ええけつゼルダの誕生日パーティー (モアニン)
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ええけつゼルダの誕生日パーティー

松明の油も凍り付くラネール山。傍に仕える騎士一人と共に、雪山を登っていた。

何時かクレバスがあって、底の抜けてしまいそうな厚く雪の積った大地を、内心誤魔化して踏み締める。

長い道のり。だが一歩踏み進めるごとに着実に進んでいる、筈だ。辛い。あと、何れだけの距離があるのだろう。歩みの全てが今度も徒労に終わる。そう考えてしまう。繰り返してきた経験から、考えざるを得ない私の体から虚脱感が生じた。立ち止まる。

――こんなことをしたって、何も変わらない。

 

いけない。思考が悪い方に進んでいる。鼻頭が熱くなる予感に、途絶えた足音に後ろを振り返った――新しい傍付きの騎士――リンクに話を振る。話していれば余計なことは考えなくてすむから。

 

「何故貴方は私等に仕えるのですか、その剣を振るうにより相応しい者が居るでしょう」

 

「…」

 

我ながらこの選択はない。

眉値を寄せて首を振られる、そんなことはない、と。

当たり前か、彼は(御父様)に命ぜられて着いているのだ。いや、と言えようはずもない。

私は一体何を言っているのだろう。

 

「…すみません、弱気になっていたみたいです。先へ行きましょう」

 

彼との蟠り――私が勝手に押し付けていた――は溶けていた。

だからこそ気付けたのだろう。私が抱いた劣等感は、いわば焼き菓子の型の様なものだ。苛立ちや悪感情を当て嵌めて理解した気になっていただけだった。

ならその生地の原料にどう対処すればいいのか。

自分に言い聞かせて気を奮わせる。この知恵の泉に行き着けば、何かが、と。

何の根拠もない。寧ろ今までを思い返せば…

 

「――」

 

 

悪いものを吐き出すように思いきり息を吐き、体内の淀んだ空気と清冷な大気とを入れ替える。

行こう。帰ればフルーツケーキが待っている。

今日は私の17の誕生日だから。

私は大きく手を振って勢いよく歩き出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンク…リンク…」

 

「…」

 

「冷たいです…」

 

必死の呼び掛けは女神ハイリアではなく彼に。

何故昔の人々は雪の覆う霊峰に池を作られたのか。

そこに跪いて身を浸し、祈りを捧げる人間の事を考えなかったのだろうか。

とは言えこのまま躊躇していて冗談抜きに死んでしまう。

力の継承は代々のゼルダ、私の場合はお母様から教わる筈だった。しかし、あの人はソレを伝える前に亡くなられてしまった。

だから、今の私に出来る事とは。色々なものがない交ぜになって清らかとは言いがたいけれど、切実な願いを訴えること。力の泉では現状を変えられる力をねだった事がいけなかったのかもしれない。勇気の泉では自分を取り繕った事がいけなかったのかもしれない。

 

 

リンクが焚き火を起こし終えた頃、胸の鼓動が遅くなってきたきた事に命の危機を感じた私は立ち上がると、血の巡りが充分ではなくなってしまったのだろう。立ち眩んだそのまま、俯せに倒れこむ所を駆け込んできたリンクに支えられる。

 

「ありがとう…」

 

どれ程の間を、どれ程真摯に、どのような内容で黙祷すれば良いのか、何もかもが手探りだ。出来ることは試してきたつもりだったが、まさかまだしていないことがあるのか。それとも既に試してきた何かが足りなかったか。

伝承の存在だったガーディアンを発掘した時、彼らを起動させた時も、何台も壊した試行錯誤の末に歩行に至らせた時だって、何度駄目かと思ったか知れない。けれど、何れもどうにか出来た、してきた。

歯がパキリと音を立てて薄皮一枚剥がれるように割れたのが、舌で弄んで分かった。こんな時でも顎には力が入っているらしい。

不安と恐れと責任感、自身を哀れみ当たり散らしたい情動を、行先を奪った怒りでひた隠し、憤怒を頭を回す電力に変える。

諦めるものか。絶対に諦めて、やらない。

 

肩を貸されつつへりに手をついて水辺から上がり、焚き火の前に丁寧に体を下ろされる。

リンクがせっせと雪を積み立て始めた。

何をしているのかなどと問う必要は無い。彼が理解できない事を唐突に始めたのは一度や二度ではなく。その結果が悪しからぬものだったことも同様であるからだ。

体勢を変えて暖まる必要性を感じなくなった時、リンクが一仕事終えたとばかりに、周りを囲う雪のドームに手を擦り合わせて入ってくる。

 

「…」

 

彼にこのドームの意義、役割を聞こうとして止める。旅を重ねて体力が付いても今度は疲れた。

少し休憩すればやる気がでる筈だ。ラネール山麓の門の集合時刻までまだ時間はある。大丈夫だ。

 

「リンク…少し、休みます」

 

焦りを押し殺して瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼルダ…ゼルダ、こちらへ』

 

『どうされたのですか、おかあさま』

 

『これを』

 

『これって…』

 

掌を覆っていた手の甲を開けると、アマリリスの花が1輪そこに在った。

『誕生日、おめでとう。良く、よく頑張ったわね』

 

涙が溢れた。

 

『これは私からの、私の気持ち。頑張るあなたを、きっと支えてくれるわ』

 

『おかあさま、私…!』

 

『あっ』花が溶け出し、おかあさまの指の隙間から滴り落ちていく。

 

『ごめんなさい。これしか、これが私に出来た精一杯よ』

 

急ぎ掬おうとしたソレが地に着こうという時。

 

 

 

 

 

どぷん

 

 

 

 

大きな固体が水に沈む音に仰天し起きた私は、雪のドームを抜け出し、音の発生源を警戒して剣を抜いたリンクと泉を視界に収めた。波紋の中心に煌めきを見てとった私は考えなしに体が動き、冷たさなど何でもないと泉を突き進んでソレ(・・)を抱き締めるように抱え上げた。

 

「これは…」

 

足甲…?脚部を守る防具、の膝に付いた小さめの騎乗槍と、足の裏から伸びた暗く厚い刃。武器…なのだろうか。

どう見ても扱える人間がいるとは思えない、実用的に見えない。しかし、華美な装飾が施されていない、儀礼的、又は非実用的でもない。

 

「何なのでしょう…リンク」

 

鼻水をすすって彼と――彼が言うには――かまくらに戻る。

彼も見たことが無いのだろう。興味津々に見詰めている。

彼が私の膝上に鎮座する足甲を指先でふれると『ぴちょん』鎧を波立たせて突き抜けた。

「…!?」

 

慮外の出来事に腕を引っ込めたリンク。

今度は私が触れると、その重さと実在を示すかのような、冷たくつるりと硬質な手触りが伝わる。

なんだか愛おしく思えて、温もりの伝わるように撫でていると『ずぶずぶ』沈み始めた。

「えっ、えっ」

 

「…!…!?」

 

私の太股に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後出来る限りの事を尽くしても女神からの応答は無く。

二人揃って下山し、他英傑との合流地点であるラネール山門の所までやってくる。

周りの露払いは彼らが担ってくれたようだ。嵩張る上着を脱いで動ける様にしていたが、どうにも杞憂だったらしい。

山門に見えた四人の元に着くとゴロン族の益荒男、ダルケルが元は気が小さいのか優しいのか、心配顔で尋ねてきた。

 

「姫様…その、どうだったんですかィ」

 

「成功…では…ないですけど、失敗でも…ない、ような」

 

横にならんだリンクと顔を合わせると彼も困り顔である。

リト族の英傑、若く負けん気とプライドの強い、努力家のリーバルが催促してきた。

 

「煮え切らないね、ハッキリ言ってくれないと困るんだけど」

 

すると――良く日焼けした体の凹凸がしっかりし、目鼻立ちのくっきりしたゲルド族の英傑――威厳ある為政者と苛烈な剣闘士、穏やかな女性の側面を持つウルボザが後に続く。

 

「そうさ。おひぃ様、一体、何があったんだい」

 

「…女神ハイリアが私に賜り物を…」

 

「賜り物、ですか」

 

脆く儚げながらも不退転の心を持つゾーラ族の英傑、ミファーが喜ぶように聞き返してきた。

 

「えぇ…それなんだけど」

 

出てきてくれるかしら。呟いて見下ろし、足の付け根の辺りを服の上から撫でると、地面が少し、遠退いた。

ビリィ。ワンピース、或いは貫頭衣の様な服の両膝の辺りから、布地を突き裂いて極太の針がこんにちはする。

「「「「!」」」」

 

「わっ、わわわ」

 

ヒールやらシーカー族に伝わる一本歯下駄を履いた事のある人なら分かるかもしれないけれど、馴れない靴底の形に姿勢を維持出来る訳もなく。

 

「…助かりました」

 

リンクに抱き留めてもらうことで事なきを得た。

 

 

 

 

「確かに、こりゃぁ…」

 

 

 

地が揺れる。地震か?

 

大気が震える。いや違う。

 

これは嘶きだ。では何の?

 

知っている。私達(・・)は知っている。危機本能に繰り返し刷り込まれた恐怖が直感となって正体を瞬時に暴く。

災厄の現れた先、あれはハイラルの方。

 

違う。

 

あれはハイラル()現れたのか。

 

「うそ」

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「もう、いいんです!もう」

みんな、みんな死んでしまった。残ったのはあなただけ。

 

「御願いです。貴方だけでも、逃げて」

 

何で言うことを聞いてくれないの。

私なんかに構っていたら貴方まで。

 

駆動音と小砂利を踏み締める音に気付いた時には、ガーディアン(守護者)が目の前に居て。

「あ…」

 

命からがら逃げ延びて来た、ハイラル平原で光の矢に悲鳴ごと掻き消された人々の姿がフラッシュバックする。

 

時を忘れ、赤い眼光が自分に向いていない、つまり満身創痍の彼に注がれているのに気付いて。

 

「駄目ぇッ――――――」

 

古代兵器の目線を遮るように、自身を差し出し、掌を突き出した。

大切な人は一人を除いて残らず死んでしまった。

もう誰も失いたくない。

私は価値なんてない、いっそ死んでしまえ。

でも。

でも、この人だけは――

 

この人だけは私の命に代えても守る(・・)

目の前に突き出した手の甲に、三つの三角形を積み上げた光の紋章が表れた。これは――――

 

黄昏の光が迸り、満ち広がる。光の洪水が全てを呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呆然とする中、何事もなかったかの様に光が消え去る。 するとガーディアンがエラーを起こしたのかガタガタ震え出し、邪悪な気が霧散すると共に糸の切れた人形の如く沈黙した。

「これ・・・私、今・・・」

 

「良いの。ソイツ、死ぬわよ」

 

聞いたことのない第三者の声に首が弾く。

この場でなければ言及していただろう格好の少女に言葉を失っていると、どさり。倒れ伏す音が聞こえた。

 

「駄目、駄目。死なないで・・・」

 

抱き起こして遠くへ行かない様に呼び掛ける。

 

「お願い・・・死なないで」

 

疲労困憊の体を震わせながら、僅かに起こした彼は、魂の抜け落ちたかのように力を失った。

手に伝わる感触は重く、目蓋が落ちていく。

 

「あ、あぁ・・・」

胸に疼いた喪失感に、彼の身体に縋り付く。

 

「ぅ・・・」

噛み締めた歯の隙間から嗚咽が漏れる。

こんなことをしている場合じゃない。分かっている。

でも私の守りたい人達は、みんな・・・

 

『 報 告 』

 

「!」

 

頭に響く声。

体に満ちた霊力からその存在の在り処を特定出来た。あれは・・・マスターソードが?

弱々しく発光するリンクの剣が、私が声を聞き届けた事を確認したのか、言葉を続けた。

 

『マス ターは 存 命』

 

『尋常ならぬ技術を用いた処置ならば、その 命 は助かるも の と 推 測』

 

「まだ助かる・・・リンクを、助けられる・・・」

 

閃きの正当性と妥当性を計るように、行き着いた結論を手早く簡略に逆算していく。

尋常ならぬ技術。間違いない、古代シーカー族の技術の事だ。

王家の者達には秘密裏に携わった最近の研究に、後世の勇者を治癒する施設があった。初めての、祠に対する本格的な調査と進展に、研究に関わる人間は誰もが湧いていた。あれは――

 

 

「姫――――――――ッ」

 

なんと運の良いことだろう。

 

「姫、御無事ですか」

 

鍛え上げられた肉体と、素早い身のこなしで駆けてきたシーカー族の男性の二人組。

彼らならば。

 

「貴方達に御願いがあります。この人を、回生の祠に連れて行ってください」

 

戸惑いを見せる彼らを一喝する。

 

「急いで。彼の命が燃え尽きてしまう前に」

 

それだけ告げると彼の握った拳を優しく解いて、マスターソードを手にする。

「私はこの退魔の剣を修復しに参ります」

 

「御一人で、ですか。それは無茶――」

 

「一人じゃないわ」

 

気配だけある所から光の粒子が溢れ、人の輪郭が出来、実体化した。

シーカー族の二人は即座に武器を構え、一人が前に出、一人が私を庇うように下がった。

 

「姫」

 

「何奴」

 

「・・・ハイリア神の御遣いよ。分かったらとっととソイツを連れて行くことね。命が助かっても頭が使い物にならなくなるけど。良いのかしら」

 

「御二人とも、問題はありません。早く回生の祠に向かわれてください」

 

揺れる内心を抑えて毅然と告げると、彼等はリンクを負担のかからぬ姿勢で運び去って行った。

 

「それで、行くのでしょう。その、ナントカの剣を戻しに」

 

「えぇ、先ずは・・・ところで、貴女の御名は」

 

「メルトリリス、よ。そっちの名前はあんたの母親から聞いてるわ」

 

「お母様が、ですか」

 

「面倒な質問は後。剣を戻した後はあの猪をどうにかするんでしょう。急ぐわよ」

 

「えぇ・・・行きましょう」

 

 

こうして、私の長い誕生日はその一日を終えた。




何も始まらない。


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S女

尖ってた頃のメルトも好き。

泣いてる姫様のシーンは今でも涙でますね。お気に入りの1シーンです。
だから泣いてる姫様も好き。
誰か100年も経つ前に救ってやれよ。皆大好き超絶不憫娘やぞ。


ガーディアンと銘打たれた者共が私達に牙を剥く。それの何たる皮肉たるや。

「隊長ォ」

 

私達は彼等の躱し方を知っている。即座に編み出す事が出来たからこそ、武器が無くとも生き延びることが出来た。

一人、また一人と隊員を囮にすることで。

幸いなのだろうか。彼等は定めた目標の目に入るうちは対象に執着し、偏差射撃というものを知らない。故に、発射時に射線を外れる様に動けば直撃は免れる。

だが、彼等にはそれらを補うような弾速と複数の足がある。瞬きすれば軌跡だけが目に入り、着弾音が既にする。巨体故の歩幅は人間の5歩を一歩で追い越し、それが複数あるのだから悪路に出れば益々手に負えない。

巨体の侵入を阻む森林が近くにでもない限り、囮とは死ねと同義である。近くに迫られてしまえば、偏差などなくとも避けようの無い、光の如き矢に撃たれ、熱に膨れ、弾ける。

武器がある内は、足を壊せば良かった。私達には射抜かれるよりも前に、それを可能にできる数と攻撃性を有する武器があった。しかし、それらはガーディアンを主軸にした戦闘を想定した作りとなっており、つまりは、優れた鋭さと引き換えに酷く脆さを抱えた武具であった。

「私が、囮になる」

 

声を張り上げて並走する隊士に伝える。

 

「お前ならば、姫様のお力になれる。だから、行けーェッ」

 

部下と言えども、一人また一人と同じ時を共有した間柄の人間に、死ねとはもう言えなかった。

近衛隊士としての責任感、使命感で誇り高く振る舞おうとも、胸中で何を思っていたのか。恨まれたかもしれない。絶望したかもしれない。

それに、隊員は彼と私だけだ。この肩書きに最早意味などありはしない。こんな無能に従い、命を散らす道理はない。

そして事実、彼には傍付き剣士の候補足りうる力があった。近くに超常の力が起こり、我らに唯一残された使命(姫様)の御存命も確認できた。彼ならば、この老骨よりか遥かに大きな助力となり得るだろう。

「行け――ェッ」

 

躊躇の表情の彼に向かって怒鳴り、その姿が遠ざかるのを確認する。

背後の鉄屑に罵声を浴びせる。

 

「付いて来い。この脳無し野郎」

 

 

――――――――――――――

 

 

何れくらい走った?

もう十分か?

いや、まだだ。

何度目かも分からぬ、背後から発される、感覚の狭まって行く音に疲れ果てた全身が鐘を鳴らす。

――ここだ。

 

「おォっ」

 

右に投げ出した体を起こそうとして、()ける。

膝から下が、ない。断面から肉や骨の混合物が赤熱した溶岩の如く溶け、滴り落ちていた。

雨水を吸った大地に冷やされ、じゅうと煙を上げる。

 

「ぉ、ぉ――――」

 

傷を認識した途端に凄まじく、耐えがたい熱が膝に生じ、苦悶が漏れる。

死神の足音が、首のもたげる音が聞こえた。

 

「お前、首、曲げられたのか」

 

目線を上げて背後にいたガーディアンを見る。微かに下を向くように傾けた首は、ずれ、その円盤状の胴体を転げ落ちた。

「・・・」

 

目前まで転がって来た頭部は『バキン』レンズの砕ける音を立て、天を向いていた目が黒い刃に深々と突き立てられる。

 

「フン・・・」

気付けば、自分の娘ほどの少女がいた。可憐で、冷たく、扇情的で、戦場に似つかわしくない、形容しがたい格好の少女。振るう武器は見たことも聞いたこともない代物で、服装や容姿からどんな人間かを察することは酷く困難に思われた。

一体、彼女は何者か。

 

「あ、あなたは」

 

「その質問は聞き飽きたわ。ねぇ、そこのヒト」

 

「はい?・・・隊長ぉー」

 

もう見ることはあるまいと思っていた男が駆け寄って来た。

 

「・・・足が・・・すみません」

 

痛みに息を乱しながらも返事をする。

 

「構わん」

 

「そんな、全然――」

 

「よくぞ生きていてくれた」

 

「・・・隊・・・長っ・・・」

 

「泣く暇なぞ無い。それで、この方は、姫様はどうした」

 

男は涙を拭って嗚咽を引っ込め、居佇まいを直した。

 

「ハッ、この方は――――」

 

 

 

――――――――――――――

 

 

「・・・そうか、姫様の保護、大任をよくぞ果たしてくれた」

 

「・・・」

 

「引き続き姫様を護れ」

 

「ですが、隊長は・・・」

「これは命令だ。それと、御遣い殿」

 

「何かしら、急いでるんだけど」

 

「メルトリリス・・・」

 

「事実でしょう。何、あなたこんな所で油売ってる暇があるの」

 

歯に衣着せぬ言い草の御遣い殿を宥める姫様。大人になったばかりの少女が年頃の娘に言い聞かせるようだ。

これはさぞ苦労される事だろう。

感謝のする隙も無いな、これは。

 

口笛を思いきり吹く。

「勝手ながら予備の馬を呼ばせて頂きました。そちらで姫様と向かわれてください」

 

「あら、気が利くわね。調度良かった、これ以上泥に汚れずに済むわ」

 

呆れて誰もが言葉も出ない中、場を進めるために続きを述べる。

 

「それは良かった。では姫様の事を頼みます」

 

「言われるまでもないわ」

 

「・・・では、私達はこれで失礼させて頂きます」

 

体が持ち上げられ、背負られる。

 

「イガ、お前、何を」

 

「この付近にあるカカリコ村へ参ります。そこで診てもらいましょう」

 

分かっているだろうに。

命令を無視したイガにカっと我を忘れてしまいそうになる。

 

「そう言う事ではない。お前は自分が今何をしているのか分かっているのか」

 

黙りを決め込むこと暫く。二人の会話が届かなくなる距離まで歩いた頃、イガが口を開いた。

 

「・・・言わせて頂きますけどね。俺が遣えたいのは貴方の様な人だ。あんなヤツじゃない」

 

「お前達が遣えるべきは姫様であって、あの御遣い殿ではないのだぞ」

 

「なら今日で近衛としての任を放棄します。俺は貴方に個人的に遣える。これで良いでしょう」

 

「お前というヤツは・・・」

 

何と言いくるめたものか。これは

難航するぞ。

言うことに困り、ふと、コイツと別れた時の事を思い出す。

 

「・・・私が囮になると言ったがな、実は安心していたんだ」

 

「・・・」

 

「これ以上お前達に、死地に向かえ等と言いたくなくてな」

 

「俺は・・・アイツが気に食わんのです」

 

「・・・御遣い殿か」

 

「アレは貴族の、二世以降のソレだ。与えられた物で威張り散らして、ソレを得るために何れだけ努力したのか、何も知らない世間知らずと一緒です」

 

「・・・姫様はどうだ。あの方は無才だ、出来損ないだと陰口を叩かれながらも、諦めず、己に出来ることを続け、遂に成し遂げたじゃないか」

 

私達近衛は王家との距離が近い。ソレは物理的、精神的にもだ。姫様が、伝承上の古代兵器の起動に成功し、私達の助力が出来ると喜び御報告された時は、暫く私達の話題がそれ一色に染まった程だ。

 

「・・・その成果のガーディアン共は、俺達の仲間と故郷を焼き払ったんですよ。力に目覚めるのも遅すぎる」

 

「姫様もソレを御自覚されている筈だ。それに、依然としてあの方は私達の為に身を粉にしておられる。だからこそ、孤立無援、孤軍奮闘するあの方のお力になろう、と、その心を忘れてしまったのか」

「忘れては・・・おりません、けど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「聞こえてるわよ」

 

腹が立つ。面と向かって言えば良いのに。非力な人間らしいこと。

 

「どうか、しましたか」

 

「いいえ・・・慕われてるのね、アナタ」

 

地味な女だ、そう思っていた。けれどそれはあの人も同じ。彼/彼女と比べたら危ういにも程がある、彼女の心の均衡。

でも、その意思の強さはあの人にも劣らない。

言ってしまえば彼女は興味の湧く観察対象だ。

あの女の言われるがままなのは癪。けど、あなたの行く末、見届けさせてもらうわ。

 

「私はね、人間が嫌いなの」

 

「・・・」

 

「心底嫌だけど、貴女と契約して上げる。光栄に思いなさい」

 

実はもう取り付けられてるけど。

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「私のしている事は本当に正しいのでしょうか」

馬宿で熱に伏せる私を看病するリンクに言葉を投げる。

「私は今の私に出来ることを。そう考えて、古代遺物の研究に取り組んできました」

だけど

「祈りによって目覚めるという厄災を封じる力。小さな頃から何をしても宿らぬソレを、父様を、責務を蔑ろには出来ない」

分かっています。

「けれど厄災に対する備えを欠いたままではいられません。だから・・・でも、それでもふと考え、迷ってしまいます」

無駄とも思える祈り。けれど次は、もしかしたらあの時後一秒長く、模索し続けていたら。

「私は、どうすれば良いのでしょう・・・前にも言いましたね、これは」

すみません。

言いたいことを告げ終えて寝返りをうつと、シーツに押し当てた懐から固いものが体を圧迫する感触がした。

ガーディアンのパーツだ。

ソレを取り出して、眺める。

だからと言って、何かをせずにはいられない、か。

 

似通ったパーツが多い中、これは足のどこに位置するのか。

そんなことを考えていると、何時の間にか眠りにつけていた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

夢が流れ込んできた。

だからといって、どうもしないけど。

「・・・」

 

河原を挟んだ双子の山。そこに転がる石に枕する眠り姫を見やる。

私はこの女の母親から余命を与えられた。恋に敗れ、生存競争に敗れ、月に消えかけた、私という基盤が強固でありながら付け足したもの全てが欠け落ち軽くなった存在。

星を渡り、銀河を渡り、都合の良い存在を見つけた彼女は私を拾い上げた。

私には未練も残されていなかった。

だから、彼女にこの命を利用されても、何もかもどうでも良かった。

彼女は己の存在に残された大凡全てのものを私の再構成に宛て、後はその愛娘が霊力の扱いに目覚めれば、私の肉体をその力その物を変換、実体化出来るよう仕上げた。

言ってしまえば、聖杯のサポート無しに、自前の魔力でサーヴァントを維持している。これと似た事。

考えるのは先程の男二人の会話。私とゼルダの対応の差は何故生じたのか。私だって月の上級AIの端くれ、おおよその見当はついている。

慕われた彼女は周囲を慮り、そうでない私は自分で完結していた。

私もこの女の真似をするべきか。

「はぁ」

 

大きく息を吐く。無いと思っていたが、未練タラタラではないか。

「情けないわ・・・」

 

山を下った先の足元、川に沿って半人半馬の獣、人間とは言い難い容姿の、大小二足歩行の何かがその後に続いて現れる。

此方には気付いていないらしい。

「起きなさい」

 

「・・・はい、何でし」

 

「隠れるの、今すぐ」

 

彼女の言葉を遮って続ける。迂闊だった。先頭にいた半人半馬が此方を向いている。

あの個体は他と比べ、耳が良いらしい。

弓を構え始めた所に全力で飛び掛かる。

激突、震える鋼の音。輪になっている弓柄以外の本体部分、そこが重厚な刃になっていた。重ねられた刃の数は二。

あれで防がれた。

空中で無防備になる私に矢をつがようとする獣。

 

「ふっ」

 

一瞬、弓を足場に、反発力で跳ねていた私は、明らかに足の届かない距離から具足を振るう。

私の体は人を象ってはいるが、完全な流動体。その一部を液状化、音速を超えた速度で振り抜き、僅かな金属と共に尋常ならざる速度で射出する。要するにウォーターカッターだ。

「■■■■ーーーーッ」

 

「あら、思ったより頑丈なのね」

 

頭を輪切りにする試みは、一対の両目を断つだけに終わった。

後続の何割かが弓を手にしている。なら、ここは接近して内側から掻き乱す。

跳躍して山麓の端、列の最後尾に降り立つと、勢いと遠心力に任せ、切れ味の良いヒールで舞うように首を跳ばしていく。

柔らかな肉にす、と刃が通る感触 。悪くはない。

「ギィッ、ゲァ――」

 

「ブフォ――」

 

最前列に戻る頃には討ち漏らしもなく、先頭の一体を除き、首を落とし終えていた。

「今晩は。御機嫌は如何かしら」

 

「■■■■■■」

 

傷が癒えたのか。獣らしい目付きで此方を見据え、半人半馬が鈍く輝く鉄塊を手に猛り狂う。

人の丈を超える金属の塊を振り回す。それは恐ろしい威力を誇る事だろう。なら、ソレを出来なくしてしまえば良い。幸い速度はサーヴァントと比べるべくもない。

手を握るに必要な前腕の筋肉、物を持ち上げる為の上腕二頭筋。両手で鉄塊が全身全霊で振り抜かれた瞬間、跳び掛かっての前蹴り、続いての後ろ回し蹴りでそれらを断ち切った。

次は貫いてあげる。

鉄塊の重さに腕がガクンと垂れ落ち、動揺を見せた瞬間、膝の棘を眼窩目掛けて打ち込んだ。

 

「■■■■■■――――ッ」

 

片足の踵をつっかえ棒に引き抜き、跳ね離れる。

並みでなかろうが生物であれば脳を、頭を貫かれて生きている筈がない。なのに――――

体が火照る。全身を何かがぞくぞく這い回る。淫靡な声が口を衝く。

 

「丈夫ね、あなた。いいわ、いいわ、その反応。蕩けてしまいそう」

先程よりも傷の癒えが早い。ここは徹底的に切り裂く。いえ、嫐るべき。

 

「蹂躙してあげる――――」

 

 

 

 

双子の腕の内、築かれた屍山に狂笑が木霊した。

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

下る川が血に染め上がった頃、獣は力を失い、血河に飛沫を上げて沈んだ。

冷めやらぬ興奮の中、あの女の声がして、気付く。

いたのね。

「・・・大丈夫ですか」

 

「見ての通りよ」

「傷は、ありませんか」

 

恐怖半分、心配半分に女が血塗れの私の所に近付いてくる。

そう言うコトね。

 

「全部返り血よ、気にする事ないわ」

「・・・かなり血生臭い(・・)ので、人前に出る時は気を付けて下さいね」

 

臭い・・・

 

「・・・そう・・・そうね。えぇ、気を付けるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 







泥はイヤ。
血は平気。
えぇ・・・・(´・ω・;)


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人間か、化け物か

バナナ・リパブリックすここのすこ。感想使えないからここで叫ばせて(布教)
ゼルダbotw既プレイヤーもそうじゃなくても読むととっても面白E(死語)
やったことない人は画像検索機能を使うのじゃ。

あぁでもfate/meltoutもすこなのだ。


赤い月が沈もうとしている。

 

来た馬は一頭。

負担が大きくなる事を承知で女と私の二人で跨がった。

騎乗出来ることは黙り、女に馬の操縦を任せていた。

 

『――――地味な女だ』

 

『――与えられたもので威張り散らし、努力せず、何も知らず』

 

私には与えられた体、与えられた心しかない。造物主に逆らったとは言え、私に元々あった心がそうしようと判断したもの。

他に、私に何があるのだろう。手入れ要らずの、一本の枝毛もなく、滑らかで、濡れたようで軽やかな長髪。引き締めるための努力も要らない、無駄(脂肪)を削ぎ落とされた、究められた造形美、可憐な少女像を体現した体。霰のない姿でも恥じ入り、隠す事が無いのは、それもある。私には、本当は、何もないのではないか。何もしてはいないのではないか。

 

だから、クラシックバレエに傾倒し、様々な要因が重なってフィギュア蒐集が趣味になったのかもしれない。最初は退屈しのぎであったかもしれない、BBとは違う存在になりたいと意気込んで取り組み始めたかもしれない。

人の形を取ったのは、エゴらしく化物然としていたくなかったからかもしれない。BBの思い通りが気に食わなかったからかもしれない。その女に与えられた美しさを損ないたくなかったからかもしれない。ある時からは、恐がられたくなかったからかもしれない。距離を置かれたくなかったからかもしれない。好ましく見て欲しかったからかもしれない。近付きたかったからかもしれない。一つになりたかったからかもしれない。

BBとは違う。私を見て。私に恋して。私を愛して。私を好きになって。もっと、もっと、お話しして――――

そして、どうなったか。

 

『お前は一人ぼっちの女の子だ』

 

『その恋は、報われない――

 

「恋した人に直接言われるなんてね」

呟きが景色と共に空気に乗って流れていく。聞こえなかったらしい。

 

思えば、あの人に執心だったあの女から生まれた私だから、あの人にときめいて。あの恋を、愛を、誰でもない私から出づるモノだと主張し、死の間際まで執着したのかもしれない。ムキになって、認められなかったのかもしれない。

 

彼/彼女に迫るにあたって、振りかざした、獲得した自己は、化物から生まれた化物の感情、趣向。結局は、本当の思う私ではなかったのかもしれない。

 

あの男が言った様に、私も、私自身で何かを得ようとすれば――――

 

(どうかしてる。あんなに毛嫌いしてるのに)

 

でも、あのヒトも人間だった。

 

(ホント、どうかしてくれたわね・・・)

 

「ふっ」

 

沿って進んできた川の左手に曲がる所を越える為の石煉瓦橋。

其処を前にして女が手綱を軽く引いて馬を止める。

 

「此処を越えればハイラル平原が広がっています。今の私達の右手、つまりは北の方角に城があります。」

 

「これから向かう場所は、そこじゃない。違うかしら」

 

「えぇ、その通りですが」

 

言葉を切り、視線をさ迷わせる女。言いたいなら言えば良いのに。

 

「何よ。怖じ気付いたの」

 

「そうではなく・・・」

 

「じゃあ、何なの」

 

口を薄く開いて、閉じる。

間怠っこしいたらありゃしないわ。

 

「私はね、あなたが為さんとすることに興味も執着の欠片も無いの。やる事変えるならさっさとなさい」

 

「・・・それが、人を救うこと、だとしても、ですか」

 

人間に気遣われて何を感じたか。産まれる感情に蓋をする。理解してしまっても認めてはならない。アルターエゴとしての道徳観、倫理観がソレを捩じ伏せる。嫌悪に近いものが、或いはプライドが理解しようと、私の側から歩み寄ろうとするのを忌避する。

 

「・・・生意気。対等だなんて思わないことね」

 

違う。私は何を言っているのだろう。

見当違いの甚だしさに恥が顔を火照らせる。

 

「・・・好きになさい。貴女が何をするも私のすることは変わらない。全て蹴り伏せるだけよ」

 

 

――――――――――――――

 

 

平原を横切ると円盤に逆さまの湯飲みを乗せた、蜘蛛の様な兵器が地平線から顔を出す。

 

「お願いします」

 

女の言葉を合図に馬から飛び下りて駆け出す。

先行して私が囮になる。馬の機動力で出来た網の穴に彼女が突貫、相手の腸から食い尽くす。力はあるが、戦場の経験のない私達の苦肉の策だ。

単眼から発せられるレーザーポインターが私ではなく後ろの女を向く。

 

「生意気な間抜け面、ねッ」

 

駆ける勢いそのままに発射口目掛け跳び、両踵を合わせて一つの穂先にし、膝の棘を溶かして仕舞う。

ぶち貫いて上げる――――!

くり貫かれたヘンテコ機械が沈むのを後ろ目に確認すると、前方を見る。

同じ様に地平線から蜘蛛がひょこと現れる。一台、四台、九台、十六台、二十五台・・・

 

「ちょっと・・・」

 

五十、百・・・いっぱい。

 

念話を飛ばす。

 

『作戦変更よ。貴女は逃げて。私が出来るだけ数を減らすわ』

 

一面の緑を不毛の大地に変える稲子の群れ。その災害を知らせる羽音の如く、個々の狙いを定める音が、不気味な一群体の雄叫びとなって草原にさざめく。

『・・・応えて、返事をしなさい』

 

苛立って女の方を見る。馬に乗った醜い小人――ホブゴブリンとう言うらしい――に射掛けられる矢から逃げ回っていた所に、けたたましいノイズと体を染める赤い光で女は漸く気付いた。

 

私も気付く。嵌められた。(人命)を囮に挟み撃ちされたのだ。

 

女を騎乗して追い掛けるホブゴブリン、それ等の前方に移動、此方からも全速で迫り、片端から対応される前に切り捨てていく。

 

「はぁッ」

 

一秒にも満たぬ間に、通り過ぎた馬の全てが背を軽くして逃げ去っていく。

女を振り向く最中、朝焼けの地平線に天の川が瞬いて見えた。

星々が頭上に、やや偏り、捩れた、砂時計状に括れた流れを作り上げる。

過ぎ去ったその先でもう一つの日が昇り、大地が悲鳴を上げ、吹き飛ばされて来た大気が体躯に叩き付けられる。

 

「――ぁっ」

 

爆音と轟風に紛れて微かに聞こえる悲鳴。

今度こそ視線を戻すと薙ぎ倒される馬ごと落馬しかける女の姿。

 

「――――っ」

 

上手くいって。

手を人並みに扱えない代わりに、滑り込ませた下半身を下敷きに、上半身で上から押さえ付けるように精一杯抱え込む。

暴れぐらつく体の舵をとる。この勢いで倒れてしまえば女の命が危うい。

 

「く、ぅぅ〝う〝――――」

 

勢いが収まった。

見下ろすと女が目を白黒させていた。

良かった。

泥塗れになっちゃったじゃないの。

 

「出して、着いてきて下さい」

 

周りを咄嗟に見渡した彼女は私の体を叩いて催促する。

 

彼女は倒れて痙攣する大柄な――私達の乗ってきた――馬の下に潜り込もうとして

 

「・・・何やってるのよ」

 

半身だけ、出来た。

努めて平静を装う女が言葉を挟むことは許さぬと語りかけて来る。

 

「敵を一網打尽にします。隠れる私の後ろに回ろうとする者がいれば、対処を」

 

極めて理知的な目に言われた事を実行する。

とち狂った訳じゃないみたい。

思い付いた事を聞き漏らしのない様に念話で伝える。

 

『私の視覚を貴女と共有する。後は貴女に任せるわ。考えがあるのでしょう』

 

彼女が力に目覚めた瞬間の事が浮かぶ。恐らくはあれだろう。

 

『は、はい。ありがとうございます』

 

傍から見れば阿呆の所業にしか見えない。

蜘蛛達は不思議と場所が分かっているかの如く目線を逸らさず、けれどレーザーポインターを起動して射撃準備のフェーズに移らない。

正面から一点へと馬鹿正直に群がり、倒れた馬からはみ出す女を視界に入れる事の出来そうな個体、その目を潰して首を跳ねていく。

 

まだ。

 

微細だった地響きが大きくなっていく。

 

まだ。

 

無防備とは言え、余りの数に韋駄天の速さでも処理が追い付かなくなっていく。

 

まだ。

 

先頭の一台が勢い余った背後の同型機に押され、女を馬ごと踏まんとする。

 

「せぇッ」

 

機械の足を切り跳ばし、自身の霊力の密度を下げ、体積を大きくし、()から溢れる液体を指向性を与えて津波の如く放出。圧倒的な水量で雪崩れ込むガーディアンを塞き止める。

計算はAIの得意技。誤差も含めて何とか良い塩梅に収まった。

けれど、この膠着も長くは続かない。霊力の消費が激しすぎる。敵に包囲されつつある。

 

 

瞬間、目が眩んだ。

 

焼き付いた光に慣れていく目を細め、辺りを警戒していると―――

 

「やったの・・・」

 

目から、全身から光を失い、沈んだ機械の群れが鎮座するだけだった。

 

「そう、みたいですね。ガノンの気配は、もう・・・」

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

何がしかの弾ける音、固い物質同士の衝突、擦れ、砕ける音。

 

「――――――」

 

足を振り抜いた姿勢から痙攣し、姿勢を崩すメルトリリス。

 

「メルト――――」

 

「邪魔よ」

 

聞いたことのない怒声を響かせる彼女に足が止まる。

一体何が起こっているのか。

彼女の足元に折れた矢、電光を放つ石の欠片。

ソレが何を意味するか、気付けば、私の体は浮いていた。

体を点々とひりつかせて鈍痛が走り、嘔吐感を伴って、重く頭の揺れていた私は認識した。吹き飛ばされたのだ。

メルトリリスの姿を探す。

いた――

 

「――――ぁっ」

 

何時からいたのか。槍を携えた白髪のライネルが、その長大な武器で彼女を強かに打ち付けていた。

強力な一振りに、私のすぐ傍を、横に飛んだ彼女の元へ走る。

横目で見たライネルは、此方に迫っていた。

 

「っく」

 

解消仕切れなかった、積もった疲労など知らぬと動く体で、先にメルトリリスの元に辿り着く。

彼女を後ろ手に、此方を槍の射程に収めきれなかったライネルを前方に、掌を翳す。

 

「立ち去りなさい。然もなければ祓います」

 

霊気を漏らし、力を示す。

槍を持ち、ゆっくりと下がるライネルの背中から僅かに見える弓。

あれか。

血のせいか、思い描いた弓を手元に霊力で構成し、霊力を束ねて光の矢を生成出来た。矢をつがえ、構える。

 

「再度勧告します。立ち去りなさい」

 

鼻柱と目蓋を跨ぎ、人間であれば耳の所まで一本の傷を走らせる、獅子の頭部を持つライネル。黒い体毛を主に、白い縞を走らせている。

彼はメルトリリスをちらと見る。その後に、輝く鋼の金具を用いた武具を仕舞うと、背を向けることなく、一足に跳躍して遠くへ去った。

 

「・・・何て跳躍力」

 

「っ・・・流石鈍まね、バカ力だわ」

 

「メルト・・・」

 

「気安く呼ばないで・・・霊力を注いでくれればッ・・・平気よ」

 

息をして、声を出す度に痛みがあるのだろう。絶え絶えに喋る彼女の、服越しの手を取って霊力を流し込む。

 

「ちょっと。これ、必要なの」

 

「こっちの方が集中的、かつ効率的です」

 

たぶん。勢いで取ってしまったが 。

 

「・・・なら胸の辺りにして、そっちの方がきっと重症」

 

「・・・はい」

 

手を肋骨の分岐点、肺と横隔膜の辺りに置く。私の見えなかった脇腹の方から、分厚いクレバスが走っていた。溢れる血の多さに地面がみるみる赤く染まっていく。

 

「・・・ぐっ、かっ」

 

メルトリリスが吐血する。

これが喀血だと更に、至極マズい。折れた肋骨の刺さった肺が出血、溜まった自前の血で窒息死なんて事が普通に起こり得てしまう。

学んだシーカー族の解剖学を元に、彼女の体内を再形成していく。

 

「間に合って・・・」

 

「・・・下手ね。ディテールがなってないわ」

 

「えっ」

 

メルトリリスが呟くと、彼女の体内のイメージが精巧なものになる。骨の細かい歪みが正され、切り裂かれた筋繊維が不思議にもらしいと感じられる所に置かれ、血管が通り、壊された臓器特有の組織が修繕されていき、滑らかな皮膚が赤い底を見せる谷を塞いでいく。

 

「・・・治せたんですか」

 

「言ったでしょ。注いでくれれば、って」

 

「・・・はぁ」

 

息を吐いていると、ポーズを取って静止したメルトリリスが、イメージとして浮かんでくる。

やたらと鮮明で、妙な質感のソレは、私の頭の内では既存に入らない。

メルトリリスの顔を見る。

 

「・・・何ですか、これ」

 

「私のフィギュアよ。ねぇ、貴女、手先は器用な方かしら」

 

フィギュア?

 

「えぇ、まぁ」

 

機械いじりはするし、裁縫だってする。楽器は弾かないけれど、もの作りという意味では先ず先ずだと思う。

 

「人間の骨は、筋肉は、おおよその人体構造は把握してるのね」

 

「・・・えぇ、一通りは」

 

更なる質問に困惑する。同行する護衛の騎士ないしリンク含めた英傑や、ガーディアンの機動性の為に、医療や解剖学等を参考にした事はある。

 

「・・・ふぅん。良いわね、貴女。私の人形師になりなさいな」

 

先程のイメージを思い浮かべる。

 

「・・・メルトリリスの為に先程の人形を作れと」

 

「馬鹿ね。あれも含めて、よ」

 

いや無理でしょう。今はそんな場合じゃないでしょう。

顔に出ていたのか、彼女がニヤリと笑う。

 

「大丈夫。私が貴女を確かなフィギュア職人として教育するわ」

 

違う。せめて全部終わってから、とかだろうに。

 

「ですがまだ助けを求める民草が、王国が・・・」

 

「あんなの諸共滅んだも同然よ。見たでしょう、あの機動兵器の群れ。誰も助かる筈無いわ」

 

あんまりな言い草に頭に血が上るが彼女に肩を貸して立たせた。

足元の見えていなさそうなメルトリリスを見上げて言う。

 

「貴女が深い造詣と強い情熱で私を貴女の人形師に仕立てたいというのは分かりました」

 

「・・・何か不満そうね」

 

その容姿で不安げな表情をしないでほしい。やりづらくなる。

 

「何事にも不足の事態は起こり得ます。それにどう対処されるつもりですか」

 

材料を入手する方法は。人形の材料が特殊な化学物質であったら、その資料は。人形を作るための場所は。資金は。

一体どうするつもりか。

 

「願望器を作るわ」

 

「はい・・・はい」

 

歩き始めていた足を止める。

 

「今、なんと」

 

「だから、作るのよ。何でも願いを叶えてくれる物を」

 

手の甲を見る。古代のトライフォース、の様なものだろうか。

もし、もしそんなものが作れたら

 

「王国の復興は、出来ますか」

 

「嫌よ、そんなこと」

 

「どうして、ですか」

 

「見返りがないもの」

 

「見返り・・・」

 

メルトリリスが不敵に微笑んだ。

 

「そう。それで、話は見えてきたかしら」

 

自分の一生の労働を対価に、亡き祖国を蘇らす事が出来る。破格だ、破格に過ぎる。

 

「嘘では、ありませんか」

 

「いいえ。でも時間は掛かるわ」

 

「それは如何程になりますか」

 

「そうね・・・この段階の文明だと、一般的な庶民が一度世代交代するぐらいかしら」

 

「今すぐは」

 

「少なくともこの大陸全土は枯れ果てるわ」

 

「・・・そう、ですか」

 

もし使うのだとしても、移り行く時代の変遷を追わなければならない。甦ったとしても環境に適応できず、取り残されてしまえば、祖国は二度目の死を早々に迎えることになる。ガノンの完全な封印を待たずしても同じ結果を辿るかもしれない。

急に消えた国が死んだ人間と、朽ちた筈の建造物を伴ってある時を境に、何事も無かったかのように復活する。不自然にすぎる。他国との間に必ず何かしらの問題が起こるだろう。それに、ハイラル貴族も一枚岩ではない。自国に万能の願望器なんて代物があると発覚すれば手段を選ばないかもしれない。それを手に出来ればどんな苦境も覆せるのだから。

聞いた限りだと、何でも叶える事は出来ても、その願望器に蓄えられた――恐らくは大地を巡る星の生命力かソレに準ずる――ものの量にその規模は左右される。祖国を思えば、願いは幾つも叶えられないだろう。完全な復元とは行かず、取り零すものがあるかもしれない。

 

「・・・少し、考えさせてください・・・」

 

ふ、と思った。

 

「何でも叶えられるのなら、人形を・・・」

 

「それはダメね」

 

「どうしてですか」

 

「私の創造性、想像力には限界があるからよ。タダで取り寄せる、精巧な贋物を作るのはソコに生きる原型師達にとって論外。下手な金の操作は彼等にどう飛び火するか分からない。なら、自分で作る様にするのもアリ・・・けれど、それだと・・・それとも、貴女の心を支配してしまおうかしら」

 

背筋が冷たくなる。思い付かなかった訳ではない。私が出来たのだから、彼女も、と当然考えたが。

 

「それも、その願望器で、ですか」

 

「知りもしない誰かさん達なんてどうでも良いもの。そっちの方が手間は少ないし、そもそもそれなら願望器も必要ないわ」

 

体を堅くする私を見て、メルトリリスが『でも』薄く自嘲した。

 

「今度は、色好い返事を期待しましょうか」











これは提案なんだぜ(銃をちらつかせる)



ディテールはdetailだからディーテイルの方がまだ正しい筈なのに・・・(もどかしい)
脳内の意識高い系ないしはろくろCEOが俺の邪魔をするんだ。


名誉馬殿は丁重に弔われました。


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4話

おまけ付きです。

冬休みが明けるので遅くなります(´・ω・`)




河川に裏手を囲まれ、代わりに表の陸路からは敵の侵入を防ぐ為のハイラル城壁、その中央部にある凱旋門。

足を失って砲台になったガーディアン達の止めを指しつつ、真正面は自然と忌避されたので、倒壊した城壁部分から侵入を試みる。

越えた私達を迎えるのは、『ぶわり』肌が渇き切ってしまう様な熱風、本来の火の粉、それに混じる薄紅色の燐光。抑えきれず漏れだした怒り、魔力によって実体化した薄紅のそれが私達に訴えてくる。お前達は罰を受けて然るべきだ、決してこんなものではないぞ、と。

万年蓄えられた怨みから生じる怒気に心臓が縮み上がる。自分に殺気を募らせた人間がそこら中にいて、私を血走らせた目で睨んでいるかの様だ。

私は本当に此処にいて大丈夫なのか。魔物か、ガーディアンか、誰かが今にも私を殺しにひた走って来そうな不安と緊張感。鬼気を発する気配が周囲一面にするのだ。何も居ないように見えたとしても、もしかしたらガノンに触発された何かが物陰に隠れて機を窺っているかもしれない。

そんな危機感で気もそぞろな中、私達は捜索を開始した。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

生者の存在しない場所とは何処か。それは地獄である。広がる光景は正にそのもの。誰も生きていよう筈がないと、見る者は誰でも直感してしまう様な光景が目の前に広がっていた。

しかし、通りにも、焼け落ちた家の何処にも人はいない。

(そう言うことね)

 

代わりに、肉を焼く臭いは充満していた。目を凝らせば分かるだろう、人だった物の一部はそこいら中に転がっていた。ぐずぐずに溶けて炭化した為に分かり辛いが、ガーディアンの熱線による熱膨張で弾けとんだのだろう。幾つもある、放射状に煤が広がった跡地も手伝ってそう予測する。

 

(瓦礫に埋まった人間は・・・)

 

焼け、落ちたのか。崩れて薪になったか。どちらか定かでは無いが、青天井でなく、マトモな外壁を保つ、元来の色の建物は一切ない。煤けた石の壁がかろうじて、というものはあるが。

他には、散り散りになって焼け焦げた衣服の切れ端、奮戦していたのだろう兵士や騎士の兜やすね当て、ソコに稀に収まった屍肉。似た形状の武器。

 

「・・・」

 

その中に気になる物があった。三日月を描く刃だ。数は少なく、その刃の描く曲線は人間の首が半分ほど、すっぽり収まってしまいそうな・・・

 

「ねぇ、マスター」

 

「・・・どう、しましたか」

未だに熱のあるだろうに、灰と炭を掻き分ける女に声をかける。

そろそろ休みを取らせるべきか。先程から反応が鈍い上に、表情にメリハリがない。

 

「誰も生きてないわ。それに、余り長居しない方が良さそうよ」

 

「いえ、居る筈です。ガーディアンなら・・・そう、です。あそこなら」

 

滲み出ていた疲労等無かったかの如く、城壁に組み込まれた塔を目指すマスターの後ろを、周囲を警戒しつつ付いていく。遠くのガーディアンが此方を視認している様子は・・・ない。

物陰を睨み付けた。何処かに、いるのだろうか。

 

 

―――――――――――――――

 

 

城壁を登り降りする為に、内部に梯子の設けられた城壁塔を片端から巡っていく。城下町の中で、ガーディアンに唯一狙われにくい場所と言ったら・・・

中央辺りの塔の入り口に立った時、私の背後から漏れる火の光に照らされて室内がぼんやりと見えた。

 

「・・・・・」

 

確かに此処に隠れ果せる事が出来たのだろう。四肢の欠損した者もいるが、まだ人間の体を成している。

なら、どうして誰も、身動き一つしないのだろう。

『――下がりなさい』

 

平常時の筈、なのにメルトリリスの何処か固い声。

 

『何か、居たのね』

 

『――――はい』

 

『私の方に来て。なるべく自然体で、よ』

 

念話で伝える、何故。落ち着いてきていた心臓がまた跳ねだした。頭の霧が晴れていく。

 

『何か、いるのですか』

 

『分からないわ』

 

入り口から後退りすると、後ろにいるメルトリリスの方へ振り向いて駆け出す。

その時彼女は私の走る先に、ではなく私の背に既にいた。

 

ずぶり

 

「――ぐ、ぉ」

 

「いかにも、ね。頭上からだなんて」

 

彼女は仮面を着けた男の腹部を貫き、突き刺した勢いそのままに壁に押し当てていた。

赤く肌に密着する装束、涙を溢す逆さ眼の描かれた仮面。衝撃に取り零された、三日月を描く短刀。

 

「イーガ団」

 

仮面越しに男と目線が合った、気がした。

 

「・・・ぐ・・・く」

 

嘲笑か、微かに声を漏らした男は 、掌を組み合わせて印を結ぶと消え去った。

 

「消えた・・・」

 

『メルトリリス。彼等は隠密、暗殺に長けた戦闘集団で、奇異な術を使います、注意を』

 

『尚更危険ね。私の側から離れないで。ここは撤退、嫌とは言わせない』

 

まだ誰か、もし、生きていたら。

 

『・・・』

 

『あの猪をどうこうする前に、死ぬのよ』

 

良いの?良くないに決まってる。彼等が生き延びた人々を、騒ぎに乗じ、暗殺した事は察しがついてしまう。なら、恨みを買った、ハイラルを統べるお父様は。

 

ぱきりと口内で割れる音がした。

 

 

『・・・行きましょう』

 

それを皮切りに、お互いの背を庇い合う様にしてハイラルを出た。

幸運な事に、平原に出るまで私達は彼等に出会す事は無かったが、それが却って私の残念を大きくした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石のアーチを潜ると、深い靄に包まれた異形の森が私達を出迎える。木を隠すなら森の中。頗る濃い霊力に、目の前のマスターのソレすら周囲の大気と区別出来ない。こんなものをばら蒔く存在とは何なのか。

 

「マスター、大丈夫かしら。このまま進んで」

 

「・・・そうですね。ここは迷いの森ですから」

 

感触はないが、袖越しに手を繋がれる。質問の理由は迷う事への懸念ではないのだが。

 

「この霧を作り出してる存在の事よ。とてつもない力の濃度だわ」

 

「デクの木様の事ですね。彼は――――」

 

マスターは乱れなく歩を進め、不可視の霧の向こうに火の灯る燭台を発見してその次へと行く。

どういったカラクリなのか。火の粉の向かう先、勘違いでなければ、風向きが先程から変わっている気がするが。更には火の粉の向かう先へと進んでいる様な。

 

「・・・風向きに従って進んでいる」

 

推察を口に出して見るとマスターがニコリと此方を振り返った。

何で貴女が得意気なのよ。

 

「御名答です」

 

「子供騙しね」

 

仕組みが理解できれば実に単純なものだ。

「だからこそ、罠と勘違いして道を踏み外したりする輩がいるのです」

 

「・・・それは実体験かしら」

 

「・・・余りからかわないでください」

 

表情が顔に出ていたか。

それにしても、頬に赤の差した顔は愛嬌のあるソレだ。

 

「真面目なことね。余りヒトの悪口とか言わないの、貴女」

 

「当然です」

 

即断か。

 

「・・・前言撤回よ。誠実なのね、マスターは」

 

固いとも言えるが。彼女が誰かの生存を主目的に行動できる訳はこれなのかもしれない。

マスターが立ち止まって辺りを見渡す。そう言えば、燭台が見当たらない。

 

「・・・マスター。もしかして、迷子」

「違います、断じて」

 

「そんなにムキにならなくっても良いじゃない」

 

「・・・もう」

 

まだ一日程しか経っていない筈だが、愉しい。

あの人も、サーヴァントとこう接したのだろうか。

 

「・・・こっちです」

 

「あら、わかるの」

 

「メルトリリスには強靭な体、私には優れた頭がありますから」

 

「それって、私の知性が貴女よりも劣っている。そういう事かしら」

 

「どうでしょう。そうは申し上げていませんけど」

 

「言うじゃない、マスターのくせに」

 

悪い気分はしない。

もう一度絡繰りを読み解こうとしていると、霧が次第に晴れ、地に横たわり苔むした巨木のトンネルを潜り終えた頃には、視界が明瞭になっていた。

 

「・・・時間切れね」

 

「着きました。漸く、です」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

壮大な桜の木。

意思疏通の手段を何かしら持っている事は可能性として考慮したいたけれど、まさか人間の如く喋るとは。

その大樹との会話を終え、剣を台座に突き立てたマスターが、入り口で傍観していた私の方へと来る。

 

「では、行きましょう」

 

爛々とした目で覚悟の決まった表情は力強さを思わせる。

使命感を漲らせて結構な事だ。けれど

 

「ダメね。ここで一休みしましょう」

 

驚きを浮かべるマスターに続ける

 

「その気力は一過性のものよ。体力を先に補充するべきだわ」

 

「ですが・・・」

 

「体力、気力、集中力も欠いて、トラブルを頻発されたら守りきれないの」

 

恐らく此処を出れば休む機会は無い。途中で精根尽き果て倒れましたでは後に冗談として語る機会も失われる。

腕が不自由な為に、彼女を敵地から運び出すにも大きな苦労を伴うだろう。戦いの最中であれば、担ぐなり、なんなりする為にもたついている暇はない。

予防として、彼女自身が己の身を守る事に気を払える程に回復していた方が好ましい。

 

「構わないかしら、御老公」

 

声を張り上げると、穏やかな、しかし大気を響かす返辞がする。

 

「良縁に恵まれたの、姫巫女・・・この子達も構わんと言うておるが」

 

その言葉の直後、葉っぱを面代わりにした小人達が顔を出し始めた。

全く気付かなかったが、見回すと結構な数がいる。

その中からテクテクと、銀杏の葉の面を着けた小人が寄って来る。

 

「姫巫女様、従者様、こちらへ」

 

「・・・」

 

「ホント、間怠いわね」

 

手を取ろうとして、上手く繋げない。やはり、すれ違うか、擦れるかが精々だ。

 

「・・・行くわよ」

 

体がクンと引っ張られる。

腕の着け根の引っ張られた感触、そのする方を見やる。

 

「腕、どうかしたんですか」

 

「元々よ。後、同情なんてしないで」

 

「・・・食事の時は私が食べさせてあげます」

 

私の腕が上手く利かないのを知るや、矢鱈と張り切るマスター。慮外だけど、上手く釣れたみたい。

 

「・・・私の話、聞いてたかしら」

 

「これはこれ、それはそれです」

 

「ゼッタイ、イヤ」

 

私が食事を摂る必要性については黙った。その方が面倒を省けるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう沢山だ。誰か」

 

「あら、いけませんわ、ますたぁ」

 

「――ぁ、ぁぁ、ぁァあああ″あ″ア″ア″」

 

 

バタム

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

「・・・何よ、これ」

 

「見ての通りさ。初々しいだろう」

 

20XX年々、世の処女童貞達の春は栄え、瞬く間に散っていった。突如として発生した、(なにがし)曰く(オレ)鯖現界異変。

 

「まぁ、戯れは此処までにするとして」

 

回転椅子を此方に向けて世の大多数の(一部)の願望を叶えた女、ダ・ヴィンチが私の方を向く。

 

「現代では異性間の恋愛に疎い者が多くてね。彼等が電子の世界の似て非なる僕達を番として求めた結果、召喚された」

 

空中投影された清姫がズームアップされる。

そこをポインターでくるりと円を描いた近未来童話作家が続いた。

 

「奴に負けじ劣らじ愛情極まる盲目共ばかりでな。類は友を呼ぶと言うが、生憎マスター達もその同類だ。奴等の糖尿まっしぐらの愛情が縁として触媒となり、愛する二人は遂に、運命の夜を迎えた。めでたし、めでたし」

 

画面が変わり、何処ぞの院内にズラリと並べられたベッド。その上に頬の痩け果てた男女が、一人につき一人の異性に付き添われて床に伏していた。それなりに同性も混じっている。

 

「その続きだ。恋愛処女同士の仲はな、一方が供給される愛の過剰摂取に爆発なりして別れる場合があるが、崖の先に引きずり込まれて飛び込む奴等もいる。これはその一歩手前だが」

 

アンデルセンに目線を寄越され、頷いたダ・ヴィンチが続ける。

 

「此れが世界中で起こっているのがマズいのさ。人間ならまだしも、不眠不休を可能にする、いわば無尽蔵の体力を持ち、我が強く、気にする世間体も失われた英雄が相手だ。ストッパーもなく、果てのない求愛に時間を割かれるにとどまらない上、その末の栄養失調、精神の衰弱からあらゆる病気やアクシデントへ。今や地球の経済は停滞しつつある。ソコで僕達カルデアズの出番という訳だ。そして、僕とアンデルセン氏の協議の結果」

 

「恋愛初等卒業生のお前に白羽の矢が立った。という訳だ、メルトリリス」

 

「・・・嫌がらせかしら、ミスタ」

 

月での苦い、苦い思い出。独り善がりに相手を愛した(求めた)結果の失恋。古傷をほじくられる様だ。

こんなトコにまで来て、何故こんな羽目に会わなければならないのか。

 

「このカルデアには口付けの触りも知らぬ初な連中しかいない。消去法でお前が適任だった、それだけだ」

 

貴方がそれを言うのかしら、ミスター・アンデルセン。

 

「生涯童貞よね、貴方」

 

「そうだ。俺がマスターに呼ばれたのもその為だ」

 

「かっ・・・」

 

若くして春の到来が今生訪れないことを知らされる。

哀れね。

倒れたマスターをコフィン(棺桶)にダ・ヴィンチが詰め込み、真剣な表情で告げる。

 

「という訳で、君とマスターの二人だけが実働部隊の構成員だ。成功を祈っているよ」

 

貧乏クジも良いとこだ。どうしてこんな甲斐性無しに召喚されてしまったのか。

「分かった・・・分かったわ。やればいいんでしょ、やれば」

 

「宜しい」

 

「ダ・ヴィンチちゃん」

 

ダ・ヴィンチが、やって来ては膝の上に正面から股がった赤髪の少年、彼と熱の籠った視線を交わす。

・・・いたかしら、あんな奴。

 

「ああ、アレク君、僕の最愛の人よ。どうしたんだい」

 

「今夜アレが欲しいんだけど・・・だめ、かな」

 

「ああ、良いとも。無論、僕は今でも構わないよ」

 

「嬉しいよ、ダ・ヴィンチ・・・愛してる」

 

「ああ、僕もさ・・・」

 

「・・・スるなら私室でシろよ、ダ・ヴィンチ」

 

「行こうか、アレク君」

 

「そうだね、ふふ」

 

最早咎める事もうんざりと言った様子のアンデルセン。最近あの芸術家が魔術工房に籠っていたらしいのは、アレが原因かしら。

 

「・・・この通り、俺は席を離れられん。マスターとお前のサポートも録に叶わん。今はお前一人がマスターの護りだ」

 

このカルデアには気を失った盾娘を除いて私と童話作家様しかいない。これが異様に少ないと判ったのは複数のカルデアを観測、彼等と交信して以来発覚した事だ。

確認を求める彼に応える。

 

「・・・そう、結局私達だけってワケ。そうね、何時も通り、上手くやるだけよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方の元にも嫁/婿がやって来る・・・かも、しれない。







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4話 extra

読者様だ!!
読者様だろう!?
なあ 読者様だろうおまえ
感想置いてけ!! なあ!!!



















 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして私はこの女を守ろうとするのだろう。恋しているのでも、愛している訳でもない。この女の母親に貸しがあるからだろうか。

 

――いいえ、私はそんな殊勝じゃない。

 

この女に人形師としての価値を見出だしたからか。

 

では、もし、彼女がなってくれるとして、次に私は彼女を人形にするのだろうか。

 

正にその時、彼女は理解の追い付かない顔をするのか、恐怖を顔に張り付けるのか、悲しみと痛みに涙するのか。

 

焚き火の上の、長い足の付いた鍋で果物を煮込む女を見詰める。

 

 

 

常ならば興奮する筈が、私は恐くなっていた。

 

どうして。何故。今まで私は人間から人間性を奪い、溶かして養分にし、バラした死体を再利用する、相手の事なんて考えずに振る舞う事が出来たのに。あらゆる人間を平等に、人間とも思わず扱えたのに。

 

 

 

「ねぇ、マスター」

 

 

 

「はい」

 

 

 

隣で瞼の半分落ちた、三角座りのマスターに、全部話してみたくなった。私を知って欲しくなった。

 

鬱々としているこの気持ちは、自信に満ち、何にも憚ることなく、振る舞えていた頃には感じた事のないモノだった。

 

吐き出してしまいたかった。

 

 

 

「・・・」

 

 

 

喉元で止まる。時間の経てば経つほど気まずさを覚えるのに、唇も、胸の靄も鉛のように重量を増していく。

 

 

 

「私ね、人形が好きなの」

 

 

 

話題に困った私は咄嗟にそう言った。

 

 

 

「そう言えばそうでしたね」

 

 

 

「人形は良いわ。どんなに愛を注いでも、決して文句を言わない、不満を溢さない、私を嫌いにならない、私を拒まない―――」

 

 

 

そうか、私は――――

 

 

 

「――――恐いの、拒絶されるのが。だから、私は人形が好き」

 

 

 

そうだ、私はあの人に暴かれる前から、ずっと自覚していた。

 

 

 

「私の愛、私の愛し方、どちらも決定的に、人間にそぐわなかった、合わなかった、間違っていた」

 

 

 

熱にうなされるように恋をして(都合の良い夢だけを見て )、そんな事の正否も判断出来なくて、だから私はフラれてしまったのだろう。愛すれば、愛してくれる。それを道理と勘違いをして、私は一方的に、只々愛を送り(求め)続けた。相手を無視したそれは、見ていないのと同じ。()恋し(夢見)ているのと変わらない。最初から始まってすらいない、現実に成立していなかったのだ。

 

情熱的と言えば響きは良いが、正しくは脳を熱病に侵され、正常な判断力を失っていた。それがあの頃の私だ。経験の不足もあるだろうけど、私は尻軽になんてなりたくない。

 

 

 

「恋愛、ですか」

 

 

 

年頃だろう彼女は膝から顎を離し、頭上の繁葉の隙間から覗く、夜空の星々に目を細めた。

 

 

 

「慕情を懐く事の無かった訳ではありません。ですが、それをする余裕が私にはありませんでした。厄災に対抗する為に日夜研究に明け暮れて、それ以外は祈りの日々でしたから」

 

 

 

道程の至る所にあったガーディアンによる大きな爪痕。そんな彼等を一網打尽にし、私に深手を与える獣を翳すだけで退ける力。

 

彼女はそれらの為に、己に費やせる時間の全てを宛がったのだろう。それこそ恋愛する時間の欠片も無い程に。

 

私も彼女に倣って遠くの星を見据えた。溜め息を吐く。

 

 

 

「その力に見合う努力を貴女は遂げてきた。妬けちゃうわ」

 

私は何もしていなかったのに、生まれた頃から俗人の欲しがるものの殆どを有するか、必要性が無かった。

 

何とも言い難げにマスターが私を見て苦笑する。

 

 

 

「隣の芝は青いと言うでしょう。ですが、貴女がそう仰ってくれるなら・・・っぐ」

 

 

 

咄嗟に俯けた顔から――堪えきれなかったのだろう――嗚咽が漏れる。何かが琴線に触れたのかもしれない。

 

 

 

「・・・泣いて・・・良い、ですか・・・」

 

 

 

力の通らない手では足りない。横で膝に顔を埋めた彼女に両腕を回し、覆い被さるように緩やかに抱く。

 

すると、背に回されたマスターの手が衣服を握り締め、私をぎゅうと抱き締めた。

 

 

 

「・・・馬鹿ね。もう泣いてるじゃない」

 

 

 

本当は、私が泣くつもりだったのに。

 

その言葉を喉元で押し留めると、――熱を伝える為か、分けて欲しいのか判然としなかったけれど―― 神経の無い手の代わりに、身体を更に寄せて密着させ、肩に顎を置いた。

 

魔猪が目覚めた日、土砂降りの中の逃走劇。あの時を彷彿とさせる哭きだった。

 

 

 

「・・ぁ″・っ・・・ぅ″ぁ″あ″ッ・・・・」

 

 

 

 

 

その晩、私の足を彼女がどう思っているのか、終ぞ訊くことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 







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姦しい

難産過ぎる・・・(げっそり)
今回はちょっとえっちなのだ。でもオ○ニーくらい中学生でもするやんな、R-15なのかこれは(´・ω・`)

お気に入りと評価ありがとうございます(平伏)

文字数が多いとUA少なくなるんですかね。それとも今回ガバが把握しきれないぐらい多いからなのか。





森の小人、コログ族の一人、彼の漕ぐカヌーの上、私達は外套を深く被っていた。

ハイラル城の河川に囲まれた裏手には、脱出用の隠し路がある。そこは地形上多くの敵を配置できるスペースがない。

マスターのその情報を元に、私達が城内の港へ侵入せんと言う所で、外壁にいた一機のガーディアンが私達を捉え、首を上へと伸ばした。

最低限はいるってワケ。

 

「メルトリリス」

 

「揺れるわよ」

 

カヌーの中央からバネのように跳ね上る。

 

「うわっ」

 

「ヒィッ」

 

注意を払ったが大分揺れてしまったか、転覆するのを怖れて縁にしがみついている。

外壁、つまりは崖に踵を突き立て、蹴るように駆け上がって行く。崖の縁手前で突き立てた前足に力を入れ、敵の眼前へ一足に躍り出る。

 

「ふッ」

 

伸ばされた頭部は移動型のそれよりは細く、筋ばった直物を断ち切る手応えと共に首を飛ばした。

見張りの立てる様平面的な岩場まで下り、港の壁に食い込み、人一人通れるほどにせりだした通路から侵入する。

 

ごぃん、がぃん

 

鋭利な重金属が石に突き立つ音。果たして、港を徘徊していた 毒々しい配色の蜥蜴共が、反響する音に此方へ首を一斉に向けた。

露払いだ。

さぁ、楽しみましょう。

 

「ぎゅ――」

 

「げぇッ」

 

首の絞められた様な声を出して頭部と鳴き別れる魔物共。

彼等の駆け出すよりも早く、速く動き、速度に惑うか、見失ったか、鈍い内に仕留めていく。平時なら甚振るが、背後には水上で無防備なマスターがいる。時間は掛けられない。

敵わないと見て、逃げださんとする者を追走する。

 

「逃がさない」

 

ギアを上げ、相手の頭上へ人一人分跳び、首を狩飛ばす。

 

『メルト・・・』

 

しかし、呻き声の様なその声に気を取られ、外してしまう。頭の兜を断ち割られ、一心不乱に何かを叫びながら走り去る蜥蜴から、私はマスターに注意を払うことにした。

 

『粗方終わったわ。どうかしたの、マスター』

 

『・・・』

 

沈黙に、不安がテーブルクロスに出来た染みのように広がっていく。

足を止め、目に留まるモノはないかと探していると、入江付近の水面が黄金色に盛り上がった。魚雷が炸裂したかの様な水飛沫と共に、半身を綺麗に喪った蜥蜴が打ち上げられて行く。

 

『「マスターっ」』

 

水面へ飛び込むと、底は見えるものの、押し退けられて出来た空白に集う水の流れに、深く深く沈んでいくマスターの姿。

手を伸ばす彼女に私は――――

腕は?

駄目だ。手を取れない。

脚は?

論外だ。傷付けてしまう。

人の形を崩すか?

嫌だ、恐い。

 

拭いきれない恐怖に歯噛みする。こんな事をしている場合じゃないのに。

マスターに接近しつつ念話を飛ばす。

 

『私にしがみついて、マスター』

 

薄目のマスターが私の首に弱々しく手を回す。

 

『苦しい・・・』

 

『もう少しよ。気を持って、マスター』

 

水面へと浮上するにつれ、徐々にマスターの力が抜けていく。

遠い。月並みだが、私達サーヴァントの身体能力であれば僅かな距離が、その時ばかりは届き様の無いものに見えた。

力の抜け切った両腕がふわりと浮かんでいく。気の途絶えた合図。つまり、彼女は私の姿が見えていない事の合図だ。

今度こそ躊躇いなく身体を完全流体、液体にすると、霊力によって自分の体積を増やしつつ、周りの水との境界を維持しながらそれを押し広げていく。

 

(重い・・・)

 

膨大な水から生じる水圧に逆らうのを止めずとも、マスターを中心に一度押し広げた身体の密度を上げていく。縮まっていく体に、ともすれば潰されてしまう様な圧力が加わる。

そうして、1cm3辺りの重量を、マスターを大きく超す様に調節すると、彼女の体がみるみる浮かび上がっていく。

彼女が水面に顔を出すと、その体を背負うように人を象った。

 

「見えているのでしょう、ポックリン。この人を引っ張りあげるわ。手伝って」

 

森の小人、ポックリンが――どんな原理かは知れないが――片手に葉を回転させて飛ぶ茎を携えて、浮遊して来た。

 

「でも、僕の力じゃあ・・・」

 

「大丈夫よ。貴方の力があればこの人を救えるの。だから、お願い」

 

「・・・うん」

 

背中のマスターが擦れ落ちないよう背負い直して指示を出す。

 

「先ずはこの人が水中に沈まないように吊り上げて。僅かでも構わないから」

 

「わかったよ」

 

指もあるのか怪しい片手で今にも水面に滑り、沈んで行きそうなマスターの首をポックリンが掴むと、 桟橋の方へと泳いでいく。

そこへ着くと次の指示を出した。

 

「ソコからその人を引き揚げて。少し持たせてくれたらソレで良いの。私も直ぐに手伝うわ」

 

「・・・わかった。やってみる」

 

「良い子ね」

 

彼が懸命にマスターが沈まぬよう留めている内に、私は片足を桟橋に引っ掛け、体を水から出す。急ぎ、体の方向を変え、マスターの身体を両足で上手いこと挟み込んだ。

行ける。

 

「ふっ」

 

その場にマスターを横たえて呼び掛ける。

 

『「マスター、私よ。目を覚まして」』

 

「・・・おひめさま、起きないね」

 

胸元に耳を当てる。何も聞こえない。

 

「良い。ポックリン、此れから私のすること、この人に言っては駄目よ、決して」

 

「・・・うん」

 

身体を再度液体に変えると、彼女の口から体内へと侵入する。

先ずは肺に溜まる水を、私がその空間を占有することで体外へと押し出し、次は体組織の隙間を通り、心臓を直接マッサージする。

 

『起きて、マスター。起きるの』

 

長いのか短いのか、恐らく後者だろう。時間の感覚を失っていた私は、自分が握るのとはズレたタイミングで収縮した心臓に我を取り戻すと、マスターの口から体外へと抜け出した。

 

「げふ、げっほ、っげ・・ふ・ぐ・」

 

直ぐに人型へと戻ると、咳き込むマスターを覗き込む。

 

「『マスター、意識はある』」

 

「・・・え、えぇ。船を転覆されたのに驚いて、水を飲んでしまいました」

 

「わぁ、起きた。おひめさま起きた」

 

「・・・えぇ、一安心よ。助けられたわね」

 

「えへ~」

 

ポックリンの表情は窺えないが、照れ笑いを浮かべているのだろう。短い手で後頭部を擦っている。

体を起こしたマスターに安否を含めて問う。

 

「どう、行けそうかしら」

 

「行けます。行きましょう」

 

決然とした目付き。今までには見せなかった強い光を宿し、マスターは私達の行く先を見ていた。

小人にはここで帰って頂くしかない。

 

「貴方はもう帰りなさい。ここからは危険よ」

 

「僕にだってまだ出来ることはあるよ。おひめさまを助けるんだ」

 

すっかりその気になっている。

どうしたものか。

 

「・・・私と貴方とでは得意な事が違うの。貴方が得意なのは・・・そうね、人を助けること。私が得意なのは、誰かを殺すこと。全くの真逆なの」

 

「殺す・・・」

 

教育が行き届いているのだろう。否定的な雰囲気が滲み出ている。

他の、森の住人は、きっとこの小人の様に優しく育つのだろう。

 

「えぇ、殺すわ。いけない事だとしても、ソレが私に出来る唯一のコト。だから、そんな大事なものを私から取り上げないで」

 

「・・・うん」

 

「・・・話はついた。行くわよ、マスター」

 

「・・・えぇ」

 

大慌てで逃げたのだろう蜥蜴が開けていった隠し通路へと、私達は歩を進めた。

 

 

――――――――――――――

 

 

「誰も・・・見当たりませんね」

 

「人も魔物もね」

 

一言で表せば不気味。

書庫の階段を上り、武器庫を抜け、食堂に隣接した通路に来た時

 

「■■■■■■■■■――」

 

主に白銀の体毛を、次に紫の毒々しい配色、濃紺の(たてがみ)を持つライネルが、食堂側の壁から姿を見せた。石の壁を障子紙でも破るかの様に。

手に携えるのは異様な形をした盾と振るわれつつある片手剣、どちらも金色に近い真鍮の金具が用いられていた。

 

「っぐぅッ」

 

畳んで盾にした両足が軋むほどの衝撃。石壁にめり込むかという勢いで叩き付けられ、揺れた意識を建て直す頃には第二撃が迫っていた。

兜割りを脇に避け、蹴り裂かんとするも狭い空間への注意から中途半端に終わり、ぷつりと刺さった膝の棘が引かれ、糸のような傷を作る。

巨体であることを差し引いても武器の取り回し易さは向こうが上。広い空間に出たいけれど、直ぐ近くにはマスターが。

軽率だった。そう思うよりも早く閃きが訪れる。

そうだ。

 

『マスター、コイツを――』

 

言われずとも、マスターが手を掲げると、しかし現れた時のごとく、ライネルは壁を突き破って逃走した。

光が収まると、マスターに問う。

 

「どうかしら」

 

「・・・逃がしました、光の内に捕らえた手応えがありません」

 

「・・・厄介ね」

 

『メルトリリス』

 

『何かしら』

 

『私達の会話がガノンに筒抜けかもしれません。ですのでここからは念話で』

 

『了解よ』

 

生き物かすら怪しげな、感情の塊の様な存在に知性を宿す臓器があるのか疑問ではあったものの、ガーディアンを乗っ取るだなんてマネをしたのだ、思考能力が無いとは言えない。そう自分を納得させる。

ところで、外は防衛に適したガーディアンが(たむろ)している。ソレを理由に内部から侵攻する方針だったが、今の如く何度も奇襲されるのではここも安全とは言い難い。一方、ガーディアンは狙いを定めてから、射撃の準備を整える猶予がある。寧ろここは打って出るべきか。

 

『マスター、外に出ましょう。何度も奇襲されるんじゃ堪らないわ。却って外の方が安全なまである』

 

『わかりました』

 

出口の絞られている所から身を晒すのは好ましくない。

 

『マスター。出口の広い所、あるかしら』

 

『なら・・・こちらです』

 

枝分かれしていない、絨毯の敷かれた道を進み、展望室、訓練所の入り口を過ぎ、左手に見える大きな螺旋階段のある部屋へと入った。

 

『ここですね。この階段を上れば外に出ますし、恐らくはガーディアンから狙われにくい場所に出口があります』

 

城というのは要塞の役割を果たしているのか至極複雑になっている。けれど、流石は一城の姫。構造は知り尽くしているらしい。

絨毯が途切れる為に体を霊体化する。私の足音は良く響く上に騒々しいからだ。隠密性の欠片もない。

マスターから少し離れ、先導する様に捻れた階段を上がる。天井がある以外は吹き抜けており、石畳の通路に面している外の風景を目にしたところで、一旦彼女に止まるよう伝える。

外へ出ると何もおらず、・・・待て。良く見ると、風景と同化しているものの、不自然に盛り上がり、一対の点が微かに光っている所が数ヶ所ある。何れもここから離れており、天井等一見気付きにくいものばかりだ。

 

『伏兵がいる。下がって』

 

『えぇ』

 

ソレらに覆い被されて見えにくいが、手元には弓、鏃が普通の金属、僅かに黄色く発行する矢がそれに既に添えられている。

待ち伏せとは随分と計画的だ。

一つの懸念が私の頭を占める。先程ライネルが襲い掛かって来たのもそう、私達の居場所を知っているかの様にピンポイントでの出現だった。

背後のマスターを振り返った私は答えに辿り着いた。何故ならそれが目の前に、マスターの後ろに居たからだ。ブーメランの様な三叉刃をゆっくりと持ち上げて。

 

「ュ――」

 

忠告する間も惜しく、瞬時に移動する。マスターの肩越しにいる蜥蜴、頭部の兜を失った(カメレオン)の額へ、片足の階段に付いてからの実体化、そして足裏の刃を突き込んだ。

 

「――ぃっ」

 

『黙って』

 

マスターの驚く前に、念話を通して激する様に告げる。

武器と盾を垂れ下がる腕から『カラン』落とし、頭から血を噴かせて黒ずんでいく蜴を、尻餅ついたマスターが指差す。

 

『これは・・・』

 

『私達、ずっと尾けられてたのよ。コイツに。それよりも今の音で外の蜴に気付かれたかもしれないわ。ゆっくり後退して』

 

『・・・えぇ』

 

落ちた武器と盾を彼女は拾い上げ、再び霊体化した私と気持ち速めの忍び足で降りていく。

螺旋階段を降り切り、踊り場に出た私とマスターは肩を下ろした。

 

『リザルフォスには擬態能力があるとは存じていましたが、こうも近くでも気付けないなんて』

 

『でも、これで不可解な奇襲も無くなるわ』

 

辺りが突然揺れる。

パラパラと砂埃が落ちてくる。

 

『揺れてる・・・』

 

『何・・・』

 

「ゲゲエッ」

 

「ギャッギャッ」

 

震動に注意を持っていかれた私達の意識の間隙を縫うように、音もなく、上にいた蜴達が既に降りて来ていた。

 

「マスター、私の後ろに――」

 

「メルト――」

 

一際強烈な揺れ。轟音。

天井を砕き、私達の間に落下して来たのは――納得と言うべきか――火の粉を纏った半人半獣の魔物、ライネルだった。

 

「■■■■ーーーーーーーー」

 

(――またなの)

 

反射的に繰り出した刃が脇腹を裂き、腹筋に止められる。

だから筋ばったアメトイは好きになれない。

両腕を背に回され引き寄せられ、万力のごとく抱き締められる。ベアハッグ、熊式鯖折りだ。

 

「が・・ぁ″っ″・・」

 

瓦礫と舞い上がった塵から差し込む光に反応したライネルが駆けた。

 

「暑苦しい男は・・っ″・嫌いよッ」

 

自由な下半身で膝の棘を突き刺すが、何分勢いが無く、深くには至らない。

 

(なら――――)

 

そこまで考えた瞬間、横手にある木柵ごとその向こうへ、ライネルが私を抱えて身を投げ出した。

背筋が冷や汗を噴き出し、総毛立つ浮遊感の後、私は遥か奈落へと落ちて行った。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

『「――メルト、メルトっ」』

 

リザルフォスを祓うと、即座に彼女の霊力を追い、駆け出した。

先程この部屋に入らなければ真っ直ぐだった道を走り、突き当たりを左手に曲がると凡そ20m先に外へと続く出口が。そして右手には落下防止を防ぐ為の木製の手摺が、壊れている。

地下の牢屋へと通じる巨大な縦穴。その遥か下を覗く為に身をせり出した。

 

『「メルトっ、大事はありませんか」』

 

『足が頑丈で命拾いしたわ。・・・霊力を頂戴』

飄々とした彼女の調子に安堵する。

待て、以前彼女が霊力が欲しいと言った時、彼女の身に何が起こった。

あの時の感覚を思い出せ。

メルトリリスとの繋がりを意識し、彼女の体内をイメージする。

 

(・・・)

 

私が取り乱したら彼女はどうなる。落ち着け、落ち着け。

心臓の脈打つペースは天井知らずに、破裂しそうな程なのに、じっとりと汗ばんだ指先は冷たい。

 

『・・・運が良いわ。コイツ、私にご執心みたい。ここは私が引き付けるから、行って』

 

『貴女の体は私が治します。戦いに専念して』

 

『・・・行って』

 

『行きません』

 

『行くの』

 

『「・・・大事な人を、これ以上失いたくないんです」』

 

止めようのない涙に乗って流れて尚も、抑えようのない激情が喉を震わせた。

 

 

――――――――――――――

 

 

どうか。

 

お願い。

 

死なないで。

 

胸が締め付けられる。

鼻水が出る。

目許がじわりと熱を持つ。

 

何だ、これは。

 

「・・・勝手に、殺さないでくれるかしら」

 

気管が塞がってしまいそうな程の血を、俯けて口から流していく。

反射で咳き込む事が無いのは、本当は息をする必要がないから。結局、私は人を模しているに過ぎないのだから、そういった機能が存在しないのも当然だ。

なのに、これは、何。

 

『・・・第一に優先するのは貴女の身の安全。気を此方に割き過ぎない・・・約束して』

 

『・・・はい』

 

嘘だ。証拠に傷が治る速度が落ちるどころか増している。

私が時間を掛ければ掛けるほど、彼女に危機の及ぶ率が上がる。

猶予は無いが、急いては事を仕損じる。

焦燥感を捩じ伏せ、体内に意識を集中させる。最低限、相手が身動ぎすれば気づくほどには余力を残す。

上半身は放って置き、急場で先ずは裂けた股を修復していく。本来あり得ぬ方向へ曲がった足を戻し、砕けた股関節を一点に引き寄せてくっ付け、根本から断裂した筋肉を紡ぎ、張り直していく。

マスターの助力もあり、間に合ったのはそこまで。

折れた棘を脇腹から背へ貫通させたライネルが身を起こす。

その一刺し以外に、特に目立つ傷は無い。呆れた強堅ぶりである。

腹筋と背筋を杜撰ながらも治し、平行して両足を地に突き立て、それを支えに上半身を起こしつつ立ち上がる。

 

「・・・貴方が倒すべきは私じゃない。違うかしら」

 

「・・・」

 

変わらず、言葉を発する為の空間、空気の通り路を体内に確保する為に、喋り終えては顔を俯して血を排出する。

中途半端に再現された故に感じる雷の様な、明滅する痛み。きっと私はこれに意識を逸らされずには戦えない。だから、今は時間を稼ぐ。

 

「どうして私に――」

 

「■■■■■■■■――」

 

その先を口にする事は許されなかった。食い縛られた牙が剥かれ、眦を吊り上げ、額に皺が表れる程に眉間を寄せ、黒い眼球に血管が見える程熱り立ったその顔に刻んだ一本傷、恥辱を振り払い、拭わんとするその怒号。

仇敵に向ける殺意をぶち撒けるかの様な怒号。彼を真ん中に、砂塵に波模様が出来る。

私は本当にどうしようもない女だ。今私は命を奪われようとしているのに――――

 

「ねぇ、貴女」

 

ライネルが折れた剣を拾い上げた時、互いの視線が両者の瞳を捉える。僅かに出来た空白。

 

「御機嫌は如何かしら」

 

――――感じてしまう(イってしまった)

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

理性をかなぐり捨てた獣が、剣を片手に殴り掛かった。

一歩下がれば、拳に穿たれた大地に皹が広がり、砂塵が浮く。

我慢が出来ず、喘ぎ(蹴撃)が口を衝いて漏れる(出る)

 

「んッ」

 

スぷり

 

体を薄く切った。それだけの感覚が、爪先から灼けるような甘い熱に生まれ変わる。体の震えて、捩れて仕舞うほどに熱く、痺れる快感(疼き)

 

もっと蹴りたい(はしたない)

もっと蹴りたい(恥ずかしい)

もっと蹴りたい(弄りたい)

もっと蹴りたい(気持ち良い)

もっと蹴りたい(止めなくちゃ)

もっと蹴りたい(ああでもイってしまいたい)

 

「っは、はぁッ、ぁっ、はァっ――――」

 

(性器)の気持ちの良さと昂りに蹴って(カクついて)しまう。

もっと早く、もっと強く()れば、気持ちよくなるのだろうか。

 

 

「■■■■■■■■■■■」

 

痛みと快楽に理性が蕩けてしまいそう。けれど、あと少し(もっと)、もう一寸(もっと)

この行為とこの快感に水を差されぬ様に、頭の隅に残された理性で反撃を避ける。

骨を断ち割る感触のする度に、小波の様に絶頂が訪れる。

 

 

――――――――――――――

 

「■■■■■■■■■■■」

 

魔物の頂点たる己が蔑まれている。

攻撃の一切が空振り、一方で相手のそれは尽く体を切り付けていく。

敵の攻撃は軽い。力の入らぬほどに()が抜けていかねばその輩に勝算はない。だが自身の攻撃は重い。一度当たれば蝋燭の灯の如く掻き消せるだろう。

相手の動きは今までに無いほど直線的だ。冷静に腕を振るえば、それだけで己の勝利は不動の物となる。

 

 

ぱきり

 

乾いた小枝の折れる音がする。

縦横無尽に、地を、壁を、我が身を足場に跳ねる、速度の落ちる一瞬を捉え、予測して攻撃を置くのでやっとだと言うのに、それすらも躱されてしまうのに。

 

ぱきり。ぱきり。

 

この痛みに動きを止めてしまえば、目の前にある筈の勝利が遠退く。

そんな事は許されない、許してなるものか。

胃が燃え盛るようだ。全身を奔る怒りに身を強張らせ、胃液を煮沸かす気炎が口を衝いて迸る。

 

「■■■■■■■■■■■■」

 

これしかない。

総身の怒気を刃が赤熱する程に注ぎ込み、地に叩き付けた。

灼光が()ぜる。

大地が風に吹かれた藁の如く捲れ上がっていく。

火を体内に産み出せる程に耐性を持つ己の視界が白く焼き付く。

それが収まる頃には、『ピクリ』叩かれた羽虫の如く怨敵が地に這いつくばっていた。

胸が空く。良い気分だ。爽快とは正にこの事を指すのだろう。

それでも、まだ足りない。余りにも呆気ない。数打が己の怒りに釣り合うかは全く疑問だが、文字通り虫の息だ。この一撃で最後になるのだろう。

足を踏み出す

 

べしゃり

 

段差を踏み外したかの様に体が傾く。

下を見た己は目を疑った。

溶けた前足が水溜まりになっていたのだから。

 

 

――――――――――――――

 

 

焼けた肌が空気に触れる。針山にでもなったかの様な心地だった。

苦痛に縮こまり、蹲った体は小動(こゆるぎ)も出来ない。

目だけを動かし、下半身の溶け切った毒々しい沼男が視界に入る。

 

「・・・体に、悪そうね、貴女」

 

「――――――――」

 

水音を喧しく立て、何か喚けば管を空気が通る音だけが鳴る。

剣を振り上げれば、腕が引っこ抜かれた芋づるの如く飛んで行き、壁に模様を作る。

口腔に火を充溢させれば垂れた表皮に口を塞がれ、行き場を失った爆炎に頭が爆ぜた。

今頃になって自慢のウイルスが効くとは悍ましいほどの頑健さだ。つくづく驚かされる。

これを身体に取り込めば、負わされた傷も大分治ることだろう。しかし、体が動けば、の話だが。それに、養分にするには余り気の進まない色をしている。焦げ付いたぶどうジャムか粘ついた黴の様な、腹を下す前に体が拒否反応を起こして吐いてしまうだろう色合いである。

 

 

『・・・マスター、私を見ないで』

 

『メルトっ、どうかしたんですか、メルト』

 

体も顔も焼け爛れた私を、化け物に変身する私を、人間じゃない私を見ないで。

体を液状に移行させる。

形を保てなくなった液体は広がり、接触した所から遺骸を吸収していく。

 

『今そちらへ向かっています、持ちこたえてください』

 

最悪だ。

 

『やめて、来ないで』

 

私を見たら、貴女は――――。

 

「――メルトっ」

 

先程の獣人の一撃により、脆くなっていた石壁が一部崩れる。

とうとう見られてしまった。

 

「どこですか、メルトっ」

 

目の前にいるではないか。

そこまで考え気付く、彼女にはこの姿を見せたことはなかったか。

 

『・・・マスターがいた所に向かっているわ』

 

『・・・』

 

彼女が荒げた呼吸を収めて目を閉じる事少し。

彼女の視線がこちらを向いた。

 

「嘘は、良くありませんよ。メルト」

 

『・・・』

 

何故。疑問の表情のマスターが私の前で屈んだ。

 

『醜い私を、見ないで』

 

背ける顔面もない為に、彼女の顔が嫌でも目に入る。こんな自信の持てない姿を晒してしまう事の、なんという恥ずかしさか。受け入れられる事を望んでいながらも、拒むことしか出来ない、それが今の私だ。

そんな私に対し、彼女は気まずそうに言った。

 

「・・・今更、というか。先程のが・・・その、余りに強烈で」

 

『・・・』

 

先程、先程のとは、あの痴態の事だろうか。省みると、前例の無いあの感じはマスターと感覚を共有した結果なのだろうか。

だとしたら。

いや、そうであって欲しくない。

尽きかけの気力を振り絞り、冷静に努める。

 

『何か、感じたの』

 

「あの・・・はい。凄く、気持ち――――」

 

『いいわ。止めて。結構よ』

 

赤らむ尖った耳に覚る。

死んでしまいたい。

 

『冗談でしょ・・・』

 

『・・・その、すみません』

 

羞恥心が収まると、今度は諦念と絶念に声が震え始めた。

 

『・・・私、気持ち悪いでしょ。オカシイわ、こんなの』

 

「・・・変わった嗜好だとは思います。けど、メルトも女の子ですから、気持ちいい事を気持ちいいと感じるのは可笑しくありませんよ」

 

『・・・何よ、それ。答えになってないわ』

 

今だけは人でなくて良かったと感じる。泣いていたのがきっとバレてしまうから。

 

 

――――――――――――――

 

 

 

幽かに声が聞こえる。呼び掛けるような、奮励させるようなそれ。延々と一定の音とリズムを刻むそれは、獣人の戯言(怨言)と断じていた私の興味を引いた。

 

私は体を支えられ、転落する直前の通路にマスターと戻って来ていた。

 

「・・・マスター、何か聞こえるわ」

 

「・・・私には、何も」

 

 

目を瞑り、余った感覚を他へと集中、尖らせる。

 

 

――――此方(こなた)へ集え、魔の雄共よ。

剣の者は息を絶った。

封を施す女を殺めよ。

臥薪嘗胆の日々を没せよ。

人の世にお前達が帳を下ろすのだ。

 

「・・・私の頭がまだ正常なら義勇兵募ってるわよ、あの猪」

 

「・・・急ぎましょう」

 

目の前の出口から一旦城外へ出ると、城壁の外へと続く、夕日を反射する草原に目が眩んだ。

 

「・・・メルト、あれは」

 

「・・・」

 

マスターの力の抜けきった声に認識を改める。

あれは、平原を隙間なく埋め尽くす白銀(魔物)の群れだ。

死闘を演じる羽目になった獣人、そこに散見される同族達が私達を目敏く見つけた。先頭集団の、その先頭の一体が剣を掲げて鬨を上げた。

万を遥かに超す雄叫びに大気を伝わり肌が痺れる。乱暴な行軍に大地が上下に揺り動かされる。

活火山の噴火。その先触れの現象を前にした私達の間に慌ただしい空気はなかった。

 

「・・・マスターは先にあの畜生の所へ行って頂戴。私が全部丸呑みにするわ」

 

それは一体どういうことか。マスターが葛藤と不安の同居した顔をする。まるで信用されていない。

有象無象の発する騒音の中でも彼女に届くよう声を張って宣言する。

 

「封印が終わろうと貴女の生は終わらない。私には貴女の拠り所として、護り人としての義務がある」

 

自分以外の誰かの為に笑った経験は、これが初めてになる。きっと上手く出来てはいないだろう。

 

「私は貴女を置いて死ぬつもりはないわ、マスター」

 

「行って」それだけ告げ、マスターを置いて私は駆け出した。あの場に留まり、返事を待てば一悶着あるのは想像に難くない。

彼女がそうする理由を思えば、悪い気はしないけれど。

 

「邪魔者には御退場願おうかしら」

 

アレを発動するには何処が最適か。脳内地図にヒットした地点へと私は急ぐ。

 

――――――――――――――

 

 

私は途方に暮れていた。

 

あの希望の絶たれる光景を目の前にして、何とか出来ると嘯く者を誰が信用できようか。

私達の今しがた出てきた前面だけでない。侵入して来た裏手にもガノンの呪詛(魔力)に変性した輩がいる。私達は退路をも絶たれたのだ。

私の力だって万能ではない。不意を突かれれば私は無防備であるし、飛来する矢ごと魔物を封印できるのでもない。あの大軍全てに対処し切る前に力の底に着かないという保証もない。

その夥しい魔物を相手にするのは誰だ。

それを扇動するものは誰か。

 

揺れがずんと一段強くなり、立っていられず躓く。

城のあちらこちらから間欠泉の如く水が噴く。 水。きっとメルトだろう。城下町に侵攻する白銀の絨毯が津波に覆われていく。

規模が確かにあれならどうにか出来るかもしれない。けれどあの勢いを維持できるとも限らない。

揺れの収まったのを潮合いに、私は本丸への道を駆け昇る。

 

――――――――――――――

 

 

弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)。一つの文明圏に暮らす人々の凡てを溶かし、養分にする悪辣な宝具。だからこその対文明、対界宝具。

城内にいた魔物は激流に浚われ、城下では津波に同族と押し合い圧し合いしながら磨り潰されていく。裏手の港口からは、勢いの増した水流に抗えずに陸地の生物同様の扱いを受ける。

遍く生命の形は快楽の内に溶解する。

引き波は私の元へ理性も本能も融けた血肉を運ぶ。

尽くを飲み下す。

 

「・・・ふぅ」

 

今では明確にあの魔猪の呼び声がする。

第二軍を投入するらしい。

 

「・・・根比べってワケ。いいわ、付き合ってあげる」

 

養分としては申し分無い。しかし、混入した大量の異物(呪い)に自身が侵されていく。

これ以上は、既に、明らかに分水嶺にまで来てしまっている。制御が効かなくなる前に、せめてもう一度。

 

「調度良いわ。貴方達で陶芸でもしようかしら」

 

お願い。

死なないで。

そう願われたのだから、私に命を散らすつもりはない。だが、約束の履行が私にこの後出来るのか。私は正気を保っていられるのだろうか。

ならば、今器を作ってしまおう。これは保険だ等と、弱気になる自分を嘲笑った。

 

―――――――――――――――

 

 

 

どういうことだ。

発掘された、殊に体躯の大きいガーディアン。五体の内の一体。ガノンを追ってやって来れば、何故これが本丸にあるのか。

橙ではない、ガーディアンが薄紅の明かりを体に灯した事で疑問は氷解する。

これを依り代に、城を登って逃げて来たのだ。

すると新しい疑問が生まれる。これに取り付く考えは分かる。その体は、彼にとって自身を打倒した兵器の最高峰なのだから。その強さは彼が一番身を以て知っている筈だ。けれども、封印の力を宿した私を目前に逃げない理由とは何だ。

 

ガタガタと部品の接触に音を奏でていたガーディアンがばらばらと浮かび上がる。

部品を取り込み、魔力で構成された二本の足、体で立ち上がり、古代兵器を兵装として身に纏ったガノンが私を睥睨した。

天井まで届くのではというその巨躯は、歴史書に綴られた、時の勇者と相対した時の姿を連想させる。

 

彼の一挙手一投足に全霊で注意を傾けていた私は、水のガーディアンの持つ槍を地に突き、片足立てて跪くガノンにすら怯んでしまう。

 

『ハイラルの姫巫女よ。今が好機です』

 

「貴方は・・・」

 

ガノンの額に、第三の赤い瞳が現れる。それを境にガノンが呻き始め、彼の体が硬直する。

 

『説明する御時間は御座いません。さぁ、早く』

 

彼の言う通り、これは千載一遇の機会だ。我に戻った私は封印の力を行使する。

これ以上、あなたに誰も脅かさせはしない。

光がガノンを呑む。しかし、その形は未だ保たれていた。

突然、私の頭を鋭い痛みが貫く。ただ一人の個人が蓄えたとはとても思えぬ程の呪詛(怨み)、その情報が私の処理能力(許容量)を遥かに超えて送り込まれていた。

 

「―――ぐっ、ぅがぁ」

 

押し潰されそうな圧に今度は私が膝を突く。

ガノンの抵抗が熾烈に過ぎる。猛烈なそれに此方が飲み込まれてしまいそうだ。

激痛に掻き乱される頭の中。現状を打開する為の思考が、岩も削り取る様な奔流に擦られた生乾きのインクになる。

鼻の奥から唇へ温かいものが滴る。鉄の味がする。視界が何時ぞや見せてもらった、付きかけの電灯の如く明滅する。

腕が落ちるその時、誰かがそれを支えた。

 

「それでも貴女、私のマスターかしら」

 

「・・・メルト」

 

凍てつく吹雪の緞帳が過ぎ、晴天の空が広がったかの様だった。

頭のはっきりしない私は言葉も思い付かず彼女をぼうと眺めるだけだ。

口元を袖で拭われる。

 

「・・・遅れてごめんなさい。貴女は私の心を守ってくれた、今度は私がマスターを守る番よ」

 

何故髪の色が変わったのか。目の色が紫色なのか。

益体もない疑問が浮かぶ。思考が全く纏まらない。けれども、考えることが出来る。

目と鼻の先にいるメルトリリス、彼女の髪の色素が抜け落ちていき、目の色は元来の青ではなく赤に染まっていく。更には赤い脈が彼女の首から登っていく。とても肯定的に受け取れる様子ではない。

 

「・・・メルト」

 

「大丈夫よ。私が怪物でも貴女は傍にいてくれる。私を守ってくれる」

 

そうでしょう、マスター。

 

そうだ。私がメルトを守るのだ。鼓動の速まる心臓、そこに灯る温もりが腕の血管を通り、掌に達した時、光が黄昏色に染まっていく。

ガノンが光に削られる。

 

「――――――――」

 

叫ぶ。全身に残る力を余さず絞り出す。体を脱力感が占めていく。構うものか。

後先考えぬ全身全霊を掛けた一撃に、一旦怯んだ彼の体が波にさらわれる砂城の様に解けて崩れ去っていく。限界が近かったのは私だけではなかったらしい。

 

「―――■、■■ォオオオ」

 

『これは・・・』

 

ガノンの体を青い光が繭の様に包んでいく。シーカー族の技術の特色であるそれは、私に不吉な予感を抱かせるには充分だった。

焦りを露にした男の声がこの場に反響する。

 

『ガノンは自己修復機能に付随する防壁を利用する算段です。一度始まってしまえば止める術は・・・』

 

何て機能を付けてくれたのか。

こんな所まで来て。

悪態をつく暇すら惜しみ、考えを巡らせる。仮にそれが成ってしまえば彼を実質的に押し留む事の出来る人間がいなくなるということだ。 ここにいる私達皆死んでしまう。

 

「あーーーっ、もう」

 

「マスターっ」

 

『姫巫女殿っ』

 

そんな都合良く、手っ取り早く良策が思い付くわけがない。

背後で呼び止める声を無視し、形を変えて宙に浮かぶ水の心臓へと私は突っ込んだ。

 

 

 









シーカー族の人:ダイワ・サトル
コログ:ポックリン・リリィ

不快に思うことがあったら自分の力量不足なので、キャラに罪はないとご了承ください。

デイジーは楽しいから皆も使おう。コントローラーはプロコンが、良いぞ。(joy-con×2逝去)


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恋破れて愛を知る。さよならアルブレヒト

短いけどキリが良いので




最終話が短いのでくっつけました









嘗て栄えしハイラル城。

そこの本丸に、一人の精悍な顔付きの少年が泰然とした歩みで入場する。

 

『貴方は人間、それとも魔物かしら』

 

如何なる術か。耳を通さず投げ掛けられた問いに、ハイラルの勇者が視線を巡らせる。

すると、見覚えのある泥――城内や大陸各地に点々と見られたそれ――が本丸を囲む入場口から蛇の如く流れ込む。天井から通る管に繋がれた心臓、その中に目当てがある少年との間の一点に集中し、凝縮されていく。

黒い花嫁衣装(コート)――そう呼ぶには些か奇抜に過ぎる――の少女が黒い金属製の足甲に付いた、仄暗く輝く(ヒール)を地に打ち鳴らし、体に付着する泥を弾けさせた。

少年が退魔の剣を背に括り付けられた鞘から抜き放つと、剣は目前の脅威に耀き、彼は警戒を引き上げる。

相手を脅威と認めたのは少女も同じ。縮んだバネの如く体を低くし、臨戦体勢に入る。

 

「どちらにせよ、貴方は目的があって此処を訪れた。私のマスター()に用事があって。違うかしら」

 

「・・・」

 

「・・・まぁ、良いわ。火の粉であれ、露であれ、マスター()に降り掛かるのであれば、払うだけよ」

 

遣える人間と魔物を混同させた彼女は首を跳ねようと、氷上を滑るかのように一足で少年を有効範囲内に捉え、踵で刈り取らんとする。

彼女は目を見開いた。人外の内でも格段の速さを誇る彼女の蹴撃が、掲げられた盾の表面を擦って行くのだ。今の自身と張り合う事の出来る者はこの場にいない。その確信故の驚愕だった。

正確に、狂いなくいなされ、勢いの乗った体の制御に手間取る一瞬の隙、少年は少女の懐へ踏み込み、軸足で鎧に覆われていない太股へと剣を突き出す。

しかし、遅い。人間と人外の基本的な速度と筋力の差の為に、少女は体を支えるための軸足だけで宙へと跳ね上がり、攻撃をかわすことに成功する。

次に隙を晒すのは少年の方だ。見上げる彼と見下す彼女の視線が交わる。決して揺らぐことの無い静かな水面、全てを映し、白日の元に晒し出さんとする曇りの無い鏡の様な彼の瞳が、彼女の何かに触れる。

激情を表すかのような雷の如き刺突の雨が、少年を襲う。常人なら盾を取り零し、蓮の花托と化す所を彼は弾けずとも全て捌ききる。火花が咲き誇った。

通じないと悟った彼女は一際強力な一撃で盾を叩き、反動で彼から離れて着地する。

 

「その目、不快よ。今すぐ止めなさい」

 

「・・・」

 

何時も黙している所までそっくりだ。

目を逸らし続けていたものが追い掛けてきた。そんな罪を質される様な感覚に耐えきれず、彼女は叫ぶ。私はもう(人に嫌われる事)を犯してはいない。その証拠に

 

「私は一人じゃないっ。私にはマスターが――――」

 

内気だけど活発的、優しく頑固で、責任感が強すぎて自身を追い詰めても決して諦めることのなかった、余りにも不器用に、目の眩む程に懸命に生きていた、私を見捨ててくれずにいたマスター(女性)の顔が思い浮かぶ。

 

「マス、ター。マスターッ」

 

酷く狼狽する彼女。その姿を見たならば、例え似た目を持ったあの青年ですら呆れて言葉を失うだろう。

一世紀も昔の、たった二日の時間。等身大で他者と言葉を交わし、絆を育む。それだけの事が彼女が半生培ってきた、人間に対する価値観を再構築させるには十分な証左だった。

霧の緞帳の向こう、霞の様に消えてしまいそうな影画。大切なヒトが思い出せなくなる。妙な確信を抱いた彼女は何度も口にしたその言葉を、やがてはその度に覚えた胸の温もりを手繰り寄せんと喉を搾り上げて声を出す。

突として錯乱し、涙を滂沱の如く流し始めた少女。一種異様な様子に少年は身構えるが、剣の光が弱まった事で、己の行動に微々たるものだが疑いを持つ。

彼女は声の枯れるまでそれを続けると項垂れた。両親を亡くした場面に居合わせた子供の様だった。理解の追い付いていないその無表情は、この時だけは酷く不吉で、危うさを彼に感じさせた。

腰を落として重心を磐石なものにすると、剣が呼応する様に光輝を放つ。

 

「・・・あの人の声も、姿形も、体に触れてくれた感触も、思いも、何もかも思い出せない。私には、何も、ない」

 

 

 

お願い。

 

 

死なないで。

 

 

 

「死なないで。私はそう願われて今も生かされている。だから――――――」

 

今一度、(ヒール)を打ち鳴らし、少女は少年を振り返る。彼女は鋭い目に刃の様な光を湛え、視える程に濃い瘴気(魔力)を纏う。

金切り声に罅の入った喉が裂ける。知ったことではない。だって、私が彼女のことを口にすることはないのだ。あんな幸せ、知らなければ良かった。あの時命が潰えたとしても、これ程苦しむ事は無かっただろうに。

少女は悲哀(抂愛)を絶叫する。

 

――――貴方が私を終わらせて。然もなければ、私が貴方を討つ」

 

 

彼女のコートに赤いラインが走り、飾りつけの折り紙細工の如く割ける。知る者が見れば、穢れた聖杯へと身を窶した少女、彼女のオリジナルにそっくりだと応えただろう。

愛を知った少女は化物へと変身したのだ。

 

 

★★★★

 

 

一人の怪物によって敷かれる包囲網。それに囲まれた少年に見えるのは残像だけ。

これまで傷ひとつ付くことのなかったハイリアの盾が装飾の原型が判別出来ぬほどに削られていく。どんな敵にも決して冷静を守る少年は焦り、前面から迫る断頭台の刃をバック宙で躱す。神経が只人の何倍も鋭敏になり、怪物の姿を捉えることが出来る。しかし、彼の瞬くよりも前に更に加速し、彼が地に足の着くよりも早く、連撃が訪れる。盾を構えるも、空中で踏ん張りの利かぬ彼は蹴鞠の如く弄ばれ、城内の天井へと撃ち込まれる。

怪物は少年の元いた所に顕れた青く光る玉に目を奪われ、それが何であるかを理解するよりも数瞬早く炸裂したそれに吹き飛ばされる。

少年は肺の息が全て吐き出された事による呼吸をしたいという衝動を堪え、彼はオオワシの弓を構える。ライネルを狩る都合上、雷の矢を多く持つ彼は自ずとそれを選択し、引き絞る。リモコン爆弾によって宙を舞う最中の彼女を射る。

落下の本格的に始まるよりも前に彼はそれを終え、剣を取り出し足元の(天井)を蹴る。

痺れによって脱力した彼女へ少年は一直線。彼自身が矢となり剣を突き出した。

抵抗もできぬままそれを見届けた怪物は微笑みを浮かべ、それを受け入れる。

罅の入っていた、侵された霊核(心臓)が突き抜かれ、砕かれる感触。やってくれた。

至近距離で少年と視線の交わった少女は悪戯半分、感謝半分に思いを告げる。

 

「・・・助かったわ、ありがとう」

 

不意を突かれて少年の顔が歪む。打ちのめした、命を奪った相手から純粋に感謝の意を述べられた事に顔を歪ませた彼に、少女は破顔する。良い気味だ、と。

体を修復出来るだけの魔力も残っていない。彼女は元々残り滓だったのだ。吸い取られる魔力を濾過して残った不純物。彼女がその存在全てを消費するか、勇者が止めを指すが先か。今回は後者であった。

その魔力を全力で搾り尽くした事で存在を保てなくなった少女は、魔に仕える魔ではなく、姫巫女に仕えた少女へ回帰する。

そして遂に、少女は姫巫女の呼び声を聞き届ける事が叶う。耳を、目を、記憶を覆っていたものが晴れたのだ。

 

「なによ。そこにいるじゃない――」

 

有り余る霊力で実体を作り出した姫巫女が、勇者の離れた少女の元へ躙り寄る。自身(割れた器)へ汲まれる霊力に少女は頬を緩ませ、忠告する。己が塗り替えられる前に自身(聖杯)へ願った、私は彼女を助けたい、私が彼女を支えるのだ。その願いを無駄にするなと。

 

「四散した杯に水を酌めども貯まりはしない。私の努力を水泡に帰す気かしら」

 

「嘘でしょう・・・そんな、私の無思慮なせいで」

 

元の形を失うほどに歪んでいた(霊基)が砕けたのだ。受け皿となることの可能な破片すら今の彼女には無かった。

 

「あの時はああするしか無かったのよ。そんなに自分を責めすぎないで、マスター」

 

―――――――――――――――

 

まるで夢の様な日々。目の潰れてしまいそうに眩いそれは、俯いた私に色濃い影を初めて直視させた。こんなにも素敵で心温かなものを私は奪ってきたのか。死にたくないと懇願する人々の命を食い物にしたのか。その中には誰かを想って月に来た人がいたかもしれない。その人を置いて逝く事の出来ない人がいたかもしれない。そんな切な願いを私は踏み躙って来た。私の誇り(自尊心)は依然として高いままだけれども、私は私を誇ることが出来なくなってしまった。余りにも無情な(正しくない)行いばかりをしてきたのだと悟ってしまったから。

だから、これは贖罪の(人を知る)旅路だった。

 

主の少女が薄れていく私に涙する。良いことではないのだろうけど、誰かに、彼女にこんなにも必要とされていることに百年の孤独が癒されていく。

「泣かないで、マスター」

 

「だって、私は貴女に何も・・・」

 

「傍に居てくれたでしょう」

 

私に勇気を、自信をくれた。誰かに高圧的に、攻撃的にな(心を守)らずとも誰かに接することが出来るように、固くなった私の心を(ほぐ)してくれた。ほら、今だって、私の心はこんなにも満ち足りている(幸せだ)

パスを拡げ、私の胸に並々と湛えられた心地よさをマスターと共有する。

 

「私は一度死んだ。それでも手に入ることのなかったものを貴女は私に注いでくれた」

 

涙を流すマスターに触発され、声の震えに収まりが着かなくなる。彼女の掌を抱え、胸に押し当てる。

 

「この胸に満ちる全てが、私の宝物よ」

 

こんなにも透き通る様に晴れやかな気分は初めてだ。諦観の内に生を諦めるのではない。これ以上の(幸福)はもう必要ないのだ。未練がきっと生まれてしまう。

意識が体と共に薄れていく。

 

「待って、メルトっ。待って」

 

「マスター。貴女が最初で最後で良かった」

 

私は誇り高い(高慢ちきだ)が、私自身を誇ることは出来ない。けれど、私の人生で誇れる何かがあるとすれば―――

 

「―――さよなら、貴い(愛しい)ヒト。貴女という貴人に仕えた事を、私は誇りに思うわ」

 

唖然とした彼女は目元を腫らしつつも何時ぞやの決然として厳かに告げる。腫らした目元にも関わらず、人を統べる王女に相応しい風格を滲ませるマスター(主人)

実に良い顔付きになったものだ。

 

 

「では私の傍に居て、私と共に歩んで下さいっ。貴女が真に私の(とも)であり、臣であるならば」

 

「・・・そうね、考えておこうかしら――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この国には伝説がある。最新の伝説だ。退魔の剣(勇者)は折れ、姫巫女が膝を屈した時、魔剣が古の契りを果たしに顕れるのだと。しかし気を付けねばならぬ。姫巫女の剣は魔的なのだ。人を惑わすその見目に気安く触れれば切り裂かれるのは己。それは彼女は持ち主の心を見定めるからだ。けれど清く一点の曇りもない心の持ち主である必要はない。聖人である必要はない。人として正しく努めんと足掻く者にこそ彼女は心血を捧ぐのだ。それこそがこの世で最も貴いものだと彼女は信じているからである。

 

火の手、怒号、悲鳴、泣き声と鳴き声の上がる街を駆ける。皆の作ってくれた(を犠牲にした)機会を活かさねば。だが私が皆を護らなければ、誰が彼等の命を保証してくれるのだろう。

足を止め、背を押してくれた人々を振り返る。

いけない事だとは思わない。けれど間違っていたのだろうか。前を見ず走っていた私は何かにぶつかり、転んだ。見上げれば、炎を背にして目だけを爛々と輝かせる潰れた鼻の魔物がいた。

俺が一番の首級を頂く。

歓喜と期待に刃を握る手が掲げられ、その勢いのままに腕が何処へなりと飛び失せた。

 

「誤算だわ、この星に座があるなんてね・・・」

 

「■■■――――」

 

背後を振り返ると、私を認めて少女が不適に笑った。鋼の具足、膝頭に騎乗槍の如き棘、黒い刃の(ヒール)。こんな武器は見覚えがない。まともに扱える人間がいるのか怪しい形状である。少なくとも体系化されるほど使い手の数は多くないだろう。

少女は私を叱咤した。

 

「立ちなさい、他ならぬ貴女の足で。私は手を貸しはしない、努力する貴女を手伝うだけ―――」

 

「―――貴女が、貴女こそが、貴女の手で大事な人を護るのよ」

 

彼女は私を真っ直ぐ見詰める。その誠実で厳然でありながらも、何処までも優しいあり方は、私の母を想わせた。

疲労に震える体を起こすと、少女は私を見下ろしたまま告げた。

 

サーヴァント(従者)、メルトリリス。貴女を当代の主人(ゼルダ)と認め、貴女へこの剣()を捧げます」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

さよならアルブレヒト

私は貴方を理由に死ぬとしても(死ぬほどに)、愛しています。











完結しちゃったよ(呆れ)



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