青き稲妻の物語 (ディア)
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設定

設定は話が進んでいくたびに更新していきます


☆登場人物、登場馬

・クロス(ボルトチェンジ)

2018年生まれ

風間牧場に生まれた青毛の馬だが、正体は木曽翔という有馬記念の後に自殺した人間が転生した姿。ちなみにクロスという名前は顔の模様の十字に由来している。競走馬としての名前はボルトチェンジ。新馬戦と京王杯2歳Sを優勝し、ホープフルSに勝利後、弥生賞ではカムイソードに抜かれるが差し返し勝利。その後三歳が出走登録出来る春のGⅠレース全てに出走登録される。

『人生から馬生になったからやるときにはやらなきゃな……!』

 

・風間幸太郎

クロスのオーナーブリーダー。通称風間社長。過去にアイグリーンスキーとカーソンユートピアという馬を所有しており一躍脚光を浴びたがその後は現役のGⅠ馬一頭と全盛期に比べるとイマイチである。また業界一のサンデー嫌いともしても有名。

「グリーンこそ最高の名馬だ! 馬主達はサンデー系に種付けしすぎた結果が今の競馬界を衰えさせたのだ」

 

・牧場長

風間牧場の牧場長。クロスが生まれたと原因と言っていい程の影響を与えた人。かつてアイグリーンスキーやカーソンユートピア、アルパナも幼い時にこの牧場長に面倒を見てもらった。

「私も風間さんと同じくアイグリーンスキーが最高だと思います」

 

・武田晴則

アイグリーンスキーやカーソンユートピアの元騎手で現在は調教師をしており、クロスの声を聞き取ることができる人物

「グリーンの仔を預かれるとは最高の名誉だ!」

 

・橘銀治郎

ボルトチェンジことクロスの主戦騎手。マジソンティーケイの最大のライバルであるラストダンジョンの主戦騎手でもありダービージョッキーでもある騎手。

 

・アイグリーンスキー

1991年生まれ。

今回の主人公の転生後の父。三歳時に凱旋門賞を勝ち、1994年から1997年までの間年度代表馬を連続で獲得した伝説の馬。競走馬時代はUFOと呼ばれた。産駒もサンデー系ほどではないが優れており、主人公が転生する前に既にGⅠ6勝のカーソンユートピアを出している。主な勝ち鞍はグランプリ連覇、凱旋門賞三勝、天皇賞春連覇など

 

・マオウ

2018年生まれ

赤兎馬の毛色と二歳ながらにして3ハロン29秒の豪脚からついた二つ名はシルキーサリヴァンの再来と呼ばれ、1世代上の二歳王者ベネチアライトを相手に完勝した怪物。ディープインパクト産駒であり現在ボルトの同世代では最も注目されている馬である。

 

・カーソンユートピア

2000年生まれ

ダービー馬であり古馬になってからは古馬クラッシックGⅠを年間無敗で全て勝った。その成績から史上最高の成績を残したダービー馬と言われる。有馬記念を勝った後は故障の為すぐに引退した。そのせいか劣化オペという人もいる。父であるアイグリーンスキーに継ぐ伝説の馬。現在は欧州におり、種牡馬としての成績はかなり良く欧州でガリレオ、ドバウィと並ぶくらいになっている。自身の産駒はアブソルート、ラガールートなど多数。

 

・アルパナ

2013年生まれ

クロスの母。父は日本ダービーでレコードを出したキングカメハメハを持つ繁殖牝馬。

競走馬時代は連対率100%であり、オークスをレースレコードそれも父キングカメハメハが出したタイムで勝っている。桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯、有馬記念では順に首、頭、ハナ、半馬身差の全て2着である。

その成績のせいから善戦牝馬と呼ばれる。

 

・カルシオ

2013年生まれ

現役時代は史上2頭目の凱旋門賞とJCを勝った競走馬。繁殖牝馬になってからは無敗で三冠馬となったディープインパクトとの間の仔を生み出している。

なお父は凱旋門賞でエルコンドルパサーに勝ったモンジューである。つまり父娘凱旋門賞制覇も同時にしていた超良血馬。名前のモデルはカール・C・オールディー

 

・マジソンティーケイ

2015年生まれ

メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーン、シンキングアルザオに渡り五代天皇賞制覇をなした芦毛の二冠馬。戦績は皐月賞、菊花賞、有馬記念、天皇賞(春)三連覇、JC。レーススタイルは先行よりの逃げである。

 

・ラストダンジョン

2015年生まれ

ステイゴールド産駒のダービー馬。ボルトの主戦騎手の橘が鍛えて育成した馬。戦績は日本ダービー、宝塚記念、天皇賞秋。20年に入ってから宝塚記念ではターボに先着されたが毎日王冠でその借りを返す。天皇賞秋、有馬記念では惜敗し引退。レーススタイルは追い込み。

 

・ドラグーンレイト

2016年生まれ

皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーを無敗で勝利した馬。その後海外レースに出走するが善戦止まり。しかし有馬記念を勝利し、日本国内に敵がいないと確信した後世界最高峰のレース、ドバイシーマクラシックで世界レコードで優勝し、その年の凱旋門賞も2着と好走した。しかしその後故障し引退。レーススタイルは逃げ。

 

・クラビウス

2016年生まれ

ドラグーンレイト世代の菊花賞馬。菊花賞では当時クリフジに次ぐ9馬身差勝利をしてその実力を見せたがその後はイマイチ勝ちきれない。しかし京都大賞典でゴールデンウィークを差し切って勝利し、JCでもリセットの3着に食い込んだ。

 

・リセット

2017年生まれ

3歳デビューという遅い時期なのにも関わらず無敗で牡馬三冠とJC、ドバイWCを勝った牝馬。あまりの強さにクリフジの再来と呼ばれている。レーススタイルは大逃げ。

 

・トロピカルターボ

2017年生まれ

オルフェーヴル産駒にして最高傑作。無敗でポープフルS、スプリングSを勝って来たが本番皐月賞ではリセットに大差をつけられ二着。日本ダービーではリセットに大差をつけられただけで無くスペシャルウィーク産駒のゴールデンウィークに鼻差で3着と遅れを取ったが宝塚記念ではゴールとマジソンを凌ぎ、優勝した。その後毎日王冠ではラストダンジョンに先着され、その後香港国際レースに出走し勝利。レーススタイルは追い込み。

 

・ゴールデンウィーク

2017年生まれ

スペシャルウィーク産駒の馬。青葉賞勝ち鞍であるが日本ダービー二着、宝塚記念二着、京都大賞典二着と善戦ばかりでイマイチ勝ちきれなかった。しかし天皇賞秋でダンジョンやマジソンを破り金星を挙げた。その後香港国際レースに出走し勝利。レーススタイルは差し。

 

・アブソルート

2017年生まれ

2019年の日本の年度代表馬ドラグーンレイトや二カ国でダービーを勝ったスターヘヴンを子供扱いするほど強い欧州三冠馬。凱旋門賞後にJCに出走するが出遅れたこともあって二着に敗れる。父親はカーソンユートピア、全兄にウィンアップという欧州三冠馬が存在する。レーススタイルは自在。

 

・スターヘヴン

2017年生まれ

英ダービーでアブソルートに敗れたが愛ダービー、仏ダービーの二つのダービーを勝っている。凱旋門賞後天皇賞秋に出走するもゴールデンウィークに敗れる。血統はマイナーでありマンノウォーの子孫オフィサーを父に持つ。

 

・アイヴィグリーン

1980年生まれ

アイグリーンスキーの母、マジソンティーケイの父母母。超名牝で産駒6頭がG1勝利、自身も二冠牝馬である。またこの馬の血を引いていると一部の人物やその血を持った者同士ならコミュニケーションが取れる。

 

・シンキングアルザオ

1998年生まれ

マジソンティーケイの父であり、アイヴィグリーンの孫である。タケホープ以来日本ダービー、菊花賞の二冠馬となった馬。天皇賞春も勝っており父子四代天皇賞制覇、菊花賞、宝塚記念父子制覇を成し遂げたGⅠ7勝の名馬中の名馬である。また種牡馬成績も優秀である。レーススタイルはマジソンと同じく先行よりの逃げだが瞬発力も備えている。

 

・セイザバラット

1990年生まれ

シンボリルドルフ産駒であり、トウカイテイオー、ミホノブルボンに続く無敗の二冠馬でグリーンの兄である。甥であるアルザオやその産駒達とは違い、差し馬である。主な戦績は皐月賞、日本ダービー、天皇賞春、天皇賞秋。

 

・シービーグリーン

1989年生まれ

ミスターシービー産駒であり、ミドルの祖父にしてアイヴィグリーン最初の仔。父譲りの末脚で有馬記念、天皇賞秋、JCを勝利し、ミスターシービーの後継種牡馬となった。

 

・ミドルテンポ

2018年生まれ

通称ミドル。ボルトと同世代の牝馬だが風間牧場の中では二番目に期待されている二歳馬。マオウに15馬身千切られて新馬戦は2着に終わったが三着との差はミドルからみて9馬身も離れており決して弱い訳ではなく、阪神JFを勝利、その後桜花賞も勝利している。

アイヴィグリーンの血も流れておりボルトとコミュニケーションを取ることもできる。

 

・ハーツタール

1973年生まれ

アイグリーンスキーの祖母でアイヴィグリーンの母。父ダマスカスという血統背景からわかる通り所謂持ち込み馬でクラシックにこそ参戦出来なかったが素質はTTGにも劣らないと評判であり、母としても活躍しグリーン一族の始祖と呼ばれるようになった。

 

☆その他の設定

・風間牧場

日本有数の種牡馬と繁殖牝馬がいる大牧場。施設も充実している。

かつてアイグリーンスキー達兄弟やカーソンユートピア、アルパナ、マジソンティーケイ、アイヴィグリーン、シンキングアルザオなどもここで生まれ育った。

因みに繁殖牝馬は100頭以上いるが、風間や牧場長がサンデーサイレンス系が嫌いなせいかサンデーサイレンスを血統表に載る馬はいない。そのため風間牧場の繁殖牝馬を売ってくれというオファーが絶えないのも事実。



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プロローグ

小説家になろう掲載準備として、追加エピソードがあります。


〜1994年〜

 

凱旋門賞、それは世界でも最もレベルが高い競走馬達が集まるレースだ。これまで日本馬が勝てた例は皆無である。しかし一頭の青鹿毛の4歳(現3歳)馬が日本馬として挑戦していた。

 

その名前はアイグリーンスキー。日本ダービーで二着と遅れをとったがその遅れを取り戻すかのように古馬GⅠの宝塚記念で快勝、そして凱旋門賞のステップレースであるニエル賞でも勝利していた。

 

そんな彼は今、ロンシャンの直線にいた。

【さあ、アイグリーンスキーは三番手に入ってここから先頭に詰め寄った!アイグリーンスキーが先頭に変わった!じわりじわりとリードを広げてこのまま凱旋門賞制覇なるか!?】

そして凱旋門賞のゴールにグリーンが着いた。

【ゴール!ゴール!ゴールゥゥゥゥ!!!アイグリーンスキーやりました!日本馬およびアジア馬史上初の凱旋門賞制覇です!!これが日本馬の底力だ!!!】

凱旋門賞の後にアイグリーンスキーは海外の競馬関係者から宇宙からやってきた馬と評され、UFO、あるいはUMAと呼ばれるようになった。そして日本でもその名前は伝わり、伝説となった…

 

~2017年 1月~

グリーンが伝説の馬と呼ばれてから二十数年後、中山競馬場付近でダレている中年の男がそこにいた。

「あ~あ…もう金もないし…あれをやるしかないか。」

 

そうブツブツといっている中年の男は木曽翔。

彼は就職したがすぐに辞めさせられてしまい職につけず、住む場所がなくなりホームレスになっていた。

そこでコツコツと金を貯めて一発逆転を狙い、有馬記念で競馬の馬券を全財産かけたが、かけた馬が負けたのだ。しかもその馬はレース後故障し、八つ当たりしようにもできなかった。

 

話を戻そう。彼が向かった先は駅だ…その先には電車が来ている。

「だりゃぁー!!」

ぐじゃっ!!

なんと彼は突っ込んで自殺した。もう彼の精神は耐えられなくなっており自殺を考えていたのだ。

「なんだ!?」

「おい!誰か飛び込んだぞ!!」

「列車を止めろ!」

その後ニュースとなり彼は亡くなった。

 

~2017年 春~

「風間さん。」

そう言って若い男性が入ってきた。

「どうした?牧場長。」

風間と呼ばれた男は若い男性の牧場長に用事を聞く。

「オークス馬アルパナに種付けする馬を決めても良いでしょうか?」

「どんな馬だ?」

「アイグリーンスキーです。」

「グリーンは今年で26歳だぞ?老馬にろくな馬は生まれん…」

「しかし…!あの馬は風間さんがわざわざ海外に行ってまでニジンスキーを種付けして年度代表馬四年連続をという偉業の馬でしょう!ウチの牧場を立て直したのもあの馬ですよ!恩返しくらいしないと…!今、SS(サンデーサイレンス)系は流行りすぎているので止めないと!」

「だったら尚更だ。無理にあいつの子供を作らすよりもゆっくり休ませた方がいい…それにSS(サンデーサイレンス)系の勢いは止まらん…」

「だったら、私は辞めます。」

「…そんなにいい予感がするのか?」

「はい!」

「それでもし走らなかった場合…わかるな?」

「ええ…」

「もし走った場合は、俺は種付けに関しては何も言わん。全て牧場長であるお前がやれ。」

「わかりました。」

 

~翌年 3月28日午前5時半~

「風間さん!いよいよアルパナの仔が生まれます!」

「何?!行くぞ!」

「はい!(口ではなんだかんだ言いつつも風間さんも気になっていたんだな…)」

 

「中々出てきませんね…」

「それはそうだ!普通、馬は朝産むもんじゃない。よほど敵を警戒していたんだろう。」

「アルパナの仔の脚が…!出てきました!」

「産まれる…!グリーンとアルパナの仔が!」

そして、その時窓の隙間から太陽の光が入り込み、グリーンとアルパナの仔を歓迎するかの様に差し込んだ。

 

「なんて産まれ方だ…天に愛された馬なのか?」

「こいつは青毛ですね…」

「青毛?青鹿毛ではないのか?」

「ええ…何にしてもこいつはかなりの名馬になりそうですよ。」

「そうだな。他の同世代には悪いがこの馬が日本一の馬だ。」

 

~翔SIDE~

『おいおい、どういうこった?俺は確かに自殺したはずだ…なのに馬房の中に入れられている?』

そう言って翔が立ち上がると…

『俺自身が馬になっているのか?!』

 

「それよりも、もう立ってますね。」

「早すぎないか?まだ十分も経ってないぞ?」

「でも早く立ち上がれることに心配はありませんよ。ルドルフも立つのは早かったでしょう?」

 

ルドルフ…シンボリルドルフのことを指しており競馬史上初の無敗での三冠馬だ。彼のエピソードはいろいろと残っており、特に驚くべきなのはセントライト記念で2、3着を取った馬が菊花賞を避けるという事態が発生した。その理由は関係者曰くあいつは化け物だ…らしい。

 

「それでもルドルフよりも十分以上も早いぞ。」

「だとしたら、グリーン以上の化け物ですね…」

 

『あ?もしかして産まれた直後に立ち上がれるのって変だったのか?』

翔がそう思うのは無理もない。彼は競馬にそういったエピソードに関してはあまり詳しくなく馬名だけ覚えている…という男だったからだ。

ちなみに普通の馬でも立つのに1時間はかかる。

 

『それよりも…どうするかだな。俺は一度自殺しちまったし…やれるだけのことをやってみるか。あんなことになったのは自業自得だしな。』

翔の人生は小学生の時、神童と呼ばれたが中学に入ってからは努力せず、高校になってからはもう遅く…それでも大学生となってなんとか就職につけたがすぐに首にされた。翔が神童と呼ばれたのにホームレスとなったのは努力をしなかった自業自得だ。

 

「それにしてもこの仔の名前をつけてあげないと…」

「幼少期、顔の模様でルドルフは三日月だったからルナと呼ばれ、グリーンはスター…こいつは十字だからクロスでいいな?」

「クロスですね…いいんじゃないですか?呼びやすいですし。」

『クロスか…俺としてもいい名前だと思うぞ!』

「おっ?こいつも気に入ったみたいだな。じゃあ俺はこの辺で失礼するぞ。何かあったら呼んでくれ。」

「わかりました。では…」

 

翔ことクロスが産まれたが競馬記者の話題にはならなかった。その理由は…風間が新聞を読んでいた時に聞いたからだ。

「ディープの最高傑作誕生?母親は凱旋門賞とJC(ジャパンカップ)勝ち鞍カルシオ…ヤバイな。超一流の血筋じゃねえか。」

 

JCは凱旋門賞馬は勝てないというジンクスがある。実際カルシオがJCを勝つまでは凱旋門賞馬はアイグリーンスキーただ一頭しか勝っておらず一昨年に勝ってしまったのだ。その後引退し、日本に輸入された。

 

『なるほど…そういえばいたなそんな奴。』

クロスがイマイチな反応をしているのは凱旋門賞というレースがどんなレースかわかっていないからだ。

「にしても、またサンデー系か…どうして競馬関係者はそんなにサンデー系が好きなのかねぇ…」

「無理もないですよ。サンデー系は日本の競馬を良くも悪くも変わらせたからでしょう。」

『へえ…そうなのか。』

 

「それなんだよ。俺が気に食わないのは。グリーンと同じ父親を持つラムタラは種牡馬としては失敗するし…グリーンもグリーンで、ダービーを含めたG1を6勝したカーソンユートピアこそ出したがその世代が低レベルの戦いと言われ…酷い時には劣化版オペとまで言われた…その結果日本ではSS(サンデーサイレンス)が死んでもグリーンに注目する奴はいない。」

『そういえばガキの頃、グリーンとカーソンが話題に上がったっけ…』

 

「まあ…それはそうですけど…」

「ドバイ王国や欧州の馬主の連中はグリーンを注目して買い取ろうとしたが、俺は何が何でも売らなかった。売ったとしても1000億円が最低価格だ。」

『最高で最悪だな。』

「まあ、代わりにカーソンは輸出してやった。奴らはグリーンの産駒…つまりカーソンユートピアでもいいと言ってきたんでな。もしあそこでカーソンを輸出しなかったら殺されていただろうな。それほど奴らはグリーンの血が欲しかったって証拠だ。」

 

「はあ…そんなに外国はグリーンの血が欲しかったんでしょうか?」

「SS系に対抗するためだ。」

「え?」

「SS系は日本から外国に基本的には輸出していない。他にもTB(トニービン)BT(ブライアンズタイム)なんかもな。」

トニービン、ブライアンズタイム…この二頭のうち一頭を父親に持つ馬らはサンデー系以外でダービーで他の馬よりも勝てると有名だったがもう引退した。またサンデー系の過剰な血を薄めるためにも使われていた。

 

「あ…!そういえば!」

「だからグリーンを欲しがったんだよ。馬主名義は俺個人の馬だしな。」

「でもオペラハウスなんかもよかったでしょう?オペラオーやサムソンも出した馬ですし…」

「シンジケートだ。」

シンジケート…すなわち株を持っていれば自分の繁殖牝馬に種付けする権利がある。それ以外はどんなに金があっても種付けすることは不可能。

「う…」

「ウチのグリーンはシンジケートを組んでいない。だから買い取ろうとしたんだよ。」

 

何故風間はそんなことをしているかというと…グリーンの血を広めるためだ。シンジケートを組まないことで種付け権利を誰でも出来るようにした。その結果サンデーの血を薄めるためにグリーンに種付けされる馬が増えてきた。

 

「まあ最近はSSの血がありすぎて薄めるためにほとんどの馬主がグリーンの血を求め始めてきた。」

『じゃあ俺の母親はアルパナだったよな…確か血筋をたどると…』

「そうなるとクロスもサンデーの血を薄めるために活躍するんじゃないですか?」

「だが…母父はスピードタイプのあの馬だろう?長距離は不利だろうな…クロスは。」

『キングカメハメハか。』

 

キングカメハメハ…NHKマイルCと日本ダービーのきついローテで勝ってしまい、しかもダービーはレコードで勝つという馬だ。その記録は次年度の三冠馬ディープインパクトと同じタイムであることからとんでもない化け物であることがわかる。

その後、神戸新聞杯で勝ったが天皇賞秋に出られずに引退した。種牡馬としても優秀で、オークス馬アルパナ以外にも朝日杯FS馬をも出した。

 

「ええ…ですがその距離までなら絶対に勝てると思いますよ。」

「問題は長距離になってからだな…他の時代ならともかくカルシオの仔が相手じゃあ…ディープも長距離に関してはかなり強いしな。」

『確かに…ディープは菊花賞にも勝って、天皇賞春で日本レコードを更新しているし…しかも2着の馬も更新していたし。』

「どこまでが限界か知っておきたいですね。」

「アルパナの距離次第だな。」

『…どいつもこいつも勝手なことほざきやがって。距離がなんだ?そんなもの俺の努力で克服してやるよ!!』

「ん?クロスか?」

『おい!おっさん!絶対に俺は三冠馬になってやるから、そこで指をくわえて見てろ!!』

それだけ言ってクロスは走って行った。

「あ、おい!牧場は向こうだ!元に戻ってろ!」

風間がそう言うがクロスは届かずに走って行った。



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青き馬、伝説に会う。

~風間牧場~

クロスは走っていた。ただひたすらに。

『くそッタレ…!なんでどいつもこいつも距離がなんだってんだ!』

そのスピードは当歳の馬が出すスピードではなかった。

「もうあんなに逃げたのか!?速すぎる!!おい!牧場長!」

「なんでしょう?」

「クロスが脱走するぞ!なんとかしろ!」

「大丈夫ですよ。鉄の柵が置いてあるんですし。」

 

『鉄の柵!?ふざけやがって…』

クロスは逃げているうちに鉄の柵に辿り着いた。

とても普通の馬じゃ越えていける高さじゃない…

鉄の柵をどうにかしたいが、クロスは馬である以上機械の操作はどうしようもない上、知識もない。

そしてクロスは多少うろつき…決心をした。

 

「アホなことを抜かすな!グリーンも柵を越えて脱走したじゃないか!?」

「その時、グリーンは四歳(当時は数え年なので現代で言う三歳)で休養していた時でしょう?それにあの時よりも柵を高くしておきましたから大丈夫ですって!」

「…じゃあ、あれはなんだ?」

 

『ぬおおおお!』

そう言ってクロスは鉄の柵を越えて脱走した。

 

「どこが大丈夫なんだ?え?」

「ははは…いやこれは…その…」

「今すぐ捕まえてこい!総動員でだ!」

「はい!」

そう言って牧場長とスタッフ一同は車を運転しクロスを捕まえに行った。

「…どんな化け物なんだ?クロスは?これは菊花賞も考えて置かないとな…」

 

『ちっ…!車で来やがったか。』

「待てー!」

『待てと言われて待つか!!』

しかし、流石に車がクロスに追いつき囲まれてしまった。

「さ、戻るぞ。クロス。」

『うるせえ!俺は絶対に三冠馬になるから菊花賞も出せ!』

「戻ればリンゴや人参も食べられるんだぞ!」

『俺がそんなもので釣られると思うか!!』

 

「麻酔銃でも撃って眠らせます?」

「アホ抜かすな!!普通の馬ならそうしたかもしれないがこの仔はアイグリーンスキーの仔だ!そんな薬物を使わせるか!!」

「しかし…あの状態でですか?」

 

『ぬおおお!放せ!』

「なんてパワーだ!三人がかりでもひきづられるなんて…」

「おとなしくしろ!」

「本当に当歳馬か!?」

 

「…最終手段でだ。」

牧場長はため息をついてそう決断した。

「わかりました。」

 

そして以心伝心できないことにクロスはイラついてしまい、ついに…

「ジャ、マダ!」

カタコトとはいえクロスは日本語で喋った。

「えっ!?」

「この馬…喋りましたよね?」

このことに動揺した牧場員は手を離してしまった。

『よし!行ける!』

そして当然と言うべきかその隙を見たクロスは逃げ出した。

 

「あー…やっと戻ったか…」

しかし、クロスが走った方向は牧場の方向であり、元に戻って行ったのだ。

「お疲れ様でした…ホント…」

「それよりもクロスは大丈夫なんでしょうか?」

「何がだ?」

「門ですよ。開けっ放しにしたら泥棒が入ると思って門を閉めてきたんですが…」

「…マジか?」

「マジです。」

「牧場にスタッフは?」

「いません。」

「…風間さんは?」

「いません。」

「…」

 

なんとも微妙な空気になったが、その後無事クロスを捕まえ、クロスは牧場へと戻された。

 

五ヶ月後

 

~風間牧場~

 

クロスは同世代の他の馬達と馴染むことなく、育って行った。本来、馬は同世代の馬と馴染むのが常識であるのだがクロスは元々人間だったので馬と馴染むことができないのだ。

 

それを見かけた…牧場スタッフは…?

「牧場長。クロスが同世代の他の馬と馴染まないんですが…どうすればいいんでしょうか?」

「それは問題だな…」

「何をやってもうまくいかないみたいで…前なんか、従業員が同世代の馬と馴染ませようとしたら蹴り飛ばされましたよ…おかげでその従業員は骨折してしまいましたし…」

「そういえば、クロスはもう母親離れはしたのか?」

「いえ…むしろ3日目で済みました。というか馴致ももうそろそろ終わりそうです。」

「マズイな…このままだといざと言う時に馬に怯えて力が出せなくなるな…」

「どうします?」

 

「クロスをあの馬と会わせたらどうだ?」

「一体どんな馬ですか?」

「アイグリーンスキーだ。」

「えっ!?しかし…いいんですか?」

「それでいいんだ。私がクロスを連れて行くからアイグリーンスキーの場所で待っていろ。」

「わかりました…」

 

一方クロスは…

『どいつもこいつも…情けねえ。』

クロスは放牧中の3歳馬相手に競争していた。結果は大差をつけて勝利。

「あっ!やっと見つけたぞ!!」

そこへ牧場長が現れ、クロスの元にやってきた。

『ん?』

クロスが牧場長に振り向き、歩き寄っていく。

「お前に会わせたい相手がいるんだ。着いてこい。」

そう言って牧場長は轡をクロスに付けた。

『どんな奴なんだ?』

「ほら行くぞ。」

そう言われクロスは着いて言った。

 

~アイグリーンスキー号放牧場~

「ほら、行ってこい。」

それだけいうと牧場長は立ち去って行った。

 

『よう…』

いきなり青鹿毛の馬がクロスに話しかけてきた。

『あんたがアイグリーンスキーか?』

『まあな…ところでさっきの3歳馬達相手に勝ったみたいだな。』

 

グリーンは自分の息子であるクロスを見ていた。

しかし自分の息子だと気がついたのは走り方、雰囲気だ。クロスとグリーンは青毛と青鹿毛と毛色こそ違うが、グリーンはいろんな馬と走ってきたので雰囲気でわかる。

 

『それがどうした?』

『俺と勝負しないか?』

『おいおい…あんたは種牡馬だろう?』

この時期は種付けシーズンで種牡馬は繁殖牝馬に自分の遺伝子を授ける時期だ。

『俺はもう種牡馬じゃない。だから勝負しても何ら問題はないぞ。』

『わかった。』

『じゃあ、この牧場右回りの坂有りの一周…つまり2000mでどっちが早く帰ってくるかの競争だ。スタートの合図で始まる。いいな?』

『構わない。』

『それじゃ、着いてこい。』

 

グリーンに着いていくと…

「おや?なんでグリーンとクロスがこんなところに…?」

2人の牧場スタッフが偶々そこにおり、クロスは驚いた。

 

もう一人のスタッフはベテランなのか疑問に思ったスタッフに言い聞かせる。

「いやグリーンは時々ここに走りに来るんだ。だけどまだ幼いクロスを連れるなんて…もしかして、グリーン…お前、クロスと競争するのか?」

それにグリーンはコクリと頷く。

「なるほど。それじゃ、タイム測るから準備はいいか?」

二頭は頭を振り了承したことが分かった。

「それじゃ…始め!」

そしてレースが始まった。



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青き馬、伝説と勝負する

今回はナリタブライアンとカブラヤオーの名前が入っています…注意してください。


『この舞台は皐月賞の舞台と酷似している…』

グリーンの言う通り、牧場の周りのコースは2000mの坂有りのコース…皐月賞の舞台と酷似していた。

『それがどうした?』

『これは俺の為に作られた…が結局は無駄だった。俺は仕上げが遅かったせいで皐月賞に出れずに青葉賞へと進んだ。もし…仕上げが早ければ俺は皐月賞を取れただろうと言われ続け、その上俺の産駒(息子達)はダービーや菊花賞、その他のGⅠに勝っても、皐月賞を取れやしなかった…』

グリーンは当時皐月賞に出られる条件を満たしておらず、一か八かの抽選に出たが落ちてしまい…やむなく青葉賞に出場し楽々と制覇。そのままダービーへと進んだのだ。またグリーンの種牡馬成績は優秀だがこれまでの間に皐月賞を勝った馬はいなかった。その為「皐月賞を狙うならグリーンの種はつけるな」と言われ続けた。

 

『お前が最後の望みなんだ。ここでお前が俺に負けるようならお前は皐月賞は取れやしない。がっかりさせるんじゃねえぞ…』

グリーンの言う通り、グリーンは老馬と呼べる歳でもう現役時代よりも遥かに衰えているのだ。その衰えている馬に負けるようでは皐月賞は制せない。

『その心配はいらねえ…俺は三冠全て勝ちに産まれたんだからな。』

『そのセリフは勝ってから言え。当歳馬(とねっこ)。』

『言ったな?糞爺。』

などと言うやり取りをしている間にも1000mを通過した…

 

 

一方ベテランスタッフは驚いていた…

「どうしたんですか?」

若いスタッフがベテランスタッフに驚いた理由を尋ねた。

「このタイムをみればわかる…!」

そう言ってベテランスタッフが出したのは1000mのラップだ。その内容は驚くべき内容だった。

 

1000mの通過ラップ…58秒2だ。これがどれだけ凄いかわかるだろうか?

このラップは超ハイペースであり、絶対に追い込んだ馬が勝つと言っても過言ではない。

 

「58.2?それがどうしたんです?」

しかし若いスタッフはあまりにも無知だった…

「馬鹿野郎!このタイムはカブラヤオーの日本ダービーのペースよりも速いんだ!」

 

カブラヤオー…その名前はあまりにも有名だ。一万頭に一頭と言われる強心臓を持ち、日本ダービーの1000mのラップのレコードの元記録保持者であり、そのまま一着を取った馬である。

 

「…えええ!?それじゃあの二頭はカブラヤオーよりも速いペースで走っているんですか!?」

「ああ…間違いなくあの二頭は落ちるな…」

「やっぱりですか…」

 

二頭は最後の直線へと入り、ハイペースのままクロスが先行していた。

『さて…糞爺…覚悟は出来ているんだろうな?』

『お前は直線で脚が伸びない…お前はもうばてている。』

『何を馬鹿なことを…!?』

その時、クロスの脚が思い通りに動かなくなった…

『じゃあな…!』

グリーンはそう言うとクロスを抜いてどんどん引き離して行った…

 

「勝負ありましたね…」

「ああ…そうだな。グリーンの勝ちだ。全く大した奴だよ…グリーンも。あいつはまだGⅠ級の現役馬達を凌いでいるんだからな…」

 

グリーンは確かに現役時代に比べれば衰えている…しかしだ、この馬は四年連続で年度代表馬になったのだ。四年連続で年度代表馬になった馬どころか三年連続もいない…どういうことかお分かりだろうか?

 

年度代表馬になれるのは三(旧四)歳の年齢からである。グリーンが年度代表馬になったのは1994年…同期には三冠馬ナリタブライアンがいる。日本ダービーでナリタブライアンに勝ったと思いきや斜行して競争妨害をしていたことが発覚し二着になった…

 

その後宝塚記念に勝ち海外へと進んだ。その海外のレースは…父ニジンスキーが負けた凱旋門賞だ。今まで日本調教馬で誰一頭も取れなかった凱旋門賞に挑んだ。その結果…四馬身差をつけて勝ってしまったのだ。この時点で年度代表馬は決まったようなものであるが、その後JC(ジャパンカップ)を大差をつけて勝ち、有馬記念でナリタブライアンへの雪辱を晴らす為に出走…一騎打ちの大勝負だったがグリーンが勝ってGⅠ四勝して年度代表馬となったのだ。

 

その後その年代以降の名馬達を相手に天皇賞春秋連覇、グランプリ連覇、JC制覇などを全て行い、年度代表馬を何回も取ったのだ…

 

つまり、ナリタブライアンを破って以来ほとんど衰えていないのだ。先程の言葉と矛盾するが事実なのだ。クロスが勝つのは絶望的かと思いきや…

 

「マケルカ!!」

そんな言葉が牧場に響き渡り、スタッフ達を驚かせた。何故なら…

「そんな馬鹿な…!クロスが差し返した!?」

 

『どうだ!思い知ったか糞爺!!』

クロスは走り方を変えた。その走り方は重心を低くしてストライドを伸ばす走り方だ。

『なんて奴だ…!』

『現役時代の糞爺ならともかく、今のお前相手じゃ俺は負けねえ!』

クロスはグリーンを引き離しにかかった。

『(重心を低くしてストライドを伸ばすとは驚いたぜ…だが…)ここで俺も負けるわけにはいかん!』

再びグリーンが差し返し、クロスをつき離す。

『糞爺…てめえ!』

クロスは必死に追うも追いつけずにどんどん引き離されてしまった。ラスト200mだ。

『これでゴールだ!』

グリーンがクロスを突き放しにかかり、勝利を確信する。だがその時…

 

「チキショー!!」

と言う声がクロスから出た。

 

クロスは元人間である…その為走る時は右手を出す時に左足を出す。逆に左手を出す時に右足を出す…それは出来て当たり前のことである。故に馬になってもその本能は忘れない…

『うおおおお!!』

クロスが同時に右前足と左後足で土を蹴り、スピードが増す…同じく左前足と右後足で土を蹴るとまたスピードが増す…そしてグリーンとの差は埋まって行った。

 

「グリーン、2:01.4!クロス、2:02.5!」

だがクロスの努力も虚しくグリーンに敗北した…とは言えクロスは殺人ペースを上回るペースでカブラヤオーと同じタイムを出したのだ。三歳ならともかく当歳でだ…いかにグリーンが化け物であるかスタッフ一同も納得し、クロスにも期待をかけた。




私はナリタブライアン・アンチと言う訳ではありません。と言うかこんな馬いたら称賛よりも批判が多そうな気がします…


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青き馬、伝説の馬の元騎手と会う…

あのマッチレースの敗北以来クロスは特訓をしていた…その中身は凄まじいものだった。

 

『うおおおおぉぉぉぉーっ!!』

クロスは自分よりも上の世代の馬をごぼう抜きをする…

「クロスの特筆した点は…瞬発力…なのか?」

時には瞬発力を鍛える為に坂を物凄い勢いで駆け上がり…

 

『おらおら!どうした!?』

クロスがそう言っても先頭に立てる馬はいない…それどころか次から次へとクロス以外のペースが落ちてゆく…

「…絶対に先頭を譲らない勝負根性…が武器か?」

時には持久力を鍛える為に他の馬達に先頭を譲らずに走り続けたり…

 

『誰もいないな…それじゃ行くか!』

牧場スタッフに見つからない場合は心肺機能を鍛える為にこっそりと山に行ったりしていた。

 

『暇だ…ストレッチでもして筋肉でもほぐすか…』

また夜は馬房へ入れられるので自らストレッチをして柔軟性を高め、ストライドを伸ばすように努めていた。

 

そんな毎日を過ごし、クロスが一歳となってからしばらくしたある日…訪問者が二人やってきた。

 

「さて…そろそろですよ、先生。」

そう言ってやってきたのはクロスの馬主の風間だった。

「流石に広いですね…風間さんのところの牧場は…」

先生と呼ばれたもう一人の男が風間にそう言って機嫌を伺う。

「武田先生にはカルシオ18を凌ぐ逸材の馬を預かって貰いたいと思っている…」

カルシオ18とは…カルシオが2018年に産んだ馬の子供のことを指しており、三冠も取れると話題になっている馬だ。

「本当ですか!?」

武田が風間に先生と呼ばれるのは彼が調教師だからだ。調教師にとって期待馬を預かってもらえることは名誉な事である。それ故に武田が喜ぶのは無理なかった。

 

「もちろん…昔先生がグリーンやカーソンの騎手を勤めていたことは忘れませんよ。」

一方…風間が武田を贔屓しているのは昔武田がアイグリーンスキーやカーソンユートピアの騎手を勤めていたからである。騎手から調教師に転向するのは珍しくも無い…

 

「あれがうちの期待馬…クロスです。」

そう言って風間が紹介したのはクロスだった…

「もしかしてあの馬アイグリーンスキー産駒の馬ですか?」

 

ニジンスキーはノーザンダンサー産駒なのに関わらず雄大な馬格をしていた。ニジンスキー産駒のアイグリーンスキーも同じく雄大な馬格をしている。そしてアイグリーンスキー産駒のカーソンユートピアを含めた馬達も九割以上が雄大な馬格だ…クロスも例外では無く雄大な馬格だった。

 

「ん?そうだが?」

風間は武田の言葉を肯定し、正直に言った。

「グリーンの仔を預かってもらえるなんてラッキーですよ。騎手時代から憧れていたんです。もし、調教師になったらグリーンの仔を育てたいって…」

「そうか…頼むぞ。」

 

「ところで…名前は決まっているんですか?」

クロスと言う名前はあくまで呼びやすくする為の名前で競走馬登録をすれば変わる…それは世間では当たり前だった。

「名前か…そう言えば考えていないな。」

「まあ有馬記念が終わった時にでも決めましょう。それはそうとこれを…」

 

武田はそう言ってひとつのあるものを渡した。

「これは…?DVD…?」

「この中身はカルシオ18の資料です。もちろん競馬記者の関係者から貰って来たものです。」

「そう言えば先生はこれを見たのか?」

「はい。あの馬は物凄い馬ですよ…あの馬が三冠は確実とまで言われている理由がよく分かりました…」

「なら後で見てみるか…」

そう言って風間は資料をしまった。

 

「ところで…クロスに乗っても大丈夫ですか?出来れば乗りたいのですが…」

武田は興味深そうに風間に聞いた。

「まあ訓練は積んでいるし大丈夫だろ…おい!牧場長!」

「何でしょうか?」

「クロスを連れて来い!」

「はい!ただいま!」

そう言ってクロスを連れて行った牧場長だった。

 

『ふ~…全く…この牧場にあの糞爺くらいの力を持った馬なんていないのか?』

そう言ってクロスは退屈そうにする…無理もない。クロスはグリーンに敗れて以来特訓をしたのはいいが風間牧場の全ての現役馬を相手に勝ってしまったのである。中には天皇賞秋の3着馬もいた…

「おーい!クロスこっちへ来い!」

牧場長が呼んだのでクロスはおとなしく従うことにした。

 

『うん?お客さんか?』

クロスは武田の事を見てそう言ったが普通は通じない…グリーン以外との馬とも会話を試みようとしたが無理だった。

「クロス…お前も喋れるのか?」

だが武田にはその言葉が聞こえた…

『え?聞こえるのか?おっさん…』

「まあな…俺は騎手をやっていた時にグリーンとも会話した事もあるし、だいたいの馬の気持ちもわかるもんだ。」

『元騎手が俺に何のようだ?』

「と…申し遅れたな…俺の名前は武田晴則。調教師だ。よろしく…」

『よろしく…』

 

牧場長からしてみればクロスと武田が話しをしている場面はどうしても武田が独り言を言っているようにしか見えない。

「何をやっているんだ?あの人は?」

当然グリーンが現役時代の時にいなかったスタッフは全員武田が独り言を言っているように思われるのである…

 

武田は一から説明し、クロスに乗せて貰うように頼んだ。

『なるほど俺の腕…と言うか脚を見込んで乗せてくれと…?』

「そういうことだ…頼めるか?」

『わかった。とっとと乗れ。』

「すまないな…」

 

『それで最初は何をする?』

「そうだな…最初は馬なりで1600m程走ってくれ。」

『わかった。』

 

400m地点を通過した頃…

「馬なりとはいえ最初から全力で飛ばすか?本番じゃもっと落としたほうがいい…」

武田がそう言ってクロスにアドバイスをする…

『そうか?これでも遅い方なんだが…』

「ラストの直線まで力を溜めろ。今回はお前の末脚を見たいんだ…」

『ちっ…わかったよ。』

 

そして直線に入り…武田が指示を出した。

「よし!全力で走れ!」

クロスはその言葉を聞くと重心を低くし…四本バラバラに動いていた脚が右前足と左後足、右後足と左前足を共に合わせて二本ずつ地を蹴る…

『了解!』

そしてクロスは返事をすると、あのマッチレースを思わせるような末脚が爆発した。

「…」

武田はクロスの余りの末脚の速さに無口になりただひたすらしがみつく…

『どっせーい!』

クロスは変な掛け言葉と同時にゴールした。

 

「すごいな…クロス。グリーン以上の素質を持っているんじゃないのか?」

『当たり前だ。糞爺の野郎に勝つためにひたすら努力したんだ…このくらいのことは出来て当たり前だ。』

「糞爺って…グリーンのことか?」

『ああ…あいつはもうくたばりぞこないのジジイだからな…』

「そうか…グリーンももうそんな歳になったのか…」

武田はグリーンとともに出たレース…あの苦い思い出のダービー、海外遠征による影響を心配した凱旋門賞、そして同期の三冠馬をねじ伏せた有馬記念を思い出していた…

 

「と…いかんな。それよりもお前のライバルになり得るカルシオ18の資料があるんだが…見るか?」

『見る。』

「よっしゃついて来い。風間さんも俺が一緒なら文句は言わないだろう。」

一人と一頭は意見が合致し、風間のところに行くことになった。




クロスの競争馬名が今だに思いつかないのは私にネーミングセンスがない為にボツ案が次から次へと出てきます…その為今回は決まりませんでした。ではまた次回


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青き馬、ライバルの姿を知る

今回は短いです…おまけに矛盾点もあると思いますがそこのところは勘弁してください…


「あの馬は凄い。」

ぽつり、牧場長が呟いた。通常馴致にはかなりの時間がかかるがクロスはそれをあっという間に終わらせてしまった。それどころか2000mを2分台で駆け抜ける力を当歳で持っていた。メジロブライトは2歳(旧3歳)になっても1800mを2分過ぎるような馬で、中にはそういう馬もいる。当歳でその馬達をぶっちぎれると考えると期待せずにはいられなかった。

 

「勝負根性と瞬発力、ピッチの回転、ストライドの大きさ…どれも武器になるよな。」

クロスは当初、同世代の馬と馴染むことがなく馬に怯え、競り合いに負けるかと不安だった。しかし逆に睨みつけて上の世代の馬に自分がリーダーだと言わんばかりに先頭に立ち続け勝負根性を示した。

瞬発力とピッチの回転は風間牧場にある坂路で鍛えていた。だがそれでも上の世代を抜かすことは不可能だ。牧場長は知らないがクロスはこっそりと抜け出し山を駆けている。そのため足腰が強く坂を登るパワーも付いている。

そしてストライドもストレッチをして身体を柔らかくしている為、体勢が多少崩れてもバネのように跳ぶ事が出来る。

そして牧場長は考える。…風間牧場が誇る現役最強のあの馬ならばクロスの相手でも問題ないと。

 

 

武田の説得により、クロスは風間の許可を得て一緒にDVDを見ることになった。

「あの赤い馬がカルシオ18です。」

テレビの中でも一際目立つ栗毛をさらに赤くしたような小柄な馬を武田は指さした。

「こいつは…赤兎馬か?」

「ええ…ただでさえディープの最高傑作と評判高いのにこの毛色のおかげで話題沸騰ですよ。」

『実力がなければ意味なくね?』

「もう既に馴致を終え、数多くの馬と併せ馬をしています。」

 

「あ~…そう言えばカルシオ18の馬主は服部の奴だったけか…」

『服部…服部交易カンパニーか!』

服部は競馬界一の金持ちで風間牧場とは比較にならないほどの牧場を所持しており、その牧場には坂路をはじめとした調教施設が整っており、多くの調教師もそこを使わせてもらうくらいだ。

 

「今回、カルシオ18とマッチレースをするのは今年の朝日杯FSを7馬身差で勝った超期待馬ベネチアライトです。」

「ベネチアライトだと!?」

「風間さん落ち着いて…ベネチアライトが得意とする1600mでマッチレースをするんですが…」

『ですが?』

「後半の部分をしっかりとみてください。」

「わかった。」

 

『おん?出遅れたぞ?』

カルシオ18が出遅れてしまい、クロスは思わず口にだしてしまった。

 

800mを過ぎて…ベネチアライトとカルシオ18の差はかなり開いていた。

『おいおい…もうあんなに差が開いているぞ…』

「差は20馬身と言ったところか?」

これはかなりなんてものではなく、もうバカペースと呼んでもいい位だ。

「ええ…ここからですよ。」

武田がそう言うと一気にカルシオ18がベネチアライトの差を詰めて、残りの直線では20馬身もあった差が8馬身差まで減らされていた。

「しかしこれには流石に届かないだろう…?」

だが直線で8馬身差というのは大きい差だ。これで勝てるのは差をつけた馬が余程ばてたりしない限りは無理だろう…その上ベネチアライトは二の脚を使って差を広げようとした…

「私もそう思いましたがあの馬は規格外の馬です。」

カルシオ18は蜂にでも刺されたかのようにベネチアライトを捉え…そして9馬身差をつけて決着がついた。

 

『おいおい嘘だろ…』

クロスは人間の時に競馬場に行って見たがあんな差をつけられてから追いついて更に差をつけて勝った馬は見たことがない。それ故の発言だった。

「…」

風間はそのスピードに唖然してしまった。

「ちなみにカルシオ18のこの時の上がり3Fのタイムですが29.5です。」

「29.5!?」

 

ここで上がり3Fのタイムで29.5がどの位速いか説明しよう。カルシオ18の父ディープインパクトの3Fの平均タイムは33~4秒台、日本ダービー史上最速の上がり3Fですら32.7。そしてフランケルが現れるまでの間国際レーティング歴代1位だったダンシングブレーヴの末脚ですら30~1秒台である…いかに30秒を切っていることが化け物かよくわかっただろう。

 

「このことから和製シルキーサリヴァンと呼ぶ人も多く、話題になっています。」

 

シルキーサリヴァン 戦績27戦12勝

 

その馬は1100mの新馬戦で途中で馬群から20馬身も離れたのにも関わらず一着をとって有名になった馬だ。1100mと言えば短距離である…人間で言うなら200m以下の競走と思ってくれればいい。そのレースの前半のほとんどを軽く流し、一気に追い込んで勝利したというふざけたことをしたのだ。それが彼のレーススタイルでレースでは毎回やっていた。その追い込みのみで12勝もしたのは驚愕以外の何物でもない。彼がそんなレーススタイルを行ったのは彼の呼吸器に異常があり、それを自覚していたのが原因だと考えられる。

 

しかしカルシオ18はそんな異常は見られずあえてあのレーススタイルでやったのだ。

 

「なるほど…俺が命名するならサリヴァインパクトってところだな。」

「このクロスの名前は?」

武田がそう言って風間にクロスの競走馬名を尋ねる…大体風間の場合ノリで決めることが多いが故の武田の判断だった。

「そうだな…最近なんかこいつの顔の模様が雷のように変わってきたし…決まった!ボルトチェンジだ!」

「ボルトチェンジですか…いい名前ですね。」

「そうだろう?」

そうしてクロスの競走馬名はボルトチェンジに決まった…



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青き馬、有馬記念を見る

久しぶりの投稿です…そのせいか短くなっています…それでもよかったらどうぞ!


そして有馬記念当日…クロス改め、ボルトチェンジは牧場長とテレビを通して有馬記念を見ていた。

 

【2枠3番マジソンティーケイ!メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーン、シンキングアルザオと五代に渡り長距離の天皇賞を勝ち…前走のJCも勝った、去年の皐月賞と菊花賞、有馬記念も含めてGⅠ5勝の馬です!現在一番人気です。】

「ほら!ウチの馬だぞ!ボルト!」

『芦毛の二冠馬か…セイウンスカイやゴールドシップを思い浮かべるな…』

 

【3枠5番、クラビウス。去年の朝日杯FSで勝利、今年の菊花賞では9馬身差をつけて勝利しています!現在四番人気です。】

「去年の朝日杯FS馬かどうも早熟なイメージがあってな…菊花賞はマグレに近い何かかと思うのは私の気のせいだろうか?」

『菊花賞馬が四番人気か…有馬を勝つのは別に可笑しくはないだろ?』

 

【4枠8番、去年の日本ダービー馬ラストダンジョン。前走のJCでは3着と敗北はしましたが…前々走の天皇賞秋、さらにその前走の宝塚記念では誰一人寄せ付けない競馬をして圧勝しました。現在三番人気です。】

『こいつが三番人気てことは…二番人気は今年の二冠馬か?』

「こいつも名馬だ。こいつの動きをしっかりとみておけよ!ボルト!」

 

【史上初の変則三冠馬の登場だ!7枠13番ドラグーンレイト!今年皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーを勝ち…続いて挑んだ海外GⅠ3戦では全て二着に終わりました。果たして久しぶりの一着になるのでしょうか?現在二番人気です。】

『変則三冠…よく取れたな…俺の母父のキングカメハメハがNHKマイルC、日本ダービーを勝ったことから変則二冠と言う言葉が使われて、そこから皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーを取った馬は変則三冠馬にしようって話しなんだが…まさかリアルにやる奴がいるとは思わなかった。』

「こいつはやっぱり私と気が合わなそうだな…早熟な感じがバリバリしてくるし…」

 

【各馬ゲートインしました…第64回有馬記念スタート!】

『…』

「有馬記念は秋天程じゃないが何が起こるかわからない…」

『トウカイテイオーが奇跡の復活をしたのも、三冠を制した年のディープインパクトが始めて負けたのがこの有馬記念…』

「まあこの年はどうなるか期待出来そうだな。」

『そうだな牧場長…』

 

【さあ58秒で1000mを通過。これは超ハイペースです。先頭の馬には厳しい展開となります…先頭はやはりドラグーンレイト、2番手にマジソンティーケイ!……今年の菊花賞馬クラビウスは8~9番手あたりに、昨年のダービー馬ラストダンジョンは最後方に位置しています。】

「ボルト…こいつら全員強いと思うか?」

『おいおい…冗談はやめてくれ。今の俺が出走したら勝てるかもしんないぞ?』

ボルトは首を振り牧場長の質問にそう答える。

「やっぱり強い馬だな!お前は!」

『まあな…』

 

【さあ、最後の直線だ!ドラグーンレイトが先頭!マジソンティーケイが一気に迫る!クラビウス、ラストダンジョンは伸びが足りない!残り200だ!先頭は変わってマジソンティーケイ!いや差し返して、ドラグーンレイト!凄い一騎打ちだ!!レイトか!?マジソンか!?どっちだぁーっ!?】

『あのペースで逃げ馬か、先行馬かが勝つのはすげえな…』

「マジソン…勝ってくれ!」

 

【おっと…判定が出ました!13番!13番が一番上に乗りました!1着はドラグーンレイト!2着にマジソンティーケイ、以下三馬身差をつけて3着ラストダンジョン、4着クラビウスです。】

「ちくしょう!…マジソン、よく頑張ったよ。お前が私の中では一番だよ…」

『…負けたのに潔い良いのか?』

「さて…それじゃ見終わったことだし元のところに戻るぞ。ボルト。」

「オウ!」

ボルトはカタコトでも返事をして元に戻った。

 

~数日後~

ボルトはとある理由で牧場長を探していたが…全く見つからなかった。

 

その理由は…

「マジソン…よく頑張ったな。」

牧場長がマジソンを連れ、帰ってきたからであった。



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青き馬…事実を知る

今回はトキノミノル、セクレタリアトの解説が載っています。


~風間牧場~

長距離の王者の遺伝子を継ぐ馬…マジソンティーケイが風間牧場にやってきた。

「ほら、この前有馬記念で見ただろ?こいつがお前の先輩…マジソンティーケイだ。」

牧場長はボルトを連れてマジソンに会わせた。

『おい…ガキ…』

マジソンはボルトに話し掛けてきた。

『もしかして…あんたか?』

ボルトは驚く。ボルト以外に話せる馬はアイグリーンスキーこと、グリーンしかいなかったからだ。

『そうだ…それよりも見たんだろ?有馬記念。』

マジソンはボルトに有馬記念を見たことを聞いた。

『ん?ああ…あんた、惜しかったよな。』

ボルトは事実を話し、マジソンにそう言って慰める。

『なら話しが早い。着いてこい。』

マジソンはボルトにそれだけ言うととある場所へと歩いて行った。

『え?待ってくれ!』

ボルトは慌ててマジソンを追いかけた。

「どうやらマジソンもボルトもやる気に満ちているみたいだな…」

牧場長はそう言ってゆっくりと歩いて行った。

 

『…ここは?』

『ここは菊花賞の舞台…京都競馬場をモデルにしたコースだ。』

『まさかこれから走るのか?』

『もちろんだ。俺は阪神大賞典を次走に控えている。その為の肩慣らしだ。』

『しかし有馬記念直後だし、放牧してゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?』

『放牧前に一回やってその後、もう一回やれば実感できるだろ?どれだけ衰えたか、あるいは感覚はどんな感じかってのをな…』

『…どうしてもやらなきゃダメか?』

『当たり前だ。お前も三歳になれば菊花賞、四歳になれば阪神大賞典、天皇賞春に出るチャンスはある。その時の練習だ。』

『わかった。そこまでいうなら仕方ない。』

『よし、決まりだ。それじゃ牧場長のおっさんもいることだし…交渉するか。』

マジソンはそう言って牧場長に近づいた。

 

「ん?どうしたマジソン?」

「…」

マジソンは牧場長にタイムを測って貰うことを目で伝えようとした。

「もしかしてこのコースのタイムを測りたいのか?」

コクッ。

マジソンはそう頷いた。

「わかった…無茶するんじゃないぞ。」

 

そして二頭が並び終わった。

 

「よし。では行くぞ…!スタート!」

二頭が一斉に飛び出し、マッチレースが始まった。

 

『そういえばなんで俺の親父こと、アイグリーンスキーとあんたは俺と意思疎通が出来るんだ?』

ボルトは一馬身遅れてマジソンをマークするようについていく。

『それはお前…アイヴィグリーンの血を引いているからだな。』

マジソンは少し引き離そうとスピードを上げる。

『アイヴィグリーン?二冠牝馬のあいつか?』

ボルトはマジソンのペースに合わせ、距離を保つ。

『そうだ。俺の父母母はアイヴィグリーン…そしてアイグリーンスキーの母だ。』

マジソンは先ほどとは逆にペースを落とし、ボルトの横に並ぶ。

『なんだと?』

ボルトはマジソンの隣にいたままそう尋ねる。

『アイヴィグリーンは桜花賞、オークスの二冠牝馬でも有名だが繁殖戦績がとにかくすごい…6頭産んで6頭がGⅠを勝っている…その理由は武田先生が俺たちの声を聞き取れたってことにある。』

マジソンのペースが上がり、ボルトは再び一馬身のリードを許す。

『…』

『まあ、武田先生曰く、コミュニケーションがとれるようになるのはGⅠクラスの名馬にならないと聞き取れないらしいからアイヴィグリーンの孫…つまりグリーンやその兄弟の産駒でも話せるのは極々僅か…らしい。』

『つまりアイヴィグリーンの血があれば話せる可能性もあるってことか…』

『そうだな。』

 

ここまで1000mを通過…

「ほう…これは。」

牧場長がタイムを見るととんでもないラップが刻まれていた。

 

そのタイムは58秒9

 

二歳…しかも3000mの長距離でそんなタイムを出すのは異常とも言える。当歳馬の時点で2000mの中間…1000mのタイムが58秒2とふざけたタイムを出しているのでなんとも言えないが…それでも超ハイペースである。

「グリーンといい、マジソンといい…恵まれているとクロス…いやボルトもラッキーだな。」

牧場長はそれしか言えなかった…

 

『そういえば近年、ステイヤーの馬は種牡馬になりにくいって聞いたがあんたは大丈夫なのか?』

ボルトはマジソンに一馬身のリードを許し、そのまま維持する。

『その心配はいらない。スピードを重視している馬主じゃない風間さんはGⅠ馬で有れば必ず種牡馬登録する。』

マジソンはボルトからさらに距離を引き離そうとスピードを上げる。

『そうなのか?』

ボルトはそれに気づき、横に並ぶ。

『ああ…風間さんは気づいているんだよ。スピードを重視しても無意味だってことに。』

『どういうことだ?』

 

『三冠馬オルフェーヴル、二冠馬ゴールドシップ…この二頭の父親はステイゴールド、母父はメジロマックイーン…』

『それがどうした?』

『ステイゴールドもメジロマックイーンもGⅠ勝っているステイヤーなんだよ。』

『確かに…でもステイゴールドは長距離のGⅠは勝っていないよな。』

『ああ…だがな。ステイゴールドは武田先生曰くステイヤーらしい。』

『なるほど…ようはステイヤーで中距離のGⅠ勝っていれば種牡馬としての成績が期待が出来るってことか?』

 

ここまで2000m通過…

「あ、牧場長。何しているんすか?」

若いスタッフが牧場長に話し掛け、近づく。

「タイムだよ。あの二頭のな…」

「…ん?ん?ん!?もしかしてあれ…マジソンとクロスですよね!!?どうしてこんなことに!?」

「驚くのはまだ早い!これを見ろ!」

そう言って取り出したのは二頭のタイムだった。

 

マジソン

1000m 58秒9

2000m2分01秒1

 

ボルト

1000m 59秒2

2000m 2分01秒1

 

「クロス…速くなっていますね。」

「ああ…流石ボルトと言ったところだろう。」

 

『さて…残り1000mどこまでスタミナが残っているか見せて貰おうか…』

マジソンがそれだけ言うとペースを上げ、差を開こうとする…が

『スタミナ切れ?んなもの俺にはねえ…俺の欠点は墓場まで持っていくつもりだ!』

ボルトもボルトでしぶとくまだまだ差が開かない。

 

そんな調子で残り400m

 

『それじゃいくか!』

 

ボルトはかつてグリーンとのマッチレースをやった際に差し返したフォームに変える。

そのフォームは右前脚と左後脚を同時に、また同様に右後脚と左前脚を同時に動かし蹴りを強くする。さらに重心を低くして無駄な力を全て前に行かせ、スピードが上がる。

 

そのフォームに変わった途端…ボルトはマジソンが止まって見えた。

 

『なんだ!?』

マジソンはボルトの走りを見てこう思った…

 

あれは稲妻の末脚だと…

 

『これでゴールだ!』

そしてボルトのスピードは衰えず1着でゴールした。

 

「マジソンが負けた!?」

若いスタッフはマジソンが負けるなどと思ってもいなかった…その理由はマジソンは長距離の絶対王者で菊花賞、天皇賞春と長距離のレースを2つも勝っているからだ。

「…あり得ん。」

牧場長も牧場長で驚いていた。しかしその理由はマジソンがボルトに負けたということではなかった。

 

「3分00秒9だと…!?」

そう…そのタイムは世界レコードである。マッチレースでタイムが出しやすいとは言えボルトは二歳馬だ。牧場長は戦慄を覚えた…グリーン産駒は一般に晩成型が多く、デビューも遅い…だがこの馬はすでに世界レコードを出せる力を持っている…もしかしたら…トキノミノル、芝版セクレタリアトになるかもしれないと…

 

トキノミノル10戦10勝

史上初の無敗での二冠馬。しかしもっとすごいのはこの馬は新馬戦で日本レコードを出したチートである。

更に後の第一回安田記念を勝ったイツセイを五走連続で五回とも勝った化け物である。

そのことからもしもトキノミノルがいなければイツセイが無敗での二冠馬になっていたとも言われている。ちなみに生涯のレコードの数は7割…しかも10戦以上して無敗は日本馬としてはこの馬とクリフジだけである…

 

セクレタリアト 21戦16勝

通称ビックレッド。この馬の特徴は雄大な馬格にフォームを自在に変えられる超圧倒的な強さ…その強さはベルモンドS(2400mダート)で2分24秒という世界レコードを出したチートである。

ちなみにベルモンドSでセクレタリアト以外は2分26台が限界で2分25秒台は誰一頭もいない…




オリキャラならぬオリ馬がいろいろと出てきましたが設定を変えて行くのでそちらを参考にしてください!


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青き馬、三冠レースのビデオを見る

 マジソンとボルトのマッチレースから1ヶ月後……

『……そういえばいつ厩舎に戻るんだ?』

 ボルトがそう言うとマジソンは少し考え……

『もうそろそろ迎えがくる』

 と言い、マジソンは遠くを見る。

 

「おーいマジソン! 迎えが来たぞ!」

 牧場スタッフがマジソンを呼び、誘導させる。

『な? それじゃ先にいってくる』

 そう言ってマジソンはボルトに別れを告げた。

『頑張れよ』

 ボルトはマジソンに聞こえない程度にそう言って健闘を祈った。

 

「それじゃボルト。今日はビデオを見るぞ。着いてこい」

 しばらくすると牧場長が現れ、ボルトを馬房まで誘導した。

『今日は一体何の資料だ?』

「今日のビデオはこれだ」

 そこには、2001クラシック三冠と書かれたビデオだった。

『2001年の三歳クラシックのビデオか』

「それじゃつけるぞ」

 

 ~ビデオスタート~

【さあ入場して来ました。一番人気の無敗の弥生賞馬。天才、アグネスタキオン! 前走では二歳王者シンキングアルザオを破り、未だ負け知らずの王者であります】

『アグネスタキオン……ダイワスカーレットの親父か』

 

【二番人気は……二歳王者シンキングアルザオ。前走ではアグネスタキオンに敗れましたが朝日杯で強さは証明済みであり、二着のメジロベイリーに3馬身以上のリードを取って優勝しました……】

『マジソンの親父は確か天皇賞春が勝ち鞍だったな……』

【第61回皐月賞スタート!】

「いいか? ボルト、シンキングアルザオとアグネスタキオンをよく見ておけ」

 

【最後の直線! 最後の直線はシンキングアルザオが先頭! さあ一番人気のアグネスタキオンはシンキングアルザオに迫り、迫った!】

『凄いレースだ……』

 ボルトはそのレースの凄さを感じていた。二頭の決闘状態になったからだ。

【さあここからが勝負! シンキングアルザオとアグネスタキオンの一騎打ちだ! 他の馬はついていけない! アグネスタキオンが差す! シンキングアルザオも差し返す!】

「何度見てもここは熱い勝負だ……!」

 このビデオを何回も見ている牧場長すらも手に汗を流す。

【た……タキオンだ! タキオンが半馬身抜け出してゴールイン! 二着にシンキングアルザオ、三着にジャングルポケット】

『あと一歩及ばなかったか』

 ボルトは残念そうに声を出す。

「流石はサンデーサイレンス産駒の中で天才と呼ばれることはある。何度見ても素晴らしいレースだ」

 牧場長はタキオンをそう褒め、ビデオを早送りさせる。

 

「次のレースは日本ダービーだ。このレースはのちに府中の鬼と呼ばれるジャングルポケット、同じく白いセクレタリアトと呼ばれるクロフネ、そして我らがヒーローシンキングアルザオだ。豪華なメンツばかりだ。っと始まるぞ!」

【第68回日本ダービースタート!】

『さて、今回のレースはどう出るんだ?』

「私は馬に勝負根性をつける為に色々試した。その中で最も効率的なものが持久力を鍛えかつ瞬発力を鍛えることだった」

『そりゃどういうことだ?』

「かつて菊花賞を取ったビワハヤヒデ陣営も勝負根性の足りなさから皐月賞、ダービーで三着しか取れなかったことを悩んだ。だがそれは違った」

 

『違った?』

「グリーンの兄であり無敗での二冠馬セイザバラッドや皐月賞二着馬ナリタタイシン、ダービー二着馬ウイニングチケット──どれも瞬発力を重視するタイプの馬だった。もしかしたらビワハヤヒデ陣営は勝負根性ではなく瞬発力がないのでは? と思い瞬発力を鍛え菊花賞を勝ち取った」

『糞爺の兄貴が無敗での二冠馬か……納得出来たぜ』

「セイザバラッドは菊花賞で敗れそれから全て二着と翌年の天皇賞春までスランプが続いた。だが武田先生も気がついたみたいで調教方法を変えた。それで天皇賞春を勝ったというわけだ」

『興味深い話だ』

【最後の直線!】

『おっと、もう直線か!』

【先頭はシンキングアルザオ! やはり強い! ジャングルポケットも凄い脚だ! 皐月賞二着馬と皐月賞三着馬の対決だ! クロフネはきついか!? シンキングアルザオが先頭! しかしこれは差せるか!? ジャングルが差した! しかしアルザオ差し返した! ゴールイン! シンキングアルザオが一着!】

「結果だけ言えばシンキングアルザオは勝ったがジャングルポケットも凄い脚だった。だがアルザオはビワのように瞬発力を鍛えて勝負根性をつけたんだ。勝因はここだ」

『確かに。今の時代は瞬発力だよな。カルシオ18も瞬発力を武器としているし。もしアルザオがいなかったらもっと早くジャングルは府中の鬼って呼ばれていただろうな……』

 ボルトがそう思っていると牧場長はボタンを押して早送りをした。

 

 舞台は京都競馬場、菊花賞の舞台だ。

「菊花賞は長いから途中から見るぞ。このレースにはこの年の有馬記念馬マンハッタンカフェが出る」

【シンキングアルザオ今日は珍しく三番手の位置──と動いた! ちょっと早すぎないか?】

 アルザオ以外にも逃げ馬がいたので武田はこのままではペースを削られると思い、三番手くらいの位置にしたのだ。

【最後の直線! シンキングアルザオが二番手に上がり、そして一気に千切った、千切った、千切った! 二馬身三馬身、四馬身とリードを広げ……圧勝! シンキングアルザオ! ゴールイン! 二着にマンハッタンカフェ……なんとシンキングアルザオ、ダービー、菊花賞の二冠馬となりました!】

「ダービーと菊花賞の二冠馬はシンキングアルザオを含め三頭しかいない。一頭は無敗馬クリフジ、もう一頭はハイセイコーのライバルのタケホープ。三冠馬よりも数が少ないんだ。最もこの二頭はどっちも皐月賞出ていないから皐月賞出ていれば三冠馬になっていたと私は思う。だがアルザオは運が悪かった。アグネスタキオンという天才がいたことだ」

『……タキオンは確かに強いよな。まるで隙がない』

「だがアルザオが二冠馬となったことでタキオンの強さは値上がりしてしまった。もしタキオンが無事に三冠のレースを走ったら三冠馬になっていたと言われるようになった。だが距離の関係上、ダービーならともかく菊花賞の時点でその夢は途絶えたと私は思う。シンキングアルザオは本来長距離馬……タキオンは血統から考えると厳しいものがある」

 牧場長の言うとおりだった。アグネスタキオンの母アグネスフローラは桜花賞を勝ってオークスでは負けていることと、兄アグネスフライトがダービーを勝っている為、タキオンの適性距離が2400までと言われている。

「これでシンキングアルザオの三歳時のレースはおしまいだ。ゆっくり休養させておきたかったらしい……」

『(休養は大切とはいえJCや有馬記念を回避するか?)』

「じゃあそろそろ私は仕事に戻るぞ。お前も自由にして良いぞ……」

 牧場長はそう言って立ち去った。

『瞬発力か。糞爺に負けたのも瞬発力勝負が原因で負けたんだよな』

 ボルトは馬房でそんなことを考えているといつの間にか眠りについてしまった。



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青き馬の休暇

『さて…今日はどうするかな…』

ボルトは何もすることがなく、暇になってしまった…

『二本足で立てるか挑戦して見るか…』

などということを考えてしまったのは仕方ない…ボルトは元々人間だ。それ故に二本足で立つことを考えるのは何ら不思議ではない。

 

『よっと……とと!』

ボルトは二本足で立とうとするもバランスを取るのが難しく、四本足の状態になってしまった。

『人間の頃は簡単に出来たのにな…よし!もう一回!』

ボルトは諦めず挑戦し、二本足で立った。

『後は腰の力を使うだけだ!』

ボルトは腰の力を使い、二本足で立った。…そもそも人間というのは腰の力を使って二本足で支えている。よく腰を抜かすということわざを使うのは腰の力が抜けてしまい立てなくなるからだ。それほど腰の力とは二本足で立つのに重要な役割をしている。

 

『このまま歩いて見るか…』

何を馬鹿げたことをやっているんだ…と突っ込みたいのは山々だが実際にそんなことをやった馬はいる。

例えば五冠馬シンザンやナリタトップロードの父にして、ステイゴールドの伯父のサッカーボーイは腰の力が強くボルトと同じことをやったのだ。

 

「おーい!こっち来てみろ!あの馬二本足で立っているぞ!」

当然、観光客が二本足で立てる馬ということでボルトの元に集まる訳で観光客はボルトの柵の周りに集まった。

「凄え!マジで立っている!」

「写真とっていいかな?スタッフさんに聞いてみるね!」

女性観光客がそう言って近くのスタッフに写真の許可を取りに向かった。

『ま、当然だな!』

ボルトは上機嫌で柵内を歩き、見せつける。

 

「馬が怯えるかもしれないから、なんとも言えない…だってさ。」

「そうか…残念…っておい!」

『おいおい、そりゃねえだろ?』

ボルトは観光客のうちの一人を甘噛みして止めた。

「…これに興味があるのか?」

『そうだ!』

ボルトは頷き、カメラを見る。

「ねえ…一度撮って見る?」

「…まあ、興味がある見たいだし、携帯の動画で撮って見るか。」

そう言って観光客はカメラを直立歩行になったボルトに向けた。

『動画か…これで俺も人気者だな。そのうち俺が活躍してボルト厨とか出来そうだな…』

 

競馬ファンの中にはディープ厨と呼ばれる人間がいる。

その競馬ファンは『ディープインパクトこそが最強で絶対だ!』などと思って、競馬最強スレなどには必ず一人は出てくる迷惑な輩である。つい近年ではディープインパクト産駒の馬がステイゴールド産駒の馬に押されている現実を否定していた。

 

もちろん、無敗の三冠馬である以上はディープインパクトは強い…が中山や馬体を併せると弱いという弱点がある。弥生賞ではブエナビスタの兄とは言え、一重賞馬のアドマイヤジャパンに勝利したものの鼻差の大苦戦だったり、皐月賞ではスタートに失敗したり、そして三歳時の有馬記念ではJC二着のハーツクライに負けた…この三レースは中山で行われた。これだけあげればディープが中山に弱いか十分だろう。またそのうち二回は馬体を併せたレースだった。

また凱旋門賞も馬体を併せてしまい、直線での伸びが足りなくなってしまった(どのみち伸びてもドーピングで失格だが)…つまりディープインパクト攻略法は馬体を併せてしまえばハーツクライ並の実力があれば勝てるということだ。

 

ただディープ厨はあの大外の強烈な追い込みに惹かれてしまい、他の馬を否定してしまうのだ。ディープインパクトは間違いなく現役時代は最強だろう。だがそれが種牡馬の成績につながることはほとんどなく、例外と言えば海外馬のシアトルスルー、ガリレオ、そしてカーソンユートピアくらいのものだ。

 

ちなみに同じ無敗の三冠馬シンボリルドルフはディープとは違い、東京が弱点だった。旧4歳時のJCではその年の宝塚記念馬カツラギエース、旧5歳時の天皇賞秋では後の安田記念馬ギャロップダイナ…どちらも東京の競馬場で行われたものである。

 

だがルドルフはJCでは体調不良、騎手の判断ミスなどの理由で敗北、天皇賞秋は最悪とも言える大外(他の馬なら出走取消をするほど最悪なポジション)で出走…しかもルドルフ不利のハイペースで追い込み馬有利となって敗北したが当時のマイル最強馬ニホンピロウイナーに先着している。ルドルフが評価されるのはこの負けた2レースが内容のある負け方をしていることと、同世代に後のマイル最強馬ニッポーテイオーを抑え、宝塚記念を勝ったスズパレードもいることから評価されるのだ。

 

『ま…明日が楽しみだ。』

ボルトはそう言って二本足で歩いた。

 

~翌日~

先日の観光客のおかげで風間牧場には人が賑わっていた。最も先日のような一般の観光客ではなく馬主、調教師、騎手などが集まっていた。

「あれが…2歳馬にして二本足で立てる馬。ボルトチェンジか…金10億払えば譲って貰えるか?」

馬主は強い馬がいれば金になるし、その為で有れば日本の生産界も無視して外国産馬を取り入れる。ちなみに馬の価値で10億円というのは超良血馬をセリ争った結果でも滅多に出ない価値だが…風間はそれを提案されたところでその100倍の1000億円を要求するはずなので無駄である。

 

「あいつの話題が強過ぎてこっちには注目していなかった…もし、もう少し早ければうちに預けられたのかもしれない…」

ここで一人の調教師がそう言って残念がる…この調教師はカルシオ18を巡って他の調教師と勝負したのだが…負けてしまった。2歳馬である以上はもうボルトの調教師は決まっているだろうし、転厩させて自分のところに預けさせようにも風間は強情なので絶対に転厩させない…そう考えると非常に残念なことをしてしまったと後悔する。

 

「いつか武田先生や風間さんに頼んで乗らせて貰おう…」

当然こう考えるのはこの場にいた騎手達である。

理由なしで強い馬に乗らず弱い馬に乗るのはただの馬鹿でしかあり得ないからだ。

 

そしてしばらくすると…風間と牧場長、そして武田が現れた。

「何の騒ぎだ?」

武田は一見、集まった人々に聞くようで、ボルトに尋ねた。

『調子こいて二本足で歩いた結果こうなった。』

「武田先生!もし、この馬の主戦騎手が決まっていなければ私を主戦騎手にして下さい!」

「なるほどな…」

武田はボルトの言ったことと騎手の言ったことを同時に理解した。

 

「風間さん、騎乗は誰にします?」

「一人ずつ乗せて行ったらどうだ?それでボルトの力を引き出せるような騎手に任せる…武田先生。後は頼みましたよ。」

風間はそういって傍観に徹した。

「わかりました…」

武田は自分でボルトの主戦騎手を決めることにした。




ここで一言断って起きますが私はディープ厨でも、ルドルフ厨でもありません。
しいて言うならばミノル厨(トキノミノル)でしょうか…?

私がミノル厨だと言えるのは
・逃げ馬であり無敗の二冠馬
・イツセイ、ミツハタなどをGⅠクラスの馬達を蹴散らした。
・圧倒的なレース
・レコード7回
・皐月賞の人気率歴代一位(ディープは二位)
と言ったところに惹かれたからでしょうか。こんな馬2度と現れる訳ありませんし…史上最強馬と呼ばれてもになってもおかしくないと思うのですが20世紀の名馬ランキングなどではナリタブライアンが一位でミノルはトップテンにも入らないという現実です(泣)昔すぎてミノルが何なのかわからないのが原因でしょうね…


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青き馬の主戦騎手

~風間牧場~

「それじゃ次の騎手」

あれから数分、騎手達はボルトに乗ったがボルトの感想はイマイチだった…

『ダメだ…しっくりこない。』

とにかく騎手がダメダメだった…ボルトはかつて実力を見せる為にすでに騎手を引退している調教師の武田を乗せたがその方がまだマシだった…

 

しかし武田は元名騎手として知られている上に、引退してからまだそんなに年月は立っていないためブランクも少ない。調教師としての能力はまだまだ未熟だが騎手としての能力ならトップジョッキーとほぼ変わらない為騎手達は運が悪かったとしか言いようがない…

 

『全くどいつもこいつも…おっさんのようにいい乗り方を知らねえのか?』

「全くどいつもこいつも…ボルトにとっていい乗り方を知らねえのか?」

二人(正確には一頭と一人)がそう言うとこの場にいた大半の騎手は武田を睨む…

「それじゃ武田先生…貴方は、ボルトチェンジに限らず全ての馬を満足させられる乗り方を知っているんですか!?」

下位リーディングの騎手の一人がキレると皆が揃って

「そうだそうだ!」

「グリーンの元騎手だからって調子のんな!」

などのヤジが飛ぶ…これらは皆下位か中の下のリーディングの騎手達の言葉だ。

「だったらこいつの声を聞いてみろ。俺はこいつの言いたかったことを代弁したにしか過ぎねえ…」

「な、何だと!?」

そう言って一人の騎手が武田に掴みかかるが…武田はロジユニヴァースの復活劇並みに鮮やかにその騎手を投げ飛ばした。

「わかんねえ奴らだな。馬の気持ちも理解しねえで馬の力を引き出せると思っているのか?」

「馬はペットじゃない!馬の気持ちなんぞわからずとも勝てる!」

「馬ってのは生き物だ…当然怯えもするし、緊張もする…その結果入れ込んだりして力が出せなくなる。騎手ってのはレース本番での不安要素を取り除くからいるんだ。てめえらはそんなことも理解できねえから上位リーディングにも入れねえんだろうが!!」

「う、うるさい!」

 

『見苦しいもんだな…』

ボルトがそう呟くと一人の騎手が口を開いた。

「見苦しいもんだな…」

全員がその言葉に反応する。上位リーディングの騎手は全員それに賛同して、それ以外の騎手は睨みつけ、武田とボルトは驚いた目で見る。

「この馬が見苦しいって言ったんだよ。俺も半分そう思っていたがまさかここまでシンクロするとは思わなかった。」

「橘…お前って奴はそこまで成長したのか?」

「ええ…お陰様で。」

ボルトのセリフをそっくりそのまま同じセリフで言ったのは橘銀治郎という騎手で上位リーディングにいる騎手だった。

「よし、橘。お前ボルトに乗れ。」

武田はそう言って橘をボルトに乗せた。

 

『おっ?今までの騎手とは違うな?』

ボルトは今までの騎手とは段違いに橘の乗り方がうまいことを実感した。

「なるべくお前に限らずとも馬の力を引き出すのが俺の仕事だからな。」

『あいつらが下手すぎただけか?』

「かもな…それじゃ1600m走るか!」

『了解!』

そして橘を乗せてボルトは走り出した。

 

「なあ、ボルト…マオウについてはどう思う?」

橘がいきなりそんなことを言い出した。

『魔王?フィクションの話か?』

「違う違う…わかりやすく言えば今話題のカルシオ18のことだ。《馬王》とベートーベン作曲の《魔王》をかけてマオウって名付けられたらしい…」

『なるほどな…しかもそんな名前だと珍名として人気を集められる。考えたな。』

「なんでも服部さんはカルシオの名前の由来となった世界一のピアニスト、カール・C・オールディーその人とともにカルシオ18の名前を考えてつけたらしい。」

『凄えなそりゃ…にしても疑問に思わないのか?』

「何が?」

『俺が歴戦の古馬並みのペースで走っていることについてだ。』

「ん?そうか?お前ならペースを自在に作れると思ってな。」

『いや…そこまで見抜くのはあんたが初めてだ。武田のおっさんもそこまでは見抜けなかった。』

「そりゃ光栄だ!」

そしてボルトは走り終え武田のところへ駆け寄った。

 

「感想は?」

『もう主戦騎手は橘で文句は言えないな。』

「ボルトの主戦騎手になれればぜひ乗らせて下さい!」

「決まったな…」

 

「「ちょっと待って下さい!」」

二人の上位リーディング騎手が口を挟んだ。

「ん?お前達はクラシックの本命の馬に騎乗する予定だろう?ボルトを乗せるにはちょっとな…」

「確かにベネチアライトに騎乗する予定ですが…マオウに勝つにはボルトの力が必要なんです!だから僕を主戦騎手にお願いします!」

この騎手はかつてマオウにボコボコにされたベネチアライトの騎手だった。マオウに勝つにはボルトしかいないと感じており、それに乗りたがるのは当然だった。

 

「僕は二歳女王ベッドナイトルームに騎乗しますが牝馬かマイル路線しかローテンションを組んでいませんのでどうか僕をボルトの主戦騎手にして下さい!」

二歳女王がクラシックあるいは古馬路線を勝つことは珍しくなくなってきている…ウオッカにしてもブエナビスタにしてもそうだ。この二頭は阪神JFを勝っている。二歳女王の騎乗権捨ててまでボルトに乗りたがるのはボルトが異常な強さを持つと確信していたからだ。

 

「橘お前は?」

「俺は今年引退するラストダンジョンを境目にクラシック路線の縁はなくなりますね。強い馬は短距離やマイル路線、そしてダート路線に偏っています。ですからボルトの主戦騎手になれたらクラシックはボルトを最優先に考えることができます。」

「そういうことだ。橘で決まりだ…」

「「…わかりました…」」

二人を初め、その他の騎手もその場を立ち去った。

 

「さて…カルシオ18ことマオウについてだが。どう思う?」

武田がボルトと橘にマオウについて聞いた。

「ラストダンジョンをめちゃくちゃにパワーアップしたような感じです。逃げて勝つしかありません。」

『マオウの対抗策が必要だな…』

「その通りだ…だが単純に逃げるだけじゃ勝てない。馬体を併せ、あの豪脚を封じるしかない…カルシオもディープも馬体を併せると弱くなるからな…」

『あの馬鹿げた末脚は封じたとしても俺よりも速いはずからそれをどうにかするかが鍵だな…』

その後、一頭と二人はマオウの対策法を夜まで考えた。



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青き馬、春の重賞レースを見る

~数週後~

ボルトは馬房でとあるレースを見ていた…それは三歳クラシックの本命を占うには欠かせないレース、弥生賞だった。これまで無敗の三冠馬達の二頭、シンボリルドルフ、ディープインパクトもこのレースを勝ってきたのだ。

『今年はどんなレースになるんだ?』

 

【一番人気は二歳王者ベネチアライト!朝日杯で7馬身差で勝ったことがやはり人気の理由でしょう…】

『マオウに負けた奴が何を言っているんだか…このレースは雑魚ばかりだな』

 

【さあ、レースが始まりました。ベネチアライトがすーっと行きまして、逃げます、とにかく逃げます!そしてそれに続いて3頭の馬が並び…今併走した!】

『…いくらなんでもこれは速すぎる!!』

ボルトはベネチアライトの異変に気がついた。

「オウナ!」

ボルトは思わずカタコトとはいえ日本語で怒鳴り止めさせようとするがテレビに怒鳴っても無駄である。

 

【さあ、ベネチアが先頭で…あ~っ!?ベネチア故障発生!】

ベネチアライトが故障を発生すると、他の馬もそれにつられ…

【そしてその他の馬も故障!とにかく故障!なんということだ!出走馬4頭が故障発生!】

「イワンコッチャナイ!」

ベネチアライトのバカペースに釣られ、他の馬達も故障してしまったのだ。

【し、史上最悪の弥生賞を制したのは8番人気のトーマ!トーマが制しました…】

 

『一体何が原因なんだ…?あの中には上位リーディングの騎手の野郎が騎乗しているんだ。一頭だけならともかくあんなに故障するのは初めてみた…』

【ベネチアライト騎乗の柴又騎手が出てきました…一体何があったのでしょうか?】

 

「マオウだ…あいつのせいでベネチアライトは潰された。ベネチアライトはマオウに負けた。あまりにもショックがデカく暴走してしまったんだ。」

【マオウと言いますと…カルシオ18のことですね。】

「ええ…あいつは化け物ですよ。おかげでベネチアライトはもう暴走することしか出来なくなってしまった…今回の弥生賞で暴走しないかどうか確かめるためにこのレースに出したんです…がご覧の有様です。ご迷惑をかけて申し訳ありません…」

【では何故他の馬が故障したと考えられますか?】

「ベネチアライトをマークし、それについて行こうと考えたからだと思います…ベネチアライトは二歳王者ですから…」

そう言って騎手こと柴又はその場を立ち去った…

 

『あんな騎手乗せなくて正解だったな。』

ボルトがそう思うのは無理なかった。柴又を乗せたら自分も故障する可能性も高くなるから乗せたがらない…そのようにして騎手の稼ぎは減っていく。騎手も信頼が大切だということだ。

 

~二週間後~

そしてそれから二週間が経ち…マジソンのレース…阪神大賞典のレースのパドックだ。

 

【1枠1番、一番人気はこの馬だ!長距離の絶対王者…マジソンティーケイ!】

『マジソン…キーストンやベネチアライトの二の舞にならないでくれよ…』

 

【3枠5番マジソンの最大のライバル、ラストダンジョン!一昨年のダービー馬の末脚が魔術師に届くのでしょうか?現在二番人気です!】

『橘が騎乗するんだったよな…この馬。』

 

【さあ、各馬ゲートインして…阪神大賞典スタート!前走有馬記念で鼻差の2着と連対に入っているマジソンティーケイですが現在二番手から5馬身離れて先頭を走っています。一方有馬記念で3馬身差の3着とマジソンに遅れをとったラストダンジョン。今回果たして勝てるのでしょうか?現在最後方にいます…】

 

【マジソンが他の馬をさらに突き放し7馬身差をつけたところで1000mを通過!通過タイムは1分1秒…これは遅い!超スローペースだ!各馬マジソンに詰め寄り…抜いた!いやラストダンジョンはマジソンとの距離をある程度残した!1500mを通過したところで先頭はタルトセイチ!】

『おかしい…速すぎる。故障発生までとはいかないが…相当ヤバイ。』

ボルトは違和感に気がついた…1000mのラップは1分2秒であるのに1500mのラップは1分27秒台…つまり差し引いた500mをマジソン以外の馬は25秒よりも速く走っている計算になる。つまりかなり速いペースで走っていることになるのだ。

【さあ最後の直線だ!タルトセイチが先頭!このまま押し切るか?いや…マジソンとダンジョンが来ている!やはりこの2強だ!】

『末脚勝負となればダンジョンの方が有利だ…マジソンはどう覆す?』

【おっと!?ダンジョンのいつもの末脚がない!】

唯一作戦に引っかかなかったダンジョンも全く影響しなかった訳ではなく多少ペースが上がっていた。ただそれだけならマジソンを抜くのには問題はなかった…問題はボルトに敗れて以来マジソンも脚を鍛えて来たのだ…ボルトがグリーンに負けたように…

【圧勝、マジソンティーケイ!マジソンティーケイ1着!2着にラストダンジョン…そして大差をつけてタルトセイチ3着!】

その後、マジソンティーケイはトーホウジャッカルが出した公式の世界レコードを更新したことがわかり確実に強くなっていることが分かった。

 

『マジソン流石だな。にしても橘騎乗のダンジョンも相当強いな…マジソンがパワーアップしていなかったら負けていたぜ…』

ボルトはマジソンに敬意を払うとともに橘がいかに優秀な騎手か考えさせられた…



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青き馬の出会い…

~3月5週~

『ぬぉぉぉぉお!』

ボルトは牧場の坂路施設を使いトレーニングを行っていた。

「凄いなボルト。あれだけの力を秘めているのか」

牧場長がそう言ってボルトを褒める。

「ん?雨か?いかんな……」

しかし途中で雨が降り牧場長はボルトを始めとした馬達を馬房へ入れた。

 

『チッ、ついていない……』

ボルトはそう言わざるを得なかった…せっかくトレーニングをしていたのに雨によって水を差されて機嫌が悪くなっていた。

 

『ねえ、貴方…』

ボルトの馬房の隣にいた牝馬が声をかけて来た。

『ん?お前は?』

ボルトは自分やマジソン、そしてグリーン以外で話せる馬がいることに驚いた…

『嫌ね…同世代の牝馬ミドルテンポよ…知っているでしょ?』

これまで牝馬ことミドルはボルトの練習に少しでも着いて行こうとしたがボルトの練習量は多過ぎて着いていけなかった…その為ボルトのことが気になっていたのだ。

『知らん。』

しかしボルトは彼女のことを知らない…何故ならいつものボルトの相手は自分よりも年上の馬ばかりで同世代など覚える必要などなかったからだ。

『ええっ!?この牧場で同世代達のなかでは貴方を除けば1番速いのよ!!武田先生も私のことを褒めていたのよ!』

ミドルはボルトの練習量に着いて行く為に努力もした…その結果同世代の中ではボルトを除いて1番速くなり、喋れるまでに成長したのだ。

『知らん者は知らん…』

しかしボルトはそんなことを言われても知らないものは知らない…それ故の言葉だった。

『もーっ!!意地悪っ!』

ミドルは拗ねてそっぽ向いてしまった。

『だが…同世代に喋れる相手がいるというのは悪くないぜ。』

ボルトはそう言ってボルトなりにミドルを励まそうとした。

『ホント?』

ミドルはボルトの言ったことに少し元気出した。

『ああ…だから元気出せミドル。』

『うん!』

 

『そういえば、お前の血統はどうなんだ?』

『血統?お父さんは皐月賞馬カノープス、お母さんは未出走のオルガンフジンだよ。』

『じゃあ先祖にアイヴィグリーンって馬はいるか?』

『えっと…お父さんのお父さんのお父さんのお母さんがそんな名前だった気がする!』

『(やっぱりか…)そうか。すまないなそんなことを聞いて。』

『ううん…気にしないで!』

 

『それじゃテレビでも見るか』

ボルトは馬房に取り付けられたテレビのスイッチをつけた。

 

するとテレビに映っていたのはドバイの中継だった。

『なんだこりゃ…』

というのもドバイでとある日本馬が話題になっていたからである。

『こいつは確か…有馬のドラグーンレイトだったけか?遠征していたのか…』

そう…去年の変則三冠馬かつ有馬記念馬ドラグーンレイトだ。

ドラグーンレイトは去年キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドS、凱旋門賞、BCターフの3レースで全て2着という結果に終わったが全て1着は無敗のまま引退したウィンアップという馬だった。…つまり現在ドラグーンレイトは世界最強馬として知られているということになる。

 

有馬記念で二番人気になったのは調整失敗、騎手の乗り替わりなどの不安要素が多かったからだ。だが今回はその心配もない。今回は万全の状態でレースに臨むことが出来るが故に最有力候補に上げられたのだ。

 

「さて…行くぞ!レイト!」

ドラグーンレイトの主戦騎手の織田信義がレイトに声をかけ騎乗した。

 

【さあドバイシーマクラシックの本馬場入場です…】

 

ドバイシーマクラシックとはステイゴールドが当時の世界最強馬ファンタスティックライトに勝ったレースである。

 

ファンタスティックライトは2000年、2001年のワールドシリーズ・レーシング・チャンピオンシップ総合優勝、2001年カルティエ賞年度代表馬及び最優秀古馬、エクリプス賞最優秀芝牡馬に輝いた名馬である

 

しかし日本での評価は

 

テイエムオペラオー>歴史的名馬の壁>ステイゴールド≧ファンタスティックライト

 

となってしまう。

 

これには理由がある。ファンタスティックライトは余裕とも言えるレースで遥かに格下であるステイゴールドに負けたからだ…しかもホーム(馬自身が所属している国)であるUAEのドバイで。

 

海外遠征は基本的に力を発揮出来なくなる。しかしホームとなれば力を発揮できる。ステイゴールドは前者なのに対し、ファンタスティックライトは後者である…つまり力を発揮出来たファンタスティックライトは力を発揮出来なかったステイゴールドに負けたということになる。

これがJCの舞台である日本ならば立場は逆転し負けても仕方ない(事実二頭を除いた凱旋門賞馬がJCに優勝していない)と言えるが…ホームで負けるのはあまりよろしくない。故に成績面はともかく素質のみでいえばステイゴールドはファンタスティックライトに勝ると言えよう。

 

しかしそんな歴史もあるが残念なことに日本以外では大して有名ではない上に欧州の競馬場とは違い作られた競馬場であることから日本馬やドバイの馬が有利になりやすく海外の有力馬は集まらない。ドラグーンレイトが最有力候補されてもおかしくないというものだ。

 

【さあ各馬ゲートインしました。ドバイシーマクラシックスタート!】

『そういえばこのレースって何mなんだ?…12ハロンだったから1ハロンで約200mと換算すると約2400mか』

もう少し正確にいうならば2410mである。

『へえ~計算も出来るんだ!』

ミドルはボルトが計算することに驚く…というのも馬、それも競走馬である以上はそう言った教育が必要ないからだ。

『ん?そりゃ勝つ為には覚えるだろ?』

実際には前世の恩恵なのだがいう必要もないので適当にごまかした。

『じゃあ今度暇な時教えてよ!』

ミドルはそう言ってボルトに計算を師事することを頼んだ。

『暇な時な』

ボルトも教えても別に悪くないと思い、暇な時に教えることにした。

 

【さあ単独で逃げるのはこの馬、ドラグーンレイト、1番人気の評価に答えられるでしょうか?】

レイトはとにかくサイレンススズカのように逃げ、しばらくすると──

【ドラグーンレイト、二番手の位置からすでに10馬身以上の差が開き、直線に入りました!これから、これから、これから!ドラグーンレイト強い!更に差を開く!そして何と12馬身差をつけてドラグーンレイト1着で世界レコードです!2分22秒3!】

内容は完勝、そして世界レコードを塗り替えるという記録だった。

『凄~い!!ねえ見た!?あの馬!!あんなに大差をつけて勝っちゃったよ!』

ミドルは大興奮、ボルトにそう言って騒ぐ…

『2分22秒3か……(確かJCでアルカセットが出した記録が2分22秒1。遠征補正も含めて考えると)凄えな』

こうしてドバイシーマクラシックはボルトも感心してしまうほどのレースで終わった。



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青き馬、1世代上の皐月賞を見る

~皐月賞当日~

そして…それから数週間が過ぎ大波乱となる皐月賞の本馬場入場が始まった。

【朝日杯FS2着、共同通信杯1着、スプリングS2着と善戦、その名前もサードメンタル!現在3番人気です!】

『こいつは血統面で言えば間違いなく中距離があっていそうだな…天皇賞秋馬と秋華賞馬が両親…対抗だな。』

 

【1番人気は2歳GⅠのポープフルS、そして前走スプリングSを勝ち、現在無敗のトロピカルターボ!】

『ポープフルSって…偶数年でないと縁起が悪いはずじゃないのか?』

実際その通りであり偶数年のポープフルS(ラジオたんぱ杯)を制した馬は変則三冠馬ドラグーンレイトや無敗の皐月賞馬アグネスタキオンなど様々なGⅠ馬が制している…だが奇数年になるとそのレース以降GⅠは勝てなくなるというジンクスがある。

 

【続いて牝馬で唯一皐月賞に出走する馬…リセット!なんと前々走は3歳の新馬戦、そして前走は若葉S…どちらも勝っており現在2番人気です!】

『しかしこのリセットって牝馬も気になるな…2戦2勝と戦績の数はイマイチだが皐月賞トライアルの若葉Sを勝っている…パソコンでも使えれば良かったんだが…流石に無理だな。武田のおっさんも橘もいない以上は考えるしかないか。』

 

【そして4番人気は悲劇の弥生賞を制した馬、トーマ!】

『あの弥生賞か…ベネチアライトがいない以上はそうなるか…』

 

【おっと?トロピカルターボ、ゲートインを嫌がっています…ああ、大丈夫です。ゲートに入りました。さあ皐月賞スタート!】

 

【トロピカルターボが出遅れ、最初に先頭に立ったのはベネチアライトの元主戦騎手の柴又騎乗のリセット、5~6番手にサードメンタル、11~12番手にトーマ、そして最後方に無敗のポープフルS馬トロピカルターボ…有力馬達がバラバラに進んで1000mを56~57秒で通過…これはハイペース!明らかにハイペース!前の馬にはかなり厳しい展開でしょう…】

『おいおい!速すぎだろ!?』

余りのハイペースにボルトですらそう言わざるを得なかった…というのもこのレースはこれまで見た中でもっとも速いペースで走っていたからだ。

 

【さあ最後の直線!リセット先頭、リセットだ!牝馬のリセット先頭!】

『まさか…!』

【どうした!?リセット以外全頭ヨレた!】

それはカブラヤオーの日本ダービーを見ているようだった…そのレースは直線に入ると全頭がヨレてカブラヤオーはそのまま誰にも差されることなく先頭でゴールした…

 

だが今回のレースで決定的に違うのは牝馬が先頭であること。

そしてその牝馬は全くと言っていい程ヨレていない。

 

…おかしいと思っても仕方ない。むしろ正常なので病院へ行く必要もない。おかしいのはこのリセットだ。

 

【なんということだ!牝馬のリセットゴールイン!72年ぶりの牝馬の皐月賞馬が誕生した!】

『…』

そして伝説はここから始まった…

 

リセットの新馬戦は去年行われたものではなかった…今年の3月2週の土曜日…悲劇の弥生賞の前日がデビューだった。

 

~3月2週土曜日~

 

【逃げ切った!リセット一着!なんとコースレコード!】

柴又はリセットの新馬戦でコースレコードを出したのだ。しかも逃げ切ってだ。

「(これは凄い…!ベネチアライトにも使えるんじゃないか?)」

柴又はそう思い、ベネチアライトとリセットを同一に見てしまったのだ…それがベネチアライト故障の原因だった。

 

「柴又君、次走は若葉Sだ…わかっているね?」

若葉Sは3月の4週の土曜日に行われる皐月賞のレーストライアル…つまり牝馬限定レースの桜花賞に向かわず牡馬がいる皐月賞を狙おうとしていたのだ。

「えっ?しかし、あの馬は牝馬ですよ?」

当然柴又はきつすぎるローテと牝馬の皐月賞馬が半世紀以上いないというジンクスもあり無理だと聞き返すが…

「あんなレースを見せられたら流石に牡馬クラシックに出してみたいと思うだろう?」

馬主はその圧勝ぶりに惚れたのかそういった、

「…わかりました。(プレッシャーかかるな…)」

 

~二週間後~

そしてそれから二週間が経ち…土曜日…若葉Sのレースが始まり、最後の直線となった。

【リセット!リセットがまだ先頭!ここから伸びるぞ!リセットさらに突き放す!リセット一着でゴールイン!リセット今度は二着に大差をつけて圧勝!】

「リセット…まさしくそうだな…お前の名前がようやくわかったよ。」

柴又はリセットという馬に縁を感じた。リセットはセリで提示額の100万で売られ…血統、馬体ともに幼少時のシアトルスルーやサンデーサイレンスのように決して褒められたものではなかったが故の値段だった。

 

リセットの父ファイナルキングはダート馬で地方の種牡馬だ。母親も地方馬だが未出走の馬で走れるとは言い難い馬体だった。それもそのはず…リセットの母父にあたる馬は超一流馬ディープインパクト…の代用としてマイラーのダイワメジャーだった。

 

ダイワメジャーはマイル馬としては一流だが無敗の三冠馬ディープインパクトに劣るという印象があり少なくともマイル…しかも地方特有ダートの競馬場で到底走るとは思わなかったのだ。事実、ダイワメジャーの産駒は短距離やマイル路線しか活躍していない。

その上リセットの母は調教途中に骨折してしまいそのまま未出走で繁殖牝馬となりリセットの他にこれまで4頭の馬を生み出したが…どれも馬体と態度だけがデカく優秀とは言い難い成績だった。

 

「リセット。ベネチアライトに騎乗したのはいいが故障させてしまい、馬主さんの信頼も落ちてしまった…そんな俺をリセットしてくれるんだな?」

ベネチアライトの故障によって不名誉な名声を得てしまったがリセットに励まされた気がした…自分に乗って名誉挽回して欲しいと…

 

リセットの馬主はリセット自身の身体に不安要素があり故障してもリセットの父父…トウカイテイオーのように復活して欲しいと願いリセットと名付けた。

 

こうして三歳牡馬クラシックに一頭の牝馬リセットが有力馬として上げられ…ついに皐月賞馬となった。




Wikipediaでラジオたんぱ杯→ポープフルSと変わっていましたのでこちらもポープフルSに変えました…


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青き馬、同世代の牝馬の動きを見る

~天皇賞春当日~

そしていよいよ…マジソンが天皇賞春の2連覇をかけた日がやって来た。

 

これまで天皇賞春の2連覇を達成している馬はメジロマックイーン、アイグリーンスキー、テイエムオペラオー、シンキングアルザオ、フェノーメノの5頭と三冠馬の数よりも少ない…と言うのも残念なことに、かつて天皇賞は勝ち抜け制度(天皇賞を勝った馬は2度と参加することはできないというルール)があり2連覇は出来ないようになっていたのだ。だがそれをやめて現在のように天皇賞春の2連覇馬が複数頭いると言うわけだ。

 

しかし近年…それも日本ではステイヤーの馬よりもスプリンターの馬が好まれるので長距離である天皇賞春のみを勝ち鞍にしている馬は他のGⅠ馬よりも冷遇されやすい…

 

風間の考えでは逆にそのようにしているとスプリンターの馬が生まれ過ぎて、馬なのにスタミナ不足になると考えている為なるべくステイヤーの馬を産ませようとしている…

 

では何故ボルトはそんな血統を好んでいる風間牧場から産まれたにも関わらず当初距離不足と判断されていたのか?それは…胴の長さと脚の長さの比が関係している。

 

ボルトは脚が長く、スタミナが長く続くステイヤーよりもかなりスピード重視のスプリンター寄りの体格だったからだ。血統面などを配慮してもせいぜい2500m前後が限界と感じるのは無理なかった。

 

話は逸れたが要するにグランプリである宝塚記念と有馬記念…海外勢が集まるJC、そしてマイル路線からやってくる天皇賞秋…近年の春の天皇賞はそれらに比べるとどうしても低レベルになってしまうのは仕方ないと言える。

 

【3枠5番、同レース2連覇に向けて快速のレコードを叩きだし絶好調、本日1番人気のマジソンティーケイ!単勝オッズは1.2倍!】

『先輩~っ!頑張って!』

『ミドル…少しは自重しろ。』

 

【5枠10番、前走快勝。去年の菊花賞馬が長距離の王者に挑む!現在2番人気クラビウス、単勝オッズは5.5倍です。】

『単勝オッズが酷いな…それだけマジソンが強いのか?』

『ボルト、それは当たり前でしょ?だってあの先輩は長距離の絶対王者なんだよ!』

 

【6枠11番、一昨年のダービー馬が天皇賞連覇達成するか?現在3番人気ラストダンジョン。単勝オッズ8.9倍です。】

『前走の敗北と距離適性が原因か…陣営は何を考えているんだ?』

『確かにね…』

 

【さあ春の盾を奪うのは誰だ…いよいよ今年の古馬中長距離GⅠ初めてのスタートです…各馬一斉にスタート!】

『…少し飛ばして見てみたいもんだが…まあ仕方ないか。』

『あっ、先輩が一番手に出た。』

『元々マジソンは逃げや先行を得意とする馬だしな。有力馬二頭が末脚勝負となるとペースを握った方が断然有利…』

『なるほど…』

 

【さあ、現在マジソンが馬群から5馬身ほど差をつけた。これはちょっと飛ばし過ぎじゃないか?】

『先輩らしくないわね…こんなミスをするなんて…』

『いやそんなに飛ばしてはいない。むしろスローペースなくらいだ。俺があの場にいたらマジソンよりも前にいなきゃ勝てない。』

 

【さあマジソンティーケイが1000mを通過しました。そのペースは1分4秒…超スローペースです!これは遅い!】

『な?言っただろ?こいつらマジソンのレースを何回も見ているくせに何でスローペースになるかね?』

『ダンジョンとクラビウスよ…あの二頭が意識しあって他の馬もそれを気にしている。二頭はともかく他の馬は先輩なんかまるで眼中にないみたいだわ。』

『一番人気がノーマークって…ただの馬鹿じゃないか?』

『いや逆よ…あの二頭が動けば他の馬達は動く…本当にペースを握っているのはあの二頭…先輩は自分をマークしている先行馬達を潰しているにしか過ぎないわ。』

 

【さあ、直線に入り、現在先頭はマジソンティーケイ、クラビウスとダンジョンをはじめとした差し馬達がグイグイと来ている。先行馬はマジソン以外はもうダメか?】

『確かにそうだったな…しかし、マジソンは規格外に強い…少なくとも阪神大賞典からさらにレベルアップしているはずだ。』

【マジソン先頭!5馬身以上のリードを保てるか!?しかしクラビウスが来た!クラビウスがすごい脚だ!ダンジョンも伸びる!その差は2馬身まで縮まった!】

『先輩!頑張って!!』

 

【しかしマジソン1馬身半のリードをつけて1着でゴールイン!天皇賞春2連覇達成!この馬に長距離で敵う者はいない!!】

『長距離になるとやっぱり強えな…マジソン。』

『先輩やった~!!』

 

ボルトはテレビを消した。

 

『そう言えばミドル…お前の走り見てなかったな。今度見せてくれないか?』

ボルトがそんな事を言い出し、ミドルの話題を持ち込んだ。

『じゃあ明日見せる代わりに、ボルトも見せてよ…』

ミドルもボルトの走りが気になっていた…というのはミドルとボルトのトレーニングは明らかに違う。ミドルは3歳牝馬の軽めの調教だとするならばボルトのはもはや拷問だ。次に走る歴戦の古馬と同じ距離を一度走り、そのまま古馬と走って勝負根性をつけるといった事をやっているのだ。

 

『わかった。だけどあまり面白いものじゃないぞ?』

『こっちほど面白くないものはないわよ?』

二頭はそんな話をして一日を過ごし…翌日。

 

『それじゃ、行くわよ。』

ミドルが走ると同じ風間牧場の牝馬と併せ馬をした。

『ん…?あの馬は確か去年のオークスと秋華賞を勝ったガールズハートじゃないか?風間牧場にいたのか…』

ボルトはミドルと共に走っているのがGⅠ馬だと知り、多少驚く…

『…さすが牝馬二冠馬、2歳牝馬には負けないってか?』

ミドルの走りがあまりにも普通だったので違う方向へとその目は向いてしまった。

『カーブで追いついたか…あん?』

ボルトはミドルの異変に気がついた…

『手前を変えていない…?』

そう手前を変えていないのだ。手前を変えないと疲れが出てきてしまい、スタミナ切れを起こすのだ。これが原因で勝てない馬もいる。だが七冠馬シンボリルドルフは手前をギリギリまで変えずに我慢した。ミドルはそのタイプだったのだ。

『ようやく変えたか…』

そして直線に入るとミドルは手前を変えて、ストライドも変わりスピードが段違いに上がってガールズハートを抜いた。

『おいおい…これって…!?』

ボルトが驚くのは無理なかった…ミドルの今の走りはまるで現役時代のディープインパクトが走っていたかのように見えたからだ。

 

『ブエナビスタかよ…』

ブエナビスタ…その馬は女版ディープと呼ばれる豪脚を持ち、阪神JFでは直線のみで最後方から全ての馬を抜き去った伝説がある。ボルトのミドルに対する評価はブエナビスタ級だと判断された。

 

『さ、今度はボルトの番よ!』

ミドルが近づき、ボルトにそういった。

『仕方ない…俺も適当なGⅠ馬でも見つけるか…あいつが良いか。』

その馬は現在短距離王と呼ばれるマークファンライスだ。この馬はダイワメジャー産駒の馬で風間牧場生まれではないのだが…休養でここに来ていたのだ。風間はSS系は嫌いだがあくまで自分の所有する馬たちの中にSS系の血が入っていると我慢ならないだけなので風間牧場にSS系の馬がいること事態はそんなには問題にはしていない。

 

ボルトはマークファンライスと並び並走した。当然ながらマークファンライスはボルトを意識し始め…差をつけようとするが…ボルトにはなんの問題もなかった。むしろ抜き去り、1200mを走って帰ってきた。

 

『こんなもんだろ…』

ボルトは短距離馬相手に圧倒的なスピードで抜かした…それはスピードが段違いに違うということだ。先ほども述べたがボルトは脚が長い…それ故にスプリンターの体型である。だがあまりにもボルトのスタミナがあり過ぎて短距離馬とは言えないのだ。言って見ればボルトは史上最強の短距離馬の全力よりも少し遅いペースで長距離を走れる馬なのだ…

『…』

ミドルはそれに唖然とするしかなかった。

『どうした?』

『持っている素質がこんなに違うと羨ましいって思う気持ちになったのは初めてよ…』

ミドルは呆れてそう言った。

 

〜とあるスポーツ新聞社〜

その頃、スポーツ新聞社では…

「やっぱ、競馬部門にはマオウしか載せる記事ね〜よな…全く…」

一人の男がそう呟くと周りは賛同した…

「そうですか?私は色々と書くことがあるとは思いますけど…」

美人の女性記者がそういうがベテランの記者達は相手にしなかった…

「どうせ古馬路線のマジソンだろ?レイトは海外に行っているし、ダンジョン、クラビウスも中距離ならともかく長距離じゃそんなに強くねえ…宝塚は混戦ってもう書いてあるぞ?」

「いや皐月賞馬リセットじゃないか?関係者だとダービーにも出るって聞きましたし…」

「あのな…来週のGⅠはなんだ?NHKマイルカップだぞ?その有力馬がマグレの弥生賞馬トーマってどういうことだ?今書ける事って言ったらマオウの記事かNHKマイルカップの記事しかねーんだよ…マジソンについてはもうコメント済みだしな?」

「ええ…あとはNHKマイルカップの記事を書けば終わりですよ。」

 

「ではマオウに対抗出来うる馬がいることはご存知ですか?」

「長距離限定ならマジソンくらいしかいねーよ。中距離じゃレイトでもキツいかもな…」

「いえ、マオウに対抗出来うる馬はその二頭ではありません…マオウに対抗出来る馬を知っているので取材しに行ってもよろしいでしょうか?」

「まあ、今新人のお前がいなくなったところで困らないし、新聞の記事が埋まるなら行ってこい。」

「了解しました。」

数日後風間牧場に新聞記者がやってくることは誰も予想がつかなかった…



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青き馬、取材を受ける

~風間牧場~

「なるほど…梅宮さん。それでうちのボルトを見に来たってわけですか?」

牧場長がそういって女性記者の梅宮に尋ねる。

「ええ…柴又騎手がベネチアライトの主戦騎手の座を捨てようとするまでの気迫…それだけボルトチェンジが期待されていることでしょう?」

梅宮は牧場長にそう言って騎手のボルトの評判を話す…

「う~ん…ただボルトを撮る時は注意してくださいよ。結構イタズラ好きですから。」

牧場長はカメラに注意するように言っておいた…普通カメラは慣れていない動物に向けると怯えたりするのだがボルトは元々人間なのでその辺は平気だったが知っているだけにイタズラもする…

「わかりました。カメラは気をつけます。」

「何はともあれ、行きましょう…」

そう言って牧場長は梅宮を案内した。

 

一方ボルトは坂路を何度も何度も繰り返し駆け上がっていた。歴戦の古馬達がボルトに粘ろうとするが…無駄だった。

『これじゃ練習にもなりゃしねぇ…』

良い加減そう思うボルトだったが…

『いかんいかん…またサボり魔が出てしまったな。』

ビデオで見たマオウの走りやグリーンに負けた思いを思い出してとにかく走り続けた。

 

「…もしかして今めちゃくちゃなスピードで走っているのがボルトですか?」

「ええ…あいつは生まれた頃から走るのが好きでしかも身体の鍛え方を理解しているのか考えながら走っているんですよ…」

「自分の身体を鍛えるって具体的にはどんな鍛え方なんですか?」

「見ての通りあんな風に走ったりするのは当然…時には馬房で柔軟性を高めるためにストレッチを行ったりしていますよ。」

「…本当に馬なんですか?」

「あいつは現代の馬なんかじゃない…未来からやってきた馬ですよ。あと20年遅く産まれてもGⅠを勝てるほどの実力はあります。」

 

競走馬は後の時代になるほど強くなっていく…例えば伝説の二冠馬トキノミノルが全盛期の頃の現役馬として現れても今年の皐月賞馬であるリセットどころかマグレで勝った弥生賞馬トーマにも及ばない。

ただしそれはタイムのみを標準としてみるとそうなるので必ずしも勝つとは限らないがそれでもトキノミノル世代よりも今の3歳世代の方が全体的に上である。それだけ時間というものは競走馬を進化させるものだ。

 

では何故トキノミノルが日本史上最強馬の候補に選ばれるかと言われると、成績やレコードがとんでもない記録だからだ。10戦10勝、史上初となる無敗での皐月賞、ダービーの二冠。そして同世代がとんでもなくハイレベルだということ…これらの要素が重なってトキノミノルは最強馬だと言われる。偏差値97以上のイツセイ、ミツハタらの集団の中に偏差値120オーバーのトキノミノルという馬がいた…それだけのことだ。偏差値でいうなら間違いなくトキノミノルはダントツでトップだろう。

 

話を戻そう…牧場長はトキノミノルですら勝てない時代の変化にボルトは勝てるといったのだ。それがどういう意味か理解できるだろうか?

 

「なるほど…牧場関係者も期待が高いってことですか。」

梅宮は軽く口にしているがボルトに牧場長はかなり期待している。

「ええ…ただね。暴走癖が強くてそれがレースになって悪い方向に繋がる可能性もあります。」

ボルトにとっては特訓だが側からみれば暴走癖だと思われていた…

「暴走癖って…確かにそうですけどレースにつなげればプラスになりません?」

呆れながらもそう言ってボルトを褒める。

「だから武田先生はヤネに橘さんを任せたと思いますよ。橘さんは折り合いつきやすいですし…」

折り合いは得意でないと勝てる競馬も勝てなくなる…逆に言えば折り合いがつけば勝ちやすくなるという事なので橘を始めとしたトップジョッキーにとっては折り合いは必要な技術でもある。

「なるほど…ではボルトのアップの写真を撮りたいので呼んで貰えないでしょうか?」

「いいですよ…ただし先ほども注意しましたがイタズラ好きなんで注意してくださいね。」

そう言って牧場長はボルトを呼んだ。

 

『あん?あれは牧場長と…お客さんか?』

ボルトは呼ばれたことに気づいてそちらに向くと梅宮を客だと思った。

 

「これがボルトチェンジですか…やはりアイグリーンスキー産駒というだけあって馬格が大きいですね。」

「この時点でボルトは確か580kgくらいありますよ。」

「そんな馬格で坂路をものともしないなんて…パワーは桁違いでしょうね。」

「ええ…ボルトのパワーは当歳から異常と言えるほど強いものでした。三人がかりでも逆に引っ張られましたから…」

そしてボルトは色々あったが取材を受け終わると…

「それじゃ写真を一枚撮ります。」

梅宮がそう言ってさりげなく無音シャッターでボルトの写真を撮った。

『そういう手もあったか…まあどちらにせよ、今回はしなかったのに…もったいね~…』

ボルトは取材を受けている間に友好度が上がり、からかうことは止めようとしていた。

『まあ自業自得か…いやこの場合は狼と少年か?…どっちでもいいか。』

ボルトは馬房に戻っていった。

 

『よっ、ミドル…』

ボルトはそう言ってミドルに挨拶するとミドルが少し興奮していた。

『ボルト、そういえば聞いた!?イギリスで物凄い馬が現れたって噂!!』

ミドルは興奮しながらボルトに尋ねた。

『イギリスって…来年JCの舞台とかで俺達が直接戦うと決まった訳じゃないんだし、気が早いと思うぜ…』

しかし、ボルトは知っていた。欧州ではそういう馬に限って早めに引退してしまい、戦えなくなるということを…

『たまたまここに来た武田先生から聞いたんだけどローテーションの中に今年の凱旋門賞やJCも含まれているんだって!』

 

凱旋門賞…それは数々の日本調教馬が挑んだがそれを優勝したのはアイグリーンスキーただ一頭のみで、また凱旋門賞勝ち鞍の馬がJCを勝った例はグリーンとマオウの母カルシオのみである。それだけ凱旋門賞とJCを勝つのは難しいのだ。

 

『あのおっさんいつ来たんだ?…まあいい。凱旋門賞やJCを出るとなればそいつはマジソンやレイト達日本勢と戦うことになるのか…』

ドラグーンレイトはドバイの芝で勝ったことから関係者は海外適正ありと踏まえ、キングジョージ、凱旋門賞の2レースを含んだローテーションを組んでおり…

一方マジソンティーケイは古馬中長距離の路線を歩み、これから宝塚記念、天皇賞秋、JC、有馬記念のローテーションを組んでいる。

どちらにしても日本勢には強敵が二頭いることには変わりないのでどちらかはその馬が負けるだろうとボルトは推測した。

『名前はアブソルートだって!確か去年無敗のまま引退したウィンアップの全弟らしいよ!』

それを聞いてボルトは少し見る目を変えた。

『アブソルート…英語で絶対って意味か…血統も良いし、リセットとは真逆でよほど期待されているみたいだな。』

ボルトはそう言って今度の三冠レースの一つ…日本ダービーのトライアルレースの一つ、青葉賞の結果を確認した。スペシャルウィーク産駒の栗毛馬、ゴールデンウィークが優勝し、ダービーの有力候補となっていた。

『まさにゴールデンウィークだな…来週からは。』

ボルトはこれから起こることに期待して面白そうに新聞を眺めた。



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青き馬、唖然とする

トロピカルターボとゴールデンウィークの単勝オッズ変更しました。支持率80%超えなのに10倍台は矛盾していました。


【トーマ差し切った!!雷神トーマがここに参上!皐月賞3着の実績はフロックではなかった!】

NHKマイルCは弥生賞馬トーマが勝ち……

 

【二冠馬ガールズハートが1着でゴールイン!2着には桜花賞馬クシャナか】

ヴィクトリアマイルは二冠牝馬ガールズハートが勝ち…

 

【先頭はベッドナイトルーム!桜花賞、オークスを制覇!これで残るは秋の秋華賞のみ!】

2歳女王ベッドナイトルームは牝馬二冠を制し…日本ダービー当日となった。

 

~馬房~

『向こうは雨か。こっちは北海道だから雨降らないのか?』

ボルトはそう呟きながらもTVを見ていた。ちなみにオークスの後、ミドルは入厩してしまいここにいない。

『ミドルがいないってのは寂しいもんだが仕方ねえか……奴も成長したってことだし』

 

府中競馬場は最悪の馬場となり超重馬場のダービーとなった。

【1枠1番、1番人気、競走成績も全て1着の1尽くしのクリフジの再来……リセット!単勝オッズは1.0倍!ダントツの人気です!】

 

クリフジ。トキノミノルと並ぶ日本史上最強馬の候補に挙げられる馬である。

戦績は11戦11勝。勝ち鞍は日本ダービー、オークス、菊花賞である。

勝ち方がとにかく凄く連闘でしかも致命的な出遅れでダービーをレコードで制覇し、菊花賞は競馬史上唯一無二の大差勝利である。

リセットはクリフジと共通点が多い。その共通点とはまず大柄で牝馬でかつデビュー当時評価が低かったこと、次にデビューが3歳時であること、そしてもう一つがダービーの前走が大差をつけて勝利していることだ。

そのためリセットはクリフジの再来と呼ばれるのだ。

 

『まあそうだろうな。皐月賞での大差勝ちに加えて牝馬が無敗の牡馬二冠に挑むっていうんだ。競馬ファンでなくとも馬券は買うよな。俺でも買う。ただ気になるのは最内枠ということだな』

ボルトは気づいていないがダービーで単勝1.0倍はディープインパクトですら成し遂げていない快挙であり支持率は80%オーバーでなければならない。つまりそれだけリセットが評価されているのだ。

ちなみに何故ボルトが最内枠を気にしたのかというと大雨の中で最内枠は泥のような状態になり、不利になるからだ。それでもなお観客が気にしないのは皮肉にもリセットの血統にあった。リセットの血統は芝無勝、ダートを数勝しかしていない父に母に至っては未出走馬。こんな血統で芝のGⅠレースで勝てと望むのは普通無理だ。だが前走勝ってしまった。しかも今回のレースは芝というよりももはやダートに近いレースであり、勝てる要素はより膨らんだ。父親はダート馬である以上泥や砂のような足を取られるようなところは得意だからだ。

 

【3枠6番、皐月賞2着馬トロピカルターボ!実力は2歳の時に証明済み!2歳王者の貫禄を取り戻せるか?現在2番人気、単勝オッズはなんと26倍です! これは異常です!】

『2番人気で単勝オッズが26倍だと!? 見間違い、な訳ねえか。2.0倍だったらそれこそおかしい、それだけリセットの人気が異常だってことだな。』

【8枠15番、ゴールデンウィーク。前走の青葉賞の勝ちっぷりは父スペシャルウィークを彷彿させるものでした。今日もその末脚を発揮するか? 現在3番人気、単勝オッズは27倍です。】

『スペシャルウィーク、間違いなくダービーや天皇賞連覇に加えJCも勝っている名馬なんだが糞爺やサイレンススズカに負けたエルコンよりも弱いとされているからな、出来ることなら父を超えてもらいたいもんだ。』

ボルトの言う通り、スペシャルウィークは名馬である。しかし4歳時のJCではグリーンに負けてしまい、それどころか毎日王冠でサイレンススズカに2馬身半をつけられて負けたエルコンドルパサーにも先着を許してしまったので。

 

アイグリーンスキー≧サイレンススズカ>エルコンドルパサー>スペシャルウィーク

 

と言う評価になってしまっているのだ。

 

【さあ各馬ゲートインが終わりました。第87回日本ダービースタート!やはり飛び出したのはリセット!リセットが先頭、ゴールデンウィークは現在8~9番手あたりについて様子を伺っています。そしてトロピカルターボは14番手】

リセットが先頭に立つと2番手にいきなり10馬身近い差をつけ…走り続けた。

『雨でもお構いなしだな。リセットは』

それを見てボルトは呆れた顔をした。

【1000mを通過してペースは56秒9、速すぎる!これでリセットは大丈夫なんでしょうか?!】

『雨の中で56秒だと!? いくら何でも速すぎる!!』

雨の日はタイムが出しにくい…それにも関わらずリセットは1000m56秒というふざけたペースで走っているのだ…これがどういうことかわかるだろうか?好タイムが出る晴れの日のダービーですら57秒で超ハイペースといっていいほどだ。それをタイムが出にくい雨の中で56秒を出したら、決まっている。超々ハイペースだということだ。

【リセットは飛ばしに飛ばして既に20馬身程リードを取りました。ゴールデンウィークとトロピカルターボがグイグイと上がり4、5番手あたりで直線に入りました!リセットだ!リセット先頭!2番手にはゴールデンウィークとトロピカルターボ!しかしこの差は絶望的だ!残り200mで二頭が13馬身まで縮めたがリセットだ!リセットが11馬身差をつけて先頭でゴールイン!4戦4勝!2着はトロピカルターボかゴールデンウィークか】

『……いくら何でも無茶苦茶だぜ。雨の中で2分22秒9なんて化け物かよ』

ボルトがそう呟くのは無理なかった。クリフジもそうだがリセットだけがゲームの世界から飛び出してきたような馬だと錯覚してしまったのだ。

『あのトロピカルターボもゴールデンウィークも時代が違えば間違いなくレジェンド級の馬になっていただろうな……』

掲示板を見ると2着と3着はハナ差だが3着と4着の差が9馬身もあったのだ。リセットという馬がいなければ……というよりも生まれた世代が違えば間違いなくボルトの言う通りになっていただろう。

 

~翌週~

そして武田厩舎に一頭の馬が入厩した。

『よっ!マジソン、それにミドル』

その一頭の馬とはボルトチェンジことボルトだ。

『ボルト!ボルトじゃねえか!? 久しぶりだなおい!』

マジソンが歓迎し、ボルトに挨拶をする。

『お久ぶりね。ボルト』

ミドルは軽く会釈をして挨拶をする。

「うんうん、仲が良くて結構。仲が悪いと問題あるしな」

『……そう言えば武田先生、今日は安田記念だろ?見なくていいのか?』

「録画してあるから大丈夫だ。まあ俺としては来週の英ダービーが気になってしょうがないんだが」

『アブソルートね』

「そうだ。アブソルートは英2000ギニーを勝って未だ無敗だ。少しでも弱点を探さなきゃ勝てないしな」

そう言って武田はマジソンの頭を軽く触った。

『そうだな。日本の古馬代表として3歳馬達をJCでボコボコにしなきゃダメだしな』

マジソンは気力が入り、鼻息を荒くする。

『マジソン。リセット対策はあんのか?リセットはお前とは違って圧倒的な能力でねじ伏せる馬だ。緩急ペースだけじゃどうしようもないぞ』

その通り。リセットはサイレンススズカやトキノミノル同様にスピードでねじ伏せるタイプだ。スタミナで粘るマジソンからしてみれば最悪の相性だ。

「その心配はない」

武田は何か考えがあるのか自信満々に答えた。

『おっさん。ということはリセット対策はあるのか?』

ボルトがそう言って武田を見つめる。

「JCでドラグーンレイトが出走予定だ。ドラグーンレイトとリセットが争っているところで……大外から一気に差す!そのためには圧倒的な瞬発力が必要だ」

要するに武田はリセットとレイトの熾烈な先行を争ってペースを上げてさせて自滅した隙を見計らって差すという戦法だ。だがあまりにハイペースだと後ろが有利になってしまう。長距離ならいざ知らず、府中の2400mとなるとマジソンにとっては逃げ馬よりも差し馬の方が厄介だ。それ故に今以上の瞬発力が求められていた。

『ミドルと併せ馬か?』

ボルトはミドルの走りを一度みている。その走りはディープインパクトを思い出させる程だった。

「そうだ。ミドルの末脚はマオウを除けば同世代最速かもしれん」

武田はリセットを調教してミドルの末脚を知っていた。

『しかしミドルはまだ幼いしハンデが必要じゃねえか?』

だがリセットと戦うにはあまりにもミドルは未熟過ぎる。老いたらわからないが今のリセットはミドルよりも遥かに強い。

「それなんだよ。あとはその調整が決まっていないんだよな。あまりハンデがあり過ぎるとミドルのためにもならないし、ハンデが少ないとマジソンにも悪い」

武田は先ほどとは違い頭を抱えていた。

『武田先生ちょっといい?』

ミドルが声を出して武田を振り向かせた。

「ん? どうしたミドル?」

『スプリンター二頭のリレー方式なら仮想リセットにならない?』

かつて「全盛期のサイレンススズカを破るためにはどうするか?」という疑問が上がった。それには「短距離の馬を用意してペースを上げるしかないが間違いなくその馬が敗北するので実質的には無理」と1人の騎手が答えた。つまり伝説の逃げ馬サイレンススズカと言えどもマイル以下なら普通のペースになってしまうということだ。リセットも同じように短距離馬二頭が相手なら互角以上の力がある。仮想リセットとしては間違いなく良いだろう。

「確かにその手があったか! 諏訪! ボルトに案内をしてやれ!」

武田は納得し、頷くと厩務員の諏訪にボルトを任せて何処かに言ってしまった。

「あ、わかりました!」

諏訪は武田とは逆にボルトに近づき、手綱を掴んだ。

「さあボルト、行くぞ」

諏訪はそう言ってゆっくりと歩いてボルトに案内をし始めた。




エルコンドルパサーはグリーンに負けたということになっています。日本史上最強馬の候補にも挙げられますがそこらへんは了承してください…とはいえ連対率は変わりありません。


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青き馬、調教を受ける

安田記念…そのレースは1マイル…つまり1600mのGⅠであり、春の最強マイラーを決めるレースの一つである。過去の覇者はタイキシャトルやオグリキャップなどの伝説のマイラーからウオッカやギャロップダイナ等の天皇賞秋を勝った馬がいる。しかし、今回の安田記念に武田厩舎所属の馬はいなかった。

【トーマが大外から来ている!200mを切ってトーマが先頭~っ!!そのまま2馬身離してトーマ1着!2着は3歳馬ロレアルゴー、去年の短距離王者のマークファンライスは3着!なんと3歳馬がワンツーだ!】

安田記念はあっさりと終わり、あまりにもあっけない勝負だった。

「…」

その勝負を見た武田は唖然としてしまった。トーマは弥生賞をマグレで勝った馬と言われているがハイレベルとも言われる皐月賞を3着を取れるだろうか?そしてNHKマイルCに続いて1600mのGⅠを2連勝できるだろうか?…普通の馬には出来ない。武田は慌てて今回の宝塚記念の出走馬を確かめるべくインターネットを使って今年の3歳馬の動向を調べた。

リセットは放牧されており、直接菊花賞に行く予定らしく少し安心したがダービー2着馬のゴールデンウィークと3着馬のトロピカルターボは宝塚記念に出走するとわかった。

 

「厄介なことになったぜ。」

武田は愚痴っていた。その理由は宝塚記念はグランプリレースである。グランプリを得意とするステイゴールド産駒のラストダンジョンとステマ配合のクラビウス、三冠馬オルフェーヴル産駒トロピカルターボ、そして今年のダービーで2着に食い込んだスペシャルウィーク産駒のゴールデンウィーク。リセットがいないとは言え通常の年に比べて豪華なメンバーが揃っている。

「…だがリセットへの置き土産にはちょうど良いかもな。」

逆に言えばそのメンバーをまとめて倒せば不安要素無しに打倒リセットの目標を掲げることが出来る。

「そうとなりゃ決まりだ!」

武田はそれだけ言ってどこかへと消えてしまった。

 

『あのおっさん、馬使い荒くないか?』

ブツブツと文句を言いながらもボルトは諏訪に引き連れられて坂路のコースに着いた。

「武田先生、今日はボルトどうします?」

「2本マジソンと併走させる。ボルトにはお前が乗れ。俺はマジソンに乗る。」

『おいおい、マジソンは平気なのか?』

「その後の2本は一杯で頼む。」

『デビュー前の2歳馬が坂路調教4本なんてどこのミホノブルボンだ?まあ平気だけど…』

 

ミホノブルボン…無敗で二冠を制した馬だ。彼は元々スプリンターの馬だが坂路で鍛えて距離を克服したというエピソードがある。その内容は1日坂路調教4本という超ハードな調教だ。普通の馬はデビュー前で1本やっただけでもバテバテになるにも関わらず、彼はケロッとしていた。それどころか当時古馬ですら3F31秒台を出せば良いタイムと言われていたが彼は29秒台という脅威的なタイムを出したのだ。

そんな彼だが坂路調教で身につけたのは瞬発力もそうだが勝負根性だ。彼は一定のペースを保ってそのまま逃げ切る精密機械…だと思われがちだが実際には勝負根性の塊である。

それを裏付けるのはミホノブルボンの新馬戦である。彼はその新馬戦で逃げ馬として致命的な出遅れをしてしまい追い込みの体勢を取らざるを得なかった。しかし、彼は勝った。本当にスピードだけでこんなことが出来るだろうか?いや出来ない。スピードでごり押しするサイレンススズカはサニーブライアンを警戒し、ダービーで中団で構えていたが我慢出来ずに掲示板にも乗らなかった。ミホノブルボンの勝負根性がダービーを制したと言ってもいいくらいだ。

話しが逸れたがミホノブルボンは坂路調教を何本もこなせたおかげで名馬になれたのだ。故に武田厩舎も坂路調教は欠かせないものである。

 

「マジソンはどうするんですか?」

「マジソンはその後1本をミドルと併走、最後は馬なりだ。」

「えっ?マジソンの方が少なくないですか?こいつがマジソンよりもタフだとは思えませんよ?」

「お前、それでも調教師になる男か…風間社長から聞いたんだがこいつは3000mの仮想レースでマジソンに勝ったんだぞ?しかも当時の日本レコードのおまけつきだ。」

「だからといって調教で調子が出る訳じゃ…」

「ゴダゴタうるせえ!いいからやるぞ!」

 

ボルトは武田に無視されたのでマジソンと話していた。

『大変だな…ここは。』

『まあ、諏訪さんは頑固だからな…とは言え、武田先生と同じくらい馬に乗るのが上手いから安心しな。』

『なるほどな…通りで本職がいるにも関わらず諏訪を乗せるわけだな。』

『本職…?あ…』

マジソンの視線の先には下位リーディング騎手達が武田と諏訪を睨みつけていた。

『武田のおっさんは気づいて無視しているだろうが諏訪の方は気づいていないみたいだな…』

『そんなものさ。嫉妬とか羨望ってのは…』

『お二人の話しも終わった事だし、そろそろ準備でもするか…』

『だな。』

ボルトは諏訪を、マジソンは武田を乗せて、定位置に着いた。

 

『こいつは驚いた…確かに武田のおっさんと同じかそれ以上に乗り方が上手いな。』

ボルトは感心していた。諏訪の乗り方がペースを落とすべきところで落とそうとするしペースを上げるべきところで上げようとする。

そして何よりも感じないのが体重だ。武田も橘も乗り方が上手いとはいえボルトに乗ると体重の関係から負担が掛かるが諏訪は全くと言っていいほど負担がかからない。体重が重くなるほど馬にとってはキツイものだ。事実テンポイントなどはそれが原因で故障し死んだのだ。

『だろ?俺も諏訪さんを乗せて何回も走ったんだ。諏訪さんはデビュー前の馬を教育するのが上手いんだよ。』

『なるほど徐々に体重をかけて走らせるって訳か…』

『まあそうだがそろそろじわじわと負担が来るかもしんないぞ。気をつけろ。』

マジソンはボルトに警告するとボルトに負担がじわじわと来るようになった。

『おっ…本当だ。』

『そろそろおしゃべりも止めるか。』

『だな。』

その後、ボルト達は坂路を駆け上がり、順調に進んで行った。

 

「ボルトの感想はどうだ?諏訪…」

「人を乗せることがまだ慣れていないって感じですね。ただ…」

「ただ?」

「まだまだ馬格は大きくなるとは思います。デビューはそうですね…10月頃になるんじゃないでしょうか?」

「お前の力をもってしても10月か…デビューが遅い所はグリーンそっくりだな。」

「どうします?」

「まあ逆に言えばそれだけ鍛えられるということだ。10月までたっぷり鍛えてやれ。」

「わかりました。」

 

そしてボルトは坂路一杯の調教を終え、馬房へと戻っていった。

『そういえば最近の記事はどうなっているんだ?』

ボルトは新聞を読むとそこにはアブソルートのエピソードが書かれていた。

『何々…アブソルートの血統は父は大種牡馬カーソンユートピア、母は英オークスを含めGⅠ7勝をしたヴィクトリカ。近親にはGⅠ馬が多数おりラムタラの再来と言われている…イージーゴアの記事でも読んでいるのか?俺は…』

イージーゴア…日本の競馬界に大きな影響を与えた大種牡馬サンデーサイレンスの現役時代のライバルであり、かつてはセクレタリアトの再来とまで言われていた。イージーゴアはアブソルートのように騒がれていたのだ。

『JCになったらリセットもサンデーサイレンスのように言われるんだろうな。』

今でこそサンデーサイレンスは日本の競馬界に多大な影響を与えているが当初の評価はこれまでにないほど最悪であり、マトモに走る訳がないと言われていた。その後サンデーサイレンスはダービー、BCクラシックなどを勝ち評価を上げたがその激しい気性と零細血統が災いし、輸入当時ですら評価は賛否両論だった。米国では売った事を後悔するどころか感謝されたくらいである。

しかしサンデーサイレンス産駒が活躍し始めるとその評価は覆された。フジキセキ、ダンスインザダーク、サイレンススズカ、ステイゴールド、スペシャルウィーク、アグネスタキオン、ハーツクライ、ディープインパクト…競馬の知識がある者なら誰もが聞いたことがある名前だろう。この馬達は全てサンデーサイレンスの子供達だ。もしもサンデーサイレンスが日本に輸入されていなかったらどうなっていただろうか?おそらくこの馬達は生まれておらず日本競馬界は発展しなかった。

 

もっとも風間は96年にサンデーサイレンス系の飽和状態を危惧して非サンデーサイレンス、いや非ヘイルトゥリーズンの馬達を使い生産した。結果風間牧場にいるマジソンの母父は春の天皇賞馬メジロブライトであり、一般的な血統表に大種牡馬ノーザンダンサーが書かれているとはいえサンデーサイレンスはそこには書かれていないので種牡馬価値は高いだろう。

 

話は逸れたがサンデーサイレンスは当初評価が最低だったにもかかわらず醜いアヒルの子の話が笑い話になり得るほどその状況を覆したのである。リセットも同じだ。かつてはセリで300万円という超低価格で落とされたにもかかわらず今では日本競馬界を代表する無敗の二冠馬だ。

 

『宝塚記念まであと数週間…マジソンはグランプリレースは得意じゃないしな。どう克服するかね。』

ボルトは新聞をその場にそっと置いた。

 

~宝塚記念~

【さあ春のグランプリレース、宝塚記念、今年はどの馬が勝つんでしょうか?】

そして数週間後、宝塚記念の日がやって来た。

【1枠2番、クラビウス!去年の菊花賞馬であり、最後のステマ配合の馬はここで再びGⅠを勝つことが出来るのでしょうか?現在3番人気です。】

クラビウスと同じ年代のステイゴールド産駒は2頭しかいない。その理由はステイゴールドが2頭種付けしたその日に死んでしまったからだ。そのうち1頭はメジロマックイーンを父に持つ馬…つまりクラビウスの母だった。もう一頭は父親がキングカメハメハだった…そのため馬主達は最後のオルフェーヴルやゴールドシップと同じステマ配合であるクラビウスを求め評価額がつり上がったというエピソードがある。

【4枠9番、ラストダンジョン。去年の宝塚記念馬が堂々と入場してきました。現在2番人気です。】

ラストダンジョンもステイゴールド産駒であるがステマ配合ではない。しかしその実力は本物でステマ配合以外のステイゴールド産駒ではGⅠ最多勝利をしている。

【5枠10番、トロピカルターボ。皐月賞まで無敗だったポープフルSの覇者はどのような競馬をするのでしょうか?現在4番人気です。】

トロピカルターボは3歳馬であり、皐月賞まで無敗であり、その皐月賞は2着、そしてダービーは3着と好走している…その善戦する様子から2歳GⅠを1勝しかしていないにもかかわらずこれだけ人気を集めた。

【6枠12番、芦毛の魔術師マジソンティーケイ!連勝している勢いは間違いなく本物!現在1番人気です。】

マジソンの調子はまさしく絶好調で4歳から連対率は100%であり5歳になってからは無敗…抜群の安定感を誇っている。それ故に1番人気になった。

【7枠14番、ゴールデンウィーク!父スペシャルウィークはここで涙を飲みました。果たして父の無念は果たせるのでしょうか?現在5番人気です。】

リセットに続いてダービーは2着だったがGⅠを勝っていないこともあり5番人気となった。しかし武田はその実力は間違いなく本物だと思っておりマジソンもダンジョンよりも注意を向けている。

【さあ、各馬ゲートに入り…整いました。第61回宝塚記念スタート!!】

2020年、春のグランプリが始まった。



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青き馬、宝塚記念を見る

【おっとトロピカルターボが出遅れ、最後方からのスタートとなりました。逆に好スタートを切ったのは芦毛の魔術師マジソンティーケイ。現在先頭に立っています。先行集団の最後方にはゴールデンウィーク、次の馬群の中、10番手あたりに去年の菊花賞馬クラビウス。そしてその馬群から…2馬身ほど離れて最後方の2頭、ラストダンジョンとトロピカルターボが並走しています!】

マジソンは長距離に強く、サニーブライアンやセイウンスカイのようにスタミナで粘り逃げ勝つ馬だ。一昨年の菊花賞や去年と今年の天皇賞春もそうやって逃げて勝った。しかし一昨年の皐月賞はそうも行かなかった。一昨年の皐月賞はスタミナよりもスピードで勝負し勝った。

 

そう…宝塚記念の2200mという距離はマジソンにとっては微妙なのだ。

2000mまではスピード任せに逃げ切ることが出来るがそれ以上だと厳しくなるし、スタミナで逃げ切るには2400m以上必要となる。ではそれを克服する為に武田がしたこととは何か?

【マジソンがさらに突き放して現在二番手から4馬身ほど離しました。ここで各馬散らばり始めました。20馬身ほどの縦長の展開です。】

マジソンによる緩急のペースに釣られる馬、釣られない馬を利用して縦長の展開にすることだ。

『上手いな…マジソン。』

それが出来るのは今回の宝塚記念のメンバーとマジソンならでは技だ。マジソンは逃げ、ゴールデンウィーク差しに近い先行、クラビウスは完全に差し、トロピカルターボとラストダンジョンは追い込み…他の馬からしてみればどの馬も脅威だ。それ故に騎手は迷い、動くか動かないか…それだけで縦長の展開が出来上がる。

『でもそれだけじゃマジソン…封じ込められないことはわかっているんだろう?』

ボルトのいうとおりこのままでは縦長の展開になっただけで状況はほとんど変わりない。

【ここで1000mの通過タイムは1分3秒から4秒程度でしょうか?これは遅い!スローペースです。】

『(…スローで縦長の展開か。考えたな。スローで縦長の展開となると後方の馬は完全に不利。追い込み馬のダンジョンやターボ、差し馬であるクラビウスも封じるには最良の手だな。でもよ…ゴールデンはどうする?ダービーこそあまりのハイペースのせいか差しに近かったがゴールデンは現代競馬の理想とも言える先行しつつ直線で伸びる脚を持っている。GⅠに出る馬を任せられる騎手も馬鹿じゃねえ…スローだと迫られるぞ…)』

GⅠを走る騎手ともなればペースを誤ることは少ない。誤るとしたらマジソンに策があるのか?と疑問を抱いたまま走るくらいだ。

【各騎手、慌ててペースを上げました。あっとマジソンはその波に呑まれ馬群の中に沈んだ!】

「ナニヲヤッテイル!」

ボルトは片言で怒鳴り、隣の馬房にいたミドルを驚かせた。

【直線に入ってゴールデンウィークが先頭!内からクラビウス、大外からラストダンジョンとトロピカルターボが来ている!】

『終わったな…ここからの距離じゃ…届かねえ!』

【トロピカルターボが先頭~っ!!クラビウスとラストダンジョンはゴールデンウィークを抜かせない!このまま3歳馬がワンツーか!?】

『ボルト…諦めるのはまだ早いよ。』

ミドルはボルトが見るのをやめたのを見てそれを止めた。

『あん?もうマジソンは馬群の中に沈んだだろ?あそこから逆転なんて…』

ボルトは再びTVを見るとそこにはマジソンが一気に伸びる映像が映し出されていた。

【大内からマジソン来た~っ!!マジソンティーケイ現在クラビウスを抜かし、9番のラストダンジョンを抜かし3番手まで上昇!】

『馬鹿な…!?』

ボルトはマジソンの走りを見て驚いていた。

『先輩が馬群に呑まれる前にペースを上げたのよ…それも超ハイペースで。』

それをミドルはマジソンの作戦の内だと指摘したがボルトは首を振った。

『違う…!そうじゃねえ。マジソンのフォームを見てみろ!』

今のマジソンはまるでオグリキャップを彷彿させるものだった。オグリキャップはナリタブライアンと似たフォームで頭を下げ、出来るだけ重心を前に落とすフォームだ。マジソンは調教でボルトのフォームを見ている内にそのフォームを真似るようになったのだ。

【マジソンティーケイが先頭に躍り出た!】

そしてトップに立ち、通常であればそのまま引き離せる…ダンジョンもクラビウスも引き離していった。

【しかし二頭の3歳馬達も許さない!】

だがそれを許さないのが3歳馬勢だ。歴戦の古馬勢ですら諦めたというのに今のマジソンに食いつく勝負根性はかなりのものだ。

『負けるな~っ!行け~っ!!』

『行け~っ!!』

ボルトはらしくなく叫び、ミドルも叫んだ。

【トロピカルターボ、ゴールデンウィーク、マジソンティーケイ各馬並んだ!ゴールイン!…激戦です!】

『またかよ…』

ボルトはマジソンが去年の有馬記念同様に鼻差の決着に持ち込んだことに溜息を吐いた。

『大丈夫…絶対先輩が勝ったに決まっているよ!』

ミドルはボルトを安心させようとするが…ボルトは首を振った。

『だといいんだがな…』

そしてそれから十数分…審議が終わり掲示板に数字が載った。数字は以下の通りだった。

 

10

14

12

2

9

 

つまり1着から順にトロピカルターボ、ゴールデンウィーク、マジソンティーケイ、クラビウス、ラストダンジョンとなっていたのだ。トロピカルターボは父子宝塚記念制覇という偉業を成し遂げ、レイをかけていた。

 

『そんな…先輩が3着…?』

ミドルはマジソンが負けたことにショックを受けていた。

『そう言うな。マジソンがあそこから追い込んだだけでもすごい事だ…マジソンは逃げ馬なのにあんな末脚を発揮するなんて…もしもあと少し距離が長ければ勝っていたかもしれない。』

『…』

『今回は運が悪かった。宝塚記念という舞台やタイミングもそうだが何よりも今までよりも敵が強かった…不運な馬だよ。あいつは。』

マジソンは強かったがそれ以上に今年の3歳世代が強かった。これはグリーン・ブライアン世代でも起こったことでナリタブライアンの兄ビワハヤヒデはグリーンに宝塚記念でボロクソに負け、その後故障し引退…ナリタブライアンは有馬記念でもグリーンの2着とその実力を見せた。稀にそう言う世代は現れるのだ。

『そうね…先輩は運が悪かっただけ…距離が伸びるJCなら負けっこないもの!』

だがマジソンが負けたのは宝塚記念の距離の補正が合わなかったから負けた…という評価もあり競馬ファンからも絶賛されている。

『確かに…だが決して楽じゃねえよ。アブソルートやリセット、ドラグーンレイトも出てくるんだ。今の時点じゃ敵にもならねえ…』

無敗で英ダービーを勝ったアブソルート、日本史上最強牝馬リセット、そして国内無敗のドラグーンレイト。かつてない程にJC出走予定の馬は豪華だった。

 

『そういえばあと何週辺りでお前のデビュー戦が来るんだ?』

ボルトは話題を変え、ミドルのデビュー戦の時期を尋ねた。

『確か7月の1週目辺りかな?』

これはオークスと同じ週に入厩した馬にしてはかなり早い方だ。それだけミドルの身体が出来上がっていることを証明している。

『7月の始めかよ…随分早いな?俺なんか10月だぞ?』

一方ボルトはそれよりもかなり遅く早めにデビューしたいとウズウズしていた。

『ボルトのそのデカイ馬格じゃ調整も大変でしょ?だからその時期なんじゃない?』

しかしボルトの馬格はかなり雄大であり体重が620Kgを超える勢いで成長していた。そんな馬格をもつボルトと400Kgを少し超えたミドルとまるで大人と子供の差があった。

『それもそうだ。』

ボルトはミドルを見下げそう言った。

『…なんかムカつく!』

ミドルは子供らしくそっぽを向いて馬房の奥へと行ってしまった。



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青き馬、ライバルのデビューを見る

そしてミドルテンポことミドルのデビューの日が来た。マジソンは放牧されており現在は風間牧場にいる。

 

ミドルテンポの新馬戦は6頭しか出ない小さなレースだった。

『そういえば今日はミドルのデビューの日だったな。』

馬房からテレビをつけるとミドルの単勝オッズは4.5倍の2番人気だった。

『おいおい…冗談だろ?』

ボルトがそう驚くのは無理なかった…驚いた理由はミドルが2番人気だということではない。超良血馬なら新馬戦で1番人気になることはよくあることだ。寧ろ母親が未出走馬であるミドルが2番人気になれたということが運が良いのだ。

『なんでマオウがここにいやがる?!』

そう…1番人気の馬の名前はマオウだったのだから。マオウは超良血馬であり、関係者から評価も高かった。それ故にダントツの1番人気となった。

 

【いよいよ三冠候補と噂されているマオウのデビュー戦ですね。マオウは体重421kgとやや小柄な体格ですが…その体重の軽さが仕上がりのしやすさといっていいでしょう。まさしく絶好調といった感じがします。】

評論家のいうとおり、マオウの体重は牡馬の中では軽い方だ。ディープインパクトやドリームジャーニーなども小柄な馬格だが体調を崩すということはすくなかった。

そして全馬がゲートインが完了し終わった。

【さあ今年初めての新馬戦スタートしました。1番人気のマオウですが現在最後方におり、追い込む形をとりました。2番人気のミドルテンポは4番手に控えています。ここからどういった競馬を見せるのでしょうか?】

ミドルはやや差しのペースで走り、マオウは追い込みのペースで走っていた。

【現在先頭から最後方まで8馬身ほどの少し遅いペースで走っています。これでマオウは間に合うのでしょうか?】

スローペースである以上、追い込み馬が不利になる。その理由は逃げ馬も末脚を残してしまいリードを取られている分不利になってしまうからだ。

『ミドル…奴の末脚は半端じゃねえぞ…クォーターホースの血が混ざっていると思ったくらいだ。』

クォーターホース…サラブレッドよりも小柄だがスピード、俊敏性が優れた馬の種類の名称で400mまでは無敵と言っていいくらいに速い。シルキーサリヴァンもその末脚からクォーターホースの血が混ざっていると勘違いされたくらいだ。

【さあここでミドルテンポが先頭に立って直線へと入りました!そして大外からマオウが一気に来た!ミドルは並ばない!並ばない!一気に抜き去った!ゴールイン!2着のミドルテンポに15馬身差、3着に24馬身差をつけて勝利しました…】

ここでマオウがいなければミドルの圧勝だった。だがマオウがいたことによりミドルに限らずこの新馬戦に出た馬のデビュー戦は惨敗した…ということになる。ちなみに6馬身につき1秒の差がつく為ミドルよりも2.5秒、3着の馬よりも4秒も速い…補足としてベルモンドSのセクレタリアトは31馬身差であり2着に5秒以上も差をつけたことになる。

「カイブツメ!!」

ボルトはそう怒鳴り、TVの中のマオウを睨むがまるで意味がない。

『ミドル…あいつが相手じゃ運が悪すぎた。お前は3着の奴に9馬身も差をつけているんだ。大した馬だよ…お前は。』

ボルトはマオウのラスト3Fのタイム29.3と表示された掲示板を見て悔しがる…

後に武田からミドルのラスト3Fのタイムを聞いたところ32.5という驚愕のタイムを叩き出したことを聞き、どっちも新馬戦の馬ではないと改めて認識したのは当たり前のことである。

 

~8月1週~

ボルトの調教も終え、段々と体重を絞り込みスピードも付いてきた。そんなある日のこと…

【外国人が来日するのは東京オリンピックだけが理由じゃないんです!】

TVをつけるといきなりTVのアナウンサーがそう言って注目を集めた。

『そういえば今年は東京オリンピックの年だったな。』

この年は東京オリンピックが開催され、日本は外国人で賑わっていた。

【現在競馬界にものすごい馬がいることは知っていますか?その馬の名前はリセット…】

しかし東京オリンピック以上に話題になっていたのがリセットだ。

【あ~聞いたことある…あるね。】

出演者がそういって顎に手を添える…

【リセットちゃんは女の子なのにとんでもない競馬をして見せたんです。どうぞ。】

リセットの皐月賞、日本ダービーの映像が流れ、出演者を驚かせた。

【凄いね…CGじゃないの?】

【CGじゃありませんよ。この娘は…】

それからアナウンサーはリセットの解説をした。

【リセットちゃんは今度菊花賞…10月の最後の週の日曜日に出走する予定です。これで菊花賞を制すればディープインパクト以来無敗での三冠馬となります。外国人の方もリセットちゃんが気になっているようで来日しています。】

リセットは牝馬で史上初の牡馬三冠馬…それもディープインパクト以来無敗での三冠馬になろうとしていたのだ。放牧している牧場に外国人の競馬関係者が来訪するのは当たり前だった。

【では次】

ピッ!

『ったく…もっといい番組はないのか?ミドルは未勝利戦の準備でいねえし、マジソンも放牧中…つまらん。』

ボルトはリセットの特集にうんざりし、チャンネルを変えた。

『これは英国の競馬場か?パドックにアブソルートとドラグーンレイトがいる…となるとキングジョージか。アブソルートのレースがどんなものか気になるし見てみるか。』

その一方で…英国では日本人が多くいた。その理由はドラグーンレイトの出走するKGⅥ&QESである。ドラグーンレイトは去年皐月賞、NHKマイルC、日本ダービーの変則三冠を無敗で達成し、その後KGⅥ&QES、凱旋門賞、BCターフに挑んだ。その結果は全て2着だった。今回、去年の1着の馬はいないがその弟はいる。ドラグーンレイトの闘志もTV越しからよく伝わり、陣営も自信たっぷりにコメントした。

 

1番人気は英2000ギニーと英ダービーを制した無敗馬アブソルート。

デビュー前から評価は高く、兄を超えるとまで言わしめ欧州の競馬界では話題となっていた。

 

2番人気は去年の年度代表馬ドラグーンレイト。

去年の有馬記念を日本最強馬マジソンティーケイを一捻りし、今年のドバイシーマクラシックを世界レコードで勝ち、それが評価されたのと日本人の応援馬券で2番人気となった。

 

3番人気は仏ダービー、愛ダービー馬スターヘヴン。

7戦6勝連対率100%、今年の仏ダービと愛ダービーを快勝した馬であり、唯一の敗北もアブソルートが出走した英ダービーでの2着である。

 

かくして歴代屈指の実力馬達が集結した。

 

【KGⅥ&QESスタートしました!現在先頭に立ったのはやはり逃げるドラグーンレイト!馬群の中ほどにアブソルートとスターヘヴンが並んでいます。】

日本人の実況アナウンサーの声がボルトの頭の中に入る。

『アブソルートはやや先行型なのか?後でおっさんに聞いてみるか。』

【さあ最後の長い直線に入って先頭はドラグーンレイト!ドラグーンレイトが先頭!大外からアブソルートとスターヘヴンが来た!スターヘヴンが抜け先頭に躍り出た!しかしそれを許さないのは日本王者ドラグーンレイト!アブソルートはどうした!?】

『期待外れだったな…アブソルートも。現時点じゃスターヘヴンの方が上か?』

ボルトはアブソルートが早熟だと判断し、成長が終わったと思って溜息を吐いた。

【大丈夫!!アブソルート!アブソルートが先頭!】

溜息を吐いた途端、アブソルートがごぼう抜きし、先頭に立った。

『なんて野郎だ…今年はどうなってやがる。』

【そのまま4馬身、5馬身、6馬身と抜けてゴールイン!ドラグーンレイトとスターヘヴンは2着争いか?】

『またかよ…世界共通で今年の3歳勢強すぎないか?』

全くその通りであり、日本では無敗の二冠馬リセットや朝日杯FS馬ベネチアライトに敗れた馬達が古馬の重賞路線で勝ちまくり、世界では日本古馬トップのドラグーンレイトが破れた。まさしく生まれた時代が違えば最強馬の候補になっていただろう。

『…後二ヶ月間今までよりもハードにトレーニングを積まないとダメだな。』

ボルトはTVを消し、自らの士気を高めた。それだけアブソルートという馬が化け物じみていたのだ。

 

更に時が流れ…マジソンは放牧が終わり、ミドルは未勝利戦を勝ち、共に厩舎に戻り3頭は宝塚記念前の調教を行っていた。

「俺達には関係ないがあいつらの考えることはわからん。見ろこれ。」

そう言って武田はとある馬二頭のレース予定表を見せて3頭に愚痴っていた。

『これがどうした?クラビウスかダンジョンのローテーションなら別におかしくはないだろう…』

その中身は次走が毎日王冠あるいは京都大賞典だった。どちらもGⅡではあるがGⅠの次に格式が高いレースである。そしてその次に2000mのGⅠ、天皇賞秋をエントリーしていた。

「確かにクラビウスとダンジョンもこのレースに出るが…これはトロピカルターボとゴールデンウィークのローテだ。王冠がターボ、大賞典はゴールだ。」

毎日王冠や京都大賞典は古馬混同のレースであり、クラシック登録していない影の実力者達も集まる超ハイレベルのレースだ。

『…本気か?賞金に大差ないのに何故出走させるんだ?』

「…ターボ陣営もゴール陣営も98年クラシック世代のように見習ったんだろう。」

98年クラシック世代とは…エルコンドルパサー、スペシャルウィークなどの馬の世代の事で最強世代と呼ぶ声も多い世代だ。その世代の皐月賞馬セイウンスカイはゴールデンウィークと同様に京都大賞典へ、エルコンドルパサーやグラスワンダーは外国産馬という理由から毎日王冠へと駒を進めた。京都大賞典には春の天皇賞馬メジロブライト、有馬記念馬シルクジャクティス、ついでにシルバーコレクターのステイゴールドがいたがセイウンスカイはそれらを一蹴し優勝した。逆に毎日王冠は宝塚記念馬サイレンススズカがエルコンドルパサー、グラスワンダーを子供扱いして影すら踏ませる事なく優勝した。この時に限りどちらも伝説的レースで下手なGⅠよりも有名なレースだ。その理由としてはどちらも逃げ馬が勝ち、片や旧4歳馬のトップ、片や古馬のトップ…この二頭が有馬記念で戦ったら…と思うと観客達は盛り上がった。

『しかしそんなことをして大丈夫なのか?あの二頭は?その時の最強世代も耐えられなかっただろう?』

しかし残念ながらそれは叶わず、セイウンスカイは菊花賞から衰え、サイレンススズカは秋の天皇賞の故障で安楽死。どちらも秋で燃え過ぎてしまったという感覚があった。

「エルコンドルパサーは少なくともJCでグリーンに迫る2着を確保したんだ。グラスワンダーは有馬記念を勝った。古馬のステイゴールドもその後GⅠ取っただろう?長期的な目で言ったら成長のないレースよりも成長のあるレースを出したほうがいいだろうしな。」

このレースに勝たずとも経験を積んで、二頭の成長に繋がるのは間違いはない。

「先生!もう一頭毎日王冠に出てくる3歳馬がいました!」

諏訪がそういって資料を渡すと武田は信じられないと言わんばかりに口を開けた。

『どうした?おっさん!?』

「まさかトーマが出てくるとはな…98年以来のハイレベルの毎日王冠になりそうだ。」

NHKマイルC、安田記念馬トーマが毎日王冠にエントリーしていたのだ。



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青き馬、最強馬の道を語られる

更新遅れました!


 武田は諏訪に武田厩舎の馬の調教メニューを与え、その場から離れさせると不敵に笑った。

『トーマが毎日王冠に出走しているとなりゃトンデモなくハイレベルなGⅡだな』

 マジソンは他人事のようにそう言った……事実他人事であり、マジソンはこのレースに出走しない。もちろん京都大賞典もだ。

『でもまあ、これでリセットを除いた有力3歳馬達の弱点がわかるかも知れねえな』

「凱旋門賞でアブソルートにドラグーンレイト、毎日王冠と京都大賞典でターボ、ゴール、トーマ、菊花賞でリセットに夏の上がり馬……そして秋の天皇賞……10月は各有力馬の実力を見るにはうってつけのチャンスだ」

『そういえばマジソンはいつレースに出るんだ?』

「そういえば言ってなかったけか? マジソンは秋天をステップレースとしてJC、有馬と進んでいく」

『はあっ!? 秋の天皇賞はGⅠだぞ!? 舐めているのか!?』

「シンボリルドルフやジェンティルドンナを始め秋天で負けた日本にいた最強古馬はその年のJCに勝った……それがどういうことかわかるな?」

『だからって……天皇賞秋に使うくらいなら普通にGⅡをステップレースにしてJCに出走した方が良くねえか? 賞金的にも秋天2着よりもGⅡ1着の方が高いし……』

 天皇賞2着(2015年から春天と秋天の賞金は一緒になった)の賞金は6000万であるのに対して京都大賞典や毎日王冠の優勝馬には6300万が支払われる。

「秋天とJCの舞台は京都大賞典とは違って府中だし、毎日王冠のように距離も中途半端じゃねえ。勝率でいえばこっちの方が有利なんだよ」

『だが京都大賞典は2400mだ。遠征してでもやる価値はあるんじゃないか?』

「まあ確かに普通の馬ならいいかもしれないが……マジソンは京都が得意でな……そこで勝ってもあまり参考にはならないんだよ。それに遠征はあまりしない方がいい」

『そういえば菊花賞や天皇賞春は京都だしな。京都はマジソンにとって有利すぎるって訳か……』

「まあそういうことだ。さっきも言ったが毎日王冠だと距離が1マイルと2000mの間の1800mと距離が微妙だ。それだったら余計なことを考えずに多少ローテがきつくとも秋天にするべきなんだよ」

『なるほどな……最近のサラブレッドは貧弱になっているしな』

 その根拠は近年古馬三冠……つまり秋天、JC、有馬の3レースを全て出走しない馬が多くなった。近年その傾向が見られるのはウオッカやダイワスカーレットが始まりであり彼女らはその年にすべて出走していない。その理由としては陣営が彼女達の力を引き出すためであるのだが……テイエムオペラオーが古馬王道完全制覇をしてしまったため世間からは古馬三冠を出走すら出来ない貧弱馬と言われているのだ。ただ凱旋門賞に挑んで秋天に挑めないケースも数多くあるが出走自体は不可能ではない。しかしそんなことをすれば疲れが溜まるのは目に見えているので出走しないのは当たり前だ。それどころかJCにも間に合わないケースもある。12年のJCでジェンティルドンナに負けたオルフェーヴルなどが良い例だろう。

『おいこら!』

 マジソンが貧弱扱いされたことに怒り注意するがボルトには馬耳東風だ。

 

「落ち着け……マジソン。……まあボルトの言う通りだ。マジソンの親父は秋天と有馬を勝てずに引退してしまったからな」

『シンキングアルザオのことか? あいつはアグネスタキオンの二敗以外はパーフェクトだろ? 連対率100%の中ではシンザンを超え、そしてGⅠ7勝……』

 この記録は無敗の三冠馬であるシンボリルドルフ、同じくディープインパクト、古馬五冠のテイエムオペラオー、牝馬三冠馬のジェンティルドンナ達と同等の記録であり、シンザンのGⅠ級に相当するレースを5勝(実際は6勝だが当時宝塚記念はGⅠ級とは認められなかったからシンザンは五冠馬とよばれている)の壁を超えたのはシンボリルドルフで7勝の壁はグリーンのみが超えてその後GⅠを8勝以上する馬は皆無である。

「あいつは……秋天と有馬だけが出れなかったんだ。身体が原因でな」

『そうなのか?』

「あいつはダービー、菊花賞の二冠を制した後はJCや有馬には出走せずに翌年の春の天皇賞、宝塚記念を優勝後骨折……といっても軽度だが秋の天皇賞には間に合わなくなっちまった。JCはなんとか間に合って2着に大差をつけて勝利した……後は有馬は疲れが溜まってしまい出走自体が無理ということになった。その次の年も春天と宝塚を二連覇をしたがレース中に屈腱炎を起こしてそのまま引退……幸いなことにアルザオに負けたシンボリクリスエスが秋天と有馬を連覇したからなんとか面目を保ち、三年連続での年度代表馬になったが俺の中では秋天と有馬を共に歩ませたかった」

『……間違いなく正常な状態で秋天や有馬に出たら勝っただろうよ。だがアルザオとマジソンは全くの別物だ。秋天にかけるんだったら秋天に集中、最強を目指すんだったらGⅡをステップレースにしてJCのローテがいいんじゃねえのか?』

「あくまで秋天はステップレースだ。アルザオの時代とは全くの別物……今年は例年と比べてハイレベルだからこそ惨敗してでも俺はやるべきだと思う」

『つまり最強を目指すんだな?』

「……そういうことだ。だが秋の古馬三冠を出走せずに何が最強馬だ!」

『そういうことかよ……ところで俺のデビューはいつなんだ?』

「凱旋門賞の前の週……スプリンターズSの日だ」

『というと……10月の1週の日曜日か』

 その日からボルトの調教は厳しくなったがボルトはそれをものともせず減量に成功した……

 

 そしてゴールデンウィークやトロピカルターボ、トーマ無き菊花賞トライアル……セントライト記念と神戸新聞杯は皐月賞やNHKマイルC、ダービーを始めとした春の重賞の上位の馬達ではなく、夏のレースを使った馬達……所謂夏の上がり馬達が上位を占め、ボルトデビューの前日……札幌2歳Sが開催された。

【札幌2歳Sを勝ったのはマオウ! 日本レコードを更新しての勝利です!】

 結局マオウが日本レコードのおまけ付きで勝つという結果になり、陣営は2歳GⅠの一つである朝日杯FSの出走を宣言した。

『マオウが朝日杯FSか……まあナリタブライアンも勝ったから三冠を制するには問題はないのか?』

「確かにそうだがグリーンが降着しなかったらあいつは三冠を取れなかっただろう……」

『あの糞爺も若かったんだな。そんなミスをするなんて……』

「いや俺の責任だよ。俺があの時ミスをしなきゃそうはならなかった」

『ま、今のおっさんは騎手じゃなくて調教師だ。そうネガティブになるもんじゃねえよ』

「そうだな……俺とは違ってお前の騎手は橘だ。あいつなら信頼出来るしな」

『そうか。それじゃ俺の勝利をじっくりと眺めておけよ?』

「頼んだぞ!」



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青き馬、デビュー

お気に入り件数もオリジナルにしては増え、ランキングにもいけると思ってしまった作者です。
それはともかくどうぞ!


~中山競馬場~

 

新馬戦…それは様々な伝説を生み出す可能性がある競走馬のデビュー戦。伝説の新馬戦と呼ばれるレースとして一つ例を挙げよう。

 

それは天馬トウショウボーイが勝った新馬戦。このレースは史上3頭目の三冠馬ミスターシービーの母シービークインと後の菊花賞馬グリーングラス、そしてグリーン一族の祖先アイヴィグリーンの母ハーツタールが出走したレースだ。

結果はトウショウボーイが勝ったがこの4頭は繁殖で伝説を生み出す。トウショウボーイとシービークインは三冠馬ミスターシービーを、グリーングラスとハーツタールは二冠牝馬アイヴィグリーンを生み出す。

…さらにそのミスターシービーとアイヴィグリーンから生まれたのがシンキングアルザオの母ジャパンサハラ。

現在シンキングアルザオは非SS系かつ非ND系、非MP系という血統から日本の生産者から理想の種牡馬と言われている。それもそのはず…現在の他の優秀な種牡馬はそれらの血統を何れか含んでいる。日本のトップサイアーのディープインパクトとオルフェーヴルはSS系、欧州…つまり外国産馬の流行血統であるフランケルやカーソンユートピアはND系、キングカメハメハやロードカナロアはMP系のサイアーラインである。

 

何が言いたいのかというと…ボルトの新馬戦に出る馬の半分弱の父親がシンキングアルザオであり、残りはSS系などだった。

 

『しかしマジソンの親父がここまで種牡馬として成功するなんて想像も出来なかったよな。』

ボルトは橘に話しかけて客をみる。

「そんなものだろ。競馬ってのは。それよりも田舎ものだと思われるからキョロキョロするな。」

橘がボルトを注意して落ち着かせるように言わせるがボルトはやめない。

『田舎ものだよ。俺は。それに初めてレースをするからな…緊張しているんだよ。』

「ダンジョンは少なくとも落ち着いていたぞ?」

『ダンジョンは仮にもダービーを含めたGⅠを3勝した馬だからな。新馬戦で落ち着いていられるのも当然だろうな。しかし1970年代後半頃なら現役最強馬と呼ばれてもおかしくないのに…去年引退しておけば良かったんじゃないのか?』

「どんだけ昔の話しているんだ…とにかく作戦は武田先生の指示通り行くぞ。」

『わかった。』

ボルトを含め競争馬達はゲートに入りレースの準備が終わった。

 

ガシャン!

 

【各馬一斉にスタートしました…おっと…一番人気のボルトチェンジどうやら出遅れたようです。】

ボルトが出遅れ、会場は悲鳴に包まれた…というのもボルトは知名度が高く有名であり梅宮の所属する新聞からも高く評価されていた。そのため一番人気となり、支持率も相当なものだった。しかしこのレースは先行馬が有利であるその訳は走る距離自体が短距離で相当短いからだ。

『出遅れた?わかっていねえよな…あのアナウンサー…』

しかしボルトはわざと出遅れたのだ。その理由は武田の調べではシンキングアルザオ産駒の特徴として逃げ馬が多く、ペースも速い傾向にある。故にこのレースでは逆に先行馬が不利となっていたのだ。もちろんそれだけでなく橘は追い込み馬を得意としておりダンジョンでもダービーを勝っている。さらにボルトの先行しての末脚は同世代牝馬No. 1の末脚を持つミドルにラスト3Fのタイムがコンマ一秒遅れるだけである。追い込みになったらそれよりも末脚が加速するのは言うまでもない。

その為武田はボルト達に追い込みの指示を出していた。

「その通りだ。ボルト…よし残り600mだ…行くぞ!」

「オウヨ!」

ここで橘のムチが入り、ボルトが一気に加速して来た。

【ここでボルトチェンジが動き、徐々に先頭に近づいてきました。完全に勢いはボルトチェンジだ!】

ボルトが先頭に並び、完全にかわすと観客の先ほどの悲鳴が歓声へと変わった。

【ボルトチェンジだ!ボルトチェンジが6馬身、7馬身…どんどん差を離して…ゴールイン!完勝です。2着のハメノシンキングに大差をつけて勝利しました。】

「やったなボルト。」

『この調子なら二歳の重賞一つくらいなら楽勝で勝てそうだな。』

「…そうだな。だからと言って油断はするなよ?」

『油断はしねえよ。油断したら負けるのは目に見えているからな。そういえば来週の毎日王冠出るんだろ?そっちも油断するなよ…』

「来週…ああダンジョンか。毎日王冠にはマジソンもいねえし、クラビウスも京都大賞典に出走して毎日王冠には出ねえ。敵はターボとトーマだけだ。」

『そうだな。良い結果を期待しているぜ。』

「任せておけ。」

 

その後スプリンターズSは安田記念2着馬ロレアルゴーが勝利した。

 

~翌週~

京都ではゴールデンウィークとクラビウスの一騎打ちムードのレース、京都大賞典に注目が集まっていた。その理由はクラビウスはGⅠを2勝…それも京都大賞典と同じ舞台の菊花賞馬であるがマジソンに何度も先着されており宝塚記念でも掲示板がやっとだった。

ゴールデンウィークはダービーでは宝塚記念馬トロピカルターボに先着、その宝塚記念で古馬最強のマジソンやクラビウス自身にも先着しているがGⅠを勝利していない善戦馬だった。

つまり勢いでいえばゴールデンウィーク、実績で言えばクラビウスという状態だ。

【現在1番人気は4枠5番のゴールデンウィークです。僅差の2番人気は3枠3番クラビウス。離れて3番人気は5枠6番タルトセイチ…】

馬券を購入する時人は実績よりも勢いの方を優先する傾向がある。その為人気はゴールデンウィークの方が上だった。

 

【さあ京都大賞典スタート!出遅れはありませんでした。ゴールデンウィークはいつもポジションにつき、クラビウスはそれよりも少し遅れて走っています。】

通常であれば3歳馬が古馬をマークすると言った展開だが今回は違った。3歳馬ゴールデンウィークは完全に古馬クラビウスを無視。これは異例とも言えることだ。ゴールデンウィークはGⅠを勝利していない一介の重賞…それも近走は善戦したとはいえ2連敗した馬である。逆にクラビウスは連敗が続くとはいえGⅠを2勝もしている。そんな敵であるにもかかわらず完全にゴールデンウィーク陣営は自分のレースにこだわるように指示したとしか思えない。

【さあ京都の名物、4mの高さの登り坂と下り坂。ここで各馬ペースを落とします。坂を下り…ここから一気にペースが上がり、最終コーナーで先頭はタルトセイチ!タルトセイチが先頭だ!ゴールデンウィークが2番手!クラビウスは3番手に上がり一気にタルトセイチを捕らえ、交わした!】

残り300mでゴールデンウィークとクラビウスの完全一騎打ちムードとなり、他の馬は蚊帳の外だ。

【ゴールデンウィークが粘る!しかしクラビウスも差しに行く!今年のダービー2着馬か!去年のダービー2着馬か!今二頭が並んでゴールイン!外は3番クラビウス、内は5番ゴールデンウィーク。どちらが勝ったのでしょうか?】

掲示板には審議のランプが灯り、ゴールデンウィークとクラビウスの番号だけが書かれずにいた。つまり現在ゴールデンウィークが粘ったかクラビウスが差し切ったかという審議をしている最中だ。

それから5分ほど時間が経ち1番上には3の数字が書かれて隣にはハナと書かれていた。

【京都大賞典はクラビウスが勝利いたしました。お見事です。古馬の貫禄を見せつけました!】

こうして京都大賞典はクラビウスの勝利に終わった。ゴールデンウィークはまたしても勝利出来ずシルバーコレクターの称号を手に入れてしまい、ゴールデンウィーク陣営はクラビウスをなめていたことを反省した。



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青き馬、毎日王冠を見る

しつこく私の小説の評価を下げる方がいますので評価文字数を変更致しました。


~東京競馬場~

 

東京競馬場は京都大賞典よりも盛り上がりを見せていた。そう、毎日王冠だ。98年の毎日王冠と同様に古馬対最強世代3歳馬というレースだった。

 

~1998年~

 

98年の毎日王冠は宝塚記念馬サイレンススズカ、無敗のNHKマイルC馬エルコンドルパサー、同じく無敗の2歳王者グラスワンダーが出走しGⅠ級…いやGⅠそのもののレースとなっていた。

【サイレンススズカだ!グラスワンダーは伸びが足りない!2馬身ほど離れてエルコンドルパサーが迫るがサイレンススズカだ!サイレンススズカだ!グランプリホースの貫禄!どこまで行っても逃げてやる!】

結果はサイレンススズカの圧勝。エルコンドルパサーは2着、グラスワンダーは5着に終わった。この時彼らは京都大賞典を勝った皐月賞馬セイウンスカイや京都新聞杯を勝ったダービー馬スペシャルウィークなどよりも格下とされていたがその評価は後々のGⅠレースで覆された。

JCではエルコンドルパサーがスペシャルウィークに先着。有馬記念はグラスワンダーがスペシャルウィークやセイウンスカイを下して優勝。そう…秋までの3歳最強馬達が揃って毎日王冠でサイレンススズカに敗れた外国産馬二頭にやられてしまった。

つまり

 

サイレンススズカ>エルコンドルパサー>グラスワンダー>最強世代内国産馬

 

という順番になってしまったのだ。もちろん国内GⅠを一勝しかしていないサイレンススズカが海外GⅠを勝利したエルコンドルパサーよりも格上などとはありえないと認めない人も多い。だがエルコンドルパサーの騎手によると3歳馬と古馬の差ではなく同期であっても勝てないと発言するくらいサイレンススズカとの差はあった。そのおかげかサイレンススズカは2000mでは最強とされ年度代表馬アイグリーンスキーにも勝てると天皇賞秋の時点では評価が高かった。結果は故障が発生して安楽死だが…それでも三冠馬ナリタブライアンを差し置いて年度代表馬になったグリーンを打ち負かす夢を与えたのは違いない。

 

~2020年~

そして今日、東京競馬場には15万人を超える人々が集まった。

【1枠2番、トーマ。NHKマイルC、安田記念とGⅠを2連勝した実力馬がこの毎日王冠で挑戦状を叩きつけて来ました。この馬はどこまで通じるか?現在単勝オッズ2.9倍の3番人気です。】

トーマは勝ったらクラシックの主役を担うと言われている弥生賞に加え1マイル…つまり1600mのGⅠレースNHKマイルCと安田記念を勝ったがそれでも3番人気だ。その理由は今年の宝塚記念に出走していないのが原因だ。今年の宝塚記念はハイレベルとも言え掲示板に乗った馬はゴールデンウィークを除きすべてGⅠ馬だ。そのゴールデンウィークですらリセットのダービー2着という素晴らしい成績を残している。そんな宝塚記念を勝った馬が一頭入場した。

【もの凄い歓声で迎えられたのは4枠5番、トロピカルターボ。前走の宝塚記念では古馬No.2のマジソンティーケイを破り、GⅠ2勝目を挙げました。単勝オッズは1.9倍。堂々の1番人気です。】

トロピカルターボは皐月賞ではトーマに先着する2着、ダービーこそ3着だったが2着のゴールデンウィークとほぼ同着の鼻差、宝塚記念においてマジソンティーケイを破っている。それ故に1番人気に支持された。

【7枠12番、ラストダンジョン。5連敗中とは言え府中の舞台ではマジソンとの対戦成績は3勝1敗とマジソンすらも凌ぐ!単勝オッズは2.7倍の2番人気です。】

ラストダンジョンが支持されているのはマジソンを何回も破っているこの府中の舞台だからこそだった。一昨年の日本ダービーとJC、去年の天皇賞秋とJC…全てダンジョンとマジソンが出ている。

そのうちダンジョンが一着になったのはダービーと天皇賞秋。マジソンが一着になったのは去年のJCのみ。一昨年のJCはダンジョンは2着、マジソンは4着という結果だった。成績だけ見るとマジソンが成長したかに見えてダンジョンが衰えたかのように見えるが実際は違う。問題はその中身だ。去年のJCはマジソンと凱旋門3着とはいえドラグーンレイトと鼻差だったサムライブレードと大接戦し鼻差で負けた程度だが…それ以外は全てマジソン相手に4馬身以上の差で先着あるいは勝利しているのだ。

去年の有馬記念は中山競馬場であるため支持率が落ち、結果もそんなに良いとも言えるものではなかった。だがこの東京競馬場ではマジソンすらも凌ぐことを誰もが知っている為2番人気という支持を得た。

 

【さあ毎日王冠スタート!ポーンと飛び出していったのはなんとトロピカルターボだ!これは意外な展開です。】

トロピカルターボは追い込み馬である。それなのに飛び出していったのは何か理由があるに違いないと感じたのはジョッキーの中で半々、ジョッキーがミスをしたと思ったのも半々だ。だがそれを気にしておらず冷静にいたのが1人いた。ラストダンジョン騎乗の橘である。橘はどうやったらマジソンに勝てるのか…それだけを考えダンジョンに乗り続けていた。それ故にマジソンの奇抜さに慣れてしまったのだ。この程度のことはなんでもない。

【最後方にラストダンジョンがついています。さあもう一度前の方から見ていきましょう。】

『しかしわからねえな…ターボが飛ばす理由が。』

それを見ていたボルトはトロピカルターボに不気味さを感じていた。奇策は敵の不意をついて成立するが…いくら何でも追い込み馬が逃げていくなど無謀だ。

 

【先頭は相変わらずトロピカルターボままで1000mを通過。通過タイムは58〜59秒!これは平均ペースです。】

『…そういうことか。奴らの目的が見えてきたぜ…』

ボルトはその違和感の正体に気付き、トロピカルターボが何をするか理解してしまった。

トロピカルターボはオルフェーヴル産駒の馬だ。それ故に瞬発力も豊富にある。それを生み出しているのは父オルフェーヴルと同じピッチ走法にある。

ピッチ走法の特徴は足の回転を速くすることで強烈なスピードを生み出し加速力とパワーを上げる代わりに一歩一歩が小さくトップスピードも遅い。ピッチ走法を自転車のギアに例えると1や2など小さいギアで漕ぐのと同じことだ。

つまり坂のない時計の出るような地形では不利な分、坂が急な中山競馬場や坂の距離が長い東京競馬場等では有利になる。

ピッチ走法を使う馬の例はミスターシービーなどが挙げられる。

 

その逆のストライド走法についても解説しよう。ストライド走法は自転車で例えるならトップギアにあたるものでトップスピードは出やすい分、筋力も必要であり加速が遅くなる。またピッチ走法や普通の走り方に比べ小回りの効く競馬場に弱くカーブに弱いという弱点もある。

それを使う馬の例はリセットの祖父トウカイテイオーやナリタトップロードなどが挙げられる。

 

しかしだ。今のトロピカルターボはストライド走法だ。ピッチ走法の馬がストライド走法に変えることは難しく、セクレタリアトやディープインパクト等の超が三つもつくほどの名馬しか出来ない。

『あのヤロー…ここからスローにさせて逃げ切る気だな?』

そう、ストライド走法のまま走れば知らず知らずの内にトロピカルターボの速度は落ちる。しかも騎手はトロピカルターボがストライド走法に変えた事実に気づかず直線へと向いた。

【ここからが勝負!さあ先頭はまだトロピカルターボ!そしてトーマとラストダンジョンが大外からやってきたぞ!】

『トロピカルターボ…こいつはやはり只者じゃねえか。生まれた世代が悪かっただけの化物だな…』

ボルトもトロピカルターボを認め、TVを見るとトロピカルターボがいつものピッチ走法に戻し、一瞬の切れはないがそれでも逃げ馬としては十分なくらいな末脚で先頭を維持し続ける。

【トーマは三番手は確保!ラストダンジョンが凄い脚だ!】

トーマは力尽き、三番手を確保するとそこからダンジョンの脚が切れ、トロピカルターボに追いついた。

【並んだぁ〜っ!!そしてそのままゴールイン!ターボかダンジョンか!?】

『僅かに外だな…橘が主戦騎手で助かったぜ。』

14分後、そこには掲示板に12の数字が一番上に載っていた。



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青き馬、凱旋門賞を見る

更新遅れました…まあ見ているひとなんてほとんどいないでしょうけど…orz


京都大賞典、毎日王冠が終わり夜になった。

『凱旋門賞…いよいよだな。』

ボルトは凱旋門賞を見ていた。凱旋門賞は世界最高峰とも言えるレースだ。日本からはドバイシーマクラシックで世界レコードを出したドラグーンレイトが出走している。

『レイトの野郎、中山で俺に勝ったんだから凱旋門賞で勝てよ』

マジソンも日本の代表馬ドラグーンレイトを応援していた。その理由は去年の有馬記念でドラグーンレイトが勝ったからだ。有馬記念は皐月賞と同じ舞台、中山競馬場で行われる。そして菊花賞や春の天皇賞は京都競馬場だ。これらの共通点は全て右回りというものだ。

その為マジソンは京都競馬場ほどではないが中山競馬場も得意な地形だ。しかしドラグーンレイトは有馬記念でその先をいった。

ではドラグーンレイトも右回りが得意かと言われればそうではない。むしろ逆で東京競馬場のような左回りが得意だ。事実レコードを出しているのは左回りの舞台のみだ。

しかし凱旋門賞の舞台であるロンシャン競馬場の特徴は右回りだ。それで不安要素があるかと聞かれたらあるだろうが…右回りの舞台でもマジソンよりも上なのだ。マジソンが行くよりも優れた結果になる可能性が高い。

 

『だがあいつは3番人気だ。それに日本調教馬は勝てないっていうジンクスがあるからな』

「ん?俺達は勝ったぞ?」

『武田のおっさんと糞爺は運が良かったんだろ?』

「まあな…その次の年にグリーンと同じニジンスキー産駒のラムタラっていうバケモンと戦って二敗しているからなキングジョージと凱旋門、どっちも負けて風間さんがごねまくってマッチレースをしてようやく勝てたくらいだしな。その敗北のおかげで売却額が下がって小さいところの牧場は大歓喜だったのはよく覚えているよ」

『まあその後悲鳴になるんだよな』

「そうだ。ラムタラ自身が精神力で走っていた上にスタミナ重視の欧州の競馬場で走った馬だ。日本の高速競馬場に必要なスピードなんかもあるはずもなく、ほとんどのラムタラ産駒が走らずに終わった」

『サドラーズウェルズ系のオペやサムソンもラムタラ程じゃないにしても種牡馬成績はあまり良いとはいえねぇよな。もしかしたらノーザンダンサーの直系の子孫って大体がスタミナタイプになるんだろうな。』

テイエムオペラオーやメイションサムソンは皐月賞と秋の天皇賞を勝っているにも関わらずその産駒達は快速スピードではなく鈍足ステイヤーの傾向が強い。特にテイエムオペラオー産駒は障害レース(障害レースは2600以上のレースが中心)で活躍する傾向がある。

「サドラーズウェルズ系はモンジューもカルシオを輩出しているし失敗じゃないんだがな。どうもスタミナ傾向が強いし、マオウも相性が良かっただけとしか思えない」

ディープインパクト産駒はマイラー・中距離のスピードタイプの馬が多い。特に桜花賞を4年連続でディープインパクト産駒が勝ったのは印象深い。

『モンジューのスタミナにディープの末脚か…確かに相性がよかったのかもな。』

「何にせよ、このレースは日本馬の快挙にもなり得るし、二年連続無敗での欧州三冠馬(英ダービー、KGⅥ&QES、凱旋門賞を旧4歳(3歳)で制した馬)の登場、あるいは大番狂わせにもなり得る。21世紀史上最高の凱旋門賞になるかもな。」

 

【さあいよいよスタートです。日本のドラグーンレイトか、世界のアブソルートか、地元のスターヘヴンか…凱旋門賞スタート!】

「やらかした!!」

武田が大声を出し頭を抱えた。

【なんとドラグーンレイトが出遅れました。逃げ馬としては致命的です!】

その理由はドラグーンレイトが出遅れたからだ。逃げ馬が出遅れたらすでに負けたと言って良いくらい不利になる。特にドラグーンレイトのような超スピードで逃げる馬には致命的だ。

【ドラグーンレイトに変わってハナに立ったのはなんとアブソルートだ!これは意外だ!】

『あいつが逃げた…?!』

「いや不思議でもなんでもない。エルコンドルパサーは先行馬だが凱旋門賞を逃げの形を取った。結果はモンジューに差されたがそれでも優勝馬は二頭いたと言わしめるほど健闘できた…アブソルートの父カーソンユートピアも自在性の効く脚を持っていたから尚更平気だろう…」

『アブソルートの脚質は自在先行って訳か…だけどそれでハイペースだったら意味はなくなるぜ。スピードを維持するリセットやドラグーンレイトは別だろうがな。』

アブソルートはリセットやドラグーンレイトとは違う。出遅れで二番手になってしまったドラグーンレイトの作戦はいつものような逃げ切りの戦法を諦め、アブソルートを煽って体力を削り、差す戦法に切り替えた。これならばスピードを維持できるドラグーンレイトの方に軍配が上がる。だがこれで他の馬が勝ってしまったら間違いなくドラグーンレイト陣営はブーイングされるだろう。そう、92年の菊花賞のように…

 

92年菊花賞、ミホノブルボンの三冠…それも無敗の三冠がかかったレースだった。だかミホノブルボンは敗れた。ブルボンが敗れた原因は幾つかある。その中でも一番の原因と考えられているのがキョウエイボーガンという馬の存在だ。キョウエイボーガンはブルボンと同じ逃げ馬で、菊花賞でも何がこようとも逃げると宣言をし、宣言通り…逃げた。それもハイペースというおまけつきで。その結果ブルボンは別の馬に敗れてしまい、キョウエイボーガン陣営はしばらくの間ブーイングされた。

 

閑話休題。

ドラグーンレイトもこの作戦を実行した以上、勝つしかない。でなければキョウエイボーガンのように批判される。そう気を引き締め騎手、織田は鞭を振るう。

【さあ、直線に入りアブソルート、ドラグーンレイト、スターヘヴンの三頭が抜けた!】

『いけぇーっ!!』

【残り200m!日本が誇る龍馬か!英国の完全無欠の王か!それとも地元の愛か!】

「…っ!」

【アブソルート!!アブソルート先頭!他二頭を突き放し5馬身、6馬身、7馬身と突き放しゴールイン!二着は頭差でドラグーンレイト!三着はスターヘヴン!以下大きく離れキングダムブレイクと続きます…】

「また…か。」

武田はその事実にショックを隠しきれなかった。勝負の世界でたらればの発言はタブーとされているがそれでも武田の頭の中では考えられずにはいられなかった。

『レイトもよく頑張った方だよ。あの凱旋門賞を二着だ。日本馬としてはオルフェ以来の二年連続の連帯だ。ウィンアップとアブソルート…どっちも歴史的な馬だ。それに善戦しただけでも向こうの奴らにも記憶を残していると思うぜ。』

『確かにね〜…でもあれだけ差をつけられたら流石に記憶に残らないんじゃない?』

『その時はマジソン、お前がJCで勝てばいいさ。』

かくして凱旋門賞はアブソルートの歴史的勝利に終わった。だがこの後、三着に終わったスターヘヴン陣営はとんでもないことを発言した。

 

【スターヘヴンは日本のGⅠ、天皇賞秋に出走させる。】



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青き馬達の会話集

今回は解説が多めです!


 牝馬三冠最後のレース、秋華賞も終え、今度は菊花賞が始まろうとしていた。菊花賞の大本命、リセット陣営は万全の状態で挑もうとしていた。

「リセットの記事だけで他に書くことはないのか? スポーツ紙はよ……」

 だが武田はそんなことはどうでもよかった。武田が気にしていたのは菊花賞の翌週マジソンの出走する天皇賞秋の各馬の情報だ。

『天皇賞秋に外国馬わざわざやって来るってのに内容がこれだもんな』

 

 その内容は【リセット史上初の牡馬三冠達成なるか!!?】や【大本命リセットに一点の曇り無し!】、【リセット三冠確定!?】などなどと同じように言っている。その理由は東京優駿、つまり日本ダービーにある。

 

 リセットは牝馬でありながらレースレコードで日本ダービーを勝った。それはクリフジも(出遅れたにも関わらず)なし遂げている。しかし内容はリセットの方があまりにも凄かった。大差勝ちに加え、大雨重馬場の中で2分22秒9を叩き出すということをしでかした。通常大雨、しかも重馬場となればタイムは落ちるものだ。それこそ出遅れるよりも……しかしオークスレコードを出したボルトの母アルパナですら2分23秒3(ダービー時のディープインパクトと同タイム)であり、リセットは日本ダービーのレースレコード(ドゥラメンテの2分23秒2)を大きく塗り替えた。

 ちなみに二着争いをしたゴールデンウィークとトロピカルターボもタイムは2分25秒7であり同条件下のロジユニヴァースのタイムを大きく上回っている。

 故にリセットは日本史上最強牝馬としてではなくもはや日本史上最強馬と呼び声が高く、いかにして菊花賞を勝つかが期待されていた。

 

『確かに中央競馬の重賞レースは国際レースになったが外国馬が参加するのはJCや安田記念……他には高松宮記念くらいか? 少なくとも天皇賞で外国馬が参加するのは初めてのことだぜ』

 

 JCは元々日本が世界に近づく為に最初に設立された国際レースであり、その2005年までは外国馬が優勢に立っていた。その為カモにされていたが2006年のディープインパクトの勝利を境に日本馬が勝ち続け、いつしか外国馬のレベルが低くなった。そんなある年に一流の外国馬がJCを勝利した。カルシオだ。カルシオは凱旋門賞を勝利し後香港カップ(10F)や香港ヴァーズ(12F)よりもJCを選んだ。その理由は日本に輸出することが決まっていたと理由に他ならない。

 日本国内ではJC>香港カップor香港ヴァーズという評価だ。

 その評価の理由はJCの勝者にある。JCの勝ち馬はシンボリルドルフ、トウカイテイオー、アイグリーンスキー、スペシャルウィーク、テイエムオペラオー、シンキングアルザオ、カーソンユートピア、ディープインパクト、アドマイヤムーン、ウオッカ、ブエナビスタ、ジェンティルドンナと名馬がずらりと並ぶ。

 

 それに比べ香港カップや香港ヴァーズは日本馬の中でも二流と呼ばれるような馬しか勝利していない……その理由は有馬記念の存在とステイゴールドが主な要因だ。香港国際レースに参加する馬はローテのキツさからJCと有馬記念を回避することを前提にして挑まなければならない。しかしJCも有馬記念、どちらも日本国内でもトップクラスの馬が集まるレースだ。その上有馬記念はグランプリであり出走出来るのは投票数が多い順に10頭残りは外国馬だが出馬した例は皆無といっていい。それ以外はJRA所属馬・地方競馬所属馬は「通算収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI競走における収得賞金」の総計が多い順に出走できる。

 

 話しは変わり、今でこそオルフェーヴルの父として有名だが当時は二流馬だったステイゴールドが香港ヴァーズを勝ち、二流馬でも勝てるという認識が出来てしまい、香港カップと香港ヴァーズは有馬記念に出走出来ないor勝てる見込みがない二流馬が挑戦する舞台となってしまった。

 

 話を戻そう。JCに勝利したカルシオはそのおかげで評価が高まり、凱旋門賞を勝ったことや良血馬ということもあり8億円で売れた。これは繁殖牝馬としてはとてつもない値段であり、サンデーサイレンスが売却された時の三分の一以上と言えばわかりやすい。日本国内で繁殖入りする際に日本国内外のGⅠで勝つことが大切かということがご理解頂けただろうか? 

 

『BCターフは天皇賞秋よりも良い条件だから絶対参加しないと思っていたんだがな……』

 ボルトの言う通りBCターフは天皇賞秋よりも評価は高い。BCターフは米国で行われ、欧州や米国の芝馬達がJCに比べ比較的集まりやすくその年によっては凱旋門賞と同じくらいレベルが高くなり、その分勝てば評価も自然と高くなる。

「ドラグーンレイトやアブソルートがいるレースよりも勝てるレースを選んだんだろ……」

 その為、天皇賞秋には凱旋門賞に出られなかった弱い馬が集まっていると海外の馬主は思う。

 しかし日本国内の生産業界では天皇賞秋とBCターフの種牡馬の違いはほとんど大差ない。むしろJCにすら劣っている。確かに日本馬がBCターフを勝てば凄いが外国馬が勝って日本に繁殖にやってきたところで大成功するとは限らない。ファンタスティックライトがそのいい例だろう。

 その一方、天皇賞秋を勝って種牡馬として失敗した例もあるが日本にやってきたBCターフ馬よりも成功しやすい。

 その理由は天皇賞秋は2000mという距離と東京競馬場という地形からスピード、スタミナ、パワー、瞬発力全てが求められるレースだからだ。マイラーのジャスタウェイが勝ったのは2400mまで持ちこたえられるスタミナがあり、翌年のJCで二着という結果をだしている。

 その一方でBCターフは12Fの洋芝寄りの遅い芝生の上で走らなければならない為パワーが必要だ。その上直線が短くスピードや瞬発力よりも先行して押し切るスタミナが求められる。

 故に天皇賞秋馬が日本の種牡馬としてBCターフ馬よりもまだマシというレベルであるが成功しやすいのだ。

 だがこれは主に日本人が考えていることなのでBCの本拠地の海外の馬主からみれば天皇賞秋はGⅡくらいにしか見えないくらい格下なので天皇賞秋に参加する意味すらないのだ。それをするということは……少しでも高くスターヘヴンを種牡馬として日本に売却したいと考えられる。BCターフと同じくらいのJCもアブソルートが出てくることを危惧して回避したのだろう。

 

『ってもマジソンの敵じゃねえだろ? 日本と洋芝は別のもんだし』

「だからこそ怖い。スターヘヴンはイレギュラーの血統の馬だ。確か父親はオフィサーっていったか?」

『どマイナー過ぎてわからん……一体どんな馬なんだ?』

「オフィサー自身は9戦6勝。種牡馬としての成績は重賞クラス。日本でも京王杯2歳S勝ち鞍のアポロドルチェを輩出してるな。ただ……」

『ただ?』

「あのインテント系だ」

 インテントと言われてもボルト達はいまいちピンとこない。その理由は日本ではあまり有名ではないからだ。ボルトも競馬の知識を持っているが例外ではない。

「こう言えばわかるか? マンノウォーの直系の子孫の種牡馬ってな」

『あのマンノウォーの子孫か!?』

 

 それを聞いたボルトは驚いた。マンノウォーと言えばセクレタリアトと同様、ビッグレッドの渾名で有名だ。むしろ最初にビッグレッドと渾名をつけられたのはこちらの方だ。

 マンノウォーは100馬身差で勝利したことやベルモンドSを20馬身で勝利したなどなどの競走馬としての成績と米国三冠馬ウォーアドミラル、日本のリーディングサイアーを獲得した月友を送り出し自身もリーディングサイアーとして活躍した。その結果、米国でも語り継がれる伝説となっている。

 

 だがそれとこれとは別にマンノウォー系は徐々に衰退していき、今はもう零細血統の仲間入りな状況となった。ボルト達が驚いたのもその為だ。

 

「だからスターヘヴンはイレギュラーなんだよ。血統も寂れたもんだし、今更日本の高速馬場に適応出来ないことはない」

『だとしたら怖いな……』

 ボルト達の会話はしばらく続き、数日後いよいよ菊花賞の日がやってきた。




ちなみにオフィサーもインテントもアポロドルチェも実在馬です。作者の架空馬ではありません。なんならインテント系は零細ではあるもののオフィサー以外にもいます

では感想評価よろしくお願いします!次回もお楽しみに!


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青き馬、一世代上の菊花賞を予想する

 菊花賞、それは牡馬クラシック最後のレースだ。例年、皐月賞やダービーの春のクラシックで活躍した馬に加え、夏の間に力をつけてきた馬が集まる。また菊花賞は皐月賞やダービーとは違い長距離の上に京都競馬場という地形から豊富なスタミナと騎手の判断が重要になってくる。故に最も強い馬が勝つとまで言われている。

 

 しかし最近は長距離レースが少なくなり、中距離のレースが多くなったのでこのレースでレコードを出すか、あるいはこれの他に手土産(GⅠ勝利or良血の血統)がなければ種牡馬入りは厳しい。

 

 

 

『昔は天皇賞秋の前週じゃなく、翌週にやったんだよな……』

 

 そんな中、マジソンがポツリと呟いた。そうかつては菊花賞は天皇賞秋の翌週に行われていた。そのせいでシンボリルドルフは三冠を制した1984年のJCを取りこぼしてしまった。それだけでなく、前年三冠を制したミスターシービーに至っては不出走。あまりにもローテがキツ過ぎたのだ。しかしJCの週をズラしても今度は有馬記念に対するローテがキツくなる。ではどうするか? 簡単だ。菊花賞をズラしてしまえばいい。結果、現在のように天皇賞秋の前週に菊花賞が行われるようになった。

 

「そうだな……確か2000年から菊花賞が秋天の前週になったはずだ。……グリーン産駒の当歳っ子達を見に行こうとしたら菊花賞が秋天の前週に変わってて行けなくなったって風間さんに報告したら、騎手なのにそんなことも知らないのかって、怒鳴られた。結局、カーソンに乗せてもらえたけど暫く口を聞いて貰えなかった……そんな苦い思い出があってかいつ菊花賞が秋天の前週に変わったのか未だにおぼえている」

 

『そりゃ苦い思い出だな。でもそのおかげで菊花賞からJCのローテがきつくなくなったよな』

 

 ボルトがそう指摘すると武田も頷いた。

 

「偶にはJRAも本気出すってことだ。菊花賞から緩いローテで参加すればJCの質も高くなるように考える。少なくとも今の腐った政治家よりか優秀だ」

 

『JRAにも政治家にも失礼だぞ……それ』

 

 

 

「まあそれは置いといてだ。リセットが一番人気なのは変わらねえが……マジソンやお前みたいに長距離血統じゃねえのはわかるよな?」

 

 話を逸らすことでボルトのツッコミを躱し、新聞を開いてボルトに見せる。

 

『父がフェブラリーS勝ち鞍のファイナルキングに母父がダイワメジャー……確かに酷えな。この血統表見ている限りじゃ芝で走ったとしてもマイラーの馬にしか見えねえ』

 

 ボルトはリセットの父親と母父の部分を見て思い出す。リセットの父はトウカイテイオー唯一の後継種牡馬であるが零細血統であることとダートのマイルGⅠを1勝しているだけなので種付け料も安い。地方ではその産駒達は活躍していて中小牧場に人気だが、中央競馬の重賞レースにその名前がでているのはリセットのみである。

 

『よく読めるな新聞……でも中には例外だってあるんだぜ? スプリンターと言われた奴がダービーを勝ったりしている』

 

『そりゃそうだ。血統が全てじゃねえのはわかっている。今でこそ流行血統だが糞みたいな血統だったサンデーサイレンスが一番の証拠だろうが』

 

「まあその辺にしておけ。そろそろ始まるぞ」

 

 そして武田がTVをつけるとちょうどパドックの途中だった。

 

【さあ今年の牡馬クラシックをリードしているのが牝馬のリセット。単勝オッズ1.0倍。馬体重は前走より29kgプラスと太りましたね〜】

 

『女の子に向かって太ったって言うなんてサイテー!』

 

 ミドルが声を荒げ、不機嫌になる。もしかしてこの馬、前世はボルトと同様に人間だったのだろうか? 

 

『怒るなよ。ミドル。そういうもんだからな?』

 

『ふんっ!』

 

【おそらく筋肉がついたのでしょう。菊花賞のローズキングダムなんかはそうでしたから……】

 

『ダービー二着馬が菊花賞を勝つ。よく言われているけどそうでもないよな? ローズキングダムもそうだよな……』

 

「奴に人気が集まったのは前走勝ち、良血、無敗で2歳王者に輝いたっていうのが大きい。グラスやエルコンほどじゃないにしてもかなり期待されていた。……だから体重が増えてもプラスに考えたんだろう」

 

『……なあ、マジソン。菊花賞を勝った経験からどの馬が勝つと思う?』

 

『強い奴だ』

 

『……確かにな』

 

 ボルト達は苦笑し、TVの方に意識を向ける。

 

 

 

【さて本馬場入場です。1枠1番サードメンタル。神戸新聞杯で2着とイマイチ勝てないイメージを払拭できるか? 現在単勝オッズ60倍、4番人気です】

 

『60倍!? 4番人気で60倍って……やばすぎだろ……』

 

「全くだ」

 

『確かにな……』

 

 上から順にボルト、武田、マジソンの順にそう頷く。

 

『何がヤバイの?』

 

 機嫌が直り始めたミドルがそれを聞くとマジソンが答え始めた。

 

『普通、圧倒的1番人気がいても4番人気は15倍前後程度だ。その4倍ってことはそれだけリセットを支持している奴がいるってことだよ』

 

『それじゃ……超がつくほど支持されているってこと?』

 

『……この様子だとメイズイ超えだな』

 

 ボルトがそう言うとTVがいきなりやかましくなりそちらを見た。その入場馬は誰もが知っている馬だった。

 

【さあ大歓声に迎えられたこの馬、3枠6番リセット! 手元に届いた資料によると支持率は86.1%! 四捨五入して90%は史上初です! 当然ながら単勝オッズは1.0倍、ダントツの1番人気です!】

 

「ついに人気でメイズイすらも超えたか……だがレースもメイズイのようにならないといいがな」

 

 

 

 メイズイ。その馬は菊花賞史上最高となる単勝支持率83.2%を出した馬だ。その支持率は後の三冠馬達……シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト、オルフェーヴルですら出せなかった。メイズイがそこまで支持された理由はリセットとほぼ同じく、良血馬のいるダービーの舞台で未知のレースレコードで圧勝(メイズイ7馬身、リセット11馬身)かつ三冠にリーチという状況だ。更に強力なライバルも弱体化(リセットは不在)で恐れるものは何もないという状態だった。

 

 しかし、そんな状態が悲劇を生む……その時の菊花賞馬はメイズイではなかった。ダービー二着馬、グレートヨルカという大種牡馬ネアルコを母父に持つ超良血馬、メイズイのライバルだった。そんなグレートヨルカのはるか後方にメイズイはいた……結果は6着だった。この結果に観客も調教師も唖然し、グレートヨルカが勝ったことよりもメイズイが負けたことにショックを受けた。

 

 さてそんなメイズイが負けた理由についてだがいたって単純。コウライオーという馬に絡まれてしまい超ハイペースになってしまった。どのくらいハイペースかといえば800m、1000mのラップタイムが11秒7、11秒5という逝かれた(誤字にあらず)スピードを出してしまった。これがどれだけ速いか理解できるだろうか? 

 

 これを足して2で割り3倍すると34秒8……ちなみにミスターシービーが天皇賞秋で出したラスト3Fが34秒8であることから相当な逝かれ具合かわかるだろう……そんなハイペースで最後まで持つはずもなくメイズイは6着に沈んだのだ。

 

 

 

『だからってブルボンみたいにビビって逃げないと思うか?』

 

 

 

 ミホノブルボンも似た状況に置かれたが騎手がそのことを知っており、メイズイの二の舞にならないように逆に抑えたが結果は敗北。逃げ馬は負けるというジンクスはメイズイ、ミホノブルボンから出来上がったとも言っていい。

 

 

 

「ウチとしては逃げなきゃ困るし、ここで逃げなかったらウチのマジソン以下だって言ってんのと同じだ」

 

 

 

 しかし後にセイウンスカイが勝ちそのジンクスを取っ払い、マジソンも気持ちよく逃げ切った。ここで逃げ切らなければJCでも逃げることが出来なくなる。

 

 

 

【5枠9番、前走神戸新聞杯、前々走札幌記念を勝ち上がってきた夏の上がり馬タチノフーム。現在二番人気、単勝オッズは22倍です】

 

【5枠10番はセントライト記念勝ち鞍のテノカサブランカ。現在3番人気、単勝オッズは23倍……】

 

 そして各有力馬が本馬場入場を終え、ゲートに収まった。

 

 

 

【第81回菊花賞スタート!】

 

 最強世代vsリセットの三冠最後のレースが始まった。




グレートヨルカ…今考えればとんでもない良血馬ですよね。父と兄はダービー馬、母父大種牡馬…それなのに競走馬として大成できなかった半兄WillSomerの子孫(しかも零細血統のハイペリオン系)しかいない…競馬は何が起こるかわかりませんね。

それはともかく、小説家になろうの方(同名で登録)でもこの小説を掲載してみたいと検討しています。理由は単純ですが詳しくはハーメルンの活動報告にて掲載します。

では次回もお楽しみに!


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青き馬、再び唖然とする

【さあ〜、やはりここで行ったのはリセット。先頭は誰にも譲れない。そんな雰囲気の中、二番手に追走するのはセントライト記念を勝ったテノカサブランカ、そして神戸新聞杯コンビのタチノフーム、サードメンタルと続いて馬群が固まっています】

 

 

『……ここまで馬群が固まるのは久し振りに見たな』

 

 

「そりゃマジソンが馬群をめちゃくちゃにしていたからな。そう錯覚すんのは無理ない」

 

 

 ボルトが呟くと武田が反応し、それに答える。ボルトはマジソンのレースを何度も見ているせいか

 

 

【もう一度先頭を確認しましょう、リセットはさらに加速して5馬身、6馬身と離して大きくリードを取っています。それに反するように先行集団はペースを落としゆっくりと進んでいます】

 

 

「いや……違う」

 

 

『え?』

 

 

「ペースが早すぎる。先行集団の騎手達はそれを意識しているがそれでもかかっている……」

 

 

『ならいつもの事でしょ?』

 

 

 ミドルがそう指摘すると武田は首を振った。

 

 

「違う。リセットからしてみてもこれは早い……0から600mの200m毎のラップを測ったが11秒3、11秒4、11秒7、合計して600m通過タイムが34秒4……淀の坂のことも計算すると1000mのペースが58秒0だ……」

 

 

 ちなみに放牧中の時のボルトとマジソンのマッチレースの1000mの通過タイムですら58秒9であり、いかに速いか理解出来るだろう。

 

 

『マジか?』

 

 

 そして武田は800mのラップを書いていき、メモする……

 

 

「マジだ。見ろ……現にどんどん突き放しているだろうが」

 

 

【さあ、リセットはすでに二番手から15馬身以上も差をつけ1000mを通過しました。そのペースなんと58秒! 超ハイペースです! リセットは本当に大丈夫なんでしょうか?】

 

 

 

 

 

『普通なら骨折してもおかしくないな……』

 

 

 マジソンですらそう言って、リセットのペースに呆れる。

 

 

「そうだろうな。だが聞いた話によるとリセットの母親の産駒達はサラブレッドとは思えないほど骨太で丈夫だ。だからあんな無茶が効く……」

 

 

 

 

 

 サラブレッドはスピード特化するために進化した生き物だ。確かにスピードは出て、速くなったがその代償にガラスの脚と呼ばれるほど脚が脆く、故障しやすくなってしまった。だがリセットの身体は先祖帰りなのか或いは突然変異なのか理由はわからないがサラブレッドらしくなく骨太かつ丈夫だ。しかしその一方でスピードも出せ、スタミナも尽きないという特徴はサイレンススズカにも似ているがスタミナはサイレンススズカの比ではない。これら二つの要素を足し合わせたらとんでもないのは誰でもわかるだろう。

 

 

 

 

 

『サイレンススズカがあんな風になったんだ。誰だってそう思う』

 

 

「……確かにな。だがサイレンススズカは所詮はサラブレッドだったってことだ。リセットはサラブレッドの血を引いた何かだ。一緒にするだけサイレンスが可哀想だ」

 

 

 そう言って武田はラップをメモをする。

 

 

 

 

 

【2000mを通過してタイムは1分57秒から8秒といったところ。やはり速い! 本当に本当に大丈夫なんでしょうか!? 現在二番手から40馬身以上も離しています!】

 

 

『……なあマジソン』

 

 

『なんだ?』

 

 

『俺らが3000m走った時の2000の通過タイムって2分過ぎてたよな?』

 

 

『……だよな?』

 

 

 マジソンもボルトもため息を吐くと武田が付け加えるように口を挟んだ。

 

 

「2分01秒1。それがお前らのタイムだ。牧場から送られてきたからよく覚えている。だがまあ……ペースが確実に遅くなってきているのは確かだ。1000mから2000m走るのに59秒以上かかっている。どんなに速くてもラスト1000mは64秒くらいかかるだろうな」

 

 

『その間にじわりじわりと仕掛けていかないとダメだってことだな?』

 

 

『無理だな』

 

 

『どういうことだ?』

 

 

『忘れたのか? 淀の坂の鉄則を……』

 

 

『そういうことか……』

 

 

 ボルトはそれを聞いて頷いた。

 

 

 

 

 

『武田先生、淀の坂の鉄則って?』

 

 

 ミドルはまだ2年くらいしか生きていない。ボルトのように前世が人間だったという訳でもない。故に淀の坂の鉄則を知らない。

 

 

「京都競馬場は特殊な作りで出来ている。直線に坂こそないが3コーナーから4コーナーにかけて高低差4.3mの坂がある……それをゆっくりと登ってゆっくりと下る。それが淀の坂の鉄則だ」

 

 

『そういう意味じゃなくてなんでゆっくりと下るの?』

 

 

「カーブのところでスピードが付きすぎて曲がりきれなくなるからだ。それだけじゃねえ。曲がり切ったとしても直線を向いた時にはスタミナ切れを起こして失速して負ける。ミスターシービーが出るまでこの淀の坂の鉄則を守らなきゃ絶対に負けるってジンクスがあったんだよ」

 

 

『そういうことね……ありがとうございます、武田先生!』

 

 

「まあ例外も幾つかある。マジソンの親父のシンキングアルザオの場合は逆にその坂を利用してロングスパートに持ち込んだけどな。これはよっぽどスタミナに自信がなきゃ無理だ」

 

 

 そして武田の解説が終わるとリセットはすでに直線を向いていた。

 

 

 

 

 

【直線に入ってリセットが先頭! まだ30馬身以上のリードがある。このリードを保てるか!? それとも三頭がじわりじわりと差を詰めてやってきたが届くか?!】

 

 

『普通なら失速してもおかしくないが……リセットの勝ちだな』

 

 

【残り200m! これは届かない!】

 

 

 そしてリセットがゴールに近づき、他の馬も必死で追いすがるが……あまりの大差に誰一人もリセットの影を踏むことすら出来なかった。

 

 

【サードメンタル、二着は確保できるか!? リセットが今ゴールイン! 史上初の牝馬での牡馬クラシック三冠を勝ち取ったのはリセット! 二着はサードメンタル、三着は微妙です!】

 

 

「やりやがった……あの牝馬……」

 

 

『どうした? マジソンの世界レコードを塗り替えたのか?』

 

 

「……それ以上だ。あいつは遂に3分の壁を超えた……」

 

 

 そういって武田がタイムを見せるとそこには2分59秒5と表示されていた。

 

 

『マジモンのバケモノかよ……クラシック三冠全てレコード大差勝利……マジソン、来週勝てなきゃ全部持ってかれるぞ』

 

 

「その前にミドルがくるみ賞に出走する……だから頑張れよ。ミドル」

 

 

『おっさん、どういうことだ?』

 

 

 その後、ボルトにミドルが来週レースに出ることをすっかり説明し忘れてた武田は甘噛みという名の処刑が下されたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 〜鵡川〜

 

 

 その頃、鵡川の中小牧場にて大歓喜の声が上がり、パーティが開かれていた。

 

 

「リセットの三冠達成に乾杯ーっ!!」

 

 

 そう、三冠を制したリセットの故郷の牧場だ。かつてリセットはこの牧場内でも期待されていなかった。というのもここの牧場長がリセットの母親の馬主の親戚であり、ダイワメジャーを父に持つ繁殖牝馬にしては安値で売ってくれた。しかし購入したはいいがキングカメハメハやシンキングアルザオなどの非SS(サンデーサイレンス)系でありながらリーディング上位に突っ込める種牡馬と種付けする金がない。

 

 

 

 

 

 何故そんな馬を探しているのかというとインブリードの危険を少しでも避ける為だ。インブリードとは血統の5代前までに同一の祖先を持っている近親配合のことである。インブリードの長所は祖先の能力を強く引き出し、より強い馬が生まれやすくなるということだ。しかし血が濃くなり過ぎると体質が弱くなるといった短所もある。ラムタラが種牡馬として大失敗したのもその理由にある。ノーザンダンサーの2×4(つまりノーザンダンサーが2代前と4代前にいることを示す)のインブリードがあったのでノーザンダンサーの血を一切含まない繁殖牝馬が必要だった。そんな繁殖牝馬は限定されているので数も集まらない……結果質も悪くなり失敗した。

 

 

 

 

 

 そんな訳でインブリードを少しでも避ける為にもリセットの母親の配合相手にはタニノギムレットが選ばれた。タニノギムレットはGⅠ7勝馬ウオッカを輩出してはいるが近年では重賞を善戦する程度の産駒しかおらず種付け料が全盛期に比べ減額していた。それだけではない。自身もダービーを勝利しており血統面でもSS系だけでなくMP(ミスタープロスペクター)系、ND(ノーザンダンサー)系の血を含んでいない為ダイワメジャーどころかサンデーサイレンスを父に持つ馬でもヘイルトゥリーズンの4×5のインブリードで済む。

 

 

 

 

 

 しかもタニノギムレット自身もダービーを勝利しており、スピードも受け継ぐことが出来る……そう思っていた。だが現実は悲しく走らなかった。

 

 

 

 

 

 それでも諦めずにタニノギムレットを配合相手にしようとしたがBOOKFULL(いわばもうその年の配合相手は出来ない状態)になりタニノギムレットとは交配出来なくなってしまった。そこで現れたのがリセットの父、ファイナルキングであった。ファイナルキングの種付け料はGⅠ馬としては信じられないほどに安くリセットの種付けの時には50万円といった値段で一か八かの勝負にかけた。そうして生まれたのがリセットだった……

 

 

 もちろんそんな種牡馬から生まれても大した期待はされていなかった。まず牧場が牧場であり施設も整っていない。その上父はダート馬、母は未出走、母父ダイワメジャーということから大した値段で売れるはずもなかった。確かに中小牧場にしてはダイワメジャーは良血馬かもしれない。しかしディープインパクトのいる日本競馬界ではそんな血統は無意味だ。

 

 

 

 

 

 リセットはそれらを覆し、三冠馬となった……故郷の牧場が喜ぶのは無理なかった。

 

 

 

 

 

「じゃあ得た収入で来年はキンカメかシンキンに種付けだな!」

 

 

 こうして鵡川の一つの牧場が大牧場に変わっていった。




活動報告にて応援してくださる読者がいて、小説家になろうにてこの小説を投稿する方針になりました!
ですがしばらくお待ちください…色々と準備をしなければいけませんので…多分明日か明後日あたりに投稿します。


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青き馬、喋る

〜武田厩舎〜

ボルトはいつものように諏訪を乗せて、マジソンに併せて調教していた。

『あのおっさんに限らず、競馬やってる奴らは何考えているのかサッパリわからん。』

それはボルトの本音だった。何しろあれから武田に問い詰めた所、自分はOP戦ではなくGⅡ、京王杯2歳Sに出馬するという話しがあったからだ。新馬戦をレコード勝利した為抽選で落ちるなどということはないだろうがそれでも不安だった。

『それだけお前が期待されているってことだ。』

普通はOP戦で勝ち上がり、GⅠの朝日杯FS、あるいはポープフルSを目指すだろう。しかしマジソンの言うようにボルトのような期待馬には一つでも多くの重賞を勝ってもらいたいのだ。

『そりゃそうだがリセットやアブソルートが出るレースに出ない連中は他の重賞に向かうだろうに。』

 

それはどの馬でも言えることだ。トロピカルターボとゴールデンウィークは天皇賞秋を出走後、リセットとの対戦を避けるためかJCに出走せずそれぞれ香港カップと香港ヴァーズに出馬する意向を示している。一方スプリンターズSを勝ったロレアルゴー、NHKマイルCと安田記念を勝ったトーマの二頭はマイルCS出走後、それぞれ香港スプリント、香港マイルへと出走すると発表していた。

 

『マオウは逆に米国に挑戦しに行ったじゃねえか。』

そしてボルトを差し置いて2歳馬ナンバーワンと言われているマオウも米国のGⅠレース、BCジュヴェナイルに出馬する予定だ。

『でもアメリカ競馬はダートだろ?あいつに適正なんてあるのか?』

米国の競馬は芝ではなくダートが中心だ。日本でダートと言えば地方競馬が中心であり、もはやその影すらもなくなっている。かつてはオグリキャップ、ライデンリーダー、コスモバルク等の英雄達がいたがリーマンショック等の影響で地方競馬が衰退し、競馬場自体も減っている。つまりダートの地方競馬は芝の中央競馬の二軍という枠組みになってしまっているのだ。もっとわかりやすく説明すると日本において芝>ダートという状態だ。

『わかっていねえな。日本のダートと向こうのダートは違う。向こうのダートは高速で走れる(ダート)で出来ているが日本は走る際にパワーが必要な(サンド)だ。むしろ向こうの土はこっちの砂よりも芝に近い。』

マジソンが解説し、ボルトは理解したが納得は出来なかった。確かにマジソンの言うとおり土ならばマオウには何の影響を持たないだろう。

『そりゃそうだが両親が芝馬だしな…』

しかし両親がともに芝でかなりの成績を残している。期待も大きい分、ここは安全に欧州の方へ行くべきだとボルトは思っていた。

『第一、サンデーサイレンスはケンタッキーダービーを勝っているんだ。産駒は日本のダートはダメだったがもしかしたらアメリカじゃ成功していたかもしれないぞ。』

それは一理あった。サンデーサイレンスは元々米国で走った馬である。日本芝に適性があったのは米国の土の競馬場と同じく高速で走れるから…という理由も否定できない。もちろんそれだけでなくサンデーサイレンスの気性から生まれる勝負根性、身体の柔らかさから生まれる瞬発力、そしてどの繁殖牝馬にも適応する万能さ。これらがあったからこそサンデーサイレンスは種牡馬として大成功したとも言える。もっとも輸出…もとい、日本国外で調教を受けた競走馬で活躍出来たのは国内に比べて少ないのは明らかである。

しかしそれでもダートに近い馬場のドバイワールドカップ(AW(オールウェザー))でSS系の皐月賞馬ヴィクトワールピサが勝っており適正は全くないとは言えない。

『まあ何にしても来週全てわかる。マオウがダートに適性があるかも、秋天の勝者も…』

その後、二頭は武田が止めるまで走り続けた。

 

〜翌週〜

 

東京競馬場にてミドルテンポ、マジソンティーケイと武田厩舎の期待馬が二頭いた。ミドルは500万下のくるみ賞、そしてマジソンは言わずともわかるがGⅠ、天皇賞秋だ。それぞれ時間帯が違うが同じ日曜日に開催される。

『つまらねえな…』

ボルトはそう呟いた。これまでマジソンあるいはミドルが近くにいたのだ。その二頭がいなくなったことにボルトは戸惑い、唸っていた。

『うるせーっ!!』

『ギャーギャー騒ぐんじゃねえよ!』

ボルトの馬房の近くを通りかかった二頭が声を上げ抗議する。外国産馬のカーソンユートピア産駒の馬で中長距離の重賞を勝っている。

「ジョートダコラ!オモテデロ!」

キレたボルトがついに日本語で喋るとその馬達は竦んでしまった。

『…なんでもないです。』

「ダッタラ、クチダシスルナ!」

ボルトが人間の言葉で怒鳴るとその二頭はその場から立ち去り、周りは完全に静かになった。

「クニへカエッテイギリスノマズメシデモクッテロ!」

ボルトの声だけがそこに響き、不機嫌なままボルトはTVの電源を入れた。

 

【先頭はミドルテンポ、ミドルテンポが先頭。】

丁度くるみ賞のレースが映され、直線に入った。

【ミドルテンポ強い強い!更に引き離して圧勝!大物現る!】

ミドルが順調に勝ち、ボルトはそれを黙って見ていた。

【父は皐月賞馬カノープス。三冠馬、ミスターシービーの後継種牡馬シービーグリーン産駒の馬の中でもスピード、瞬発力勝負が得意でミドルテンポはその部分を良く受け継いだ…と考えられますね。】

ミスターシービーは名種牡馬ナスルーラのサイアーラインであり、同じナスルーラの直系には米国三冠馬セクレタリアト、史上初の無敗の米国三冠馬シアトルスルー、そして欧州三冠(欧州三大レースともいうがここでは三冠と表記する)を制したミルリーフがいる。

そんなミスターシービーの血統だが父はトウショウボーイ、母はシービークイン。どちらも逃げ先行を得意とした馬だった。しかしシービー自身は追い込み馬であり、騎手が追い込みをすることをミスターシービーすると比喩するくらいの代名詞だった。

何故逃げ馬の両親から追い込み馬の代名詞とも言えるシービーが生まれたのだろうか?

 

まずその前に追い込み馬の適性について考えよう。

追い込み馬は最後の直線で一気に加速して先頭に立つ。これが一番わかりやすい追い込み馬だ。その為には他馬を圧倒する瞬発力が必要であるが逆にスタミナはあまり必要とされていない。スタミナが必要とされていないのは前半を抑え後半(特に最後)でスパートをかけるからであり、スタミナ不足のスピード馬が距離を持たせる為にこれを使う。

 

…そう、シービーの両親達はスピードで勝負する馬だ。両親共に追い込み馬としての資質はあったのだ。事実、父トウショウボーイの牝系の子孫であるスイープトウショウは追い込み馬であり、ミスターシービーもその素質を開花させた。

 

そんなシービーの産駒で大物といえば有馬記念(92)、天皇賞秋(93)、JC(93)のGⅠを3勝し後継種牡馬となったシービーグリーン。そしてシンキングアルザオの母ジャパンサハラが秋華賞(96)を勝ったが他にGⅠ勝利をする馬はいなかった。しかもその二頭はアイヴィグリーンを母に持つ兄妹であり、アイヴィグリーンの繁殖馬としての力がなければ今頃ミスターシービーの血は絶えていただろう…

 

三冠馬の内、今も血が絶えずに走っているのはミスターシービー(孫カノープス産駒)、シンボリルドルフ(孫ファイナルキング産駒)、ディープインパクト(自身の産駒)、オルフェーヴル(自身の産駒)のみである。

シンザンはいくらかGⅠ馬を輩出したものの孫のマイシンザンでその血が絶えた。

セントライトは晩年交配相手がアラブ系や中間種(ばんえい競馬に使われるペルシュロンなどの重種とサラブレッドなどの軽種の馬の間の種のこと)になり質が低下し、肝心の後継種牡馬も優れた産駒は出せなかった。

そしてアイグリーンスキーの最大のライバルであるナリタブライアンは後継種牡馬を出す前に死亡し、三冠馬の中で唯一後継種牡馬すらも出せなかった。

 

そしてそのミスターシービーが三冠馬の中で唯一成し遂げた偉業、秋の天皇賞が行われようとしていた。



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青き馬、むさ苦しさを感じる

タイトル詐欺です!今回はマジソンの天皇賞秋編です。


天皇賞秋。1984年から距離を変更し3200mのステイヤー合戦から2000mの中距離チャンピオンを決めるレースとなった。

その背景には世界戦…つまりJCでの惨敗が大きく関わっていた。鈍足ステイヤーだけの日本馬は世界に通用せず掲示板に載るのがやっとで、83年の天皇賞秋の覇者キョウエイプロミスがようやく2着を確保した程度だ。そこで世界に向けて距離を変更してJCでも通用するスピードが必要になった。そしてその距離を変更して秋の天皇賞を最初に勝ったのはミスターシービー。前年度の三冠馬の貫禄を見せ勝利した。

 

しかしその後天皇賞秋で一番人気になった馬は勝てないというジンクスが生まれた。シンボリルドルフ、オグリキャップ、メジロマックイーン、トウカイテイオー、ビワハヤヒデ、バブルガムフェロー、サイレンススズカ…競馬の知識があるものなら誰もが知っているこの名馬達が負けたのだ。

その中でも名馬が名馬を負かした例はシンボリルドルフ、オグリキャップ、ビワハヤヒデ、バブルガムフェロー(2回目)の4頭が負けた時だ。

シンボリルドルフを打ち負かしたのは次年度安田記念を制するギャロップダイナ。オグリキャップとタマモクロスの芦毛対決はタマモクロスが勝利。ビワハヤヒデが出走した時に勝ったのは前走ビワハヤヒデに負けた上に下痢で人気を落とした同期の二冠馬セイザバラット。バブルガムフェローが一番人気の時の勝者はエアグルーヴ。

 

アクシデントによって負けた例はメジロマックイーン、ビワハヤヒデ、サイレンススズカ(2回目)が出走した時である。メジロマックイーンは一位入線したが(現在なら厳重注意で済ませる程度の)斜行により18位降着。ビワハヤヒデとサイレンススズカは故障…しかもサイレンススズカは予後不良となってしまった。

 

大穴に敗れた例はシンボリルドルフ、トウカイテイオーの親子である。どちらも超ハイペースに呑まれてしまい大穴馬の末脚が爆発しあっさりと敗れてしまった。

 

だが近年はそう言ったことはない。テイエムオペラオーが勝ってから次第に普通のGⅠ程度に一番人気の馬が勝つようになった。去年は府中の鬼ラストダンジョンがしっかりと決め、勝利しているのが何よりの証拠だ。もっとも2000mのスピードは競馬の中でも独特であり、理屈で考えれば勝って当たり前の馬が古馬の中・長距離路線で戦ってきた馬によって不人気になることもしばしばある。

 

そしてそんな天皇賞秋に二ヶ国のダービーを制した馬がやってきた。

 

【1枠1番、唯一天皇賞に挑戦してきた外国馬…スターヘヴン!二ヶ国のダービーを制した名馬がここ天皇賞秋にもやってきました。アブソルートとともに去年の年度代表馬ドラグーンレイトにも先着したこともある侮れない相手です。単勝オッズ3.5倍の2番人気です。】

その名前はスターヘヴン。初代ビッグレッドことマンノウォーの直系の子孫であり、このレースの後、風間の交渉により風間牧場で種牡馬入り生活が決まっていた。なお外国馬であるスターヘヴンがここまで人気が高いのはスターヘヴンの馬主や風間、JRAが協力して宣伝したおかげである。

 

【続いて1枠2番、シンギングドリーム。マジソンティーケイと同じシンギングアルザオ産駒でありながら不人気なこの馬にチャンスはあるのでしょうか?現在10番人気。単勝オッズは95.6倍です】

シンギングドリームはマジソンと同じくシンギングアルザオ産駒でありこの馬も逃げ・先行を得意とする。しかしマジソンほどの逃げは出来ない上に末脚もたかが知れておりこの馬は格下である。

 

【2枠3番、ゴールデンウィーク。前走京都大賞典で敗れはしたもののダービー2着をとった実力は間違いなく本物です。父の誇りにかけて実力を示したいところ。屈辱の6番人気。単勝オッズは15.9倍。】

惜敗が続くゴールデンウィークは周りに比べ評価が低く、6番人気とかなり遅れを取っていた。それだけこの面子がハイレベルである証拠だ。もし低レベルな時であればゴールデンウィークは1番人気になってもおかしくない。実際に8年前、つまり2012年のこのレースの1番人気は2年前(2010年)のダービー馬エイシンフラッシュでなくその年ダービー2着のフェノーメノだった。

 

【3枠6番、ヴェルグマン。去年の朝日杯FSの後骨折をし、夏の重賞レースで賞金を稼いでやってきたこの馬に勝利の女神は微笑むのでしょうか?現在9番人気、単勝オッズ80.2倍です。】

ヴェルグマン。朝日杯でベネチアライトに潰され、骨折してしまったがその後の重賞レースで賞金を稼いでこのレースでベネチアライトにも劣らないほどの強さを陣営は身に感じていた。

 

【4枠7番、クラビウス。父ステイゴールドが残した最後の大物がやってきました。菊花賞9馬身も千切った栄光を取り戻しに来ました。単勝オッズ13.5倍。現在5番人気です。】

京都大賞典で勝ち上がったクラビウスは牡馬の大物を数多く出しているステイゴールド産駒だ。その末脚はまさしく父譲りであり、ステイゴールドの最高傑作オルフェーヴルに最も近いとも言われている。

 

【さあ、この湧き上がる大歓声を浴びて登場してきたのは去年、この舞台を制した府中の鬼。5枠9番、ラストダンジョン。シンボリクリスエス以来天皇賞秋の連覇なるか?単勝オッズ2.9倍の1番人気です。】

ラストダンジョン。説明は不要だが一応しておく。府中では鬼のように強く騎乗も新馬戦以来の付き合いであり、ベテランでダービージョッキー橘だ。しかも体調は万全であり、馬体はキラキラと光り輝いていた。

 

【そしてラストダンジョンの次に登場してきたのはダンジョンの永遠のライバルにして天皇賞春秋連覇を目指す一昨年度代表馬。5枠10番、マジソンティーケイ!単勝オッズ6.9倍の3番人気です。】

そしてラストダンジョンの最大のライバルであるマジソン。京都等の関西では無敵の強さを誇る一方、府中は苦手であり、また前走宝塚記念3着という影響もありこのような人気になったのだ。

 

【6枠11番、ヘレニズムダンス。オグリキャップから続いて天皇賞秋の覇者ヘレニックイメージ、そしてその孫がこの府中の舞台に挑みます!現在8番人気単勝オッズ63.9倍です。】

オグリキャップ、その馬の名前は年代によってはディープインパクト以上の知名度のある馬である。笠松からやってきたその英雄はこの天皇賞秋を制することはなかった。しかし風間がオグリキャップの血を引いた子供を作らせその舞台を制覇し、種牡馬となった。ヘレニズムダンスがこの舞台を制すればロマンとも言えるだろう。

 

【7枠13番、現在重賞2連勝と今最も勢いのあるフェイタルエラー。ディープインパクト産駒の得意とする府中の中距離のこの舞台で重賞3勝目を飾れるでしょうか?単勝オッズ50.5倍の7番人気です。】

フェイタルエラーは今年の夏から連勝街道を歩んだ所謂夏の上がり馬であり限りなく無名だった。しかしリセットの主戦騎手柴又が騎乗してからというものの連勝街道を歩み、重賞を三連勝した。しかしこのメンツではその三連勝も価値がない。所詮今までの相手が弱かっただけでここのメンツであれば三連勝くらいは出来る。

 

【最後に登場してきた大外枠、9枠18番トロピカルターボ。父子宝塚記念を制覇し、リセットがいなければ無敗の皐月賞馬となっていたでしょう…現在単勝オッズ8.7倍、4番人気です。】

トロピカルターボはオルフェーヴル産駒の馬であり、そのピッチから生まれる素早い加速と末脚を長く持たせる粘り強さがある為、追い込みを得意としておりディープインパクトを彷彿させるような馬だ。

 

『それにしても…むさ苦しいレースだ。』

 

ちなみに今年は近年にしては珍しく牝馬がいない牡馬オンリーの秋の天皇賞でありここにいるメンバーは真の男としてのプライドをかけていた。

 

【さあ天皇賞秋スタート!まず初めに行った行った行ったーっ!二冠馬マジソンティーケイがハナに立ち、堂々の逃げ切りを狙いに行ったーっ!続いて先行集団はヴェルグマン、シンギングドリーム、そしてゴールデンウィークがそれをマークするような形でついて行っています。】

『マジソンの逃げ切りか。宝塚じゃ確かに通じなかったがこの舞台ならいけるな。』

マジソンの強みは父親ほどではないがスピードとスタミナ、そしてパワーに恵まれているということだ。マジソンの父親シンギングアルザオは2200m以下であればスピードで逃げ切り、それ以上であればスタミナで逃げ切る。そんな馬だった。しかしマジソンは2000m以下なければスピードで逃げ切ることが出来ず2400m以上でなければスタミナで逃げ切ることが出来ない。宝塚記念の時はその二つの特徴を生かせなかった。しかし今回は府中2000mの舞台であり逃げ切りを狙える状況だ。

 

だがそれを黙って見るほど世界は甘くない。

 

【さらにスターヘヴンもそれに続いています!】

そう、スターヘヴンだ。凱旋門賞で日本のドラグーンレイトに先着された彼は後がなかった。風間が持つマジソンやこの舞台で一番人気のラストダンジョン。この二頭を標的にしていた。

『この東京競馬場でそんなにウロチョロしてたらマジソン以外は皆沈むぜ…』

しかしボルトは知っていた。ダンジョンのように長い付き合いでもないのに下手にマジソンをマークしようものなら惨敗することを。ボルトとて一度だけマジソンをマークしながらレースを行ったが己の身体能力がマジソンよりも上を行っていただけの話だ。

さらにこの舞台は500m以上の長い直線がある東京競馬場だ。末脚を残さなければ勝てるものも勝てない。

 

【そしてクラビウスは後ろの集団の中、最後方の集団にトロピカルターボとラストダンジョンがいます。】

それを知っているのは日本馬のみであり、特に5歳馬達はそれを熟知していた。故に歴戦の騎手はペースに惑わされないことを考えており、新人騎手ならば惑わされてしまうものだ。

 

【さあ、1000mを通過して通過タイムは59秒8と普通のペースです。先頭はマジソンティーケイ。マジソンティーケイが先頭だ。それを見るようにヴェルグマンとシンギングドリーム、その一馬身後ろにゴールデンウィークとスターヘヴン。さらに二馬身離れて後方集団が並んでいます。】

『59秒か…リセットの菊花賞の後だとすげえスローペースに見えるな。』

リセットの菊花賞のペースは余りにも速すぎた。3000mの長距離の舞台であるにも関わらず1000mの通過タイムが58秒という逝かれたペースだった。このタイムは2200mの中距離GⅠ宝塚記念でサイレンススズカが出したタイムと同じくらいであり。長距離なら自滅してもおかしくないハイペースなのだ。それ故にこのタイムがスローペースに見えてしまうのは無理もないというもの。

 

【おっと?ここでトロピカルターボがぐいぐいと前に出てクラビウスと並びました。この仕掛けが果たしてどのように変化するのでしょうか?ラストダンジョンは相変わらず最後方のままです。】

そして状況は動き出した。トロピカルターボが動き、ラストダンジョンは不動。

【スターヘヴンも動き出して残り600m!直線に向いてスターヘヴンが先頭に立ちました!】

府中の長い直線に入り、多数の有力馬達が一斉に動き出した。




ネタバレ!

次回も天皇賞秋編です。

トウカイテイオーの後継種牡馬クワイトファイン…父トウカイテイオー、母父ミスターシービー、父父シンボリルドルフ…さらに遡るとタニノムーティエがいます。まさしくロマンとも言える血統でいずれ出すかもしれません


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青き馬、秋の天皇賞の勝敗を見る

今回は短めです。


【マジソンからスターヘヴンに先頭が変わり府中の長い直線、このまま逃げ切れるのか!?しかし有力馬達はただ見ている訳ではない!!】

外国馬スターヘヴンが先頭に変わった瞬間、レースは大きく変化した。ゴールデンウィークはマジソンを抜かして二番手に上がり、クラビウスは外に出し、最後方に控えていたトロピカルターボに至っては更に大外に出してスターヘヴンを差しに行った。

 

【スターヘヴン!スターヘヴンがまだ粘る!これが二カ国ダービー馬!】

しかしそれでもスターヘヴンはまだ粘っていた。それは騎手が強引にスターヘヴンの首を押し出していたからだ。所謂剛腕と呼ばれるスキルだ。

スキルといってもゲームに出てくるようなスキルという意味ではなく匠の技術というべきだろう。この剛腕は逃げ先行でバテバテになった馬の首を手…否身体全体を使って押し出し、少しでも前に行かせて粘らせる技術だ。逃げや先行馬ではないがゴールドシップもこれのおかげで春の天皇賞を勝利した。

 

しかしこの剛腕というスキルはかなりの労力を必要とする為、馬よりも人が疲れてしまい使うタイミングを間違えばズルズルと順位を落としてしまうという欠点がある。故に騎手は使うタイミングを間違えれば勝利どころか自分が疲れるだけで終わってしまう。

ただスターヘヴンの騎手は貧弱な日本人とは違い、外国人でありパワフルである。その為日本人よりも長くスパートをかけ、粘らせることも出来る。二度の対決の内一度だけドラグーンレイトに先着できたのはこれが大きい。

 

残り200m、誰もがスターヘヴンが粘り切ったと思った瞬間、そいつはやってきた。

【あっと!?白い不死鳥が内から飛んできたぞ、飛んできたぞ!】

しかしそれに合わせるように芦毛の馬がゴールデンウィークとスターヘヴンに並んだ。

【マジソンだ〜っ!マジソン再び先頭に立った!ラストダンジョンもやってくる!】

そしてマジソンに合わせるようにラストダンジョンも先頭の三頭に並んだ。そう、マジソンは一度だけ末脚を発揮する為に一息ついただけだ。一息ついた分抜かれてしまったがその分だけパワーアップして帰ってきたのだ。

【そして鬼の末脚、トロピカルターボも黙っていない!しかし勢いが足りない!】

宝塚記念馬トロピカルターボも粘るがマジソン等には勝てずそのまま優勝候補から外れた。

 

【クラビウスもトロピカルターボに続いて脱落!先頭四頭の争いを制するのは一体誰なんだ!!?しかしラストダンジョン!さらに末脚を発揮出来るのか!?】

そして残り100mを切った時点で更に末脚を発揮したのはマジソンの永遠のライバルにして一番人気のラストダンジョン。この馬はマジソンに中山競馬場、京都競馬場等の舞台で何度も負かされ続けた…しかしダンジョンは初めてマジソンを東京競馬場以外の舞台で行われる宝塚記念を優勝しマジソンのライバルとして君臨した。さらに去年のこの舞台でも勝利し、誰もがダンジョンのことを「マジソンのライバル」から「古馬最強馬」として認めていた。

 

だがそれも束の間だった。自身の得意とする東京競馬場で行われるJCで敗北。それから牙を研ぎ澄ませ、何度もマジソンに挑んだ。だが結果はいつもマジソンよりも後着。いつしか3歳馬達よりも格下扱いされてしまう始末だ。だが毎日王冠で勝利したおかげで馬券師やファンはダンジョンを見捨てたりはしなかった。それ故の一番人気だ。その期待に応えられなければ永遠にラストダンジョンはマジソンティーケイよりも格下と言われ続けることになる。

【騎乗の橘が物凄い形相で鞭を振るう!】

橘も次代、つまりボルトや他の騎乗する馬の期待に応えるべく少しでもマジソンよりも前にいく。そしてスターヘヴン、ゴールデンウィーク、マジソンティーケイと次々と抜かした。

【ダンジョン来た!!ラストダンジョン先頭!】

そして誰もがダンジョンの先頭でレースが終わる。…ある陣営以外誰もがそう思っていた。それはスターヘヴン陣営でもマジソンティーケイ陣営でもなかった。

 

その馬は陣営によるミスで何度も負け続けた。だが今回に限り、それはなかった。完璧とも言える仕上げに加え騎乗ミスもない。そして不安要素であるリセットもいない。もはや陣営の誰もが勝利を確信していた。だが結果を残さなければ人は信用しない。その馬の名前はゴールデンウィーク。今年のダービー2着馬だ。

 

【しかし外からゴールデンウィークだ!ゴールデンウィークなんと差し切ってゴールイン!半年遅れのゴールデンウィーク!お見事でした!】

ゴールデンウィーク、まさかのGⅠ制覇。その後、ラストダンジョン、マジソンティーケイ、スターヘヴン、クラビウス、トロピカルターボと有力馬が続いてヘレニズムダンス等の馬達がゴールした。

 

『全く大したもんだ…あそこからスターヘヴンを差すなんてな。』

ボルトはゴールデンウィークに対してそう呟き賞賛していた。と言うのもドラグーンレイトに並ぶ馬達が上位に来るのだからフロックではないということを理解していたからだ。ましてやリセット対策をし続けてきたマジソンや自分の主戦騎手である橘がこれ以上ないまでに巧みに騎乗したダンジョン、そして剛腕によってパワーアップした外国馬スターヘヴンを振り切ったのだから尚更だ。

 

『何にしても今年の3歳馬は超ハイレベルな世代だ。来年が楽しみだ…』

ボルトはTVの電源を切り、水を飲む。そしてボルトは今年の3歳馬達が古馬になったらどのように成長するのか楽しみだった。何故なら今年の3歳馬はトーマ、トロピカルターボ、ロレアルゴー、ゴールデンウィークの4頭がすでに古馬GⅠを勝利している。これだけ豪華なメンツが揃うのは98世代(スペシャルウィーク世代)や01世代(アグネスタキオン世代)、10世代(ヴィクトワールピサ世代)くらいだろう。いやそれ以上と言っていい。何故ならその馬達が束になっても敵わない馬がいるからだ。

 

その馬の名前はリセット。この馬は色々な偉業を達成したり塗り替えたりしている。その中で最も関係がある三冠馬二頭を紹介しよう。

 

セントライト 12戦9勝

この馬はチート。この一言に尽きる。3歳デビューかつ無敗で現在でいう皐月賞を制覇した後2戦走り1勝するとダービーはリセットが更新するまで史上最大着差だった8馬身差で優勝。その後いくらか走り現在でいう菊花賞で優勝し引退した。

…コレだけ聞くと一流の馬にしか聞こえないがセントライトが敗北した原因は全て、当時の無茶苦茶な斤量(テンポイントの事件以来ようやく改定)によるものである。何せ敗れた馬に対して8kg以上も思い斤量で走っており、中には11kgの斤量差で走って負けたのだ。それは勝てなくても仕方ない。セントライトの走りを現代のルールで現在の人に見せたらおそらく真っ先にセントライトが史上最強馬と答えるだろう。

またリセットが更新するまでデビューから三冠達成までの日数はこの馬が最短だった。

 

シンザン 19戦15勝

クリフジ(シンボリルドルフ調教師推薦)、トキノミノル(テンポイント生産関係者推薦)と並ぶ日本競馬史上最強馬の一頭。三冠馬で唯一連対率100%を達成しており、GⅠにあたるビックレースでは全て負けなし。成績だけでも十分に立派なものだが、負けたレースを含めビックレース以外のレースは調教代わりだったという有様から如何にシンザンの能力が高いか理解出来るだろう。

またシンザンは東京オリンピックの年に三冠を達成しており、その次の東京オリンピックに達成したのがリセットである。

 

この二頭はどちらも最強馬と呼ばれるにふさわしい偉業を成し遂げ、パフォーマンスも優れている。だがリセットはそれ以上だ。圧倒的な人気や強さ、ありとあらゆる分野で頂点を極めたリセットに残されているのは下の世代の挑戦者を待つことだけだ。その挑戦者の一頭であるボルトがリセットとの対決を楽しみにするのは当たり前のことである。




ハーメルンでは解説しませんでしたがこの小説のディープインパクトについての設定を小説家になろうにて解説しています。そちらを参照に楽しんで頂ければ幸いです。


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青き馬、馬主に戦慄する

ひ、久しぶりに書いて文章力落ちてないかな?感想が来てはしゃいだパワーは恐ろしい…


BCターフ。BCクラシックにこそ劣るがそれでも米国最高峰の芝レースである。秋の天皇賞よりも格が上とされており、現在も世界芝最強馬2頭がこのレースに出ているのが何よりの証拠だ。しかもどちらも地元の米国馬ではなく、他国の馬である。

【ドラグーンレイトが逃げ、未だ先頭で直線に入りました。】

片や大逃げを主体をする日本馬、ドラグーンレイト。彼はかつて世界芝三強とまで言われたサイレンススズカの再来と評され、レーススタイルもサイレンススズカのように大逃げし、一息ついて一気に突き放すといった具合に酷似している。

【アブソルートが一気に飛んできた〜っ!】

もう片やアブソルート。父は2004年日本でグランドスラムを達成し、現在ではドバウィやガリレオ等と共に欧州種牡馬三強の称号を持つカーソンユートピア。その父から受け継がれた自在性のある脚、サンデーサイレンス並の勝負根性、雄大な馬格から生み出されるスピードとパワーを武器としている。

【アブソルートだ! アブソルート一着でゴールイン! 二着にはドラグーンレイト、三着争いに地元米国のカリフォルニアローラーか…】

またもやアブソルートが勝ち、日本古馬最強馬ドラグーンレイトは完全にアブソルートよりも格下となってしまった。だがそれでもアブソルートは世界最強馬とは言えなかった。今年誕生した日本の三冠馬の存在が彼の世界最強馬の座を妨害していたからである。

【次はJCに出走するようですが日本の三冠馬相手にどう立ち向かいますか?】

故に、アブソルートの馬主は答える。

【何、どうせドラグーンレイトと同様に逃げるしか能のない馬だ。リタイアだったけか? そんな馬にうちのアブソルートが負けるわけがないよ。】

それは明らかな挑発。アブソルートに絶対の自信があるからこそのセリフだった。

【では他の日本馬にマークすべき相手は…?】

【特にないね。もしJCに出てくるメンバーの中でアブソルートに先着したらその馬の調教師、騎手、馬主にそれぞれ5億円払うよ。】

 

「ふざけやがって!」

それをボルトと共に馬房で見ていた武田はブチ切れ、TVを消す。

『おいおっさん。そんなに怒るなよ…』

「怒らずにいられるか! ドアホ! うちのマジソンを見てもいないんだぞ!」

『そりゃそうだろ。片や伝説的名馬、片や2連敗中のGⅠ馬。どっちが上かなんて世間に聞いたら間違いなく前者の方を答える。』

「それにしても去年の覇者相手にあの態度だぞ?! 信じられるか!」

『なんなら勝って5億円貰おうぜ。ノーマークになればこっちの方が有利なんだしさ。』

それを聞いた武田は落ち着き、溜息を吐いた。

「…すまない。冷静さを取り戻した。」

「へえ、武田先生もそんなに取り乱すことあるんですね。」

そこへ現れたのはラストダンジョンの主戦騎手にしてボルトの主戦騎手でもある橘だった。

「橘…お前いつの間に?」

「まあボルトのことについて話があってここに来たんですよ。最もご立腹だったようでしたので声をかけようものなら武田先生の背負い投げを喰らいそうでしたのでかけられませんでしたが。」

「…そこまでいうか?」

「言いますよ。白帯の癖して赤帯よりも強いんですから危なっかしいて仕方ない…それよりもボルトの事ですが京王杯2歳Sの中に厄介な馬がいるって情報を聞きましてね。」

『厄介な馬? マオウみたいにキチガイ染みたフィジカルの持ち主なのか?』

「そんな訳ないだろボルト。馬自身よりも馬主や調教師がヤバいみたいで…」

「ほう…」

「火野から聞いた話なんですがその馬主さんは京王杯2歳Sに6頭出して有力馬達を潰すみたいなことを言っていたらしいです。」

『最高に最低な奴だな。』

ボルトのその言葉に武田は同意した。

「おそらくボルトも潰される可能性もあるので一応武田先生に報告しておかないと思いましてね…」

「なるほど。確かに注意が必要だな。でもまあ、風間さんに喧嘩売るなんてその馬主は馬鹿だよな。」

「ですね。」

『なんでだ?』

ボルトは意味がわからず武田に尋ねると武田が気づいたように手を叩いた。

「そうか、ボルトは知らねえのか…説明するか。風間さんはJRAを抑えることが出来る程の権力者だ。」

『そりゃどういう意味だ…?』

 

「4月に行われる大阪杯の格はGⅡなのは知っているよな?」

『確かにそうだな…でもそれが何だってんだ?』

「だがJRAは2017年に当時産経大阪杯という名称の大阪杯をGⅠに昇格させようとしたら風間社長が猛反対。風間さんが言うには大阪杯を昇格させても同じ距離のレースがあるドバイに海外遠征するキッカケが減るし、何よりも大阪杯よりも阪神大賞典の方がGⅠに近いレースだ。Wikipediaにも阪神大賞典のレースのうちのいくつかは独自の項目があるのに大阪杯はない…そんな理由で風間さんは全権力を使い、大阪杯をGⅠにすることを止めさせた。」

『そんな歴史があったのか。でもポープフルSもWikipediaに特定のレースの項目がないんじゃないのか?』

ちなみにどうでも良いが共同通信杯(GⅢ)には特定のレースの項目があり、それを理由にするにはいささか理由としては小さいとは言ってはいけない。

「風間さんは2歳GⅠはそんなに重視していない。むしろ古馬の長距離レースを増やしたいとか言っていた変人だからな…」

『時代を遡る人なんだな…あの人は。』

「話を戻そう。結局、産経大阪杯が変わったのは大阪杯という名称と賞金だけだ。国に逆らって勝った相手に普通の人間が勝てると思うか?」

『無理だな。』

「仕掛けて来るとすれば騎手である俺に賄賂を渡してくるか、6頭全てを使って妨害してくるかのどちらかだ。ボルト…出遅れたら妨害を受けて間違いなく負けるぞ。」

『その心配はねえよ大丈夫だ。』

「そうか…武田先生、スタートの練習を念の為増やしておいてください。」

「もちろんだ。」

かくしてボルトチェンジの調教にスタート練習が加わり、時が過ぎていった。

 

〜風間牧場〜

 

その頃風間牧場では…二人の男女がそこにいた。

「風間社長、京王杯2歳Sの有力馬の情報と例の馬主についての情報を集めてきました。」

一人目は女性。10人中10人が振り返るような美貌の持ち主でありながら何故か新聞社に就職した梅宮。新人故にまだまだ未熟であり、手柄も横取りされがちではあるがボルトチェンジの記事だけは執念深い。

「助かる。」

もう一方はボルトの馬主である風間。何代も続く資産家でありながら、大の競馬好きであり馬主。数多くの配合理論や相馬眼の技術を風間牧場長に叩き込んだ張本人でもある。

そんな二人が集まったのはボルトの京王杯2歳Sのことである。風間は常に競馬業界の情報を集めており、ボルト達が話題にしていた妨害者についての情報を掴もうとしていた。

「それでどんな馬が妨害するんだ?」

風間がそう言うと梅宮は紙の入ったファイルを渡した。

「馬主の名義や冠名こそ違いますがいずれも紅河(べにかわ)が実質的な馬主で、渡したリストにそれが書いてあります。」

「その騎手と調教師のリストは?」

「調教師の方はこちらになりますが騎手の方はどれに乗せるかまだ決まっていないらしく、リストにあげられません。」

梅宮が更に風間にリストを渡すと風間はそれを見て目を見開いた。

「…」

「どうしました?」

「いや、なんでもない。それよりも騎乗騎手が決まり次第報告してくれ。」

「かしこまりました。では失礼しますね、風間社長。」

梅宮がその場を立ち去ると代わりに現れた牧場長が調教師の方のリストを見る。

「社長、このリストは?」

「ん? ボルトチェンジをウチに転厩してくれと希望している先生方のリストだ。ボルトチェンジの活躍が相当気に入ったんだろうな。」

「そうですか。でも武田先生のところで競走馬の人生を歩ませるんでしょう?」

「ああ…いくら大恩のある伊勢先生の言うことでもこれだけは譲れない。」

そう言って風間はそのリストに書いてある《伊勢慎一》の名前を見て溜息を吐いた。




という訳で本文中にあった理由から大阪杯はこの小説ではまだGⅠではありません。まさか産経大阪杯がGⅠに昇格するなんて思いもしませんでしたから…
ちなみにWikipediaの項目云々の部分は本当です。何故かアグネスタキオンの制したラジオたんぱ杯も項目になっていません。



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青き馬、ライバルのGⅠレースを見る

感想よろしくお願い致します!


〜BCターフ数日前〜

 

伊勢厩舎。そこで伊勢慎一調教師がTVをつけ、過去のレースを見ていた。そのレースはかつて風間がこの厩舎に預けたカーソンユートピアが勝利した2003年の日本ダービーであった。

 

【皐月賞馬ネオユニヴァースは二番手に上がって来たがこの脚は届くか!? カーソンユートピアが逃げる逃げる逃げる! ネオユニヴァース、カーソンユートピア 、ネオかカーソンか、カーソンかネオか! カーソンユートピアァァァっ! 見事に勝ちました……カーソンユートピア。フサイチコンコルド以来無敗のダービー馬の誕生です!】

この後、カーソンユートピアはテイエムオペラオーの唯一の偉業であった年間無敗のグランドスラムを達成し無敗のまま引退。その後ヨーロッパへと種牡馬入りし初年度産駒からGⅠ馬を生み出し今となっては欧州種牡馬三強の内の一頭として名前が知られている。

「ふぅ……やっぱりあの頃は良かったぜ……」

伊勢は暇さえあればかつて自分が調教した名馬のレースをTVで見て現実逃避をしていた。その理由は伊勢が68を過ぎ定年(普通の企業などは65であるが調教師の定年は70)まで後2年を切ったことによって期待馬を任される機会が少なくなっていたからだ。少しでも馬達を鍛えようとかつて自分が育てた名馬と今預かっている馬達を見比べどこが悪いかを研究している……と本人は思っているがメモを取っていない為にやっていることは現実逃避である。

 

伊勢が資料を置くと鉄と拳が叩く音がそこに響く。

「おう、入れ」

「テキ(調教師の呼び方の一つ)、呼びましたか?」

そう言って入ってきたのは青年らしさがまだ残る壮年の男性。

「おうツナ、よく来たな。まあそこに座れ」

「そんなあだ名じゃなくちゃんと読んでくださいよ……」

「てめえのような調教助手が調教師に向かって偉そうな口を聞くんじゃねえ」

「もうお年なんですから……しっかりと呼ばないと認知症になりますって」

「人を老人扱いしやがって! 言うようになったな……法条芳綱」

「はいはい。そりゃテキの背中を追ってきたんだからテキの口調も移りますって」

「……それよりもカイノイージーの調子はどうだ? 来週の京王杯2歳Sに出るんだから今のうちに仕上げとかないと時間がねえぞ」

「イージーの調子は順調ですよ。それよりもテキ、話ってのは?」

「俺の厩舎はかつて日本ダービーも天皇賞も制したことも、リーディングにも輝いたこともある。だが武田の坊主が調教師になった時から風は変わった。俺のところに来たのは期待馬だったがその年は大した成績を残すことも出来なかったのに対して、武田の坊主が勝率0.62というぶっ飛んだ成績を残し、結果を出した。それからというものの俺から武田の坊主の方に期待馬が集まるようになり、今じゃこの厩舎にはカイノイージー含めて4頭しかいない。来年はカイノイージーが3歳馬となるが俺が面倒を見れるのはそこまでだ。古馬になってからはお前が面倒を見なくちゃいけねえ」

「……」

「だがその前に牧場に行って良い1歳馬がいないかを見てくる。2、3日くらいしたら帰ってくるから俺の代わりに面倒を見てくれ」

「わかりました」

そして伊勢は外に出て手を顎に添えながら考え始めた。

「(なんとかしないとな……このままではツナがこの厩舎を受け継ぐ際に馬がいなくなってしまう。それだけは避けないとな……)」

そう危惧した伊勢は一刻も早く牧場へと行こうと足を運ぼうとするが黒服の男によって止められてしまった。

 

「伊勢慎一先生ですね?」

「誰だ? お前は?」

「私、百井泰太郎氏の第三秘書を務めております山田と申します」

「その山田さんがうちに何の用だって聞いているんだよ!」

牧場に行くのを妨害されたせいか伊勢の機嫌は最悪であり、怒鳴るようにそう大声を出した。

「そう興奮なさらないでください……伊勢さんに百井先生から伝言を頼まれ、私はそれを伝えに来ただけです」

「いちいち癪に触る喋り方だ。まあいい。百井さんには今一番お世話になっているからな。伝言は何ですかい?」

「今度出走するカイノイージーのことと今後預託する馬達のことでお話しがある。……以上です」

「ちょっと待て。百井さんの場所はどこだ? それを言わなきゃお前が叱られるぞ?」

「あ、言い忘れてましたね。2日後の夜に百道牧場へ来てください。ではこれにて……」

とても秘書とは思えないほどの態度で伊勢の腹を立てさせた山田はその場から去っていった。

「チッ、仕方ねえ……行くか」

ここで伊勢がキレて、山田の身に何かあれば調教師免許を取消になるのは当然のことであり、よしんば取消されなかったとしても競走馬を預かってもらえないだろう。それを理解している山田は狡猾であった。

 

〜百道牧場〜

 

伊勢がそこに行くとでっぷりと脂を乗せた中年の男がそこにいた。

「伊勢先生、よく来てくれました」

その男こそ、現在伊勢が1番世話になっている百井である。

「百井さん。それでイージーのことで話ってのは何ですか?」

「まあまあまあ、そう焦らずに……ところで伊勢先生はイージーの血統をご存知ですよね?」

「そりゃ自分の管理している馬ですから。父はウィルズウェイ産駒の重賞馬ナガノウィルズ、母は未出走馬オータケカオス、母父はグラスワンダー……それがどうしました?」

「サイアーラインで見ればカイノイージーはイージーゴアの曾孫にあたる。それを保つにはどうすればいいかわかるかね?」

「そりゃ重賞を勝つしかないでしょう……」

「例えGⅠレースを勝ったとしても種牡馬入り出来ない場合もある。賞金を億単位で稼ごうがそれは同じ。警視庁の馬になったりもするが基本的には重賞を勝たねば殺処分されるだろう」

「百井さん、一体何を……?」

「カイノイージーは曾祖父イージーゴアに似てかなりの大型馬。しかし曾祖父とは違いカイノイージーは血統面から見ても長距離には向いていない。むしろ体格や血統面を考慮すれば勝てるレースはわかるかね?」

「短距離です」

「そう。その体格を生かした加速力は武器となる。しかし短距離路線は幸太朗さんのように古いタイプの人間は見向きもしない」

「幸太朗……風間さんのことか。確かに風間さんはステイヤー大好き過ぎて未だに春天や菊花賞を勝てるような馬を生産していますが短距離や中距離にも目を向けています」

「中距離はともかく短距離はどの馬主も生産者もサブとしてしか見ていない。近年種牡馬として活躍し始めたダイワメジャーに種付けしているのはクラシック路線で活躍した牝馬ではなく短距離路線で活躍した牝馬が多い。クラシックではディープインパクト、オルフェーヴル、シンキングアルザオあるいはそれらの代用種牡馬である日本ダービー馬キズナ、GⅠ6勝馬ゴールドシップ、JRAとエクリプス賞を同時受賞したカウンセリング等が主だ。実際シンキングアルザオの種付け料は4500万を超え、ディープインパクトも3000万オーバー。それに対してダイワメジャーは1500万円すらも行かない。如何に短距離路線で活躍した馬がクラシック路線で活躍する馬よりも評価が低いかわかるはずだ」

「しかしオルフェーヴルはともかく前者の二頭は化け物ですよ。シンキングアルザオ産駒はSS(サンデーサイレンス)も真っ青な距離適性の高さに加えてダートでも活躍するんですからリーディングサイアーになるのは当たり前で付け入る隙がGⅡとGⅢの舞台しかありませんし、ディープインパクト産駒は安定して重賞の舞台でマイルから中距離を勝ちまくるんですからそのくらいは妥当ですよ。ダイワメジャー産駒はマイル以下の距離でなければ活躍しませんしね」

「しかしだ。クラシックで活躍する馬を短距離とはいえ打ち負かした馬が種牡馬入りしたら少し話題になるだろう?」

「何が言いたいんです?」

「カイノイージーは勝てるチャンスがあると言うことだよ。耳を貸したまえ」

伊勢は耳を傾けさせる。

 

「……ということだ。上手く私の馬が勝てば伊勢さんのところにも馬が回るかもしれない」

「そんな勝ち方をしても私のところに馬を預けるような人はいませんよ。余程の物好きでない限り」

「いるじゃないか目の前に。そういうことだから後は任せたよ。伊勢先生」

百井はそう言って立ち去り、伊勢は頭を抱えながら百井に言われたことを実行することに決めた。

 

〜武田厩舎〜

 

そして時は戻り、ボルトは再び武田らと共にあるレースを見ていた。

【マオウだ! マオウ! 日本のマオウが世界を制す!】

それはボルトの最大のライバルであるマオウが出走した海外GⅠのBCジュヴナイルというレースだ。

『本当に馬なのかあいつは?』

ボルトがマオウの追い込みを見て一言呟く。マオウの走りは化け物そのものであり、新馬戦のディープインパクトを彷彿させるような走りだった。

「少なくとも日本史上最強の2歳馬であると言えるな。本場米国勢の馬が可哀想に見えてしまうくらいの圧勝。カウンセリングの再来とか現地民は言っているらしいがあいつは逃げ馬だしな」

『カウンセリング? ああ、17年の年度代表馬か』

「そうだ。2017年は世界ダート三強と言われた三頭の馬たちがいた。カリフォルニアクロームを昨年のBCクラシックと第一回ペガサスWCの舞台で破ったアロゲート。その年のケンタッキーダービーでセクレタリアトの記録をコンマ1秒更新したセイバー。そしてドバイWCでアロゲートを破ったカウンセリング。この三頭が」

『ちょっと待て。カウンセリングはともかくアロゲートとセイバーの父親はなんだ?』

「……アロゲートはトーホウジャッカルの母父でもあるアンブライドルズソング産駒。セイバーはドバイミレミアムの申し子ドバウィ産駒」

『ドバウィは聞いたことあるがアンブラ……? は聞いたことねえな』

「別に覚えなくてもいい。米国は日本の芝に近いとはいえダートが中心だから洋芝の欧州よりも更に縁遠い話だ。話を戻すぞ。この三頭が芦毛馬だったもんだから世界芦毛三強とも言われた。そしてその三頭が激突したのが2017年BCクラシック。アロゲート、セイバー、カウンセリング共にこの年はGⅠ3勝。残る舞台でケリを着けなければいけなかった。その舞台こそがBCクラシック。ここを勝てば米国の年度代表馬が決まる。三頭の全陣営がそう思い、出走させた」

『それで結果は?』

「そう焦るな。アロゲート陣営とセイバー陣営は、ドバイWCという舞台で逃げ切ったカウンセリングを逃げ切らせる訳にはいかない。その為にペースメーカーとなる短距離馬をそれぞれ登録した」

『短距離馬?』

「ああ、カウンセリングは所詮中距離馬。1000mのスペシャリストに1000mで勝とうなどということは不可能だ。つまりカウンセリングのペースから短距離馬のペースにさせることで勝ち目を少しでも上げさせる作戦を取ったんだ」

『ウッドワードSのドクターフェイガー対策みたいだな。』

 

ドクターフェイガー

戦績 22戦18勝

米国史上最強短距離馬として有名な馬である。その理由は世界レコードをダート7ハロン(約1400m)とダート1マイル(約1600m)の二つ、しかもどちらも60kg以上の斤量があるにもかかわらず更新したからだ。しかもその内1マイルの方は1分32秒20というとんでもない記録(参考までに同期のバックパサーの孫にあたるマルゼンスキーですら芝1600mのレース朝日杯3歳Sで出した記録が1分34秒台)であることから如何に凄いかわかってしまうだろう。

 

「そう、あの海外勢はそれとほぼ同じことをやったんだ。ウッドワードSでドクターフェイガーはそのペースメーカーを置き去りにしたが逃げ切ることは無理で1着の馬に10馬身以上の大差をつけられて敗北。BCクラシックでカウンセリングはその失敗は避け、ペースメーカーに行かせ、アロゲートやセイバーを置き去りにして着差以上の勝利を収めた」

『なるほど、カウンセリングはそうして二カ国の年度代表馬になったって訳か。』

「そうだ。ボルトお前もマオウのライバルなんだから少しは化け物扱いしねえで勝つように心掛けろ」

『そうだったな……俺はマオウに負けられねえ。マオウの踏み台で終わる馬は俺以外で十分だ。』

「そうだその意気だ。今度の京王杯2歳Sでマオウの度肝を抜かす走りを見せればいいんだ」

武田がそう言うとボルトは笑顔で頷いた。



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青き馬、重賞レースに出走する

お待たせしました!


京王杯2歳S。このレースの主な勝者はスターヘヴンと同じオフィサー産駒であるアポロドルチェ、後の有馬記念馬グラスワンダーが挙げられる。そして三冠馬オルフェーヴルが惨敗したレースでもあることが知られている。

 

『ジンクスで言えば間違いなくこのレースで勝っても意味ないんだよな。』

このレースを勝った馬はクラシック三冠レースに勝てないというジンクスがある。何せこのレースの勝者で最後にクラシックを制覇したのはドクタースパートであり、それ以降はクラシックを勝った馬が皆無である。GⅠ馬はそれなりにいるのだがクラシック三冠レースを目指すのであればやはり厳しいだろう。

「だからって負ける気か? ボルト。これ以上マオウに差をつけられたら見向きもされねえぞ。」

ボルトに騎乗する橘が意地悪にそう尋ねた。

『いや負ける必要もない。むしろ圧勝してやる。オペラオーとて天皇賞秋の1番人気不勝利のジンクスを破ったんだ。2度とこんな馬現れねえってことを見せつけるには丁度良いレースだ。』

「なるほどな。確かにそうだ。だが気をつけろよ…このレース、どうやら闇があるみたいだからな」

『闇? 八百長とか?』

「サルノキング事件みたいなことはねえだろうがテイエムオペラオー包囲網ならあるな。」

 

サルノキング事件

この事件は1982年にサルノキングと言う逃げ馬が敢えて逃げずに追い込みをして惨敗したことにより、同厩舎の馬に勝たせるよう八百長したのではないのかという八百長疑惑の事件である。その後誤解は解けたが、しばらくの間逃げ馬を無理やり追い込ませたり、逆に追い込み馬を逃がしたりすることはタブーとなった。自在性の効く脚を持つシンボリルドルフが横綱競馬に拘ったのもそういった背景があるのではないかという説もある。

 

テイエムオペラオー包囲網

これは2000年有馬記念でほぼ全頭がテイエムオペラオーをマークしたことに由来する。競馬は徒競走などとは違い馬の実力だけでなく騎手や馬群という要素もある。どんなに実力があっても馬群に呑まれてしまえば負けてしまう。このレースに出走する全頭でマークすれば抜け道などありはしない。例え自分が負けようともオペラオーだけには勝たせない。そんな執念があったのか、オペラオー以外の騎手はオペラオーをマークした。だが最後に騎手達は欲が出たのかオペラオーをマークから外し、オペラオーの前にいた馬群を空け勝ちに行った。オペラオーはその隙を逃さず、宝塚記念からの腐れ縁のメイショウトドウやその年三冠レース全て馬券に絡んだ善戦マンのヘレニックイメージ以下抑え優勝した。これがどんなに凄いことか理解出来るだろうか? 年間無敗で古馬中長距離GⅠを全て勝つというプレッシャーもあった上にこんな包囲網を形成されたのだ。普通であれば負けてしまうこの状況をクリアしたのは後にも先にもオペラオーただ一頭だけである。

 

『オペラオー包囲網か。あんな包囲網ほどキツイものはないが、流石に全頭俺をマークする訳にもいかないだろ。』

「だと良いんだがな。まあ今回は逃げの一手だ。この前の新馬戦でお前のことを追い込み馬だと思っている奴らが多いから意表を突ける。」

『そいつは良いな。俺は先行で押し切る横綱競馬が得意だから追い込みよりも逃げの方が楽でいい。』

「よし、決まったな。」

ボルト達がそう判断すると栗毛の流星馬がボルトに近づき声をかけた。

『よう。久しぶりだな。』

 

ボルトは自らの頭でその馬のことを思い出そうとする。風間牧場にいた頃や、併せ馬、新馬戦の対戦相手。それらの全てを走馬灯のように思い出した。

『…誰だ? お前?』

しかしだからといってその馬のことを思い出すはずもない。

『俺だよ! 英国生まれのカーソンユートピア産駒のラガールートだよ!』

『知らねえな。』

「俺も知らねえ。」

『隣厩舎で散々騒いでお前に注意された馬だよ!』

『ああ。お前か。』

その一言でボルトは自分が『英国のマズメシでも食ってろ!』とキレたのを思い出した。

『アレから俺は本場の競馬王国、英国から取り寄せた餌でパワーアップしてきたんだ。』

『マジにやったのかよ…』

「いやいや、ボルトちょっと待て。そいつがそんなことを言うってことはお前達の会話を理解できる奴らが俺達以外にもいるってことだぞ? それをスルーしてどうする?」

ボルト達の会話は一部の人間しか聞こえない。橘が主戦騎手になったのもボルトの声が聞こえるからで協調性という意味では一番やりやすいからだ。

『あ、そうか。で、誰にそれを話したんだ?』

『気づかねえのか? 俺の上に乗っている若造だよ』

「こら!」

若造扱いされたことに怒る新人ジョッキーがラガーを叱る。

『でけえ声出すんじゃねえよ。他の馬が怯えたらどうしてくれる? 藤本。』

馬は臆病であり、大声を出したらラガーが言う通り他の馬が怯える可能性は高く、この新人ジョッキー藤本がしたことが出走妨害となりかねない。

「う…」

『ダハハハッ! まあそう言うことだ。お前は俺に乗られてば良いんだよ。それよりボルトチェンジ。今日のレースは俺が勝たせて貰うぜ。言い訳が出来ないよう完膚なきまでに叩きのめしてやるから覚悟しておけ。』

ラガーがそう告げるとゲートに収まる。

『叩きのめすか。どう思う?』

「どうもクソも全力を尽くして相手をすれば良いだけだ。」

『それもそうか。』

そしてしばらくしボルトもゲートに入り、最後にカイノイージーという馬がゲートに収まる。

 

【京王杯2歳Sスタート!】

そしてボルト達を塞いでいたゲートが開かれ、レースが始まった。しかしその瞬間イレギュラーが怒った。

『うわっ!?』

【あっと!? 一番人気のボルトチェンジ、橘騎手バランスを崩し出遅れてしまいました!】

そう、橘が突如バランスを崩し、落馬しかけるが出遅れてしまう。

【さあハナを切って行ったのは二番人気のラガールート。そこからシンキングターン、ハマノジョージが続いています。】

『これは貰ったな。』

ラガーがそう呟くと隣にいるシンキングターン達が反応した。

『へっ、マル外が二番人気になったからって調子こいているんじゃねえぞ。』

『てめえこそシンキングアルザオ産駒だからって調子こいているんじゃねえ。こっちはマオウと同じディープインパクト産駒だ。しかも母父アイグリーンスキーだ。これ以上の血統で勝てると思っていんのか?』

そんな喧嘩をしながら三頭が熾烈な先行争いをする。しかしその頃のボルト達は先行争いをしている馬以外の馬に道を塞がれていた。

 

『くそっ! 出遅れた!』

「落ち着け、ボルト。まだ十分余裕はある。」

『余裕があるか!! 前を見ろ! 完全に塞がれたぞ! 短距離でこれを捌くなんてかなり厳しいぜ。』

「だから慌てるなよ。俺の推測だと普通の馬なら負け確だがボルトの力量ならこれでも勝てる。黙って俺の指示に従え。」

『わかった。ただしこれで負けたら俺の無敗記録をストップさせた責任を取ってもらうからな!』

「いいとも。」

橘は前に塞がる3頭と左右にいる2頭を見て、ボルトを後退させるがそれに合わせるように5頭も下がっていく。

 

「(チッ、どうやら噂は本当だったみたいだな。)」

橘は様子見でボルトを後退させ、5頭がボルトの道を塞ぐ為に下がるのを見て自分を犠牲にしてボルトを優勝させない気であることを実感した。

「(となれば勝負は一瞬。少しでもタイミングを間違えれば降着。下手したら失格もんだ。いつ行くかだな。)」

橘はムチを構え、何時でも叩けるように準備をする。

 

【さあ残り700mを切って先頭はハマノジョージ。ハマノジョージ先頭。それに続くようにラガールート、シンキングターンが続いています。】

そして、東京競馬場は騒然とした。

【ここで橘、ボルトチェンジにムチを入れた、かなり早すぎないか!?】

 

ミスターシービーする。

これはシンボリルドルフとほぼ同じ配合であるマティアルの騎手がスプリングSて圧倒的な追い込みを見せた後にそう告げた言葉である。しかし最近ではその言葉は、早すぎるスパートをするという意味で使われる。菊花賞でのミスターシービーやゴールドシップ、天皇賞春のディープインパクトは淀の坂を登る時にスパートをかけ坂を下り終わる頃には先頭に立ちそのまま一着でゴールインしてしまうという圧倒的な強さを見せた。ディープインパクトが最強と言われるのは通常なら負けパターンになるこのスパートで天皇賞春の記録を1秒以上も更新したからである。

 

【ボルトチェンジが馬群の合間を縫うように抜いていき、先頭に立った!】

『よう…久しぶりだな。ラガー。』

『あんな後ろからこんなロングスパートで来るなんて…馬鹿じゃねえのか!?』

『ここでてめえとはお別れだ。じゃあな。』

『ま、待ちやがれ!』

残り500m時点で先頭に立ったボルトは頭を下げ、さらにスピードを上げようとする。それは橘による指示だった。通常であればこのままでも馬なりで勝ってしまう。だが超がつくほどロングスパートにボルトといえども流石に疲れを見せていた。

【しかしボルトチェンジ、いつものキレはない!】

その為、三の脚が二の脚と同じスピードの状態になり、追い抜かれたら後がない。

【ラガールート、シンキングターン、ハマノジョージ、外からやってきたカイノイージーが突っ込んでくるが先頭はまだボルトチェンジだ。ボルトチェンジが先頭!】

『ど、どういうことだ!? いくら追っても追いつけない!?』

【二番手ラガールート、間からハマノジョージがやってくる。そしてカイノイージーが二番手争いに加わるが先頭はボルトチェンジ! 強いっ! 強すぎる! これほどまでに強いのか!? ボルトチェンジ今一着でゴールイン! 二着にはラガールート、三着争いは混戦です!】

『全く、とんでもねえ奴と当たってしまったもんだぜ。』

二着に入ったラガールートはそうぼやき、座る。

「ラガー!?」

【おっと!? ラガールートに故障発生か!?】

ラガーが座るのを見て藤本が降り、調教師達も駆けつけた。

『心配ない。ただちょっと疲れただけだ。』

「一応検査しておこうな。」

『ああ…』

【ラガールート、馬運車に運ばれて行きますが大丈夫なんでしょうか?】

そんないざこざもあったが表彰式が行われた。

 

「いや〜、今度ばかりは負けた。と思いました。でもボルトが言うことをすんなりと聞いてくれた上にボルトの力が凄まじかったおかげで優勝出来ました。」

橘がヒーローインタビューに答え、笑顔になると記者が話を切り替えた。

「ところで橘さん。ボルトが話をしているなんて噂は本当ですか?」

「ホントウだ」

空気を読んでいるのかいないのか、ボルトが記者の前に現れそう答えた。

「え? 今の声は?」

「ツギモカツ。」

戸惑う記者達を無視してボルトは元の場所へと戻って行った。

 

その翌日、ボルトチェンジが勝ったことよりも喋ったことに対しての一面が多く取り上げられたのは言うまでもない。




ディープインパクトのレースをもう一度見直したら新馬戦の時点で重賞勝った古馬が走っているかと思いましたよ…天皇賞春見たら誰も勝てる気がしないくらい強く、あんな馬にどうやって勝てというくらいでしたね。…いやマジで。


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青き馬、馬房にて

〜伊勢厩舎〜

 

「くそったれ!」

カイノイージーを預かっている伊勢は不機嫌だった。

「いくらイージーが3着とってもあいつに勝たれちゃ意味がねえんだよ…」

伊勢が不機嫌な理由。それはボルトが先日のレースで勝ってしまったことにある。その為にわざわざボルトを塞いでまでカイノイージーを追い込みさせたのだ。一応カイノイージーが追い込みが出来るという収穫もあったがボルトが勝っては意味がない。伊勢が百井から言われた事とは「風間所有のボルトチェンジを負けさせたいからボルトを馬群に包ませろ」というものだった。百井がなぜあのように指示したのかはわからないが伊勢は法条の為に決意して馬群に包ませボルトを負かすレースを騎手に指示した。それまではよかった。

「にしても橘の奴め、まさかあんな手を使ってくるとは予想しなかった…」

橘はあの包囲網を突破する為にあえてあの場でスパートをかけ、斜行にならないように他の馬や騎手達を威圧させ、無理やり退かせた。しかしスピードを上げるには超がつくほどロングスパートでなければ潜り抜けることは不可能。しかしそれはボルトだからこそできた芸当であって他の馬であれば沈み、何もせずとも惨敗しただろう。またボルトが父や祖父のように大柄ではなく、小柄な馬であったら威圧も出来ず、逆に弾き飛ばされていた。

 

「カイノイージーがあの結果だと詰んだな…」

伊勢は百井から良い馬を預けられることを諦め、真っ白に燃え尽きていた。

「ただいま終わり…えっ? テキ、テキィーッ!!?」

調教助手の法条が帰り、灰となった伊勢を見つけ目を丸くし大声を出した。

 

〜武田厩舎〜

 

「ボルトチェンジ、重賞制覇おめでとう!」

「ドーモ。」

ボルトを贔屓にしている梅宮がボルトの勝利を祝い、頭を撫でた。

「それでボルトの次のレースは朝日杯なんですか? 武田先生。」

「うん? いやポープフルSだ。マオウと当たったところで今のこいつに勝ち目はない。」

『おっさんまでそんなことをいうのか?』

「無敗でGⅠ取った馬同士がダービーで戦う……これほどロマンティックな展開、誰もがみたいだろ?」

「はい!」

『最高の舞台を用意するから待ってろってことか。まあいいか。』

「ところでゴールやターボ達にJCの出走登録がない理由はわかったのか?」

「それがリセットを除いた今年の3歳有力馬達は香港国際レースに出走登録していて、JCも有馬記念も回避するみたいです。」

「あいつら香港に行くのか? まあJCや有馬よりも低レベルだからそっちの方が奴らに取っては賞金や勝ち星を重ねるには良いかもな。」

「ええ。3歳有力馬達が一斉にいなくなったからといって今年のJCのレベルは低くなった訳ではありません。むしろ高くなったと言って良いでしょう。」

「そいつはそうだろうな。牝馬ながらにして牡馬三冠馬となったリセット、欧州三冠馬アブソルートに加え、JRA賞を受賞した馬が二頭。GⅠを複数勝っている馬がほぼ全頭だ。後にも先にもJCでこれ以上のメンバーは揃わないだろうな。」

「例年ならマジソンは有力馬の一頭ですが今回は脇役ですよね……」

「オッズ20倍くらいじゃないか? 秋天や宝塚で負けちまったんだしな。」

「20倍は流石に言い過ぎですよ! 天皇賞秋や宝塚記念はマジソンの苦手な舞台だったから負けたとかそんな風に言われていますからもう少し人気があっても良いんじゃ……?」

「甘いな。あれだけのパフォーマンスを見て、リセットを支持しない奴がいるか? 俺が観客の立場だったら間違いなく単勝を買うぞ!」

「そ、それはともかく今回のJC上位5頭を教えてください。」

「そうだな。現状まずリセットが一位、二位がアブソルート、三位がレイト、四位がうちのマジソン、五位がダンジョンだな。」

『マジソンよりもレイトの方が格上って認めるのか?』

「対決したのが一度、それも鼻差だけとはいえ負けは負けだ。だから俺はレイトを格上として見ている。だがダンジョンは別だ。ダンジョンは2400m以上になるとマジソンに逃げ切られてしまうしな。何でマジソンからダービーを勝てたのか不思議なくらいだ。」

「そうですか…」

「話は変わるが何度も対決して半分以上勝っていれば互角以上という俺の持論で言えばテンポイントはトウショウボーイと互角じゃなく格下だと思っている。1977年時の八大競走に宝塚記念が入っていればトウショウボーイに票が流れてテンポイントは満票で年度代表馬になれなかっただろうし、そもそもトウショウボーイとテンポイントの対決はトウショウボーイの勝ち星が多い。直接対決した6戦のうちトウショウボーイが先着したのは皐月、ダービー、76有馬、宝塚。テンポイントが先着したのは菊花賞と77有馬しかない。」

「それじゃグラスワンダーはエルコンドルパサーよりも弱いということですか?」

「微妙だな。グラスは99年の安田記念で府中が苦手だというのがわかったからエルコンと直接対決した毎日王冠はあてにならん。暫定的にエルコンの方が上というだけだ。」

「スペシャルウィークは?」

「スペ? 古馬時代のあいつなら右回りでなければエルコンだろうがグラスだろうが関係なしに勝てる可能性はある。エルコンが日本馬と戦ったのは古馬の時じゃないしな。」

「ありがとうございました。ではナリタブライアンは?」

「ナリタブライアンはグリーンが全盛期の時に正真正銘負かしたのが有馬だけだし、それ以降も参考になるレースは6歳時の天皇賞くらいしかないしな。ダービーはグリーンの降着があったから三冠馬の中じゃ微妙な立ち位置なんだよな。」

「微妙……」

『確かに微妙だよな。故障さえしなければあの爺に勝てたかもしれないのに』

 

「まあそれは置いてだ。今年のJCはハイレベルだがマジソンにも勝ち目はある。」

「マジソンの勝ち目? あのリセットに勝てる要素があるんですか?」

「マジソンは基本的には逃げ馬だが先行も出来る。所謂自在先行の脚の持ち主。しかしリセットやドラグーンレイトはとにかく逃げて逃げまくる大逃げ戦法しか使えない。つまり勝手に自滅してくれるんだ。」

「自滅ですか。確かにあり得なくはありませんが……アブソルートについての対策法は?」

「あいつは日本の高速馬場に適性こそあれど慣れていない。ましてや左回りの経験も少ない。その点うちのマジソンはコースに対する不安なんぞありゃしない。」

「なるほど。つまり、経験の差で勝てると言うわけですか!」

「とはいえ、マジソンが勝てる見込みは薄い。世界の怪物相手にどこまでついていけるのかがマジソンの課題だ。」

「ありがとうございました。武田先生。これからもよろしくお願いいたしますね」

梅宮はそう言ってお辞儀をし、顔を見上げる

「ああ。よろしく頼むよ」

武田はそれを笑みで答えた。



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青き馬、三冠馬の意地を見る

 そして時は流れ、JC当日。

【さあ、史上最強のJC出走馬達の本馬場入場です】

 そのアナウンスの直後に本馬場入場が始まる。

【一枠一番、ドラグーンレイト。単勝オッズ15倍の三番人気。本来であれば間違いなく、一番人気のプレッシャーを背負っており、打倒レジェンド達の筆頭候補です】

 ドラグーンレイトが入場するだけでも既に東京競馬場にいる大観衆の声が響く。それだけドラグーンレイトのファンは多いのだ。

『15倍……! 去年の年度代表馬がそんなに期待されていないのか? いや、あいつらのせいか』

【その隣に一枠二番、アブソルート。無敗で欧州三冠を制した欧州史上最強馬の君臨です。単勝オッズは2.5倍。現在二番人気です】

 あいつらその一、アブソルート。欧州競馬史に残る伝説が態々JCに出走してきた。JCは一時期海外馬が勝てなかったがカルシオが勝って以来連対に入るようになった為にJCの舞台で一流の外国馬達が出走するようになった。

【更に歓声の声が響き、入場するのは二枠三番リセット。僅か5戦で日本史上最強馬となった伝説。果たして止められるものはいるのでしょうか!? 単勝オッズは脅威の1.5倍。一番人気です!】

 あいつらその二、リセット。牝馬がダービーを制したのは三冠馬よりも少ない上に牡馬三冠はおろか牝馬三冠すらも無敗で制している牝馬はいなかった。そんな状況の中でリセットが制した。それも全て大差勝ちというおまけ付きでだ。故に観客達がこの史上最強馬を見に来るのは必然の事である。

 

 そしてリセットの登場後に現れたのはボルトの相棒が騎乗している馬であった。

【無敗の三冠馬二頭の登場の後にやってくるのはかつてのダービー馬。ラストダンジョン。今年のJCでは穴馬扱いですが例年通りならば有力馬の一頭になっていた事でしょう。単勝オッズは47倍の5番人気です】

『……47倍ってアホか? 何をどうしたらそうなるんだ?』

 ボルトが思わずそう毒づいた。このラストダンジョンという馬は時代が違っていたら三冠馬になっていたかもしれないほどの名馬であり、去年の古馬中距離路線ではマジソンを凌いでいた。それだけにこの穴馬扱いにボルトは納得がいかなかったが、7番人気よりも人気がない他の馬達が万馬券となっていたのでダンジョンが穴馬になってしまうことに理解をしてしまった。

 

 そしてしばらく間が空き、白い馬体が姿を見せる。

【白く美しい馬体を見せてくれるのは6枠11番。マジソンティーケイ。去年この舞台を制し去年度の最優秀四歳以上牡馬に輝いた芦毛の魔術師はどんなレースを魅せてくれるのでしょうか? 単勝オッズ39倍。4番人気です】

 ボルトの同厩舎のマジソンは天皇賞秋をステップレースにしてこのJCに挑んだ。それ故に無駄なものは剃り落とし馬体を光らせており、筋肉がみなぎっている。パドックの時に気づいた馬券師達が慌てて駆け出していたが後の祭りである。

『マジソンの野郎、このJCがベストレースになるんじゃねえのか?』

 ボルトの呟きと共に次の馬が入場してきた。その馬はドラグーンレイトが菊花賞に出ていたとしても勝てなかっただろう言わしめる程強い競馬をしたクラビウス。その菊花賞以後は大阪杯と京都大賞典しか勝っておらず、得意距離であった天皇賞春はマジソンやダンジョンに負け、宝塚記念や天皇賞秋ではその二頭に加え3歳馬にも負けてしまう有り様だった。クラビウスを破った3歳馬達はいないが代わりにいるのはその遥か格上のリセットである。

【6枠12番は最後のステマ配合、クラビウス。ドラグーンレイト世代の菊花賞馬がどのようなレースをするのでしょうか? 単勝オッズ68倍。6番人気です】

『おいおい、メルボルンカップとかに出走した方が良かったんじゃないのか?』

 メルボルンカップ。それは海外で行われる長距離レースの一つであり天皇賞春ほどではないが格が高く、世界でも最強のステイヤー達が集まるレースでもある。クラビウスは去年の菊花賞を勝っているため出走登録してそちらに遠征した方が良いと考える者も多くボルトもそのうちの一人であった。

 

【さあ各馬ゲートに入り狂気の大歓声が鳴り響くこのレース、一体誰が勝つのでしょうか。JCスタート!】

『何っ!?』

 ボルト、いやそのレースを見ていた全員が騒然とした。その多数は悲鳴を挙げ、馬券を投げ捨て残りの少数は武田と同じように笑みを浮かべた。

【何とリセットとアブソルートが出遅れ、場内に悲鳴が響く! 逆に好スタートを切ったドラグーンレイトがハナに立っています】

『アブソルートはともかくリセットが出遅れた?』

 リセットが出遅れる。この事態に観衆が阿鼻叫喚し、馬券を捨てるものが多数。それだけ逃げ馬が出遅れることは致命的だ。

【続いて二番手にマジソンティーケイが後方との差を離し、先行集団。そしてクラビウスが一頭続いて差し集団。最後に追い込み勢のラストダンジョン、アブソルート、リセットと続いています】

『リセットとアブソルートがあそこにいたんじゃ奴等は徹底的に勝つ戦法よりも負かす戦法に切り替えるな』

 ボルトがそう評価すると差し集団がリセットとアブソルートを覆うようにペースを落とし、後退していく。だがその瞬間リセットの走りが徒歩に変わった。

【あーっと! リセットに故障発生か!? ズルズルと後退していきます!】

『なんだと!?』

 そしてリセットの脚が完全に止まった。

【リセットに故障発生! さあ現在の先頭はドラグーンレイト】

 リセットが故障発生した。そのアナウンスが流れ次の実況をしようとした瞬間、別の歓声が響いた。

【おっとこの歓声はなんだ? ……なんと言うことだ! リセットが大外で走っています!!】

『なにいっ!?』

【リセット復活、復活! 物凄い勢いで後方集団を交わし、先頭から五番手あたりまで戻りました!】

『オルフェーヴルかマルゼンスキーかお前は!?』

 かつての三冠馬オルフェーヴルは阪神大賞典の最中引っ掛かり過ぎて走るのを途中でやめてしまい、外ラチに寄っていってしまったが他の馬を見かけるやいなやすぐさま元に戻り、遅れを取り戻そうとし、二番手まで上がっていった。当然負けてしまったがあのハンデがありながら二番手のままゴールしたという強さを見せつけた。

 マルゼンスキーも似たようなことをしており、逃げていたにもかかわらず何故か失速し、その後また加速し一着でゴール。マルゼンスキーが何をしたかったのかは不明だがその強さを証明した。

 

 つまりリセットも同じようなことをしたのだ。当然騎手である柴又は注意を受ける。リセットにとってもかなり不利な状況であることには違いない。

 

【残り600mを切って、ここで仕掛けて行ったマジソンティーケイ、そしてそれに合わせるようにリセットが上がっていく! そして先行集団を掻い潜ってきたクラビウス、ラストダンジョン、そしてアブソルートがゴール目掛けて飛んできた!】

『役者が揃ったか……』

【去年の有馬記念とは違うぞ、違うぞ。マジソン来た、マジソン来た! マジソンティーケイが先頭に立ってリセットとクラビウスが襲いかかってきた! 大外にはラストダンジョンとアブソルートが来ている】

『なるほど、アブソルートをマークしていたのはラストダンジョン。ドラグーンレイトはいつも通りのレース。それ以外はリセットをマークしていたってことか……』

【残り300mを切ってドラグーンレイトとラストダンジョンが失速して四頭のサバイバル、いやマジソンが失速したか?】

『くそっ、マジソンいけや! あの二頭はともかくクラビウス相手に負けるてめえじゃねえだろうが!』

【マジソンは脱落、リセット、アブソルート、クラビウース、三頭の叩き合いだ。マジソンもラストダンジョンもドラグーンレイトも来ないまま三頭並んでゴールイン! 四着争いにマジソンティーケイ! レコードの決着となりました……】

 

『マジソンがあの二頭はともかくクラビウスに負けるなんてな……何があった……!?』

 ボルトがTVを見るとドラグーンレイトの騎手が下馬し、ドラグーンレイトを労っていた。

【おっとドラグーンレイトに故障でもあったのでしょうか? 織田騎手が不安そうにドラグーンレイトの様子をうかがっています】

『その上、6着に入ったドラグーンレイトも故障。後は写真判定でラストダンジョンに先着していることを祈るだけだ』

 ボルトがそう祈り、15分経過するとその結果が返ってきた。



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青き馬、スタートミスの原因を知る

有馬記念は波乱の予感がしますね……現実でもこの小説でも。


JC勝者、リセット。二着アブソルート、三着クラビウス、四着ラストダンジョン、五着マジソンティーケイ。勝ちタイム2分20秒1。

リセット舐めプの勝利。アブソルートの敗北。世界レコード更新。ドラグーンレイト故障。その他多くの情報が世界各地に広がった。

 

しかしそんなことはお構い無しに、武田厩舎にて武田の口からマジソン達について告げられた。

 

『マジソンが故障したから有馬を回避?』

「そうだ。万全な仕上がりだからこそドラグーンレイトほど酷くはないが、無理をさせ過ぎたんだ。だから放牧してそれを癒させる」

『先輩……大丈夫かしら?』

『そう言えばドラグーンレイトはどうなったんだ?』

「あいつか。引退だとよ」

『引退?』

「そうだ。足にボルト、お前のことじゃないぞ。そいつを入れなきゃいけないくらい足の状態が悪くなっていた。足にボルトの入った馬は前よりも走れなくなるから引退をしざるを得ないんだ。ドラグーンレイトほどの名馬なら尚更な」

『そんなことが……』

「それとミドル。阪神JFに出走する相手の中で強いのがいる」

『マオウじゃないでしょうね!?』

『マオウな訳あるか。マオウは牡馬。かつては牡馬のレースだったが今は牝馬限定の阪神JFに出られる訳ない』

「その通りだ。ゴールドシップ産駒のモーターボート。こいつが曲者だ」

『具体的には?』

「あの馬の厄介なところは並んだら絶対に抜かせない勝負根性の持ち主だ。瞬発力勝負でいきたいところだが、そうはさせてくれないだろうな」

『ゴールドシップって追い込みだろ。何で瞬発力勝負でいきたいんだ?』

「ゴールドシップは追い込みだがモーターボートは違う。あいつはメジロマックイーンのような先行馬だ」

『メジロマックイーンって確かマジソンの祖父さんだよな』

「そうだ。メジロマックイーンは天皇賞(春)を連覇し生粋のステイヤー。だがそんな奴でも超長距離で一度だけ負けたことがある」

『ライスシャワーね』

「知っているのか?」

『そりゃもう牧場でうんざりするほど聞かされたわ。ボルトも聞いたことあるでしょ?』

『まあな。牧場長にライスシャワーはうざかったとか、あいつさえいなければとか聞かされたな。グリーングラスのファンの癖に』

「あの人は……まあいい。それで、ミドルにはそのライスシャワーの走りを身につけて貰う」

『ライスシャワーの走りって何? それに今からだと遅くない?』

「簡単な話、徹底的にマークすればいい。マークして最後、タイミングを見計らって一気に突き放すんだ」

『凄い作戦ね!』

『だが同時に欠点もある。その馬が実力を発揮しなかったらそいつに勝つことは出来てもそのレースに勝つことは出来ない』

「それやタイミングは騎手の役割だ。俺達にやれることはミドルがモーターボートやその他の馬と馬体を併せても平気なように調教するしかないんだ」

『それはわかったが俺に乗る騎手はどうするんだ? 諏訪はミドルが乗るだろうし、橘はラストダンジョンの調教でいない。まさか空馬って訳にもいかないし、おっさんが乗るのか?』

「いや俺じゃねえ。俺はお前達の動きをみたいから別の騎手に頼んだ」

『別の騎手?』

「マジソンの相棒、高橋だ」

 

~美浦調教コース~

 

『なあ、おっさん高橋ってどんな奴なんだ?』

「高橋彰一。橘の一番のライバルで親友だ」

『親友? 同業者潰しの苛烈なこの世界でか?』

「同業者潰しとは上手いもんだな。まあ大体合っているからなんとも言えねえな……高橋と橘は騎手学校の同期で模擬レースで勝っては負けて、一進一退のトップ争いをしていたらしくそこから友情が生まれたって聞いたぞ」

『友情か。まるで漫画だな』

「現実の競馬がよっぽど漫画染みているよ。ボルト」

そう言って声をかけてきたのは橘や武田を大きく上回る長身の中年だった。

『……お前が高橋か。意外にデカイな』

「おう、来たか高橋」

「武田先生。遅れました」

「今回はミドルテンポとの併せ馬だ。さっさと行ってこい!」

「おっかなっ! それじゃ行こうか、ボルト」

『お前マジソンの騎手なのに相当歓迎されてねえな……』

「そりゃそうさ。前走のJCでクラビウスやダンジョンに先着されちまった上に故障させたからな。怒って当たり前だ」

『しかし気になることがある。聞いて良いか?』

「なんだよ?」

『リセットに乗っていた柴又って言ったか? あいつはなんで途中で止まったんだ?』

「インタビュー聞いてないのか? 柴又曰く、リセットだけじゃなく馬達の声が聞こえたんだと。それを聞いて動揺したのがリセットに伝わって止まってしまったらしいな」

『何だと? リセットも俺達と同じでお前達にも話すことができるのか?』

「そうだが……俺もあいつの声を何度も聞いている」

『リセットは何ていっていたんだ?』

「ちゃんと私を走らせなさい、柴ちゃん……だとよ。ちゃんと柴又が相棒だって認めた証拠だぜありゃ」

『リセットがねえ……でもその事は武田のおっさんに伝えたのか?』

「この調教が終わったら伝える」

『ところで、マオウについてどう思う?』

「マオウ……ああ、あいつか。現時点ではJCに出走したメンバーで勝てる」

『本当か?』

「有馬記念のオペラオー包囲網と同じように徹底的に馬を併せ、やる気を削がす」

『オペラオーはそれでも差しきったぞ?』

「奴はオペラオーじゃない。ディープインパクト産駒のマオウだ。ディープインパクトの弱点がマオウにも受け継がれていると考えればやれるさ」

『……俺もそう考えたことがあるが、通じるのか?』

「やってダメならそれ以外を考える。一度きりの対戦じゃないんだ。あいつと何度でも戦うことになるからな」

 

『まあそれはいいが俺はあいつの包囲網に参加出来ないぞ?』

「それこそない。今までのレースをみる限り、お前は包囲網に参加せざるを得ない」

『あ?』

「お前、ゲート苦手だろ?」

『ゲートが苦手なものか。むしろ得意な分野だ。そりゃ新馬戦は俺のミスだが、この前のレースはありゃ橘のせいだ。あいつがバランス崩してしまうからスタートが出遅れるんだよ』

「橘がバランスを崩すのか? らしくないな……」

『……それまで崩したことはないのか?』

「俺が知る限り、バランスを崩してスタートが出遅れたのはラストダンジョンだけだな。ダンジョンは元々先行馬だったんだが追込にしたことでその才能が花開いて強くなったんだ」

『だが俺はマジソン寄りの先行馬。今更ダンジョンのように追込にしたところで悪影響でしかないと思うぜ』

「だろうな。橘もそれを理解している。お前の弱点克服は出来ないが、自覚させることは出来る。武田先生のところにいくぞ」

『わかった』

ボルトが武田のところへ駆け寄り、高橋と武田の睨み合いが始まろうとしていた。

 

「高橋ぃ、何の真似だ?」

「武田先生、ミドルテンポの併せ馬の前にちょっといいですか?」

「何故、前なんだ?」

「ボルトにスタートの癖があります。それを見て貰うためですよ」

「スタートに癖だぁ? 馬鹿なことを言ってんじゃねえ」

「血統がコテコテのステイヤーであるにも関わらずボルトはスプリンター……それを補う為に武田先生が努力しているのもわかります。ですがそのせいで、スタートが苦手になっているんです」

「何だと?」

「あまりにも優れた身体能力で騎手がついていけず躓いてしまう。それが今のボルトがスタートを苦手にしている原因です」

「……続けろ」

「ラストダンジョンもその類いでダンジョンは周りに自分以上の末脚を持つ馬がいなかったから追い込みに脚質を変更出来ましたが、ボルトはそう言う訳にもいかない。マオウがいますからね。各世代を見てもかなりの豪脚を持つミドルテンポ相手に20馬身以上も置き去りにしたマオウに勝つことを考えるとスタートで遅れては勝てるものも勝てなくなってしまう。違いますか?」

「それは違いない。だがそれと今ボルトが併せ馬の前にやる関連性がわからねえよ」

『全くだ。高橋、解説してくれ』

「先生、ボルトがゲートに入るときは疲れている時ですか? 元騎手である貴方ならわかるでしょう。イレ込んだりしても大抵は疲れていない状態です。ボルトの場合、ターフを剥がしてしまうほどのパワーとスピードでスタートします。それ故にバランス感覚の優れている橘ですらバランスを崩し、スタートを遅らせてしまう……」

「あいつのバランス感覚が優れている訳じゃない。お前が下手くそなだけだ」

『いやいや、この長身でスピードを上げたマジソンに適切な処理を行えるだけすげえよ。あんたらの求めるレベルは異常だ』

「茶々入れないで下さい先生、ボルト……とにかくやらせて下さい!」

「そこまで言うなら仕方ないな。ただし一回だけだぞ」

「ありがとうございます!」



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青き馬、GⅠレース出走馬の確認

お待たせしました。ようやく投稿出来ました。


ボルトがスタートするその瞬間、余りの勢いに高橋がバランスを崩し、ボルトはそれを庇うように足を止めてしまった。

 

『嘘だろ? 現役の騎手が俺のスタートで落とされるなんて……』

「高橋、確かに問題だな……今思えば計算して疲れた時にスタート練習していたんだが、間違いだったな。騎手時代の俺や諏訪ならともかくお前らに扱えるもんじゃないな」

『嘘だろ? 厩務員の諏訪が現役の騎手よりも評価されているなんて……』

「諏訪は減量が下手すぎて騎手になれなかったが腕だけはピカイチだ。学校でも減量が下手くそでなければ超天才騎手になれたとまで言われているほど惜しまれたからな。その伝で諏訪を取れたのは美味しいかったが」

「実際、現役の俺達よりも上手いしな」

『そうだったのか……しかしどうするんだ? このままだと問題大有りだぞ』

「今教えてもお前とこいつとのコンビの為にしかならねえから特訓しても無駄だ。ボルトに乗るのは橘と決めている以上、調教は別の機会にやる。それよりもミドルだ。ミドルの調教をやらなきゃ話しにならん。その為に高橋を呼び寄せたんだからな」

その通り、高橋を呼んだ理由はあくまでもミドルの調教の為。ボルトが空馬にならないように高橋を乗せるだけでしかない。

 

「とは言えボルトに落とされた理由を説明しなきゃ俺が乗った意味ありませんし、説明させて貰いますよ」

「ボルトに落とされた理由は体高──首と背の境から足元までの高さ──だろ?」

「ええ、武田先生の仰る通り。ボルトはあまりにもデカ過ぎる」

『どういうことだ?』

「サラブレッドの平均体高は160~170cm。サラブレッドでも大柄とされるボルトの祖父ニジンスキー*1でも170cm超。しかしボルトは2m前後の超大型。その高さから一気に下に重心を落とされかつターフが剥がれんばかりのパワーで引っ張られたらバランスを崩すのは当たり前でしょう。橘が落馬しなかったのが奇跡的です」

高橋がボルトの手綱を持ち、元の場所に戻ろうとすると武田もそれに付いていく。

「てことは橘の野郎を誉めなきゃいけないのか。嫌だな」

『子供かお前は!?』

「誉めて調子に乗らせた夜は絡み酒になるからな……」

「武田先生も被害あったのか……わかる。物凄くわかる」

「俺だけじゃなく諏訪もだ」

被害者二人が歩きながら遠い目をして、空を見る。それだけ橘の酒癖が酷いことが伺える。

『どんだけだよ……』

ボルトはこの時、酔っ払った橘に近づかないことを決意した。

 

 

 

そして時は流れ阪神JF。

【ミドルとモーター、モーターとミドル。二頭の一騎討ちだ、二頭の一騎討ちだ。追い詰めるミドルテンポ、逃げるモーターボート二頭並んでゴールイン!】

『ライスシャワーというよりもブエナビスタになったな。オークスか秋華賞かはわからねえがな』

ボルトとの併せ馬によってパワーアップしたがそれでも接戦。モーターボートという馬はゴールドシップの長所をそっくりそのままコピーしたような馬だったが故の結果だ。事実二頭は他の馬達をぶっちぎり、一騎討ちとなった状態でゴールしている。

【さあ勝負の行方はこの判定に委ねられました。どちらにしてもレースレコードです】

『レースレコードと来たか。まあ当然だろうな。何せ俺と併せ馬したんだからな』

ふんぞり返り、ボルトはミドルとの併せ馬を思い出す。高橋の精密機械のような体内時計のペースを利用し、最後のスパートで力を出すと言う特訓を繰り返して。その努力がこの結果である。

【ああっ、決まりました。一着ミドルテンポ、二着モーターボートです。あれだけの追い込みで届きました。凄まじい執念です】

『……しっ!』

手あれば握りこぶしを握っていたであろうと思えるくらいにボルトが喜びの声を上げる。

 

「ボルト、いるか?」

武田が馬房に入り、ボルトを呼ぶ。その手には新聞紙が握られていた。

『おっさんどうした?』

「ああ。ホープフルSのメンバーが大体出揃ったからな。報告しておこうかと」

『どんな奴らだ?』

「まず無敗で挑む奴らから発表する。お前ことボルトチェンジ、オルフェーヴル産駒のゴールデンハザード、ロードカナロア産駒のオーシャン……だがお前以外のこの二頭は無敗ってだけで重賞は勝ってない」

『OP馬が挑戦して勝つなんて例もあり得なくはねえだろ?』

「ああ。むしろ無敗のOP馬が伝説となる例なんてごまんとある。一番いい例はアグネスタキオンだ。アグネスタキオンはこのレースに勝って弥生賞、皐月賞へと歩んでいった……そのせいでシンキングアルザオがどれだけ苦しめられたことか……!」

マジソンの父であるシンキングアルザオは弥生賞、皐月賞でアグネスタキオンの二着と遅れをとっており、中距離では

 

アグネスタキオン>シンキングアルザオ

 

という評価がなされている。そんな評価にしてしまった武田はアグネスタキオンのことを忌々しく思っていた。

『そう言えばおっさん、アルザオの主戦騎手なんだっけ?』

「ああ。強い馬だったよ。長距離ならお前の親父やアルザオの父マックイーンすらも凌ぐくらいだ」

『なるほどな……』

「おっとそんなことよりも、重賞馬だ。函館2歳Sを勝ったディープブリブリテ」

『ぶっ! なんだよ、ディープブリブリテって……おかしい、おかしくて腹が捩れそうだ!』

「ディープブリブリテはディープインパクト産駒じゃなくその子供、ディープブリランテ産駒の馬だ。おそらく父親の名前を真似したんだろうな」

『くくくっ、おかしい。おっさん今度からその名前言わないでくれ。いや笑い堪えるのに必要だから』

「わかった。次だ。デイリー杯2歳Sを勝ったブルータイタニック。この馬はモーターボートと同じくゴールドシップ産駒だ」

『ゴールドシップ大人気だなおい』

「東スポ杯2歳Sのバイオリニリア、京都2歳Sのノットストップ」

そしてボルトは明らかな異変に気がついた。

『ちょっと重賞馬多くないか?』

「マオウが朝日杯に出るからこっちに来て勝ち目のあるレースにしようって魂胆だろ。要はお前が嘗められている証拠だ」

『そうか。ならちっとお仕置きしておかないとな……』

「入れ込み過ぎるなよ? 入れ込み過ぎて負けたなんて言い訳聞きたくないからな」

『わかったよ』

「朝日杯でマオウの弱点になるものがあるか確認しておけよ」

武田がそう告げ、その場を去っていく。一週間後、マオウが朝日杯FSを勝ち、その日のボルトの調教がいつもよりもキツめになったのは余談である。

*1
トムフール産駒のニジンスキーという同名の馬がいるがこちらのニジンスキーはノーザンダンサー産駒




しかしアレですね。この小説の登場馬達がウマ娘になったらと思うと、楽しくてしょうがないですね。ウマ娘の小説を書くとしたら一区切りしてからにしますが。


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青き馬、GⅠの舞台にて

今回は短めで掲示板要素あります。


『マオウが勝ってしまったか……』

朝日杯FS──阪神1600m──を1分28秒1という世界レコードを遥かに上回るタイムで駆け抜けた勝者マオウ。そのタイムを見た競馬関係者達は震えていた。

「も、モンスターだよ。砲丸投げで一人だけソフトボール投げをしているような化け物だ」

「朝日杯FSにでなくて良かった」

関係者達から次々とそのような声が上がる理由はマオウが出したタイムにある。この1分28秒1というタイムはどれだけ異常かというと、それまでの世界レコードが1分30秒台後半であり、もし一緒に走っていたとしても大差をつけられている。つまり全世代の競走馬達が束になっても敵わないタイムを、高校生くらいの年齢に相当する馬が出してしまったということだ。

もっと具体的な例えだと、高校野球の投手が球速175km──ちなみに世界最速は球速170km──を出すようなものである。

ぶっ飛び過ぎて何を言っているのかわからない。それだけのことをマオウはしてしまったのだ。

 

『あんなのに弱点なんてねえぞ? 強いて言うならマイルに適性があるとしか推測出来ない。それも希望的観測だからスタミナがあったら……無理だ』

弱気になってしまったボルトに襲いかかるのは、マオウの姿をした大魔王がボルトを踏み潰すイメージだった。

『ダメだダメだ! 俺はマジソンにも勝てる。だからあいつにスタミナで負けることはねえ!』

現役の最強ステイヤーと言えば、マジソンティーケイと答える競馬関係者は多い。春の天皇賞連覇に加え、2400m以上のGⅠは5勝もしている。そんな馬にボルトは3000mの模擬レースで先着しているのだ。スタミナがない訳がないと自負して、打倒マオウに向け思考する。

『マオウの恐ろしさはどんなところからでも追い込んで豪脚一閃、つまり並ばせる暇を与えないことにある訳だ。逆に言ってしまえば並走すればマオウは怖がるんじゃないのか?』

「馬鹿なこと言ってるなお前は」

ボルトの独り言に反応したのは武田だった。

『おっさん……』

「ついさっき、マオウの併せ馬で並走しているところを見てきたんだが、闘争心が凄すぎて逆に併せ馬の相手になった古馬がパンクしたよ」

『パンクって……故障か!?』

「いや今度の馬はアイアンホースと呼ばれる馬達、それも短距離の馬三頭がマオウに対してリレー方式で併せ馬したから、ただ全力で走り過ぎて倒れただけだ。しばらくしたら疲労も回復したから競走馬としてやっていく分には問題ない」

『それでもそんな風になるのか』

「まあな。そのくらいのことを仕出かす馬だ。ベネチアライトのことを忘れたのか?」

ベネチアライト。かつてマオウが潰した馬の一頭で、弥生賞に出走したが、マオウと併せ馬をしたことによる疲労が原因で大惨敗して引退してしまった馬だ。トロピカルターボと共にクラシック最有力候補の一頭だった。

『確かに……』

「まあそういうことだ。あいつの相手をするのはアイアンホースでもキツいってことだ。だけどお前だってマジソンやミドル相手に似たようなことをしているんだ。自信を持て」

『そう言えばそうだったな』

武田によってボルトが励まされ、ホープフルSを迎えた。

 

 

ホープフルS当日

 

中山競馬場。かつてこのレースはラジオたんぱ杯と呼ばれる重賞レースだった。マジソンの母父メジロブライトや、マジソンの父シンキングアルザオの最大のライバルであるアグネスタキオン等後にGⅠを勝つ馬がここを勝利した。

だがしかし朝日杯FSは無敗の二冠馬であるトキノミノルとミホノブルボン、ボルトの父アイグリーンスキーの同期の三冠馬ナリタブライアン等、現三歳クラシックを二勝以上あげる馬が多数いるのに対して、ホープフルSはドラグーンレイトのみであった。

 

【さあボルトチェンジ、独走体勢に入った! もう言葉はいらない、もう言葉はいらないぞ】

そのレースの最中、ボルトは非常に苦しめられた。

『わ、笑い死ぬ……』

そう、ボルトと同じ出走馬であるディープブリブリテが原因だった。ディープブリブリテという名前がツボに入り、大爆笑してしまい以降笑わないようにしていたが我慢するほど笑ってしまい、全力を出せないでいた。しかしそれでも独走するあたりボルトもマオウ同様に優れた競走馬である。

【ボルトチェンジ一着でゴールイン! お見事、一番人気に答えました……おっと、そのボルトチェンジですが何かあったのでしょうか?】

実況がボルトを見ると、ボルトがウイニングランを止め横たわっていた。

「どうした!?」

騎手の橘がボルトの異変に気がつき、その場を降りる。そしてボルトの声を聞いて安堵した。

『お、可笑しすぎて腹が捩れそうだ……なんだよ、ディープブリブリテって』

「なんだ……そういうことか。表彰式に出られるか?」

『それまでに戻す……くくく』

「表彰式までにはそれ止めておけよ?」

ボルトはそれに頷いた。

 

「いやぁ、お見事でした。橘騎手。今回は強い競馬を見せてくれましたね」

「いやいやまだまだ課題があります。今回のボルトはさほど調子が良いとは言えませんでした。先日のマオウと今日のボルトどちらか強いかと言われたら間違いなくマオウですね」

「調子が良ければ?」

「聞くまでもないでしょう」

「ソノ通リダ」

ボルトが京王杯二歳Sのように割り込み、答える。京王杯二歳Sと違うところがあるとするならボルトがさらに饒舌に答えているところだろう。

「え?」

「待ッテイロ、マオウ。オ前ニハ絶対ニ負ケネエ」

ボルトが立ち去り、唖然とする取材陣。

しばらくして硬直がなくなると取材陣があわただしく動いた。

「な、なんとぉーっ! 文字通りボルトチェンジがマオウに宣戦布告しました!」

この事態に各メディアやインターネット上では大騒然する事態となった。

 

 

 

【ヤラセ?】ボルトチェンジ氏、インタビューで割り込みマオウ氏に口頭で挑戦状を叩きつけた

 

1:お前らこれ信じられる?

 

 

2:いやいやないでしょ? 馬の体の構造上喋るのは無理だぞ? 声優かなんか雇っていたに違いない

 

 

12: ≫2 声優だけど同業者の中であんな声聞いたことない。あんな特徴的な声だったら覚えている

 

 

21: ≫12 ファッ!?

 

 

22:ところでボルトチェンジってどんな馬なん?

 

 

25:父がアイグリーンスキー、母アルパナ、母父キングカメハメハの超良血馬やで。

 

 

29: ≫25 改めて見るとすげえな。父親はちと古くさいステイヤーだが

 

 

36: ≫29 リーディングサイアーのシンキングアルザオはコテコテのステイヤーやけど

 

 

56:ボルチェンの強さわからんから、誰かボルチェンの動画貼ってクレイジー

 

 

62:つ『ボルトチェンジ京王杯二歳S、インタビュー込み』『ボルトチェンジホープフルS、インタビュー込み』

 

 

65: ≫62 サンガツ

 

 

73:ホープフルSもそうだが京王杯も強くね? あんなラストスパート早くて最後まで持つ馬ってゴルシくらいじゃない?

 

 

78: ≫73 マジだ。スパートがめちゃくちゃ早えw

 

 

82: 結局ボルチェンの声はどうなん? ヤラセなん?

 

 

86: ≫82 今、ボルチェンの関係者達全ての声を解析したけど違かった

 

 

89: ≫86 有能すぎワロタw

 

 

 

 

以降も掲示板は続く……




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青き馬、取材を受ける2

ようやく更新出来ました……


有馬記念。リセット等多数の有力馬がいないグランプリレースだが、それでもまだ有力馬は残っていた。

ラストダンジョンとクラビウスの二頭に、三歳クラシックのトライアルのレースを勝ち抜いてきた馬達だった。有馬記念直線でも二頭が叩きあいが繰り広げられる。それはかつて1977年の有馬記念のトウショウボーイとテンポイントの二頭を再現しているようだった。

【二頭の一騎討ちだ、サードメンタルとクラビウス、クラビウスが迫る、サードが逃げる、大外からラストダンジョンっ! 一着はサードメンタル! 二着は半馬身遅れてクラビウス、三着はラストダンジョンです!】

一着は三歳馬サードメンタル、二着は去年の菊花賞馬クラビウス、三着はラストランのラストダンジョンが入り有馬記念と今年の競馬は終わった。

 

そして年末。

 

最優秀二歳牡馬 マオウ(BCジュヴナイル、朝日杯FS)

最優秀二歳牝馬 ミドルチェンジ(阪神JF)

最優秀三歳牡馬 トーマ(NHKマイルC、安田記念、香港マイル)

最優秀三歳牝馬 リセット(牡馬三冠、JC)

最優秀四歳以上牡馬 ドラグーンレイト(ドバイシーマクラシック)

最優秀四歳以上牝馬 ガールズハート(ヴィクトリアマイル)

最優秀短距離馬 トーマ(NHKマイル、安田記念、香港マイル)

最優秀ダート馬 マオウ(BCジュヴナイル、朝日杯FS)

年度代表馬 リセット(牡馬三冠、JC)

 

年度代表馬を決める表彰式が行われ、マオウは2歳馬ということとGⅠ勝利数が2勝ということもあり、年度代表馬には選ばれなかったがボルトを押さえての最優秀二歳牡馬に選出された。そんなマオウに立ち塞がるのは三歳古馬混合のGⅠレースを食いつくしたリセット達20世代であった。

 

しかしあることが原因で話題は大きく変わった。スポーツ新聞はおろか、特番が組まれボルトチェンジは大きな話題になっていた。遠近感が狂ってしまう程に雄大な馬格──体重が国内GⅠ勝者としては最高体重──に加え、ボルトチェンジが不特定多数の人間と意志疎通が出来るということ、そしてそのボルトチェンジがマオウに挑戦状を叩きつけたことが原因だった。

 

「こちらがそのボルトチェンジになります」

「ドーモ、宜シク」

「さてボルトチェンジさん。宣戦布告したマオウについてですが今アメリカのクラシックレースに出走する予定らしいのですがどう思われますか?」

「奴ガ米国三冠ヲ制シヨウガカマワネエ。その時ハJCヤ有馬記念デ決着ダ」

「もしその前に引退してしまったときは?」

「GⅠノ勝利数やレコードノ数デ勝負スル。奴ガ作ッタレコードも俺ガ塗リ替エル」

「そう言えばボルトチェンジさんの今後のレースはどうするのですか?」

「基本的ニハ日本ノ三冠レース、皐月賞、日本ダービー、菊花賞ト、ソノトライアルレースダガ状況ニヨッテ変ワルト聞イテイル」

「聞いている?」

「テキ──調教師のこと、この場合武田晴則こと武田調教師──ノ方カラ聞イタカラソッチデ詳シク聞ケル」

「JCや有馬記念で決着を着けるとのことですが、現役最強のリセットやアブソルート等多数の競走馬も蹴散らすということで違いないんですか?」

「当タリ前ダ。ダガ、マオウハ現時点デ世界最強ダト俺ハ思ッテイル。マオウサエ倒セバ自然ト蹴散ラセルダケノ話」

「それでは最後にボルトチェンジさん、視聴者の皆さんに向けて一言お願いします」

「他ノ皆サンニハ申し訳ナイガ、俺ハ勝ツ。ソシテ三冠馬ニナッテ、マオウニモ勝つ!」

「ボルトチェンジさん、ありがとうございました。それではまた次回お会いしましょう」

取材が終わると、そこに現れたのは諏訪だった。

 

 

 

「諏訪チャン、何か用カ?」

「お前、俺のことをそんな風に呼んでいたのか……それにしてもこうしてコミュニケーションが取れるのは嬉しい限りだ」

「諏訪チャン、インタビューはアレで良カッタノカ?」

「まあいいと思うぞ。それでだ。お前の食事について何か要望ないか?」

「たんぱく質ノ多イ大豆ヲ大盛頼ム」

「ダメだ。スプリンターならともかくクラシックを歩む以上お前が無駄に筋肉つける必要はない」

スプリンターつまり短距離馬は速筋が発達しており、筋骨隆々である。タニノギムレットがスプリンターのような体型と言われたのもここに由来している。

「シービー、ルドルフ、マックイーン……イズレモマイラーと言ワレタ馬ダガ?」

ボルトの言う三頭はミスターシービー、シンボリルドルフ、メジロマックイーンのことであり三頭共に1600mの二倍弱の距離である菊花賞を制している。つまり彼らはマイラーでありながら長距離の菊花賞を制するスタミナを持っていた。

「お前は既にスピードはあるんだ。これ以上スピードを上げても史上最強の短距離馬にしかなり得ない。マオウがいない以上2400m以下の変則三冠レース──皐月賞、NHKマイルカップ、日本ダービー──はスピードを上げるまでもなく楽勝だ」

「……本当ダロウな?」

「ああ、少し気になるのはいるが余程のことがあっても鼻差で勝てる」

「鼻差ハ少し不安ダ」

「なら俺の言うことを聞いておけ。俺は自分自身の減量は下手くそだが馬に関する調整には自信がある。マジソンやミドル共に万全だっただろ?」

「ソレデモ勝てナイ時ハあるケドナ」

「マジソンはともかくミドルは仕方ない。マオウは桁違いだ。競走馬時代全盛期のディープインパクトに種牡馬生活を送っているフェノーメノと競走させるようなものだ」

「八百長ジャネエカ!」

「だろ? それくらい差があったんだ。マオウ陣営以外が朝日杯FSに出走する決意をしたのが不可解な位だ」

「……」

「でだ、調教が終わった後はこの動画を見ることになった」

「動画?」

「歴代の名馬達のベストレース特集だ。クリフジからリセットまである。この動画を見てお前のレースを確立させる」

「ソレハ武田ノオッサンノ役割ダロウ?」

「あの人にもある程度報告している。後はお前がやるだけだ」

「面倒ナコトヲ……ダガ、レコードを更新スル為ノスピードも速クシタイカラ頼ムゾ」

「善処する。ほら左前脚を出せ、掃除してやる」

この後ボルトは諏訪に滅茶苦茶綺麗にさせられた。




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青き馬、皐月賞トライアルレースに出走する

これでも早めに書き終わりました。更新遅れてサーセン。


時は流れ、弥生賞当日。中山競馬場にて大勢の観衆がパドックにいる一頭の馬を凝視していた。

 

白毛に近い芦毛の馬でもなけれぼ、美しさすらも感じさせる尾花栗毛の馬でもない。

パドックで二足歩行で歩き続ける青き馬、ボルトチェンジだった。

これ以上ないまでに目立ち、観客が思わずカメラを取り出しフラッシュを焚いてしまう。

「皆様、フラッシュを焚かないでください!」

注意が入るが観客達はお構い無しにフラッシュを焚きながらボルトを写す。本来このような行為は褒められるものではない。馬にとってカメラのフラッシュは人間が銃を向けられるのと同じようなものであり、恐怖そのものである。

しかし人間が銃口を向けられようとも慣れれば恐怖を感じないように、害がないことを予測していれば動じない。ボルトは明治時代以降の元人間なのでフラッシュに害がないことを知っており動じなかった。当たり前だが。

 

 

 

しかしボルト以外で動じない馬がいた。

 

その馬の名はカムイソード。この馬は父ロードカナロア、母父デュランダルであり、如何にも短距離向きの血統である。

 

父のロードカナロアは、世界最強スプリンターが集結する香港スプリントで連覇を果たし、年度代表馬にもなった日本史上最強スプリンター。

母父のデュランダルはGⅠ5勝馬ダイワメジャーと同じ配合──この場合父と母父が同じ馬同士のことをいう。ドリームジャーニーとオルフェーヴルは父がステイゴールド、母がオリエンタルアートと同じなので全兄弟と表される。オルフェーヴルとゴールドシップは父ステイゴールドと母父メジロマックイーンが同じだが、母が違うので同じ配合と表している。尚、母母つまり祖母が同じ場合は普通に従兄弟と表す。日本ではファレノプシス(桜花賞、秋華賞)とナリタブライアン(牡馬三冠)が有名──で、父SS(サンデーサイレンス)、母父ノーザンテーストと日本が誇る大種牡馬が血統表の中に入っている。

 

ノーザンテーストは有馬記念馬アンバーシャダイ、オークス馬ダイナカールを始め1970年代から1980年代まで活躍した名馬を多数産み出しており、母父としてもエアグルーヴ等を輩出している。

 

だが不思議なことにデュランダルが現れるまでこの配合はまるで大物が出なかった。オークス馬であり、TB(トニービン)との間に生まれた娘エアグルーヴもオークス馬となったダイナカールでもSS(サンデーサイレンス)との相性は悪く生まれた子供は大成しなかった。

その理由は単純に適性距離が合わなかったのが原因だった。SS、ノーザンテースト共に産駒が2000m以上の距離のクラシックで──それぞれの産駒であるジュニュインやギャロップダイナは一応マイルで活躍したが多数はクラシックを含めた中・長距離路線──活躍したこともあり、この配合ならクラシックでも活躍するだろうと思い込んでしまうのは当たり前のことだった。

 

この配合が活躍出来ないことを悟ったデュランダル陣営はデュランダルを短距離路線に移し、スプリンターズSやマイルCSで名前の由来となった名剣の切れ味の如くキレのある豪脚で差し切り優勝した。以降、この配合の馬達は短距離~中距離路線で活躍することになる。

 

そんなロードカナロアとデュランダルのスプリンターの二頭が血統表にあるカムイソードだが様々な事情で新馬戦にしては長い2000mに出走することになった。

 

血統がスプリントスプリントしているものの結果は大差を付け勝利。調子に乗った陣営は共同通信杯──トキノミノル記念とも──に出走登録。母父を彷彿させるように直線で最後方から豪快に差し切り、母父がスプリンターだった菊花賞馬キタサンブラックのようにクラシックに適性があると陣営は判断。マオウが海外で遠征していることもありクラシックに殴り込みに向かった。

 

「おいボルト、二足歩行は止めろ」

「良いデハないか、諏訪ちゃん」

「そうじゃなくてレースに支障が出る」

『仕方ないな』

そしてボルトが四本足歩行に戻し、普通に歩き始め、一人呟く。

『にしても、カムイソードってのはやりそうだな』

 

ボルトもカムイソードを警戒していた。ボルトの作戦は他の馬達の精神攻撃を仕掛ける為にわざと二本足歩行でパドックを歩き回っていた。その結果、カムイソードのような例外を除き馬達をイレ込むことに成功した。

 

『……あいつもか』

 

そしてもう一頭動じない馬がいた。ハマノシンキング。かつてボルトに新馬戦で舐めプさせられ、負けた馬である。しかしあの敗北がハマノシンキングを成長させ父や父の産駒であるマジソンティーケイを彷彿させる大物に成長していた。

 

『前哨戦とはいえ負けるほど俺は甘くないがな』

 

フラッシュに動じないボルト達が上位人気となり、ゲート入りが終わる。

 

【スタートしました! ハナに立ったのはハマノシンキングとボルトチェンジ。続いて──】

ハマノシンキングとボルトチェンジが先行し、その他の馬がそれに続いて最後方にカムイソードが並ぶ形になった弥生賞。しかしこの三頭を除いた馬に騎乗している騎手達は焦っていた。

 

「くそっ、大人しくなれ!」

 

それは馬がかかって──動揺し、無駄な動きが増えて体力を消耗すること──しまい、それを抑える為に折り合いを付けさせる為だった。しかし人間が道中で銃声や悲鳴を聞いてパニックになって収拾がつかないように騎手達が馬を落ち着かせようとも非常に難しく、むしろパニックにさせるだけであり悪循環が続いた。

 

その悪循環から逃れるには妥協しかない。無理に抑えても体力を無駄に使う為、いっそのこと逃げるハマノシンキングとボルトチェンジを抜かして楽に逃げようとした。

 

『だから甘いっての』

 

二頭に並んだところでボルトが競りかけ威圧する。ボルト以上に巨大な馬は、ばんえい競馬──荷物を引きずりながら走る競馬のこと。スピード重視のサラブレッドとは違う種類のパワー重視の馬がこの競馬をしている──の馬にしか存在しないくらい巨体であり威圧感がありすぎ、楽に逃げるどころか却って暴走するか、大人しく後退するかのどちらかだった。どちらにせよ直線に入る前に後退しざるを得なかったのだが。

 

『二度目は負けねえ!』

 

もう一頭の逃げ馬ハマノシンキングがボルトと並び競りかけ、二頭の一騎討ちが始まった。

 

【ハマノシンキングとボルトチェンジがここでスパート! そして三番手にカムイソードが上がってきた!】

 

その一方でカムイソードが徐々に差を詰め持ち前の末脚が炸裂。

【カムイソードがじわりじわりと二頭に迫る!】

 

カムイソードが二頭を捉え、差そうとしたその瞬間、地鳴りが響いた。

 

【ハマノシンキング後退、カムイソードとボルトチェンジの二頭の一騎討ちになったぞ!】

 

『な、なんて野郎だ……俺の脚は衰えている訳じゃないのにっ……!』

 

カムイソードとボルトチェンジの末脚が冴え、ハマノシンキングが脱落。ハマノシンキングはあくまでも長い脚を持たせる逃げ馬であり一瞬のキレで勝負するような追い込み馬ではない。

 

しかしカムイソードよりも前に走っていた分だけスタミナが喰われたのは事実であり、カムイソードに差される原因となった。

『ったく、確かに僅差で決着が着きそうだ。橘、行けるか?』

「おう、いつでもいいぜ」

そしてボルトが首を下げ空気抵抗を減らすとカムイソードを差し返したところでゴール。弥生賞は上位人気馬三頭が上位を占める結果となった。馬券的には美味しくもなんともない結末であった。

 

 

 

表彰が終わると武田と橘が取材を受け、ボルトは諏訪と話していた。

「で、どうだった? スピードよりもスタミナを鍛えてよかっただろうが」

「アア。今後ハスタミナ重視デ頼……本気カ?」

「どうした?」

「春の変則三冠、安田記念、宝塚記念……」

「だからそれがどうした?」

「今言ッタレース、俺のローテーションらシイ」

「……」

ボルトの言ったことが理解出来ず、諏訪が石像の如く固まった。




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青き馬の動向について揉める

二日間連続更新じゃぁぁぁっ!


「先生、一体どういうことですか!?」

 

諏訪が怒鳴り、武田を問い詰める。

 

「まあ落ち着け。諏訪」

 

「春の変則三冠に安田記念、挙げ句には宝塚記念なんて馬鹿げている!」

 

春の変則三冠。皐月賞、NHKマイルC、東京優駿の三つのレースのことで、それら全て制すると変則三冠馬と呼ばれるが過去に達成した馬はドラグーンレイトただ一頭のみである。

それ以外で変則三冠全てのレースに出走した馬の最高の成績はタニノギムレットでの東京優駿のみであり、キングカメハメハとディープスカイは皐月賞不出走という有り様だった。

 

尚、ディープスカイとドラグーンレイト以外の二頭は三歳時に故障しており、かなりハードのローテーションであることが伺える。

 

それに加え、東京優駿の次の週に行われる安田記念、春のグランプリレース宝塚記念に出走するというのだから気が狂っているとしか言いようがない。

 

「俺だって馬鹿けているとしか思えねえ。馬だけにな」

 

カラカラと笑う武田に諏訪が掴みかかるが武田はそれを払い、投げ飛ばした。

「諏訪、お前の気持ちもわからないでもない。だがマオウに勝つには色々な連中と戦って強くなるしかない。短い距離から長い距離まで全て対応出来るようにな」

「そんなことをする意味がないでしょう!」

「あるんだよ。春の変則三冠は三歳の様子を知れるが、安田記念や宝塚記念は三歳古馬混合のレース。20世代の連中にどれだけ通用するかを知るには一番良いレースだ」

「それだったらマイル戦の二つを削って下さい! あまりにもハード過ぎます」

「カムイソードがボルトに勝てなかったのはマイル戦じゃなかったからだと言われている」

「別に良いでしょう。マイルの舞台で何を言われようとも!」

 

「ボルトチェンジは本来スプリンターだ。それはお前も知っているだろうが。そのスプリンターにも関わらず短距離を避けると逃げたと思われる」

「しかしですね……今回カムイソードに勝ったのは距離がカムイソードにとって長すぎたから勝てたのであってマイル戦だとマオウ以上の末脚を発揮します」

「だからどうした。ねじ伏せれば良いだけだ。アイツは弥生賞で善戦したお陰か皐月賞とNHKマイルCに出走登録していてローテーションがキツいのは向こうも同じだ。タフネスなボルトがこれ如きで倒れるようなら種牡馬入りさせてやれ」

「あんた馬を何だと!」

 

「それに風間さんはな、あのときマイル戦に目を向けなかったのを後悔している」

「あのとき?」

「1997年のことだ。ボルトの親父が凱旋門賞三勝した後、マイルCSに出走登録してJCに出走するかJCに直接行くかのどちらか迷っていたんだ。結局伊勢先生の勧めもありJCに直接行くことになったが、マイルCSを勝ったタイキシャトルのファンに【タイキシャトルはマイル戦ならグリーン以上】と言われて続け、グリーンがあのときマイルCSに出走していたらと風間さんは後悔し続けているんだ。俺に期待のボルトを預けたのは伊勢先生にどれだけ頼んでも出来ないことをして貰いたいんじゃなかろうかな」

 

「……ちくしょう、付き合いますよ! 先生にああだこうだと言っても馬主がバックにいたんじゃ意味がない。勝ち目もありますしね」

「諏訪お前……」

「勘違いしないで下さいよ。カムイソードとの併せ馬の調教の日が皐月賞とNHKマイルCと被っただけなんですから。残りのGⅠレース、日本ダービー、安田記念、宝塚記念は強敵ばかりですから本気でやらないと勝てませんよ」

 

「そこだよな……ダービーはまだ良いとしてだ。安田記念には去年の覇者であり最優秀三歳牡馬のトーマと香港スプリントの覇者ロレアルゴーが、宝塚記念には香港国際レースを制した二頭が居やがる。幸いリセットは海外遠征に行っているから、かち合うことはないが厄介な奴らばかりだ」

 

香港国際レース。香港で行われる国際GⅠレースである香港スプリント、香港ヴァース、香港マイル、香港カップの4つのレースのことでありトーマ達20世代の4頭が去年日本馬による完全制覇を成し遂げていた。

 

「でも勝てないということはないでしょう?」

「無論だ。もし安田記念や宝塚記念にリセットが出走登録していたら全力で止めた。今のボルトにあいつは勝てん」

 

 

 

「そう言えばマジソンは宝塚記念どうなるんですか?」

「マジソンは今年の春の天皇賞の結果次第だ。負けたら引退だ」

「メジロマックイーン、フェノーメノですら成し遂げられなかった偉業の挑戦ですか」

メジロマックイーン、フェノーメノ共に天皇賞春を連覇し三年連続で天皇賞春に出走登録していた。しかしメジロマックイーンはライスシャワーに阻まれ、フェノーメノは出走前に引退した。

 

「俺の最大の相棒、アイグリーンスキーも忘れるな。馬鹿たれ」

 

武田はアイグリーンスキーの主戦騎手であり、JCを三連覇した後、天皇賞春の三連覇に気合いを入れていた。しかし故障していることが判明し、天皇賞春には間に合わず出走するには宝塚記念まで待たなければならなかった。

 

「……でしたね。そういえば先生、最近フェノシン配合ってのが流行っているらしいんですが」

「フェノシン配合? ステマ配合──父ステイゴールド、母父メジロマックイーンの馬達のことであり、オルフェーヴルを始め数多くのGⅠを勝利してきた──の亜種か?」

 

「ええ。父フェノーメノ、母父シンキングアルザオの配合です」

「そりゃまた運命だな」

 

武田がそう発言した理由はフェノーメノはステイゴールド産駒であり、シンキングアルザオはメジロマックイーン産駒であることに理由がある。ステマ配合は父ステイゴールド、母父メジロマックイーンの配合であるのに対してフェノシン配合は父父ステイゴールド、母父父メジロマックイーンである。ステマ配合を父母ともに一代遠くしたのがフェノシン配合の最大の特徴であると言える。

 

「調整こそ難しいんですがシンザン記念を勝ったラージモンスターを始め、いずれも素質馬ばかりでスタミナ勝負に滅法強いですよ」

「カムイソードがいなくなってもダービーや菊花賞の舞台で厄介な相手がいるな。フェノシン配合はマークしておこう。諏訪、スプリングSわかるか?」

「はい。今のところ、スプリングSの有力馬はそのフェノシン配合のラージモンスター、ディープブリランテ産駒のディープブリブリテが挙げられます」

ここにボルトがいたら大爆笑するであろう馬、ディープブリブリテ。彼の名前には一悶着ある。

ディープブリブリテの馬主は、ディープブリブリテに当初フェアリーブリランテという名前を名付けようとしていた。しかし競走馬の名前はカタカナ9文字、英文字18字以内でなくてはならずフェアリーブリランテではカタカナ10文字となり登録出来なかった。そこで父ディープブリランテの名前を洒落てディープランランテと登録した筈であった。

しかしその馬主の字があまりにも汚くディープブリブリテと解読されてしまった。名前をつけ直そうにもつけ直すことは出来なく、ディープブリブリテという名前になってしまった。

 

何にせよボルトからしてみれば天敵である。

 

「流石だ。よく知っているな」

「そりゃこの業界にいる身ですから」

「……諏訪、耳を貸せ。ここからはボルトの弱点を話すことだ」

武田が真顔になり諏訪の耳元に口を寄せる。

「何でしょうか?」

「実はな、ボルトの弱点はそのディープブリブリテなんだ」

「どういうことですか?」

「ボルトに聞いたら名前がおかしくて笑ってしまい、力を発揮できないらしい。それを克服させてほしい」

「わかりました。もし皐月賞でやられたら堪ったものじゃありませんしね」

こうしてボルトに新しい調教メニューが加わった。

 

 

 

そうとも知らないボルトはマジソン達と談笑していた。

 

『ボルト、弥生賞制覇おめでとう』

『おめでとうボルト!』

ミドルとマジソンがボルトの弥生賞制覇を祝い、そう声をかけた。

 

『ミドルそういうお前だってチューリップ賞制覇おめでとう』

『ありがと。後は先輩の阪神大賞典だけね』

『阪神大賞典そのものに不安はないが問題は本番だ』

『天皇賞か』

『そうだ。親子三代による天皇賞春連覇は去年成し遂げた。残る偉業は三連覇だけだ。この偉業は誰にも成し遂げてねえ。それだけに俺をマークする連中が増える』

 

『まあな。誰だってマークするリセットやアブソルートも例外じゃない』

『アブソルート、アブソルートで何か忘れているような気がするんだが……何かあったけか?』

『アブソルートがリセットに負けて、アブソルートの馬主がリセットの馬主、調教師、騎手に計15億円払うとか払わないとかそんなトラブルじゃない?』

『それだ。馬主がいうにはノーカンとか言って凄い揉めているって話だったな』

『そりゃハナ差で決着が着いたからな。ウオッカとダイワスカーレットの天皇賞秋、スペシャルウィークとグラスワンダーの有馬記念くらいには揉めるだろう』

 

ボルトが例えで出したその二つのレースは今でも二着の馬の方──つまりダイワスカーレットとスペシャルウィークが先にゴールしていると言われるくらいの差であり、ファン達からは擁護され、アブソルートもまた同じように擁護されている。

 

『そう言えば、競馬場の客がそれで揉めていたな』

『マジソン、阪神大賞典頑張ってくれよ』

『おう』

マジソンティーケイはその後阪神大賞典で逃げ切り優勝。ゴールドシップ以来となる阪神大賞典三連覇を成し遂げた。




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追記

ディープブリブリテという馬名について
馬名を決める際に放送禁止用語や名馬に酷似した名前、性別がわからなくなる名前──例えば牝馬にミスターと名付ける──は審査に弾かれ、通常は却下されますがフィクションなので通過したという設定にしています。


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白い魔術師、三度目の阪神大賞典

阪神大賞典。芝3000m、阪神競馬場で行われる重賞レースである。このレースを制したものは天皇賞春をも制するとまで言われている。

その理由は天皇賞春の距離に最も近く、超長距離レースであるからだ。一昨年と昨年の覇者マジソンティーケイを始め、数多くの天皇賞春を勝ち鞍にしている名馬がこのレースを制覇している。無論大阪杯など別のステップレースから天皇賞春を制することもあれば直接天皇賞春を制することもある。

しかし本気で天皇賞春を制する気があれば距離が近い阪神大賞典を選択する。それをしない場合は調整に自信があるか、出走することによるデメリットが目立ち過ぎるか、賞金や怪我等の関係から出走出来ないかのいずれかである。

 

マジソンも天皇賞春に向けてこの阪神大賞典に出走していた。

 

【さあマジソン、ゴールドシップ以来同重賞レース三連覇なるか? 】

マジソンが逃げ、それを他の馬が追いかける。いつものレースだが、面子はかなり異なり、マジソンを追い詰める馬は全てリセット達の同期つまり20世代の馬だった。マジソンと20世代達の間の世代、つまり5歳馬は皆無でありマジソンが最年長であった。

【逃げるマジソン、追い詰める20世代! 去年の有馬記念馬が襲ってくる!】

有馬記念馬、サードメンタルがマジソンを捉え、交わした。

『まだだおらぁっ!』

しかしマジソンは更に競り合い、サードメンタルを差す。

『てめえに負けたら俺はあいつらにあわせる顔がねえんだよ!』

そしてマジソンがサードメンタルを差しきったところでゴールインし、それまでの20世代の重賞連勝記録を阻止。まさしくマジソンの意地だった。

 

『どうだ、見たかこの野郎ども! 俺様の走りを見やがれぇぇぇっ!』

マジソンが嘶き、そのままウイニングラン。通常ウイニングランは重賞レースでもGⅠレースのみであり、重賞レースで行った例はサイレンススズカの毎日王冠くらいのものである。しかしあの時は通常のGⅠレース、いやそれ以上のメンバーが集結していただけでなく観客もGⅠレース以上に賑わっていたからウイニングランをしても違和感がなかっただけで、今回行われたレースはそれよりも劣る普通のGⅡレースと変わりない。むしろ昨年度の年度代表馬リセットがいない分観客は盛り上がりに欠けていた。

 

故に係員がマジソンを捕まえるのは極当たり前のことだった。

『あっ、スーパースターである俺に何をするっ!?』

係員に連行されるのを嫌がるマジソンを見た観客達はある馬を思い出していた。

 

 

 

ゴールドシップ

戦績 28戦13勝

主な勝ち鞍 宝塚記念連覇、グランプリ連覇、天皇賞春、皐月賞、菊花賞

GⅠ6勝、それも必ず年間でGⅠを1勝以上していた正真正銘名馬であり種牡馬であるが。彼の場合は癖馬──ようは問題児としてかなり有名である。とは言っても祖父SS(サンデーサイレンス)や父ステイゴールドのように草食動物とは思えないほど荒い訳ではない。やることが人間のイタズラっ子そのもので我が儘。彼の気性を表すエピソードとして以下の事が挙げられる。

 

三度目の挑戦となった天皇賞春ではゲート入りを嫌がり目隠しをされようやく出走した挙げ句勝ってしまう。

三連覇がかかった宝塚記念では謎のダンスで120億の馬券を無駄にさせる。

引退式ではゴネまくり遅らせる。

セクハラを後ろ蹴りで撃退。

 

とこのように彼の気性を表すエピソードは多数ある。

 

そう、今のマジソンはゴールドシップそのものであり我が儘言いたい放題で、人々はそれを重ねていた。

『ちくしょぉっ! ウイニングランをもっとやらせろぉぉぉっ!』

嫌々連れていかれるマジソンが咆哮する姿はまさしくゴールドシップそのものであった。そして同時にメジロマックイーンを血統表しか知らない人々は「ゴールドシップとマジソンティーケイの祖父──前者は母父、後者は父父──であるメジロマックイーンの気性はこんな感じだったのか」と思うようになった。あんまりである。

 

 

 

その頃、ドバイでは日本馬が次々と快挙を成し遂げていた。

【アルクォズスプリントを制したのはトーマ!】

【UAEダービーを制したのマオウ! ケンタッキーダービーに向けて死角無し!】

【ドバイターフを制したのはゴールデンウィーク! マイルの舞台でも勝った、中距離専門馬とは言わせない!】

【トロピカルターボ先頭でゴールイン!ドバイシーマクラシックを勝ったのはトロピカルターボだ!】

マオウやトーマ達20世代が次々とドバイの重賞レースを食い散らかす。それを見たドバイやその他海外の国々の競馬関係者や競馬ファン達は悪夢に頭を抱える。尚、ドバイの国際レースではないがジ・エベレストも日本馬のロレアルゴーが勝利しておりスプリント路線でも日本馬が先を行っていた。

 

 

 

そして日本馬達がもう一つのドバイのGⅠレースに出走登録していた。

 

ドバイWC。ヴィクトワールピサが制して以来、日本馬による勝利は皆無である。しかしリセットを始めドバイWCに出走する日本馬が4頭も出走していた。

【マオウにこそ昨年度の最優秀ダート馬の座を譲ることになったユキオシンキングですが、東京大賞典を勝っています。マオウを除いた昨年度の日本のダート最強馬がどのように走るのか期待がかかります】

芦毛が特徴のシンキングアルザオ産駒が姿を現すと現地の人々はその姿を見て感心すらしていた。馬体、気性が完璧でありため息をこぼすほどであった。

 

【今年になって頭角を表し始めた川崎記念及びフェブラリーSの勝者、サンキューファルコ】

そして再び驚愕の声が響く。またしても芸術品のように完璧な馬体であり、興奮する画家が多数現れ日本馬二頭をスケッチし始めた。

 

【東京大賞典二着ながらもマクトゥームチャレンジラウンドⅡに挑戦しドバイ勢を抑え勝利したハマノグレネード。】

そしてもう一頭、日本馬が現れると期待した以上に馬体が完成されており、その姿はまるで翼を収納した天馬のようだった。

 

【マクトゥームチャレンジラウンドⅢを大差で勝った日本史上最強牝馬リセット。本日は屈辱の二番人気、しかし先頭に立つのはやはりこの馬でしょう】

 

最後の一頭は期待外れ。丸太のように太い腹に汗をセントサイモンの如く流し常に入れ込んでいた。いくら無敗馬とはいえこの入れ込み具合では二番人気になるのは極当たり前のことであった。

 

【一番人気はこの馬。前走ペガサスWCを勝利した欧州三冠馬アブソルート。昨年度のケンタッキーダービー馬を25馬身差で千切ったその脚が炸裂するか?】

 

一番人気になったその馬の名前はアブソルート。前前走のJCこそリセットに鼻差で敗北した──尚、陣営は地元贔屓と供述している──が前走ペガサスWCで歴史的大差を挙げ、芝よりもダートに適性があると見なされて一番人気に支持された。

 

 

 

そんなこんなでゲート入りが終わり、ドバイWCが始まろうとしていた。

【世界最強決定戦となるドバイWC、スタート!】




後書きらしい後書き
サブタイに青き馬と書かれていない理由はお分かりかと思いますが主人公ことボルトチェンジが登場しないからです。代わりに白い魔術師ことマジソンがサブタイになりました。次回も主人公が出るかどうかわかりませんのでご了承下さいますようお願いします。

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青き馬、三び唖然とする

これの派生二次小説
ウマ娘プリティーダービー~青き伝説の物語~
https://syosetu.org/novel/178040/
始めました。


【まず飛び出していったのは我らが日本のエース、リセット。それをマークするようにアブソルート、5馬身ほど離れてハマノグレネード、ユキオシンキング、そこから離れてサンキューファルコと続いています】

『アブソルート、本当にどんな形でもやれるんだな……』

アブソルートの得意レースは祖父(アイグリーンスキー)(カーソンユートピア)から遺伝された、大逃げから追い込みどんな展開でも対応出来る自在脚質から生まれる変幻自在のレース。通常の馬であれば自在脚質はこれと言った勝ちパターンのない脚の持ち主と思われ、意表をつくには良いが器用貧乏であることが多い。

しかしアブソルートは違う。それこそ稀代の逃げ馬と同じように逃げることも出来れば、洋芝でラスト3F33秒を叩き出す追い込み馬にもなる。

どんな展開でも対応出来るのではなく、どんな展開でも超一流の名馬になる。それがアブソルートという競走馬だ。

 

【っとここでアブソルート下がりました。大丈夫なんでしょうか?】

カーブに差し掛かる前にアブソルートが後退し、二馬身、三馬身とリセットから離れていく。その様子を見た観客達は騒然とした。

『何を考えてやがる?』

ボルトもそれを不審に思い、アブソルートを見るが、その前にリセットが仕掛け、アブソルートを除いた馬が全頭ヨレた。

 

【ここでアブソルートとは逆に早くも仕掛けたリセットが他馬を千切りにかかりました!】

『まさか、アブソルートの野郎これを読んでいたのか?』

アブソルートの動き、それはリセットが第三者視点でも気づかないほど自然とペースを早めたのを完全に見極めた動きそのもので、リセットを研究しつくた証拠でもある。

『完璧だ……!』

【さあ、アブソルートがここで仕掛けてリセットを捉えに行った行った!】

アブソルートとリセットの一騎討ち。片や大逃げの無敗三冠馬。もう片や歴代最強の変幻自在の欧州三冠馬。その二頭の対決に歓声が沸き上がる。

『もう二度と負ける訳にはいかねえんだ……!』

アブソルートの声がボルトの耳に届き、先頭のリセットではなくアブソルートに注目するとアブソルートがリセットを差した。

 

「ウソダロ?」

【アブソルート! アブソルート先頭!】

アブソルートが先頭に立ち、リセットを突き放していくとアブソルートファンが歓喜、リセットファンの全員が悲鳴をあげる。

『私だって負ける訳にはいかないのよぉぉぉっ!』

リセットを突き放そうとしたのも束の間。リセットが最後の悪あがきと言わんばかりに末脚を発揮。後続の馬達を更に突き放し、アブソルートに一馬身差まで迫る。

【アブソルート! アブソルートが先頭で──】

アブソルートがゴールしようとしたその瞬間、そのレースを見ていた全員が目を見開いた。

【な、なんとリセットが飛んだーっ!!】

リセットが跳び上がり、アブソルートよりも早くゴールイン。まるでアニメか物語のように差しきったリセットの姿を追いかけるとリセットがバランスを崩し、よろける。

 

『ぐっ!』

【あっ! リセットバランスを崩しましたが大丈夫何でしょうか!? 柴又騎手が降りて様子を伺っています】

『おいおい……リセットも絶対転生者だろう』

リセット転生者疑惑がボルトの中に渦巻くがそんなことはお構い無しにドバイWCの勝者が決まった。

 

 

 

【ドバイWCを勝ったのはリセット! ヴィクトワールピサ以来の快挙です! 時計は1分56秒90……!? 凄すぎるぞ!】

 

1分56秒90というタイムはドバイWCのレコードタイムを遥かに上回るタイムであり、馬場がAW(オールウェザー)ではなくダートと判定されていれば世界レコードを更新していただろう。

 

 

 

【ここで騎手の柴又騎手にインタビューをしたいと思いま……あれ? 何故かリセットがこちらに向かって来ます!】

 

カメラが変わり騎手にインタビューをしようとするとリセットがそのカメラに近づき、口を開いた。

 

「ボルトチェンジ聴いていル? あンタが喋って話題になっていルけど、喋られルのハあンタだけじゃナイわよ。無敗で春の三歳クラシック二冠以上制しタラ相手にしてあげルワ」

 

 

【な、なんと! ボルトチェンジに続いてリセットがインタビューしてくれました! 明日の朝刊間違いありません!】

『マジで転生者なのか、あいつは?』

ボルトの呟きに答えるものはこの場で誰もいなかったが、後日新聞記者達が問い詰めることになる。

 

 

 

~2001年~

 

大阪杯。かつて産経大阪杯と呼ばれていた時代に伝説を築き上げたオグリの仔がいた。その馬の名前はヘレニックイメージ。後に天皇賞秋を勝つ馬だがこの時、彼は皐月賞、菊花賞二着、日本ダービー有馬記念三着を取れる実力がありながらもタイトルを勝てない、所謂無冠の帝王と呼ばれるような馬だった。

 

しかし京都記念で一世代上の菊花賞馬ナリタトップロードや同世代のダービー馬アグネスフライトを置き去りにし勝利した。この勝利により自信がついたヘレニックイメージ陣営はオペラオーのいる産経大阪杯と挑んだ。

 

【まだヘレニックに余裕があるぞ! 年度代表馬テイエムオペラオーはまだ馬群の中! 二冠馬エアシャカール届きそうにない、大外トーホウドリームが突っ込んでくるが二着争い! ヘレニックイメージ余裕でゴールイン! 二着にはトーホウドリーム、三着にエアシャカール! オペラオー敗れる!】

 

結果はヘレニックイメージの完勝。同期の二冠馬エアシャカールはおろかシンボリルドルフ以来満票で年度代表馬のタイトルを獲得したテイエムオペラオーにも日本レコードのおまけ付きで勝ってしまった。その上前走負かしたナリタトップロードが阪神大賞典でヘレニックイメージ同様にレコードを更新していた為にヘレニックイメージの評価は急上昇。

 

去年のオペラオーのような覇道を突き進むかと思いきや天皇賞春は長すぎる為、陣営はヘレニックイメージを金鯱賞に出走させる。

結果は大差で優勝し、宝塚記念へと挑むがメイショウドトウとオペラオーの三着に敗れ、その後、ヘレニックイメージは幾度もGⅠに挑戦するも全て掲示板こそ確保するも2005年の天皇賞秋を勝つまで一度もGⅠを勝利することはかなわかった。

 

だがそれ以上にヘレニックイメージが世間を驚かせたのは2012年末まで現役を続行しかつ産経大阪杯を12連覇したことだ。

何故ならばヘレニックイメージが最後に産経大阪杯を勝利した年齢は満年齢15歳であり人間年齢に換算すると47歳相当にあたり、陸上選手が30年間特定のレースで他の選手に負けることがなかった上に、他のレースでも最前線で戦ってきたのと同じことであり、産経大阪杯が今までGⅠ競走になれなかったのはヘレニックイメージが勝ちすぎたのが原因の一つとも言われている。

 

 

それから20年が経過した現在、20世代のタチノフーム達に一矢報いらんと言わんばかりにドラグーンレイト世代のクラビウスが立ちふさがった。

 

【さあここでクラビウス、先頭! これは凄い! タチノフームは全く伸びない! クラビウス勝利の美酒ーっ!】

クラビウスが、京都記念を勝ったタチノフームを始めとした20世代に大差をつけ勝利。世間はマジソンとクラビウスを認め始め、天皇賞春の本命または対抗に挙げるようになった。




後書きらしい後書き
大阪杯云々の部分は何年も前に書き上げていたんですが、今日漸く解禁しました。

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青き馬、予想外

はいどうもお久しぶりです。今回は掲示板要素がございますので注意して下さい。


ドバイWCを制したリセットが割って入るようにボルトを煽ったその翌日。掲示板では騒然とし、一時パンクするほどリセットの話題が取り上げられた。その一部を記載する。

 

 

 

【朗報】リセット氏、ボルトチェンジ氏に続いて人間の言葉を話す

 

1: お前らこれ信じられる?

 

 

2: またかよ……今度はマオウが喋りそうな気がする

 

 

5: ≫2 フラグが立ちました。本当にありがとうございます

 

 

12: リセット伝説一覧

・全てのレース出遅れても勝てる

・しかも全てレコード

・リセットが引き離そうとしただけで他の馬がビビって後退する

・他の馬が完璧な状態なのにボテ腹にしているのはハンデ

 

 

19: ≫12 最後のはともかく、他のは真実なんだよな……

 

 

21: ところでリセットってどんな馬なん?

 

 

22: 皐月賞、日本ダービー、菊花賞、JC、そして先日ドバイWCを勝った女の子やで

 

 

29: ≫22 良く牡馬三冠取れたな

 

 

36: ≫29 そもそも牝馬が牡馬混合の三冠の内一つでも制すること自体異例なんだよな。つい最近ダービーを勝ったウオッカにしたって10年以上も前だし

 

 

37: そのウオッカにしたって相手が弱かったから制することが出来たからな。リセットは後のGⅠ馬相手に勝っているから余計に強く感じる

 

 

39: ≫37 ドリームジャーニーのことも思い出して下さい

 

 

40: ドリジャはオルフェが皐月賞で人気を落とすくらい東京苦手だったからしゃーない

 

 

53: そう言えばリセットの血統ってどんなん?

 

 

55: ≫53 父ファイナルキング、母ゲームセット、母父ダイワメジャー

 

 

58: ≫55 サンガツ

 

 

59: 改めてみると酷い血統だw 和製シアトルスルー?

 

 

62: 馬体評価サンデーサイレンス、血統シアトルスルー、レース内容セクレタリアト

 

 

65: ≫62 アメリカの馬ばっかw まあそうとしか言い様がねえけど

 

 

66: ≫65 せやな

 

 

73: おい、お前ら。誰も突っ込んでないけどリセットって、○○バオーの真似だよな

 

 

74: あ゛っ!?

 

 

75: あ゛っ!?

 

 

76: ≫73 あれはどちらかというと○ガロゴスの方だから……

 

 

77: ≫76 んなことはぁ、どうでも良いんだよ! 問題はリセットの脚は無事なのかって話だ

 

 

78: ≫77 普通の馬だったら予後不良になってもおかしくないけど、サラブレッドとは思えないほど骨太で丈夫な為か怪我はしなかったらしい。一応念の為、帰国して秋天まで休養を取るとのことだ

 

 

80: ≫78 有能すぎワロタw

 

 

 

以降も掲示板は続く……

 

 

 

 

掲示板に書かれたようにリセットは骨折こそしなかったが安全の為に半年以上の長期休養を強いられ、復帰レースは天皇賞秋と定められた。

 

それを聞いたアブソルート陣営は邪魔者がいなくなってレースを制する確率が高くなったことに対する喜び半分、ライバルがいなくなって名誉挽回するチャンスが減った悲しみ半分という複雑な感情だった。

 

 

 

「アブソルート、どうやらこれからの海外レースは凱旋門賞までお前が主役のようだ」

『であろうな』

「随分あっさりしているな」

 

『あの女がいない今、あやつを最も追い詰めた馬である某が主役になるのは必然のこと。主役の座を奪い取られるとしたらあの女が復活した時か、某が別の馬に負けた時のみよ。逆に言えば某が勝ち続けることであの女へと手土産となろう。二回負けても最後に勝てば我が祖父アイグリーンスキーがラムタラと同格と認められたように世間が某を認めるようになる。それまでのローテーション任せたぞ』

 

「そのことなんだがアブソルート、リセットはお前よりも下の世代の日本馬をライバル視しているようだ」

『なんだと?』

「どうだアブソルート。その馬と戦ってみないか?」

『良いだろう。但し調教相手とかはなしだぞ?』

「その心配はない」

アブソルートの厩務員がそう笑みを浮かべ、その場を後にする。

 

 

 

その数日後、アブソルートが宝塚記念に出走登録をしたことが日本国内で大ニュースとなった。

 

 

 

「まさかこんなことをしてくるとはな、頭痛えな」

武田が頭を抱え、その新聞記事を握りしめる。

『で、どうするんだ? 風間さんに説得しにいくのか?』

「その事について今朝電話があった。必ず勝てと一言だけな」

『おいおい休む暇すらねえな』

 

「風間さんの横暴は今に始まったことじゃない。ヘレニックイメージを利用して大阪杯のGⅠ昇格を今年になるまで阻止したことを始め、結構……いやかなり我が儘な人なんだ」

『それを我が儘で済ませるか?』

 

「あの人は黒い噂が絶えないからな。キャバクラ嬢を利用してインサイダー取引をしたとか、目的の為なら本職染みたことだってやっているんだ。下手したらその本職ですら手も足も出ないかもしれない」

 

『そんな黒い噂が絶えない奴を馬主登録させてもいいのかよ?』

 

「疑問に思った調査員が何度も調べても何も出なかったからな。あくまで風間さんの黒い噂は噂でしかないという結論に達している。実際に暴力団関係者の弱みを握っているだけで向こうからちょっかい出してこない限りは直接関わらないしな」

『向こうからちょっかい出してきたら関わるのかよ』

「それはそうだ。風間さんにとって馬主業は最大の娯楽だ。それに手を出したバカどものの後始末をするのは当たり前のことだ」

 

 

 

『ビジネスじゃなく娯楽でやっているのかあの人は』

「そうだ。そもそも競走馬の内新馬戦を勝つ馬は6~12頭の中から一頭のみで、17%以下だ。単純計算でも年に1万頭生まれたとするならそのうち1700頭以下しか勝てないんだ。実際にはゲート審査だの気性が荒いだのと様々な理由で競走馬にもなれない奴らがいるからそれよりも数が少ないのは火を見るより明らかだ」

『確かに……』

「そんな低確率の馬主業をこなすには娯楽と捉えるしかない。金を使うことが前提なんだ。ビジネスでやっているような馬主は色々と考えて過ぎて絶対に撤退することになるらしい」

 

『じゃあ、何で俺のローテーションをあんなにきつくするんだよ』

「ボルト、お前当歳の時に脱走しただろう。その際に止める牧場スタッフを引きずり回したのを風間さん見ていたんだぞ。アレくらいのことを仕出かす馬なら春の3歳クラシックと古馬混合レース勝てるだろうと読んだらしい」

『過大評価も嬉しくねえな。例年だったら確かに出来なくもないが、今年の春の三歳クラシックはカムイソード、安田記念はトーマとロレアルゴー、宝塚記念はアブソルートだぜ。どれか一つ落としそうで怖くて仕方ねえ』

「これも自業自得だ。諦めてGⅠ競走5連勝を飾ろうぜ」

武田がそう言ってボルトに優しく触れ、ボルトは仕方ないと言わんばかりにため息を吐いた。




後書きらしい後書き
風間のエピソードがとんでもないことに……どうしてこうなった?


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青き馬、皐月賞に出走する

ようやく投稿出来ました。


牝馬限定GⅠ競走。つまり牝馬のみが出られるGⅠ競走のことで日本では阪神JF、桜花賞、優駿牝馬、秋華賞、ヴィクトリアマイル、エリザベス女王杯が挙げられる。その内、桜花賞、優駿牝馬、秋華賞の三つのレースは牝馬三冠と呼ばれるレースで三歳牝馬のみが出られるGⅠ競走であり古馬は出走することが出来ない。

 

しかし牡馬牝馬混合のGⅠ競走は国内だけでも17個もあり、牝馬限定GⅠ競走が7つであることを考えると牝馬限定GⅠ競走が余りにも少なく感じてしまう。

 

ボルト達の馬主である風間はその点を指摘し、JRAに牝馬限定GⅠ競走の数を増やす──具体的には春古牝馬三冠、または秋古牝馬三冠が出来る──ように呼び掛けているが暖簾に腕押し。

その理由は至って単純で牝馬が牡馬に決して劣る存在ではないからだ。

 

クリフジ以降、牝馬は競走馬として活躍出来ない。そのイメージが付着したのは牝馬三冠の称号を最初に獲得したメジロラモーヌである。メジロラモーヌが有馬記念で惨敗し「牝馬は牡馬には敵わない」というイメージがついてしまった。

 

一応マイルCSでタカラスチールやパッシングショットが牡馬を打ち負かしているのだが、当時のマイル戦は評価が低かっただけでなくタカラスチールは一度きりのフロック、パッシングショットはオグリキャップ不在のレースであり評価が別れてしまった。

 

 

 

牡馬に敵わないというイメージが払拭したのは94年。ヒシアマゾンが有馬記念等で牡馬と互角に戦えることを証明したことから始まり、97年にはエアグルーヴが牡馬牝馬混合のGⅠ競走である天皇賞秋を制覇し、98年にはシーキングザパールが海外の牡馬牝馬混合のGⅠ競走モーリス・ギース賞を制覇、そして遂にはウオッカが日本ダービーを制覇してしまい、牝馬は牡馬に劣らないことを証明してしまった。それ以降も牝馬は1000mから2500mまでの距離で活躍し続けている。

 

もし、彼女達がいなければ牝馬を競走馬として活躍させる為に牝馬限定のGⅠ競走を増加することをJRAが検討したかもしれない。

 

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

そのように牝馬のレベルが牡馬に近づいてきた日本競馬で牝馬三冠は皐月賞、日本ダービー、菊花賞の牡馬三冠──牡馬三冠と表しているのは牡馬のみが挑戦出来る三冠である為──と比べると前座のような扱いでも劣る存在ではない。分かりやすく例えるならボクシングのミニマム級世界チャンピオン防衛戦がヘビー級の8回戦の前座であるようなものである。

 

それ故に牡馬三冠に牝馬が挑戦することが少ないのも事実であり、牝馬は牝馬三冠に挑戦するのが当たり前であり昨年牡馬三冠に挑戦したリセット陣営が異常なだけである。

 

そんな牝馬三冠の最初のレース、桜花賞は1600mと距離が短く、マイラーの多い牝馬からしてみればある程度実力があれば手に届くレースといえる。その桜花賞が今、最大の賑わいをもたらしていた。

 

【二歳女王か、新勢力か!】

 

桜花賞、最後の直線。競馬初心者にとって最も見ごたえのある場面がこの直線である。応援している馬が逃げ切るかそれとも差し切ってゴールするかが観客に取って何よりも知りたい情報である。

 

特に近年は直線でよーいドン、つまり一瞬の切れだけで勝負するレースが多くなりこの直線だけで決まるレースが多くなってきた。

緩急入り混ぜてレース全体で翻弄するマジソンティーケイのお陰で牡馬牝馬混合のGⅠ競走はそうならずに済んだがマジソンのいないレース、特に牝馬限定のレースはマジソンが確実に出られないことや牝馬の持ち味が末脚にあることもあり、その傾向が特に強い。

 

【ミドルテンポだ、ミドルテンポがまとめて交わした!】

『速いな……おい』

【桜花賞を制したのはミドルテンポ! やっぱり二歳女王は強かった!】

ボルトの同厩舎の競走馬ミドルテンポがその傾向が強い桜花賞を制した。

 

 

 

『幸先の良いスタートだな、なぁボルト?』

ボルトチェンジの隣でそうからかう競走馬は阪神大賞典三連覇を果たしただけでなく三度目の阪神大賞典を大笑点させたマジソンティーケイ。同じ祖父を持つゴールドシップに似てきたのはやはりメジロマックイーンの血が強かったからだろう。

 

『これで天皇賞春でこけたらゴールドシップの再来と呼んでやるよ』

『馬鹿言ってないでてめえは皐月賞に備えておけよ。なんなら皐月賞馬の先輩としてアドバイスしてやろうか?』

『確かに無敗で皐月賞を制した競走馬のアドバイスはありがたいが、この程度で躓く程度なら俺は所詮それまでの馬だったってことだ』

 

『よく言ったボルト。それでこそあの風間さんが期待している馬だ。皐月賞くらいは楽勝だが油断はするなよ』

『当たり前だ。カムイソードやディープブリッ──ぶはっ!』

ボルトが吹き出し、一時呼吸困難に陥るがどうにか呼吸を整えて正常に戻る。

『やっぱりディープブリブリテは天敵だ……不意討ちに名前が出てきたら吹き出してしまう』

『ディープブリブリテ』

『ぶごはっ』

マジソンの不意討ちにボルトが再び吹き出す。しかし呼吸困難には陥るほどではなかったのが幸いし、すぐに笑いを治める。

『マジソンてめえ……』

ボルトがマジソンを睨み付け、火花を散らせる。

 

「そこまでだお前達。他の馬が脅えるだろう」

『マジソン、後で覚えておけよ。具体的にはヅカでな』

『宝塚記念でか。そのときは王者として──』

『宝塚記念で王者として迎えられると思っているのか? 俺が宝塚記念に出る時は皐月、マイルC、ダービー、安田全て無敗で勝った時だ。それに対してお前はグランプリ4戦して1勝しかしていない。ましてや去年の欧州三冠馬アブソルートのいる宝塚記念だ。アブソルートと俺に人気が集まるのは必然で精々お前は日本の古馬代表にしかなれない』

『俺が天皇賞春を大差で勝てば──』

『それに加えて3分10秒切りだな。そうでもしない限りは三強扱いされないな』

『そんなに速く走れってのか?』

『無理ならしない方が良い。体力の消耗を抑える無難なやり方か、日本最強古馬の意地でやるかどちらを選ぶかはお前の好きな方にしろよ』

『……後輩の癖に偉そうなこと抜かしやがって。だがそのアドバイスは受け取っておく』

『ツンデレ乙』

ボルトのその言葉にマジソンの頭の中にクエスチョンマークが埋まった。

 

 

 

そして翌週、皐月賞当日。天気は快晴、馬場も良馬場とこれ以上ないまでに良タイムが出せる中山競馬場にてある一頭の馬が注目される。

 

【さあ、ホープフルSや弥生賞を勝利したボルトチェンジですが解説の大内さん。どうなんでしょうか】

勿論、注目されたのは我らが主人公ボルトチェンジ。ボルトはまず人の言葉を喋ることで話題になり、人気先行と評価されがちだった。

しかしホープフルS、そして先日の弥生賞を勝ってそれがフロックではないことを示しただけでなく、ボルトが出走したレースで負けた馬が有力馬として挙げられていることもあり、断トツで指示されておりかつてのトキノミノルの皐月賞の支持率を超えていた。

 

【ええ、間違いなく彼は勝ちます。私も騎手として、競馬評論家として馬を見てきましたが、私が騎乗した馬、しなかった馬、全ての馬に騎乗したとしてもこの状態のボルトに勝てる馬はJCの時のリセットくらいのものでしょうか】

【それは皐月賞の時のリセットでは勝てないと?】

【そうですね。ボルトチェンジはどこからでも競馬が出来るのに対してリセットは基本的に逃げしか出来ません。JCの時の追い込みは出遅れが原因ですからね。それで勝ってしまうリセットが異常なのですが】

 

【ええ、対抗のカムイソードは少し入れ込んでいますがこれは大丈夫何でしょうか?】

【中には自分が負けたら殺意剥き出しになる馬もいますからね、シンボリルドルフが負けた直後に荒れたなんて話は有名でしょう。カムイソードもその類いと思われます】

 

 

 

『流石、皐月賞だ。プレッシャーが半端ないぜ』

「お前でもプレッシャーは感じるんだな」

『当たり前だ。俺に求められているのは完全勝利だ。プレッシャーを感じない方がおかしい』

「それもそうだな。だがボルト、弥生賞やホープフルで捩じ伏せたようにこの皐月賞でも捩じ伏せてやればいいのさ」

「ソウダナ」

橘の言葉にボルトが落ち着き払って冷静になる。

 

そしてボルトがゲートに入り、次々と他の馬もゲートに入る。

 

 

 

【皐月賞スタート! 先頭に立ったのはハマノシンキングそして後ろにディープブリブリテ、そして大きく離れて四番手ラガールート、フラッシュカウント、ツムジカゼと続いています】

 

 

800mを通過し、ボルトは隣にいるディープブリブリテに話しかけた。

『レベルアップしてやがるな……てめえも、ハマノも、そしてカムイも』

ディープブリブリテにそう語りかけるが声が聞こえないディープブリブリテは無反応だ。それにも関わらず、ボルトが言葉を続ける。

『だがリセットを捉えるには、ちと遅いな。いくぞ橘!』

「おうっ!」

橘がボルトチェンジに合わせたフォームに直し、スパートをかける。

『勝負だリセット!』

妄想から産み出されたリセットを捉えるようにボルトチェンジが前にかけていき、その場にいた全員が目を丸くさせた。

 

【おっとここでボルトが上がっていく、ボルトチェンジが上がっていく! 1000mの通過タイムは57秒、ちょっと早すぎないか!?】

 

『これが俺の全力だ』

 

それからボルトは1馬身、2馬身ともがく後方集団を置き去りにし、直線に入った頃には既に10馬身近い差がうまれていた。

 

「これでリセットに届くか?」

『馬鹿いうな、ようやく2馬身差だ』

だがこの一頭と一人は別次元の話をしていた。仮想リセットのみを標的にしており、ボルトの得意な末脚で1馬身、半馬身と差を縮める。

 

『あと少しだっ!』

中山競馬場特有の急坂をまるで平地のように駆け抜け、仮想リセットにクビ差まで迫り、後ろからアブソルートが迫ってくる。

『後ろだと?』

自分の妄想のなかではアブソルートはいないはず、それにも関わらず現れたのは他の馬が足音をたて本当にやってきてボルト達にアブソルートの幻覚を見せたということに他ならない。

 

そのアブソルートが徐々にこの皐月賞に出走した競走馬に姿を変えていく。

『カムイソードだと!?』

カムイソードが徐々に迫り、ボルト達に余裕がなくなったのか妄想していたリセットが消えていき、そのままゴール版へ駆け抜けた。




後書きらしい後書き
牝馬云々について議論がありますが大体こんな感じなんですよね……まあメジロラモーヌの場合、どうしようもないですからね。ラモーヌ自身やラモーヌの後輩にあたるメジロドーベルも牡馬に弱かったですし。


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青き馬、皐月賞の反省をする

少し短めです。


【ボルトチェンジ、一着! 二着にカムイソード! 後は離れてディープブリブリテ、ハマノシンキング三着争い!】

 

 

 

 結果こそ人気に応え、ボルトチェンジが世界レコードを更新して勝利したが、ボルトの内心は穏やかとは言えず、冷や汗を滝のように流していた。

 

『恐ろしい奴だ……まさかマオウ並みの豪脚を持っているとは思いもしなかったな』

 

「ああ……次のNHKマイルCじゃ要マークだな」

 

 皐月賞制覇の祝賀会という名前の反省会を開き、橘、武田、諏訪と言ったボルトのレース関係者が集まり反省していた。

 

『何故弥生賞を勝てたのか不思議なくらいだ。ソラを使う癖──先頭に立った際に手を抜くこと──でもあるんじゃないのか?』

 

「かもな……」

 

『1600mは奴の血統背景から考えて、かなり手強いはずだ。何せ父親が日本史上最強スプリンターのロードカナロア、母父が名スプリンターのデュランダルだ。こっちがスタミナアップの調教を重視している以上、スプリントからマイルは向こうの方が有利だ』

 

 かたや三冠を制する為にスタミナを上げるボルト、もうかたやスピードでゴリ押しするカムイソード。

 

 距離が短くなるほどカムイソードの方が有利になるのは明らかだった。

 

「だがここで勝てばダービーは怖くない。ダービーは2400mだ。距離不安でカムイソードが出なくなるかもしれないからな」

 

 距離が短くなるほどカムイソードが有利になるということは逆に言えば、距離が伸びるほどボルトチェンジが有利になるということである。

 

 つまり日本ダービーの舞台ではボルトに分があるということでもあり、NHKマイルCさえ勝てばダービーも楽に勝てるということでもある。

 

『ダービーに出ないとなると安田記念だな。NHKマイルCで勝っても更に対策してくる。しかもダービーの翌週に安田記念があるんだから疲れが取れないうちに戦うことになる』

 

 NHKマイルCと安田記念は同じ場所、同じ距離で行われるGⅠ競走であり、違うのは日程と古馬混合か三歳限定かの違いである。

 

 その為カムイソードがダービーを避けて安田記念に出走しようものなら更に不利な状況でボルトは出走することになる。

 

 更に安田記念は日本ダービーの翌週に行われ、ボルトが無敗で春の変則三冠を制した場合休む間もなく二週連続──所謂連闘で出走することになる。

 

 これがどれだけ過酷かというと、史上初の無敗で三冠を制したシンボリルドルフが当時天皇賞秋の翌週に行われた菊花賞の後に中一週──二週間後のJCに出走して敗北しており、その他日程変更前の菊花賞に出走した競走馬も同じく二週間あっても疲れを取ることが出来ず敗北している。

 

 それよりもローテーションの間隔がない連闘をした日本の著名馬はオグリキャップ。オグリキャップはマイルCSとJCを連闘したものの、マイルCSしか勝てずJCで二着、その後の有馬記念では疲れをみせており掲示板に載るのが精一杯だった。

 

 これだけ聞けば連闘がどれだけローテーションが厳しいか理解出来るだろう。仮に安田記念まで無敗で勝ったとしても宝塚記念にはアブソルートが待ち構えており、体力をすり減らされたボルトにとって大変高い壁となる。

 

 もう一つオマケに言っておくと安田記念に古馬最強短距離馬二頭、トーマとロレアルゴーが出走登録しており、安田記念制覇の壁が高いことは言うまでもない。

 

 

 

「安田記念かどうしたものか……」

 

 一同が悩み、熟考する。そして武田がある提案を出した。

 

「NHKマイルCも安田記念も1600mなんだ。ならいっそのこと、ボルトをマイルもこなせる三冠馬じゃなく、三冠を制することも出来るマイラーに仕上げたらどうだ?」

 

「しかし来年の天皇賞春はどうするんですか? 三冠を制したらオーナーが絶対出走させようとしますよ。スタミナをつけずにボルトをマイラーとして鍛えるのは危険では?」

 

『諏訪ちゃんの意見に同意だ。俺は中距離から長距離路線で戦いたい。本来NHKマイルCも安田記念も出走すること自体不満なんだぜ』

 

「まあ待て。お前達の気持ちもわからんでもない。だがダービーは幸いにも有力馬はボルトを除けば皆無だ」

 

『何故皆無と言える?』

 

「ボルトの親父しかりシンボリクリスエスしかり、皐月賞以外のダービーのトライアル競走で勝った馬は皆勝てていない」

 

『アグネスフライトは? あいつは京都新聞杯を勝った馬だろ?』

 

「ボルト、京都新聞杯はトライアル競走じゃないぞ。地方馬が勝てば優先出走権が生まれるが中央馬はそうじゃないからな」

 

『じゃあカーソンは?』

 

「あいつも同じく普通の重賞競走からだ」

 

『……ジンクスはそれだけ重いってことか。だが油断はしねえ。そうやって油断した奴から堕落していくのは知っているからな』

 

 ボルトが前世のことを思い出しながらそう語る。ボルトの前世は神童と呼ばれながらも、その実力を出すことなくホームレスになってしまった男であり、最期は電車に轢かれ死ぬという傍迷惑極まりない人間だった。それ故に文字通り生まれ変わったボルトは怠惰や油断などというものの誘惑から逃れるようにしていた。

 

 

 

「まるで見てきたかのような言い方だな」

 

『俺のことよりもマジソンの方を気にかけておけよ。天皇賞春三連覇は誰も成し遂げてない偉業だ。同一GⅠ競走ですら三連覇以上成し遂げたのはクソ爺のJC5連覇だけで、他に成し遂げた日本馬は皆無……阪神が得意なゴールドシップですら宝塚記念三連覇は出来なかった。マジソンはそんな状況で同一GⅠ競走三連覇に挑むんだ。心中穏やかじゃねえだろ?』

 

 ちなみにボルトはダートに興味がないので、そのように言っているがダートを含めるとGⅠ及びJpnⅠ競走で8勝以上している馬は数頭いる。

 

 しかし日本においてダートは芝に比べると賞金が劣るだけでなく、少なくとも本場米国のダートは土であり、日本のダートは砂であり本当の意味でのダートとは言えない。ボルトがダートを軽視する理由はそこにある。

 

 

 

「それは確かに言えているな……」

 

『俺の見立てじゃクラビウスが最大のライバルになると思うが……他の連中も侮れない。いくらマジソンが長距離に強いとはいえ、油断していたら負けるぜ』

 

「肝に銘じておく」

 

 

 

 そして二週間後、京都競馬場にて天皇賞春が開催された。




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青き馬、史上最強ステイヤーの誕生を垣間見る

ようやく書けました……アホみたいに仕事が忙しく隙間の時間を見てコツコツ書き上げました。


 ボルトチェンジが皐月賞を制した二週間後、天皇賞春がやって来た。

 

『いよいよね……歴史的快挙の瞬間を見れる時が』

 

『そうとも限らねえよ。おっさん達には話したが今回の天皇賞は去年のJCとまではいかずともハイレベルだ』

 

 ミドルとボルトの目の前にはTVがあり、そこにはマジソンティーケイ大本命の文字が映し出されていた。

 

『ハイレベルっていう程ハイレベル?』

 

『有馬記念を制したサードメンタルを始め、数多くの重賞馬がいるんだ。それもGⅡ以上の勝者や長距離に滅法強いシンキングアルザオ産駒ばかりだ。ハイレベルとしか言い様がないだろ』

 

 シンキングアルザオの代表産駒はマジソンティーケイの他には既に種牡馬として活躍しているBCクラシック馬カウンセリング等が上がり、如何にシンキングアルザオが種牡馬として有能か理解出来る。

 

【いよいよ名誉あるGⅠ競走、天皇賞春の本馬場入場です】

 

 そして本馬場入場が始まり、各馬が騎手に誘導され、コースの中に入っていく。

 

 

 

【4枠7番、マジソンティーケイ。天皇賞春三連覇をかけて、王者として走ります】

 

『ぎゃーっ! ほら見てボルト、マジソン先輩だよ!』

 

『やかましいわ。見ればわかる』

 

 

 

【4枠8番、クラビウス。ゴールドシップ以来天皇賞春の栄光を求めるこのステイゴールド産駒が春の天皇賞の王者に挑みます】

 

『そういやこいつが最後のステマ配合だっけか。すっかり忘れていた』

 

『ステマ配合ってあれだよね? ステージダンスとメジロマックイーンの配合』

 

『違う。父ステイゴールド、母父メジロマックイーンの馬のことだ。父ステージダンス母父メジロマックイーンの配合は確かにいない訳じゃないが一般的には父ステイゴールド母父メジロマックイーンのことを指す』

 

 

 

『そうなの?』

 

『そもそもステマ配合って言葉が出来たのは10年前の話だ。ドリームジャーニー、オルフェーヴル兄弟を始め父ステイゴールド母父メジロマックイーンの競走馬達が大活躍してそんな単語が出来上がったんだ』

 

『そうなんだ……』

 

『父ステージダンス、母父メジロマックイーンの配合は悪くはないが、俺の血統以上にステイヤー気質な競走馬になりかねないから不人気なんだよ。考えてみろよ、父も母父も菊花賞馬だ。1980年代ならともかくスピードを求めるこの時代にステイヤー血統を求める奴なんて余程の物好きしかいないだろ』

 

 

 

 尚、長距離のGⅠ競走を制する為に作られた著名馬はスーパークリーク。スーパークリークを生産した牧場はとにかく長距離を重視しており、スーパークリークに限らず他の馬もステイヤー寄りだったがその中でもスーパークリークは菊花賞や天皇賞春を勝つ為に生まれていたような馬である。

 

 父はニジンスキーの直系の孫にあたるノーアテンション、母父のインターメゾは当時のステイヤーの代表格であったグリーングラスを輩出しているだけでなく皐月賞と菊花賞を勝利したサクラスターオーの母父でもある。

 

 そんな配合で生まれてきたスーパークリークだが当時の菊花賞や天皇賞春は名誉高いレースで本当に強い馬でないと勝てないレースだった。つまり皐月賞や天皇賞秋よりも菊花賞や天皇賞春を勝つことこそが重要視されていた時代である。

 

 

 

『それはそうだね』

 

『まあ風間さんなんかはその類いだけどな』

 

『そう言えばそんなことを言っていたね……』

 

『マジソンの血統表を見る限りじゃ、いかにもステイヤーって感じだ。父シンキングアルザオ、母父メジロブライト。どっちも言わずとしれた名ステイヤーだが、母父のメジロブライトはタイムを出せないスローペースで力を発揮するタイプで、スピードがあるとは言い切れない競走馬だった』

 

『へぇ~……』

 

『それでもスペシャルウィークに食らいついた二度目の春の天皇賞のタイムは制した時よりもタイムが良いから全くスピードを出せないという訳でもないが、基本的にはタイムを出せない生粋のステイヤーだ』

 

『それはなんとも……』

 

 あんまりな言い様たがボルトの言うとおりメジロブライトは快速馬とは呼べるほどタイムは優れていない。それどころか新馬戦の時は1800mを2分以上かけてようやくゴールする程遅かった。それにも関わらずメジロブライトが天皇賞春を勝てたのはメジロブライトの持久力にありそれは良い方向でマジソンにも受け継がれている。

 

 

 

『さてそろそろ始まるようだ』

 

『あ、本当だ』

 

【各馬ゲートインが終わりました。さあ一体どの馬が勝つのでしょうか。一番人気のマジソンか、それとも別の馬か。各馬一斉にスタート!】

 

『行けーっ先輩!』

 

 スタートと同時にミドルが嘶きマジソンを応援するとマジソンが予想外の行動に出た。

 

【おっとこれは珍しい。マジソンティーケイなんと最後方】

 

『なんですって!?』

 

『奴らしくないな』

 

 ボルト達が驚いた理由、それはマジソンが逃げ或いは先行以外の選択肢を取ったことだ。マジソンといえば逃げるか先行するかのどちらかでペースを作り他馬を競り潰すようなレーススタイルだ。しかし今回はそうではない。

 

『……いや前回の天皇賞春よりも速いペースだ』

 

『え?』

 

『前回の天皇賞春は自身のライバルが追い込み馬だったせいで超スローペースにせざるを得なかったが今回は違う。スローペースでも対応出来てしまう先行脚質やそいつらをまとめて凪ぎ払える差し脚質がいる。マジソンからしてみればやり辛いだろうよ』

 

『でも先輩が追い込みになる必要はないんじゃない?』

 

『1分3秒』

 

『なんのこと?』

 

『このまま追い込みで行った場合の1000mの通過タイムだ。よく見ていな』

 

【さあ1000mを通過してタイムは61秒から62秒あたりと言ったところでしょう】

 

『ぷぷーっ。ボルト、1秒間違えているよ』

 

 小馬鹿にするようにミドルが指摘するがボルトはため息をついた。

 

『ミドル、マジソンは先頭から何馬身遅れていた?』

 

『え?』

 

『マジソンの通過タイムは先頭からおおよそ10馬身離れていることを考慮すると1分3秒だ。だがマジソンは何を考えて──』

 

 ボルトの言うとおり、マジソンは1分3秒で1000mを通過している。しかしボルトですら予想外のことをマジソンをしでかす。

 

【あーっと、ここで早くもマジソンがスパートをかけた!】

 

「ダニィッ!?」

 

 某野菜人の如く叫び声を上げるボルトに思わずミドルが放心してしまう。

 

 

 

『一体何を考えてやがる!? 淀の坂の鉄則云々以前の問題だぞ!?』

 

 残り1000mでスパートをかけるならともかく、マジソンがスパートをかけた距離は残り2200mはあまりにも長すぎ途中で力尽きるのは明らかだ。そんなことをするなら最初から逃げた方がマシである。

 

『ボルトうるさいわよ』

 

『ミドル、何故そんなに冷静でいられる?』

 

『それは先輩だからね。何か作戦を立てているからって信用しているからよ』

 

『対して必要でもないのにウイニングランをしたバカがそんなことを考えられると思うのか?』

 

『……先輩ゴメン、それだけは庇えないわ。恨むならあの時の自分を恨んで』

 

 ミドルの謝罪など関係なしにマジソンが徐々にギアを上げていき遂に先頭に躍り出て更に突き放す。

 

 

 

【さあ残り1000mを過ぎても未だにマジソンティーケイが二番手を突き放す。その差は15馬身、クラビウス達はこの差を縮められるのでしょうか?】

 

『……おいおい冗談だろ?』

 

 一向にマジソンを除いた天皇賞春の出走馬達がマジソンとの差を縮められないことに対して、ボルトが目を見開く。

 

 淀の坂の鉄則の関係上ここから差を縮めるには下り坂からスパートをかけなければならない。しかしそんなことをすれば先に力尽きるのは自分達の方であり自滅するに等しいだけでなくマジソンは放っておいても力尽きる。それ故に無理をすることなく無難に下っていく。ただ一頭クラビウスを除いて。

 

【ここでクラビウス仕掛ける。クラビウスが坂を下っていく!】

 

 クラビウスの騎手のみがマジソンの脚が全く衰えていないことに気づいていた。もしここで勝負を仕掛けなければマジソンに絶対に勝てない。それ故の判断だった。

 

【マジソンティーケイ、未だに先頭! その差は縮められない、縮められない、縮められない! 二番手にはクラビウスが上がるがまだ縮められない!】

 

 だがそれでもその読みは甘く、マジソンとの差は開く一方。

 

『つ、強い……』

 

 そしてミドルまでもが目を見開き、マジソンの走りを見るのではなく凝視する。それだけマジソンが強いということ他ならない。

 

【マックイーンよ見ているか、シンキングアルザオよ見ているか、今マジソンティーケイ一着でゴールイン! 強すぎる! 祖父や父を超えた馬の名前はマジソンティーケイだ!】

 

 マジソンティーケイが二着のクラビウスに18馬身差をつけゴールインすると京都競馬場は騒然とする。

 

 

 

 圧倒的な一番人気で勝利したこともそうだが問題は二着につけた着差とタイムである。

 

 それまで八大競走史上の最大着差はヒカルタカイの17馬身差*1でありマジソンはそれを超えた。

 

 さらにタイムは世界レコードを更新し3分11秒5という未来永劫超えることのないタイムであり二着のクラビウスも例年であれば勝っていたのだがそれはそれ、これはこれである。

 

 この時のマジソンティーケイ程強い競走馬はおらず、後にどんな馬が今回のマジソンの出したレコードを更新してもマジソンが永久に持つことになる史上最強のステイヤーの称号を得られることはなかった。

*1
18馬身と見なす声もあるが6馬身につき1秒差がつきヒカルタカイは二着の馬に2.8秒しかついておらず18馬身以上差をつけるには3秒以上差をつける必要がある




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青き馬、魔術師を称える

更新遅れました。遅れた理由についてはアレなんで聞かないで下さい。

どーでも言い話
尚、作者は神戸新聞杯はコントレイルに賭けます!というか菊花賞もコントレイルに賭けます!そのくらい強いし、レーティングでは父親のディープインパクトやそれを超えたドゥラメンテよりも上ですからね。


 某掲示板にてマジソンティーケイが天皇賞春を三連覇を果たしたことが大きな話題となっていた

 

 

 

 1: マジソンティーケイがまさかの天皇賞春三連覇達成! しかも世界レコード&八大競走史上最大着差勝利や! 

 

 

 

 2: スレ立て乙。同GⅠ競走三連覇はアイグリーンスキー以来の快挙だったりする

 

 

 

 3: マックイーンの血は出来ないと思っていたがようやくか。孫世代のゴルシも宝塚記念で負けたしな

 

 

 

 4: ≫1 確か最大着差勝利はヒカルタカイ以来54年ぶりだっけ? その時も天皇賞春だったような

 

 

 

 5: せやで。尚、ヒカルタカイはそのあと宝塚記念も勝っとる

 

 

 

 8: 誰だよマジソンのことを養分とか言った奴。マジソンのせいでマジマジ損したわ

 

 

 

 9: お前の駄洒落もマジマジ損

 

 

 

 10: もはやマジマジ損って言葉が語彙力を無くすww

 

 

 

 13: 真面目な話、マジソンがデビューする時ってマジどうなっていたの? 話題になっていた? 

 

 

 

 15: ≫13 風間社長曰く、風間軍団のエースで期待されていたらしいが調教師達はそんなに期待していなかったらしい。せいぜい勝っても菊花賞か春天の一つでも勝っていればよかったとのこと

 

 

 

 16: 鈍足ステイヤー血統なのに何故皐月賞やJC、有馬記念を勝てたのかマジ不思議なくらいだ

 

 

 

 17: そういやマジソンの母父ってメジロブライトなんだよな。現状メジロブライトの血を継ぐ馬はこいつとその兄弟しかいないとなるとマジロマンだよな

 

 

 

 18: 両方の祖父がメジロの馬というのもマジロマン。尚両親及びマジソン共に生産者は風間牧場だが

 

 

 

 20: ≫18 ちなみにその両親はともに風間社長の指示で種付けされたものでマジソンやボルトもその指示で生まれたらしい

 

 

 

 21: それでGⅠ7勝のリーディングサイアー取る馬を誕生させるとか風間社長有能すぎww

 

 

 

 23: マジな話、あの時のマジソンに勝てる奴っている? 

 

 

 

 24: あの勝ち方はメジロマックイーンやライスシャワーでも勝てんわ。2000年のオペラオーの補正が働けばワンチャンあるかもしんない

 

 

 

 25: ≫23 どんな奴でも勝てる気がしない。覚醒したメジロマックイーンよりもマジヤバい

 

 

 

 26: ≫23 マジソンの親父のシンキングアルザオにワンチャンある。あいつはスピードがあるからマジソンと同じ事が出来る可能性がある

 

 

 

 28: ≫23 ディープインパクトなんかは却ってマジソンに併せようとして無駄に体力を削りそうだからな。オペラオー包囲網並みのことをしないと勝てない

 

 

 

 

 

 以降も掲示板は続いていく……

 

 

 

 

 

『よう、ただいま』

 

『お帰りなさい先輩!』

 

 マジソンが厩舎に戻るとミドルが元気よく返事を返す。

 

『ボルトはどこだ?』

 

『ボルトなら調教に行ったよ。何でも京都の2200mであんなタイムを出すライバルには負けられないって言って先生に強めの調教を頼んだんだけどライバルって一体誰のことなんだろう……』

 

『ミドル、気がつかないのか? そのライバルは俺だと言うことに』

 

『え? でも先輩は前走3200mのレースで去年の宝塚記念もトロピカルターボに負けたのに何で?』

 

『俺は天皇賞春の1000mを1分3秒で走った。そして3200mを完走した時は3分11秒5だ。じゃあ1000mから3200mまでの2200mを何分何秒で走った?』

 

『えーと、そのわかりません』

 

『2分8秒5だ』

 

 ボルトがマジソンとミドルの会話に首を突っ込み、二頭を驚かせる。

 

『ボルト終わったのか』

 

『まあな。春の盾三連覇おめでとさん。しかしよくあんなタイムが出たもんだ』

 

 ボルトが脅えていたのはマジソンのタイムにある。マジソンが天皇賞春で出した1000mから3200mまでのタイム、それは宝塚記念のレコードタイムよりも速くマジソンはそれを天皇賞春で出していたからだ。

 

『お前のお陰だ。俺に足りなかったものはスピード。アブソルートやリセットに勝つには絶対的なスピードが足りない。そのスピードを上げるにはスプリンターになるしかない。それに気づかされたのは』

 

『それにしたって早すぎだろう……』

 

 ボルトがマジソンの驚異的な成長に突っ込みを入れる。

 

『とにかく今の俺に敵う奴はこの世においていない。例え相手がアブソルートでもリセットでもだ。無論お前もな』

 

 

 

 ──競馬に絶対はない。しかしシンボリルドルフには絶対がある

 

 この格言はシンボリルドルフの強さを称えるものであり、それに付け足されることはない。あくまでもこの言葉はシンボリルドルフを称える為のものなのだから。

 

 ──しかしマジソンティーケイはその上をいく

 

 それでも尚、付け足されてボルトの耳に届いたのはマジソンの自信の現れだった。

 

 

 

『今度の宝塚記念でお前が言ったことを、長距離においてと前置きにしてやるよ』

 

『軽口を叩けるなら十分だな』

 

 天皇賞春で余裕が持てたマジソンに対しボルトは焦れ込む。ボルトの精神面という意味ではまだ神童(こども)のままだった。




後書きというかちょっと警告
これから駆け足で進みます。ダイジェストになる可能性の方が高いので注意してください

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青き馬、NHKマイルCに出走する

更新遅れました。遅れた理由についてはダイジェスト化に手間取ったのと他の小説に時間を費やしたからです。


 橘は果たしてこのままボルトをNHKマイルCに出走させても良いのか迷っていた。2000m未満のレースは2歳の時以来であり、しかも京王杯2歳Sは芝1400mでどちらかといえばスプリンターのレースであり芝1600mのマイル戦は未経験だ。橘が不安にさせたのは1400mのレースを知っているが故にNHKマイルCで1400mのレースをしてしまわないかという不安だ。

 

「これが吉と出るか凶と出るか……」

 

 

 

 そしてNHKマイルC当日

 

『必ず殺すと書いて必殺と読むっ!』

 

【鞭すらいらない、鞭すら抜いていない! これはもう桁が違う! 今、NHKマイルCを大差をつけゴールイン! そして二着にカムイソード! 皐月賞、NHKマイルCの次は日本ダービー! ダービーへ向け幸先の良い勝利です!】

 

「嘘だろ?」

 

 難なくボルトチェンジがカムイソードを突き放し、ゴールする。それまでの橘の不安を掻き消したかのような圧勝。それも前代未聞とまで言われたマオウのレコードタイムを更新し、橘は呆気にとられた。

 

 

 

「やはり圧勝だったか」

 

「元々がスプリンターですからね。皐月賞よりも短いマイル戦なら楽勝ですよ」

 

 武田も諏訪も満足気に頷き、ボルトもそれに続いた。

 

『俺としても走りやすいのは確かにそうだが、距離が短くなったっていうよりは噛み合ったような気がするんだが』

 

「噛み合った?」

 

『多分1600mが俺のベスト距離なんじゃないのか?』

 

「お前としてはそう見ているのか……」

 

『あくまでも個人の感想だ。ただ走りやすいのは事実だ』

 

「安田記念の心配は要らないと安心していいのか、それともスタミナ不足を懸念しなければならないのかわからないところだな」

 

「距離の不安ですか……確かに不安なところは多いですが、菊花賞や春の天皇賞といった長いレースは展開次第で多少スタミナがなくとも勝ててしまいます」

 

「それは言えているな」

 

「それにボルトはマジソンよりもスタミナがあると思いますし、今流行りのフェノシン配合が相手でもスタミナ勝負が出来ますよ」

 

「だといいがな。日本ダービーというのはスタミナだけじゃない。最も運の強い馬が勝つんだ。スピード、スタミナ、瞬発力、パワー、そして仕上がりの良さ、ありとあらゆる要素を日本ダービーという舞台で完成させなきゃ勝てない。それを完成させるには実力も運も必要で、皐月賞が最も速い馬が勝つって言われているのは実力が多少劣っていてもその仕上がりが他の馬よりも早いから勝てるってことと同じことだ」

 

 

 

「菊花賞の最も強い馬が勝つというのは?」

 

「強い馬ってのはタフネスな馬のことだ。菊花賞ほど3歳クラシックの中でタフネスさを測るGⅠはない。その理由はわかるよな?」

 

「距離が長いからですよね」

 

「その通りだ。3000m以上のレースはGⅠだと菊花賞と天皇賞春しかない。海外に目を向けてもそんな長いレースはそうそうあるものじゃない」

 

「それは確かに」

 

 世界には3000m以上のレースはあることにはある。しかし国際GⅠ競走でその距離を超えるレースがあるかと言われると、極僅かで数える程しかない。ちなみに4000mを超えるレースはカドラン賞、世界最長のGⅠ競走としてゴールドカップしかない。

 

 

 

「風間さんはそういったタフネスな馬が大好きなんだ。グリーン一族の始祖──ハーツタールにグリーングラスやグリーンダンサーを種付けさせた理由がそれだからな」

 

「グリーンダンサーってどんな馬でしたっけ?」

 

「ニジンスキー産駒の競走馬でスーパークリークの父ノーアテンションを輩出した馬だ。当初ハーツタールにニジンスキーとの種付けを望んでいたらしいがニジンスキーとは種付け出来ず、その代用として種付けしたんだ」

 

 ──競走馬として見てもかなりの名牝なのにな

 

 そう武田がそう呟き、腕を組む。日本馬であることを抜きにしても欧州で優秀な成績を残しており、当時の陣営からは信じられないの一言であったがその説明は割愛する。

 

 

 

「そのグリーンダンサーの産駒がグリーン一族の片割れとして生まれたってことですか?」

 

「その通りだ。そいつこそがグリーンダンサーの産駒の牝馬、ゼノグリーン。ゼノはGⅠこそ勝てなかったが子孫に産経大阪杯無敵のヘレニックイメージ、そしてそこにいる桜花賞馬ミドルテンポと言った馬が並ぶ」

 

『ミドルまでそうなのか?』

 

『えっ? 私のことを呼んだ?』

 

 それまで昼寝していたミドルが起き、ボルトを見つめる。

 

 

 

『ミドルの母の母の……まあとにかくご先祖様が糞爺やマジソンの親父と同じご先祖様にたどり着くって話だよ』

 

『へえ……あれ? 私のお父さんってその糞爺のお兄さんの子供でしょ? 私のお祖父さんのご先祖様ってことにもなるけど』

 

『代を重ねれば人間でも競走馬でもご先祖様が一緒になることはある。例えば俺の親は父親と母親の2頭だが祖父母は4頭、更に曾祖父母は8頭と数が増えていく。10代も先のご先祖様は1000を超える。更に10代を重ねれば単純計算で100万を超える』

 

『ひゃ、100万!?』

 

『更に言うなら繁殖に上がれる牡馬は極僅かだ。そんな中でご先祖様が一緒にならない方が難しいってものだ……それ故に区別をするために5代前まで一緒のご先祖様がいる場合はインブリードと呼ぶ』

 

『もう訳わかんない……』

 

『まあとにかくご先祖様がダブるってのは珍しくも何ともないって話だ』

 

 

 

「何はともあれ、日本ダービーで勝てる身体に仕上げなきゃいけない。いくらマジソンよりもスタミナがあるとはいえ、ミドル並みの末脚を持つとはいえ、不安要素は排除しなきゃいけない」

 

「ですね」

 

「諏訪、明日ボルトの疲労が取れていたらマジソンと併せ馬だ」

 

「了解です」

 

「よし、そういう訳だから明日から頼むぞ、ボルト」

 

「マカセロ」

 

「ミドルもオークス取ろうな!」

 

『はーい!』

 

「全く、良い奴だよお前達は」

 

 こうしてボルト、ミドル、マジソンの三頭による併せ馬の調教が始まった。




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青き馬のルーツと観戦

とりあえず書き溜めしていた分だけ投稿


 時は遡り1976年8月札幌競馬場

 

 

 

【トウショウボーイもクライムカイザーも関係ないっ! 千切る千切る! 札幌記念を大差勝利したのは持込馬ハーツタール! トウショウボーイに新馬戦のリベンジを果たしました!】

 

 ハーツタール。父は米国年度代表馬となったダマスカス。持込馬でありアイグリーンスキーの母母、つまり祖母にあたる競走馬であり、グリーン一族のルーツでもある。

 

 そんな彼女は新馬戦でトウショウボーイ、シービークイン、グリーングラスといった後に名馬となる競走馬達と競い合いトウショウボーイの2着と健闘し、そこから重賞を含め6連勝。当時の規則で持込馬はクラシック登録が出来なかった故にクラシック競走に出走こそ出来なかったが実力は牝馬の中でも最強であり一目瞭然だった。

 

 しかしあくまでも牝馬の中でという前置きがついていた。それもそのはず、ハーツタールは当時外国産馬と同じ扱いだった持込馬だった為にそれまで破ってきた牡馬は決して第一線を戦ってきたという訳ではなく、むしろ二軍と呼ばれるような馬達ばかりで、別のレースで勝って証明するしかなかった。

 

 そのレースこそ札幌記念。無敗で皐月賞を勝ったトウショウボーイ、そのトウショウボーイを日本ダービーの舞台で破ったクライムカイザーが出走しており、まさしく牡馬の第一線そのもの。しかも丁度1年前に古馬との混合レースとなり歴戦をくぐり抜けた古馬達も集結していた。

 

 その猛者達を相手にハーツタールが圧勝するが、当時の札幌記念は芝ではなくダート2000mのレースであり、競馬関係者からハーツタールがダート専門の競走馬なのではないかという疑惑があった。

 

 

 

 余りの強さにダート専門という渾名を背負ってしまった汚名を返上すべくハーツタールの次走は京都大賞典に決まった。京都大賞典は芝2400mのレースで札幌記念よりも古馬の最前線に出るような競走馬達が集まるレースで年によっては下手なGⅠ競走よりもレベルが高い。そんなレースだ。またこの年はトウショウボーイと肩を並べていたテンポイントがおり、ここでテンポイントに先着出来ないようであればハーツタールをダートで活躍させる予定だった。

 

【テンポイントはようやく4着確保出来るか! 先頭はハーツタールだ、ハーツタールまたしても圧勝! 豪快、痛快、ハーツタール、6馬身差勝利です!】

 

 だがそんな予定をぶっ壊すかの如く圧勝。6馬身差のレコードだった。この時代、年功序列、男尊女卑と言わんばかりに3歳よりも古馬、牝馬よりも牡馬の方が強くテンポイントも6番人気であり勝利したハーツタール自身もそこまで人気はなかった。だがこの勝利によってハーツタールの評価はうなぎ登り。世代最強はハーツタールという声もあった程だった。その後エリザベス女王杯を勝利し、有馬記念に一点の曇りなく出発していた。

 

 

 

 しかしまさかの調教中に故障発生。完治するまで長く、有馬記念は当然その翌年の宝塚記念に出走することが出来ず、その間にテンポイントもトウショウボーイも評価を上げていた。だがハーツタール陣営は焦りなどなく、むしろ余裕ですらいた。

 

 

 

 時は流れ、1977年。

 

 故障明けのハーツタールがKGⅥ&QESに出走し4着と当時の日本では前代未聞の快挙を成し遂げていた。

 

 何故KGⅥ&QESに出走していたのかと言うとそれは外国産馬扱いされているハーツタールの出走出来るレースが国内でほとんどなかった為である。故にこのような暴挙をし、結果を残してしまった。

 

 その後、仏国に滞在しフォワ賞を獲りそのまま世界最高峰のレース凱旋門賞に出走し3着と惜敗。もはや誰もが疑う余地のない日本最強牝馬だったが、この年の年度代表馬は天皇賞春と有馬記念を勝ったテンポイントだった。

 

 これだけの成績を残しておいて年度代表馬に選ばれないことに対して様々な議論がなされたが、年間未勝利である上に国内でグランプリを取っていないのも事実であり、ハーツタール陣営は翌年宝塚記念と有馬記念に狙いを定め、国外のレースはKGⅥ&QESと凱旋門賞のみ出走することに決めた。

 

 トウショウボーイもテンポイントもターフを去った為、ハーツタールを止められる馬と言えばTTGの生き残りであるグリーングラスしかいない。世間の評価はハーツタールを本命、グリーングラスを対抗にしていた。

 

 

 

【さあハーツタールが先頭、伏兵エリモジョージが差し返そうとしているがハーツタールが粘る粘る! グリーングラスは来ないぞ、グラスピンチ! ハーツタール逃げ切ったーっ! 2着にエリモジョージ、3着にグリーングラスです!】

 

 宝塚記念で新馬戦以来となるグリーングラスとの対決に水を差すように伏兵エリモジョージが割って入ってきたものの二頭の猛追から逃げ切り、ハーツタールが宝塚記念を制覇。TTG世代と呼ばれながらその三頭に勝利した馬として名を馳せた。だが彼女がTTGよりも評価が低い理由、それは宝塚記念の直後に屈腱炎が発症して引退してしまったからだ。もし屈腱炎が発生することなくその年の有馬記念も勝利したならばTTGを凌いでハーツタール世代と評価されていた可能性もある。

 

 その後ハーツタールはニジンスキーの代用種牡馬グリーンダンサーと交わりゼノグリーンを輩出した。ゼノグリーンは競走馬としてはエリザベス女王杯5着の他に誇れる成績がなくトライアルでも3着がやっとという有り様で、また母としても鳴かず飛ばず、ハーツタールに比べると期待外れの結果に終わった。

 

 その一方でハーツタールはグリーングラスと交わり二冠牝馬アイヴィグリーンを輩出したが、アイヴィグリーンが繁殖入りするとすぐに結果を出し6頭全員がGⅠ競走を勝利。その中でも最高傑作と名高いアイグリーンスキーが悲願の凱旋門賞制覇を果たす。

 

 

 

 しかし母系としてのアイヴィグリーン系はそこまでだった。アイグリーンスキーやそれ以上に種牡馬として大成功を納めたシンキングアルザオがアイヴィグリーンの血を濃く継いでおり、アイヴィグリーン系に頼っておりしかもSS系を辟易していた風間牧場は悲鳴をあげることになる。血が濃くなりすぎた結果繁殖出来なくなるという所謂【セントサイモンの悲劇】に近い状況だった。尤も今回の事例は種牡馬ではなく繁殖牝馬であるという違いがあるが、それでもかなり苦しいものであった。

 

 そこでオーナーブリーダーである風間はハーツタールの血を繋ぐもう一つの母系、ゼノグリーン系から母系を繋ぐことにした。

 

 確かにゼノグリーンは母親としては失敗したが娘を何頭も残しており、その娘を始めとした子孫がアイヴィグリーン程ではないにせよ繁殖牝馬として優秀で、繁殖牝馬の母として活躍していた。

 

 その結果天皇賞秋を制覇したヘレニックイメージや阪神JFと桜花賞を制覇したミドルテンポなど名馬が多数現れ、現在となっては主流だったアイヴィグリーン系と力関係は逆転している。

 

 

 

 しかしそれでも血が濃くなって解決出来ない場合は海外──特にアメリカ大陸の日本では流行していなくしかも日本の芝に適応出来得る素質を持った繁殖牝馬を使って血を薄めており、母系としてのハーツタール系を絶滅させずにしている。

 

 

 

 閑話休題

 

 

 

 故にアイヴィグリーン系のみがグリーン一族と呼ばれるのではなくその姉ゼノグリーンの子孫も含まれるのにはそういった背景があった。アイヴィグリーン系がニジンスキーやメジロマックイーンといったクラシック路線の前線で戦い続けた競走馬を種馬にしているのに対して、ゼノグリーン系の特徴として2歳や3歳で冴えなくとも古馬になってから活躍した馬を種馬にしている。

 

 

 

 ミドルテンポはその二つの血統の結晶とも呼べる存在であり成長力が特に高く、マオウに負けた相手は精神崩壊されるのだが例外的に成長し続けていることからその異常さが理解出来る。

 

 

 

 そして時は2021年、武田厩舎

 

『なあマジソン、スタミナ切れってしたことあるか?』

 

『スタミナ切れか。少なくともレースでしたことはない。俺が負けたレースは全て末脚で負けたようなものだ。この前の天皇賞春を見ただろう?』

 

『ズブいけど一度スパートがかかれば長続きするって訳か』

 

『ズブいとかいうな。まあボルトの言うとおり俺は超ロングスパートのタイプでそれが脚質に現れている。だがそのスパートがその距離のレコードを更新するほど速いとなれば話は違う。今の俺は親父(シンキングアルザオ)お前の親父(アイグリーンスキー)、歴代のどの名馬よりも強いはずだ。歴代最強の俺に宝塚の舞台で勝てると思うなよ?』

 

『上等だ』

 

 マジソンとボルトが互いにライバルと意識し、高いモチベーションで宝塚記念を迎えようとしていた。

 

 

 

 しかしその数日後、とある競走馬がボルトを思い出させる。

 

 その馬の名前はマオウ。ボルトの同厩舎のミドルが新馬戦で一蹴され、NHKマイルCでボルトが更新するまで芝1600mの世界レコード保持者だった競走馬だ。

 

 そのマオウがケンタッキーダービーに出走していた。

 

 

 

【さあケンタッキーダービー、スタートしました】

 

 ケンタッキーダービー。それは米国のホースマン達が勝利を求める栄光のレースであり米国最高峰のレースである。何故ならケンタッキーダービー馬が種牡馬価値が薄まるという理由から古馬として引き続き現役続行することなく引退するケースがほとんどで極端な例だとケンタッキーダービーを制した後に引退することもあり得るほどにその価値は高いからだ。

 

 日本でもケンタッキーダービー馬の種牡馬としての需要は高く米国二冠を制したサンデーサイレンスや同じく米国二冠馬ウォーエンブレム等が成功しており特にサンデーサイレンスはリーディングサイアーの称号を何度も獲得しており、現在でもその血は重要なものとなっている。

 

 そんなケンタッキーダービーにマオウが挑もうとしていた。しかしながらマオウは血統的に言えば芝の方が適正があるように思えた。マオウの祖父は確かにサンデーサイレンスでケンタッキーダービー馬であるがその息子──つまりマオウの父ディープインパクトは日本の芝で活躍した馬であり、マオウの母方の血筋を辿ると欧州の芝で活躍した名馬が揃うが米国のダートで活躍した名馬はノーザンダンサーという馬にまで遡らないと行けない。つまりそれだけ芝で走ると思われていた。

 

 だが実際は違った。マオウが米国のダートでも走れることを昨年のBCジュヴナイルで圧勝したことにより証明してしまった。それによりマオウ陣営は日本でもなく欧州でもない米国のダートで走らせることにし、ケンタッキーダービーに出走していた。

 

 

 

 最終コーナーを曲がり、マオウが二番手まで上がっていくと先頭の馬が必死に食らいつくがそれもここまでだった。

 

【さあここからだ! マオウは、マオウが来た! マオウここで先頭に立って後は千切る千切る! 先頭はマオウ、マオウ、後ろからは何にもこない、何にもこない! Maou first, the rest nowhere! (マオウ、唯一抜きん出て並ぶものなし) 今マオウがゴールイン!】

 

 マオウの容赦ない末脚に出走馬が心を折られ、中にはゴール後に嘶き暴れだした馬もいた程だった。だがマオウがケンタッキーダービーのレコードを更新し、タイムオーバーにならなかったのがせめてもの幸いだった。

 

【時計はレコード! セクレタリアト以来のスーパーレコードを今、極東からやって来た魔王が3秒近く更新しました! もちろん世界レコードです!】

 

 マオウのレコードタイムはもちろんだが、それ以上に5着までの馬が2分を切り、11着の馬ですら例年の勝ちタイムを上回っていたことが世間を驚愕させた。

 

「ファンタスティック……」

 

 あまりの強さと競走馬達を故障するまで走らせることから米国の競馬関係者はマオウを【幻魔王】と評価している。某RPGに登場する【死の夢】を意味するラスボスの名前が由来となっている。

 

 

 武田厩舎の反応はというと

 

『相変わらずぶっとんだ野郎だ。なあミドル?』

 

『うん。あれからさらに強くなっているね』

 

 マオウのレースをみて盛り上がないはずもなく、特にクラシック前線で戦い続けている二頭には大きな刺激となり闘志が高まり、それがマジソン達に感染する。それが武田厩舎に所属している馬達の反応だった。

 

 かくしてマオウは世界から認められるラスボスとなり、世界最強の座を奪い取った。




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