凡矢理高校の生徒会長 (煉獄ニキ)
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1話

 

 

 

外はまだ少し薄暗い中目を覚ます。

 

そのまま暫く今日の予定を考えていると、突如部屋中に電子音が響いた。

 

 

ピピピピッ!

 

 

昨日の夜にかけた目覚ましを止めて上体を起こす。

いつもの事だが、鳴る前に目を覚ますんだが、寝坊するのはまずいので毎日かけている。

 

 

「顔を洗うか」

 

 

聞こえてくるのは数年前に変わって以来、最早聞き慣れた自分の声、そうじゃなかったらむしろ緊急事態な訳だが。

 

ベッドを抜け出し、そのまま自分の部屋からも出て台所を経由して洗面所に向かう。

台所でケトルのスイッチを入れるのも忘れない。

 

洗面所で顔を洗い、続けて歯を磨いていく。

目の前の鏡に写るのは昨日までと同じく己の姿。

 

僅かに癖のある親父譲りの黒髪に母譲りの薄らと翠に見える瞳。

 

自分の顔が両親どちらの要素も引き継ぎすぎて、それが親を思い出させて鏡を見ることが億劫な時期もあったな、なんてふと思いだす。

 

台所からカチッとお湯の沸いた音が聞こえた。

歯磨きを終え、口をゆすいで洗面所を出る。

 

その後は適当に食パンを焼き、沸かしたお湯で入れたコーヒーを飲み、ニュースを見ながらゆったりと過ごす。

 

朝食を済ませた後は制服に着替え、学生鞄に詰め込んだ教科書などが入っているか確認してもう一度歯磨きへ。

 

それらを済ませると今度は洗濯物を干す作業。

昨日のうちにタイマーでセットしてあった洗濯機は朝方から回り出し俺が起きる前には洗濯は終わっていた。

 

一人分なので大して時間はかからない。

 

家を出る予定時間が迫る中、リビングの小棚の一番上に置かれた一枚の写真に声をかける。

それには、俺によく似た若すぎる男と、茶髪の綺麗な女性が仲睦まじく映っている。

 

 

「それじゃ、行ってくる」

 

 

俺の、雪村柊一の朝は大体こんなもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「おっ、来たか。こっちこっち!」

 

 

まだ校内に生徒が殆どいない時間、とはいえもう30分もすればぞろぞろと登校してくるだろうが。

 

普段からこのくらいには学校にいて教室で小説でも読んでいるのだが、今日に限って担任から呼び出されていた。

 

それで職員室に入ると、まだ教師の数も少なく半分も来ていないようで空席が目立つなか、手を挙げて存在をアピールするかのように声をかけられる。

 

俺の担任のキョーコ先生こと、日原教子。

 

昨日は細かい話は聞けなかったが、俺に用事があるのは間違いなさそうなので先生のデスクへ向かう。

 

 

「いやー悪いな、わざわざ早く来てもらって」

 

「いえ、いつもこのくらいには来てるんで」

 

「おっ、さすが入学から二週間で生徒会役員になるヤツは違うねー」

 

「自分としては不本意でしかないですよ。大体押し付けられたようなものでしょう」

 

「まあそう言うなって。生徒会長はみるみる痩せていってな。わたしら教師をも心配してたんだ」

 

 

そこにお前の入学は渡りに船だったんだよ、生徒会にとっては、なんてキョーコ先生の言葉を聞きながら視線を学ランの左腕に向ける。

そこにつけられた生徒会と刺繍された白の腕章を見ると、どうしてもため息をつきたくなる。

 

 

「何言っても今更なんで気にしてないです。同級生から敬語をつかわれること以外はね」

 

「なーに、それだけ頼りにされてるってことだよ」

 

 

頭を過るのは入学時には普通に話していた席が隣の生徒が、とあるトラブルを解決して以来何故か敬語で話しかけてきたことだ。

いや、あれは地味にキツかった。

 

口には出さないが一部の上級生も同じような態度を受けたこともあるし。

そのうち直るだろうとそこまで気にはしてないが。

 

 

「それならいいんですけど。それで、今日はどうして自分を呼び出したんですか?」

 

「おっとそうだった。我ら1-Cが誇る生徒会副会長に是非頼みたいことがあったんだよ」

 

「頼みたいこと?」

 

 

胸の前で手を合わせ拝むような仕草を見せる我らが担任、この時点で面倒事だと悟った俺はこっそりとため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずいまずいまずい!!

 

私は今全力疾走している。

理由は単純、遅刻しそうだからだ。

 

といっても授業に、というわけではなく担任の先生との待ち合わせ時間に遅れそうなのだ。

 

というのも実家がマフィアでその幹部であるクロードが今朝も若干の暴走というか空回りをしたからだ。

護衛が必要だとかお嬢にみっともないことはさせられませんとか言って家の前にあったのはひたすら長いリムジン、ズレているとしか言えない。

 

そこから逃げるように飛び出して追いかけるクロード達から隠れながら学校へ、気づけば時間は思った以上に過ぎており優雅に歩ける余裕なんてなかった。

 

途中でもやしのような男を轢いてしまったが、それも今は頭の隅に置いて職員用入り口から入る。

 

そこから階段を駆け上がってすぐの扉の前で一時停止、見上げると職員室のプレートがありここで間違いない。

息を整えながら時計を確認すればまさしく待ち合わせの予定時間、最低でも五分前には着くはずだったのにと後悔の念が湧いてくるがそれを無理やり飲み込んで目の前の扉をノックし、開く。

 

 

「失礼します!」

 

「おっ、来たか。こっちこっち」

 

「はい!」

 

 

パッと目に入るのは半分ほど埋まったデスクの数々、多分クラス担任の先生は教室に向かっているんだろう。

またも申し訳なさが顔を出した私に声をかけたのは眼鏡をかけた若い女性。

 

説明を受けに来た時に会った、担任の日原先生だ。

これ以上待たせてはならないと小走りで向かう。

 

 

「お待たせしてすいませんでした!」

 

「なーに、時間通りだよ。まっ、今後は余裕をもった方が良いだろうけどなー」

 

「そ、そうします」

 

 

ここまで来て漸く先生のデスクのすぐ隣に立つ男子生徒のことが目に入った。

どれだけ余裕がなかったんだと頭を押さえたくなるがぐっと堪えてそちらに視線を向ける。

 

 

「そうそう、こっちは雪村柊一。うちのクラスの学級委員で生徒会役員でもある頼れるやつ。何か困ったことがあればこいつに聞くといい」

 

「雪村柊一だ。暫くは慣れないと思うけど、できる限りのフォローはするつもりだ。遠慮なく言ってくれると助かる」

 

「桐崎千棘です。ハーフですが日本語は話せるので良ければ仲良くして下さい!」

 

「ああ、よろしく」

 

 

驚いた、男なのに柔らかそうなふわふわした黒髪と僅かにつり上がった翠の目、雪村くんは鶫に負けないイケメンだったからだ。

女の子の鶫と比べるのもどうなのって話だけど。

 

っていうか、サラッと言うから流しかけたけど一年で生徒会役員ってどういう事よ!?

 

そんな彼は私の内心の混乱も知らず壁時計を見ると先生に向き直った。

 

 

「キョーコ先生、俺は先に教室行ってます」

 

「ああ。テキトーにまとめといてくれ」

 

「いつも通りってことですね。桐崎さん、良かったらこれどうぞ」

 

「え?」

 

 

そう言い残して彼は先生に視線を向けて、そのまま職員室を後にした。

渡されたのは……ハンカチ?

 

 

「おーおー、相変わらずだね。自分の口で言わない気遣いまで、そりゃファンクラブもできるわけだ」

 

「どういうことですか?」

 

「あー、それはねー……」

 

 

この後彼の行動の理由を聞いて、私は大層恥ずかしい思いをすることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

「雪村くんおはよー!」

 

「雪村おはよう!」

 

「おー、雪村。はよーっす」

 

『雪村さん、おはようございます』

 

 

教室に入り、朝のあいさつをしたところ返事が返ってくるが、最後の方のは尊敬か何なのか俺に敬語を使ってくる奴らだ。

共通点としては、俺と同じ凡矢理中学の卒業生ってことくらいか。

 

思わず出かかったため息を呑み込み、自分の机へと歩く。

 

 

「お、おはよう雪村くん!」

 

「おはよう、小野寺。宮本も」

 

「ええ、おはよう。ところでどこにいっていたのかしら?鞄は置いてたみたいだけど」

 

「ああ、キョーコ先生に呼ばれてな。ちょっと職員室に行ってたんだ」

 

 

その途中で話しかけてきたのは、中学からそこそこ親しくしてる二人組、茶髪を左右非対称にしている小野寺小咲と小柄で眼鏡とポニーテールが特徴的な宮本るりだ。

 

 

「キョーコ先生に?何の用だったのかしら?小咲がずーっと雪村くんどうしたんだろうって「るりちゃん!」」

 

「今日から転校生が来るから、それについてだな」

 

『転校生!?』

 

 

宮本が言ったことに小野寺が過剰に反応して宮本の口を塞ぎにかかる。

こういう可愛い反応をするところは中学時代から変わってない。

 

そして俺が言った言葉に反応したのはこのクラスの殆どの男子である。

イスに座っていた者は思わずといった具合に立ち上がり、友達と談笑していた者達は途端にそれを打ち切り首をグルンと回しこちらに視線を向けた。

その他も様々な反応を見せ、教室中のほぼ全員の男子の視線がここに集中するというおかしな状況だ。

 

正直なやつらだ、さてどう伝えるか。

 

 

「ああ、ハーフの可愛い女子だったな。第一印象は大事だぞ、行儀よくしておけ」

 

 

俺がそう言った途端に、それまで席を立ちそれぞれ話したり好き勝手していた連中は席に着き姿勢を正し無言で教室のドアを見つめている。

本当に単純な奴らだ。

 

 

「小野寺も、心配かけて悪かったな」

 

「だ、大丈夫だよ!ちょっと気になっただけだし」

 

「そうか。そろそろキョーコ先生も来るだろうし、席着くか」

 

 

流石に学級委員がHRも始まるのに席を立ってるのは良くないので席に着くことに。

といっても俺の席は小野寺の隣だし、大して離れもしないんだが。

 

 

「おはよー!そんで、喜べ男子ーー!!」

 

『オオーーーッ!!』

 

 

二つある内の前のドアから入ってきたキョーコ先生は朝のあいさつをあっさりと済ませすぐに教室中が気になってる本題に入った。

 

俺と、さっきチラッと見た何やら不貞腐れてる一条以外の男子が雄叫びをあげた。

炊きつけといて何だが、そういうの女子は引くだけだと思うぞ。

 

 

「それじゃ入ってー、桐崎さん」

 

「初めまして。アメリカから転校してきた、桐崎千棘です」

 

 

職員室でも思ったが、猫かぶっているというかどこか無理してキャラをつくっているように思える。

俺がかき集めた情報でも中々のお転婆娘と書かれていたし……これが高校デビューってやつか。

 

などと俺がくだらないことを考えている間に彼女の自己紹介は終わり、教室は騒然となった。

 

 

「すっげー美人」

 

「キャ――――!!足細ーい!」

 

「何あのスタイル!モデル並みじゃね?」

 

「あんな可愛い子見たことねぇ!」

 

 

男女問わず彼女についての好意的な発言がポンポン飛び出す。

 

転校生が来ると知りただでさえ高かったテンションが想像以上の美少女で振り切れてしまった結果だろう。

 

だが流石に放置は出来ない、他のクラスは今もHRの真っ最中であることだし、ついでに言うならさっきからキョーコ先生とやたら目が合う。

静かにさせろって事ですね、わかります。

 

 

「静かに、それ以上は休み時間にするように。当然だけど桐崎さんの迷惑にならないよう気をつけること。それじゃ、キョーコ先生HRの続きを」

「あいよー。それじゃ、桐崎さんはどこかテキトーに後ろの席にでも……」

 

 

パンパンッ!と二度柏手をして皆の意識をこちらに集中させ、言いたいことを伝える。

 

それで静かになった教室の中で、キョーコ先生の指示を受け教室の後方へ視線を向けた彼女と、とある男子生徒の視線が合った。

 

 

「「あぁーーーーーーっ!?」」

 

「はぁ、やれやれだ」

 

 

一条楽という、本人は普通だが家庭に問題ありという何処かで聞いたような環境の生徒だ。

 

また騒がしくなるな、これは。

隣の担任から苦情がくるキョーコ先生、お疲れ様です。

 

担任のすぐ先の未来を想像して心の中で手を合わせつつ、俺は俺でやる事が増えるのは間違いない。

頭の中でいくつかのプランを立てながら、思わず呟いてしまった。

 

 

 



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2話

 

 

 

「それじゃHRはこれで終わり!今日も頑張れよ〜」

 

 

そんなキョーコ先生の気の抜けるようなエールで朝のHRは終わりを迎えた。

 

途中で一条のゴリラ発言からの、桐崎さんが怒りのストレートという珍事があったがクラスの誰もさほど重く受け止めてない。

あれは一条がわるいしな、うん。

 

いくらなんでも女子にゴリラ呼ばわりはないだろう。

ともあれ桐崎さんの素を見れたことは良いことだ。

 

そしてそんな彼らは今隣同士で座っている。

互いを罵り合う二人を見て知り合いと思ったらしく、キョーコ先生があっさりと決めていた。

 

俺としては、血で血を洗う席替え戦争が起こらずに済んでホッとしていたりする、小野寺と離れたくもないしな。

 

 

「雪村くん」

 

「ん、宮本か。どうした?」

 

「いつもの、できたから頼んでいいかしら?」

 

「勿論、構わないぞ」

 

「ごめんなさい。色々忙しいのは知ってるのに、あなたに負担をかけて」

 

「負担だと思ったことはないよ。寧ろ気分転換に丁度良いし、実は結構楽しみにしている」

 

 

宮本から手渡されるのは一冊のノートと、表紙は全て英語で書かれた分厚い本だ。

いつもの、というのは彼女が洋書を自分の感性で訳した将来のための翻訳ノートの事だ。

 

彼女は中学の頃から翻訳家を目指しており、その練習に俺が付き合っている形だ。

 

これでも十一までアメリカにいたし、英語はかなり得意ではあるから構わないんだが、彼女はいつも申し訳なさそうにして、何かしらお礼をしようとしてくる。

 

 

「いや、それでも申し訳ないから、次の日曜にでも何処かに遊びに行きましょう。その時に何か奢るわ。でも二人だと誤解を生みそうだし、小咲も一緒に」

 

「ええっ!?ちょっ、るりちゃん。私聞いてないよ!それに雪村君にだって都合があるんだし、急に言われても」

 

「良いな、丁度見たい映画があったんだ。一人で見るのもアレだしって思ってたところだ。付き合ってくれると嬉しい」

 

「思ったより乗り気ッ!?」

 

「小野寺は予定とか入ってるか?」

 

「予定はないけど、私も行っていいの?」

 

「「当然」」

 

「それじゃ決まりな。細かい時間とかは後で決めようぜ、もう授業始まるしな」

 

「それじゃ、また後で」

 

 

今日も例に漏れず、遊びに誘って来た。

二人だとデートだな、なんて考えているとそこは宮本抜かりはない、すかさず小野寺を追加してきた。

 

最初は遠慮していた小野寺だったが、最終的にはきてくれそうだし、次の休みが楽しみだ。

 

 

「見たか?」

 

「見た見た」

 

「流石は我らが副会長、あっさりデート決めたぞ」

 

「しかも二人と」

 

「しかも相手から誘われて」

 

「やはり天才、か」

 

「まあ俺たちも休日は遊び行きますし?」

 

「男子だけでな」

 

「お、俺なんか彼女いるし」

 

「画面の中だろうが」

 

「それで、本音は?」

 

『滅茶苦茶羨ましい!!』

 

 

何やら男子連中が騒いでたが、そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お取り込み中悪い。学校を案内しようと思うんだが……随分仲良くなったな」

 

『なってない!』

 

「息もぴったりじゃないか。それで、どうだ?」

 

 

桐崎さんも飼育係になったらしく、校舎裏のプチ動物園に来てみたところ、またも言い争う一条と桐崎さんの姿が。

 

軽い冗談だったのだが、中々いい反応を返してくれる。

 

 

「いいわよ。こんな器の小さいもやしといるより、断然楽しいだろうし」

 

「こっちこそお願いしたいくらいだぜ。ここの動物はどっかのゴリラと違って繊細だからな、雑な世話をされたんじゃすぐに死んじまう」

 

「はあ、それじゃ桐崎さん借りてくぞ」

 

「おう、ゆっくり回ってくれていいからな」

 

「それじゃ、行こうか」

 

「ええ」

 

 

うーん、やっぱ仲悪りぃわこいつら。

どうしてこうなった、ってぐらい険悪な雰囲気だ。

 

まあ俺には関係ないし、ササっと学校案内するか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず移動教室で使う教室や女子更衣室、あとは保健室なんかを案内した。

 

それで最後に着いたのが生徒会室だ。

ここには話したい事があったから来た。

 

 

「それじゃ、ここが最後だ。何か困ったことがあった時はここ、生徒会室に来てほしい。俺たちが全力で対応することを約束する」

 

「ヘえ〜、ここが」

 

「立ち話しもなんだし、中にどうぞ。今の時間なら先輩たちもパトロールでいないし」

 

「えっ、大丈夫なの!?っていうかパトロールなんてしてるの?生徒会が?」

 

「大丈夫だから、どうぞ。一応敷地内だけをぐるっとな。ま、侵入者対策ってやつだな」

 

 

会話をしながら生徒会室に入り、来客用のソファーに桐崎さんを座らせる。

 

この部屋は無駄に設備が整っている、職員室から持ってきたというデスク、彼女が座っている来客用のソファーや机も学校の応接室と同じものなので結構な値段はする。

あとは温かい飲み物が飲めるように、電気ケトルが置いてあり俺は大抵コーヒーを飲んでいる。

 

 

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

 

「紅茶でお願いします」

 

「了解。それと、そんなに畏まらないでいいぞ。同じ一年なんだし何なら一条と同じように話してくれると嬉しい」

 

「いやっ、アレは……」

 

「俺はあっちの方が素の桐崎さんって感じで好きだしな」

 

「すッ!?」

 

「ん、どした?はい、紅茶な」

 

「な、何でもないわ。いただきます」

 

「どうぞ」

 

「あっ、美味しい」

 

 

好き、のくだりでビクッと体が一瞬跳ねて途端に顔を赤くした彼女はそれを誤魔化すように紅茶を口にした。

 

軽い冗談で言ったんだが、すごい反応したな、結構初心なんだろうか。

いや、というよりも実家関係で言い寄ってくる男もいなかっただけか。

 

紅茶も気に入ってもらえたようで、話しやすくなったし、本題に入るとするか。

 

 

「桐崎さん、実家はマフィアだよね」

 

 

これにはどういう反応をしてくるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼、雪村くんは不思議だ。

初対面の時も、全力で走って来て汗だくの私に気を配ってハンカチを渡してきて、しかもそれを指摘することなく何でもない事のように自然に行って。

 

こう、紳士的とでも言うのだろうか。

今までのクラスメイトと比べても圧倒的に大人っぽいし落ち着いてる、ホントに同い年?って感じだ。

 

しかも生徒会役員をしているらしい。

今は校内の案内をされているが、隣を歩く彼の左腕には白の腕章がついている。

 

そうなった経緯は聞いてないが、一年の、それも四月での役員入りなど明らかに普通ではない。

 

時折会話を交えながら歩いていると、彼が一室の前で立ち止まる。

 

 

「それじゃ、ここが最後だ。何か困ったことがあった時はここ、生徒会室に来てほしい。俺たちが全力で対処する事を約束する」

 

「ヘえ〜、ここが」

 

「立ち話しもなんだし、中にどうぞ。今の時間なら先輩たちもパトロールでいないし」

 

「えっ、大丈夫なの!?っていうかパトロールなんてしてるの?生徒会が?」

 

「大丈夫だから、どうぞ。一応敷地内だけをぐるっとな。ま、侵入者対策ってやつだな」

 

 

パトロールとか侵入者対策とかに気は取られたが、彼が開けてくれたドアを通り中へ入る。

 

中は、思ったよりも立派なもので、普通はこんなにしっかりした机とかは置いてないだろう。

その応接用らしいソファーに案内された私に、彼は振り返りながら話しかけてくる。

 

 

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

 

「紅茶でお願いします」

 

「了解。それと、そんなに畏まらないでいいぞ。同じ一年なんだし何なら一条と同じように話してくれると嬉しい」

 

「いやっ、アレは……」

 

「俺はあっちの方が素の桐崎さんって感じで好きだしな」

 

「すッ!?」

 

「ん、どした?はい、紅茶な」

 

「な、何でもないわ。いただきます」

 

「どうぞ」

 

「あっ、美味しい」

 

 

彼の雰囲気がとても落ち着いているのと、どっかのもやしのせいでついてしまったかもしれない暴力的な女子というイメージを払拭するため敬語で話したのだが、彼にはそれがどう見えたのだろうか。

 

それにどうしようか考えていると、いきなり爆弾を投げつけられた。

 

いきなりす、好きとか!!

多分そういう意味じゃないんだろうけど、でもいきなり好きとか言う、普通!?

 

いまだにバクバクしている心臓を落ち着かせるために出して貰った紅茶を一口含む。

 

それは、思わず声に出るほどに美味しい紅茶だった。

不本意ながら父の職業柄、それなりに高級なパーティーやお茶会に出たこともある私がそう思うのだから相当だ。

 

そんな事を考えながら、そろそろもやしのネックレスでも探しに行こうかと思っていると、またも爆弾を投下された。

 

 

「桐崎さん、実家はマフィアだよね」

 

 

空気が凍った、いや、私の思考が止まった。

思い出したくもないのに脳裏によぎるのは、実家がマフィアだからと遠巻きにしてくるかつてのクラスメイトたち。

 

せっかく親の事を誰も知らないところに来たのにとか、またぼっち生活に逆戻りとか、漸く動き出した思考回路は次々に有る事無い事浮かんでは消えていくが、それを止めたのはまた彼の言葉だった。

 

 

「すまない、誤解させてしまったようだ。確認をとってそれがバレないように手を貸すと言う筈だったんだが、配慮が足りなかった」

 

「そ、それならもっとわかりやすく言いなさいよ!」

 

 

思わず怒鳴るように言ってしまったが、これは彼が悪いと思う。

悪かったよ、なんて頭を掻きながら謝ってくる姿は普段の彼と違い年相応に思えて少し可笑しくて私は思わず許してしまった。

 

 

「それで手を貸すって、具体的にどうするのよ」

 

 

さっきの衝撃で敬語もとれてしまったが、彼もこっちの方がいいと言っていたしこのままでいいかな。

 

 

「その前に確認なんだが、家に帰ってからは何か用事があるかな?」

 

「家に?いや、特にはないけど……」

 

「良かった。それじゃ七時にお邪魔したいんだけど親御さんは帰られてる?」

 

「多分家にはいると思うけど……」

 

 

何故か彼はここではなく私の家で話したいらしく、パパが家にいるかを聞いてきた。

 

それに関しては問題ない。

転校してくる前もそうだったが、いつ仕事してるの?と思うくらいにはずっと家にいた。

 

それにはママが忙しすぎて簡単には会えない私を寂しくさせないように、という気遣いと父がギャングのボスだというそもそも外出する必要がないということも関係するとは思うが。

 

よって、パパに関しては問題ない。

 

しかし私には、それよりも心配することがある。

 

雪村くんは私の実家のことを少なからず知っているらしい、多分先生から聞いたのだろう。

先生にだけは最低限のことは話しているはずだし。

だが話で聞いているのと実際に見るのでは天と地ほどにも差があるはずで、彼がそれにどういった反応をするのかが私にはどうしても気がかりだった。

 

何しろ顔や腕など日常的に見えるところにタトゥーが入った者や、常にジャケットの内ポケットが膨らんでいていざとなればそれを使うことに何の躊躇いもない者たちの巣窟である。

勿論私は子供の頃から知っているし、見た目はアレでも悪い人間じゃないのはわかっている。

 

しかし彼からすれば初対面の相手がそう(・・)なのだ。

怖がるのが普通だし、関わりたくないと思うのが普通の反応だろう。

 

チラリと見る、何やら考え込んでいてこちらの視線には気づかないが、柔らかな表情を浮かべる彼から前のクラスメイトと同じように距離を置かれたらどうしよう、と。

嫌な想像は止まらず、彼の質問にも半端な返事しかできずそんな私を見てどう思ったのか、彼は両手を合わせて拝むようにして言った。

 

 

「いきなり女子の家に押しかけるなんて非常識なのはわかってるけど、どうにか頼めないか?勿論用が済めばすぐに帰るつもりだし、親御さんには俺から説明もする」

 

「へっ?」

 

「家が駄目なら学校に来てもらうしか、いやでも態々ここまで来てもらうのも悪いか。それなら家の近くの喫茶店とかでも……」

 

「いや、家に来てくれるのは大丈夫だから。父は多分家にいるし、そういうのも気にしないから!」

 

「ん、そう?でも何か心配事があるんじゃないか?すごい顔色悪かったけど」

 

「それはその、家の連中ってかなり強面というか、すっごい面倒というか」

 

 

彼は私が黙ったのが、いきなり男子を家に招くことを心配していると勘違いしていたらしい。

クロード辺りの言動を考えればそれも間違いないのだが今はそうじゃない。

 

彼がまたも気を使って別の案を考えているのを見ると、慌てて大丈夫と言ってしまった。

私に関する話なんだし、これ以上彼に負担をかける訳にはいかないと思ったから。

 

ただ私はそんなに顔にでるのだろうか、私が何かを不安がっていることは彼にはお見通しだったらしくそう聞いてきた。

 

少し言い淀んだが、家に来ることは了承してしまったし、遅かれ早かれわかることならば先に知っていた方が良いだろうと、遠回しな表現になったがどうにか伝えた。

 

 

「ああ、荒くれ者だからって?大丈夫だよ、これでもそう言う人達の相手は慣れてるから」

 

 

それに対する答えはあっさりしたものだった。

正直に言って彼が私の言葉をどれだけ理解しているかもわからないし、結局私の不安は晴れなかった。

 

続けて言った彼の言葉を聞くまでは。

 

 

「それに、そういうの(ギャング)を理由に桐崎さんを嫌いになんかならないから、それだけは安心してよ」

 

 

急にそういうこと言うのは、ずるいと思う。

 

 



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3話


お気に入り登録、評価等してくださった方、ありがとうございます。

お陰でモチベが急上昇しております。



 

 

あの後、顔を赤くした桐崎さんと話をしていると、何かを思い出したらしく彼女は慌てて出て行った。

もやしとか言っていたし買い物だろうか、意外と庶民派なのかな?

 

俺はというと、彼女と入れ替わるように戻ってきた先輩達との報告会を終わらせて、今は下校の途中だ。

毎日のことだし別に構わないのだが、なぜ俺が進行役を任されているのだろうか。

 

それにしても今日の報告会で話題にあがった男、まず銀髪、薄紫色のスーツに眼鏡を着けていたらしい。

マフィアの幹部が何してんだ、という話である。

 

報告では敷地の外で(・・・・・)発見したということだったが……まあ初日だし、大目に見よう。

 

下校途中とは言ったが、このまま直接桐崎さんの家に行くために今向かっているのは和菓子屋『おのでら』である。

一応手土産でも買おうかと思ってのことだ。

 

外国人に和菓子はどうかと思ったりもしたが、この町で一番美味いお菓子屋は洋菓子店を含めても、間違いなくここなので宣伝もかねての選択のつもりだ。

 

ちなみに店の名前でわかるかも知れないが小野寺の両親がやってる店だ、もう数年は通っているがいまだにお父さんには会えたことがないが。

お母さんには何度か会ったことがある、親子とはいっても小野寺とはかなり性格の違う人で結構グイグイ質問されたのを覚えている。

 

嫌いではないが、何となく苦手ではあるので今日の店番は小野寺だったら嬉しい。

そんなことを考えながらゆっくり店に入る。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

「良かった、小野寺だったか」

 

「へっ?あ、雪村くん!」

 

 

ショーケースの中の整理をしていたようで手元に集中しており、こちらに視線は向けずドアの開いた音で声をかけてきた。

それが小野寺だったことで思わず言葉が出てしまいそれを拾った彼女は顔をあげ、俺を見つけたらしくショーケースのこちらまでパタパタと寄ってきた。

 

 

「これからちょっと人と会う用があって、手土産でもと思って買いに来たんだけど」

 

「いつもありがとうございます。雪村くんが宣伝してくれるから、この頃お客さん多いんだよ」

 

「それは何よりだ。でもここの和菓子が美味いのが一番の理由だと思うけどな」

 

「ふふ、そうだったら嬉しいんだけどね」

 

「間違いないよ、俺もおのでらのファンだしな」

 

「ふぇっ!?」

 

「ん?」

 

 

さっきも言ったがここの和菓子は美味い、家に常備するくらいには。

だからこそ知り合いとかお偉いさんとかに会いに行くときは大抵ここの和菓子を買っていく。

 

そのくらいこの店のファンだと伝えたのだが、言い方が不味かっただろうか。

妙な声を出したと思えば、顔を赤くして俯いてしまいプルプルと震えている。

 

反射的に出たんだろう、多分俺の言葉の意味はもうわかってると思う。

だからこそこっちに顔を向けてくれないのだろうが。

 

 

「あー、そうだな。その売り子姿なんかすっごい似合ってて眩しいくらいだし」

 

「へ?」

 

「こんなに可愛い子のファンになるのは、当然で仕方ないと思うんだけど」

 

「ちょっ!」

 

「もう二年以上、俺は小野寺のファンだぞ?」

 

「あわわわわわ!」

 

 

このなんとも言えない気まずい空気をぶち壊したい一心で話すんだが、小野寺の反応が可愛くてなかなかやめられない。

 

俺の一言でいまだに赤い顔を上げてこちらを見て、次の言葉で耳まで赤くなって慌てて止めようとしてくる。

最後にはようやく止まった震えがさっき以上の振動数を叩き出した。

 

うん、可愛い。

 

しかし、言ったこと思い出すと口説いてるみたいだが問題ないな、嘘は言ってないし大体本音だから。

 

 

「小咲ー、悪いんだけど、裏行って材料取ってきてくれな……い」

 

 

ガチャッ、と店の奥にあるドアから入ってきたのは例のお母さんで、彼女にはこの光景がどう映ったのか小野寺への頼みごとであろう言葉も途中で勢いをなくした。

 

小野寺は音に気づいて振り向いて、固まった。

 

妙な緊張感すら漂う空間で、再起動を果たした娘とそのきっかけになった母、そして娘を口説いていたであろう不届きな輩(俺)は動けずにいた。

 

 

「ゆ、雪村くんのバカァァァァァ!」

 

「ちょっと、小咲!」

 

 

最初に動いたのは小野寺、俺への恨み言を残してたった今母が入ってきたドアから出て行ってしまう。

その時に軽くぶつかられたお母さんは止めようと声をかけたが、聞こえなかったのか遠くから階段を登る音が届いた。

 

静寂。

 

そんな言葉が当てはまる静けさがここにあった。

さっきの小野寺とのものを軽く凌駕しての気まずい空気到来である。

 

 

「……どうしたの、アレ?」

 

「なんというか、からかってたらああなりました」

 

「からかってた、ねぇ。私には口説いてたみたいに見えたけど?」

 

「まあ、間違ってはないですね」

 

「へぇ……あの子のこと、好きなの?」

 

「……すいません、そういうのは本人に言いたいんで」

 

 

その沈黙も長くは続かなかった、お母さんが話しかけてきたからだ。

 

彼女にそんな気はなかったのかもしれないが、それは質問というより尋問に近いものだった。

そんなプレッシャーに負けた俺はついに自白してしまった、母は強しって言うし仕方ない。

 

でも最後の質問だけは守り通した、ほとんど言ってしまっている気もするが本人には聞かれてないからセーフだ。

 

 

「ふ〜ん。まっ、今はそれでいいわ。うちのお得意様だしね。それで、今日は何買ってくれるの?」

 

「どら焼きを十個お願いします」

 

「あいよ。いつもありがとね」

 

「いえ、ここの和菓子は美味いんで一日一個は食べたくなるんです」

 

「あはは、嬉しいこと言ってくれるね。でもそれだけじゃなくて、小咲のこと。学校での話、いつも聞いてるわよ」

 

「へえ、そうなんですか」

 

「そうよ。今日は雪村くんに勉強教えてもらったとか、バスケしてる姿がかっこよかったとか、一日一回は話題にあがるから。最早日課よ」

 

「ちょっ、それ言っていいんですか?後で怒られますよ」

 

 

俺が答えた途端にニヤニヤしながら許してくれた。

本当に小野寺に言うのだけは勘弁してください。

 

その後も袋にどら焼きを詰めながら話すことに、何故どら焼きかと言えば桐崎さんのお父さんの好物だという情報を掴んだからだ。

 

ってそれよりも、こっちのお母さんの暴露が酷い。

言ったことが小野寺にバレたら、俺と一週間は顔合わせてくれないぞ。

 

 

「バレなきゃいいのよ、だから言っちゃ駄目よ」

 

「いや、言えませんよ」

 

「そりゃそうね。はい、どら焼き十個で2000円ね」

 

「ありがとうございます、これで」

 

「はい、2000円ちょうどね」

 

「っと、そろそろ時間ヤバイので帰ります」

 

「雪村くん、これからも小咲と仲良くしてあげてね。あの子、本当に楽しそうにあなたのこと話すから」

 

「もちろんです。寧ろこっちが愛想つかされないか心配なくらいなんで」

 

「ふふ、それなら心配いらないわ」

 

「それならいいんですけど。それじゃ失礼します」

 

「ええ、気をつけて帰りなさい」

 

 

そんなこと言えるわけがない、自分で自分の首を絞めるようなものだ。

もちろんそう言ってもらえてたのは嬉しいけどね。

 

ふと時計を見ると、六時半になりそうでそろそろ出ないとまずいのでそう伝えたのだが、彼女から真剣な表情でお願いされた。

けど、それはお願いされるようなものでもない、俺は自分の意思で小野寺と仲良くしていて、彼女から拒絶されないうちは離れたいとも思わない。

 

そう伝えると、彼女は自信満々な表情で問題ないと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪村くんは約束の十分前に門の前に訪れた。

少し前から待っていた私に驚いてたみたいだったけど、そのまま案内することに。

待たせたことを謝られたけど、私の都合で態々家まで来てもらってるんだしこのくらいはしないと。

 

それで彼を客室まで連れて歩いたんだけど、あまり驚いた様子はない、普通より大きい家だと思うのだけど見慣れてるのかしら。

 

すぐに部屋に来たパパと挨拶を交わし、緊張してる様子も見せず今日来た理由を話し出す雪村くん。

私やパパと反対のソファーに座っているギャングのボスと話していても平常心の彼が、数時間前の私との会話で慌てていたのを思い出して少しおかしくなった。

 

 

「それじゃ、今日はどういった用件でここに来てくれたのかな?」

 

「はい、彼女が自分の家がギャングであることを周囲にバレないよう協力するため来ました」

 

「ふむ、確かに環境が変わったし彼女のことを知る人もいないだろう。精々が教師くらいか。娘が友達を欲しがっているというのも気づいていたよ。それについては私も申し訳なく思っていてね。最初が肝心ということかな」

 

「その通りです。私の知り合いにヤクザの息子がいますが彼は既にそのことを周囲に知られています。クラスメイトは普通に接していますが、それ以外は彼を怖がり遠巻きに眺めるだけです。桐崎さんがそうなるとは限りませんが、最初から隠せるならその方がいいかと思いまして」

 

「なるほど。では具体的には何かあるかな?」

 

「まず、登下校はなるべく目立たないようできれば徒歩、無理ならば目立ちにくい車でお願いします」

 

 

あと送迎する人も同じく目立ちにくい格好で、と続ける彼を見ながら、話に出てきたヤクザの息子について考える。

その後も続く話を聞いてみればなんとリムジンで登校していたらしい、しかも刺青を晒しながら。

バッカじゃないの、と思いながらもつい今朝同じ目に遭いかけた身としてはあまり笑えない。

 

 

「他にも色々ありますが、とにかく一番は目立たないことです。転校生でハーフの可愛い女子というだけでも注目を集めます」

 

「かわッ!?もう、そういうのサラッと言うのやめなさいよ!」

 

「何が?」

 

「だから、その、可愛いとか。好き、とか」

 

「いや、桐崎さんは可愛いだろ。俺は自分に正直に生きるようにしてるんで、やめることはないな。あと、自分を偽ってる人と生き生きとした素の表情を見せてくれる人、桐崎さんはどっちが好きだ?」

 

「そんな風に言われたら、後の方に決まってるでしょ!」

 

「だろう?」

 

「ふふ、千棘にこんなに仲の良い友達が出来るとはね。しかも一日でこれとはね」

 

「すいません、話し込んでしまって」

 

「いや、構わないよ。寧ろ安心したくらいさ。君がいれば千棘も楽しい学校生活が過ごせそうだ」

 

「ボス、私は反対です」

 

「ほう。雪村くん、彼はクロードといい我々の側近で最も信頼している者の一人だ」

 

「そうなんですか。学校にも来られてましたね」

 

「えっ、そうなの?」

 

 

もう、彼のこういうところは天然なんだろうか。

あっさりと言い包められたけど、要するに私もそのままでいた方がいいってことよね。

最初はお淑やかな感じのキャラでいこうとか思ってたけど、よく考えたらそれも疲れそうよね。

うん、やっぱり素の私でいるのがいいのかも。

 

それにしても、クロードが学校に来てたなんて全然気づかなかった、絶対来ないでって言ってたのに。

この後にでもキツく言っておかないと。

 

 

「ほう、気づいていたか」

 

「はい、生徒会室の隣に隠れてましたね。今日のように敷地内に入るのはやめてもらえませんか」

 

「そんなことはどうでもいい。私が言いたいのは、貴様が何者かということだ。お嬢がビーハイブのボスの娘であると知っていて限りなく隠した私の気配を察知した。それで一般人であるとは言わせんぞ。貴様はどこの組織の者だ?」

 

「どこの組織にも属してはいませんよ」

 

 

クロードが話しだしてからこの部屋の空気が変わった、なんとなく怖い感じの視線を雪村くんに向けるけど彼は何でもないかのように受け流していた。

 

クロードが言うには雪村くんは裏の人間なんじゃないか、ってことらしい。

一般人が手に入れられる情報ではないと。

 

それに対して、雪村くんはさらりと答えた。

 

 

「フン、それで納得できると思うか?」

 

「無理でしょうね。なので一つだけ、私は一人の殺し屋の弟子でした。彼は極めて優秀でしたが、五年前に三つの組織から包囲され死亡しました」

 

「ッ!?」

 

「馬鹿な、ヤツに弟子などいるわけ……ッ。まさか貴様が『エンド』か?」

 

「そう呼ばれていたこともあります」

 

「ど、どういうこと?」

 

 

驚いた。

彼が殺し屋の弟子だったなんて、けど言われてみればその隙の無さは仕事モードの鶫にも通じるものもあるし、本当なのかもしれない。

 

でも師匠はもう亡くなってるなんて、大して表情を変えずに話す彼を見て少しだけ心がざわついた。

きっと大切な人だったのに、悟らせないようにしてそれは凄く寂しいことなんじゃないの?

そんな風に思っても、それを口にする事はできず、話は進んでいた。

 

クロードが慌てた様子で問いかける、彼のこんな姿を見るのは珍しい、と思ったけど私の誕生日のたびにプレゼント関係で同じようになってるし、そうでもないかもと思い直した。

 

エンド?

何のことかしら、流石に黙っていられず話の途中で口を挟むことになったが聞くことにした。

 

 

「特殊な殺し屋のコードネームみたいなものです。異名と言ってもいい。巧みな変装で顔は不明でしたが体格からまだ子どもとだけ判明してました。そして、その名を有名にさせたのがその雇われ方です」

 

「雇われ方?どう特殊なの?」

 

「通常殺し屋に依頼する時は互いに顔を合わせることなどほぼありません。その後も殺し屋が単独行動で対象を殺しに行く、普通はそうです」

 

 

しかしエンドは違う、とクロードは続けた。

彼が言うには寧ろボディガードに近いのだと、それとの違いは身を呈して守ることを最優先にするか、そうしつつも敵を完璧に排除すること。

常に依頼者の側で、守るか、護るため敵に立ち向かうかの違いだと。

実際に守られた依頼者が傷一つ負ってないことから護り屋と言われてもいます、という言葉でクロードの説明は終わった。

 

その間も雪村くんは静かにこちらを見るだけで口を挟むことはなかった。

 

 

「要するに、超優秀なボディガードってこと?」

 

「間違ってはいないよ。エンドは四年ほど前から姿を消してしまっていたから、死んだと言われていた。まさか日本で生きていたとはね」

 

「ボス、まだこの男がエンドだと決まったわけではありません。仮にエンドだとしても、信用できるわけでもない」

 

「しかし、エンドが殺したのは悪人だけという話だったが?」

 

「それは聞いていますが、それでも危険でしょう。もしかすれば報復にお嬢が巻き込まれるかもしれない!」

 

「その時は俺が護りますよ、彼女は既に俺が護るべき生徒で友人だ。それを害するというのなら、排除します」

 

 

パパが言うには、ビーハイブでも彼をスカウトすべく動こうとしていたらしい。

 

だがクロードからすれば関係ないらしい、反対理由が私の安全というのがどうにも彼らしいが。

私は大丈夫だと思うんだけど、だって生徒会室でも何もしなかったし今だって彼からの敵意みたいなのは感じ取れない。

これでもギャングのボスの娘だ、敵意や殺意には結構敏感なんだから。

 

雪村くんが声を発した時、またもや空気が変わった。

それまでの冷静だけどどこか暖かい彼の雰囲気が無くなったわけではない、ただ鋭さが増した。

敵意でも殺気でもなく、闘気だとか、覇気といった方が正しいかも、それを目の前で見せられているのに彼を恐れる感情は何故か全くない。

 

別に護ってもらうことにときめいたり、友人って言葉に舞い上がったりなんてしてないんだから!

 

 

「ふん、ならばその実力を見せてもらおうか。庭に出ろ、雪村とやら」

 

「構いませんよ。依頼といった関係ではありませんが、信頼を得るためには必要なことでしょう」

 

 

えっ、どうしてこうなったの?

なんか急に戦う雰囲気なんですけど。

 

でも険悪じゃない、クロードもどこか彼のことを認めているみたいだし。

 

あぁもう、とにかく、どっちも怪我しちゃ駄目よ!

 

 




この後の模擬戦は引き分けです(戦闘描写はカット)。


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4話

 

 

窓から差し込む光で、私しか居ない夕暮れの教室はオレンジ色に照らされて、どこか幻想的に輝いて見える。

普段は外から聞こえる運動部や遠くからの吹奏楽の演奏の音などで騒がしい校舎が、今は静かなのが不思議で、でもそれも気にならない。

 

心の中はまず緊張があり、次に期待、それからやっぱり不安、細かいものは他にも様々で、とにかく複雑な感情が渦巻いている。

 

チラリと黒板の上に掛かっている時計を見る、時刻はあと五分で六時を指す、真面目な彼はそろそろ来るかも、なんて思い浮かべただけで胸が高鳴るようでこれじゃいけないと頭を振って平常心を取り戻す。

今度は髪型が崩れてないか心配になり手鏡で確認、しょうがないんだよ、少しでも可愛いとか綺麗とか思われたいしそんな私を見てほしい。

 

いつもの私だと確認を終え、鏡をバッグへ。

 

扉が開く音に振り返るとそこに立つのは私が待っていた、テレビで見るアイドルやモデルよりもカッコよく思う男の子、中学から私が密かに恋心を抱いている相手、雪村柊一くん。

この高校を進学すると決めたのも彼がきっかけだった、その時の私の成績だと結構厳しくてるりちゃんにも雪村くんにも迷惑かけたのを良く覚えている。

けど、その勉強を見てもらう時間も楽しくてそれで満足してしまいそうになる度にるりちゃんに注意されながら受験まで頑張った。

結果を三人で見に行って自分の番号があったのを見て飛び上がって喜んで、思わず二人に抱きついてその後はしばらく彼の顔すら見れなかった。

 

 

「ごめん、待たせたみたいだ」

 

「大丈夫だよ、さっき来たところだから」

 

 

これじゃ逆だろ、なんて笑う彼を見てまた胸が暴走してきたがこれじゃいけない、これから私は一世一代の告白をするのだ。

 

はっきり言って、雪村くんはモテる。

彼がどこまで自覚しているかはわからないが、その大人びた雰囲気と紳士的な対応、加えてイベントでは先頭で皆を引っ張るけど本当は一番楽しんでいて浮かべる子供のような邪気のない笑みは数多くの女子生徒のハートを撃ち抜いてきた。

 

実際に告白した子もかなりいる、それを聞いた時はこの世の終わりかと本気で思ったくらいだ。

だって地味な私よりも可愛いかったり、友達も多い子だったり、む、胸も大きかったりだったし。

それでも彼は誰とも付き合わなかった、噂では好きな人がいるから、と断ったらしいがそれが誰なのかはわからない。

 

私だったらいいのに、きっと彼を好きな女子なら皆が思ったことだ、私だって彼と恋人になった未来を何度妄想したことか。

 

最近だって彼が下駄箱から手紙を取り出した日は放課後まで気が気でなかった。

 

そうして中学から数えて通算十五回るりちゃんに告白するよう言われた私はついに決心したのだ。

 

 

「それで、用事でもあったのか?」

 

 

こちらを見つめて来るが、彼にしては珍しくどこかそわそわしているようで。

きっと彼はわかってる、雪村くんにとってはもう馴染みのシチュエーションだろうし彼を呼び出した時の私だって多分いつもとはかけ離れた態度だったに違いない。

 

それでも私の言葉を待っているのは全部受け止めて振るからなのか、それともまだ確証が持ててないのか。

ちなみに彼は告白された時は相手の言葉を全部聞いてその上で断るらしい。

 

ブワッとこれまで隠れていた不安が顔を出す。

 

それでも勇気を振り絞り、彼へ。

 

 

「雪村くん。私、ずっと中学の時から雪村くんのことがす「ちょっ、待ってくれ!」」

 

 

それまで黙って聞いていた雪村くんが止めてきた。

これまで聞いた話とは違う、私の勇気を出した告白は全部聞く必要すらなかったのか、やっぱりただの友達なんだ、なんて。

私は足元が崩れたようにすら感じられ、気を強く持たないとその場に座りこんでしまいそうで、でも視界がぼやけてくるのは止められず。

 

だけどせめて彼の言葉だけは聞こうと思って彼に視線を向けた。

 

 

「ごめん、不安にさせた。でもこれは俺から言いたくて」

 

ぎゅっ、とフラついた私の両手を握り、気づけば私たちの距離はずっと近くて。

思っていたのと違う、友達としか見れないとか、好きな人がいるからとか、これじゃあまるで……。

 

心は現金なもので、まさしく地獄から天国へと昇るような、微かな期待をしてしまっていた。

 

 

「小野寺。俺は、小野寺が好きだ。中学の時からずっと。絶対に悲しい思いはさせない、俺と付き合ってください」

 

「っ!」

 

 

思わず、涙が溢れた。

さっきまでとは意味の違うそれが、彼には違う風に見えたのか、真剣だった顔が不安に染められ恐る恐るといった風に訊いてきた。

 

 

「駄目、か?」

 

「違うの、これは嬉しくて。私も、雪村くんが好きです。私で良ければ付き合ってください」

 

 

良かった、言えた。

私はそう言うだけでもう喉がカラカラになってて、でもとんでもない達成感のようなものがあった。

 

彼の様子を伺うとホッとしたような、安堵の表情で、それを見て私もホッとする。

 

 

「ありがとう。さっきも言ったけど、絶対悲しい思いはさせないから、これからよろしく」

 

「こ、こちらこそ不束者ですが、よろしくお願いします!」

 

 

彼はプッと吹き出して、流石に気が早いぞなんて言って頭をポンポンと撫でてくる。

 

ああ、これだけで幸せです。

 

 

「でも、ほんと夢みたい。私が雪村くんと恋人になれるなんて」

 

「確かめてみるか、夢かどうか」

 

「へ?にゃっ、にゃにするの?」

 

 

それは私の本心を口に出した言葉だったのだが、彼はからかい混じりに私のほっぺたを摘んできた。

 

普段の紳士的な彼からはちょっと想像しにくいけど、精神的に高揚している時に限ってちょっとしたスキンシップが増えるのだ。

るりちゃんなんかは脇の下に手を入れられてそのまま持ち上げられ高い高いされてたっけ。

 

けど、今の私にはそんなことはどうでもいい。

 

何故かって、痛くない(・・・・)

 

 

「ごめんごめん、それじゃお詫びに」

 

 

呆然とする私のあごを手で優しく持ち上げ、自分と視線を合わせるようにして、少しずつ顔を近づけてくる。

 

あわわ、雪村くんがこんなに近くに。

あっ、まつ毛長い、肌も綺麗、彼の瞳って薄い緑色だったんだ。

 

残り三十センチ、十五センチ、ついに覚悟を決めた私が彼へと一歩踏み出す。

はっきり言ってこれが夢だとかは頭の中から綺麗に飛んでいってしまった。

 

そして互いの唇が触れる、という時。

 

意識が徐々に薄れていく、目覚めていく、ともいう。

 

そして、目を開く。

 

そこにはいつも通りの自分の部屋、顔が熱かったり、心臓がバクバクと煩かったりするけどとりあえず私がすることは一つ。

 

 

「……もう一回寝よう」

 

 

二度寝して、続きを見ないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロードとの組手から一週間と少し、休日の今日に宮本達と約束していた映画を見ることに。

クロードの相手は中々にシンドかったが、有意義な時間だったと思う、少なくとも実力は認められて校内の警護は任され、侵入もしないと確約させたし。

 

地味に気に入られたみたいだしな、何だろ、桐崎さんを護るって言ったのが効いたのかな。

 

それはそうと一昨日までは平和だったわけだ。

特に話すこともない、学校でも問題は起きない、強いて言うなら桐崎さんにノートを貸したくらいか。

そこらで銃撃戦が起きていたのは両方のトップに電話で警告はしたが。

そうすると、一昨日の夜に桐崎さんから電話で、昨日の朝に一条から、泣きつかれた。

 

何でも二人でニセモノの恋人となるらしい。

どういった超理論でそこに至ったかは知らんが、それを止めることは出来ない。

俺はあくまで部外者であって実家の方針に口を出すことは流石にルール違反だろう、勿論心情的には同情もしたが、そこは耐えてくれ、三年間。

 

学校内では普通に過ごせば良いと伝えたら、少しは安心したのか引き下がった。

 

二人の高校生活には暗雲が広がって見えるがそれはそれ、今は二人とのデート優先だ。

宮本は認めないだろうけどあえて言おう、デートであると。

 

まあ、デートの相手の片方、小野寺がまだ来てないんだけど。

既に集合予定の駅前には着いていて、宮本とも合流し、もう待ち合わせ時刻は過ぎているが、小野寺は姿を見せない。

 

 

「遅いわね、遅れたことなんて殆どないのに」

 

「寝坊かな?たま〜にするだろ、小野寺」

 

「一年に一回くらいね。それにしても、電話にも出ないし……あっ。ちょっと、何してるの、小咲!」

 

 

おっ、小野寺が電話に出たみたいだな。

向こうの声は聞こえないが、宮本の様子からして事故に遭ったとかじゃなさそうだ。

 

十中八九で寝坊だと思うんだが、どうなんだろうか、残りの一ニは急な家の手伝いかな、それなら電話してくるだろうから今回はほぼないけど。

 

 

「それじゃ、普通に寝坊なのね。ええ、わかってるわよ。それじゃ、しっかり伝えとくから、車に気をつけて来るのよ」

 

「どうだった?」

 

「やっぱり寝坊みたいね。雪村くんに謝っといて、らしいけど」

 

「気にすることないのに。けど、それじゃここまでもう少しかかるのか?」

 

「もうすぐ家を出るって感じだったし、多分三十分くらいはかかるんじゃないかしら」

 

 

三十分か、長いようで短い時間だ。

今日の目的のショッピングモールにいくのは小野寺が来てからだとして、何をして時間を潰すか。

 

駅前の通りをグルリと見渡す、パッと見て目につくのはファストフード店や飲食店、次に眼科や歯科といった医院、あとは学習塾なんかだ。

ちなみに本屋は除外している、三人ともよく本を読むため後で行くことになるんだし、小野寺が来てからでいいと思ってのことだ。

 

めぼしい店もないし、喫茶店にでも入るか。

 

 

「適当な喫茶店でも入ろうぜ。気になる店はあるか?」

 

「そうね。強いて言うならあの店かしら」

 

「んん?あー、なるほど。んじゃあそこにするか」

 

 

彼女がビシッと指差したのは一つの喫茶店で、その前で揺れるのぼり旗を見て思わず納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぐもぐ、結構おいしいわね。こういうのって意外と味は微妙だったりするんだけど」

 

「それはなにより」

 

「雪村くんはこれじゃなくて良かったの?」

 

「ああ。このくらいが丁度いいよ」

 

 

宮本が指差すのは、デカすぎて彼女の口元から下を隠す特大パフェだった。

ちなみにテーブルに運ばれてきた時は向かいに座る宮本の顔がほぼ隠れていた、彼女が開拓を進め今に至る。

 

さっきの旗にあったのはこのパフェのこと、特大パフェ始めました、と書かれていた。

 

あと、俺は朝食をしっかり食べてきたからこの小さなケーキとコーヒーで大丈夫だ。

しかしこの店は当たりかもしれない、コーヒーは普通だがケーキは美味い、とはいっても『おのでら』の和菓子には及ばないが。

 

しかし、なんだ、そんなにじっと見て。

 

 

「これも結構美味いぞ。一口食べるか?」

 

「は?」

 

「はい、あーん」

 

「ちょっ、むぐっ!?」

 

「どうだ、美味いだろ?」

 

 

呆けたように口を開いて固まったところに一口大のケーキを放り込む。

食べたいならそう言えばいいのに、結構宮本って遠慮するとこあるよなぁ。

 

 

「こんなところで、誰かに見られたらどうするの?勘違いされるわよ」

 

「それじゃ今度は個室のある店に行こうか。それに、俺は宮本なら勘違いされてもいいけど?」

 

 

あっはっは、ちょ痛い、宮本ちゃん、机の下で足を蹴るのはやめてくれないかな。

それと顔赤いけど、どうしたんだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局夢の続きは見れず、寝過ごしてしまい、るりちゃんと雪村くんとの待ち合わせに遅れてしまった。

 

それにも二人は怒ることなく許してくれて、映画を見に行くことに。

るりちゃんはすっごい大きなポップコーンを買って食べてたけど、雪村くんは苦笑いだった。

不思議に思って聞いてみると私が来る前に特大のパフェを食べてたみたい、流石に食べ過ぎだよ。

 

そこで恋愛物の映画を見てしまったのが失敗だった、画面の中での俳優さんと女優さんのキスシーンを見てたら夢のことを思い出してしまった。

 

それからは意識してしまって、まともに雪村くんの顔を見れなくなった。

でもやっぱり見てしまい、結果チラチラ見ることになってきっと今日の私すごい変な子だったなぁ。

 

そして本屋に行き、ゲームセンターに行って三人でプリクラを撮ることに。

 

最初は普通に撮ってたけど、途中でるりちゃんが雪村くんに耳打ちして彼は戸惑った様子だったけど、るりちゃんの勢いに負けたらしく私の後ろに。

画面に映るのは私と雪村くんだけ、彼は嫌だったら言ってくれ、と前置きして後ろから私を抱きしめてきた。

もうそれだけで頭が沸騰するかと思ったけど、カウントダウンが始まったのでそのまま続行、るりちゃんがニヤニヤしてたのが気になったけど。

 

だから、今度は私が雪村くんに耳打ちした。

内容はお姫様抱っこをしてあげて、と。

 

他の女の子なら嫌な気持ちになると思うんだけど、るりちゃんなら平気だったりする。

 

珍しく顔を赤くするるりちゃんが見れて写真としても残っているので私は大変満足、今日は楽しかったです。

 

 

 

 

彼は本当に、あれは天然なのかしら。

 

いきなりの間接キスとか、その後のお姫様抱っこもだけど、いつか刺されるんじゃないかしら。

 

小咲と合流して、映画を見に行って私たちは特に見たいものも無かったので彼の見たいという恋愛物を見ることに。

でも失敗だったかも、画面の中でイチャつく俳優と女優がさっきの私たちと重なってしまい、それからはもう駄目。

何をするにしても彼を意識して無駄に動揺するし、顔は熱いし、照れ隠しに軽く叩いちゃっても彼は堪えない。

 

本屋では雪村くんのお勧めの本の中で彼の持ってない本を何冊か買った、彼が持っているものはそのうち貸してくれると言うのでそうなった。

本屋でも手が重なり(私が)飛び跳ねるという珍事があったが、あれは忘れましょう。

 

ゲームセンターのプリクラでは小咲にしてやられたといった感じか。

初めは普通に撮っていたが、刺激が足りないと思った私は雪村くんに小咲を後ろから抱きしめるようにこっそり伝えたのだ。

 

流石に付き合ってるわけでもないし、といった風に彼は否定的だったが、小咲は喜ぶから良いのよなんて強く言えば渋々と実行に移した。

 

顔を赤くして固まる小咲を見た私はもうそれで満足していた、油断していたともいう。

 

先ほどの私のように彼に何かを言っている小咲に気づかなかったのは一生の不覚だと言っていい、肩から背中にかけてと膝の裏に何かが触れたと思えば、ふわりと私は浮いていて、というか彼の顔が近くて今日イチの熱を顔に感じた。

 

そのあとはなんて事はない、彼が態々遠回りになるのに私たちの家を回って送ってくれた。

 

帰り道の始めは微妙に気まずい空気もあったけど、それもすぐに解消しいつもの私たちに戻れた。

 

でも、そろそろ駄目。

私は小咲の恋を応援するって決めたんだから、いい加減自分の気持ちも整理しないと。

親友が恋敵なんて、今時少女漫画でもないわよ。

 

それはそうと、今日の小咲の様子が変だったのは明日にでも聞き出さないと。

 

 



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5話

 

 

 

「雪村くん、わかってるわね?」

 

「あぁ、覚悟はできてる」

 

「それじゃ、頼んだわよ」

 

「宮本もアシストよろしく」

 

「任せておいて」

 

「油断せず行こう」

 

 

普段の教室ではなく、家庭科室での一幕。

宮本と繰り広げられる会話は、自分達を鼓舞するためのものであり、押し潰されそうな重圧から守る為のものである。

 

これから行われるのは家庭科の授業、それも調理実習である。

課題はケーキ、はっきり言って料理を普段からしており菓子作りもたまにする俺としては然程難しいものでもない。

 

しかしここで一つ重要なことがある。

俺、宮本、小野寺の三人で一班となったのだ。

 

お分かりいただけただろうか。

 

改めて小野寺小咲という女の子について語ろう。

茶髪を左右非対称に整えており、清楚な雰囲気を感じさせる美少女である。

美少女といったところからわかるだろうが、容姿も非常に整っており桐崎さんが綺麗系だとしたら彼女は可愛い系といった分類だろう。

ストレートに可愛いなどと伝えるとすぐに顔を赤くして時に爆発したり活動停止したりと見ていて飽きない一面もある。

性格だが、誰にでも優しく、だが何でも他人の意見に流されるというわけではなくしっかり自分の意思を通せる芯の強さを持っている。

この通り、非常に魅力的な女の子である。

 

だが、料理が致命的にアレである。

 

これを知ったのは中二の時の調理実習だった。

その時も同じ班になり、確か簡単なデザートを作って食べた筈だ。

一口で意識が飛びかけたが、どうにか完食したのだけは覚えている。

尚、小野寺含む他の班員は一口食べて気絶していた。

 

それからおよそ一年半、俺と宮本はそれを回避する方法を編み出していた。

 

それが【小野寺ゾーン】、彼女を中心とした半径1m 程の位置に常に俺がいることで彼女を緊張状態にさせ、下手な行動をとらせないというものだ。

そうそう、ネーミングセンスに関しては宮本に言って欲しい、技名つけたのは彼女だから。

 

小野寺の最多のミスはとんでもない材料をいつのまにか入れている、というものだ。

これを抑えるのといざという時止めるために、俺は彼女から目を離してはいけないのだ。

正直役得だと思う気持ちもある。

 

 

「なんだ、アレ」

 

「雪村と宮本が心なしか劇画タッチに見える」

 

「いやそれよりも見ろ、雪村のエプロンを!」

 

「ギャルソンエプロン……だと……!?」

 

「ソムリエエプロンじゃねぇの?」

 

「呼び方はなんだって良い。問題は雪村がこの上なくそれを着こなしているところだ」

 

「その通りだ。そもそもあれは料理に慣れた者でないと使うのに相当の勇気がいる」

 

「ああ、何しろ守備範囲が狭い」

 

「そういうことだ。そして雪村がエプロンをつける動作からして相当の慣れがあった。恐らく普段からアレを使って料理をしていると見た」

 

「危なかったぜ。俺もあのタイプにしようと思ってたんだが、直前で普通のに変更したんだ」

 

「英断だったな。何しろ制服が汚れるリスク以上に雪村と比べられるリスクを背負うことになっていた筈だ。どうやら、手遅れの奴がいるようだが」

 

「くっ。皆、すまねぇ!」

 

『ゴ、ゴリ沢!?』

 

「お前って奴は!どうして一言相談してくれなかったんだ!」

 

「すまん、けど俺だってよぉ。一花咲かせてぇって思っちまったんだよ」

 

「わっ。雪村くんのエプロン姿、カッコイイ」

 

「なんていうか、あのまま喫茶店とかに居ても違和感ないわね」

 

「写真撮らせてくれるかな。他のクラスの子にもお裾分けしないと」

 

「いいわね。後で頼んでみよっか」

 

「…………ゴフッ!!」

 

『ゴ、ゴリ沢ぁぁぁぁぁ!!』

 

 

マジで外野がうるさいが、集中集中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪村くん、これ。貰ってくれますか!?」

 

「ありがとう。頂くよ。うん、美味い」

 

 

結論から言うと、ケーキは上手くできた。

どうしてわかるかと言うと、小野寺から小さいケーキを貰ったからだ。

 

それもかなりいい出来で、多分小野寺史上一番のケーキだろう。

それを正直に伝えるとやはり顔を赤くして何処かへ逃げてしまったが。

うむ、可愛い。

 

因みに宮本からも貰った、渡す人が居なかったから、とのことだ。

当然ありがたく食べたし、これまた普通以上に美味かったので素直にいいお母さんになれると言ったら一瞬呆けてすぐに顔を赤くして俺の足を踏んだ後に逃げていった。

セクハラになってしまったかな、反省反省。

しかし、何を想像したんだろうねぇ。

 

それと、今はクラスの女子からケーキを貰っている途中だ。

ありがたいし、嬉しいし、残さないけど、流石にケーキを十人以上からは苦行と言える。

午前中で助かった、弁当は入らないけど。

 

俺のケーキは男連中に切り分けて配った。

男を磨けよ、といったノリで。

 

何故か全員悶えた後崩れ落ちてたけど大丈夫だろう。

 

そのうちクッキーでも焼いてくるかな、女子へのお返しとして。

 

男連中はいらんだろう。

 

少しだけ残念なのは、桐崎さんのケーキを貰えなかった事だろうか。

そこは恋人優先だし、仕方ないんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、泳ぎ方を教える雪村です」

 

「インストラクターの桐崎です!」

 

「お、小野寺です?よろしくお願いします」

 

 

おかしい、どうして雪村くんに教わることになってるんだろう。

 

昨日の夜るりちゃんから連絡があって、明日は水着を持ってくること、とだけ言われてすぐに切れちゃったけど。

それで学校で聞いたら何故か水泳部の練習試合のメンバーに入っていると言われ、放課後に練習するから大丈夫だと強引に話を終わらされたんだった。

確かに助っ人を読んでるから大丈夫とは言ってたけど、雪村くんとは聞いてないよ!

 

それ以前に雪村くんを直視できそうにないよ。

いや、雪村くんの水着姿はちょっと刺激が強いと思います。全体的に引き締まってて無駄な脂肪とかついてない感じであと腹筋も割れてる。

 

ど、どこを見ればいいの?

 

 

「それじゃ、まず確認だけど。小野寺は水中で目を開けれるか?」

 

「えっと、ごめんなさい。そこからもうできないです」

 

「別に謝ることはねーよ。まあゴーグルつければ良いだけなんだが、折角だし水中で目を開くことからやっていこうか」

 

 

あっ、ちょっと心臓がもたないかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、小野寺にとっては幸せな時間となった。

 

最初に互いに手を繋いで水中へと潜り、雪村は彼女が目を開くのを待つ。

結局、水への恐怖心を無くさなければ泳ぐ段階へと進めないとの考えからである。

 

それから息が続かなくなり浮上するまでを三回繰り返し小野寺は目を開くことができた。

 

その時に微笑む雪村と目が合い、驚きやら気恥ずかしさやらで空気を吐き出してしまい慌てて浮上することになったが、別に溺れたわけでもないので問題ない。

 

尚、これまで桐崎はやる事がないので宮本と共に競うように泳いでいた。

 

 

「良し、じゃあ次だな。これからやるのは、人間の身体は水に浮くってことを自覚してもらうためのものだ」

 

「どういう事?人の身体って浮くの?」

 

「まあな。緊急時とかにも役に立つし、覚えていて損は無いと思う。あとはちょっと申し訳ないんだが、少し体に触れることになる。勿論嫌なら桐崎さんとか宮本呼んで手伝って貰うが」

 

「大丈夫だよ。雪村くんは信頼してるし、二人も楽しそうで、邪魔するのも申し訳ないから」

 

「なんか、ありがとな。それじゃ、失礼して」

 

「ひゃっ!?」

 

 

そう言って、小野寺の横に回り込み、背中と太腿の裏に手を回し、優しく抱きあげた。

 

 

ドドドドドドドドッ!!

 

 

現在、彼女の心臓の音が届けばこんな風に聞こえることだろう。

顔を赤くし、雪村の腕の中でカチコチに固まってしまっている。

 

 

「ゆ、雪村くん。これは一体」

 

「いや、疚しい気持ちは無くてだな。これから少しずつ力を抜いていくから、姿勢を整えて、感覚を覚えてほしい」

 

「うん。よく分かんないけど、頑張るから」

 

 

この時、顔を赤くした小野寺に上目遣いで見つめられ、内心ときめいていた。

当然のようにポーカーフェイスでそれを表に出すことはなかったが、彼は彼で結構色んな意味で大変だった。

 

その後も、手を引いてのバタ足の練習。

桐崎を呼び戻してのクロールの手の動きや息継ぎのタイミングを見てから実践。

他にもいくつかの練習を重ね、小野寺は25m限定ではあるが泳げるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、仮にも彼女が助っ人で呼ばれてるんだから一度くらい顔出そうとか思わないのかしら」

 

 

今日は練習試合の当日だ。

私はまだ着替えている小野寺さん達より一足早く着替え終わり、会場に来ていた。

 

 

「そう言ってやらないでくれ。今は道場が楽しくて堪らないんだろう」

 

「ひゃっ。……いきなり背後に立たないでよ!?びっくりするでしょ!」

 

「それは悪かったな」

 

 

クスクス笑いながら言われても反省してるように見えないんだけど。

 

私に話しかけてきたのは雪村くん、昨日は小野寺さんに付きっきりで泳ぎ方を教えていた。

 

しかし、やっぱりすごい体つきしてるわね。

何というか、必要なだけ鍛えられているような感じかしら、今は黒のパーカーを着ているからイマイチわかんないけど。

でも割れてる腹筋とか動くたびにチラチラ見える鎖骨などは正直目の毒なので前のファスナーを閉めて貰いたい。

 

 

「それで、あのモヤシは昨日も今日も何してるのよ」

 

「合気道の道場で、今頃は稽古してるだろうな。もう二年は通ってるから中々の腕だぞ」

 

「あんなにモヤシみたいな体型してるのに?」

 

「どうにも筋肉がつきにくい体質みたいでな。それもあって合気道を勧めたんだ」

 

「ふーん。まあ私には関係ないでしょ。でも怪しまれたくないから程々にして欲しいわ」

 

「その辺は改めて俺からも言っておこう。同じ道場の先輩とも顔見知りだから」

 

 

聞けばモヤシこと、現在仮初めの恋人関係にある一条楽は合気道の道場に通っているらしく、そのせいで昨日も今日も顔すら出してない。

 

別に私としてはどうでもいいのだけれど実家の連中特にクロードが怪しむ可能性があるわけでそれはできる限り避けたい。

 

だから雪村くんに頼んだのだが、どうやら彼もモヤシに声をかけてくれたらしいのだが、向こうも他所の道場と合同練習があったらしくどうしてもこっちには来れなかったようだ。

それでももう一度言ってくれるようなのでひとまず気にしないことにしよう。

 

 

「そろそろ宮本たちも来そうだし、この話題はここまでにしておこうか。ボロが出てもマズイだろう」

 

「そうね。この後は私の華麗な泳ぎを見てなさい!」

 

「期待しておくよ。その為にもしっかりと準備運動するように」

 

「わかってるわよ」

 

 

多分宮本さんたちのところへ行くのだろう、此方に背中を向ける雪村くんにそう声をかけると後ろ向きに手を振ってきた。

僅かに見えた横顔で笑っているのがわかった。

 

まったく小学生じゃないんだから、そんなこと言われなくてもちゃんとするわよ。

 

けれども、この後雪村くんと話していたことについて水泳部の子達に囲まれて凄い勢いで聞かれたことで私は殆ど準備運動ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、お疲れ様。やっぱり宮本は速いな」

 

「ありがとう。でも私よりずっと泳ぐのも速い雪村くんに言われても微妙な気分ね」

 

「おおっと、そうかもしれないけど言ってることは本心のつもりだぞ?」

 

「はいはい。そういえば、さっき桐崎さんと何を話してたのかしら?」

 

「うん?別に、世間話かな。大したことは話してないぞ」

 

「随分と楽しそうに話してたようだったけど?」

 

「そう見えたか?」

 

「ええ。見方次第で略奪愛とか言われかねないくらいにはね」

 

「それは良くないな。気をつけるとするよ」

 

 

練習試合も始まり、私の出番も終わってしまい今は小咲と桐崎さんが参加するリレーを見るために雪村くんのところへ戻った。

 

彼は私にお疲れ様と労って、スポーツドリンクを手渡してくる。

こういうことをさり気なくできるから雪村くんはモテるんだろう。

 

あまり他の女子にこういう事はしないで欲しいんだけど、ライバルが増えると困る。

今でさえ毎日のようにラブレターを貰っているようだし、更に増えるとなると気が気でないのだ。

 

いやッ、勿論小咲のライバルが増えるのは彼女の恋を応援しているという私も困る、という意味でそこに個人的な感情は入っていない。

……私は誰に言い訳しているのか。

 

 

「おっ、始まりそうだな」

 

「そういえばありがとうね、小咲のこと。まさか本当に泳げるようにしてくれるなんて思ってもなかったわ」

 

「いや、あれは小野寺が頑張った結果だぞ」

 

「それもあるわ。でもそれだけあの子がやる気を出したのが、雪村くんがコーチ役をしてくれたからなのよ」

 

「ん、それだったら嬉しいけどな」

 

 

少しは自分の指導能力を自覚した方が良いと思うのだけれど。

ああは言ったが、彼の教え方が上手いから小咲が泳げるようになったことも事実。

 

全部が彼のお陰でないにせよ、中学での同学年が全員第一志望校に合格というのは快挙であり雪村くんが毎日放課後にやっていた勉強会がそれの大きな要因なのは間違いないのだから。

 

ぼんやりと少し前のことを思い出して遠い目をしてしまっていると周囲が騒がしいのに気づいた。

 

 

「ちょっと、あれ溺れてない!?」

 

 

前の方が騒がしく、そちらに視線を向けると区切られたコースの半ば程で二本の腕が慌ただしく動き激しく水飛沫が散っている。

そして明るい金髪が水面からほんの少しだけ頭を覗かせている。

 

アレって桐崎さんッ!?

 

 

「宮本、これ持っといてくれ」

 

「雪村くん!?」

 

 

私が驚愕している間に雪村くんは着ていたパーカーを此方に投げると脇目も振らずにプールへと駆け出した。

そして彼の迅速な行動のお陰で桐崎さんは多少水を飲んだくらいで救助された。

 

 

 



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6話

 

 

「おはよう、桐崎さん」

 

「お、おはよう。雪村くん」

 

 

朝一番。

 

いきなりの遭遇である。

 

話しかけてきたのは雪村くん、昨日あろうことか彼からの忠告を受けたにも関わらず、足を攣って溺れかけた私を助けてくれた恩人だ。

 

よくよく考えたら昨日は混乱していて、ろくにお礼も言えてないわけで学校で会ったら言おうと思っていたのです。

 

けどもう一度言おう、いきなりだと。

 

覚悟ができてないわけよ。

 

……いや、女は度胸っていうし。

 

よし、言うわよ。

 

 

「あ、あのさぁ」

 

「うん?」

 

「あ……」

 

「うん?」

 

「あっちから来たけどどうしたの?」

 

「職員室に行ってたんだ。ま、いつものキョーコ先生の呼び出しだね」

 

「そ、そうなんだ〜」

 

 

って、違うでしょ〜!?

 

ああ、もう!

 

お礼を言うのってこんなに難しいの?

 

そりゃあ、私は今まで友達が居なかったわよ。

 

鶫だって友達っていうよりは家族って意識が強いし。

 

向こうの学校では、一人でご飯食べてたりとかザラだったし。

 

そもそも丸一日誰にも話しかけられないなんて事もあった。

 

うわぁ、思い出したらヘコむなぁ。

 

って、イカンイカン。

 

今は雪村くんと話してるんだから。

 

 

「そうだ、昨日は大丈夫だった?」

 

「えっ、あ、うん。一応病院に行ったんだけどあんまり水も飲んでなかったし、大丈夫よ」

 

「そっか、なら安心かな」

 

「そ、そうデスか……」

 

 

そう言って柔らかく笑う彼を見ると、何故か恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。

 

か、顔が熱い。

 

原因不明の熱を冷ますように、顔をブンブンと横に振って深く呼吸をする。

 

よし、今度こそ言うわよ。

 

ここで言えないと、後からだと余計に言えなくなることは私にだってわかる。

 

そして私は隣を歩く彼に体ごと向けた。

 

 

「あの、雪村くん」

 

「はい」

 

「昨日はありがとう、ございました」

 

「うん、どういたしまして」

 

 

よっし、言えた!

 

見たか、コンチキショー!

 

私だってお礼くらい言えるのよっ!

 

しかし目標を達成して、ご満悦だった私はまだ知らなかったらしい。

 

目の前の雪村くんが、時にすっごくイジワルになることを。

 

 

「しかし、それを言いたかったんだねぇ。桐崎さんは」

 

「へ?」

 

「いやぁ、朝からどうにも挙動不審だからさ。何か言いたいことがあるのかな、ってね」

 

「わ、わかってたなら言いなさいよ!」

 

「いやいや、半信半疑だったしね。ひょっとしたら寝癖がついてて、それを教えてくれるのかもしれないだろ?」

 

「いや、いつも身嗜み完璧なのに何言ってるのよ」

 

「でもやっぱり、桐崎さんは真面目だね」

 

「なにが?」

 

「お礼一つ言うのにそんなに考えて、悩んで。普通は、昨日はありがとねーって感じであっさり終わると思うよ。ま、そういう会話に慣れてないのもあるかもだけどね」

 

 

何とこの男、私が苦悩している間も大体のことを察して放置していたのである!

 

半信半疑とは口で言っていたが、すっごい笑顔の感じから嘘である。

八割くらいの確信はあったって顔だ、アレは。

 

しかも畳み掛けるように私を褒めて、貶して?くるのだ。

 

っていうか別に真面目じゃないし!

 

ただタイミングがわからないだけだし。

 

たしかに思い返してもパパやママ、鶫にクロード、要は身内以外でお礼なんて言った記憶がちょぉっとすぐには出てこないけど。

 

そしてどう返したらいいのよコレ。

 

あー、とかうー、とか私が声にならない声を出していると、彼は続けて言った。

 

 

「でも、そういうの良いね」

 

「ッ!?」

 

「見てて飽きないのもあるけどね、可愛いし」

 

 

もう限界、さっき以上に顔の熱を感じる。

 

私は、速やかにその場を後にした。

 

……逃げたとも言う。

 

多分、この真っ赤な顔は見られてないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、桐崎さん。昨日はありがとう。それで、あの後大丈夫だった?」

 

「おはよう、宮本さん。うん、大丈夫だったよ。あと、千棘でいいよ」

 

「じゃあ私もるりでいいよ」

 

「わかったわ!あ、小野寺さんも名前で呼んでいい?」

 

「うん、いいよ。じゃあ私も千棘ちゃんって呼ぶね」

 

「それで、どうして顔を赤くしているのかしら?」

 

 

朝、登校してきた桐崎さんに声をかける。

 

昨日の練習試合のお礼を改めて言いたかったのと、体調も気になったからだ。

 

大丈夫とのことで、少しホッとした。

 

あと、名前で呼び合うことになった。

 

少しよそよそしく感じていたからこれについて文句はない。

 

しかし、顔を見てみればうっすらと赤い。

 

昨日のことで風邪でもひいたかと思ったけど、見たところそんな様子もない。

 

まあ、とりあえず聞いてみれば早いでしょう。

 

 

「えっ。そ、そんなことないわよ!?」

 

「いや、赤いから。小咲もそう思うでしょう?」

 

「うん。もしかして、熱があるんじゃない?」

 

「いやいや、こ〜んなに元気だから!!」

 

 

そう言うや、ガバッと立ち上がり腕を振り回す千棘ちゃん。

 

怪しい……明らかに心当たりがあって、それを誤魔化しているように見える。

 

こういう時は……。

 

 

「そうね。てっきり昨日雪村くんに助けられた時の事でも思い出して赤くなってたのかと思ったのだけど」

 

「うぇっ!?」

 

「図星かしら。でもちょっと違いそうね。雪村くんは……来てるけど教室には居ない。ここまでに会って何か話したのかしら?」

 

 

当たりね。

 

この手のカマかけは私が良く小咲に使う手だ。

 

大体同じような反応を見せてくれる。

 

座り直していた千棘ちゃんは椅子を倒す勢いで立ち上がり、さっきよりも更に顔は赤い。

 

これは違ったけど、言われて思い出して恥ずかしいのか照れてるのかは知らないけど、とにかく顔に出たと。

 

そして彼の席を見れば、いつもの通り鞄はあっても姿はない。

 

経験上、ごく簡単な推理だ。

 

そう、雪村くんは基本的に相手を貶すようなことは言わない。

 

マイナスの部分を見るのではなく、プラスの部分をつまり相手の良いところを探して、そこを矢鱈と褒める。

 

私もだけど小咲も、寧ろ同じ中学だった生徒の大半はやられていると思う、男女問わずに。

 

そして顔を赤くして、しばらく夢見心地というところまで一緒だ。

 

そういうところも良いところだと思うのだけど、彼に恋してる身としては少し心配になる時もある。

 

……小咲が、そう、小咲の話だから。

 

 

「いや、確かに話しはしたけど。別にそういうのじゃないし」

 

「別に責めてるわけじゃないから、気にしないで。何となく気になっただけだし。それに雪村くんと話して顔を赤くするなんて小咲にとってはいつものことだしね」

 

「えぇっ!?そんなことないよ、るりちゃん!」

 

「……今度デッカイ鏡持ってくるわ」

 

「どういう意味かな!?」

 

「ひたい、ひたいわよ。ほさき」

 

「……ねぇ。小咲ちゃんってもしかして」

 

 

顔を赤くして、目線がバタフライしながら言っても説得力はまるで無いんだけど。

 

問い詰めるつもりじゃ無かったし、ここらで小咲イジりに移行しようかしら。

 

痛い、痛いって。

 

もう、本当のことを言っただけじゃない。

 

頰を引っ張られて、それこそ赤くなるわよ。

 

今度ちょっと小さいけど、本当に手鏡でも見せてあげようかしら。

 

そうやって小咲とじゃれてると、千棘ちゃんが何か真剣な顔をして何かを聞いてくる。

 

いつの間にか顔の赤みも元通りになっている。

 

しかし、それに被さるように予鈴のチャイムが鳴ってしまった。

 

 

「ん?千棘ちゃん何か言った?」

 

「いや、何でもないの。準備しなきゃだから、また休み時間にね」

 

「うん、後でね」

 

 

今の真剣な表情……。

 

小咲ちゃんってもしかして、雪村くんのことが好きなの?とか続いたりして。

 

でも千棘ちゃんは一条くんと付き合ってるらしいし、それはないかしら。

 

それから、戻ってきた雪村くんと軽く挨拶をしてHR、そして授業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の授業が終わり、放課後になった。

 

るりちゃんは練習試合があったばかりで、部活も休みらしいし、一緒に帰れるかな。

 

帰る支度をしている途中、何となく隣の席に視線を向けてしまう。

 

隣の席に座る雪村くんはもう鞄に荷物を入れ終わったようで、携帯の画面をジッと見ている。

 

雪村くん、今日は生徒会の仕事あるのかな?

 

昨日は千棘ちゃんに付き添って帰ったから、私たちとは別になったし、今日は一緒に帰れたらいいんだけど。

 

中学の時は結構一緒に帰ることもあったから、大抵は私の勉強を見てもらってて遅くなった時だったけど。

 

 

「そんなに熱っぽい視線を送ってたらバレちゃうわよ?」

 

「るりちゃん!?そ、そんなことしてないよ!」

 

「いやいや、あれは完全に恋する乙女の表情だったね。朝の千棘ちゃんのこと言えないくらい頰を赤く染めてたわよ」

 

「る、るりちゃんだって頭撫でられた時にそういう顔してるよ!」

 

「はぁ!?してないわよ!」

 

 

いつもるりちゃんにはからかわれてるけど、私だってたまには言い返すんだから!

 

そもそも言ったことは本当だからね?

 

この間も、何かを雪村くんに伝えてお礼と一緒に頭ぽんぽんされてたの見てたんだから!

 

その後1時間くらいポーッとしてて、何を話してもちゃんとした返事は返してくれなかった。

 

加えて言うならずっと顔は赤かったし。

 

そんなことをあれこれ言い合ってたら、多分同時に思い至ったみたいでるりちゃんと目が合ってお互いに無言になってしまう。

 

えっと、ここは雪村くんの隣の席なんです。

 

そこで大声ではないけど、普通の会話くらいの大きさの声で言い合ってました。

 

そして彼はすぐ隣に座っています。

 

るりちゃんを見る。

 

額に汗をかいているけど、多分私も同じだろうから気にしてる余裕なんてない。

 

合図なんてしてないのに同じタイミングで、隣に顔を向ける。

 

そこにはさっき見た時と同じように携帯を見ている雪村くんが。

 

…………セーフ?

 

 

「うん?悪い、何か話してたか?」

 

「いいい、いいから!何でもないから!」

 

「そ、そうよ。気にしないで」

 

 

良かった、聞かれてなかったみたい。

 

彼は私たちに見られていることに気づいたのかこちらを見たけど、その様子に不自然なところはない。

 

そして少しだけ会話して、一緒に帰ることになった。

 

私たちも動揺していて気づかなかったけど、彼は目を合わせて話さなかった。

 

表情にも声にも変化は無いけど、彼は私たちの会話を聞いていて、照れていたらしい。

 

それを知るのは、ずっと後のことなんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、さっき教室で何を見ていたの?随分真剣だったみたいだけど」

 

「あぁ、ちょっと知り合いから連絡があったんだ。しばらく入院してたんだけど、退院が決まったってね」

 

「そうなんだ。良かったね」

 

「そうだな。多少無理に説得したところがあったから、完治したみたいで良かったよ」

 

「ちなみに相手は女子なのかしら?」

 

「そうだけど。何か言葉に棘を感じるんだが」

 

「別に他意はないわよ。雪村くんは誰にでも優しいけど、女子にはもっと優しいものね」

 

「否定はしないけどな。女子の方が見てて和むから……。あー、でも特に宮本には優しいつもりだけど?」

 

「ふぁっ!?」

 

「勿論、小野寺にもな?」

 

「えぇっ!?」

 

 

胸焼けしそうな気分で茶を啜る。

 

ったく、店の飲食スペースでどんな会話してんだか!

 

イチャイチャするのは自分の部屋でヤレって話よ!

 

でも、会話からするとライバル登場っぽくないかしら?

 

まったく、小咲も親友のるりちゃんに遠慮してるんだろうけど、そんなんじゃ誰かに掻っ攫われるわよ。

 

店も暇だし、参加させて貰おうかしら。

 

そうと決まれば、包み終わってた注文の和菓子を持って、と。

 

「おー、同時に2人口説くなんてやるわね。しかも片方の親の前でなんて。はい、これ持ち帰りの和菓子ね」

 

「口説いてなんていませんよ、本音を言ってるだけです。っと、ありがとうございます」

 

「さて、せっかくだし仲間に入れて貰おうかしら。あんたたちが普段どう過ごしてるのかも気になるしね」

 

「ちょっとお母さん!ちゃんと店番してよ!」

 

「いいじゃないの、お客さんも居ないんだし。それとも、私に聞かれたらマズいことでも経験しちゃったのかしら?」

 

「そ、そんなわけないでしょ!?」

 

「そんなに狼狽えて……怪しいわね」

 

 

雪村くんは、相変わらずぬらりくらりとしてるわね。

 

正直、ホントに高校生?って気分だ。

 

こりゃうちの小咲ちゃんも苦労しそうだ、主に彼の心を射止めるまでが。

 

当の本人に軽くジャブで進退を聞いてみるが、これはシロね。

 

口では怪しいと言ったけどね。

 

……もうキスでもすればいいんじゃないかしら。

 

まあヘタレの小咲ちゃんじゃ無理だろうけど。

 

るりちゃんのこともあるしね。

 

と、考えている時に着信音が鳴った。

 

どうやら雪村くんの携帯らしく、ポケットから取り出した。

 

 

「あ、俺だな。……ちょっとすいません」

 

「あら、電話?女の子から?」

 

「はい。さっきまで話していた知り合いからです」

 

 

そう言って、彼は店を出て行った。

 

そして電話に出たらしく、耳に携帯を当てて話している。

 

これは、今がチャンスね。

 

 

「もう、2人して何て顔してるのよ」

 

「「え?」」

 

「心配で堪らない、って顔してるわよ」

 

「そんなことないよ!?」

 

「……私も、してないです」

 

「隠さなくて良いから。っていうかチラチラ彼の方を見てるの隠せてないからバレバレだし」

 

 

ホント、素直じゃないわね。

 

んー、私としては2人が後悔しないなら良いんだけど。

 

今のままだと、どっちかが彼と恋人になったりしたら絶対に後悔するだろうし……。

 

それが別の誰かだったら、尚更よ。

 

中々難しい問題よね、親友で同じ人を好きになったなんて。

 

そもそもるりちゃんは頑なに認めないからそれ以前の問題かしら。

 

 

「まあ、認めないならそれも良いけど。そうしている間に横から奪われても知らないわよ」

 

「「…………」」

 

「すいません、戻りました」

 

「いいわよ。この2人から色々聞いてたから。さて、そろそろ店番に戻るわね」

 

「はい。あ、お茶ありがとうございました」

 

「はいはい」

 

 

ヒラヒラと手を振って、店番に戻る。

 

ま、今日はこんなもんでしょ。

 

いきなり色々詰め込んでも、逆に考えられないだろうし。

 

これで少しは2人共、今後についてを考えると思う。

 

あんまり青春してる子供たちにアレコレ言いたくはないんだけどね。

 

何でこんなに口を出したかと言うと、ちょっと春の様子も怪しいのよねぇ。

 

やたら電話で雪村くんの事聞いてくるし。

 

娘2人が、というのは母としては心配だが、相手も性格良し、成績良し、スポーツ万能な超優良物件だし、まあ大丈夫でしょ。

 

いっそ2人共貰ってもらおうかしら?

 

…………意外と、アリ?

 

でもるりちゃん含めると3人になるのよね……。

 

ま、物は試しって言うし後で小咲に言ってみようかしら。

 

 

 



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