痛みが走っていようとも、今この状況で頼れるのはこの舌だけなのだから......!

 まだだ......まだ......!

 

「ううん。わたしたちが欲しいものは、魔力じゃなくて」

 

 ......あ。

 無理、だ。

 だって、目の前のアサシンの右手には。

 ()()用の、()が、振り上げられて―――

 

 

 

「 ハ ン バ ー グ ♪ 」

 

 

 

 

 

―――ユグドミレニアに、栄光あれ。

 

 

 

 

 

 ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア、脱落確定。

 

 

 



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トラブルメーカーの消失

 

 

「順調、ですね」

「そうか? 何かと不測の事態のせいで計画に支障が出ているように見えるが?」

 

 此方で確認できた脱落サーヴァントは、四名。

 赤のキャスター、カグヤ。

 黒のバーサーカー、フランケンシュタインの怪物。

 赤のバーサーカー、スパルタクス。

 黒のランサー、ヴラド三世。

 

「さあ、どうでしょう。戦争にトラブルはつきものですから」

 

 

 へえぇ、冬木の聖杯戦争―――第三次聖杯戦争にルーラーとして参加していた者の言葉となれば、重みが違って聞こえるぜ。

 

 

「ライダー、マスターに向かってその口の利き方はなんだ?」

「そう怒るなよ女帝さん。可愛いお顔が台無しだぜ?」

「っ......!!」

 

 

 その男がオレたちのマスターかどうかを認めるのは、その男の話を聞いてからだ。

 

 

「いいですよ、アサシン。ランサーの言う通り、話し合いをするとしましょう」

「......我もサーヴァントだ。マスターの言うことには従おう」

 

 

 私は別にマスターなぞ誰でもいいのだがな。

 

 

「アーチャーは、以前のマスターに未練はないと?」

「ああ。戦争に参加した身分のくせに、保身の為に顔も見せず言葉も交わさない―――死ぬ覚悟の一つも感じられない惰弱なマスターに、興味などない」

 

 赤のライダー。

 赤のランサー。

 赤のアーチャー。

 そして隣にいる赤のアサシンに、今ごろどこかで最終宝具を起動している黒のキャスター。

 この五名が、今の自分のサーヴァント。

 

 ヴラド三世とスパルタクスが相打ち、同時刻にカグヤとフランケンシュタインの怪物が恐らく相打ちした。

 その間に私は、赤のマスター全員を毒で眠らせ、サーヴァントとの契約の証である令呪を全て貰った。

 その後、予定通り駆けつけてきたジャンヌダルクと他のサーヴァントの前で自らの正体を明かした。

 

「では皆さん、改めまして。私は前回の冬木の聖杯戦争に召喚されたルーラーのサーヴァント、天草四郎時貞です」

 

 赤のセイバーの介入のせいで黒のセイバーとアーチャー、そしてルーラーと、敵に回った赤のセイバーの四名の撤退を許してしまったのは面倒だ。

 しかし、既にこちらが大聖杯を手にいれている以上、黒の陣営はこの空高く浮かぶ空中庭園にどうにかして攻めこんでくる必要がある。

 たとえ高さの壁を越えられたとしても、その先に待ち受ける障碍は強い。アサシンの奮う数多の迎撃魔術、アーチャーの雨のような矢、ライダーの不死戦車、そしてランサーの豪炎豪槍。その全てを攻略して、ようやくこの空中庭園に足をつけられるというのだ。

 こちらの絶対的優位は動かない。

 

 

 

 ただ、一つ。

 本当に一つだけ気がかりなことがある。

 ......あれだけ迷惑極まりなかった赤の姫様が、果たして大人しく棺の中に収まっていてくれるのだろうか?

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「輝夜......どこにいるんだ輝夜......!」

 

 ルーマニア上空に空中庭園が出現している一方、こちら太平洋上空。

 謎の火を纏った一羽の鳥が、何かを求めて彷徨うように翼を広げて飛んでいた。

 言ってしまえば、パゼストバイフェニックスを渡り鳥に応用して憑依している藤原妹紅である。商人の男の話を頼りに、東の空へと飛び出してみたのだ。

 

「おい輝夜......! 一面の青しか見えないぞ輝夜......!」

 

 しかし、千年を妖怪退治の旅に費やし、日本全土を踏破したと言っていい妹紅でも、海の外に出たことは無かった。

 故に妹紅は、知恵を駆使すれば飛行機や船に乗れなくも無かったというのに、手間や待ち時間を嫌って自力で太平洋を渡るという暴挙に出てしまった。

 

「輝夜......! 私はあと何時間飛べばお前のもとに行けるんだ輝夜......!」

 

 熟練の渡り鳥は、五十羽ほどの隊列を成し、先頭や前列の空気抵抗の強いポジションを皆で交代しながら飛ぶことで、長く苦しい旅路を乗り切る。

 

「輝夜......! ちょっと疲れて来ちゃったぞ輝夜......!」

 

 しかし、無謀にも一羽で飛び始めた妹紅鳥に、そんなことをしてくれる鳥仲間はいない。

 全空気抵抗が自分自身にかかる素敵な飛行ライフを、全て遠き北米まで優雅にご堪能。

 

「輝夜......! はあ、はあ......輝夜ァ......!」

 

 広く青い海、太平洋。

 長く苦しい戦いを乗り越えた先の更なる地獄(大西洋)を、妹紅鳥はまだ知らなかった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ん、なんだここにいたのか」

「お、よお姐さん。もしかしてデートのお誘いかい? あいにくと今はそんな気分じゃないんだ。許してくれ」

 

 空中庭園、外が見えるバルコニーのような場所。

 昨日の戦争の出発地点でもあるこの場所が、赤のサーヴァント三名は気に入っていた。

 

「......姐さんでもデートでもないが、今はそんな気分じゃないというところには同意せざるを得ないな」

「......ま、何だかんだで集まったんだ。少し話そうぜ。

 ランサー、お前さんもそこで突っ立ってないで、来いよ」

「すまない、オレが行っては邪魔になると思ってな」

 

 戦争が終わり、ここにいる三名の環境は大きく変わってしまった。

 マスターの変更。神父シロウ・コトミネ改め天草四郎時貞への令呪の移植により、サーヴァントたちは強制的に彼の駒になった。以前のマスターがどうこうということではないが、気分的に受け入れられないところが大きい。

 今後の戦略。大聖杯を手にいれたことにより、赤側の絶対的優位が約束された。必然的に赤のサーヴァント三名には、攻めてくる黒のサーヴァントを迎撃するくらいしかやることが無くなる。それが戦略的に最も太い勝ち筋だということくらい、大英雄たる三人は理解している。それでも戦闘がないというのは落ち着かない性分だ。

 そして最後が、この嫌な静けさだ。

 

「......静か、だよな」

「......ああ。落ち着くようで逆に落ち着かん。ライダー、何か話せ」

「おお、んじゃあ俺がまだ子供だったときの話をしようか。俺は物心ついたときから、賢者ケイローンの弟子として......」

「その話、長そうだな」

「お、おう......」

「.....................」

「オレはそれでも構わんぞ」

「いや、姐さんがお気に召さないらしいからな......」

「......嫌というわけではない。すまなかった」

「......謝るな」

「........................」

 

 一人、いないのだ。

 馬鹿みたいにうるさくて、場を搔き乱す天才で、いつも笑顔で楽しそうで、一緒に飯を食べていると自然と皆も笑って話せていた、そんなトラブルメーカーが一人、いないのだ。

 

「......彼の様子が気になる。失礼する」

「ん、ああ、前のマスターか。俺のもついでに頼む」

「心得た」

「......私は少し部屋で考え事をしたい」

「......そうか、行ってら」

「ああ」

「.....................」

 

 最初からこの三名でいたならまだしも、一度は一人を足せば和気藹々と話せていた分、沈黙が余計に気まずく三名を包む。

 結局、話すこともなく、三名は別々に時間を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 さて、ここで三名の心情をチラリと覗いてみよう。

 

 

 ~ライダーの場合~

 

(はあ、キャスターの姫さんはやられちまったか。ああいう奴はしぶとく生きてるもんなんだけどなあ。あいつと過ごしてた時間が楽しかっただけに、残念だ)

 

 

 

 ~アーチャーの場合~

 

(はあ、キャスターの奴はやられてしまったか。ああいう奴はしぶとく生き残る厄介なやつだと思っていたがな。あいつの霊核は私の矢で、と思っていただけに、残念だ)

 

 

 

 ~ランサーの場合~

 

(×××が死んだ。ここが戦場である以上、死の不幸は誰にでも降り注がれ得る。日輪の具足を身に付けるオレといえど例外ではないだろう。

 しかし願わくば、オレを召喚せしめた彼だけは例外であってくれと願うばかりだ)

 

 

 

 ~ライダーの場合~

 

(姐さんもランサーも、姫さんのことは悪く思って無かっただろう。特に前の食事会のときの様子を見るに、ランサーは姫さんが好きだったんじゃねーかと思ってる。戦場に血が付き物なのと同じくらい、戦場で恋に取り憑かれる戦士は多い。

 はあ、やりづらい環境になっちまったな)

 

 

 

 ~アーチャーの場合~

 

(ライダーはキャスターに兄貴分のように接していたな。キャスター自身も彼を兄ちゃんと呼んでいたこともある。関係は良好であったに違いない。

 ランサーはどうであろうか......あの堅物が誰かを気にかけるとは思えんな。まさか、な)

 

 

 

 ~ランサーの場合~

 

(セイバーだ。オレを斬るとすれば、セイバー以外あり得ない。

 彼の宝具は威力も強く、隙も少ない。最後までオレの前に立ち塞がる壁となろう。いや、傲慢なことを言えばなってほしいとさえ思う。それほど彼との戦いは楽しいものだった。

 赤の者たちには申し訳ないが、今後もオレは彼との戦いを優先させてもらおう。オレにはもう、彼との戦場しか見えていない)

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「黒のキャスターが......それは本当ですかアーチャー?」

 

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 黒のマスターであり、ダーニック不在のときの暫定的指揮者でもある彼女に、サーヴァントである黒のアーチャーから連絡が届いた。

 開口一番に飛び込んできたニュースは、黒のキャスターの裏切り。

 

『そのようです。大至急お願いしたいことがあります! 黒のキャスターのマスターであったロシェ君、彼の安全を今すぐ確保してください!』

 

 吉報とは到底思えぬ張りつめたアーチャーの口調に、フィオレにも緊張が走る。

 そのようなことを言われても、フィオレとロシェにはそこまで繋がりもなく、ロシェがどこにいて何をしているかなどわかるはずもなく―――

 

「アーチャー、大丈夫です。ロシェは今、私たちと一緒にいて、ゴーレム部隊によるダーニック捜索の指揮を執らせています......あ、連絡を替われるようなので、替わりますか?」

『あっ、はい』

「では......」

『もしもしー? 僕、ロシェ・フレイン・ユグドミレニアだよー。何か用ですか?』

 

 ―――などということにはならなかった。

 ユグドミレニアには、城内の戦闘の果てにダーニックが行方不明になったというトラブルが起こっており、現在はセレニケとゴルドを除く全勢力を挙げてダーニックを捜索中だった。

 数にものを言わす上で、ホムンクルス部隊と同じくらいロシェのゴーレム部隊は有力に働いており、ロシェもフィオレの隣で存分にゴーレムを指揮していた。

 

『無事ですか。よかった......』

『それが良くないんですよー。何だか僕の令呪が消えちゃったんです。アーチャーさん何か知ってます?』

『そうですか......そのことは城に帰り次第、お話ししましょう。

 ところで、ゴーレムに何か異常が出たりしていませんか?』

『あー、そういえばさっき急にゴーレムから魔力が抜けちゃったことがあったかな。それが先生の魔力で動いてたゴーレムばかりで、仕方ないから今だけ全部僕の魔力で動かしているんだ』

『そうですか......』

 

 連絡の向こうでアーチャーがほっと胸を撫で下ろす。どうやら上手い具合に彼の無事は確保されていたらしい。

 幸運の女神は彼に微笑んでくれたようだ。

 

『ねえアーチャーさん。先生はそこにいる? 出来れば替わってほしいな。さっきから先生と上手く連絡がとれなくて......全くこんなときに、ついてないなー』

『申し訳ございません。彼とは別行動をとりました。帰り次第説明いたしますので、今しばらくその場でお待ちください』

『そうなんだ......はーい。それじゃフィオレさんに戻すね。ありがとうアーチャーさん』

『いえいえ、こちらこそ』

 

 本当に、感謝するのはこちら側である。

 何せ、師匠が弟子を手にかけるなどという心底胸糞悪い事態を未然に防いでくれたのだから。

 ―――黒のキャスターの裏切り。ロシェ君にはどう報告しようか......

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「黒のキャスター、何をする気なのでしょうか......」

 

 ルーラー、ジャンヌダルク。

 天草四郎に関するあれこれを終えて空中庭園から撤退した彼女は、ルーラーとして天草四郎の目論見を阻止すべく、黒の陣営に入れてもらうことを考えながら、同時に黒のキャスターの動向を気にしていた。

 いや、正確には彼のことは"赤"のキャスターとして呼ぶべきなのだが......非常に紛らわしい。

 

「どちらにせよ、行く場所は決まっていますね」

 

 どのみち自分の目的はそこにある―――彼女が目指している場所はユグドミレニア城だった。

 

 敏捷Aという恵まれたステータスを遺憾無く発揮し、戦争の影響で荒れに荒れた野原を疾走していると、

 

「―――あれは......!?」

 

 野原の中に、自分と同じ方向に歩みを進める存在を目視した。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......は~ぁ~ぁ」

「ゴルド。そこはもういい、次は地下の方に行け」

「ムキッ、貴様ぁ! 誰に向かって――」

「質問があるなら聞くが?」

「――っっ!......へいへい」

 

 

 ......まるで道化だ。

 

 

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 彼はユグドミレニア城内の修復作業の監督を任されていた。

 ......のだが、とある一人の女ホムンクルスが何故か強気で現場を仕切り始め、それが極めて的確で効率よいものだったため、現在ゴルドは一般作業員Gさんとして、自分の生み出したシステム―――ホムンクルスによる魔力供給炉の復旧に尽力させられていた。

 

「サーヴァントに反逆され、黒の者からも信用を失い、酒に明け暮れる内に戦争は終わって、気がつけばボロボロの城と、奪われた大聖杯......」

 

 ゴルドも、昨日の夜の戦争は見ていた。

 見ていたことで、気がついていたことに確信が持てた。

 

「結局、マスターなんて聞こえがいい名前ぶら下げてても、英雄からすれば俺たちは精々が魔力供給炉でしかないわけだ。

 あんな戦い、文字通り戦場だ。魔術師の()()だか()()ある決闘だなんてのは、文字通り()なわけだ」

 

 上手いこと言ったかな、ワッハッハ......一人で笑い、同時にどうしようもなく惨めな気持ちになる。

 

 

 ......まるで道化だ。

 マスターも、サーヴァントも、戦争そのものも、何かを勘違いした連中の哀れな道化に思えて......ゴルドは意気消沈していた。

 

 

「ゴルドさん」

「ああ?」

 

 呼ばれて、振り向いた先にいたのは、一人のホムンクルス。

 

「ここなんですけど、どうしたらいいかわからなくて......」

「ああ、それはだなあ......」

「......はい......はい......」

「ここをこうして......こんなもんだ」

「おー、わかりました!」

 

 彼が聞いてきたのは、ゴルドにとっては何の難しさもないシステムの修復方法。

 

(こんなのもわからんやつらが、この工房を直してるのか......)

 

 普段なら悪態をついて見下すばかりであったかもしれないが......このときのゴルドはそんな気分ではなかった。

 

「おい、お前ら一度集まれ」

 

 そして気まぐれに、ゴルドはホムンクルスを集め、一度この工房に関して説明しようと思い立つ。

 

(もうくそくらえだ。あーあ、もう何だっていい。やるだけやってみるしかねぇ)

 

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 彼は今までの下らない一切合切を捨て、やれるだけのことをやる一人の人間に戻ったのだった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

令呪て、"()()()()()()()()"ず」

 

 そんなユグドミレニア城の横の湖に―――

 

 

宝具『 王 冠:叡 智 の 光 (ゴーレム・ケテルマルクト)炉心となり、これを完成させろ」

 

 

 ―――黒い大魔力の奔流が、形を成して降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中庭園が去っていく中で、益々混乱を極めるユグドミレニア城の黒の陣営。

 

 

 ふっ......ふっ......

 

 

 そんな中、全く誰も予期せず、全く誰も歓迎しないタイミングで、

 

 

 ふっ......! ふっ......!

 

 

 あいつが、帰ってきた。

 

 

「ふっ!.......................

 かーーーーーーーつッ!!」

 

 キャスター、蓬莱山輝夜。

 バーサーカーからの一撃を全身に受け、マスターとの繋がりも途絶した彼女。

 だが、性懲りも断りも無く、ただ宝具()だけは有った彼女は、ここに復活を果たしてしまった。

 

「ここはー......うん、バーサーカーちゃんと戦った場所だね。でも私以外誰も残ってない......ぐすん、ひっぐ、みんな私を置いて行くなんてひどいや。友達だと思ってたのに......」

 

 

 バチッ

 

 

「い゛た゛い゛ッ!?......はいはい、おふざけはここら辺にしておきますよーだ。

 んじゃ、さっさと私の新マスター候補さんを探さないとね!

 行くよ、バーサーカーちゃん!」

 

 

 バチッ

 

 

「い゛た゛い゛ッ!?」

 

 かくして、何かがおかしい......いや元からおかしいがさらに何かがおかしくなったトラブルメーカーは、再び聖杯戦争へと満面の笑みで飛び込んで行くのだった。

 

 

 

 



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トラブルメーカーの復活

 

 

 

「迷った......」

 

 迷子の♪ 迷子の♪ カグヤちゃん♪

 困ってしまって、さあ大変♪ へいっ!

 

 はあ......、ここどこー? 一丁目?

 厠は? お風呂は? 物置は?

 てなわけで、『不死の薬(笑)』のおかげでキャスターとして生き返ったまでは良かったものの、マスターを失ったことで"はぐれサーヴァント"となり、宛もなく彷徨うカグヤちゃんです......ここどこですかー。誰かいませんかー。

 

「バーサーカーちゃん何かわからない?」

 

 

 シーン......

 

 

「そっかー......あー、また同じところに戻ってきちゃった......」

 

 うがー!

 西洋の城の構造なんて知らないよー!

 扉は鍵がかかってて一つも開かないし! 何よ、一つくらい開けてくれてもいいじゃない! この城の警備は用心が過ぎるよ! 永琳が誰かかよ!

 

「誰かいませんかー......? 誰かいませんかー?」

 

 えー? ここって本当にダーニックさんの城なんだよね?

 人全然いなくない? 影も形も無いよ?

 もしかして......ダーニックさん人望薄いの? 長話に飽きてみんな逃げちゃったの?

 

「う~、せめて一度お外に出たい......」

 

 窓を筋力Bで突き破れば外に出れるけど、警報とか鳴ったらイヤだしなあ。

 ただでさえ"元"赤の者だったワケだし、余計に敵視されちゃうもん。

 

「ダーニックさんの案内、受けておけば良かったかなあ......」

 

 ちなみに今、私は超危機的状況下におります。

 ちょっと私の現状を整理しつつ、この先生き残るための方法を言っておこうか。

 "単独行動できるあと半日の間"に"敵だった人たちの本拠地のど真ん中"で、"はぐれサーヴァント(耐久E)のまま生き残って"、"もう赤の陣営じゃないことを認めてもらい"、"黒の陣営で私とサーヴァント契約してくれるマスターさんを探して契約する"、だよ~。

 うん、絶望的だね! 幸運Aセンパイがどうにかできる範囲を越えてる気がするもん!

 

「はあ......お、あれは......!?」

 

 見えたッ!

 間違いない!

 

「玄関扉あああああああああああ!!」

 

 やっと出会えたあああああああ!!

 しかも開いてるううううううう!!

 貴方を慈しんでおります結婚してえええええええええ!!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「感謝する。我がマスターよ」

「当然だ、"元"黒のキャスター、アヴィケブロンよ。マスターはお前の為にわざわざ令呪を用意してくれたのだぞ。その恩を忘れるな」

 

 時を遡ること数十分。

 赤側に寝返った黒のキャスターは、彼の現マスターである天草四郎時貞と交渉をし、主張を通して見せた。

 

「いえいえ、聞けば貴方の願望も私のそれに近いもの。志を近しくするものに手を差し伸べるのは当然のことですよ」

 

 その主張の内容は、彼の願望である『 王 冠 : 叡 智 の 光 』(ゴーレム・ケテルマルクト) の完成の助力要請。

 そのために、サーヴァントであるその体を聖杯の力で()()させ、さらに令呪を一画進呈してくれとのこと。

 全ては、彼の宝具を発動し、完成させるため。

 

「サーヴァントが自身に令呪を使うか。どうなるかわからんぞ?」

「ご心配なく。僕だって一応キャスターだ。神代の女帝様ほどにはなくとも、魔術を扱う能はある。

 それに―――どのみち僕の(からだ)は、宝具を発動した時点で不要になる。だから、心配には及ばない」

 

 "元"黒のキャスターのマスター、ロシェ君。

 キャスターの頭の中では、彼ほどゴーレムの炉心に相応しい者はいないと考えていた。

 しかし、様々な廻り合わせを経て、赤の陣営に潜り込み、恵まれた環境を手にいれたことで、黒の陣営にいては叶えられなかった方法が可能になった。

 

 即ち、()()()()()()()()とし、宝具を発動すること。

 

 黒の陣営にいるときは、自身が戦力として期待されていたために使えなかった。自害ともとれるその行動を、マスターであるロシェ君延いてはダーニックが許すと思えなかった。

 しかし、今は違う。ゴーレム工場がない彼を戦力として思う者は赤の陣営にはおらず、また彼の自害を阻止するマスターもいない。

 故に、この世の誰よりも炉心に相応しい者、生涯に渡ってカバラを求め続けた英雄アヴィケブロンの肉体を炉心にできる。

 

 残るはサーヴァントの肉体で炉心になれないという問題だけだったが―――こちらには万能の願望機である大聖杯がある。受肉してしまえばいい。

 

 後は、自分を受肉するための聖杯の使用、そして令呪の進呈を、マスターである天草四郎に認めてもらえるか。そこだけは交渉を必要としたということだ。

 

 そして今宵―――条件は全てクリアされた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「なんてことだ......」

「叔父様......」

「........................」

 

 フィオレ達の必死の捜索は実を結び、ダーニックを見つけ出すことに成功した。

 ただし、既に手後れであったのだが。

 

「なんで惨たらしい......誰がこんなことを......」

 

 赤のキャスターの連打を受け、ボロボロになった体を引きずり、自らの城を捨てるようなことをしてまで逃走を図った男の、無惨な死体がそこにあった。

 それもただ切り裂かれてのものではなく、丁寧に、丁寧にその身をいたぶられて切り離され―――()()されていた。

 そして、解体という言葉を使えば、ダーニックの体から抜き取られたパーツが一つ。

 

「心臓が、取られたのか......」

 

 そこにあるはずのものが、なくなっていた。

 心臓周辺の皮膚が、まるで医術の手にかかったように綺麗な円形に切り抜かれ、その奥にあるはずの、人の中で絶えず鼓動を鳴らしているはずの"それ"が、ダーニックの体から消失していた。

 

「姉ちゃん、大丈夫か?」

「......余計な心配は無用です、カウレス。

 仕方がありません。今後は私、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアが黒の陣営の代表として指揮をとります。

 早速ですがカウレス、貴方はホムンクルス達を城に撤収させ、修復作業にあててください」

「......承知した」

「ロシェ、貴方もゴーレムを引き上げさせて、城にある重い瓦礫の撤去作業をさせてください」

「わかりましたー」

「形跡からして、アサシンが近くにいる可能性も考えられます。注意してください。いざとなったら私が令呪でアーチャーを呼びます」

「頼む」

「はいよー」

 

 これは聖杯戦争、そういうこともあるのだ。

 亡くなってしまったものは仕方がない。

 

 そうして気丈にも、ユグドミレニア暫定当主として振る舞うフィオレ。

 しかし、弟のカウレスには、姉が無理をしていることなど一目瞭然であった。

 そうだとわかっていながら、カウレスはフィオレの指示に従う。弟として、姉の努力に報いることを選んだのだ。

 

 

 ドシッ...ドシッ...ドシッ...ドシッ...

 

 

「......なんだ、この揺れは?」

 

 そんな彼らの足元に、時を刻むように規則正しい揺れが近づく。

 

 

 ドシッ...ドシッ...ドシッ...ドシッ...

 

 

「魔力......? それもかなりの量と質......!」

 

 

 ザァァァァァァァァ......ザァァァァァァァァァ......

 

 

 揺れの接近に呼応するように、周囲の木々が不気味な音を立てる。

 ひたっ とカウレスの肩に何かが触れる。心臓が破裂しそうになりながら振り替えると―――そこにあったのは、ただの一枚の葉っぱであった。

 

 

 ドシッ ドシッ ドシッ ドシッ

 

 

「きゃぁっ」

「姉さん!」

「......ありがとう、カウレス」

 

 揺れの大きさのあまり、フィオレが車椅子から転げ落ちそうになり、カウレスに助けられる。

 そこまでしてから、フィオレは自身が"接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)"を起動していないことに気づき、慌てて起動した。

 

 

 ドシッ ドシッ ドシッ ドシッ

 

 ゴォォォォォォォォォ......!!

 

 

「......この魔力は、まさかっ」

 

 ロシェがはっとして後ろを振り返り、簡単な照明としてガンド―――魔術師なら誰でも使える呪詛の弾―――を夜空に打ち出した。

 

 

 

 

 暗い夜空に一瞬だけ、

 黒い大型巨人が、目を光らせて姿を現した。

 

 

 

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』

 

 

 

「っ――――――」

「あ――――――」

「――――――」

 

 巨人が、右手を振りかぶる。

 フィオレたちは、動けない。

 彼女らに向けて、魔力を欲する巨人の救済の手のひらが迫る。

 

 フィオレたちは、動けない。

 

 

 

 大地に、大きなものが叩きつけられる音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...............? 私、生きて......?」

 

 生きている。

 恐る恐る、フィオレは瞑っていた目を開き、顔を上げる。

 

 

「お怪我はありませんか、マスター」

「遅れてしまって、すまない」

 

 

 褐色の長髪を風に揺らす、大弓の賢者。

 背中が開いた鎧を身に付けた、大剣の騎士。

 二人のサーヴァントの後ろ姿が、そこにあった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「あの巨人は......まさか、黒のキャスターの宝具!?」

 

 数刻ほど前のこと。

 キャスターの宝具を真っ先に見つけたのは、黒のアーチャー、ケイローンであった。

 空中庭園からユグドミレニア城へと戻る途中、彼はその目で巨人の影を暗闇に見た。

 圧倒的な背丈、圧倒的な質量、そして圧倒的な魔力を内包したゴーレムが、森を蹴散らしながらユグドミレニア城へと歩みを進めるその姿を。

 

 "ダーニックの捜索中" "真夜中" "ロシェ"

 黒のアーチャーは最悪の想像をした。

 

『セイバー! 貴方はあの巨人が見えますか!?』

『ああ、今向かっているが』

『ならば大至急! 私のマスターやカウレス君が、あれの向かう先にいる可能性があります!!』

『っ!?』

 

 頼む、間に合ってくれっ。

 黒のアーチャーもその足に全力を注ぐ。

 自身のマスターも当然だが―――誰よりも、ロシェ君だけはあれに殺されて欲しくない......!

 

 

 未来視

 

 

 っ!?

 巨人が右手を振り上げて......!

 マスターとロシェ君たちは、あそこですか......!

 

「―――出し惜しみは、いけませんね......!」

 

 然るべき時。

 然るべき座標。

 然るべき速度。

 そして上を見上げれば、星空。

 必要なものは、全て揃っている。

 

 

「座したる手より、射よ......!」

 

 

      天 蠍 一 射 (アンタレス・スナイプ)

 

 

 果たして黒のアーチャーの天からの狙撃は、巨人の攻撃からフィオレたち三人を守った。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ぐへへっ、赤のキャスターちゃん......ぐへへっ」

 

 一方こちら、ユグドミレニア城地下、セレニケの工房もとい玩具箱。

 アイスコル家の技術を集結して作られた、一寸も違わぬ"等身大赤のキャスターちゃん人形"を全裸で抱き締める一人の魔術師がいた。

 

「私だけの赤のキャスターちゃん......! ゴホッゴホッ!......ずっと一緒、永遠に一緒......! ゴホッ......! フヒヒハハッ......!」

 

 というのも、ライダーの視界を通じて赤のキャスターの最期を見てしまった結果、セレニケは精神に深刻なダメージをきたし、錯乱してしまったのだ。

 

「フフフ......ゴホッゴホッ!......フフ......ゴホッゴホッ!」

 

 それ故、性格や人格はともかく魔術師としての才覚は優秀であったはずの彼女でも、ミレニア城塞に起こり始めた異変―――謎の()()()()と、

 

 

 ふーん、ふふんっ、ふんふんふーーん♪

 

 

 今はまだ遠くで、幼い声で歌う()()の存在に気づけなかったのだ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 へー......あの......ダーニ......って人だ.........

 

 

 霧に包まれたミレニア城塞に、舌足らずで幼さを感じさせる声が乾いて響く。

 

 

 おかあ......どんなひと............

 

 じゃ.........おとうさん.........

 

 そっかー......えへへ......たしたちのなかにも......たくさんいるよ!

 

 うん!......したちといっしょ!............だね!

 

 

 会話をしているような言葉だがしかし、声の種類はその幼い声一つのみ。

 血で赤黒く染まった声の主は、右手で()()を大事そうに持っている。どうやら少女はそれに向けて語りかけているようだ。

 

 

 ありがと!............にいろいろお......えてくれ......

 

 うん! あと............たべてあげる!

 

 だい......だよ!......もう......まってて............

 

 

 コツッ、コツッ、コツッ、と。

 べたっ、べたっ、べたっ、と。

 一階から地下への階段を、血の足跡を刻んでゆっくりと歩きながら、少女は口を大きく開け、犬歯を覗かせてそれに語りかける。

 

 

 ―――ハンバーグちゃん♪」

 

 

 それ即ち、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

『マスター、私はミレニア城塞に帰還しました』

『私も今向かっているところです。カウレスとロシェと、ホムンクルスとゴーレムたちと共に』

『全員無事ですね、良かった......』

『ええ。貴方の指示通り、セイバーが時間を稼いでくれています。しかし、あまり長くは......』

『ご安心を。彼には無理をして倒されることは無いようにと指示しています。彼の仕事はマスターたちの無事が確保されるまでの時間稼ぎです』

 

 アーチャーとセイバーがフィオレたち三人のもとに駆け付けてからは、アーチャーが作戦の指示をした。

 内容は、[近接戦闘に優れるセイバーが巨人を足止めし、その間にアーチャーの護衛のもとでフィオレたちが城に戻る]、というもの。

 

『......マスター、城には誰が残っているのですか?』

『はい。ゴルドとセレニケ、護衛のホムンクルスたちと、あとは......ライダーがいるはずです』

 

 護衛とはいうものの、アーチャーがフィオレの横に張り付いている必要はない。

 千里眼があるアーチャーなら、たとえ遥か先行しながらでもフィオレたちへ攻撃する者を射貫くことができるからだ。

 

『ライダーですか......無事だと良いのですが......』

『アーチャー、どうかしましたか?』

 

 そして、彼は敏捷A+を存分に発揮し、一足先にミレニア城塞に着いたのだが―――

 

 

『城が、何者かに襲撃されています......!』

 

 

 ―――彼が見たのは、上から下まで全てが()()()()に覆われたミレニア城塞の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 無論、彼はこのような状況でも考えることから逃げたりしない。

 頭をフル回転させ、するべきこと、しなければならないことを整理する。彼だけは頭を停止させるわけにはいかない。彼が黒の陣営の頭脳である、数多の英雄を教唆した大賢者ケイローンだからだ。

 

 この霧は何者の仕業か。裏切った黒のキャスターか、アサシンか、はたまた知らない何者かか。

 霧の特徴は。硫酸らしき臭いを感じる、何かしら呪いのようなものも混ざっている、まさか宝具か。

 考えうる実害は。

 ゴルドとセレニケの二人はどこに。

 ライダーは。

 最優先事項は―――

 

 

 

 

 

「こんにちわ!」

「は?......」

 

 そんな彼に、果てしなく気楽な大声がかけられた。

 

「物見さんかな!? 私はキャスターっていいます! 未来のマスター候補さんを探しに来ました! 赤の陣営にいたときはカグヤって名乗ってました! よろしくお願いしまーす!!」

 

 ケイローンの思考は停止した。

 

 

 



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トラブルメーカーの再契約

 

 

「よおマスター。帰ってきたぜ......うへぇ」

「お疲れさん、セイバー」

「ったく! もっとこう、どうにかできねえのか、マスターの魔術は......」

「悪いな。俺をマスターに引いちまったのがお前さんの運の尽きだ。」

 

 ここは平原、先ほどまで竜牙兵とホムンクルスの激戦区が繰り広げられていた辺り。

 ネクロマンサーである獅子劫は、己の魔術の研鑽と高度な研究成果を求め、死体漁りをしていた。

 その途中で、ホムンクルスを助けていた珍しいホムンクルスの男の姿を見たが......獅子劫は身を潜め、見つからないように通りすぎた。魔力回路が強く、腰に剣を携えていることから、戦闘用の者の可能性があったからだ。

 

「それでセイバー、あの空中庭園について何かわかったのか?」

「ん、なんだ知ってたのか」

「これでもマスターとしてサーヴァントを見守る義務があってな......どうだった?」

 

 己の魔術の研鑽と高度な研究成果を求めながら、獅子劫は空中庭園に行かせていた赤のセイバーの様子に気を配っていた。

 

「ああ、やっぱりオレの勘は正しかった。あのクソ女はマスターとオレの敵だ」

「つーと?」

「あの空中庭園はアサシンのもので、ヤロウはオレとマスターに黙って、大聖杯を黒の連中から奪ってトンズラこいた。

 しかも話を聞くに、ヤロウは赤の陣営のマスター全員に手を出して、マスター権を奪い、あの神父に献上したみたいだ」

「それはマズイな......」

 

 獅子劫は想像以上の状況の悪さに歯噛みし、一服入れようと煙草を取り出そうとして、その手を引っ込めた。

 セイバーの言うことが本当なら―――いや疑う気持ちは殆どないが―――あの神父は完全に有利な状況で守りを硬めたことになる。

 遥か上空の拠点、守りは硬く、四人か五人のサーヴァントが一人の指揮の元に連携して戦力を構築する。これほど攻めがたいことはない。

 

「移動するぞ、セイバー」

「おう。いつまでもこんなとこにいたくねえよ」

「そうか? イイところだと思うぞ」

「そういうとこがマスターのワルイところだ......」

 

 これは自分たちだけでは勝てないな。

 そうと決まったら即行動、獅子劫は次の手を打つことにした。

 進む先は、ユグドミレニアの城。

 

「そうだ。お礼を言っておこう」

「......は?」

 

 獅子劫は隣を歩くセイバーに微笑みかける。

 もっとも、セイバーの目には野獣が牙を見せたようにしか映らなかったが。

 

「俺のサーヴァントがお前さんじゃなかったら、俺もマスター権を奪われてたらしいからな。教会に行った時のお前さんの"直感"がなかったら、今みたいに神父さんと別行動したりしてなかった。

 赤のサーヴァントの中でマスターのことを守れたのはただ一人、お前さんだけなんだろ? やっぱり俺は最高のサーヴァントを引き当てたらしいな」

「..............」

 

 セイバー、モードレッドはその言葉を聞いて立ち止まる。獅子劫の言葉は、己に与えられた文句なしの賛辞だった。

 

「......おうとも」

 

 だが、それも一瞬のこと。

 ぴょん、と飛び上がって獅子劫の両肩に太ももから着地―――肩車の形になり、驚いたように見上げてくる獅子劫に向け満面の笑みを返して、こう言った。

 

「当たりめーだろ! オレは偉大なる父上アーサー王の息子にして、円卓の騎士を超える者、"モードレッド"だからなっ! ハッハッハッハ!」

 

 そのときのモードレッドの顔は、本当に楽しそうだった。と獅子劫は思った。

 

 

 

 

 

 なお、結局獅子劫は車を調達できなかったので、ここから数キロ離れたユグドミレニア城まで獅子劫は歩きで行くこととなった。

 しかも、とある事情で途中から一人旅になってしまい、本当に寂しい思いをした、と後に獅子劫はモードレッドに語ったという。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......! 大丈夫か!?」

「うぅ......あれ、あんたは......」

「気がついたか。俺のことは城に着いてから話す。あなたは歩けるか?」

「歩ける......そうか、私はサーヴァントにやられて......」

「歩けるのなら、先に城に戻るか、できるなら他のみんなを助けてあげてくれ」

「......わかった。事情は後で聞こう。私は気を失っていただけで、肉体的な損傷はない。手伝おう」

「わかった」

 

 獅子劫の言っていた、ホムンクルスを助けていた珍しいホムンクルスの男、とはこの子のことである。

 ただ一人ゴルドの魔力供給槽から逃走し、黒のライダーに助けられ、黒のアーチャーに道を教わり、そして黒のセイバーに守られて、なぜか赤のキャスターに命を救われた男の子―――アカ。

 

「......何だかお前、たくましくなったか?」

「カグヤという人のおかげだ」

「カグヤ......?」

 

 その体は城にいたころとは比べることもできないほど成長している。少年から成年になったほどに。

 これには赤のキャスターの宝具『不死の薬』が関わっている。

 キャスタークラスのサーヴァントが手ずから作るあの宝具は、言わば特大の神秘を丸飲みする劇薬。それがアカの体内に供給されたことでトラブルが発生、彼の体は急成長を遂げ、一般の男性に近い体格を手に入れた。

 

「......よし、歩ける者は早く城に向かえ。歩けない者は肩を借りて向かえ」

「......お前は?」

「俺は......」

 

 

「......どうして貴方がここにいるのですか」

 

 

「! ルーラー!」

 

 そうして、彼と彼女は二度目の邂逅を果たす。

 

「どうしてまたこんなところへ......! ここは危険です! 早くあの安全な場所に戻って......!」

「いや、俺はもう聖杯戦争から逃げないと決めた。だから自分の意思で、ここに戻ってきたんだ」

「アカ君......」

 

 せっかく一度逃れられた戦場へと再び身を投じるアカ。カリスマを込めたルーラーの説得ですら効果がない。

 アカの決意の強さを感じたルーラーは、それ以上何も言えなかった。

 

「教えてくれルーラー。ライダーとキャスター、アストルフォとカグヤに会いたい。どこにいる?」

「......今は二人ともユグドミレニアにいます......あれ?」

「どうした?」

「いえ......どうして赤のキャスターが......」

「?」

「......何でもありません」

 

 二人の場所を問われ、ルーラーの感知力を使って場所を割り出してアカに伝える。

 ここでルーラーが違和感に気づく。

 

 あれ? キャスター死んでなかったっけ?

 

 と。

 何故か復活してるキャスターの反応が、薄っぺらくて消えそうだが確かにそこにあった。

 

「なら、俺をそこに連れていってくれないか、ルーラー」

「私は構いませんが......貴方はいいのですか、アカ君。あそこに行けば、後戻りはできませんよ?」

「構わない。会いたいんだ」

「......わかりました」

 

 頑固になってしまったなあ、とアカ君を見て思うルーラーである。

 こうして、運命に導かれるように二人は再開し、ユグドミレニアへと向かうのである......。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......あなたは、サーヴァントなのですか」

「ん、そうだよ! "元"赤の陣営のキャスターやってた、カグヤだよ!」

 

 ミレニア城塞、その門前。

 黒のアーチャーがキャスターとエンカウントした。

 ......よりにもよって、このクソ忙しいときに正体不明のサーヴァントですか......と黒のアーチャー、ケイローンは動揺する。

 

「ねーねーねーねー! 貴方の名前♪ 教えてくれる?」

 

 そしてそのサーヴァントが、無警戒に近づいてきた。

 

(チャンス!)

 

 機を見るに敏。

 ケイローンは弓を手放し、キャスターを両手で掴んだ。

 そして、

 

「ふわっ!?」

「せえいっ!」

 

 東方の国の柔道でいうところの"一本背負い"に似た投げ技で、正体不明自称キャスター女をぶん投げ、

 

 

 ドゴッ!

 

 

 土の地面に叩きつけた。

 

「いったーい!」

「ふう......」

 

 惜しむらくはキャスター女にしっかりと受け身をとられたところ。

 受け身をとられなければ、腰か首にダメージを集められたというのに。キャスターを自称しているわりにはそこそこの戦闘経験があるようだなとケイローンは分析する。

 

「何するのよー......」

「どうです、これが"パンクラチオン"です。これに懲りたら、今は大人しくしていなさい」

 

 当初、ユグドミレニア城にかかっている霧が目の前のキャスターの仕業だと思っていたケイローンは、キャスター女を倒しきることを考えていた。

 しかし、どうにも違っていそうだなと、霧の襲撃者は別にいると思ったケイローンは、キャスター女を放置する方向に思考をシフトした。

 何より途中から気づいたが、このキャスター女、マスターとのパスが消えて単独行動でのみ動いている状態らしく、ステータスがすこぶる弱かった。勿論、宝具の存在を考えれば無視できる存在ではないが、キャスター女の残り魔力量は微々たるもので、宝具が使えそうな状態でもないように見えた。

 

「あのっ、私はマスター候補さんを探してて......黒の皆さんに害を与える気は......」

「事情は後で伺います。今は忙しいんです。わかってくれましたか?」

「はっ、はいぃ......」

 

 何だか泣きそうな声で話してきたので、ケイローンは少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 が、事は一刻を争うのだ。ケイローンはキャスター女から意識をそらし、巨大ゴーレムと謎の霧のことに意識を集中し始めた。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

()()()()()()()さん、怖い......」

 

 ふえぇ......痛いよぉ......

 いきなり投げるなんて酷いや......友達になれると思ったのに......

 というかあの人、パンツライオンさんか~、面白い名前だね!

 ライオンみたいな髪の毛はしてるけど、パンツ? なんでパンツなんだろ。好きなのかな~......えっち。

 

「ヤバいな~、このままだと限界来ちゃうな~」

 

 別にトイレを我慢してるんじゃないよ? いや厠は見つけられなかったけど......

 限界っていうのは、単独行動の限界。復活してから二時間くらいしか経ってないけど、長時間の歩行とさっき投げられた痛みで耐久Eの体が悲鳴をあげてるの。

 だからヤバいんだよ~、マスターさんと契約したいんだよ~、わかっておくれよパンツライオンさーん。

 

「は~あ、魔術師の一人や二人くらい、どこかに居てくれないものかね」

 

 さっき......私が開いている玄関扉から外に飛び出したあたりから、この城全体が霧に包まれちゃったみたい。

 も~、見渡しづらいから止めてほしいな~......ん?

 

「おっ?」

 

 遠くの森から、何だか見覚えのある顔が二つ!

 

「おっ!」

 

 髪型が永琳似の金髪の女性と......あっ! あの子!

 

「私のマスターさん、決定!」

 

 懐かしい顔を確認! 前は気にしてなかったけどあの子も魔術師だったっけ!

 そうと決まれば、突撃あるのみ!

 行くぞ! 魔力放出(雷)!

 

 

 ガルバニズム

 

 

「飛べえええええええええ!!」

 

 

 バチバチバチバチッ!!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......着きましたよ。襲撃にあって半壊していますし、宝具によって霧に包まれていますが」

「ああ。ここは間違いなく、俺の生まれた場所、ミレニア城塞だ」

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルク。

 そして、ホムンクルスの男の子、アカ。

 片や、空中庭園に行って落っこちて走ってと大忙し。道中で見覚えのあるホムンクルスを視認、驚きのあまり憑依しているレティシアの心臓が飛び上がった。

 片や、ルーラーに案内された民家を飛び出して長距離を歩いて移動。道中でホムンクルスを助けていたところ、激おこ顔のルーラーに見つかった。

 それからはアカの希望でルーラーと行動を共にし、ようやくミレニア城塞に到着した。

 

「ルーラー、この霧はいったい―――」

「っ!? 下がって!」

「?」

 

 

「お久しぶりいいいいいいい!!」

 

 

『 我 が 神 は こ こ に あ り て 』(リュミノジテ・エテルネッル)

 

 カーン!

 

 

ぶぎっ......! いったーい! おでこがカーンっていった! カーンって!」

「貴女がいきなり突っ込んでくるから、旗に頭からぶつかるんです」

 

 両手を広げて電気を纏った姿ですてみタックルをしてきたキャスターに、ルーラーは宝具で容赦なく対処。

 キャスターのおでことルーラーの旗がぶつかり合い、それはそれはいい音がした。

 

「ぶー! 何よー! 優しく抱き止めてくれてもいいじゃない! ケチー!」

「ケチじゃありません。ルーラーとして当然の防衛行動です。貴女は今の行動が聖杯戦争のルールに違反していることにお気付きですか?」

「知らんわそんにゃもん! 興味にゃい!」

「貴女にサーヴァントとしての常識を求めた私が文盲であったようです......」

 

 そして始まるキャスターとルーラーの喧嘩。といっても、子供のように怒るキャスターを大人のルーラーが諌めるという一方通行の喧嘩であったが。

 

「なあ......カグヤ、だよな?」

「ん?」

 

 そこに、横からアカが話しかける。

 顔には出さなかったが、かなり勇気のいる行動であった。

 

「そうだよ! "元"赤のキャスター、カグヤだよ! お久しぶり! 元気してた?」

「"元"......?」

「うん。私一回やられちゃって、マスターさんがいなくなっちゃったの!」

「マスターがいない......? どうしてカグヤは生きていられるんだ? サーヴァントなのに」

「単独行動! 私は単独行動ってスキルを持ってて、半日くらいならマスターさんが居なくても生きていられるんだ!」

「そうなのか......」

 

 カグヤは笑顔でアカに話しかける。ルーラーも、かつてアカがカグヤに救われたという話を知っており、彼に手を出したりはしないだろうと思っているので、渋々ながら横で二人を見守っている。

 

「そう。それで、ものは相談なんだけど......」

「相談......? カグヤが困っていて、俺にできることなら何でも言ってくれ」

「ほんと!? なら貴方! 是非とも私のマスターさんに―――」

「ストォォォォォォォォップ!!」

 

 見守っていたルーラーが大声をあげて二人の話を、正確にはカグヤの暴走を止める。

 

「うるさーい! なによー!?」

「なによー、じゃありません! そんな形で手を出すとは思っていませんでした! 私の想定が甘かった!」

「手を出す? あらやだ~、そんな平安の貴族どもじゃあるまいし~。

 ほんで? だから何なのよー?」

「彼は一般人です! 魔術回路を持っているだけで、令呪も持っていません! マスターになんて......」

 

 

「わかった、俺がカグヤのマスターになる」

 

 

「は?」

「お!」

 

 ルーラーは必死の説得を試みた。

 しかし、カグヤが話を聞く前に、まさかまさかのアカ君がカグヤの難題を受けてしまう始末。

 

「なんで!? なんでそんなに簡単にこの女の()()()を受けてしまうのですか!?」

「世迷言て、世迷言って言ったなオイ金の永琳女」

 

 ルーラーは驚きのあまり怒ってアカに詰め寄る。カグヤが怒っているが知ったこっちゃない。

 ルーラーの怒り顔を、しかし真正面から受け止め、アカは言葉を返す。

 

「俺は黒の陣営であるユグドミレニアに魔力供給用として生まれ、何人ものサーヴァントにこの身を助けられ、安全なところに行ってからも頭はそれらのことばかりだった。俺は片時も聖杯戦争のことを忘れられない」

「だからといっても、マスターになるだなんて......言っては何ですが、死に急ぐようなものです。貴方はもっと生きられるのですから、そんなことしなくても......」

「いや、何度考えても、何度自分と向き合っても、答えは同じだった。

 俺は聖杯戦争に生きる()()なのだと」

 

 運命、と。

 そう彼の口から出たとき、ルーラー、ジャンヌ・ダルクに啓示が降りた。

 そこには、赤のサーヴァントと戦うアカ......ではなく、カグヤと共にピコピコするものをいじっているアカの姿があった。

 その手には、真っ赤な令呪が二画。

 

「..................」

「......へ? 何よ、金の永琳女さん」

 

 じとーっと、何かを言いたそうにカグヤをにらみつけるルーラー。

 

「......別に......というより、その変な呼び方は何ですか」

「ん? あー、嫌?」

「ルーラーと、そう呼んでください」

「わかった、ルーラー()()()! よろしくね!」

「.....................」

 

 なんで、こんな変な女と。

 そう思いつつ、仕方ないと言わんばかりの表情でアカに顔を向く。

 そして、非常に、非常に不服そうな顔で言葉を発する。

 

「......わかりました。アカ君、貴方をカグヤのマスターになることを許可します」

「ありがとう、ルーラー」

「ただし!......話は終わりではないですよ」

 

 ルーラーは言葉を続ける。ここからは聖杯戦争のルールに絡むお話だ。

 

「聖杯戦争に参加するには、強く何かを願う心が必要です。それがないものには、マスターの証である令呪が与えられません。

 アカ君には、それがありますか?」

 

 令呪。

 それはマスターの証。

 内容はどうあれ何かしらの願いを秘め、血と謀略の聖杯戦争に参加した魔術師である証。

 

「ああ、ある」

 

 アカは、左の拳を握りしめながら、口を開く。

 

「俺は知りたい。自分のことも、カグヤのことも、ルーラーのことも、ライダーのことも。

 それだけじゃない、人のこと、ホムンクルスのこと、聖杯戦争のこと、世界のこと......生きて、戦って、俺はそれらを知りたいんだ!」

 

 硬い意思と純粋な願いを秘めたその目は、真っ直ぐルーラーを見る。

 その視線を受け止め、少しだけルーラーは呆れてから言葉を発する。

 

「.........どうやら、その願いは本物のようですね」

「......?......っ!? 痛っ......!?」

 

 瞬間、アカの左手にジクッとした痛みが。

 見れば、手の甲に刻まれた赤色の痣―――令呪が三画、そこにあった。

 

「左手、ですか......」

「変なのか?」

「いえ、基本的に令呪は右手に宿るものなので、左手に宿ったことに驚いただけです」

 

 珍しいこともあるものだと、ルーラーは思った。

 

「それでルーラー、次はどうすればいい?」

「......これ以上進めば、もう戻ることはできません。それでもいいですか?」

「ああ、俺はカグヤのマスターになる」

「......貴方の意思の硬さには、驚かされっぱなしですよ」

 

 やる気に満ちたアカの前で、ルーラーはため息をつく。

 しかし、一呼吸入れたことで彼女にも覚悟が据わる。その姿勢と雰囲気も裁定者の者になった。

 

「後は、思いを乗せて言葉を紡ぐだけです」

「それって、プロポーズみたいなもの?」

「.....................」

「きゃ~! 私って今から求婚されちゃうの~!? も~どうしよ~♪」

「...........................」

「......ぶー、ルーラーちゃん怖い。ちょっとふざけただけじゃん。そんな怒らなくても」

「怒ってません」

「怒ってる」

「怒ってません」

「怒ってる!」

「怒ってません!」

「怒ってません?」

「怒ってます!............ハッ!?」

「怒ってる~、ルーラーちゃん怒ってる~」

「.................焼きますよ?」

「ごめんなさい」

 

「えっと......再契約の呪文であっているか?」

 

 覚悟を決めた矢先にこのカグヤの悪ふざけ。ルーラーは怒り、アカは戸惑いを隠せない。

 ゴホンッと一つ咳払い。ルーラーは話を進める。

 

「その通りです。ご存知でしたか」

「ああ、知識として知っている」

「へぇ~、そんなのあるんだ......」

「......カグヤ、貴女はキャスターなのですから、そのくらいは知っておきなさい」

「うへぇ、言われちゃった。魔術師って大変だな~」

「......カグヤ、あなたは本当にキャスターなのか?」

「疑っちゃやーよ♪ 私のクラスは、本当の本当にキャスターなんだから~♪」

「そうか......」

 

 無い胸を張ってドヤ顔と共にキャスター宣言をするカグヤ。だが聖杯戦争史上、これほどまでに魔術に疎いキャスターがいただろうか。意外と別の平行世界にはいるかもしれない。

 

「あ~......何だか体から力が抜けていく~」

「っ!? 大丈夫か!?」

「う~ん、もう単独行動する体力が残ってないのかな......さっきぶん投げられたし、頭と旗とでゴッツンコしたからなあ」

 

 痛そうに両の肩とおでこをさするカグヤ。全身から光の粒子を出しながらのその姿は、確かに今にも消えそうだった。

 口振りは今にも元気に走り回りそうなものだが。

 

「誰に?」

「パンツさん」

「パ、パンツさん?」

「うん、パンツライオンさん」

「パ......パンツライオンさんですか......」

「うん」

 

(誰だ?)

(誰のことですか......)

 

 心配そうな顔を作るアカと、呆れたように頭を抱えるルーラー。

 閑話休題。

 

「そんなことは後でいいでしょう。とにかく、消えそうだというのならすぐに再契約を!」

「......そうだな。カグヤ、君は俺がマスターで構わないか?」

「構わないも何も私から求めてるんだけど......なら、この言葉(ことのは)を返答として贈ろうかしら」

「?」

 

 げふんげふん、と準備するように咳払いし、カグヤは笑顔で口を開く。

 

『求めよ、さらば与えられん。望めよ、さらば贈られん。願えよ、さらば叶えられん。欲せよ、さらば手にせん。

 その全てが貴方の物であり、その全てが貴方を幸せにする。

 約束された幸運を信じて......宝具―――』

 

 身から生じる光の粒子に、月の光のような輝きが混ざり、夜を照らす。

 そして、カグヤはその名を口にする。

 

 

 ―――『 五 つ の 難 題 』(さあ惑へ夜這い求める俗どもよ)

 

 

 月の光が意識を持つようにアカに集い、その身に吸収される。

 その言葉(ことのは)に、アカ、応える。

 

 

『―――告げる。

 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!

 我に従い、我が言葉に応えよ! その運命、我に預けるか否か!?』

 

 

 カグヤ、応える。

 

 

『―――キャスターの名に懸け、その誓いを受けとります。

 私の主は貴方であり、私は貴方のサーヴァント―――アカのキャスターだ!』

 

 

『裁定者ルーラー、ジャンヌ・ダルクがここに、サーヴァント"カグヤ"とマスター"アカ"の契約を認めます』

 

 

 草木も眠る丑三つ時、月に照らされたミレニア城塞の門前。聖なる魔力が三者を優しく包み込む。

 ここに、新たな主従が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「...............っ............」

 

 

 

 .......へぇ? じゃあ......んってとてもおかしいひ......

 

 

 

「............っ.......!......」

 

 誰かがいるはずがない、誰も近づくはずのない地下のこの部屋に近づいてくる、聞いたことのない少女の声。

 自分のサーヴァントよりももっと幼く、無垢で舌足らずで......それ故に不気味な、聞こえるはずのない声。

 

 

 

 コツッ......コツッ......コツッ......コツッ......

 

 

 

「......っ!.................っ!」

 

 近づいてくる。

 確実に近づいてきている。

 セレニケは、先ほどまでの狂い様からは想像できないくらい理性的な様子で、必死に声を抑え、音を立てまいとしている。

 何故か。理由ははっきりしている。

 マスターだからこそわかるのだ。近づいてきているのが、()()()()()()だと。

 それも、防衛用の探知魔術には引っ掛かるのに一切の気配がなかったことから、相手が()()()()だということも。

 

 見つかっては、ならない。

 

「........................っ......!」

 

 足音が、止まっ......

 

 

 

 ......あ! みつけた!

 

 

 

「......っ!?............」

 

 黒魔術で恐怖には慣れているはずの心臓が、ドクンと跳ねた。

 

 

 ...........................

 

 

 

 ガチャン!!

 ガチャンガチャンガチャンガチャンガチャンガチャンガチャンガチャンガチャン!!!

 

 

 

「......っ!?......っ!?」

 

 ドアノブが何度も何度も何度も何度も捻られる。

 

 

 

 ドンッ!!

 ドンッドンッドンッ!!

 

 

 

「......っ!?..................」

 

 ドアが、何か固いもので打ち付けられる。

 しかし、開かない。

 ミレニア城塞の扉は全て、キーワードで開閉される。そのキーワードを知らなければ、たとえサーヴァントの力でも開けられないはず。見た目に反してとても頑丈なのだ。

 アサシンといえば、敏捷に優れる反面、あまり筋力は高くない側面をもつ。無理矢理開けることはできないはずだ。

 

 

 ......ほんとだ、あかない......うん、わかった。

 

 

 声が、扉のすぐそこから聞こえる。霧があって見辛いが、開けようとしているのは間違いなくセレニケ本人のいる部屋への扉だ。

 しかし、開くはずがないのだ。たとえ城塞内に進入されても、()()()()()()()()()()()()()()()()、マスターの身を守るためにと設けられた最後の砦が―――

 

 

 これで、あってるかな......いくよ......

 

 

 

 『 ア ペ リ オ 』

 

 

 

 カチッ......ギィ......

 

 

 ―――開くはず、ないのだ。

 

 

 



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"アカ"のキャスター編
トラブルメーカーと死の呪い(前編)


 

 

 

「というわけで! 私は貴方のサーヴァント!」

「ああ、俺は貴女のマスターだ」

 

 復ッ活ッ!

 カグヤ、復活ッッ!!

 あ~、死ぬかと思った。生きているってなんて素晴らしいんだろう! わーい! 人生万歳!

 

「それはそうとマスター、アカって名前だったんだ~、いい名前だね!」

「ああ。この名前は、カグヤ、貴女と会ってから自分でつけたものだ」

「自分に? アカって?」

「ああ、そうだ」

「え......紅くなりたいの?」

「......いや、そうじゃない」

 

 あ、違うんだ。

 いやー、何故そう聞いたのかと申しますと。

 全く同じ"我も紅に!"なんて理由で自分の名前を決めた可愛い存在を一名知ってる者ですから、つい貴方もそうなのかと思いましてね。

 元気でやってるかなーあの子。まあ元気じゃないわけないんだけどねっ。ふふふっ♪

 

「俺は、ライダーのアストルフォと、カグヤに生かしてもらった。だからこの体の名前には、貴女たちの名前から一文字ずついただいた。だから"アカ"なんだ」

 

 ライダーちゃん? ええっとア、ア、ア......

 

「アルフォ○ト?」

「アストルフォです」

 

 あー、そうだったそうだった。○ルフォートね。教えてくれてありがとう金の永琳さん。カタカナは苦手なの、許してア○フォートちゃん。

 というか、金の永琳さんまだいたのね。忘れてた。

 

「それでカグヤ。ライダーがどこにいるかわかるか?」

「ん、いや、わかんない......あーでも、この城のどこかにいるかも」

「それはわかっています」

「へ? そうなの?」

「はい。ルーラーですから」

「ほへ~、せこっ」

「はいぃ?」

 

 ずるいぞ、ルーラー。一人だけ便利なスキル持っちゃって。こっちは大して何も起こせないチンケなトラブルメーカーと魅了、それと蓬莱の薬の下位互換のアイテムくらいしか無いのに......。

 でも、それだけ便利なスキルをもらえるほど、この金の永琳さんは生きてる頃に頑張ってたってことだよね。すごいなー憧れちゃうなー。

 

「それでルーラー。ライダーは無事なのか?」

「......わかりません。この霧は結界宝具、本来ならば直接的にサーヴァントを攻撃する物ではないはずなのですが、これほど強い呪いが込められているとなると......」

 

 え、マジで? この霧ヤバいやつなん?

 それってつまり、私は危うく呪いの霧に包まれちゃうところだったってこと?

 こっわ。今日一日で何度死にかけてるのかな私の体。まったく......

 

 ......ドキドキしちゃう! えへへ♪

 

「......助けには行けないのか?」

「私はルーラーですから、民間人を巻き込まないサーヴァントの戦いに介入することはできません......」

「へー、大変そうね」

「.....................」

「心配だなーライダーちゃん」

「.....................」

「はあ、どこかに誰かライダーちゃんを助けてくれる、元気で可愛くて頼りになるキャスターちゃんはいないかな~?」

 

 チラッチラッ、なんてね♪

 うん、せっかくだしもう一回くらい死にかけてやりますよ。

 アカくんがやりやすいように小芝居してみちゃったら金の永琳さんに呆れた目で見られてるけど気にしない!

 

「頼むカグヤ、我がサーヴァント―――令呪ずる!」

「おおっと!」

 

 うわ、令呪使っちゃうんだ!

 思いきったねえ。そんなにライダーちゃんのことが気になるのかな。まさか好きだったりして! アオハルだねアオハル!

 

「俺の友達、ライダーを助けに行ってくれ!」

 

 これは、転移するね! 間違いない! 前の転移のときと感覚が同じだからね!

 

「はいよっ! 行ってきます!」

 

 敵は誰さんだろ? あ、可愛い女の子だといいなあ! 美女さんと美男さんはたくさん見たけど、可愛い女の子はまだだもん!

 

 

 

 

 

 

 

「......ライダー、無事でいてくれ。もう一度会いたいんだ」

「..................」

 

 少年、アカの呟きは、霧がかった夜の闇と、

 

「アーチャー! 到着しました!」

「くっそー! 着いてくんなー!」

「......っ......先生っ......!」

 

「っ!?......あなたたちは?」

「同じ黒陣営のマスターが三人......っ! 来ますよアカ君!」

「......っ!?」

 

 森の奥から感じる大魔力の波の中に消えていった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「えへへっ......こ、ん、ば、ん、わ♪

「......っ......」

 

 暗い、暗い、地下の部屋の入り口で、

 ゆらり、ゆらりと人影が動く。

 

「うん! もうハンバーグさんにやってほしいことは終わり! それじゃあ―――いただきます!」

 

 人影―――少女が、手にしていた()()を掲げ、大きく口を開き、()()から滴り落ちる液体ごとその()()を口にした。

 モキュモキュ、モキュモキュと咀嚼し、ゴクリと呑み込む。

 一瞬照らされたその()()は、()()()()()()()()()()()()()()に見えてしまった。

 

「......うん、ごちそうさまでした! これで一人目だね!」

 

 一人目、とはどういうことか。

 自分は二人目なのだろうか。

 

「そうだよ......貴女が二人目だよ、おねえさん♪」

 

 心を見透かされた。

 ともすれば、私の中にある大事なものの―――心臓の鼓動も、聞こえてしまっているのだろうか。

 

「貴女で二人目。そしたら、あと四人。それが終わったら、七人を探しに行くの♪」

 

 その数字が意味するところは。

 まさかマスターの数というわけではないだろうな。

 全員、殺すつもりか。

 そして。先ほどのように、モキュモキュと、モキュモキュと......。

 

「ねえおねえさん。この部屋からわたしたちに似てるニオイがするんだけど、どうして?」

「ねえおねえさん。あなたからわたしたちの気配を感じるのだけれど、どうして?」

「ねえおねえさん。おねえさん。おねえさん。おねえさん」

 

 ひたっ ひたっ ひたっ 

 人影は揺らめきながら、一歩、一歩と近づいてくる。

 元から部屋を占めていた血と体液の臭いなど、まるで比にならないほどの死の臭いを撒き散らしながら。

 

「ねえ―――」

 

 

 ひたっ、と。

 何かが、自身の下顎に触れた。

 

 

 

 

 

 

   「―――ど、う、し、て?」

 

 

 

 

 

 

「......たすけて」

 

 それが、先ほどまで見ていたはずの少女の―――アサシンの手だと理解したときには、すでにセレニケは―――

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「くそっ、何なんだこの霧は......」

 

 黒のライダー、アストルフォ。

 霧が出始めた頃、赤のキャスターの争いで令呪に抗い続けて疲労した彼は、与えられた自室で休憩していた。

 かつてホムンクルスの男の子を寝させていたベッドに横になり、今ごろ彼は何をしているのだろうと思いを馳せていたとき、霧はミレニア城塞を包み込んだ。

 

「確かに地下への階段はこっちだったはずなのに......どうして?」

 

 魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)により対魔力Aを有している彼には、硫酸の霧によるダメージはあまりない。

 しかし人間、即ちマスターはそうもいかないはず。すぐさま彼はマスターのいる地下へと向かった。

 ......はずだった。

 

「また同じところに......くそっ、何なんだこの霧は......!」

 

 急げども、急げども、同じところを走り回るのみで、地下に行くことができない。広いといえども一城であったはずのミレニア城塞が、今の彼にはかつて冒険した大陸よりも広いんじゃないかという錯覚さえ覚えるほど広く複雑な大迷宮に思えた。

 対魔力を有していても、直感を持たない彼では、方向感覚を狂わせる霧の中を自由に動くことができないのだ。

 急げ、急げ、早くマスターのもとに―――

 

 

 

 ―――いや、急ぐ必要はあるか? あんなマスターに。思い出してみろ、マスターが自分を見るときの目を......

 

 

 

「あるに決まってるだろ......!」

 

 それでも、ライダーは、

 理性が蒸発していても、アストルフォは、

 人間への希望を、失うことなどない。

 

 

 その体を、令呪の赤い光が包み込んだ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「っ!?」

「やめろおおおおお!!」

 

 セレニケは―――最後の令呪を発動していた。

 

 

「マスター、無事かい!?」

「あ......ライダー......」

 

 今まさにセレニケの命を奪おうとしていた凶刃のアサシンは、真上からの怒号と敵意に飛び退き、現れた敵に油断なく構える。

 

「......あれ?」

 

 敵の姿を正面から一瞥した。

 小柄な体型に不釣り合いなほど巨大な槍を握り、綺麗な戦闘衣装に身を包むピンクの短髪の男の子。

 

「......女の子じゃないんだ......」

 

 そう、見た目に反して彼は男の子であった。

 アサシンの持つ胎内への回帰本能が、彼には働かなかったのだ。

 

「僕を初対面で男と気づいてくれたことに感謝! だけど僕は手加減はしないよ!

 僕はライダー、後ろの人間のサーヴァントだ! 尋常に戦うようなやつには見えないけど、勝負!」

 

 マスターを背に庇い、高らかにそう宣言する姿は、まるで姫を守護する騎士のようで格好よく見える。

 

「そう......女の人じゃないけど」

 

 対するは、物語の姫や誇りに満ちた騎士様など欠片も登場しない世界の住人―――殺人鬼のサーヴァント、アサシン。

 

「解体しちゃおう、そうしよう! そうだよね! 殺っちゃおう!」

 

 血に濡れた両手に血に飢えた暗器を一丁ずつ握り、加害者は対象を解体するべく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははっ♪ あはっ♪」

「ぐうぅ......!」

 

「ほらぁ、こっちこっち!」

「っ! てやぁ!」

 

「残念♪ 当たらなかったね~♪」

「いだいっ!?」

 

 アサシンとライダーの戦いは、一方的であった。

 片や、暗い部屋の中での暗殺という本業も本業な戦闘をしているアサシンと、

 片や、乗る馬もなく、身の丈に合わない縦長の馬上槍を使って狭い室内で戦闘をさせられているライダー。

 勝負と呼べるものにならないほど、あまりにも地の利という差がありすぎた。

 

「あははははっ、ライダーくん血だらけのぼろぼろ~♪」

「くそっ......マスター、無事かい?」

 

 ライダーの声に応える者は、いない。

 最初の位置から変わらず、ライダーのマスターは椅子に持たれている。

 気を失っているようだ。

 

「っ......!?」

「えへへっ......安心して、まだ死んでないから。そういう霧に調節したから」

 

 もはやただ遊んでいるだけの子供のようにはしゃぐアサシン。

 怒ったライダーは逆に攻撃をしかける。しかし部屋を自在に動き回るアサシンには掠りもせず、逆に顔に傷をつけられる。

 

「くっ......」

「あはは、あはは! ねえねえねえねえ! どうしてそんなマスターを守るの?」

 

 まるで遊びのような加虐を楽しみつつ、アサシンはライダーに問いかける。

 

「その人は悪い人だよ? わたしたちにはわかる。そのおねえさんは小さな子供たちをいっぱい、いーっぱいいじめてるの!」

「..................」

「もしかして、あなたも()()かされてるんじゃない? 体を舐め回されたりとか、ロウソク垂らされたりとかはなかった? 内蔵にキスマークついてない? アレはまだ付いてる? 後ろの穴は大丈夫?」

「......ッッ! もうやめろ! それ以上マスターを侮辱するなッ!!」

「えー?? だってその人、()()()()()だよ?? 実際にそういうことをしてきた人だよ?? サーヴァントなのに、わからないの??」

「......ッ!! ああああああ!!」

 

 怒り心頭のライダーはがむしゃらに馬上槍を振るう。しかしそんな攻撃がアサシンに当たるはずもなく、全てが空振りか、部屋の物に当たるかだった。

 

「あははは! あははは!」

 

 楽しくてたまらないといった感情を全身で現しながら、ライダーの攻撃を完璧に避け続けるアサシン。

 なおもアサシンは言葉を発し続ける。精神を汚染し、加虐し、凌辱する、原初の()である"言葉"を―――

 

 

「それでも!!」

 

 

―――しかし、ここまで圧倒的優位に立ち回っていたアサシンも、このときばかりは、相手が悪かった。

 

 

「彼女は僕のマスターだッ! そして僕の大好きな大好きな人間なんだッ!」

 

 とある森の中でのことだ。

 一人のホムンクルスのために、自分の命を与えようとした剣士がいた。

 一人のホムンクルスのために、陣営への裏切りと取られかねない行動を起こし、宝具を与えた魔術師がいた。

 そこにいたライダーには、何もできなかった。

 

「僕はもう誰も失いたくない! 誰も見捨てたくない! だから戦うんだ! だから頑張るんだ!

 君みたいな......人を傷つけ、殺すだけが取り柄のアサシンに! そんなやつらに! 大切なもの(マスター)を奪われてたまるかッッ!!」

 

 

 理性蒸発

 

 

 どんなことがあろうとも、何を目の当たりにしようとも、どのような罰を受けようと、天地がひっくり返ろうと―――彼が自分の精神を曲げることはない。

 

「僕の命に替えてでも、君に僕の大切な人を殺させはしないッッ!!」

 

 ライダーの意思の強さと、彼にかけられた令呪が反応してか、霧に包まれた部屋が一瞬だけ赤く光った。

 戦意を剥き出しに、敵意を目の前の存在のみに向けたライダーの守りは、まるで難攻不落の要塞に思えて―――

 

 

「......く、くあっ......

 くわああああああぁぁぁ~~~ぁっ」

 

 ―――それでも彼は、たった一人の弱小サーヴァントでしかなかった。

 アサシンの幼い口から、とても可愛らしいあくびがもれた。瞼からも涙が一粒だけ顔を覗かせる。

 

「とりゃああ!!」

「うーん、眠くなってきちゃった......おかあさんからも、お天道様が出るまえに帰ってきてって言われてるし......」

 

 それを隙と見たライダー渾身の一撃も、やはりあっさりと回避して、なおも一人喋り続けるアサシン。

 

「それに―――」

 

 

 気配遮断

 

 

「なっ......! しまった!!」

 

 ここにきて、アサシンはここまで使ってこなかった気配遮断を使い、姿を霧の中へと消す。

 使ってこなかったのには、戦術的な意味も策もなく"使()()()()()()()()()()()()"。

 

「―――飽きちゃった、サツジンゴッコ。

 バイバイ♪」

 

 即ち、一瞬で勝負がついてしまうから、だった。

 

「っ!?」

 

 声は、左から聞こえた。

 しかし、刃は右から顔を出した。

 そしてその()は、ライダーの体の中から聞こえた。

 ()()()、と。

 

「が.........あ......」

 

 目から光が失せていくライダー。

 そこに、もう一本の光る暗器が向けられる。

 

「とどめ♪ 行っきま~す!」

 

 右手をライダーに突き出しながら、アサシンはもう片方の手に持つ暗器を振りかぶり―――

 

 

 

 バチバチバチバチバチバチッッ!!

 

 ガシッ!!

 

 

「......え?」

 

 ―――そのまま、止まった。

 何者かが、放電とともに現れ、アサシンの左腕をガシッと掴んだからだ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「よっしゃあ! 黒のセイバー、準備はいいか!? アーチャーはさっさと指示をよこせ! てめえも戦えよルーラー!?」

「......あいつが仕切るのか......」

 

 一方そのころ。

 ミレニア城塞の表では、英霊豪傑による巨人狩りが行われようとしていた。

 正史とは違い、黒のセイバーは十全にその力を発揮でき、赤のセイバーも召喚に応じて参戦、ルーラーも健在。余計な者(トラブルメーカー)もいない。

 アーチャーが一日一射限りの切り札を使ってしまっているのも気にならないほどに戦力は充実しており、例え黒のライダーが不在でも、巨人を倒しきるのに不足はない。勝負は一瞬でつくだろう。

 

「剣よ」

 

 黒のセイバーの剣に内包されたエーテルが解き放たれ、一つの巨大な魔剣を造り上げる。

 

「ちゅおおおおおらあああ!!」

 

 そのセイバーに迫る巨人の拳を、赤のセイバーの嵐のような剣が弾き飛ばし、

 

「せやあ!」

 

 その隙をついてルーラーが突撃し、その拳で巨人を突き飛ばし、体勢を崩す。

 

「今です! 足を狙ってください!」

 

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)

 

 

 そこに黒のセイバーの剣が真横に振られ、巨人は両足を斬り飛ばされた。

 

「赤のセイバー......!」

「おうとも黒のセイバー!」

 

 畳み掛けるように、赤のセイバーも剣を解放する。

 黒のセイバーの魔剣も未だ健在。彼のマスターはとんでもない魔力を用意しているものだと感心する。

 

「狙いは脳と心臓、二つの霊核を同時に撃ち抜いてください!」

「同時だとよ。なあ黒のセイバー」

「ああ」

「簡単だな!」

「問題ない」

 

 軽口を飛ばし合い、二人のセイバーは全く同じタイミングで飛び上がる。

 赤のセイバーの狙いは頭。

 黒のセイバーの狙いは心臓。

 

 

 我 が 麗 し き 父 へ の 叛 逆(クラレント・ブラッドアーサー)

 幻 想 大 剣・天 魔 失 墜(バルムンク)

 

 

 一切の容赦なく。微塵も可能性を残さず。

 黒のキャスターが造りし巨人は、木っ端微塵に砕かれた。

 

「......サーヴァントの力は、凄いな」

 

 それを、黒のマスターたちと安全なところから眺めていたアカは、サーヴァントの規格外さを改めて認識した。

 

「......サーヴァントの力は、人間や魔術師、そして我々ホムンクルスの想像の及ぶところではない」

「......? あなたは、さっき......」

 

 そんな彼に話しかける女性が一人。

 アカの手当てを受け、戦場から生かされたホムンクルスとして、先程まで城の修繕を指揮していた者だ。

 

「アカ、などという名を持ったそうだな」

「......ああ、あなたは元気そうだな」

「......ホムンクルスの躰は丈夫にできているからな」

 

 女ホムンクルスはアカから目線を外し、ミレニア城塞を見る。

 

「なぜ貴様がまたここに戻ってきたかは聞かないし、知ったことでもないが......」

「......俺は」

「黒のライダーなら、彼の自室にいるとの情報を聞いている」

 

 アカの発言に食い気味になって話す。心なしか機嫌が悪そうだ。

 

「! 本当か!?」

「ああ。だがこの霧だ。サーヴァントとして、彼はマスターの安全を心配するだろう。

 ライダーのマスターは向こうのほうの地下に部屋を構えている。霧が晴れたら行け」

「ああ、わかった。ありがとう」

 

 そう言い残し、アカはルーラーのもとへと走っていった。

 

「......ありがとう、か」

 

 その場に残ったホムンクルスの女は、難しい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......え?」

 

 突然の放電とともに、アサシンの左腕を強い力でガシッと掴んだ者、それは......

 

「あなた、こんな危ないもの持っちゃダメでしょ! 捨てなさい! メッ!」

「えっ、あ、はい......」

 

 

 カランカラン......

 

 

 ......言うまでもない。

 こんな奴の言葉でも、アサシンは動揺して素直に暗器を手放してしまう。床に落ちる音が聞こえた。

 しかもこいつの放電により、部屋の中の霧が吹き飛ばされ、全員の姿が鮮明に見えるようになっていた。

 

「あ、ライダーちゃん! 久しぶり♪ 赤の、じゃなかった......アカのキャスター、カグヤちゃんです!

 あれ、顔色悪いけど、大丈夫? というかこの部屋臭くない?」

 

 アサシンが障害物となり、キャスターからはライダーの体が見えない。

 ゆえにキャスターは、目の前の子供が加害者だと、アサシンだと気づかない。先ほどの放電はアサシンを攻撃しようとして発したものではなく、ただちょっとカッコよく登場したかっただけだった。

 んで、とさらにキャスターは呑気に続ける。

 

「そんでもって貴女は......」

 

 そう言って、腕を掴んだままのアサシンと目を合わす―――

 

「かっ......!」

 

 ―――そしてあろうことか、せっかく掴んだ腕を離し―――

 

「可愛いいいいいいいい!!!」

 

 ―――全身で抱きついた。

 

「........................」

 

 抱きつかれたアサシンは、頭にハテナを浮かべて動かない。

 否、その顔は、少しばかり惚けていた。

 キャスターと目と目を合わせたときから......

 

「........................」

 

 

 魅了

 

 

「......う、ゴホッ、ゴホッ......」

「あ、ええっと、ライダーちゃんのマスターさん、かな? おはようございます!」

 

 恐らく、霧が吹き飛ばされたことで呼吸が楽になったのだろう。ライダーのマスターが目を覚ました。

 

「それにしても......可愛いいぃぃ~♪ ねえあなた、お名前は?」

 

 そして、なおも抱きつかれたままのアサシンは、キャスターの言葉に無意識に口を開いて......

 

「―――おかあさん」

 

 しかし、そこから出たのは自身の真名ではなく、愛する者を呼ぶ言葉であった。

 "マスター"、その言葉を聞いてとある存在を思い出したアサシンは、わずかながらに意識を取り戻した。

 

「お、おかあさん!?......おっ、お持ち帰......」

 

 頭上からキャスターの油断しきった声が続く。

 ライダーは倒した。

 おねえさんは目を覚ましたみたいだが、脅威にならない。

 

 

 この状況は、アサシン(殺人鬼)にとって千載一遇のチャンスだった。

 

 

 今はまだ()で、相手は()()は飛ばされたが必要ない。刃渡十五センチもあれば、こんな薄い装甲の奥の心臓くらい、簡単に届く。

 

「......バイバイ」

 

 アサシンは抱きつかれたままで唯一手にできる凶器、腰にある大型ナイフを取り出し、

 

 

 

 解 体 聖 母(マリア・ザ・リッパー)

 

 

 

 死の呪いを、発動した。

 

「へ?」

 

 まずは、目の上のこいつ。

 魅了で動きが鈍りつつも、ナイフを持った左手はキャスターの無防備な背中に向かって伸び―――

 

 

「がっ......はぁ......っ!!」

 

 

 ―――哀れな魔術師がまた一人、被害者となった。

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーと死の呪い(後編)

 

 

「がっ......はぁ......!」

「......ん?」

 

「..................あーあ、つまんないの」

 

 

 被害者となった魔術師の名は―――セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。

 キャスターを狙った死の呪いがセレニケに当たった理由はただ一つ。

 セレニケが、キャスターを庇ったからだった。

 

「......っ......!」

 

 口から血を吐き出しながら、背中から地面に強かに倒れる。

 

「......今の声は......マスター、か......?」

 

 かろうじて意識を繋いでいるライダーの耳にも、その苦悶の声が届いた。

 

「うぇ? なになに? 何が起こった?」

 

 キャスターは、自分の後ろで何が起こったかわからず、アサシンから体を離して振り返る。

 

 

 再び、千載一遇のチャンスがアサシンに巡ってきた―――かのように思えたが。

 

 

(あ、夜が明けちゃった......)

 

 自分の宝具にとって大切な要素が一つ、失われるのをアサシンは感知した。

 ついてない、と思いながら、アサシンは瞬時に思考する。この場面、退くか否か。

 

「......バイバイ」

 

 迷った末、アサシンは撤退を決めた。

 宝具が必殺でなくなったこと、相手がマスターではなくサーヴァントだということ、目的であるマスターの解体は済ませたこと......

 そして何より、夜が明けても帰らなかったら、おかあさんを心配させてしまうと思った。

 

「えいっ♪」

 

 ライダーの体に刺さっていたナイフを毟り取るように回収する。

 ナイフは、とても深く刺さり―――()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐあぁ......」

 

 体から明らかに危険な量の血が噴出しながら、ライダーはその場に倒れる。

 

 

 気配遮断

 

 

 仕事を終えた殺人鬼は、城を覆っていた霧ごと、どこかへと消えていった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「霧が、晴れた?」

 

 『王冠、叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)』をサーヴァント四人が打倒し、遠くの山の頂きから暖かい日が射しはじめたそのとき、ミレニア城塞を覆っていた霧も薄くなり、やがて消えていった。

 

「ルーラー、ライダーのところまで案内してくれ!」

 

 ようやく、ようやく会える。

 はやるアカの気持ちを知って―――しかしルーラーは難色を示した。

 

「......アカ君、ライダーのところに行く前に、二つ()()しておいてほしいことがあります」

「覚悟......?」

「はい......一つは、ライダーのいるところについたとき、そこに何があっても、何が起こっていようとも、取り乱したりしないこと」

「..................」

「もう一つは、彼の......ライダーの意思を尊重してあげてほしいということ、です」

「......どういうことだ、ルーラー」

 

 啓示。

 聖女としてルーラーが持つ、近未来の予知を可能とするスキル。

 それが示したライダーの近未来は、アカにとって......

 

「詳しく話している時間はありません。今はただ、アカ君、君がこの約束を守れるかどうか、それだけをどうか答えていただけますか」

 

 今この場で答えられないのなら、ルーラーはアカを置いていって―――ついてくるようであれば振り切ってまでアカを連れていかないと考えていた。

 今、ここで()()の覚悟を持てないようでは―――

 

「......わかった。何があっても取り乱したりしないし、ライダーを尊重する」

「......ありがとうございます。終わったあと、きちんと話をしますから」

 

 ―――どうやら、見た目だけではなく、中身も成長しているようだ。

 アカの目から、先の再契約のときのように口先だけではない覚悟を見た。

 

「急ぎます。掴まってください」

「え、あ、うわっ」

 

 なら、多少無理をさせても構わないだろう。

 そう思ったルーラーは、アカを筋力Bで右脇に抱え、己の敏捷Aをフルに活用して、ライダーのもとへと走り出した。

 

「ッッ―――」

 

 嵐のように過ぎていく視界。曲がるたびに急ブレーキと急発進をするルーラーと、がくんがくんと音を鳴らすアカの肉体。

 これを体験したアカは内心で思う。

 これも覚悟の中に入れておいて欲しかった、と。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「えっ、ちょ、えっ? みんなどうした?」

 

 アサシン襲撃後の、セレニケの部屋。中の状況は最悪だった。

 アサシンが動き回ったことで全てが散らかり、元からあった血の上から新たに血の海が広がり、辺りは腐臭と鉄の臭いと硫酸が混ざった不快なもので満たされている。

 そして何より―――部屋の主とその従者が、深刻すぎるダメージを受けて倒れていた。

 

「......キャスター......っ!」

「ライダーちゃん! あなたも酷い傷......!」

 

 ようやくライダーの体から流れる血に気がつき、慌てて駆け寄るキャスター。

 

 

「っ......来るなあッ!!」

「むわっ!?」

 

 

 しかし、鋭い目で睨むライダーに拒絶される。

 

「マスターにも近寄るな......!止めを刺すつもりなんだろ......撤退したアサシンに替わって! 僕たちに止めを刺すんだろ!!」

「......あー、そうでしたね」

 

 何事かと思ったキャスターだが、考えてみれば当然のこと。

 キャスターは、赤のキャスターであり、黒のライダーとは敵対関係であった。

 そしてライダーは、キャスターがアカと再契約したことを知らないのだ。

 

「ええっと......よっこらしょ」

 

 

. 『不 死 の 薬(その体苔の蒸すまで月を見よ)

 

 

「......まあ、これ飲んで元気出してよライダーちゃん」

「飲まないよ!......忘れていたが君はキャスターだ! キャスターの攻撃手段と言えば魔術か毒! でも僕には対魔力があるから、毒で倒そうってんだろ!......ゴッフゴッフ......!」

「あばばばば......無理しないで! 傷口が......!」

「近寄るなッ!!」

「――――――」

 

 そうこうしている間にも、ライダーとそのマスターの体からは大量の赤いものが流れ続け、刻一刻と命を枯らそうとしている。

 いつもはヘラヘラしているキャスターも、これには真面目になり、何とかしようと策を練る。

 

(せめてマスターさんのほうだけでも)

 

 そう思ったキャスターはマスターさんのほうに振り返っ―――

 

 

 触 れ れ ば 転 倒!(トラップオブアルガリア)

 

 

「ぐえっ!?」

 

 ―――その足を、馬上槍の投擲が貫いた。

 

「へへっ......僕は足止めだけは得意中の得意でね......! その宝具はサーヴァントの足を一時的に霊体化させ、身動きを封じるんだ......! ゴッフゴッフ!......マスターのもとには、死んでも行かせないよッ!」

 

 血の海に強かに体を打ち付けるキャスター。着ている服が赤に染まる。確かにその脚部は失われていた。

 

「そ、そんなあ......! ライダーちゃん信じてよ! 私はただ二人を助けようと―――」

「そんな言葉で騙そうとしても無駄だぞ......あいにくと僕は理性が蒸発してるって言われててね......一度信じた者は最後まで信じるし、一度疑った者は最後まで疑う......バーサーカーを倒したお前を、誰が信じてやるものかッ!」

「......あー、こりゃダメだ」

 

 万事休す、とはこのことかと、キャスターは痛感する。

 

 助けて永琳~、と遠く幻想の地で見てくれているだろう存在に祈りを送った。

 

 

 

「ここですか......」

「いた! ライダーと......カグヤか?」

 

「本当に来た! 永琳は永琳でも金の永琳だけど!」

「......そのエーリンってのは何なのですか......」

「......その言葉は間違いなくカグヤだな」

 

 祈りが届いた先は聖女だった。

 アカを小脇に抱えたルーラーが、凄いスピードで部屋に駆け込んできた。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「おかあさん、ただいま~」

「あら、お帰りジャック。

 あらあら、ずいぶんと遊んできたのね~。服がベトベトじゃない」

 

 殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーはやはり今夜も捕まることなく活動を終え、こうしてマスターの待つところに帰ってこれた。

 

「まずはお風呂にしましょうか」

「うん!」

 

 二人は部屋にあるお風呂へと入り、生まれたままの姿になってお湯を共にする。

 

「おかあさんおかあさん! 今日はね、黒のライダーってやつを倒してきたよ!」

「あらそう! それって、サーヴァントって人たち?」

「うん! 桃色の髪をしてて女の子みたいな見た目だったけど、男の子だった!」

「そうなの~、凄いじゃないジャック。今日はお祝いね」

 

 アサシンの頭を優しく撫でるマスター。しかし、アサシンのほうはそこで表情を暗くする。

 

「ううん。実はもう少しで赤のキャスターも倒せそうだったんだけど、倒せなかったの......」

「赤のキャスター? 強かったの?」

「ううん。力が強いだけで、大した敵じゃないよ。お姉さん()だったし。でも......」

「何かあったの?」

「うん......目と目を合わせたの。そしたら急にふわあってなって、この人は傷つけちゃいけないって思っちゃったの......」

「そうだったの......」

「そうこうしてるうちに夜が明けちゃって......明るいのは苦手だから、帰ってきちゃった......」

 

 悲しい顔をするアサシン。

 事実、たとえ夜が明けようとも、アサシンの戦闘技術と凶器を合わせれば、赤のキャスターなど敵ではないように思った。

 それなのに、アサシンは撤退をした。解体するチャンスを目の前にして逃した。もしいつか、あの女が原因でマスターが傷つくようなことがあったら―――

 

「大丈夫よ、ジャック」

 

 ぎゅっ、と。

 後ろから、アサシンの体が優しく抱かれる。

 

「おかあさんはね、ジャックが無事に帰ってきてくれればそれでいいの。無事に帰ってきて、おかあさんただいま~っていう一言を聞けたら、それでいいの」

「......おかあさん......」

「うん。だからそんな悲しい顔をすることはないのよ、ジャック。あなたはライダーを倒して来たんでしょ? まずはそれを喜ばなくちゃ」

「......うん! そうだね! そうだよね!

 ありがとう、おかあさんっ」

 

 アサシンと、そのマスター。

 二人が赤のキャスターの作るトラブル祭りに巻き込まれるまで、あと数日......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「カグヤ! ライダー! 無事か!?」

「マスター! 助かったよ~......!」

 

 ライダーとそのマスター、ついでにキャスターがいるところに、アカを抱えたルーラーが到着した。

 ルーラープレゼンツでミレニア城塞内を絶叫アトラクションしたアカは顔を苦痛に歪めているが、キャスターもルーラーも気づこうとしない。

 

「き、君は......! どうして、ここにいるんだ......?」

 

 ライダーからの苦しそうな声が聞こえる。

 

「ライダー!? 凄い傷じゃないか、どうしたんだ!?」

「......アサシンだ。アサシンにやられた。僕も、マスターも......あはは、カッコ悪いところ見せちゃったね......」

「アサシン......」

「......一面が血の海です、相当激しい戦闘が行われていたのでしょうね」

 

 アカやルーラーから見たセレニケの部屋は、悲惨の一言に尽きた。

 家具や調度品は好き放題に荒らされ、壁は小さい足跡の形をした血で斑点模様にさせられ、床は血の海、それも一部は固まって鉄の臭いを発している。

 その血の海の中心部にいるライダーとそのマスター、誰がどう見ても重篤、命が失われようとしているように見えた。

 

「アカ! お願いします私のマスター! ライダーを助けるのに、協力して!」

 

 こちらも全身血まみれのキャスターに頼まれる。ただし彼女には足が霊体化している以外の傷が見当たらないので、その血はライダーやそのマスターの血であると見られた。

 

「カグヤ、俺からも頼む!」

「え......どういうことだ......私のマスター?」

 

「ご覧の通り、ライダーが私の言葉を信じてくれないの! だから事実を教えてあげようと思う!」

「事実......?」

「そう!」

 

 キャスターは立ち上がって、アカの左手をとり、そこにある令呪をライダーに見えるように向ける。

 

「アカ! 私は貴方にとっての何!?」

「あ、ああ。カグヤは、俺にとって命の恩人であり、今は一緒に戦ってくれるサーヴァントだ!」

「うん! で、そのマスターさんがさっき私に令呪を以て命じたことはなに?」

「覚えている。俺の友達、ライダーを助けに行ってくれ、だ」

 

「え......え......?」

 

 一つ一つ。

 アカの口から出てくる言葉に、衝撃を隠せないライダー。

 彼からすれば、信じて送り出したホムンクルス君が、何故か大人になり、キャスターと結ばれて帰ってきたと言うのだから、無理もない。

 

「......いや、まだだ。君はキャスター、催眠魔術かなんかで操ることだって......」

 

 ゆえに、受け入れないライダー。

 その様子に意を決したアカが、鼻と鼻が当たるほどの距離まで近づき、目と目を合わせて口を開く。

 

「ライダー、俺は操られてなんかいない。ここにきたのも、カグヤをキャスターとして俺のサーヴァントにしたのも、俺の意思だ。信じてくれ」

「......は、はいぃ......!」

 

 その言葉に、ライダーは心をうたれ――心なしか顔を赤くし――うんうんと頷く。

 

「よしっ......それでカグヤ、次はどうすればいい?」

「ん、そしたらこの薬を飲ますだけじゃん?」

 

 キャスターが手にしているのは、伝説の不死の薬。

 ゲームでいうところの1upアイテムであり、命を落としたときに一度だけ蘇生する奇跡を起こす。

 たとえ服用するのが死の直前であったとしても、この薬は問題なく対象を復活させる。

 

「あ、でもちょっと待って」

「どうした、カグヤ?」

 

 さっそく薬を受け取ろうとするアカ、しかしキャスターから待ったがかかった。

 

「うーんと、この場合だとライダーとそのマスターのどっちに飲ませればいいのかなーって」

「......どういうことだ? 二人に飲ませればいいんじゃないのか?」

「あー、言ってなかったっけ。

 いやー、実はこの宝具、一日に一個しか作れなくって......」

「..................」

「うん......作り置きもしてないから、一人しか助けられない......」

「「「.......................」」」

 

 カグヤの発言に、全員が固まった。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「終わったな」

「ああ、終わりだ」

 

 巨大なゴーレムだったものが、見る見るうちに生命力を減退させ、土へと還って行く。

 ここに、一つの願いが終わりを迎えたのだった。

 

「つーことだ。おい、そこの小僧。てめえが黒のキャスターのマスターか?」

「.....................」

「んだよ、なんか言えよ......何があったか知らねーけど、その辛気臭い顔をいつまでも続けてねぇで、今日はもう小僧らしく帰って寝ろ」

 

 言うだけ言って、赤のセイバー"モードレッド"は踵を返す。

 去り際にフィオレに一言だけ「マスターがお呼びだ」とだけ言い残し、体を霊体化させて去っていった。

 

「.....................」

 

 残されたのは、神話の戦いでもあったかと思わせる爪痕が痛々しいミレニア城塞と、黒の陣営の者たち。

 その中の一人、屋上に上がって悲痛の表情と共に空を見上げている、ロシェ。

 そこに、黒のアーチャーが近づいていく。

 

「ロシェ君......黒のキャスターからの連絡は?」

「......ないよ。なーんにも、なかった」

「そうですか......少々、お時間をいただけますか?

 黒のキャスターのことを、お話しします」

「......教えてよ。何があったの」

 

 太陽が登り始めるのを眺めつつ、二人は一人の魔術師についての話を始めた。

 

 

 

 

 

「では、城の修復はそのように......それと、セイバーには一つ頼みを聞いてもらいます。

 先ほど、赤のセイバーのマスターから話し合いの機会がほしいと連絡が入りまして、後ほど会うことと致しました。セイバーには、その際の護衛をお願いしたいのです」

「なるほど」

「赤のセイバーのマスターは獅子劫界離。サーヴァント共々油断のならない相手です。ですが、先ほど赤のセイバーと共闘していた貴方なら、問題なく務まる仕事だと思うのですが」

「問題ない。マスターの許可も出た。

 私が、あなたを守ろう」

 

 一方、戦いが終わってもフィオレは忙しいままで。

 ユグドミレニア、黒の陣営の代表として話をするために、城の修復から早々に離れていった。

 

 

 

 

 

『フィオレの護衛だ?......ふんっ、使い魔が、自分のマスターもいない場で他のマスターと話をするとはな』

『すまない』

『......好きにしろ』

『......承知した』

 

 ―――はあぁ~......。

 

 セイバーとの話を終え、ゴルドは復旧を終えたホムンクルス魔力供給装置の前で壮大にため息をつく。

 周りにいる、霧の出現のために城から避難させてきたホムンクルス達から"またため息か"という視線を送られようとも、ゴルドは気にすることはない。

 

「......こいつをこうして......へぇぇぇ......次はあそこだなぁ......」

 

 一つ一つ、できることを積み重ねていく。

 細かく悪態をつきながらも、ゴルドは働いている。

 

 

 

 

 

「ふう......」

「大丈夫か?」

「あ......はい」

「貴様は人間だ。ホムンクルスである我々よりもずっと弱くできている。無理はするな」

「いや......やれるだけのことはやらないと」

 

 カウレスは、ホムンクルス達とともに城の外周の修復を続けていた。

 腕力や体力ではホムンクルスの方が上を行く分、彼にはミレニア城塞への知識があり、頭脳面での働きをしている。

 

「......大変なことになっちまったな......」

 

 見れば見るほど、ミレニア城塞は酷い有り様だった。

 防衛や秘匿のための魔術は尽く吹き飛ばされ、外壁はボロボロ、特に大聖杯のあったあたりの損傷は凄まじく、ほとんど丸裸であった。

 これでは余計な侵入者が入ってもおかしくないな、とカウレスは己のサーヴァントと相討ちにした敵サーヴァントを思い出し―――

 

「......ん?」

 

 ―――待てよ?

 巨大なゴーレムから逃げ、ミレニア城塞にたどり着いたとき......

 

「......見間違いだろ。そんな馬鹿な......」

 

 頭を振り払い、彼は一瞬浮かんだ考えを振り払った。

 そんな、一度やられたサーヴァントが復活するなんて馬鹿なことはない、と。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「馬鹿なんですか貴女は!? そんな大切なことを今まで隠してきて!?」

「ひえぇ~! ごめんなさいぃ!」

 

 地下室に、ルーラーの怒号が響き渡る。

 

「カグヤ......その話は本当なのか?」

「うん......だから、その......一人しか助けられない......です......」

 

 キャスターの声が弱々しい。

 

「......そうなのか......そうだよね、そんな薬を何個でも作れたら、反則ものだもんね」

 

 そして、ライダーの苦し紛れに放った言葉が、一番弱々しく聞こえた。

 

「......ライダー、あなたに質問があります。

 あと何分間、存命できますか?」

 

 ルーラーが、何かを決心したようにライダーに問いかけた。

 

「ん......もってあと五分くらいかな......えへへ、どうやら令呪の力が後押ししてくれているみたいだ。キャスターを守れっていうのと、マスターを助けてっていうのの二つがね。

 一つ目がめちゃくちゃ下らない令呪なのがムカつくけど......うん、五分間は頑張れる」

 

 下らない令呪と言われたときにキャスターがピクンッとしたが気にしない。

 

「そうですか......でしたらその五分間に、自身が思う成すべきことを、お願いしたいのです」

「......驚いたな。ルーラーっていうのは心が読めるのかい?」

「いいえ、心は読めません。

 ただ、先の未来を啓示で見ることができたので......」

「......そっか。うん、わかった。

 自分の成すべきこと......そうだよね、僕はもう......」

 

 その言葉を聞き、ライダーは何かを()()し、同時に何かを()()()かのような顔で、アカを見た。

 

「アカ君、ていうんだよね? 今の君の名前は」

「ああ。アストルフォ、君の名前の頭文字を一つ貰った」

「......そうなんだ。えへへ、ちょっと嬉しいな......で、カのほうは......」

「俺のサーヴァント、カグヤから貰った」

「えっへん! アカのサーヴァントであるカグヤ様だぞっ!」

「......ねえ、なんでこんなやつとサーヴァント契約しちゃったの?」

「ねえねえライダーちゃん私に辛辣なのやめて」

「カグヤが死んでしまいそうになっていた。だから助けてあげたかったんだ」

「......そうか。バーサーカーにやられる前、キャスターはその薬を飲んでいたのか......」

「まあね♪......痛いっ!?」

 

 得意気に胸を張り、何故かビリっとして痛がりだすキャスター。危うく手に持った薬を落としかける。

 

「とっとっと......ふう、まあこの薬がちゃんと効くのは、この体で証明済みってね♪」

「......そうだね。それを僕が飲めば、恐らく僕は助かるんだろう」

 

 ライダーは、マスター不在でも活動できる"単独行動"スキルを、とても高いランクで保有している。その間にキャスターのように新たなマスターを探し出せばいいのだ。

 

「うん。だからライダーちゃん、早くこれを......」

 

 ライダーはキャスターから薬を受けとる。赤と青のカプセルに包まれたそれは何とも胡散臭い。カプセルといえば赤と青という人の集合無意識によるカラーデザインなのだろうか。趣味が悪い。例えばこれを服装にしてしまったら、百人中九十九人に変な服だと思わせるくらいに。残る一人はどこかの変な神くらいだろう。

 しかし、そこから感じる神秘は特上のもの。飲ませば間違いなく奇跡を起こすことができるだろう。

 

「......そうだな」

 

 カプセルを握りしめたライダーはそれを―――

 

 

 

 

 

 

 

「......もう悪いことはするんじゃないぞっ」

 

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「............へ?」

「...............」

 

 キャスターとアカが呆気に取られ、ルーラーは祈りを捧げるように目を閉じて俯き、ライダーは背を向けたまま動かない。

 

「........................」

「..................ふっ......」

「......ライダーちゃん?」

 

 しばしの静寂を経て、ライダーが振り向いて口を開く。

 

「......いいんだ、これで」

 

 諦めたような吹っ切れたような顔。

 その目からは、一筋の涙が流れていた。

 

「......僕が助かれば、この人が死んでしまう。それではダメだろう? この人を助けるためなら、僕はここで消えてもいいんだ」

「なんでよ、ライダーちゃん。そんな人のこと、気にしなくてもいいじゃん......アカ君も何か言ってやってよ」

「......何となく、その人からは嫌なものを感じている。俺も、その人よりはライダーに助かってほしかったと思っている。

 だってライダーは俺の命の恩人で、大切な友達で―――」

「―――それでもッ!!」

 

 ライダーの怒号が部屋に響き渡る。

 

「......それでも、この人は人間だ。今この時を生きている人間なんだ。

 そして僕はサーヴァント、過去の存在だ。どちらが助かるべきかなんて......比べるまでもないじゃないか」

 

 ライダーは空を仰ぐ。こびり付いた血糊しかない地下の天井の先に、ライダーは今日の朝日を見た。

 

「誰かに言われた気がする言葉を思い出した......僕たち英霊にとって、今を生きる人間たちは、誰であれ宝なんだ。僕たち過去の存在は、今を生きる彼ら彼女らのために走ったんだから......」

 

 ひらひら、と。

 ライダーの体から、脱落を示す青いカケラが舞って落ちる。

 

「......それが、あなたの......」

 

 今まで口を閉じていたルーラーがライダーに問いかける。

 

「うん。僕の、サーヴァント"ライダー"としての、成すべきこと......誰かのために消えるってのは、不思議と悪くない気持ちだ。あいつの気持ちがわかった」

 

 ライダーの脳裏に、鎧を着た大きな背中が思い出される。キャスターがいなければ、自分を犠牲にしてアカを救っていたであろう騎士の背中を。

 

「......ライダー」

「......ということで!......ごめんね、お別れだよアカ君。君を助けることができて、君が生きることの応援ができて、君は生きていいんだって周りも認めてくれて......君に、友達だと言われて、とても嬉しかった!」

「......ああ、ライダーは俺の、最高の友達だ」

 

 ライダーが最後の体力を振り絞り、アカへと近づいて、両肩を掴んで話をする。

 アカも、そのライダーとしっかり目を会わせて話をする。

 

「えへへ、嬉しいな......ねえアカ君、頼みがあるんだけど......?」

「なんだ、俺にできることなら何でも言ってくれ」

「うーん、君にできるかどうかは、君次第なんだけど......」

 

 ちょっと頭をかいてから、ライダーは言葉を口にした。

 

 

 

「勝て。君が、覚悟を持って聖杯戦争に参加した男なんだって言うのなら、絶対に勝つんだ、アカ。

 たとえサーヴァントがこんなやつだろうと、たとえ陣営が既にボロボロだったとしてもだ。そんなこと、負けていい理由にはならないぞ」

「......ああ」

「......ここから先に、僕はいない。これから先は、君が願いを叶える物語だ。君の望みのために動き、知りたいことを知り、挑戦したいことに挑戦し、立ち向かうときに立ち向かって......願いを叶えるんだ。

 ふふっ、もし負けちゃったら、僕は君を呪っちゃうかもしれないからな?」

 

 

 ニカッ、と。

 ライダーは笑い、続いてキャスターを見る。

 

「おい、キャスター」

「はい! キャスターです!」

 

 その目はかなりジトっとしていた。

 

「......おまえがアカ君のサーヴァントであることに、僕は非常に不満がある。疑問もある。不安もある。

......でもこの場では、応援が勝るよ。何とかアカ君と一緒に、この聖杯大戦を勝ち残って、アカ君の望みを叶えてやってほしい」

「......うん」

「できるか?」

「できるよ。私にだってアカ君のサーヴァントになった覚悟はあるんだから。

 見ててねライダーちゃん。私、絶対に、勝つから」

「......ああ、それを聞いて安心した」

 

 ライダーからカケラが溢れ続ける。

 既に彼の体は半透明になっており、残す時間はあと数秒。

 

「......それじゃあ、僕は―――」

「―――ライダー!!」

「おわぁ!? なんだい?」

 

 アカが一歩前に出て、ライダーの手を掴んだ。

 

「......また、どこかで」

「っ......うん。またどこかで会おう! アカ!」

 

 その言葉に、ライダーの両目から涙が溢れだす。

 その涙さえ、地面につく前にカケラとなって。

 

「えへへっ、次に会ったときは、一緒に世界を旅しようね!」

「ああ......約束だ」

「うん......じゃあ、またね―――」

 

 黒のライダー、アストルフォは、いろいろなものを貸しつけて、笑顔のまま消えていった。

 

 

 



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トラブルメーカーと竹取飛翔

 

 ~~ミレニア城塞~~

 

 

 

「......ということで、こちらが受けた損害はミレニア城塞の半壊。黒のランサー、バーサーカー、キャスター及びライダーの敗退。そして大聖杯の略奪。

 対してこちらの得たものは、赤のセイバー及び赤のキャスターの正式加入。ルーラーの暫定加入。赤のバーサーカーの敗退。

 事実をまとめると以上になります......」

 

 助けて永琳、助けて鈴仙、助けてもこたん――はいいや。

 それより、私が知らない間に戦況が大変なことになってるんです。一体誰のせいでこんなことに......

 

 

 それはともかく、今この場にいる人は、フィオレちゃん、カウレスくん、ゴルドおじさん、獅子劫さん、そしてマスターのアカ。

 そしてサーヴァントは、アーチャーさん(パンツさん)、黒のセイバーさん、赤のヤンキー(セイバー)、金のルーラーちゃん、そして私ことアカのキャスター。

 よっしゃ、何とか顔と名前を一致させたぞっ! このあと挨拶回りするときに名前を言えなかったら失礼だからね!

 

「......ロシェ君と、セレニケの状況は?」

「ロシェ君は、今はぐっすり眠っております。落ち着いてから、私から今日のことをお伝えしますので、ご心配なく」

「セレニケさん......だっけ? は私の宝具で生き返ったから大丈夫だよー。しばらくしたら目を覚ますんじゃないかな」

「そうですか、よかった......」

「何言ってんだッ! ちっともよくねぇ!!」

 

 ライダーちゃんのマスターは無事に助かったみたいだね。よかった......んだよね? うん、よかった。

 そんでもって......おお、怖い怖い。フィオレちゃんの安心をぶち壊したのは、みんな大好きゴルドおじさん。

 

「城の修理、新入りの教育、アサシンらしき襲撃者への対処に、空高く逃げられた敵への攻撃手段!

 なんだ! 問題は山積みじゃねぇか!」

「......ゴルドおじさま......」

 

 [速報]ゴルドおじさん、なんだかんだで現状を理解できている件について。

 

 なんだ、頭悪そうで意外とやるじゃん、ゴルドおじさん。

 でもね、和やかな空気をぶち壊しちゃった辺りが最高にゴルドおじさんだよ。安心したよ、ありがとう。

 

「......ゴルドさんの仰る通り、現状は決して良いものではございません。それぞれが適当に動き、勝手な行動をしていたのでは間違いなく我々は赤の陣営に......いや、天草四郎に敗北するでしょう」

「......天草四郎時貞......」

 

 アーチャーさん(パンツさん)がわざわざ言い直したってことは、私たちの敵はあの神父さんで決まりってことかな?

 いやー、確かにあの神父さんは胡散臭かったからねー。赤のケモ耳当たらん娘さんも疑ってたし、納得だわー。

 あ、獅子劫さんが手を挙げた。

 

「んーと、つまりそこのアーチャーさんが言いたいのは、よそ者である俺らにも、ちゃんとした連携をお願いしたいってことかな?」

「無論、そちらにも事情がおありなことは重々承知しております。その上でご協力を仰ぎたく思うのですが」

「ああ。俺ら二人の益になるもんなら協力させてもらうつもりだ」

「ご協力、感謝いたします」

 

 獅子劫さん、赤のサーヴァントとして協会に案内したとき軽く話したけど、見た目のわりにイイ人だよね! お父さん味があるっていうか。赤の陣営にいるときにやったアイドルを育てるゲームとかめっちゃ上手そう。

 

「......へー? 黒の陣営とお仲間ごっこしよってかマスター?」

「セイバー、話はあとだ。"今"はそういう話でいく」

「"今"......へいへい、了解っ」

 

 前言撤回。この人ワルイ人だ。

 赤のヤンキーさんと二人揃ってヤのつく自営業の人だよ。おっかねー。

 ていうか、赤のヤンキーさん、昔の()()()に似てるんだよね~。初対面で『父様をよくもっ』って突っかかってきたあの頃のあの子に。懐かしいなあ~。後でヤンキーさんにお父さんの話を聞きに行こうかな♪

 

「それと、アカ君とキャスターにも」

「勿論だ。俺らもユグドミレニアに協力する。カグヤもそれでいいか?」

「あっ、はい」

 

 アッハイ。

 話聞いてなかったけど、みんなで仲良くしようねって話だよね? 全然おっけーねだよ♪

 

「......もう、これは聖杯大戦なんてものじゃないな。

 天草四郎率いる人類救済陣営と、俺たちの、戦争だ」

「......そうですね」

「..................」

 

 うーん、私はもっと明るく楽しくいきたいんだけどな~。

 『さ~て! 第二次聖杯対戦っ、はっじま~るよおおおおお! どんどんぱふぱふっ♪』

 くらいなもんで!......だめですかそうですか。しくしく。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......キャスター、仲間になるという貴女にお聞きしたいことがございます」

「ぬ?」

 

 しばらく話してたら、私の話になって、ナウでパンツさんに疑いの目を向けられてます。コワイ!

 

「元より、赤の陣営を寝返ってまでこちらについた者として、赤のセイバーともども我々は貴女を大なり小なり警戒しています。

 そしてキャスター、貴女に関しては戦争当初から謎が多く、バーサーカーとライダーの敗退に深く関わっている要注意人物です。できれば、皆の前で話をしてもらいたい」

「ば、バッチコーイ......!」

 

 パンツさん目が怖いよぉ~......ふんだっ、それが人にものを聞く態度かっ。人にものを聞くときは謙虚な態度でって、先生に教わらなかったのかっ。

 

「では単刀直入に。私がお聞きしたいのは、あなたの()()()()()、そして()()についてです」

「おっ」

 

 おっ。

 

「アーチャー! それは......!」

「サーヴァントにとっては御法度、伏して然るべきもの。尋ねることそのものが浅ましく、失礼極まりないもの......そうだということはわかっています。

 ですが、あえて問いたい。聖杯大戦の初期から行動の真意が読めず、正体不明な貴女に」

「......だそうだ。どうなんだ、カグヤ?」

 

 うわー、これあれだ。

 パンツさん、怒ると怖い系の人だ......

 それはともかく、スキルに能力に出自っと。

 

「それくらいなら別にいいよ?

 真名は"×××"! でもこれ月の言葉だから、今はわかりやすく"カグヤ"って名乗ってて、その昔―――」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待て待て待て!」

「うぇ!? なになになに!?」

 

 ぶー、なんだよーカウレスー!? 人が景気よく話し始めたってのにー!

 

「そ、そんな簡単に話していいのか!?」

「ん、別にいいんじゃない? 私の正体がカグヤ、つまり"なよ竹のかぐや姫"ってことはもう知られてるわけだし、これからは仲間なんだから、スキルとかくらいいいっしょ♪ ねーマスター♪」

「ああ、俺は構わない」

 

 てか、仲間なんだから隠し事なんてしないと思ってたくらいだよ。そりゃあスリーサイズとか聞かれたら頭抱えちゃうけど、貴女は誰? とか、何処から来たの? とか、Youは何しにルーマニアへ? とかならいくらでも答えるよ。

 

「......そうなのか。なら、お願いしよう」

「おっけー♪

 それでは、まずはステータスから―――」

 

 ということで、私はサーヴァントとして与えられたステータスやスキルのほぼ全てを教え尽くすことにした。

 ステータスで筋力Bって言ったときだけ変なものを見る目をされたけど、それ以外は反応が薄かった。まあ幸運以外貧弱だからね。

 

「んで、クラス別スキルが道具作成と単独行動。つっても道具はあの薬しか作れないし、単独行動はランク低いから大したことないよ。

ほんで固有スキルってのは三つ。成長ってのと、魅了ってのと、トラブルメーカーっての」

 

 そんでもってスキル。

 言うても、成長はほぼ死にスキルで、魅了は同性相手に効果薄いし、トラブルメーカーは何が起こるかわかんないしで、全部何に使えばいいんだかパラッパラッパーケセランパサランなんだけどね。

 

「トラブルメーカー......」

「トラブルメーカー......」

「トラブルメーカーですか......」

「トラブルメーカーかあ......」

 

 ......トラブルメーカーだけやけに冷ややかな目で見られました。何か私やっちゃいました?

 

「これくらいかなー」

「......他には? 戦闘用のスキルや、宝具などは?」

「無いんじゃないかな―――」

 

 

 バチッ

 

 

「―――い゛た゛い゛!?」

 

 しびびびっ!?

 ......あー、 めんごめんご、貴女のこと忘れてた。

 

「......キャスター?」

「あー......カウレスくん、後でお話があるんだけど、いいかな?」

「?......別にいいけど......」

 

 ここは、元マスターの彼に聞いてみよう。

 正直私も、()()()()()()()()()()()()()も、なんでこうなったかわかんないし。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......大変なことになってるみたいだな......」

「そうですね、なんでこうなったのでしょうか......」

 

 ミレニア城塞、談話室。

 会議を終えたあと、アカとルーラーはこの場所で話をしていた。

 

「......アカ君、改めて問います。こんな状況になってしまった戦争のなかで、あんなサーヴァントと一緒に勝ち進む覚悟はございますか?」

「ある。問われるまでもない。俺はライダーに勝てと言われた。願いを叶えろと言われた。ライダーのためにも、俺自身のためにも、勝つ」

「......覚悟は硬いようですね。失礼しました」

「ああ。ありがとう、ルーラー」

「へ?......はいっ、どういたしまして」

 

 傍から見たら、良きマスターとサーヴァントの関係にしか見えない両者。

 だが残念、このマスターのサーヴァントの席は既に残念なやつが取ってしまっているのだった。合掌。

 

「敵は、天草四郎という者か」

「そのように考えて相違ありません。

 天草四郎時貞。第三次聖杯戦争を生き残り、受肉したルーラーのサーヴァント。それが彼の正体です」

 

 会議では、現状整理やアカのキャスターのことだけでなく、様々なことが話し合わされた。

 判明した赤のマスター、天草四郎の企み。

 黒のアサシンと思われる襲撃者のこと。

 敵の空中庭園への侵入方法。

 他には内政的なものがいくつか。どれもこれもが難しく、フィオレを筆頭に頭を悩まされていた。

 

「赤のセイバーとそのマスターは、どうして別行動なんか......」

 

 

『今日の会議はここまで。明日、セレニケとロシェを加えて改めて会議を開きたいと思うのですが』

『ああ、俺とセイバーはパスだ。あんたらユグドミレニアとは別行動をとりたくてね』

 

 

「おそらく、出身が赤の者であることを重く見て、黒の陣営と必要以上に関わることはすべきでないと判断したのでしょう。

 獅子劫界離、彼はフリーランスの賞金稼ぎを生業としていました。赤の陣営にいたころも単独行動をとっていたことから、元々馴れ合いを好まない性格なのかもしれません」

「......同じ敵を倒そうっていうのに、人は協力することができないのか......?」

「......アカ君、人の感情とは、理屈だけではどうにもならないことばかりなのです。少しずつ、少しずつ勉強していきましょうね」

「......ああ」

 

 生前に人を導いた者として、あるいは人生の先輩として、ルーラーはアカの支えになれればと強く思い、今もこうして、彼のサーヴァント以上に彼に寄り添う。

 その甲斐あって、不安そうだったアカの表情が、少しだけ柔らかくなった。

 

「アカ君、このあと一緒にトゥリファスを見て回りませんか?」

「......いや、すまない。これからカグヤと一緒に陣営のみんなに挨拶回りに誘われているんだ」

「......変なところで律儀なサーヴァントですね」

 

 一方、ルーラーは呆れさせられてばかりである。

 

「......でしたら、アカ君からキャスターに聞いてほしいことがあるのですが......」

「?」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「いやー、みんなイイ人だったね!」

「......そうだな。イイ人でよかった」

 

 黒の人たちへの挨拶回りも無事に(?)終わって、見せたいものがあるってマスターを誘ったお昼過ぎの地下室。

 

 

 

『パンクラチオンです』

『パンツライオン』

『パンクラチオンですッ!』

 

 フィオレちゃんとアーチャーさんは真面目な人だった。でもアーチャーさんの名前はパンツさんじゃなかった。ちょっと怒らせちゃって、追い出された。

 

 

 

『ちょっと手貸して』ニギッ

『な、なんですか......』

『バーサーカーちゃんマジック♪』ビリッ

『いって!? 何するんだよ! 出てけ!』ポイッ バタン

『開けてよぉ~、ちょっとしたいたずら心だったのよぉ~......!』

 

 カウレスくんは頭がいい人そうだった。バーサーカーちゃんのことを伝えようとしたんだけど......失敗しちゃった♪

 明日にでもちゃんと伝えようと思ってる......思ってるよ?うん思ってる。

 

 

 

『まさか、あんたとも同じ陣営になるとはな。何かの縁だ。よろしく頼む』

『よろしくお願いしまーす♪』

 

 獅子劫さんは協会に案内したときと同じように気楽に接してくれたよ。ヤのつく自営業の人ってあんな感じなんだね。

 でね、行けると思って赤のセイバーさんにお父さんの話を聞いたら......

 

 

 

『ねえ赤のセイバーさん』

『ん? あんだ?』

『お父さんはどんな人だった―――』

『ッ!!』ミシミシッパキッ

『ヴェ!?』

『......気安く、父上に関わろうとするんじゃねぇぞ!』

 

 グラスをパキッとやったセイバーさんにあっちいけシッシされました。逆鱗に触れたって感じ。やっぱヤンキーだった。でも父上呼びはちょっとホッコリした。

 

 

 

『ゴルドおじさんはどんな魔術を使うんですか?』

『錬金術』

『へぇ~、よくわからないですけど凄いですね。セイバーさんも強そうですし!』

『そうか』

『はい~......えーっと......』

 

 ゴルドおじさんと黒のセイバーさんとは、結構淡々とお話しした。仕事してるみたいだったし、迷惑だったかなーと思ったんだけど......

 

 

 

『手を貸せ』

『ん? ビリッとする?』

『そんな危険なことせんわい......いいからよこせ』

『ふぁっ......お? なにこれ? どこからか魔力が送られてくるよ?』

『完了だ。ふん、もう出ていっていいぞ』

 

 なんと、私が魔力貯水槽から魔力を得られるようにしてくれていたみたい! 今はまだ全盛期の二割くらいしか出力を発揮できてないけど、頑張れば七割くらいまで修復できるんだって! ゴルドおじさんすごーい。

 

 

 

「うんうん! みんなイイ人だ!」

「ああ......本当にみんないい人で良かった。

いい人じゃなかったらぶっ飛ばされてるからな......」

 

 アカ君も安心したんだろうな、息を長く吐いてるよ。良かった~、アカ君の周りにワルイ人が近づくようなことがないか、お姉さん心配してたんだからね?

 

「......カグヤ、一つ聞きたいことがある」

「はいはい! なんでしょうか!」

 

 何だか改まって質問された。別にそんな畏まらなくても、私は君の質問にならいつでも正直に答えるよ♪

 

 

「カグヤ、貴女は、飛べるのか?」

 

 

 ......あちゃー、そうきたか~......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

『我々の陣営が天草四郎の空中庭園に乗り込むとき、一番の懸念事項は何だと思いますか?』

『多すぎてわからないが......空を飛ぶ戦力がないことか?』

『その通りですカウレスくん。元々黒の陣営には、この世ならざる幻馬ヒポグリフを持つライダー以外の飛行戦力がありませんでした。そしてそのライダーが倒されてしまった以上、現状の我々には飛行戦力がありません。

 この状態であの空中庭園と真っ向から戦おうものなら、防御を一切合切気にしなくていい赤のアーチャーとライダーとランサーの猛攻に加え、アサシンの城塞さえ物ともしない魔術砲撃を浴びることになります。』

『アーチャー、そんな中を我々が飛行機数十機のみで切り抜けられる方法はありますか?』

『はっきり申します。存在しません。

 私の弓とて、ライダーを射抜くには時間と根気を必要とします。その間に足場である飛行機を容赦なく攻撃されるでしょう。

 黒のセイバーなら赤のランサーを相手できるでしょう。しかし、魔力放出を持ち空を翔るランサー相手に、飛行機という限られた足場では不利なことに違いありません。

 そして何よりも恐ろしいのは、赤のアーチャーの持つ対軍宝具です。あれを止められる術の無いままに飛行機で空中庭園に近づくことなど、自殺行為としか思えません』

 

 

 

「ルーラーから聞いたし、俺自身も気づいた。

 カグヤはあの話をしていたとき、何かを言いたそうにしていた、と」

 

 う、顔に出てたか。

 そりゃあ、ねえ。元の体ではあの子とドンパチやるときにブイブイ飛びまくってた身として、言いたいことはあったよ。元の体を持ってこれたらな~って。

 それに、ちょっとした心当たりもあったし。

 

「そしてルーラーと共に話をしていて、赤のランサーが魔力放出で飛んでいたという話で思い出したんだ。俺とカグヤがサーヴァント契約する前に、カグヤも魔力放出で突っ込んで来ていたことを」

 

「お久しぶりいいいいいいい!!」

『 我 が 神 は こ こ に あ り て 』(リュミノジテ・エテルネッル)

 

 カーン!

 

 そんなこともあったねぇ......

 

「改めて問う―――カグヤ、貴女は飛べるのか?」

「..................うん、飛べる」

 

 まさにさっきアカ君が言ってた話。あのときにいろいろ考えてた。カグヤとしての力、バーサーカーちゃんの力、そして"私"の力を組み合わせれば、飛べるんじゃないかなって。

 アーチャーさんが言ってた。天草四郎を倒すには、飛べる人が必要だって。そしてアカ君もそれを求めているし、私自身ライダーちゃんと勝利を約束した。

 

 ごめんね永琳。これは、隠してはおけないよ。

 私の秘密、幻想の力を。

 

「......そうだったのか、それなら―――」

「―――さて、そんなアカ君に問題です!」

「―――え?」

 

 うっしゃ! 折角のお披露目、楽しくアゲアゲで行こうじゃないの!

 

「ででん! 私はなんでアカ君をこんなところに呼んだんでしょうか!」

「......わからない」

「うん、だよね!

 じゃあ、ここはどんなところですか?」

「......何もない地下の一室だ。日も射さず、床だけは舗装されてしるが壁はただのコンクリート」

「その通り!」

 

 うむ、実にその通りだよアカ君♪

 ここは日の射さない―――もっと言えば月の光も届かない―――ただの空間。

 

「私がアカ君をここに呼んだ理由......それは、私の()()を見せたいから」

「本気......?」

「そうだよ。これがサーヴァント"()()()"と、"()()"の合わさった私の本気―――目を瞑っちゃ、やだよ?」

 

 自分で開発して自分で名付けたこのスキル。ぶっつけ本番でアカ君に見せちゃう五秒間。

 行くぞ、アカ君。魔力の貯蔵は充分か?

 

 

「月など届かぬ、不死の輝き―――

 

―――"狂姫"! そして、"竹取飛翔"!」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「いらっしゃい、アカ君」

「......こんにちは」

「珍しいですね、アカ君が私の部屋にいらっしゃるなんて。もしかして忘れ物がございましたか?」

 

 それは昼過ぎのことだった。

 少し前にキャスターとともに挨拶回りに来たアカが、再びフィオレの部屋を訪れた。

 

 

「フィオレさん、頼みたいことがある」

「......はい、なんでしょう」

 

 どこか表情が真剣なアカの様子、いったいどんな真面目な悩みがあるのか、フィオレも緊張に顔を強ばらせる。

 

「食べ物がほしいんだ」

「......はい? 食べ物、ですか?」

「ああ、食べ物だ」

「......それだけですか?」

「ああ」

「..................」

 

 そんだけかい、と。

 フィオレは安心を通り越して呆れた。

 

「......わかりました。どのような食べ物ですか?」

「助かる。なんでもいいから、とりあえずカロリーが高めのものを五千食、と言っていた」

「......はい? 五千食、ですか?」

「ああ、五千食だ。地下の一室に運ぶまでお願いしたい」

「......そんなにですか?」

「......そんなに、らしい」

「..................」

 

 最初は、てっきりアカ君のお腹が空いただけだと思っていたフィオレだが、話を聞くにあのキャスターの頼みごとだそうだ。

 そんなにかい、と。

 フィオレは呆れを通り越して笑えた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 ~~時はキャスターの本気終了時点~~

 

 

 

「よっ、と。どんなもんよ?」

「す、凄かった......」

「でしょでしょ? でもマスターの魔力供給も凄かったよ~って......ありゃりゃ目が回る......」

 

 竹取飛翔、うまくいきました!

 これなら実戦でも使えそうだね!

 

「大丈夫か?」

「う~ん、多分大丈夫~......それでねマスター、私はこれから陣営のみんなを呼んでこれを見せようと思うの」

「そうか」

「うん。でもその前にちょっと休憩する。お姉さん目が回っちゃって......その間にマスターには、フィオレさんに頼みを言ってもらいたいんだな」

 

 うん。ちょっと魔力が欲しいからね。

 ()()()()()()()()()

 

「あと、この部屋もらうってのも言っといて! 」

「もらう......? 何に使うんだ? カグヤも自分の部屋はもらっているだろう」

 

 うん、赤の陣営にいたときに負けない部屋をもらったよ。でも私はこの地下深くの暗い部屋がいいんだ。

 月の光が射さない、広いだけのどこにでもありそうな地下室だけど、だからこそ、私の()()には相応しい。

 

「アカ君! 今日からここを、アカのキャスターである私の"工房"にします!」

 

 

 

 



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トラブルメーカーとお留守番

 

 

「.....................」

 

 焔の少女、藤原妹紅。

 大平洋横断を半ばに力尽きて着水し、二十七回の溺死と三十二回の衰弱死、そして捕食されての脱出のための自爆死を六回ほど経験しつつも、何とか北アメリカ大陸にたどり着いた。

 陸さえ繋がっていればこっちのもの。橋の下で一晩爆睡して完全回復した妹紅は、わからない言葉や文字に翻弄され、お金がないことで問い詰められて、某米国中で犯罪行為をするゲームに近いことをやりつつも、何とか大陸の東端まで到達した。

 

 

 zabaaaan............zabaaaan............

 

 

「......潮風が気持ちいいぜ......」

 

 そして、眼前に広がる大西洋(第二ラウンド)。

 『口元に 滴り落ちる 水蜜よ 潮水よりも 塩を応うる』

 と、後に妹紅は輝夜への頭グリグリの刑とともに訴えたという。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「なあ姐さん」

「我が名はアタランテだ」

「姐さんの目から見ても、俺って斥候(せっこう)に向いてねえか?」

「そうだな。私が知る者の限りでは下の上といったところだ。もっともアルゴノーツの者たちを含めての話だが」

「父上らと比べられてもなあ、誉められてんだか貶されてんだか。じゃあ赤の陣営でいったらどのへんだ?」

「最下位だ」

「......へへっ、正直に話してくれる姐さんは「最下位だ」............」

 

 赤のアサシンが操る空中庭園、そのバルコニー。

 アサシンの転移魔術で地上に向かおうとするアーチャーに、ライダーが見送ると言ってついてきた。

 

「いいかライダー。斥候というのは―――」

「わかってるわかってる。どうせ『汝には自分を抑える力ガー』とか『姿を隠すという基本姿勢ガー』とか言いたいんだろう。まさにその通りだろうからいちいち言ってくれるな」

「......身の程をわきまえてるな。では行ってくる」

「おう、気を付けてな」

 

 こうして、正史通り赤の陣営からはアーチャーが斥候としてトゥリファスに向かうことになった―――

 

「―――さて、()()()

 

―――だが、ここに一つのイレギュラーが発生した。

 

「待ってろ、カグヤ。最速で助けに行く」

 

 天草四郎は言った。赤のキャスターは一度敗退し、何故か生き返って、今は黒の陣営についている、と。

 赤のライダーは考えた。赤のサーヴァントとしてあれだけ楽しそうに過ごしていたカグヤが、そう簡単に寝返るものか、と。

 拘束され、拷問され、魔術的契約でもされて仕方なしにあちらについているのでは、と。

 

 

―――許さねえ

 

 

 そこまで考えた―――考えてしまった大英雄は、ハラワタ煮えくり返る思いを胸に、単身ミレニア城塞への突撃を決意したのだった。

 

 

 

疾 風 怒 濤 の 不 死 戦 車 (トロイアス・トラゴーイディア)ッ!!』

 

 

 

 赤のライダーは知らなかった。

 赤のキャスターがそこらへんを何も考えずに自ら志願して黒の仲間になったこと。

 赤の陣営と対立すること、昔の仲間と対峙し、故あれば倒すことに、何のためらいもないこと。

 そして何より、彼女のもつスキルに、自身が影響されまくりなことを。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ここが......」

「はい。黒のアサシンに殺められたと見られる、ユグドミレニアの協力者だった男の家です」

 

 話は前回の翌日、黒のアーチャーが指揮する黒のアサシン捜索に移る。

 キャスターが要求してきた五千食は、不幸にもちょうど手が空いていたカウレスが一晩でやってくれた。そのときに少しキャスターと話をしたらしく、何やら考え込んでいるところが目立つカウレスである。

 

「なら、とっとと始めましょう。城で"カグヤ様"が待ってるわ」

 

 そう言うやる気マンマンのウーマンは、なんとセレニケ。

 "カグヤ様"などという違和感バリバリのワードを言いはなった彼女だが、これにはワケがあり......

 

(セレニケさん、ショックでおかしくなったって聞いてたけど、本当みたいだな......)

(アサシンに追い詰められ、一度愛して捨てた自分のサーヴァントに助けられ、そのサーヴァントも失い、後には"魅了"によって執着しているキャスターのみが心の拠り所......ということでしたよね、アーチャー)

(はい。生と死の狭間であまりに多くの感情を持った結果、人格にまで影響が出てしまったと見ています。

 今の彼女はああ見えて精神的に不安定です。くれぐれも今の彼女を否定したり、拒絶したりといった姿勢を見せないでください)

((わかりました......))

 

 まあ、そういうことである。

 

「ごほん。では、対魔力を持つ私が先行します。合図をするまで待機していてください」

 

 そして今に至り、魔術師の工房に入るということでルーラーが乗り込む。

 セレニケ、カウレス、アーチャー、ルーラー。この四名が本日のアサシン捜索隊である。残るフィオレ、ゴルド、ロシェ、アカ、セイバー、そしてキャスターはお留守番である。

 フィオレは脚が悪く、ゴルドは貯水槽の調整、ロシェはまだ精力的に動く気分にはなれず、アカとセイバーは城の修繕をしている。

 そして、キャスターはというと......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「よっしゃあ!! いっちょ上がり!! 赤の陣営にいたときにクリアしてなかったやつ、ぜーんぶやったったわ! アッハッハッハ!!」

「何これ......へえ、町中で犯罪行為をするゲームかしら? 法規的に問題ありそうなゲームね。よし、キャラクターネームは"Mokou"っと」

「たまにはこの"すーぱーふぁみこん"のほうもやってみましょう。どれどれ......千回遊べるゲーム? ほう、この私に向けてそんな永遠チックなことを言うワケね......上等じゃない!!」

 

 キャスターは、カウレスから借りたパソコンを駆使し、極秘で密林からお急ぎで仕入れた大量のゲームとたわむれていた。

 実は彼女、カウレスの部屋に挨拶に行ったときに......

 

『ん? その密林ってなあに?』

『ああ、このサイトか。簡単に言えばネットのお店だ。この画面にあるものを注文すれば、ここまで届けてくれるんだ』

『うわー、すっごい! 私もやりたい! 教えて♪』

『......まあ、いいだろう。ただし、無駄遣いはするなよ? ネット上で手軽にできるけど、お金はかかるってことは覚えておくんだぞ?』

『はーい♪』

 

 なんてやりとりをしてしまった故に......現在カグヤの工房もとい汚部屋には、棚にバイキングのように並べられた五千食分の食事と、人をダメにしそうなソファー、そして山のように積まれたゲームのパッケージソフトと、それを起動するゲーム機と画面を写すスクリーンがある。

 

「わっはっはー! "永遠と須臾"さえ使えれば、こんなもんよ!」

 

 しかもこの部屋は月の光が届かないので、夜中でも永遠と須臾の能力が使いたい放題ときたものだ。

 永遠とは読んで字の如く。カグヤはこの部屋の空間を切り取り"永遠"として、時間を止めた。

 そしてその中で活動をする、つまり止まっている時間の中を動くという矛盾を覆すための"須臾"の能力まで彼女は有しているということだ。

 

「お次は~......なにこれ、しぇんむ~?

 の前に~、お食事ね!」

 

 キャスターは工房にて最強というが、この部屋にて彼女は確かに無敵だった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......これで十件目。拷問された形跡は、無しね」

「......そんな馬鹿な」

 

 こちらは黒のアサシン捜索隊。

 アサシンに殺されたと思われる者の工房を訪れ、そこにあった魔術師の亡き骸に黒魔術を駆使。亡き骸の記憶を追うことで、とある謎を解こうとした。

 その謎とは一つ、"黒のアサシンと思われる存在はどうやってミレニア城塞に侵入したのか"。

 

「セレニケさん、それは本当ですか?」

「嘘はつかないわよ。残留思念の再生にも問題は無かったわ。アサシンと見られるやつは、魔術師への拷問とは別の方法でミレニア城塞への侵入方法を見つけたと見て間違いないわ」

 

 それが、殺された魔術師全員を調べ尽くして、わからなかったのだ。

 彼ら魔術師は侵入方法を聞き出そうとアサシンに拷問されたがために殺されたと決めつけていたカウレスら一行は、驚きの色を隠せない。

 

「何か、他にミレニア城塞への侵入方法を知っている人がいたか、もしくは何かスキルや宝具で侵入したのか、考えられるのはこの二つね」

「スキルや宝具で侵入されている場合、対策のしようがありませんね」

「対策できないものを考えてもしょうがない、か」

「はい。私もそう考えます」

 

 とはいえ、他にミレニア城塞への入り方を知る者など思い付かない。

 四人の考えは、ここで行き詰まってしまった。

 

「......一度、城に戻りましょう。これ以上ここにいてもアサシンにとって良い獲物になるだけです」

「アーチャーに賛成。物的な手掛かりが無いなら話が変わるもの。追跡調査用の魔術や道具を準備するわ」

「そっちの方向からの調査はセレニケに任せる。俺はこれまでの調査から、アサシンと思われる者の情報を洗い直して、真名を特定してみようと思う」

 

 だかしかし彼らは魔術師。あの手この手と可能性を探れば、やりようはいくらでもあるのだ。

 

 

 

―――なるほど。神父の言ってた通り、黒の者たちはまずアサシンへの対処を優先するようだな。

 さて、私の取りうる選択肢だが......アサシンを泳がせ同士討ちを狙うか、厄介なことになる前に見つけ次第私が討つか......今はまだ判断のときではないな。

 

 

 そんな彼らを物陰から見るものが一人。

 赤のアーチャー、アタランテである。

 赤を代表して斥候の任務に付いた彼女は、狩人として鍛え上げた目と耳でもって、黒の者に気付かれぬように聞き耳をたてていた。

 

 

―――しっかし......まあ......

 

 

 そんな彼女の、脳裏にこびりついて離れない不安要素が一つ。

 

 

―――果たしてあの韋駄天バカは、大人しくしてくれているのだろうか......

 

 

 そんな彼女の心配を嘲笑うように、ミレニア城塞に轟音と共に現れ、バカでかい声を荒らげた者が一人。

 

 

「ユグドミレニアのバカども!! 預けた赤のお姫様は何処や!! 取り戻しに来たぞッ!!」

 

 

 赤のライダー、アキレウスである。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ゴルドおじさま! 黒のセイバーを早く!」

「もう向かわせとる! 全く、いきなり何だと言うんだ!」

「すぐにアーチャーを呼び戻します! それまではお願いします!」

「セイバー! 頼むぞ!」

 

 赤のライダーの余りにも突然の襲来に、黒の陣営の者はてんやわんやである。

 現在城にいる戦力は、サーヴァントが二騎にホムンクルス戦闘兵とロシェのゴーレムくらいのもの。

 それも、ホムンクルス戦闘兵が赤のライダーに敵わないことは明らかで、ロシェのゴーレムもアヴィケブロンのような高度なものではない。

 そしてサーヴァントの内の一人であるアカのキャスターは使い物にならないことがわかってるため、必然的にライダーの相手をするのはこの騎士、黒のセイバーであった。

 

「......赤のライダー、真名()()()()()。何用だ、ここにはもう貴殿の求める聖杯は無い」

「ハッ、俺が求めてるのは生前も今もただ一つ! 英雄として生きることだけだ!

 黒のセイバー、真名()()()()()()()! 互いにデカイ弱点を抱える者、ここで一発お前に勝って、赤のキャスターを取り戻すとしよう!!」

 

 ジークフリートは天草四郎の真名看破によって、アキレウスは黒のアーチャーによって真名を見破られ、既にそれぞれの陣営に周知されていた。故にジークフリートは背中が、アキレウスは踵が弱点だということも。

 セイバーは両手で持った剣を正眼に構え、ライダーは戦車を霊体化させて短槍を取り出し先端をセイバーに向ける。

 フィオレとゴルド、さらには多くのホムンクルスたちが固唾を飲んで見守るなか、遂に戦いの火蓋が切って落とされ―――

 

 

 

―――赤のキャスターを取り戻す??

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「もーちょい......もーちょいで......!」

「カグヤ!」

うわぉ!?......その声はアカ君か、どうしたの?」

 

 ぐっはあ! 一瞬の隙を突かれてブレス攻撃!?

 ハンターくんが死んだ! この人でなし、もといモンスターでなし! あーもういったい何なのよ、あの空飛ぶエリマキトカゲは!? 私の考えた最強の"双剣うぇ~い戦術"がまるで通用しないやないかい!......これはもう一度作戦を考え直したほうがいいかなあ。なんか耳がデカかったし、音の出る武器とか探してみようかな~。

 

 ってなわけで、アカくん用事はなあに? 何やら厄介なものを持ってきちゃったみたいだけど......

 

「赤のライダー、アキレウスが攻めてきたんだ!」

 

 わーお、ライダーのにぃちゃん豪快!

 んーでも聖杯はもう盗られちゃったんだよね、何が目的で来たんだろ? 暇つぶし? 遊びに来たのかな?

 とりあえず、まずは一番大事なことを聞いておこう。

 

「うーんと、アカくん。今って聖杯盗られちゃった日から何日後の何時何分?」

「えっと......聖杯盗られたのは昨日のことだろ? それで時間はちょうど正午の頃だ」

 

 うわ、マジで?

 私のゲームと食事に費やした()()も皆には須臾の間の出来事ってことか。孤独を感じちゃうなあ。泣けてきちゃうなあ。

 

「そっか、なら―――それが貴女の死亡推定時刻ってことで♪」

 

 

 狂姫

 

 

 竹取飛翔

 

 

 

「っ!? カグ―――」

 

 

 

「ひやっ!?」

「......あちゃー、外した。一回くらい()()()()ってやつを逆に奇襲してみたかったんだけどなあ」

 

 そう思わないかな?

 アカくんの後ろに着いてきてた厄介なもの、もといアサシンちゃん?

 

「......いきなり殴りかかってくるなんて、ひどいことするね」

「ライダーちゃんにブスリとやっちゃった貴女には言われたくない!」

「あれ? どうしてそれが私だと思うのかな? かな? そんな証拠はどこにもないのに? 変だよね? おかしいよね?」

「惚けないのっ。たとえ記憶に残ってなくたって、ライダーちゃんをコロコロする人なんて貴女しかしないんだから。

 私は元々赤の陣営にいた。そこにいたアサシンは空中庭園で胡座かいてるやつだった。

 他に暗殺する人の候補が思い付かない以上は、加害者は貴女で決まりだよ!」

 

 ビシッ、と指さしてやるんだからっ。ふんっ。

 

「......消去法、か。うーん、あんまり美しい見つかりかたじゃなかったなあ。ガッカリ......」

「うるさいわ。こちとら絶世の美女なんだから、多少やり方が汚くても見て見ぬふりしてくれるんじゃい。

 アカ君、今の内に逃げといて。できれば外から扉に鍵掛けちゃって」

「あ、ああ。わかった。

 カグヤ、死ぬんじゃないぞ!」

「ん、りょーかい!」

 

 ガチャ、と扉閉めてやるんだからっ。ふんっ。

 

「......へー? 自分から密室殺人を希望してくるの? お姉さん変わった人だね!」

「あら? 嫌いになっちゃった?」

「んー、全然? お姉さんのことは大好きだよ♪

 "魅了"かけてお姉さんのこと探しやすくしてくれるとことか、男に穢されてない綺麗な死体ができそうなとことか。あと、お姉さんからは二人分の女の人の反応がするから、二倍の解体欲求がするところとか!」

 

 カチャ、と凶器構えられたんだから。ヒエッ!

 モワッ、と霧が立ち込めてきたんだから。コワイ!

 

「なんかもう勝った気でいるところ悪いけど......今日の私は一味違うよ?

 ここは密室。姫が地上からも月からも身を隠すための完全なる密室。いわばシンデレラケージ。

 いらっしゃい、後ろの正面の来訪者さん♪ 私の退屈を忘れさせてくれたら、お礼に密葬してあげる♪」

 

 ビシッ、と決めてやるんだから。来イッ!

 バチッ、と電気走ってるんだから。イタイ!

 

 

 

......あれ、そういえばなんでアカくんはここに来たんだっけ......まあいいや♪

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 "アカのキャスター"能力更新

 

 

 【マスター】アカ

 【クラス】キャスター

 【真名】:×××(地上の言葉で発音不可能)

 【中身】:蓬莱山輝夜

 【属性】中立・狂

 

 【ステータス】

 筋力:B 耐久:D+ 敏捷:D+ 魔力:C+ 幸運:A 宝具:A

 

 カグヤの持つ"成長"スキルにより、元が低かったステータスが上昇している。現在カグヤが成長に使ったのは、大量の食料を元に生成した魔力と、一年という時間。

 

 

 

 【クラス別能力】

 陣地作成:ー キャスターとしての能力だが、自らの手で住み処を作ったことがないことから適用されず、失われている......が、カグヤはそんなの知るかと陣地らしきものを作ってしまった。

 

 

 道具作成:ー(A)キャスターとしての能力。自らの手で道具を作ったという話が無いので失われているが、下記宝具を作成するときに限り、Aランク相当の力を発揮する。

 

 

 単独行動:D 姫としての自由さ、貴族に言い寄られても結婚しなかったことなどからアーチャーでないが獲得している。マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。Dランクなら一日の半分ほどは現界可能。

 

 

 

 

【固有スキル】

 

 成長:C 子供だったカグヤが竹のように急成長したことから獲得。時と共に自身のステータスが上昇する。使用する魔力量に比例して上昇速度が上下し、アカをマスターに迎えた現在は、おおよそ五百日でワンランクアップ。もしイリヤがマスターだと百日程度まで速くなる。"永遠と須臾"が無ければ間違いなく死にスキルになっていた。

 

 

 魅了:B 平安中の貴族をたちまち虜にしたことから獲得。異性からの敵意を和らげ、自分への守護意識と仲間意識を植え付ける。悪化すれば言うことを何でも聞く下僕と化す。幸運判定で回避可能。何故か同性相手にばかり効いているあたり流石トラブルメーカーである。

 

 

 トラブルメーカー:A 彼女に関わったもの全てが何らかのトラブルに巻き込まれていることから獲得。意図してかせずかに関わらず、接した者は近いうちに何らかのトラブルに巻き込まれる。幸運判定で回避可能だが、カグヤのスキル"魅了"に当てられている者は回避不可能。全ての元凶。

 

 

 狂姫:B 幸運判定、トラブルメーカー、『五つの難題』......様々な要素が組み合わさり、結果としてカグヤの中にバーサーカーがインストールされたことで発現したスキル。

 バーサーカーの持つスキルや宝具を使用可能。ただしカグヤの体はバーサーカーの力を発揮するのに最適では無いため、Bランク以上の力は発揮できない。また、使用中のカグヤにはDランクの"狂化"が強制的に付与される。

 

 

 竹取飛翔:A "狂姫"に"永遠と須臾"の力を組み合わせて発動。電気を身に纏い、魔力放出(電)による直線的な超加速と超減速を急速に繰り返すことで、目に見えぬスピードで空を飛ぶ。さながら電光石火の如く。

 魔力放出(電)のタネは"狂姫"によるガルバニズムである。ここまでスキルを同時に使うこの竹取飛翔、燃費が凄く悪い。しかしマスターがアカなので、カグヤは安心してバンバンこのスキルを使うのであった。

 

 

 

 補足:宝具『五つの難題』はここまで三回使用。一回目は戦いに行こうとする天草四郎に。二回目はバーサーカーとの合体のとき。三回目はアカとの再契約のとき。

 バーサーカーとカグヤの合体は、正史のジーク君とすまないさんのようなものです。ちゃんと言えば、磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)でカグヤの中に作られた[第二のフランケンシュタイン]の器に、何故かフランちゃんご本人が入れられた状態、という風な設定です。意識も有りますし感情も持ってます。

 あまり本編に影響しない裏設定なので、そーなのかーって軽く受け止めてもらえればと思います。

 



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トラブルメーカーと奇襲

 

 

「そらそらそらぁ! その程度かセイバー! 動きが止まって見えるなあ!」

「......っ......!」

 

 城塞から離れ、二人の戦場は森の中へと移っていた。俊敏を武器に四方八方から攻撃を仕掛けるライダーと、それを頑丈な防御でいなすセイバーのぶつかり合い。その苛烈さは、まさに大英雄同士のもの。周囲の木々など、紙も同然として吹き飛ばされていた。

 

「......踵以外を神々に守られし肉体とは、何とも厄介だ」

「ハッ、そういうお前さんの体だって滅茶苦茶な堅さしてんじゃねえか。まるで鎧を突っついてるみたいだぜ」

 

 セイバーはライダーへの有効打がなく、またライダーもセイバーの背中には傷一つつけられていない。

 

 

―――厄介な相手だ。背中さえ狙っちまえばいけると思ってたが、背中に集中するとその隙を見て踵を狙って来やがる......あのランサーが手こずるわけだ。

 

 

 ライダーからしてセイバーに勝てていない理由はそこだった。

 邪竜墜としの大英雄、ジークフリート。いくらアキレウスが俊足の英雄とはいえ、そう簡単に背中をとれる相手ではなかった。

 

 

―――やはり真名は知られていたか。勝つのは難しい相手だが、時間を稼ぐくらいなら可能だ。アーチャーさえ来れば、戦況は逆転する。

 

 

 そして、セイバーはただ時間さえ稼げばよい。

 これが一対一のデスマッチであれば話は違うかも知れなくとも、これは聖杯大戦であり、一人で真っ正面からぶつかる必要など有りはしない。

 即ち、フィオレとゴルドから何度も指示が来ているように、アーチャーが来るまでの時間さえ稼げればよいのだ。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......っ!」

 

 

 ヒュン!

 

 

「.......時間稼ぎか」

 

 しかし、それは黒のアーチャーに対しても同じことが言えた。

 マスターから連絡を受け、トゥリファスから突然飛び上がるように離脱した黒のアーチャーを、追手は森から逃がさなかった。

 

『マスター、悪い報せです。敵のアーチャーと思わしき存在に足止めをされており、到着までに時間を要します』

 

 

 ヒュン!

 

 

「っ!......カウンターも手応えなし。弓術での中距離戦闘に長けていますね......」

 

 追手、即ち斥候中であった赤のアーチャーによる足止めはとても上手い。森という戦場での強さには自信がある黒のアーチャーだが、相手はそれを上回る技巧の持ち主と見える。

 弓をこちらに向けて射るその姿さえ、物陰に隠れて見つけることができない。

 

「......()()

 

 そして素早く、身軽な獣のような戦闘スタイル。そして空中庭園で一度見た、アーチャーと思わしきサーヴァントの姿。

 真名に、おおよその検討がついた。

 

 

 ヒュン! ヒュン! ヒュン!

 

 

「っ!?......このままでは危険ですね。令呪をお願いして......いえ、まだそのときではありませんか......」

 

 得られるものは得た。後はさっさとこの場から離脱して......といきたいところだが、生憎とその望みが叶わない。

 敵の姿は未だ視認できず、しかしとて矢は飛来する。

 草木も音は立てず、しかしとて風切り音は木霊する。

 

「......ルーラー、もしかしたら貴女のほうが早く城に着くかもしれません。そのときは、私の弟子をよろしくお願いいたします......」

 

 黒のアーチャーは、自分とは別の道で帰路についたルーラーに向けて、伝わらない言葉を呟いた。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「ひえええぇぇぇぇ~~~!?!?」

「離して! 離しなさいよルーラー! 私に触れていいのはカグヤ様だけなんだからっ!!」

「二人ともお静かに!」

 

 黒のアーチャーと二手に別れ、ミレニア城塞へと向かうルーラーと魔術師二名。いつぞやのアカのように脇に抱えられたカウレスとセレニケに申し訳なさを感じながら、それを気にせずルーラーは二人に敏捷Aの圧を与え続ける。

 

 

―――ルーラーは二人を連れて、迂回するようにミレニア城塞を目指してください。私は一直線に城塞を目指します。

 

―――申し訳ありません、ルーラー。敵の追っ手に捕まりましたので、城塞に着くのが遅れます。ルーラーの方が早く着くと思われますので、私の弟子をよろしくお願いいたします。

 

 

 以上が、黒のアーチャーとのやりとりである。

 

「だから急がないといけないんですよ! しかも黒のアーチャーと対決しているのは赤のアーチャーです! 下手に大声を出すとこちらが見つかる危険が......!」

「だからってなああああ前っ前っ前ッ!?

「あら危ない、当たらなければセーフです!」

 

 脇に抱えられたカウレスの頭を、先の尖った小枝が掠める。

 

「掠めてるんだけど!? 当たってるんだけど!?」

掠めた(グレイズ)だけなら大丈夫です! キャスターが言ってました!!」

「おのれキャスターアアアアアア!!??」

「カグヤ様の悪口言ったわね!? 後で覚えておきなさいッ!!」

「ああ覚えておいてやるよォ! ただし生きて帰れたらなァ!!」

 

 この後わずか十秒後、カウレスとセレニケの両名は仲良く気を失ったそうな。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ソレソレソレッ! どうしたよどうしたよ!? そんなんじゃぁこの私に勝つことは―――っ!?」

「ひっかかったね! 今だあああ!!」

「なんのこれしき......っ! どりゃああああ!!」

 

 アサシンが両手に持つ暗器を心臓めがけて構え、キャスターが両手を拳に握りしめての、命を懸けた決戦。最後に立っていられるのは果たしてどちらだッッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

―――なんてことをしていたのは体感時間で半日も前のこと。

 

「ふんっ! よっしゃあ!」ゲーム セッツ

「あっ!? あー!? あーーー!?」ピカーッ

「ふっ......まだまだだね」オソスギダゼッ

「ぬわーん! なんでよー! その青いネズミさんそんなに強かったのー!?」

「速いからね! まだまだ黄色いもんには負けんよ!」

「むーっ! いいもん私はこの黄色い子を使うもんっ」ピッカァ

「それじゃあ私は......お姫様で行こうかしらねっ」ズェルダァ

 

「いざっ......」「じんじょーに......!」

「しょーぶっ!!」

 

 今やアサシンとキャスターが両手に持つのは、ただのテレビゲームのコントローラー。そう......二人の勝負はただのゲームの対戦になってしまったのだ!

 大型スクリーンを前にして、ソファーに体を預けるキャスターと、そのキャスターの膝の上にすとんと座って笑うアサシン。傍から見れば平和そのものであるが、聖杯大戦関係者からすれば唖然呆然間違いなし。そんなこの状況を、時間が切り離された世界で二人だけが楽しんでいた。

 

「うー! このゲームは無理! 他の無いの!?」

「うーん、ならハードは変わるけど、これはどう?」

 

 そう言ってキャスターが取り出したのは、二つの手持ちサイズのゲーム機。

 その画面にはカラフルでキュートなキャラクターの皆さんと、

 

 

 みんなでぶよぶよっ!

 

 

 の一文字。

 

「なにそれ?」

「面白いわよ♪ ちょうどいいわ、私も最近やり始めたの、一緒にやってみようじゃないの!」

「うん!」

 

 アカのキャスターと黒のアサシン。

 二人の戦いは、まだ始まったばかりであった......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「カグヤ......」

 

 一方こちらは、キャスターのマスター兼保護者のアカ君。

 彼はキャスターの工房(?)への扉を閉めたあと、地下から上がってすぐのところで待機していた。そして状況がわかるようにとキャスターと視界を共有させ、アサシンの戦闘スタイルや宝具らしきものをメモしつつ、いつでも使えるようにと左手に宿った令呪を握りしめていた―――のだが、

 

「どうして彼女が関わると、こうなるんだろうか......」

 

 その心配は杞憂も杞憂。キャスターの視界を共有して送られる空間には、お腹いっぱい幸せいっぱいで満面の笑みを浮かべるアサシンの姿があった。

 

 

 

 

 話は二時間ほど遡る。

 事の発端は、やはりというかなんというかカグヤの一言であった。

 

 

―――アサシンちゃん、お腹すいてるでしょ?

―――え!?

 

 

 その後のアサシンの反応から見て、カグヤはアサシンのお腹が鳴るのを聞いてしまったらしいことがわかった。

 顔を赤らめて明らかに動揺するアサシン。拳をブンブン振り回しながら早口で言い分を述べるその姿は、ただの幼くて可愛い少女である。

 

 

―――いただきます!

―――いただきまーす!

 

 

 その後は流れるように昼食の時間になった。カグヤのためにと事前に用意されていた五千食ぶんの食事を見せつけられたアサシンは、抵抗する気を失ったのだ。

 カグヤに用意された食事は種類の豊富さを極めていた。なんでもいいよー、というカグヤの言葉を信じぬいたカウレスが、トゥリファス中の全ての食事処や食糧庫に声をかけたからである。

 

 

―――これ、どれを食べていいの?

―――ん? 全部よ?

―――これ、全部?

―――うん、全部。

―――ぜ、全部......!

 

 

 その結果テーブルの上に置かれたのは、和洋折衷どころではない多岐が過ぎる食べ物の数々であった。

 パン、米、パスタ、ラーメン、カレー、蕎麦、ペンネに焼きうどんまで主食となるものが集まる中央の一画。当然全て永遠に温かいように手が加えられているためホッカホカである。

 牛肉、豚肉、鶏肉に羊肉。川魚に海魚。それらを焼き、煮て、タタき、揚げて料理したものが並ぶ右の一画。当然ハンバーグもある。

 キャベツ、トマト、人参、カボチャ、カリフラワーにコーンまで全て新鮮な野菜が食べやすくカットされ盛り付けられている左の一画。当然ドレッシングなどの味付けも好みでできる。

 

 そして極めつけはテーブルそのものを覆うように置かれたサイドメニューの数々だ。

 コーンスープ、コンソメスープにみそ汁を揃えた汁物メニュー。

 オレンジジュースから青汁、レモンサワーから梅酒、さらには苺黒酢から養命酒まで、広く要求に応えてくれるドリンクバー。

 ショートケーキ、いちごパフェ、チョコプリン、ピーチゼリーと、乙女の心と胃袋をこれでもかっと刺激してやまないデザートコーナー。

 

 本格料理のほうもユグドミレニアのホムンクルスたちが鋭意料理中のようであり、数は少なめだがグラタンや肉味噌炒め、ローストビーフやスシの姿も見えている。

 

 

 もはやこのテーブル周りは、食べ物の世界地図と言っても過言ではない。

 

 

―――はいアサシンちゃん、あーん♪

―――あ~む♪ っ~~! おいしー♪

 

 

「......俺もお腹が空いてきたな......」

 

 つい、そんなことを呟くほどアカもすっかり気を抜いていた。

 

『ん、マスターもお腹空いた? こっちくる? ご飯たくさんあるよー♪』

『カグヤ、聞こえていたのか......』

 

 それゆえ、呟きがキャスターにも聞かれてしまう。

 

『いや、そっちには行かないでおく。なんだか行きづらい。どこかで食べる』

『そっか。ならもう視界共有外しちゃおっか? もう戦い終わったから大丈夫だし!』

 

 大丈夫だし、とは何を思って言ったのだろう。

 カグヤは自分の横にいる者が何者なのか、自覚が無いのだろうか。

 

『......相手はライダーをやったアサシンだってことを忘れないでくれ』

『ん、大丈夫! マスターが信じる私を信じろ!』

 

 その自信はどこから湧いて出てくるのだろうか。

 

『じゃ、切るねー』ブツッ

 

「あっ!?」

 

 そして通信は途絶した。

 しばらくその場に棒立ちしたアカは、歩けばすぐそこにある地下への扉を一瞥し、意を決して―――

 

「......もう、どうにかなってくれ」

 

―――流れに身を任せることとした。

 

 

 

 

 

 

 そして三十分後。

 

「はああああ~~♪ 楽しかった! アサシンちゃんはどうだった?」

「楽しかったよお姉さん!」

「ん~♪ 良きかな善きかな!」

「またやろうね"ぶよぶよ"! 今度はわたしたちが勝つからっ!」

「ふふんっ。貴女に"あどばんす"を貸したのは、練習しても私には勝てないってことを教え込むためなのだけれど......?」

「ふんっ。よゆーを見せてるのも今のうちだよ~だ! アハハハハッ!」

 

 なに食わぬ幸せそうな顔をした二人が楽しそうにお話ししながら地下から出てきたのを見て、アカは思った。

 

 

―――聖杯戦争って、なんだろうか。

 

 

「あ、マスターもといアカ君ただいま!」

「......ああ、おかえり」

「私、アサシンちゃんを外まで送って行くから。

 何か危ないこととかあったら、遠慮無く私を呼んでね! 約束だよ!」

 

 

―――今まさに貴女の右手が危ない人と繋がってる、というのは言わなくていいのだろうか。

 

 

「じゃ、行こっかアサシンちゃん! あぺりお~♪」

「うん! アペリオ♪」

 

 

―――城の扉を開ける呪文、極秘だった気がするのにアサシンが知っていていいのだろうか。

―――もしかして、聖杯戦争だから戦わなくてはならないと決めつけている、俺のほうが間違っているのだろうか。

―――戦う必要なんて、無いのか?

 

 

「......帰ってきたらアーチャーさんに相談しよう......」

 

 そんな考えが頭をよぎるが、アサシンと手を繋いで楽しそうに歩いていくキャスターを見ていると、考えるのがバカらしくなってきて。悩みを振り払い、アカはキャスターと反対方向に歩き始めた―――

 

 

 

―――直後。

 

 

 

 ドゴオオオオオオオンッッ

 

 

 

「っ!?」

 

 大きな音が聞こえて振り返った、そこには、

 ついさっきカグヤの出ていった扉が、外窓と周囲の壁ごと木っ端微塵に吹き飛ばされた残骸。そしてそこに鎮座する三頭立ての戦車と、

 

「見つけたぜ......久しぶりだな、カグヤ姫様」

 

 大英雄、アキレウスの姿があった。

 

 

 



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トラブルメーカーと不意打ち

 

 

「おや、アーチャーにライダー。お帰りですか、早いですね」

 

 シロウ=コトミネ、真名を天草四郎時貞。

 この日の前日に赤のアーチャーを斥候として送り出した彼は、思っていたより早いアーチャーの帰還を空中庭園で出迎えていた。

 

「神父! すぐにアサシンを呼んでくれっ」

「アサシンを?......何かあったのですか?」

 

 

「ハハッ......この傷を、よりにもよってアサシンに治されるっつーのか......」

 

 

「......ライダー、もしや......」

「ああ......やられた」

 

 出迎えた天草四郎が見たのは、額に汗を浮かべるアーチャーと、その肩に担がれてアーチャー以上の汗を全身から噴出させて、踵から血を流しているライダーの姿であった。

 

 

 何が起きたのか、話は一時間ほど遡る。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「っ......赤のライダー......!」

 

 時刻は少し前、キャスターとアサシンがちょうど地下から出てきた辺りにまで遡った頃。

 

「......いやいや驚いた。まさか中立を謳うルーラーともあろう者が、片方の陣営に与することがあるなんてな」

「赤のライダー......そうですね、確かにこれはおかしいことかもしれません。

 しかし今回の聖杯戦争では、赤の陣営に私ではないルーラーが存在し、聖杯戦争を狂わせている。それに対抗するために、私は一時的に黒の陣営と手を取るべきだと判断しました」

「へぇ、まあルーラーなんて難儀な奴が何を考えていようと俺には関係ねえ。

 大事なのはルーラー、あんたが敵として俺の前に立つか、中立者らしく引っ込むかだ」

 

 ルーラーが、黒のセイバーと戦闘中の赤のライダーと運悪くエンカウントしてしまっていた。

 両脇に、カウレスとセレニケを抱えたままで。

 

 ......二人が危ない。

 

 ルーラーは焦っていた。"仮に"ライダーとの戦闘になるとしても、それは二人を城に置いて安全を確保してからの話である。マスターでもなくなった一般魔術師二人をサーヴァント三人の戦場に放り込むとどうなるか―――どうお料理されてしまうか―――など、考えるまでもない。

 そして今"仮に"と言ったように、ルーラーはルーラーとしての立場上、ここで赤のライダーと戦うべきではない。セイバーとライダーの戦いは公正なものであり、ルーラーである自分が色を加えてはならないものだからだ。

 

「へっ、どうやら来ねえみてえだな、ルーラー。来ねえならこっちから行ってやってもいいんだぜ?」

 

 ライダーがルーラーへと槍の先端を向ける。その余裕のある様子は、セイバーと打ち合っていた消耗を微塵も感じさせない。

 

「待て、ライダー。貴公の相手は私が......」

「セイバーよぉ、そんなボロボロの体で言っても迫力ってもんがないぜ。

 ジークフリート。あんたは決して俺に劣ることのない英雄だ。だが相性が悪かったなあ。竜をやった剣でも、神をやってねえ剣じゃ俺は斬れねえ」

 

 ライダーの後ろでセイバーが剣をとり構える。しかしその体はライダーの言う通りボロボロであった。

 いくら頑丈さが取り柄のセイバーとはいえ、そもそも攻撃が全く効かないライダーとでは消耗の差が生まれるのは至極当然であった。

 それでも背中には一撃ももらうことなく戦い続けたセイバーに、ライダーは称賛さえ覚えている。

 

「ルーラー。先せ―――黒のアーチャーはどうしたよ。わざわざ俺が出てきたってのに顔を見せに来ない人じゃあなかったはずだぜ」

「......黒のアーチャーは......」

 

 そう、セイバーでもルーラーでもない。

 赤のライダーの相手は、黒のアーチャーでなくてはならない。

 それがこの場に来ない。明らかに妙な状況について、ライダーに心当たりがあるとすれば、ただ一つ。

 

「......その様子じゃ、姐さんの仕業か。

 ハハハッ、いざってときにはお膳立てしてくれるんだな。普段はあんなにツンツンしてるってのになあ」

 

―――なお当の赤のアーチャーは、時間稼いでやるから無駄口叩いてないでさっさと帰って欲しい、という思いでいっぱいだったそうな。

 

「............っ......」

「その様子じゃ図星みてえだな。

 そんじゃ、姐さんのお望み通り―――そろそろ派手にいくとしようかい!」

 

 瞬間、跳躍。

 

「「っ!?」」

 

 

 ピュ~!

 

 

 響き渡る口笛の音と共に現れた、天翔る神馬三頭立ての戦車。

 その先にあるのは、ミレニア城塞。

 

「しまっ―――」

 

 優れた直感を持つルーラーが、二人を置き、旗を持って飛び上がるも―――

 

「あばよルーラー、セイバー―――

 疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)』!!

 

―――ルーラーは間に合わず、真名解放による超威力の突撃が城塞の一階部分に直撃、ミレニア城塞にまたしても多大なる損害を与えることとなった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ライダーのにいちゃん......」

「おう。元気そうじゃないか、カグヤ姫」

 

 

 雪の下 遊べしときを 知らずして......

 梅咲かぬ間に 陽光射しける......

 

 

 訳:賑やかな時が終わって、さあさあ余裕を楽しもうじゃないかって、私は思ってたのに......

   間髪入れず血気盛んに乗り込んで来やがって! 眩しすぎるぜライダーのにいちゃん!

 

 あーあ、まーたお城がボロボロだよー。ロシェくんのゴーレムとかホムンクルスの皆とかが精一杯直してたっていうのにー。

 あ、アサシンちゃんがビックリして隠れちゃったよー。気配まで完璧に消してるしー。お陰で私はライダーのにいちゃんと二人きりじゃんかー。うわー、断りの歌を考えないとなー。すぐ求婚されちゃうからなー。

 

「ん、まあ一度死んじゃったけど、元気で過ごしてるよ。

 それはそうと今さら私をカグヤ姫呼びするのね、アキレス腱のにいちゃん。もしや何か心境の変化でもございまして?」

「アキレス腱のにいちゃん......間違いじゃねーがその呼び方はよしてくれや。

 それはともかく......なあカグヤ姫、俺と一緒に―――

 

「黒桜ッ! ひとたび朱へと交わればッ!

 我も紅にと、舞い落ちりたり! また逆も然りッ!!」

 

―――庭園に......?」

 

 っべーわ......! ライダーのにいちゃん手が早すぎてっべーわ。さすが最速の英雄アキレウスさんだわ。

 不意打ち過ぎて思わず短歌ぶっぱなしたけど......ちょっと待てさっきの短歌、

"我も紅に"と

 なんで突然もこたん出てきた? もこたんどうして? もこたんなんで?

 

 まあ、いいか。

 言いたいことは伝われ(命令形)。

 

「..............................ははっ、なるほどな。

 たとえ元は赤として生まれたとしても、黒のサーヴァントとして再契約したのなら黒として戦うってか」

 

 伝わった(驚愕)。

 

「加えて、姫さんほどの女が誰かの言いなりになるとは到底思えねえからなあ。

 赤の陣営には、姫さんを自由にさせてくれるか、よほど姫さんのお気に召すようなマスターがいたのかい?」

「うん! 楽しくやってるよ♪」

 

 自分で言うのもアレだけど、散々好き勝手やってるからね! これを許してくれているフィオレちゃんとかパンツさ......アーチャーさんにはとっても感謝してる。

 加えてマスターはアカくんだしね! 文句の付け所なし!

 ......うーん、でも確かにライダーのにぃちゃんとか太陽さんとかアチャ子ちゃんとのワイワイも楽しかったしなあ。甲乙付け難い。

 ムッ、ライダーのにぃちゃんの目付きが鋭くなったかな―――

 

「そうかいそうかい―――なら、姫さんは俺の()ってことでいいんだよな?」

 

 

―――ゾクリ。

 

 

 うわ......ライダーのにいちゃん本気だ。

 本気で、私に殺気を向けてきた。

 ヤバい、頭の中が真っ白。目の前が真っ暗。口の中パッサパサ。今攻撃されたら間違いなく死ぬ。まだあの薬飲んでないから本当に死ぬ。退場しちゃう。

 動け、動いてくれ私の体......!

 動けっつッてんだろこのポンコツがぁ!

 

「......とまあ、そういうことだ。次に会ったときは容赦しねえ、今回は見逃してや―――

 

 

 ザクッ!

 

 

―――る......」

 

 刃物が肉体を抉ったような音が聞こえた。

 ああ私終わった、サヨナラ私のルーマニア生活、と思った。

 

「痛............くない?」

 

 なのに、痛みがいつまでたっても来ない。

 よくよく考えたら、音は自分の体より前の方から聞こえた気がする。

 前の方、()()()()()()()()()()()()()から。

 

「あ―――」

 

 反射的に顔を上に向けたら、目をくりむいたライダーのにいちゃんが―――

 

 

「―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ!!!!」

 

 

「っ―――」

 

 耳がああああアアああアア

 

......ふえっ。

 

 

 バタンッ

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ああああアアアアッッ......!!」

 

 踵を、やられた。

 生前にも一度味わったことのある、アキレウスにとって一番死を近くに感じさせるその痛みを、まさか、まさかこんなところで。

 

「ッッ......! 誰だッ、どこのどいつがやりやがったッ」

 

 アキレウスは周囲に目を光らせる。目の前にはいつの間にか地に伏して気絶しているキャスター。こいつではない。いくら未だに手の内知れぬキャスターといえど、目と目を合わせているときに攻撃されて反応できないアキレウスではない。それこそ、アサシンでもないのに。

 

 ()()()()―――

 

 

「あれっ? アキレス腱切ったのに、死んでくれないの?」

 

 

 幼い、舌足らずの声が聞こえ、

 ばっ、と後ろに振り替えった。

 

 

「なーんだ......早く死んでよ、カグヤお姉ちゃんの敵、アキレス腱さん♪」

 

 

 赤い、恐らくは自分の血で塗れたナイフを逆手にして右手に握り、左手で前髪をかきあげ、こてんと頭を傾げたあどけない少女のサーヴァント―――黒のアサシンが、こちらに顔を向けて笑っていた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......ふーっ......」

 

 

―――元気そうじゃないか、カグヤ姫。

 

 

 ライダーがミレニア城塞に突っ込んだとき、既にアサシンは気配を遮断して物陰に隠れていた。

 

 

―――アキレス腱のにいちゃん。

 

 

 さてどうするか、と考えていたアサシンの横で、赤のライダーの真名及び弱点を大暴露したキャスターがいた。

 これ幸いにしてチャンスと、アサシンはライダーのアキレス腱を切るための動きを始め、ライダーの死角で武器を構えて準備を完了させる。

 

 

―――姫さんは俺の敵ってことでいいんだよな?

 

 

 そこでライダーが、大英雄に相応しい特大の殺気をキャスターにぶつけた。

 ライダーからすれば、戦場で自分と敵対する覚悟をキャスターに問う、という体で仕掛けたイタズラだった。

 しかし、アサシンからすれば違った。アサシンにとってキャスターは、自分が敵であるというのにご飯をもらい、楽しい遊びを教えてもらい、さらにまた遊ぶことを約束した、大好きなお姉ちゃんだ。

 

 

『......カグヤお姉ちゃんは、私が守ってあげる。

 カグヤお姉ちゃんの敵は、私が解体してあげる......!』

 

 

 "魅了:B"

 相手に、自らへの守護意識や仲間意識を植え付けるキャスターの卑劣なスキルである。

 アサシンはこれをあえて強く受けとめ、キャスターを守ろうとする意識を爆増させた。これにより、アサシンにはこの瞬間だけ能力にプラスの補正が働き、特に幸運がD+にまで上昇、赤のライダーの現在の幸運値を超えた。

 

 そして赤のライダーは今、キャスターに向けて殺気を向けている。それは言い方を変えれば気をとられているということであり、そして足元はがら空きだった。

 

 

 霧夜の殺人:A

 幸運判定......成功

 

 

 赤のライダーに非があるとすれば、それはあのキャスターに深入りしてしまったことに他ならない。

 加害者(アサシン)の構えたナイフは、伝承に相応しき暗殺能力でもって、被害者(ライダー)の踵を切り裂いた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......で、帰ってきたと」

 

 その後、赤のライダーは怒り狂って暴れそうになった。しかし、空から矢の豪雨が自分だけを避けるように降り注ぎ、それと同時にライダーの絶叫を聞いて駆け付けた赤のアーチャーによって諌められ、戦車での撤退を決めた。

 

 そして、今に至る。

 

「ライダー、貴方の踵をやったアサシンは何者であったかわかりますか?」

 

 今のところ、ライダーとアーチャーが持ち帰った情報は、ルーラーと"元"赤のキャスターが黒の陣営についたということ。

 天草四郎からすれば、せめて黒のアサシンの情報くらいは追加でほしいところである。

 

「......それが、覚えてねえんだ。

 どういうわけか、あそこから撤退した瞬間に、アサシンに関する情報がすっと抜けちまってな。実を言えば踵をやったのがアサシンかどうかも確証はねえ......まあ俺の不意をつくようなやつはアサシン以外いねえだろうがな」

「情報がない......記憶に干渉する魔術かスキル、もしくは宝具があるのかもしれませんね」

 

 だとすれば厄介極まりないと天草四郎は思った。記憶操作とは恐ろしいもので、最悪"赤のアーチャーとライダーが黒の陣営の者"だという偽りの記憶を植え付けることで、意図的に寝がえりをさせることだってできる。

 

 そのことをライダーに言うと、ライダーはまるで雷に打たれたように目を見開いて、こう続けた。

 

 

「......そういうことか。なるほどな、やられたぜ。

 黒のアサシンのその力が、カグヤを黒に寝がえらせやがったんだ......!」

 

 

 その後、赤の陣営ではライダーの踵を表面だけでも治癒しながらの本格的な会議が開かれ、

 

 ①ルーラーが黒の陣営入りしたこと。

 ②ライダーが踵をやられ、弱体化してしまったこと。なお本人はそれでも負けてやる気はさらさらないこと。

 ③黒のアサシンも黒の陣営入りしたらしいこと。また遠隔で記憶を操作するような力あるらしいこと。

 ④"元"赤のキャスターは、黒のアサシンの記憶操作で黒の陣営入りしてしまったらしいこと。

 

 この四つが周知され、以後はこれを前提として動くことが決定された。

 

 

「なあ、ライダー」

「なんだ、姐さん」

「やはり、汝に斥候は向いてない」

「――――――」

 

 

 そして最後に、ライダーに己の独断によって動くことを堅く禁止させて、斥候から得た情報の話し合いは終了となった。

 

 

 



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トラブルメーカーと大勝負

 

 

 

「......マスター、赤のライダーが踵を切られたというのは本当ですか」

「はい。この目で見ました。

 恐らくはアサシンの仕業でしょう。やはりと言いますか、記憶を残さないスキルらしきものが働いています。踵を切った張本人への記憶こそは無いのですが、逆に()()()()()()()()()がアサシンの仕業という証拠になります」

 

 ライダーの突撃により、再び破壊されたミレニア城塞。

 またかよ、とため息をついてゴーレムを指揮して修復に入るロシェとホムンクルス一同。彼らを見守りながら、フィオレと黒のアーチャーは話し合っていた。

 

「そうですか......黒の陣営への被害は?」

「幸い、大きな被害はございません。赤のライダーとの戦いで黒のセイバーが消耗したのと、目の前の城塞への傷跡、あとはキャスターが転倒した際に頭を打って休んでいるくらいです」

「そうですか、良かった......」

 

 赤のライダーが突撃してきたというのにこの程度の被害で済んだというのは、まさに不幸中の幸いだった。

 黒のセイバーから聞いた言葉によると、どうも赤のライダーはあのキャスターが目的で来たらしい。真意のほどはわからないが、赤のライダーがキャスターを前にして話をしていたところはフィオレも目撃しているので、そう見ていいと思った。

 大方、"元"赤だからこその何かがあったのだろうと予想がつく。

 

「......アーチャー」

「......ご心配なく。たとえ踵を切られ弱体化したライダーが相手でも、私は手加減などしません。元より、踵を切られたからといって彼の本当の強さは変わりません。そんな軟弱者には育てておりませんから......」

 

 ミレニア城塞から視線を外し、遠く空の彼方を黒のアーチャーは見据える。

 来たる決戦のとき、己と戦うのは彼であり、彼もまた望むのは己であるだろう。

 そのとき、弱体化している彼に、己は情けの余りに矢を引く力を弱めるだろうか?

 否、それは僅かたりともあり得ない。

 

「マスター。敵の心配や数日後の懸念より、まずは目先の問題を考えるとしましょう」

「......アサシンですね」

「ええ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()キャスターの証言が正しければ、アサシンは無条件にミレニア城塞へ侵入する手段を握っている、ということになります。これは我ら黒の陣営の魔術師ひいてはサーヴァントが、常に喉元に刃を突き立てられているに等しい。

 マスター、私はこれが最優先で対処をすべきことだと思います」

 

 それよりも、まずはアサシンである。

 実態の掴めぬ、幻影のような暗殺者(アサシン)。最低でも黒のライダー一人と赤のライダーの踵を切り裂いたことから、高水準の能力とスキルを有することは間違いない。中でも気配遮断は攻撃態勢になってもランクが下がらないのではないかという疑惑まである。

 マスターのみならず、背中を弱点とするセイバーやそもそもが弱いキャスターまでもが命の危機に犯されかねない。かくいうフィオレなど、格好の獲物であろう。

 

「私も同感です。アーチャー、何か考えをいただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「―――でね! わたしたちも頑張って戦ったんだけど、お姉ちゃんはすごく強くて、全然勝てなかったの......でも、たまたま勝てたときはとても嬉しかった! お姉ちゃんもすごく悔しそうにしてた! ぐぬぬぬぬーーって! アハハハハハッ!」

 

 太陽が西に沈む準備を始めた頃のトゥリファス。その中でも"裏"の一画に立つ一軒家の一室。

 暖かい家族の団らんを思わせる子供の笑い声が、外に漏れだすほど響いていた。

 

「今日は随分と楽しかったのね、ジャック」

「うん♪ 今までで一番楽しかったよ、おかあさん!」

 

 昼過ぎに、ただいまも言わずに帰ってきて、

 椅子に座って、どこからか持ってきた携帯ゲームをピコピコやり始めて、

 気がついたらそのまま目を閉じてぐっすり寝ていて、

 目を覚ましてから、夕飯を作っている間もずーっと笑顔で話し続けていて、

 

「そう―――良かったわね、ジャック」

「うん!!」

 

 聖杯戦争とは一体。

 サーヴァントとは、赤と黒とは、魔術師とは、願望を叶えるとは......

 

 そんなこと、僅かたりとも気にすることなく、六導玲霞は眼前で笑う娘とともに、心からの笑顔を浮かべていた。

 当然だ。六導玲霞にとって、聖杯戦争なんてものは魔術師の起こした出鱈目で傍迷惑な暴動に過ぎない。

 彼女にとって大切なものは、今ある目の前の"ささやかな幸せ"なのだから。

 

「そうねえ、ジャックの話だと、お昼ごはんはたくさん食べちゃったみたいだけど、お夕飯は食べられるかしら」

「うーん、確かにまだお腹すいてないかな......でもおかあさんのごはんなら、なんでもおいしいよ!」

「ふふっ、ありがとうジャック」

「ううん! わたしたちこそありがとう、おかあさん!」

 

 そんな、極平凡で、それでいて幸せに溢れる家庭を、アサシン主従は作り上げていた。

 捨て子の怨念と一人の娼婦が求めた理想の日々は、確かにここにあったのだった。

 

 

『ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、黒のアサシンに令呪ずる―――』

 

 

「あっ......」

「ジャック......?」

 

 しかし、これは聖杯戦争。

 

 

『私の元に来なさい』

 

 

 幸せな時間など、長くは続かないのであった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「お会いするのは始めてですか、黒のアサシン」

 

 おいしいご飯の匂いとゆったりとした雰囲気があった空間から一転、黒のアサシンが呼び寄せられたのは、未だ血生臭い鉄の臭いとピリピリとした雰囲気の残る、戦場跡。

 無数の骸骨と、人間なのに人間らしさが無い人間の屍が延々と転がり、所々に焼けたり削られたり、無数の尖ったものに耕されたりといった痛々しい地表面が続く。間違いなく、黒と赤が本格的にぶつかりあったあの場所のド真ん中である。

 いったいなぜこんなところに、と黒のアサシンは溢れる焦燥を隠せない。

 

「......どうして」

「質問にお答えするために、まずは自己紹介から。

 私はサーヴァント、ルーラー。聖杯戦争における中立の審判。今回は貴女の行動について、少々目に余るものがございましたので、ルーラーの権限で此方にお呼びいたしました」

 

 その権限(スキル)の名は、神明裁決A。

 ルーラーの持つ、全サーヴァントへの二回だけの命令権。その力は令呪と同等の強制力を持つ。

 それを特大の魔力の塊であるサーヴァントが振るえば、相手の意志に沿わない命令であっても叶えることは可能であった。

 

「......っ!」

「武器を構えるのは自由です......が、」

 

 未だ動揺しながらも、アサシンはその手に武器をとる。目の前のルーラーを明確に"敵"と判断したからだ。

 しかし、ルーラーはそれを手で制し、言葉を続ける。

 

「戦う相手は私ではありません......別に私が戦ってもよいのですが......むしろ私が戦ったほうが絶対に良いと思うのですが......貴女が戦う相手は、別にいます」

 

 話すにつれて明らかに不機嫌さを増すルーラーの視線は、アサシンから逸れて、沈み行く夕陽の方を向く。そちらを向いた瞬間に不機嫌さが更に五割ほど増す。

 

「......戦う相手......?」

 

 自分に何が起こるのか、誰と戦わされるのか、とアサシンはルーラーを気にしながらもその視線の先を追う。

 逆光で、詳細な姿はよくわからない。

 けれど、こちらに向かって元気ハツラツそうに走ってくるそれが誰なのかなど、アサシンがわからないはずも無かった。

 

 

「ジャックちゃーーん!!」

 

 

 ようやくわかったキャスター、カグヤの表情は、後ろの夕陽に負けないくらい明るいものだった。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

  ~~少し前のこと~~

 

 

「足止め?」

「ああ、アーチャーから話があった。今日の夕方、日が落ちる前にアサシンを倒すと。

 そして、カグヤの役割は、アサシンの足止めだと」

 

 ライダーのにぃちゃんに倒されて陣地で休憩中だった私のところに、アカ君が来た。

 いやー痛い痛い。頭の後ろにタンコブができてたよ。耳もキーンってなってるし、容赦ないねライダーのにぃちゃん。

 

「具合はどうだ、カグヤ」

「ん、私は大丈夫。話をお願い」

 

 いかんいかん、アカ君に心配をかけるのはよくないね。

 ほんで、黒のアサシン、つまりジャックちゃんを倒す、か。

 ......イヤだなあ。

 

「わかった、順を追って話をする。

 まず、ルーラーがアサシンを呼び込む。ルーラーには全サーヴァントに対して令呪を使えるスキルがあるらしい」

 

 よし、その場面を頭の中でイメージしてみようじゃないの。

 まずルーラーさんが高々と右手を掲げて令呪を発動! 赤い光がピカーってなってアサシンちゃんがこんにちはー!

 

「そして、カグヤが出てきて、アサシンを足止めする」

 

 うわ、変なのが来た。

 というか私だ。

 改めて私ってこの聖杯戦争で異質だと思うわ。みんな当時の各々の衣装を御召しになってるのに私だけそこらで買った服だし。うーん、そろそろ"十二単ver"に戻ろうかなー。

 

「そして最後に、アーチャーさんが射る」

 

 ぐはっ!? 私が射たれた!?

 パ、パンツさんそんなのってないよ! パンツさんって呼んでたの気にしてたの!? だからって私をコロコロすることないじゃん! この人でなし!

 

「......確認だけど、倒すのはアサシンなのよね?」

「ああ、そうだが。アサシン以外に誰かいるか?」

 

 ......いや、どうにも私が射たれる未来しか見えなくてね。ありがとうアカ君、君は正気でいてくれて。

 ふう。なるほどね、そんな感じでジャックちゃんを倒す、と。

 

「それで、終わりかしら?」

「ああ。これで問題なくアサシンを倒せるはずだ」

 

 へぇー、問題なく、ね。

 うんうん、あーそうかいそうかい。

 

「なるほどなるほど―――ちょっと行ってくる」

「カグヤ? どこに行くんだ?」

 

 持ってたゲーム機をポーズ画面にして歩き出した私を、アカ君が止める。

 

「アーチャーさんのとこ。話をしなきゃ。

 ()()()()()()()()()()()()()、ってね」

「っ!? 本当か!?

 なら急ごう、作戦決行まで時間が無いんだ」

 

 えー、時間が無いの?

 そんなあ、もっと早く言ってよー、パンツさーん。私の準備の時間とかは考えられてないわけ?

 そう言えば、日が落ちる前に決行するって話だっけ。なんか限定的な言い方を感じる。ジャックちゃんと何か関係があるのかな?

 

「なら、走ろうかアカ君。アーチャーさんはフィオレちゃんの部屋にいるかしら?」

「ああ、そのはずだ」

 

 私たちは部屋の扉を開けて、もう慣れ親しんだミレニア城塞の廊下をトコトコと走る。

 うおー、頑張れ敏捷E! じゃなかったちょっと"成長"して敏捷D+! 体が軽い!

 

「ところで、カグヤの見つけた問題ってのは、何なんだ?」

 

 アカ君も私についてくる。いやー立派になったねキミは。始めて見たときの弱ってたアカ君とは別人のようだ。

 

「アカ君は、アサシンちゃんを倒すって話に、問題なく倒せるって言ったよね」

「ああ......たとえアサシンが抵抗してきても、そのときはルーラーが対処できる。何も問題は無さそうだが......」

 

 ちっちっち。甘いぞアカ君。

 それでも私の、カグヤ姫のマスターなのかな?

 

「そう......本当は私、答えを教えるなんてことはしたくないんだけどね、アカ君には後で特別に答えを教えてあげましょう!」

 

 フィオレちゃんの部屋はもうすぐだ。

 さてと、久々に真面目に頑張るとするかな。

 

「アカ君は私に足止めしろって言うけど......別に、アサシンちゃんを―――してしまっても構わないのでしょう?」

「えっ......?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャックちゃん! 私は貴女に、"ぶよぶよ"でのガチバトルを申し出ます!

 ルールは1on1の二本先取! 制限時間は無し! 待ったも無し!」

 

 右手に持った"あどばんす"を突き出して、ジャックちゃんに勝負を申し込む。

 ふふん、ルーラーちゃんの目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せないぞジャックちゃん。

 その手、その指、そして背中のリュックに入ってる"あどばんす"の姿。お主、帰ってからも"ぶよぶよ"をやりこんでいたであろう?そうであろう?

 

「そしてこの勝負、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くこととする!」

 

 そしてぇ! 乙女と乙女が勝負するって言えばぁ! 罰ゲームがあって当たり前だろぉ!?

 ふっふっふ......どうだジャックちゃん! 恐れおののくがいい!

 

「......ぷっ、アハハハハッ! 戦うってそういうことなの!? カグヤお姉ちゃんは本当に面白い人!

 それじゃあ、私が勝ったら―――お姉ちゃんのハンバーグを食べたいかな? 食べたい! 食べてもいいよね?」

「ハンバーグ? うん、食べさせてあげるわ。あまり美味しくないと思うけど......」

 

 ハンバーグかあ。ニュアンス的に私の作ったハンバーグを食べたいってことだよね? あの料理は作ったことないから不安だけど、食べたいって言うんだから食べさせてあげるよ。

 まあそれは、()()()()()()()()()()()()だけど。

 

「やったあ♪ よーし、がんばるぞ! 勝負だカグヤお姉ちゃん!」

「よっしゃ! 勝負だジャックちゃん!」

 

 ......なーんて楽し気に話してるけど、実は私、すごく緊張してる。

 アーチャーさんと話をした。私が負けるようなことがあれば、その隙にアーチャーさんがジャックちゃんを射つって。それだけは譲れないって。

 だからこの勝負には、ジャックちゃんの命がかかってる。幾らでも変えが効く私の永遠の命なんかじゃない、死んだらそれまでの掛け替えのない命が。

 加えて、私が変な良からぬことを企てようものなら、ジャックちゃんと共に私も射たれ、最悪アカ君も危険になる。私は"元"赤のサーヴァントで戦闘力的にもそうでもないんだし、あのパンツさんならやるだろう。

 

 しかぁし! だからどうした! 私は私が望む最高の結果の為に頑張りたい!

 この子を守り、勝って、"仲間にしてみせる"んだ!

 

 

『別に、アサシンちゃんを仲間にしてしまっても構わないのでしょう?』

 

 

「ふふっ......」

「うん? どうしたのカグヤお姉ちゃん?」

「いいえ。ただ、楽しい夜になりそうだなーって」

「うん! 楽しい夜になるよ! きっと!」

 

 何かを求めるが為に、難題に挑む、か。

 まるであのときの貴族どものと同じね、私。

 

「「ゲーム―――」」

 

 でも嫌いじゃない。むしろフェイバリット!

 求める者に難題を与える。それこそが竹取物語の"()()()()"なんだから!

 

「「スタートッッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーと鮮血

 

 

 

「......キャスター、本当に貴女の考えは特殊です」

 

 彼女は、それを"難題"だと言った。

 

 

―――勝ったら、私はアサシンを黒の仲間に引き込む。負けちゃったら、そのときはごめんなさい。

 

 

「なよ竹のかぐや姫......物語では、月から来て、言い寄ってきた者達それぞれに"難題"を与え、それを叶えた者とのみ婚約するとして、数多の貴族たちを振り回した女性として描かれておりました」

 

 黒のアーチャー、ケイローンから見たカグヤは、"自分が楽しいことには全力で臨み、それ以外の周りで起こることには第三者として静観、という立ち位置を取る女性"であった。

 月から来たという生まれの特殊さが、周りのことに積極的になろうとしない考えに繋がっているのかもしれない、とケイローンは推測する。

 

「それが、因縁深きアサシンと仲良くなろうとは......どういう風の吹き回しか......」

 

 そんなキャスターから提案された作戦は、こうだ。

 

 

―――アサシンちゃんが私たちの仲間になるように、いろいろと頑張ってみるわ!

―――何かあったらアサシンちゃんを射っちゃう? うーーん......仕方ないかあ。

 

 

 アサシンを黒の仲間にしようというのに、ケイローンに否やはない。赤の陣営と比べて戦力に乏しい現状を鑑みれば、むしろ歓迎するべきである。その実力も、黒のライダーを倒して赤のライダーの踵を切ったことから疑う余地はない。

 しかし、だ。黒のアサシンは黒のライダーの仇である。そしてそれを一番恨んでいそうなのは、他ならぬキャスターの主従では無いのだろうか。ならば、どうしてあれほどまでアサシンの勧誘に積極的なのか。

 

「何を考えているのでしょうか......」

 

 

『アーチャー、準備はよろしいでしょうか?』

『はい、私のほうはお気になさらず』

『......アーチャー、貴方はキャスターの作戦をどう見てますか?』

 

 

 マスターから連絡が来て、アーチャーは今は目の前のことに集中することを決めた。

 

 キャスター、か。

 

『マスター、元はと言えば、彼女は"赤"の陣営のサーヴァントです。マスターがアカ君であるとはいえ、最悪のことを考えておくべきだと私は考えております』

『......最悪、とは』

『無論、いざというときには―――』

 

 

―――いざというときには、キャスター、貴女を射たせていただきますから。

 

 

 矢尻を()()()()()()()()()()()()()に合わせるイメージをしながら、アーチャーは一人、アサシンさながらに気配を殺して、夕暮れ時の森に潜む。

 緑色に光る双眼は、ゲーム機を片手に高々と立ち上がるキャスターを睨み付けていた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ふぅ~~......長かった今回の旅も、今日で終わりか~。いやー疲れたナ~」

 

「思えば最初からいろんなことがあったナ~。束の間の休日に小さく旅するのを趣味として始めてから長いけど、ヒッチハイクしたのなんて初めてだぁ」

 

「明らかにこのトゥリファス行きだっただろうに、あんな道の途中で下ろして大丈夫だったかなぁ、あの金髪の町娘さん......」

 

「とっとっと、人の心配をしてねえで自分の心配をってな。最近はここも物騒だし、早く今日の宿を探さねえと......」

 

 

―――もし、そこの車の方。

 

 

「ん......なんでい嬢さん、見ない格好だが東洋から来た旅人かい?

 悪いがヒッチハイクならお断りだぜ。今日は急いでるんだ。他を......」

 

 

―――チャカッ。

 

 

「......へ?」

 

 

―――降りて?

 

 

「け、けんじゅっ......! わ、わかった......! 降りるから撃つな! 撃たないでくれ!」

 

 夕暮れ時のトゥリファスに、一人の男の声が木霊した。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「行くよ~、ばよえ~ん!」

「うわぁ~!?」

「やった~! 完璧です! 大勝利!!」

「ば、ばたんきゅ~......」

 

「......平和な戦争、ですね......」

 

 ルーラーであるジャンヌ・ダルクは、キャスターとアサシンの戦い(?)を陰ながら見守っていた。ルーラーとして、曲がりなりにもサーヴァントどうしの戦いであるこの戦いの行く末を見届ける使命があるからだ。

 

「ふっ......四連鎖や五連鎖では温いわ。私を倒したくば、せめてその三倍は持ってくることねっ!」

「む~......!」

 

 しかし、ジャンヌ・ダルクには、この戦いはそもそも聖杯戦争のものとして考えてよいものなのか? という根本的な迷いが芽生え始めていた。

 生前を思い出す。

 ジャンヌにとって戦争とは、鉄を握り、血を踏みしめ、炸裂音を耳にすれば花火と呼び、人の猟奇死体を見れば花と謳うものである。

 それがどうだ、前を見る。

 小さなピコピコを二人仲良く握り、穏やかな芝の上、デフォルメされた効果音を奏であい、誰も傷つくはずもない平和な"戦争ごっこ"がそこにある。

 

「............それとも」

 

 むしろ、こちらのほうがいいのではないか? という思考にまで陥ってしまう。

 ルーラーとしての最たる理想とは、聖杯戦争が今を生きる誰一人も傷つくことなく終わること。戦いがあくまでも魔術師どうしの決闘として執り行われ、敗退するのはサーヴァントのみでマスターは生存、それが七回ほど起こって勝者が決まり、その過程で関係する人々の一人たりとも傷つかない―――そんな()()()()()()()()が、しかしこのキャスターの方法ならば可能なのでは?

 

「......いや、違いますね」

 

 否、とジャンヌ・ダルクは思った。

 目の前の平和も、フィオレたちマスターが城から見張り、アーチャーが遠方から矢尻を向け、自分も必要とあらば神明裁決でセイバーを呼び出せる状況を作って、ようやく完成されたものである。

 これは果たして平和と呼べるものなのか。

 

「............わからない」

 

 平和とは呼べないと思った。

 しかし目の前の、どうみても平和としか言えないキャスターとアサシンのごっこ遊びを見ていると、やはり平和としか言えないのである。

 

「......いやいや、今は目の前のことに―――」

 

 ルーラーは首を振り、目の前の"戦争"に集中することにした。

 それが己の使命であるし、何よりキャスターやアサシンがいつ良からぬことをするかもわからな―――

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「五、六、七......!」

「十連鎖ぁ~!」

「うぅ~......!」

 

 勝負は、二本先取。

 さっきの戦いは、カグヤお姉ちゃんの勝ちで、一本取られた。

 既に勝負は二戦目。カグヤお姉ちゃんは変わらず強い。

 

 

―――負ける。

 

 

 ジャックはそう思った。

 このゲームのやり方はわかってきた。コツもつかみ始めているような気がする。あと三ゲームくらいやれば、私も()()()()()()できるだろうという確信がある。

 でも、それだと間に合わない。

 

 

―――負けたら、終わり。

 

 

 ジャックには、その固定観念が聖杯戦争の始めからあった。

 負けたらどうしよう、などとは考えない。負けたらそこで終わり。私も、聖杯も、おかあさんも。

 

 

―――おかあさんも。

 

「―――おかあさん」

「ん? どしたのジャックちゃん?」

「―――おかあさん」

 

 

 呼び出されたときも、必死に令呪で呼び戻そうとしてくれた、おかあさん。

 今も、こっちに向かってきてくれていることがハッキリとわかる、おかあさん。

 サーヴァントとして呼ばれたときも、こっちに来るまでも、来てからも、ずっと一緒だった、大切なおかあさん。

 

 

―――おかあさんが、終わり。

 

 

おかあさん。

おかあさん。

おかあさん。

 

 

おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん

 

 

 

 

 

「宝具―――」

 

 

 

 ちょうど、西に太陽が沈んだときのことである。

 

 

 

「―――解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

 

 

 

 無意識に、無造作に、だからこそ洗練され研ぎ澄まされた動作で。

 アサシンはゲームを置き、懐からナイフを取り出し、そこに最大級の呪詛を込め、距離五メートルも離れていないキャスターの元へと駆け出して―――

 

 

 シュッ

 

 

「っ―――えっ」

 

 

―――躱された。

 

 

 そのまま、キャスターは自身の背後をとる。

 その姿を追いかけてアサシンは振り向き、キャスターの背中を見た瞬間―――

 

 

 

 ぶしゅっ

 

 

 

「あうっ......!?」

 

 キャスターの右肩に、先が尖った細長いものが生え、そこから飛び出した赤いものがアサシンの顔にべちゃっと付着した。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「そんな、馬鹿な......」

 

 視線の先で、キャスターが一歩後ずさる。

 それを、遥か遠方から眺めるアーチャーは、確かにこの目で、たった今見たものが信じられなかった。

 今、己はアサシンを狙って矢を放った。それは牽制や忠告が目的のものではなく、アーチャーの名に相応しい必殺の一射であり、狙いはアサシンの心臓部、霊核であった。

 それでこの現状はどういうことなのだ。アサシンを狙った矢は、まるでアサシンを庇うように前に出たキャスターの手に握られ、それでも殺しきれなかった勢いでキャスターの右肩に突き刺さっている。勿論、アサシンには傷一つついていない。

 

「いったい、何が......?」

 

 事態が飲み込めないまま、視線の行き場に迷ったアーチャーの目は吸い込まれるようにキャスターに向き―――そのまま目を離せなくなった。

 

 

――――――。

 

 

 日没後の、真っ暗な森の奥深く、アーチャーの中でも随一の視力を持ち得ないと発見できないようなところから見ているアーチャーに対し、キャスターは()()()()()()()()()、視線で何かを強烈に訴えてくる。

 そしてその姿は―――キャスターであって、キャスターではなかった。少なくともアーチャーには、今のキャスターは似て非なる別人のように映った。雰囲気も、溢れる魔の力も、より"月"のものになっているのだ。

アーチャーは、この驚愕と、何よりキャスターの視線が持つ強制力から、目を離せられない。

 

 

―――............。

 

 

「............っ......?」

 

―――視界の先が突然の霧で覆われ、キャスターの姿が見えなくなるまで、アーチャーは体の自由を取り戻せずにいたのだった。

 

「..................」

 

 キャスターだと思っている、カグヤ姫を自称している謎のサーヴァント。あれは一体何者なのか。

 アーチャーは冷や汗を抑えられなかった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「あ、あ、あ、」

 

 カグヤお姉ちゃんが、射たれた。

 わたしたちの、目の前で。

 

「あ、ああ、あ......」

 

 カグヤお姉ちゃんが、射たれた。

 わたしたちが、殺す前に。

 

「あ......あああ......!」

 

 カグヤお姉ちゃんが、射たれた。

 わたしたちを、庇って。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

―――その瞬間、ジャック・ザ・リッパーは全てを見失った。

 自分も、赤も、黒も、聖杯戦争も、サーヴァントも。

 

「......どう、して......」

 

 全てを見失った少女たちは、少女たちの持つ世界に周囲の者を巻き込み、深い深い霧の世界へと姿を消す。

 

 

 

 その世界の名は―――ジャック・ザ・リッパー(地獄)

 

 

 

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーと死霧の都


 ※今回、お食事中の方などは閲覧をお控えください。


 

 

 

 

「......くぅ~、痛ててて......"成長"で耐久が上がってなかったら即死だったんじゃないかな~......」

 

 えーこの場でアカのキャスターから皆さまに一つ質問がございます。

 百人中千人が二度見するような絶世の美少女が、右肩に深々と突き刺さった矢を生やしているところを目撃したことはございますでしょうか。私はございませんでしたが、今自分の姿を鏡に見たらたぶんそれっぽい人が見れると思うんです。

 

「右肩かぁ~......これじゃあえーりんえーりんできないよぉ......」

 

 言いたいことは山ほどあるけど、これだけは言わせてほしい。

 

 おのれパンツライオン!

 

 私のジャックちゃんを狙いおってからに! しかも仲良くゲームしてるときに! 危ないことは何も無かったじゃんか! アーチャーさんの目は節穴かよ!?

 だがしかし、残念だったな! 私が傍にいる限り、ジャックちゃんには手を出させはしない! フハハハハッ!

 

「んで、ここはどこ......? おーい、ジャックちゃーん、ルーラーさーん、アカくーん」

 

 で、このめっちゃ視界の悪い街は一体どこなの......?

 アカ君と連絡......ダーメだ、繋がらない。何故か視界共有だけはできたけど、声が届かないなら意味無いし、そもそも視界ほぼゼロだし。

 

「肩に重傷負った私、霧の中で独りぼっち。う~ん......よし、ここで一句!」

 

 

『雪行きて 霜に痛みし 霧の中

 止まぬ雨無しと 雲居訪わん』

 

 

「うんうん! いい歌じゃないかな?」

 

 こういう怖くて不安でどうしようもないときこそ!

 都に生れ出る者として!

 歌! 詠まずには居られないッ!!

 

「とりあえず誰か......おっ?」

 

 ふう。ちょっとふざけたら落ち着いた。

 おや、あんなところに一人の女の子が......え?

 やだっ......

 うそっ......

 まっ......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「......なんだ、これは......」

 

 アカは一人、自室の中で震えていた。

 キャスターと視界を共有している右目、そこから送られてくる凄惨な光景は、筆舌に尽くしがたいものだった。

 

 正面から、幼い少女が元気よく駆けてくる。その少女がこちらに気づいて目を合わせた瞬間、横合いから人を乗せた馬に轢かれ、死んだ。

 右から、幼い少年がふらふら歩いてくる。支えようと手を伸ばしたのに、手が届く前にその場に倒れ、死んだ。

 左に、一際幼い少年がうずくまって震えている。今度こそはと手を伸ばし、少年の肩を持つが、振り向いた少年は口から赤色の液体やら固体やらゲル状の何かやらを吐出して倒れ、死んだ。

 背中に、軽い何かが降ってきたようだ。振り向いて何かと見てみれば、まだ生後間もない幼児であった。既に息はなく、死んでいた。

 上を見れば、今まさに窓から先ほどと同じようにこちらに幼児を落とそうとしている男の姿が見えた。「やめろっ」と思わず届くはずのない声が口から出たが、こちらの存在に驚いたように男は手を離し、幼児は下に落ちて、死んだ。

 足元を見れば、そんな子供たちが、何人も、何人も、何人も、こちらに手を伸ばし、足首を掴み、引っ張ってきていて......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ここは......」

 

 アサシン捜索時に歩いたトゥリファスの街並みとは似ても似つかぬ、寒くて暗い街。そして見渡す限りの、霧、霧、霧。

 ジャック・ザ・リッパーの出自から推測して、ここは十九世紀のロンドンかとルーラーは考えた。

 

「なるほど、それならこの溢れんばかりの死穢にも納得ができます」

 

 聖女として名高いルーラー、ジャンヌ・ダルクは、その身にしつこく纏わりつく呪詛を敏感に察知し、そして高すぎる対魔力スキルによって無効化していた。

 

「...............」

 

 目の前で起こる凄惨な光景には、ただただ目を伏せ手を組み祈る。

 せめて、今を生きる罪無き者には手を出さないでほしいと、安らかに眠ってほしいと。

 

「この全てが、黒のアサシン......ジャック・ザ・リッパーなのですね」

 

 どういうわけか、ルーラーの"真名看破"スキルが、目の前の者たちには働かない。ルーラーは推測する。直前の黒のアサシンの様子からして、彼ら彼女らは既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか、と。

 しかしそれでもルーラーには真名の見当がついていた。恐らく黒のアサシンの正体は、[十九世紀のロンドンで無惨に散らされた幼い命の怨念が、ジャック・ザ・リッパーの名を持って集まり自我を得た怨霊集合体]。

 

「......黒のアサシンの本体を見つけなければ」

 

 ルーラーは急ぐ。この考えが当たっているならば、このような存在が黒の陣営の仲間になったとしても、今後の関係が上手くいくとは考えにくい。キャスターの考えは根本から破綻している。

 故に、キャスターより先に自分がアサシンと会わなければ。

 

「......啓示が、降りない」

 

 しかしどういうことだろうか。キャスターより先にと思っても、ルーラーのスキル"啓示"は全く反応しないのだ。

 それはまるで、その望みが叶わないような理由があるということであり。

 とどのつまりそれは、キャスターが既にアサシンに近づいているということであり......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

―――ずっと、ずっと、

 

 

 暗い霧の中、一人で歩くキャスターに

 

 

―――ずっと、ずっと、

 

 

 背後から、右から、左から、正面から、

 

 

―――ずーっと、いっしょに。

 

 

 無数の黒い腕が伸びて、キャスターに纏わりつき......

 

 

 

 "狂姫"

 

 "魔力放出(雷)"

 

 

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 突然、キャスターを起点に雷が渦を巻く。

 あと少して触れるというところまで接近していた彼ら彼女らは、しかし軽く仰け反るくらいで傷を負うことは無かった。

 その代わり、周囲に立ち込めていた霧は吹き飛んでしまったため、彼ら彼女らはその姿を晒すことになり、

 

 

「見つけたわ、ジャックちゃんたち」

 

 

 雷の発生源である、優しげな瞳で周囲を見渡すキャスターに見つかった。

 

「..................」「..................」「..................」

「あれ、何だか怪しい者を見る目を向けられてるみたい。もしかして、私が平常心でいられてることが不思議なのかしら?」

「..................」「..................」「..................」

「お生憎様。地上がどれだけ穢れてるかなんて折り込み済みよ。私は全てを理解した上でこの地に足をつけているの......ちょっと、ほんのちょーっと、怖かったけどね」

 

 無防備に両手を横に軽く広げながら、ジャック・ザ・リッパーの呪詛を伴った百を超える視線に晒されているキャスター。しかし、彼女にはあまり効いている気配が感じられない。対魔力でもなく、他のスキルでもなく、キャスターはただの精神力だけで視線という呪詛を跳ね返している。

 ジャック・ザ・リッパーにとってそれは、理解不能であり、恐怖である。

 

「帰りましょう? こんな湿っぽいところにいたら身も心も腐ってしまうわ」

「......()()?」

「ええ。私たちの帰るべき場所に」

 

 キャスターはその優しげな表情のまま、ジャック・ザ・リッパーの一人の少女に歩み寄る。無理矢理染められた金髪に地肌が見えないほどの厚化粧を施されたその子に、キャスターの左手のひらがそっと頬に触れた―――瞬間、

 

 

 パァン!

 

 

「っ!?」

 

 少女が、一瞬にして風船のように膨張し、そのまま破裂。辺り一面に毒々しいドロッとした液体を撒き散らした。

 

「うっ!?」

 

 そして、キャスターが下腹部に違和感を覚えて俯く。腹の中に、鈍くて重い何かが入り込んだような、そんな違和感がした。

 瞬間、キャスターは首筋に強烈な寒気を感じ、思わず見上げると―――

 

 

 

 

「カーゴーメ、カーゴーメ

「かーごのなーかのとーりーはー

「いーつ、いーつ、でーやーる

「よあけの、ばんに

「つーるとかーめがすーべった

 

 

 

 

 

「うしろのしょうめん、だーあれ?」

 

 

 

 

 

「アハハハハハハッ」「へへへへ「フハハハ」「ハハハ「キャハハハハハハッ」「アーッハハハ「ヘヘヘヘッ「クックック」「ヒヒヒヒヒヒヒヒ」「ハハハハハハッ」「アハハハハアハハ「キャハキャハッ」「クハハハハアハハハハ「ヘヘヘヘへ」「ハハハ「アハハハハ」「へへへヘヘヘヘへッ」「キヒヒヒヒヒ「ヒヒヒヒ」「ハハハハハッ」

 

「アーッハッハッハッハ!!」「ヒヒヒヒッ!フヒヒヒヒッ!」「キャハキャハ!!キャハハハハハッ!!」「ケヒャケヒャヒャヒャヒャ!」「ハハハハッ!!ハハハハッ!」「へへへハハハハハハハハッ!」「ヒッヒッヒヒッ!!」「アハハッ!アハハ!アハハハハッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ―――少年少女は息もバラバラに不気味に謡い、嗤った。キャスターを取り囲んだままで。

 

「......そうか、あななたちも、帰りたいんだね......」

 

 ジャック・ザ・リッパーの反応、たくさんの子供の姿、今まで目の当たりにした惨劇、そして下腹部から伝わる重い感情。

 キャスターは、ジャック・ザ・リッパーの正体を理解した。

 

「うん! それでそれで、お姉ちゃんの胎内、温かそうだね?」

「温かいらしいよ? 胎内のわたしたちから聞こえてくるよ?」

「やっぱり! やっぱりやっぱりやっぱり!」

「みんなで帰ろう? みんなで帰ろうよ?」

「そうだね! アハハッ、そうだね! アハハッ!」

「「「「「アハハハハッ!!」」」」」

 

 

 パァン!!

 

 

「っ!?」

 

 ジャック・ザ・リッパーたちが、先ほどの金髪の少女のように一斉に弾けとぶ。

 キャスターの第六感が、全力で警鐘を鳴らした。

 

 

 "狂姫"

 

 "竹取飛翔"

 

 

 キャスターは、その場から全力で逃げた。魔力放出も須臾の能力も全開にして、とにかく逃げた。

幸い、ここは現世から離れた異世界なのか、須臾の能力が問題なく発動できるキャスターの竹取飛翔は、赤のライダーとスピード勝負できるほど速い。

 

(ただいまぁ......!)

 

 瞬間、全身を襲う殺気と寒気。そして脳内に響く呪いの言葉。

 それだけではない。建物の壁から、アスファルトから露出した地面から、はたまた何もない空間から、無数のどす黒い腕がキャスターを捕らえんと伸びてくる。

 その腕に捕まれば―――否、触れただけでも、重度の呪いが襲いかかるだろう。一本一本に黒のアサシンの宝具と同等の呪詛を感じる。

 それらから何とか逃れようと、雷の軌跡を刻みながら、キャスターは縦横無尽に空を翔る。

 

(ねえねえねえ......!)

(開けて? 開けてよぉ?)

 

「......っ、だめだよ。あなたたちの帰るところは、そこじゃないものっ」

 

(なんで? なんで?)

(入れて? 入れてよぉ?)

 

「だめったら、だめなんだからあ!」

 

 さらにジャック・ザ・リッパーはキャスターの精神にまで追い打ちをかけている。

 キャスターはその全てから、逃げて、逃げて、逃げて、逃げていた。

 

「死にたくない......まだ私はっ、ジャックちゃんに教えてあげられてないことがたくさんあるのに......!」

 

 しかし、それでも現実というものは残酷だ。

 既にジャック・ザ・リッパーという世界に捕まってしまっている以上、キャスターはケージの中のシンデレラであり、キャスターの必死な行動は、踊りにはなっても抵抗にはならなかった。

 

「ぐっ......!」

 

 下腹部に激痛が走る。あの少女が暴れだしたようだ。

 そのせいでキャスターは飛行バランスを崩し、地面に落下してしまった。

 偶然か必然か、その場所は最初にジャック・ザ・リッパーに囲まれた場所と同じで。

 そのときと同じく、キャスターを囲うジャック・ザ・リッパーの少年少女が、中央のキャスターに向けて手のひらをかざす。

 

 

―――ダメだった、かな。

 

 

 頑張った。

 キャスターは黒のアサシンに仲間になってほしいと必死になった。

 黒のみんなのためになると思ったし、黒のアサシンにとっても良いことだと思ったし、何より自分がもっとこの子と一緒にいたいと思ったから。

 

 

―――あの子に笑われちゃうなあ。

 

 

(バイバイ......そして、ただいま)

 

 

―――さよなら、みんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『 我 が 神 は こ こ に あ り て 』(リュミノジテ・エテルネッル)!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ、眩しっ!?」

 

 しかし、彼女はまだ見捨てられていなかった。

 

 

 

 



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トラブルメーカーと幻想の郷

 直近3話ほどサブタイトルを変更させていただきました。
 想定外に話数が多くなるトラブルが発生したためです。おのれ蓬莱山。


 

 

 

「お怪我はございませんか、キャスター」

 

 "我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)"。

 自らの宝具である旗を基点とし、あらゆる攻撃を受け流す防御を為す結界宝具。

 ......ここ最近はキャスター絡みで使うことが多いと感じるその宝具は、ルーラーとキャスターを球状の結界で包み込み、ジャック・ザ・リッパーの呪いから守りきった。

 

「う~......眩しくて、目がぁぁぁ~~......」

「......無事のようですね。

 ご心配なく、後はお任せを」

 

 そう言ってルーラーはキャスターに背を向け、目線は辺りを囲う怨念体へ。

 例えるならキャンプファイヤか、或いは輪唱か。ジャック・ザ・リッパーは円陣を組んでその視線をルーラーへと集中させる。まるで視線で穴でも開けようかというほどに。

 しかしルーラーは脅えも怯みもしない。その程度で、鋼鉄とも謡われたその精神はびくともしない。

 

「ジャック・ザ・リッパー。貴女たちは聖杯戦争を逸脱した行為をしています。今までの分も含め、ルーラーとしてこれ以上貴女を現世に留めておくわけにはいかなくなりました」

 

 ルーラーは、ジャック・ザ・リッパーにとって天敵である。

 まず、マスターが存在しない。アサシンの基本戦術であるマスター殺しができない以上、正面切っての戦い以外の道がない。

 次に、呪いが効かない。対魔力が規格外のEXランクであるのに加え、結界宝具まであり、一撃必殺の解体聖母が通らない。

 そして、ルーラーの持つ聖なる気と言葉。これは邪なるジャック・ザ・リッパーにとっては致死毒に等しい。

 

「貴女たちの境遇を思えば、情状酌量の余地もあるのかもしれません。ですが、事ここに至ってしまっては仕方がありません。

 貴女たちを、祓わせていただきます」

 

 故に、これより紡がれるは"洗礼詠唱"。

 去りゆく魂に安らぎあれ(パクス・エクセウンティブス)、という言葉で締めくくられるその(うた)は、終焉という名の救済をジャック・ザ・リッパーに訴える。

 これこそが、この怨霊と世界にとって、最上の救いになると信じて......

 

 

 

 

 ルーラーの口が大きく開かれ、息を吸い込―――

 

 

 

 

「はい召し上がれ♪」

 

 

 べしょ

 

 

 ―――もうとしたタイミングで、何者かが口元を手で塞いできた。

 邪魔をするな、とルーラーは口で抗議を送ろうとして、ジョリ、という不快な音と味が口の中に広がって―――

 

 

――ふなっ(砂っ)!? ゴッホゴッホ!! ぅぅえええ!! ゴッホ!!」

 

 ルーラーはむせ返り、膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「あら、お口に合わなかったかしら? オホホホホッ」

「キャスタッ、ゴッホゴホッ、あなたってひとはッゴッホゴッホ!」

 

 ルーラーさん、これだけは言っておく。いや口には出さないけど、内心で大きく叫ばせてもらうわ。

 

 誠に申し訳ございませんッ!!

 

 ただの砂だと侮るなかれ。手に取ってみて気づいたけど、あれは一粒ひと粒にジャックちゃんの呪いが込められた呪詛の塊だ。あれ口に含むとかルーラーさんじゃなかったら確実に汚染されて最悪死ぬくらい危険物。

 そんなものを女子の口中に放り込む私の酷さよ。「この外道がッ!」って怒鳴られても「はいそうです!」としか言えないレベル。

 でもね、うん。こうするしかないんだよ。ルーラーさん。

 君はジャックちゃんトゥルーエンドのための仕方ない犠牲になったんだ......

 

『えっ......?』

『はえ......?』

『ん......?』

 

 呆けたような顔と声のジャックちゃんたち。当然だよね、だって突然上から敵の増援が来たかと思ったら目の前で仲間割れしたんだもの。4コマ漫画もビックリの急展開だよね。

 まあ好都合だし利用させてもらうわ。何せ、ここを逃したらもうジャックちゃん仲間にするチャンス無いだろうからね。うへー、そう思うと緊張してきたぞー。

 

「ねえ、ジャックちゃん」

 

 よし、頑張ろう輝夜。負けるな輝夜。全国74億人のかぐや姫ファン(永琳調べ)のためにも、一肌脱ごうではないか。

 あ、そうだ。折角だからあのいけ好かない妖怪の真似事でもしてみようかしら!

 雰囲気はこうかな? 手元、足元、姿勢、腰つき、でもって目つきと口元をこうして......こんな表情だったかな? よっしゃ!

 

「"幻想郷"って、ご存じかしら?」

 

 やることは至ってシンプル。

 その名も、"あつまれげんそうの郷"作戦~♪

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ねえ、ジャックちゃん―――」

 

 あれ、おかしいな。

 ルーラーをやっつけたお姉ちゃんが、なんだろう、変わっちゃった。

 なんだろう、見た目はお姉ちゃんのままなのに、お姉ちゃんじゃないみたい。

 

「お姉、ちゃん......?」

 

 ねえねえ、何だか"先生"って言われてる人に似てる気がするよ。

 先生? そうなのかな? じゃあ今から何か教えてくれるのかな?

 うーん、でも、どことなく信じられないというか。こういうのなんて言うんだっけ......うさんくさい?

 

「"幻想郷"って、ご存じかしら?」

 

 ゲンソウキョウ?

 げんそうきょう、げんそうきょう、げんそうきょう......わかんない。

 あ、横で呪いと戦ってるルーラーの人もわからなそうな顔してる。いっしょだね。

 

「ここから遠く東方の島国、日本という場所にある、忘れられたものの楽園、"幻想郷"。

 そこには多くの人と、人にあらざる者―――()()がいるの」

 

 じんがい......ちょっとこわそう。

 

「巫女、魔法使い、妖怪、妖精、メイド、吸血鬼、お侍、亡霊、騒霊、鬼、悪魔、神様......宇宙人や不死身の存在までもが人の形をとって、人と同じように生きているの。お茶を飲んで昼寝して、神社に集まって酒を呑んだくれながら、ね」

 

 ええっと、人じゃない、ひとたちがたくさんいるってこと?

 つまり、わたしたちみたいのが、ゲンソウキョウにはたくさんいて、みんな仲良くしてるってこと?

 そんな世界があったら、楽しそうだなあ......

 

「"幻想郷"は全てを受け入れる。寛容に、残酷に。当然貴女のような存在もね。

 私もそこに住んでいるのだけど......貴女たちも、どう? "幻想郷"に住んでみない?」

 

 え?

 お姉ちゃんって、ゲンソウキョウに住んでるの?

 それで、わたしたちを、さそっている......?

 

『わたしたちを......?』

「ええ。大丈夫、住む場所くらいは手配してあげられるから。

 そうね......最初は寺子屋に通うところからかしら。そこで人付き合いと幻想郷のルールを教わって、そしたらもう誰でもいいから紹介しましょう。博麗の巫女に流星の魔法使い、紅魔の吸血鬼とメイドに二刀流の庭師。ああ、永遠亭によく来ているスズランのお人形ちゃんもいいわね。きっとたくさんの人と仲良くなれるわよ」

 

 お姉ちゃんの口からたくさんの、多分だけど人の名前が出てくる。

 たくさんの人と仲良くなれる、かあ。うん、そうなれたらいいなあ。友達とベンキョウして、おはなしして、おあそびして、いっしょに笑うんだ。うん、そうなれたらいいなあ......

 ......でも、いいのかな。

 

『......いいのかな』

「何か、聞きたいことがあるのかしら?」

『うん。わたしたち、いっぱい悪いことしてきたよ。魔術師も、黒のライダーさんも、ホムンクルスさんたちも、いっぱいいっぱい解体しちゃったよ。

 たぶん、これからも続けちゃうよ。ゲンソウキョウでも、きっと悪いことしちゃうよ』

「大丈夫。幻想郷には貴女を止めてくれる人だって大勢いるわ。魔力補充のことなら専門家がいるし、解決してくれるわよ。

 それに、悪いことしたら謝ればいいじゃない。寺子屋の先生なら頭突き一つで許してくれるわよ」

 

 ずつき......いたそうだなあ。

 でも、ちがうんだよお姉ちゃん。そういうことじゃなくて......

 

『......あやまっても、ダメだよ。だってわたしたち、もう......』

 

 もう、わかってるんだ。

 ルーラーさんが言ってたように、わたしたちはもう許されないんから。許されないことをやってきたから。

 お姉ちゃんは優しいから許してくれる。でもそうじゃない人だっていっぱいいる。だから......

 

 

「私が認める!」

『っ!?』

 

 

 え......?

 

「......貴女たちの行動は全て生きるためだったと聞くわ。人道に背いて手を血に染めて、そうまでしてでも聖杯戦争に勝って、幸せな生が欲しかったのでしょう。まだ満足に生きられてすらいない貴女たちがそれを望むのは当然のことだわ。

 それでも多くの命を奪ってしまった。ルーラーさんの言うように、貴女たちには罪がある。それそのものは許されることではないわ。

 それでも......幻想郷に来てもいい、そこで幸せになってもいいと、私が認めるわ。

 だから......」

 

 もうやめて......

 そんな優しいこと、もう言わないでよ......

 わたしたちは、わたしたちだから、だから、でも、だから、だけど、でも、だって......

 

『............さん』

「............?」

『............さん......ま.....たー....』

 

 わからない、わからない、わからない......

 たすけて、たすけて、たすけて......

 

 

 

 コツッ コツッ コツッ コツッ

 

 

 

「......(えん)、かしら......」

「っ......貴女は......」

『......ぁ............』

 

 お、おか......!

 

 

 

「はあい、ジャック。こんなところにいたのね。おかあさん心配したわよ」

『お、かあ、さん......!!』

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「アーチャー、様子はどうですか?」

「マスター、わざわざご足労ありがとうございます」

 

 ジャック・ザ・リッパーの世界の外側。つまりはユグドミレニア城塞前の平原にて。

 突如現れた霧の塊を見るため、フィオレは接続強化型魔術礼装(ブロンズリンク・マニピュレーター)を用いて現地へと赴いた。

 

「変化はありません。あれ以来、この霧の塊のことはわからず、こちらからの干渉は一切受け付けない状態です」

「そうですか......」

 

 黒のアサシンの体から噴出した霧は、キャスターとルーラーを巻き込むように展開し、以降は巨大な霧の塊となって静止した。

 霧は濃く、中の様子はアーチャーの目をもってしても覗けない。

 試しにとアーチャーが中へ入って行っても、気がつけば同じ場所に戻って来てしまった。方向感覚を狂わせる効果は健在なようで、直感などのスキルを持たないアーチャーでは踏破は難しい。

 

「宝具を放てばあるいは、とも考えたのですが......」

「うっ!?......この強い念の元は、セレニケ?」

 

 霧の中心部へと強力な宝具を放てば、あるいはこの霧を吹き飛ばせるかも......一度はそう考えなくも無かったのだが、城で待つセレニケから「カグヤ様に万が一があったらどうするのよムキーッ」と念で訴えかけてくるので、この案は没。

 味方陣営で直感などのスキルを持つのはルーラーと赤のセイバーであるが、赤のセイバーはルーラーの神明裁決くらいでしか呼び出せず、肝心のルーラーが霧の中であるため、これも没。

 

「悔しいですが、我々はここで様子を見ていることしかできないのかもしれません......」

「......無事でいてください。ルーラー、キャスター」

 

 

 できることは静観のみ。

 フィオレと黒のアーチャーは、霧の塊の近くで、祈るように両手を合わせるのだった......

 

 

 

 その時、光が三人を照らした。

 

「「「!?」」」

 

 はっとなって一斉に空を見上げる二人。しかし空は変わらず日暮れの赤黒さを示すのみ。

 よくよく思えば、光は上からではなく横から照らしてきており、光源が近づくと同時に草原を踏みしめ進む機械的で聞き慣れた排気音が―――

 

 

 ぶうううわあああああああおおおおおんん!!

 

 

「って、車ぁ!?」

 

―――黒塗りのワゴン車が、超スピードで突っ込んできた。

 

「マスター、伏せてください!」

「はい!」

 

 アーチャーがフィオレを庇い、腰を落として前に出る。パンクラチオンで車を受け流す構えだ。時速140kmを優に超えるだろう巨体を前に、しかしフィオレにとってその背中は全幅を信頼を預けられるものである。

 しかし、車は二人の予想の斜め横に向かって一直線走っていき、

 

「「えっ?」」

 

 話の中心であった霧の塊の中へと、ノーブレーキで突っ込んでいった。

 直後、

 

 

 ぶうううわあああああああおおおおおんん!!

 

 

 やはり車は、入っていった場所から飛び出てきて、

 

 

 キキキキキキーーッ!...............

 

 

 少し離れたところで、けたたましいブレーキ音とともに静止した。

 

「......何だったのでしょうか」

「......マスターはここに。様子を見てきます」

「ええ、お願いします」

 

 あまりにも突然の来訪者であり、行動も意味不明だ。

 これは流石に気になるところなので、アーチャーが弓矢を手に様子を伺う。

 

「動くなっ......気を失っていますか」

 

 運転席には成人男性が一人。ブレーキを踏みこんだ体制で気を失っていた。

 後部座席には何もなく、その後ろには旅行鞄や土産の品、携帯コンロや寝袋、上には釣竿がついていた。

 

(......おかしい)

 

 車内は一見、ただの旅行人とその物持ちであり、何も不思議なところは無かった。

 しかし、アーチャーは気づいていた。

 

(あの女性......)

 

 車の前にマスターを庇って立ったあの時、後部座席には確かに女性の姿があった。

 彼女が、確かにいたはずだった後部座席に、しかし今は誰もいない。

 アーチャーとしての目に誓って、見間違いということは断じてあり得ない。そして車内には確かに女性がいたと香りが鼻に主張してくる。

 

(ということは......)

 

 アーチャーは無意識的に後ろを見やる。

 そこには、相も変わらず霧の塊が広がっていた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「あら、どうしたのジャック。そんな泣きそうな顔をして。お姉さんたちにいじめられたの?」

『ち、ちがうの......わたし、わたしたちが、わたしたちが......!』

「落ち着いて、ジャック。それじゃあお母さんわからないわ。

 ゆっくりでいいから、聞かせてジャック。何があったのか。ほらっ」

 

 

 ポスンッ

 

 

『あ......』

 

 おかあさん―――六導玲霞はジャックの前で軽く屈み、ヒョイっと持ち上げ、赤子のように抱き抱える。

 それだけ。それだけで抱えられたジャックの表情は解れていき、その感情が伝わったのかジャック・ザ・リッパーたち全員の雰囲気も柔らかくなっていく。

 

 

『おかあさん......あのね、わたしたちね......』

「うん。今日のジャックはどんな楽しいことがあったの?」

『えへへ......あのね、おかあさん。今日はね......』

 

 

 そこからしばらく、キャスターとルーラーは親子の会話を遠くから見守っていた。

 あれは、あの二人が作る空間は、部外者立ち入り禁止、絶対不可侵の空間。ましてや話途中で絶対に茶々を入れてしまう(と思われている)キャスターや、纏う雰囲気が血と鉄の戦場そのもの(に悲しくも見えてしまう状態)であるルーラーが近くにいてはならない。

 そう思ったルーラーが、キャスターを引きずっていく形で、二人は遠ざかった。

 

「......あの、ルーラーさん?」

「..................」

「......い、いやー。親子ってのはいいものねー。見ているこっちまで和んでくるわー......あははー......」

「..................」

「ル、ルーラーさん。もしかして、砂のこと怒ってます?」

「怒ってます」

「あ、はい......先ほどの件は誠に申し訳ございませんでした......深く反省しております故、何卒ご寛容なお取り計らいを......」

「..................」

「お、お取り計らいを......」

「.........ふんっ」

「ひえっ......ご、ごめんなさい......」

 

 先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、ただのポンコツな姿に戻るキャスター。黙しておかんむりなルーラーを相手に、膝を地について両手を合わせて誠心誠意の謝罪をする始末。この憐れな姿、とてもジャックには見せられない。

 呆れたような顔で首を振るルーラー。その様には、許したというより諦めたという言葉が似合う。

 

「もういいですよ......それより貴女に伺いたいことがあります」

「やったー許してもらったーわーーーい」

「.................................」ブォンブォンブワァンブワァン

「あの、無言で旗を振り回さないで? ブォンブォン音鳴ってるから。当たったら間違いなく私死んじゃうから」

「それが狙いですけど?」

「ごめんなさいもうしません調子に乗りません」

「本当に......?」

「.....................うーn」

令呪z」

「絶対にしません! 神に誓います!」

「............ハ~~~...」

 

 ルーラーは、諦めた。

 

「貴女が語った夢物語の話です」

「夢物語?......なんのこと?」

 

 キャスターに心当たりは皆無だ。唸るキャスターにルーラーは問う。

 

「"幻想郷"とやらのことです。

 私には貴女の真名がわかります。私が知る竹取物語に、そんな土地は存在しません。

 貴女は、月から流されて来た姫。物語で貴女が関わっている場所は、平安の都と月の都の二つのみ。そしてその二つを"幻想郷"などという二つ名で呼んだ記載は物語に存在しないはず。

 ましてや、妖精? 亡霊? 鬼? 神様? そんなものが現代世界で跳梁跋扈しているだなんてありえません」

 

 ルーラーにはキャスターの真名が"なよ竹のかぐや姫"だとわかる。()()()()()()()()()()()()()()()()()、その物語で訪れた場所以外には行くことができるはずがない。

 もし仮に、仮にであるが、キャスターの話が本当だと言うのなら、ルーラーの知っている竹取物語それそのものが崩壊する。それよりはキャスターの話が夢物語だとした方が断然現実的だ。

 

「え~? 本当のことなのになあ~。信じてもらえなくてお姉さん悲しいなあ。泣いちゃいそうだなあ~」

「..................」

「ねーねー、ルーラーさーん」

「..................」

 

 やはり、聞くだけ無駄だったか。

 そう思い、ルーラーはキャスターに背を向けた。

 そんなルーラーを尻目に、キャスターは空を見上げ、口を開く。

 ジャック・ザ・リッパーの世界で見上げた空は、星も月も偽りのものであった。

 

「罪人...異端者...外来人...そんな存在を笑顔で歓迎し、我が子のように育て、日々の成長に一喜一憂してくれる。そんな人たちがいたのだから、そんな世界があってもいいと思わない?」

 

 そんなキャスターの弱々しい独り言が、ルーラーに聞こえたような気がした。

 

「カグヤお姉ちゃん、おまたせ!」

 

 黒のアサシンだったときの姿に近い、少し痩せ細った肉体に意識を集合させたジャック・ザ・リッパーの元気な声に、ルーラーは現実に呼び戻された。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「どうやら、心は決まったようね」

「うん!」

 

 ジャックちゃん、いい笑顔に戻ってくれた!

 それだよ、それなんだよ。私はその顔が見たかったんだよ。ジャックちゃんが笑っていてくれれば今の私は満足なんだよ。

 ところでさっき聞き忘れてたけど、横の色めかしい女性はお母さんなのかな?

 

「初めまして。ジャックのマスターの六導玲霞と申します」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。ほうら......ん゛ん゛、キャスターのかぐや姫です。カグヤと呼んでください」

 

 やっば、本名言いかけちまった。

 しかも動揺して真名言っちまった。サーヴァントは真名隠すのが基本って横にいるルーラーさんに教えられたばっかりなのに。

 ......(/ω・\)チラッ

 

「......はぁ~......」

 

 案の定ルーラーさんは私を見て頭を抱えてた。穴があったら入りたいよぉ......

 ルーラーさん、私の話信じてもらえてないっぽいし、嫌われちゃったのかなあ。

 

「カグヤさんですね。この度は娘がお世話になっております」

「いえいえ、私のほうこそジャックちゃんとは遊ばせてもらってます......ジャックちゃんから私の話を?」

「はい。何やら楽しい遊びを教えてもらったとか、ゲームがとてもお強いとか」

 

 [悲報]ジャックちゃんのお母さんから見た私、ただの不審な遊び人だった[泣きたいときほど涙は出ない]。

 第一印象ただのニートやんけ! しかもめんこい娘を連れ込んで遊んでるとか不審者やんけ!

 えっ? 今ってもしかして不審者が保護者に見つかった現場なの? お世話になってるってそういうこと? 呑気に挨拶かましてる場合とちゃいます? 初手土下座しなかった時点で詰んでるバケーション? 六道お母さん激おこぷんぷん丸?

 ......(/ω・\)チラッ

 

「......?......」

 

 あ、そうでもなさそう。六道お母さんのほほ~んとしてる。

 よ、よし。それならそうとお姉さんはお姉さんを通して見せよう。よしんば実は悪く思われてたとしてもシラを切り続けてればその内丸く収まるって!

 

「そ、そうですか。娘さんにも楽しんでもらえていたようで何よりです。

 ジャックちゃんは笑顔が可愛いもので、ついつい一緒になって遊んでしまうんですよね」

「そうですか。良かったわねジャック、いいお姉さんに遊んでもらって」

「うん! お姉ちゃん大好き!

 あ......も、もちろんわたしたちが一番大好きなのは、おかあさんだよ?」

「あらあら、ありがとうジャック。おかあさん嬉しいわ」

 

 お、おう。なんだ、この親子がかもし出す日常的な雰囲気は。眩しいぞ。

 あ~、家庭的な雰囲気に中てられちまった~、帰りたくなってきちまったよ~。永琳は泣いてないかしら。イナバたちは元気してるかしら。あの子たちのふわふわをなでなでする時間が恋しいわ~。

 あ、言うまでもなく元気なのが向こうに一人いたけど、今なにやってるのかしらね。ふふっ、案外近くまで来てたりして。

 

「さあ、ジャック。大好きなお姉ちゃんに、貴女たちの思いを言ってごらん」

 

 六道お母さんがジャックちゃんをだっこした。ジャックちゃんの目線の高さが私と同じになる。

 

「うん! わかった!

 カグヤお姉ちゃん! わたしたち、ゲンソウキョウってとこ、行ってみたい!

 

 ジャックちゃんが笑顔とともに言った言葉は、私が心から聞きたいと欲した言葉だった。

 うわぁ、嬉しい。超嬉しい。

 

「ジャックちゃん、本当にいいのかしら?

 貴女の行くことになる幻想郷は、思っていたより殺伐としたところかもしれない。飢えや渇きに苦しむことになるかもしれない。雰囲気が合わなくて馴染めないかもしれない。それでも―――」

「―――それでも! わたしたちはゲンソウキョウに行きたい! 行って、おかあさんとしあわせになりたい!」

 

 ......ジャックちゃんの声には、迷いがない。力強くて大きい、真っ直ぐな意思が込められた声だ。

 これは、もう大丈夫かな。

 

「カグヤさん、宜しいのでしょうか。私は、お母さんがいなくても貴女たちは大丈夫だと言ったのですが......」

「ダメだよ、おかあさん......わたしたちはおかあさんと一緒じゃないとヤダよ。おかあさんと一緒に、しあわせになりたいんだよ」

 

 目元をうるうるさせて六道お母さんにそう言うジャックちゃん。かわいすぎか。反則級だよ。ノックダウン不可避。

 

「ねえ、カグヤお姉ちゃん。おかあさんと一緒じゃダメかな......?」

「いいえ、問題ないわよ。それが貴女の望みであるならば、ね。

 そもそも、貴女たちや私は、自分達の好き勝手な願いを叶えるために集まったんじゃなくて? ねえ、ルーラーさん?」

 

 ルーラーさんを見ると、不服という文字が表情に浮かんでいた。この戦争はそういうものだって聞いたのだけれど、違うの?

 

「聖杯戦争をそんな解釈で考えられるのは、貴女と獅子劫界離(赤のセイバーのマスター)くらいのものです......ですが、間違いではございません。

 聖杯は万能の願望機です。令呪一つでさえ短距離の瞬間移動を可能にするくらいですから、キャスターの言う"幻想郷"が真に存在するのであれば、聖杯はその願いを叶えられるでしょう」

 

 そう、聖杯ならね。

 いや、ユグドミレニアの地下からぶっこぬかれるときに一瞬だけ見れたけど、あの魔力の塊は凄いね。知り合いの魔法使いに持っていったら卒倒しちゃうんじゃないかな。永琳に見せたらどんなリアクションするんだろ......見つめたまま無言で半日立ち尽くすってのが一番ありそう。

 

「監督からのお言葉なら、間違いはないわね。

 ジャックちゃん、願いは決まった?」

「うん! おかあさんと"ゲンソウキョウ"に行く!」

「ありがとう、ジャック。お母さんも思いは一緒よ」

「うん! いっしょ! ずっといっしょがいい!」

 

 ―――さて、願われてしまったか~。

 ()()()()()()()()が、()()を聞いてしまったか~!

 ならば、やることは一つだね!

 

「聞き入れたわ、その願い。

 そんな貴女たちには、一つ()()を与えましょう」

「なんだい?」

「そう、難題。挑んできた者が尽く敗れ去っていった、なよ竹のかぐや姫の新難題よ」

 

 首を傾げるジャックちゃんに、右手......は傷のせいで動かないから左手を差し出す。

 ジャックちゃん、並びに六道お母さん。この二人が私の難題への挑戦者であり、世界で一番新しい竹取物語の登場人物。

 物語で紡がれた縁は、現実と幻想の境界を越えるに能うのか。それは私にもわからないけれど。

 

「"遠き幻想の郷(マッドロータスランド)"、貴女達に解けるかしら?」

「―――うん! よろしくね、カグヤお姉ちゃん!」

 

 迷いなく、力強く私の左手を握り返してくる小さな命を見れば、何だかやってくれそうな気がしてきた。

 さて! じゃあそろそろ締めくくりと行きますか!

 こういう場面は、歌で終わるのが定番だよね!

 一番! カグヤ、歌います! 歌って言うより詩だけどね!

 

 

『求めよ、挑戦者たち。縁遠かれども、幸薄かれども、道見えざれども、力及ばざれども、欲したものを求め続けよ。究極の一品を、至上の一味を、その果てに辿り着く最高の物語を手にせんと進む貴女たちに―――』

 

 繋いだ手を、ゆっくりと魔力が伝う。それはジャックちゃんから六道お母さんへと続き、一本の縁を作り出す。

 

「ねえねえおかあさん。ゲンソウキョウは今よりもっと楽しい世界だよ」

「ええ、そうだといいわねジャック」

「うん! わたしたちと仲良くしてくれる子とか、ベンキョウをおしえてくれる先生とか、いーっぱいいるんだよ。

 お外に出たら、カグヤお姉ちゃんにゲンソウキョウのこといーっぱいおしえてもらうんだ! いーっぱい!」

「うんうん。嬉しそうねジャック」

「もちろん! おかあさんがいっしょだもん!」

「そう。ありがとう、ジャック」

「うん!」

 

 

『―――生あれ。救いあれ。光あれ。生あってこそ人は死ぬに能うのだから。救いあってこそ人は懸命に生きるのだから。光あってこそ人は生きようと進めるのだから』

 

 

 

 バチリ、と。

 縁は結ばれた。

 

 

「宝具―――『五 つ の 難 題』(さあ惑へ夜這い求める俗どもよ)

 

 

 願わくば、この子供たちの情景が、こんな暗くて息苦しい都ではなく、明るくて綺麗な郷になってくれますように。

 

 

 

 



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トラブルメーカーと恐怖の協力者

 

 

「たっだいま~♪」

 

 夕日も西の地平に落ち、お腹を刺激する香ばしい匂いが台所からもたらされてくるミレニア城塞の城門前。

 アサシンの襲撃に備えて警備中の殺伐としたホムンクルス兵たちの耳に、場違い極まりない呑気な声が響き渡る。

 

「......ええっと、おかえりなさいませ......」

「......お待ちしておりました......」

 

「ん? どうかした?」

 

 出迎えたホムンクルスの表情に浮かぶ、唖然の一文字。

 それもそのはず、

 

「ねえねえおかあさん、ここ、ミレニア城塞っていうんだよ!」

「そうなの。立派なお城ね」

「うん! ここでお姉ちゃんといっぱい遊んでたんだよ!」

「そうなの。なら今日からもっと遊べるわね」

「うん! おかあさんもいっしょだよ!」

「ええ。ありがとう、ジャック」

 

 何故か敵であったはずの黒のアサシンとそのマスターが、ルーラーやキャスターと共に仲良く歩いてきていて、

 

「...........................」

「......アーチャー、その、頬は大丈夫ですか?」

「......ご心配なく。見た目のわりに痛みはそこまでありませんから......」

「......そうですか......」

 

 その後ろ、どこか居たたまれない雰囲気で歩くアーチャーが、右の頬にデカデカと赤い紅葉形の腫れを刻んでいたからだ。

 

「......みんな、姉ちゃん。何があったんだ?」

「カウレス......実は......」

 

 一足遅れて来たカウレスがフィオレに説明を求める。

 時は少し前、キャスターたちがジャック・ザ・リッパーの世界から戻ったところまでさかのぼる......

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ふう―――おかえり、ジャックちゃん」

「うん―――ただいま、カグヤお姉ちゃん」

 

 ぷはー、澄んだ空気が気持ちいい!

 あの世界は空気が悪くてねえ。喉がむせるわ目元がむずむずするわで気になって気になって。まあ、全身がジャックちゃんに包まれてるみたいだったからそれはそれでゲフンゲフン

 あ、霧の世界そのものになっちゃったジャックちゃんがこっちに戻って来れないかも疑惑あったけど......良かった、戻ってこれてる。ルーラーさんが首傾げてめっちゃ不思議そうにしてるけど、令呪とか縁とか絆とかその他諸々で何とかなったんでしょ(適当)

 

「もしかして貴女のせいですかキャスター」

「いやいや私は何もしてないですわオホホ」

「............」

 

 めっちゃ疑ってくるやん。

 ルーラーさん私のことめっちゃ疑ってくるやん。

 え、私ルーラーさんに疑われるほど何かしてたっけ?

 いやいや、違う。仮に、仮に何かしてたとしても、やったのは私じゃなくて、聖杯から勝手に付けられたこのトラブルメーカー(身に覚えのないスキル)だから。よって私は悪くない。Q.E.D(証明終わり)

 

「..................」

「マスター、まずはルーラーに話を聞きましょう。何があったのか正確に知るには、彼女と話をする以外に考えられません」

「そうですね......すみません、ルーラー。いったい何があったのか、教えていただけませんか?」

 

 フィオレさんがルーラーさんに近づく。当然、サーヴァントであるパンツライオンさんもそれに続いて、二人が私の前を通ろうとする。

 そのパンツさんの右肩を、私は左手で軽くトントンと叩く。

 

「......? なにk」

 

 

 パシイイイィィィン!!

 

 

「っ!?!?」

 

 

 っっしゃあああああ!! クリィィィィンヒットォォォォォォォォ!!

 右の頬に平手で気持ちいいイッパツをクれてヤッタわ! イイ音したな~♪

 これぞ、もこたんを相手に日々研鑽を積んできた蓬莱山ガ奥義ノ一"飯後の油断しきったもこたんを暗殺する平手打ち"である! 本家本元の体で本気でやれば首があらぬ方向に――(ピー)きれ、根本から――(ピー)とぶこともあれば逆に脳だけ―――(ピーーー)することもあるのだ!

 

「ッッッ......キャスター、なにをする......!?」

 

 まあ、パンツさんがまだ話せているように、この体だと気絶すらさせれなさそうな威力だけどね。でもパンツさんに喰らわせるなら、不意打ちが真骨頂のこれが一番効くと思った。

 どうでもいいけど、引き締まったパンツさんの頬だと平手の感覚が違うなあ。これはこれでイイ音がしてイイかもしれないけど、私はもこたんのあの澄ました顔つきのわりにむにむにしてるほっぺたがやっぱり一番いいかなあ。あ~、やりたくなってきた。次に会ったら問答無用でイッパツかまそう、そうしよう。

 

「アーチャー!?」

「キャスター! 貴女なにを......!?」

「お姉ちゃん......?」

 

 おっと、周りから変な目で見られているぞ。一刻も早く弁明しなければ。

 

「パンツさん」

「その呼び名はやめろ」

「私の右肩の傷を見なさい。これは貴女がジャックちゃんに射掛けたときについた傷です。

 何故貴方がそのようなことをしたのか、敢えてそれは問いません。

 ですが覚えておきなさい。ジャックちゃんを傷つけようとする人は、神や仏が許しても私が許さないということを」

 

 ジャックちゃんに矢を討ちやがったな! 許さないぞぷんすかー!

 という文をルーラーさんフィルターに通すと大体こんなかな? と思って話しました。

 言いたいことは言えてスッキリしたんで、ふんっ!って感じで振り返って―――

 

 

 

 

 

 

「......キャスター、あんたってやつはホントに......」

「カグヤお姉ちゃん、すごいでしょ!」

「うぇ!? く、黒のアサシン......そ、そうだな......」

「えへへ~」

 

―――今に至る。

 

「カウレス、城塞に異変は?」

「無いよ。赤のライダーが来てからは何もなくなった。

 ゴルドとセイバーは工房で復旧作業に詰めていて、セレニケとロシェもさっき会って普通に元気そうだった。アカは見てないけど部屋にいるだろうし、問題ない。

 全員揃ったし、夕食にしないか、姉ちゃん」

 

 もう日が暮れて結構経っている。

 言葉には出さないが、全員お腹がペコペコだった。

 

「そう......ではみんなでお夕飯にしましょうか」

「おっけー! 私はアカ君呼んでくるね~。ルーラーさん一緒に来る?」

「え、私ですか?......わかりました」

「おかあさん! みんなでごはんだ!」

「そうね。皆さんに挨拶しないとね、ジャック」

「アーチャー、ロシェやセレニケへの声掛けをお願いします」

「わかりました、マスター」

「......それと、頬を冷やしてきてください」

「......わかりました、マスター」

 

 こうして皆が食堂に集まる中、

 キャスターとルーラーは、アカの部屋へと向かう。

 恐らく―――焦燥や疑心で酷く取り乱しているだろうアカの元へ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......なんで......どうして......!」

 

 人と人は協力して暮らしていると聞いた。

 皆で力を合わせて平和を作っていると聞いた。

 

「おかしい......おかしいだろ......!」

 

 なんだったんだあの世界は。

 どういうことなんだあの光景は。

 

「嘘だったのか?......間違いだったのか?......」

 

 いったい何が正しいんだ。

 いったい誰が本当なんだ。

 

「誰か......誰か......!」

 

 

 トンッ トンッ

 

 

「っ!?」

 

 誰かが来た。

 何かを言っているが、聞き取れない。

 言葉を出したいが、声が出ない。

 扉のもとへ行きたいが、体が脱力していて、立ち上がれない。

 何も、できない。

 

「.....................」

 

 もしかして、黒のアサシンか。

 さっきはカグヤがいたからそちらを狙ったが、今度はこっちに来たんじゃないか。

 いや、もしかすると黒のサーヴァントの誰かか。

 聖杯戦争は全員のバトルロイヤルがそもそもだと聞いた。赤との戦いに不要と思われた僕を誰かが殺しに......

 

『アペリオ』

 

 っ!?

 解錠された!?

 まずいっ、早く逃げないとっ。

 心臓が全力で警鐘を鳴らす。身体中に動けと血液を送る。

 

「はぁ......はぁ......! くっ......!」

 

 なのに、動かない。

 頭では逃げないといけないことがわかっているのに、体に力が入ってくれない。

 なんでだ、どうしてなんだ。

 動け、動けよ。

 動け、動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け!!!

 

 

 

 ギュッ

 

 

 

「あっ......!?」

「ごめん、マスター。一人ぼっちにさせちゃったね。

 よしよし。ほーら、もう大丈夫だから。落ち着いて、心配しないで」

「あ......カグ......ヤ......?」

「うん、カグヤ。あなたの味方、あなたのサーヴァント」

 

 落ち着いて、ゆっくり振り返ってみれば、そこにいたのは自分のサーヴァントで。

 いつもはどうにも頼りなくて、こっちが不安になることもあるけど、いざというときは絶対に自分に味方して助けてくれるカグヤで。

 入り口のところには、絶対の味方ではないらしいけれど、誰よりも信頼できるルーラーがいて。

 

「あ......あ......!」

「よーしよしよし。泣け泣けー。困ったときは泣いちゃえばいいのよ。我慢とか遠慮とかはいらないわ♪」

「う......うあ.........!」

 

 たまらず、俺は声を上げて泣いた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ほい、あーん♪」

「あ......あーー......ん」

「よしよし。よく噛んでお食べなさい。ひとくち30回噛むのがノルマよ」

「ん......カグヤはどうしてそんなに医療関係に詳しいんだ?」

「従者が世界一の名医なのよ♪」

「キャスター、ありがちな嘘をアカ君に言わないでください」

「えー?」

 

 嘘って言うなよぉ。本当のことなんだぞぉ。

 アカ君の部屋を訪ねたら、案の定アカ君がグロッキーでベッドに倒れてました。あの刺激的な世界(ジャックちゃんワールド)に行ってから出るまでずっと視界共有しちゃってたからね。生まれたばかりのこの子には衝撃的だっただろうね。

 それでも何かあったときのためにずっと耐えて視界共有し続けてくれたアカ君を、私は誇りに思うよ。

 私? あんな穢れとか余裕よ、余裕。伊達に覚悟して地上マイライフ選んでないわ。

 

「カグヤ、すまない。いろいろと洗ってくれた上に、食事まで取ってきてもらっちゃって。

 ルーラーもすまない。部屋を借りてしまって」

 

 アカ君の部屋に来たときはなかなかヒドいことになってた。アカ君が我慢できずに戻しちゃったものが散ってたからね。全部ひっぺがして現在ホムンクルスさんたちに洗濯してもらってる。

 部屋も臭いから、今は換気中。ルーラーさんの部屋に集まって三人で食事してるの。およよ、このパスタうまか。

 

「ばーか。そこはありがとうって言うところだわ、アカ君。それにこんなのお安いご用よ。永琳が実験に失敗して一週間寝込んだときに比べればね」

 

 あのときはヒドかったなー。意気揚々と紫色と茶色の薬を混ぜ合わせたらドッカーンといっちゃったらしくてね。爆発音がしたからまーたもこたんがご乱心したかと様子を見に行ったんだけど、見たら黒焦げの永琳が

 

 ( ゚□゚)

 

 こんな顔して立ったまま放心してるんだもの。ほんでしょうがないから永琳を診療用ベッドに寝かせて実験室を掃除。二時間くらいかけて割れたガラスとか散らかった書類とか掃除し終わって

 

「永琳~、起きて~」

 

 って声かけに行ったらまだ

 

 ( ゚□゚)

 

 だったもんでね。

 それで起こして立ち直ったと思ったら今度は大泣きして部屋にこもるし。鈴仙もあわあわして挙げ句泣き始めてたし。私とてゐでそれ見て大爆笑しながら家事やってね。面白かったなー♪

 

「困ったときはお互い様ですよ、アカ君。貴方はもっと人を頼っていいのですよ。人とは協力して生きていくものなのですから」

 

 ルーラーさんがそう言ってアカ君に微笑みかける。人を安心させる笑顔、自然と心に染み込むお言葉、存在そのものがカリスマ、まるで聖女みたいだあ......

 

「......本当に、本当に俺は、人間を頼っても、人間を信じてもいいのだろうか......?」

 

 あー、アカ君の食の手が止まっちゃった。バクバク食べ続けるルーラーさんとは対称的だなあ。

 さてと、人を信じるか、信じないか、ねえ。

 

「黙らっしゃい」

 

 いいからこのパスタを食えと、アカ君の口にフォーク巻きのパスタをねじ込む。おお、ちゃんと30回噛んで食いおった。すばらすばら。

 

「キャスター、貴女何を......!?」

「いい、アカ君。この地上の人間は皆(すべから)く穢れに満ちているわ。そんな人間たちと関わりを持って、傷つかないでいられるなんてこと、どこの幻想にも存在しない。だから人間を頼っていいか、信じていいかなんてことは、聞くのも無意味で答えるのも無価値よ。

 嫌なら、人と関わらないか、穢れを無くすかしてつまらない生活を送ることね」

 

 まあ、私はそっちのほうが嫌だから逃げたのだけれどね。と付け加えて今度はオニオンスープを飲む。いやー薄めの味付けがこれまたニクいね。何杯でもいけるわ。

 

「じゃあ、俺はどうすれば......」

「んー......自分で決めてって言うところだけど......」

「キャスター、流石に酷です」

「だよねー」

 

 意外とここらへん、ルーラーさんと意見が合う。これをキッカケに仲良くなりたいなあ。

 お、いいこと思い付いた......そこ、ルーラーさん。嫌な予感がするみたいな眼で私を見ないで。私の協力が貴女にはそんなに恐怖なのか。

 今回のは極めてまともで危なげないことだから。

 まだまだ不安げなアカ君を見て、私は笑顔でこう言った。

 

「じゃあ、試しに明日、町を散歩でもしてみよっか?」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......と、いうことがありまして、黒のアサシン及びそのマスターも、今後は同じ黒の陣営として戦っていただけることになりました」

「以降、よろしくお願いいたします。ジャックのマスターの六導玲霞と申します。娘のジャック共々、お世話になります」

「よろしくおねがいします!」

 

 食堂にて、フィオレの前紹介を挟んでからの、黒のアサシンとマスターの挨拶。

 

「........................」

「はむっ......もぐもぐ......うんっ。はむっ......」

「........................」

「......はあ..........」

 

 案の定、反応は皆無である。

 ロシェは一目見るだけですぐに目の前の食事に戻り、ゴルドは意に介さずに目の前の食事を食べ、セイバーはマスターからリアクションがない限り動かず、それを見てカウレスはため息をつく。なお、セレニケは"黒のアサシン"と聞いた瞬間から血相を変えて工房に引きこもった。

 

「ええっと......それじゃあ黒のアサシンとマスターさんも、ユグドミレニアが誇るディナーの味をお楽しみいただければと存じます。それから、短い付き合いかもしれませんが、これからよろしくお願いいたします」

「はい。よろしくお願いいたします」

「おかあさん! おいしそう!」

「そうねジャック。でもまずはおててを拭いて、いただきます」

「うん! いただきます!」

 

 その様子を見て、フィオレは自分の席、カウレスの隣の席へと戻り、

 

「はぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ~~~......」

 

 それはそれは深いため息をついた。

 

「姉ちゃん、キャスターはどこに行ったんだ?」

「知らないわよ~。たぶんアカ君のところじゃないかしら? も~、こういう取り持ち的なこともキャスターがやりそうだったから、黒のアサシンの仲間入りを渋々了承したのに......」

「あるいはダーニックがいれば、か。何はともあれ、お疲れ姉ちゃん」

「本当よ~......これからどうやって黒のアサシンたちを打ち解けさせていけばいいのよ......」

 

 黒のアサシン及びマスターと、ユグドミレニア陣営メンバーの関係性は、

 

 

 対フィオレ......わりと何度も怖い思いをさせられており、苦手意識が強い。

 対カウレス......奇跡的にノーダメージなため、中立。

 対ゴルド......ホムンクルスを何体も傷つけられ、ご立腹。

 対ロシェ......ゴーレムを何体も傷つけられ、ご立腹。

 対セレニケ......命の危険に晒されて、アストルフォも殺されてで最悪の一言。唯一愛しのカグヤがアサシンと仲が良いのが救い。

 対セイバー......ゴルドが何もしない限り、中立。

 対アーチャー......アサシンに対し警戒心MAX。さらにキャスターにも警戒心MAX。友好関係とかいう次元ではない。

 対ルーラー......アサシン、というよりはアサシンと何か良からぬことをしそうという意味でキャスターの方が気がかり。

 対キャスター......完全に姉妹。最高の一言。

 

 

 と、超イレギュラーな一握りを覗いて基本的に悪い。いくら赤の陣営という共通敵がいるとしても良好な関係を築くには途方もない労苦が予想される。

 

「なあ姉ちゃん。打ち解けさせたいって言うが......」

 

 頭を抱えてばかりのフィオレに、カウレスが助言を言う。

 

「別に、あれと仲良くしなくても構わないんじゃないか?」

「えっ......?」

 

 そう言うカウレスは、なぜか自信に満ち溢れていて、どこかの英雄を思わせた。

 

「所詮、これは聖杯戦争だ。同じ陣営とはいえ、敵と言えば敵だろう。手を取り合って仲良くしようとしていたライダーを否定するわけじゃないが、別に無理して仲良くする必要がないのは確かだろう。

 要は、決戦のときに不和や連絡不足で足並みが揃わないようなことにならなければいいんだ。違うか?」

 

 フィオレは思わず、食事の手を止めてカウレスの話を聞き入ってしまった。話の内容もそうだが、それよりも一番は、自分の知ってる弟はこんなに立派だったっけ? という驚愕であった。

 

「カウレスの言う通りです、マスター」

「アーチャー、貴方まで......」

「戦場では、味方とする者を選べないことも多くあります。それはもう、敵を選べないこと以上に。

 そういうときは、無理に手を取り合わないほうが良いときもあります。多少互いに思うことがありながらも、同じ敵を前にしているのだからと肩を並べる。そういう信頼もあります」

「そうなのですか......」

 

 フィオレは黒のアサシンとマスターのほうを見る。パスタを食べて、マスターがアサシンの汚れた口元を拭き、アサシンがとても嬉しそうにしている。

 うん、彼女らはもう二人で世界を完成させていた。新たに外部から誰かが入れる余地はもうない。ロシェやゴルドだって、アサシンたちには微塵も興味が無いだろう。ホムンクルスバカとゴーレムバカは伊達じゃない。

 

「面倒ごとがあれば全部キャスターにぶん投げちまえばいいんだよ、姉ちゃん」

「それもそうね。悩んで損したわ」

 

 その言葉に今日一番の気楽さを覚えたフィオレは、ようやく目の前の食事を食べ始めた。

 思えば大変な1日だった。キャスターは無茶苦茶な行動をするわ、赤のライダーは突撃してくるわ、黒のアサシンと勝負したと思えば仲間になるわ......その疲れを自覚した途端、フィオレに強烈な食欲が襲いかかった。

 

 

 

 

 

―――もう、どうなってもいいや。

 

 

 

 

 

「姉ちゃん! 正気になれ! 今が立ち止まるチャンスだ!」

「マスター、その、お気を悪くしないでいただきたいのですが、カロリーは......」

「うるさいうるさいうるさい! もうダイエットなんてしてられないわ! ルーラーを見てよ! なにあの食事量に対してあのプロポーション! こっちは足のせいで運動できないから必死に食事制限してるってのに! もう知らない!」

 

 その日のフィオレの食事は、ルーラーを優に越えるウルトラダイナマイト級の量であり、カウレスとアーチャーにドン引きされながら食い続ける姿は、ユグドミレニアの歴史に新たな一ページを生んだ。

 翌朝、フィオレはそのことを思い出し、顔や二の腕に溜まったものを実感して、号泣した。

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーと黒の休息(前編)

 

 

 

「用意していたジャンボジェット機は揃っています。今夜にでも出発は可能です」

 

 簡単な朝食の後、フィオレの号令のもと会議室に集まった皆が聞いた第一声は、簡素にわかりやすく、最後の大決戦へと意識を向けさせるものであった。

 

 

「以前話していた通り、空中庭園突入にはジャンボジェット機を使用します。

 こちらの戦力は、黒のセイバー、赤のセイバー、アーチャー、ルーラー、アサシン、キャスター。そしてそのマスターと、使役するホムンクルスやゴーレムたちとなります。

 予定通り、キャスターが唯一の飛行戦力として相手を撹乱し、ルーラーがこちらの防御を担当、アーチャーが赤のライダーを引き付け、黒のセイバーは空中庭園の砲撃を相殺しつつ赤のランサーが来ればそこに集中、赤のセイバー及びマスターの行動はお任せします」

「ねえねえ、わたしたちは?」

「黒のアサシン及びマスターに関しては、保有する能力を伺ってから追々考えさせていただきます」

「だって、おかあさん」

「そうね、ジャック。皆さんとお話しなきゃだね」

「うん!」

 

 椅子に座る六導玲霞と、その膝の上に座って足をパタパタさせている黒のアサシン。新戦力である二人は、どこか楽しそうであり、同時に少し浮いてしまっていた。

 そんな彼女らに近づくとびきりデカイ影が一人。それを見てアサシンが横にどき、構える。

 

「まさかアサシンが仲間入りするとはな。あんたがマスターか、挨拶が遅れた。

 赤のセイバーのマスター、獅子劫界離だ。お互い仲間になった以上は、恨みっこ無しでよろしく」

「......フンッ」

 

 獅子劫界離と赤のセイバーも、フィオレの誘いを受けて車で城塞へ急行していた。ちなみに「話し合い?......円卓か!? よっしゃあ今度こそ遅参してたまるかあああああああ」と燃え上がったセイバーが運転したせいで、車はべっこんべっこんで獅子劫はヘロヘロだった。

 

「六導玲霞と申します......日本の方ですか?」

「......驚きだな。失礼だが日本人には見えなかった」

「お互い様では無くて?」

「それもそうだなあ。俺も日本じゃよく外人と間違われてた。パスポートを見せろと言われても対処できるよう、運転免許証と保険証は肌身離さず持ってたっけな」

「わかります。私も面接のときにいつも国籍か出身地を尋ねられ、日本と言うと怪訝な顔をされたものでした......」

「どうもあんたとは仲良くやれそうだな。これからもよろしく。通訳は任せてくれ」

「まあ。ありがとうございます。長いことジャックに頼りきりでしたから助かるわ」

「安いご用だ。はっはっは」

「ふふふ」

 

 とても仲良くなれそうなお二人である。

 

「フシャーーー!!」

「ふしゃーーー!!」

「ナーゴゴゴゴゴゴ!!」

「にゃーごごごごごご!!」

「......そこまでにしておけよセイバー。これからは味方なんだ。野良猫の喧嘩みたいな真似はよしてくれ」

「ジャックも、ほら、落ち着いて」

「......フンッ」

「......ふんっ」

「「はぁ~......」」

 

 ひどく仲悪そうなお二人である。

 

「......話を戻してよろしいでしょうか。

 以上、これを我々"黒"の陣営が望める最高戦力とし、次の夜、つまり明日の日没後、空中庭園へと向かいます」

「......フィオレさん、一つ質問していいかな?」

「何でしょう、ロシェ」

 

 ゆっくりとロシェが手を上げる。彼の右手には既に令呪は無いが、ユグドミレニアの一員としてここにいる。

 

「明日の夜に出発って、結構急な話だと思う。何か理由があるのかな?」

「あっ、それそれー。私も気になってましたー!」

「......カグヤ、ちょっと静かに......」

 

 ロシェの話に乗っかってきたうるさいのがいた気がするがそちらに目を向けないよう、フィオレはロシェを見てこう話す。

 

「現在、聖杯は赤のアサシンが作った空中庭園の中に格納されて、今もなお空を飛び続けていることはご存知かと思います。その空中庭園がもしルーマニア国外に出ると、我々ユグドミレニアが聖杯の所有権を失ってしまうのです」

「......なるほど。それだと我々が勝ったときでも、願いを叶えられなくなるということですね」

「そう。それに黒のアサシンが赤のライダーへ与えてくれたダメージもあります。アーチャーの見解では到底回復できるものではないということですが、赤のライダーの強さを思えば、治される前に攻めたほうがいいのは当然でしょう」

「なるほどね」

 

 途中からは周りに目を配らせながら、フィオレは自身の出した結論を述べる。

 どこか機械的なそれは、しかし―――

 

「いささか性急だな」

「......獅子劫さん、何故でしょうか」

 

 どこか焦っているように、赤のセイバーのマスターは感じた。

 

「俺から言わせれば、こっちの陣営の戦闘力が向こうの陣営の戦闘力と拮抗してるとは、お世辞にも言えない。いくら黒のセイバーが強く、俺のセイバーが最強で、ルーラーの防御が堅いものだとしてもだ。

 そのへんは、実際に戦ったサーヴァント達が一番わかってると思うが、どうだ、黒のセイバー、あんたの話を聞いてみたい」

 

 突然話を振られ、困惑する黒のセイバー。

 ちらと己が主の顔を伺えば、いかにも「好きにしろ」とでも言いそうな顔をしていたので、黒のセイバーは正直に話すことにした。

 

「赤のランサーは手強い相手だ。恐らく、俺は彼に釘付けにされるだろう。

 黒の陣営のサーヴァントが敵と順当に当たるとすれば、俺が赤のランサー、アーチャーが赤のライダー、黒のアサシンとキャスターが赤のアーチャー、ルーラーが赤のアサシン、そして赤のセイバーが本丸に攻め入るということになるだろう。

 一見、戦力は十分のように見えるが、それは全て上手く行けばの話であって、誰かがどこかで想定外の一手を打たれたときに、保険が効くものではない」

 

 黒のセイバーは、あえて主観的にものを話した。それが望まれていることだと思ったからだ。

 

「なるほど。それなら戦う当人達にも話を伺いたいものだ。まずはアーチャー、勝算はどうなんだ?」

「......彼が踵に受けたダメージは甚大のように見えました。恐らく、戦闘力にも少なからず影響があることでしょう。

 それでも、私が彼に必ずしも勝てる、とは到底言えません。想定される戦場は空の上で、彼は戦車で空を飛べるからです。まずは戦車をどうにか墜とし、同じ飛行機上という土俵の上に立たせ、それからどうするかということになりますが......あれは正真正銘の大英雄です。勝算は決して高くはない」

 

 黒のアーチャーの表情は、明るいものではなかった。

 そもそも、赤のライダーを相手に自身の勝算が高いと言えるサーヴァントなど、今回の聖杯大戦では誰もいないだろう。黒のアーチャーが赤のライダーと戦うのは、唯一()()()()()のが黒のアーチャーだけということであった。

 

「黒のアサシンはどうだ? 俺は赤のセイバーとあんたが戦ったのを見てたから、聞いた話と合わせて、ある程度あんたの戦闘スタイルはわかるつもりだが」

「わたしたち? うーんと、赤のアーチャーさんは女の人ってカグヤお姉ちゃんに聞いたから、解体するだけだよ?」

「なるほど。じゃあ黒のアサシンは、雨のように降り注ぐ矢を全部かわして、赤のアーチャーに宝具を喰らわせられるのか?」

「えー!? 雨みたいな矢ってなると、きびしいかも。きびしいよね。そうだよね。

 それにそれに、矢なんて避けたことないからなあ。上手くできるかなあ、ねえ、おかあさん?」

「あらあら、ジャック、不安になっちゃった?」

「うん。今夜はいっしょに寝てほしい......」

「大丈夫よ、ジャック。お母さんはいつでも一緒よ」

「うん!」

 

 黒のアサシンも、不安の色を隠せない様子だ。

 

「ルーラーさんよ。防御に関して、あんたの宝具は遠距離攻撃に対してどれだけの堅さと範囲がある?」

「堅さであれば、アサシンの砲撃もアーチャーの狙撃も問題ありません。

 しかし、範囲となると難しいですね。この宝具は防ぐというよりは受け流すほうが使い方として適しているので、弾幕のような広範囲の砲撃や、雨のような矢、それら全てを完全に受け止めることはできません」

 

 ルーラーは、聞かれたことに淡々と事実を述べる。

 そして段々と、フィオレの顔つきが険しくなってきた。

 

「で、そこの赤のキャスターさんはどうなんだ?」

「ん、お久しぶり~獅子劫さん。また一緒の陣営だね♪ よろしく!」

「ああ、よろしく頼む。んで、あんたは空中庭園へ攻め入るときの空中戦を一手に担っていると聞いてるんだが、自信はどれくらいあるんだ?」

 

 そして最後に、キャスターだ。

 ある意味、空中庭園への突入さえできれば、勝ちの目は決して低いものじゃないと獅子劫は踏んでいた。

 故に、突入に際して一番重要な役割を担っているキャスターの思いは、とても大事なものだと獅子劫は考えていた。

 

「ん~......できれば四日後くらいの新月まで待ってほしいかな~。別に無くても何とかするけど、"竹取飛翔"は月の見えないときじゃないとできないから......」

 

 あははは~......と笑いながら頭をかくキャスター。

 それを見て、アカとアサシン以外の面々が一同に右へと首を傾げる。

 

「ん? みんなどうしたの? 右脳が重くなった? 医者呼ぶ? いい人知ってるよ?」

「結構です......キャスター、聞きたいのですが」

「はいどうぞ」

 

 フィオレが、皆を代表して一言質問する。

 

「"竹取飛翔"って、何ですか?」

「..........................ねえ、アカ君」

「なんだカグヤ」

「私、竹取飛翔のこと、言ってなかったっけ?」

「俺は言ってないから、カグヤが話してなければ、言ってないと思う」

 

 それを聞いて、キャスターの顔がみるみるうちに青ざめていく。口から「そういえば赤のライダーさん来たりして忙しかったな~」とかいう言葉が漏れ出ている。

 やがて気まずそうに口を開くと、

 

「.................................あーーーーーー。

 皆さん、すんません。お伝え忘れてたことがいくつかあります。

 まず......()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『.....................は??????』

 

 盛大に、爆弾を投下した。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「結局、議論は先送りになってしまいましたね」

「ん~、まあフィオレちゃんどこか切羽詰まってたし、一度冷静に考え直してもいいタイミングだったと思うし、いいんじゃない?」

「カグヤはどう思う? 決戦は今夜になると思うか?」

「ん~、フィオレちゃんに着いていったカウレスくんが何を話すかによるかな」

「ほぼほぼ貴女のせいで考え直しになったというのに、どこか他人事ですねキャスター......」

「でも、ルーラーさんも日付をもう少し伸ばすことには賛成でしょ?」

「............まあ、貴女と一緒と思われるのは不服ですが、即攻めに行くのには反対でしたよ、ええ」

 

 

 お散歩だああああああああ!

 お休憩だああああああああああ!!

 お茶会だああああああああああああ!!!

 

 

 というわけで、約束通り朝からアカ君とのお出かけ中♪ ついでにルーラーさんもいるよ! 日射しがまぶしくて気持ちいい~。

 すごいんだよ~ルーラーさん。私がルーラーさんは忙しいと思って無理に着いてこなくてもいいよって声かけしたのに、それでも時間を割いて来てくれたんだから。いくらアカ君のことが不安だからって、私が着いているのにな~。

 ほんで、一通り見て回って、今は昼御飯前のティーブレイクタイム♪ ん、このお紅茶美味しいわね♪

 

 

 ......あ、ちなみに竹取飛翔知らせてなかった事件については、習得に至った経緯とできる範囲のことをあの場で事細やかに説明して(永遠と須臾は上手く誤魔化しつつ)、いつも通り変なものを見る眼差しをくらって集束したよ! いやー面白かったなー。だって目を見ただけで言わんとしたいことが大体わかったんだもの。

 

 

フィオレさん「こんなの、私の知ってるかぐや姫じゃないわ......」

パンツさん「失礼ですがマスター、今さらかと......」

ゴルドおじ「......なあセイバー、わしは知らんのだが、かぐや姫とやらは空を飛べるのか?」

背中の開いたハンサムさん「........................」

獅子のヤーさん「ほぅ、なかなかやるじゃねぇか」

猫のモーさん「腹へった......」

ママさん「ジャックちゃん、大丈夫?」

ジャックちゃん「おなかすいた......」

カウレスくん「姉ちゃんがまた胃を痛めてる......」

ロシェくん「ゴーレムいじりたい」

セレニケ嬢「カグヤ様いじりたい」

ルーラーさん「アカくん、貴方のせいじゃないですからね」

アカくん「......すまない、変なサーヴァントですまない......」

 

 

 あれ? ヤーさん以外肯定的じゃないし、なんなら半数くらい私の話聞いてなくなかった?

 

「ルーラー、どうしてすぐに攻めにいくのはいけないと思ったんだ?」

「あくまで私の考えですがね......度重なる城塞への襲撃での疲労、緻密な作戦も無い状態での強行突撃、天草四郎を止めつつ聖杯の所有権をも守ろうという行きすぎた欲、魔力供給の不足............一応生前はフランスの前線で旗を掲げていた者として、これらの問題点を抱えたまま城攻めなどという無茶はしたくありません」

「お~。軍の人はさすが、経験がものを言うなあ」

「ルーラー、やはり俺たちは負けそうなのか......?」

「いいえ、そうではありません。きちんと時間をかけ、戦力を分配し、緻密に練られた戦略を元に突撃するのであれば、天草四郎の企みは阻止できると私は読んでいます。

 ですが、聖杯の所有権については別問題です。焦燥し、細部を考えもせず突っ込んで、勝てる相手ではないですよ」

 

 そんな私を置いて真面目な話が横でされてる。なるほど、さすが戦場のプロだ。違うなあ。

 永琳ならどうするんだろ。やっぱりそれらしく理を以て論を成すか......案外、背中から矢の先を突き付けて強引に止めさせるとかやりそうね。永琳ってばわりとダイタンだから♪

 もこたんならとりあえず自爆特攻してから考えそう。

 

「まあ、一番は貴女の扱いについて考え直さないといけなくなった所が大きいのは間違いないと思いますが」

「ん?」

「......許してあげてほしい。カグヤは自由なのが良いところなんだ」

「ん? ん?」

 

 あれ、なんか私、二人にひどい目で見られてないか?

 具体的には、仕事中の鈴仙が絶賛サボり中のてゐを見る目とソックリなんだが? ん?

 

「それはそうとアカくん。だいぶ落ち着きましたか?」

「ん......そうだな。良い経験だった」

 

 あっ、今からはコメディじゃなくてシリアスなのね。りょーかいりょーかい。お姉さん黙って紅茶飲んでます。うまうま。

 

「町にはたくさんの笑顔があった。でも、苦しそうな人もいた。おいしい食べ物があったり、ちょっと食べられないものもあった。今は綺麗な花屋さんも、昔はそうでもなくてお客が来なかった話も聞いた。

 ルーラー、人とはこういう生き物なのか?」

「アカ君、とても良く人を見れましたね。

 多様性、と。人の世界では、一人ひとりが違う人間であることをそう呼び、一般的には肯定的に見られています。

 アカ君の言うとおり、良い人もいれば、悪い人もいます。アカ君が信じて頼れる人もいれば、アカ君が怖くて近づけない人もいます。

 ですから、一概に人とはこうだ、とは言えないのです。アカ君は不安になってしまうかもしれませんが、人は互いに優しく協力して生きているものだ、とも言いきれない。互いに傷つけ合ってしまい、友になれない者もいます」

 

 ルーラーさんは少し悲しそうに話す。

 本気で、そういう悲しいことを憂いているのがわかる。

 わかるよ。私ももこたんともう少し仲良くしたいもん。まあでもついコロコロしちゃうんだけどねー。紅茶うまうま。

 

「私は、大事なのは人全体を決めつけるのではなく、目の前の一人ひとりをちゃんと見てあげることだと考えています」

「......そうか。そうだな。ありがとうルーラー」

 

 紅茶うまうま。うまうま。

 

「......キャスター、他人事だと関心がないのがまるわかりですよ」

「え、いやいや関心あるって。

 うーんと、頑張れ、アカ君!」

「お、おう」

「.................................」

 

 いやー、なんだろうな。

 お二人だけだと、なんかこうシリアス一直線だからね。お姉さん入りどころなくってね。困ってたってのが本心なんだよね。

 しょーがないじゃん! 竹取物語、貴族ざまあ(笑)なコメディ本だもん! そういうお姉さんなんだもん!

 

「貴女は少し自由とおふざけが多すぎます。真面目に、まずは日頃の行いから改めてください」

「ぴえん......閻魔さまみたいなこと言わないで~」

 

 

 おうちに帰りたいよぉ......

 

 

 

 

 

「......ところでカグヤ。さっきは何を買ったんだ?」

「ん、ああこれ? だってこれからお昼でしょ? だから料理の具材をね?」

「料理?」

「うん! あの子と約束してたからね! 負けたら作るって!」

「あの子?」

「あの子......まさか」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「さあ始まります! 第一回!」

「わたしたちと!」

「お、おかあさんと?」

「カグヤちゃんの!」

「「ドキドキ♪ お料理対決~」」「ど、どんどんぱふぱふ~~......?」

 

 

「.............................正気か?」

 

 

 場所はミレニア城塞のキッチン!

 何故かエプロンを装備した黒のアサシンと六導玲霞とキャスター!

 手元には備え付けの料理道具一式と、キャスターが買ってきた具材の数々!

 テーブルにはアカが一人座らされ、席には『審判員席』と書かれた紙が貼られている!

 つまるところこれは、乙女の乙女による乙女のための、料理対決の始まりだったのだ!

 

「正気か!?」

 

 

 

 つづく!?

 



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トラブルメーカーと黒の休息(後編)

 

  ~~寝静まる夜~~

 

 

「へっへっへ。呑気に寝ちまいやがってなあ。これから自分がどんな目にあうかも知らないで。かわいそうなヤツだ」

 

 密閉された声も届かない空間で、寝かされた男に忍び寄る者が一人。

 その手に握られた得物が、今まさに男の顔を染め上げようと迫り来る。

 

「さ~て、絶望させてやろう。まずは目元からだ。そ~れ......」

「やめておけセイバー。そいつは曲がりなりにも大切なお届けものだ。これ以上傷のつかないよう丁重に送り届けろとのユグドミレニアからのご命令だろう」

「でもよぉ、ちょっとくらいいいだろ? な? な?」

「......寝てる人の顔に嬉々としてマッキーで落書きしたせいで聖杯戦争から脱落なんて、俺は御免だぞ。そんなことして楽しいか?」

「楽しいに決まってるだろ!」

「......はぁ、参ったな」

 

 ため息をつく獅子劫が車内のライトを付ける。照らされた後部座席には、心底楽しそうにマッキーを握りしめる赤のセイバーがいた。

 そして助手席には、ルーラーをヒッチハイクし、六道玲霞に拳銃を突きつけられてユグドミレニアまで運転させられ、挙げ句気絶したあの男がシートベルトに縛り付けられていた。

 

「冗談だよジョーダン! でもなあ、こいつの寝顔みてるとさ、なんかこう無性にイタズラしたくなってよぉ」

「残念だな、もう時間切れだ」ピーッピーッピーッ

「バック駐車? ってことはもう着いちまったのか!?」

「ああ、ユグドミレニアお抱えのホテルだ。遠方から来た魔術師を泊めるために、当然従業員にも魔術師がいる。魔術と関わったこの男を安全に泊まらせて帰すには、まあ最適な環境だな」

「んだよちくしょー! せめて最後に......!」

「ほらセイバー。運ぶの手伝ってくれ」

「ちぇっ......裏口はどっちだ?」

「そっちだ」

 

 その男を、今度は二人でホテル内まで運ぶ。左足を右足の上に交差させた先をセイバーが持ち、獅子劫は後ろから両脇を持ち上げる形だ。どことなく犯罪を連想させる。

 向かった裏口にはすでに連絡済みのホテルマンが待機していた。

 簡単な暗号を言うと、裏口を開け、部屋の番号がタグに書かれた鍵を渡してきた。

 

「ういっす......へへっ、まるで誘拐犯にでもなった気分だぜ」

「まるでじゃなくて、実際にそうなんだがなあ」

「なあなあ、この前テレビでやってたギンコウゴウトウってやつ! あれオレも一度やってみたい!」

「やめておけ。そういうのは本当に資金が必要になったときだけだ。これ以上魔術協会に目をつけられるのは御免被る。それに......」

「それに?」

「......お前さんと俺で銀行強盗なんてしてみろ。上手くいきすぎてつまらんぞ?」

「......ック、ッハッハッハッハッハ!!」

「馬鹿。大声を出してくれるなよ」

「フフフッ、すまんすまん。面白くってなあ」

「はぁ......」

 

 とかなんとか言いつつも、二人は男の体を部屋のベッドに寝かせ、訪れた証拠やらを魔術で消し、その他必要な処理を魔術で施し、後を先ほどのホテルマン(魔術師)に任せ、その場を後にする。

 

「魔術ってのは便利だなあ。母上も使ってたから嫌ってたけど、オレの好きな魔術もありそうだな!」

「どうだか。お前さんは最終的にぶった切るほうが早いとか言い出しそうだ」

「そうでもねぇ......とは言いきれねぇな......」

「ほら。後ろ乗れ。お待ちかねだ」

「おっ!! きたきたきた!!」

 

 獅子劫が車から取り出したのは、黒塗りのハーレーダビッドソン1745cc。ユグドミレニアのもつバイクの中から獅子劫が選んだ"いかにも"な逸品だ。

 

「ほれ。サーヴァントとはいえ、一応被れ。警官に呼び止められたら面倒だ」

「へいよ......よいしょ、これでいいか?」

「ああ。顎ひももしっかりな」

「ブッ、声が籠って変だぜ」

「そう言うお前さんもな......出すぞ、掴まれ」

「うぃーっす」

 

 獅子劫がハンドルを握り後ろにセイバーが座って、獅子劫の両肩を掴む。ハーレーが独特の音を響かせて発進するが、騎乗スキルのおかげで振り落とされる心配は全く無く、獅子劫の運転にも淀みはない。

 ちなみに最初はオレが運転すると聞かなかったセイバーなのだが、絶対にハーレーと獅子劫がお釈迦になると言って聞かせ、城塞に帰ったら一人でいくらでも乗るといいと提案してようやく折れた。

 

「早く帰ろうぜ! アクセル全開!」

「早くバイクに乗りたいからってそう急かすな......まあ、少しくらいいいか。飛ばすぞ」

「イヤッホーーー!!! サイコーーーー!!」

 

 草木も眠る丑三つ時。エンジンの音とセイバーの絶叫が響き渡った。

 余談だが、次の日の朝方、ユグドミレニアの保有するバイク全てが傷だらけの状態で見つかったという。獅子劫は頭を抱えながら全額を弁償し、墓地に帰ったという。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......で、僕とフィオレさんを呼んだのはどうしてですか、カグヤ姫さん?」

「私も聞いてないのですが、用件は何ですか」

「ロシェくん、フィオレさん。お二人とも集まっていただきまして、誠にありがとうございます」

 

 アカくんとルーラーさんとお出かけして、帰ってきた!

 台所をホムンクルスの皆に整理してもらっている間が暇になったので、かねてより考えてたことをお願いしちゃう。

 ズバリ―――

 

 

「グローブが欲しい!!」

 

 

「「............え?」」

 

 グローブが欲しい!

 

「この体ね、筋力はめっちゃ高いんだけど、耐久が無くてさ......パンチすると手が痛いんだよね......」

「............で?」

「んで、聞くところによると私は来たる決戦の日に、敵のアサシンさんの魔力砲台なる岩盤をぶっ壊さないといけないわけじゃん?私、キャスターだけど、魔術でそんなことはできないんだよね」

 

 決戦の日に私が担当するのは、竹取飛翔を生かした突撃係なのだ。敵のアーチャーの射程にちょうど入ったあたりで飛び出し、先制攻撃を入れてから相手の場を乱しに乱して、パンツさんvsアキレスさんの下半身対決とかの場を整えつつ、敵アサシンの砲台である岩盤をぶち壊すのが役目なんだけど......

 魔術という魔術は弾幕くらいしか得意なの無いし、低威力広範囲で見映え重視な私の弾幕はそういうのには不向きなんだよねぇ。永琳なら矢でぶち抜いたり、もこたんなら自爆したりで何とかできそうだけど、私にはできぬぇ......

 

「たがら必然的に拳で岩盤をぶち抜くことになるだろうから、グローブが欲しいのだけれど......」

「......ねえフィオレ、魔術と魔術の決闘とも呼ばれる聖杯戦争で、積極的に拳を振っていくキャスターがいるって聞いたんだけど、空耳だよね?」

「あらロシェ、奇遇ですね。私も姫と名前に付いていながらに物理で殴ることしか頭に無い脳筋キャスターがいると聞いたの。ジョークにしても面白みがない話だけれども......」

「ね、信じられないよね」

「ええ、信じられません」

「........................」

 

 拝啓、マイマスターアカくんへ

 おかしいと思うとです。私はただ、皆の役に立つために、精一杯自分の力を発揮するために頼み事をしたとです。そんなのにぃ、信じられないようなものを見る目でじぃーっと見られたら、私も傷つくとです。

 今度、一緒に付き合ってください。お酒が呑みたいとです。

 赤のキャスターより

 

 うーん、近接物理型キャスターは流行らないかなあ。絶対歴史上に一人くらいはいると思うんだけどなあ。

 教えてG◯◯gle先生。

 

「......ロシェ、あなたは時間などご都合よろしいですか?」

「ん、僕は平気。時間ならたくさんあるよ......先生とのことも、心の整理ついたし」

「......そうですか。では一緒にやりましょう。素材に心当たりがあります」

「ん?」

 

 ん?

 

「作ってくれるの!?」

「ええ、まあ」

 

 え、本当に!?

 ここは断られる流れかなと思ったのに!?

 頭の中では両腕がバキバキになりながらも必死に戦う涙目の自分まで想像してたのに!?

 

「ありがとー♪ フィオレちゃん大好きー♪」

「......貴女に好かれても、出典を考えると複雑な気持ちになります。そういう思いは殿方に向けてあげればいいのでは?」

「やだ♪」

「......はぁ~」

 

 私に好かれたいのならアカ君ぐらいの純真さを携えてから来い! そしたら相手になってやる!

 もこたんがね!

 

 何はともあれ、これで決戦当日も何とかなりそう!

 カグヤ、頑張っちゃうぞ!

 

 

 

 あ、やば! もうひとつの決戦がもうすぐ始まっちゃう時間!?

 うおー、キッチンに急げー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...........................

 

 

「それでフィオレ、素材に心当たりがあるって言うから引き受けたけど......筋力Bのサーヴァントが身に付けられるほどのグローブの素材って何? 全くわからないんだけど......」

「あらロシェ。むしろ貴方が一番わかりそうなものですけどね。

 グローブ、それも私の魔術と合わせて、拳の形・動きで自動制御できて、かつ硬度は最高峰、魔術との親和性も恐らく申し分ない、まるで()()()()()()()()()()()とも思えるような、そんな素材に、心当たりは?」

「キャスターのための素材って......まさか......えー......僕にそんなことさせるんですか?」

「あら、むしろ私は、貴方にしかできないと思います。貴方にとっても光栄なことなのでは?」

「......まあ確かに、あれの後処理に困ってないと言えば嘘になるけど......わかったよ、やればいいんでしょ」

「助かります。任せましたけど、取り扱いには注意してくださいね―――

 

 

―――()()()()()()()()()()は」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 そして時は前編ラストに戻り、

 

 

 

 

「なあカグ―――」

「審査員の方は料理が来るまでお静かに」

「......はい」

 

 突如始まった料理対決。

 アカは席に座らされ、何をするでもなくただじーっと三人の料理風景を、横の彼女と共に見させられていた。

 

「......というか、誰だ?」

「トゥール。お前と同じだ」

「......ホムンクルス」

 

 そう。何故かホムンクルスの彼女、トゥールもこの場に来ていた。それもどこからともなく、気づいたらそこに立っていた。

 

「ルーラーから、手が離せないから代わりに見てきてとのことで、監視をしている」

「ルーラーが?」

「ああ。くそおや―――ゴルドと話をしていた」

「............そうか」

 

 二人の会話はそれっきりだった。

 アカはトゥールから目線を外して厨房を見る。そこには三者三様の姿があった。

 

 

 えへへっ、と無邪気に笑うジャック。しかしその口にはマスクがついており、衛生は健全に保たれた。そのマスクには【暗殺】とミンチョ書きがなされている。

 ンフー、と自慢げに無い胸を張るカグヤ。しかしその口にはマスクがついており、衛生は健全に保たれた。そのマスクには【月姫】とミンチョ書きがなされている。

 その二人の横で穏やかに、しかして慣れた手腕で料理を進める玲霞ママ。口にはマスクがついており、衛生は健全に保たれている。マスクに【ママ】とミンチョ書きがなされていることに本人は気づいていない。

 そして、流石にユグドミレニアが誇る厨房。その広さと設備は三人が同時にハンバーグを作って余りあるものがあるのだ。

 

 

 本当に、どうしてこうなった?

 

 

「いやー、ジャックちゃんと負けたらハンバーグあげるって約束しちゃったから、作らないといけなくてねー」

「ねー」

「折角だし、玲霞お母さんもやろうねー」

「ねー」

「............え?」

 

 

 いや、理由は意外と単純だった。

 

 

「アカくん! お腹空いたまま待ってもらっちゃってごめんね! もうすぐ終わるから!」

「あ、ああ。気を付けてな」

「アカさん! おいしい、おいしいよ! おいしいから! おいしいからね!」

「あ、ああ。わかった」

「ふふっ。大丈夫よ。二人のがダメでも、私のがあるから、安心してね」

「あ、ああ。頼む」

 

 こんな調子で、待つこと十分......

 

「「「完成~!」」」

 

 アカのテーブルに、三皿三つ、できたてほっかほかのハンバーグが置かれた。

 

「「「めしあがれ~」」」

「い、いただきます......」

 

 これ見よがしに手元に置かれていたナイフとフォークを手に取り、以前キャスターに教えてもらった使い方通りにハンバーグを切り分け、口に運ぶ。

 奇しくも最初に食べたのは、キャスターのハンバーグだった。

 

「どうどう? おいしい? おいしい?」

 

 ニッコニコで聞いてくるキャスターはさておき、確かにキャスターのハンバーグは美味しかった。

 ところどころがデコボコして雑に見えるハンバーグはその実、焼き加減、味の濃さ共にアカの好みであり、舌から喉まで一切抵抗無く飲み込めるものだった。

 

「......俺の好み、知ってたのか?」

「ん? いやまあ、何となくこのくらいが良いかなーって思ってたけど、合ってた? 嬉しい! やったね!」

 

 右腕を上から下にぶんぶん振って喜びを表すキャスター。

 さて次は、とアカは隣のハンバーグを見る。

 明らかに他の二つより小さくてかわいいハンバーグがそこにあった。

 

「........................(じーっ)」

「........................(じーっ)」

 

 推定製作主と思われる者とその保護者の視線が刺さっているのを感じつつ、アカは極力そっちを見ないようにして、ハンバーグを一口。

 

 ぱくり。

 

 

「...............ぐずっ......」

 

 

「えっ?」

「アカさん?」

「......大丈夫か?」

 

 ジャック、玲霞、トゥールが見守り、キャスターが気にせず腕をぶんぶん振ってる中、アカは一人泣き出してしまった。

 ハンバーグを食べた瞬間に感じてしまったのだ。ジャックは自分の中にいる数多の子供たちの知識と経験を総動員してこの小さいハンバーグを完成させたのだ。

 日々の食糧のために他人の肉を料理していた者、流れ作業の一員として肉を扱っていた者、あるいは親との別れ間際に最後だけと美味しい肉を食べ、その忘れられない味を込めた者―――様々な者の思いが、この小さなハンバーグにぎゅうぎゅうに詰められていた。ジャックは、一人ではなかった。

 

「ぐずっ......アサシン」

「なに? おいしくなかった?」

「大丈夫だ......おいしいよ、ありがとう、()()()()()()()

「ほんと?」

「ああ、本当だ」

 

 その証拠にと、アカは小さなハンバーグをゆっくりと丁寧に、大切に味わうように咀嚼した。

 一噛み一噛み感謝を込め、食べていった。

 

「......わたしたち、一人じゃ作れなかったから、みんなにたすけてもらって......でもでも、わたしたち手が小さいから、おかあさんやおねえちゃんみたいに大きいのは作れなくて......」

「うん。そうだね」

「あのねあのね? わたしたち、アカさんがおねえちゃんのともだちって知らなくて、ライダーの男の子とか、他のホムンクルスの人とかいっぱい解体しちゃったから、ごめんなさいしたくて......だから、おねえちゃんに聞いたら、じゃあおいしいハンバーグ作ろうかって......」

「......そうだったのか」

 

 食べ終わる頃には、事情を察した。

 つまり、やっぱりこの料理対決染みた話の原因も、だいたいあいつのせい(キャスター)にあったわけだ。

 アカは依然として腕を振っているあいつを無視して、ジャックの頭を撫でる。

 

「ごちそうさま。美味しかったよ、ありがとう」

「......! うん! おそまつさまでした!!」

 

 本当は、アカはライダーを血に染めたアサシンを恨んでいた。キャスターを通じて見たアサシンの世界は恐ろしかった。震えて声も出せず、胃の中の物が込み上げて出してしまった。

 全てが終わったあと、見に来てくれたキャスターの腕の中で、俺は涙を堪えられなかった。それくらい、得体の知れない目の前の少女が、怖くて、恐ろしかった。心が冷たくなって、震えが止まらなかった。

 でも、今この少女に感じるものは、恐怖とは正反対のもので、とても暖かい。

 

「また、ハンバーグ、作ってくれるかな?」

「うん!!」

 

 少なくとも、目の前で満面の笑みを浮かべてくれる少女を、もう怖いとは思わなくなった。

 

「もぐもぐ......お、話終わった?」

「カグヤ......ちょっと待て、何を食べている?」

 

 ジャックちゃんとの一幕の後、気がつけばキャスターがアカの左隣に座ってナイフとフォークを握ってた。

 

「ん?......ゴックン......玲霞さんのハンバーグ♪」

「おいいいぃぃぃ!? 何勝手に食べてるんだ!?」

「ずるーい! お姉ちゃんだけ! わたしたちも食べたい! 食べたい!」

 

 フォークに刺さるはハンバーグ、作り手は玲霞お母さん。

 つまりこのバカ、企画の発案者の癖に企画を無視して玲霞さんのハンバーグを勝手に食いやがったのである。

 しかも、もう目の前のハンバーグはほぼ残ってない。

 

「おかわり!」

「あらあら、そんなに急がなくても大丈夫よ」

「いやいやいや、えぇ......トゥール! 止めないのか!?」

 

 あまりにもあんまりな状況で、アカは唯一頼れそうなトゥールに声をかける。

 が、

 

「心配いらん。ちゃんとお前の分はある」

「ん?」

 

 スッ、と。

 普通に、自分の分のハンバーグが目の前に置かれた。

 

「さあ、召し上がれ?」

「おかあさんのハンバーグだ! わーい! いただきまーーす!!」

「えぇ......?」

 

 横を見れば、ジャックにも同じようにハンバーグが渡されている。

 

「な、何個も作ったのか?」

「どうもそうらしい。モグモグ」

「トゥールも食ってる!?」

 

 トゥールも既に食ってた。

 

「ああ、ちょっと待っててね」

 

 人数分を、ここにいる全員分を、カグヤとジャックが作っている間に作ったのか。

 アカがそう戦慄していると、目の前にお椀に盛られた白いものが置かれた。

 ほかほかとしていて、どことなくお腹が空く香りがする。

 

「宿にいるときは買えなかったけど、日本人として、やっぱりお肉にはこれがないとね」

「こ、これは......」

 

 

「おっ、お米だああああああああああ!?!?」

 

 

 キャスターが発狂するのも無理はない。

 米だ。

 白米だ。

 炊飯器じゃ遅いからと圧力鍋で超速炊飯されたそれは、日本人が1万年以上愛して止まない食卓の宝。農家の翁・嫗によって丹精込めて作られたそれが、炊き立てのいい香りとツヤを遺憾なく放ち、胃袋を刺激する。

 

「おかあさん、これなに?」

「いいから、ハンバーグと一緒に食べてみて」

「う、うん。いただきます」

 

 ジャックも、アカも、カグヤも、トゥールも。

 皆、一斉にハンバーグを口の中に入れ、そのままお米も口に入れ、

 一噛み、二噛み。

 

「「「「!?!?!?!?」」」」

 

 

 完成した。

 湯気に運ばれた香りを鼻にもたらしながら、それらは口の中に放り込まれ、味の染み込んだハンバーグを全く邪魔することなく混ざりあう。

 瞬間、ハンバーグの肉々しさを、優しい甘みが包み込んだ。それは噛めば噛むほど勢いを増して口全体にまで広がり、舌を覆い尽くす。デンプンとアミラーゼが醸し出す食の奇跡に、彼ら彼女らは―――

 

 

 

「「「おいひい(おいしい)!!!」」」

「......美味しい」

「ふふふっ、上手くできてよかったわ」

 

 

 

―――否、蛇足なる言葉など不要。

 美味しい、ただそれだけでよいのだ。

 それこそが、食べ物と料理人に対する何よりの賛辞である。

 

「よかったらこれも召し上がれ、濃い味に慣れたあたりで摘まむといいわよ」

「ん! おやさい!」

 

 さらに、玲霞お母さんはもう一皿をみんなの前に並べる。

 そこにはもやしをメインに据えて色とりどりの野菜が細く切り揃えられた野菜炒めがあった。

 

「いただきまーす!」

「ん~、これもこれで健康的♪」

「それで、お野菜を食べて恋しくなったころにまたハンバーグを口に運ぶと......」

 

 

 

「「「おいひいいいい!!」」」

「......美味しい」

 

 

「......良かった」

 

 ほっと胸を撫で下ろす玲霞お母さん。内心、東方の独り暮らしの経験が西方の食材に通用するか、彼女は不安であった。

 しかし、ジャックも、キャスターも、アカも、なんとトゥールでさえ、蕩けきった顔をしているのだ。これは料理人冥利につきるというものである。

 

「おかあさん! ごはんおかわり!」

「おかあさん! 私も私も!」

「カグヤ、玲霞さんはいつから貴女のお母さんになったんだ......」

「焦らなくても、いっぱい炊いたから大丈夫よ」

「「わーい!!」」

 

 この後、なんやかんやで皆はお腹いっぱいになるまで食べまくり、全てのお皿を空にしてご馳走さまと相成った。

 そこでようやくこれが乙女の料理対決だったことを思い出すも、ジャックが「全部おいしかった!」とニコニコ笑顔で万歳して発言したことで、判定:引き分けが確定した。

 なお、気づいたら全部のお皿をトゥールが洗いきっており、「全て洗い終わりましたが、何か?」と後方腕組みで流し場から登場した際、真に乙女力が高いのはトゥールなのではとキャスターがウザめに囃し立てたせいで、トゥールはそそくさと先に出ていってしまった。

 なお、その顔が若干赤くなっているように見えたのは、怒りのせいなのかなとアカは思い、黙っていることにしたようである。

 かくして、乙女の料理対決は、ここに幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「赤のランサーから書状が届いた」

「なにぃ?」

 

 そんな楽しい料理対決が終わった最中、ルーラーと魔力供給についての話が終わったゴルドのもとに来たセイバーが、一つの手紙を手に現れた。

 手紙には、赤のランサーの炎によるものと思われる焼き付け跡で刻まれた文字が記されていた。

 内容はシンプルに、

 

あの場所で待つ......か」

「あの場所? どこだ、セイバー」

「.....................」

 

 あの場所、とランサーから送られてきた。

 戦士が戦士を待つ場所といえば、それは決戦の地に他ならない。宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島などが最たるものであろうか。セイバーは考える、あのランサーが示す決戦の地とはどこだろうか。

 

「......マスター、バイクを一台貸していただきたい」

「......ユグドミレニアのバイクは全て、赤のセイバーが傷だらけにしたとフィオレから聞いたぞ」

「傷くらいなら問題ない」

「......何処へ行く?」

 

 否、答えはすぐに出た。

 考えるまでもないことだった。

 

「無論、あの場所に」

 

―――セイバーの眼には、未だあのときの夜明けの太陽と、赤のランサーの横顔が焼き付いたままであった。

 

 

 

 



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トラブルメーカーと赤の休息

 

 

  ~~空中庭園、玉座の間~~

 

 

 

「地上の魔術師やら何やらに一切感知されぬよう、それはそれは丁寧に送り届けてやった。

 これで気はすんだか、ランサー」

「天草四郎、お前の口からも聞きたい。オレらサーヴァントを呼んだ彼らは、無事に、聖杯戦争とは関係ない所に送られたのか」

「確かに。神に誓って」

「そうか......ああ、これでオレも肩の荷が降りた」

 

 ランサーは、本当に肩から力が抜けたように、私には見えました。

 赤のアサシン、セミラミスが座す空中庭園の玉座。そこで私は、赤のランサーから話を持ちかけられました。

 曰く、彼は本気で黒のセイバーと打ち合いたいと。

 黒のセイバーと縁あって、一度ならず二度までもぶつかり合って、二度とも外部の要因で戦闘を中止せざるを得ない状況で撤退させられた彼は、今度こそ黒のセイバーと本気でやりあいたいと、溜まるものが溜まっていたのでしょうか。

 

「オレが全力でやれば、この庭園では長くは持たないだろう。専用の部屋があるとは聞いているが、信用ならない。

 オレは、地上で戦いたい。黒のセイバーとな」

 

 ランサーは、私とセミラミスに交渉を持ちかけてきました。

 彼は地上で戦いたい。しかしそれには、空中庭園に残すことになる自身を呼んでくれた元マスターが気がかりだ。

 だから、どうにか彼らを空中庭園―――今後確実に戦場となるこの場所から、ひいては聖杯戦争そのものから、安全に遠ざけてほしいと。

 そしてその要求に対して私は、一つの条件をつけ、これを全面的に呑みました。

 

「黒のセイバーに書状を一筆認める。アサシン、使い魔を一体もらえるか」

「ふんっ、注文の多い奴よ。既に窓辺に一羽侍らせておるわ」

「感謝する。では」

 

 隣ではアサシンが明らかに苛立っていますが......ごめんよ、そんなに怒らないでほしいな。

 

「追加で言いますが、使い魔に細工は不要ですよ、アサシン。鳩一羽程度では流石にユグドミレニアも動じないでしょうし、むしろ何も細工が無いほうが不自然で不気味というものです」

「......ふんっ。そんなことより、いいのか? あの戦力、庭園から手放すには惜しいぞ」

 

 あの戦力、とはランサーのことですね。

 確かに、来るべき黒の陣営襲来の日に、魔力放出による飛行能力を有する彼がいないのは、ちょっとした不安要素かもしれません。

 ですが、考えはあります。

 

「問題ありません。条件として話しましたが、彼には黒のセイバーを倒していただいた後、ユグドミレニアの城を強襲していただきます。恐らく彼らは聖杯に必死で、本陣がガラ空きになることでしょうから。

 彼ら黒の陣営も、大半のサーヴァントがこちらへ向けて離れている中、城の近くで赤のランサーが暴れている状況は、相当なプレッシャーになるはずです」

 

 その場合、彼らは択を迫られるでしょう。

 まず不安要素である赤のランサーを、多大な時間をかけて倒してからこちらへ来るか。

 赤のランサーの書状にある通り、黒のセイバーが勝つと信じて赤のランサーを任せるか。

 赤のランサーを無視し、城を放棄して全員でこちらに来るか。ただしその場合、黒のセイバーをこちらのアーチャーが視認したタイミングで、城を破壊後に私が令呪でランサーを戻しますし、それは彼らにもわかること。

 そしてどの択であれ、私たちにとって不利なものではありません。

 

「聖杯戦争とは元からマスターを狙うべきルール。どうやらダーニックを失ったらしい黒の陣営に、そこを強く警戒する者は少ないでしょう。

 そこを攻めるのも常道ではあると、ランサーもそれで良いと納得してくれました」

「魔力供給は問題ないな? ()()の消費量は莫大だぞ」

「先に斥候を経験したアーチャーとライダーから問題なかったと聞いています。聖杯の魔力が尽きでもしない限り、問題ないでしょう」

 

 問題があるとすれば、何でしょうね。

 

「アサシン。貴女からみて、不安要素などはございますか」

「そうだな......やはり大聖杯への接続ではないか? お前が予定していたのは、作家系サーヴァントの協力を得ての磐石なものだったのだろう? そのマスターが、あろうことか()()()()()を勝手に呼んでしまったせいで、計画はご破算だ。どうするつもりだ?」

 

 確かにそうですね。

 アサシンの指摘はもっともです。本来は例のあの女ではなく、ウィリアム・シェイクスピアという作家系サーヴァントを赤のキャスターとして迎え、物語をお見せする代わりにこちらの計画に協力していただく予定でした。

 例のあの女......以前観測したときに、確か黒のランサーやバーサーカーと同タイミングで敗退していたはずなのですが、ライダー曰く彼女は平然と生きていたらしいですね......観測ミス、あるいは彼女自身の幻惑系スキルか宝具か。原典には不死の薬に関わる話もありますし、そのへんですかね。

 ライダーは、キャスターは黒のアサシンに記憶を操作されたのではないかと言っていましたね。確かにこちらのアサシンもそういうことが可能な以上、否定はできません。もしかしたら再度仲間に戻ってもらえるかもしれませんね。

 ただもしそれが可能だとして、ライダーには悪いですが、大した戦力ではないでしょう。ここに来られたとして、何ができるのでしょうか。精々がライダー相手の時間稼ぎか、あの弾幕のような攻撃での攪乱攻撃か。

 もしかしたら城でお留守番でもさせられるのでないでしょうか。

 

「予定していたサーヴァント、シェイクスピアが不在なのは大変な痛手です。彼無しでは、少々時間のかかる強引な歩みをとらざるを得ませんから」

 

 無いものねだりは考えないこととしましょう。プランBです。

 具体的には、この両手で大聖杯に自力で接続し、自力で最奥までたどり着くということになります。

 話の後に大聖杯の所へ行っておきましょう。早めに手を打っておくに越したことはないでしょうから。

 

「......時間のかかる、か。

 お前が大聖杯と接続するのは、ちょうど次の新月の日だと言っていたな。そしてその日に、黒の奴らがここに集りに来るだろうとも」

「ええ」

「その間、マスターとしての役割はどうする? 特に令呪だ。

 お前が、我に言ったのだろう? 令呪は強い、令呪には気を付けろ、令呪への対抗策は、とな。耳にタコができるかと思っておったわ」

 

 ......ふむ。そこは盲点だったと言わざるを得ませんね。

 確かに、赤のランサーやライダー、アーチャーが強力な英雄であるとはいえ、相手に令呪を使われれば、不意の一手でやられないとは限らない。

 特に、ライダーの踵を切ったらしい黒のアサシンには要注意です。アサシンには令呪で対抗するのが肝要であり、しかしマスターたる私は大聖杯の接続で動けない、か。

 ふむ。

 

「セミラミス。貴女、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「はいぃ!?」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「うおっ!?」

「......庭園が揺れたな。操縦に支障をきたすような事態が起きたのか」

 

 

『いや、こちらは問題ない。少々手元がな。こう、なんだ......ええいっ、問題はないのだ! よいな!』

 

 

「......ああ、あの二人か」

「あの二人だな。先ほどオレが去ってからも、何かを話していたようだった」

「おいアサシン。好きにすればいいとは思うがな、惚気で城が落ちるなんて笑い話で負けたくはねぇぜ」

 

 

 バゴォン!

 

 

「っとぉ、あぶねえ」

「そこまでにしておけよライダー」

 

 ランサーが呆れ顔で廊下に立ち、こちらを見ている。

 空中庭園の中、そういやあ黒のランサーとこっち()のバーサーカーがやりあったのがちょうどここか。

 黒のランサーの残した十字傷の上に、今はこっち()のランサーが立っている。

 

「可愛い子ちゃんは置いとくとして......なあランサー、この後いいか」

「別にいいが。何用だ、ライダー」

 

 ちょうどいい。相手はこういう奴が一番だと思ってたところだった。

 

「なあに、恐らく明日の夜あたりが戦闘日なんだろ。消耗のことを考えると、ちょうど今辺りが暴れられる最後の瞬間かと思っていてな。

 ちょいと本気で模擬戦でもやっとかねぇかって相談なんだが」

「なるほどな。その足か」

「......ああ、まあな」

 

 ああ、そうだよ。この足だよ。

 姐さんにこっぴどく怒られてんだから、これ以上は言葉で責めてくれるなよ、ランサー。

 

「俺は数日前、黒の陣営に単身攻め入った。それで、恐らく敵のアサシンに踵をやられちまった。

 非常に情けねえことだが、この際それは置いておいて、()の俺がどこまでできるのか......だいたい推測はつくが、念のため確認しておきたい」

 

 生前も、踵と心臓をやられてから大暴れしてやった記憶があるが、この体でそれができるかはわからねえからな。

 ランサーには付き合わせて悪いが、やってはもらえるだろうか。

 

「ライダー」

「なんだ......」

「随分と、弱気になっているように見える。トロイア戦争の大英雄とはその程度か」

「なッ!?」

 

 あぁ!?

 

「オレの知るライダーは、そんな物言いで戦いを持ちかけたりはしない男だった」

「てめっ......何を!」

 

 思わず掴みかかろうとした手を、しかしランサーの灼熱を帯びた槍先が制す。

 

「弱体化した体がどうか、今の自分は何ができて何ができないのか、それを知ろうとする気持ちは、オレにもよくわかる」

「何言ってやがる......俺はただ......!」

「だが、それは関係がない。疾風怒濤の大英雄よ、足を理由にするな」

「......何が言いたい!?」

 

 怒られてんのか? 責められてんのか? 断られているみたいで強くも出れねえじゃねぇか......

 

「......すまない。オレは一言少ないのだった。

 ライダー、戦士と戦士が戦うのに、理由や動機は不要だと。ただ、戦いたいと言えば、それでよいのだと思うと伝えたかったのだが、どうだ」

「は......?」

 

 最後は、ただ呆気にとられた。

 言葉を、察すれば少なかった一言を言い終えたであろうランサーは、ただ槍の先をこちらに向けるのみだ。

 へっ。

 

 

 

「上等だッッ!!」

 

 

 

 こちらも槍を取り出し、ランサーの槍に強かにぶつける。

 さしずめ、手と手を平でタッチするみてぇなやり取りだ。嫌いじゃねえ。むしろ大好きだぜ。

 なんだこいつ、前から変な言葉ばかりで取っつきにくいとこがあったが、単に言葉足らずなだけか。そういえばカグヤのやつも『ランサーさんはコミュ障(コミュニケーション障害)なとこあるから......』とか言ってたな。全く、どいつもこいつも変人ばっかだぜ。

 

「だがこちらも用事がある。三十分後、会おう。アサシンから戦闘用の部屋のことは聞いているか」

「あのひたすらにだだっ広いとこか。了解。待ってるぜ。遅れんなよ」

「心得た」

 

 うし、じゃあやるとするか!

 使うのは槍と戦車と......ああ、あれも使ってみるとしようかい。真名解放しなきゃ大丈夫だろ。

 へへっ、楽しみだぜ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

  ~~空中庭園、玉座の間~~

 

 

「ハッ!」

 

 目標を捉え、矢を持ち、番え、弓を引き、打つ。

 その動作を、私は何度しただろうか。

 

「いやはや、本物の獣と何度見間違えたかわからんなぁ。そら、次が来るぞ。もっと踊れ、アーチャー」

「そりゃどうもっ......! 頼んでおいてなんだが、その上からの物言いはどうにかならんのか、アサシン」

 

 迫り来る、強力な魔力を帯びた紫色の鎖と魔の弾幕。それらに対して、玉座の間を走り、跳び、駆け回り、そして矢を放ち、迎撃する。

 一発一発、そこそこの力をもって放たなければ迎撃できないそれらが、刹那に十と少しほど迫り来る状況が常に続く。

 上から、横から、後ろから、跳んでいるときは足を狙って下からも飛来する脅威を、視覚、聴覚、気配、さらには嗅覚さえも総動員して捉え、正確に狙い打つ。

 この部屋に、鎖と魔弾の射出音と、矢先とそれらがかち合う音、それとアサシンの無駄話しか響かなくなって、一時間は経っただろうか。

 

「む......刻限だ」

 

 アサシンが一言、先ほどまで襲いかかってきていた鎖やら魔弾やらが忽然と消える。

 タイムオーバー、アサシンが事前に定めていた時間制限を迎えたのだった。

 

「上出来ではないか? アーチャー。お前の想定する黒のアサシンとあの女の戦闘能力の程はわからんが、お前の動きを見るに負けることなどないように思うぞ?」

「......だといいのだがな」

「ふん、では我はマスターのもとに行く。汗をかいておろう? 風呂にでも入ったらどうだ?」

「.......アサシン、またあとで時間をもらいたい。汝の毒の力を借りたい」

「......我も暇ではないのだがな。まあ好きにするがよい」

「感謝する」

「ふんっ」

 

 やり取りが終わったとみると、アサシンは転移した。マスターのもとに向かったのだろう。

 言われた通り、自分も部屋に戻るとする。

 ......部屋に戻る道を行きながら、以前から考えていた自身の仮想敵を今一度思い浮かべる。

 

(ランサーは黒のセイバー。恐らく長引くだろう。終わったとしても距離が距離だ。令呪があってもそう早くは戻ってこれまい。

 ライダーは黒のアーチャーだ。あれは因果がありそうだからな。決着は読めんが、まあそうあっさりとやられはしまい。

 残る敵陣営は、寝返った赤のセイバー、正体不明のアサシン、意味不明のキャスター、それとルーラーだ。

 セイバーはアサシンが誘い込むだろう。ルーラーには啓示がある以上、どうあっても聖杯のもとにはたどり着くだろうから、私の相手は黒のアサシンとあの女が筆頭になる)

 

 ここまで考えたところで、自室にたどり着く。

 その自室の扉の横。そこには、深々と矢が刺さった痕が二ヶ所。

 紛れもなく、最初にあの女と邂逅した折、自身があの女の眉間を狙って射った矢がかわされて刺さった痕だった。

 

(何らかの加護か、あるいはよほどの幸運か......)

 

 聞いたところによると、有名なケルト神話の英雄の他に、あの女と出身を同じくした者にも矢避けの加護を持つものがいるらしい。しかしそれも武功に関わるもので、例外的なものらしい。

 あの女が武功に関わる逸話を持つとは思えない。つまり、生まれからして月からの加護か、あるいは本当に規格外の幸運によるものか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(何にせよ、矢とは別の手段を持っておいて、損は無いだろう)

 

 故のアサシンへの提案なのだ。

 対価として何かを要求されないかと不安なところはあるが......マスターの願いを叶えるためには全力を尽くすべきなのではとでも脅してみようか。こちらとて好きにこの戦術をとりたいわけでは決してないのだから。

 

(私は確かにアーチャー、弓兵として呼ばれた。ただこの身は弓兵に非ず。私は、狩人だ)

 

 例えば黒のアーチャーなどは非常に戦士としての弓兵らしい弓兵だろう。いささか近接戦闘が好きそうなきらいはあるがな。

 対して、私は狩人。弓を使うというだけで、戦士とは少し違う。そこが戦士と狩人の決定的な差だ。

 

(覚えているか、キャスター。お前は、必ず私が討つ)

 

 決意をここに。

 思いを新たに。

 

 まあ、まずはお風呂に入って疲れを取り、明日に備えるとしよう。温かいお湯が私を待ってい―――

 

 

「ち゛へ゛た゛い゛!?!?」

 

 ―――お湯にし忘れた、だと......

 頭を使っていたからなのか? いやそんなミスするか普通? いや普通じゃない普通じゃない普通じゃない。

 そうだ、これもきっとあの女の仕業だ。思えば考え事の遠因もあの女だし。きっとそうだ、そうに違いない。

 

 スゥゥゥゥゥ......

 

「お゛の゛れ゛キ゛ャ゛ス゛タ゛ー゛!!!

 は゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛く゛し゛ょ゛お゛お゛ん゛!!!」

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「くちゅん!」

「んぁ? どうしたキャスター、風邪か?」

「かぐやお姉ちゃん、大丈夫?」

「だいじょぶ! 多分誰かが噂でもしているんじゃないかしら......」

「......私たちと同じく、赤の陣営も昼飯どきと思われます。作戦会議でもしているのではないでしょうか」

「それだルーラーさん! 私の対策の話とかしているんだきっと!」

 

 キャスターは相変わらずうっせぇな。

 東国の姫っつー存在には疎いが、みんなあんなんなのか?

 今日も昼間にふらついてたら突然こいつの一団に遭遇して巻き込まれたし......つーかここにいる全員そうなんじゃねえか疑惑まであるな。

 キャスター、アサシンとそのマスター、ルーラー、私じゃないほうのセイバー......バルムンクとか言ってたしジークフリートか? アーチャー以外全員いるじゃねぇか。へへっ、このままカチコミでも仕掛けられそうなメンバーだな。

 

「......貴女の対策なんて、理解不能すぎて不可能と言わざるを得ません。バーサーカーと同一化した挙げ句に電光石火の理論で空を飛んでくるなんて誰が想像できると言うのですか......」

「ふふんっ。ルーラーさんにはこのハンバーグをあげよう」

「誉めているわけではないのですが......それはそれとしてお腹はすいているのでいただきます」

「お姉ちゃん速いよね。わたしたちのナイフ、掠りもしなかったもん。すごいすごーい!」

「あら、ジャックはカグヤさんと戦ったことがあるの」

「うん! 地下室みたいなとこでね、ほんとに雷みたいで速かった! ぜんぜん解体させてくれなかった! あと、ゲームもスゴく上手かった! ぶよぶよでどーんどーんて押し潰されて負けちゃった......」

「......ええと、本当に同じ日の出来事で?」

 

 ダメだ。こいつらの話聞いてると頭がおかしくなる。

 そう思って背中がん開き野郎のセイバーを見ると、何やら私になにか言いたげな様子。

 

「あンだ?」

「......すまない」

「いや、謝るなよ。言いたいことあンなら言っとけ。正直あんたとはでかい土くれ人形ぶっ倒したときくらいしか一緒にいる記憶ねぇから、何が言いたいか何考えてるのかとかオレにはサッパリわからん」

 

 うん。そうなんだよな。

 基本オレってマスターとしかつるんでねぇから、皆のこと知らねぇんだよな。

 

「......頼みがある。都合が合うならばで構わないし、断ってくれても問題ない」

「いいから言え。そういう判断はオレがすることだ」

 

 薄々気づいてはいたが、実直で溜めが長いやつだなコイツ。

 不器用。まあキライじゃねえがな。

 

「......実は――――――

 

 

 

 

――――――というわけなのだが」

 

 ......へぇ。

 

「それは、勘か?」

「......勘だ」

 

 なるほどな。

 

「そういうことなら、マスターにも頼んでおいてやるよ」

「すまない」

「いいってことよ。追って細けぇことが決まったら連絡しろ」

 

 こりゃ、面白くなりそうな話だな。

 

「なになになに!? もしかして二人でおデーt」

 

 

 ギロッ!!!!!!!!

 

 

「ひいいいいぃぃぃぃぃ!!!」

「次にオレを女扱いしたら、潰す」

「へああぁぁぁ......あー、その、あれなんですよ、黒のほうのセイバーさんが女の子のほうで......

「......それは無理がありますよ、キャスター......」

「......すまない、女性扱いを受けたのは初めてだ」

「ごめんなさーーーーい!! もうしません!!」

 

 謝るくらいなら最初からするなっての。

 

「え? 黒のセイバーさん、解体できるの?」

「大丈夫よジャック。今は美味しい料理があるでしょ。ほら、あーん」

「あーーーん♪ んー! おいひい! おいひい!」

「チッ......」

 

 そんでもってお前らはファミレスに来た親子かっての。

 

 ......親子、か。

 

 ハァ。

 食うか......

 

 

 

 

 

 ごちそうさん。

 ちなみに、支払いはルーラーがしてた。

 あいつは保護者か何かか?

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 こうして、聖杯大戦は最後の休息を終え、舞台は最終日、クライマックスへと。

 著者不在の演者たちは、より混沌とした結末へと誘われゆく。

 

 

 

 そして、あと一人も......

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

  ~翌日、つまり決戦当日、その早朝~

 

 

 

 

 

「ふんふんふふん、ふんふふんふふーーん。

 いやー、よく覚えていないが、酷く疲れちまったからなあ。休日を一日増やしちまったぜ。

 やっぱ、男の休日と言えばこれ、早朝からの海釣りだよなあ!」

 

 ここは、聖杯戦争から遠くはなれたヨーロッパの最西端の沖合いである。

 ちょっとした防波堤にドスンと構え、朝から竿を垂らす男がいた。

 彼は魔術となんの関わりもない完全な一般人でありながら、さまよえるルーラーを乗せて運転したり、六導玲霞に拳銃でジャックされて運転させられたりと、聖杯大戦に何かと縁がある男だった(ただしその記憶は、フィオレと獅子劫の手によって隅から隅まで丁寧に消却されており、彼にはただ疲れたという感想だけが残っている)。

 朝、知らないホテルで目が覚めた男は、まあいいかと現実認識を諦め、仕事先に体調不良のていで休暇の連絡をし、こうして釣りスポットに来ていた。

 

「ほーらどおした、朝一の大物よ。我が竿と勝負せんかい!」

 

 男の垂らす竿は非常に太く、そしてそこそこ長い。男は船の上からでも使える極太の竿を、浜で使える長さまで改造させた特注の竿を使用していた。その竿は非常に強靭で、60kgほどの獲物でも問題なく釣り上げられる強さを持っている。

 船舶の運転免許を有しない彼の夢は、いつかこの防波堤から船釣りに負けない特大の大物を釣り上げることだった。

 

 その夢を胸に、彼は今日も防波堤から200m以上もの異様な距離まで釣糸を飛ばし、ドスンと構える。

 

 

 クンッ

 

 

「おっ?」

 

 数匹釣り上げた後、何か大きいものに針が引っ掛かったような手応えを感じた。

 まずは静観しようと男は構えて待つ。だが、竿はそれ以降引っ張られるような気配はない。

 

「何か、タイヤにでも引っ掛かっちまったかな」

 

 似たような感覚は、タイヤのように水を吸って重たくなったものに引っ掛かかったときだ。

 

「しゃーない、引くか......せーのっ」

 

 こういう手合いは面倒だが一度釣り上げて外すのが早いと、男は精一杯の力を込めて、

 

 

「どっこらしょおおおおお!!」

 

 

 引っ掛かかった物ごと、竿をおもいっきり釣り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......うっ、ゴボッ......」

 

......体が重い。

 

......酷く寒い。

 

......どこだ、ここは。

 

......水の、中。

 

......そうか、私。

 

......力尽きて、海に。

 

 

 

 チクッ

 

 

 

「え゛、釣り針ッ......ぐえぇ!」

 

 

 

 バッシャアアアアアアン!!

 

 からの、

 

 

 ゴッツゥウウウウウウン!!

 

「いってぇ!!」

「□△○!?」

 

 頭いってぇ!!

 太陽まぶっしい!!

 

「目ぇ、明けられないわ......」

「□□、○△○□□○、△△△?」

「ええ......そーりー、あい、どんと......すぴーく、いんぐりっしゅ」

「□□......」

 

 あー......とりあえず、だ。

 ここがどこかさえ、わかれば......

 けーね。教えてもらった英語、使わせてもらうよ。

 

「あ~......ぷりーず、てぃーち、みー。

 うぇあ、いず、ひあ?」

 

 あれ、場所ってウェアであってるよな。ウェンじゃないよな。

 

「□□......⑨⑨⑨⑨⑨⑨⑨⑨⑨」

 

 ダメだ。聞き取れない。わからなさすぎて頭がチルノになってくる。

 んーと......場所聞いてもわかんねえから、いっそイエスかノーかで答えてもらえば......

 

「ぷりーず、あんさー、いえす、おあ、のー。

 いず、ひあ......にありー、るーまにあ?」

「△△、yes!! ○□○△凸凹凸凹、○π○、⑨⑨⑨......」

「いえす? おーけー! いえす!」

 

 ルーマニアが近い! らしい! 恐らく!

 つまり、あとはどうにかすれば行けるだろうよ!

 私は勝った!! 人生という荒波を乗り越えてたどり着いたんだ!!

 待ってろ―――

 

 

 

「かぐやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹凸凹!?!?!?」

 

 あ、ふらっときた―――

 

「―――ああああぁぁぁぁぁ......

 

 

 

 ドボォォォン...............

 

 

 

 

 ―――この後、またこのおっさんに釣り上げられ、でかい車の中に寝かされた。言葉わからんけどルーマニアに連れてってくれるらしく、海を漂ってくったくたの私はすぐに寝た。

 

 ......待ってろ、輝夜。もう少しで着くからなぁ......!

 

 

 

 




次回、設定まとめ回。


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最終決戦前まとめ+α

 ネタバレ。現時点まで読了してない方はブラウザバックをお願いいたします。



 

 ※設定集です。

  特に、正史とは違う部分のみを取り上げて解説いたします。

 

 

 

 

 <赤のキャスターについて>

 

 

 【マスター】男 → アカ

 【クラス】キャスター

 【真名】:×××(地上の言葉で発音不可能)

 【中身】:蓬莱山輝夜

 【属性】:中立・狂

 

 【ステータス】

 筋力:B 耐久:E → D+ 敏捷:E → D+ 魔力:C → C+ 幸運:A 宝具:A

 

 

 

 【概要】

 

 赤のキャスターとして召喚されたサーヴァント。

 正史ではウィリアム・シェイクスピアが召喚されたが、召喚者の気まぐれでなぜかこいつが召喚されてしまった。

 ステータスは全く戦闘向きではない。唯一、ジャンヌと同等の筋力Bだけ輝いて見えるが、敏捷Eなのでまず当たらない。

 

 アカがマスターになった頃から、カグヤの持つ"成長"スキルにより、元が低かったステータスが上昇している。現在カグヤが成長に使ったのは、カウレスが用意した大量の食料を元に生成した魔力と、永遠と須臾の陣地(自称)でゲーム機両手に過ごした一年という時間。

 

 

 

 【人物】

 

 絶世の美女でありながら元気溌溂としている。戦場でもそれは変わることなく、無駄にコロコロ変わる表情と悪気のない仕草には敵も味方も毒気を抜かれる。一方で、自身の考えを貫き思い付きで行動することが非常に多く、敵も味方も振り回される。良くも悪くも姫様という性格。

 戦闘では筋力Bを活かした物理攻撃と、幻想郷で培った弾幕攻撃の二つを得意とする。が、耐久も敏捷も無い彼女にできることは少なく、魔力も精々がC+のため、作中で黒のバーサーカーとの戦闘時にも逃げに徹することしかできなかった。その後ダーニックを追い詰めたが、彼が本気を出してたら恐らく負けている。

 しかも戦闘ができないから裏方で活躍するアヴィケブロンスタイルなのかと言われるとそうでもなく、裏方でも全く役に立たない。その程度の能力。

 

 後述する"狂姫"、及び"竹取飛翔"を会得し、"成長"によりステータスが上がったことで、まだ使える領域には入り込めた。それを込みで考えた実際の強さとしては、黒のライダーと同じ程度の能力。

 

 宝具により蘇生した折、マスター替えを余儀なくされた。

 元のマスターのことも一応覚えているが、今はアカくん一筋である。

 

 

 

 【真名】

 

 幻想郷に隠居中の蓬莱山輝夜が、竹取物語に描写される"なよ竹のかぐや姫"のガワを被り参戦した姿。原典と姿が一致しても中身が一部不一致なのはそのせい。

 東洋のサーヴァントは冬木の聖杯で召喚できないと天草四郎が言っていたように(おまいう)、月人としてのかぐや姫のガワが召喚されている。なので真名が発音不可能。決してトリプルエックスではない。

 本人は"カグヤ"と気楽に呼んでくれることを望み、真名とともにその旨を会った全員に言いふらしている。

 月の光が全く届かない場所(例:地下などの閉鎖空間・結界内・新月の夜など)に限り、永遠と須臾の能力を使える。月人に輝夜の存在がバレないようにと永琳が細工した。

 

 

 

 【クラス別能力】

 

 陣地作成:ー キャスターとしての能力だが、自らの手で住み処を作ったことがないことから適用されず、失われている......が、カグヤはそんなの知るかと陣地らしきものを作ってしまった。

 

 

 道具作成:ー(A) キャスターとしての能力。自らの手で道具を作ったという話が無いので失われているが、後述する宝具を作成するときに限り、Aランク相当の力を発揮する。

 

 

 単独行動:D 姫としての自由さ、貴族に言い寄られても結婚しなかったことなどからアーチャーでないが獲得している。マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。Dランクなら一日の半分ほどは現界可能。

 

 

 

 【固有スキル】

 

 成長:C 子供だったカグヤが竹のように急成長したことから獲得。時と共に自身のステータスが上昇する。使用する魔力量に比例して上昇速度が上下し、アカをマスターに迎えた現在は、おおよそ五百日でワンランクアップ。もしイリヤがマスターだと百日程度まで速くなる。"永遠と須臾"が無ければ間違いなく死にスキルになっていた。ちなみに、Cランクから伸びが悪くなり、C+より高いランクには上がらない。

 

 

 魅了:B 平安中の貴族をたちまち虜にしたことから獲得。異性からの敵意を和らげ、自分への守護意識と仲間意識を植え付ける。悪化すれば言うことを何でも聞く下僕と化す。幸運判定で回避可能。何故か同性相手にばかり効いているあたり流石トラブルメーカーである。

 

 

 トラブルメーカー:A 彼女に関わったもの全てが何らかのトラブルに巻き込まれていることから獲得。意図してかせずかに関わらず、接した者は近いうちに何らかのトラブルに巻き込まれる。幸運判定で回避可能だが、カグヤのスキル"魅了"に当てられている者は回避不可能。全ての元凶。

 

 

 狂姫(自称):B 幸運判定、トラブルメーカー、『五つの難題』......様々な要素が組み合わさり、結果としてカグヤの中にバーサーカーがインストールされたことで発現したスキル。

 バーサーカーの持つスキルや宝具を使用可能。ただしカグヤの体はバーサーカーの力を発揮するのに最適では無いため、Bランク以上の力は発揮できない。また、使用中のカグヤにはDランクの"狂化"が強制的に付与される。

 

 

 竹取飛翔(自称):A "狂姫"に"永遠と須臾"の力を組み合わせて発動。電気を身に纏い、魔力放出(電)による直線的な超加速と超減速を急速に繰り返すことで、目に見えぬスピードで空を飛ぶ。さながら電光石火の如く。

 魔力放出(電)のタネは"狂姫"によるガルバニズムである。ここまでスキルを同時に使うこの竹取飛翔、燃費が凄く悪い。しかしマスターがアカなので、カグヤは安心してバンバンこのスキルを使うのであった。

 

 

 

 【宝具】

 

『天の羽衣(口惜しや心有りける地の都)』

 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~40

 

 真名開放して衣を現界させることで発動。カグヤの頭上に月の馬車が現れ、同時に周囲を月の光で照らす。光に触れたものは瞬く間に石化し、行動不能になる。

 しかし原典通り、これは自滅宝具であり、この衣を着たカグヤは月の使者の手によって強制的に霊核を失い、脱落扱いとなる。

 

 

『不死の薬(その体苔の蒸すまで月を見よ)』

 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1

 

 月の見える日の夜に一度だけ、真名開放しながら道具作成することで発動。カグヤが致命の一撃を受けても一度だけ復活できるようになる薬を作成する。重ね掛け不可。えくすてんどあいてむ。

 ただし、一度死ぬことには抗えないという特性上、マスターとの魔力の繋がりやサーヴァント契約は失われ、カグヤは単独行動スキルによってのみ現界するはぐれサーヴァントとなる。このときを狙われれば当然やられる。耐久Eのカグヤならデコピン一つで命が危ない。

 物理的な死や毒殺、呪殺、また令呪による強制自害などにも効果を発揮できる。が、自身の宝具である『天の羽衣』には効果を発揮しない。また不死殺しの概念を持つ宝具や技なら、これを貫通してカグヤを倒しきることができる。

 

 

『五つの難題(さあ惑へ夜這い求める俗どもよ)』

 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~5

 

 真名開放することで発動。五回に限り、固有スキルの"トラブルメーカー"を、幸運判定を無視して強制的に引き起こす。"魅了"に当てられている者ほど、不幸な結末を迎える。同性には効き目が弱くなる。カグヤちゃんマジ困ったちゃん。

 良いほうにも悪いほうにもコロコロ転がるトラブルメーカーだが、カグヤはこれを見栄えのいいお祈り程度の軽い気持ちでばら撒いている。

 

 

 補足:宝具『五つの難題』はここまで四回使用。一回目は戦いに行こうとする天草四郎に。二回目はバーサーカーとの合体のとき。三回目はアカとの再契約のとき。四回目はジャック・ザ・リッパーとの縁結びのとき。

 バーサーカーとカグヤの合体は、正史のジーク君とすまないさんのようなものです。ちゃんと言えば、磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)でカグヤの中に作られた[第二のフランケンシュタイン]の器に、何故かフランちゃんご本人が入れられた状態、という風な設定です。意識も有りますし感情も持ってます。

 あまり本編に影響しない裏設定なので、そーなのかーって軽く受け止めてもらえればと思います。

 

 

 

 【オリ設定】

 輝夜はスペルカードルール制定以前よりもこたんとコロコロしあっており、あの依姫の師匠でもある永琳の教えもあって、肉弾戦もそこそこ得意。

 弾幕ごっこを嗜んでるため、飛び道具に対する回避・察知能力が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 <赤陣営>

 

 

・天草四郎時貞

 

 被害者その一。

 シェイクスピアの不在を第一として、武器である刀の強化不足、黒のセイバーの存命、赤のライダーの負傷など、概ね順調であった正史との違いを作らされている。

 ただ、その分セミラミスへの依存が高まり関係が深まったため、二人の仲は正史よりとても良い。

 カグヤへの印象:たびたび計算を狂わせてくる厄介なトラブルメーカー。

 

 

・セミラミス

 

 被害者その二。

 天草四郎が受けた被害と計画狂いが甚大なため、その埋め合わせに必死。ただマスターと接する機会が多くなったせいか、笑顔が増えたような気が......

 そのためか、正史よりも本気度が上がっている。

 カグヤへの印象:腹パンしてわからせたい小娘。

 

 

・カルナ

 

 無傷。

 むしろ黒のセイバーと存分にやりあえる分、彼を助けてくれたカグヤの存在はカルナにとって多大なプラスとして働いた。

 セイバーと最後までやりあう気で、思い出の地での最終決戦に挑む。

 カグヤへの印象:月の姫。それだけ。

 

 

・アキレウス

 

 被害者その三。

 若干心を寄せていることもあり、モロにトラブルメーカーの餌食となっている。最たる事例は踵をジャックちゃんに抉られたこと。

 カグヤは黒のアサシンに操られていると謎の勘違いをしている。真実はただカグヤが寝返っただけ。

 実は魅了一歩手前くらいまでカグヤに惹かれてたりするが(当のカグヤ本人は無自覚)、アタランテの存在がありどうにか踏みとどまっている。

 ランサー相手にとある戦法を試し、弱体化した体で最終決戦に挑む。

 カグヤへの印象:明るく元気な姫様。

 

 

・アタランテ

 

 被害者その四。

 必殺の矢を何度もカグヤに避けられ、プライドがズタズタになっている。できた仕事といえばブラド公へのトドメに関われたくらいのもので、偵察に赴くもアキレウスの面倒を見ることになったり、正史でジャックにトドメをさしたイベントが無くなったりと、思ったように仕事ができずイライラしている。が、憎しみというほどではなく、例の変身宝具の使い方はわかっていない。

 勝つために、決戦では手段を選ばないようだ。

 カグヤへの印象:蚊。

 

 

・スパルタクス(敗退済)

 

 被救済者その一。

 正史では意思を貫くも結局上手いこと使われてしまった彼だが、本作では黒に捕まることもなく、ブラド公を追い詰め相討ち、というある種の本懐を遂げられた。

 カグヤの存在が天草に一抹の不安を与えたことによるトラブルのため、彼女のおかげといっても過言ではないだろう。

 カグヤへの印象:圧政者の居場所を教えてくれたギリギリ圧政者ではない人。

 

 

 

 

・旧マスター御一行

 

 挨拶の際に会っている。明るい性格に、全員が励まされ、やる気を出した。

 ただそれだけ。結局眠りにつかされた。

 ただ、黒のセイバーが助かったことで巡りめぐって彼らは空中庭園から無事に下ろされたため、カグヤのおかげで生存が確定したと言っても過言ではない。

 カグヤへの印象:明るく元気なサーヴァント。

 

 

 

 <黒陣営>

 

 

 

・ジャンヌ

 

 被害者その五。

 アカくんとのルートがなかなか進展せずに今日を迎えてしまった彼女の運命やいかに。

 アカくんを取られたり、呪詛がふんだんに盛り込まれた砂を口に突っ込まれたり、料理対決からハブられたりと、とにかく散々な目にあっている。

 アタランテとの確執は無く、素直な気持ちで決戦に挑む。

 カグヤへの印象:おふざけが過ぎる存在。

 

 

・アカ

 

 保護者。

 正史ではジークくんだった存在が、ジークフリートが生存し、本人的にアストルフォとカグヤに救われたと思い、それぞれ名前の頭文字をいただいた結果のネーミングである。

 正史とは違い、体にジークフリートもバーサーカーも宿しておらず、本人の戦闘力が皆無である。

 カグヤのマスターとなり、亡きアストルフォの意思を継ぎ、彼は最終決戦に望む。傍らに頼れるのか頼れないのかよくわからないサーヴァントを添えて。

 カグヤへの印象:一番の恩人であり友人。信用はしているが、信頼はしていない。

 

 

・ケイローン

 

 被害者その六。

 パンツライオンとかいう謎のアダ名を与えられ傷心。謎多きこと、黒陣営についた理由が曖昧なことから、カグヤを露骨に怪しむ。

 黒のアサシンを射とうと完全に潜んだ場所から必殺の矢を放った際、まさかのカグヤに見切られて矢を掴まれた。精神的ショックは大きく、フィオレに見つけられるまで放心していた。

 カグヤのことは未だに警戒している。

 カグヤへの印象:不確定要素てんこ盛りの警戒対象。

 

 

・フィオレ

 

 比較的無傷。

 ケイローンから話を聞いてカグヤを警戒している。が、本人的には普通だと思っているし、最終決戦でも貴重な飛行戦力として頼りにしている。

 が、彼女がいることでストレスが溜まり、食い過ぎた結果、二の腕につくものがついたことはめちゃめちゃ恨んでいる。

 カグヤへの印象:その抜群のプロポーション私にもください。

 

 

・ヴラド三世

 

 被救済者その二。

 作中、カグヤがダーニックに特攻しやがったおかげでダーニックが空中庭園に行けず、ダーニックの切り札である吸血鬼の魂乗っ取りが行えなかった影響で、ドラキュラではなくドラクルとして戦い抜けた。臣下を背に守りきった彼の残した十字疵は、決戦前の今も空中庭園の廊下に残っている。

 カグヤに接触していない=トラブルメーカーの影響を受けていない人物の一人である。

 

 

・ダーニック

 

 被害者その七。

 魔術の戦闘力、それ以上に厄介な話術を持ち、切り札も手にしていて完全状態だった彼だったが、相対した敵が話を聞かないカグヤだったのが運の尽きであった。ボコられ、惨めに退散させられ、令呪を切るもブラドは惜敗し聖杯をとられ、挙げ句に黒のアサシンにお料理されるという凄惨な最期を遂げた。

 カグヤへの印象:末代まで呪う。

 

 

 

・ジークフリート

 

 被救済者その三。

 カグヤのおかげで心臓を使わずに済み、宿敵である赤のランサーと何度も剣を交えられている。特に被害らしき被害もなく、幸運-EXと言われるとは思えないほど順風満帆。

 ランサーから果たし状が届き、ヤル気満々である。

 カグヤへの印象:何かと中心人物の人。

 

 

・ゴルド

 

 落ち着いた人。

 セイバーに反逆され、ダーニックに諭され、聖杯戦争においてマスターとは何かを悟り、挙げ句自分よりもハチャメチャなカグヤを見せられ、反って落ち着いた。

 以来、来る日に備え、自身の魔力貯蔵槽の復旧に全力を尽くし、ホムンクルスたちとも協力するなど、悟りを開いたが如き落ち着きと働きを発揮する。貯蔵槽はそこそこな魔力供給量まで回復できた。

 セイバーと共に最終決戦に挑む。

 カグヤへの印象:おてんば娘。

 

 

・ジャック・ザ・リッパー

 

 被救済者その四。

 ダーニックとアストルフォを解体しつつ第三陣営として勝利を狙うも、カグヤとやるゲームが楽し過ぎたことから毒気が無くなり、マスターと共に奇跡的に黒陣営の仲間入りを果たした。

 実は裏設定として、ダーニックが寿命伸ばしのために取り込んだ赤子の魂が怨霊化したものをジャックが取り込み、その記憶からミレニア城塞に入り込んだ。というものがある。

 赤陣営にとって完全な正体不明である彼女は、決戦ではどう動くのか。(カグヤは完全な意味不明)

 カグヤへの印象:優しいお姉ちゃん!

 

 

・六導玲霞

 

 被救済者その五。

 サーヴァントであるジャックともども、正史で赤のアーチャーにやられていた未来を回避する。

 料理対決やジャックの反応を見て、カグヤのことは信頼しているし、生きる道をくれたことに感謝している。

 同郷出身である獅子劫とそこそこ仲良くなった。

 カグヤへの印象:人生楽しんでそうな人。

 

 

・モードレッド

 

 (ある意味)被害者その八。

 出番的にほぼ原作通りの展開しか望めなかったり、乗ってた車がエンジントラブルしたりと、メタ的に出番をめちゃくちゃ削られた。

 黒のセイバーと何かを企んでいる彼女だが、決戦での立ち位置やいかに。

 カグヤへの印象:賑やかな女。

 

 

・獅子劫界離

 

 (ある意味)被害者その九。

 赤のセイバーと共に出番をめちゃくちゃ削られた。

 出自を同じくする六導玲霞と意気投合し、仲良くなっている。玲霞お母さんの言語問題を何とかしてくれた。

 正史と変わらぬ彼も、同様に決戦に挑む。

 カグヤへの印象:竹取物語のかぐや姫とは似ても似つかぬ元気なサーヴァント。

 

 

・バーサーカー

 

 (ある意味)被救済者その六。

 自滅宝具でカグヤと心中しようとしたが、何故か両方生きていた。作中一二を争うトラブルが原因。

 今もカグヤの中で元気にしており、意識して電気を流すことでカグヤにツッコミができる。永遠と須臾のゲーム時間を共に過ごしたせいか彼女もゲーム好きになった。

 力を貸すことで元のマスターであるカウレスの役に立てると考え、カグヤに協力している。

 実はカグヤのやるゲームの電源は彼女。節電のため、魔力変換による電気によってのみしかゲームを許していない。ブチキレたときは強制的に電源offにしたりする。

 カグヤへの印象:ゲーム、し過ぎ。

 

 

・カウレス

 

 被害者その十。

 バーサーカーを取られた挙げ句、三千食分の料理を調達しろとの無理難題を浴びせられ東奔西走させられた苦労人。ただ、結果的に姉の助けとなれていることには感謝している。

 サーヴァントも令呪も手元にない彼だが、要所で黒陣営の手助けとして必要不可欠な人材となった。

 カグヤへの印象:役にたたなかったらタダじゃ済まさない。

 

 

・アストルフォ(敗退済)

 

 被害者その十一。

 ダーニックがやられた影響で、ジャックちゃんに懐まで侵入を許し、心臓をズブリとやられてしまった。

 正史とは違い大きな活躍ができなかった彼は、アカとカグヤに望みを託し、再び英霊の座へと還っていった。

 カグヤへの印象:アカ君を助けてくれたいい人! アカ君を頼む!

 

 

・セレニケ

 

 原型を失った人。

 様々な精神的ショックが重なった結果、極度のカグヤ依存症に目覚めた。以来、カグヤに嫌がられそうな行為はスパッと止め、従順な人になっている。

 ただ、ジャックちゃんを見ると途端に逃げ出すため、カグヤ本人との接触はあまり多くない。

 カグヤ様への印象:カグヤ様。

 

 

・アヴィケブロン(敗退済)

 

 被害者その十二。

 出番を著しく削られ、せっかく自身という最高の素材を炉心に宝具を起動したのに、本家本元のジークフリートを含むメンバーに本筋外で叩きのめされたとてもかわいそうな人。

 カグヤに接触していない=トラブルメーカーの影響を受けていない人物の一人である。

 

 

・ロシェ

 

 被救済者その七。

 黒のキャスターの心境の変化により事なきを得た。

 サーヴァントであり、また先生と慕っていた黒のキャスターの裏切り、さらに彼の宝具に潰されかけたことなど、精神的ショックを受け数日間ただ機械的に作業をこなすか自室に籠る生活をしていた。

 ただ、黒のアーチャーの支えもあり、今は回復してフィオレとともに赤のキャスターから頼まれたものを作成している。

 黒のキャスターが残したゴーレムもある程度までなら動かせる。

 カグヤへの印象:サーヴァントの一体。他人。

 

 

・トゥール含む激務にされた方々

 

 正史よりも、赤のライダーが突っ込んできたり、黒のアサシンが二度も襲撃してきたり、カグヤに三千食を頼まれたときの料理やらで忙しすぎて何人か倒れかけた。

 ゴルドとの仲が正史よりも良好になっている。

 カグヤへの印象:だいたいこいつのせい。

 

 

 

 その他

 

 

藤原妹紅(もこたん)

 

 幻想郷からの参戦(予定)。

 本家輝夜と同じ不老不死。

 普通の方法では通り抜けられないはずの結界を怒りと根性で無理矢理突破してきた。

 陸路で行けばいいのに何故か海路を自力で渡る暴挙に出て、何度も死にながらようやくヨーロッパまでたどり着いた様子。

 間に合うかどうかは微妙なライン。

 輝夜へ言いたいこと:いいから帰ってこい話はそれからだ。

 

 

・車の男(モブ)

 

 被害者その十三。

 ルーラー、六道お母さんときてもこたんまで車で運ぶことになった人。

 実はカグヤに遭遇していないのだが、聖杯大戦に何かと縁があるのかちょくちょく顔を出しては車を走らせている。

 黒塗りのワゴン車で釣りに出かけるのが趣味。

 だからどうということもなく、恐らくもう登場することはないただのモブ。

 

 

・八意永琳

 

 被害者その十四。

 永遠を共に歩む輝夜の従者にして月の頭脳。

 月からの目を誤魔化しつつ、輝夜をコッソリ見張り続けている胃痛ポジ。

 でも最近つまらなさそうにしていた輝夜が楽しそうならそれでもいいかと思っている。

 カグヤへの印象:輝夜はもっと綺麗でかわいい見た目をしている。これは聖杯による姫様への冒涜だ。

 

 

以上

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 ~最終決戦前、地下室~

 

 

「はぁ~......」

 

 幾度となく見上げた天井を、再び見やる。いや、恐らくこの天井を見るのも今日が最後か。

 今日の夜、私たち黒の陣営は、天草四郎を止めるために最後の決戦へ挑むのだから。

 

「天草四郎の目的、当たってそうだけどなぁ~......」

 

 ルーラーさんに『最後くらい黙っていてください』と言われ、アカくんにも『すまない、カグヤ......』とお気持ちをいただいてしまっては話せなかったけど......

 私には、いや私だからこそ、読める天草四郎の目的がある。

 

「全人類の、不老不死化......」

 

 曰く、聖杯とは願望機だと。

 それなら生き物を不老不死にもできるだろう。

 誰も死なない世界なら、誰も悲しまないだろう―――定命の者がいかにも思い付きそうな、恒久的世界平和、人類の救済だ。

 

「なんともまあ、面白い巡り合わせねぇ......」

 

 胸の奥、自分の心臓に手を当てる。

 そこには、何とも頼りない、一度止まってしまってはもう動き出せなさそうな、けれども必死に歩みを奏で続ける、尊く美しいものがそこにある。

 自身のそれは仮初めの物なれど、それは変わらない。

 

「ただ旅をして、あまり目立たずにどこかで手を引くつもりだったんだけどなぁ......」

 

 最初の頃から今までのことを思い出す。赤のみんなと食事をして、バーサーカーちゃんと戦って、アカくんがマスターになって、ジャックちゃんと会って......

 随分と、長旅になってしまった。

 旅のほうも楽しめたから、満足は満足なのだけれど。

 

「ふふふ......ねえ、貴女は大丈夫?」

 

 どこともなく、どこにいるかもわからない、けれども絶対に近づいてきている彼女に声をかける。

 

「早くしないと、何もかもが終わっちゃうよ、もこたん?」

 

 ほら、貴女も早く来なさい? 貴女は()()()()なのだから。

 私も、()()()()()として、本気で戦ってあげるから。ね?

 

 

 

 

 

 



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"蓬莱山輝夜"編
トラブルメーカーは貰い受ける


 

 

 

  ~~決戦当日、日没の貸倉庫~~

 

 

「なあマスター」

「どうした、王様。昼飯から帰って来てから、何やら考え込んでいるようだが」

「考え事してるってわかってんなら、なんかオレに一言くれてもいいだろっ」

「いや、一人で考えたいときがあるのもわかるからな。こうして声かけられるまでは、黙っておこうと思ってな」

「ケッ」

 

 赤のセイバーとそのマスターが拠点としていた墓地。辛気臭くて苦手としていたその場所も、一切の痕跡も残さず去っていくことには、赤のセイバーはほんの少し名残惜しく―――いややはり気のせいだと後ろは振り返らず、車で最後の拠点へと移動を始めた。

 ちなみに荷運びが必要なため車である。無論お気に入りのハーレーも後ろに積んである。

 そんなこともあり、また自身にしては珍しく煩い連中と話しながら昼飯を囲ったこともあり、赤のセイバーは少々考え事がしたい気分になっていた。

 

「姫って、どんな存在だと思う?」

「王、お父上様ときて、今度は姫か。あのキャスターでも見て何か思ったか?」

「オレは王になる騎士だ。前線で戦って、敵を討ち倒し、国に勝利と安寧をもたらすのが役目だ。だから、姫ってのがどういうのかイマイチわかんねぇ。なんか知ってることねぇか?」

「んなもん俺だってそうだ。ネクロと向き合い、ネクロと話し合う生涯だった俺に、生憎と姫さんなんていう高貴なお知り合いがいるはずもないだろう?」

「なぁーに自慢げに言ってるんだよこの屍体好き野郎がぁ......」

 

 自分の生涯についてニッコニコで話す獅子劫に向けて、セイバーは渾身のジト目を向ける。

 

「てかよぉ王様。そんなこと言ったら、お前さんのほうがその手の存在に触れる機会は多かったんじゃないか? 姫っつー姫ではないにしろ、王妃とか」

「ギネヴィアかぁ......話した記憶あんまないからわからん。オレを産んでもねえくせに父上の妻ヅラしてるのに腹たった記憶ならある」

 

 こいつは今も昔もアーサー王にしか興味無いんだろうなぁと獅子劫は再確認した。

 

「まともな思い出かどうかはさておき、参考にならねぇなぁ......世間一般的には、お淑やかで儚い、可憐な花に例えられるようなイメージがあるだろう。が、政治の場に駆り出されたり、国の行く末を考えるのも役目だったりするわけで、か弱いだけじゃないだろうがな」

「どれもこれもあのキャスターにゃ当てはまらねぇぞ? 一応、カグヤ姫って名前だったよなぁアイツ」

「あの姫さんは参考にしないほうがいいと思うぞ......」

 

 教会の前で初対面したときからやたらとハイテンションだったり、

 黒のバーサーカーと一体化してるの! とか言って電気バチバチ大はしゃぎしながら地下室を飛び回ったり、

 子ども(アサシン)とピコピコとゲームして楽しんでたり(何ならアサシンよりも楽しそうだったり)、

 アーチャーが不意から放った必殺の矢を軌道を完璧に読んで受け止めたり、

 

 あれを姫として認めている家来や従者たちを含め、この世の理では推し量れない存在であることは間違いない。

 常識外れとはああいうものを指すのだなと獅子劫は世界の広さを知ったのだ。

 

「何なんだろうな、姫って......」

 

 結局答えは出ないまま、セイバーは腕を頭の後ろで組んで、車の天井のシミを数え始める。

 

「なんだ、もしかしてお前さん姫になりたいとか「あ゛!?」冗談、冗談。冗談だからその殺気を抑えてくれ、心臓に悪い」

「......ったく」

 

 ついにセイバーは目を閉じる。獅子劫はそんなセイバーを横目に、夜道を走り続ける。

 目指すは、戦闘機の眠る貸し倉庫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

  ~~決戦当日、日没の空港~~

 

 

 

「落陽です。いよいよですね」

「ええ。このまま何事もなくこの空港を発てれば、いい時間に敵の空中庭園が見えてくる頃合いです」

「がんばろうね、カグヤお姉ちゃん!」

「バッチコーイ!!」

 

 決戦当日、夜の空港から空を眺める。

 今日も日が、西に沈んでいった。

 変わることのない、その永遠を刻んでいる。

 ただ、いつもと違い、宵の東に月は見えない。

 それは、今日が新月―――決戦当日だということを意味している。

 

 

『日が落ちて 月も無き夜に 火が灯る

 背を視ずとも 並べる仲間よ 猛々し

 桜咲く 金の未来を 夢に見て

 さあ行こう 迷い無き脚が 土を発つ』

 

 

「......お姉ちゃん?」

「ふふ、ちょっとね?」

 

 思わず、心から詩が浮かんで消える。

 心配そうにこちらを覗き込むジャックちゃんの頭を、私は完治した右手で撫でる。

 その手の甲には、二画の令呪。

 ()()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

  ~~要塞、出発前~~

 

 

 

「本当にいいんですか、玲霞さん。

 マスターとサーヴァント、大切な関係が、無くなってしまうんですよ?」

「平気です。だって、ジャックは私の娘ですから。離れていても、ずっと一緒です」

 

 この三日間、私たち黒の陣営は、決戦に備えてたくさんの準備をしてきた。

 フィオレちゃんとロシェくんが私のグローブを作ってくれたり。

 カウレス君がフィオレちゃんから魔術刻印を継承したり。

 ロシェくんがゴーレムの最終調整をしたり。

 セレニケさんも、私からお願いして皆を手伝ってもらった。

 

 そして最後、作戦の都合上、どうしても必要なことが一つ、残されていた。

 

「カグヤさん。ジャックの令呪、貴女に託します」

 

 即ち、玲霞さんから私への、マスター権の譲与。

 

「......ジャックちゃん、あなたたちは大丈夫なんだよね?」

「必要なことなんでしょ? それに、わたしたち、お母さん以外なら、お姉ちゃんにマスターになって欲しい!」

 

 マスターは戦場に行かなければならない。魔力のパスがあまりにも遠くなってしまうから。そして、魔術師ではない玲霞さんは、戦場に赴くマスターとしてはどうしても不安が拭えない。

 

 そして何より、突撃作戦の内容から考えても、ジャックちゃんのマスターは私でなければならない......らしい。

 

 そういうことで、イレギュラーながらもルーラーさんは渋々ながら許可を出した......らしい。全部聞いた内容です。はい。

 

「......わかりました。その令呪、確かに受け取ります」

 

 玲霞さんの細い右手に、こちらも右手を重ねる。

 ジャックちゃんの令呪を......いや、ジャックちゃんそのものを託されているように感じた。

 本当は、この令呪という繋がりを手放したくないに決まってる。二人の話を聞いたから知ってる。この令呪は、二人を引き寄せた大切なものだって。

 令呪が赤い光を発し、同時にジャックちゃんとのパスが繋がったのを感じた。

 ......玲霞さんの思い、確かに受けとりました。

 

「ええ。お願いします。

 それとジャック、カグヤさん、これも」

 

 そういって、玲霞さんは手に何かを握らせてきた。

 手を開いて見てみると、手作りの御守りだった。

 ジャックちゃんが、瞬く間に涙声になる。

 

「これ......っ、お母さん......っ。わたしたち......っ!」

「大丈夫よ、ジャック―――」

 

 

 

 ―――私がいなくても、あなたは大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「マスターであるこの私に、任せなさい!」

「お姉ちゃん......うん!」

 

 てなことがあって、右手の甲にはジャックちゃんの令呪が刻まれている。

 

「キャスター、あまり暴れないように。貴女のその服が大きすぎて少々―――いやかなり邪魔です」

「ぶーぶー、そんなこと言わないでよルーラーさぁん。ほら、平安の貴族を虜にしたカグヤ姫の正装よ?」

 

 いつものお堅い鎧装備のルーラーさんに見せつけるように、レッツ、スキップアゲイン♪

 それ、いっち、にーい、さーん、しーぃ♪

 

「凄くぶわぁんぶわぁんてしてる......」

「......作戦に必要とはいえ、あれで動きづらくないのかしら......」

 

 もちろん動きにくい......今ので若干疲れた......

 久々に羽織った正装の十二単。それを服と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。(中略)。それは正にテントだった。歩いて飛ぶテントの爆誕である。

 さらに服の下にはロシェくんからもらい受けた土製のグローブもある。黒のキャスターが残した素材をフィオレさんと加工したらしく、手の動きにピッタリ合わせて動き、握り拳の先端に宝石が埋め込まれている。期待の10倍以上の物を貰った。これ難題で要求できるレベルの物じゃないかな......

 ただし、これもそこそこ重い。正直歩くのも疲れる。ふえぇ、重量過多だよぉ......(´;ω;`)

 

『......カグヤさん、頼んだよ』

 

 でも待望の武器だ。ロシェくんに感謝感激。藤原不比等(もこたんパパ)が持ってきた蓬莱の玉枝の贋作なんかよりよっぽど強くて美しいよ。

 この聖杯戦争で、皆から貰った思いの全部、胸の奥に刻み込んだからね。何千何万年経とうと忘れないよ。

 

「あ、アーチャーさん、ジャックちゃんも。渡したあの薬、ちゃんと飲んだ?」

「......ええ、いささか以上に不安でしたが、マスターのご指示だったので」

「飲んだよ!」

「おっけい!」

 

 あと、私の宝具、一回だけ生き返れるあれを、パンツさんとジャックちゃんと、それと男のほうのセイバーさんにも渡した。パンツさん以外は単独行動無いけど、ほんの一瞬だけでも命を繋げられたなら、何かを変えられると思うから。

 セイバーさんからは直々に頼まれたしね。それが絶対に必要になるだろうって。

 

「姉ちゃん、侵入者とかは無いんだよな?」

「異常無しです。人払いの魔術も正常に作用しています」

「そうか、ならよかった」

「......貸し切り、なんですよね。本当に誰もいない......」

「ええ、そうです」

 

 ユグドミレニアの方々からは、フィオレさんとカウレスくんが来た。

 サーヴァントは、ルーラーさん、パンツ......アーチャーさん、ジャックちゃん、それと私ことキャスター。黒のセイバーさんは何やら別のところで決闘するらしく、赤のセイバーさんは別行動らしい。

 そして......もこたんは未だ来てない。おかしいなあ、このままだと全部終わっちゃうよ?

 

「刻限です。飛行機に乗りましょう」

「う~ん......」

「キャスター、どうかしましたか?」

「おい、まさか力が上手く出ないとか言うんじゃないだろうな!?」

「いやいやいや、竹取飛翔は問題なくできるよ!......うん、大丈夫!」

「おいおい、本当か?」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「いやー......実は生まれつき高所恐怖症でー......」

「......慣れろ」

「ひどい!......まあでも、がんばります!」

 

 ―――嘘だ。あんだけ幻想郷で飛び回って弾幕ごっこしておいて高所恐怖症とか、見知った皆の前では口が裂けても言えない。

 もこたん、来ないかなあ......まあ、待っててもしょうがないか。

 

「うん、行きましょう! 人類の明日はあっちです!」

「お姉ちゃんお姉ちゃん! 飛行機はこっちだよ!」

「............てへっ」

「......不安だ」

「不安ですね」

「不安です......」

「えへへへへ......」

 

 うん。行こうか。

 この長かった旅の、終点へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「......っ!? 侵入者、魔術感知域の内側に入りました!」

 

 マスター及びサーヴァントが全員、飛行機に乗り込み、まさに最後の一機が離陸した瞬間に、巡視より管制に警戒の一報が入った。

 

「数は?」

「一人です」

「様子は?」

「......服が傷だらけ。長いこと運動した後のような疲れが見えます。ただ、魔力のようなものを感じます」

「男か、女か」

「少女です。比較的小柄の」

 

 離陸の隙を狙った魔術師か。雇われの賞金稼ぎか何かが依頼を受けたか。

 いずれにせよ、妨害を受けてはたまらない。

 

「とにかく離れさせろ。このタイミングで来た魔術師などロクな存在ではない。近づけるな、手段は問わない」

「了解」

 

 との指示を受け、巡視の者たちが侵入者の前に立ちふさがる。

 

「即刻、立ち去れ。ここは今、貸し切り中だ。外部の者の立ち入りは禁じている」

「......はぁ......はぁ......はぁ......かっ......やぁ......」

「まあ待て。どうだお嬢さん。お疲れだろう。水でも飲んで落ち着いてくれ。話を聞こうじゃないか」

 

 巡視は人好きな表情で、少女にペットボトルを差し出した。しかし、その水面には催眠術が仕掛けられており、見たものを惑わし、真っ直ぐ家に帰る暗示がかかるように術を行使した。

 彼は今回の巡視長であり、そこそこな魔術師の一人だった。

 

「さあまずは落ち着こう。目的はなんだ?」

 

 だが、その言葉が、

 

「......か......や」

 

 ()()という言葉が、少女を―――藤原妹紅を刺激した。

 

 

 

蓬莱「凱風快晴

    -フジヤマヴォルケイノ-

 

 

 

「輝夜ああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 ―――その後、焔の軌跡が、彼らの空港を蹂躙した。

 が、侵入者はそれだけで、程なくして消えていった。

 まるで、諦めたように、探し物を見つけられなかったように。

 その知らせはすぐにフィオレに届いた。

 こちらの飛行機に被害がないならと事態を軽く見た彼女だが、一応サーヴァントら全員に事態の周知をした。

 皆が一様に首を傾げ、ただ別に関係ないと捨て置く中、ただ一人―――先頭を行くルーラーのすぐ左隣の飛行機に乗り込んだカグヤだけが、腹の底から大笑いしていた。

 

 

 

 

 

 




※不比等がもこたんパパであることは現時点では明確なことではありませんが、そういうことにさせていただいております。


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トラブルメーカーは一人笑う

 

 

 ~~空中庭園、玉座の間~~

 

 

 

「......一つだけ確認させてくれ」

「なんだ」

「お前のマスター、天草四郎時貞。あいつは本当に正気か?」

 

 玉座の間、黒の陣営が飛行機を飛ばしたその頃、こちらでは厳かな雰囲気の中で問答が行われていた。

 

「我はあやつに何もしておらぬ......我も少々頭を抱えたがな。奴は正気で、本気だったぞ。

 その証拠が、これだ」

 

 玉座のアサシンが、服の両肩を少しはだけさせ、眼下のサーヴァントたちに肩回りを見せた。

 そこには、天草四郎の体に刻まれていた無数の令呪が移されていた。

 

「先ほども言ったが、マスターは予定より早く大聖杯の第三魔法起動にとりかかった。魔力は少々不足しているが、どうせこれからの戦いでサーヴァントがいくつか脱落するだろうと読んでな。

 そのため、戦いでの令呪の使用を任せると言って、()()()()()()()()

 これにより、汝らのマスターは我となっている」

 

 ガンッ、とライダーが槍で床を強かに打ち付ける。

 

「あんたほど信用ならないマスターが居てたまるか。

 ついこの間のときといい、いい加減に承服しかねるぞ、アサシンッ!」

 

 普段からかうように使っていた”女帝さん”という呼び名も捨て、ライダーは本気でアサシンに訴えた。

 

「マスターからは、令呪一画を以て、天草四郎に有利になるように行動しろという命を受けている。令呪の強制力の強さは知っておろう? 我も簡単には歯向かえんよ」

「それは逆を言えば、必死になれば歯向かえるということだろう。赤のアサシン」

 

 少し離れたところにいるランサーも、言葉を挟む。

 ライダーの横にいるアーチャーも、不満さを隠していない。

 

 

 

 

「......貴様らが不安がるのも、理解できる」

 

 そんな中、アサシンは独白を始めた。

 どこか遠くを見るように、目を細めて。

 ライダーを含め、誰も見たことが無いような表情で。

 

「我は、あやつが、天草四郎という聖人が、失敗する姿を見たいという欲を否定しない」

 

 そして真っすぐ、ライダーを、ランサーを、アーチャーを視界に収めた。

 

「だがそれよりも......あやつが願い、あがき、求めた結果。どこまで行けるのか、何を掴むのか......その先にある未来を、見てみたい」

 

 意を決したように、彼女は玉座から立ち、目の前の階段を一段一段と降り、やがてライダーたちと同じ目線に立ち―――

 

 

「どうか、頼む」

 

 

―――頭は、下げなかった。

 

 

 

「......ククッ、ハハハッ、それでも頭までは下げないのな、女帝さんよぉ」

「......うるさいっ、我はマスターぞ! 誰が魔力を供給してやってると思っているっ! ふんっ!」

「今は大聖杯にパス繋いでるんだろうに......まあ、いいや」

 

 ひとしきり笑うと、ライダーは背を向け、

 

「決まっちまったもんは仕方ねえし、その言葉に免じて、今回は許してやろうかい。よろしく頼むぜ、女帝さんよ」

「......お前は黒のアーチャーを頼む」

「言われるまでもねぇな」

 

 一人、稽古に戻っていった。

 

「話は済んだか。オレもそろそろ出る」

「......ああ、黒のセイバーを頼んだぞ、ランサー」

「構うな。これはただの、オレのエゴだ。

 貴様も、それが自分のエゴだというのなら、叶えてみせろ」

 

 ランサーは一人、アサシンが前から用意していた魔方陣の中に、その先にある戦場へと、消えていった。

 

「......アーチャー」

 

 残るは赤のアーチャー、ただ一人。

 

「......私は、全ての子供が愛される世界を願っている。そして、天草四郎時貞の願いが叶えば、私の理想にも近づく。

 そのために、我が弓を用いて障害を殲滅する。お前からもらったものも容赦無く使う。それだけだ」

「......そうか。

 努々、取り扱いには注意しろ。その入れ物は割れやすい。

 黒のアサシンと、もし来るようならあの女を、頼む」

「ああ」

 

 そう言い、手元の小瓶を確認して、アーチャーも玉座の間を去っていった。

 

 

 

 

 誰も居なくなったことを確認し、アサシンは転移で玉座に戻り、ほっと息をつく。

 

「全く......サーヴァントを使いこなすというのは大変だな。

 さて......いよいよ、今夜か」

 

 サーヴァントに、道具というニュアンスを含ませながら、セミラミスは小声でそう一人呟いた。

 使えるものを上手に使いこなし、備えた英知を存分に発揮する。そのための手札、令呪を手に入れた。

 アッシリアの女帝、セミラミス。今宵の彼女は誰よりも本気である。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「ねえねえお姉ちゃん、なんで笑ってるの?」

「くくくっ......ごめんごめん。気にしないで。お願いだから」

「?......うん、わかった」

 

 流石に、さっきの一報は笑うわ。

 空港に現れた炎の侵入者とか、完全にあの娘じゃん。手口が永遠亭にカチコミに来るときと一緒だもん。そんで見張りのイナバが逃げてきて、怒ったイナバ(鈴仙)が出て行くも返り討ちにされて、やっほーって言いながら私が出迎えるいつものやつじゃん。

 こんなん笑わんほうが失礼でしょ。

 

「......ねえねえお姉ちゃん。わたしたち、マークされてるかな? かな?」

 

 マークってのは、赤のやつらに狙われてるかどうかってことかな。

 

「うーん、私が飛べるっての奴さんは知らないだろうし、ジャックちゃんに至っては情報抹消してるわけでしょ? 何ができるか不明だろうし、マークしようがないんじゃないかな?」

「そうかなあ......そうかもね」

「何より、私って赤のほうにいたとき、特に重要な存在では無かったというか、結構雑に扱われてたというか、ぶっちゃけ戦力外と見なされてたというか......まあとにかく、そんなに注意されないと思う。

 相手からして明確に注意しなきゃいけないこっちのサーヴァントって、一番はアーチャーさんだろうし」

 

 まあその油断を全力で生かして、懐に潜り込んで敵の砲台を壊しつつ、私たちで赤のアーチャーを倒すところまでこなせるかどうか。

 それが、突入作戦の肝心要らしいけどね。

 つまり私たちが重要ポジションってこと! 緊張する~!!

 

「ジャックちゃん、作戦と合図は覚えてる?」

「ばっちりだよ! 『ルナティック―――」

「言わなくていいから! ちょっと恥ずかしいんだから!」

「えー? かっこいいと思うよ!」

「だって、アーチャーさんと話してこの名前出したとき、笑われたんだもん......」

「わたしたちは好きだよ? お姉ちゃん?」

「もー♪ 私もジャックちゃん大好き♪」

「えへへへへっ」

「えへへへへっ♪」

 

 そんな他愛もないことを話しつつ、飛行機は飛び続ける。

 空中庭園到着まで、あと―――

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 ~ ? ~

 

 

 

畜生......ち゛く゛し゛ょ゛ー゛......!

 

 上から下まで服を黒焦げにしながら、されど体には傷一つ残っていない少女が、日の落ちたルーマニアをトボトボ歩いていた。

 

「逃げられた......あいつに、逃げられた......!」

 

 途中まで彼女は、とある男の車に乗せられていた。拙い言葉を何とか駆使し、ルーマニアのとある街で最近まで殺人事件が起きていたこと、その近くの空港が今日になってとある富豪が貸し切っていることを聞きだした彼女は、男にお願いして現地まで乗せられていた。

 彼女の勘が、全力で訴えかけて来たのだ。

 ()()()がいる、と。

 

『うーん......いいや、今日は帰ろう』

『は? なんて?』

『今日はこのまま帰ることにした』

 

 空港が近くになって彼は唐突にそんなことを言い出した。

 何とか言葉を聞きとった彼女は、ハンドルを切り始めた車から飛ぶように離脱し、少なくない傷を刹那で元通りにして、走って空港に向かった。

 そして、今に至る。背後に燃え盛る空港を添えて。

 余談だが、事後処理は魔術協会がやった。何故か怪我人は一人もいなかったそうな。

 

「......くそ、どれもこれもちゃんと施錠しやがって」

 

 ルーマニア全土が物騒になってきたせいか、バイクを盗もうにも全て鍵がかけられていた。

 何度怪我しようとも無理やり操縦しようといていた彼女だが、鍵無しでは流石に動かせない。

 仕方が無く、自転車の鍵を炙って溶かして、チリンチリンと当てもなく自転車をこいでいる。

 

「金もねぇ、光もねぇ、車もそれほど走ってねぇ......」

 

 当てもなく数時間、気が付けば彼女は、真っ暗闇の、だだっ広い草原の只中にいた。

 あの山と山の間に夕日が沈んでいったら綺麗だろうなぁ、とぼんやりそんなことを考えていた。

 その時、

 

 

 

 

 

 バゴオオオオオオンン

 

 

 

 

 

 

「うぇ!? うわっ!?」

 

 モコォォン

 

 かなり遠くからだが、ただしあまりにも大きすぎる爆発音に、彼女は驚いてコケた。

 そのせいでタイヤが曲がり、自転車が使えなくなった彼女は、恨み半分興味半分で音のしたほうにトボトボ歩き始めた。

 

 

 到着まで、あと―――

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「..................」

 

 時刻は、空港が謎の襲撃者によって焼かれた頃。

 黒のセイバーは、真っ暗闇の草原の只中、無言でバイクを走らせていた。

 出発前にマスターから受けた言葉は一つ。

 

 

 

『勝て』

 

 

 

 それだけだった。

 思えば、不器用で、傲慢で、自己顕示欲が高い男だったように、思う。

 されど、ひたむきで、一所懸命で、優しさがわかるような仕草も確かにあったように、思う。

 そんなことを考えながら、城塞から自分を見ているだろうマスターへの思考を切り、また無言でバイクを走らせる。

 ふと、超一流にまで至った戦士の感覚が、戦場の空気を感じ取った。

 

「..................」

 

 黒のセイバーはバイクを降り、エンジンを切りもせず無造作に捨て置き、剣を手に数歩前に進み、立ち止まった。

 

 

 何故か。

 そこから先が、()の槍の間合いであるからだ。

 

 

「もしかしたらまた、オレの言葉が足りなかったかもしれないと、少々不安に思っていたが」

 

 彼は、目を瞑り、正面を向いて槍を地面に突き立てていた。

 あまりにも、あまりにもここ最近で聞きなれた声に、黒のセイバーは安心すら覚える。

 

「心配無用だ、赤のランサー。元より戦士(われわれ)に言葉は不要。ただ、推して参るだけだろう」

 

 同様に、赤のランサーもどこか落ち着いた口調で、言葉を紡ぐ。

 

「すまない、黒のセイバーよ。マスターから指示された内容だけ、話しておく。

 オレが受けた指示は三通りだ。

 一つ目と二つ目は、貴様が約束を違えた場合の話だった。約束を守ってくれたことを、感謝する。

 そして三つ目、約束通りとなった場合のことだ」

 

 ここで赤のランサーは、槍を取り、黒のセイバーへ切先を向ける。

 対する黒のセイバーも、全くの同時に剣先を赤のランサーへ向ける。

 互いの武器が強かにぶつかり合い、強烈な金属音がした。

 

「オレは黒のセイバーと戦い、勝利し、その後にミレニア城塞を陥落させ、令呪で空中庭園へと引き返し、その場にいる黒のサーヴァント及びマスター全員を殲滅する。

 これが、オレがマスターから受けた指示だ」

 

 実際、彼ならば可能であろう。

 内包する超火力と圧倒的な耐久力、槍術。恐らく彼ならば、単騎で黒の陣営を壊滅することさえ可能だと黒のセイバーは分析する。

 負けるわけにはいかない。

 場を包む空気が、戦場のそれから、大戦場のものへと移り変わる。

 

「そうか、赤のランサー。聖杯戦争に参加した以上、貴殿にはマスターがいて、貴殿の目的があるのだろう。

 俺もマスターから指示を受けた。内容はただ一つ。

 勝て、と」

 

 

 

 黒のセイバーの剣より、膨大な魔力が火柱のように立ち上がる。

 赤のランサーの槍より、莫大な火炎が魔力を伴って燃え上がる。

 

 

 

「行くぞ、赤のランサー!」

「来い、黒のセイバー!」

 

 

 

 幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!

 梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』!!

 

 

 

 壮大な爆発音と共に、火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーは夜に駆ける



※狂姫中のてるよに、難聴による聞き取り言語捏造が追加付与されました。



 

 

 

「皆さん、そろそろ見えてくる頃でしょう。備えを」

「はい。アーチャーは御武運を......キャスター、しくじらないでくださいね?」

「ガッテンでい! ジャックちゃん! そろそろ始めるよ! 頑張れるかな!?」

「うん! いーっぱいごはん食べておなかいっぱいだから、今まででいちばんがんばれると思う!」

 

 

 

「大きな魔力が近づいてきた。サーヴァントども、敵襲だ。持ち場につけ」

「おーおー、わかりましたよマスターさん? 精々暴れてやるから、毒指を咥えて待ってな。姐さんも問題ないか?」

「我が名はアタランテだ。他人の心配なぞする余裕があるなら貴様は大丈夫なのだろうな。私も抜かりは無い。出し惜しみは無しだ、ライダー。()()使え」

「おうよ。()()使うぜ」

 

 

 今宵は新月。

 存在しない月明かりの下に、一挺の超巨大な空中要塞と、無数の航空機が相対す。

 

 

「起動せよ」

『十と一の黒棺』(ティアムトゥム・ウームー)

 

「いっくよー!」

『ルナティック・ザ・ミスト・シティ』

 

 

 無数の航空機を睨み殺すが如く巨大な岩盤が現れたのと、無数の航空機を覆い隠すように魔力を帯びた霧が、両者同時に展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霧か?......そういや姐さん言ってたな。最後に斥候に行ったとき、敵の城がよく見えなかったって」

「ああ、どうやらあれは奴らの能力だったようだな。アサシン、貴様にはどう見える」

「今の我はマスターぞ......まあよい。あれは我の目をもってしても中が見通せぬ。宝具級の、恐らくキャスターか、あってアサシンあたりの業と見て間違いない」

 

 今から航空機を落としてやろうとしたところに現れた広範囲の霧。これでは狙いをつけられない。赤のアサシンは魔力消費のことがあって砲台の無駄射ちを躊躇う。

 だが、赤の陣営にはもう一人。遠距離攻撃の専門家がいる。

 

「アサシン、確認するが―――別に全機墜としてしまっても構わんのだよな?

 

 霧を眺め、手にした弓を空に掲げ、まるで祈りを捧げるように彼女は目を瞑っている。

 彼女からすれば、空飛ぶ鉄の固まりなぞ紙切れも同然。

 超広範囲の霧、その中の無数の航空機。しかしその全てが、既に彼女の射程圏内であった。

 

令呪ずる。アーチャー、眼前の敵性生命体を殲滅しろ」

「了解した。マスター」

 

 弓に矢をつがえ、其を文とし天へ希う。

 

「此の災厄を注ぐ―――」

 

 返答は、神矢の雨嵐。

 

 

訴 状 の 矢 文(ポイボス・カタストロフェ)

 

 

 赤のアーチャーの弓から、終わりを告げる一筋が放たれた―――

 

 

 

 

 

 "狂姫"

 "竹取飛翔"

 

 

 バゴォオオオオオオオンン!!

 

 

「ゲットォ!!」

「なっ......」

 

―――同時、霧の中からもう一筋の雷光が勢い良く飛び出し、極上の素材で作られたウィッチクラフトのグローブで包まれた赤のキャスターの手が、赤のアーチャーの矢を完全に掴み取った。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「さん、にぃ、いち!!」

 

 

 "狂姫"

 "竹取飛翔"

 

 

「ゴーォォォオオオオ!!」

 

 最終決戦だぁぁぁぁああああああああ!!!

 クライマックスだぁぁぁぁああああああああ!!!

 ラストダンジョンだぁぁぁぁああああああああ!!!

 

 今夜はなんと新月! 能力の縛りも無し! 最高にハイってやつだ! 気分はすっかりバーサーカー!

 アカくんの魔力もバッチリだし、ぶっ飛ばして行くよ!

 あ、出始めぶっ飛ばしすぎて乗ってた飛行機壊しちゃった。てへぺろ☆

 

「ゲットォ!」

 

 まずはケモ耳アーチャーちゃんの矢を処理! パンツさん曰く、「赤のアーチャーの一発目はマジでやばい(一部表現捏造)」らしいから任されてた!

 いやー、フィオレちゃんとロシェくんのグローブ良いねぇ! この肉体じゃ素手だとパンツさんの矢もまともに止めれなかったのに、これがあるならケモ耳ちゃんも怖くない!

 

「おのれキャスタァァ......おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれエエ!!」

 

 ヤバッ、怒らせちゃった!

 えーっと、準備はいいかな? いくよ、もーいっかい!

 

 

『ルナティック・ザ・ミスト・シティ』

 

 

 故あって大声で叫ぶと、辺りに霧が立ち込める。ケモ耳ちゃんも完全に覆われたみたい。

 接近する! ぶん殴ってやんよ!

 

「もこパンチ!」

 

 miss!

 

「そんな拳、当たらんて!」

 

 外してもうた(´・ω・`)。結構自信あったのに。ちょっともこたーん? あなたのせいよ?

 まあいいや。拳は当たらなかったけど、()()()()()()()()()、作戦は成功だね! 私はこのままあのでっかいマスタースパーク岩をぶっ壊しに行くから、ケモ耳ちゃんは任せたよ、()()()()()()()!!

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「姫さんは姐さんのほうに行ったか......」

 

 ライダーは戦況を見ながら思惑する。

 赤のキャスターが赤のアーチャーに行った結果か、航空機の霧が晴れた。キャスターの仕業と見て間違いない。

 

「アサシン。キャスターの飛ぶ速さ、瞬間速度だけなら俺の戦車以上だ」

「なぜ貴様はそこまで冷静でいられるのだライダー! キャスターが飛んでくるなど想定外だぞ!」

 

 荒ぶったアサシンの声が響くが、ライダーの心は微塵も揺らがない。戦場でこんなにも凪いだ気分になるなんて生前も含めて初めてかもしれないとアキレウスは天を仰ぐ。

 

「あの姫さんなら何やっても俺は驚かねぇよ......姐さんの援護と航空機への砲撃を頼む。俺は先せ......アーチャーを倒す。それでいいか」

「......ああ、許可する。なんだ、踵をやられて落ちぶれたと思っていたが、随分落ち着いて頼もしくなったようだなあ、大英雄さん?」

「......かもな。

 クサントス、バリオス、そしてペーダソス。準備はいいか、行くぞ。

 今日は何だか......」

 

 

疾 風 怒 濤 の 不 死 戦 車(トロイアス・トラゴーイディア)

 

 

「......いい気分だ。ハハッ」

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「..................」

 

 

 キャスターが飛翔してから、黒のアーチャーは弓を構え、空中要塞を睨み付けるように監視していた。少しでも動きがあれば対応できるようにと。

 そしてその目が、()を捉えた。

 

『マスター、これより赤のライダーがこちらに来ます。狙いはこちらのようです』

『......わかりました。宝具の任意使用を許可します。アーチャー......どうか無事に帰ってきてください』

『承知いたしましたマスター。何かあれば、迷わず令呪の使用を』

『はいっ』

 

 短く、会話を済ませ、戦闘態勢に入る。

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。過去の英霊である自身とは違い、彼女は今を生きる愛すべき人間だ。こんな戦争に参加した以上は死んでしまっても文句は言えないのだが―――

 

「......それでも」

 

 ―――こうして自分を呼んでくださったからには、生きて帰らせたいものだ。

 

 

 

「ハハハハハハハッッッ!!!」

 

 

 

 前方から彗星の如く三頭だての戦車が迫り来る。それを駆るのは、この戦争が始まってから、いや始まる前からもよく知っている大英雄"アキレウス"だ。

 見慣れたその顔を目掛けて、アーチャーは烈火の如く矢を射ち放つ。

 

「黒のアーチャー!! 今日こそ決着をつけようじゃねぇか!! なああああああ!!」

 

 数kmは離れていたはずの距離を刹那に詰め、赤のライダーは黒のアーチャーのいる飛行機を強烈に貫いた。

 

「......チッ」

 

 黒のアーチャーは辛くも隣の飛行機に飛び移りつつ、夜闇の空間を正確に狙い射つ。踵をやられた今となっては迫る矢の一つひとつが致命傷になりかねないが、しかし赤のライダーは余裕をもって躱しきる。自身の能力は幾分下がれど、戦車の機動力は健在。

 

「まだまだ行くぜ!!」

「くっ............」

 

 一つ目の飛行機を破壊してから僅か数秒で隣の飛行機を貫く超速戦闘に、されど黒のアーチャーも負けじと反撃し続ける。何度足場の飛行機を壊されても無数の矢を放ち続けた。

 されど矢は掠りもせず、空に放たれるのみ。

 

「先に足場を潰させてもらう!」

「まだだ!!」

 

 赤のライダーは黒のアーチャーが逃げる先の飛行機を予め潰した。これで逃げられないだろうとライダーは戦車に更なる魔力を込めて叫ぶ。

 

 

疾 風 怒 濤 の 不 死 戦 車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!

 

 

 真名解放。迫る一条の彗星。

 黒のアーチャーは狙いを飛行機の燃料部に定めて一射。

 

 

 バコオオオオオオオンンッッッ!!!

 

 

「......くそっ、やっぱうめぇな」

 

 発生した大爆発の勢いに乗り、黒のアーチャーは遥か先の飛行機に飛び移った。

 

「―――だが追い詰めたぞ、アーチャー」

 

 しかしそこは飛行機群の端の端。これ以上逃げ場は無い。

 場所は数km先。だが戦車を駆ける赤のライダーにとって、その程度はもはや50m走にも等しい。

 突撃する赤のライダーを、しかし黒のアーチャーは目を瞑って迎えた。

 

「―――然るべき時、然るべき座標、然るべき速度。射撃に必要なのは、これだけです」

 

 突如現れた、赤のライダーの背後から迫り来る矢の豪雨。空に放たれていた黒のアーチャーの矢は、ほぼ全て、この時この座標を狙って放たれていたのだ。

 

 

 "千里眼"

 "心眼(真)"

 

 "未来視"

 

 

 黒のアーチャーの持つ計算能力と合わさった、常人には予測不可能な必殺の攻撃である。

 

 

 

「......習ってはないが、読めてるぜ、先生......」

 

 

 ―――だが、今のこの男だけは例外だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤のライダー、お前は本当に持っている宝具が多いのだな」

「そういうあんたも、大層な具足つけやがって。手加減する必要も余裕もねぇよ」

 

 それは、偶然のことだった。

 前日までの、赤のランサーとライダーとの模擬戦。そこでライダーは、ある宝具を試していた。

 

「こいつは真名解放が一度きりでな。黒のアーチャー相手の切り札にしたいんだが、使い時が難しくてな。どうにか温存して戦いたいんだが......」

「......ならば、力を抑えて解放するのはどうだろう」

「力を抑えて......?」

 

 一度打ち合いを止め、ライダーはランサーの話を聞く態勢に入る。

 

「オレは魔力消費が激しいサーヴァントだ。故に、例えばマスターの魔力量が低い場合などは、オレも出力も抑えて宝具を使う必要がある」

「......ああ、聖杯戦争ならな」

「アサシンから聞いた話だ。この空中要塞に黒のライダーが来たとき、何やら珍妙な魔術防御宝具を使っていたらしいが、後から真剣に考えた結果、宝具の真名を間違えていたのか出力が全く足りていないように見えたらしい」

「......真名を間違えていた?」

 

 初耳だった。黒のライダーは防御宝具を、真名を間違えたまま使っていたらしい。

 

「聞いた話は以上だ。ここからはオレの推測だが......」

「いや、結構だ。後はこっちで試すだけだ」

「......そうか。これは言葉が足りていたか......」

 

 ―――発想は得た。

 ライダーは再び宝具を取ると、ランサーの炎を相手に、思い付いたことを即興で試してみた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそのまま、今に至る。

 

 

我が躯守りし友(アイ・アース)!!

 

 

 誤った真名によって解放された赤のライダーの宝具『蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)』は、けれど自身の戦車を丁度覆うサイズの大盾となって展開され、黒のアーチャーの必殺を防ぎきった。

 

「......今のは、盾ですか......」

「終わりだ、黒のアーチャー!」

 

 

疾 風 怒 濤 の 不 死 戦 車(トロイアス・トラゴーイディア)!!!

 

 

 バコオオオオオオオンン!!

 

 

 赤のライダーの戦車が、逃げ場の無い黒のアーチャーを貫いた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「遅い! 私に当たる拳では無いぞキャスター!」

 

 空中要塞外縁部。

 赤のアーチャーは、空を飛ぶ意味不明な赤のキャスターと戦わされていた。

 しかも、宝具か何かで出した不思議な霧が辺りを包み込んだせいで、自身の周囲はアーチャーの目で見えなくはなくとも、遠方の飛行機を狙撃するのはできなくなった。

 

「おのれ、初めて会ったときからちょこまかと動きおって、貴様の頭を射ち抜く日を心待ちにしていたぞ!」

 

 しかし、赤のキャスターの服装は非常に目立つ。戦場にとても相応しくない東洋のクソデカテントドレス(十二単)がブワンブワン飛ぶ姿は、霧の中でも視認を容易にしていた。

 弓に矢をつがえた。赤のキャスターはこちらを見ていない。あいつもこちらが見えていないのか。滑稽なことだ。

 

 

 射ち抜――――――ッ!!

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

此よりは地獄―――

 

 

 赤のキャスターの十二単は、本来の彼女の細い体を完全にわからなくするほど大きい。

 もし、その中に子供が一人いたとしても完全に隠れてしまうほどに。

 

 

わたしたちは、炎 雨 力―――

 

 

『ルナティック・ザ・ミスト・シティ』。

 赤のキャスターが考えたそれっぽい偽りの真名解放の裏で解放された"暗黒霧都(ザ・ミスト)"。

 月明りさえ無い新月の"夜"。

 そして事前情報通り、赤のアーチャーは"女"であった。

 

 条件は全てクリアされた。

 

 

『―――解体』

 

 

「ッッ!!」

 

 

 今宵の殺人も完璧なはずだった。

 

 相手が、最速の狩人でなければ。

 

 

 

 "追い込みの美学"

 

 

 

「リッ!? きゃっ!?」

「......外傷は避けたか。だが攻撃は潰せた」

 

 振り向き、刹那数発。

 相手が先手を取ろうとしたとき、その行動を確認してから自らが先んじて行動できる。"最速の狩人"たるアタランテにしか到底成しえない絶技が、ジャック・ザ・リッパーの殺人行動を潰した。

 

「気配も音も全くなかった。気流と勘で狙えただけ幸いという他ないわけだが......そうか、貴様が最後の一人か、黒のアサシン」

 

 霧の中に、黒のアーチャーは黒のアサシンの姿を捉えた。

 赤のランサーやライダー、ひいては赤のキャスターよりも小さい自身が、それでも見下ろすほど小さい背丈を。

 

「急に攻撃してくるなんて、ひどいことするね」

「貴様、子供か......?」

 

 赤のアーチャーは驚きのあまり一瞬だけ止まってしまった。

 

「うん! はじめましてかな? はじめましてだよね! あなたをバラバラにしに来たよ!」

 

 そう言って、黒のアサシンは再び霧の深くへ。

 しまった、と黒のアサシンの逃げて行ったほうを行く赤のアーチャー。

 

 

 

わたしたちの名は、ジャック・ザ・リッパー

「ッッ!?」

 

 

 

 その耳元から急にささやいてきた殺人鬼を、赤のアーチャーは慌てて振り払いながら矢を数発撃つ。

 されど矢は虚空を穿ち、殺人鬼は再び姿を消した。

 

「あはははは! あはははは!」

 

 ジャック・ザ・リッパー。ロンドンの連続殺人鬼。子供の姿であることには動揺したものの、自分を害する存在には容赦はできない。しないと決めた。

 赤のキャスターはどうやら離れていったようだ。要塞の砲台を破壊しに行ったのかもしれない。故に邪魔する者はいない。

 懐を確認する。硬く冷たい感触。()()()()は変わらず持っていた。

 

 

「ねえねえねえねえ! 貴女の名前、教えてくれる?」

「......随分と口がうるさい子供だ。おしおきが必要だ!」

「あはははは! あはははは! あはははは!」

 

 

 警戒されてか、黒のアサシンはクナイや投げナイフといった投擲に切り替えている。だが遠距離戦でアーチャーたる私が負けることはない。

 そして今を耐えることができれば、相手は狙ってくるはずだ、先ほどの近接宝具を。

 

 

 ―――次に接近した時が、貴様の最後だ。殺人鬼。

 

 

 

 

 



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ランサーは灼き尽くす

 

 

「どりゃあ!! これで四つ目ぇ!!」

 

 

 豪快一撃! 左の鉄拳が岩盤を貫く!

 見よ! 俺の拳は今、真っ赤に燃えているぜ!(痛みで)

 

 

 マスパ岩を壊しては飛んで、あと七つ!

 ときおり飛行機のほうに砲撃がいって怖いけど、アカ君やマスターたちがいる飛行機はルーラーさんが守ってくれている。アカ君からも問題ないって連絡が来てるし、大丈夫そう!

 唯一大丈夫じゃないのは私のおててくらい! グローブしてるけど痛いものは痛い! てか作ってくれた二人ごめん! ちょっと壊れかけてきた!

 

「でもこのまま行くよ! バーサーカーちゃん!」

 

 ビリッ、と返事のような痛みが走る。返事にしては痛いんだけどなぁ......あ、もしかして調子に乗るなって警告かな? バーサーカーちゃんは厳しくて優しくて、そしてかわいい! 素敵!

 

「五つ目みっけ! ぶっ飛ばす!」

『図に乗るな狂人』

「へっ? おわっ!」

 

 脳に直接言葉を!? と思ったら四方八方から鎖が!?

 慌てて全部よける。赤のアサシンさんの攻撃かな? セミラミスさんだっけ。セミさんでもミラさんでもラミさんでもミスさんでも語呂がいいから呼び方迷うなあ......う~ん。

 

『今のを避けるか......アーチャーから避けるのだけは上手いと聞いていたが、本当のようだな』

「ん? まあね♪」

 

 こちとら弾幕民族ですから。

 特に矢なんて、永琳のを見てるからね。結構自信あるんだよ~?

 

『まあよい。その余裕がどこまで持つか、見物してやろうではないか』

 

 む、前方に敵兵見ゆ。しかもかなりの量! 骸骨に羽が生えててちょっとかっこいい! 一匹持ち帰りたい!

 ん~でもイナバとはあまり仲良くなれなさそうだなあ......無念。

 

「ま、量には量をってね」

 

 撃つのはとても久々。ちょうどいいから、あの娘とやる前に勘を取り戻しておくとしましょう!

 

 

「スペルカード!

 神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』!!」

 

 

 こんな奴らさっさとぶっ飛ばして、邪魔な砲台なんて全部ぶっ壊してやるんだから!!

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「................................」

「......ャー!............ァー......」

 

 

「アーチャー!」

「っ!?」

 

 目を覚ます。飛行機の中。目の前にマスターの顔。

 生きている、と黒のアーチャーは驚く。

 記憶は、赤のライダーに突撃されたところで止まっていた。

 

「令呪、ですか......」

「はい。よかった、間に合ったようですね」

 

 どうやら、マスターに救われたらしい。

 一画消費された令呪を見て、アーチャーは起き上がり姿勢を正す。

 

「マスター、誠にありがとうございます」

「い、いえ。無事で何よりです」

 

 教え子にしてやられ、想定の上を行かれ、やられてしまった。

 恥ずかしいことだが、それよりも今は一刻も早く現状を知らなくては。

 

「マスター。状況は?」

「赤のライダーはルーラーが対応してくれています。ルーラーは攻撃手段を持たないので防戦一方ですが......アサシンは霧を展開中なので中の様子まではわかりません。キャスターは順調のようです」

「そうですか......」

 

 聞いたところ、悪い状況ではなさそうだと黒のアーチャーは分析する。

 

「行くのですか? アーチャー......」

「......いえ、私が今ここから出て行けば、マスターたちの居場所がバレてしまうかもしれません。

 一旦霊体化し、魔力量も抑え、隣の飛行機に潜伏します。やむを得ない事態になれば出ますが、何もなければこのまま空中要塞に乗り込みます。

 その後、赤のライダーを待ち伏せして、勝てた場合はマスターに合流するか赤のアサシンを攻めます」

「......お願いします」

 

 ここまでは、一応想定の範囲内。

 霊体化し、黒のアーチャーは後ろを振り返る。分厚い雲に阻まれて流石のアーチャーにもその先は見れない。

 だが、アーチャーはその先が気になって仕方がない。地上に残してきた()のことだけは、連絡が取りようもないのだ。

 

 

 ......健闘を祈っています、セイバー.......!

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「うおおおおおおおお!!!」

「ふんっっ!! はあっっ!!!」

 

 広大な草原があったその場所は、最早戦闘前の見る影もなく。

 黒のセイバーと赤のランサーの戦いは、小国一つ分ほどの大地の地形を作り変えられてしまうほど苛烈さを極めていた。

 足場と呼べるものは、既に全て焼き尽くされて炭にも近きものになっており、常人には近づくどころか目視さえ叶わぬほどの高温が空間を支配していた。

 

『幻想大剣・天魔失墜』(バルムンク)!!」

「ふんっ!」

 

 遠距離から放たれた黒のセイバーの宝具を、赤のランサーは具足でいなす。

 それと同時に自身の魔力を右目に込めて、

 

「武具など不要、真の英雄は眼で殺す。

 『梵天よ、地を覆え』(ブラフマーストラ)!!」

 

 まるでビームにも見える灼熱の眼力が黒のセイバーを襲う。

 だが、黒のセイバーはこれを容易にかわす。かわした先、遥か彼方の空で雲に大穴が穿たれたのが目視できた。

 

「はあっ!!」

「まだだ!」

 

 遠距離は不利と見た黒のセイバーが接近戦を仕掛ける。

 剣戟、槍戟、打撃に灼熱の炎。両者一歩も譲らない展開が続いていた。

 

「やはり決め手にならないか......」

 

 黒のセイバーの威力を利用する形で、赤のランサーが再び大きく距離をとる。聖杯戦争が始まってから幾度もぶつかってきた中で、彼の持つ宝具『梵天よ、地を覆え』(ブラフマーストラ)『梵天よ、我を呪え』(ブラフマーストラ・クンダーラ)では何度やっても彼に決定的なダメージを負わせられなかった。これらはかつて必殺とされた技に連なるものであるにもかかわらず、だ。

 

「このまま続けていても、芸がないな」

 

 かつての同郷の者たちの必殺であれば彼を倒せていたであろう。これで倒せなかった己の技量不足を先達に恥じつつ、このままではいけないと赤のランサーは思った。

 

「黒のセイバー、見事な剣だ。我が槍を存分に振るわせてくれたことに感謝し、心の底から称賛する」

 

 対する黒のセイバーは、構えた。

 何かが、今まで自身が体験してきた全てを遥かに凌駕する何か、それが来る予感がした。

 

「貴様を倒すには......今のままでは不足らしい」

 

 赤のランサーの具足が、徐々に剥がれ落ちてゆく。

 剥がれた場所からは血が炎となってあふれ出し、足元を焦がして、周囲の温度を上昇させた。

 立ち上る魔力は、神を幻視させた。

 

「故に......オレはお前を打ち倒すための、絶対破壊の一撃が必要だ......!」

 

 到底推し量れない尋常ならざる魔力が頭上に集まりて成るは、灼熱の神槍。人類の領域を遥かに超えた神をも屠る、究極の一。

 もはや太陽そのものとも錯覚するその宝具が、ただそこにあるだけで周囲は文字通り焦土と化した。

 

「......くぅ......」

 

 防御宝具がある自身だからこそ今こうして立っていられるが、他の英霊であればここにいるだけで熱が致命傷になりかねないと思える。宝具が、ただ現れただけなのに、だ。

 それほどの宝具が今、たった一人、自分にのみ向けられているという事実。

 黒のセイバーは自身の剣を固く握りしめる。かつて邪龍を堕とした相棒が頼りなく思えてしまうほどの圧倒を前に、それでも黒のセイバーに撤退の意思は無い。

 

 

 いつもと同じだ。来るのなら、迎え撃つまで。

 

「来いッ!!」

 

 

 そして、二騎のサーヴァントが同時に大量の魔力を欲していることに気づいた彼らのマスターも、その思いに応えた。

 令呪て。

 

『ランサー! 黒のセイバーを討てッ!』

『セイバー! なんとしてでも生き抜くんだッ!』

 

 

 これを受けた赤のランサーは、懸念だった魔力供給の不安を排除、出力を全力全開にする。目下で力を開放した第二の人生最大最強の好敵手は、太陽すらも叩き斬らんという気迫に満ちている。手を抜いて勝てる相手では無い。

 最上の敬意を以て、この一撃を捧げよう。

 

 

神々(かみがみ)(おう)慈悲(じひ)()れ」

 浮かび上がる太陽の紋章。展開される四片の翼。

 

「インドラよ、刮目(かつもく)しろ」

 右目は劫火の赤、左目が天雷の青に染まる。

 

絶滅(ぜつめつ)とは(これ)、この一刺(ひとさし)

 神槍の先端が、黒のセイバーに向けられた。

 

 

()()くせ――

日 輪 よ 、死 に 随 え(ヴァサヴィ・シャクティ)!!

 

 

 対する黒のセイバーも、自身の剣へとありったけの魔力を込める。

 

邪悪(じゃあく)なる(りゅう)失墜(しっつい)し」

 剣の宝玉から真エーテルが膨大な魔力となって立ち昇る。

 

世界(せかい)(いま)落陽(らくよう)(いた)る」

 黄昏の大剣が、太陽を捉えた。

 

()()とす――

 『幻想大剣・天魔失墜』(バルムンク)!!

 

 

 此度の聖杯戦争において、両陣営最大最強の攻撃が今、ぶつかり合った。

 太陽と黄昏の拮抗は、しかして刹那のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......................」

 

 大きく吹き飛ばされた大男の体躯が、背中から磔にされているかのように岩にめり込んでいた。

 焼けただれた全身はもはやその生命維持機能をほとんど失っており、供給される魔力が鎧を通じて修復をすることで無理やり()()()()()()()ような状態であった。

 

「驚きだ。この宝具でも倒しきれないとはな」

 

 赤のランサーが地上へと降り立つ。

 否、そこはもう地上と呼べるかどうかすら怪しい焼け野原と化していた。

 黒のセイバーがいたであろう場所に着弾した絶対破壊の一撃は、太古の時代に文化を壊滅しつくしたとされる隕石の衝突をも想起させる衝撃となって地形を破壊し尽くした。

 

「黒のセイバーよ。約束通り、心行くまで剣と槍を交えてくれたことに、感謝する」

 

 最後に、赤のランサーは自身の槍を黒のセイバー目掛けて構え―――

 

 

 

 

 

 

―――心臓へと、真っすぐ突き刺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 令呪ずる。

 

 

「............?」

 

 黒のセイバーが完全に息絶えたはずの戦場に、

 

 

 赤のランサーを討て、セイバー!

 

 

 突如として、巨大な魔力反応が発生する。

 

 

「しゃああああああああああ!!!」

 

 ハーレー・ダビットソン。

 それを赤雷を伴って荒々しく乗り回す豪快な英霊が一人、既に目の前にまで迫ってきていた。

 

「くっ!?」

 

 赤のランサーは動揺しつつも炎の魔力放出を展開し、槍を―――

 

 

 

―――ガシッッ!!

 

 

「何っ!?」

 

 驚愕に振り替えるとそこには、

 確かな光を目に灯しながら、腹部を貫通したランサーの槍を全力で握りしめる黒のセイバーがいた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「俺は、赤のランサーに敗北するかもしれない」

 

 勇気を出して、マスターと赤のセイバーに打ち明け、その上で考えた捨て身の作戦。

 赤のキャスターの蘇生宝具により一瞬の奇跡を掴み、その一瞬を、赤のセイバーに託す。

 そして自分自身は、存在するであろう赤のランサーの奥の手を何としてでも耐えて()()()()、自身への止めに槍を使わせること。

 

「......わかった。頼むぞ、セイバー」

「へっ、面白そうじゃねぇか。いいぜ、乗った」

「これ、幸運のおまじない付きだから♪ 頑張ってね、セイバーさん!」

 

 この戦争中、ジークフリートは常に思考し続けていた。生前とその死に際を思うに、自身の何かを変えなければならないという葛藤があったのだ。

 そして、マスターとの会話。アカの生き様。他サーヴァントの話。それらがジークフリートの成長を促し、動かした。

 もし自身が無策で赤のランサーに敗北した場合、自身との約束から解放された彼が何をするか―――それこそ、黒の陣営を文字通り壊滅させたとて不思議ではない。赤のランサーだけは何が何でも自身との戦いで倒さなくてはならない。

 例え、自らの命を賭してでも。

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「馬鹿なっ!?」

 

 赤のランサーは驚愕に目を見開く。あまりのことにどうしても黒のセイバーに注意が向く。背中を貫通して背後の岩まで突き刺さったランサーの槍は、黒のセイバーに命がけで掴まれたまま、ビクともしない。

 

 黒のセイバーの目は、敗北を受け入れていた。

 しかして、赤のランサーの目も同様であった。

 

 

 

我が麗しき(クラレント)―――

 

 

 

 

貴公の勝ちだ

 

 

 

否、オレの敗北だ

 

 

 

 

―――父への叛逆(ブラッドアーサー)ァァアアア!!!』

 

 

 

 終幕を前に、二人の英雄は余りにも満ち足りた気分でいて。

 赤雷により炎をものともせず突っ込み、ランサーとの距離をゼロにした赤のセイバーの邪剣が、ランサーを袈裟懸けに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「片はついたか、セイバー」

「ん、おうよ。今ちょうど、見送ったとこだ」

 

 赤のセイバーが切り裂いた赤のランサーは、ちょうど黒のセイバーの横に吹き飛び、程なくして二人とも消失していった。

 二人の戦士の、脱落である。

 令呪が届くギリギリの範囲から戦いを見ていた獅子劫は、赤のセイバーを車で迎えに来た。地形がとんでもないことになっているので大層苦労したが。

 

「よし、ならとっとと行くぞ。ユグドミレニアご一行に先を越されるわけにはいかないからな」

「そうだな! 早く聖杯を......マスター」

「......ああ」

 

 そんな二人が、同時に殺気立つ。

 熟練の先も先に位置する直感と魔力の気配が二人に訴えかけてきた。

 誰かがいる、と。

 

「動くと撃つ!」

 

 先に、獅子劫が自前の武器を発砲した。

 それは標的へと直進し、

 

「ふぎっっ!!」

 

 呆気なく着弾した。

 

「......あ?」

 

 彼の弾は着弾したら最後、呪詛により相手の心臓を確実に打ち抜く必殺の弾丸。

 謎に近づいてきた下手人を呆気なく死に導いた......

 

「......いってーなあ!! そこ心臓だぞ心臓!! 死んだらどうしてくれんのよ!!」

「......は?」

 

 ......はずだったのだが、不可解なことに元気な声が平原に響き渡った。

 二人は声のもとを見る。そこには、

 

「......まあいいや。死なないし。死ねないし。

 殺せなかった詫びとして一つ教えてはくれないか。おっさん。

 カグヤだ。カグヤってやつがどこにいるカグヤか、答えろカグヤァ......!」

 

 冷静なようで目が血走っているのを隠しきれていない、白髪を足元まで伸ばした血だらけのモンペを着た少女が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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トラブルメーカーは地に落ちる

 

 

 

 

「待てやカグヤァァァァァァァァァァ!!」

 

 モコウ、空を駆ける。

 

 

 

 

 

 

「カグヤだと!? マスター、こいつ......!」

 

 突如現れた、銃で撃たれても死なない謎のモンペ少女。

 その口から、聖杯戦争関係者の名前が出た。

 間違いなく聖杯絡みの関係者のはず、しかしここまで姿も形も見せなかったこの女の正体が知れない。

 未知の存在に最大限の警戒をする赤のセイバーであった。

 が、獅子劫は努めて冷静に対応する。

 

「お前さん、カグヤと言ったな」

「ああ! 知ってんならさっさと......」

「あっちだ」

 

 獅子劫は夜空を指さす。この場をしのぐには、早急にこの正体不明人を遠ざけたほうがいいと思った。

 

「あそこに射手座があるだろう。ここからだとちょうど矢の先端あたりの星を目指せばたどり着けるだろう。

 空を飛ぶ巨大な空中要塞がそこにある。カグヤはそこにいるはずだ」

「空を飛ぶ巨大な空中要塞、だとぉ?」

「ああ」

 

 先ほどユグドミレニアから入った連絡によると、何者かが空港を襲撃したらしい。

 目の前の少女をその下手人だと仮定すると、ここまでの話に合点がいく。

 なら、自身の銃弾で死ななかったことも踏まえて、この少女も何か魔術師など一般人から遠い存在であるだろうとあたりがつく。

 危険人物ではあるだろうが、赤のキャスターへの異様な執着と、あまり冷静ではなさそうな見てくれから、核心に触れないこの程度の説明でも十分だと獅子劫は考えた。

 そしてズバリ、予想は的中した。

 

「なるほどなぁ......いかにもアイツが好みそうな物だ」

「行くんなら、すぐに行ったほうがいいぜ。いつ終わっちまうかもわからんからな」

 

 どうやって行くのか。

 何のためなのか。

 そもそも本当に正気なのか。

 

「ふ......ふふっ......ハハハハッ......!」

 

 そんなこと、藤原妹紅にはどうだっていい。

 

 

「そこにいるのかあ! カグヤアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 

 眼を血走らせ、突如火の鳥となった妹紅は空へと翔けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし。セイバー、俺らも行くぞ」

「お......おう。ほっといて大丈夫なのか? あれ......」

「どっかいったんならいいだろ。一応、ユグドミレニアのカウレスって奴には連絡入れておく。

 それに俺らの鳥は、あんなのよりもっと速いからな」

「マジかよ! くぅ! 俄然楽しみになってきたぜ! 戦闘機ってやつが!」

 

 そして、この二人もまた、拠点の倉庫から空中要塞へと飛び立つ。

 自身を容易に抜き去っていく戦闘機を見た妹紅がさらに燃え上がったという。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「これでっ......突破ぁ!」

 

 

『神宝「サラマンダーシールド」』

 

 

 カッコいい骸骨兵士たちを上手いことまとめて焼き払う! これで行ける! かな!?

 

「うおらあああああぁぁぁ!!」

 

 

 バゴォォン!!

 

 

「ヤバッ! 割れてない!?

 しかも左のグローブも終わった!?」

 

 いい音なったじゃん!? 砲台壊せたと思うじゃん!?

 私のグローブだけぶっ壊れて砲台はギリ破壊しきれませんでした! これで両グローブ破壊済みです! 腕が軽いよやったね(白目)。

 ヤバイ砲台に魔力集まり始めた! チぬ! くっそぉこうなったらヤケだ!

 

「知れたことかぁ! おらあああああ!」

 

 

 バゴォォォォォン!!

 

 

「い゛た゛い゛いいぃぃぃぃ!!」

 

 ヤケクソに左手で素手殴りしたらめっちゃ痛い! 多分腕折れた! 狂っててもわかる、これはやった(´・ω・`)。

 でも砲台も道連れしてやったぜ、イェイ♪ 砲台はあといっこ! 私にはまだ右腕が残っている! 行けるぞおおおおおおおおおお!!

 しかも残る砲台がもう目の前にある! 行くしかねぇよなあああ!!

 

「おりゃああああ! 届けええええええええええ!!」

 

 

『図に乗るなと言っただろう?』

 

 

「ガッ!? ァ......」

 

 ゆ、油断した......

 鎖が......体中に巻き付いて......動けないよぉ......

 

「狂人風情が。よくもまあここまで仕事してくれたな」

「......へへっ、普段仕事してない分、ここぞってときにはやらないと追い出されちゃうかもだからね......!」

 

 目の前にワープしてきたラミラミラさん(アカン名前忘れた)、になんかめっちゃ睨みつけられてる!

 何か悪い事したかな私? あ、もしかして最初の赤サーヴァント交流会おランチに誘わなかったの恨んでる!? ごめんて! ラミさん(今呼び方決めた)だけ部屋の場所知らなかったし、天草くんも「今少々忙しいので」って超にこやかスマイルで言ってたし!

 

「遺言は済んだか? 狂人風情が」

 

 許されてない! 魔法陣大量に出てきてるし!

 ひえぇ......誰か―――

 

 

『お姉......ちゃん......』

 

 

「っ!? ジャックちゃ―――」

 

 空中要塞を見て目にしたのは、全身が赤くただれている痛々しい姿のジャックちゃん。

 ケモ耳アーチャーさんを相手にしてたはずなのに?

 

「なるほど。あの子供が黒のアサシンだな?

 アーチャーは撤退したか......ただ、渡した毒は上手く使えたようだな」

 

 毒......ですと? おのれ卑劣な!

 

「まあよい。貴様を殺してから、あの子供も倒すとしよう」

 

 依然、ピーンチ!

 

「待て! アサシン!」

 

 ホ! その声は!

 

「ライダー......この我に背くとは、それ相応の理由があってのことだろうな?」

「ああそうだ」

 

 アキレス腱のにぃちゃん! さっきからうちのパンツさんとかルーラーさんとハッスルしてたけど......もしかしてオワった? え、黒の陣営崩壊した?

 

「黒のアーチャーは倒した。ルーラーは構っててもしょうがないから放置してきた。

 どうだ、成果を持って帰って来たんだ。一言くらい聞いてくれても、神様のバチは当たらんだろ?」

 

 ヤバヤバ! 結構ボコボコにされてるなぁ......()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、皆にはいい感じに拮抗して欲しいんだけどなぁ......

 あとそれとは別にジャックちゃんとアカくんには生きて幸せになってほしい思いがある。

 つまり私はこの状況から、

 

 

①どうにかしてジャックちゃんを救う(なお方法案無し)

②どうにかして残る一個の砲台を破壊する。アカくん生存のため(なお方法案無し)。

③どうにかして逃げて空中庭園に着地する。聖杯のため(なお(ry))。

 

 賭けれるもの:己の命(薬一個飲んでる)、右手の令呪二個、以上!

 補足:左腕は使い物にならない。

 

 

 不利ッ......! 圧倒的不利ッ......!!

 勝ちのビジョンを下さい...!

 

「......まあ、申してみよ。ライダー」

「前にも言ったが、俺にはこの姫さんが操られていると思ってるんだ。

 多分、そこにいる黒のアサシンに薬の宝具でも飲まされたとふんでいる。じゃなきゃ、あのお優しい姫さんが裏切って、ここまで狂ったことすると思うかい?」

 

 してます......!

 裏切って、狂ったことしてます......!

 なんで仮にも月の姫が、先陣切って一番槍で突撃かまして拳で戦ってるんだろうね。最高にルナティックだぜ☆ イェイ♪

 

「ふんっ。ならばそこに転がっている黒のアサシンから潰すとするか。この距離、逃がしも外しもしない」

 

 ヒェッ、ラミさんが大量の魔法陣をジャックちゃんに向けちゃった。

 あ、でも私の拘束の力が緩んだ。ハハ~ンさてはラミさんダブルタスク苦手ですな?

 

 

 つまりこの後、ほんの一瞬―――須臾の隙があるということ。

 そして私は永遠と須臾の罪人。逃がしも外しもしないのは、私も同じだわ。

 

「墜ちろ、黒のアサシン!」

 

 大量の魔弾が射出される。同時に私の全身の拘束が緩む。

 アキレスのにぃちゃんもこっちを気にしていない。

 

 

 お願い、最後まで付き合って! バーサーカーちゃん!

 

 

 "狂姫"

 "竹取飛翔"

 

 

「はあああああああああああああ!!」

 

 魔力放出、全開。全身に傷を作りながら無理やり拘束を脱出する。

 驚くラミさんの横顔を直ぐに抜き去り、魔弾も抜き去り際に後方に弾幕を展開していくつかを相殺。須臾を稼ぐ。

 

 

令呪ずる!!」

 

 

 これを言ったら、もう引き返せない。

 驚き、喜ぶジャックちゃんの顔が正面に見える。けどごめんね、今からお願いすることは、あなたたちにとって酷なことだと思う。

 でも、それでも、あなたたちには生きてほしいの。生きていれば、また会えるはずだから。

 

 

「私の右手を持って、アカくんのところに転移して! 生きて!!

 

 

 ジャックちゃんのもとについてすぐ、私は落ちている肉切包丁を使って、()()()()()()()()()()()()()()

 いってぇぇぇえええ!! でもこんなんあの娘との殺し合いで慣れっこ!

 

「構わん! 吹き飛べ!!」

 

 ラミさんの追加の魔弾が着弾し、私が吹き飛ばされる。ジャックちゃんは無事に右手を持って転移できたように見えた。

 これで安心だ。ジャックちゃんのお母さんから託された令呪は手放しちゃったけど......でもアカくんなら、大丈夫。

 これで私はやっと、自分を賭けられる。

 

「全拘束、可能な範囲で解除。宝具......!」

 

 魔弾で吹き飛ばされ、計算通り最後の砲台へとたどり着いた私は、魔力が充填され始めた巨大な岩盤目掛けて叫ぶ。

 

 

※こんな岩盤は砕け散ってしまえ!※

 

磔刑の雷樹(ブラステッド・ツリー)!!』

 

 

 ―――私の意識はここで途絶えて、カグヤは空中要塞に落ちた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「......ぁ......ぁぁ......」

 

 やだよぉ......やだよお姉ちゃん......

 一人に、、ひとりにしないで......

 

「ぁぁぁ......ぁぁ.....!」

 

 行かないで......!

 私も、一緒に......!

 

 

「アサシン、大丈夫か!?」

 

「っ!?」

 

 

 起きたら、ヒコウキの中だった。

 ニホンからこっちに来る時にも乗ったから、わかる。

 

「俺だ、アカだ。何があったんだ!?」

 

 何があったのか―――そうだ。

 わたしたちの体を見る。ほんのり消えかけ始めた体。手に持ったお姉ちゃんの右手。そこに刻まれたわたしたちの令呪。

 そして、転移する前に聞いた言葉。

 

 

 "生きて"

 

 

「......アカのお兄さん。お願い。

 お兄さんに、わたしたちのマスターになってほしいの!」

 

 ニホンに召喚されたときと同じだ。

 あのときはお母さんがいてくれた。

 でも、今のわたしたちは一人だ。

 

「......俺が、か?」

「うん。これ、お姉ちゃんが渡してくれたわたしたちの二画の令呪。

 これ、お兄さんの左手に移植する。そうすれば、わたしたちともパスがつながる」

 

 お母さんは、助けてって言っただけで、全部わかってくれた。

 だまって、笑顔で、うれしそうに、令呪をもらってくれた。

 でも、お兄さんには、うまく言えないかもしれないなぁ。

 

「ごめんなさい......わたしたち、お兄さんのおともだちにひどいことして、怖がらせちゃって、悪いことして......それでも、お願い......」

 

 ......かなり、泣いちゃいそう。

 でも、それでも頭を下げる。お母さんがやっていたように。

 ......わたしたち、生きたいから。

 

「......俺は正直、未だにあなたが怖い。目を見ると、君の世界で見たロンドンの情景を思い出してしまうんだ。

 アストルフォを殺されたのだって、正直まだ心の整理ができていない。まだ彼とは全然話ができていなかった。もっと一緒にいたかった。そしてそのとき心に宿った思い、これが憎しみなのだと、知った......

 

 でも、あなたも生きるために必死で頑張っていたのだと知った。これが戦争で、人と人との争いが悲しみを生む、その結果こうなってしまったのだと教わった。

 それに、ちゃんと謝ってくれたあなたを、アストルフォなら許してくれると思う。だから、俺も許そう」

 

 恐る恐る、といったかんじに、あたまに手が乗った。少し、ふるえてる。

 

「あとは......あなたのマスターであるカグヤの、そのマスターとしての責任と......美味しかったハンバーグのお礼ってことにしよう。

 俺のサーヴァントになってくれるか、黒のアサシン」

「......! うん! よろしくおねがいします、マスター!」

 

 

 様々な過去を乗り越えて、

 ここに、アカと黒のアサシンの契約は結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、もう間もなく要塞の射程距離に入る。覚悟を決めておかないと......って、黒のアサシン!?」

 

 契約が完了し、アサシンの応急処置が完了した二人のところに、カウレスが訪れた。

 

「カウレスさん、カグヤがやられた。今はどこにいるのかわからない。

 彼女がやられる寸前にアサシンをここに転移してくれたおかげで、アサシンは無事だ。今は俺のサーヴァントになっている」

「......なるほど。よし、アサシンが無事なら好都合だ。さっきみたいに霧を展開してもらえないか? あの隠蔽能力以上に安全なことはない。もうアサシンの宝具だということを隠す必要もないしな」

「......頼めるか、アサシン?」

「うん、わかった......ふー---っ......」

 

 

 

暗黒霧都(ザ・ミスト)

 

 

 

「......よし、ありがとう黒のアサシン。これで比較的安全に突入できる」

 

 再び超広範囲の霧がカウレスたちの乗る飛行機全てを覆い尽くした。

 赤のアーチャーは黒のアサシンが撤退させ、『十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)』は赤のキャスターが全壊させ、赤のアサシンとライダーも要塞内に戻った様子。こちらも黒のアーチャーとルーラーが目を光らせている現状。

 突入準備は整った。

 

「それじゃあ、俺は姉さんのところに戻る。無事でまた会おう」

 

 そう言い残し、立ち去ろうとするカウレスを、

 

 

「カウレス、一つ頼みがある」

 

 

 アカが、覚悟を決めた目で呼び止めた。

 

 

「ん、なんだ」

 

 

 アカは、令呪二画の宿る左手をそっと撫でていた。

 

 

 この後、程なくして。

 黒のマスター組、フィオレ・アーチャーペア、アカ・アサシンペア、ルーラー、そしてカウレスが、空中要塞へ無事降下、侵攻を開始した。

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「やってくれたなぁ、姫さん」

 

 空中要塞、その一画。

 粉砕された砲台の残骸が降り積もった場所、赤のライダーは気絶している"元"赤のキャスターを見下ろしていた。

 

「あんたの活躍のおかげで、黒の連中は無事空中庭園に上陸、うちの本丸目指して一直線ってワケだ。

 

 赤のアサシンの弾幕や召喚獣たちを、まるで少女の戯れであるかのように美しく捌き、倒し、砲台を破壊していくその姿、見惚れなかったと言えば嘘になる。あのときの彼女は正しく、戦場に咲く一輪の花であった。

 だが、それもここまでだ。

 

「あんたは操られているのかもしんねぇ。だが、こうなっちまった以上、あんたをこれ以上見逃すわけにはいかない。俺だって赤のサーヴァントだ」

 

 

 "お前の槍は、いずれお前が愛する者を穿つ"

 

 

 思うところは多分にある。それでも、赤の陣営への被害を自分が招いた以上、その責は自分の槍で償うと心に決めた。

 

 

「じゃあな。愛してたぜ、姫さん」

 

 

 最後は、無情に。

 アキレウスの槍が、カグヤの心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 ヒュン!

 

 

 刹那、感じる殺気。

 赤のライダーは戦士の直感に従い、後ろに大きく跳躍する。

 先程まで自分がいたところに、頭部・心臓・踵を正確に穿っていた矢が刺さっていた。

 

「まさか......!」

「そのまさかですよ。強敵を倒したときは死体まで確認しろと教えたはずです」

「ちぃ......!」

 

 とっさの判断で、赤のライダーは槍をカグヤの体に残したまま全力で撤退した。たとえ槍があってもなくても、この体での近接戦闘であの人に勝てないことはわかりきっている。あの人との真剣勝負に未練がないといえば嘘になるが......それだけだ。

 それに、狙われるとわかっていて槍を引き抜く隙を与えたくなかった。たとえ僅かな隙であってもあの人は射抜いてくるという確信がある。

 そして撤退した先には、柱だらけの広大な戦闘用スペースがある。そこで迎え撃つ算段を瞬時に建てた。

 勝算は、まだある。

 

「残念だったが、キャスターは倒した! 悔しければ追ってこい! 黒のアーチャー!!」

 

 赤のライダーは弱体化してなお余りある速さで撤退した。

 

「マスター!」

「ええ、後を追います。赤のキャスターは任せられる人がいますから」

「わかりました。あれは私が必ず仕留めます。この弓に誓って」

 

 赤のライダーと黒のアーチャー。

 二人の戦いも、最終幕を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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バーサーカーは立ち上がる

 

 

 

「こちらですね......!」

 

 ルーラーは、啓示の力で聖杯までの最短距離を最速で進む。

 

 

 

「ご武運を、アーチャー!」

「はい!」

 

 フィオレと黒のアーチャーは、赤のライダーを追って戦闘を開始した。

 

 

 

 

「いっててて......大丈夫か、アサシン」

「う、うん。ありがとう、マスター......」

 

 黒のアサシンがアカに抱えられる形で、不恰好ながら二人も空中要塞に乗り込んだ。

 

 

 

「くそっ、姉さんたちに先行かれちまったなぁ......」

 

 そして、一人遅れて降下してしまったカウレスは、身を隠しながら周囲を見渡す。とりあえず敵影はなさそうで一安心した。マスターでもない、どころか一介の魔術師と呼べる戦闘力さえ満足に持っていない自身は、狙われたら十秒と持たないだろう。それくらいわかっている。

 わかっていて、それでもカウレスはこの戦いに最後まで付き合うと決めた。ユグドミレニアの人間であると同時に、流れでとはいえ一度はマスターになった以上、最後まで、という気持ちがあった。

 

「それに姉さんと......あいつも、いるしな」

 

 カウレスは右手の甲をそっと撫でる。

 そこには、たった一画だけ、令呪があった。

 

 

 

 

 

 

「カウレス、頼みがある」

「ん、なんだ」

 

 アカは左手の二画の令呪を見せながら、話した。

 

「俺はアサシンのマスターになった。とはいえ、魔力的にはまだ余裕がある。

 だけど、令呪の繋がりが切れた以上、復活しているだろうカグヤがどこにいるのかわからない。だから、またカグヤを見つけてマスターになれるか、わからない。

 あなたは魔術師であり、マスターだった人だ。俺よりもサーヴァントを見つけられるかもしれない。だからもしカグヤを見つけたときは、彼女のマスターになってあげてほしいんだ」

「......でも俺には令呪が......ああ、そういうことか」

「ああ。この二画の令呪の内、一画を持ってほしい。アサシンもいいか?」

「うん、いいよ。おかあさんがお姉ちゃんに渡した令呪だもん。お姉ちゃんのためになるなら、わたしたちもうれしい!」

 

 なるほどな、とカウレスは納得する。確かにそのほうが勝算が高い。先ほどの暴れっぷりを見ればわかるように、赤のキャスターも戦力として十分に期待できる力を持っていた。見つけて、再契約ができれば、また暴れてくれることだろう。自陣で散々暴れてくれた分、まだまだ敵陣で暴れてくれないと割に合わない。

 

「......マスター、か」

 

 とはいえ、自身は一度敗退した身。果たしてその資格があるのか。

 そして忘れもしない。彼女の中には、()()()がいるらしいのだ。そのマスターになることを、俺は受け入れてもいいのか。見つけたら姉さんやアカ、最悪ルーラーに頼み込んでマスターになってもらっても―――

 

「......わかった。頼まれよう」

「ありがとう。もし見つけたら、彼女のことを頼む」

 

 ―――否。俺はユグドミレニアのマスターだ。

 資格とか、そんなこと考えるなら最初から参加しなければ良かっただけのこと。そして一度参加した以上、何が何でも勝ち残ってやろうと、決意していたはずだ。

 ......いや、以前までの俺はもう少し臆病で気弱だったかもしれない。でも少なくとも、今の俺の決意は強固で、本物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......令呪、確かに受け取ったが、果たしてそう上手い事キャスターを見つけられるものかぁ?」

 

 とはいえ、カウレスは赤のキャスターを見つけられる可能性は低いと考えていた。

 契約していないサーヴァントの反応は微弱だし、元よりあいつはキャスターのくせに魔力量がそんなに無かった。魔力が欲しいからと三千食分の食べ物を集めさせられたのも記憶に新しい。だんだん腹が立ってきた。再契約するのやめてやろうかな。

 

「まあ、頑張ってみるか......それで、ここはどこだ......?」

 

 降下早々に姉とはぐれたカウレスである。現在地がまるでわからなくなっていた。

 周囲を見たところ砲台の一つが破壊されたところのようで、巨大な岩が散乱しており、身を隠すには向いている。

 しばらくはここでやり過ごして、サーヴァント連中が戦闘を開始した隙に動きだそうかなと考えていた彼だが、

 

「ゥ......ゥゥ......」

「っ!?」

 

 誰かの声を聞いた。

 いや、それは間違いなく最近まで聞いていた声だ。

 うるさくて、迷惑で、手間がかかって、かつては敵だったのに何故かユグドミレニアに馴染んでた奴の声だ。

 

「ァ......ァァ......」

 

 なのに。そのはずなのに。

 カウレスは違和感と、同時に()()()()を覚えた。

 それは、傍迷惑なキャスターなんかより、ずっと前から知っていたような。

 

 

 ―――まさか、

 

 

 ジクリ、と右手に一画だけ刻まれた令呪が、()()()()()()()()()()()()

 

「......バー、サー、カー?」

 

 自然と口から漏れ出た声に、彼女は反応し、体を起こし、顔を上げた。

 姿形は赤のキャスターのものだ。

 だが、記憶の彼女よりうつむき気味な姿勢、自信の無さそうな表情。

 その顔を、覚えている。

 

「......ウ......ウゥ......」

 

 何かを話したいのに、言葉は出ない。でも、本当はとても思慮深い。

 その事も、覚えている。

 

「......話すことは沢山あるのかもしれない。でも、お前はキャスターの中でずっと見ていてくれたと信じて、今は後回しにする。聞きたいことはたった一つだ。

 ......もう一度、俺のサーヴァントになってくれるか?」

 

 相変わらず何を考えているかは分かりづらい。

 でも、例え姿形が違っていようとも、カウレスには彼女の気持ちがわかり始めていた。

 

「俺さ、不安なんだ。またお前のマスターになっていいのかって。だって、一度失敗しちゃってるんだからな。一緒に戦おうって話したサーヴァントを、守ってやれなかった。負けちまったんだ。こんな弱い俺に、本当はマスターの資格なんて無いはずなんだ。

 それでも、この戦争を戦おうって、令呪が発現したからっていう成り行きじゃなくて、自分の意志で最後まで頑張ってやろうって、思ったんだ。

 そして、それはきっと―――」

 

 カウレスは、バーサーカーに近づき、右手を出した。

 

「―――お前も同じような気持ちなんだろう、バーサーカー。

 俺はちっぽけな存在で、すぐに傷つくくせに、役に立ちたいからって、できもしないことを頑張りたくなる。本当は平凡で気楽な毎日が好きなのにな。

 こんな俺だけど......またお前といられたら、とても嬉しい。

 どうか俺と、また戦ってくれないか。バーサーカー」

 

 バーサーカーの表情は未だ見えない。でも心なしか、震えているように見える。

 恐る恐る伸ばされた右手も、やはり震えていた。でもそれがカウレスの右手と繋がったとき、

 

「......ッ......ウ゛ン゛!!」

 

 震えは止まり、大きく頷いた彼女は、カウレスがよく知る力強く誰よりも頼もしいサーヴァント。

 その名は、フランケンシュタインの怪物。黒のバーサーカー。

 

 

「告げる! 汝の身は我が許に、我が命運は汝の剣に―――!」

 

 

 ここに今、最高の二人が再会した。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「聖杯に集る黒の虫どもめ。我の空中庭園に乗り込んできたか」

 

 赤のアサシン、セミラミス。

 マスターの天草四郎から空中要塞の防衛を一身に任された彼女だが、赤のキャスターの予想外で奇想天外な攻撃に苦戦し、なんと上陸を許してしまった。赤のキャスターは打倒したと思われるが、腹立たしいことである。

 

「ランサーは黒のセイバーと相討ち。ライダーは黒のアーチャーを仕損じていたため交戦中との報告。アーチャーはあの場所で傷を治癒しつつ迎撃の準備......おやおや、まともな駒が残っておらぬではないか」

 

 赤の陣営から見た戦況は彼らが劣勢のように思えるだろう。恐らくライダーは良くて黒のアーチャーと相討ちで突破される。赤のアーチャーは裏切った赤のセイバーに勝ちの目が無く、さらには黒のアサシンやルーラーまでいる。数の上では絶対的に負けているのが現状だ。

 加えて、やはりマスターは第三魔法の起動に時間を要している。一番に来るであろうルーラーの到着に果たして間に合うかどうかというところだ。

 玉座に座すは留守を任されし自分。今後の展開を用意しなくてはならない。

 

「まあ......暫しごっこ遊びに興じるとするか」

 

 ルーラーを鎖やら罠やらで妨害しつつ、追い詰められているはずのアサシンはしかし、一人玉座にて笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「待たせたな。セイバー」

「大丈夫だ、今ちょうど見回りが終わったとこだ」

 

 同時刻。

 獅子劫と赤のセイバーも空中要塞にたどり着いた。

 空中での戦闘も想定していた獅子劫であったが、特に何の妨害もなくここまで来れた。黒の陣営が善戦している証拠であろう。

 

「そうか。もしかしたら赤の陣営は、思ったよりも苦戦しているのかもな」

「良くもまあこんな堅牢そうな城に乗り込めたもんだ。

 つーか、黒の陣営が善戦してるなら急がなきゃやべーじゃねぇか! 聖杯取られちまうよぉ」

 

 事実、この段階でルーラーは赤のアサシンの手前まで、黒のアーチャーは赤のライダーと戦闘を開始し、カウレスと黒のバーサーカー(赤のキャスター)は再契約を完了、アカと黒のアサシンもゆっくりとだが歩き始めていた。

 

「かもな......だがここは敵の城だぜ王様。どうするよ?」

「んなもん言わなくたってわかってるだろ?

 慎重に最速で行く。遅れんなよ、マスター!?」

「おう!」

 

 そしてこの二人も、要塞の侵攻を開始した。

 狙うは、聖杯のみ。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「ゼーー-、ハーーー......つ、つかれた......」

 

 また同時刻。

 紅白のもんぺ少女が、というか藤原妹紅が、海岸で疲れ果ててへばっていた。

 

「ちょっと休んでから行こう......前みたいに溺れて海水飲みたくない......」

 

 赤のセイバー組に戦闘機で先を行かれてから精神的に参った彼女が要塞に着くのは、まだ先の話。

 狙うは、カグヤのみ。

 

 

 



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ライダーは駆け抜ける

 

 

 

 

 

 

「......ここは」

「ここは、この要塞の戦闘訓練場みたいなものだ」

 

 赤のライダー、アキレウス。

 黒のアーチャー、ケイローン。

 この聖杯大戦が始まってから、幾度となく激突してきた両者。

 その関係の深さを問うのであれば、この聖杯戦争で間違いなく一番であろう両者。

 

「無数の柱が突き刺さった一面の大空洞。森林で育った俺たちの戦闘にはピッタリだろう?」

「...柱に刻まれた無数の傷跡、焦げ付いた地面、それらが比較的真新しい...なるほど、昨日にでもここで戦闘訓練を行っていたようですね?」

「場慣れしてて卑怯だとは言ってくれるなよ? アウェーの洗礼ってやつだ」

 

 昨日、赤のランサーとの模擬戦をここで行い、遠距離攻撃も持つ者との戦闘経験を、まさにここで積んできた。構造も、柱の間隔も、床や柱に使われている石材の感触も、非常に慣れたもの。

 踵を切られ、多くの能力を失った赤のライダーが考えた、"黒のアーチャーに対して最も勝率の高い状況"がこれだ。空で迎撃できればそれに越したことはなかったが、そう易々と倒せる相手でないことは誰よりも自分がよく知っていた。

 故に、要塞内での白兵戦を想定して、赤のライダーは仕上げてきた。

 

「スゥゥゥゥゥ~......」

 

 

 ~♪

 

 

「行くぞ、クサントス、バリオス、ペーダソス!!」

 

 

 "疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)"

 

 

 響き渡る口笛と共に三頭立ての戦車が現れ、搭乗した自身は盾で身を固めつつ、懐に隠した小剣を抜き刺す隙を伺う。お相手の強さは世界で一番自分自身が知っている。一人だけの弓兵が相手であるという油断は微塵もなく、赤のライダーはこの戦争最後の全身全霊を出すつもりでいる。

 

 対する黒のアーチャーは、いつもと変わらない。

 

「マスター、令呪の用意を」

『...わかりました。どうかご武運を、アーチャー...!』

 

 

 ―――これが、私と彼との最後のぶつかり合いになる。

 

 

 赤のアーチャーはそう直感し、赤のライダーと正対する。

 

 

 

 視線が交わり―――同時に発射・発進した。

 

 

 

「ッッ!...ちぃ、見失ったか」

 

 顔面を含む急所三ヵ所への初弾を見てライダーは空中に避けたが、その隙にアーチャーは柱の陰へと身を隠した。その気配の無さや、アサシンを思わせるほど。

 下手に動けば、即刻射貫かれ、命は無いだろう。

 

「それが、どうしたあああああああ!!」

 

 否、その程度で止まるほど彼は弱くはない。

 上昇と下降を不規則に繰り返し、連発する矢の出所を狙って突撃し、その度に迫る急所の一撃を全て間一髪で盾を間に合わせる。

 狙い射ち、迫る戦車を躱してまた身を潜める黒のアーチャーの技も神業なれば。

 必殺の矢を躱し、突撃してはまた探す赤のライダーの技もまた神業。

 まさに紙一重の攻防が展開されていた。

 

「......ぐっ!......ちっくしょぅ......!」

 

 だが、拮抗は徐々に傾く。

 赤のライダーの動きに慣れてきた黒のアーチャーが、少しづつだが傷を負わせ始めた。

 赤のライダーから見れば1本の矢に見えて、その影にもう1本の矢を潜ませる技であった。1本目で顔を狙った矢を防がせ、影の2本目が肩を軽く抉った。

 

「相変わらず容赦がねぇなぁ......!」

 

 赤のライダーはこういった技を使わせる余裕を無くそうと怒涛の攻めを展開していたのだが、やはり相手が相手、慣れが追い付いてしまう。

 このままこちらの動きに慣れられてしまえば、押され負けするのも時間の問題だと、戦士の勘が訴えかけていた。

 

 

「見てんだろ。令呪をよこせ女帝さんよぉ!!」

 

『うるさい英雄様だこと...

 令呪ずる。黒のアーチャーを全力で倒せ!

 

「サンキューなぁ。行くぜ、お前ら!!」

 

 

 黒のアーチャーもそれを感じ取った。赤のライダーが動きを変えると。

 

 

『マスター、こちらも令呪を!』

 

『はい! 令呪ずる! 赤のライダーに負けないで!

 

 

 先ほどまでの流れであれば勝てる予想を立てていたアーチャーであったが、考えを改め、隙を見て矢を撃ちつつ様子を注視する。攻撃パターンの変化が予想されたからだ。

 ライダーは一度こちらから離れ、再びこちらへと地を這うように急接近してくる。柱の陰に身を隠しつつ、蛇行も交えながら不規則に間合いを詰めてくる。

 だが射程に入れば同じだと、戦車の上にいるライダーを射たんとアーチャーは狙いを定めようとし―――目標を見失った。

 

(っ―――まさか......!)

 

 微かな気配を頼りに左を向くと、目の前に小剣を振りかざしたライダーの姿が。

 

「はあっ!!」

「くっ!!」

 

 間一髪、剣の攻撃は防いだが、続く蹴撃により吹っ飛ばされる。

 そこに、()()の戦車が迫り来る。

 

「これは...っ!?」

 

 何とか跳んで躱し、アーチャーは戦車の馬三頭立ての内、唯一不死ではないはずのペーダソスに狙いを付ける。

 だが、

 

「させねぇよ!!」

「ちっ!!」

 

 ライダーが再び突っ込んできたことで、アーチャーはライダーへの対処を余儀なくされた。

 空中での取っ組み合いを経て、双方吹き飛び、アーチャーは地面へ、ライダーはまた戦車に乗りこむ。

 ライダーと戦車による、双方向からの挟撃。

 

「また妙な技を使いますね...ライダー...」

「へへっ。こいつも教わった技じゃねぇからな。ちったぁ驚いてくれて何よりだ」

「だが...やっていることはあの森で受けた技と同じだ。自分とは違う槍や戦車に注目させ、自身は別方向から攻撃し、二方向から敵を倒す......理解さえできれば難しいことではない」

「へぇ? なら完璧に対処してくれぇ? 賢者様よぉ!」

 

 ライダーはこれを繰り返す。単純に手数を増やされたことで、黒のアーチャーは一気に窮地に陥った。今までは隠れるのに多少の余裕があったが、戦車とライダーの怒涛の攻め、しかもどちらの攻撃も直撃をもらえば致命傷になるうえ、一瞬でも意識をそらせば忽ち目と鼻の先に迫りくるほどに速く、鋭い。

 

 このままではいけない。黒のアーチャーは怒涛の攻撃を精一杯いなしながらも観察を続ける。

 戦車は強靭。正面からの攻撃では纏う魔力に矢を弾かれる。弱点は唯一不死ではないはずのペーダソスだが、上や下からの攻撃しか通らない。

 ライダーも猪突猛進なように見えて守りが堅い。盾を構えながら突っ込んでくるため、正面からの攻撃は有効打を与えられない。盾を弓ではじいて隙を作ろうにも、シールドバッシュで逆にこちらの隙が大きくなる可能性が高い。ライダー本人からの攻略は至難の業である。

 

「そして、この空間か...」

 

 そして先ほどから"宝具"の発動のため、天井に数本矢を放っているのだが、一向に風穴が空く気配がしない。この空間の奇想天外な広さといい、魔術で空間拡張が行われているに違いない。となると座標が不明なため、宝具の命中は望めないだろう。

 宝具は、使えない。

 

「......覚悟を決めなければ」

 

 難しいことだが、それでもやりきるしかない。

 天草四郎の願いの阻止のため。そしてマスターたちのために。

 

「おうりゃあああッッ!」

 

 気づけば背後からライダー、前方から戦車の挟撃。

 皮一枚のところで横っ飛びし、振り向きざまに数発打つ。この程度は当然防がれる。しかし距離を取ることには成功した。

 眼前のかつての生徒を見やる。

 

「ちっ、今のでもやれねぇか」

「...随分と成長しましたね。私には無いものも沢山手に入れたようです」

「へっ。教鞭垂れてるあんたと違って、数多の戦場を駆け回ったからな。

 いい加減勝たせてもらうぜ。先生」

「いいえ。万全の貴方であれば話は違いますが、流石に足を切られた貴方に負けるわけにはいきませんから」

 

 

 ―――勝たせていただきますよ。

 

 

 息を深く吸い、両腕に、両足に、両目に、腰に、腹に―――体中全てに気合を吹き込む。

 狙うのは、正面突破だ。

 

「あんまり長引かせても女帝さんに怒られちまうんでなぁ!!」

 

 ライダーが再び戦車に乗り込み、発進させる。

 アーチャーは分析した。あの戦車は自立しているわけではない。ライダーが操縦した勢いのままに突っ込んできているだけだ。速さこそ規格外だが、軌道は予測できる。

 

「そろそろ終わりにさせてもらうぜ!!」

 

 ライダーの盾使いは非常に強固だが、攻撃力としての脅威は低い。手にしている小剣も、真名解放する様子はない。注意すべきは本人の徒手空拳と推測する。

 

「アーチャーーー!!!」

 

 再び前方からライダー。後方から戦車。しかしこれまでの全てより数段も速く鋭い。ここまで成長していたとは。

 だが―――惜しい。

 

「はっ!!!」

 

 弓の構えから反転、全力で疾走する。向かうは赤のライダー、その盾。

 驚愕したようなライダーの顔が見える。超高速の世界だが、あいにくとこれまでの戦闘で随分と目は慣れている。

 そのまま、眼前に突き出された盾に、正面から飛び蹴りをかます。

 

 

 ドゴォォォン!!!

 

 

 互いに跳ね返され、吹き飛ぶ。その反動を利用して空に飛びあがると、狙い通り眼下には戦車が到来した。

 馬の頭はガラ空きだ。

 

「はぁ!!」

 

 空中から弓を引き絞り、一閃。

 矢は狙い通りペーダソスの頭蓋を貫いた。

 

 

「ペーダソスッッ!! ちっ、ぐあっ!!」

 

 

 力なく吼える一頭の馬からバランスを崩し、宝具"疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)"は霊体化していく。

 戦車を無力化されて動揺したアキレウスは、その隙をつかれて蹴り飛ばされ、遠く離れて着地する。

 後は本体(ライダー)のみ。自身も全力で跳躍し、大きく距離を取る。これで弓兵の距離となった。

 彼方までの距離は、ざっと一キロメートル以上。流石のアキレウスも一瞬で詰められる距離ではない。

 

「...やるしかねぇかあ! うおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 "蒼天囲みし小世界(アキレウス・コスモス)"!!

 

 

 ついに真名を解放したアキレウスの盾。

 展開されるは、アキレウスの生きた世界そのもの。

 正真正銘、アキレウスの最後の防御手段であり、攻撃手段。

 遠方に見えるアーチャーを押しつぶさんと、アキレス腱を負傷し、戦車も無くした赤のライダーが単身疾走する。

 

「まだそんなものを持っていましたか...だが!」

 

 黒のアーチャーは、容赦なく全力で討ちにかかる。

 宝具の特性からして、あれはアキレウスの体験した世界を元にしている。ならば、矢の通る隙や弱点は見当が付く。

 まさに針の穴に糸を通すような矢、それを雨の如く乱射する。

 

 肩と大腿に矢が突き刺さる。

 止まらない。

 

 首筋と頬を矢が掠め、血が流れる。

 止まらない。

 

 ついに盾を持った腕に矢が直撃し、盾を落とし、宝具が消滅する。

 止まらない。

 

 剣で急所への矢だけでも捌くが、全身を矢が深く抉り、走るたびに血が噴出する。

 それでも、赤のライダーの疾走は止まらない。

 

「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 ついに、赤のライダーは黒のアーチャーに剣を振りかざす。

 

「受け取れッ、ケイローンッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――だが、届かない。

 

「......かはっ...」

 剣は弓に弾き上げられ、逆にその手首を掴まれて地面に叩きつけられてしまった。ご丁寧に手首を捻りつぶされ、もう剣も盾も持てそうにない。

 

「ちっ...やっぱ勝てねえなあ......」

「生憎と、踵を切られた貴方に負けてあげるほど、私は優しくありません」

「がはっ!!」

 

 最後の矢が、赤のライダーの心臓、霊核を貫いた。

 手も足も、体の全てが重症。最後に暴れようにも心臓の矢は貫通して地面に縫い合わせられるように突き刺さり、立ち上がることもままならない。

 

「...ちっ。まあそうだよなぁ。

 はぁぁぁあ。今回は、ダメだったなぁ。全然活躍できなかったぜ。大英雄の名が泣くなぁ」

「随分と、赤のキャスターに引っ掻き回されたように見えます」

「..ハハッ、そうかもな」

 

 思えば随分と赤のキャスターに固執してしまったものだ。

 後悔が無いといえば嘘になる。暗殺者ごときに踵をやられ、終ぞ戦果らしきものを挙げられなかったのだから。大英雄の名が廃るというものだ。

 それでも、不思議と気分は悪くなかった。

 

「なあ先生。もしまた会えたら、またこうして戦ってくれるかい?」

「...弟子の成長を見られるのは、私としても嬉しいですからね。何度でも挑みに来なさい」

「ケッ...次は一度で仕留めてやるぜ...! まあでも、今回は...」

 

 

 俺の、負けだな...

 

 

 そう言い残し、聖杯大戦を駆け抜けたギリシャの大英雄は、魔力と共に散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 赤のライダー、敗退。

 

 

 

 

 

 

 



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アーチャーは穿ち抜く

 

 

 

「...これは、玉座...?」

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルク。

 天啓に従い空中要塞を最速で駆け抜けた彼女は、重い扉を力任せに開けた先に巨大な階段からなる玉座を目にした。

 

「早速のご到着か。お前の天啓とやらも、洞窟の中の松明くらいには脅威のようだな、ルーラー」

「っ...赤のアサシン、セミラミス...!」

 

 そこに座すは、まさにこの要塞の主である赤のアサシン。

 打ち倒さなくてはならない。ルーラーはすぐに旗の先端をアサシンへと向け戦闘態勢をとる。

 

「まあ待てルーラー。我はお前と戦うつもりがない」

 

 しかし当のアサシンは戦うそぶりを見せず、自身の後方へと手を差し向ける。

 目の前の敵を倒さなければ開かないと思われたその扉が、あっけなく開かれた。

 

「その先にマスターが、天草四郎時貞がいる。

 マスターがお前と戦いたがっていてなぁ。ルーラーが来たなら招き入れて差し上げろと言われている。さあ、通れ」

「............」

 

 怪訝そうな顔をするルーラーだが、確かに赤のアサシンからは戦意がまるで感じられなかった。扉の先にまたトラップでもあるのだろうか。しかし自身の中の天啓も扉の先を示しており、嘘ではなさそうであった。

 しばらくの葛藤の後、ルーラーは旗を降ろし、赤のアサシンの方を向いて警戒しながらも、扉の先へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 赤のアサシンは終ぞ手を出すことをしなかった。ルーラーが走り行くその時まで余裕の笑みを絶やさなかった。

 ルーラーの姿が完全に見えなくなる。その瞬間、赤のアサシンが別人になったようにどっと疲れた顔になり、どでかい溜め息が出た。

 

「はぁ~~......思ったよりルーラーが速いぞ、マスター。

 急げよ? どうやら我はそちらに構っている余裕はなさそうなのでな」

 

 赤のアサシンは魔術でモニタリングされた要塞内の様子を見る。

 そこには、今まさに始まった赤のライダーと黒のアーチャーの戦いと、()()()()()の様子が映し出されていた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「しっかしまぁ、赤のキャスターを倒そうとしたお前が、赤のキャスターに魂として依り憑いて、今度はその体を動かしているってんだから、めちゃくちゃな話だよなぁ」

「ヴン...」

 

 赤のライダーと黒のアーチャーが戦闘を開始した、同時刻。

 新たに再契約した黒のバーサーカーとカウレスも、聖杯に向かって要塞内を歩み始めていた。

 姉を追いかけて赤のライダーとの戦いに加勢することも考えたが、どう考えても足手まといなうえ、バーサーカーが本調子ではなさそうな様子を見て、別の道を選択した。

 その道は先ほどまでルーラーが通っていた道であり、トラップの類は全て効果を失っていた。赤のアサシンが作り出すトラップを万全に対処できるとは到底言えない二人にはこの道しかないのである。

 

「バーサーカー、その体とか、赤のライダーが置いてったその槍とか、慣れるのに大変そうだが、大丈夫か?」

「ンン......ヴン!」

「...そうか、徐々にでもいいから慣れて行ってくれ」

 

 赤のキャスターの体を借りている形となったバーサーカーだが、元々の体と構造的にかけ離れているため、動きに不慣れさが見える。カウレスがマスターの力でステータスを参照すると、やはり筋力・耐久・敏捷の値と、スキルのいくつかがランクダウンしていた。狂化があるとはいえ、戦闘は苦戦が強いられるだろう。

 だが、そんなバーサーカーの手には、赤のライダーが置いていった槍が残されていた。真名もわからない他人の宝具である以上は"ただの槍"としてしか使えない、かつ赤のライダーが倒された途端に消える可能性すらあるものではある。しかしそれでも内包する神秘は相当の物であり、無手よりはよっぽどマシと考え、持っていくことにした。

 長さや重さも、ちょうど彼女の得物であったメイスに近く、振りかぶって殴ったり突くだけなら悪くないものであった。

 

「...止まってくれ、曲がり角だ。サーヴァントの気配は無いが、先行してくれバーサーカー」

「ヴン!」

 

 警戒を胸に、二人は曲がり角を曲がる。

 そこにサーヴァントの姿は無く、バーサーカーに続いてカウレスが先を見る。

 そこは廊下だった。それも至る所に戦闘の痕が残されていた。壁には焼け焦げた痕、槍先が床をひっかいた痕、矢かあるいはもっと太いものが幾千本も刺さった痕、そして一番目を引くのは床に刻まれた十字の痕だ。さながら十字架の如く、それは存在を主張していた。

 

「アーチャーが言ってた、黒のランサーが空中要塞でやられたときの状況にそっくりだな。ここがそうか」

「ウウ...」

「戦闘とトラップの痕で床が歩きづらい。慎重に―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュン

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!? ナ゛ア゛ア゛!!

「―――いっ!?」

 

 矢、であった。

 聖杯へと向かう廊下の途中、カウレスの隙をついて飛んできた必殺の矢を、間一髪バーサーカーが弾き、しかし左の脇腹を少し抉った。二人は慌てて曲がり角まで戻り、隠れる。

 目視できる場所にサーヴァントの姿は無かった。それどころか気配すらカウレスには感じられなかった。常に闘争心を抱いているバーサーカーが警戒していなければ、あるいはこの一撃で終わっていたかもしれない。

 

「赤のアーチャーか。黒のアサシンが深傷を与えたが、仕留められなかったと言っていた......ここで待ち構えていたってことか」

 

 赤のアーチャー。真名をアタランテ。

 その人は最速であり伝説の狩人。

 深傷を与えたらしいが、そうとは思えない狙いの正確さと矢の重さ。回復したか、あるいはスキルか。

 相手をするにはあまりにも強い相手である。引き返すか。いや、道はここと赤のライダーが戦っている戦場への道しかなく、だからこそ赤のアーチャーはここで待ち構えているのであろう。

 そして高耐久で勝ち筋が薄いルーラーを見送り、トラップが壊された後を歩くような者、即ち弱き者を射んとし、自分たちに狙いを絞った。

 ルーラーが通ったトラップの無い道、それこそをトラップとした。まさに狩人の思考。

 

「...キッツイなぁ...」

「...! ヴンヴンッ」

「おっと...そうだな。俺が日和ってちゃだめだよな」

 

 一撃目で仕留められなかったからか、赤のアーチャーは殺気も魔力も隠さなくなったようだ。溢れ出る気がカウレスの肌を焼き、心が締め付けられる錯覚を覚える。

 だが、彼は一人ではない。

 

「ヴンッ!」

 

 進むべき道は、一つのみ。

 手札は、バーサーカー、令呪、そして姉さんから譲り受けた魔術刻印など。

 ちらりと顔を合わせれば、力強い唸り声。

 カウレスも覚悟を決めた。

 

「ああ、わかっている。

 勝つぞ、バーサーカー!」

「ヴンッ!!」

 

 最後の令呪が宿る右手を、バーサーカーとグーで合わせる。

 カウレスと黒のバーサーカーは、決死の覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「...はぁ...はぁ...ぐっ...!!」

 

 赤のアーチャーは、腹部に重度の怪我を負ったまま、治療などはできていなかった。

 黒のアサシンとの攻防で、接近してきたアサシンに赤のアサシンから受け取っていた"毒"をお見舞いした彼女だが、黒のアサシンの呪詛が体を掠め、あわや致命傷となるダメージを喰らってしまっていた。

 その後は赤のアサシンの助けを借りて撤退したが、動き回る戦闘は不可能と判断し、体を安静にしながらこの廊下で待ち伏せを図っていたのだった。

 

「一撃目で仕留められなかったか...であれば、時間稼ぎだな...」

 

 初撃で仕留められれば良し。さもなくば命が尽きるまで時間稼ぎ。

 赤のアーチャーは既にここが死地だと定めていた。既に受けたダメージが深すぎる余り、何をされなくても次第に消えてなくなるであろう我が身。であれば使い潰し、少しでも悲願成就の糧とする。

 

「それにしても...あれは本当に赤のキャスターなのか...? まるでバーサーカーのようだったが...まあ、この際どちらでもよいか...」

 

 彼女が捉えた姿は紛れもなく赤のキャスターのものであったが、叫び方といい雰囲気といい、黒のバーサーカーを思い起こされた。違和感を覚えながら、しかし彼女の矢が狂うことは無い。むしろ最後にあの裏切り者の頭を討つことができたなら悪くないとさえ思える。

 そうだ、悪くない。何かと思い通りにいかない戦いであったが、悪くはなかったと思える。

 後は、勝つも負けるも、精一杯時間を稼いで後に託し、全ての子供が愛される世界さえ成就されればいい。

 例えそこに、自らの命が無くとも。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「いいか、バーサーカー。作戦は...」

 

 強大な敵、特大の殺気。それでも最後まで戦うと決めた男は、最強の相棒と捻りだした作戦に一縷の望みをかける。

 

 

 

「来い...魔術だろうが令呪だろうが、跳ね返してやる...ッッ!」

 

 目は見開き血走らせ、全身にありったけの力を滾らせ、さりとて狩人の狙いは一切のブレも無く廊下の先に絞り込まれている。

 

 

 

「行くぞぉぉぉぉぉ!!!」

「ナ゛ァァァァアアア!!!」

 

 

 "狂化"

 "ガルバニズム"

 "オーバーロード"

 

 

 赤のアーチャーの殺気に負けじと大声を張った二人が廊下から飛び出し、戦闘は始まった。

 すぐさま赤のアーチャーの矢がいくつも襲い掛かるが、全身全霊のバーサーカーが押し戻されながらも確実にはじき返し、進む。

 バーサーカーの進撃に比例して、カウレスの体に膨大な魔力消費の負荷がかかる。魔術刻印こそ受け継いだが、回路は貧弱なカウレスのまま。それでもカウレスは力を振り絞り、バーサーカーに追随する。

 幸いなことにここは廊下。天井があり、曲射でカウレスが直接狙われることはなかった。

 

 

 

「"天穹の弓(タウロポロス)"ッッ!!」

 

 

 

 赤のアーチャーも負けじと渾身の矢を撃ち続ける。苛烈さを増す矢の弾幕。けれどもバーサーカーは驚異の動体視力で弾き続ける。一発でももらえば戦闘不能、致命傷となりえる中、理性を蒸発させたようにバーサーカーは進撃する。

 

「ングッ!! ア゛ア゛ア゛!!」

 

 しかしやはり肉体は耐久ギリギリで、憑依している赤のキャスターの体が悲鳴を上げ、腕と足からは既に血管が破れ内出血が始まっていた。

 

「っ!? まじかよ、魔力が...ッ!?」

 

 更に、カウレスに誤算が生じる。バーサーカーの体が赤のキャスターになったことで、ガルバニズムの魔力回収能力が著しく低下していた。それによりカウレスの決して多くない魔力がゴリゴリと削れていく。元のマスターであったアカの魔力量に驚愕しつつ、戦闘可能時間は決して長くないことを悟った。

 

 

「ナ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 

 弱気になりかけたカウレスの心。それを感じ取ったバーサーカーが吼える。赤のアーチャーの弾幕にも負けじと猛る。

 

 

「ッ!! 俺だって...! 負けてたまるかああああ!!!」

 

 

 その姿に、カウレスも立ち直る。信じるバーサーカー(相棒)に全てを託し、むしろ魔力の供給を加速させた。

 

 

(おのれ...ッッ!!)

 

 

 赤のアーチャーに苛立ちが生まれる。黒のバーサーカーも、赤のキャスターも、最初に会った時から大したことない相手だと思っていた。驕りなどではなく、自身の経験と自己理解、洞察力からなる正当な評価であった。

 それがどうした。もはや肉眼でハッキリ見えるほどにその距離を詰められている。打った矢の数はもう百を超えるであろうに、頭に血の上った獣一匹すら仕留められていないのだ。

 

「いい加減に......しろッッ!!!」

 

 これまでで一番、魔力も筋力も込めた矢を放った。

 距離が近づき威力も高まった矢が、弾ききれなかったバーサーカーの左肩を深く抉る。

 

(見えたッッ!!)

 

 しかし、隙の大きい一撃を放ったことで、カウレスが初めて赤のアーチャーを目視できた。

 赤のキャスターの肉体に、バーサーカーの反応速度、それらが合わさり、二人は赤のアーチャーに接近するに至れた。

 そしてこれが最後となる。カウレスが魔術回路を限界励起させ、令呪にも魔力を込める。人生に一度の、命を賭けた大博打だ。

 自身の、カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニアの一番の魔術をここに。

 

令呪ずるッッ!!

 赤のアーチャーの近くにワープしろ!

 やっちまえ、バーサーカーッッ!!

 

 

 

 

 

 

―――その展開は読めているぞ。

 赤のアーチャーは不敵に笑う。令呪による短距離ワープを用いた奇襲。その程度が読めない最速の狩人(アタランテ)ではなかった。

 まして、既にアサシンとの一戦で不意打ちは経験している。何故か記憶こそ薄いが、体は覚えているものだ。

 

 

 

 "追い込みの美学"

 

 

 

 魔術と共に、真横に現れた獣のような気配。

 

 

 

「"天穹の弓(タウロポロス)"ッッ!!」

 

 

 

 最速の狩人渾身の一射は、見事にバーサーカーを貫いた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――はずだった。

 

 

『キャウン!!』

 

 

 貫いたのは、()()姿()()()()()()()

 カウレスの誇る、一番の魔術であった。

 

 

 

 

 

「ウ゛ル゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 呆然とする赤のアーチャーの懐に、既に黒のバーサーカーは潜り込んでいた。

 見慣れたはずだった赤のキャスターの顔。引き絞られる黒のバーサーカーの右腕。その手に持たれた赤のライダーの槍。

 

「...狩られるのは、私の方であった、か...」

 

 力任せの豪槍が、赤のアーチャーの心臓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤のアーチャー、敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「...そうか、ライダーに続いて、アーチャーもやられたか」

 

 ほぼ同時にやられた両者を魔術でモニタリングし、赤のアサシンは一人、玉座にて頬杖をつく。言葉に悔しさや焦りは微塵も感じられず、まるで映画の感想でも述べているかのような気楽さがあった。

 その顔に乗る表情は焦りか、怒りか、失望か、哀れみか。

 ()()()()()()()

 

「マスターの知識は本物であったようだな。奴らのマスターになるときに我が提案したものではあるが...よもやここまで()()()()()とはな」

 

 横に目線をやれば、赤のセイバーとそのマスターがこちらに向かう姿。流石は最優のセイバーといったところで、トラップの類も豪快に破壊しながら最短距離で進んでくる。

 黒のアーチャーとそのマスターもこちらに向かってきているため、恐らくこの二ペアが共に仕掛けてくるであろう。

 逆に赤のキャスターのほうは戦闘の消耗が効いているのか両者とも気絶している。赤のアーチャーが仕留め損じたのは残念だが、あの死にかけの体でよく頑張った方なのかもしれない。あれの中身が本当にあの忌々しい女なのかは甚だ疑問ではあるが、無視して構わないだろう。

 黒のアサシンはいるであろう周囲には霧が立ち込めており、居場所が捉えられない。深傷を負っているであろうとはいえ、急に仕掛けられないよう注意する必要がある。

 

「まあ...今の我に勝てるというのなら、やってみるがいい...」

 

 あざ笑う最古の毒殺者、セミラミス。

 その胸元には、マスターの知識をもとに細工した成果が―――ライダーやアーチャーが敗退して尚、消えずに残り続ける()()()()()が、びっしりと刻まれていた。

 

「精々あがけよ、マスターを邪魔する黒の使い魔ども...!」

 

 赤のアサシン、セミラミス。

 彼女は、本気だった。

 

 

 

 

 

 

 



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アサシンは嗤わない/セイバーは屈しない

 

 

 

 

 

 

「おっ! ういっす、黒のアーチャー」

「赤のセイバーとマスター様。よくぞご無事で。

 赤のランサーと戦ってから合流とのことでしたが、間に合ったのですね」

「おうよ! 叩き斬ってきたぜ! まあほとんど黒のセイバーのおかげだったけどな」

 

「ご無事で何よりだ。黒のアーチャーのマスターさんよ」

「お互いに、ですね」

 

 各所での戦闘が終わり、勝利を収めてきた黒のアーチャーとフィオレ、そしてここまでの道中を難なく乗り越えてきた赤のセイバーと獅子劫が、聖杯に向かう道中で合流した。

 黒のアーチャーは赤のライダーを倒し、赤のセイバーは黒のセイバーと共に赤のランサーを倒してきた。この二組が現状、黒の陣営の最大戦力であるだろう。

 その足の向かう先は無論の事、大聖杯。

 しかし、歩みを進めていた四人の前に、背丈の何倍もあろう巨大な扉が立ちはだかる。

 

「マスター。この先に、サーヴァントの気配がします。とても強大です」

「ああ、悪臭がプンプン臭ってきやがる。あのカメムシ女で間違いねぇだろうな」

「赤のアサシン。真名、セミラミス。アッシリアの女帝にして、人類最古の毒殺者...」

「この空飛ぶお城も赤のアサシンの宝具だっつー話だし、まあ大物だろうなぁ」

 

 他のサーヴァントとは違い、天草四郎の手によって直接召喚された赤のアサシンは、いわば天草四郎の真の協力者。あのダーニックと同等レベルの事前準備を、あまつさえたった一人の彼女に施すほどに、天草四郎は赤のアサシンの能力に絶大なる信頼を置いていた。

 事実、展開された宝具"虚 栄 の 空 中 庭 園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)"の強大さは言うまでもなく最強の要塞として聖杯大戦に君臨し続けている。

 故に、これを繰る赤のアサシン本人も間違いなく強者であろうと、今まで彼らが相対した赤のランサーやライダーに匹敵しうるまでの脅威を想定していた。

 

「どうでしょう、黒のアサシンと赤のキャスターを待ちましょうか?」

「いえ、どちらも消耗している以上、下手に戦列に加わって倒されるより、生き残って聖杯までたどり着いてもらう方がいいと思います。それに、我々が赤のアサシンを倒せれば、要塞内のトラップなどが解除されてこちらに気安くなるかもしれません。もし戦闘中に合流が間に合えば、そのときに考えましょう」

「そうだな。元よりこちらは四人、相手は一人。不足は無いだろう。作戦を練るぞ」

 

 盗聴防止のため、念話で進められる作戦会議。策が決まり、いよいよ突撃、戦闘が始まる。

 

「...マスター」

「おう、どうしたセイバー」

 

 赤のセイバーと獅子劫が扉を開ける直前、作戦立案中黙っていたセイバーが口を開く。

 その表情は、剣吞そのもの。

 

「イヤな予感がする...()()()()

「...わかった」

 

 重たい扉が、今開かれた―――

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

令呪()()て、()()()()()ず―――』

 

 扉を開けた先、玉座の間に入った瞬間、響き渡る声。その意味。

 理解するより早く、赤のセイバーの直感が全力で警鐘を鳴らした。

 

「マスターーッッ!」

『―――()()を出せ』

 

 

 

 パチンッ

 

 

 

 瞬間、部屋に満ちる猛毒の霧。

 セイバーの後ろ蹴りで扉の前まで飛ばされた獅子劫は、間一髪で毒を浴びなかった。

 兜を被るセイバー。そしてその後ろ、部屋に入らず弓を構えていた黒のアーチャーが、玉座の間に座す赤のアサシンを狙い、渾身の一射を撃つ。

 宝具の一撃にも匹敵するその矢は、寸分違わず赤のアサシンの頭蓋を撃ちぬいた。

 

 

 

「...やったか?」

 

 

 

「ッ!? アーチャー!!」

 

 

 

 弓を降ろしかけた黒のアーチャー。その背後に、無数の魔法陣が展開された。

 刹那、射出される魔弾と鎖による弾幕がアーチャーとフィオレに襲い掛かる。

 

「ぐっ!?」

 

 足の不自由なフィオレに代わる形で、アーチャーが身を挺して防御する。

 矢で相殺しきれなかった弾を受けたアーチャーはダメージを喰らい、更には炸裂した勢いで玉座の間の中まで飛ばされてしまった。

 そして息を、毒を吸ってしまった。

 

「ぐああああああああああああああああああっっっ!?!?」

「アーチャー!? くそっ!」

 

 一息、たった一息。

 それだけで、ヒュドラの毒という特攻毒を全身に浴びた黒のアーチャーは、激痛に倒れ伏し身動きが取れなくなる。命が瞬く間に削られ、服用していた赤のキャスターの宝具が意味を無くしたことを悟る。まさしくケイローンという不老不死を倒した逸話によって、ヒュドラの毒はカグヤの宝具を貫通した。

 完全に先手を取られつつ、セイバーが矢を撃たれたはずのアサシンに斬りかかる。

 アサシンは、呆気なく胴体を真っ二つにされた。が、ここでセイバーが気づく。

 

「っ!? 毒のデク人形、だと!?」

『ご明察だ』

「っ!!」

 

 瞬時、玉座の間に展開される無数の魔法陣。射出される弾幕と鎖。

 ゲル状のものになり崩れ行く赤のアサシンだったものを急いで払い、セイバーが玉座の間を慌てて逃げ回る。

 縦横無尽に立ち回りながら見回し、見上げた入り口の扉の遥か頭上、外窓の近くに赤のアサシンは座していた。

 

『その毒人形トラップを作るのには随分と時間がかかったからなぁ。気に入ってもらえたようで何よりだ』

「クソッ、女帝を自称するなら、大人しく座っとけやッッ」

『そうしたかったがな。油断して開幕で宝具を撃たれでもしたら、流石の我も少しは応えようものだ。

 すまぬが、今の我は、本気でな』

 

 悪態もつきたくなるくらいの猛攻を、赤のセイバーは必死に捌く。毒に耐性の効く全身鎧を装備し、優れた直感と対魔力を併せ持つ赤のセイバー。しかしそれでも圧倒的物量に防戦一方となる。倒れ伏す黒のアーチャーと共に、毒が全身に浸食しきるのも時間の問題だ。

 開始して瞬く間に、万全の態勢で戦いに臨んだはずの黒の陣営が大ピンチを迎えていた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

『初めまして、赤のアサシン、セミラミス。私はシロウ=コトミネと申します』

 

 

 

―――ロクデナシな人ばかりであった。

 捨てられ、夫を奪われ、その返しにと毒を盛ってみれば、やれ後の世の人に"人類最古の毒殺者"などとあまりにも下らん商標で暗殺者風情として売られる始末だ。

 

 

 

『貴女のことは存じ上げています。宝具起動のため、いろいろと用意したのですが、不足はないかどうか確認していただけますか?』

 

 

 

―――人はロクデナシばかりであった。

 鳩になりたいと思ったこともある。温い日々や冷え切った情熱を人に与えることはあっても、温もりを与えてくれたのは鳩だけであった。

 

 

 

『アサシン。私は、人類を救済したい。そのために、貴女の力をお借りしたい。改めて協力をお願いします』

 

 

 

―――人はロクデナシだ。

 サーヴァントとして与えられた体も、スペックを生かす条件があまりに厳しく、おのれ神々はここまで我を愚弄するかと最初は激昂した。こんな(サーヴァント)を生かし切れる者など、ロクデナシの人間にいるわけなかろうと。

 それでも、一応は召喚に応じてやった。果たしてこんな(サーヴァント)を呼ぶ者はどんなツラをしているのかと。カラダ目的か、ただの馬鹿か。どちらにせよ毒を盛って、後は好き勝手やらせてもらうつもりであった。

 

 

 

『セミラミス、庭園の守りをよろしくお願いします』

『お味噌汁、とても美味しかったです。ありがとう、セミラミス』

『令呪と、彼らのマスター権を委譲します。任せましたよ、セミラミス』

『セミラミス、貴女を信じています』

 

 

 

―――人にはロクデナシしかいないと、そう思っていた。

 自分を呼んだマスターは、馬鹿を超えた大バカ者であった。

 だが、そんな大バカ者が願いを叶える姿を、見てみたいと思った。

 

 

 

 いいだろう、出してやろうじゃないか、()()を。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

「お前たちとは、覚悟も情熱も違うのだ。我も、あいつもな」

 

 入り口の扉は閉じた。赤のセイバーのマスターが令呪の使用を試みたようだが、この玉座の間で令呪を使うなど、この我が許さぬ。

 黒のアーチャーは思っていた通りヒュドラ毒により倒れ伏した。赤のセイバーの兜が毒に耐性を持っているのが面倒だが、時間の問題であろう。

 

「黒のアーチャー、赤のセイバーよ。生半可な思いで我の前に現れたことを悔い、毒に溺れて死ぬがいい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――覚悟であれば。

 

 私も、彼ら今を生きる者たちが、よりよい未来を築けるように導こうと。

 不老不死の世界などという停滞した世界ではなく、今を生き、明日を願えるような世界であれと願う心は、私も負けていない。

 

(...マスター...)

(っ!? アーチャー! 無事ですか!? どうなって...)

(...()()()()。令呪を...)

(!!!...わかりました...!)

 

 全身を蝕むこの毒。この痛み。忘れもしないあのヒュドラの毒。

 本来であれば既に致死となってるであろうものだが...あのキャスターの妙な薬のおかげか、まだ幾ばくか猶予があるようだ。

 目はほとんど見えない。耳もほぼ聞こえない。全身の感覚は全くと言っていいほど無い。

 それでも、どうか。お願いだ。意識よ。

 頼む。赤のアサシンは。どこだ。

 いしきよ―――

 

 

 

「うおらああああああああああ!!!」

「っ!?」

 

 

 

 それは、正しく直感であった。

 黒のアーチャーが、何かをしそうだという、直感。

 赤のセイバーが、毒に苦しむ体に鞭を打ち、弾幕と鎖を力業でねじ伏せ、赤のアサシンに突撃をかけた。

 

「ちっ...! 煩わしい獣風情が!!」

 

 接近を許した赤のアサシンは、赤のセイバーの猛攻を受ける。賭けともいえる特攻であった。

 流石に速さでは劣る赤のアサシンは、下がりつつ深魚の鱗を展開し、

 

『我が肉体に命ずる。掴め』

「がっ!?」

「ふう...いささか冷や汗をかかされたが、所詮は獣。鎖につながれては身動きも取れまい」

 

 令呪を一画消費することで、赤のセイバーの全身を鎖で完璧に絡み取った。

 これでゲームセット。赤のアサシンが勝利を確信した瞬間だった。

 それが唯一、これまでの戦闘で赤のアサシンに隙が生まれた瞬間であった。

 

 

 

最後の令呪て、我が友にじます。

 赤のアサシンを撃て! アーチャー!』

 

 

 

 だからこそ、その令呪は届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この戦争の最後で...私が導かれる側になるとは。

 

 

 然るべき時も、然るべき座標も、然るべき速度も、今の私にはわからない。

 だが、目指す先は令呪が、マスターが導いてくれる。

 後は、当てるという心、思い、願い。それさえあれば、十分だ。

 

 

 

"天 蠍 一 射(アンタレス・スナイプ)"

 

 

 

「―――っ、―――」

「なっ!?」

 

 最後に矢と共に放った言葉は、言葉になったか。

 我が矢は、正しく射抜くべき蠍を射抜いたか。

 願わくば、あの子たちの未来が、よりよいものでありますように―――。

 

 

 

 黒のアーチャー、敗退。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「...ゲホッ! ゲホッ! 玉座の間が...おのれ、アーチャーめ...!」

 

 黒のアーチャーが最後に手元から放った矢は、赤のアサシンに難なく躱された。

 されど、狙い通り躱して誘導された赤のアサシンは、天から流星の如く降ってきた宝具"天蠍一射(アンタレス・スナイプ)"の衝撃に吹き飛ばされ、その一撃はそのまま玉座の間の中心へ命中。豪華絢爛な玉座が台座ごと粉々に崩れ去り、瓦礫の山と化した。

 赤のアサシンは玉座の間という空間特性の破壊と、それによる"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"の大幅な弱体化を悟った。同時に天井が破壊されたことで換気され、毒も薄まりつつあるようだ。

 

「...ガッ...うぁぁ...!」

「...フフ...だが、こうなれば我の勝ちよ...!」

 

 しかし視界が晴れて見てみれば、黒のアーチャーは敗れ去り、赤のセイバーは毒に苦しみ膝をついたままうずくまっていた。

 赤のセイバーが動けなくなり、黒のアーチャーが特攻のヒュドラ毒で倒れるまで、その時間さえ稼げれば、自身の勝利。サーヴァント二騎を相手に、らしくない全力を惜しむことなく披露し、それでも足元を掬われかけはしたが、危なげない勝利であった。

 後は立つこともままならない獣に止めを刺すだけ。物理的には難しいが、自身には毒があった。

 

「終わりだ...これを飲むがいい...」

 

 致死量の毒を手元に生成し、手のひらの棘に十分染み込ませる。

 うずくまった赤のセイバーの顎にそっと手を添え、上げさせ、

 

 

 

「オレの願いは...テメェの首だッ!!

 女帝ッ!!

 

 

 

―――赤のセイバーの目が、死の淵から蘇った。

 

 

 

「っ!?」

 

 驚きと共に後退する赤のアサシン。

 赤のセイバーは力を振り絞り、魔力を纏った剣を思いっきり振り抜いた。

 そしてその勢いを乗せた魔力の雷は、入り口の扉を吹き飛ばす。

 

 

 

「マスタアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 扉から現れたのは、赤のセイバーのマスターである獅子劫―――ではなく、()だった。

 霧は、瞬く間に部屋中に広がり、赤のセイバーと、赤のアサシン諸共覆い尽くした。

 

「これは...! 黒のアサシンの宝具か!」

 

 ここで決め切らなければまずい。そう判断した赤のアサシンは、赤のセイバーがいたであろう場所にありったけの鎖を打ち込む。さながら黒のランサーの如く、尽くを突き刺し、串刺しにせんと。

 そうしている内に、霧の正体が掴めた。硫酸であった。硫酸とは広義で毒である。

 故に、"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"の適用内であった。

 

「舐めるなよ...暗殺者風情が...ッ!」

 

 部屋中を覆う霧を操り、自分の手中に収め、空中庭園の逆しまの概念にのせて天井付近へと追いやった。

 そして、敵の姿を目視する。

 冷や汗が頬を伝った。

 

「へっ...久しぶりだなぁ、()()()...あいつ、行けるか?」

「うん! みんな、みんな、解体しちゃうよ!」

 

 片や全身血まみれ、片や全身毒による火傷だらけ、それでも力強く立ち上がる赤のセイバーと黒のアサシンの姿があった。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「二人とも、無事か!?」

「お姉ちゃん!...は、いないんだ...」

 

 時は少し遡る。

 アカと黒のアサシンも、いくつものトラップに妨害されながら、何とか玉座の間の前までたどり着いた。

 途中からは赤のセイバーたちの通った道が使えたため、幸運であった。

 

「どうしたその右目、大丈夫か!?」

「おお、アカと黒のアサシンか...お前らもボロボロだな」

 

 獅子劫は二人を見る。この二人はマスター契約していないはずであったが、まあそういうこともあるかとすぐに納得した。

 

「ああ、何とかな...状況は?」

 

 アカは閉ざされた扉を見る。何となくだが、中で戦っている気配がしている。

 

「赤のセイバーと黒のアーチャーがいて、赤のアサシンと戦っていた。だが、今しがた黒のアーチャーが敗退した」

「黒のアーチャーが!?」

「...はいっ...」

 

 フィオレは、悲しそうに、何かを祈るように手を組んで、座り込んでいた。

 

「戦況は恐らく不利だ。圧倒的にな。

 扉は固く閉ざされている。赤のアサシンに何かが起きない限り、突破できないだろう。

 しかも、中は猛毒が充満している。不用意に手出しはできない」

「そんな...」

 

 獅子劫は簡単に、それでいて残酷なまでに追い詰められた現状を口にする。

 

「ああ...だから頼む、黒のアサシン。そしてそのマスター。手伝ってくれないか」

 

 目を伏せ、獅子劫は腰を曲げて頭を下げた。

 彼の故郷、日本での精一杯の誠意を示す"お辞儀"であった。

 

「勝てるかどうかわからない。命を危険に晒すだろう。だが、お前らが協力してくれるなら、作戦がある。だからどうか、頼む」

 

 獅子劫の誠意を受け、アカは黒のアサシンに語り掛ける。

 

「...アサシン。君の本当のマスターは今でも六道さんやカグヤだろうから、俺からは何も命じたりしない。

 だから、君がどうしたいか、教えてほしい。やるなら、できる限り協力する」

「............」

 

 黒のアサシンは考える。

 毒の火傷と道中のトラップで、既にだいぶ消耗していたアサシンだったが―――すぐに答えは出た。

 

「...やるよ。わたしたちも、戦う。そうだよ。

 わたしたち、がんばるっ!」

 

 小さい手で、大切にしまっていた御守りを握りしめる。

 おかあさんと、お姉ちゃんと、行きたいところがあるから。

 それに...獅子劫から感じるものが、どことなくおかあさんに似ていて、優しかったから、信じることにした。

 

「...ありがとう、アサシン。

 それで、赤のセイバーのマスター。作戦は? 扉が開かないことにはどうしようもないんじゃないか? それに毒なんて、俺らじゃどうしようも...」

「いや...」

 

 獅子劫は装備品からあるものを取り出す。

 それは、二つの()()()のようなものだった。

 

「黒のアーチャーがいくつも情報を残してくれた。その通りなら、勝算はある...それに」

 

 立ち上がって、決意の込められた目を前に向けた。

 

「扉は開かれる...()()()だ」

 

 目線は扉に向かっていたが、その目は間違いなくその先にいる赤のセイバーを見ていた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

「...血清か。どうやらヒュドラの毒を使うことを読まれていたようだな。随分と頭のいい魔術師がいたものだ」

 

 黒のアサシンの手から、使用済みの注射器が落ちる。それこそが獅子劫が用意した、二本のヒュドラ毒の血清。

 一つは今、赤のセイバーに。もう一つは先ほど黒のアサシンに使われた。

 

「認めよう。汝らは強い」

 

 赤のアサシンは独り言のようにつぶやきながら、玉座の残骸に歩み寄る。

 油断なく構える赤のセイバーと黒のアサシン。どころか、黒のアサシンは宝具を発動し、すぐにでも決め切ろうとさえしていた。相手は女で、夜で、後は霧さえまた張れれば、確実に決められる。

 

「光栄に思っておくれよ? この()()()まで使わされるとは思っていなかったからな!」

 

 手が、残骸の岩に触れる。

 途端、怪しげな光と共に、部屋中が魔力を発し始めた。

 

「チッ! 行くぞ殺人鬼ッ!」

「えっ、何?」

「あいつっ、まだ()()()を残していやがったんだっっ!」

 

 生じた変化は三つ。

 一つ、手が触れた玉座の残骸から、魔法陣が刻まれた岩石が十と一、顔を出す。さながら庭園外で浮遊していた"十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)"の如く。

 二つ、部屋に再び、毒が満ち始めた。先ほどよりは明らかに薄く、効力も弱い毒ではあるが、有害なのは間違いない。

 三つ、かつてミレニア城塞を襲ってきた竜牙兵が、今度は部屋中に大量に召喚されたのだ。

 

「んだよこの物量!? 殺人鬼! てめぇは隠れてろ!!」

「う、うん!」

 

 

"不 貞 隠 し の 兜(シークレット・オブ・ペディグリー)"

"暗黒霧都(ザ・ミスト)"

 

 

「おらああああああああああ!!」

 

 すぐに兜を被り直し手近な竜牙兵を破壊しにかかる赤のセイバーと、霧に隠れて姿を晦ます黒のアサシン。

 赤のアサシンは全竜牙兵の指揮を執る。手近な竜牙兵は赤のセイバーにぶつけ、残りには黒のアサシンを囲い込ませるよう動かした。

 そして忘れず、自身も"十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)"からレーザーを打ち出し、さらに鎖も併せて射出し、"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"で毒を展開しつつ、黒のアサシンの霧をも阻害する。

 

「クソッ、近づけねぇ!」

「わたしたちも...! 何とかかわせるけど...!」

 

 一発一発が高火力なレーザー、倒しても際限なく召喚される竜牙兵、量は減ったがそれでもなお脅威である鎖と、展開された新たな毒。今度は麻痺させる神経毒の類のようで、やはり長期戦は不利となる。

 徹頭徹尾、黒のアサシンの戦略は消耗戦であった。それもそのはず、黒のアサシンには玉座の間という圧倒的有利な戦場と、大聖杯、そして大量の令呪という規格外のリソースが与えられていたのだから。

 

「この庭園内にある物は、尽くが我の支配下だ。我の全力で―――今となっては死ぬ気で体を酷使すればこの程度、造作もない...!」

 

 

 

 

 

 

 

 一方、後方のマスターたちにも脅威は襲い掛かっていた。

 

理導(シュトラセ)開通(ゲーエン)!!」

 

 扉が破壊されたことでオープンとなったマスターたちに、数匹の竜牙兵が襲い掛かってきた。

 

「強化魔術を付与。

 ...ふう、急場は凌いだが、部屋ん中は見れなくなっちまったな」

 

 それをみてアカが床と壁を崩壊させ、獅子劫がその残骸を強化魔術で補強し、中に全員で入り、即席のシェルターとした。

 密かに令呪を使う機会を伺っていたアカと獅子劫にとって、部屋が見れなくなった今は厳しい状況となった。

 

「セイバー、アサシン...どうか、勝利を...!」

 

 今やこの三人にできるのは、二人の勝利を祈るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらああああ!!」

 

 

 "魔力放出"

 

 

 暴力的な雷の旋風が、周囲の竜牙兵をまとめて吹き飛ばし、粉々にする。

 しかしその数秒後には、また同数となって赤のセイバーに襲い掛かる。

 何とかそれを突破して赤のアサシンに近づいても、空間転移であっけなく逃げられていた。

 

「クッソがぁ! キリがねぇ!」

「数ばっか多くて、イヤになっちゃうな!」

 

 数だけは脅威な竜牙兵。

 その傍ら、時に掠めたり軽傷を与えてくる赤のアサシンの魔術攻撃。

 赤のセイバーも黒のアサシンも、機を見て何度も接近しようと試みているが、赤のアサシンの魔術が巧みで決定機を作れていない。

 庭園に来るまで、赤のアサシンは固定砲台タイプで接近すればこっちのものだと赤のセイバーは見立てていたが、評価を改めなければならなかった。

 

「ふんっ、存外しぶとい羽虫どもが。毒も効いてきた頃合いだろう。いい加減負けを認めたらどうだ?」

「そっちこそっ、こんだけ大量の魔術行使をしてたら、疲労も魔力供給も限界になってるんじゃねぇのか!?」

「ハッ!! 笑わせるなセイバー。限界などとうに超えておるわ。この状況、死ぬ気でこの体を酷使せずして何になる!

 重ねて令呪て我が肉体にずるッ!!

 全身全霊を出せ! セミラミスッ!!

 

 再び、令呪の赤い光が赤のアサシンを包み込む。

 赤のセイバーは自分らの限界のほうが近いことを悟った。

 

「おい殺人鬼! 次で終わらせるぞッ!」

「うんっ! でも、どうやって!?」

「んなもん決まってら...」

 

 また竜牙兵が湧きだした。先ほどまでより数を増やし、二人に襲い掛かる―――

 

 

 

 

「正面突破だ!!!」

 

 

"魔力放出"

 

 

 

 

 ランクAに相当する赤のセイバーの魔力放出が、今までで一番激しい赤雷となって竜牙兵の尽くを貫き、赤のアサシンを圧した。

 

「くっ...! だが、読めているぞ小娘!」

「かわされ―――「行ってこい殺人鬼!」―――うわわわわ!!」

 

 隙をついて斬りかかるジャック。しかしセミラミスは転移によって躱した。

 しかし、モードレッドがジャックの元に急行。掴んでぶん投げた。

 

「なんだとっ!?」

「もー乱暴なんだか、らぁ!!」

 

 再度ジャックが斬りかかる。が、ギリギリのところで再び転移が間に合う。

 しかしロクに用意もできずに転移したその先には、ジャックの霧が満ちていた。

 

 

 

「終わりだよ!!」

 

 

"解体聖母(マリア・ザ・リッパー)"

 

 

 

 ニヤリ、と悪い顔で嗤い、

 満を持して、ジャックは残る全ての魔力を込めたナイフを、宝具の呪詛と共に全力で投擲した。

 

令呪三画ずるッッ! 

 防ぎきるんだッ!!

 

 即席で盾として召喚した竜牙兵。

 操った玉座の残骸。

 自分の眼前に配置した"十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)"の内の六つ。

 そして最後の砦として神魚の鱗を展開し、

 

 

 

 

 ガキィン!!

 

「ゴフッ...!...耐えたぞ...!」

 

「うっそ...嘘だ...!」

 

 

 

 必殺を、耐えた。

 呪詛とは、毒に似たもの。

 最終的に"驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)"まで使い、体を襲う呪詛を無理やり支配し、間一髪で抑え込んだ。

 しかし、セミラミスの受けたダメージはかなりのもの。

 

 

 

我が麗しき(クラレント)―――」

 

 

 

 背後から狙うモードレッドの宝具を防ぐ術は、ない。

 

 

 

「―――ガハッ...!?」

 

「...ふんっ。遅かったようだな」

 

 

 

 モードレッドの口から、血が噴出する。

 賭けに出て、宝具を発動して兜を外したモードレッドだったが、毒が体を浸食し尽くすほうが速かった。

 剣を覆っていた禍々しい魔力が霧散する。

 

「終わりだ。赤のセイバー。王に敗北する屈辱的な最期を迎えるがいい!」

 

 毒の鎖が、モードレッドの全身を絡めとる。

 残った全ての十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)の先がモードレッドに向き、竜牙兵が一斉にとびかかった。

 

 それを見て、

 モードレッド(叛逆の騎士)は、

 静かに笑った。

 

 

 

(そっちこそ笑わせるな、毒殺者風情が...!)

 

 "魔力放出"

 

 赤雷が、右手を中心に爆ぜた。

 赤雷の中心部だけ毒鎖の拘束が緩む。右手は見るも無残な状態になったが、剣だけはしかと握りしめていた。

 

(オレにとって、王とは―――)

 

「父上だけだッッ!!!」

 

 

 モードレッドは、今度こそ宝剣に全てを込めた。

 

 

「遅い!!」

 

 

 しかしセミラミスが先に魔砲を放つ。既にそれはモードレッドの眼前に迫っていて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"燦 然 と 輝 く 王 剣(クラレント)"オオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハッ!?」

 

 

 

―――()()()()()モードレッドの王剣(クラレント)が、セミラミスの霊核を貫いた。

 

 

 

 直後、セミラミスの一点集中魔砲が、動けなくなったモードレッドを貫いた。

 両者は、ほぼ同時に倒れ伏し、沈黙した。

 

 

「...セイバーさんが、勝った?」

「...ふっ、なんだその、攻撃は...お前は騎士では、ないのか...」

「へへっ...何かわいいこと言ってんだよ...

 

 

 

 勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ...へへっ...」

 

 

 

 セミラミスは、赤い光と共に、どこかに転移して消えていった。

 モードレッドは、最期にいい笑顔を浮かべ、消滅していった。

 

 

 

 

 赤のセイバー、モードレッド。敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

「...長かった。だが叶ったぞ、我が願い。確かに叶った...

 人類の勝利だ...!」

 

 全人類を対象とした、魂の物質化。

 大聖杯への願いを、天草四郎時貞は確かに届けた。

 時間はとてもかかってしまったが、彼は無事に終わらせ、聖杯から帰還した。

 

「...戦況はどうなっているのでしょうか、アサシンは......」

 

 

 

 見上げた先に、

 

 

 

 

『―――主よ、この身を委ねます!』

 

 

 

紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)ッッ!!』

 

 

 

 

 焔が、花を咲かせていた。

 

 

「おい...ふざけるな...ルーラーアアアアアアアア!!」

 

 既に、焔は眼前に迫っている。

 迫る絶望を前に、天草は何とかヘブンズフィールへの接続も始めたが、どうやっても間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――()()がいなければ。

 

 

 

『全ての令呪て、我が肉体にずる!!

 マスターを守れッ!!

 

 

 

 現れたのは、巨大な岩盤。

 それが盾となり、天草に刹那の猶予をもたらした。

 故に、間に合うのだ。

 

「っ! ヘブンズフィール、接続!

 人類の救済を阻むものを、叩け!」

 

 大聖杯への接続、完了。

 白い巨人が三体立ち上がり、焔の花とジャンヌへの攻防を開始した。

 劣勢に見えるからと次の一手を用意する天草の背後に、彼女が現れた。

 

「...すまんな...遅くなった」

「いいや、来てくれてありがとう...しかし、その傷は...」

「ああ...永くない」

 

 赤のアサシン、セミラミス。

 赤のセイバーに霊核を貫かれ、消滅寸前の彼女は、それでも令呪と意志の力でマスターの彼のもとに帰ってきた。

 

「下がっていてください、ここは私が...」

「...いいや?」

 

 セミラミスは、天草の後ろに回ると、

 その背中を、ぎゅっと抱きしめ、

 

「...最期まで、お前を支えてやろうではないか。光栄に思え...?」

 

 優しく、優しく微笑んだ。

 

「...ありがとう。実は痛いの、ちょっとだけ怖かったから、助かるよ。

 貴女と会えて、本当に良かった。セミラミス」

「...ふっ...私もだ...」

 

 

 

『左腕・縮退駆動! 右腕・空間遮断!

 "零次集束(ビッグクランチ)"!!

 

 

 

「はああああああああああ!!!」

「やああああああああああ!!!」

 

 

 天草の右腕の犠牲により顕現したブラックホールと、ジャンヌの焔が拮抗する。

 拮抗は、ジャンヌの焔がブラックホールを打ち破る形で崩れ、大聖杯と天草、その背中のセミラミスが吹き飛ばされた。

 天草は、右腕の痛みと吹き飛ばされた衝撃で気を失う。その体を受け止めたのが、彼女にできた最後の仕事だった。

 

 

 

「...願い、叶えろよ、シロウ...」

 

 

 

 優しく、触れるくらいの口づけを残し、

 セミラミスは、消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 ルーラー、ジャンヌ・ダルク。敗退。

 赤のアサシン、セミラミス。敗退。

 

 

 

 

 

 

 

 



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