遊び心は大事 (粗茶Returnees)
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番外編
高嶋友奈誕生日回


ハッピーバースデー!! 高嶋友奈さん!!



 

 僕は爺ちゃんっ子であり、婆ちゃんっ子だ。そして爺ちゃんと婆ちゃんは、爺ちゃんと婆ちゃんであると同時に僕の父と母だ。難しいことじゃないよ。僕の両親は僕が幼い頃に亡くなったらしいから。らしいっていうのも、その記憶が僕にはないんだ。一緒にいたわけじゃないからね。家で留守番していた時に亡くなっちゃったんだってさ。僕は相当荒れたみたい。辛すぎるから防衛本能でも働いたのかその事の記憶もない。

 そんな暗い話はやめるとして、僕は爺ちゃんと婆ちゃんに育てられてる。僕の爺ちゃんは神主さんだ。なんか伝統のあるすんごい神社がここの神社なんだってー。祀ってるのは誰かの祖先なんだとか。結構有名らしいよ。あとなんか荒ぶってるのを鎮めているらしい。僕は興味ないから調べてないけど。

 

「攻めが甘いぞ勝希!」

「僕もう疲れたよ爺ちゃん」

「天に召されるには早いわい!」

「フランダースの犬のことじゃなくてね。体力的に限界なの」

「なんじゃダラシない。まぁ同年代の子よりは動けておるから構わんがな」

 

 僕の爺ちゃんは神主なのに武道とか剣道とかが達人レベルの化物。たしか弓道もできるし、柔道もできるとか。なんでそんなハイスペックなのか聞いたら、己の心を鍛えるためなんだとか。普通そんな掛け持ちしないと思うんだけど、いろんなのを学んだほうが刺激的で(しょう)にあってるんだとか。本音は強い方が女の子に持てるって思ったかららしいよ。真面目にしてる人たちに謝れってツッコんだもんだよ。

 それでも神主の仕事は真面目にしてる。一応って言ったほうがいい気がするんだけど、本人からしたら大真面目らしい。

 

「ワシは仕事には真面目じゃろうが」

「心読まないでね。それと真面目ならあんな神楽(・・・・・)しないと思うよ」

「何を言っとるんじゃ。おかしな所などなかろう」

「境内をバイクでウィリーしながらやる神楽は日本全国探してもここだけだよね。というかあれはもう神楽と呼べないと思うし、神様にも失礼だと思うよ」

「現代風の神楽じゃ!」

「えぇ……」

 

 現代風の神楽ってバイクでウィリーするもんなのかなー。そもそも現代風の神楽なんて存在しない気もするよ。やったとしてもプロジェクションマッピングだよね。相変わらず爺ちゃんは普通じゃないなって思いながら鍛錬をしていた道場の時計を見る。電子時計だ。あ、爺ちゃんは神主で、神社の敷地のすぐ横に家を持ってる。この道場はその家の敷地内にあるよ。

 

「1月11日……」

「休憩は終わりじゃ。ボサッとしとらんでかかってこんかい!」

「ヤバ!!」

「あぁん? 何がじゃ」

「爺ちゃん! 今日友奈の誕生日だよ(・・・・・・・・)!」

「……な、なな、なんじゃとぉー!! こんなことしとる場合じゃないの! 急いで準備じゃ!」

 

 友奈の家は超家族の仲がいい。だから友奈の誕生日になると、夕飯は絶対に家族団欒で過ごす。でも僕も友奈の誕生日をお祝いしたい。そんなわけで決まったのが、高嶋家の夕飯まで友奈と遊べるという決まりだ。時間になったら電話がかかってきて、それを合図に僕は友奈を家まで送り届ける。歩いて10分とかだね。平日だと学校があって、遊べる時間が少ない。でも土日とかだと遊べる時間が多い。お昼も高嶋家で済ませるから、その後にこっちから連絡するという決まりだ。

 そして今の時間は15時。土日の時で高嶋家に電話するのはたいてい13時過ぎ。言い訳もできないほどの遅刻だ。爺ちゃんも婆ちゃんも友奈のことを可愛がってるから、誕生日会は絶対にする。ちなみに電話するのは僕の役割。これだけは譲らないと言い張ったから、婆ちゃんが今日に限って電話をしてくれている、なんてことにはならない。

 

「飾り付けもしてないのに!」

「婆さんがやってくれてたらいいのぉ!」

「説教は絶対あるね! 主に爺ちゃんに!」

「ぬぁー! いやじゃあー!!」

 

 家に帰らないと準備ができない。でも家に帰ったら婆ちゃんの説教は確実。背に腹は替えられぬとは正にこの事だね! 僕は注意ぐらいで済むけども!

 

 

❀❀❀

 

 

 1月11日は私の誕生日。ゾロ目だから覚えやすい。みんな覚えてくれる。たまに11月11日と間違えられるけど、でもマーくんを始めとしたお友達はみんな覚えてくれてる。……覚えてくれて()

 学校がある時だとみんなお祝いしてくれる。でも土日だと学校では会わない。会わないけれども、電話でお祝いしてくれる。中には午前中にプレゼントを私にわざわざ来てくれる子もいた。みんながそうするのは絶対に午前中。午後からはマーくんのところに行くとみんな知ってるから。いつも電話がかかってくるのは13時を過ぎてから。だから今日も私は電話がかかってくるのを待ってた。

 

 ──でも今年は電話が来なかった

 

「友奈、元気出して。勝希くんもきっと何か事情があるのよ」

「事情って? 事情って何お母さん。それなら先にそうだって電話してくれるんじゃないの?」

「それは……。ね、ねぇ友奈。晩御飯友奈が好きなものにするけど、何か希望ある?」

「ないよ。それよりマーくんは?」

 

 電話の前に椅子をおいて、そこに膝を抱えて座ってる。電話が来ると信じてたからここでずっと待ってた。それなのに電話が来ない。お母さんは私を元気にしようとしてくれるけど、今はマーくんのことで頭がいっぱいだった。そして同時にそのせいで機嫌が悪くなってた。今はあんまりお母さんとも話したくないぐらい。

 

私嫌われちゃったのかな……

「そんなことはないはずよ」

「じゃあなんで何も連絡がないの!!」

「友奈……」 

 

 目が熱くなる。視界が歪む。分かってる。私涙が出てるんだ。これ以上は何もしたくない。私は椅子から飛び降りて、お母さんの静止を無視して自分の部屋に走り込んだ。布団に包まって声を押し殺しながら泣く。我慢しちゃ駄目ってマーくんに言われたから、泣きたい時は泣くようにしてる。マーくんのことを嫌いになりそうなのに、マーくんに言われたことを守ってる。おかしいよね。

 

 それに

 

 もしマーくんに嫌われていたとしても

 

 ──おかしくない(・・・・・・)

 

 私はそれだけのことをしちゃってるから。軽い気持ちでしちゃ駄目だったのに。条件反射でしちゃいけないことだったのに。

 それでもマーくんに祝ってほしかった。マーくんに笑顔で「おめでとう」って言われたかった。今日会いたかった。

 

マーくん……会いたいよ……

 

 身勝手だ。嫌われてもおかしくないことをマーくんにしておきながらこんなことを望むのだから。いっぱいマーくんに望むのだから。

 

 

「ごめん友奈! 呼ぶのが遅くなっちゃった!」

 

 

 だから

 

 マーくんの声がした時は、夢だと思った。

 

 ()現実(本当)か、それは布団から出ないと分からない。怖い。もしかしたら私が自分で望みすぎて、都合よく見てる()かもしれないから。でも、見てみたらそれは夢じゃなかった(現実だった)

 

「ほんとにごめん! 何回謝っても許されないと思ってるけど、でも謝らないといけないから! ごめん友奈!」

マー、くん……マーくん!!」

「わわっ。友奈僕今全力ダッシュしてきたから汗だくだよ!?」

「マーくん、マーくん! よかったぁ! わたし、わたし嫌われちゃったと思ってたぁ!」

「そんなわけないじゃん!? でも、ほんとごめんね。不安にさせて」

 

 マーくんに飛びついた私を、驚きながらしっかり受け止めてくれる。私を抱きしめてくれて頭を優しく撫でてくれる。マーくんが言ったとおりマーくんは汗をいっぱいかいてて、体が熱かった。でも私はそんなの気にならなかった。

 

 ──マーくんが来てくれた

 

 その事実が嬉しかったから。嫌われてないって分かったから。だから私はいっぱい泣いた。さっきとは違って今は嬉し泣き。私が泣いてるからマーくんは慌ててたけど、遅れたことは反省してもらわないとだからこのままだよ。

 私が泣き止むまで頭を撫でてくれて、それでもオロオロしてたマーくんに来てくれたことのお礼をする。マーくんはお礼なんて貰えないって言ってたけど、私が言いたいんだから言わせてもらう。マーくんからの謝罪ももう受け付けない。手を繋いでマーくんの家にまで行くと、お爺さんとお婆さんが笑顔で迎えてくれた。お爺さんの頬が赤くなってたけど、冬なのに蚊がいたのかな。いつもリビングを飾り付けしてくれて、そこでお菓子を貰ったりプレゼントを貰ったりする。

 

「友奈ちゃんごめんねー。このお爺さんが勝希を連れて鍛錬をしてたせいなのよ」

「ごめんなさい。じゃが勝希は友奈ちゃんの誕生日のことを後から言いよってじゃな……」

「お爺さん? 大人は子供を笑顔にする人のことではなくて?」

「はい……。ごめんなさい……」

「いえいえ! お祝いしてもらえたらそれで!」

「あ〜。なんていい子なのかしら。ささ、座って座って。すぐにお菓子とお茶を用意するから」

「勝希。プレゼントもじゃぞ」

「分かってるって! 友奈、ちょっと待っててね」

「うん!」

 

 マーくんが部屋から出ていった。プレゼントはマーくんの部屋に置いてるのかな。お爺さんとお婆さんがお菓子とお茶を用意してくれて、私は待ってる間二人と話してた。お婆さんは先に準備してくれてたみたいなんだけど、お婆さんの担当はこのお茶と茶菓子。飾り付けはお爺さんとマーくんの担当。二人は忘れてたから急いで飾り付けしたみたい。だから今までより少し荒いんだね。でもやってくれた事自体は嬉しい。お婆さんに頭をナデナデしてもらって気づいたけど、マーくんの撫で方と似てる。マーくんのはお婆さんの受け売りなんだね。

 

「お待たせー。持ってきたよ!」

「マーくん。ありがとう!」

「まだ渡してないじゃん」

「あ、そうだね。えへへ」

 

 綺麗に梱包された小さな箱を持ってマーくんが私の隣に座る。正方形のテーブルの一面にお爺さん、違う一面にお婆さん、そして私とマーくんは同じ一面に座る。それがお約束。私達も少しは大きくなってるから、広く感じていた一面も少しだけ狭く感じる。その分マーくんとの距離を近く感じられる。近すぎるって友達にはよく言われるけど、でもこれが私は好き。

 

「はい。友奈。お誕生日おめでとう!」

「ありがとうマーくん! さっそく開けてもいい?」

「うん。いいよ」

 

 マーくんから貰ったプレゼントをその場で開ける。これもいつものこと。反対にマーくんに渡した時もマーくんはその場で開けるからね。綺麗に梱包されてると、綺麗に剥がさないといけない気がする。慎重に剥がしていって、中に入ってた箱を取り出す。もう一度目でマーくんに確認したら、マーくんは優しく微笑みながら頷いた。だから私はドキドキしながら箱を開けた。そこに入ってたのは──

 

「髪飾り?」

「そうだよ。友奈髪飾り欲しいって前に言ってたからね」

「覚えててくれたんだ?」

「もっちろん! 友奈のことだもん」

「ありがとうマーくん!」

「うっ。くるし……」

 

 嬉しさのあまりマーくんに抱きついたけど、抱きつき方がいけなかった。マーくんの首を絞めるような抱きつき方になっちゃった。マーくんに肩をポンポン叩かれてから気づいた私は慌ててマーくんから離れた。お爺さんとお婆さんはニコニコ眺めてるだけだったけど、止めなくてよかったのかな。

 

「マーくんごめんね。大丈夫?」

「うん。すぐに気づいてくれたから。ね、それよりもさっそく付けてみてよ!」

「うん! ……」

「? 友奈?」

「マーくんがつけてくれる?」

「ぇ……、わかった。つけてあげるね!」

 

 プレゼントされた髪飾りをマーくんに渡して、マーくんが手際よく私に髪飾りをつけてくれる。マーくんは器用だし、お婆さんにこういうことも教えられてるらしくて、髪を丁寧に触りながらつけてくれた。痛むこともなかったよ。

 

「うん! やっぱり似合ってる! 可愛いよ!」

「ほんと?」

「ほんとじゃよ友奈ちゃん。なぁ婆さん」

「えぇ。とてもお似合いよ。はい手鏡。見てご覧なさいな」

 

 お婆さんに渡された手鏡でマーくんがつけてくれた髪飾りを見る。しっかりと5枚の花びらがある桜の花が全部で3つ。それが私の左側につけられていた。とても可愛くて綺麗な髪飾り。最高のプレゼント。私はこれをずっと使うって決めた。

 

「改めて誕生日おめでとう友奈!」

「おめでとう友奈ちゃん」

「おめでとう」

「えへへ、ありがとう!」

 

 

 これがマーくんの家でお祝いしてもらった最後の誕生日だった。



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西暦の章
0話 僕らは元気です


導入なので短めです。



 

 四国の1県こと香川県。その中の丸亀市内にある丸亀城は、丸亀市を一望できる場所に建てられている。

 

「今日も空が綺麗だな〜。バーテックスも見えないし」

「あー! やっぱりここに居たー! 危ないからここに登らないでっていつも言ってるのに!」

「あ、友奈やっほー。今日も許してよ。空見るの好きだからさ」

「さすがに天守閣の上(・・・・・)は危ないよ〜。マーくんは普通の男の子なん(勇者じゃないん)だから」

 

 梯子を固定させて天守閣の上へと登った僕こと左天勝希(さてんまさき)は、今言ったように空を見ることが大好きだ。しかし、現人類の多くは空が嫌いだ。

 2015年を機に人類の敵『バーテックス』が突如襲来し、人類は絶望寸前にまで追い込まれた。四国は神々の集合体である神樹の結界によって守られており、四国民だけでなく四国へ避難した者が生き残っている。また、情報によると諏訪でも生存者がいるらしい。

 バーテックスは空から襲来した。人類の9割以上を食い滅ぼし、科学的な武器が一切通用しない化物。それがバーテックスだ。異形であり異質である存在のバーテックスに恐怖心を植え付けられてもおかしくない。それ故にバーテックスが飛来してきた空を嫌う人間がいるのも道理だ。それは病気という形となり"天空恐怖症"と呼ばれている。何段階かレベル分けされてるけど、細かいことは忘れた。

 

「普通の男の子ならまずここにいませんー!」

「意地張るとこそこなの!?」

「神樹様が女の子しか認めないからさー。僕戦える気がしないからどっちみち関係ないんだけど!」

「マーくんはどうしたいの?」

「友奈と一緒なら何でもいいよ。それ以外望んでないし」

 

 僕は何ともないようにこんな言葉を放てる。ぶっちゃけ恥ずかしいけど、いつ何があってもおかしくない世界になってしまった以上、素直に気持ちを伝えたいんだ。

 彼女もそれを素直に受け取る。小学3年生の時から一緒に遊んでいる仲であるから、お互いのことは一番分かるようになっているってこと。

 

「とりあえずマーくん降りてきてね。学校があるんだから」

「それもそっか。後で行くよ」

「だめ。一緒に行くの」

「はーい」

 

 先に彼女こと高嶋友奈が梯子を使って屋根から下りていき、それに続いて僕も梯子を使って下りていく。僕たちにとって予想外の展開となったのはこのすぐ後のことだ。相変わらず空を眺めながら梯子で下りていた僕が足を踏み外したのだ。

 

「しぬぅー!!」

「わわっ! なにしてんのマーくん!」

「その手を離さないでー♪」

「ちょっと楽しんでない?」

「そんなことないです! 落ちたら死んじゃうんだもん!」

 

 高嶋友奈は、バーテックスに対抗できる力を持つ"勇者"の一人である。日頃からバーテックスの侵攻に備えて訓練を積んでいて、その身体能力は一般の同年代の子より高い。突然のことだったけど、先に降りてた友奈は梯子のすぐ横から両手を伸ばして僕の両手を掴むことに成功した。

 彼女も上体が手すりから乗り出していて落ちそうになっているけど、足を引っ掛けることで二人分の重さに耐えてくれてる。器用なことだよね。山育ちだからかな。

 僕は勇者といった特別な存在でもないただの中学男子で、もちろんこの高さから落ちれば即死である。だから僕も必死に彼女の手を握り返してるんだけど、目線だけは少し違うところに集中していた。

 

「引っ張りあげるね」

お願いします(今日はピンクか)

「……今変なこと言わなかった?」

「え? 別に変なことを言ってないよ。ただ単に今日の友奈のブラジャーの色がピンクなんだなってだけで、えぇぇー!! 手を離そうとしないで死んじゃう!」

「マーくんのエッチ!!」

 

 彼女の服もまた重力に従っている。逆さになってるから肩の方にブレザーやセーターがずり下がってて、緩くなった襟元から彼女の成長中の胸と下着が見えた。僕の予想では彼女のアレは程よい大きさってやつに育つ。そんな思考まで読まれちゃったのかな。彼女の手の力がだいぶ抜かれてる。これじゃあ本当に落ちちゃうよ!

 友奈はこういうことを本気で怒る子だ。さすがに本当に落とそうとしてないはずなんだけど、怒っていることは明白。僕はすぐに彼女に謝って、目を瞑ることにした。こうしとけば彼女の下着どころか何も見えないからね。これで引っ張り上げてもらえるわけだけど、せっかくだしもう少しだけ見ようかな。

 

「本当に落とすよ? マーくん」

思考を読まれた(少しだけでも)!? じゃなかった。ずっと目を瞑っとくから助けて!」

「もう、初めからそう言ってよ……」

 

 今度こそ完全に目を瞑って彼女に助けてもらう。茶番を入れてたせいかな。普段から鍛えてる彼女でもちょっと疲れちゃったみたい。僕はもう一度彼女に謝って、それから感謝の言葉を口にした。

 

 『僕がやらかして、彼女に助けてもらう』

 ──出会った時から変わらない関係で、変えたくない距離感

 

 もちろん彼女に何かお返しできたらなって、力になってあげられたらなって思うことはよくある。でも僕にできることなんて全くない。

 

 彼女──高嶋友奈は"勇者"だ。人類のために戦うことができる選ばれた存在。

 

 僕──佐天勝希は"ただの中学生"だ。戦う力なんて持ってない。システムの解析、研究をするような頭脳も持ち合わせていない。普通の存在。

 

 みんなのために戦う彼女の力になってあげられることなんて一切ない。僕ができることは──

 

「マーくんなんで目を開けてるの?」

「え? 助けてもらえたからだけど?」

ずっと(・・・)って言ってたじゃん」

「……覚えてないなー」

「私は覚えてるからマーくん目を閉じて。それで教室まで来てね」

「え!? そんなの授業に間に合わな──」

「それが罰ゲーム! 私は先に行くから! ……間に合うって信じてるよ?」

「ははは! 間に合うに決まってるじゃん!」

 

 わりと時間に余裕がないみたいで、彼女は足音をたてて走っていく。音をたてることで案内代わりにしてくれたみたいだけど、生憎と僕には音を聞いて正確に追いかけるなんて器用なことができない。

 

 それにあの子本気で走っていってるよね! 何も見えない状態でそれを追いかけられるわけないじゃん!

 

 ……とりあえず言ったからには間に合わないとなぁ。

 

 

 ──僕にできることは彼女の側にいることだけだ。何も変わることなく、彼女が気を休められる場所になる。そうあることを心掛けて日々を過ごす。それだけなんだ。

 

 

 




とりあえず投げときたかったので、導入だけ投げました。
今月はわりとバタバタしてるので、落ち着いたら本格的に取り掛かりたいと思ってます。


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1話 ここはハーレム……でもないです

 今回も導入みたいなもんですね〜。だから早く更新できました。のわゆを知らない人のことを考慮して、原作キャラ紹介(主人公から見て)の回となります。
 冬休み中にもう一話できたらいいですけど、冬休みが終わると大学のレポートとテスト勉強に追われます。


 

 目を瞑ってる状態で城を降りて学校に向かうのって超難しい。城の中なら壁伝いに歩けるし、風が強いとおかげで出口の方向がわかる。要領さえつかめばこっちのもんってわけです。

 

 でも外に出たら難しい!!

 

 丸亀城を知ってる人なら分かってくれるだろう。知らない人でもどこかの城を知っていればわかる。城を見たことがない人のために言いますと、本丸を出れば広間があるって思ってほしい。ただの広間だ。あ、そうそう。天守閣っていうのは、『天守』がある階のこと。こういうと語弊があるかもだけどね。とりあえず建物そのものを天守とか天守閣って呼ぶわけじゃないよ。これは本丸だよ。

 それはさておき、目を瞑ってる状態で広間に出てどうやって学校に行こうか。この城の地図は頭に入ってるから、どう行けば教室に入れるかは分かる。でも自分が今『どこ』にいて『どれだけ進めば』教室にたどり着くかは分からない。

 

 そこで僕が考えついたのは、石垣や草木を頼りに進むってこと。だって詳細は頭に入っててゴール地点も分かってるんだから。

 

「いざゆかん! 我らの学び舎へ!」

 

 勇者を一般人と分けるために敷地内に学び舎がある。だからこの作戦はわりと使える。城は現代用に舗装されてる道とそうじゃないところがあるしね。

 

 ──あ、そういえば坂の勾配が超キツイんだった

 

 

 

 

 

「おはよーございまーす! 間に合ったー!」

「おはよう……高嶋さん。遅かったわね」

「あはは、昨日の格闘番組見てていっぱい練習してたからね〜。それにマーくんを呼びに行ってたし」

「そう。夜ふかしは程々にね。それより彼は?」

「いろいろあって置いてきちゃった! それより昨日ので凄いのがあってね! こんな感じで廻し蹴りとかしてて!」

「た、高嶋さん……! スカートだからそんなに足上げると……!」

「ぁ……!」

 

 

 

 

「むむっ! 何やらラッキースケベを逃してしまった予感が!」

 

 目を瞑ってても地図が頭に入ってると案外なんとかなるらしい。何個か特徴的な目印もあるからさらに難易度が下がってたし。何も見えてないけど、触った感触と形状でどこにいるのかが分かるんだ。ちなみに坂道は転げました。体の節々が痛いのです。

 我慢して歩き続けて、学校になんとかたどり着いて、ここでも壁伝いに進んでいく。学校は真っ直ぐな作りだから、城の時よりも難易度が低い。遅刻するなって友奈に言われてることだし、廊下を走って教室に駆け込む。廊下を走るなって言う堅物リーダーは見てないしな!

 

「ここかー!」

「あ、マーくん間に合ったんだ」

「うん、なんとかね。教室着いたから目を開けるね」

「いいよ〜」

「……朝から何してるのよ」

 

 目を開けて教室を見渡すと、やっぱり僕が最後だったみたいで、友奈を含む他のみんなは席に座ってた。また変なことしてるなって思われてるのが分かるぐらい呆れ顔だけどね。そんな風に思われても仕方ないものは仕方ない。僕がやらかして友奈に罰を言い渡されたんだから。

 僕を含めて教室にいる生徒は7人。席は縦に2列で前列に4席。後列に3席ある。僕の席は後列の窓側で、通路側に友奈がいる。真ん中にはみんなの気持ちを代表して言った子がいる。

 

 この子の名前は(こおり)千景(ちかげ)。僕は彼女のことを『ちーちゃん』って呼んでる。友奈は『郡ちゃん』と呼んでて、どっちも僕らだけが許された呼び方。もちろん彼女も勇者の一人で、男なら憧れる大鎌を武器としてる。持って振ってみたいけど、危ないから駄目って言われた。所有者に言われたなら素直に諦めるしかないよね。だから今ダンボールで再現しようと頑張ってる。

 

 無いなら作ればいいのさ!

 

 話が逸れちゃった。ちーちゃんだけが最高学年の中学3年生。世界が変わらなかったら高校受験に向けて勉強とかする学年だね。ちーちゃんの趣味はゲームをすることで、僕もゲームをするからすっごい気が合う。でも対戦して勝ったことはない。ゲームのプロだよ。あとサラサラで綺麗な長い黒髪をしてる子。お胸は残念。

 

「鏖殺するわよ?」

「なんで!?」

「胸に手を当てて考えなさい。……何してるのかしら?」

「え? だってちーちゃんが胸に手を当てて考えろって。……やっぱり僕の考えは間違ってないとおもゔふぁ!!」

「最低ね」

 

 おかしい。正直に話しただけなのに腹パンされた。ちーちゃんはインドアな人だけど、勇者としてしっかり動けるように訓練を積んでる。その細腕からは考えられないほど重たい拳は、僕に容易く膝をつけさせる程だ。僕は一般ピーポーだからね! こういうことをやられることが多いから復帰は早いんだけどね。慣れってやつかな。嫌な慣れだ。

 それはそうと、殴られた原因を考えても心当たりがない。いや、まぁ言ってないとはいえ、女性に対して胸が小さいなんてのは失礼なんだろうけどさ。ここまでやられる程なのかな。……個人差はあるか。

 

「佐天くんの考えもだけど、行動にも原因があるわよ?」

「なんでちーちゃんも思考を読むの!? ……って行動? 言われたとおり胸に手を当てて考えただけなんだけど……」

「そうね。私の胸に(・・・・)に手を当ててたわね」

「違うの!? じゃあ誰の胸に手を当てたらよかったのさ!」

「自分の胸よ!」

「えぇ!?」

 

 珍しく声を大にしたちーちゃんの言葉は衝撃的だった。だって自分の胸に手を当てて考えろって言うんだよ。男の胸に手を当てて何が嬉しいのさ。むしろショックを受けるよ。自分のならなんとも思わないけど。

 

「お前はなぜそういう思考ばかりするんだ……」

「若葉ちゃん。今さら彼に真っ当さを期待するのは損かと」

「ひなって実は僕のこと嫌いなの!?」

 

 ショックを受けて打ちひしがれながら席に着いた僕に言ってきたのは、前の席に座る乃木(のぎ)若葉(わかば)上里(うえさと)ひなただ。

 

 乃木若葉は勇者たちを束ねるリーダーで、ここ香川県出身の子。同い年なんだけどめちゃくちゃ堅い性格をしていて、実はちょっと苦手。僕って縛られるの嫌いだし。実は不器用なだけで、優しいしいろいろと考えていることは知ってる。でも全然それを出さないし、目的が解せないね。僕とは本当に相容れないよ。 

 苦手だけども誰とでも仲良くなりたいのが僕だから『若』って呼んでる。若は日本刀を武器にしてて、居合いがめちゃくちゃ上手い。カッコイイし真似したかったんだけど、若も刀を貸してくれなかった。ダンボールじゃ刀は再現できないからどうするかが課題。

 そして何よりも大事な情報なんだけど、若は性格が半端なくイケメンだ。こんな世界にならなければ女の子からいっぱいバレンタインデーにチョコを貰っていたに違いない。素を表に出せればの話だけど。

 

 そんな若の隣に座る子が、若の幼馴染でこのメンバー1のお胸を誇る上里ひなた。通称『ひな』。ひなはこの中で唯一の『巫女』で、巫女の中でも一番凄いんだとか。神樹様のお気に入りってやつだね。巫女は神樹様からのお告げ(神託)を聞ける力があるらしいけど、神樹様はきっとロリ巨乳が好きなんだろうね。ひながお気に入りなんだから。僕も男だから巨乳には惹かれるけど、別に巨乳好きってわけじゃない。性格重視なのでね!

 ひなはおっとりしてる子で、若のサポートを優先的にする。若葉ファン第一号にして会員でトップだろうね。そんな会員聞いたことないけど。ひなが若葉をどれぐらい好きかと言うと、『若葉ちゃんコレクション』こと若の写真集があるほどだ。その枚数は数えるのが億劫な程で、メモリースティック何個分かも分からない。数えたらわかるだろうけど、そこまでは興味ない。せいぜいイジるネタが欲しいぐらいだ。

 それで、この子は怒るとめちゃくちゃ怖い。静かにオーラを出して怒るタイプなんだけど、それが半端なく怖い。転けそうになったということにして一度胸を触った時はヤバかったです。トラウマレベルです。胸の感触は脳内に永久保存です。ちなみにこの件以降しばらく誰も口を聞いてくれなかったです。ちーちゃんと友奈にまで無視されたのは辛かった。てか泣いた。

 

「あら、そんなことないですよ? 私はここの誰も嫌いだなんて思いません。順位をつけるとしたら佐天さんが最下位というだけです」

「複雑だなぁ!」

「そんなランキングつけてたのか」

「ちなみに1位は若葉ちゃんですよ!」

「そ、そうか……」

「はいはい。朝からごちそうさま〜」

 

 すーぐにこの二人はこういう会話を始める。ひなが暴走して若が戸惑うってパターンが多いんだけど、ひなの暴走は基本的に計算して行われてる。その時の若の反応をシャッターチャンスとしてるらしくて、若もそうされないように努力はしてる。実らないけどね!

 そんな二人の席は僕からして右斜め前と左斜め前だから、目を逸らすとなると必然的にもっと右を見るしかない。窓の外を眺めてもいいけど、人間観察ってやつだよ。

 

「んんー? はっ! あんずをその目で見るな遅刻しかけた変態め!」

「タ、タマっち。それは失礼すぎるよ」

「ヨッシーの言うとおりだぞタマ。遅刻はしかけただけでしてないから無問題だ。それに変態なんかじゃない。変態紳士だ!」

「な、なに!?」

「なんでそんな反応してるの!? 佐天先輩もふざけないでください!」

 

 変態かどうかは自分で断定できることじゃないし、そもそもヨッシーを見るなって酷い話だよな。見ないように生活するなんて無理だ。そんなわけでふざける方向で有耶無耶にしたかったんだよね。別に僕は何も悪いことしてないけどさ。それにタマもノリがいいから、ぶっちゃけ今のも本気で言ってたのか僕にはわからない。半々な気がする。

 

 僕を変態呼ばわりしたのは土居(どい)球子(たまこ)。本人の希望で『タマ』と呼んでる。タマも同い年で、超アウトドアな子。そして低身長。もう一度言おう、低身長だ!! 僕も平均身長より少し低いけど、球子ほどじゃない。さすがに小学生レベルの身長じゃないぞ。そしてその身長に一致するようにお胸は絶壁である。暴れるから口が裂けても言わないけど。ちなみに登山仲間。何の山かは内緒。

 球子の武器は旋刃盤。盾にもなるし、ワイヤーをつけてて刃が仕込まれてるから投擲もできる便利品。ワイヤーが切られたら戦闘力皆無だろうなって思うけど、そこは勇者の力なのかワイヤーが固いんだとか。それならワイヤーでも戦えるのではなかろうか。むしろそっちで戦ってくれたら個人的にカッコイイと思う。

 

「タマってヨッシーより小さいよなぁ。何がとは言わないけど!」

「小さい言うなー! それに何がって何だよ!」

「あの、わたしヨッシーって呼ばれるのOKって言ってないんですけど……」

 

 憤慨するタマを鎮まらせる『ヨッシー』こと伊予島(いよじま)(あんず)は、この中で最年少の中学1年生。誕生日云々のやつで学年が一つ下ってだけだから、ぶっちゃけ後輩感はしない。僕が上下関係は好きじゃないってのもそれの理由になるかな。読書が大好きな文学少女。球子と正反対の超インドア派。オドオドしてるけど、芯はしっかりしてそう。この前借りた小説の子がそんなだったしたぶんきっと杏もそんな感じ。maybe。

 武器は弩で、完全に遠距離担当。バーテックスに近づかれたら詰みそうだけど、球子が守るんだろうなー。お姫様と王子様だよね。二次元かよって話。ここは三次元だ。……若とひながアレだし僕がおかしいのか。そんな馬鹿な。てかヨッシーってあだ名で認めてよ。もっと仲良くなれたら他の呼び方にするけどさ。

 

「ところでやっぱりこの空間はハーレムでは!?」

「佐天くん、授業始めるんですけど……。君だけ違う教室に行きましょうか」

「そんな殺生な!!」

 

 自分を含めてたった七人のクラス。田舎ならあるあるだけど、ちょっぴり寂しい。男の子がいないし。でも、これはこれで楽しいと思う。性格も趣味もバラバラだから、いろんなことが楽しめそうだよね!

 




 なんか順番に日記を書くらしくて、順番が回ってきた。この日記の名前は勇者御記。勇者じゃないから書かなくてもよくね!? そりゃあ書けと言われたら書くけどさ。みんなはどんなの書いてるのかなって見てみたけど、参考にならないし、面白みもない! 固いんだよ! 楽しいこと書こうぜ! てなわけで次回からそうする。文字数ry
勇者御記 二〇一八年七月 
 佐天勝希 
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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2話 遠い地の友達

 


 

 白鳥(しらとり)歌野(うたの)。あだ名は『うたのん』。勇者の一人。たった一人で諏訪を守っている人。夢は農業王らしい。この人の凄いところは、諏訪にいる人たちを元気づけたとこだ。四国の人たちの多くは"天空恐怖症"になってる。諏訪の人たちも塞ぎ込んでたらしいんだけど、食料確保のために一人でずっと農作業をしてたうたのんの姿を見て、自分たちもと立ち上がらせたらしい。

 一人でバーテックスを撃退しながら農作業もする。その様はまさしく勇者。諏訪の希望の星だね。そんなうたのんとうちのリーダーこと若は定期的に連絡を取り合っている。音声だけなんだけどね。

 

「うどんの方が良いと何度も言っているでしょう!」

『いいえ蕎麦です! なぜ理解できないのですか!』

「いやラーメンでしょ」

「佐天は黙ってろ!」

「えぇ……」

 

 若は香川県出身だからかうどんをこよなく愛してる。それは他の勇者達やひなも同じだし、友奈もうどん好きだ。それに対してうたのんは蕎麦が大好き。信州そばを布教しようとして、若とうどん蕎麦論争をしている。僕はうどんも蕎麦も好きだけど、ラーメンの方が好き。豚骨ラーメンとか最高だね。奈良は全然有名なラーメンが無かったから、大阪に出た時にラーメンを食べてた。

 

「なんでラーメンの魅力が分からないかなー」

「ラーメンを食べるくらいならうどんを食べる」

『私もラーメンよりは蕎麦を食べますね。あなた方にはぜひとも信州そばを食べていただきたい』

「たしか蕎麦のも栽培してるんだっけ?」

『そうですよ! 自分達で育てた蕎麦を食べる! これほど美味しいものはありません!』

「たしかに。自分達で育てたものとなると格別だろうね〜。いいなぁ、僕も信州そば食べてみたいなー」

「佐天お前! 裏切るのか!」

「だから僕はラーメン派だって……」

 

 裏切るも何もないでしょうに。うどん派になった覚えはないんだから。別にうどんは嫌いってわけじゃないよ。香川のうどんってやっぱりコシが違うからね。香川以外のうどんに慣れてると少し違和感があるけど、香川のうどんに慣れてくるとクセになる。他のじゃ物足りないってね。でも僕はラーメン派だ! いずれ店を出してラーメンを広めてやる!

 

「とりあえずうどん蕎麦ラーメン論争はこれくらいにしようか」

『ラーメンは初めからなかったですよ?』

「うたのんまで!?」

「それに関しては白鳥さんと同意見だな」

「それより、みとりんは?」

『みーちゃん? みーちゃんなら他の人と一緒にいますよ。……はっ! まさかみーちゃんに何かする気ですか!』

「いや通信でどうしろと……。そうじゃなくて、久々に話してみたいなーって。今いないなら次の時でいいけど」

『あーなるほど。そういうことでしたら次はみーちゃんも一緒に。では今回はこのへんで』

「あぁ。白鳥さん、どうか気をつけてくれ」

『えぇ。乃木さんも』

 

 『みとりん』と『みーちゃん』は同一人物。藤森(ふじもり)水都(みと)が本名。諏訪にいる巫女でうたのんのサポートをしている。力仕事は苦手らしくて農作業の手伝いはできないんだとか。代わりに料理は手伝ってるし、他の生存者とコミュニケーションは頻繁に取ってるんだとか。

 本人は「たまたま選ばれただけ」って謙遜するけど、通信で話してる感じだと選ばれるのも分かるなってなる。びっくりするぐらい純粋で綺麗な心を持ってるし、それでいて実はしっかりしてる。性格が自分の力を殺しちゃってるって感じかな。

 

 現状の話をすると、四国はまだ攻められていない。神々の集合体である《神樹(しんじゅ)》が結界を張っているというのが一点。バーテックスたちが先に諏訪を攻め落とそうとしているというのがもう一点の理由だ。諏訪にいる神は《神樹》のような集合体じゃない。そして人類を守れる勇者は一人のみ。歯がゆいことだけど、先に狙われるのは道理なんだ。

 だから若はうたのんのことを心配するし、うたのんは心配をかけないように軽い調子で話す。あの日からもうかれこれ三年経ってる。救援がない以上諏訪の情勢は芳しくないのは明白なのに。若はうたのんの思いにハマってるから気づいてないだろうけどね。僕も言わないでおくけど。

 

「それで? どうせ茶々を入れに来ただけじゃないんだろ?」

「え? それ以外に理由がいる?」

「……佐天はどっちも可能性があるから反応に困るんだよ」

「若はノリが悪いなー。ま、今回は正解だけどね」

「当たっていたのか」

 

 座って通信していた若が立ち上がって、呆れた顔で僕を見てくる。というか若干見下ろしてくる。

 

 そうです。そうなのです! 若の方が身長が高いんです!!

 

 若の身長は160cmちょい。それに対して僕の身長は159cm。ほぼ変わらないだろって言われるけど、そんなことはないんだよ! 男という生き物は元来の本能ゆえか、異性に負けたくない生き物なんだよ!

 

──身長、体格、身体能力etc

 

 主に肉体面のことにおいて男は異性に負けたくないと思ってしまうのだ。特に成長期に入っている僕にとっては尚の事!

 だがまぁここで露骨に態度に表してしまってはそれこそ「器が小さい」というもの。僕はそんなみみっちいことはしたくないからね。ここはクールに気にしていない体で話を進めるとしようじゃないか。

 

「ん? 佐天って身長もう少しなかったか?」

「表に出やがれド畜生め!!」

 

 若のこの失言は後でひなに言いつけてやる! ひなが相手なら若も大人しく怒られるからな! 器? 知ったことじゃない! 若が悪いんだから!

 

 若は憤慨した僕と外に出て、木刀で決闘をした。もちろん僕はコテンパンに負けましたとさ。泣きっ面に蜂とは正にこのことよ。

 

 

「それで? 結局佐天の用事ってなんだったんだ?」

コテンパンにした相手の応急手当だと? 若はどれだけイケメンムーブをすれば気が済むんだ

「おーい。さーてーんー」

「はっ! 若は実は僕のことが好k「それは断じてない」あ、はい」

 

 丸亀城内にあるベンチで応急手当をしてもらっていたんだけど、僕が巫山戯たら若がゴミを見るような目になった。周囲の温度が下がるっていうのかな。明らかに態度が冷たくなったよ。若に苦手意識はあるけど、仲良くなりたい僕にとっては悲しいことだね。

 若ってわりと漢なところがあるから、きっと好きな子にはツンツンしちゃうと思うんだよね。ツンデレってやつ。仲良くなりたいけどどうしたらいいかわからないからついつい冷たくなっちゃう、的な。そんな若のためにもこちらから距離を詰めようじゃないか。

 

 ──"友達"になるためにも

 

 

「若。僕は体のいたる所が痛い」

「うっ、……やり過ぎたとは思ってる。なまじ佐天の動きがいいから」

「奈良にいた時に剣道と武道は神主さんに叩き込まれたからね〜。護身術(・・・)として」

「そうだったのか。……待て、護身術としてだと? いったいなぜ佐天が護身術を身につける必要があった(・・・・・・・・・・・)

「うん。まぁそれは内緒。話したくないことって誰にでもあるからね。それより若。僕はフルボッコにされた代わりに要求があります」

「変なことでなければ」

「……みんな僕に対しての認識が酷いよね。口にしても行動には移さないチキンなのにさー。ま、いいや。僕の要求は、体の痛みが引くまでの膝枕!」

 

 笑顔で言い放つ僕に対して、若の顔はすんごい引きずってた。それは膝枕が若にとってグレーゾーンだから。僕は知ってる。ひなから聞いているから知ってるよ。若はひなに耳掃除をしてもらっているって。そしてその時にひなに必ず膝枕されるってことを。

 そう! 自分がやってもらっていることを、他人にはさせないなんてことは若はできないのだ! 律儀な性格をしているから尚の事!

 それでも渋られるのは僕の評価が低いせいだね。いったいなんでそんなに評価が低いんだろうか。部屋に忍び込んだり、お風呂を覗いたりなんてことは一切していないというのに。せいぜい制服から透けて見える下着を見てるくらいなのに。

 

「わりと寝転びたい気分なんだよね。で、若がいることだし、せっかくなら膝枕してもらいたいなぁって」

「……はぁ。少しだけだ……ぞ……」

「ん? 若どうしたの?」

「い、いや〜。佐天は先に後ろを振り返るべきだと思うな……」

「後ろ? 後ろになにかあ……るね。うん」

 

 若に言われた通り後ろを振り返ると、すぐさま肩を掴まれた。しかも力強くて痛いぐらいだ。その犯人は誰かと言うと、僕の大親友こと高嶋友奈ちゃんでした。いやー素晴らしいねー。これは僕大変なことになる気がしてならないよ。鍛えられた直感がそう告げるからね(アラームを鳴らす)

 すっごいニコニコしてるのに半端なく怖いという器用なことを友奈はしてる。僕もそれに合わせて笑顔を返すんだけど、笑顔が引きずっちゃってるね。冷や汗も止まらないんだ。夏だからかな。

 

「若葉ちゃんに何させようとしてたのかな?」

「い、いやー、やましいことじゃないよ?」

「それならなんで目を合わせてくれないのかなー。やましいことじゃないならそんな挙動不審にならないよね?」

「あ、あはは、なんでだろうね〜。若に木刀で勝負挑んでボッコボコにされたからかなー」

「ふーん? で? 言い訳はそれくらい?」

 

 怖い怖い怖い怖い! 

 両肩を掴まれてたけど、今は友奈の右手がそっと僕の頬に添えられてる。しかもグーで! これってもう逃げられないんじゃないかなー! いや、そもそも本当にやましいことを若に頼んでいたわけじゃないから、逃げる必要はないわけなんだけどね! 

 

「え、えとー。ひ、膝枕を頼みました! やましいことではありません!」

「若葉ちゃんがそうしないといけない理由ないよね?」

「ひっ! ご、ごめんなさい!」

「とりあえず私の部屋まで行こっか? お話はまだあるわけだしね」

「処刑宣告!? わ、若助けてー!」

「若葉ちゃん?」

「どうぞごゆっくり! 私は今日の分の鍛錬が残っているからな!」

「頑張ってね!」

「この薄情者ー!!」

 

 とりあえずグーパンはされずに済んだけど、それ以上の悪夢がこの後待っていることが確定してしまった。友奈に引きずられる僕は、僕の潔白さを知っている若に助けを求めたけど、呆気なく若に見捨てられた。この恨みはいつか晴らすからな! 具体的にはひなに協力して『若葉ちゃんコレクション』を増やすという形で!

 あ、若に話あったんだった。ま、急ぎじゃないけどね。

 

 

 引きずられてる途中でタマとヨッシーにも会って助けを求めたけど、二人は何も見なかったということにして過ぎ去っていったよ。ひなは話しかけてくれたけど、若の居場所を聞くだけ聞いて見捨てていった。みんな薄情だよ!

 

「膝枕ぐらい言ってくれたら私がするもん」

「え、なに。友奈って天使?」

「そんなに煽てても何も出ませんよー」

 

 友奈の部屋に連行されて待ち受けていたのは、友奈の膝枕(ご褒美)でした。鍛えてるけど女の子特有の柔らかさがあって、最高の膝枕だね。しかも言ったら何度でもさせてくれるという衝撃の事実もカミングアウトされたし。でもやっぱり六人女の子がいるんだからみんなのも──

 

──ドォン!!

 

「マーくんどうかした?」

「い、いえ何も」

 

 やめておこう。実行したら部屋の壁みたいに体に穴を空けられる。体があっての人生なんだから。

 

 




 今日初めてマーくんに膝枕した。若葉ちゃんにやらせようとしてるのを見たらムッてなっちゃって、本当は部屋でお説教するつもりだったのに。でも、マーくんの様子を見てたらそうする気にならなかった。みんなは気づいてなかったし、私もちょっと違和感があるってぐらいだったけど、マーくんはどこか暗くなってた。私が思い当たるのは一つだけ。きっとあの事だ。マーくんは■■■■■で、■■■■。それをふと思い出しちゃったんだろうね。
 勇者御記 二〇一八年七月
  高嶋友奈  
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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3話 シャボン玉大好き

 

 季節はガッツリ夏。でもまだ7月だから気温はこれからどんどん上がるんだろうね。夏にいい思い出なんてあんまりない。だって奈良は海に面してないからね。しかも大阪湾とか泳げたものじゃない。泳ぐとなると京都の方に出るか、和歌山か三重だね。じいちゃんは若い頃に友達と一緒に三重まで行ってたんだとか。しかも自転車で。

 

『奈良は山に囲まれとるからな! 外に出るときは下りばかりで楽じゃわ! 帰り? そんなの知らん! ヒッチハイクでなんとでもなるわい!』

 

 感銘を受ける言葉だったよ。遠いからって諦めてちゃいけないってことだもんね! 遊びに妥協は許されない! 楽しむためならなんだってやる! 10歳の時に肝に銘じたよ。

 

 今は四国にいる。しかも丸亀城から見えるところに海がある。そこで泳げるわけじゃないけどね! 工場が近くにあるせいで泳げたものじゃない! ガッデム!

 そんなわけで夏だけど夏らしい遊びの一つを封じられてしまっている。まぁプールはあるから妥協点だよね。髪が痛まなくていいからプールの方がいいって人もいるぐらいだし。ところがどっこい。今日はプールに行くわけじゃないよ。

 

「ちーちゃーん、あーそーぼー!」

「嫌よ」

「なんで!?」

「暑いじゃない」

「たしかにね!」

 

 ちーちゃんは何もない時にいっつも自分の部屋にいる。何をしているかと言うとゲームをしてる。ちーちゃんはゲーマーだから当然だね。僕もゲームが好きだし、よく一緒にゲームをさせてもらってる。コントローラーとかは大社がくれるよ。極力勇者の機嫌を損ねないようにしてるからねー。ほら、勇者が戦わなかったら人類は全滅待ったなしだからさ。

 それで、たまにはちーちゃんと外で遊ぼうかなって思って呼びに来たんだけど、ちーちゃんは外に出ることを瞬時に理解したみたいで即答で却下してきた。部屋のドアを開けっ放しにするわけにもいかないし、玄関から話すことにしようかな。

 

「外の暑さを忘れる遊びにしようと思うんだけどさー」

「拒否しなかったかしら? 話を聞かないと納得しないだろうから最後まで聞くけども」

「暑さを忘れる遊びってやっぱり見た目も涼むやつがいいじゃん? そこで用意したのが……ジャジャーン! シャボン玉セットー!」

「シャボン玉? 子供じゃないんだから」

「せっかく自作したのに〜。まぁちーちゃんは不参加ってことねー。じゃあ僕は友奈とシャボン玉で遊んどくよ」

「参加しないとはいってないでしょ? 私も行くわ」

 

 チョロいぜ! ちーちゃんは友奈と仲がいいからね。友奈が来るって言えば参加すると思ったよ。友奈を利用してる感が半端ないけど、怒られたら謝ろう。よくないことに変わりはないからね。

 完全にオフモードで部屋着だったちーちゃんが着替えるから、僕は部屋の外に出る。紳士だからね! 覗きとかもしないよ!

 

「お待たせ。場所はどこでするのかしら?」

「決めてないよ! 今から友奈を呼びに行くからさ!」

「……嵌めたわね?」

「ごめんごめん。ちーちゃんと遊びたかったからさ!」

「! ……仕方ないわね」

「あはは! ありがとう!」

 

 ちーちゃんと一緒に友奈の部屋に行く。ちーちゃんと友奈の部屋はすぐ横だからさ、時間は全然かからない。でも今日の最高気温は30度近くあるから、じんわりと少しずつ汗が滲んできちゃう。早くシャボン玉で遊ばなければ!

 そんなわけで友奈の部屋に突入。インターホンは押してないよ。いつもこのやり方で突入してる。ちーちゃんに横腹を抓られてわりと痛いけど、気にしない気にしない。友奈を誘う方が優先だよ。鍵が開いてたってことは友奈は部屋にいるということ。そしてどの部屋もシンプルな作りをしてるから玄関から部屋の中をほぼ見渡せる。そんなわけで友奈は簡単に発見できた。

 

「友奈友奈。格闘技の練習するのはいいけどさ、やるならスカートじゃない服装でしてくれないかな。それかスパッツ履いてほしい」

「ぇ……、ま、マーくん!? っ〜〜〜!! 変態!」

「これで僕が怒られるのは理不尽だと思うな! だから殴ろうとしないでぇ!!」

「そもそもインターホンを鳴らさずに入ったからでしょ……。だからあなたの責任よ。甘んじて殴られなさい」

「そんな馬鹿な!! ぐへっ!」

 

 顔を真っ赤にした友奈に全力腹パンされた僕はノックアウト。格闘が戦闘スタイルな友奈のパンチはとてつもなく重たいです。全然立ち上がれそうにないです。そんな僕を無視するちーちゃんは、僕を素通りして友奈を慰めてる。

 痛みは引かないけど、顔だけはなんとか上げられる。今日の目的を伝えなきゃいけない。……あ、ここからなら二人のスカートの中を覗けるや。でもパンツが見れそうで見れない。太ももの際どいところまでが見えるという生殺し! 耐え難いが耐えなければならぬ! おっと血が出た。バレたら追い打ちをかけられてしまうな。

 

「マーくんいつまで蹲ってるの? いつもの調子ならもう動けるよね?」

「いやー今回は打ちどころがねー」

「ちゃんと調整したけど?」

「立ち上がらないと遊ばないわよ」

「それはイカン! ぁ……」

「ぁ」

「鼻血? ……ふーん? マーくんはなんで鼻血が出てるのかなぁ?」

 

 弁明しなければならない。僕の無実を証明するためにも! さぁ頭を回転させろ。選択肢を間違えるな。状況を的確に理解しろ。相手の心情を察するんだ。そうすれば全て丸く収まるはず! ……どう考えても僕が悪いのが現実なんだよなぁ!

 

 そんなわけで僕の弁明は全く意味をなさず、今度は頬に特大の紅葉をつけられましたとさ。男は辛いよ。

 

 ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、友奈に今日の用事を伝える。暑さを忘れるためにシャボン玉で遊ぼうって話。それを聞いた友奈は、可愛らしくはにかんでOKを出してくれた。OKを貰えたらすぐに友奈とちーちゃんを連れて外に出た。暑さを忘れるためにって言っても、暑いのは暑いんだから木陰で遊ぶとしよう。木がいっぱい生えてる所がいいよね。

 

「ここらへんかな」

「うん。ここなら木陰で遊べるもんね!」

「シャボン玉の用意って、そんなのだったかしら?」

「市販のやつじゃないからね! 僕の自作シャボン玉で遊ぶんだよ! 針金ハンガーの形を変えたらデッカイの作れるしね!」

「おー! マーくんあったまいい!」

「へへん! もっと褒めてくれていいんだよ!」

 

 もっと調子に乗ってもいいんだけど、ちーちゃんの視線が既に冷たいから準備をするとしよう。大きい桶を用意して、そこに作っておいたシャボン液を流し込む。あとは形をできるだけ丸くしたハンガーをそこに浸して、振り回すだけ。それだけで大きなシャボン玉が完成する。大きいとできた瞬間ポワンポワンするから可愛いよね!

 

「おー! おっきぃー!」

「凄いわね……」

「でしょでしょ! しかもそれだけじゃないよー! 触ってみて!」

「え? 割れちゃうんじゃ……」

「いいからいいから! それにシャボン玉が割れたってまた作ればいいんだしさ!」

 

 シャボン玉って別に一個のを見て楽しむわけじゃないからね。そりゃあ割れないほうが嬉しいって気持ちも分かるけど、僕としてはいっぱいシャボン玉を作って遊びたい。

 そんな気持ちが伝わったわけでもなく、僕に言われた通り友奈はシャボン玉を触る。シャボン玉は脆くて、触るのはもちろんのことながら触らなくても勝手に壊れる。壊れたときに液が若干飛び散るけど、それもまたシャボン玉も醍醐味。

 

 でもこのシャボン玉は違うんだよ!

 

「あれ? 壊れない?」

「弾力があるわね。さすがに強く触ったら壊れるでしょうけど」

「えっへん! 凄いでしょ!」

「うん! すごいよマーくん! なんでこんなのできるの?」

「シャボン液の作り方を工夫したんだー。わりと簡単だよ? 1回沸騰させて少し冷ましたぬるま湯に、洗濯のり・ガムシロップ・炭酸水・粉ゼラチン・ラム酒をちょいと混ぜて、グリセリンも混ぜてみたんだよ。そしたらこれができたんだ!」

「洗濯のりにガムシ……え?」

「あはは! 友奈は覚えなくてもいいよ! またやりたかったら僕に言ってくれたらいいからさ!」

 

 どうやら僕が作ってみたシャボン玉は友奈とちーちゃんに好評だったみたい。二人もそれぞれハンガーを持って思い思いにシャボン玉を作り出す。ハンガーの大きさは多少なりとも変えとくべきだったね。全部だいたい同じ大きさのシャボン玉がいっぱいになっちゃったし。まぁハンガー自体はまだあるからそっちのを大きさ変えたらいっか。

 そんなわけで僕は残りのハンガーを改造する。ただ大きさを変えてるってだけだけども、改造って言ってる方がカッコイイよね! それに僕はこういうことをするのが好きなんだよ。遊ぶことが好きだし、自分で用意したもので友達が楽しんでくれたら嬉しいし。報酬は友達の笑顔ってね。

 

「おおー! 見ろよあんず! でっかいシャボン玉がいっぱいだぞ!」

「わ、あれは凄いね。タマっち先輩、私達も混ぜてもらう?」

「そうだな! おおーい! タマ達にもやらせてくれー!」

「タマちゃん! アンちゃんも! うん、いいよ! ね、マーくん?」

「もっちろん! 人が多いほうが面白いからね!」

 

 ちーちゃん的には微妙そうだけど、僕と友奈が二人の申し出を快諾したから何も言わなかった。沈黙は肯定ってことで二人にもハンガーを渡す。そしたら二人も思い思いにシャボン玉を作って遊び始める。二人に渡したのはちょうど大きさを変更し終えたハンガー。ちーちゃんと友奈が持ってるのが一番大きいやつ。ヨッシーに渡したのが一回り小さいやつ。タマに渡したのが一番小さいやつ。

 

「タマのだけ小さすぎるだろ!」

「え? 大きさ変えたほうが面白いかなって」

「だ・か・ら! 小さすぎるんだよ! しかもなんでタマがこれなんだよ!」

「タマってちっちゃいじゃん」

「うがー! そんなのタマでも許さんぞー! この平均以下男子め!」

「喧嘩なら買うぞおらぁ!」

 

 誰が平均以下男子だ! 好きでこの身長なわけじゃないわい! それに男子の成長期はまだこれからだもんねー。僕には希望が残ってるのさ。今は若に負け……負けてるけども、来年には僕のほうが身長が高い……はず。高いよね。僕の成長期はまだ終わってないよね。信じていいよね!

 そんなわけで僕のことを馬鹿にするタマを許さないぞ。僕はタマに10cm以上ある。それに女子の方が先に成長期が終わるからね。僕は完全勝利の未来が各停しているということさ。まさに一触即発なんて状況になっている僕たちの間に入ったのは、ヨッシーと友奈だった。

 

「マーくん! せっかく遊んでるのに喧嘩なんて駄目だよ!」

「タマっち先輩もだよ! うどん抜きにするよ!」

「あんず!? それだけはやめてくれ!」

「ははは! タマは敗北者じゃー! 僕はうどん抜きでも気にしないからね!」

「マーくん? いい加減にしようか? ご飯抜きにするよ」

「ごめんなさい!」

 

 腰に手を当てて怒る杏と友奈の前にて土下座する僕とタマ。それを見て呆れながらも片手間にシャボン玉を作るちーちゃん。事情を知らない人が見れば何も分からない状況が出来上がってしまった。そんな状況を見て予想通り反応に困りつつ近づいてくるのが若とひな。みんなが集まってたら二人も来るよね。

 ちーちゃんが二人に事情を話して、「いつものことか」と納得した二人は残ってるハンガーでシャボン玉を作って遊び始めた。いつものことって思われるのは心外だし、僕らを無視して遊び始めるって強かだよね!

 二人からの説教を大人しく聞き続けて、ちゃんと反省した姿勢を見せることで許してもらえた。その後は七人全員でシャボン玉祭り! ちゃんと七人分用意してたあたり、僕も優秀だよね!




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勇者御記 二〇一八年七月
  ■ ■■   大赦史書部・巫女様検閲済み


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4話 水遊びは何がいいかな

 

 たしか今日も定期連絡があるはずだ。この前はシャボン液精製の研究に没頭していたせいで忘れてしまっていた。せっかくみとりんが参加してくれたというのに。悪いことをしてしまった。若が代わりに謝罪して、今回の通信で僕とみとりんも参加するという話で落ち着いたらしい。若にはもう謝ったし、みとりんには通信が始まったらすぐに謝ろう。そう決めて先に若と合流して一緒に本丸へと歩いてる。

 

「そんなわけで僕にお小遣いちょうだい」

「いきなり何の話をしてる? お小遣いなんて渡したことないし渡さないぞ」

「若のケチ」

「なぜだ!?」

 

 流れでいけるかと思ったけど、全然駄目だった。シャボン液研究で予算オーバーしてしまったからお小遣いが欲しいのに。まぁでもいっかー。今はもう8月末で、今月の主たる出費はもう済んでるんだから。……やっぱりお金は欲しいや。

 これくらいの軽口を言いながらじゃないと、僕は本丸までの坂を登れないよ。一人だけの時はそうでもないんだけど、誰かといるならやっぱり会話したい。ワイワイするほうが好きだからね。若からは用件がある時しか話してくれないけど、こっちから話を振ると乗ってくれる。不器用なリーダーながらに仲間を大切にしてるらしい。刺々しさがまだまだ残ってるけどね。

 

「やっぱここからの眺めはいいよね〜」

「眺めを堪能するのは構わないが、すぐに通信を始めるから戻ってこい」

「はいは〜い」 

 

 てっきりもう少し時間があると思ったんだけど、僕との会話のために歩くペースを遅くした分時間がギリギリなんだとか。言葉を返してもらってるから何も言えないけど、時間のことは言ってほしかったね。時間ピッタリ皆勤賞の若が時間通りに始められなかったら向こうは心配するだろうから。

 通信機の目の前に座る若の隣にお邪魔して開始を待つ。姿勢を正して時間になるのを待つ若の隣は落ち着かない。僕は若のように毅然とできないからね。ジッとしていられないのさ。体を動かしたい。そう思ってソワソワしてると通信が始まった。時間ピッタリ。うたのんも皆勤賞だね。

 

「うたのんもキッチリするよねー。結構フリーダムな印象あるのに」

『佐天くんほどじゃないですよ。ね? みーちゃん』

『私はどっちもどっちだと思うよ。佐天くんに会ったことはないけど、話してる印象だとうたのんと気が合いそう』

『ショッキング! みーちゃんにそう思われてるなんて……』

「さりげなく僕を最下層に押し込めたうたのんに僕はショッキングだよ」

「……せめて定時連絡を終わらせてからそういう話をしてくれ」

 

 出だしを僕が取ったらものの見事に話が脱線して始まったね。最初から脱線ってことは、初めからレールに乗ってなかったってわけなんだけど。暴走列車もいいところだよ。なんて会社と運転手なんだ。実際にあったら即刻逮捕で会社は潰れてるよ。僕には関係ない話だけど。

 

「佐天のせいで話がそれたが、こちらは特に変化はない。有事に備えて訓練をする日々だな」

「僕のせいなの?」

『そうですか。こちらも今のところ目立った変化はないですね。変わらず襲撃はありますが、私一人で迎撃できる程度ですし』

「スルーですか。天さん寂しいめう」

 

 構ってもらえないとか寂しすぎるよ。何のために僕は初めから通信に参加してると言うのさ。あ、みとりんに謝るためか。でも結局定時連絡を始められちゃってるから謝るタイミングなくなったんだよね。

 

「バーテックスに何か変化があったら教えてほしい。私たちは結界の外に出ることが許されていないから情報収集の手段がないんだ」

『わかりました。何か気づいたことがあったら報告します』

「いじけていい?」

『佐天くん。うたのんたちの話が終わるまで我慢して。終わったらいっぱい話そ』

「味方はみとりんだけだよ! ありがとうみとりん! 大好き!」

『えぇ!?』

 

 みとりんは本当に優しい子だよね。みとりんがいなかったら本当に二人にずっと放置されるだけだからね。通信機がもう一個ずつあればみとりんと二人で話せるというのに、世知辛い世の中だよ。こんな世界になっても通信できているだけありがたいことなんだけどね。ゴッドパワー様々だね。そもそもこうなってるのは神様のせいなんだけど。あ、でもその原因が何か分かってないや。僕らに何か原因があったのかも。

 僕が勢いでみとりんに大好きって言ったからってうたのん騒ぎ過ぎじゃないかな。『私のみーちゃんは渡さないわ!』じゃないよ。そういう意味で言ってるわけじゃないからね。だから若もスマホを操作して友奈と連絡取ろうとするんじゃないよ。僕が友奈にギルティパンチされるじゃないか。訓練の成果も出てきてて復帰に時間がかかるほど重たいパンチなんだから。

 

「冗談なノリは置いといて」

『ひどい……私とは遊びだったんだね!』

「みとりんそういうキャラだっけ!?」

『ふふっ、ちょっと揶揄ってみたくて』

「心臓に悪いよ……。こら若! 友奈に電話するんじゃない!」

「なっ! 私のスマホを返せ!」

『あっちは盛り上がってるわね〜』

『佐天くんといたらみんな明るくなるだろうからね〜』

 

 やったよ! 会ったことはないけど二人に褒められたよ! 僕が目指してる人物像に近づいているってことだよね。いやー嬉しいな〜。この調子で初対面の人でも笑顔にできるぐらいの人を目指そう。お笑い芸人になりたいわけじゃないけど、みんなを笑顔にできる人にはなりたい。ありゃ、スマホ奪い返された。

 

「そうそう若。みんなでできる遊びを考えたから後でやろうよ。今月はずっと暑さに負けてたけど、せめて月一で何かしたいし」

「暑さに負けてたのは主に佐天なんだけどな。食堂までの道すら諦めてたせいで高嶋に引きずられてたじゃないか」

「最初のうちはね。途中からは引きずられてるほうが余計に時間かかって暑いってわかったから自分で歩いてたでしょ」

「初めから歩け」

 

 若は正論しか言ってこないね。もう少しユーモアに溢れてくれてもいいのに。というかそうしてくれないと僕もネタが尽きて話が終わってしまうよ。僕が話をしなくなるなんてバーテックスがマシュマロになるぐらい異常なことだからね。ところでバーテックスって味あるのかな。ブヨブヨしてそうだし見た目通りマシュマロみたいな感じかもしれない。これはうたのんに検証を頼むわけにもいかないけど。

 

『あら暑さに負けてたんですか? 農作業をしておけば慣れますよ?』

「僕はうたのんみたいに農業王になりたいわけじゃないからパス。うたのんみたいにみんなを笑顔にできる人にはなりたいけどね」

『あはは、私はそんなに大した人間じゃないですよ』

『そんなことないよ。うたのんのおかげで諏訪の人たちは前を向けるんだから。私もうたのんは凄いなって思ってるよ』

「みとりんも僕と同意見だねー。そんなみとりんはうたのんが育てた野菜とかを全国に運搬するんだよね。最初は僕のとこがいいなー」

『もちろんそうするよ。いつか届けるね』

「うん。楽しみにしてるね」

 

 うたのんと諏訪の人たちが育てた作物。きっと美味しいんだろうね。いや、美味しいに違いない。だって丹精込めて育てられたんだから。そういうやつは総じて美味しいと相場で決まってる。先にメニューを決めて欲しい食材をみとりんに送ってもらうのもいいし、みとりんが送ってきた食材から料理を考えるのもいい。どっちにしても楽しみなことだよね。それがいつになるか分からないけど。

 うたのんが今何を畑で育てているのか。諏訪の人たちと協力してどれだけの数を育てているのか。今日の雑談はそんな話がメインだった。どんな人なのか分からない。話してるだけだから。でも、不思議とイメージは湧いてくる。きっとパワフルで破天荒だけど、実はちゃんと考えてる。そんな人な気がする。

 うたのんたちとの通信を終えて、諏訪の方角の空を眺めてから僕は若と一緒に本丸から出た。この後遊ぶのもいいし、明日に回してもいい。とりあえずおやつ食べたい。そうそう、ちゃんとみとりんに謝ったよ。罰はみとりんと一緒に配送だってさ。きっと楽しいね。

 

「それでいったいどういう遊びを考えたんだ?」

「おー? 若の方から聞いてくれるなんて珍しいね。そんなに遊びたい?」

「先に内容を知りたいだけだ」

「あはは、それって遊びたいって言ってるのと変わらないよ」

「むっ」

「考えたやつはもちろんみんなで遊んだ方が楽しいやつだよ。それに、訓練の一環とも言えるようなやつにしたんだ〜」

「そうなのか。それはありがたい」

「名付けて『水鉄砲大会』!!」

「は?」

 

 なんでこんな不評なんだろうね。遊びだけにならないようにちゃんとルールも決めているというのに。ルール説明は何回もするの面倒だからみんなを呼んでからにするけど。若の存在でひなを釣れるし、遊びの名称で友奈とタマも釣れる。そこからは芋づる方式でちーちゃんとヨッシーも釣れる。完璧な作戦だよ。

 さっそく友奈に連絡入れると即答で参加表明をしてくれた。ちーちゃんも連れてきてくれるんだとか。言わなくても通じたのかもしれないけど、友奈の性格からしてちーちゃんも誘いたいってことだろうね。次にタマに連絡したらタマも参加してくれるって言ってくれた。ちゃんとヨッシーも呼んでもらうよ。ひなは若が連絡したから参加するだろうね。

 

「若は先に集合場所行っといて。僕は用意を取ってくるから」

「私も手伝うぞ」

「何言ってんの。呼び出した側が誰もいないなんて状態にするわけにはいかないでしょ。僕一人で運べるように箱にまとめてるし、台車も用意したから大丈夫だよ」

「わかった。そういうことなら私は先に行っておく」

 

 若と一旦別れて宿舎に戻る。勇者のために急造されたわりに設備も整っている宿舎で、8部屋ある。一人一部屋だから一つだけ余るわけで、余ってるなら活用するのも当然のこと。僕の遊び道具の物置としてここの部屋は活用させてもらってる。すぐに取り出せるように今から使う道具は先に台車に乗せてスタンバイしてある。それを押して集合場所に向かうと、ちゃんと全員来てくれてた。

 

「マーくんその箱大きすぎない?」

「ちゃんと訳もあるんだよ〜。説明するからちょっと待ってね」

「うん」

「具体的な話は誰にもしてないし、改めて一から話すね。今からやるのは『水鉄砲大会』。言葉の通り水鉄砲で撃ち合うんだけど、ただそれだけじゃ面白くないだろうから本格的にします」

「本格的に?」

「水鉄砲だけど、みんな水を銃弾だと考えてね。

・水をかけられた箇所は撃ち抜かれた箇所とする。右足をやられたら右足は動かせないから引きずって歩く、みたいにね。

・致死量は仮定しない。心臓部か頭をやられたら死んだことにして戦いから外れる

・バトルロワイヤルでもいいけど、そうしたら運動が得意かで差ができるからチーム戦にする。

・くじ引きにするわけにもいかないし、一番動ける若と友奈がジャンケンしてメンバーを取り合う。

・人数が奇数だから、少ない方は一人だけ一回じゃ死なないようにする。その時には違うやつに着替えてくれるとありがたいかな。一応フリーサイズのジャージは用意してるけど、嫌なら自分で用意して。

・フィールドは丸亀場内とする。フィールド内にあるものは活用していいけど、石とか危ないものは投げないように。それで相手を怪我させたら怪我させた方は即死ね。

・制限時間は夕食まで。全滅したら負け。どちらも全滅しなかったら引き分け。

 ──とまぁ、ルールはこんな感じ。質問は?」

 

 僕なりに公平性にも考慮して考えた水鉄砲大会。チーム戦だから連携を鍛えることもできるだろうし、敵チームであってもその人がどう動くかを把握することができる。得物は違うけどそこは目を瞑ってもらうしかないね。作戦立案とか助け合いとか、バーテックス戦に応用できることを取り込んだルールにできているはず。怖いのは普段から仲が良いペアだけで動くことだけど、それはそれで狙い撃ちして後で説教させてもらう。

 

「水の補給はどうするんだ? 場内で給水できる所は限られてるぞ?」

「一応それぞれの水鉄砲に合わせたスペアタンクを用意してるよ。少し総量が減るけどね」

「それでも足りなければ敵襲を覚悟しろってことか。タマげたなぁ。佐天なのに考えてる」

「それは挑発かな? チームだったらフレンドリーファイアするぞ?」

「ぐんちゃん。フレンドリーファイアって?」

「味方を攻撃することよ、高嶋さん。この遊びでもそれは取り入れてるのかしら?」

「んー。考えてなかったけど、そうしよっか! だって濡れてるだけじゃ見分けつかないもんね!」

 

 いやー危ない危ない。水鉄砲の欠点のことを忘れてたよ。ちーちゃんには後でお礼しとかないとね。他に質問もなかったところで、若と友奈がジャンケンしてメンバーを選出していく。仲の良さのせいかな。どっちも戦略的なこと考えずに最初の一人を選んでるよ。そこも見越してこの二人にさせてるんだけどね。若が一人目に選んだのがひな。友奈が選んだのはちーちゃん。……ショックじゃないよ。別に友奈に最初に選ばれなかったことなんて全然これっぽっちも傷ついてないんだから!

 

「やった! 勝った! 次は誰に仲間になってもらおっかなー」

「高嶋さん。伊予島さんがいいと思うわ」

「アンちゃん? うん! ぐんちゃんがそう言うならそうするね!」

「……ちーちゃん」

「選ぶ時に助言はナシなんてルールはなかったわよ。それに、伊予島さんの武器を考えたら当然でしょ」

「あ、はい」

 

 ヨッシーの武器は弩だからね。射撃に一番慣れてるのはたしかにヨッシーだよね。これで運動神経が良ければチートだったね。ヨッシーが選ばれたことで残ったのがタマと僕。今気づいたけどこの方式って残ってる側が悲しくなるね。人望がないみたいで。

 

「では若葉ちゃん。私たちは球子さんを指名しましょう」

「そうだな」

「えぇ……」

「ハハハハハ! 残念だったなサテーン! これが日頃の行いの差ってやつよ!」

「おのれタマ! 覚えてろよ!」

「いえ、球子さんの方が利用しや……連携が取れるかと思ったので」

「なぁひなた。利用しやすいって言いかけてなかったか? タマのこと利用しやすいって言いかけてなかったか?」

 

 これぞ大逆転! タマの行いは評価されていないということだ! 戦略的視点での評価ということなのだー! ざまぁないね。僕のことを馬鹿にするからそういうことになるのさ。

 

「では始めようか」

「10分で場所を移動してそれから開始でいいわね?」

「ああ。勝つのは私達だがな」

「私達も負けないよー! ね、ぐんちゃん!」

「もちろんよ」

「僕がどっち入るか決めてくれない?」

「佐天くんはチームにいると混乱しか生まなさそうよね。ゲームでもそうだし」

「私達のチームにもいりませんね」

「酷いね!! いいからジャンケンして決めて! 勝ったほうが僕をチームに入れるか敵チームに入れるか決めて!」

 

 絶対に敵チームをボッコボコにして見返してやる! 僕の名誉のためにもこの戦いは負けられない!

 あ、友奈がジャンケンに勝って僕をチームに入れてくれました。さすが友奈。

 

 




  佐天はふざけてるように見える。実際にふざけて行動することもしばしばあるが、彼の行動理念は常に「笑顔」だ。みんなが笑っていられる状態を彼は心から望んでいる。そしてそれに助けられているのも事実だ。■■■■■■■で、敵は強大。そんな時こそ悲観的になってはいけない。希望は必ずあるはずだ。
勇者御記 二〇一八年八月
  乃木若葉 
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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5話 勝ち取りたい!

 

 水鉄砲大会が開始される。僕らは箱を台車に乗せて、とりあえず敵チームから距離を取るべく移動を開始した。向こうも考えは同じだったらしく、反対方向に移動していくのが見えた。台車はちゃんと2台持ってきてたからね。向こうも難なく箱を運べてたよ。箱の中にはもちろん水鉄砲と予備のタンク。でもただの水鉄砲だけじゃない。

 

「ジャジャーン! スナイパーライフルVer.!! これはヨッシーが使ってね〜」

「わ、私ですか?」

「そうね。伊予島さんの普段の武器を考えたら適任者ね」

「たしかにそうだね! でもマーくん。どうやってこれ用意したの?」

「爺ちゃんが作ったやつを今年になって再現できたんだよ。再現することに夢中になりすぎて構造はさっぱり」

「普通は構造も理解できるのでは……」

 

 ヨッシーのツッコミは無視するとして、ヨッシーにスナイパーライフルとそれ用の予備のタンクを渡す。まぁこれスナイパーライフルと言っても、この見た目ほど飛距離ないけどね。他の水鉄砲よりはだいぶ飛ぶけど、スナイパーライフルをイメージして撃ってたら届かないよってパターン。ヨッシーは恋愛ゲームぐらいしかしなさそうだから、その辺のイメージもなくて問題ないよね。

 

「伊予島さん。一発だけ……試し撃ちしといたらいいと思うわ」

「あ、そうですね!」

 

 うんうん。先に撃って把握してたほうがいいよね。ちーちゃんはゲーマーだからこういう感覚鋭くてありがたいよ。僕はゲームが好きだけど、ちーちゃんほど細かく設定を把握するわけじゃないから応用もできない。そういえば僕もあのスナイパーライフルの飛距離知らないや。見とこーっと。

 

「それなりに飛びますね」

「水鉄砲なのにねー」

「これはこれで使えるわね。他の銃は?」

「ちーちゃん。これ水鉄砲だからね?」

 

 スナイパーライフル以外に目ぼしい水鉄砲はないんだけどね。市販で売ってるやつを強化したような、パワフルな両手持ちの水鉄砲。速射がしやすいマシンガンもどきの水鉄砲。これはタンクが一番大きいよ。あとは普通のハンドガンタイプの水鉄砲。ハンドガンタイプは5個あるよ。もちろん向こうも同じものが同じだけ用意されてる。

 

「私はこのパワフルなやつにしようかな」

「友奈も試し撃ちして使い方確かめときなよー」

「うん。マーくんはその大きいやつにするの?」

「そうだよ。僕はこれが好きだからね〜」

「私はハンドガンを二つ使うわ」

「だから水鉄砲ね」

 

 これはちーちゃん頑なに水鉄砲と言わないパターンだね。別に通じないわけじゃないからいいんだけどね。訓練を兼ねてるとはいえ、僕としては遊び重視の企画だからなるべく物騒なのはやめてほしい。

 友奈がなにやら扱いを把握してなかったみたいだから、僕とちーちゃんで扱い方を説明した。初めから戦力外なんてことにはさせられないからね。これの企画の意味がなくなるもん。友奈が水鉄砲の扱い方を把握できたところで、僕らは作戦を考える。脅威なのは間違いなく若葉だ。タマも運動神経がいいし、僕に負けず劣らずイベント事が大好きだ。こういう時に限って予想外なことをする。そしてひなたは未知数。怖いよあの子。ある意味一番脅威。

 

「誰が2回行動できるのか……」

「そこが鍵だね。着替えに行くことを考えると、背中を狙われる危険も上がるし挟み撃ちもありえる」

「その時はその時だよ! 大丈夫! 私達なら勝てるから!」

「友奈それ根拠ないでしょ」

「あはは、バレちゃった? でも、勝てるって信じないと勝てないよ」

「まぁね」

 

 笑顔で能天気そうに話すのに、こういうことは核心をついてくるよね。でも、だからこそみんな友奈に惹かれる。ムードメーカーで親しみやすいけど、周りのことをしっかり見ているから。根拠がなくても不思議とそうさせる。この笑顔が素敵な女の子の魅力だよ。

 ちーちゃんとよっしーもやる気に満ちてることだし、さっそくここからも移動しよう。フィールドである丸亀城は広い。待ち伏せは難しい。そもそもエンカウントするかも分からない。だから作戦の成功率を上げるための仕掛けも難易度が上がる。でも、やりがいはある。

 

「伊予島さんはここ(・・)に潜伏しておいて」

「分かりました。皆さん、ご武運を」

「アンちゃんもね!」

「僕らもなる早でここを離れようか。ちょっとしたことでも察しそうな人が二人向こうにいることだし」

「そうね。それじゃあ高嶋さんも……気をつけて」

「ぐんちゃんもね!」

 

 うんうん。開戦前のこういうやり取りもいいよね〜。ところで僕には言ってくれないんだね。ヨッシーには一応言われたけど、ちーちゃんと友奈は僕には無しかー。いいんだけどね。勝利に導くために身を粉にして働くとするよ。

 僕らは三方向に別れた。三人固まって動いていてもいいんだけど、作戦の要はヨッシーの存在だ。それを最大限活用するためなら三人固まるべきじゃない。そんな訳でボッチムーブだよ。……この言い方だと悲しいからソロプレイとでも言っておこうかな。あれ? これ変わらないね!

 

「ここで会ったが100年目ー! タマの餌食になるがいいー!」

「チビっ子対決といこうじゃないか。……誰がチビだ!!」

「自分で言ってキレるなよ! その自虐プレイはさすがのタマもぶっタマげたぜー」 

「獲物も同じか。ふっ、僕の神プレイの前になすすべ無く負けてしまえ!」

 

 このマシンガンもどきタイプは、ゲームで例えると長押しタイプの銃だ。引き金を引き続けるだけでいい。その分消費が早いし、狙い撃ちできるものでもない。今回の戦いにおいてはデメリットの方が大きい。ぶっちゃけ使わなくてもいい水鉄砲だ。

 

 ではなぜ僕がこの水鉄砲を選んだのかと言うと──

 

「ハハハハハ! 蹂躙されろー!」

「ナァー! なんでこの水鉄砲で狙いがいいんだー!」

 

 僕が使い慣れてるから。ただそれだけだよ。

 爺ちゃんと一緒に思考を放棄して考えたこの水鉄砲。タンクに入っている水の量は1.5リットル。はっきり言って重たい。狙いも定めにくい。でも、それも持ち方次第ではなんとかなる。なんとかなるってだけで完全に対応できてるわけじゃないけど、タマの予想を超える精度だったことでそれに気づかれてない。タマも試し撃ちしたんだろうね。だからこれのじゃじゃ馬さを知ってる。知っているからこそ主導権を僕に握られるんだ。

 

「タマもやられっぱなしのタマじゃないぞ!」

「むっ! さすがは勇者!」

 

 走りながら撃つ。当たらないように避ける。射程の限界と自分たちの距離が一致している。気を抜けば簡単に撃たれてしまう。この距離を維持し続けないとそうそうにケリがつく。それはそれでいいけど、負けるのは相手じゃないと。それをどっちも思っているからこの距離は保たれたままだ。

 タマが強引に反撃を始めると思ってなかった僕は、追いかける立場から追いかけられる立場へと反転する。タマの銃口から水の飛び方を予測することで僕は水を回避する。偶に後ろを確認して他に敵がいないことと、後方が行き止まりじゃないことを確認する。行き止まりではなかったよ。行き止まりでは。でも、ここは──

 

「ははは! その坂を後ろ向きで上がりながらタマの攻撃を避けることはできまい!」

「甘い。甘すぎるぞタマ! 後ろ向きじゃなかったらいいだけだ!」

「むっ! 逃さないぞ佐天!」

 

 タマの攻撃を全く無視して坂を駆け上がることだけに集中する。元々距離はあの水鉄砲の飛距離ギリギリ。先に走った僕が後ろから撃たれる水を受けることもない。敵を倒せずに逃がすことを警戒したタマもすぐさま全力ダッシュ。銃口をこっちに向けたまま全力ダッシュできるなんて怖いなぁ。

 

「よっしゃあ! 無事に駆け抜けたぁ!」

「趣旨変わってるぞ!? そして隙だらけだって冷た! い、いったいどこからだ!?」

「ハッハッハ! 僕らの作戦勝ちだね! ヘッドショットされたからタマは脱落だよ!」

「く、くっそー! あんずだな! あんずがタマをやったんだな! 覚えてろよあんずー!」

「あ、そういう私怨の持ち出しは固くお断りしております」

「むぅ……。次だ! 次の機会があればタマがあんずを倒す!」

 

 二人って仲良しのはずだったよね? なんでメラメラと闘志燃やしてるんだろ。ツッコんじゃいけない気もするし、放置するけども。ところでタマが全然移動する素振りがないから、タマが2回行動できるって役割じゃなさそうだね。そうなると、その権利は若かひなが持ってるってわけだ。王道で考えれば若。そしてその方が断然脅威だ。ひなならこっちにとって好都合。その真相は本丸の2階から飛び降りてきた若に聞くとしよう。

 ……ん? 本丸から(・・・・)

 

「伊予島の得意分野を活用するなら、身を隠しやすく狙撃しやすい場所。そう考えると妥当なのがここだ。狙撃に集中していた伊予島を討つのは簡単だったぞ。……土居が先にやられてしまったがな」

「おのれ若!! 正面突破ばかり考えると思ったのになかなかどうして賢しい!」

「ひなたの考えだがな」

「若じゃないのかよ!」

 

 それにしても、うん。そっかー。ひながそんな考えしたのかー。まぁでも若とひなとタマの三人でそうやって見破れるのはひなだよね。ひなもこういう事に慣れてないと思ったのに、戦略ゲームとかやらせたら強いのかな。

 

「いやはや、恐ろしいね」

「あぁ。私もひなたの予測が当たったことに驚いている」

「だろうね。でも、僕が言ってるのはそっちじゃない(ヨッシーの方だ)よ」

「なにっ! !? 後ろから!?」

「背後に誰もいないなんて思い込まないことね」

 

 僕がジリジリと後退することで、若も僕を逃すまいと意識を集中させてゆっくりと距離を詰めてきていた。これで少しは意識を向けさせられるし、若の親友を賞賛することで周りへの注意を逸らさせた。そして決定的なチャンスが来たら、若が止まる瞬間を作るように発言する。そしてその瞬間ができたことで、若の後ろから忍び寄ってたちーちゃんが若の後頭部と背中の中心を精確に撃ち抜いた。これで若が脱落だ。

 この作戦を考えたのがヨッシー。見破られる前提であの作戦を利用したんだから。ちーちゃんに本丸の中で別の箇所に隠れさせる。ヨッシーがやられたらちーちゃんの出番ってわけ。

 

「若も1回だけってとこかな?」

「あとはひなたに任せるさ」

「それなら僕らの勝ちだね」

「えぇ。見たところ高嶋さんがやってくれたようよ」

「なんだと!?」

 

 ちーちゃんが見てる方向を若が勢い良く見る。そこには笑顔で手を振ってる友奈と全く(・・)濡れていないひなたがいた。作戦成功ってことだよ。若とタマはどういうことか分かってないみたいだけど。

 

「友奈に買収させた」

「買収しました!」

「されちゃいました!」

「「はあ!?」」

 

 ひなを買収した手段は簡単だよ。僕が撮っていた若の写真を友奈に渡しておいて、あとはそれを条件にひなに降伏と言わせる。マヌケだけど的確な作戦だ。しかもこの写真はひなが持っていない写真。通信している時の若をひなは見たことがない。うどん蕎麦論争の様子を録音した墓イスレコーダー付きをチラつかせればこの通りってわけ。ちなみにちーちゃんにも渡してあるし、僕も持ってる。ひなに会った人が作戦を実行するって手はずだったのさ。

 

「思いの外時間が余ったし、あとは好き勝手に水鉄砲で撃ち合いしますか」

「よーっし! マーくんを狙い撃ちするね!」

「なんで!?」

「だってこの遊びって、水で濡れて下着が透けるのを見るために始めたやつでしょ?」

「そ、そうなんですか佐天先輩?」

「さ、さぁーねぇー。僕は撤収させてもらうよ!」

「逃すか! 全員で佐天を捕まえろ!」

 

 水鉄砲を持ちながらの鬼ごっこが開始されました。なお鬼は6人です。鬼畜なゲームだね。捕まったら何されるか分かったものじゃないし。

 

 そうそう。今回の水鉄砲大会の勝利チームには、僕が頑張って用意した最高級のうどん玉を使ったうどんが贈呈されます。美味しかったです。鬼ごっこで捕らえられた僕の分は没収されたけど、友奈が食べさせてくれました。あーんってやってくれた。可愛さで殺されたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな楽しい時間を過ごした数日後

 

 

 ──諏訪が落ちた

 




 僕が考えた水鉄砲大会は好評だった。またみんなで遊ぶのを考えたいところだね。どういうのを次にしようかな。遊びだけじゃなくてもいいかもしれない。みんなで料理を作るとかでも。そうだね。たまには蕎麦もいいかもしれない。

勇者御記 二〇一八年 九月
  佐天勝希  
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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6話 料理の腕を上げなくちゃ!

 お待たせしました! 他のやつのモチベが上がってたせいでこっちが遅れました!


 

 諏訪が落ちた。つまり僕の大切な友達が死んでしまった。遠く離れた地にいて、顔も知らないけれど、それでも大切な友達だった。ううん。今も大切な友達だ。生きているかじゃないよね。友達は友達だ。ズッ友なんだよ。二人とも話してて楽しかったし、向こうも楽しんでくれてたはず。二人とも明るい子だと思う。みとりんは引っ込み思案ってだけで、明るいのが好きだった。

 

 だから、泣いちゃいけないんだ。

 

 二人とも精一杯生きた。泣いてほしくて頑張ってたわけじゃない。諏訪が落ちたら次は四国。それは分かってた。だからうたのんも自分の役目を「時間稼ぎ」と言ったことがある。理想はずっと生きること。バーテックスがいなくなって、うたのんが農業王になって、みとりんが運搬することだった。そんな"夢"を語った。でも現実は時間稼ぎで、そしてそれももう終わってしまった。

 

「ありがとう、うたのん、みとりん。直接ではなくても、二人に出会えたことが嬉しかったよ」

「マーくんやっぱりここにいた」

「友奈」

「危ないからやめてって何回も言ってるのに……」

「僕のお気に入りの場所だからね」

 

 僕がいるのは丸亀城の天守閣の上。僕らは基本的に丸亀城内での生活になるから、一番空に近いところだと自然とここになる。人は海の、特に波の音を聞くと落ち着く。遺伝子レベルでの太古の記憶だそうな。人によっては緑に囲まれるのも落ち着くよね。僕はそれが空ってわけ。

 ところで、僕は城の外に出ることが一番許されていない。みんなと一緒ならいいんだけど、一人では絶対に出ちゃいけない。なんでだろうね。ハーレム状態に放り込まれてるからかな。

 僕がまだ下りる気がないって分かった友奈は、僕の隣に座ってそっと手を重ねてくる。友奈の手は女の子特有の柔らさもあるけど、武術を鍛えてることもあって他の子より少し固い。僕は何も言わずにそれに気づいていないようなふりをして空を見続ける。方向は東。少し北でもあるから、東北東かな。そっちに諏訪があるからね。友奈も一緒に同じ方角を見る。目線はそのままにして口を開いた。

 

「ねぇ。歌野ちゃんたちはどんな人だったの?」

「うたのんはみんなの食料確保のために農業を率先してやって、それを見た人達も感化して農業したんだよ。だから諏訪の大黒柱だね。名実ともに勇者だよ。あ、あと蕎麦が大好き。若とよくうどん蕎麦論争してた」

「あはは、すごい人だけどそんな所もあるんだ? 明るくて親しみやすそうだね」

「まぁね。すぐに友達になったよ」

 

 覚えてる。よく覚えてるよ。僕が若とうたのんが通信してる時に勝手に混ざったんだ。どんな人と話してるのか気になったからね。若には怒られたけど、うたのんは笑って許可してくれた。それもあって僕とうたのんはすぐに仲良くなれたんだ。うどんが一番じゃないって共通点もあったからね。僕はラーメン派だけど。

 

「じゃあ水都ちゃんは?」

「みとりんはうたのんと違って引っ込み思案だったかな。初めはオドオドしてて、中々会話が続かなかったんだけど、何回か話してたらそういうのもなくなったよ。みとりんはうたのんみたいに農業してたわけじゃないらしくて、いつかうたのんが作った作物を全国に届けるんだって言ってた。最初は僕のとこに送ってくれるって言ってたんだよ?」

 

 そういえばみとりんは、自分で運転するつもりだったんだろうか。そうなるとトラックの免許取らなきゃだよね。今となっちゃあ教習所はどっこもやってない気がするんだけどな。もしかしたら諏訪の人でトラックを運転する人がいるかもしれない。その人と一緒に来るつもりだったのかも。たぶんその時はうたのんも一緒だよね。蕎麦を食べさせてくれるって話だったから。

 

 そうだよ。そんな話をしてたんだよ。懐かしく感じちゃうね。なんでだろう。分からないよ。なんで懐かしく感じるんだろ。なんで僕の唇は震えてるんだろ。なんで僕の目頭が熱くなってるんだろ。なんで、なんで。

 

「マーくん。我慢しなくていいんだよ?」

「我慢……なんて……」

「いいんだよ。今ぐらい頑張らなくても」

 

 友奈に腕を回されて、僕の頭を引き寄せられる。僕はそれに逆らうこともできなくて、友奈に抱きしめられる。ゆっくりと頭も撫でられちゃって、僕は情けないね。

 

「僕は……みんなに笑っていて、ほしくて。だから、僕が笑ってないと……いけなくて」

「うん。分かってるよ? でもね、今は誰もいないから。私だけだから。だから今ぐらい弱音を吐いて? 溜め込まないで」

「ゆう、な……ぼく……は……っ!」

 

 友奈のそんな優しさに心が絆される。必死に堰き止めていたものがあふれ出し始める。友奈の声もこの温かさも、何もかも心地よくて、積み上げた壁も壊されて。友奈にしがみついて声を上げて泣く──

 

 ──ことができたらよかったのにね。

 

 涙が溢れそうになった瞬間。僕の前にいたはずの友奈がいなくなってた。突然のことでバランスが崩れた僕は、転げ落ちそうになるのを死ぬ気で堪える。なんとかバランスを取り戻して、辺りを見渡しても友奈の姿がどこにもない。屋根の上から探しても見当たらない。

 

「あー、バーテックスが攻めてきてたってことか。樹海化したら四国の時が止まって、その間に勇者たちが撃退するんだったね。酷いタイミングだけど、おかけでさっきまでの気持ちもなんだかリセットされたよ」

 

 僕がこうして動けてるってことは、もう樹海化も終わったということ。つまり友奈たちの初陣が終わったんだ。ここから下りて合流するとしよう。もしかしたら怪我をしてるかもしれない。応急手当は勉強したからできる。役に立つことがあるかもしれない。

 早く合流したい。焦る気持ちを抑えて慎重に屋根から下りて本丸の中に戻る。ここの階段も坂みたいに急だから、走って下りようとしたら転げ落ちることになる。急ぎたい時に急げないのは辛いね。でも、僕が怪我してたら友奈が心配するから。転げ落ちたって言えばみんな笑うかもしれないけどね。初陣疲れのみんなを和ませるのにいいかもしれないけど、痛いのはゴメンだよ。

 

「あら? 佐天さん」

「ひな。今からみんなと合流するんだよね? 場所分かる?」

「はい。佐天さんも行きますよね? ついてきてください」

 

 坂を転げ落ちない程度に早く下りたら、ちょうどひなに合流できた。なんでひなは場所が分かるんだろうね。巫女だからかな。巫女様々だね。

 

「あ、いましたよ。皆さんご無事です!」

「よかったー。怪我してないかも確認しないとね」

「そうですね。遠目で見た感じは重症とかはなさそうですが、擦り傷などは確認しないとわかりませんし」

「だよねー。近くで見ないとだよねー」

「もしもし? 警察ですか? 今男性が──」

「通報しないで! 僕は無実だ!」

 

 ひなに弄られるなんて思わなかったよ。そういえば、みとりんにもやられたことがあったよね。ということはあれかな。巫女は実は腹黒いのかな。って冗談です冗談! だからそんな怖い顔しないで! 雛人形持ってる意味がわからないなぁ! しかも僕の写真貼っ付けてるのもどういうこと!?

 

「お前たちは何を騒いでいるんだ……」

「タマの戦いっぷりを讃えタマえ」

「ふっ!」

「鼻で笑いやがった! あんず放せー! タマはあの馬鹿面をなぐるんだー!」

「駄目だよたまっち先輩! それは友奈さんの役目だもん!」

 

 みんなと合流したら、ひなはさっそく若と話してるし、タマはヨッシーに捕縛されてる。この三人は特に問題なさそうだね。

 

「ちーちゃんは大丈夫? 怪我とかしてない?」

「ええ。高嶋さんのおかげで」

「そっかー。じゃあこの救急セットの出番はないかー」

「ちょっと待って……。なんでそのポケットから救急箱が出てくるの。質量無視してるじゃない」

「イッツマジック!」

 

 僕の全力爽やか笑顔を向けてピースしたのに、ちーちゃんにため息つかれた。どういうことなんだろうね。僕はおかしなことなんてしてないのに。バーテックスの侵攻があっても、僕やひなを始めとした勇者じゃない人たちは何も知ることができない。知らぬ間に戦いが終わってるんだ。だからそんな時に備えて僕は常に救急セットを持ち歩いてる。みんなを信じてるけど心配だからね。

 

「友奈は……ちょっと手を怪我してるね。救急セットの出番ができたよ。嬉しくないけど」

「進化体バーテックスを高嶋さんが倒したのよ。精霊の力を借りてひたすら殴るって戦法だったけど」

「脳筋!? ……でも、うん。そっか。お疲れ様友奈」

「うん……」

 

 友奈の手を消毒する。消毒の時ってビクッてなるよね。ちょっと可愛いなって思ったのは内緒。それよりも手当の方が大切。消毒が終わったらガーゼで傷口を庇って、包帯を巻く。

 

「マーくん大げさ」

「大げさで結構。友奈のことが大切だから」

「っ! ……ありがとう」

 

 照れくさそうに微笑むけど、全然隠せてないね。いや、みんなには分からないだろうけども。でも友奈のこの笑みが無理してるってことが僕には分かる。友奈に見破られるように、僕も友奈のことなら見破れるから。その原因は僕なんだということもわかってる。

 

「マーくん……大丈夫(・・・)?」

「もちろん。みんなの笑顔見たら全回復だよ」

「そっか」

 

 僕と友奈にしか分からない会話。側にいるちーちゃんはついてこられてない。そもそもなんの話か分かってないからね。でも、ちーちゃんはこういう時踏み込まないでいてくれる。ちーちゃんだって自分のことにも踏み込まれるのを嫌うから、だから相手にもしない。優しいよね。

 

「ところでなんで若は正座してひなに説教されてるの?」

「うーん……なんでだろうね?」

「たぶんアレじゃないかしら? 戦闘の最後の」

「あー! たしかにそうかも!」

 

 アレって何? いったい何の話を二人はしているの? タマとヨッシーの様子を見る限り、二人も知ってることだよね。そしてひなも知っている。ということは僕だけ仲間はずれ。えー、仲間外れは僕嫌だなー。そんなわけでひなに聞こーっと。

 

「ひーなちゃん!」

「ひゃあっ!? な、何するんですか佐天さん!」

「首くすぐっただけだけど?」

「なんでそんなことするんですか! 今若葉ちゃんに説教中なんですよ!」

「その理由が知りたくてさー。若は何したの?」

「若葉ちゃんったらバーテックスを食べたんですよ」

「食べたの!?」

 

 え、バーテックスって食べれるんだ。戦闘中に食べたってことはもちろんのこと生だよね。生で食べて若の調子が悪くなってないなら、人に害はないってことだよね。勇者だけかもしれないけど。なんにせよこれは大発見だ!

 

「まったく。バーテックスを食べるなんてこの子は……。お前がちゃんと教育しないからだぞ」

「まぁ! 若葉ちゃんに教育しないあなたにとやかく言われたくないですよ!」

「教育は任せてくださいって言ったのはひなだろ!」

「それでも少しは手伝ってくださってもいいじゃないですか!」

「いや、私はひなたと佐天の子じゃないからな?」

「マーくんはなんでひなちゃんと夫婦関係になってるのかな?」

 

 待って友奈違うんだよ。ぜひとも弁明させてほしい。僕はひなと夫婦関係になったわけじゃないと弁明させてほしい。遊びかって? そんな最低な男に成り下がった覚えはないよ。夫婦ごっこだよ。……遊びか。

 

「マーくんは将来浮気グセで苦労するね」

「そんなことないと思うよ? 僕って一筋だから」

「説得力ないよ?」

「……はい」

 

 おかしいな。僕は一筋なはずだ。真っ直ぐに生きるのが僕の信条だからね。だから浮気とかしないはずなんだよ。今は彼女がいるわけでもないから、こうやってちょっとしたお巫山戯ができるってだけ。それにひなも乗ってきたからね。それよりもだ。

 

「バーテックスってどんな味だったの?」

「不味かったぞ? 食えたものではない」

「生は駄目っと」

「おい。そのメモはなんだ」

 

 なんだって言われてもメモはメモだよ。バーテックスを食べる人間なんて若以外ないからね。貴重な情報だよ。生で食べて味は駄目だったと。次に聞くのは食感かな。匂いがあったのかも利かないと。

 

「いまいち食い切りにくいハムみたいなものだな。匂いは特になかったと思うが」

「若葉ちゃんはなんで答えてるのですか?」

「え、聞かれたら答えないといけないだろ?」

「はぁ。困った若葉ちゃんです」

 

 食い切りにくいハムみたいな食感かー。弾力があるってことなのかな。もしかしたらホルモンに近いのかもしれない。うーん。これだけの情報だとまだ絞りにくいなぁ。

 

「マーくんはさっきから何考えてるの?」

「バーテックスの調理方法」

「あー、それは難しいね…………え?」

「え?」

 

 僕今何かおかしなこと言ったのかな。みんな鳩が豆鉄砲を撃たれたような顔してるけど。あー、やっぱみんな可愛い顔してるよね。ってそうじゃないか。今それは関係ないね。

 

「な、なぜ佐天先輩はそんなのを考えてるのですか?」

「だってバーテックスって食べられるんでしょ? どうせなら美味しくいただきたいじゃん?」

「食べなくていいです」

「ええー。バーテックスを食べることができるって分かったら、天空恐怖症の人も症状改善すると思うのになー。おのれバーテックス! って」

「そんなの地獄絵図です!」

「とりあえず鍋か焼くかで検討中!」

「いりません!」

 

 成功したら人気出ると思うのになー。なんでだろうなー。僕のこのメモは友奈に没収されました。諦めきれなかったから部屋に戻ってバックアップを3個用意しといたよ。いつか庶民でもバーテックスを食べられるようにしてみせる! 




  今日は四国に移動してから初めての戦闘だった。不安だったけど、みんなで力を合わせればしっかり倒せた。若葉ちゃんがバーテックスを■■■のはびっくり。それを聞いたマーくんがバーテックスを■■■■って言うからメモを没収した。変なことはしてほしくないからね。

勇者御記 二〇一八年九月
  高嶋 友奈 
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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7話 遊びの延長が実践

 

 バーテックスとの戦いを乗り越えてはい終わりってわけにはいかない。負傷者はいなかったんだけどね。友奈が精霊の力を使ったから。精霊の力は不明な事のほうが多い。精霊の力を使うことで、一時的に戦闘力が上がる。今回友奈が使ったのは《一目連》。速度が飛躍的に上昇するんだとか。それで『千回勇者パンチ』したらしいよ。わりと脳筋な考え方だ。諦めないのはいいけど、無理なことはしないでいただきたい。言っても聞かないって分かってるけど。

 それで、精霊の力を使った影響がないかの検査をするためにも友奈は入院。大社は、勇者たちがバーテックスを打ち倒したことを公表した。これで少しでもみんなの元気を出すんだって。パレードなんかもしてるんだっけな。僕は相変わらず外に出られないから見にいけないけど。あと順番に休暇をもらってるんだってさ。今日はちーちゃんが休みの日。実家に戻るらしい。

 

「暇だよ」

「それで私のところに来たのか。だが私は私でやることがあるんだぞ?」

「鍛錬以外で何かあるの?」

「……瞑想とか」

「鍛錬だね」

 

 これが年頃の若者がすることなのかー。世界が世界だし、若は数少ない勇者の一人だから仕方ないけども。それに、きっと若の行動の方が正しい。その行動に呆れる僕のほうがおかしい。『バーテックスを倒す』それを念頭に置いてる若は、時代と世界にあってる。でも、僕はそれだけなのが気にくわない。若のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。苦手ではあるけどね。

 

「まぁでも若も頑固だもんね。仕方ない。鍛錬は程々にしなよ?」

「やけにあっさりと引き下がるんだな。むしろその方が怖いんだが」

「若がもっとフレンドリーになってくれないとこっちもやりにくいんだよね〜。ちーちゃんと友奈もいないし。他の二人は町に出てるんでしょ?」

「はっきり言うんだな……。そういえばなぜ佐天は外に出ることを許可されないんだ?」

 

 若は小首を傾げて聞いてきた。凛々しい顔立ちなのにそういう仕草がちょっと可愛らしい。これがギャップというものか。それでも凛々しさが勝ってるんだけどね。それはそうと、当然と言えば当然の疑問だよね。そもそもなんで勇者じゃない僕がここにいるのかもみんな知らないわけだし。一番大社と直接的な繋がりがある巫女のひなが知ってるかも怪しい。クイズ形式でもいいんだけど、ささっと答えたほうがよさそうだね。

 

「僕も知らないよ!」

「は?」

「だから知らないんだってばー。友奈と一緒にここに放り込まれたけど」

「高嶋は何か知ってるのか?」

「どうだろうね。友奈ってわりと暗い話は避けたがるから、知らないようにしてる可能性の方が高いよ」

「そうなのか。……私から聞くわけにもいかないし、佐天にその気があれば高嶋に聞いてみてくれ」

「うん。じゃあ聞かないね。僕自身大して気にしてないことだから」

 

 即答で若の話を否定。この速さは若もびっくりだね。落胆しちゃってるけど、仕方ないじゃないか。僕が気にしてないことなんて知らないでいいんだから。それに若にはぼかして言ったけど、友奈は知ってる。断言していいし、なんなら僕の全てを賭けてもいい。友奈は僕の情報を一番持ってる。ひながおそらく知らされてないようなことも。

 

「なんか友奈の話ししてたら会いたくなってきた」

「安直過ぎないか?」

「酷いなー。若もどうせひなと離れ離れになったら同じこと言うよ?」

「それはさすがにない……と、思いたい……」

「これは僕と同じ匂いがするぞ!」

「なんてことだ……! そんな、まさか……これでは乃木家の恥晒しだ……!」

 

 そこまで言うかな普通。それ言われた僕はショックを隠しきれないよ。どれぐらいショックかと言うと土の味を確かめるぐらい。要はショックの余り倒れ伏しております。そしてこの体勢のまま向きだけ180度変えるとそこには若の張りのある脚線美が……広がってるわけでもなく足の裏が見えました。僕の行動を読んで、仰向けになった瞬間踏みに来るとはなかなかなことをするじゃないか。ちゃんと靴を脱いでるところがポイント高いね。

 片足じゃ視界を覆いきれないからって鼻を踏んでくるあたりガチだよね。痛みで両目を瞑るからね。けども、やられっぱなしで終わる僕じゃない。

 

「ひゃっ!?」

「え、なにその悲鳴。ギャップ萌えするんだけど。可愛すぎない?」

「う、うるさい! お前が私の足に変なことするからだろ!」

「変なこと? どかしただけじゃん。どの辺が変なの? 教えて?」

「このっ……! お、お前が……私の足を舐めた

 

 うわー。若がめっちゃ恥ずかしそうに言ってる。顔真っ赤にして言うなんて珍しい。もちろんこれは速攻で写真を取っておいたよ。ひなとの交渉道具として使わせてもらうからね。これは間違いなくレア若葉ちゃんだから。もちろん僕のイジりがこの程度で終わるわけでもないけどね。

 

「え、なんて? 聞こえなかったんだけど」

「貴様! 絶対聞こえていただろ! 顔がにやけているぞ!」

「聞こえなかったなー。若の声が余りにも小さかったからさ〜」

「ぐっ。……佐天が私の足を舐めた! これで満足か!」

「え、何その変態。頭おかしいでしょ」

「それは佐天だ!」

「ところで僕は結局靴下を舐めたことになったわけで、靴下の味しかしなかったよ。あとちゃんと若の生足見えてたから」

 

 そりゃあ靴を脱いだところで靴下は履いてるからね。靴下の味だよ。大変美味しくなかったよ。構想中のバーテックス料理のほうがまだ美味しそう。これは諦めてないからね。そして僕の眼力をなめないでほしい。一瞬の動きもを見逃さないように鍛えられた僕の眼ならあの瞬間でもバッチリ見えるのだ。しかも片目はほぼ視界が覆われてなかったし。

 これだけイジられておいて結局足も見られていた。それが分かった瞬間若の顔はこれでもかというぐらい真っ赤になった。トマトみたいだね。しかも肩を震わせてもいる。顔が赤くなったのは羞恥から。そして肩を震わせてるのは怒りからかな。そんなわけで僕は逃げるとしよう。捕まったらボコボコにされる。いや、それで済んだら御の字だね。

 

「逃げれると思うなよ佐天!!」

「今回は逃げきってみせるよ!」

「絶対に捕まえてこの生大刀(いくたち)の錆にしてくれる!」

「それ僕死んでるよね!?」

 

 生死をかけたデッドヒートここに開幕! なんてノリで叫んでる余裕もないね!

 

 

 

「──なんてことがあったんだ〜」

「へー。それで若葉ちゃんから逃げ切れたんだ? 凄いね」

「塀の上を走ったりとか木から飛び移ったりを繰り返してなんとかね。最後はヨッシーに匿ってもらったけど」

「あんちゃんまで巻き込んだの? それはメッ! だよ?」

「お詫びに図書カード5000円分渡しといた。小説を買えるって喜んでくれたし、セーフだよ」

「もぅ。またそんなこと言って」

 

 悪ふざけが過ぎた僕を諌めるのは、僕の大親友の友奈。友奈は入院しているし、僕は城から出ちゃいけないんだけど、友奈に会いたかったからこうして病院に来たよ。バレたら大社が騒ぐだろうね。それに、一般民も(・・・・)

 

「マーくんはどうやってここに来たの?」

「愛の力で!」

「あはは、嬉しいけど方法は言ってね?」

「軽く流された……。ぶっちゃけ簡単だったよ? この忍者セットも使えば成功率も上がったし、無くてもこれたかなってレベル」

「わ、それ懐かしいー! 今でも使えるんだね!」

「今でも使えるように改良したんだよ」

 

 僕が取り出した忍者セットに友奈は目を輝かせる。これは僕らがまだ低学年の時に使ってたやつだもんね。身体が大きくなって道具が役に立たなくなったのと、他の遊びに関心を持ち始めたのとで使われなくなった。でもこれって結構凄いアイテムで、改良してみたら今回みたいに役立ってくれるんだよ。爺ちゃんの知り合いからプレゼントされたものなんだけどね。あの人忍者の末裔か何かかな。もう聞けないけど。

 二人で忍者セットを見つめて思い出に浸っていたんだけど、友奈が「ところで」と話を切り替えた。若ほどじゃないけど凛々しさがあって、可愛らしさもあって整っていて、笑うとたまらない程愛おしい顔。けど今はその笑顔がちょっと怖い。これは怒られるパターンだ。

 

「若葉ちゃんの足を見るなんてエッチなことしたんだよね?」

「……ど、どうだったかなー」

「さっき自分で言ったもんね?」

「……はい」

「そんなに若葉ちゃんの足が好きなんだ? 前は膝枕してもらおうとしてたもんね? マーくんは若葉ちゃんの苦手って言ってたけど、本当は好きなんだね」

「友奈。それは違うよ」

「違わないでしょ。私が今言ったの全部事実だよ」

 

 ちょっとの哀しさとちょっとの怒りが混ざった目で僕のことを睨んでくる。でも友奈はこういう言合いが嫌いな子だから、その睨む目も力強いわけじゃない。これには僕も怒りたいところだね。友奈が怒ったことじゃない。そのことに僕が怒るなんて筋違いだから。僕が怒りたいのはそこじゃないんだ。

 

「本当は私より──」

「僕は友奈のことが誰よりも好きだよ」

 

 その先を言わせない。言わせるなんて僕は許容できない。僕が友奈以外の子を好きになるなんてないし、それを友奈に言われたくない。不安にさせたのなら僕が悪い。僕が友奈にそう思わせてしまったのだから。だから僕が怒る相手は友奈でもない。僕自身だ。

 友奈がこう言ったのは、からかいの意味もあるんだろうね。友奈が本気で言ってるわけじゃないのも分かるよ。でも、ちょっぴりそのことに不安になってることもわかる。だから僕は友奈を抱きしめた。言葉より確実なことはないけども、言葉では伝えきれないこともある。こうしたら伝わるかもしれない。

 

「マーくん……」

「誰かを好きになることならある。でもそれはlikeだよ。絶対にloveじゃない。友奈の事がずっと好き。僕は一途だから……ってまーたタイミング悪いんだから。僕今結構恥ずかしいこと耐えて言ったのに。神樹様は空気読まないね。……いや、バーテックスの方か。バーテックスの動きが指示されてるものだとすれば天の神がムードブレイカーなのかな」

 

 友奈にどこまで言葉が届いてたんだろうか。僕からすれば一瞬の間に友奈がいなくなってるから、僕の言葉がどこまで出てる時に友奈が戦いに行ったのかわからない。恥ずかしいのを我慢してたから、友奈を抱きしめてる間僕も目を瞑ってたしね。もしかしたら最初も聞かれてなかったかも。あー恥ずかしい。

 

『高嶋さーん。体温と血圧を測りますよー』

「やばっ!」

 

 僕は忍者セットを活用してすぐに窓から飛び出た。3mほど先に木があるからそれを活用してとりあえず身を隠そう。太い枝に鉤爪付きロープを引っ掛けたら安全に素早く隠れられるから。

 

「ぬおっ! 空から少年が降ってきおったわ!」

「ダメダコリャ」

 

 散歩してたお爺さんに見られたから作戦変更。闇夜に紛れる忍者の如く颯爽と身を眩ませよう。

 まだ夕方でもないけど。

 

 

❀ ❀ ❀

 

 

 戦いは絶好調だった。病院を抜け出してきたことはみんなに注意されたけど、でも元気だからって押し切れた。マーくんが私のこと『言っても聞かない子』ってみんなに言っちゃってるから、簡単に引き下がってくれた。それに戦いは人数が多いほうがいい。ぐんちゃんは精霊の力で七人になってたけど。でも凄かった。どんどんズバズバーってバーテックスを倒していってた。

 

「ぐーんちゃん!」

「高嶋さん……。病院に戻らなくていいの? 佐天くんはまだ病院にいるんじゃ」

「マーくんならすぐに帰ってくるんじゃないかな。マーくんってそもそも城の外に出ちゃいけないから、誰にもバレないようにしないといけないし。それに私が戻る気ないのも分かってると思うよ」

「……そう。高嶋さんはなんで佐天くんが城の外に出ちゃいけないのか知ってるの?」

「へ? ……ちょっとね(・・・・・)。思い当たることがあるってぐらいで、細かいことは分からないや」

 

 まさかぐんちゃんがマーくんのこと気にしてるなんて思ってなかった。ぐんちゃんはあまり自分から話題を振らないから。しかも人の事を、それも踏み込んだ内容を聞いてくるなんて。これはマーくんとぐんちゃんの仲がいいって事だよね。嬉しいな〜。マーくんは勇者のみんなと友達になりたいって言ってたから。タマちゃんとあんちゃんはもう友達だって言ってくれてるけどね。ひなちゃんはよくわかんない。

 

 それに、みんながマーくんと仲良くなっても嫉妬しないでいい。

 

──友奈のことがずっと好き

 

 マーくんがそう言ってくれたから。そう言われる資格なんて私にはないはずなのに。マーくんはそう言ってくれた。

 

「ぐんちゃん。私は今日ぐんちゃんが一番活躍したと思うよ」

「え?」

「若葉ちゃんも凄かったけど、私はぐんちゃんが凄かったなって思う」

「高嶋さん……ありがとう。向こうが賑やかってことは佐天くんが帰ってきたのね。高嶋さん行ってきたら? 私はもう少し鍛錬するから」

「ごめんねぐんちゃん。ありがとう! 今度一緒にやろうね!」

 

 ぐんちゃんに手を振ってマーくんがいる所に走る。タマちゃんとあんちゃんと三人で話してるマーくんの所に。合流してみたら、マーくんは病院にいたお爺さんに見られたんだとか。でも忍者セット使ってたからたぶんマーくんとは気づかれてないよね。目以外ほとんど隠れてるし。あ、私と病室にいたときはちゃんと顔を出してくれてたよ。

 タマちゃんとあんちゃんは先に食堂に行くらしくて、マーくんは忍者セットを片付けに行くんだとか。私はもちろんマーくんについていった。いつ入ってもここが人が住む用だった部屋とは思えない。倉庫というか部室みたいなことになってるもん。

 

「……ねぇ、マーくん」

「どったの? 何か見つけた?」

「ううん。そうじゃなくて、マーくんはあの日のこと覚えてる? バーテックスが襲撃してきた日のこと」

「覚えてるよ。友奈が勇者の力に目覚めて、バーテックスを倒してくれたんだよね。それで他にも生存者がいて、僕たちは友奈のおかげで四国に来れた。……改めてお礼言わなきゃね。友奈。みんなを助けてくれてありがとう」

 

 いつもの無邪気な笑顔とは少し違う。でも穏やかな笑顔。「ありがとう」って言われたら、照れくさくても「どういたしまして」って言わなきゃね。お互いに顔を見合わせて微笑み合う。みんなと笑ってる時間も好きだけど、こうして二人だけで笑ってる時間も好き。でも、

 

「マーくんのおかげでもあるんだよ? マーくんがいてくれたから」

「あはは、僕は何もできてなかったけどね」

「ううん、そんなことないよ。いてくれた。それだけで助かったんだよ」

「うーん。僕としてはイマイチだけど、でも友奈がそう言うなら助けになってたんだね」

「だから私こそありがとうマーくん」

「どういたしまして友奈」

 

 手を繋いで一緒に食堂に向かう。途中でぐんちゃんとも合流して、ぐんちゃんとも手を繋ごうとしたけど、それは恥ずかしいからって断られちゃった。それに邪魔しちゃいけないからって言われたんだけど、なんでそう思ったんだろうね。




 マーくんが隣りで笑ってくれてる。それだけでどれだけ助けられてることか。あの日のことはマーくんも覚えてた。でも、マーくんがいたから■は■■■■■を■■■■■■。そのことにマーくんは気づいてないし、その原因だと思われること■■■■■■■。どうかそのままでいてほしい。あの時は■■■■■■■■■があったから。
勇者御記 二〇一八年 十月
  高嶋友奈 
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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8話 要は気持ちの問題

 感想・評価はお気軽に貰えると嬉しいです。


 

 秋は風物詩が多いよね。星座では夏と冬が有名で、僕も秋の星座にどんなのがあるか分からない。夏と冬が有名なのってやっぱり大三角の影響だよね。三つって覚えやすいし。見つけやすいかはともかくとして。オリオン座は分かりやすい。あれだけはすっごい分かりやすい。三つ星が並んでるからね。

 星から話を逸らそう。無知な僕じゃろくに楽しめない。星を見るのは好きだから、あとでヨッシーにでも教えてもらおう。なんか知ってそう。それで、秋といえばやっぱり紅葉かな。奈良は山ばっかというか山しかないけど、そのおかげか紅葉の名所がいっぱい。京都には負けるけど。それ以外だとやっぱりお月見かな。秋は月がすっごい綺麗だよね。たしか今日は満月だ。お月見をやるしかない。教室にはまだみんないるはずだから誘うとしよう。

 

「そんなわけだから今日はお月見だよ」

「これまた急に言うんだな。タマには先に言ってほしいぞ」

「思いつきだから仕方ないね。お月見しながら、先月と今月忘れてた誕生日パーティーだよ」

「忘れてたのは佐天先輩だけですけどね。パーティーはなかったですけど、私達お祝いしてもらいましたよ」

「……先月と今月忘れてた誕生日パーティーもやろうか!」

「聞かなかったことにしたぞ!?」

 

 ええい、ツッコむんじゃない。諏訪のことがあったり初出撃があったり、友奈が入院したり、ちーちゃんが影分身をするようになったりで完全に忘れてたんだから。忍者セットはちーちゃんに渡そうかな。サイズも問題ないはずだし。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。首締まってるよ。苦しいよ」

「今何か失礼なことを言われた気がするのだけど」

「そんなことないよ。それより手を離してほしいな」

「仕方ないわね」

 

 ちーちゃんに解放してもらって何事もなかったように今回の予定を説明する。今度はツッコミが飛んでこなくてちょっぴり寂しかったよ。それとちーちゃんに首締められてる間背中に当たってました。何がとは言いません。どうだったかもあえて伏せておきます。

 みんなはこれから訓練があるから、僕は先に食堂に行っておばちゃんの手伝いをしないとね。お月見をするってことは朝のうちにおばちゃんに伝えてある。だから僕はおばちゃんと一緒にお団子を捏ねるのさ。誕生日パーティーのことは伝えてないから、お団子を捏ね終わったらケーキを作らないとね。飾り付けは間に合うか分からない、というか間に合わない気がする。

 

「私も何かお手伝いしましょうか?」

「え、いいの? 助かるなー。ひなは……ひなは主役だから駄目じゃん!」

「いいじゃないですか。球子さんや杏さんのお祝いをしたいのは私も同じなんですし」

「だからひなもお祝いされる側なの! 駄目なものは駄目だよ!」

「頑固ですね〜。それではこれ(・・)で手を打っては貰えませんか?」

「物で釣ろうたってそういわけには……っ!!」

 

 こ、これは! 友奈のお着替え写真!? いやいや犯罪だよ……って下着とかが見えてるわけでもないからセーフなのかな。おへそとかくびれとか見えちゃってるけどこれはセーフなのだろうか。渡る人相手では犯罪とも取れるのではないだろうか。いや盗撮の時点で、でもこれは……。いやいやこれを貰うわけにも、でもこんなチャンス……。駄目だ駄目だ佐天勝希! こんなんで揺らいでちゃ駄目だ! ここは僕が鋼の意思を持って反撃に出るとしよう。こんな秘蔵写真想像てにはいらないけども! ここは自分に鬼になるんだ!

 

「思いの外耐えるんですね〜。それではこちらもつけますよ?」

「ブハッ!!」

「……鼻血出すぎでは?」

 

 こ、これもお着替え写真のグレーゾーン! チラリズムか、チラリズムできたのか! スカートのホックを外してる友奈の写真! 若干見える友奈のパンツ。なんて破壊力なんだ。そしてなんで写真を撮られてることに気が付かないんだ! これは後で注意するとしよう。こんな写真に……こんな写真に……揺らいじゃ駄目なんだ……!

 

「め、目から血が出てますけど、救急車呼ぶかい?」

「Don't worryおばちゃん……。これくらい大丈夫だから」

「理由が理由だものね。本人がそう言うならいいんだけど、お団子に血がつかないようにしなよ」

「うん。ひな……僕は揺るがないよ」

「まさかここまで意思が強いだなんて……ですが私だって……!」

「そんなひなにプレゼント。これで手を打ってほしい」

「まぁっ!? こ、これは若葉ちゃんの写真!? なんて可愛らしい若葉ちゃんなんでしょう!」

 

 ふっふっふ。僕が渡したのはこういう時に備えて取っておいた若の秘蔵写真! それもこの前の超赤面写真を渡した。他にも通信中の若の写真を持っているし、それはまだ渡してない。通信をしている時に側にいられたのは僕だけだからね。希少価値が高いんだよ。ひなにとって。

 ひなはその写真を受け取った。受け取ってしまった。つまり対価を受け取ったのだ。そんなわけで、ひなにはお手伝いさせません。食堂から離れてもらいます。おばちゃんには手伝ってもらうけど、極力僕が頑張りたいしね。

 

 

❀❀❀

 

 

 晩御飯の時間になった。お月見用のお団子と誕生日パーティー用のケーキ。他にも頑張って色とりどりのメニューを揃えてみました。おばちゃんが。

 だってほら、僕ここまでの料理をできないからね。もちろん手伝ったよ。教えてもらいながら二人で作ったって感じかな。

 

 訓練も終わってお腹をすかせたみんなが入ってくる。このパーティーの主役であるタマ、ヨッシー、ひなもちゃんと来てる。若と友奈とちーちゃんも来てる。さっそく始められそうだ。ちなみにおばちゃんは帰っていったよ。一緒に食べたかったけど、お子さんがいるなら仕方ないね。お礼はちゃんと言いました。

 

「こりゃタマげたぞ! これ佐天が用意した……わけでもないな!」

「おばちゃんに手伝ってもらったから文句を言えないね。でもケーキは僕が頑張ったから」

「凄いです佐天先輩! お料理もできるんですね!」

「ありがとうヨッシー。料理はまだまだだけどね。それじゃあみんなコップに飲み物入れて〜」

 

 せっかくの料理が冷めちゃっても仕方がない。冷めても美味しいやつをおばちゃんが提案してくれて、それを作ったとはいえ温かいうちに食べた方が美味しいのだ。みんなが思い思いにジュースを入れてコップを持ち上げる。こういう時にすることは一つだけだ。

 

「先月誕生日を迎えた球子と杏、今月誕生日を迎えたひなたを祝って〜。カンパーイ!」

『カンパーイ!』

「佐天さんこういう時は名前で言うんですね」

「それは私も思ったな」

「僕だって弁えることがあるんだよ」

 

 みんなでコップをカコンって当て合う。これって勢い良くすると中身溢れるよね。そんな間抜けなことはしないけども。料理はいろいろとあるから、みんな好きなのを取って食べてる。こういう時って性格というか、普段の生活バランスが現れるよね。若とひなとヨッシーは栄養バランスを考えて食べてる。ヨッシーが二人よりも野菜多めかな。逆にタマは一切そんなこと考えないで食べてる。僕もだけど。ちーちゃんと友奈はその間かな。栄養バランスを気にしてるけど、食べたい物の方が割合が多い。

 

 何はともあれ、全員が美味しくいただいてくれてるならそれが一番だよね。

 

「そろそろケーキも切り分けようか」

「あ、マーくん私がやるよ。マーくんはいっぱい準備してくれたから休んでて」

「友奈たちだって訓練で疲れてるでしょ?」

「いいの。私がやりたいから」

 

 やっぱり友奈は引き下がらないね。これは三人の誕生日パーティーだって言ってるけど、勇者として頑張ってくれてるみんなへの感謝の表れでもある。だから僕が最後まで働きたいのに。友奈はそうさせてくれないよね。けど僕も引き下がらないよ。

 

「僕もやりたいから、一緒にやろうよ」

「一緒に? うん、いいよ」

「じゃあここ持って〜。七等分だからまずはここかな」

「それじゃあ切るよ。せーのっと」

「二人でも切れるものだね。……それよりこれ、ケーキ入刀だよね」

「ふぇ!?」

 

 顔を赤くした友奈が何か言おうとしたけど何も言えなくて、目が泳いでいたけどもすぐに顔を伏せてそれも見えなくなった。二人でケーキを切ってるからケーキ入刀。そう言ったんだけど、友奈はそれで結婚式のでも連想したのかな。ケーキ入刀って言われたらそりゃあ結婚式を連想するか。うん、僕が悪いね。ところでヨッシー。目を輝かせて興奮するのはやめようか。恋愛小説好き過ぎて影響出過ぎ。

 結局友奈が復活するまで時間がかかって、僕が一人で七等分しました。七等分って難しいね。若干大きさに違いが出たのは許してほしいよ。

 

「ケーキも美味いな!」

「甘過ぎないのがいいな」

「分量の調整に気を使ったからね〜」

「佐天って細かくするんだな〜。それよりちょっと料理少なかった気もするんだが……。あ、いや文句を言ってるわけじゃなくてだな」

「あはは、分かってるよ。この後お月見もするからね。作り過ぎてもなーってことでちょっと少なくしたんだよ」

 

 パーティーはこれだけで終わらないよ。今日最後のイベントのお月見があるからね。お団子を用意してるって言ったらタマも納得してくれた。ひなとかちーちゃんとかヨッシーはカロリーを気にしてるけど、今日おばちゃんと作ったのはカロリー控えめなのが多かったから大丈夫だと思うな。

 

「ところで佐天くん」

「どしたのちーちゃん?」

「お月見って9月にするものじゃなかったかしら?」

「え? 10月でしょ?」

「たしか9月よ」

「……え?」

「9月ですね。ね? 若葉ちゃん」

「あぁ9月だな」

「…………満月が見えてたらいいんだよ。綺麗な満月が見えてればいつでも」

「……そうね」

 

 やめてちーちゃん! そんな可哀想な人を見るような生温かい目で僕を見ないで! 勘違いしてたんだから仕方ないじゃん! それにお月見だって今日思いついたんだから仕方ないじゃん!

 僕は友奈に泣きついて慰めてもらう。僕が落ち着いたらみんなで片付けをして、お団子を持って場所を移動する。食堂から月を見てお団子食べても風情がないからね。レジャーシートを用意して、月がよく見える位置でみんなとお月見する。お団子もこれまた好評だったよ。おばちゃん様々だ。

 

❀❀❀

 

 

 マーくんが緊急企画した今日の誕生日パーティーとお月見は、みんなに好評だったと思うな。今お団子を食べながら月を見て、月にまつわる逸話なんかをみんなでお話してる。月を見てたらそれが餅つきする兎に見えるとか、蟹に見えるとか、女の人の顔に見えるとかそんな話。たしか月にまつわる神様とかもいたよね。私は神話に詳しくないけど、ぐんちゃんはよく知ってる。マーくんも少しは知ってるんだっけな。

 そのマーくんは今あんちゃんとお話してる。マーくんって本当に多趣味だから、あんちゃんがよく読む系統の本の話もついていける。たしか小説か何かで、月のことを言いながら相手に告白するっていうのがあったよね。あれはたしか──

 

「──月が綺麗ですね」

 

 そう、それだ。……ってあれ? なんで今そんな言葉聞こえてきたんだろ。今の声はマーくんの声だ。マーくんがそんなことをいったい誰に言うの? みんなの顔を順番に見ていく。ぐんちゃんは冷めた顔してるから違うね。若葉ちゃんとタマちゃんはその言葉の意味を分かってないみたいでキョトンとしてる。ひなちゃんは呆れたようにため息をついてる。

 そしてあんちゃんは顔を真っ赤にしてあたふたしてる。

 

 あぁ、あんちゃんにマーくんが言ったんだ。そのことにすごく胸が傷んだ。苦しくて、この場にいたくなくて。でも、マーくんだから、これが本当にその意味として使われてるとは限らない。だから、胸が苦しくなってるのを我慢して、恐る恐るマーくんの顔を見る。

 

──あぁ、やっぱりだ

 

「ヨッシーどうしたの? 大丈夫?」

な、なんで私に? 佐天先輩には友奈さんがいるはずでこんなこと私が言われるわけなくて。でも言う相手を間違えることなんてあるわけなくて。でも、え? いや、もしかしたら。うそ、そんなこと

「おーい。ヨッシー?」

「さ、佐天先輩! お気持ちは嬉しいのですが、その……私にはお応えすることはできません!」

 

 あらら、あんちゃんが言っちゃった。止めに入るのが間に合わなかったね。あんちゃんの誤解を解ければよかったのだけど。あんちゃんにフラレたマーくんは、あんちゃんが何でそんなことを言ってるのか理解してないみたいだった。

 

「いやヨッシー? 僕は『月が綺麗ですね』ってどういう意味で使われるのかを聞きたかったんだけど」

「で、ですから私には……へ? え、そういうことだったんですか!?」

「え? どういうこと?」

「あわわわわ……わ、私勘違いしてあんなこと口走っちゃって……あぅ」

「ヨッシー大丈夫?」

 

 やっぱりそうなんだよね。マーくんがそう言ったのって意味を知りたかったんだよね。でもそれの意味を知ってる人に今の話の振り方は酷いよ。誰だって勘違いするよ。顔を両手で隠して俯いてるあんちゃんをたまちゃんとひなちゃんが慰める。若葉ちゃんはついていけてなくてあたふたしてる。ぐんちゃんは関わらないようにしてるね。そんな中私がやることは一つだけ。

 

「マーくん♪」

 

 努めて軽やかな口調で呼んで肩に手を置く。それだけなのにマーくんが体をビクッてさせてぎこちなく振り向いた。なんでそんな怯えてるんだろうね。

 

「な、何かな友奈」

「お説教だね♪」

「……なんで?」

「それもお説教しながら教えてあげるね」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 マーくんを正座させてお説教を始めた。誤解させるような言い方をして、それで相手を辱めるなんて酷いことだからね。お説教の最後にマーくんに『月が綺麗ですね』の意味を教えたら、「もう友奈にしか言わないよ!」って言われた。そういう不意打ちは卑怯だよ。怒ってたのに顔がニヤけちゃうんだもん。




 佐天先輩はムードメーカーというか、話題とかイベント事を用意してくれる。おっちょこちょいな所もあるけど。そんな佐天先輩と友奈さんは仲が良い、というか■■■■。あれで■■■■■■■のが不思議。

勇者御記 二〇一八年十月
  伊予島杏
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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9話 世の中には不思議がいっぱい

 一週間ぶりぐらいですかね


 

 少し肌寒い時期になってきましたね。なんせ11月ですからね。そういえばイチョウ並木なんてどこか幻想的だと思うんだ。自分の景色が黄色一色に染まるのだから。だが銀杏お前は駄目だ。理由は単純。僕が銀杏を好きじゃないから。銀杏が大量に落ちててその上を車が走ってみなさいな。大量に銀杏が潰れてその場に臭いが広がるのだから。

 あれ? この理由だと銀杏が駄目なのか、その上を走る車が駄目なのか分からないね。そもそもそんな所に並んで植えた人が駄目なのかもしれない。でもまぁこう考えても銀杏は好きになれない。味も好きじゃないんだよ。

 

──そんなことよりも!

 

「あぁぁ!」

「うおっ! 佐天がいきなり叫びやがった! さっきまで机に突っ伏して寝てたくせに!」

「たまっち先輩。いつものことじゃん」

「そうなんだが、慣れなくてなー。杏は慣れたのか?」

「うん」

 

 突然叫び出す人に慣れるってどういうことなんだろう。タマみたいに慣れないでいてほしい。僕のほうが困るんだから。叫ばなければいいって思うのかもしれないけど、叫ばないといけない案件なのだから叫ぶのさ。そしてお二人さん、叫んだ人間を放置して二人だけで会話するのはやめてほしい。寂しさと虚しさで僕のSAN値がフォールダウン。

 

「マーくんどうしたの?」

「そうやって声をかけてくれるから友奈のこと好きー!」

「わわっ! 嬉しいけど、恥ずかしいからいきなりこういうのはやめてね?」

「うん。ごめん」

 

 こういうのっていうのがどういうのかって言うと、固まってた僕が声をかけてくれた友奈にババッと抱きついたことだね。見事な通報案件だ。友奈じゃなかったら許されない。そしてそれが分かってるから友奈にしかしない。そもそも友奈以外に抱きつくこともない。たぶん。

 みんなの冷たい視線なぞ何のその。っていきたいところだけど、友奈に注意されたからね。大人しくすぐさま離れるよ。

 

「それでどうしたの?」

「今って11月でしょ?」

「そうだね」

「ハロウィンのこと忘れてた!」

「あーハロウィン。……えぇー! どうするの!?」

「待て友奈! 佐天に乗せられるな! そこまでの一大事じゃないぞ!?」

 

 分かっていない。リーダー様は何一つ分かっていない。イベント自体は年に何度もある。だがしかし、同じイベントは一年の間に一回しかないのだ。誕生日が一回しか訪れないのと同じ。つまりイベントを逃すということは、誕生日を祝わないことと同義なのだ!

 

「佐天先輩って、なんだかんだでイベント事忘れてますよね。本当に大切にされてます?」

「ガハッ! お、のれ……ヨッシー……」

「あんちゃん駄目だよそんなこと言ったら。マーくんが忘れちゃうのはいつものことなんだから!」

「ゲハッ! 獅子身中の虫とはこのこと、か……」

 

 味方がまさか味方ではなかったとは。いや分かってるよ。友奈に悪意があってそんなことを言ってるわけじゃないってことは。それでもダメージは入るのさ。そしてダメージが入った僕を心配するのも友奈。優しさが傷に染み入るよ。

 今回は前の誕生日会みたいに、やり直しってことにはならなかった。さすがに連続で忘れてたってやると付き合ってもらえないよね。仕方ないし、うどんを食べるとしよう。

 

 

「タマちゃんとあんちゃんって本当の姉妹みたいに仲いいよね」

「二人ってたしか勇者になった日からの付き合いだよね」

「そうだぞー。あんずはこんなに可愛いんだ。タマが守ってやらないとな!」

「わぉ、タマは男前だねー」

「佐天と違ってな!」

「表出ろこのドチビ!」

 

 うどんなんて食ってる場合じゃねぇ。僕は全力を持ってタマに理解させてあげないといけないのだ。僕という人間がどういう人間なのかってことを。そんなわけでタマを連れて外に行こうとしたんだけど、ひなに止められた。めっちゃ怖い笑顔で。

 

「今は食事中ですよ? 賑やかなのはいいですが、騒ぐのは行儀が悪いです。しかも席を立つ理由が喧嘩だなんて。私どうかと思うのですけど?」

 

 正論ですね。ど正論で丸め込められたというか、叩き伏せられた感じが強かったね。僕とタマは華麗にターンして鮮やかに席に戻ったよ。指の先までビシッとしてたから点数が高いと思うんだ。

 

「4点ね」

「ちーちゃん。それは5点満点中かな?」

「100点満点よ」

「ゔぇっ!?」

 

 そんな馬鹿な。僕の今の一連の動きの鮮やかさがなんでそんな点数になるんだ。分からない。全然わからないよ。なんて僕が馬鹿なことをしている間に、ヨッシーがタマとの出会いの話をしていた。

 ヨッシーは勇者になったはいいものの、戦えなかったんだとか。元々体が弱くて気も弱かったから。だからバーテックスに応戦できずにいて、そんな時に守ってくれたのが颯爽と現れたタマなんだとか。

 

「なにそれ。超王子様じゃん」

「やめろー! タマはそんな風におだてられるのが嫌なんだ〜!」

「タマっち先輩は、私の憧れなんです。私に無いものを全部持ってて、引っ張ってくれて。だから私もタマっち先輩を守れたらなってそう思ってるんです」

「あーんーずー! 頼むからもうやめてくれー!」

「えー。まだ話足りないよ」

「そうだぞ。僕もまだ聞きたいないぞ」

「佐天お前だけは許さねぇ!」

 

 なんでさ。僕はただ話を聞きたいだけなのに。僕ってわりと人の話を聞くのも好きなんだからね。知らないことを知るってのが楽しくて仕方ないんだ。それに仲良くなりたい人のことはいっぱい知りたいじゃん。たしかに悪ノリでもあるんだけどさ。

 

「それなら佐天の話もしろー! タマだけなんて卑怯だぞ!」

「卑怯ってなにさ。それに僕らの話は、聞いてても面白くないよ?」

「私もそう思うかな」

「それはタマたちが決めることだ! さぁ話せ!」

 

 需要ってどこにあるか分からないね。僕らの話を聞きたいって思う人がいるとは思ってなかったよ。しかも黙ってた若まで聞きたそうに視線を向けてくるし、ちーちゃんも知りたそうだ。ちーちゃんには言ってた気もするんだけど、話す内容も変える気ないから、聞いても楽しめないはず。だって内容が内容なんだから。

 

「とりあえず僕と友奈の出会いを話せばいいんだよね?」

「そうだぞ。何も隠さずに全てタマたちに話しタマえ」

「えーっと。出会ったのは小学校に入学してからだね。一年生のとき。それで、同じクラスで席が隣だったんだ。それ以来の付き合いだよ」

「そうだね〜。人数も少なかったから名前順でも隣になったんだよね〜」

「……それだけ?」

「それだけ」

 

 僕はこれ以上情報無いよって態度を取る。そしたらみんな友奈に視線を集めたんだけど、結果は同じ。友奈が困ったように笑いながら首を横に振っただけ。また視線が僕に集まったから今度は肩をすくめる。みんな残念だったね。出会いなんてこんなもんなんだよ。そろそろ教室に戻ろうかなって思ったら、タマが肩を震わせ始めて吠えた。吠えるのはどうかと思うよ。

 

「もっとなんかあるだろ!」

「いや、ないってば」

「いいえあるはずです! 佐天先輩も友奈さんもよく思い出してください!」

「え、なんでヨッシーまでそのテンションなってるの? 若どうにかして〜」

「これはどうしようもないだろ……」 

「えー」

 

 リーダーが速攻で投了するのはどうかと思うんだ。熱血若葉ちゃんはいったいどこにいってしまったというんだ。夏と一緒にいなくなったってか。そんなのは高校野球だけでいいんだよ。仕方ない。話を変えるとしよう。

 

「ここは、ひなが取ってる写真を眺める会でも始めるとするかー」

「何言ってるんだ佐天」

「いいんですか!?」

「待てひな! 早まるな!」

「若は観念するんだなーって、あーまたか」

「また、ですね」

 

 会話の途中でみんながいなくなるのは寂しいね。ひながいるからまだいいけどさ。これを一人で味わうのは嫌だな。慣れるものじゃないから。だっていなくなったってことは、戦闘があって、そして終わったってことだから。怪我の心配だってする。バーテックスは進化するわけだしね。

 

「みんなのとこ行こうか」

「そうですね」

 

 ひなと一緒にみんなと合流する。怪我らしい怪我をしたのはタマだった。骨折しちゃったんだ。タマの武器は螺旋盤なんだけど、それは攻撃手段にも盾にもできるものだ。だから骨折したんだろうね。様子を見る限り、ヨッシーを守るための骨折なのかな。ま、勇者は治りも早いから、次の戦いまでには治るんじゃないかな。

 それにしても、タマが骨折したら遊び相手が減ってしまう。こんなのを考えるのは駄目なんだろうけど、僕が言いたいのは、場を和ませる人が一時的に減ったなって。タマのことだからへっちゃらだって言うだろけども、こっちが気を使うからね。こんな僕でも気を使うことはあるんだからね。

 なんて思ってたんだけど──

 

「あんず! タマは一人でも食えるぞ!?」

「駄目! 利き腕じゃないから食べにくいでしょ? だから治るまで私が食べさせてあげる」

「は、恥ずかしいんだよ!」

「いいぞヨッシー! その優しさもまた勇者!」

「佐天! タマの腕が治ったら覚えてろよ!」

「忘れてるかなー」

「ムキーー!」

「タマっち先輩暴れないで!」

 

 ハッハッハ! 利き腕の使えないタマなど恐れるに足らん! 何をしても僕の優位に変わりなどないのだ! それはともかくとして、わりとタマが元気そうにしてるから、腕のことに気をつけとけば場を盛り上げるのはできるね。よかったよかった。それと早く治るといいね〜。

 それにしても、あーやって食べさせてもらうのもいいのかもしれない。うどんの場合だと時間がかかるほど伸びちゃうんだけどね。相手のうどんがそれで伸びたら嫌だね。やるならデザート系がいい。

 

「マーくん」

「なに友奈? アレやる?」

「全部だと伸びちゃうから、ちょこっとだけ。どうかな?」

「いいよ。じゃあまずは僕から」

 

 友奈のうどんを少しお箸で取って、それを友奈の口に運ぶ。可愛らしい口に届いたらお箸を口の中から外す。それから友奈がうどんをすする。これができたからか、それともうどんが美味しいからか、友奈が笑顔を弾けさせる。なるほど。こんな反応されると食べさせるのがクセになるね。

 

「美味しい〜。次は私がやってあげるね!」

「ばっちこい」

 

 今度は僕が友奈に食べさせてもらう。これやってもらって気づいた。自然と距離が近くなるんだね。慣れてるとはいえ、シチュエーションが変わるとやっぱり新鮮な感じがする。

 そんなこんなな晩御飯を済ませて、部屋に戻ろうとしたところでヨッシーに呼び止められた。友奈には先に戻ってもらうように言っといた。ちーちゃんがいるから、ちゃんと先に戻ってくれるだろうね。ところでタマさんや。襟首掴まれてるのはなんでなのかな。

 

「タマっち先輩が勝手にいなくならないように、です」

「あ、はい。それで、僕に何か用なの?」

「用と言いますか、前々から気にしてたことを確かにしようと思いまして」

「んー? ……はっ! まさかヨッシーは僕のこと──」

「それはないです!」

「しょぼん」

 

 そんなに強く否定しなくてもいいじゃないか。僕だって本気で言ってるわけじゃないんだから。言いにくそうにしてるヨッシーが少しでも話しやすくなればってやっただけだよ。タマは笑いすぎ。腕が折れてなかったから表出ろって言ってるとこだよ。

 

「佐天先輩と友奈さんは、その……お付き合いされてるんですよね?」

「え、違うけど?」

「ほらタマが言ったとおりだったろ? 佐天と友奈は付き合って……は? 付き合ってないのか!?」

「うん」

「あんだけイチャイチャしてて!?」

「イチャイチャしてる?」

 

 僕の真面目な返答に、タマとヨッシーは絶句してる。二人の中では間違いないってどこか確信でもあったのかな。たしかに僕と友奈は一番仲がいいけどさ。でもそれで付き合ってるってのは違うんだよね。早とちりだよ。

 

「えっと、じゃあ、告白もされてないってことですよね?」

「告ったよ」

「やっぱりそうで……えぇ!? それでなんで付き合ってないんですか!?」

「だって断られたもん」

「「ええぇぇ!?」」




 佐天には驚かされてばかりだ。それにバーテックスも。あいつはどう見ても■に近かったのに■■■に興味を示さなかった。それを知った佐天がなんか気にしてたな。たしか、■■とか■■■■■■をバーテックスが■■■■どうかを。言われてみるとたしかにどうなんだろうなってなった。

勇者御記 二〇一八年十一月
 土居球子
  大赦史書部・巫女様検閲済み


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10話 外側にいるのは寂しいね

 

 驚いたね。もう12月だよ。クリスマスと年越しという一大イベントが一週間という短いスパンではやってくる月だよ。そして年越したら新年でお正月だ。めでたいね。世間はこの一大イベントで盛り上がれなさそうな雰囲気があるけど、こういうのをちゃんと楽しまないと気が滅入ったままになると思うんだ。

 なんていう僕の意見が世間に届くことはない。僕のことは完全に遮断されてるからね。大社の人も頑張るよね。人のためになることをもっと頑張って欲しいものなんだけども。

 

『くそー! 一番風呂取られたー!』

「んー。やっぱ向こう(女湯)は楽しそうだなー」

 

 僕らは温泉旅館に来ている。勇者たちの頑張りでみんなも少しは元気になってきてるからね。その評価や勇者たちの労いを兼ねての温泉旅行だ。しかも大社の力でここは貸し切りになっている。

 勇者たち全員がこうやって休みを満喫するから、僕も同行が許されたんだよね。許されてなくても来たけども。それで、今は温泉に浸かって温まってるんだけど、貸し切りで男は僕だけ。つまり話し相手がいないんだ。向こうの様子は時折聞こてくる会話でしかわからないし。

 

「ここは定番のアレ(・・)をするしかないのかな。でもそれやると命がない気がするんだよね〜」

【──】

「っ!? ……誰もいないよね? それにあんま聞き取れなかったけど……」

 

 声をかけられたって感じじゃなかったような。何だろう。よく分からないな。しかも、今のは何故か初めてじゃない気が……。

 

 

「……あれ? 僕は何について考えてたんだっけ?」

 

 なんで風呂場で立ち上がってるんだろ。足湯でもこんなことしないのに。しかも12月の寒空の下で。あ、僕は露天風呂にいるからね。湯から出たら極寒の外気に晒されるんだよ。それに、外だからこそ女湯からの声が聞こえるわけだし。

 寒いからひとまずは温まり治そう。何かについて考えてた気もするけど、忘れてるってことは大したことじゃないよね。

 

『──悪魔のブツをー!』

『きゃっ! 球子……さん!』

『おい球子! そんな狼藉私が許さんぞ!』

「……楽しそうだなー」

 

 

❀❀❀

 

 

 タマちゃんがあんちゃんやひなちゃんにちょっぴりエッチなことをして、今若葉ちゃんにすっごい怒られてる。タマちゃんは懲りないよねー。それよりも、さっき向こう(男湯)で何かあったような……。

 

「高嶋さん? どうかしたの?」

「え? ううん。まーくんのことだから一人で『面白くなーい』って言ってそうだなーって」

「たしかに。彼が一人でいるのは……想像できないものね」

「うん。いっつも誰かといるからね」

「高嶋さんといることが……一番多いけど」

 

 そうなのかな。自分自身じゃよく分からないや。だってまーくんが隣りに居てくれるのはいつものことで、当然って感じがするから。……あ、ほんとだ。こう思うってことは、一番まーくんといるのは私だね。

 まーくんとはもう10年弱の付き合いになるんだね。14歳だけど、そのうちの9年ぐらいは一緒なんだから。もうまーくんがいない生活なんて考えられないくらいだよ。

 

「高嶋さん……佐天くんは……」

「あ、ちょっと待ってねぐんちゃん」

「え、えぇ。?」

 

 湯船から立ち上がって、タオルで体を隠す。寒いから湯船の中をじゃぶじゃぶ歩いていく。みんな私の行動に疑問を思って視線を集めてくる。私はそれを気にせず、目的のものに近づいてそれを手に取る。そして壁の方に目を向けて少し考え込む。

 

「んー、あそこかな?」

 

 自分の直感を信じて手に持っていた桶を狙った場所に投げる。みんな驚きの声を上げるけど、桶が壁を越えようとしたタイミングでちょうど現れた影にぶつかる。

 

「ぎゃっ!」

 

 桶は女湯の方に落ちて、その影も向こう側に落ちたみたい。怪我してたら怖いけど、たぶん大丈夫だよね。そう信じて私はぐんちゃんの横に座って温まり直す。体が芯から温まるのっていいよね。すっごいポカポカするから。

 

「高嶋さん、今何したの?」

「まーくんが覗こうとしてたから桶投げたの。マナー悪かったよね。ごめんねみんな」

「いや、覗きなどという不埒な行為を防いだんだ。誰も責めないさ。ありがとう高嶋」

「佐天のやつは油断もスキもねぇなー」

「たまっち先輩は人のこと言えないからね?」 

 

 それにしても、まさかまーくんが覗きするなんてね〜。放っておいても勝手に自滅してそうだけど。だってまーくんは、なんだかんだでエッチなこと苦手だもん。すぐ鼻血出るから。でも、ひとまずは説教しないとね。

 

 

❀❀❀

 

 

 お風呂から上がった僕は、部屋に戻ってカフェ・オレをぐびっと飲んでくつろいでる。己の浅はかな欲に負けて女湯を覗こうとした瞬間に、桶に迎撃されたのは驚いたなー。しかもびっくりしたのもあって床へとダイブしちゃったし。受け身は取ったけど、素肌だから痛いものは痛い。でも大した怪我もないからオッケー。桶を投げたのは友奈だろうね。察知できるのあの子ぐらいだし。

 

「ありゃ? なんか連絡きてる」

 

 スマホがピカピカ光るから画面を見てみると、そこには友奈からのお呼び出し(お説教)が書かれてる。友奈たちはたしか、みんなで遊んでるんだっけな。つまりこれに応じたらみんなからも説教されそうだ。分かんないけど。友奈に説教されてるときは他に誰も説教しないし。

 でも、どう考えても針のむしろであることに変わりはない。やだなー。そんなの味わいたくないなー。断る理由ないかなーって考えてたら電話がかかってきた。もちろん相手は友奈。よし、ここはまだ文面を見てない体でいこう。

 

「もしもし。どうしたの? 友奈」

『まーくんメッセージ読んだ?』

「メッセージ? さっきまでカフェ・オレ飲んでたからまだなんだけど」

『そっかそっか。まーくんにこっちに来てほしいなって連絡なんだけど、言い訳考えてないで早く来てね♪』

「あ、はい」

 

 友奈相手に何も隠し事はできなかったです、はい。おかしいな。僕がメッセージを読んでるっていう情報は無かったはずなのに。友奈ってエスパーなのかなって画面を見つめながら思ってたら気づいたよ。僕、既読つけてたや。

 

 

 友奈に呼ばれた部屋の前に到着。妙な緊張がして、嫌な汗が流れる。ドアじゃなくて引き戸だからノックしても中に響くわけじゃない。そもそも聞こえてくる声からして、ノックしても気づかれない可能性の方が高い。そんなわけで戸を引いてみると、僕の顔面に白い何かが勢いよくぶつかる。あまりにも勢いがいいから顔がのけぞっちゃったよ。首の骨が折れなくてよかった。僕は貧弱だからね。

 

「佐天無事か!? おのれ球子……よくも佐天を!」

「いや今のは事故だろ!?」

「若ー、僕が死んだみたいにしないでよ。生きてるから」

「仇は取ってやるからな!」

「聞いてないね」

 

 僕の声を無視した若がタマに枕を投げつける。なるほどね、今は枕投げをしてるんだね。僕の顔に飛び込んできたこれも枕なのかー。ところで枕って意識を刈り取ろうとするほどあぶないものだったっけ。みんな鍛えてるから威力がおかしいよ。襖とかにあたらないように気をつけてほしいものだね。確実に破壊するだろうから。

 ノリについていけてないから、僕はその枕投げに参加せずにちーちゃんの横に座る。どうやらここは安全地帯らしいからね。友奈があれに楽しんで混ざってるのは分かるけど、ひなとヨッシーが混ざってるの意外だね。二人も参加しない側だと思ってたよ。そう思ってたけど、よく見たらひなはあれ参加してないね。デジカメもって若を至近距離から撮りまくってるだけだもんね。

 

「みんな元気だね~」

「……佐天くんが参加しないのが意外なのだけど」

「そう? 僕ってあんま途中参加しないタイプだよ。なんというか、テンションの差が悲しくなるというか、ね」

「本当にそれだけ?」

「え?」

「佐天くんはいつも企画する側。そうじゃないやつに参加するのが慣れてなくてどうしたらいいかわからない。そうじゃない?」

「……あはは、まさかちーちゃんに言い当てられるとはね~。うん、それもたしかに理由としてあるね」

 

 参加するだけでいい。そんなのは僕だってわかってる。難しく考えなければいいんだ。というか、ぶっちゃけたらなにも考える必要なんてない。だって言い出しっぺが全部用意して進行もやってくれるんだから。でもね、僕って企画すのも楽しみに思ってるから、それを取られるとちょっとノリが悪くなっちゃうんだ。めんどくさいガキだよねー。

 僕がちーちゃんと話していると、影が差しこんできた。顔を上げると僕を部屋に呼んだ張本人である友奈が立ってた。これは今から説教のパターンかなって思ったんだけど、どうやらそうじゃないらしい。遊んでる間にどうでもよくなったみたい。未然に防がれてるわけだしね。はて、それだと僕は今からどうしたらいいんだろうか。

 

「まーくんまーくん」

「なんですかな友奈さん」

「みんながもっとまーくんと仲良くなりたいって」

「具体的には?」

「呼び名を変えようって。ほら、まーくんだけみんなから呼ばれ方変わってないし、まーくんも変えてないじゃん?」

「そうだけでも、強制的に変える必要もないと思うんだけど……」

「任意で変えたらいいんじゃないかしら?」

 

 ちーちゃんは天才かもしれない! ゲームの天才であることは確定してるんだけどね。友奈ってわりと頑固なところがあるから、こうやって横から助けてもらわないと友奈の意見を変えられなかったりするんだー。これがちーちゃんの意見ってのも加われば、友奈もそれで納得してくれる。

 さてさて、僕は誰の呼び名を変えようか。友奈は変えないし、若とひなとタマもそのままでいい気がする。本人が変えてほしいって言ったら帰るけども。あとはちーちゃんとヨッシーだね。……ヨッシーは絶対に変えてって言われるね。

 

「ちーちゃんはどうする? ちーちゃんのままでいい? それとも千景って呼んだらいい?」

「どちらでも構わないわ。佐天くんの好きな方で」

「じゃあちーちゃんのままでいいかなー」

「私も佐天くんのままで呼ぶわね」

「りょーかい」

 

 僕とちーちゃんの間では変化なしっと。友奈は確認しても変えようがないよねってなって変化なしと確定。即決だったよ。さて、ヨッシーの次の呼び名が思いつかないから、次はタマかな。

 

「タマはタマのままでいよね?」

「そうだな。タマはそれでいいぞ。タマの方からは勝希って呼ばせてもらうけどな」

「いいよー。若とひなは?」

「私はその呼ばれ方で構いませんよ。私からは勝希さんと呼ばせてもらいますね」

「はーい」

 

 名字呼びをやめていくって流れだね。まぁ全然いいんだけども。距離が縮まったって感じがするからね。ひなに勝希さんって呼ばれるて変にむず痒いけど、そのうち慣れるよね。

 

「若は……若葉でいいや」

「私はどちらでも構わないが……。お前がそう言うならそれで構わないぞ」

「うん。それで若葉は僕のことなんて呼ぶの? どんなあだ名つけてくれるの?」

「変な期待するな。球子と同じで名前呼びだ」

「だろうね」

 

 若葉はそうだと思ったよ。若葉が誰かのことをあだ名で呼ぶなんて想像もつかないからね。ひなですらひなたって呼んでるわけだし。この二人はむしろその方がらしいって感じがするけどね。だって夫婦みたいなやり取りするし。

 

「さてと、じゃあ僕は部屋に戻るね」

「ちょっ、待ってください! 私だけまだですよ!」

「ヨッシーでよくない?」

「駄目です! わざとそう言ってますよね!」

「うん」

 

 今の流れは定番だよね。やらないわけにはいかないよ。関西人の血がボケを忘れるなって騒いでたし。もちろんこれは冗談で、ヨッシーの呼び名も変えるよ。向こうからはどう変えられるかは分かんないけど。……あ、嘘。予想ついたや。

 

「勝希先輩って呼ばせてもらいますね」

「予想が当たったー。やったー」

「それで、私の呼ばれ方なんですけど……」

「分かってるよ。よっちゃんだよね?」

「違います!」

「あはは、じゃあね〜」

 

 駆け足で部屋の出入り口へと移動する。後ろから枕を投げられるけど、僕は振り向いてそれをキャッチ。それを優しく投げ返して僕は杏に手を振る。

 

「それじゃあ杏またね〜。みんなもおやすみ〜」

「ぁ……」

「あはは、まーくんは相変わらずだなー」

 

 部屋に戻ったんだけど、友奈が部屋に来て僕が行くまでの間に遊んでいた内容を話してくれた。トランプやら何やらしてたんだってさー。そんなに遊んでたんだね。羨ましいよ。僕が長風呂してたから参加できなかったんだけどね。露天風呂が好きすぎて。

 話してくれた内容の中で、ちょっと気になるのがあった。トランプでちーちゃんと若葉の勝負してて、最後の瞬間にひなが若葉の妨害をしたことだ。なんで妨害したのか……。それはちーちゃんが若葉に負けないように。ちーちゃんって対抗意識あるからね。……若葉はまだまだ周りが見えてないんだね。




 不思議な夢を見た。というか楽しい夢だったな。なんせ僕が好きな空に浮いてる夢だったから。飛んでたんじゃなくて浮いてた。下を見下ろせばもちろん日本が見えた。雲の隙間から見えたから、僕は雲の上にいたんだね。実際に空にいられたら楽しいだろうなー。

勇者御記 二〇一八年十二月
 佐天 勝希
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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11話 この世界は理不尽だ

 大変遅くなりました。申し訳ありません。これからもダラっと書いていきます。


 

 冬は寒いよね。雪が降らない寒さのほうが寒いって聞いたことあるけど、どっちもどっちじゃないかな。寒いもんは寒い。そして一人でいる時間が多いと心だって寒くなる。みんなと一緒にいるのって、そういう意味も兼ねて温かいよね。身も心もってやつ。だからこそ僕はみんなでいるのが好きだし、側にいてくれる友奈のことが好きなんだ。

 だからさ。

 

 今のこと感じはとっても嫌な感じだよ。

 

『──ッ!』

『……』

 

 ガラス越しにちーちゃんと若葉が言い合いしてるのが見える。いや、あれはたぶんちーちゃんが若葉に言葉をぶつけてるだけかな。ひなたが仲裁に入るけど、あれは嫌な流れだ。

 

「ほんと君は好かれてるよね。友奈……」

 

 側で眠っている友奈の髪を撫でながらそんなことを愚痴るように溢す。友奈の体は所々包帯を巻かれていて、腕には点滴の針が刺さってる。この様子からわかる通り、友奈は負傷した。負傷というか重傷だね。

 タマから聞いた話だと、今回はバーテックスの数がいつもの10倍くらいいたんだとか。そして若葉が先陣切って行ったんだけど、やりすぎたみたい。一人孤立しちゃって、それを助けに友奈が無茶したんだとか。それでちーちゃんが怒ってるってわけだね。僕も向こうに行くかな。

 

【──】

「……またか。うるさいなぁ。興味ないって」

【──】

黙ってなよ(・・・・・)

 

 この前は聞き取れなかった声なのに、今じゃ聞き取れるようになっちゃった。中性的な声なんだけど、声なのかも怪しいね。脳に直接響いてくるからさ。テレパシーってやつかな。初めて聞き取れちゃった時は、「こいつ! 直接脳内に!」ってリアクション取っちゃったよ。ちなみにこの謎の声は無駄にノリがいい。僕のテンションに合わせてくれた。その時は友達になれるかと思ったけど、たぶん友達になれないね。

 友奈が寝てる部屋から出てすぐにみんながいる場所に移動する。見たらちーちゃんが若葉の服を掴んでた。

 

「こんなことをして、一番喜ばないのは誰なんでしょうね」

 

 ひながそんなことを言ってちーちゃんを止めた。効果的ではあるけど、これは一触即発ですな。こんなタイミングできちゃうのはあれだけど、空気を変えないとね。それが僕の役目だって自分で決めてるから。

 

「喧嘩はほどほどにね〜。関係が壊れるのが一番駄目だからさ」

「佐天……」

「……なんであなたがそれだけ平然としていられるのよ! 集団意識が薄かった乃木さんのせいで高嶋さんは!」

「でも友奈が頑張らなかったら若葉は死んでたかもしれない」

「っ!」

「……ちーちゃんは優しいよね」

 

 友奈のことを大切だって思ってくれてるから、だからこんなに若葉に怒ってるんだ。そのちーちゃんの思いが分からないわけでもない。そりゃ僕だって思うところがあるわけで、このヘラヘラした表情を引っペがされたら怒りを顕にしちゃう。だけど、それこそが僕が一番嫌なことだからね。それに、友奈だって望まない。

 

「一番いけないことは、誰かが死ぬことだと僕は思うよ? 友奈もムードが悪くなるのを嫌うってのは、みんなだって分かってるでしょ?」

「それはそうだけど……」

「若葉。責任を感じているのなら、これからどうしたらいいのか考えて? 扉越しでも聞こえてたけど、ちーちゃんの言ったとおりだよ。君は復讐のために戦ってる。それが今回の結果を生んだ。敵はどんどん進化するだろうから、そのままだと次は死人が出るよ」

「っ! ……そう……だな……」

「さて、こんな空気はやめやめ! うどん食べて空気を一新しよう! 行くよちーちゃん!」

 

 ちょっと格好つけて言ってしまえば、今の僕は道化。ヘラヘラ笑ってるだけの道化。道化の端くれにもなれないようなペーペーだけどね。だからこうして走ってる。ボロが出る前にいなくなればいいんだよ。ちーちゃんを連れ出したのは、一旦若葉と離しておくべきだと思ったから。お互い不器用だからね。タマと杏は今回中立だから、申し訳ないけど放置。

 ちーちゃんの細くて華奢な手を取って僕は廊下を走る。廊下を走ってはいけませんってよく小学校で怒られたっけ。学校の人数もそんなに多くなかったから、学校が広く感じられてついつい走り回ってたな。

 

「──くん、佐天くん!」

「あ、ごめんちーちゃん。ちょっと考え事してたや」

「ふぅ……。構わないわ。……お昼を食べたら部屋に来る?」

「え?」

「ゲームしましょう」

 

 僕が衝撃を受けたのも無理はないと思う。きっと友奈だって驚く。だって、ちーちゃんが自分から部屋に招待してくれるなんて、今回が初めてだったんだから。

 

 

❀❀❀

 

 

「お、お邪魔します……」

「今さら緊張するのね。よく部屋に来るのに」

「いやー、今回はちーちゃんにお呼ばれされたからさ。こんなの初めてだなって思ったらなんか緊張しちゃって」

「そう。いつものとこに座ってて。お茶を用意するから」

「う、うん」

 

 なんだか新鮮というか、こっちまで不思議な感覚になるわね。いつもおちゃらけてる彼が緊張して、動きがぎこちない。表情も若干硬いかしら。今まで平然としていたし、高嶋さんと一緒じゃなくても遊びに来たことがあるのにね。

 コップを取り出してお茶を注いでいく。自分用として一人分だけあればいいと思っていたのだけど、佐天くんや高嶋さんがよく部屋に来るから、三人分に増えてる。ご飯はいつも食堂で食べてるから、茶碗とかはないのだけどね。炊飯器とかの調理器具もない。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう。さっそくゲームする?」

「そうしようかしら。何か手伝ってほしいのある?」

「僕がクリアできてないのがあるって前提で話すんだね……」

「クリアできてないのあるんでしょ?」

「……はい」

 

 お昼を食べた後に、佐天くんは一回ゲーム機を取りに自分の部屋に戻った。それから私の部屋に来たのだけど、佐天くんと私のゲームの腕にはそれなりに差がある。それと佐天くんが後から始めたゲームもあって、今からやるゲームもその一つ。だから私が協力して、次のステップに進んでもらう。修行というか、課題も定期的に与えているから、そこそこ実力もついてきてる。装備さえ整えれば佐天くん一人でもできると思う。 

 だけど佐天くんは一人でやると動きが悪くなる。みんなでやれば怖くないって考えが佐天くんはゲームで反映されてる。私とやる時に発揮する実力を、一人でやる時にも発揮できればいいのに。まぁでも、こうして一緒にできる口実にもなるかしら。

 

「佐天くん」

「なんですかな千景さん」

「装備を変えなさいって前に言ったでしょ!」

「この装備がカッコよくて好きなんだって言ったじゃん!」

「ならせめて最大まで強化しなさいよ!」

「素材がないんだよ!!」

 

 動きの問題だけじゃなかったわね。全攻撃を回避するっていう腕まで要求してるわけじゃない。だからそれなりに装備を強くしてくれたら良かったのだけど、その辺は全然駄目だったみたいね。佐天くんが求めてる素材も、今行き詰ってるクエストをクリアしないと手に入らないようになっているのだし。

 仕方ないわね。こうなると私が前衛をちゃんとしないといけない。ギリギリまで佐天くんを前衛で頑張らせて、腕を磨いてもらおうと思ったのだけど、そんな余裕もなさそうだから。

 

「サポートぐらいはちゃんとしてちょうだいね」

「もっちろん!」

 

 このテンションで言われるとどこか不安になってくるのよね。調子に乗りすぎてやられるパターン。ゲームでもモブキャラがよくそれでやられる。アニメでもあるあるだわ。けど佐天くんの場合、そんなモブキャラの中でもギャグ担当のキャラね。すぐ負けるくせに死なないキャラ。そういうキャラって幸運なのか、生存力が高すぎるのか。ある意味強キャラよね。

 

「やったー! ちーちゃんありがとう!!」

「きゃっ!? 抱きつかないでちょうだい」

「あ、ごめん。これクリアできたのが嬉しすぎて……。ちーちゃんを驚かそうとかれこれ47敗してたし」

「そ、そう……」

 

 私から離れた佐天くんが、申し訳なさそうに頭を下げながら挑戦回数を言ってきた。勝てない相手にめげずに挑み続けて47敗。ゲーマーなら心折れずに続けられるけど、軽くゲームを楽しむくらいのユーザーならとっくに諦めて別ゲームをしてる数字。頑張ってたのね。

 クリアできて喜んでいる彼に水をさすようで嫌なのだけど、高嶋さんが入院してしまっているから、きっとこれは私が代わりにするべきね。代わりを務められると驕る気もない。だけど、彼もまた友人なのだから。

 

「佐天くん」

「どったのちーちゃん?」

本音(・・)を教えてくれる?」

「えっ……」

「乃木さんを糾弾しろってことじゃないのよ? ただ、今回の件で思ってることがあるなら話してほしい。……私だってもっと強ければ、高嶋さんが重傷を負わずにすんだのだし」

 

 ゲーム機を置いて、彼に正面から向き合って目を見る。こういうのは全然やったことなくて、慣れなくて、私の方から目を逸らしたいくらいだけど、だけど今は頑張る。先輩として、年上として、何よりも友人として、これは頑張る。

 佐天くんは、困ったように笑顔を浮かべる。きっと彼はこういうのを踏み込まれたくないんでしょうね。もしかしたら、高嶋さんが相手でも話すのを躊躇うのかもしれない。いえ、高嶋さんならもっと上手く聞き出すのでしょうね。彼が話しやすい空気を作って。

 

「話さないと駄目?」

「話したくないことがあるのは分かるわ。……私だってそうなのだから。だから話せるとこだけ話せばいいんじゃないかしら?」

「んー。僕の場合愚痴になるけど……、まぁいっか」

 

 彼もゲーム機を置いて私と向き合う。視線を逸らしてしばらく頭を掻いていたけど、話すことが決まったようで視線を上げた。ひょうきん的な彼とは思えないぐらい真剣な顔をして。

 

「今の世界は理不尽だと思うんだよね」

「理不尽? ……たしかにそうかもしれないわね」

「バーテックスの存在はもちろんだし、人だってもちろん理不尽だよ。バーテックスのは言わずもがな。人はもちろんちーちゃん達が守ってる生き残りの人類。人は守られて当たり前だと思ってる節があるし、僕の場合よく分からないけど嫌われてる。……一部の人からのアレは迫害って言うのかもしれないけどさ。理由は知らないけどね。大社が勇者でも巫女でもない僕をここに置くのもそれだけが理由じゃない気がする」

「何か……ある?」

「知ってるのは友奈だろうね。そして友奈は話してくれない。僕はそのことはどうとも思わないよ。友奈が話さないってことは、僕に話すべきではないことなんだろうからさ。でもね、ちーちゃん。僕が理不尽だと思うのは、これだけじゃないんだよ」 

 

 哀しそうに笑う彼の目は、決して哀愁あるものじゃなかった。むしろその逆。純粋な怒りが、ぶつけようがなく、行き場を失った怒りが籠められていた。おそらくずっと放出しないようにと仕舞い込んでいるものなのね。

 

神樹も理不尽だ(・・・・・・・)。なんで一部の女の子しか戦えないの? なんでそんなとこ拘っちゃうの? なんでもっと人間を信じて力を貸しくれないの? なんで僕は戦えないの?」

「……」

「巫女であるひなもだけど、僕らは何もできない。喋っていたのに次の瞬間には目の前からいなくなっている。みんながいる場所に行ったら怪我してるのも珍しくない。今回なんて駆けつけたら友奈は重症で、気を失ってた。なんでさ……せめて……無事を祈る時間くらいさ……あったっていいじゃん? それすらできないんだよ。……ほんとに……今さらだけど、理不尽な世界だよ」

 

 初めて聞いた佐天くんの本音(弱音)。これは彼だけが思っていることなんかじゃない。誰もが思っていること。だけど、彼は自分をムードメーカーとして役割づけてる。実際それには助けられてる。だからこそ彼はこの感情を出せる場がなかったんだ。

 

「そうね。……佐天くん。私になら、そういうの話していいから。誰にも伝えない。二人だけの秘密にするわ。だから、溜め込まないで」

「っ……あはは、ちーちゃんは……本当に優しいよね。……うん、それなら……僕らはそういう関係になろう? ちーちゃんも僕に話してね?」

「っ! そう……ね。なら今度は私が聞いてもらおうかしら」

 

 お互いに弱音を言い合う相手。言い方を酷くすれば、傷の舐め合いってところかしら。私達は私達で大丈夫だと思っていたけど、高嶋さんがいないと私達ってこうなってしまうのね。




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勇者御記 二〇一九年一月
  ■■■  大赦史書部・巫女様検閲済み


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12話 仲間は素敵

 月一が定番になってきてしまいました……。ごめんなさい!!


 

 ちーちゃんと話をして、ゲームもして。毒抜きをしてもらったおかげで僕は次の日にはいつも通りの僕でいられた。バカをやるのが僕の仕事。ムードメーカーであるべきだって思ってる。暗くなるのが嫌いだから、僕自身が暗くなっちゃいけない。それは友奈も似たとこがあって、友奈はみんなが笑っていられる状態が好きだ。そんなわけで、僕は今日もバカをやろうと教室に入ったんだけど……。

 

「若葉が……死んでる……!?」

「いや勝希! 若葉は死んでないぞ!?」

「え、でも魂抜けてるじゃん」

「あれはだな──」

 

 先に来て事情を把握してるらしいタマから説明を受ける。どうやら若葉は、ひながいなくなるショックであの状態になってるらしい。ひながいなくなるだけでこうなるとは……。何はともあれ若葉の弱点をゲットだね。弱点と言えるのか大変怪しいところだけど。とりあえず──パシャリ

 

「写真ゲットー! ひなへの交渉材料だぜ!」

「あぁ……勝希か……。……好きにするがいい」

「こいつは重症だな!」

「タマが今説明しただろ!?」

 

 写真を撮られる度に消せと言ってくる若葉がこれとはな。そんなにひながいないと駄目なのか。まるで親離れできない子供のよう。……そういえばひなも保護者感出してるし、二人は実は親子ではないのだろうか。

 幼馴染兼親友兼夫婦兼親子。うん、属性積み過ぎだね。それでもキャラが成り立つあたりこの二人ハイスペックですわ。他に属性をガン積みしてもキャラ崩壊しない人いる? 僕はいないと思うね!

 

「僕はムードメーカーたらんとバカしてるわけだけど」

「勝希はいつもただのバカだろ」

「違うやい! 僕はみんなと笑っていられる時間が好きなだけだい!」

「土居さん……話が進まないわ」

「す、すまん。つい、な」

 

 ちーちゃんがタマを静止する。言い方がちょっとキツイ気もするけど、ちーちゃんらしいから別にいいや。それに止めてくれたことには感謝しかないし。僕だけだったら今のだけで脱線していくね。

 それより「つい」ってなんなのさ、ついって。タマのことだから普段からそう思ってたってことなんだろうけどさ。案外杏と若葉もそう思ってそうだね。付き合いが長い友奈とこの中で一番遊んでるちーちゃん、そしてよく周りを見てるひなくらいは、そうじゃないって分かってくれてるけど。

 

「そこは後で追及するとして、僕は0からプラスに増やしていくのは得意なんだけど、今の若葉みたいなマイナス状態からプラスに持っていくのは全然経験ないんだ〜」

「つまり?」

「お手上げです!」

「おいムードメーカー!!」

「僕こういうの役割じゃないもん! いつも友奈がやってくれてたもん!」

 

 そうです。いつもこういう子に友奈が声をかけて、僕はその時のサポートなんです。だから、僕からマイナス状態の子に声をかけるのは全然駄目。そして若葉のことをまだ分かってるわけじゃないから難しい。いつもその場のノリでやってきたツケが出たね。

 僕がお手上げ状態なことにタマがツッコんできて、二人でワイワイ言い争う。近くにいたちーちゃんは、それに呆れてため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるんだよって言いたいとこだったけど、原因が僕ってのが明白だから何も言えない。

 

「あの、若葉さん」

「ん?」

「あんず?」

 

 僕とタマが口論をやめてプロレスごっこをしていると、それまで黙ってた杏が若葉に声をかけてた。いつも内気で受動的な杏にしては珍しい。これには僕とタマだけじゃなくて、ちーちゃんも驚いてた。ちょっと目を見開いてる程度だけどね。さすがポーカーフェイス千景。あまり変わらない。

 

「スキあり!」

「なぁっ!? セコいぞ勝希!」

「敵を目の前にしながら目を逸らすタマが悪いのだー!」

「おのれー!」

「あなた達よくそれで遊んでいられるわね……」

 

 怪我しないように気をつけながらだから問題ないんだよ。ぶっちゃけタマの方が強いはずなんだけどね。タマの武器が近接用じゃなくてよかった。もし近接用だったら、訓練も近距離戦を中心にしたやつになるからね。それだと僕はコテンパンにやられてたと思うよ。若葉にもコテンパンにされるし。ちなみに友奈相手では勝負になりません。訓練でもお互いに戦う気が出ないからね!

 

「乃木さんたちが外に行ったわよ」

「それは追いかけないとな」

「ハッハッハ! 拘束を緩めたことが敗因だぞー!」

「土居さん。二人を追いかけるからそこまでよ」

「あ、はい」

 

 もしかしてちーちゃんってタマキラーかな? ちーちゃんが言うとタマが大人しくなる。それか真面目に言えば僕でも大人しくさせられるとか? でも、もう既に舐められてる気がするから手遅れか。

 ちーちゃんを先頭に教室を出たけど、教室を出てからはタマが先頭に行った。僕とちーちゃんはタマより身長が高いし、これでも全然いいんだけどね。それに、ちーちゃんも若葉の様子は気になるけど、一番後ろでこっそりとって感じがいいらしいし。それよりも今は──

 

「……ん? なんか周りの人の視線がいつもと違わないか?」

「……そうね。この感じはあの頃と同じね

「あはは〜。僕がいるからかな(・・・・・・・・)

「は? なんで勝希がいるとこうなるんだよ」

「僕にも分からないけどね〜」

 

 僕は大社の人から強く言われている。勝手に丸亀城の敷地外に出るなと。原因は分からないけど、その理由は知ってる。友奈と一緒に奈良から四国まで来る時もこんな感じだったから。

 勇者といるからみんな複雑そうにする。勇者はバーテックスを倒せるもんね。でも僕は何もできない。そんな僕が嫌われる理由はさっぱりだ。四国に来るまでが何も無ければ、「一般人が勇者様とご一緒など」ってね。でもそうじゃないからさっぱりだ。

 

「僕は気にしてないからタマたちも気にしないで〜」

「けどよ……!」

「わかったわ」

「千景!」

「本人が言ってるのよ? 周りが言うことじゃないわ」

 

 ちーちゃんの言い分もタマには分かるんだろうね。頭では理解できる。でも心は納得してない。そんな感じだろうね。タマは優しい。友奈とはまた少し違った友達想い。友奈が優しい友情(暖かい陽)だとしたら、タマは熱い友情(火の玉)。そういえば戦いが始まる前もボヤいてたっけ。自分たち勇者の役割は分かってるけど、普通の生活がしたいって。

 私生活だけじゃないんだね。タマは周りの人間が冷たくあしらわれるのも嫌う。狭い世界にいるタマしか知らないけど、タマは周りを気遣う。人の為に怒れる人。凄い勇気だよ。

 

「勝希。本当に嫌になったらタマたち(・・)に言えよ? こっちからガツンと言ってやるからな!」

「あはは、ありがとう。その時はお願いするね」

「……乃木さんたちは一般の人と話してるようね」

「赤ちゃんを抱っこしてる。微笑ましいね〜。あの無骨若葉がだよ?」

「笑かすなよ勝希……!」

 

 無骨ってとこがツボに入ったみたいだね。タマは両手で口を塞ぎながら声を抑えてる。目尻に涙をうかべてるあたり、だいぶ面白かったらしい。ちーちゃんはそうでもないみたいだし、タマのツボが浅いのかな。それとも単純にズレてるだけかな。

 杏は若葉を連れてどこか特別な場所へ、なんてことはしなかった。ただ身近の町を案内しただけだった。いくら若葉が無気力状態とはいえ、気配察知の範囲が怖い。そんなわけで僕ら二人からそれなりの距離を取ってる。だから二人の会話は聞こえない。

 

「杏ってわりと外出てるの?」

「んー? 本を買いに行く時が多いしな〜。あれを見る限りだとタマにってわけでもなさそうだな。いろんな人と話ししてたってぽいし」

「だよね。……今度漫画買ってきてもらお」

「あんずをパシリに使うなよ!」

 

 パシリに使うなって言われてもな。僕は基本的に外に出られないんだから仕方ないじゃん。今だってタマとちーちゃんと一緒にいるからセーフってだけで、僕一人だけだとアウトだろうね。杏と二人で買いに行くのもたぶんアウト。だって本を買う時必ず一般人と話すことになるから。距離も必然的に近くなる。僕はいいけど、相手が嫌だろうさ。あと杏も気まずくなるの嫌だろうし。

 

「っと、あの感じだと若葉も復活かな?」

「そのようね。……まったく、人騒がせね」

「とか言ってちーちゃんも心配してたくせに〜」

「っ! し、してないわよ」

「なんでもいいからタマたちも合流するぞ〜」

 

 僕とちーちゃんのやり取りを切ったタマが、若葉と杏に声をかけに行く。それでようやく僕らに気づいた二人はびっくりしてたし、若葉はちょっと恥ずかしそうにしてたね。ちゃんとさっきから写真撮ってるから安心してほしい。ひなにはまだ渡さないし。僕の防衛手段なわけだからね。

 ちーちゃんもやっぱり素直になれないだけで、若葉とちゃんと仲直りできたし、これで一安心だね。あとはひなが帰ってきて、友奈が退院すれば元通り。……いや、元以上だね。絶対に絆が強くなったから。

 

「さてと──」

 

 せっかく外に出たんだ。これから行く場所はあそこ(・・・)しかないよね。

 

 

❀❀❀

 

 

「それでまた忍び込んじゃったんだ?」

「せっかくだしね。そろそろ友奈も起きてるだろうな〜って思ってたし」

「まーくんにはお見通しだね」

「何となく分かるだけだよ。それは友奈もでしょ?」

「あはは、そうだね〜」

 

 みんなと別れて私の病室にまで来たまーくんを軽く咎めてから今日の出来事を聞いた。若葉ちゃんのためにあんちゃんが動いてくれたことを。ぐんちゃんも若葉ちゃんを気にかけてたってことを。それを一通り話してからまーくんは本題に入ってきた。

 まーくんが言いたいことは、たぶんこんな浅い内容のことじゃない。だって今回のこれは、距離が遠すぎるのに分かっちゃったって話なんだから。一緒にいて相手が思ってることを何となく分かる。それは仲がいい相手ならきっと誰でもあること。

 でも、今回まーくんは丸亀城の外に出たとはいえ、私の側にいたわけじゃない。病院から離れていたし、ぐんちゃんたちと一緒に若葉ちゃんを見守ってた。それなのに分かった。その感覚のことを気にしてるんだ。

 

「……話してくれないんだ?」

「私にもよく分からないからね」

「そっか。……なら僕が嫌われてる理由は? それは友奈が(・・・)知ってることだよね?」

「……うん」

 

 いつか聞かれるかなって思ってたけど、それが今日なんだね。今までまーくんは気にせずに生活してたけど、今回外に出たことで何かあったのかな。さっき話してくれた内容には含まれてないことが。

 いつもの笑顔をやめて真剣な顔をしてる。まーくんがこの表情するのは本当に久しぶり。それこそ奈良以来見てない。まーくんはずっとニコニコ笑ってくれてたし、みんなを励まそうとしてくれてたから。それを受けて私はどうしようか迷った。

 

 だってこれは、まーくんのおじいちゃん(・・・・・・・・・・・)から止められてる話だから。

 

「ねぇ友奈。話せないなら僕も無理には聞き出さないよ?」

「ぇ……」

「友奈のその笑顔(困った顔)を見たら分かるよ。僕はそれを知らない方がいいんだってことくらい」

「まーくん……」

「詮索はやめるけど、もし僕が答えに至っちゃったら……ごめんね」

 

 さっきまでの真面目な雰囲気を消したまーくんが、いつもの雰囲気に戻ってへらっと笑う。まーくんも直感で分かってるんだ。いずれ答えに至ってしまうって。

 みんなの絆が強くなった。それは嬉しいことなんだけど、それでまーくんが外に出る機会が増えてしまったら……。きっとその度にまーくんは少しずつヒントを得て、やがて答えを得る。

 私は……どうしたらいいのかな。まーくんが答えを得たらって考えると、私の心に不安が広がる。そんな中そっと私の手が包まれた。まーくんの手でそっと包まれて、視線をまーくんに向けるとにっこりしてた。

 

「大丈夫だよ友奈。僕は友奈の側にいるから」

「っ……! まーくんって……ズルいよね」

「えぇ……」

「でも、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 日がほとんど沈んで外が暗くなっていく。でも、私の心はどんどん明るくなっていった。

 

 




  今日は驚きだったな〜。まさかムードメーカーの勝希が、落ち込んでる人を励ますのが苦手だなんて。たいていそういう人って励ますのも上手いと思うんだが……。でもあんずがやってくれたからな! さすがあんずだ!
 それにしても、なんで勝希は■■■■■■■。

勇者御記 二〇一九年一月
 土居球子 
大赦史書部・巫女様検閲済み


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13話 みんなといると楽しい

 

 面会謝絶だった友奈が正式に面会できるようになった。会いに行けるのは、勇者か巫女ぐらい。僕は勇者たちと一緒であってもあまり許されない。強引に押し通せるけど、後々面倒なことになりそう。町の人の目も嬉しくないものがほとんどだからね。

 

「それでも来ちゃうんだ?」

「まぁね! 友奈と話すのが一番好きだし」

「あはは、ありがとう。私もまーくんと話せるの好きだよ」

 

 病院のベッドの上に座る友奈がふわりと微笑んでくれる。屈託のない柔らかな表情。好きな表情の一つだ。

 怪我も治ったようで、今日にでも退院できるのだとか。普通の人よりも早く退院できるのは、きっと勇者だから。

 いつ次の襲撃があるか分からない以上、できるだけブランクは無くしたほうがいい。無理のない範囲でのトレーニングから再開させて、回復を図りつつ鍛え直してほしいってことだろうね。

 

「本当はもっと早く来たかったんだけどね。面会ができるようになった初日とかにでも」

「でもこうして来てくれた。私はそれでも十分嬉しいよ? 本当はまーくんとはお城の外では会えないはずなわけだし」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいけどさ〜」

「うーん、あ、若葉ちゃんに先を越されたの気にしてるのかな?」

「うっ!」

 

 僕が笑みを引きつらせると、友奈は「やっぱり」とくすくす笑う。手で口元を隠しながら笑うその仕草に、相変わらず可愛いなぁなんて思いつつ、若葉に先を越された事実に項垂れる。

 そもそも僕が友奈の面会謝絶状態が解かれたと知ったのも、若葉が教えてくれたからだ。若葉たちだってなんで僕が外に出ちゃいけないのかを知らない。それでも駄目なものは駄目だと理解する人たちだから、友奈の情報は完全に遮断されていた。

 それでも僕が情報を知られたのは、若葉がポンコツをかましてくれたからだ。

 

 若葉が杏に立ち直させてもらった後、若葉は勇者たちとの交流を増やした。タマとは骨付鳥を食べに行って、杏とは作戦会議だったかな。そしてちーちゃんとは狩猟ゲーム。その時は僕が先にちーちゃんの部屋で一緒にプレイしてたから、三人での協力プレイになった。若葉とちーちゃんが前衛。僕は後衛だね。

 

『佐天くんは地雷だから気をつけなさいよ』

『じ、地雷……? お前、爆発するのか……?』

『しないよ! それとちーちゃん! 僕はそんなぽんぽん死なないでしょ!』

 

 なんてスタートだったことを思い出しては頬が緩む。ちーちゃんが軽口を言うようになった嬉しさと、ちーちゃんが若葉との仲が良くなった嬉しさを噛み締めた瞬間だからね。僕はまだ苦手意識あるけど。主に身長のせいで!

 そうやって三人で協力プレイしてる時のことだった。僕が友奈の退院っていつなんだろうねって話をふと振ってみたら、

 

『退院は明日と聞いているぞ? ここに来る前に会った時にそう言ってたからな』

『ちょっ、乃木さん!』

『ふぁっ!? 会ったの!? 今日!? いつ面会謝絶が解除されたのさ!』

『あ、しまった……』

 

 なんて流れになったからね! いやー、まさか僕一人だけ何も知らされない状態にされるとは思ってなかったね! これが情報規制ってやつですか! 

 ま、知ったからには忍び込まないと僕じゃないよねって。友奈が絡む案件だと何でもできる気がしてくるよ。無理無茶をゴリ押しになるわけだけども。

 

 僕が友奈のベッドへと顔を埋めていると、柔らかな手が僕の頭に乗せられて、そのままそっと撫でられる。顔を動かして友奈を見たら、変わらずニコニコしてる。でもいつもより楽しそうな気がする。

 

「まーくんといるといつも楽しいんだよ。反応も面白いし」

「若葉に先を越されたのはわりとショックなんだけどね〜」

「あはは、私はサプライズで戻るのもありかなって思ってたんだけど」

「それされたら泣きながら抱きしめてたかな」

「そうなの? んー、それは残念だね」

 

 首をこてんと少し横に倒して言ってくる。こういう時の友奈って本気なのかどうか分かりづらいんだよね。僕ってわりとヘタレなとこあるから、こういう反応されたらどうしたらいいのか分からなくなる。

 解釈違いで恥ずかしい思いするのって嫌だし。ほら、僕って過去に友奈にフラレてるわけだしさ。あの時は恥ずかしさ以上にショックが勝ってたわけだけど。普通に寝込んだよ。爺ちゃんに布団ごとジャイアントスイングされたのは良い思い出。

 さて、それはそうと、ヘタレな僕でもちょっとくらいは成長したい。果たしてこれが成長なのかは分からないけども、変化ではあると思うんだ。

 

「友奈はどうしてほしい?」

「へ?」

「サプライズ退院はできなくなったわけだけど、友奈は僕にどうしてほしい? サプライズ退院された時と似た感じで抱きしめたらいい?」

「え……えーと、それは……その…………ね? ……ううん、何もしなくていいよ。まーくんがいてくれるだけで嬉しいもん」

「そっか」

 

 そっかそっか。友奈はそう言っちゃうんだ。友奈らしいっちゃ友奈らしいよね。

 僕は倒していた上体を起こしてもっと友奈の近くに移動する。戸惑う友奈を珍しく思いながら、腕を伸ばしてその細い体に回す。狼狽する友奈に思わず笑いが溢れるけど、ヘタレな僕も心臓バックバクです。

 すんごい緊張するけど、ここで引くわけにもいかない。友奈の背に回した腕の力を強めつつ自分の方へと引き寄せる。本当は数秒だったのかもしれないけど、僕には凄い長い時間がかかったと感じた。でも、今はっきりと友奈の体温を感じられる。爺ちゃん、僕にしてはこれ頑張ったと思うんだ。

 

 友奈は嘘をつく(・・・・)のが下手くそだ。隠し事はできるくせに嘘をつけない。もしかしたら他の人は分からないのかもしれないけどさ。そのへんはともかくとして、僕からしたらバレバレなんだよね。

 

「ま……、まーくん?」

僕がこうしたいから(我儘に付き合って)

「っ、……うん。ありがとう

 

 嘘をつけなくて、弱音を吐かなくて、誰かが傷つくことが嫌な女の子。表裏のない性格でムードメーカーってみんなに言われてる。それは別に間違ってないと思う。そこが彼女の魅力であるとも思ってる。

 でもそれが全てじゃない。自分の胸に溜め込んじゃうってとこを裏と言ってしまえば、友奈だって表裏があるってことになるし。そこに全部気付けるわけじゃないけど、気づけたら別の理由(・・・・)をつけてそれを出させる。それが自分で決めた役割だ。

 

 腕の中にいる彼女の存在を胸に刻み込む。友奈は生きてる。今こうして僕の目の前にいてくれている。大切な存在。

 この先戦いがどれだけ続くのか分からない。だけど、僕は彼女を失いたくない。だから、もっと自分を大切にしてほしい──

 

 

 

❀❀❀

 

 

 

「さぁさぁ始まりました! 第一回丸亀城ゲーム大会! 景品は僕特製みたらし団子! 張り切っていこう!」

「わー、パチパチー!」

「待て勝希! 私達は何も聞かされていないぞ!? それと友奈も勝希を乗せるな!」

「何言ってんの若葉〜。今言ったじゃん。ゲーム大会だよゲーム大会。みんなの絆を深めましょう! ってことで」

「むぅ……、それならいいか」

「うぉい若葉! 言いくるめられるの早くないか!?」

 

 なんかタマが言ってるけど、リーダーである若葉を説得させられたのだから僕の勝ちだよ。若葉がやるなら芋づる式でひなも参加。ゲーム大会だから当然ちーちゃんも参加。友奈も当然参加だし、この流れなら残りの二人も参加だよね。

 

「タマはゲームよりかは体を動かしたいぞ……」

「まぁまぁ偶にはいいじゃん。杏とちーちゃんはインドア派だし? 前は水鉄砲で遊んだし」

「むぅ、そこを言われると……。仕方ない! タマにはタマもゲームをしよう!」

 

 狙い通りだ! 他のことを引き合いに出すとタマは途端に押しが弱くなるからね。そこを突かせてもらったよ。杏とちーちゃんを出汁に使ったことは卑怯だったけども。

 さてさて、そんなわけでゲーム大会を始めるわけだけど、こういうのはゲームの種類によって経験者と初心者の差が激しくなるからね。その差が少なくて済むゲームであり、チーム戦ができるゲームが相応しい。

 

「そんなわけでこちらのゲームを用意しました!」

「わっ、懐かしい〜。まーくんのお祖父ちゃんが作ったやつだよね?」

「作った!? 勝希の爺ちゃん何者だ!?」

「正確には改造した、だけどね」

「それでも十分凄いと思いますけど……」

 

 タマと杏が目を丸くして分かりやすく驚いてくれる。ひなも驚いてるみたいだけど、それよりも遊びに疎い若葉の戸惑いの方が気になるらしい。パシャパシャ写真撮ってるし。

 僕の手からゲームのパッケージを取ったちーちゃんが、まじまじと眺める。ゲーマーのちーちゃんらしく、『改造した』と言われたらどうなってるのか予想してるみたい。明らかに雰囲気が明るくなってる。

 

「どれだけ凄いのか私にはピンとこないが……、とりあえずそのゲームはどういうゲームなんだ?」

「いたってシンプルな野球ゲームだよ。改造したっていうのは、プレイ人数を増やしたってこと。野球ゲームはたいてい二人までなんだけど、これは8人までできるようになってるんだ」

「好きなポジションを選んで操作できるってことかしら?」

 

 さすがちーちゃん。飲み込みが早いね。この改造ゲームの最大の魅力とも言えるポイントを言い当ててきたよ。

 

「そうだね。まぁでも、僕が知らない間にも改造を繰り返してたみたいだし、追加で遊び要素が増えてるかも。そこはやりながら確認って感じかな」

「分かったわ。そうなると、持ち主である佐天くんといろんなゲームをやり込んでる私は分かれたほうがよさそうね」

「たしかに。他の人のはくじ引きでいいかなー。これは上手さとかそこまで関係ないし」

 

 操作は簡単だし、差が出るとしたらバッティングの時ぐらい。でもまぁ、その辺のことも爺ちゃんは考えてたから特に問題はないでしょう。改造してるけどもチートはない。でも初心者にも優しくするためにある程度補正がかかる。それがこの改造版野球ゲーム。

 コントローラー拡張パーツもセッティングして、8人同時プレイの準備をする。僕らは7人だけどね。そしてくじ引きの結果チームも決まった。僕の方には、友奈と若葉。ちーちゃんの方には、タマと杏とひな。これがアウトドア勝負なら勝ってたけど、ゲームだとそうは言えない。

 

 だって友奈はゲームが下手(・・・・・・)だから!!

 

 完全に地雷です。ちーちゃんは知らないかもしれないけど、友奈はどのゲームにおいても地雷と化すのです。そしてゲームに触れてこなかった若葉もこっち。

 これは厳しい戦いになりそうだ。でも、その方がやりがいがあるってものだ。相手に天才ゲーマーのちーちゃんと、策略家杏と裏ボスひながいたところで──

 

「まーくん。蹴ってゴールに入れたらいいんだよね! 頑張ろ!」

「友奈さん!? それはサッカーです! 今からやるのは野球ゲーム!!」

「勝希、このボタンはなんだ? この十字のもよく分からないが、押せば球を斬れるのか?」

「お前は野球をなんだと思ってる!! バットのどこに刃があるんだよぉぉ!!」

「あらあら、若葉ちゃんったらやんちゃですね」

「やんちゃで済まないレベル!!」

 

 え、うそん。チームメイトが不安要素にも程があるんですけど。友奈だって昔このゲームしたのにな……。野球とサッカーの違いは大きいはずなのに……。

 

「……コールド負けは避けよう」

 

 僕の中の勝利条件のハードルが下がった瞬間だった。




 爺ちゃんってなんであんなに無駄にできることが多かったんだろ。おかげ様でいろんな遊びをみんなとできてるけどさ。大学には行ってなかったって聞いてるし、高校を出てすぐに神主になるべく、そっちの勉強やら何やらをしてたはずなのに。まぁいいか。とりあえずこれだけは言わせてほしいな。
 あのゲームの設定おかしくない!?
勇者御記 二〇一九年一月
 佐天勝希
 大赦史書部・巫女様検閲済み


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14話 ハプニングゲーム大会

 

 天然ボケをかます友奈と、このタイプのゲームはやったことがない若葉。不安要素がデカすぎる二人だけど、若葉がすぐ慣れるし、慣れたら半端なく上手い。だから、それまでの間に試合が決まらないようにしたら希望はある。友奈はどうしようもない。レースゲームで体も動かすタイプだから。

 それに対して敵チームといえば、どんなゲームでも尋常じゃない結果を出すちーちゃん。インドア派で、実はゲームもそこそこやる策略家こと杏。実力が未知数なひな。唯一の救いは、アウトドアじゃないと実力が出ないタマが向こうにいること。でも野球ゲームだからそこまでマイナスじゃないんだよね。

 

「自分が操作するキャラクターのポジション決めよっか。守りの時は自分のキャラしか動かせなくて、それ以外はコンピューターがやってくれる。打撃の時は言わずもがな、だね」

「なるほど。……この画面はなんだ?」

「えーっと、まーくん。このゲームもキャラメイクってあるんだ?」

「……爺ちゃんここまで弄ったのか」

 

 ポジションを選んだらまさかのキャラメイク画面。性別の設定から身長、髪、瞳等々の設定。その後には初期能力値が表示されていて、大量のポイントも表示されてる。そのポイントを使ってどの能力を伸ばすかってことらしい。バランス型を作るもよし、守備型を作るもよし、パワー型でもスピード型でもいい。ちなみにコンピューターが操作する他のポジションは、バランス型になるらしい。爺ちゃんの音声で解説があった。懐かしい声で思わずウルっとしたよ。

 この勝負を盛り上げるために、キャラメイク中は敵チームが退室。終われば交代して、向こうの設定が終わったらゲーム(試合)開始。予想通りちーちゃんがやたら細かく設定してたらしい。杏も凝ってたようだけど。

 

「先行はそっちチームか」

「ピッチャーはやっぱり佐天くんなのね」

「やったことがあるのが僕だし。友奈と若葉は真っ向勝負ばっかりしちゃうからね」

「ゲームの読み合いで私に勝てるとでも?」

「やってみてからのお楽しみ!」

 

 こういう時のセオリーは、プレイヤーたちの打順を前半に持ってくること。慣れてる人たちでやる時は、あえてバラけさせるって手もあるけど。今回は初心者が多い。ある程度固めてくるはず。一番慣れてるちーちゃんはクリーンナップのはず。

 

「ってあれ!? 一番なの!?」

「だから言ったじゃない。読み合いで勝てる気でいるの? って」

「……抑えたら問題ない!」

 

 たいていのゲームだったら、どの球種をこれから投げるか見えるんだけど、それは今回非表示にしてる。自分でステータスを決められるこのゲームなら、自分で球種とかも伸ばせるからね。覚えてるのが当たり前。

 様子見を兼ねて変化球から入るべきなのか、それともストレートで際どいコースを狙うか。ちーちゃんは僕の考えを読んでくる。裏の裏を読もうとして結局へっぽこ、とかにはなりたくないし。ちくせう、思考の沼に嵌っちゃうよ。

 

「まーくん! 直球勝負!」

「アイ・マム!」

「その手には引っ掛からないわ……よ?」

 

 友奈に言われた通りストレートを選択してアウトコースに投げ込む。ちーちゃんはそれが演技だと読んだらしいけど、残念でした。僕は友奈に言われちゃったらその通りにしちゃう人間なのだ。最高速度も154km/hという馬鹿な振り方をしてる。変化球も勿論用意してるけどね。

 ひとまずこれでワンストライク。この後どうしようか、普通なら悩む。いつもの僕なら悩んでるけど、今は悩まない。だって友奈が直球勝負って言ったから。この打席のちーちゃんには全部直球だ!!

 

「さすがに甘すぎよ」

「ですよねー! でもそこなら若葉が……!」

「……勝希。守備の時はどう動かすんだ?」

「あれ!?」

 

 おっかしいな。若葉って全くゲームしないってわけじゃないはずなのに。それなのに、まさか分からないだなんて。若葉って一人で新しいの始める時どうして……チュートリアルをちゃんと見るタイプか。

 言われてみれば、たしかに若葉に説明を怠ってしまっていた。これは完全に僕の落ち度だ。ちーちゃんは二塁まで進んだところでストップ。一番打者として十分な仕事をしてる。

 

「二番はCPなんだ」

「ええ。貴重な戦力を前半で使い切るわけにもいかないもの」

「なるほど」

 

 さて、CPならアウト稼ぎに貢献してくれるはず。下手なピッチングをせずに、確実にアウトを一つ稼がせてもらおう。まだ持ち玉を見せるわけにもいかない。ここはストレートでコースを使い分ける。CP相手にそれがどこまで通用するかも確認できるし。

 そんなわけでストレートを投げたんだけど、あのCPはバットを振らなかった。バットを振ることなく、横に構えてる。つまり……

 

「バントとかCPのくせに小賢しい!」

「勝希さんのお爺さんの設定かと……」

「くっ、ひなに諭されるのもなんかね……!」

 

 自分のキャラを動かして転がってるボールを取りに行く。ちーちゃんは三塁に進んで、僕はボールを一塁に投げてアウトを一つ取る。さっそくピンチだけど、まだありがたいことに3番打者もCPだった。一点は取られるかもしれないけど、大量失点はないかな。

 

「CPのくせに強振!?」

「このゲームのAIって他の野球ゲームよりレベルが高いですね」

「あんずー。AIってなんだ?」

「タマっち先輩には分からないものだよ」

「なっ! その言い方はショックだぞ! タマげたぞ!」

 

 ツーストライクまで追い込めたはいいけど、追い込めたのも2回ファールになったから。このCPなかなかに恐ろしい。ストレートだけってやっぱり厳しいけど、でもまだ変化球を見せる段階でもない。

 

「あ、やっぱ駄目か」

「これ私の方に来てるね。オーライオーラーイ!」

「友奈さん友奈さん、ゲームだから叫ばなくていいです」

「タッチアップで一点貰うわ」

 

 友奈がいるのはセンター。打球に合わせて少し前に出てきてるとはいえ、タッチアップが成立するには十分な距離だ。ちーちゃんが動くのも当然のこと。まぁでも、ツーアウトにはなるし、失点を1で抑えられそうなのは良い方かな。

 

「レーザー……ビィィィーーーーム!!」

「ふぁっ!?」

「えっ……」

 

 え、友奈さんそんなスキル付けてたんですか。外野手なら付けていて損することはないスキルだけども。現に役立っているけども。でもそれはそれとして返球の速度おかしくない!? 何その速度!

 

「大丈夫だよまーくん! 私が守るからね!」

「あ、うん。ありがとう友奈」

「えへへ〜、ぐんちゃん。今回ばっかりは敵対しちゃうけど、お互い全力でやろうね!」

「え、えぇ、そうね。高嶋さん」

「あ、それと。まーくんのことを一番分かってるのは私だから」

 

 なんだろ。言われて嬉しいことだし、恥ずかしくなることのはずなのに、それよりも今の友奈の雰囲気が怖い。珍しく怒ってるような気がする。でも、なんでそうなるんだろ。今までそんなことなかったのに。

 

「高嶋さんが先頭打者なのね」

「そうだよ〜。ぐんちゃんみたいにはできないけど」

 

 そんなこと言いながらサラッと出塁してる友奈。初球打ちでセンター返しとか華麗すぎるんだけど、友奈ってゲームこんなに上手かったっけな。シンプルな野球ゲームだからなのかな。あと盗塁も成功してるんだけど、友奈ってステータスどう振り分けたんだろ。

 

「ワンアウトでランナー三塁。さっきと同じ展開だな」

「若葉様頑張って〜。ここで店取れば先制できる」

「分かっている。ところで勝希。お前に様付けされると鳥肌が立つ」

「ひっで!」

 

 真っ向勝負な性格してる若葉と、ことゲームにおいてはあらゆる手を駆使するちーちゃん。果たしてこの野球ゲームで軍配が上がるのはどっちか!

 

「ま、三振するとは思ってたよ」

「なぜだ……なぜストレートが来ない……」

「乃木さんの性格を踏まえて投球するに決まってるじゃない」

「くっ……! 次こそは打つ!」

「ヒュウ! 若葉様カッコイイ!」

「勝希は斬る!」

「なして!?」

 

 僕と若葉がギャーギャー騒いでいる間に4番バッターことCPがスクイズ。友奈が無事にホームインして先制点ゲット。バッターランナーはアウトになったからチェンジだけど。

 一応解説しますと、野球はバッターが打つ、もしくはバンドでボールをフェアゾーンに入れた場合、スリーアウトになる前にホームインしたら点が入るのです。

 打つ→ホームイン→スリーアウトの流れなら点が入る。打つ→スリーアウト→ホームインは駄目。あとフライ上げてスリーアウトになっても駄目。これは点が入らない。

 

「まさか4番バッターがスクイズしてくるなんて……」

「このゲームのAIは侮れませんね」

「大丈夫だぞ千景! タマが今からホームランを打つからそれで同点だ!」

「CPだけで点を取れたらいいんですけど」

「無視か!? 三人揃ってタマを無視か!?」

 

 向こうの4番バッターは、やっぱりタマらしい。ここは予想通りだね。タマ以外の三人なら、とことんセオリーを崩してきそうだったけど、タマがいるから完全には崩れない。あとは杏とひなと打順がいつか、だね。後半に纏めて二人を置いて、1番のちーちゃんに繋げるってパターンかな。

 タマ相手に直球勝負は無理。若葉がやられたように、変化球主体で投球するとしよう。まずは変化球の定番であるカーブ!

 

「もらったぁ!!」

「あれ?」

「あ、まーくん。これは入れられちゃったね」

「ハハハ! 見たかタマの実力を! 宣言通りホームランを打ってやったぞ!」

「こんなこともあるんですね〜」

「タマっち先輩にも見せ場があってよかったね」

 

 うそん。え、なんで初見のカーブに完全に反応できちゃってるの。タマはインドアの遊びにそこまで強くないのに。

 

「変化球のなんて川を泳ぐ魚より捉えやすいからなー!」

「ゲームに野性を持ち込むの!? 適応能力高いね!」

「勝希切り替えろ。まだ同点だ。この後のCPを確実にアウトにして、反撃に繋げるぞ」

「そうだね」

 

 冷静な若葉の言葉で僕も切り替えて、5,6,7番をアウトにする。全部CPだったから、杏とひなは8,9番なんだろうね。この二人は本当に未知数だ。ある意味次の回が山場になるのかもしれない。

 

「佐天くんは6番なのね」

「うん。特に理由はないけど」

 

 こっちの5番がアウトにされて、僕の打順が回ってくる。ここでホームランを打てばまた勝ち越せるんだけど、残念ながらそれは狙えない。パワーが足りないから。でも、ツーベースくらいなら狙える。

 

「的を絞らせないわよ」

「本当に厄介だなー!」

「とか言って粘るじゃない」

「負けたくないしね」

 

 ストレート、スライダー、フォーク、シンカー。既に四つの球種が分かったけど、それはそれで悩みの種だ。どれが来るか予想しながら打たないといけない。次ちーちゃんが投げてくるのは……!

 

「あり?」

「球種がそれだけとは言ってないわよ?」

「ツーシーム……」

 

 ツーシームっていうのは、言うなればストレート亜種。速度は変わらないけど、若干の軌道に変化があるから芯では捉えにくいっていう球種。それを今打たされたわけで、ショートゴロに終わってしまった。出塁したかったけど、やっぱりゲームでちーちゃんを超えるのは難しい。

 続くバッターもフライを上げてスリーアウト。攻守が入れ替わって本日一番の山場が来た。未知数の二人を相手にして、その後にちーちゃんという恐ろしい流れが。

 

「……CP? え、二人はプレイしてないの?」

「してますよ。私達もちゃんとこのゲームに参加してます」

「え、でもそれだったら、打順的に今どっちかプレイしてないとおかしくない?」

「ふふっ、大丈夫ですよ勝希さん。そこも私達の作戦のうちですから」

「そう? ならいいけど」

 

 その作戦とやらが超怖いんだけど、今はCPをちゃんと打ち取るとしよう。変化球を織り交ぜながらピッチングして、一人目をアウトに。続く9番バッターもCPだったから、そいつもアウトに。

 そうして再び回ってきたちーちゃんの出番。打ち取れる気がしないバッター。しかもここで敵チームの作戦とやらが実行に移される。

 

「監督スキルを発動します!」

「監督スキル!? ひなたは監督をやっていたのか!?」

「いやまず監督とか選べたのこのゲーム!? 僕知らないよそんなの!」

「ふふふ、よく見たらちゃーんとありましたよ。そして、この手の役職は私だけではありません」

「まさか……」

「マネージャースキルを発動します」

「あんちゃんはマネージャーさんだったんだね」

 

 いやいやいやいや、なんですかそのポジション。所有者である僕ですら知らなかった機能なんですけど! 爺ちゃんからは何も聞いてないんですけど!

 二人のコマンドを見て理解できたのは、どっちもサポートスキルを使えるというもの。これを二人同時にやったら、一時的にだけどステータスが跳ね上がることになり、魔改造もいいとこなキャラが誕生する。そしてそれを操作するのがちーちゃんだ。

 

「ミートゾーンがでか過ぎるよ!」

「その代わり強振にはできないのよ」

「それでもホームラン狙える性能なのがおかしいよね!」

「ふふっ、諦めてかかってきなさい」

「ヤケクソだよ畜生め!」

 

 ヤケクソとは言ってるけど、ちゃんと変化球を選んでコースも厳しいとこを狙ってる。まだ見せていない縦のスライダーだ。ストレートに近い速度で落ちる強力な変化球。

 でもやっぱりあのバカ性能してるちーちゃんには打たれた。

 

 そしてここで全員が予想外のアクシデント発生。

 

「僕のキャラが!」

「なぁあんず、今勝希のキャラの顔に打球が当たってたよな」

「そうだね。倒れちゃってるし……さよなら、天さん」

「勝手に殺さないで! しかもそれ言う方がやられるやつ!」

 

 全く失礼しちゃうよね。野球ゲームでプレイ中にキャラクターが死ぬなんてことありえないじゃん。怪我設定有りにしちゃってるけど。

 

「選手に囲まれてますね」

「タンカも運ばれてきたな。他のキャラに囲まれてるせいで勝希のキャラが見えなくなったが」

「あ、円が崩れた。……まーくんの側にいるみんな、俯いてるね」

「僕がタンカに乗せられてて……なんか友奈のキャラが変なの持ってない?」

「高嶋さんのキャラが持ってるの……遺影じゃないかしら?」

「おかしいでしょ!? このゲームなんでそんな設定があるの!?」

 

『投手:佐天勝希、打球により死亡』

 

「そんなテロップいらないよ!」

 

 爺ちゃんはいったい何を考えてこんな設定入れたんだよ! 改造する時に頭のネジ全部飛ばしたんじゃないかな! そりゃ婆ちゃんにも怒られるわ!

 

「勝希さん」

「なに! ……って、あー、そういうことか(戦いがあったのか)

「若葉ちゃん達の下へ急ぎましょう」

「そうだね。案内よろしく」

 

 ひなが大社に行ってる間にあったという神託。予言されていた過去最大規模の総攻撃。それがたった今あったんだ。僕らはずっと、あったということしか知ることができない。でも、不安になったとしても、信じてる。みんななら大丈夫だって。

 だから、今回も、ほらみんな疲れてるみたいだけど、無事に乗り越えて笑ってる。

 ゲームは水を刺されたということで中断。僕が張り切ってみたらし団子を作り、みんなに振る舞ったよ。大好評で嬉しかったね。

 

 

 

 

 今度、四国を出るらしい。諏訪を目指しながら、生き残りがいないかの捜索もするんだとか。そしてそこに僕も同行する。大社の方から僕の外出許可を出すなんて珍しいよね。




 ゲーム大会が中断されたのは残念だったけど、みんな無事でいてくれて本当に良かった。またみんなで遊べたらいいよね。
 それはそうと僕に許可が降りたのは驚いた。勇者全員と巫女が出掛けるから、僕もそこにいたほうが都合がいいのかな。……なんでもいいや。諏訪……あの二人の場所。

勇者御記 二〇一九年二月 
 佐天勝希 
大赦史書部・巫女様検閲済


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15話 遠足って言葉の響きからして心が踊る

 

 今日は待ちに待った遠足の日です。しかも四国の外に出るというなんとも危険の伴う遠足で、向かう場所は諏訪。道中で生き残っている人がいるかを確認しつつ、諏訪の状態を確認しに行くんだとか。

 今回の作戦で驚くべきことは、僕が同行するということ。たぶん勇者全員と巫女が行くから、僕も同行した方がいいってことなんだろうね。理由はよくわかんないけど。大社の人たちは謎だし。友奈は知ってるかもしれないけど、話してくれないし。

 勇者全員が四国を離れられるのは、前回の襲撃を乗り越えたから、なんだとか。大規模なものだったから、少しの間勇者がいなくても襲撃自体がないから問題ないだろうって。パッと行ってパッと帰って来いって話でもあるんだろうね、さすがに。

 

「これは……いるかな。こっちのは無くていいか」

「まーくん、そろそろ出発の時間になるけど、何してるの?」

「あ、おはよう友奈。今回は遠出になるし、あったら便利かなって道具を選別してるとこだよ」

「タマちゃんが用意してくれるって話じゃなかったっけ? キャンプとか得意だからって」

「うん。だから、タマが持っていないであろう物を僕が持っていこうかなって」

 

 おはようと言う時だけ友奈に顔を向けて、その後は視線を外す。時間が近づいてるとなるとこれ以上は選別できない。2個しか選べなかったけど、それを手元にある鞄に入れる。鞄を持って倉庫部屋から出て、友奈と一緒に集合場所へと向かう。僕が何を持ち出したのか気になってるみたいだけど、それはお楽しみということで我慢してもらう。

 

「まーくんは……できれば残ってほしかったな」

「だろうね。でも大社が言ってきちゃったし、出ていいと言われたら僕は友奈相手でも引かないよ。諏訪に行くとなると尚更ね」

「……うん」

 

 隣で俯いてしまった友奈に、どう声を掛ければいいか悩む。友奈が心配してくれていて、その原因は僕自身だ。でも僕は今回友奈の反対を押し切る。大社も言ってしまっている以上、友奈は僕を止められない。

 けど、友奈が笑ってくれていないのは嫌だ。

 

「約束するよ友奈」

「え?」

「僕は無茶なことしないって。バーテックスに会ったら逃げるし、そもそも必ず勇者の誰かと一緒に行動する」

「まーくん……そこは私とって指定してくれてもいいじゃん」

「あはは、それもそうだね!」

 

 顔を上げた友奈が、頬を膨らませる。ごもっともなことを言われたから素直にそれに頷くと、友奈もくすくすと笑いを溢してくれる。さっきの雰囲気は無くなった。みんながよく知る、いつもの明るい友奈だ。

 でも、そうだな。この際だからもう一つ約束を結んじゃった方がいいかな。

 

「友奈」

「なーに?」

「友奈も約束してほしい。一人で無茶なことしないって」

「っ! それは……」

「戦いが激しくなってるのは聞いてるからわかる。一人一人の負担が大きくなるのも予想がつく。だからさ、友奈一人が頑張り過ぎるのだけはやめて。みんなで分担して」

 

 僕のお願いに友奈が言葉を詰まらせる。分かってた。友奈がそういう反応をするってことは。だって友奈にとって、これは束縛でしかないのだから。他者を優先し、自分を後回しにする。それを当然のようにできてしまうのが友奈だ。

 だけどそれは、友奈を想う人を傷つけるという行為。友奈が守りたい相手を、その心を傷つけてしまう。それを友奈は分かっていない。

 

「……ごめんね、まーくん」

「……そっか……。友奈らしいよ」

 

 言外に約束できないと言われた。これも予想通り。当たってほしくなかった予想だったけどね。

 申し訳なさそうに言う友奈に笑いかける。ちゃんと笑えてるかは分からない。もしかしたら、ぎこちない笑顔になってるかもしれない。でも、この調子で出発するわけにもいかないね。

 

「まーくん?」

「切り替えていこ! 僕はこうして友奈が隣りに居てくれて、友奈と話せてる。それだけでいいんだからさ!」

「……えへへ、私もこうしてまーくんといるの好きだよ」

 

 友奈の手を引いて走る。声を張りながら正直に僕の気持ちを伝える。これは本心なんだ。声に迷いなんてない。これならちゃんと笑って言える。一方的になると思ったんだけどね。嬉しくなる言葉を友奈が返してくれる。

 集合場所に行くと、どうやら僕らが最後だったみたい。友奈が迎えに来てくれてたわけだし、当たり前っちゃ当たり前か。

 

「ふふっ、お二人はいつも仲良しですね」

「若葉とひなには負けるよ」

「タマはどっちもどっちだと思うんだけどな……」

 

 合流したらひなに当然のことを言われた。僕と友奈が仲いいのは自明の理。夫婦みたいなやり取りをする若葉とひなには、到底及ばない気がするけどね。

 

「壁の外に行くんだよね? 移動手段は?」

「勇者になれば身体能力が上がる。基本的に外では変身したままだ」

「なるほど。じゃあ僕とひなは? 勇者じゃないよ?」

こうすればいいだけだろ(・・・・・・・・・・・)?」

「わーおリア充〜」

 

 勇者に変身した若葉が、表情を全く変えることなくひなを抱きかかえる。杏が大興奮するような抱き方、お姫様抱っこである。僕と友奈は苦笑い。ちーちゃんとタマは呆れてる。若葉は僕らの反応を不思議がってるけども。

 

「さぁさぁ勝希さんも(・・・・・)体験しましょう! 夢心地ですよ!」

「……何を言ってるのか僕には分からないな〜」

「勝希も誰かに担いでもらわないと移動に支障が出るだろ?」

「意味を理解せずにサラッと援護射撃しないでほしいなぁ!!」

「ぷぷっ、勝希……諦めろ……くっ、ははははは!!」

「覚えてろよタマぁぁ!!」

 

 笑いを隠すことを諦めたタマが、最高に腹が立っちゃう笑顔を向けながら背中をバシバシ叩いてくる。何かで見返したいけども、勇者じゃない僕にはどうすることもできない。なんて思っていたら、どうやら僕にもツキが回ってきたみたい。タマの力がだんだん弱ってくる。

 

「……勝希お前……少し背が伸びたな」

「あ、やっぱり? そうなんじゃないかな〜って思ってたんだよね! やっぱり成長期だからかな〜! タマには分からないだろうけど!!」

「ムキー!! 少し伸びたからって調子に乗ってー! まだ若葉よりチッコイくせに!」

「なっ! おのれタマぁ! 言っちゃいけないことを言ったな!!」

「まーくん。そろそろ終わろっか?」

「はい」

 

 友奈さんがにっこりしながら言ってくる。まだ怒ってない状態だけど、これ以上は脱線させるなよ、という意味が込められていることがヒシヒシと伝わってくる。大人しくなった僕を今度はタマが弄ってくるけど、杏に怒られてしょぼんってしてた。妹に怒られる姉の図ワロタ。

 

「ところで友奈さん」

「なんだいお前さん」

「なんで僕はひなと同じ感じに担がれてるの? お姫様だっことかメンタルごりごり削られるんですけど」

「罰ゲームだよ」

「いいですよ勝希さん! その状態はシャッターチャンスに値します! 若葉ちゃん動いてください! いろんな角度で勝希さんを撮りますよ!」

「ひなぁぁ!!」

「茶番してないで出発するわよ」

 

 なんでお姫様だっこされてる状態なのに写真を撮ってくるのさ! 若葉もひなの支持に従って動くし! ちーちゃんがすぐにズバッと切ってくれたけども。20枚は撮られた気がする。

 

「僕もうお嫁にいけない」

「それなら私が貰ってあげるね!」

「え、友奈は僕が貰うから駄目。逆はないよ」

「あ、うん。えへへ、ありがとうー」

 

 

 

 

 丸亀から坂出に移動して、瀬戸大橋を渡っていく。まさかこの橋を車とか電車じゃなくて徒歩で渡る日が来るなんて、世も末だよね。世紀末だけども。バーテックスのせいで。天の神がいけないんだっけな。

 

「海は綺麗だね」

「自然は壊されてないって話だもんね」

「神社とかは……そうじゃないよね。たぶん天の神を祀ってるとこは大丈夫なんだろうけど」

「……そうかもね」

 

 どうやら天の神さんはとことん人間が嫌みたいだね。人と、人が培ってきた文明を、建造物を容赦なく破壊していく。神樹は人を守ってくれるけど、勇者という存在がいるのだから、限度があるってこと。代理戦争。神様事情に詳しくなったら原因とかが分かるのかな。資料は残ってるのかな。……大社はどこまで把握してるんだろ。謎の組織。協力的だし、仲良くなれば資料が手に入るかな。

 

「まーくん? 怖い顔してるよ?」

「あ、ごめんね友奈。気になることがあってさ」

「気になること?」

「うん。大雑把に言うと、神様事情かな」

「それは私に聞かれてもわからないや」

「だよね〜。帰ったら大社の人と連絡取ってみるよ」

 

 何が本当なんだろうか。この世界で起きていることは、いったい何なのだろうか。人類が生き残ることに必死で、結果だけに目を向けているけども、きっと原因を知らないといけない。戦いを終わらせるなら、全てを知らないと無理だ。

 敵のことも分からないけれど、味方のことも分からない。大社は謎だし、勇者を助けてくれる精霊だって謎が多い。力を貸してくれるってことしか分かってない。精霊に関しては杏の方が気にかけてるし、僕より頭いいから何かしら仮説とか立てるだろうね。

 

「勇者の力ってすごいね。あっという間に岡山に到着だよ」

「しかも移動するだけだから全然疲れないんだよ?」

「本当に凄いね。ところで下ろしてくれない?」

「やだ。まーくんって、放っといたら変なとこ行ってバーテックスに襲われそうだもん」

「信頼されてるな〜」

 

 どうやら友奈さんは下ろしてくれないらしいです。困ったな。ひなは下ろしてもらってるのに。巫女だからバーテックスに襲われないように動けるんだっけ? 比較的安全な場所が分かるとかなんとか。てことは、僕はひなと一緒にいるか、勇者と一緒にいるかすれば動き回れる?

 

「不満そうだねー」

「不満ってほどでもないよ。ただ、ちゃんと自分の足で立って、現実を認識したいんだ」

「……分かった。それなら下ろしてあげる。でも手は繋いだままね」

「ありがとう。それで十分だよ」

 

 岡山の地に降り立って、改めて街を見渡す。荒廃した街だ。勇者がいなかったから抵抗なんて一つもできなかっただろうね。建物も壊れまくってる。さて、まずはどこまで行こうか。

 

「友奈、勝希。岡山駅の方に移動するぞ。残念だが、どうやらここに生きている人はいなさそうだ」

「分かったー! 行くよまーくん」

「またお姫様だっこですか?」

「次はおんぶにしてあげるね」

 

 やったー! お姫様だっこから解放された! そう思っておんぶされたわけだけど、これはこれで困ったよね。だっておんぶって手足でしっかりと掴まるわけじゃん? 友奈さんの柔らかくも引き締まったお体にしがみつくことになるわけでして、好きな人相手にこうできちゃうと心臓バックバクで落ち着かないよね!

 

「あんずー、勝希の頭から湯気出てるぞ」

「自業自得じゃないかな」

「佐天くんも馬鹿ね」

「勝希は散々の言われ様だな……」

(あらあら、皆さん勝希さんにばかり目が言ってますが、友奈さんも友奈さんですよ? ……ふふっ、これは無音カメラで撮っちゃいましょうか)

 

 岡山駅に着いたときには、僕はノックアウトでした。お風呂で逆上せちゃった時と同じ感じ。友奈が膝枕してくれたけど、今の僕にとっては追い打ちだったね。ひなも近くにいてくれて、捜索は他の四人に任せちゃう形になった。残念だけど、次の捜索場所では動けるようにしよう。

 ちなみに、ひなが移動中に気力でパシャリと撮っちゃった写真は、後日受け取りました。家宝です。

 

「勝希ー! 桃太郎像が壊されてた!」

「それは一大事だ! タマ! やはりバーテックスを許しちゃいけないよ! っと、フラフラする」

「まーくんは出発までちゃんと休んでね」

「はい」

 

 あ、移動では結局お姫様だっこが安定だという結論に至りました。




 まさか■■の人が、まーくんの外出許可を出すなんて思ってなかった。勇者も巫女もいなくなるから、仕方ないことだとは思うんだけど、それでも不安。四国の外は神樹様の結界もなくて余計に危ない。基本的に私が側にいないとだね。

 勇者御記 二〇一九年二月
 高嶋友奈 
大赦史書部・巫女様検閲済


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16話 遠足じゃなかったや!

 まさか評価バーに色がつく日が来るとは、わりとガチ目に思ってませんでした。評価をつけてくださった方々、更新が遅いのに読み続けてくださっている読者の皆様。本当にありがとうございます。
 今後も更新は不定期のままで、たいてい月一更新になりそうですが、それ以上はかけないように頑張ります。意欲が高まる日が来れば、ジャンジャン書きたいです。


  

 香川から移動して倉敷へ。歴史的建造物が多くて、整った景観が綺麗だと言われていた場所なんだけど、そこも無残に壊されてる。こういう場所が好きな杏もショックだったみたいだけど、僕らはすぐに倉敷からも移動して東を目指す。もちろん生存者がいるか確認してからだけどね。

 岡山駅のシンボルにして岡山の代表的存在の桃太郎さん。その銅像までもがバーテックスに壊されてた。あれかな、人型だから人間と間違えられたのかな。バーテックスはそこまで細かな区別できなさそうだし。バーテックスなのに。頂点なのに。会話が成立するなら皮肉ってあげたい。

 さらに東へ行くと備前。兵庫に入ったら赤穂浪士で有名な赤穂とか、牡蠣が取れる相生。さらに進めば姫路なんだけど、僕らはそこまでは行かずに、川の近くにテントを張ることにした。場所はひなのお墨付きで、バーテックスもそうそう来ないだろうね。

 

「この辺がいいか〜」

「お! タマさんやるんすか! あれをやるんすか!」

「オウとも!」

 

 僕とタマが無駄にテンションを上げる。若葉とちーちゃんの冷たい視線が突き刺さり、他の三人からの生温かい目が追い打ちとなる。でも僕らはそんなことには怯まない。ボケは怯んじゃいけないのだから。

 

「ここを! キャンプ地とする!」

「よっ! 待ってました! タマの趣味が役立つ数少ないこの瞬間を!」

「余計なことまで言うな!?」

「まさか土居さんの趣味が役立つとは……人生分からないものね……」

「人生を語るほどじゃないだろー!」

 

 ちーちゃんに全力でツッコむタマを放置して、僕はテントを張る作業を進める。タマほどキャンプの知識はないけど、テントを張るぐらいはできるからね。よく爺ちゃんに連れられて、父さんと母さんも一緒にキャンプしたものだよ。あの頃は小さかったから、作業を眺めてることが多かったけど。

 

「よし! これでテントは完成だー! 次は焚き火を設置するぞー!」

「はい炭木」

「なんで持ってるんだ!?」

「持ってきたから。木を集めるのは手間でしょ」

「まぁそうだが……、あるならそれでいいか! 火を起こして、ご飯作るぞ!」

 

 さてさて、ご飯を作るとなると僕の腕の見せ所。ひなとか杏もできるだろうけど、キャンプ地での調理は未経験。これは僕がやるしかない。と言っても、僕も一回ぐらいしかやったことないけどね。

 若葉は真面目過ぎるし、大社の人たちも「携帯食料でいいだろ」みたいな考えらしいけど、この時期の若者への食料でそれは駄目でしょ。体によろしくない。かと言って、バーテックスが蔓延る四国外でまともな栄養を取れるわけでもない。動物とか全然見ないし、野菜類を求めて探索することもできない。

 

「そんな時には缶詰です!」

「それも持ってきてたのか」

「携帯食料とか味気ないしね。最終手段だよ。若葉はそれ食べたいならそれでもいいけど?」

「いや、私は勝希が作ってくれる料理を食べたい」

「ふぅー! 若葉の女にされるー!」

「お前は何を言って……ひなた? どうし──」

 

 調理を始めた僕の横にいた若葉が、いつの間にかいなくなってた。ひなの姿も見えないし……、なんか怖いから考えるのやめとこ。それに包丁を使ってる時に考え事とか危ないし。手を切りたくはないよね。

 

「缶詰に入ってるものも調理に使えるんですね」

「そのままでもいけるけど、これが案外他と混ぜると美味しかったりするんだよ。あと缶詰は栄養価も高いし、非常食として超有能。偏見なんて捨てて堂々と使うことをオススメするよ」

「ふふっ、勝希先輩まるで缶詰のセールスマンみたいですね」

「お嬢さんお一ついかがですか?」

「料理ならいただきますね」

 

 返しが上手くなったというか、強かになったよねこの子。あと話しやすくなったっていうのもあるかな。仲良くなれるのはいいこと。こうして絆が深まるのを実感できるのって、小さな幸せなんじゃないかなって思ってみたり。

 

「米が炊けるのはまだっぽいね〜」

飯盒(はんごう)……でしたっけ?」

「うん。携帯型炊飯器ってとこだね。これを考えた人は頭がいいよ〜」

「目安とかはあるんですか?」

「目安は蓋だよ。タイミングはタマに任せるんだけどね。目利きが良いのはタマだし」

 

 僕はおかず担当なのだよ。そしてそれも手間がかからないやつだから、米が炊けるまでには終わってしまった。暇になった僕は、そのまま杏と言葉を交して時間が経つのを待つ。タマが目を光らせて「ここだぁぁ!!」って全力で叫んだのを合図に、それまで見張りをしていたちーちゃんと友奈が戻ってくる。テントからひなとヨレヨレ若葉も出てきて、みんなでご飯を食べる。

 

「まーくんはいろんな料理できるよね〜」

「扱える食材は多いけど、より美味くってのは全然だよ」

「そう? これも美味しいよ?」

「婆ちゃんに教わったし、祖母の味ってやつかな。米の味が良い仕事してくれてるし」

 

 婆ちゃんは凄かったな〜。料理教室とか開いたらよかったのに、そんなことは一切しなかったな〜。爺ちゃんが急に取ってきた食材を見ては、すぐさまおかずとして取り入れてたし、素材の味を活かした料理だった。それを知ってると、僕の料理なんてペーペーだよ。

 ご飯を食べ終わったら手分けして片付け。そして近くにある川で、お風呂代わりとして水浴び。全員が一気に入るわけにもいかず、ちーちゃんと僕が見張り番を兼ねて後から水浴びをすることになった。

 

「みんな楽しそうにはしゃいでるね〜。冬の川とかすんごい冷たいと思うんだけど」

「そうね。覗いちゃ駄目よ?」

「覗かないし覗けないよ!」

「あら……律儀に目隠しをそのままにしてるのね」

 

 僕は覗き未遂という前科もあり、今回は絶対にしないよという意思表示のもと自分から目隠しをしている。見張り番が僕一人だったらこれも信用が薄いんだけど、ちーちゃんも一緒にいるから効果が出る。もし僕が目隠しを外そうとしても、側にいるちーちゃんが止めてくれるだろうって寸法なのだ。

 そんなこんなで僕は目隠しを続けいるんだけど、それは思いもよらないパターンで終了することになった。ちーちゃんが僕の目隠しを外したから。

 

「? なんで?」

「そんなことをしなくても、あなたはもうやろうとしないでしょ」

「わぉ、信じてもらえてるとは驚きだよ。ところで、ちーちゃんが自分から見張り番をやるって言ったのは……」

そういうことよ(・・・・・・・)

「……そっか」

 

 目をそらして吐き捨てるように呟いたちーちゃんに、僕もポツンと呟き返すことしかできない。僕は本人から聞いてるからね。故郷の高知でどういう生活をしていたのかを。そこで何をされたのかを。聞いていて腹が立つことだったけど、話してくれてるちーちゃんに何を言うわけでもない。僕はずっとそれを聞くしかできなかった。

 僕はそっと腕を伸ばして、その綺麗な髪に触れる。きめ細かくてサラサラした髪。大切に手入れされてるのがよく分かる。僕がいきなりこんなことをしたから、ちーちゃんはびっくりしてるけども、僕は黙ってそのまま手を動かす。そっと横髪をよけて、いつもは隠れ気味な耳をはっきりと露出させる。傷を見られたくないちーちゃんは、すぐにハッとして顔を顰める。

 

「佐天くん!」

「……やっぱりちーちゃんは綺麗だよ」

「なっ……何を言ってるのよ……!」

「本音だよ。僕は率直にそう思うんだ。ちーちゃんは綺麗な人だって。傷があっても関係ない。僕にとってそれはちーちゃんを下げるような要素にはならない」

「……恥ずかしいことを……言うのね」

「自分でもそう思うよ。恥ずかしくて死んじゃいそう」

 

 言ってみたはいいものの、思ってた以上にすんごい恥ずかしくて顔が熱い。体が固まっちゃって、目を逸らすことしかできない。だから僕の手はちーちゃんの顔の横に伸びたままで、そのまま僕は停止しちゃってる。熱くなってしまった頭では思考も鈍っちゃって、今触れているちーちゃんの肌のことしか考えられなくなる。早く手を離せば終わるのに、体が全然動いてくれない。ちーちゃんも停止しちゃってるから二人ともこのまま。

 

「ねぇ? 二人は何してるのかなぁ〜? 私に分かりやすく教えてくれないかな?」

 

 だから、友奈に肩に手を置かれてそう言われるまで、僕らは人が近づいてることにも気づけなかった。

 

「ゆ、友奈!? あの、これはあの、やらしいことも邪なことも何一つなくてですね!」

「そう? それならなんでそんなに慌ててるのかな? ぐんちゃんは黙ったままだしさ」

「それは……えと、友奈が怒ってるのにビックリしちゃってですね!」

「私はまーったく、これっぽっちも、怒ってないよ?」

「全然そうは見えないよ!?」

 

 全然笑ってない笑顔とかいう矛盾した怖い顔をする友奈に必死に弁明して、途中からちーちゃんも援護してくれた。そのおかげもあって、友奈が落ち着いてくれて、ホッとしたところでちーちゃんが水浴びに。僕は一番最後でいいからね。

 

「さ、お話聞かせてね?」

「あれぇ〜?」

 

 友奈に両手を掴まれた僕に逃げ道なんてなかった。

 

 

 

❀❀❀

 

 

 

 二人、または三人のローテーションで見張り番をする。今は私とひなちゃんの番で、焚き火に当たりながらあくびをもらす。空を見上げたら綺麗な星々。数年前とは違って、あの星々が動いて降ってくるなんてことはない。人類が激減したから肉眼で見える星々が増えたなんて、皮肉な話だよね。正確には増えたんじゃなくて、見える数が戻ったってわけだけど。

 

「ひなちゃんって凄いよね。私たち勇者とは違って戦えるわけじゃないのに、全然怖がってないもん」

「怖くないわけではないですよ? 皆さんがいてくださるから頑張れるんです」

「その勇気がもう勇者級だよ!」

「ふふっ、ありがとうございます。それなら勝希さんも勇者級、ですか?」

「まーくんは……どうだろうね。たぶんひなちゃんと同じだとは思うけど」

 

 私が歯切れ悪く言うのが珍しいみたいで、ひなちゃんがちょっと驚いてる。でも、これって別に不思議なことじゃないんだよね。もちろんまーくんのことを知ってるかどうかって問題があるけど、知ってる人なら私と同じように言うかな。

 

「まーくんは別に怖いもんなしってわけじゃないんだ。むしろ臆病って言い方がよく合うの」

「勝希さんが……ですか?」

「うん。でも、まーくんはやっぱり男の子で、お爺ちゃんに教えこまれたことを大切にしてるから、あんまり弱音言わないんだよね。女の子を守るのは男の役目だーって」

「ふふっ、そう言われてみると普段の行動にも納得できますね」

 

 まーくんはお爺ちゃんを敬ってたし慕ってた。だから、教わったことは大切にしてる。それのせいでヒヤヒヤさせられることもあるけど、最後には必ず笑ってるからズルいなって思っちゃう。

 

「それで、友奈さんは勝希さんにお気持ちを伝えたのですか?」

「ふぇ!? あ、いや……それは……その……」

「まさかまだなのですか!? 水浴びの時にみんなで背中を押したというのに!」

「ご、ごめんなさい」

 

 水浴びしてる時に、タマちゃんが思い出したように話をしたのがきっかけ。私が小学生の時にまーくんをフッたって話を。あんちゃんもそれを知ってたみたいで、目をキラキラさせながら食いついてきた。ひなちゃんも食いついて、若葉ちゃんは黙ってたけども興味があったみたいで止めてくれなかった。それで、ぐんちゃん以外のみんなに、当時のことを話すことになったんだけど、それが終わったら──

 

『友奈さん! この後にでも告白してください! 誰も盗み見るような無粋なことはしませんので!』

『そうですよ! タマっち先輩は私が止めますから!』

『タマだって空気くらい読むぞ!?』

 

 って感じで送り出されちゃった。若葉ちゃんも『後悔しない選択を』って背中を押してくれた。だから、私はバクバク煩く鳴る心音をなんとか落ち着かせて、意を決してまーくんの所に行った。でも、まーくんとぐんちゃんの所に行ったらさ、二人ともなんか良い雰囲気になっちゃってて。

 

「それで間に割って入って、その後二人きりになれたけどそんなことできそうになくて」

「あらあら、勝希さんもいけない方ですね。これはお説教が必要です」

「ダメダメ! ひなちゃんはこれを知らないことにして!」

「……そうですね。そうしましょう」

 

 ひなちゃんが抑えてくれたことにホッと息を吐く。まーくんはバカなことばっかりするけど、馬鹿じゃないからね。そこそこ察せる人でもある。だから、変に動いちゃいけない。

 まーくんが抱えてること……本人は何も知らないけど、背負っているものがある。それもとても重たいことで、できることならまーくんは知らないままでいてほしい。だから大社にお願いして(・・・・・・・・)基本的にまーくんを城の敷地から出さないようにしてる。目の届く所にいてくれないと、私が不安になるってこともあるんだけどね。

 

「……友奈さん、勝希さんのことを教えてくれませんか?」

「え、まーくんのこと? だいたい見た通りだけど、まーくんは遊ぶことが大好きで、それもみんなの笑顔が好きだからで──」

「違います。佐天勝希という人物が抱えていることを話してほしいのです。巫女のトップである私ですら、大社の方は教えてくれませんでした」

「……探ろうとしてたんだ? まーくんをどうする気?」

 

 声が低くなる。凍てつくような冷たい声。さっきまでの雰囲気なんてどうでもいい。目を鋭くしてひなちゃんを見つめる。一挙一投足を見逃さないために。

 

「あ、あの……私は彼をどうこうしようだなんて……そんなことは考えていないんです……。ただ、彼の問題を知って……何か支えられるならと……」

「…………そっか。ごめんねひなちゃん。勘違いしちゃった」

「いえ、私も不用心でした。ごめんなさい」

「まーくんのことはね、話しちゃいけないの。特に今は神樹様の結界の外だし、そもそも中でも危ないんだ」

「それはどういう……」

「うーん、今なら大丈夫かな。軽くしか話せないし、勝手に広めないって約束して。もし────の時以外は」

「友奈さん……。はい、お約束します」

 

 これが正しいのか分からない。人に話してしまってもいいのかなんて。しかも壁の外で。でも、誰かには知っていてもらわないといけないのもたしか。戦うことがなくて、神樹様に選ばれてるひなちゃんが適任なのもそう。神樹様に一番に選ばれてるひなちゃんなら、軽くだけなら問題ないはずだから。

 

 叶うのなら──でいてほしい。

 




 
 友奈さんから教わったことは、私の想像を遥かに超える内容だった。あくまで触りの部分であったというのに、それだけでも重たいことだった。全てを知っているのは友奈さんだけ。人々を背負っている中、それとは別で重たいものを背負っている。彼女が背負うものを少しでも分担しなくては。

  二〇一九年 二月
 上里ひなた 


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17話 調理は飽くなき挑戦だ

 

 お姫様だっこされることに馴れてしまった僕は、大阪についた時には一段と大人になったと思います。精神年齢が上がったというか、ハードボイルドになった感じ。

 

「大丈夫だよまーくん。ハードボイルドからは程遠いから」

「現実逃避をさせてよ友奈さん!」

 

 なんでサラッと僕の心を読んでくるんだろうねこの子は! 怖くて怖くて震えちゃうよ! 神様より友奈さんの方がある意味怖いよ! でも可愛いからOKです。

 

「大阪って地下が広すぎて迷子になるよね〜。地下にも一つの街があるんじゃないかって感じ」

「それなら地下で生き延びている人もいるかもしれないな」

「地上をある程度探索しつつ、地下への入り口を探しましょう」

 

 杏の提案通りに行くことにして、少しバラけながら入り口を探す。索敵もしないといけないから、やることが多くて大変だよ。僕は全然役に立たないけどね。いやほんと、なんで僕ってこれに同行してるんだろ。

 隣で友奈が手を握ってくれてるけど、これも友奈の行動を制限してしまってる。元の状態でも高い身体能力を持っている友奈を、僕の側にいさせるのってどうなんだろ。安心ではあるけどさ。全体に支障が出なかったらいいな。

 

「みんな強いからね?」

「……そうだね。あと心を読まないで」

「まーくんってば顔に出るから分かりやすいんだよ?」

「そう?」

「うん。すぐに分かっちゃう」

 

 ふわっと微笑む友奈に完敗する。たとえ顔に出ていたとしても、友奈以外に読まれたことはない。それって友奈だから分かるってことで、他の人には分からないってこと。つまりは、それだけ友奈が気にかけてくれてるってことだよね。できればそれが役割とかじゃなくて、『個人で』とかなら嬉しいな。真相は分からないけど。

 杏が地下への入り口を見つけて、先頭を若葉が、その後ろにタマとちーちゃん。ひなの後ろに僕と友奈。一番後ろに杏。黙って順番が決まるとか、みんなの絆が深まってる証拠だよね。

 

「バリケードっぽいね。壊されてるけど」

「抵抗の証なんでしょう。きっと賢明な判断だったと思います」

「誰か見つかるといいわね」

 

 周囲に目を向けながら足を進めていく。地下は地上に比べて物が壊されていなくて、店とかもガラスが壊れたりとかはあんまりしてない。地下を支える柱だって無傷の柱の方が多い。

 

「大阪は小4以来かな」

「そうだね。まーくんのお爺ちゃんとお婆ちゃんと一緒に来たのが最後だね」

「たしかもう少し進んだとこに泉の広場があったような」

 

 僕と友奈がこの中では大阪に詳しい方だ。そんなわけで、曖昧な記憶を頼りに道案内をする。二人で「どっちだっけ」なんて話ながら先頭を歩く若葉に指示を出す。二人で意見が別れるたびに「どっちだ!?」って若葉がノリよく反応してくれて、緊張が和らぐ。合わせてくれてるのか、自然とそうなっちゃうのかは追及しないでおこう。

 そんなことをしながら足を進めると、記憶と一致する場所が増えてくる。それは友奈も同じようで、泉の広場に近づいてる証だ。そうして歩き続けていると、若葉が急に立ち止まった。泉の広場に着いたからなんだろうけど、はてさてどういうことなのか。

 

「若葉? どうしたの?」

 

 友奈の手を引っ張りながら若葉に近づいて、固まってる若葉の顔を覗く。その表情は驚愕に満ちていて、顔色も悪かった。僕は友奈に声をかけられると同時に手を引かれて、それに従って後ろを振り向いた。

 そうして目にしたのは死体の山(現実)で、記憶に残ってる華やかな泉の広場の面影なんてなかった。何十人もの骸骨が横たわり、積み上げられ、噴水に寄りかかってる。

 

「なに……これ……」

 

 見てわかることは、バーテックスに殺されたわけじゃない(骨が完璧に残ってる)ということ。つまり、ここにいる人は、餓死か何かで死んでしまったということ。限られた食料で生き残っていくのは無理な話か。そうかこれが現実か。よく見たら変に骨が欠けてる人もいる。バーテックスじゃないならそれをやった人は……。

 

「は、はは……!」

「勝希?」

「あはははは! 人間ってこんなことできちゃうんだ!」

「まーくん!」

「っ!? ……あれ?」

 

 友奈の声に反応してそっちを見ると、何やら冷や汗をかいて慌てた様子の友奈が視界に入る。なんで友奈がこんなに焦ってるのかよく分かんない。若葉に目配せしても首を横に振るだけ。

 よくわかんないな。僕はあれを見て固まってただけ(・・・・・・・)なのに。

 

「若葉ちゃん。こちらに日記が落ちていました。おそらくここにいた方が書いたものなのかと」

「……読もう」

 

 どう考えても重苦しいやつ。でも、ここで何があったのかを知るには十分過ぎる手がかりだ。ここに訪れた僕らは、きっとこれを読まないといけない。バーテックスがいないかを少し離れたところで監視してた他の人たちも、若葉が呼んで集まってくる。全員が揃うと、そっと日記が開かれていった。

 

 書かれていたことは、やっぱりここでの生活のことだった。空から無数のバーテックスが降り注いだあの日以降、人類は着々とその数を減らした。この日記を書いた人は、妹を連れてこの地下へと逃げ込んだらしい。

 同じように逃げ惑う人たちも、地下へと逃げ込んでいって、ある日バリケードが作られた。建物すら破壊するようなバーテックスに対して、即席のバリケードは脆いもの。ただの気休めにしかならないけど、実際にバーテックスたちが攻めて来なかったから一安心はできたらしい。 

 

 でも、問題はバーテックスだけじゃない。食料もある。そもそも日本は食料自給率が低い。大阪のような都会であればなおさらだ。つまり、食料問題が発生する。地下のスーパーマーケットから食料を取ってきたとしても、その数には限度があるし、電気が止まるのだから保存が効かない。冷蔵庫とか冷凍庫が軒並みアウトになるのだから。

 そうして生まれたのが食料問題。平等に分けていっていたけど、不安は人の心を荒ぶらせる。集団をまとめるにはリーダー格が必要だけど、そのリーダー格たちが荒れたらその集団は荒れたものとなる。この場所はそれが顕著に現れたそうだ。年寄りを人の手で殺し、病気になった人、動けない人を人の手で殺し、そうしていくことで食料の消費を抑えた。この日記の人の妹も殺され、死んだ人たちは泉の広場へと集められた。ここは死体置き場として扱われたらしい。

 

 それで、この場所がどうなったか。答えはシンプルでどうにも(・・・・)なら(・・)なか(・・)った(・・)。食料問題があり、バーテックスたちが襲ってこないのであれば、ここから出て食料を入手しようと意見を出す人が現れた。

 それは生き残りの人たちを二分させ、話し合いの形すら成立せずに決裂。外に出ると主張した人がバリケードを自分で壊し、そうしてバーテックスたちが中に突入した。日記を書いた人は、バーテックスは中にいる人間たちをわざと泳がせて遊んでいたのだと感じたらしい。無理からぬこと。シャチだって獲物で遊ぶらしいし、ひょっとしたらそうなのかもしれない。

 そうしてここにいる人たちは全員命を落とした。この大阪に生き残りなんていない。四国以外だと、勇者がいるところくらいなのかな。

 

 

「まーくん、大丈夫?」

「さすがにキツイかな……。友奈は?」

「正直に言うと私もかな」

「そっか……」

 

 手を繋いだまま背中合わせになって、お互いに寄りかかる。友奈が正直に言ってくれるってことは、それだけ堪えたということ。僕ばっかり友奈に支えられるわけにはいかない。お互いにへこたれ合って、お互いに支え合おう。目的地がここじゃないから、すぐに移動しないといけないけど。

 少しの間休んだら同じタイミングで背中を離して、お互いに様子を確認し合う。特に問題もないと判断したら、ひなのスマホに電話をかける。合流したいから場所を教えてほしいと。

 

「みんなはたちどこだって?」

「ひなたは屋上だってさ。若葉はバーテックスを見つけたちーちゃんを追いかけたとか」

「そっか。それなら私たちも屋上に行こ」

「そうだね」

 

 いくらひなが巫女で比較的に安全な場所が分かるとはいえ、若葉がひなを一人にするわけがない。タマと杏も一緒のはず。だから、ひなたちの居場所が全員の合流地点になる。

 

「屋上まで階段ってしんどいね」

「それならまた抱っこしてあげるね!」

「それはいいで……いいってば! 友奈さん聞いてます!?」

「聞こえなーい!」

 

 なんてこったい。こんな至近距離でも聞こえないなんて、友奈さんは疲労が溜まっちゃってるのだろうか。後で婆ちゃん直伝のマッサージでもしてあげよ。疲労回復を狙える優れものだし。

 

「みんなお待たせ〜!」

「勝希がアレをやられてるのを何とも思わなくなってきたな」

「タマは香川に帰ったら絶対にケチョンケチョンにする」

「受けて立つぞ!」

「若葉ちゃんとぐんちゃんは?」

「もうすぐ合流してくれると思いますよ」

 

 僕とタマが、前哨戦こと睨めっこをしていると、若葉とちーちゃんも合流してくれた。何やらちーちゃんの表情が少し暗くなってるのが気がかりだけど、それは落ち着いたら話してみるとしようかな。

 

「ほらまーくん行くよ〜」

「両手を広げて僕を見てくれるのは嬉しいんだけど、そこに行ったら待ってるのがお姫様だっこっていうのが何とも」

「贅沢言わないでください。友奈さんの善意がなければ、勝希さんだけ縄に括り付けられて運ばれてたんですから」

「そんな予定だったの!?」

 

 まさかの展開が待ち受けていたかもしれないという事実に驚きつつ、黙りこんで友奈に抱き上げてもらう。自分の足で移動しなくていいという楽さはあるけども、それ以上に申し訳無さが勝つ。あと相手が友奈ってことが追い打ちっす。

 さて、出発しようってなった時に、一体のバーテックスが突っ込んできた。それに若葉がいち早く反応して一刀両断する。その洗練された太刀筋はあまりにも綺麗で、素人目からしても惚れ惚れする。

 

「若葉かっこいいー!」

「いや、私はまだまだ未熟な身だぞ」

「おぉ、イケメン……。これは若葉の女にされるわー」

「何をおかしなことを……」

「いいえ若葉ちゃん! 若葉ちゃんの魅力なら十二分にあり得ることです!」

「ひなた!?」

 

 ひなに火がついたところで行きますか。他にはバーテックスがいないみたいだし、今のうちにさらに東へ。空気は少し重たくなってるけど、みんなの目は死んでない。

 

 

「なんだこれは……」

「うっ……」

「あんず大丈夫か!」

 

 名古屋で見た光景。それは生物的に、生理的に、激しい嫌悪感を抱くものだった。とてもおぞましく、杏が気分を悪くしたのも無理は無い。というかあれは全員気分が悪くなる。

 

「巨大ないくらだー」

「こんな時にボケるな!」

「バーテックス自体は味が酷いけど、アレを混ぜたら味が良くなるのかな? 親子丼的な。いやでも卵の時点で不味かったらグロテスク親子丼になるし……」

「バーテックスの調理って本気だったのか!?」

「料理に終わりはないんだよ!」

 

 僕の呟きに反応するタマに、ドヤ顔で言い返す。その瞬間アッパーを喰らったんだけど、理不尽じゃないかな。勇者として底上げされてるんだから、威力がデカイのなんの。生身の人間にすることじゃないと思うんだ。

 

「今回はまーくんが悪いよ」

「やっぱりかー」

 

 顔をしかめた友奈にバッサリと怒られて、反省しながら卵が焼き払われていくのを眺める。タマが精霊の力を借りて一掃したみたい。周りがちょっとした火の海になったけど、巨大化したタマの旋盤の上に全員が乗って移動するから問題ない。便利な使い方だね。

 

 ──浮かんでいる、飛ぶではなく浮く。眼下にはかつて人の営みがあった場所……夢で見た景色とは違う。あの時はもっと……

 

「……南西か」

「まーくん」

「ほえ、どったの友奈」

 

 横から頬を引っ張られ、そっちを見たら反対の頬にも手を回される。 

 

「ボーッとしてたら落ちちゃうよ」

「そんなこと……わーお、わりとギリギリに立ってる〜」

「やっぱり気づいてなかったんだ。気をつけてね?」

「うん」

 

 旋盤から落ちないように半歩下がる。この空中移動は、精霊に力を借りられる間続けるらしい。そんなに長くは保たないにしても、これで距離を稼げるのはいい。

 僕は目線をさっきより少し北側に向ける。あっちの方が奈良だ。僕と友奈の故郷。あの日以降行けていない場所。いつかまた行きたい。帰りに寄れたら万々歳。余裕があれば頼んでみようっと。

 

 

 




 あの卵がどういうのか分からないから、調理するときにどういう味付けをするのが正解かも分からない。でも気持ち悪いから使わなくていいやって結論に達したよ。

 勇者御記 二〇一九年 二月
 佐天勝希 
 大赦史書部・巫女様検閲済


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18話 大切なこと

 

 諏訪。それは長野県にある諏訪湖を中心とした地域。諏訪大社の本宮は湖の南東側にある。社自体は他にも三つあって、全部で四つの社が諏訪湖を囲うように建っている。冬になれば諏訪湖は全面凍りつき、真冬に起きるらしい自然現象「御神渡り」は必見。見たことないけど。見てみたいよね。超神秘的らしいから。

 そんな諏訪なんだけど、バーテックスが世界を襲った現在では、他の街同様に破壊されてる。社がそれぞれ結界を張り、諏訪湖全体とその周囲を守っていたらしいんだけど、それも敵の攻勢が強まるに連れ縮小。そして通信が途絶えて以降は……。

 

「まーくん、大丈夫?」

「……うん。僕は見ないといけないからね」

 

 心配してくれる友奈にお礼を言って、本宮を目指して歩く。この辺も全然バーテックスがいないから安心なんだけど、それはそれで不安になる。バーテックスのことは分かってないことのほうが多いからね。

 

「壊されてるね。徹底的に」

「っ……、そうだな」

 

 僕と同じか、それ以上に辛そうにしてる若葉と言葉を交わす。無駄な励ましなんていらないし、ここはいつもみたいにバカするわけにもいかない。僕らはここにあるものから、決して目を逸らしちゃいけない。ここで何があったのか、その詳細は分からずとも、結果を受け止める必要がある。

 本宮を中心に探索することになって、僕は例に漏れず友奈と一緒に行動。バーテックスもいないわけだし、手を繋がなくてもいいと思うんだけど、友奈は手を離してくれない。僕ってそんなにフラフラいなくなるって思われてるのかな。

 

「友奈は大丈夫なの?」

「へ?」

 

 手を軽く引っ張ってから問いかける。友奈は目をぱちくりさせてて、たぶん半分くらい聞き逃しちゃってるね。一言なんだけど。

 

「僕の心配をしてくれてるけど、友奈自身は大丈夫なのかなって」

「私は大丈夫だよ。まーくんがいてくれてるから!」

「そっか……。なら、よかった」

 

 さらっと恥ずかしいことを言ってくる。いつものことなんだけど、なんかいつもとは違う感じがする。何がどうとは言えないんだけど、言われて恥ずかしかった。だから僕は、言葉を詰まらせながら返答することしかできなかった。視線も友奈から外して、生い茂る雑草を見下ろす。

 たぶん顔が赤くなってるんだろうなぁ。熱いもん。これはしばらく友奈見れないや。そうしてしばらく友奈を直視できなかったから、僕は友奈も赤くなってたことを知る由もなかった。

 

 手は繋いだまま。でも会話は途切れて、なんだか気まずいというか、気恥ずかしい空気が流れる。それに耐えられそうにもなく、僕は周りをキョロキョロと見ながら歩く。諏訪大社は他の建物よりも徹底的に壊されていて、鳥居も本殿も何もかもが。まるで存在していたことすら否定するように。執拗に。

 

「あれ?」

「友奈? どうしたの?」

「あそこ、たぶん畑じゃないかな?」

「え? ……あ、ほんとだ。……そっか、あそこが……」

 

 友奈と一緒にそこまで歩いて、茂みを手で避けながら地面を覗く。放置されてから数年経ってるのは一目瞭然。そして、ここが畑だったことも確認できた。婆ちゃんが家の庭に畑作ってたし、それと似た感じがするから間違いない。ここが、通話の時に言ってた畑なんだ。生きるために、食料を確保するために一から作った畑。彼女たちを、ここにいた諏訪の人たちを支えた生活の基盤。

 

「わりと広いね……。諏訪の人たちも手伝ってたって話だし、これくらいにもなるものなのかな」

「みんなでやってたんだね。じゃないと畑の面倒を見きれないだろうし」

「だね。若葉たちもここに呼ぼう」

「うん」

 

 友奈が連絡を取って、すぐに若葉たちが合流した。少しの間僕はこの畑を眺めてた。手入れされなくなってからしばらくの年月が経つ。雑草がたくさん生えてるのも仕方ない畑。でも、その下にある土を見れば分かるんだ。この畑がどれだけ大切にされていたのかが。

 

「勝希、ここは」

「うたのんたちが耕してた畑みたいだね」

「そうか……」

 

 言葉数少ない若葉に、何を言ってあげることもできない。僕らは無言でこの場に固まっていたけれど、やっぱりこういう時に流れを変えてくれるのは友奈だ。土から箱の一部がはみ出てるのを見つけた友奈が、それを手で掘り起こし始めた。僕らもそれに続いて箱を掘り起こし始めた。素手でやってるから汚れるんだけど、そんなのは気にしない。

 みんなで掘り起こしてたらやっぱり早いね。箱の全体が分かって、それを土の中から引っこ抜いた。身の丈くらいはありそうな長い箱。土の中に入れてたらバーテックスに壊されないってことで、うたのんたちが埋めたんだろうね。箱を若葉が丁寧に開けると中から出てきたのは、一本の鍬と手紙。若葉が手紙を読む。

 

 その手紙は、うたのんが若葉に向けたものだった。うたのんは諏訪の厳しい情勢を認め、それを真正面から受け止めていた。決して下を向かずに、真っ直ぐと前向いていた。人類が決して負けないと信じて、たとえそれを叶えられるのが自分じゃないのだとしても、誰かが引き継いでくれるのならと。うたのんから受け継ぐ『誰か』、それは若葉で、僕らで、四国に残ってる人間なんだ。

 

「白鳥さん……!」

「ここも同じ……! 全部壊されて……!」

「ちーちゃん」

「ううん。全部じゃないよ」

 

 手紙をグシャグシャに握って、渦巻く感情を押さえ込む若葉。それを横目に、現実を嘆くちーちゃん。だけど、決して悲観しちゃいけない。それは友奈が示してくれてる。箱の中から取り出した鍬をそっと持って。

 

「これが残ってた。歌野さんから受け継いだバトンだよね、きっと」

 

 大切に、小さい子を抱くように、包み込むように持っていた鍬を若葉に差し出す。それを若葉は受け取った。力強く。うたのんの気持ちを、たしかに。いや、うたのんだけじゃない。そこには、みとりんも、ここにいた諏訪の人たちの想いも詰まっているんだ。決して軽いわけがない。

 

 ──耕そう

 

 それを誰から発したわけじゃない。僕らは自然と畑を耕し始めた。交代で鍬持って。雑草を手で引っこ抜いていって。僕は婆ちゃんの手伝いをしたことがあるけど、それでも初心者同然だ。他のみんなだって畑作業をやったことなんてない。鍬の振り方もきっと良くないんだろう。体に負担がかかるんだろう。それでもいいんだ。僕らは、たとえ一部だけであろうと耕したいと思ったんだから。

 気休めだと言われても構わない。年月が経てばまた雑草まみれになるのも分かってる。だけど、そうだとしても、僕らはここを放置することなんてできなかった。夜になったら月明かりを頼りにして、一部を耕し終わった時には朝日が顔を覗かせていた。こんなに晴れやかな気持ちで迎えられる朝日は、そうそうないんじゃないかな。

 

「うたのんは凄いな……」

 

 僕らの手で耕された畑の一部を見る。初めはうたのん一人で始めたっていう畑。一人でやってる時は、いったいどれだけの範囲だったんだろう。みんなの食料をって考えたら、僕らがやった範囲よりは広い気がする。それに、見渡す限りだと、広大な畑になっていたことがよく分かるし。諏訪の人たちが前向きにいられたのも伝わってくる。

 人の強さを諏訪の人たち全員が示していた。この事は忘れちゃいけないんだ。

 

「まーくん、眠れないの?」

「ううん、眠たいんだけど、あんまり寝たくないなって。友奈こそ寝ててよ。移動の時僕は友奈に頼っちゃうわけだし」

「……少しだけ起きるね。ちゃんと休むから」

 

 僕らは耕した畑の周辺で雑魚寝してた。慣れない作業で疲労困憊してたし、精神的にも疲れが溜まってたからね。ひなが見つけてきた野菜や蕎麦の種を蒔いて、残ったやつと鍬は持って帰ることになった。それにしても杏は物知りだよね。何の種か分かっちゃうんだから。

 さすがに立っていられないけど、僕は畑から離れて、木に背を預けてぼうっと考え事をしていた。それに気づいた友奈が、眠そうにしながら僕の横にまで歩いてきたんだけど、無理はしてほしくない。僕の肩を枕代わりにしながら、そっと視線を空に向けてる。友奈も何か考え事してるみたい。

 

「ねぇ、まーくんにとって藤森さんはどんな人だったの?」

「へ? うたのんじゃなくて?」

「うん。だって白鳥さんの話はよくしてくれてたじゃん。仲良くできるだって」

「そういえばそうだった」

 

 連絡を取った時はいつもうたのんとワイワイしてたから、それを友奈にもよく話してたんだった。反対にみとりんのことは全然話してない。もちろん、みとりんとも仲良くしていたんだけどね。顔も見たことのない大切な二人の友達。どんな人だったのか……か。

 どう言葉にするかを考えて、話すことを頭の中で整理する。それが終わってから友奈に一度視線を向けて、そっと手を重ねたら前を向いた。

 

「藤森水都さん、うたのんは『みーちゃん』って呼んでて、僕は『みとりん』って呼んでた女の子。引っ込み思案で内気な性格らしくて、体力を求められることは全然駄目って言ってたね。だから、畑作業は手伝えないって。でも、世界が戻ったら、うたのんが育てた野菜を配達したいって言ってたよ。自分には何もできないって、自分を低く評価しちゃってたけど、自分が本当にできる事はちゃんと分かってた。本当はしっかりしてたと思うんだ。だから巫女にも選ばれたんだと思う」

「うん、それから?」

「それからね。実は少しお茶目なところもあって、僕と話すのが慣れてきた頃からは、時々僕を揶揄ったりしてたんだよ。会ったことないのにさ……本当に……ほん、とうに……ともだち、って……」

 

 初めてみとりんと通話した時のことを思い出す。元々僕だって連絡に参加してなかった。若葉の話に乱入してみて、怒られたけども、うたのんが許してくれて。それからは連絡の時に僕もいるようになった。諏訪にも巫女がいるって聞いて、どんな人なのかって話から、実際に話してみようってなった。

 みとりんはすっごい緊張してたし、通話越しでもオドオドしてるのが伝わってきた。若葉はその時って今ほど丸くなかったし、僕が主にみとりんと話してた。そのおかげなのかな、みとりんと話せるようになったのは。

 

 脳裏に甦ってくる過去の通話の記憶の数々。思い起こされる会話の内容、うたのんとみとりんの声。脳内再生されて、それがとても懐かしくて、温かくて。気づいた時には、僕は話を途切れさせてた。視界が霞んでる。頭に何か乗ってて、それが友奈の手だってことは遅れて気づいた。

 

「まーくんの大切な友達だったんだね」

「うん……友達で……好きで……」

「……うん」

 

 それ以上は何も言葉が出なかった。無言になった僕は、そっと友奈の手を退かせて大丈夫だと伝える。休むからって。それに頷いてくれて、友奈はそっと瞳を閉じて静かに寝息を立て始めた。友奈だって限界が来てたのに、話を聞いてくれてたんだね。

 

「ありがとう、友奈」

 

 友奈の髪をそっと撫でる。気持ち良さそうに眠れてる友奈を見て、僕もホッとする。今回はずっと友奈に気苦労させちゃってたからね。だから、腕を抱き枕代わりにされるのも全然オッケーです。

 

「……みとりん」

 

 ポケットから一枚の手紙を取り出す。ひなが見つけて、僕に渡してくれた。みとりんからの手紙だ。綺麗に畳まれた手紙を片手で広げて、それに目を通す。一文字一文字、見落とさないように。

 

「……あ、はは……ズルい、よ…………みとりん」

 

 優しい風が吹く。紙が飛ばされないように握ってるけど、その力は強過ぎて手紙にシワができちゃう。紙の代わりに飛ばされるのは、小さな雫たちだった。




  初めまして……でいいのでしょうか。会ったことはないですし、きっと初めましてでいいですよね。もし読んでる人が、佐天勝希くんじゃなかったら、この手紙を香川にいる佐天勝希くんに届けてください。

 佐天くんと知り合ったのは、うたのんが急に私を連絡に同伴させた時でしたね。佐天くんとの話の流れでって聞きました。びっくりしちゃいました。でも、今では知り合えてよかったって心から思えてます。私は人付き合いが全然できなくて、友達もなかなかできませんでした。うたのんは大切な親友ですが、男友達は佐天くんが初めてです。面白くて、話しやすくて、いろんな話題をくれて。いつの間にか私も自然体でいられました。実はだんだんと連絡に参加するのが楽しみになってました。佐天くんとお話できるので。
 諏訪がもう限界なのは、うたのんだって分かってます。いいて、諏訪の人たちみんな気づいてます。それでも、誰もここを離れようとしませんでした。ここが大好きだから。きっと他の人たちが受け継いでくれるからって。私は……怖いんですけどね。誰も逃げないなら、私も逃げるわけにはいきません。
 佐天くんに野菜を送るって約束、守れなくてごめんなさい。信州蕎麦を振る舞ってあげられなくてごめんなさい。せめて、と思ってうたのん達が育てた野菜や蕎麦の種を袋に分けときました。きっと香川に持ち帰ってください。蕎麦が育つかは分からないけれど、野菜は大丈夫なはずです。
 遠い地にできた初めての男の人のお友達。私の大切なお友達。この先何があるか分からないけれど、周りにいる人たちと協力して、どれだけ苦しくても、少し凹んでしまっても、その後には前を向いてください。きっとそれが人の強さ。そして、大切なことは信じることです。信じて進み続ければ、きっと……。それをすぐ隣にいる大切な人と掴んでください。
 佐天くんへのこの気持ちがどっちのものかはよく分かりません。ですが、これだけはそうなんだと言えます。私は佐天勝希くんのことが好きでした。あなたが幸せを掴めることを願っています。

    藤森水都より


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19話 四国に帰ってきた

 更新が大変遅くなりました!
 水着高嶋さんが来ませんでした! 傷心状態の粗茶です! FGOの方はなんとかなりました!
 では、本編どうぞ。




 

 諏訪の後はさらに東に行って東京、そこから東北へ。その予定だった。そうする流れだった。でもそれは中断することになった。ひなに神託が下って、四国にまた危機が迫ってると分かったから。

 四国に戻ってからというもの、まず初めに行われたのは遠征結果の報告だった。それも虚偽の報告。四国の外は滅んでいて、生き残りがいる可能性は限りなく低い。勇者がいると分かっていた諏訪もすでに壊された。それが今回の本当の内容なのに、大社はそれを捻じ曲げて四国の人々に広めた。四国の外にも生き残りがいると、諏訪にはまだ勇者がいると。それを若葉のスマホから流れるニュースで、僕らは聞いている。

 嘘に塗れたニュース。あの現実を目の当たりにした僕らは、それを聞いていていい顔はできない。タマとか分かりやすく機嫌が悪い。黙っているだけで、ちーちゃんも嫌そうだし。戻ってきてからちょっと不安な感じがするけど。

 

「みんなー、早く食べないとうどんが伸びちゃうよ? 食欲がないなら私が食べちゃうけど」

「それ僕のキツネだよね!? 返してよ!」

「なっ!? タマの肉を取るなー! こうなったら……!」

「あー! それ私のキツネー! それしか残ってないのに!」

 

 僕のを食べておきながら嘆くとか欲張りじゃないかな!? というかこれ、ただ単に僕とタマのおかずが交換されただけなんじゃ。

 

「タマっち先輩食事中に騒がないで」

「友奈さんもお行儀が悪いですよ」

「勝希は晩御飯抜きだな」

「僕だけおかしくない!? 考え直してよ若葉お父様!」

「誰がお父様だ!」

 

 杏とひなに怒られてシュンとしたタマと友奈も、僕と若葉のやり取りですぐに明るくなる。チラッと横目に見たけど、ちーちゃんも口元を隠して頬をピクピクさせてる。

 

 ──よかった。まだ(・・)そこまで(・・・・)じゃないみたい。

 

「嘘ばっかりのニュースだけど、私たちがこれを本当にしていったらいいんだよ!」

「友奈の言うとおりだな」

 

 前向きな友奈らしい言葉。それに若葉が頷いて、タマと杏も表情を和らげる。こういうとこが本当に凄いなって思う。友奈はどんな状況でも前を見ていて、希望を持ち続けてる。小さな光を決して見失わない。だからカッコよくて、惹かれるんだよね。

 

「ごちそうさま……」

 

 呟くような小さな声がした。それはちーちゃんの声で、一人黙々と食べていた彼女は、完食したらすぐに食堂からいなくなった。食堂のおばちゃんにもちゃんと「ごちそうさま」って言ってたみたいだし、出会った頃に逆戻りってわけじゃないはず。

 

「僕もごちそうさま〜」

 

 実は食べ終わっていた僕も、ちーちゃんに続いて席を立つ。食器が乗ってるお盆を返却して、おばちゃんに「ごちそうさま」を言うのも忘れない。

 

「ちょっと勝希」

「うん?」

 

 いつもなら軽く会話して終わるんだけど、ちーちゃんが気になってる僕は、すぐに後を追いかけたかった。だから半身になって顔だけおばちゃんの方に向ける。おばちゃんも察してくれたみたいで、真面目な顔で一言だけ伝えてくる。

 

「郡ちゃんのことを見ていてあげるのは勿論だけど、一番近くにいる子もしっかり見ときなさいよ」 

「……うん。気をつけるよ」

 

 こくりと頷いて食堂から出ていく。その時に、タマが午後の授業を休むってのが聞こえてきた。サボりじゃないってことは、思い当たるのは一つだけ。

 

 『保っているってだけ』

 『嫌な空気が流れてる』

 

 それはみんなが感じとれているんだろうね。おばちゃんも気づいてたし、たぶん午前中に授業してくれた先生たちも……。

 誰かが悪いんじゃない。諸悪の根源が近くにいるわけじゃない。当てどころのない負の感情をどうしたらいいか分からない。だからドンヨリとしてるんだろうね。

 

 ちーちゃんを探しつつ、廊下から窓の外を見上げる。今日も今日とて変わらない青空。結界の中だろうと空の色は変わらない。というか、不可視のバリア的なものが張られてるらしい。世界が滅んだというのに、自然は変わることがない。……あぁそうか、人間の(・・・)世界が滅んだだけだもんね。

 そんな考えにいたり、らしくないなと思って頭を振る。頬をパンパンと2回叩いて、意識を切り替えて捜索続行。候補は訓練場か教室なんだけどね。たぶん教室。

 

「やっぱりいた」

「……なに?」

 

 自分の机に座ってゲームをしてたちーちゃんに声をかける。ちょうど切りがいいところなのか、それとも余所見していても問題ないのか。どちらにせよちーちゃんはゲーム画面から顔を上げた。適当に椅子を拝借した僕は、向かい側に座ってニッと笑う。

 

「なによ」

「ちーちゃんが見てくれたな〜って」

「……それだけ?」

「そうだよ。だってちーちゃん。戻ってから一度も目を合わせてくれなかったし」

「そんなこと…………」

 

 否定しようとしたみたいだけど、戻ってきてからの数日を思い返したっぽい。罰が悪そうに視線を逸らすちーちゃんに、怒ってるわけじゃないと伝える。少し寂しかったのと、心配だったことも。

 

「それは……ごめんなさい。でも……私は……」

「うん。別にいいんだよ。ちーちゃんは勇者。僕は何もできない存在。ひなに神託が下ったわけだし、何かが起こるであろう次の戦いに備えるのも当然のことだからね」

 

 尤もらしいことを言う。たぶん合っているやり方じゃない。間違えてるとも言い難い。ただ僕は、どう言えばいいか分からなくて、どうすればちーちゃんの支えになれるか分からなくて、当たり障りのない言葉に逃げた。友奈だったらもっと上手く話せたんだろうな。自嘲気味に内心で思ってフッと自分を笑ってしまう。

 その時だった。僕の左頬に暖かく細く柔らかい手が添えられたのは。それはちーちゃんの手で、目の前にはどこかぎこちなくも優しく微笑む彼女がいた。

 

「えっと……」

「辛そう……だったから……。こ、こういうのは全然やったことないし……慣れないというか…………照れくさいものね」

「あ、ありがとう」

 

 情けないな。心配してる相手に心配されるなんて。何か思い詰めてるはずの相手に、こういうことしてもらって。僕の立つ瀬がないったらありゃしない。……でも、なんか落ち着ける。友達のはずなのに、この時はくすぐったい感じにギクシャクしてて、それが新鮮に思える。気づかないうちに下がり気味になっていたらしい僕の心も、こうされるだけで上向きに切り替わる。

 自然にふにゃりと笑えて、そしたらちーちゃんも自然な笑みに変わって。添えられたちーちゃんの右手に、自分の左手を重ねる。ちょっとだけ頬を押し付けて、お返しとばかりに僕も右手をちーちゃんの頬に添える。女の子特有の柔らかい肌。友奈の頬とも当然違っていて、ちょっとドキマギしていたり。そしたらちーちゃんも僕の真似をして手を重ねてきた。お互い見つめ合って微笑み合う。新鮮な気持ちが心に染み渡って行く。

 

 だから気づかなかった。

 

「二人とも何してるのかな〜?」

 

 教室に戻ってきてた友奈の存在に。

 

「ゆ、友奈……!?」

「高嶋さん……これは、その……」

 

 二人してビクッて反応して友奈の方を見る。そこには笑顔を浮かべつつも、バーテックスですら逃げていきそうな圧を放つ存在が。

 何故か冷や汗が止まらない。「実は今南極にいるんです。ドッキリのために移送しました」って告げられても信じるくらい体温が低くなってる。椅子と床に縫い付けられたのかってぐらいに体がビクとも動かない。

 

「二人して見つめ合ってさ〜。心配して私も追いかけてきたのに、あれってこのための演技だったのかな〜?」

「そ、そんなことないです。僕もちーちゃんを心配してたわけで──」

「ま〜くん?」

「はいっ!」

 

 ゆったりとした口調が超怖い。未だに笑顔のまま名前を呼ばれ、表彰式以上にいい返事をする。

 

「ちょっと、お話ししよっか?」

「はい!」

 

 こんなにいい返事ってできるもんなんだな。なんて思ってる余裕もないわけで、僕は友奈に腕を本気で握られながら教室から連行されていく。骨がミシミシいっちゃってるんだけど、力加減が絶妙に上手く、ただその痛みが同じレベルで続いていく。

 固まったまま教室に取り残されたちーちゃんは、たぶんギリギリ許されたんだろうね。これは僕の日頃の行いが、ある意味功を奏したのかもしれない。友奈が廊下に出ると同時に、ちーちゃんは体の力が抜けていった。

 

「ぐんちゃんは放課後ね」

「へっ!?」

 

 やっぱり見逃されなかった。

 

 

 

❀❀❀❀

 

 

 

 まーくんへのお話し(お説教)をしたわけなんだけど、私は放課後にぐんちゃんと一緒に自主訓練をした。ぐんちゃんは私が訓練場に行ったらビクビクしてたけど、私が別に何もしないよって伝えたらほっとしてた。そんなに怖かったのかな? 

 まーくんはぐんちゃんの事を気にかけてる。それは私もある意味同じなんだけど、私は少し違う。大切な友達だから、一緒に笑いたいし、一緒に遊びたいし、一緒にいたい。悩みがあるなら聞いてあげたいし、できることがあるなら協力したい。それが友達だと思う。まーくんの場合は……なんだろ……友達って理由もあるんだろうけど、どこかそれを責任だって思ってる気もする。ブーメランだって言われるかもしれないけど、背負い込まないでほしいな。

 

「はい、友奈さん。お茶が入りましたよ」

「ありがとうひなちゃん」

「ふふっ、友奈さんが私の部屋に来てくださるなんて珍しいですね。千景さんや勝希さんの所におられるのが多いと聞いてましたし」

「あはは、一人の時もそれなりにあるんだよ?」

 

 淹れてもらったお茶をいただいて、ほっと一息つく。温かいお茶ってなんだか落ち着けるよね。凄い不思議だけど。

 ひなちゃんも一口そっと飲んで、湯呑みをテーブルにコトンと置く。分かってたことだけど、改めて見るとひなちゃんって作法が凄い丁寧。若葉ちゃんも丁寧だけど、ひなちゃんが一番丁寧で、見ていて綺麗だと思う。

 

「今日は……勝希さんのことですか?」

「っ! 分かっちゃうんだ……」

「友奈さんから勝希さんのことを聞いているのは私だけですし、あの事(・・・)とは別だとしても、こうして友奈さんが訪れるとなると、やはり勝希さんのことかと」

「ひなちゃんは凄いね〜。軍師って感じ」

「それは杏さんの方ですよ。私はどちらかといえば宰相です」

 

 手を振って否定したひなちゃんは、ニコッと笑いながら人差し指を立てる。正直軍師と宰相の違いには全然ピンと来なくて、首を傾げながらあははって笑って誤魔化した。ひなちゃんもクスって笑って流してくれて、私に話を促してくる。

 

「えっと……今日ね──」

 

 ひなちゃんに昼間のことを話した。まーくんにお説教をしたことを。その時にやり過ぎちゃったんじゃないか、という不安があることを。もしかしたら、まーくんが離れていっちゃうんじゃないか、と思ってることを。

 私が全部話して、それを聞いたひなちゃんは微笑んでた。決して私を嘲笑ってるわけじゃない。それはわかる。でも、なんでひなちゃんが微笑んでるのかは分からない。

 

「勝希さんが友奈さんから離れることはありませんよ。嫌うなんてことも絶対にありません。私が持つ若葉ちゃん秘蔵コレクションを賭けてもいいです」

「なんで? なんでそこまで言い切れるの?」

「友奈さんが勝希さんを強く思っているからです。そして、勝希さんもまた友奈さんのことを大切に思っています。そんなお二人が喧嘩しただけで離れるなんてありえません。むしろ、喧嘩した方がさらに仲が深まると思いませんか?」

 

 思い当たる節はいっぱいある。喧嘩して、仲直りして、そしたらもっと仲良くなれてる。そういうことは、小学生の時にまーくんが何度も経験してたから。私は喧嘩自体が嫌いで、そうならないようにすることの方が多かったけど。

 

「勝希さんがどれほど友奈さんを大切に思っているのか、たぶんその事に関してだけは、私の方が友奈さんより知っていると思います」

「それは……」

「ふふっ、たとえば戦闘があった時、勝希さんはいつも思い詰めた顔で皆さんのところに走りますし、友奈さんの姿を見た時にとても安心して笑顔になるんですよ。すぐに普段のおちゃらけた調子にするんですけどね。入院された時もそうです。全然落ち着かない様子で、上の空ってことが多いんですよ?」

 

 全然知らなかった。私が離れてる時だから当然なんだけど、まーくんにそこまで心配をかけてるなんて、大切に思ってもらえてるなんて……。

 

「ふふふっ、どうやら大丈夫そうですね」

「う、ん……」

 

 そう思ってきたら心が温かくなって……だんだんそれがもっともっと熱くなる。胸がいっぱいで、満たされるってこういうことなのかなって。

 

「あ、そうだ友奈さん。先程若葉ちゃんが考えたことなのですが──」

 

 思い出したようにひなちゃんが教えてくれたのは、気分転換を兼ねてレクリエーションをするということ。訓練も兼ねてるあたり、若葉ちゃんらしいよね。

 

「それで……その〜、大変申し訳にくいのですが……」

「どうしたの?」

「その……勝希さんも参加されます」

 

 ……

 

 …………ん?

 

 




 勇者ではない私にできることは、勇者の皆さんをサポートすること。だから、友奈さんが背負うものを分担するのも私の役目。……本当はこうする事もよくないと思う。彼女との約束を破ってしまっている。だけど、私は記さなくてはならない。彼女から聞いた話を。

 二〇一九年三月
 上里ひなた

 


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20話 バトルロワイヤル!

 

 さぁさぁやってきました。我らがリーダーこと乃木若葉考案の訓練、もといバトルロワイヤル、もといレクリエーション! ルールは簡単。丸亀城敷地内を範囲としたバトルロワイヤルなのだ! 勇者たちは変身しないし、安全第一という事で、訓練用の武器を使用。非参加のひなの審査をクリアした状態の武器を使うのだ。友奈だったら手甲にタオルを巻く、とかだね。

 

「まーくん、私聞いてないよ?」

「だって言ってないし。決めたのも夜だったし」

「……まーくんが参加する必要あるの?」

「友奈は勘違いしてるね」

 

 朝からご立腹の友奈を宥めつつ、僕の意見を通させてもらおう。話を終わらせないと、レクリエーションを始められないしさ。他のみんなを待たせるわけにもいかないし。

 

「これは訓練を兼ねてるけど、あくまで主目的はレクリエーション。つまり僕が参加しないわけがない!」

「はぁ。分かったよ」

「やった!」

「最初にまーくんを脱落させたらいいんだよね?」

「私怨が混ざってるよね!? 作戦じゃないやつだよね!?」

 

 それじゃあ後でねって獰猛な笑みを浮かべて言った友奈は、若葉たちに声をかけてからどこかへと移動していった。開始の合図でスタートするし、それまでに移動するのも自由。伏兵になるもよし、相手を探して移動し続けるのもよし。そこもこのレクリエーションの醍醐味だとか。

 若葉たちも散り散りに消えていって、僕は残ったひなに声をかけた。今回は僕も参加だし、ひながどうするのかを聞いときたいし。

 

「私は天守閣の最上階で皆さんの様子を見守りますよ」

「ってことは、審判ってわけでもないわけだ?」

「ふふっ、そうなりますね」

「なるほどね」

 

 ただの観覧者ってことか。まぁ、戦いに巻き込まれることもないわけだし、天守閣の最上階っていうのも、全体を見渡せるからだろうね。

 

「そろそろ開始しますけど、勝希さんは移動しなくていいんですか?」

「みんなが散り散りになってるからね。かえって動く必要がないというか」

「本当は?」

「時間のこと忘れてた!」

 

 笑顔とともにサムズアップ。ため息で返されたのは解せない。ごくごく自然に浮かんだ笑顔だというのに。

 天守閣に入っていくひなを見送り、これからどうしたものかと考える。高い位置から相手を探すのは定番だけど、むしろこっちの方が目立ってしまうという欠点がある。それに、丸亀城は上から見渡しやすいとはいえ、木々は普通に生えてる。林だってある。そういう所に隠れられてたら見つけようがない。

 

「そうなると、やっぱり狙う相手を考えた方がいいよね」

 

 まず、堂々と動き回る人物と隠れて行動する人物に振り分ける。前者に該当するのは若葉と友奈。タマは状況に合わせて動くだろうけど、前者って考えていいね。後者は杏とちーちゃん。数々のゲームをこなしたちーちゃんなら、今回もそれに当て嵌めて考えるはず。若葉を脱落させる手段としては、全員で狙うか作戦でハメるか。ハメるのは杏が考えてそう。

 ある程度行動を考えて、隠れることなく一直線に二の丸に移動する。天守閣は目立ち過ぎるから序盤で人が集まるはずがない。そうして絞っていくと、戦いやすい場所で敵と遭遇しやすい場所は二の丸だ。

 

「整理すると分かりやすい構図だね」

「本当に?」

「っ!? あっぶな!」

 

 二の丸を目前としたところで後ろから声をかけられた。振り向くことなく横飛びしたおかげで避けられたけど、振り向いてたらその時点で脱落だったね。

 

「まーくんがみんなの行動を予想して動くことくらい、私にだって予想できるよ」

「うわ〜。宣言通り真っ先に僕を脱落させる気か〜」

「うん。だって白熱してくると怪我するかもだし。訓練してないまーくんは危ないかなって」

「優しいね」

 

 立ち上がりつつ衣類に付いた汚れを叩いて落とす。友奈は本気のようで、既に拳を構えて僕の様子を伺ってる。容赦なく攻め続けたらいいのに、こういうとこが甘くて友奈っぽい。

 用意した二本の木刀を構える。未だに勘違いしたままの友奈にちょっと呆れて、でも普段の僕の振る舞いのせいだと分かっているから言葉はしまう。その代わりに久々に真剣になる。

 

「行くよ」

 

 友奈の行動を探る意図も込めて、距離を詰めた僕は左腕だけ振るう。それを友奈が右手の甲で外側へと弾き、半歩踏み込んで左拳を叩き込んでくる。右手の木刀でそれを防いで、弾かれた左の刀を下からすくい上げる形で友奈を狙う。後ろに跳んで躱されたけど、追撃はせずに木刀を構え直す。

 

「……すぐに距離を詰めてくると思ったんだけど」

「そうしたらカウンターでしょ? バーテックスと戦う友奈がこれくらいで押されるってのがおかしいし」

「あはは、バレバレみたいだね。でも、思ってたよりまーくんが動けてることに驚いてるのは本当だよ?」

「まぁ、訓練を兼ねてるって言われてるし、全力を尽くそうとは思ってるからね」

 

 僕の本気が伝わったようで、拳を構え直した友奈の表情も引き締まる。友奈とは口喧嘩をしたことがあっても、殴り合いの喧嘩は絶対にしなかった。遊びの範囲で言うなら雪合戦くらいかな。だから、新鮮な気持ちがある。でも、それ以上に……。

 

「すまないが割り込ませてもらうぞ」

「若葉ちゃん」

「優勝候補のお出ましか〜」

 

 横から入ってきたのは若葉だった。僕と友奈は、お互いに警戒しながら若葉の方に目を向ける。お手製の鞘に収まった木刀を片手に持つ若葉。凛とした佇まいと好戦的な笑みは、ひなが見たら大興奮してパシャパシャ写真を撮りそう。どこかで隠れてる杏あたりが撮ってくれないかな。

 

「友奈とは一度手合わせをしてみたかったし、勝希の本気も味わってみたかった」

「味わうとかバーサーカーかな?」

「バーサー……? よく分からないが否定させてもらうぞ」

 

 若葉め。何か分からないくせに、僕が揶揄ってるからという理由だけで否定してきたぞ。否定されて当然な内容だけど、分かってから否定してほしいものだよね。それはひとまず置いとくとして。

 

「僕の本気とか言われてもさ。前に手合わせして僕がコテンパンに負けたじゃん」

「あれは気を抜いていただろう? しかし今回は訓練を兼ねているから勝希も本気を出すしかない。絶好の機会じゃないか」

「うへぇ。友奈にも若葉にもマークされるとか……、何これ地獄かな?」

 

 雑談も程々に、僕と若葉は同時に動いた。若葉の居合を木刀二本で防ぐ。鋭く重たい一撃で手が痺れそうだ。若葉はそんなことなくて、時間を開けることなく素早く木刀と4回振った。前半の2撃は捻って躱し、後半の2撃は両手の木刀で防ぐ。

 

「どうした! そんなものではないだろう!」

「勝手にハードル上げないでくれます!?」

 

 左から迫る木刀。右から迫る鞘。挟み込まれる形になったけど、二本木刀をそれぞれ下から振り上げて弾く。振り上げてすぐにそのまま振り下ろすも、若葉の速度は勇者一。簡単に迎撃された。

 けど、僕はここで防御に回らなかった。攻めに回る。若葉の攻撃速度は尋常じゃなくて、木刀が一本だけだったらとっくに負けてた。二本なら二本で振り回しにくかったりするんだけど、爺ちゃんにいろいろと叩き込まれてるおかげで二刀流ができる。

 

「やはり強いな!」

「そりゃどうも!」

 

 一歩も引かず、お互いに攻勢に回る。木刀同士が激しくぶつかるけど、状況は芳しくない。体力は若葉の方が多いからね。なんとか踏ん張れてるのは、単純に意地ってだけ。狙ってたら若葉も策士だよね。

 僕の意地。それはきっとみんな共感するようなこと。

 

 ──好きな子(友奈)の前で情けない姿は見せられない!!

 

 本当にそれだけのこと、なんだけども体力が尽きそうだ。友奈と戦ったってだけでも神経をすり減らしていたのに、その直後に若葉とかぶっちゃけキツい。当の本人は無邪気にいい笑顔を浮かべてるけど、こっちはそんな余裕ないんだよね!

 それを分かっていたのか偶然なのか。僕と若葉の間に友奈が割って入ってきた。僕と若葉の両方を狙った裏拳は、しかしどちらにも当たらず、友奈は僕らに挟まれる位置に立った。

 

「友奈も参戦か。これは三つ巴戦になるのか?」

「ううん。私はまーくんを最初に落とすってことを変えないよ」

「なるほど」

「鬼かな!?」

 

 要するに若葉との共同戦線でしょ!? オーバーキルですお客様! 当方はそこまでの対応力を持ち合わせておりません! 

 友奈の隣に若葉が立つ。二人の視線は真っ直ぐ僕を捉えている。2頭の獅子が鼠1匹追い詰めてる用な構図なんだけど、これなら取る手段は一つだけ。

 

「三十六計逃げるに如かずってね!」

「なに!?」

「させないよ!」

「遅い!」

 

 『忍者セット・改』を使って、鉤爪付きロープを後方に噴出させる。見事に太い枝に絡めることができ、友奈に距離を詰められる前にロープを巻き戻させる。パワーを最大にしたおかげで、体が浮き上がりながらも後方への緊急離脱を成功させた。勢いが良すぎたのは割愛。枝で頭を強打したのも見なかったことにしてほしい。

 

「ツッ……いってぇ〜」

「大丈夫ですか?」

「なんとか……大丈……夫じゃないね。この状況」

 

 枝で頭を打った直後に体に付けてる装備を外したはいいんだけど、どうやら離脱したこのポイントは杏の潜伏場所だったみたい。後頭部にクロスボウを押し付けられてるし、案外杏が一番冷酷なのかもしれない。

 下手な動きを見せず、とりあえず顔を上げて若葉たちの様子を見てみる。こっちに追撃はしてこないようで、友奈とちーちゃんが共闘して若葉に挑もうとしている。タマの姿も確認できたし、これは三人で若葉を落とすって作戦に移行するのかな。

 

「分かっているとは思いますが、下手な行動はしないでくださいね」

「それは分かってるけど、分からないな。すぐに撃ち抜けばいいのに、なんかさせようとしてる?」

「意外と頭が回りますよね」

「失礼だな!」

「ですが、今回は外れです。タイミングを待ってるだけなので」

 

 なるほど。このタイミングで僕を落としたら、向こうにいる若葉に気付かれる可能性があるってことか。たしかに若葉って身体能力が高いだけじゃなくて、五感も鋭いからね。最近じゃ視野も広がってるし、こっちの動きに反応するかもしれない。

 そうなると、ここで僕が動けば杏の作戦を壊せるってわけだ。

 

動けませんよね(・・・・・・・)?」

「それはどういう意味かな?」

「消耗していることは分かっています。私の作戦を崩すために動いても、若葉さんに勝つことはできない。既に両腕が重たいと感じているはずです」

 

 まいったね。全部お見通しってわけだ。流石は参謀役ってところかな。みんなの小さな変化にも、いち早く気付けるのは杏だ。これは大人しく負けを認めよう。可能なら勝ちたかったけれど、勇者相手に勝ち抜けるとも思ってなかったし、第一目標は達成できてるから。

 手に握っていた木刀をどちらも手放す。僕がこうすることが意外だったみたいで、何か裏があるんじゃないかと杏が息を呑んだのを感じる。

 

「素直に負けを認めただけだよ」

「……そうですか」

「それより、何か聞きたいことがあったんじゃないの? 戦況は変化してるし、聞くなら手短に済ませたほうがいいよ?」

「気づいていたんですか。……勝希さんと友奈さんのことで少し──」

 

 え、馴れ初めですか? ごめんなさい。僕ら付き合ってるわけじゃ……あ、違うんですね。はい、そんな冷めた目で見ないでください。眉間にクロスボウを押し付けないでください。

 

 

 

 

❀❀❀❀

 

 

 

 杏って分析とか得意だよね。熟考するタイプというか、とことん掘り下げて考えるというか。まぁ、質問されたことに僕は答えられなかったんだけどね。だって、記憶(・・)()()()ことを聞かれたわけだし。

 それと僕の眉間を撃ち抜く時に『さよなら、天さん』とか言わなくていいから! それ言ったほうが死んじゃうやつだし! 勝つ方が言うことじゃないし! それに僕は禿げてない!

 

 そんなことを思い返しつつ、握力を鍛える用のボールを握りしめる。思い返してることに憤慨してるってのもあるんだけど、目の前で繰り広げられてる光景を堪えて見届けるためでもある。

 

「だー! もうやめだ! なんでタマがこんな事しないといけないんだ!」

「あー! 今良いところだったのに!」

 

 我慢の限界が来た主演ことタマが役を辞める。その事に杏が文句を垂れるが、一度途絶えてしまったら流れが止まらない。男装している若葉と友奈も男装は慣れないとか言いながら苦笑を浮かべてる。

 バトルロイヤルで結局優勝したのは杏だった。優勝者は、敗者全員に命令をすることができるんだけど、杏が求めたのは恋愛小説の再現だった。ヒロインに対して男性が迫り、壁ドンをしているところでライバルの男性が止めに入る。そんなシーンで途切れたんだけど、止めに入る役が友奈だった。

 

「友奈が……男装して……! んぎぎ……!」

「佐天くん…………抑えなさない。もう終わりのようだし」

「続いたら発狂だったよ!」

 

 叫んでから机に項垂れる。それを横で見てるちーちゃんがため息ついてるけど、あなたまだ罰ゲーム残ってるからね? 余裕ぶってる場合じゃないからね?

 

「わ、私はそんなのしないわよ……!」

 

 近寄る杏を拒んでる。ちーちゃんの性格からして、ああいう劇はしたがらないだろうしね。それは当然みんな分かっているし、杏も強制しない。だって本命は別なんだから。

 

「千景さんはこれを受け取ってください。それが命令です」

「え……? これは……」

 

 杏から渡された物。それは1枚の証書だった。僕らの中で一人だけ最高学年だったちーちゃんに送られる卒業証書。

 

「よく考えたら、普通なら郡ちゃんってこの時期には卒業してるなって気づいたんだ〜」

「みんなで作ったんですよ?」

「卒業って言っても、ここで授業受けるわけだし、変わらずタマたちと一緒だけどなー」

「そう……。め、命令なら……仕方ないわね。…………ありがとう」

 

 照れて受け取るちーちゃん。仕方ない、なんて言ってるけど、表情を見たら分かる。何なら声だけでも分かる。喜んでもらえてるって。だから、僕らは改めて口を揃えて言うんだ。

 

 

 ──卒業おめでとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は勝希さんの罰ゲームですね!」

「あるの!?」

「まーくんだけ無いとか、それこそなしだよー」

「友奈さんも、ですけどね?」

「へ!? 私だけ2回目!?」

 

 僕らに課せられた罰ゲーム。それは罰ゲームと言えるのか分からない内容だった。けど、みんなの前でって考えたら罰ゲームだ。

 

「お二人には、今この場でお互いの気持ちを正直に伝え合ってもらいます」

 

 ね? 罰ゲームでしょ?




 ちょっと強引だったけど、あの二人はこういう場を設けないといけないと思った。それはそれとして、■■■■の■は深まるばかりだ。■■■にいること。それも含めて考えると、少しずつ点と点が繋がりつつある。答え合わせはやっぱり■■■■が相手だよね。

勇者御記 二〇一九年 三月
 伊予島杏 
 大赦史書部・巫女様検閲済


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21話 華やかな約束

 人生初のアニサマに行ってきました。アニサマの存在を知ったのは、兄が初めて行った6年前ですね。話を聞いた時から行きたいなって思っていたんですけど、ようやく行くことができました。マジ最高! 来年も行きたい! 


 

 佐天勝希さん、高嶋友奈さん。二人は初めて会った時からすでに仲良しだった。小学校も一緒だったみたいで、仲が良いのも納得できた。あまりにも仲がいいし、私たちは二人が交際してるものだとずっと思ってた。真相はその逆で、でも二人の想いは確かなもので。なんだかもどかしくなった私は、優勝した命令権を行使して、二人に本音で想いを語り合ってもらった。その結果──

 

「友奈、このかき揚げ食べる?」

「いいの? じゃあ私のきつねさん分けてあげるね!」

 

 ──特に変わることはなかった

 

 だって元からこんなやり取りしてたし。初々しさが見えたりするのかなっていう僅かな期待は叶わなくて、それと同時にそうだろうなって納得もできた。

 

「あんず〜、何をしょぼくれてるんだ?」

「別にしょぼくれてないよー」

「いいや! タマには分かるぞ! あんずがちょっとガックリしてることがな!」

「……友奈さんたちのやり取り」

「それは諦めろ」

 

 真顔で即答された。これが当たり前だろって言葉を仕舞ってるのが分かる。顔に書いてあるし、目もなんだか憐れむ感じ。まさかタマっち先輩に、そんな目で見られる日が来るなんて思わなかったよ。

 若葉さんとひなたさんは、二人に特に変化がないと分かると普段通りに過ごしてるし。千景さんだって黙って食事を続けてる。たまに二人のやり取りを見て小さく笑ってるくらい。

 

「あれ?」

「んー? 今度はなんだー?」

「……ううん。何でもないよ」

「?」

 

 何かが引っかかった気がした。でも、それが何なのか分からない。改めてみんなを見渡しても、今度は何も引っかからなかった。分からないものを気にし続けても仕方ないし、うどんも伸びちゃう。そう思って食事に戻ろうした時だった。

 

「あっ……」

「ご、ごめん」

「ううん……」

「ゴフッ!」

「あんず!?」

 

 なに……あれ……。ちょんって手が当たっただけなのに……。今まで平然と手を繋いだりしてたのに。今さら手が触れただけでお互い過剰に反応しちゃって。頬を赤らめて目を逸し合って。ずるいよそんなの。不意打ちだよ。

 

「あんずしっかりしろ! 傷は浅いぞ!」

「タマっち……せんぱい……」

 

 椅子から崩れ落ちて天井を仰ぐ私に、タマっち先輩が寄り添ってくれる。私の手を握りしめて何度も名前を呼んでくれる。

 

「私……駄目かもしれない……」

「何言ってるんだあんず! タマを置いていくな! タマたちはずっと一緒なんだ!」

「うん……。わたし……も……。がくっ」

「あんずー!!」

 

 

「……あなた達、何してるのよ。……授業……遅れるわよ」

 

 

 

 

 

 授業が終わって、放課後の訓練も夕飯も終わった。部屋に戻った私は、お風呂でゆっくり疲れを癒やしてから机に向かって椅子に座った。机の上には数学の教科書とノート。その横には気になっている事柄を落書きのように書き込むノート。今は精霊のことを書き込んでる。

 

 ──精霊が人体に与える影響

 

 その仮説というか、当たってほしくない考察が綴られてる。2回精霊の力を使ったタマっち先輩は、その時から何とも言えない不調を感じてるみたい。体には何もないことから、それは精神に影響すると考えるのが妥当。それなら、他のみんなも影響があるかもしれない。強い精神力の若葉さんや前を向き続ける友奈さんはまだしも、私や千景さんは不安が大きい……。それに──

 

「杏って凄いね。ここまで仮説たてられちゃうんだ?」

「ひゃぁぁ!?」

「あははは! すっごいびっくりしてる! 鍵掛けないなんて珍しいね? インターホン押しても反応無かったし」

 

 楽しそうに話しかけてくる勝希先輩は、椅子から落ちかけた私を支えてくれてる。レクリエーションの時も思ったけど、勝希先輩は身体能力が高い方な気がする。

 椅子に座り直した私は、ノートを片付けようとして、数秒考えてからやめた。もう見られたことだし、それならいっそ話した方が頭の中を整理できそうだから。そう思って、部屋にあるタマっち先輩用の椅子に勝希先輩に座ってもらった。察してくれたみたいで、話しやすい雰囲気を作ってくれる。友奈さんが勝希先輩のことを、『バカだけど馬鹿じゃない』って言ってたのも納得がいく。

 

「……勝希先輩は精霊のことをどう思いますか?」

「杏の考えは、人が扱うには危険性が高いってとこだよね?」

「はい」

「僕も同意見だよ。力に反動があるのは当然の話。銃の反動はデカくて、素人が撃てば脱臼の可能性もあるって言われてるし」

 

 分かりやすい例だと思う。人の身に余る力は、それだけ人を傷つけてしまう。それを抑え込めてしまうのが科学の力だとしても、科学はオカルトに使えない。だって、実験を繰り返して実証を重ね続けて、オカルトを否定してきたのが科学の力で、人類の歴史なのだから。

 

「それでも、その力に頼らざるを得ないのも事実」

「……はい」

「そうならずに済むならいいんだけどね。バーテックスが進化を続けちゃうから……。とりあえず、精霊の事を懸念するならそれは明日必ずみんなに話すべきだよ」

「そのつもりです」

 

 精霊の問題は片付かない。分かっていくのは危険性と、それでも頼らないといけないほどバーテックスが脅威であること。今後はさらに使用頻度が増えるかもしれない。それよりも先に対処法が見つかれば……。

 

「あーんず」

「むぎゅ。……?」

「考えるのはいいけど、暗くなり過ぎだよ」

 

 勝希先輩がふにゃっと表情を崩す。不思議なことに、それに釣られて私の頬が緩んでいく。肩の力も抜けて、リラックス状態になれた。友奈さんや千景さんが、勝希先輩と一緒にいると落ち着くというのも分かる。賑やかな人だけど、人懐っこい感じもあるからかな。

 

「僕は何もできないけどさ。みんな一緒だから」

「ふふっ、ありがとうございます勝希先輩。もう大丈夫ですよ」

「よかった。……あ、そうだ──」

『あんずー! 起きてるか〜?』

「ありゃ。うーん、まぁいいか。それじゃあまた明日」

「あ、はい」

 

 何か聞きたいことがあったみたいだけど、勝希先輩は手を振って部屋から出ていった。入れ替わりで来たタマっち先輩には怪訝そうにされたけど、変な誤解もされることなかった。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 おかしい。友奈と付き合い始めてから、なぜか距離感がいまいち分からなくなった。彼氏らしいこと、とか全然分かんないし、それなら考えるのをやめようって思ったんだ。今まで通りに友奈と接したらいいって。元から仲は良かったんだし。

 そうしてたんだけど、友奈はどうやら違ったみたい。少し手が触れ合ったりしただけで、友奈が反応して目を泳がせる。ひと目で分かるほど耳まで赤くなることもあったし。ああいう反応を見ていると、僕は接し方を変えたほうがいいのかもしれない。友奈が今まで通りのことに反応してしまうのだし。

 

「そんな感じに考えてみたんだけど、ちーちゃんはどう思う?」

「どう……と言われても。私は恋愛なんてしたことないのだし……」

「恋愛ゲームはしたことないんだっけ?」

「ないわね。それに、そういうゲームを元に考えたら高嶋さんに失礼よ」

 

 ご尤もな意見だ。二次元と三次元は違う。三次元を元に二次元はできるかもしれないけど、その逆はあり得ない。先進的な科学の世界とかならまだしも。

 何よりも、そのキャラと友奈は別の存在なのだから。

 

「……なんで私の部屋に来たの? 恋愛ならそれこそその手の小説を好む伊予島さんがいるじゃない」

「さっき行ってきたよ? 気づいたら別の話しちゃっててさ〜。杏っていろんな本読むし、話しやすいからかな」

「はぁ。仕方のない人ね」

 

 淹れてもらったお茶を飲んで、適当に笑って誤魔化す。チクチク視線が刺さったけど、それもすぐに引っ込んだ。ちーちゃんもだんだん僕への接し方を心得てきたよね。お互いに話しやすい距離感というか、落ち着ける感じを自然に保てちゃう。

 

「こういう事を一番相談しやすいのがちーちゃんなんだよね」

「っ……。大したことは言えないわよ?」

「全然いいよ! 女の子の意見を聞きたいしさ!」

 

 相談に乗ってくれるってことが嬉しくて、僕は身を乗り出す勢いで喜んだ。ちーちゃんが顔を逸らして、毛先を指でくるくる回す。いつもさらさらしてて綺麗な黒髪は、お風呂の後ってことも相まっていつも以上に華やかな香りを放ってる。僕はそれに少し惹かれつつ、姿勢を元に戻して相談を始めた。

 寝るのが遅くなると美容にも悪いし、相談は手短にすることになった。ちーちゃんも要点を纏めて答えてくれたし、鵜呑みにしないようにって注意もしてくれた。あくまでちーちゃんの意見だから。友奈とは違うのだから。

 

 

 翌日になってみたら、なんてことはなかった。友奈とは自然に話すことができたのだから。昨日の時点でも話すことに問題はなかったけども。それはそれとして、どこか余所余所しい感じは消えてた。チラッとひなの方を見たら、にっこりと笑顔だけ返された。どうやらまたお世話になったみたいだ。

 

「まーくん。ひなたちゃんが気になるの?」

「そういうわけじゃないよ」

「ふーん? ひなたちゃん可愛いもんね?」

「僕の話聞いてる!?」

 

 朝から教室でこんなやり取りになって、わざとなんだろうけど拗ねちゃった友奈の対応に終われてた。教室に入ってきたちーちゃんには呆れられて、若葉とひなは微笑ましそうに温かい目をしながらそっと距離を取られた。助けてくれないんですね。

 

「またひなたちゃん見てる!」

「そういう意味で見てたんじゃない!」

「あ〜、こんなやり取りが見られるだなんて……!」

「あんずー。鼻血が出てることに気づいてくれ?」

 

 なんとか授業が始まるまでに友奈の機嫌を治すことができたけど、今日一日友奈のお願いを聞くことになった。よく分からないけど代償が大きいような。でも全然罰とも思えなくて、それぐらいならいつでもやるよって言っちゃった。杏に録音されちゃった。

 そうして昼休みになったところで、タマの口からイベントの話を持ち出された。この季節には持ってこいの。

 

「お花見? いいですね〜。私は賛成ですよ」

「私も異論はない」

「……この状況でお花見?」

 

 タマと杏の提案に、若葉とひなはすぐに賛成した。僕はもちろん賛成だし、こういう事に友奈が賛成しないわけがない。けど、最近ピリピリしちゃってるちーちゃんは渋った。ひなに神託が下って、かつてない事態になると言われてるのもあるからだね。

 

「別にいいじゃん? 楽しみがある方が」

「そうそう! 私も郡ちゃんとお花見したいし!」

「……二人がそう言うなら……」

 

 ちーちゃんの頬を引っ張りながら微笑む友奈に、ちーちゃんはすっと折れた。相変わらず友奈に甘いというか、……本人に言ったら怒られるから黙っとこ。

 

「よーし! 今度の戦いが終わったら祝勝会も兼ねてやるぞー!」

「勝希先輩はタマっち先輩と一緒に釣りをしてきてくださいね?」

「何そのプラン!? お花見で魚釣るって何!? やるけど!」

「やるのか……」

「ふふっ、勝希さんらしいですね。私は料理をしてみましょうか」

「ひなたちゃん料理するの? なら私もやる! 郡ちゃんもやろ?」

「……簡単なものなら」

 

 勢いで決まっていく花見の計画。でも、どういうやり方だろうと楽しめる。みんなとなら。

 

 そうやって話し合ってたこの日の夕方。

 バーテックスの侵攻があった。

 

 そして

 

 

 花見は叶わない約束になった。

 





 タマっち先輩と一緒に寝る時に話した。
 私達って本当に姉妹みたいだよねって。
 私が姉っていうのは合わないから、姉はタマっち先輩。

 また一緒になれたら、今度は本当の姉妹に……。


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22話 転がり落ちる日常

 アイスボーンが楽しいですね。飛竜刀の派生を見てたら、これはシルソルくんがシークレット実装されているんじゃないかとワクワクしてます。銀レウスが一番好きなモンスターなので。


 

 何が起きてるのか理解できなかった。理解したくなかった。

 戦いから帰ってきたみんなの表情はとても暗くて、信じたくない現実を叩きつけられたのをすぐに悟った。手を繋いだまま静かに眠る杏とタマの体には大きな穴が空いていて、体のいたる所から出血もしていた。友奈も傷だらけで倒れてるけど、弱々しく呼吸が繰り返されてることから、なんとか命が繋がってることがわかる。

 

「友奈……」

 

 友奈に寄り添って、額から溢れ出る大粒の汗をハンカチで拭う。僕には何もできないから。これくらいしか。

 一番傷が深い右手を見やる。いつも酷い怪我をしてくるけど、今回は比べ物にならなかった。骨も砕けていそうだ。そんな手に僕はそっと手を重ねる。おそらく怒りのままに振り続けたであろう拳に。

 

【────?】

「……煩いよ」

 

 随分と久しぶりに声をかけてくる何かを黙らせる。みんないっぱいいっぱいだから、僕が呟いたことに誰も気づかない。その事に少しホッとしながら、大社の医療部隊が来るまで友奈の右手に手を重ねた。友奈に痛みが走らないように気をつけて。

 

「若葉とちーちゃんは部屋で休んでて」

「……あぁ」

 

 相当まいってるのが分かる。ちーちゃんは無言で、若葉は短く言葉を返して自室に向かって行く。いつも気丈だった若葉でさえキツイんだ。ちーちゃんの方は限界を超えてるかもしれない。友奈だって意識が不明なんだし。

 

「勝希さん……」

「ん。来たみたいだね」

 

 駆けつけてきた医療部隊に友奈を任せる。友奈の様子を見た隊員は、表情を曇らせて「精一杯のことはします」とだけ言った。素人ながらにヤバイだろうと思ってたけど、やっぱり深刻な状態なんだ。

 杏とタマの体は、綺麗に血を拭ってから葬儀を執り行うらしい。でも、一般人に知られるわけにはいかないから、大社内で済ませるとか。関係者は呼ぶみたいだけど、二人の両親ってどうだったっけな。

 

「一ついいですか?」

 

 大社の人にひなが交渉を始めた。その内容に目を丸くしたけど、ひならしいとも思った。それから、ひなは強い人なんだと思った。現実を受け止めて、自分にできることを最大限する。それを実行できる。僕とは違う。そういうのを思いつかなくて、口に出せない僕とは。でも……。

 

「それなら僕も手伝うよ」

「勝希さん?」

「じっとしてるのは苦手なんだ」

 

 ちょっとお茶らけてみる。笑えてる自信がない。たぶん酷い笑顔になった。それはひなの顔を見たら分かる。一瞬悲痛そうな顔になったから。

 

「……わかりました。お願いします」

「うん」

 

 大社の人たちと一緒に移動する。ひなと一緒に杏とタマの血を拭くために。女性の体を見てしまうことになるけど、そういう事をとやかく言っていられない。この役割を、ひな一人に背負わせるわけにはいかないから。みんなが戦ってる時に何もできないのは僕も同じだし、ひなと違って神託すらないのだから。これすらやらなかったら、僕が僕を許せなくなってしまう。

 大社の人たちにはいなくなってもらって、部屋の中には僕ら4人だけ。杏をひなが、タマを僕が担当する。こびり付いてしまっている血を、丁寧に丁寧に拭いていく。脳内に流れ出すのは、二人と初めて顔を合わせた時。

 

『……3年生?』

『なんだと!?』

『お、落ち着いてタマっち』

『まーくんも謝って!』

 

 初手で地雷を踏み抜いて、出会って3秒でバトルになりかけたところを止められたんだ。僕は友奈に拳骨されたけど。

 たぶん、僕もタマも一瞬で理解できたんだ。僕らはこういうわざといがみ合うのが丁度いいんだと。こうしていがみ合って(じゃれ合って)、ドタバタ騒ぐのがしっくり来るんだ。

 

「……っ……!」

「……ひな……」

 

 すすり泣く声が聞こえてくる。涙を堪らえようとしても溢れちゃって、それでも手を止めないひなの姿が見える。震えてしまっているけど、手を動かし続けているのは、そうしないと崩れ落ちてしまうからだろう。それなら、ここで僕が声をかけるわけにはいかない。ひなの様子を気にかけながら、役目を全うするとしよう。

 二人の体を清め終わったら、二人の部屋に向かうことになった。遺品整理のためだ。二人のことを気にかけてて、仲が良かった巫女の安芸さんに何か渡せるものがあるかもしれないから。

 

「部屋の中にアウトドアグッズ……」

「球子さん、らしいですね……」

 

 豪快な性格をしているわりに、部屋の中は案外と整理されてる。釣り道具は釣り道具で纏められてるし、キャンプ用品はキャンプ用品で纏められてる。思えば、タマはなんだかんだでしっかりしていた。それがこの部屋に表れてる。

 

「うっ……うぅっ……!」

「……辛いなら僕だけでやるよ?」

「いえっ……私が……言い出したこと、ですから」

 

 溢れ出す涙を何とか抑えたひなと、杏の部屋に移動する。結局安芸さんに渡せるものが何か判断できなかった。僕は安芸さんに会ったこともないし、ひなが判断できないなら、渡せるものはないってことでいいんだ。

 

「いつ見てもすごい本の量だね。小さな図書館だ」

「そう、ですね……」

 

 タマとは正反対の部屋。部屋全体から柔らかな印象が出てて、優しく包み込まれそうな空気を感じる。そうなるように杏が内装を整えたからだろうし、本に囲まれてるからだろうけど、杏の部屋だからだね。杏の普段の印象が、この部屋にも染み付いてるんだ。ここで生活していたから。

 

「あんず……さん………っ!」

「ひな。もう後の予定もないし、我慢しなくていいんだよ」

「っ!」

「泣いたっていいんだ。泣ける時に泣かないと、心が辛いから。僕だって胸を貸すことくらいできるし」

 

 膝が崩れ落ちてしまったひなに合わせて、僕も床に膝をつけて声をかける。目を真っ赤にして、今にも目尻から涙が零れそうになってるひな。強い人だと思ってた。実際そうだと思う。でも、ひなだって人間だ。同い年の女の子だ。友達の死を悲しむ普通の女の子なんだ。泣いたって誰も咎めない。

 抱きかかえるようにひなを包み込む。一瞬強張ったけど、次第に力が抜けて言って、腕の中から静かな泣き声が聞こえてきた。僕はそれを見ないように視線を上げて、自分の役割について考えていた。きっと、僕にできることはそういうことだけだって。

 

「すみません。もう、大丈夫です」

「うん」

 

 目を真っ赤にしながら、照れくさそうにはにかむひなを見て、落ち着いたのを確認する。完全に大丈夫になれるわけもないし、一時的だろうと少しはスッキリできたのならいいや。

 

「これ、友奈さんに知られたら大変ですね」

「うぇっ!? い、いや、説明したら分かってくれるよ」

「ふふっ。そうですよね。それでは、私は部屋に戻りますね」

「うん。また明日」

 

 ひなに手を振って見送る。一人杏の部屋に取り残された僕は、杏の机を探る。杏が書き込んでいた考察ノートを見つけるために。あの考察は当たっている。そんな確信があったから。これを大社に渡さないといけないし、その前に新しいことが書かれていないか確認もしたかった。

 

「あったあった。これだ」

 

 探るのは引け目を感じたけど、どうせ大社が漁りにくるだろうから。それならその前にこっちが徹底的に探して、これを渡した方が気分がいい。友達の部屋にドカドカ入られるのは嫌だからね。

 ノートを開いて杏の考察を一から見ていく。僕が知ってるのは、つい先日見た内容だけだからね。とは言っても、これを書き始めたのは最近のことらしい。タマが遠征中に2回目の切り札を使って、それから調子が優れないことを言ってた。それを機にこのノートに考察を書き始めたみたい。

 

「精霊……か……」

【────】

「だから煩いってば。今まで黙ってたくせに」

【────】

「……話しかけないで。気が立つ」

 

 耳から聞こえてくる音じゃない。脳内で勝手に響いてくるだけ。だから当たりも強くなる。耳を塞いでも聞こえてくるんだから。自分の中で誰かいる、とかそんなのでもない。二重人格でもないから。それなのに、誰とも分からない声が脳内で響く。

 

──あぁ煩い。友奈の名を出してくるな

 

 

 

 

「……どうしたのよ」

「え?」

「……あなたが部屋に来たのに、何その反応……」

「あ、ごめ……。……ねぇ、部屋に入っていい?」

「…………話し相手は、できないわよ」

 

 気がついたらちーちゃんの部屋に来ていた。玄関で変なやり取りをしちゃったけど、中に入れてもらえた。本当は一人でいたかったはずなのに、僕は彼女に負担をかけてしまっている。

 

「机借りるね」

「ええ」

 

 許可をもらったところで、机に向き合って作業を始める。感謝されないかもしれない。ただ追い打ちをかけることになるだけかもしれない。それでも、僕はこれを作ったほうがいい気がした。これを完成させようと思った。でも、一人ではいたくなかった。だからここに来てしまった。

 

「……こんなところかな」

 

 完成したそれを翳してみる。表と裏も確認して、変な部分がないかチェックする。特に違和感がない。明日改めて確認するとして、今日はこれで終わろう。作業に没頭していて、時間のことを忘れてしまっていた。ちーちゃんも放置してしまっている。話しかけない方がいいのかもしれないけど、気まずさだけ与えてたら、それこそ厄介ものだ。

 

「ちーちゃ……」

 

 振り返って愛称を口にしたけど、それは途中で止まった。ベッドに腰掛け、布団に包まっていたちーちゃんが震えていたから。その震えの原因なんて分かってる。僕やひなと違って、その瞬間を目の当たりにしたんだ。恐怖がこびり付いていてもおかしくない。

 そして、僕は自分のことに手一杯で、彼女のことを放置してしまっていた。殴ってやりたい。僕は僕自身を全力で殴ってやりたい。

 

「怖いよね」

 

 隣に腰掛け、彼女の方を見る。布団で隠された彼女の表情は分からない。怯えた様子も変わらない。

 僕はどう声をかけるべきなんだろうか。戦うことができなくて、サポートすることもできない。そんな人間の同情なんて鬱陶しいだろう。苛立つだろう。だから、言葉を持ち合わせない僕は、黙って側にいることしかできないんだ。

 

「…………離して」

「やだ。少しだけ、こうしてよ?」

 

 横から彼女を抱き締める。一度言葉で拒絶されたけど、少し抵抗してみてたら黙り込んだ。あまり会話もしたくない心境なんだね。 

 僕らはしばらく無言のままでこうしていた。会話もなく、特になにか行動するわけでもなく。居心地が悪いことなんてなくて、気まずいなんてこともない。いつの間にかちーちゃんの震えも収まってきて、彼女の方から口を開いた。

 

「……あれは、バケモノよ……。切り札も効かなくて……彼女たちも……」

「うん……」

「次あんなのがまた来たら……今度は私が…………いや……死にたくない……!」

「うん」

 

 本音を吐き出すちーちゃんに、僕は何も返せない。恐怖に染まり、声を震わす彼女に何も。

 戦う力なんてないから。慰めの言葉なんて持ち合わせてないから。根拠のない大丈夫なんて言えない。気休めどころか、相手の神経を逆撫ですることになる。

 

 なぜ僕はこんなにも無力なんだろうか……。なぜこんな僕が、丸亀城にいるのだろうか。

 何か役割があるからだと思ってた。

 

 小さな事でも、何かがあると。

 

 でも、どうやら違うみたいだ。

 

 

 ──杏が僕について(・・・・・)考察していたこと。そこにヒントが隠されているだろうし、もしかしたら答えにたどり着いていたのかもしれない




 今日になってまた■■■が聞こえるようになった。聞こえないでよかったのに。脳内に響かせてくる。それをどうすることもできなくて、ただ無視するしかない。
 それはそれとして、杏の考察を元に考えたら、どうやら僕は■■■■■■■■■■■。
 勇者御記 二〇一九年 五月 
 佐天勝希 
 大赦史書部・巫女様検閲済


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23話 それでも前を向いて

 

 友奈はまだ入院中。命を落とす可能性があると言われていたけど、危険な状態から脱することができたらしい。今はただ眠っているだけ。もう少し時間がかかるだろうけど、あとは目を覚ますのを待つだけ。友奈のことだから、ひょっこり目を覚ますだろうし、お見舞いに行ったらケロッとした態度で元気な様子を振る舞うんだろうね。

 タマと杏の葬儀は大社内で密かに行われた。大社が遠征の結果を虚偽まみれの内容で人々に伝えてるせいで、勇者二人の落命を報じられないんだ。『勇者でも勝てない敵が現れた』なんて教えたら、狂乱騒ぎも考えられる。

 

「あんた達……」

 

 タマと杏の棺を前に膝をつく巫女がいた。溢れる涙を止めることなく、二人の死が信じられないという様子で。

 ひなに聞かなくても分かる。彼女が、杏とタマを導いた巫女安芸真鈴さんなんだ。

 

「こんな事になるくらいなら……。無茶を言ってでも側にいればよかった!」

 

 彼女の後悔が胸に突き刺さってくる。『側にいたかった』という彼女の想いが、僕にとっては違う意味で辛いものだった。だって、僕は何も持たない人間なのに勇者の側にいられるのだから。居場所を奪ってる可能性すらある。

 だけど、ごめんなさいは言わない。何も言うことはできないし、何も言わない方がいい。僕はただ、彼女の想いを、現実を受け止めるしかない。

 

「安芸さん、ですよね?」

「っ……?」

「初めまして。佐天勝希です」

「……あんた、が……」

 

 でも、それはそれとして、僕は僕にできることをやらないといけない。そのために、ちーちゃんの部屋で作業をしていたのだから。

 瞳を赤く染め、涙を零す安芸さんに合わせて僕も膝をつく。僕は安芸さんのこと全然知らないけど、安芸さんは多少なりとも何か知ってるらしい。ちょっと気になるけど、興味本位で聞く空気でもない。用を済ませよう。

 

「ひな……ひなたと遺品整理してたんですけど、渡せるものが何か分からなくて。だから、僕が勝手に作ったものですけど……これを」

 

 安芸さんにロケットを示す。ネックレスになるように紐を通してあるそれを、安芸さんは受け取ってくれた。なんの捻りもない簡単なもので、珍しくもない。だからこそいいと思う。それには、杏とタマのツーショットを入れたのだから。

 

「ぁ……あぁぁ」

「急造だったので、あまり良い物にはできませんでしたが……」

 

 安芸さんが強く首を左右に振る。今、言葉を発する余裕はないけれど、否定はするってことみたい。これで十分だと、そう言われた気がした。

 この手のものを作る時に、こだわりを入れたりする僕だけど、安芸さんのことを知らない僕はシンプルさを求めた。もっとこうしたらよかったかな、なんて思ったりするけど、安芸さんがこれでいいと言ってくれてるのだから、素直に受け取ろう。

 

「すみません、僕はこれで」

 

 安芸さんは他の巫女さんに任せて、僕はこの場を後にした。まだ精神的にキツイ状態のはずだけど、若葉たちは最後まで残ったらしい。そういうところが勇者たる所以なのか。

 

「佐天くん」

「……あれ? どうしたの? 葬儀はまだ終わってないんじゃ……」

「ついさっき終わったわ」

 

 僕は勇者たちから離れ過ぎるわけにはいかない。ここが大社内であるならこと更に。それに、先にあの場を離れるという後ろめたさもあって、僕は葬儀場の近くの壁に項垂れるようにもたれかかっていた。何も考えず、ただぼうっとしていたら、ちーちゃんが僕に声をかけてきた。顔色はまだ優れない。多少は落ち着けてるみたいだけど。

 

「丸亀城に戻るって流れ?」

「乃木さんたちはそうするみたいね」

「ちーちゃんは?」

「病院に行ってから帰るわ。佐天くんも来るでしょ?」

 

 病院……なぜ今そんなことを言っているんだろう。だって友奈はまだ眠っているはずだし、大社から言われてるカウンセリングだって無視してるはず。

 

「先ほど知ったのだけど、高嶋さんと面会できるらしいわ」

「っ!! そっか……。意識が戻ったんだ」

 

 肩の荷が降りたように、僕の気持ちは楽になった。ほっと息を吐いただけのはずなのに、思ってた以上の空気が吐き出される。その事に苦笑しつつ、僕はちーちゃんの誘いにのった。

 

 

 

 

❀❀❀❀

 

 

 

 使用を禁止されていた奥の手。三大妖怪の1体である酒呑童子の力を使った。それまで使ってた切り札じゃ通用しなかったし、タマちゃんとあんちゃんのことがあったから。

 思考が消え去った。怒りに飲み込まれた。私は一切の迷いもなく、一片の後悔もなく酒呑童子を使用して敵を倒した。……ううん、後悔はある。もっと早く判断して禁じ手を使っていたら、二人を守れたんだから。明らかに今までと違う敵だってことは、雰囲気で掴めていたのに。

 

「高嶋さん」

「ぐんちゃん! まーくんも、来てくれたんだ!」

 

 暗い思考を中断した。二人が来てくれたんだもん。お見舞いに来てくれたことを喜ばなくちゃ。

 

「傷の具合は?」

「右腕以外は大丈夫だよ。これは治るのにまだしばらくかかるみたい」

「そっか」

 

 私が座ってるベッドの側に、来客者用の椅子が置かれてる。まーくんはそこにぐんちゃんを座らせて、その横に立ってる。レディファストなんだろうけど、それ以外にも理由がありそう。

 酒呑童子の力を使った私は、戦闘の傷とは別に体に大きな負担がかかってる。強大過ぎる力だから、反動も強い。体の内側が悲鳴を上げてる。

 

「ぐんちゃん大丈夫?」

「え?」

「ちょっと辛そうに見えたから」

 

 顔を少し下げて、覗き込む形でぐんちゃんを見る。ぐんちゃんは困ったように目を泳がせて、その様子を見てたまーくんが一言断って、部屋から出ていく。まーくんなりの気遣いに感謝して、私はぐんちゃんの手を引いた。

 

「高嶋さん?」

「ぐんちゃんもう少しこっち来て」

「え……」

「いいからいいから」

 

 ぐんちゃんに近づいてもらって、私はぐんちゃんを優しく包み込んだ。どうするのが最適か分からない。だから、私は私が落ち着けるやり方を実践してみた。ぎゅーってして、背中をゆっくりぽんぽん叩いて。子供っぽいかもしれないけれど、これが結構落ち着ける。

 

「大丈夫だよ。ぐんちゃんは私が守るから」

「…………」

「あれみたいなのが来ても、私がまた倒してみせる。だから、大丈夫」

「……ありがとう高嶋さん。もう……大丈夫よ」

 

 はっきりした口調で、ぐんちゃんが私から離れる。言葉の強さとその瞳から、ぐんちゃんが本当に大丈夫なのだと分かった。ぐんちゃんは決して弱い人じゃない。弱さ(・・)()自覚(・・)してる強い人だ。私みたいな誤魔化しでもなく、まーくんみたいな躱し方でもない。若葉ちゃんとは少し違うだけで、強さを持ってる。

 

「高嶋さん? どうかしたの?」

「ううん。ぐんちゃんって凄いなぁって思っただけだよ」

「……私は……」

「ぐんちゃんは強い人だよ」

 

 自分のことに揺らいでしまいがち。そこが偶に傷ではあるけど、そんなの関係なく私はぐんちゃんが好き。ぐんちゃんのことが好きで、ぐんちゃんの親友でいたいと思う。それくらい誇らしい人なんだ。その事を自覚してくれてないけど、気づいてくれる日が来ると信じてる。

 私はぐんちゃんに頼んで、席を外してるまーくんを連れてきてもらうことにした。まーくんとはまだ全然話せてないし、話さないといけないことがあるみたいだからね。

 

「二人の話はもういいの?」

「私は大丈夫」

「私もよ。今度は私が席を外すわね」

「ありがとう、ぐんちゃん」

 

 お礼を言ったらふわりと微笑んでくれた。それは友として嬉しい返しだし、ぐんちゃんの心が落ち着いてる証でもある。私も自然に笑みが溢れて、小さく手を振り返した。

 部屋のドアが閉まったら、ぐんちゃんを見ていたまーくんの視線がこっちに向けられる。まーくんが口を開く前に、『大したことはしてない。本人の強さだよ』と答えをぶつける。私の予想は当たってたみたいで、まーくんも開きかけた口を閉じて、私の目を見つめてくる。その瞳は話を促すだけじゃなくて、私のことを見透かしてきそうなものだった。

 

「まーくんさ、何かあった(・・・・・)よね? まーくんしか知らないような何かが」

「……なんでそう思うの? 確信を持ってるようだけどさ」

「私には分かるんだ。そうできるようにお爺さんに託されたから」

「!?」

 

 まーくんが目を見開く。それもそうだよね。だってまーくんは何も知らないんだから。あの日(・・・)、世界が変わってしまったあの日に私は託された。私の大切な人、大好きな彼氏の存在を。

 

「……それさ、教えてくれるわけじゃないんだよね?」

 

 まーくんなりの探りが始まる。どこか確信を持った質問で、それは疑問を確固たるものに変えるためのもの。誤魔化しが聞くわけでもなく、かと言って話せるわけでもない。だから私は、まーくんの質問を肯定した。教えられない内容なんだと。

 

「まーくんはできるだけ私の側にいて。もしくはヒナちゃんの側に」

「……共通項が分からないな」

「私は勇者で、ヒナちゃんは巫女だもんね。でも、分からないままでいてほしいな」

「はぁ。……まぁ、爺ちゃんが黙ってたことだし、友奈が秘密を守ってるわけだしね」

 

 やれやれって頭を振ったまーくんだけど、私にも一つ言ってきた。考えないようにするのは、無理があるってことを。どうしても頭を過ぎってしまうことはある。それは私も同意見。

 

「それでも、まーくんには前を見て過ごしていてほしい。それが一番の対処法になるから」

「よく分からないけど、そうする事を心掛けるよ。ここまで言われるってことは、それだけ大事なんだろうから」

 

 まーくんが私のお願いを聞いてくれる人でよかった。誰だって深く追求したくなっちゃうことが、今まーくんの中で起きているのに。

 私がほっと一安心してると、今度は私の番だとまーくんに言われた。なんの事かさっぱり分からなくて、小首を傾げる。冷めた目でじとって見られるても、分からないものは分からない。

 

「酒呑童子を使ったんでしょ? 今までの比にならない負荷がかかってるはずだよね?」

「あー、結構しんどかったけど、今は大丈夫だよ」

本当に(・・・)? 杏は精霊の使用で、精神的負荷がかかることを危惧してた。精霊が人間に与える影響から、精霊は悪霊の面もあるって。人の心に穢れが溜まる可能性もあると。この仮説は不思議と合ってると確信を持てる」

「まーくん……」 

 

 さすがあんちゃんだよ。今の話を聞いて、私は納得がいった。穢れが溜まって精神に影響を来たす。その仮説は正しいんだ。良くない思考をしてしまっていた時期もあるから。

 それよりも、私は今看過できないことが起きてると知った。それは、まーくんがこの事に確信を持ってることだ。今までそんな事なかった。せいぜい、『合ってる気がする』程度だった。それなのに、今回は確信を持ってしまっている。それはつまり……。

 

「人のことばかり優先してるけどさ、これに関しては自分を優先して。本当は時間をかけてケアすることだけど、それができる状況でもない。それなら少しでも気持ちを安らげられるようにして」

「……そうだね。でもほら、私って誰かといる方が落ち着けるから」

「……たしかに」

 

 看過できない。でも、まーくんに知られるわけにもいかない。それなら、せめて私にできることをするだけ。

 

「まーくんこっち来て?」

「うん」

「やっぱり私にはこれが一番だよ」

 

 さっきぐんちゃんにやったことと同じ。まーくんとハグ。背中に手を回して、回されて。お互いにぎゅってする。大好きな人に包まれる嬉しさ、温もり、愛おしさ。いろんなことが頭の中を回って、心を満たしていく。

 私にとってたぶん効果的なケア。そして、まーくんにとっても。気休め程度の効果しか出なくても。それでも。

 

 

 




 おそらく激化する戦いに、友奈さんは一歩も引かない。入院数が増える。
 彼女から話を聞かされている私は、勝希さんをしっかりと見ないといけない。……どこかで分かっていたから、彼女は先に教えてくれたのだろうか。

 二〇一九年 五月
 上里ひなた 


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24話 希望の在り処は

 

 また友奈が入院した。そもそも退院していたのかと聞かれると、そうでもないからこの言い方はおかしいか。正しくは、友奈がまた面会謝絶になった。

 神樹は四国を覆うように不可視の結界を張っていた。それは、結界の外にいるバーテックスが、一般人たちに見えないようにするためのもの。他にも効果があるのかもしれないけど、今わかっているのはそれだけだ。

 今回、勇者たちはその結界の外を偵察しに行った。勇者たちですら結界のことは知らず、偵察の過程で初めて知ったらしい。そして結界の外では、杏とタマを殺した超大型バーテックスの別の形態が複数体生成され始めているらしい。その強大な力には、切り札じゃ太刀打ちできない。酒呑童子クラスの精霊じゃないと。

 

「まったく、友奈は自分の体をなんだと思ってるんだか」

 

 外の空気を吸うために、一人愚痴りながら空を見上げる。変わることなく綺麗な空と形様々な雲。大自然は何一つ変わらない。変わっているのは僕達人間の世界だ。ゲーム感覚で言うなら、こうなっていくのも自然の浄化作用と言うことになるのかな。いや、神なんて存在が顕在化する程なんだ。浄化作用とは言えない。言わせない。

 

「勝希さん、こちらにいたんですね」

「ん? 何か用事?」

「いえ、特別何かあるわけでもないんですけど」

「なるほど。そういう事(・・・・・)か」

「はい。そういう事、です」

 

 友奈って抜けてるとこがあるのに、こういう所は抜け目ないよね。ひなには事情を話してあるってことでしょ。リーダーの若葉でもなく、巫女であるひなに。

 気分転換も済ませた僕は、ひなの部屋へとお邪魔することになった。やっぱり部屋は部屋主の特徴が反映される。包容力の高さを普段から伺わせるひなの部屋は、リラックスできる空気が漂っていた。

 

「お茶でいいですか?」

「うん。ありがとう」

 

 用意されたお茶をいただき、穏やかな表情で向かいに座るひなを見つめる。何をどこまで知っているのか、この状況でこうしているということは、少なくとも僕以上に僕のことを知っている。友奈が教えたんだろうから。なら、そこの確認でもしようか。

 

「全部、とは流石に言えませんよ。友奈さんが教えてくださったのは、勝希さんが丸亀城に、つまりは勇者の皆さんと一緒にいる理由です」

「一緒にいると言うよりも、いさせられてる(・・・・・・・)の方がニュアンスとして合ってそうだね」

「そういう見方もできますね」

「僕としては、みんなと仲良くなれたし棚ぼたみたいな感覚だけどね」

「ふふっ、おそらく皆さんも似た気持ちだと思いますよ」

 

 この待遇に文句なんて言うはずがない。男友達こそできなかったし、今からできるってわけじゃないけど、それでも大切だと思える友達ができたんだ。勇気を振り絞って戦う。そんな気高く、誇りのある友達が。

 

「なんで友奈はひなにだけ話したんだろうね?」

「教えられません。と言うよりも、私もその事自体を完全に理解できてるわけでもないので」

「ふーん? でも、役割として受け入れたんだ?」

「友奈さんの負担を減らせるなら。そう思っただけです。私は戦えませんから」

「そう言われたら僕は完全にお荷物なんだけどね〜」

「すみません……そういうつもりじゃ……」

 

 皮肉なことを言ってしまった。すぐに反省して、眉を下げるひなに謝罪する。嫌なことが続いてるからか、どうにもマイナスな思考になってしまってる。これじゃ駄目だ。

 

「希望は前に、兆しは上に……だったね」

「え?」

「婆ちゃんが言ってたんだ。どれだけ苦しくても、希望はいつだって前に存在する。その兆しはいつだって上を見ないと気づけないってね。兆しを上って言ってるのは、その時に下を見てるって仮定らしいよ」

「……希望は前に……。素敵なお祖母様だったんですね」 

 

 婆ちゃんの言葉を繰り返したひなは、いつものふわりとした笑みを浮かべた。無理してなくて、自然な浮かべ方。僕はそれに頷いて、婆ちゃんから教わったことを少し思い返してた。……たいてい爺ちゃんと一緒に説教受けてたけど。

 思考を切り替えて、仮の話を考える。もし世界がこんなんじゃなかったら、ひなは男子からモテてたんだろうな、なんて。若葉がガード役かもだけど、若葉は若葉で女子人気高そう。

 ふっ、と笑いが溢れてしまった。首を傾げるひなに、想像してみたことを話してみる。

 

「若葉ちゃんはそうかもしれませんが、私はそんな事にならないですよ」

「そうかな?」

「はい。私は若葉ちゃん一筋ですからね」

「……そういう事ではなく。それはそれとして、男子からの人気高いと思うよ? 包み込んでくれそうな柔らかい雰囲気があるし、可愛いし、笑顔だって綺麗だし」

「ナンパですか? 友奈さんに報告しますよ?」

「違うからやめて!? 仮の話を男子代表として意見してるだけ!」

 

 スマホを操作しようとするひなに手を伸ばして、静止の声をかける。冗談ですってクスクス笑ってるけど、心臓に悪いからやめてほしい。あと、スマホの画面が友奈とのトーク画面だったんですけど。本当に冗談なのかな……。考えるのはやめておこう。

 

「話を戻してみますか。私は杏さんの人気が高いと思うんですが」

「あ〜。奥ゆかしい感じだけど、芯があってしっかりしてるもんね。でも、それこそタマが障害として間に割って入りそう」

「たしかにそうですね。球子さんならきっとそうします」

「喧嘩とかにはならずに、何なら友達とかになるんだろうね」

 

 学校生活があったらどうか。そんな話をして盛り上がる。数年一緒に過ごしたんだ。こういう事をしそう、なんて簡単に想像できる。もしかしたら、なんて展開も予想してみたり、話題が尽きることはない。

 

「友奈さんは男女ともに人気高そうですよね。誰でも分け隔てなく接しますから」

「友奈は僕の彼女だから。誰にも渡さないから」

「ここで本気になられても……」

 

 しまった。反射的に即答してしまった。

 僕の失態をひなは笑って流してくれた。友奈ならどの部活にも入らないだろう、って話題を作ってくれる。僕もそれに乗る。友奈が入るとしたら、ボランティア部とかだろうって。そんな部活があるかは分からないけど、もしあったらそこに入ってる。無くてもボランティアをしてる。そんな姿を簡単に想像できる。

 

「勝希さんは友奈さんと同じ部活ですか?」

「そうなるかなー。それか自分で何か作るか」

「でしたら、勝希さんがボランティア部を作ってるかもしれませんね」

「たしかに……!」

 

 ボランティア部が無かったら、僕が友奈と一緒に作ってそうだ。というかそうする。絶対にそうする。それで、たぶんメンバーを集めた結果が、今の面子になるんだろうね。そんな気がする。

 

「私もそう思います。千景さんも、友奈さんと勝希さんが声をかけて入るんでしょうね」

「だね〜。……ひな」

「はい。それではまた明日」

「うん、また明日」

 

 淹れてもらったお茶を飲み干して、手を振って部屋を出る。こういう察しの良さとか、気遣いとかもモテる理由になりそうだけどね。本人は当然のこととしてやってそうだから、全然自覚してないだろうね。

 ひなの部屋から自室へ……戻るわけではなく、ちーちゃんの部屋に向かう。友奈がまた面会謝絶になってしまってるから、ちーちゃんの心の支えが揺らいでしまってる状態だ。僕が支えになるかはともかくとして、寄り添うことぐらいできるはず。

 

「ちーちゃーん」

 

 声をかけても返事が無い。インターホンを鳴らしても返事がない。どうしたものか。何回も訪れている部屋とはいえ、女の子の部屋に突然入るわけにもいかない。それなのに返事がない。もう一度インターホンを鳴らすけど、やっぱり反応がない。ドアノブに手をかける。鍵が開いてるのがわかり、少しだけドアを開けて、声をかける。でも返事がない。

 部屋の灯りが薄暗い。嫌な予感がした。僕はすぐに部屋に入り、慌ただしく靴を脱いで部屋に上がった。奥に駆け込むと少し荒れた部屋が目に入った。物は壊れてない。整理されてたはずの部屋に、物が散乱してるくらい。ちーちゃんはベッドの上で布団に包まり、膝を抱えてる。どう声をかけたものか。原因が分からず、辺りを見渡してそれ(・・)を発見した。

 

「これって…………っ!」

 

 机の上に置かれていたパソコンには、とあるサイトでの人々のやり取りが書かれていた。ネット上での知らない人同士のやり取り。それ自体は珍しくない。よくあること。だけど、その内容が酷かった。

 

『勇者が死んだらしい』

『災害は勇者がバーテックスを抑えられないから』

『役立たず』

『何のための勇者なのか』

『ふざけるな』

 

 心ない言葉ってのはこういう事なんだろう。自分たちがなぜ生きていられるのかも度外視。バーテックスという存在がどれほど恐ろしい存在なのかも度外視。勇者がどれだけ苦しい思いをしながら戦っているのかも度外視。

 みんな好き勝手言って。勇者という存在を自分の都合のためだけに考えて。ちーちゃんが荒れたのも分かる。これは勇者じゃない僕だって腹が立つ。でも、僕が怒っちゃいけない。僕は勇者じゃないから。バーテックスの怖さも知らないから。代弁者になることなんてできないし、僕がこの部屋に来た目的は別なんだ。

 

「ちーちゃん」

「……」

 

 ベッドの側に行って声をかけるけど、塞ぎ込んでるちーちゃんは返事してくれない。寝てるわけではないみたいで、僕が声をかけたらピクッと反応してた。僕はちーちゃんを覆う布団をどけた。何をするんだ、という目を向けられても、僕はわざとふにゃっと笑う。それと同時に内心で少し動揺してる。だってちーちゃんの目が憎悪に染まっていたから。

 

「……見たでしょ?」

「パソコン? うん、見たよ」

「みんな……好き勝手に言って…………私たちがどれだけ、どれだけ苦しい思いをしてるかもしらないで……!」

「うん」

「何のために戦ってるの!? 私たちが守ってきた人たちにあんな事言われて! それなのにまだ戦わないといけないの!?」

 

 ベッドに上がり、向かい合って座る僕にちーちゃんが本音をぶつけてくる。今まで溜め込んでたことを。知らない一面ってわけだけど、怖くない。むしろこうして話してくれることが嬉しい。どう思ってるのか分からないことが、一番怖いことだからね。

 

「好きで勇者になったわけじゃない! 勇者になったから、戦う役割を押し付けられたから戦ってるの! みんなが私を見てくれるから! それなのに……!」

「うん。でも、僕はずっと隣でちーちゃんを見続けてるから。人数では到底どうしようもないけど、それでも僕はちーちゃんの隣に居続ける。できるだけ支え続けるから」

「そんなの……。あなたがそうしたところで、あいつらは何も変わらないじゃない! 知ってしまったのよ! ああやって叩かれてることを! もう知ったのに!」

「そう、だね……。うわっ!? え?」

 

 なんて声をかけたらいいんだろう。友奈なら何か言えるのかな。僕には思いつかない。だから僕は目を逸らしてしまった。その瞬間に僕は押し倒されて、両肩をちーちゃんの両手で押さえられる。目をぱちくりさせながら、僕を押さえつけるちーちゃんの様子を伺うも、その瞳からは何も読み取れない。いろいろ渦巻いてるってことなら分かるけど。分かるなりにやってみようかな。

 

「……ねぇ、千景(・・)

「っ!」

「僕は何もできないからさ。戦えないから、せいぜい気晴らしのために一緒にいてあげることしかできないから。だから、千景が望むことをできたらなって」

「……そう。……なら……私を愛して(・・・)

「…………ぇ? それは……っ!」

 

 どういう意味で言ったのだろう。あの瞳からはその真意が読み取れない。分かってることは、僕が言葉選びを間違えてしまったこと。真意を確かめようにも、なんとも言えない柔らかな唇で口を塞がれてしまってることくらい。ちーちゃんだって、友奈と僕の関係を知ってるのに。

 抵抗しても上にいられて、抑えられてるから抜け出せない。息が苦しくなって力が抜けてくると、そのタイミングでやっと口が解放された。見上げた先にいるちーちゃんを、不意にも綺麗だと思ってしまった。綺麗だとはいつも思ってるけど、今回のこれは何か違う。それを考えられるほどの思考力はたった今奪われた。

 

「──さい

 

 何か呟いてたみたいだけど、それを聞き取ることはできなかった。体に力が入り切る前に僕はもう一度口を塞がれる。

 

──駄目だこりゃ

 

 そうして僕は、友奈に謝らないといけないことができてしまった。

 

 




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勇者御記 二〇一九年五月

 郡千景 大赦史書部・巫女様検閲済


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25話 優しくない日々

 再放送が終わりましたね。勇者の章を見るのは3回目だったのですが、胸熱でした。目頭が熱くなりました。改めてゆゆゆが好きだと思えましたね。




 

 度重なる戦闘。度重なる被害。バーテックスの襲撃の頻度が増し、一回の戦闘あたりの数も増えているらしい。精霊の力を使わなくても戦闘自体は勝てる。だけど、戦闘時間が長ければ長いほど結界が傷つき、現実世界に被害が及ぶ。だから若葉もちーちゃんも精霊を使うことになる。

 

「自分を責めないでね?」

「ぇ……」

「ひなって、僕以上に戦えないことを悔やんでそうだからさ」

「それは……」

「僕らはできることを精一杯するしかないから。それが勇者のためになると信じて、ね」

「はい……」

 

 病院の待合室で、僕は暗くなっているひなに声をかけた。こんな事を言ってるのは、言えてしまっているのは、こうでもしないと僕も気が狂いそうになるから。ひなに言って、そして自分自身に言いつけてる。できることをするだけで、出しゃばり過ぎてもいけないと。

 待合室に用意されてる新聞にザッと目を通す。分かりやすく書かれているのは、やはり勇者関連の出来事。被害状況も書かれていて、不安が膨らんでいく人々の中には、自殺する人も出てきてるとか。治安が悪化していて、ネットでも勇者を批判する声が増大してきている。ちーちゃんはその事も知ってしまっているから、ここ最近はさらに精神が不安定だ。精霊の影響も出ていて、役満もいいところ。

 

「勝希さんは、不安にならないんですか?」

「え? いやいやいやいや、無茶苦茶不安だけど?」

 

 ひなの疑問を全力で答える。目を丸くして、手を高速で振ってそんなことないってね。

 

「絶対に死なないなんてあり得ない。勇者は身体能力が上がってるけど、体は僕らと変わらないんだしね」

「すみません、落ち着いているように見えていたので」

「痩せ我慢だよ。僕は怖がりで、一人でいると全くダメダメなんだ。でも、近くに誰かがいると、平気そうに振る舞う。そんなちっぽけな男だよ」

「ふふっ……なんだか安心しました。最近の勝希さんはどこか雰囲気が変わっていたので」

 

 大人になったってことかを聞いたら、それはないって言われてしまった。即答しなくたっていいじゃないか。僕も中学三年生。義務教育最後の年なんだし、少しぐらい成長してると思ったのに。

 どちらからともなくぷっと吹き出す。大したやりとりじゃないのに。こんな状況でも、変わらずにバカできることが嬉しい。まだ、僕らの心が追い詰められてない証なんだから。

 

「すまないひなた、待たせた……って、二人ともどうしたんだ?」

「あ、若葉ちゃん。気にしないでください。私たちが自分からこうして待っているだけなので」

「まだ絶望するほどじゃないな〜って」

「勝希は何を言っているんだ?」

 

 首を傾げる若葉にひなが簡素な説明をする。事態は劣勢なのに、それでも普段通りにできるなら、それはまだ絶望する時じゃないということじゃないか、と。少し驚いた若葉がこっちに視線を向けてくる。言葉にされなくても分かるぞ。あれは『まさかお前が……』的なそういうやつだ。勝希くんは詳しいんだぞ。

 

「まさか勝希がそんな事を」

「言わなくていいよ!」

 

 脳内完結したのに言ってくるとか。これがコントなら受けも良かっただろうね。でも残念。今ここにいる観客はひなくらいだ。

 気持ちが少しは安らいだのか、表情が軽くなった若葉が新聞に気づいた。被害状況やら何やらが書かれている新聞を。

 

「……また被害が出てしまったか」

「おかげさまで最小限に抑えられてる。高望みしてると体が保たなくなるよ?」

「分かってはいるが……」

「精霊は使わないといけませんか?」

「ああ。そうでなくてはここまで抑えられていないからな」

「ですが精霊の使用のし過ぎは……」

「なら……使わなかったらいいのよ。……彼らは私たちの苦悩を知らないんだから。……知らしめてあげることも兼ねて」

「ちーちゃん検査どうだった〜?」

 

 嫌な空気になるのを強引に引き裂く。後から待合室に来たちーちゃんに、軽い足取りで近づく。何か言おうとしてた若葉も、僕が割って入ったから口を閉ざしてる。またまた鬱憤が溜まってそうだけど、それをこの場で吐き出させたら良くない気がする。

 

「別に……。いつもと同じよ」

「そっか。怪我も痛むよね……」

「そうね。私たちだけが、ね」

 

 おっと、これは良くない。ちーちゃんがさっきの空気に戻しかねない。それを避けようと思ったけど、僕が止めるよりも先にちーちゃんが口を開いた。

 

「あいつらと戦うことがどういう事なのか……。みんな知ればいいのよ……!」

「千景。人々を守るのが私たち勇者の使命だ」

「あなたはいつだって正論ばかり言うのね」

「なに?」

 

 諭そうとした若葉を、ちーちゃんが怒りの篭った瞳で睨みつける。ライバル視してたのもあるだろうけど、あれはそれの現れじゃない。それ以外の感情が渦巻いてる。

 

「そうやって正論を言い続けられるのは、あなたが強くて……無神経だからよ。私は……あなたほど強くないし……無神経でもない……。あなたには弱い人間のことなんて分からないのよ!」

「……弱音を吐くな!」

「うるさ──」

「はい、そこまで」

 

 防げない流れなら、タイミングを見て止めたらいい。それだけのことなんだ。

 若葉を突き飛ばそうとしたちーちゃんの手を掴んで、反対の手で若葉を遠ざける。二人の間に立った僕に、戸惑いの視線と怒りの視線が注がれる。僕はそれを気にしない。怯えたりなんてしない。だって、僕は二人の友達なんだから。

 

「放しなさい」

「クールタイムにでも入ろうか。ひな、若葉のことお願いね。それと若葉、君は今冷静じゃない。大社は未だに答えを出さないけど、確実に精霊の影響を受けてる。……頭冷やしてね」

「精霊の影響……? お前は何を知って……」

「杏のノート。答えはそこにあった。さてと、ちーちゃんも移動しよっか。落ち着ける場所に行こう」

 

 精霊のことを教えたら良かったんだろう。その機会はいつでもあった。今でも良かった。それなのに僕はその話をしなかった。忘れてた(・・・・)から。こんな大事なことを、なぜ今思い出したのか。なぜ今に至るまでは、そもそも知らなかったかのように思っていたのか。それは全部──あの声の主のせいだろう。

 僕は若葉たちに背を向けて、有無を言わさずにちーちゃんの手を引いていく。背中にグサグサと鋭い視線が刺さるけど、僕はそれを全て受け入れて、手を放さないように握りしめた。

 

「……痛いわ。逃げないから緩めて」

「あ、ごめん」

 

 病院から出てしばらくした時に、ちーちゃんに言われて気づいた。僕も気が荒れちゃってたみたいで、握ってる手に力が入り過ぎてたみたい。僕は手を放そうとして、ふと気づいた。手を放すのではなく、力を緩めるように言われたのだと。手を繋いだままにするべきか、放すべきか。判断しかねてちーちゃんの様子を伺う。そっぽを向かれてるけど、手に力入れてない。ならこのままでいいや。

 

「襲撃は似た内容の繰り返し?」

「そうね……。だいたい同じ数が頻繁に来てる程度だわ」

「なるほどね〜」

 

 いつ超大型が来てもおかしくないのに、そいつが来ることがない。その不気味さと隣合わせのまま、ちーちゃんたちはバーテックスと戦い続けてるんだ。精神的な疲労が大きくても仕方ない。神経を張り詰めたまま何度も戦っているのだから。それに、どれだけ頑張っても評価されない。ちーちゃんにとって一番苦しいこと。

 若葉たちよりも一足先に丸亀城に戻った僕らは、ちーちゃんの部屋に入った。食堂に行ってご飯を食べた方がいいんだろうけど、それはもう少し落ち着いてからがいいだろうね。

 

「って、ちーちゃん?」

「私は……必死に戦ってる……」

「うん。そうだね。直で見れてるわけじゃないけど、それを僕は知ってる。ありがとう。戦ってくれて」

「……なら……」

 

 ベッドに背から倒れ込むちーちゃんに引っ張られ、僕が押し倒したような形になる。さっきまでの荒れた瞳はどこへやら、まるで入れ替わったような涼やかな瞳で見つめられる。言葉にはしなくて、だけど彼女は僕に要求を出している。僕はそれを読み取って、求められたことをする。果たしてそれが正しいのかなんて、僕にでも判断できるはずなのに。

 

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 どれだけの時を眠っていたのだろう。少なくとも数日は眠っていた。目が覚めてからも、嫌なことをずっとずっと考えてしまっている。それは今でもなかなか収まってくれなくて、心も頭も何もかもがグチャグチャ。時間がどれだけ経っているのか理解できなくて、判断する方法は食事の回数と外の光だけ。

 そうして隔離された生活を過ごしていたある日、大社の人が話をしに来た。大社の人が説明していた内容は、まーくんに以前言われたことだった。それは、精霊の力の副作用のこと。身体的なことは、実感できることもあって、前々から分かってた。今回は呪術的なこと。まーくんの言い方なら、精神的なこと。心を不安定にさせたり、攻撃的な行動を起こしやすくなるってこと。

 私は結果的に、この話を先に知っていたってことになるんだけど、若葉ちゃん達はたぶん知らない。ぐんちゃんも……。

 

「そうだ、ぐんちゃんに電話しなきゃ!」

 

 ぐんちゃんが心配だ。面会謝絶っていうのもあって、しばらく会えていない。前にあった時も辛そうだったのに、今はもっと辛いんじゃないかな。まーくんが一緒にいるはずだけど、まーくんはまーくんで今の状態はよくない。お爺さんから聞いた話の中で、まーくんがどの段階まで来てしまっているのかは判断できない。

 だけど、何かの声が聞こえてしまっている時点で、危ないところまで来ている。

 

「今なら……うん、いけるね」

 

 看護師さんたちもいない。これなら抜け出してすぐにバレることもない。私は急いで電話スポットまで行って、ぐんちゃんに電話をかける。どうか出てほしい。声を聞かせてほしい。そう願ったんだけど、ぐんちゃんは電話に出なかった。もしかしたら、たまたま出られなかったのかも。そう思って何回かけても、ぐんちゃんは一向に出ない。焦る私は思考がまた纏まらなくなってきた。

 

「そうだ。まーくんなら!」

 

 たぶんまーくんはぐんちゃんと一緒にいる。ぐんちゃんを心配するだろうから、できるだけ近くにいようとするはず。だから、まーくんからぐんちゃんのことを聞けばいいんだ。

 

「なんで……!」

 

 ぐんちゃんだけじゃなくて、まーくんも電話に出ない。そもそもまーくんの近くにはヒナちゃんがいるはずなのに。それなのに、なんで……。

 みんなの最近の様子を知らない私は、パニックになるしかなかった。心配な相手がどっちも電話に出ないから。縋るような思いで、リーダーの若葉ちゃんに電話をかける。若葉ちゃんなら……!

 

「あ、もしもし若葉ちゃん!? 今大社の人から話聞いて、ぐんちゃんが心配で、でもぐんちゃんが電話出なくて。まーくんもどうなってるか」

『お、落ち着け友奈。千景なら実家に……』

「でもぐんちゃんが電話出なくて! 私心配なんだけど」

 

 不安を全てまくし立てる。マシンガンみたいにバババって言葉を投げ続ける。若葉ちゃんの言葉もロクに頭に入らない。そしたら電話の相手が若葉ちゃんからヒナちゃんに変わった。

 

『友奈さん、ゆっくり深呼吸してください』

「でも!」

『深呼吸です。吸って?』

 

 不思議だ。ヒナちゃんの言葉には何か力があるのだろうか。優しい言い方なのに、その言葉には力が篭っていて、ヒナちゃんに言われた通りに私は深呼吸していた。そしたら焦ってた気持ちもだんだん落ち着けてきて、頭の中も整理できてくる。

 

「ありがとう、ヒナちゃん」

『いえいえ』

 

 落ち着けた私は、不安に思っていることをヒナちゃんに話した。精霊の影響のこと。ぐんちゃんのこと。連絡が取れないこと。まーくんのことも。それを聞いたヒナちゃんが、若葉ちゃんに事情を説明してるのが電話越しに聞こえる。それが終わったら、電話相手が若葉ちゃんに戻った。

 

『話は分かった。私が千景の実家に向かう。おそらく勝希が一緒だろうが、一応丸亀城内をひなたに捜索してもらう』

「うん。ありがとう若葉ちゃん」

『なに、私はリーダーだからな』

「……もしもの時は、ぐんちゃんのことをお願い。それと、まーくんの事なんだけど──」

 

 私は手短にまーくんのことを説明した。もし、まーくんがあの時(・・・)みたいなことになっていたら……。その対処法を若葉ちゃんに説明して、そうならないことを祈る。

 

「ごめんね、若葉ちゃん。改めてその時が来たら、ちゃんと全部話すから」

『気にするな。事情があるのは察せられる。とりあえず、勝希のことも私達に任せてくれ』

「うん。……二人を、お願い」

 

 

 神樹様……どうか、二人のことをお守りください。

 




 友奈から勝希のことを託された時、限られた情報だったとはいえ、耳を疑ってしまった。まさか友奈の口から■■■■■が出るとは。そして、後に知ったことだが、まさか勝希が■■■■■■だったとは……。

勇者御記 二〇一九年 五月
 乃木若葉 
大赦史書部・巫女様検閲済


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26話 何も分かっちゃいない

 

 ちーちゃん宛てに大社から届いた連絡。それは、丸亀市で家族と一緒に過ごさないか、という内容だった。それを知った時、ちーちゃんは混乱していた。何でそんな連絡が来るのか、といった具合に動揺していて、でもその話を親御さんに持っていくことを決めた。

 僕は心配だったんだけど、ちーちゃんは家族の話だから一人で行くと言って高知へと旅立った。もちろん僕がそれを聞いて、はいそうですかと頷けるわけもない。最近丸亀城から出過ぎてるということもあって、監視の目がついたけど、大人の裏をかくのは得意だ。すんなりと抜け出して、ちーちゃんにもバレないように気をつけながら後を追った。スマホの電源は落としてる。電源を点けてたら、それで足が付くことなんて分かりきってたから。

 

「そういえば高知に行くのは初めてだな〜」

 

 ちょっとした旅行気分になる。ちーちゃんを見失わないように追いかけたけど、移動手段がバスだったのは焦った。だって簡単にバレちゃうから。そそくさと後方の席に行って、座りながら息を潜め様子を観察する。ちーちゃんはイヤホンをしてゲームを始めた。それを見て安心した。だってあれは一人の世界に没頭する時にいつもしてることだから。一度あれを始めたら、しばらく周りのことを無視する。たぶん最寄りのバス停に着くまであのまんまだね。

 ほっと息を吐いて、視線をちーちゃんから窓の外に向ける。基本的に山しか見えないし、反対側を見たら遠くに海。海に囲まれ、陸地の真ん中には山脈がある四国ならこんなものか。高知に入ったらまた違う景色になりそうだけど。

 

「そういえば、バスから海を見るのっていつぶりなんだろ?」

 

 奈良は山ばっかりで、海なんてなかった。三重に行くか和歌山に行くか、近くても県を超えないといけなかった。たしかどっちも行ったことがあったはず。和歌山なら白浜に行ったし、三重なら…………あれ?

 

「三重に行った時ってどこに行ったんだっけな」

 

 爺ちゃんと婆ちゃんに連れて行ってもらったのは覚えてる。2泊3日の楽しい旅行だった。それなのに、覚えてるのはそれだけだ。行ったという事実だけが記憶にあって、その中身を何一つ思い出せない。この時は友奈はいなかったっけ。

 

「……まぁいいや。ひょこっと思い出せそうだし」

 

 きっと思い出せる。そう信じて、僕は意識を記憶から景色に戻す。相変わらずの景色だけど、民家とかは変わるわけで、若干でも暮らしは変わってるのかなって考えてみる。学校が見えたら、今の学校行事って何かあるのかを予想してみたり。たぶん、行事はしてないけど。それでも、何かやってるとしたら、何をやっているのだろうか。

 そんな事を暇つぶしのために考え、何時間も潰したら目的のバス停に着いた。ゲームを中断して、イヤホンを外しながらバスを降りるちーちゃん。バレないかドキドキしながらその後をつける。

 

「高知初上陸! ……っていう気分になれないな」

 

 ワクワクしてる自分もいるんだけど、そんな自分がすぐに消え去っていく。別に景色が殺風景だとか、民家がボロボロだとか、そんなことではない。過疎化が進んでるっぽい田舎。城はない。それはそれとして、ここは嫌な空気が蔓延していた。なんだか呼吸しづらい。

 一回深呼吸して、意識を切り替える。できればちーちゃんの呼吸の第一印象を、悪いものにはしたくないからね。たしかな足取りで進んでいくちーちゃんは、周りをあまり見ない。ただ前を向いて、村を歩いていく。そのおかげで、僕もそこまでコソコソしないですむ。つまり、周りに怪しまれない。全然人とすれ違わないけど。田んぼで作業してる人を一回見かけたくらい。

 

──恐怖症の人がまだまだ多いのかもしれない

 

 しばらく進むと、向かい側から二人の女性が歩いてくる。見た感じだと親世代。みんなのお母さんが生きていたら、だいたい似た感じかな。その人たちは、ちーちゃんを見て軽く挨拶してた。そう、軽く。勇者が讃えられるこのご時世で、軽く、だ。そのことに僕は驚いたし、ちーちゃんも驚いたっぽい。

 けれど、それ以上に驚くことが視線の先で繰り広げられた。周りが物静かだから、風に乗ってその言葉が聞こえてくる。

 

「あの子、戻ってきたのね」

「よくあんな平然としていられるものね……あの子たちのせいで人が死んでるのに」

 

 よくそんな事を言えたものだ。バーテックスという存在の恐怖を忘れたのか。平和ボケってこういう事? こんな短期間で?

 傷ついても、何度襲撃が来ても戦ってる勇者たち。それを知ってるからこそ悔しい。普段の様子は、ただの女の子だっていうのに、それでも戦ってるのに。なんで彼女たちが貶められないといけないのか。

 

「勇者が化物を倒せないから、怪我人とか死ぬ人も出てるんでしょ?」

「本当にちゃんと戦ってるのかしら……?」

「さぁ……どこで何をしてるのかわかったものじゃないし」

「だいたいなんであの子なのかしら……親もロクなもんじゃないのに……」

 

 もう通り過ぎてるのに、わざとちーちゃんに聞こえる声量を出してる。妬みとかじゃない。ただただ貶めて、嘲笑って、卑下にしてる。なんでちーちゃんが選ばれたか? そんなのちーちゃんの心が気高いからに決まってるだろ。少なくとも、君たちが選ばれる可能性は微塵も存在しない。

 そう言ってやりたかった。だけど、ちーちゃんが黙っているのだから、僕も何も言わない。足早に離れていくちーちゃんを追いかける。今度は人通りが少ない道だ。誰一人としてすれ違わなかった。そしてちーちゃんの家へと辿り着いて、僕は家のすぐ横に行って、ちーちゃんとちーちゃんの父親の声が聞こえる位置でやり取りを聞いた。

 

 母親のことも聞こえ、声を荒らげる父親の言葉から、さっきの子が『ロクでもない』と言った意味を理解する。ちーちゃんを本当の意味での我が子、とは思ってなさそうだ。自分のことばかり気にかけている。でも、同情の余地がないわけでもない。味方になる気もないけど。

 

 だって──

 

「──千景、お前のせいだぞ! 勇者のくせに負けるから! 人を守れないから! クズが!」

 

 千景にこんなことを言うんだから。

 ふざけてる。千景がそんなことを言われる筋合いなんて存在しない。千景がクズだなんてありえない。ふざけてる。ふざけてる、ふざけてるふざけてる!

 玄関が壊れかけるほどの勢いで一人の少女が飛び出した。大鎌を手に、その瞳を憎悪に染めて。僕はそれをすぐには追いかけなかった。開けられた玄関から中に入り、さっきまで千景がいた部屋に行く。なんかオッサンが叫んでるけど、僕はそれに聞く耳を持たなかった。いろんな紙に書かれている文字をザッと見る。

 

『勇者は役立たず』『クズの娘はクズ』『村の恥』『お前の娘がもっとちゃんとしていたら』『死ね』『人を守れない勇者に価値なし』『ゴミ一家消えろ』

 

『土居と伊予島は無能。税金返せ。勇者なんて価値なし!』

 

 あぁ、これだ。千景が一番許せなかったのはこの言葉だ。これを見て彼女は飛び出していったんだ。

 答えを得た僕は、飛び出した彼女を追いかける。どこに行ったのかはだいたいしか分からない。方向をチラッと確認しただけだから。それでも、僕はちーちゃんがいる場所がわかった。テレパシーなんてものじゃない。直感でもない。悲鳴が聞こえたからだ。

 知らない女の子の悲鳴。それを頼りにそこに行くと、四人の女の子と大鎌を振るう千景が見えた。一人は出血していて、その子の近くで二人が腰を抜かしてる。少し離れたところで一人が薄っすらと斬りつけられていて、大鎌を構えつつそれを見下ろす千景。

 

「土居さんと伊予島さんは……命を落としてまで、絶望的な強さの化物に立ち向かったわ……。私も……怖かったけど、頑張って戦った……。私たちを蔑むなら、あなたも……自分より圧倒的に強い者と、戦ってみなさい……!」

 

──やっぱりそうだ。

 

 大鎌が振るわれ、少女の太ももに赤い線が走る。悲鳴が上がる。

 

「戦いなさい……!」

 

 今度は少女の髪の毛が数本落ちた。

 

「……戦え……! 私たちの苦しみを、知れ……!」

 

 何度も大鎌が振るわれる。少しずつ傷が増えていき、少女の悲鳴が狂ったように響き渡り続ける。大鎌が止められる様子はない。

 やがて決定的な一撃が放たれ──

 

「そこまでだよ」

 

 千景の腕を掴み、千景の一撃を迎撃しようとした若葉を手で制す。

 

「佐天くん……? 乃木さん……? ……邪魔しないで!」

「待て千景! お前は今冷静じゃない!」

「そんなこと……!」

「はいストーップ」

 

 若葉の口に手を当て、千景の口に人差し指を当てる。若葉には黙るように言いつけ、僕は千景に向き直った。殺されそうなくらい睨まれるけど、大鎌は振るわれそうにない。少なくとも今は。

 

「私たちは……裏切られた……命をかけて、人を、守ってきたのに……!」

「うん。知ってるよ。頑張ってくれてる。想像もできないほどの苦悩に耐えてまで、ね」

「……みんな、ふざけてるわ……! なんのために……なんのために、私たちは戦ってるの!? 守ってきたのに……! 人を守ってきたのに……! 命をかけて戦ってきたのに……! なぜ蔑まれないといけないの……!? こんなことになるなら……戦う意味なんか、人を守る意味なんか……ない!」

「タマと杏のことも蔑まれたしね」

「そうよ! 彼女たちは勇敢だったのに……! 最期まで……なのに! ……これじゃ昔と同じ……蔑まれて、傷つけられて……! 勇者になったのに……! なんで、こんな……!」

「辛いよね……。心が壊れそうだよね……」

「なんで……うぅっ……うぅぅ……」

 

 涙が頬を伝っていく。歯を食いしばり、大鎌を強く強く握りしめる。そんな彼女を、僕はそっと包み込んだ。体が強ばり、戸惑っている千景をぎゅっと。彼女の体の震えが大鎌に伝わり、カタカタと音が鳴るけど、僕はそれを気にしなかった。僕が見るのは千景なんだから。

 

「千景は優しいよね。だって、我慢の限界が来たのも、タマと杏が蔑まれたのが許せなかったからでしょ? 自分のことは我慢できても、仲間のことは駄目だった。本当に優しい人。だからこそ千景は、勇者なんだよ」

「……友奈に頼まれたんだ。……千景を助けてくれと」

「ッ!」

 

 千景が落ち着いたと判断したみたいで、若葉が声をかけてくる。友奈の名を出すのはズルいけど、友奈が心配するのも明らかだから伝えない手はない。

 

「友奈は誰よりもお前を心配していた。だから……」

 

 千景の力が抜け始めた。大鎌はスルリと手からこぼれ落ち、刃が掠れそうになったことに内心ヒヤヒヤする。

 千景と一緒に周りを見渡すと、騒ぎを聞きつけて集まった野次馬たちが僕らを囲っている。村ってこともあって、人がすぐに集まるのかな。都会でもありそうだし、日本人の嫌な習慣って考えたほうがいいか。

 それはそれとして嫌な目だ。蔑む目。咎めるように、怒りと恐怖と嫌悪と。無数の目が僕らを、いや、千景一人を追い詰めていた。

 

「やめて……そんな目で見ないで……」

 

 崩れそうになる千景を支える。

 

「嫌わないで……お願い……お願いです……。……私を……好きでいてください……」

「……千景……」

 

 千景の頭を引き寄せ、抱える。周りが見えないように僕の胸に押し付けさせた。どう言葉をかけるか。間違えるわけにはいかない。言葉に悩んでいると、周りの野次馬から言葉の矢が飛んでくる。

 

「好きになるわけないだろ」「早くいなくなれ」「お前に価値なんてない」「お前が勇者であることが間違いだ」

 

 言葉の矢が飛んでくる度に、腕の中で千景が震える。僕にしがみつく力が強くなる。僕はそれを一緒に耐えていた。若葉が止めさせようとしても、若葉の言葉さえ無視される。

 そんな中、

 

 ──「お前のようなクズは生まれてくるべきではなかった」

 

 そんな言葉が飛んできて、僕は我慢の限界を迎えた。

 

「取り消せよ、今の言葉」

 

 ギョッとした顔で若葉がこっちを見るけど、僕はそっちを見なかった。今の言葉を発した人を睨みつけていた。千景に一声かけて離れ、その人の方にゆっくり歩く。

 

「あなた方のような人間が、勇者たちを貶めて良いわけがない。そもそも、誰も勇者を責めることなんてできない。彼女たちは、バーテックスという存在に少数で立ち向かう勇気を持った人たちだ」

「人を守れない勇者なぞ価値などないだろ!」

「バーテックスに立ち向かうということ自体! あなた達ができないことだろ! あの日! あの時! 立ち向かうという意志を示せた人がどこにいる! 勇者という存在を知らない時に立ち向かえた人がどこにいる! もし、今なら立ち向かえるとか言うつもりなら──」

 

【「追体験させてやるよ(なんて浅ましき事か)」】

 

 誰か別の声が僕の声に重なった気がする。体が変な感覚になる。気にすべきことだろうに、僕はそれを気にせずに煩い人へと近づいていく。なんでか囲っていた人たちが腰を抜かしたり、謝り続けたり、泣いたり、発狂したり、嘔吐してる。

 

「すまない、勝希」

 

 後ろから若葉の声が聞こえ、次の瞬間には強烈な衝撃に襲われた。僕の意識はそこで途切れた。

 

 この日、ちーちゃんは勇者システムを剥奪され、謹慎処分になった。そして僕は、監視の目が強まり、どんな事情であれ丸亀城から出ることを禁じられた。友奈のお見舞いも許されないという処分だった。

 

 




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勇者御記 二〇一九年五月
 ■■■  大赦史書部・巫女様検閲済


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27話 兆しはいつからあったのかな

 お気に入りが120件に到達して喜びまくってる粗茶です。更新頑張ります!
 感想貰えると狂喜乱舞いたしますので、是非ともお願いします。


 

 監禁生活というほど酷い生活でもなくて、たんに丸亀城から出られなくなっただけ。城の周辺には警備員がつくようになってしまった。そこまでされたら、さすがの僕でもこっそり抜け出せない。スマホも電源を落としていても追走できるようにと、新しく内蔵チップを埋め込まれた。

 僕は別にいいんだけど、それよりも気になるのはちーちゃんだ。謹慎処分になったと聞いたけど、丸亀城ではなく市内に引っ越してきた両親と一緒に過ごしてるらしい。あの家にちーちゃんの居場所がないと、なぜ大社は気づけない。なぜ勇者一人一人の事情を把握しようとしない。カウセリングとか言っておきながら、適切な手法を取らない。その事に苛立ってしまう。

 

「人手が足りないんだろうってのは分かってるけどさ」

 

 言葉に出して自分に言い聞かせる。大社にだって事情がある。バーテックスへの直接の対抗手段を持っているのは勇者だけど、その勇者をバックアップできるのは大社だけだから。今まで影に潜んできた組織が、急に表に出てきたからって、漫画みたいに劇的に変わるわけじゃない。小さな組織ができるのは、それに見合ったことだけ。

 それはそれとして、ちーちゃんは丸亀城に来ることを禁止されてるのだろうか。もしそうじゃないなら、遊びに来てほしいところ。……難しい注文だったね。心優しい彼女が、今回の件で疲弊しないわけない。顔を合わせづらい、とか思っていてもおかしくない。若葉がいるわけだし。

 

「友奈は面会できるようになったんだっけな」

 

 高知に行った日、友奈から連絡が来ていたことを後で知った。慌てて折り返しの電話をしたけど、病院ということもあって電話はできなかった。メッセージでやり取りして、ひたすら謝ってた。高知で何があったかを聞かれて、僕は簡素な説明だけした。家族事情とか、あの村の人たちがどうっていうのは伏せた。ある程度察しちゃいそうだけどね。

 僕は若葉に気絶させられたわけだけど、あの対応の速さなら友奈の手回しだね。若葉が僕の何を知っているのか分からない。そして、困ったことに僕自身も気絶させられる直前の記憶がない。怒ったとこまでは覚えてるのに、どのタイミングで気絶させられたのか分からない。

 

『勝希さん、よろしいですか?』

「ひな? ちょっと待ってね〜」

 

 散らかってるとこはないか確認して、玄関のドアを開ける。若葉はいないようで、ひなが一人だけ。意外だった。丸亀城には僕と若葉とひなしかいないのに。若葉と一緒に行動すると思っていたのに。

 

「若葉ちゃんは今度の演説のための原稿作りです」

「考えを読まないでくれる?」

「では読まれないようにポーカーフェイスを覚えましょう」

「むっ!」

 

 くすくす笑うひなにつられ、僕もくすっと笑う。中へと通して、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐ。ひなはキョロキョロしていて、その様子に首を傾げたんだけど、すぐにその理由がわかった。僕はいろんな人の部屋に遊びに行くけど、誰かを呼んだことは滅多にない。ひなは初めてだ。

 

「珍しいものはないと思うんだけど」

「あ、すみません。男の子部屋って初めてなので。それに、珍しいものはないですけど、写真は見つけましたよ? この二人が勝希さんのお爺様とお婆様なんですね」

「まぁね。小学生の時から二人に育てられてるから、両親代わりにもなるね」

「……ご両親は……」

「いつだったかな……小さい頃に事故でって話だけど、覚えてないんだよね」

 

 謝るひなに、気にしてないことを伝える。どういう両親だったのかを覚えてないんだ。謝られてもね。

 

「……若葉ちゃんから聞きました。勝希さんが怒っていたことを」

「怒って……あー、高知の時ね」

「はい。勝希さんが怒ってるところを見たことがないので、珍しいなと思いまして」

「みんなと一緒になってから怒ることもなくなったからね。その前はそうじゃないんだよ?」

「そうなのですか?」

 

 目を丸くするひなに頷く。視線を部屋に置いてある写真に向けて、あの日以前のことを思い出す。友奈と毎日のように一緒にいて、爺ちゃんに鍛えられて、婆ちゃんに指導されてた頃を。

 

「怒らずに我慢する子がいたからね」

「ぁ……」

「本人が流せることなら僕も無視する。でも、我慢して、帰ってから一人泣いてるとか嫌だからさ」

 

 そもそも喧嘩になること自体避けていた。場を和ませて、空気を明るくして。そういう子だった。それでも絶対に喧嘩にならない、なんて事はなくて。理不尽なことだってあったりして。それでも怒ろうとしなくて。みんなと離れてから静かに涙を流したのを見て、僕はその時から決めたんだ。僕が力になるって。正しいやり方かは知らないけど。

 視線をひなに戻したら、柔和な笑みを浮かべられてた。何も言われず、ただ笑顔を向けられて、なんだかそれがむず痒い。

 

「なにさ……」

「いえいえ、お二人の絆の強さはそこから来てるのかと思いまして」

 

 これからなのか、それよりも前から仲良かったからこうなったのか。細かく考える必要もないか。僕は友奈の力になりたいって思って、友奈が隣にいてくれる。それが全てだ。だから、友奈を失うことなんて考えられない。僕の日常には、友奈がいることが大前提になってるから。

 

「ちーちゃんを丸亀城(こっち)に戻すことは?」

「……難しいかと。大社から私に回ってくる情報も減っていますし」

「なるほどね〜。様子だけでも見に行けたらいいんだけど……」

「すみません」

「なんでひなが謝るのさ。僕が外に出られないのも自業自得なのに」

 

 

 

❀❀❀❀

 

 

 

 若葉ちゃんの演説があった。人々を活気づけるような力強い演説が。カメラも入ってたみたいで、その様子は生放送で四国中に報じられた。若葉ちゃんの演説は無事に終わったんだけど、若葉ちゃんの言葉は全然なかったと思う。

 それはそれとして、私が今気になっているのは、まーくんのことだ。高知であった出来事を本人から聞いてるけど、若葉ちゃんからも聞いてる。若葉ちゃんが緊急措置を取って、まーくんを気絶させたことも。それはつまり、それが必要な自体になったというわけで、もしそれが遅れていたらあの時(・・・)みたいなことになってた。

 

「ヒナちゃんもずっとまーくんの側にいられるわけじゃないもんね……」

 

 ヒナちゃんを責める気なんてサラサラない。ヒナちゃんはヒナちゃんで役目があるし、それに追加で対応してくれてるんだから。それに、巫女としての素質が一番あるからといって、ヒナちゃんからまーくんへの影響力は小さい。本来は私自身がやらないといけないこと。

 

「退院したらどこまでできるかな」

 

 私にできることは、まーくんの中での変化の抑制。イメージ的にはバリアを張る感じ。あの時のまーくんを戻したのは私じゃない。お爺さんとお婆さんがやったこと。何をしたのかも分からなかった。教えられたことも抑えることであって、戻すことじゃないから。

 だから、私なりに試してみようと思ってる。もしかしたら、私一人でやること自体が駄目なのかもしれない。ぐんちゃんにも協力してもらった方がいいのかも。

 

「退院したらやる事がいっぱいだね。……こうなったのは自分のせいなんだけど」

 

 まーくんにお願いされたこと。無茶をしないでほしいって。それでも、私はそれを拒んでまで戦う。誰かが傷つくのは嫌だから。自分がやらないで、そのせいで周りが傷ついちゃう。そんな思いはしたくない。小学生の時、まーくんが私の代わりに怒って、矢面に立って、傷ついて。それを見ていただけの自分が嫌で。

 

「私は止まらないから」

 

 今の私とまーくんの関係は、昔の私たちが入れ替わってるようなもの。まーくんが嫌だと思う気持ちを、私は知っている。そのはずなのに、私はその事に気づけていなかった。

 

 

 若葉ちゃんの演説から日にちが経って、私は退院できる日が目前に迫ってきていた。そんなある日、若葉ちゃんがお見舞いに来てくれて、勇者関連のことから日常的なことまでいろいろと話してくれた。そんな会話の中で、私と若葉ちゃんが意識を向けたのは、ぐんちゃんの話だった。

 大社の人たちはぐんちゃんへの評価を下げてる。勇者という立場を剥奪したのがその証拠。だけど、私たちの意見は違う。ぐんちゃんは、みんなが思っているような人なんかじゃない。その事を大社の人たちに直接言いに行きたい。

 

「だから、早く退院したいな」

 

 願っていても退院の日は前倒しにならない。焦っても体の治りは早くならない。その日が来るのを待って、体を完治させて元気いっぱいになって、若葉ちゃんとヒナちゃんと一緒にお願いするんだ。まーくんは丸亀城から出られないけど。それでも気持ちは一緒のはず。

 

 そう、思っていたのに……。

 

「そんな……ぐんちゃんが……」

「すまない……」

 

 お見舞いに来てくれた若葉ちゃんから告げられた話は、とても残酷で、悲しくて、頭がグチャグチャになるものだった。

 

「私がもっとうまく立ち回れていれば……」

「……ううん。……若葉ちゃんの、せいじゃないよ……。退院したら……また遊ぼうって思ってたのに……」

「友奈……」

 

 若葉ちゃんが悪いわけじゃない。いつも以上に怪我してる姿を見たら、無茶をしてまでぐんちゃんを守ろうとしてくれていたって分かる。そして、ぐんちゃんが悪いわけでもない。ぐんちゃんの心は乱れていたかもしれない。酷い状態だったかもしれない。だけど、ぐんちゃんは優しい人で、思いやりがあって、だから……。

 視界がボヤケる。涙が勝手に溢れてきて、ベッドのシーツをぎゅって握りしめる。脳裏を過ぎ去る日々。脳内で響くぐんちゃんの声。大切な宝物。

 

「ごめん……今日は……もう」

 

 それ以上は言えなかった。せっかく来てくれた若葉ちゃんを、厄介払いするように思えたから。

 

「わかった……」

 

 若葉ちゃんが病室から出ていって、扉が閉まった時に限界を迎えた。流れる涙の量が増えて、声を我慢できなくなった。胸が張り裂けそうなほど悲しくて苦しい。

 先日、若葉ちゃんがお見舞いに来てくれた時に、ぐんちゃんも部屋の前まで来てくれていた。あの時は走っていなくなっちゃって、なんでか分からなかった。だけど、もし、もしあれが、お見舞いじゃなくてSOSの意味だったら……。私はそれに応えられなかったんだ。

 

「うぅぅ……っあぁっ! ぐん、ちゃん……っ!」

 

 泣きたくても、声が絞り出したようなものになる。謝罪もできない。もう二度と会えない。私は、ぐんちゃんが追い詰められていってることに気づけなくて、対応できなくて。何が友達だ。何が親友だ。肝心なときに何もできないなんて……。

 

 

 

❀❀❀❀

 

 

 

 現実を受け止めたくなかった。事実を理解したくなかった。だけど、そんな幼稚な願いを世界は叶えてくれない。現実から逃げるなと、目の前に突きつけてくる。遺体という否定仕様もないやり方で。

 

「ああぁぁ……!」

 

 その姿を見て、彼女の手に触れて、そして脳が認識した。

 

 勇者、郡千景の死という現実を。

 タマや杏の時と同様に、ひなが遺体を清めることになった。僕はそれを手伝うことができなかった。部屋に一人閉じこもり、彼女の死に発狂していた。杏、タマに続き、ちーちゃんも喪った。二人は超大型バーテックスによって。ちーちゃんは、小型バーテックスによって。

 

 なぜちーちゃんが小型バーテックスに殺されたか。それは若葉を庇ったから。

 なぜそういう事態に陥ったか。それは若葉がちーちゃんを守るために無茶をしたから。

 なぜちーちゃんを守る必要があったか。それはちーちゃんが樹海の中で勇者の力を失ったから。勇者の状態から一般人と変わらない状態に代わり、戦う力を失った。

 

「……ふざけるなよ!」

 

 部屋にあるクッションを思いっきり殴る。怒りをぶつられる場所がそこしかなかったから。誰に対して怒っているのか。それは、この世界に対してだ。こんな世界にした天の神も、ちーちゃんに力の供給を止めた神樹も、ちーちゃんを追い詰めた大社も一般人も。全てが憎たらしい。微塵も赦せる気になれない。

 だけど、一番許せないのは、僕自身だ。だって、ちーちゃんが死ぬ原因を作ってしまったのは、僕自身なのだから。

 勇者は無垢なる少女しかなることができない。それなのに僕は……。

 

「こんな世界……!!」

 

【────?】

 

 こんな時に声をかけてくるのか。いや、こんな時だからこそか。

 その声が悪魔の囁きだなんて理解している。

 

 だけど──

 

「いいさ。乗ってあげるよ」

 

 ふざけたこの世界に一石を投じられるなら!

 

 





 乃木さんの姿には憧れがあって、そうあれることが妬ましくて、嫌いで。だけど、それと同じくらい彼女のことが好きだった。
 勇者の力を失った時、その原因に心当たりがあって、それは私自身が撒いた種。だから……どうか佐天くんは……自分を責めないで……。
 最後まで私の味方でいてくれて……私を愛してくれて……ありがとう。


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28話 思い出は消えないよ

 

 退院できた私は、素早く丸亀城に戻った。丸亀城内に用意された教室に駆け込んで、若葉ちゃんとヒナちゃんにおはようって言う。まーくんはまだいないみたいだけど、もう少し後で来るのかな。

 

「おはようございます。友奈さん」

「退院したのか!」

「うん! バッチリ治ったよ! 体が鈍っちゃってるから、若葉ちゃんに訓練に付き合ってもらいたいんだけど」

「構わないぞ。病み上がりとはいえ、手加減はしないからな?」

「ドーンと来いだよ!」

 

 元気いっぱいに話し合ってると、嫌な空気なんて消え去る。私たちは無理なく笑うことができる。まーくんがいてくれたら、私はもっと笑えるんだけど……。

 

「あ、メモリーの容量がいっぱいになってしまいました」

「凄い量! これ全部に写真が入ってるの!?」

「はい。若葉ちゃんが赤ちゃんの時からの写真がありますよ」

「赤ちゃんって、その時はひなたも赤ちゃんだろ」

「お母様から貰いました!」

「なに!?」

 

 あはは、ヒナちゃんは凄いね。若葉ちゃんのお母さんから写真のデータを貰うだなんて。執念みたいなとこあるよね。

 私たちは、ヒナちゃんが撮った写真のデータを見ることにした。勇者として戦う前から写真はある。私たちが小学生の時からの写真が。

 

「これは初めて香川のうどん屋に行った時の写真だよね?」

「そうですね」

「友奈が提案してくれて、私とひなたが案内したんだったな」

 

 提案ってほどじゃないんだけどね。だって、単純に私が香川のうどんを食べてみたかったから言ったことだもん。せっかくだし、みんなで行こうよってなった。私たちの距離が近づいていったきっかけの日。乗り気じゃなかったぐんちゃんを、まーくんが連れてきてくれたんだっけ。

 

「本当に美味しかったな〜。今まで食べたうどんと全然違うくて、コシがあって。香川のうどんが好きになったのも、あのお店のおかげだよ!」

「改めてそう言われると、私たちとしても連れて行ったかいがあったというものだ」

「勝希さんは相変わらずでしたけどね。うどんはうどんで、好きになってくださいましたけど」

「あはは、まーくんは根っからのラーメン好きだからね!」

 

 お昼にみんなで食べに行って、その日の夜にラーメン食べたいって言ったんだったね。みんなが夜にもうどん食べてて、まーくんだけは自分でラーメン作ってた。急に思いついたから、好きなダシの豚骨にはできなくて、醤油ラーメンにしてたんだよね。私は相変わらずだなって思って、他のみんなはまーくんに視線を注いでた。

 

「若葉ちゃんと勝希さんが、初めて手合わせしたのもその日でしたね」

「そうだな。私が勝希に負けたのもその日だけだ」

「あれ? そうなの? まーくんは『負けた〜』って私の部屋に言いに来てたよ?」 

「むっ? ……勝希の信条に反した結果だったというわけか」

 

 うーん、ということは搦手かな? 負けず嫌いなとこあるから、勝つことを優先したのかもしれないけど、まーくんって堂々と勝つのが一番好きだからね。そうできなかったから、負けたって言いに来たんだろうね。しょんぼりするまーくん、可愛かったな〜。

 ヒナちゃんが操作して、他の写真も見ていく。その中で出てきたのが、あんちゃん行方不明事件の時の写真。

 

「タマちゃんが凄い慌ててたよね。守らないといけないのにって」

「ああ。二人の絆の強さは、香川に来る前からあったもののようだからな」

 

 その時、帰宅時間を過ぎてもあんちゃんが帰ってこなかった。私たちだけじゃなくて、先生たちも一緒になって捜索することになった。丸亀城にはいなくて、外ならいったいどこなのか。全然候補を絞れなくて、見つけられるか不安だった。

 

「球子さんが見つけたんですよね」

「うん。たぶんまーくんがそこに関わってたんだろうけどね」

「なるほど。杏を見つけた時に、二人が何かアイコンタクトをしていたのはそういう事か」

「かくれんぼの時、まーくんは見つけるのが上手いんだよね。そのやり方が、相手のことを考えてどこにいそうか、なんだって」

「つまり、杏さんの性格や趣味を知っている球子さんに、そのやり方を言えば自ずと発見が早くなるということですか。影で動くことに慣れてますね」

「だね〜」

 

 その理由は私がよく知っている。まーくんがそうなったのは、そういう力に長けるようになったのは、私のせいなのだから。この話はあまりする気にはなれなくて、私は他の写真へと話を変えた。

 

「これは、クリスマスの時ですね」

「この時に私、ぐんちゃんと仲良くなったんだよ!」

「クリスマスがきっかけなのか。……ん? 勝希は千景ともっと早く仲良くなってなかったか?」

「そうでしたっけ? てっきり三人は同時に仲良くなったのかと思っていましたが」

「実はまーくんが先なんだよね〜。ほら、まーくんってゲーム好きだから。教室にいるときとかは軽く話すぐらいだったけど、放課後とか結構遊んでたみたいなんだよね」

 

 その事に二人が驚く。それもそうなのかな。まーくんと私はセットってイメージが強いらしいから。私もそれでいいと思うし、嬉しい。だけど、まーくんは放課後に私と過ごす時間と同じくらい、ぐんちゃんと過ごしてた。ゲームを理由にぐんちゃんの心を開いて、会話を増やして。

 

「ぐんちゃんはクリスマス初めてだったんだよね……」

「そうだな……」

「楽しかったですね。みんなで教室を彩って、クリスマスツリーを用意して、ケーキやご馳走も」

 

 教室で一人ゲームしていたぐんちゃんに私が声をかけて、その時にぐんちゃんがクリスマスを知らないことを知った。言葉しか知らないって。それに驚いたけど、じゃあなおさら楽しまないとって思った。だから、クリスマスがどういうものかを言葉で教えようとして、そしたら──

 

「帽子をかぶった人が……骨付鳥を食べながら、銃で撃ち合う……?」

「違う違う!」

「あはは! ちーちゃんの発想面白いね!」

「っ、仕方……ないじゃない……! 知らないんだもの……」

「うーん、まぁでも一緒にやってみたらぐんちゃんも分かるよ!」

「そう。……あと、私の名前……『ぐん』じゃなくて『こおり』」

「え!?」

 

 思いっきり勘違いしていたんだけど、ぐんちゃんは私ならいいって許してくれた。そのまま流れで話をしていて、私にもゲームをくれたり、教えてくれたり、なかなか上手くできなくても楽しんでくれた。

 この日にやったクリスマスパーティは、私たちの距離を一気にグググって詰められたと思う。まーくんが間を取り持ってくれて、体を張って話題の中心になってくれたもんね。

 

「私たち……7人いたんだよね」

「あぁ」

「6人じゃなくて……7人……だよね?」

「もちろんだ。みんなここにいた。私たちと共に」

「……千景さんを探しませんか? お墓参りができるように」

 

 涙ぐんじゃってるところに、ヒナちゃんからの提案が来る。それはとても大切なことで、断る理由なんかなかった。

 

「うん……行こう! 私、ぐんちゃんにお別れを言えなかったから」

「よし、そうとなれば全員で行くぞ。まずは勝希と合流だな!」

「そういえばまだ来ていませんね……。寝坊でしょうか?」

 

 ここで寝坊を疑われるのは、まーくんの日頃の行いのせいかな。全然寝坊なんてしないのにね。ヒナちゃんも分かってて、わざと言ってるのかな。

 教室から出ようと扉の方に向いた瞬間、左手に激痛が走って思わず倒れそうになった。若葉ちゃんがすぐに支えてくれて、倒れずにすんだんだけど、嫌な汗がドッと溢れてくる。痛みのせいだけじゃなくて、嫌な予感もして動機が早くなる。

 

「友奈大丈夫か!?」

「う、うん……ありがとう若葉ちゃん」

 

 若葉ちゃんへのお礼を上の空になりながらする。失礼なことだとは分かっている。でも、今はそれ以上にまーくんのことが気になって仕方がない。左手に走った痛みは弱くなるも、チクチクと痛みが続いてる。これはサインなんだ。

 

「友奈さん、左手が痛むのですか?」

「ちょっとね」

 

 左手が痙攣しちゃってる。ヒナちゃんの柔らかい手でそっと包まれて、なんだか癒やされた気分になる。それでも、この痛みが収まるまで待つことなんてできなくて、私は部屋がある方向に目を向けた。

 

「まーくん……」

「勝希に何かあったのか?」

「分からない、けど……急がなきゃ!」

 

 教室を飛び出した私の後ろを、若葉ちゃんとヒナちゃんがついてくる。鍛えてる分私が早くて、若葉ちゃんはついてこられるけどヒナちゃんがついてこられない。若葉ちゃんはヒナちゃんを気にして、私とヒナちゃんの中間辺りを維持してる。

 私は二人を気遣う余裕がなくて、一直線に部屋へと走り抜けた。いつもインターホンを鳴らすけど、今日はすぐにドアノブに手をかけた。鍵はかかっていなくて、私はドアが開ききる前に体を滑り込ませて部屋に入る。靴を乱雑に脱いで部屋に駆け上がる。

 

「まーくん!」

 

 呼びかけても返事はない。部屋には電気もついてない。

 

「まーくんどこなの!?」

 

 お風呂場もトイレもいない。ベッドにもいない。この部屋のどこにも、まーくんがいない。

 

「友奈! 勝希は!?」

「若葉ちゃん……どうしよ……! まーくんが、まーくんがいないの!」

「なっ!」

「勝希さんはいったいどこに……。今の警備体制では勝希さんも城から抜け出せないはずなのに……!」

「どうしよ! 見つけなきゃ!」

「落ち着け友奈。勝希はあれでしっかりしている。何かがあるという事にはならないだろう」

「違うの! もう起きてるの(・・・・・・・)!」

「!? どう……いうことだ……?」

 

 若葉ちゃんはまーくんのことを知らない。ヒナちゃんだって全部は知らない。だから、私が取り乱す理由が分からない。説明をしたら分かってくれる。それをする時間はない。時間というか、私の余裕がない。一刻も早くまーくんを見つけ出さないといけない。その焦りが私を追い詰める。

 若葉ちゃんとヒナちゃんがその事を察してくれて、捜索を優先してくれた。手分けして丸亀城内を捜索して、敷地内全部、天守閣もくまなく。それでも、まーくんを見つけることはできなかった。左手の痛みはいつの間にか収まっていて、まーくんに何が起きているのか不安が募っていく。

 

「周辺の警備の方に確認しましたが、勝希さんを見た人は誰もいませんでした。体制的にも穴はなく、誰にも気づかれずに抜け出すのは不可能だそうです」

「となるとやはり中にいるはずなんだが……。連絡もつかないとなると手のうちようがないぞ」

「……若葉ちゃん、ヒナちゃん。先にぐんちゃんを探そ」

「……いいんですか?」

「心配だけど、まーくんのことだからひょこっと帰ってくるかもしれないし」

 

 無理やり前向きに考える。心配で、不安で、胸が苦しいけど、だけどぐんちゃんのことも大切で。ぐんちゃんを先に探したい。

 

 ぐんちゃんを探すのは大変だった。住所とか知らないし、私はぐんちゃんの家族が、こっちに引っ越してきてたことも知らなかった。何日もかかったけど、ヒナちゃんが主導になって捜索してくれて、いろんな人に話を聞いてなんとか場所を特定した。やっとの思いで見つけた場所に、私たちは言葉を失った。

 家はもぬけの殻で、ぐんちゃんのお父さんは夜逃げ。お母さんの方は『天恐』だってこともあって、病院に保護されてるみたい。そして、ぐんちゃんの部屋はパソコンもゲーム機も椅子もベッドも、何もかも破壊されてた。竜巻でも発生したんじゃないかってぐらいボロボロで、ぐんちゃんがどれだけ苦しかったのかが痛いぐらいに伝わってきて。それなのに私は何もしてあげられなくて……。

 

「これは」

「ぁ……」

 

 部屋の中で唯一無事だったのは、私たちがぐんちゃんに贈った卒業証書。それだけは、傷一つついてなくて綺麗なまま。あんちゃんが卒業証書を贈ろうって言って、バトルロワイヤルの優勝者が贈ろうってまーくんが言って、ぐんちゃんが勝ったらみんなで贈ろうってなって。一番達筆な若葉ちゃんに書いてもらった卒業証書。

 

「ずっと……持っていたんですね……」

 

 卒業証書だけじゃなくて、もう一つだけ無事だったものを私は発見した。それは綺麗なヘアゴムで、ぐんちゃんがつけてたら似合ってたんだろうなって簡単に想像できる。ぐんちゃんが自分でこれを買うとも思えなくて、よく見たらお手製なのがわかる。ちょっと癖が出てる。まーくんの癖が。

 まーくんが贈って、ぐんちゃんが卒業証書と同じくらい大切にしたもの。二人の絆の表れ。

 結局、ぐんちゃんがどこにいるのか分からないままになった。知ってる人を見つけられないから。

 

 そして、何日も経っていて大社も捜索しているのに、まーくんの行方も分からないまま。

 

「まーくん……なんで……。会いたいよ……」

 

 




 まーくんは私にとって唯一無二の存在で、彼がいない日常なんて味わいたくない。早く帰ってきてほしいし、せめて連絡ぐらいほしい。
 神樹様は神々の集合体で、その中には■■■■にいた■■もいるんだとか。それなら、■■■■はいったいどうなってしまうのだろうか。

勇者御記 二〇一九年 七月
 高嶋友奈 
 勇者史書部・巫女様検閲済


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29話 知っていてほしい──託されたこと

 長くなりました。


 

 暑さが増してきた8月。私は若葉ちゃんと鍛錬をしながら襲撃の日に備えている。不幸中の幸いというべきか、私のスタミナが戻る前に襲撃、という事態にはならなかった。入院前とほぼ変わらないぐらいに体が動くようになって、体力もバッチリ。あとはここからさらにどこまで伸ばせるか。

 

「ほら友奈。ひなた特製のスポーツドリンクだ」

「ありがとう若葉ちゃん」

 

 ペットボトルに入れられてるそれをゴクゴク飲む。ついさっきまで厳しく体を鍛えていたから喉はカラカラで、やっと摂取できた水分がより美味しく感じる。体が喜んでいるのも分かって、なんだか不思議な感じ。

 

「結界を強化するんだよね?」

「ああ。具体的な内容は知らないが、そのための準備を何ヶ月もかけて行っているらしい。それが終われば、バーテックスの脅威も激減するという話だ」

「その前に次の襲撃……。乗り越えないとね!」

 

 大社の人から聞かされているのは、二つの手段があるという話。今私たちが知っているのはそのうちの一つ。それが結界の強化なわけだけど、それを行うためには次の襲撃を乗り越えないといけない。外でゆっくりと作られている大型のバーテックスたち。それらを私と若葉ちゃんで迎え撃つんだ。

 まーくんが知ったら何と言うんだろう。きっと怒るよね。だって、私たちが勝つためには、奥の手を使わないといけないんだから。私はこれまで通り酒顛童子を。若葉ちゃんは別の三大妖怪の一体を。そのためにできる限りのことを、若葉ちゃんはヒナちゃんと進めてる。私はその間に、まーくんを見つける手がかりがないか捜索。

 

「どこに行っちゃったんだろ……。連絡どころか書き置きもないし……」

 

 まーくんの部屋で一人呟く。手がかりを探すために来てるんだけど、この部屋にいるだけで苦しくて、会いたいという気持ちが強くなる。

 その気持ちを誤魔化すために、初めは部屋の片付けをしてた。その次は隠してるものないかなって物色。男の子ってエッチなのを隠し持つとか聞いたことあるし。全然そんなのは出てこなくて、私の写真がいっぱい出てきた。写真の上手さから、ヒナちゃんが撮った写真だって分かった。怒る気にもなれなくて、やれやれって感じ。何だか恥ずかしくて、嬉しい気持ちもあったりしたし。

 物色も終わって最近では、ただこの部屋に来てまーくんのことを考えるだけになった。ベッドに勝手に上がって、枕を抱きしめてる。アルバムをペラペラとめくっては懐かしい日々を思い出す。私とまーくんの思い出。奈良にいた時の思い出。

 

「よしっ! 明日にしよう!」

 

 明日は鍛錬が休みの日だ。二人を誘って出かけよう。退院してからほとんどを丸亀城内で過ごした。鍛錬中心の日々だったから。だから街に出かけることができてない。私は久しぶりに出かけて遊びたい。二人と一緒に。

 そんなわけで二人を誘ってみたら、二人とも快諾してくれた。出かけるための服装を選んで、騒ぎにならないようにするための変装をして──

 

「二人ともそれは却下です。私がコーディネートします」

 

 変装して集合場所に行ったらヒナちゃんに怒られて、私と若葉ちゃんは着替え直した。若葉ちゃんは、サングラスとかマスクとかしてて、有事の際のためにって刀を持ってたんだけど、今じゃ普通の格好。それでも刀だけは持ってる。私はまーくんが作ってくれたお面を付けてたんだけど、それは駄目って言われた。

 

「二人とも悪い事なんてしてないんですから、堂々としていたらいいんです」

「それもそうだったな」

「あはは、変に身構えちゃってたや」

 

 三人で丸亀城を出て、近くにある商店街を歩いてみる。飲食店や本屋、服屋もあれば職人さんがやってるお店もある。いろんなお店が集まってて、だんだん活気づいてきてる場所。手作りの団扇を三人で買って、そこからまたぶらりと歩いていく。

 

「夏と団扇ときたら後は浴衣ですね! 浴衣を買って着替えませんか!?」

「いや、それはさすがに……」

「今じゃなくても……」

「今月下旬には祭りがあるんだ。その時でいいだろう」

「むむっ……、仕方ありませんね。はぁ、待ち遠しいです」

 

 今月下旬のお祭りは、まるがめ婆娑羅祭り。ここ丸亀市にとっては大きなイベントで、市外からもお客さんがやってくる。私も楽しみだし、浴衣もせっかくだから着てみたいと思う。できれば……

 

「まーくんと一緒に……」

「……大丈夫だ。あいつが祭りというイベントに来ないわけがない」

「そうですよ。友奈さんラブな方ですし、浴衣姿を目に焼き付けたいって思ってるはずです」

 

 声に出ちゃってたんだ。無意識だったから、二人が反応したことにびっくりしちゃった。でも、二人ともまーくんのこと分かってる。いつも楽しい事を求めてるまーくんが、祭りに来ないわけがない。その時にいっぱい怒って、困らせてあげるんだ。もう二度といなくならせたりなんかしない。

 

「まーくんって和服似合うんだよね〜。ヒナちゃん、私たちのツーショット撮ってね?」

「勿論です! 何枚でも撮りますよ!」

「やった! ありがとう!」

 

 約束をして、商店街にあるうどん屋さんでお昼を済ませる。商店街を抜けたら駅を通り過ぎて海側へ。丸亀街道と呼ばれる道を歩いていく。金刀比羅宮に続いていく道の一部らしい。

 

「金刀比羅さんかー。行ったことないけど、私奈良にいる頃はよく神社に行ってたな〜」

「そうなのですか?」

「うん。金刀比羅宮ほどでっかくないんだけどね。そこの神主さんがまーくんのお爺ちゃんで、まーくんともそこで知り合ったんだ」

 

 街道を歩きながら話し、海までたどり着いたら手摺りに触れながら夕日を眺める。

 

「そういえば友奈さんのことはあまり知りませんね」

「友奈は聞き上手だからな。ついつい話を聞いてもらうことが多かった」

「あはは、優しさって言えるのかは分からないけどね。……ぐんちゃんたちがいなくなっちゃって、三人には私のことを全然話せてなくて、それって寂しいなって思ったから。だから、若葉ちゃんたちには知ってほしいんだ」

「友奈……。あぁ、分かった」

 

 二人にお礼を言って、私は振り返って若葉ちゃんたちを見る。二人とも話しやすい雰囲気を作ってくれて、私が話すのを待ってくれる。

 私は一回深呼吸をしてから話した。まるで初めて出会ったように、名前から。血液型、出身地、誕生日。趣味や好きな食べ物、好きな人。小さい頃に何をしていたのか。

 

「入っちゃいけないとこにも行っちゃって、それでお爺さんに怒られたこともあったんだ。見つけてくれたのはまーくんで、まーくんは自分のせいにしてたんだけどね。それでまーくんの方が怒られてて、今思えば、お爺さんは分かってた上でまーくんを怒ってたみたいだけど」

「友奈さんは小さい頃にやんちゃな事してたんですね」

「やんちゃ……あはは、そうかも。まーくんと一緒にいろいろしてたからね」

 

 懐かしい。まーくんの両親が亡くなってから、まーくんはお爺さんたちと住むようになったけど、その前から夏休みの時とか遊びに来てた。仲良くなったのは住むようになってからだけど、知り合ったのはその前だもんね。

 

「私はタマちゃんみたいにアウトドアが得意ってわけじゃないし、アンちゃんみたいに頭がいいわけでもない。特徴もない普通の人なんだけど、だからこそ勇者に選ばれ時に『なんで私なんだろ』って思ったんだ。だけど、家族も友達もまーくんも喪いたくなくて、戦うことにしたんだ。……私は、怖いから戦う臆病者なんだ。──だからかな、勇者って言葉に憧れるのは。まーくんを守れるって思ったら嬉しかったし」

 

 私はこの後もいろいろ話した。小学生の時の学校生活。家族がどうだったとか。友達とどういう遊びをしていたのか、学校の先生がどうとか、まーくんの家族がユニークで地元じゃ名物になってたとか。まーくんのとこの話をしていたら、何回も『それはおかしいだろ』ってツッコミが入った。

 

「ふー、なんだか久しぶりだなー。こんなにいっぱい自分のことを話したのは」

「以前は勝希さんに?」

「うん。まーくんに聞き出されちゃうんだよね。まーくんもまーくんで、結構上手なんだよ?」

「言われてみれば、たしかに……」

 

 思い当たる節があったみたいで、二人ともコクコクと頷いた。私の知らないところでちゃっかりしてて、やっぱりまーくんは凄いなって思う。もし、まーくんが戦えたら、違った現実になってたのだろうか。

 

「……実はね、二人にはまだ聞いてほしいことがあるんだ」

「構わない。最後まで聞くぞ」

「はい。それが必要なこと(・・・・・)ならなおさらです。教えてください」

「うん──私が知ってる限りの、まーくんの秘密を知ってほしい。バーテックスが現れたあの日、まーくんの身に何があったのか。そもそも、まーくんがいったい何者なのかを」

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 2015年7月30日。私とまーくんはお昼の間は一緒に遊んでいたのだけど、夕方にはそれぞれ家に帰った。日が沈んでからというもの、不気味な地震は何度も続いてた。お父さんとお母さんに不安を拭ってもらいながら食事を済ませて、しばらく地震が止んだ間に、お母さんとお風呂を済ませた。お風呂はどうしようか悩んでたんだけど、まーくんと遊んで汗をかいてたからサッパリしたかった。

 ニュース番組を見てたお父さんは、難しい話を私に分かりやすく教えてくれた。すごく難しいことをいっぱい言ってたのに、簡略化させたら『震源地が特定できない異常な地震』『専門家も投げ出したいレベルの異常』ということだった。

 それを見ていると、家に電話がかかってきた。それに出たのはお母さんで、電話の相手はまーくんのお婆ちゃんだった。電話は珍しく短い時間で終わって、お母さんは戸惑った感じだった。

 

「お母さんどうしたの? まーくんのお婆ちゃんだったんでしょ?」

「え、えぇ。そうなのだけど……」

「お婆さんはなんて言っていたんだい?」

 

 お母さんを落ち着かせるように、ゆったりした口調でお父さんが聞く。少し落ち着いたお母さんは、お婆さんに言われたことをそのまま教えてくれた。

 

『神社に避難しにおいで』

 

 それが言われたことらしい。お父さんも私も首を傾げた。だって、地震に耐えられそうなのは、神社よりも今いる家だって思うから。でも、お婆さんはしっかりもので、冗談を言うことはあってもこういう時に変なことは言わない人だ。だから、そうした方がいい何かしらの理由があるってことになる。

 私はどうしたらいいか分からなくて、お父さんとお母さんの顔を行ったり来たりした。二人はどうするか話し合って、お婆さんのことを信じることにした。避難するために必要な物をカバンに入れて、戸締まりを確認して三人で家を出る。お父さんが玄関の鍵を閉めてる間、私は夜空を見上げてた。山の中で灯りは少ない。都会よりも圧倒的に夜空に輝く星が見える。まーくんと二人でよく星座を探したり、勝手に新しい星座も作る。だけど、今日の夜空はおかしかった。

 

「友奈。空は後で見たらいいから今は急ぐよ」

「お父さん……でも、空が……星が変だよ?」

「え? 変って……」

「星が……動いてる……?」

 

 お父さんとお母さんも空を見上げて動揺してた。流星ならまだしも、普通の空は星が動かない。正確には動いて見えるけど、秒単位でそれを実感できるわけがない。不気味な星空を見上げてる私を、お父さんが抱きかかえて走る。お父さんはお母さんの手も引いて走っていて、1秒でも早く神社に着こうとしてた。

 車で行くという手段もあるけど、私の家から神社までなら走った方が早い。車だと一方通行の道とかあって、大回りになっちゃうから。私が歩いても10分くらいで着く距離。お父さんの走る速さなら5分とかそんなくらい。

 

 神社まで向かう途中で、星が降ってきた。

 

「なっ!?」

「なにあれ!?」

 

 幸いというべきか、それは私たちの側には降ってこなかった。大人より大きい白い化物。周りの家が壊されていって、いろんなとこから悲鳴が聞こえてくる。私は何も見たくなくて、ギュッて目を瞑った。何も聞きたくなくて、お父さんの腕の中で耳を塞いだ。

 お父さんが止まったのも数秒だけで、すぐに走るのを再開した。お母さんもお父さんに引っ張られることで走り始めて、なんとか化物に襲われる前に神社の境内に入れた。

 

「お婆さんは具体的な避難場所を言っていたか!?」

「ほ、本殿に上がるようにって……!」

「ならもう少しだな……!」

 

 ひと息つく間もなく、境内の中を走る。

 私が目を開いた時には本殿の中にいて、ここは本来誰も入っちゃいけない場所だと思い出す。そんな場所を開放するくらい、異常なことが起きてるわけだけど、お婆さんたちの姿は見当たらない。周りにいるのは、同じように避難してきた人たちばっかり。

 

「お父さん……まーくんがいないよ……?」

「え!? ……お爺さんたちもいないな……」

「何か事情があるのかしら……」

 

 私たちの会話が聞こえた周りの人も、『たしかに神主がいない』とざわめき出して、でもみんなそこまで心配してなかった。だって、神主さんが人としてどれだけ強いかを知っているから。大人の人でも、神主さんに何度もいろんな相談をするほどだ。

 『もしかしたら笑いながら食事を持ってきてくれるかもしれない』、なんて憶測が当然のように飛び交う。不思議だ。あれだけ怖い化物から逃げてきたのに、神主さんの話だけでみんなに笑顔が戻る。お父さんとお母さんも顔色が良くなる。

 

「勝希くんもお手伝いしてるのかもしれないわね」

「そうかも──」

 

 明るい憶測が飛び交っている中、大きな爆発音が聞こえてきた。空気が震え、本殿も振動で震える。みんながシンと静まり返って、その爆発があった方を見る。そっちは参拝者の誰も近づくことすら禁じられてる奥社がある。木片とかが飛び散ってるみたいで、爆発がそこであっただろうって分かる。

 

「まーくん!」

「ちょっ! 友奈、待ちなさい! 友奈!」

 

 私の中で不安が爆発して、私はそっちに駆け出した。他の人はほとんど知らない。そっちには、まーくんたちの家があるってことを。爆発が奥社であったのか、それとも家であったのか。それは見ないと確かめられない。お母さんの静止を無視して、私は最短ルートで駆け抜ける。何度も遊んでる場所だ。どう走り抜けたら一番早く着くのか分かってる。

 

「まーくん! まーくんどこ!?」

「ん? 友奈ちゃん!? 今すぐ本殿に戻りなさい!」

「お婆ちゃん! でも、まーくんが心配で──」

 

 爆発があったのは奥社の方だった。煙がモクモクと上がっていて、その手前にいるお婆さんにまーくんのことを聞く。お婆さんはすごい焦った様子で、こんな様子は初めて見た。いつもしっかりしてて落ち着いてるのに。

 お婆さんに両肩を掴まれて、早く戻るように言われる。でも私はそれを聞き入れられなかった。まーくんのことが心配だったし、目の前の煙の中からお爺さんが厳しい顔をしながら飛び出してきたから。

 

「婆さん! あやつ完全に目覚めよったわ(・・・・・・・)! って、ぬぉ!? 友奈ちゃん!? なぜここにおる!」

「お爺ちゃん! まーくんは!? まーくんはどこ!?」

「すぐに勝希を本殿に連れて行くわい。じゃから友奈ちゃんは先に戻りなさい。いいね?」

「う、うん……あれ……?」

 

 お爺さんの鬼気迫る表情に、私は頷くしなかった。足を本殿の方に向けようとしたその時、煙が晴れていってその中に人がいるのが分かった。私とそんなに変わらない身長で、私がよく知ってる人。私が探してた人。

 

「まー、くん……?」

 

 まーくんがいたのに、その人が本当にまーくんなのか分からなかった。紛れもなくまーくんの姿なのに、雰囲気が全く違った。目があっても、知らない人を見ているような、そんな風に見えるし見られてる。

 まーくんがゆっくり歩いてきてると、その後ろからあの化物が飛び出してきた。

 

「危な……! ……ぇ?」

 

 白い化物は、後ろからまーくんに噛み付こうとした寸前で止まった。後ろに少し下がって、開いていた大きな口を閉じる。まーくんはその化物を見て、指で横線を描く。そしたら化物はそれに合わせて回れ右して、神社から消え去って行った。

 

「なん、で……」

「説明が難しいのー。……ん? もしかして友奈ちゃん」

「合ってますよ、お爺さん」

「ふむ。それなら婆さんや」

「今取ってきました」

「仕事が早いのー!!」

「仕舞ってあった場所は奥社でしたし?」

 

 二人が何を言ってるのかさっぱり分からない。まーくんも動きを止めて、お爺さんたちの様子を見てる。

 お婆さんの手にはいつの間にか手甲があって、それを私に差し出される。私は頭がパニックで、お婆さんの顔をぼーっと見ることしかできない。

 

「友奈ちゃんは選ばれたのよ。これは友奈ちゃんが持っていないといけないもの。今後あなたと、あなたの大切なものを守り続けるために必要なもの」

「選ばれたって……どういうこと?」

「友奈ちゃんは勇者に選ばれた。その力を振るうために、この手甲を使いなさい。これは『天ノ逆手』。あの化物たちを倒せるわ。理解できるのは後でもいい。とりあえず受け取りなさい」

「はい」

 

 全然理解が追いつかないけど、必要なものって言うのだから必要なものなんだ。お婆さんを信じて、私はそれを受け取る。その瞬間体に不思議な力が湧いてくるのを感じた。体が軽くなったような感覚で、手甲もサビとかが取れて綺麗なる。

 

「さて友奈ちゃん。悪いが今後勝希のことを頼むぞ」

「え?」

「儂らの血の中には、極小量だが天皇家の血が混ざっておる。それは天の神の血と同義。そして、勝希はその血が目覚めてしまった。こやつが昔、奥社の神饌を食してしまったせいでの」

「……?」

「この奥社には、天の神の荒御魂が封じられておった。神饌はその手段の一つだったが、勝希は幼い頃にそれを食してしもうた。天の神に近づいてしまい、低確率を引き当てて血を覚醒させた。それを儂らは封じてきたが、天の神が今日表に出てきたことで、勝希も共鳴して目覚めたというわけじゃ」

 

 説明してくれてるのに、私は頭がパンパンになっちゃってた。思考が止まってて、脳が理解できてない。それなのに、なぜか言葉が一言一句全て記憶されていく。まるで後で理解したらいいと言わんばかりの現象。

 

「その手甲は天の神を討ち滅ぼす力を持つ。天の神への呪いそのものが込められておるわけだが、それが勝希にとっては抑制剤になる。勝希は目覚めたところで、その血の割合が圧倒的にただの人間じゃからな」

「どうしたらいいの?」

「ただ側にいてやればいい。友奈ちゃんならそれだけで抑えられる。そのための護符も仕込んでおる。じゃが、できることはあくまで抑えること。その手甲の力では戻してやることができん」

「そんな!? それならまーくんは……!」

 

 目の前にいるまーくんに目を向ける。私の知ってるまーくんのはずなのに、まーくんとは思えない何者か。待つことをやめて、お爺さんに襲いかかり始めた。目覚めたばかりだからか、人間の動きの範囲で収まる。だからお爺さんが優勢。関節技を決めて抑え込んでる。

 

「ったく突然暴れよって。……そろそろ時間がないか」

「そうなりますね。では友奈ちゃん。あなたに先に言っておくことがあります」

「言っておくこと?」

「四国に行きなさい。大阪市を避けるようにして兵庫県に入り、明石海峡大橋を渡って淡路島へ、そこから鳴門大橋を進んで四国に入りなさい。生き残ってる人を連れて、可能ならバスとか使っちゃいなさい」

「お婆ちゃんたちは!?」

「私とお爺さんは、最後の仕事をここで済ませるわ」

 

 頭が殴られたような感覚に陥った。二人が今ここで命を落とすって断言したのだから。お婆さんは覚悟を決めた目で、お爺さんは関節技を決めながら笑顔でサムズアップして。

 

「いや、だよ……。二人も一緒がいいよ!」

「友奈ちゃん……。ありがとう。でも、私たちにしかできないことだから」

「それに! 友奈ちゃんが覚えてくれておったら、儂らは友奈ちゃんの中で行き続けるしのう! あ、そうじゃ。勝希を元に戻すとき、こやつは今日の記憶が消し飛ぶぞ。それと、今日から10日間、突発的に目覚めても勝手に鎮まり、記憶も飛ぶようにする」

「どうしても……だめなの……? 二人といっしょに、もう一緒にいられないの?」

「儂らみたいな老人より、友奈ちゃんや勝希のような子供が生きるべきじゃ」

「いっぱい友達作って、いっぱい思い出作って、恋して、いっぱい幸せになりなさい」

 

 泣きじゃくる私を、お婆さんがギュッて抱きしめる。お爺さんとお婆さんは、私にとっては本当のお爺ちゃんお婆ちゃんみたいで、大切な家族で、だから別れたくない。だけど、二人はまーくんのことを戻さないといけないから。

 

「勝希のこと、お願いね? 一人で抱えないで、信頼できる友達ができたら、協力してもらいなさい」

 

 お婆さんが私から離れる。私は涙で視界がグチャグチャになって、その場に座り込んで俯いてしまう。二人が何をしたのか見えなかった。真っ白な光が発生して、それが収まった時には二人がいなくなってた。まーくんが仰向けになって意識を失ってるだけ。私が泣きやんだ時には意識を戻してた。

 

「友奈、大丈夫? あと爺ちゃんと婆ちゃん知らない?」

「っ! ……まー、くん……」

「……そっか。えーっと、これからどうしたらいいんだろ」

 

 察したまーくんは、私の手を握ってくれた。話題を変えられて、私は二人に言われたことを思い出す。なぜか全て頭に残っている言葉。まるで引き出しから出すように、その言葉を思い出せる。

 

「四国……」

「うん、じゃあみんなで行こうか」

 

 本殿に戻った私たちは、何があったのかを聞かれたけど、それに答えることはできなかった。思い出すだけで涙が出そうになって、それにすぐ気づくまーくんに慰めてもらう。それで周りの人も理解してくれて、私たちは四国を目指した。みんな、『神主さんならこう言う』とかで元気を保って、希望を信じて。

 その途中で何度か白い化物に遭遇したけど、私が迎撃することができた。途中でまーくんが襲われそうになったけど、またまーくんは傷をつけられることなく、敵の方が勝手にいなくなった。その事の記憶をまーくんは残せなくて、だけど私も他の人も覚えてる。四国に着くまでは、お爺さんたちの孫だし、二人の加護だって前向きな理由で終わっていた。だけど、それを知った他の人たちが不気味がって、まーくんは一部の人から忌避されるようになった。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

「だいたいこんな感じかな」

「そう……だったんですね……」

「勝希が……。そうなると、今誰にも知られずに姿を消しているのも」

「うん。力が目覚めちゃったんだと思う。もしかしたら今の状態は自分でコントロールできてるのかも」

「目覚めた原因が誘発ではなく、意図的な可能性か」

「荒御魂からの力だし、たぶんぐんちゃんのことで……」

 

 ある程度話をして、その後は丸亀城に戻りながら若葉ちゃんたちの話を聞いた。意外なこととか、らしいこととか、面白い話をいっぱい。

 

 こうして過ごした数日後

 

 

 

 決戦の時がやってきた

 

 

 




 若葉ちゃんたちと話していて、見落としていた謎があることに気づいた。それは、まーくんがなぜ■■■に赦されるのかということ。■■であるなら、■■■も赦されるはず。でも現実には違うくて、■に近づいてるならなおさら赦されないはず。
 私の知らないまーくんの秘密が、まだあるみたい。

勇者御記 二〇一九年 八月
 高嶋友奈 
 大赦史書部・巫女様検閲済


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30話 遊びは参加するもの

 手違いで一度違う話を上書きしてしまいました。そんなわけで書き直しましたが、前のものと多少文章が変わってるかもです。内容は変わってません。


 

 若葉ちゃんと並んでバーテックスたちを待ち受ける。私達が今いる場所は変わることなく丸亀城。遠くに見えるバーテックスたちは、あの大型たちが6体。それ以外にも大量の小型バーテックスたち。あの一番でかいバーテックスの姿は見えない。

 それはそれでありがたい話で、まずは迫ってきているバーテックスたちを倒すという話になった。

 

「うん! とりあえずあいつら、一人3体ずつ倒せばOKだね。じゃあ、始めよっか」

 

 決戦だって分かってる。私も若葉ちゃんも出し惜しみなんてしない。そんな余裕もない。

 体の内側に意識を集中させる。やることはこれまでと同じだ。精霊の力を引き出して、自分の身に宿す。

 

「来い──酒呑童子!!」

「降りよ──大天狗!!」

 

 3度目の使用。手甲は私の体と不釣り合いなほどに巨大になって、おでこなら二本の角も生えてる。日本三大妖怪の一体、鬼の王──酒呑童子。私はその力を宿した。

 若葉ちゃんが宿したのは、世界を闇に覆ったとされる大天狗。勇者服も変化していて、背中からは巨大な漆黒の翼が生えてる。いつも持ち歩いてる刀は見当たらなくて、代わりに背丈ほどもある長さの太刀が一振り。

 

 私たちの勝利条件は、侵入してきたバーテックスを全滅すること。裏返せば、この世界を護るということ。でも、この戦いで守りに徹することはない。一歩も引く気はなくて、私は迫りくるバーテックスたちに突っ込んだ。

 私の拳は破壊力が凄まじく、一回振るうだけでも多くの小型バーテックスたちを倒せる。私が倒しきれなかったやつは、若葉ちゃんが翼を羽ばたかせて殲滅して回る。パワー重視な酒呑童子とスピード重視の大天狗。お互いにカバーしあえる。

 

「地中を移動してる!?」

「狙いは神樹か」

 

 大型バーテックスのうち、一体が地面に潜って私たちを素通りした。若葉ちゃんの言う通り、相手の狙いはもちろん神樹。潜ったまま進んで、神樹にたどり着こうとしてるんだね。

 

「地面に潜ったのは、私がやっつけてくるよ!」

「ああ、任せた。こちらの敵は私が食い止める!」

 

 若葉ちゃんにこの場を任せて、私が大型バーテックスを追いかける。潜っていても、スマホの画面にはバーテックスの位置が表示されてる。完全に見失うってことにはならない。

 

(若葉なら──きっと大丈夫だよね)

 

 潜ってるバーテックスを追いかけながら、チラッと若葉ちゃんの様子を確認する。敵の攻撃を全部避けていて、その動きに安心感を抱ける。

 

「うう、出てこなきゃやっつけられない……! このままじゃ、神樹が……」

 

 神樹が破壊されたら四国も滅ぶ。そうなれば人類は滅亡だ。まだ希望が残ってる地域もあるみたいだけど、今四国を攻めてるバーテックスたちがそっちに向かったら一環の終わり。そうはさせたくない。

 

「こうなったら……最後の手段!」

 

 潜伏してるバーテックスがいるであろう地面を思いっきり殴る。酒呑童子の力で強化されてる私の拳だと、一撃で地面にクレーターができあがる。それでもまだバーテックスの姿は見えない。

 それなら、バーテックスが潜ってる深さまで抉ればいい。

 

「おおおおおおおおお!!」

 

 何度も何度も何度も何度も地面を殴り続ける。そうしていたらバーテックスの体の一部がやっと見えた。そこ目掛けて拳を振り下ろす。体の一部を粉砕できた。でも、バーテックスはまだ潜ったまま進もうとしてる。

 

「こっのおおおぉぉ!」

 

 ヒレみたいなとこを掴んで、思いっきり引っ張り上げた。ようやくバーテックスを地中から出すことに成功。地上に出てきたバーテックスにトドメの一撃──はできなかった。

 

「うあっ!」

 

 私がバーテックスを倒すよりも先に、白くて大きな帯に吹き飛ばされた。地面に思いっきり叩きつけられる。

 その白い帯は、膨らんだ下腹部を持つ大型バーテックスの体の一部みたい。潜ってたバーテックスに集中し過ぎてて、他のバーテックスの接近に気づけてなかったや。

 白い帯を持つバーテックスが何かをこっちに噴出させる。さっきの攻撃で意識が朦朧としていた私はそれを避けられず、全部直撃してしまった。飛んできたそれは爆弾で、私は木の葉みたいに宙を舞う。

 

「あ、う……」

 

 攻撃が止み、私は樹海にある巨大なツルの上に倒れ込んだ。

 

(あ、れ……体が…………動かないや)

 

 視界が暗くなる。

 狭まっていく視界の中で、神樹へと向かっていくバーテックスが三体見えた。倒しきれなかったバーテックスと、白い帯を持つバーテックス、そして棒みたいな何かを体の周りに浮かばせてるバーテックス。

 攻撃を受けた痛み、酒呑童子の力を使った反動。全身がバラバラになってしまいそうな痛みに包まれる。

 

(もう……いいや……)

 

 急に馬鹿らしくなってきた。それと同時に凄い腹が立ってくる。

 なんでこんなに苦しみながら戦わないといけないのか。滅亡寸前の世界で、大人たちは何もできなくて、バーテックスは次々やってきて、生き残ってる人たちからは非難される。そのせいでぐんちゃんだって……。

 

(馬鹿みたい……こんな痛い思いまでして、苦しい思いまでして戦って……。私……一生懸命戦ってきた理由がわからなくなっちゃったよ……。勇者なんてただ痛いだけで、苦しいだけで……なんで……)

 

 まーくんだっていなくなっちゃったのに……。

 

 

──なんで戦うのかって?

 

 

「勇者だからだよ! 理由なんて、それで十分だ!」

 

 全身の力を振り絞って立ち上がる。

 

「また私……すっごい悪いこと考えてた……」

 

 精霊を使うと反動で精神面にも影響が出る。酒呑童子みたいな強力な精霊を使えば、それだけ大きな反動にもなる。

 

「若葉ちゃんだって……頑張ってるのに……」

 

 遠くで戦っている姿が見える。一歩も引かず、勇猛果敢に戦っている姿が。

 今神樹を守れるのは、私だけなんだ。

 

「う、うぅぅ……」

 

 体が重い。目がくらむ。意識が朦朧とする。

 でも、それでも私はまだ生きてる。動ける。酒呑童子の力もまだ宿ってる。

 

「私は……高嶋友奈は、みんなが大好きだーーー!!」

 

 思いっきり叫んでバーテックスたちへと接近していく。

 生み、育ててくれた両親。 

 幼稚園や小学校の頃、仲良く遊んだ友達。

 四国で暮らす人々。

 うどん屋の店主。

 うちわ職人。

 諏訪にいた白鳥さんと藤森さん。

 まーくんのお爺ちゃんとお婆ちゃん。

 若葉ちゃん、ヒナちゃん、ぐんちゃん、タマちゃん、アンちゃん、そして──恋人で大切なまーくん。

 

 14年しか生きてないけど、出会った人たちのことが好きだ。この時代を生きていこうとするみんなが好きなんだ。

 

「だから、絶対に、この世界を守るんだぁぁ!!」

 

 思いっきり地面を蹴って跳ぶ。バーテックスたちは神樹の近くにまでたどり着いてる。

 私は一番近くにいて、倒し損ねていたバーテックスに向かっていく。バーテックスたちも私のことに気づいたけど、私の攻撃のほうが早い。また潜ろうとしていて、それをやられる前に拳を叩き込む。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 一撃で倒すことができて、その勢いのまま残りの二体にも突っ込む。白い帯があるバーテックスを倒そうとしたら、もう一体のバーテックスに邪魔された。棒から反射板が出てきて、それがすっごい硬い。さっきバーテックスを倒した私のパンチでも止められた。

 でも関係ない。

 

「お前たちなんかに! これ以上奪われてたまるかぁぁぁ!!」

 

 反射板を連続で殴っていく。

 私の手甲に宿る力は『天ノ逆手』。天を憎み、呪い、滅せよと願った憤怒そのもの。

 この力は、天に属する存在を侵食し、崩壊へと導く。

 殴り続けていると反射板にヒビが入り、やがて壊れていく。一枚壊したら、また次の反射板が出てくる。それも壊していく。

 

「何度だって何度だって──」

 

 反射板を殴り続ける私の拳は、酒呑童子の力の反動もあって砕けてる。手甲から血が漏れて、それが吹き出していく。それでも私は攻撃の手を緩めなかった。何度も殴り続けて、全ての反射板を破壊する。

 

「何度だって、私たちは立ち向かう! それが私たち人間だぁぁぁぁ!!」

 

 反射板を扱っていた大型バーテックスを粉砕する。このバーテックスに時間を取られた。残りの一体が神樹に迫っている。

 あの爆弾を神樹にぶつけ始めた。結界が現れて神樹を守ってる。あれくらいの攻撃なら耐えられるみたい。それが敵にも分かって、さらに接近していく。

 

「勇者ぁぁ、パァーーンチ!!」

 

 後ろから思いっきり殴る。私の手はもうボロボロで、骨も折れてる。内出血してて、全体が黒ずんでる。でも、私はまだ戦えてる。

 相手の下腹部を破壊したけど、その直後に帯に弾かれて吹き飛ばされる。ツルに叩きつけられて、その衝撃に血が吐き出される。でも私はすぐに立ち上がってもう一回突っ込む。

 

「私は! 勇者、高嶋友奈だぁぁぁぁ!!」

 

 相手の帯ごと粉砕する。バーテックスを今度こそ完全に倒せた。

 体の力が抜けていって、私は地面に落下する。そこは神樹のすぐ根本だった。他の大型バーテックスも小型バーテックスもこっちに来ない。若葉ちゃんが倒したんだろうね。

 

(さすが若葉ちゃんだ……)

 

 体は重く、指先一つも動かすことができない。

 視界が暗くなっていく。このまま瞳を閉じたら、もう起きることはないって分かってる。

 その時、自分の体が温かいものに包まれていくのが分かった。

 

(神樹……様……? 私、中に入っていってる……?)

 

 不思議と恐怖はなかった。

 

(若葉ちゃん。ヒナちゃん。……一人でも欠けることはないようにって……ごめんね……)

 

 交した約束を守れない。その事が悔しい。それに──

 

「まーくんに……会いたかったなぁ……」

 

 大切な恋人。退院してからというもの会えていない。どこに消えてしまったんだろう。元気なのかな。ご飯ちゃんと食べてるかな。一人ぼっちは嫌いなくせに。どうしてるんだろう。

 

「呼んだ?」

「ぇ……」

 

 聞こえないはずの声が聞こえた。閉じていた瞼を見開く。真っ暗な空間の中で、まーくんと私の体だけはっきりと映る。

 

「仕方ないこととはいえ、こんなにボロボロになるまで戦うなんてね。……お疲れ様友奈」

「まー、くん……」

 

 まーくんの手が私の頬を撫でる。目が熱くなって、溢れだす雫が頬を伝っていく。動きたい。でもその力が入らない。もどかしくて、悲しくて、会えたことが嬉しくて。何もかもグチャグチャ。自分でも今の感情が分からない。

 

「ごめんね、友奈。勝手にいなくなって」

 

 まーくんの手が私の背に回って、ボロボロの私を気遣った優しいハグをされる。私はまーくんの胸に顔をグリグリ押し付けた。会えたことを喜びたい。勝手にいなくなったことを怒りたい。相反する気持ちだけど、それは私がまーくんのことを好きだっていう証。

 胸がぽかぽかしてくる。

 そして私は気づくのが遅れた。体が動く(・・・・)ようになっていることに。

 

「なんで……っ! まーくんまさか!」

「あはは、気づかれるよね」

 

 困ったように笑うまーくん。私は今どんな表情でそれを見つめているんだろうか。

 

「友奈がボロボロなのを、見て見ぬふりはできないからさ」

 

 私を包み込んでいた暖かさも変わってる(・・・・・)。暖かいことに変わりはないけど、感覚でそれが別物だと分かった。だってこの感覚は、今みたいにまーくんに抱きしめられてる時の感覚だから。

 

「神樹に取り込ませるのを防ぐことしかできないけどね。友奈の勇者の力は抜かれるだろうけど、友奈の体自身は取り込ませない。正真正銘ただの女の子に戻るって説明したほうがいいかな」

「まーくん何考えてるの? 何をする気なの!?」

「今にでも友奈をここから連れ出したいんだけどね。今の僕は未熟過ぎるから、生身の人間を連れ出すほどの力はない。僕自身が抜け出すので手一杯。だから待ってて」

 

 まーくんが何を言ってるのか、理解したくない。私を想ってくれてるのは素直に嬉しい。だけど、まーくんがこれからしようとしていることが、止めないといけないことだって直感で分かる。やらせちゃいけない。

 

「まーくん待って!」

「待たないよ。……もう僕は限界だ。こんな世界にした天の神も、少女しか戦わせられなくて、ちーちゃんに供給するのをやめた神樹も、そんなシステムをそのままにした大社も、僕は許せないんだ。許せなくなっちゃったんだ」

 

 落ち着いたように話してるけど、その言葉が怒りで震えてるのは聞いていて分かる。荒御魂の影響もあるのかもしれない。

 

「これで友奈まで奪われたら……。そんなのを嫌だから。僕は抗うことに決めた。神々の戦い(遊び)に介入する。遊びって参加するものだからね」

 

 だんだんと意識が遠のいて行くことが分かる。まーくんも私から離れて、でもまーくんに包まれてる感覚は残り続けて。

 

「だいぶ時間はかかるだろうけど、それまで眠って待ってて」

 

──私は、私が一番望んでるのは……

 

 言葉が出なかった。まーくんに届けたい言葉が。口も動かず、視界も閉じて。私は長い眠りに入ることとなった。

 

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 バーテックスとの決戦を乗り越え、四国は存続することが叶った。過去最大規模の侵攻であったが、私と友奈の二人で、強大な精霊の力を使うことで免れることができた。しかし犠牲は出てしまった。

 

「友奈……が…………」

 

 戦いを終え、数日間眠り続けていた私は、目を覚した日にひなたから話を聞いた。友奈の反応がなくなってしまったということを。

 球子、杏、千景、友奈。諏訪にいた白鳥を始め、誇らしい仲間たちがいたのだ。彼女たちはたしかにいたのだ。しかし、今はもう私一人が残っている。

 

「失ったものは大きかったですが……、成果もあるんです。四国は皆さんのおかげで存続し、神樹様の結界もより堅牢なものとなりました。通常個体のバーテックスでは絶対に突破できないほどに」

「そうか……よかった……」

 

 眠っている間のことを、ひなたから教えてもらう。大社の中では、この四国の呼び名を『根之堅州國(ねのかたすくに)にしようという話も出ているのだとか。

 正直話をまともに聞けていなかったと思う。全てが通り抜けるような感覚だった。しかしひなたは私の側にいてくれた。慰めるわけでも励ますわけでもなく、ただ側に。それが嬉しかった。今の私には、そうしてもらうことが一番ありがたかった。

 

 退院してからのこと。私は大社から一つの任務を与えられた。壁の外でバーテックスが不穏な動きをしており、それを調査してほしいというものだった。勇者服を纏うのも久しく感じる。巫女のひなたも同行することになり、私はひなたと壁の外に出た。

 壁の外では、新しくなった結界に阻まれ、侵入できずにいる通常個体のバーテックスたちがいた。そのバーテックスたちが私達に気づき、襲い掛かってくるも私はそれらを斬り伏せた。ひなたを後ろに下がらせ、一体のバーテックスも近づけさせない。

 何体も斬っていると、バーテックスたちが動きを止めた。何か狙いがあるのかと警戒したが、奴らは私達に背を向けて離れていく。

 

「壁の外は危険なんだけど……、大社の仕事かな?」

「っ!?」

 

 横から声をかけられた。その声にも、そしてこんな場所にいることにも驚愕した。ひなたも驚いていることが気配でわかる。

 

「なぜお前がここにいる。勝希!」

「見届けに、かな」

「なに?」

「見届ける、ということは、勝希さんはこれから何が起こるかご存知だということですか?」

「そうだね。止める気もないし、若葉も今からじゃ間に合わないよ」

 

 勝希が大橋の方へと視線を向ける。私達もつられてそちらを見た。超大型バーテックスは既に融合を終え、その他の大型バーテックスたちが何体か見える。中には、私と友奈が倒したはずの個体も見られる。

 

「何ということだ……」

 

 膝を折ってしまいそうだ。

 あれはつまり、大型バーテックスたちは倒せども、何度でも復活するということではないか。あれだけの犠牲を払い、体を壊して倒せる個体が。何度でも侵攻してくる……。

 形成途中の個体を見て気づいたが、体の中で何かが光っている。戦闘中に気になっていたことだが、奴らは何か空洞があった。そこにあの光っているものが入るのだとしたら、私達は未完成個体であれだけの苦戦を強いられたということになる。

 

「本当に人類を存続させたいなら、殲滅なんて非現実的な手段を諦めたほうがいい。具体案は示せないけど、どうせその案を大社は用意してるだろうね」

 

 どういうことなのか。それを聞く前におぞましい不協和音が響き渡る。大型バーテックスたちは明滅を繰り返し始めた。

 

「なんだ……!?」

「始まったね」

「勝希、何を知っている!」

「これから文字通り、世界が変わるんだよ」

 

 海の向こうから鼓動のような音が聞こえてくる。

 大気は震え、海は荒れ狂う。

 鼓動のような音が次第に大きくなる。

 そして大地が揺らぎ始める。

 

「うわ!?」

「きゃっ!」

 

 立っているのが難しい。大地の揺れは収まるどころか大きくなる。

 

「ひなた、私の手に掴まれ!」

「はい!」

 

 伸ばした手とひなたの手が繋がる。

 勝希に視線を向けると、勝希は地面から数センチ足を浮かせることで揺れを回避していた。その光景に目を疑うも、それ以上の光景が広がり始める。

 空から何本もの光の柱が海に降り、光の柱を中心に海水が渦を巻く。海の底が抜けたようだ。

 

天沼矛(あめのぬぼこ)……」

「ひなは詳しいね」

 

 ひなたの呆然とした呟きに勝希が反応する。しかし私達にはそれに言葉を返す余裕はなかった。

 水平線から巨大な炎が現れた。太陽にしては巨大過ぎる。それは次第に大きくなり、輝きも強くなっていく。やがて空を覆い尽くし、ゆっくりと落下を始めた。

 

──天が……落ちてくる……。

 

 ひなたを連れて壁の中へと向かう。視界が真っ白な世界。分かるのはひなたの存在だけ。私の背を大きな何かが押した。それによって加速し、私達は壁の中へと投げ込まれる。

 いったい何が起きたのか。

 時間をしばらく開けてからひなたともう一度壁の外に出る。そして目を疑った。

 

「なんだ……これは……。世界は、滅んだのか……?」

 

 視界いっぱいに広がる火の海。どこにも青い海も青い空もなく、陸地も見当たらない。人類の足跡どころか世界そのものが消えている。

 

「そんなものではありません。これは……世界の理が書き換えられています!」

「書き換え……?」

 

『文字通り、世界が変わるんだよ』

 

 勝希の言葉はこういう事だったのか。

 歯を食いしばり、爪が食い込むほど拳を握りしめた。

 私達のしてきたことが、無に返された気分だった。

 

 

 それからというもの、大社は可能な限りの手を尽くして人類を存続させた。まず、天の神側の侵攻を止めるために停戦を結んだ。神樹の結界内でのみ人が生活すること。外に出ることを諦め、勇者システムを破棄すること。それが条件だった。

 私達は世界を取り戻すことを諦めない。勇者システムは、最大の極秘事項として、影で細々と研究を続けるものとなった。

 大社は大赦と改名し、天の神から赦されたことを戒めとして名に残すこととした。

 勇者であった高嶋友奈の名をあやかり、出生後の赤子が特定の行動をすれば、『友奈』の名が与えられるようになった。

 

 そうして変わっていった日々の中で、もう一つ変わったことがある。それは、勝希のことだ。

 私だけでなく、ひなたや他の人々からも佐天勝希という人物の記憶が消え、役所や大赦の資料、勇者御記に至るまでの記録からも勝希の情報が消えた。部屋ももぬけの殻となり、生活していた跡すら消えている。

 

 当然私達の誰もが、その異変に気づくことはできなかった。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 どこまでも広がる灰色の世界。距離感など消え、時間の感覚すら薄れる。『今何時?』とかネタで済まされないレベルだ。そもそもここに時間の概念があるのかすら怪しい。

 そんな場所でどれだけの時を過ごしたのだろうか。変化など起きもしないこの場所で。

 

『届けぇぇぇぇ!!』

 

 だから、突如聞こえてきたこの声に惹かれて、そこに行ったのも仕方ないことだと思う。他に誰もいないはずの世界に現れた少女。膝を抱えて俯いているその子に僕は声をかけた。

 

「友奈って無茶しないと生きていけないのかな?」

「ぇ……」

 

 誰かがいるとは予想だにしなかっただろうね。声をかけると弾かれるように顔を上げたよ。……そっくりだね。

 

「初めまして。自己紹介は後にするとして、ここから出る気はあるかな?」

 

 



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神世紀の章
1話 似てるというかそっくりだからデジャヴどころの話じゃない


 今回から三人称視点がメインとなります。一人称視点に戻る場面も出たりしますが、使い分けていく所存です。
 



 

 神世紀300年。それは大社が大赦に変わり、初代勇者がバーテックスとの戦いを終えて経った年数をも指す。それを理解しているのは、大赦の中でも一部の人間に過ぎないだろう。その他の人間や一般人は知らない。そもそも、一般人はバーテックスという脅威が存在することも知らない。人類はウイルスによって絶滅寸前まで追い詰められ、神樹が守る四国のみが残ったと教育されるからだ。

 

 勇者ですら全てを明かされなくなっているのが現状となっているが、バーテックスとの戦いを終えた勇者たちは、一般人と変わらぬ日常を送っている。讃州中学勇者部は、勇者の適正が高い者たちが意図的に集められた部だが、その活動は『人のためになることを勇んで実施する』というものだ。

 子猫の里親探しや保育園での手伝い。川原や浜辺でのゴミ拾いであったり、他の部の助っ人。その活動は学校内には収まらず、校外でも実施されている。そして地域の住人たちも、彼女たちの活動を快く思っており、信頼関係が築かれている。

 本日、そこに新たなメンバーが加わる。

 

「勇者部入部希望の乃木園子で〜す!」

「わ〜!」

「来たわねー」

「で、伝説の……勇者……!?」

「また濃いのが増えましたね」

「勝希がそれを言うか」

 

 転入生である乃木園子だ。2年前も勇者として戦い、その後は切り札として前線からは離れていた。満開の後遺症で動けなかったことも関係するが。

 園子の入部を拒否する者などこの場に一人もおらず、同い年である友奈はさっそく園子と手を取り合ってはしゃいでいる。夏凜もまた同い年であるのだが、大赦で訓練していた夏凜は園子に尊敬の念を抱いており、その本人を目の前にして固まっている。

 

「乃木さんは私たちと同じようにお役目から解放されて、普通の生活を送ることを望まれたの」

「あ、敬語じゃなくていいですよ部長〜。他のみんなと同じように接してください」

「ぶ、部長……! ここに来てやっと私を敬う部員が入るとは……!」

「え、風先輩。僕はカウントしてくれないんですか?」

「あんたは勇者部員じゃないからね。友奈に誘われても頑なに入ろうとしなかったじゃない」

「ハーレムな状態は刺されそうで怖いですからね!」

 

 友奈と仲がいい勝希は、友奈が勇者部に入る際に何度も誘われていた。今も誘われることがあるのだが、勝希は勇者部に入らない。男子生徒から人気の高い勇者部員と仲がいいだけでも目の敵にされているのに、そこに入部してしまったら目も当てられない状況になる。そんな予感がしているのだそうな。

 

「何はともあれ、勇者部にようこそ! 園子ちゃん!」

「ありがとう〜! これからよろしくね! ゆーゆ!」

「ゆーゆ?」

「あだ名でしょ」

 

 園子の発言に夏凜が首を傾げ、すかさず勝希がフォローする。自由奔放に生活している勝希にとって、予測がつかない園子の思考はクイズ感覚で追いかけられるのだ。

 

「正解だよマッキー」

「それはなんか嫌だから別ので。殺されそうだ」

「誰によ!」

「友達に?」

「えー、じゃあ……まー坊は?」

「豆腐か!」

「それでよろしく!」

「いいんかい!」

 

 ツッコミ属性を持つ夏凜は、どこかズレた会話をする二人にツッコミをせざるを得ない。全部相手にしていたら疲れるだけだと分かっているのだが、どうにも気づいたときにはツッコミをしてしまっている。

 

「部長はふーみん先輩で〜、樹ちゃんはいっつん!」

「いっつん……」

「いいね。僕もこれからいっつんと呼ぶことにしよう」

「園子さんはいいですけど、勝希さんは駄目です」

「差別!?」

 

 椅子から崩れ落ち、両手を床について項垂れる勝希。心配そうに勝希の肩に友奈が手を置いたが、その優しさがトドメとなった。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

「あ! まーくん!」

「あいつホントに自由ね」

「夏凜。呆れてないで追いかけなさい。友奈まで出ていったわよ」

「は? そんなわ……いない!? あーもう!」

 

 飛び出していった勝希を追いかける友奈を追いかける夏凜。勇者部名物の一つと言われる寸劇が始まったわけだが、これが他の男子たちの嫉妬を加速させるとは誰も気づいていない。傍から見れば、人気の高い少女二人に追いかけられる少年、という構図だというのに。

 

「勇者部は賑やかですね〜」

「騒がしいの間違いよ……」

「けどお姉ちゃんも楽しんでるでしょ」

「それは否定できないわね。あ、夏凜のあだ名なんだけど──」

 

 三人が部室を出ていっている間に、まだ園子からあだ名を言われていない夏凜のあだ名を風が園子に教える。部室に他に人はいないというのに、園子の耳の側でコソコソ言う風。園子はそれを楽しみ、樹は呆れ顔。

 三人で雑談していると廊下から話し声が聞こえ、その声の主が件の夏凜だと分かる。ドアの奥に見える人影からして、一緒にいるのは友奈だ。

 

「捕まえてきたわよ風」

「お疲れさまにぼっしー」

「別にこれくら、い……誰よ園子に変なこと吹き込んだのわ! おそらくは風なんでしょうけど!」

「くっ、まさか早々に見破られるとは……!」

「日頃の行いを悔いなさい!」

 

 左手で顔を覆いオーバーにリアクションを取る風。夏凜はそれにノリノリで合わせ、指を差してドヤ顔になる。戻ってきた途端また賑やかになったな〜と目を細める園子の隣で、樹が友奈に問いかけた。勝希はどうしたのかと。

 

「見失っちゃったんだ〜。まーくん途中から楽しんでたし、全力で逃げたんだろうね」

「あー、それは捕まえられないですよね」

「ま、そのうち帰ってくるでしょ。っていうか、あいつは部員じゃないから戻ってくる理由もないんだけどね」

「とか言って〜、夏凜実は寂しいんでしょー?」

「そんなわけないでしょ。友奈じゃあるまいし」

「私も平気なんだけど……」

 

 勇者部ではない勝希が、また部室に戻ってくるのを待つ必要はない。それは全員が共有している認識だった。家庭科の授業で作ったホールケーキを樹が取り出し、それを勝希の分も入れて人数分に分ける。勝希を入れて6人。六等分すればいいところを、園子は七等分にした。

 

「7? 勝希を入れても6人よ?」

「……そうだよねー。うっかりしてた〜」

「というか乃木、あんたよく七等分にできたわね……」

「余分に切っちゃったやつも六等分にしますね〜」

「できるんだ……」

 

 ホールケーキは何かが描かれていたのだが、樹の前衛的な美術センスではそれが何か分からない。どこかおぞましさすら感じるそれは、園子によって丁寧に切り分けられる。ケーキが勇者部員に行き届いたところで、風はケーキをつまみながら週末の活動を記したプリントを配布する。

 

「保育園で次は劇なのね」

「文化祭でやったやつが好評なのよね〜。ぜひともやってくださいって。断る理由もないし、いいでしょ?」

「私は大丈夫です」

「私もやりたい、かな」

「夏凜は?」

「やらないとは言ってないでしょ! ナレーションは私の役割なんだから!」

 

 腕を組んで息巻く夏凜に勇者部一同が微笑む。夏凜が正直な気持ちをなかなか出さないのはいつものことであり、そして不器用なだけで心優しい少女だと皆が知っている。園子だけ捉え方が少し変わるかもしれないが。

 

「乃木は?」

「文化祭の時を知らないので、私は今回やめときます。最近やっと時間を作れるようになったので、行きたいところもあるんですよ〜」

「そう。それが終わってから来るっていうのは? 劇のあとも遊ぶ流れになると思うから」

「それは参加しますね〜」

「あ、風先輩。僕も今回パスで」

「あんたも劇に参加してなかったでしょ」

 

 いつの間にか帰ってきて、友奈の隣でケーキを食べる勝希だが、風も夏凜もツッコまなかった。勝手に入り浸り、勝手に出ていっては勝手に帰ってくる。制御不能な少年に笑顔を向けた友奈は、勝希の手元にあるケーキを一口奪い取る。

 

「それ僕のなんだけど」

「自由過ぎるまーくんへの罰だよ」

「そんな理不尽な……」

 

 誰も同情することなく、ケーキを食べるために使った食器を片付け、勇者部一行は部室を後にする。依頼がない日は決まってゴミ拾いなのだ。ゴミ袋とトラバサミを確保し、浜辺へと向かう。学校の裏門から出れば浜辺は近く、歩いて10分もかからない。

 

「それじゃ、今日も張り切って行くわよー!」

「ゴミがないのが一番ですけどね〜」

「始めた頃に比べたら減ってきてるし、このまま続けたらみんな捨てなくなるんじゃないかな!」

「友奈は前向きだね〜」

 

 軍手をはめ、トラバサミとゴミ袋を持って友奈が浜辺へと駆け抜けていく。制靴の中に砂が入り、靴下にも砂が付くのだが、友奈は気にすることなく走っていく。対抗意識を燃やした夏凜も同様に走っていき、園子が面白半分で真似る。

 

「樹ちゃんが年下とは思えないや。あの三人と学年交換したら?」

「それはさすがに……。それに、あの人たちは先輩なんです。私よりも前をしっかり歩いてる」

「だ、そうですよ風先輩」

「いつきぃー! あんたいつの間にそんなに成長してぇぇ!」

 

 目を赤くして樹を抱きしめた風を尻目に、勝希も友奈たちの下へと足を運んでいく。助けの声に手を振って逃げる勝希に冷めた視線を突き刺す樹だが、構わずにスキンシップを図る風に絆されていくのだった。

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 浜辺での清掃活動が終わったら、ゴミを纏めて学校のゴミ捨て場に捨てる。用具も片付けたら解散して、それぞれ帰路に着く。途中まではみんな一緒なんだけどね。

 

「園子は車で帰るのかと思った」

「これからは車じゃないんよ〜。家もにぼっしーと同じマンションだし」

「そうなの!?」

「夏凜も知らなかったんだ」

「知らないわよ!」

「あのマンション自体、大赦の管理下だからね〜」

 

 大赦の影響力って強いな。こうなってくると、大赦の息がかかってない場所がどこなのか、さっぱり分からなくなってくる。考えても答えが見えてこないし、知らない方が気楽なこともあるか。

 園子と夏凜と別れ、犬吠埼姉妹とも別れて友奈と二人になる。帰る家は同じなんだけどね。僕が友奈の家に居候させてもらってる。

 

「今日も楽しかったね!」

「友奈はいつも楽しそうだよね」

「うん! だって、こうしてみんなと過ごせるのが好きだから!」

 

 心からの笑顔を咲かせる友奈につられ、僕も自然と笑顔になる。こんなに楽しそうに日常を過ごす人が他にいるだろうか。僕はなかなかいないと思ってる。たぶん、勇者部の面々くらいだ。勇者としてのお役目を終え、普通の日常を普通に過ごせるようになった。その事がどれだけ素晴らしいことか、一番知っているのは彼女たちだ。

 友奈がふと足を止めて後方に振り返る。疑問に思った僕も後方に振り返り、視線の先にいる二人組を見る。向こうはこっちの事に気づいていない。一人が車椅子で、もう一人がそれを押している。親子だろうか。

 

「友奈、どうかした?」

「……あ、ううん。なんでもない」

 

 何かが気になったのかもしれないけど、それが何かは分からない。友奈がもう一度振り返ることはなく、僕らは結城家へとたどり着いた。

 

「ただいま〜」

「ただいま帰りました」

 

 靴を脱いで、サッと上がろうとする友奈を静止する。小首を傾げる姿が可愛いんだけど、それは心の中にしまう。砂で靴下が汚れていることを指摘すると、忘れていたらしい友奈が苦笑いした。友奈は靴下を脱いでから家に上がり、僕は友奈の靴から砂を落として靴棚に仕舞う。僕の靴も同様だ。

 

「……デジャヴが過ぎるよ。君も知ったら驚くと思うな、友奈(・・)

 

 虚空を見つめて呟いた言葉は、誰にも聞こえることなく消えていった。




 今回からは勇者御記はございません。


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2話 神様はやる事も成す事もエゲツない

 

 朝7時にアラームが鳴る。僅か2秒でそれは止められ、勝希は体を起こしてカーテンを開ける。日光が部屋に差し込み、太陽の眩しい日差しに目を細める。アラームを設定しなければ起床時間がバラバラになる勝希だが、アラームを設定すると必ずその5分前までには目が覚めている。ただ体を起こすのを億劫に感じるだけ。

 体を伸ばし、歪んだ関節を調節してから部屋を出る。1階に降りて洗面所で顔を洗い、リビングに行って友奈の両親に挨拶する。

 

「おはよう。いつも悪いのだけど、今日もお願いしていい?」

「わかりました」

「お願いね。それまでに朝ご飯を用意しとくから」

 

 居候の身になってからというもの、勝希には毎朝の日課ができていた。それは、この家のひとり娘である結城友奈を起こすことだ。朝に弱い彼女は自力で起きられた回数が少ない。夜ふかしをするような子でもないため、気持ちよさそうに眠る姿を見ると、起こすのが忍びなくなる。

 

「友奈〜。朝だよ〜」

 

 ドアをノックして声をかけるも、部屋の中から返事はない。友奈はまだ眠っているようだ。たまには自分で起きるということもできればいいのに、と思いつつもう一度ドアをノックする勝希。もちろん反応はなく、一言断りを入れてからドアを開ける。

 活発な少女である友奈だが、部屋には普段見え隠れしている彼女のらしさ(・・・)が表れている。カーテンや布団、机など表しやすい部分で可愛らしい一面が見て取れる。普段の様子とは少し結びつきにくいかもしれないが、そこがいいギャップとなる。

 

(どこまで似るんだか)

 

 気持ちよさそうに目を細めている友奈に近づき、改めて声をかける。あまり朝から大きな音は立てたくない。声も抑えめとなってしまう。

 そしてそれでは友奈が起きることはない。今日も駄目だったかと重く息を吐き、素早く布団を剥ぐ。急に体感温度が変わったことで友奈は寒そうに身を縮こめる。しかし未だに起きない。

 

「筋金入りだなー。不必要なとこで」

 

 友奈の肩に手を当てて揺する。しばらくそうしていると友奈の瞼がだんだん開いていき、肩を揺すっている勝希と目が合う。

 

「まーくん……おはよう……」

「うん。おはよう友奈。朝ご飯食べよっか?」

「う、ん……。えっと、まーくん?」

「どうしたの?」

「なんでまだ揺するの?」

「友奈が寝ぼけてるから」

 

 言葉も次第にはっきりし始め、ぼんやりとしていた表情も引き締まっている。友奈は目覚めこそ遅いが、寝起きが悪いわけではない。目が覚めてから脳が覚醒するまでの時間は短い方だ。それを知っていながら勝希は揺するのを辞めなかった。

 

「えいっ!」

「ぐえっ! 寝技!?」

 

 寝転んでいた友奈は、肩を揺する勝希の腕を掴み、一瞬のうちに足で勝希の首を絡めとった。ベッドに組み伏せられた勝希は、体を起こせなくなったと同時に腕の関節を決められてしまっている。

 

「ギブギブ! 腕がもげるよ!」

「大丈夫だよ。加減には気をつけてるから!」

「そういう問題でもないよ! 痛いものは痛いの!」

「仕方ないなー。着替えるからすぐに部屋から出てね?」

「イエスマム!」

 

 友奈に解放され、勝希はよろよろとベッドから起き上がる。多少オーバーに振る舞う勝希だが、ダメージが入っていたのも事実であり、腕の調子を確かめるように軽く動かす。

 

「……大丈夫?」

「駄目かも」

「え!? ご、ごめ──」

「前より調子よくてテンション抑えられないや」

「へ?」

 

 やり過ぎたのかもしれない。そう思った瞬間心に陰りが生まれ、すぐさま謝ろうとした。それを勝希が遮り、軽快に笑い飛ばして腕を元気に振り回す。今ならボクシングで勝てるかもしれない、なんてジョークを飛ばすぐらいに余裕だ。

 

「あはは! 友奈はジョークに弱いよね〜!」

「……本当に心配したのに……」

「ごめんね。質が悪かったね」

「ううん。いいよ」

「あ、さっき友奈に足技決められたときだけどさ」

「う、うん……」

 

 足技では首を狙っていた。その勢いでベッドに倒れさせたのもあり、何かあったのならそっちの方が恐ろしい。友奈は神妙な表情で勝希の言葉を待った。

 

「友奈の脚がムチムチしてでっ!?」

「そ、それは許さないから!」

「許さないもなにも……仕掛けたの友奈さ──ッ!」

「まーくんのバカ!」

 

 枕を投げられ、口答えしたら拾った枕を顔面に叩きつけられた。起こしに来ただけだというのに、とんだ災難である。

 

「これ、体が持たないや……。明日からはやめとこ」

 

 顔が少しヒリヒリする。

 廊下で待ちながら反省する勝希であった。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 朝食を取り終え、それぞれ外出するための支度をする。友奈は勇者部の活動のために。保育園で演劇をすることになっており、それに必要な小道具をカバンに入れていく。

 

「忘れ物はない? 僕も出かけるから届けられないよ?」

「大丈夫だよ。2回確認したし、ちゃんとリストを用意したんだから!」

「あ、これはフラグですわ」

「フラグって?」

「なんでもないよ」

 

 カバンを背負い、親しみのない単語に友奈は首を傾げる。通じないネタを続けても仕方なく、勝希は話題を切って本当に友奈が忘れ物をしていないか確認する。部屋に取り残された小道具はなく、どうやらちゃんと用意できたらしい。

 

「まーくんは今日どうするの?」

「遠足かな〜。昼過ぎにはドーナツの差し入れでも持っていくよ」

「いいの!? やったー! あ、でもお金……」

 

 友奈と同じく、人の笑顔が大好きな勝希だ。保育園で活動している間に差し入れを持ってくるということは、勇者部だけでなく園児や先生の分も当然買ってくるつもりである。その総額ともなれば、お小遣いだけで生活している中学生にとって、とても手痛い出費となる。

 勝希の財布事情を気にかける友奈に、勝希はなんともないように笑い飛ばした。

 

「みんなが喜んでくれるならそれでいいよ」

「まーくん……ちゃんと領収書もらってね? 後で私も払うから!」

「え、いやそれは──」

「は ら う か ら」

「はい」

 

 笑顔という名の圧力に白旗を上げ、勝希はがっくりと肩を落とした。支払いを自分だけで済ませる、といった姿にちょっぴり憧れているのだ。バイトを始められる年齢になるまで、それはできそうにないが。

 財布をサコッシュに入れ、スマホはポケットの中に。必要最低限の荷物だけを勝希は用意し、友奈と共に家を出る。家を出てからしばらくは一緒に歩き、分かれ道に至ってから別々になる。眩しい笑顔を浮かべて手を振る友奈を見送り、勝希は駅の方へと歩き出した。

 

「えーっと、ありゃちょっと遅かったね」

 

 一部の時間帯を除けば、1時間に1本しかないような鉄道だ。逃していたら大幅なタイムロスとなる。それなのに電車の時間を把握していないのは、生来の楽観的な性格故か。

 1時間弱待てば電車は来るが、それでは保育園に差し入れを持っていくのが間に合わなくなる可能性がある。何としても避けたい。

 

「仕方ない。──ヒッチハイクしよう」

 

 

 

 

 

「ハッハッハ! それでヒッチハイクしてたわけか! 坊主は思い切りがいいなぁ!」

「おじさんこそ、そんな僕を乗せてくれるなんて思い切りがいいですね」

「俺も若い頃はいろいろやってたからなー! 最近じゃそういう若いモンを見かけなくて白けてたが、坊主みたいなのを見たら体が勝手に動きやがるんだ!」

「おかげ様で目的地に行けますよ」

 

 頭に手ぬぐいを巻き、いかにもな見た目をしているトラックの運転手。その豪快さは見ていて心地よいほどで、勝希も言葉の節々が弾んでいる。

 

「坊主の目的地は俺が働いてる工場の近くだしなー。先にそっち行って坊主を下ろしてやる!」

「親方は器が大きいですねー!」

「よせやい! そんな褒めたって饅頭しか出ねぇぞ!」

「饅頭くれるんですね! いただきます!」

「俺が食う」

「なん……だと……!」

 

 茶番を繰り広げては、二人で声を大にして笑い飛ばす。陽気になってくると感覚も狂い始めるもので、途中からは何が面白いのか分からないものでも笑うようになったいた。

 運転手は勝希の姿に若かりし頃の自分を重ね、勝希は運転手の豪快さを気に入った上に人生初の大型トラック乗車に気持ちを高ぶらせている。信号が少ない道を通り、想定していた時間よりも少し早く勝希は目的地に着くことができた。

 

「オジキ、ありがとうございました!」

「いいってことよ! それよかこれ、持ってけ。それで何か買うといい。またな!」

「いやこれ饅頭……って、袋にお金仕込んでたのね。……中学生にこの値段は驚愕です」

 

 饅頭二つとゼロが四つ書かれているお札を受け取り、しばらく固まる。トラックの姿はもう見えず、返すこともできない。

 

「大切に使うしかないか」

 

 ひとまず財布に入れ、平日になったら銀行に預けよう。

 饅頭を摘みながら足を目的地へと進める。人が全くいないが、ここは植えられた木々や芝生によって彩られている。建てられた記念館や展望台は、今では使われていない。隣に見える大橋も壊れて道路が反り返っている。

 そんな場所で、唯一使われている箇所がある。かつてはホールだった。真ん中に小さなステージがあり、そこを見下ろせるように椅子が何段にもなって配置されていた。そこを改修し、今では石碑が建てられている。

 

「英霊之碑、か。ま、それだけの事を成したわけだしね」

 

 かつて勇者として戦った者や巫女であった者。彼女らの死後に石碑は建てられ、ここで祀られている。本来は大赦関係者しか立ち入ることができない場所であり、一般民は近寄ることすらできない。

 

(あのオッチャンは多少イジったけど、この辺で働いてる時点で大赦関係者か)

 

 正確には大赦の参加に当たる企業に務めている一人、となるのだが、そこまでは勝希の知ったところではない。

 ステージの床に描かれている3枚の絵。それはバーテックスたちと戦い、人類滅亡の危機を跳ね除けた者たちが描かれている絵だ。初代勇者、2年前の勇者、そして今の勇者。

 

「大赦は……なるほど、あの二人のせめてもの抵抗がその文字(・・)か」

 

 初代勇者たちが描かれた絵。そこには不自然に影が描かれていて、その影が一つのアルファベットを表している。かつて、たしかに存在し、戦い、命を落とした少女のイニシャル。好きだったゲームのアバター名でも使われていたアルファベット『C』。それが薄っすらと描かれているのだ。

 しばらくそれを見つめ、他の絵にも目を通してから勝希はステージから下りる。最下段に置かれている石碑には、2年前に命を落とした勇者の名前。そしてその横には初代勇者たちの名前が続いていく。

 

「お墓参りが遅くなってごめんね」

 

 手を合わせ、1分ほど黙祷を捧げる。

 

「これは謝らないほうがいいんだろうけど──っ!」

 

 語りかけようとしたところで、勝希は言葉を噤みステージ中央にある巨大な石碑の裏に身を潜めた。他の来訪者の存在を感じたからだ。

 その来訪者は勝希も知る人物であり、先日勇者部に入部してきた少女だった。

 

「やっほーミノさん。やっと来れたよ〜」

 

 乃木園子はかつての親友にして戦友である少女、三ノ輪銀の石碑の前に屈みこむ。体の機能を失う満開の後遺症により、身動きが取れなかった園子は、自由になって初めてこの場に訪れることができたのだ。

 話したいことは多々あり、それを順番に話していく。時々話が混ざることもあったが、園子は楽しく思いを語れていた。

 

「そうそう、焼きそば作ってみたんよ〜。まだミノさんほど美味しくはできないけど、それはこれからの努力次第ということで〜。……あれ?」

 

 手提げカバンから焼きそばを取り出し、それを銀の石碑の前に置く。料理を教わるという話は実現しなかったが、園子は自分の小さな成長を親友に見てもらいたかった。

 そこで園子は違和感に気づいた。自分が今取り出した焼きそばは全てで3パック。

 一つは三ノ輪銀のためのもの。

 一つは自分のためのもの。

 

 ではもう一つは?

 

 なぜ園子はいないはずの3人目の焼きそばを用意したのか。

 

 

 その疑問の答えを思い出し(・・・・)、園子は静かに涙を零す。

 

「わた、し…………ミノさん……ごめんね……。ちょっと……行ってくるね……!」

 

 銀に謝り、焼きそばを置いて駆け出して行く園子。その一部始終を気づかれることなく見ていた勝希は、園子が見えなくなったところで石碑の影から出てくる。

 

「神樹も酷いことするね〜。……さてさて、僕はどうしようかな」

 

 



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3話 友奈がグレてしまった

 

 走り去って行った園子を影からこっそり見送り、勝希はこれからの行動を考える。何パターンかを想定し、それをシュミレーション。自分の予定への影響を考え、案を絞り、修正を加えていく。

 

「よし! 決めた! ドーナツ買いに行こう!」

 

 家を出る前に友奈に伝えていた予定通りに動く。今からドーナツを買って保育園に向かっても、着いたときに勇者部の姿はないだろう。園子が思い出したのだ。他の勇者部員も思い出しているかも知れない。仮に思い出していなくても、園子が割って入ることで今日の部活動は終わるだろう。

 そこまで予想を立てることはできる。だが、勝希は何も知らないと装って保育園に行く。ここで下手に行動を取ってしまえば、なぜ園子の行動を知っていたのか、という質問が飛んできかねない。一般人が英霊之碑に足を運ぶことは不可能なのだから。

 

「……どうやって帰ろうか」

 

 英霊之碑があるこの場は、西暦の時代において『瀬戸大橋記念公園』と呼ばれた場である。海が目の前にあり、近くには工場。かつてはバスが通っていたのだが、近寄ることができなくなった今の時代ではそれもない。一番近いバス停まで徒歩という手もあるが、子供の足で30分以上かかる。そして1日での本数は少ない。さらに駅まで徒歩となれば、大人の足でも1時間はかかる。

 スマホでバス停の位置、時刻表を調べ、それから電車の時刻表を調べる。所要時間を計算してからスマホをポケットに閉まう。

 

「よし! ヒッチハイクだ!」

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 

『あ! まさきにいちゃんだー!』

『ほんとだー!』

『久しいな諸君! いい子な君たちに今日はドーナツの差し入れだー!』

『やったー!』

 

 ヒッチハイクを成功させるのに多少の時間を要したが、無事に讃州市に帰ってこられた勝希は、予定通りドーナツを保育園に届けた。ドーナツが入った大袋を掲げ、園児たちとはしゃぐ勝希。子どもたちの無邪気な笑顔に癒やされ、気分を良くして建物の中へ。その時には手元からドーナツが入った袋はない。

 

『あれ?』

『けいくんたちがもってったよー』

『いつの間に……』

『まさきくんのぶんはわけっこするんだって』

『ふぁっ!? それは聞き捨てならんぞ!』

『まさきくんだっこして〜』

『いいよ〜』

 

 ドーナツを奪われた勝希はすぐさま追いかけようとしたが、子どもの頼みを断れない。両手で裾を引っ張られてお願いされたら尚更だ。その子をだっこして笑い合う。そうしていると保育園の先生に呼ばれ、外にいる子どもたちにも声をかけてから教室へと向かっていく。

 紙皿に一人分ずつのドーナツが置かれ、園児たちに均等に分けられているようだ。

 

『僕のだけ3分の1なんだけど?』

『なんでだろうね?』

『僕たちにもわからないや』

 

 勝希からドーナツを強奪した二人が、勝希の前の席に座っている。あまりにも白々しいのだが、なんの証拠もなく問い詰めることもできない。子どもたちに悪い例を見せてしまうと、その後の影響が怖くなる。

 

『そうか。ところで口の横についてるその汚れは?』

 

 だから罠を仕掛けた。

 

『えっ!? まだついてた!?』

『ちゃんとふいたはずなのに!』

 

 それにまんまと引っかかった二人は、紙ナプキンで必死に口周りを拭っていく。もちろん汚れなどなく、紙ナプキンは形が崩れただけで真っ白なままだ。

 

『やはりお前たちが犯人か!』

『はっ! だましたなー!』

『せんせー! にいちゃんにうそつかれた!』

『勝希くん、嘘は駄目ですよ。それと二人とも、勝希くんに謝らないと駄目なんじゃないの? 勝手に食べちゃってたよね?』

 

 二人の犯行はすっかりバレており、勝手に食べたことをしっかりと勝希に謝罪する。勝希は嘘をついたことを謝り、二人に問いかけた。美味しかったかと。

 

『うん! おいしかった!』

『にいちゃんありがとう!』

『どういたしまして。あ、そういえば友奈たちは?』

 

 周りをキョロキョロ見渡すも、教室内には園児たちと先生しかいない。中学生は勝希だけだ。

 

『みんなかえっちゃったよ?』

『いつの間に!?』

『にいちゃんがくるまえに』

『連絡くれたらよかったのに!』

『にいちゃん。ゆーなちゃんないてたよ? なんで?』

『泣いてた? 友奈が? ……みんなごめんね。僕も帰る。ちょっと行ってこなきゃ』

 

 ドーナツを口に押し込み、素早く保育園から出てきたのが10分前のこと。部室にいるだろうと当たりをつけ、勝希は最短ルートで駆け抜けた。信号で止まることがないように走り続け、途中からは信号がない小道を駆け抜ける。

 

「友奈!」

「ぁ……まーくん」

「勝希あんたはどうなの!?」

「夏凜さんなんの話か分からないっす。グラグラしないで〜」

 

 部室に入った勝希に夏凜が問い詰め、園子が夏凜を落ち着かせる。冷静さを失っていた夏凜は力いっぱいに勝希を揺らしてしまい、解放された勝希は目を回していた。樹にサポートされ、なんとか勝希は椅子に腰掛けたが、しばらく壁にもたれかかって休む。

 

「いやー。UNOで初っ端をスキップさせられた気分だよ」

「わ、悪かったわね」

「で、みんなどうしたの? おやつを抜きにされた子供みたいになってるけど」

「どんな例えよ」

「さっき園児たちとドーナツ食べたからつい」

 

 ドーナツというワードに首を傾げられるも、友奈だけはそれに反応して顔を伏せてしまった。勝希が後からドーナツを持って合流すると知っていたのは友奈だけであり、勝希に連絡することを忘れていたからだ。

 

「まーくんごめ──」

「謝らなくていいよ。よっぽどのことなんだろうし。それで、教えてくれないかな? もしくは、僕は知らない方がいい何かかな?」

「それは……」

 

 答えにくい質問だ。友奈たちが思い出したのは、勇者部にいたもう一人の部員のこと。同じ勇者であり、園子と友奈の大親友。その人物と勝希は当然面識がある。何度も勇者部を出入りしてる勝希だ。本来なら面識がある。

 しかし友奈たちはその記憶が消されており、また勝希も消されている。これまでと同様にするなら、この事も勝希に隠しておくべきだった。体の機能を失ってまでバーテックスと戦ったことを隠していたように。それを今はしづらい。夏凜が勝希に問い詰めてしまったから。

 答えに困った友奈は他の部員たちに視線を送る。個人ではなく、部に関わることだから。そして部長の風が口を開いた。

 

「アタシたち勇者部には、もう一人部員がいるのよ」

「影武者的な?」

「違う! 東郷のことよ! 東郷美森! あんたたちと同じ二年の!」

「東郷……? んんー! モヤモヤする……!」

 

 もう一人の勇者部員の名前を聞き、頭を抱える勝希。勇者部員たちは絆の強さから名前で全てを思い出したが、どうやら部員外の人間だと同じようにはいかないらしい。

 もうひと押し必要だと分かり、彼女に関わるフレーズを風は一言だけ言ってみることにした。彼女と勝希の間でよく話題になっていたことといえば。

 

「ぼたもち」

「はっ! ぼたもち先輩!」

「それで思い出すんですね……」

「東郷といえばぼたもちじゃないの?」

「ノーコメントです」

「えぇ。それで、その東郷はどこへ? 交換留学ですか?」

「それだったら気が楽なんだけどね」

 

 平和な案件を言う勝希に風は肩を竦めた。戦いを知らない人間からすれば、あまり重たく考えないのかもしれない。しかし、勝希を巻き込んでしまっている。こうなれば勇者部員と同じ認識にさせる必要がある。

 

「いい? アタシたちは東郷の記憶を消されていた。勇者部だけじゃなくて、他の一般の人たちも。そしてその理由は不明。東郷が今どこで何をしているかも不明なのよ」

「SFですね。とりあえず、これから手がかり探しですか?」

「そうなるわね。もしかしたら一刻を争う状況かもしれない。候補を絞りつつ、手分けして探しましょう。あとでまた部室に戻ってくること。みんなそれでいいわね?」

 

 事態を茶化してしまうのは勝希の悪い癖だが、切り替えはできている。今後の方針にも納得し、風の指示に首を縦に振った。

 それぞれ分かれて行動に移していく中、勝希は友奈と行動していた。お互いに終わらせておきたい話があったからだ。

 

「ごめんね。まーくんにいっぱい隠し事してて」

「気にしてないよ。話せないこともあれば、話したくないこともある。隠し事って友奈が思ってるほど悪いことじゃないよ」

「……ありがとう。……まーくんも隠し事あるの?」

「あるよ? 僕も思春期だしね」

 

 友奈と勝希が向かっているのは東郷家だ。彼女の親たちはどうなのか、そして彼女の部屋はどうなっているのか。あわよくば手がかりがあれば、僅かな期待も抱いて。

 友奈の視線を受けて、勝希はケロっと隠し事を認めた。隠し事を肯定した直後の告白だ。踏み込むことができない。そもそも友奈はそうしようとも考えないタイプだが。

 

「東郷の家に何かあればいいけどね」

「まーくんは手がかりがないって思ってるの?」

「写真からも消えてたでしょ? ということは、部屋ももぬけの殻の可能性が高いじゃん」

 

 簡単な推測だ。もしこれが悪意の込められた事件なら、あからさまに東郷の家に手がかりがあるだろう。勇者部を誘い出すために。しかし今回の件は、全員の記憶が改ざんされ、記録からも抹消されている。まるで、初めからそんな人物は存在しなかったかのように。

 なぜそうなるのか。勝希にはそこまで読むことができなかった。隣で東郷のことを憂う友奈の手前、そう振る舞うしかない。

 

「……留守だね」

「そうだね。友奈、合鍵は?」

「持ってないよ!?」

「うそ!? 友奈なのに!?」

「私なのにってどういうこと!?」

「付き合ってるんじゃ……?」

「付き合ってないよ!」

 

 否定の言葉に、勝希はよろけて数歩下がる。さながら天動説が覆された時のような衝撃である。

 

「東郷さんは大切な友達なわけで、お付き合いしてるわけじゃないの」

 

 大事なことを認識させるように、友奈は丁寧な口調で同じ内容を繰り返した。

 若干気迫がこもってる気がしなくもなく、勝希は黙って頷いた。

 

「そういえばさ、こういうのって手当り次第に探すほうが無理じゃない?」

「今更だね」

 

 もう少し調べてみようと商店街へと足を運んでいると、勝希のとんでも発言が出てきた。何故もっと早くそういう話をしないのか、という思いもあるが、今なお冷静でいられている自信がない友奈は話の続きを促す。

 

「迷子の子を探す時もそうだけど、一つは探しに行く側が動き過ぎないこと。入れ違いとかあるからね。二人いるなら片方が探しに行くってやつ」

「けど今回は東郷さんが迷子ってわけじゃないよね?」

「そうだね。だから、探す人の注意点を今回のに当てはめるんだよ。東郷が何かに巻き込まれて、被害者って立場なら当てはまらないけどね」

「探す人の……。あ! その人の気持ちになって考えるってこと?」

 

 どこか確信めいた部分もあり、力強い瞳で友奈は勝希に確認を取った。勝希はそれが正解だと頷き、その足をまた別の方向へと進めていく。

 

「友奈……と園子なら考えられるんじゃないかな。東郷ならどう動くかって。大前提として、東郷自ら姿を消したって話になっちゃうんだけどね」

「もしそうなら……どうして……」

「これが答えじゃないってことは忘れないでね。あくまで仮説。パズルのピースは揃ってないよ」

 

 有力な仮説があれば、人はそれを強く指示する。なぜなら、それが有力だからだ。

 しかしそれが答えであるとして考えてはいけない。なぜなら、それが仮説だからだ。

 説は立証されて初めて正しいものとして主張できる。それが本当に正しいものなのかは即座に断言できない。科学的証拠があれば別だが、それを示せない分野においてはいつだって「有力な説」で終わるのだ。

 勝希の考えはそこにも至っていない。あくまで仮説である。それを友奈に念押しし、背中をぽんと叩く。きょとんとする友奈に勝希は手を振り、ここで解散だと言う。

 

「なんで? まーくんも部室に行こうよ」

「僕は勇者部員じゃない。時間的にそろそろみんなも戻ってくる頃だし、ここからは勇者部の活動でしょ? どのみち居残りになるわけだし、それならここで別れよう」

「……うん。ありがとうまーくん」

「どういたしまして。頑張ってね、友奈」

「うん!」

 

 走り去っていく友奈が見えなくなるまで手を振り、それからスマホをポケットから出す。スマホのメモ帳を開き、そこに書かれていることを頭に入れる。

 

「さてと、買い出しを済ませますか」

 

 友奈には格好つけ、身をわきまえている人間だと示した。だが、この場で友奈と別行動を取った理由は、今から買い出しに行かないと言われている時間内に買い出しが終わらないというものであった。

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 友奈は東郷を連れ戻すことに成功した。壁の外の様子から考えたら、東郷の行動も理解できる。西暦に行われた儀式と同じことをした。前回とは違って、今回は東郷一人。素直によく生き残れたなって思った。勇者としての素質も兼ね備えているからだろうか。なんにせよ凄まじい生命力。

 東郷はひとまず入院するらしいんだけど、外傷もないからすぐに退院できるって話。東郷が戻ってきたら、東郷の記録とかも全部元通り。神樹も忙しいね。

 

「天の神はとりあえず侵攻の手を止めてる。バーテックスのことは考えなくていいとして、問題は神樹だね」

 

 神樹は常に人類存続のためにエネルギー供給をしてる。そして神樹に与えられる供給はない。人間で例えるなら、ずっと走り続けてる状態。それを300年以上だ。

 限界が近づいてると考えたほうがいい。

 

「どうしようかね。……風呂に入ろう」

 

 考え過ぎもよくない。リフレッシュしたほうが頭もスッキリするというもの。行動予定も今日にはほぼ確定できるだろう。

 着替えを持って部屋を出る。階段を下りて廊下の突き当りを右へ。ドアにつけられてるプレートを確認。誰も入浴していない。

 ドアを開けて脱衣所の電気をつけようとしたけど、すでに電気がついてた。消し忘れだろうか。電気代はこまめなところで節約するものだぞ、っと目を閉じながら内心で呟く。

 

「ま……、まま、まーくん!?」

「あれ?」

 

 突如あだ名で呼ばれて目を開けると、そこにはお風呂あがりの友奈がいた。バスタオルで体を隠してるけど、隠れてない部分はほんのり赤い。温まってた証拠。顔は真っ赤になってて、のぼせたのか心配になる。

 それはそれとして、なんで友奈がここに?

 

「プレートはOpenってなってたんだけど」

「……忘れてた。……そ、それより早く出て行ってよ!」

「それもそうだ! ってあれ? 友奈それ(・・)どうしたの?」

「っ!!」

 

 友奈の左胸にある紋様。太陽を連想させるマーク。それを指摘したら、一瞬友奈の表情が曇った。友奈にも分からないらしい。

 

「これは……その……」

 

 言いにくくしてることから、それが勇者関係だということが示唆される。今回東郷を助けたことでできてしまったものか。

 なるほどね。

 

「中学生でタトゥとは……友奈がグレてしまったのか……」

「グレてないよ!?」

「ごめんね友奈。いつも僕が自由にしてるから、そのしわ寄せでストレス溜まってたんだね」

「違うってば!」

「今度お詫びにお願いを一つ聞くね」

「約束だからね?」

 

 耳聡いですね! さらっと流れるとか思ってたのに!

 僕は黙って脱衣所から出て、友奈が声をかけてくれてから風呂に入った。その時にお願いを聞くという件を念押しされた。気軽に言うものじゃないね。

 

 それにしても、天の神は容赦がない。

 でも

 

 ──おかげで最終調整も終わった

 

 



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4話 悪趣味なじっくりことこと

 

 12月に入り、世間は浮足立ち始める。町中はクリスマスに向けたイルミネーションで色づく。デパートはもちろんのこと、個々人の店や家庭などもイルミネーションされ、すれ違う幼い子どもたちの会話もクリスマスのものが多い。

 『クリスマスツリーを飾った』『サンタクロースに何を頼む』『クリスマスケーキが楽しみ』『国防仮面を見てみたい』などなど。

 

 クリスマスを楽しみにするのは勇者部も同じこと。決して広いとも言えない大きさの部室に、どこから持ってきたのかクリスマスツリーが設置される。それを飾るための小道具も用意されており、それは後日使うのだとか。

 クリスマスだからと気が緩む人もいれば、そうする余裕がない人もいる。たとえば、今年度の受験を控えている勇者部部長とか。

 

「むむむむ……私の女子力をして悩むことになるとは……!」

「お姉ちゃん女子力は関係ないよ」

「それに風先輩のは女子力じゃなくてオカン力」

「黙りなさい! なによオカン力って! アタシは誰の母親にもなってないわよ!」

「ママ〜」

「ママ言うな!」

 

 部長の受験勉強が行われ、勇者部の活動も落ち着いたものとなる。依頼も入っておらず、端的に言えば暇な状態だ。樹はいつもの癖で風にツッコミを入れてしまい、ここぞとばかりに勝希が便乗する。

 

「はいはい、勝希は風の邪魔しない。黙ってなさい」

「ぐぇぇっ!? か、かりんさん……! しまってる……首がしまってる……!」

「落とさないと静かにしないじゃない」

「おもちゃのスイッチ切る、みたいな感覚で言われても!」

 

 首に回された夏凜の腕を必死にタップする勝希。背丈は夏凜のほうが低いため、勝希は背を仰け反らせた状態にもなっており、首以外の箇所も体力的に辛い状態となっている。

 

「えぇい! 結局うるさーい!」

「にぼっしー。やるなら部室の外でお願ーい」

「私まで!? 勝希あんたのせいよ!」

 

 巻き込み事故に遭遇し、夏凜は勝希を責め立てると同時に腕の力を強めた。

 

「…………」

「黙ってないで喋りなさいよ!」

「ちょっ、夏凜さんストップですストップ!」

 

 返事をするように促すも、勝希は黙ったままで、樹が慌てて夏凜を止める。さすがに妹のように思っている樹に止められ、夏凜はようやく腕の力を緩めた。その瞬間に勝希の体が倒れ始め、慌ててそれを支える。

 

「も、もしかして……」

「はい。勝希さん、気絶しています」

「夏凜ちゃん……」

「っ!」

 

 やらかしてしまい、サッと血の気が引いた夏凜。それに追い打ちをかけるように友奈が夏凜を呼び、壊れかけのロボットのようにぎこちなく振り返る。夏凜を責めるような目ではないが、その瞳からいくつかの感情が渦巻いていることがわかる。

 物申したいが夏凜を責める気にもなれない、そんな葛藤だろうか。

 

「ゆ、友奈ごめん……! わたし──」

「イェーイ! ドッキリ大成功〜!」

「……は?」

 

 夏凜の腕の中で眠っていた勝希が飛び起きる。呆気にとられる夏凜を他所に、勝希は友奈とハイタッチ。

 

「まーくん演技上手だね〜!」

「友奈のサポートあってだよ〜。樹ちゃんのセリフが効いたのもあるね!」

「い、樹……?」

「わ、私は何も協力してないです!」

 

 呆然とする夏凜に見つめられ、慌てて否定する樹。樹は誤魔化すのが苦手だ。正直過ぎるほどに正直で、それが樹の美点だと言えよう。それを知っているからこそ、夏凜は樹が関わっていないと信じられる。おそらくは樹の性格がたまたまいいスパイスとなってしまっただけ。

 はしゃいでいる勝希と友奈を見ていると、揶揄われたこと以上に、本気で心配した気持ちが行き先をなくしたことに不満を抱く。わなわなと肩が震え始める。ここらで一回本気で注意するのもいいのかもしれない。

 

「あーもー! あんたら黙れとは言わないからもう少し静かにしなさいよ!」

 

 夏凜が怒鳴るよりも前に、受験生である風が怒鳴った。その声量は大きく、たまたま部室の前を通った生徒が跳ね上がるほど。

 勝希と友奈はすぐさま正座で座り頭を下げる。

 

「ただでさえ先週は勉強どころじゃなかったっていうのに!」

「陳謝!」

「東郷を責めるつもりじゃなかったのよ!? 気にしないで!」

 

 二人の隣に美森が追加。

 二年生三人が部長に向かって土下座している。

 

「さすがに受験よりもブラックホールの方が急務だものね」

「あははは……」

「え、東郷ってブラックホールになってたの? それなら僕はホワイトドールで」

「さらっと人間やめてんじゃないわよ! それに対比するならホワイトホール!」

 

 勝希は勇者たちの具体的な活動を知らない。特別なお役目を担っているとしか。

 女子で勇者である東郷がブラックホールになったのなら、男子で一般人である自分はホワイトホールになれてもいいじゃん。そんな単純にして破綻した理論が勝希の中で出来上がった。

 

「陳謝!」

 

 美森はどこから取り出したというのか、短刀の切っ先を自分の腹に向けている。そして精霊はノリがよく。青坊主が小刀を構えて解釈の準備。

 誰も美森を責めておらず、友奈と樹は慌てて東郷を止める。刀の扱いに慣れている夏凜が短刀を没収。

 

「青坊主って器用だね〜。小刀も持てるんだ。それって本物?」

 

──サクッ

 

「ん?」

 

 青坊主を突いて遊んでいた勝希の額に、青坊主が持っていた小刀が刺さる。傷は浅く、赤く細い糸のように液体が流れ出した。

 

「勝希。青坊主で遊ぶのはやめなさ……は!?」

「ま、まーくん大丈夫!?」

「ティッシュ!? タオル!? 救急車!?」

「樹ちゃん落ち着いて。みんなも深呼吸して深呼吸」

「なんであんたが一番落ち着いてるのよ!」

 

 ラジオ体操で行うあの深呼吸を実演し、それを見た周りの部員が落ち着いていく。夏凜は変わらずツッコミをいれるも、周りの空気に当てられてひとまず落ち着くことができた。その裏で青坊主は美森に説教されている。

 

「これ、イチゴジャムだから」

「あ〜」

「それなら安心ですね」

「私も慌てて損したわ。見破れないなんて、鍛錬が足りない証拠ね」

「いやいやアタシは騙されないからね!? ちゃんと止血しなさい!」

 

 やれやれ、いつものことか。と落ち着く後輩たちを見て、再び部長の風が割って入る。席を立ち、救急箱からアルコールとガーゼを取り出す。勝希を強引に椅子に座らせ、まずはティッシュで傷口を抑え、その間に流れ出てた血を拭いていく。その後にガーゼにアルコールを染みらせ、傷口に押し当てる。

 

「びゃぁぁあ!? 痛い痛い痛い痛い!!」

「なんちゅう奇声を発してるのよ……」

 

 暴れる勝希を友奈と夏凜が抑え、樹が風のサポートをする。傷口は小さく、市販の絆創膏で十分覆える範囲だ。

 

「これでよしっ! 今日は大人しくしとくのよ」

「ありがとうママ」

「ママ言うな!」

「先輩〜。採点終わりましたよ〜」

 

 ゴミを片付け、救急箱を元にあった場所に戻す。一連の騒動の間に園子が採点を終え、風が素早く元いた椅子に座る。

 

「ふーみん先輩全問正解です〜」

「おぉー」

「アタックチャ〜ンス! 正解すると女子力が二倍に増えます」

「やります!」

 

 即答し、園子が作った問題を解いていく。周りはそれを見守り、風が解き終わったら園子がもう一度採点。丸が量産されていき……

 

「うん! これなら大丈夫そうですね〜」

「風先輩って頭良かったんですね」

「勝希、あんたちょくちょく失礼よね?」

「お姉ちゃんは、勇者部の活動が激化するまでは成績優秀者だったんですよ?」

「ほぇー。ま、しっかり者で頼れる先輩ですもんね。自分のことを疎かにするわけでもないですし。……ってあれ? みんなぽかんとしてどうしたの?」

 

 周りの視線に首を傾げる。信じられないものを見た、と言わんばかりの視線に勝希も肩を竦める。

 

「失礼だな。僕だって人を褒めることあるよ。というか褒めまくりだよ」

「まーくんが真っ直ぐな言葉で褒めるのって、珍しい気がして」

「えー。それは勇者部が相手の時だけだよ〜」

「そんな特別いらないわよ。ま、なんにしても、来週は樹のショーがあるしね〜」

 

 今度は勝希から樹に視線が集まった。勇者部の特に姉である風にとって自慢の歌声を持つ樹。その彼女が、来週に町のクリスマスイベントに参加する。そこで歌声を披露するのだ。

 

「私のじゃなくて町のクリスマスイベント! 学生コーラス!」

 

 個人で出るわけではないが。

 

「風邪を引かないように。ベストコンディションで行かないとね!」

 

──健康健康健康健康健康健康健康健康

 

 東郷の言葉を合図に、園子が素早く対応。二人で樹を挟み、左右からアルファ波を送り込む。ひたすら健康という単語を左右から言われるのは、どこか洗脳じみたものもある。

 

「樹。サプリ決めとく?」

「夏凜それ麻薬の言い方」

「サプリは麻薬じゃないわよ!」

「いっつーのグッズ展開していい?」

「やめてくださいー!」

 

 怒涛の流れで会話していくが、その話題が尽きることはない。誰かが話題を出し、話に混ざり、笑顔が生まれていく。それが毎日繰り返され、勇者部の絆の深さの証となる。

 それを少し離れて見ている友奈と風。あの輪に混ざっていてもおかしくない友奈が離れており、それに風が違和感を覚える。

 

「友奈何か考え事?」

「え? 何も考えてないですよ?」

「それはそれでどうなのよ……。本当はどこか具合が悪いんじゃないの?」

「友奈ちゃん具合が悪いの!?」

「東郷の顔芸は凄いな〜」

 

 この世の終わりを見たのかと言いたくなるほど、顔を真っ青にする東郷。普段の様子から大人しい人物だと思う人も多いが、仲がいい人ほどその評価に苦笑いする。

 東郷の動きに園子が遅れることなく付き合い、今度は友奈を挟んで健康アルファ波を放ちだす。こっそり勝希も友奈の後ろからアルファ波。

 

「そんなの効くわけないでしょ……」

 

 冷静なコメントは夏凜の談。

 

「効いてきたかも〜」

「嘘!?」

 

 そのコメントも友奈の発言によって覆される。それでもアルファ波は迷信だと言い張る夏凜に、東郷と園子がジリジリと距離を詰めていった。獲物を追い詰める狩人のごとく。 

 ところで、勇者部には五箇条が掲げられている。

 『挨拶はきちんと』『よく寝て、よく食べる』『悩んだら相談』『なるべく諦めない』『なせば大抵なんとかなる』

 それが勇者部五箇条だ。勇者部結成の際に出来上がったもの。今もなお部室内に掲げられている。友奈はそれをじっと見つめていた。

 

「ゆーうーなっ!」

「ひゃっ!? まーくん!?」

 

 そんな友奈の首を勝希がつつき、友奈は突かれた場所を抑えながら振り返る。視線の先には楽しそうにニヤつく勝希の姿がある。何を考えているのか一切読めない。考えていない時は本当に何も考えずに行動するのだから。今回はどうなのだろう。

 

「勇者には言いにくいことなら、家で聞くからね?」

「ぇ……」

 

 友奈にだけ聞こえる声量で言う。勝希は変わらず笑っており、悩んでいることに気づかれた友奈は困惑。

 しかし友奈の背中側に他の部員がおり、彼女たちは勝希の発言も友奈の表情も知らない。そのため、勝希がいつもの如くイタズラでもしたんだろうと当たりをつけた。勝希にとってはそこまでが想定済みのこと。自分の普段の行いを自覚して利用しているのだから。

 友奈も何を言わなかった。小声で言われたのだ。勝希の考えは分からないが、合わせたらいいのだろう。心の中でお礼を言う。

 

「みんな……あのね……!」

 

 友奈は勇者部が大好きだ。そして、勇者部五箇条も大切に思っている。だから、悩みごとを今から相談する。

 友奈の呼びかけに勇者部が反応し、どうしたのかと視線を注ぐ。話しづらいことだが、話さないわけにもいかない。特に美森のことを思うと苦しいが、みんなで共有したい。

 葛藤し、その結果なぞなぞめいた話をしてしまう。

 

「こ……ここで問題です。キリギリスがアリの借金を肩代わりしたらどうなるでしょう?」

「なにそれ?」

「いきなりなぞなぞ? それに借金するならアリじゃなくてキリギリスじゃない?」

「あう……」

「待ってにぼっしー。そこも踏まえてのなぞなぞかもしれないよ」

 

 友奈はなぞなぞを作るのが苦手だ。アリとキリギリスで例え話をしてみたが、それも訳のわからないことになってしまう。園子の深読みによって、難題ななぞなぞと化してしまったが。

 それはともかく、相談したいことが相談できていない。改めて意を決し、相談する。

 

「あ、あのね……! 実は私……あの日──ッ!」

 

 話そうとしたが言葉が詰まった。その先を言い出せない。

 友奈の視界には、勇者部員それぞれの左胸付近に自分のものと同じ紋様が見えたからだ。その紋様は赤く、焼いてしまいそうだ。もちろんそれは幻覚の類。部員たちには見えず、違和感すら感じない。友奈にだけ見えるのだ。

 

「友奈ちゃん?」

 

 言葉を不自然に止めた友奈に疑問を抱く。しかし友奈は言葉を続けなかった。

 

「親から貰った財布を失くしちゃったみたいでね。見かけたら連絡してもらえると嬉しい。ね? 友奈」

「う、うん……。お願いしても……いいかな?」

「勿論よ友奈ちゃん。まずは町の防犯カメラをハッキングして──」

「それは駄目だからね? わっしー」

 

 勝希がそれらしい理由で誤魔化した。友奈の性格とこの内容であれば、言いづらそうにしているのも納得できるというもの。もっとも、財布は落としていないわけだが。

 

 部活が終わり、帰宅した友奈はベッドに身を投げた。入浴も夕食も済ませており、あとは寝るだけ。スマホの通知を見てみれば、勇者部でのチャットが行われていた。どうやら美森はクリスマスという言い方が嫌らしく、もみの木祭りに解明したいらしい。間髪入れず総叩きで却下されている。

 

(東郷さんを助けた時、お役目は私に引き継がれた)

 

 高天原にいた美森は、天の神に解放されたのではない。友奈が強引に連れ出したことによって役目を終え、生き残ることができた。それを天の神がそのまま放置するわけもなく、美森を連れ出した友奈にターゲットを変えた。その証が友奈の左胸に表れている。

 それを知ったら東郷は悲しむ。そして、今はみんなで楽しく日常を送ることができている。友奈はそれが嬉しく、みんなにはもうしんどい思いをしてほしくないと思っている。

 

(私は生かされている。だから……こっちにいられるんだ……)

 

『友奈〜。起きてるー?』

「まーくん? うん。起きてるよ」

「お邪魔しまーす。牛鬼〜、僕を食べようとするの止めない?」

 

 勝希が部屋に入った途端飛びつく牛鬼。その光景は途中までは微笑ましいのだが、その口は大きく開かれている。勝希は左腕を突き出し、牛鬼が遠慮なく噛み付く。

 

「やっぱり痛い! 離してくれこの牛! っていひゃい!? 机の角で小指打ったー!」

「ま、まーくん大丈夫……? 牛鬼もまーくんから離れて?」

 

 友奈に差し出されたビーフジャーキーを噛む牛鬼。一瞬勝希を見下ろしてドヤ顔してからふわふわ移動する。

 蹲る勝希は涙目でそれを睨み、痛みが引いたら友奈の顔を見つめた。

 

「えっと……何かついてる?」

「ううん。大丈夫じゃないのは友奈の方じゃないかなって」

「っ! ……それは……」

「無理に聞き出す気はないけどさ、僕は友奈の(・・・)味方だからね」

「……ありがとう」

 

 話していると気持ちが楽になる。

 友奈はたしかにそう感じた。



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5話 冗談じゃ済まされないことってあるよね

 

 時の流れというのは自然なものであり、場合によってはそれが残酷なものと化す。たとえ誰かが、いや全ての人間が望んだとしても、そんな事は関係ないのだと流れていく。夜は深まり、やがて太陽が登り始める。それが沈めばまた夜がくる。その繰り返しだ。

 悩みが解決していなくても、次の日というものはやってくる。友奈は自分の身に何が起きているのかを理解できておらず、かと言ってその悩みを打ち明けることも悩んでいた。話そうとした時に映し出される紋様。それによって友奈は口封じさせられている。

 授業を集中して聞くこともできず、勝希が男子たちと廊下で「ジオラマごっこ関ヶ原編」をしているのも気づかなかった。

 

「なんで寒くなってきたこの時期にエアコンが壊れるかな……」

「私も昨日は急に電灯が切れて困ったわ」

 

 放課後に勇者部の部室にいると、夏凜のぼやきに便乗して昨日起きたトラブルの話が始まる。

 

「うちなんて昨日は樹が鍵をなくして、寒空の下二人で大変だったんだからね。ちょっと近くのコンビニに行っただけなのに」

「うぅー、ごめんねお姉ちゃん」

「あはは〜、樹ちゃんってばおっちょこちょいだね〜」

「机に足を引っ掛けて転んでる勝希さんには言われたくないですよー」

 

 クリスマスが近づき、冬の寒さも本番となってきている時に、寒空の下に放り出されるのは厳しいものだ。現在こうして元気に登校してきていることから、なんとか鍵を見つけ出して家に帰られたことは分かる。それなりに時間を要したのかもしれないが。

 部室に倒れ込んでいる勝希は、休み時間にジオラマのために使った自作鎧兜を着込んでいる。兜には面もつけられており、それの製作を少し誤ってしまったために視界は狭まっているのだとか。当然教師たちは没収しようと考えたが、大きさが中学生一人分。それが10人分ともなれば置き場所に困るというもの。その結果注意だけにとどめたという。

 

「なんでそんなもの作ったのよ」

「ジオラマごっこやるなら本格的にしたいじゃん? 何事においても手を抜きたくないし?」

「あんたの場合遊び方面に全振りしてるわよね」

「否定はしないよ」

 

 ちなみに、勝希が部室で鎧兜を装着したのは、飛び出した牛鬼に食べられないようにするためである。最近は大人しく、出てくることが少ないのだが、警戒するにこしたことはない。

 

「園子参上なんだぜ〜」

「園子さんその手は!?」

「おぉ、大丈夫大丈夫。こうしてサンチョを被せれば、あってないようなシュレディンガー」

「え、その口突っ込めるんだ」

 

 サンチョクッションは口が描かれているのだが、その口に手を突っ込めるとは誰も予想していない。勝希が代表して言及するものの、他の者からすればそれは後回しの案件だ。

 

「何があったのよ」

「今朝ポットで火傷したんだ〜」

「みんな何かしらトラブってるね〜」

「勇者部全員厄払いにでも行ったほうがいいんじゃないかしら」

「ちょっと縁起でもないこと言わないでよー」

 

 風は受験を控えている身。厄なんて一切ほしくないというもの。無論それは誰しもがそう思うのだが、風は一段と強くそう思っていた。

 

「僕は厄払い行かなくて良さそうだね〜。勇者部じゃないし」

「ちなみに聞いておきますけど、勝希さんは何もなかったんですか?」

「昨日だとねー。友奈の部屋に行った時に牛鬼に噛みつかれて机の角に足の小指をぶつけたくらいかな!」

「うっ、本当に痛いやつですね……」

 

 勇者部全員がそうだが、牛鬼に噛みつかれたことはないため、その痛みは分からない。しかし、足の小指をぶつけた時の痛みなら分かる。その痛みを思い出した樹は、自分がぶつけたわけでもないのに目を強く閉じて一瞬硬直した。

 

「まぁでも、勝希のそれはいつものことだし、ノーカンね」

「仲間外れにされた気分だよ!」

「部員じゃないから元から仲間外れみたいなもんでしょ!」

「酷いよ夏凜……。僕は友達だと思ってたのに……」

「そ、それとこれは話が別でしょ! わ……私も……その、……と、ともだちとは……思ってるわけだし……」

「え? なんて? 鎧のせいで聞き取れなかった。ワンモアプリーズ」

「聞こえてたでしょ! それと聞こえにくいなら脱ぎなさい!」

 

 会話が脱線するのが面倒だと思い、勝希の鎧に手をかけて脱がせようとする。勝希はそれすら利用して巫山戯るのだが、鎧はそろそろ脱ぎたいらしい。特に抵抗することなく、夏凜と手分けする形で鎧を脱いでいく。もっとも、鎧の着脱方法を知らない夏凜は悪戦苦闘していたが。

 

「夏凜に乱暴なことされた……」

「何もしてないでしょうが」

 

 終わることなくボケ続ける勝希に、律儀にツッコミを入れる夏凜。二人のやり取りがない日は数えられるほどしかなく、勇者部の日常の一つだ。

 そんな二人のやり取りを尻目に、美森は友奈へと視線を向ける。まだ友奈がトラブルにあったかを聞いていないからだ。

 

「友奈ちゃんは何もなかった?」

「え? ぁ……うん。私は特に何もなかったよ」

「よかった。もし友奈ちゃんにまで何かあったら、いよいよ怪しいものね」

「また大赦かー、ってね」

 

 園子の一言に部室が静まり返る。勇者部は満開の副作用のことを隠されていたことに否定的だ。それに伴ってあまり良い印象を抱けていない。さらに先週は美森の件があった。方針を改めると表明した大赦を信じる園子とは、大赦に対する認識にズレが生じてしまうのだ。

 

「園子滑ったね! マイナス50ポイント!」

 

 だがそれは勇者部の話。

 その輪から外れている勝希にとっては、また話が変わってくるのだ。勇者部と大赦のやり取りを知らない。何一つ説明されていなければ、聞こうともしなかった。秘匿される話は、関係者の間だけでのみ知られたらいいと理解しているのだ。

 

「ガーン! 私としたことが〜。あ、そういえば前にまー防が言ってたネット小説。あれ書いてるの私なんよ〜」

「なんですとぅ!? ガチでファンです! プラス300ポイント!」

「やった〜」

「判定ガバガバか!」

「あははは……」

 

 不穏な空気を勝希は嫌う。だから話を逸したがり、察しのいい園子がそれに乗っかって話を逸した。流れができたらあとは皆が合わせればいい。ツッコミ担当の夏凜が役割を果たし、友奈が楽しそうに笑う。

 違う話で盛り上がっていく中、友奈は改めて決意を固めた。上級生で部長である風に相談しようと。

 

「風先輩」

「ん? どうしたの?」

「ちょっといいですか……」

 

 時間は夕暮れとなり、友奈は風と一緒に自転車置き場に来ていた。風は樹と二人でいつも自転車通学をしている。相談が終わればすぐに帰られるように、という配慮と、ここならそこまで人がいないという利点を考えた結果だ。

 

「それで、相談したいことって何? もしかして恋愛ごと〜?」

 

 自分で言っておきながら口元が緩んでしまう風。恋愛ごとに興味があるお年頃であり、恋愛話が好きな風らしい反応だ。樹にはいつも「オジサン臭い表情」と称され、その度にちょっぴり傷ついていたりする。

 

「あ、でもそれなら東郷が怒るか。勝希は発狂して飛び降りかねないわね」

 

 常に友奈と行動している二人を連想する。もし友奈が異性に好きな人ができたなら、美森は暴走しかねない。相手の監視はするだろうし、素性を徹底的に調べ上げ、SNSも荒い出しかねない。

 それに対して、勝希はどうなのだろう。近くから見ていても、勝希が友奈に恋慕を抱いているように見えない。逆も然り。異性の大親友を地で行くような関係性だ。しかし、それはそれとして、勝希ならネタとして暴走しかねない。

 

(……友奈の側にいるのどっちもヤバくない?)

 

 気づかないほうがいい事に気づいてしまった気分だった。

 

「で、どしたの? 言ってみ?」

 

 思考を止め、友奈の相談に意識を向ける。背負いがちな少女だということは、勇者部全員分かっている。そんな彼女が話そうとしているのだ。聞いてあげないなんてありえない。

 

「実は……前に、東郷さんを……あっ」

「なに?」

「ぁ……いえ……」

 

 風には分からないが、友奈にははっきりと見えている。先日と同じ箇所。つまり、自分と同じように、風の左胸付近に太陽の紋様が浮かび上がっていることが。

 これ以上はいけない。話したらいけない。恐ろしい何かが起きる。

 漠然としたものだが、直感的に理解した。もし全てを言ってしまったら、風の身にとんでもない何かが起こってしまうと。

 

「ま、前にみんなで撮った写真とか、大事なやつがスマホから消えちゃってて……」

「あー。大赦に回収された時に消えちゃったのかも。……もしかして二人の恥ずかしい写真があったとか?」

「えぇ!? ないですよそんなのー!」

 

 誤魔化したら妙な詮索をされた。

 ありもしないことをはっきりと否定し、そこで相談をやめた。友奈は正門で待っていた勝希と美森と合流し、帰宅するのだった。

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 帰宅した友奈は、学校の宿題に取り掛かっていた。勝希も自室で取り掛かっているだろうが、壁越しではその様子も分からない。友奈の隣では牛鬼がサンチョに似たアモーレのクッションを囓っている。

 そうしている中、勇者部のチャットが起動していく。最初に入力したのは珍しいことに樹。しかし、その内容が緊急性の高さを表していた。

 

『今病院です。お姉ちゃんが車にはねられてしまって』

 

「えっ……!?」

 

 友奈はその文面から多大の衝撃を受けた。夏凜、美森、園子が順に素早く声をかけ、皆が病院に向かうのがわかる。友奈も、入力こそはしなかったものの、慌てて家から飛び出していった。

 

「……あれ? お義母さん。友奈が出かけるとか聞いてた?」

「聞いてないわよ? 靴ないの?」

「ないね。……ちょっと探してくる」

「お願いねー。見つけたら連絡ちょうだい。私からも友奈の方に連絡はするけど」

「りょーかーい」

 

 勇者部じゃない勝希が対応に遅れるのは、仕方ないことだろう。

 

(さて、病院かな?)

 

 

 

 

 友奈が到着した頃には、他の面々が揃っており、風が医務室から出てくるのを待っている状態だった。そのすぐ後に、息も絶え絶えな勝希が駆け込み、体力が果てて突っ伏す姿は負傷者も同然だった。

 

「あ、お姉ちゃん!」

「いやー参った参った……って! 勝希あんたの方が死にかけてない!?」

「ほ……包帯ぐるぐるの……風先ぱ、ゲホッ……風先輩には……言われたくないですよ」

「それもそうね。みんなわざわざ来てもらっちゃってごめんねー」

 

 誰も勝希のことは言及しなかったのに、重症である風が言及した。移動式ベッドに体を横たわらせる少女と、ゾンビみたいに体をガクガクさせる少年。ハロウィンならさぞや盛り上がっただろう。

 

「あの風先輩、お命には……」

「それは大丈夫よ。大袈裟ねー」

「でも、受験生になんて酷いことを」

「それは言わないで! 受けるから! 絶対受けるから!」

「命は無事だったけど受験生の命は危ういと。上手いですね!」

「何も上手かないわよ! これでアタシが駄目だったら勝希に責任取らせるわよ!」

「替玉受験は嫌です」

「頼む気もないわ!」

 

 雰囲気が暗くならないように努めて明るく振る舞う風。そんなものはお構いなしにいつもの調子で話す勝希。ヒートアップし始めたところで看護師からの雷が落ちたのは言うまでもない。

 犬吠埼姉妹は両親を亡くしてしまっている。そのため、風が入院するとなればその手続きは妹の樹が行うことになる。二人に雷を落とした看護師に連れられ、樹は若干ビクビクしながら手続きに向かうのだった。

 

「あんたたちも気をつけなさいよねー。信号無視した車が悪いわけだけど」

「アルファ波の出番ね!」

「よし来たわっしー!」

「それはいらない!」

「「しょぼーん」」

 

 病室に運ばれていく風を見送り、二年生組は帰路につく。勝希は友奈と合流したことを家に連絡し、何も言わずに出たことを友奈は謝った。

 

「それにしても、精霊は何をしていたのかしら……」

「え、あの精霊ってマスコットじゃないの?」

「……勇者を守るのも精霊の仕事なのよ」

「へー。ちっちゃいのに優秀なんだね」

 

 精霊たちの姿を思い出す。体格的に一番大きいのは、園子の烏天狗か風の犬神あたりだろうか。それでもあくまで相対的に、という話だ。その大きさは生まれたての赤ん坊と競るぐらいである。やはり小さい。

 

「私、みんなの身に何かあったら、きっと正気じゃいられないわ」

「東郷……。国防仮面もブラックホールもなしよ」

「夏凜も。にぼし仮面はいらないからね」

「やったことないわよ!」

 

 夏凜と園子とも別れ、友奈と美森と勝希の三人になる。明るい話をする気分にもなれず、三人の相田では沈黙が流れていた。一番居心地を悪そうにしていたのは勝希だったが、それも家に着いたら終わった。

 

 再び部屋に戻った友奈は、机にノートを広げ、イラストを交えて自分の身に起きていることを纏めていく。

 

「私がみんなに話そうとしたら、みんなに少しずつ嫌なことが起きた」

 

 犬吠埼姉妹は寒空の下で家の鍵を探し、夏凜はエアコンが故障し、美森は電灯が切れ、園子は火傷。勝希は小指をぶつけたが、あれは牛鬼に噛まれたから。牛鬼に噛まれるのは珍しいことでもなく、判断に困る。

 

「……まーくんのは考えるのやめよ」

 

 よって除外。

 

──改めて話そうとした風先輩は事故に

──天の神の力は、現実の私たちに影響を及ぼせるほど強力

──どうにかしようとしても、別のところに影響が出る

 

「そうやってバランスを取ってるんだ。私に起きていることは、言っちゃ駄目なことなんだ。私がルールを破るとみんなが不幸な目にあう」

 

 思い返す。部室にあるクリスマスツリーを飾り、仮装し、みんなで笑いあったことを。あの笑顔が消えるのは嫌だ。

 

(もう私達の戦いは終わったんだ! みんなはもう苦しまなくていいんだ!)

 

 美森もみんなを守ろうとして行動した。それが友奈の役割に変わっただけ。

 

(私が黙ってたらいつも通り何も変わらない、勇者部の楽しい日々が続く)

 

 みんなが大好きで、だからこそみんなには苦しんでほしくない。そう考えてしまうのが、結城友奈という少女だ。

 

(誰も絶対に巻き込んじゃ駄目なんだ……私が黙っていたら、それでいいんだ)

 

「とか思ってる? 友奈」

「ぇっ……!」

 

 両肩に手を置かれ、上から声がする。見上げればそこには勝希の姿が見える。相変わらずふにゃりとした柔らかい表情をしているが、その目は真っ直ぐに友奈を捉えていた。

 考えてることが読まれてるのだろうか。それともお得意の引掛けだろうか。突然声をかけられたことで、心臓がバクバクと煩い。勝希の考えが読めないのなら、黙っていた方がいいかもしれない。変にボロを出してしまったら、勝希にも危害が及ぶ。

 

「友奈は分かりやすいよね。優しくて、みんなのことを優先して。それは友奈の美点で魅力だとは思うけど、自分を蔑ろにしちゃうのは好きじゃないな」

「まーくん……?」

 

 どこまで理解しているのだろうか。自分で理解した場合なら危害が及ばないのだろうか。分からない。それは検証しないと分からないことであり、しかしそれを検証しようなどと友奈は考えられない。

 友奈の胸中を知ってか知らずか、勝希は優しく微笑んで語りかけた。二人だけの秘密を確かめる。それがどう関係するのか友奈には分からない。

 

「ねぇ友奈──賭けをしてみない?」

 

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 クリスマスイヴの日、入院中の風の御見舞を兼ねて、勇者部で訪れようと話が纏まった。妹の樹は先行し、サンタクロースの格好に扮した夏凜と美森が後から訪れる。友奈や園子もそれぞれのタイミングで訪れる手はずになっていた。

 

「……そっか……うん」

 

 病室に向かう廊下を歩きながら、園子は電話でやり取りしていた。知り合いに頼んでいた調査で、ある程度進行したことで連絡が来たのである。漠然とした園子の仮説が、その報告によって固まっていく。新たに出てくる疑問を整理し、一通り報告を聞いたら確認作業の後にそれらの調査も依頼する。

 

「ごめんね、任せっきりで。……うん、ありがとう」

 

 通話を終え、スマホを仕舞った時には病室が目前だ。ふと視線を落とすと、病室の前に押し花のしおりが落ちていることに気づく。園子の友人の中で、それを趣味とする少女は一人しかいない。中から聞こえてくる会話では、その少女がまだ来ていないことが分かる。

 

「……私、分かっちゃった」

 

 押し花を拾い上げ、病室のドアをノックする前に外に視線を向ける。

 

「まーくん。あなたは私たちの敵なのかな?」



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6話 想う心は強さの証

 

 犬吠埼風が退院し、勇者部は少し遅れた初詣をすることにした。やるなら全員揃って。そう考えていたために誰も三ヶ日の間には行かなかった。1月7日。ほぼ一週間遅れだが、神社はまだ正月と同じように信念を祝っていた。

 琴弾(ことひき)八幡宮。ここ讃州市では最大の神社だ。階段を上がっていけば宮がある。甘酒は下で配られている。

 

「風先輩の退院祝いも兼ねてお参りしますか」

「退院祝いって兼ねるものでしたっけ?」

「さすがに兼ねないんじゃないかなー」

「考えない考えない。お参りして、みんなでおみくじ引こ?」

 

 ツッコミを流し、勝希は階段を指差した。反対意見が出ることはなく、勇者部一向は階段を登っていく。それなりの段数があるのだが、体力に自信のある勇者部は気楽に登り切る。

 

「ガラガラだね」

「三ヶ日は過ぎてるものね。勝希くん、人がいないからって走り回らないようにね?」

「うん? 東郷は僕のことをなんだと思ってるのかな?」

「犬」

「わんこ!?」

 

 勝希を揶揄ってころころ笑う美森。当然抗議の声が上がるのだが、美森は撤回することなく、他の面々も否定できない要素を思い浮かべては目を逸らした。勝希は自分では猫だと思っていのだが、傍から見ていたら犬らしい。忠犬とまではいかないが。

 

「順番にお賽銭入れるわよー」

「ここは受験生の風先輩から行きましょ」

「いっつんも一緒にしたらいいんじゃないかな?」

「何人同時でもいいものね。それならお言葉に甘えて姉妹でやらせてもらうわ」

 

 風が樹を連れて歩き出す。その背中を見つめる夏凜の頬を、勝希が横から突いてはヘッドロックをかまされる。

 

「なんなのかしら?」

「か、夏凜が、寂しそうにしてたから……それなら風先輩たちと一緒にしたら、いいんじゃないかなって」

「は、はぁ!? 何言ってんのよあんた! 巫山戯たこと言わないで! 私はそんなの微塵も思ってないんだから!」

 

 後ろで騒がれたら気が散るというもの。いったいなんの騒ぎなんだと風と樹が振り返り、夏凜は慌てて何でもないと手を横に振る。そのすぐ近くで、ヘッドロックを決められたままの勝希が、ハンドシグナルで風に状況を説明しているが。夏凜はそれに気づいておらず、風が仕方ないなと言わんばかりに苦笑した。

 

「夏凜も来なさい」

「は!? いや、なんで」

「よくうちに来るし、樹もお姉ちゃんみたいーとか言ってたんだから。身内みたいなもんでしょ」

「ちょっ、お姉ちゃん!」

「……そ、そういうことなら仕方ないわね!」

 

 顔がにやけそうになるのを必死に耐える。勝希を解放して、夏凜は顔を横に背けながら風たちの下へと歩いていった。

 順に参拝し、全員が終わればおみくじを引く。それぞれ悪くない結果が出ている中、友奈は大吉を引き当てた。

 

「やった! 大吉だー!」

「おおー。凄いね友奈! 日頃の行いかな?」

「えへへー。まーくんは?」

「大凶」

「えっ……」

「逆によく引き当てたわね!」

 

 勝希の手に握られているおみくじの結果は、何回見てもやはり大凶だった。凶を引き当てるだけでも珍しいというのに、まさかの大凶である。それを引く者はそうそうおらず、昨今では『大凶』そのものが、都市伝説なのではないかと言われているほどだ。

 

「勝希の日頃の行いかしらね」

「はっはっは。夏凜ってば冗談も上手くなったね〜。あ、でも大凶って希少だし、これを引き当てた僕はスーパーラッキーボーイじゃないかな?」

「凄いポジティブですね……」

 

 発想の転換は大切だと思われるが、大凶を引いたことすら楽しみ、前向きに捉える姿にはもはや呆れるしかない。

 

「まー坊、あっちに結んできなよ〜。ついでにお祓いもしてもらったら?」

「結ぶには結ぶけど、お祓いはいいかなー。スーパーラッキーボーイじゃなくなりそう」

「いや、スーパーアンラッキーボーイでしょ」

「夏凜の意地悪! そんなに僕を苛めて楽しいか!」

 

 結局勝希はお祓いを受けなかった。皆はお祓いを受けることを勧めたのだが、そこまで強く受け止める必要もないだろうとの判断だ。

 階段を下り、広場で立ち止まって話をする。風の退院を改めて祝い、受験の話へ。年を越してしまった今、受験は目前と言える。また勉強し直し、万全な状態に戻さないといけない。

 

「来年もいてくださっていいんですよ?」

「いやさずかにそれはちょっと……」

「なんなら再来年も」

「樹と同学年になるじゃない! ……それはそれでありか?」

「なしだよお姉ちゃん」

 

 本来、受験生相手にその手の揶揄いはタブーなのだが、それをできる上に許してもらえるのは、勇者部だからこそだろう。仲の良さ、そして風本人の器の大きさか。

 

「あっま酒っ! 飲みたいなっ!」

「いいわね! 1杯引っかけていきますか!」

 

 ノリノリな園子のこの提案により、甘酒をいただくことに。風の発言が明らかに酒飲みのそれなのだが、もはや誰も言及することはなかった。

 甘酒はノンアルコールであり、中学生でも貰うことができる。貰った甘酒は冷たくなく、猫舌の人なら少し冷ます必要もあるだろう。それをさっそく飲んでいくのだが……

 

「なんか……場酔いしてない?」

「あっはっはっは! 酔ってない〜!」

「樹ちゃんは酔ったらこうなるのか。風先輩は泣きだすと。ギャップ凄いね〜」

「何感心してるのよ!」

 

 犬吠埼姉妹はアルコールが入っていなくても酔う、ということが分かり、友奈の甘酒が空になったところで記念写真を撮ることになった。美森が三脚まで用意しており、カメラをタイマーにセットして撮影。無事に撮影できたかは別の話。

 

 それから数日。部内では美森がカメラを回している光景が、よく見られるようになった。風を含めたメンバーの記録が貴重だと考え、今からでも多くの記録を残していこうとのこと。

 

「そうは言っても、高校に入ったところでアタシはここに入り浸ると思うわよ?」

「そうなる予想はついてたけどね」

「とか言って〜。夏凜も実は嬉しいんじゃないのー?」

「うっ…………」

「え、……何その反応……」

 

 図星を突かれた夏凜は頬を赤く染め、何も言い返さずに視線を逸らす。風もまた、そういう反応が返ってくるとは思っておらず、気まずくなって頬をかきながら目を逸らした。

 

「二人を見てると創作意欲が湧いてくるよね! ね、サンチョ」

「シィー、ムーチョ」

「え! その子喋るの!?」

「機能満載だねぇ! しかもいい声! 羨ましい!」

 

 どういう仕掛けになっているのか、園子以外は皆目検討もつかないのだが、尻尾を引っ張ったら喋るということはわかる。しかしサンチョはクッションでありその体はとても柔らかい。とても機械が入っているようには思えないほどだ。園子との付き合いが一番長い美森であっても、未だに不思議なことを御見舞される。

 

「ふーみん先輩とにぼっしーを見てたら創作意欲湧いてきたし、帰って二人の小説を書くね〜」

「ちょっ!」

「完成したら読ませてね!」

「もちろんだよまー坊。それじゃあみんな、また明日〜」

「また明日〜」

「「待ちなさいよ!」」

 

 風と夏凜の声も虚しく、園子は一足先に帰っていった。園子の書く小説が好きな勝希は、楽しみができたとご機嫌に。ネタにされると公言された風と夏凜はその場に固まった。しかし風の再生は早く、話題を逸らすのも兼ねて卒業旅行の企画を口に出した。

 

「思い切って温泉もありね! 大赦の金を使ってみんなで行きましょう!」

「さらっとヒモ発言してますよ」

「ぁ……温泉は前回行きましたし、今回は他のとこもいいんじゃないですか」

「ふむ、一理あるわね。山も候補に入れますか」

「……え、温泉が省かれたら僕は何を楽しみにしろと!?」

 

 男一人明らかに邪推な考えをもとに抗議している。その瞬間に美森が素早く動き、勝希も反応して逃げるも一瞬で壁に追い詰められる。

 

「勝希くん。何か(よこしま)な考えをしていないかしら?」

「東郷先輩や、サスマタは首じゃなくて腰を狙って相手を追い込むものじゃないですかね」

「あら。低俗な輩相手に加減する必要がどこに?」

 

 壁に背をつけ、首周りにはサスマタがある。逃げようとしても首がつっかえることになる。しゃがんで逃げるという選択肢も、すでに塞がれている。美森の精霊である青坊主が、小刀を構えて下で待機しているからだ。

 さすがにこれはやり過ぎじゃないかと、勝希は友奈に助けの視線を送るも、苦笑いで返されて撃沈。ちょっとした八つ当たりを兼ねて意趣返し。

 

「まぁ友奈の肌はこの前見たけどね」

「ふぇっ!? ちょっ、まーくん何言って!」

「ゴフッ!! ゆ、友奈ちゃんの……肌を見たですって……?」

「東郷に多大な被害が!?」

 

 その場に崩れ落ちる美森に夏凜が駆けつけ、あの日の騒動を暴露された友奈は顔を真っ赤に染める。一瞬でカオスな環境が出来上がった。

 

「あ、あれは……まーくんが勝手に入ってくるから!」

「勝希あんたそれ確信犯じゃない!」

「勝希さん最低です! 今まで以上に最低です! ドブレベルです!」

「樹ちゃん口悪くない!? 僕の心はガラスだから砕け散るよ!? それに! あれは友奈が悪いんじゃないか! 脱衣所のドアのプレートはOpenだったから僕は入ったのに!」

「……あら、これは友奈にも責任があるわね」

「勝希さんは豚箱行きですー!」

「樹落ち着きなさい」

 

 樹がここぞとばかりに勝希を言葉で叩いているため、審判はもはや風一人である。

 友奈の肌を勝希が見た、というショックが大きく、未だに立ち直れない美森。それを看病する夏凜。痴話喧嘩を繰り広げる友奈と勝希。なぜかひたすら勝希を罵っている樹。

 努めて冷静になった風は、腕を組んで考える。

 

「……今日も勇者部は元気ね」 

 

 現実逃避することにした。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 友奈の体を蝕む天の祟りは、日を過ぎていくほど友奈を苦しめていった。常に熱があるような状態となり、それも日数を重ねるごとに強くなる。それでも友奈は、勇者部の誰にも話すことなく日常を送り続けた。

 

「おはよう、まーくん」

「おはよう友奈。今日は調子良さそうだね?」

「うん! 体もなんだか元気なんだ〜。今日はたしか、放課後に猫ちゃん探しの依頼をするって話だけど、まーくんはどうするの?」

「うーん、僕はいいかな。友奈の調子も良さそうだしね」

 

 友奈の部屋に行ってみたら、元気そうに笑顔を振る舞う姿が見れた。それは演技ではなく、自然なものであり、本当に調子が良いのだと分かった。

 友奈と一緒にリビングに行って、用意してもらった朝ご飯を食べる。友奈の両親は大赦から友奈のことを教えてもらったらしい。何も特別な力がない大人ではどうすることもできず、友奈に全てを委ねたらしい。僕はその時家にいなかったから、大赦の人間とは会ってない。

 

『勝希……友奈を側で支えてやってくれ』

 

 お義父さんからはそう言われた。僕のことを知ってるわけでもないのに。一番一緒に行動しやすくて、事情を知っているって理由からそう言ったんだろうね。でも、それを反故にできるほど僕も腐ってなくて、だから友奈に賭けを持ちかけた。

 その時(・・・)が来るまで、もうしばらくかかる。それまで友奈に苦しい思いをさせてしまうのは、心が苦しい。友奈(・・)ではないけど、大切に思える相手ではあるから。

 

「何かあったら連絡するように。駆けつけるから」

「はーい。……ありがとう、まーくん」

「お礼はいいよ。何もできてないから」

 

 東郷がいつも通り家にやって来て、三人で登校する。談笑して学校に向かい、自分の席に着く。そこで僕は気づいた。友奈が今日調子がいい理由を。

 

「……1月……11日、か」

「おっす勝希博士! 見てくれ聞いてくれ!」

「どうしたよ丸山」

「ついに完成したんだよ! 丸山式シャーペン型吹き矢が! これで嫌いなあの人にも一刺しの反撃ってね!」

「マジかよ! これは僕も現代版忍者セットの完成を急がなくては!」

 

 声をかけてきたクラスメイトと盛り上がり、シリアスな思考は一旦頭の隅に追いやった。

 

 友奈が調子よかったのは、やっぱり11日のあの一日だけだった。また熱が上がってきたし、それどころかより強くなった気もする。今日は勇者部でカラオケに行くらしく、僕はそこに同行することにした。

 今は園子と東郷がデュエットしてる。

 

「ひゅー! やるわね二人とも!」

「いっそCD販売でもしちゃえば? あ、樹ちゃんとのトリオもありだね!」

「ナイス提案よ勝希!」

「いやー、いっつんには是非ともソロデビューだよ〜。私はスポンサーになるね」

「乃木家が付くとか最強じゃね?」

 

 たしか、大赦でもツートップって夏凜が言ってたね。それがスポンサーに付くとか樹ちゃん怖いもの無しじゃん。大反対してるけど。一からちゃんと下積みしたいのだとか。真面目過ぎて感動だ。風先輩なんて泣いてる。

 

「それじゃあ友奈! 私達も熱唱するわよ!」

「しーっ。近くで大声は駄目だよ夏凜。疲れてるみたいだから寝させてあげて?」

「あ、うん」

「にぼっしー、私と歌お!」

 

 肩によりかかる重さ。友奈の体に全く力が入ってないことが分かる。友奈が寝ているというのは嘘なんだけど、少しでも楽にさせたいからね。目を閉じて、寝てる体で行こうと先に提案していた。  

 さすがにもう、隠せなくなってきてるみたいだけど。気づいてない人はいないだろうね。ただ、みんな聞かないでいるだけ。事情があるって察してるのかな。愛されてるね、友奈。

 

 僕は極力友奈の側にいるようにしてる。外出している時も、家の中でも。友奈の体に現れる紋様は、胸やお腹全体にまで広がっていってるらしい。そこまで広がってるとなると、限界が近づいてるのも分かる。

 動く頃合いだと思った。友奈を死なせたくないから。でも、大赦が友奈に持ちかけたという話。アレがあるなら──

 

「げほっ……、けほっ」

「友奈……」

 

 最近は友奈の部屋で寝過ごしている。祟りを少しでも緩和できるから。察知されないギリギリの力。微弱な力だけで対応してきたけど、それも限界だ。少し出力を上げるしかない。

 気づくのは神樹ぐらいだ。大赦には絶対に(・・・)気づかれない。そうなるように仕掛けてる。天の神は気づけない。天の神自身が強過ぎるから、僕が低出力にしている限り、気付きようもない。

 

「はぁ…………、まーくん、ごめんね……」

「謝るくらいなら、しっかり寝てほしいかな。大丈夫だよ。側にいるから。僕がちゃんと手を握ってるから。友奈はちゃんと、ここ(現実)にいるよ」

「うん……」

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 

 友奈の異変には、勇者部の皆が気づいていた。園子、美森、夏凜はそれぞれに動き、風と樹は友奈を信じることにした。

 友奈から話を聞き出そうと夏凜は話をしに行ったが、事情が事情なために友奈は話すことができなかった。そして、美森は友奈の事情を探るために、今宵、友奈の部屋へと侵入した。

 

(友奈ちゃん。電気点けっぱなしで寝てる……。勝希くんもベッドにもたれかかったまま。体が休まらないんじゃ……)

 

 勝希の体を横にしようかと悩んだが、その手が友奈の手と重なり合っているのを見て、美森は毛布をかけるだけにした。

 友奈の部屋を静かに見渡し、棚に小さな異変を発見した。友奈が中学校入学の際に、両親から買ってもらったものの使わずじまいの事典たち。そのうちの一冊の位置がズレているのだ。

 

「これは……! なぜこんなもの(勇者御記)が……」

 

 それを回収した美森は、友奈以外の部員を集めて犬吠埼家に集まった。テーブルの真ん中に勇者御記を置き、簡素な報告を終える。

 

「最近の友奈ちゃんは様子が変でした。その原因が、これに書かれていると思うんです」

「私からもいいかな」

 

 今から勇者御記の中身を閲覧していく。そうなるのは明らかであり、その前に園子も自分が得た情報を共有していく。

 

「ゆーゆは天の神の祟りを受けてる。大赦の調べで、それはゆーゆ自身が言ったり、何かに書いたりして他の人に伝えようとしたら感染するってことが分かったの。つまり、この本は私達にとってもすっごく危険なんだ。みんな、それでも見る?」

 

 誰も躊躇わなかった。友奈の事情を理解し、友奈の力になれるのならと。強く頷くことでそれを示す。そして、園子はもう一つだけ、読む前に共有しておきたい話を始めた。

 

「まだ全ての情報が集まってるわけじゃないんだけどね……。これを読むなら、たぶん先に共有した方がいいかと思って」

「どういうことなの? そのっち」

「もしかしたらね」

 

 

 

──まー坊は……佐天勝希という人物は存在しないのかもしれない



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7話 明かされる秘密

 
 何やらしくじってのわゆ編の30話を潰してしまいました。データのバックアップは取ってないので、一から書き直しです。辛み




 

 その場にいる全員が耳を疑った。園子の言葉を飲み込めなかった。何を言ったのかは分かる。言葉自体は聞き取れている。しかし、その意味を理解することができなかった。

 

「そ、存在しないかもしれないって……どういうことよ……」

 

 風がなんとか言葉を絞り出す。頭が追いつかないが、話を聞かない限りそれも分からないままだ。

 共に過ごした記憶はたしかに存在している。佐天勝希という少年を、勇者部の皆が知っている。諸事情により結城家に居候し、友奈と美森ともに入学した。友奈に勇者部の勧誘を受けても、男一人は嫌だと言って技術部を選んだ。結局勇者部に頻繁に顔を出していたが、活動にはそこまで参加していない。共に語らい、共に笑い、共に過ごした。その事をたしかに風も美森も覚えている。

 樹の入学を祝い、手品をする美森に対抗し、トランプでの手品をやってのけた。別の部活という立場から、夏凜が勇者部に馴染むように影でサポートしていた。

 それなのに、存在しないとはどういうことなのか。

 

「私もまだ全部のことは分かってないんだ。だから、肝心のそこを説明できないんだけど、まー坊の事で疑問を抱いたらどんどん気になったんよ。まず、まー坊だけ天の神の影響を受けなかった」

「え……?」

「みんな覚えてるよね。私は火傷して、わっしーは電灯が切れた。にぼっしーはエアコンが切れて、ふーみん先輩といっつんは鍵を失くした」

「そうね。でもたしか勝希は机に小指をぶつけたって」

「それが祟りって解釈もできるけど、たしか牛鬼に齧られたせいでって話だったよね? そしてまー坊は牛鬼によく齧られる。天の神はそこには関係ない」

 

 言われてみればそうだ。友奈が祟りにかかっているなら、友奈自身に何かが起きなくてもおかしくはない。しかし、あの場には勝希もいた。それなのに勝希は何も影響を受けていない。

 

「ここで出てくる可能性は、まー坊は何か特別な力を持っているのか、それとも勇者以外には効かないのか。あるいは、そもそも人じゃないのか」

「待って! さすがにその可能性はおかしいじゃない! それなら勝希はなんなの? 亡霊とでも言うの!?」

「……ある意味そうかもしれないんだよ、にぼっしー。まだみんなも結論は出さないでね。私も結論を持てていなくて、大赦の調査待ちだから。でも、まー坊が何者なのか分からないってことは頭に入れといて。……もしかしたら、ゆーゆのそれにヒントがあるかもしれないし」

 

 話を聞いてもまだ混乱が消えない。いや、より一層混乱したと言ってもいいかもしれない。それは園子も感じ取れているが、十分な説明ができないのも事実。本来はまだ話すべきではないと理解していたが、友奈の勇者御記で触れられている可能性もまた拭いきれなかった。そこで、可能性の段階ではあるが、共有することにしたのだ。

 否定したいものの、嫌な心当たりがあるのも事実。園子は知らないが、他の部員たちは勝希の口から『友奈の肌を見た』という証言を得ている。それがもし、友奈が祟りを受けた後の出来事なら……。

 

「……まだ整理ができないし、勝希のことは疑いたくないけれど、可能性として頭に留めておきましょう。みんなもそれでいい?」

「……そう、ですね……。今は友奈ちゃんの方が急務ですから」

 

 美森が風に言葉を返し、夏凜と樹も頷いた。一度深呼吸し、頭を切り替えたところで、風は勇者御記に手をかける。全員の顔を見渡し、ページを捲った。

 

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 はじめに。年末に大赦の人達が私の変化に気づいて家にやって来た。事情は神託や研究で知ったので、神聖な記録として残したいから、この本に日記をつけて欲しいと……。続くかな。

 どうしてこうなったのか。自分は大きな戦いで相当無茶をしたようで、体中ほとんどを散華してしまった。さらに敵の御霊に触れたことで、魂が御霊に吸い込まれてしまった。気がつくとそこは、東郷さんを助けに行ったあの場所だった。どこまでも空が広がる世界……。がんばってぬけだそうともがいてみたけど、どこまでもどこまでもそこは広がっていた……。

 どうやったら帰れるのか、もしかしたら帰れないのか。膝を抱えていた時に、私はそこでまーくんと出会った。

 

 

「友奈って無茶しないと生きていけないのかな?」

「ぇ……」

「初めまして。自己紹介は後にするとして、ここから出る気はあるかな?」

 

 突然目の前に現れた彼は、おどけて笑いかけてくる。けれど、膝を抱えて俯いてる私に差し伸べられたその手は、不思議と握りたくなるような力があった。

 何者なのか分からない。なんでここにいるのかも知らない。

 怪しいとこだらけだけど、この場から出たかった私は縋りたくなる。

 

「ここから出られるの?」

「出られるよ。出口はたしかに存在するし、案内もできる。……そこの青い烏が働きたがってるし、案内役はあっちに任せるけども」

「烏?」

 

 彼が指差した方向には、たしかに青い烏がいて、私たちのことをジッと見つめてる。彼の方を見るたびに鳴いてるんだけど、知り合いなのかな。あ、突かれてる。

 彼は片手で烏と何やら戯れ始めて、それを見てなんだか胸が楽になった私は、彼が差し伸べたままにしてくれてる手を握った。烏と彼はそのタイミングで遊ぶのをやめて、私を引っ張り上げてくれる。

 

「こんな場所にいたら気が滅入るのもわかるけど、希望は捨てちゃいかんよ」

「なんだかお爺さんみたい」

「僕は見た目通りの年齢だよ!?」

 

 私と入れ替わるようにしゃがみ込んでいじけだす。その姿を見ると、言われた通り見た目にあった年齢なんだなって納得する。たぶん私と年が変わらないよね。

 そうしていると、どこからか東郷さんの声が聞こえてきた。何が起きてるのか分からない。だけど、東郷さんが泣いていることだけはわかる。

 

「勇者は……泣いている友達を見捨てたりなんてしない。絶対に帰るんだ!」

「ふむ、気合が入ったところで、行動に移しますか。案内よろしく〜」

 

 青い烏が一際大きく鳴いて、一直線にどこかへと飛んでいく。ついて来いって言ってるのかな。

 

「先々行ったら案内の意味がないんだけどな……」

 

 ぼやく彼に手を引かれて、私は青い烏を追いかけていった。進んでいく先にだんだん光が見え始めて、その光に飛び込んだら元の世界に戻ることができた。

 こっちに戻る直前。光に包まれている中で、私は彼と自己紹介をした。彼の名前は佐天勝希。謎だらけだけど、話してくれなさそうだし、元気をもらったのもあってその辺は聞かないことにしてる。

 

 

 でも体はそうもいかない。散華して失っていた体は、回復したんじゃなくて神樹様がつくってくれたパーツみたい。だからそれが馴染むのに時間がかかるし、強引な満開をした私は全身が神樹様のパーツになったわけで、大赦では私のことを御姿(みすかた)と呼んでいるみたい。

 御姿は神聖なものらしくて、神様に好かれるみたい。だから私は望んだことが、友達を助け出すことができて、代わりになることもできた。それで世界のバランスが守られた。

 大赦は私のことを調べてくれた。分かったのは、この炎の世界がある限り、この体は治らないということ。そして、私は春を迎えられないであろうということ。

 でも、不思議とまーくんが側にいてくれたら体は楽になる。凄い熱だってマシになるし、体を蝕むあの痛みだって和らぐ。最近はずっと一緒にいるようにしてくれてるけど、部活に顔を出せてないし、友達の誘いを断ってるのも知ってるから後ろめたい。

 まーくんが持ち掛けてくれた賭け。まだ返事はしてない。

 

 

❀❀❀❀❀

 

 

 その後は日付がつけられ、その日の出来事を書いている。主に症状の変化であるが、勇者部のことを心から好きなのだという旨が、節々から見えてくる。

 勇者御記を最後まで見終えた勇者たちは、重たい空気に包まれていた。

 

「なによ……今年の春を迎えられないって……」

 

 風が勇者御記を何度も読み直し、受け入れたくはないがそれが現実なんだと認識する。静まり返っている中で、美森が部屋を出ようとしたところを園子が止めた。

 

「離して! 天の神の怒りは収まってなかった! 私が受けるべき罰だったのよ!」

「日記にも書いてあったでしょ! 今から代わってもゆーゆの祟りは消えないんだよ!」

「──っ!!」

「また重要なことを……大赦は黙って……!」

 

 部員の命が、友人の命が危ぶまれている。その事を知らされていなかったことに風は憤慨したが、園子の言葉で堪えることができた。曰く、それが判明したことは最近であり、調査段階では話してしまった場合に危害が出るか分からなかったということ。もしもの場合を回避するための判断だ。

 友奈の日記を知り、事情を知って一番苦痛な思いをしたのは、夏凜だろう。話せないという事情を知らず、傷つけたくないという友奈の思いを知らず、友奈に事情を話すように迫ってしまった。その事に強い罪悪感を抱き、その場に泣き崩れてしまう。

 樹が夏凜の側に行き、涙を拭いてあげながら園子に問いかけた。勝希の件を。

 

「園子さんは、勝希さんのことをどう考えてますか? 友奈さんや東郷先輩が行ったという世界にいたってことが、この日記には書かれてましたけど」

「……人なのかが怪しいかなって。大赦の調べで分かってることは、まー坊の戸籍はあるけど、両親の戸籍がないってことなんよ」

「戸籍が……ない……?」

「うん。だから出生記録も無いんだ。普通ならそこに疑問を抱いて調べてあるはずなのに、大赦はこれまで調べなかった。……憶測はできるけど、あとはまー坊に直接聞くのが一番だと思うな」

 

 園子も勝希のことを嫌っているわけではない。その存在について疑問を抱き、友奈の件と関わっているからこそ、大赦に調べるように依頼したのだ。調べれば調べるほどその存在は怪しくなり、当たってほしくない予想が立てられていく。

 果たして勝希は敵なのか味方なのか。それを判断する材料はどこにもなく、友奈の御記から考察しても、味方だとは断言できない。少なくとも、友奈の敵にはならないと判断できるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、東郷が友奈の勇者御記を持って行ったわけで? これは僕のこと疑われるかな。ははっ、どう動く? 神世紀の勇者は」

 

 



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8話 決断したら進むだけ

 

 ある日の夕暮れ。結城家に大赦から派遣された一人の神官が訪れた。大赦の者たちは決まって仮面をつけており、その人物もまた例外ではない。声からは女性なのだと判断できるが、分かることはそれだけである。

 友奈はその女性を客間に通し、お茶を用意して差し出した。女性は黙って平伏しており、どういう対応すればいいのか友奈には分からない。フレンドリーな友奈であっても、目上の人が相手でさらにその人が取っ付きにくければ戸惑う。少しでも話をしやすくしたく、そして気まずい雰囲気を解消したい。

 

「あの……顔を上げてください」

 

 床につくほど平伏していた女性は、しかし完全に顔を上げることはしなかった。体を少し起こし、仮面越しではあるがその視線は下がったまま。顔も上げたとは言い難い。楽な姿勢で顔を伏せている、といった状況か。

 

「それで、今日は何の御用でしょうか」

 

 彼女が訪問するのは初めてではない。友奈に祟りのことを教え、勇者御記を渡しているのだから。

 

「友奈様に急ぎお知らせしないといけないことがございます」

 

 前回もそうだったが、突然の来訪である。大赦は実権を持てど、表立った行動は控えている。その大赦がわざわざ訪れているのだ。急を要する自体なのは明白である。

 

「神樹様の寿命が近づいております」

 

 息を呑んだ。

 生まれたときから当然のように存在し、親の世代もその前の世代も同じでずっと在り続けた神だ。寿命があったということ自体衝撃的である。

 動揺する友奈が落ち着くのを待たず、女性は話を続ける。

 

「私達を約300年間守り続けておられましたが、その神樹様が枯れてしまわれれば、外の炎から私達を守る結界も無くなり、この世界は消えてしまいます」

「……消える……?」

 

 世界が消える。それは比喩でも何でもなく、この世界が無くなるということ。皆と過ごしてきたこの世界が。

 

「そ、そんなの駄目……!」

「はい。人類をこのまま滅亡させるわけにはいきません」

 

 友奈の言葉を力強く肯定する。その声色は、ただ報告する薄っぺらいものではなく、何か自信を持っているかのよう。体を蝕まれ、衝撃的な情報を叩きつけられた友奈はそこに気づけないが、壁越しに話を聞いている勝希は感じ取っていた。

 

「全滅を免れ、皆が生き抜く解決策を、我々は見つけ出しております」

 

 勿体ぶることなくその事実を告げられた。時間を多く取らないようにするためなのか、それとも別の意図があるのか。女性は友奈が発言しない限り、情報を次々と提供していくらしい。

 

「あの、これって勇者部みんなで聞いたほうが……」

 

 人類を守ってきたのは友奈一人ではない。同じ部活にいる大切な仲間たち。彼女たちがいたからこそ、人類はバーテックスとの戦いに勝ててきたのだ。

 自惚れることのない友奈は、勇者部全員で聞いたほうがいいと思った。しかし女性はそうしなかった。そして今からそうさせる気もない。

 

「まずは友奈様だけに」

 

 友奈はチラッと部屋のドアに視線を向けた。女性には気づかれないようにしているが、友奈は勝希が話を聞いていることを知っている。理由は聞いていないが、勝希は大赦の人間との接触を避けている。今回も友奈がお茶を用意している時に話をし、自分の存在は伏せるようにと頼んでいる。

 そんな勝希に気づくどころか、そもそも考慮すらしていない女性は、友奈一人に話しているつもりで会話を続けた。

 

「皆が助かる方法は一つ。選ばれたものが、神樹様と結婚することです」

「……へ? 結婚? 結婚って、あの結婚ですか?」

「はい。神との結婚のことを神婚と言います。神と聖なる乙女の結合によって、世界の安寧を確かなものとする。それが神婚」

 

 頭の理解が追いつかない。何を言われているのかは分かっているのだが、それをたしかに認識できているかと言われたら怪しい。

 しかし、理解して納得できるかは別の話なのだ。友奈は自分の寿命を理解している。できることがあるのなら、それを行おうと考えてしまう。

 

「あの、それだとみんな助かるんですか?」

「はい。神婚することで新たな力を得て、人は神の一族となり、皆永久に神樹様と共に生きられるのです。ご理解いただけましたでしょうか」

 

 聞き慣れていない用語が多く、スケールの大きな話だ。話のすべてを飲み込めているわけでもなく、まずは頭の整理も兼ねて疑問を口にする。

 

「あの、神婚人はどうなるんですか?」

「神婚した少女は死ぬことになります」

 

 今日何度目かも分からない衝撃だった。話を整理すれば、このままでは神樹の寿命が訪れて世界が滅ぶ。友奈は世界の命運関係なく祟りで死ぬ。神婚という手段があるが、選ばれた少女は死ぬ。

 

「そして、神婚の相手として、神樹様は友奈様を神託によって示されました」

「な……なんで私を……」

「心も体も神に近い、御姿だからです」

 

 全てのことは繋がっている。友奈が強引に満開をして御姿となり、美森を助けたあの時から、こうなることは決まっていたのかもしれない。

 他の誰でもなく、皆を思って戦い、友人を想って動ける友奈だからこそできたこと。それが今へと影響している。

 

「私達大赦は、人類が生き延びるために、さまざまな方法を模索してきました。そして、神婚という手段のみが残されたのです」

 

 再び低く平伏している女性の言葉は、抑揚が一切なかった。ただ事実を述べ、言い逃れをする気もない。事実、大赦は人知れず手段を探し続けていた。防人と呼ばれる少女たちに任務を与え、調査を頼み、別の方法も試そうとしていた。

 しかしそれらは叶うことなく、振り出しに戻された。その後も研究を続け、神話を調べ、唯一にして最大の手段を見つけ出したのだ。

 

「私、友達を傷つけちゃって……」

「皆を慈しむ心。友奈様は素晴らしい勇者であると私は思います。その友達を、人類を救えるのは友奈様だけです」

 

 ズルい言い方だと罵る人もいるだろう。そう言われても受け入れようと、女性は決めていた。手段が一つしかなく、選択肢が残されていない状況で、同じく選択肢が残されていない少女の性格をついて、話をしているのだから。

 しかし友奈は女性を責めることはなかった。反発の声を上げることなく、話を理解するために疑問の解消を続ける。

 

「神婚したとして、その……人が神の一族となってずっと生きるというのは……」

「言葉通りの意味です。我々を神樹様に管理していただく優しい世界。人は死んでしまえば終わりですが、神の眷属となり、神樹様と共に生きていけば希望を持てます」

「それって、みんなちゃんと人間なんですか?」

「神の膝下で確かに存在できます。信仰心の高い者から神樹様の下へ」

 

 友奈の質問に対する直接の解答ではない。それはつまり、友奈の懸念が当たっていることの裏付けとなる。それを女性は言及するつもりもなく、頭を深々と下げて友奈に頼み込む。

 

「どうか……この世の全ての人々をお救いください。──慈悲深い選択を」

 

 話はそれまでとなり、女性は結城家を後にした。勝希は女性に気づかれないように身を隠し、友奈に声をかけることなく部屋に戻った。友奈にとって重大な話であり、そしてスケールの大きな話だ。しばらく一人にさせ、落ち着くための時間も必要だろうとの判断だ。

 大赦からの説明は両親にも行き届き、夕食の後にその話となった。両親どちらも涙を溢していたが、決断は友奈の意志に任せるとした。名誉なことであれど、死ねと宣告されたも同然なのだ。唯一の愛娘を失う恐怖は、子供の友奈と勝希には想像もできない。

 

「……祟りの次は……結婚だって……。びっくりだね」

「そうだね」

 

 入浴を済ませ、勝希は友奈の部屋へと来ていた。ここで夜を明かすのも定番となっており、祟りの影響を弱めるためにもやはりここにいるしかない。

 祟りの苦痛は大きく、友奈は嫌な汗をかいている。握り合う手には自然と力が入り、流れ出る汗は勝希が拭う。

 

「お父さんとお母さんは泣いてたけど、私に任せてくれるって言ってくれた。……それに、私の体は……」

「……たしか明日だよね?」

「え、……うん」

「なら、今日は頑張って早く寝ないとね。朝早く起きる気なんでしょ?」

「あ、はは、お見通しなんだ……。ついて来てくれる?」

「それはもちろん。ついて行くし、朝も起こしてあげるよ」

 

 友奈の瞳を手で覆い、おやすみと挨拶する。友奈もおやすみと返し、瞳をゆっくりと閉じた。しばらくすれば目を覆っていた手をどけられ、優しく一定のリズムで胸を叩かれる。平常時の心音とほぼ同じペース。それによって少しは気が紛れ、友奈は眠りにつくことができた。

 

 翌朝。朝もまだ早い時間に勝希は起床し、友奈も起こした。相変わらず朝が弱い友奈。少しぐずるも、自分で早朝にやりたいことを勝希に言っていたのを思い出し、ベッドから起き上がった。

 着替えを済ませ、動きやすさと暖かさを考えた服装を選ぶ。友奈が廊下に出ると、勝希も既に着替えを済ませており、友奈にそっと手を差し伸べる。手を重ね、階段を降りて靴を履く。学校に行く時間までに戻ってくる必要があり、少し急ぐ必要があるか。

 

「麓までは自転車で行こうか。僕が漕ぐから、友奈は後ろで座ってて」

「でも……」

「少し距離があるし、ここで体力使ってもね? あそこ登るのキツイから」

「……ありがとう」

 

 自転車に跨り、友奈が後ろに座る。基本的に二人乗りは禁止されているが、友奈の体を考えれば例外として処理できるだろう。

 安全運転で進んで行く。時間も早いことから人通りも車通りもほとんどない。スムーズに進んでいくことができた。麓にある看板の近くに自転車を置き、そこからは徒歩で登っていく。

 

「友奈を乗せたまま坂を上がれたら良かったんだけどね」

「ううん、十分だよ」

 

 下宮までは道が舗装されており、登りやすい状態となっている。そこまでは難なく行けるのだが、問題は下宮から本宮に行くまでの道だ。今訪れている高屋神社は、天空の神社と呼ばれており、山頂に近い位置に本宮が設置されている。そのため、そこに行くまでの道は山道となるのだ。裏から回る手段もあるが、そちらは車だけが行ける道だ。

 もはや登山となる山道を登るのは、今の友奈には過酷というもの。健康であってもなかなかにキツイものがある程なのだから。道も決して良いとは言えず、友奈が足をとられないように勝希が気にかけながら登っている。

 

「いっそ背負おうか?」

「だめ……自分で、登らせて……」

「わかった。でも、限界が来たらちゃんと言ってね」

 

 岩に座って小休止を挟みつつ、友奈と勝希は登り続けた。木々に覆われるのは、最後の石段の直前まで。そこからは景色が一気に開け、石段やその上の本宮から振り返れば讃州市が見渡せる。

 

「はぁはぁ、きれい……」

「うん」

「神婚して死ぬと、どうなるんだろう……。祟りで死ぬより、苦しくないのかな」

「……まぁ、苦しくはないだろうね。たぶん、睡眠と似た感覚だよ。雪山で遭難した的なあれ。意識が遠のいて、完全に途絶えたら死んでる的な」

「それはそれで、怖いね」

「まぁね」

 

 呼吸も大きく乱れ、大量の汗をかく友奈。勝希は友奈にタオルを渡し、友奈がバランスを崩さないように支える。もしバランスを崩してしまえば、石段を転げ落ちる羽目になってしまう。

 

「私は勇者だから……勇者らしいことをしなきゃ……!」

「……」

 

 友奈が決断し、覚悟を決めているのだと分かる。勝希は口を挟まず、街を見下ろす友奈を支え続ける。

 

(祟りで消えてしまう命なら……みんなの為に使おう)

 

 今友奈に提示されている選択肢は二つ。このまま祟りで命を落とし、世界も滅んでしまうのか。それとも神婚で命を落とし、世界を救うかである。

 

(怖くない……怖くない……。怖く……ない……!!)

 

 自分に言い聞かせる。怯える心を引き締めさせ、自分の辿る道を決める。

 

「私……決めたよ」

 

 横にいる勝希に視線を向けて宣言する。神婚を選ぶということを。

 勝希はそれに一言だけ呟き、友奈に向き合う。勝希としても、動くなら今日のほうが都合がいい。神婚となれば、天の神も自ら動くと予測できる。神樹に近づくのなら、好都合なのだ。

 しかし、それとは別に勝希は友奈に確認したいことがあった。

 

「結城友奈という一人の人間の気持ちは?」

「……?」

「勇者である友奈の決断でしょ? 否定する気はないけどさ、勇者という立場を捨てた友奈の気持ちを聞きたいなって。端的に言うなら、友奈って死にたいの?」

「っ!」

 

 歯に衣を着せず、勝希は友奈に言葉をぶつけた。それが一人の少女としての本心なのかと。命を諦めたのかと。

 友奈は顔を伏せ、勝希に持ちかけられた賭けのことを思い出す。あれがどういうことなのか、今になってやっと理解できた。勝希について謎が多いが、友奈だって愚かではない。理屈はわからないが、直感的に勝希にはそれができる可能性があるのだと分かる。

 

「……これしか私にはないんだよ?」

「大赦から提示された話だけだとね」

「本当に……できるの?」

「気持ち的には確約したいけど、現実的な話だと確約とまではいかない。でも、勝算はある」

 

 勝希の目を見つめ、本気でそう言ってることが伝わる。

 不思議な付き合いだが、友奈は勝希のことを勇者部員と変わらず信じている。疑わしい点を拭いきれないが、それでもトータルで考えると信じるに値するのだ。

 友奈は黙って勝希との距離を詰め、額を勝希の胸へと押し当てる。表情は見させず、裾を握って。

 勝希は黙って友奈の背に腕を回した。細く華奢な体に思えた。本来なら健康的だという印象を受けるのに、今はそう感じられない。弱っていることが直に分かる。今にも崩れてしまいそうなほど脆く、儚い存在だと思わされる。壊さないように優しく、しかしそれでいて強く抱きしめた。

 

「私、まーくんの賭けに乗るね」

「うん。きっと勝ってみせるから。……ごめんね、今日は放課後は側にいてあげられない」

「ううん、いいよ。私、放課後にみんなに神婚の話しに行くね」

 

 勝希の賭けで勝てるのが一番。しかし、それはそれとして、保険として神婚の道は残さないといけない。友奈の判断に勝希は何も口を出さなかった。妥当な判断だと頷けるから。

 顔を上げた友奈の表情は、覚悟を決めた者のそれだった。しかし、瞳にはまた別の感情が見え、僅かに揺らいでいるのを勝希は確かに見た。

 抱きしめる腕に力が増す。友奈は背を伸ばし、勝希との顔の距離を詰めた。

 

 

(さぁ──今日で神との戦いを終わらせよう)

 

 



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9話 答え合わせをしよう


 ラストへの導入と説明回ですし、わりと読むのダルい内容かもしれません。
 ぶっちゃけラストあたり読んでるだけでも次の話に影響ないです。




 

 放課後に、友奈は勇者部に神婚の話をした。残された手段はそれしかなく、自分にできることをしたいのだと。

 誰一人首を縦に振らなかった。友奈の命を犠牲にすることを認められないから。世界の命運よりも、友人の命を優先する選択をしたのだ。

 友奈の話は受け入れられず、それしか残されていない友奈は折れることもできない。逃げるように部室から飛び出し、園子と美森を振り切ってその姿を消した。

 園子の下に一通の連絡が入った。それは大赦からの連絡であり、指定の場所への呼び出しでもあった。友奈を除いた勇者部全員がその場に行き、大赦の人間──かつて美森と園子の教員であった安芸と会う。友奈が間もなく神婚の儀に入ること。世界がそれでしか守れないこと。歴代の勇者たちも身を犠牲にしてきたこと。それらを話し、勇者部から反発を受けてもなお、安芸は己の身を大赦側に置いた。

 

「まさかここに呼び出されるとは思わなかったよ」

 

 その話が終わると同時に、勝希がこの場に姿を現した。階段を下りていき、皆がいる一番下に行く。勇者部からの視線を受け、自分に対する見方が変わっていることを察する。

 

「来てくれてよかったよ、まー坊」

 

 勝希をここに呼び出したのは園子だった。

 

「そろそろこの世界も終わりだしね。用事も済ませてあるから来たってだけだよ」

「用事?」

「そ。大事な用事。ま、それはいいとして、僕のことを調べたみたいだね? 友奈の御記を拝借してたし、みんなにも疑われてるのは仕方ないか」

「……気づいていたのね」

「起きてたからね」

 

 美森が友奈の部屋に侵入してきたことを、勝希は知っていた。寝ているフリをしていたのだから。普段の美森なら気づけていたかもしれない。しかしあの日、友奈の身に起きていることを確かめたかった美森は、勝希への観察が足りていなかった。

 勝希を足を止めずに壇上へと上がり、安芸は横へと移動する。視線で園子に話を促し、園子は一旦瞳を伏せてから話を切り出した。

 

「まー坊は……普通の人間ではないよね。ある意味亡霊って言い方もできると思う」

「へー。そう考えた根拠を聞こうか」

「全ての調べがついて、話が繋がったのは本当にギリギリだったんよ。……結論から言えば、まー坊はこの時代の人間じゃない」

 

 園子の言葉に全員が驚いた。勇者部たちは園子と勝希に視線を行き来させ、耳を疑う。安芸は仮面の下で静かに驚き、勝希は園子がその結論に至れたことに感心する。

 気づかれることがないように、勝希はそれだけの手を打っていたのだから。

 

「凄いね。どうやって調べたの? 記録はなかったはずだけど」

「うん。大赦には(・・・・)なかった。検閲された勇者御記からも消えてた。でも、上里家(・・・)には残ってた」

「……上里家?」

「初代巫女の一人、上里ひなたの日記には、まー坊のことが記されてた。つまり、まー坊は300年前の人間ってことになる」

 

 勝希は言葉を失った。ひなたが、そのようなものを書いていたなんて知らなかったのだから。そもそも、彼女はカメラで記録を残すタイプであった。だから勝希は、そちらを消していた。写真で自分が写っている箇所を消失させたのだ。

 

「ひなの日記とはね。それで、そもそもどうやって園子は違和感を抱けたのかな? 東郷の時とは違って、僕らはそもそも過ごした日々が無かったのに」

「そうだね。だから、みんなはまだ実感ないと思うんよ。でも、わっしーっていう実例があったからこそ、私は疑問に思えた。たぶん、いっぱい満開した影響なのかな」

「……神に近づいたから、か」

 

 かつて20回満開し、その身体の殆どを神樹に捧げた園子は、神と同等の扱いを受けるほど神性が増した。その園子だからこそ、美森を助け出した後に違和感を抱いたのだ。

 

「一度違和を感じたらそこからは早かったよ。まー坊だけ祟りの影響を受けなかったからね」

「牛鬼に齧られて、小指をぶつけたのは事実なんだけど」

「……たしか、友奈ちゃんの肌を見たのよね?」

 

 話を聞いていた美森が口を挟んだ。そしてその内容に、勇者部員たちは心当たりがある。園子が先に帰ったある日、勝希はその事を口にしていた。今思えば、それは勝希の特殊性を裏付ける重大な事実である。

 

「脱衣所だったようだし、友奈ちゃんがあれだけ取り乱したのなら、祟りの紋様をはっきり見たんじゃないかしら?」

見たよ(・・・)。そして僕は影響を受けなかった」

「やっぱり……」

「まー坊のことは、上里ひなたからの日記では存在しか分からなかった。大きな何かを抱えてるってことしか。天の神の影響を受けないのは、まー坊が人間ではないから。そう考えるのが妥当なんだけど、そうじゃなさそうだね? ……やってることを考えたら、神様に近いと思うんよ」

 

 確信を抱いた園子の言葉を、勝希は否定しなかった。園子の持ち合わせている答えでは、満点を与えることはできない。しかし、限りなく少ない情報から、その答えに至ったのは賞賛に値する。

 

(若葉。園子は君の子孫とは思えないほど頭のキレがいいよ)

 

 正直に言ってしまえば、やりにくいとすら感じる。

 勝希がこれからしようとしている事に、さしたる影響が出るわけではない。しかし、園子の発想力が侮れないことも十分に承知している。肩をすくめ、西暦の勇者たちが描かれているレリーフをしばらく見つめる。

 

「……ま、いいか」

 

 レリーフから、勇者部員たちへと視線を移していく。その目は敵視でもなく、味方を見る目でもなかった。判断ができない。その戸惑いをありありと表している。

 

「そこまで推理できた園子に応えてあげないとね。……話をするに当たって、まずは前提を理解してもらうところからだね」

「前提?」

「そう。園子の言ったとおり、僕は300年前つまりは西暦の人間だよ。生まれは奈良。育ちも奈良。バーテックスが現れてからは、香川の丸亀市にいた。で、今の僕を表すなら、これも園子の推察通り神ってことになるね」

 

 自分で言っておきながら笑いそうになる。見た目が明らかに人間だというのに、自分のことを神だと言うのだから。お客様は神様だと本気で言っている人と同類の頭の悪さだ。

 自虐的に評価する勝希だが、勇者部も言葉を失っているだけで似た感情を抱いている。特に、神樹を直接見たことがある美森と園子は、その念が大きい。勝希からはそのような気配を感じないから。

 

「僕のことを説明するにあたって、予備知識は必要だ。大赦の人間には一言で通じるかもしれないね。東郷は疑問に思ってることかもしれない。みんなも、聞いたことくらいはあるんじゃないかな。天皇という存在を」

「それくらいなら、歴史の教科書にも載っているものね」

「いろんな時代で出てきてますよね」

「そう。西暦において天皇は特別な存在だった。さて樹ちゃん。なぜ天皇は特別なんでしょうか?」

「えっ……」

 

 予想外のクイズ形式。そして歴史に疎い樹は、答えられずに視線を美森に向けた。美森は代わりに答える。クイズにしてはズルいやり方だと思いながら。

 

分からない(・・・・・)。それが答えよ」

「分からない……ですか?」

「東郷、それが答えでいいの?」

「はい。天皇という存在がどういう存在なのか、私は調べたことがあります。でも、どこをどう探しても答えは得られなかった。いたということしか分からなかったんです」

 

 あらゆる文献、ネット情報。可能な限りの媒介を駆使して調べたことがある美森だが、何一つとして情報を得ることができなかった。その時は、文献が残らず、調べもつけられないのかと考えていた。しかし、今にして思えば、それは徹底的な隠蔽だと受け止められる。都合の悪い情報を隠蔽する、その気質がある大赦ならやりかねない。

 

「大赦はもちろん知ってるんだろうけどね」

「……」

「沈黙は肯定になりますよ。さて、その天皇なわけだけど、漢字を分けて考えたら、自ずと隠された意味が分かるよ」

「分けたら……天……皇……っ!? まさか……!」

「由来とか、呼び名はいろいろあったりするけど、今は分かりやすさ重視でいこうか。東郷が察したやつで正解だよ」

 

 真っ先に東郷が気づき、園子もそのすぐ後に気づく。二人に遅れる形で風、夏凜、樹も気づいた。それで合っているということならば、大赦が隠蔽したのも納得がいくというもの。

 それを勝希は明確に言葉にした。

 

「天皇というのは、天の神の子孫だ。そしてその天皇家というのは、天の神の一族ということになる。現人神、なんて言い方もするくらいでね。かつての日本では敬われていた人たちになる。終戦以降、天皇は人間宣言をしたけど、その血筋はどうしようもない。天の神の血は脈々と受け継がれることになる」

「つまり、勝希さんも……」

「僕は分家の方だね。その中でも限りなく血が薄い一族だった。爺ちゃんは……僕が荒御魂の神饌を食べて目覚めたって説明してたみたいだけど、正しくはないんだよね。……配慮だったんだろうね。真実を隠してたのは」

 

 祖父のことを憂う勝希は、人と一切の遜色がなかった。神と同等だと称されていても、やはり人間との差が見受けられない。強いて言うなら、違う時代の生まれだと言う点と、記憶や記録を操作できた点か。

 

「僕はね。佐天勝希という人間は、一度死んでる(・・・・・・)んだよ」

「はぁ!? 死んでるって、あんた……何言って……」

「夏凜は反応良くて嬉しいよ。……僕は人として生まれた。ひとりっ子だったんだけど、5歳の時に家族で交通事故に遭った。父さんも母さんも、そして僕も致命傷だった。特に子供だった僕は、ほぼ即死だったんだよ。でも、父さんと母さんは諦めなかった。薄れゆく意識の中、父さんたちは僕の体に神を降ろした」

「神降ろし……憑依の類……だったよね」

「そうだよ。神を選んでる余裕もなくて、父さんたちは血筋の祖である天の神を僕の体に降ろした。けど、本来神降ろしなんて行うものじゃない。天の神は自分の中でも気性の荒い部分だけを削ぎ落とさせた。それが荒御魂。僕のもう一つの心臓とも言えるもの」

 

 荒御魂、という単語には聞き覚えがないが、御霊なら知っている。それはバーテックスの心臓とも言えるものであり、核である。それが勝希の命を支えている。しかし、それだけで死者が蘇るというのか。

 

「もちろん御霊だけじゃ駄目だよ。そもそも、それなら僕の人間性が皆無になるからね。神性は荒御魂から。人間性は、両親から(・・・・)から。父さんと母さんが、自分たちが助かる可能性を捨てて僕を蘇らせた。事情を悟った爺ちゃんが、僕を引き取り、荒御魂を剝して神社に奉納した。それで僕は人間に戻ったわけ。まぁ、記憶も一緒に封じられたから、僕が留守番してる時に両親が死んだって思い込んでたんだけどね」

「……そうだとして……なんで勝希はまたその力を持ったのよ。記憶もなかったんでしょ?」

「そうですよ風先輩。でも、記憶は無くなったんじゃなくて封じられた。元々あった記憶は、封じられても思い出せる。その前にまず、引き寄せられる。友奈や園子が真っ先に東郷のことを思い出したのが良い例かな」

 

 たしかに近似性はあるだろう。しかし、勝希の話し方では何か違うニュアンスを感じられる。理由がそれだけではないのだと。

 

「僕の場合は強く封じられてたけど、荒御魂はいわば僕の心臓でもある。覚えていなくても引き寄せられて、神性を取り戻そうとするのは当然のこと。そうとは知らず、だけど僕はそれが当然であるように神饌を口にした。バーテックスが現れた日、僕も完全に目覚めることになった。爺ちゃんたちに封じられたけどね。……その後は、友奈(・・)が僕を押さえ込む役割になってた」

「友奈ですって? なんでそこで友奈の名前が」

「……高嶋友奈、だよね。初代勇者の一人。生まれた赤子の最初の所作次第で、彼女の名前が付けられるって風習もあるくらいだし」

「園子は詳しいね。さて、だいたい話し終えた気がするね」

「まだよ」

「ん?」

 

 肩の力を抜き、体を伸ばしてリラックスする勝希を、夏凜が制した。その目は鋭く、勝希も気を引き締め直す。

 

「あんたがこの時代に来た目的は何? 私たちの記憶を弄って……友奈まで……。利用したってことでしょ? 友奈を!」

「そうだね。否定しないよ。目的のために友奈を利用してる。僕は神を殺したくてね。こんな世界にした天の神を」

「それなら──」

 

 天の神を敵視するなら、味方になれる。そう思った樹だったが、その希望は勝希の言葉によって否定された。

 

「神樹も壊すよ」

「なっ……!」

「言ったでしょ。神を殺すって。神樹も例外じゃない」

「何言ってるのよ。神樹様が消えたらこの世界は滅ぶのよ!」

「ま、止めたければ力づくでどうぞ?」

 

 大気が振動する。大地も揺れ始め、透明な何かが勝希へと集まり始める。やがて勝希の体が光り始め、それに伴って神樹も樹海化を始める。

 

「樹海化って……!」

「僕と戦うかは君たち次第さ」

 

 神婚が進行されている。それを止めるために、天の神自らが動き出すのは明白。その力はバーテックスの比ではなく、万全の態勢で挑む必要がある。しかし、勝希を放置してしまえば神樹が破壊される。神殺しに挑むほどだ。その力は強大だと予測される。

 

『そうか。ならば戦わせてもらおう』

「っ!?」

 

 どこからともなく声が聞こえる。その声に心当たりがあるのは勝希一人。その声の主がこの時代に現れられるはずもなく、勝希の表情に動揺が見て取れる。

 一つの石碑が青白く光り始める。鼓動のように明滅を繰り返し、次第にその光度を増していく。やがて明滅を終え、視界を奪うほどの強い光が発せられる。その光が収まると、勇者たちと勝希の間に一人の女性が立っていた。その姿は勇者服に包まれているが僅かに歪であり、満開とも違う力を帯びている。女性の背からは漆黒の翼が生えており、背丈ほどもあろう太刀を携えている。

 

「まさかひなたの備えが使われる日が来るとはな」

「……若葉……!」

「なんにせよ。お前を止めるのは友の私の役目だ。勇者乃木若葉。最後の役目を遂行させてもらう」

 

 

 

 

 

 

 



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10話 エンジョイ勢だって勝ちたい

 

 目の前にいるのはたしかに若葉だ。初代勇者の一人。リーダーを務めてた。そして、間違いなくただの人間と変わらない。勇者であることしか違いはなかったはず。その若葉がなぜ、この時代に出てこられるのか。そもそも、どうやってそんな仕掛けを。

 

「記憶は消えてたはずだよね?」

「あぁ。私もひなたも記憶を消されたな。あらゆる資料からも勝希の記録は消えていた」

「ならなんで」

「勝希が想定しなかった箇所はそれを免れる。そうだろう?」

 

 ひなの日記──それが原因ということか。

 そもそも、ひなが日記をつけた経緯って、友奈から話を聞いたからとかそんなんじゃないの? それなら日記をつけたこと自体忘れてそうなんだけど。

 

「世の中優しくないね」

「当然だ」

「……若葉といえど、邪魔するなら排除するよ」

「私はお前を止める。そのためにここにいるのだならな」

 

 剣を出現させる。光り輝いててあまり好みじゃないけど、僕が使えるモノって大抵こうだから選びようがない。

 地面は蹴らない。推進力で飛び出して若葉に振りかかる。

 不意打ちもいいところだ。ほとんどの勇者相手なら、これで優位に立てる。現に園子や夏凜でも反応が遅れてる。

 でも、若葉はそうもいかない。

 

「はぁッ!」

「ッ!」

 

 太刀で居合斬りってなんだよ。

 しかも予想以上に力強かった。

 高低差もあって、僕は若葉に跳ね上げられる。体勢を立て直すために宙返りして上昇。一旦距離を取る。

 若葉が望み通りにさせてくれるわけもなく、漆黒の翼を一度羽ばたかせた。それだけで若葉は僕との距離を詰めた。

 武器を交わらせる。それ越しに睨みつける。

 

「その翼。見掛け倒しじゃないんだね」

「そのために必要な仕掛けを施してあるからな」

「ちなみに聞くけど、なんでその見た目? OL感満載なんだけど」

「この仕掛けを完成させた時の姿だ」

「なるほどね!」

 

 鍔迫り合いをやめ、3度剣を交差させる。今は地上じゃなくて空中にいるんだ。環境の違いを使わない手はない。少し上昇し、落下速度を加速させて若葉に斬りかかる。今度も防がれるけど、若葉を下方へと吹き飛ばせた。追撃のために追いかけると、若葉の姿が霞む。

 

「っと!」

 

 追撃を中止して右からの攻撃を防ぐ。少し体勢に無理があって、今度は僕が横に飛ぶ。すぐに立て直し、若葉の追撃に備える。

 若葉は追撃してこなくて、太刀を構えながら怪訝な表情を浮かべた。

 

「……下方からの攻撃は仕掛けないのだな。勝希ならやりかねないと思ったのだが」

「あーうん。だって、下から攻めようとしたら下着見えちゃうじゃん」

 

 若葉がものすっごい呆れた顔をする。まさか戦闘中にそこを気にするとは、思ってなかったんだろうね。これでも僕は紳士だというのに。

 

「そんな事は気にしなくていい。スパッツを履いている」

「え、スパッツも下着じゃなかったっけ?」

「むっ、そうなのか?」

「いや分かんない。僕の曖昧な知識が間違ってるだけかも」

「ふむ、もしそうだとするならば……。ショートパンツを用意するべきだったか」

 

 どこに配慮してるんだろうかこの勇者様は。

 浮かんだ言葉を心に仕舞う。馬鹿馬鹿しい話だと若葉も思ったのか、首を左右に振って太刀をこちらに向けてくる。

 

「なんにせよ気にするな。私は気にしていない」

「恥じらいって言葉知ってる?」

 

 意味は知ってても、恥じらう時とかないんだろうなぁ。若葉だし。戦闘中だからかもしれないけど。

 まぁ何にせよ、今の若葉は精神体だ。それを具現化させるとか、とんでもない技術を作ったものだね。他に運用されてないことを考えると、だいぶ極秘に開発したってとか。その見た目の年齢の時に完成させてるのは意味分かんないけど。早すぎでしょ。

 

「バーテックス相手に戦っていた時からだいぶ経った姿……なんて言って油断もできないか」

「当然だ。私がこの姿を残したのは、この姿の時が全盛期(・・・)だったからだ」

「前線から離れた後が全盛期とか、意味分かんないな!」

 

 若葉との距離を縮めて剣を振るう。まともに鍛錬していない僕の剣じゃ、若葉相手に優位に建てない。単純な能力なら僕のほうが上。それなのに、若葉相手に優位に立てる気がしない。

 僕の剣を最小限の動きで受け流し、的確な攻撃を素早く繰り出してくる。僕の動きに無駄が多いってことだけど、若葉も若葉で大概だよね。1回しか使ったことがないはずの大太刀を、あれだけ自在に振り回してくるんだから。

 

「勝希。全力で来い。今のお前が手を抜いていることは分かっている」

「……もちろんそうするよ。どうやら来た(・・)ようだしね」

「なに? っ! あれは……!」

 

 僕の遥か後方。神樹の結界をものともせずに、そいつ(・・・)はやってきた。侵食する火の海。真っ赤に染まる空。神樹の理に自分の理をぶつけてくる存在。すべての元凶にして最強の敵。

 

「天の神か……!」

「そう。空に浮かんでるあの円盤。あれが天の神だよ」

 

 あの円盤を破壊したところで、天の神を殺せるのかは話が別だろうけどね。そもそも、神に実体があると考えるほうが無理のある話だ。分身というか、仮の姿のようなもの。ダメージは入れられそうだけどね。

 地上にいる勇者たちが行動を開始する。風と東郷が神樹の下へと向かっている。神婚を止めるためだろうね。上手くいくのかはさておき。で、夏凜と樹と園子が天の神の迎撃か。他にも、離れた地で布陣が敷かれている。

 総力戦。

 役者は揃った。

 

「僕も、本気で挑まないとね。ここからはリアルタイムアタックだし」

「リアルタイ……なんだそれは?」

「時間との勝負、かな。勝たせてもらうよ、若葉」

「来るがいい。私も全力を持ってお前を止めよう。……いや、勝ちに行く!」

 

 荒御魂の出力を上げる。人間性と神性の割合が変化していく。やり過ぎると暴走状態に入るから。

 武器を構える。

 次の瞬間には若葉の後ろを取る。

 横に一閃する。

 防がれる。

 

「なんで今のを防げるかな……」

「見失いはしたが、勝希とは何度か手合わせをしている。その力を手に入れようと、行動パターンが劇的に変化するわけでもない。それに、私の方が実戦経験が多い」

「思考よりも先に体が動くのか〜。ほんと、底が知れない、ねっ!」

 

 いくら出力を上げようと、技術の差を埋められるわけじゃない。最小限の動きで最大の攻撃を繰り出す若葉に勝つには、下手な小細工をするほうが負ける。

 体を横に一回転させ、僕の方に向き直すと同時に太刀を突き出してくる。後ろに下がりながらそれを逸らし、飛び回りながら追いかけてくる若葉と刃を交えていく。

 目に映る景色が激しく変化していく。樹海の蔦が見えたと思えば、次の瞬間には赤い空が見える。高度も大きく変わるから、空に近づいたり地面に近づいたり。だけど、僕も若葉もそこを一切気にしない。僕らは常にお互いの姿を見失わないように動き回っているのだから。

 

「はぁッ!!」

「ぐっ……!」

 

 若葉を正確に捉え、低い高度だったのも相まって地面に叩きつけることができた。土煙でその姿が隠れるけど、僕は構わずに剣に力を収束させ、そこ目掛けて投げつける。刺さればそのまま爆破で終わり。避けても地に刺さって爆破。少しは巻き添えになる。

 

「でもま、それを超えてくるのが若葉だよね」

 

 たった今投げつけた剣が、何事も無かったように投げ返される。僕はそれを避け、剣の持ち手を掴んで回収する。収束させた力が消えてるあたり、若葉は僕と同じように、避けて掴んで投げ返したんだろう。精神体とはいえ、人の身で掴めばダメージが入る。

 瞬速で目の前に来た若葉の斬りあげ。体を前方向に縦回転させて、躱しながら斬りかかる。それを読まれていたようで、若葉は体を回転させながら上昇速度を上げた。すれ違いざまに腹を斬られる。

 

「がっ……っ……」

「はぁはぁ、これでおあいこだな」

「……いやこれ、僕のほうが傷深い気が……」

 

 わりと容赦なく斬られた。止血させて傷の治りを早くさせることもできるし、そうしてるけども、その分攻撃に回せる力も減る。反対に若葉は、たしかに傷を負ってるし、それが全体的に見て取れるんだけど、代わりに傷が浅い。掴んで投げ返すまでが早かったんだろうね。

 それに、今の若葉って、大天狗の反動がない(・・・・・・・・・)のが強みだ。精神体だから内蔵や筋肉へのダメージなんて入らないし、呪詛的な効果も薄い。……デメリットは、時間が短いことか。呪詛の効果はそこに出るはず。

 いやだな(・・・・)。勝ち逃げされるのは嫌だ。ラストチャンスなんだから。

 

「……ふぅー、次で決めるよ」

「では、私もそのつもりで戦おう」

 

 最後は堂々と正面から行こう。あのバトルロワイヤルの日だって、正面から戦ったんだ。

 剣を振るう。太刀とぶつかり合い、大きな金属音が響き渡る。若葉が素早く2連撃を放ち、僕はそれを防がずに思いっきり一刀を投じる。2連撃目に合わせたその攻撃は、若葉の想定からズレていたようで、攻撃をズラされるも左腿を斬りつけた。こっちは一撃目をもらってるけど。

 そこから斬り上げようと思ったけど、若葉の方が判断も早い。首を狙ってきたその一撃を躱すも、耳がかすった。飛べることを活かし、体を倒したまま若葉の胴を狙う。

 

「甘い!」

 

 太刀で防ぐのが間に合わないと分かった若葉は、肘と膝で僕の剣を挟んだ。人間離れした白刃取り。そんなものを見せつけられた僕は一瞬固まり、若葉がそれを見逃すはずもない。空いている手で太刀を逆手に持ち、僕の体を斬りつける。それを躱すために僕は剣から手を放した。

 指先に力を収束させ、透明な刃を形成する。それを若葉の喉目掛けて突き刺しに行く。

 

「……やっぱり若葉は強いね」

「そういう勝希もな」

 

 僕の指先は若葉の喉の届いていない。寸前で止まってる。代わりに、僕の喉にも刃先が寸前で止まっている。僕が手放した剣。つまり、若葉が白刃取りした剣だ。それをちゃんと持つ時間はなかったようで、また逆手に持ってる。

 

「勝希。その力で天の神に勝とうなど、無謀だと分かっているはずだ」

「分かってる。だから策は用意してるよ。若葉のおかげで、この力の試験運用もできたしね」

「なに?」

 

【死ぬのは……嫌だよ……。みんなと別れるなんて……嫌だよ!】

 

「これは……!」

「友奈……」

 

 神樹の中にいる友奈の声が脳に響く。近くにいる若葉にも、その声が聞こえてるみたいだね。

 

【ずっとずっと……みんなと一緒にいたいよ!!】

 

「友奈……やっと本音を伝えたんだね」

「……勝希。お前まさか……」

「さて何のことやら」

 

 突き出していた手を引っ込める。若葉も手を下げて、剣を僕に返してくれた。変なとこで鋭かったりする若葉だ。気づいたんだろうね。

 

「若葉にも行く場所があるでしょ?」

「……そうだな。先に行っているぞ(・・・・・・・・)

「行ってらっしゃ〜い」

 

 大天狗の力を解いた若葉は、あの青い鳥になって神樹の中へと入っていく。誘導しといた甲斐があったというものだ。あれなら間に合う。

 

「さて、僕も行こうかな」

 

 遠方に見える天の神。

 全ての元凶。

 僕の遥か遠い先祖。

 

「反抗期の子どもが厄介だってこと、教えてあげないとね!」

 

 

 

 

 



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11話 遊び心こそ大事

 最終話です。


 

 天の神の戦闘方法は、どうやらバーテックスたちの攻撃を繰り出すものが多いらしい。その制限はなく、同時攻撃も複数攻撃も何でもできると来た。それに、祟りのことを考えたら、天の神本人だけの攻撃もあるわけで。

 

「それがこの広範囲レーザーか〜」

 

 天から降り注ぐ光の柱たち。夏凜たちが躱してるのを見てると、狙いを定めて放つわけじゃないってことが分かる。わりと無差別。樹海にダメージを入れることを優先してるんだろうか。

 

「何にせよ。利用させてもらおうか」

 

 認知できるだけの光の柱に合わせ、その数だけの円盤を生成する。それらを柱一本につき一枚ぶつけさせる。

 

「勝希!」

「やっほ〜夏凜。満開も解けてるようだし、そのまま下がってるほうがいいよ」

「……なんなのよ。あんた何考えてるのよ! 敵かと思ったらそうでもなくて、でも味方でもないって振る舞って……! 何がしたいのよ!」

「言ったでしょ? 僕は復讐がしたいだけ。天の神が出てきてくれたんだ。動けない神樹なんて後回しだよ」

 

【これは何の真似だ】

 

「「「!?」」」

「人間にも声を聞かせるんだ?」

 

 天から轟く声。そもそもそれが声と言っていいのかすら怪しいけど、生憎とそれ以外の表現方法を僕は知らない。脳に響いてるわけでもないからね。

 どこからか、なんて考えるのも馬鹿馬鹿しい。天に浮かぶあの円盤。あそこから轟いてるのなんて誰もが分かる。まさかこういう形で話をするとは思ってなかったけど。

 

【何の真似かと聞いている】

「分からない? 案外馬鹿なんだねお祖母様。見ての通りの反逆だよ。下克上。僕はあなたを殺す」

【力量差を弁えていないようだな】

「だから今埋めてるでしょ?(・・・・・・・・・)

【!! 貴様……!】

 

 気づくのが遅いな。いや、気づけないのも無理はないか。僕はたしかに佐天勝希ではあるけど、天の神の一部でもある。その僕が、今降り注ぎまくってるレーザーを介して、天の神の力を吸収していたって、天の神からすれば体の端へと力を集めていってるようなもの。天の神全体からはマイナスになっていないんだから。

 広範囲レーザーが止まったけど、今さら遅い。降り注いでいる部分から吸収するのとは別に、新たな経路を用意して吸収してたんだから。

 

「おかげ様で勝率が上がったよ。いや〜子孫思いだね!」

【理解しているのか? 私を殺すということがどういうことかを】

「当たり前じゃん。それに、そんなのどうでもよくない? 人は人で生きていける。神が出しゃばる時代はとっくに終わってたっていうのにさ。舞台から退場しなよ」

 

 放っていた円盤を全て回収する。体の内側から力が湧き出してくる。人の体という小さな器にはとても収まりきらない。それが溢れださないように、荒御魂で強引に押さえ込む。

 剣を構える。ぶっちゃけ天の神側の武器なわけだけど、別にいいよね。僕に渡したのが運のつきってことで。

 天皇家が代々受け継ぎ、伊勢神宮に奉納された三種の神器。レプリカとかあったりするけど、源平合戦でオリジナルが欠けたりしたけど、世界の理を書き換えた時に回収した。どさくさに紛れて、ね。何も言われなかったから僕の物ってわけ。

 

「サクッと終わらせたいね」

 

 剣改め天叢雲剣を構える。吸収した力をそこに集め、剣の強度を増幅させる。蠍座の尾が時間差で5本飛び出してくる。それを躱しながら、直撃しそうになる尾を針ごと両断。進路を作ってそこを直進。

 次に射手座の矢が雨のように降り注いでくるけど、それは八咫鏡で吸収。遠距離は意味ないって理解してるのかな。そこまで馬鹿じゃないと思うんだけど。

 

【貴様の限界は近いだろう?】

「! 意外とやり方が陰湿だね」

 

 煩い鐘がなればすぐさま八尺瓊勾玉に力を注いで投げつける。爆弾マジ便利。

 雷撃を吸収しつつ、降り注いでくる爆弾たちに勾玉をぶつけて爆破させる。爆風の中からドリル。剣で両断しようとして、起動を逸らすことに変更。横から迫っていた別のドリルにぶつけさせる。

 どうやら他の箇所への攻撃はやめて、僕一人に集中してるらしい。反逆する自分なんて気持ち悪いもんね。ドッペルゲンガーじみてるし。それはそれで好都合だ。思いっきり破壊してやりたいんだから。全力の天の神を潰してやりたい。

 

「思考が荒々しくなってきたな〜」

 

 吸収すればするほど、戦闘が続けば続くほど、荒御魂がその存在を主張してくる。どれだけ戦闘意欲があるのやらって感じ。

 煙幕が張られる。黒い煙に包まれ、上から別の攻撃が飛んでくるのを感じた。これは不味い。

 

【身の程を知れ】

 

 大規模な粉塵爆発。その範囲から抜け出そうにも、背後から飛んできた水球に捕まってた僕は逃げられなかった。反射板って水球も反射できたとはね。

 

「服がボロボロなんですけど!」

 

 体もボロくなったんだけどね。服が焼け落ちた箇所から、火傷してる肌が見えるし、場所によっては血がこびりついてる。流れず、肌に張り付いていて、大変グロテスク。

 上空に熱源が発生する。獅子座お得意の炎の玉。だけど、そのサイズは獅子座のものを大幅に上回っている。スタークラスターのやつよりも大きい。理を書き換えた時の大きさより、一回り小さいくらいか。

 

「デカくしようと、僕には関係ないよ?」

【受けきるであろうな。だが、その後はせいぜい5分も保つまい】

 

 あらやだこのお祖母さん。勝った気でいらっしゃる。たしかに、僕はさほど天に近づけてないけど、まだ一撃も与えられてないけど。だからこそ天の神に勝てる。

 放たれた巨大な炎の玉を受け止め、少々時間がかかったけど、それをしっかり吸収することができた。体が内側から砕けそうだ。でも、どうにかなる。

 

「あはははは! 天にいながら視野狭いね」

 

 神樹から膨大なエネルギーが発生しているのが分かる。それが一つへと収束していく。小さな器に。

 

【……まさか……貴様の狙いは!】

「いやいや。僕の目的は天の神を殺すことだよ。撤退させるのではなく、ね」

 

 神樹の力が友奈に集まった。満開……いや大満開ってところか。たしかにあれなら天の神に一発かませられそうだ。

 

「生きたいんだ!!」

 

 ロケットのように友奈が天の神目掛けて飛び立つ。天の神がその迎撃のために光線を放つ。そのチャンスを見逃す理由なんてない。僕も天の神へと切迫する。飽和する力でブーストかけ放題。天叢雲剣にもブーストかけまくり。

 天の神が僕のことで見誤ってることがあるとしたら、僕が武器にかけられるブーストに上限があると思っていたことかな。もちろんそんなものはない。ただ単に、力を武器に奔流させ過ぎると、刀身が長くなって振り回しにくいから抑えていただけ。そして今はそんなことを気にしなくていい。

 切っ先を天の神へと向け、飛んでいきながら剣に力を注ぎ続ける。一撃で殺すためには、それだけ威力を増幅させないといけないから。僕の方にも光線が放たれる。むしろ、僕の方が威力でかいね。その分、友奈の方の威力が減ったらしい。

 

「勇者は……根性ぉぉぉ!!」

 

 勇者たちの力も集まり、友奈は光線を跳ね除けて先に天の神へと到達する。

 

「勇者ぁぁパァァァァンチ!!」

 

 友奈の右ストレートが天の円盤に放たれた。人類側が持つ全ての力を収束させたその一撃は、天に浮かんでいた円盤を破壊するには十分だった。

 

「ナイス友奈!」

 

 光線が消え、遅れて僕は友奈の横を通り過ぎる。円盤が完全に姿を消す前に、それを介して天の神本体がいる座標に飛ぶ。狙いは狂わずそこへと至り、天の神へと一直線に突っ込む。

 

「遅い!」

 

 攻撃が放たれる前に天叢雲剣を射出。剣が刺さり、一瞬の硬直のうちに再度掴んで残っている力全てを流し込む。天叢雲剣の刀身から全方位に光が放たれ、視界は瞬く間に白く覆われる。その直後に鼓膜を突き破るほどの轟音が響いた。

 天の神の居場所は、友奈や東郷が来たことのある灰色の空間。正式名称は高天原。今まさにそこで渾身の一撃を放ったわけで、視界が回復した時には高天原が消えていた。

 僕は今そもそも空に浮かんですらいない。地に足をつけている。

 

「──!」

 

 何かが聞こえたような。あぁそうだ。耳がイカれてるんだった。治さなきゃ。

 

「まーくん!」

「友奈。お疲れ様」

「まーくんこそ。……ありがとう」

「何が?」

 

 まだ大満開の姿の友奈と向き合い、お礼を言われたことに首を傾げる。僕は友奈に感謝されるようなことをしていない。むしろ謝らないといけない。神婚という選択肢を突きつけられることは予想できてたし、それを言わずに利用したのだから。

 天の神にとって高天原はホームグラウンド。そこで戦ったらどういう策を講じても勝てない。出てきてもらわないといけない。そのために、友奈を利用しただけなんだ。

 

「ずっと守っててくれたから。祟りも抑えてくれて、みんなも守ってくれた」

「友奈って偶に都合のいい解釈するような……。祟りはたしかに抑えてたけど、あれは僕が天の神の力を吸収できるかの確認も兼ねてた。それと、別に誰も守ってないよ」

「ふふっ、まーくんって嘘下手だね。私知ってるよ? まーくんはみんなが好きで、そのためなら頑張れちゃう人だって」

「いや、だから……なんか面倒だからいいや」

「めんどくさがられた!?」

 

 むず痒い。どういうふうに見たらそんな評価になるんだ。いや別にみんなのことが嫌いなわけじゃないけどさ。

 

「それに、やっぱりみんなには謝らないといけないし、友奈には特にね」

「? みんなには記憶のことだとして、私には何? まーくん、私には(・・・)何もしてないでしょ?」

「まぁね」

 

 友奈の記憶は一切操作してない。高天原で出会い、友奈を外に帰すついでに僕もこっちに戻ってきた。それに伴い、家がない僕は友奈と話をし、居候させてもらうことになった。都合が悪いから、他の人の記憶は弄った。友奈には合わせてもらってただけ。

 

「だから、これから(・・・・)のことで謝らないといけないんだよね。賭けは終わってないから」

「これから? えーっと……っ!! なんで……樹海化が解けてないの……?」

「そりゃあ敵がここにいるからね。確実に倒さないと解くわけにもいかないじゃん? あぁ大丈夫。壁の外は先に元の世界に戻ってるから。友奈の祟りも消したし」

「嫌……だよ……。なんで……、なんでまーくんと戦わないといけないの!?」

 

 友奈は優しすぎるなぁ。夏凜とか園子あたりなら、割り切って武器を構えてくれるんだろうけど、天ノ逆手を今装着している友奈にやってもらうのが最適だし。

 

「天の神の大部分は既に消滅した。あとは僕の体に残ってる部分を壊すだけでいいんだよ。人間の体だし、比較的簡単に破壊できる。天の神が残ってしまえば、また未来で人類が滅亡しかねない事態になるかもしれない。その可能性を今ここで完全に消滅させるんだよ」

「いや……だってそれって……! まーくんが死んじゃうってことなんでしょ!? そんなのやりたくないよ!」

「僕は300年以上前の人間だし、一回死んでるんだよ? 成仏させるって思えばいいんだよ」

「違う、それは違うよ!」

 

 瞳を揺らがせながら、それでいてしっかりとこっちを捉える友奈。その声は震えてなかった。

 

「まーくんは生きてる。手をぎゅってしてくれた時も、今朝抱きしめてくれた時も、まーくんは温かくて、私の心もぽかぽかした。それはまーくんが生きてるからだよ! 他に道があるはずだから、違う方法を探そうよ!」

「残念ながら時間がなくてね。天の神の本体は消せたけども、意識は今弱ってる状態で僕の中にいる。僕の意識が天の神を抑えられている間に、終わらせないといけないんだよ」

 

 首をブンブン横に振って拒否する友奈。説得はできなさそうだし、たとえ戦闘に入ろうとしても、友奈は防ぐだけで攻撃してこないだろうな。そうなってくると……うーむ……。

 

「──まーくんは大切なところで詰めが甘いよね」

「ぇ……」

「……友奈(・・)

 

 横から歩いてくるのは、300年前の初代勇者の一人である高嶋友奈。僕が死なせたくなくて、神樹の中で眠ってもらっていた彼女。放課後に準備はしていたけど、間に合ったようだ。

 自分にそっくりな人が出てきて、結城の方の友奈が目を丸くしてる。口をパクパクさせて、何も言葉が出ないって感じ。それを見た友奈が、クスッと笑いながら結城の方に近づく。

 

「結城友奈ちゃんだよね?」

「あ……はい。あなたは……」

「高嶋友奈です。西暦の時に勇者してて、まーくんの彼女だよ」

「へっ!?」

 

 今日一番の驚き顔。そんなに驚くことなのかな。ちょっとショックなんだけど、……ってあれ? なんで僕睨まれてるんだろ。結城さんのことは分からないなぁ。

 

「ごめんね、結城ちゃん。まーくんの我儘に付き合わせちゃって。あとは私に任せて」

「あとはって……」

「私もまーくんも、本来ならこの時代にいない人間。違う時代の人のことは、同じ時代の人で対応しないとね。若葉ちゃんもそのつもりだったわけだし」

 

 友奈が結城の両手を握る。話についていけず混乱していた結城も、友奈が何をしようとしてるかすぐに理解して静止の声をかける。だけど友奈が止まるわけない。決断したらブレない。それが臆病な友奈の特徴なんだから。

 

「篭手も返してもらうね」

「待って!」

「ごめんね。急がないといけないから。よろしく牛鬼」

「っ!? 駄目だよ牛鬼! 何もしないで!」

 

 結城の精霊であるはずの牛鬼が、そちらの声を聞かずに友奈に従う。二人が桃色の光に包まれ、それが収まった時には姿が変わっていた。結城は神婚の儀のための正装に戻り、友奈は酒呑童子を憑依させた時の姿に。牛鬼がいなくなってるし、反動をカバーするのだろうか。何にせよ、大満開の力を変換させたんだ。そのパワーは同等と考えていい。

 

「……っ! 友奈、ごめん……ちょっと急がないと」

「うん。分かった。すぐに終わらせるから、まーくんも負けないで」

「やめて、二人ともやめて!」

「今までありがとう友奈。みんなに謝っといて。それと、みんなのために頑張れる友奈。結構好きだったよ」

「まーくん……、浮気?」

「違う!」

 

 結城を巻き込むわけにもいかず、僕は他の勇者たちとは反対方向に跳ぶ。友奈も当然追いかけてきて、十分距離を取ったところで本気の右ストレートを叩き込んでくる。地面に叩きつけられ、20メートルは沈んだ気がする。クレーターもできてるし。

 

「ガハッ!」

 

 天の神の力を持っているとはいえ、体は普通の人間と変わらない。骨は確実に砕けるし、衝撃で内蔵もやられる。口やら目やら鼻やら、いたる所からドバドバ出血する。それに、友奈の武器は天ノ逆手だ。神への怒りが呪いという形で現れる。それで殴られたから、天の神の力を内包する体の内側にもダイレクトにダメージが入り込む。

 笑えるぐらい相性が悪い(良い)ね。これなら、目論見通り天の神を完全に消せる。

 顔に雫が落ちてきた。雨が降ってきたのか。いや違う。樹海化している状態で雨なんて降らない。

 重たい瞼を押し上げると、倒れてる僕に馬乗りになっている友奈が涙を流してた。

 

「やっぱり……無理だよ……。私、まーくんを……殺したくないよ……!」

「友奈……」

 

 一撃で終われば良かったのか。……そうじゃないね。友奈に罪を背負わせるのがいけないんだ。

 内側にいる天の神は、僕に死なれたら困るから早急に勝手に体を治してくる。今はそれがありがたくて、動くようになった右手を友奈の頬に伸ばす。涙を止めてあげることはできない。僕は代案を示せなくて、どうすれば丸く収められるのか分からない。

 

『馬鹿たれ勝希! 女の子を泣かせるなと言うたじゃろがい!』

「「!?」」

 

 突然聞こえてきた爺ちゃんの声に、僕らは体をビクッとさせた。辺りに目を向けてもその姿ない。というかクレーターができてるから土しか見えない。いったいどこから声が聞こえるのか。友奈の左手に着けられている篭手が激しく明滅した。やたらと存在をアピールしてくる。

 この自己主張の激しさ、間違いなく爺ちゃんだ。

 

「なんでそんなとこいんの!?」

『念の為の保険じゃわい。生きてはおらんぞ。幽霊じゃ幽霊。アイムゴーストライター』 

「ライターはいらない。じゃなくて!」

『代案を示してやるわい』

「ふぁっ!?」

 

 なんでそんなの用意できるのさ。だって、天の神は僕の中にいて、僕が死なないと天の神を完全には消せなくて。

 

『何度も教えたじゃろ。いついかなる時も遊び心を持てと』

「いやこれシリアス場面なんですけど!」

『馬鹿め! シリアスだからこそ遊び心じゃ! 真面目な時であろうと、心に余裕を持て。その手段として、遊び心を持てと教えたんじゃい!』

 

 いやその説明は聞いたことないんですけど……。あれか、その辺は自分で考えて理解しろってことだったのか。何でもかんでも与えられてちゃいけない、とかそんな考えのやつ。

 僕もまだまだ視野の狭い子どもというわけか。

 

『トラップに嵌めた時は楽しい。それが神ならなおさら。その仕掛けは既に済ませておった。友奈ちゃん、左手で勝希を思いっきり殴ってやれ』

「左手で? ……あっ!」

「え、僕だけ分からないんですけど」

「まーくんは分からなくてもいいの。ありがとうお祖父ちゃん。思いっきりやるね!」

「また痛い思いするやつ」

 

 明滅が止まり、淡く光る左手を友奈が振りかざす。理屈とかの説明なしに、とりあえず僕は殴られるらしい。それがもう一つの解決策のようだから。

 

「友奈。きっと大丈夫だから」

「うん……!」

 

 僅かに震えていたことに気づき、声をかけた。手の震えは止まったけど、瞳は潤んだまま。これも一種の賭け。それが失敗したらしい僕が死ぬだけだから。でも、それしか道がないから、友奈は意を決して拳を振り下ろした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 頬を誰かに突かれる。それで目を覚した僕は、目を開けると同時に体を起こす。ことはできなくて、起き上がろうとした瞬間抑え込まれた。

 

「なぜに!?」

「おはよう、まーくん」

 

 僕の両肩に手を置いている友奈が、上から声をかけてくる。僕は友奈を見上げる形になっていて、現状を思い出すのに苦労する。なかなか思い出せそうにないから、友奈に聞くとしよう。

 

「おはよう友奈。それでこれはどういう状況?」

「まーくんが眠そうにしてたから、膝枕してあげてたんだよ。頬をついてみたら起きちゃったけど」

「なるほど。どうりで寝心地がよかったわけだ。ありがとう友奈」

「どういたしまして」

 

 今度こそ起き上がり、友奈にお礼を言う。

 風が吹いて、ピンクの花びらがいくつも飛んでくる。桜の花びら。そういえば今はお花見中だっけな。

 

「起きたか勝希! タマが釣ってきた魚を食べるぞ!」

「私が捌いてみたので、よかったら一口どうぞ」

「よかったらじゃなくて絶対食えよー! あんずが捌いたんだから美味いぞ!」

 

 どういう方程式なんだか。アウトドアが得意なタマなら、魚ぐらい捌けただろうに。共同作業ってことかな。

 

「他にもたくさん用意しておりますので、みなさんで食べましょう」

「ひなた、重箱が多くないか?」

「みなさんよく食べますから、これくらいは必要かと」

「一人一箱はいくらなんでもおかしいだろ!?」

「乃木さんなら……二箱いくんじゃないかしら」

「そんなに食べないぞ!?」

 

 いやー、若葉ならあるかもしれない。食事も鍛錬の一つだ、とか言ったら二箱食べるかもしれない。僕は絶対ごめんだね。

 レジャーシートに座ってるみんなのところに行こうとしたら、友奈に手を引かれた。後ろを振り向くと、ちょっと不満気味な顔。何かやらかしたっけな。何もないはずなんだけど。

 

「ぐんちゃんとキスしたんだって?」

「ん"っ!」

 

 やらかしてましたね。はい、これは言い逃れできませんよ。友奈が知ってるってことは、ちーちゃんが白状したってわけだし。裏付けは完璧です。アリバイなんてありません!

 焦りまくって目を泳がせる僕の頬を、友奈が両手で挟む。次の瞬間唇に柔らかいものが押し当てられた。数秒間当てられ、離れた友奈は頬をほんのりと赤く染めている。

 

「もう他の人にはしちゃ駄目だからね?」

「はい……」

 

 ニコリとはにかんだ友奈が、僕の横を通り過ぎてみんなの場所に行く。なんとも形容し難い胸の高鳴りを感じ、「これが幸せなのかな」とか、「恋愛ってこれか」とか無難な言葉を当てはめてみる。

 友奈の笑顔が脳裏に焼き付き、少しでも気を抜いたら顔が熱くなる。少ししたら落ち着くかと思ったものの、それが訪れそうにない。熱を冷ますのを諦めた僕は、舞い落ちる桜に包まれるみんなの下へと歩んだ。

 

 

 




 
 最後まで読んでいただいてありがとうございました。
 園子が上里家と繋がりを持った経緯を書いている作品もゆっくり投稿中です。(宣伝)
 のわゆパートのあとがきで伏せ字にしてたやつを載せます。一切伏せてない回もありましたし、そこの分は飛ばします。

【2話】 今日初めてマーくんに膝枕した。若葉ちゃんにやらせようとしてるのを見たらムッてなっちゃって、本当は部屋でお説教するつもりだったのに。でも、マーくんの様子を見てたらそうする気にならなかった。みんなは気づいてなかったし、私もちょっと違和感があるってぐらいだったけど、マーくんはどこか暗くなってた。私が思い当たるのは一つだけ。きっとあの事だ。マーくんは特別な存在で、嫌われ者。それをふと思い出しちゃったんだろうね。
 勇者御記 二〇一八年七月
  高嶋友奈

【3話】 佐天勝希くん。高嶋さんと同じでよく話しかけてくれる人。それにいろいろな遊びに私達を誘ってくれる。子供っぽいかもしれないけど、新鮮だし彼の笑顔は純粋でこっちも笑顔になる。彼といると嫌な事も辛い現実も忘れられる。
 勇者御記 二〇一八年七月
  郡 千景

【4話】 佐天はふざけてるように見える。実際にふざけて行動することもしばしばあるが、彼の行動理念は常に「笑顔」だ。みんなが笑っていられる状態を彼は心から望んでいる。そしてそれに助けられている。世界は滅亡寸前で、敵は強大。そんな時こそ悲観的になってはいけない。希望は必ずある。
 勇者御記 二〇一八年八月
  乃木若葉

【6話】 今日は四国に移動してから初めての戦闘だった。不安だったけど、みんなで力を合わせればしっかり倒せた。若葉ちゃんがバーテックスを食べたのはびっくり。それを聞いたマーくんがバーテックスを料理するって言うからメモを没収した。変なことはしてほしくないからね。

 勇者御記 二〇一八年九月
  高嶋 友奈

【7話】 マーくんが隣りで笑ってくれてる。それだけでどれだけ助けられてることか。あの日のことはマーくんも覚えてた。でも、マーくんがいたから敵は一度も私達を襲撃してない。そのことにマーくんは気づいてないし、その原因だと思われることだけは忘れてる。どうかそのままでいてほしい。あの時のマーくんは人とは思えない気配があったから。
 勇者御記 二〇一八年 九月
  高嶋友奈

【8話】 佐天先輩はムードメーカーというか、話題とかイベント事を用意してくれる。おっちょこちょいな所もあるけど。そんな佐天先輩と友奈さんは仲が良い、というか睦まじい。あれで付き合ってないのが不思議。

 勇者御記 二〇一八年十月
  伊予島杏

【9話】 佐天には驚かされてばかりだ。それにバーテックスも。あいつはどう見ても人に近かったのにうどんに興味を示さなかった。それを知った佐天がなんか気にしてたな。たしか、植物とか人以外の動物をバーテックスが食べたかどうかを。言われてみるとたしかにどうなんだろうなってなった。

 勇者御記 二〇一八年十一月
 土居球子

【11話】 佐天くんとの関係はある意味歪なものね。だけど、私達はそれが心地よいと思ってしまう。溜め込むことは良くないなんてザラな話。聞き流していたけど、実際助けられるものね。でも、佐天くんの秘密が分かるわけでもない。肝心なことは高嶋さんしか知らない。  

 勇者御記 二〇一九年一月
  郡千景
 
【12話】 今日は驚きだったな〜。まさかムードメーカーの勝希が、落ち込んでる人を励ますのが苦手だなんて。たいていそういう人って励ますのも上手いと思うんだが……。でもあんずがやってくれたからな! さすがあんずだ!
 それにしても、なんで勝希は嫌われてるんだ。

 勇者御記 二〇一九年一月
 土居球子 

【15話】 まさか大社の人が、まーくんの外出許可を出すなんて思ってなかった。勇者も巫女もいなくなるから、仕方ないことだとは思うんだけど、それでも不安。四国の外は神樹様の結界もなくて余計に危ない。基本的に私が側にいないとだね。

 勇者御記 二〇一九年二月
 高嶋友奈

【20話】 ちょっと強引だったけど、あの二人はこういう場を設けないといけないと思った。それはそれとして、勝希先輩の謎は深まるばかりだ。丸亀城にいること。それも含めて考えると、少しずつ点と点が繋がりつつある。答え合わせはやっぱり友奈さんが相手だよね。

 勇者御記 二〇一九年 三月
 伊予島杏

【22話】 今日になってまたあの声が聞こえるようになった。聞こえないでよかったのに。脳内に響かせてくる。それをどうすることもできなくて、ただ無視するしかない。
 それはそれとして、杏の考察を元に考えたら、どうやら僕は何かを忘れているようだ。
 勇者御記 二〇一九年 四月 
 佐天勝希

【24話】 なぜ守るべき人々に非難されないといけないのか。
 天の神が人類を粛清するためにバーテックスを生み出したのなら、今は少しだけ分かる気がする。
 だけど、私を繋ぎ止めようとしてくれる人もいる。それなのに……ごめんなさい、高嶋さん。

 勇者御記 二〇一九年五月
 郡千景

【25話】 友奈から勝希のことを託された時、限られた情報だったとはいえ、耳を疑ってしまった。まさか友奈の口からあんな言葉が出るとは。そして、後に知ったことだが、まさか勝希が天の神の子孫だったとは……。

 勇者御記 二〇一九年 五月
 乃木若葉

【26話】 私は勇者、郡千景
 群ではなく郡
 よく間違えられる
 血液型はA
 好きな食べ物はうどん。鰹もわりと好き。
 ゲームは得意、ガンシューティングとか。
 誰でもいいから覚えていて欲しい。
 私は勇者、郡千景

 勇者御記 二〇一九年五月
 郡千景

【28話】 まーくんは私にとって唯一無二の存在で、彼がいない日常なんて味わいたくない。早く帰ってきてほしいし、せめて連絡ぐらいほしい。
 神樹様は神々の集合体で、その中には天の神側にいた神様もいるんだとか。それなら、まーくんはいったいどうなってしまうのだろう。

勇者御記 二〇一九年 七月
 高嶋友奈

【29話】 若葉ちゃんたちと話していて、見落としていた謎があることに気づいた。それは、まーくんがなぜ天の神に赦されるのかということ。血筋であるなら、天皇家も赦されるはず。でも現実には違うくて、神に近づいてるならなおさら赦されないはずで。
 私の知らないまーくんの秘密が、まだあるみたい。

勇者御記 二〇一九年 八月
 高嶋友奈


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エピローグ 結城友奈

 

 私たちの戦いは終わった。天の神の祟りもなくなって、私はみんなと春を迎えられてる。風先輩が高校に進学して、勇者部の部長は樹ちゃんに。新入生の中から勇者部に入部してくれた子が一人いて、私たちもそれにはすっごく安心した。樹は同学年で同じ部の人がいなかったから、私たちが卒業したら一人になっちゃう。その心配が解決したのは嬉しい。

 

 バーテックスの脅威はなくなったんだけど、神樹様もいなくなって結構大変みたい。難しい話はよく分からないんだけど、今までの生活を支えてた神樹様のエネルギーがなくなったっていう話は、大変なことだって分かる。

 

 神樹様がいた場所から石油がいっぱい出るようになったみたいだけど、これから何年か厳しい生活になるって大赦は予想してるみたい。それも打開策を見つけられるかにかかってるんだとか。大赦の上の人たちがいなくなって、園ちゃんの家とか上里家の人とかが頑張って纏めてるんだとか。

 

「友奈さんに依頼が来てますよ」

 

「私に?」

 

「ソフトボール部の助っ人の依頼ですね。日程は今週末だそうです」

 

「今週末か~。今週末は予定なかったような」

 

「友奈ちゃんの今週末の予定は特にないよ。何もなかったら押し花に使う花を探しに行くって予定だけだね」

 

「じゃあ大丈夫だね!」

 

「なんで東郷が詳しいのよ……」

 

「これが愛だよ。にぼっしー」

 

 たしか来週が保育園に行く日だったよね。久しぶりのソフトボールだし、夏凜ちゃんにちょっと練習に付き合ってもらうのもいいよね。

 

「樹ちゃん。たしか新聞部と打ち合わせがあるんじゃなかったかしら」

 

「あ、そうでした! 時間は……急げば間に合うー!」

 

「新聞部! いっつん部長私も行くー!」

 

「部長対談でしょうに。園子は留守番よ」

 

「夏凜さん。園子さんもう行っちゃいましたよ」

 

「なっ! なんちゅう俊敏さなのよ! 私としたことが!」

 

「あはは……、まぁ園子さんも迷惑なことはしませんから、私も行ってきます」

 

「行ってらっしゃ~い!」

 

 みんなと手を振って樹ちゃんを送り出す。新聞部って聞いたら園ちゃんが走っていくのも仕方ないよね。上里くんに会いに行く口実にできるから。……ちょっと羨ましいかな。

 

「友奈? 何か悩み事でもあるの?」

 

「友奈ちゃんに悩み事!? そんな……いつも見ているのに気づけないだなんて!!」

 

「あんたは落ち着け」

 

「ありがとう夏凜ちゃん、東郷さん。でも大丈夫だよ。悩み事とかじゃないから」

 

「そう?」

 

「うん」

 

 みんな私の小さな仕草にすぐ気づくようになった。あの事があってからの変化の一つ。それは嬉しい事なんだけど、みんなちょっと心配性になったかな。

 幸せなこと。こんなに見てくれてて、こんなに心配してくれる友達がいるのは、すっごい幸せなことなんだ。

 でも、その『幸せ』って言葉には少し胸を刺される。それを考えるといつも頭がチリチリして、胸がちょっぴり苦しくなる。

 

「まーくん……」

 

 家に帰って、自分の部屋でぽつりと愛称を呟く。家にある空き部屋は空き部屋のまま。そこは荷物とかが置かれてるだけ。でも、私の記憶は違う。ここにはたしかにまーくんの部屋があった。数カ月だけだったけど、一緒に生活した彼の部屋があった。

 

 もう誰も覚えていない。私しか覚えてない。佐天勝希という少年が、私たち勇者部と一緒に活動していたことを。あの戦いの場にいたこと。私のために奔走してくれてたことを。

 誰も覚えてない。覚えてるのは──私だけだ。

 

「何が正しかったんだろうね」

 

 園ちゃんから貰ったクッションを抱きしめてベッドに腰掛ける。私は知らないことが多い。分からないことだらけだ。

 人類が滅びる寸前まで追い詰めた天の神は悪いのか。……原因は人にあったんじゃないかって話もある。それに、あれがなかったら私はまーくんと会えてない。300年の時を超えた彼と会うことはなかった。この気持ちを抱くこともなかった。この気持ちを知れたことは嬉しいし、なかったことにしたくない。

 

「でもね、置いていかれるのは寂しいよ」

 

 消え入りそうな声だった。言葉にすると胸がぎゅって苦しくなる。

 この事を相談できる相手なんていない。私の好きな人を覚えてる人がいないから。

 これを解消してくれる人もいない。彼はこの時代の人じゃないから。

 

 元々みんな記憶を操作されて、彼がこの時代の人だと認識してた。でも私はあの世界で出会った。だから操作されてない。操作されてないからこそ、彼がいなくなっても彼のことを忘れていない。

 自分のことの優先度を下げた(・・・・・・・)賭けをしてくれたことも覚えてる。

 

 

 

 

 

「ねぇ友奈。賭けをしてみない?」

 

 あの日まーくんに持ちかけられた賭け。体を重く感じてた私を支えてくれながら、祟りを抑えてくれてた彼との賭け。

 

「人が自分たちで生きていく世界にしてみない?」

 

「……どういうこと?」

 

 机に向かっていた私は、まーくんと並んでベッドに座った。いつもと違う雰囲気がして、だけど怖い感じはなかった。

 

「天の神を恐れなくていい。代わりに神樹の加護もない。自然の資源を使って生活していく。そういう世界に戻すんだよ。大赦が目標にしてることと少しだけ似てるね。あそこは奪われた世界を戻すってのが目標だから」

 

「それと私はどう関係してるの?」

 

「天の神を退場させるから、友奈のその祟りも治せる。単純に話しちゃうと、神じゃなくて僕を信じてほしいって話かな」

 

 そう言うまーくんは少しだけ寂しそうだった。今にして思えば、まーくんはずっと独りだったんだよね。時代が違うってことが私たちの間に壁を作った。楽しんでる反面、元の時代の友達とそうしたかったって思いがあったんだと思う。だから、私にこの話を持ちかけた時もそんな表情だった。

 

 

 

 

 まーくんは予定を変えてたんだと思う。全部を教えてもらったわけじゃない。彼の目的のすべてを知ったわけじゃない。だけど、まーくんは自分のことより私を優先してくれた。そう分かるのは、まーくんのことを知れたからだと思う。普通の生活が大好きな彼が、時代を無視して普通の生活を送れてた一時期。たぶん、高嶋ちゃんとこの時代を生きたかったんだ。

 神樹様の力を取り込んで、天の神を倒す。そんな感じのことを考えてたと思うんだけど、まーくんは結局それをしなかった。本当はできたはずのことなのに。

 

「まーくんのおかげで天の神が来る前に結界が張られた。神婚は保険感覚だったのかな。神樹様を取り込まなかったのは、私たちを信じてくれてたからかな」

 

 独り言に反応する人はいない。牛鬼もいなくなった。やっぱりちょっと寂しいね。もし牛鬼たちが残ってたら、牛鬼たちは彼のことを覚えていたのかな。

 

「いや~、覚えてないと思うよ」

 

「え? …………まーくん……?」

 

「やっほ~友奈。久しぶり」

 

 目の前にまーくんがいる。いなくなったはずなのに。私は何が起きてるのかわからなくて、頬を引っ張ってみる。痛みがない。

 

「……夢なんだ」

 

「似た感じかな。挨拶をまともにできてないねって言われてさ、こうして会いに来たわけ。後処理もしようかと」

 

「後処理……っ! 嫌だよ! 何もしなくていいよ!」

 

 まーくんに駆け寄ってすがりつく。そんな悲しいことを言わないでほしい。

 

「だけど友奈が辛いでしょ? 元から存在しなかったはずの人間との記憶だよ?」

 

「辛くないよ! 寂しいけど……だけどこれは本当の事だもん! 私にとって本当の事で、私のこの気持ちも本物で! だから、お願い……消さないで……!」

 

「……友奈」

 

 ぽんと頭に手を置かれる。記憶を消されるのかと身構えたけど、彼はゆっくりと頭を撫でただけだった。

 

「ごめんね。利用してて。みんなを騙して」

 

「それでも……まーくんは私を護ってくれてた」

 

「それは友奈に死なれたら困るというか……。寝覚めが悪いというか」

 

「まーくんは嘘が下手だよね。高嶋ちゃんと重ねてたんじゃないの?」

 

 まーくんの手がピタッて止まる。私の予想が当たってたのかな。意地悪なこと言っちゃってるかな。

 

「正直に言うと、重ねてた時もあったよ。違うって分かってたけど、容姿はそっくりだから」

 

「容姿はってことは、性格は違うんだね」

 

「波長は同じだけど、性格の違いは出てたよ。だから、ちゃんと友奈は友奈として見てた」

 

「うん」

 

 その言葉に嘘はない。なんとなくそう信じられた。

 それが嬉しかった。私を私として見てくれてたこと。その上で私のことを優先してくれてたこと。傍にいてくれたこと。

 

「ありがとう」

 

 自然と言葉にできた。あの日言えなかったことを。

 見上げると驚いたように目を丸くしてて、私はくすりと笑った。何もおかしなことはないのに、そんな反応されるなんてね。

 

「私も言えてなかったから。会いに来てくれてありがとう。助けてくれてありがとう」

 

「僕が何もしなくても、友奈はきっと助かってた。場を引っ掻き回しただけだよ」

 

「……もしそうだとしても、まーくんがいないともっと祟りに苦しめられてた。痛みを和らげてくれてたのは、まーくんなんだもん」

 

「友奈には敵わないというか、ペースを崩されるよ」

 

 全然嫌そうじゃない。穏やかに笑ってくれて、私もつられて笑顔になる。

 この時間はそう長く続かないもので、周りに温かい光が生まれだした。

 

「ありがとうまーくん」

 

 背を伸ばして唇に触れる。

 何も感じないのに、たしかに触れたんだとわかる。

 何も感じないのに、心がぽかぽかしてくる。

 

 私は気づくのが遅かったんだね。

 

「──大好きだよ」

 

 何かを言ってるようだけど、それを聞き取ることはできなかった。

 それでも伝わってるんだよ。

 

 さようなら、佐天勝希くん(私の初恋)

 

 



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