異界に昇る太陽と鷲 (鎌森)
しおりを挟む

序章
一話


この辺にぃ、同じ小説を3回くらい書き直す馬鹿うんちが居るらしいっすよ


「変だな…。」

 

 訝しげな声は小さく、誰の耳に入ることもなく、冬の風に乗り寒空に消える。

 

 中華大陸中南部。湖南省。かつて中華を秦と呼ばれる帝国が支配した古代より続く古の都、長沙近郊にて。

 落ち葉を踏んで音を立てぬよう細心の注意をはらいつつ、低木に身を隠しながら眼前に広がる人気のない村の跡地を見つめる。

 国民党軍第26軍に属する一兵卒、王芳(ワンファン)はじっとりと舐めるように辺りを観察した後、静かに首を傾げた。

 

「東洋鬼が…居ない…?」

 

 水を打ったように静かな廃村は虫の音もせず。見渡す限り広がるのは平穏そのものな父祖より伝わる華南の山河。とても国の存亡をかけた戦争をしている最中とは思えない長閑さである。

 

「…本当に居ないのか?」

 

まさか。

即座に心の内で否定したものの、やはり敵軍の姿は何処にも見えない。

 

その場にしゃがみこみ、暫く様子をさぐってみたが、人っ子一人来やしない。どうやら山のようにいたはずである東洋鬼(日本陸軍)は綺麗さっぱり消え去ってしまっているらしい。

 

ーーー何やら分からないが、ただ事では無さそうだ。

 

 王芳は友軍陣地を目指して駆け出した。

 

 

 

○○○

 

 

 

「一体全体、何がどうなってる。…私にはもう分からん。理解出来ん。」

 

 国民党第19集団軍総司令、羅卓英は鉛筆を放り投げる。使い古された椅子がギシギシと悲鳴をあげることは欠片も気にせず、陰鬱そうに溜息を吐いた。

 あまりの事態に困惑を通り越して頭痛がする。同じ人間として、軍人として、相手の考えていることが理解できない。

 

「…これは、そう。夢だ。なにか、悪い夢なんだ。」

 

 そう呟き、彼は静かに目を瞑る。

 というのも、日本陸軍が苦労して手に入れた陣地を放棄して凄まじい勢いで撤退して行っているのだ。

 

 

 

 

 

 発端は彼の指揮下である第26軍の放った斥候の報告である。元々その斥候は去る12月24日に新牆河を超えた日本軍索敵の為に出されていた。

 本来ならば敵の補給状態や陣地の場所などを探り、出来れば1時間前の謎の閃光が日本軍によるものなのか否かを調べることが任務、だったのであるが…。

 

 何やら大慌てで戻ってきたと思えば、斥候はなんと『日本陸軍が消えた』などとのたまった。

 

 無論、第26軍指揮官が信じる訳が無い。そして指揮官は斥候は頭がおかしいのだと考えた。撤退した、ならまだしも消えたという表現を使うあたり戦争の恐怖で頭のネジが抜けてしまったのだろうと考えたのである。

 しかし、その後なんど代わりの斥候を放てど放てどみながみな『東洋鬼が消えた』と言う。そんなことを三日ほど続けてから痺れを切らして同軍が進出すると、そこには弾薬や食料などがまるまる放置された日本陸軍陣地の跡があった。

 中には飯が炊かれている途中のまま放置されたであろう飯盒まであり、まるで『そこにいた日本陸軍が突然消えてしまった』かのようであった、と同軍司令官は手記に残している。そして、ここでようやく第26軍指揮官は第19集団軍司令部に報告した。

 突然敵が消えたなどと言われて狼狽える第19集団軍司令部。取り敢えず、気が狂った可能性が高い26軍指揮官を更迭しようかという話になっていたところ、重慶から信じ難い連絡が入る。

 

 その連絡は、中華全体から日本陸軍が消えているというものだった。

 

 中央まで、ふざけているのか!と、初めは激怒した羅卓英も蒋介石の名が出れば沈黙するしかない。

 彼は、理解することを諦めた。

 

 

 

 

 

 

 その後、無人の地となった中華を国民党軍は瞬く間に奪回。

 怨敵日本とその衛星国の消滅という未曾有の大事件に世界が阿鼻叫喚する中で、中華民国は栄えある勝利を収めたのであった。

 中華人民共和国成立10年前のことである。

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

「…一体全体、これは、どういうことだ。」

 

 一言一言、踏みしめるように言うのは一人のオーストリア産まれの男。彼が何か発する度に室内の温度が一度は下がっているような気がする。

 正面に立ち、それを聞くデーニッツはどうも生きた心地がしなかった。ああ、胃薬が恋しい。

 

「どういうことだと聞いている!」

 

 誰も答えようとしないのを見て更にオーストリア人は激高した。当たり前だ。怒る独裁者に『貴方の帝国は今まさに破滅に向けて転がり落ちていますよ』と言えるような豪胆な者はドイツ広しといえども1人も居ないだろう。

 

 机に置かれた地図は惨憺たる有様を示している。

 東部戦線では中央軍集団が回復不能な打撃を受けてソ連領内から弾き出され、あと一、二年は安全な筈だったフランスには連合軍が山のように上陸した。ロンメル将軍の言う水際防御が出来る段階はとうに過ぎている。

 

 ロシア人に降るか、アメリカ人に降るか。

 

 戦局はもうそこまで至ったとデーニッツは内心思っている。

 既に同盟国は無いに等しい。イタリアは最早あってないようなものであるし、極東の日出ずる国にも雲がかかっている。そして、我らがドイツは一にも二にも石油がない。

 

 ーーー内心わかっているからこそ、近頃の癇癪なのだろうな。

 

 何せこの男、頭は良いのだ。この国のそう遠くない未来が見えていないわけが無い。

 気付かれぬよう小さく小さく溜息を吐こうと思ったその時、なんの前触れもなくデーニッツの視界が白に染る。

 

 時は1944年、8月某日のことである。しかし、それは同時に1941年12月の或る日でもあったらしい。そして…

 

 

 

 

 

 

 中央歴1639年1月1日の事であった。

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅い初日の出はようやく今になってマイゲーンの街を照らす。真冬の乾っ風は伽藍堂の大通りを巡り、遥か彼方に広がる大地へと駆け抜けていった。

ㅤクイラ王国へ向かう輸送船の中継地として栄えるこの街は、例年であれば新年を祝う祭で大いに賑わっているものである。・・・しかしながら、今年は住民が消えたと錯覚しそうになるほど物音がない。

 日が昇ったにも関わらず雨戸や扉は固く閉ざされており、街は未だ眠っているかのよう。何かしらの動きがあるのはこの広い街を守衛する騎士団のみである。

 

 

 

○○○

 

 

 

ㅤ公国東方方面騎士団長、ガンルーは騎士団本部の椅子に腰掛けて偵察竜騎士による報告を聞いていた。

 

『現在確認できた範囲では一面のどかな野原が広がるばかりであり、敵対的な生物の存在は確認できません。』

 

ㅤその報告を聞いてガンルーは安堵のため息をついた。

 引き続き探査を続けるように指示を出してから魔信を切り、副官が置いていった紅茶を1口含む。芳香が口いっぱいに広がった。

 真冬の早朝。騎士団長執務室は吐息が白くなる程には寒い。

 

「ひとまずは、安心か…。」

 

 カタン、と紅茶を机に置いてから彼は魔信器を再び手に取った。繋ぐ先は、未だ混乱の静まっていないであろう公都である。

 

 

 

○○○

 

 

 

 新年の朝っぱらから、私は何故執務室で缶詰なんて羽目になっているのだろうか。私が、何をしたと言うんだ。

 眠気からか薄ぼんやりとした意識の中、椅子に座ったカナタはそんなことを考えていた。

 

「東部方面騎士団長、ガンルー閣下によると現状はどこも異常はない、との事です。…首相?」

 

 はっとして目を開けると、かつてカナタがただの一議員であった時代から支えてきてくれた秘書が心配そうにこちらを見ている。ここ10秒程の記憶がない。どうやら報告を聞いている間に眠っていたらしい。

 

「ん、ああ。すまない。大丈夫だ。続けてくれ。」

「は、はあ…しかし、凄い目の隈ですよ。そろそろ仮眠を取られては?」

 

 

閉じぬよう目を見開きながら時計を見れば、既に午前七時を迎えていた。…確か、昨日は早く起きたから…既にカナタは二十四時間以上ぶっ通しで起きていることになる。

 

「しかし、私は公爵様の国を預かる身。この一大事に眠りこけている場合では…」

「いいや、国を預かる身だからこそです。今首相が倒れてしまうと大変なことになりますよ。」

 

 進言を受けて、カナタは痛む頭で少し考える。

 目下公国が対処すべき問題は二つ。一つ目は東方に出現した謎の大陸の調査であり、二つ目は領空を荒し回る謎の竜の所属を明らかにすることである。

 前者は現在東方方面騎士団が主体となって全力で行っておりそれなりに成果も出ているが、問題は後者だ。

 昨日深夜から本日午前七時の間に、八回も公国領空を侵犯した未確認騎は八回全て我が国の防空網を突破している。

 取り逃しはしたものの、接触に成功した竜騎士の報告によるとその未確認騎は圧倒的な速度を有しており、宿敵ロウリアのそれを遥に上回る性能を持っていると言う。

 情報部は機械文明の大国、ムーの飛行機械に類似していると分析しているが…現状、それ以外は何も分かっていない。新種の野生ワイバーンなのか、第三国に属する竜騎士なか、はたまたロウリアの新兵器なのか。そもそも公国の害になるのかさえ、本当に何も分かっていないのだ。

 

 このどちらも今日明日で片付くような簡単な話ではない。解決するまでずっと起きているなんてことはカナタが一般的な人間種である限り不可能である。実際、既に視界がチカチカと明滅するに加えて異様な吐き気や酷い頭痛に襲われており体は限界に近い。

 

「…じゃあ、少し仮眠を取らせてもらおうか。」

 

 そう言ってソファに向かおうと立ち上がった時である。

 

「首相!一大事です!」

 

 カナタの元に一人の男が飛び込んできた。見るに、軍部の者らしい。

 

「・・・寝られるのはまだまだ先になりそうだ。」

 

睡眠不足の者特有の、どこか様子がおかしい半笑いになりながら、彼は呟いた。

 

 

 

○○○

 

 

 

「…クワ・トイネ公国だと?なんだ、新しい小説かなにかか?」

「いいえ、総統閣下。確かな報告です。」

 

 万が一のソ連軍の攻撃を警戒し、ベルリンに向かう途中、客車の中で。ドイツ国総統、ちょび髭はなんとも奇妙な報告を受けていた。

 それはフランスに居た陸軍が全く新しい謎の国の軍隊と接触したという報告だった。それも、鍬と稲とか名乗ったというその国は御伽噺に出るようなドラゴンを使役しているという。…正味、狂った兵士の妄言のような話だ。

 30年ほど前に西部戦線の塹壕内で見た光景がちょび髭の頭に浮かぶ。OKWの連中は集団でPTSDにでも罹患したのだろうか。

 

「私は子供の妄想を報告しろと言った覚えはないが。」

「はい、総統閣下。しかし、これは確かな報告でして…。」

 

 そんな問答を3回ほど繰り返した後、ちょび髭は大きなため息を吐く。

 

「ああ、分かった、分かった。その、鍬がなんたらという国に関してはリッペントロップに一任する。」

 

 そう言い捨ててから彼はベッドに向かう。寝つきが非常に悪いちょび髭は夜型の人間である。しかし、あの忌々しい閃光のせいで昨日から今まで眠る暇なんて無かったせいでそろそろ限界であった。

 

 その後、一任されたリッペントロップは最近の失点を取り返すべく張り切って使節団を組織し陸軍の保護の下公都クワ・トイネへ送り込んだ。

 中央歴1639年1月4日のことである。




恥ずかしながら帰ってきました。どの面下げてんだボケって話ですけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話

今後、特に断りがない場合『公国』は『クワ・トイネ公国』を指しています。


 発動機の重低音が狭苦しいコクピットに響く。

 風防越しに見える冬の空は澄み渡り、遥か遠くの水平線までくっきりと見えた。

 

「にしても、なんでこんな所を偵察するんですかね。」

 

 旋回機銃に手を置いたまま、三枝三飛曹はボヤく。キンと刺すような寒気のせいで息が白い。

 

「ほんとになあ。少し前まではやれマレーだなんだと騒いでたのに。」

「…まあ、確かにこの時期にわざわざ米軍を刺激するような真似をするのは理解出来んな。」

 

 彼のボヤきに、渡海三飛曹と機長、鈴田二飛曹が答えた。彼らが駆るのは日本海軍の九七式艦上攻撃機。母艦は空母龍驤である。その使命はフィリピン北西、つまり南シナ海の偵察であった。

 

「はあ…。俺のタバコちゃんが…。」

 

 三枝はまた一人ごちる。実は、彼は同隊の連中と何処に自分達は征くかという賭けをしていた。大半はマレーとフィリピンに賭け、大穴を狙う賭博師気質の奴は広州やオランダ領東インドなんかに賭けていたが実際はまさかまさかの南シナ海である。

 勝者なしという事で賭けはチャラになった。ちなみに三枝はグアムに賭けていた。

 

 以降はしばらく沈黙が続く。三枝は電信機の調子をみたり、ぼへえと空を眺めてみたりして時間を潰そうとしたがそれもあまり続かず。只管と暇だ。

 黙ってずっと椅子に座っているものだから、らしくもなく思索が増える。

 …高等小学校卒の三枝には考えたところで士官様の小難しいお考えは欠片も理解できないが。何となく、あの慌てようを見れば、あの視界を白一色に染めた閃光以降なにやらとんでもないことが起きているということぐらいは分かる。

 

「…かあちゃんと姉貴、無事だといいがなぁ…。」

 

 機銃を優しく撫でながら、そんなことを呟いた瞬間、機長鈴田が声を上げた。

 

「…おかしい。陸が見えた。」

「えっ!?ここは海のど真ん中では?」

「その筈だが。」

 

 慌てたような操縦手、渡海への返事もそうそうに鈴田は海図に食らいつく。冷静沈着な彼も今ばかりは少々焦っているらしい。

 無理もない。海上で最も恐ろしいのは己の位置が分からなくなることだ。もしも計算が狂っていたのなら、最悪真冬に冷たい海を漂流するなんて羽目になりかねない。生還は絶望的だ。

 

「…いや、計算はおそらくだが、合っている。流石に五度やり直したら間違いない…筈だ。」

「では、機長の見間違えでは…って、もしかしてアレですかね?」

 

 渡海がそう言って指さしたのは行方向を前とした際の左側。つまり南の方角に朧気ではあるが確かに陸がある。それも、島のような大きさでは無い。

 

「…よし、渡海。進路を南に調整。三枝は母艦に電信。『ワレ、陸地ヲ確認セリ。コレヨリ偵察二向カフ。』だ。」

 

 俄に機内が騒がしくなる。先程までの物見遊山のような浮ついた空気は消え、ひりつくような空気が充満した。

 

「…ルソン島ですかね?」

 

身じろぎすれば割れてしまいそうな程に張り詰めた空気に耐えかねたか、渡海が呟く。

 

「台湾という可能性も有りえるのでは。」

「可能性としては、ルソン島がいちばん高いだろうな。…カリマンタン島では無いといいが。」

「消費燃料からしてそこまで遠くではないんじゃないですかね。」

「それもそうか。」

 

 そんなことを言いながら未知の大陸に近づくにつれ、前席に座る渡海が異変に気づいた。

 

「機長、一つ機影が見えます。」

「何。…警告に来たか。」

「そうでしょうね。引き返します?」

「ここまで来てそれは無い。このまま進め。」

 

 時間が経てば経つほど、機影は鮮明になる。それにつれて渡海の報告も精度を増す。

 

「あれ、どうやら鳥だったみたいです。羽ばたいている。…いや、でも人が乗っているような…?」

「なんだそれは。米軍の新兵器か?」

「支那3000年の神秘かも。」

 

 軽口を叩いているうちに、両者はすれ違う。

 己のすれ違ったモノを正確に認識して、三人の間になんとも言えない空気が流れた。

 

顔を見合わせ、ぱちぱちと瞬いて、徐に三枝がつぶやく。

 

「…俺、疲れてるのかも。」

「奇遇だな。俺もだ。…まあ何はともあれ三枝、報告。『ワレ、竜ヲ認ム。』だ。」

「了解。にしても帰ってからが怖いですね。」

「ああ。暫く俺達はきちがい扱いだろうな。実際、俺もこの目ん玉がイカれてるんじゃないかと疑っている。」

 

 そんなことを言いながら、彼らは知らず知らずのうちに異世界の空を飛ぶ。

 後世、『ワレ、竜ヲ認ム。』は『異界を初めて見た日本人の打った文章』として教科書に載った。

 

 

 

 その後、紆余曲折ありながらも三枝らはマイハーク上空にまで至る。

 全ての国家との交流が絶たれ建国以来の危機に見舞われていた日本政府は、文明的な国家が新大陸(仮称)に存在するということを知ってすぐさま使節団を派遣することを決定。途中からはドイツを仲介に公国政府との交渉を開始する。

 初遭遇は中央歴1639年1月11日。交渉開始は同月14日のことであった。




短けぇ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

挿話:One day in the modern-day

タイトルは機械翻訳を使ってるので間違ってたらごめんなさい
あと、本話は2本更新したうちの2話目です


 えー今日は前回の続き。転移後の混乱期を終えた頃、具体的には地球諸国と新世界2カ国(公国とクイラ王国)との交流が開かれた頃の歴史をやっていこうと思う。ああ、期末テストに出るからマジメに聞いておくように。

 

 えー、おほん。うん。えー、まずは教科書123ページ。中央歴1639年の1月23日に行われた日独首脳会談だな。

 東京で行なわれたこの会談では日本とドイツの時間軸のズレが正式に確認されたことで有名だ。確か、2年と…えーっと、8ヶ月くらいだったかな。今じゃどっちも中央歴を使っているからあまり意識されないがな。

 因みに、陣営の東西を問わず世界中の学者がこの現象を熱心に研究しているが、今でも何故我が国とドイツがこの世界にやってきたのか、そして何故時間軸がズレていたのかは分かっていない。ネット上では『天照大御神に昭和天皇陛下がこの世界を救うように命じられたから』なんて話が出回っているが…まあ、眉唾物だよな。

 ああそうそう、これはテストに出ないからそんなに必死にノートに取らなくてもいいぞ。ん?話が違う?ハッハッハ。ぶっちゃけ、この会談は『今後とも仲良くする方向でいこう』ということを互いに確認しあった程度だから覚えてなくてもいい。

 

 重要なのは二回目、二月三日にベルリンで行われた第二次会談だな。

 この会談ではかの有名な新世界技術流出防止条約が締結されたんだ。この条約は色んなところで聞かれるから、いつ、どこで、どんな目的で締結されたどんな名前のどのような条約なのかは絶対に言えるようにしておきなさい。ノートの準備はいいな?

 よし、えーこの条約はその名の通り『新世界各国へ地球の技術が際限なく流失するのを防ぐ』目的で締結された。これにより新世界国家への輸出が制限された物は非常に多い。

 主な物は自動車、航空機、戦車、潜水艦などなどだ。最低でも3つは挙げられるようにしておきなさい。

 …まあ、この条約の目的はさっき言った通りなんだが、先生は本当は違うと思ってるんだよな。

 教科書をよく見てみたら分かるんだが、この条約では『30mm以上の口径の対戦車砲』やら『排水量5000トン以上の艦艇』やらやけに数字が具体的に決められているものがあるんだ。

 

 もちろん、技術流出を防ぐという意図もあるんだろうが…先生は真の目的は『相手の優秀な兵器が新世界に流れる』のを防ぐことだったんじゃないかと思うんだよな。

 日本はドイツ製の優秀な大砲が、ドイツは日本製の優秀な軍艦が新世界国家に輸出されたら困るだろう?

 ドイツからしたら型落ち品でも、当時の日本の最新鋭の戦車を簡単に撃破できたんだ。何せ二年以上もの差があったんだから。

 一方で海軍がほぼ壊滅していたドイツにしてみれば、日本製の軍艦を敵対する新世界国家に輸出されたらたまったもんじゃない。

 だから互いに輸出制限をかけようとした結果がこの条約なんじゃないかなと先生は思う。…あ、すまん。余計な話だったな。

 

 ごほん。えー、次のページ。次は転移太平と新世界特需の話だな。

 転移以前、要は地球にまだ日本があった頃だ。友邦満州帝国の成立から転移する西暦1941年の終わりまで日本は断続的に戦争を繰り返していた、というのは少し前にやったよな?有名どころじゃあ上海事変やノモンハン紛争、あとは日支(日中)戦争なんかだな。

 それが転移して平和になったからお前らのひいお爺ちゃんひいお婆ちゃんなんかは転移太平って呼んでたんだ。

 

 まあ、これに関してはこれ以上言うことないから次。次は新世界特需だ。

 転移後、初期の極短期間を除いて日本は好景気に湧く。主な要因はドイツの戦災復興だ。

 当時のドイツ国は地球での戦争の果てに国土がズタズタにされていた。写真21・22なんかを見ればわかるが、ケルンやハンブルクなんかのドイツ主要都市は文字通り瓦礫の山だったんだな。

 そんな状態だから、当然復興に必要な資材を全部自分で作るなんてことは出来ない。だが、公国やクイラ王国ではドイツの求める品を作ることが出来ない。だから日本に注文が殺到したんだ。

 かつての大戦景気の再来とまで言われた活況に日本中が沸いた。同時期三菱なんかを筆頭にした企業群や投資家達がクイラ王国領への大規模投資を行うことが出来たのもこの好景気あってこその話だろう。

 また、代金代わりにとドイツ製の種々雑多な兵器群が日本に輸出されたのも非常に大きかった。

 特に戦車・火砲・ラーダー(レーダー)ラキータ(ロケット)の技術は数年を飛ばして進んだなんて言われている。こういうのに興味がある人は堺市の陸軍博物館に行ってみるといいぞ。あ号飛行爆弾みたいな珍しい兵器も展示されてるから。

 話がズレたな。ごめんごめん。そう睨むなって。癖なんだよ。…おほん。次は124ページの四行目から。

 えークイラ王国の急速な開発が始まったのもこの辺りからだ。何せ王国の無尽蔵な資源が無ければ日本の産業は終わる。

 好景気に喜ぶ国民に反して、政治家や資本家達の焦りは相当なものだったそうだ。パイプラインを敷く時間も勿体ないからタンクを備え付けた自動車を使って海岸に直付けした油送船に石油を運ぶなんて冗談みたいな話も真剣に協議されていたらしい。

 

 次のページ。

 さて、数ヶ月時間が飛んで次はドイツ国臨時党大会、通称『戦勝大会』だ。開催日なんかはよく聞かれるから覚えておけよ。先生おすすめの覚え方は再試の日(三月十四日)だ。

 えー、おほん。これは西暦1938年以来ドイツの暦では6年ぶりに開催された大会で、その名の通りドイツの対連合国戦勝を祝う大会だ。あ、連合国は分かるな?イギリス・フランス・ソビエト・アメリカを核とした多国間同盟の事だ。

 ん?なんだ。安藤。何か言いたげだな。言ってみなさい。ああ、怒っているわけじゃないから安心しろ。

 

 ………あー…それは絶対にドイツ人には言うなよ。まあ負けた訳では無いからな。それにそういう事を言い出したら日支(日中)戦争もややこしい話になるから。

 

 おほん。えー、この大会は公国軍や日本陸軍も参加したそれなりに規模の大きなものだった。

 ドイツ国第二代総統によるヒトラー批判の影響で『ドイツの復興が遅れた』と批判されがちだが、近年ではドイツ国民の鼓舞や周辺諸国、特に我が国への示威という点でかなりの効果があったとして再評価される傾向にある。

 それに事実上の敗せ…芳しくない戦況を見て沈んでいたドイツ人はこの大会を契機に、数度に渡る新世界における戦争を経て完全に自信を取り戻したと言われている。長らく人種差別主義者の気狂いとされてきたヒトラーも、何にかしらの神算鬼謀を巡らせていたのかもな。

 実際に国賓として参加した東條首相や私費・公費で向かった様々な日本陸海軍武官は『衰微してなおドイツ軍恐るべし』と書き記しているし、当時のクワ・トイネ公国首相カナタは『転移国家の軍事力は隔絶している』と諸手を挙げて賞賛し、畏怖している。効果は非常に大きかったと言えるだろう。興味がある人は彼の書いた回顧録を読んでみるといい。党大会のみならず、新世界人から見た我々の印象なんかも知れて面白いぞ。尤も、耳の痛い話も多いがな。

 

 …と、今日はここまでか。えー次回はルーチオ事件とロデニウス戦争についてやっていこうと思う。教科書、資料集を忘れないようにな。はい、日直、号令。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一章:ロデニウス戦争
三話:開戦


ロデニウス=炉
クイラ王国=杭
クワ・トイネ公国=鍬
ロウリア王国=蝋


 ロデニウス大陸北西部には同大陸で最も絢爛豪華な都市が堂々と聳えている。

 その名も、ジン・ハーク。文明圏外の雄ロウリア王国の王都である。人口70万を数える巨大都市であるここは原始的ではあれど下水道まで整備されており、道の端を歩いていてもう○こが落ちてくるなんてことはあんまり無い。

 

「それでは、会議を始めます。」

 

 そんな王都の中心に鎮座する威風堂々たる王城の一室。

 朧気な松明の光に照らされたこの部屋で、宰相マオスの言葉を皮切りに後の世で歴史の節目と目される会議が始まった。

 場にいるのは国王ハーク・ロウリア34世を筆頭に、王国三大将軍や実質の王国軍最高司令官パタジンなどなど。

 仮に、今ここに爆弾が一発でも落ちたら日が明ける頃にはロウリア王国は機能を停止するか、最悪崩壊しているだろう。それほどの面々がこの薄暗い部屋に集まっている。

 

 国王の有り難きお言葉を拝聴し終えると、パタジンによる計画の説明が始まった。尤も既に実行することは決まっているため確認と言った方が適切かもしれない。

 

「開戦と同時に、我が国は5万の兵力を以て国境の街、ギムを攻め落とします。兵糧は現地調達です。」

 

 パタジンは中央に置かれたテーブル上のコマを動かす。

 

「次いで後方に待機させた東部諸侯団を前進させてギムに軍を集結。道中の村や町で適宜兵糧を現地調達しながら進軍し、要塞都市エジェイを攻略します。この時点で戦争の大勢は決まるでしょう。」

 

 2つのコマが進み、一つの都市を包囲する。

 

「その後は東方征伐軍本隊が公都クワトイネを制圧する間に艦隊を使ってマイハークを制圧すれば食料の供給が途絶え、クイラ王国は脅威ではなくなります。そして、クイラの無力化に前後して公都も陥落し、偉大なる王国の勝利となるでしょう。

最後に、日本等雑多な連中に関してですが…未開の島々が連合してできた、公国に安全を保証される程度の国。そうですね…ギム、又はエジェイが落ちる頃には自ずから尻尾を振ってくるでしょう。」

 

 パタジンが二つの小型犬を模した駒を置くと室内に薄く笑いが起きた。

 

「今宵は我が人生最高の日だ!クワ・トイネ公国への宣戦布告を許可する!」

 

 そして、ハーク・ロウリア34世は高揚した気分のままに堂々と戦争の許可を下す。滑稽なことにこの場に居る連中全てが既にロデニウスを統一した気でいるのだ。

 

 

 

 王国は知らぬ間に破滅の道を突き進む。もしも日本の使節がやって来た時にその服装や所持品から高度な文明の存在を確認していたとしたら、彼らはロデニウスの覇権国家として末永く君臨できていたことだろう。

 

 

 

○○○

 

 

 

「戦争…ですか。」

「はい。」

 

 涼やかな春一番の吹く公都の一角に建つ大日本帝国大使館にて。

 クワ・トイネ公国外務局の一員であるヤゴウは先程から緊張と心労で心臓が張り裂けそうだった。手が知らずに震え、冷や汗が出る。口が渇いて渇いて仕方ない。柔らかいはずの応接室のソファが石のように感じられた。

 

 ハンカチで汗を拭いつつ、彼は日本大使の反応を待つ。

 

 

 

○○○

 

 

 

 事の発端は五日前である。

 亜人問題や領土をめぐってかねてより対立していた宿敵、ロウリア王国が遂に国境に軍を集めだしたのだ。それも日頃から盛んに両国商人による交易が行われている町、ギムの真横に。

 

ーーー止められるものなら、止めてみろ。

 

 そう言って嘲り笑う王国人の顔がヤゴウの頭に浮かぶ。まったくもって腹立たしい。

 腸が煮えくりかえるなんて生易しい言葉で表しきれない激情がヤゴウの身を焼くが、情けないことに公国にあれを退ける力はない。

 現在確認できているだけでも集結している王国軍は5万近くと言う。これは各地の守備隊や予備役をかき集めた公国の全軍とほぼ同じ兵数である。

 

『何としても、何があっても日本ないしはドイツの援助を取り付けてこい。この際、見返りは向こう何年かの作物無料とかでもいいから。』

 

 故に、彼には外務卿リンスイ直々にそのような命令が下されていた。

 ニュルンベルクで見た日本やドイツの軍事力があればなんとかなる。逆にそれが無い限り勝利はあり得ないと公国指導部は判断したのである。

 

「…分かりました。本国に持ち帰ります。」

 

 そう言う日本の外交官をヤゴウは祈るような気持ちで…いや。本当に祈りながら見送った。

 

 

 

○○○

 

 

 

 一方の日本側はヤゴウ、ひいては公国指導部の心配とは裏腹に介入に意欲的であった。その一因は公国が予想以上に市場としての価値があったからである。

 公国は大地の女神の祝福を受けており、適当に種を蒔いて適宜水をかけるだけで作物が収穫できるというチートじみた土地を持っていることは広く知られている。同国では建国以来凶作やら食糧不足やらが起こった事がなく、毎年余った量を文字通り掃いて捨てていたほどだと言えばその凄まじさがよく分かるだろう。

 だから、公国人のエンゲル係数は冗談みたいに低い。故に富裕層から農民に至るまで余暇や嗜好品に割ける金が多くなり、公国の文化・生活水準は周辺国に比べて傑出している。どこぞの皇国の情報局も『第三文明圏最下層の国に迫る』と判断しているぐらいだ。

 そのため、公国は武器やインフラ設備以外にも酒や小説などの嗜好品やかるたなどの玩具を日本からそれなりに輸入している。

 

 また、日本がロウリアは話が通じない国だと思っていることも影響していた。

 と言うのも、転移後に外務省は一度ロウリアへ使節を送ったのだが、ロウリア担当者はその時に『クワ・トイネ公国への従属を破棄し、国内の亜人を殲滅し、我が国に隷属するのなら考えてやる』と日本使節団に言い放ったのだ。

 当時の王国首脳部は日本とドイツの国力をまともに調査しようともしなかった。その行動に合理的な理由はなく、ただ『文明圏外で我が国に勝るものなどあるものか』という醜い傲りによるものである。そういうわけでこの国は日独を『聞かない国だし、公国が我が国に対抗するために自陣営に取り込んだ新興国家だろう』と判断していた。

 あまりの要求に外務省は怒りを通り越して呆けたことは言うまでもない。そんな要求は到底飲めないし、そもそも日本は公国に隷属していない。

 

 そんな、見知らぬ国に突然隷属を要求するような輩が勢力を拡大するのはいただけない話だ。日本の隣国である訳だし公国の次は己である可能性はとても高いだろう。

 

 …しかしこの2つだけなら日本のロデニウス情勢への介入はなかった。

 いくら周辺国よりは価値があるとは言え公国市場はとても小さかったし、仮にロウリアが日本に触手を伸ばしてきたら粉砕すればいいだけだ。

 というかそもそも、好景気に湧く日本国内では労働者の需要が非常に高まっているというのに働き盛りの若者、それも男の命を無駄に散らす戦争なぞ始めようとしたら日本経済聯盟会*1が黙っていないだろう。

 

 日本がすんなりと介入を決意できた理由は公国の危機でもロウリアの脅威でもない。

 

 無尽蔵なんて桁を超えるほど埋蔵されているクイラ王国の資源である。

 

 クイラ王国自体は国民が貧しく、市場としての価値は皆無に等しいが、この国は当時の日本で使われていた資源の9割近くを供給していた。

 もし仮にクイラ王国がロウリアに併呑されて資源供給が途絶えれば、好景気どころか日本の産業が終わる。

 

 よって、介入は一瞬で決まった。

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

「…さて、どうするべきか。」

 

 ちょび髭、もとい総統の呟きが広い執務室に響く。

 

 千年帝国、ドイツの首都ベルリン。

 急ピッチで復興が進められているこの街は往年の活気を僅かずつではあれど取り戻しつつあり、瓦礫は指定された瓦礫置き場以外には見られない。

 改めて復興大臣に就任したアルベルト・シュペーアとちょび髭が中心となって首都改造計画『ゲルマニア計画』を推進していることもあり、各地で工事が行われていて中々に騒がしいがそれは活気があって良いと言うことにしておこう。

 また、同都市は物理的な距離が近くなった事もあり、黄色っぽい肌と黒髪をした人間がかなり多く闊歩するようになっていた。現状ではナチスお得意のプロパガンダ放送の影響でドイツ人も彼らを友好的に見ている。

 

 そんな大都会ベルリンの中心部に建つ総統官邸にて、ちょび髭は頭を悩ませていた。

 

「参戦か、否か…。」

 

 呟くと、机に置かれたコーヒーを飲む。

 フランス総督府*2から送られてきたそれはドイツのコーヒーにはやなり劣るなとちょび髭は思った。

 

 

 

 彼がこうも頭を悩ませている理由、それは公国・クイラとロウリア間の戦争へ介入するか否かである。

 この件に関して、現状では復興の遅れを懸念する官僚連中やちょび髭お気にのアルベルト・シュペーアを中心とした静観派と復興省(アルベルト・シュペーア)主導の軍備縮小に反発する軍部のタカ派や国際的な影響力の相対的低下を危惧する外務省を中心とした参戦派の勢力が拮抗しており、ちょび髭の一存でどちらに転ぶか決まるのは間違いない状況である。

 

「しかし、対ロウリア戦争を起こすとなると国民に負担がかかる。…今のドイツは雌伏の時。立ち上がるにはまだ早い。…だが、日本人が幅を利かすなどもってのほかだ。」

 

 つい先日には、日本から新世界二カ国を加えた新たな軍事同盟締結の話が非公式にやって来ているとリッペントロップの報告にあった。

 

 …最近のドイツ学会では独日同祖論、つまりはアーリア人と大和民族は兄弟民族であるという学説*3が主流である。ちょび髭も転移後はこの説の支持者だ。

 

 …東方文明圏外はロウリアを中心に回っている。文明圏外における列強がロウリアなのだ。しかし、我が国が傍観すれば日本を中心にした反ロウリア連合軍が半年もかからずにかの国を滅ぼすだろう。そうなれば東方文明圏外の新たな覇者として日本が君臨するであろうことは想像に難くない。

 

 ダメだ。有り得ぬ、許せぬ、耐えられぬ。いくらスラブ人よりは優秀と言えども、アーリア人が奴らの、アジア人の下に置かれることなどあってはならない!ならんのだ!!!

 

 気づけば彼は激情に任せて机に拳を打ち付けていた。ジンジンと右手が痛む。

 …この際、多少の復興の遅れは致し方あるまい。そうだ。優秀なアーリア人はこの程度ではへこたれぬのだ!

 

 

 

 

 

 ちょび髭の号令の下、ドイツ国は三度戦争に向かう。

 

 

 

 

 

 三月二十二日、日本・ドイツ・満州・公国・クイラは軍事同盟を締結しロデニウス条約機構を創設。その内容は『加盟国のうちいずれかが攻撃を受けた場合には全加盟国への攻撃と見なし、共同で防衛に当たる』というものである。

 調印式は公都クワトイネで大々的に行われた。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 活況に沸く大日本帝国の中枢、東京府東京市のさらに中央。千代田に建つ皇居。神聖な空気の満ちるこの厳かな空間に、帝国のほぼ全ての重要人物が会する。

 

「…陛下、愈々時は迫っております。」

 

 内閣総理大臣、東條英機は平身低頭で目の前に座る一人の(現人神)…大日本帝国第124代天皇、裕仁陛下に言葉を奉じた。

 

「既に同盟各国軍は展開を終えており、我が国も準備を終えております。時は今です。」

「…臣民がわざわざ血を流す必要はあるのか?戦は避けられぬのか?」

 

ㅤ静かな室内に厳かな玉音が響く。それに面を伏せる事で東條首相は答えた。

 

「━━━そうか。」

 

 再び、玉音が響く。

 …実の所。世論はこの上ないほど好戦的である。

 ある一時から示し合わせたかのように喧伝され出したロウリアの脅威と残酷さにぽつり、ぽつりと悪を討たねばならんと言う言説が市井に広まり出したのが三月終わり頃の話。

 更には四月に入ってから新たに散見されるようになった『同盟国が大国日本の力を求めている』という新聞の言説が日本人のナショナリズムを大いに擽り、今では裏で糸を引いた連中が少々心配になるほど日本国民は踊っていた。

 

「…勝算はあるのか。」

「ロウリア王国は我が国に比べ数百年遅れております。間違いなく勝利を収めることが出来るでしょう。」

 

  問いに連合艦隊司令長官、山本五十六が答えを奉じる。参謀総長、杉山元もそれに続いた。

 

「……………………そうか。」

 

ㅤ以降、陛下は何のお言葉を発されなかった。

 

ㅤ最終的に開戦は承認され、3日後の4月18日。大日本帝国は、ロデニウス条約機構は行動を開始する。

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 ロウリア王国とクワ・トイネ公国の国境部には川が流れており、ルーチオ橋と呼ばれる橋が架けられている。

 

 この地には王国側に東方征伐軍先遣隊が。公国側に日本陸軍北炉駐屯軍に属する第三師団の歩兵第18連隊が駐屯しており、なんとも言えぬ張り詰めた空気が漂っていた。

 

 そして四月十九日、事件は起こる。

 

 同連隊第二大隊が公国軍と共に夜間演習を行っていると日本兵2名、公国兵3名が行方不明になったのだ。 また、同日同連隊第一大隊がなにやら蠢くロウリア軍らしき影を見たという。

 日本・公国両政府は直ちにこれをロウリア王国の仕業だと痛烈に批判。ドイツ・クイラ・満州もそれに続く。また、日本の国内世論も激昴しロウリアへの懲罰を求めた。

 一方のロウリア側はそれに一歩も引かず真っ向対決の姿勢を強める。

 

 そして、遂に四月二十五日。ロウリア王国は突きつけられた最後通牒を無視してクワ・トイネ公国へ宣戦布告。ロデニウス戦争の開幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 なお、行方不明になった兵士たちは開戦三日後に無事保護された。

*1
戦争終結に伴い名称が変更されている

*2
転移時に引っ付いてきたドイツのフランス占領地(≠ヴィシーフランス)に設置された行政機構

*3
要は『大和民族もアーリア人程じゃないけど優秀な民族だから日本の生産物で復興してる現状も全く問題ないネ!』ってことが言いたい

証拠?勘のいいJAPは嫌いだよ(豹変)




兵士が足んねえんだよなぁお前のせいでよぉ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話

誤字報告ありがとうございます


 それは、正に地獄であった。幼少の頃より聞かされた魔帝軍の攻撃をも上回るであろう破壊の権化は不気味な音と共に我々に降り注いだのである。

 

ーーー中央歴1645年発行 『ロデニウス戦記』より引用

 

 

 

○○○

 

 

 

「…いよいよだな。」

 

 ギム市正面、東方征伐軍先遣隊司令部陣中。そこで同隊副隊長であるガルシアンは懐中時計を見ながら呟いた。

 かつて。視察という名目で家族と共に向かったムー国内で買ったそれは今も尚狂うことなく割と正確に時を刻んでいる。

 時刻は四月二十五日の午前五時五十七分。あと三分もすれば本国が下賎な公国とその衛星国連中に宣戦布告する時刻である。

 彼の口が知れず吊り上がった。ようやく王国を舐め腐ったあの連中に思い知らせてやることが出来るのだ。

 それに加えて、隊長のアデム副将が魔獣の移動に手間取って未だ後方にいる為に、此度のギム攻略作戦は代わりに彼が指揮をすることになっている。武功をたて家名を上げるまたとない機会にガルシアンは少々興奮していた。

 

「本国より通信はいりました!『火蓋は切って落とされた』です!

「よし!全軍前進せよ!」

 

 ジン・ハークと繋がった魔信器が鳴り、開戦が伝えられたと同時にガルシアンは命令を下す。イメージは威風堂々たる老練な将軍閣下である。

 彼が想像の中の自分に酔っている間に司令部要員が慌ただしく駆け回り、竜騎士が飛び立ち、各地でビューグルが鳴った。

 男どもの咆哮が木霊し長閑なギム一帯は瞬く間に戦争の空気に包まれる。

 

 ロデニウス戦争初日、悪夢の四月二十五日の始まりだ。

 

 

 

○○○

 

 

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

 東方征伐軍先遣隊に属する傭兵の1人、『豪運のマリヤー』は得物を片手に狼狽えた。

 因みに二つ名は、たまたま略奪に入った家の中に敗残軍の指揮官が隠れていたり、風俗でやけに美女を引く確率が高かったり、そもそも10年傭兵を続けて未だに五体満足で生き残っていたりと言ったエピソードから来ている。

 

 閑話休題。

 

 彼の属する傭兵団は、現在ロウリア王国に雇われている。

 文明圏内の国に比べて金払いはイマイチであるものの略奪し放題かつ敵国人の扱いは各人に委任とかなり条件がいいのでマリヤーに不満はあまり無かった。それに敵は寡兵でありリスクも少ない。かなり美味しい職場と言えるだろう。少し前、それこそ3分前くらいまでは如何にも文明圏外らしい野蛮な咆哮を観光気分で眺めつつ良い女がいたら俺にもよこせ、と冗談を言い合っていたくらいである。

 

 しかしながら、今では非常に長い彼の傭兵生命の中でも類を見ない危機的状況に陥っていた。

 

「うわあああああああ!足が、足がぁぁぁぁぁ!!!」

「た、助けてくれ!頼む!見捨てないでくれ!」

 

 爆裂と共に土塊が吹き上がり、辺りに死体が山積し、その上にさらに動けない負傷者が積み重なる。足がなかったり、腕がなかったり、目が潰れていたり。泣き叫ぶ彼らをマリヤーが一瞥した次の瞬間には生者と死者の区別無く炸裂に呑まれ人だったのかどうかさえしれぬ肉片となり辺りに散った。

 

「ち、畜生!こりゃあ魔導砲か?!」

 

 笛のような音がしたかと思えば轟音と共に地が爆ぜ、周囲に立っていた諸々を無慈悲に吹き飛ばす。

 土と草と血肉がまざり合わさりマリヤーに降りかかる。

 

 

 

 

 

 文明圏内においては魔導砲の存在はそこまで珍しいものでは無い。何年かに一度、皇国が型落ち品をぼったくり価格で周辺国に売り捌いている事もあってそれなりの国力を持つ国ならば必ずと言って良いほど保有している。

 しかしそれはあくまで文明圏の内側でのこと。圏外では存在さえ知られていないことも多いのだ。恐らく、こんなに大規模に魔導砲が、それも炸裂弾を使用する物が運用された文明圏外国の戦争は史上初めてだろう。

 呆然と立ち尽くすマリヤーの口から『ありえない』という言葉が漏れる。…いや、しかし敵は公国。軍事力は兎も角経済力はそれなりだと聞くし、金にものを言わせたということなのだろうか。

 文明圏内国家においても旧式になったガラクタならば、稀に圏外国でも運用されていることがある。どこかの国から公国がそれを仕入れてきた可能性が無いとは言えないが、それでもこれほど大規模には…。

 

 そこまで考えたところで再び爆音がマリヤーの鼓膜を打った。土埃や血潮が降りかかる。

 

 あわてて彼は走り出した。友軍竜騎士はギムからの魔道攻撃と敵竜騎士との交戦で既に落とされているため、戦況が好転するとは思えない。このまま戦場にとどまったところで死ぬだけだ。早く逃げなければ。未だ走り回れるが彼とて無傷ではない。鋭い痛みがしたかと思えば左腕から血が垂れている。

 しかし、野戦砲の弾幕射撃を受けて未だその程度の傷で済んでいるあたり、やはり彼は豪運であった。

 ぺしゃっと言う音がしたかと思えば、頭に臓物がついている。誰のものなのかは知らない。

 

「糞がぁ!死んでたまるかっ!」

 

 大脳と思しきそれを払い捨てると彼は脇に見える森を目指して走り出した。

 

「待ってくれ!マリヤー!頼む!動けないんだ!」

「お、俺も!腕を探すのを手伝ってくれ!」

 

 仲間やロウリア人の哀願を全て無視して走る。戦場では他人を助けてやる余裕などないのだ。友、味方、同僚、民間人…それら全てを見捨てて己の命を優先したからこそ彼は生き残っている。

 辺りを見渡せばこの辺でまともに動けているのはマリヤー以外に存在しない。かろうじて五体満足であった幸運な者はなんとも勿体ないことに、腰が抜けたのか震えて動かぬまま火炎の中に消えた。

 あどけなさが残る顔をした兵士だった。恐らく今回が初陣だったのだろう。

 

 新兵も、古参兵も、馬も指揮官も何もかも。全てを巻き込んで破壊の嵐は打ち付ける。

 何とか彼が森の中に駆け込んだ頃には東方征伐軍先遣隊は存在していなかった。

 

 

 

○○○

 

 

 腹に響く重低音がギム後方に広がるトマ台地に木霊する。

 公国観戦武官、イーネはドイツ人に貰ったソーセージをもぐもぐしながら異世界国家の戦争をまじまじと眺めた。

 

「ええっと。これは何をしているんですか?」

 

 付近に立っていた指揮官らしき日本人を捕まえて聞いてみる。

 

「はい、今は砲撃によってギム市正面に陣を張っているロウリア軍を攻撃しています。」

 

 手渡された双眼鏡とかいう眼鏡を用いて王国領方向を眺めてみると、なるほど確かにロウリア軍が大量に居た辺りだけ明らかに様子がおかしい。

 

「砲撃とはどのようなものなのですか?」

「そうですね…。ええっと、爆発する物を火薬を使って撃ち出し敵歩兵に損害を与えるという感じです。貴国にも輸出された『銃』が非常に大きくなった物、と考えていただければ良いかと。」

「…ああ、なるほど。分かりました。」

 

 確か、王国戦に備えてサンハチシキとか言う…じゅう?なるものを日本から輸入したと上官が言っていたような気がする。イーネも少しだけ見た事があるがなにやら杖みたいに細長かったような記憶がある。

 

「それにしても凄い音ですね。」

 

 2本目のソーセージを咀嚼しながら彼女は遠いロウリア陣地を眺めた。

 

旗やらなんやらが綺麗に掲げられて位置がわかりやすい上に、5万人が密集していたロウリア陣地に数多の砲弾が雨霰と降り注ぐ。

 

 東方征伐軍先遣隊は開戦一時間後には士気が崩壊し潰走した。

 

 

 

○○○

 

 

 

「何ぃ!東方征伐軍が!?」

 

 ジン・ハークの王城内、謁見の間。

 開戦に伴う国王の演説を拝聴していたパタジンは思わず叫び声を上げた。

 

「パ、パタジン殿…?一体、どうされましたか。」

 

 隣に居た、でっぷりと腹の出た貴族が心配そうに話しかけてくるが、今の彼に周囲に気を払う余裕はなかった。

 

(五万。東方征伐軍先遣隊は五万居たのだぞ…!それが開戦後一、二時間で潰れてたまるか!)

 

 五万人。それは現代でも大軍と表現されるほどの兵力である。これが開戦後一時間以内に全滅するなど地球であっても核攻撃でもされない限りは有り得ないだろう。それこそ、見晴らしのいい草原の一点に集まって陣を張るでもしない限りは。

 

(ええいクソ、何がどうなっている!)

 

 魔信兵の報告によれば、定期通信に応じない先遣隊司令部の様子を確認するため東方征伐軍本隊が偵察竜騎士を派遣したところ壊滅した先遣隊らしき遺体の山を発見したのだという。

 更に、その竜騎士は程なくして連絡が途絶えたそうだ。

 

(何が、何が起こったと言うのだ!)

 

 一言断ってからパタジンは控えていた参謀を引き付けれ、司令室に向かうために謁見の間のドアノブに手をかける。まさにその瞬間に敵襲を知らせる鐘が朝の王都に鳴り響いた。

 

 

 

○○○

 

 

 

「へえ。あそこがジン・ハークか。なかなか綺麗なところじゃあないか。」

 

 日本海軍第一機動艦隊、第一波攻撃隊長の淵田美津雄中佐は前面に広がる巨大城塞都市を眺めて興味深そうに言った。

 日本ではまずお目にかかれない光景だ。写真機を持ってくりゃ良かったな、と呑気なことを考える。

 

「さて、と。そろそろだな。」

 

 よっこらせ、とおっさん臭い掛け声と共に風防を開け、彼は信号拳銃を構える。

 

 乾いた音が1つ。

 

 間もなく蒼空に一筋の黒煙が浮かび上がった。それが意味するところは奇襲。各隊の隊長はそれを認めると同時に僚機を連れて展開。彼らの目的は王都の軍事施設、特に飛行場の破壊だ。

 

 輝く朝日を背に、太陽の帝国が空を埋め尽くす。

 

 四月二十五日はまだ始まったばかりである。




イーネさんが観戦武官に選ばれた理由には『若い女だったら口を滑らせねぇかな』っていう公国軍部の狙いがあったりします


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。