戦姫と神々の多重奏 (パクロス)
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第一話 再臨

明けましておめでとうございます。
新年に合わせて新作投稿です。
宜しくお願い致します。


 目の前で、黒い炭が舞い散る。

 それはついさっきまで、妹だったものだ。

 妹の名を叫ぶが、返ってくる言葉はもう無かった。

 

「~~~~~っ!!」

 

 思わず慟哭の叫びをあげる少女―—奏。

 彼女の周りを『ソレら』が囲む。

 得意災害『ノイズ』——人の攻撃をものともせず、一方的に人を炭へと還る悪魔の化け物。

 既にこの地に派遣された調査隊はノイズによって殺され、奏の親も——そしてついさっき彼女の妹もその後に続いた。

 十数体のノイズたちが奏の周りを囲う。逃げ場はもうない。この状況で生き残る術などなく、数秒とせずに奏も同じように目の前で舞う黒い炭となるだろう。

 奏は地面に地面に膝をつき、俯く。

 震える体、その姿は絶望と恐怖に打ちひしがれてようにも見えた。

 

「……許さねえ」

 

 しかし、その状況の中で、奏は紡いだ言葉は絶望のそれではなかった。

 震えは、恐怖から来るものではなかった。

 ノイズへと向けた涙を流す瞳にあったのは絶望ではなく、怒りであった。

 

「お前ら、絶対に許さねえ……皆を殺したお前らを、アタシは許さねえっ!」

 

 そう叫び、掴んだ土をノイズに投げつける。位相差空間にその身を置くノイズに効く筈もなく、投げた土はすり抜ける。

 それでも奏は諦めない。ノイズが奏に触れようと腕を上げようとも、奏は諦めずノイズを睨めつける。

 そして——

 

 

 

 

 

 突如響いた爆音と共に奏の命は救われた。

 

「ぐっ!?」

 

 何が起きたのか、分からなかった。

 分かったのは、奏の目の前で何かが派手に落下したのと、それによってノイズがまとめて吹き飛ばされたことだけだった。

 

「な、なんだ……?」

 

 困惑する奏を余所に徐々に晴れ渡る土埃の中でそれはむくりと起き上がった。

 それは赤い髪の男の姿であった。

 男の姿は奇妙なものだった。全身をひび割れ所々欠けた青に金で縁取られた鎧で包み込み、肩からボロボロのマントを身にまとっている。

 

「ここは……地球、か?」

 

 困惑しているのは男も同じようで辺りを見回し、訝し気に言葉を放つ。そしてそんな男に向かうノイズたち。

 

「お、おいっ、後ろっ!」

「っ!」

 

 思わず奏が叫ぶ。同時に、男の背後から襲い掛かろうとする。

 男もまた炭へと変わってしまう、と身構える奏。

 しかし、男はくるりと周りノイズの一撃を避けると——

 

 

 

 

 

 勢いの乗った拳を叩き込みノイズを吹き飛ばし、炭へと変えた。

 

「なっ!?」

 

 奏が驚くのも無理はない。ノイズに物理攻撃は無駄であり、人のパンチなど逆に炭化されるのがオチなのだ。

 しかし目の前の男はその常識を当然のように覆したのだ。

 続いて襲い掛かる二体のノイズを男は同じように拳、蹴りを以てあっさり返り討ちにする。

 

「なんだ……? なぜゴエティアの眷属がここに……それにこの感覚——」

「うわっ!?」

「っ!」

 

 未だ困惑が抜けきれない男だが、奏の悲鳴に思わず目を向ける。

 見ると奏に狙いを定めたノイズが数体、襲い掛かろうとしていた。

 風が吹き荒れ、その中で男がふわりを浮かび上がる。そして一瞬にして距離を詰めると、瞬く間にノイズを粉砕した。

 驚く奏に、男は手を差し伸べた。

 

「無事か?」

「あ、あんた……一体……?」

「話は後だ。ここから逃げろ」

 

 上空から新たに現れた飛行型ノイズの姿を目に入れた男は右腕を伸ばす。

 今度は何をするのかと思う奏だが、暫くして男は短く舌打ちをすると右腕を上に掲げ、開いた手を握り締める。

 直後上空から幾多の雷が飛行型ノイズを貫いた。

 

「なっ!?」

「こう言う訳だ。ここにいたら巻き添えを喰らうぞ。——行け」

 

 男に促され後ろ髪を引かれる思いの中奏は急いでその場を走り去る。

 それを確認した男はマントを外し頭につけた金色の装飾に手を当てる。そこから展開した蒼い装甲が頭部を包み込み兜を形成する。

 

「さあ、古の魔物たちよ……ここからは俺が相手だ!」

 

 そう言い口元をマスクで覆った男が合わせた拳から青い稲妻が走る。

 そして雄たけびを上げながら男は目の前のノイズへと駆けだした。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 その後どうなったのか、奏はよく覚えていない。

 何しろ地面が割れるような衝撃と豪風、青い稲妻が絶えず森の中で飛び交っているのだ。

 ただ無我夢中で走り、途中太い木の根に引っ掛かり山を転げ落ち——気がつけば遅れて駆け付けた救助隊の車の中だった。

 手当を受けながら車の窓から奏は山の方角を見る。既にノイズは自壊したと救助隊は認識したようだが、奏は知っている。自分を助けてくれた、あの稲妻の男を。

 

(アイツは、一体……)

 

 そんな疑問を浮かべながら、奏は疲れによる深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 少女——天羽奏と、男——暮響也が再び相まみえるのは、それから一年後。

 

 




と言う訳で(どういう訳で)第一話です。
正月中は一日一話で投稿していきたいです。


……つーか最後にここで投稿してから6~7年経ってるわけで
正直ギアがかかり始めみたいな状態なんで
先行き不安極まりないですがよろしくお願いします


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第二話 始動

この段階でまだ三話が仕上がっていない……。
早くも投稿ペースに陰りが出るのだろうか……。
何とか3日に三話投稿できるように絶唱顔で仕上げますんで宜しく。
それでは第二話どうぞ。


 あれから一年、奏は今ヘリに乗り、戦いへ向かおうとしていた。

 父親のPCに残されていたわずかな情報を元に復讐のための力を得るため日本政府の秘密組織『特異災害対策機動部二課』に単身突撃、紆余曲折と文字通り血反吐にまみれながらも世界で唯一ノイズに対抗できるFG式回天特機装束——シンフォギアの奏者となった。

 これから奏の初実戦だ。シンフォギアの使うために必要な適合係数が圧倒的に足りていない奏は訓練施設で適合係数補助薬——LiNKERを使って安定してシンフォギアを起動できるよう訓練してきたが、ようやく実戦に耐えられるレベルまで達したのだ。

 

(ようやくだ……ようやく、これでノイズを——)

『聞こえるか、翼、奏?』

「はい、司令」

「っ! あ、ああ旦那」

 

 通信機より聞こえる二課の司令——風鳴弦十郎の声に隣に座る少女―—風鳴翼と遅れて奏が返事をする。

 

『まもなく現場に到着だ。既に一課により住民の避難は完了している。準備は良いか?』

「いつでもいけます」

「こっちもだ」

 

 威勢よく言うものの奏の表情は硬い。初めての実戦、LiNKERの投薬を済ませたとは言え、どこまで戦えるか―—そんな不安が頭の片隅によぎっていた。

 ふと隣に座る翼を見る。

 風鳴翼——高い適合係数を持つシンフォギア奏者。奏と違いLiNKERの投与を必要とせずシンフォギアを纏い、今回が初の実戦の奏と違い既に幾度となく|戦場<いくさば>にて戦果を挙げている。何度かその時の映像を見たが、当時LiNKERの拒絶反応でまともにギアを纏えない奏と違い涼し気な様子でノイズを切り伏せていた。その姿は無様な姿を晒す自分をまるで——

 

(っ!? 何考えてるんだ、こんな時にっ!)

 

 一瞬心を覆ったどす黒い感情を振り払い、奏は半ば噛みつくように通信機越しの弦十郎に問いかける。

 

「旦那! 『アイツ』は出ているか!?」

『っ……いや。今の所コードネーム『神災(カラミティ)』の姿は確認されていない』

 

 神災(カラミティ)——それは奏が二課に配属となってしばらくして現れた謎の存在。

 ノイズが発生するとどこからともなく現れ、ノイズを全滅すると姿を消す、二課でも未だその正体をつかめていない謎の人物である。

 今の所分かっているのは対象が何らかの聖遺物を所有しているらしいこと、時に二課よりもノイズの存在を察知できること、そして何より重要なのは『ノイズが持つ炭素転換能力に対する耐性』と『嵐や雷などの自然現象を操ることができる』ということである。

 その人の身でありながら人知を越した力を持っていることから、二課ではカラミティの名で呼称されている。

 

(やっぱりアイツなんだろうか……)

 

 思い出すのは一年前、奏を助けたあの赤い髪の男。モニターごしでしか『カラミティ』の姿は見ていないが、あんなことができる奴といえばあの男しか奏は思い浮かばなかった。

 思案げな表情を浮かべる奏をどう思ったのか、モニターの半分に映る弦十郎が言葉をかける。もう片方には櫻井理論やシンフォギアシステムなどを手掛けた稀代の天才科学者——櫻井了子の姿もあった。

 

『奏、くれぐれも無茶をするなよ』

「っ! な、何だよ! 言われなくたって——」

『今回は訓練とは違う! 実戦だ! 思わぬ事態だって起こりうる』

『そうよ。LiNKER投与後のバイタルが安定したといってもそれはあくまで訓練で、だけ。戦闘時の不確定要素で適合係数にどのような影響が出るかはこちらとしても——』

「わーってるよっ!! 気を付ければいいんだろ気を付ければっ!!」

『おい、かな―—』

 

 苛立ち混じりに返事を返し通信機を切る。

 ふとこちらに向けられた視線に目をやると翼が不安げに見ていた。

 なんだその目は。

 苛々する。

 自分は大丈夫だけどお前はどうなのかと言わんばかりのその眼は。

 

(やめろよっ……何で今日に限ってこんなことばっか——)

 

「あの、天羽さん―—」

「戦闘区域、到着しました!」

「降下準備お願いします」

 

 奏にかけた翼の言葉はしかし、ヘリパイロットたちの言葉に遮られてしまう。伸ばした手を引っ込める翼に、奏は自身の中の苛立ちが増すのを自覚しながら席を立つ。

 

「あっ——」

「とっとと行って、とっとと終わらせるぞ」

 

 続く翼の言葉を待たず、奏はヘリから飛び降りる。落下による恐怖を強引に抑えながら、胸元に下げる赤いペンダント、待機状態のシンフォギアをつかみ——

 

 

 

 

 

——その歌を唄った。

 

「Croitzal ronzell Gungnir zizzl―――」

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 大量のノイズがうごめく市街地。

 そこに『彼女』は降り立った。

 

 全身にフィットしたオレンジと黒のボディスーツ

 

 体の各部に装着されたメカニカルなアーマー

 

 第三号聖遺物『ガングニール』を核としたFG式回天特機装束——シンフォギアを纏いし奏であった。

 

「さあノイズどもっ!! ここからは、アタシのステージだっ!!」

 

 奏が高らかに宣言すると共に両腕のアーマーを接続、射出する。そして空中でパーツが展開し巨大な槍——『アームドギア』へと姿を変えた。

 

『ガングニール、起動を確認』

『適合係数、安定してます』

『よし、奏。まずは慎重に―—』

「うるせえっ! 全部まとめて叩っ切ってやるっ!」

「あ、天羽さん!?」

 

 司令部からの指示と翼の言葉を振り切り奏は歌を紡ぎフォニックゲインによって強化された身体能力で大きく跳躍する。

 そしてノイズの大群に目掛けアームドギアを投げつける。

 槍が幾百にも分裂し流星のように降り注ぐ―—『STARDUST∞FOTON』によってノイズの数が大きく削がれる。

 着地と同時元に戻ったアームドギアを手に取り奏は押し寄せるノイズを次々と切り刻んでいく。

 

「これが、シンフォギアっ! これが、ガングニールっ! ……やれるっ!」

 

 これまで人類の天敵とされたノイズが嘘のようである。やれる、口にした言葉を心の内でも呟いた奏は只々目の前のノイズを粉砕していった。

 しかし、ペースを考えず、そして初の実戦でアドレナリンが過剰に分泌されていた奏の体は訓練の時と違う状態となっていた。

 突如としてギアの纏った体の動きが鈍くなる。同時に押し寄せる不快感。これは訓練でさんざん味わった——LiNKERの限界時間突破の時のあの感覚だった。

 

「っ!」

『適合係数、低下! 戦闘下での興奮状態によるLiNKERの持続時間低下によるものと思われます!』

『奏、下がれ! 後は翼に任せて援護に回れ!』

「なっ! ふざけるな! アタシは、まだっ―—」

「天羽さんっ!」

 

 翼の言葉に奏が正面を見れば、飛行型ノイズが突撃形態で奏に向って加速をかけていた。

 避けられない、そう思った奏の目の前で翼が放った短剣の嵐——『千ノ落涙』を飛行型ノイズに浴びせかける。

 

「天羽さん! 大丈夫ですか!?」

 

 両脚のスラスターで駆け寄る翼が奏に手を差し伸べる。

 差し伸ばされたその手を見た瞬間——思わず奏は振り払った。

 

「——何だよ」

「——えっ?」

「——何だよ。その眼は——」

 

 それは、奏にとって——今の翼への嫉妬心を持った奏にとって許容できることではなかった。

 翼に目を向ければ、

 所詮アタシは紛い物か。

 所詮アタシは出来損ないか。

 |翼<アイツ>が無事でいるための、

 |翼<アイツ>の、|翼<アイツ>が、|翼<アイツ>の

 |翼<アイツ>の

 |翼<アイツ>の

 |翼<アイツ>の

 |翼<アイツ>の

 |翼<アイツ>の

 |翼<アイツ>の

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

「……ふざけんな! アタシがアイツの……アイツの代わりなんかじゃっ!」

『奏っ!』

『奏ちゃん!?』

 

 奏の心を占めていたのは、どす黒い感情だけだった。

 弦十郎と了子の静止を振り切り、奏はアームドギアを天に掲げる。アームドギアが展開しエネルギー波を放出、それを大型ノイズにぶつける。

 しかし、それだけだった。迫りくる人型ノイズの群れに尚も斬りかかるもしかし、適合係数の低下したガングニールではノイズを相手に十分なパワーを引き出せない。

 ついにノイズの攻撃を防ぎきれず、弾き飛ばされる。倒れる奏に追撃するノイズを、翼が迎撃する。しかし正規の適合者である翼でもこの物量に耐え切れず奏同様吹き飛ばされた。

 

「天羽さん、大丈夫、ですか……天羽、さん……」

「……何で、だよ」

「え——」

 

 倒れる奏へかける翼の言葉。

 しかし返ってきたのは、怨差に満ちた言葉だった。

 

「何で……アタシはこのザマなんだよ! LiNKERを使ってっ! それでもまともに唄えなくてっ! 何で……何で、お前みたいにできないんだよ……」

 

 最後の言葉は涙混じりだった。一年という時の中で見せつけられた第一種適合者(ほんもの)第二種適合者(まがいもの)との覆せない差、それに徐々に押し唾され来た奏の心はもう限界だった。

 

「あ、もう、さん……」

「何で……何で……」

『奏っ! しっかりしろ! ノイズが来るぞ!』

『奏ちゃん、落ち着いて! 今はノイズから逃げて——』

「逃げ、る……?」

 

 倒錯する状況、その中で奏は徐々ににじり寄るノイズを見る。適合係数が低下した今の奏ではノイズの攻撃を防ぎこともできず、炭化してしまうことだろう。あの時と同じように―—

 でも、ここに彼はいない。そしてもう、奏に戦う力は、心は残っていなかった。

 

(ああ、こんな感じ、前にも―—)

 

 腕を振り下ろす瞬間、奏は一年前のことを思い出す。あの時、彼が助けてくれた。しかし今は——

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、目の前のノイズが吹き飛ばされる。

 同時奏を襲う衝撃と爆風、爆音。

 全てが収まった時、奏の目の前にいたのは——

 

「あ——」

「久しぶりだな。一年振りか?」

 

 蒼い兜に口元をマスクで覆っているものの、その声は正しく彼であった。

 以前と同じ蒼い鎧に損傷を補うように各所に布が包帯のように巻かれ、首元には古びた灰色のマント。そしてその背中は以前にはなかった大振りのハンマーと大型銃を背負っていた。

 

「お前、何で——」

「その槍……まあいい。こっちも色々聞きたいことはあるが、今はこいつらを潰すぞ」

 

 全身から青い稲妻を走らせながら、彼——カラミティは背中のハンマーを抜き取り思い切り地面に叩きつける。

 雷撃はハンマーの衝撃ともにノイズを貫き、一気に炭素原子へと還していく。

 そして空いた手に銃を握り、別方向から押し寄せるノイズへ向け光の弾丸を射出、一発も外すことなくノイズを打ち抜いていく。

 次々とノイズを蹴散らすその姿を、奏はただ呆然を見つめる。

 

「何をしているんだ? 許さねえとかなんとか言ってなかったか? あれはその場限りのものか?」

「っ!」

「何があったかは知らないが、少なくともあの時のお前から出た言魂はそんな『何か』で折れる程ヤワじゃなかったがな」

 

 カラミティにかけられた言葉に奏の心が揺さぶられる。

 そして思い出す。あの日のことを。

 そうだ。何のためにアタシはガングニールを纏っている。

 紛い物だろうと関係ない、皆を殺したノイズ、それを全て殺すためならどんな目にあったって構わない、そう決めたんだ!

 涙を振り払い再びその眼に闘志が宿った奏を見て、雷神の目が細まる。

 

「勝手なことを言うな! アタシはここでこいつらに負けてたまるかよ!」

「思い出したならそれでいい。今はとっととこいつらを片付けるぞ!」

「……言われなくてもっ!」

 

 完全に復活した奏と共にカラミティが戦場を駆ける。全身から迸る稲妻がハンマーともにノイズを粉砕する。神災と奏、二人の勢いは収まることなく次々とノイズを打ち砕く。

 

「す、すごい——」

「っ! ガハっ!?」

「っ天羽さん!」

 

 しかし既にLiNKERの効果が切れた状態で現状を維持しきれず、奏は血を吐き出してしまう。

 それを復帰した翼が援護するも、やはり耐えきれるものではない。

 迫るノイズ、それをカラミティはハンマーを投擲して薙ぎ払うが、その程度では焼け石に水だった。

 

「流石にキツイな―—奏、だったっけか?」

「っはあ……っはあ……何だよ?」

「立てるか。少し後ろを向いてろ」

「え? あ、ああ」

 

 カラミティの問いかけに奏は残った力を振り絞って立ち上がる。それを認めたカラミティは奏の背に手をかざし、謎の紋章で描かれた円陣を浮かび上がらせる。

 瞬間、奏は自身に力が沸き上がっていくのを感じた。この万能感、これまでに感じたの無い感覚に奏は行けるを確信した。

 

「これは——」

「行けるな? デカイのを一発決めるぞ」

「っ! ああ! 翼!」

「っ! はい! 行きます!」

 

 翼の返事と共に二人は空高く跳躍する。同時にカラミティは周囲に風を——嵐を巻き起こす。

 それによってノイズたちが宙に放り出され、身動きが取れなくなる。

 それを逃さず奏と翼はそれぞれのアームドギアを投擲、その大きさを自身の身の丈を超すものに変える。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

「はあああああああああっ!」

 

 奏と翼、それぞれの雄たけびと共に勢いの乗ったアームドギアによる蹴り——『SPEAR∞ORBIT』『天ノ逆鱗』が宙に浮いた大量のノイズを粉砕、瞬く間に塵へと還ていく。

 

 それからほどなくして、ノイズとの戦闘は終了した。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 戦闘が終了し、奏は後ろへ引き返す。

 目当ての人物はすぐに見つかった。先程と同じ場所で、彼——雷神は回収したハンマーを背中に背負いなおしていた。

 

「お、おい! アンタ―—」

「おお、戻ってきたか。 ……で、どうした?」

「あ、あの——」

「ん?」

 

 やや逡巡する様子をみせる奏だが、恥ずかし気に頬を染め、小さくそれを呟いた。

 

「あ、ありが、とう……」

「……ふ、どういたしまして」

「おわっ!?」

 

 奏からの感謝の言葉に、少しして雷神は布越しに笑みを浮かべながら奏の頭をワシワシと撫でる。

 荒っぽい、それでいて大人の大きな手の感触に、奏は不思議と安心を覚えた。

 

「——って! そうじゃなくてっ!」

「そうじゃなくて?」

「あ、いや、ありがとうって言ったのはそうじゃなくなくて……あ~~——」

 

「天羽さん、そこをどいてください!」

 

 混乱する奏をクールダウンさせたのは翼の鋭い言葉だった。

 そしてそれに応じたのは、カラミティだった。

 

「ああ、翼——だったっけか?」

「カラミティ、あなたには聞きたいことがあります。我々と共に特異災害対策機動部二課へのご同行をお願いします」

 

 張りすました翼の言葉に、奏は思い出す。いくら自身にとって恩人ともいえるカラミティだが、二課として何らかの聖遺物を自在に操る謎の人物——ともすれば重要参考人、あるいは危険人物として保護か拘束しなければならない。

 不安げにカラミティを見ると、面倒そうに彼は頭を掻いていた。

 

「悪いがそう言う訳にもいかない。共に戦った仲としてお前たちは信用できるが、上の連中は信用できない。——特に『終わりの巫女』と繋がりを持つお前らの組織とはな」

「っ! 待ってください。それは一体―—」

「悪いがそれ以上は言えない。俺も力が戻っていないうちに『奴』と相まみえる訳にはいかないでな。では失礼する——」

「待てよ!」

 

 続く翼の言葉を遮り奏はカラミティに向けて叫ぶ。それに背を向けた男は奏に目を向ける。

 

「……何だ?」

「っ! ……ずるいだろ。アタシ達のことは何もかもお見通しな感じでいて、アンタのことは何も教えてくれない。せめて——せめて、名前ぐらい教えてくれてもいいだろう」

 

 最後の言葉は奏の私情だった。

 しかしそれを聞いたカラミティはマスクの下でふっ、と笑うと続く言葉を紡いだ。

 

「暮響也——昔の俺の名前だ」

「響也——」

「今はそれだけだ。また会おう」

 

 突風が周囲に吹き荒れ、ふわりと浮き上がったカラミティ――暮響也は、その言葉を最後に目にもとまらぬ速さ飛翔していった。

 後に残ったのは未だ戦場に立ったばかりのうら若き二人の戦姫だけだった。




やっぱり六七年振りの投稿はブランクが……。
どうにも地の文でしっくり来る感じが来ないのね。
感想と指摘があれば宜しくお願いします

この回について補足するとXDのイベント『双翼のシリウス』を強く意識した内容になります。一期本編じゃ仲の良かった二人ですが、出会った当初はこういったわだかまりがあったんじゃないだろうか、と思い描きました。
次回もこの続きで書いていきますんで宜しく。


 


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第三話 共鳴

結局伸びに伸びて冬休み最終日の投稿になりました。
弁明すると昔一番筆がのってた時期でも一話仕上げるのに一週間ぐらいかかったわけで……はい、遅れてすいませんでした。
その分字数は久しぶりに一万越えになりました。
それではお楽しみください


 奏の初陣から一か月が経った。

 二課本部内会議室、ディスプレイの表示のみが光源の薄暗い部屋の中で、司令である風鳴源十郎は難しい顔をしていた。

 

「以上が暮響也に関する報告になります。報告に時間がかかり申し訳ありません」

「いや、よくここまで集まれてくれたさ。ご苦労」

「いえ……」

 

 諜報部員であり源十郎とは家同士の繋がりもある緒川のいつにもない疲れが出た顔に、源十郎は頷くと改めてディスプレイに目を向ける。そこには件の人物——暮響也の情報が映し出されていた。

 

「暮響也、1947年生まれ、元城南大学北欧神話学科所属の研究員、1975年に当大学内で起きた謎の怪奇現象に巻き込まれ以降行方不明……か」

「以降行方不明というのは語弊があるようです。こちらを」

「ん?」

 

 緒川の話には続きがあった。ディスプレイに新たな映像が映される。古いカラー写真から起こされたそれはどこかの小さな村の写真であった。続く数枚の写真は何か戦闘があったのだろう、爆発の煙が上がっている写真、道端に村人と思われる死体が広場に積み上げられている写真、村を占拠する兵士たちの写真、等であった。

 

「これは80年代末旧ソ連で起こった聖遺物をめぐり起こったテロ事件のものです。旧ドイツ軍が戦況打開のために各地で聖遺物を捜索していた——その一つであるこの農村付近の位置情報を入手した過激派テロ組織がこの村を強襲しました」

「それと件の彼との間に何が?」

「それはこちらをご覧ください」

 

 つづいて映し出された画像は衝撃的なものだった。

炎をはらんだ巨大な嵐と雷が村ごとテロリストを駆逐し、それを背景に立ち去ろうとするカラミティ―—暮響也だった。

蒼い鎧は傷一つなく、辺り一帯に吹き荒れる風に赤で裏打ちされた白のマントが翻る。

そして手には見たことのない装飾が施された銀色のメイス。

 

「占拠された村を奪回するために送り込まれたソ連政府秘密工作部隊が撮影したものです。入手した報告書によれば作戦開始前に突如謎の男が空から現れテロリストを一掃したとのことです。また写真の炎ですが、これに巻き込まれたのはテロリストのみで、生存していた村人には一切被害はなかったとのことです」

 

 言葉が出ないとはこのことだろう。これまでのノイズ戦闘に介入した時の記録が相当な力を持っていると推測していたが、ここまでとは。

 ここで今まで聞くだけだった二課の頭脳ともいえる女性に源十郎は尋ねた。

 

「ふむ……了子くん。これらの情報について君の見解は?」

 

 源十郎の問いに対し向かい側の席に座っていた女性——櫻井了子はニヤリを笑みを浮かべる。

 二課の要たるシンフォギアシステム開発者の彼女は興味深げにディスプレイを見て言った。

 

「そうね。これまでの対ノイズ戦での介入時のデータとこの情報から見ても彼——暮響也が何等かの聖遺物を有している可能性は極めて高いわね。けど——」

「けど?」

「ここまで情報があると逆説も生まれてくるわ。すなわち彼がこれまで見せた嵐、雷といった天候操作を初めとする能力は彼が持つ何らかの聖遺物によるものではなく——彼自身がその力を有しているということね」

「その根拠は?」

「これを見て」

 

 了子が手持ちのタブレットを操作し、ディスプレイに新しく映像を映す。

 それは先日の戦闘時のものだった。背を向いた奏に響也が何等かの術式を展開しているのが分かる。

 

「了子くん。彼が奏に行ったのは何だ? この後奏の適合率が急激に上昇したが……」

「ええ。詳細は分からないけど、解析結果からこれは古代ルーン文字であることが分かったわ。古代ルーン文字は北欧神話の魔術に用いられた文字、つまり彼は北欧の魔術を行方不明になっていた期間に修得した可能性があるわ。それと——」

 

 続けて表示されたのは源十郎も見覚えのあるグラフであった。

 

「アウフヴァヘン波形か」

「ええ。シンフォギアを初めとする聖遺物は奏者の歌によるフォニックゲインを元に起動される。アウフヴァヘン波形はその時放出される聖遺物の波形パターンよ。対して彼の力からアウフヴァヘン波形は検出されなかった。代わりに——」

 

 奏のガングニールと翼の天羽々斬のアウフヴァヘン波形の横にカラミティとアウフヴァヘン波形に似たグラフの画像が現れる。

 

「これは……?」

「フォニックゲインに近いエネルギーで構成されているのは確かだけどそこから先はさっぱりだわ。けど、彼の力が聖遺物ではなく彼自身から発せられているという仮説に信憑性は出てくるでしょ」

「成程、それについては分かった。しかし肝心なことが未だ、な」

 

 暮響也の出自やその力の分析より優先すべきこと、それは彼がその力を以て一体何をしようとしていることか、であった。

 それはこの場の全員が分かっていることだが、今の所確認できている行動といえば二課同様ノイズを殲滅していること、そして二課とは敵対せず―—かといってこちらの要請に応じず戦いが終わればその場から離脱してしまうこと、この二点だけだった。

 

「ともあれ現状分かる範囲としてはここまでだな。引き続き情報の収集に励んでくれ」

「分かりました」

「おっけ~」

 

 源十郎の言葉で会議は終了し、会議室の照明がつく。

 緒川が資料をまとめる中、そういえばと源十郎は了子に目を向ける。

 

「あれから奏の様子はどうだ?」

「そうねぇ。訓練時のバイタルは安定、LiNKERによる活動限界も徐々に伸びているわ。けど実戦時になるとどうも安定しないのよねぇ」

「LiNKERに何かしらの問題は?」

「検証したけど何もないわ。となると残る問題は——」

「奏者の心的要因……か」

 

 やや言葉を濁す源十郎に了子はニヤリと笑う。

 

「やっぱり気になる? この間の翼ちゃんに言っていたこと」

「……まあ、な。奏はノイズに恨みを以てここまでやってきた。が、LiNKERを用いなければ戦えない。そして翼はLiNKERなしでのシンフォギアの運用可能な正規適合者。その差が奏にとって劣等感を感じざるを得ないことは予測できたことだっただろう。気づけなかったのは俺の失態だ」

「しょうがないわ。今の私たちにはノイズ対策についてまだ始まったばかりなのだから」

 

 櫻井理論の下実用化できたシンフォギアシステムだが、そのノウハウは未だ確立されたばかり。

 シンフォギアの核となる聖遺物との純粋に高い適正を持つ翼が現れたことがある種の奇跡ともいえよう。

 そこから長い年月を以てより汎用性のあるシステムを構築しなければならない所を奏が現れ、まだ試作段階であるLiNKERを用いた半ば強引な運用を用いなければならないのは早急な対ノイズ戦略を求める上層部からの圧によるものといえよう。

 だからといって、と源十郎は思う。だからと言ってまだ子供である奏、そして翼にここまでの身体、そして精神的な負担を我々大人が被せてしまっていいのだろうか、とつい思ってしまう。

 そんな源十郎の苦悩を見透かしたように了子は静かに言う。

 

「ま、私たちがいくら言っても奏ちゃん、止まるつもりはないでしょうね。それに翼ちゃんも——そっちはあなたの方がよく分かっているでしょう?」

「……だからなんだがな、これが」

 

 奏もそうだが、翼の戦い方もどこか危うい。まるで自分などどうでもいい、己を剣だと、そう自身を定義するかのように。

 それは先日風鳴本家であった、あるきっかけが原因ともいえる。国を守る防人たらしめる風鳴の血が招いた呪いともいえるものに。

 自然と暗い顔になる源十郎の額に了子はデコピンをかます。

 

「っ! 了子くん……?」

「あなたがそんな顔ばかりしたって何も変わらないわ。全て行動あるのみよ」

「——ああ。だが——」

 

 なおも心苦し気な源十郎に了子は振り返る。気がつけば彼女の研究室前だった。

 それに、と了子は言った。

 

「こういうことは女の子同士がどうにかしちゃうしね」

「? それは了子くん、」

「あら、失礼しちゃうわね源十郎くん。私は大人のレディよ。若く見られるのは嬉しいけど、ある程度年相応ってものがあるわ」

「……それは、つまり——」

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 同時刻、二課内にある訓練室——そこで奏はシミュレーターで現れたノイズを相手にしていた。

 

「とりゃあぁっ!!」

 

 横凪にアームドギアを振るい、残るノイズを一掃する。それを最後にシミュレーションが終了し、周囲の街並みがシミュレーションルームへと戻る。

 

「……こんなんじゃなかった。あの時の感じは」

 

 シミュレーションの結果は以前とはだいぶマシになっていた。しかし奏はその結果に満足できていなかった。

 先日の初の実戦は情けない結果だった。ペースを考えず前に出すぎたばかりに想定していたよりも早くLiNKERの効果が切れてしまった。

 しかしその後、彼——カラミティこと暮響也が奏に施してくれたあの力——あれこそがガングニールの本来の力だと奏は確信していた。何とかしてあの域に達しなけば。

 忸怩たる思いのままシミュレーションルームを出た奏だが、その先であまり会いたくない人物に会った。

 

「……何だよ?」

「あ、その……」

「用がないならそこどいてくれよ」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 

 奏の言葉にシュン、となる翼。その両手には水が入ったペットボトルが握られていた。

 翼が何を言おうとしていたのか、分からない奏ではなかった。

 けれどどうしても奏は翼を正面から見ようとしなかった。

 何よりその眼が奏は気に入らなかった。まるでこちらを憐れむ目。まるで自分は本物だから、紛い物は引っ込んでいろと、そんな、そんな——

 

「っ!」

 

 二課の通路を歩く奏はそんなどす黒い感情に覆われる己により一層苛立ち、思わず壁に拳を叩きつけた。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 主だった仕事を終え、何日かぶりに帰宅した源十郎だったがその表情は浮かないものだった。

 了子はああいったものの、奏と翼、二人の若き奏者にはどちらも思う所はあるのだ。

 奏は家族を殺したノイズへの復讐という理由でシンフォギアを纏い戦っている。それを否定する権利は源十郎には無いが、だといって幼い少女の心を復讐という負の感情で染め上げていいものなのかと思わざるをえない。

 そして翼、源十郎の姪でもある彼女には風鳴という防人の血が招いた因果が深く鎖のように絡みついていた。

 それは源十郎にとって、到底無視できる話ではなかった。

 

「どうしたものか……」

 

 居間で日本酒を口にしながら思わず源十郎はそう漏らした。気分転換にTATSUYAで借りた映画のDVDでも観ようと腰を上げた時、空いた襖から外の風が吹いてきた。

 思わず腕で目を覆う源十郎だったが、腕を下ろした目の前の庭には、彼がいた。

 

「君は——」

「こんばんわ、二課の長」

 

 思わぬ相手に源十郎は驚きを隠せない。しかしすぐに司令としての顔に戻り響也に問いかける。

 

「……これまでこちらの要請に応じなかったのに、君から現れてくるとはな」

「ああ、お前たちの後ろに『奴』の影が見え隠れしていたからな。が、事情が変わった」

「事情?」

「ああ、ゴエティア――ノイズたちの出現にある古い術、もしくは奴が持っていた鍵が絡んでいるのなら、今後は一層激しい戦いになる」

 

 一度言葉を切り、響也は自身の右手をじっと見やる。まるでそこに何かがあるかのように。

 それに、と再び言葉を続けた。

 

「今の俺は本調子ではない。この状況を打破するのにガングニールの担い手を十全にする必要がある」

「奏を……?」

「ああ。それに出会いが出会いだから、俺としてもあの槍を持つ者の行く末が心配だからな」

 

 その言葉より一年前奏をノイズから救った男が響也だと源十郎は確証を得た。

 響也は源十郎に尋ねた。

 

「それで聞きたいが、ガングニールの担い手――奏の不調の原因は何だ。天羽々斬の担い手と何か勝手が違うようだが」

「シンフォギアを使うには核となる聖遺物と奏者との適合率が必要だ。奏にはそれが足りていない。それを補う形でLiNKERを用いているが、先日の戦闘ではその効果でも不十分とされた。訓練では問題なくともこのままではいずれ同じ結果が出てしまう」

 

「見る限り君は聖遺物について我々と同じか、それ以上に詳しいと見た。その上で教えてほしい。我々に——奏には一体何が足りていないのかを」

 

 頼む、と源十郎は頭を下げる。袋小路に陥った現状をどうにかするには、目の前のこの男に頼るしかない。

 そんな源十郎に応えるべく、響也は縁側に腰かけ、それを言った。

 

「ガングニールと天羽々斬、どちらも古の神々が戦いに用いた武器だ。そして神々もまた人間を超越した存在として神話を通じて語り継がれてきた」

 

 けど、と彼は言う。

 

「例え超越していても、それは万能の力ではない。オーディンはラグナロクを止められず、スサノオはその生の中で二度も下界へと追放されている。大事なのは力をどう使い、高められるのかということだ。その点でいえば人間は神を超える力を持っているだろう」

「それは——」

 

 一体と言いかける源十郎に、響也はそれを言った。

 その右目は、今と過去を見続けてきたその右目は翡翠に輝いていた。

 

「手を取り合い、束ね合う力——それこそが力を持たぬ人間が唯一神に勝る力だと、俺は思うよ」

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 この日も奏はシミュレーションルームに籠りノイズを斬りかかっていた。

 結果は前日と変わらず、しかし奏にとって不満しかない結果だった。

 

「くそっ! どうしたら……どうしたらあの時みたいに扱えるんだ!?」

 

 未だ十全に扱えたあの時の感覚に至れず、奏は苛立ちを隠せずにいた。

 どうしたら、どうしたらと懊悩していた時、ドアが開き源十郎が入ってきた。

 

「旦那?」

「調子はどうだ、奏?」

「……どうってことはないさ。いつだってノイズをぶちのめしてやるさ」

「……足りないな」

 

 暗い感情を秘めたまま、そう告げる奏に、源十郎は静かに言った。

 

「っ! ……何だよ、いきなり」

「それでは足りないといったんだ。お前もそれが分かっている筈だ」

「何を偉そうに……ギアも纏えないアンタに何が分かるっていうんだよ!」

 

 奏者にしてもらった恩から源十郎には言葉が柔らかい奏だったが、ここ最近の訓練の結果のせいでつい棘が出てしまう。

 そんな奏のささくれだった様子に気を悪くすることなく源十郎は静かに頷く。

 

「そうだな。俺はシンフォギアを纏えずただの人間だ。だが彼はその答えを持っていた」

「彼って——響也に会ったのか!?」

 

 この流れで彼と言えば他にいない。

 思わず問い詰める奏に、源十郎は頷きその続きを言った。

 

「彼は言っていた。聖遺物を元に作られたシンフォギア、それを真に扱うのは心の在り様だと」

「在り様だと……」

「ああ。奏、お前は最初に会った時言っていたな。ノイズに復讐する。そのための力がほしいと。……それを否定するつもりはない。だが、復讐だけが全てじゃない」

「じゃどうすればいいんだよ!? 他にどうすればその心の在り様ってやつが」

「……隣に立つ、もう一人の奏者と心を通わせるんだ」

 

 隣、それを指す者と言えば奏に思い当たるのは只一人だった。

 

「……よせよ。アタシは一人でやれる。アイツの手なんか借りない。適合率が足りないからってアイツなんか頼ってたまるかよ」

「借りる借りないの話じゃない。奏、お前に誰か必要なように翼にも誰かが必要だ」

 

 その言葉に、奏のヒートアップした頭が急激に冷やされる。

 奏にとって翼とはLiNKERなしでシンフォギアを扱える正規適合者で司令である源十郎の姪、何もかもが奏と正反対の人間だ。

 そんなアイツが、と奏は思ってしまう。

 

「アイツが……? どういうことだよ、それ」

「悪いがその話は家の問題でな、翼がいないところで俺が話すわけにもいかない」

 

 言いたいことは言ったとばかりに源十郎を背を向けシミュレーションルームを後にしようとする。

 だが、とその前に源十郎は続ける。

 

「翼が話してもいいというなら別だ。知りたければ本人に聞くことだ」

 

 それを最後に今度こそ源十郎はシミュレーションルームを後にした。

 残された奏は呆然と立ちつくしてしまう。

 

「何だって言うんだ、ったく……くしゅん!」

 

 ぼやいた直後にくしゃみをしてしまう。話している間にかいた汗が冷えてしまったようだ。

 シャワーを浴びようと更衣室に向かう奏だが、その心の裡では先程の会話のことが引っ掛かっていた。

 

(思えばアイツのこと、何も知らないよな。旦那の親戚ってだけぐらいしか)

 

 

 そう思いながら更衣室に入ると——そこは魔境であった。

 

「な、なんだこれ!?」

 

 ロッカーの扉という扉が開けられ、床には服やら下着やら小物やらが散らばっている。一体何がと思えばベンチにつっぷする形が寝ていた。どうやらこの惨状は彼女が引き起こしたものらしい。

 

「何やってんだよ、こいつ」

 

 取り敢えず起こすかと翼の肩を揺さぶるが、よほど疲れているのか起きる気配がない。仕方ないと溜め息をつき奏は翼を抱き抱えベンチに寝かせた。

 

(こいつ、結構軽いな……)

 

 抱えた時に感じたのはその軽さだった。年が近かった妹はもっと重かった気がした。

 翼の小さな体が震える。そして苦し気な表情を見せる。何か、怖い夢を見ているのかもしれない。

 

「……」

 

 無意識のうちに、奏は翼の手に自身の手を重ねる。

 冷たく、小さな手。

 それに奏の年の差分いくらか大きな手が重なった翼の表情が和らぐ。

 

(アタシ、何やってるんだろうな……)

 

 正規適合者だの紛い物だの以前に、翼は妹とそう年の変わらない子供だ。

 そんな彼女が戦場に立ち、剣を振るう。

 その相手は、下手をすればシンフォギアといえども死に至らしめてしまうノイズ。

 

(……アタシは、怖かったんだ)

 

 目の前で炭へと還られた妹。

 心のどこかで奏は翼と妹を重ねていた。

 そしてもし翼が敗れたら、と思ってしまっていた。

 もし翼が敗れたら、目の前で妹と同じように炭へと還られたら、と。

 奏は、また目の前で誰かがノイズによって死んでしまうのが、怖かった。

 だから、奏は翼を避け、重ねようとしていた感情が嫉妬へとねじ曲がってしまっていた。

 

「何、やってんだよ……アタシ――くしゅん!」

 

 あまりに屈折していた自身の感情にそう呟く奏だが、そこで再びくしゃみをしてしまう。

 それが切っ掛けか、翼は目を覚ました。

 

「あ、もうさん……」

「あ——」

 

 目を覚ました翼に気づいた奏が慌てて重ねた手を離す。

 そしてゆっくりと体を起こした翼が周囲を見て頭が回転しだすこと数秒、『ボワっ!』と言わんばかりに顔を真っ赤にして慌てだした。

 

「え、えと! これはあれです! あれがあれで——え!? じゃなくて、えと、ババババッグについてたストラップがどっかいってそれで――」

「お前、部屋の片付け苦手だろ」

「うっ!?」

 

 ものすごい勢いで言い訳する翼に奏がバッサリ切る。そして縮こまった翼は小さくごめんなさい、と言った。

 その姿に初めて翼を色眼鏡なしで見た奏は、尋ねた。

 

「……なあ、一ついいか?」

「え? な、何ですか?」

「お前は、何のために戦ってるんだ?」

 

 奏の問いに翼はビクッと体を震わせる。言いたくないことなのか、けれど初めて奏から出てきた奏の言葉を返したくて、翼は口を開いた。

 

「……お父様に見てもらいたいから」

「お父様……?」

 

 反芻する奏に翼は小さく頷き、その言葉の続きを綴った。

 

「私、お父様の本当の子供じゃないの。本当はおじい様がお母さまに無理やり生ませた子供、何だって」

「それって――」

「お父様も最近になって知ったみたいなの。だから私のこと『鬼子』だって言って家を追い出されて……でも私にはシンフォギアを扱える人間だから、だからそれで国を守る防人になれって、それだけ言われて、だから私は少しでもお父様に認めてもらうため、ミテモラウタメ、ワタシ……ワタシ――」

 

 その先の言葉は、続かなかった。

 気がつけば、奏は翼を強く抱きしめていた。

 ようやく分かった。源十郎の言った言葉の意味が。

 翼が必要としていたのは誰か。

 そして、奏自身が必要としていたのは、誰か。

 

「天羽さん……?」

「もういいよ……もう、言わなくて……もう、何も、何も……」

 

 それは、ただ隣にいてくれるだけでよかった。

 ただ、想いを重ね合えればよかった。

 何が防人だ。何が紛い物だ。何がシンフォギアだ!

 ただ、アタシ達は、想いを分かち合える人が隣にいれば、それでよかったんだ。

 気がつけば、奏は涙を流していた。

 自身の肩を濡らすものが何か、それを理解した翼もまたこれまで抑えてきた涙が、感情があふれてきた。

 ものが散らかった更衣室に、戦姫を鎧を脱いだ二人の少女の嗚咽が伝っていた。

 どれだけ時間が経っただろう、二人はベンチに隣り合って座っていた。

 

「ごめん、なさい」

「いや、アタシこそごめんな。その、色々と」

 

 先の出来事に顔を赤らめる翼に奏はこちらこそ、と頭を掻く。

 こうして表裏なく話ができる今、恥も外聞もなかった。

 

「そんなことは——」

「アタシ、ずっと怖かったんだ。また目の前で誰かがノイズに殺されるのが。アタシの隣で戦うお前が、ノイズに殺されるのが。いくらシンフォギアっても、いくら本物の適合者でも、死ぬかもしれない。それが怖かったんだ」

「天羽さん……」

 

 初めて吐露した奏の言葉に、翼は何も言えずにいた。

 

「なあ……アタシ達、どうしたらいいと思う?」

「……ごめんなさい。分からない」

「アタシも。どうしたらいいか分からない」

 

 そうして、またどれだけ時間が経ったのだろう。

 

「……一つだけ」

「ん?」

「一つだけ! これが合ってるのか分からない! けど、天羽さんにお願いしたいことが——」

 

 翼がそう言った時、二課全域に非常アラームが鳴り響く。

 これが意味するもの、それは一つだ。

 ノイズが現れた。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 ノイズの発生区域に急行する二課のヘリ。

 後部座席では奏と翼が待機していた。

 

『間もなく目標地点に到達だ。街ではまだ一課による民間人の避難が終了していないので、奏者二名はノイズの目標を引きつけろ』

「分かりました」

「旦那! 響也は?」

『いや、姿はまだ――』

『作戦区域内に高エネルギー反応確認』

『これは——フォニックゲインに近いエネルギー反応! 『カラミティ』です!』

『「「早い!」」』

 

 言葉が重なった直後、ヘリ前方のノイズが発生した街で巨大な嵐が発生した。

 間違いない、彼だ。

 奏と翼が立ち上がった時、モニターの源十郎が二人の名を呼んだ。

 

『翼! 奏! ……大丈夫か?』

「……分からない。けど、少しでも前に進みたい。今はそう思っている」

「叔父様。私も同じ思いです。だから今はっ!」

『——分かった。気を付けて行け、二人とも!』

 

 源十郎の問いに対しそれぞれが出したベストとは言えない、けれどベターな答えを聞き、源十郎は二人を戦場へと送り出した。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 時を少し戻す。

 ノイズが発生している街では特異災害対策機動部一課による民間人の避難が行われていた。

 しかし運悪く交通渋滞が発生したため、乗り捨てられた大量の車が避難の邪魔となり遅れが生じていた。

 

「落ち着いてください! 早くシェルターに!」

「うちの子が! うちの子がいなくなったの!」

 

 避難作業を行っていた職員に子供を探す母親が半狂乱になって詰め寄る。

 ノイズの避難作業において最も困難を極めるのはパニックになった民間人である。我先へと逃げる彼らに理性的な行動を求めるのは難しく、二次被害が発生するのも常だ。

 同僚の職員に母親を無理やり引きはがしてもらい、子供を急いで探しに行く。

 暫くして見つかった。しかしその場所はノイズがすぐ押し寄せてくる位置だ。

 

「お嬢ちゃん! こっちにおいで! 早く!」

「でも足が!」

 

 見ると足をくじいたらしく少女は半べそをかいていた。

 駆け足で走る職員だが、それよりもノイズの方がずっと近かった。

 目の前に立つノイズ。その右手の突起が振り上げられる。

 

「よ、よせぇ!」

 

 叫ぶ職員。

 その時だった。風が舞い、嵐へと変わっていく。嵐をノイズの群れを巻き込んでいく。

 これでは少女も危ないと思った職員だが、何かがおかしかった。

 そう、嵐はノイズだけを巻き込み、職員や少女、それに周辺の車などには一切影響を及ぼさなかったのだ。

 

「お嬢ちゃん! 大丈夫か!」

「う、うん! これ何?」

 

 少女が言うこれとは周りに吹き荒れる嵐である。

 それに対する明確な答えが無く口を閉ざす職員だが、後ろから何かが歩いてきているのを感じた。

 

「間一髪だったな。無事か」

「っ!? あ、あんた誰だ?」

 

 気づけば少女をおぶった職員の隣には蒼い西洋風の鎧を纏った男がいた。

 男——暮響也は職員を見て一言言った。

 

「何、時代遅れの神様さ」

 

 そして手のひらに浮かべた北欧魔術の陣を解くと途端に嵐が消え、ノイズが地面に叩き落される。

 それを認めた響也は背負っていたハンマーを構え、口元にバトルマスクを展開する。

 

「早く逃げろ。じきにここは戦場だ」

「あ、ああ」

 

 言うな否や響也は跳躍し、固まったノイズの中心に降り立つと同時にハンマーを叩きつける。その余波で蹴散らされるノイズたち。直ぐ様ハンマーを振るい次々とノイズを倒していく。

 

「この出現度具合と以前感じた感覚——やはりフィーネの奴がゲートを開いているのか? しかし手段は何だ? これが『杖』か限定した術式によるものなら――」

 

 ノイズを倒しながら何やら思案する響也の後ろを飛行型ノイズが突撃形態になって襲い掛かる。

 それを見た響也は一言告げた。

 

「遅かったな」

 

 その瞬間、飛行型ノイズが真っ二つに切り裂かれる。そして降り立つのは二人の戦姫。

 

「どの口が言う!」

「お前、いつもアタシらが来てから現れるってのに今日は何なんだよ!」

 

 展開したアームドギアでノイズを切りつけながら翼と奏はそれぞれ言う。

 

「いや、今回は少し勝手が違うようだ」

「? それってどういう——」

「それよりも俺の言伝は伝わったか」

 

 響也がそれを言った瞬間、奏の表情に陰りが出るのを見た。

 しかし今はそれほど余裕がある時ではない。

 

「兎に角、早いとこ潰すぞ」

「分かってる! ——行くぞ!」

「はい! 天羽さん!」

 

 槍が、剣が、槌がノイズをなぎ倒す。

 戦いの最中響也は奏を見る。

 これまで度々不調が見られた奏だが、今の所特に問題はない。先ほどの翼との掛け合いから多少は改善したようだ。

 しかし、と響也は思う。以前奏に施した力――あれを常時発揮できる状態でなければこれからの戦いが厳しいと感じられた。

 奏たち戦姫を案じる響也だが、それは翼の言葉に遮られる。

 

「あれは——っ!」

 

 見ると残った人型ノイズがドロリ、と溶け出し、地面に何かを描き出す。

 それは印章だった。王冠を模した印章が描かれ薄暗い光が大地を灯す。

 

『高エネルギー反応検出!』

『同時に転移反応感知! これはノイズとは違う!』

「やはり、か」

「響也! あれは一体なんだよ!?」

 

 ヘッドギアから聞こえる友里と藤尭の報告を余所に、響也が小さく呟くのを聞きのがさなかった奏は問い詰める。

 響也の答えはすぐに返ってきた。

 

「ソロモン72柱が一つ――バルバトス。お前たちがこれまで相手してきたノイズの上位種(ロード)だ」

 

 それは正に伝説に伝わる悪魔そのものであった。

 どこか間の抜けた見た目のノイズと違い、灰色混じりの白く禍々しい鎧に身を包み、両腕には筒状の何かを付けている。

 

「避けろ!」

 

 それ――バルバトスが左腕を向けた瞬間、響也は鋭く言い放つ。

 反射的に奏と翼は左右に散開し、響也も風を纏い宙に飛ぶ。そしてバルバトスの左腕銃口から甲高い音と共に高出力のエネルギー弾が放たれ、着弾と共に大規模な爆発を引き起こした。

 

「こ、これは——」

「何て力——」

 

 その威力に奏と翼が言葉を失う中、地表に降り立った響也がハンマーを両腕に構える。

 

「俺が相手をする。お前たちは援護を頼む」

「わ、分かった!」

「承知!」

 

 二人の返事を認めるとともに、風を纏い飛翔した響也が雄たけびを上げ、バルバトスにハンマーの一撃を叩き込んだ。横っ面を叩かれのけぞるバルバトスだが、続く響也の一撃に対しのけぞった体勢で左腕の銃を向け放つ。直後手ごたえの亡くなったハンマーを見ると放たれた弾丸に頭が溶け落ちていた。

 

「ちっ――はぁっ!」

 

 ハンマーの柄を放り捨て、空いた手を拳に、そのままバルバトスの腹部に叩き込む。続けてラッシュ、更に掌底を顎部に撃ち込む。銃口を向けたバルバトスの腕を抱え込んだ響也は背負い投げの要領で叩きつけ、その勢いで宙に浮いた巨体を蹴りを打ち上げる。

 

「今だ!」

「おう!」

「参る!」

 

 そこに上空から奏と翼がバルバトスの背中を切りつける。

 魔神は地面に土煙をまき散らしながら落ちていく。

 

「やったか!?」

「まだだ! 下がっていろ!」

 

 響也がそういうと、四肢を広げ周囲に光の障壁を展開する。

 直後土煙の中から放たれる弾丸が直撃するも障壁に阻まれ上空へ弾かれる。

 そして多少の傷こそあれどほとんど無傷のバルバトスが現れる。

 

「ここまでやって無傷かよ!?」

「なんてデタラメな――」

 

 驚きを隠せない様子の奏と翼、対して響也はわずかに眉を潜ませ、空を見上げる。

 

(やはりガルガンディウス無しでは厳しいな。無いものねだりしても仕方ないが、最悪ガングニールを——)

 

 その時、突如奏は膝をつく。LiNKERの限界が来たようだ。

 

「天羽さん!」

「くそっ、こんな時に——」

「伏せろ!」

 

 響也が鋭く言うと同時に自身の身を二人の前に出す。

 時を同じくしてバルバトスが両腕を合わせ、左右の銃身を連結、倍近いサイズに結合する。

 放たれたブラスターの威力は当然倍以上のもので、それが響也の胸部に直撃、派手に吹き飛んだ。

 

「響也!」

「響也さん!」

 

 吹き飛ばされた先のビルが崩れ、響也の姿が消える。

 しかし響也を心配する余裕は、二人には無かった。

 背面部の装甲を解除し、そこから大量のミサイルを露出したバルバトスが一斉に発射、奏と翼は迎撃の刃を走らせるも到底防ぎきれるものではなく、二人は爆発に巻き込まれる。

 

「うわああっ!」

「ああっ!」

 

 倒れた二人へ、バルバトスがゆっくりと足を進める。それは死への宣告ともいえるものであった。

 

(また、なのか……また、アタシは、ノイズに……)

 

 一年前のことを思い出す。

 あの時の奏は無力だった。

 今はどうだ?

 シンフォギアという力を得て、ようやくつかんだ何かがありながら、また自分は目の前で誰かを失うのか?

 

「ぐ、うぅ……」

 

 気がつけば、当に限界を迎えた奏は体を起こし、アームドギアを構えていた。

 

「天羽さん……」

「やらせるかよ……翼をよ……また、奪われてたまるかよ!」

 

 それは、奏の、一度ノイズに全てを失われた者の、覚悟の現れであった。

 復讐ではない。ただ、目の前で悲しむ人を救いたい、助けたい。

 その覚悟だった。

 

「もう、誰も失わせはしない。もう、誰にも涙を流させてはしない。そのために、皆を守るため、アタシは戦う!」

 

 二人の奏者の胸に取り付けられたコンバーターから旋律が奏でられる。

 そう、二人である。

 ようやく、想いを重ね合うことができた二人の心が、歌が、二重奏を奏でだした。

 奏と想いを重ねた翼がゆっくりと、されど確かに、起き上がる。

 それを見て奏は、翼に尋ねた。

 

「翼、アタシもお前に頼みがある」

「たの、み……?」

 

 それは出撃前、ロッカールームで翼が言いかけた言葉だ。

 反芻する翼に、奏はそれを言った。

 

 

 

 

 

「アタシと、一緒に歌ってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 そう告げる奏の表情は翼にとって初めて見る、穏やかな笑みだった。

 そして、それに応じる翼もまた、笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「私も、あの時同じことを言おうとしてたよ。奏」

 

 

 

 

 

 時が動き出す。

 後に『ツヴァイウイング』と呼ばれる歌姫の道筋が、開かれようとしていた。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 二課司令部で源十郎は現状起きている自体に困惑していた。

 

「これは——?」

 

 モニターでは奏と翼がバルバトスに対し次々と連撃を見舞っている。徐々にだが、バルバトスの鎧に傷が増えていく。反撃とバルバトスが両腕のブラスター、背中の誘導弾で迎撃するも、二人は互いにそれを避け、切り払っていく。

 

「奏者二名のフォニックゲイン、尚も上昇!」

「奏ちゃんのバイタル、安定!」

「二人の歌が、共鳴し合っている……?」

 

 友里、藤尭の二人からの報告の数々に源十郎の口からその言葉が出てくる。

 モニターの向こうで死闘を繰り広げる二人の奏者の動きは、尚もとどまることを知らない。

 それに反応したのは下のオペレーター席で解析をしていた了子だった。

 

「共鳴、言い当てて妙ね、源十郎くん」

「何か分かったのか、了子くん」

 

 源十郎の問いに了子は頷き、説明した。

 

「シンフォギアの力の源は歌の力。そして歌は旋律することで高まっていく。奏ちゃんの歌にはこれまでノイズへの恨みが籠ったものしかなかった。けど翼ちゃんを認め、お互いの心を通わせた結果、ガングニール、そして天羽々斬もまたその真の力を発揮しだしているのよ」

「そうか……乗り越えたか奏、翼」

 

 了子が出したその結論に、二人の少女がそれぞれの壁を越えたことを知った源十郎はモニターを見る。

 その中央にはこれが映し出されていた。

 

 

 

 

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============UNISON============

=========ORBITAL BEAT=========

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 翼が舞う。

 奏が駆ける。

 一騎当千、縦横無尽の連撃がバルバトスを押しのけていく。

 バルバトスが放つ弾幕を、避ける。捌く。

 突き出された剣と槍の双撃が胸の鎧を貫き、大きく吹き飛ばす。

 

「もっとだ! 翼!」

「うん! 奏!」

 

 更なる連撃を繰り出す奏と翼。

 しかしバルバトスは反撃のため、再び両腕のブラスターを連結させ、最大出力を放とうとする。

 構える二人。だがバルバトスの視線が二人の後ろに向く。続いて鳴り響く重低音。

 見ればそこには下敷きにしたビルを持ち上げる響也の姿があった。

 

「俺を忘れるなよ、魔神の生き残りが」

 

 持ち上げたビルを響也はバルバロス目掛けて投げつける。

 魔神は標的をビルに変えチャージの済んだ弾丸を放つが、それで迎撃しきれず、あえなくビルの下敷きになる。

 とはいえ、それで倒せたとは言えない。今は仕上げにかかる時間だ。

 

「ようやく理解したか」

「響也!」

「響也さん!」

 

 粉塵に塗れてはいるものの、特に大きな怪我はない。

 ほっと胸をなでおろす奏に、そして翼に響也は言い放つ。

 

「お前たちの力の源は歌の力――世界を未来へといざなう力だ。ただ、過去への想いを募らせるではない。今を、未来へ変えることで、初めて歌は——シンフォギアは真の力を発揮する!」

「過去ではなく——」

「今を、未来へ――」

 

 その言葉を受け奏と翼はお互いを見て、微笑み合う。

 もう、そこに過去の因果にとらわれた二人はいなく、共に未来へと駆ける二人の戦姫がそこにいた。

 それを認めた瞳を閉じ、再び開く。

 その右目は蒼から翡翠へ代わり、その身をエネルギーで包み込み、光り輝き始める。

 

「一気に決める! 終わらすぞ、奏、翼!」

 

 瞬間、目にもとまらぬ速さに加速した響也が、無数の残像を生み出し、バルバトスに連撃を撃ち込む。

 反撃のしようがなく動きが止まる魔神に、奏と翼はそれぞれアームドギアを構える。

 

「行くぞ、翼!」

「分かった、奏!」

 

 槍と剣、二人が構えるアームドギアが光に包まれ、エネルギーを放つ。

 跳躍し加速する二人の周りに、歌によって高まったフォニックゲインの嵐が巻き起こす。

 嵐はバルバトス目掛け直進し、そして——

 

「これがアタシたちの——」

「双翼の舞だ!」

 

 放たれた二人の必殺一撃――史上初となる奏者二人のユニゾンコンビネーション――『双星ノ鉄槌-DIASTER BLAST-』がバルバトスの体を打ち貫いた。

 

「やったか?」

「いや、まだ――」

 

 胸部を貫かれながらもなお立ち上がる魔神に再び得物を構える二人だが、その魔神の空いた胸に拳がめり込む。

 その後ろには魔神を打ち倒す男——響也がいた。

 

「いや、今度こそ終焉の時だ、邪悪な神の成れの果てよ」

 

 拳に風が、嵐が纏われ、バルバトスを空高く打ち上げる。

 嵐はそのままバルバトスの体を細切れに変えていく。

 

「今度こそ――」

「ああ。アタシたちの勝ちだ」

 

 奏は翼に拳を突き出す。

 それを見て翼を

 こうして、この日のノイズとの戦いは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 作戦が終了し、事後処理に移る二課において、源十郎は深く息を吐く。

 

「お疲れ様、源十郎くん」

「俺は何もしていないさ。全てあの二人が、そして彼が」

「でもこれまでこちらのアプローチを受けなかった彼から接触を受けて、奏ちゃんと翼ちゃんにそれを繋げた。あなたも十分誇ってもいいわよ」

 

 源十郎が密かに響也と接触したのは了子にはお見通しのようだ。

 ありがとう、と感謝の言葉を述べる源十郎だが、次に見せた顔は厳しいものだった。

 

「だが、これで彼が言っていたことは確証となった。新たに現れたノイズの上位種『ゴエティアの魔神』。伝説によればかの存在は72体存在するという」

「つまり私たちは通常のノイズに加えてあの化け物じみた力を持ったロードとも戦わなければいけない訳ね」

「ああ。だがそれに臆する訳にはいかない。今回の戦いで翼と奏のコンビネーションが成立した。ならば俺たち大人がそれをとことんサポートしてやる。全員、気合を入れて取り組め!」

『はい!』

 

 司令部のオペレーター全員から返ってきた返答に源十郎は深くうなずく。

 そして司令席に座る彼に了子はそれにしても、と告げる。

 

「彼はまた現れるかしらね?」

 

 あの戦いの彼はその言葉を残し、またもや奏達の制止を振り切り空の彼方へと消えていった。

 これから新たな戦いが始まる。

 それを乗り越えるためにも、今を識り、明日へとつなぐ架け橋を作りにいく。

 そういって彼は去った。

 その言葉から察するに彼はどこか遠い地へと旅立ったのかもしれない。

 

「さて、な。だが、今のアイツらなら大丈夫だ。だからこそ、彼はここまでしてくれたのだろうな」

 

 モニターに映る奏と翼、二人の安らかな寝顔を見て、源十郎は柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 

 源十郎がそう言った少し前、帰りのヘリの中で奏と翼は肩を寄せ合い、静かに疲れをいやしていた。

 

「なあ、翼」

「何、奏?」

 

 口を開く奏に翼は不思議そうな顔をする。

 

「さっきも言ったよな。一緒に歌ってほしいってさ」

「うん」

「あれ、これからもいいか?」

「——答えは決まってるよ」

「——ありがとう」

 

 よくできた相棒の返事にそう返した奏はそれに、と続けた。

 

「アイツが響也がどこにいてもアタシ達の歌を届かせたい。そう思ってるんだ」

「うん、そうだね」

「まあ流石に地球の外とかに行ってたら届くかどうか分からないけどな」

「プっ、なにそれ」

 

 奏の冗談交じりの言葉に彼ならありえなくもないと翼は思わず笑わざるを得なかった。

 こうして二人は次の戦いに——戦姫として、そして歌姫として備えるべく帰路へとついた。

 

 

 

 

 

===============

 

 

 

 

 

 地球の成層圏、そこを響也はマントをはためかせ、飛翔する。

 目指す先はイスラエル、かつてソロモン72柱を従えた王――ソロモンが治めていた地。

 そこに彼は向かう。

 

「待っていろ、終焉の巫女——フィーネ

 

 

 

待っていろ、創造主よ

 

 

 

貴様たちの記憶に今一度刻ませてやる

 

 

 

私の名を!」

 

 

 

 

 

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 そして時は流れ

 

 

 物語は加速する。




どうも。パクロスです。久しぶりに本調子なのであとがきの書き方も昔に戻したパクロスです。

二話と三話は奏と翼がツヴァイウイングを結成するに至る過程を掘り下げてみたいなと思い、仕上げてみました。
一応ゲームのXDのイベント『双翼のシリウス』でもそういった描写はありましたが、このパクロス、どうもそういう話をよりドロドロした内容にしたい癖がございましてね。結果こんな内容になりました。

ちなみにオリジナル主人公の響也の描写が薄い感じですが、基本一期まではこんな調子です。徐々に響也の出自に関する話をポロポロ出して、大体読者も予想が突き出す頃でっかい爆弾を出そうかと思ってます。
何? もう三話の時点で大体分かってるって? もちょっと抑えろって? すいません

と言う訳で今回はここまで。次回は数年後を舞台に移します。
一期の前の話は後二三話でおわらせる予定です
では。


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