【ドルフロ】夜の司令室にて (なぁのいも)
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ST AR-15

静寂に包まれた夜の司令室。

 

 指揮官の指揮を補助する為のモジュールの殆どが電源を落とし、薄暗い空間にいる人物が二人。

 

 一人はこの基地を任された新米の指揮官。照明以外の電源が落ちた夜の司令室で、ひっそりとアルコール類を嗜むのが彼の趣味なのだ。

 

 そんな風に秘密の趣味を嗜んでいた彼の元に、後方支援の報告書を渡すついでに一緒にアルコールを飲まないかと誘われ、それに了承した戦術人形が居た。

 

「聞ーいーてーまーすーかー指揮官!」

 

 その相手は春先に咲く梅の花ような色合いの髪をワンサイドアップにした碧眼の戦術人形。16LAB製の替えがきかない特別製の戦術人形であり、指揮官を必要としない特殊な部隊に所属する彼女。

 

 彼女の名はSTAR-15。

 

 AR小隊の中では、隊長を務めるM4A1の事を一歩引いた立場で補佐する冷静な彼女。

 

 そんな風に冷静沈着なAR-15が何故か頬を彼女の髪の色の様に染め、指揮官の襟首を掴んで指揮官の顔を子供向けの玩具みたいにガクガクと揺らしている。

 

「き、聞いてるから離し―――ヴォエッ!」 

 

 AR-15に弱々しい声で襟首を離す様に懇願する指揮官。アルコールで弱体化パッチが入った身体に三半規管をダイレクトアタックされるのは、ドローンが故障して戦場の物陰で指揮を執った事のある指揮官でも耐えられぬ物だった。

 

 聞いてると言われて満足したのか、或いは、指揮官の頼みをやっと聞き入れる気になったのか、AR-15は指揮官の指揮官の襟首を離すと、小さく頬を膨らませながら電源の落ちたパネルの上にあるコップを手に取り、中身を一気に飲み干す。

 

「M4は優柔不断すぎる!あのままだと、必要な時に必要な判断をするのが遅れてしまう。M4は隊長としての責任感が――」

 

 コップに新たにアルコールを注ぎ、化学調味料を加えて甘く仕上げる。

 

 このご時世、本物のアルコールを窘めるのは富裕層のみで、第三次世界大戦とコーラップスで汚染された世界の中で、比較的安定した職であるPMCに務める指揮官でも易々とありつけない。

 

 なので、人間が美味しく飲めるように調整したアルコールに化学調味料を加えて、かつての世界にあった酒やカクテルの味を再現するのだ。

 

 人工甘味料をドバドバと入れるAR-15は甘めのお酒が好きな様だ。

 

 両手でコップを持って指揮官に愚痴を言いつつ、コクコクと喉をらしてアルコールを飲むAR-15。

 

 普段は見れないような可愛らしいAR-15の姿なのだが、散々揺らされグロッキーとなった指揮官は四つん這いになって口を抑えてる為、拝むことが出来ない。

 

 指揮官は興味本位でAR-15に飲酒を勧めたのだ。疑似感情モジュールを有する戦術人形が、アルコールを摂取したらどうなるか。

 

 彼女達は人間の様に飲食が出来る。それに、仕組みは詳しく知らないが摂った食事はエネルギーに変換する事も可能らしい。

 

 それを知っているからこそ湧いた興味だった。もしかして、戦術人形も酔うんじゃないかと。

 

 戦闘の時でも役立つ指揮官の突発的な発想は見事に的中。AR-15は恐らく酔った。酔って普段は見せない位に感情を露わにした。そして、指揮官は思い知った。酔ったAR-15は非常に面倒くさいと。

 

 AR-15はAR小隊の中では、隊長のM4A1を一番補佐している立場だ。それ故、彼女なりの苦悩が多いのだろう。

 

 溜めに溜め込んだ感情はアルコールの力を借りて吐き出されているのだ。指揮官に。

 

「私が持つのは民間用の銃……他の三人と違って特別な改造や改良を加えられたモノでも無いです……。だから、私は実力を示さないと……。特別じゃないから……」

 

 先程までは部隊長の愚痴で声を荒げてたと思えば、今度は自らのコンプレックスを勝手に暴露して勝手に沈む。

 

 アルコールに寄ったAR-15は非常に激情家である。

 

「うぇっぷ……全く……」

 

 吐き気を飲み込みながら立ち上がった指揮官は顔を伏せたAR-15の肩に手を置く。すると、AR-15は指揮官の事を見上げ、見つめ合う形になる。

 

(全く……仕事を忘れたいから酒を飲んでたのに……)

 

 日に日に激化していく鉄血との戦い、資材の管理、戦術人形たちの相手、カリーナからの購買の品を買えという催促。

 

 その全ての疲れを忘れる為に、一人でアルコールを楽しんでいたのに。

 

 でも――仕方ないだろう。戦術人形にも感情はある。だから、募りに募ったモノもあるだろう。

 

 部下の悩みを聞くのも上司の仕事の内だ。それに、アルコールを勧めたのは自分だからその責任はとるべきだろう。

 

 という建前でお節介な本性を包んで隠しつつ、指揮官はAR-15に労いの言葉をかける。

 

「いつもありがとうAR-15」

 

 指揮官からの感謝の言葉にAR-15の目は丸くなる。その言葉をかけてくれるとは、露にも思ってなかったと言うように。

 

「AR-15がM4を補佐してくれるから、M4も少しずつ成長できてるんだ。あの子の優柔不断さは段々と無くなっているし、迷っても最悪の判断をすることは無い。それはAR-15がM4を支えてくれているおかげだと思う」

 

「私の……おかげ……?」

 

「そうだ。いつも冷静で、M4が間違った道に進みそうになったらAR-15が手助けをしてくれる。導いてくれるから、M4は成長しているんだと思う」

 

「指揮官……」

 

「M4の成長は遅いかもしれない。でも、それでも、M4は前に進む、進み続けると信じてあげて欲しい。AR-15が背中を押してくれるから」

 

「……はい」

 

 小さな逡巡の後、AR-15は小さく口許を歪める。AR-15が浮かべた小さな笑顔、普段なら絶対に拝むことが出来ない貴重な表情。

 

 アルコールが体に巡っているせいか、それとも別の要因から指揮官の頬がかっと熱を持った。

 

 指揮官は照れくさそうに頬を掻きつつAR-15から背を向けて、AR-15に顔を見られない様にすると、宙に落書きするように人差し指を立てる。

 

「それとな、民間の銃を扱っているからって、それをコンプレックスにする事も無いと思うぞ?」

 

「それは……」

 

「民間にも出回ってるって事は、それだけ信頼性も高いって考える事も出来るだろ?いつも、M4を支えてる様に。確かにST-15はM4に対して辛辣な所はあるが、M4は君の事を嫌ってないだろ?そう言う意味でも、信頼性が高いってことだと思う」

 

「……」

 

「それに、民間人にも扱えるって事は、拡張しやすいってことなのかも知れないぞ?AR-15が他の皆より強くなれる可能性は大いにある。それにさ、扱いやすいって事は、指揮官の腕も試されるってことだ。余り、わたしにプレッシャーをかけないでくれよ」

 

 指揮官は踵を返し、再びAR-15の肩に手を置く。

 

 肩に触れる指揮官の手。今のAR-15には、先程肩に手を置かれた時よりも大きく温かく感じた。

 

「だから、もっと自信をもっていいと思う。AR-15は凄いからさ」

 

 AR-15は指揮官と再び目を合わせると――瞼を細めて微笑んだ。

 

「指揮官、酔ってるのですか?言ってる事が滅茶苦茶です」

 

「お互いさまだろ」

 

「それもそうですね。言ってる事の意味は深く理解できなかったのですけど、指揮官が私のことを励まそうと必死なのは伝わりました」

 

「アルコールの入った頭で、がんばって言葉を捻り出したんだから、もっと深く理解して欲しいんだが……」

 

「無理です。私は酔ってますから」

 

「……そうか」

 

「でも、ありがとうございます」

 

 指揮官は疲れたようにため息を付く。アルコールが入ったせいで回らない頭で必死に捻り出した言葉だったのだが、AR-15の疑似感情とAIに響いてくれたのかはよくわからない。

 

 でも、必死さは伝わった。そのおかげでAR-15から笑顔を引き出すことは出来た。

 

 彼女の中にある影を完全に晴らす事は出来なかっただろうが、これで幾分気が楽になってくれたのなら、指揮官としても幸いだ。

 

 気が楽になったのはAR-15だけでは無い。普段は一人でアルコールを嗜んでいる指揮官もだ。

 

 普段は作戦の反省をしながら一人で飲んでいたのだが、誰かと話しながらの酒の席も悪く無い。例えそれが一方的なモノであっても、誰かと話しながら飲む酒は、普段より美味に感じたから。

 

 その結果、飲んだ酒がAR-15が襟首を掴んで振り回したせいで、リバースしそうになったとしても。

 

 指揮官は腕時計を確認する。腕につけたデジタル時計は、後僅かで明日が今日になると訴えていた。

 

 明日も仕事だ。PMCに休暇と言う贅沢は殆どない。機能しなくなった政府の代わりに、民間人の安全を保証するのが彼らに与えられた仕事なのだから。

 

「おーい、そろそろお開きにす――」

 

「ところで指揮官、AR-15は拡張しやすいって言ってましたよね?」

 

「言ったな」

 

「だったら――」

 

 AR-15はアルコールの入った容器を手放しながら指揮官に飛びつき、その勢いのまま指揮官を押し倒した。

 

「AR-15の拡張性、試してみますか?」

 

「ちょ!?どういうつもりだ!」

 

「そのままの意味です!」

 

 お腹の上に乗ったAR-15をどかそうと必死に暴れる指揮官。しかし相手は戦闘のプロの戦術人形。指揮官の抵抗は完全に抑える。

 

 AR-15はワンピースの裾を両手であげる。その先にあったのは、冷静なイメージのAR-15にしては可愛らしいリボン付きのパンツが。

 

 そこまでされたら、拡張性を試すという言葉の意味を察せざるを得ない。

 

「そのままの意味じゃないだろ!」

 

「いいえ!そのままの意味です!」

 

「私とそんな事をしてどうするんだ!」

 

「好きな人が相手じゃ無かったらする訳ないでしょ!!」

 

 突然の告白に表情が固まる指揮官と、顔からの排熱が間に合わないAR-15。

 

 僅かな時の中、凍り付いた様に固まってた二人だが――

 

「拡張性が高そうだと言ったのは指揮官です。だから、責任を持って試してください」

 

「これ、そういうことをする流れだったっか……?」

 

 何処で何を間違えたのかと首をひねる指揮官と、色々な意味で吹っ切れた表情を浮べるAR-15。

 

 二人の顔のシルエットが重なったのは、数秒もしない内の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、指揮官は有休をとった。有給をとった理由はカリーナにもヘリアンにも伝えられなかったと言う。

 

 一方、AR-15は上機嫌であった。その日の活躍ぶりを目にした戦術人形たちは、彼女の戦闘能力が僅かばかりあがってたと言う。

 

 指揮官が有休をとった理由、AR-15の戦闘力が上がった理由。その理由を知るのは、当事者のみだろう。



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HK416

照明以外の電源が落ちた物寂しい司令室。

 

 バックアップ用のファイルサーバーのファンが回る音以外には、グラスに液体を注ぐ音が一つ。

 

 グラスに注がれるのはアルコール。かつての時代で言う、なんかしらの名を持つ酒の事では無く、文字通りのアルコール。

 

 酒と呼ばれるものは、裕層が嗜む者であり、PMCに所属する者であっても滅多にありつくことが出来ない逸品だ。

 

 グラスにアルコールを注いでいる最中の指揮官すらも、成人した時の祝いとして両親が注いでくれた酒がこれまでの人生で初めて味わった本物の酒であり、それ以降は口にした事が無い。

 

 アルコールの中に水を注いで濃度を薄め、更に化学調味料で味を調えて完成。

 

 これが、第三次世界とコーラプッスで汚染された世界の中では、安価で入手しやすくスタンダードなお酒だ。

 

 指揮官はグラスを手に持ち、左右に軽く振って中身を混ぜる。

 

 彼は一日の役割を終えた司令室で、無機質なファンの音をBGMにして、一人で酒を嗜み一日の疲れを飲み込むのが趣味だ。

 

 前回は、支援の報告を届けに来たAR-15に興味本位でアルコールを飲ませて、好奇心は猫をも殺すと言う古い言い伝えをその身で思い知ったばかりだ。

 

 アレ以来、AR-15がまた一緒に飲みたいと言ってきたが、言い訳したりお茶を濁したりして避けてきた。

 

AR-15が指揮官に好意を抱いていて、色々とぶっちゃけるついでに情熱的に迫ってきたのだが、彼らの関係は上司と部下である。

 

いくらプライベートな時間を共有していたからと言っても、その線引きだけははっきりとしなくては、と指揮官は肝に命じている。例えそれが、既に一夜の過ちを迎えてしまった後だとしても。

 

何より、指揮官には一人の時間が少ないのだ。人間誰しも一人になりたいときがある。そのためのこの一人酒なのだから。

 

司令室は締め切ったと、基地の皆には伝えてある。それに、本日は夜間の後方支援は命じていないから、報告に訪れる者もいない。

 

つまり、今回の一人酒は誰にも邪魔されることがないのだ。

 

「勝ったな」

 

グラスを宙に掲げ、天に勝利を捧げてから、口をつける指揮官であったがーーー緊急用の解錠コードが無いと開かない設定に弄ってあるドアが何故か勢いよく開かれた。

 

廊下からの光で逆光になってて一目で誰かはわからない。

 

唖然と口を開く指揮官の反応など気にしないとばかりに、扉を開けた主は司令室に侵入する。

 

廊下からの光が収束し、シルエットの主が露になる。シルエットの正体は、腰まである浅葱色の髪と左目の下に涙のようなタトゥーを入れた戦術人形、404小隊に同モデルが所属していることで有名なHK416が片手に一升瓶を持って入室してきた。

 

「ちょっ」

 

そこから先の言葉は何が出そうになったか、指揮官自身にもわからなかった。なんせ、突っ込みどころがありすぎる。どこから何を突っ込むのか自分でも予想がつかない。

 

そんな指揮官のリアクションなど気にしないとばかりにHK416は、後ろ手で司令室の扉の認証機に手を翳す。認証のパネルは赤く変色し、デカデカとLOCKの文字が表示されていた。

 

「えぇ……」

 

一瞬のうちに色々なことが起こりすぎて、困惑のあまり情けない声をあげてしまう。

 

HK416は電源の落ちたパネルの上に極東の文字で大口今なんとか、と書かれたラベルが貼られた一升瓶を力強く置くと、固まる指揮官にずいっと顔を寄せる。鼻先が触れあってしまうくらいの距離に。

 

「指揮官」

 

「お、おう」

 

一瞬のうちに色々と起こりすぎて、司令官はリアクションを放棄して、ただただ狼狽える。

 

「飲みましょう」

 

ーー拒否権は必要ないですよね?

どうやってやったのか知らないが、部屋が独自権限でロックされたのだから、拒否権もなにも、これでは助けを中にいれることすら出来はしない。

強引すぎる416の提案に小さく首を縦に振る。指揮官は本能的に416の提案に従った方が身のためだと判断したのだ。

 

指揮官愛しの一人タイムは僅か十分で終わった瞬間だった。

 

指揮官からの同意が得られた416は指揮官の持ってたグラスをぶんどると、中身を一気に飲み干した。

 

「指揮官は甘い方が好きなのかしら?」

 

「あぁ、いや、別になんでも飲めるぞ?」

 

その証拠に、テーブル代わりのパネルに置いてあるのは甘味だけでなく、酸味、辛味、苦味の化学調味料が置いてある。レシピ通りに作るのではなく、適当に組み合わせたりして、新しいカクテルモドキを作るのが一人で飲んでるときの楽しみの一つだから。甘くしたのは、たまたま甘いモノが飲みたかったからに過ぎない。

 

「そう。ならよかった。指揮官の先祖は極東に居たと聞いたから、その辺りにあるお酒を持ってきたのよ」

 

誇らしげに鼻を鳴らしながら、一升瓶を両手に持って指揮官にラベルを見せつける。

 

「確かに私の祖父位までがニッポン?ってところに住んでたらしいけど、なんで416が知ってんだ?」

「私は完璧よ」

 

再びラベルを見せつけて自慢げな顔をする416。イッキ飲みしたせいでもうアルコールが回ったのだろうか。

 

「いやだからどこから情報を参照ーー」

「私は完璧よ!」

 

若干語気を強めがら指揮官の眼を覆うように一升瓶を突きつける。彼の視界には一升瓶の中に満たされた液体によって歪められた416の姿が一杯に映る。

 

彼は悟った。酔ってるかどうかの判断はしかねるが、確実に教えてくれる気は無いのだと。

 

守秘されるべき情報が漏れてることを懸念して質問したのだが、このまま癇癪を起こされてはたまったモノじゃないので、もう聞く気は湧かなかった。

 

「じゃあ、その酒は?」

「この前の検閲任務のときに押収した密造酒よ」

「……私、押収品の扱いに関しては詳しく無いんだけど、持ってきて平気なの?」

「記録は偽造して置いたから大丈夫」

「そう言うこと、最高責任者に言っちゃう!?」

 

目の前の盗人発言で、頭痛がしてきたので指揮官は額に手を添える。

 

機械の誤操作を起こさせないように必要がないときに司令室にいるのは少々にグレーな行為なのだが、目の前の416がやったことは完全にクロは行為。流石に盗品(?)を飲むわけにはいかない。

 

「私は完璧よ」

 

が、416はまともに取り合おうとしない。不利な状況になると『私は完璧よbot』と化して受け答えをしてくれないからだ。

 

指揮官は両手で頭を抱えてしゃがみこむ。部屋は指揮官の持つ権限とは別の権限でロックされて脱出不可能。目の前には押収品を私物化した盗人。しかも、断るのこの字の選択肢すら与えてくれない極悪仕様。

 

一口も飲酒してないのに頭が痛くなるのも納得である。

 

「指揮官、大丈夫ですか?」

「誰のせいで……」

「私は完璧よ」

 

私は完璧よbotさんは返答に困ったら私は完璧よしか返してくれない。会話のドッヂボールどころか会話のサンドバッグである。指揮官は長いため息をついて、ヨロヨロと立ち上がった。

 

「……飲むか」

「そう。それでいいのよ」

 

なるようになれと言わんばかりに疲れたように小さく呟く指揮官に、416は小さく頬を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一つのグラスに入った極東風の密造酒を二人で飲む。

 

飲みに来る気満々だったのに何故自分のグラスを持ってこなかったのかと、416に聞いた指揮官であったが、「私は完璧よ」と返してきたので諦めた。本日の指揮官は諦めてばかりである。だらしない。

 

二人は何かを語ることもなく、二人は淡々とグラスに入ったお酒を飲む。お酒自体は中々に美味。指揮官がいつも飲む時のような、化学調味料だらけのお酒よりも断然。恐らく天然素材で作られた酒なのだろう。密造なんかせずに、きっちり許可を貰って作れば良いのにと指揮官は思った。この味なら、固定客もそれなりにいるだろうに。

 

そんなことを飲み始めた当初は416と語ってたのだが、今は話題が尽きて、サーバーのファンが回る音だけが空しく響いてる。

 

指揮官が飲んだ後に中身が無くなったらグラスを持つ416に指揮官が酒をつぎ、416が飲んだ後に無くなったらグラスを指揮官に持たせて416が注ぐ。

 

気まずい。指揮官としては非常に気まずい。元々、アルコールを飲むときは誰にも邪魔されずひっそりと飲みたいのが指揮官だ。それなのに突如として一人酒に乱入され、どうして気まずい雰囲気を味あわないと行けないのか。

 

416の顔色は変わらない。相変わらず、雲のように真っ白な顔をしている。対する指揮官は、酔い自体は始まってるが、酒に飲まれる程ではない。ペースを守って飲めば、酷く酔っぱらうことはない。

 

416はマナー講師か何かの様に、お酒を飲む指揮官の事を真顔で黙って見つめてくるので、気まずさを通り越し、居心地の悪さすら若干感じ始めた頃。

 

「指揮官」

突如416が語りかける。

 

「なんだ?」

「指揮官にとって私はなんなのかしら?」

 

なんで突然面倒くさい恋人みたいなことを言ってくるのか。そんなことを思ったが、416は自分の価値を証明したがるところがある。それが、彼女のAIに基本に組み込まれたモノなのか、大元となった404のHK416の影響なのか、或いは他の要因があるのかわからない。原因はわからないが、彼女にとって深刻な疑問であるのは、推して察するべしだろう。

 

いつから一人飲みの時間は、他人のお悩み相談の時間になったのだろうか。でも、悩みがあるならそれを聞くのも上司の役目だしーーーー

 

二秒程考えた指揮官は、取り敢えず416の質問に答えることにした。

 

「大切な存在だよ」

 

「っ!」

 

グラスを傾ける416の手が止まった。その言葉に間違えではないし、本心からの言葉なので、バッサリ切られたら指揮官は泣いていた。

 

「どういう意味で?」

 

「戦力的にも大事だし、何よりもこの基地に欠かせないメンバーだ。アサルトライフルの練度が低いこの基地の中で比較的練度が高いし、冷静な416がいると作戦行動時の修正もしやすい。意図をよく理解してくれるからな頼りになる」

 

「頼りになる……頼りになる……ふふふ」

 

指揮官からの誉め言葉を何度も何度も繰り返す416。彼女の口角は大きく持ち上がっていて見るからにニヤニヤとしてることがわかる。

 

「奴らよりも?」

 

奴らと言うのはAR小隊の四人のことだ。ここはお世辞でも416の方が優れてると言うべきなのかも知れないが、416の性格だと、あの四人に言って対抗心を煽る可能性がある。その矛先が一番向くM16A1は受け流すだろうが、STAR-15が受け流してくれないと言う確信が指揮官にはあった。あまり言いたくないが、同じような褒め言葉を彼女にも使ってしまったし、何よりも向こうは一夜の過ち(故意犯)をしてしまった関係なのもあり、煽り返して大惨事になる可能性がある。

 

「……同じくらいと言う回答で勘弁してくれるか?」

 

「同じくらい……ね。ふふふ。まぁ、いいわ。指揮官は実直だから評価は当てになるし。私の完璧さは指揮官にしっかりと理解されてるみたいだから嬉しいわ」

 

 そう言うと416は指揮官をパネルの上に座らせる様に促す。

 

 彼女の意図がわからず、首を傾げながら大人しく誘導に従うと、416は隣に座り指揮官の肩に頭を預けるように寄せる。

 

 服越しに伝わる416の顔の感触は柔らかく、人間のそれと遜色が無い様に思える。

 

「指揮官」

 

「なんだ?」

 

「もう少しだけ私の完璧な所を言ってくれるかしら?」

 

 416の声色はいつもの様な内なる激しさと一種の暗い欲望を感じさせるそれでは無く、なんかしらで一番をとった子供がおねだるかのよう。

 

 これが彼女の酔い方なのだろう。普段は完璧主義で自分を高める彼女が、他人からの称賛を自分から強く求める。行動と成果によって人から評価をされたい彼女が、遠まわしに褒めて欲しいと求める。簡単に言ってしまえば、他人に強く甘えるのが、彼女の酔い方なのだろう。

 

 寄せていた顔を上げ指揮官を見上げながら、指揮官の膝に置かれた彼の手に自分の手を重ねる。重ねられた彼女の手が握ったり話したりを繰り返しているのが、何とも子供っぽい。

 

「射撃が正確なところ」

 

「それから?」

 

「冷静沈着なところ」

 

「それから?」

 

「部隊に配属されてると、その部隊の空気が引き締まるところ」

 

「それから?」

 

「特殊な装備を積んでるから一気に突破口を開いてくれるところ」

 

「それから?」

 

「まだか!?えっとその……かわいい顔をしてるところ?」

 

「うふっ、ふふふふふ……」

 

 散々褒められて満足したのか、416は口許に手を当ててどこか怪しげな笑い声をあげる。

 

 その間にもまたと促された場合を想定して、指揮官は次の褒め言葉を考えていたのだが、その必要は無いようだ。

 

「流石私の指揮官。私の完璧さを全て言い当ててくれたわ」

 

 目尻が緩み、口角をあげて笑みを浮かべる416。それは満面の笑みとは言えないかも知れないが、指揮官としては彼女らしい笑みだと言う感想を抱いた。

 

 指揮官はチラリと腕時計を見る。時刻はもう、明日を迎える寸前。

 

 PMCに休暇は無い。指揮官はこの基地において特に重要な人材であるのだから睡眠時間はしっかりと取らないといけないのだ。

 

 416も満足したようだし、何とか言いくるめてロックを解除してお開きにして貰おう。

 

 そう思い至った指揮官はロックを解除して貰おうと口を開こうとしたが、

 

「だけど、一つだけ足りない」

 

 その前に、416が指揮官の身体を押し倒し、パネルの上に磔けにした。

 

「私はこのボディも完璧なのよ?それを今からしっかりとわからせてあげる」

 

 つい数日前の出来事がリフレインする指揮官。これはあの時、AR-15の時のそれと同じ流れだと。

 

「ちょっ!?セクハラに当たるかもしれないから言わなかっただけだって――」

 

「戦術人形にセクハラも何もないわ。指揮官は気にしなくていいのよ」

 

 身体について言わなかったこと理由を伝えるが、416はバッサリと切る。

 

「私が完璧になるためには、指揮官にも私のことを完璧に知って貰う必要がある。これは必要なことなのよ」

 

「嘘つけ!なんで舌なめずりしてんだ!」

 

「私は完璧よ」

 

「またか!!」

 

 指揮官はジタバタと暴れるが、私は完璧よbotと化した416が指揮官の肩を抑えつけている為、まともな抵抗など出来やしない。今の指揮官は疑似餌に騙されて針にかかった魚のである。

 

 一通り抵抗を試して無駄な体力消費で終った指揮官は肩で息をする。

 

「私は完璧よ。指揮官の望む刺激を私が全部与えてあげる」

 

「もうちょっと穏健なやり方で完璧さを伝えようと思わなかったのか……?」

 

「大丈夫よ。私は完璧だから」

 

「それで無茶を通そうとするの止めない?」

 

 これからする事への期待か、或いは一気に酔いが回ったからかはわからない。416は赤く色づいた顔を指揮官に接近させると、いつもより血色のいい唇を指揮官へと捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、指揮官は酷くやつれた様子で指揮を執っていた。

 

 416は丸三日は『私は完璧よ』といつもより弾んだ声で口癖の様に言っていた。

 

 基地の窓辺から灰色の空を眺めてた指揮官が言ってた。

 

「完璧になるってすっごく大変なことなんだな」

 

 と。

 

 指揮官がやつれていた理由、416の機嫌が目に見えてよかった理由。それは当事者のみが知ることだろう。

 



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SV-98

※注意

 

 作者はドルフロを始めて二週間なので、世界観、キャラ把握が余りで来てません。やっと5章を終わらせて実家を周回しているクソ雑魚司令部の指揮官です。

 

 ネタバレをしない程度に世界観を調べましたが、齟齬がある可能性が高いです。

 

 無理だと判断したら、即刻読むのを止めて、スオミの彫刻品の様なケツを崇める作業に戻ってください。

 

 

 

 主な一日の業務が終わり、夜間の基地警備だけを行っているグリフィンの基地。

 

 監視塔や警備に必要な施設以外の電源が落とされ、すっかりと節電モードとなった基地内。

 

 一日の役目を終え、サーバー以外はスリープモードとなるべき司令室の灯りをつけ、密かな楽しみに興じる影が二つ。

 

「一日ご苦労様。今日もありがとうな」

 

 一つは黒く気泡を浮かばせる液体に満たされたグラスを掲げる指揮官。着任して数か月もしないうちに、激動のPMC生活に揉まれる若人。

 

「はい。今日も頑張りましたね指揮官」

 

 赤紫の液体に満たされたグラスを両手に持った戦術人形、黄金色の髪に紅色の瞳のライフル、SV-98。

 

 二人はグラスを近づけ、コツンと触れさせる。冷却用のファンだけが回る執務室に高音が響き渡った。

 

 音が聞こえてるうちに、どちらからともなくグラスに口をつけ喉を鳴らして液体を飲む。指揮官の口の中をシュワシュワと音を立てながら気泡を叩き、爽快感を与える。

 

「ぷはー!うまいなぁ……」

 

 今回のアルコールは、いつも指揮官がやるような化学調味料で味付けしただけの無色透明なそれではない。SV-98が持ってきてくれたジュースで割ったものだ。指揮官が割り材に使ったのは、第三次世界大戦が起こる前の世界で愛されていた赤いラベルの黒いジュース――を再現した物。かつてそのジュースを作った会社が、未だに残っているかは指揮官にもわかっていない。

 

 一方、SV-98が割り材に使用したのはぶどうジュース。勿論、天然の素材では無く化学調味料で再現した飲料であるのだが。と言っても、司令官が生まれる前から、この手のジュースは化学調味料で作られたと聞いていたが、果たしてどうなのだろうか。

 

「喜んでくれてなによりです!」

 

 両手に持ったグラスを胸元に持ってくとニコリと微笑む。

 

「にしても、こんなに一杯のジュース一体どこで買ったんだ?」

 

 電源の落ちたパネルの上には、二人が割り材に使用した物も含めて七本もある。その全てが500mlサイズと言った所。二人だけで一日で使い切るには多すぎる。

 

「カリーナさんのところで安売りしてましたよ?何でも、最近は指揮官が買って下さらないから余ってるって言ってました」

 

「あぁ……成程……。だからと言って、在庫が余り余る位の量を俺に買わせようとしたのかカリーナは……」

 

 ジュースを流し見して苦笑を滲ませつつ、指揮官は泣く泣く割引を決めた後方幕僚の姿を想像する。最近は、忙しく飲む暇が無いのと、一人飲みをしてるとよくない事が起こる予感しか起こらなかったので控えていたのだ。その結果、カリーナが泣く羽目になった様だが、指揮官の知ったところでは無い。売れ筋を予測できなかったカリーナが悪い。

 

 そんな訳で暫し飲酒を控えていた指揮官なのであるが、本日は解禁。その理由もいつもの様に一人で飲もうとしたわけでは無く、SV-98に誘われたからである。

 

 戦術人形と二回程お酒の席を共にしたときは、その二人から一夜の過ちを犯され、若干不信感を抱いて居たのだが、最古参の部類であるSV-98は流石にそんな事をしてこないだろうと、快諾したのだ。

 

 指揮官は必ずしも一人で飲みたいと言う訳では無い。誘われたのなら普通に乗る。一人の気分の時に大勢に乱入されるのが嫌なだけなのだ。

 

「美味しいですね……。まだまだありますから、沢山飲んでくださいね」

 

「ありがとう。次はSV-98が何で割るかを選んでくれないか?」

 

「じゃあ、私が割る物は指揮官が選んで下さいね」

 

 指揮官が空になったグラスにアルコールを注ぐと、SV-98はジュースを手に取って割る。SV-98が無くなったら、その逆。

 

 飲み進めて立っている事に疲れた二人は、ジュースを退かしてスペースを確保すると、パネルの上に座り込む。

 

 古くからの仲の二人らしく、何気ない会話に花を咲かせながら――

 

 

 

 

 

 

 割り材として使っていたジュースを四本開けた頃、SV-98は指揮官の肩に自らの頭を預けてきた。

 

 大分酔いも回ったのだろうか、排熱が間に合っていないらしく肩越しに伝わる彼女の体温は高く、まるでカイロの様。酒で冷えた指揮官の身体には染み入る温かさだった。

 

「それにしてもよかったです」

 

「何がだ?」

 

「私のこと、ちゃんと覚えていてくださって」

 

「忘れる筈が無いだろ。SV-98には何度も世話になってるしな」

 

「ふふっ、そう言ってくださると嬉しいです」

 

 SV-98は身体を更に指揮官に寄せて倒れ込む。指揮官の体制は彼女が倒れてしまわない様に、自然と抱きしめて支えるような形になる。

 

「指揮官、覚えてますか?昔のここの事を」

 

「昔も何も、ほんの数か月前の事だろ」

 

「そうですけど……激動の日々なので何だか昔の様に感じて」

 

「確かになぁ……」

 

「懐かしく感じますよね。私やガリル、M1895やM9、スぺくトラにMP40達と一緒に指揮官から作戦の詳細を聞いてた時が――」

 

 SV-98が口に出したのは、この基地が初期の頃からいるメンバー。昔から世話になっている大事な存在達。彼女達無くしては、この基地は成り立たなかったと言っても過言では無いくらいに。

 

「最近は、後方支援に回されるのが不満なのか?」

 

 そのメンバーたちは今は後方支援に回っているのが殆どだ。ある時、グリフィンの本部から莫大な予算をまわされ、戦力を拡充していく内に、古くから世話になった高練度の戦術人形たちは支援へと回され、新しく入って来た戦術人形たちは積極的に現地に赴かせて最適化させる。出来るだけ戦力の偏りを無くし、いついかなる時でも対応できるようにするのが、指揮官の方針であるから。

 

「そうじゃないですけど……。いえ、そうかも知れませんね……。私もまだまだ戦えますから」

 

「わかってる。それでも――」

 

「私もわかってますよ。指揮官の方針はもっともです。だから、私達も従います」

 

 新入りの指導役として、古参の戦術人形を配置したりもするが、昔と比べれば古参の前線配置率も圧倒的に減っている。その理由について理解はしているつもりでも、幾らか不満はあったのだろう。

 

「私達は戦術人形。HK416やMP5の様な上昇志向を基本的に持ってます。人間や色んな者達に自分が優秀であると認められたい、と」

 

「ああ……。深く理解している」

 

 STAR-15すら自分の銃の性能が特別で無い事を気にしていた。本当にどの戦術人形も持っている物なのだろう。人間達と同じように。

 

 指揮官のライバルは他所の基地の指揮官である。多くの戦果を挙げて上に認められたいと思っている。

 

 それは、疑似的なモノとは言え感情を持つ彼女達とてなんら変わりないのだ。

 

「戦地に赴けるのはやっぱり特別なんです。だから、はしたないかもしれないですけど、新人たちにちょっと嫉妬してましたし、指揮官は私達の古参の事を忘れちゃったのかなってちょっと悲しくもありました」

 

「すまなかった」

 

 小さな声で素直に謝罪をする指揮官。そんなに思い詰める様になるまで、SV-98達の活躍の機会を奪ってしまったのでは無いかと。

 

 そんなことは無いと否定する様にSV-98は指揮官の腕の中で頭を振る。

 

「謝らないでください。指揮官が私を、私達の事を忘れて無い事はよくわかりましたから」

 

 顔を上げたSV-98は笑みを浮かべる。昔と変わらないような、朗らかな微笑みを。でも、その中には一抹の寂しさが混じっている。

 

 彼女、彼女達古参の自信たっぷりの言葉と笑顔には何度も勇気づけられてきた。だから、許されるだろう。そのお礼と最近のお詫びして、少し位先の事を伝えても。

 

「最近、新人の練度も最適化も進んできた。だから、新しい任務をいい加減請け負ってみようと思ってたんだ」

 

「それって――」

 

「今のところ、新人と古参の混成で考えてる。なぁに、昔より配置できる部隊を増やしても資源には余裕がある。古参達の殆どを配置できるさ。未だにRFの配備数は少ないからな、SV-98にはまた腕を振るって貰いたい。また忙しくなるぞぉ~」

 

 クツクツと喉を鳴らして楽しげに笑い声をあげる指揮官。彼の思わしげで特徴的な笑い方も、昔と変わらぬそれであった。

 

 その笑い声につられる様にSV-98も笑う。心の底から安堵し、喜びを伝えるように。

 

「はい!お任せください!」

 

 彼女の誠実な言葉はいつだって頼もしい。記憶の奥底に沈もうとしていた彼女の誠実さはまた指揮官に引き出されたのだ。

 

 SV-98は支えて貰っていた体を起こし、指揮官と向き合う形になる。

 

「頼んだぞ」

 

 SV-98の肩に手を置いて語り掛ける指揮官。その動作は、重要な作戦を託した戦術人形に必ず贈っていたもの。

 

「貴方様の期待に必ず応えてみせます!」

 

 SV-98は拳をぎゅっと握りしめて彼からの信頼を受け止める。

 

 その光景は、この基地の初期の頃の様で、また二人は笑いあった。

 

 散々笑いあって、少しずつ収まった頃、指揮官はちらりと腕時計を見る。時刻は月が頂点へと達する頃。割り材で割って飲んだとはいえ、二人でそれなりに飲んだので、そろそろお開きでいいだろう。

 

 SV-98も悩みは聞けた。新人の育成ももちろん大事だが、そちらを優先しすぎると古参から頼りにされてないのでは?と言うような不満が積もってしまうことを理解し反省できた。

 

 前までの飲みも、今回の飲みも何だかんだ為になる物だった。それを糧に指揮官は明日へと向かって行く。

 

「じゃあ、そろそろ――」

 

 ――お開きに

 

 そう言いながら指揮官の手は空になった容器を片付けようとした所で、SV-98にその手を掴まれた。

 

「ところでですけど、指揮官」

 

「うん?」

 

「私の苦手だった接近戦、どこまで得意になったか気になりませんか?」

 

 今から組手でもするのかと驚愕に目を開いた指揮官を、SV-98が押し倒す。

 

 その瞬間、指揮官の脳細胞が活性化し、一つの答えへと導いた。

 

 この流れは――

 

「この接近戦は違うだろ!」

 

「いーえ、これも接近戦です!」

 

 SV-98は話を聞かない。片手でコートのボタンを外して、スポーツブラに包まれた豊かな胸部を露わにする。

 

 指揮官は完全に理解した。SV-98はヤル気なのだと。古参の戦術人形はそう言う事をしないと、心の何処かで信じていたのに。

 

「どうしてこんな事に」

 

「指揮官はスナイパーのハートをとっくの昔に撃ち抜いたんですから、その責任はとってくださいね」

 

 楽しげに鼻を鳴らしながら、顔を接近させるSV-98。

 

 指揮官は、スナイパーはスナイパーの潜む場所を爆撃してでも始末しろと聞いたっけ、と心の中で思いながらも、SV-98の柔らかさを享受した。

 

 

 

 

 翌日、指揮官は頭を抑えながら指揮をとっていた。話しによると悪酔いしたらしい。

 

 SV-98は暫く絶好調であった。それは、後日の新たな任務で敵の頭に何回も命中させた位に。

 

 指揮官が酷い頭痛に悩まされた理由。SV-98の機嫌が良かった理由。それは当事者のみが知ることだろう。



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スオミ

 これで一旦区切りです。

 戦術人形のリクエストがあればメッセージまで。尚、採用率は低いので、宝くじに出す位の気分でお願いします。


 夜間警備だけが行われるグリフィン基地の一つ。

 

 前線に出た戦術人形たちをサポートする為のモニターや機器の殆どがスリープモードとなって役割を待つ状態となっている司令室。そんなもの寂しい司令室に指揮官は居た。

 

 一日の役割を終えた夜に指揮官が司令室に居る時は大抵が一人でアルコールに浸りたいと思っている時だ。その証拠に、電源の落ちたテーブルの様な大きなパネルに飾り気のない透明なグラスと飲用アルコールと水が入ったボトル、それと味付けの為の化学調味料が置いてある。

 

 なのに指揮官からは飲む気配は無い。それどころか、グラスには何も注がれておらず、グラスも二つあると言う始末。

 

 グラスを爪で弾き、空のグラスで跳ねまわって外に飛び出す音に耳を傾けながら、指揮官は腕時計を見る。

 

 時刻は22時。食堂どころか売店も閉まっている時間帯。

 

「もうすぐ……だよな……?」

 

 指揮官は待っている。何故なら、今朝に彼の私室のドアの隙間に挟む形で手紙が届いたから。

 

 差出人の名前は無かったのだが、消印も無かったので恐らく基地に居る誰かだったと言う事は確か。手紙の内容も若干堅苦しさはあったが丁寧な物であった。

 

 手紙の内容を簡潔に言えば、

 

『今夜の22時に私と二人で、司令室で飲みませんか?』

 

 というものであった。その為に、夜の司令室は指揮官の持つ特別な権限でロックをし、解除の為のコードを手紙のアドレスに送って欲しいと言う用意の良い所も。

 

 手紙を書くとは何とも時代錯誤な、と司令官は想いはしたが恥しくて直接言えない事なんてよくある事だ。

 

 もし、自分が行かないと返事したらどういうつもりだったのか、とも思ったのだが、彼が来てくれると深い信頼をおいてる戦術人形が送ったのだろう。

 

 正体不明の誰かの為に指揮官が頑張ったからか、或いは差出人の読み通りであったのかは不明だが、夜にはこうして謎の人物を待つ余裕が出来たのだ。

 

 ――一体誰なのだろうか?

 

 まだ見ぬ相手に指揮官は想いを馳せる。

 

 ――ARかそれともHGか、それとも大穴でMGかいや、カリーナか上官かもしれないぞ?

 

 新たなキャラクターの登場を聞かされた子供の様に想像を膨らませながら待ちわびていると、司令室の認証式のドアが開く。少々前に、HK416が独自権限でロックをした出来事からセキュリティの脆弱性が発見されたので、強化されたのだ。

 

 そのおかげで、一人飲みを堪能し司令室を出た時に扉の前で、待ちかまえていたと思われるHK416が認証パネルに向かって呪詛を吐いてたのを指揮官は見てしまったのだが(この時は認証パネルに夢中になっていて、指揮官が出て行ったことには気づかれなかった)

 

 今回はセキュリティは強化されたので、乱入者じゃない事を祈りつつ、ドアの前に立つシルエットに手を振る。

 

 小柄なシルエットは指揮官の姿を確認すると、一度丁寧に頭を下げてから入室する。

 

 扉が閉まり、外からの逆光が収まるとシルエットの正体が露わになる。

 

「なっ……」

 

 予想して無かった正体に指揮官は思わず声を漏らす。

 

 金髪碧眼で清楚で生真面目な外見と性格とは裏腹に少々人見知りな所が彼女にはある。手紙を置いていくのも納得だ。だけれども、予想がつかなかった。何故なら彼女は、この基地に初めて配備された超高性能戦術人形であり、基地の創設期から今も第一部隊の隊長を務める戦術人形だから。

 

 指揮官に手紙を送った者の正体は、

 

「お待たせしました指揮官」

 

 KP-31、この基地において不動のエースであるスオミだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はパネルの上に隣り合う様に座り、グラスを満たすアルコールを黙々と口に含みながら、スオミが持ってきたつまみを口にする。

 

 スオミが持ってきたのは合成肉をジャーキー風に味付けした物と、塩ノリ味のポテトチップス。

 

 指揮官は本物の海を見た事が無い。なので、ノリと言われても予測がつかないが、しょっぱさと口に残る風味がアルコールとの相性が抜群だった。

 

「旨いな」

 

「そうですね」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 先程から短い言葉しかつなげることが出来ない。

 

 スオミが司令室に来て、スオミに頼まれるままアルコールに味付けをし、乾杯もしたのだが、そこから『最近の調子』だとか、『困ったことは無いか?』だとか当たり障りのない会話をして、そこから続かず。

 

 今の二人は短い会話と、スオミが持ってきたミュージックプレイヤーから流れるヘビーメタルの音のみ。彼女は故郷の素晴らしさを皆に知って貰いたいのだが、だからと言って酒の席で頭に響く様なヘビーメタルを流すのはどうかと思うが。

 

 指揮官はちらりとスオミの顔色を伺う度に、指揮官からの視線に気づいたスオミはほんのりと赤色に染めた顔でニコリと微笑む。その笑顔にあてられ、指揮官は小さく笑みを返すと気恥ずかしそうに顔を逸らす。その様子を楽しそうに見つめると、スオミはまたチビチビとアルコールを口に含むのだ。

 

 指揮官にとってスオミと言う戦術人形は特別だ。何の運命の悪戯かこの基地の創設期に建造・配備に成功した超高性能な戦術人形だ。それ故に、指揮官に一番頼りにされ、昔も今も第一部隊の隊長を任された不動のエース。

 

 戦力が低い内に来た超高性能機という事で、他の戦術人形よりも多少優遇をしたと言う想いは勿論ある。本当に最初の頃は装備も強化も彼女に優先した位に。

 

 彼女は指揮官の期待と皆からの羨望を受けそのうえで努力を重ねて、今の地位を確立した頑張り屋だ。

 

 だけれども、人見知りな所もあり、昔は指揮官も距離を測りかねていたが、今はスオミと隣り合って座る位の信頼は得たつもりだ。

 

 指揮官の腹心と言っても過言では無いと言うスオミが、心の奥底で何を溜め込んでいるのかと思うと指揮官は戦々恐々としていた。

 

 これまで、酒の席を共にしたSTAR-15、HK416、SV-98は様々な不安や願望を口にしてきた。

 

 だから、尚更指揮官は不満になる。最古参の部類、それも指揮官が強く信頼を置く彼女が心の奥底に何が溜め込まれているのかと。

 

「スオミ……」

 

「なんですか?」

 

 スオミは両手に持ったグラスを膝に置き、首を傾げながらも上目遣いで指揮官を見上げる。

 

 その動作は、小動物の様で指揮官は微笑ましさを覚える。

 

「その……私と飲んでて楽しいか?」

 

 何も話さないのは、言葉にせずとも疎通できる仲と言えば聞こえはいいが、指揮官が感じていたのは居心地の悪さ。自分に不満があるなら早く言って欲しいと言う、判決を待つ罪人の様。

 

「ええ、とっても楽しいです」

 

 対するスオミは、指揮官の腹のそこにあるものなど素知らぬように微笑む。その笑顔に心に闇に覆われそうであった指揮官の心が洗われかけるがまだ油断はならない。

 

「なんで、私と飲もうと思ったんだ?何か悩み事とか、その……嫌な事とかあるのか?」

 

 一度息を飲んで、自分の気持ちをある程度整理してから、抱えてたものを吐き出す指揮官。

 

 先程も言った通り、今まで一緒に酒を飲んだ戦術人形には抱えてるモノがあったのだ。だから、指揮官は気を緩めずに続けて聞く。

 

「無いですよ。私はただ、本当に指揮官と飲みたかっただけですから。お手紙で書いたのはその……直接伝えるのは恥ずかしかったから……」

 

 最後の方は段々と小声になり、最後は指揮官からそっぽを向いてしまうスオミ。

 

 そんな彼女の姿をみて、指揮官は完全に理解できた。

 

 スオミは、本当に指揮官と飲みたかっただけなのだと。腹に抱えるモノは何も無いとは言い切れないが、それ以上に指揮官と一緒に飲みたいと言う気持ちの方が圧倒的に上なのだと。

 

 スオミには何度も重責を負わせてしまったと言う負い目がある。だけれど、彼女はその重責すらも糧にして必死に努力してきたから、指揮官に関する不満は余り感じてないのだと。

 

 スオミの好き嫌いははっきりとしている。ロシア製の武器を携えた戦術人形を見たら一目散に逃げるか突っかかるかする位の気概の持ち主なのだ。抱えてるものがあったら、素直に言ってくるだろう。

 

 指揮官は思わず苦笑を浮べる。結局は自分の考えすぎで、その考えすぎのせいで、この飲みが楽しめて無かったのだと。

 

 ちらりと、スオミの顔を伺う。偶々視線があったスオミは小さく微笑むとまた顔を逸らす。

 

 どんなに気心が知れても、彼女の人見知りは簡単には抜けないのだと、湧いて出た懐かしさに胸が満たされる。

 

「悪かった」

 

「な、なんで謝るのですか!?」

 

 唐突な指揮官からの頭を下げての謝罪に驚いて飛び上がるスオミ。そんな彼女の姿が面白くて、彼女にばれない様に口だけを歪ませる。

 

「気にしないでくれ。ちょっと反省したい事がって」

 

「そうですか……?余り深く思い詰めて抱えるのはよくないですよ?何かあったら相談してくださいね?」

 

 突如謝られた事にスオミは頭の上に疑問符を浮べながらも相談に乗ると言ってくれるスオミ。

 

 そんな生真面目で優しいスオミが、最初に来た超高性能機であった事を心の中で指揮官は感謝する。

 

 今でこそHK416の様な他の超高性能機も配備されているが、お察しの通り癖が強い存在が多い。

 

 だからこそ、素直なスオミが最初に来てくれたことに改めて感謝を捧げてるのだ。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 短い言葉のやり取り。そのやりとりには、指揮官が内包していたスオミの腹の内を探る様な陰鬱さは無く、互いに晴れ晴れとした笑顔があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は先程と同じように短い会話を何度も繰り広げながらも居心地の悪さを感じなかった。それは、指揮官の心の中にあった闇が晴れたから。

 

 スオミからは直接何もされてないかもしれない。だけれども、今日はいつもと違って戦術人形の方に救われた事には間違いないのだ。

 

 互いのグラスにアルコールを注ぎ、ある時は相手の為に化学調味料を調整しながら飲みあう。

 

 頭に響く様なヘビーメタルと、影の無いスオミの笑み。なんとも相性が悪そうな組み合わせだが、不思議とつまみとお酒が進んだ。

 

 ある時、スオミがミュージックプレイヤーの音を止めると目元を擦り始める。よくよく見ると、彼女の顔は真っ赤だ。恥ずかしさの赤なのか、それとも酔いの赤なのかを判別するのは指揮官とて用意でない位に。

 

 その様子を見て指揮官は不思議と理解した。飲むと眠くなるのが、彼女の酔い方であるのだと。

 

 スオミは指揮官の太腿に頭を預ける。

 

「えへへ~いい枕です~」

 

 緩み切った表情で指揮官の膝枕に顔を擦りつけるスオミ。その動作はお気に入りのおもちゃをマーキングする小動物の様。

 

 余りにも微笑ましいので、指揮官は自然とスオミの頭を撫でていた。彼女の頭髪は指通りがよく、しゃらしゃらと音を立ててすり抜けていく。

 

「指揮官の手、おっきくて温かいです……」

 

 その様子を見て、もし、自分に娘が出来たらこんな風に甘えてくれるのかと想像して、頭を振る。上司であるヘリアンも恋愛には苦労しているのだ。PMCは収入こそ高いが伴侶としての人気は昔からそこまで高くない。

 

 だから、指揮官は結婚して家庭を持とうとは、そこまで本気で思っていない。

 

 ――せめてここにいる仲間や戦術人形たちと、もうちょっと平和な環境でずっと暮らしていけたら

 

 それが、指揮官のささやかな願い。この基地に来てから抱いた指揮官だけの願望。

 

 スオミの頭を撫で続けていると、彼女の目蓋は殆ど閉じていてスリープモードに入る寸前になっている。

 

 そんな中で、スオミはふと零す。

 

「指揮官……大好きです……」

 

 彼女が唯一腹の中に隠していた者を。

 

 それが、親愛なのか、敬愛なのか、あるいは恋慕なのかは指揮官にはわからない。だけれども、とある三人の例があるから、最後の可能性は否めない。

 

 その言葉だけを残して、スオミは眠りについてしまったのだから。

 

 指揮官は座ったまま飲みに使った物を袋に入れて片付けると、スオミをおぶって司令室から退室し通常権限でロックをかける。

 

「私、実は結構モテる人間だったりするのか?」

 

 そんな疑問を抱きながらも、どこか軽い足取りで、指揮官は司令室から離れて行った。

 

 

 

 

 翌日の指揮官は好調。頭の回転も修正能力もとても冴え、ヘリアンからの褒め言葉を賜った。

 

 スオミもまた好調な一日であった。第一部隊の隊長として前線に出て、被弾一つなく完遂させるエースの貫禄を見せつけた。その姿を見て、冷静に気を引き締めるもの、自分よりも完璧に遂行する姿を見て対抗心を燃やす者、頑張る古参の姿を見て勇気づけられた者と様々だ。

 

 二人の調子が絶好調であった理由。それは当事者のみが知ることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スオミは逆レしない。イイね?

 

 

 アッハイな皆さんは、下にスクロールする事をお勧めするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オマケ Rルート

 

「ウゲッ」

 

 スオミが寝入り、パネルの上を片付けた指揮官はスオミの姿に声をあげる。

 

 彼女は脚を曲げた状態で寝ており、スカートも捲れて僅かに鼠蹊部が覗いており、いつの間にかコートのボタンを外したのか彼女の幼さが残る顔立ちと体躯に見合わない位に豊かな胸も露わになっている。

 

「全く、隙を晒し過ぎだぞ……」

 

 苦笑を浮べつつ、彼女の服を正そうとすると、

 

「もう……指揮官だから隙を晒してるんですよ?」

 

 指揮官の腕が突如として掴まれ、次の瞬間には天井を向き、目の前には眠そうに瞳を細めながらも、その奥からは獲物を追いつめたハンターの様な視線の鋭さを隠さないスオミが。

 

 唖然としながらも、指揮官の脳は演算を繰り返し、一つの結論を導出した。

 

 そう、いつもの流れだと。

 

「ちょっ!絶対そういう流れじゃ無かっただろ!」

 

「女の子が勇気を出して誘ったってことは、こういう事をするってことですよ」

 

「えぇ……」

 

 いつにもましてニコニコと微笑むスオミは指揮官の頬を両手でホールドし、逃げれない様に動きを封じる。

 

 指揮官は、「いや、全員がそうだって言いきれないよな?……よな?」と三つの過去を思い返して不安になりながらも、スオミの柔らかい唇の感触を受けいれた。

 

 

 

 

 

 

 翌日の指揮官は燃え尽きたような様子で指揮を執っていた。その燃え尽きっぷりは、彼を見た者全てが心配の言葉をかけるくらいに。

 

 スオミは着任してから一番の好調っぷりを発揮し、火力を抑えた装備なのに何回もMVPを獲得した。

 

 指揮官は語る。

 

「誰だって、何かを抱えているんだな」

 

 と。

 

 指揮官が燃え尽きていた理由。スオミが一番の好調であった理由。それは当事者のみが知ることだろう。



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UMP45

思い浮んだから書いちゃったけど、これで本当に一区切りだかんね!


 夜間警備を行う兵士と戦術人形以外は休息についた闇が支配する時間帯のグリフィン基地の一つ。

 

 昼間の喧騒も夢の後言う様な静まり返った司令室。

 

 その司令室で一人っきりで晩酌を行うため、指揮官は脚を運んでいた。

 

 否、既に司令室に入り、持ってきたグラスにアルコールを注ぎ、柑橘系風味に味付けしていざ飲まんとしたのだが、エアコンの効きが良く無かったのか飲む寸前に催してしまい、一回司令室から出てお手洗いへと向かってしまったのだ。

 

 今はお手洗いで体内の不純物を全て出したので快調。これで思う存分飲みを堪能できる。

 

 認証パネルに手をかざし、司令室の扉を開いた先には、

 

「あら?結構早かったわね」

 

 カランカランと空になって氷だけとなったグラスを揺らして遊ぶ、昆布茶色の髪をサイドテールにし、左目に傷痕を残す金眼の少女が――

 

 その瞬間、指揮官は反射的に扉から一歩体を引いてドアを閉めた。

 

 指揮官は片手で眉間を抑える。

 

「何故だ……」

 

 今日は誰とも飲む予定は無い。敢えて司令室から人払いをするような事も言っていない。そもそも今日飲むことは誰にも伝えて無い。

 

 完璧な態勢で今回の一人飲みを迎える筈だったのだ。

 

 それなのにどうだ?司令室の中には呼んだ覚えも、そもそも入室すら不可能な筈なのに客が居るではないか。

 

「よし」

 

 気分が変わった。今日は飲むのをやめよう。司令室に置いたままのアルコールたちの片づけは、明日の朝一番に起きてやればいいのだ。

 

 そう思い至った指揮官は、踵を返し自室へと向かおうとしたのだが、

 

「もう、そんなことされたら拗ねちゃいますよ?」

 

 前へと進むための勢いをつける為に後ろに振った手を、司令室の扉を中からあけた人物に捕まれた。

 

「うぉっ!」

 

 そのまま強く引っ張られ、指揮官は背中から倒れるようにして司令室へと引き入れられる。

 

 腕を引っ張ってきた隙間妖怪は、ドアが閉まった事を確認すると、グローブに覆われた手を認証パネルにかざす。すると、ブザー音が司令室に鳴り響き、画面が赤色へと切り替わりデカデカと『LOCK』の単語が浮かび上がる。

 

 指揮官は理解している。堅牢さを増したグリフィンのセキュリティであっても、かつては電子戦・情報戦に特化したモデルであった彼女にとっては突破する事は難しくない事なのだと。

 

 侵入者は前かがみになると、指揮官に手を差し伸べる。

 

「今日は私と飲みますよ?指揮官」 

 

「はぁ……わかったよ」

 

 指揮官に差し出した手を掴まれた侵入者、指揮官のいれたアルコールを勝手に飲んだ為かほんのりと頬を赤色に染めたUMP45は、諦めた様に大人しく従ってくれた指揮官に含みを持たせた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官って柑橘系のお酒が好きなの?」

 

「ああ、いや別にそういう訳じゃないんだ。ちょっと柑橘系の再現をしてみようと思ってな」

 

「ふーん」

 

 飲み干されたグラスをカラカラと音を立てて振るう45。自分から強引に飲もうと言って来た割には、グラスにアルコールを注ぐ気配も無い。

 

 空いたグラスは45が持っているそれしかない。何故なら、彼女は自分のグラスを持ってきてないから。

 

 グラスを振りながら指揮官の様子を伺いつつ口角を持ち上げる45。

 

 そこまで、露骨に話しかけてと言わんばかりの態度をとられたら、それに従うしか今の指揮官には出来ない。

 

「はぁ……。で、本当は何の用なんだ?」

 

 大きくため息を吐きながら、45に問う指揮官。

 

 45は一度口許を緩めると、わざとらしく首を傾げる。

 

「んー気になる?」

 

「そりゃ、ここまでお膳立てしてまで聞きたい事って何か気になるさ」

 

「ふーん」

 

 45はグラスを置くと屈んだ状態で指揮官の顔を覗きこむ。見透かすような視線、動作。のんびりとした雰囲気は去り、剣呑な雰囲気に飲まれない様に、指揮官は息を飲む。

 

「指揮官はさ――」

 

 指揮官は45から視線が離せない。何故なら、彼女は先程まで出していた気まぐれなだけれども友好的な態度ではなく、

 

「死ぬつもり?」

 

 相手を縛り付けるような凍える覇気を纏っていたからだ。

 

「それはどういうことだ……?」

 

 生唾を飲み込みつつ、指揮官は45の真意を探る。

 

 確かに彼の人生の中で死んでしまおうと思った事はあったかもしれない。

 

 でも、今もそうかと言われると答えは否だ。何故なら指揮官には小さな夢がある。それは今よりも平和な環境でこの仲間たちと共に生きていきたいという、大雑把だが確かな夢が。

 

 夢を継がれる事はあるかもしれないが、誰にも伝えて無い状態では自分で叶えるしかない。

 

 だから、死ぬつもりは甚だありはしない。

 

 困惑に瞳を揺らす指揮官。そんな指揮官の表情を下から伺うように45はジロジロと伺うと、何処か安心した様に笑みを浮かべた。

 

「変なこと聞いてごめんね指揮官。私の勘違いだったかも」

 

「いや、だから、なんでそんな事を聞いて来たんだ?」

 

 一人合点する45だが、答えを聞かされてない指揮官にはモヤモヤとした感情が残る。

 

「んー……。指揮官って私達の事を凄く大事にしてくれるでしょ?」

 

「ここの貴重な戦力で、仲間だしな」

 

「もし、この基地が襲撃されて、私達が窮地になったら指揮官はどうしてくれる?」

 

「なんでそんな事を」

 

「いいから答えて」

 

 射抜く様な45の眼差し。彼女が敵へと向けるそれよりは幾らか柔らかいが、毎回向けられてる敵側はたまったものでは無いだろう。

 

 何となく、指揮官には45が求める答えがわかった。そして、45は彼に求めてる答えが出される事が無い事もわかっていた。

 

 それは疑心からでは無い。深い信頼からのもの。

 

 だから、口ごもる指揮官に45はため息をつく。やっぱり言ってくれなかったと。

 

「見捨てて逃げる、って言わないんだね」

 

「それは……」

 

 それが正しい選択なのは指揮官にもよくわかっている。それが情を捨て、指揮官と言う役割を担う人物がとるべき行動である事も。

 

 彼女達にはバックアップがある。戦闘記録、カスタマイズのデータ、最適化手法。殆どの戦術人形はその全てのバックアップを取っているので、最悪バックアップをやられなければ、結果的に彼女達は無傷という事も可能だ。

 

 それは指揮官でも頭でよく理解している。だけれど、助けを求める大事な仲間が窮地なのに、何もせずに逃げのびる事を指揮官は出来るのだろうか?そう考えると、指揮官は何も答える事が出来なくなってしまうのだ。

 

 答えを出すことが出来ずに項垂れる指揮官に45が歩み寄る。

 

 彼女は見透かしてたのだろう。他が犠牲になるなら、自分が犠牲になろうとするような、指揮官の心細い強さと弱さに。

 

「私は、さ」

 

 45は指揮官に飛びつくと、彼の首に腕を回す。視線を逸らすのを許さないと言うように、或いは甘える子供の様に。

 

「指揮官が居なくなったら寂しいな。すごく、すごく寂しい」

 

 寂しさを織り交ぜた声で、彼の胸に収まる。彼の胸に寄せられる45の頬。それは、彼女の心配そのものを投映したかのように冷たく冷え切っている様に感じる。

 

「私だけじゃないよ。9も、皆だってきっとそう。皆寂しがるよ。だから、その時が来たら、指揮官は一番に逃げて。何があっても、私達はまた指揮官に会えるから」

 

「45……」

 

「でも、そんな状況になるようなこと、私はさせないから」 

 

 決意の籠った45の声。指揮官の胸から離れ、頭をあげた彼女の顔は――

 

「だから、指揮官の邪魔をするものは全部私が壊してあげるにゃ♪」

 

「にゃ?」

 

 一瞬で火が回ったかの如く顔が真っ赤になっていた。

 

「し・き・かーん!」

 

 戦術人形特有の腕力で指揮官のことを押し倒す45。

 

 全力笑顔で指揮官のマウントをとる彼女からは、普段の狡猾さは感じられない。

 

 彼女は主人に甘える子ネコの様に、彼の胸に頬を擦りつける。その頬は、先程と違って蕩けてしまいそうなくらいの熱を持っていた。

 

「もぉ、最近他の子に構ってばっかで、私のことを構ってくれなくて寂しかったんだよ?」

 

「それがホントの目的か!?」

 

 突然の45の豹変に流石の指揮官もついていけないようで狼狽えている。

 

「んー、本当はさっきみたいにゃことを伝えたっかったんだけど、なんかどうでも良くなってきちゃったにゃ!」

 

「……自由だな」

 

「でも、構ってくれなくて寂しかったのは嘘じゃにゃいから、構ってにゃー」

 

「……はいはい」

 

 突如現れたネコ語UMP45に動揺しつつも、指揮官は彼女の頭を撫でる。

 

 これが、彼女の酔い方なんだろう。

 

 後からアルコールが効いて、何故かネコになって甘えだす。

 

 普段は恐ろしい本性を持っている人物が、こんなに甘えたがりな姿も隠し持ってるのは、なんともいじらしい。

 

 目を細めて頬をスリ寄せる45の頭を撫でる。

 

 45も古参の部類の為、最近は重要な任務によく出しているのだが、彼女の髪はしっかりと手入れされていて手串がよく通る。

 

「全く子ネコみたいだぞ」

 

 指揮官としては思ったことをそのまま言っただけなのだが、45から思いもよらないカウンターが飛ぶ。

 

「そんな指揮官はいたいけな子ネコちゃんを何人食べたのかにゃーん?」

 

「ヌ゛ッ゛!゛!゛」

 

 45からの鋭い指摘に指揮官は言葉を喉に詰まらせる。が、45は知らない筈だ。あてずっぽうで、酔ってお花畑な思考回路で物を言ってるだけに過ぎない。そう結論付けようとする指揮官。しかし、45はその考えを読んでいたと言うようにくすりと怪しげな笑い声をあげる。

 

「いや、指揮官は食べられちゃったんだよねー?いたいけな子ネコちゃん達に」

 

 その言葉は指揮官の推測を全て否定する材料になり得る言葉だった。

 

 45は指揮官の首筋に顔を寄せて舌を押し付けてペロペロと子猫の様に舐める。彼から噴き出た冷や汗を味わうかのように。

 

「な、なんで――」

 

「ふふっ、元々は電子戦に特化した私の性能を甘く見積もられるのは困っちゃうなー」

 

 45はまた含み笑いを浮かべる。何もかもわかっていると言うかのように。

 

 そう、彼女にとって司令室のセキュリティに穴を空ける事は容易。そして、司令室の中の記録を確認する方法など彼女にとってはいくつもある。防犯の関係で、全ての電源は絶対に落とすことが出来ないのだから。

 

「だ・か・ら・ね」

 

 唖然とする指揮官の身体を自身の体重を乗せて押し倒す45。彼女の瞳は獲物を捕らえた猫の様に細められている。

 

「もう一人、指揮官の事を食べちゃっても問題ないでしょ?大丈夫、見ての通り、私も指揮官のことが大好きだから。――他の子が指揮官を食べたって知った時、すっごく嫉妬しちゃったんだからね?」

 

 ふふっと小さく暗い感情を交えた笑みを浮べつつ、ぺろりと舌を出して唇をなぞる45。

 

 その姿は愛らしい子ネコのそれでは無く、獲物を前にした雌豹。

 

 ここに彼の運命は定まった。

 

 ――壁に耳あり障子に目あり、祖父が言っていた言い伝えはこういう時に使うのだろうか?

 

 そんな現実逃避をしながら、指揮官の乾いた唇は、45の柑橘系の香りがする唇と重なった。

 

 

 

 

 翌日、指揮官は酷く上の空な状態になっていた。何を話しかけても多くの言葉は口にしなかったので、その日の指揮は隊員が理解するのに苦労したらしい。

 

 対するUMP45は、指揮官の姿を見て何度か顔を逸らしたりはしつつも、それ以外はいつも通りだったとの事。

 

 45はそっと指揮官に耳打ちする。

 

「次は9も一緒に、ね?」

 

 と。

 

 指揮官がずっと上の空であった理由。UMP45が何度か指揮官から顔を逸らしていた理由。それは当事者のみが知ることだろう。 



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【番外編】灯火を抱くレースヒェン 【G11】

たまには視点を変えて
そう言う意味で番外編です


 植物の鶴の様に好き勝手伸び散らかせた灰色の長髪に気だるげに開かれた同色の瞳の小柄な戦術人形。彼女の名前はGr G11。通称G11。

 

 グリフィンが扱う戦術人形の中でも超高性能機の一つが彼女だ。

 

 更に細かく言うと、404小隊のG11からデータをとり、オリジナルから幾らかの機能をマイナーチェンジ・オミットされてリリースされたのが、グリフィンで建造されるG11に当たる。

 

 そんな風に指揮官たちにも扱いやすい様に最適化とデチューンを施された彼女ではあるが、その評価は喜ばしいものでは無かった。

 

 彼女のOS(性格)は戦闘を生業としている指揮官たちのお眼鏡に敵う物では無かった。

 

 ものぐさで引きこもりで寝たがり。任務にも基本的には消極的。命令には基本的に従うが、自身が寝る為に指揮官に命令してくることもある始末。

 

 アクの強い個性を持つ彼女は、万人の指揮官に受け入れられることは無かった。

 

 指揮官と戦術人形達の関係は上司と部下ですらなく、主従が基本だ。指揮官は主として敵の殲滅を命令し、戦術人形は主の命に従って敵を倒す。

 

 人間たちに従順な性格こそが、万人の指揮官が求めている物だった。

 

 G11のOS(性格)を変える事は簡単には出来ない。そのOS(性格)とAI(思考能力)こそが、彼女の力を最大限に発揮できると設計されたモノであり、多くの指揮官が望む様なモノへと仕様を変更する為には、時間と費用がまたかかってしまう。

 

 取りあえず、命令には従ってくれるので指揮官たちで何とかしてくれ、というのが技術部門達の答えだ。

 

 性格に難があるのなら性能はどうなのだろうと思われるかもしれないが、そこは超高性能機の面目躍如と言った所か、正確無比な射撃能力で敵を射抜き無慈悲に敵を倒し尽くす。それが戦場でのG11。

 

 G11は命令のブリーフィングをしっかりと聞いていない。どんな任務の内容にも面倒と言うだけで完全に拒絶することは無い。

 

 難のある性格、過酷な任務に異論を唱えず拒否することは無い自己管理能力の低さ、射撃能力の高さ。

 

 G11が配属された基地の殆どは彼女を小隊の一隊員に置いて彼女は激戦区、或いは隠密へと駆り出される、彼女の眠りたいと言う願望にそぐわぬ扱いを受ける事が多い。

 

 まるで、オリジナルの404小隊のG11の様に。

 

 だが、その様な扱いを受けて無いG11も勿論いるのだ。

 

 例えば、

 

「ふわぁ~……終わったよ~」

 

「お疲れさん――って、ここで寝ないでくれって!」

 

 彼の性的被害者な指揮官がいる基地の彼女であったり。

 

 指揮官は眠気で倒れゆくG11に駆け足でよると急いで抱き留める。

 

 いつでも寝れるG11とは言え、床で寝ようとするほど節操が無い訳では無い。これは信頼の証。指揮官がふかふかの掛布団の様に受け止めてくれるだろうと言う一方的な信頼の証。

 

 この基地のG11は興味深いことに一小隊の隊長を務めている。

 

 G11はこの基地では新参の部類。そんな彼女が隊長を任せられている理由は、指揮官曰く『この先滅茶苦茶強くなりそう』という彼の先見性からもたらされた。

 

 そんな理由でG11の最適化を優先している彼が、いつか他の指揮官の様にG11を劣悪な環境に置くのではないかと思われるかも知れないが、『戦力は均等に上げてあらゆる状況にも対応できるようにする』という彼の標語が崩れない限り大丈夫だろう。

 

「おやすみ~」

 

 指揮官のみぞおち当たりを枕代わりにして、寝息をあげるG11。

 

「おーい、寝るなー!おーい!」

 

 指揮官は声をかけてG11に意識を保つように呼びかけるが、彼女には馬耳東風。寝息を立てたままである。

 

「……しょうがないか」

 

 指揮官は一度小さく息を吐くと、彼女の小さな体躯を持ち上げて、予め作っておいた、使われてない椅子を並べて長いタオルをシーツ代わりに置いた即席のベッドに彼女を寝かせる。

 

 指揮官は半ば諦めているのだ。G11は終ったとだけ報告した瞬間、毎度の如く寝るから。おかげで、彼女が帰投するまでに簡易ベッドを作る手際もかなり最適化された。全く、どっちの練度を上げるための出撃だと内心毒づきたくもなるが、直接戦闘からのストレスから解放された気分は指揮官には予想できない。

 

 だから、指揮官は言ったのだ。しょうがないかと。G11は自分よりも圧倒的に疲れがたまる環境に居たから、凄く眠いんだと。

 

 ベッドのパーツとなった椅子の背もたれに立てかけたタオルケットでG11の身体を包んであげる。肌寒かったのか、寝入ったG11の手は口許にまで布団を持っていく。

 

 そんな普段の気だるげでおぼつかなさからは想像もつかない可愛らしい仕種に指揮官は頬を緩めると

 

「おやすみなG11」

 

 彼女の頭をポンポンと軽く叩いて、彼女の傍を離れた。

 

 ――温かい

 

 実はG11はここまで寝た振りをしていた。この場で寝たふりをすれば、指揮官はこの場所で簡易的な寝具の上に寝かせてくれることを知っていたから。

 

 いや、G11にとって司令室で寝る事が目的では無い。彼女の目的は、寝入ったと思われる彼女に向けられた優しい労いの言葉と先程の頭を撫でるように叩く動作。

 

 この二つがG11の胸に温かさを宿し、心地よい眠りへと誘ってくれるからだ。

 

 指揮官の気配が傍から消える。それに一抹の寂しさを覚えながらも、彼のくれた温かさを感じながら眠る。それが、G11にとっての一番の報酬。タオルケットで顔を隠したのは、いつも口がにやけそうになるせいで寝たふりだとバレるのが嫌だから。

 

 うっすらと目を開いて指揮官の姿を確認する。後方支援に回った部隊が返ってくるまでは、彼は司令室にいるようだ。

 

「ありがとう……おやすみ、指揮官……」

 

 自分にしか聞こえない声で彼にお礼を言うと、G11は真っ暗なスリープモードの世界へと移っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 問題児として扱われることの多いG11からみても、彼女の指揮官は優しい人間であった。

 

 戦果も多くは望まず、任務に成功すればそれでいいと。例え一回で任務が成功しなくても、成功するまで出直せばいいと言う人。

 

 多くの指揮官がG11というモデルには多大な戦果を挙げる事を望まれているのは、G11にもわかっている。

 

 扱いづらい性格をしていのだから、扱い辛さは戦果で賄わさせようとしているのは、他のG11からフィードバックを受けてる彼のところのG11にもわかっている。

 

 それ故、G11は任務以外は基本的に無気力になる傾向にある。多くの戦術人形は、戦果だけでなく他の面でも優秀さを発揮して人間たちに認められる事を望むが、元々無気力な本質なG11は多くを望むことは無い。

 

 彼のところのG11もその本質は同じなのだが、他のG11よりかはまだ積極的な方だと評される事が何故か多い。

 

 それは、指揮官が彼女の寝ると言う気高き意志を尊重しているからか、それとも別の理由があるのかは不明だ。

 

 無理矢理起こそうとすることはあまりしない、寝そうになったら軽く寝るなと促すだけで完全に引き止めはしない。それどころか簡易的にベッドを作って、起きるまで待っていてくれると言う世話の良さ。

 

 こんな人間を優しくないと言いってしまえるほど、G11の感受性と疑似感情モジュールは腐ってはいなかった。

 

 そんな彼のことを慕う人形が多い事はG11も知っていた。それは、オリジナルからの縁なのか彼女の世話係になっているHK416、参謀を務める事が多くオリジナルからの問題児同士の縁で仲のいいUMP45とその妹であるUMP9も。

 

 G11は彼の事をどう思っているかと言われたら、答えは出せない。

 

 だけれど、指揮官が寝かしつけてくれると、見れない筈の夢が見れる位に温かくてお気に入りだと言うのは断言できる。

 

 そんな風に寝かしつけてくれる指揮官をある日UMP45がこう評していたのを聞いた。

 

「指揮官、その内一人で死んじゃうじゃないの?」

 

 それが、どういう意味で言ったのかG11には理解できなかった。いつも通りの半分微睡んだ頭で、彼女の言葉を聞き流していたから。伴侶が居なくて孤独死すると言う意味なのか、それとも戦場に出ざるを得なくなって死んでいくと言う意味なのかは、ちゃんと聞いて無かったので今もわからない。

 

 他に覚えてるのは、その言葉を口にしたUMP45が目尻を吊り上げながら頬杖を突いていた事だった。

 

 戦術人形にとって死と言う概念は殆ど身近でない物である。彼女達のバックアップは、グリフィンの基地や本部、それとそれらの施設とは無関係の場所に何か所にも何重にもバックアップを取ってある。例え今の義体が完全破壊されてもバックアップさえ無事なら再建造が可能。だから、死と言う概念は彼女達人形にとっては、汚染された夜空に瞬く星の様に遠いモノ。

 

 でも、指揮官はどうなのだろうか?指揮官は人間だ。居住区で暮らしている人間よりかは丈夫だろうが、人間である限り死ぬ。G11の様な戦術人形であっても、相手をすることになったらまず死ぬだろう。

 

 生命にバックアップは無い。予備も無い。彼という人間の記録は残るかもしれないが、死んでしまってはその記録が書き加えられることはまずない。

 

 終わりだ。死とは文字通り終わりだ。まるで、後継機が作られる事が無かったモデルたちの様に、活動を終えてしまったら終わりなのだ。

 

 普段のG11はそんな無駄な事を考えたりはしない。ましてや任務の最中には。任務に出てる時は、さっさと戦いを終わらして司令室で寝る事だけを考えるのが常。

 

 しかし、その時だけは45の指揮官の死と言う言葉が何故か強く引っかかった。

 

「……キモチ悪い」

 

 敵に向かって言ったのか、或いは自分に対していったのか、それすらわからない言葉を零しながら引き金を引き、その日の任務を終わらせた。

 

「任務終わった~」

 

 いつも通りに作戦終了の報告をしながら司令室に入ると、まるで日常動作をするかのように倒れ込むG11。

 

「おつか――おおい!寝るなって!」

 

 そして毎度の如く、彼女の小さい身体を抱き留める指揮官。

 

 このままG11が寝たふりを始めればいつもの通りの日常風景なのだが、G11は両腕を指揮官のお腹に回す。そのはずみに、彼女の緩く被ってる帽子が床に落ちてしまった。

 

 そう、いつもなら体を全て指揮官に委ねているのだが、今日はG11からも彼の身体を抱き留める形になっている。

 

「……どうした?何かあったか?」

 

 怪訝そうに首を傾げる指揮官。彼の言葉遣いは少々高圧的だが、彼女の頭を撫でながら穏やかに彼は語り掛けてくれている。

 

「なんでもない……」

 

 いつもの様に気だるげに返すG11だが、その言葉に含まれてるのは本心と別のモノが半々。

 

 彼女は少しばかり怖くなってしまったのだ。自分が、いや指揮官にだってわからない死と言うモノを。

 

 G11は確かに戦術人形だ。だけれども、今の自分の身体がボロボロに跡形もなく破壊されるのは怖い。だけれど、戦術人形はいざとなったら自分で痛覚キャパシティを遮断して、次の起動を待つだけにすることは出来る。

 

 でも、指揮官は人間だ。痛覚を遮断するような真似は絶対に出来ない。痛みに喘ぎながら死を待つことしか出来ない。

 

 何故か、そう何故かずっと、指揮官の死という言葉が彼女の中で渦巻いて離れなかった。

 

 彼が死んだら、今受け止めてくれるている彼の温かさは何も無くなって、冷えた床で寝た時の様に冷え切ってしまうのだろうか。そう考えると彼女の頭脳部が焼け付く様に熱くなる。

 

 迅速に勝つ為ならエゲツない戦い方をすることを躊躇しないG11の頭は残酷でロマンチックな考えでずっと埋まっていたのだ。

 

 指揮官はG11のボサボサの頭を何回か撫でると、ポンポンと頭を叩く。いつも彼女を労いながらするように。安心していいと示すかのように。

 

 彼はG11の中に何が渦巻いているのかわかっていないだろう。彼は彼女が言わなければそれでもかまわないと思ってる。人であれ、人形であれ抱えるモノがあるのはよく理解しているから。

 

 だから、彼は、せめて彼女の変わらない日常を演じる。今はそれが最適である、と言う直感を信じて

 

「寝るか?」

 

「うん……」

 

 彼の鳩尾に額を当てるG11が小さく頷く。

 

 彼は彼女の華奢で小さな体を持ち上げると、いつもの様に予め作っておいた簡易ベッドに彼女の身体を寝かせる。

 

「お疲れさまG11。おやすみ」

 

 瞳を閉じつつある彼女に労いの言葉をかけ、自由に跳ね放題の髪をポンポンと叩く。それは、指揮官がG11にだけに贈る特別報酬。

 

 でも、今のG11にはそれだけでは足りなかった。離れゆく指揮官の手をG11の小さな手が掴む。

 

「どうした?」

 

 指揮官は仕方がないと穏やかな笑みを浮べながら、彼女に問う。

 

 まだ、彼女の頭の中は黒い霧に支配されている。その支配から抜け出す為には彼の温かさが必要だと、彼女のCPUは瞬時に演算結果を導出した。

 

「ちょっとこのままいい……」

 

 いつも小さい声が更に小さく下手すれば司令室のサーバーを冷却するファンで掻き消えそうな位に小さな声。

 

 彼女がそっぽを向きながら――羞恥を隠しきれない頬を染めて――のおねだりを聞き届けた指揮官は、簡易ベッドの端に腰を下ろす。彼女が寝入る邪魔にならない様に。

 

 指揮官はG11の手を包むように握り、おまけで頭を撫でて安心感を促してあげる。

 

 温かい彼の手の感触。熱暴走を促しそうな彼の体温は何故かG11の頭脳の冷却を促し、黒い霧を晴らしてくれた。

 

 その代り、今度は何故か機関部が一定のリズムで跳ねているような錯覚を起こす。

 

 指揮官の体温を感じる度、彼が頭を撫でる度に、薄らと開かれた視界に居る指揮官の笑顔を認識してしまうごとに。

 

 不思議とそれは嫌なものでは無かった。むしろ、この感覚を意識する前に眠ってしまった今までを後悔したくなるくらいだ。

 

 一日中G11を蝕んでいた呪いは彼の生の体温によって解呪され、再び微睡みを齎される。

 

「おやすみぃ……」

 

「ああ、おやすみ」

 

 返事をしてくれた指揮官に礼をするかのように、G11は彼の手を一度強く握りしめ、もう一度強く彼の体温を感知してスリープモードへと移行する。

 

 戦術人形は夢を見ない。スリープモードも活動時間に得た情報を整理する為の時間でしかない。

 

 でもそんな理屈は今は関係ない。この温かさからもたらされる眠りは絶対に忘れたくないし、しっかりと堪能したかったから。

 

 彼女は今日の彼から貰った温かさを忘れない様に記録デバイスに命令を送ると、スリープモードに移行した。



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【番外編】灯火を抱くレースヒェン 追加パッチ

※一人称です
無理だと判断したら、スオミの文化遺産級のケツを崇める作業にお戻りください


 45が『指揮官の死』と言うモノを語った日から数日後、45は何故かすごく上機嫌だった。

 

 45の足取りはパーツに使用されてる素材が変わったみたいに軽かったし、よく鼻歌を歌っていた。

 

 その日は、45に誘われてカフェスペースに行った。メンバーは45、9、HK416。オリジナルからの腐れ縁たち。

 

 なんでそこまで機嫌がいいのか、少しばかり気になったけど、何となく45について来たあたしには関係の無い事だから寝込もうとした。

 

 でも、目ざとい45には視線を向けてたことがバレバレだった見たいで、45は口に手を当ててくすっと悪だくみでもするかのように口を吊り上げて笑うと、あたしの顔を覗きこんだ。

 

「G11、知りたい?」

 

 45には何もかもお見通しなんだろう。あたしが何を疑問に思っているかも、あたしが何を知りたいのかも。45の金色の目は全てを見抜いているのだろう。

 

 あたしは顔を机に伏せながらも確かに頷く。何が面白かったのかわからないけど、三人は少しだけ笑われた気がした。

 

 45は席を立つと、あたしの手を引いて別の席に移動する。なんで席を移動したのだろう?9と416は知らない方がいいことなのかな?でも、それならなんであたしだけに?

 

 考えれば考える程45が席を移動したことへの疑問が次々へとわくけど、これ以上45に考えを読まれるの癪なので、テーブルの上に顎を乗っけて半開きの視界に45を収める事にした。

 

 だけれど、こんなちょっとした反抗的な態度すらお見通しなんだろう。栄えある第二部隊隊長様は、悪だくみを思いついた時の様に口を歪ませる。

 

「私ね――」

 

 最近まで第一部隊隊長のスオミと一触即発になるくらい機嫌が悪かった第二部隊隊長の45。そんな45の機嫌が機嫌をよくした『ワケ』を聞いてくうちに、あたしの半開きだった瞼は段々と持ち上がっていって、顔から放熱し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の晩、あたしは執務室に居た。それは45が指揮官としたことをあたしもする為。

 

 確かに知識として夜伽の知識はあるけど……、本当にやらないとだめ……?

 

 でも、確かに指揮官のことを考えてると、最近は凄く不調とか排熱が間に合わなくなることが結構あって、指揮官に対して変な反応を返しちゃうことがあるし、そんな調子なのに再起動するのは何故か嫌だし……。

 

 自分で処理しきれない何かの答えが出るなら、それに越したことは無い。

 

 45が司令室のドアセキュリティに仕込んだバッグドアを使って、司令室に侵入した。

 

 あたしは指揮官がいつも作ってくれる椅子を並べてタオルを置いただけの簡易ベッドを作って、指揮官を待ってみる。45が、今日の指揮官は司令室で飲みに来る筈だって言うから。

 

 簡易ベッドは完成、この簡易ベッド、416に『イバラ姫のベッド(ベッド フォン ドルンレースヒェン)みたいね』と皮肉られたことがあるけど、あたしはずっと寝てるわけじゃ無いからイバラ姫とは違うと言い返したら、どっちも変らないわと更に言い返されたっけ。

 

 寝転ぶ。……うん。何か足りない。ちょっと寝心地悪い気がする。指揮官の用意してくれるベッドはもっと寝心地がいい気がする。何かコツとかあるのかな?

 

 でも、直す気は起きない。あたしの身体を包む眠気はいつだってあたしを眠らせようと必死。

 

 指揮官が来るまでは時間があるから、ちょっとだけ寝て待ってよう。

 

 瞳を閉じ、スリープモードに移行するように命令する。指揮官が来るのは2200らしいから、それくらいにタイマーを設定。

 

 タオルケットを体に巻いて……さて寝よっと……。

 

 …………………………………。

 

 寝れない……。なんで?

 

 確かにスリープモードに移る様に命令を出した筈なのに、意識は堕ちないし、頭はずっと処理を行ってる。

 

 指揮官があたしのことに気づいてくれるか、とか、指揮官と飲むお酒ってどんな味なんだろうとか、あたしなんかを相手にしてくれるかな?とか、色んな心配の予測ばっかりして、処理が遅延して、スリープモードへ移れと言う命令がどんどん後回しにされている。

 

 この処理達を中断させれば、スリープモードの命令を最優先事項とさせることは出来るけど、今はこの疑似感情ユニットが生みだす波打つような莫大な処理に身を任せるのも不思議と悪く無かった。

 

 跳ねるように鼓動を打つ機関部、排熱が間に合わなくて火照る頬の人工皮膚。その全てに不快感は全く無くかったけど、普段殆ど覚えることの無い緊張感を覚えていた。

 

 あたしの中の体内時計は指揮官が訪れる予定時刻まで残り二十分だと告げる。

 

 二十分……。長いなぁ……。いつも約束の時間のギリギリに来ちゃうのに。今日は何故か一時間前に来ちゃった。

 

 そんなのG11と言うモデル(あたし)らしくないのに。

 

 二十分なんて、寝てればすぐの筈なのに……。サーバーを冷やす為のファンだけの音が響く司令室は、とても物寂しい。指揮官はこの空間が好きらしいけど、あたしにはちょっとわからないや。寝るなら静かで、出来れば指揮官が傍に居てくれる場所が――

 

 そこまで考えたら、さっきまで排熱が間に合って無くて熱かったのに、急に冷え込んできた。あたしは体を丸める。指揮官がいつもかけてくれるタオルケットを握りしめて。

 

 ……寂しいな

 

 自分でもそんな感情が湧くのが不思議だった。取りあえず言えるのは、すぐにでも指揮官に会いたかった。

 

 

 ―――――

 

 あれから何分か経った。ずっと目を瞑ってたけど、相変わらずスリープモードに移行できない。体内時計を呼び出しても、処理の遅延で後回しにされてて正確な時間がわからない。

 

 もしかしたら、22時を過ぎてるのかも。いくら45の予測の精度が高いと言っても、正確とは言い切れない。

 

 今日は来ないのかな?

 

 機関部の活動が一回り弱くなったのを感じながら起き上がろうとすると――司令室のドアが開かれた。

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌い、片手に袋を携えて呑気に入室してきたのは指揮官――あたしの待ち人。

 

 あたしは寝たふりを再開しつつ、薄らと目を開いて視界を確保する。

 

 指揮官はまだ気づいていない。呑気に鼻歌を奏でながらバックドアを設置されたセキュリティドアにロックをかける。

 

 指揮官、あたしに気付くかな?あ、でも、気づいてくれなくても……

 

 自分でもよくわからない葛藤をしながら指揮官の様子を伺ってると、気分よく細められてた指揮官の目が、一気に大きく開かれた。

 

 あっ……指揮官があそこまでびっくりしてる顔って初めて見たかも。

 

 ちょっとした新鮮味に浸りつつ、指揮官の動向を伺う。

 

 指揮官は荷物をパネルにそっと置くと、わたしの方に近づいてくる。

 

 距離が近いと少しだけ目を開いてる事が指揮官にもわかっちゃうかもしれないから目は完全に瞑って置く。

 

 足音が段々と近づいてくる。

 

 うぅ……なんかすっごく緊張する……。顔の火照りだけは表に出ない様にしないと……。あっ、ちょっと鼻息が荒いかな?

 

 指揮官はあたしの事を起こそうとする筈。何時の間に忍び込んだんだって言いながら。

 

 それが、あたしと45の予測であり計画。そこから、あたしと指揮官の飲みを始める。

 

 そんな計画だったんだけど、指揮官はあたしの前で少しだけバツが悪そうに頬を掻くと、寝たふりをするあたしの顔の高さと水平になるように顔を合わせる。

 

 うっ、近い……!顔が赤くなりそう……!

 

 あたしの中を埋め尽くす緊張感の処理が追いつかなくて寝たふりをやめようと思ったあたし。瞼を持ち上げようとしたその時

 

 指揮官の手があたしの頭に触れた。

 

「ふぅ……」

 

 何故かよくわからないけどあたしは変な息を出して、その息にあたしを窒息させようとした緊張感も持ってかれて。温かくて大きな指揮官の手。その手の優しさはいつだってあたしを安心させてくれる――

 

「お疲れさま」

 

 指揮官は全く起こそうとしなかった。それに、頭を撫でたままあたしから離れようともしない。

 

 指揮官は待ってるつもりなのかな。あたしが起きるまで。

 

 優しいな……。なんでも問題児だって疎まれる事の多いあたしにこんなに優しくしてくれるんだろう。なんで、こんなに指揮官は優しいんだろう。大事な場所に侵入されてたら怒るのが当然だと思うのに。

 

 朝まで寝てたらどういうつもり、って寝たふりをやめて言いたくなるけど、今は寝たふりをやめるのすら憚られる。それくらい、あたしにとって指揮官の手の温かさは重要な物だから。

 

 でも、このままだと、指揮官と飲む機会は無くなっちゃう。一体どうすればいいのだろう。頭脳部がオーバーヒートを起こさない様に低速処理状態で考えてると、

 

「イクュッ!!」

 

 あたしのタオルケットをかけ直そうとして持ち上げて埃が舞ったからか、指揮官がくしゃみをした。

 

「ふふっ……」

 

 あっ、ちょっと笑って声が出ちゃったかな?バレて無い?

 

 ……でも、今がチャンス。ここで起きないと、次のタイミングがいつくるかわからない。

 

「うるさいよ……」

 

 いつもの様に気だるげな声を出して、目を擦りながら起きあがる。……ちょっと声が緊張で発声がおかしかった気がするけど平気だよね?

 

「うぉおおおおおおお!?」

 

 あたしが起きたことにびっくりしたみたいで指揮官は大きく飛び上がる。

 

 なんだか、また笑っちゃいそうになったけど、指揮官からすればあたしは寝起きで鈍くないと怪しく思われるから何とか堪える。

 

「なに……指揮官……?あたしの部屋に来て……」

 

 用意していた台詞はスラスラと言えた。本心を言えば、こんな不愛想な言葉を口にしないといけないのがちょっと痛むんだけど……。

 

「いや……ここは司令室なんだが……?」

 

「んー……?」

 

 指揮官に促されてぐるりと周囲を見渡す。

 

 うん、知ってる。ここはあたしの部屋なんかじゃ無くて司令室。違反行為までして入った指揮官と二人っきりになる為の場所。

 

「ほんとだ……。おやすみぃ……」

 

「おーい寝るなー!」

 

 指揮官から背を向けて再び寝入った振りをするあたし。指揮官がいつもの様な小芝居に付き合ってくれるのが何だか凄く嬉しかった。

 

 でも、今は寝るわけには行かない。あたしの目的は指揮官の事を考えると発生するオーバーヒートを直すこと。その為に45から教えて貰った事をやってみる事だから。

 

「冗談……。じゃあ、あたしは部屋で寝るね~……」

 

 ベッドから降りて入口へ向かう振りをする。

 

「一人で大丈夫か?」

 

 そんな心配をしてくれる指揮官の言葉を一旦無視して、あたしはパネルの方に視線を向ける。

 

 そこにあるのは何かわかってる。指揮官が持ってきた、アルコールと化学調味料達。

 

「なにそれ」

 

 あたしはそ知らぬふりでパネルの上にある者を指差す。

 

「あー……アルコールだよ。その……ほら……噂になってるだろ。私が夜遅くの司令室でアルコールを嗜んでるって。つまりその……そういう事だ!」

 

 決まりが悪そうに頬を掻きながら説明する指揮官。なんだか、悪戯がバレた子供みたいで可愛らしい。

 

 指揮官は隠してるつもりなのかもしれないけど、戦術人形たちは指揮官が夜の司令室でアルコールを嗜んでいるのが真実だって知ってる。最近は水面下での、お酌権(?)の争いが激化しつつあるみたいだよ…?

 

「ふ~ん……」

 

 あたしは素っ気ない返事をすると、アルコールの入った瓶を手に取る。

 

 苦笑を浮べてた指揮官の顔が引きつってる。

 

 うん。確か指揮官は4、5体のアルコールが入った人形たちから襲われてる筈。

 

 顔が引きつるのは何となくわかる。でも、あたしは、指揮官と――――

 

「あたしも飲んでいい……?アルコールを飲んだら気持ちよく寝られるって言うし……」

 

 指揮官は腕を組んだ後、何回か唸って頭を困らせて――

 

「ダメ……?」

 

 上目遣いで頼んだあたしに

 

「……いいぞ」

 

 苦笑を浮べながらも頷いてくれた。

 

 それから、あたしと指揮官はお酒を飲みながらの会話に興じた。

 

 会話と言っても、指揮官が調味してくれたアルコールの感想に『おいしい』とか『酸っぱいね』とか、あたしが簡単に感想を言うだけだったけど。

 

 でも、それだけでも、指揮官にとっては十分だったみたいで「そうか」って短い返事をすると、優しく頭を撫でてくれて、ちょっとポワポワってした。

 

 時折、指揮官から『調子はどうだ?』とか『上手くやれてるか?』とか、当たり障りのない事を聞いて来たり。それについてもあたしは短く『問題ないよ』って返すと、指揮官はまた笑いながら「よかった」って頭を撫でてくれた。

 

 そうしてくれる度に、あたしの顔の排熱は間に合わなくなって熱くなる。冷やす為にアルコールを飲んでも、アルコールはあたしの身体の熱さを感じさせるだけだったけど、あたしの疑似感情モジュールは幸せという答えを導出した。

 

 短い会話を繰り返して、一つのグラスでアルコールを飲みあってると、指揮官が腕時計を確認し始めた。あたしも内蔵時計を確認する。時刻は間もなく明日が訪れる時間帯。

 

 短い会話だけを続けた短い時間かと思ってたけど、本当はもっと多くの時間が流れてた。

 

 時間も時間。そろそろお開きにしないといけない。

 

 でも、そう思うと、あたしの疑似感情モジュールは寂しさと心細さを訴えてきて、それが伝播したCPUは指揮官を押し倒すと言う結果を行動で示した。

 

 指揮官は凄くビックリしたみたいで目を丸くしている。

 

 ごめん、ごめんね指揮官……。でも、あたしの全部が、指揮官とまだ離れたくないって、もっと接続したいって訴えてる……。

 

 アルコールが入ったせいなのかもわからないけど、いつもより指揮官のことを考えると機関部の活動が激しくなるし、指揮官と離れると考えると融けそうな位に身体が熱くなる。

 

 それは、疑似涙液があたしの瞳から零れ落ちて顔を冷やそうとしてくるくらいに。

 

 人間は感情の処理が追いつかなくなると、喚いたり泣いてしまうモノらしい。今のあたしもそれと同じなんだろう。感情の処理が追いつかなくて涙を流しているから。

 

「いやだ……!まだ離れたくないよ指揮官……!」

 

 あたしは外見相応に子供みたいに喚く。

 

 指揮官は「はぁ…」と困った様に息をつくと、何かを察したのか、あたしに委ねるように力を抜いてくれた。

 

「G11は」

 

「……うん」

 

「その先のことをしたいのか?」

 

「……うん」

 

「はぁ……そうか……。仕方ないよな……。うん。私で良いなら――」

 

「……指揮官がいい」

 

指揮官はあたしに微笑みかけてくれる。

 

「……あぁ、わかった」

 

 あぁ、聞いてた通り……。指揮官は優しすぎる。

 

 指揮官は拒否しない。求められたら必死に応えようって、自分で言いのかって――。

 

 だから、45は心配したんだ。『指揮官はいつか一人で死んでしまう』って。

 

 嫌だなぁ……。本当に嫌だ。指揮官が居なくなったらあたし――

 

「……始め方はわかるか?」

 

 ネガティブな思考に飲まれそうになったあたしに指揮官は不意に聞く。

 

 指揮官は暗に引き返す最後のチャンスを与えようとしてくれてる。

 

 あたしは必死に頷く。詳しい事は45からある程度聞いた。今のあたしには指揮官の温かさが必要だから。

 

「うん、わかった。任せるよ」

 

「……うん」

 

 あたしは流れ出る疑似涙液を拭ってから、指揮官の胸に手を置いて位置を調整して――涙液で潤いを取り戻した唇で指揮官の唇の温かさを感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行為が終わって微睡むあたしを指揮官はずっと抱きしめてくれていた。

 

 途中で『幸せ』、『温かい』、『嬉しい』っていろんな感情が渦巻いて処理が間に合わなくなってまた涙が出ちゃったけど、やっとあたしは気づくことが出来た。

 

 あたしは……指揮官のことが好き、って。

 

「よしよし、頑張ったな」

 

 あたしの涙がつらさから出たものだと思ってるのか、指揮官はポンポンと背中を叩きながら優しく褒めてくれた。

 

 そんな的外れな優しはでも、いまの満たされたあたしの器を溢れさせるには十分だった。

 

「ううっ……ひっぐ……」

 

 ありがとう、わがままに付き合わせてごめん……。そう言いたいのに、今のあたしの頭脳部と疑似感情モジュールは幸福感から齎される排熱処理に間に合わなくて涙ばかり流すだけで……。

 

 指揮官のかけてくれる言葉、直接触れ合って包み込む彼の身体、自分の中を満たす温かさ。

 

 その全部から、幸せだって、指揮官が好きだって引数を与え続けるから処理が追いつかなくて涙ばっかり出ちゃって……。

 

 散々泣いて泣いて、嬉しくて泣いて、やっと収まると、普段からあたしの身を包む眠気が急激に襲って来た。

 

 人間は泣き疲れたら寝てしまうものだって聞いた事がある。今度はそれを再現しようとしてるらしい。

 

 あたしの意識はスリープモードのフェーズへと進もうとしている。

 

 その前にあたしは指揮官の手を握りしめる。より多くの面積で指揮官の温かさを抱いて眠る為に。

 

 段々とあたしの瞼が重くなってく。身体は再起動を望んでる。

 

 あたしの身体の機能が少しずつ止まって意識が暗闇に包まれる中でも、

 

「おやすみG11」

 

 いつもと変わらない優しい指揮官の言葉は確かにメインメモリの中に記録した―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の指揮官はとても眠そうにあくびを出していた。

 

 指揮官はあたしが再起動からスリープへと移った後、司令室の後処理をしたんだろう。あたしは司令室に放置されることは無く、人形たちの宿舎より司令室に近い指揮官の部屋のふかふかのベッドで寝かされていた。

 

 スリープから目覚めたら指揮官は居なかったから指揮官は朝早く出て行ったんだろう。迷惑かけてばっかりで後悔しか無かったから、今日のお仕事はちょっとだけ頑張ろうと思った。

 

 あたしはと言うと、類を見ない位絶好調だった。

 

 それは指揮官に対する想いを自覚したからか、指揮官の温かさを抱きしめて寝れたからかはわかないけど、今日は古参の戦術人形たちが目を張る活躍が出来た。

 

 眠たげに欠伸をする指揮官がインカム越しに作戦終了を伝えてくれた。

 

 今日の指揮官は疲れてるだろうから、一緒にお昼寝をしよう……。

 

 そう思い立ったあたしは、指揮官の手の感触を思い出しながら手を握りしめて、迎えのヘリに乗り込む。

 

 指揮官が眠たげな理由、あたしが好調な理由。それはあたし達しか知らない事なのだ。




番外編としたのは、指揮官よりの三人称ではなく、人形寄りの視点だから、ですね。
人形視点で書きたくなったら、また番外編とさせていただきますね。


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