死者の声を聞け (ぺったんこ)
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プロローグ
ユナフィート王国[前篇]


※見切り発車です。取り敢えずトットランドまで頑張ります。


彼は、一国を治める王の元に仕える騎士団長だった。

若輩者ながら博識で武勇も優れた彼は王の為、国の為に尽力することこそが自分の存在理由であると謳うほど、王の掲げる理想郷に誰よりも傾倒していた。

国民の笑顔を何よりも愛した王によって完成された国を彼も心から愛していた。

 

幸せだった。敬愛する王の近くで剣を振るえることが。

幸せだった。国の為に尽くせる毎日が。

幸せだった。時折城の外から顔を覗かせ、こちらへ微笑んでくれる姫とのひとときが。

 

あの悪夢のような日が来るまでは。

彼の愛した国は無情にも海賊たちの侵略により滅ぼされた。

偶々流れ着いたこの国が豊かと知るや否や海賊たちは刀や銃を振り翳し田畑を踏み荒らし、金品を強奪し、女を攫い、街を破壊し、無抵抗な国民を次々と蹂躙していき、忽ち火の海に沈んでいく国に彼はこれ以上ない怒りに支配された。

そんな海賊たちを相手に彼は最後まで戦った。愛する国を守る為に諦めずに海賊に立ち向かった。

 

しかし、彼の武勇は奇しくも海賊に届くことはなかった。

単純に海賊が彼より強かったからだ。彼が挑んだ海賊団船長は新世界に名を馳せ、悪魔の実の能力者にしてその首には一億を超える懸賞金が掛かっているような男。

強さの次元が違う。男はまるで赤子の手を捻るかのように彼を蹂躙すると目の前で王の首を刎ねてみせた。

次に密かに恋慕の情を抱いていた姫を男の部下たちにより犯された。

打ち捨てられるように目の前へ転がされた彼女に彼は必死に呼びかける。顔を上げた彼女はその身が汚されたというのに、光が篭った目で彼に訴えた。

 

「国民を、頼みます」

 

最後は王と同じく首を刎ねると王族の首を玉座に並べた。

 

「あああああ!!!!」

 

それは人ではなく獣に似た咆哮で彼は男たちに叫ぶ。

これが怒りなのか、悲しみなのかすらもはや彼にも分からず、目前の無情な現実に只管叫んだ。

そんな叫びに男は愉快だと嘲笑い、彼の頭を踏みつけた。

 

 

嗚呼、屈辱!嗚呼、無念!

 

噛み締めた口唇から血が流れる。国民を守れず、王の盾にすらなれず、姫を救うことも出来なかった。

彼はいっその事、死にたかった。ここで舌を噛み切り自害を考えたが彼女の最期の願いを聞き届けた彼は捕虜となることを選んだ。

 

 

王族が死に絶え幾年が過ぎ去り、国が滅んでからというもの海賊の本拠地と化したこの国は分厚い黒雲に覆われかつての面影はない。

生き残った国民を守る為に苦汁を舐める毎日、彼の心に最早騎士団団長の誇りは消え、生きているが彼は死んでいた。

ある日、空腹に飢えた子供が耐え切れず海賊に納める食糧に手を出した事が幹部に知れ、半壊した街は騒然としていた。かつて子供の笑顔溢れた広場で、有名な彫刻師が彫ったとされている噴水が売りの憩いの場。

しかし今は水も湧き出ない、側面が抉るように破壊された噴水が立つ侘しい場所に成り果てている。

 

「これは無能な国王に変わって新たな王となった俺たちファントム海賊団フロムット船長への献上品だぞ。どうなるかわかって手を出したんだろうなぁ!」

「申し訳ございません!この子はもう2日も食べ物を口にしていないのです、どうか、どうか、」

 

大男に怒鳴られ泣いている子供を痩せた両腕で守るように抱き締めて庇う母親が必死に許しを乞う。

しかし、大男もといファントム海賊団幹部「ガビー」は唾を飛ばしながら怯え震える親子に怒鳴りつけた。

 

「だからどうした!?只でさえ食糧不足だというのに、役立たずのお前らの取り分があるわけねぇだろう!!」

 

ガビーの理不尽な言い分に彼を含めたその場にいる国民全員が怒りに震えた。

誰の所為で緑が枯れたと。誰の所為で川の水が干上がったと。誰の所為で飢えていると。

国を滅ぼし心優しい王族を皆殺した奴らの為に毎日毎日、朝から晩まで井戸から水を汲み上げて必死に育てた作物を涙を呑んで献上している国民の無念と怒りは計り知れない。

国民の鋭く怒りを込めた視線をガビーへ向けるも、側に侍る部下たちがサーベルをチラつかせば、命が惜しい国民は忽ち目を伏せる。

「申し訳ございません、申し訳ございません!」

「どれだけ謝ろうと遅せェんだ、この国で王の物に手を出した奴はガキだろうが等しく死刑!!そしてそれを庇ったお前も同罪だ!!!」

「ま、待ってくれ!!!」

 

丸太のような腕で自分の身長を遥かに上回る大きさの金棒を頭上に振り翳す。

彼は堪らず群衆を掻き分けると、ガビーと親子の間に両手を広げて躍り出た。

部下がすぐさまサーベルを構えるがそれが誰であるか認識すると、ガビーは部下を片手で制し嘲笑を浮かべた。

 

「おお?誰かと思えば元騎士団長サマじゃねぇか」

 

彼は硬い石の地面に膝を付き、土下座をした。

 

「君たちの食糧に黙って手を出した事は詫びよう、しかし飢えているのは我々国民も同じだ。せめて、せめて子供だけでも食べさせてやれる食糧を恵んでは貰えないだろうか。そうすれば子供がそちらの食糧に手を出す事はしないだろう」

「んん、確かに...」

 

ガビーは顎に指を掛けて思案顔を浮かべた。

子供だけにでもまともな物が食べられる、僅かに見えた光明に国民が縋るようにじっとガビーを見つめる。

少しの間考え込んでいると、何が閃いたのか漫画のようにガビーの頭の上に電球がポッと浮かんだ。

 

「おおそうだ。子供だけとは言わずお前らの食事の件、俺が直接フロムット様に進言してやろう」

「ええ!?」

 

まさか子供だけではなく、自分たちも食事がもらえるのかと、国民の目に光が差す。

反対に侍っている部下が驚愕を浮かべてとんでもない提案を出したガビーを見上げた。

 

「あ、ありがとうございます...!!」

「だが条件がある」

「な、何でしょう」

 

思わず頭を上げた彼はガビーが浮かべるゾッとするような狡猾な薄笑いに背筋を凍らせた。

 

「食糧の譲渡は約束しよう。食事を用意する代わりにお前ら誰かが命を差し出せ」

「な!?」

「さっきも言った通りこの国は今食料不足だ、無能なお前らの所為でな。だが1人死ねば1人分の食事を用意出来る、そうだろ?」

「し、しかしそうなれば田畑を耕す人間がいなくなるぞ!君たちも我々のように飢えるだけだ!」

「食糧が無くなれば海へ出られる俺たちはまた新しい拠点を探すまでだ」

「そんな...」

 

ならば何の為にこの国を襲われ、王族は殺され、滅ぼされたんだ。

彼は震える声でガビーに問いかけた。

しかし、帰って来た答えは余りにも淡泊で、そして残酷だった。

 

「俺たちが海賊だからだ。それ以外にあるか?」

 

彼はもはや、言葉も出なかった。

国が、誇りが、愛しい人がたったそれだけの理由で奪われ、そして今度は残された国民同士で争えと言うのか。

何処まで、ああ、この悪魔は何処まで自分たちを苦しめれば気が済むんだ。

 

「さっすがガビーさん!」

「よっ!生粋の悪党!!」

「上げて落とすどころか容赦なく叩きの落とすとこがまた痺れるぜー!」

「ガッガッガ!!やーめーろてめぇら!照れるじゃねぇか!」

 

部下が媚びるように褒め称え、ガビーはその強面に似合わない照れ顔を浮かべて頬を掻いた。

 

「って事だ。既に1人分の飯を食ったガキの代わりに誰が死ぬ?」

 

お前か?と蛇に睨まれた蛙のように縮こまった国民は我が身可愛さに目をそらす。

 

「私が、代わりに死にます」

「ママ!?」

「な、何を言うんだ!」

 

母親は抱きしめていた子供を彼に預けるとガビーの前に立ち上がった。

 

「団長様、息子を宜しくお願いします」

「国民を、頼みます」

 

その目はかつての姫の最期を想起させた。

 

「決まったようだな」

 

ガビーは再び金棒を振り上げる。

彼は腕の中で暴れる子供を必死に抱き止め、何も出来なかったかつての己があの頃と何も変わっていないことに悔しく、その口唇から血が滲む程噛み締めた。

 

「(また、俺は救えないのか..!くそ、くそ!!!)」

 

凶悪な凶器が無情にも振り下ろされるその瞬間。

 

ガキィイイィイン!!!

 

「ん!?」

 

肉の潰れた手応えはなく、寧ろ何者かに自慢の武器を受け止められた驚きにガビーは目を剥く。

 

「無抵抗な女子へ斯様な無体、恥を知れ」

「誰だァてめ!?」

 

山吹色の羽織をはためかせ、颯爽と現れた僧侶のような男は「ぬん!」と掛け声と共にガビーの金棒を押し返す

その力に思わず2、3歩たたらを踏み後退するとガビーは男を睨みつけた。

 

「拙僧の名は山伏国広。我が主殿の命によりこの者たちの加勢に馳せ参じた」

「加勢だァ?」

 

ガビーは山伏国広と名乗る男を上から下まで眺めまわす。

自分程ではないが鍛え抜かれた筋骨隆々の身体、鈍く光る素人目でも分かる名刀にこの国の男衆ではないことは一目瞭然。

 

「余所者がこの国に何の用だ?食糧か、宝か、それとも俺たちの首か?」

「敢えて答えるならば貴殿らの首、というところか」

「やはりそうか!!なんせこのガビー様の首には1億5000千万懸賞金がかけられているからな!!」

「現の金に興味はない」

「う、うつつ?」

 

得意げに胸を張るガビーの自信を一刀両断し、山伏は刀の切っ先を向ける。

 

「我が主殿はとある者と盟約を交わされた。この国に蔓延る害悪を挫き、国民に自由を齎すと」

「自由だとォ?おいおい、俺たちがいつこいつらの自由を奪ったってーんだ?国民が王の為に働くことの何が不自由ってんだ。今だってそうだ、誰も俺たちの行いに異議なんざ唱えてねーじゃねェか!」

 

なァおい!!とガビーが国民へ問いかけると、国民は目を伏せ何も言えず俯いている。

圧倒的に恐怖の前に言葉を持たない国民を嘲笑い、ガビーは山伏に向かって勝ち誇ったように笑う。

 

「ほら見ろ。俺はこいつらから武器を取り上げたことは一度も無い、いつでも反乱を起こせる機会はあった!!」

「ふむ。で、あるか...」

「分ったなら、とっととそのアルジサマとやらを連れてこの国から出て行きな」

「相分かった」

 

山伏は刀を鞘に収めると、鋭い眼光で目の前の男を射抜くと拳を構えた。

 

「貴様如きの害悪、我が刀で切るに値しない。この拳一つで十分である」

「おい、テメー..聞いてりゃ偉そうにしやがって、誰に口効いてんだ」

「御託は結構。主殿を待たせてある故、早々に参られよ」

 

山伏の最後の一言にガビーの額に浮かんでいた青筋がはち切れ、勢い良く金棒を振り上げた。

 

「上等だクソ野郎!!やれるもんならやって見やがれ!!!!」

「で、出たー!ガビーさんの大技『王鎚スマッシュ』!」

「あいつ、骨も残らねーぞ!!」

 

豪腕から放たれるその一撃でどれだけの部下が命を落としたか。かつての圧倒的強さに屈した彼は微動だにしない山伏に向かって叫ぶ。

 

「いけない..!逃げるんだ!!!」

「心配無用!」

 

山伏は利き腕を限界まで引き絞り、相手との間合いを見定める。

迫り来る金棒に誰もが山伏の死を想像し、あるものは子供の目を覆い、あるものは悲鳴を上げた。

 

「死ねえええ!『王鎚スマッシュ』ゥゥウ!!!」

 

相手の攻撃が山伏の間合いに入ったその瞬間、引き絞った腕を突き上げるように振るった。

 

「唸れ、拙僧の筋肉ゥゥうう!!!」

「ぐぼえェェェ!!?」

「「「えええええええ!!!!?」」」

 

山伏の拳は金棒を止めるどころか、風穴を開けるとそのままガビーの厚い強面にめり込んだ。

勢いは止まらず、その巨体は半壊の民家を2.3軒貫通し、4軒目で漸く止まった。

部下が慌てて後を追えば、ガビーは顔面を大きく凹ませ壁にめり込み気絶していた。

国民は開いた口が塞がらず、間抜け顔を晒す。

山伏も鍛え抜かれた屈強な身体ではあるがガビーの巨体の前では霞み、少し太い枝にしか印象に残らない。

そんな男の驕りにも聞こえる宣言通り、山伏はガビーを己の拳一つで見事沈めてみせた。

 

「そ、そんな!!ガビーさんが!!」

「冗談キツイぜガビーさん!!そりゃ演技だろ!?演技だと言ってくれー!」

「む。申し訳ない..民家を壊してしまった」

「え、ああ、き、気にしないでくれ。元々壊れていた家だ」

 

ガビーを吹っ飛ばした拳を解く様に軽く上下に振る。その拳には傷ひとつなかった。

 

「き、君は一体...」

 

何者なんだ。彼がその問いを口にする前に山伏は当初の目的を思い出すように声を上げると群衆を見回した。

 

「そうであった。誰か騎士団長のクラウスという男を知らぬか?」

「ク、クラウスは私だ」

 

まさか自分を探していたとは思わず彼、クラウスは上擦った声で名乗り上げた。

 

「おお!貴殿であったか、先程は見苦しいもの見せてすまなかった。怒りで我を忘れるとは拙僧もまだまだ未熟であるな」

「と、とんでもない!寧ろ胸がすく思いだ、本当になんと御礼を申せば..」

「礼にはまだ早いであるぞ、貴殿たちが自由を得るには元を絶たねば元も子もなかろう」

 

この人は本当に自分たちに自由を齎す気でいるのか。どうして会ったばかりの、この国の者ではない彼がここまで良くしてくれるのか、クラウスは不思議でならなかった。

 

「一先ず、拙僧共に参ろう。事情は全て城で話そうぞ、主殿もそこにいる」

「し、城だって!?いけない、彼処にはフロムットと言う男が根城にしている場所だぞ!」

 

その時タイミングよくクラウスの耳に轟音が飛び込んできた。

驚き、音の方へ振り返ればそれは先程自分が言った悪の親玉が根城にしている城から今も轟いている。

言わんこっちゃないと、クラウスの顔から血の気が引くが山伏は快活に声を上げて笑った。

 

「カッカッカ!主殿、派手に暴れておるなァ!」

「わ、笑っている場合か!早く行かなければ殺されてしまう!」

「なに、心配無用。己の力に胡座をかく斯様な者に主殿が遅れを取るまい」

 

一体彼の途方も無い自信は何処から湧いているのだろうか。

此方を不安にさせまいとする気遣いからの言葉かそれとも、彼の仕える主殿という人物がそれ程武勇に優れた御人なのか。どちらにしろ、奴らからの支配から逃れるチャンスである事には変わりない。

クラウスは縋る思いで先を行く山伏の後を必死に追いかけた。

 

 

 

 

「す、すまない。手間をかける」

「カッカッカ!なんのこれしき、日々の修行に比べれば軽いものである!」

 

道中、碌に食事も取れず働き詰めだった身体が悲鳴を上げ走れなくなったクラウスは山伏にお米様抱っこをされていた。共に走っていた時より何倍もの速さで、だ。

ほぼ自分と背丈が変わらない人間を笑いながら抱え、疾走することは騎士団長だったあの頃の自分でも不可能だろう。背負われた瞬間に走馬灯のように過ぎ行く景色に唖然とし、改めて彼の逸脱した体力にクラウスは目を剥いた。

 

「時にクラウス殿、貴殿らを支配しておる風呂ムッと、とやらはそれ程強敵なのであるか?」

「フロムット、です。それは勿論、我ら国が誇る騎士団が束になっても切っ先一つ届かなかった男だ」

 

蘇る、あの絶望の瞬間。

切っ先どころか姿形さえ掴めず、なす術なくまま次々に部下は倒れ、気が付けば己も胸に風穴を開けられ地に伏せていた。

 

「あの男は悪魔の実の能力者だった。自然系『キリキリの実』の蜃気楼人間、覇気を習得していない我々に奴の実態が捉えられるはずもなく...」

 

その先は言葉に出来なかった。変わり果てた王族が脳裏を占め、今にも涙が零れ落ちそうだ。

 

「のうりょくしゃ?かの者も刀剣男士という訳であるか?」

「いや、ち、違うが。とうけん、だんし?」

「...ふむ。『 』か」

「、山伏さんっ今何と」

「いやなに、拙僧の独り言である。それはそうと...見えたであるぞ」

 

クラウスは山伏の背に手を付き、反るように体を曲げて背後を中途半端に振り返る。

奴の根城は目と鼻の先。敗北してから訪れることが出来ずにいた思い出の場所に、熱いものが喉の奥から込み上げてくる思いだった。

山伏は勢いを殺すことなく桟橋を突っ切る。所々破壊され、美しかった薔薇の庭は見る影もないがクラウスは懐かしく思った。そこでふと、気が付く。

 

見張りがいない。

 

門番気取りの者、我が物顔で横行する者、国民から搾取した食べ物や酒を食べ散らかす者。

誰もいない城は静寂過ぎて、寧ろ気味が悪かった。まるで一斉に神隠しにでもあったかのような。

そして、城の扉が開け放たれた。男10人がかりで開く扉が山伏1人によって開門されたことにもはやクラウスは触れないことにした。

 

「主殿!山伏国広、只今帰還した!」

「お、山伏おつかれさーん!」

 

思ったより若く、しかも女の声だった。

予想を裏切られた戸惑いを隠し切れないままのでクラウスに山伏は『降ろすぞ』と声を掛け、彼の疲労した身体に障らぬよう地にそっと降ろすと、主のもとへ歩を進める。

振り返ったクラウスは目の前に広がる阿鼻叫喚な光景に白目を剥き、顎が外れる勢いで口を開くと胸内で叫んだ。

 

「(アイエエエエエエエエエエエエ)」

 

あれほど圧倒的な力を持ち、自分達を恐怖で支配していた海賊たちが1人残らず肉団子のような山へと成り果て、その上に船長であったフロムットが顔に言葉にするのも憚れる屈辱的な落書きされた状態で飾られていた。

汚い肉団子の山を背景に、和気藹々とする7人と虎1匹にクラウスの両足から思わず力が抜け、その場に尻餅をつく。

 

「やー!もうちょっと早く着いてれば山伏も見れたのに!初陣弥々さんの一太刀、極み前のたろじろ並み!」

「なんと、それは是非とも手合わせを願いたいものだなぁ!」

「我で良いのであれば、いつでも応じよう」

「レベルも一気に10も上がった、相手が時間遡行軍じゃなくても上がるんだねー」

「でもあるじさまーにんげんあいては、てかげんがむずかしいです」

「刀装の数も見直した方がいいかもしれませんよ。刀装でも死んでしまうと後々厄介になりますね」

「あーまず始末書じゃ済まんね。ごこちゃん、大変と思うけどそこら辺のコツをみんなに教えてもらえる?」

「がっがんばりますぅ...!!」

 

溌剌とした山伏に似た快活な笑顔を浮かべる娘の隣には、山伏をも超える角の生えた大柄な男。男の背負う鞘に収まった見事な大太刀には銀髪の小柄な美少年が腰掛けて足をプラプラさせている。

白目を向いて仰向けになった海賊の1人を冷静に観察しているのはこれまた小綺麗な青年。儚げな美少年は力一杯意気込むがその目には涙が浮かんでおり娘の袖を掴んで離さない。見たことも無い白い虎の口元が薄っすらと赤くなっていることに気づく頃にはクラウスの頭はショート寸前に追い込まれていた。

あの大柄な男が山伏の言う主殿であればまだ納得できたが、銀髪の美少年はしっかりと娘の顔を見て『主様』と仰いだ。

クラウスはもうこれが疲れた自分が見せる夢か幻なんかじゃないと、思っていた。娘の傍で見守るように控えていた紫髪の美丈夫と目が合うまでは。

 

「主」

 

美丈夫は娘の後頭部をノックをするように手の甲で小突くと、話に夢中になっていた娘の目が蚊帳の外だったクラウスへと向けられる。(主人の頭を、小突く!?)

 

「あ、ごめんごめん!クラウスさんだっけ?放ったらかしにして申し訳ない!」

「いや...、あの、君が、アルジドノなのか?」

「あるじ片言だ!ウケる!!」

「う、うけ..?」

「不謹慎にも程がある」

「あいた!?」

「!!?」

 

主人の頭を、叩いた!?本国なら謀反とも取れる美丈夫の行動にクラウスの額から冷汗が止まらない。

そしてその行動を誰も咎めないときた。まるで日常の一部を見ているかのように。

娘は患部を両手で摩りながら深々と頭を下げた。

 

「ふ、不適切でした。ごめんなさい」

「いえいえ、お気になさらず...」

 

娘は存外、素直らしい。

 

「えっとクラウスさんに此処へ来てもらったのはこの人たちの処遇を決め欲しくてですねー」

「え、俺にですか」

「そうそう。訳あって..ってその訳も後で話すんだけどね?あたし達はこの人たちを無力化に出来ても殺すこと出来ないんだよ。なので被害者であるクラウスさんがこの人たちを煮るなり焼くなり好きにして下さい」

「生きているのか...」

 

よく見るとフロムット含め、全員の胸が浅く上下に動いている。生きているとわかるとクラウスの瞳に赤黒い殺意が宿りその場に落ちていた剣を拾い上げ、海賊の喉元に突きつける。

罪もない国民を苦しめ、心優しい王族を殺し、姫を道具のように犯し、愛した国を滅ぼした。

殺しても殺したりない、自分たちにしたように惨めだらしく許しを乞うまで。いや、許しを乞うても許さない。生まれてきた事を後悔させてやる屈辱をこの海賊達に!!!

 

「ああああッ!!!」

 

クラウスは剣を振り上げた。彼は間違いなく海賊の喉を搔き切るつもりだった。

復讐に身を焦がす自分をじっと見つめる娘や傍に控える男たちは誰も彼を止めようとしなかったが、剣の切っ先は寸前の所で止まった。ほう、と誰かが感心したような息を吐いた。

 

「この海賊供を動けない様に縛ってください。後に海軍へ引き渡します」

「...それでいいの?」

「いいんです。これで、いいんです」

「オッケー、当人がそれでいいならあたしらは何も言わないよ。んじゃみんなー!最後のお仕事頑張ってこー」

 

気の抜ける様な娘の号令に男たちは動き出し、荒縄で海賊たちを手際よく縛っていく。

自分も手伝う立場であることは分かっているが力が抜けて、再びその場に尻餅をついた。

「大丈夫?」娘が膝を抱えてクラウスを覗き込む。

 

「ああ、大丈夫。すまない、腰が抜けてしまった」

「こっちの事はあたし達に任せてよ。ちゃんとその、かいぐん?に引き渡すまで牢屋に入れとくからさ」

「何から何まですまない。その、君はどうして赤の他人である俺たちにここまで良くしてくれるんだ?」

「んー、成り行きだったけど頼まれたから」

「国の者にか?」

「うん、ニーナってお姫様から」

 

娘の口から出てきた名前にクラウスの表情が凍り付く。

 

「にー、な」

「そう。ニーナにクラウスを助けてってお願いされた」

「う、嘘だ!!!!!」

 

クラウスは思わず声を荒げる。

その名の人は自分の目の前で犯され首を刎ねられ死んだ、この国の姫の名前だった。

 

「なんの冗談だ!!!命の恩人とは言え、あの方の名で偽りを申すなら容赦せんぞ!!!」

「え、嘘じゃないよ失敬な。まぁそこら辺も含めて説明するから落ち着、」

「これが落ち着いていられるかッ!!」

「あ、マジでホント危ないよ」

 

娘の胸倉を掴み上げたその時、四方八方からヒヤリとしたモノが宛てがわれた。

 

「ダメだよみんな。刀仕舞って」

 

気付けば、6人分の刀がクラウスの急所に宛てがわれていた。

腹には美少年が2人、首には青年と山伏、背後には大太刀の男、頭上には獣の息遣いも聞こえてくる。クラウスはすぐ傍に死を感じた。

 

「不躾な主で申し訳ないね、彼女の説明不足で混乱させてしまったようだ。しかし彼女は仮にも僕らの大事な主なんだ、出来ればその手を下ろしてほしい。でないと僕は君の手を斬り飛ばさなければならない」

 

胸倉を掴む手を尋常じゃない握力で押さえ込み、刀を添える美丈夫の目は恐ろしく冷たい。

それはフロムットに与えられた恐怖を上回るほどの殺気だった。

 

「あーごめんねクラウスさん。迂闊でした、ちゃんと説明はするから取り敢えず落ち着いて?」

 

じゃないと貴方が死んでしまう、と暗に警告する娘にクラウスは手を離すしかなかった。

 

 

 




登場した刀剣男士

●歌仙兼定(極)
∟霊力審神者の初期刀様。オカン
●山伏国広
∟初太刀。修行大好きな筋肉
●五虎退(極)
∟初鍛刀。審神者離れが出来ない
●堀川国広(極)
∟初脇差。闇討ち暗殺お手の物
●今剣(極)
∟三条一派のしっかり者。審神者セコム
●弥々切丸
∟新参者。10歳になりました。


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ユナフィート王国[中篇]

 

 

9月だというのに年々暑くなっていく残暑にやられた審神者は半袖短パンと少年のような格好で縁側に座り、氷水が入ったタライに足を沈めて涼んでいた。そこに内番姿(上着なし)で現れた蛍丸が上機嫌な表情を浮かべてやって来る。

小走りで駆けてくる小さい子に気付いた審神者はほたるーん、と力無く手を挙げた。

 

「ねえねえ、俺ね昨日誉100回取ったでしょ?主、覚えてる?」

「覚えてるよー。ご褒美何にするか決まった?」

 

刀剣たちの士気を上げる為に審神者が考案した『誉100回取ったで賞』。

その名前の通り、戦で誉を合計100回取った刀剣には審神者から1つだけご褒美を貰える。もしくは願いを1つ叶えて貰える。

ただし歴史を変えたい、神隠し等無茶なお願いは除外。勿論審神者に対する不埒な申出も却下。節度を守った常識範囲内であることが条件だ。

他の本丸でもこの案は実施されているだけあって効果は絶大、刀剣たちの士気はうなぎ登り。

そして昨日の戦で誉100回を達成した蛍丸は審神者に一日時間を貰い、褒美を何にするか考えた。

 

「うん。俺ね、ご褒美はプールがいいなー」

「プール?」

「おいおい、蛍。幾ら何でもプールは無茶だろ」

「えー?ダメ?」

 

小柄な身体で大太刀を振り回し敵を屠る蛍丸が自分のベビーフェイスを活かし、審神者の膝に頭乗せて甘える。

それだけでデレデレと締まりない顔になる審神者のなんと情けない事。審神者と並んで縁側から足を投げ出していた愛染国俊が兄弟の無茶振りを咎めた。2人の後ろには来派の保護者、明石国行が座布団を畳んで枕替わりにして背を向けて横たわっている。

 

「でもこの間演練で会った薩摩国にいる『俺』の本丸にはプールがあるって言ってたよ?こんなに暑いんだし俺もプール入りたい。国俊もプール入りたいよね」

「え?....あー、まぁー..」

「プールやなくても海があるんやから、粟田口の坊ちゃんたち誘って行ったらいいやろ」

 

愛染がプールの魅力に感化されかけているのを見兼ねた明石が横たわったまま審神者たちの方へ体を向けた。

しかし明石の提案に蛍丸は頬を膨らませる。どうやらお気に召さなかったようだ。

 

「国行分かってない。海も良いけどプールにはプールの良さがあるの!」

「我儘言いな。他所は他所うちはうち」

 

この話は終わりや、と背中を向けて再び寝入る明石に蛍丸の頬がますます膨らむ。

こうなった蛍丸は納得がいくまで拗ねまくる。拗ねた蛍丸は面倒くさい、ネガティブモードに入った山姥切国広と大典太光世並みに面倒くさい。

先程から一言も喋らないが審神者はどうするのかと愛染が見上げると、彼女は顎に指を当てて考え込んでいた。

 

「プールかー」

「え?マジで作るのか?」

「ダメ元だけどねー。やってみよか!」

「ほんと!?主!」

「主はん、あんま蛍を甘やかさんで下さい」

「まあまあ。いいじゃんいいじゃん」

 

審神者は蛍丸を膝から降ろすと執務室の棚を漁り始める。その背中に溜息をついた明石が一言。

 

「自分、止めましたからね..」

 

 

 

 

「ここの敷地が空いてるからここに作ろうか」

 

棚から本丸の見取り地図を取り出した審神者が地図を見ながら暫く歩いていくと拓けた場所で足を止めた。

その周囲には途中で主がプールを作ると知った粟田口の短刀衆や暇潰しがてら見物にやって来た刀が集まっている。審神者は地面に地図を広げた。

 

「ほたるん、どんなのが良いかリクエストあるー?」

「これ!こんなのがいい!」

 

テンションが振り切って頬を紅潮させただ蛍丸が審神者の前に雑誌を広げる。

そのページは人気プールの特集で遊園地にあるような入り組んだウォータースライダー付きのプールが載っている。

成る程、これは憧れるわ。審神者は写真を頭に叩き込むと地図の拓けた部分に人差し指を乗せた。

目を閉じた審神者は頭の中で植木に水を注ぐように優しく、鉢から溢れない量をイメージしながら霊力を地図に注いだ。

頬に風を感じたその時、周囲から歓声が上がった。

 

「すっげー!主さん!!ほんとに作っちまった!!」

「わーい!主ありがとー!大好き!!」

「ぐふっ」

 

蛍丸が首に腕を回して抱きついてきた。流石大太刀、一瞬息が止まったが彼に対する愛が上回り小さな身体を抱き返す。

彼の肩越しから見える思ったより立派に出来たウォータースライダーに審神者はほっと息を吐いた。

 

「蛍、主はん潰れるで」

「わ。ごめんなさい、つい」

 

保護者の一声で蛍丸の腕が瞬時に引っ込む。

審神者は心なしか沈んだ様子の蛍丸の頭を撫でて快活に笑った。

 

「良いって良いって!それよりみんなと一緒に水着取ってきなよ、スライダー混んじゃうよ!」

「、うん!」

 

照れ臭そうに笑った蛍丸は自分を待っていた愛染と一緒に屋敷の中へと入っていく。

プールには既に水着に着替えた者たちから次々と入水し、いつ買ったのか水鉄砲まで持ち出して遊んでいる刀剣もいる。

かと思えばバシャン!!と水柱が上がった。今剣を抱えた岩融が早速スライダーを満喫しているようだ。

蛍丸の褒美のつもりだったが結果的に暑さで気が滅入っていた刀剣たちの為になった事に審神者は満足気に頷く。

すると頭上から溜息が落ちてきた。

 

「こんなん、ぽんぽん出しとったらいざって時霊力不足でバテるで」

「んー。不足になったことが無いからいまいち加減が分からん」

「そうでっしゃろうな。今も湧き水のように溢れてますわ」

「ならいいじゃん。折角あるものを使わないなんて、えーと宝の持ち腐れだよー」

「....それ、あの人の前でも言えますん?」

「うん?」

 

審神者が振り返った先には、包丁を持った鬼がいました。

 

「げェ!?」

「主...キミって人はッッ」

「か、かせーん」

 

我が本丸の初期刀の眼孔に睨まれた審神者の背中がピッと伸び、明石は背後で彼女の冥福を祈り合掌する。

 

「ほぎゃああああぁあぁぁぁぁぁ」

 

刀剣たちのはしゃぐ声に混ざって、青空広がる本丸に審神者の悲鳴が轟いた。

 

 

 

 

決して広くは無い縁側で海パン姿の男士たちが敷き詰めるように集まり、審神者室の中を気の毒そうに覗いてる。

腕を組み絶対零度の眼差しをした歌仙兼定の前には審神者と巻き込まれた明石が正座をさせられていた。

 

「主、君は何度言えば僕の言い付けを守れるようになるだい?」

「えっと...」

「それとも僕との約束1つ覚えられないくらい、君の脳味噌はポンコツなのかい?」

「うーん...」

「ハッキリしなさい」(畳みドンッ)

「はい!あたしは歌仙の言い付けを破りました!」

 

数分前。

燭台切光忠と共に陽が落ちてから行われる新入りの歓迎会で振る舞う料理の下準備をしていた歌仙は突如感じ取った審神者の膨大な霊力に何事かと慌てて包丁を持ったまま厨を飛び出した。

来てみれば平地だった場所に入り組んだ滑り台と短刀が読んでいる子供雑誌に載っているプールとやらが建ち上がっているではないか。

先程の膨大な霊力、考えるまでもない。すぐさまこれが審神者の仕業だと確信した歌仙は満足気にプールを眺めている審神者の頭に拳骨を落とし、今に至る。

 

「言ってみるんだ。僕との約束、一言、一句、間違わずに」

「『無駄に霊力を使わない。使う時は僕にちゃんと相談すること』」

「分かっているのに守れないのはどうしてなんだ」

「いやー。しつこく守れと言われると逆のことがしたくなるのは人間の性だね」

「そうかい、拳骨が欲しいならそう言ってくれ。いくらでも落としてあげるよ」

「ごめんなさいごめんなさい!!!」

 

影が差した笑顔で拳を振り上げる歌仙に審神者は両手で頭を守る。

見兼ねた明石が言わんこっちゃない、と呆れながらもフォローをしようと口を開く前に初期刀の絶対零度がこちらにも向いて思わず肩が跳ねる。

 

「明石、君は今日の近侍だったね。どうして彼女を止めなかった?」

「あー...うん。自分は止めましたよ」

 

彼の目に怖気ずき、フォローに回るどころか保身の為に審神者を売った明石国行。

凄い目で見てくる審神者に明石はごめんポーズをとった。

彼らのやり取りに呆れた歌仙が額に手を当てて深い溜息を吐けば、審神者は弱々しくごめん、と再び頭を下げた。

 

「何度も言ってるけど、次霊力を使う時は僕に相談して。例え有り余った霊力でも使い過ぎは身体に毒なんだ、それもあんなに一気に使ってもしもの事があったら...君が倒れてからじゃ遅いんだ。分かってくれるね?」

「はい...」

「うん、いい子だ」

 

行ってよろしい、と歌仙からお許しが出るとホッと息を吐いて正座を崩した審神者は痺れる足を引き摺るようにして退散。刀剣たちも彼の雷が収まり一安心、出てきた審神者へドンマイと声を掛けている。

 

「すんまへんな歌仙さん、あれ作らせたんは蛍の我儘やねん」

「知ってるよ」

「何や。知ってましたん」

 

明石も正座を崩し膝の上で頬杖をつく。

 

「彼女は自分の為に霊力を一度も使った事が無いからね。今回も誰かにお願いされて作ったんだろうと思ったよ」

 

歌仙は涙目の蛍丸に謝られておどおどしていている審神者を見て苦笑いを浮かべる。

 

「なら、あないに怒らんでも良かったんちゃう?」

「何事も限度ってものがあるだろう?それを易々と彼女は越えてしまうから心配なんだ、誰かがストッパーにならないと自覚のない彼女は気付かない。ストッパー役は近侍の仕事に含まれているんだが...ちゃんと申し送りを聞いてなかったのかい?」

「あー...聞いたような、聞かなかったような...」

「全く...次から気を付け給え」

「はいはい」

 

思わずイラっとする様な気の抜けた返事だが、これが明石国行という刀の性分だと割り切り不満を溜息にのせて吐いた。ふと、歌仙はいつまで経っても姿を現さない政府の狐の存在を思い出し明石に尋ねた。

 

「ところで明石、執務中にこんのすけがそっちに現れなかったかい?」

「いーや、来てまへんよ。そういやぁ見かけまへんな」

「もういい時間だしね、そろそろ合戦で今日のノルマを熟さなければ新人の歓迎会が遅れてしまう」

「せやけど予定表持ってるこんのすけがおらんと何処に向かったらいいか分からんで?」

「無いならこれを使え」

 

腕を組んで考えている歌仙と指示を待つ明石の間に用紙を持った手が差し出される。

最近政府から監察官として本丸に現れ、そのまま審神者の刀剣男士として仕えることになった内番姿の山姥切長義が立っていた。

 

「予定表じゃないか。どうして君がこれを?」

「俺が近侍の時状況把握の為こんのすけに頼んでコピーを貰った。彼女に持たせると書類に埋もれて失くしてしまいそうだったんで、俺が預かっていた」

「正しい判断だ、助かったよ長義」

「主はん、よう書類失くすもんなぁ」

 

礼には及ばない、と内番に戻る長義を見送った歌仙は刀剣たちに慰められている審神者に声を掛けた。

 

「主!そろそろ出陣しないと弥々切丸さんの歓迎会が遅れるよ」

「まじでか。でもまだこんちゃん来てないよ?」

「長義がコピーを持ってたお陰で出陣は問題ないよ。念のため出陣組みを見送ったら君からこんのすけに連絡をとってくれ」

「はいよー。んじゃ今から呼ぶ人は着替えてきてね、呼ばれなかった人は引き続きプールを楽しんで来て下さーい」

「「「はーい」」」

 

この時、能天気な審神者は疎か優秀な初期刀ですら想像していなかった。

過去どころか未来ですらない、全く別の世界と繋がってしまっていることに。

 

 

 

 

新参者の祢々切丸を部隊長に、本丸きっての刀剣たちをサポート役として編成し審神者は近侍と共に玄関で見送った。

 

「全く歌仙はとことんあたしを信用してないよね。ちゃんと連絡するっての」

「数えきれんほど前科があるお人の台詞とは思えへん発言やな」

 

最後の最後まで「連絡する様に、いいかい?絶対だよ」と歌仙に何度も念を押された審神者は彼のしつこさに目くじらを立てていた。

 

「そこまで言い張るんやったらちゃんとして下さいよー」

「分かってるって。明石見ててよ?あたしがちゃんと連絡してるところ」

「何でやねん」

 

明石は心底めんどくさそうな口ぶりで言った。

 

「証人!あたしがちゃんと連絡しましたよーって言う証人じゃん。断ったら眼鏡没収な」

「地味な嫌がらせやめぃ。わかりましたから早よ電話しーや」

「おーし!今からするぞー!」

 

疲れるわ、と眼鏡をズラし指で目頭を解していると審神者がスマホ片手に眉間を寄せていた。

 

「どないしました?」

「....ない」

「なんて?」

「繋がらない。こんちゃんと繋がらない」

「はい?貸してみぃ」

 

思わず声が裏返る。審神者からスマホを受け取り耳を当ててみるとツーーとビジートーンが鳴っていた。

 

「話し中とちゃいますん?」

「コールすら鳴らなかったよ」

「壊れたか...?」

 

少しスマホを弄ってみるがアンテナは三本直立、刀剣グループへのメッセージも問題なく送信出来る。

その他機能も特にバグっているわけでもない。玄関先で2人揃って首を傾げていると、玄関の引き戸が勢い良く開いた。

 

「あるじさま!いちだいじです!」

「わ、吃驚した。丁度いいやいまつるちゃん、まだ外に歌仙いる?」

 

慌てた様子で飛び込んできた今剣を受け止めるが、彼は審神者の手を握ると外へと急がす。

 

「そんなことより!いちだいじですよ、あるじさま!はやくきてください!」

 

子供姿の短刀でも流石は刀剣男士。

引き摺るように審神者を外へと連れ出そうする今剣を明石は制止させ、審神者に靴を履かせると共に門へと向かった。

 

 

 

 

様々な過去の歴史へと繋がる門前に着くと、時空転送装置の前で祢々切丸に羽交締めにされた歌仙がいた。

初期刀御乱心か。審神者は恐る恐ると声を掛けた。

 

「ど、どうしたの」

「時空転移装置が誤作動を起こして動かなくなってしまったんです。あの手この手と調べたんですが一向に動かなくて...そしたら痺れを切らした歌仙さんが一発思っ切り叩けば動くんじゃないかなって構え出したので祢々切丸さんが止めてくれました」

「物騒!!本丸のテレビじゃないんだから!!」

「め、面目無い...」

 

堀川国広の分かりやすい報告内容に審神者は慄けば頭が冷えて、もとの落ち着きを取り戻した歌仙が苦笑いを浮かべた。

 

「もー!あるじさま!!もっとだいじなことがあるでしょう!?」

 

目くじらを立てた今剣が膨れっ面で能天気な審神者を見上げる。

 

「あ、そうか。時空転移装置が誤作動ってどう言うこと?」

「言葉の通りである。どう言うわけか設定した合戦場ではなく、見たことも無い場所に繋がってしまったようでな」

「装置とやらも動かなくなってしまった。主よ、この場所に見覚えはあるか?」

「んーー」

 

審神者は門を少しだけ開けて外を覗いて見ると、そこはなんと不気味で薄暗いところだろうか。

辛うじて生えている草木は茶色く腐り川の干上がった跡がある。水が足りないのか田畑に成っている作物はどれも枯れていて乾燥している。周りに危険は無く、審神者はもう少しだけ身を乗り出す。何処もかしこも見るに堪えない侘しい場所に審神者も気分が滅入る思いだった。

 

「ひっどいね...捨てられた土地なのかな。てか、天気悪っ」

「主様っ...あ、あまりお外に出ると危ないですよぅ..!」

「あんさん仮にも主やっちゅーのに無防備過ぎるわ」

「仮にって失敬な」

 

五虎退に袖を引かれ、彼が連れている虎に首根っこを噛まれて連れ戻された審神者が門の内側に引き寄せられる。

 

「取り敢えず皆を居間に集めて状況把握といこうか。迂闊に外へ出ないよう主は全刀剣男士に連絡を」

「合点しょ、...」

 

合点承知と言おうとした時、審神者の言葉が急に途切れた。

 

「主、如何した」

 

祢々切丸は固まる審神者の傍で膝をつき、心配そうな顔付きで覗き込む。

 

「何か...門の外にいた」

 

と、言い終わる前に国広兄弟が素早く門を閉めると鯉口を切る。

明石に抱えられた審神者が瞬時に下がれば、祢々切丸は盾のように立ちはだかり、その前を抜刀した歌仙と短刀2人が刀を構えていた。

 

「主はん、何が見えましたん」

「あーごめん。一瞬しか見えなかった、でも時間遡行軍じゃないのは確かだよ」

「あんさんの霊力に肖ろうちゅー不届きもんかいな」

「...ううん。そこまで嫌な気配じゃなかった...なんか、もっとこう...」

 

適切な言葉が思い付かず、審神者が口をまごまごさせている間に外から門を叩く音がした。

 

『だれか...だれかそこに、いるのですか...』

 

今にも消えてしまいそうな、弱々しい女の声だった。

この土地の惨状を垣間見た人間なら怪我をしているのか、もしくは空腹で弱っているのかと女を招き入れる所だが、生憎ここは霊力審神者と付喪神が住む本丸だ。女の声が生気の宿っていない『死者』の声だとすぐに判別できた。

 

『お願いします、はなしを...はなしを聞いてください...』

「主、耳を傾けてはいけないよ。今剣、すぐににっかり青江を、」

 

振り返った先にいる明石の腕に、審神者はすでに居なかった。

 

「はいはーい。今開けますよーっと」

「きみぃぃいいぃいぃ!!!!」

「はわわわわっ主さまぁぁあ...!」

 

五虎退と虎が慌てて審神者の後ろを追いかける。

審神者をしっかり抱えていなかった明石と易々と通した祢々切丸へ今剣がキッと睨みつけた。

 

「あかし!ねねきりまる!おまえたち、なにをしているのですか!!」

「無茶言わんといてください。気付いたら主はん、もうおらんかったんですわ」

「め、面目無い...」

「もー!これだからきどうりょくのないかたなわー!」

 

今剣が地団駄を踏んでいる間にも審神者は門を開けようとしている。それを必死に止める国広兄弟。

五虎退と虎も追い付き加勢に加わるも、何やら使命感に駆られている審神者にたじたじとなっていた。

 

「大丈夫だって!そんな悪い気配してないし、話聞いたら成仏してくれるかもよ!」

「そもそも関わっちゃダメなんですって!何かあったらどうするんですか!」

「堀川心配し過ぎ!その時は石切さんとたろさんにハラキヨしてもらえばいいじゃん」

「それ取り憑かれる前提じゃないですか!兄弟っ主さん抱えて!」

「山伏っ邪魔したら暫く山修行禁止だよ」

「ぬぅ!?なんと!!」

 

『あの..わたくしの声は、きこえてますか..』

 

「ほらー!無視するから幽霊さん不安がってるじゃん。聞こえてるよー今開けますねー」

「もぉぉぉぉ...ほんっっとに後先考えないんだからっ。兄弟、五虎退くん」

 

堀川からアイコンタクトを受け取った2人が頷き、いつでも刀を抜けよう柄に手を添える。

審神者の開門を合図に3人は体制を低くして構えた。

 

「こんにちは。何かご用ですかー?」

「良かった..やはり貴女にはわたくしの姿や声が届くのですね...!」

 

門の前には銀色のドレスを纏った女性が両端の裾を持ち上げてお辞儀をする。

その洗礼された動きはまごう事なき何処かのお姫様の仕草そのもの、長い亜麻色の髪束は片方の肩に流し色取り取りの花が散りばめられ、御伽噺に出てくるラプンツェル姫を想起させた。

色白でキリリとした眉にこぼれ落ちそうな大きな瞳、目の覚めるような美しい顔立ちに刀剣男士も同性である審神者もほう、と感嘆の溜息を吐く。

 

「「「(お姫様みたい)」」」

「わたくし、ユナフィート王国第三皇女ニーナと言います」

「「「(あ、マジのお姫様だった)」」」

「って、ユナフィート王国?」

 

一足先に我に返った審神者が聞いたことのない国名に声を上げた。

 

「はい...そこまで名の知れた国ではありませんが知る人ぞ知る、作物や漁業の名産地でございます」

「ほほう。それはまた豊かな国である」

「やはり、ご存知ではないのですね」

 

妙に引っ掛かりを覚えるニーナ姫の発言に一同は首傾げる。

 

「やはり?」

「事情は分かりませんが、あなた方は別の世界からいらっしゃったのでは?」

「...まぁそうなるのかな?この時代は見覚えないし。でもそれをどうして、その..失礼だけど死んだあなたが分かるの?」

 

審神者の無礼な物言いにもニーナ姫は憤ることなく、寧ろ物虚しげな表情で語った。

 

「わたくし、死者となってからいつもこの国を彷徨っていましたの。昨日までただの荒地でしたここに見慣れぬ建物がありましたので調べに参りました。...また、海賊たちが国民を苦しめる為に建てたものではないかと心配になり...」

「海賊?海賊ってパイレーツの方?」

「他にどの様な意味があるのか箱入り娘ゆえ知りませんが、恐らく」

「大至急」

 

審神者は堀川たちを集めると雁首揃えて頭を付き合わせた。

 

「海賊って何時代?そんな合戦場実装されてた?」

「うーん...記憶にないなぁ。兄弟は?」

「拙僧も思い当たる節は...そもそも日の本に海賊はいたか?」

「す、水軍のこと...ですかね?」

「でも国の名前がっつりカタカナ表示だよ?」

「欧州って事ですか?それにしては日本語に違和感が...」

 

「あの、もし...」

 

突然蚊帳の外にされたニーナ姫が心配そうにこちらを覗き込もうとしている。

取り敢えず解散して審神者は軽く謝りながら正面に立つ。

 

「ごめんごめん、えっと...さっき国民が苦しめられてるって言ったね?こんな状況なのって海賊と関係ある感じですか?」

「...お恥ずかしながら国は海賊に屈しました。お陰で国は荒れ果て商人は寄り付かなくなり瞬く間に国は滅びました。川の水が枯れてしまい作物が育たず、漸く収穫出来た僅かな食料も海賊たちに搾取され、それでも海賊たちに食料を献上する為、国民は身体に鞭を打ち働く毎日...わたくし、見ていられなくて...!!」

「おっと..不穏な気配を察知」

「主さん。茶化さない」

 

ニーナ姫は顔を覆いわっ、と泣き出した。

 

「わたくしがいけないのです...!願いとは言えあんな呪いにも似たようなことを彼に言ってしまったが為に...!ああックラウス...!」

「クラウス?」

「我が国誇る騎士団の団長を務める騎士です。王国の為にいつも尽くしてくれた彼に国民を託しました...クラウスは私の願いを今も忠実に守り生き残った国民たちの盾となり続けています、しかしもう彼は限界ですっ!」

 

呆ける審神者の手をニーナ姫が取ると鳴る鯉口。

しかし彼女は斬られる覚悟で手を握り締めて縋るように願った。

 

「どうかお願いします...!!クラウスを救ってください!!あなた方がどこの誰でも、異世界の方でも構いません!もうこれ以上彼と国民が理不尽に傷付いていくのは見たくないのです!!」

 

彼女の魂からの叫びに刀に手を添えていた刀剣たちの意志がブレる。

人の想いから生まれた付喪神である彼らの魂に彼女の声が真摯に届いたからだ。

この状況で無ければ叶えてやりたいが、今自分たちは右も左も分からない迷子同然。おまけにここは異世界ときた。

訳も分からないまま本丸に主や仲間を残して行くのも、外に主を連れ出すのも憚れる。

何より刀剣男士というモノは人の歴史に関与してはならない。あくまで歴史を変えようと動く時間遡行軍を殲滅する為に彼らは存在する。

仮にクラウスなる者を救ったとしてそれがこの国の歴史にどう影響を及ぼすか計り知れない。

時の政府に事が知れれば審神者は歴史修正主義者として罰せられるだろう。ことは慎重に考えていかなければならないと言うのに...。

 

「いいよ」

「本当ですか!?」

「もおおおお主さぁぁああんん」

 

この審神者、本当に後先考えない。

 

「主殿、簡単に申されるが事の重大さを理解しておられるか?」

「審神者そこまで能天気じゃないよー流石に。政府にバレたら切腹ものだもんね」

「ならば何ゆえ..」

 

ニーナ姫の手を解き、刀剣男士と向き合った審神者は当たり前のように言ってのけた。

 

「女の子が泣いて頼んでるんだよ?ここまで聞いといて無碍にできるほどあたし人間捨ててないよ」

 

彼女に負けない、寧ろそれ以上に一片の偽りない力強い声に刀剣男士の魂が震える。

すると引っ込み思案な五虎退が自ら前に出て、審神者の袖をきゅっと握り締めた。

 

「僕は、主様について行きます。僕もお姫様のお願い、叶えてあげたい..から」

「お?ごこちゃん賛成派?」

「はい。ただ他所の刀に..主様のお腹は譲れません..!切腹には僕を使って下さいね?」

「あはー物騒!了解、切腹はごこちゃんにお任せしまーす。で?国広兄弟はどうする?」

 

2人は互いに肩を竦め合うと堀川は苦笑いを浮かべ、山伏は声を上げて笑った。

 

「仕方ないですね。もしもの時は僕が政府を説き伏せてやりますよ」

「カッカッカ!両人の熱い想い、この山伏国広がしかと受け止めた!!賊どもに灸を据えてやろう!!」

「うちの刀剣頼もし過ぎて惚れるわー。かせーん!!そういう事だからーー!!」

 

後ろで話を聞いていた放ったらかしだった歌仙たちに声を掛ける審神者。どうやら決定事項のようだ。

 

「主はんあないな事言ってますけど..どーしますのん、初期刀さま」

「我に異議はない。民を守る為とあらば微力ながら力を貸そう」

「かせん、どうしますか?」

 

今までにない大きな溜息を吐く歌仙。もし溜息を吐くと幸せが逃げると言う謂れが本当であれば、歌仙の幸運は既に底をついているだろう。

 

「僕に指示を仰ぐまでもない..あの子は一度決めると梃子でも曲げないからね。後のことはみんなで考えよう」

「初期刀ってのも大変やな。胃薬要ります?」

「...貰おうかな」

 

今剣が審神者に向かって手を振ればそれを承諾と受け取り、俯くニーナ姫の手を握り審神者は言った。

 

「あなたのお願い、審神者が聞き届けました!」

「ッッ..ありがとうございます、ありがとうございますッッ」

 

止めどなく流れる涙が審神者の手に落ちる。

 

「約束する。絶対助けるから」

 

彼女の苦難と無念の日々が流れ込み、審神者の中でこんこんと怒りが湧き起こっていた。

 

 

 

 




登場した刀剣男士

●愛染国俊(極)
∟祭り好き。蛍丸のストッパーたが流され易い
●蛍丸
∟初大太刀。甘え上手
●明石国行
∟意外と保護者してる。眼鏡
●山姥切長義
∟数少ない常識刀。愛すべき捻くれ者


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ユナフィート王国[後篇]

※少し下品な表現アリ


 

「------って事がありまして、ニーナさんの願いを叶えるために貴方を助けました。ここまでオッケー?」

「すまない..余りにも非現実的なことに理解がまだ...」

 

クラウスは審神者が語るニーナ姫との邂逅、そして彼女たちが異世界からやって来たという突拍子も無いカミングアウトに頭を捻らせていた。

本丸で軽い手当を受けた彼は今、居間で慣れない畳みと呼ばれる床に胡座をかいて座っている。

目の前には上座(クラウスの世界だ言う玉座)に座る審神者と、傍に控える歌仙兼定。

部屋の両端には変わった武装をした屈強な大男から幼い子供までの男たちが整列しクラウスを見つめている。

 

「(歓迎は...されていないか)」

 

明らか様な敵意を向けられている訳ではないが、居心地のいい視線でもない。

物珍しげに見てくる者もいれば、品定めのように見てくる者もいる。

それに全員が見目麗しい美丈夫や美少年、男前な者たちであるからか尻込みしてしまう。

何より、先程審神者の言葉に嘘偽りが無ければここに居るこの娘以外、全員が鉄から生まれた『刀』と考えると薄ら寒さも感じた。

 

「うーん。あたしたちの存在は疑って貰っても構わないよ?無償で助けてくれるお人好しぐらいに考えといて」

「あ、いや。疑っているわけでは..!!」

「おい貴様、先程から聞いていれば主に何度同じ説明をさせている」

 

そう言えば、いた。1人だけやたらと敵意剥き出しの男が。

 

「主とて暇ではないのだ、貴重な時間をわざわざ貴様如きの為に割いて主自ら説明をして下さっているというのに...その頭は飾りか?一度で理解しろ」

 

へし切長谷部。忠義に厚く真面目で審神者界の間でも随一頼り甲斐のある刀剣男士だ。

彼だけが唯一クラウスに敵意を向けて何かと突っかかっていた。

主の為とは言え明らか様にイビっていく彼に内心男士たちは引き気味だ。お客様としてクラウスを招いた審神者もこれには一声掛ける。

 

「こらそこー。姑みたいなイビリ方しなーい」

「しかし主っこの男の態度ときたら..」

 

それでも納得がいかない長谷部。2人の売り言葉に買い言葉を聞いている内にクラウスは肩身はどんどん狭んでいく。

そんなクラウスに声を掛ける刀剣男士がいた。

 

「悪ィなクラウスの旦那」

 

クラウスの手当を担当した薬研藤四郎という美少年だった。

 

「いや..此方こそ煮え切らない返事ばかりで申し訳ない..」

「それこそアンタが謝る事じゃない。いきなり死者からの伝言や異世界から来た、極め付けには俺たちが実は人間じゃないときた。アンタの理解が追いつかないのも無理はねェ。長谷部の旦那のあれは..あー、もう病気みてーなもんだ」

 

悪いやつじゃないんだけどな、と最後に彼のフォローまで熟す薬研。子供の容姿とは裏腹に大人びた佇まいにクラウスは感心する。

まるで自分と同年代、寧ろそれ以上に人生を経験した者と対峙しているような錯覚さえ覚えた。

 

「アンタは大将が招いた客人だ、こう見えて信用はしてるんだぜ」

「お気遣い痛み入る、ありがとう」

「いいってことよ!」

 

彼は大人顔負けな捨て台詞を最後に列へと戻っていく。

励まされ、少し気分が落ち着いてきたクラウスが審神者に向き合えば彼との口論も集約していた。

心なしかこの世の終わりを見たかのような、蒼白な表情となっている。

 

「あの..彼に何を」

「ん?クラウスさん虐めたらもう髪の毛梳かせてあげないよって言った」

「...」

 

思わず大袈裟な男だと喉まで出かかった言葉をクラウスは飲み込んだ。

 

「話しは戻るけど、ぶちゃけあたしたちのことはどうでもいいよ。あたし達はニーナさんのお願いを叶えるまではこの国に居座るつもりだから」

「問題ない。...恥ずかしながら俺たちだけではもうどうにもならなかった、あなた方のような強力な助っ人を得られ心強い。それにあの遺言は姫様が俺にだけ託した願いだ...貴方を信じる」

 

クラウスの目に嘘偽りはない。審神者は安堵の溜息を吐いた。

 

「よかったー!んじゃお昼ご飯にしよー!もうお腹ぺこぺこっクラウスさんも食べて行きなよー何も食べてないんでしょ?」

「お心遣い痛み入る。が、俺だけ食事を頂く訳にはいかない。街には俺以上に飢えている者もいるので」

「あ、そっか。んじゃ外で炊き出しする?しちゃう!?まだお米とかいっぱいあったよね!?」

 

目をキラキラとさせた審神者が上座からいきり立った。

 

「何日も空きっ腹だったお腹に重たいもの入れちゃうと吐いちゃうんだっけ?お粥!!お粥に決定!!お肉とか食べたい人もいると思うからササミも用意して!歌仙、材料足りそう?」

「あるにはあるが..それら材料は祢々切丸さんの歓迎会で振る舞うものだよ。1人分の食事くらいなら用意できるが民の分はせいぜい庭に実っている果実くらいだ」

「ま、まじか。果実じゃ腹は膨れん..!」

 

悩む審神者にこれ以上の気遣いは無用だと声を上げるクラウスだが、祢々切丸が前へと出た。

 

「主よ。我の歓迎会はいつでも構わん、食事は全て民に振舞って欲しい」

「んんんんんッ絶対後日やるからね!絶対だからね!ありがと祢々さん男前好き!!!!」

「はっはっ、厚い胸は好きか?」

「ちょおおお好きいいいい」

 

勢いよく胸板に飛び込んできた審神者を易々と抱き込む祢々切丸。それを、はしたないと咎める歌仙の隣で姑長谷部がギリィィと歯軋りしている。

出遅れてしまったクラウスは久し振りに触れる人の暖かさに、思わず目の前が霞み少し溢れてしまった涙を拭う。その時、誰かがクラウスの肩に遠慮がちに触れた。

 

「ごめんね、僕たちまだ外に出たことがないんだ、クラウスくんが良ければ街まで案内を頼みたくて」

「勿論だ。すまない..君たちの大事な食料を..」

「気にしないで、困った時はお互い様ってね。僕は燭台切光忠、本丸の厨を任されててね、味には自信あるよ!」

「何から何まで、申し訳ない...ありがとう」

 

パリッとしたスーツ姿の彼は一見取っ付き難そうな風貌だが、物腰の柔らかい声にクラウスの緊張も解けていく。

わいわい、と賑やかになっていく本丸。その時、小さな影が居間に飛び込んできた。

 

「主さん!!!大変だ!!!!」

 

切羽詰まった声に、本丸の空気がピンと張り詰めた。

 

 

✳︎

 

 

浮き足立っていた審神者は飛び込んできた武装した愛染国俊の報告に驚愕を顔に浮かべた。

 

「海賊の頭が逃げ出したぁああ!!?」

「ごめん主さん!俺が付いていながら面目ねぇ!」

 

愛染の報告によると荒縄でグルグル巻きして城の牢屋に閉じ込めていた海賊の様子を見に訪れた所、船長のフロムットだけが荒縄を残して牢屋から忽然と姿を消していたと。

 

「いやいや、歌仙たちちゃんと縛ってたよ?現に部下は牢屋に残ってたんでしょ?」

「おう..残ってた奴に聞いても口割らねぇし。あいつら!短刀だからって馬鹿にしやがって!」

「主、どうのように致しましょう。死なない程度に水責めにしましょうか?」

 

地団駄を踏む愛染の隣で長谷部がご随に、と主命を待つ。

 

「んー」

「もしやフロムットにも部下と同じ荒縄を使用したのか?」

 

審神者は頷く。クラウスは頭を抱えた。

 

「あの男は自然系の悪魔の実の能力者だ。あいつに普通の縄は通用しない」

「確か『キリキリの実』だっけ?山伏から聞いてるけど何で普通の縄じゃダメなの?」

「奴は身体を霧に変えてしまう蜃気楼人間だからだ。縄は疎か物理的攻撃も奴の身体をすり抜けてしまう」

「そ、そんなんずっこい!!」

 

反則だ!と抗議する審神者に構わずクラウスは続ける。

 

「自然系を打破する手段は2つ。奴らは能力を手に入れる代わりに海に嫌われる、海の結晶を埋め込んだ物や海水は奴らの能力を封じる武器になりこれらを海楼石と言う」

「もう一つは?」

「覇気という選ばれた者が扱えるオーラを纏った攻撃ならば通じる。しかしこれは相当の手練れの者にしか習得出来ないものだ。我々では精々海楼石を駆使して戦う術しか方法はない」

「な、なるほど..!流石異世界...!」

 

感心している場合か、と歌仙の口から小言が飛び出す。

 

「すまない..やはりあの時俺も手伝っていれば...」

「その海楼石ってのは持ってるんだ」

「あ、ああ!城の倉庫にあるはずだ」

「うーし。んじゃもう一度気絶さしてその海楼石でふんじばっちゃおう!」

 

あまりにも簡単に言って退けてしまう審神者にクラウスの米神から冷や汗が流れる。

 

「奴はもう此方の手の内を知ってる、もう油断も隙も奴は見せないだろう!」

「大丈夫、大丈夫!1回出来たんだからもう一度出来るでしょ」

「そ、そんな簡単に...」

 

愕然とするクラウスを余所に審神者は立ち上がりテキパキと刀剣に指示を飛ばす。

 

「第一部隊はあたしと一緒に国民を救出。第二部隊はクラウスさん連れて城から海楼石取ってきて。第三部隊は牢屋の中に他の能力者がいないかチェック、口割らないなら少ーしだけ痛め付けてよし」

「拝命いたします」

「あ、水責めはなしね?そこらに落ちてる手頃な丸太で、こー、ドンっ!!ってやるだけね」

「主命とあらば」

 

それ一歩加減を間違えれば終わるやつ、と刀剣たちは身震いする。

 

「第四部隊は他に脱走者がいないか偵察。居残り組は本丸の守備、救援が必要な場合連絡するから武装は解かないで」

「主さん急げっ!あいつ今、子供人質にとってやがるんだ!!」

「何それ下劣!!!ゲスの極み!!第一部隊出動ーー!!!」

 

外で待機させていた馬に刀剣男士が跨り、審神者も五虎退と共に彼の虎に跨ると駆け出した。

逸る心臓を無理矢理落ち着かせているクラウスの隣に第二部隊が並んだ。

 

「部隊長の薬研藤四郎だ。頼むぜクラウスの旦那」

「ああ、了解した」

 

国民と、そして審神者の武運を祈りクラウスも馬に跨り第二部隊を引き連れ城へ疾った。

 

 

✳︎

 

 

一方その頃、クラウスの想像通り身体を霧に変えて牢から脱走したフロムットは少年を人質にして獣のように吠えていた。

 

「あの小娘どもを出せぇぇええ!!!この俺をコケにしたことを後悔させてやるうううああ!!」

 

余程審神者たちにへの恨みが強いのか怒髪天を衝き、四方八方にピストルをデタラメに打ち込んでいた。

それもその筈、負けた挙句に気付けば顔に屈辱的な落書きを施されていたのだ。これほど彼のプライドを傷付た者はかつてにいないだろう。

子供は怯えきってしまい、首根っこを掴まれ宙ぶらりんになった身体を守るように小さく纏っており、弾が被弾しないよう建物の陰に隠れる国民は今にも飛び出さんとする少年の母親を抑え込んでいた。

 

「でえええてええこおおおいいいいいい!!!」

 

国民は祈った。颯爽と現れて自分たちを救ってくれた男の存在を強く望んだ。

すると何処からともなく、怒声に混じって気の抜けた声が飛び込んできた。

 

「うっわー。めっちゃ怒ってる、ムカ着火ファイヤー」

「こら。そうやってすぐ茶化さない」

 

国民は自分たちを庇うように立ちはだかる小柄な娘に目を見開く。

そして彼女の後に続く男たちの中に、あの時救ってくれた山伏を視界に捉えると国民は歓喜の声を上げた。

 

「山伏様だ...!」

「山伏様が来てくださった..!!!」

「山伏さまーーー!!!」

 

止まない山伏コールに審神者は誇らしげに笑うと彼の腰を肘で小突く。

 

「大人気じゃん山伏ぃー!このこのっ!」

「カッカッカ!!いやはや照れますなァ!!」

「和気藹々としてる場合かい?彼、相当僕たちに恨みがあるみたいだよ」

 

呆れる歌仙が指すその先には、血走らせた双眸でこちらを射殺さんとするフロムット。

しかし、彼の顔を見た審神者は盛大に吹き出してしまった。

 

「ブッッッハ!!誰よあの人の額に肉って書いた子!!」

「ぼっくでーす!」

「いまつるちゃんナイスチョイスー!」

「いやいやぁ!あるじさまのう◯こも、なかなかのできばえですよー!」

「2人とも、火に油を注ぐって諺をご存知ですか?」

 

手を叩いて爆笑する2人に堀川が冷静にツッコミを入れる。

 

「一度ならず二度までも俺をコケにしやがったなッッッ!!!」

「何あの人。さっきより怒ってない?」

「もう主さんはお口チャック!!!」

 

まるで眼中に無い彼らの態度にフロムットの額に浮かぶ青筋ははち切れる寸前。ピストルを審神者に向けて照準を定めた。

 

「まあまあ。ちょとしたお茶目じゃん?貧血で倒れちゃうよー」

「うるせえ!!!俺はもうテメーら全員皆殺しにするまでは止まれねェんだよッッ!!!」

「部下と束になって勝てなかった人が、一人で挑むとか無謀と思うんだけど」

「無謀かどうか、テメーの目で確かめてみろ!!」

 

フロムットの身体が煙のように揺らめくと審神者と刀剣男士を囲むように霧が広がる。

やがてそれは人間一人分の大きさに分裂すると、霧は見る見るうちに人型になり何十人ものフロムットが現れた。

 

「わお。分身の術!!」

「数はざっと見て30人、刀装だけで半分以上は消し飛ばせるけど...」

「人質に当たっちゃうね。いまつるちゃん、任せた」

「まっかせてくださーい!」

 

フロムットは立ち尽くす審神者たちに優越感を覚えずにはおられず、高笑いをあげた。

 

「ぶははははッ!!部下がいなくても俺は俺自身を幾らでも増やせるんだよ!!テメーらだけで30人の俺を相手できんのか!?」

「主、危ないから僕たちより前に出てはいけないよ」

「おっけー、じっとしとく。予備があるから刀装壊れたら言ってね」

「無視してんじゃねーーよ!!!」

 

30人のフロムットの総ツッコミを受けても動じず、歌仙は小さい子ように審神者に言い聞かせていた。

 

「おいこっち見ねーか!!先にガキぶっ殺すぞ!!」

「やれやれ...君は子供を盾にしなければ虚勢も張れないのかい?嘆かわしいね」

「使える物は使う主義なんだ、悪いがその手の挑発には乗らねぇぞ」

「おや?意外と冷静じゃないか。城での君は見るに耐えない愚か者だったのに見違えたよ」

 

歌仙が感心、感心と心にもない賛称を送るたびにフロムットの額から、頬から無数の青筋が浮かび上がっていく。

 

「どうしよう。歌仙の煽っていくスタイルが好み過ぎて惚れる」

 

真顔で性癖をカミングアウトする審神者の頭を堀川は無言で押し込めた。

 

「能天気な小娘から見せしめに殺すつもりだったが気が変わった..まずはテメーからめちゃくちゃにしてやらァァ...!!」

「見せしめ..?」

 

あ、これ死んだわ。刀剣たちから溢れる不穏な空気を察知した審神者は静かに合掌した。

 

「かかれぇぇええ!!!」

 

喉太い号砲を合図に武器を構えた30人のフロムットが飛び掛る。

背後からの銃声、迫る斬撃、避けるそぶりを見せない歌仙に違和感を覚えつつもフロムットたちは武器を振り下ろした。

何度も武器を振り下ろしては止まない銃声、凄まじい衝撃の嵐に辺りは砂埃が舞い、審神者は思わず顔を覆う。

高みの見物気取りのフロムットは抵抗も虚しく潰れてしまった男の最期に笑いが止まらない。

暫くすると追撃は止み、静寂が辺りを包んだ。

 

「まずは一人だァ、次は...、」

 

その時、フロムットの足元に分身が勢い良く転がってきた。

 

「あァ?!」

 

分身の身体は肩から腰まで袈裟斬りにされている。その一撃が致命傷となり実態を保てず霧となって雲散した。

一人、また一人と呻き声を上げては分身が斬り伏せられていく様をフロムットは愕然と見つめるしか出来ない。

最後の分身が消えてなくなると、そこには傷一つない歌仙が装束に着いた砂埃を払い落としていた。

 

「終わりかい?」

「な、何だお前ッ...!?どうやって!!」

「簡単なことだ、攻め口より押し入り誅伐す。ありがとう、向かってきてくれたお陰で動く手間が省けたよ」

 

歌仙の麗しい笑顔はフロムットの恐怖心を煽るには十分すぎる威力を持っていた。

 

「そ、そんな、馬鹿な話があるかあああああ!!!!」

 

けたたましい怒声が轟き、フロムットの身体から再び数多の分身が形成されていく。

新たに生まれた分身たちは実態を得ると矢のような速さで歌仙に飛び掛かっていった。

 

「全く芸の無い..雅じゃないね」

 

それをまた一太刀で斬り捨てる。彼が刀を振るう度に翻るマントがまるで荒地に舞う蝶のようで殺伐とした戦場を華やかに魅せた。

着々と距離を詰めてくる蝶にフロムットの額から玉のような汗が大量に滲み出る。

自分もあの分身のようになる未来しか浮かばず、苦し紛れに捕まえていた人質を高らかに振り上げた。

 

「止まれえええ!!!テメーこの人質が見えねェのかああ!!」

「....」

 

歌仙の動きが少しだけ鈍った隙をフロムットは見逃さなかった。

 

「刀を降ろせ!!ガキの死体が転がっても、」

「そーれ!」

「ブフォオ"!!?」

 

鈍い衝撃が後頭部を襲い、思わず力が抜けたフロムットの手から子供が落ちる。

フロムットの後頭部を踏みつけ、身軽に飛び上がった今剣は落ちてきた子供を絶妙なバランスでキャッチして見せた。

 

「えへへー!ひとじち、だっかんでーす!」

 

覚える違和感。フロムットの思考は現状について行けず、退散していく今剣と人質を茫然と見送った。

 

「戦闘中だと言うのに、余所見とは随分余裕だね」

「!!!!」

 

気付けば、分身は全て消されて無くなり立ちはだかるは浮世離れした美丈夫が一人。

目に止まらぬ速さで足払いをかけられ、曇天と男の美しい笑顔が視界を占めた。

先程から覚える違和感の正体。こいつら...自然系の身体に易々と触れている。

 

「何なんだ...、お前らはっ『何』だ!!?」

「言ったところで君のような雅の欠片もない不埒者に、理解はできないよ」

 

刃毀れ一つない、美しい曲線美を描く刀が首筋に添えられる。

 

「待ってくれ!!!お前、おおお俺の部下にっ、いや副船長にならないか!?お前のような強い奴があんな小娘の下に付いてる理由は金だろ!?金で雇われてるんだろ!?俺なら10倍出せるぞ!!?城には財宝が沢山あるっ女も買ってやる!!お前の腕ならこの新世界の海でもやっていけるし頂点も夢じゃねえ!!なあ!?俺と手を組もう!!!」

 

はあああ。

深い深い溜息が上から降ってきた。

 

「命乞いは終わったかい?」

「へ」

「実に無駄な時間だった。よりにもよって初期刀であるこの僕の前で主に対し無礼な発言の数々」

「しょき..?なにいって、」

 

身も心も凍る憐れみと侮蔑を含んだ冷え切った双眸に見つめられたフロムットはまるで金縛りに掛かったように指の筋一本すら動かす事が出来なくなっていた。

 

「万死に値する」

「あ、ああ"あっああ!ああ"あっああ!!!あ"あ"あ!!!」

 

ゆっくり迫り来る刃が首に食い込む。じわじわと近付いてくる死にフロムットは言葉にならない叫びを喚き散らした。

 

「我が主に刃向かった罰だ」

 

思い通りにならない身体、常に恐怖を与える側にいた男は初めて与えられる側の恐怖に心から絶望する。

唯一動く視線を巡らせると自分を見つめる女がいた。光のない瞳で、責めるようにじっと見つめていた。

 

 

✳︎

 

 

城の倉庫から海楼石で出来た鎖を持ち出したクラウスと第二部隊が街に到着する頃には全てが終わっていた。

国民から誰一人して死者は出ておらず、審神者や刀剣男士たちはかすり傷一つなくピンピンしている。

家の瓦礫を山伏と祢々切丸といった力自慢たちが運び、審神者が堀川に習いながら怪我人の手に包帯を巻いて、換えの包帯やお湯を持った今剣と五虎退が2人の間を忙しなく行き来していた。

 

「やっぱり大将たちで事足りたか、俺っちも久しぶりに暴れたかったんだがなァ」

「...フロムットは、奴の姿が見えない」

「お、そうだな。たーいしょ!第二部隊、海楼石を持って加勢にきたぜー!」

 

薬研が声を張り手を振れば、気付いた審神者が手を振り返す。

 

「お疲れさーん!丁度良かった、街の瓦礫退けるの手伝ってー!」

「任せな大将。ところで奴さんはどこだー?」

「あっちで伸びてるー」

 

審神者が指す方向に目を向ければ、確かに大きな影が横たわっている。少し離れた場所に人影と虎のシルエットも見えた。

 

「ありゃ歌仙の旦那と五虎退の虎だな。...何であんなに離れてるんだ?」

「俺がこの鎖を届けよう。君たちには街の方を頼んでもいいか?」

「使い勝手が分かる旦那の方が仕事が早いだろう、街は大将と俺っちたちに任せな」

「ありがとう」

 

薬研たちと別れクラウスは馬から降りて歌仙たちの元へ向かった。

顔が認識できる距離まで近づき声を掛けると、腕組みをし眉間を寄せていた歌仙の表情がパッと明るくなった。

 

「ああ!漸く来てくたねクラウス殿、待ち侘びたよ」

「待たせてしまったようで申し訳ない」

「それが海楼石と言うものだね、早くあの汚物を縛り上げ牢屋に放り込もう、今すぐに」

「も、勿論だ」

 

歌仙の勢いにたじたじのクラウスは戸惑いながらも、鎖を伸ばし黒い影に近づいた。

自分たちを苦しめ痛めて付けて来たフロムットは白目を剥き、何故か濡れ鼠のような格好で横たわり気絶していた。

 

「何故濡れて...海水にでも浸かったのか...?」

「その人ね。歌仙の脅しにビビって漏らしちゃったんだよね」

「もら..ッ!!?」

「主!!!!」

 

いつの間か背後に立っていた審神者にも驚いたが、それ以上に驚愕の事実にクラウスは慄きすぐさま濡れ鼠のフロムットから距離を取る。

 

「そりゃもう笑えないくらい盛大にね。流石にそのまま牢屋に入れると大惨事になりそうだから海に放り込んだのよ」

「止めてくれ主!!!思い出しただけで鳥肌が立って仕方がない!!!」

「あれはヤバかったねー。まさかだっぷ、」

「やめたまえぇぇええぇえぇええ」

 

その時の惨状が歌仙にとって余程トラウマとなっているのか頭を掻き毟り悶え苦しんでいる。それをニヨニヨと見つめる審神者の何と意地の悪い事か。

何だか気の抜ける様なやり取りに、思わず溜息が出る。

それは決して不快感からきたものでは無く、支配から解放された安堵からくるものだった。

もう自分たちを苦しめる者はいない、これからは自由に生きていけるんだ、と思うとクラウスの身体から徐々に力が抜けていった。

 

「あれ?クラウスさん?」

 

審神者のキョトンとした表情を最後に、クラウスの視界は暗転した。

 

 

✳︎

 

 

寝れば必ずあの惨劇を夢見てしまうから、いつしか気絶するまで無理矢理身体を働かせては深い眠りにつくことを繰り返し夢を見ない様にしてきた。そんな彼が何年かぶりに夢を見た。

悪夢じゃない、王の元で切磋琢磨し腕を磨いていたあのかけがえのない過去の夢だった。

死する前より少し若々しい王が幼い自分に話しかけている。

そうだ、家で蔑ろにされていた自分は王に才能を見出され、城に招かれたことがきっかけだった。

 

場面が変わり、稽古に励むあの頃より少し成長した自分がいた。

前騎士団長の訓練は厳しいものだったが彼の教えは今も鮮明に覚えている。

 

また場面が変わる。前門の夜警に付いた際に、心優しい姫は我々に夜食を持ってきて下さったものだ。

あの焦がしたパン。美味しい?と聞いてくる姫をがっかりさせたくなくて無理矢理喉を通し詰まらせた事もあった。

 

懐かしくて、恋しくて思わず涙が溢れる。その時、誰かが己の涙を拭った。

 

『泣かないでください』

 

恋しいその人が己と同じように涙を流して立っていた。

 

『貴方に辛い思いをさせましたね。弱いわたくしを許して下さい』

 

何を仰るか、弱いのは賊から貴女を救えなかった己だと言うのに。

 

『悪夢は醒めました、これからはクラウスの思うがままに生きてほしい』

 

それを、貴女が望むのであれば。そう告げると彼女は安心したように頷く。

 

『これでもう、思い残す事はありません』

 

そう言って頬に添えられていた手が名残惜しく離れていくと、額に彼女から口付けを賜った。

遠ざかっていく彼女の背中に無意味と分かっていても伝えたいことがあった。

 

「愛しています」

 

振り返った彼女は驚いていた。

 

「永遠に」

 

決して色褪せないこの想い。目が覚めて例え貴女がいなくても、愛しています。

 

『 』

 

彼女の唇が言葉を紡ぐ。音は無かったが己にはちゃんと伝わった。

最期に彼女は花のような愛らしい笑顔を咲かせると光に溶けて消えてしまった。

誰もいない1人ぼっちの世界で己はぽっかり空いてしまった穴を埋めるようにもう一度呟いた。

 

「愛しています....」

「やだもー!どーしよ!?人間の男の人に初めて告白されたー!!」

「は?」

 

あのお淑やかな女性の声から快活溢れる小娘の声に変換され、クラウスは思わず夢から覚めた。

目を開けると国を救ってくれた恩人、審神者が興奮気味に頬を紅潮させて騒いでいる。

 

「あ、起きたー?」

 

しかも、自分は審神者の手を握り締めていた。

 

「うおおおおおおおっ!!?」

「ちょっと待ってその反応普通に凹むんだけど!!?」

 

瞬時に手を振りほどき、布団を跳ね除け後退すると背が壁に着く。辺りを見渡すとそこは見慣れた自分の部屋だった。どうやら気絶した後にベットへ運ばれた様だ。

 

「お?起きたかクラウスの旦那。勝手に上がっちまって悪ィな」

「い、いや..それは構わない」

「ねぇねぇ薬研!!あたしナイスミドルに告白されちゃったーー!!」

「はああ???」

「ち、違う!!違いますぞ!!!」

 

薬研が怪訝に眉間を寄せるとクラウスは蒼褪めて寝惚けていた、と必死に弁解を試みる。

頭の良い彼はすぐに理解し誤解が解けたが、分かっているのかないのか審神者は未だ気持ちの悪い笑顔を浮かべて舞い上がっていた。

 

「んふふふ、あたしちゃんと人にモテるんだなー!」

「勘弁してもらえないだろうか...」

「んじゃ大将、うちのナイスミドル日本号の旦那とクラウスの旦那、どっちが好みだ?」

「バッキャロー!!うちの日本号がナンバーワンだ決まってんだろ!!?愛してるよ日本号ぉぉぉお!!!」

 

窓を開けて審神者が愛を叫べば、困惑に満ちた男の声が返ってきた。どうやら日本号なるものが外にいるらしい。

勝手に勘違いしておいて速攻に振られたクラウスは、審神者に好意はないものの複雑な思いを抱くのだった。

 

「気ィ落とすなよ旦那、あんたはいい男だぜ」

「うむ...」

 

薬研のフォローも今は素直に喜べない。

 

「前後の記憶はあるか?あんた過労でぶっ倒れたんだぞ、それも過労死寸前の域だ」

 

目に光を当てたり、口腔内を調べ、聴診器を胸に当てながら薬研は言った。

 

「恐らく長らく張り詰めていた緊張が解けた所為だろうな...。久しぶりにいい夢を見た」

「みたいだな。腹は減ってるか?」

 

少し、と応えるクラウスに薬研はカルテを書き終えるとバインダーを置き立ち上がる。

 

「何か取ってこよう。すぐそばで本丸の料理奉行の旦那がたが炊き出しをやっててね」

「何から何まで済まない。感謝する」

 

薬研は片手を上げて応えると部屋を退出する。

2人っきりになった頃を見計らってか、審神者がねえ、と話しを切り出した。

先程のこともあり少し身構えるクラウス。審神者は外を眺めながら呟く様に言った。

 

「ニーナさん、ちゃんと成仏したよ」

 

思わず目を見開く。脳裏には光に溶けて消えてしまった彼女の笑顔。

 

「よっぽどクラウスさんの事好きだったんだね。眠ってる間、ずっと傍で声掛けてた」

 

ああ、あれは夢ではなかったのか。彼女はずっと自分の傍で見守って下さっていた。

クラウスはもう涙を止める事が出来なかった。大の大人が情けなく目から大粒の涙を零しても、鼻水を垂らしても審神者は何も言わずに外を眺め続けた。

 

「...とう、あ"りがとう"...!!!」

 

国を救ってくれて。彼女の無念を晴らしてくれて。

 

悪夢の様な支配が終わりを告げたその日、ユナフィート王国を覆う雲間から光が射した。

 

「お、晴れてきた」

 

彼らの新たな門出を祝うかのように、快晴の空が何処までも広がった。

 




登場した刀剣男士

●へし切長谷部(極)
∟主ガチ勢。社畜
●薬研藤四郎(極)
∟薬研ニキ。お前の様な短刀がいるか
●燭台切光忠
∟料理奉行その1。乙男



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海軍
海軍本部へ行こう[前篇]


※まだ海軍出てきません


相も変わらずギラギラと本丸を照らし続ける太陽の熱は人間は勿論、人の身を得た刀剣男士たちも根を上げる暑さであった。流石に全裸という者はいないが、それぞれがクールビズスタイルで過ごしている。

粟田口一派の長男、一期一振も例外なく内番の上ジャージは封印し、白いポロシャツの袖を肘まで捲るなんとも清潔感溢れるスタイルだ。その手は氷の入った2人分の麦茶が乗ったお盆を持っていた。

 

「あーづーいー...あづいよぉーー...」

 

目的地。執務室から幽霊の様に這い出て来た審神者に一期は苦笑いを浮かべた。

 

「主、そんな所で横たわっていますと誰かに踏まれてしまいますよ」

「ああー...それはそれで本望かも...」

「暑さで頭が沸いているようですな。はい、どうぞ」

 

恍惚な表情を浮かべる審神者を可哀想な視線で一瞥した一期は、グラスごとキンキンに冷えた麦茶を手渡す。

 

「ありがとさーん。.....ぷはーっ生き返るわぁぁ」

 

のろのろと起き上がった審神者はグラスを受け取り、乾いた喉に冷たい麦茶を流し込む。

喉越しから伝わる冷たい快感に声を上げるさまは恥じらう乙女どころか、風呂上がりにビールを飲むオッサンにしか見えない。

初期刀の彼が見れば小言の嵐だが慣れた一期は特に取り立てる事なく、審神者と並んで縁側に腰かけた。

 

「それほど堪えるのであれば、歌仙殿に景趣を変えるご許可を取っては如何ですか?」

「言ったんだけどねー。本丸のカレンダーが10月になるまでは許しませんって」

「情緒を重んじる彼らしいですな」

「あとあんなでっかいプール作っておいて今更秋に出来るかって論破された」

「自業自得ですな」

 

庭には蝉の声と混じって刀剣男士たち、主に短刀のきゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。

審神者はポツリと、羨ましそうに呟いた。

 

「楽しそうだなーー」

「主は混ざらないのですか?いつもの貴女であればいの一番に遊び倒すというのに」

「あたしそこまでやんちゃじゃないってー。これよ、こーれー」

 

審神者が前を向いたまま親指で背後を指す。その先には何処から出してきたのか書類の束とガラクタの山だった。

 

「政府と連絡が取れない今、仕事がないなら要らない書類の始末と部屋を整理しろーってさ。」

「さ、流石歌仙殿...抜け目ない」

「大晦日にやるからって言っても取り合ってくれないし、ありゃもうオカンよ刀剣オカン」

「主を想ってるからこそですぞ」

「分かってるけどさーー...」

 

審神者は寝そべると一期の膝に頭を預ける。ぶーたれた彼女の額に浮かび上がる汗をハンカチで拭い一期は優しく諭すように語りかけた。

 

「歌仙殿は決して主が憎くて仰ってい訳ではありませんぞ。あの方は好き嫌いがハッキリしておりますし、そもそも興味のない者であれば叱ったりしませんから」

「内心呆れてるかもよ。こんな主のところに来て大変だーって」

「ははは、否定できませんな」

 

ほらー、と顔を彼の腹に埋めたと思えば勢いよく審神者が身体を起こした。

 

「よし決めた!!あたし、良い主目指す!カッコイイ審神者になってあのオカン刀をダッフン!と言わせてやる!!!」

「ドリフですかな?」

「まずは部屋の片付けからじゃ!一期!ゴミ袋よーい!!」

「かしこまりました」

 

カッコいい審神者になれるかどうかは置いといて、彼女が部屋を片付ける気になってくれて結果オーライ。

審神者が袖をまくり一期が袋を拝借する為台所へ向かおうとした時、浮かない表情で歩いてくる刀剣男士に2人は手を止めた。

 

「乱ちゃん、お疲れさん。どしたの?」

 

幽閉している海賊を交代制で見張りをしていた乱藤四郎がとぼとぼ、と歩いてくる。

男士と言うより女士の方が説得力のある容姿と服装の為間違われ易いが安心してください。ついてます。(何がとは言わない)

 

「主さ〜ん...」

 

いつもの明るい笑顔はなくどよーん、と疲れ切った様な顔で乱は情けない涙声を上げると審神者の首に手を回して抱き着いた。勿論抱き返し頭を撫でるのを忘れない。

 

「見張りで何かあったのかい?」

 

長男一期が優しく問いかけると乱は審神者の首に顔を埋めながら小さく頷いた。

 

「大したことじゃないけど、海賊さんたち僕を見てすっごくニヤニヤしてくるの」

 

おっふ。審神者の顔が思わずチベットスナキツネになる。

 

「気持ち悪いけどお仕事だから我慢して無視してたけど、ここ、お触りされちゃった」

 

最悪ぅー、と口を尖らせた乱が指す場所はスカートとニーハイの間から覗く艶やかな太ももだった。

 

「(いや分かるけどーーー!!!)」

 

思わず触れたくなる様な餅肌、男たちが触れたがる気持ちも分からんでもない。審神者も一度はそういう邪な気持ちがあったことは否定しない。しかし、しかしだ!思いはすれど審神者ですらその暴挙に出たことはない。

簡単なことだ。審神者にセコム今剣が存在するように、粟田口一派にも恐ろしいセコムがついているからだ。

 

「主」

 

あれだけ蒸し暑かった部屋が、一瞬にしてブリザードした。

 

「すみません主。今、すぐに、済まさなければならない用を思い出しまして。申し訳ありませんが本日の近侍から外してもらっても宜しいですかな?」

「アッハイ」

「代わりに乱を近侍に付けてください。歌仙殿には私からお伝えします」

「アッハイ」

 

有無を言わせない一期に気圧された審神者は壊れた機械の様に同じ言葉を繰り返すしかなかった。

 

「乱、しっかりお勤めを果たすように」

「やったー!主さんっ宜しくね!」

「アッハイ」

 

そう言って去っていく一期のなんとドス暗いこと。おそらく彼らは明日の日の出を拝むことはできないだろう。

まぁ幽閉されているので朝日もあったものじゃないが、それは知ったこっちゃない。

これはいよいよ始末書案件からの審神者業クビか?と考えている審神者から身体を離し、今度はしな垂れ掛かるように腕に抱き着いた。

 

「ねぇねぇ主さん、政府とまだ連絡繋がらない?」

「だねー。こんちゃんとも繋がらないまま1日経っちゃったよ」

「じゃあさ!まだお仕事ないよね!?」

 

やけに嬉しそうな乱に戸惑いつつも審神者は頷く。

 

「今から僕と一緒に外の見回りに行かない?ほら、クラウスさんの様子とか!街の様子とか!」

「ああー確かに。まだ顔出してなかったなぁ、けど部屋の掃除が」

「そんなの帰ってからでいいじゃん、僕も手伝うからさ!」

 

迷う審神者の耳に『帰ってから』と言う乱の甘言が飛び込んでくる。

いやいや、と首を振るもよく考えればただの見回りだ。クラウスに一声掛け、街の様子を一辺するだけでそんなに時間が掛かるとは思えない。それに乱が手伝ってくれると言う。審神者は決めた。

 

「よし!見回りを先に終わらせて後で部屋を片付けよう!」

「はーい!」

 

散らかったままの執務室を隠すように襖を閉めた審神者は乱と仲良く手を繋ぎ本丸を後にするのだった。

 

✳︎

 

 

門を潜ると焼けるような本丸の暑さと違って、外は暑過ぎず冷た過ぎずといった心地良い風が吹き春の陽だまりのような快適な温かさだった。未だに侘しい場所ではあるが、囀る小鳥や戯れる蝶を見ると国が少しずつ息を吹き返しているみたいで審神者は安心した。

すると、手を繋いでいた乱が急に走り出し街の方へ手を振った。

 

「クラウスさーん!」

 

立ち止まった乱の隣に並ぶと、遠目に大柄な男性がこちらに手を振り返しているのが見える。

審神者には辛うじて顔が見える距離だが、短刀の乱にはクラウスの顔がはっきり見えているのだろう。

街までの階段のような坂を下ると、動ける国民が道を整えていたり、乾いた畑の土を解したり復興に励んでいた。

ご苦労様ですと声をかければたちまち審神者は国民に囲まれては深く、深く頭を下げられ代わる代わる手を握り締められる。

クラウスのもとに辿り着くにはもう少しかかりそうだ。

 

 

✳︎

 

 

「こんちわークラウスさん、もう動いて大丈夫なの?」

 

漸く解放された審神者が片手を上げて声を掛けると瓦礫を片付けていたクラウスは手を止めて額の汗を拭い、軽い微笑を浮かべた。

 

「ああ。寧ろ身体を動かしてないと落ち着かなくてな」

 

それは奴らによる支配の名残りが抜けていないからか、と思い審神者の顔が少し強張る。その表情から察したクラウスがいやいやと顔の前で手を振った。

 

「これは俺の昔からの性分だ。若い頃は落ち着きがないとよく先代に叱られたものだ」

「主さんと一緒だね。主さんもじっとしてられない人だから目が離せないんだ」

「ご迷惑かけますぅ」

「いや。ほんとに」

 

割と本気のトーンで返って来た乱の言葉と訴えてくる視線に、審神者は目線を逸らし謝罪を述べる。

2人のやり取りにクラウスは笑いを堪えきれず声を上げて笑った。

 

「あなた方は本当に仲が宜しいんだな」

「まあねー、自慢の守り刀だよ」

「もう主さん、煽たって何も出ないよー!」

 

と、赤く染まった頬を手で隠し背を向けつつもチラチラと此方を伺う彼は控えめに言って大天使だったと審神者はのちに語った。

 

「街もだいぶ片付いてきたね」

「ああ...綺麗にはなって来てはいるが..」

 

彼の浮かない表情に2人は首を傾げる。その視線の先には干上がった陥没した道があった。

 

「元々ここは畑に水を送る川が流れていたんだ、それがこうも干上がったしまうとはな...」

「川ねー...」

 

乱に視線をやれば、彼は悲しそうに首を横に振った。

それはもうここに再び水が溜まる可能性はないに等しいということだった。

 

「君たちが降りて来たところも、奴らがくる前は池だった」

「あーあの百枚皿みたいな坂」

「せめて川だけでも戻ってくれると畑仕事が楽になるだがな...」

 

珍しく弱音を吐くクラウスだったが、自分の頬を叩き己を律する。

 

「いかん、いかん!やはり動いていないと碌な事を考えないな。審神者さん、落ち着いたらまた改めて伺っても宜しいか?」

「いいよー。いつでもおいでー」

 

クラウスは一礼すると再び復興作業に戻った。その足取りは僅かだが少しフラついていて、早かれ遅かれ彼がまた近いうちに過労で倒れるのはそう遠くはないだろう。

 

「かと言って休めって言っても絶対休まないよねー」

「眠らせる?」(右手グー)

「乱のそういう物理で解決しようとする脳筋なところ審神者嫌いじゃないよ。でもだめー。そんなことしたら怒られるよ」

 

しょげる乱の頭を撫でつつ審神者は顎に手を当てて考える。国民に何やら指示をしているクラウス、その手には地図が握られていた。

 

「あ、いい事思い付いた」

「ほんと?主さん」

「うんうん。なんだ、最初からこうしとけば良かったんじゃん。盲点だったわ!」

 

一人で納得する審神者について行けず、頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ乱に御構い無しにスマホを取り出すと電話をかける。数コールで出た相手に審神者は言った。

 

「あ、もしもーし。あたしあたし!歌仙に相談なんだけど...」

 

 

✳︎

 

 

審神者に呼び止められたクラウスは突然、地図を貸して欲しいという彼女のお願いに頭を捻らせた。

何に使うのか聞いてもいいから、いいからと軽くあしらわれ手書きの地図を渡せばそれを地面に広げる。

国民も彼女が何をするのか不思議に思い、地図の前に座る審神者の周りを囲み覗き込んだ。

 

「地図なら城にちゃんとしたものがある。そんな簡易に書いた地図より、」

「ちゃんとした地図だと細かいとこが分からないからこれでいいよ。この何も書いてない所って森か原っぱ?」

「上は森があった場所で、ここからここまでが平地だ。この線が道で、こっちが川だが..」

「うんうん了解」

 

すると目を閉じた審神者の指が道の代わりに引いた線をつぅ、となぞる。

 

「先ずは道の補整から」

 

そう呟けば一陣の風がクラウスの身体を吹き抜けた。一体何が起こったのか、クラウスは己の目を疑った。

 

「道が..直ってるッ..!?」

 

たった一瞬の瞬きの間に、海賊の攻撃で陥没した凸凹の道がすっかり綺麗になっていた。

自分たちが立っている場所も例外なく積み上げた瓦礫も一瞬にして跡形もなくなり消えている。国民が驚愕の声を上げた。

 

「次は森と原っぱね」

 

今度は手のひらで撫でるように地図をなぞる。

それだけで土からいくつもの芽が顔を出し、あっという間に成長を遂げ立派な森が生い茂り、荒れた平地を優しい緑の絨毯が広がるように覆い尽くした。

 

「川はそのまま畑と直結するように伸ばして...」

 

干上がった場所からどこからともなく水が湧き、審神者の指がなぞる方へ川の道が出来ていく。

地図を指先で押すたびに池の水が湧き上がる光景は圧巻で、クラウスを含め審神者を囲んでいた者は目玉を飛び出し、顎が外れんばかりに口を大きく開けて叫んだ。

 

「「「ぇぇええぇえぇえ!!!??」」」

「主さんすっごーい!!」

「ふっ。我ながらいい仕事をした...あ、ついでに家も直しといたよー」

 

清々しい表情で額の汗を拭うフリをする審神者をやんややんや、と煽てる乱。

国民は己の目を疑いある者は頬を抓り、ある者は知人に自分を殴ってくれと取り乱す始末。

しかし子供は目の前の奇跡のような光景に興奮し、審神者を取り囲み尊敬の眼差しを向けた。

 

「審神者さますごーい!魔法使いみたい!」

「審神者さまは魔法使いだったんだー!」

「魔女だ魔女!」

「だれー?いま魔女って言った子ー?言葉のニュアンスに気をつけろー?」

 

クラウスは恐る恐ると川の水に触れれば、冷んやりとした感覚が伝わってくる。幻でもマジックでもなく正真正銘の水だ。

 

「俺は、まだ夢をみているのか...?」

「夢じゃないよー」

 

愛嬌のある笑顔で乱はクラウスの言葉を否定する。

 

「主さんの霊力にはね、こういう不思議な力が宿ってるんだよ。動物や人間以外なら何でも作っちゃうの」

「なんと便利な...」

「うーん。便利は便利なんだけど普通の審神者がこんな事したら霊力枯渇して老衰で死ぬよ」

 

クラウスは目を見開き、審神者を見る。

 

「大丈夫、主の霊力は化け物並だからそんな簡単になくならないよ。今も少しずつ回復してきてるし。だらかって濫用していい力でもないから主さんは僕たち以外のために使った事ないんだよねー」

 

クラウスを見上げる乱の瞳が妖しく光を放つ。

 

「僕、嫉妬しちゃうなぁ」

 

人ではないその気配に悪寒が背中を走り抜ける。喉元に刀を突き付けられたような冷たい感覚が襲い、米神から汗が滲み頬を伝ったその時、乱の首に審神者の腕が回された。

 

「何ー?2人で内緒話?審神者もいーれーてー!」

「もー主さんあーつーい!」

 

乱の視線から逃れた身体から緊張が抜ける。

クラウスは今ほど審神者の能天気に感謝したことはなかった。

 

「あ、クラウスさんに見せたいものがあるの。付いてきて!」

「は、はあ..」

 

歓喜に湧く国民から感謝の言葉を掛けられながら意気揚々と進む審神者の後をクラウスが続く。

乱の存在を気にしつつ、審神者と一言二言会話を交わす内に彼女のいう見せたいものがある場所に辿り着いた。

 

「じゃじゃーん」

 

審神者が指す先には城がある。当然海賊の根城にされていた甲斐があってか至る所に亀裂が入り、窓ガラスは割れ園庭も見るに耐えないそんな場所が、かつての面影を取り戻していた。

 

「城が...」

「審神者から頑張ったクラウスさんにご褒美です..つって!」

 

クラウスはゆっくりと城の門前に立った。壁の亀裂は綺麗さっぱり埋められ、庭にはニーナ姫と王妃が大切に育てていた薔薇が季節外れというのに咲き誇り、破壊された王の像も新たに建てられている。

まるで過去に戻ったような、今にも王が、姫があの扉から出てくるんじゃないかとありもしない期待に胸が締め付けられた。

その時、城の扉が開く。

 

「おや?クラウス殿、お加減はもう宜しいのですか?」

「...」

 

茫然とするクラウスに一期一振が声を掛けた。

用事を終えた彼は突然綺麗になった城の内装に驚き、外へ出てみた所にクラウスと乱を供に付けた審神者を見つけたと言う。

しかし、クラウスから返答はない。何処かぼうっとした様子で一期を見ている。

 

「クラウス殿?」

「一期、こっちこっち」

 

戸惑う一期に小声で手招きをして呼びかけた。

彼が審神者の元へ行くと、クラウスは漸く我に返り自分が如何に無意味な幻想を思い描いていたか思い知った。

 

「(審神者さんの力で人間は作れない...言われたばかりじゃないか)」

 

愚かな己に笑いが込み上げてきた。

 

「申し訳ない」

 

突然の謝罪に首を傾げる。

 

「少し1人にしてもらえないか..」

「、...了解です」

 

審神者が2人を連れてその場を離れる。少しだけ振り返るとクラウスは膝を付いていた。

 

「あたし、お節介なことやらかしちゃったかな」

「どーして?」

「何か昔のこと思い出させちゃったかなーって。折角今と向き合ってたのに余計なことしたかも」

「自分はそうは思いませんな」

 

何故か自信有り気に笑う一期を怪訝に見つめるが、乱も兄と同じ意見らしい。

 

「ある意味切っ掛けにはなったと。主が思うような悪い方へは転びませんよ」

「そうそう!主さんを独占するのは許せないけど、それ程弱い人間じゃないよあの人」

「ちょっと待ってあたしいつクラウスさんに独占されたの?」

 

結局含み笑いで誤魔化された審神者はもやもやしつつ、2人をお供に本丸へ帰還した。

 

 

クラウスは騎士のようにら膝を付き、城を見上げながら呟いた。

 

「安らかにお眠りください」

 

過去は過去。クラウスは姫への想いだけを胸に抱き過去の己と決別した。

 

 

✳︎

 

 

審神者、本丸に帰宅。

『祢々切丸、本丸へようこそー!!!!』という垂れ幕が掛けられた居間の前で審神者だけが敷居を跨げず佇んでいた。

 

「僕は君に部屋を片付けるよう言った筈だね?」

「はい...」

「でも君は後でやると言って結局片付け終わってないよね?」

「はい...」

「宴に参加する前にやる事はあるかな?」

「片付けて来ます...」

「宜しい」

 

とぼとぼ、と肩を下ろして部屋へと向かう審神者の背に刀剣たち合掌し見送るのだった。

廊下には執務室へ差し入れを運ぶ乱の忙しい姿が確認されたとか、されなかったとか。

 

 

 




登場した刀剣男士

●一期一振
∟モンペ。弟セコム
●乱藤四郎(極)
∟主ガチ勢。本丸のアイドル


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海軍本部へ行こう[中篇]

※モブキャラもう1人投入。ワンピキャラは次回登場です。


 

 

 

ベッドの上で目が覚めたクラウスは見違えた家の内装に目を瞬かせた。

屋根は大砲によって吹っ飛び、家具はほぼ壊れ唯一無事なものがベッドだけ。

そんな家とも呼べない掘っ建て小屋の家が審神者の力によって綺麗に作り変えられ、驚いたことに彼女は国全体を蘇らせてしまったことを思い出した。

クラウスは簡単に身支度を済ませると、審神者が住む本丸へと行くべく外に出ればのどかな光景が広がった。

 

「おう、団長。ゆっくり眠れたようだな」

 

家畜用の干草を掻き集めていた主人に呼び止められたクラウスは自分の顔を触ってみた。

 

「そんなに酷い顔だったか?」

「自分じゃ分からんものさ。今のあんたは憑きもんが取れたみたいにすっきりしてるぜ」

「...そうか」

 

色々と抱えていた問題が無くなり焦る必要も無くなった今、主人の言う通り何処かすっきりした気持ちであることは確かだった。

 

「今から審神者様へ会いに行くのか?」

「ああ。少し相談したいことがあって」

「そうか!ならくれぐれも宜しく伝えといてくれな!」

 

主人とそこそこ挨拶を交わし別れて先へ進むが会う人会う人に何処へ行くか尋ねられては審神者に宜しく、と伝言を頼まれた。審神者は自分が思っているよりずっと国民に好かれているようで安心した。

彼女たちが現れてからこの国は良い方向へ進み始めている。国に平和が戻り荒れていた国民の心は次第に癒されつつあり、海賊に支配されていた国とは思えない程にのどかだ。作物が収穫出来きれば売りに出せるし、そうすれば商人もまた時期に集まる様になる。

 

「この国はまた豊かになる。審神者様とその家臣様のお陰じゃ...」

 

行く途中、老夫婦は本丸がある方角に手を合わせ深く深く頭を下げている。

すると誰かに服の裾を引かれ、クラウスが見下ろすと小さな女の子が深刻な面様で地面を睨みつけていた。

 

「どうした、誰かに意地悪されたのか?」

 

女の子はクラウスの質問に首を横に振った。

 

「海賊さん、もう来ない?」

「勿論だ。悪い海賊は審神者さんたちがやっつけてくれたからな」

 

求めていた答えじゃないのか、また首を横に振った。

 

「私知ってるよ、海賊さんってあの人たちだけじゃないんでしょ?もっといっぱいいるってお母さん言ってたよ。ねぇクラウスさま...もう海賊さん、ここに来ないよね?」

 

クラウスは何も言えなかった。何も言えないまま、女の子は老夫婦に呼ばれ早足で去ってしまった。

あの女の子の言う通りだ。海賊は何もフロムットだけではない、奴を1人海軍に引き渡した所でこの国に海賊がやって来ないとは断言出来ない。当時天上金を支払い世界政府の加護を受けていたが、国が荒れ金を払えなくなった今、もうこの国は加盟国から除外されているだろう。なら、この国は誰が守る?自分が?偉大なる航路出身の成り上がりすら歯が立たなかった自分が守れるとは到底思えない。

再び海賊の脅威に屈したら国民はもう立ち上がれない、次こそユナフィート王国は滅ぶ。

 

「(国を守る為にも早々に天上金を掻き集めなければならない)」

 

まず手始めにフロムットの身柄を海軍に引き渡し、懸賞金を貰う。その旨を伝えるべくクラウスは本丸の門を叩いた。

暫くすると門がゆっくりと開き、中から目を伏せた線の細い儚げな美丈夫が顔を覗かせた。

 

「これはクラウス殿、おはようございます」

「、おっおはようございます。えー...」

「数珠丸恒次と言います。言い難いのであれば気軽に恒次とお呼びください」

「で、では恒次さんと。実は審神者さんに相談事があって...御目通りは叶うだろうか?」

「少々時間が掛かりますが大丈夫ですか?主はまだ寝ておりまして...」

「出直そうか?」

「それには及びません、すぐに身支度をさせますので」

 

たまに彼女が刀剣男士に慕われているのか、そうでないかわからなくなる時がある。

どうぞ、と中へ促す数珠丸にクラウスは一礼し本丸の敷居を跨いだ。

同時に鬱陶しい暑苦しさが彼を襲う。一度ここに来た時も思ったが門の中と外の気温が違いすぎる。

ユナフィート王国は春島の為猛暑や極寒とは縁がないのだが、まるで本丸は夏島のような気温だ。

 

「恒次さん、質問なんだが何故ここはこんなにも気温が外とは違うのだろうか」

「現在本丸は夏の景趣により季節は夏になっています。景趣とは所謂模様替えのようなシステムで、四季折々の景色を見て感じられるのです」

「季節まで操ることが...」

「そちらの国では違うのですか?」

 

クラウスがこちらの世界の季節について説明すると数珠丸は美しい微笑みを見せた。

 

「これは良いことを聞きました。春島とは有り難い、私と弟のにっかり青江は寒がりなので冬になりましたらそちらへお邪魔するとしましょう」

「ははっ。ここより立派なお屋敷じゃないが、いつでも歓迎するよ」

 

縁側を歩きながら言葉を交わし緊張が解れてきた頃、数珠丸はとある部屋で立ち止まった。

 

「こちらで少々お待ち下さい、主に声を掛けてきますので」

 

そう言って数珠丸は襖を閉めた。

しかし、少し半開きになった襖から薄っすらと中の様子が見える。

中の様子が気になったクラウスは好奇心に負けてつい、隙間を覗いてしまった。

 

「主、主、起きて下さい。客人がお見えです」

 

覗いた瞬間、噎せ返るような酒の匂いに思わず息を止める。

宴でもあったのか畳には何十本の空き瓶が転がり、部屋の隅には結樽が3個、テーブルには空の皿が何枚も積み重なっている。雑魚寝で転がっていた男士たちの中には数珠丸の声で起きだす者、酒瓶を抱えて眠り続ける者に分かれた。

数珠丸は倒れ伏せている男士を越えて、浅黒い褐色肌の男士にチョークスリーパーを掛けられながら鼻提灯を膨らませて寝ている審神者の側に膝をついていた。こんな男に囲まれた部屋でよく間違いが起きないものだ。

 

「...、」

「ええ、今日の近侍で貴女の数珠丸恒次ですよ」

 

審神者の声は寝惚けているのか聞き取り辛かったが、数珠丸の耳はちゃんと彼女の言葉が人の言葉に変換されているようだ。しかし、何故チョークスリーパーを掛けられている。そして何故彼女はそれで寝ていられる。

質問を上げればキリがないと悟ったクラウスは襖をソッと閉めると、数珠丸が戻ってくるまで大人しく待つことにした。

 

 

✳︎

 

 

「おはよークラウスさん!お待たせしました!」

 

居間が散らかっている為、数珠丸はクラウスを審神者の執務室へ案内した。

彼が用意した座布団に腰を下ろして待つこと数分、身支度を済ませた審神者が執務室へ現れた。

 

「髪の毛は適当でいいって言ってるのに長谷部が離してくれなくてさ。遅くなってごめんなさい」

「いや、こちらこそ突然押し掛けてすまない。俺は出直してもよかったんだが...」

「それじゃ二度手間になっちゃうし、クラウスさんならアポなしでも大歓迎だよ」

 

快活に笑う審神者の隣で数珠丸も小さく頷く。

 

「それで?挨拶する為に来たって訳じゃなさそうだけど、何か相談しに来たんじゃない?」

「.....捕えた海賊のことで」

「あー、そう言えば身柄を引き渡すんだよね。海軍だっけ?全然来ないね」

「その事についても、相談したい」

 

クラウスはまず始めに天上金について審神者に説明した。

要約すれば金が払えなければ助けは来ない、至ってシンプルで分かりやすい説明だ。審神者も自分が存在する時代でも似たような話しや歴史を目の当たりにしてきたゆえに、金が払えない国がどう言う末路を辿るか想像に難くなかった。

 

「海軍の船がここを通るか分からない。また、いつ、新たな海賊がこの国を襲うかも分からない...その前に何としてもユナフィート王国を加盟国に入り海軍の庇護を得たい。それには一刻も早く奴を引き渡して金を受け取らなければならない。力を貸してくれ」

「いいよ。厳密には何すればいい?」

「...君は本当に、迷わないんだな」

 

国を救われ返し切れない恩がこちらにはあるというのに、審神者側に何のメリットも無いこの願いを彼女は無条件で受け入れようとしている。

 

「貴女はもう姫との約束を果たされている。身勝手だと断らないのか?」

「断ってほしいの?」

 

逆に聞き返され返答に困るクラウスに審神者は冗談だと手を叩いて笑った。

 

「意地悪言ってごめんね。これは約束とかは抜きにしてあたしがただ手伝ってあげたいなって思っただけ。頑張ってる人を助けたいなって思う事は人として当たり前のことなんじゃないかな?」

 

なんて、簡単に見えて実は難しいこと当たり前と言って退けてしまう審神者にクラウスは言葉が見つからない。そして納得してしまう自分がいた。彼女のような者がこの国を治めてくれたら、先代が築いた平和な国が再び戻るんじゃないか。

 

「決まりだね。メンバーを編成してくるからクラウスさんは船の用意をお願いしていい?」

「、もっ勿論だ。正午には準備を終わらせる」

「正午ね。じゃ、あたしらは海賊を連れてから港に向かおうか」

「拝命しました」

 

それでは港で、と門まで見送ってくれた審神者と別れたクラウスは国民の協力もあり、船の準備を整えた。

正午になると審神者は約束の時間通り刀剣男士を従えて現れ、後ろには拘束された海賊を引き連れている。傍には見送り役の歌仙兼定も連れ添い、クラウスは青年というより少しだけ歳をとった若者を審神者たちの前に連れ出した。

 

「操船手のトミーだ。何度もこの国と新世界の海を行き渡っている」

 

トミーと言う青年は深く頭を下げると審神者の両手を取り、ぎゅっと握りしめた。

 

「トミーです、自分がこうして再び操船手として働けるのは貴女のお陰です!!ありがとうございますっ!!」

「大袈裟だよ。あたしは兎も角頑張ったのは戦った歌仙たちだからお礼なら彼らに言って。歌仙たち在ってのあたしだからね!」

「勿論です!!歌仙様っ本当にありがとうございました!!」

 

審神者と同じく、頭を深く下げてお礼を言うトミーに歌仙は顔を綻ばせた。

 

「礼には及ばないよ、君たちこそ僕らが来るまでよく諦めず耐えてくれた。頑張ったね」

「か、がぜん"ざま"ーーー!!!」

 

滝の様な涙を流し終えたトミーは落ち着くと涙を拭い「出航の準備をしてきます!」と気恥ずかしげに顔を隠しながらタラップを駆け登って行った。

 

「まだまだ若いが腕は確かだ」

「クラウスさんが選んだ人に不満はないよ。こっちは航海に関してはど素人だからね」

「そうだよ主、君は航海については初心者も同然だ。しっかりクラウス殿の指示に従いくれぐれも怪我のないように」

「うんうん。てか2、3日本丸空けるくらい前はざらにあったんだからそんな心配しなくても大丈夫だって」

「状況が違うんだ..能天気はある意味きみの美徳だけど時と場所を弁えてくれ...」

「んー、褒めながら貶されたのって審神者初めて」

「数珠丸殿、クラウス殿!彼女が暴走したら遠慮無く頭を引っ叩いて貰ってかまわない。何なら柱に縛り付けてでも止めてくれ」

 

両肩を掴まれ懇願されるが、承諾しかねる内容に返事を考えていると数珠丸は慈愛に満ちた仏のような顔で微笑むと頷いた。

 

「承知しました」

「菩薩顔で承知しないで!?」

 

審神者が歌仙に喚いている間に拘束された海賊は船底にある倉庫に詰め込まれ、出航準備が整った。

船に乗り込み、帆を張れば風を受けて船体は沖へ沖へと進んでいく。

 

「かせーん!お留守番よろしくねー!」

 

彼女の目に不安の色はない、あるのは期待と溢れる好奇心のみ。未知の世界で経験する初めて航海は審神者だけではなく刀剣男士の心を踊らせるには十分だった。

 

 

✳︎

 

ユナフィート王国が見えなくなり、見渡す限り広がる海は審神者が知るどの時代よりも蒼く美しく、カモメは軽やかに羽搏き雲ひとつない快晴の空を優雅に泳いでいる。

想像より不快ではない潮風に吹かれながら滅多に見られない光景を眺めていた審神者は、ふと思い出したようにクラウスを振り返った。

 

「そうだ、顔見知りの子もいると思うけど編成メンバーを紹介しておくね。一番隊部隊長で今日の近侍担当の数珠丸恒次」

 

彼は胸に手を添えると軽くクラウスに向かって会釈をした。

 

「燭台切光忠、みっちゃんって呼んであげて!」

「やあ久しぶりだねクラウスくん。主はああ言ってるけど君の好きに呼んでくれて構わないからね」

 

初めて本丸に招待された時、取っ付き易い愛想のいい笑顔が印象的な彼だった。

流石に初対面に近い相手をみっちゃんと気安く呼べる性格ではいクラウスが燭台切の申し出に感謝していると、審神者が顔を覗かせる。

 

「他にも食材切とかしょっきり、CCP、」

「主?早速柱に括り付けられたいのかな?」

 

すでに用意されていたロープを彼がチラつかせれば、審神者の口が静かに閉じる。

他のあだ名は何となく想像が付くがしーしーぴー?と聞きなれない言葉に興味が湧く。しかしそれを彼に言ってしまえば取り返しのつかない事になりそうで、クラウスはしーしーぴーを記憶から消す事にした。

 

「僕のことは覚えてるよね?乱藤四郎だよ」

 

デッキから海を眺めていた乱がスカートをはためかせながら、審神者の隣に降り立つとその腕に抱き着きウィンクをする。一見その可愛らしさに人は絆されるが、彼の嫉妬深い一面を垣間見たクラウスは顔を少し引き攣らせた。

 

「あ、ああ勿論だ」

 

警戒してみせるクラウスに乱は満足気に笑う。するとは突然、興奮気味に騒ぐ青年2人と少年が海に向かって叫びだした。

 

「海じゃーーー!!!」

「「海だーーー!!!!」」

「端から陸奥守吉行、包丁藤四郎、浦島虎徹、以上6名が今回護衛を務める刀剣男士だよ。そこの3人さーん、海も良いけど挨拶してねー」

「おおっそうじゃ」

 

審神者が声を掛ければ3人はクラウスの前に並び、手を伸ばした。

 

「わしは陸奥守吉行、おんしええ根性しとるのぅ!一人でずっと民を守っとった漢じゃと主から聞いちょる。今回の護衛、わしらにどーんと任しちょけ!」

 

豪快に笑う陸奥守と拍手を交わせば、金髪の青年が替わる様に握手を求めてきた。

 

「俺は浦島虎徹!こっちは相棒の亀吉、宜しくな!」

 

彼の肩に乗った小さな亀は眠たげな表情でクラウスを見つめると人の言葉を理解しているのかコクリ、と頷く。賢い亀のようだ。愛らしい小動物に癒されていると、これまた可愛らしい少年が元気よく手を挙げてた。

 

「はいはーい!!俺は包丁藤四郎!好きな物はお菓子と人妻、宜しく!」

 

先程のほんわかとした空気は何処へ。子供の口から突然「人妻」なんてアブノーマルな発言が飛び出してその場の空気が凍った。

 

「う、うーん。優しくしてくれる女の人、が、好きなんだよね」

 

審神者が機転を利かせるも素直で正直者の包丁は断固として首を縦に振らなかった。

 

「違うぞ主!ちゃんと結婚してて、お菓子を沢山くれる優しい人妻だぞ!!出来ればおっぱ、」

「ほーちょーくーん!主と一緒に海みよっかー!ほーらイルカの群れが見られるかもよー!?」

「なにー!?主、早く早く!!」

 

彼がとんでもない事を口走る前に話題を海へ逸らせば、包丁は飛び跳ねながら審神者の手を引き船縁へ連れて行く。何となく気まずい雰囲気から逃げる様に乱と浦島が後を追いかけた。

 

「あーー...深い意味はないんだ、お菓子をくれた人が偶々人妻ってだけで彼が好いているわけでね!」

「いや大丈夫だ。君たちについてはもう十分驚かせてもらったよ、だから気にしないでくれ」

 

慌ててフォローを入れる燭台切にクラウスは笑ってみせた。目の前で刀が実体を持ち人間と同じように歩いて喋っている、今更小さい子の口からアブノーマルな発言が飛び出したぐらいでは動じない。

 

「わしらの事知っちょっても驚かんとは肝が座っちゅー!ますます気に入った!」

 

ところでクラウス、この船に砲台はついちゅーか?と訊ねる陸奥守に応えようしたその時、船縁から審神者の悲鳴と包丁の歓声が上がった。

 

「ぎぃやああぁあああぁ!!!なんじゃこりゃああぁあぁあ!!!!」

「すっげええええ!!!でっかああああい!!!」

 

船縁から覗く丸いギョロ目は審神者たちの姿を捉えると、海に沈ませていた身体を浮き上がらせた。

ジャバジャバと身体から海水が滝の様に流れ落ち、現れたそれはまるでムカデの様に長く巨大な胴体。しかし顔は蜥蜴のように細長く舌を蛇のようにチラチラと出し入れしている。口から覗く牙はまるで鮫だ。

 

「何これムカデなの!?蜥蜴なの!?どっち!?」

「こいつは海王類といってここ一帯に住み着いている海洋生物の一種だ..!」

「海洋生物!?どー見たって怪物じゃん!!」

 

怪物は船を引っ繰り返そうとしているのか、小突くように身体を執念にぶつけてくる。

その衝撃に甲板は激しく軋み、不安定な足場で転げそうになる審神者を浦島が支えた。

すると今にも転覆しそうな状況で陸奥守は手で影を作ると、耳が割れんばかりに吼える怪物を見上げる。

 

「でっかいのー」

「食べられたら一溜りもないね」

「その前にあの胴体で船ごと叩き潰されそうですね」

 

呑気に海王類を観察する太刀2人組と打刀に審神者は目を剥いて怒鳴った。

 

「おバカ!叩き潰されそうじゃなくて、今にも叩き潰す気なの!!クーラーウースーさーん!!!」

 

クラウスはポケットに忍ばせていたものを取り出した。審神者は彼が取り出した物を怪訝に見つめる。

 

「..か、カタツムリ?」

「説明は後ほど。トミー!聞こえるか!!」

「カタツムリに、話し掛けてる...!!」

 

あまりの恐怖にとうとう気が触れたか、と審神者が慄いているとカタツムリの眠たげな目がカッと開き、ペラペラとトミーの声で喋り出した。

 

『聞こえてます!今、全速力で引き離しに掛かってます!』

「「カタツムリが喋ったーー!!?」」

「トミーの兄ちゃんはカタツムリだったのか!?」

「もうっ2人とも!カタツムリはいいからここから離れるよ!!主さんももっと頭下げて!」

 

船縁から離れようとした時、今までにない衝撃が船を襲った。

するとトミーの声をしたカタツムリが冷や汗を身体に浮かばせて、声を上げた。

 

『クラウス様!舵が動きません!!』

「なに!?」

『恐らく海王類の尾か何かが、船底の舵に巻き付いているかと...!銛を撃って撃退を、』

「おっ!わしらの出番じゃなー!」

 

話しを聞いていた陸奥守が足の屈伸を始め、準備を整える。

 

「陸奥守さん。この程度なら銛で怯ませた隙に撤退すれば、」

「なんちゃーない、それに敵前逃亡は性に合わんぜよ」

 

すると陸奥守は浦島に支えられながら漸くクラウスたちのもとに辿り着いた審神者を好戦的な目で見つめた。

 

「主、暴れてもええがか?」

 

波に揺られ過ぎて少し顔を青白くさせて口元を手で覆う審神者は陸奥守にサムズアップを見せる。

そんな彼女の頭を手荒に撫でると刀を引き抜き、拳銃を構えた。

 

「どうれ..運動不足の解消じゃ!」

 

とんでもない飛脚力で飛び上がり先陣切って海王類に斬りかかる陸奥守。その斬撃は今にも船に噛みつかんと迫って来た奴の顎に軽々と傷を付けた。

 

「あ、荒いなぁ陸奥守くん。彼だけじゃ心配だから僕も行くよ。数珠丸さん、主を宜しくね」

「俺も行くー!!」

「はい。お気を付けて」

 

燭台切が参戦し、陸奥守の背後を狙っていた蛇のような舌を一刀両断。海王類は甲高い咆哮を上げて身悶え始めると、その身体の至るところから血潮が噴き出した。

 

「微塵切りだーー!!」

 

短刀の小柄と機動力を活かし、ムカデの様な身体を縦横無尽に駆け走り斬りつけていく様が見える。

すると船底の舵に巻き付いていた尾が解けたのか、船は次第に前進を再開した。

 

「待てトミー!まだ陸奥守さんたちが船に戻っていない!」

「あー..大丈夫大丈夫、このまま進んでいいよー...」

 

今にも戻しそうな審神者が息絶え絶えに伝えるが、説得力がなくトミーに停船の指示を出すその時。

 

「いやー!すっきりしたぜよ!」

「主ー!帰ったぞー!」

「クラウスくん、この船にお風呂あるかな?」

 

すでに甲板へ生還していた体液塗れの3人を愕然と見つめるクラウス。

 

「い、いつの間に...」

「俺が誉を取ったんだぞ!褒めろ褒めろー!」

 

審神者に抱き着こうとする3人の中で断トツ汚れている包丁に乱がストップをかけた。

 

「汚れたまま主に抱き着かない!一兄に言い付けるよ」

「何だよー…乱兄ばっかり!」

「み、みだれちゃんいいよ..ほ、ぅ、ほまれおめでとー...うっぷ」

「主さん無理すんなって!」

 

船酔いと彼らが纏う生臭さにノックダウン寸前。目を回し始めた審神者を数珠丸が抱きかかえた。

 

「クラウス殿、主を休ませてきますので彼らを風呂場へ案内願えますか?」

「わ、わかった」

 

数珠丸の後をわらわらと付いて行く刀剣男士を見送ったクラウスはふと、船尾を振り返る。

 

「なんと...」

 

海面には力尽きた海王類が腹を見せて浮かんでいる。

艦隊一隻を簡単に海の藻屑としてしまう海王類をあの数分で、それもたった3人で撃退してしまう彼らの強さに頼もしさを覚えると同時につくづく敵に回すと恐ろしいか思い知るのだった。

 

 

 

 




登場した刀剣男士

●数珠丸恒次
∟本丸の良心。たまに天然
●陸奥守吉行(極)
∟切込み隊長。異世界の海に興味津々
●包丁藤四郎(極)
∟末っ子ポジ。ハーレム(人妻)王におれはなる!
●浦島虎徹(極)
∟天真爛漫。大天使。


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