Rebirth of the Flesh (utcm)
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プロローグ

2000年9月、京都。

ベッドの上で、一人の女が目を開けた。

 

年は若く、まだ20代。

特別彫りが深いわけでもないが、かといってアジア人とも言い切れない顔。その表情は穏やかで、どこか安堵しているかのようである。

 

 

そして、目を引くのは女性としては異様な身長―――2メートル30、いや40はあろうか。身につけた手術着から覗く腕の太さからも察するに、相当鍛え込んでいる。

 

 

女は白衣を着けた多数の人間に取り囲まれていた。彼らの表情はいずれも一様に喜びに満ちていた。

 

 

「ひとまずは成功・・・か」

 

 

穏やかさを残した声色で女が呟いた。それに反応して、白衣のうちの一人が声を上げる。

 

 

 

「本当に良かったです・・・これで様子もかなり変わるみたいですね」

 

 

「まぁそうだな・・・しかし良いのかねえ。脳死とはいえ、一度``死"を認められた人間の蘇生実験なんて」

 

 

「通常なら許されないのでしょうね。しかし我々はいま、あなたの人を超えた回復力を目の当たりにしている」

 

 

 

半ば感動すら混じった白衣の男の声に、女は静かに「そうかい」と返して上半身を起こした。

 

 

「駄目ですよ勝浦さん、まだ動いちゃあ」

 

 

白衣が慌てて止めにかかったが、その声は筋力に物を言わせて文字通りベッドから "飛び出した" 彼女には届いていなかった。

 

 

 

―――――

 

 

 

その部屋は、血と肉片にまみれていた。

床を、壁を、天井を、どこを見渡そうとも大量の血液と筋肉の破片、脂肪の成れの果てが付着していた。

 

 

部屋の中央に、少女が一人。その両手には剣が握られていた。

 

 

その場を見た人間なら、誰だってこう思うだろう。

彼女がその剣によって、室内で数人を殺害したのだ、と。

 

 

 

異様な巨躯を誇る女、(かつ)(うら)(あまね)は―――まさにその部屋の扉に手をかけていた。

 

 

「ストップ」

 

 

部屋の中から声がした。

 

 

 

「入る前に名乗りな。あと所属もだ」

 

 

「・・・後者は必要ないねえ。勝浦、といえばわかるハズだ」

 

 

 

そう言いながら勝浦は身をかがめて扉を潜った。

中央にいた少女は、即座に彼女めがけて飛びかかった。両手の剣は、正確に彼女の左鎖骨から右脇腹にかけて一直線に斬り裂く角度でロックオンされている。

一方勝浦は、自らに振るわれてくる剣を視認してからハエでも払うように左手を上に挙げた。

 

 

彼女の胴体を斜めに両断するはずの剣は、容易く払われて血まみれの床に転がった。

 

 

 

「・・・さすが、相変わらず弾かれる私の剣。五年のブランクが嘘みてぇだな」

 

 

()は毎日打ってもらった。維持は問題ないはずだよ」

 

 

「抜かりねぇ人だ」

 

 

 

そう言って剣を拾う少女に、勝浦は呆れたような視線を向けた。

 

 

 

「こんなに血肉撒き散らして・・・何やってたんだ、アリシア」

 

 

「試し切りだよ。あんたがいつ来たっていいようにな」

 

 

「あぁ・・・そうだったそうだった。久しく見てないな、おまえさんの素振りは」

 

 

「んじゃもっかい見てくかい、面白くもねぇと思うが」

 

 

 

アリシアと呼ばれた少女は、笑いながら剣を構える。すると、1メートルほど先の床から肉が生えてきた。

2秒ほどして肉が少女の背丈と同じほどに伸びると、彼女は目にも留まらぬ速さで剣を真横に振るった。肉の柱はそれに逆らえるはずもなく、切り落とされて床に落ちた。

 

 

 

「お見事。そっちも衰えてはいないようだねえ」

 

 

「そりゃどうも。あんたに褒められたって何も嬉しくねぇや、部長」

 

 

「部長ねえ・・・嫌ってワケじゃないが、その呼び名は相応しいのかねえ」

 

 

「間違っちゃいねぇだろうよ。あんたはまさしく``日本支部長"だ」

 

 

 

血と肉に囲まれて談笑するアリシアと勝浦。

彼女たちは今日を以て―――たった二人からなる機動部隊、MTFプサイ-0("野生の日々")を結成することとなる。



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第一話 レッド・ランタンズ

1995年9月。

 

ロシア・モスクワ東部の行政区画に位置する地域、ゴルヤノヴォ。

95年当時、沢山のブラトヴァ―――要するにロシアン・マフィアが占拠していたその地区は、お世辞にも治安が良いとは言えなかった。

勝浦周は、そんな地区に存在する風俗店Красные фонари―――「レッド・ランタンズ」に入店したところだった。

 

 

 

入り口の用心棒と目が合う。マフィアの溜まり場のような地域とはいえ、一応店外にいるからなのかきちんとスーツを着用していた。

身だしなみに隠されてはいるが、用心棒としてきちんと鍛えた身体。その辺の不良では勝負にもならないだろう。

 

 

そんな男が、勝浦を認識した瞬間に頭を下げた。

 

 

 

「アマネ様、お帰りなさいませ」

 

 

「家でもなんでもないんだけどねえ」

 

 

 

軽口を叩きながらフロアに入る勝浦。ナイトクラブとしての形態も強いこの「レッド・ランタンズ」では、性的なプレイを目的とした客と酒を飲み仲間と語らうために来た客とがコミュニケーションを取ることもできる。もっとも、会員制であるために来店する客は経営者であるブラトヴァの知り合いしかいないのであるが。

今日はSM好きの客が多いのか、ところどころで鞭の振るわれる音が聞こえる。流血している客もいる。よほどハードなプレイが好みらしい。

 

 

体中を真っ赤に染めた男と目が合った。大半はロウソク責めによる蝋のようだが、鞭で流れた血も混じっている。

 

 

 

「おうアマネちゃん、いいトコに来てくれた。ご自慢の怪力で一発叩いちゃくれねえか」

 

 

「・・・見た感じ、なかなか強靭そうで。女王様の鞭じゃ満足行かなかったかな」

 

 

「おう、如何にも。なぁ頼むよ」

 

 

 

傍から見ればマゾヒスト全開のこの男だが、よく見ると体中に刺青を入れている。筋肉も分厚く、並の腕では満足できなかったらしい。

そんな男を見ながら、勝浦は彼を責めていた女王様から鞭を受け取る。こちらも普通の鞭ではなく、皮膚に的確なダメージを残すようにグリップから先端まできちんと改造してある。SM用というよりはむしろ、拷問用・殺傷用と言っても良いぐらいだった。

 

 

 

その鞭を右手に構え、勝浦が興奮しきった男を見据えた。

いつの間にか、店内の視線は彼女に集中している。

 

 

 

右肩を固定したまま、肘から先を動かして鞭を握った右手首を自らの首の横に添える。

 

 

ともすれば鞭が落ちてしまうのではないかというほどの脱力の後、目に見えないスピードで彼女の右手が男へと振り下ろされた。

 

 

 

 

 

パァン!! と音が響き、男の腎臓が飛び散った。

 

 

 

 

「流石は "グニェフ" ってとこか」勝浦が呟く。

 

 

店内は悲鳴と驚嘆に包まれ、両の腎臓を割られた男の顔は感動に満ちていた。




地元住民の名誉のために追記しておきますが、90年代にゴルヤノヴォ地区の治安が悪かったということを示す資料はありません。


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第二話 獣

「ただいま」

 

 

 

腎臓を叩き割られることによってマゾヒズムの極みへと到達した男を尻目に、大柄な用心棒・勝浦周はSMクラブ「レッド・ランタンズ」の2階へと足を運んだ。普段はそこに数名の屈強な男や老女がいるものだが、今日はそこにいたのは男一人のみであった。―――営業時間中であるにもかかわらず。

 

 

 

「・・・お客だぜ。お前の怪力自慢はよくわかったし、俺はそれを買った。だがな、金づるを壊していいとは言ってねえ」

 

 

「あぁ・・・悪かったよ、オタリ」勝浦は微塵も悪くなさそうな顔をしながら呟いた。

 

 

「まぁ、そりゃいいや」オタリと呼ばれた男は意外にも軽く流した。そう、彼が勝浦周の雇い主にして、ロシアン・マフィア "ハンターの黒きロッジ" のボス、オタリ・"ズヴェーリ"・アイオサヴァだった。「で、どうだったんだ?フィンランド観光は」

 

 

勝浦は呆れ返った顔になった。「行かせたのは君じゃないか・・・まぁ何ともなかったけども。あるとすれば偶々中学の同期と会ったぐらいか」

 

 

「じゃあ呆れんのはこっちだよ」オタリは少々苛立った口調で吐き捨てた。「仮にも俺らは反社会勢力だ。そんでお前は襲撃先の偵察に遥々北欧まで行ったわけだ。何のんきに同窓会してやがる」

 

 

「何でもラップ・・・何某の民家でお手伝いやってるんだって。メイド趣味なのは知ってたけど何が拗れて私の仕事先にまで出てくるんだか」同級生の話をしている割には嫌そうな顔を浮かべる勝浦。それだけ不可解な体験だったらしい。

 

 

「あぁそう。嫌な奴もいたもんだ。・・・それで?俺が聞きてえのはお前の昔話じゃなく収穫だよ」苛立ちを募らせていくオタリ。このまま放っておけば数分を待たず手が出るのが想像できるほどの表情だ。

 

 

対する勝浦は一切の感情を動かさず答える。

「だから何もなかったって。このままいけば私らの権力誇示のための襲撃計画は見事に成功してフィンランドの寂れた村が一つなくなります。文句あるかい?」

 

 

 

とことん煽り散らされたオタリは遂に堪忍袋の緒が切れたのか、机を蹴り飛ばして立ち上がる。

「よくそこまで俺のプランにモノが言えるな。そんなに下らないものか?俺の考えはそこまでお前をつけあがらせるほどに稚拙だったか?」

 

 

 

 

しかし勝浦は怯えない。かといって勝ち誇ったような顔もしない、体格からは想像できないほどの威圧感のなさで言葉を紡ぐ。

「いいや、君の計画は優れてる。そう言っただろ?君の鮮やか極まりない作戦立案であの村はお釈迦だ」

 

 

 

「・・・あの女がいなければね」

 

 

 

そう言った勝浦の眼には、何年かぶりの感情が籠っていた。人間らしい恐れ、歓び、相反するそれらがともに最大限に詰まった眼だった。

 

 

 

明らかに様子の変わった勝浦に、オタリが一瞬動揺する。

「・・・はァ?そのメイド女のどこが怖ぇんだ?」

 

 

「いや・・・違うよ、彼女じゃない。アレは正真正銘ただのメイド。そうじゃなくて・・・あそこには凄いのがいる。村は確かにお釈迦になるが、それは私らの一家心中にもなる」

先ほどよりは若干、恐れよりも歓びの上回った顔で勝浦が告げる。怪訝さのみを増してゆくオタリの反応を楽しむがごとく。

 

 

「ウチが潰されるってか?いくらお前―――」

 

 

 

 

 

 

彼がその言葉を言い終えることはなかった。

勝浦の人間のそれとは思えない肩が盛り上がったと思えば、次の瞬間にはその先端の拳がオタリの顎を捉えていたからだ。

 

 

 

「これは私の、部下としての、上司への情けだ。君は彼女に殺されるよりも運がいい」

 

 

オタリの耳には、その言葉は二度と届かない。

顎を殴ったとはいえ―――勝浦の腕力では意識を失うだけで済むはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本人は一話で退場しましたが、オタリの仕事は後々響いてきます。


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