やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。 (乃木八)
しおりを挟む

プロローグ

 

比企谷八幡は昔から目が特徴的だと言われてきた。

 

小学校に上がる頃にはその目が原因でいじめられる。

 

「目が腐っている」だとか「その目が気に入らない」とか「比企谷菌がうつる」とかまあ小学生にはよくあるいじめ。他にも上履きを隠されたり、高学年になると下駄箱にゴミを入れられたりと色々。

 

先生も初めはやんわりと注意していたが、そのうちそれもなくなり、見てみぬ振りが当たり前になっていった。

 

まあ、そんなこともありだいぶ捻くれた性格になったらしい。

 

それでも中学生になる頃にはいじめもなくなって、他の人ともある程度は普通に接していた。

 

そんなある日、一人の女の子に告白した。

 

好きになった理由はボッチの俺にも話しかけてくれたから、まあボッチ男子によくある感じのあれだ。

 

ちょっと優しくされるとすぐに勘違いしてしまう例のアレ。

 

結果は言うまでもなくあっさり振られ、その上次の日の朝、クラス全員にラブレターをさらされるという公開処刑付きだった。

 

その日の夜、俺は涙が止まらなくて文字通り枕をびっしょり濡らし泣き疲れ寝た。

 

人間、どれだけ憂鬱なことがあっても日々の習慣は変わらないらしくいつも通りの目が覚めてしまい、涙が乾いて少しザラついた枕をみてどんだけ泣いてたんだよ…と自分に呆れ返る。

 

「はぁぁ……なんかどうでもよくなったな」

 

引くほど涙を流したからなのか昨晩あれだけ悲しかった出来事に対してなにも感じなくなっていた。

 

「ん?なんだこれ…石?」

 

枕元をみると少し赤黒い光る石が置いてある。よくみると装飾が施されていて単に石というよりはアクセサリーといったほうが正しいのかもしれない。

 

「こんなもの持ってたっけかね」

 

記憶を辿ってみるも見覚えがない、そもそもこのアクセサリー、色合いはあれだがデザインは女の子向けに見える、それに俺はアクセサリーを集める趣味なんてない。となると―

 

「小町か?」

 

考えられるのは妹の小町がこっそり寝ている俺の枕元にこれを置いたという可能性だが……

 

「それはないな」

 

寝ている兄(涙で顔グシャグシャ)の枕元にこっそりアクセサリーを置いとくとかそんな意味のわからないことを小町がするとは思えない。

 

となると、朝起きたら誰のものかもわからない謎のアクセサリーが枕元に置いてあったということになる。

 

「じー……」

 

問題のアクセサリーを手にとって見る、普通ならこんな誰の物とも知れない気味の悪いものは捨てるのだろうが、何故か捨てる気になれなくて机の上に置いておくことにした。

 

いつも通り朝の支度をして、いつも通りの時間に家を出て、通いなれた道を通り学校向かう。

 

「そういえば小町にアクセサリーのこと聞くのも忘れてたな…まあいいか、多分知らないだろうし」

 

なんとなくだが、あのアクセサリーについては誰に聞いてもわからない気がする。なにか普通じゃない力を感じるというか……危ない危ないまた黒歴史を再発するとこだった。

 

そんなことを考えているうちに学校についてしまった。駐輪場に自転車を止め、下駄箱で靴をはきかえる。

登校ラッシュにはまだ少し早いため人がまばらな廊下を進み、後ろの扉から教室に入った。

 

俺が教室に入るとすでに登校していたクラスメイトたちが一斉に俺に視線を向けヒソヒソしながら笑いあっている。

 

(大方、昨日のラブレターの事だろうがあれだけ笑ってたのにまだ笑い足りないのか)

 

内心でクラスメイトに呆れながら席につきイヤホンを耳につけて寝た振りをする。

 

1日中ヒソヒソや笑いは絶えなかったが特に反応することもなく放課後まで一人で過ごした。

 

「おい比企谷、よくそんな顔してられるな、この勘違い野郎恥ずかしくないのか」

 

帰り際、俺が特に何の反応もしないことに痺れを切らしたのかクラスメイトの男子が分かりやすく挑発?的なことをしてくるが無視する。

 

「おいっ聞いてんのか!?このヒキガエル!」

 

背後からさらに悪口と思われる言葉に聞こえない振りをして足早に家へ帰った。

 

この日を境に平穏だった中学生活は一変する。

 

次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、何を言われようが取り合わず、授業が終われば帰る。そんな日々を卒業まで繰り返して俺の中学時代はボッチのまま終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――春、俺は同じ中学の奴らがいないであろう学校を選びそこを受験し無事合格、今日の入学式をへて晴れて高校生の仲間入りだ。

 

その高校は中高一貫校で高校から入学する人はあまりいない。まあ、だからそこを選んだんだが。…家からも近いし。

 

少し早めに家を出て、自転車を引きながらこれから通うことになる津成木第一学校までゆっくり歩ことにした。途中、横断歩道の赤信号が見えたので立ち止まる。

 

「早く出すぎたな…」

 

入学祝いとして買ってもらったスマートフォンで時間を確認しつつそんなことを呟きこれから始まる高校生活について考える。

 

周りは中学からのエスカレーター式ですでに仲のいいグループが形成されていることだろう。そんな中に俺が入っていけるとは思えない。なんなら話しかけることすらままならないまである。

高校からのやつは俺を含めても五人程しかいないらしい。多分バラバラに振り分けられるだろうからクラスは別だろう。

 

つまり、必然的に高校でもボッチロードまっしぐらということだ。

 

「まあ、あのまま中学の奴らと一緒のところに進むよりはマシか」

 

気を取り直して高校では大人しくボッチ生活を満喫しようと決め、顔をあげるといつの間にか横断歩道の信号が青になっていた。

 

「入学式!ワクワクもんだぁ!!」

 

後ろから元気な声が響き、俺の横を中学の制服を着た少女が駆け抜ける。入学式ということはあの少女は今日から中学生なのだろう。

 

(中学と高校で違うとはいえ、俺とは真逆だな)

 

一方は入学式の日にボッチ生活を覚悟するという後ろ向きな考えで登校、一方はワクワクしながら前向きに入学式に向かっている。

 

(まあだからといって俺はあの少女の様に前向きになれないし、なる気もない)

 

そんなことを考えていると視界に猛スピードでこっちに走ってくるトラックが入ってきた。信号機は赤だがあのトラックは止まる気配がない。

 

そして隣を駆け抜けていった少女はこれからの入学式で頭がいっぱいなのか突っ込んでくるトラックに気付かず横断歩道を渡っている。

 

別に少女が間違っている訳ではない、歩行者用の信号は青なのだから普通車が突っ込んでくるなんて事はありえないし、思いもしない。

 

トラックと少女の距離はもう十メートルを切った。

 

もし、この時冷静だったら少女に向かって大声で呼び掛けるという選択肢が浮かんだかもしれない。

 

けど、この時の俺は考えるより先に走り出していた。

自分でも信じられないくらいの早さで少女に追い付く。

 

(もう抱え込んでも、引っ張っても間に合わないっ)

 

とっさの判断で少女の背中を突き飛ばす。その瞬間、みている景色がスローモーションに見えた。

突き飛ばした少女は無事トラックの射程から外れている。突然突き飛ばされた事に驚いたのか、少女はつんのめってこけそうになっていた。

 

横を見るともうトラックが目の前まで迫っている。この速度で激突されたらアウトだろう。よくみればドライバーはハンドルを握ったまま寝ている。

居眠り運転、通りで止まるそぶりもなくクラクションも鳴らさないわけだ。

 

ぶつかる、そう思った瞬間何かが光った気がした。

 

 

 

ゴスッ_____キィィィィィッッッ

 

 

 

鈍い音と甲高い音が朝の町に響く―

 

―そして比企谷八幡の意識はそこで途切れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話「出会いはミラクルでマジカル!甘いコーヒーと捻くれ者?魔法のプリキュア誕生!」プロローグ

 

春、それは出会いの季節。

 

入学、就職、進級、色々な事が変わっていく中で不安になったり、逆に期待を膨らませたり、人によって様々である。

 

津成木第一学校中等部に通う朝比奈 みらいはもうすぐ二年生になる女の子だ。新しい学年へ期待しながら春休みを満喫している。

 

そんなある日の夜、ふと窓を見ると綺麗な十六夜月が輝いていた。

 

「わぁ…大きなお月さまだねぇ」

 

部屋の中にはみらいの他にぬいぐるみのモフルンがソファの上でちょこんと座っている。

 

「ふぇ?」

 

大きな月の中に小さな紫の物体が一瞬見えた気がして窓を開けベランダから月をよくよく見てみると紫の物体が上へ下へ右から左へと動いている。

 

「おぉ…おっ…おー…おぉっ…おぉぉぉ!」

 

紫の物体が動くに連れて思わず声が出てしまうみらい。見ていると紫の物体が右へ左へとふらふらしながら徐々にしたに向かっていき森の方へガサッと音をたてながら消えた。

 

「落ちたっ!」

 

落ちた紫の物体の行方が気になって、上着を羽織り玄関に向かう。

 

「あーら、どこへお出掛けかしらぁ~?みらい」

「あぁ…」

 

お母さんに見つかってしまった!と思いながら苦笑いするみらい。

 

「ホントッホント!何かがさ空からぱぁって、クルクルって落ちてったんだよ!!」

「まぁ、それは大変」

「でしょ~!もうワクワクもんでしょ~!!」

 

お母さんの袖を引っ張って外に連れ出し、目を輝かせながら見たことを必死に伝えるとみらいと呆れながら答える母。

 

「あっ!お母さんも一緒に行く?」

「じゃあ今からお化粧直して準備を…なーんて、言うわけないでしょ」

「うぇ…あはは……デスヨネ~」

「春休みだからって夜更かしはダ~メ!」

 

ボケてからのお説教、ノリのいい母である。

 

「は~い」

 

そう返事するとみらいはお母さんと一緒に家の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、みらいが見ていた方向にある桜の木の上。

 

「はわわっ」

 

赤く唾の広いトンガリ帽子をかぶった少女が箒にまたがって桜の中から飛び出す。

 

ガサッ

 

「はうっ」

 

ザッ

 

「わっ」

 

バサッ

 

「きゃっ」

 

少女は空を飛びながら桜の中に突っ込んでは出て来て、また突っ込んで、飛び出し何度もバウンドを繰り返していた。

 

「たぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

一際強く桜の中に突っ込んだかと思うとそのまま墜落する。このまま落ちれば大ケガをしてしまうのだが、少女は無我夢中で手を伸ばし、奇跡的に枝を掴んだ。

 

「ほっ…ふぅ……着陸成功ね」

 

冷や汗をかきつつもどや顔でそんなことを呟く少女。

 

「ニャーン」

 

木の上にいた猫がどや顔の少女の隣で鳴く。

 

「んっんん、何か?」

 

咳払いし、野良猫に向かって何か?と聞く、正直それは野良猫のセリフだろう。

 

「ねらい通りだから、私、落ちてないしぃぃぃっ―!?」

 

そう言い終わる前に重さに耐えきれなくなった枝がバキリと折れる。

 

ドシンッと音が響き、桜が舞う。その後、

 

「ニャン?」

 

と猫が鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が一際大きく見える夜、比企谷 八幡は桜が舞う中を歩いていた。月に照らされる夜桜は幻想的ではあるが、別に八幡はそれを見るために夜道を歩いている訳ではない。

 

そもそも比企谷 八幡は必要最低限の外出しかしない。

今だって風呂上がりに愛飲しているMAXコーヒーを飲もうとしたらストックが切れていることに気付き、コンビニに買いに出た帰りだ。

 

本当は明日でもいいか、とも思ったが愛する妹に「小町、アイスが食べたいな♪」と言われてしまったのでしかたがない。

 

「ふぅ…まさか、MAXコーヒーのストックを見誤るなんてな」

 

(確かに昨日みた時はストックがあった筈なんだが…無意識に自分で飲んだのか?…MAXコーヒーの中毒性ならあり得る)

 

そんなことを考えていると風が吹いて桜の花びらが大きく揺れ、ふと足が止まる。

 

「春…か」

 

この春休みが終われば八幡は高校二年生になるがあまり実感がない。それというのも八幡は高校一年の約半分を病院のベッドで過ごしたからである。

 

入学式の日に交通事故にあって即入院、10月の中頃まで登校出来なかった。それでも医者が言うにはこの程度で済んだのは奇跡らしく、本来ならあのスピードで突っ込んできたトラックに激突されたら即死だそうだ。

 

医者曰く、衝撃が()()()()()()()()()きれいに分散されて致命傷を回避していたと。

…それでもあちこちの骨が折れたりしていて重症なのだが。

 

「まあ、学年が変わろうとも俺がボッチなのは変わらないだろうな」

 

事故で大幅に出遅れ、登校した時にはすでに人間関係は出来上がっているためそんな中には混ざれない。すなわち、高校でもボッチだ。

 

もっとも、事故が無かったとしてもボッチにはなっていただろうし、それでも後ろ指を指されながら過ごした中学時代よりはマシだろう。

 

「ん?」

 

ふいに音が聞こえ、思考が中断される。

 

ガサッ━はぅ、ザッ━わ、━━━━━━━━━━

 

何か桜が揺れる音の後に短い悲鳴が聞こえる。音が段々と近くなり、音の出所が目で見える。

 

「なんだ…あれ?」

 

簡潔にいうなら、箒にまたがった少女が桜の上でバウンドしている…だ。正直、八幡は自分の目が腐るだけでなくいよいよもっておかしくなったのではないかと思う光景だ。

 

まず、こんな夜道に箒にまたがった少女がいる時点でおかしいのに、まして空を飛んでいるなんてありえないだろう。

 

「…夢…か?」

 

これが夢なら箒で空を飛ぼうが、桜の上でバウンドしようが夢オチで片付くのだか、それにしては妙にリアル感がある。

 

ガサッ…たぁぁぁぁぁぁっ!?

 

近くで気合いの入った叫び声?が聞こえ少女が桜の木に墜落した。墜落といっても間一髪、少女は地面には落ちていないようでカランと箒が落ちる音だけが響いた。

 

このまま歩けば少女と鉢合わせてしまうだろう。

 

(…なんとなくだが、関わると面倒なことになる気がする、ここはスルーして帰ろう。家で愛する妹が待ってるからな…アイスを)

 

心の中で誰に聞かせるでもない言い訳を並べてその場を立ち去ろうとするも、何故か足が動かない。

 

「別に俺が出ていかなくてもきっとなんとかなるだろ」

 

そう声に出しても、あのままだと少女は結構な高さから落ち怪我をするんじゃないか?当たりどころが悪ければ、もしもの事があるんじゃないか?そんな考えが頭を過ってしまう。

 

そもそも、少女が怪我をしようが何しようが赤の他人のことで八幡には関係ない、多少罪悪感を覚えてもそれで終わりのはずだ。八幡は困っている人を誰でも助けるような気概は持ち合わせていないのだから。

 

「………はぁ」

 

ため息を吐き、八幡は少女が落ちたであろう方へ向かって駆け出す。結局、どれだけ言い訳を重ねても八幡は少女をほっとけなかったのだ。

 

 

――少女はすぐに見つかった。近いと思っていたが本当に目と鼻の先にある桜の枝に引っ掛かっているのが見えた。

近づくにつれて少女の声が聞こえてくる、無事だったようで安心したのも束の間、少女が掴まっていた枝がばきりと音を立てて折れ、少女と共に落ちるのが見えた。

 

「くそっ!」

 

(この距離からじゃ間に合わないっっ)

 

頭で無理だと分かっていても思いっきり地面をけって走る。何故こんなに必死なのかは自分でもわからない。

 

(間に合えっ間に合えっ間に合っ!?)

 

一瞬目の前が光ったかと思うと上から、しぃぃぃぃぃという絶叫が聞こえてくると同時に少女が落ちてきた。

 

「は?」

 

状況が理解できないまま、とにかく少女を受け止めようとするも角度が悪く、落下の勢いもあったため支えきれずに体ごと倒れてしまう。

 

ドシンッッッと音が響き、桜の花びらが舞って、ニャン?と猫が首をかしげる。

 

「あいたた~っ」

「っうぅぅ…」

 

八幡がクッションになったおかげで少女は軽症ですんだようだ、無論、クッションなった八幡はそれなりのダメージをくらったが。

 

「にっ二度目の着陸成功ねっ…ねらい通りなんだから!」

「…一体誰に言い訳してんだよ」

「ひっ!?」

 

…短い悲鳴をあげられてしまった、いやまあ、いきなりこんな目の腐った男に話しかけてきてそれが自分の下敷きになっていたらそう言いたくなるのも分かりますよ?

でも、そんなゾンビと遭遇したみたいな顔しなくてもいいんじゃないですかね。

 

「…とりあえずどいてくれるか?」

「へ?あっごごごめんなさい!」

 

少女の反応に傷つくも、ある意味よくあることだと割りきる。

 

「ふぅ…」

 

体のあちこちが痛むがなんとか立ち上がり、服についた埃を払うと思わずため息が出てきた。

 

「あっあの…あなたは?」

「えっあー…」

 

なんといえばいいのか、助けるのに夢中で後の事を考えていなかった八幡は返答に困る。

 

「ただの通りすがりの高校生だ、気にしなくていい」

「え?えーと…」

 

今度は少女が返答に困る、デスヨネーただの通りすがりの高校生って何の説明にもなってないし、なんなら怪しすぎるまである。

 

八幡としては面倒なことになる前に早く帰りたいので困惑しているうちにこの場を去ろうと、踵を返し歩きだした。

 

「ちょっ待ちなさい!あっいや待ってください!」

 

まさかの呼び止められた、もしかして通報されるのだろうか?そしてお巡りさんに夜道を歩いていたら箒で空飛ぶ少女が現れてその下敷きになりましたと、…説明した瞬間、不審者扱いされてアウトだな。

 

「なんだ?」

 

内心ビクビクしながら立ち止まり振り替えると、月明かりに照らされて少女の姿がはっきり見えた。

紫色の髪を後ろで結っていて前髪はぱっつんと切り揃えられ、マゼンタの瞳がこちらを不安そうに見ている。

 

「ごめんなさい!」

「はい?」

 

呼び止められ何事かと思ったら突然謝られた。何に対してなのか図りかねていると、少女が続ける。

 

「その…下敷きにしてしまってごめんなさい、それにひって言ってしまってごめんなさい」

 

八幡にとっては予想外だった。言ってしまえば下敷きになったのは八幡が突っ込んだからだし、目の腐った男が下にいたらそんな声が出てしまうのもしかたないだろう。

 

「いや、別に気にしてない。それに下敷きになったのは自業自得だし謝られることじゃない」

「自業…?よく分からないけれど、もしかして私が怪我をしないように下敷きに?」

 

少女は八幡がたまたま下を歩いていて下敷きになったと思っていたが、八幡の様子と少し離れたところに落ちている袋をみて思い違いに気付く。

 

「別に…たまたまだ」

 

八幡はそう言うとそっぽを向いて少女から視線をそらした。そのようすがなんだか少しおかしくて少女から思わず笑みがこぼれる。

 

「ふふっ」

「何だよ?」

 

少女が笑うと中学時代の影響か、自分が嘲笑われているように聞こえて少し声が険しくなってしまった。

 

「あ、ごめんなさいっ!その、なんだか捻くれてるなぁ思ったらつい」

「…捻くれていて悪かったな」

 

八幡がそう返すと少女はまた小さく笑う。

その笑顔は何故か印象的にうつった。もしかすると、八幡が今まで見てきた嘘や欺瞞に満ちた笑顔とは違う本物の笑顔に見えたからだろうか。

 

「その、助けてくれてありがとう。私はリコ、あなたは?」

「…比企谷 八幡だ。別に礼を言われるような事はしてない」

 

そういうと少女…リコは首を横に振って答える。

 

「いいえ、もし八幡さんが下にいてくれなかったら私は無事ではなかったと思う。箒が先に落ちて魔法で飛ぶことも出来なかったから」

「………」

 

いきなり名前で呼ばれるのにも驚いたが、それ以上に()()と普通に口にしたことに驚いた。

ラノベや漫画なんかだと一般人に魔法を知られるのはNGだから見なかった事にした方がいいかと思ってスルーしていたのにまさか自分から言うとは思わなかったからだ。

 

もしかしたら現実ではそんな規則は無いのかもしれない。現実なのに魔法とは変な感じだが…もし規則があったとしたらうっかりにも程があるだろう。

 

「八幡さん?」

「…なんでもない。特に怪我もないみたいだし、俺は帰る。じゃあな」

 

魔法の事には触れずに逃げるようにその場を去ろうとした。聞いてしまえば引き返せない気がしたからか、それともこの少女、リコの悪意のない笑顔が怖かったからなのかはわからない。

 

「あっちょっと待っ‥」

 

ぐぎゅるるるぅぅ~

 

去ろうとした八幡を引き留めようとリコが慌ててかけた声は途中、大きな音に遮られた。

 

「は?」

 

あまりに大きな音だったので驚いて思わず振り替えると顔を真っ赤したリコが視界に入る。

 

「………」

「………」

 

一瞬、お互いに気まずい沈黙がながれその場を静寂が支配した。

 

「お腹空いたのか?」

「べっ別に空いてないし!きちんと食べたんだか―ぐぎゅるるぅ」

 

話している途中で再びリコのお腹が鳴った。

 

「…はぁ」

 

八幡は短くため息をつくと少し離れたところに落ちている買い物袋を拾い、中からコンビニのおにぎりを取り出してリコに差し出す。

 

「ほら、やる」

「え?でも…」

「いいから、夜食用に買っただけだし遠慮はすんな」

 

俺はあんまり腹減ってないし、と付け加えおにぎりをリコに渡すとそのおにぎりを物珍しそうにみていた。

 

まさか見たことないわけないだろうし、あれか、目の腐った怪しい男からもらったから警戒してるとかかな?そうだったら八幡泣いちゃう!とまあ冗談はおいといて、

 

「どした、食べないのか?」

「えぇっと、これはどうやっ…あっ、いや、別にお腹減ってないし!」ぐぎゅるる~

「…もしかして開け方がわかんないのか?」

 

図星だったようでギクッとなるリコ。

 

「わっ分かるし!見てなさい!!」

 

そういうとリコはポケットから先端に星がついた杖?を取り出すとおにぎりに向け呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!おにぎりの袋よ、開きなさい!」

 

すると、杖が光っておにぎりの包装フィルムが……おにぎりごと真っ二つになっていた。

 

いや確かに開いたけど、魔法ってこんなことに使っていいのかよ…それにおにぎりごと真っ二つとか完全に失敗じゃねぇか。

 

「………」

「ねっねらい通りだし!失敗なんかしてないんだから!」

「…俺、なにも言ってないんだけど?」

 

まあ、確かに残念なものを見る目を向けていたが、自分で失敗してないとかいうあたり自覚はあるのだろう。

 

「本当に失敗じゃないし!食べやすいように二つにしただけだもん!」

 

頑なに失敗を認めないが食べやすいように二つにしたと言われても、包装してあるフィルムごと真っ二つになっているので引っ掛かって取り出しづらくむしろ食べづらいだろう。

 

案の定、おにぎりを取り出そうとして四苦八苦しているので、見かねてコンビニの袋からもうひとつおにぎりを取り出しフィルムを剥がしてリコに渡す。

 

「へ?これ…」

「こっちをやるから、そっちはもらうぞ」

 

そう言って失敗した方と今フィルムを剥がした方を交換した。

正直、あまり腹は減っていないが食べ物を粗末にするわけにもいかないので失敗したおにぎりは後で食べるとしよう。

 

「…ありがとう、いただきます」

 

余程お腹が空いていたのだろう、お礼をいうと夢中でおにぎりを食べ始めたリコ。

 

「おい、そんなに急いで食べると―」

「ん?むぐぅぅっ!?」

 

喉に詰まるぞと言おうとした矢先、リコは苦しそうに胸をトントン叩く。

 

「言わんこっちゃないな、まったく」

 

コンビニの袋から飲み物を取り出し、プルタブを開けてリコに渡してやる。

 

「んくっんぅん~ぷはっ甘っ!?」

 

どうにかおにぎりを流し込んだのも束の間、思わぬ甘さに驚いたようでまじまじと缶を見つめている。

それもそのはず、リコに渡したのはMAXコーヒー、通称マッ缶。その強烈な甘さはもはや飲み物を通り越してスイーツといっても過言ではないだろう。最初こそ甘さに驚くが段々とその甘さが癖になり中毒者を生むのだ。そもそも……

 

頭の中でマッ缶について考えていたら止まらなくなるところだった、マッ缶の中毒性恐るべし…。

 

「この飲み物は一体…?」

「MAXコーヒーだ」

「MAX…コーヒー?でもコーヒーって苦いものじゃ―」

「人生は苦いから、コーヒーくらいは甘くていい」

「………」

 

一瞬、痛い沈黙が場を支配し、リコが何言ってるのと言いたげな視線を向けてきた。

 

「まあ、あれだ、MAXコーヒーの甘さは苦い人生のオアシスってことだな」

「ますます意味がわからないわよ」

 

ため息混じりでそういうとリコはマッ缶をもう一口飲んでふぅと息を吐く。

 

「でも、この甘さはクセになりそうね」

「だろ?」

 

フッ、また一人マッ缶の虜にしてやったぞ!と言っても広める相手とかいないから一人目だけどな。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

「ごちそうさまでした」

 

おにぎりを食べ終わり、マッ缶を飲み干したリコは律儀に手を合わせて食後の挨拶をする。

 

「お粗末様でした?」

 

リコに合わせてそう言うものの、コンビニのおにぎりだし、俺が作った訳でもないのだから釈然としない。

 

「ふふっ何で疑問形なの?」

「別に俺が作った訳じゃないからな、そう言っていいのかと思っただけだ」

 

変なのと笑うリコに何故か思わず目を逸らしてしまう。それを誤魔化すように話題を変えた。

 

「そういえば、何でこんな時間に出歩いてたんだ?」

 

誤魔化すためとはいえこの質問は悪手だったと思う。面倒なことになりそうだから極力関わらないようにしたのに自分から首を突っ込むような質問をしてしまったのだから。

 

「それは…」

「…別に言いづらいなら無理に言わなくてもいいぞ」

 

誤魔化すために聞いただけだしなと心の中で付け加える。

 

「いえ、大丈夫よ、私はあるものを探すためにこのナシマホウ界にきたの」

 

探し物か、それにしてもナシマホウ界ねぇ…魔法がないからナシマホウってことなら…リコがいた世界はさしずめマホウ界といったところか。

 

「そうか、まあ、頑張れよ」

「へ?えーと…聞かないの?」

 

何を?とは言うまでもないだろう、そのあるものが何だろうと俺が手伝えるとも思えないし、何より手伝う理由もない。

 

「別に、俺はただ出歩いてた理由を聞いただけだ。それ以上の事は聞かない」

「そう…」

 

もしこれが物語の世界の話なら魔法使いと出会った主人公が頼まれずとも一緒に探し物を見つけ、そこから色々始まるのだろう。

しかし、これは現実で俺はただのボッチな高校生だ。魔法なんて非現実にもご都合主義にもついていけないし関わる気もない。

 

「…それじゃあ俺はそろそろ帰るわ」

「えっ…ええ、その、色々ありがとう」

「大したことはしてないから気にしなくていい」

「そういう訳には……」

 

リコが俯いてしまいそこで会話が途切れる。

 

少しの沈黙の後、八幡はくるりと後ろを向き歩き出そうとする、俯いたままのリコを残して。

 

リコ自身、何故自分が俯いているのかわからない。親切にしてもらったのに十分にお礼ができないから?違う、話を聞いてもらえないから?違う、そもそも色々助けてもらったからといって初対面の相手に言うような話でもない。

そう考えると初対面なのにどうしてあんなに話せたんだろう?自分は人付き合いが苦手なのに。

 

理由のわからないまま俯いている間にも八幡は帰ろうと足を進めている、わからないけれど何か言わないといけない気がしてそう思ったら声が出ていた。

 

「あっあのっ!」

 

再び帰り際で呼び止められた八幡は少し驚き足を止め振り返る。

 

「…なんだ?」

「えっと…その、」

 

言葉がでてこない、何をいえばいいのかわからない、けれど何か、何か言わないと…。

 

「MAXコーヒー!」

「は?」

「MAXコーヒー、甘くて美味しかった!」

「そっそうか、それは良かったな」

 

呼び止められたかと思ったら突然マッ缶の味の感想を言われて戸惑う八幡。

 

「だから、ごちそうさまっそれとありがとう!!」

 

それだけ言うとリコは満面の笑みを浮かべ手を振って見送る、よく分からないけれど多分これでいい。

 

「……おう」

 

軽く手をあげて短く返事をすると再び背を向け比企谷八幡は歩き出す。きっと少女には二度と会うことはないだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

十六夜に不思議なものを見てワクワクなみらい。

 

何かを探しにナシマホウ界にやって来たリコ。

 

奇妙な少女に出会った八幡。

 

まさか今夜の出来事がすべての始まりになるなんてこの時の3人には思いもよらなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話「出会いはミラクルでマジカル!甘いコーヒーと捻くれ者?魔法のプリキュア誕生!」Aパート

 

「な~んだったのかな昨日のあれ?」

 

朝、母である今日子が営むパワーストーンのお店の開店準備を手伝いながらみらいはそんなことを呟いた。

 

「ま、流れ星かなにかでしょ」

 

商品を磨いていた今日子が適当に答える。

 

「よいしょっと、いやいや~流れ星はパーって落ちてもくるくる~はないでしょ?」

 

みらいがそう言うと今日子は少し呆れた笑いを漏らした。

 

「ひょっとしたらそれは、箒に乗った魔法使いかもしれないわね」

 

そう言いながら入ってきたのはみらいの祖母、結希 かの子だ。

 

「もう、何かあるとすぐそれなんだから」

 

今日子の呆れ声を他所にみらいは、わぁわぁといってかの子の話に興味津々で駆け寄る。

 

「おばあちゃん!今、魔法使いって言いました!?」

 

かの子は優しく微笑んで返す。

 

「あるね!魔法使いの可能性!!それってワクワクもんだ~!!!」

 

両手をグーにしてぶるんぶるん振るほどにみらいはワクワクしていた。

 

「勉強にもそれくらいワクワクしてくれるといいんだけどねぇ」

 

母の言葉にうっと言って動きが止まる。が、それも一瞬だけで力強くグッとしてみらいは言う。

 

「大丈夫!まもなく中学二年生、成長した私を見てて!」

「はいはい」

 

今日子は少し笑ってそう言うとくるりと後ろを向いて腕を組み独り言のように呟いた。

 

「さて、そろそろお父さん起きてくる頃かしらね~」

「ほぇ?」

 

唐突な言葉に首をかしげるみらい。

 

「いてもたってもいられないんでしょ?後はお父さんに手伝ってもらうから流れ星でも魔法使いでも気の済むまで探してらっしゃい」

「え、いいの?」

「あ、その前に…」

「ん?」

 

そう言うと今日子はカウンターの裏にみらいを呼び、そこにある箱を指した。

 

「好きなのどれかひとつ、頑張ってくれたからご褒美♪」

 

そこにあったのは可愛くアクセサリーに加工してある様々な種類のパワーストーン。

 

「いいの?やったぁ~♪」

 

色々あって目移りして迷ってしまう。

 

「ん~どれがいいかな…あっ」

 

少し大きな箱を手に取るとその下にキラリと光るピンク色ペンダントが見えた。

 

「………」

 

何故かそのペンダントが気になりじぃ~と見つめると再びキランと光った気がして手に取ってみる。

 

「お母さん」

「ん?」

 

娘に呼ばれてみるとその手にピンク色ペンダントが見えた。

 

「これでいいの?」

「うん、これがいい」

 

ペンダントを首から掛けて嬉しそうに笑い駆け出す。

 

「じゃあ、いってきますっ!!」

「気を付けていってらっしゃい」

「魔法使いに会ったらお母さんにも紹介しなさい」

「まっかせて~!モフルンっいくよ!!」

 

子どもの頃からずっと一緒にいるぬいぐるみのモフルンをのせた専用のかごを持って元気よく飛び出した。

 

「「いってらっしゃい~」」

 

飛び出していったみらいを見送った後、ふと今日子が呟く。

 

「そういえば、あんなペンダントあったっけ?」

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「このあたりだったよね~…」

 

元気よく飛び出したみらいは昨日不思議な物体が落ちたと思われる桜並木の道を歩いている。風が吹く度に満開の桜から花びらが零れて桜吹雪が舞っていた。

 

少し歩くと道が二つに分かれていて、立ち止まる。

 

「ん…こっち!―――あいたっ!?」

「うおっ!?」

 

なんとなくの直感で横の道を選んで走り出すと、曲がり角に人がいたらしくぶつかってしまった。

 

「あっごっごめんなさい、私の不注意で…」

「いや、こっちも少しぼーっとしてたからな、悪い」

 

勢いが良くぶつかった為か少し赤くなった鼻を押さえながら顔をあげると高校生くらいの目が特徴的な男の子がいた。

 

「あれ?…どこかで…」

 

その男の子の顔にどこかで見覚えがあり、思わずじぃ~っと見てしまう。

 

「なんだ?…俺の顔に何か付いてるのか?」

「え?えっと~もしかしてどこかで会ったことありませんか?」

「は?いや、初対面だと思うが…それより大丈夫か?」

「へ?あっ大丈夫!私の不注意のせいですし、変なこと聞いてごめんなさい」

 

どうやら気のせいだったみたいでぶつかった事と合わせて変なこと聞いた事も一緒に謝る。

 

「まあ、怪我もないみたいで良かった、次から気を付けてな」

 

そう言うと男の子は行ってしまった。

 

「うーん、どこかで会ったと思ったんだけどな~」

 

そんなハプニングもあったけど、気を取り直して魔法使い探しを再開する。

 

「ん~、どこに落ちたのかな~」

 

キョロキョロ見渡しながら探していると、不意に声を掛けられた。

 

「ねぇ、落ちたわよ」

「ふぇ?」

 

後ろを振り向くと地面にモフルンが落ちていた。

 

「え?うわぁぁ!?モフルン!!」

 

慌てて駆け寄り拾い上げ抱き締める。

 

「ごめんね……ありがとう、教えてくれて…あれ?」

 

教えてくれた声の主を探してキョロキョロするも、見当たらない。

 

「ととっ…駄目よ、気を付けなきゃ」

 

声のする方に顔を向けると箒に乗って空を飛んでいる少女がいた。

 

「ぁぁ……ああ…」

「それじゃあね、よっと」

 

少女はそれだけ言うとくるりと方向転換していこうとする。

 

「魔法使いだぁぁっ!!!」

「あっぁぁうわぁ!?」

 

突然の大声に驚いて少女はバランスを崩し落ちそうになる寸前で箒にしがみつく。

 

「それ魔法の箒?本当に箒で飛ぶんだ~」

「なっ何?」

 

駆け寄ってきたみらいの勢いに押されてたじろぐ少女。

 

「その帽子も素敵だねぇ!あっ昨日夜見たよ、落ちてくとこ!!」

「はっ!」

 

みらいの落ちてくという言葉に反応して少女が箒から降りる。

 

「おっ落ちてないし!あれは…」

「あの!私、朝比奈みらい!13歳今度中学二年生、魔法使いさんっお友達になってください!!ねっ?」

 

みらいはそういって少女に手を差し出した。

 

「へ?ぁ、あっ、聞いてないしっ名前なんて」

 

みらいに背を向けて人差し指をピンと立てる。

 

「私、急いでるから、あなたに構ってる暇なんてないの」

 

そう言ってこほんと咳払いをし、大きく息を吸って唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!」

 

少女が魔法の呪文を唱えるとフワリと風が吹き、箒が宙に浮かぶ。

 

「箒よ、飛びなさいっ!」

 

徐々に箒が上昇し、少女は空に飛びたとうとして…飛び立てなかった。箒が何かに引っ張られているようで動かない。

 

「ふぇ?」

 

怪訝に思った少女が後ろを振り向くと、みらいが箒を掴んで引っ張っていた。

 

「うぅぅぅっ」

「え?こら~!!」

「まって~行かないで~!」

 

みらいに引っ張られても無理矢理飛ぼうと少女は踏ん張る。

 

「んぅぅお話だけでも、ね?」

「えぇ…箒よ、飛んでっ張り切って、頑張って、飛ぉべぇぇぇぇ!!!」

「はぇ?ふぉぉっ!?」

 

少女が思いっきり叫ぶと箒はみらいを連れたまま真上に飛んだ。

 

直後、空に音が響く。

 

ぐぅぅぅぅ~

 

「あっちから、が…」

「え?」

 

飛んだと思ったのも束の間、少女が力尽きるように気を失い、失速して落ちてゆく。

 

「え、え?えぇぇぇぇっ!!!」

 

この高さから落ちれば無事では済まない、みらいが落ちるっと恐怖で目をぎゅっと瞑った瞬間、みらいと少女から光があふれ二人を包んだ。

 

「あ…」

「ん…」

「「はっ」」

 

光の中、少女は目を覚まし、何が起こったのかわからない二人は顔を見合わせる。

 

「あっ」

「あぁっ」

 

すると、二人の胸元から光輝くペンダントが出てきた。

 

「「おんなじ!!」」

目を見開いて驚く二人。何故なら、二つのペンダントの形がまったく同じだったからだ。

 

ぐぅぅぅぅ~

 

再び緊張感のない音が鳴り、それを合図にしたかのように光が消え、宙に放り出される。

 

「「うわぁぁ!?」」

 

どすんと音が響き、とんがり帽子だけが空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━遡ること数分前

 

曲がり角で少女とぶつかった八幡は少女と別れた後、目的地である本屋を目指して歩いていた。

 

「そういえばこの辺だったな…」

 

昨晩、魔法使いの少女と出会ったことを思い出してそんなことを呟く。

 

あの後、家に帰った八幡を待っていたのは散々待たせた挙げ句、買ってきたアイスが溶けていてカンカンの小町だった。

 

小町をどうにか宥めてると、どっと疲れが押し寄せてきてそのまま寝てしまい気が付くと朝になっていた。

 

本当なら二度寝をしようと思ったのだが、欲しい本の発売日だったことを思い出し、あーあの本人気だからすぐ売り切れるんだよなーでも起きるのだるいなーとか思いつつ結局買いにいく事にした。

 

「あいつはあの後大丈夫だったんだろうか」

 

あいつとは魔法使いの少女のことである。普段、他人とはあまり関わらない八幡だが少女の行動のひとつひとつが危なっかしく、なぜかほっとけなかった。

 

少女は何かを探していると言っていたが深くは聞かなかった、それ以上関わる気はなかったからだ。

 

「まあ、考えてもしかたな━」

 

魔法使いだぁぁっ!!!

 

突然、後ろの方から声が聞こえて反射的に振り返る。

 

聞き間違えでなければ魔法使いと聞こえた。どうやらそれなりに距離があったらしくそれ以降の声は聞こえてこないが自然と八幡の足は声がした方に向かっていた。

 

きた道を引き返すと先程少女とぶつかった曲がり角まで戻ってきていた。辺りを見回すと何かが空に向かって凄い勢いで飛び出すのが見える。

 

「…は?」

 

八幡の目に飛び込んできたのは二人の少女が箒で勢いよく空に飛び出す光景だった。

 

「あの二人…は!?」

 

二人の少女には見覚えがある。昨日の魔法使いとさっきぶつかった少女だ。何であの二人が?と疑問が浮かんだが、次の瞬間吹き飛ぶ。

 

なんと、二人の乗る箒が力尽きたように落下し始めたのだ。昨日のように木から落ちるのとは訳が違う、あの高さから落ちればまず助からない。

 

「くそっ!またか!!」

 

悪態をつきながら八幡は駆け出す。間に合う保証はない、たとえ間に合ったとしても八幡が下敷きになる程度では到底助からないし、それどころか八幡も巻き添えで無事ではすまないだろう。

 

それでもただ指を加えて見てるだけというのは出来なかった。行かなければ後悔する、そんな衝動が八幡を動かす。

 

えっえ?えぇぇぇぇっ!!!

 

少女の絶叫が聞こえる。

 

間に合わない!と思った瞬間、少女達が光に包まれ空中で静止する。

 

「はぁはぁはぁ…な…何だ…あの…光…は?」

 

光の真下まできた八幡は全力疾走の直後で、息も絶え絶え、目の前の出来事に対して思考が働かない。

 

ぐぅぅぅぅ~

 

光の中から聞き覚えのある緊張感のない音が響いたかと思ったら突如、光がぱっと消え、少女達が宙に放り出される。

 

「え?」

 

一度、空中で静止したため落ちたとしても大事には至らないだろうが、問題はその下に八幡がいることだ。全力疾走に加え、頭が追い付いていない八幡は、落ちてくる二人を呆然と見つめることしかできない。

 

どすんっ!と同時にぐぇっ!?と言う声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━同時刻 大通り

 

黒いコートを着た長身の男が何かに気が付いたように呟く。

 

「ん?感じましたよ、強いチカラ…フフフフフッ」

 

男は不気味に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はむっ…もぐもぐ」

 

サクッとおいしそうな音を立ててメロンパンを頬張るのは魔法使いの少女。

 

「イチゴメロンパン、甘くて、サクサクでおいしいでしょ?」

 

そう少女に問いかけたのは朝比奈みらい、二人はベンチに座ってイチゴメロンパンを食べている。

 

「ええ」

 

答えつつも夢中でもぐもぐとイチゴメロンパンを食べる少女。

 

「お腹空いてたんだね~」

「昨日の夜、ごくん、おにぎりをひとつ食べてからなにも食べてなかったから」

「えぇぇ!?それ大事件だよ~!」

 

みらいからすればおにぎりひとつで一晩過ごしたというのは大事件らしい。

 

「…何、お前あれから帰らなかったの?」

 

突然、二人の会話に入ってきたのは、ベンチの近くにある桜の木に寄りかかってマッ缶を飲んでいた八幡だ。

 

「ええ、ちょっと探し物をしていて…」

 

俯いて、気まずそうに話す少女。そんな少女を見て八幡は目線を逸らす。

 

「探し物…」

 

魔法使いの探し物に興味があるのかみらいは少し考えるように呟いた。

 

「ごちそうさま」

 

みらいが考えているうちに少女が食べ終わったらしい。

 

「あっ、お腹一杯になった?」

「ええ」

「魔法、使えるようになった!?」

「え?ええ…」

 

グイグイくるみらいに少し引き気味に答える少女。

 

「箒に一緒に乗せて!」

「無理よ、一人乗り用だし」

「ふぇ、そうなんだ…」

 

目に見えてがっかりするみらい、その落ち込みように魔法使いの少女は瞑目する。

 

「…別に箒じゃなくても、魔法をみせてやったらいいんじゃねえの?」

 

みらいのあまりの落ち込みように八幡もつい口をはさむ。

 

「ん…」

 

魔法使いの少女は少し考えると傍らに置いてあった帽子を被って立ち上がった。

 

「ひとつだけ」

「へ?」

「イチゴメロンパンのお礼…何かひとつだけ魔法、見せてあげる」

「ほぇ、わぁぁっ」

 

魔法を見せてもらえることになって嬉しそうなみらい、そんなみらいを見て八幡は思う。

 

(俺、なんでここにいるんだっけ?)

 

 

 

 

 

 

━少し遡って二人が八幡の上に落ちてきた直後

 

「「あいたた~」」

 

二人は同時に声をあげる、箒から落ちてかなりの高さから地面に激突するかと思われたが、途中謎の光に包まれ空中で静止した。

 

そのおかげで大事に至ることはなかったのだがそれでもそれなりの高さがある。二人とも多少の痛みを覚悟したのだが、何かがクッションになったようで思ったよりも痛みがなかった。

 

「きゃっ!?」「ふぇっ!?」

 

驚いた様に声をあげる二人。それもそのはず、下を向くと高校生くらいの男の子が下敷きになっていたのだから。

 

「「あれ?この人…」」

 

再び声が揃う、二人ともその男の子の顔に見覚えがあった。

 

「昨日の…」「さっきの…」

「「え?」」

 

どうやら二人ともが顔見知りのようで戸惑っている。

 

「ゲホッ…あのそろそろ退いてくれませんかね?」

「「あっごめんなさいっ」」

 

下敷きにされた男の子、比企谷八幡は二人分の落下の衝撃を受け、咳き込むのをなんとか抑えて声を絞り出した。

 

「…」

「…」

「…」

 

二人が八幡の上から退くと三人とも黙ってしまい、なんとも言えない空気が流れる。

 

そんな空気を破ったのは八幡とぶつかった少女だった。

 

「あのっ大丈夫ですか?」

「え?あっ…お、おう、大丈夫だ」

 

心配されると思ってなかった八幡は少女の言葉に驚いて少しどもってしまう。

 

「良かった~あっ私、朝比奈みらいっていいます!お兄さんは?」

「…比企谷八幡だ、そっちも怪我はないみたいだな」

 

大丈夫です!とみらいが答えると八幡はそうかと言ってもう一人の少女の方を向く。

 

「そっちは大丈夫だったか?」

「へ?あっ…え、ええ、大丈夫よ」

 

魔法使いの少女は会話の矛先が自分に向くとは思わなかったようで先程の八幡のように少しどもってしまった。

 

(なんか聞き覚えのある台詞だな、会話に慣れていない感じや昨日の様子といい、どことなくボッチ臭がする…)

 

実際どうなのかはわからないが、八幡の中では魔法使いの少女はボッチ認定をされつつあった。

 

ぐぅぅぅぅ~

 

「…また腹減ってるのか」

「ちっ違うしっこれは…」

 

ぐぅぅぅぅぅぅ~

 

魔法使いの少女は顔を赤くして弁明するも、体は正直なようで何か食わせろ~とお腹から鳴る音が大きくなる。

 

「あっ!そうだ!!」

 

その音を聞いてみらいが何かを思い付いたようで、八幡と魔法使いの少女の手をとった。

 

「は?」「え?」

「この近くにとぉってもおいしいイチゴメロンが売ってるから行こっ!」

 

そう言うとみらいは二人の手を引いて走り出す。

 

「ちょっちょっと待って、私行くなんて一言も…」

「大丈夫、大丈夫!」

 

なにが!?と抗議する魔法使いの少女。しかしお腹が減っているため、みらいを振りほどくことができない。

 

「俺が行く必要無いだろ」

 

魔法使いの少女に便乗してさりげなく断ろうとする八幡。

 

「ううん、その、色々迷惑かけちゃったからお詫びしたくて…」

 

ダメかな?と聞かれて、つい八幡は駄目じゃないと答えてしまい、二人揃ってみらいに連れていかれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「到着~こっちだよ!こっち!」

 

みらいに連れられ、噴水のある広場に来た八幡と魔法使いの少女。

どうやら、目的のイチゴメロンパンのお店は移動販売車らしくなにやらデコレーションされた車の横でみらいが手を振っている。

 

ぐぅぅぅぅ~

 

八幡の隣で再び自己主張の激しい音が鳴った。おそらく漂ってくるイチゴメロンパンの香りに触発されたのだろう。

 

「…違うから」

「なんにも言ってないぞ」

 

二人でそんなやり取りをしていると先に店の前まで行っていたみらいが困った表情を浮かべていた。

 

「どした?」

「それが…その……私、お金持ってなかった…」

「「えぇ…」」

 

まさかの言い出した本人がお金を持っていないということに思わず二人揃って声が出る。

 

「…ごめんね、二人にイチゴメロンパン食べてもらいたかったのに…」

 

しょんぼりするみらいにどうすれば良いのかわからず二人で顔を見合わせた。

 

ぐぅぅぅぅ~

 

そこに追い打ちをかけるようにお腹の音が響いて、さらにみらいの表情が曇り魔法使い少女が申し訳なさそうにお腹をおさえている。

 

「…はぁ、ちょっと待ってろ」

 

そんな様子を見かねてか、八幡は少し考えた後ため息を吐き販売車の方に向かう。

 

「ほら」

「え?これ…」

 

戻ってきた八幡は手に持っていたものを二人に渡した。

 

「イチゴメロンパン…」

 

渡されたのはイチゴメロンパン、みらいの代わりに買ってきてくれたようだ。

 

「でも、どうして?」

「あー…その、なんだ、さっきまであんだけ元気だったやつにそんな顔をさせるのもアレだし、そっちのやつの腹も限界みたいだからな」

 

ソッポを向き早口で捲し立てるようにしゃべる八幡。照れ臭いのか少し顔が赤くなっている。

 

「…ふふっ」

 

そんな八幡を見てさっきまでしょんぼりしていたみらいから自然と笑みが零れた。

 

「…というか私、お腹なんて減ってないし!」ぐぅぅぅぅ~

「はいはい、ここで突っ立ってても邪魔になるから向こうのベンチにでもいくぞ」

 

この期に及んでも認めない魔法使いの少女を適当にあしらいつつ移動を促す。

 

「うん!ありがとう八幡さん!」

「…ありがとう」

「…おう」

 

 

 

 

ベンチに着くとみらいと魔法使いの少女を座らせ、八幡は近くの木に寄りかかってマッ缶を取り出した。

 

「あれ、八幡さん座らないの?」

 

みらいが不思議な顔をして八幡を見ている。

 

「…それ以上は定員オーバーだろ」

「詰めれば三人座れるよ?」

 

確かに詰めれば座れなくはないが、それはつまり密着しなければならないということであり、妹くらいの女の子とはいえボッチには些かハードルが高い。

 

「遠慮しとく、それより食べなくていいのか?隣のやつはもう食べ始めてるぞ」

「ふえ?あっ本当だ、いつの間に」

 

みらいが隣を見ると魔法使いの少女はもぐもぐと夢中でイチゴメロンパンを食べていた。

 

「じゃあ、私もいただきまー…あれ?」

 

大きな口を開けてイチゴメロンパンを頬張ろうとしたみらいが何かに気付いたようにピタリと動きを止める。

 

「そういえば八幡さんの分は?」

「いや俺は別に…」

 

イチゴメロンパンは二つしか買ってないため八幡の分はない、財布には新刊を買うための最低限のお金しか入ってなかったため二つしか買えなかったのだ。

 

「うーん、じゃあ、はい!」

 

少し考えてからイチゴメロンパンを半分に割って差し出すみらい。

 

「遠慮しなくても全部朝比奈が食べていいぞ」

「ううん、遠慮とかじゃなくて一緒に食べた方がおいしいから、ね」

 

そういわれたら受け取らないのも気が引けるので、そうかと言って受けとる。

 

「じゃあ改めて、いただきまーす!」

「…いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな具合で話は元に戻る。

 

公園から少し離れた木。その木の下でみらい、魔法使いの少女、八幡の三人が枝の上で昼寝をしている猫を見上げていた。

 

「じゃあ、猫とお話するってのはどう?」

「あ、いいねぇ!」

「大丈夫なのかそれ…」

 

みらいはこれから見る魔法にワクワクしていたが、八幡は昨日の夜、魔法でおにぎりを開けようとして真っ二つにしたところを見ているのでまたなにかやらかすんじゃないかと心配している。

 

そんなワクワクや心配を余所に魔法使いの少女が杖を取り出した。

 

「これって魔法の杖?」

「…そうね」

 

先端が星形になっている杖を可愛い~と言いながらちょんちょんとつつくみらい。

 

「キュアップ・ラパ…「それ!」うっ…」

「さっきも言ってたよね!?」

「魔法の言葉よ……テンポが崩れるから静かにしてて」

「うぇ、ごめんなさい」

 

ようやく静かになり、魔法使いの少女はふぅと短いため息を吐き、唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!猫よ、お話しなさい!」

 

杖から出た光が猫を包み、そして…

 

「アン、アン、アン、アンアン」

 

子犬のように鳴いた。

 

「おお!すごい…けど、これじゃおしゃべり出来ないよねぇ」

「…犬とは喋れそうだな、あの猫が」

「つ、次が本番っ!キュアップ・ラパパ!」

 

誤魔化すようにもう一度魔法を掛ける少女。再び光が猫を包むと、

 

「ペラペーラ、ペラペラペラ━」

 

うぅ…と声を漏らして苦い顔をする魔法使い。

 

「ペラペラ話してるよ!…けど、何言ってるのかわからないね」

「こ、これはえっと…」

「…まあ、魔法は見れたな」

 

失敗したけどと八幡は心の中で付け足す。まあ本人は認めないだろうが。

 

ペラペラぺッ…ニャーン

 

どうやら魔法が切れたようで鳴き声が元に戻り、そのままどこかにいってしまう。

 

…………

 

気まずい空気が流れる。

そんな空気を破ったのはみらいだった。

 

「あっ!そうだ!モフルンと、お話できないかな?」

「「モフルン?」」

 

魔法使いの少女と八幡の声が重なる。

 

「この子」

 

そういってみらいはぬいぐるみの入ったかごを取り出した。

 

「ぬいぐるみは喋らせようがないわね」

「あ…そうなんだ…残念、だめか~」

 

目に見えて落ち込むみらいに魔法使いの少女は少し戸惑い眉を寄せる。

 

「そういうもんなのか?」

 

魔法でぬいぐるみと会話といえばファンタジーではよくある気がするのだが、現実の魔法は違うらしい。

 

「ええ、言葉を翻訳するのとは訳が違うから」

「ほーん…」

 

そこで会話が途切れ、三人は歩きだした。

 

 

 

 

 

「私が生まれたときにね、おばあちゃんがくれたんだって…それからずっと一緒なの、兄弟みたいに」

 

モフルンを抱き上げてぽつり、ぽつりと語るみらいを木々の間から優しく風が撫でる。

 

「もし、できるのなら、お話……してみたいんだ」

 

モフルンを優しく見つめるみらいの横顔をちらりと覗く魔法使いの少女はなにも言わずに耳を傾ける。

 

二人から少し離れた所を歩く八幡もみらいの言葉を静かに聞いていた。

 

「だけど、もしあの時、モフルンを落としたことに気が付かないままだったら、私……だから」

「?」

「本当に…本当にありがとうね!魔法使いさん!!」

 

本当に心の底から感謝しているのが伝わってくるような満面の笑顔と言葉に魔法使いの少女は、むず痒そうな顔をして、視線を逸らし帽子を深く被り直す。

 

「…リコ」

「へ?」

「私の名前、リコよ」

「えっわっ私、朝比奈みらい!」

「それ、さっき聞いたから」

 

魔法使いの少女、改めリコが名前を教えてくれたのが嬉しかったのか、うっかりもう一度自己紹介するみらい。

 

「あ、えへへ~そうだったね~」

 

そう言って笑うみらいをみてリコもしょうがないわねという笑みを浮かべ、そして八幡の方を向いた。

 

「あなたも、私の名前はリコよ」

「いや、昨日聞いたけど…」

 

さっきあの子に注意したのに自分も同じ間違いをするとか、この子大丈夫かしらん?と八幡が心の中で考えていると顔に出ていたのかリコが察したようだ。

 

「…だって、一度も呼ばれてないから忘れてるのかと思って」

「さすがに昨日の今日で忘れねぇよ」

 

あれだけ強烈な出来事ならしばらくは忘れない気がする、それと名前を呼ばないのは勘弁してほしい、名字ならともかく、女の子を名前で呼ぶのはボッチにとってハードルが高い。

 

「そういえば、二人は知り合いなの?」

 

みらいの質問で話題が逸れたのでこれ幸いと八幡は便乗する。

 

「別に知り合いって程じゃない。昨日の夜、初めて会った」

「そうなんだ?もしかして昨日のくるくる~が気になったの?」

「くる?いや、たまたま買い物の帰りに空から落ちてくるのがみえて…」

「落ちてないし!その、丁度良い枝があったから着陸したの!狙い通りだったんだから!」

 

落ちたという単語に過敏に反応して抗議するリコ。正直、どれだけ言い訳しようと誰がどうみてもあれは落ちたようにしか見えなかったのだが。

 

「あれはどうみても落ちてただろ…」

「落ちてない!」

「あはは~」

 

しばらく三人でそんなやり取りをしていると不意に沈黙が訪れる。

 

「…じゃあ、私もういかなきゃ」

 

口を開いたのはリコ、どうやら探し物の探索に戻るようだ。

 

「あっうん…そっか、探し物があるんだもんね」

「そうだな」

 

みらいの呟くような言葉に八幡が答える。

 

不思議なことに、普段ボッチで人とあまり関わらない八幡が会ったばかりの少女たちとイチゴメロンパンを食べて、お喋りをして、別れ際で少し名残惜しいと思っていた。

 

(そういえば魔法について割りとすんなり受け入れられたな…まあもう関わることもないだろうが)

 

実際目にしている以上魔法は確かに存在する。けれどそれだけ、八幡には関係ない。

 

魔法使いの少女の探し物なんてのは主人公になれるようなやつが手伝ってやればいい、ボッチがでしゃばってもろくなことにならない、そんな事を考えていると突然手を掴まれた。

 

「いこ!八幡さん」

「は?」

 

八幡の手を掴んだみらいはそれだけ言うと八幡を引っ張ってリコの隣に並ぶ。

 

「じゃ、どこから探そうか!」

「ええ、まずは…て、はぁ!?」

 

あまりにも自然で流れるように話しかけてきたみらいに驚くリコ。その手に引っ張られている八幡も驚いている。

 

「探し物なら一人より二人、二人より三人!」

「ナチュラルに俺も数に入ってるんですね…」

 

(突然手を引っ張られたと思ったらいつの間にか探し物を手伝うことになってるとは…解せぬ)

 

「それになんでこれが光ったのか知りたいし」

 

これというのは首から下げているピンク色のペンダントのことだろう、リコも同じ形で色違いのペンダントを身に付けている。

 

「そのペンダント…」

「どうしたの?八幡さん」

 

みらいとリコのペンダントを見て八幡はまさかと思いポケットからあるものを取り出した。

 

「それ…!」

「形は違うけど…似てる」

 

それは二人のペンダントよりも少し黒ずんでいたが、確かな輝きを放っている石、似ているということはペンダントなのかもしれない。

 

この石はいつの間にか八幡の枕元にあったもので、どこから出てきたのかもわからない、それが目の前の少女達のペンダントと似ているというのは一体どういうことなのか?次々と疑問が浮かんでくるが、不意に思考が中断される。

 

「フッ…おやおや、こんなところに魔法使いがいらっしゃるとは」

 

聞き覚えのない声に三人は同時に後ろを振り向いた。

 

「ちょっと探し物をしているんですが…伺ってもよろしいかな?」

 

声の主は全体的に黒い格好をした長身の男だった。首回りに羽毛のような毛がついた高級そうなコート、オールバックに触覚のような前髪が二本垂れていて、細目で青白い顔をしている。

 

ここが夜の繁華街ならホストに見えたかもしれないと八幡は思ったがここは真昼の公園、完全にミスマッチだ、それに()()使()()と言った。

 

それらの要素と八幡の長年のボッチ生活で鍛えられた観察眼がこのホスト風の男が危険な存在であることを知らせる。

 

(やばいっ…何がやばいのかわからないが、ここから早く逃げないと)

 

そんな八幡の焦りを余所に男は自分の探し物について尋ねた。

 

 

 

 

「リンクルストーン…エメラルドについて」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話「出会いはミラクルでマジカル!甘いコーヒーと捻くれ者?魔法のプリキュア誕生!」Bパート

 

「リンクル…ストーン?」

 

聞き覚えのない単語に首を傾げるみらい。反対に心当たりがあるのかリコは驚いた表情を浮かべている。

 

みらいと同じく八幡も聞き覚えはないが、ストーンと聞いてあるものを思い浮かべた。

 

(二人が持っていたペンダント、それに俺の持っている石…まさか?)

 

「知ってるの!?リンクルストーンのこと」

 

八幡の考えていた可能性はリコのこの発言でないということがわかる、もし、三人の持っているコレがリンクルストーンならその単語を知っているリコがなんの反応もしなかったのはおかしい。

 

話を聞くため男に詰め寄ろうとするリコをみて男がニヤリと笑うのをみらいと八幡は見逃さなかった。

 

「あなた、一体…」

 

男をみた瞬間から全身が警鐘をならしていた八幡と何か不穏な気配を感じたみらいは同時にリコの手を引いて踵を返して走り出す。

 

「あ…ああっ」

 

急いで男から離れるべく公園の外に向かう三人、リコは状況についていけずに混乱していた。

 

「ちょ、ちょっと?」

「ごめん!でも、逃げなきゃって」

「ええ?」

「同感だ、格好だけみたって不審者にしかみえない、それに…」

「「近づいたら危ない」そんな怖い感じが…」

 

奇しくも八幡とみらいの声が重なる。あのホスト風の男に対する認識は二人とも同じらしい。

 

「お話しの途中なんですが?」

「「「!!?」」」

 

驚愕する三人、それもその筈、声の主は先程撒いたはずのホスト風の男だった。しかもコウモリのように木の枝に逆さ釣りの状態で立っている。

 

(確かに撒いたはずだ、瞬間移動でもしたってのかっ!?)

 

八幡は先回りされていた理由を考えるがもし本当に瞬間移動の類いならば考えたところでどうしようもないと割り切り、その思考を放棄した。

 

「魔法にまつわる伝説のひとつ…」

 

シュタッと枝から降り、地面に着地した男はさらに続ける。

 

「人智を越えた強大な力の結晶、リンクルストーン…我らが欲するのはその中心となる輝き、リンクルストーンエメラルド」

 

今この男の言葉でわかったのは男が魔法に関わっているということ、そして男には仲間がいること、そしてリンクルストーンと呼ばれる強大な力を秘めた石を探していることだ。

 

「先程感じた強い力、ひょっとしたらと来てみれば…そこには、魔法使いさんがいるじゃありませんか…偶然とは思えません」

 

(やばいっ、俺達の持っている石はおそらくこいつの探し物と無関係じゃない、まだ気づかれてないみたいだが目をつけられている時点で時間の問題だ…相手が実力行使してくる前に逃げないと)

 

「なにか、ご存じだったりしませんかね?…お嬢さん方」

 

八幡の懸念は見事に的中したようで、男の雰囲気が一気に変わる。

 

変わったのは雰囲気だけでなく、耳がバサッとコウモリのように広がり、コートがひとりでに翻る。そして、細められていた糸目がカッと見開かれ、人間のものとは思えない真っ赤な双眸が姿を表した。

 

「わ、わぁっ!?」

 

恐怖と驚きが混じった悲鳴をあげるみらい。リコは驚きのあまり呆然としている。

 

(ダメだ、三人まとめては逃げ切れない…)

 

二人の様子を見てそれを悟ると八幡は一歩前に出てコウモリ男と対峙した。

 

「ん?あなたは…」

 

コウモリ男は今初めて気付いたように八幡に目線を合わせる。おそらく、視界には入っていても眼中に無かったのだろう。

 

「ふむ、なにやらあなたの目からは私達に通ずるものを感じますねぇ」

 

どうやら八幡の腐った目は目の前のコウモリ男、それに類するやつらに通ずる程ひどいらしい。そのことに地味にショックを受けつつ、会話を試みる。

 

「そりゃどうも、で?あんたの目的はそのリンクルストーンとやらの情報ってことでいいのか?」

「ええ、我々の目的のために必要なのでね…なにか知っているのですか?」

 

とりあえず会話が成立するようでひとまず八幡の思惑は成功した。

 

「その前に、俺達の無事を保証してほしいんだが…」

 

そういうと八幡はいまだに立ち尽くしているリコの方をちらりと向き目配せをする。

 

「?」

 

意図がうまく伝わらない、それも仕方がないとも言える、昨日今日会ったばかりの間でアイコンタクトが成立する訳がない、そんなことは八幡が一番よく知っているはずだ。

 

(…俺は一体何をしてんだか)

 

八幡はゆっくりリコのところまで後ずさるとリコに耳打ちをする。

 

「…俺が合図したら朝比奈と一緒に箒に乗って逃げろ」

「へ?ちょっあなたはどうするのよ!?」

「俺はあいつの注意を引く」

「!だめよっあなたも一緒に…」

「…どのみち三人は乗れないだろ」

「…それは」

 

その言葉にリコはなにも言えずに黙ってしまった。

 

「お話しは終わりましたか?私としてはエメラルドについて聞ければあなた方にはなにもしませんよ」

 

コウモリ男の発言は嘘ではないのかも知れないが誰もエメラルドの場所なんていうのは知らないためどうなるのかわからない。

 

「わかった、エメラルドについて話す」

 

そう言って八幡はコウモリ男に近付く。そしてコウモリ男との距離が数メートルまで迫った時、八幡がコウモリ男に向かってダッシュした。

 

「今だっ!!」

 

八幡が叫ぶと同時にリコが動き出す。

 

「こっちよ!捕まってなさい!」

 

みらいの手を引いて箒の後ろに乗せるリコ。

 

「待って、まだ八幡さんが…」

「っキュアップ・ラパパ!箒よ飛びなさい!」

 

呪文を唱えるとみらいとリコを乗せた箒はジグザグしながらその場を後に飛んでいく。

 

「もっと高く!!」

「八幡さんがっ!それに二人乗りはダメなんじゃなかったの!?」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!八幡さんは、私達を逃がすために囮になったのっ」

「そんな…戻ろう!八幡さんを助けないと!」

 

みらいがそういうもリコは首を横に振る。

 

「だめよっ八幡さんの厚意を無駄に出来ないわ」

「でもっ!」

「それに、私達が戻って何ができるっていうの!?」

 

リコの言葉に押し黙ってしまうみらい。

 

「一体なんなの?あんなのがリンクルストーンを探してるなんて…」

 

そういっている間に箒は上昇し、かなりの高度まで来ていた。

 

 

 

 

 

━リコとみらいが飛び立った後の八幡。

 

「ほう、逃げ出しましたか…」

「…かはっ」

 

二人が逃げていった方を見つめるコウモリ男と少し離れたところで倒れ伏す八幡。

 

「全く、なにもしないと言っているのに飛びかかってくるとは」

 

あの時、リコとみらいが飛び立つと同時に八幡はコウモリ男に向かってダッシュで体当たりをするも、あっさりとかわされしまいコウモリ男から発せられた衝撃波で吹き飛ばされてしまった。

 

「しかし、そこまでして彼女達を逃がすということはやはり知っているということですね?リンクルストーンエメラルドについて」

「………」

 

八幡は答えない、がコウモリ男は鋭利なキバをのぞかせて笑う。

 

「まあいいでしょう。どうあがいたところでこのバッティからは逃げられないのですから」

 

そういうとコウモリ男改めバッティは空に飛び上がる、突然下から現れたバッティに驚き飛んでいたカラスが羽根を散らせて逃げていってしまった。

 

「ふむ、これでいいでしょう」

 

落ちてくるカラスの羽根をひとつ掴むと近くにあったトラックに目を向けるバッティ。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

バッティが手に持っていた髑髏の杖を掲げてそう唱えるとバッティを中心に魔法陣が発生し、そこにカラスの羽根とトラックが吸い込まれていく。

 

「ヨクバァール」

 

煙が晴れて姿を現したのはトラックの荷台からカラスの羽根が生え、正面に巨大な髑髏の顔がついた怪物だった。

 

「っ!?」

 

あまりにも現実離れした光景に絶句する八幡。

 

「あの二人を捕らえなさい」

「ギョイ」

 

下された命令を実行するため飛び立とうとする怪物、それを止めるために八幡は立ち上がろうとするが体が動かない。

 

「ぐっ…ま、て」

「フッもう貴方には用はありません、行きますよヨクバール」

「ヨクバールッ」

 

八幡を放置してバッティと怪物は飛び立ってしまった。

 

「く…そっ!」

 

(足止めするつもりだったのに体が動かなかった…)

 

アスファルトの地面に拳を叩き付け悪態をつく。八幡は動けなかった、それはダメージがあったからではない、恐怖で足がすくみ頭の中に一瞬過った言葉が動きを封じたからだ。

 

 

そんなに必死になってどうするんだ?

 

 

自分の暗い部分がこのまま逃げ出せと囁く。

 

 

会ったばかりの他人だろ?

 

 

次は命がないかもしれない、まだやるのか?

 

 

行ったところでボッチのお前に何ができる?

 

 

「…うるせぇよ」

 

次から次へと聞こえてくる自分の幻聴にぼそりと返す。こうしている間にも怪物は逃げていった二人へと迫っているだろう。

 

「…年下の女子に全部丸投げして逃げるわけにはいかないだろ」

 

誰に言うわけでもなく呟かれた独り言は八幡自身に言い聞かせるために捻り出した暗い言葉を振り払う理由だ。

 

「…行くか」

 

覚悟を決めて八幡は二人が逃げていった方向に向かって走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪物を出す魔法!?」

 

箒に乗って全力で逃げていた二人は後ろから迫ってくる怪物に驚き声をあげた。

 

「ヨクバール、です」

「!?」

 

聞こえてきた声はあのコウモリ男のものだ、よく見れば怪物の真下に逆さ釣りで佇んでいる。

 

「ま、退屈な魔法しか知らないあなた方にはこんな真似出来ませんよね」

「そんな…八幡さんは!?」

 

八幡が足止めしていたはずのコウモリ男がここにいるということは八幡は無事なのだろうか?みらいの頭にそんな不安が押し寄せてきた。

 

「八幡?…ああ先程の、さあ?どうでしょうね、それよりリンクルストーンエメラルドは何処です?」

「っ箒よ、もっと速く!!」

 

リコの言葉に反応して箒がぐんっと加速する。

 

「ね、ねぇ八幡さん大丈夫かな?」

「わからないけれど、無事を信じるしかないわ」

 

迫る怪物を振り切りながら八幡の身を案じる二人、それともうひとつ、コウモリ男が知りたがっているリンクルストーンエメラルドの在りかについてリコが呟く。

 

「…知りたいのはこっちよ、私だって探してるんだからっ」

「ヨクバァール」

 

逃げる二人をピンク色の煙を排出させながら追う怪物とコウモリ男、両者ともかなりの速度を出しているのでもしどこかに激突しようものなら怪物はともかくみらいとリコは痛いじゃ済まないだろう。

 

「ヨォクバァール!」

「っ!?」

 

必死に追撃をかわす二人の前にビル群が立ちはだかる。

 

「ヨクバァールッ」

「ふっ!!」

 

右へ左へ上へ下へ、ビルの間をジグザグと縦横無尽に飛ぶリコ。その飛びっぷりは昨晩、墜落したとは思えないほどだ。

 

「ふわぁぁっ!?リコちゃん凄い…」

「そ、そう?…何でいつもよりうまく飛べてるのかしら?二人乗りだって初めてなのに」

「あっリコちゃん!!」

「ヨクバァール」

 

リコが少し考え事に気を取られた隙に怪物がすぐそこまで迫っており、それを慌てて間一髪かわす。

 

「っモフルン!!」

 

無茶なかわし方をしたせいでみらいが抱えていたかごからモフルンが空中投げ出されてしまった。

 

「ああっ!?」

 

投げ出されたモフルンに手を伸ばすもみらいの手は僅かに届かない、がもうひとつ伸ばされたリコの手がしっかりとモフルンを掴む。

 

「リコちゃん…」

「ふぅ…」

 

ひと安心したリコとみらいに無情にも怪物の追撃が迫り、リコが箒から落下してしまった。

 

「リコちゃんっ!!!」

 

なにが起きたのか頭が追い付いていないまま落下するリコの手を伸ばしたみらいの手が掴む。

 

「くっ」

「あ」

 

しかし、落下の衝撃でみらいも箒から滑り落ちてしまう、なんとか片手で箒に捕まっているが二人は空中で今にも落ちそうな宙吊り状態になってしまった。

 

「っふぅ」

「だ、大丈夫?」

「え、ええ、助かったわ」

 

間一髪、助かったことに安堵しつつも、まだ飛んでいられることに疑問を覚え箒を見るとほのかに光っているのが見える。

 

「フッフフフ、もはや浮いているのが精一杯のようですね」

 

振り返ると勝ち誇った顔をしたコウモリ男がいた。

 

「さて、もうお二人ともおとなしく…」

「待って!この子は関係ないっ!」

「それを決めるのは私ですよ?」

 

真っ赤な目をさらに見開いてみらいとリコを威圧するコウモリ男。

 

「それともまだ抵抗しますか?…しかし、両手が塞がっていては杖も持てない、魔法も使えませんねぇ」

「っ」

「まあもっとも、どうにかできる力があったら最初からやってますか、ハッハッハッハ」

「くっ……キュアップ…ラパパ…怪物よ…」

 

コウモリ男の高笑いに悔しさを滲ませながら確かな抵抗の意思をもってリコは叫ぶ。

 

「怪物よ!!あっちへ行きなさいっ!!!」

「フッ、フッハッハッハッハ、そんなデタラメな魔法がありますか?それで私のヨクバールが吹き飛んでしまうとでも?ハッハッハッハ」

「キュアップ・ラパパ、怪物よあっちへ行きなさい!キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

 

リコは何度も呪文を唱えるがなにも起こらない、それが可笑しいのかコウモリ男は笑い続けていた。

 

「キュアップ・ラパパッ!!」

「?」

 

もうひとつの呪文を唱える声にコウモリ男は笑いを止めその方向に目をやる。

 

「怪物よ…あっちへ行きなさいっ!!!」

 

その声の主はみらいだった。怪物を真っ直ぐ見据えて、呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

 

みらいに続いてリコも続く。

 

「フッフ…ハッハッハッハ、いくら唱えようと無駄なことですよ、ヨクバー…」

「ぅおおおおぉっ!?」

 

突如、空に響く叫び声にコウモリ男の動きが止まり、次の瞬間怪物の頭上に何かが落下した。

 

「ヨクッ!?」

「くっ…」

 

その衝撃でぐらつく怪物とコウモリ男、そして怪物の頭上に落下した何かがゆっくり起き上がる。

 

「っ痛…気付いたらいきなり空の上に投げ出されるとかどうなってんだよ」

「あ…」

 

猫背気味の背中、ぴょこんと目立つアホ毛にその特徴的な腐った目は彼の捻くれた性分をよく表している。

 

「「八幡さんっ!!?」」

 

みらいとリコ、二人同時に名前を呼ばれビクッと反応するのは比企谷八幡だ、その登場に一番驚いていたのは彼自身だろう。

 

「お前ら…それにここはど━」

「ヨクバァールッ!!」

 

何が起きたのかわからない八幡は状況を確認しようとした瞬間、怪物が八幡を振り落とそうと激しく動く。

 

「うぉっ!?」

「ヨォクバールッ!!」

 

上下左右と激しく動くので八幡は振り落とされまいと必死でしがみつき抵抗した。なにせ、ここはビルの屋上を見下ろすほどの高さ、もし落ちれば命はない。

 

「何をやっているのです!ヨクバールッ!!さっさと振り落としなさい!」

「ギョイ」

 

激しく動く怪物の真下から脱出していたコウモリ男の指示でさらに怪物の動きが激しさを増した。

 

「八幡さんっ!」

「助けないと…!」

 

どうにかしたいが箒に捕まっているのが精一杯の二人にはどうすることも出来ずに焦りだけが募る。

 

「無駄なことを、あなた方に他人の心配する余裕があるのですか?」

 

コウモリ男はみらいとリコを見てそう言うと、何かを思い付いたように口角を上げて笑った。

 

「もし、あなた方がリンクルストーンエメラルドの在りかについて教えてくださればヨクバールを止めましょう」

「なっ!?」

「しかし、教えてくれないのなら…残念ですが、彼には落ちてもらいましょうか」

「そんな…」

 

その提案にどうすればいいのか考えるリコ。エメラルドがどこにあるのかなんていうのは自分だって知りたいくらいでわからない。

 

でも、このままだと八幡はいずれ振り落とされてしまうだろう、それにリコもみらいもそろそろ腕の力が限界だ、考えてもいい案が浮かばないまま時間だけが過ぎていく。

 

「まあ、私はどちらでも構いませんよ?どちらにせよあなた方から聞き出すのはかわりませんから」

 

知らないものは答えられない、結局のところ選択肢はなんて存在しないのだ。

 

「━逃げろっ!!」

 

ぐるぐると思考の渦に囚われていたリコの意識をその声が引き戻す。

 

「っ八幡さん…!!」

 

声の主は八幡だった。必死でしがみつきながらみらいとリコに逃げろと叫んでいる。

 

「足手まといはごめんだ」

 

八幡は落ちまいと抵抗するなかでも会話は聞こえてきていた。

 

「助けるつもりがこれじゃ本末転倒といいとこだな…」

 

しがみつきながら誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━数分前━

 

 

コウモリ男…バッティがヨクバールと呼ばれる怪物と共にみらいとリコ追って飛び立った後、八幡もそれを追って走り出したのだが…

 

「あいつら…どんだけ速いんだよ…」

 

空飛ぶ箒もヨクバールという怪物もあっという間に見えなくなってしまい、追いかける手段が走るしかない八幡には到底追い付けない速さだった。

 

「こうなったらタクシーでも呼ぶか…」

 

いつもならこういう時はすぐ諦めるが今回ばかりはそうもいかない、どうにか追い付く手段がないかと考える。

 

(でも、今から呼んだところで到底間に合わない、かといってこのまま走っていても追い付けないだろうな)

 

現状どうやったって追い付けない、八方塞がりだ。あれでもないこれでもないと考える内に、ふとある可能性が浮かんだ。

 

「この石…」

 

それは突拍子も無いことで、出来るなんて保証はない。むしろ出来ない可能性のほうが大きいだろう。

 

「どっちにしたってこのままじゃ間に合わない、やってみるか」

 

八幡が思い付いたのはこの石を使って瞬間移動するという案。別にこれは八幡がおかしくなったわけでも中二病が再発したわけでもない。

 

(気のせいだとおもっていたが、魔法やらリンクルストーンやらの話を聞いた後ではあり得ると思う)

 

思い出すのは、昨日の夜の出来事。落ちるリコを助けようとして間に合わないと思ったのに目の前が光って気が付くと木の真下に移動していた。

 

「今思えば、あれはこの石の力なんだろう…なら出来る筈だ」

 

どうやって瞬間移動したかはわからない。だが、あの時はリコを助けたい一心で走ってとにかく間に合えと思っていたら発動したのだ。

 

「頼む…!!俺をあいつらの所まで連れていってくれ…!」

 

両手でぎゅっと石を握り締めて目を閉じて想いを口にする。

 

「俺に何か出来るなんて思わない、だけど…あいつらを放って逃げるわけにはいかないんだよ…!!!」

 

出会って間も無い関係、けれど、その短い時間の中に八幡の追い求めた何かがある気がした。そんな少女達を関係ないと切り捨てることはもうできない。

 

「頼む…!!キュアップ・ラパパッ!」

 

想いを込めて魔法使いの少女リコが唱えていた呪文を口にする八幡。すると、目を閉じていてもわかるほどの光が石から放たれたと思うと、急に浮遊感に襲われた。

 

「ぅおおおおぉっ!?」

 

叫び声と共に瞬間移動した八幡は怪物の上に落下したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━回想は終わり元に戻る。

 

「フッ、やはり彼には落ちてもらいましょう」

 

迷う二人に業を煮やしたのか、はたまた必死で叫ぶ八幡を鬱陶しいと感じたのか、あるいはその両方なのか、痺れを切らしたコウモリ男は怪物に指示を下す。

 

「ヨクバール!」

「ギョイ」

 

さらに勢いを増した怪物の動きにとうとう限界がきてしまった。八幡が勢いよく空中に投げ出される。

 

「「八幡さんっ!!!!」」

 

みらいとリコの悲痛な声が空に響いた。

 

「…っ!?」

 

視界に入る風景は否が応でも落ちればどうなるかを想像させる。仮にビルの屋上に運良く落ちたとしても命はない。

 

「く、そっ…!」

 

助からない、そう思い八幡は目を閉じ落下の痛みを恐れて歯を食い縛る。が、いつまでたっても痛みは襲ってこない。気が付くといつの間にか背中にコンクリートの感触があった。

 

「あ?生きてる…のか?」

 

辺りを見回すとビル群、そして少し上の方を見ると箒にぶらさがっているみらいとリコ、それに向かい合う形で怪物とコウモリ男が見える。

 

「ここは、近くのビルみたいだな…」

 

どうやら落ちる途中で瞬間移動して助かったらしい。よく見るとコウモリ男は八幡を見て驚きの表情を浮かべていた。

 

「バカな…!確かに彼は落下した筈、まさか瞬間移動したとでも言うのですか!?」

「よかった…無事で」

「ええ…でも、どうやって」

 

無事だったことに安堵するみらいとリコ。しかし、八幡が瞬間移動した事に困惑している。

 

「先程ヨクバールの真上に突然表れたことといい…どうやら彼も魔法使いだったようですね」

「八幡さんが魔法使い…?」

「そんなはずないわ」

 

リコは否定するが、コウモリ男の中では八幡は魔法使いということになっていた。

 

「…多少驚きましたが考えればなんてことない、彼が魔法使いであろうとヨクバールに対抗する手段を持っていないということに変わりありません」

 

コウモリ男の言葉の言う通り、八幡にはどうすることも出来ない。

 

「つまり、状況は先程と何一つ変わっていない、彼にもあなた方にもどうすることも出来ないのです!!」

「っ………」

 

このどうしようもない状況を前に諦めかけていた八幡の耳に声が聞こえてきた。

 

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

 

声の方を見るとみらいが箒に掴まりながら怪物に向けて呪文を唱えている。

 

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさいっ!!」

 

みらいに続いてリコも呪文を唱えた。二人はまだ諦めていないらしい。

 

「どうしてまだ…」

 

戦う力もなく、逃げることも出来ずに箒にぶらさがっているのが精一杯、そして助けに来た八幡は何も出来ずに振り落とされた。

 

なのに、何故まだ諦めずにいられるのか、どうしてそんな真っ直ぐな目で立ち向かえるのか、八幡にはわからない。

 

「…あいつらが諦めていないのに俺が諦めるのは間違っているよな」

 

出来ることは何もない、けれど、諦めないみらいとリコの姿を見て、八幡は顔を上げる。諦めて目を逸らさないように。

 

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

「フハハ…なんとも馬鹿馬鹿しい」

 

ひたすら呪文を唱える二人に飽きたと言わんばかりに笑みを消すコウモリ男。

 

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

「キュアップ・ラパパ!怪物よあっちへ行きなさい!」

「ヨクバール、二人を捕らえなさい」

「ギョイ」

 

迫り来る怪物、その恐怖を振り払うようにみらいとリコは繋いだ手にぎゅっと力を込め叫んだ。

 

「「キュアップ・ラパパッ!!!!!」」

 

重なる二人の声に世界が震え、まばゆい光が二人を中心に広がる。輝きは二人のペンダントから発せられていた。

 

「これは…」

 

共鳴するように八幡のポケットの中の石が光輝く。

 

光に包まれたみらいとリコは無意識にモフルンと手を繋いだ。すると、ペンダントが更に輝きを増して生まれ変わる。

 

「っこの輝き、このパワー、あれこそは…リンクルストーン」

 

不思議な光の力でみらいとリコ、そしてモフルンは八幡のいるビルの屋上にふわりと降りた。

 

「くっ、逃がしませんよっ!!」

 

それを追ってコウモリ男と怪物が凄いスピードで迫ってくる。

 

屋上へ降り立つと同時にみらいとリコはアイコンタクトを交わし、何をすればいいのかわかっているように互いに手を取って繋ぎ合う。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

繋ぎ合った手とは反対の手を天に掲げ叫ぶ。

 

「「ダイヤ!」」

 

すると、二つのペンダントが一つとなってモフルンへとセットされた。

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

呪文とともに光が二人を包み込み姿が見えなくなり、魔法陣が浮かび上がって中から二人とモフルンが飛び出す。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

今、ここに伝説の魔法使いが誕生した。

 

 

「ヨクバァァールッ!!」

 

猛スピードで突進してくる怪物を二人はジャンプしてかわす。その跳躍力は尋常ではなく軽々とビル数階分の高さまで飛んだ。

 

「プリキュア…?プリキュアッ」

 

かわされるとは思っていなかったコウモリ男が驚き混じりの声を出す。

 

「キュア…ミラクル?」

「キュア…マジカル?」

 

どうやら当の本人たちも困惑しているらしく自分達に起きた変化に頭が追い付いていない。

 

「まさか、あの二人が!?」

 

コウモリ男は二人の変化に心当たりがあるようだが、それを認めまいと襲い掛かった。

 

迫り来る怪物をくるりと回ってかわし、勢いを利用して二人同時に蹴りを放つ。

 

「ヨクバッ!?」

 

怪物は蹴りのあまりの威力に吹き飛ばされ他のビルの屋上に叩き付けられた。

 

「プリキュア…伝説の魔法使いプリキュアッ!?」

 

驚愕するコウモリ男、怪物共々派手に吹き飛ばされたので少しダメージを負っているようだ。

 

「何が…起きたんだ…?」

 

その様子を見ていた八幡は目の前で起こった事に対して混乱する頭を整理する。

 

(突然、石が光ったと思ったら二人の姿が見えなくなって光の中からキュアミラクルと名乗る少女とキュアマジカルと名乗る少女が現れた)

 

二人の少女はみらいとリコの面影を残しているが、見た目は彼女たちよりも大人びて見え、八幡も一瞬見惚れてしまう程、きれいだった。

 

(もしかしてあの二人なのか?)

 

軽々と数十メートルジャンプする脚力、怪物を吹き飛ばすほどの力、そして大人びた見た目、どれを取っても違う、しかし八幡の直感とでもいうべきものがそうだといっている気がする。

 

「さっきまで箒で飛ぶのが精一杯だったひよっ子共が!?…ありえないっ、ヨクバールッ!!」

「ヨクバァァール」

 

八幡が考えている間にコウモリ男は体勢を立て直し、目の前で起こった出来事を否定するように怪物をけしかけた。

 

再び襲い掛かってくる怪物の猛攻をミラクルは横にステップしてかわし、マジカルは箒と共に後方へ跳躍、勢いそのままに箒を鉄棒代わりとしてくるくると回って反動で怪物に踵落としを決める。

 

怯んだ隙に目の前まで移動していた箒にミラクルは飛び乗り、マジカルも離脱して箒を足場にした。怯みから回復した怪物は二人を叩き落とそうと攻撃するが、二人揃って後方へくるりと一回転して回り込んでいた箒を踏み台に怪物へ突撃する。

 

「「怪物よ、あっちへ…いきなさぁぁい!!!」」

 

勢いをつけて繰り出された二人同時の突きはその宣言通り怪物のボディにひびをいれた上で吹き飛ばした。

 

「魔法というか…物理じゃね?」

 

思わずツッコんでしまった八幡、確かに魔法(物理)という感じである。

 

「くぅ…ここは退いてドクロクシー様に報告を…オボエテーロッ」

 

劣勢と悟ったのかコウモリ男はボロボロの怪物と共に一瞬で消え、撤退したようだ。

 

「最後の捨て台詞っぽいのは何だったんだ…?」

 

わざわざ覚えてろなんて捨て台詞をはいて消えたのが気になったがとりあえず全員無事でいられたことに安堵する八幡。

 

コウモリ男が去った後、破壊された周りのビルが何事も無かったように直っていた。

 

「…なんかこれが一番魔法っぽいな」

 

そんな感想を口にしつつ、いつの間にか元に戻っていたみらいとリコを見つけ、そちらに足を向ける。

 

「プリキュア…」

「プリ…キュア?」

 

自分達が変身して戦ったということに実感が湧かず、戸惑う二人。

 

「私達、伝説の魔法使いに…!?」

「あっ…モフルン!?」

 

リコはまだ少し上の空だったが、みらいはモフルンがいないことに気付き、慌てて辺りを見回す。

 

「あ、良かった無事で…」

 

モフルンを発見して、抱き締めるみらい。

 

「モフ~苦しいモフ」

「あっちょっと、強く抱き締めすぎよ」

「うわぁ!?ごめんねモフルン、つい…」

「…いや、何でナチュラルに会話できるの?」

 

ちょうど合流した八幡が一連のやり取りを見てまたまたツッコミをいれた。

 

「「ん?」」

 

みらいとリコが同時に疑問符を浮かべて一瞬フリーズする。

 

「「あ~!!喋った!!?」」

「今気付いたのかよ…」

「モフ?」

「モフルンっ喋れるようになったの!?」

「モフ~♪」

 

突如喋れるようになったぬいぐるみのモフルンにみらいは喜び、リコは困惑し、八幡は呆れていた。

 

「どうして…ありえないわ」

「いやもう何が起こってもおかしくないだろ…」

 

魔法、怪物、変身と色々ありすぎてモフルンが喋ったくらいでは八幡は驚かない。

 

「モフルン、私ずぅぅっとお話ししたかったんだよ」

「モフルンもみらいとお話ししたかったモフ」

「そうだ!モフルンっ」

 

何かを思い付いたみらいはリコと八幡の方を向いて続ける。

 

「こちらリコちゃんと八幡さんだよ!」

「「へ?」」

 

モフルンに紹介しているのだろうが、いきなり名前を呼ばれてリコと八幡の声が揃った。

 

「リコちゃん、八幡さん、改めましてこの子モフルンです!!」

「モフルンはモフルンっていうモフっよろしくモフ~」

「え、ええ、リコよ…よろしく」

「…比企谷八幡だ、よろしく」

 

みらいの勢いに乗せられて戸惑いながら自己紹介する二人。

 

「リコに八幡、よろしくモフ~♪」

 

モフルンはそう言うとみらいの腕の中からぴょんっと降り二人の方に近づいてくる。

 

「二人はみらいのお友達モフ?」

「「え?」」

 

再び揃う声。リコも八幡もそんなことを聞かれるとは思わなかったので、一瞬固まってしまった。

 

「もちろんだよ~!ねっ?」

「いや、友達ではないだろ」

「そうね、知り合ったばかりだし…」

 

昨日今日会ったばかりでお互いの事をなにも知らないのに友達と言われても困るし、何なら八幡には今までいたことすらない。

 

「ええ!?そんなぁ~…」

 

しょんぼりするみらいだったが、すぐに切り替えて二人に向き直った。

 

「…よし!じゃあ今から私は二人の友達になる!よろしくねっリコちゃん!八くん!!」

「ちょっ…近い」

「…八くんって、まさか俺の事か?」

 

一応、年上なんだけど?と訴えてみるがリコの方へぐいっと顔を近づけていたみらいにはスルーされてしまう。

 

「って、こんなことしてる場合じゃないわ!このことを誰かに相談しないと…」

「相談?」

「ええ、だからあなた達も来て」

「「え…どこに?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

屋上でのやり取りの後、一同は駅に向かって走っていた。

 

「ありがとうリコちゃん!」

「だから私はなにも…」

「お話しできるようになってすっごく嬉しいよ!モフルンっ」

「モフルンも、嬉しいモフ♪」

「ふぁ…ふふふっ♪」

 

幸せそうな顔を浮かべてモフルンを抱き締めるみらい。

 

「もう…何がなんだか」

「同じく…てか何で俺も走ってるんですかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、リコの申し出を断って華麗に去ろうとした八幡は二人に肩を捕まれて引き留められてしまった。

 

()()()()()来てくれないかしら?」

「えぇ…別に俺いらないだろ?」

 

事情を説明するのなら当事者であるリコと一緒に変身?をしていたみらいがいれば充分だし、わざわざ八幡が行く必要はない。

 

「そうはいかないわ、あなただって当事者でしょ?」

 

そういって取り出したのは例のペンダント、さっき見た時と何かが違って見える。

 

「当事者って言われても俺は特に何もしてないぞ」

 

たまたま同じような形の石を持ってはいたが二人のように変身?して戦ったわけじゃなく、ただ見ているだけ、下手をしたら足を引っ張っていたかもしれない。

 

「そんな事ないよ!八くんは私達を助けようとしてくれたもん!」

「何も出来なければしてないのと変わらない」

 

確かに助けようとしたが、結局二人は自分達の力で乗り越えてしまい、八幡に出来ることは何もなかった。

 

「でもっ!」

「…とにかく俺には行く理由もない、この石は渡しとくから好きに調べてくれ」

 

食い下がるみらいを尻目に、持っていた石をリコに渡そうとすると突然石がバチッと光を放つ。

 

「きゃっ!?」

 

驚いたリコは短く悲鳴をあげて尻餅を付いてしまった。

 

「リコちゃん大丈夫!?」

「いたた…ええ、一体何が…」

 

石はまるでリコを拒むかのように今だバチバチと光を放っている。

 

「……」

 

八幡が恐る恐る弾かれて落ちた石を拾うと何事も無かったように光は消えた。

 

「もしかしてその石は八くんにしか触れないのかな?」

 

まさかそんなわけ…と思ったがよくよく思い返してみれば、この石を八幡以外が触ったのはさっきが初めてなのでもしかしたらそうなのかもしれない。

 

「なら決まりね、八幡さんも一緒にくるという事で」

「いやでもあれがあれで忙しいから…」

 

この期に及んで同行を拒否する八幡にリコがぴしゃりと言い放つ。

 

「その石はあなたしか触れないのだからおとなしくついてきなさい!」

「あ、ハイ…」

 

年下の中学生の言葉におとなしく従う八幡。

 

「さ、時間がないから急がないと」

「あっ待ってよリコちゃん!」

「モフ~」

 

急いで走り出すみらいとリコそしてモフルンの少し後ろを八幡はついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━そして再び駅前に戻る━

 

 

「それにしても凄いね!キュアップ・ラパパ…本当に怪物を吹っ飛ばしちゃった」

「いや結果的にはそうだけどあれは魔法…なのかしら」

「魔法(物理)だな」

「モフッ」

 

そんなやり取りをしている間に駅につきそのまま改札へ急ぐ。

 

「電車に乗るの?」

「ええ、一旦学校に戻って相談しないと…三人分っ」

 

可愛らしい黒猫の絵がついたパスカードを改札にかざすと景色が真っ白になり、駅員の格好をした謎の生き物が現れた。

 

「ご利用ありがとうごさいます」

 

景色が晴れるとそこは駅の中、しかし先程の駅員の格好をした謎の生き物がそこら中を飛び回っている。

 

「わぁ…」

「同じ駅の中にこんなとこが…」

 

みらいと八幡は初めて見る光景にそれぞれ感想を漏らした。

 

「急いで!」

「まもなく本日最終便、魔法学校行きが出発いたします」

 

リコの急かす声とアナウンスが聞こえる。

 

「「魔法…学校?」」

 

魔法学校という単語に二人の声が揃った。

 

「今、魔法学校って言いました!?」

 

みらいは目をキラキラと輝かせてワクワクの気持ちいっぱいで叫ぶ。

 

「はぁ…帰りたい…」

 

八幡の呟きはみらいの声でかき消されるのだった。

 

 

 

 

 

━二話に続く━





次回予告


「私、魔法の世界に来ちゃった!!電車がカタツムリ!魔法学校大きい!ワクワクもんだぁっ!!!」

「何で俺も行くことになってるんですかね……はぁ…帰りたい……」

「えっ!?私が退学…?伝説の魔法使いになったのに……」

「リコちゃんっ私が校長先生に説明してくるよ!」

「……俺は助けたいとかじゃない…ただ……」




次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「ワクワクの魔法学校へ!…帰ってもいい?校長先生はどこ!?」






「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話「ワクワクの魔法学校へ!…帰ってもいい?校長先生はどこ!?」Aパート

 

「おぉ…」

「モフ~!」

「えぇ…」

 

不思議な事が続いて、滅多なことでは反応しないと決めた八幡も目の前の光景に思わず声が出てしまう。

 

「大きなでんでん虫モフ~!」

 

そう、モフルンの言うとおり大きなでんでん虫…つまりカタツムリがそこにはいた。いや、ただいるだけではなくその後ろには電車の車両が見える。

 

「まさか、これに乗るのか?」

 

八幡が恐る恐るリコに聞いた。

 

「ええ、カタツムリニアよ」

「カタツムリニア?」

「モフ」

 

まさか、いくら魔法だからといって移動手段がでっかいカタツムリなんて誰が予想できただろうか。

 

「…名前を付けたやつはある意味凄いセンスしてるな」

 

カラン、カラン、カラン……

 

八幡がそんなことを呟いていると乗車を急かすようにベルが鳴った。

 

「はいはい、いくわよ」

 

リコの言葉に従って車両の中に入ると丁度ドアが閉まり、カタツムリニアがカタカタ~といって鼻から煙を蒸気のように吹き出してゆっくり発進する。

 

「まるで蒸気機関車だな…リニアなのに」

「細かいことは気にしないの」

「わぁ…今からスッゴいワクワクもんだね、モフルン」

「モフ~」

 

ちらりと窓の外に目をやると景色がいつの間にか駅の中から宇宙空間みたいになっているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空飛んでるみたいだね~」

「すごいモフ!」

 

駆け込み乗車気味に乗り込んだ一行は、みらいとモフルン、それに向かい合うようにリコと八幡といった順で座席に着いていた。

 

「………」

 

はしゃいでいるみらいとモフルンに対して難しい顔をしているリコ。

 

「…どした?」

「へ?あ、いや…」

 

その様子を見て八幡が声をかけるが、歯切れの悪い返事が返ってきた。

 

「モフ!流れ星モフ~」

「えっ?どこどこ~!」

「……」

 

リコの視線はモフルンに向いているようでさらに眉を寄せ難しい顔になる。

 

「ん?リコちゃんどうかしたの?」

 

みらいもリコの様子に気付いて声をかけた。

 

「さっきからモフルンの方を見てウンウン唸ってるがなんかあるのか?」

「……ぬいぐるみが話せるようになるなんて、そんな魔法聞いたことないわ。ねぇ、どうして話せるの?」

 

どうやらリコが唸っていたのはなぜモフルンが喋れるようになったのかを考えていたようだ。

 

「あ、そういえば…何で?」

「それ、モフルンに直接聞いてわかるのか…?」

 

あまりにあっさりモフルンに理由聞くみらいに少し呆れてツッコむ八幡。

 

「モフルンは、ずぅぅぅっとみらいとおしゃべりしたかったモフッ!」

 

そういってみらいにモフルンは抱きついた。

 

「わぁ…私もだよ!モフルン!!」

「モフ~」

「「はぁ…答えになってないから」」

 

ものすごく幸せそうな顔で抱き合う二人をみてリコと八幡は揃って呆れる。

 

「…やっぱりプリキュアになったのと関係があるのかしら?」

「まあ、だろうな…むしろ関係ないほうがおかしいまである」

 

あの時、二人とモフルンを中心に光が溢れていた、そこから考えればモフルンとプリキュアは密接に関係しているとしか考えられない。

 

「ねぇ、プリキュアってなんなの?」

「ずっと伝説として語り継がれている存在なの!とにかく、すごい魔法使いだって」

「え…何?プリキュアって有名なの?」

 

てっきりあのコウモリ男が勝手にそう言っていただけだと思ってた八幡は意外な事実に驚く。

 

「有名というか…マホウ界に伝わる伝説のひとつよ」

「ほーん…」

「…じゃあさ、私達伝説の魔法使いになったってこと?」

 

みらいのその言葉にリコの表情が一変した。

 

「そうだわ…そうよ、そうじゃない!伝説の魔法使いなったのよ私!」

 

突如立ち上がり後ろを向いて笑顔で一人でブツブツと喋りだしたリコ。

 

「うわ…」

 

横で座っている八幡にはその表情が見えてしまい、思わず声が出るほどに引いていた。

 

「エメラルドは見つからなかったけど、先生達は認めてくれるはず…」

「「?」」

「いや、痛いんですけど…」

 

その奇行にポカンとするみらいとモフルンをよそにリコは、はしゃいで無意識にパンチを八幡の右腕に数回にヒットさせている。

 

「カタカタ」

 

そこへ何やら殻の上にいっぱい物がのっている棚を乗せたでんでん虫が現れた。

 

「あっ」

「なんだ?」

 

八幡が疑問に思っているとリコはその殻の上から袋に詰められた物を一つとる。

 

「これいただくわ」

 

リコがそう言うと棚の横に付いているカエルの人形の口がカパッと開いて、中から何か出てきた。

 

「ゲーコ」

 

出てきた何かに先程駅を通り抜けるときに使ったパスカードをかざすリコ。すると、ピロンという電子音の後にチャリンとお金が落ちる音がなる。

 

「車内販売のエスカーゴよ」

「車内販売…エスカルゴとカーゴをかけてるのか、これまた凄いネーミングなことで」

 

きっとカタツムリニアと名付けた人が名前を付けたんだろうなと心の中で思う八幡。

 

「はい」

「いいの?」

 

買ったその包みをリコはみらいに渡し、ドヤ顔をしてこう言う。

 

「まあ、ご祝儀ってやつね」

「ありがとうっ」

「そこは、スルーして受けとるんですね…」

 

八幡は何のだよ!とツッコミたくなったがみらいは笑顔でスルーして受け取り包みを開いた。

 

「モフ?…モフ~!冷たいモフ!」

「氷?」

 

包みの中身は氷の塊、モフルンが少し触っただけでもブルッと震えるほど冷たい。

 

「まあ、見てなさい」

 

そう言うとリコは杖を取り出し掲げた。

 

「おい、何するつもりだ」

 

昨日の夜、おにぎりを真っ二つにした事を思い出して警戒気味に聞く。

 

「いいから…こほん、キュアップ・ラパパ、氷よ溶けなさい」

 

リコが呪文を唱えるとシュゥゥゥと音をたてて氷が溶けていくのが見えた。

 

「ミカンだ!」

「モフッ」

「氷の火山に住むアイスドラゴンのため息で凍らせた冷凍ミカンよ」

「氷なのに火山…それにドラゴンがため息って…もうファンタジーにいちいちツッコんでたらキリがないな」

 

何度目かわからないツッコミ所にとうとう諦めてしまった八幡。

 

「わぁ…さっすが魔法の世界!」

「受け入れるの早いな…」

「早く食べたいモフ」

 

さすがの一言で受け入れてしまうみらいに八幡はある意味感心する。

 

「はい、モフルン」

「はむ…モフ~!」

 

みらいが丁寧に皮を剥いたミカンをモフルンの口にいれると冷たかったのか再びブルッと震えていた。

 

「はい、八くんも」

「お、おう、さんきゅ」

 

くれるとは思ってなかったので八幡は少し驚いてミカンを一粒受けとる。

 

「いっただきまーす、はむ……ん~!!冷たくて美味しい~!」

「いただきます…確かに美味いな」

 

美味しそうに食べる三人の様子にドヤ顔で窓の縁に頬杖をついているリコ。

 

カリッゴリッ

 

何か硬いものを咀嚼する音が聞こえてリコは眉を寄せて横目で何事かと確認する。

 

「…ちょっと硬めだね」

「ちょっとって音じゃないと思うんだが」

「モフ…」

 

三人の反応みてリコが恐る恐るミカンを口にいれた。

 

「あむ…カリッゴリッ……うっ…」

 

思っていたより硬かったのかリコの表情が一瞬渋くなったがこちらをチラリと見ると明後日の方向を向いて、人差し指を上に向ける。

 

「こ、このくらいの硬さが丁度いいんだから、計算通りだし…うん」

「いや、絶対失敗しただろ」

 

言い訳するリコだが、さっきの表情が失敗した事を物語っていた。

 

「しっ失敗じゃないし、私はこのくらいの硬さが好きなんだから!」

「えぇ…」

 

頑なに失敗を認めないリコに八幡は呆れてツッコむのを諦める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」「モフ」

 

宇宙空間だった外の景色が雲の中に変わり出口が見えてきた。

 

「わぁ…」

「モフ…」

「は…」

 

見えてきた景色にみらい、モフルン、八幡の三人は目を奪われる。雲の晴れたその先には一面に青が広がり、不思議な形の大きな木々が生い茂っていた。

 

「ここが私達魔法使いの世界、マホウ界よ…そしてあの大きな木の上に私達の魔法学校があるの」

 

リコが目線を向けている先にはものすごく大きな木があった。他の木々よりも倍近く大きく、頂上は雲に覆われていて見えない。

 

「魔法学校……ん~!ワクワクもんだぁ!!!」

「モフ~!!」

 

魔法学校という言葉に目を輝かせるみらい、それと比例するかのように八幡のテンションが下がっていた。

 

「はぁ…帰りたい」

「往生際が悪いわね、ここまで来たんだから今更でしょ」

 

ついさっきまであれだけ往生際悪く失敗を認めなかったのはどこの誰ですかねと八幡は恨みがましい視線を向けるも素知らぬ顔で流されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法学校はマホウ界の中心なの」

「へぇ~」

 

カタツムリニアを降りた一行は、魔法学校の門の前まで来ていた。

 

「それにしても大きい門だな」

「モフ~」

 

見上げる門の大きさは一体何のためにここまで大きくしたのかと聞きたくなるくらい巨大で、数十メートルはある。

 

「いい?校長先生にプリキュアになったことを説明しに行くからあなた達も協力して」

「うんっ「モフッ」わかった!」

「…了解」

 

三人の了承を得るとリコは門に近づいて杖を取り出した。

 

「キュアップ・ラパパ!門よ、開きなさい!」

「ニャニャーン」

 

リコが杖を振ると門の上に付いていた校章の黒猫が鳴いて尻尾を振る、すると巨大な門がすんなりと開いていく。

 

「おぉ…魔法の杖ってすごいね!いいなぁ…私もほしぃい!」

 

そういってリコの持つ杖に顔を近づけるみらい。

 

「ぅ…無理だと思うわ、杖はマホウ界では生まれてすぐに授かる物だから」

 

近づくみらいから距離を取りつつ、リコが答えた。

 

「そっか…残念だな…」

「ほーん…そういうもんなのか」

 

じゃあ、俺が魔法使いになって空を自由に飛び回ったりすることもないのか…いや、別に期待してたわけじゃないけど、ホッホントなんだからねっ!期待なんかしてないんだからね!と八幡が頭の中で誰得なツンデレを繰り広げていると突然、甲高い声が聞こえてくる。

 

「リコさん!!」

「ひゃいっ!?」

 

コツコツと門の向こうから歩いてきたのは、いかにも魔法使いといった格好をした少し恰幅のいい女性だった。

 

「きょ、教頭先生…」

 

リコが怯え気味に教頭先生といった女性はチラリと視線をみらいと八幡の方へ向ける。

 

「ん?」

「こんにちは!」

 

目があったのかみらいは笑顔で挨拶をした。

 

(この状況で笑顔の挨拶ができる朝比奈のコミュ力…恐ろしい子!)

 

明らかに歓迎はされてない、むしろ八幡に至っては完全に不審者を見る目だ。これは、もしかして…魔法使いの存在は一般人にはバレたらまずかったのでは?という考えが浮かぶ。

 

「…どうも」

 

とりあえず、これ以上の悪印象を避けるためにペコリと八幡は頭を下げた。

 

「リコさん…貴方……」

 

教頭先生の眉間にシワが寄るのが見え、八幡はとっさに耳を塞ぐ。

 

 

 

「どういう事ですっっ!!!!!?」

 

 

学校中に教頭先生の甲高い声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マホウ界を許可なく出ただけでなく、あちらの人間を連れてくるとは」

 

現在、八幡達がいるのは恐らく大人数の授業で使われるであろう部屋だ。四人全員横一列に並んでお説教を受けている。

 

「しかも、こんな…」

 

教頭先生が八幡の方を見てそう言いかけ、流石に失礼だと思ったのかその先は口をつぐむ。

 

(いや、確かにこんな目が腐った奴を怪しむ気持ちは分かりますけど、そこまで言ったらもう言ったも同然じゃないですかね…)

 

心の中でそう思っても、決して言葉には出さない八幡。そこに起死回生の一言と言わんばかりにリコが告げる。

 

「私達、プリキュアになったんです!」

 

リコの言葉にみらいもうんうんと頷いている。八幡も同調して頷くが、これはまずいと内心思っていた。

 

「プリキュア?伝説の魔法使いに?貴方達が?…するならもっとマシな言い訳をなさい」

 

教頭先生は呆れた顔をしている、やはり、二人の話を信じていないようだ。

 

「「本当なんです!!」」

 

声を揃えて訴えるが教頭先生は取り合ってくれない。

 

「とにかく、あなた方をどうするべきか、そしてリコさん、貴方への処罰…校長先生に伺ってきます」

 

処罰という言葉にリコは顔を青くして教頭先生に聞き返した。

 

「そんな…処罰って…?」

「校則第八条、許可なくマホウ界を出てはならない、第十二条、魔法学校寮生の無断外泊禁止、二つの校則違反の上、彼とその子をマホウ界に連れてきたのですから…覚悟しておくことですね」

 

コツコツと出口の方に向かいながらリコの違反行為を挙げていく教頭先生。

 

「…すいません、ひとついいですか?」

 

今、まさに出ようと扉にかけた教頭先生の手が止まる。

 

「…何か?」

 

質問した八幡へ威圧的な声が返ってきて、内心、恐いなと思いつつ圧されないように声を出した。

 

「…ここに来たいと無理矢理付いてきたのは俺です。その事でこいつを責めないでやってください」

「あ、わっ私もですっ。リコちゃんに無理いって連れてきてもらいました」

 

八幡の言葉にみらいも合わせる。

 

「…それでも連れてきたのはリコさんの責任です。おとなしくここで待っていなさい。さもなくば、退学もあり得ますよ」

 

教頭先生はそう答え、バタンッと扉を閉めた。

 

後には呆然とした表情のリコと俯く二人が残される。

 

「ごめん、なんか私達が来ちゃったから…」

「別に…あなた達のせいじゃないから…ごめんなさい、庇ってもらったのに」

 

そう言って俯くリコを見て八幡は他に何か方法は無かったのかと考えた。

 

(あの場ではああ言う以外に出来ることはなかった、学校側の監督不行き届きを突く事も出来たが…それじゃあかえってこいつの心象が悪くなるし、確実性もない)

 

もし、これが八幡一人の問題だったのなら相手の痛いところをついて有耶無耶にするのだが、八幡の態度=リコの責任では下手なことはできない。

 

「…補習どころじゃなくなったわね」

「補習?」

 

色々あって隠すどころではなくなり、素直に話すリコ。

 

「私、本当は苦手なの…魔法」

「え?」

「まあ…だろうな」

 

みらいと違い、失敗の数々を見ていた八幡は戸惑う様子もなく受け入れる。

 

「春休みの間、魔法授業の補習を受けないといけなくて…強い魔法の力を持つと言われているリンクルストーンエメラルドを見つければ…先生達も認めてくれる、補習を受けなくても済むと思ったんだけれど…」

「…確かに補習はごめんだな」

 

特に春休み中に学校来るなんて八幡にとっては正気の沙汰とは思えない。ついこの間まで八幡は事故のせいで出席日数が足りず、休みを返上しての補習漬けだったので尚更同意した。

 

「エメラルドは見つからなかった、でも、プリキュアになったって言えば…なんて思ったんだけど、甘かったわ」

「リコちゃん…」

 

リコは自嘲気味に笑って上を見上げる、つまり、リコは校則違反を覚悟した上で、マホウ界を飛び出したということになる。

 

「覚悟の上だった…と?」

 

八幡の問いに力なく頷くリコ、暗いムードが漂う中、モフルンが突然みらいの手からくるりんと降りた。

 

「モフ…」

 

机の上にこれまたくるりんと登るとちょこんと座りリコを見上げる。

 

「甘い匂いモフ」

 

モフルンがそう言うとリコの胸元のペンダントが輝き出した。

 

「あ…」

 

それにつられるようにみらいのペンダントも輝き始め、遅れて八幡のポケットに入れてある石も光を放つ。

 

「キラキラに輝く力を感じるモフ…ダイヤ、光のリンクルストーンモフ!」

「…もしかして、私達のこれがリコちゃんの探してたエメラルドの仲間って事?」

「道理で、不思議な力を持ってるわけだ」

 

伝説と謳われるリンクルストーンなら今までの不思議な出来事にある程度は説得力が出てくる。

 

「モフ!リンクルストーンから伝わってきたモフ…でも、八幡のリンクルストーンはよく分からなかったモフ」

「え…俺のこれはリンクルストーンダイヤってやつじゃないのか?」

 

てっきり、他の二人と同じ物だと思っていたため驚く八幡。

 

「違うモフ、でもリンクルストーンには間違いないモフ!」

「リンクルストーンには変わりないのか」

 

確かに二人の物とは形も少し違っている、それに八幡がプリキュアに変身はしていないのも違いと言えば違いだろう。

 

「…私、校長先生に話してくる!!」

「え…?」

「は…?」

 

みらいの宣言に面食らう二人。

 

「ここで待ってて!リコちゃんはこの部屋から出たら退学になっちゃう!」

「モフ」

 

そう言って走り出すみらいの肩にモフルンが飛び乗る。

 

「あっちょっと!?」

 

リコが引き留めようとしたがすでにバタンッと扉の閉まる音が鳴った後だった。

 

「あぁ…」

 

みらいの出ていった扉を見ているとリコの隣にいた八幡も扉の方へ歩き出す。

 

「え、あ、あなたも?」

 

まさか八幡までが行くとは思わなかったのかさらに驚いた様子のリコ。

 

「…朝比奈だけだと説明が不安だからな、それにこうしてリンクルストーンっていう物証があるなら説得しやすい」

 

そっぽを向いて早口で喋る八幡。

 

「何で…そこまで…?」

「…別に、自分のためだ」

 

早く帰りたいからな、と早口で続けて八幡は扉から出ていってしまう。

 

「………ありがとう」

 

リコの消え入るようなお礼は誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━とある洞窟━

 

 

闇に浮かぶ巨大な髑髏の城。深い霧に覆われていてその全貌は見えない。

 

そんな霧の中を進む人影、コウモリ男ことバッティだ。

 

「おや、バッティさん」

 

城に近づいたバッティを呼び止める声がする。

 

「リンクルストーンエメラルドは見つかったんですか?」

「…ヤモー」

 

バッティに声を掛けたのは、ヤモーという男だった。

 

その風貌を一言で表すなら、有名な音楽家の格好をしたトカゲ男、はたまた昔の貴族の格好とも言えるかもしれない。

 

丁寧な口調だが言葉の端に少し皮肉が混じっている。

 

「ま、さ、か、手ぶらじゃありませんよね?」

「…プリキュア」

「…ハイ?」

 

皮肉に何の脈絡もなく関係ない単語で返され、ヤモーは思わず素で聞き返してしまった。

 

「プリキュア…が現れましてね、ドクロクシー様へ報告に」

「…ヌッハハハハハ、プリキュア?ハハッあれはただの伝説でしょう?」

 

バッティの言葉に何をバカなことをと呆れ、肩を竦めて笑い飛ばすヤモー。

 

「だが、確かに私はこの目でっ」

 

そんなヤモーの態度にバッティは語気を荒くする。

 

「ならば、証拠をお持ちください」

「なっ!?」

「当然です…我らが偉大なる魔法使い、ドクロクシー様に示しがつかないでしょう?」

「……」

 

偉大なる主の名前を出されてはバッティもそれ以上は食い下がれない。

 

「他の方もあらゆる手を尽くしてエメラルドを探していますからね、滞るのは困りますよ?」

「…一人は恐らく魔法学校の生徒、ならば」

 

考えはまとまったようで、杖を前へつき出すバッティ。

 

「すぐに捕らえて参りましょう…イードウッ!」

 

バッティがその場から消え、ヤモーだけが残された。

 

「お気をつけて……魔法学校といえば、確かマンティナさんが調査していたはず…」

 

大きな目を細めて、何かを見据えるヤモー。

 

「……プリキュア、ただの伝説か…あるいは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出てきたのは良いけど…校長室ってどこ?」

 

色とりどりの花に見たことない綺麗な蝶々、そんな景色が広がる廊下をみらいはあてもなく歩いていた。

 

「…追って…きて…正解…だったな」

 

後ろから聞き覚えのある声がして振り向くみらい。

 

「え、八くん?どうして」

 

そこにいたのは八幡だった。走ってきたのか少し息が荒い。

 

「お前…一人…だと…説明…出来るか…不安だからな」

 

荒い息のまま早口で言い切り、一旦、呼吸を落ち着けてそれに、と付け加える。

 

「あのまま待っているよりは探しに行った方が早く帰れそうだからな」

「…へ?」

 

一瞬、ポカンとしたみらいだったが八幡の表情を見て顔を綻ばせた。

 

「そっか…ありがとう」

「別に…自分のためだ」

 

そう言ってそっぽを向く八幡と一緒に校長室探しを続行するみらい。

 

「ん~…場所を聞きたくても誰もいないし」

「きっと春休みだからモフ」

「…なら仕方ないな」

 

誰だって休み中にわざわざ学校には来ないだろう、少なくとも自分だったら絶対に行かないと八幡はあの補習漬けの日々を思い出して身震いする。

 

「でも、見つけないと!!」

「……そうだな」

 

みらいの決意に八幡が頷きで返すと不意に風が木々を揺らした。

 

「………」

「みらい?」

「…どした?」

 

モフルンと八幡が声を掛けたが、みらいは揺れる木々を見つめたまま固まっている。その様子はまるで何かに呼ばれているように見えた。

 

「……あっ」

 

何かを思い付いたようにみらいが駆け出す。

 

「何を…」

 

いきなり駆け出したみらいに驚きながらも、八幡はそのすぐ後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

駆け出したみらいがたどり着いた先は校舎の隣にある大木が根付いた建物の中、周りが木々で覆われ、その中心にポツンと大きな木が生えている部屋だった。

 

「ここは……」

 

少し遅れて八幡もその部屋にたどり着き辺りを見回して先に来ていたみらいと同じく中心の木に目が止まる。

 

サァァァァ…

 

「…わぁ……」

「ぁ………」

 

風で揺れる葉の隙間から日の光が覗き、ゆらゆらと辺りを照らして輝く幻想的な風景に心奪われる二人。

 

「「………」」

 

二人がゆっくりと近づいて優しく幹に触れると何故か安心感に包まれる気がした。

 

「立派だろう?」

 

不意に声がして二人は振り向く。

 

そこには落ち着いた雰囲気を纏い穏やかな笑みを浮かべる長髪の青年が立っていた。

 

「そいつは杖の木、魔法の杖を実らせる」

「ふぇ?…今、魔法の杖って言いました!?」

 

青年の登場に驚く二人だったがみらいはそれ以上に青年の言葉に目を輝かせる。

 

「え…誰?」

 

八幡のもっともな疑問はみらいの好奇心には勝てなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━少し遡って二人が出ていった後の教室。

 

 

憂鬱そうに頬杖をつくリコ。ぼーっとしている間にもチクタクと時計の針は進んでいる。

 

(昨日、今日会ったばかりなのに…)

 

思い返すのは二人の姿。一つは真っ直ぐで、お節介で、他人のために頑張る姿。

 

「…どうしてあんなに一生懸命になれるの?」

 

もう一つは捻くれていて、でも優しくて、自分のためと言いながら助けてくれる姿。

 

「…どうしてそこまで優しいの?」

 

比べる二人の姿はまるで違う、けれど…どちらも暖かい。

 

「…今頃きっと、迷ってるわね」

 

そんな二人の事を思うと自然と足が動く。

 

「……まったく」

 

仕方ないんだからと笑ってリコは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったものだわ、また校長室を留守にして」

 

ため息混じりに肩を落とす教頭先生。報告のために校長室まで来たのに校長先生が不在で頭を抱えている。

 

タッタッタッ…

 

ふと、誰かが走る音がして廊下に備え付けられている窓から外を見た。

 

「リコさん!?」

 

外の渡り廊下を走っていたのはおとなしくしているようにと教室で待機させているはずの生徒だった。

 

「教室に居なさいと言ったでしょ!退学になるつもりですか!?あぁ…リコさんっ!!!」

 

窓の内側からどれだけ叫んでもリコまでは届かない。

 

 

タッタッタッ…

 

 

走り去るリコの頭には退学のタの字も浮かんではいなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話「ワクワクの魔法学校へ!…帰ってもいい?校長先生はどこ!?」Bパート

 

「魔法の杖って木に実るんだ…」

 

校長先生を探していたはずのみらいだが、杖の木の不思議に心を奪われていた。

 

「左様、杖の木はマホウ界の各地に存在し、我々を見守ってくれている、マホウ界に新たな命が生まれるとそれを待っていたかのように杖は木から実り…そしてその子に授けられる」

「へぇ…」

「ほー…」

 

魔法使いの杖は自然からの贈り物、マホウ界の神秘に感心する二人。

 

「……しかし、ここにある木はもう数百年、杖を実らせておらん……長きに渡る役目を終えたのかもしれんな」

「「………」」

 

実らなくなって数百年、ということはそれよりずっと前からマホウ界の人々を見守ってきた事になる。

 

「…すげえな」

「…うん」

 

その歴史を感じて、思わずそんな言葉が漏れた。

 

「君達はあちらの世界の子だね?ここで何を?」

「…あっ、この学校の校長先生を探してるんです!」

 

青年の問いで当初の目的をようやく思い出したみらい。

 

「ほぅ……校長を?また、何故?」

 

校長という単語に僅かだが、表情を変えた青年の反応を八幡は見逃さなかった。

 

「…何処にいるかご存知ですか?」

「……その前に校長に何の用かね?」

 

やはり、目の前の青年は校長の居場所を知っているらしいが簡単には教えてくれない。

 

それも仕方ないだろう。違う世界から来た人間を怪しむのは当然、理由も聞かずにおいそれと校長先生に会わせるわけにはいかないのだ。

 

青年の問いにみらいは正直に答える。

 

「今、とっても困ってる子がいて、助けられるなら…力になりたいんです……私の大切なモフルンを守ってくれた…」

 

始まりは好奇心からだった。ワクワクに惹かれ、魔法使いを探して、リコに出会い、助けてもらった。だから、次は自分の番だと。

 

みらいのリコを助けたいという気持ちに八幡も自分の気持ち、理由を口にする。

 

「……俺は朝比奈みたいに助けたいとかじゃない…ただ、ここまで関わった以上、何もせずあいつ一人に責任を取らせるのは間違っている……」

 

最初は巻き込まれて偶然だった。その後もなし崩しで関わって、失敗を意地でも認めないけれど、あいつのめげない姿勢は素直に凄いと思った。だから、俺が何か出来るのなら。

 

「どうしてもその子の……」

 

「出来ることがあるなら……」

 

「「力になりたい」!!」

 

 

答えが揃う。その瞬間、二人の想いに応えるように杖の木が虹色に光輝き始めた。

 

「わぁ!?」

「なっ!?」

「これは……」

 

突然の光に驚いて杖の木を見る二人。今までなかった杖の木の変化に青年も戸惑っている。

 

「モフ?」

 

輝きが収まり呆然としている最中、何かを感じたモフルンがみらいの手からくるりと落ちた。

 

「わわっ!?モフルン!?」

 

ポンッ、トッ、タンッ、ポヨンと木の根元まで転がったモフルンはきれいに着地して鼻をくんくんと鳴らす。

 

「くんくん…モフ~!!……とっても甘い匂いがするモフ~♪」

 

モフルンが興奮したように見上げる先の枝には、光輝く蕾のような物が芽吹いていた。

 

「なんと……!?」

 

青年が信じられない物を見たような顔で呟く。

 

「杖が……実った……?」

 

枝の先の蕾は徐々にその形を変え、二本の杖となってゆっくり、二人の目の前に落ちてきた。

 

「魔法の……杖?」

「どうして杖が……」

 

二人は両手を差し出して杖を受けとる。みらいの手には先がハートになっている杖が、八幡の手には先が輪っかになっている杖がそれぞれ握られていた。

 

「おそらく、君達を選んだんだろう」

「私達を……」

「………」

 

手の中の杖をしばらく見つめる二人。やがてみらいが杖を握りしめ、杖の木を真っ直ぐ見つめ頭を下げる。

 

「ありがとうございました!!」

「モフッ!」

 

みらいにならい、モフルンをもペコリと頭を下げた。

 

「……ありがとうございました」

 

八幡も二人に続けて頭を下げ、お礼を口にする。

 

「…この世界が…この子達を迎え入れようと言うのか……」

 

ずっと魔法使いを見守ってきた杖の木を見上げ、呟く青年。その場にいる全員が風に乗ってそよぐ葉の音にしばらく耳をかたむけていた。

 

━━ドォォォォンッ

 

その静寂を破るように突如、大きな地響きが轟き、建物を揺らす。

 

「何だ?」

「えっ?なに!?」

「モフ~ッ」

 

音に驚いたモフルンがみらいの腕の中に飛び込むと、更に建物が大きく揺れ、みらいがバランスを崩してよろめいた。

 

「わぁっ!?」

「モフ!?」

「っ…」

 

八幡はとっさに倒れそうになっていたみらいを支える。

 

「……大丈夫か?」

「あっ……ありがとう八くん!」

「モフ~びっくりしたモフ」

 

いくら妹と同い年くらいの女の子でも密着したままというのはまずいと思い、無事なのを確認すると八幡はさっとみらいから離れた。

 

「外で何が……」

 

四人は揺れが収まるのを待って、外に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨクバァァールッ」

 

建物の外では羽を生やしたトラックに大きな髑髏の顔がついた怪物、ヨクバールが紫色の煙を撒き散らしながら飛び回っていた。

 

「我がヨクバールよ、プリキュアをいぶり出して捕らえるのです」

 

この騒動を引き起こした張本人、コウモリ男バッティが煙の届かない上空からヨクバールに指示を出している。

 

「ギョイッ」

 

指示を受けたヨクバールは旋回して更に煙を撒き散らし続けた。

 

「校舎が…」

「あの怪物は…っ!」

 

飛び回る怪物と校舎の惨状を目にしたみらいと八幡。すでに学校全体に紫色の煙が広まって、校舎の中にも充満しつつあった。

 

「あっ…リコちゃん!!」

 

教室で待機しているリコの身を案じてみらいが走り出す。

 

「っ待ちなさい!」

「朝比奈っ!……くっ」

 

青年と八幡が止めようとするが、すでにみらいの姿はなく、八幡は急いで後を追った。

 

 

 

 

階段を駆け降りて、剥き出しになっている大きな橋の渡り廊下をみらいは走り、その少し後ろを八幡が追いかけている。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

煙に覆われて視界が悪い中を全力疾走で駆け抜ける二人。不意に、聞き覚えのある声が聞こえて足を止めた。

 

「見つけましたよ……」

「わぁっ!?」

「お前は…っ!?」

 

そこには髑髏の杖を右手に持ち、マントを風になびかせて、コウモリ男バッティが待ち構えいた。

 

「さぁお嬢さん、このバッティめと一緒に来ていただきましょうか?」

「いやだ!学校を滅茶苦茶にする人の言う事なんて……」

 

誰が聞くもんか!と強い意思を秘めた瞳で要求を突っぱねるみらい。

 

「…だな、だいたいそう言ってはい行きますって付いていく奴はいないだろ」

「フッ……ならば」

 

要求を拒否されたバッティは凶悪な笑みを浮かべ牙を剥き出しにしてみらいに襲い掛かる。

 

「っ……」

「モフッ……!」

 

襲い掛かってくるバッティに対してモフルンは怯えてしまい、みらいは足がすくんで動けない。

 

「っ朝比奈!!」

 

八幡はバッティとみらいの間に割り込み体を盾にして二人を庇った。

 

「力ずくで連れ帰らせてもらいます!!」

 

痛みを覚悟して目をぎゅっとつむった八幡の耳にこれまた聞き覚えのある声が聞こえる。

 

たぁぁぁぁぁぁっ━━!?

 

バッティもまた声に気付いてその方を見ると箒に乗ったリコが上下左右に蛇行しながら猛スピードで突進してくるのが目に入った。

 

「うぉっと!?」

 

慌てふためいて空中で手足をバタバタさせて回避を試みるがあまりのスピードに間に合わず激突し、吹き飛ばされてしまうバッティ。

 

「どぉぁった!?」「った!?」

 

ゴチンッ━━ドシンッ━━

 

派手な音と共に落ちたバッティとリコ。そんな光景に一瞬、呆然とした二人だったがすぐに我にかえってリコの元へ駆け寄った。

 

「リコちゃんっ!!」

「いったた~……あっ…落ちてないから!狙って体当たりしたんだし」

「…案外大丈夫そうだな」

 

こんな時にまで強がるリコを見て八幡は呆れながらも内心、無事だったことに安心する。

 

「無事だったんだね~」

 

リコの強がりをスルーして無事をなのを確認したみらいも良かったと胸を撫で下ろした。

 

「あなた達の方が危なかったでしょうが!……まったく、世話が焼けるわね」

 

文句を言いながらプイッと横を向くリコ。顔が少し赤く見える気のせいだろうか。

 

「リコちゃん!」

「?」

 

名前を呼ばれてそっぽを向いていた顔をみらいの方へ向けると目の前に手が差し出される。

 

「また助けてもらっちゃったね、ありがとう!」

「ぁ…」

 

みらいの満面の笑顔と差し出された手にリコは目をぱちくりさせてそれを見つめた。

 

「そうだな、助かった…その…あれだ…ありがとう」

 

八幡もみらいに続いて素直に告げる。

 

「………」

 

みらいの満面の笑顔と八幡の素直な言葉に戸惑うリコの顔は先程よりも赤くなっていた。

 

「…ん」

 

リコがおずおずと差し出されたみらいの手をとる。すると、不思議な事に二人の胸の辺りからまばゆい光と共にリンクルストーンが現れた。

 

「リンクルストーンが…」

「えっ!?」

「また光った!?」

 

光輝く二人のリンクルストーン、その輝きはみらいを追って渡り廊下の下まで来ていた青年にも目にも映る。

 

「?……この輝きは」

 

渡り廊下の下から見上げた青年は驚きの表情を浮かべた。

 

「…もう一人のお嬢さん、探す手間が省けましたよ!!」

 

吹き飛ばされていたバッティは語気を荒げてヨクバールをけしかける。

 

「ヨクッ」

 

迫るトラック型ヨクバール、このままでは四人共やられてしまうだろう。

 

「きたわ!?」

「っ……どうする!?」

「ダイヤの光を信じるモフ~!」

 

モフルンがみらいとリコを見てそう告げるとみらいは決意の表情で浮かべた。

 

「リコちゃん!」

 

その表情を見たリコは頷き()()()と同じようにみらいと手を繋ぐ。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

「「ダイヤ!」」

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

呪文を唱えると二人とモフルンを光が包んで見えなくなった。

 

「これは……あの時と同じ」

 

思い出すのは八幡がビルの屋上から目にした光。箒の上で追い詰められた二人が起こした奇跡の魔法。

 

「伝説の……魔法使い」

 

光が晴れて、魔法陣の中から伝説の魔法使い、プリキュアに変身した二人とモフルンが飛び出す。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

ポーズを決めて、華麗に着地する二人。渡り廊下の下からその光景を見ていた青年は信じられない物を見たような顔で呟いた。

 

「プリキュア……伝説の魔法使い、プリキュアか!?」

 

変身した二人をバッティは待っていたと言わんばかりに再びヨクバールをけしかける。

 

「今度は手加減しませんよ!」

「ヨクバァールッ!!」

 

ヨクバールは髑髏の顔からカラスのくちばしを覗かせて二人に突進した。

 

「「ふっ……はぁぁぁぁっ!!」」

 

その突進に対して二人はヨクバールに向かって跳躍、そして同時に跳び蹴りを放つ。

 

「ッヨクバァ!?」

 

二人の跳び蹴りがヨクバールの顔面にめり込み、派手に羽を散らしながら後方へ吹き飛んだ。

 

「ョ…クバァルッ!」

 

空中で体勢を立て直したヨクバールはお返しとばかりに無数のタイヤを高速回転させて飛ばしてくる。

 

「「ふっ!!」」

 

気合いと共に前に向かって飛び上がり、襲い掛かる無数のタイヤを空中で身を翻して華麗にかわす二人。

 

━━ドンッ、ドゴォンッ

 

「あっ」

 

音に反応して後ろを向いたミラクルの目に、よけたタイヤが校舎に直撃して派手に崩れるのが見えた。

 

「はっ、たぁっ、ふっ」

 

校舎が壊れる事なんてお構いなしで攻撃を仕掛けてくるヨクバール。その攻撃をマジカルはひとつ、ひとつ、叩き落としてこれ以上被害が広まらないように立ち回っていた。

 

「あっ……くぅっ…」

 

マジカルが反射的に避けてしまったタイヤが杖の木のある建物の方へ向かっているのに気付いたミラクルはものすごい速さでそれを追いかける。

 

「ふっ!あぁっ」

 

タイヤに追い付いたミラクルはその勢いのままタイヤに向かって思いっきり体当たりをしてどうにか軌道を逸らす事に成功した。

 

しかし、その代償にミラクルも吹き飛び、渡り廊下の下へ落下してしまう。

 

「ふぁっ!?ミラクルッ!!」

「危ない!」

 

モフルンと八幡の悲鳴と共にかなりの高さから地面に叩きつけられたミラクル。

 

「ミラクル!」

 

落ちていったミラクルの元へマジカルが駆けつけ、心配そうに覗きこむ。

 

「…ちょっと痛かった」

「もぉ…」

 

えへへと額をさすりながら笑うミラクルにマジカルは心配させないでと眉を寄せた。

 

「良かったモフ~」

「ちょっと痛かったで済む高さじゃないだろ……」

 

安堵するモフルンと無事を喜びつつ、改めてプリキュアの凄さを目の当たりにした八幡。

 

「あっ危ないモフッ!」

 

安心したのも束の間、再びタイヤが二人を襲う。

 

「っ…」

「わぁ!?」

 

間一髪のところでマジカルがミラクルの方へ飛び込み回避できたが、避けたタイヤが杖の木のある建物に直撃してしまった。

 

「あっ、このままじゃ学校が……」

 

幸い建物は倒壊せずヒビが入る程度で済んだが、次、直撃すれば確実に崩れてしまうだろう。

 

「…何とかしないと、このままじゃ学校に通えなくなっちゃう!!」

「ええ!あっ…でも、私はもう……」

 

退学になるからと俯くマジカルにミラクルは自信満々な声で言いはなった。

 

「大丈夫!」

「?」

 

何が大丈夫なのかとマジカルは怪訝な顔でミラクルを見つめる。

 

「だって、まだ校長先生とお話ししてないんだから…会いに行こう!二人で……ううん、モフルンと八くんも一緒にみんなで!!」

「……ほんと、お節介なんだから」

 

ミラクルの言葉に敵わないなという表情でマジカルが頷いた。

 

「モフ」

「……変身してもあいつは変わらないな」

 

そんな二人の様子をモフルンが笑顔で見守り、八幡もまた苦笑する。

 

「早くプリキュアを捕まえるのです!」

「ギョイッ!」

 

苛立つバッティがヨクバールを叱咤し、それに応えるために鼻息を荒くして二人へ突撃した。

 

「ヨクバァァル!」

 

突撃してくるヨクバールを真っ直ぐ見つめ、二人は決意と共に言葉をぶつける。

 

「校長先生に会いに行くんだから…」

 

「私達の…」

 

「「邪魔をしないで!!」」

 

二人の想いに応えるように杖の木が輝いて、リンクルストーンが共鳴する。

 

「ふぇ?」

「なに?」

 

杖の木から虹色の光が空へ、そしてモフルンの胸のリンクルストーンダイヤに降り注いだ。

 

「モフ?」

「光が…」

 

降り注いだ光がダイヤに反射して二つに別れてミラクルとマジカルの元へと向かい二人の杖を包み込む。

 

「魔法の杖が…」

「これもダイヤの力…?」

 

降り注いだ光は二人の杖を変化させた。杖の柄にはリンクルストーンダイヤがセットされていて持ち手が長くなっている。

 

「リンクルストーンがこの世界の力を二人の杖に導いた…あれは……」

 

戦いを見守っていた青年は何かを知っているようで驚き、口を開いた。

 

「輝きを纏いし伝説の杖、リンクルステッキ!!」

 

伝説の杖、リンクルステッキが今、伝説の魔法使いの手に収まる。

 

「マジカル!」

「ミラクル!」

 

ステッキを手にした瞬間、二人は何をどうすればいいのか直感的に理解してお互いにステッキを構えた。

 

「させませんよ!!ヨクバール!」

「ヨクバァァルッ」

 

リンクルステッキの登場に焦りを感じたバッティの指示にヨクバールが今までで一番の速さで突撃するが、すでに構えていた二人の方が早い。

 

「これなら…」

 

━━パチンッ

 

二人の勝利を確信した八幡の耳に指を弾いたような音が聞こえた。

 

「何だ?今の音…」

 

ビュォォォォッ━━

 

「きゃあっ!?」

「っ杖が!?」

 

突如、ミラクルとマジカルの前で強烈な突風が起きて手にしていたリンクルステッキが飛ばされてしまう。

 

「ヨクバァッ!!」

 

突風に気を取られている間にヨクバールが更に速度を増す。突然の出来事に二人は回避する暇もなく直撃を受けてしまった。

 

「わぁぁっ!?」

「っきゃああ!?」

 

その威力はタイヤ攻撃の比ではなく、二人とも吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「ミラクル!マジカル!」

 

モフルンの悲痛な声が響く。あのまま勝てるはずだったのに謎の突風のせいで全てがひっくり返ってしまった。

 

「くそっ……!」

 

悪態をついた八幡は考えるより先に足が動き、二人の元へ向かっていた。

 

向かう最中、頭の中では様々な考えが浮かぶ。

 

二人は無事なのか?

 

向かったところで何が出来るのか?

 

そもそもどうして向かっているのか?

 

ぐるぐる考えが頭の中を駆けめぐり、まとまらないまま戦いの場に足を踏入れる八幡。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息も絶え絶えに辺りを見回すと倒れている二人を見つけ、急いで駆け寄る。

 

「うぅ……」

「っう……」

 

かなりダメージを負ってはいるが、大事に至ってはないようだった。だが、このままではいつ追撃がくるかわからない。

 

「どうする……?」

 

さっきまでの戦いはとてもじゃないが普通の高校生である八幡が割って入れるようなレベルじゃない。むしろ、居ることで足を引っ張る可能性が高いだろう。

 

「ぅ……八くん?」

 

悩んでいる内に意識を取り戻したミラクルが八幡の方を見て呟いた。

 

「…気が付いたみたいだな、大丈夫か?」

「う…ん、なんとか……っマジカルは!?」

「…んぅぅ…ここは……」

 

マジカルも気が付いたようでキョロキョロ周りを見回している。

 

「フフッ、どうやらここまでのようですね、お嬢さん方?」

 

勝ち誇った笑みを浮かべ、バッティがゆっくり近づいてきた。

 

「くっ……」

 

いまだ倒れたままの二人を庇うように八幡はバッティと対峙するが、その足は小さく震えていた。

 

敵わないのは百も承知、この状況で立ち塞がるからには、前みたいに軽くあしらわれる程度では済まないだろう。

 

それが目に見えているため体が恐怖しているのだ。

 

「おや?また貴方ですか、フッ無駄なことを…」

「………」

 

立ちはだかる八幡を特に障害になるとは思ってないバッティはその姿を見て嘲笑う。吹けば飛ぶような存在が無謀なことをしていると。

 

「…無駄なんかじゃない!!」

 

声に驚いて振り向くとそこには傷を負いながらも立ち上がったミラクルがいた。その瞳は真っ直ぐバッティを見据えている。

 

「八くんは……助けてくれた!今もこの前も…誰だって怖くて逃げ出してもおかしくないのに守ってくれてるの!!」

 

ミラクルの言葉にマジカルも立ち上がり、続く。

 

「そう…ね……捻くれてるけど優しい…何だかんだでここまで付いてきてくれて…退学になりそうな私を庇ってくれた……今だって!!」

 

二人が何をいっているのか八幡には一瞬、理解できなかった。

 

助けようとした、けれど何も出来なかった、庇った訳じゃない、ただ責任を押し付けたくなかっただけ、逃げ出さなかったのだってそんな無責任なことはしたくなかったから、結局のところ全部自分のためだ。

 

「フッ、フハハハッ何をいうかと思えば、結果が伴わなければ何の意味もない。所詮、彼には何もできませんよ」

 

その通りだと八幡は思う。助けようとしたって助けられなければ、なにもしてないのと一緒。バッティのいうように八幡にはこの窮地を救うような力はない。

 

「それは違う!結果がどうとかじゃない、助けようとしてくれる…その想いに私は勇気を貰ったの!だから…」

 

「意味がない?そんなわけないじゃない私はその優しさに踏み出す力を貰った!だから…」

 

「八くんを」「八幡さんを」

 

「「バカにしないで!!」」

 

二人の叫びに再び応えるように飛ばされていたステッキが輝きを放つ。

 

「この光は…」

 

リンクルステッキの光はミラクルとマジカルの後ろの方からだ。

 

「くっ…しかし、この距離ならば貴女方がたどり着く前にヨクバールの攻撃が届くっ!やれ、ヨクバール!」

「ギョイッ!」

 

突撃体勢に入るヨクバール。このままだと攻撃の方が早い、何が手はないかと八幡は必死に考えを巡らせるがなにも浮かばない。

 

(っ…これじゃ結局()()変わらな…い…?)

 

何かが引っ掛かって思考が止まる。ふと、ポケットへと手を伸ばし、そして思い至った。

 

「っミラクル!マジカル!」

 

後ろを振り向き、二人に視線で合図を送る。前は伝わらなかったが今なら伝わる気がした。

 

「…わかった!」

「…任せたわよ!」

 

意図を理解した二人は八幡を信じて頷くと目をぎゅっと(つむ)って後ろへと思いっきり跳んだ。

 

「行かせませんよ!ヨクバールっ!!」

「ヨクバァァル!!」

 

凄まじいスピードでヨクバールが迫る中、八幡はポケットから魔法の杖を出して構える。

 

(一か八かだ、イメージしろ…魔法の使い方なんてわからない、でも、あの時と同じように…!)

 

思い出すのは、二人の元へと瞬間移動した時、あの時はリンクルストーンの力があったからかもしれない。それでも、今はその感覚を頼りにするしかないのだ。

 

「何をしようと無駄ですっ貴方たち魔法使いの退屈な魔法では闇の魔法は止められない」

 

(思い浮かべるのは光…映画や漫画、ゲームで見るような閃光弾のイメージ)

 

ヨクバールはすぐそこまで来ている。八幡は意を決して呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!閃光よ、爆ぜろ!!」

 

その瞬間、杖の先から文字通り目が眩むような光が発せられて目の前が真っ白に塗り潰される。

 

「ヨクバッ!?」

 

光は当然目の前にいたヨクバールの視界も塗り潰し、驚いたヨクバールは混乱して明後日の方向へ突っ込んでしまった。

 

「ぐっ……目がぁっ!?」

 

少し離れたところにいたはずのバッティにも効果が及んだようで目を押さえてうずくまっている。

 

「今だ!!」

 

自身の放った魔法で視界が奪われている中、八幡は後ろへ跳んだ二人へ叫んだ。

 

「いくよ!マジカル!!」

「ええ!ミラクル!!」

 

二人はリンクルステッキを拾い、そして構える。八幡の合図と共に目を閉じていた二人には魔法の効果は及んでいない。

 

「っまずい…!ヨクバール!!」

「ヨッヨクバッ?」

 

危機を感じたバッティが指示をとばすが、ヨクバールの視界はまだ回復しきっていないためどこに向かっていけばいいのかわからず、戸惑っていた。

 

「「こっちよ!!」」

 

その最中、ミラクルとマジカルが自分達がいる場所を声で知らせる。

 

「ヨクバァッル!!」

 

声がする方へ全速力で突進するヨクバール。しかし、すでに二人はリンクルステッキを手に待ち構えていた。

 

「「ダイヤ!」」

 

「「永遠の輝きよ!私達の手に!」」

 

二人が手を繋ぐと地面からキラキラした光の粒が溢れ一面を埋め尽くす。

 

「「フルフルリンクル!」」

 

呪文を唱えながら上段に構えたステッキで空中に図形を描くと、二人の描いた図形が繋がりダイヤの形となって、迫り来るヨクバールと激突する。

 

バチバチと火花を散らしてぶつかり合う光と闇。その均衡を破ったのはプリキュアの光だった。

 

「「プリキュア!」」

 

ダイヤの図形が魔法陣へと変わり、闇を押し返す。

 

「「ダイヤモンド……」」

 

杖を掲げて繋いだ手をぎゅっと固く握ると光が強さを増して魔法陣が輝いてヨクバールをダイヤモンドの中に閉じ込めた。

 

「「エターナル!!」」

 

繋いだ手を放つように前へとつきだす二人。するとヨクバールを閉じ込めたダイヤモンドが砲弾のように空へと吹き飛んでいく。

 

「ヨクバール……」

 

ダイヤモンドは大気圏を越えて宇宙へと飛び出した。そして閉じ込められていたヨクバールは浄化され、そのまま宇宙の彼方で弾けて元の羽根とトラックに別れて地上に降りていった。

 

「なっ…ヨクバールが!?」

 

ようやく視界が回復したバッティは浄化されていくヨクバールを目にして驚愕の声を出す。

 

「私の魔法を破っただと…!?くっ……オボエテーロ!!」

 

バッティは自らの魔法が破れたことが信じられないといった表情をしながら呪文を唱え、撤退していった。

 

「…あれって捨て台詞じゃなくて呪文だったのか」

 

その場から消えたバッティを見て一人納得する八幡。すると、ヨクバールに壊された校舎がきれいに元に戻っていく。

 

「この前もそうだが一体どういう仕組みなんだこれ……」

 

元通り直った校舎を見てそんなことを考えているとみらいとリコ、そしてモフルンが八幡の方へと手を振っているのが見えた。

 

「おーい八くーん」

「モフ~!」

 

元気なみらいとモフルンの声を聞いて無事なことを確認しつつ、三人が待つ方へと八幡は向かい合流する。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「そういえば、俺がやろうとした事がよくわかったな?」

「え?」

「何のこと?」

 

全員の無事を確かめた八幡は疑問に思っていたことを口にした。

 

「いや俺が目眩ましを使ったとき何も言わなかったのに目を閉じてたからよくわかったなと」

 

あの時は直感的に伝わると思った八幡だが、冷静に考えてみると普通はあのやり取りだけでわかるはずかない。

 

「うーん……あの時はなんとなく八くんのすることが伝わってきたっていうか…」

「そうね、私もなんとなくこうするんじゃないかって思って……」

「なんとなくかよ……」

 

返ってきた答えがあまりに漠然としていて少し呆れる八幡。

 

「……そうだ!あの時八くんが唱えた呪文、かっこよかったよね~!」

 

みらいの一言が八幡の心にグサリと刺さる。

 

「……そんなことないだろ」

 

唱えている時はとにかくイメージに集中していてなんとも思わなかったが、思い返すと八幡の黒歴史に新たな一ページが刻まれるレベルで恥ずかしかった。

 

「ええ~かっこいいよ!だって爆ぜろってスッゴい言いたくなるもん」

「……頼むから勘弁してくれ」

 

イメージしやすかったとはいえ閃光よ、爆ぜろなんて中二病全開のフレーズを言うんじゃなかったと八幡は激しく後悔する。

 

「爆ぜろ…閃光よ…爆裂……」

「おい朝比奈、その辺にしといた方がいいぞ」

 

みらいの中で何かが目覚めそうになっていたので八幡はその道を通った者として忠告を出した。

 

「……ところで、その杖どうしたの?」

 

今まで自然とスルーしていたが、みらいも八幡もいつの間にか杖を持っていることに驚くリコ。

 

「あー…そういえば言ってなかったな」

「えーと、これはね…」

「二人が杖の木から授かったのだ」

「「「「?」」」」

 

答えようとした二人の代わりに別の声が答える。突然会話に入ってきた声に四人は疑問を浮かべて声のした方を向いた。

 

「あ~杖の木のところで会った人」「え…?」

「いやその通りだけどそれはないだろ……」「あっあっあっ……こっ」

「「?」」

 

声の主はみらいとモフルン、そして八幡が杖の木がある部屋で出会った青年だった。

 

平然としている二人とはうって変わって驚き口をパクパクさせているリコに何事かとみらいと八幡は視線を向ける。

 

「こっ校長…先生!」

「…え?」

「…は?」

 

青年のまさかの正体に唖然とする二人。するとみるみる内に青年の服装が豪華なものへと変わっていった。

 

「ええ~!?この人が…魔法学校の校長先生?」

「左様…」

「まさか…本人だったとは……」

 

校長先生の居場所を知っているどころか本人だなんて想像もしていなかった八幡は若すぎだろと呟く。

 

「あっあの、校長先生!お話があるんです!!」

 

みらいは青年の正体に驚きながらも意を決して切り出し、リコもみらいの後に訴えた。

 

「私達、プリキュアに…」

「みなまで言うな」

「「え?」」

 

直談判をしようとしていた矢先に止められ、困惑する二人。

 

「もう事情はさっき朝比奈から聞いて知ってるって事だろ」

「あ…」

 

そう八幡の言うとおり、杖の木の部屋でみらいは校長先生とは知らず青年に理由を話していたのだ。

 

「……授業を受けてもらいたい…君達三人に」

「授業?ってことは……」

 

校長先生の提案にリコは混乱する頭を整理しながら考える。

 

「退学なんかじゃないってことだよ!良かったね!リコちゃん!!」

「あ…ええ!」

 

喜びのあまり満面の笑顔でリコに抱きつくみらい。リコもようやく理解したようで声が弾んでいた。

 

「「「「ん?」」」」

 

喜ぶみらいとリコを見て八幡とモフルンも顔を綻ばせたが、校長先生の言葉に四人は疑問を覚える。

 

「ちょっと…待てよ」

「君達…」

「三…人?」

「モフ」

 

三人、つまりリコだけではない。そこには当然……

 

「今、三人って言いました?」

「ああ、君達もだ。しばらくの間、この学校にとどまってくれないだろうか?」

「は……?」

「え……?」

 

 

 

 

 

 

「「「ええぇぇぇっ~!!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

マホウ界の空に三人の声が響くのだった。

 

 

 

 

「モフ?」

 

 

 

━三話に続く━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…せっかく手を貸してあげたのに負けるなんてね……まあ、面白いものも見れた事ですし、良しとしましょう……フフフ」

 

物陰から戦いを観察していた人物は妖しく笑うと校舎の中へ消えていく。

 

 

その視線を向けられていた四人はその事に気付く筈もなかった……。

 

 





次回予告


「みんなで一緒にお買いもの~♪」

「寄り道はしないわよ?魔法学校に通う準備なんだから」

「おかしい、いつの間にか俺の春休みが補習授業に変わってやがる…」

「モフッ甘い匂いモフ!」

「なになにっ!?クッキー?イチゴメロンパン?」

「あーなんかマッ缶飲みたくなってきたなぁ」

「あの甘いコーヒー?私も飲みたい…っそうじゃない、だーかーら……って、この光!ひょっとして新しいリンクルストーン!?」




次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「魔法商店街でショッピング!通うなんて聞いてないんですけど…?目覚めるルビーの力!」






「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話「魔法商店街でショッピング!通うなんて聞いてないんですけど……?目覚めるルビーの力!」Aパート

 

ここはナシマホウ界のみらいの家。みらいの祖母である結希かの子は帰りの遅い孫娘からの電話を心配そうに受けていた。

 

「あら、みらい?魔法使いは見つかったの?」

「うーん、見つかったていうか…私もなれちゃいそうなの!」

「え?」

 

魔法使いを探しに出掛けていった孫娘がその魔法使いになれちゃいそうという事に目を丸くして驚くかの子。

 

「えっと、魔法使いのリコちゃんに会って、それから八くんとも会って、猫がフワッて喋って、箒で空飛んで、それから…色々あってカタツムリでマホウ界に来たの」

「ざっくりしすぎだろ……」

「はぁ…」

 

電話代わりの魔法の水晶に向かって身ぶり手振りを交えながら話すみらいに八幡とリコが呆れて首を振り、校長先生は苦笑している。

 

「魔法学校で校長先生が春休みに勉強しようって」

「はあ…?」

 

みらいの説明が要領を得ないのもあるが、あまりの出来事にかの子は状況が飲み込めていない。

 

「とにかく、色々あって……おばあちゃんっ!私っ入りたいの!魔法学校に!!」

 

うまく伝わってないことはみらいも分かっていた。だからこそどうしても入りたいという気持ちを正直にかの子にぶつける。

 

「……」

 

リコはそんな二人のやり取りを心配そうに見守っていた。

 

「…そうかい」

「「?」」

 

水晶から、かの子の声が返ってくる。その声音は穏やかかで優しく、リコと校長先生が意外そうな顔をしていた。

 

「みらいが決めたことなんでしょ?応援するよ」

「わぁ…やった~!!」

「モフ~」

「…すげえな」

 

喜ぶみらいとモフルン。その様子を見ていた八幡はかの子の懐の広さに思わずそう洩らす。

 

「お父さんとお母さんには言っておくから、頑張りなさい!」

「ありがとう!!」

 

孫娘へエールを贈るかの子の表情は水晶越しでも優しく微笑んでいることがわかる。

 

(きっと朝比奈のおばあさんには説明なんて半分も伝わってないだろう。だが、朝比奈を信じてやりたいことを応援すると言っている…)

 

そんな信頼を向けられるみらいを八幡は心の中で少し羨ましいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かった!お母さんには小町が伝えとくね」

「え…?」

 

みらいの方は無事許可が取れたので次は八幡の番ということで家へ連絡し、ここでダメと言ってくれれば…と淡い希望を持ちつつ、簡単に事情説明したのだが、あっさりと許可されてしまう。

 

「お土産はお兄ちゃんの楽しい思い出で、あっ今の小町的にポイント高い!」

「いやいや、えーと、小町ちゃん?きちんと話を聞いてた?お兄ちゃん春休みの間帰ってこれないんだよ?」

 

困るでしょ?と小町に問うとため息を吐きながら全くしょうがないごみぃちゃんだなぁと呆れた台詞と共に答えが返ってきた。

 

「別に、小町はお兄ちゃんがいなくても困らないよ?それにどうせ家にいてもお兄ちゃんはだらだらとしてるだけなんだからいい機会でしょ」

「ぐっ…間違ってないから言い返せない」

 

妹の正論に言いくるめられる兄。小町はこれ以上兄が言い訳して逃げれないようにするために会話を打ち切ろうとする。

 

「それじゃあみらいさん、リコさん、こんな捻くれた兄ですがよろしくお願いします…じゃお兄ちゃん頑張ってね~」

 

ガチャリと電話を切る音が響いてその場がシーンとなった。

 

「やられた…」

 

こうなってしまえば、もはや通うしかない。そもそもみらいとリコが会話に入ってきた時点で小町の反応が変わったことに気付くべきだったと悔いる八幡。

 

ある意味みらいと同じく送り出された八幡だが、その内容は真逆と言ってもいいだろう。信頼されたみらいとは違い、丸投げされたのだから。

 

「…ともかく、二人とも許可が下りたようだね。なら、必要な物を揃えに買い出しへ行ってきなさい」

「必要な物…ですか?」

「モフ?」

 

落ち込む八幡を他所に話が進んでいく。

 

「左様、ではリコくん案内は任せた。魔法の絨毯を呼んであるからそれに乗っていくといい」

「はっはい!…それじゃ行くわよ二人とも」

 

リコに促されてみらいとモフルン、その後に続いて足取りの重い八幡が続いた。

 

「はぁ……何でこんなことに…」

 

二人の後をついていきながら八幡はため息をつき、校長とのやり取りを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人が声を揃えて叫んだ後、みらいと八幡は校長の提案にそれぞれ違う反応を見せていた。

 

「あのっあのっそれってつまり、魔法学校に通うって事ですか!?」

「左様、春休みの間だけリコくんと一緒に授業を受けてもらいたい」

 

校長に確認をとるとみらいは嬉しそうに笑ってはしゃいでいる。それとは対称的に八幡の表情は暗い。

 

「…それは俺も通わないといけませんか?」

「いや、あくまでもお願いであって強制ではない」

 

強制ではないという言葉に八幡はこの話を断ろうと考えていた。

 

「ええっ!?八くん一緒に通わないの…?」

「…俺が通う必要はないだろ」

 

悲しそうな顔をするみらいから目を背けながら八幡は通わなくてもいい理由を並べていく。

 

「俺がここまで来たのはリンクルストーンを持ってくるのと事情を説明するためだ。伝説の魔法使いに変身した朝比奈はともかく、俺は通う必要がない」

 

八幡は言い終えると、ポケットからリンクルストーンを取り出した。

 

「これはここに置いていきます。調べるなりなんなり好きにしてください」

「そんな…」

 

みらいの表情がさらに曇る。

 

(これでいい。俺は朝比奈のついでに誘われただけ…ただの高校生がこれ以上魔法なんてものに関わるのは間違っている)

 

「ふむ、君が本当に嫌なら私は退こう。しかし、私は伝説の魔法使いだからという理由で授業を受けてほしいわけではない」

「え…?」

 

予想外の校長の言葉に八幡は驚き、思わず声を漏らした。

 

「君達の想いに杖の木は応え、杖を与えた。つまりそれはこの世界が君達を受け入れたのだ。ならば一人の魔法使いとしてそれに応えなければなるまい」

「受け入れた……」

 

伝説の魔法使いだからではない。つまりみらいのついでではなく、八幡もまたこの世界に受け入れたということだ。

 

「そうだよ!プリキュアだからなんて関係ない、八くんだって私と同じだもん!!」

 

未だに驚いたまま考えがまとまらない八幡にみらいはそれに、と続ける。

 

「八くんだってリンクルストーンを持ってるんだから、もしかしたらプリキュアになれるかも知れないよ!!」

「…そうね、可能性はあるかも」

「…は?」

 

とんでもないことを言い出したみらいとそれに頷くリコ。

 

「いくらなんでもそれはない…お前、俺にあのフリフリの衣装が似合うと?」

 

八幡は自分があのフリフリの衣装を着て戦うところを想像して身震いした。

 

「あはは…」

 

みらいもその光景を想像したのか、ひきつった笑いを浮かべる。

 

「…ともかく、二人ともご家族に連絡してはどうかな?通うかどうかは決めるのはそれからでも遅くはない」

 

変な方向に話が逸れかけたが、ともかく校長の提案で八幡とみらいは家に連絡をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━そして今に至る。

 

「そうだった…それから家に連絡したら、小町が出て、事情を説明するため二人を呼んだら態度が急に変わって話し半分のまま送り出されたんだった…」

「なに一人でブツブツ言ってるの…?」

 

思い返して後悔している八幡の顔を見て少し引いてしまったリコ。それほどまでに今の八幡は暗い。

 

「おお~!魔法の絨毯!!ワクワクもんだぁ~!!」

「モフ~」

 

それとは反対にみらいは初めて乗る魔法の絨毯にはしゃぎ、モフルンも絨毯の上でポヨンッポヨンッと跳び跳ねていた。

 

「…あんまりはしゃぐなよ、危ないから」

「わかったモフ!」

 

跳び跳ねるモフルンに注意する八幡。あれから四人は校長先生が手配してくれた魔法の絨毯に乗り町へ向かっている。

 

魔法の絨毯には四人の他に駅のホームで見た謎の生き物がハンドルを握り、運転手として同乗していた。

 

「それにしてもよく許してくれたわね」

 

はしゃいでいたみらいにリコが問う。八幡もその話に興味があり、耳をかたむけている。

 

「…おばあちゃん、いつも私を信じてくれるんだ、だから何でも正直に話せるの」

「……ふぅん」

「ほーん…」

 

嬉しそうにおばあちゃんのことを話すみらいを見てリコは少し羨ましそうに俯き、八幡もまた何かを考えるように上を向いた。

 

「リコちゃん、ありがとね」

「え?」

 

突然、みらいからお礼を言われたリコは何のことかと思い顔をあげる。

 

「買い物に付き合ってくれて」

「校長先生に頼まれたし、それに私も補習授業の準備があるから」

 

気にしないでとリコが言うと、嬉しそうに笑うみらい。

 

「モフッ町が見えてきたモフ!」

 

モフルンの声に前を向くと大きな木の上にある町が見える。雲から突き出たその木は下からではとても登れそうにないことから、マホウ界での移動手段が主に空を飛ぶことだというのが分かる。

 

「わぁ…大きいね…」

「そうだな、どんだけでかいんだよ…」

「ちなみに、あれ全部お店だから」

「「「ふぇ?」」」

 

大きな町、その全てがお店ということに驚く三人。

 

「あらゆる魔法の道具が揃う、魔法商店街よ」

 

魔法商店街、その言葉にみらいは目を輝かせワクワクいっぱいの笑顔を浮かべる。

 

「今、魔法商店街っていいましたっ!?」

 

みらいの元気な声が空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「招き猫?」

「モフ」

「これまたでかいな」

 

魔法の絨毯から降りて広場に来た四人はその中心に建っている炎の灯ったランプを持つ大きな猫像の前にいた。

 

「この像は町のシンボルでね、情熱の炎を守っているの」

「情熱の炎?」

 

その説明に首をかしげるみらい。八幡もまじまじと情熱の炎を見つめている。

 

「この街には古い伝説があるんじゃ」

「「「?」」」

 

四人は背後から声を突然声をかけられて驚き、振り向くとそこには杖をついたおじいさんがいた。

 

「フックさんっ?」

「知り合いか?」

「ええ…でも」

 

どうやらリコの知り合いだったらしいが何やら少し渋い顔をしている。

 

「遥か昔、この街が深い闇に覆われたときのことじゃ…」

 

そしてフックは街の昔話を語り始めた。

 

「光を失い、街は荒れ果て、人々が輝きを失いかけた…その時、突然炎が吹き出した、炎は人々の心に希望とそして情熱をもたらしたのじゃ」

 

フックが語ったのは情熱の炎の由来にまつわる話だった。その話にみらいと八幡は聞き入っている。

 

「闇は消え、街は再び活気を取り戻したそうな…炎は人々の情熱を宿し、今でもこうして燃え続けておる」

「へぇ…」

「ほー…」

 

話を聞き終えた二人は情熱の炎の方を向いてその歴史を感じていた。

 

「お嬢さん、そしてお兄さん、ペガサス横町の伝説もまたすごいぞ、遥か昔…」

 

話に聞き入っていた二人を気に入ったのか嬉々として話そうとするフック。

 

「うぅ…あ、買い物があるから行かないと…」

 

慌ててその話を遮ったリコが、みらいの手を引いて歩き出したのでフックに一礼してから、八幡もその後をついていく。

 

「…話始めたら止まらないんだからっ」

「さっきの顔はそういう理由か…」

 

リコが渋い顔をした理由に確かに話が好きそうなおじいさんだったなと納得する八幡。

 

「甘い匂いがするモフ」

「「「え?」」」

 

抱えられていたモフルンがいきなりそんなことを言い出した。

 

「甘い匂いって…まさか」

 

また何かが起こるのかと思って身構える八幡だったが、特に何も起きない。

 

「あれじゃない?」

「あれ?」

 

みらいの向いた方を見るとわたあめを売っているお店があった。

 

「モフッ!」

「「おいしそう~っ!!」」

 

声を揃えてお店の方へ前のめりになるみらいとモフルン。

 

「もうっ!お菓子食べに来たんじゃないから!」

「…そうだな、あんまり寄り道してもあれだし」

 

リコは腰に手を当てて、はしゃぐ二人を注意する。八幡もそれに同意するが、心の中では二人と同じくおいしそうだなと思っていたことは黙っておく。

 

 

 

その後、四人はまず制服を揃えるために服屋へ来ていた。

 

「商店街で一番腕がいいと評判のフランソワさんの服屋よ」

「「おぉ~」」

「一番腕がいいって言われると値段が怖いな…」

 

今回、魔法の道具を揃えるにあたって、お金は学校が出してくれるらしい。校長先生いわく、こちらが頼んだのだから当然とのことだ。

 

だから、値段の心配もする必要はないのだがあまり高いものだとさすがに気が引ける。

 

「まぁ…腕はいいんだけど……」

「え、何、なんかあんの?」

 

困った顔をして言い淀むリコに八幡は一抹の不安を覚えながら店のドアを開けた。

 

「リコちゃん!いらっしゃ~い!!」

「うぇ…どうも」

 

ドアを開けると同時にテンションの高い声を出した人物はなかなかにインパクトのある人だった。

 

背の高いスラッとした体型におしゃれなコーディネート、髪には謎の生き物のような飾りをつけている。顔は化粧をしているがこれがファッションの最先端と言われれば納得してしまう気がする。

 

「ぉ……」

 

そのインパクトに驚いたみらいと八幡がなんといっていいか分からずに唖然としていると店内の商品が飛び交い始めた。

 

「わぁ…」

 

飛び交う商品にみらいが感嘆の声を洩らす。その商品は八幡の素人目から見ても鮮やかなものばかりで本当に腕がいいことがわかった。

 

「まあ!ナシマホウ界のお洋服じゃな~いっセンス良いわね~!!」

「うぇ?」

 

商品を掻き分けて進んできたその人はみらいの服を見ると次に八幡の方を向く。

 

「こっちの彼もいいわ~!色々着せたくなっちゃう!」

「ぇぇ……」

 

ここまでの会話で八幡はリコが言い淀んでいた理由を察してつい声を漏らした。

 

八幡の次はモフルンに目線を合わせて、それにと続ける。

 

「あら、可愛い!」

「モフルンモフ」

 

自己紹介したモフルンに目を見開いて驚くと抱き上げてテンション高くくるくると回りだした。

 

「きゃぁぁぁ~!しゃべった!!この子喋れるのね~!フワッフワでキュートね~!!」

「苦しいモフ…」

 

モフルンを抱き締めて頬擦りする姿に呆気にとられるみらい達。

 

「リコちゃん、ナシマホウ界ってなに?」

「あなた達が住んでる世界よ、マホウ界ではそう呼んでるの」

「そうなんだ」

「この状況でそこが気になったのかよ……」

 

こうして話している間にもモフルンは頬擦りから逃げようとして、逃げちゃダメと捕まり頬擦りされ続けている。

 

「あの、彼とこの子に魔法学校の制服を」

 

リコが本題に入るために用件を切り出すと頬擦りされていたモフルンがチャンスと言わんばかりに抜け出して八幡の後ろに隠れた。

 

「あら~、校長先生から話は聞いてるわよ」

 

ようやくお仕事スイッチが入ったのかテキパキと準備を始めるこのお店の主人フランソワ。

 

「さあ、素敵な制服を仕立てるわよ!」

 

そういって杖を掲げて呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ、採寸なさい」

 

すると、作業台の上に置いてあった二本のメジャーがみらいと八幡の周りを漂い、採寸し始めた。

 

「わ!?」

「お?」

 

驚く二人。採寸は終わったらしく、フランソワがさらに呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパっ、チョキチョキヌイヌイよ」

 

そう唱えると今度は裁縫に使うらしき道具が宙を舞って、布を切り、糸を通してひとりでに縫い始めたではないか。

 

「わぁぁぁ…!」

「あんな抽象的な呪文なのに服が出来上がっていく…」

 

出来上がる工程に興味深々のみらいと魔法の不思議に感心する八幡。そうこうしている間にも、みるみる制服が縫い上がっていく。

 

「さあ、出来たわよ!」

「わぁ…素敵!」

「サイズもピッタリだな」

 

出来上がった制服に着替えた二人。みらいの制服はリコと同じく赤を基調としたデザイン。八幡の制服は二人と違い赤ではなく青を基調としていた。

 

「とぉってもお似合いよ」

「可愛いモフ~」

 

綻びがないかチェックし終えると、モフルンを見てフランソワはさらに材料を取り出し始める。

 

「さて、あなたには…これがいいわ」

 

そうしてあっという間に出来上がったのは薄紫色の可愛いハンドポーチだった。

 

「おっと」

 

みらいが完成したポーチを受けとるとそこへ吸い込まれるようにモフルンがスポッと収まる。

 

「ありがとうモフ~!」

「ありがとうございます!」

 

モフルン専用の持ち運びポーチに満足した二人が、フランソワへお礼を言うとどういたしましてと返して今度は八幡の方へ近づいてきた。

 

「あなた…これなんか似合うんじゃないかしら?」

「は…え?」

 

そう言ってフランソワは眼鏡を取り出して八幡の顔にスッとかける。あまりに自然な動作だったので八幡は反応できずに為されるがままだ。

 

「やっぱり!思った通り、よく似合ってるわ~!」

「はあ…?そりゃどうも?」

「モフッ!格好いいモフ!」

 

突然眼鏡をかけられて戸惑っているが、モフルンに誉められて悪い気はしない八幡。

 

「どれどれ…わぁ!本当に似合ってる!!」

「そうね……いいんじゃないかしら」

 

みらいとリコからも誉められた。眼鏡ひとつでそんなに変わらないだろと思うがそうでもないらしい。

 

「これはあれか、腐ってる目が隠れるから格好よく見えるみたいな」

 

元々、目以外のパーツは整っているので目さえ隠せば格好よく写るのかもしれない。そんな事を言いながら八幡は眼鏡を外してポケットへしまう。

 

「…でも、いいの?サービスしちゃって」

 

モフルンの専用ポーチまでサービスしてもらい、そこまでして貰っていいのかと尋ねるリコにフランソワは杖をひょいっと振る。

 

「ちょっちょっと?」

 

リコの周りを糸の通った針が舞い、とれかけていた袖口のボタンを縫い始めた。

 

「また箒で落ちたでしょ?」

「「また?」」

「おっ落ちてないしっ」

 

またという部分に反応したみらいと八幡。リコは落ちてないと言い張るが、どうやらしょっちゅう箒から落ちるようだ。

 

「女の子は身だしなみが大切よ♪」

 

ウインクしながら説く姿は成る程、商店街で一番腕がいいと言われるのも分かる気がする。

 

「あっ…ありがとう」

 

今度から気を付けるのよと笑うフランソワにもう一度全員でお礼を言って四人は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━魔法学校の一室。校長が椅子に座って考え事をしていた。

 

「マホウ界とナシマホウ界。二つの世界の少女の出会いがダイヤの目覚めを呼び、その輝きが二人をプリキュアへと導いた。そして、未知なるリンクルストーンを持つ少年…」

 

杖の木に選ばれ、この世界に受け入れられた二人。

 

「…さらにはリンクルステッキまで…伝説とされていた存在が今、次々と我々の前に現れつつある。」

 

闇の魔法使いの存在。マホウ界に何が起きているのか?そしてなにより…

 

「魔法の水晶よ答えよ。全ての出来事はあの力へと繋がっているのだろうか?」

 

答えを知るために魔法の水晶へと尋ねる。

 

「あの力…リンクルストーンエメラルドの事ですね?」

「うむ…」

 

強大な力を持つリンクルストーンエメラルド、水晶と共に答えを模索していると誰かが魔法で部屋に入ってきた。

 

「校長先生、ナシマホウ界の子達はどうなりましたか?」

 

厳しい顔をして入ってきたのは教頭先生だった。

 

「あっああ、教頭。それなら…」

「お買い物しているところですわ」

 

魔法の水晶が気を利かせて魔法商店街へ買い物にいった四人の姿を映し、それを見た教頭は目を見開いて驚く。

 

「魔法学校の制服…!っ…まさか!?」

 

映し出された映像の中で、みらいと八幡が制服を着ていた。それがどういうか教頭は気付いたようだ。

 

「ふっ…ああ、入学させようかと」

「何て事を……本校始まって以来の大事件ですよっこれは!!?」

 

少ししてやったりとした顔をしている校長に教頭が事の重大さがお分かりですか!?と詰め寄る。

 

そうしている間にもみらい達のお買いものは進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランソワのお店を後にした四人は次の目的地に向かう途中、八百屋の前で呼び止められて立ち止まっていた。

 

「キュアップ・ラパパ!溶けろぃ」

 

少し独特なイントネーションで呪文を唱えたのは、この八百屋の主人であるトッドだ。その手に持っていた冷凍ミカンの氷がみるみる内に音をたてて溶けていく。

 

「冷凍ミカンだ。一つ食べていきなよ」

 

きれいに剥けたミカンを笑顔で差し出すトッド。溶かしてから剥くまでの魔法の手際がとてもスムーズで流石、八百屋といった感じだ。

 

「いいんですか?ちょっと硬いけど美味しいんだよね~」

「モフ~」

 

そう言ってはむっとミカンを一粒口にいれるみらいとモフルン。

 

「そっちのお兄さんもどう?」

「あ、どうも」

 

勧められて八幡も一粒もらう。そして二人がもぐもぐと咀嚼しているとある事に気が付いた。

 

「おおっ!柔らかくておいしい!!」

「硬くないモフ」

「しかも程よく冷たくてうまいな」

 

カタツムリニアで食べた硬い冷凍ミカンのイメージがあった三人はその美味しさに驚いていると、トッドが笑顔で教えてくれる。

 

「硬いのは解凍魔法の失敗だよ」

「「じ~……」」

「わっ私は失敗してないしぃ!」

 

ジト目を向けられて意地を張るリコにスッとトッドはミカンを差し出す。

 

「はむっ…もぐもぐ……ん!あっ…まあ?これはこれでアリね」

「めちゃくちゃ動揺してるじゃねえか……」

 

食べてみて明らかに自分が解凍したミカンよりも柔らかくておいしかったのが顔に出ているリコ。そこへ八幡が呆れたようにツッコんだ。

 

「あの校長先生みたいに氷のまま食べちゃう人もいるけど…」

 

口には出さなかったが、氷のままってそれはもう冷凍ミカンを食べるとは言わないんじゃないですかね、と思う八幡。

 

「しかし、いい歳だろうに歯が丈夫だよね~見た目も若いけどさ」

「え?いい歳?見た目も若いって?」

「校長先生の年齢は謎、魔法学校の七不思議のひとつよ」

「…魔法学校にもそういうのがあるんだな」

 

動く二宮金次郎像とか、誰もいないのに音が聞こえる音楽室のピアノ、トイレの花子さんなど、普通の学校で七不思議といえばこんな感じだが、年齢不詳の校長先生なんていうのはある意味魔法学校らしいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッと机をたたく音と共に、教頭のヒステリックな声が部屋に響いた。

 

「ありえませんっ!あの子達が入学なんてっ!!」

「教頭の頭は水晶よりも堅いですわ」

 

教頭の怒声をさらっと受け流すように水晶が皮肉混じりで答える。

 

「…本校の方針に口を挟まれる謂れはありません」

 

水晶の皮肉に対して、教頭は怒りを抑えて冷静に返した。

 

「おお~こわっ、そんなに怒ってばかりだとシワが増えますよ♪」カリッシャリッゴリッ

「まっ!?なんて口の悪い…!!」「美味し…」

 

水晶と教頭の論争がヒートアップしている横で凍ったままの冷凍ミカンをバリバリと美味しそうに食べる校長。

 

そんなことは露知らず、みらい達は次のお店へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ~!!箒がいっぱい!!」

「モフ~」

「あんまりショーウィンドウに顔を近付けるんじゃありません」

 

中に見える様々な種類の箒にテンションが上がってへばりつくように覗くみらいを注意する八幡。

 

「いらっしゃい、待ってたよ」

 

店の扉が開き、中から出迎えてくれたのは体格のいい男性だった。

 

「ようこそグスタフ箒店へ!この店は学生用からレース用までありとあらゆる箒を揃えてるぜ」

「へぇ~」

「レースなんてあるんすか」

 

ナシマホウ界でいうところのF-1レースみたいなものだろうかと周りの箒を見渡す。

 

「あぁ、結構盛り上がるんだぜ。っと、話が逸れたな…リコ、校長から聞いてるよ。この子達の箒だな?」

「ええ」

 

リコが答えるとグスタフはふむと言ってみらいと八幡を交互に観察し始めた。

 

「こっちの子は…そうだな……あんたの佇まいからすると」

 

グスタフが手をかざすと一本の箒が飛んできて手に収まる。

 

「この初心者用だな」

「わぁぁ!リコちゃんとお揃いだぁ!!」

「初心者用…」

 

みらいが嬉しそうに、八幡はじーっとリコの方を向いた。

 

「うっ…悪かったわね、私も初心者用よ…」

 

そう言って手に持っていた箒を傾けるリコ。

 

「おい、リコ、その箒……穂先は荒れて、柄は傷だらけ…さてはまた派手に落ちたな?」

「…落ちてないし」

 

流石は箒の店の主人といっていいのか、それともそれだけリコがよく落ちる事が認知されているのか。

 

「直しに来たんだろ?二人のと一緒に仕上げておくからよ…んで次はそっちのあんちゃんの方だか…」

 

グスタフは八幡をじーっと見ると、あんちゃんの佇まい…もしかしたら…と呟いて店の奥に行ってしまった。

 

「な、なんだ?俺、何かしたか…?」

「さあ?」

 

何事かと思って待っていると奥から一本の箒を持ってグスタフが戻ってくる。

 

「悪いな、待たせちまって」

「いえ…えっと、その箒は…」

 

見た感じはみらいやリコの箒と色が違うくらいしか変わらない。それでも、わざわざ店の奥から持ってきたということは何かあるのだろう。

 

「おう!こいつは俺がカスタムした箒でな?調子に乗って色々弄ってたら、ピーキー過ぎて誰も乗れなくなっちまったんだ」

「えぇ……俺も初心者なんですけど…」

「ちょ、ちょっとグスタフさん!?なんでそんな箒を八幡さんに!?」

 

リコが慌ててグスタフに詰め寄る。それも当然だ、箒に乗ったことがない八幡に誰も乗れない箒を持ってきたのだから。

 

「いやぁ…な?あんちゃんの佇まいを見てたら何かこう…ピンと来たんだよ」

「ピンとって…そんな曖昧な」

 

納得がいかない様子のリコにともかくと言ってグスタフは箒を八幡に差し出す。

 

「あんちゃんなら乗りこなせる、だからこの箒はあんちゃんのもんだ。コイツはもう調整済みだからこのまま持っていきな」

「…ありがとうございます」

 

お礼を言って言って受け取る八幡。そもそもお金を出したのは校長なので、八幡にはあれこれ言う資格はないと割りきった。

 

「わぁ…いいな~八くん、カスタムってなんかカッコいいね!!」

「カッコいいって…別に俺はレースに出る訳じゃないんだけど」

 

いくらカッコよかろうと、コイツを乗りこなせると託されようと、八幡は別に大会に出たりしないし、ライバルと競いあったりもしない。まして、いつの間にか世界を賭けたレースとかしたりはしないのだ。

 

「…しかし、リコが友達と来るなんて初めてじゃあねえか?」

 

リコから修理するために箒を受けとるとグスタフはそんなことを言い出した。

 

「と、友達ってゆうか……」

 

顔を背け、少し眉をよせながらぼそぼそっと喋るリコの様子に、ハッハッハッハとグスタフは笑う。

 

「できるまで、三人で町でもぶらついてきな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グスタフに勧められて箒が出来上がるまで町をぶらつく事にしたみらい達は広場のベンチに腰掛け、魔法のわたあめを食べていた。

 

「リコちゃーん」

 

植木鉢に魔法をかけていた花屋のお姉さんがリコに向かって手を振る。

 

「ん…」

 

それにわたあめを頬張りながら手を振り返すリコ。そんなリコを見てみらいが少し驚いたように話しかけた。

 

「商店街の人たちはよく知ってるんだね」

「だな、すれ違う度に話しかけられてるしな」

 

少し離れたところに立っていた八幡も同意する。実際、店を出てここに来るまで会う人、会う人がリコに話しかけていた。

 

「子供の頃から来てるから」

「みんないい人モフ~」

 

モフルンの言う通り、みんないい人だ。フランソワもトッドもグスタフもすれ違う人達みんな笑顔であふれていたのだから。

 

「そうだね~、みんなのおかげで私達も魔法使いだよ~っ!」

「いや、まだ何も教わってないから」

 

杖を取り出して見つめながらそんなことをいうみらいに八幡がツッコミ、リコはムッとして(たしな)める。

 

「そうよ、道具が揃っただけじゃ魔法は使えないわ……それなら私だって苦労はしない…」

「リコちゃん?」

 

ムッとしたかと思えば、いきなり落ち込んだように俯くリコをみらいが不思議そうに覗き込む。

 

「私…聞いちゃったの」

「何を?」

 

八幡に問われてポツリポツリとリコは語りだした。

 

「あれは私が校長室の前を通ったとき__」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「なに?エメラルドが」

 

廊下を歩いていたリコは校長の驚いた声を聞いて何だろうと思い、校長室を覗く。

 

「魔法の水晶よ、答えよ…リンクルストーンエメラルドが復活するんじゃな?」

 

中では校長が水晶に問いかけていた。

 

「光の…とても強い力を秘めた光の兆しがみえる……マホウ界…あるいはどこか遠く…」

「ナシマホウ界の可能性もあると!?」

 

驚く校長に、水晶はさらに告げる。

 

「はい、そして光に忍び寄る闇の力も感じます」

「エメラルドの力は計り知れない…悪しき者に奪われる前に手を打たねば」

 

魔法の水晶と校長の会話を聞いていたリコはこの時、思いついた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エメラルドを見つければ、校長先生やみんなに認めてもらえる。立派な魔法使いになれると思った……だから、わざわざあなた達の世界まで探しに行ったの」

 

ナシマホウ界まで来るに至った経緯を語るリコ、そしてそれを聞いたみらいが勢いよく立ち上がる。

 

「すごいな~リコちゃんは!!」

「え?」

 

思いがけない言葉にリコは驚いてみらいの方を見た。

 

「知らない世界にたった一人で飛び込んで、叶えたい夢があるんだもん!」

「確かに誰でも出来ることじゃないな、少なくとも俺には無理だ」

「……まあね」

 

そもそも八幡は知らない世界どころか知っている場所でさえあまり行かないのだが。

 

「でも、立派な魔法使いってどんな魔法使いなの?」

「え?…それは……」

 

みらいの問いにリコは答えられない。どんなと聞かれても具体的イメージが湧かないのかもしれない。

 

「…それよりあなたは?」

「ふぇ?」

 

答えられないリコは質問に質問を返した。

 

「あなたは夢とか目標とかないの?」

「…決まってないというか、あまり考えたことなかった……でも、リコちゃんみたいに何か見つけたいなぁ」

 

その答えにリコは一瞬ポカンとしたが、すぐに笑顔になり、優しく微笑んだ。

 

「モフ~」

 

二人を見てモフルンもまた嬉しそうに笑い、つられてみらいとリコも声に出して笑いあう。

 

「………」

 

そんな三人を少し離れたところで俯瞰して見ていた八幡は目を閉じて背を向けた。

 

「モフ?八幡、どうしたモフ?」

 

いきなり背を向けた八幡にモフルンが声をかけたが、何でもないちょっとお花摘みにいってくると言って行ってしまった。

 

「八くんどうしたんだろ?」

「さあ…?」

 

八幡の様子が気になってついていこうとする二人。

 

「?」

 

その時、突如謎の糸が伸びてきてみらいの胸元からリンクルストーンダイヤを奪っていった。

 

「あっ!うわぁぁっ!?」

 

糸に引かれて宙を舞うリンクルストーン、二人は急いでその後を追いかける。

 

 

その先には新たな闇が待ち受けていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話「魔法商店街でショッピング!通うなんて聞いてないんですけど……?目覚めるルビーの力!」Bパート

 

「…どこだここ?」

 

魔法商店街の一角、比企谷八幡は迷子になっていた。

 

「おかしい、俺は別に方向オンチってわけじゃあない筈なんだが…」

 

キョロキョロと周りを見渡して呟く八幡。お花摘みに行ってくると言って出てきたが、別に八幡はお手洗いに行きたかったわけではない。

 

「…とりあえず来た道をもどってみるか」

 

振り返り、歩き始めると頭の中にさっきの光景が浮かぶ。

 

笑いあうみらいとリコそれを見守るモフルン。それを少し離れたところで見ていた八幡は無性にその場から逃げ出したくなったのだ。

 

「なんで俺はここにいるんだろうな」

 

誰に聞かせるでもなくそう呟く。流れで通うことになったが、八幡がもっと強く断っていれば今頃、家に帰れていたのかもしれない。

 

そもそもマホウ界に連れてこられるときだって本気で拒否すればリコだって無理に連れてこなかったかもしれない。だが、八幡はそれをしなかった。

 

八幡はボッチだ。別に一人でいるのは嫌いじゃないし、それでいいと思っている。人の顔色を伺い、話を合わせ、上っ面で笑いあうなんてのはごめんだ。

 

しかし、人はそんな嘘と欺瞞に満ちた関係を友達と呼ぶ。

 

空気読まず和を乱せば除け者にされ、人とは違うものを拒絶し排除しようとして、いとも簡単に崩れ去る。

 

今まで八幡が見てきた友達というのもすべてそういうものだった。

 

それでもいいと人に合わせみても最後には裏切られて傷つく。だから、もう八幡は期待しないし、勘違いもしない。

 

そうしていつからか希望も持たなくなった。筈なのに、リコとみらい、二人に出会って、こいつらとなら…といつの間にか期待してしまっていた。

 

「俺とあいつらは違う…」

 

笑いあう三人を見て気付く。その中に自分の入る余地なんてないことに。

 

手を伸ばしたって届かない。外から羨ましそうに見ることしか出来ない。なら、見なければ、諦めてしまえばいいのだ。

 

「春休みが終われば…それでおしまいだ…」

 

通うのは春休みの間だけ、そこで終わりにしてしまおうと八幡は決める。

 

手に持っている箒がやたらと重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てーっ!!」

 

糸に手繰り寄せられていくダイヤを追って商店街の中を全力疾走するみらい達。

 

宙を舞うダイヤは他より頭一つ大きい建物の方へと引き寄せられ、その建物の屋根から逆さまにぶら下がる影の手に渡った。

 

「コイツがダイヤのリンクルストーンかい?」

「返して!!」

 

その影がいる建物の元までたどり着いた三人は影を見据える。

 

「フッこんな小娘共にてこずるなんて、バッティも情けないねっ」

 

影はそう言うとその正体を現し、三人の前に降り立つ。

 

「アンタ達なら知ってるよね、このスパルダにエメラルドの在りかを教えなっ!!」

 

スパルダと名乗ったのは人間とは思えない恐ろしい風貌、そして言動からあのバッティの仲間と思われる蜘蛛女だった。

 

「そんなの…」「教えないっ!!」

 

不安そうなリコの声を遮り、みらいが強い意思を言葉にする。

 

「人の物を盗るなんて…知ってたとしても絶対に教えないっ!!!」

 

みらいの言葉にスパルダはニヤリと笑った。

 

「立場がわかってないようだね…アンタ達に選択の余地はないのよ…」

 

髑髏の杖を取り出したスパルダは呪文を唱える。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

スパルダの足下から蜘蛛の糸が広がり、それが魔法陣へと変わった。そしてそこに岩とミカンが吸い込まれていく。

 

━ゴゴゴゴゴッ

 

凄まじい音と共に建物が薙ぎ倒され、その余波が周囲に降りかかる。

 

「あっ!?」「きゃっ!?」

 

二人は衝撃に吹き飛ばされて地面に倒れこんだ。

 

衝撃で巻き上がった砂埃が晴れると、中から巨大な岩石が現れる。

 

「ヨク…バールッ!」

 

岩石から手足が生え、中心から真っ二つに割れた。そこからみえるのは冷凍ミカン、そして髑髏の顔だ。

 

「ヨクバッ!」

 

巨大な岩石みかんヨクバールは手始めと言わんばかりに近くにあったお店をその拳で粉砕する。

 

「フッフフフ、魔法はこうやって使うのさ…」

 

自身の作り出したヨクバールの暴れっぷりに高笑いしながらスパルダはみらい達に語り始めた。

 

「こんなもんじゃない、ドクロクシー様がエメラルドの力を手にすれば、世界は暗黒に…全てを闇が覆うっ!!……心が踊るだろ?」

「そんな…」

「モフ…」

 

高揚した声色でスパルダが語る話の恐ろしさに三人は絶句してしまう。だが、そうしている間にもヨクバールは町を破壊していく。

 

「ヨクバァールッ!!」

 

あちこちで悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。その姿を見てスパルダは嘲笑うかのように呟いた。

 

「しかし、逃げるだけとはね。情けない連中だよ」

「「っ…!」」

 

スパルダの言葉に憤った二人は顔を見合わせて決意を確認しあう。

 

「リコちゃん!」

 

名前を呼び、プリキュアへと変身すべく手を伸ばしたみらい。しかし、モフルンの言葉が無情な事実を告げる。

 

「モフッみらいのダイヤがないとプリキュアにはなれないモフ…」

「あっ…」

 

変身出来ない、絶体絶命な状況に陥ってしまったみらい達。

 

「ヨクバール」

 

変身出来ない事にほくそ笑み、スパルダがヨクバールへ指示を下す。

 

「ギョイ…ヨッヨッヨッ!!」

 

指示を受けたヨクバールは手足を収納すると、高速で回転し始め、みらい達へと狙いを定めて襲いかかる。

 

ギュルルルルッ、ドガガガガッ―

 

「「わわっ!わぁぁぁぁっ!?」」

 

瓦礫を蹴散らしながら迫り来るヨクバールに二人は声を上げて逃げるしか出来ない。

 

タッタッタッタッ―

 

ドガガガガガガッ―

 

ひたすらに走って逃げるが商店街の中を破壊して進むヨクバールの方が速く、このままではじきに追い付かれてしまう。

 

「あっ!」

 

運良く店と店の間にできた横道を見つけたみらい達は激突する寸前でそこへ走り込んだ。

 

ドゴンッ―コロコロ…ギュルルルルッ

 

無事逃げ切れたと思った矢先、ヨクバールは急ブレーキで止まるとバックしてその横道に無理矢理突っ込んできた。

 

「「!!?」」

 

二人は侵入してきたヨクバールに驚くが足を止めることなく再び全力疾走で逃げる。

 

走る二人は路地を抜け、小さな橋を飛び越えて最初に来た猫像がある広場へとたどり着いた。

 

しかし、その広場はすでにドーム状の糸で覆われていて逃げ場がない。

 

ドゴッガシャーンッ―

 

後ろからはヨクバールが追い付き、前には先回りしたのか、スパルダが立ちはだかった。

 

「フフッ逃がさないよっ!!」

 

スパルダの罠に嵌められたみらい達。勝ちを確信したスパルダが嗜虐的な笑みを浮かべさらに二人を追い詰める。

 

「エメラルドの在りかを言わないのなら…町ごと消してやろうか?」

「っ…!?」

 

それは脅しでも、目の前の闇の魔法使いはいとも簡単にそれをやってのけるだろう。リコは無力な自分に唇を噛み締め後ろを振り返った。

 

無惨に破壊された町並み、傷ついた人々、小さい頃から知っている大切な場所が壊されていく。

 

ギュッ…

 

大切な人達を…大切な場所をこれ以上傷つけさせないと拳を握り締め、リコはスパルダを睨んだ。

 

「さあ、どこだいっ!?」

「だからあなたにはっ…」「絶対に教えない!!」

 

追及するスパルダに今度はリコがみらいの言葉を遮って叫ぶ。

 

「リコちゃん?」

「モフ?」

 

驚くみらいとモフルンを他所にリコは怒りをあらわにして叫び、続ける。

 

「私の大切な…みんなの町にっ!なんてことしてくれるのよっ!!!」

 

リコの心からの怒りと共鳴するように猫像が持つランプの炎が燃え上がり辺りを赤く照らした。

 

「フッ、今さらどうしようってんだい?」

 

変身も出来ないクセにとみらいのダイヤを前につきだし、余裕の表情で煽るスパルダ。

 

「くんくん…甘い匂いモフッ!」

 

緊迫する空気の中響くモフルンの声、燃え上がった情熱の炎が煌めいて広場を覆っていた糸を焼ききった。

 

「熱い想いを…感じるモフ!」

 

天に立ち昇る情熱の光。その光は町の人々の目にも映る。

 

「おおっ?」

 

「あっ…」

 

「情熱の炎が…」

 

町の人々は理解する。情熱の炎が自分達を守るために燃え盛っていることを。

 

「あれはっ!!」

 

炎の中から紅く美しい宝石が現れた。

 

「いくわよ!」

「うんっ!」

 

その宝石を見た瞬間、みらいとリコは確信と共に手を繋ぎあう。

 

「━ごめんなさいね」

 

━━パチンッ

 

二人の元へと向かう煌めく炎を突如、現れた影が遮った。

 

「!?」

「えっ?」

 

あまりに追突な出来事にみらい達は手を繋いだまま立ち尽くしている。

 

「…チッ、なんのつもりだい?マンティナ!」

 

スパルダが苛立ち混じりに叫んだ。その反応にくすくす笑いながらマンティナと呼ばれた影が答える。

 

「あらあら、つれないわね。せっかく助けてあげたのに…」

 

手の中で紅い宝石を転がすマンティナ。その素顔はフードを被っていて見えない。

 

「余計なお世話だよっ!それを渡してとっとと失せな」

「…仕方ないわね。ま、せいぜい返り討ちに合わないように気を付けなさいな」

 

マンティナは肩を竦めて首を振ると手の中の紅い宝石をピンッと弾いてスパルダに渡し、みらい達の方を向いた。

 

「またね、お嬢さん達」

「あなたは…」

「っ…」

 

立ち尽くすみらいとリコにそう言い残すと、マンティナは指をパチンッと鳴らして消えていった。

 

「…フン、またなんてコイツらにはないわよ。ヨクバール」

「ヨクバァール…」

 

スパルダはマンティナが言い残した言葉に鼻を鳴らして反論するとヨクバールへ指示をとばす。

 

「リンクルストーンがなければアンタ達は所詮ただの魔法使い、なにもできやしないのよ」

 

ジリジリと距離を詰めてくるヨクバールに二人は為すすべがない、そこへスパルダが告げる。

 

「これが最後、エメラルドの在りかを教えな。さもない…と……?」

 

何故かそこでスパルダは言葉を止め、周囲を見回した。

 

「「?」」

「モフッ何か聞こえるモフ!」

 

いきなり動きを止めたスパルダに戸惑うみらいとリコ。そこへモフルンが音に気付いて声を上げた。

 

「何かが近付いてきてる…?」

 

音が二人の耳にも聞こえ、周りを見ると、右の方の通りから何かが派手に土煙を上げながら物凄い速度でこちらに向かってきているのが見える。

 

「一体何だってんだい」

 

スパルダもその方角を見て訝しげな顔をし、全員の視線がそこへ集まった。

 

ぁぁぁぁぁ━

 

「あれって…」

「もしかして…」

「モフ?」

 

土煙の中から見覚えのある人物が箒に捕まって飛び出してくる。

 

「八「幡さん!?」くん!」「モフ!」

 

声を揃えて驚く三人。それもそのはず、飛び出してきたのは八幡だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━みらい達がダイヤを追いかけていた頃、八幡はまだ道に迷っていた。

 

「完全に迷った……」

 

来た道を引き返した筈なのに、見覚えのない通りに出てしまった八幡は途方にくれて呟く。

 

これでも何度かすれ違う人に道を聞いたのだが、いかんせん似たような場所がいっぱいあって元の場所に戻れない。

 

「案内板らしきものも字が読めないから意味がない…」

 

この世界の人とも言葉は通じていたが、使われている文字が別物なので全く読めないのだ。

 

「…はぁ、とりあえずもう少しその辺をまわるか……」

 

もしかしたら知っている通りに出るかもしれないし、今のところ他に案は浮かばないからなと歩き出そうとした直後、震動と轟音が遠くの方で聞こえた。

 

「っなんだ!?」

 

驚いて音のした方を見ると建物が倒壊したようで、瓦礫と砂塵が煙となって空へと立ち昇っている。

 

━ヨクバァールッッ!!

 

聞き覚えのある鳴き声がしたと思ったら、その建物が倒壊した辺りに巨大な岩の怪物が出現した。

 

「なっ…あれは!?」

 

八幡がマホウ界へと来る原因になった怪物、ヨクバールが再び姿を現す。前のヨクバールとは姿形が違うが、あの髑髏の顔は一度見れば忘れないだろう。

 

「…まさか、あそこにあいつらが……?」

 

ヨクバールは闇の魔法によって生み出された怪物。そして闇の魔法使いはリンクルストーンエメラルド、もしくはその情報を欲している。

 

頭の中で嫌な想像が駆け巡り、予感が確信となる。八幡はヨクバールの方へと足を向けかけ…止まった。

 

「あいつらなら大丈夫だろ…」

 

みらいとリコは伝説の魔法使い、プリキュアだ。相手が誰であろうとその力と絆でどうにかする。

 

(そこには俺の手助けも存在も必要ない、そんなものなくてもあいつらは…)

 

さっきまで考えていた事が浮かんで八幡はその場で立ち止まってしまった。

 

━ヨクバァールッ!

 

八幡が止まっている間にもヨクバールは暴れている。町は壊され、町の人々は恐怖して逃げ惑うが、八幡は動けない。

 

それでいいの?

 

聞いたことのない声がどこからともなく聞こえて、八幡に問う。

 

「…誰だ?」

 

返事は返ってこない。幻聴かと思う八幡だったが、この混乱の中、聞こえたその声は不思議と耳に残った。

 

「それでいいって何がだよ…」

 

そう呟くが、声が指すそれの意味を八幡はわかっている。わかった上でわからないフリをして自分を納得させているのだ。

 

━ドガガガガッッ

 

ヨクバールが高速で回転し、町を破壊しながら何かを追っている。未だプリキュアは現れない。

 

もしかしたら、二人は変身出来ない状況に陥っているのかもしれない。そう思ったが、すぐにあの二人なら…という考えが浮かび、動けなかった。

 

「ここらが潮時だ…これ以上は…」

 

初めてあの二人がプリキュアになった時、八幡は何もできなかった。二人はそんな事ないといっていたが、八幡にとってはそれが嫌だった。

 

学校で戦った時は、運良く手助けすることが出来た。けれどそれだけ、たまたま成功しただけだ、次はない。魔法が使えても八幡にはプリキュアを助けるような力はなかった。

 

邪魔になるから、入る余地がないから、力がないから、必要がないから、これだけ並べても割り切ることができない。

 

「俺は…」

 

無理矢理理由を捻り出し、適当な言葉で自分を誤魔化す、そうしないと踏み出せないのだ。

 

それでいいの?と謎の声は問うた。八幡の理性がそれを肯定するが、心が否定し、再び問うのだ、いいのか?と。

 

結局、比企谷八幡は諦めきれない。入る余地がなくても、力がなくても、手を伸ばして届かなくても。

 

「なら、その答えは…」

 

たどり着いた答えは色んな事を考えていたのが馬鹿らしくなるくらいシンプルだ。

 

 

八幡が答えを出したその時、町の中央から紅い光が立ち昇る。

 

「……情熱の…炎…」

 

その光が情熱の炎であることがなんとなく伝わって来た。そして、そこにみらい達がいることも。

 

もう八幡は迷わない、みらい、リコ、モフルン、三人の元へと向かうために最善を考える。

 

(走って向かうには遠すぎる、かといってあの時みたいに出来るかわからない瞬間移動に頼るのも論外だ。なら…)

 

考えはまとまった。ただ、この方法は八幡にとってリスクが高い、下手をすれば大怪我で済まない可能性もある。

 

「…これ以外思い付かないしな……それに、たぶん、これが一番速い」

 

そういって手に持っていた箒に視線を移す。箒店の主人グスタフがカスタムした特別製の箒。本人いわく、ピーキー過ぎて誰も乗れないという代物だ。

 

八幡なら乗りこなせると謎の期待を込めて渡され、初心者になんてものをと思っていたが、それがこの状況ではありがたい。

 

「えーと、確か…こんな感じで…」

 

リコがやっていたのを思い出しながら、箒を前につきだし、見よう見まねで再現する。

 

「キュアップ・ラパパ!」

 

呪文を唱え始めると箒が浮き上がり、丁度良い位置に来たところでその柄にまたがって続けた。

 

「箒よ、空を…」

 

しかし、この時八幡は甘くみていたのだ。グスタフのカスタムした箒のスピードを。

 

「飛べっ…!?」

 

唱え終えた瞬間、八幡の見ていた風景が一変し、視界が青一色に染まった。

 

「あ……あぁぁぁぁぁっ!?」

 

驚き混乱してする八幡。あまりのスピードでまたがるどころか箒に捕まるのが精一杯、むしろ手を離さなかっただけマシだ。

 

「うっうえっいきす、ぎ…し、し、たにぃぃっ!?」

 

町並みが小さく見えるほど上空まで飛んだ箒を混乱する頭でなんとか下に戻そうと口に出した瞬間、今度は浮遊感と急速落下する恐怖が八幡を襲った。

 

「お、お、おおっっ!!?っ!?」

 

急上昇からの急降下で、空の次はすぐ目の前に地面が迫る。

 

「っ……!!」

 

咄嗟に捕まっている柄の部分を持ち上げるように力を入れると、間一髪、地面スレスレのところで持ち直し、そのまま超低空状態で飛んだ。

 

幸い、光が立ち昇った場所までは一直線の道で避難したのか人影はなく、誰かを巻き込む心配はない。

 

「お、あ、あぁぁぁぁぁっっ!?」

 

土煙を上げながら真っ直ぐ飛んでいく箒。グングン増すそのスピードにもはや八幡は叫ぶことしか出来ず、あっという間に目的地までたどり着く。

 

「八「幡さん!?」くん!」「モフ!」

 

最初に来た猫像の広場にたどり着いた八幡の耳にみらい達の驚いた声が聞こえたが、それどころではない。

 

なぜなら、目的地に着いてなお、箒は真っ直ぐ飛び続けていたからだ。

 

「ちょっまちっ!?」

 

暴走箒の進行方向にいたスパルダが慌てふためき避けようとしたがそのスピードの前に失敗に終わり、箒の先端の部分がちょうど鳩尾の辺りに激突した。

 

「るぐぇっ!?」「っ!?」

 

凄い声を出してスパルダが吹き飛び、その手から紅い宝石がこぼれ落ちる。

 

「っ痛……あ…地面?…助かった…?」

 

箒から投げ出された八幡は箒自体にかけられていた安全装置のような魔法とスパルダに激突したのがクッションになって大きな怪我もなく無事だった。

 

━コツン

 

「…なんだこれ?紅い…宝石?」

 

八幡の頭の上に宝石が落ちて、それを拾いあげ首をかしげる。

 

「八くん!大丈夫!?」

「モフ~」

「まったく、無茶するんだから…」

 

さっきまで色々考えていたこともあって、八幡は心配して駆け寄ってきた三人に対し、そっぽを向いて答えた。

 

「…ああ、その…あれだ……狙い通りだし?」

「へ?」

「モフ?」

「なっ!?」

 

何て言って良いのかわからず、ぱっと思い浮かんだ台詞を口にする八幡に、みらいとモフルンは一瞬呆気にとられ、リコは顔を赤くする。

 

「…あ、もしかして今のリコちゃんの真似?ちょっとだけ似てたよ!」

「モフッ狙い通り~モフ!」

「ちょっ!に、似てないから!私そんな事言ってないし!!」

 

みらいとモフルンが似てる~と笑い、リコはむきになって反論する。そんな光景を見て八幡は思った、いつか手が届けばいいと。

 

「……よくも…やってくれたねぇ…!」

 

吹き飛んで瓦礫に埋もれていたスパルダが、怒気を含んだ声を起き上がった。まだ痛むのか激突した部分を押さえて血走った目を八幡へと向ける。

 

「ヨクバール!なにボケッとしてんだい!!小娘もろともそこの目が腐った男をやっちまいなっ!」

「ギョ、ギョイ!」

 

スパルダが戸惑い動けないでいたヨクバールを怒鳴り散らし、八幡達へとけしかけてきた。

 

「っ…お前ら逃げろっ!」

 

攻撃体制に入ったヨクバールをみて八幡が叫ぶ。

 

「いやだ!逃げない!」

「は?」

 

さっき笑いあっていた表情とは、うって変わって怒ったようにヨクバールを睨み付けるみらい。

 

「そうね、私も逃げる気なんてないわ」

「お前まで…?」

 

リコもみらいと同じく怒った表情を浮かべてヨクバールを睨み付け、二人は八幡を庇うように前へ出た。

 

「みんなの町をこんなに滅茶苦茶にして!」

「私の大切な人達を傷つけて!」

「「私は怒ってるんだから!!」」

 

二人の怒りに八幡の手の中の宝石が共鳴するように紅い光を放つ。

 

「すっごく甘い匂いモフッ!」

「まさか、この光は………っ受け取れ!!」

 

モフルンの言葉で察した八幡は二人の方へと紅い宝石を投げ渡した。

 

「今度こそ、いこう!リコちゃん!」

「ええ!」

 

合図と共に二人は手を繋いで呪文を唱える。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

「モッフー!!」

 

すると、二人の背後から真っ赤な光にのって紅い宝石がモフルンの元へ飛んだ。

 

「「ルビー!」」

 

「モフッ!」

 

紅い宝石、リンクルストーンルビーがモフルンにセットされるとモフルンは二人と手を繋ぎあう。

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

二人の姿を深紅の花びらが覆い隠し、見えなくなったかと思えば、魔法陣が現れた。

 

そして、その中から炎と共に真っ赤な衣装を身に纏う二人が飛び出す。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

名乗りと共にヒーローさながらの爆炎が二人を照らし出した。

 

「な、なにっ!?変身した…だと!?」

 

スパルダが驚き狼狽した声を出す。

 

「赤い…プリキュア……」

「ルビーのプリキュアモフ!ルビーが新しい力をくれたモフッ!!」

 

変身した二人の姿を呆然と見つめて呟く八幡と嬉しそうなモフルン。

 

「っいけ!ヨクバール!!プリキュアを狙うんだよ!!」

「ギョイ」

 

予想外の変身に驚いたスパルダは、攻撃体制に入っていたヨクバールに指示を出し、標的をプリキュアに絞った。

 

「ヨクッッ」

 

ヨクバールはその巨体からは想像もつかないジャンプ力を発揮して、上空から二人に向かって落下する。

 

ヒュォォ━ドスンッッ!!

 

凄まじい速度で落下してきたヨクバールを二人は真正面から受け止め潰されないように歯を食い縛って踏ん張った。

 

「くっぅぅぅっ…」「んぅぅぅっ…」

「無理だよっお前らに跳ね返せるもんか!!ヨクバールっ押し潰しておやり!」

「ギョッイィィ」

 

更に体重をかけて押し潰そうとしてくるヨクバールに二人は必死で耐えている。

 

「「ぐぅぅぅっ……!!」」

「ハッ、どうだい!…さてこっちはもう片付くからねぇ、次はアンタだよっ!!」

 

勝利を確信したスパルダはプリキュアをヨクバールに任せ、八幡の方へゆっくり近づいてきた。

 

「くっ…」

「モフッ八幡!ミラクル!マジカル!」

 

ドスンッッ!!

 

「どうやら、あっちは終わったみたいだねぇ…後はアンタとあそこの喋るぬいぐるみだけだよ!」

 

耐えきれなくなったのか二人がヨクバールの下敷きになってしまった。

 

迫るスパルダ、八幡とモフルンが絶体絶命のピンチに陥りそうになった時、ヨクバールの真下から真っ赤な光が溢れ出る。

 

「!?」

 

二人を押し潰した筈のヨクバールが徐々に持ち上げられていく。

 

「二人に手は……」

「出させない!!」

 

「「はぁぁぁぁっ!」」

 

「すごい力モフッ!」

 

気合いの掛け声と共にヨクバールを頭上へ持ち上げると、輝きを増した紅い光が町の人々を照らした。

 

「「はぁっ…ふっ!!」」

 

呼吸を整え、再度力を込めてヨクバールをスパルダの方へ吹き飛ばす。

 

「くっ」

 

スパルダはそれを後ろに飛び退いてかわそうとするか、ヨクバールのあまりの巨体にかわしきれない。

 

「チッ…ハァッ!」

 

回避を諦めて、スパルダは手から放射状の糸を出し、ヨクバールを受け止めて横へはね飛ばした。

 

「ふぅ……っ!?」

 

ホッとしたのも束の間、手の中にあった筈のダイヤが無くなっているのに気付くスパルダ。

 

「モフッ!」

 

トテトテ、ポフンッとモフルンがスパルダの手からこぼれ落ちたダイヤを滑り込んでキャッチする。

 

「ヨクバッ!」

 

吹き飛ばされていたヨクバールが飛び上がって、再び高速で回転しながらプリキュアに突っ込んだ。

 

「「はぁぁぁぁ…ふっ!!」」

 

二人は気合いを入れて構えると凄まじい勢いで転がるヨクバールを真正面から受け止める。

 

「「くぅぅっ!」」

 

摩擦による火花を散らしながら一歩も退かずに踏ん張るプリキュア。そして、徐々にヨクバールの回転が弱まり始め完全に止まった。

 

「「でぃやぁぁぁぁぁっ…ていっ!!」」

 

回転の止まったヨクバールを持ち上げるとその巨体を遥か上空へと打ち上げた。

 

「ヨクバー……ルゥゥゥ!?」

 

打ち上げられたヨクバールは悲鳴を上げながら重力に引かれて落下しはじめる。

 

「「ふっ!」」

 

「やぁぁぁぁっ!」

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

落下するヨクバールに向かって二人は跳躍し、同時に拳を繰り出してヨクバールの岩の外皮を粉砕した。

 

「「……フッ!!」」

 

岩が割れて中から冷凍ミカンのボディが剥き出しになる。カチンコチンに凍ったそれを見て、ミラクルとマジカルがルビーの力を乗せた蹴りを放った。

 

シュゥゥゥゥ━

 

「ヨクバー…」

 

ルビーの力により最後の砦である氷のボディを溶かされたヨクバールはそのまま地面に叩きつけられる。

 

「…今度は上手く解凍できたみたいだな」

「モフ~!」

 

動けない八幡が口元を緩め、そんな事を呟いた。

 

「っ…何だ?この力は…」

「ヨクバァール…」

 

プリキュアの想定外の力に焦るスパルダ。そして全ての殻を破壊されたヨクバール。

 

「もう勝手な真似はさせない!」

「この街から出ていきなさい!」

 

ミラクルとマジカルの宣言と共に二人の杖が伝説の杖へと変わる。

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「モッフー!!」

 

モフルンの胸元に輝く赤い光がリンクルステッキへと放たれる。

 

「「ルビー!」」

 

「「紅の情熱よ!私達の手に!」」

 

ルビーの力を得たリンクルステッキが紅く輝いた。

 

「「フルフルリンクル!」」

 

円を描くようにステッキを振るとそこへ炎が宿り、ハートを形作る。

 

ミラクルとマジカルはそれを宙へ放つと同時に跳躍、そして放たれたハートはくるくると魔法陣に変わり、二人の足場となった。

 

「「プリキュア!」」

 

前を向いて繋いだ手をぎゅっと握り締め、交差したステッキを解き放つ。

 

「「ルビーパッショナーレ!!」」

 

呪文と共に魔法陣が大爆発を起こし、二人は紅い流星となってヨクバールの纏う闇の力と衝突、ルビーの紅い情熱の炎がそれを包み込んだ。

 

「ヨクバール……」

 

リボン状に包み込まれたヨクバールは炎に浄化され、元の岩とミカンに戻っていく。

 

「ぐっ……プリキュア…オボエテーロ!!」

 

自らの作り出したヨクバールを浄化されたスパルダは悔しげに声を漏らすと吐き捨てるように呪文を唱え、消えてしまった。

 

「…あれは完全に捨て台詞だな……」

 

未だに動けない八幡はそう呟くと辺りを見渡して顔をしかめる。

 

「それにしても…今回はだいぶ街の被害が大きいが…直るのかこれ……」

 

前回と違い、街へ広範囲にわたって被害が出ていたので、校舎のように元通りになるかと心配したがそれは八幡の杞憂に終わり、全て元の通りに直った。

 

「まさか…あれは、伝説の魔法使い、プリキュア!!」

 

プリキュアとヨクバールの戦いを見守るために広場に集まっていた街の人たち。その中いた伝説好きのフックの言葉にその場にいた街の人全員が驚きの声を上げた。

 

「ま、まぁ!プリキュアですって!?」

「おお!?」

 

フランソワを筆頭にザワザワし始めた街の人達。それに困惑したようにミラクルがどうも~と手を振る。

 

「何してるの!?いくわよっ」

 

マジカルが慌ててミラクルを促し、二人は屋根づたいにその場を離れた。

 

「…俺も今の内に移動するか」

 

その場にいた八幡もプリキュアへと注意が向いている隙にこっそりと人混みに紛れる。

 

一方、屋根から屋根へと飛び移って逃げる二人は自分たちの新たな力に困惑していた。

 

「ねぇ、前と違うよ?なんで?」

「私だってわからないわよ!」

 

二人が広場から離れるのと入れ替わりに魔法の絨毯に乗った校長と魔法の水晶がその場に飛んで来る。

 

「街は無事なようですね」

「ああ、あの二人の…いや、三人のおかげじゃよ」

 

元に戻った街を見て微笑む校長。そして校長は遠くを見つめて呟く。

 

「リンクルストーン…ルビー…また新たな輝きが彼女達によってこの世界に灯された」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広場での騒動が落ち着いた後、合流した四人は箒を受けとるために再びグスタフ箒店を訪れていた。

 

「おぉ~!!私の箒♪可愛いリボン!!」

 

出来上がった箒を受け取ったみらいが歓喜の声を上げてはしゃぐ。

 

「サービスだよ、学校、頑張んな」

「ありがとうございますっ!!」

 

可愛いリボンをサービスしてもらったみらいが深々と頭を下げてお礼を述べた。

 

「リコ、お前のも出来たぜ…壊れたらまたいつでも来なよ」

「え?これって…」

 

修理した箒にはみらいとお揃いのリボンが付けらていて驚くリコ。

 

「いいだろう?友達とお揃いだ」

「えへへっ」

 

お揃いの箒にみらいは嬉しそうに笑ってリコを見た。

 

「おっと、もちろんあんちゃんも仲間外れじゃないぜ?」

「え?…これは」

 

実はみらい達よりも先に着いていた八幡はスパルダに突撃して傷んだ箒をグスタフに預けていた。

 

本当は他の箒に換えて欲しかったのだが、グスタフがあんちゃんにやる箒はそれしかねぇ!と言い切ってしまい断念した。

 

「さ、受け取れ二人共!」

「「ありがとう…」ございます」

 

差し出された箒を受けとるリコと八幡。

 

「みんなお揃いだね!!」

 

そういって笑うみらいにつられてリコも自然と笑顔になり、男にリボンの装飾なんてと少し苦い顔をしていた八幡もまあいいかと頬を緩めた。

 

(…こいつらとなら補習授業も悪くないかもな)

 

まだ八幡の出した答えが正解かなんてわからない。けれど、こうして笑いあっているのならそれが正解でなくとも今はいいと八幡は思う。

 

たとえそれが、酷く傲慢な事だったとしても。

 

 

 

━四話に続く━





次回予告


「ついに魔法の授業開始♪」

「最初の課題は…紙で出来たちょうちょ探し?」

「……これで何回目だ?箒から落ちるの…」

「お、落ちてないし!…こほん、学校は広いわ、よーく考えて探さないと……ってあれ?」

「みらいいなくなっちゃったモフ~」

「も~っ!時間がないのにどこにいったの!?っていつの間にか八幡さんもいないし~!?」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「魔法の授業スタート!13個目の謎!?ふしぎなちょうちょを探せ!」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話「魔法の授業スタート!13個目の謎!?ふしぎなちょうちょを探せ!」Aパート

 

「いや~すっごく大きい図書館なんだね~」

 

ここは魔法学校から少し離れた森の中、そこに佇む自然の図書館にみらいの元気な声が響き渡る。

 

「おぉっ!花が出た!!」

「モフッ!モフ~ッ!」

 

開くと絵が浮かび上がる本を前にみらいとモフルンは興奮してはしゃいでいた。

 

「すごーい!!不思議~!」

「「図書館では騒がない」の!」

 

はしゃぎ過ぎていた二人をリコと八幡が声を揃えて注意する。他に人がいないとはいえ、図書館では静かにが基本だ。

 

「はい……」

 

自覚があったようで素直に反省するみらいとモフルン。しかし、みらいが八幡にジト目を向けて物申す。

 

「…でも、八くんもここに来た時はしゃいでたよね?」

「…何を言っているのかよくわかりませんね?」

 

みらいの問いに八幡は明後日の方向を見てしらを切った。

 

「モフ、八幡ここに来た時いっぱいの本を見ておっきな声だしてたモフ」

「ぐっ…」

 

実は二人の言うとおり八幡はここに来た瞬間、壁一面の本を見て思わず感嘆の声を上げてしまっていたのだ。

 

「…それは仕方ない、誰だってこの本の数は驚くだろ」

 

ましてや本好きなら尚更だと付け加える。

 

「あ」

「…どした?」

 

話している最中にみらいが何かに気付いたように振り向くとその先には大きな扉があった。

 

「でっかい扉だな…」

「ここは?」

 

なんの扉?とリコに聞こうとした時、別の声がそれを遮る。

 

「そこから先へいってはならん」

 

その声の主は右手に魔法の水晶、左手には本を抱えた校長先生だった。

 

「迷宮のように広くて深い…知識の森と呼ばれる書庫じゃ」

「知識の森?」

 

いまいちピンとこないのか首をかしげるみらいに魔法の水晶が簡単に説明してくれる。

 

「マホウ界の誕生から今に至るまで、全ての本が納められているの…校長でも迷いますわ♪」

「誕生からって…一体どれだけの……」

 

本の量を想像して絶句する八幡。それと同時に見てみたいとも思った。

 

(まあ、それ以前にこの世界の字が読めないと話にもならないけどな)

 

これだけの本があるのにマホウ界の字がわからない八幡は一冊たりとも読むことが出来ない。

 

この時、八幡は本気でこの世界の字を覚えようかなと考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ」

 

校長が手に持っていた本に息を吹き掛け、被っていた埃を落とすと近くに置いてあった魔法の水晶に掛かって咳き込む。

 

「おっほんっおっほんっ」

「済まぬ、古い本でな」

 

魔法の水晶に一言謝ると校長はその本を開く。すると、開かれたページが虹色に輝いて先程の花と同様に宙に絵が浮かび上がった。

 

「「わあぁ…!」」

「これは…リンクルストーン……なのか?」

「左様、リンクルストーンとはこの世の始まりよりも古き存在といわれる大いなる力の結晶…」

 

浮かび上がったのは様々な輝きを放つ12個のリンクルストーン。ひとつのリンクルストーンを中心にぐるぐると他のリンクルストーンが回っている。

 

「絶大なる力、エメラルド…そしてそれを守りし四つの輝き、更に支えし七つの輝きからなる十二の輝き……伝説にはそう記されていた」

「守りの輝き…支えの輝き…」

「きれいモフ…」

 

輝くリンクルストーンを呆然と見つめる四人。

 

「私達が見つけたのは…」

「うむ、おそらくどちらも守りの輝き…4つの内の2つ、君達はダイヤとルビーを目覚めさせた…」

「………?」

 

校長がみらいから受け取ったダイヤ見つめながら答える横で八幡が怪訝な顔をして浮かび上がったリンクルストーンを見つめ口を開く。

 

「…俺の持っているこれ、この中に無いんですけど……」

「「え?」」

 

八幡の発言にみらいとリコが驚き、リンクルストーンを確認する。

 

「ほんとだ…この中のどれとも形が違う!」

「確かに…でもどうして?」

 

浮かんでいる12個のリンクルストーンの中に八幡が持っている物と同じものはない。

 

「まさか、これはリンクルストーンじゃないとか…」

 

可能性を口にする八幡。もし、リンクルストーンではないとしたら…そう考えたが、教室でモフルンが言ったことを思いだした。

 

「モフ!八幡のそれもリンクルストーンモフ!」

「…そうだったな」

 

リンクルストーンと関わりが深いであろうモフルンのお墨付きであれば、八幡の持っているこれは確実にリンクルストーンなのだろう。

 

「なら…」

「この本に載っていない、新たなリンクルストーンということになる」

 

校長も同じ結論に至ったようで八幡の言わんとしたことを代弁してくれた。

 

「えっと、それってつまり…どういうこと?」

「わ、私に聞かれてもわからないわよ!」

 

みらいに問われ、慌てるリコ。その様子に校長が笑い、八幡がため息をつく。

 

「つまり、これが何のリンクルストーンで、いつ出来たのかも、何で俺が持っていたのかも、なにひとつわからないってことだ」

「左様、わかっているのはそれが間違いなくリンクルストーンであること、そして八幡君にしか触れないということだけじゃ」

 

結局、八幡の持つこれについてはリンクルストーンだという事がわかっただけで他は謎のままだ。

 

「うーん……そうだ!モフルン、何か感じない?」

「モフ?」

 

教室でダイヤが光った時、モフルンはダイヤから伝ってきたと言った、なら八幡のも…と思ったみらいの問いにモフルンが首をかしげる。

 

「…あの時、モフルンもわからないって言ってただろ」

「あ…そうだった…」

 

モフルンはダイヤからは伝ってきたが、八幡のからはよくわからないといっていた、それがどうしてなのか、どのみち今は調べようがない。

 

「…プリキュアもリンクルストーン同様、伝説でのみ語られていた存在、どのような繋がりがあるかはわしにもわからん……」

 

少しの沈黙の後、校長がまた語りだした。

 

「…だが、君達ならば巡り会えるかもしれん、そのリンクルストーンの謎も、そしてその先…エメラルドにも」

「私達が…」

「……」

 

エメラルド、あらゆる魔法使い、または闇の魔法使いが求める伝説、そんなものといつか巡り会うかもしれない、その可能性にみらい達は再び呆然となる。

 

 

 

話を終えた校長が図書館の灯りを落とし、全員が出口に集まった。

 

「今夜はゆっくりと休むのじゃぞ?」

 

そういって預かっていたダイヤをみらいに返す校長。

 

「はい!明日から魔法の授業頑張ります!!」

「補習…だけどね…」

「…それをいうなよ」

 

みらいの元気な返事にリコがボソッと呟き八幡がツッコむ、そんな光景に校長は頷き、微笑みながら四人を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━次の日の朝━

 

「いい?他の生徒にはプリキュアだってこと言っちゃダメよ」

「え?どうして?」

 

補習授業を受けるために教室向かう最中、リコが二人にそう注意してきた。

 

「補習を受けているプリキュアなんて伝説に傷がつくわ」

「へぇ~そういうもんなの?」

「…プリキュアになったことを補習回避の理由にしようとしてたのは誰ですかね……」

 

二人の少し後ろを歩いていた八幡がボソッと呟くとリコはにっこり笑いながら振り返り近付いてくる。

 

「…八幡さん、眼鏡かけた方がいいんじゃない?そのままだとみんなに怖がられるし」

 

肩に手を置いてそう忠告するリコ。顔は笑っているが目が笑っていないので、八幡は素直にその言葉に従い眼鏡をかけた。

 

「よろしい、…私だって反省してるわよ」

 

リコはぽしょりとそれだけ言い、みらいの隣に戻る。

 

「……さいですか」

 

八幡もまた二人の後をゆっくりと歩き出した。

 

 

 

━カチャ…

 

補習が行われる教室の前に着いたみらい達。まず、リコが扉を少し開けて中の様子を伺おうとした瞬間、隣の扉をみらいが勢いよく開けてしまった。

 

「おはようございまーす!!」

「あ…」

「ひぇぇぇぅ!ビックリした~」

 

みらいの大きな声で、中にいた金髪の少女が驚き、涙目で振り向く。

 

「あっごめんなさーい」

 

そう謝るとみらいとリコは一番前の席に座った。

 

「リコも補習なの?」

 

先程、みらいの声に驚いた金髪の少女、エミリーがリコに尋ねる。

 

「勉強は学年で一番でもさ、魔法の実技が駄目じゃ、話になんないよねー」

「むっ」

 

今度は先が跳ねた青髪が特徴的な少女が腕を組んでリコに皮肉をぶつけた。

 

「勉強、学年で一番ってすごいね!!」

 

素直に感心するみらいを青髪の少女が片目で睨む。

 

「アンタ…新入りだね、覚えときな、泣く子も黙るジュンとは…あたいのことだよ!」

 

青髪の少女、ジュンが親指を自分に向けると、橙色の髪をした少女が慌てて教室に入ってきた。

 

「帽子を忘れて取りに帰ったら遅れちゃいました~!ごめんなさいっ!!」

「先生まだだけど…」

 

リコの言葉にえ?と間の抜けた声を出す橙色の髪をした少女ケイ。どうやらこの三人が他の補習のメンバーらしい。

 

「あのっ」

「「「ん?」」」

 

立ち上がって後ろを振り向いたみらいに三人の視線が集まる。

 

「私、朝比奈みらい!ナシマホウ界から来ました!」

「…だと!?」

「「ナシマホウ界!!」」

 

ジュンが目を見開き、ケイとエミリーは声を揃えて驚いた。

 

「春休みの間だけですけど、よろしくね!!」

「モフルンモフ~よろしくモフ!」

「ぬいぐるみが喋ったぁぁ!?」

 

みらいの後にポーチからぴょこんと顔を出したモフルンにエミリーが再び驚く。

 

「あ、それに私だけじゃなくってもう一人…あれ?八くんは?」

「そういえば…さっきまで一緒だったのにいないわね」

 

八幡がいないことに気付いて二人がキョロキョロしているとモフルンが声を上げた。

 

「モフ!八幡ならあそこにいるモフ」

 

モフルンが手を指す方、みらい達が座っている場所から一番遠い隅の席に全員の視線が向く。

 

「…どうも」

 

視線の先にいた八幡が気まずそうに頭を下げるとまずジュンが八幡を睨み付けた。

 

「…アンタ、見ない顔だけど今は女子の補習授業の筈だよ…時間間違えてるんじゃない?」

 

八幡が年上の男ということもあって嘗められないように敵愾心を剥き出しにするジュン。それに対し、八幡はえぇ…という表情になる。

 

「あー…それは…」

「そっそれに、たっ多分学年も、ちっ違いますよっ?」

 

口を開きかけた八幡の言葉をエミリーが遮ってしまった。

 

「いや、だから…」

「あ、もしかして忘れ物を取りに来たとか?私もよく忘れ物しちゃうからわかるよ~」

 

エミリーの次はケイが八幡の言葉を阻む。二度も出鼻を挫かれてどうしようかと思っていた矢先、リコが立ち上がる。

 

「ストーップ!…この人は比企谷八幡、そこにいる彼女と同じくナシマホウ界から来た人で一緒に補習授業を受けることになってるの」

「え、そうなの?」

「ったく…そうならもっと早くいいなよ…」

 

リコの説明で三人は納得したようでホッと安心した八幡は改めて自分で自己紹介をすることにした。

 

「…比企谷八幡だ、その、朝比奈と同じように春休みの間だけよろしく……」

 

してみたは良いものの、特に言うこともないので思ったよりも簡素なものになってしまったが、問題なかったようで三人からよろしくと返ってくる。

 

…なぜかエミリーには怖がられていたが……。

 

「というか、何で八くんはそんな遠くに座ってるの?」

「…隅の席が好きなんだよ……」

 

本当は年下とはいえ女の子5人の中には入りづらいからとは言えなかった。

 

「そっか…でも、せっかくなら一緒に授業受けようよ!!」

「いや、俺は…」

 

遠慮すると言い終える前に、近付いて来たみらいが、ね?いいでしょ?と八幡の袖を引っ張ってくるので渋々従う。

 

とはいえ、さすがに5人固まっているところに座るのは気が引けるので同じ列の一番後ろに座ることにした。

 

「…それにしても先生遅いわね」

 

開始時間を過ぎても現れないので何かあったのだろうかと思いリコが呟く。

 

ポンッ!モクモクモク━━

 

「ひぃぃぃっ!?」

 

突如、音と共に煙が巻き起こり、それに驚いたエミリーが悲鳴をあげた。

 

「けほっけほっけほっ…へっぴしゅんっ!!」

「アイザック先生!?」

 

煙から大きなくしゃみをして現れた先生に戸惑うリコ。さらに続けて煙が巻き起こり、中からもう一人現れた。

 

「けほっ…だから普通に教室に向かいませんか?って言ったじゃないですか…」

「マキナ先生まで!?」

 

リコがアイザック先生と呼んだのは白髪で長い髭が特徴の老人男性、そしてマキナ先生と呼ばれたのは赤い丸眼鏡が目立つ、緑の長い髪をした女性だった。

 

「申し訳ないマキナ先生、それに皆さん、教師生活40年にして初の遅刻…学校が広くて迷いました」

「40年いて迷わない!」

 

にこやかにいうアイザックに的確なツッコミをいれるジュン。

 

「私はまだ1年経ってないのに初の遅刻です…道順は覚えていたのに…」

「せ、先生…」

 

落ち込むマキナにリコは同情の視線を向ける。

 

「ん?」

 

原因であるアイザックは首をかしげるのだった。

 

 

 

 

始まる前にドタバタしたが、いよいよ魔法の補習授業がスタートする。

 

「補習は全部で6回、毎回テストを行い、ひとつでも落とせば留年です」

「厳しいなぁ…」

 

アイザックの説明にケイがそんなことを漏らした。

 

「だから補習は避けたかったのよ…」

 

ケイに続いてリコも肩を落としてぼやく。

 

「ふふっ、そんなに落ち込まなくても大丈夫よ、要は全部合格したらいいのだから……と、こほん、試験官は私とアイザック先生が勤めます」

「合格する度にこの紙にスタンプを押します…こんな感じで」

 

そういうとアイザックは持っていた紙にスタンプをポンッと押し、隣にいたマキナが残っていた紙にも次々スタンプを押し始めた。

 

「ええ!?押しちゃったっ!」

「合格、ですか?」

 

先生二人の思いがけない行動に驚く一同。そしてみらいとリコの言葉にもしかしてなにもせずに終わり?と八幡が心の中で喜ぶ。

 

「そう簡単にはいきませんよ?…ですよね、アイザック先生?」

「ええ、もちろんです。キュアップ・ラパパ!紙よ、飛びなさい」

 

アイザックが杖で円を描くようにして呪文を唱えるとスタンプを押した紙が蝶の形へ変わり、ひらひらと飛び始めた。

 

「おぉぉっ」

「モフ~」

「紙が…」

 

紙を蝶へと変える魔法に感嘆の声をあげるナシマホウ界組の三人。

 

「では、最初の補習です。このちょうちょ達を捕まえて、帰ってきなさい」

「さ、今からスタートです」

「「「「「「えぇ!?」」」」」」

 

開始宣言と共にちょうちょ達は扉の隙間から外に飛んでいってしまう。

 

「ちなみに、極めて局地的に大雨を降らせるザアザア雲が学校に近づいています。紙の蝶だから濡れたらおしまいです。急いだ方がいいですよ?」

「…なんつうタイミングでピンポイントな雲がくるんだよ……」

 

嫌がらせか?と疑いたくなるほどだが、もしかすると近づくタイミングだからこの補習にしたのかもしれない。

 

「アイザック先生、ひとつ伝え忘れていますよ」

「あぁ…そうでした、リコさんとみらいさん、それに八幡君は三人で一枚…協力して補習に臨むようにとのこと、校長先生のご指示です」

 

急いで蝶を捕まえないとと全員が教室を出る中、突然そんなことをいわれて振り返るリコ。

 

「ええ…?あ、ちょっと待ってください」

「リコちゃーん、八くーん、頑張ろー!!」

「モフルンも頑張るモフ~!!」

 

どういうことか尋ねようとした矢先、すでに扉の前にいるみらいとモフルンが手を振りながら二人を呼んでいる。

 

「…まあ出来る限りの事はする」

「え、ええ…」

 

後ろの席にいた八幡がわざわざ遠回りしてリコの肩を叩く。

 

「……大丈夫かしら」

 

ボソッと呟くリコの表情は不安に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見失ったわ…」

 

あの後、急いで教室を出て蝶を追いかけるも、全員が見事に見失ってしまった。

 

「どこだー出てこーい!」

「いないねー」

「どーしよ…」

「みんなで考えよう?」

 

ジュン、ケイ、エミリー、それにリコの四人は校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の上で蝶を探している。

 

「ちょうちょさーん」

「そんな大声で呼んだって紙の蝶は返事なんて出来ないだろ…」

 

その渡り廊下の下辺りをみらいと八幡は探していた。

 

「適当に走っても見つからないわよー!」

 

渡り廊下のからみらいに大声で呼び掛けるリコ。声に反応して渡り廊下の方を見上げ、みらいも大声で返す。

 

「でも、考えてるだけじゃ見つからないよー!」

「…学校は広いのよ……?」

 

走っていったみらいを見つめてリコが呟いた。

 

「…あいつらまるで真逆だな」

「えー?八くんなにかいったー?」

 

八幡は二人のやり取りにそんな感想を漏らし、走るみらいの後をついていく。

 

「それにしても…どこに飛んでいったのかな?」

 

辺りをキョロキョロ見渡してみらいがそんなことを口にした。

 

「…案外、普通の蝶がいそうな場所にいるかもな」

「普通のちょうちょ……そうだ!」

 

何気無く呟いた八幡の言葉に閃いたようでみらいが再び走り出す。

 

「また闇雲に走って…そんな行き当たりばったりで見つかるわけ…」

「いたよー!!」

「ええ!?」

 

再度走り出したみらいに呆れていたリコだが、本当に蝶が見つかったことに思わず驚きの声を上げた。

 

 

 

 

「うわぁ…!」

「こんなに早く見つけるなんて!」

「なかなかやるな…」

 

一同はみらいが見つけたちょうちょが群がっている花壇に集まる。

 

「そっか!ちょうちょだからお花が好きなのね」

「え?花?…なるほど!!」

「気付かなかったモフ!」

 

感心するリコだったが、二人の発言に再び呆れたようにみらいを見た。

 

「はちくんがちょうちょのいそうな場所っていったからちょうちょになったつもりで走ってたら偶然」

「偶然なのね……」

 

えへへ~とモフルンと一緒に笑いあうみらいにリコはさらに呆れた表情を浮かべる。

 

「…ま、とりあえずこれで課題クリアだな」

 

思ったよりすんなりと終わりそうな課題に八幡が安心しているとジュンが焦った声を出した。

 

「飛んでいくぞ!?」

 

ジュンの声に全員が花壇の方を見ると花に止まっていたはずの蝶達がふわふわとどこかへ飛んでいくのが目に入る。

 

「えぇ……」

 

八幡が面倒くさそうに呟く横で小さい箒を取り出したリコとジュンがそれを振って元の大きさに戻し、乗った。

 

「あれ?…あれれ?」

 

その隣でケイが制服のポケットを必死で探しているが、見つからない。そうしている間にリコとジュンは飛ぶ体勢に入っていた。

 

「「キュアップ・ラパパ!箒よ飛びな!」さい!」

 

呪文を唱えると二人は勢いよく飛び立って蝶を追う。

 

 

廊下の大窓からそんな生徒達の様子を教頭、アイザック、マキナの先生三人が見守っていた。

 

「なかなか苦労しそうですね」

「でも、みなさん良い子達ですよ?」

「オッホッホッホッ」

 

腰に手を当ててしかめっ面な教頭にマキナのが困ったように眉を寄せ、アイザックが朗らかに笑って生徒達の事を語る。

 

「よっふんっ!」

 

「出席日数不足のジュンさん」

 

 

「あんな高いところ…無理ぃ~!!」

 

「怖がり屋さんで箒の試験が不合格だったエミリーさん」

 

 

「箒は?…どこ~?」

 

「試験当日、杖と箒を忘れたケイさん」

 

 

「あれ?大きくならないんだけど?」

「きゃぁぁ!?」

「はぁ……またか、キュアップ・ラパパ!箒よあそこまで飛べ…って、だ、から、はや…っ!?」

 

ズドォッン━ヒュルル…ドシンッ

 

「「「え、落ちた?」」」

「落ちてないからっ!」

「……これで下敷きになるの何回目だよ…」

 

「勉強は学年で一番ですが…魔法は赤点のリコさんとナシマホウ界から来たみらいさんと八幡君、教師生活45年、ここまで個性的な生徒達は初めてです」

「え?45年…ですか?」

「教師生活、40年…では?」

 

戸惑うマキナと真面目にツッコむ教頭。

 

「まずは行動力を鍛える授業です、どうなりますかね~」

「「…話、聞いてます?」」

 

アイザックのスルーっぷりに教頭とマキナの声が揃うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし!どんなもんだ!!」

 

箒で蝶を追っていたジュンが遂に蝶を捕まえて嬉しそうに声を出す。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ…」

 

その下で息を切らしながら走ってたら追いかけるみらい達。

 

「はぁ、はぁ、ふぅ…あ」

 

最後尾を走っていたエミリーが肩で息をして立ち止まると不意に何かの気配を感じて振り向いた。

 

「くも~」

「ひぃええぇぇっ!?」

 

エミリーが振り向くと蜘蛛が目の前に現れる。

 

蜘蛛に驚いたエミリーは悲鳴と共に凄い速さで先頭にいたみらいを抜き去り、なおも走り続けた。

 

「わぁぁぁぁっ!?」

 

走るエミリーの顔、その眼鏡越しにペチッと何かがつかる。

 

「あっ?あぁぁぁっ!?……あ」

 

更に驚き、大きな悲鳴をあげるエミリーだったが落ち着いて顔にぶつかった何かを手に取ってみると、それは探していた紙の蝶だった。

 

「どこ?箒……え?やったー!!」

 

未だに箒を探していたケイが自分の帽子を持ち上げて中を覗いていると、前から紙の蝶がひらひら飛んで来てそのまま帽子の中に入る。

 

謀らずも課題をクリアしたケイは帽子を持ち上げた体勢のまま喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「急がないと…」

 

すぐ近くまで来ているザアザア雲を見つめてリコが不安そうに呟く。

 

「ちょうちょ、いないモフ…」

「何か手掛かりでもあれば……?」

 

モフルンが花の生えている草むらを掻き分けて探し、八幡はなにかないかと考えていた。

 

「…そうだ!」

 

そんな中、草むらを見つめていたみらいが何かを思い付いたように声をあげ、先へと走る。

 

「ちょ、ちょっとあなたっ」

「私、向こうを見てくる!」

 

いきなり走り出したみらいに戸惑ったリコは引き止めようとしたが、叶わずに行ってしまった。

 

「もうっなんなの?……っていつの間にか八幡さんもいないし!!」

 

行動の意図が読めずに苛立つリコ。さらには八幡までどこかへ消えてしまう。

 

「ん?みらいはどこモフ?」

 

草むらを探していたモフルンは走っていったみらいに気付かなかったのかキョロキョロ辺りを見回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━とある洞窟の髑髏の城━

 

その最深部、そこでトカゲ男ヤモーが膝をつき、(こうべ)を垂れていた。

 

「お呼びですか?ドクロクシー様」

 

ヤモーが頭を垂れるその先、大きな髑髏の椅子に腰を掛けるのが、闇の魔法使い達の主ドクロクシー。

 

豪華な服から覗く手は剥き出しの骨そのもの、そして影に覆われている顔の中で闇色の瞳がギラリ光った。

 

「申し訳ありません。伝説の魔法使い、プリキュアに邪魔され、エメラルドはまだ見つけられぬまま…」

 

ヤモーの報告にドクロクシーは骨の手で何かを指差す。

 

「はい、すでに手は打ってあります……戦いに長けた彼ならば、プリキュアを仕留めて参りましょう。…魔法学校に潜入する手引きも抜かりありません」

 

 

次なる闇がプリキュアに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紙のちょうちょなら本の花が好きかも」

 

走り出したみらいが向かったのは昨晩訪れた自然の図書館だった。花壇でリコでの言葉を思い出して思い付いたのがここだった。

 

「…考えることは同じだったみたいだな」

「あ、八くん!」

 

みらいが花の本を開いていると八幡がゆっくり歩いてくる。

 

「八くんも?」

「ああ…紙ならと思って、あと…」

「?」

 

まるで何かが呼んでいる気がしてと言いかけたが、なんでもないと口をつぐむ。

 

「…それより、なにかわかったか?」

「ううん…本を開いて花を浮かべてみたけど……あ!」

 

みらいがそう答えた時、本棚の影から紙の蝶がひらひらと飛んできた。

 

「きた…!」

「よし…とりあえず慎重に……」

 

いつでも捕まえられるように身構える二人だったが、紙の蝶は本の花をスルーして向こうの方に飛んでいってしまう。

 

「あっ…ちょっとまって!!」

「おい!朝比奈そっちは…」

 

蝶は図書館の奥まで飛んでいくと、校長ですら迷うと言っていた知識の森へと続く扉の中に飛んでいった。

 

「………」

 

扉の前に立ったみらいはそびえ立つ大きなそれを見上げると決意の表情で扉を見据える。

 

「…行くつもりか?」

 

みらいを追いかけてきた八幡が問う。

 

「うん、だってちょうちょを捕まえないと合格できないもん!」

「確かにそうだが…その中は校長先生でさえ迷う作りになってるんだぞ?」

 

それをわかっていて行くのか、と再び問う八幡を真っ直ぐ見つめて、みらいが答えた。

 

「わかってる…でも、合格出来ないとリコちゃんは…」

 

課題をひとつでも落とせば留年になる。つまり、このまま蝶を追わなければ確実にリコが留年してしまうことになる。

 

「はぁ……しょうがない…さっさと見つけて、迷う前に出るぞ」

「…うん!」

 

ため息をついて、頭ガシガシ掻くと八幡はみらいの隣に立つ。そして二人で扉を開けて奥へと進んだ。

 

 

 

 

 

扉の先、そこはまさしく知識の森と呼ばれるにふさわしい場所だった。

 

大小様々な本が本棚に収められ、上下左右の概念がないのか宙に浮いていたりする本棚もある。

 

本棚の大きさは二人の身長を遥かに上回る程、それが木々のようにそびえ立っていた。

 

「これは迷うわけだな…」

 

辺りを見回して八幡が呟く。

 

「ちゃんと来た道を覚えとかないとだね」

 

八幡の呟きにみらいがそう返した直後、地響きと共に二人の後ろで何かが動いた。

 

「うわぁっ!?」

「っなんだ!?」

 

二人が何事かと後ろを振り返ると、通ってきた道が本棚によって塞がっている。

 

「え!?」

「帰り道が……」

 

迷う前に出るという八幡の考えが早くも崩れ去った。そして、追い討ちをかけるように二人の真横にあった本棚が音をたてて迫り来る。

 

「わぁぁっ!?」

「くっ…!?」

 

八幡はとっさの判断でみらいを抱え込むように前に倒れる。

 

「っ痛……」

「いたたた……」

 

それが項をそうしたようで、二人とも本棚に押し潰されずに済んだ。しかし、未だに無数の本棚が唸るように音をたててあちらこちらに移動している。

 

「…………」

「こんなの…どうしろっていうんだよ……」

 

身の丈の数倍はあるいくつもの本棚が重力を無視して動き回るという混沌とした光景に二人はそれを呆然と見上げるしかなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話「魔法の授業スタート!13個目の謎!?ふしぎなちょうちょを探せ!」Bパート

 

「時間がないわ…」

 

もう間近に迫っているザアザア雲を見上げてリコが焦燥を滲ませ呟いた。

 

「みらいが帰ってこないモフ……迷ってたら大変モフ」

「そうね…八幡さんも戻ってこないし……世話が焼けるわね」

 

そういうとリコはモフルンを抱き上げる。

 

「八幡さんはともかく、あなたがいないとあの子も不安でしょ」

「違うモフ、みらいにはリコが居てあげないとだめモフ」

「え?」

 

思わぬモフルンの言葉に目を丸くするリコ。

 

「みらいは知らないマホウ界でも、色んなことがあっても、リコがいたから頑張れたモフ」

「………」

 

リコを真っ直ぐ見つめて、モフルンがそれにと続ける。

 

「八幡だってそうモフ……モフルンはみらいが一番好きモフ、でも、リコと八幡も好きモフ、リコは二人と一緒は嫌モフ?」

「わ、私は……」

 

モフルンの問いにリコは言葉に詰まってしまい、ふと、二人と出会ってからの出来事が思い浮かぶ。

 

ベンチでイチゴメロンパンを並んで食べたこと、倒れていたリコに手を差し伸べてくれたこと、そしてお揃いの箒に嬉しそうにはしゃいでいたこと…。

 

不安だらけだったナシマホウ界でお腹をすかせていたリコにおにぎりととっても甘いコーヒーをくれたこと、捻くれた言動に呆れて、あの子と二人で笑ったこと…。

 

思い浮かべたことはどれも他人にとっては何気無いことかもしれないけれど、リコにとっては全部が初めてでかけがえのない出来事だと思えた。

 

「…いくわよ!」

 

決意の表情でそう言うとリコは森の奥へと走っていく。

 

 

 

「甘い匂いモフ」

 

しばらく森を走っていると抱き抱えているモフルンが呟いた。

 

「甘い匂い?」

 

そう聞いて思い浮かぶのはダイヤとルビー、二つのリンクルストーンが輝いた時の事だ。

 

「もしかしてあの子のダイヤを感じたの?」

「わからないモフ…でも甘い匂いは二つするモフ!」

 

二つならおそらく、みらいのダイヤと八幡のリンクルストーンだろうと考えたリコはモフルンの鼻を頼りに進む。

 

「ここからモフ!」

 

たどり着いたのは図書館、その中にある巨大な扉だった。

 

「よりによって!」

 

その扉は校長が行ってはならんと言っていた知識の森と呼ばれる書庫に通じている扉。一度入ったら校長ですら迷う場所だ。

 

「……っ!?」

 

一旦、扉の前で立ち止まり、少し開いている隙間から中を覗くと、巨大な本棚が倒れていた。

 

乱雑に溢れている本から、この本棚は自然に倒れたのではなく、何か凄い力で倒されたというのがわかる。

 

「………」

 

少しの間、驚き固まってしまったリコだが、覚悟を決めて中へと入っていった。

 

 

 

━その頃、みらいと八幡は宙を舞う本棚に気を付けながら先へ進んでいた。

 

「……」

「もうどこまで来たのかまったくわかんねぇな…」

 

八幡がこう言っている間にも本棚は移動をし続けており、もはや、どっちが来た道で、進んでいるのか、戻っているのかすらわからない。

 

チラリとみらいの方を見ると、不安そうな顔でポーチの肩紐を握りしめている。

 

無理もない、どこにいけば正解なのかわからない場所、しかも今はナシマホウ界から来た二人のみ。つまり、頼れる存在がいないのだ。

 

「ぁ………」

 

そんなみらいに何か声をかけようとしたが、この状況で、みらいを元気づける気の利いた言葉など八幡には思浮かぶはずもなく、押し黙ってしまう。

 

「………」

 

無言のまま先に進む二人。その様子を本棚の上から謎の影がじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「いるんでしょー!!どこなのー!!」

 

書庫の中を走りながら大声で二人を探すリコ。

 

━ドシンッ

 

「…!?」

 

何かが倒れるような凄い音が聞こえ、リコが音をした方を見ると緑色の何かが煙の中から飛び出す。

 

「…急がないと……!」

 

二人が危ないと思ったリコは、急いで音の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ八くん!危ないっ!!」

 

二人で宛もなく歩き続けていた最中、突然みらいが叫んで、八幡の方に飛び込んでくる。

 

「っ痛…なんだ…?」

 

飛び込んできたみらいに押されて一緒に倒れ込む八幡。目線をあげると、さっきまで八幡が立っていた場所を緑色の何かが高速回転して通り過ぎ、本棚に激突した。

 

「プリキュアだな?」

 

激突し、地面に落下した緑色の何かが声を発して起き上がる。

 

「「!?」」

 

そして二人はその緑色の何かの姿に息を呑んだ。

 

「お初にお目にかかる、我はドクロクシー様に仕えし、魔法戦士ガメッツ」

「ドクロクシー…」

「闇の魔法使いか…!」

 

ガメッツと名乗ったのはプロレスラーのように鍛え上げられた筋肉と武人のような兜を纏い、その背中には甲羅を背負っている亀の大男だった。

 

「もう一人はどうした?…まあいい、お手合わせ願おう」

 

次の瞬間、ガメッツがその巨体からは想像できないスピードで突進してくる。

 

「っ!?」

「きゃっ!?」

 

ヤバイと感じた八幡はみらいの手を思いっきり引っ張り、二人は寸前のところで突進をかわした。

 

━ドゴォォンッ

 

凄まじい衝撃音が響き渡って本が飛び散り、巨大な本棚がいとも簡単に倒れる。

 

「これは…やばいな……」

 

突進の破壊力を目の当たりにした八幡は額に嫌な汗が浮かぶのを感じて呟いた。とてもじゃないがあんなもの、かすっただけても粉々にされてしまう。

 

「どうした?何故本気を出さん?」

 

煙の中からガメッツが飛び出し、二人の前に立ちはだかる。

 

「バッティやスパルダを退けたという戦いぶり、我にも…見せてみよっ!!」

「っ朝比奈!こっちだっ!!」

 

ガメッツ筋肉がさらに膨れ上がるのを見て八幡はみらいの手を引き、全速力で走った。

 

━ドゴォォン━ドゴォォン━ドゴォォン…

 

連続して突進してくるガメッツを毎回スレスレでかわす二人。だが、その度に本棚が倒れ、逃げ道をどんどん潰される。

 

「ちっ…このままじゃまずい…」

 

「みらいー…」

「返事をしなさーい!!…」

 

逃げながら八方塞がりなこの状況をどう切り抜けるか考えていた時、本棚の向こうからモフルンとリコの声が聞こえた。

 

「ぁ…リコちゃんっ!モフルンっ!」

 

みらいが二人の呼ぶ声の方へ走る。

 

「逃さぬ!」

 

走り去るみらいを逃すまいして後を追おうとしたガメッツを八幡が遮った。

 

「ぬ?お前は…」

 

ガメッツが何かいうより速く、八幡は杖を取り出して唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!閃光よ、爆ぜろ!!」

 

杖の先から強烈な光が放たれ、八幡の視界も白く染まった。

 

(これで奴の視界を奪えた筈、後は二人が合流すれば…っ!?)

 

何も見えない八幡に衝撃が走り、何かに締め上げられる感覚が広がる。

 

「がっ…!?」

「…惜しかったな、魔法使いよ」

 

驚くべきことに八幡を締め上げていたのは視界を奪われ、混乱しているはずのガメッツの手だった。

 

「な……ん…」

 

目は見えないが、自分の置かれた状況を察して驚きの声を出す八幡。

 

「悪いが、お前が油断ならない輩だというのはマンティナから聞いていた、なら警戒するのは当然であろう」

「ぐっ…」

 

ガメッツの言葉に八幡は自分の浅はかさを後悔する。

 

まさかプリキュアでもないただの高校生である八幡が警戒されているとは夢にも思わず、安易に一度見られている魔法を使い、自らの視界も塞いでしまった。

 

(もう少し冷静に考えれば予想できたことだ…二度も邪魔をしている俺を警戒しているのは当たり前だった…!)

 

後悔してもすでに遅く、八幡がどれだけ暴れようとしてもガメッツの腕はびくともしない。

 

「…むこうか」

 

ガメッツは八幡を捕まえたまま、みらいが走り去った方へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みらいモフ!」

「あっちから聞こえる!」

 

みらいの名前を呼びながら探していたリコとモフルンは返事の聞こえた方へと走り、ようやくみらいを見つける。

 

「何で書庫にいるの!校長先生に駄目って言われたでしょ!!」

 

走りながらリコはみらいを叱りつけた。

 

「だって!ちょうちょが入っていったから、捕まえないと合格出来ないでしょ!」

「まったく、無茶して…」

 

本棚越しで言い合う二人は互いに互いのためにここまで来た、みらいはリコの合格のため、リコは迷いこんだみらいを心配して。

 

本が抜けた隙間からようやくすれ違っていた二人が対面した。

 

「リコちゃん!」

「みらい~」

 

再開したモフルンが安堵した声を出し、みらいとリコが隙間から互いの手を重ねる。その時、遠くで何かが光った。

 

「…来てくれてありがとう……」

「あなた…」

 

重なる手に驚くリコはみらいの顔を見て更に驚く。

 

よほど不安だったのだろう、いつも元気いっぱいだったみらいからは想像もつかないような顔をしていた。

 

そして今は安心した表情でリコを見つめている。そんなみらいにリコは優しく微笑んだ。

 

「もう一人のプリキュアだな?」

 

安心したのも束の間、後ろからガメッツが悠然と現れる。その手には八幡が握られていた。

 

「八くん!?」

「八幡さん!?」

 

悲鳴じみた声を上げる二人にガメッツは八幡を放り投げる。

 

「ぐっがっ…」

 

二度三度バウンドして八幡は二人の足元まで転がり、呻いた。

 

「八くんっ!大丈夫っ!?」

 

無事を確かめるためにみらいが駆け寄ると八幡はおぼつかない足取りで立ち上がる。

 

「げほっ…大丈夫…だ…」

 

ふらつく八幡にみらいが肩を貸して支えた。

 

「ようやく揃ったかプリキュア!ならば…」

 

ガメッツが髑髏の杖を取り出して両の拳を合わせ、呪文を唱える。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

唱え終えるとガメッツの甲羅に魔法陣が浮かんで、そこへ剣が描かれた本と鮫の描かれた本が吸い込まれた。

 

「ヨクバール!」

 

現れたのは、鮫の体に髑髏の顔、それに背びれと尾ひれ、胸びれまでもが刃になっているヨクバールだった。

 

「出陣だ!ヨクバール!」

「ギョイ」

 

ガメッツの号令でヨクバールが宙を泳いでみらい達に迫る。

 

「こっち!」

 

みらいの呼ぶ声にリコは本棚の隙間をくぐり抜けて、合流し、二人で八幡に肩を貸して走った。

 

「ヨクバール…」

 

さすがに肩を貸しながら逃げるのは難しかったようで、あっさり追い付かれ、真横をヨクバールが通りすぎる。

 

「…もういい、俺を置いてお前たちだけで逃げろ」

 

このままだと、逃げられないと踏んだ八幡は自分を置いていくようにと提案した。

 

少なくともそうすれば、今よりは速く走れるようになり、逃げられるかもしれないし、プリキュアに変身する隙もできるかもしれない。

 

「「「嫌!」だ!」モフ!」

「なっ!?」

 

速攻で声を揃えて拒否され、思わず声を出す八幡に三人がそれぞれ言葉をかける。

 

「八くんを置いていくなんてできない!」

「ええ!いつもいつもあなたばっかりに無茶はさせないわよ!」

「モフ!八幡も一緒モフ!」

「お前ら…」

 

三人とも意思は固く、八幡の提案は却下された。しかし、八幡のせいで速度が落ちているのは確かで、いずれ逃げられなくなる。

 

こっち…

 

「…声?」

 

どうするか考えていた八幡の耳に誰かが呼ぶような声が聞こえた。

 

「は…」

「あ…」

「モフ?」

 

みらい達も何かに呼ばれたような気がして辺りを見回す。

 

「ヨォォォ!!」

 

近くで聞こえた鳴き声に八幡が振り向くと、いつの間にか真後ろまで迫っていたヨクバールの大きな口が見えた。

 

「っ全員箒で逃げろ!!」

 

咄嗟に思い付いたことを叫ぶ八幡。その直後、ピンクの煙が巻き起こり、中から二本の箒が並んで飛び出す。

 

━ガチンッ

 

ヨクバールの噛みつきが空振りに終わって、歯と歯のぶつかり合う音が響いた。

 

「ギリギリだったな…」

 

額に汗を浮かべて八幡が呟く。

 

「そうね…ってあなたその箒に乗れたの!?」

 

驚いた声を出すリコ。八幡の箒はピーキー過ぎて乗れないと言われていた代物で、今のようにリコの箒と同じ速度で飛ぶ何てことは到底出来ない筈だ。

 

「いや、一か八かで隣の箒と同じ速度で飛べって唱えたら上手くいった」

「そんな曖昧な呪文で…?」

 

そんな説明では納得できないといった顔をするリコだったが、すぐにそれどころではないと頭を切り替える。

 

「それよりも…」

「うん…さっきのなに…?」

 

箒にぶら下がっていたみらいが疑問を浮かべた。

 

「呼んでいる…?」

 

八幡が呟いた直後、散乱する本棚達の向こうで何かが光輝く。

 

「「「「………」」」」

 

輝きに吸い寄せられるように白い本棚へとたどり着き、目の前に降り立った四人。その視線の先には一冊の本があった。

 

「本?」

「この本が呼んでたの?」

 

みらいとリコが本に触れる。八幡も触れようとしたが、後ろから迫る気配を感じて振り返る。

 

「っもう追い付かれたのか!?」

「覚悟!!」

 

八幡の声でみらいとリコも振り返ったが既にガメッツとヨクバールはすぐそこだ。

 

「「っ……!」」

 

ヨクバールの大きな口がみらい達に襲い掛かったその時、二人が触れていた本が先程までとは比べ物にならない虹色の光を放つ。

 

「「わぁっ…!?」」

「なにも見えない…!?」

「うわぁぁっ!?」

「ヨクバァール!?」

 

敵も味方も関係無く、全てが光に呑み込まれた。

 

「…これは……」

「どういうこと…?」

 

光が収まると景色が一変していた。暗く、無造作に本棚が漂っていた知識の森が、空のように明るくなり、雲の中から本棚が突き出している。

 

━ボフンッ

 

「わっ!?」

 

雲の下から現れたヨクバールに驚くみらい。

 

「…どんな魔法を使ったのかわからんが…もう逃がさんぞっ!!」

 

ヨクバールの上に乗っていたガメッツが吠えた。

 

「…この開けたばしょなら…」

「モフ!変身するモフ!」

 

八幡とモフルンの言葉にみらいとリコは手を繋ぐ。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

「「ダイヤ!」」

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

光が二人を包み込んで消えると、魔法陣と共に変身した二人が現れた。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

ダイヤの力を身に纏い、二人はポーズを決める。

 

「やっと本気になったかプリキュア…我が魔法、ヨクバールの攻撃を受けてみよっ!!」

「ヨクバール!」

 

変身した二人を見て更に好戦的な笑みを浮かべたガメッツがヨクバールに乗って突進してきた。

 

「っここはまずい!こっちだモフルン!」

「モフ!」

 

慌ててモフルンを抱え、八幡が箒を片手に本棚から飛び降りる。

 

「キュアップ・ラパパ!箒よ、二つ隣の本棚まで飛べっ!?」

「モフ~!?」

 

何度体験しても慣れないスピードに驚く八幡と初めてのスピードに目を回すモフルン。

 

そして、二人が飛んでいったのを見てミラクルとマジカルも跳躍してヨクバールをかわす。

 

━ドゴォォンッ

 

突進したよって、さっきまで四人立っていた本棚を粉々に粉砕したヨクバールは再び雲の中に潜った。

 

「消えた!?」

 

姿を見失ったミラクルとマジカルの死角からヨクバールが飛び出す。

 

「ヨクバァール!」

「「きゃぁぁっ」」

 

死角からの一撃をもろに食らった二人は吹き飛ばされた。

 

「「くっ…!!」」

 

受け身をとったが衝撃を逃がしきれずに本棚の上を滑る二人。

 

「うわぁっ!?」

 

ギリギリで踏みとどまったマジカルに対して、ミラクルは滑り落ちてしまう。

 

「…っ!!」

 

寸前のところでマジカルがミラクルの手を掴んで落下は免れたが、次はどうなるかわからない。

 

「ミラクルっマジカルっ…」

 

八幡に抱き抱えられたモフルンが心配そうな声を出して二人を見つめる。

 

「このまま死角から攻められ続けたら…」

 

二人が危ないと考えるが、今の八幡には打つ手がなかった。

 

先程放った目眩ましの魔法は警戒していたガメッツにあっさり防がれてしまったし、まともに箒で空を飛ぶこともできない。

 

「つまらぬ、この程度かプリキュア…」

 

落胆した声を出してガメッツとヨクバールは再び雲の中に潜る。

 

「どこからくるのかわからないっ…」

 

引っ張りあげたミラクルと一緒に辺りをキョロキョロと見渡すがどこにいるのか全く見えない。

 

「ヨクバァッ!!」

「「きゃあぁっ!?」」

 

今度は真正面からの攻撃で二人はバラバラに吹き飛ばされた。

 

「っ…さっきは正面…次は右?…わぁっ!?」

 

予測をたてて右側を警戒したマジカルを嘲笑うかのように左から攻撃を仕掛けてきたヨクバール。

 

「マジカルっ!!」

 

ミラクルが跳躍し、吹き飛ばされたマジカルの手をとって近くにあった本棚に着地する。

 

「次はどっち…?」

「ふっ!!」

 

マジカルが再びどこからくるのか予測しようとしている隣で、ミラクルが真正面に向かって思いっきり飛び出した。

 

「!?」

 

迷いなく飛び出しっていったミラクルに驚いた顔をしてその背中を見つめるマジカル。

 

「ヨック!」

「はぁっ!!」

 

雲の中から飛び出してきたヨクバールの鼻っ柱にミラクルの拳が突き刺さる。

 

「一体どうやって…」

 

いくらマジカルが考えても予測出来なかったヨクバールの動きを、まるでどこに出てくるか、わかっているように迎撃したミラクル。

 

その様子にマジカルがハッとした表情を浮かべて、みらいの言葉を思い出した。

 

考えているだけじゃみつからないよー!

 

「考えているだけじゃなく動かなきゃ…! 」

 

頭で考えてから動くのではなく直感で動く、それが時として必要な事だと理解したマジカルは勢いを付けて後ろを振り向き、直感で拳を突きだす。

 

「もう少しっ!」

 

マジカルが繰り出した拳は後ろから迫っていたヨクバールに寸前のところで当たらなかったが、直感で動く事が効果的だと確信した。

 

「考えるより動かなきゃ!!」

 

そこからミラクルとマジカルが直感で攻撃し、少しずつダメージを与えることは出来ているが、決定打に欠ける。

 

「このままだと、あいつらの体力の方が先に尽きる…」

 

少し離れた本棚から戦いを見ていた八幡が呟いた。

 

確かに攻撃は当たり始めたが大振りの攻撃は相変わらず避けられる。

 

それに直感で攻撃するといってもどこからくるのかわからない状況は神経を磨耗されるのだ。

 

「モフ…どうしたらいいモフ…」

「せめて一度だけでも、来る方向がわかれば…」

 

モフルンと八幡が頭を悩ませるが、来る方向がわかれば初めから二人は直感に頼ったりはしないだろう。

 

それに八幡には手札がない。箒は乗りこなせていないし、唯一使える魔法もガメッツに警戒され、効果がなかった。

 

「目眩ましは通じない、だからといって、あの魔法じゃ他にはせいぜい照明の代わりくらいにしかならな…い?」

「モフ…?」

 

八幡がそこまで言うとモフルンが首を傾げ、二人は顔を見合わせる。

 

「「それ」だ!」モフ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままだとまずいわね…」

 

直感で攻撃していたマジカルが一旦、離脱して戦況を把握し、呟いた。

 

「はぁっ!!」

「ヨクッバァール!」

 

ミラクルの攻撃はヨクバールに命中したが浅く、再び雲の中に潜られてしまう。

 

(攻撃は当たるようになったけど…やっぱり直感だけじゃ限界が…)

 

八方塞がりのこの状況を打開する案が浮かばず頭を悩ませるマジカル。そんな時、遠くから声が聞こえた。

 

「ミラクルー!マジカルー!」

「モフルン?」

「と八幡さん?」

 

その声のする方を見ると八幡とモフルンが手を振っている。

 

「一体何を…」

「もしかしたら…マジカル!」

「へ?」

 

二人の意図がわからずに首を傾げているマジカルの手を握って、ミラクルが跳躍、ヨクバールから距離を取り、八幡とモフルンがいる本棚に着地した。

 

「プリキュア…わざわざ戦えない者を巻き込むとはどういうつもりだ?」

 

跳躍した二人を見て、ガメッツが訝しげに言う。

 

確かにガメッツは八幡を警戒していたが、それはあくまでも不意討ちや目眩ましなどの邪魔の話で、直接戦う力がないことは、さっきまでの攻防で証明された。

 

「まあいい、次で終わりだ!」

「ヨクバァール!」

 

プリキュアに止めをさすべく、ヨクバールは四人がいる本棚に向かって雲の中を最高速度で進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━って作戦なんだが…いけそうか?」

 

跳んできたミラクルとマジカルにざっと思い付いた案を説明する八幡。

 

「…やってみないとわからないわ、それにそもそも上手くいくのかしら?」

「それこそやってみないとわからん…ただ、成功したとしても通じるのは一回だけだ、二度はない」

 

八幡の言葉にマジカルは不安そうな顔を浮かべる。

 

「…やってみようよマジカル」

「ミラクル…でも…」

 

もし失敗したら…そう思うと踏み出せないマジカルにミラクルが大丈夫と手を握った。

 

「もし失敗しても、なんとかなる!…ううん、なんとかしてみせる!だから大丈夫だよ!」

「ミラクル…」

 

それに…と続けるミラクル。

 

「私は二人を信じてる、きっと上手くいくって」

「モフルンも!モフ!」

 

笑顔でそう言い切るミラクルにマジカルはポカンとした表情を浮かべた。

 

「…まあ、やれるだけのことはする。だから、後は任せた」

「八幡さん…」

 

ミラクルの言葉に照れているのか、そっぽを向きながら早口で言う。

 

「…わかったわ、私も二人を信じる」

「マジカル…!!」

 

覚悟を決めたマジカルとミラクルが作戦通りに八幡の前に立った。

 

「信じてる…か……」

 

前に立つ二人の背中を見つめて八幡がぼそりと呟き、その意味を考える。

 

(そんな言葉はただの押し付けでしかない。勝手に期待されて、失敗したら信じると言ったその口からお前が悪いと謗られる…)

 

八幡にとってそれは、そんな欺瞞に満ちた言葉の筈だった…しかし、あの二人から聞いたその言葉からは、不思議とすんなり受け入れられた。

 

(なら…俺は…あいつらを……)

 

続く言葉を胸に秘め、杖を取り出した八幡は二人に問う。

 

「チャンスは一度だ、準備はいいか?」

「大丈夫!」

「いつでも来なさい!!」

 

その返答に八幡は息を大きく吸い込んで、杖を真上に掲げた。

 

「キュアップ・ラパパ!閃光よ、爆ぜろ!!」

 

杖の先から凄まじい光が放たれ辺りに降り注ぐ。

 

「っ…凄い光……でも!」

「…見つけた!」

 

光に照らされて雲の中に黒い影が浮かび上がるのを見つけた二人は、その影に向かって思いっきり突っ込んだ。

 

「ヨクバァール!!」

「はぁぁっ!!」

「たぁぁっ!!」

 

雲の中から飛び出してきたヨクバールの顔面に二人は同時に蹴りを放って真上に吹き飛ばす。

 

「「やったぁ!!」」

「うわぁぁぁっ!?」

 

その衝撃でヨクバールとガメッツが別々に吹き飛んだ。

 

「ヨクバァールッ!!!」

 

吹き飛ばされたヨクバールが怒りのままに突進してくるのを二人は見逃さない。

 

「今モフ!」

 

モフルンの合図と共に二人は伝説の杖を構える。

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「「ダイヤ!」」

 

杖の柄にダイヤのリンクルストーンがセットされた。

 

「「永遠の輝きよ!私達の手に!」」

 

輝く光のカーペットが一面に広がって二人はそれぞれリンクルステッキ頭上で構える。

 

「「フルフルリンクル!」」

 

二人が描いた三角形が合わさってダイヤの形となり、突撃してきたヨクバールと激突した。

 

「「プリキュア!」」

 

「「ダイヤモンド…」」

 

ヨクバールが大きなダイヤモンドに包まれる。

 

「「エターナル!!」」

 

呪文と共にヨクバールを包んだダイヤモンドが宇宙の彼方に吹き飛ばされた。

 

「ヨクバァー…ル」

 

宇宙の彼方でヨクバールは浄化され、元通り二冊の本に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、吹き飛ばされたガメッツはというと…

 

「ぐあぁっ!?」

 

勢いよく図書館の天井を突き破り、外に放り出されて仰向けの状態で地面に落下した。

 

「おのれっ不覚をとった、おのれプリキュアッおのれおのれおのれおのれぇっ!」

 

甲羅がつっかえて立ち上がれずに、仰向けの状態で手足をバタバタさせながら喚くガメッツ。

 

そこに追い討ちをかけるようにザアザア雲が現れてガメッツの真上で土砂降りの雨を降らせる。

 

「ぬぅぅ…!!オボエテーロ!!」

 

完全に捨て台詞にしか聞こえない呪文を唱え、仰向けのままガメッツは撤退していった。

 

 

 

「プッ…アッハッハッハッ!ヒィッ…まったく、あんまり笑わせないでくださいよ」

 

ガメッツが消えた後、木の影から現れた人物がお腹を抱えて笑う。

 

「それにしても、ガメッツさんまでやられるとは…俄然、興味が湧きましたねぇ…プリキュア…いや、それよりもやはり、気になるのは彼の方かしらね…」

 

その人物はそれだけ言うと、校舎がある方向に向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~上手くいって良かったね~」

 

みらいが安心して胸を撫で下ろしながら呟く。

 

「そうね…あの光の中で敵を見つけられるか不安だったけど成功して本当、良かったわ」

 

リコもみらいと同じく胸を撫で下ろした。

 

「…まあ、この明るい空間でヨクバールの影が浮かび上がるかどうかは賭けだったな」

「モフ~」

 

無事戦いを切り抜けた安心感で八幡はその場に座り込み、モフルンも安堵のため息を吐く。

 

現在、四人は謎の本を見つけた白い本棚の上に集まっていた。

 

「あれ…でもなにか忘れてるような……?」

 

そう言って首を傾げるみらいに八幡が呆れたような顔をして答える。

 

「…課題の蝶、まだ見つけてないぞ」

「あっ!?」

「そうだった…!」

 

どうやらみらいだけではなく、リコも忘れていたらしい。

 

「はぁ…今から探すしかないな」

「探すって言ってもそんな簡単に…」

「あ、ちょうちょだ!」

「「え?」」

 

その言葉に驚いてみらいの方を見ると本当に紙の蝶がひらひらと飛んで来ていた。

 

「…こんなにあっさり見つかるとは……」

 

今まで迷ったりしてたのは何だったんだとぼやく八幡を他所に、蝶はみらいが抱えて持っていた謎の本の表紙に止まる。

 

「そぉっと……」

 

リコは蝶が逃げないよう慎重に手を近付けて、覆うように包み込んだ。

 

「やった!リコちゃん、捕まえた!!」

 

みらいが喜びの声をあげた瞬間、抱えていた謎の本が虹色に光輝く。

 

「「「「!?」」」」

 

突然の出来事に四人は固まったまま動けず、その輝きに呑み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

━チュンチュンチュン…

 

四人の耳に鳥の囀ずりが聞こえる。

 

「外に出られた…?」

 

何が起こったのかわからずに呆然としたみらいが呟いた。

 

「この本のおかげ…?」

 

みらいが持ってる本に全員の視線が注がれると、突如、本が粒子となって消え、中からスマートフォンくらいの端末らしきものが現れる。

 

「本…?いや…スマホか?」

 

全員が困惑する中、本のページがめくられるように謎の端末の表紙が開いた。

 

「ほぇ?」

 

開かれたその部分から植物の芽が生えて、みるみる成長していく。

 

「「………」」

 

すくすくと伸びきったそれは、ゆっくりとピンク色の蕾をつけていった。

 

「モフ…?」

 

蕾は徐々に花を開くと、中からピンク色に光る何かが姿を見せる。

 

「えぇっ!?」

 

そのピンク色に光る何かから、ちっちゃい手のようなものがぴょこんっと出て来て、驚きの声を上げるリコ。

 

「これは…」

 

光の中からうっすらと輪郭が浮かび上がった。

 

「わあ…っ!!」

 

一際、強く輝くと萎んだように光が収まり初め、やがて花も消えてしまい、ピンク色の光に包まれた何かだけがみらいの手に残される。

 

持っていた謎の端末を懐にしまうと両手で光を受け止めるみらい。そして、包まれていた光が消え去るとそこには小さな赤ん坊が眠っていた。

 

「赤ちゃん!!」

 

目を輝かせるみらいの声に、赤ちゃんが反応を示す。

 

「はー!」

 

短いが元気よく声を発した赤ちゃんは口をムニャムニャさせ、すーすーと寝息をたてて、眠ってしまうのだった。

 

 

 

━五話に続く━

 





次回予告


「寒いモフ~!」

「ほんと寒い……暖かい場所でだらだら過ごしたい」

「まるで氷の島ね、モフルン、八幡さん」

「今日!も頑張ろうねモフルン!八くん!」

「みらい?リコ?」

「…俺を巻き込まないでもらえますかね?」

「魔法で暖めてあげるよ二人とも!」

「私の魔法の方が凄いわよね?二人とも!」

「ふんっ!」

「ふ、ふんっ!」

「…もしかして喧嘩モフ?」

「…モフルン、あっちで一緒に暖かい飲み物でも飲むか?」

「モフ~!」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「氷の島ですれ違い!?翻弄される八幡と魔法がつなぐ友情!」





「キュアップ・ラパパ!…」

「今日もいい日になぁれっ!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話「氷の島ですれ違い!?翻弄される八幡と魔法がつなぐ友情!」Aパート

 

「これは…!?」

 

魔法学校の一室、校長の驚いた声が響いた。

 

「世界と共に生まれ、生けとし生ける者を見守り続けてきた書物…」

「まさか……リンクルスマホン!?」

 

魔法の水晶…キャシーが校長の手にしているものについて補足し説明する。

 

校長が手にしているのはみらい達が書庫で見つけた謎の本から出てきたピンク色の端末のようなものだった。

 

「リンクル…スマホン?」

「書物ということは…本?」

「伝説中の伝説の本…実在するとは……一体どこに?」

 

それぞれ疑問符を浮かべる中、校長にスマホンを見つけた場所を問われてリコが恐る恐る答える。

 

「図書館の書庫に…」

「なにぃっ!?」

「「「ビクッ!!?」」」

 

普段の校長からは想像出来ない大きな声に書庫に入ったことを咎められたかと思ったみらい、リコ、八幡の三人が身を縮こまらせた。

 

「ぅ…わぁぁぁっん!!」

 

突然、みらいの手のひらから聞こえてきた赤ちゃんの泣き声に全員の視線がそこに向く。

 

「妖精の赤子?」

 

見知らぬ赤ちゃんに戸惑う校長。そこへモフルンがリンクルスマホンを指差して告げる。

 

「その中から出てきたモフ」

「なんじゃとぉっ!?」

「びぃぇぇぇんっ!!」

 

またしても校長は大きな声をあげてしまい、それに驚いて赤ちゃんがさらに泣きじゃくってしまった。

 

「大きな声を出すからですわ」

 

ばつの悪い顔をしている校長にキャシーが呆れる。

 

「ど、どうしよう…リコちゃん、ぜんぜん泣き止んでくれないよ」

「わ、私に聞かれてもわからないわよ!どうしたら…」

 

慌てる二人に八幡がため息をついて、落ち着けと促した。

 

「…大きな声に驚いたっていうのもあるが、これはあれだな…お腹が空いてるんじゃないか?」

「「へ?お腹?」」

 

八幡の言葉に声を揃えて驚き、落ち着きを取り戻した二人。しかし、すぐにまた慌て始める。

 

「でもでも!赤ちゃんって何が食べられるのかな!?」

「まあ…人肌くらいの温度に暖められた粉ミルクが一般的だな」

「そんなものすぐには用意出来ないわよ!?」

 

泣き止まない赤ちゃんにどうやってご飯を用意しようかと悩んでいた矢先、リンクルスマホンが光った。

 

「ダイヤを呼んでるモフ……」

「ほぇ「?」」

 

モフルンがそんなことを呟いた直後に二人のダイヤが宙に浮き、スマホンにセットされる。

 

すると、スマホンに備え付けられていたペンがひとりでに動き出して、画面に絵が描かれ、可愛いキャラクターがプリントされているミルクの入ったビンが現れた。

 

「え?ミルクが…」

 

描かれたビンが実体化したことに驚き戸惑うみらい。その手のひらの上にちょこんと乗っているミルクを見て赤ちゃんが泣き止む。

 

「あうあーあうっ」

 

ミルクを欲しがるように小さな手をパタパタさせる赤ちゃんに、リコが微笑んでミルクを手渡した。

 

「本当に八幡さんの言った通り、お腹が空いてたのね」

 

一生懸命にミルクを飲む赤ちゃんの姿に全員がほっこりした気持ちで微笑みをかわしあう。

 

「っはぁー」

 

ミルクを飲み終わった赤ちゃんがそのまま眠ると、丸い光になってスマホンの中に入っていった。

 

「本に住まう妖精の赤子…リンクルストーン…そしてプリキュア…伝説の書に導かれた出会い…これもまた何かの始まり……」

 

スマホンを見つめて独り言のように呟く校長にみらいとリコは不思議そうに顔を見合わせる。

 

「…一体何がどうなってるんだか……」

「モフ?」

 

色々な事がわからないままの状況に八幡とモフルンは首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、二日目の補習ですが、お茶を淹れてもらいます…マキナ先生」

「はい、次の課題はこの魔法のヤカンでお茶を沸かすことです」

 

二回目の補習の日、アイザックとマキナから課題の説明を受けた補習組の生徒達。

 

「お…よっしゃー!!」

 

その中の一人であるジュンが嬉しそうにガッツポーズを決めた。

 

「え?」

「なんだ?急に…」

 

ジュンの喜びようを見て、ナシマホウ界組のみらいと八幡が不思議そうに首を捻る。

 

「初心者でも使える魔法道具なの」

 

その疑問にみらいの隣に座っていたエミリーが答えた。

 

「初心者でも…」

 

エミリーの言葉に一回目の時と同じく、端っこの席にいる八幡が考えるようにぼそりと呟く。

 

「お茶の子さいさいってやつよ!」

 

八幡が考え込んでいる内に簡単な課題でテンションが上がっているジュンが笑いながら言った。

 

意識してか、無意識なのか、そんなことを言われて、つい、お茶だけに…?と聞きたくなった八幡だがそれをグッと飲み込む。

 

おそらく、そこまで親しいわけでもない八幡がそんなことを言ってしまえば、全員から冷めた目を向けられること必至だろう。

 

(…なんか普通に喜んでるが、多分、ただお湯を沸かせばいいってわけじゃないだろうな……)

 

初心者でも簡単に使える魔法道具で沸かすだけでは補習にならないし、なにより、一回目の時と難易度に差がありすぎる。

 

「この補習、もらったわ!」

「あー…但し……」

 

そんなことを考える八幡を他所に、リコまでもが単純に喜ぶ中、そうは問屋が許さないとアイザックが笑顔のまま無情な事実を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

氷の蒸気を吹き出す雪山、光に反射して煌めく雲、そしてカチコチな氷の花達といった景色が一同の目の前に広がっている。

 

「雪と氷で覆われた…ひゃっこい島、ここで補習を受けてもらいます」

「「「「「うぅぅ……」」」」」

「…寒っ」

「モフ…」

 

アイザックが説明しているが、全員それどころではなく、あまりの寒さに肩を抱いて震えていた。

 

「職人が魔法を込めた道具は使いやすい、この魔法のヤカンは杖を一振りするだけで簡単にお湯が沸かせます」

「も、もうわかったから早く始めようよっ」

 

ゆっくりした口調のアイザックに寒さで呂律が回らない中、ジュンが先を急かす。

 

「そう慌てなさんな、今のは普通の場所での話、この島で魔法を使うには…」

 

そこまで言うとアイザックは隣に立っているマキナへと目配せをした。

 

「…はい、高い集中力が求められます、寒さを忘れられるくらいの…ね?」

 

マキナは引き継いで説明し終えると同時にクシュンッとくしゃみをして震える。

 

「…先生も寒そうなんですけど……?」

「寒さを…忘れるって?」

 

八幡とリコが同時に問うと、マキナが震えながらこほんと咳払いをし、アイザックの方を見た。

 

「ん、んっん別に寒くなんてありません、ええ、ありませんとも…では、アイザック先生、お手本をお願いします」

 

誤魔化すように早口でそういうと、マキナは一歩下がり、アイザックが杖を構える。

 

「…うぅぅん…ふぅっっん!……」

「「「「「おぉぉ!」」」」」

 

構えて、杖をヤカンの方を向けたアイザックが気合いを入れるその姿にみらい達は揃って驚きの声を出した。

 

「キュアっふらふぁふぁー!」

「「「「「「え?」」」」」」

 

キュポンッと音をたてて、アイザックの入れ歯がとれてしまい、全員の目が点になる。

 

「はは、いれふぁふぁかひょれら」

「集中力以前の問題だろっ!!」

 

その場でガクッとなる一同のツッコミをジュンが代表して突っ込むのだった。

 

 

 

 

━そんなこんなで補習授業が始まる。

 

「リコちゃん頑張って!」

「しっかりモフ~!」

 

それぞれに魔法のヤカンが振り当てられ、みらい、リコ、八幡はセットなので三人で一つのヤカンだ。

 

「キュアップ・ラパパ!お湯を沸かしなさい!」

 

寒さで震えながら、呪文を唱えて杖を振り下ろすリコ。

 

━つるんっ

 

「あっ!」

 

手がかじかんでいるせいか、振り下ろした瞬間に杖はリコの手からすっぽ抜けて、飛んでいってしまう。

 

「痛っ!?」

 

すっぽ抜けた杖は狙い済ましたかのように少し離れたところにいる八幡の眉間に命中した。

 

「ご、ごめんなさいっ!手がかじかんで上手く握れなくて…」

「…次からは気を付けろよ……ほら」

 

八幡は額を押さえながら杖を拾ってリコに手渡す。

 

 

 

一方、他の補習組のメンバーも寒さに苦戦を強いられていた。

 

「キュアッふラはふぁ!…寒くて口が回らないよぅ…」

「キュアップ…ラわっわわわわっあ~れ~!?」

「寒くなかったら楽勝なのに~!!」

 

エミリーは寒さで呂律が回らず、ケイは足が滑って止まらなくなり、ジュンは寒さで集中できずにいる。

 

「わっわっわ~っ!?よけてよけて~!?」

 

滑って止まらなくなったケイが手足をジタバタさせて八幡の方へ勢いよく突っ込んできた。

 

「は?ちょっ待っ…」

 

━つるんっ

 

それに気が付いた八幡は避けようとして自分も足を滑らせてしまう。

 

━ゴチンッ

 

「あいたっ!?」

「いっ!?」

 

お互いに勢いよく滑った二人は追突して、尻餅をつき、ようやく止まった。

 

「っ……大丈夫…か?」

「いたた~…ごめんなさい~大丈夫です~」

 

派手な音がした割に目立った怪我もなく安堵する二人、そして、寒さが原因で起きた様々なハプニングを見ていたみらいが呟く。

 

「そっか…暖かければ魔法、使えるんだよね?」

「え?まあ…ね」

 

みらいの質問に何でそんなことを聞くのかとリコは困惑しながら答えた。

 

「良いこと思い付いちゃった♪」

「「「え?」」」

 

二人の会話が聞こえたのか、エミリー、ケイ、ジュンが声を揃えて同時に振り向く。

 

「…良いこと?」

 

満面の笑みのみらいに何を言い出すのか予想できず、八幡は少し不安になった。

 

 

 

 

「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くなっ♪」」

 

みらいとモフルン、二人の掛け声を合図にエミリーとケイを含めた四人が腕を組んで後ろ向きに押し合う。

 

「なんなのこれ?」

 

暖まると聞いてよくわからないまま参加したエミリーがみらいに聞いた。

 

「おしくらまんじゅう!体が暖まるんだよ!おばあちゃんに教わったの」

「ふーん」

 

盛り上がっているみらいを横目に相づちをうつケイ。

 

「三人も一緒にやろうよ!」

「何であたいが…」

「結構よ」

「…俺も遠慮しとく」

 

参加していない三人を誘うみらいだったが、あっさりと断られてしまう。

 

「暖かくなるんだけどな~」

「………」

 

残念そうに呟くみらいに無言の八幡。

 

(確かに暖かくなるかもしれないが、あれだけ密着して押し合うのは…)

 

年下とはいえ女の子、それは八幡にとって些か、ハードルが高すぎるのだ。

 

「声を合わせるモフー!」

「「せーの」」

 

とりあえず四人だけでもやってみようと、みらいとモフルンの合図で声と動きを合わせる。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」」

「…あれで魔法が使えるなら苦労しないわ」

 

おしくらまんじゅうをする四人を見て、リコは付き合ってられないと言った感じで行ってしまった。

 

「…あながち間違ってるわけでもないけどな……」

 

リコはああ言ったが、あれだけ密着して押し合えば、少なくとも暖かくなるはなるだろう。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」」

「必要なのは努力と根性よ!」

 

みらい達がおしくらまんじゅうをする横でリコはひたすらヤカンに向かって魔法をかける。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」」

「キュアップ・ラパパ!…キュアップ・ラパパ!」

「ん~」

 

二つの掛け声に紛れて、誰かが一息つくような声が混じった。

 

「?」

 

それに気付いた八幡が辺りを見回すと、少し離れたところでアイザックとマキナの両先生が椅子に座ってティータイムと洒落込んでいるのが目にはいる。

 

「ふぅ…生き返りますぅ……」

 

ホッとした表情で呟くマキナは膝掛けをかけて、マフラーが目立つ、防寒対策バッチリの格好をしていた。

 

「…それはなんかずるいんじゃないですかね」

 

八幡が恨みがましい視線を向けているとそれに気付いたのか、マキナは気まずそうな顔をして明後日の方を向いてしまう。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪…」」」あれ~?暖かくなってきたかも!」

「ねー!」

 

そうこうしている内におしくらまんじゅうの効果が出てきたようで、ケイとエミリーの頬が少し上気していた。

 

「ほんとかよ!!」

「キュアップ・ラパ…あっ!あなたまで!?」

 

驚くリコを他所に、ケイとエミリーの様子を見て、効果があることが分かると、ジュンもおしくらまんじゅうに加わる。

 

「よーし!いくよっ!!」

 

ジュンが加わって五人になったみらい達はそのジュンの掛け声で再びおしくらまんじゅうをし始めた。

 

「「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」」」

「…集中力の補習なのにありえないわ!!…キュアップラパパ!」

 

━つるんっカッカッカラン…

 

暖まるために、おしくらまんじゅうをする五人を見て、憤りを露にするリコ。感情のままに振った杖がまたしても手からすっぽ抜けてしまう。

 

「くぅぅぅっ…!!」

 

自分が正しい筈なのに、まるで上手くいかない。それどころか、一人で杖を振るのが間違っているかのようで、リコは苛立ち歯噛みする。

 

「…ほれ」

 

俯くリコの前にすっぽ抜けてしまった杖が差し出される。それを受け取り顔をあげると、そこにはそっぽを向いた八幡がいた。

 

「…ありがとう……」

 

苛立っている今は顔を合わせづらいのもあって、リコはお礼を言ってそそくさと課題に戻ろうとする。が、その矢先に八幡に声をかけられる。

 

「…もう少し気楽にやってみたらいいんじゃないか?」

 

端から見れば、意固地になっているようにしか見えないリコに八幡はそんなことを言った。

 

八幡としてはもう少し肩の力を抜けという意味で言ったのだが、それはリコの逆鱗に触れたようで、キッと睨まれる。

 

「っ私は真剣になの!!気楽になんてできるわけないでしょっ!!」

「……悪い」

 

もう放っておいて!と八幡に背を向け、リコは再びヤカンに向かって何度も呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!キュアップ・ラパパ!」

「………」

 

一心不乱に、悪くいえばやけくそ気味に杖を振るリコを見て、八幡にしばらく忘れていた感覚が湧いてくる。

 

(…何を勘違いしていたんだか……)

 

知り合って間もない関係で、お互いのことなんて何も知らない。だから、些細な事ですれ違う、そんなことわかっているつもりだった。

 

所詮、人と人との関係なんて薄氷の上に成り立つもので、いとも簡単に踏み抜いて壊れてしまう。

 

それがわかっているのに、忘れていた。

 

悪意や剥き出しの感情をぶつけられるのは慣れている。だから誰になんと言われようとも平気な筈だった。

 

それがこの有り様、少しの諍い…いや、諍いにもなってないやり取りだけで、ひどく動揺した自分に驚く八幡。

 

今までぶつけられた悪意や感情とは違うリコの怒りに戸惑い、わからなくなる。これが掴めるはずないのに期待してしまった事に対しての代償なのか。

 

一度は答えを出した問答が再び八幡の中で鎌首をもたげる。その問いにもう一度、答えを出すことが今の八幡には出来なかった。

 

 

「…んー」

 

少し離れたところで、お茶を飲みつつ、アイザックが二人の様子を柔和な笑みを浮かべて見守っていた。

 

 

 

「ラパパ!ラパパ!ラパパぁ!!…はぁ、はぁ、はぁ…」

 

何度も大声で呪文を唱えていたせいか、息切れを起こしてしまうリコ。その脳裏に過るのは先程の会話。

 

(…少し言い過ぎたかしら……)

 

上手くいかない苛立ちで頭に血がのぼっていたとはいえ、心配して声を掛けてきた八幡につい怒鳴ってしまった。

 

八幡のいう気楽が肩の力を抜けという意味合いなのをリコは分かっていた。

 

(後で謝らないと…)

 

そう決めたリコはゆっくりと深呼吸をして、頭の中を整理する。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」」

「……」

 

五人でおしくらまんじゅうをしている中、みらいにそんなリコの様子が目に入った。

 

「は~…集中しないと…!」

 

目の前に課題に集中するために一旦、その事は置いておき、吐いた息でかじかんだ手を暖め、さすり合わせると、リコは目を閉じる。

 

(…私は、立派な魔法使いになるの…!!)

 

ゆっくりと目を開いて魔法のヤカンを見据え、杖を構えた。

 

「キュアップ・ラパパ!ヤカンよ、お湯を…」

「リコちゃーん!!」

 

集中力を切らさないようにして、これならいけると確信を持った瞬間、元気な声がリコの集中を阻害しする。

 

「っう…へぇ?」

 

突然邪魔されたリコは眉を潜めて、声のした方を見ると、そこには頬を上気させ、肩で息をしているみらいがいた。

 

「はっはっはぁ…見てて!やってみるから!」

「え?ちょっと…!」

 

戸惑うリコを尻目にヤカンの前に立ったみらいは杖を構え、目を閉じる。

 

「キュアップ・ラパパ!ヤカンよ、お湯を…沸かしなさい!!」

 

みらいが呪文を唱えるとヤカンが淡く光始めて、全員の視線がヤカンに集まった。

 

━ポフッ

 

「「「おおぉぉっ……!!」」」

 

ヤカンでの注ぎ口から小さい蒸気の塊が飛び出すと、その場にいた全員が驚きの声を上げる。

 

「やったぁ!!」

「魔法モフ…みらいが魔法を使ったモフ!!」

「あっ……」

 

喜び、はしゃぐみらいとモフルンに対して、リコは見事に成功したみらいの魔法に呆気にとられていた。

 

「リコちゃん!」

「っ!?」

 

驚き、固まったままのリコにみらいがその高いテンションのまま話しかける。

 

「やったよ~!ねえ今の見た!?」

「あ、えーと…」

「私魔法使えたんだよっ!!」

「え、ええ…」

 

よほど嬉しかったのか何度もやった!やった!と喜び跳び跳ねるみらいと何とも言えない表情のリコ。

 

「…嬉しいのは分かったからその辺にしといてやれ朝比奈」

「あ、八くん!」

 

みらいのハイテンションに困っていたリコに助け船を出したのは先程のやり取りで少し気まずいはずの八幡だった。

 

「あ…」

 

八幡を見て怒鳴った事を謝ろうとしたリコだったが、咄嗟になんと言っていいのかわからず、言葉に詰まってしまう。

 

「八くん!八くん!見てた?私魔法使えたんだよ!!」

「近い、近い…わかったわかった、見てたから、だから少し離れろ」

 

リコが言葉に詰まっている間にみらいが八幡にはなしかけてしまいに、話すタイミングを逃してしまった。

 

 

「ほう……」

 

魔法に成功したみらいを感心した様子で見つめるアイザック。そして、次にジュン達に視線を向ける。

 

「よーし!あたいも…キュアップ・ラパパ!…」

 

ジュンが目を閉じて集中し、呪文を唱える。

 

「ヤカンよ……」

 

ケイも杖を振り上げた。

 

「お湯を沸かしなさい!」

 

そして、エミリーが振り下ろすのと同時に三人がヤカンに魔法を掛ける。

 

━ポポポンッ!!

 

「「「やったぁ!!」」」

 

三つのヤカンから立て続けに鳴った音が成功を知らせ、手を上げて喜ぶ三人。

 

「………」

 

おしくらまんじゅうに参加した全員が成功して喜んでいるのをリコは驚きと戸惑い、そして不安が入り交じった表情で見つめる。

 

成功したみらい達四人が集まって喜びあっていると、そこに、先程までくつろいでいたアイザックとマキナがゆっくりと歩いてきた。

 

「ただ単に体が暖まったから成功したのではありません…みんなで集まることで心まで暖まり集中出来たのでしょう」

 

アイザックが四人の顔を見渡し、マキナの方を見て首肯する。

 

「…という事で、みなさん合格です♪…くしゅんっ」

「「わぁー!!」」

「「やったぁ!!」」

「…やっぱり寒いんすね……」

 

課題に合格したことに喜ぶ四人とマキナのくしゃみにツッコむ八幡。

 

「…こほん、ではアイザック先生、スタンプを…」

 

八幡のツッコミにマキナはアイザックに先を促すことで誤魔化した。

 

ポンッ、ポンッ、ポンッ、リズムよくカードにスタンプを押すアイザック、そして四つめのカードにスタンプ押そうとした時、リコの声がそれを止める。

 

「待ってください!」

「ん?」

 

アイザックは手を止め、顔を上げて、なんですかな?といった視線を向けた。

 

「合格なんてやっぱりおかしいです!!」

 

厳しい表情でそう言うリコにみらいが戸惑う。

 

「なんで?ちゃんと出来たでしょ…」

「私はなにもしてないわ!!」

 

みらいの言葉を遮り、リコが叫んだ。

 

「…君達は三人で一組、誰かが成功すればいい、そういう決まりです」

「でも…」

 

諭そうするアイザックにそれでもリコは食い下がろうと口を開きかけた時、それまで黙っていた八幡が口を挟む。

 

「…言いたいことはわかる、だが、その理屈でいくなら俺もなにもしていない」

「それは…」

 

八幡の言葉にリコは一瞬、言い淀み、そこからアイザックが畳み掛けるように結論を出した。

 

「決まりは決まり、君達は合格」

 

ポンッとカードにスタンプが押されて、リコは俯いてしまう。

 

「どうしちゃったの?合格出来たんだから…」

 

リコがどうして落ち込んでいるのかわからずに、その理由を問うみらい。

 

「朝比奈、それは…」

 

先程と同じようにキッとみらいを睨むリコを見て、これ以上はまずいと感じ、止めようとした八幡だったが、それは杞憂に終わった。

 

ひとしきりみらいを睨んだリコは踵を返して、スタスタと歩いていってしまう。

 

「あ、リコちゃん…?」

 

リコの後をみらいは戸惑いながら追っていった。

 

「…はぁ……」

 

それを見て浅くため息を吐くと八幡はさらにその後をゆっくりとした足取りで追う。

 

「「「?」」」

 

そんなみらい達の様子にエミリー、ケイ、ジュンの三人が何事かと歩いていってしまった三人の姿を唖然と見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リコちゃんってば~」

「モフ?」

「……」

 

みらいが一人でつかつかと歩くリコに呼び掛けるが返事がない。

 

「…というか、お前らどこまでいくつもりだ」

 

後ろからついてきていた八幡が疑問を口にした。

 

辺り一面銀世界、周りには何もなく、目印になるような物もないため、このまま進めば下手をすると迷子になるだろう。

 

「………」

 

八幡の問いも無視して、黙々と歩くリコ。そんな様子に遂にはみらいは俯き、ボソッと呟いた。

 

「…リコちゃんの為に頑張ったのに……」

「っ!」

 

その呟きが今まで黙っていたリコの怒りに火を着け、言わずに我慢していた言葉が堰を切ったように溢れ出す。

 

「私の為にって、ちょっと魔法が使えたからっていい気にならないでっ!!」

「別にいい気になんて…」

 

怒りと嫉妬が混じりあったリコの言葉に圧されて戸惑うみらい。

 

「なってるじゃないっ!!」

「なってないよっ!!」

 

リコにつられて、みらいも語気を強めてしまい、互いにヒートアップする二人。

 

「モフ…」

 

言い争う二人にモフルンがどうしたらいいのか困った顔をしているのを見て、八幡が仲裁するために口を開く。

 

「待て、とりあえず二人共落ちつ……」

 

そこまで言いかけて、モフルンが鼻をくんくんさせているのに気付き、八幡は言葉を止めた。

 

「…モフッ」

「?」

「モフルン?」

 

突然走り出したモフルンに、喧嘩していたことを忘れて、二人は驚く。

 

「…モフルン、まさか……」

「甘い匂いがするモフー!」

 

いち早くその可能性に気付いた八幡が聞くと同時にモフルンが答えた。

 

「もしかしてリンクルストーン?」

「行ってみるモフ~!」

 

モフルンが感じたリンクルストーンかもしれない匂いに、喧嘩していたことは一旦、置いておいて四人はその匂いがする方向に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━とある洞窟の髑髏の城━

 

その城の主、ドクロクシーの座る玉座の階段下で、闇の魔法使いであるトカゲ男ヤモーが大鍋をぐるぐると、かき混ぜていた。

 

「んー…ん」

 

━ポチャッ

 

かき混ぜている途中、ヤモーが骨のような物をを鍋の中に入れると、紫色の毒々しい煙が上がって、何かの形を示す。

 

「フムフム…かの石は天空より凍てつく大地に降り注ぐ、と占いに出ています」

 

どうやら鍋をかき混ぜていたのは占いだったらしく、上がった煙から結果を読み取ったヤモー。

 

「つまり、氷の島にリンクルストーンが現れるようです」

「…今度こそエメラルドですか?」

 

ヤモーの占いに同じく闇の魔法使いであるコウモリ男バッティが訝しげな視線を向ける。

 

「む?」

「貴方の占いは宛にならない」

 

占いにケチをつけられたヤモーが皮肉たっぷりでバッティに苦言を呈した。

 

「ハッ…プリキュアに負け続けるバッティさんには言われたくありませんね」

「なにっ…!」

「なんです…!」

 

互いの言葉でカチンときた両者がメンチを切り合う中、ドクロクシーの瞳がギラリと光って、洞窟全体が揺れ始める。

 

「っ!?」

 

そのあまりの振動に、積み上げられていた石が倒れて散乱し、バッティとヤモーが狼狽えた。

 

「ドクロクシー様がお怒りですっ!」

 

二人はその場でひれ伏して、主の言葉を待つと、再びドクロクシーの瞳がギラリと光る。

 

「一刻も早くエメラルドを手に入れよと仰っています!」

「か、必ずや……」

 

ドクロクシーの怒りが収まるまで、二人はひれ伏したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、みらい達はリンクルストーンの匂いを追って氷の山で覆われた道を歩いていた。

 

「良い天気で良かったモフ」

「ええ」

「そうだね~」

「…だな」

 

専用のポーチにすっぽりと入ったモフルンが無難な話題を振ると、リコ、みらい、八幡の順でこれまた無難に答えて、会話が止まってしまう。

 

「あうぅ…」

「モフ…」

 

続かない会話にみらいが困った顔を浮かべ、モフルンは辺りを見回して、話題になりそうなものを探す。

 

「モフッ!キラキラした煙が山から出てるモフ~!」

「ほんとだ~!」

 

モフルンが見つけたのは他のものより、頭ひとつ大きい氷の山だった。

 

「…もしかしてあれが?」

「ええ、氷の火山よ、細かい氷の粒が吹き出てるの」

 

氷の火山、マホウ界にくる途中、カタツムリニアで話題に挙がった氷なのに火山という矛盾した名前のあれだ。

 

「へぇ~…あっあれ!」

「へ?」

 

リコの説明に感心しているみらいが何かを見つける。

 

「あの岩…雪だるまみたい!」

「あ、ほんと…」

「「あっ」」

 

みらいの言葉に素直に答えるリコ。しかし、すぐに喧嘩していたことを思い出し、慌てて取り繕った。

 

「…あなたじゃなくてその子と八幡さんに言ったんだけど?」

「わ、私も…八くんとモフルンに言ったもん…」

「…俺達を出しに使うなよ……」

「モフ…」

 

喧嘩する二人の間に挟まれて、八幡とモフルンが疲れたように呟く。

 

 

「スッゴい氷柱モフ~!」

「…これはすげぇな」

「わぁぁ…」

 

先に進むと、次に見えてきたのは地面から生える大きな氷柱だった。そのあまりの大きさに三人のテンションが急上昇する。

 

「氷柱じゃなくて氷の火山に住むアイスドラゴンの爪よ」

「おおっドラゴン!」

「あ…今、ドラゴンって言いました!?」

 

ドラゴンという単語に思わず八幡が大きな声を出し、みらいはぐいっとリコに顔を近付けた。

 

「あなたには言ってないわ、二人に言ったの」

 

はしゃぐみらいにリコが腕を組んでピシャリと言い放つ。

 

「っ…なんかやな感じ!」

 

あからさまなリコの態度にみらいがムッとして言い返した。

 

「っそれはこっちの台詞よ!!はしゃいじゃって!」

「へ?」

 

少し言い返しただけで再び怒り出したリコにたじろぐみらい。

 

そこから、先程の続きと言わんばかりにまた言い争いが始まる。

 

「あなたにはマホウ界や魔法が珍しくて楽しいかも知れない…けどね、私にとっては違う…魔法は遊びじゃないの!!」

 

立派な魔法使いになる、その目標に向かって努力してきたリコにとって、みらいの行動ひとつひとつが真剣味に欠けたように見えたのだろう。

 

それなのに自分とは違って、あっさり魔法を成功させたみらいに、リコは憤りを覚えていたのだ。

 

「待て、さすがにそれは言い過ぎ…」

「っ遊びだなんてっ!!」

 

仲裁しようとした八幡の言葉を遮ってみらいが叫ぶ。

 

━うわぁぁぁんっ!!

 

みらいが叫ぶとそれに反応したかのように赤ちゃんの大きな泣き声が響いた。

 

「「「!?」」」

 

その泣き声に一同が言い争いを忘れて驚き、慌ててリンクルスマホンが開く。

 

「どうしたの?」

「うぅうわぁぁぁん!!」

 

リコが問うも、赤ちゃんに答えられる筈もなく、泣き止まない。

 

「…あれだけ大きな声で言い争ってたらそりゃ泣くだろ」

 

八幡が呆れた声でぼそりと呟いた。

 

「そう…だよね…ごめんね……」

 

そう言ってみらいが優しく頭を撫でると赤ちゃんは再びすやすや眠りについてスマホンの中に戻っていく。

 

「ひとまず、落ち着いたな」

「「ほ……」」

 

みらいとリコが声を揃えて、無事泣き止んだ事に安堵するとお互いに顔を見合わせた。

 

「「フンッ!!」」

「はぁ…」

「モフ…」

 

これまた同時にソッポを向く二人に今度は八幡とモフルンが顔を見合わせてため息をつく。

 

 

「リンクルストーンあるところに彼女達あり…」

 

遠く離れた木から単眼鏡を使って、みらい達の様子を伺っていたバッティがニヤリと笑った。

 

「フッ…しかし、良いですね…仲間割れとは」

 

今がチャンスだと思い、バッティは仕掛けるタイミングを見計らう。

 

 

 

 

 

 

「「?」」

「なんだ?」

「モフ?」

 

四人の真上を大きな影が通過して、何事かと空を見上げるみらい達。

 

「あっ!ドラゴンだ!!」

「おお…本物だ…」

 

初めて見るドラゴンに気まずい空気を忘れて、感動するみらいと八幡。しかし、それとは裏腹にリコの表情が曇った。

 

「まずいわ……」

「へ?」

「なにがだ?」

 

ただならぬリコの様子に八幡が問う。

 

「アイスドラゴンが高く飛ぶのは嵐を避けるためだって授業で習った…」

「「ええ!?」」

「…この銀世界で嵐って…かなり…いや、洒落にならないだろ」

 

驚くみらいとモフルン、そして八幡は冷や汗を浮かべて呟いた。

 

これだけ氷に覆われたひゃっこい島では、嵐…というよりは吹雪というべきか、どちらにせよこのままだと遭難してしまうだろう。

 

「来るわ、嵐が…」

 

先程まで晴れていた天気がどんよりした雲に覆われる中、不安そうなリコの言葉が空に響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話「氷の島ですれ違い!?翻弄される八幡と魔法がつなぐ友情!」Bパート

 

吹き荒れる風に一面の白、方向感覚が狂いそうになる吹雪の中、みらい達は偶然見つけた穴の中に避難していた。

 

「モフゥ~…」

 

みらいに抱かれているモフルンが寒さに体を震わせる。

 

「…偶然ここを見つけられたのは不幸中の幸いだったな」

 

外の様子を見て、独り言のように八幡が呟いた。

 

「そうね…先生達心配してるだろうな……」

 

八幡の呟きに相づちを打って、リコは憂いの混じった声を出す。

 

「…魔法のヤカン、持ってくれば良かったね」

 

そうすれば暖かくなるのに、と何気なく口にしたみらいの言葉にリコが皮肉混じりに答えた。

 

「そうね、あなたが魔法でお湯を沸かせば暖かくなるでしょうね」

「…ふんっ!」

 

そんなリコの言葉に頬を膨らませてソッポ向くみらい。こんな状況でも喧嘩は続いているらしい。

 

「はぁー…」

 

しかし、そんな皮肉を口にしていたリコが寒そうに手を擦り合わせる。

 

どうやら、今一番暖まらないとまずいのは白い息を赤くなっている指先に吹き掛けているリコのようだ。

 

「お前…その手は…」

 

擦り合わせている手を見て、八幡が眉を寄せる。

 

「リコの手…どうしたモフ?」

 

モフルンもそれに気付いて心配そうに声を掛けるが、リコは別に…と、つんけんした様子で答えた。

 

「霜焼け……あっ」

 

リコの赤くなった指先を見てみらいは呆然と呟き、課題の最中にリコが寒そうに手を擦っていたのを思い出す。

 

「……とりあえずこれ、手に巻いとけ」

 

そういうと八幡は自分の制服の上着をリコに差し出した。

 

「え…でもこれは…」

 

差し出された上着に戸惑うリコ。

 

「…そのまま霜焼けた手を放置してたら凍傷になる。こんなものでもないよりはマシだろ」

 

まあ、嫌かもしれんが我慢してくれと付け足す八幡にリコは俯き、遠慮がちに礼をいうと上着を受け取った。

 

 

 

そこからしばらく沈黙が続いて、風の音だけが聞こえるそんな中、何かを考え込んでいたみらいが口を開く。

 

「…ごめん」

「え?」

 

突然の謝罪に、リコは少し驚きながらみらいの方へ顔を向けた。

 

「リコちゃんの気持ち考えなかった…」

 

みらいの口から漏れたのは後悔と反省の言葉、ぽつりぽつりと口にするそれに、リコだけでなく、八幡とモフルンも耳を傾ける。

 

「リコちゃんは立派な魔法使いになるんだもんね…リコちゃんにとって魔法はとっても真剣なこと…」

 

声を震わせて、ゆっくりと、それでも続けるみらい。

 

「…そんな魔法の事をもっと知りたい、一緒に勉強したい!って思ってたの…それなのに…」

 

泣き出しそうな顔でみらいは自分の気持ちを吐露する。

 

「私…一人で夢中になっちゃって…魔法が使えたのが嬉しくて…はしゃいじゃった」

 

正直に感情を吐き出して、自嘲気味な笑みを浮かべるみらいに、リコは目を見開いて驚き、そして何かを考え込むように俯いた。

 

「…羨ましかった」

「え?」

 

俯いたリコの口から出た言葉にみらいは驚く。

 

「魔法を使えたあなたが……だから私……ごめん」

「リコちゃん…」

 

認めたくなかった自分の気持ちと向き合って、素直に謝ったリコ。みらいはそれを優しく微笑んで受け入れた。

 

「…お互いに、か…」

 

八幡が二人に聞こえないくらい小さく呟く。

 

互いの感情、気持ち、それを素直にぶつけ合えるみらいとリコを八幡は羨ましく思った。

 

言葉にすれば分かりあえる、と誰もが口にするが、そんなのはある意味当たり前だ。

 

先程までのリコのようになにも言わずに怒るのも、みらいのように言わなくても意図が伝わっていると思うのも、言葉にすればすれ違わずに済んだのかもしれない。

 

けれど、人はそれを簡単には言葉にできない、できたとしても、曲解して、もっとすれ違うかもしれないし、伝わらないこともあるだろう。

 

言えば壊れてしまうかもしれないし、理解されないかもしれない、自らの醜くて弱い部分を見せたくない、そんな怖さを振り切って一歩踏み出すことはとても辛いのだ。

 

だからこそ、素直に自分の過ちを認められたみらいが、認めたくなかった自分の気持ちと向き合えたリコが、恐れを振り切って理解しあえた二人の絆が、酷く羨ましい。

 

なぜならそれは、八幡には到底できるはずのないことだから。

 

認めることも、向き合うことも、そして理解しあうことも、八幡にはできない。

 

(俺は…)

 

どろどろの思考の渦にはまり、八幡の中で諦観めいた結論が出掛けたその時、不意に声をかけられた。

 

「八幡…さん」

 

遠慮がちにかけられたリコの声に、ぐるぐると渦巻く思考の渦に呑まれていた八幡の意識が現実に引き戻される。

 

「…なに、どした?」

 

八幡は浮かびかけていた結論を頭の隅に追いやり、ゆっくりとした声音で聞き返した。

 

「…さっきはごめんなさい」

「は?」

 

いきなり謝られ、なんのことかわからずに戸惑う八幡。

 

「その、せっかく声をかけてくれたのに…怒鳴ってしまって…」

 

俯き振り絞るようなリコの言葉にようやく八幡はなんのことか思い当たる。

 

「…あれは俺が悪い、だから謝られるようなことじゃ…」

「それは違うわ」

 

言いかけた言葉を遮ってリコがそれを否定した。

 

「少し考えたらわかることだもの、あれは私に肩の力を抜けって言いたかったんでしょ?それなのに…」

 

イライラをぶつけてしまったとリコは後悔して唇を噛む。

 

「だから…本当にごめんなさい」

「…おう」

 

頭を下げて謝るリコの言葉を、不思議と八幡は受け入れることができた。

 

「モフッ」

 

全員が仲直りしたのを見てモフルンがみらいの腕の中からぴょこんっと飛び降りる。

 

「おしくらまんじゅうモフ~!」

「「え?」」

「は?」

 

こちらにお尻をつきだして、唐突にそんなことを提案したモフルンに疑問の声を出す三人。

 

「みんなで仲良くおしくらまんじゅうするモフ!」

 

くるっと反転して両手を上げるモフルンの様子からは、このおしくらまんじゅうが暖まる以上の意味があるというのがわかる。

 

「うん!」

「え?」

 

モフルンの言葉にみらいは頷くと霜焼けたリコの手を握った。

 

「ね?」

「…仕方ないわね」

 

握られたその手にリコは苦笑しながらも握り返すと八幡の方を向く。

 

「八幡…さんも」

「…いや俺は」

 

遠慮しておくと言い終える前にリコは八幡の手をとって引っ張った。

 

「いいから、一緒にやるのよ」

 

少し強引な言葉だったが、八幡の手を引くリコの嬉しそうな表情に仕方ないと諦める。

 

 

 

 

「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」

 

モフルンの提案の元、四人でおしくらまんじゅうをすることになったみらい達は、背中合わせで座りあって腕を組んでいた。

 

「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」…八くんも声だして」

 

一人だけ声を出していなかった八幡にみらいが呼び掛ける。

 

「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」…もっと大きな声でー!」

「歌のお姉さんかよ…」

 

みらいの呼び掛けにそんなツッコミをしつつ、渋々八幡も声を出すことにした。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪」」」」

 

八幡も加わって四人の声が揃うと、そのことがよほど嬉しいようでみらいが笑顔になり、それを見て、リコとモフルン、遂には八幡までもが表情を緩める。

 

「「「「おしくらまんじゅうっ押されて泣くな♪おしくらまんじゅうっ…おー…?」」」」

 

薄暗い穴に差し込んできた虹色の光に、何事かと思い空を見上げる四人。すると、モフルンが鼻をならし始めた。

 

「くんくん…甘い匂いがするモフッ!!」

 

そういうと、モフルンは穴の外に出て、空を見上げる。

 

「「わぁ…」」

「おぉ…」

 

その後からみらいとリコ、そして八幡が穴の外に顔を出して同じく空を見上げて、感嘆の声を漏らした。

 

「オーロラモフー!!」

 

全員が見上げた空の先には、ハートに星形、三角に丸といった様々な形をしているオーロラが見える。

 

「これがマホウ界のオーロラ…」

 

一般的に知られているカーテン状のものとは違うが、それでも初めて見るオーロラにみらい達は目を奪われた。

 

「こんな景色が見られたのも、リコちゃんと魔法に出会えたからだね!」

「モフ!」

 

笑顔で言うみらいにモフルンも同意する。

 

「…魔法は難しくて大変なだけかと思ってたけど、そう悪くないかもね」

「うん!」

 

晴れやかな表情で呟いたリコの言葉を聞いて、みらいが嬉しそうに頷いた。

 

「あ、でも勘違いしないで?」

「?」

 

照れたように顔を背け、チラリと片目でみらい達を見ながらリコは人差し指をピンと立てる。

 

「もちろん、魔法には努力と根性も必要よ?」

「…まあ、程々に、だな」

 

決め台詞のようにポーズを決めて言ったリコに、八幡も片目を瞑って付け加えた。

 

「わ、わかってるわよ」

 

リコが顔を赤くして答えるとみらいとモフルンが優しく微笑み、それに釣られて八幡とリコもなんだか可笑しくなって笑いあい、和やかな空気が流れる。

 

「あ」

「モフ」

 

みらいとモフルンが何かに気が付いて声を上げ、それに反応して八幡とリコも二人がみている方を見た。

 

「?なんだ…星形のオーロラが…」

 

八幡が眉をひそめて呟くと、オーロラの中からキラリと光る何かがゆっくりと落ちていくのが見える。

 

「リンクルストーンモフ!」

 

モフルンが光る何かを指差して叫んだ。

 

「私、とってくる!」

「あ…」

 

突然のリンクルストーンの登場に唖然としているリコにみらいはそういうと、一目散に飛び出して、リンクルストーンの元へと走る。

 

 

 

 

「…フン!」

 

そんな様子を上空から監視していたバッティが髑髏の杖を取り出し掲げた。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

バッティが呪文を唱えると魔法陣が現れ、そこに氷柱と氷の雪だるまが吸い込まれていく。

 

「ヨクバール!」

 

 

 

そんなことは露知らず、みらいは息を切らしながらリンクルストーンの元へとひた走っていた。

 

「もう少しモフー!」

 

落ちてくるリンクルストーンまであと少しのところまで近づいたみらいは手を伸ばす。

 

「ヨッ!!」

 

轟音と共に氷で出来た羽を生やした、雪だるま氷ヨクバールがみらいの真後ろに降り立った。

 

「っ!?」

 

驚きと恐怖が入り交じった短い悲鳴を上げるみらい。

 

「渡しませんよ?」

 

ヨクバールの頭の上に立っているバッティが余裕ありげにみらいを見下ろす。

 

「っ!」

「朝比奈っ!!」

 

今にも襲われそうなみらいにリコと八幡が焦った声を上げるが、距離が離れすぎていてどうすることもできない。

 

「ヨクバー…ル!!」

「っあぁ!?」

 

ヨクバールが力を貯めて、氷の羽を振りかぶると暴風が巻き起こり、みらいは吹き飛ばされてしまう。

 

「「ああっ!?」」

「くっ!」

 

吹き飛ばされて宙に放り出されてしまったみらいを見て、リコとモフルンが悲鳴を上げ、八幡は慌てて箒を取り出した。

 

「キュアップ・ラパパ!!箒よっ全速力で飛べぇっ!!」

 

八幡が呪文を唱えた瞬間、箒は凄まじい速度で飛び出す。

 

「がっ!?」

 

あまりの速度に八幡口から声が漏れた。

 

「ぐぅぅっ!!」

 

歯を食い縛ってふりかかる圧力に耐え、みらいの元へと飛んだ。

 

━ドシャ…

 

派手に雪を巻き上げて落ちる二人。

 

「リンクルストーンごと吹き飛ばしてどうするんです!…まあ、二人片付きましたし、良しとしましょうか」

 

わざわざ自分から突っ込むとは、愚かですねぇ…とバッティは嘲笑う。

 

「モフ…」

「みらい…八幡……」

 

姿が見えず、無事が確認できない二人に、モフルンとリコが青い顔をして呟いた。

 

「っ…!」

 

頭に浮かぶのは二人の顔、元気に笑うみらいとソッポを向いている八幡。

 

無事でいてほしい、その思いが足を動かし、リコは二人が落ちた場所へと駆け出す。

 

「みらいぃぃ!!八幡っっ!!」

 

二人の名前を叫びながら、息を切らして走るリコ。

 

「はぁ…はぁ…あっ!」

 

リコがその場所まで近付くと突然、雪がもこっと競り上がった。

 

「「ぷはっ!!」」

 

その中から頭を出したのは雪まみれのみらいと八幡、どうやら無事だったようでリコは胸を撫で下ろす。

 

「ぶるるるっぷっ…」

「ちょっ…やめろ…!」

 

みらいが顔を左右に振って雪を払うが、その雪は八幡へと降りかかり、八幡はさらに雪まみれになってしまう。

 

「…今、みらいって言いました!?」

「へ?」

 

八幡の抗議をさらっとスルーしてみらいは興奮したようにリコに尋ねた。

 

「雪で助かったモフ!」

「何!?」

 

無事な様子の二人を見て嬉しそうなモフルンとは対称的に、バッティはそんなバカなと驚きの表情を浮かべる。

 

「今初めて呼んでくれたね名前!!」

 

手を引いて二人を雪から引っ張り出すリコに、詰め寄るみらい。

 

「っ呼んでないわ!」

 

声を詰まらせて否定するリコに、みらいはムッと頬を膨らせる。

 

「呼んだよっ!」

「呼んでないっ!」

「いまそれどころじゃないだろ…」

 

こんな状況で睨み合う二人に八幡は呆れた声を漏らした。

 

「この期に及んでまだ喧嘩ですか」

 

言い合う二人を見て、バッティがそんなことを聞くと、みらいとリコが同時にバッティの方を向く。

 

「「喧嘩なんてしてないっ!!」」

「「えぇ…?」」

 

二人の言葉に八幡は敵であるバッティと声を揃えては戸惑いの声を漏らした。

 

そんな八幡とバッティを他所に、みらいとリコは手をぎゅっと繋ぐ。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

「モッフー!」

 

呪文と共にモフルンへとリンクルストーンルビーがセットされる。

 

「モフッ!」

 

トコトコとモフルンが二人の元に飛び込んで、輪っかになるように手を繋いだ。

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

三人が紅い光に包まれ、魔法陣から炎を纏って現れる。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

爆炎を背に、紅きプリキュアが降り立った。

 

「話に聞くルビーのプリキュア!…ん?」

 

険しい表情で歯噛みしながら、プリキュアを睨んでいたバッティは遠くで何かが光ったのを見つけてそちらに視線を向ける。

 

「あれは…」

 

バッティは光るものの正体をリンクルストーンだと結論付けると、急いでヨクバールへと指示を飛ばした。

 

「ヨクバール!奴等は任せましたよ!」

「ギョイ!」

 

命令を受けたヨクバールがプリキュアへと迫り、バッティはリンクルストーンの方へ飛んでいってしまう。

 

「「っ!」」

「ヨクバァールッ!!」

 

二人はリンクルストーンの元へと向かうバッティを止めようとしたが、鋭い爪を突きだして突撃してくるヨクバールを前に足を止めざる得なかった。

 

「ルッ…!!」

「「ぐぅぅぅぅ…!!」」

 

全体重を乗せて押し潰そうとするヨクバールの巨体を、二人は真正面から受け止めて押し返している。

 

「モフ…二人の心が強く繋がっているモフ」

「強く…」

 

モフルンがガッツポーズしながら呟き、八幡は呆然と二人を見つめていた。

 

「なんというパワー…ですがこの隙にリンクルストーンを!」

 

分厚い氷の地面に亀裂が入るほどの力を前にバッティは冷や汗を浮かべつつも、少し余裕を取り戻して、リンクルストーンに向かって速度を上げる。

 

「まずいモフ!リンクルストーンが盗られちゃうモフ!」

 

リンクルストーンに近付くバッティに気付いたモフルンが焦った声を上げた。

 

「しまっ…!?」

 

少し遅れて八幡もそれに気付く。普段の八幡ならばバッティの狙いにすぐ気付けたかもしれないが、呆然と二人を見ていて気付くのに遅れてしまった。

 

「キュアップ・ラパパ!……」

 

八幡は落ちていた箒を拾い上げると、急いで呪文を唱えようとしたが、あることに気付いて詰まってしまう。

 

(リンクルストーンまでの距離が…!)

 

雪原の上で何かが光っているのは見えるが距離感が掴めない。それは八幡にとって非常にまずい状況だった。

 

今までで八幡は制御できない速度の箒に目標を加えることでなんとか乗っていた。

 

しかし、今は目標であるリンクルストーンがはっきりと見えないため八幡は自分で箒を操らなければならない。

 

先程、落下するみらいに向かって飛んだときは偶然上手くいったに過ぎず、それに加えて今回は小さいリンクルストーンを地面から拾い上げるというおまけ付きだ。

 

(…それでもやるしかないだろ)

 

二人はヨクバールの相手をしていて動けない、モフルンにはあそこまで離れた距離を移動する手段がないだろう。

 

つまり、消去法で八幡しかいないということになる。それに、これ以上悩んでいる暇はない、バッティはすでにリンクルストーンの目前まで迫っている。

 

とどのつまり、出来ようが出来まいがやるしかないのだ。

 

「…すぅ……」

 

八幡は腹をくくって箒にまたがり、一度深呼吸をして、呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!!箒よ飛べ…っ!!」

 

ズドンッ!という轟音と共に八幡の乗る箒が大砲のように飛び出した。

 

「ぐぅがぁっ!!」

 

何度味わっても一向に慣れないスピードに苦しみこ声を洩らす八幡だったが、辛うじて目を開けることに成功する。

 

凄まじい風にぶれる世界、それでも八幡の視界は、光るリンクルストーンとそれに向かって飛ぶバッティの姿を捉えていた。

 

「なっ!?」

 

後ろから弾丸のごとく迫る八幡にバッティは信じられないものを見たような声を出す。

 

「ぐっ…!負けませんよ!!」

 

焦ったバッティがさらに速度を上げる。いくら八幡の箒が速くても、このままではバッティの方が先にリンクルストーンにたどり着いてしまうだろう。

 

(っ…どうすれば)

 

風圧に耐えながら必死に考えを巡らせる八幡。

 

(直接体当たりをする?いや…)

 

魔法商店街の時のようにバッティに直接体当たりをすればと考えるが、即座にそれを却下する。

 

理由は単純、あの時体当たり出来たのは偶然だからだ。たまたま油断していたスパルダが進行方向にいたから出来た、それだけ、このスピードの中、狙っては出来ない。

 

それにバッティに追い付かなければ体当たりなんてできるはずがない、どちらにしたって無理な話だ。

 

(追い付けなくても何か…)

 

良い考えが浮かばないまま、吹き付ける風に思わず顔を逸らした時、真っ白な地面が視界に入り、八幡はあることを思い付く。

 

「もらった!!」

 

先にたどり着いたバッティがリンクルストーンへ手を伸ばそうとした瞬間、八幡は箒の柄に片足を立て、両の手で柄の先端に近い部分を思いっきり引いた。

 

「やらせるかぁっ!!」

 

すると凄まじい速度で飛んでいた箒に急ブレーキが掛かって減速し、それと同時に箒のスピードの余波で地面の雪が巻き上げられて、放射状に広がりバッティに襲いかかる。

 

「なっ!?ちょっ…!?」

 

大きな波のように降りかかる大量の雪に、バッティは為す統べなく飲み込まれた。

 

「ぐっ止まれぇっ!!」

 

雪を巻き上げながら、八幡の乗る箒は徐々にスピードを落としていき、ピタリと止まる。

 

「ぶっ!?」

 

止まる瞬間、完全には速度を落としきれていなかったせいで八幡はつんのめって、頭から雪の中に突っ込んでしまった。

 

「っ痛……あ」

 

額を押さえながら八幡が顔を上げると、そのちょうど目の前に青き輝きを放つリンクルストーンが落ちていた。

 

「リンクルストーン…」

 

そのリンクルストーンを拾い上げて八幡が呟くと同時に雪の中から埋もれていたバッティが飛び出してくる。

 

「リンクルストーンは渡しませんよ…!!」

「くっ…」

 

ジリジリと迫るバッティに八幡は額に汗を浮かべ後ずさることしか出来ない。

 

「さあ、リンクルストーンを…」

「「リンクルストーンは渡さない!!」」

 

バッティの声を遮ったのは離れたところでヨクバールを受け止めている二人だった。

 

「ヨッ?」

 

二人は受け止めているヨクバールを力任せに横へ振り回し、ハンマー投げの要領で遠心力を利用してぐるぐる回し始める。

 

「「はぁぁぁぁっ!!」」

「ヨッヨッヨヨヨヨッ!?」

 

目で追うのも困難なほど、回転している二人はバッティ目掛けてヨクバールをぶん投げた。

 

「「はぁっ!!!」」

「ヨクバァールッ…!?」

 

きれいな放物線を描いて宙を舞うヨクバールはまるで引き寄せられたかのようにバッティの元へと飛んでいく。

 

「なっ!?正気ですか!?ここにはまだ…!?」

 

そこまで言いかけて、先程までいた筈の八幡の姿が見えないのに気付くバッティ。

 

「いない!?いつの間…にぃぃ!?」

 

突然消えた八幡に気をとられたバッティはヨクバールを回避する暇もなく、そのまま直撃をくらった。

 

 

━一方、消えたと思われていた八幡はというと、二人の元へと箒で爆走の最中だった。

 

バッティに気づかれないように素早くこっそりと呪文を唱えたため、目標を指定する余裕もなく、八幡は自分でブレーキをかけなくてはいけなくなった。

 

八幡がいつあの場を離れたとかというと、二人がバッティの声を遮って叫んだ瞬間だった。あの瞬間、八幡は二人のやらんとしていることを察して巻き込れないように身構えていたのだ。

 

そして、バッティが空中に気を取られたタイミングを見計らって、呪文を唱え脱出したのだった…が、八幡は止まれなくなっていた。

 

「ぐっ!と、止まれっ!!」

 

苦し紛れにそう言うと、少しずつ箒は速度を落とすのだが、完全には止まらない。

 

先程のように全身を使ってブレーキをかけようにも、そんなことをすれば今度はミラクルとマジカルに雪をひっかけてしまう。

 

そうこう考えている内に、二人は目前に迫っていた。

 

(スピードはそれなりに落ちている、プリキュアの身体能力ならよけれるはずだ)

 

八幡は二人が避けてくれるのに賭けてぎゅっと目を閉じ、衝撃に備える。

 

「っ………?」

 

箒から放り出された浮遊感はあるのに、いつまでたっても衝撃がやってこないのを疑問に思い、八幡は恐る恐る目を開けると、至近距離にマジカルの顔があった。

 

「っ!?」

 

なにが起きたのかわからずに、とりあえず離れようと体を動かそうとした八幡をマジカルが止める。

 

「ちょっジタバタしないで!今落ちたら危ないわよ!」

 

そう言われ、初めて自分がマジカルにお姫様抱っこされているのに気付いた八幡。隣に目を向けると八幡の箒を片手に持ったミラクルが見えた。

 

どうやら突っ込んできた八幡を、二人は避けるのではなく空中で受け止めたらしい。

 

「…だからってお姫様抱っこはないだろ……」

「えっ?なにか言った?」

 

八幡の呟きは聞こえなかったらしく、聞き返されたが、なんでもないと誤魔化した。

 

「よっ…ってちょっと!?」

 

着地すると同時に八幡は脱兎のごとくマジカルの手から転がり落ちるように離れる。

 

「そんなに慌ててどうしたの八くん?」

 

そんな八幡の反応をミラクルが不思議そうに尋ねた。

 

「…ちょっとそういう気分になっただけだ」

「そういうって…どんな気分よ…」

 

八幡の意味不明な言動に呆れるマジカル。八幡としても不本意だが仕方ない。

 

普段のリコならともかく、プリキュアとなった今の姿は妙に大人っぽく見え、意識してしまうのだ。

 

しかし、そんなことを言えるはずもなく、誤魔化すためについ、意味不明な事を口にしてしまったのだから。

 

「…それよりこれ」

 

話題をそらす意味も含めて、八幡は持っていたリンクルストーンを取り出して見せた。

 

「リンクルストーン!…えーと…この形は…」

「氷のリンクルストーン…アクアマリンモフ!」

 

思い出せずに悩んでいたミラクルの後ろから、モフルンが大きな声を上げる。

 

「なに!?エメラルドではありませんでしたか…っ早くどきなさい!!」

「ヨクッ!?」

 

ヨクバールの巨体の下敷きになっていたバッティは、なんとか這い出ながら悔しそうにそう吐き捨て、ヨクバールを蹴飛ばした。

 

「ヨクバァール……ヨクッ!!」

 

蹴飛ばされたヨクバールは顔に付いていた雪を振り落とすと再びプリキュアの方を向き、闘争心を昂らせる。

 

「…こうなったらなんとしてもプリキュアを倒すのです!ヨクバール!!」

「ギョイ!」

 

指示を受けたヨクバールが氷の翼をはためかせ、真正面からプリキュアへと迫った。

 

「来るぞ!」

「うん!マジカル!」

「ええ!ミラクル!」

「モフ!」

 

八幡の声に三人が応え、伝説の杖を手にヨクバールを迎え撃つ。

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「モッフー!!」

 

モフルンの叫びと共に紅く燃える情熱の炎がリンクルステッキへと放たれた。

 

「「ルビー!」」

 

「「紅の情熱よ!私達の手に!」」

 

ルビーの情熱をリンクルステッキに秘め、二人はくるくると円を描く。

 

「「フルフルリンクル!」」

 

円はハートへと姿を変え、共に空を舞った。

 

「「プリキュア!」」

 

紅の魔法陣を足場にぎゅっと手を繋いで、ミラクルとマジカルは必殺の魔法を撃ち放つ。

 

「「ルビーパッショナーレ!!」」

 

「ヨクバール……」

 

爆炎を纏った二人の魔法は闇を焼き払い、その情熱の炎に氷を溶かし尽くされ、ヨクバールは浄化されていった。

 

「仲間割れしたのに、前より力を増しているとは…くっオボエテーロ!!」

 

何故だ!と言いたげな顔をしたまま呪文を唱え、バッティは撤退していった。

 

「…それがあいつらの強さ…なんだよ」

 

バッティが撤退していった後を見つめて、八幡が誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「氷のリンクルストーン…アクアマリン」

「ダイヤやルビー、八くんのリンクルストーンとは少し違うね」

 

ヨクバールが暴れた痕もすっかり元通りに直った雪原の上でみらい、リコ、八幡の三人はモフルンを中心に集まっていた。

 

「エメラルドを支えるリンクルストーン…」

「そう見えるのは役割が違うから…か」

 

八幡のはともかく、ダイヤ、ルビーは共に守護する輝きだと校長は言っていた。

 

そしてこのアクアマリンは支える輝き、役割が違えば形もそれに適したものになるのだろうと八幡は結論付ける。

 

「モフルンのおかげで見つけられたね!」

「だな」

 

みらいの言葉に八幡も同意した。匂いを感じとり、オーロラの中から見つけたのはモフルンだからだ。

 

「違うモフ、みらいとリコと八幡、三人の気持ちがピッタリあったおかげモフ!」

 

三人の気持ちがピッタリあったから、そう言って笑顔を浮かべるモフルンに全員が笑みを浮かべる。

 

「…まあそれでも、モフルンのおかげなのは変わらない」

「だね!ありがとうモフルン!」

「私からもありがとうモフルン」

「モフー!!」

 

八幡の一言を皮切りにみらいとリコからお礼を言われて嬉しそうなモフルン。そして、再び全員で笑い合う。

 

「はー!!」

「「?」」

「はー?」

「モフ?」

 

そこに突然、声が聞こえたかと思ったら、リコが持っていたリンクルスマホンの中から光と共に妖精の赤ちゃんが現れた。

 

「「おぉ!!」」

 

妖精の赤ちゃんがみらいの手に収まると輝きを増して、一瞬辺りが光に包まれる。

 

「っ…一体なにが…」

「あ!」

 

強烈な光に思わず目を閉じた八幡の耳に驚くみらいの声が聞こえた。

 

「大きくなったモフー!」

「「え?」」

 

そのモフルンの言葉にリコと八幡の声が重なる。

 

「はー!」

「「本当に大きくなってる…」」

 

恐る恐る目を開けて妖精の赤ちゃんを見た二人は驚き、再び声を揃えて呟いた。

 

「はー!はー!!」

 

妖精の赤ちゃんがモフルンの方へ手をパタパタさせながら何かを訴えている。

 

「な、なにかしら?」

「はー!は!」

「モフルン…というかリンクルストーン…か?」

「はー!!」

「ひょっとしたら…」

 

八幡の言葉に一際強く反応を示したのを見てみらいが何かを思い付いた。

 

「モフルン貸して!」

「モフ」

 

モフルンからリンクルストーンを受けとると、みらいはそれをリンクルスマホンへとセットした。

 

すると、スマホンの上に取り付けられてたピンクのペンがひとりでに動きだし、何かを描いていく。

 

「「「わぁ…!」」」

 

スマホンに描かれた絵が完成すると、一瞬、光って中から澄んだ色のカップが現れた。

 

「描いたものが実体化した…?」

「空色のスープモフ!」

「やっぱりね」

 

みらいはそう言うとカップに注がれた空色のスープをスプーンで掬い上げて、ゆっくりと妖精の赤ちゃんの口元に持ってくる。

 

「んく…んく…んまっ!!」

 

赤ちゃんは近付けられたスプーンに小さな両の手を添え、口の周りに白い髭をつけながらスープを飲み干すと満足そうな笑顔を浮かべた。

 

「…天使…?」

「「へ?」」

 

あまりの可愛さに八幡の口から、八幡らしからぬ言葉が漏れてしまい、みらいとリコがポカンと口を開ける。

 

「……なんでもない…それよりこの赤ちゃん、名前はどうするんだ?」

 

八幡が誤魔化すために話題を変えてそんなことを聞いた。

 

「そういえば…」

「名前って私達が勝手につけていいのかな…?」

「はー!はー!」

 

今度はみらいの方に向かって手をパタパタさせている赤ちゃんを全員が見つめる。

 

「はー…ちゃん…」

「はー!」

「「「「はーちゃん!!」」」」

 

みらいの呟きに赤ちゃんが応えた瞬間、全員の意見が一致した。

 

「はーちゃ!はーちゃ!」

「嬉しそうね!」

「…喜んでるならいいか」

 

八幡は勝手に名前を決めて良かったのかと一瞬考えたが、赤ちゃん自身がはーちゃんと嬉しそうにしているのを見て考えるのをやめた。

 

「みんなが笑ってるからはーちゃんも笑ってるモフ」

「ずっと笑顔でいてもらわないとね!」

「うん!あ…」

 

笑顔のはーちゃんを囲んで笑い合う四人。そんな中、みらいが何かを思い出したような声を出した。

 

「名前っていえば…ねえリコちゃん!さっき呼んでくれたよね?私の名前!」

「え?」

「そういえば…確かに呼んでた気がするな」

 

ヨクバールに吹き飛ばされたみらいと一緒に雪に埋もれていた時、リコが叫んでいたのを八幡も思い出す。

 

「だからそれは…」

「呼んだモフ」

 

照れて誤魔化そうとするリコにモフルンが畳み掛けた。

 

「…リコちゃんなんて呼ぶ人、あなただけよ」

「へ?」

 

腕を組み、そっぽを向いたリコが頬を赤らめながら続ける。

 

「…リコでいいわ」

「うん!わかったリコちゃん!…あ、じゃなくてリコ!」

 

嬉しそうに名前を呼ぶみらい。それをチラリと見ながらリコも応えた。

 

「それでいいわ……みらい」

「…ツンデレだな」

「モフゥ~」

 

そんなリコの様子に八幡がボソッと呟き、モフルンが朗らかに笑う。

 

「…あなたにはまだ名前すら呼ばれてないんだけど?」

 

八幡の呟きを聞き逃さなかったリコがムッとした顔で詰め寄った。

 

「そういえば私も名字でしか呼ばれてないよ!」

 

リコに続いてみらいも詰め寄ると、身を引いて八幡は顔を逸らす。

 

「…気の…」

「「気のせいじゃない!」よ!」

 

言い終える前に遮られ、どんどん詰め寄ってくる二人にどうしようかと考えていたその時、上空から誰かの声が聞こえた。

 

「「「おーい!大丈夫ー?」」」

 

その方を向くと、ジュン、エミリー、ケイ、そしてマキナがアイザックの運転する魔法の絨毯に乗り、こちらに手を振っているのが見える。

 

「みんな…」

「探しに来てくれたんだ…」

 

みらいとリコもそれに気付いて、おーいと手を振り返した。

 

「…助かった……」

 

ちょうどいいタイミングの迎えで二人の意識がそっちに向いたことに安堵する八幡。

 

「忘れてないわよ?」

 

しかし、そうは問屋が許さなかったようで、リコが半眼で八幡を睨む。

 

「………」

 

しばらく睨んでいたが、八幡が黙っているのを見て仕方ないとため息をついた。

 

「…いつかちゃんと名前を呼んで……八幡」

 

リコはそれだけいうと踵を返して、先にみんなのところに向かったみらいを追いかけ、走っていった。

 

「……いつか…か…」

 

走っていったリコの背中を見つめて呟く八幡。

 

一度は出した筈の答え、それが間違っていようとも八幡にとってはそれで良かった。

 

けれど、その間違った答えすら、今の八幡にはわからない。

 

胸に去来するどす黒い何かを確かに感じながら八幡はゆっくりと歩き出した。

 

 

━六話に続く━

 





次回予告


「今日は補習はお休み!みんなで遊ぼう!」

「…休みは休むためにあるんだ」

「ええ~せっかくのお休みだよ?起きて八くん!」

「いつまで寝てるの!だらしないわよ!」

「リコもさっきまで寝てたモフ」

「ちょ、モフルン!違うから、ちょっとだけだし!」




次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「マホウ界での休日!あの子はだれ?八幡の過去と謎の少女!」




「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話「マホウ界での休日!あの子は誰?八幡の過去と謎の少女!」Aパート

 

「比企谷君、ほらみんなに謝って」

 

小学校の学級会、教卓の横に立たされ、先生にそう促されているのは小学生の八幡だ。

 

(……なんだ?)

 

それを俯瞰するような形で八幡はその光景を見ている。

 

「そうだー」

「謝れー」

 

中にはニヤニヤした顔を隠しきれていないクラスメイトも、ちらほらいるのが見えるが、確実に言えるのはこの教室に八幡の味方はいないということ。

 

(そうか…これは…)

 

八幡はこの光景が夢だというのに気付いた。すると、俯瞰していた視界が小学生の八幡と重なる。

 

「先生…でも…」

「比企谷君、悪いことをしたらきちんと謝るのよ?」

 

小学生の八幡が何か言おうとしたが、先生は取り合わず、話を聞いてくれない。

 

「比企谷、今ならみんな許してくれるからさ、な?」

 

昨日まで友達だと思っていたやつがまるで悪いことをした友達を諌めるように言う。

 

「……」

 

小学生の八幡は答えない。

 

なぜなら、知ってしまったのだ。

 

そいつが点数稼ぎの為に一人だった八幡と友達のフリをしていたのも、内心では八幡を嫌っているのも、そしてそいつが八幡に罪を擦り付けたことも。

 

(…何で今更こんな夢を……)

 

小学生の自分の視点からそれを見ていた八幡がそんなことを思うと同時に、この光景を目にして、あらためて異様なうすら寒さを感じた。

 

思えば、この出来事で人との繋がりの薄っぺらさを知り、嘘と欺瞞に満ちた関係に猛烈な拒否感と気持ちの悪さを覚えたのだろう。

 

(結局、この後はどうなるんだっけか…?)

 

思い出そうとすると、靄がかかったような感じでなぜか思い出せない。その事を不思議に思っていると、誰かの声が聞こえてくる。

 

…コン…くん……

 

…コンコン…ちくん……

 

何かを叩く音と声がだんだんと大きくなっていき、最後にバタンッと一際大きな音が響くと同時に八幡の意識は夢と切り離されて現実に戻った。

 

「おっはよー!八くんっ朝だよ!!」

「モフ~!」

 

みらいとモフルンが八幡の泊まっている部屋のドアを勢いよく開ける。どうやら八幡を起こしに来たらしい。

 

「………」

 

元気な声を出して入ってきた二人に夢見が悪かった八幡は無言で布団をかぶり、起きる意思が無いことを露骨に伝える。

 

「あれ?まだ寝てるのかな…八くーん朝ですよ~」

「モフ~」

 

それに気が付かずにみらいは八幡の体を揺すって声をかけ続けた。

 

「………」

「おーい」

「モフー起きるモフ~」

 

そのうち諦めるだろうと思って寝たフリをした八幡だったが、諦める気配がないので折れて仕方なく起きる。

 

「……一体なんだこんな朝早くに…」

「あ、やっと起きた!」

「モフッ」

 

いかにも不機嫌ですといった感じの顔をしてみらいを見る八幡。

 

「…朝早くってもう9時だよ?」

「……いいか?今日は補習授業は休み、つまり休日だ。休日の9時っていうのは充分早い」

 

よって俺はまだ寝る、寝るといったら寝る!と再び布団をかぶろうとするがみらいが布団を引っ張ってそれを阻止する。

 

「でもでも!せっかくのお休みだよ?寝てたらもったいないよ~!!」

「やめろ、引っ張るな…わかった、起きるから……はぁ…」

 

しつこく布団を引っ張ってくるみらいに根負けして八幡は渋々起きることにした。

 

「……?」

 

そこでふと、机の上に置いてあったリンクルストーンが目に入る。

 

(いつもより少し黒い…か?)

 

一応、毎日肌身離さず持ち歩いているのだが、改めて見ると、心なしか最初に見たときより黒ずんで見えた。

 

「八くん?」

 

ぼーっと机を見つめている八幡を不思議に思って、声をかけるみらい。

 

「…で?わざわざ起こしに来てまで一体何の用だ?」

 

八幡は色の変化を気のせいだろうと頭の隅に追いやって、欠伸を洩らしつつ布団から出るとみらいに問う。

 

「ふっふっふ…」

 

寝起きで不機嫌そうな八幡の言葉にみらいはよくぞ聞いてくれましたと笑顔で答えた。

 

「みんなでショッピングにいこう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

みらいに起こされてから、急いで着替え、準備をして待ち合わせ場所まできた八幡を待っていたのはしかめっ面をしたリコの一言だった。

 

「えぇ…これでも急いで来たんですけど……」

 

開口一番に遅い!と怒鳴られ八幡はげんなりした顔で小さく抗議する。

 

「休みだからっていつでも寝てるからでしょ!もうっ!」

 

まだ怒っているリコを見て隣にいたみらいが首を傾げて口を開いた。

 

「あれ?でも起こしに行った時にリコも寝てたような…」

「うっ…それは……」

 

みらいの発言でギクリとした顔をするリコに八幡はジト目を向ける。

 

「…ま、まあ?休みの日だからしょうがないわねっ」

「…さっきと言ってることが違うんですけど?」

 

なおもジト目を向けてくる八幡にリコは明後日の方を見て誤魔化し、あからさまに話を逸らしてきた。

 

「そ、そういえばこれで全員なの?」

「え?あ、うん、ジュン達も誘ったんだけどみんな用事があるからごめんって断られちゃった」

「ほーん…なら仕方ないな、ところで俺も用事を思い出したからこれで……」

 

話の流れに乗っかってさりげなく逃げようとした八幡の両肩をみらいとリコ、二人の手がガッチリと掴む。

 

「逃がさないわよ?」

「…私達と一緒にお買い物に行くの……嫌?」

 

二人に掴まれて動けない八幡、絶対に逃がさないという表情をしたリコと遠慮がちに聞いてきたみらいを見て、逃げられないと悟り諦めた。

 

「…別に嫌とかそういうのじゃなくてだな……」

「本当に?一緒に行ってくれる?」

 

みらいのとどめと言わんばかりに上目遣いに、もはや、八幡は首を縦に振るしかない。

 

「八幡ってみらいには甘いのよね……」

 

やったー!とみらいが嬉しそうに笑う横で訝しげに八幡を見るリコ。

 

「…そんなことないだろ」

「本当かしら…?」

 

未だに疑いの眼差しを向けてくるリコに八幡はさっと目をそらして答える。

 

「本当、本当、なんなら甘いのは自分にだけまである」

「…まあいいけど…じゃあこれで全員みたいだし、行きましょう」

 

納得はしていないという顔をしながらも時間がもったいないと思い、リコは先を促した。

 

「行くって…どこに?朝比奈からはショッピングとしか聞いてないぞ」

 

行き先を知らない八幡がそう聞くと、リコが呆れた顔をしてみらいの方を見る。

 

「みらい…あなたねぇ…」

「あ、忘れてた…ご、ごめん八くん」

 

しまったといった顔をしたみらいは素直に謝り、慌てて行き先を告げた。

 

「え、えっとね、八くん、昨日、校長先生がお小遣いをくれたでしょ?せっかくだからみんなで魔法商店街に遊びに行きたいなーって思って…」

「ほーん……」

 

確かに昨日、校長先生からマホウ界で使えるお金がチャージされているMAHOCA(マホカ)というカードを渡されている。

 

マホウ界に来るときにリコが使っていた黒猫の絵がついたパスカードと同じ物なのだが、みらいが言うようなお小遣いをくれたという表現には少し語弊があった。

 

「…あれはどっちかっていうと、口止め料だろ……」

「…そうね」

 

げんなりした顔の八幡にリコも同意する。

 

 

というのも昨日、補習授業が終わって学校に戻ってきた後、みらい、リコ、八幡の三人は校長に呼び出されて図書館に向かった。

 

そこに待ち受けていたのは様々な本が床に散乱した惨状、そして、申し訳なさそうな顔の校長だった。

 

何でも、リンクルストーンについて見落とした文献はないかと探し回っていたら、押し込められていた本を抜いたらしく、一斉に落ちてきたそうだ。

 

そこから、夜遅くまで片付けを手伝ったのだが、生徒に片付けを手伝わせたと教頭に知れたらまたお小言を言われてしまう。

 

ならばと前々から渡す予定だったMAHOCAに校長がお駄賃(口止め料)を入れたのだ。

 

 

「補習の後に本の整理とか本当、勘弁してほしい…」

「ええ…二度とごめんだわ……」

 

あれだけの量の本の片付けは相当骨がおれたらしく、二人は疲れたように呟く。

 

「あはは…でも、色んな本が見れて楽しかった!」

「モフルンもモフ!」

 

どうやらみらいとモフルンは疲れよりも楽しさが勝ったようで、元気いっぱいではしゃいでいた。

 

「…とりあえず行くか」

「うん!よーし、魔法商店街にしゅっぱーつ!!」

「モフー!!」

 

八幡がそう言うと、みらいはハイテンションな掛け声を上げ、モフルンもそれに大きな声で応える。

 

「もう、はしゃいじゃって…」

 

そんなみらい達の様子を見て言葉とは裏腹にリコの表情はとても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いた~!」

「モフ~!」

 

魔法の絨毯から、いの一番に降りたみらいとモフルンが弾んだ声を出した。

 

「ちょっと二人とも?いきなり飛び降りたら危ないでしょ!」

 

そんな二人を叱りつつ、魔法の絨毯からゆっくりと降りるリコ。

 

「…またここに来るとは思わなかったな」

 

そして最後に八幡がそんな事を呟いて降りる。

 

四人が降りたのは前回来たときと同じく、中心に町のシンボルである情熱の炎を灯したランプを持つ猫像が建っている広場だった。

 

「…で?どこに行くんだ?」

 

具体的にどんな店に行くのか聞いてない八幡が何気無く二人に問う。

 

「え?えーと…どこに行くんだっけ?」

 

みらいがキョトンとした顔をしてリコに聞いた。

 

「…私に聞かれても困るわよ、言い出したのはみらいじゃない」

 

聞かれたリコが困った顔をして答える。

 

「まさか…特に行くところも決まってないのに来たとか言わないだろうな…?」

「えーと…そのまさかだったり?」

 

目線を逸らしながら答えるみらいにリコと八幡が呆れた顔をして、ため息をついた。

 

「だ、だってみんなで遊びたかったんだもん!でも、私どんなお店があるのかわからないし…」

「モフ…」

 

二人のため息にしょぼんとした顔で呟くみらい。

 

そんなみらいの様子にモフルンが心配そうに見つめ、リコは肩を竦めて、八幡はもう一度ため息をつく。

 

「…とりあえず、何か食べるか」

「へ?」

 

唐突な八幡の言葉にみらいはポカンと口を開けた。

 

「そうね、その後は私が魔法商店街を案内するわ」

「え?」

 

それに同意するリコの言葉にも驚いたみらいは恐る恐る口を開く。

 

「怒って…ないの?」

「「なにを?」」

 

その質問にリコと八幡は声を揃えて、同時に聞き返した。

 

「その、何も決めてないのに遊びに行こうって誘ったこと…」

 

ここに来た時とはうってかわって、みらいは申し訳なさそうに俯きながら呟く。

 

「いまさらそんなことで怒らないわよ」

「へ?」

「…朝比奈が唐突なのはいつものことだろ」

「へ?え?」

 

その反応にみらいは戸惑い、リコと八幡を交互に見た。

 

「どうしたの?みらい」

「朝比奈?」

「モフ?」

 

立ち止まったみらいを不思議そうに二人が見つめる。

 

「…ううん、なんでもないっありがと!」

 

そう言うとみらいはえへへ~と笑いながら三人の元に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、みらい達は少し遅めの朝食をとるために魔法商店街の一角にあるお店に来ていた。

 

「それにしても、魔法学校の生徒は無料なんて思いきったサービスだな」

 

四人掛けのテーブルについてから八幡がそんな事を口にする。

 

「ええ、それもあって休みの日はいつもいっぱいなんだけど、ちょうど空いてて良かったわ」

 

リコの言う通り、他に客の姿はなく貸切状態だった。おそらく、朝というには遅く、昼というには少し早い微妙な時間帯だからだろう。

 

「あ、そうだ!はーちゃんにも朝ごはん!」

 

みらいがそう言うとリコはリンクルスマホンを取り出して、中にいるはーちゃんの様子を確認した。

 

「…まだ寝てるみたい、もう少し寝かせてあげましょう」

「モフ、はーちゃんも寝坊モフ?」

 

すやすやと寝息をたてて眠っているはーちゃんを見てモフルンがそんな事を聞く。

 

「ふふっ本当だね、誰かに似たのかな?」

「さあ?誰に似たのかしらね?」

 

まったく誰だはーちゃんにそんな悪影響を与えるのはと八幡が言うと、リコからじとっとした目で睨まれた。

 

「お待たせしました、ご注文のモーニングセットです」

 

そんな時、ちょうど料理が運ばれてきて会話が中断される。

 

「では、ごゆっくりどうぞ」

 

そう言うと、ウェイターらしき男性は一礼してキッチンに戻っていく。

 

このお店、商店街にある他のお店と違い、どちらかといえばナシマホウ界のレストランに似た雰囲気のお店だった。

 

運ばれてきた料理もナシマホウ界の一般的な洋の朝食といえるメニュー、もしかしたらリコが気を回してくれたのかも知れないと八幡は思った。

 

 

 

「どこか行きたいところの希望はある?」

 

ひとしきり食べ終えた後、全員に視線を向けてリコがそう切り出す。

 

「うーん…私はみんなと一緒ならどこでも楽しいよ!」

「モフルンもモフ~!」

 

みらいは少し考えると笑顔でそう答え、モフルンも同意した。

 

「俺も特には……あ」

 

そこまで言いかけて八幡が思い出したような声を上げる。

 

「どうしたの?」

「あ、いや…妹にお土産を買おうかと…」

 

本人は八幡の楽しい思い出がお土産などと言っていたが、買って帰らなかったらきっと何か文句を言われるだろう。

 

「妹さんって小町ちゃんのことだよね?会ってみたいな~」

 

妹と聞いてみらいそんなことを呟いた。その呟きで、入学の許可をもらうとき二人が小町と水晶越しに会話していたことを思い出した八幡。

 

「…まあ機会があったらな」

 

そんな機会があるかはわからないが、二人は小町と同い年だから、もしかしたらすぐに仲良くなるかもしれない。

 

(………っ!?)

 

そう考えてから八幡は驚いて一瞬固まってしまった。

 

なぜなら、その考えは今のこの関係がこれからも続いていくことを前提としていたことに気付いてしまったからだ。

 

みらい達の会話がどこか遠くに聞こえ、視界がぼやけると、マホウ界に来てからの出来事が浮かんでくる。

 

いつの間にか八幡の中で、みらい達との関係が当たり前になっていたらしい。

 

それは決して悪いことではない、しかし、どこか受け入れられず、形容し難い感情が八幡の内に沸き上がる。

 

(…結局何も変わらない)

 

声には出さず、心の中でそんな事を呟く。

 

期待することを諦めても、諦めることを諦めても、間違いを許容し、正解を偽っても、それすらわからなくって無意識の内に忘れていたとしても、ふと気付いて最後には否定してしまう。

 

言葉の端々を疑い、結論さえもひっくり返し真意を探ろうとして間違える。

 

他人の裏を読む癖は潔癖さを求める心の自衛手段だ。けれどそれが酷く傲慢で無意味な事を八幡は理解していた。

 

理解してなお、やめることはできない。なぜならそうしなければ、知って安心しなければ、怖くて仕方がないのだ。

 

だから、結局八幡は変わることは出来ない。

 

 

 

 

 

 

そうして考えている八幡の横で次の行き先が決まろうとしていた。

 

「えっと、じゃあまずは小町さんのお土産を探しでいいかしら?」

「うん!なら私もおばあちゃんやお母さんにお土産買うよ!」

「モフ!」

 

とりあえず、八幡の希望でお土産を買いに行くことになり、四人はお店を出て、案内役のリコを先頭に歩き出す。

 

「…結局どこに向かってるんだ?」

 

暗い思考に蓋をして八幡がどうにか平静を装い、リコに尋ねた。

 

「そういえばどんなお店に行くのか私も聞いてないよ」

「モフ?」

 

みらいもざっくりとお土産を探すとしか聞いてないため首を傾げる。

 

「それは着いてからのお楽しみよ」

 

片目を瞑ってそう告げるリコに、二人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが目的のお店よ」

 

リコが一軒のお店の前で立ち止まって指を指す。

 

「わぁ…可愛いお店だね~」

「ここだけやけに真新しいな…」

 

お店の外見にみらいと八幡がそれぞれ感想を漏らした。

 

二人が言うようにそのお店は白とピンクを基調とした可愛いらしいデザインで他の建物と比べても比較的新しく見える。

 

「このお店は最近できたばかりで、魔法学校の生徒の間で人気なの」

「へえ~」

 

その説明を聞いて期待に胸を膨らませていたみらいと反対に少し渋い表情を浮かべた八幡。

 

「…これ入っても大丈夫なのか…?」

 

外装と同じように内装も可愛いらしい感じだと思われるこのお店は男である八幡には入りづらい。

 

魔法学校の生徒に人気があるというが、おそらくそれは女子生徒が大半なのではないかと八幡は考えた。

 

「え?なんで?」

 

そういうのを気にしないらしいみらいが不思議そうに八幡を見る。

 

「…心配しなくても男子生徒も結構いるみたい」

 

リコは八幡の考えていることを察したようで、先にドアを開いて中を確認し、その心配が杞憂だったことを伝えた。

 

「よくわからないけど、解決したなら早く入ろうよ!」

「モッフー!」

 

何のお店なのか気になってしょうがないみらいが早く!早く!と急かすので八幡はゆっくりとした足取りでその後に続く。

 

 

 

ドアを潜ると、意外にも落ち着いた雰囲気が漂う内装が目に入った。

 

綺麗に陳列された商品もあれば、その商品を魅せるために敢えて乱雑に並べられた物もある。どちらも配置した人物のハイセンスっぷりが窺え、人気があるというのも頷けた。

 

「あ、これ可愛い!」

 

みらいが棚に陳列されていた犬の置物を手に取ると、置物が動き出してくるりと円を描くように走り、ちょこんと掌の上に座る。

 

「「わぁ…動いた!」モフ!」

「これは…魔法の…置物?」

 

未だに座りながら尻尾を振る犬の置物にみらいとモフルンは目を輝かせ、八幡はじっと見つめながら呟き、店内を見渡した。

 

並んでいる商品はこの犬と同じ置物類から、変わった形のランプ、果ては観葉植物など様々な種類がある。それらに共通する点といえば…

 

「インテリア…か?」

 

どれも部屋の内装を飾る物ばかり、それこそお手軽に買えるものもあれば、そこそこ値が張るものまであった。

 

「正解、ここは魔法のインテリア雑貨を扱ってるお店なの」

 

リコが得意気に答える。確かにそれならお土産としても選びやすく、探せばお手軽な価格のものも見つかるだろう。しかし、ひとつ問題がある。

 

「魔法の雑貨ってナシマホウ界に持っていって大丈夫なのか?」

「あ、たしかに」

 

八幡の言葉にみらいも頷く。今、みらいの手の上にある犬の置物だって知らない人からみれば驚くだろう。

 

「…あ」

「「あ?」」

 

明らかにしまったという顔をしたリコは冷や汗をかきながら目を逸らした。

 

「もしかしてリコ…」

「忘れてたみたいだな…」

「モフ…」

 

三人がじとーっとした視線を向ける。

 

「わ、忘れてなんかないし!そ、その…」

 

つい意地を張ってしまったリコだが、しかし、どうしたらいいのかわからずに言葉を詰まらせていると、突然誰かに声をかけられた。

 

「どうかしましたか?」

「へ?いや、なんでも…ってアネットさん!?」

 

声をかけられ、取り繕おうとしたリコがその人物を見て驚いた声を上げる。

 

「あ!やっぱりリコだったのね!久しぶり!」

 

そう言うとその人物ははしゃいだようにリコの手を取って上下に振るとぎゅっと抱きついた。

 

「リコの知り合いかな?」

「みたいだな」

 

いきなり抱きつかれ、戸惑うリコを見てみらいと八幡がそんな事を呟く。

 

「ん?こっちはリコのお友達?」

「え、ええ…」

 

みらいと八幡の視線に気付いてその人物が二人の方を向いた。

 

「こんにちは、私はアネット、あなた達は?」

「あ、私は朝比奈みらいです!」

「モフルンはモフルンモフ~」

「…比企谷八幡です」

 

名前を問われて答える三人。それを聞いたアネットはうんうんと腕を組んで頷く。

 

「みらいちゃんにモフルンちゃんに八幡君、ん?もしかして君たちナシマホウ界から来たの?それにモフルンちゃんはぬいぐるみ…なのかな?」

「え、えーと…」

 

矢継ぎ早にくるアネットの質問にどう答えたらいいかみらいが悩んでいると、代わりにリコが間に入って答えた。

 

「ええ、二人とも春休みの間だけ魔法学校に通ってるの」

「へぇ~そうなんだ…じゃあモフルンちゃんは…」

 

リコの説明にアネットは納得したように頷いたが、それでもモフルンの事は気になるようでその視線はモフルンに向いている。

 

「モフルンはモフルンモフ~」

「…ま、いっか、それにしても春休みの間だけとはいえ、あの教頭先生がよく許したね」

 

モフルンについてはそういうものだと考える事にしたアネットがそんな事を口にした。

 

「教頭先生のこと知ってるんですか?」

「そりゃ知ってるわよ、特に私はよく怒られたからね~」

 

驚いた様子のみらいにアネットは苦笑しながら答える。

 

「…もしかして魔法学校の卒業生ですか?」

 

その口振りから察して、八幡が問うとアネットはニヤリと笑った。

 

「その通り!君たちの先輩だよ~敬いたまえ」

「わー!」

「モフ~!」

「………」

「…はぁ」

 

ドヤッとした顔でそう言うアネットにみらいとモフルンはパチパチと素直に拍手をし、八幡は面倒なものを見る目を向けて、リコは疲れたようなため息を吐く。

 

「そういえばこういう人だったわ…」

 

額に手を当てて呟くリコの様子から色々察した八幡もまた、ため息をついた。

 

「いつからリコと知り合ったんですか?」

 

そんな二人を他所に楽しそうな表情のみらいはアネットにそう尋ねる。

 

「んー…確かリコがまだ魔法学校に入学する前の小さい頃だったかな…」

 

アネットは頬に手を当てて思い出すように答えた。

 

「あまりに可愛かったから、ついつい連れ回しちゃってよくリズに怒られたんだよね~」

 

懐かしむように昔を思い出すアネットの話に聞き入っていたみらいだったが、あることが気になってもう一度尋ねる。

 

「あのリズさん?って…」

「ん?ああ、リズは…」

「わ、あ、ああ~!!」

 

みらいの質問にアネットが答えようとしたその時、リコが突然大声を出してそれを遮った。

 

「モフ?」

「いきなりなんだ…?」

 

八幡とモフルンがリコの行動に眉を潜める。

 

「え、えーと、そ、それよりっアネットさんはどうしてここに?」

 

あからさまに話を逸らしたリコ。そしてそれは成功したようで、話題がアネットへと移ったが、その後に続いた言葉で全員が驚くことになった。

 

「なんでって…私のお店だから?」

「「「え?」」」

 

思わぬ答えに固まる三人。その様子にうまく伝わっていないと思ったのかアネットがもう一度口を開く。

 

「だから、ここは私のお店なの」

 

「「えぇぇぇぇっ!?」」

「…まじか」

「モフ?」

 

店内にみらいとリコの大きな声が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、昨夜に引き続き図書館で調べものをしていた校長が奇妙な事に気付いて、難しい表情を浮かべていた。

 

「…何者かが知識の森に出入りした形跡がある」

 

校長は大きな扉の目の前に立ってひとしきり観察するとそんなことを呟く。

 

「誰か生徒が迷い混んだのでしょうか?」

 

その呟きに魔法の水晶キャシーが考えうる可能性を提示した。

 

「いや、侵入した痕跡を隠そうとしたあとが見られる、生徒ではなかろう」

 

おそらく校長でなければ、いや、昨日、偶然本をひっくり返していなければ見つけられなかったであろう痕跡、それを生徒がしたとは考えにくい。

 

「では一体誰が…」

「わからん…じゃが、何者かがこの学校に潜んでいるのは間違いない」

 

闇の魔法使いという可能性が高いのだが、もしそうなら校長が気付かない筈はないし、なにより、闇の魔法の痕跡は見ればすぐわかるのだ。

 

「校長先生、こちらにおいででしたか」

 

侵入者について考えていると、教頭がなにやら困った顔をして歩いてきた。

 

「どうかしたのか?」

 

仕事はきちんと終わらせたし、昨夜、みらい達に片付けを手伝ってもらったことについては黙ってもらっているので特に思い当たる節はない。

 

「明日の補習授業についてなのですが…アイザック先生が腰痛でお休みになるそうで…」

「なんと…」

 

アイザックは歳のせいか、腰痛持ちで酷いときは動けなくなってしまうほどだ。

 

「それにマキナ先生も体調が悪いらしくお休みに…」

「はて?それは誰のことじゃ?」

 

教頭の口から出た聞き覚えのない名前に校長は眉を潜める。

 

「え?誰ってマキナ先生ですよ、最近赴任して来た…」

「?そんな事は聞いておらんが…」

 

魔法学校の校長ということは当然、教員のことも全て把握している、にも関わらずマキナという教員の事は今初めて聞いた。

 

どうやら校長以外には認知の存在らしく、教頭も何ら疑問に思っていない。

 

「…教頭、急いでマキナという人物を呼んでくれまいか?」

「え、ええ、わかりました」

 

戸惑う教頭だったが、校長の指示に従ってマキナを呼び出すために外に走っていく。

 

「一体何が…」

 

あまりに異常な事態に、とてつもなく嫌な予感が襲い、校長はただ呆然と呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話「マホウ界での休日!あの子は誰?八幡の過去と謎の少女!」Bパート

 

「こ、このお店アネットさんが作ったんですか!?」

 

周りの注目が集まるのも気にせずにみらいが再び大声で尋ねる。

 

「え、ええ、流石に建てたのは私じゃないけど、外装や内装は私がデザインしたの」

 

ぐいっと近づいてきたみらいにアネットが少し驚きながら答えた。

 

「私のお店って…ああ…そういう…」

 

その言葉に未だに驚いて固まったままだったリコが納得したように呟く。

 

「あ、もちろん経営も私がしてるよ?商品だって全部じゃないけど私が作ってるし…」

「今、作ってるって言いました!?」

 

さらにぐいっと来たみらいにぎょっとするアネット。

 

「そんな…あのアネットさんがお店を経営してるなんて…」

 

そして、リコはなぜかショックを受けたように呆然としている。

 

「…確かにあの若さで自分の店を持ってるのは凄いと思うが、そんなに驚くことか?」

 

不自然なまでのリコの驚きように、八幡は首を傾げた。

 

「…八幡はアネットさんの伝説を知らないからそんなことが言えるのよ…」

「伝説?」

 

リコのいう伝説が気になり、どういうことか聞こうとした八幡だったが、周りの視線に気付いて口を紡ぐ。

 

「あー…とりあえず場所かえよっか?」

 

その視線にアネットも気付いたらしく、少し困った顔をしながらそう提案してくるのだった。

 

 

 

店の事を他の店員に任せ、四人を奥の部屋へと案内するアネット。どうやらそこは応接室のような場所らしく、ガラス張りのテーブルと立派なソファーが置いてある。

 

「わぁ…このソファーふっかふかだ~!」

「モッフ~!」

 

ソファーを見るなり、勢いよく飛び込んで座ったみらいとモフルンは思った以上の柔らかさに驚き、はしゃいでいた。

 

「ちょっと!二人ともはしゃぎすぎよ!」

 

そんな二人の行動に知り合いのお店とはいえ流石に失礼だろうと思い、注意するリコ。

 

「あ、ごめんなさい…」

「モフ…」

 

リコに言われて、自分でもはしゃぎすぎだと感じたのか、二人は申し訳なさそうな顔をして素直に頭を下げる。

 

「ん?大丈夫、大丈夫、気にしなくていいよ?むしろ喜んでくれて嬉しいかな」

「「「?」」」

 

特に気にした様子もないアネットの言葉に、みらいとモフルン、リコの三人が首を傾げた。

 

「…もしかして、このソファーもアネットさんが?」

「そうだよ?このソファーは自信作で、座り心地を調整出来るように魔法がかけてあるの」

 

八幡が尋ねるとアネットは自慢気に胸を張ってそう答える。

 

「ソファーも作れるなんて…アネットさんってすごい人だねリコ!」

「………」

 

感心したみらいが話しかけるが、リコは口をポカンと開けたまま動かない。

 

「リコ?」

「ハッ…な、なにかしら?」

 

みらいが名前を呼びながら固まっているリコの顔を覗き込むと我に返ったようで、ようやく気が付いた。

 

「…そんなに凄い魔法なのか?」

 

リコの様子から、アネットがソファーにかけた魔法がなにかとんでもないではないかと思った八幡が呟く。

 

「…かけられている魔法自体は普通の魔法、けれど、少しでも加減を間違えたら効果を発揮しないはず、こんな繊細なコントロール見たことないわ」

 

魔法使いになりたてのみらいと八幡にはわからないかが、リコいわく、魔法学校の先生でも出来る人はいないらしい。

 

「いやいや、リコったらそれは流石に誉めすぎだよ」

 

予想以上の評価にアネットは照れたように手を振って否定し、みらい達の方を向いた。

 

「…私より凄い人なんていっぱいいる…例えばあなた達だってそう」

「「え?」」

 

思わぬアネットの言葉にみらいとリコの声が揃う。

 

「確かにみらいちゃんと八幡君は魔法を勉強し始めたばかりだろうし、リコもまだ学んでいる途中、けれど、あなた達は魔法を使う上で一番大切なものをもう持ってる」

「一番…大切なもの?」

「モフ?」

 

ナシマホウ界から来たばかりのみらいや八幡、魔法が苦手なリコ、そんな三人が持ってるもの言われても、思い当たる節がない。

 

「んー…と、それじゃあ、魔法を使う上で重要な事ってなんだと思う?」

 

いまいちピンときていないみらい達に質問を変えてアネットが問う。

 

「ええ…と、努力と根性?」

「そうだね、もちろん努力と根性は大事、他には?」

 

リコの答えは間違っていないが、アネットが言いたいのは他のことらしい。

 

「他には…」

「…はっきりとしたイメージと想像力」

 

考えるみらいの横で魔法を使った時の事を思い出して八幡が答える。

 

八幡が魔法を使った回数は数えるほどしかないが、例えば、目眩ましの魔法を使った時、映画や漫画に出てくる閃光弾をイメージした。箒で飛ぶ時は目標を定めて飛ぶと上手くいった。

 

そのことから、八幡はそれらが魔法に必要なの要素ではないかと考えた。

 

「それも正解、たとえ呪文が抽象的でもきちんと結果をイメージ出来ていれば、上手くいくくらい重要な要素、でも私が言いたいのはもっと簡単なことかな?」

 

そう言いながら、アネットはみらいの方へと視線を向ける。

 

「みらいちゃんはなんだと思う?」

「え、えーと…」

 

名指しで聞かれたみらいは色々と考えたが、何も思い浮かばずに言葉に詰まってしまう。

 

「ヒントは…料理にも同じ事が言える」

「料理…?」

 

戸惑った声を出すみらい。それは八幡とリコと同じらしく、怪訝な顔をしている。

 

「料理…料理…うーん…なんだろう?」

「魔法と料理で同じって言われても…」

「…料理を作る上で大切なことか……」

 

ヒントが料理と言われても、八幡の家事能力は小学校六年生レベルで止まっているので思い付かない。

 

「…そういえばお母様が言ってたわ、お料理に大切なのは愛情だって」

「あ、それお母さんも言ってた!」

「…じゃあ魔法にも愛情が大切…と?」

 

料理に愛情が大切なんていうのは確かによく聞くが、魔法にとってもそれが大切かと聞かれても、反応に困ってしまう。

 

「おお~三人とも大正解!」

「「「え?」」」

 

パチパチと拍手するアネットに三人はポカンと口を開けて驚いた。

 

「せ、正解ってじゃあ、魔法に大切なのは愛情ってこと?」

 

慌てた様子でリコが聞き返す。

 

「そ、もちろん全部が全部の魔法がそういうわけじゃないけどね」

「でも、魔法に愛情っていうのは…?」

 

みらいがそう問うと、アネットはソファーの方を見ながら答えた。

 

「愛情って言い方だとわかりづらいかな?んーと…例えばそのソファー、私の自信作って言ったけれど、それは出来てからそう思っただけなの」

「えーと…?」

 

アネットの言い回しが少し難しかったのか、みらいが首を傾げる。

 

「…作っている途中はそういうことを考えなかったってことですか?」

 

首を傾げているみらいに代わって八幡が口を開く。

 

「うん、あ、もちろんいい加減な物を作ろうとかそういうのじゃなくてね、このソファーに座る人が快適に過ごせたらいいなって思って」

 

そう語るアネットの顔は照れているようで、どこか誇らしげな不思議な表情に見えた。

 

「…つまり?」

 

いまいちアネットの伝えたい事がわからないリコが焦れたように先を促す。

 

「つまり、大事なのはどんな想いを込めるか、だよ」

「想い…」

 

急かすリコを気にした様子もなく、アネットは四人の顔を順番に見ながら続けた。

 

「誰かを助けたい、力になりたい、喜んでほしい、そういった想いが魔法を輝かせる…みんなも覚えはない?」

 

アネットの言葉にそれぞれが今までの出来事を思い返す。

 

みらいは思う。ひゃっこい島での補習授業、寒くてみんなとおしくらまんじゅうをして暖まったけれど、初めて魔法を使う自分がどうして上手くできたのだろう?と。

 

リコは思う。エメラルドを探してナシマホウ界へと飛び出したあの日、箒で飛ぶのが苦手な自分がどうして恐ろしい闇の魔法使いを相手に逃げることができたのだろう?と。

 

八幡は思う。初めて魔法を使った時、何が出来るわけでもなく、ヨクバールの前に立った自分がどうしてあんな魔法を使えたのだろう?と。

 

誰かを喜ばせたくって、助けたくって、力になりたくて、誰かのため、誰かを守るため、そして、誰かの信頼に応えるため、そんな想いを込められた魔法は奇跡を起こす。

 

思い返してみれば、何度もそれを目の当たりにしている事に気付いたみらい達はようやくアネットの言っていることを理解した。

 

「…わかったみたいだね、努力と根性、イメージも大切、けれど一番大切なのは誰かを想うこと。それを忘れない限り、みんなは凄い魔法使いになれるよ」

 

私が保証する!と胸を張って笑うアネットをみらいとリコはぼーっと見つめ、八幡は少し顔を赤くして視線を逸らす。

 

「モフ~」

 

そしてモフルンはそんな三人を見て、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「さて、大分話が長くなっちゃったけど…ってどうしたの?」

 

魔法については一区切りついたので、みらい達の話を聞こうと仕切り直そうとした矢先、三人の様子にアネットは首を傾げる。

 

「え、いや…その…なんというか…」

「ええと…」

 

なんといっていいのかわからず言葉に詰まる二人。それはアネットの真っ直ぐな言葉にあてられて照れたせいなのだが、当の本人は無自覚らしく気付いていない。

 

「…なんでもないです」

「そ、そう?ならいいけど…」

 

それを悟った八幡が誤魔化すように呟くと、アネットは少し疑問が残ったような表情をうかべたが、とりあえずは納得した。

 

「それで?今日はどうしてうちのお店に?」

 

全員が座ったのを確認してアネットがそう尋ねる。

 

そもそもアネットは接客をしている最中、知り合いの少女らしき人物が知らない二人に詰め寄られていたから声をかけただけで事情をなにも知らない。

 

「実は…」

 

そこからみらいと八幡が簡単に事情を説明する。その間リコはというと、モフルンを膝に乗せモフモフしていた。

 

「…それで、どうしようかなって話してたら…」

「私が来たってことね…でも、どうして店に入るまで気付かなかったの?」

 

一通り話を聞いたアネットのもっともな疑問に、モフルンをモフモフしていたリコの手が止まり、肩がビクッと震える。

 

「そ、それは…」

「もしかしてリコがうっかり忘れてたとか?」

 

言い淀む様子を見て、理由を察したアネットが一発で正解を言い当てるとリコは顔をひきつらせて、慌てたように口を開く。

 

「そ、そんなわけないでしょ!私がそんな当たり前のこと忘れるわけ…」

「じゃあどうして?」

 

どうにか誤魔化そうとしたリコだったが、その質問に答えることが出来ずに押し黙ってしまった。

 

「…変なところで意地を張るのは相変わらずみたいね」

 

呆れたようにそう言うとアネットはリコに近付いて頭を撫でる。

 

「よしよし」

「ちょっ…もう子供じゃないんだから!」

 

撫でる手を振り払うように頭を振るリコだが、動きに合わせてアネットが追従するので振り払えず、最終的には為すがままにされてしまう。

 

「…いいなぁ」

 

撫でられているリコを見て、みらいがぼそりと呟く。

 

「みらいちゃんもおいで?」

 

その呟きに気が付いたらしく、アネットは手招きしてみらいを呼ぶとリコと同じように頭を撫でる。

 

「えへへ~」

 

嬉しそうに笑うみらいに横で撫でられているリコも自然と笑顔を浮かべた。

 

「…どういう状況?」

 

アネットに撫でられている二人を前に八幡は思わず困惑した声が出てしまう。

 

「八幡君もおいで?」

 

みらいと同じ調子で八幡にも手招きするアネット。

 

「…遠慮しときます」

 

その誘いを断る八幡。年上のきれいなお姉さんに頭を撫でられるというのは流石に恥ずかしい。

 

 

 

 

謎のなでなでタイムも終わり、ふとアネットが思い出したように口を開く。

 

「そういえばうちのお店、普通の小物なんかも売ってるよ?」

「「え?」」

 

その一言であっさりと問題が解決してしまい、声を揃えて驚く二人。

 

「普通っていうのは、魔法がかかってない物もあるって事ですか?」

「うん、作るのは魔法で作ってるけど、完成した品物には魔法をかけてないから不自然に動いたりはしないよ」

 

そういう品物にも需要があるからと言うアネットの言葉に八幡はなるほどと納得する。

 

「どういうこと?」

 

一人で納得している八幡に向けてリコが尋ねた。

 

「ここに買い物にくる全員が魔法のかかった商品を買いにくるわけじゃないってことだ」

「そっか、かかってない方がいいって人もいるかもしれないもんね」

 

魔法で動くインテリアは確かに珍しい。だが、部屋に飾るのにそういった機能はいらないと言う人だっているだろう。

 

「その通り!だから魔法のかかっていない商品はかかっている商品より少し安くして販売してるの」

「確かにそれなら普通の商品がほしいって人にも来てもらえるわね…」

 

かかっている商品とかかっていない商品、どちらか選べて、きちんとどちらにも損がないように配慮してあるなら自分の目的に合わせて買い物できるため、人気があるのも頷ける。

 

「…まさかあのアネットさんがそこまで考えてるなんて…!?」

「…なんかリコってば私に対して辛辣過ぎない?」

 

本日二度目のショックを受けているリコにアネットが口を尖らせて呟く。

 

「そういえばリコ、さっきアネットさんの伝説がどうって…」

 

二人のやりとりを見て、みらいがそんなことを言い出した。

 

「言ってたな、伝説を知らないからそんなことが言える…とか」

 

八幡もみらいの言葉に頷いて口を開く。

 

「で、伝説なんて大げさだと思うよ?そんな大したことはしてないし…」

 

二人の問いに答えたのはリコではなく、なぜか目線を逸らして明後日の方を向いているアネットだった。

 

「一体何をやらかしたんだこの人…」

 

その伝説が自慢できるものなら、むしろ吹聴して語るのが人の心情だ。

 

しかし、アネットのそれは完全に何かを隠しておきたい人の反応、一見謙遜しているようにも見えるが、誤魔化しきれていない。

 

そんなアネットの反応から伝説の内容を想像した八幡の口からつい、そんな言葉がこぼれる。

 

「本当に大したことじゃなかったら何年も生徒の間で語り継がれてないわよ…」

 

リコはそう言うと、語り継がれる伝説について話始めた。

 

伝説その1、入学式の大騒動。アネットが魔法学校に入学したその日、入学式に集まった全校生徒と先生達がいる中でアネットは杖を片手に箒に乗り、上空から高らかにある宣言をする。

 

「私はこの学校で一番になってマホウ界に革命を起こします!」

 

そして宣言の後、アネットが呪文を唱えて指を鳴らすと校舎全体の色が光輝いた…とか。

 

伝説その2、中庭の巨大水オブジェクト事件。その名の通り、ある日突然学校の中庭に水でできた巨大なオブジェクトが現れ、これまたアネットが上空から宣言する。

 

「これが私の自信作!さあみんな私を誉め称えなさい!」

 

そう言って高笑いをした直後、オブジェクトが崩壊して校舎が水浸しになった…とか。

 

伝説その3、校内対抗暴走箒レース事件。校舎全体をコースにして、参加者をこっそり募り、アネットが企画した箒レース。

 

非公式にも関わらず、各学年からそれなりの人数が参加したそのレースは熾烈(しれつ)を極めたが、最後はアネットが箒の上に立ち、両手を挙げながらゴールして優勝。

 

その結果、アネットの真似をして箒の上に立って乗る生徒が続出し、箒から落ちて怪我をする生徒が増え、更にはレース中に学校の備品があちこちで壊れていた事が判明して、それ以降、校内対抗箒レースが開催されることはなかった…とか。

 

他にも様々な伝説がリコの口から語られるが、そのどれも確かに伝説と言われるだけのエピソードばかりだった。

 

「…結局全部やらかした話じゃねえか…」

 

リコの話を聞き終えた八幡がぼそりとそんな感想を漏らす。

 

「アネットさんって子供の頃からすごかったんだね」

 

みらいが目をキラキラさせてアネットの方を見つめる。

 

「やめてぇ…それは私の黒歴史ぃ…」

 

八幡の呟きとみらいの視線に耐えられなくなったらしく真っ赤になった顔を両手で覆い、(うずくま)るアネット。

 

「黒歴史が永遠と語り継がれるとか地獄だろ…」

 

黒歴史という単語に反応して八幡が踞るアネットに同情の視線を向けた。

 

「…ともかくこれで私が驚いた理由がわかったでしょ?」

 

アネットの様子から、リコが少しばつの悪そうな表情を浮かべる。

 

「まあ…確かに」

 

リコの言葉に同意する八幡。あれだけやらかした人物がお店を経営していると聞いたら驚くのも頷けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つからないじゃと!?」

 

広い図書館に校長の大きな声が響く。

 

「は、はい…マキナ先生が下宿していた部屋にも行ってみたのですがもぬけの殻でして…」

 

滅多なことでは大声を上げない校長のそんな様子から、ようやくただ事ではない事態が起きている事を理解した教頭。

 

それに加えて、突如として姿を消した同僚についての記憶に違和感を覚えていた。

 

「その…校長先生はマキナ先生についてご存知なかったのですか?」

「うむ…そのマキナという名には聞き覚えがない、そもそも、其奴が教員として来たのはいつからじゃ?」

 

この魔法学校の長たる校長の許可なくして教員になるのは不可能。

 

にも関わらずマキナと名乗る人物が校長の認知しないところで教員して勉を振るっていたというのなら一体いつからなのか、そしてその目的は何か調べる必要がある。

 

「それは確か……いつだったかしら?」

 

校長の問いに教頭は首を傾げた。しかしそれも仕方ない、おかしなことにどれだけ記憶を振り返ってもマキナがいつから同僚だったのか靄がかかったように思い出せない。

 

「まさか…魔法で記憶の改竄(かいざん)を…?」

 

教頭の様子を見てその可能性に気付く校長。それと同時に使われている魔法恐ろしいさと凄まじさに戦慄した。

 

(一体どれほどの…既存の魔法では…いや仮に闇の魔法であっても可能なのか…?)

 

ここまでの規模で記憶を改竄する魔法は魔法学校の校長であっても聞いたことがない。

 

(こんな大規模な魔法を使ってまで潜入した目的とは…)

 

部屋がもぬけの殻ということは潜入する必要がなくなった、もしくは目的が達成されたかのどちらか、校長はそこまで考えるとハッとしたように顔を上げた。

 

「教頭、みらい君達は今どこに?」

「?あの子達なら買い物に行くと言って魔法商店街へ行きましたよ」

 

マキナのことで頭が混乱している中、突然そんなことを聞かれ教頭はさらに困惑する。

 

「なんじゃと!?こうしてはおれん!」

「ちょっと!?校長先生!?」

 

慌てて出ていく校長。事態についていけない教頭は一人ポツンと図書館に残される。

 

「もうなにがなんだか…」

 

もはや、困り果てた教頭には頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちの棚が普通の商品だよ」

 

可愛らしいデザインからスタイリッシュなものまで並んでいる棚を指してアネットが言う。

 

「わぁ…いっぱいあって迷っちゃうねモフルン!」

「モッフー!たくさんあるモフ!」

 

目移りしながらはしゃぐみらいとモフルン。

 

「魔法のかかってない商品ってこんなにあるのね…」

「…見た目だけだとどう違うのか見分けがつかねぇな」

 

見落としていたことにショックを受けるリコを八幡はそれとなくフォローする。

 

あの後、しばらく踞っていたアネットだったが、突然、普通の商品の棚に案内すると言って何事もなかったように立ち上がった。

 

どうやらアネットは黒歴史について何も聞かなかった事にしたようで、八幡達もそれに合わせて聞かなかったフリをすることにして今に至る。

 

「あ!このマグカップ可愛い!」

 

みらいがピンク色のハート模様をあしらったデザインのマグカップを手にとって目を輝かせる。

 

「ん?そのマグカップだったら他にも種類があるよ」

 

そう言って奥の方から同じ形をした色の違うマグカップを取り出すアネット。

 

「青に緑、黄色と白…それとみらいが持ってるピンク、全部で五色みたいね」

 

マグカップが気になったのかリコが横から覗き込む。

 

「お土産はそれにするモフ?」

「うーん…どうしよう…」

 

五色のマグカップを見つめて悩むみらい。可愛いマグカップなのだが、家族へのお土産にするには微妙なところらしい。

 

「…そんなに悩むんならお土産は別のにして自分用それを買えばいいだろ」

 

別の棚を物色していた八幡が背中を向けたまま呟いた。

 

「自分用……そうだ!」

 

何か思い付いたのか、みらいは八幡の言葉を反芻(はんすう)して少し考えた後に突然大きな声を上げる。

 

「せっかくだからみんなで買ってお揃いにしようよ!」

「は?」

「へ?」

「モフ?」

 

唐突なみらいの提案に少し面を食らったような返事を返す三人。お揃いにするという提案事態は普通なのだが、毎度ながら突然言われると戸惑ってしまう。

 

「お揃いにするの?そういうことならセットでお安くするよ?」

 

その提案に便乗してここが売り時とばかりに割引を勧めるアネット。学生時代がどうであれ今はこの店の経営者、その商売根性はなかなかに(たくま)しい。

 

「いやまだ買…」

「いいんですか!やったー!!」

 

買うとはいっていないと八幡が言いきる前にみらいの嬉しそうな声がそれを遮った。

 

「………」

「いつの間にか買う流れになってるわね…」

 

言葉を遮られた八幡はみらいにジト目を向け、リコは自然と買う流れになっていたことに苦笑する。

 

「毎度あり~♪色はどうするの?」

 

マグカップが売れて上機嫌なアネットが包装の準備をしつつ、みらいに尋ねた。

 

「えーと…モフルンが黄色でリコが青!それから…八くんは白…かな?」

「なんで疑問型なんだよ…」

 

そもそも買う流れになってしまったのは仕方ないとしても、買うのは八幡自身なのだから色くらいは選ばせてほしい。

 

「いや~なんとなく八くんは白かなって」

「…さいですか」

 

諦めたような返事を返す八幡。正直なところ何色でもいいのだが、自分に白色というイメージが結び付かない。

 

結局、三人でお金を出しあって五つのマグカップをセットで買うことになった。

 

みらいはハートをあしらったピンク、リコは星が散りばめられた青、モフルンはお菓子な黄色、そして八幡はぐるりと赤い輪っかが描かれている白のマグカップが割り当てられる。

 

「あとひとつはどうするの?」

 

余ってしまった緑のマグカップを見つめてその行く末を尋ねるリコ。

 

「へ?」

 

しかし、尋ねられたみらいは余るということを失念していたらしく、きょとんとした顔をしていた。

 

「…まあ、誰かが使うだろ」

 

そんなみらいの代わりに八幡が適当に答える。全員でお金を出しあったのだから誰かのマグカップが壊れた時用の予備にすれば問題ない。

 

「それもそうね…ってもうこんな時間!?」

 

八幡の答えに納得して頷くリコの視線が時計を捉え、予想以上に時間がたっていた事に驚く。

 

「包装し終わったけど…どうする?このまま持っていく?」

 

可愛らしく包装された箱を手にアネットがそんなことを聞いてきた。

 

「えっと…?」

「や、みらいちゃん達はこの後も商店街を回るんでしょ?この包みを持ったままだったら邪魔になるんじゃないかと思って」

 

確かに荷物を持ったままというのは少し煩わしいが、ここに置きっぱなしというのも迷惑がかかるし、後から取りに来るのも手間になる。

 

「良ければ学校まで届けるよ?うちのお店配達もやってるから」

 

アネットの提案は願ってもないものだった。それなら後から取りに来る必要もないし、そういうサービスをしているのなら迷惑というわけでもないだろう。

 

「うーん…どうしよっか?」

「いいんじゃないかしら、荷物を持ったままは疲れるだろうし…」

 

そう言ってちらりと八幡を見るリコ。おそらくリコの中で八幡が荷物を持つことが決定しているのだろう。ならば八幡としても配達してもらうのには賛成なのだが…。

 

「…その配達は無料ですか?」

 

アネットは配達もしているとは言ったが、それが無料(ただ)だとは一言も言っていない。

 

「…もちろん」

「今の間は何かしら…?」

 

八幡の質問に目線を逸らすアネットの表情はまるで隠し事を見つかった子供のようでリコは呆れながらツッコミをいれた。

 

「…本当は有料だけど、サービスで無料ってことにさせていただきます…」

 

どうやら八幡の指摘は正しかったらしい。なにも言われなければ代金を払うときにしれっと配達料を上乗せするつもりだったようだ。

 

「なんか悪いことしちゃったかな…?」

 

直接問い詰めたわけではないが、アネットのあまりのしょぼくれようにみらいが呟く。

 

「気にしなくても大丈夫よ、どうせすぐに元気になるか

ら」

「でも…」

 

昔からの付き合いのリコはそう言うが、それでも未だにみらいの表情は晴れない。

 

「…配達料のことを黙っていた罰が当たったんだよ」

「え?」

 

気にしすぎるみらいを見かねて、八幡が口を開く。

 

「これが普通に配達料がかかるって言われているのに、文句をつけて無料にしてもらったならあれだが、向こうはそれを黙って払わせようとしたんだからそんなに気にする必要もないだろ」

 

無論、来る客全員にこんな騙し討ちじみたことをしているわけではないだろう。

 

多少違和感を感じるが、おそらく知り合いだからこそ出たアネットの茶目っ気のはずだ。

 

でなければこの店がこんなに繁盛している訳がない。

 

「そうかもしれないけど…そんな言い方しなくても」

 

理由としては納得したみらいだったが八幡の少しきつい言い回しにムッとした表情を浮かべる。

 

「え、えーと…なんかごめんね、八幡君の言う通り私の悪ノリが過ぎたせいだから気にしないで?」

 

険悪な雰囲気になり始めたのを察したアネットが慌ててその旨をみらいに伝えると、そのムッとした表情も収まり、ようやく事なきを得た。

 

 

 

それからみらいと八幡、それぞれが家族へのお土産を無事に選んで、それも魔法学校へ配達してもらうことになった。

 

その分の配達料も無料にしてもらったのだが、よくよく話を聞くと、どうやら始めから配達料をとるつもりはなかったらしい。

 

話している途中で()()()急に配達料が惜しくなってつい、黙ってしまったようだ。

 

「本当にごめんね、せっかくの楽しい買い物に水を差すようなことしちゃって…」

 

会計のためにレジに立ったアネットが沈んだ表情で謝る。

 

「そんなことは…」

 

確かに少しだけ険悪な空気になったものの、そこまで気にする程でもない。

 

しかし、アネットにとっては自分の行動がショックだったようでリコの言葉に自嘲した笑みを浮かべていた。

 

「…なら次来た時にまた割引でもしてください」

「え?」

 

沈んだ表情のアネットが目を丸くして八幡の方を見る。

 

「まだまだ見たりないもん!絶対にまた来ます!ね?リコ!」

 

八幡に続いてみらいが元気な声でリコに同意を求めた。

 

「へ…あ、そ、そうねまた来ましょう」

「モフルンもまた来たいモフ~」

 

二人の意図を読み取ったリコは頷き、モフルンも笑顔を浮かべる。

 

「みんな……うん!今度は飛びっきりのサービスしちゃうから、任せて!」

 

みらい達の言葉で元気を取り戻したアネットからは、さっきまでの沈んだ表情はすっかり消え、飛びっきりの笑顔で四人を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

アネットの店を後にした四人は昼食をとるためにいくつもの出店が集中している広場を目指していた。

 

「思ったよりアネットさんのお店で時間をとられたわね…」

「でも楽しかったよ!素敵なお土産も買えたし、アネットさんは優しいかったし」

「マグカップも嬉しいモフ!」

 

色々あったが、それぞれ満足したようで足取りは軽い。

 

「…まあ、色々と凄い人だったな」

 

疲れた表情で八幡が呟く。伝説もそうだが今のアネットも凄い人というのは変わりなく、八幡としても初めて関わるタイプだったので疲れたようだ。

 

「それにしても八くんがあんなこと言うとは思わなかったよ~」

「あんなこと?」

 

唐突なみらいの言葉が何を指しているのかわからずに八幡は眉根を寄せる。

 

「ほらアネットさんに次来たときって言ってたでしょ?八くん出掛けるのを嫌がってたからうれしいなって思って…」

「いや…あれは…」

 

あの時、口から自然と出た言葉で八幡は自分でもどうしてああ言ったのかわからなかった。

 

春休みが終わればいなくなる八幡には次の機会なんてないにも関わらずそんな事を口にしてしまったのはどうしてなのか、答えはでない。

 

そこから先の言葉に詰まり、八幡は黙り込んでしまう。

 

「あらあら、楽しそうですね」

 

そんな時、四人の前に突然人影が現れた。

 

「マキナ…先生?」

 

リコが戸惑った声を出す。その人物はみらい達の補習を担当しているマキナだったのだが、いつもと纏う雰囲気があまりにも違った。

 

「本当ならもう少し先生を続けたかったのだけれど、残念ながらそうもいかなくなったの」

「何を…」

 

口調も雰囲気もあきらかにみらい達の知っているマキナではない。四人はそんなマキナにどこか恐ろしいものを感じて後ろに一歩下がる。

 

「そんなに怖がられると先生傷ついちゃうな」

 

言葉とは裏腹に笑いながら近付いてくるマキナは、今まで対峙してきた闇の魔法使いよりも怖い。

 

「…アンタは誰だ」

 

みらい達を庇うように前に出た八幡がマキナに問う。

 

「ふふっ誰って私はマキナ先生よ?まあちょうどよかったわっと」

「!?」

 

マキナが答えた瞬間、いつの間にかその顔が吐息の掛かるほど近くまで来たことに驚く八幡。

 

「用があるのは貴方だけ」

 

パチンッ

 

指を弾く音が響いてマキナと八幡の姿が消えはじめた。

 

「八くんっ!!」

「八幡っ!!」

 

消える八幡へと伸ばした二人の手は届かずに虚しく空を切る。

 

「そんな…」

「っ…」

「モフ…」

 

残された三人は八幡の消えた場所を見つめて愕然と呟いた。

 

「皆っ無事かっ!?」

 

そんな中魔法の絨毯に乗った校長が血相を変えて飛んで来る。

 

「校長…先生」

 

三人の様子とその場に八幡がいないことから校長は嫌な予感が当たってしまったことを悟った。

 

「っ間に合わなんだか…」

 

校長は一足遅かったことに歯噛みしながらも、事態の把握に勤めるべく頭を切り替える。

 

「何があった?」

「…突然マキナ先生が現れて八幡を連れて消えてしまいました…」

 

未だに起こったことが信じられないのか、リコの答える声は震えていた。

 

「消えた…奴の狙いは八幡君だったということか…」

「奴の狙い…?」

「っどういうことですか!?」

 

何かを知っているらしき校長の言葉にみらいとリコが詰め寄る。

 

「…君達には謝らねばならん。全てはわしの警戒不足じゃった…すまぬ」

 

そう言って頭を下げる校長。そして次の一言に二人は目を見開いた。

 

「まず魔法学校にマキナという名前の教師は存在しない」

「「え…?」」

 

衝撃の言葉に固まる二人。それもその筈、なら今まで先生として接し、先程八幡を連れ去った人物は誰なのかという話になる。

 

「でも先生はちゃんといたモフ」

 

固まる二人に代わってモフルンが問い返した。

 

「左様、しかし校長であるわしはその事実を知らなんだ。マキナと名乗る人物はわし以外の魔法学校の教師を含む生徒全員に自分が教師だと信じ込ませていたのだ」

「ぜ、全員って一体どれだけの人数が…」

「そんなことができるんですか…?」

 

とてつもない規模にリコは絶句し、みらいがそんな事が可能なのか疑問を口にする。

 

「…わからん、少なくともわしの知る限りここまで大規模の魔法を使えるものなどおらぬ」

 

魔法学校の校長ともあれば、魔法もそれを行使する魔法使いもマホウ界の誰よりも知っていると言っても過言ではない。

 

その校長をして驚愕させる魔法を行使したマキナはよもやただの魔法使いではないだろう。

 

「だが今はそれを考える時ではない、一刻も早く八幡君を助け出さねば」

「でもどこに…」

 

八幡を助けに行こうにもどこへ消えたわからない上に闇雲に探し回れるほど猶予はない。

 

「どうしたら…」

 

何の解決策も思い付かないまま時間だけが過ぎていく。

 

「はー!!」

 

そんな暗い空気を打ち破るように元気な声が鳴り響いた。

 

「はーちゃん?」

「はー!はー!」

「どうしたの突然…」

 

スマホンから飛び出したはーちゃんはちょこんとみらいの掌の上に乗るとしきりにある方向を指差す。

 

「これは…もしやその方向に八幡君が…」

「え?そうなの?はーちゃん?」

「はー!」

 

みらいの問いに元気よく答えるはーちゃん。なぜかはわからないがはーちゃんには八幡のいる場所がわかるらしい。

 

「他に宛もないわ…ここははーちゃんを信じて行ってみましょう」

 

リコの一言から全員がはーちゃんの指す方へと急ぎ足で向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ…ここは」

 

目の前に現れたマキナが指を弾いたと思ったら突然景色が切り替わるように一変し、八幡は見覚えのない場所に立っていた。

 

「ここは魔法商店街の外れよ」

 

八幡の疑問に答えたのはこの場所に連れてきた張本人であるマキナだ。

 

「本当はもっと遠くまで行きたかったのだけれど…どうにも貴方を連れながらだと上手くいかないみたいね」

 

マキナから注意をそらさないように気を付けて辺りの様子を窺う。

 

(商店街からはだいぶ離れている…が、縛られているわけでもないなら逃げ切れる)

 

気付かれないように杖と箒を取り出して頭の中で手順を確認する。

 

(魔法で目眩ましを食らわせたら全力で街の方へと飛ぶ、いくら瞬間移動が出来るのだとしてもこの箒の速度ならいける筈だ)

 

どんな目的で拐ったのかわからないが、八幡一人のこの状況では逃げるしかない。そう考え、腹を括って八幡は杖を突き出した。

 

「キュアップ…」

 

パチンッ

 

呪文を唱えようとした瞬間、指を弾く音が響いて八幡の体が硬直する。

 

「っ…!?」

 

杖を突き出したまま硬直した八幡は声も出せず、もう片方の手に隠し持っていた小さいままの箒を落としてしまった。

 

「残念だけれど、貴方達の戦いは全て見せさせて貰ったわ…だからこの状況で貴方がどうするのか簡単に予想ができるの」

 

そう言ってマキナは八幡に近付くと手に持っていた杖を取り上げて後ろに向かって放り投げる。

 

「これで貴方は何も出来ないわね」

「っ……」

 

マキナの言う通り、杖を取り上げられ、体の自由を奪われた八幡にはもう抵抗する手段が残っていない。

 

そんなわかりきった事をあえて言い聞かせるように言うということはおそらく八幡の抵抗する意思を削ぐためだろう。

 

「そんなに怯えなくても大丈夫、私は貴方のことが知りたいだけだから…ね?」

 

パチンッ

 

三度、マキナが指を弾くと、それを皮切りに八幡の全身に凄まじい悍気(おぞけ)が襲ってくる。

 

まるで体の内側から全身に至るまで、隅々を這いまわれるような感覚。そして次に襲ってきたのは記憶のフラッシュバックだった。

 

━なあ俺達友達だよな?

 

━謝れよ!お前が悪い事をしたんだから

 

━気持ち悪いんだよ…お前

 

次々に浮かんでくるのは八幡にとって心的外傷(トラウマ)ともいえる記憶ばかり。

 

もうすでに過去の出来事だと理解していても一度に押し寄せてくる負の記憶は八幡の心を抉っていく。

 

「がぁぁぁぁっっ!!?」

 

抉られた痛みは叫びとなって八幡の口から漏れ出ていく。

 

「あらあら、とても辛そうね。よしよし」

 

叫ぶ八幡を見て楽しそうに笑い、その頭を撫でるマキナ。先程まで声が出なかった筈なのに叫び声が出るということは、わざわざ苦しむ声を聞くために拘束を解除したのだろう。

 

「ぐっがぁっ!!?」

 

どれだけ叫ぼうとも、次から次へと八幡に容赦することなく負の記憶が思い起こされていくそんな時だった。

 

「八くーん!!」

「八幡ー!!」

 

二人のいる場所へと街の方から魔法の絨毯が物凄いスピードで飛んでくる。

 

「…あら?呼んでもいないのにしょうのない子達ね」

 

飛んでくる魔法の絨毯を見つめマキナは呆れたように呟いた。

 

「見つけた!」

「八幡!」

 

八幡の姿を見つけ、絨毯から降り立ったみらいとリコはマキナと対峙する。

 

「お主がマキナか、これ以上好きにはさせぬ!」

 

その後から校長とモフルン、そしてモフルンの頭の上に乗っかったはーちゃんが続いた。

 

「八幡が苦しそうモフ!」

「はー!」

 

モフルンとはーちゃんが八幡の様子に気付いて心配そうに声を上げる。

 

「っ八くんに何をしたの!?」

「何って…ちょっと記憶を覗いてるだけよ?それよりも…どうしてここがわかったのかしら?」

 

声を荒げるみらいを適当にあしらいつつ、マキナは全員に探るような視線を向け、はーちゃんを見つけると、そこで止まった。

 

「ふーん…なるほど、その妖精の子の仕業といったところね」

 

視線がはーちゃんに向いたことで庇うように立ち塞がるみらいとリコにマキナは肩を竦める。

 

「そんなに警戒しなくても、その子に手を出す気はないわ…で?何の御用?」

「八くんを返して!」

 

首を傾げてそう問うたマキナはみらいの返答に笑いを押さえきれないといった様子で答え返した。

 

「ふっふふ…返してなんておかしな事を言うわね、別に貴方のものというわけでもないでしょうに」

「っあなたのものでもないわ!八幡は八幡自身のものよ!」

 

リコがそう言い放つと、とうとう大きな声で笑い出したマキナ。

 

「ふっ…アッハッハッハッ…そうね、その通りだわ。ならどうして貴方達は八幡君を助けにきたのかしら?」

「どうしてって、友達を助けるのは当たり前でしょ!」

「八幡は私達の大切な仲間よ!見捨てられるわけないじゃない!」

 

その答えにマキナは更に大きな声で笑い、(あわ)れむかのような目で二人を見つめる。

 

「友達、ねぇ…それは貴方達が勝手に思っているだけではないの?」

「なっ…そんなこと…」

「ないと言いきれる?」

 

思わぬ問い掛けに動揺して一瞬詰まってしまうリコ。それに畳み掛けるようにマキナの言葉が突き刺さる。

 

「それは…」

「そんなことない!」

 

揺らぐリコの不安をみらいの力強い言葉が払った。

 

「みらい…」

「…その自信はどこからくるやら…はぁ…仕方ないわね」

 

みらいを忌々しげに見つめ、ため息を吐くとマキナは掛けている赤い丸眼鏡を外して空高く放り投げる。

 

「えーと、確か…こうだったかしら?魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

パチンッ

 

そしてマキナが指を弾くと、空中に魔法陣が現れ、放り投げた丸眼鏡と地面に落ちていた八幡の箒が吸い込まれていく。

 

「ヨォクバール!」

 

中から現れたのは箒が眼鏡を掛けているような一見ふざけた姿をしたヨクバールだった。

 

「あらあら、中々に可愛らしいじゃない…あの子達の相手はお願いね」

「ヨォクバール!」

 

指示を受けたヨクバールが二人の前に立ちはだかる。

 

「いくよ!リコ!八くんを助ける!!」

「…ええ、待ってなさい八幡!」

 

決意を胸に二人はお互いの手をぎゅっと繋いだ。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

「「ダイヤ!」」

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

光が二人を包み込んで消え、魔法陣と共に変身した姿で現れる。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

ダイヤの力を纏った二人は名乗りをあげて戦うべき敵を見据え、ポーズを決めた。

 

「ヨォックバールッ!!」

 

それと同時にしびれを切らしたヨクバールが土煙を上げながら突っ込んでくる。

 

「「ふっ…はぁっ!!」」

 

突進をくるりとバックステップでかわした二人は勢いをそのままに隙だらけになったヨクバールの横っ腹に向かって同時に突きを繰り出した。

 

「ヨォクバールッ!」

 

突きが当たる直前、ヨクバールはその場で回転し攻撃してきた二人を逆に吹き飛ばす。

 

「きゃあっ!?」

「くっ!?」

 

予想外の反撃で防御する暇もなく、攻撃がまともに入ってしまい受け身さえとれなかった。

 

「ヨォクバールッ」

 

畳み掛けるようにミラクルの方へと再び突進するヨクバール。そのスピードは最初の突進よりも速い。

 

「ミラクルッ!」

「っ!」

 

マジカルの声に反応し、咄嗟(とっさ)に思いっきり横に飛ぶことで間一髪かわすことに成功したミラクルだったが、その余波で更に吹き飛ばされてしまう。

 

「っやぁぁっ!」

 

吹き飛んだミラクルに追撃を加えようとしているヨクバールの注意を逸らすためにマジカルが攻撃を仕掛けた。

 

「ヨォクバー…ルッ!」

 

しかし、その攻撃はあっさりとかわされ、無防備になったマジカルに最初のお返しと言わんばかりのヨクバールの攻撃が直撃する。

 

「かひゅっ…」

 

あまりの衝撃に肺の空気が全て押し出され、そのままマジカルは地面に叩き付けられた。

 

ドゴォッンッ!!

 

叩き付けられた衝撃で轟音と共に土煙が舞い上がり辺りを一帯包み込む。

 

「うぅぅぅ…」

「っ………」

 

土煙が晴れて現れたのは傷だらけで地面に伏すミラクルとマジカルだった。

 

「ミラクルっ!マジカルっ!」

 

ボロボロの二人の姿にモフルンが悲痛な叫びを上げる。

 

「伝説の魔法使いであるプリキュアがこうも一方的に…」

 

マキナが生み出したヨクバールの力に戦慄する校長。それもその筈、学校での戦いではヨクバールとプリキュアにここまでの力の差はなかったからだ。

 

「っぅ…いつもより…強い…!」

 

ミラクルが絞り出すように呟く。今まで何度かヨクバールと戦ってきたが、苦戦することはあれど全く歯が立たないことはなかった。

 

「ヨォクバール」

 

ところがこのヨクバールは違う。

 

二人の攻撃をかわし、隙を狙ってカウンターを繰り出す事のできるスピード。

 

たった二発で二人を満身創痍にしたパワー。どれをとってもこれまでのヨクバールより上だ。

 

「あら?もう降参かしら?」

 

心底楽しそうに嗤うマキナ。そのすぐ隣には未だに苦しそうに呻く八幡が見えた。

 

「っくぅ…まだまだっ…!」

「っ…降参なんてするもんですかっ…!」

 

絶対に負けないという決意で二人はボロボロのまま立ち上がる。

 

「そう。なら…ヨクバール、止めを刺してあげなさい」

「ギョォイ」

 

先程とは打って変わった冷たい声音でマキナがそう言い放つと、命じられたヨクバールが突撃体勢に入った。

 

「マジカル!」

「ええ!いくわよミラクル!」

 

それを見て二人もヨクバールを迎え撃つべく構える。

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「「ダイヤ!」」

 

リンクルステッキへとダイヤのリンクルストーンがセットされた。

 

「「永遠の輝きよ!私達の手に!」」

 

光が一面に広がり、二人はステッキを頭上へと構える。

 

「ヨォクッ!」

 

そこへ今までで一番の速度を出しながらヨクバールが迫った。

 

「「フル…フル…リンクル!」」

 

二人は三角形を描いてダイヤを作り出しヨクバールを迎え撃つ。

 

「「プリキュア!」」

 

ダイヤの光とヨクバールの放つ闇の力が激突し、せめぎあう。

 

「「ダイヤモンド…」」

 

そして、闇に打ち勝ちダイヤの光がヨクバールをダイヤモンドの中へと封じ込めた。

 

「「エター…っ!?」」

 

浄化まであと一歩というこの状況で二人は驚愕に目を見開く。

 

ピキッ

 

なんとヨクバールの封じ込めた筈のダイヤモンドが徐々にひび割れ始めていたのだ。

 

ピキピキピキッ━

 

「「っ!?」」

 

「ヨォクバールッ!!」

 

封じ込めていたダイヤモンドは完全に崩壊し、ヨクバールが解き放たれてしまう。

 

「「きゃぁぁぁっ!?」」

 

至近距離で突き破られた衝撃を浴びた二人は為す術もなく吹き飛ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

暗闇の中、八幡の吐く荒い息の音だけが空間に響きわたる。

 

「これ…で…何度…目…だ…」

 

誰に聞かせるでもない独り言を息も絶え絶えに呟き、疲弊しきった精神を気休め程度に誤魔化した。

 

「っ…また…!」

 

暗闇の空間が色づいてあっという間に形を変えていく。

 

そこに現れたのは教卓ときれいに並べられた机と椅子、そして見知った制服をだった。

 

「今度は中学時代…一体いつまで…」

 

何度目かの光景。というのもここはマキナの作り出した精神世界で、八幡のトラウマと呼べる記憶ばかりを再現し続けるらしい。

 

なぜこんなことをしているのか目的はわからないが、トラウマが再現される度に八幡の精神はじわじわと削られていく。

 

『おいお前だろ?財布を盗んだの』

 

いつの間にか再現が始まり、一人の男子生徒が過去の八幡に詰め寄っていた。

 

『お前しかいねえんだよ!白状しろ』

 

決めたつけた口調で怒鳴る男子生徒に対して過去の八幡は無視を決め込んでいる。

 

(確か…)

 

この出来事は八幡の元にリンクルストーンが現れた後の事、晒し者にされた影響で後ろ指を差される毎日を送っていた時だ。

 

クラス内で財布の紛失事件が起き、その犯人として八幡が槍玉にあげられる。当然のごとく八幡の肩を持つ者など誰もおらず、先生でさえ八幡を犯人だと決めつけていた。

 

その挙げ句、財布の紛失は持ち主の勘違いという結果で解決したのにも関わらず、決めつけていた男子生徒は勘違いを謝るどころか大きく舌打ちをして自分の席に戻っていった。

 

「っ…」

 

そこで風景が切り替わり、今度は小学校低学年くらいの八幡が小学校のグラウンドで遊んでいる光景に替わる。

 

『待ってよー!』

 

『次はお前が鬼だぞー!』

 

幼い八幡と数人で鬼ごっこをしている様子はとても楽しそうだった。

 

(この後…)

 

友達だと思っていた、けれど日を追う毎に付き合いはなくなり、最後には無視をされるようになった。

 

『お前と遊ぶと友達に嫌われるんだよ!』

 

何が原因かは知らないが友達の友達は八幡の事が嫌いらしく、その友達にそう言われたらしい。

 

『だから話しかけてくんな!』

 

友達に嫌われる…その時はなら仕方ないと子供ながらに思ったが、それと同時にこうも思った。〝それなら自分とは友達ではなかったのか?〟と、幼い八幡を通してその言葉が今の八幡へと突き刺さる。

 

━所詮、友達なんてものは曖昧ですぐ消えるような薄っぺらい関係なんだよ

 

地の底から響いてくるように八幡の声で何かが叫んだ。

 

「うぷっ…」

 

その叫び声は頭に響き渡り不快感が押し寄せ、込み上げてくる吐き気を必死で抑えて意識を保つ。

 

『俺は比企谷の味方だからな』

 

再び場面が替わって別の教室。小学校高学年になった八幡が廊下から教室の中の会話を聞いてしまった時の事だ。

 

『あいつ、いつも一人でクラスで浮いてるからな』

 

聞こえてきたのは出来たばかりの〝友達〟の声。

 

『そういうやつと仲良さげにして見せれば先生達に受けがいいんだよ』

 

『んなわけねえだろ?むしろ嫌いだわ』

 

『それ面白そうだな!比企谷のやつがどんな顔するか楽しみだ』

 

次から次へと信じたくない言葉が聞こえてきて堪らず過去の八幡はその場から逃げ出していた。

 

そこからは今朝夢に見たばかりの光景。クラス全員で八幡を吊し上げ、友達のふりをしたそいつがにやついた顔で謝るように促す。

 

━ほらな?薄っぺらい。誰だって自分が一番、信じた奴が悪い、だから誰も信じられない

 

今度はより近くで、囁くように八幡の声が聞こえた。

 

「はぁ…はぁ…っ誰だ!?」

 

自分の声で語りかけてくる何かによりいっそう神経を削られる。

 

何度も何度も場面は切り替わり、その度に八幡の心は磨耗し、傷ついて、謎の声が近付いてくる。

 

━あの二人の事だってお前は信じられないだろ?

 

「………」

 

景色は黒一色に塗り潰され、耳元で聞こえた謎の声の言葉が核心をついたように疲弊した八幡の心を揺らした。

 

━だから些細なことでさえ言葉の端を拾って否定し、結論を歪めてまで探し続ける…

 

「…違う…俺は…あいつらは…」

 

━お前が欲しがっているものなんてどこにもない。そんなことは()自身が一番わかってるはずだ

 

「っ……」

 

突きつけられたそれは紛れもなく八幡の心。そんなものは八幡本人にしかわからない。つまり…

 

「……これは俺の本心ってわけか…」

 

どこか諦観めいた呟きと共に八幡の目が虚ろになっていく。

 

何度も裏切られて誰も信じられなかった。けれどリコと出会い、みらいに手をひかれて過ごしている内に二人なら信じられると思った。

 

それでも結局誰かを信じることなんて八幡には出来なかったのだ。

 

八幡の内からどす黒い何かが外に出ようと蠢く。もう何もかもがどうでもよくなって全部を投げ出してしまいたい衝動に駆られる。

 

「…それで楽になるなら……」

 

━それでいいの?

 

全てを諦めかけたその時、八幡の声とは違う鈴のような澄んだ声が聞こえてきた。

 

「…この声は…」

 

その声には聞き覚えがある。初めて魔法商店街に来たとき、二人を助けにいくことを躊躇っていた八幡に聞こえた不思議な声。

 

それは今と同じようにそれでいいの?と八幡に問うてきたのだ。

 

「それでいいって何がだよ…」

 

八幡もあの時と同じ台詞を呟く。あの時と違うのは今の八幡にはもう立ち上がるだけの気力がないということ。

 

━あなたは二人に何かを期待したのでしょう?

 

「………」

 

返事が返ってくるとは思わず微かに八幡は驚いた。

 

━ここで諦めるの?

 

「…押しても駄目なら諦める、人間諦めが肝心だろ」

 

本当にどうでもいいのならこんな問い掛けなんて無視すればいい、その筈なのになぜか不思議な声には答えなければならない気がして八幡は答える。

 

━ならあなたはどうしてここまで苦しんだの?

 

「それは…」

 

━諦められるのなら苦しむ必要はなかったでしょう?

 

不思議な声の言う通りここにくるまで何度も苦しい思いを味わった。八幡がもっと早くに諦めていれば苦しい思いなんてする必要はなかったはずだ。

 

━それでも苦しむ事を選んだのはどうして?

 

「…どう…して…?」

 

そう問われて八幡は自分がなぜ諦めなかったのかをようやく思い出した。

 

「…欲しいものがあった…ずっと欲しくて…でもどんなに願っても手に入らないから…そんなものはないと…あっても手が届かないものだと…そう思ってた…」

 

けれど、二人と…みらいとリコに出会い、過ごしていく内にもう一度手を伸ばしてみようと思ったのだ。

 

焦がれて苦しくても、どんなに手が届かなくても、それでも諦められないほど欲しいものがあって、二人とならそれが見える気がした。

 

━本当に()()()いいの?

 

不思議な声が最初の問いを再び投げ掛ける。

 

「俺は…」

 

その問いに答えんとする八幡の目は光を取り戻し始め、暗転していた世界がひび割れていく。

 

「俺は、二人を信じたい」

 

瞬間、暗闇が弾けた。

 

辺り一面が真っ白に染まり、暗闇を消し去っていく。

 

〝それがあなたの本当の気持ち〟

 

不思議な声が聞こえて振り返ると、何もない真っ白の世界にぽつんと誰かが立っていた。

 

「…誰…なんだ?」

 

その姿はぼやけていてはっきりと見えない。声は聞こえているのに酷く遠くに感じる。

 

〝わたしは━━━〟

 

その先の言葉が切り取られたように聞こえない。それどころか段々と不思議な声の主の姿が薄らいでいく。

 

「待っ…」

 

助けられたお礼すら告げてられていないままに消えようとしている声の主に手を伸ばす八幡だったが、届くはずもなく、その手は虚しく空を切る。

 

〝いつかあなたが本当に向き合えたのなら…〟

 

最後にそれだけ言い残すと声の主は消えてしまい、同時に八幡の意識も薄らいでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そん…な…」

「私…達の…魔法が…通じない…なんて…」

 

喋るのもままならない程ダメージを負った二人が愕然と呟く。

 

「ふふっ可哀想に、これで打つ手なしといったところかしら?」

「ヨォクバール!」

 

マキナがヨクバールを従え、二人を見下ろしながら嗤って近付いてきた。

 

「くっ…」

「まだ…」

 

立ち上がろうと力を込めるが力が入らない。戦闘によるダメージと金魔法を放った反動のせいだ。

 

「残念ねぇ…これじゃあ八幡君を助けられないわよ?」

 

倒れている二人の顔を覗き込んで嘲笑いマキナは続ける。

 

「ふふふっそんなに必死になって助けるほど友達というのは大事なものかしら?」

「当たり…前…でしょ…!」

「大事…だから…負け…られない…!」

 

二人の答えがあまりにも予想通りだったので笑いが止まらずに、しばらくマキナは笑い続けた。

 

「プッアッハッハッハッ━」

「何…がそんなにおかしいの…!」

 

ミラクルがマキナを睨む。しかし、マキナはその視線すら可笑しいと笑う。

 

「━ハァ…ごめんなさいね、大事と言う割にはあまりに脆い関係だと思って」

「どういう…こと…?」

 

その言葉に眉を(ひそ)めるマジカル。

 

「だってそうでしょう?ほんの些細なこと…そうね、例えば楽しいお買い物で()()()()()()()()()()()()()から簡単にひびが入るのだから」

「まさか…!」

「あれはあなたが…!?」

 

脳裏に店でのやりとりが浮かんでくる。あの時、どうして黙ってしまったのかアネットはわからないと言って沈んだ表情をしていた。

 

それがマキナによる魔法のせいだと知った二人は許せないと拳を硬く握り締める。

 

「あらあら、私に怒るのはおかしいわね。貴方達の言う通り、本当に友達というものが大事ならあのくらいで揺らいだりしないはずだもの」

 

そんな二人の様子にマキナはおどけるように肩を竦めた。

 

「っ…話を誤魔化さないで!あなたが魔法をかけたからアネットさんはあんな悲しい表情に…」

「話を誤魔化しているのはどちらかしら?」

 

ミラクルの言葉を遮り、マキナが間髪(かんはつ)入れずに続ける。

 

「そのアネットという人が悲しんで許せないというのなら、私はその人に謝りましょう。けれど、許せないのは本当にそれだけ?」

 

マキナは愉しそうに問い掛け、困惑する二人の顔を再び覗き込む。

 

「口では大事といっても頭では理解しているんじゃない?友達なんて所詮その程度の関係、簡単に壊れる脆いものだって」

「「………」」

 

押し黙る二人。言い返す言葉が無いわけではない、ミラクルもマジカルもマキナの言っている事にはっきり違うと言える。

 

しかし、ほんの些細なことですれ違ってしまったことは事実。当事者であるアネットが場を取り成さなければもっと(こじ)れていたかもしれない。

 

「ふーん…否定しないのね?さっきまでの威勢はどこにいったのやら…」

 

マキナはつまらなそうに呟くとくるりと背を向けた。

 

「ま、いいわ。どのみち貴方達にはもう反撃する手段は残されていないのだし、この問答も無意味ね…ヨクバール」

「ギョォイ」

 

背を向けたままそう吐き捨てるとヨクバールに指示を飛ばす。

 

「くっ…」

「体が…」

 

逃げようにも受けたダメージが大きく動けない。二人がこのまま為す術なくやられてしまうかとぎゅっと目を閉じたその時、少し離れた場所から声が聞こえてくる。

 

「キュアップ・ラパパ!閃光よ…爆ぜろ!!」

「!!?」

「ヨクッ!?」

 

突如発生した激しい光にマキナとヨクバールは驚き、怯んで動きを止めることなった。

 

「えっ…」

「一体何が…」

 

目を閉じた二人は光の影響を受けなかったが、聞こえてきた呪文と驚くヨクバールの声に戸惑ってしまう。

 

「…なぜ貴方が動けるのかしら…?」

 

後ろを向いていたおかげで光の影響の少ないマキナは驚愕と困惑の入り雑じった表情でその人物を見た。

 

「…八幡君」

「「っ!」」

 

マキナの言葉にミラクルとマジカルも(つむ)っていた目を見開くと、そこにはいつの間にか見覚えのある背中が見える。

 

「八くん!?」「八幡!?」

「…おう」

 

そこに立っていたのはついさっきまでマキナの魔法で苦しんでいた筈の八幡だった。

 

「おかしいわね、貴方は自らの記憶に押し潰されてもがき苦しんでいる筈…」

「…あんたの魔法が失敗したんだろ」

 

八幡に掛けられたのは過去を覗く魔法。マキナが八幡の事を知るために用いたものだ。

 

その副作用として覗かれた当人は過去のフラッシュバックに襲われる。八幡の見たものが負の記憶ばかりだったのはマキナが意図的にそうしたから。

 

どうしてそこから抜け出せたのか、それを明かす必要はないし、八幡自身にもよくわからなかったため適当に答えるしかなかった。

 

「八くん…良かった…」

「心配したんだから…」

 

無事な様子の八幡に安堵する二人。そんな二人のボロボロな姿に八幡は無意識に拳を握り締める。

 

「…俺のせいでこんなボロボロに…」

「八くん…?」

 

俯く八幡をミラクルが心配そうに見つめた。

 

「感動の再開はもういいかしら?」

 

驚いていたはずのマキナが余裕を取り戻した表情で尋ねてくる。

 

「…わざわざ待ってるとか、随分とお優しいことで」

「ええ、どうやったのかはわからないけれど、もう一度捕まえて確かめれば済む話だもの」

 

八幡の皮肉もどこ吹く風といった様子でマキナは返した。

 

「たとえ八幡君が動けたとしてもこの状況は変わらない。後ろの二人はボロボロ、そして貴方には戦う力はないのだから」

 

マキナの言う通り、ミラクルもマジカルも満身創痍で八幡はプリキュアのように戦う事はできない。さらに言えば、八幡の箒はヨクバールに取り込まれてしまって使えず、目眩ましも二度は通じないだろう。

 

「…確かに俺に戦う力はない、もし攻撃がかすりでもしたらそれだけで終わるだろうな」

 

否定するどころか全てを認める八幡。しかし、その目は微塵も諦めていない。

 

「…その割にはまだ諦めていないようだけど?」

 

そんな八幡の目が気に入らないとマキナは声を低くして問う。

 

「…たとえどんな絶望的な状況だろうと、俺に出来る事は変わらない…こいつらを信じる…それだけだ」

 

真っ直ぐマキナを見据えて八幡が言い放った。

 

「理解できないわね、そんなのただの他力本願でしょう?」

 

心底くだらないと八幡の言葉をマキナは切って捨てる。

 

「八くん…!」

「八幡…!」

 

マキナがくだらないと吐き捨てた八幡の言葉。けれどその言葉はミラクルとマジカルに立ち上がるための力を与えた。

 

「…まだ立ち上がるというの…?貴方達のどこにそんな力が…」

 

立ち上がろうとする二人を見てマキナは驚きの言葉を口にする。

 

「もう力なんて入らない…本当は立ち上がるのだってギリギリ…だけど…!」

 

「倒れてなんていられない…八幡が…信じるって言ってくれたから…!」

 

「「私達はその信頼に応えたい!!」」

 

どれだけ相手が強くても、どれだけ自分達がボロボロでも、大切な友達が信じてくれるのなら何度でも立ち上がる覚悟で二人が叫んだ。

 

「無駄な事を…貴方達がいくら立ち上がろうとも結果は同じ、ヨクバール!」

「ヨォクバール!」

 

目眩ましの影響がようやく薄れてきたヨクバールにマキナが苛立ったように指示を飛ばす。

 

「ミラクル!マジカル!」

 

突撃体勢に入ったヨクバールを見て、八幡は二人に向かって()()()()を投げ渡した。

 

「これって…八くんのリンクルストーン?」

「でもこれは八幡にしか触れないはずじゃ…」

 

投げ渡されたのは八幡しか触れないはずのリンクルストーン。それを投げ渡すと八幡はヨクバールの方を向いて走り出す。

 

「八くん!?」

「八幡!?」

 

急に走り出した八幡に慌てる二人。先程自分でも敵わないと言っていたのにも関わらず、向かっていくのは自滅行為に等しい。

 

「後は任せた」

 

二人の声に八幡は振り向かずに答える。このまま突っ込めば確かに八幡は無事ではいられないだろう。しかし、八幡にはある確信があった。

 

(どういうわけか知らないが、あいつは俺を生け捕りにしたいらしい…なら、このまま突っ込めば攻撃を躊躇するはずだ)

 

最初に現れた時、マキナは八幡にだけ用があると言っていた、そしてさっきも八幡をもう一度捕まえると言っている、ならば、八幡を巻き込むような攻撃は出来ないと考えたのだ。

 

「…なるほど、考えましたね。確かに私は八幡君に下手な攻撃はできません…けれど、これならどうかしら?」

 

パチンッ

 

マキナが指を鳴らすと同時に八幡の真横から突風が吹き荒れて八幡の体を吹き飛ばす。

 

「っ!?」

 

吹き飛ばされた八幡は目立った外傷こそ無いものの、地面に叩きつけられた衝撃でそのまま気を失ってしまった。

 

「っ八くん!」

「八幡っ!」

 

ミラクルとマジカルの悲痛な声が響く。今すぐにでも八幡の元へと駆け出したい二人を阻むようにヨクバールが立ち塞がった。

 

「残念だけど貴方達はここでおしまい。少し驚かされたけれどなんてことない…貴方達はボロボロでお得意の魔法も私のヨクバールには通用しないのだから」

 

再び余裕を取り戻したマキナが得意げに語る。

 

確かに現状、立ち上がれただけでボロボロなのは変わらず、切り札の金魔法も通じないままだ。

 

「このままじゃ………へ?」

「一体どうす………え?」

 

打つ手がなく八幡の投げたリンクルストーンの意味もわからないままの状況でふと、二人の耳に聞き覚えのない声が聞こえてくる。

 

「なんだろう…この声…」

「なにかを…伝えようとしている…?」

 

聞こえてくる声は酷く小さくてうまく聞き取れない。

 

「何を…?」

 

その声は二人にしか聞こえていないらしく、マキナが訝しげな表情をしている。

 

「もう…一度…?」

「おも…い…?」

 

断片的に聞き取れた単語はそれだけ。それだけでは到底、何を伝えたいのかわからない筈なのに、二人にはその声の言わんとしている事が不思議と理解できた。

 

「…魔法に大切なのは誰かを想うこと…」

「…その想いが魔法を輝かせる…」

 

アネットが教えてくれた魔法に一番大切な事。二人がどうしようもないこの状況で忘れていた大事な事を謎の声が思い出させてくれた。

 

「…何が聞こえているのか知らないけれど、いい加減決着をつけさせて貰おうかしら?…ヨクバール!」

「ギョォイ!」

 

マキナの指示されるとほぼ同時にヨクバールが突撃を繰り出し、二人に迫る。

 

「マジカル!」「ミラクル!」

 

「「リンクルステッキ!」」

 

迫るヨクバールを前に二人は再びリンクルステッキ構え、もう片方の手で八幡のリンクルストーンを握ったまま手を繋いだ。

 

「「ダイヤ!」」

 

「「永遠の輝きよ!もう一度私達の手に!!」」

 

光の奔流が駆け抜けて、二人の元へと集まる。

 

「ヨォクバァールッ!!」

 

一度目と同じようにヨクバールが最大速で突っ込んできた。

 

「「フル…フル…リンクル!」」

 

描かれた三角形がダイヤとなって二人の前に現れる。

 

「「プリキュア!」」

 

光と闇が衝突して激しい火花を散らした。

 

「「ダイヤモンドエターナル!!」」

 

今一度、光のダイヤモンドがヨクバールをその中へと封じ込める。

 

「ヨォクッ!」

 

ピキッ

 

が、それも一時の事でやはりヨクバールを押さえきれないのか再びダイヤモンドにひびが入り始めた。

 

「「ぐっ…!」」

「何度やっても同じ、貴方達の魔法は通じないわよ?」

 

必死に粘る二人を見てマキナは呆れた声を出す。

 

「同じ…じゃ…ない!」

 

「私…達は…八…幡の…信頼に…応える!」

 

「「だから…負けない!!」」

 

二人の想いに呼応するかのように握り締めていた八幡のリンクルストーンが光を放ち始めた。

 

「っこの光は…!?」

 

リンクルストーンから溢れた光にマキナは目を細める。

 

「この光…なんだかあったかい…」

「それに…力が溢れてくる…」

 

その光はボロボロだった二人の傷を癒して包み込んだ。

 

「っヨクバール!」

 

二人の傷を癒した謎の光に危険を感じたのかマキナが焦った声でヨクバールを焚き付ける。

 

「ヨォクバァァッル!!」

 

主人の命令に応えてヨクバールが思いっきり力を込めてダイヤモンドを突き破ろうと暴れ始めた。

 

ピキピキピキッ━

 

徐々にひび割れていくダイヤモンド。しかし、ミラクルとマジカルに焦りの表情はなく、静かにリンクルステッキを重ねる。

 

「私達の想いを込めて…」

 

「共鳴し合う二つの魔法…」

 

八幡のリンクルストーンから伝わってくる光が二人の想いと響きあって、新たな魔法を紡いでいく。

 

「「プリキュア!」」

 

暴れるヨクバールを見据えて、二人は重ねたリンクルステッキを天に(かか)げる。

 

「「ダイヤモンドエターナル…」」

 

呪文と共に光が溢れ、ひび割れたダイヤモンドをさらに大きなダイヤモンドが包み込んで、ヨクバールの動きを完全に封じ込めた。

 

「「レゾナンス!!!」」

 

繋ぎあっていた手を前に突き出して二人は新たな魔法を解き放つ。

 

「ヨォクバール…」

 

解き放たれた魔法はヨクバールを宇宙の彼方へと吹き飛ばし、闇の力を浄化していく。

 

「まさか私のヨクバールが負けるなんてね…」

 

マキナは浄化されていくヨクバールを呆然と見つめて呟くと指をパチンッと鳴らして消えてしまった。

 

「やったモフ!二人が勝ったモフ!」

「はー!はー!」

 

少し離れたところで戦いを見守っていたモフルン達が二人の元へと駆けてくる。

 

「私達…勝てたの…?」

「そう…みたいね…」

 

二人がとてつもない脱力感に襲われながら呟くと同時に握っていた八幡のリンクルストーンが光って宙に浮いた。

 

「「…?」」

 

突然の出来事に首を傾げていると、光が集束してぼんやりと白い少女の姿を形作っていく。

 

「女…の子…?」

「あなたは一体…」

 

戸惑う二人に白い少女は薄く微笑むと粒子になって倒れている八幡の方に飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…くん!…ちくん!…

 

…幡!…ち幡!…

 

「……?」

 

必死で呼び掛けてくる誰かの声が聞こえた気がして八幡はゆっくりと目を開ける。

 

「八くん!」

「八幡!」

 

意識が定まらない八幡の耳にみらいとリコの大きな声が響いた。

 

「……耳が痛い」

 

意識を取り戻した八幡が開口一番で文句を口にするが、それよりも八幡の意識が戻った事に喜んでいる二人の耳には入らない。

 

「良かった…八くんが無事で…」

「全く…無茶ばっかりして…」

 

少々擦り傷はあるが八幡の無事を確認して安堵する二人。そんな二人の様子を見て八幡は自分がどれだけ心配をかけたのかを知った。

 

「…心配かけて悪かったな」

「「!?」」

 

八幡が素直に謝ると、二人はなぜか驚いた表情になって顔を見合わせている。

 

「…何だ?」

「え、いや…八くんが素直に謝るなんて珍しいなーと思って…」

「そうね…いつもだと捻くれた言葉で返す筈だもの」

 

どうやら二人の中では八幡が素直に謝るのは驚く程の事らしい。

 

一瞬、そんなことはないと思う八幡だったが、よくよく考えてみれば確かにここまで素直に言葉が出てきたことは今までなかったと思い直す。

 

「…()()に謝るのは当たり前だろ」

「へ?」

「え?」

 

少し照れたように八幡がそう言うと、二人は素っ頓狂(すっとんきょう)な声は上げて目を見開いた。

 

「い、今、友達って言いました!?」

「は、八幡、本当に大丈夫!?頭を打ったんじゃ…」

 

色々あったにも関わらず、今日一番の驚きの表情を浮かべた二人に苦笑する八幡。

 

八幡にとって友達というのは薄っぺらくとても脆いものだった。その考えは今も変わったとは言えない。

 

短くとも今までそう思って生きてきた価値観はそう簡単には変えられないものだ。

 

けれど、みらいとリコの事を信じたいと思った。

 

確かに一朝一夕では価値観は変わらない。それでも少しずつ…一歩一歩、歩み寄れたならいつかは変われるのかもしれない。

 

いつの間に手に握られていたリンクルストーンが不思議と軽くなった八幡の心情を表すかのように白く輝いていた。

 

 

━七話に続く━

 




次回予告


「もう休みが終わってしまった…」

「魔法の杖の授業ワクワクもんだ~!」

「絶対合格するわよ二人とも…!キュアップ・ラパパ…キュアップ・ラパパ…!!」

「リコ、凄い気合いだね…」

「…休み明けの補習授業でどうやったらそんなに気合い入れられるんだよ…」

「あれ?今日は先生が違うモフ?」

「え?あ…お、お、お姉ちゃん!?」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「特訓!魔法の杖!お手本は八幡?先生はリコのお姉ちゃん!?」





「キュアップ・ラパパ…!?今日もいい日になーれ!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話「特訓!魔法の杖!お手本は八幡?先生はリコのお姉ちゃん!?」Aパート

 

中休みも終わった次の日、他の生徒はまだ春休みを満喫している中で補習組の生徒は今日から再び補習授業が始まる。

 

「おかしい…休みが終わるのが早すぎる…」

 

その補習組の一人である八幡が普段から(よど)んでいる目をさらに淀ませて呟いた。

 

「また八幡が変なことを言ってるモフ」

 

見た目は可愛いクマのぬいぐるみなモフルンがさらりと辛辣な言葉を返す。

 

「いつものことよ、ほっときましょう」

 

気にするだけ損だと手に持ったリンクルスマホンを覗きながら八幡の発言を切って捨てるリコ。

 

「はーちゃん、よく眠ってるね~」

 

そもそも八幡の呟きが聞こえていないみらいはスマホンの中で眠るはーちゃんを微笑ましく見つめている。

 

「…まあ寝る子は育つって言うからな」

 

さっきのは独り言で別段、返事なんて求めていない筈なのに八幡は少し疎外感を感じてさりげなく会話に参加した。

 

「ええ」

「すやすやモフ」

 

はーちゃんの可愛い寝姿に四人は笑顔になって和やかな空気が流れる。

 

「あっ…ねえ?今日の補習なんだろう?」

 

ふと思い付いたようにみらいが尋ねた。

 

「…そういえば教えるのはアイザック先生一人だけになるのか…」

 

みらいの質問でその事を思い出し呟く八幡。昨日の一件で補習を担当していた先生の一人、マキナ先生が闇の魔法使いの仲間だという事実が判明した。

 

校長以外の全員を魔法で欺き、魔法学校に潜入していたが、校長にバレた時点で実力行使にでて、返り討ちに遭い姿を消している。

 

つまり、マキナという先生が現れることはまず、ないのだ。

 

「そうね…でも大丈夫よ。アイザック先生はベテランの先生だし、なにが来たって合格してみせるから!」

 

リコはスマホンを静かに閉じてしまうとみらいの方を向いて自信満々にそう答えた。

 

「…そうだな」

「うん!頑張ろうねリコ!八くん!」

「うん!」

「その意気モフ~!」

 

気合い充分で張り切っていると時計の針が動いて補習開始のチャイムを鳴らす。

 

━キンコーンカーンコーン…ポンッ

 

チャイムが鳴り響くと教卓の辺りから煙と共に教頭先生が姿を現した。

 

「えー…アイザック先生は腰痛のためお休みで、マキナ先生は一身上の都合により退職されました」

「「「ええっ!?」」」

 

マキナの突然の退職に驚きの声を上げたのはジュン、ケイ、エミリーの補習トリオで、みらい達は浮かない表情を浮かべている。

 

「いきなり退職なんて…」

「どうしたのかな…」

 

残念そうにジュンとエミリーが呟くが、ケイが口にした次の一言でそれも吹き飛んだ。

 

「じゃあ…補習はなし…?」

「!」

「よぉっしゃー!!」

 

補習授業がなくなるかもと一気にテンションを上げる三人。しかしそれも長くは続かなかった。

 

「静かに。代わりの先生を呼んであります」

「「「ええぇ~」」」

 

予定通り補習授業がとり行われるようで三人は不満の声を上げる。

 

「…春休みも限られてるから穴を開ける訳にはいかなかったんだろうな」

 

ぼそりと八幡が呟く。そうでもなければ昨日の今日で代わりの先生を用意してまで補習はしないだろう。

 

「さ、どうぞ」

「はい」

「ぇ…」

 

教頭に呼ばれて、返事を返した代わりの先生であろうその声にリコは驚いて後ろを振り返った。

 

「ぉぉぉっ…」

「「「?」」」

 

こつりこつりと後ろから歩いてくるその人物を目で追いながら、言葉にならない声を漏らすリコにみらい達三人は何事かと顔を見合わせる。

 

「みなさん、おはようごさいます。教育実習生のリズです」

 

前に立って自己紹介をしたのは青い髪に()()()()()マゼンタの瞳が印象に残る若い女性だった。

 

「リズ…?その名前どっかで聞いたような…」

 

聞き覚えのある名前に首を傾げる八幡だったがその疑問はすぐに解消する事になる。

 

「お、お姉ちゃん…?」

「は…?」

「へ…?い、今、お姉ちゃんって言いました!?」

 

戸惑うリコと状況が飲み込めない八幡、そしてみらいは驚いた表情でリコを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんなの?」

 

みらいが声のボリュームを下げてこっそりとリコに尋ねる。

 

「…まあ…そうだけど…」

 

少し俯き気味のリコが教卓の前に立つリズを見てぼそぼそと答えた。

 

「そうか…聞き覚えがあると思ったらアネットさんか…」

「モフ…?」

 

思い出すのは昨日の出来事、アネットがその名前を話題にだした時、リコは慌てて誤魔化そうとしていたのだ。

 

「おぉ~!リズさんが補習の先生か~!」

「素敵…!」

 

ジュンとエミリーが嬉しそうにリズの見つめる。

 

「みなさん、リズ先生は魔法学校でも一、二を争う魔法の杖の使い手です」

 

教頭にそう紹介されるとリズは軽く頭を下げてから一歩前に出た。

 

「そんなに凄い人なのか?」

「それは…」

 

八幡の問いにリコは言い淀み、さらに俯いてしまう。

 

「今日は魔法の杖の実技をしっかり身に付けてもらいます。みなさん、どうぞよろしくお願いしますね」

「「「はーい!」」」

 

リコ、八幡、ケイを除く三人が元気よく答えた。

 

「あ、魔法の杖…忘れた~!!」

 

鞄の中を探っていた忘れ物常習者のケイが頭を抱えて叫び、俯いたままのリコ以外の全員が苦笑いを浮かべる。

 

「取りに行ってきま~す!!」

 

慌てて教室を飛び出すケイにリズも困った顔をしていた。

 

「魔法の杖の…実技…」

 

リコが自分の杖を握り締めながら不安そうに呟く。

 

「………」

 

そんなリコを八幡が心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

教室での説明が終わった後、魔法の実技を始めるために噴水のある中庭に来た一同。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、象の形になりなさい」

 

リズが呪文を唱えると噴水の水が丸く浮かび上がり、象の型を作っていく。

 

「「「「わぁぁぁっ!」」」」

「すごーい!」

 

淀みなく発動したリズの魔法にみらい達は感嘆の声を洩らした。

 

「魔法ってこんなこともできるんだね~!」

「…そうね」

 

興奮した様子ではしゃぐみらいとは裏腹に目線をそらして微妙な表情を浮かべている。

 

「そういえばアネットさんの伝説であったな、中庭の巨大水オブジェクト事件」

 

水の象を見て八幡が思い出したように呟いた。

 

「みなさん知っての通り、私達は普段、魔法を使う時杖を使います。魔法の杖は生まれた時に杖の木から授かるもので、人によって形は様々ですね」

「へぇ…」

「…確かに全員バラバラだな」

 

先生であるリズの杖は末端に赤い宝石が付いた杖。ジュン、ケイ、エミリーは先の形がそれぞれ違う似た形の杖。

 

そしてみらいと八幡の杖は同時に同じ木から生まれただけあって先端以外はそっくりな杖だった。

 

「あ、リコのもちょっと変わった形だ」

「ぁ…そんなの別にいいでしょっ」

 

俯いていてぼーっとしていたリコがみらいの言葉で我に返り、緊張した面持ちで前を向く。

 

「…大丈夫か?」

「な、何が?わ、私はいつも通りだし…」

 

本人がそう言うが、明らかにいつも通りには見えなかった。先生が自分の姉ということで変に力が入っているのかもしれない。

 

「杖を集中して頭の中にイメージを描いて…」

 

そんなやり取りを他所に授業は進み、リズはそう言うと静かに目を閉じて集中し始める。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、象の玉乗りをしなさい!」

 

パッと目を見開いたリズが杖を振ると新たに水の玉が形成されて、その上で水の象が玉乗りを始めた。

 

「「「おぉぉっ!!」」」

「「わぁぁぁっ!」」

 

再び感嘆の声を上げるみらい達。そこに玉乗りをしていた象が鼻から水を噴射して見せてさらに歓声と拍手が鳴り響く。

 

「っ……」

 

そんな中でもリコは浮かない顔でリズから目線を逸らしていた。

 

「八くん!八くん!」

「?」

 

みらいが声を弾ませて八幡の袖を引っ張る。

 

「今日の補習授業って昨日アネットさんに教えてもらった事だよね!」

 

どうやら今日の補習の内容が偶然アネットに問われたのと同じではしゃいでいるらしい。

 

「まあ…確かにそうだな」

 

厳密に言えばアネットが教えたというよりは答えた中のひとつなのだが、謀らずも予習になったようだ。

 

「あら?アネットを知っているんですか?」

 

二人の話が聞こえたらしくリズが話しかけてくる。

 

「昨日ちょっと…」

「はい!アネットさんのお店で色々教えてもらいました!」

 

八幡がぼそりとみらいが元気よく答えた。

 

「そう…あなた達はみらいさんに八幡君ね?」

「は、はい朝比奈みらいです」

「…比企谷八幡です」

 

突然名前を言われて少し驚く二人。恐らく校長か教頭からナシマホウ界から来たことを聞いたのだろう。

 

「あ、この子は友達のモフルンです」

「モフルンモフ~!」

「可愛いお友達ですね」

 

自己紹介したモフルンと握手を交わすリズ。

 

「アネットさんと知り合いなんですか?」

「ええ、アネットとは学生時代からの友達なの」

 

八幡の質問にそう答えるリズの顔はどこか昔を懐かしんでいるように見えた。

 

「アネットさんって…あの伝説の?」

「リズさんと同級生だったんだ…」

 

アネットの黒歴史…もとい、伝説は知れ渡っているようでエミリーとジュンが驚いたように口を開く。

 

「ふふっ今でも伝説なんて呼ばれて語り継がれてるけれど、当時は大変だったんですよ?何度も先生に呼び出されていて…でも、アネットの魔法の杖の実技は歴代の生徒の中でも一、二を争う程だったからお説教だけで済んだんですけど…」

 

語り継がれている伝説はどれも停学、もしくは退学になっていてもおかしくない規模のものばかり、それがお説教だけで済んだという事はそれだけ実力を認められてたということだろう。

 

「もっとも、アネットは自分で出した損害は自分で何とかしていたというのが大きいんですけどね」

「「「「自分で?」」」」

「モフ?」

 

リズの言葉にリコと八幡以外の声が重なり、モフルンが首を傾げる。

 

「はい、汚してしまった物や壊してしまった物は責任を持ってアネット自身がきれいにしたり、直したりしていたんです」

「そ、それって…」

「まだ私達と同じ生徒の時の話…ですよね?」

「す、すごい…」

 

ジュン、エミリー、ケイが呆気にとられたように呆然と呟いた。

 

「…まさかあの人、その経験から今の仕事に行き着いたのか…?」

「あ、そう言われると確かにアネットさんの今のお仕事に似てるかも…」

「……あの…おね…先生!」

 

意外なところでアネットと今の仕事との繋がりを見つけた八幡とみらい。そんな中、一人俯いていたリコが口を開く。

 

「はい、リコさん。どうしました?」

 

妹とはいえ今は生徒と教師、分別をつけるためにリズはあえて他人行儀な口調で返した。

 

「その…そろそろ始めないと時間が…」

 

リコが時計を見て言いづらそうに答える。確かにリコの言う通り、アネットの話題で話が逸れてしまったため大分時間が経っていた。

 

「教えてくれてありがとうリコさん」

「いえ…」

 

リズが笑いかけるがリコの顔は浮かないまま。その事に一瞬、複雑な表情を浮かべるリズだったが、すぐに切り替えて前を向く。

 

「では、みなさんも水で好きなものを作って十秒間形を保ってください。それが今日の課題です」

 

そう言うとリズは噴水近くに用意してあった台の上に変わった形の砂時計を置いた。

 

「これは十秒を測る砂時計です。アネットの作品で合図をすると自動的にひっくり返ります」

「十秒…か…」

 

まだ光の魔法と箒で空を飛ぶ事しか経験のない八幡にはそれが難しいのか、はたまた簡単なのかわからない。

 

「十秒もかよ~!」

「長過ぎない?」

「そんなの無理だよぉ…」

 

補習トリオのジュン、ケイ、エミリーが口々にそう言うという事は十秒間、形を保つのは難しいのだろう。

 

「最初にやってみる人は?」

「「「………」」」

 

誰もがトップバッターは避けたいらしく顔を見合わせて動こうとしない。

 

「はいはい!じゃあ私から!!」

 

全員が尻込みする中、一歩前に出て元気よく立候補したみらい。そして、噴水の前に立つと杖を振るって呪文を唱える。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、モフルンになーれ!」

 

水の塊が浮かんでうねうねと形を変えていき、モフルンのシルエットがうっすらと浮かび上がってきた。

 

「「「「あ」」」」

 

成功するかに見えたみらいの魔法はまるで膨らんだ風船が割れるような音をたてて弾けてしまう。

 

「「「わあぁ…」」」

 

失敗してしまい思わず声を出してしまったみらいとジュン達の声が重なって響いた。

 

「すぐ崩れちゃったモフ」

「…意外とモフルンって辛辣だな…」

 

思ったことをそのまま口にするモフルンに八幡がツッコむ。決してモフルンに悪気があるわけではないのだろうが素直な意見は時として辛辣に聞こえてしまうのだ。

 

「どうして失敗したんだろう?」

 

途中まで上手くいっていただけに崩れてしまった理由がわからず、みらいは首を傾げる。

 

「少しいいですか?」

 

リズがみらいの後ろから手を取って動きを教えつつ、説明を始めた。

 

「杖をしっかり持って、大きさや形を具体的にイメージして…魔法の言葉を唱える」

「わかりました!」

 

動きを交えた説明はわかりやすかったようでみらいは一度で理解し、もう一度挑戦するために集中して目を閉じる。

 

「………」

 

授業が始まってからずっと不安な顔をしたままのリコは色々な感情を抱えたままみらいの方を見た。

 

「柔らかくて…ふわふわでモフモフで…」

 

みらいは頭の中でモフルンのイメージを膨らませ、声に出すことでより明確にしていく。

 

「今です!」

 

リズの合図で弧を描くように杖を振ってみらいは呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、モフルンになーれ!」

 

再び水の塊が浮かび上がって、うねうねと形を変えていき、今度ははっきりとモフルンの形に変わる。

 

それと同時に砂時計がひっくり返り、十秒間の計測が始まった。

 

「わぁぁぁ…!」

「えっ!?」

「おぉ!」

「モフ!モフ!」

 

みらいが水のモフルンに目を輝かせ、リコはたった一度のアドバイスで成功させた事に慌て驚き、八幡とモフルンは嬉しそうな声を上げた。

 

「できました!!」

 

成功したのも束の間、みらいがリズの方へと意識を逸らした瞬間、水のモフルンは再び音をたてて弾ける。

 

「あっ!ぁぁ……」

 

やってしまったと落ち込むみらいにリズが少し困った表情で声をかけた。

 

「みらいさん、途中で気を抜いてはいけませんよ?」

「…はい!!」

 

自分でもわかっているようで力のこもった返事を返したみらいは、くるりと後ろを向いて近くに立っていた八幡の方へと駆け寄ってくる。

 

「次は八くんの番だよ!」

「は?」

 

突然そう言われ困惑する八幡。本当ならもう何人かの後が良かったのだが、周りの視線が向いているのを察して、渋々前に立った。

 

「では八幡君、お願いします」

 

リズに促されて、八幡は杖を構えるとゆっくり目を閉じる。

 

(好きなもの…好きなもの…)

 

好きなものと言われてもパッと思いつかず、少しの間思い悩んだが、ふと思い付いてイメージを浮かべながら集中し、呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、マッ缶に変われ!」

 

みらいの時と同じく水の塊が浮かび上がり、マッ缶の形へと変わっていく。その変化は淀みなく、出来上がったマッ缶は書いてある文字まではっきりと見えた。

 

「「おぉぉ…!!」」

「きれいな形…」

「すごーい!」

「モフ!」

 

先生であるリズと比べても遜色のない魔法にみらい達はそれぞれが称賛の声を上げる。

 

「MAXコーヒー…」

 

そんな中、一人暗い表情で呟くリコ。MAXコーヒーはリコにとっても思い入れのある飲み物で八幡と初めて出会った時に貰ったものだ。

 

それなのに浮かんでくるのは八幡の魔法に対する羨望や嫉妬といった負の感情とそこからくる不安ばかり。

 

リコはそんな事を思ってしまう自分に嫌気がさして唇を強く噛んだ。

 

 

 

「…はい、そこまで」

 

砂時計の砂が落ちきったところでリズが八幡に声をかける。

 

「十秒経ったので八幡君は合格です」

「…ども」

 

魔法を解いて薄く息を吐くと、八幡はやけに周りが静かな事に気付いた。

 

「い、一発合格…」

「う、嘘…」

「八幡すごいモフ!」

 

ジュンとエミリーがまさかの事態に口をパクパクさせて驚き、ケイとみらいはポカンとして八幡を見ている。

 

「…そんなに驚くことか?」

 

八幡としては先に挑戦したみらいがもらっていたアドバイスを参考にしたら上手くいっただけなので、思っていたよりも難しくなかったという感想しか湧かない。

 

「みなさんが驚くのも無理はありません。八幡君の魔法はお手本と呼んでも差し支えない程、完璧でしたから」

「…それは流石に誉めすぎじゃないですかね」

 

先生であるリズにそこまで言われるとは思わず、八幡は照れたようにそっぽを向いた。

 

「そんなことはありません。魔法を扱うためのイメージ、形を維持するための集中力、そしてなにより魔法に対する柔軟な発想がずば抜けて優秀です」

「柔軟な…発想?」

 

それが何を指すのか、わからずに首を傾げる八幡。発想というが、魔法に関しては習い始めて間もない八幡よりも、マホウ界の住人であるジュン達の方が詳しい筈だ。

 

「ええ、まずみらいさんと八幡君、二人は同じ魔法を使いましたが、唱えた呪文が少し違うのには気付きましたか?」

「そういえば…私はなーれって唱えたけど、八くんは変われって」

「それが柔軟な発想と何か関係あるんですか?」

 

なーれと変われ、言ってしまえばただのニュアンスの違いだろう。意味さえ通ればどちらでも構わないし、他の言葉に置き換える事だってできる。

 

「もちろんあります。そうですね……みらいさんはどうしてなーれと唱えたのですか?」

「へ?なんで…?」

 

なんでと聞かれても意識して言葉を選んだわけではないみらいには理由らしい理由が特にない。

 

「うーん…リズ先生がなりなさいって唱えてたから…?」

「何で疑問形なんだよ…」

 

とどのつまり、無意識の内に見本となったリズの呪文が印象に残っていたという事だろう。

 

「では、次に八幡君。あなたはどうして変われと唱えたのですか?」

 

みらいと同じ質問に八幡は少し考えてから答える。

 

「…〝なれ〟よりも〝変われ〟の方がしっくりきたというか、イメージがしやすかったから…ですかね」

 

八幡はリズの魔法を見て、水が形を変えてイメージした物を型どっていくと考えた。ならば、呪文もなれより変われと言い換えた方が思い描いたイメージに()っている。

 

「そう言われると…確かに変わるって言葉の方がしっくりくるね」

「私は…なれの方がイメージ通りかな…?」

「ええ!?どっちが正解なの~!?」

 

意見が別れるジュンとエミリー。そんな二人の言葉にケイが頭を抱えて叫んだ。

 

「どちらが正解と言われればどちらも正解で、人によってはどちらも間違っています」

「え…それってどういう…」

「ますますわかんなくなっちゃった…」

 

まるで謎かけのような言い回しで混乱するみらい達。しかし、それはあくまで前置きらしくリズはその先を続ける。

 

「難しく考える必要はありません。一言でいうならイメージの違いです」

「「「「イメージの違い?」」」」

「モフ?」

 

リズの言葉に八幡とリコ以外の四人が声を揃えて首を傾げた。

 

「魔法を使うイメージは人によって違います。そしてそれに添って呪文も変えることでよりイメージが鮮明になり、魔法を安定して使う事ができるようになります」

「そっか…たしかにどっちも正解でどっちも間違いだ」

 

八幡とジュンにとっては〝変われ〟が正解、しかし〝なれ〟は二人にとって間違い、その逆は言わずもがなだ。人によってはこの二つ以外の言葉が当てはまるかもしれない。

 

「…つまり自分のイメージに合った言葉を選ばないと上手く発動しない…と」

 

ここまで聞いてようやく柔軟な発想の意味が見えてきた。

 

要は自分で考えるという事なのだろう。こうして授業で魔法の使い方を学んでいるが、根幹の部分で重要になるのは自分の感覚だ。

 

習った通りのやり方が合えばいいが、合わなければやり方を変える必要がある。しかし、習った事とは違うやり方というのは難しい。

 

教えてもらっているやり方が正しいという先入観に引っ張られて違うやり方を試そうという発想自体が浮かばないのだ。

 

リズが優秀と評したのは魔法に触れて間もない間もない故に、八幡がそういう固定観念に囚われなかった事かもしれない。

 

「その通りです。本当ならこの授業を通してそれを学び、みなさんに課題をクリアもらう予定でしたが…八幡君は自分でたどり着いたみたいですね」

 

本来、この課題は授業を踏まえてクリアできるようになるものだったが、八幡はその前に正解を引き当てたらしい。

 

「…すいませんでした」

 

意図的ではないとはいえ、授業の目的を妨害してしまったと思った八幡は頭を下げる。

 

「?どうして謝るの八幡君」

「それは…」

 

もし、八幡がリズの立場ならまさににこれから教えようとしていた事を必要ないと言わんばかりに実践してしまう生徒を良くは思わないだろう。

 

「その…まだ教わってもいないことを勝手に実践してしまって…」

 

一般的に学校の授業というのは先生に教わってから初めて実践に移すものだ。

 

もちろん例外もあるが、それはその分野が得意、(ある)いは詳しい人物がやる事であって、魔法という今回の分野では魔法に触れてから数日の八幡がやって良いことではない。

 

「八幡君は自力で考えてその答えを出したんです。誉められる事はあっても、決して咎められる事ではありませんよ?」

「……」

 

八幡の顔を覗き込み、真っ直ぐ見つめるリズ。その表情から八幡は、リズが本当にそう思っている事を感じ取った。

 

「八くんの魔法すごかったもん!だから悪い事なんてなにもないよ!」

「だね、よくわかんないけど悪い事してないのに謝る必要なんてないよな」

 

リズに続いてみらいも八幡を肯定し、ジュンがそれに同意する。

 

「そ、そうですよ!教えてもらう前に成功させるなんてとってもすごいことです!」

「リズ先生の魔法と同じくらいきれいだったよね~!…でも、あれってなんの形なんだろう?」

 

興奮気味に語るエミリーとマッ缶の形を思い出して首を傾げるケイ。もちろんどちらも八幡が悪い事をしたなど微塵も思っていない。

 

「…あれはMAXコーヒー、ナシマホウ界の飲み物だ」

 

みらい達の素直な感想に照れたのか八幡はケイの疑問にそっぽを向きながら早口で答えた。

 

「八幡照れてるモフ?」

「…別にそんなことはない」

 

そんな八幡にモフルンが訪ねるが、これまた明後日の方を向いてそれよりと誤魔化すように口を開く。

 

「…まだ色々と分からないところがあるんですが…」

「ふふっでは続きを説明しますね」

 

誤魔化す八幡の様子にリズは微笑みながら説明を再開し始めた。

 

「先程までの説明で魔法はイメージに合った呪文を唱える事で効果を発揮するというところまではお話ししましたが、問題はその先、きちんとイメージを膨らませられるかどうかです」

「?どういうことですか」

 

イメージを浮かべてそれに添った呪文を唱えるといっていたのにも関わらず、そのイメージを膨らませられるかどうかが問題になるという話にみらい達は首を傾げる。

 

「みらいさんや八幡君はナシマホウ界から来たばかりなので魔法が物珍しいかもしれませんが、私達魔法使いにとって魔法は日常の一部と言えるでしょう」

 

確かにマホウ界の住人にとって魔法は生活に欠かせないもの、例えるならそれはナシマホウ界でいうところの電化製品、つまり科学技術に(あたい)するだろう。

 

「生まれた時から魔法を目にしている私達は意識的にイメージせずとも呪文を唱えれば()()()()事が当たり前なのである程度扱うことが出来てしまいます」

 

水が流れるように、太陽が西に沈むように、杖を振って呪文を唱えればその現象が起こる、それがマホウ界にとっての常識。

 

だからわざわざ考えなくても無意識の内に、唱えた後どうなるのかを思い浮かべているということだ。

 

「しかしそれではある程度扱うことが出来ても、それ以上を望むことが出来ません。きちんとイメージをしてこそ一人前の魔法使いと言っても過言ではないでしょう」

「一人前…」

 

一人前の魔法使いという言葉に引っ掛かりを覚え、呟く八幡。

 

確かにきちんとイメージして魔法を使うというのは、誰かに教えてもらわなければ中々自分では思い付かない事かもしれない。

 

だが理解してしまえば後は簡単な事だ。魔法を使う時に具体的なイメージを浮かべるだけ、現に魔法の素人である八幡が出来たのだから日常的に魔法に触れている他の生徒にとっては容易いことだろう。

 

にも拘らず、それが出来れば一人前の魔法使いというのは妙な話である。

 

「どうにも納得いかないといった顔をしていますね八幡君?」

 

考えていることが顔に出ていたのか、あるいは疑問に思うのを予測していたのか、リズが八幡の方を向いて問いかけた。

 

「…納得というか、ただ、そんなに難しいことかな…と」

 

リズの問いに八幡は思った事を素直に口にするが、やはりその疑問が出るのを予測していたようでリズは悩むことなく答える。

 

「確かに八幡君には難しくはなかったかもしれません。けれどそれは八幡君にとって魔法が特別な物だったからと考えられます」

「特別…ですか?」

 

そう言われても何がどう特別なのか思い浮かばず、八幡は曖昧な返事を返した。

 

「八幡君、それにみらいさんにとって魔法はずっと空想の中だけ存在だった筈です」

「へ?」

「それは…まあ」

 

みらいはそうでもないようだが、リズの言う通りリコと出会うまでは魔法が本当にあるなんて思いもよらなかったのは確かだ。

 

しかし、それが特別かと聞かれればいまいちピンとこない。

 

「在る筈のない物の存在を知る…それは今までの常識がひっくり返るような、充分特別な物と言えるのではありませんか?」

「…言われてみれば」

 

確かに魔法がないのが常識のナシマホウ界で育ったのなら空想上の存在である魔法は、いくら実際にあると知っても、それが日常だと受け入れられないのが普通だ。

 

そういう意味ではなるほど、ナシマホウ界の住人である八幡には特別な物と言えるだろう。

 

「うーん…でもそれが何できちんとイメージ出来ることに繋がるんだい?」

「それなら私達の方が身近に魔法がある分イメージしやすいと思うけど…」

「え?じゃあ…どういうこと?」

 

話を聞いていたジュン達がそれぞれ疑問に思った事を口にする。

 

「…()()?」

 

話を整理しながら三人の疑問に耳を傾けていた八幡が、ふと思い付いた事をそのまま呟いた。

 

「八くんどうしたの?」

 

呟く八幡にみらいが訪ねる。

 

「いや…もしかしたら()()()()()()()()()()こそ、きちんとイメージできる事に繋がるのかと思ってな」

「?」

 

八幡の言いたい事がわからず首を傾げるみらい。

 

「ナシマホウ界から来た人間にとって魔法は日常からかけ離れた特別な存在だ。何がどうなるのか未知な部分が多く、そこを補うには頭の中で想像するしかない」

 

イメージは魔法に大切な要素、どんな結果になるのか考えなければ発動はしないし、仮に発動したとしても思った程の効果は得られないだろう。

 

「対して、日常的に魔法を目にしているマホウ界の住人はリズ先生の言う通り、想像で補わなくてもそうなることが当たり前だからイメージが疎かになるってことだ」

 

慣れていない事ほど人は慎重になる生き物だ。手順を確認し、間違いがないか気を付けながら、今取り組んでいる事に意識が集中する。

 

それが良いか悪いかは物事によるが、こと魔法に関しては集中する必要がある分、慣れていない方が良いのだろう。

 

「それならみんながきちんとイメージする事を意識すれば出来るようになるのかな?」

 

そこまでの説明をざっくり自分なりに解釈したみらいがそんな疑問を挙げるが、八幡は首を横に振った。

 

「たぶん、それは難しいだろうな」

「えっどうして?」

「イメージすれば良いってわかったなら後は簡単だと思うけど…」

「まさかあたい達がそんな事も出来ないって言いたいのかい?」

 

難しいという言葉にケイは首を傾げ、エミリーが疑念の声を出し、ジュンはなめられていると思ったのか八幡を睨む。

 

「別にそういう訳じゃ…」

「なら、実際にやってみましょうか」

 

ジュンの視線に圧されて言い淀む八幡に会話の成り行きを見守っていたリズが助け船を出した。

 

「実際に…ですか?」

「ええ、説明の途中ですが、一度やってもらった方が伝わると思いますから」

 

リズがそう言うとジュン、ケイ、エミリーは噴水の前に移動し、それぞれが杖を構える。

 

「よぉし!あたいも一発合格ねらうよ!」

「ええと、杖…杖…とあった」

「きちんとイメージすればできる…!」

 

三人は構えた杖をくるりと振って同時に呪文を唱えた。

 

「「「キュアップ・ラパパ━━━」」」

 

みらいや八幡と同じく水の塊が浮かび上がるが、唱えて数秒もしない内に形を変えることなく弾けてしまう。

 

「ええ!?」

「なんで!?」

「きちんとイメージしたのに…!」

 

成功すると思っていた筈が、まさかの結果に驚きの声を上げる三人。

 

先生の言う通り、魔法を使う前にきちんとイメージを浮かべていたのにも関わらず、上手くいかなかった事がどうしてかわからないようだった。

 

「…上手くいかなかった理由、それはあなた達のイメージが足りなかったからです」

「足りなかったって…」

「そんな事は…」

 

イメージが足りなかったと言われた三人はどうにも納得できないといった顔をしている。

 

「では…みなさんが何を形作ろうとしていたのか教えてください」

 

ジュン達のそんな表情にリズは、一拍置いてからそう尋ねた。

 

「何って…あたいはブーツだよ」

「私はリュック」

「私は花束です…」

 

その質問に三人は少し戸惑いながら答える。

 

「なるほど…ならそれらを具体的にどんな柄で、何のための物かまでしっかりイメージしていましたか?」

「そ、それは…」

「パッとブーツを思い浮かべただけで…」

「そんなに詳しくまでは考えてないよ~!?」

 

リズが指摘する中に思い当たる節があるようで、三人のイメージ不足が浮き彫りになった。

 

「これでわかったと思いますが、今までやってきたやり方を変えるのはとても難しい事。魔法学校で学ぶ生徒達が必ずと言って良いほどぶつかる壁なのです」

 

八幡やみらいのようにナシマホウ界から来たような例外を除けば大半の生徒は(つまず)くらしく、リズの言葉にも力がこもっている。

 

「それでは、次は唱える前に具体的なイメージを口に出してみましょう。そうすればイメージ不足は解消されるかもしれません」

 

無論、毎回魔法を使う前にそうするわけにはいかないだろうが、少なくとも三人の無意識が意識的に変わるまではやる必要があるだろう。

 

「それともう一つ、先程も言いましたがその具体的なイメージに一番しっくりくる呪文を唱えるように心掛けてください」

「「「はい!」」」

 

リズの言葉に三人は元気よく返事をするとそれぞれ目を閉じてイメージを膨らませる。

 

「八幡君をお手本にして、何を作りたいのか、どんな形や大きさなのかをしっかりイメージし、それに添った適切な呪文を唱えればきっと上手に出来る筈です」

「…俺がお手本ですか」

 

お手本と呼んでも差し支えないとは言っていたが、まさか本当にお手本にされるとは思ってなかった八幡がぼそりと呟いた。

 

「…私はおばあちゃんにプレゼントするきれいな花束を」

「私は…忘れ物をしないように大きなリュック…」

「あたいは思いっきり目立つようにデコりまくったブーツ!」

 

エミリー、ケイ、ジュンが思い描いたイメージを言葉にして再び杖を構える。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、きれいな花束になって!!」

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、おっきなリュックになーれ!!」

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、思いっきり目立つブーツに変われ!!」

 

三人が呪文を唱えると今度はすぐに弾ける事はなく、うねうねと思い描いた物を形作っていく。

 

「「「うぅぅっ……!」」」

 

砂時計がひっくり返って十秒の測定が始まる中、必死に形を保とうとしている三人に反して徐々に物の形が揺らぎ始めていた。

 

「「「ぅぅ……わぁぁっ!!?」」」

 

それでも何とか形を維持しようとしていた三人だったがそれも叶わず、十秒よりも前に魔法は弾けてしまう。

 

「あぁ…」

「また失敗しちゃった…」

「くっそ~!!」

 

さっきよりも上手くいっていただけに悔しさを隠しきれない三人。きちんとアドバイスを実践したがやはりそう簡単にはいかないらしい。

 

「その調子です。コツはしっかりと掴めてきているので後は練習あるのみ、そうすればすぐに出来るようになるでしょう」

「「「っはい!!」」」

 

失敗だと思っていた魔法が成功へと近づいている事を知った三人は先程よりもさらに元気よく返事を返した。

 

「…はぁ……」

 

順調に課題をこなしていくジュン達の様子に、ここまでずっと黙ったままだったリコの口からため息が漏れる。

 

「…具合でも悪いのか?」

「っ…八…幡!?」

 

そのため息に気付いた八幡が声を掛けると、なぜかリコは驚いたように顔を上げた。

 

「…本当に大丈夫か?」

 

リコが驚いた事に八幡は一瞬、怪訝な顔をしたが振り向いたリコの表情を見て、反射的にそんな言葉が出てくる。

 

「…私…ううん、何でもない大丈夫よ」

 

八幡の心配する言葉にリコは何かを言いかけて、途中でやめた。

 

「……そうか」

 

明らかに大丈夫ではないのだが、本人がそう言う以上、八幡には追求することができない。

 

別に体調が悪いわけではないのは八幡も理解しているし、リコの様子が変な理由もだいたい察しはついている。

 

けれどそれはあくまでも推測であり、リコが話したがらない事を知った風に聞くのはあまりにも傲慢だ。

 

ひゃっこい島で何気ない一言がリコを怒らせた事を八幡は思い出す。あの時よりも互いの距離は縮まっているのかもしれない。

 

だからこそリコの気持ちに踏み込んでいいものか殊更(ことさら)に迷ってしまい、ただ返事をする事しかできなかった。

 

「二人ともこんな隅っこでなにしてるの?」

 

そんなやり取りが気になったのか、みらいが二人の元へと駆け寄ってくる。

 

「何って…俺はちょっと休憩しようと思っただけだ」

 

理由を聞かれて返答に迷った八幡は誤魔化すようにそう答えた。

 

「むむ…八くんってばもう合格したからって余裕だね…?」

「別に…そんな事ないだろ」

 

どうにか誤魔化す事は成功したようでみらいは不審がる事なく会話を続ける。

 

「む~…こうなったら八くんよりもすごい魔法で合格するしかない!ね、リコ!」

「へ?そ、そうね…」

 

気合い充分のみらいに圧されてリコは曖昧な返事と共に苦笑いを浮かべた。

 

「あれ?どうかしたの?」

 

リコの表情から何かを感じ取ったのかみらいが不思議そうな顔で尋ねる。

 

「っ…き、緊張なんかしてないし!」

 

みらいの問いに答えになっていない答えを返すと、リコはチラリとリズの方を見た。

 

「いくわよ!」

「う、うん…」

 

今度はみらいがリコの勢いに圧されてしまう。先程のみらいの気合いとは違い、リコのそれは緊張を誤魔化すための虚勢に見える。

 

「………」

「リコ…大丈夫かな…」

 

ずんずんと噴水の方に向かうリコの背中を八幡とみらいが心配そうに見つめた。

 

 

 

 

 

 

「ではリコさん、お願いします」

「は、はい!」

 

周りが注目する中、リズに促されてリコが噴水の前に立ち、ゆっくりと杖を構える。

 

「…キュアップ・ラパパ!水の象よ、玉乗りしなさい!」

「え?」

 

リコの唱えた呪文にリズが戸惑いの声を漏らした。

 

「わぁっ!?」

「っ……」

 

大きな水の塊と小さな水の塊が浮かぶと、みらいは驚き、リコはそれを制御しようとイメージする。

 

「ぐぅぅ……!!」

 

バチャリ、バチャリと音をたてながら二つの塊は形を変えようともがくが、次第に不安定になって大きく崩れ始めた。

 

「あっ!?」

 

バッシャァァァンッ━

 

派手に音と共に水の塊は弾けて噴水に落下し、その余波で噴水の水が波となって辺りに撒き散らされる。

 

「うっ…!?」

「冷たっ!?」

 

撒き散らされた水は一番近くにいたリコと一人別の場所で見ていた八幡に降りかかった。

 

「いきなりリズさんの真似なんて…」

「それは難しい過ぎるよ~!」

 

基本をすっ飛ばしていきなり応用に挑んだリコにジュン、エミリー、ケイの三人が呆れた顔をする。

 

「次は絶対に成功するわ…!」

 

降りかかった水を拭いながら、どこか意固地になっているリコ。そんなリコを心配して見つめるリズだが、姉としても、先生としても、どう言葉をかけていいのかわからない。

 

「………」

 

すれ違っている二人の様子を見て八幡は、濡れた頬を拭うのも忘れてしまう程にさっき踏み込まなかった事を後悔していた。

 

━もし、踏み込んでいたら何か変わったのか?

 

後悔する八幡の頭の中でそんな言葉が浮かんでくる。

 

仮に踏み込んで聞いていたとして、その時は聞いた事を後悔していたかもしれない。

 

結局のところ八幡は怖かったのだ。踏み込んだ末に今の関係性が崩れてしまう事が。

 

そんな事で壊れてしまうような関係ならその程度だったということ、少し前までならそう割り切っていたことだろう。

 

今でもその考えは変わっていない。これが他の誰か、見知らぬ他人の話ならば八幡は以前と変わらない反応を示した筈だ。

 

けれど初めて当事者の立場に立って気付いてしまった。その関係性を壊してしまうかもしれない怖さを。

 

誰にだって話したくない事はあるだろうし、隠し事の一切ない関係なんて理想論なのはわかっている。

 

だから八幡は聞かなかった。リコが話したくないならそれでいいと思ったから。

 

でも、もしみらいだったら?八幡と同じ様に踏み込むのを躊躇(ためら)っただろうか?

 

(いや、朝比奈だったら迷わないだろうな…)

 

きっとみらいは八幡のように悩んだりはしない。関係性が崩れるだとか、それが怖いだとか、そんな事は考えずにただリコの力になるために動く。

 

短い付き合いだが、八幡の見てきた朝比奈みらいとはそういう少女だ。

 

「…誰かの為に…か」

 

自分が傷つくのを恐れて踏み込めなかった八幡にはとてもではないが真似できない。それでも…

 

「…友達…だからな」

 

八幡は二人を信じたいと、少しずつでも歩み寄って行こうと決めたのだ。それならば、ここで尻込みするわけにはいかないだろう。

 

今も暗い表情のままのリコを見つめて、八幡はそう自分に言い聞かせた。

 

 

八幡がそんな事を考えている間にも補習授業は進み、まだ合格していない面々は各自、練習を続けている。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ━」

 

「キュアップ・━」

 

「━━なーれ!」

 

リズ先生監督の元、何度も何度も失敗しながら着実に維持できる時間を増やしていった。

 

「きゃっ!?」

 

「わっぷっ!!」

 

「うぇ~…」

 

失敗する度に水飛沫が飛ぶのでほぼ全員が濡れてしまっている。

 

バッシャァァァンッ━

 

中でも特に濡れているのはリズと同じ魔法に挑んでいるリコだ。

 

「っはぁ…はぁ…」

 

水の象と玉を作り出す分、浮き上がらせる量も多くなっている上にみらい達とは違って挑む度に時間が短くなっている。

 

「…っ……」

 

どこか余裕のないリコの様子に声をかけると決めて、機会を(うかが)っていた八幡がタイミングを逃してしまう。

 

「っ…キュアップ・ラパパ!水の象よ、玉乗りしなさい!」

 

そんな事を知るよしもないリコは、それでも頑なにリズと同じ魔法を行使し、今度は数秒も経たない内に弾けてしまった。

 

「あっ…」

「モフ…」

 

何度も難しい魔法に挑戦しては失敗するリコを心配してみらいの手が止まる。

 

「…水の象よ、玉の…」

「リコ!」

 

再び魔法を行使しようとしていたリコをみらいが呼び止めた。

 

「少し休んだ方がいいよ…?」

「っ平気よ!!」

「っ…」

 

よほど精神的に切迫しているのだろう。みらいの言葉にリコは声を荒げて返した。

 

「…朝比奈の言う通り、一旦落ち着いてから…」

「っ余計なお世話よ!邪魔しないで!!」

 

みらいに続いて八幡も声をかけるが、それはどうやら火に油を注いだだけらしく、無視して杖を構えようとするリコ。

 

「…リコさん、無理せずイメージをはっきり持って…」

「む、無理なんてしてません!!」

 

ずっと心配そうに見ていたリズの言葉にも強く反発してしまい、リコは杖を構えた手を震わせながら暗い表情で俯く。

 

(…小さい頃から私は何でもお姉ちゃんをお手本にしてきた)

 

浮かんでくるのは夕暮れの草原。杖を振るリズの横で、見よう見まねで杖を振っている幼いリコ。

 

(学校にはいってからも…ずっと練習をしてきたし、魔法の知識だって…必死に…勉強してきたのに…!)

 

それでもいざ魔法を行使すれば失敗ばかりでいつまでたってもリズの足元にも及ばない。

 

(どうして…できないの!!)

 

そんな自分が嫌で…認めたくなくて…見られたくなくて…

 

「……っ!?」

 

ぐるぐると自分でも抑えられない感情が渦巻く中、震えるリコの手をリズの両手が優しく包む。

 

「できるわ。あなたの杖は…」

 

優しく語りかけるリズと意地を張っている自分との差と呼ぶべき違いにリコの感情が爆発した。

 

「杖が何だって言うのっ!?私にはできないのっ!!」

 

強引に手を振り払ったリコはその場から逃げ出すように後を向いて走り出す。

 

「ぁ…リコっ!」

「お姉ちゃんに私の気持ちなんてわからないわ!!」

 

初めてぶつけられる妹の感情に先生としての分別も崩れ去り、リズはその名前を叫んだ。

 

「リコ!?待ってよ!!」

「モフー!!」

 

走り去ってしまったリコに、みらいとモフルン、それに八幡が急いで後を追いかける。

 

「行っちゃった…」

「リコは魔法の実技だけが苦手だからね…」

「魔法の杖の形は立派なのになー…」

 

それを見ていたエミリー、ケイ、ジュンがそれぞれそんな事を漏らした。

 

「………」

 

姉として、先生として、どうすべきだったのか?リズはそんな思いを胸に抱えて、リコが走っていった方を見つめていた。

 

 

 

 

「リコー!リコってばー!」

「どこモフー!」

 

大声でリコの名前を呼ぶみらいとモフルン。あの後、急いで追いかけたみらい達だったが、リコの姿を見失ってしまった。

 

「いつの間にか八くんもいなくなってるし…」

「どこか他のところを探してるモフ?」

 

一緒にきたはずの八幡の姿も見えなくなってしまい、二人は不安に駆られる。

 

「みらいさんっ!」

「あっリズ先生…」

 

そんな時、名前を呼ばれて振り向くと、やはりリコの事が心配だったようでリズが走って追いかけてきていた。

 

「勝手に抜け出してごめんなさい…」

 

リコを追いかけるためとはいえ、授業を抜け出し事をみらいが謝る。

 

「いいえ、妹が心配かけてごめんなさいね」

「うぇ…そ、そんなこと…リコはいつもあんな風ですし…って、あっ!?」

 

まさか先生に謝られると思っていなかったみらいは慌てて喋るが、失言に気付いてこれまた慌てて自分の口を塞いだ。

 

「…リコと私は小さい頃からいつも一緒だったのよ」

「へ?」

「モフ?」

 

リズは口を塞いでいるみらいに優しく笑いかけて続ける。

 

「だけど、私が魔法学校に入って…離れ離れになっている間に…いつの間にかよそよそしくなって…あまり顔も合わせてくれなくなったの…」

 

環境の変化…もあったのかもしれない。けれどそれ以上に二人の溝を深めてしまう要因があった。

 

「…後で聞いてわかったけど、魔法の実技が苦手で悩んでいるらしくて…」

 

優秀な姉と比べてリコはそれがコンプレックスになったのかもしれない。

 

「でも…リコには素晴らしい才能がある。きっかけさえ掴んでくれればきっと魔法も上手に使えるはず…」

 

きっとリズは誰よりもリコの才能を信じているのだろう。でなければリコがいきなりリズの真似をした時点で無理だと止めていた筈だ。

 

「リズ先生…」

 

リコの事を語るリズの顔はとても穏やかで本当に大切に思っているのがみらいにも伝わってくる。

 

「…あの、先生は戻っててください。リコ、必ず連れ戻して来ますから!」

「え?あ、みらいさん!?」

「モフルン達に任せるモフー!」

 

このまますれ違ったままなんて絶対に駄目だ、リズの話を聞いて強くそう思ったみらいはいてもたっても居られなくなり、戸惑うリズにそれだけ言うと再びリコを探す為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━とある巨大樹の上━

 

「プリキュアめ…今度こそエメラルドのありかを吐かせてやるわよ…!」

 

魔法学校を一望できるその場所で闇の魔法使い、スパルダが息巻く。

 

「あらあら、そんな事を言ってまたやられて帰ってくるんじゃないですか?」

 

その隣でもう一つの影がスパルダを煽るように口を開いた。

 

「ハッ、それはアンタの方だろマンティナ?潜入任務を放棄してまで逃げ帰ってきたのはどこの誰だい?」

「…何の事でしょう?」

 

煽るつもりがまさかの反撃を食らってしまい面白くないといった顔をするマンティナことマキナ。

 

「潜入がバレて実力行使に出たら返り討ちにされたんだろ?情けないねぇ」

 

ここぞとばかりに責めてくるスパルダにマキナはにっこりと笑って返した。

 

「何か勘違いをしているようですね?」

「どこが勘違いだって言うんだい」

 

マキナの態度に眉をひそめるスパルダ。

 

「魔法学校で調べる事はもう無かったのでバレても問題はなかったんですよ、それに()()()()()も見れましたしね」

「チッ…」

 

ご機嫌そうに話すマキナの様子にこれ以上は無駄だと判断したスパルダは舌打ちと共に魔法学校の方を向いた。

 

「まあいいさ、アンタは今回大人しく見てな」

 

スパルダはそう言うと木から飛び降りて魔法学校へと向かう。

 

「そう、ならお手並み拝見といきましょうか」

 

木の上からスパルダを見送りながらマキナは薄く笑って呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話「特訓!魔法の杖!お手本は八幡?先生はリコのお姉ちゃん!?」Bパート

 

「どうして私にはできないの…」

 

感情のままに補習授業を飛び出したリコは別校舎の屋上で自らの杖を抱えてそんな事を呟いた。

 

「っ」

 

抱えていた杖を睨んで一人歯噛みするリコ。

 

リズが言いかけた〝あなたの杖は〟という言葉が頭に(よぎ)り、自分とは違ってこの杖は特別なんだと思うと投げ捨ててしまいたい衝動に駆られた。

 

「こんなものっ…」

 

その衝動に従って屋上から投げ捨ててしまおうとリコは思いっきり杖を振りかぶる。

 

「っ!?」

 

振りかぶった手を誰かに掴まれて驚きながらリコが振り向いた。

 

「いや、何で自分の杖を空に向かってスパーキングしようとしてるんだよ…」

 

振り向いたその先にいたのは驚きと呆れが入り交じった表情を浮かべる八幡だった。

 

「っ八幡!?どうして…」

 

先程とは異なった驚きを見せるリコに、八幡が明後日の方を向いて答える。

 

「あー…どうしてって言われてもなんとなく屋上にいるかと思ってだな…」

 

みらい達と一緒にリコの後を追った八幡だったが、その途中でふと、屋上が気になり自然と足がその方に向かっていた。

 

「そうじゃなくて…どうして…」

 

追いかけてきたのか?リコが聞きたかったのはその理由だ。

 

「…()()…だからな…」

「友…達…」

 

〝友達だから〟少し前までの八幡だったら絶対に言わなかったであろう言葉、けれど今は違う。

 

その繋がりを大切にしようと、自分から一歩踏み出そうと決めたからこそ出てきた言葉だった。

 

「でも…」

 

何かを言い淀むリコの言葉を遮って八幡が続ける。

 

「友達が悩んでいるなら一緒に悩むのが友達なんじゃねぇの?知らんけど…」

「………」

 

それも少し前の八幡だったら鼻で笑っていたであろう言葉だ。

 

確かに解決策を提示出来るのならば、一緒に悩んで相談に乗ってもらうのも悪くはないだろう。

 

だが、大抵の場合は解決策を提示するでもなくただ頷いて話を合わせ、一緒に悩んで相談に乗ってあげているという自己満足でしかない。

 

たとえ誰かを頼らなくても時間、あるいは自分次第で殆どの悩みは解決してしまう。

 

だからこそ八幡はその言葉を、行為を否定していた。

 

解決する気がないのなら聞くな、自己満足の為に聞くだけ聞いてどうしようと(のたま)うのを許容してしまう関係なんて虫酸が走る、と。

 

「…正直、何を悩んでいるのかわからんし、それを俺が解決できる保証もない」

 

もし、今八幡のしようとしている行為に対して、それはお前が否定したものと同じではないのかと聞かれたら〝違う〟とは言えない。

 

「それでも、俺は…」

 

そんな事を考えてしまったせいなのか、そこまで口にしたにも関わらず、そこから先がどうしても出てこなかった。

 

言いたい事は決まっている。リコの力になりたい、それだけだ。

 

けれど、それを言葉にして伝えることが酷く苦しい。これまでずっと他人を否定し、否定されてきた八幡にはそんな言葉すら本人の前で言うには傲慢な事だと思ったから。

 

「…八幡には関係ないでしょ…」

「っ…」

 

言葉に詰まってしまった八幡にリコの言葉が突き刺さる。

 

「八幡に…私の気持ちなんてわかるはずないわ…それが一緒に悩む?ふざけないで!」

 

叫ぶリコの声に八幡は俯き、黙ったままその言葉を受け止めた。

 

「だって八幡は合格したじゃない!!お姉ちゃんにも誉められて!みんなのお手本になって!できない私とは全然違う!!」

「……」

 

(せき)を切ったようにリコが抑えていた胸の内を吐露(とろ)する。

 

本当はこんなこと言いたくなかった、あの時と同じ過ちを繰り返したくなかった、そう思っても(あふ)れてくる感情を止められない。

 

「魔法の練習はずっとやってきた!魔法の知識だって必死に勉強してきたの!!それなのに……魔法を習い始めたばかりのみらいや八幡が私のできない事をいとも簡単にやってのけて…私のしてきた事は無駄だったて言うの!!?」

 

吐き出されたのはひた隠しにしていた嫉妬や羨望、そして誰に問いかけるでもない悲痛な叫びだった。

 

それは誰もが持ちうる感情、現れた理不尽の前に努力が霞んでいき、どうしようもない思いが心に渦巻いていく感覚。

 

そのどうしようもない感情を誰かにぶつけたくなる気持ちは八幡にも覚えがある。

 

けれど、八幡にはそれをぶつけられるような相手はいなかったし、すぐに世の中なんて理不尽なものだと諦めてそれを溜め込む事はなかった。

 

だがリコは違う。理不尽を目の当たりにしても八幡のように諦める事はしなかった。意固地になって、がむしゃらに突っ走っていたけれど、諦めずに理不尽に抗っていたのだ。

 

もちろんそれが全部正しいとは言わない。少なくとも途中で諦めてしまった八幡にリコの事をとやかく言う資格はない。

 

「…悪い」

 

俯いたまま謝る八幡。もし、感情を吐き出す事でリコの気が少しでも晴れるならこのまま感情の捌け口(サンドバッグ)になっても仕方ないと思った。

 

「あっ…」

 

そんな八幡の思いとは裏腹にリコの口から漏れたのはやってしまったという後悔を含んだ声だった。

 

ひゃっこい島での失敗から何も学べていない。

 

自分は何一つ成長していないのではないか?リコの気持ちは晴れるどころか、悪い方へと考えては沈んでいく。

 

「………」

「………」

 

八幡はリコの力になりたいのに言葉にして上手く伝える事ができない。

 

リコは八幡の事を傷付けたくなんてないのに感情を抑える事ができない。

 

お互いにできない事を恐れてしまい、二人とも俯いたままで黙り込んでしまった。

 

(このまま踏み込まなければ何も変わらない…)

 

(謝らないと…でも…どうしたら…)

 

いくら頭の中で考えようとも、言葉が出てこない。互いに沈黙したまま、ただ時間が過ぎていく。

 

そんな時、辺りに響く大きな泣き声が二人の沈黙を破った。

 

「ぅわぁぁぁっん!!」

「「!?」」

 

二人が突然聞こえた泣き声に驚く中、リコの持っていたリンクルスマホンが宙に浮かぶ。そしてスマホンから光と共にはーちゃんが飛び出した。

 

「はーちゃん!?どうしたの!?」

「びぃぇぇぇんっ!!」

「寝起きでお腹が空いているんじゃ…とにかくリンクルストーンを…」

 

さっきまでの気まずい沈黙もリコの掌の上で泣きじゃくるはーちゃんを前にしてはそれどころではなく、二人はわたわたと慌てふためく。

 

「そ、そうねっ…ええと…あった!」

 

八幡の言葉に急いでリンクルストーンアクアマリンを取り出したリコ。それをスマホンにセットし、空色のスープが描き出される。

 

「はい、はーちゃんあーん」

「ぇぇん…んく…んく…」

 

空色のスープをスプーンでひと(すく)いして、それをゆっくりはーちゃんの口元に近付けると、それまで泣きじゃくっていたのが嘘のように泣き止み、夢中でスープを飲み始めた。

 

「んく…はー♪」

 

スプーンで掬った分を飲み干すと、はーちゃんは満足したようでスマホンの中に戻り、再び眠り始める。

 

「「良かった…」」

 

すやすやと眠るはーちゃんを見て、リコと八幡は同時に安堵の声を漏らした。

 

「「あっ…」」

 

声が揃ったことに少し驚き、二人は顔を見合わせる。

 

「「………」」

 

一瞬、目と目が合い、同時に顔を背ける二人。はーちゃんが眠ってしまったことで再び気まずい空気が流れ始めた。

 

「……すぅ…はぁ……は、八幡!」

 

互いに踏み出せないさっきまでの沈黙が続く中、深呼吸をしたリコが意を決したように八幡の名前を呼ぶ。

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

このまま沈黙が続くと思っていた八幡は、突然名前を呼ばれて驚き、思わず噛んでしまった。

 

「その…ごめんなさい!!」

「…え?」

 

頭を深々と下げて謝るリコに戸惑う八幡。そんな八幡を他所にリコはその先を続ける。

 

「私…心配してくれた八幡に酷いことを…言っちゃ駄目ってわかってるのに…止められなくて…」

 

ぽつり、ぽつりとリコの口から言葉が(こぼ)れていく。それは途切れ途切れで断片的だったけれど、その一つ一つからリコの後悔が痛いくらいに伝わってきた。

 

「…そうだな」

「っ」

 

肯定する八幡の言葉に息を呑んで肩を震わせるリコ。怒るのは当然、それだけの事を言った自覚はあった。それでも、八幡の肯定はリコの心に重くのし掛かる。

 

「けど…まあ…あれだ…別に謝る事じゃないだろ」

「…え?」

 

予想外の言葉に今度はリコが戸惑いの表情を浮かべた。

 

「誰だって多かれ少なかれそう思うときもある…それにそういうのを溜め込むのはものすごくしんどい。ソースは俺」

「そ、そーす?」

 

続けて出た聞き慣れない単語に八幡の意図がわからずリコは困惑する。

 

「…要は気にするなって事だ。無理に聞こうとしたこっちも悪いしな」

 

悩みでいっぱいいっぱいになったところに、たまたま八幡の言葉がきっかけでそうなってしまっただけの事。

 

確かにリコは酷いことを言ったのかもしれない。だが、リコの言った事は間違っていないと八幡は思う。

 

必死に努力して、それでも出来なかったのに隣で何も知らない初心者がいとも簡単にやってのける姿を見せつけられれば腹が立つのも当然だ。

 

ましてそいつは何も知らないくせに一緒に悩むなんて宣うのだからふざけるなと言われても仕方ないだろう。

 

「…ううん、悪いのはやっぱり私。だって八幡は心配してくれただけでなにも悪くないもの」

 

首を振ってリコは全面的に自分に非があると主張する。

 

「…いや、それは違うだろ」

 

即座にその主張を八幡が否定した。

 

「違わないわ。私が悪いの」

 

否定した八幡の言葉をリコが更に否定する。

 

「いや俺が…」

「だから私が…」

 

互いの意見が食い違って平行線のまま会話が進まない。

 

「じゃあ二人とも悪くないってことでいいんじゃないかな?」

「へ?」「は?」

 

突然の違う意見に驚き、リコと八幡は同時に声の方を向く。

 

「やっと見つけたよ二人とも」

「探したモフ~」

「みらい…」

「…とモフルン」

 

そこにいたのは八幡と同じくリコを追いかけてきたみらいとモフルンだった。

 

「八くんってば一人で探しに行っちゃうんだもん…リコのこと心配なのは私もおんなじなんだよ?」

「…別れて探した方が効率的だろ」

 

ぱたぱたと近くまで駆け寄ってきたみらいから視線を逸らして八幡が答える。

 

「そうかもだけど、その前にきちんと相談してほしかったな」

「………」

 

今までずっと一人だった八幡にはその考え自体浮かばない。みらいの言葉で八幡は改めて自分の中にぼっちとしての習慣が染み付いている事を思い知った。

 

「……悪い、次からは気を付ける」

「ん!わかった!」

 

八幡の返事に満面の笑みを浮かべるみらい。

 

「それにしてもどうしてここにいるってわかったの?」

「はーちゃんの声が聞こえたモフ!」

 

リコがそう尋ねるとモフルンが答えた。どうやらさっきのはーちゃんの泣き声は遠くまで響いたらしい。

 

「それで二人ともどうしたの?」

 

みらいが八幡とリコに改めて事情を問う。

 

「えっ聞いてたんじゃないの?」

「ううん、私達が来たのは二人とも悪いって言い合ってる時だったから」

 

つまりみらいはどうしてそうなったか知らないということになる。

 

「…よくわからないのに二人とも悪くないって言ったのか?」

 

先程のみらいの言葉を思い出し、八幡が少し棘のある言い方で尋ねた。

 

「うん、だって八くんもリコも自分が悪いって言い合ってるんだもん。それって二人とも相手は悪くないって思ってるからでしょ?ならきっとどっちも悪くないんだよ!」

「「えー…」」

 

まさかの超理論に思わず呆れた声を漏らす二人。みらいの言っていることは穴だらけで、たぶん反論しようと思えば簡単に出来るのだろう。

 

「…まあ、仕方ないか」

「…ふふっみらいらしいわね」

 

しかし、不思議とみらいの言葉を否定する気にはなれず、二人は笑ってその超理論を受け入れることにした。

 

「えっ?なになに?」

「なんでもない。ただ、お前の言う通りだなとおもっただけだ」

「そうね、みらいの言う通りだわ」

 

さっきよりも晴れやかな表情になった八幡とリコに首を傾げながらも、元気になったのなら良かったと一緒になって笑うみらい。

 

「みんな仲良しモフー♪」

 

笑いあうみらい達を見てモフルンが嬉しそうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「みんなに聞いてほしいことがあるの」

 

一頻(ひとしき)り笑いあった後、リコが意を決してそう切り出した。

 

「聞いてほしいこと?」

「モフ?」

 

みらいとモフルンが首を傾げる。

 

「…いいのか?」

「ええ、みんなには知っていてほしいの」

 

心配してくれた八幡とみらいの言葉に背中を押されてリコは隠していた胸の内を語り始めた。

 

「…リズお姉ちゃんは何でも出来て私の憧れだった」

 

リコはそう言いながら首から下げているリンクルストーンダイヤを取り出す。

 

「このペンダントも私の家に代々伝わる大事もので、本当はお姉ちゃんが受け継いだものだったの」

 

ダイヤのペンダントを見つめてリコは()()()の事を話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

『キュアップ・ラパパ!水よ、凍れ!』

 

今のリコと同じく魔法学校の制服に身を包んだリズが噴水に向かって魔法を掛ける。

 

『わぁっ!お姉ちゃんすごーい!!』

 

リズの魔法によってカチンコチンに凍った噴水に目を輝かせる幼いリコ。

 

『リコもお姉ちゃんみたいになりたーい!!』

 

自分の杖を握り締めて幼いリコはリズに憧れの眼差しを向けた。

 

『リコならきっとなれるわ、立派な魔法使いに』

 

そう言うとリズは屈んで目線を合わせ、首から下げていたダイヤのペンダントを外して幼いリコの首にそっとかける。

 

『わぁぁ…お姉ちゃん!』

 

嬉しそうな表情を浮かべる幼いリコにリズは優しく微笑み返していた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの日からお姉ちゃんみたいな立派な魔法使いになる…それが私の夢だった」

「だった…?」

 

リズの事を語るリコの表情は誇らしげなのにそれを自分の夢だったと過去形で語る事に八幡が反応を示す。

 

「…いざ学校に入ってみたら魔法の実技だけがどうしてもできなくて…そんな姿を見られるのが恥ずかしかったの」

 

優秀で憧れだった姉のリズ、そしてそんなリズを目標に夢見ていたリコ。

 

けれど、現実は非情で出来なければ出来ないほどにリズとの差を感じ、それが原因で姉妹はすれ違ってしまった。

 

「このペンダントに相応しいのはやっぱりお姉ちゃん…お姉ちゃんがこれを持っていれば良かったのよ…」

 

ダイヤを握り締めてリコは声を震わせる。後悔の気持ちに押し潰され、再び感情の歯止めが効かなくなっていた。

 

「そう…プリキュアだってお姉ちゃんの方が…」

「そんなのイヤだよっ!!」

 

後悔するリコの言葉をみらいの言葉が遮る。

 

「リコがこのペンダントを持っていたからっ私達は出会えたんだよ!一緒にプリキュアになれたんだよ!今ここにみんなで一緒にいられるんだよ!私はリコじゃなきゃイヤだっ!!リコと一緒に合格するのっ!!」

「っ……みらい!」

 

誰が相応しいだとかそんなのは関係ない、リコだから、リコじゃなきゃ嫌だ、叫ぶみらいの言葉は真っ直ぐリコの心に届いて暗い感情を吹き飛ばした。

 

「…嫌だ、か」

 

誰にも聞こえないくらいの声で八幡が呟く。

 

もし、伝説の魔法使いというのが世界を救う為に存在しているのならば、みらいの言っている事はある意味ワガママなのかもしれない。

 

世界を救う為にはより優秀な魔法使いがプリキュアになると考えた方が合理的なのだろう。

 

しかし、それはあくまでも理屈の上の話だ。本当にプリキュアが世界を救う為の存在か、なんて誰にもわからない。

 

たとえそうだとしても()、伝説の魔法使い、プリキュアはみらいとリコの二人なのだ。誰が否定しようとその事実は変わらない。それに━━━━

 

「…俺はお前らがプリキュアで良かったと思う」

「八…幡…」

 

みらいとリコだから、あの二人だからこそ八幡はもう一度諦めていたものに手を伸ばそうと、向き合っていこうと思えた。

 

他に相応しい誰かがいる?より優秀な魔法使いに任せるのが合理的?そんなことはどうだっていい。

 

二人は魔法つかいプリキュアで八幡にとって大切な存在。それはたとえ、みらいとリコ本人達だって否定させはしない。

 

「だから…その、あれだ。俺もお前らじゃないと嫌だし…困る」

 

自分の正直な気持ちを口にすることに慣れていない八幡は顔を赤くしてそっぽを向きながら呟いた。

 

「…八幡照れてるモフ?」

「…ふふっほんとだ、八くんの顔赤いね」

「…ふふっ」

 

少し捻くれているが八幡の素直な言葉にモフルンとみらいが嬉しそうに微笑み、リコも自然と笑顔になる。

 

━━ドォォォォンッ

 

「「「!?」」」

 

暖かい雰囲気に包まれる中、突如として中庭の方から凄まじい轟音が聞こえてきた。

 

「なんだ!?」

「あれは…!」

「あそこは…」

 

音の聞こえてきた方向に顔を向けると派手に土煙が上がっているのが見える。

 

「池のそば!?」

「なにが起こったの!?」

 

土煙は先程までみらい達もいた補習の行われている中庭の噴水近くから上がっていた。

 

「あれは…!?」

「お姉ちゃんっ!!」

 

晴れてきた土煙の中から出てきたものに八幡は驚き息を呑む。

 

「ヨクバールッ!」

 

現れたのは砂時計の体に髑髏(どくろ)の頭、その鼻先にノズルのようなものをつけた怪物、ヨクバールだった。

 

「あっ!」

「っお姉ちゃん!」

 

渡り廊下を支える柱を壊しながら進むヨクバールの先には補習授業の途中だったリズ達がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っんだよ!アレ!?」

 

突如襲ってきた怪物を前にジュンが驚きと恐怖の混じった悪態をついた。

 

「ヨク…バールッ」

 

巨体を揺らしてゆっくりと迫るヨクバールに対し、リズは自分にできる最善を尽くすために杖を構える。

 

「キュアップ・ラパパ!魔法の絨毯よ、来なさい!」

 

リズが呪文を唱えると何処(どこ)からともなく魔法の絨毯が飛んできてジュン達三人の前で止まった。

 

「っ早く乗って!」

 

状況を呑み込めていない三人はリズの切羽詰(せっぱつ)まった声音に急いで魔法の絨毯に飛び乗る。

 

「リズ先生!」

 

最後のエミリーが乗り終えたのを確認したケイに促され、乗り込もうとするリズ。

 

「ヨクバール」

「っ!」

 

しかし、近くまで迫っていたヨクバールが攻撃体勢に入った事に気付いて、このままでは間に合わない事を悟る。

 

「ヨクバー…」

「皆さんは先に!」

「リズ先生っ!」

 

攻撃が発射される寸前のところでリズは杖を振ってジュン達の乗った魔法の絨毯を逃がし、その勢いのままヨクバールへと杖を向けた。

 

「キュアップ…」

「ルッ!!」

 

呪文を唱えるよりも速くヨクバールの顔についたノズルから水の塊が勢いよく発射されて無防備なリズへと迫る。

 

「きゃぁぁっ!?」

 

ヨクバールの狙いが甘かったお陰で直撃こそ間逃れたものも、その衝撃でリズは空高く放り出されてしまった。

 

「なんだい、プリキュアかと思ったら他人の空似じゃないか」

 

ヨクバールの真上、渡り廊下の(ふち)に立っている闇の魔法使い、スパルダが吹き飛んだリズを見てつまらなそうに呟く。

 

プリキュアを探していたスパルダは中庭で補習授業の途中だったリズをリコと勘違いしてヨクバールをけしかけた。

 

スパルダにとってはただの勘違いで済む話だが、生身でヨクバールの攻撃を受けたリズは違う。

 

受けた衝撃で気を失ってしまい、空高く放り出されたリズがこのまま落ちれば怪我だけでは済まない。

 

「っあぁぁぁ!!」

 

そんな時、叫び声を上げながらリズの方に何かが高速で飛んできた。

 

「こ、この声は…!?」

 

叫び声に既視感を感じたスパルダが思わず身構え、その方向に顔を向ける。

 

「っ!!」

 

飛んできたものの正体に怒りの表情を浮かべるスパルダ。それもその筈、魔法商店街での戦いでスパルダは()()のせいでプリキュアに負けたようなものだったからだ。

 

「お前はっ!!」

 

落ちていくリズの元へ飛んできたのは化け物じみた速度の箒に跨がる八幡だった。

 

「ぐっ…とぉぉぉっ!?」

 

八幡は箒の速度に振り回されながらも、足で柄にしがみついて両腕を前に突き出し、空中でリズを受け止める。

 

「がっ!ぐぅぅぅっ!!」

 

受け止める事には成功したものの、勢いのついた箒は簡単には止められない。リズを抱えたまま体を捻り、強引に進行方向を変えて八幡は空に向かって飛んだ。

 

「っ止まれぇぇっ!!」

 

空中で一回転し、今度は箒の進行方向を真下に向け八幡が叫びながら、体を思いっきり逸らして足に力を込め、ブレーキをかける。

 

「っ!」

 

しかし完全に止める事は叶わず、八幡は咄嗟に柄を蹴って箒から飛び降りた。

 

「ぐっ…!?」

 

リズを庇って背中から地面に落ちた八幡。幸い飛び降りたのは地面に近い高さだったので大事には至らなかったが、それでも落ちた衝撃で鈍い痛みが八幡を襲う。

 

「お姉ちゃん!!」

 

そこへ後ろにみらいを乗せたリコが遅れて飛んできた。

 

「八くん!リズ先生!大丈…夫?」

 

箒から飛び降りたみらいが駆け寄って無事を確かめようと声を掛けるが、唐突にその言葉を止める。

 

「お姉ちゃん!良かった…無事…で…」

 

みらいの後からリコも駆け寄ってリズの無事を確認すると、不意にその動きがピタリと止まった。

 

「痛っ……えっなに?」

 

痛みに顔を(しか)めながらも八幡は二人の視線に気付いて怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「えっと…八くん…それは…」

「それ…?なんの事…だっ!?」

 

珍しく言い淀むみらいの目線の先を見て八幡はぎょっと驚き、一瞬固まってしまった。

 

「んっうぅ…」

 

八幡の腕の中、抱き止められる形で気を失っているリズがいる。箒から飛び降りる際に落とさないよう体の方に引き寄せたせいかリズの顔がかなり近い。

 

「…八幡?」

「ひっ…」

 

リコが目を細めながら八幡を呼ぶ。その声音は冷たく、表情と相まってみらいが思わず短い悲鳴を上げる程恐ろしかった。

 

「ハッ本物のお出ましだね」

 

そんな空気の中に渡り廊下の上にいたスパルダが飛び降り全員の視線がそちらに向く。

 

「助かった……」

 

スパルダの登場でリコの意識が逸れたことに安堵した八幡が小さい声でぼそりと呟いた。

 

「…八幡には後で話があるから」

 

呟きが聞こえたのか、リコが顔だけ八幡の方に向けてそう言い放つ。どうやら助かってはいないらしい。

 

「何をごちゃごちゃと…覚悟しな!アタシの力で叩きのめしてやる…その弱っちいのと同じようにね!」

 

気を失っているリズを指して嘲笑うスパルダにリコはぎゅっと拳を握り締め怒りを燃やした。

 

「みらいっお願い!!」

「うん!」

 

その言葉を合図に二人は手を繋ぎあう。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

「「ダイヤ!」」

 

「「ミラクルマジカルジュエリーレ!!」」

 

ダイヤの光が二人を包み込み、伝説の魔法使いへと変えて現れた。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!!」

 

それぞれ名乗り、再び手を繋ぎあってくるりと回る二人。

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

ポーズを決めた二人は真っ直ぐスパルダを見据える。

 

「くっ行きな!ヨクバール!」

「ギョイッ!」

 

二人の強い意思を秘めた瞳を忌々しそうに見つめ、スパルダがヨクバールをけしかけた。

 

「ヨッヨッヨッ━」

 

ヨクバールの鼻先から圧縮された無数の水塊(すいかい)が水弾となってミラクルとマジカルに襲い掛かる。

 

「「はぁっ!」」

 

初弾を飛び退いてかわした二人は迫る無数の水弾を前に後ろにくるりとかわし、合間を抜けてヨクバールの頭上へと飛び出した。

 

「ヨクッ!」

 

ヨクバールが慌てて鼻先を上へと向けるがすでに遅い━━━━

 

「「はぁっ!!」」

 

「ッヨクバール!」

 

二人が同時に繰り出した上空からのドロップキックがヨクバールの顔に直撃する。

 

「ヨクッ!?」

 

衝撃をこらえて二人を振り払おうと暴れるヨクバール。

 

しかし、ドロップキックを放った反動を利用して飛び退いた二人には当たる筈もなく、それどころか逆にヨクバールがダメージを受けてしまった。

 

「やぁぁぁっ!!」

 

「たぁぁぁっ!!」

 

自らの攻撃で怯んだ隙にミラクルとマジカルは怒濤の攻撃を繰り出す。

 

「ヨッ!?ヨッヨッ━ヨクバールッ!?」

 

拳と蹴りの応酬をまともに喰らってしまったヨクバールは堪らずよろめき、たたらを踏んで柱に激突した。

 

「…いつにも増して凄いな」

 

戦闘の余波を受けない安全な場所へリズを運んでいた八幡が二人の戦いっぷりに思わずそう呟く。

 

「お姉ちゃんを傷つけるなんて…許さない!」

「ハッ、弱いくせにでしゃばるからだよ!魔法学校の先生なんて大したことないねぇ?」

 

怒りに燃えるマジカルを挑発するようにスパルダが嘲笑った。

 

「っ!!」

「なんてこと言うの!リズ先生は生徒思いで…みんなが尊敬する立派な魔法使いなんだから!!」

 

スパルダの挑発にマジカルは拳を握り締め、ミラクルは怒りを(あらわ)にする。

 

「立派な魔法使いぃ?くだらない」

 

激怒する様子を見たスパルダはニヤリと口を歪めてさらに二人を(あお)った。

 

「ヨクバールッ!」

 

二人の注意がスパルダへと向いている隙をついてヨクバールが起き上がり、水弾を放つ。

 

「っ危ない!」

 

気付いたミラクルが咄嗟に叫ぶが間に合わない。水弾は(あやま)たず、マジカルへと一直線に向かう。

 

「しまっ━━!?」

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、象になれ!!」

 

━━━━バシャァァン!!!!

 

水弾がマジカルに直撃する寸前で弾けた。

 

ミラクルもマジカルも、そしてスパルダやヨクバールでさえ何が起きたわからず、水弾が弾けたあとを見つめる。

 

「なんとか上手くいったな…」

 

少し離れたところから聞こえたその声に全員の視線がその方向を向く。

 

「八…くん?」

 

視線の向いた先、そこには杖を構えた八幡がいた。

 

「リズ先生は安全な場所に運んだ。気を失ってるだけで目立った怪我もなかったから一先ずは大丈夫だろ」

「え、ええ…」

 

ヨクバールを警戒しながら歩いてくる八幡に戸惑いの視線を向けるマジカル。そんなマジカルの視線に気付いた八幡が訝しげな表情を浮かべる。

 

「…どした?」

「今の…」

「八くん!今の魔法どうやったの!?」

 

マジカルが答えるより先にミラクルが顔をぐいっと八幡の方に近付けて聞いてきた。

 

「いや近い…」

「へ?わっご、ごめん!」

 

その言葉に一瞬、首を傾げるミラクルだったが、八幡の反応を見て気付き、慌てて離れる。

 

「…それで?」

 

二人にジト目を向けながらマジカルが続きを促した。

 

「…どうって言われても特別な事はしてない、ただ()()()()()()()()()をやってみただけだ」

 

ジト目から逃れるように顔を背けて八幡が答える。

 

「真逆な事?」

「…ヨクバールが攻撃に使っているのは水だ。ならさっき習った魔法をわざと失敗させれば攻撃が直撃する前に防げるかもしれない、そう思ったんだよ」

 

いくら地面を(えぐ)るような攻撃でも水は水、もしかしたら何もイメージを思い浮かべずに合わない呪文を使って魔法を失敗させれば授業の時のように弾け飛ぶのではないか?一か八かだったが八幡の考えは当たっていたらしい。

 

「わ、わざと失敗させるってそんな事、普通は思い付かないよ…」

 

八幡の発想に驚愕するミラクル。その隣でジト目を向けていたマジカルも同様に驚いている。

 

「…どうやらどこまでもアタシを怒らせたいみたいだねぇ…!」

 

固まっていたスパルダが怒りを(にじ)ませ、血走った目を八幡に向けた。

 

「弱いくせにでしゃばるとどうなるか教えてやるよ…さっきの()()()()()使()()とやらと同じようにね」

「っ!!」

 

スパルダが言い終えると同時にマジカルが飛び出す。怒りに任せ、ただ一直線にスパルダに向かっていった。

 

「ハッ!かかったねぇ…ヨクバール!」

 

「ギョイ」

 

飛び掛かってくるマジカルにスパルダは再びニヤリと笑う。

 

どうやら八幡に怒りを向けながらも頭は冷静だったらしい。わざと挑発して誘い出したマジカルにヨクバールの発射した水弾が迫っていた。

 

「マジカルッ」

 

「っ…!?」

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、象になれ!!」

 

━━バシュンッ━━バシュンッ━━バシュンッ

 

発射された水弾が八幡の魔法で全て弾け、辺りに水が撒き散らされる。

 

「マジカル!」

 

ヨクバールの方に杖を向けたまま八幡が大声で叫んだ。

 

「落ち着け、リズ先生が本当に立派な魔法使いなのはお前が一番よく知ってるだろ」

 

その言葉にマジカルがハッと目を見開く。

 

(そうだ…お姉ちゃんは立派な魔法使い、誰がなんと言おうとそんなの関係ない!)

 

スパルダの挑発によって頭に血が上ってしまったマジカルだったが、八幡の言葉でようやく冷静さを取り戻した。

 

「またしてもアタシの邪魔を…ヨクバールッ!」

 

「ギョイ!」

 

しかし、それは再び八幡がスパルダの目論見を打ち砕いたという事だ。指示を受けたヨクバールが八幡へと迫る。

 

「ヨクバールヨクバールヨクバールヨクバールッ!」

 

「っ…!」

 

一心不乱に両手を広げてドシンッドシンッと迫るヨクバールは他には目もくれずに八幡に襲い掛かった。

 

「やぁぁぁっ!!」

 

「ヨクバールッ!!?」

 

━━━━ドガァァッン!!!!

 

マジカルの鋭い蹴りがヨクバールを吹き飛ばす。そのあまりの威力に吹き飛ばされたヨクバールが激突した柱は粉々に砕けてしまった。

 

「私の大好きなお姉ちゃんを馬鹿にしないでっ!!」

 

八幡のおかげで幾分か冷静さを取り戻したとはいえ、怒りを忘れたわけではない。今の蹴りはマジカルの怒りが充分に伝わってくる威力だった。

 

「今、大好きって言いました!?」

 

素直なマジカルの言葉ににミラクルが嬉しそうな声を上げる。

 

「私はお姉ちゃんを…大好きなお姉ちゃんをいつか越えて、もっともっと立派な魔法使いに…なってみせるんだからっ!!」

 

ずっと秘めたまま口には出来なかった目標。けれど今なら言える、マジカルの決意を込めた宣言と共にリンクルストーンアクアマリンが光を放った。

 

「リンクルストーンが…」

「マジカルの想いにアクアマリンが応えたモフー!!」

 

青く輝く光に八幡が呆然と呟き、モフルンは興奮したように口を開く。

 

「くっ…」

「ヨク、バール…」

 

苦虫を噛み潰した表情で怯むスパルダ。そして、よろよろとヨクバールが立ち上がり、鼻先に力を溜める。

 

「マジカル!」

 

呆然と光を見つめていたマジカルがミラクルの言葉にハッとしてそっとアクアマリンを掴んだ。

 

「………」

 

想いに応えてくれたアクアマリンを手に取ったマジカルはリズとの思い出を浮かべながら杖を握りしめる。

 

「リンクルステッキ!」

 

マジカルに呼応して星形の杖が伝説の杖へと姿を変えた。

 

「リンクル・アクアマリン!!」

 

アクアマリンがセットされたリンクルステッキをマジカルは振るう。

 

 

━━━━カチコチカチコチガキンッ!!!!

 

振るわれたリンクルステッキは青い魔方陣を描き出し、そこから猛烈な冷気がヨクバールの鼻先をカチカチに凍てつかせた。

 

「ヨッ━!?」

「なっ!?」

 

アクアマリンの力に発射口を凍らされたヨクバールが驚き、スパルダは目を見開く。

 

「今だよ!」

 

ミラクルの合図で二人はリンクルステッキを構えた。

 

「「ダイヤ!」」

 

「「永遠の輝きよ!私達の手に!」」

 

光輝くダイヤのカーペットの上でミラクルとマジカルがステッキを掲げる。

 

「「フルフル…リンクル!」」

 

掲げたステッキで描いた三角形が合わさり現れた輝くダイヤが闇を纏うヨクバールと激突した。

 

「「プリキュア!」」

 

「「ダイヤモンド…」」

 

光が闇を払い、ヨクバールを光輝くダイヤモンドが包み込む。

 

「「エターナル!!」」

 

呪文と共にヨクバールを包み込んだダイヤモンドは宇宙の彼方へと吹き飛んで浄化されていった。

 

「おのれぇっ!!オボエテーロ!!」

 

浄化されたヨクバールを見て歯噛みしながら、ギロリと八幡を睨み付けたスパルダは捨て台詞のような呪文を唱えて撤退していく。

 

「…なんかプリキュアよりも目の敵にされたな……はぁ…」

 

修復されていく校舎をに目を向けながら八幡は深くため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ…」

 

木陰のベンチに横たわっていたリズが意識を取り戻し、ゆっくりと目をあける。

 

「「………」」

 

そこには心配そうにリズを見つめる二つの人影が見えた。

 

「ぁ…」

 

リズが不思議そうに見返していると二つの人影は安心したように笑い、どこかに跳んでいってしまう。

 

「あれは…伝説の魔法使い…プリキュア…?」

 

木の隙間から差し込む光をぼんやりと眺めながらリズは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、でかい口を叩いた割に結局やられてしまいましたね…ま、予想通りですけど」

 

離れたところで戦いを静観していたマキナがつまらなそうに口を開く。

 

「…またいずれ会いましょう」

 

遠くに見える八幡に向けてそう言い残し、マキナは指をならして姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

━━サァァァ……

 

砂時計から聞こえる小さな音だけが静かに響く。

 

「十秒突破です」

「「「「ふぅ…」」」」

 

リズの言葉に安堵の声を漏らしたのはみらい、ケイ、ジュン、エミリーの四人。

 

ヨクバールを撃退した後、無事にリズが目を覚ました事で補習授業が再開され、四人は再び課題に挑んでいたのだ。

 

「よし!」

「できた~♪」

「へへっ余裕だぜ」

「リズ先生のおかげです!」

 

課題を無事にクリアしたみらい達は喜びあう姿にリズも微笑む。

 

「……はぁ…」

 

それを少し離れたところで見ていたリコは視線を迷わせ、中途半端に伸ばしかけた手を引っ込めてはため息をついていた。

 

「…課題、やらなくてもいいのか?」

 

リコの様子を見かねて、隣にいた八幡が問いかける。

 

「うっ…その、やらなくちゃいけないのはわかってるんだけど…」

 

八幡の問いかけにリコはぎくりと言葉に詰まって目を泳がせた。

 

「わかってるんならいくしかないだろ、ここで手を(こまね)いているだけじゃどうにもならないぞ」

 

そんなリコに対して八幡は少し厳しい正論をぶつける。

 

リコはリズを越えて立派な魔法使いになると宣言したのだ、ならここで立ち止まる訳にはいかないだろう。

 

「でも…私…授業を勝手に抜けて…お姉ちゃんにも酷いことを…」

 

どうやらリコはそれを負い目に感じているらしい。そのせいで踏み出す勇気が出ず、この場でまごついているようだ。

 

もしかしたらリコは怖いのかもしれない、尊敬する大好きなお姉ちゃんに拒絶されることが。

 

「…それなら素直に謝れば許してくれると思うけどな」

「…え?」

 

思わぬ八幡の言葉に驚くリコをちらりと見ながら八幡は続ける。

 

「お兄ちゃんやお姉ちゃんってのは基本的に妹の事が大好きなんだよ。だから妹が何をしようと素直に謝られればついつい許してしまう、そういう生き物だ。ソースは俺」

 

八幡だって妹の小町によく振り回されたりもしたが、なんだかんだで小町を溺愛している。

 

きっとそれはリズも同じ筈だ。でなければ走り去るリコに対してあんな顔はしない。

 

「…本当に?お姉ちゃんは許してくれると思う?」

 

まだ少し不安そうに聞いてくるリコ。決心はついたが、あとちょっとが踏み出せないのだろう。

 

「ああ、俺が保証する。だから…合格してこい」

 

ならばその背中を少しだけ押そうと思った。らしくはないのかもしれないけれど、今のリコにはそれが必要なのだから。

 

「…もちろんよ!見てなさい!絶対に合格するんだから!!」

 

リコは自信たっぷりにそう言うとリズの方へ駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ…はぁ…リズ先生!」

 

深呼吸をしてから勇気を振り絞りリズに声をかける。

 

「勝手に抜け出してすいませんでした!私ももう一度お願いします!」

「…ええ!」

 

頭を下げるリコに一瞬驚いたリズだったが、顔を上げたリコの真っ直ぐな瞳を見て嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

噴水の前、そこに杖を構えたリコが緊張した面持ちで立っている。

 

「っ……」

 

固い表情で水を見つめるリコに全員の視線が集まる。

 

「…大丈夫、できるわ。あなたなら」

 

向けられたリズの優しい言葉にリコの緊張は薄れ、固かった表情も笑顔に変わった。

 

「………」

 

ゆっくりと目を閉じてイメージを鮮明に浮かべる。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、ペンダントになりなさい!」

 

杖を振るうと水の塊が浮かび上がってゆっくりと形を変えていく。

 

「…!!」

 

リコがペンダントの形を選んだ事にリズが目を見開いた。

 

「あっ…」

 

順調にペンダントを形作っていた水がうねうねと不安定に揺らぎ始める。

 

「お願いっ…壊れないで!」

 

目を閉じて壊れないように集中するリコ。それに応えるかのように星形の杖とダイヤのペンダントが光を放った。

 

━━━━カチコチカチコチ

 

すると、不安定に揺らいでいた水のペンダントがピタリと止まって、氷のペンダントへと変わる。

 

「「「「わぁ…!!」」」」

「キラキラモフー!!」

「氷になっちゃった!」

 

きらきら光る氷のペンダントにみらい達が感嘆の声を上げた。

 

「…!?」

 

みらい達の声に目を開けたリコがまさかの事態に驚き、氷のペンダントを手に取る。

 

「あの…これ…」

 

凍ってしまったペンダントを差し出して、不合格になるのではないかとリコは不安そうにリズを見つめた。

 

「氷の魔法は上級者でも難しい。よくやりましたね」

「えっ?」

 

不合格どころかよくやったとリズに誉められてリコがポカンと口を開ける。

 

「合格よ、リコ!」

 

氷のペンダントを受け取ったリズはそう言うと紙に合格のスタンプをポンッと押した。

 

「ありがとう…お姉ちゃん」

 

リズに認められた嬉しさからか、うっすらと涙を浮かべるリコ。

 

「へーやるじゃん」

「…やったな」

 

ジュンが感心したようにリコを見つめ、八幡が誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 

「やったー!!リコ!やったね!!」

「ちょっとっみらいってば!はなれなさいってば!」

 

嬉しさのあまりに抱きついてきたみらいと少し照れた表情のリコにみんなが笑顔になって笑いあった。

 

「……」

 

そんな様子を微笑ましく見つめてリズは思いを馳せる。

 

(リコ、あなたの魔法の杖は星の祝福を受けた杖の木から生まれでたもの…あの星はきっとあなた自身が引き寄せた。あなたはきっと素晴らしい魔法使いになれる…そう、だからペンダントを託したのよ)

 

すれ違ってしまったけれど、リズはずっと信じていたのだ。

 

(良い友達と出会えてきっかけを掴めたようね、頑張ってリコ!)

 

先生だから直接は言えない、リズは心の中で最愛の妹に精一杯のエールを贈るのだった。

 

 

━八話に続く━

 

 





次回予告


「ゆっららー!!」

「うるさいわよみらい」

「そうだぞ、安眠妨害だ」

「なんで八幡は寝ようとしてるの…?」

「人魚さんと一緒にお歌の練習モフー!」

「「歌…ねぇ…」」

「あまーい~ニオイモフ♪」

「あまーい匂い…?」

「もしかして新しいリンクルストーン!?」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「人魚の里の魔法!え…歌うの?よみがえるサファイアの想い!」





「ららら~♪キュアップ~ラパパ~♪さん、はい♪」

「ららら~♪今日もいい日にな~れ~♪…はっ!?釣られた…」

「ふっ…」

「…八幡?私、忘れてないからね…?」

「リコが怖いよー…」

「…きょ、今日もいい日になーれ」

「あ、八幡が誤魔化したモフ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話「人魚の里の魔法!え…歌うんですか?よみがえるサファイアの想い!」Aパート

 

「すぅ……あのぉぉぉ!だれかいませんかぁぁぁ?

 

見渡す限りの広い海にみらいの大きな声が響き渡る。

 

「もう!いきなりびっくりするじゃない!」

「危うく落ちるところだった…」

 

あまりにも大きいその声に隣で座っていたリコが堪らず声を上げ、箒に乗って並走していた八幡は冷や汗を浮かべた。

 

「だって…誰もいないんだもん」

 

みらいが少し口を尖らせて呟く。

 

現在、みらい達補習組の生徒は魔法の絨毯に乗って大海原のど真ん中に来ていた。

 

「いや、だからってこんな海のど真ん中で大声を出しても仕方ないだろ」

 

一人だけ箒に乗っている八幡が呆れたように口を開く。

 

「…ぁ」

 

そんな八幡を見つめ、エミリーが何かを言いたそうに手を伸ばすが、話しかける事ができないままその手を引っ込めてしまった。

 

「………」

 

ちなみに八幡が一人だけ箒に乗っているのは仲間外れにされたとかそういうわけではない。

 

その裏にはこんなやり取りがあったからだ。

 

 

『今日の補習授業は学校外で行います。皆さん魔法の絨毯に乗ってください』

 

運転するための位置に座ったアイザックが乗るように促す。

 

『あれ?八くん乗らないの?』

 

他の全員が乗り込んだのに乗り込もうとしない八幡にみらいが尋ねた。

 

『いや…俺は』

(…あの絨毯に全員が乗るっていったら密着しないと乗れないだろ、それに…)

 

『ひゃうっ!?』

 

チラリと絨毯の方を見やると目があったエミリーから悲鳴に近い声が漏れる。

 

(どうにもまだ怖がられてるみたいだしな…さすがにそんな中で乗るわけにはいかないだろ)

 

他の生徒は馴れたようだが、どうにもエミリーだけがまだ八幡の事を怖がっている節があるので、尚更乗るわけにはいかなかった。

 

『あの…アイザック先生、練習も兼ねて箒で行ってもいいですか?』

『ぇ…』

 

それらの事を考慮した結果、箒で行く事を思いついた八幡。

 

魔法の絨毯と並走するように呪文を唱えればあの暴走箒だって普通に飛べる。それにこれからも闇の魔法使いが襲ってくるかもしれない。

 

ならば出来ることの選択肢を増やすためにも箒で飛ぶという事に少しでも慣れておいた方がいいだろう。

 

幸い八幡の箒が扱いにくいことは先生も知っていたようで練習ならばと許可が下り、今に至る。

 

 

 

「八幡君の言う通りです。そんな大声では相手が怯えてしまいますよ?」

「相手…?」

「こんな海の中誰もいないだろ」

 

アイザックが諭すようにそう言うので八幡は辺りを見回すが誰もいない。それを見てジュンが呆れたようにツッコむ。

 

「ウオッホン…私は魔法学校のアイザックです。どうかお姿をお見せください」

 

ゆっくりと立ち上がったアイザックはキラキラ輝く水面に向かって話しかけた。

 

━━ブクブクブク…

 

すると、水面に無数の泡が浮かんでくる。

 

「「え…?」」

 

困惑するみらい達は一斉にブクブクと音の聞こえる方を向いた。

 

━━━━バシャンッ

 

「おお、ロレッタ先生!」

 

水面から顔を出した女性に話しかけるアイザック。どうやら魔法学校の教員らしい。

 

「なーんだ、海の中で泳いでたん…」

 

━━━ザバァァァン

 

派手に水飛沫(みずしぶき)上げて空へと飛び出したその姿に、思わずみらいの言葉が止まった。

 

白い浮き雲と青い空を背景にキラキラと水飛沫が舞い、淡い色の髪をはためかせて、赤い()()()が美しくしなる。

 

「「「「「「「わぁ…」」」」」」」

 

その場にいた全員があまりの美しさに感嘆の声を漏らした。

 

「今日の特別講師は人魚のロレッタ先生です」

「「「「「「ええぇぇぇぇっ!?」」」」」」

 

アイザックの言葉に今度は全員が驚きの声を上げる。

 

今、人魚って言いました!?

 

そして再びみらいの大きな声が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みらい?」

 

隣に座っているみらいの様子がおかしいことに気付いてリコが声をかける。

 

「………ピィッ!?いき!?いき!?」

「…なにやってんだ?」

 

止めていたらしい息を吐き出し、慌ててそれを口の中に戻そうと手をバタバタさせるみらいに八幡は怪訝な視線を向けた。

 

「さっき先生に海の中にいられる魔法をかけてもらったでしょ」

「…プハッ…そうだったー!」

 

呆れるリコの言葉にみらいがてへへと頭に手をあてる。

 

「まあ…ナシマホウ界の常識じゃあまずありえない事だからな…」

 

仕方ないと呟いて八幡は周りをぐるりと見渡した。目に映るのは深い蒼と差し込む日の光、そして優雅に泳ぐ魚の群れだ。

 

ここは海の中、補習組一行はロレッタ先生の先導で人魚の里を目指していた。

 

リコの言ったように魔法で呼吸はできるのだが、水中にいるという感覚はあるので何とも言えない不思議な気分になる。

 

「息ができるのもビックリだけど魔法の絨毯って海の中でも進めるんだね~」

「確かに。この箒もそうだが、海の中でも振り落とされないのには驚いた」

 

空を飛ぶのと違って海の中は水の抵抗があるため、しがみついていなければ普通は振り落とされてしまう筈だ。

 

魔法なのに普通と言うのも変な話だが、とにかく魔法の絨毯や箒にはそのための魔法がかけられているのだろう。

 

八幡とみらい以外は驚いていないところを見るとそういう魔法がかけられている事は当たり前なのかもしれない。

 

「モフ?なんか光ってるモフ!」

 

何かに気付いたモフルンがその方向に向かって指をさした。

 

「「「?」」」

 

指をさしたその先には岩と岩が重なってできた大きな穴があり、そこから眩い光が溢れて辺りを照らしている。

 

「みなさん、ここが人魚の里です」

 

ロレッタの後に続いてその穴を(くぐ)るとそこにはおおよそ海の底とは思えない景色が広がっていた。

 

貝殻のような建物に整えられた街並み。石造りの門を潜れば地上では見たことない赤い実をつけている木々を上から射し込む光が照らしている。

 

まるで花や観葉植物のように生えている珊瑚と優雅に泳ぐ魚達がここが海の中という証だ。

 

その鮮やかさと宙を舞うように泳いでいる魚達。

 

そんな幻想的な光景はどこかおとぎ話の浦島太郎に登場する竜宮城を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「「「「「わぁ……きれい…!!」」」」」

「ここが海の…中…?」

「キラキラして明るいモフ~!」

 

見たことのない美しい景色に目を奪われる補習組の生徒達。

 

「「「………」」」

 

そんな様子を岩陰から(うかが)う小さな三つの視線にこの時は誰も気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の絨毯を降りたみらい達はロレッタとアイザックの後について目的地まで歩いている。

 

「海の上はあんなに静かだったのに…こんな世界が広がってるなんて…」

 

キョロキョロと上を見上げてみらいが独り言のように呟いた。

 

「…私達は滅多に海の上には行かないの」

「え?」

 

その呟きに気付いたロレッタがそう答えるとみらいは驚いた表情を浮かべる。

 

「外の世界は怖いと言われているし」

「怖い?」

 

遠い目をして上を見つめるロレッタ。みらいはロレッタの言った〝怖い〟の意味がわからず首を傾げた。

 

「…色々事情があるんだろ」

「事情?」

 

なんとなくだが、ロレッタの言葉に込められた意味を察して八幡がそれ以上深く聞かないようにお茶を濁す。

 

「ええ…それに…ここには守るべき大切なものがあるから」

「大切なもの?」

 

ロレッタの言うそれは一体何を指しているのだろう?とリコとみらいは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから歩くこと数分、石造りの建物に到着した補習組一行はシンプルな木製の扉を開けて、本日の補習授業が行われる部屋へと足を踏み入れる。

 

天井が吹き抜けになっているその部屋は、中央に大きな珊瑚の木が(そび)え立ち、その下には口を開けた巨大な貝殻がまるでステージのように(たたず)んでいた。

 

「発声は魔法にとってとても重要です。今日はロレッタ先生に教わってきっちりマスターしてもらいますよ?」

 

貝殻のステージに立って授業の概要を説明するアイザック。

 

「さぁ、こんな風に」

 

アイザックの説明が終わるとロレッタがステージの中央に移動し、発声を始めた。

 

「━━♪━━♪━━♪━━♪━━━♪」

 

ロレッタの声に合わせてステージをはじめとした部屋の至るところに生えている海藻がゆらゆらと踊るように揺れる。

 

「絵にも描けない美しい声…」

「って声が絵に描けるわけないだろ~」

 

うっとりするアイザックにジュンが揚げ足を取るようなツッコミを入れた。

 

「はい!みなさんも張り切って…」

「えっ…」

 

お手本が終わり、そのまま課題に入ってもらおうと促すアイザックに八幡が戸惑ったような声を上げる。

 

「どうかしましたか?八幡くん」

「あの、先生……。それって俺も歌うんですか?」

 

恐る恐る尋ねる八幡。そんな八幡の反応に対して、隣にいたリコが不思議そうに顔を覗き込んだ。

 

「そんなの当たり前でしょ?発声の補習なんだから歌わないと合格できないわ」

「それは……あれだ、別に俺が歌わなくても三人の内の誰かが合格すれば課題はクリアした事に…」

 

なぜか頑なに歌うことを拒否する八幡が思い出したようにそんな事を口にする。

 

「この課題は前回のリズ先生の授業と同じく三人揃って合格しないとクリアしたことにはなりません」

 

八幡の逃げ道を塞ぐ一言をアイザックがピシャリと言い放った。

 

「くっ……」

 

逃げ道を封じられた八幡が呻くような声を漏らす。

 

「…そんなに歌うのが嫌なの?」

「嫌…というか…」

 

単純に恥ずかしい、その一言に尽きる。補習組の男子は八幡一人だけ、そんな中で歌えば上手い下手に関わらず浮いてしまうだろう。

 

浮くという事に関してはボッチなので少なからず耐性はある。だからといって進んでそんな思いをしたいとは思わないし、避けて通れるのなら避けたい。

 

「私は八くんと一緒に歌いたいな」

 

言い淀む八幡を真っ直ぐ見つめてみらいが言う。それは言葉にしてみれば短いものだったけれど、込められた純粋な想いはしっかり八幡へと伝わった。

 

「……揃って合格しないといけないなら仕方ないな」

 

素直なみらいの気持ちに八幡は少しのこそばゆさを感じながらそっぽを向いて答える。

 

「やったー!!」

「まったく…本当に捻くれてるんだから」

 

嬉しそうに笑うみらいと呆れながらも微笑むリコ。三人の間に暖かい雰囲気が流れた。

 

「んー…では八幡くんも納得したようなので今度こそみなさん張り切って歌いましょう」

 

三人の様子に柔和な笑みを浮かべながらアイザックが改めて授業を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あー

 

ぁー

 

あー

 

「ふわぁぁ…」

 

「あぁぁぁぁ」

 

「ぁ、あー」

 

授業が再開され、六つの声が辺りに響いた。

 

大きく元気な声(ただし、音程があっていない)

 

自信のない小さな声(そのうえ、音程があっていない)

 

高く伸びるような声(しかし、音程があっていない)

 

もはやただの欠伸(当然、音程があっていない)

 

低く呻くような声(もちろん、音程があっていない)

 

戸惑い(うかが)うような声(やはり、音程があっていない)

 

バラバラな上に音程を外している六つの声が重なり、どう聞き取ればいいのかわからない混沌とした(カオスな)音へと変わる。

 

「やれやれ…」

 

ロレッタの歌声の時はゆらゆらと踊るように見えた海藻がだんだんと萎れていくのを見て、アイザックは困った表情を浮かべた。

 

「はーちゃん、遊ぶモフ!」

 

みらい達がそんなバラバラな歌声を披露している後ろでモフルンがリンクルスマホンに向かって話しかける。

 

「はー♪」

 

するとスマホンから光が飛び出し、元気な声と共にはーちゃんが現れた。

 

━━━カタカタカタカタ

 

「?」

 

近くを通りかかった小さなカニの足音に気付いたはーちゃんがジッとそのカニを見つめる。

 

「はー!」

 

初めて目にするカニに興味津々なはーちゃん。

 

カタカタカタカタ━━

 

「チョキ♪チョキ♪チョキ♪」

 

はーちゃんは手をチョキの形にすると、カニの後をついてまわりはしゃいでいた。

 

「なにあれ超可愛いんだけど…!」

「うぇ!?八幡…?」

 

発声の途中ではーちゃんの姿が目に入り、普段からは想像のつかないテンションの八幡。

 

それに対してリコは信じられないものを目にしたように驚いて一歩後退(あとずさ)った。

 

「どうしたの?」

 

二人の様子が気になったらしく、みらいが尋ねるとリコはギギギといった効果音が聞こえてきそうなくらいゆっくりと振り向く。

 

「…八幡が変なの」

「?八くんが変なのはいつものことなんじゃ…」

 

神妙な面持ちで答えるリコにみらいは何を当たり前のことを言ってるんだろうと不思議そうに首を傾げた。

 

「それはそうなんだけど…」

「み、認めちゃうんだ…」

 

さらっと肯定したリコの反応に近くで二人の会話を聞いていたエミリーが思わず呟く。

 

「なになに?なんのはなし~?」

「あたいにも教えておくれよ」

 

ケイとジュンも話に加わり、もはや授業をそっちのけで話し始めた。

 

「ウォッホン!」

「「「「「「あ…」」」」」」

 

アイザックの大きな咳払いの音に全員が振り向く。

 

「…では、次のステップに移ります」

「「「「「「はい…」」」」」」

 

困った表情でロレッタがそう言うとこれまた全員で申し訳なさそうに返事をするみらい達。

 

「はー♪」

「モフー♪」

 

静まり返った中、はーちゃんとモフルンの声だけが響いた。

 

 

 

 

 

 

「次は早口言葉よ」

「どーれ…まずは私が見本を…」

 

授業が再開され、アイザックが手本を見せようと前に出る。

 

「オッホン…あかまきがいあおまきがいきまきま…」

 

━━キュポンッ

 

「「「「「「わぁっ!?」」」」」」

 

途中まで順調に早口言葉を並べていたアイザックの口から入れ歯が勢いよく飛び出し、みらい達は驚いて声を上げた。

 

「「「……」」」

 

そのまま目を見開き固まってしまったジュン、ケイ、みらいの三人。

 

「あふぁまひぃわぃ…」

 

飛び出した入れ歯は水中だからなのか、失速して宙を泳いでいる。

 

「っ……」

 

突発的な出来事で思わず吹き出しかけてしまった八幡。しかし、流石にそれは失礼だと思い、咄嗟(とっさ)に唇を噛んで(こら)えた。

 

「はむっ……」

「……~!!」

 

八幡と同様にリコは目と口を(つむ)って()え、エミリーはお腹を抱え俯いて体をプルプルと震わせながらも吹き出すのを必死に我慢している。

 

「モゴモゴ…こりゃなかなか難しい…」

 

宙を泳ぐ入れ歯を急いで入れ直したアイザックが渋い表情で首を傾げた。

 

「ふふっではみなさんも順番に挑戦してください。それでは…エミリーさんから」

「ふぇっ!?」

 

微笑みながら生徒達を見つめ、エミリーを指名するロレッタ。

 

まさか最初に当てられるとは思っていなかったエミリーから驚きの声が漏れる。

 

「私の後に続いてください。いきますよ?赤巻き貝、青巻き貝、黄巻き貝、はい」

「えっあ、あきゃまきかっいたっ!ふぇ…しひゃかんしゃった……」

 

驚いたまま慌てて後に続こうとしたエミリーは勢いあまって思いっきり舌を噛んでしまった。

 

「ちょっエミリー大丈夫!?」

「いひゃい…」

 

涙目になって舌を出すエミリーを心配してリコが駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「すっごく痛そう…」

「少し血が出てるんじゃないかい」

 

みらい達も心配して駆け寄り、それぞれエミリーに声をかけた。

 

「…とりあえず冷やした方がいいだろ。少なくとも痛みは誤魔化せる」

「冷やすっていっても…あ!リコ、氷!」

 

冷やすものを探して周りを見渡すみらい。そしてリコの姿が目に入り、前回の補習授業の最後にリコが水を凍らせた事を思い出した。

 

「へ?あ、う、うん!氷を出せばいいのよね?」

 

突然名前を呼ばれて一瞬戸惑うリコだったが、すぐに切り替え杖を取り出す。

 

「水は…海の中だからそこら中にあるわね…」

 

目を閉じ、拳くらいの大きさになるようイメージして呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!水よ、凍れ!」

 

━━━━カチコチカチコチンッ

 

杖の少し先に音をたてて氷が出来上がる。

 

「っと…ほら氷だ」

 

出来た氷を八幡が両手で受け止め、いまだに涙目で痛がっているエミリーに渡した。

 

「はひひゃとこひゃいまひゅ……ひゃっ!?ひゅへひゃい」

 

氷を受け取ったエミリーはゆっくりとそれを舌にあててその冷たさに驚く。

 

「…早口言葉ってやっぱり難しいんだね」

 

舌を冷やしているエミリーを見てみらいがそんな事を口にした。

 

「だね~私も自信ないな…」

「あたいも実技には自信があるけどこれは…」

 

ケイとジュンもみらいの言葉に同意して頷く。

 

「次は私の番ね…こういうのは落ち着いて言えば大丈夫よ」

「…先に氷を用意しといた方がいいんじゃないですかね?」

 

自信のない三人と反対に強がりにもみえる自信を振りかざして挑もうとするリコの姿に失敗を予期した八幡がぼそりと呟いた。

 

「なにか言ったかしら?」

「…なんでもないです」

 

ギロリと睨まれて八幡は目を逸らす。

 

それは短い付き合いではあるが、これ以上言ってもリコは聞き入れないだろうと知っているからだ。…決して怖いからではない。

 

「お願いします」

「はい、ではいきますよ?」

 

ロレッタはリコの方を見つめゆっくりと息を吸い込み口を開く。

 

「赤巻き貝、青巻き貝、黄巻き貝、はい」

「赤巻き貝、青巻ききゃい、きまききゃいっ!?」

 

(((あ、噛んだ)))

 

「やっぱり噛んだじゃねえか…」

 

案の定、途中で噛んでしまったリコに対してエミリーを除く三人は同じ事を思い、八幡がジト目を向ける。

 

「…ひゃ、ひゃんてにゃんてにゃいんにゃいし」

「リコ…それは無理があるよ…」

 

エミリー同様、涙目になりながら噛み噛みで否定するリコにはもちろん説得力はない。何とも言えない空気の中でみらいが力なくツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━パチパチ

 

「………?」

 

なんとか早口言葉の課題が終わり、みらい達は掌の上に乗せた貝と文字通り目を合わせ、互いに瞬きしながら見つめあっていた。

 

「次はそのマール貝に話しかけて貝の口を開けてください」

 

上の口に大きな目が二つあるその貝、マール貝が全員に行き渡ったのを確認してからそう説明するロレッタ。

 

しかし、説明を聞いてなかったのかジュンが貝を抉じ開けようと思いっきり力を込めていた。

 

「んぐぎぎぎっ━━…硬いねぇっ!」

「いや、普通の貝だったとしても素手で開けるのは無理だろ…」

 

踏ん張るジュンに八幡が呆れて思わず呟く。

 

「ジュン。手を使ってはいけませんよ?」

 

━━クスクス

 

「んぁ?」

 

ロレッタの注意の後に聞こえてきた笑い声に気付き、ジュンは辺りを見渡した。

 

「誰だい!今笑ったのは!!」

 

笑い声の主は近くにいると思い、ジュンが横にいる五人に少し怒気のこもった声で詰め寄る。

 

「わ、私じゃないよぅ…」

「俺でもない…というか誰も笑ってないな」

 

勢いに圧され、たどたどしく答えるエミリー。そしてそれを庇うように八幡が続けて答えた。

 

「気のせいじゃない?」

「確かに聞こえたと思ったんだけどね…」

 

リコの言葉にジュンは納得いかないといった表情で首を傾げるが、考えても仕方ないと割り切る。

 

「みなさん、声で貝に語りかけるのです。貝が口を開けば合格ですよ」

「「「貝に…」」」

「「「語りかける…?」」」

 

具体的にどうすればいいのかわからず、全員が戸惑った表情で貝を見つめた。

 

「…なんか俺の貝だけ目付きおかしくない?」

 

渡されたマール貝を周りと見比べて八幡はそんな事を呟く。

 

「え?あ、ほんとだ!なんか八くんに似てるね!」

「どれどれ?わ、そっくり~」

 

八幡の手元を覗き込んだみらいがびっくりしてから笑い、続いて覗き込んだケイも同じく驚いた。

 

「いや、流石にここまでじゃないだろ」

 

二人はそっくりだと言うが、いくらなんでもここまでアレな目ではないと改めてマール貝の方を見る。

 

(似てる…のか?いやいや、この貝とそっくりって流石に…似てないはず…似てないよな?)

 

「どう見ても八幡にそっくりじゃない」

「そうだね、あたいもそう思うよ」

「なん…だと…」

 

考えている内に自信の無くなってきたところでリコとジュンに追い討ちをかけられてショックを受ける八幡。

 

「わ、私はえっと、か、かっこいいと思いますよっその目…」

「「「「「え?」」」」」

 

まさかの意見に言った当人であるエミリー以外の全員、ショックを受けていた八幡でさえも思わず声が出てしまった。

 

「か、かっこいいって…アンタ正気かい?」

「そうだよ~エミリーってば八幡さんの目が怖いって言ってたでしょ?」

「…酷い言われようだな」

 

とはいえ二人が言っていることももっともだ。この目は八幡自身でさえ、どうしようもないと思っている。

 

それを怖がっている筈のエミリーがかっこいいと言ったのだから二人の反応も仕方ない。

 

「ふぇ!?そ、それは…」

「「「「それは?」」」」

 

詰め寄られて言い淀むエミリーに八幡を除く四人が続きを促す。

 

「そ、その…最初は怖いなって思って…今でも少し怖いけど…でも、悪い人じゃないってわかって…魔法も上手だし…いろんなところで気遣ってくれて……優しい人だなぁって…その…

「え?何だって?」

「最後の方が聞こえないよ~?」

 

俯きながら尻すぼみになっていくエミリーの言葉にジュンとケイは聞こえないとさらに詰め寄った。

 

「うぅ…」

「うーん、エミリーはもう八くんは怖くないよってことなのかな?」

「でもそれでかっこいいなんて言うかしら…?」

 

ぐいぐいと迫られて黙り込んでしまったエミリーを見てみらいとリコは首を傾げる。

 

「…かっこいいとか云々(うんぬん)は可哀想だからってことでつい口から出ただけだろ、たぶん」

 

これ以上エミリーが詰め寄られるのを見かねてか、途中から話に参加しないようにしていた八幡が口を開いた。

 

「そ、そういうわけじゃ…」

 

八幡がエミリーに追及が向かないようしてくれているのはわかっている。

 

しかし、それは可哀想だからエミリーが八幡を庇ったと本気で思っているからこそ出た言葉でもあるのだ。

 

伝えたいことがうまく伝わらない。そんなもどかしさを抱えてしまい、エミリーはそこから先の言葉を見つけることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エミリーの思わぬ言葉から始まった追及も八幡の発言で収束し、みらい達は改めて課題に取り組み始める。

 

「いいこと?貝よ、口を開けなさい!」

 

得意気な表情を浮かべたリコが少し命令気味の口調で語りかけた。

 

「………」

 

リコの命令口調が気に入らないのか、マール貝は目を半開きにしたまま沈黙している。

 

………」

 

マール貝の反応に顔をしかめて眉を寄せ、汗を浮かべながら睨みあうリコ。

 

そっくりだな…

 

その何とも言えないにらめっこを繰り広げるリコとマール貝を見比べた八幡が聞こえないくらいの声量で呟く。

 

「貝よっその口を開けなさい…!」

「………」

 

八幡の呟きを他所にリコは顔を強張らせてもう一度語りかけるが、マール貝は半開きのまま目線をプイッと横に逸らした。

 

「ちょっと!聞いてるの!!」

「………」

 

二度も無視され、さらには目線を逸らされた事でリコの中でなにかがプチンと切れたらしい。

 

「このっ…八幡みたいな目をして…!」

「おい、その表現だと八幡みたいな目が悪口に聞こえるからやめろ」

 

リコの言葉に思わぬ流れ弾を食らった八幡がツッコむ中、渦中のマール貝は半開きにしていたはずの目をいつの間にか閉じて完全に無視を決め込んでいた。

 

「くぅぅぅぅっ……!」

 

悔しさと苛立ちが混じった声と共にリコはマール貝をじっと睨むが、閉じた目を開ける気配すらない。

 

「貝ってどこに耳が…?」

 

その隣、同じくマール貝と向き合っているみらいがそんな疑問を口にする。

 

「…そんなこと気にしてたらきりがないと思うぞ」

「えー…でも、どうやって音を聞いてるのか気にならない?」

 

うーんどこだろう?とマール貝を観察するみらい。そして何かを思い付いたと思ったら、おもむろに息を吸い込み始めた。

 

「すぅ……やっほー!貝ちゃーん?

「!!?」

 

突然目の前で大声を出されてマール貝が驚き跳ね回る。

 

「うわわわぁっ!?っと」

 

跳ね回るマール貝に今度はみらいが慌てふためき、危うく貝を落としそうになった。

 

「それでは駄目よ」

 

様子を見守っていたロレッタが優しく二人を注意する。

 

「…でしょうね」

 

近くにいたせいでみらいの大きな声を至近距離で浴びてしまった八幡が片耳を塞ぎながらぼそりと呟いた。

 

「声はね?自分の気持ちを相手に届けるものなの。貝にあなた達の心が届けば、きっと貝は口を開くわ」

「気持ちを…」

「心が届けば…」

 

ロレッタの言葉にリコとみらいはふと、今までの出来事を思いだし、思わず八幡の方を見つめる。

 

「………」

 

見つめられた八幡も思うことがあるのか黙ったまま何かを考えるように俯いていた。

 

「…少し休憩しましょうか」

 

課題を通して思い悩んでいる生徒達の姿にロレッタは優しい声音で告げる。

 

「マール貝はそれぞれ持っていてくださいね」

 

ロレッタがそう言うとそれぞれ休憩に入る生徒達。

 

「声は気持ちを届けるもの、かぁ……」

 

みんなが休憩するため外に出た後の閑散(かんさん)とした部屋で、エミリーが独り呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーちゃん、ねんねモフーねんね…」

 

リンクルスマホンの中ですやすやと眠るはーちゃんに向けてモフルンは子守唄を歌っている。

 

「むぐむぐ…ん!!おいし~!モフルンも食べる?」

 

その隣でバナナに似たオレンジの果物を食べていたみらいが全身で美味しさを表現しながらモフルンにそれを差し出した。

 

「わぁありがとうモフー!」

 

差し出された果物を受け取ったモフルンも一緒になって食べ始める。

 

「むぐむぐ…止まらな~い!」

「モフ~!」

「さっきまでの空気はどこにいったんだよ…」

 

夢中になってモグモグしている二人に八幡は呆ため息をついた。

 

休憩するために部屋を出たみらいとリコとモフルン、それに八幡の四人は外に備え付けられていた椅子に腰掛けてテーブルを囲んでいる。

 

ちなみに二人が食べているのはそこらに実っていた果物だ。

 

というのも部屋を出る直前でロレッタに外にある果物や木の実は自由に食べても大丈夫ですよと言って木のざるを渡されたからである。

 

「んぐ…それはそれだよ八くん!」

「八幡も食べるモフ?」

 

どうやら考え事は一旦、置いておいて目一杯休憩しようという事らしい。

 

(こういう時は大抵注意が飛んでくるはず…)

 

八幡はモフルンから果物を受け取りつつ、そんな事を考えてリコの方をちらりと見る。

 

「…みらいの言う通り今は休憩するための時間だもの。色々考えるのは後にしましょう」

「……そうだな」

 

視線を向けられたリコは八幡の予想に反してそう言うとまんまるとした赤い木の実を手に取った。

 

「これはどうやって食べるのかしら?」

「そもそも食べられるのか…?」

 

赤い木の実は皮が硬く、とてもではないが素手で剥けそうにはない。もしかしたら食べるのではなくそれ以外、例えば装飾品などに使うという可能性もある。

 

「食べられると思うけど…よし」

「おい待て、一体それでなにをするつもりだ」

 

おもむろに杖を取り出したリコに警戒して身構える八幡。いままで食べ物にリコの魔法という組み合わせは失敗しなかった試しがないのだ。

 

「大丈夫、見てなさい…キュアップ・ラパパ!ジュースになりなさい!」

 

━━━━ヒュゥゥゥゥ━━パァァンッ……

 

「あっ……」

 

リコがジュースになれと魔法をかけた木の実は光る玉と化して空中に打ち上がり、派手な音と鮮やかな色彩を散らす花火に変わった。

 

「…なんかもう失敗したとかいう次元の話じゃないだろ」

「うぅ…」

 

ジュースが花火になるというまさかの失敗を前に呆れを通り越して感心する八幡とがっくし項垂(うなだ)れるリコ。

 

そしてそんな二人を見てみらいとモフルンは苦笑いを浮かべる。

 

「「「わぁぁぁっ!!」」」

 

そこにみらい達以外の感嘆する声が聞こえてきた。

 

「「「「?」」」」

 

声に気付いた四人がその方に視線を向けると岩陰から小さな女の子が三人顔を覗かせている。

 

「あ、人魚さん!こんにちは~!」

「「「あわわっ!?」」」

 

みらいが元気よく挨拶した途端(とたん)に小さな人魚達は慌てて岩陰に引っ込んでしまった。

 

「あれ?」

「逃げていったな」

「八幡にびっくりしたんじゃない?」

 

その反応にみらいは首を傾げ、リコはしれっとそんな事を口にする。

 

「ひ、否定できねぇ……」

 

反論したいが、自分でも自覚があるのでなにも言えない。

 

「人魚さーん?」

 

再度みらいが呼び掛けると人魚達は恐る恐る岩陰から顔を出した。

 

「い、今の花火ってやつでしょ?」

「へ?」

 

まさかの第一声に花火を打ち上げた本人であるリコの目が一瞬、点になる。

 

「え、えっと…今のは…」

「すごく…きれいだった」

 

本当はジュースを作ろうとしていたとは言えず、言い淀むリコに別の子が素直な感想を呟いた。

 

「……良かったな、評判良いみたいだぞ花火」

「ぐっ……そ、そうね、ね、狙い通りなんだから!」

 

さっきのお返しと言わんばかりの皮肉めいた一言をぶつける八幡。

 

八幡の一言は見事に命中し、リコは苦い表情になるがそれも束の間、どうやらいつも通り開き直ることにしたらしい。

 

動揺を隠しきれていないが、額に汗を浮かべたまま得意気な顔をしている。

 

「私、朝比奈みらい!」

「こ、こほん…私はリコ」

「モフルンモフ~」

「……比企谷八幡」

 

人魚達に向けて元気よく自己紹介をしたみらい。それに三人も乗っかった。

 

「わたし、シシー!」

「ナンシー!」

「ドロシーよ」

 

紫色の髪を二つ結びにした活発そうなシシー。

 

水色の髪にカチューシャを着けている少し気弱そうなナンシー。

 

黄緑色の髪とピンクのリボンが特徴的でしっかりしていそうなドロシー。

 

自己紹介をしたことで三人の警戒心が解けたのか岩陰から姿を表し、名前を教えてくれた。

 

「わぁ!ねえ、人魚さんってロレッタ先生とあなた達だけなの?」

「ううん、もっとたくさんいる」

 

はしゃぐみらいの問いにシシーが首を横に振って答える。

 

「でも、誰にも会わないけど…」

「…それでも気配や視線は感じたな」

 

疑問符を浮かべるリコの隣で八幡がここにくるまでの道中を思い返して呟いた。

 

「私達隠れてたの」

「へ?なんでそんなこと…」

 

目を伏せて不安そうに言うナンシーの言葉にみらいが首を傾げる。

 

「だって!海の外には何があるかわからないし…外の人達だってどれくらい意地悪かわからないもの」

 

ナンシーと同じく不安な様子のドロシーに困惑するリコとモフルン。

 

「誰だってわからないものは怖いだろ」

 

そこに八幡が誰に聞かせるでもない独り言を語るように口を開く。

 

「知らない場所に行って、知らない人に出会って、痛い目にあうかもしれない、酷いことを言われるかもしれない、もしかしたら帰れなくなるかもしれない、そう考えれば隠れもする」

 

知っているということはそれだけで充分に安心を得るための材料になりうるのだ。

 

無論、例外はあるかもしれない。だが、場所であろうと人であろうと知っているのなら、それが安全なのか、あるいは危険なのか、判断することができる。

 

「でも……」

「言いたいことはわかる」

 

リコの言わんとしていることを遮って八幡は続けた。

 

「確かに俺達は補習のためにここに来ただけでなにか危害を加えるつもりはない。けどな、ここの住人からしてみればそんな事は関係ないんだよ」

「…どういうこと?」

 

八幡の言葉にリコが眉根を寄せて尋ねる。

 

「目的がなんであろうとここの住人にとって俺達は他所から来た知らない人間だ。たとえ危害を加えるつもりがなくても知らないから安全とは言い切れない。そんな人間達に積極的に関わりたいとは思わないだろ」

 

講師であるロレッタはここに来た目的が補習であることを知っているし、みらい達と直接触れあっている分、ある程度どんな人間達かというのは理解しているだろう。

 

しかし、他の住人達は違う。目的を知らないのかもしれないし、知っていてもどんな人間なのかまではわからない。

 

少なくとも八幡は自分がその立場だったらそんな得体の知れない人間達には近付きたくはないと思った。

 

「それにロレッタ先生の言っていた通り、ここの住人達が滅多に地上にいかないのなら尚更、外からくる人間に対しての警戒心は自分達の身を守るのに必要な筈だ」

「……そう…ね…」

「モフ……」

「………」

 

理由を聞いてリコとモフルンが目を伏せ、みらいもなにか考え込むように俯く。

 

「………」

 

そんな三人の様子を見て八幡もまた黙ってしまい、いつの間にか人魚の里の意見を代弁するような事をしていた自分に驚く。

 

(…なんで俺はあんなことを言ったんだ……?)

 

あの時、ドロシーの言葉を聞いて何故か言わなければならないような…そんな衝動に駆られた。

 

「っ……」

 

考えている途中、見たことも無い光景がふと頭に浮かんでくる。

 

(これ…は…)

 

浮かんできた光景はぼんやりしていてはっきりとは見えない。光景というよりはイメージと表現したほうがしっくりくるだろう。

 

(人…人魚…黒…)

 

浮かんでいるのは人間と人魚、そしてそれを塗り潰すような黒だった。

 

その三つから連想されるのはここに来たときロレッタが言っていた怖いという言葉。

 

もし、そうだとすれば八幡の頭の浮かんでいるイメージは…

 

「…よし!」

 

そんなことを考えていると、俯いていたみらいが何かを思い付いたように声をあげ、八幡の思考はそこで中断される。

 

「ねえ、もっと魔法を見てみない?」

「「「え?」」」

 

突然のみらいの提案にシシー、ナンシー、ドロシーの三人は揃って戸惑いの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「キュアップ・ラパパ!皮よ、踊れ!」

 

先程食べたバナナっぽい果物の皮に向けてみらいが杖を振るう。

 

「あれー…?」

 

魔法をかけられた皮は一瞬、直立して踊り出すかと思われたが、すぐにふにゃふにゃとへたり込んでしまった。

 

「きっと躍りかたを知らないモフ!」

「わわっ!?」

 

リコの腕に抱かれていたモフルンはそう言って勢いよく飛び出し、着地すると三つある皮の内二つを手に取る。

 

「いちっ、にっ、モフモフ♪にっ、にっ、モフモフ♪モフ♪モフ♪モフ♪」

 

手に取った皮をポンポンの代わりにして右に、左に、手を振り、ステップを踏んでモフルンは踊り出した。

 

「お「わぁぁっ!!」」

 

モフルンの躍りに引き寄せられたのか、様々な種類の魚とタコ、エビやカニが集まってくる。

 

「可愛い~!!」

 

集まってきた魚達はモフルンの躍りに合わせて動き、ついにはみらいが魔法をかけたバナナの皮までもが一緒に踊り出した。

 

「…まさか本当に浦島太郎にでてくるような光景を見るとは思わなかった」

 

人魚の里の街並みを初めて見たときに竜宮城みたいだと思ったが、まさに魚達の舞いや躍りを目の前にして八幡は呆然と呟く。

 

「モッフー♪」

 

踊りの締め括りにモフルンがポーズを決めると魚達も同じくポーズを決めた。

 

「「「わぁぁぁ!」」」

「「あはは~!」」

 

モフルンと魚達による可愛い躍りに歓声が上がり、パチパチと拍手が巻き起こる。

 

「……気にしてもしょうがないか」

 

はしゃいでいるみらい達に先程まで色々考えていたのが馬鹿らしくなって八幡はそのことについて深く考えるのをやめ、みんなと一緒にモフルン達へと拍手を送った。

 

 

 

一緒にはしゃいだことでみらい達と打ち解けあったシシー、ナンシー、ドロシーの三人。

 

そんな三人はさっきまでおっかなびっくりの様子が嘘みたいにみらい達へと質問をぶつけていた。

 

「え~!?みらいちゃんと八くんってナシマホウ界から来たの?」

 

思わぬ質問の答えにナンシーは驚きの声を上げる。

 

「こっちの世界に来るの怖くなかったの?」

 

ナンシーと同じく、ドロシーがびっくりしながら続けて聞いた。

 

「怖くなんかない、もうっワクワクもんだったよ~!」

「…というよりも、わけがわからないまま行くことになって怖いなんて思う暇もなかったぞ」

「「「ほへぇ…」」」

 

怖くなかったと語る二人をドロシー達は呆気にとられた表情で見つめる。

 

「リコだって一人でナシマホウに来たんだよ?」

「ええ!?大丈夫だったの?」

 

シシーが心配そうにリコの方に目を向けた。

 

「そりゃ最初は怖かったけど……わぁあっ!?ちょっとだけだから!…でも思いきって行って良かったかも」

「みらいとモフルン、それに八幡とも友達になったモフー♪」

「えへへ~♪」

「…やたらとお腹の虫を鳴らしてけどな」

 

うっかりそのまま答えそうになり、慌てて誤魔化すリコ。

 

そこにモフルンが素直なリコの気持ちを代弁し、みらいが嬉しそうに笑って、八幡はぼそりと事実を暴露する。

 

「もうっモフルン~!……八幡は後で覚えてなさい」

「モフッ!?」

「俺に対しての当たりだけ強くないですかね……」

 

少し怒られたモフルンに対して後からやり返す宣言をされた八幡は納得いかないと首を傾げた。

 

「違う世界の人と友達になれるの?」

 

なんだかんだで仲良く見えるみらい達にシシーが不思議そうに尋ねる。

 

「もちろん!リコといるとすっごく楽しいし、ね?八くん」

 

屈託のない笑顔でそう言うみらいに八幡とリコはまるで示し合わせたようにそっぽを向いて答えた。

 

「……悪くはないな」

「ま、まあ、私も二人といると退屈だけはしないわね」

「二人とも素直じゃないモフ」

 

二人の少し(ひね)くれた答えにモフルンが呆れて笑う。

 

「「「?」」」

 

八幡とリコの捻くれた回答は伝わりづらかったらしく、ドロシー達は困った顔をして顔を見合わせた。

 

「世界はとっても広くて、見たことも無い景色やびっくりすること…それにまだ出会えていない友達がたくさんいる…」

 

初めて見たマホウ界の景色、ルビーのリンクルストーンと出会って変身したこと、また見ぬ不思議。

 

そんな思い出を振り返りながら不安そうなドロシー達に向けて、みらいは続ける。

 

「だから、きっと外の世界に行くのってすっごくワクワクするんだと思う」

「外の……」

「世界……」

 

みらいが語ったのは良い面の話だ。当然、そこにはドロシー達が考えていたような〝怖い〟こともある。

 

けれど、それを恐れて踏み出さなければ先に何があるのかはわからない。

 

少なくともみらいの話を聞いたドロシー達の表情からは〝怖い〟よりも〝ワクワク〟の方が(まさ)っているように見えた。

 

「「「…うんっ」」」

 

シシー、ドロシー、ナンシーの三人は再び顔を見合わせると何かを決めたように頷く。

 

「ねえ、良かったら三人に良いもの見せてあげる!」

「良いもの?」

 

三人を代表したナンシーからの誘いにリコが聞き返した。

 

「私達に伝わる大事なたからもの」

「「…?」」

 

シシーの答えにピンとこないみらいとリコは首を傾げる。

 

「…宝物なんて見せて大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫!私達についてきて!!」

 

張り切る三人の後について、みらい達はその場所へと向かう事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━とあるドクロのお城━

 

 

「ドクロクシー様。占いの結果、新たなリンクルストーンの気配を人魚の里に感じます……もしかしたらエメラルドかもしれません」

 

主の前に(ひざまず)き、トカゲ男であるヤモーが報告を述べる。

 

コツコツ━…

 

報告するヤモーの後ろから亀のような大男、ガメッツが現れた。

 

「ドクロクシー様、海ならばこのガメッツにお任せを」

 

━━━ギランッ

 

ガメッツの言葉に闇の魔法使いが主、ドクロクシーの目が妖しく光る。

 

「では…イードウッ!」

 

了承を得たガメッツが呪文を唱えてその場から消えた。

 

「なるほど…次はガメッツさんですか、スパルダさんをからかうのも飽きましたし…お手並み拝見といきましょう」

 

こっそりと話を盗み聞きしていたマキナも指を鳴らして消える。

 

闇の魔法使いの脅威が人魚の里に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが…」

「宝物…?」

「大きな…貝…か?」

 

ドロシー達に案内されて三人が辿り着いたのは、大きな貝が中央に鎮座している洞窟だった。

 

「宝物だって!!」

 

それを眺めていると突然、後ろから大声が聞こえてくる。

 

「「「わわぁっ!?」」」

 

声に驚き慌てて逃げ出すドロシー達。しかし、隠れるところもなく、声のする方から少し遠ざかるだけに止まる。

 

「ジュン、どうしてここに…?」

 

リコが後ろを振り向くとそこにいたのは、同じ補習組の生徒であるジュンだった。

 

「ちょうどこの辺、探検しててさ」

「あ、さっきの…」

 

声の正体がこっそりと覗いていた時にマール貝を素手で開けようと四苦八苦していた人物だとわかってナンシーが思わず呟く。

 

「「「ふふふっ」」」

 

その時の事を思いだしてつい、笑ってしまう三人。けれど、笑ったおかげで変に怖がることもなく接する事ができそうだった。

 

「?」

 

まさか目の前の人魚達三人が自分の失敗を見ていたとは露知らず、なんで笑っているのだろうとジュンは首を傾げる。

 

「それにしても大きい貝だね~」

 

鎮座している貝を見つめてそんな感想を口にした。

 

「あの貝はね、ずっと昔から人魚の里で大切に守られてきたの」

 

みらいの感想にナンシーが貝にまつわるエピソードを教えてくれる。

 

「その昔、貝は口を開いていて…その頃、人魚は海の中だけじゃなく…空も泳いでたんだって!」

「人魚が空を!?」

 

空を飛ぶ人魚という聞いたことのない話にみらいは大きな声で驚いた。

 

「そう……そうして人魚が外に出て、他の色んな種族と交流してたって…」

「してたって事は…」

 

ナンシーの話が過去形なのに気付いた八幡が言外に尋ねる。

 

「うん…人魚が空を泳ぐのをやめた頃から貝は眠ったように口を閉ざしてしまって…外の世界との交流も少なくなったの」

 

八幡の疑問に答えるドロシー。今の里の現状からも分かっていたことだったが、だいぶ閉塞的になっているようだった。

 

「あら?貝の下に何かを書いてあるみたいね」

 

話を聞きながら貝を観察していたリコが台座に彫られた石碑を見つける。

 

「…人魚の心に光戻りし時、再び輝きの人魚現れ、我らを広き世界へと導く」

 

使われているのはどうやら一般的なマホウ界の文字らしく、リコがそれを手でなぞりながら読み上げた。

 

「輝きの人魚?」

 

それがどんな人魚なのだろうと思ってみらいは呟く。

 

「うん!」

 

みらいの呟きに頷き、シシーは天井を見つめる。そこには二人の人魚が空を舞っている姿を描いたレリーフがあった。

 

「見てみたいなぁ……」

 

天井を見上げて輝きの人魚に思いを馳せるシシー。

 

まさかその先、海中を通り越した空の上に腕組みしながら闇の魔法使いが不敵な笑みを浮かべているなんて、シシーはおろかその場にいる全員は思いもしなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話「人魚の里の魔法!え…歌うんですか?よみがえるサファイアの想い!」Bパート

 

━━━━ズドォォンッ!!

 

轟音と衝撃が静かな海中に響き渡る。

 

「…フッ」

 

音の発生源である闇の魔法使い、ガメッツが泡と砂の中から姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

━━━━ズドンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━ズドンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!」

 

何かを感じ取ったようにシシーがはっと入り口の方に振り向く。

 

「大変!なにか怖いものが来たみたい…!」

「怖いもの?」

 

入り口の方を見ても特に変わった様子は見受けられなかったため訝しげな表情を浮かべる八幡。

 

それはみらい達も同じらしく、不思議そうに顔を見合わせている。

 

「うん…どんなものかまではわからないけど、ものすごく怖いもの」

「早く逃げないと…」

 

続けてナンシーとドロシーが怯えた様子で近くにいたモフルンを抱き上げた。

 

「あたいがいるんだ、心配すんな」

 

怯える二人を勇気づけようとジュンが目線を合わせて笑いかける。

 

━━━ズドォォンッ!!!

 

誰の耳にも聞こえるくらい大きな轟音が響き、地鳴りとなって洞窟を揺らした。

 

「「きゃぁぁ!!」」

「わぁぁ!?」

 

轟音に驚いたナンシーとドロシーは悲鳴を上げてジュンの腕の中に飛び込む。

 

━━━━ドドドドドッ!!

 

「ぅぅ…」

 

止むどころか継続的に鳴り響く轟音を恐れてシシーもまた、みらいにぎゅっとしがみついて震えていた。

 

「みらい、八幡」

 

二人の名前を呼び、目で合図を送るリコ。その合図を察して八幡は目線を返し、みらいは震えているシシー達を見て決意したように頷く。

 

「ジュン、この子達をお願い」

「え?」

 

リコの言葉にジュンは少し驚いたようで思わず声が出てしまった。

 

「私とリコ、それに八くんで様子を見てくるから隠れててね」

「えっ…でも…」

 

怖くて震えているにも関わらず、みらい達の身を案じて止めようとするシシー。そんなシシーを安心させるようにみらいは微笑んだ。

 

「大丈夫」

 

みらいのその一言はシシーの怖いという気持ちを和らげ、震えを止める力を秘めていた。

 

「…危なくなったら無理せずに逃げる。だからまあ…心配しなくても大丈夫だ」

 

続けざまに八幡もそう言ってシシーの頭を優しく撫でる。

 

「二人の言う通り私達の心配はいらないわ、すぐに戻るから待ってて」

 

リコは未だに怯えているナンシーとドロシーに笑いかけると、原因を探るためにみらい、八幡の二人と洞窟の外に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟を後にした三人は音の正体を確かめるために辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

「怖いものが来たって…」

「あそこまで怯えるって事はまず、気のせいじゃないだろうな」

 

さっきまでの地響きが嘘のように消え、静かな海中にみらいと八幡の声だけが響く。

 

「…?」

 

ふと、三人の真横を一匹の魚が物凄いスピードで通りすぎた。

 

「「「……!?」」」

 

それを皮切りに様々な魚の群れがまるで何かから逃げるように泳ぎ去っていく。

 

「この先に何かがあるのか…?」

「行ってみるしかないわね」

「行こう!」

 

魚達が逃げてくる方向に向かって三人は再び駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと時を同じくしてみらい達とは別の場所にいたアイザック、ケイ、エミリーの三人がロレッタに先導されて避難していた。

 

「皆さんはここに」

 

アイザック達を洞窟に先導し終え、そう言うロレッタ。どうやらこの辺一帯が安全地帯らしく他の人魚達も集まっている。

 

「みらいさんとリコさん、それに八幡くんとジュンさんが…」

 

運悪く自由行動中に異常が起こってしまったことで、合流出来ていない四人を探しにいかなければとアイザックが飛び出そうとした。

 

「私が見てきます」

 

飛び出そうするアイザックを制止してロレッタが代わりに踵を返す。

 

「みんな……」

 

探しに向かったロレッタの後ろ姿を見つめながらエミリー不安そうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「はっはっはっ━━」」

「はっはぁっはぁっ……」

 

息を切らしながら魚達が逃げてくる方向に向かってひたすら走る三人。すでに逃げきってしまったのか進めば進むほど魚達の姿は見えなくなっていた。

 

「やはりお前達もいたか」

「…?」

 

走っている途中、頭上から聞こえてきた声に三人は足を止め、上を見上げる。

 

「フッフフフ…」

「なんでここに…!」

 

見上げた先、その声の正体は闇の魔法使いが一人、ガメッツだった。

 

「フッ…プリキュア、今こそ勝負だ!」

 

ガメッツは好戦的な笑みを浮かべて髑髏(どくろ)の杖を構える。

 

「魔法、入りました。出でよ、ヨクバール!!」

 

拳と拳を突き合わせて呪文を唱えるとガメッツの背にある甲羅から魔方陣が浮かび上がり、無数の貝達とヒラヒラした海草を吸い込んだ。

 

「ヨクバール!」

 

魔方陣の中から現れたのは大きな髑髏の顔に巨大な貝の体、長く伸びる触手のような海草が手のように生えているのが特徴のヨクバールだった。

 

「ヨォ……ヨォッ!!」

 

ヨクバールは一瞬、後ろに下がって力を溜め、反動をつけて加速しながらみらい達に強襲をかける。

 

「っ避けろ!」

「わぁっ!?」

「きゃっ!?」

 

八幡が咄嗟に叫ぶが、迫るヨクバールの圧に叫んだ本人も含めた三人の足がもつれてその場で転んでしまった。

 

ビュォォォ━━━━

 

転んだ事が幸いして激突は間逃れた三人。

 

ヨクバールの突撃は通りすぎた後に渦潮(うずしお)を巻き起こす程の威力があったようで、もし当たっていたらひとたまりもなかっただろう。

 

「どんな威力だよ…!」

 

あまりの威力に八幡は悪態をつくが、そんなことを言っている間にもヨクバールは折り返して再び突撃してくる。

 

「リコ!」

「うん!」

 

みらいがリコの名前を呼び、プリキュアに変身しようと手を繋いでもう片方の手を空へと向けた。

 

「お前らちょっと待っ…」

 

何かに気がついた八幡が声を上げるが二人の耳には届かない。

 

「「キュアップ・ラパ…」あれ?」

 

呪文の途中で二人もいつもと違うことに気付いたらしく顔を見合わせる。

 

「っモフルンは!?」

「あ…」

 

モフルンがいないことに慌てるみらい。プリキュアに変身するためにはモフルンの存在が必要不可欠、つまり今二人は変身することが出来ない。

 

「……モフルンは洞窟で待ってるあいつらと一緒だ」

「…そういえばあの子達が抱えてたわね」

 

八幡の言葉にリコが記憶を思い返して呟く。

 

「どうしよう…」

「どうしようって言われても…」

「…あんまり迷ってる時間はないぞ」

 

二人がプリキュアに変身出来ない以上、ヨクバールに対抗する(すべ)はない。

 

「「「あっ…」」」

 

つまり、それは今から旋回してくるヨクバールの突撃に対してどうすることも出来ないということだ。

 

「ヨクバールッ!!」

 

旋回したヨクバールがこちらに向かって一直線に飛んでくる。

 

「とにかく今は逃げ…」

 

━━━━ドォォォンッ!!

 

八幡が言い終えるより前にヨクバールの巨体が地面を揺らし、辺りに轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、洞窟に隠れていたジュン、シシー、ナンシー、ドロシーの四人はモフルンを連れて入り口付近にある岩陰から外の様子を(うかが)っていた。

 

「モフ~!離してモフ~!!」

 

ドロシーの腕の中でモフルンがジタバタともがく。

 

「モフルンも行くモフ~!!」

「あ、危ないからダメだってば!」

 

必死に腕の中から脱出しようとするモフルンをドロシーがぎゅっと抱いて離さない。

 

「リコ達大丈夫かな…」

 

岩陰から顔を出してキョロキョロと辺りを見渡しながら心配そうに呟くジュン。

 

━━━━ドォォォンッ!!

 

止んだと思っていた轟音が再び響き、さらなる不安がジュン達を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨクッ!!」

 

━━━━ドォォンッ!ドォォンッ!ドォォンッ!!

 

「「わ、わぁぁっ!?」」

「うぉっ!?」

 

右へ、左へ、時に倒れながらヨクバールの突進をかわし逃げる三人。

 

どうやら悪運は強いようで先程の突進も吹き飛びはしたが直撃は避けられたらしく、柔らかい地面がクッションになってほぼ無傷で済んだ。

 

しかし、その運もずっと続くわけではない。ヨクバールとの速度差は圧倒的でこのままでは(じき)に逃げ切れなくなってしまうだろう。

 

「あっそこの岩陰!」

「っ飛び込め!」

 

切迫したこの状況で聞こえたみらいの声に八幡が叫び、三人は岩陰へと思いっきり飛び込んだ。

 

「ヨクバールッ!!」

 

間一髪、激突する寸前だったようで飛び込んだのとほぼ同時にすぐ真横をヨクバールが通過する。

 

「っ…この…ままだと…まずい…」

「っはぁっ…はぁっ…そんな…こと…言われ…ても…」

「っはぁっ…モフルン…がいないと…」

 

全力で走ったせいで息も()()えになりながら、三人は酸欠で回らない頭を必死に働かせて打開策を考えるがやはりなにも浮かばない。

 

「……とにかく…まずはモフルンと合流するのが先決だな」

 

考えを整理するために八幡はまず行動の指針を決めてそれを口にする。

 

「でも…その前に追い付かれちゃうよ!」

 

みらいの言う通り、ここからモフルン達がいる洞窟までの距離は流石に逃げ切れない。

 

「それ…に…このまま合流したらあの子達まで危険にさらすことになるわ…それだけは避けないと…」

「………」

 

リコの懸念は八幡も考えていた事だ。危ないからと待っていてもらったのに、そこへ危険を持ち込んでは本末転倒になる。

 

(…目的はモフルンとの合流。前提条件として洞窟で待っているあいつらの安全を考慮すること、それにはヨクバールを引き離す必要がある……なら)

 

八幡が何かを決めたように二人の方を向いた。

 

「お…」

「「それはダメ」だよ!」

 

思い付いた案を話そうとした瞬間、みらいとリコが声を揃えてそれを遮る。

 

「……まだ何も言ってないだろ」

 

まさか喋る前に遮られるとは思っていなかった八幡は少し面をくらいつつも、そう切り返した。

 

「言わなくてもわかるよ!八くん、危ないことしようとしてるって」

「そうね、八幡のことだから自分が囮になるとでも言うつもりだったんでしょ?」

「……よくわかったな」

 

自分の考えをピタリと当てられて驚く八幡。

 

二人の言うように八幡は自分を囮にすることで、みらいとリコがモフルンと合流する時間を稼ごうとしていた。

 

「やっぱり…そんなの絶対にダメ!八くんだけ危ない目にあうなんて…」

「…他に方法はないだろ」

 

危険を伴うその案に反対し、まっすぐ八幡を見つめてくるみらいから目線を逸らして答える。

 

「だとしても、その方法はダメよ……もっと自分を大切にして」

 

引き下がる気配のない八幡にリコは目を伏せ、そう投げ掛けた。

 

「…別に犠牲になるわけじゃない。ただ合流までの時間を稼ぐだけだ」

 

八幡だって痛いのは嫌だし、ヨクバールなんて怪物を前にすれば今でも足がすくむ。

 

それでもこの方法が()()()()()で、三人とも助かる可能性が高く、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

伝説の魔法使いプリキュアとただの一高校生である自分、比べるまでもないだろう。

 

「でも…」

「…なるべく早くしてくれると助かる」

 

話を強引に遮ってそう言い残すと八幡は岩陰から飛び出していった。

 

「ちょっと!待ちなさい!」

 

リコが引き留めようとするも、すでに遅く伸ばした手が空を切る。

 

「っもう!」

「八くんを止めないと!」

 

囮になろうとする八幡を止めるために駆け出す二人。

 

━━ゴツンッ

 

「「あいたっ!?」」

 

同時に駆け出そうとしたせいで互いに頭をぶつけたみらいとリコは痛みのあまり、すぐに八幡の後を追い掛けることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…変身しないのか?このガメッツが相手では不足とでも言うのか!」

 

ヨクバールの上に立ち、三人を追い回していたガメッツが苛立ったように叫ぶ。

 

どうやら二人が変身出来ないことを知らずに軽く見られていると勘違いしたらしい。

 

「ハッ…なんだわかってるじゃねえか」

「なにっ!」

 

囮役として飛び出した八幡がガメッツの気を引くため、皮肉げに笑う。

 

(上手い具合に勘違いしてるな……ならそこをつつけば…)

 

「お前は……他の二人、プリキュアはどうした?」

「…自分でさっき言ってただろ?相手にするのに役不足だって」

 

勘違いを利用して自分に注目を集めさせようと八幡はさらにガメッツを挑発した。

 

「…なるほど、つまりお前が相手をすると言うのだな?」

 

先程までとはうって変わって冷静になったように見えるガメッツ。

 

それに対し八幡は、挑発が失敗したのかと冷や汗をかきながらもそれを表情には出さないようにして続ける。

 

「まあ、そういうことになるな…伝説の魔法使いが相手をするまでもない」

「フッ…おもしろい、その挑発に乗ってやろう」

 

そう言うとガメッツはヨクバールを八幡の方に向けた。

 

(挑発は失敗した…それでも結果的に囮役は勤まりそうだな…)

 

ガメッツは八幡の言葉が見え透いた挑発だと理解した上であえて乗っかってきたのだ。

 

たとえ意図がバレていたのだとしても八幡の方を狙ってくれるのなら問題はない。

 

「ではいくぞ!」

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、飛べ!!」

 

ヨクバールがこちらに向かってくるのとほぼ同時に八幡は小さくなっている箒を元の大きさに戻して呪文を唱えた。

 

「ぐっ…!おぉぉっ!」

 

箒による急加速で八幡の口から苦しげな声が漏れる。

 

「ヨクバッ!?」

 

当たると思った攻撃をかわされ驚くヨクバールにガメッツが指をさして叫ぶ。

 

「逃すな!ヨクバール!」

「ヨクバールッ!!」

 

目標を見定めたヨクバールが猛スピードで飛んで行く八幡の後を追って加速を始めた。

 

ギュィィィンッ━━━━

 

「がっ━━うっ━━!」

 

加速する音と共に八幡は声にならない(うめ)きを上げる。

 

“まずい…このまま離れすぎれば囮の意味がなくなる━━━“

 

速度に振り回されながらも必死で頭を働かせ、手に力を込めて箒の進路を強引に変更する八幡。

 

キィィィィッ━━━━!

 

「うぷっ…」

 

急ブレーキによる慣性とそこから加速した圧力で圧迫された内臓が悲鳴をあげて、猛烈な吐き気が八幡を襲う。

 

“吐くなら吐けばいい、余計な事を考えるな━━━”

 

Uターンした箒は(あやま)たず飛んできた軌道をたどり、追ってくるヨクバールに向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「なに?こちらに向かってくるだと…?」

 

急に旋回して向かってくる八幡にガメッツは怪訝な表情を浮かべる。

 

ガメッツは八幡が油断ならない相手なのは知っているが、それはあくまでも間接的な話。直接戦うような力はないはずだ。

 

だからこそ八幡の狙いが他の二人を逃がすための囮だということを見抜き、ガメッツはあえてその挑発に乗った。

 

にも関わらず正面衝突も辞さない速度と軌道でこちらに向かってくる八幡の行動が解せない。

 

「なんのつもりか知らんが、向かってくるというのなら好都合。返り討ちにしてくれる…ヨクバールッ!」

「ヨクバール!!」

 

考えても仕方ないと言わんばかりにヨクバールへと命令を下したガメッツは猛スピードで向かってくる八幡を正面から打ち砕くために身構えた。

 

 

 

 

 

 

 

ゴォォォォッ━━━━

 

身構えるガメッツとそれに向かってさらに加速する箒に八幡はこれまでにないほど焦っていた。

 

“っやばい!逃げる方向を完全に間違えた…!!”

 

慌てて箒を切り替えしたせいで本当ならヨクバールの横をすり抜けるはずが、勢い余って衝突する軌道になっている。

 

“もうブレーキは間に合わない━━”

 

箒の速度に慣れてきたのか、はたまたこの危機的状況からくる走馬灯のようなものなのか、信じられないほどの速さで巡る思考の中で八幡はそれを悟った。

 

“避けようにもこのスピードだと曲がりきれずに衝突する━━”

 

ブレーキをかけても間に合わない、かといって避けようにも速すぎて曲がる前にぶつかる。

 

考えても良い案はは浮かばないまま眼前に迫る髑髏の顔。もはや八幡にとれる手段はない━━━━。

 

 

 

「っがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

━━━ぶつかる直前、八幡は叫びながら無我夢中で体を思いっきり左に倒した。

 

「な、何ぃっ!!?」

 

驚愕の声を上げるガメッツ、しかしそれも無理はない。八幡の乗った箒は突如ガメッツの視界から消え、いつの間にかヨクバールの後ろへと通り抜けていたのだから。

 

「ありえんっ!どうやってあのスピードから避けたというのだ…!?」

 

迎え撃つつもりで構えていたガメッツはその宛が外れ焦り、慌てて八幡の後を追いかける。

 

「が、はぁっはぁっ……っ!」

 

緊張と叫んだ反動で八幡は息を切らしながら、後方にヨクバールが追ってきているのを確認すると改めて避けた瞬間の事を思い返した。

 

(たまたま上手くいっただけ…もう一度同じ事をやろうとしてもまず失敗する…)

 

八幡はぶつかる数メートル手前で思いっきり体を左に倒し、まるでプロペラのように箒ごと回転しながら真っ直ぐ突っ込んでヨクバールの真下を通り抜ける事に成功したのだ。

 

しかしこれはヨクバールの形状が貝のように平べったかった事と八幡のタイミング、その他様々な偶然が重なった結果、運良く避けられたに過ぎない。

 

“それにまだ終わったわけじゃない━━”

 

ひとまず目の前の危機を脱したと言ってもこれから囮としてさらに時間を稼がなければならないし、なによりすでに次の危機が迫っている。

 

“っ地面━━!!?”

 

すぐそこまで砂の地面に迫っていた事に気付いた八幡は一瞬ヒヤリとしつつも、慌てずに箒の柄に力を込めてゆっくりと引き上げた。

 

━━━━ボフッ━━ゴォォォォッ!!

 

箒は自然な軌道で流れるように弧を描き、砂を巻き上げて地面を滑空する。

 

(…なんとなくこの箒の扱いがわかってきた)

 

この危機的状況で徐々に暴走箒を扱うコツを掴み始めた八幡は忘れないように頭の中で()()()()反芻(はんすう)した。

 

“箒の速さに飲み込まれるな……焦らずゆっくりと力を込めろ━━”

 

魔法の基本はイメージだ。それはもちろん箒で飛ぶことも変わらない。

 

飛んでいる自分を想像してそのイメージ通りに箒を操る、それさえ出来れば後は本人の感覚次第で自由に飛べるはずだ。

 

無論、想像通りに動かすのは難しく、自由に飛ぶというのは理想論だろう。それでもそれを意識していけば(おの)ずと理想に近付き上達していく。

 

今まで八幡は箒の速度に振り回されてイメージどころではなかった。

 

しかし、ヨクバールと衝突する土壇場でそれを回避するために考える事を余儀なくされた結果、八幡にイメージする猶予が生まれたのだった。

 

「ぬおっ!?止まれヨクバール!」

「ヨ、ヨクッ!?」

 

━━━━ズトォォォンッ!!

 

八幡を追いかけていたガメッツとヨクバールが速度を落としきれずに砂の地面に突っ込んだ。

 

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、止まれ!」

 

ガメッツとヨクバールが地面に突っ込んだ事で八幡は距離を離すのはまずいと箒を旋回させて、その場に留まり様子を(うかが)う。

 

「…なるほど、どうやらお前の事を少々(あなど)っていたようだ。よもやあのような方法でこのガメッツと対峙するとはな」

「ヨ…ヨクバール…」

 

巻き上がった砂が晴れ、好戦的な笑みを浮かべるガメッツと地面に激突した事でダメージを受けたらしいヨクバールが姿を現した。

 

「…だから言っただろ、伝説の魔法使いが相手にするまでもないって」

 

狙ってやったわけではないがガメッツが都合良く解釈してくれたので八幡は再び挑発を試みる。

 

「フッ…そんな挑発をせずともこのガメッツ、存分にお前の相手をしよう…いくぞ!」

「ヨクバールッ!」

 

ガメッツは認識を改めたようで八幡の事を自分が戦うに値する相手と認め、全力で向かってきた。

 

「キュアップ・ラパパ!箒よ、飛べ!!」

 

向かってくるガメッツに対して八幡は再び背を向け、箒を走らせる━━━━

 

“さっきよりも速い━━!?”

 

迫りくるガメッツとヨクバールのスピードが明らかに上がっている━━どうやら今まで本気ではなかったらしい。

 

“っそれでもまだ……”

 

上がっていると言ってもその速度は八幡の操る箒には及ばない、これならまだ時間を稼げると思った矢先、ガメッツが行動を起こす。

 

「追い付けぬのなら撃ち落とすまで、やれっヨクバール!」

「バールッ!」

 

ガメッツの合図と共にヨクバールは自身の体━━大きな貝の口をカパッと開き、そこから無数の光弾を機関銃のように吐き出した。

 

ヒュッヒュッヒュンッ━━!!

 

「っ!?」

 

思わぬ攻撃に今度は八幡が驚愕する。ヨクバールが吐き出した光弾はざっと見ただけでも数百発、そしてその一発一発が八幡にとって無視できない威力を持っていた。

 

“一発でも当たればそれだけで致命的…それに加えてこの数は━━━━”

 

いくら暴走箒を乗りこなし始めたと言ってもこんな機関銃(まが)いの速度で無数に飛来する光弾の隙間を縫ってかわすことなんて不可能だ。

 

八幡はそう判断すると体を横に倒して柄を握る手に力を込め、先程ヨクバールをかわしたのと同じ要領で箒ごと回転しながらほぼ真横に曲がりきる。

 

━━ザシュッ

 

「ぐっ…」

 

光弾の速度が思った以上に速かったらしく、避けきる前に一発の光弾が背中を(かす)め、八幡の口から苦悶(くもん)の声が漏れた。

 

「ほう…あれを避けるとはな……だが、長くは持つまい。ヨクバールよ、攻撃の手を休めるな!」

「ヨックバール!」

 

指示を受けたヨクバールの苛烈な攻撃は続く。

 

━━右へ━━左へ━━上へ━━下へ━━八幡は自分の三半規管が上げる悲鳴を無理矢理押し込めて縦横無尽に箒を操る。

 

━━ズキッ

 

「痛っ…」

 

避けようと動かす度、背中に鋭い痛みが走った。

 

それはギリギリで攻撃をかわしているこの状況において判断ミスに繋がりかねないだろう。

 

それに八幡を襲っているのは痛みだけではなく、緊張と恐怖からくる発汗、目眩、息切れ、吐き気…いつ気を失ってもおかしくない。

 

“少しでも気を(ゆる)めればその時点で終わる━━!?”

 

目まぐるしく変わる視界の中で八幡が目にしたのはこちらの方に駆けてくるみらいとリコ、二人の姿だった。

 

「八くんっ!!」

「八幡っ!!」

 

八幡の名前を叫びながら走る二人の近くにモフルンはいない。あの後、そのまま八幡を止めるために追いかけてきたのだろう。

 

「む…ようやく出てきたかプリキュア。さあ、変身して見せろ!」

 

二人が現れたのを見てガメッツは待ちくたびれたと言わんばかりに標的を変える素振りを見せた。

 

(まずい…!)

 

みらいとリコがガメッツの標的になったと思い逃げるのを止めてヨクバールに向かっていく八幡。

 

ガメッツの嬉々(きき)とした様子から、二人がまだ変身出来ない事に気付いていないのだろう。

 

つまりガメッツは何の躊躇(ためら)いもなく攻撃を仕掛けるという事だ。そうなってしまえば今の二人に防ぐ手立てはない。

 

“こっちに注意を向けさせる━━━━”

 

ヨクバールの目の前を通り過ぎ意識をそらす、それが今できる最善の方法だと八幡は箒を握る手に力を込める。

 

しかし、ここで一つ八幡には大きな誤算があった。

 

「ヨクバール」

 

二人に標的を変えていたはずのヨクバールが飛んでくる八幡の方を向く。

 

「━━っ!?」

 

それを見て八幡は気付く、ガメッツが標的を変えたわけではない事を。

 

「言ったであろう?このガメッツ、存分にお前の相手をすると、プリキュアはその後だ」

 

そう言ってガメッツは突っ込んでくる八幡を迎え撃つために再び身構えた。

 

()しくも先程と同じ構図にはなったが、もう一度、同じ様にヨクバールを避けるのは不可能に近い。

 

(…さっきと同じ様に避けようとしても一度見られている以上、それが成功するとは思えないし、何よりあんな動きをもう一度できる自信もない)

 

恐らくガメッツは八幡がギリギリでかわすことを前提に考えているだろう。…というより実際にそれ以外にとれる選択肢がないのが現状だ。

 

そのまま進めば衝突して終わり、ブレーキをかけても中途半端に減速してヨクバールの前に無防備を(さら)すだけになる。結局、最善はギリギリで避けるという事になってしまう。

 

選択肢があるとすれば避ける方向くらいでそれも上か下かの二択しかない。

 

“なら…一番可能性があるやり方で……”

 

危機的状況で驚くほど速く思考が回っているとはいえ、ヨクバールまでは文字通り一瞬、もう迷っている時間はないと八幡は()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、止まれ!!」

 

減速するために体ごと箒を横向きに倒しながら八幡が呪文を唱えた。

 

「なっ!!?」

 

まさかの行動に再び驚愕の声を上げるガメッツ、そして八幡はその僅かな隙を逃すまいと減速した事で自由になった片手を使って杖を取り出す。

 

「キュアップ・ラパパ!閃光よ、()ぜろ!!」

 

杖を突き出し、八幡が呪文を唱えると先端から強烈な光が爆ぜた。

 

「ぐっ…」

「ヨクッ!?」

 

完全に不意を突かれたガメッツとヨクバールはまともに光を()らって視界を奪われる。

 

「っ…ひとまずは上手くいったな」

 

目を(つむ)っていたとはいえ、至近距離だったせいで少し影響を受けた八幡は覚束(おぼつか)ない様子で地面に降り、呟いた。

 

八幡が選んだ一番可能性のある方法、それはブレーキをかけて減速し、ヨクバールの前で止まるというものだった。

 

あれだけ驚くような避け方を見せられれば、当然印象に残る…まして同じような構図ならなおさらだ。

 

()ればこそ、ガメッツは同じ様に避けてくるだろうと予測する。そこへ想定外の行動をやって見せれば隙ができるはずと考えたのだが、上手くいくかどうかは賭けだった。

 

「「八(くん)」幡!!」

 

痛みと酩酊感(めいていかん)から、未だに立ち上がることすら出来ない八幡の元にみらいとリコが駆け寄る。

 

「……今の内にモフルンと合流しろ」

 

駆け寄ってきた二人に向けて八幡は突き放すように言った。

 

「うん、そうする。八くんも一緒に、ね?」

「ほら、肩に掴まって」

 

二人はそんな言葉を物ともせずに八幡へと手を差し伸べる。

 

「…いや、いい。俺はここに残るからお前らだけで行ってくれ」

 

差し伸べられた手から目を背け、八幡は早口で否定の言葉を口にした。

 

「やだ!」

「ダメ!」

 

それに対して否定の言葉を短くスッパリと否定で返す二人。その様子から八幡を置いていくという選択肢がないのは明らかだった。

 

「…さっきの目眩ましがいつまで効いているかわからない以上……誰かが残って足止めした方がいいだろ」

 

痛みはあるが、背中の怪我は大したことない。しかし、無茶な運転をしたせいで体のあちこちが悲鳴を上げ、まともに動く事すらままならない状態だ。

 

そんな八幡を連れてモフルンの元へ向かうには時間がかかってしまい、ガメッツの視力が回復してしまうだろう。

 

「それにはプリキュアに変身できるお前らよりも俺が残るのが一番リスクが低い」

 

最悪の場合でも二人がモフルンと合流さえできればそれでいい。八幡にもしもの事があってもみらいとリコが無事ならばヨクバールを倒す可能性は(つい)えないのだから。

 

「……そんなの絶対にやだ」

 

みらいは真っ直ぐ八幡を見つめた。

 

「だって八くん絶対に無茶しようとするもん!さっきだって止めたのに……私、怒ってるんだよ!!」

 

足手まといだからとか、リスクが少ないだとかそんな理屈で武装した八幡の言葉を関係ないと言わんばかりに突っぱねたみらいの表情は本人の言う通り怒っているように見える。

 

けれど、それと同じくらい八幡の事を心配しているのが伝わってきた。

 

「私もみらいと同じ気持ち……ねぇ、八幡。もし私達が八幡みたいに囮になるから逃げてって言ったら八幡は逃げる?」

「………」

 

リコからの問いかけに押し黙る八幡。そんなたらればを考えても仕方がない。

 

囮になるべきは八幡で逃げなければならないのがみらいとリコ、考えたところでそれに変わりはないのだ。

 

「……たぶん…ううん、絶対に八幡は逃げない。なんだかんだ屁理屈(へりくつ)を言って私達を逃がそうとすると思う」

「…そんなこと」

 

返答を待たず、確信を持ったように断言するリコに思わず八幡も口を開きかける。

 

(…いや、そもそもこの問答自体に意味がない)

 

いつまで目眩ましが持つかわからないこの状況でこんなやり取りをしている場合ではないだろう。

 

「ぐっ……」

 

悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、酩酊(めいてい)からくる吐き気を飲み込んで八幡は立ち上がった。

 

「八くん…?」

 

ふらふらと今にも倒れそうな八幡を心配そうに見つめる二人。支えようと手を伸ばすが、二人を見つめ返す八幡の表情がそれを許さない。

 

「は…」

 

━━━━━━パチンッ

 

八幡が口を開きかけたその時、聞き覚えのある不吉な音が響く。

 

「ぐ……ぬ?どういうことだ、急に見えるようになったぞ」

「ヨクバール?」

 

音が響くと同時に目眩ましの影響で(もだ)えていたはずのガメッツとヨクバールの視力が回復してしまった。

 

「なっ━━!?」

 

あまりにも早すぎる復活に驚愕する八幡。その声が聞こえたのかガメッツが三人の方を向く。

 

「そこかプリキュアっ!」

「ヨクバールッ!!」

 

ヨクバールの口が開き、そこから撃ち出された光弾が三人を襲う。

 

「っ━━」

 

咄嗟(とっさ)に八幡が二人を近くの岩陰に突き飛ばした。

 

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

いきなり突き飛ばされた二人が倒れ込んだ直後、先程まで立っていた場所へと光弾が降り注ぐ。

 

ドドドドドドドドッ━━━━!!

 

「八くんっ!」

「八幡っ!」

 

悲痛な声を上げる二人。しかし、無情にも降り注いだ光弾は止むことなく、砂煙を巻き上げながらみらいとリコに迫っていた。

 

メキメキッミシッ━━━━

 

盾となった岩が音をたてて(きし)み、あっという間にひび割れが拡がっていく。

 

「「きゃぁぁっ!!?」」

 

光弾はものの数秒で岩を穿(うが)ち、その先にいる二人を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒィッ!?なんだあいつ……!?」

 

隠れている岩陰から覗いていたジュンがヨクバールの力を目の当たりにして短い悲鳴を上げる。

 

「っみらい!リコ!八幡!」

 

同じくその様子を目にしたモフルンが三人の名前を叫び、ドロシーの腕の中から飛び出した。

 

「モフちゃんっ!」

 

三人の方へ走り出したモフルンを止めようとドロシーが手を伸ばすが届かない。

 

「ちょ、ちょっと!?おい!」

 

少し遅れてそれに気付いたジュンは慌ててモフルンの後を追った。

 

「一体なにが…?」

 

ジュンと入れ替わるように現れたロレッタが見えない状況を前に呆然と呟く。

 

「先生っ」

「モフちゃんが…」

 

ドロシーとナンシーの心配する声にロレッタは応える事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまらぬ…もう終わりか」

 

ガメッツが鼻白(はなじろ)んだように砕かれた岩と砂煙が立ち込める地面を見下ろす。

 

「よもや変身しないままとは……ん?」

 

砂煙の中に何かを見つけ、ガメッツは怪訝な表情を浮かべた。

 

(まだ無事な者がいたのか…)

 

それが人影だと気付いたガメッツが感心したように注視する。

 

「ゲホッ……っはぁ…はぁ…」

 

地面を(おお)っていた砂煙が晴れるとそこには苦しげに肩で息をしている八幡がいた。

 

「ほう…お前だったか。先程の箒(さば)きといい、何度も驚かせてくれる」

 

おおよそ無事でいられるとは思えないヨクバールの攻撃を受けて立っている八幡を見てガメッツは楽しげに笑う。

 

「…何…が…いや…それよりもあいつらは…」

 

ヨクバールの攻撃をもろに浴びたはずの自分が無事な事に疑問を覚えた八幡だったが、それどころではないとすぐに二人の行方を探した。

 

「うぅ…」

「くっ…」

 

八幡は岩の残骸から少し離れた場所に倒れている二人を見つける。二人に目立った外傷はなく、どうやら岩が盾になった事が幸いして吹き飛ばされるだけで済んだようだ。

 

(あいつらは無事……なら俺のする事は変わらない)

 

二人の無事を確認した八幡はガメッツを見据え、わかりやすいよう皮肉げに口の端を上げる。

 

「…それはなんのつもりだ?まさかこの()に及んでまだ時間稼ぎをするつもりか」

 

理解できないと眉をひそめるガメッツ。プリキュアの二人はヨクバールの攻撃を受けて倒れたままだ。

 

それを知っているにも関わらず、時間を稼ぐ意味がわからない。

 

「無駄だと知っていてなぜそこまでする?なぜ逃げない?お前は自分を犠牲にしてまであの二人を守るというのか?」

 

満身創痍(まんしんそうい)になりながらも未だに倒れない八幡にガメッツが問うた。

 

「……別に、これは自分のためにやってることだ。犠牲になったつもりはないし、無駄だとも思ってねぇよ」

「何?」

 

投げ掛けられたその問いが、先程意味がないと答えなかったリコの問いと重なる。

 

━━なぜ逃げないのか?

 

逃げるよりも効率的で一番リスクが低いから

 

━━立場が逆だったら逃げるのか?

 

そんな仮定に意味はない、伝説の魔法使いなのはあの二人で比企谷八幡にそんな力はないのだから

 

━━自分を犠牲にしてまで二人を守るのか?

 

元より()けられるものがないのだ、そういうやり方しかできないし、知らない。二人を守るのは自分のため、それを犠牲とは呼ばないだろう

 

 

 

━━無駄と知りながらどうしてそこまでするのか?

 

 

 

「あいつらは必ず立ち上がる…ならそれまでの時間稼ぎをする事は無駄じゃないだろ」

 

自問自答を重ね、おおよそ答えとは言えない……傲慢(ごうまん)で押しつけがましく、なにより自分本意なそれを自覚して八幡は笑う。

 

「…無駄ではないというのなら足掻(あが)いてみせろ。さもなくばプリキュア共々、この里ごと終わる事になるぞ」

 

これ以上の問答は不要とガメッツは戦闘体勢に入った。

 

「全てを吹き飛ばせばおのずとリンクルストーンの在処(ありか)もわかるか…ヨクバール!」

 

辺りを見渡してそう呟いたガメッツがヨクバールに指示を下す。

 

「ヨクバールッ!!」

 

 

ドドドドドドッ━━━━!!

 

 

ヨクバールの放った光弾は辺り一帯に無差別でばら()かれ、轟音を響かせながらあらゆるものに降り掛かった。

 

 

ドゴォォォンッ━━━━!!

 

「モフッ━━!?」

 

 

ズドォォォンッ━━━━!!

 

「「「「きゃあぁぁっ!?」」」」

 

 

光弾の余波でみらいとリコの元に向かっていたモフルンとその後を追いかけていたロレッタ達が吹き飛ばされる。

 

「っ…」

 

少し離れた場所から聞こえてきた悲鳴に歯噛みする八幡。時間を稼ぐと言ったものの、今の八幡は立っているのがやっとで魔法はおろか動くことすらできない状態だった。

 

(どうする…どうしたらいい…考えろ…まともに動けないこの状態で何ができる…?)

 

思考を巡らせるが何もいい案が思い浮かばない。そうしている間にもヨクバールの撒き散らした光弾が辺りを吹き飛ばしていく。

 

「……まだ腕には力が入るみたいだな…なら箒にしがみつく事くらいはできるか…」

 

壊されていく風景を前に八幡は無謀としか言えない行動に出ようとしていた。

 

(たとえ操作はできなくてもこの箒のスピードなら方向がぶれる前に当たる筈だ)

 

一か八か、箒による特攻。成功しても稼げる時間はほんの(わず)か、箒にしがみつくことしか出来ない八幡はどちらにしろただでは済まない。

 

激突して放り出されるか、光弾の餌食(えじき)になるか、はたまた力尽きて振り落とされるか、多少の違いはあれど助からないだろう。

 

「…それでも今できる事はこれだけだ」

 

このまま手をこまねいて、ただ見ているわけにはいかない。無謀だろうと他に策がないのならこれに(すが)るしかないのだ。

 

「キュア…」

 

「…待ち…なさい」

 

意を決して呪文を唱えようとしたその時、背後から聞こえてきた声が八幡を止める。

 

「…お前ら……」

 

声の方へ振り返るとそこには、よろめきながらも立ち上がろうとしているリコとみらいの姿があった。

 

「…これ以上…八くんに…無茶な事はさせない…よ」

「…あれだけ…言ったのに…本当…聞き分け…ないんだから…」

 

立ち上がった二人はゆっくりと八幡の方へ歩み寄り、まるで庇うようにその前へと進み出る。

 

「なにを…」

 

「だから…今度は私達の番…!」

 

「八幡の言うことなんて…聞いてあげない…!」

 

そう言うと二人はゆっくりと息を吸い込んだ。

 

 

「「すぅ…っここから出ていきなさい!!」」

 

 

海中に木霊する二人の叫び。それは逃げないという二人の強い意思表示だった。

 

━━━━……!!

 

二人の叫びは里中に響き渡り、恐怖に怯える人魚達を勇気づける。それはもちろん後ろにいる八幡にも伝わってきた。

 

「……無茶で聞き分けのないのはどっちだよ…」

 

みらいとリコの背中に向けて(ひと)()つ八幡。その言葉とは裏腹に二人を見つめる八幡の表情はどこか晴れやかだった。

 

 

 

 

「…まさか本当に立ち上がるとはな」

 

里中に響き渡った二人の叫びは当然ガメッツの耳にも届き、少し驚いた様子を見せる。

 

「だが…叫ぶだけで我を倒せると思ったのかっ!!」

 

しかし驚いたのは一瞬の事で、未だに変身してこない二人に苛立ち、それを汲み取ったヨクバールが攻撃を仕掛けた。

 

「ヨクッ!」

 

ドドドドドドッ━━━━!!

 

ヨクバールの苛烈な攻撃は幸いにも直撃はしなかったが、その余波が二人に襲い掛かる。

 

「「っ!!」」

 

あまりの衝撃で吹き飛ばされそうになる二人だったが、不意に後ろから背中を押されてギリギリのところで踏みとどまる事ができた。

 

「…ぐっ……」

「八…くん…!?」

「八…幡…!?」

 

後ろを振り向き驚く二人。その背中を支えていたのは動くことすらままならなかったはずの八幡だった。

 

「……この…まま…お前らだけに…任せる…のも…あれだからな…」

 

少しでも気を抜けば途切れそうになる意識を必死に保ちながら八幡は言葉を紡ぐ。

 

「……()()で切り抜けるぞ」

 

小さな声でぼそりと呟かれたその言葉にみらいとリコは目を見開いて驚き、その嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「…うん!この三人で…!!」

「…ええ!この三人なら…!!」

 

 

「「三人なら怖くない!!」」

 

 

━━パカッ━━パカッ━━パカッ━━━━

 

みらいとリコの叫びに呼応して無数のマール貝達が一斉に開き始める。

 

「これは…」

 

蒼く綺麗な光を放ちながら開いてゆくマール貝。その光はどこまでも拡がって辺り一面を埋め尽くした。

 

「「「「「「「「マ━━━━ル━━━━━」」」」」」」」

 

そしてマール貝達の合唱が鳴り響き、それを合図に人魚達の胸にも蒼い光が灯る。

 

━━━━━━………

 

人魚達は光がなにを指し示すのかを悟ると胸の前で手を組んで静かに祈りを捧げた。

 

「ぬ…この光は…」

 

里中から湧き出る光にガメッツは目を細めて、少し気圧されたように呟く。

 

「ヨクッ……」

 

どうやら同様にヨクバールもその光に気圧されたようで、ガメッツ共々しばらくその場を動くことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

溢れた光は吹き飛ばされながらもみらい達の元へと向かっていたモフルンにも届く。

 

「くんくん……甘い匂いモフ!!」

 

蒼い光からそれを感じ取ったモフルンは三人の方へと急いで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ」

 

ヨクバールの攻撃で吹き飛ばされ、倒れていたジュンが不意に目を覚ます。

 

「…ここは……って…なんだ…?」

 

起き上がったジュンの目に飛び込んで来たのは蒼く輝く景色と遠くに見えるその中心部、光が収束している場所だった。

 

「うわっ!?」

 

何が起きているのかと中心部を見つめるジュンの頭上をそこから伸びた光が流星の(ごと)く駆け抜ける。

 

ヒュゥゥゥゥ━━━━━━

 

光は先程までジュン達が隠れていた洞窟…人魚の里に伝わる宝物である大きな貝に向かっていた。

 

━━━━━━カパッ

 

人魚達の心に灯った光を受け、輝きで満たされた大きな貝は固く閉ざされていた口をゆっくりと開く。

 

キランッ━━

 

そうして開かれた貝の中から姿を現したのは金色の(ふち)(しずく)(かたど)ったようなフォルムの青い宝石、なによりそこから発せられる穏やかな光が特徴的なリンクルストーンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青いリンクルストーン…」

 

突如として頭上に現れたそれを見て八幡が呆然と呟く。

 

「サファイア!穏やかな気持ちのリンクルストーンモフ!!」

「「モフルン!」」

 

声を弾ませながら駆けてくるその姿にみらいとリコが同時に名前を呼んだ。

 

「…後は頼んだ」

 

モフルンと合流したことで緊張の糸が切れたらしく、八幡はそれだけ言うと限界を越えて保っていた意識を手放して二人に後を託した。

 

「「…うん!」」

 

そして託されたみらいとリコは八幡の言葉に頷き、手を繋ぎ合う。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

呪文を唱えて手を掲げた二人から青い光がジグザクに宙を舞った。

 

「モッフー!!」

 

青い光がモフルンまで届くとその胸元にリンクルストーンがセットされる。

 

「「サファイア!」」

「モフッ♪」

 

サファイアの輝きは泡となって三人を静かに包み込んだ。

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

三人を中心として渦が巻き起こり、ハートの形を象ってみらいとリコの姿を変えてゆく━━━━

 

 

━━━下から吹き上げる泡沫のような光が弾けると、青き魔方陣を潜り抜けて新たな力を身に(まと)いし二人が華麗に舞い降りた。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

穏やかな青き光を宿した伝説の魔法使い…プリキュア、サファイアスタイル生誕の瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━ザバァァァァンッ!!

 

ようやく変身した二人を前にガメッツは体制を整えるべく場所を海中から地上へと移した。

 

━━ザバンッ!

 

「「「プハッ」」」

 

二人の後を追ってシシー、ナンシー、ドロシーの三人がモフルンを抱えて海面に顔を出す。

 

「サファイアの…海の色のプリキュアモフ!」

 

シシーに抱えられたモフルンが変身した二人の姿を見て声を上げた。

 

「フンッ…エメラルドではなかったが……新たな力を手に入れたかプリキュア」

 

ガメッツが忌々(いまいま)しそうに、でもどこか嬉々とした様子で呟く。

 

「行こう!」

「ええ!」

 

手にした新たな力に予感を覚えつつ、ミラクルとマジカルは相手を見据えた。

 

「ヨク…バールッ!!」

 

そこへ二人目掛け、ヨクバールが海草の腕をビュンッ、と伸ばして攻撃を仕掛けてくる。

 

「「ふっ!!」」

 

二人はその攻撃を()()()()()()軽々とかわしてみせた。

 

「飛んだだと…!?」

 

「モフー!空飛ぶプリキュアモフ!!」

 

空を飛ぶミラクルとマジカルにガメッツは驚愕し、モフルンが嬉しそうにはしゃぐ。

 

「ぬぅぅんっ…!いけぇ!ヨクバールッ!!」

 

「ギョイィィッ!━━━ヨクバールゥゥッ!!」

 

怒号にも似たガメッツの指示を受けたヨクバールはその腕から猛烈な勢いで連続突きを繰り出した。

 

━━ヒュンッ━━ヒュンッ━━ヒュンッ

 

一撃━━二撃━━三撃━━弾丸にも迫るほどの速度で繰り出される突きをミラクルとマジカルが流麗にかわしていく。

 

「なっ……!!」

 

目の前で起きていることが信じられず、言葉を失うガメッツ。そうしている間にもヨクバールは休むことなく攻撃を繰り出すが……当たらない。

 

 

トンッ、タンッ、トンッ、とステップを踏んで、舞い踊るように空を泳ぐその姿はまるで━━━━━

 

「輝きの…人魚…!!」

 

見てみたいと思いを馳せていたシシーがその光景を前に目を輝かせて呟いた。

 

 

 

 

「こっちよ?」

 

「ヨクッ…バールッ!」

 

ミラクルが手招きをするように空中で振り返る。

 

「こっちこっち~!」

 

今度はマジカルが反対側からヨクバールを注意を引いた。

 

「ヨクッ?ヨクバー…ッ!?」

 

両側から声を掛けられたヨクバールが方向転換する瞬間を狙ってミラクルとマジカルはその長く伸びた海草の腕をガッチリと掴む。

 

「「せぇーのっ!!」」

 

腕を掴んだ二人は反動をつけると大縄のごとくヨクバールを振り回し始めた。

 

 

 

━━ヒュンッ 「ヨッ!?」

 

 

 

━━ヒュンッ 「ヨッ!?」

 

 

 

━━ヒュンッ 「ヨッヨクゥ~!?」

 

 

 

回転する度に振り子の要領で勢いを増していき、ついにはヨクバールが目を回すほどの速度に至る。

 

 

「「それっ!!」」

 

 

「ヨクゥゥゥッ~!!?」

 

 

━━━━バッシャァァァンッ!!

 

 

加速した状態で放り投げられたヨクバールはきれいな放物線を描き、派手に水飛沫(みずしぶき)を上げて海へと落ちていった。

 

 

「ぐぅぅ…まだまだぁっ!ヨクバールップリキュアを沈めてしまえ!!」

 

やられっぱなしのヨクバールに歯噛みしつつも、ガメッツは鼓舞(こぶ)するように叫ぶ。

 

 

ザバァァァッ━━━━

 

 

「ギョォォイ……!」

 

その叫びにヨクバールは目を赤くギラつかせて海の中から飛び出した。

 

「ヨ…ヨクバールゥゥッ!!」

 

プリキュアを打ち倒すためにヨクバールが残った全ての力を込めて一直線に突進を繰り出す。

 

 

「「…うん!」」

 

 

ミラクルとマジカルは迫りくるヨクバールを前に合図をかわし、杖を取り出した。

 

 

「「リンクルステッキ!」」

 

 

二人の杖が伝説のリンクルステッキへと変わる。

 

「モッフー!!」

 

モフルンから放たれた青き光が辺りを清澄(せいちょう)なる湖に染め上げた。

 

 

「「サファイア!」」

 

「「青き知性よ……私達の手に!」」

 

 

穏やかなるサファイアの輝きを秘めたリンクルステッキ、二人はそれを手にして円を描く。

 

 

「「フル♪フル♪リンクル━━♪」」

 

 

くる、くる、くるりと描き出された円は巨大な雫の形を(かたど)って天に浮かび、迫るヨクバールを照らし出した。

 

「━━ッ!?」

 

ヨクバールの真下に巨大な魔法陣が現れ、その動きを完全に封じ込める。

 

 

トンッ━━…

 

 

巨大な雫の上に降り立つ二人。そして静かに手を繋ぎあい、ヨクバールを見下ろした。

 

 

「「プリキュア…」」

 

 

二人がリンクルステッキを下に向けると巨大な雫が(こぼ)れ落ち、中から下にあるものと同様の巨大な魔法陣が現れる。

 

 

「「サファイア・スマーティッシュ!!」」

 

 

呪文と共に空中の魔法陣から噴き出した水の奔流(ほんりゅう)幾重(いくえ)にも重なってヨクバールを呑み込んだ。

 

 

「ヨ……ク……ッ!?」

 

 

水は光に変わり、ヨクバールを包み込むと同時に圧縮されていく━━━━

 

 

「バァ………ル━━…」

 

 

水面の上に降り立ったミラクルとマジカルがリンクルステッキを振り下ろすのを合図に、限界まで圧縮されたヨクバールが()ぜ、青き光の(もと)に浄化されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新たなる力……フッフッ…ますます面白くなってきたな……オボエテーロ!!」

 

プリキュアの力を目の当たりにしてなお、ガメッツは不敵に笑う。そして恒例の捨て台詞に聞こえる呪文を唱えて撤退していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━リンクルストーン・サファイア…それに……フフフ、これは思いの外いい退屈しのぎになりましたね」

 

ヨクバールが破壊していったものが修復されていく様子を眺めながら愉しそうに呟くマキナ。

 

「…では、またの機会に……」

 

誰に聞かせるでもなくそれだけ言い残すと、マキナは指を弾いて姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━修復された広場。そこにはみらいとリコとモフルン、それにロレッタ、そして少し離れたところにいる八幡の五人が集まっていた。

 

「これを…私達に?」

 

渡されたリンクルストーン・サファイアを手にみらいがロレッタを見つめる。

 

「ええ、このサファイアはあなた方が持つ運命なのよ」

 

そう言って微笑むロレッタにみらいとリコは一旦、顔を見合わせてから再び向き直った。

 

「「ありがとうございます!!」」

 

譲り受けたサファイアを握りしめ、二人は声を揃えてお礼の言葉を口にする。

 

 

 

「みらいちゃん!リコちゃん!」

 

そこへナンシー達がはしゃいだ様子で近付いてきた。

 

「二人が手を繋ぐとすっごく強くなるんだね!」

「「?」」

 

シシーの言葉に二人は疑問符を浮かべて首を傾げる。

 

「私達にも、外の世界にも」

「新しい友達ができるかな?」

「いつか空を泳いでその友達に会いに行けるかな?」

 

外の世界を怖がっていたはずのシシー達は希望と期待に胸を膨らませてみらい達に尋ねた。

 

「もちろん!」

「それにもう私達……」

 

その問いに二人は笑顔を浮かべ、少し離れたところにいる八幡へと視線を向ける。

 

「……友達…だろ?」

 

向けられた視線から意図を汲み取った八幡がプイッとそっぽを向いて答えた。

 

「「「…うんっ!!」」」

 

みらい達の答えにシシー、ドロシー、ナンシーの三人は満面の笑顔を咲かせる。

 

三人の笑顔からは人魚の里の現状を変えていく、そんな予感を感じさせた。

 

 

 

 

 

「おーいっ」

 

遠くの方から大声を出して駆けてくるジュン、その後ろにはアイザックにエミリーとケイの姿も見える。

 

「あんた達…良かった無事で、あの変な化物!それに青い光も……一体どうなったんだい?」

「「えっと……」」

 

矢継ぎ早に飛んでくるジュンの言葉に困った表情を浮かべる二人。

 

「モフー…」

「まぁ…あれだけ派手に暴れてたから仕方ない」

 

モフルンと八幡が疲れきった顔で諦めるように頷く。

 

「…さあ、それよりもレッスンの続きを」

「おおっそうでした!」

 

事情を知っているロレッタがそうやって話題を打ち切ってくれたおかげでそれ以上の追求はなんとか間逃れた。

 

「「「マール━━━♪」」」

 

補習授業を再開しようとしたアイザックの真横を通り抜けて三匹のマール貝がみらい、リコ、八幡の元へと飛んでくる。

 

「おっ?貝の口が開いておる!」

 

アイザックが驚いたように三人の肩に乗ったマール貝を見た。

 

「ええ、この三人は合格ですわ♪」

 

くすくすとロレッタが微笑み、合格を証明するスタンプが押される。

 

「よーし!あたい達も負けてらんないよ!!」

「おー!」

「お、おー!」

 

先んじて合格したみらい達に負けじと気合いを入れるジュン、ケイ、エミリーの三人。

 

そしてみらい達はいつの間にか合格していた事に戸惑いつつも、それぞれ嬉しそうに顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジュン達が課題に取り組む中、緊張した様子のエミリーが八幡の元に駆け寄ってくる。

 

「あ、あのっ八幡ひゃんっ!!」

 

八幡に話しかけようとしたエミリーは緊張のせいか呂律(ろれつ)が回らず、言葉を噛んでしまった。

 

「……何か用か?」

 

エミリーに配慮してそれを聞かなかった事にした八幡が尋ねる。

 

「えっと……ご、ごめんなさい!」

「…………何が?」

 

突然の謝罪に心当たりのない八幡は怪訝な表情で聞き返した。

 

「その……さっきの授業で…マール貝を……」

 

ぼそり、ぼそりと要領の得ない言葉だったが、八幡はエミリーが何の事を指しているのかはだいたいわかったらしい。

 

少し考えるようにして俯き、頭をガシガシとかいてから八幡はエミリーの方を向いた。

 

「…別に気にしてない。現に言われるまで忘れてたくらいだしな……それに庇ってもらったのはこっちの方だからそっちが謝る必要はないだろ」

 

なるべくエミリーが気にしないよう言葉に気をつけながら返す八幡。しかし、そんな八幡の考えとは裏腹にエミリーは浮かない表情を浮かべていた。

 

「まぁ……あれだ…あんまり気にするな」

 

これ以上自分が何を言ってもエミリーの気を悪くするだけだと思い、八幡はそれだけ言って足早にその場を離れようとする。

 

「ぁ……っ待ってください!」

 

意を決したエミリーが八幡の袖を掴んで呼び止めた。

 

「……何だ?」

 

まさか呼び止められるとは思っていなかったらしく、八幡は少し驚いた様子で振り返る。

 

すぅ…はー…わ、私は八幡さんの事を庇ったつもりはないんです」

「…え?」

 

エミリーから飛び出た予想外の言葉に八幡の口から思わずそんな声が(こぼ)れた。

 

「あ、あの時言ったことは全部、私の本当の気持ちなんですっ!魔法が上手で…優しくて……それに…その…か、カッコいいって言ったのも……と、とにかくそれだけ伝えたくて……えっと…うぅ…そ、それじゃっ」

 

言いたいこと…素直な自分の気持ちを一気に吐き出したエミリーは顔を真っ赤に染め、逃げるように課題に戻っていく。

 

「……誰だよ…それ」

 

走り去っていくエミリーの背中を見つめて八幡は呟いた。

 

魔法が上手に見えたのは、たまたま着眼点が違っただけ。優しくなんてないし、カッコいいというのも含めてそれはきっと美化されたイメージだ。

 

だから八幡はそれを額面(がくめん)通りに受け取らない……いや、受け取れない。

 

「………」

 

無言のまま上を見上げた八幡は、ふとリコの言葉を思い出した。

 

 

〝もっと自分を大切にして〟

 

 

……もしもまた同じような状況に(おちい)ったとしたらきっと八幡は迷わず同じ行動をとるだろう。

 

その次も、そのまた次も、何度だろうと。

 

 

比企谷八幡は変わらない。

 

 

━九話に続く━

 

 





次回予告


「次の補習はペガサスとの記念撮影ね」

「おぉ!ペガサスに会えるの?」

「そんなに簡単に見つからないわよ…それにまずちゃんと箒を乗りこなさないと」

「…誰かみたいに落ちると大変だからな」

「お、落ちてないし!…ってところ構わず暴走して激突する八幡には言われたくないわよ!」

「暴走?…ハッ、MAXコーヒー並みに甘いな……そんなものは……あれ?」

「見てなさい!キュアップ・ラパパ!箒よ、飛びなさい……あれ?」

「八くん、リコ、大丈夫?」

「ペガサス見つけたモフ」

「え…?」

「あ、二人とも見て見て!箒で飛べたよ!!」

「え…?」

「「えぇっ!!?」」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「魔法のほうきでGO!暴走再び?ペガサスの親子を救え!」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話「魔法の箒でGO!暴走再び?ペガサスの親子を救え!」Aパート

 

「今日の補習も課外授業になります。皆さん魔法の絨毯に乗ってください」

 

五回目の補習授業。前回と同じく魔法の絨毯の前に集められた補習組の生徒達はアイザックの指示を受けて次々と乗り込む。

 

「どうしました?八幡君」

 

一人乗らずにじっと動かないでいる八幡にアイザックは首を傾げて尋ねた。

 

「…先生、今回も……」

 

魔法の絨毯に視線を向けてから自分は箒で行くという胸を伝えようとした八幡。しかし、アイザックに伝える前に絨毯の方からの声でそれを遮られてしまう。

 

「八幡さんっ私なら大丈夫です!だからえっと…ここ空いてますよ?」

 

先に乗り込んでいたエミリーが立ち上がり、自分の隣を指差した。

 

「は…え?……いや俺は…」

「ほら、遠慮せずに」

 

断ろうとした八幡だったが、最終的に普段からは想像がつかないくらいにぐいぐいとくるエミリーに押しきられてしまう。

 

「なんか今日のエミリーいつもと違う気がする」

「昨日まで怖がってたのにどういうことだい?」

 

隣に座っていたケイとジュンが不思議そうに首を傾げ、エミリーの方を見た。

 

「あれ?八くんいつの間にエミリーと仲良くなったの?」

「…というか、どうしてそんなに一緒に乗りたがらないのかしら?」

 

みらいとリコも同じく不思議そうな顔で居心地悪そうに座っている八幡に視線を向ける。

 

「ホッホッ、では出発しますよ」

 

そんな生徒達の様子にアイザックは微笑み、魔法の絨毯が走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ええ!?今……ペガサスって言いました~!!?

 

雲海を走る魔法の絨毯がみらいの大きな声でふらふらと上下左右に揺れる。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

そして、全員がキーンとなった耳を押さえてみらいにジト目を向けた。

 

「…言ったわ」

「ペ、ペガサスってあの白くて、綺麗で、羽が生えた馬だよねっ?」

 

どうやらはしゃぐみらいはそれに気づいていないらしい。リコの肯定する言葉を聞いてますますはしゃいでいる。

 

「…気持ちはわからんでもない…が、流石にこの距離であの大声は勘弁してくれ」

 

げんなりした顔でそう八幡は訴えるが、みらいは止まらない。

 

「だってペガサスだよ!私達の世界だとおとぎ話なのに会えるんだよ?ワクワクもんだよ!!」

「わ、わかった、わかったからこれ以上揺らすな…」

 

みらいに肩を掴まれてテンションの赴くままに揺さぶられた八幡が諦めたように呟く。

 

「今日はペガサスと記念撮影みたいね」

 

それを見てリコも諦めたらしく、今日の課題について話始めた。

 

「撮影?カメラはあるの?」

「……いや、カメラで撮るだけなら魔法の補習にはならないだろ」

 

きょとんとした顔でリコに尋ねるみらいへと八幡がツッコミをいれる。

 

「その通りです」

「「「「「「?」」」」」」

 

八幡のツッコミに答えたアイザックの前にいつの間にか羽ペンが浮いていた。

 

「キュアップ・ラパパ!━━撮影しなさい」

 

アイザックが大きな杖を振って呪文を唱えると、空中に真っ白な紙が現れ、そこへ意思を持ったかのように羽ペンがさらさらと動き出す。

 

「これがマホウ界の記念撮影です」

 

羽ペンの動きが止まり、描かれた紙がみらいとリコの間に落ちてきた。

 

「「あっ」」

「これは…写真……?」

 

声を揃えて驚く二人の後ろから覗いた八幡もまた驚愕に目を見開く。

 

「すっごーい!」

「カメラで撮ったって言われても信じるレベルだな…」

 

そこにはみらいとリコの姿が羽ペンで書き込んだだけとは思えない精度で映し出されていた。

 

「つまり、今日の課題は魔法を使ってペガサスと記念撮影をするってことね」

「空を自由に飛べるペガサスと記念撮影なんかできるかな…?」

 

要点をまとめたリコの言葉にエミリーが自信無さそうに呟く。

 

「頑張って箒で追いかけるしかないよね~」

 

間延びした口調でエミリーの呟きに答えるケイ。それは自信があるというよりもそれしかないんだから仕方ないと割り切った風にも見えた。

 

「その通り、今日の補習は皆さんの箒の腕にかかっています」

「「ほうき……」」

 

その言葉に箒に乗るのが苦手なリコと怖がりのエミリーが浮かない表情で俯く。

 

「…自分を信じて飛び出せば、きっと出来ますよ」

「信じる…」

 

アイザックのアドバイスに何か思うところがあったのかリコは俯いていた顔を上げた。

 

(自分を信じる……か…)

 

そこでふと、八幡は昨日の暴走箒が上手く操縦出来た時の事を思い出す。

 

(…あの時は必死でとにかく逃げ回って時間を稼ぐ事しか考えてなかった)

 

なにせ文字通りのピンチだったのだ。それこそ操縦を誤れば終わり…あの状況では出来るかどうかではなくやるしかなかった。

 

それはある意味で自分を信じると言えるかもしれない、もしそうならアイザックのアドバイスは的確と言えるだろう。

 

「ホッホッ、八幡君は何やら自信がありそうですね」

 

少ししんみりしてしまった空気を変えるためか、考え込んでいた八幡に向けてアイザックが朗らかに笑いかけた。

 

「え、あー…別にそういう訳じゃ……」

 

昨日上手く飛べた事で大丈夫だろうと考えていただけに八幡は曖昧な返事でお茶を(にご)す。

 

「…先生、いくらなんでも八幡にはまだ普通に箒を運転するなんて無理です」

 

暴走箒なんだし…とリコが少しムキになったように付け加えた。

 

「…それでも何もないところでいきなり落ちたりする事はないですよ」

 

それに対して八幡が皮肉めいた言葉で応戦する。

 

「なっ…!お、落ちてないし、それに八幡だって猛スピードで暴走してよく落ちるじゃない!」

 

痛いところを突かれたリコはキッと八幡を睨んで言い返した。

 

「「………はぁ」」

 

少しの間睨み合った後、お互いに不毛だと感じたのか二人は疲れたように視線を逸らす。

 

「あー…それからリコさん達は今回の課題、()()()()()()()()()()()()()()()()()を証明してください」

「「証明…?」」

 

アイザックの奇妙な言い回しに声を揃えて困惑するリコと八幡。しかし、三人が全員ペガサスと記念撮影をすればいいのだろうと思ってそれ以上は深く考えなかった。

 

「ペガサスに早く会いた~い!!」

 

そして、待ちきれない様子のみらいはアイザックの話もそこそこに満面の笑みで期待を膨らませている。

 

「むにゃむにゃ…モフゥ…?」

 

そんなみらいの隣で寝息をたてていたモフルンがふと目を覚まし、寝ぼけ混じりに上を見上げた。

 

「……?」

 

真上を影のようなものが通り過ぎていくのに気付いた八幡もモフルンと同じく上を見上げる。

 

「あのねぇ、ペガサスは森の奥の方に隠れてて探すのは大変なのよ?」

 

未だにはしゃいでいるみらいを(たしな)めるように注意するリコ。しかし次の瞬間、その注意も意味のないものになってしまう。

 

「あっ」

「うわぁぁ!なんか飛んでるモフー!!」

 

それを目にした八幡が思わず声を上げ、寝ぼけ混じりだったモフルンも驚きのあまり一気に目が覚めた。

 

「「「あっ!!」」」

「「ええぇっ!!?」」

 

ヒラヒラと左右に揺れる尻尾、凛々しくも雄々しく、純白の翼を広げて空を駆けるその正体は━━━━

 

「「ペ、ペガサス━━っ!!?」」

「いっぱいいるモフ~!!」

「森の奥に隠れてるんじゃ…」

 

魔法の絨毯の前方に現れたペガサスの群れにみらいとリコが声を揃えて驚き、モフルンは飛び跳ねて喜び、八幡はその光景を前に唖然としていた。

 

「あー!早く捕まえるぞ!?」

「捕まえるんじゃないでしょー!」

 

絨毯の上は半分パニック状態で慌てたジュンが目的を見誤り、それをケイが慌てて注意する。

 

「た、高い~!?」

「っ!?」

 

全員があたふたしているせいで絨毯が揺れ、下の景色を見てしまったエミリーは恐怖のあまり近くにいた八幡にしがみついた。

 

「……にゃい丈夫か」

「ひゃ、ご、ごめんにゃさい…」

 

突然しがみつかれた八幡も、恐怖で思わずしがみついたエミリーも、互いに動揺して噛んでしまう。

 

「…八幡?」

「ひっ…」

 

偶然、一部始終を目にしたリコの圧力の込められた笑顔にエミリーの口から悲鳴に近い声が漏れ、八幡が目を逸らしつつ、エミリーからバッと離れた。

 

「まったく…」

「よーし!いっくぞぉ~!!」

 

怒るリコの隣ではみらいが箒に(また)がり、元気良く飛び出そうとしている。

 

「…あっ!?待って!!」

 

飛び出そうとしているみらいを止めようとリコは声をかけるが怒っていたせいで一瞬遅れてしまった。

 

「っあなた!箒に乗れないでしょ~!!」

 

リコの言葉にみらいがハッとするが気付いた時にはもう遅い。

 

「あ……そ、そうだったぁぁ~!!?」

 

みらいの乗る箒はすでに絨毯の外、重力に引かれて自由落下し始めている。

 

「みらい!!」

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、飛べ!」

 

落ちていくみらいを助けるべく急いで箒を走らせる八幡。その速度は凄まじく一瞬でみらいの元までたどり着く。

 

「八くん━━!」

「━━掴まれ!」

 

すれ違い様に差し出された手をどうにか掴み、落下を防ぐ事には成功した、しかし━━━━

 

「わ、ちょっ…八くんはやっ……」

「……あれ?」

 

二人を乗せた箒は絨毯に戻ることなくそのまま猛スピードで目の前の島へと突っ込んでいく。

 

「「あぁぁぁっ!!?」」

 

八幡とみらいの悲鳴が重なり空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…一番最初に飛び出すなんて」

「あはは……」

 

呆れた顔をしたリコにそう言われみらいは苦笑いを浮かべる。

 

「それに八幡もあんな事言ってたのに結局一緒に落ちてるし…」

「………」

 

続いてジト目を向けられた八幡は明後日の方に視線を逸らした。

 

「わ、私には絶対無理…」

「エミリー、高いとこ苦手だもんな」

 

二人が飛び出していった時の事を思い出して身震いするエミリーにジュンが呟く。

 

あの後、絶叫しながら島へと突っ込んだ八幡とみらいは止まることなく突き進み、島の森に生えていた大きなキノコに激突した。

 

幸い、箒に備え付けられている魔法と大きなキノコがクッションになって大事には至らなかったのだが、二人とも発見された時には揃って目を回していたのだ。

 

「ペガサスを箒で追いかけるなんて……」

 

そんな光景を高いところが苦手なエミリーが見てしまったのだから尻込みするのも仕方がない。

 

「そういえばさ、何でさっきはあんなにいっぱいいたんだ?」

 

ふと、思い出したようにジュンがそんなことを口にした。

 

「あ…あそこはまだ森の入り口だったわよね」

 

ジュンの疑問にエミリーが確認しつつ答える。

 

「…たまたま群れの移動に遭遇しただけだろ」

「でもペガサスが群れで大移動するなんて聞いたことないわよ?」

 

そこで八幡とリコも会話に加わるが、明確な答えは出ない。

 

「あの(うわさ)…本当なのかしら」

「…噂?」

 

一番後ろを歩いているケイのぼそりと呟かれた言葉に全員が足を止め振り返る。

 

「そう…この魔法の森に関するコワーイうわさ……」

 

普段と違うケイの様子に全員が思わず息を呑んだ。

 

「…なんでもこの森の中に妖しい花が咲いているらしいの…あまーい香りで森の生き物を(おび)き寄せるんですってぇ……」

「あまーい…」

 

おどろおどろしく語られた噂話の〝あまーい〟という言葉に八幡の目はついついモフルンの方を向いてしまう。

 

「その花にペガサスが向かってるってことか?」

 

恐る恐る頬に汗を浮かべ恐る恐る聞き返した。

 

「うん…そしてその花は香りの(とりこ)になった動物が動けなくなったところを…パクっ!とたべてしまうんですってぇ~」

「「っ………」」

 

ノリに乗ったケイは表情に加え、身ぶり手振りを交えて語る。その姿は魔法学校の制服と手に持った箒も相まって、さながらおとぎ話に登場する魔女にも見えた。

 

「うっ……そんなの怖くないし!」

 

話を聞いて涙目になっているエミリーの隣で顔を引きつらせていたリコが強がるように声を上げる。

 

「いやどう見ても……」

「うるさい!怖くないって言ったら怖くないの!!」

 

その様子を見て何かを言いかけた八幡の声を遮ったリコ。そしてそのままプンスカと怒りながら一人でずんずんと先に進んでしまう。

 

「あぁっ!リコ、待って!!」

「……はぁ…」

 

リコの後を追いかけてみらいが走り出し、さらにその後を面倒くさそうにため息をついた八幡がゆっくり追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなとはぐれちゃったね…」

「うん…」

 

影が射して少しだけ暗い森の中をすたすたと進む二人。心なしかリコの顔は強張(こわば)って見えた。

 

「大丈夫だよ」

 

その強張りを(ほぐ)すようにみらいはリコの手を握り笑いかける。

 

「二人なら…ううん、三人なら出来るよ!ね、八くん?」

「えっ?」

 

そう言うとみらいは振り向き、釣られてリコも後ろを向くとそこにはポケットに手を突っ込んでそっぽを向いている八幡の姿があった。

 

「…合格しないとあれだからな」

「照れてるモフ?」

 

はーちゃんと一緒にみらいが下げているポーチに入っているモフルンがからかうでもなく嬉しそうに笑う。

 

「…信じられない」

「?」

 

リコが厳しい表情でみらいと八幡を見つめた。

 

「あなた達、箒に乗れないのよ?今回はそんなに簡単にいかないわ」

 

ペガサスとの記念撮影が課題の以上、リコの言う通り箒に乗れなければクリアは難しい。

 

まともに箒に乗ること自体が初めてのみらいと何度も乗っているが暴走箒ゆえに上手く飛べない八幡にとっては今までで一番困難な課題と言える。

 

「はー!はーはー♪」

「はーちゃん、いい子いい子モフ」

 

少し重くなった空気をポーチの中ではしゃぐはーちゃんの声が(やわら)げた。

 

「あぅー!はー!あぅ…はー!」

 

目の前をヒラヒラと飛んで通り過ぎていく蝶々を追いかけてはーちゃんが背中の小さな羽を懸命にぱたぱたと動かす。

 

「はーちゃん、飛ぼうとしてるの?」

「みたいだな……可愛い」

「はいはい…でもまだちょっと早いみたいね」

 

その微笑ましい姿に三人は表情を(ほころ)ばせた。

 

「けど頑張ればきっと飛べるよね!…うん!」

 

何度も飛ぼうとしているはーちゃんを見てみらいが何かを決意し、頷く。

 

「はーちゃんが頑張ってるんだから私も頑張らなきゃ!」

「ふふっ、本当に前向きね……誰かさんと違って」

「…後ろ向きで悪かったな」

 

みらいの元気な声、いたずらっぽく微笑むリコと少し()ねたように呟く八幡。今の三人からは課題に対する緊張は感じられなかった。

 

「はー!あぅはー!!」

 

空の方を指差すはーちゃんに釣られて三人は上を向く。

 

「あれは…」

「ペガサスだ!!」

 

大きなキノコや木々が生い茂るその先の青空にペガサスが一頭だけ飛んでいるのが見えた。

 

「行こう!二人とも!」

「待ちなさい!無茶よ!」

 

箒に(また)がり、今にも飛び出しそうなみらいをリコが強く止める。

 

「…ついさっき失敗したばかりなのにそれでも飛ぶ気か?」

「…うん!だって魔法はイメージ、できるって信じればなんだってできる!!」

「みらい…」

 

目を閉じ、イメージを膨らませたみらいは空を見上げ呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ!箒よ、飛んでっ!」

 

━━━ヒュゥゥ…

 

みらいを乗せた箒がゆっくりと浮かび上がる。

 

「飛べ……わあぁっ!?」

 

浮き始めた事に喜んだのも(つか)の間、箒は凄い勢いで急加速し、真上へ飛び上がった。

 

「「わぁっと…!?」」

 

あまりの勢いにみらい下げているポーチから振り落とされたはーちゃんをリコと八幡が慌ててキャッチする。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ~~~!!?たぁっすぅぅけぇぇてぇぇっ~~!!?」

 

コントロールを失い、右へ左へジグザグに飛び回る箒に振り落とされないようしがみついて悲鳴を上げるみらい。

 

その速度は八幡の箒程ではないにしろいつ振り落とされてもおかしくない速さだ。

 

「みらい!」

 

リコがはーちゃんを抱えたまま箒に乗り、みらいに向かって飛び立った。

 

「っ……!」

 

遅れて八幡も箒を取り出すが呪文を唱えようとして、また暴走するのではないかと躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁっ~~!?」

「目が回るモフ~~!?」

 

みらいとモフルンを乗せた箒は下の森が小さく見える程の高さまで飛び上がったかと思えば突然、空中でピタリと止まった。

 

「「……??」」

 

一瞬の静寂、そして箒はくるりと上下を反転させ重力に従い落ちてゆく。

 

「「ぅわぁぁぁぁ~~~!!?」」

 

擬似絶叫マシーンと化した箒の挙動にみらいとモフルンは叫ぶことしかできない。

 

「みらいぃー!!」

 

落ちていくみらいの元へどうにか間に合ったリコが箒の穂先を掴んで落下を阻止しようと試みる。

 

「ぐぅ…!」

 

しかしいくら箒に乗っている分、重さが緩和されているとはいえ、人一人分の重さを片手で支えるにはリコの力だけでは足りず、徐々に手から滑り落ちていく━━━

 

「っ!!」

 

完全に手から離れる寸前でリコの横合いから伸びた手ががっしりとみらいの箒を掴んだ。

 

「八…幡…!?」

「ぐっ…いいから早く掴み直せ!」

 

驚きのあまり呆然とこちらを見つめるリコに八幡が叫ぶ。

 

「へっ…あ、ご、ごめんなさい!」

 

その声で我に返ったリコが慌てて穂先を掴み直し、二人がかりでどうにかみらいの乗る箒を支える事に成功した。

 

「はぁ…はぁ…ありがゃとう……」

 

逆さまのままのみらいが息を切らしてお礼を告げる。

 

「みらい落ち着いて…」

「…とりあえず体勢を元に戻すところからだな」

「うん…わかった」

 

二人のアドバイスに従いゆっくりと逆さまの体勢を起こしていくみらい。そして正常な位置に戻ったところでほっと安堵の表情を浮かべた。

 

「ふぅ…二人とも箒、すごい上手…!」

「それよりも…」

「今は…」

 

みらいの言葉を他所に八幡とリコの視線は別の方を向いている。

 

「あ…!」

 

その視線の先には首だけをこちらに向けて様子を(うかが)いながら飛んでいるペガサスの姿があった。

 

「早く追いかけて記念撮影するわよ!」

「うん!」

「…わかった」

 

リコの言葉を合図に三人はペガサスを追いかけ始める。

 

 

「やぁっ!」

 

「たぁっ!」

 

「っ!?」

 

「「「わぁぁっ!!?」」」

 

どうにかしてペガサスに近付こうとする三人。しかしその度にリコはかわされ、みらいは操作が安定せず避けられ、八幡に至ってはその速度ゆえにペガサスを通りすぎてしまう。

 

「「くぅぅ~……!」」

「はぁ…はぁ…この…まま…だと近付け…る気が…しない…ぞ…」

 

歯噛みするみらいとリコに息を切らした八幡が告げた。

 

「……そうだ!」

 

何かを思い付いたらしいみらいに八幡とリコの視線が集まる。

 

「こんなのどうかな?ゴニョゴニョ……」

「…は?いや…流石にそれは…」

 

みらいから提案された作戦に八幡は思わず首を傾げた。

 

「わかったわ、それでいきましょう」

「え…?マジで…?」

 

あっさりと了承したリコを驚いた顔で八幡は見つめる。

 

「…どちらにしてもこのままじゃ一緒だもの。それならみらいの案を試したみた方がいいわ」

「……それは…まあ…」

 

確かにリコの言う通りこのまま手をこまねいていてもペガサスが逃げてしまうだけだ。それなら出来るかどうかはともかくやってみても損はないだろう。

 

 

 

 

 

みらいの作戦を実行するためにまずリコと八幡がペガサスの気を引くために先行してペガサスの前に出た。

 

「?」

 

先程まで追いかけてきたにも関わらず、自分を追い越して先を飛ぶ二人にペガサスが(いぶか)しんで首を傾げる。

 

「こっちこっち~こっちを見なさ~い!」

 

そして二人に注意が向いたところで今度はペガサスの後ろからみらいが大きな声で呼び掛けた。

 

「いざっ…勝ぉぉ負!!」

「ヒヒィン…?」

 

その声に反応して振り向いたペガサスの視線は天高く掲げられたみらいの手に注がれる。

 

「「……!」」

 

ペガサスがみらいの方を向いたのと同時に前に出ていた八幡とリコが少しずつ距離を詰めていった。

 

(…問題はここからだ)

 

気付かれないように距離を詰めつつ八幡はちらりとみらいの方を見て行方を見守る。

 

「せーの!あっちむいてホイッ!」

「ヒヒィッ」

 

勢いよく右の方に指を向けたみらいに対し、ペガサスは首を左に向けた。

 

((乗ってきた…!))

 

半信半疑だった作戦の成功に心の中で同時に声を上げるリコと八幡。見てわかる通りみらいの作戦はペガサスとあっちむいてホイをしてその隙に後ろからリコと八幡の二人が記念撮影をするというものだ。

 

多少工夫をして乗ってきやすくしたものの、ペガサスとあっちむいてホイなんて普通は思い付かないし、成功するとも思わない……だからこそみらいがそれをやってのけた事に二人は改めて驚かされる。

 

(とにかく今の内に…)

(ええ、チャンスは今しかないわ)

 

互いに視線で合図をかわした八幡とリコは再び慎重にペガサスとの距離を詰めていく。

 

「あっちむいてホイッ!ホイッ!ホイッ!」

 

矢継ぎ早に指を動かすみらいに余裕そうな澄まし顔でそれを捌くペガサス、両者とも譲らずあっちむいてホイは熾烈(しれつ)を極めた。

 

「あっちむいて……ホー…イッ!!」

 

━━━━そして決着が訪れる。

 

「ヒヒィン!?」

 

みらいのフェイントに引っ掛かったペガサスは指差す方と同じ方向に首を向けてしまった。

 

「隙ありっ!」

 

すぐ近くにまで忍び寄っていたリコは思わぬ敗北で驚き固まっているペガサスの(ふところ)に飛び込むと魔法の羽ペンを取り出し呪文を唱えようとする。

 

━━ポロッ

 

「あぁっ!?」

 

しかし(はや)る気持ちを抑えらないままの覚束(おぼつか)ない手つきと思いの外勢いよく取り出してしまった事で魔法の羽ペンがリコの手からすっぽ抜けてしまった。

 

「ぁ…あぅっ」

 

重力に引かれて落ちていく羽ペンをリコに抱えられていたはーちゃんがキャッチしようと身を乗り出す。

 

ヒュゥゥゥ━━……

 

「あ~あ~っ!」

 

キャッチする事はできたものの、はーちゃんの小さな体ではその重さを支えきれず、リコの腕の中から落ちてしまった。

 

「あっ!?」

 

思わず声を上げたせいでペガサスが飛び去ってしまったがそれどころではない。

 

リコが慌ててはーちゃんを追いかけようと箒を走らせるが操作を誤って逆さ吊り状態になってしまった。

 

「はーちゃっ!?」

 

近くにいた八幡がはーちゃんを追いかけようするも逆さ吊りのリコとぶつかりかけてたたらを踏んでしまい、危うく落ちかけて宙吊り状態になってしまう。

 

「はーちゃん!!」

「っ!!」

 

少し離れていたモフルンとみらいもはーちゃんの元へと全速力で向かった。

 

「くっ…はーちゃん!!」

 

逆さ吊りの状態から抜け出したリコも急いで箒を走らせみらいと並んではーちゃんを目指す。

 

「…!?」

 

驚いた表情を浮かべるリコ。その理由はさっきまで箒に乗ることすら覚束(おぼつか)なかったみらいがリコを上回る速度ではーちゃんまで一直線に向かっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「えっみらい…?」

 

その様子を森の中を探索していたエミリーも偶然目にして驚く。

 

「凄い…!飛んでる……私も…!!」

 

魔法の初心者であるみらいが箒で飛んでいる姿にエミリーは自らの箒を見つめて決意を胸に呟いた。

 

 

 

 

 

ぐんぐんと速度を上げて落ちていくはーちゃんに迫るみらい。そしてあと少しというところで柄から片手を離し、はーちゃんへと伸ばす。

 

「はーちゃん!!」

「はっ…はー?」

 

伸ばされた手はそっとはーちゃんを包んで無事に救出する事ができた。

 

「はぁ~よかったぁ~…」

「はー?はー♪はー♪」

 

無事に救出できた事に安堵するみらいと裏腹に当の本人であるはーちゃんはきゃっきゃとはしゃいで喜んでいる。

 

「…ひとまずは安心だな」

 

しっかりとはーちゃんを抱き抱えているみらいを見て宙吊り状態のままの八幡も安堵の言葉を口にするが、次の瞬間、再び息を呑む事態に見舞われる事になった。

 

「……へ?……ぅわぁぁぁっ!?」

 

なんとみらいの箒が力を失ったように急降下し、真っ逆さまに落下し始めたのだ。

 

「また落ちるぅぅ~~!!?」

 

みらいが落ちていくその先にはポッカリと空いた底の見えないほど深い巨大な穴が待ち構えている。

 

「っ…!」

 

落ちていくみらい達を助けるべく動こうとした八幡だったが、いかんせん宙吊り状態から中々抜け出せない。

 

━━パシッ

 

「ぅぅ……?」

 

このまま落ちる━━そう思ってぎゅっと目を閉じていたみらいの手を急いで飛んできたリコの手がしっかり掴んだ。

 

「リコ…ありがとう……」

 

手を掴まれ支えられた事でみらい安堵し、礼の言葉を口にするが掴んでいる方のリコはそれどころではない。

 

「んぐぅぅぎぎぃぃっ……お、重いっ…!」

 

先程みらいを支えた時は箒が機能していたためリコ一人の力でも少しの間、支えることができた。しかし今回、みらいの箒はまったくと言っていいほど機能していない。

 

それはつまりみらい達の体重をそのまま支えるということ…とてもではないがリコの細腕で支えきれるわけがなかった。

 

「ぅわぁっ!?」

「え…わぁぁっ!?」

 

重さに耐えきれなくなったリコがバランスを崩してみらいと共に落下する。

 

「「わぁぁぁぁっ!!?」」

 

このまま落ちれば深い深い穴の中、地面に落ちるよりも遥かに危険でまず助からないだろう。

 

かといってみらいとリコの二人には、もはやどうすることもできない。ただただ暗い穴の中へ叫びながら落ちていく━━━━

 

「っ!!」

 

「わぁっ!?」「きゃっ!?」

 

落ちていくみらいとリコの身体に軽い衝撃が走り、さっきまでの猛スピードで落下していく感覚が消えて奇妙な浮遊感に変わる。

 

「っ……ぐぅぅ……重っ……」

 

「……八……くん?」

「ぇ…八…幡?」

 

恐怖で固く閉じていた目蓋(まぶた)をゆっくり開けるとそこには苦しげに歯をくいしばる八幡の姿があった。

 

「はー♪はー♪」

「モフ~!八幡が()()()()()()モフ~!!」

 

再び嬉しそうにはしゃぐはーちゃんと驚きの声を上げるモフルン。その言葉にリコとみらいが八幡の足下に目を向ける。

 

「箒の上…?って…えぇ!?」

「ほ、本当に箒の上に立ってる…!」

 

二人の目に飛び込んできたのは細い箒の柄に横向きで立つ八幡の足だった。

 

「お、落ちる…!?」

 

それを見て慌てふためくリコ。八幡の立つ箒の柄の部分は太さが足の半分もなく、横向きでバランスをとっているとはいえ不安定極まりない。

 

「っ…おい…やめろ…じたばたするな……マジで落ちる」

 

顔を引きつらせた八幡が冷や汗を浮かべて言う。現状、火事場の馬鹿力でなんとか二人を両脇に抱える事が出来ているがだんだんと腕に力が入らなくなってきていた。

 

そんな状況で動かれるとバランスを崩しかねないし、何より余計な負担が腕にかかってしまう。

 

(ゆっくりとだが穴の底に近付いているはず…ならせめて落ちても問題ないくらいの高さまでは……)

 

先に落ちていった二人の箒が地面に当たる音はそこまで離れていなかった。なら案外、底が近いのかもしれない。

 

(……それにしてもまさかボッチ体験が役に立つとは思わなかったな)

 

限界が近い事を誤魔化すために八幡はふとそんな事を考える。

 

━━小学校の体育、体育館で早く進みすぎて余った授業時間をよく自由時間にあてがる先生がいた。

 

自由時間と聞いて大半がグループを作り遊び始める中、グループに入れてもらえなかった八幡は一人、体育倉庫の中で遊ぶことが多かった。

 

体育倉庫の中の様々な用具は子供にとって絶好の遊具となりえる。

 

跳び箱の上からマットに飛び降りてのトランポリンもどきで遊び、大きなキャスター付きのボール入れに乗って狭い倉庫内を駆け、平均台をボードに見立ててサーフィンを楽しんだ。

 

その中でもとりわけ平均台サーフィンはもう極めたと言っても過言ではない。平均台の上で飛んだり跳ねたりはもちろん、ボッチ特有の(たくま)しい想像力で波を描き、時間いっぱい平均台の上で過ごしたこともあった。

 

 

 

(…まあ、たまたま入ってきたクラスメイトに見つかってその後しばらく笑い者にされてからはもうやることは無かったが……)

 

勝手がだいぶ違うとはいえ、それでもそのおかげで飛んでいる箒の上に立つという無茶を通せたのだから人生、本当に何が役に立つかわからない。

 

「━━あっ!地面が見えてきたよ!八くん!!」

 

抱えられているみらいが下の方を指差して声を上げる。

 

「……やっとか」

「…本当、一時はどうなるかと思ったわ」

 

限界を迎えていた八幡と注意されてからなるべく動かないように黙っていたリコの二人がほっと安心したその時、予期せぬ事態が起こった。

 

━━つるんっ

 

「━━あ」

「━━え?」

「━━うぇ?」

「━━モフ?」

「はー♪はー♪」

 

地面が見えた事で気が緩んだのか、八幡の足が箒の上から滑ってしまう。

 

「「「わぁぁぁぁっ!!?」」」

 

「モフ~!!?」「はー♪」

 

安心した矢先にバランスを崩してしまった八幡達は叫び声を上げながら底に向かって落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み…みんな…大丈夫…?」

「モフ…」

「はー♪」

「ま…まあ…穴の中に入るのは狙い通りだし…?」

「…どんな狙いだよ……」

 

所々(ところどころ)小さなかすり傷は負っているものの、()()()()大きな怪我もなく無事に底までたどり着いた五人。

 

落ちた高さがそこまででは無かった事と地面が石ではなく草花の生える土だったおかげだ。

 

「うぅ…あいたた……」

 

目を回しているモフルンを気にかけながらみらいは痛みに少し表情を曇らせる。

 

「………」

 

その隣で無言のまま自分の足首をほぐすように回して僅かに顔をしかめる八幡。どうやら落ちた時に(ひね)ったらしく動かす度に痛みが走る。

 

高さと地面のおかげで大した衝撃では無かったと言っても二人を両脇に抱えていた八幡は必然的に最初に落ちる事になり、後から落ちてきた二人の下敷きになったのだ。むしろこのくらいで済んだのは幸いと言える。

 

(…歩けないほど痛いわけじゃない……この課題が終わるくらいまでなら誤魔化せるか)

 

今ここで痛いと(わめ)いてもどうしようもないし、何よりリコの留年がかかっている以上、この課題を諦めるわけにはいかない。

 

本来なら動かさないのが一番なのだが…ここはさっさと課題を終わらせて魔法学校に戻ってから処置をした方がいいだろう。

 

「…さっきの惜しかったね」

 

みんなが黙ってしまい暗くなりかけた空気を変えるためにみらいがぼそりと呟く。

 

「…そうだな、正直あの作戦があそこまで上手くいくとは思わなかった」

 

足を痛めている事を悟らせないように八幡がみらいの言葉にそう返した。

 

「そう?私は絶対上手くいくと思ってたよ?だってあっちむいてホイだもん」

「…そのあっちむいてホイに対する自信はどこからくるんだよ……」

 

なんの根拠もなく自信は満々な様子のみらいに八幡は呆れ混じりのツッコミを入れる。

 

「……ねぇ?」

「ふぇ?」

 

先に落としてした事で(いた)んでしまった箒の毛先を気にしながらリコはどこか神妙な面持ちでみらいの方を見た。

 

「なんでさっきあんなに上手く箒に乗れたの?」

 

さっき、とは恐らくみらいがはーちゃんを助けようとした時の事だろう。あの時のみらいはおおよそ初心者とは思えない速度でぶれることなく飛んでいた。

 

「んー……とにかくはーちゃんを助けなきゃって…その事で頭がいっぱい」

「それだけ…?」

「うん!」

 

少し考え、思い返すように答えたみらいにリコは驚き戸惑った表情を浮かべる。

 

「…まあ、いまさら驚くような事でもないだろ」

「え?」

 

八幡の言葉に振り向くリコ。それを補足するように意識を取り戻したモフルンが口を開いた。

 

「モフ!リコも同じモフ。みらいを助けようと思ったから上手く飛べたモフ!」

 

━━助けたい、みらいもそしてリコもその想いを力に変えて今まで何度も…それこそ驚くような事をやってのけてきたのだ。

 

だからみらいがはーちゃんを助けたいという一心で飛べたとしてもおかしくはないし、モフルンの言う通り箒に乗るのが苦手のはずのリコが上手く乗れたというのも頷ける。

 

「それに二人だけじゃないモフ。みーんなを助けてくれた八幡もおんなじモフ!」

「…は?」

 

思わぬモフルンの言葉に八幡は思わずそのまま聞き返した。

 

「八幡だってまだ上手く箒には乗れないのに助けようと飛んできてくれたモフ」

「それは……」

 

確かにみらいを助けようとした時も、落ちそうな二人の元へ向かおうとした時も不思議と暴走箒を思い通りに動かすことができた。

 

言われてみればまさにモフルンの言う通りなのだが、二人と同じと言う部分がどうしても引っ掛かる。

 

なぜなら比企谷八幡はどうやったってあの二人のようになれる筈はないのだから。

 

「あ!アイザック先生が言ってた通りだね」

「それって……」

 

思い出したように声を上げるみらいをリコが反応を示す。

 

「アイザック先生が言ってた通り…か」

 

八幡もみらいの言わんとしている事がわかったらしく少し考えるように呟いた。

 

「上手に箒に乗るコツ、それは……」

 

「「信じること!」…あっ……」

 

互いに人差し指をピンと立てて向かい合い、揃う二人の声。その事にみらいは嬉しそうに笑い、思わず答えてしまったとリコは恥ずかしげに手を引っ込める。

 

「えへへ~出来ると思ったら何でも出来る!……それにリコと二人なら…ううん、モフルンもはーちゃんも八くんも…みんなとなら何が起きても大丈夫って信じてる!!」

「「………」」

 

自信満々に言い切ったみらいに恥ずかしそうにしていたリコも、考えるように俯いていた八幡も、二人揃ってポカンと呆気にとられていた。

 

「…ぷっ…ふふふっ……」

「………」

 

突然笑いだしたリコ。よくよく見れば隣の八幡も噴き出してこそいないものの、呆れたように苦笑している。

 

「な、なんで笑うの?」

 

その理由がわからないみらいはあたふたと戸惑い、尋ねた。

 

「本当にみらいって変わってるわね」

「変わってるというかもはや変だな」

「え~…?」

 

口々に変わってるだの変だのと言われてみらいは納得いかないと言った様子で(うな)る。

 

「わ~…くんくん…甘い匂いモフ」

 

そんな中、誰も気付いていない内にモフルンが鼻を鳴らしてその匂いを感じ取っていた。

 

━━ィィィン……

 

「「…?」」

「…何だ今の音?」

 

モフルンの呟きと重なるように聞こえてきた謎の音にみらい達はキョロキョロと辺りを見回す。

 

「二人とも!あっち」

「あっ…!」

「あれは…」

 

リコが指す方に目を向けたみらいと八幡の二人は少なからず驚いた。

 

「ペガサスだ!ちっちゃ~い!」

「まだ子供みたいね」

 

そこには先程、空の上で見たペガサスよりも二回りくらい小さなペガサスが(うずくま)っている。

 

「何で子供のペガサスが一匹だけでこんなところに…?」

 

小さく力ない声で鳴くペガサスを見て眉をひそめる八幡。まだ子供だとすれば近くに親がいないのは不自然だし、はぐれたと言うのならばあそこに(うずくま)ったままなのはおかしい。

 

たとえ子供だろうと、いや子供だからこそ親を探しに飛び回るのではないか?そんな考えが八幡の頭に浮かぶ。

 

「あの子供ペガサス……」

「「うん!」記念撮影のチャンス!」

 

どこか様子がおかしいと気付いた八幡がそれを言い終える前に、ペガサスを見つけた事が余程嬉しかったせいか二人は駆け出してしまった。

 

「…はぁ……仕方ない」

 

あの二人の事だから近付けば子供ペガサスの様子がおかしいのに気付いて無理に記念撮影することはないだろうと思い、溜め息を()きながら八幡はしぶしぶ後を追う。

 

「羽ペン羽ペン…えっと…どこだっけ?」

 

子供ペガサスの近くまで来るとそこからリコはそろりそろりと歩いて近付き、みらいは木の陰に隠れてモフルンの入ったポーチをおろして記念撮影の準備を始めた。

 

「あった!」「あれ?」

 

みらいが羽ペンを見つけるのと同時に数メートルの距離まで近付いたリコが子供ペガサスの鳴き声があまりに弱々しい事に気付いて声を上げる。

 

「この子、何だか様子がおかしいわ」

「え?病気なのかな…?」

 

リコの後からみらいも駆け寄り二人は心配そうに子供ペガサスを見つめた。

 

「くんくん…モフ」

 

みらいとリコが子供ペガサスの方を注視している間にモフルンは鼻を鳴らしてポーチから抜け出し、茂みの中へと消える。

 

「…モフルン?」

 

二人から少し遅れて来た八幡が何事かとモフルンの後を追って茂みへと入っていってしまった。

 

「大丈夫?」

「どうしよう…」

 

後ろにいたモフルンと八幡がいなくなったことに気付かないままリコとみらいは子供ペガサスの容態を見守っている。

 

「薬草でもあればいいんだけど……」

「や、薬草?…うーん……」

 

薬草と聞いてみらいは辺りを見てみるがそれらしき植物は見当たらない。

 

「…モフルン?……モフルーン!どこいったのー?」

「…そういえば八幡もいつの間にかいないわ」

 

見渡しているとモフルンの入っていたポーチが空になっている事に気付くみらい。それと同時にリコも八幡がいない事に気付いた。

 

「二人とも一体どこにいったんだろう…」

「探さないと……でも…」

 

どこかに消えてしまった二人の事は心配だが、具合の悪そうにしている子供ペガサスをこのままにしてはおけない。

 

「…こうなったら一人がここに残って、もう一人が探しにいくしか……」

 

少し考えてから歯切れの悪そうに呟くリコ。確かにそうすれば問題は解決するが…そうすると今度は別の問題が浮かび上がる。

 

「う~ん…わかった!じゃあ私が探してくるからリコはあの子の事をお願い!」

「えっちょっとみらい!?」

 

みらいは矢継ぎ早にそう言うとリコが静止する間もなく近くの茂みに駆け出してしまった。

 

「…迷ったらどうするのよ……もうっ!」

 

初めて訪れる場所、そして周りは似たような木々、下手をすると探す方も迷子になりかねない。

 

しかし、子供ペガサスをほってみらいの後を追うわけにもいかず、リコはその場で声を上げる事しか出来なかった。

 

 

 

 

「八くーんっ……モフルーンっ……どこにいったのー!」

 

茂みを掻き分けながらみらいは大きな声で二人の名前を呼び続ける。

 

「う~ん…ここにはいないのかな……」

 

━━ガサッ

 

呼び掛けても返事がないため別の場所を探そうと(きびす)を返してみらいが歩き出そうとしたその時、近くの茂みが音をたてて揺れた。

 

「……?」

 

何かいるのかとみらいは音のした茂みの方へ足を向ける。

 

━━ガサガサッ

 

「………八くん?」

 

音のした茂みの先には足を伸ばして座り込み、苦い表情を浮かべる八幡の姿があった。

 

「っ………」

 

名前を呼ばれた八幡は驚いたように顔を上げてみらいの方を見ると気まずそうに視線を逸らす。

 

「大丈夫?もしかしてどこか具合が悪いの?」

 

八幡の様子がおかしい事に気付いたみらいはすぐさま駆け寄って心配そうに尋ねた。

 

「……何でもない、ただ疲れたから座ってただけだ」

 

視線を逸らしたまま答える八幡。本当はモフルンを追いかけている内に足の痛みが酷くなってしまい、動くに動けない状態になっていたのだが、それをみらいに気付かれるわけにはいかない。

 

(…変に気を遣われるのは御免だからな……)

 

先程のみらいの呼び掛けもこの事を隠すためにあえて返事をしなかった。

 

「……む~…あ、はーちゃんが空飛んでる!」

 

納得していない様子のみらいが少し考えるように沈黙した後、突然、向こうの方を指をさして声を上げる。

 

「っどこだ!?」

「今だ!」

 

はーちゃんが飛んでいるという言葉に思わず八幡がその方向を向いて注意がそれた瞬間、その隙を狙ってみらいが八幡のズボンの裾をめくった。

 

「なっ!?」

 

予想外なみらいの行動に抵抗する間もなく、赤く腫れている八幡の足首が(あらわ)になってしまう。

 

「やっぱり…!どうして隠してたの…?」

「いや…これは……」

 

みらいの追及にたじろぐ八幡。はーちゃんの事となると反射的に反応してしまう自分が(うら)めしい。

 

「…その怪我ってここに落ちた時の……だよね……」

「………」

 

八幡の沈黙を肯定と受け取ったみらいは表情を曇らせる。

 

「……戻ろう、それでちゃんとお医者さんに診てもらわないと…」

 

少しの沈黙、そしてみらいが絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「…そういうわけにもいかないだろ……今日の課題は三人で取り組んだことを証明するしないといけない…俺がここで抜ければ三人とも不合格になる」

「でも……!」

 

言い(つの)るみらいに八幡は矢継ぎ早に続ける。

 

「それに見た目ほど痛いわけじゃない、この課題の間くらいなら何とか持つ…だから心配しなくていい」

 

そう言って八幡は大丈夫だという事を証明するためにその場で立ち上がって見せた。

 

「っ…まずはモフルンを探すのが先だな。あっちの茂みに走っていってまだそんなに時間は経ってないは…ず……!?」

 

走る激痛を(こら)えて顔に出さないよう気を付けながら話を続ける八幡に対し、みらいが(おもむろ)にむすっとした表情で八幡の肩を支える。

 

「なにを…」

「…痛くないなんて嘘、本当すっごく痛いのに我慢してるでしょ?」

 

どうやら八幡の痩せ我慢は見抜かれていたらしい。それでも八幡の事を止めないのは、先日の人魚の里の一件で止めても無駄だということを知っているからだろう。

 

「だから掴まって、じゃないと八くんはここから動いちゃダメ!」

 

それがみらいにとっての最大限の譲歩だ。もし、八幡が嫌だと断れば意地でも動くのを阻止する、そんな気構えに見えた。

 

「……わかった」

 

これ以上ここで言い合っても時間が勿体無いと渋々了承した八幡。…妹と同い年くらいとはいえ、女の子に肩を貸してもらうという気恥ずかしさは、この際仕方ないと割り切る。

 

「…よ~し!じゃあモフルンを探しにいこう!」

 

その返事にむすっとした表情から一転して笑顔になったみらいと共に八幡はモフルンを探して茂みのさらに奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁぁぁっ!」

「おぉぉ……!」

 

モフルンを探して一際(ひときわ)大きな茂みを抜けると、そこには一面にピンクと白と黄色の鮮やかな色彩が広がっている。

 

「すっごーい…!!」

「まさか森の奥にこんな場所があるなんて思わなかったな…」

 

目の前に広がる色鮮やかなお花畑に目を奪われる二人。それほどまでにその場所は神々しく幻想的に見えた。

 

「あ……甘~い…良い匂い…」

「甘~い匂い…つまり……」

 

ふと、風に乗って漂ってきた花の香りにみらいと八幡は本来の目的であるモフルンを探してキョロキョロと辺りを見回す。

 

━━ガサッ

 

「あっま~い!甘い匂いモフ~!」

 

幸せそうな表情でお花畑の中から飛び出してきたモフルンは、はしゃいだ様子で辺りを駆け回った。

 

「モフルン!」

「…ちょっと待て……あれは…!」

 

モフルンを見つけて駆け寄ろうとしたみらいを静止した八幡。そしてそのまま一点を見つめて固まってしまった。

 

「どうしたの?八く…ん…!?」

 

その様子を(いぶか)しげに思いってみらいも八幡の見つめている方を向き、驚く。

 

八幡の視線の先、そこには数十メートルを軽く越える大きさの巨大な花が咲いていた。

 

「これって…」

「いや…まさか…」

 

『あま~い香りで森の生き物を誘き寄せるんですってぇ……』

 

巨大な花を中心に様々な動物達がまるで崇めるように集まっているその様子は来る途中に聞いたケイの噂話を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「みら~い!それに八幡もこっちに来るモフ~!!」

 

みらいと八幡が嫌な想像を浮かべている間に、いつの間にか巨大な花の近くにいるモフルンが二人に気付いて飛び跳ねながら手招きしていた。

 

「モフルンダメ!食べられちゃうよ!!」

 

二人を呼んだ後、そのまま巨大な花に向かって駆け出そうとしたモフルンを同じく駆け出してきたみらいが慌てて抱き抱え止める。

 

「モフー!全然怖くないモフ」

「え…?」

 

呆気らかんとしたモフルンの言葉にみらいは改めてまじまじと巨大な花を見上げた。

 

「ほんとだ…嫌な感じが全然しないね…」

「みーんな、優しい顔をしてるモフ~」

 

先程は遠くからだった事とケイから聞いた噂のせいで怖いように見えたが、近くで見てみると一目瞭然(いちもくりょうぜん)、この花が噂のように動物達を食べるなんて到底思えない。

 

「…あくまでも噂はただの噂だったって事か」

 

後からゆっくりと歩いてきた八幡も巨大な花を見上げて呟く。

 

「うん…この花はとっても優しくて…なんだか暖かい」

 

その呟きにみらいも頷いて三人は穏やかな気持ちで花と向き合っていた。

 

「あっ!」

「へ?」

「…どした?」

 

突然大きな声を上げたモフルンにみらいと八幡が怪訝な顔をして尋ねる。

 

「傷が治ったモフ~!」

「傷…?……そういえばいつの間にか足の痛みがなくなっているような……」

「ほんとだ…私も傷が消えてる……すご~い!!」

 

落下の衝撃で捻ったはずの足も落ちたときに負った小さな切り傷や打撲傷もまるで最初から無かったのではないかと思えるほど綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「この花のおかげ…なのか?」

「きっとそうモフ!」

 

近くにいるだけで自然と傷が治る花なんていくらファンタジー溢れるマホウ界といえどにわかには信じられないが、他に要因らしきものが見つからない以上はそういうことなのだろう。

 

「…そうだ!これなら……」

 

すっかり治った身体を見て何か思いついた様子のみらいは八幡とモフルンに〝ここで待ってて〟とだけ伝えると来た道を走って引き返していった━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経ってみらいがリコと未だに具合の悪そうな子供ペガサスを連れて戻ってくる。

 

「そういうことか……」

 

みらいのやらんとしている事を察して八幡は一人、納得したように呟いた。

 

「ちょっと…大丈夫なの?」

「うん、見てて…」

 

弱々しく鳴いている子供ペガサスへとみらいがお花畑で摘んできた花束を近付ける。

 

「………!?」

 

すると驚いた事にみるみる子供ペガサスの血色が良くなり、徐々に生気を取り戻していった。

 

「………ヒヒィィィン!」

 

どうやら完全に回復したらしく、子供ペガサスは嬉しそうに空へ向かって大きな(いなな)きを上げる。

 

「「わぁぁ…!!」」

「おぉ…!」

「元気に…なった!!」

 

すっかり元気になった子供ペガサスにみらいは感極まって抱き着き、リコは胸を撫で下ろした。

 

━━━━ヒヒィィィィィンッ!!

 

ほっとしたのも束の間、空の方から聞こえた嘶きに全員の視線が上へと集まる。

 

「「「あっ!」」」

 

そこには純白の翼を広げて空を駆ける美しいペガサスの姿あった。

 

「きっとお母さんだ!」

「迷子になった子供を探しにきたのか」

 

二人の言う通り、ペガサスはみらい達の目の前に降り立つと子供ペガサスに寄り添い、子供ペガサスもまた甘えるように寄り添い返す。

 

「良かった…」

「良かったモフ…」

 

無事ペガサスの親子が再開したことに潤んだ目元を拭うリコとモフルン。そしてお母さんペガサスの目元からも嬉し涙がこぼれた。

 

「「「「……?」」」」

 

こぼれた涙が足下の花束を濡らすとそこから優しい光が波紋のように広がる。

 

「「「「ぁ……!」」」」

 

光の波紋は巨大な花へと集約し、花の中心に形となって現れた。

 

「わぁ!」

「あれは…!」

「リンクルストーン…?」

「ピンクトルマリン、花のリンクルストーンモフ~!」

 

思いがけないところで現れたリンクルストーンにみらい達は驚き、モフルンがブンブンと両手を振って興奮したように跳ね回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ……フッフッフッフ………見ぃつけた…」

 

その様子を遠くから見つめる赤い双眸(そうぼう)……闇が再びみらい達に牙を剥かんとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話「魔法の箒でGO!暴走再び?ペガサスの親子を救え!」Bパート

 

「…でもあんな高いところにあるものをどうやって取るんだ?」

 

巨大な花の中心に現れたリンクルストーン・ピンクトルマリン。あれを取るためには数十メートルはあるあの花をよじ登るか、箒で飛んでいくしかない。

 

「えぇっと…箒で……」

 

八幡の疑問にリコが自信無さそうに答える。ついさっき落ちたばかりで上手く飛べるかどうかわからないからだ。

 

「ヒヒィン?」

 

みらい達がどうしようか頭を悩ませているそんな時、お母さんペガサスが何かを伝えようとして首を動かした。

 

「え?もしかして取ってきてくれるの?」

「ヒヒィン!」

 

お母さんペガサスは頷くような仕草をした後、翼を広げて飛び立ち、花の上のリンクルストーンを(くわ)えて戻ってくる。

 

「ヒヒィン♪」

「ありがとう!」

 

リコがそれを受け取ると両脇からみらいと八幡が覗き込んだ。

 

「わぁぁ…きれい……」

「銀色……支えの輝き…か」

 

花びらを(かたど)ったような銀色の(ふち)に鮮やかなピンクの宝石にみらいと八幡がそれぞれ感想を漏らす。

 

「ええ、ピンクトルマリン…癒しの花から生まれたアクアマリンと同じ支えのリンクルストーン」

「みんなの優しい気持ちにピンクトルマリンが応えたモフ~」

 

━━くぅぅぅ~~~……

 

リコとモフルンの後に続いて可愛らしい音が鳴り響いた。

 

「………」

「な、私じゃないわよ!」

 

その音が鳴り響いた瞬間にジト目を向けてきた八幡にリコが抗議する。

 

「くぅぅ~……」

「はーちゃんお腹すいたモフ?」

 

音の正体、それはリコではなくはーちゃんがお腹を空かせた音だった。

 

「じー…」

 

今度はあらぬ疑いをかけられたリコが逆に八幡をジト目で見つめる。

 

「……ここには食べ物はないからリンクルスマホンで何か食べ物を出してあげるしかないな」

 

目線を逸らして誤魔化すように早口で喋る八幡。正直、音からしてリコではない事は薄々わかっていたのたが、前例があるため思わずジト目を向けてしまったのだ。

 

「…はぁ……そうね、それなら……」

 

そんな八幡の反応にため息を吐きつつ、リコはリンクルスマホンを取り出して手に持っていたピンクトルマリンをセットする。

 

ヒュルルル━━━━ポンッ

 

ひとりでにペンが動きだしてスマホンの画面に何かを描いたかと思えば、光と共に花の蜜がたっぷりとかかったホットケーキが現れた。

 

「わぁぁ!」

「美味しそう!」

「はー♪」

「みんなで食べるモフー!」

「みんな…?ってまさか…」

 

モフルンの指すみんなとは八幡の予想通りで、スマホンが(せわ)しなくペンを動かし、このお花畑にいる動物を含めた全員分のホットケーキを描き出す。

 

「「「いただきます」」モフ」

「はーはー♪」

「…いただきます」

 

大小様々な動物達に囲まれたその中心でホットケーキを食べ始めるみらい達。その動物達の前にも等しくホットケーキが置いてあるこの光景はある意味シュールに見えた。

 

━━もぐもぐ……

 

「おいしい?」

「うまーうまー♪」

「やばい、可愛い……」

「うっ八くん…すごい顔してるよ…?」

 

小さく食べやすい大きさに千切られたホットケーキを頬張(ほおば)るはーちゃんの姿を見つめる八幡の顔を見てみらいが何とも言えない表情を浮かべる。

 

「はっ♪はーはー!」

 

パタパタ━━

 

はーちゃんは花が咲くような満面の笑顔を浮かべながら小さな羽を動かし、ゆっくり宙に浮かび始めた。

 

「飛べた!」

「っキュアップ・ラパパ!━━写し撮れ!!」

 

その瞬間、みらいが驚きと喜びの混じった声を上げ、八幡が今までで一番力の込もった呪文を唱える。

 

「ちょっ八幡…!?」

 

突然呪文を唱えた八幡に戸惑い驚くリコを他所(よそ)にいつの間にかそこに現れた紙とペンが魔法をかけられて動き出した。

 

「すっごい集中力モフ~」

 

鬼気迫る八幡の様子にモフルンが思わずそんな言葉を漏らす。

 

「は…はぃ~……」

 

疲れた様子でゆっくりと失速していくはーちゃん。それは時間にしてみれば数秒に満たないが、みらい達にとっては何よりも嬉しい事だった。

 

「まだ長くは飛べないみたいね」

「ゆっくりでいいんだよ~」

 

ゆっくりと落ちるはーちゃんを受け止めて二人は優しく微笑む。

 

「すっごいモフ~!」

 

そんな中、八幡の方に視線を向けていたモフルンが唐突に大きな声を上げた。

 

「どうしたのモフルン?」

「すごいって何がすごいの?」

「はー…?」

 

モフルンの声にみらいとリコ、それにはーちゃんも思わずそちらを向く。

 

「わぁ…!これ八くんが描いたの…!?」

「あ、あの一瞬で…?」

 

そこには満面の笑顔で空を飛んでいるはーちゃんが紙に描かれていた。

 

「すごい…本当の写真みたい……」

 

みらいの言うように八幡の描き出したそれは描かれたというよりも文字通り、写し出したと言える程の完成度だ。

 

「…それにしてもアイザック先生の魔法と同じくらい綺麗(きれい)って……」

 

八幡の魔法を見て呆れた様子のリコ。その理由は八幡の魔法がどうしてそこまでの精度を誇るのか察しているからだろう。

 

「……はーちゃんが初めて飛んだ記念だからな」

 

自分でも自覚はあるようで八幡はサッと目線を逸らした。

 

(いくらはーちゃんの事とはいえ、ほぼ無意識の内に体が動いていたのは流石に……)

 

ここまでくるとただはーちゃんの可愛さにやられたのではなく何かの意志が介在(かいざい)していると言われても信じるかもしれない。

 

「はー♪はー♪はー…ふわぁ……」

 

そんな事を考えていると魔法で描き出された自分の絵を見て喜び、はしゃいでいたはーちゃんが不意に可愛らしい欠伸を漏らした。

 

「はーちゃん眠いモフ?」

「頑張ったから疲れちゃったのかな?」

「…初めてだったから余計に疲れが出たのかもな」

「ふわぁ~……」

 

はーちゃんはもう一度小さく欠伸をするとリコの持つリンクルスマホンの中に戻っていく。

 

「頑張ったわね」

 

スマホンの中ですやすやと眠るはーちゃんに向けてリコは優しく(ささや)いた。

 

「ふふっ……って、あ~~!!忘れてた~~!!」

 

眠るはーちゃんの姿を見て微笑んでいたみらいが何かを思い出したように大きな声を上げる。

 

「っ…何を?」

「ちょっとみらい…!声が大きい!」

「リコもモフ…」

 

その声に八幡は驚きながらも聞き返し、リコははーちゃんが起きるでしょと抗議の声を上げ、モフルンが耳を抑えながら呟いた。

 

「記念撮影!」

「「あ…」」

 

みらいの言葉にリコと八幡が当初の目的をすっかり忘れていた事に気付く。

 

「すいませ~ん、写真一枚お願いしま~す!」

「ヒヒィン?」

「いや…その頼み方は違うだろ……」

 

ペガサスに駆け寄ってそう頼むみらいに思わずツッコミを入れる八幡。ニュアンスの問題なのだろうが、みらいの言い方だと写真を撮ってくれと頼んでいるように聞こえてしまう。

 

「え~…じゃあ…あの~お写真の方を撮らせてもらってよろしいでしょうか?」

「…まあ意味合いは間違ってないならいいか」

 

まだところどころ間違っているが、ペガサスの親子には伝わったようなので八幡はそれ以上何も言わない事にした。

 

「…?」

「モフ?」

 

記念撮影に応じるべく立ち上がったお母さんペガサスが何かを感じ取った様子で辺りを見回し、モフルンが何事かと首を傾げる。

 

━━━━シャキンッ━━━━シャキンッ

 

「…?なんだこの音……」

 

森の奥地であるこの場所に響く似つかわしくない音に八幡は眉をひそめた。

 

━━ドドドドドドドドッ!!!!!!!

 

一瞬の静寂、そして地鳴りと共に動物達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

 

「えっ?」

「何?どうしたの?」

 

突然の出来事に困惑するみらいとリコ。先程まで穏やかに過ごしていた動物達が一目散に逃げ出すなんて只事ではない。

 

「ブルルルルッッ……!!」

 

探るように辺りを見回していたお母さんペガサスがみらい達の背後に向けて威嚇(いかく)するように鼻を鳴らした。

 

「「は…!?」」

「お前は……!?」

 

お母さんペガサスの見つめる先、自分達の背後に何かいるのかと振り向いた三人は驚き険しい表情を浮かべる。

 

「…チッ……強い魔法の力を感じてエメラルドかと思ったら……あ~あ、残念。ま~た違ったか……」

 

こうして対峙するのは三度目、一度目は商店街で、そして二度目は学校で、蜘蛛(くも)を思わせる容姿に赤い双眸(そうぼう)、闇の魔法使いスパルダがそこに悠然と(たたず)んでいた。

 

「……何で毎回、補習授業の度に闇の魔法使いと遭遇するんだか…」

 

スパルダの登場に八幡の口からそんな呟きが漏れる。

 

元を辿ればエメラルドの在りかを知っていると勘違いされた事から始まり、そこからはほぼ毎回と言っていい程に補習授業で行く先々で()()リンクルストーンとそれを探しに来た闇の魔法使いに鉢合わせていた。

 

(ここまで続くと偶然かどうか疑わしくなってくるな……)

 

何かの意志が介在しているのか、あるいはリンクルストーン同士が引き合うのか、はたまたその両方か、どれにしても偶然の一言で片付けられるよりはまだ納得できる。

 

「ブルル……ヒヒィンッ!!」

 

八幡がそんな事を考えている間に、威嚇するように鼻を鳴らしながらスパルダを睨んでいたお母さんペガサスが痺れを切らして突撃し始めた。

 

「おっと」

 

それをあしらうようにひらりとかわしたスパルダは再び突撃せんとして空中で身構えるお母さんペガサスに目を向ける。

 

「ブルルル……ッ」

「へぇ…おもしろい……!」

 

対峙するお母さんペガサスとスパルダ、そしてその様子を子供ペガサスが心配そうに見上げ、空に向かって鳴き声を上げた。

 

「ッ……!」

「はぁぁっ!!」

 

一直線に向かってくるお母さんペガサスに対し、スパルダは右手をかざして放射状に糸を放つ。

 

シュルシュルシュル━━━━ガシッ!

 

「ヒヒィンッ…!?」

 

放たれた糸はあっという間にお母さんペガサスへと絡みついて、いとも簡単に体の自由を奪ってしまった。

 

「ブルルル……!」

 

糸に絡め捕られて身動きが取れなくなってしまったものの、お母さんペガサスの闘志は衰えることなく怒りを込めた眼を真っ直ぐスパルダに向けている。

 

「良い眼をしてるじゃないかぁ…そんなに花を切られたのが許せなかったのかい?」

「ッ………!!」

 

挑発めいた言葉を受けてさらに怒りを燃やすお母さんペガサスにスパルダは不気味な笑みを浮かべた。

 

「そうかい……ならそうだねぇ………」

 

笑みを浮かべたままスパルダは思案するように目を閉じる。

 

━━ゾクリッ

 

「っ……!」

 

その瞬間、下から様子を見ていた八幡に形容し難い悪寒が走った。

 

「…キュアップ・ラパパ!箒よ、飛べ!!」

 

このままお母さんペガサスとスパルダを対峙させておくのはマズイと判断した八幡は急いで箒を取り出し、飛び立つ。

 

「え?」

「八幡!?」

 

突然の行動にみらいとリコが驚く中、八幡を乗せた箒はスパルダに向かって一直線に飛び始めた。

 

(この直感が当てになるかどうかわからないが、どうしても嫌な予感が拭えない…)

 

這い寄り絡みついてくるようなそれに焦る八幡。この箒の速度ならばスパルダまでの距離くらい一瞬なのだが、加速するまでの数秒の時間すら長く感じる。

 

(あと少し…間に合っ……)

 

━━━━ニタァァァ

 

八幡の箒が加速し始めた直後、目を閉じていたスパルダがその真っ赤な双眸(そうぼう)を見開いて口を裂けんばかりに開き、(わら)った。

 

「……じゃあ、もっと花を切りまくってやるよっ!!」

 

そういうとスパルダは髑髏(どくろ)の杖を取り出して掲げる。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

スパルダの足下に闇の魔法陣が浮かび上がるとそこから放射状に糸が拡がってお母さんペガサスと刈り取られた植物を吸い込んでしまった。

 

(マズイ……!)

 

すぐそこまで近付いていた八幡が慌てて箒に急ブレーキをかけ、そこからすぐに反転して()()と距離を取る。

 

「ヨクバールゥッ…」

 

闇の魔法陣の中から現れたのは全身を植物の(つる)(おお)われ、不気味な色の翼を背中から生やし、顔を髑髏(どくろ)隠された怪物……お母さんペガサスの変貌した姿だった。

 

「っ……」

 

嫌な予感が的中した事、目の前でお母さんペガサスが怪物に変えられてしまった事、そして何より間に合わなかった事実に八幡は歯噛みし、箒の柄を手が白くなるほど握り締める。

 

「っなんてことを……!」

「ヒヒィ…ン……」

 

お母さんペガサスをヨクバールに変えた張本人、スパルダを睨み(いきどお)るリコ。その隣で子供ペガサスが悲痛な声を上げた。

 

「元に戻してっ!!」

 

その声にみらいはキッとスパルダを睨み付けて叫ぶが、それをスパルダは鼻で(わら)って返す。

 

「ハッ、戻せと言われて戻す馬鹿がいるかい?…さあヨクバールよ、やりな!!」

「ギョォォイッ!」

 

指示を受けたヨクバールは髑髏の目を怪しく光らせ、全身から四方に向けて勢いよく(つる)を放った。

 

「ヨッ」

 

━━━━ズドンッ!

 

「クッ」

 

━━━━ズドンッ!!

 

「バールッ!」

 

━━━━ズドォォンッ!!!

 

自らの身体から伸ばした蔓を(むち)のように操ってヨクバールは眼下(がんか)にあるその景色を蹂躙(じゅうりん)していく。

 

「ぐっ…」

 

ヨクバールが放った蔓の鞭の脅威は地面だけではなく空を飛んでいる八幡にも襲い掛かった。

 

「クッハッハハッ!もっとやれぇっ!!」

 

無惨(むざん)にも散らされていく花達、抉られた大地、空中で必死に蔓の鞭をかわす八幡、それをスパルダは心底楽しそうに眺めている。

 

「ッブルル……!」

「いっちゃダメモフ~!」

 

変わり果てた姿で破壊の限りを尽くすお母さんペガサスに居ても立っても居られず、飛び出そうとする子供ペガサスをモフルンがしがみついて止めた。

 

「「……っ」」

 

無謀(むぼう)とわかっていても大好きなお母さんペガサスを救いたい…悔しさと悲しみの混じった鳴き声が響く。

 

「……助けなきゃ」

「…うん!」

 

子供ペガサスの想いを胸にみらいとリコは覚悟を決めて手を繋ぎ、呪文と共に光を解き放った。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

放たれた光━━二つのリンクルストーン・ダイヤがモフルンの元に(つど)って一つとなる。

 

「「ダイヤ!」」

 

モフルンの手を取り、輪になって光を紡ぐ二人。そして━━

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

(まばゆ)い輝きが二人を包み込んでその姿を(いろど)っていく。

 

 

光の中から魔法陣が浮かび上がり、守りの輝きを身に(まと)った二人が姿を現した。

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

(とら)われたお母さんペガサスを救うべく、伝説の魔法使いが今、その闇を振り払う。

 

 

 

 

 

 

「フッ…変身してどうする?」

 

伝説の魔法使いプリキュアに変身した二人を前にしてもスパルダは慌てる様子もなく、むしろその(たたず)まいからは余裕すら垣間見(かいまみ)えた。

 

「ヨクバール…ルッ!」

 

標的を二人に変えたヨクバールが無数の(つる)を槍のように放って攻撃を仕掛けてくる。

 

「「っ!」」

 

その攻撃ををバックステップでかわした二人はなおも追撃してくる蔓の槍をかわしつつ、ヨクバールに向かって走り出した。

 

「やめて!」

「お願い!」

 

ヨクバールに取り込まれたお母さんペガサスの心に訴えかける二人。しかし、蔓の槍による攻撃は容赦なく降り注ぐ。

 

「このままだと…不味(まず)いな……」

 

ヨクバールの注意が逸れた事で難を逃れた八幡が二人の様子を見て焦るように呟いた。

 

(まだ気付いていないみたいだが…もし、()()()に気付いてしまえばあいつらは動けなくなるかもしれない……あのヨクバールを攻撃することの意味に…)

 

今まで戦ってきたヨクバールはどの個体も無機物、あるいは動物の羽や貝殻などが元になっていたため、二人は迷いなく戦う事ができていた。

 

だが、今回は違う。あのヨクバールの元となっているのはお母さんペガサスだ。意思のある動物…それも短い間とはいえ共に過ごした相手をあの二人が攻撃できるとは思えない。

 

たとえそれが助けるために必要な事だったとしても割り切れずに躊躇(ためら)ってしまうはずだ。

 

「…かといってそれを責める事はできない…か」

 

きっとこれが物語の中の話ならば〝優しさを履き違えるな〟とでも言うのだろう。実際、それが正しいと思うし、今この場でそれを理解している八幡はその言葉を伝えるべきなのかもしれない。

 

けれど、あの二人…みらいとリコはまだ中学生だ。

 

いくら伝説の魔法使いだからと言っても中身は普通の女の子、そんな彼女達にその選択を()いる事が正しいのなら間違えたままでいい。

 

「……間違いだろうと帳尻さえ合っているならどうとでもなる」

 

傷つけられないのなら無傷のまま助ける方法を探せばいいだけの話。そのために動く、それだけだ。物語のように戦う覚悟を問うなんてする必要はないだろう。

 

それに生憎(あいにく)と八幡にはそんな大層な事を問うような気概(きがい)や覚悟なんて持ち合わせてない。

 

「ならまずは……」

 

考えをまとめた八幡は一先(ひとま)ずヨクバールの攻撃を避け続けるミラクルとマジカルの方に向かって箒を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「っふ!」」

 

迫る蔓を全てかわし、ヨクバールの正面へと抜けたミラクルとマジカルはそのまま反撃に転じて跳躍し、空中で構えて狙いを定める。

 

「ヨ?」

「「あっ……」」

 

攻撃に移ろうとヨクバールを見据えた瞬間、その姿がお母さんペガサスと重なり、二人は攻撃することを躊躇(ためら)ってしまった。

 

「ヨッ!!」

 

それを好機とみたのか分散させていた蔓を集中させて放つヨクバール。そこには微塵(みじん)の躊躇いもない。

 

「「っ……!」」

 

身動きのとれない空中ではかわせるはずもなく、二人はやってくる衝撃と痛みを想像してぎゅっと目を閉じる。

 

 

━━━━ポスッ

 

 

「あれ…?」

「痛くない…?」

 

痛みもなく、想像していたよりも弱い衝撃に二人は恐る恐る目を開いた。

 

「八くん…?ってあわわ…!?」

「これは…」

 

二人の視界に流れる景色と箒に乗る八幡の背中が映る。

 

「…案外やってみれば何とかなるもんだな」

 

ミラクルとマジカルを両肩に抱えながら額に汗を浮かべて呟く八幡。咄嗟(とっさ)の判断で二人を抱えて脱出したのだが、どうにか上手くいったようだ。

 

「八幡のおかげで助かったみたいね…ありがとう」

 

未だに慌てたままのミラクルの横で状況を察したマジカルが礼の言葉を口にする。

 

「……やばい、腕がもう限界…!」

「へっ?あ、ちょっ……」

「お、落ちる~!?」

 

しかし、今の八幡にはその言葉に返す余裕はなかった。いくら細身の女の子とはいえ二人分の体重だ、特別鍛えているわけでもない八幡にはとてもではないが支えきれない。

 

「っキュアップ・ラパパ!箒よ、止まれ!」

 

━━キュッ

 

「「きゃぁぁぁっ!?」」

 

フラフラと揺れる箒を止めるために唱えたものの、思いの外勢いよく急ブレーキが掛かってミラクルとマジカルが投げ出されそうになってしまう。

 

「ぐっ!?」

 

足で箒にしっかり捕まり、歯を食いしばって離すまいと八幡は二人を抱き寄せた。

 

「わわっ!」

「「~~~~!!」」

 

その甲斐(かい)もあって何とか踏みとどまる事が出来たが、抱き寄せられた反動であまりに近い互いの距離を意識してしまったらしい八幡とマジカルの顔が赤く染まる。

 

「よっと…びっくりした~落ちるかと思ったよ~……あれ?どうしたの?二人とも」

「「……なんでもない」」

 

三人を乗せた箒がゆっくりと下降して地面に降りた後、様子のおかしい八幡とマジカルにミラクルがそう尋ねると二人は揃って目線を逸らしながら答えた。

 

(落ち着け…あれは不可抗力、意識するような事じゃない……あれだ、いい匂いがするとか、思ってたよりも腰が細いとか、柔らか…ゲフンッゲフンッ……そんな事全然思ってないですよ…?)

 

(落ち着きなさい…私、そう…あれは不可抗力よ、八幡は私達が振り落とされないようにしてくれてただけなんだから…べ、別にやっぱり年上の……こ、こほんっ…そ、そんな事全然考えてないんだから…!)

 

「?」

 

その反応に首を傾げるミラクルを他所に八幡とマジカルが悶々(もんもん)と思考に()ける。

 

「……って、そんなことを考えてる場合じゃなかった」

「……そうね、早く助けないと…」

 

羞恥心からぐるぐると回っていた思考も一周回って落ち着き、現状に改めて向き合う二人。後から思い出して(もだ)えるかもしれないが今はそれどころではない。

 

「でも…お母さんペガサスと戦うなんて……」

 

目を伏せ、ミラクルが沈痛な面持ちで口を開く。それは先程八幡が懸念(けねん)していたことだが、実際に本人の口から聞くとなおさら〝戦え〟とは言えない。

 

「…だとしても戦わないと助けられないわ」

 

ミラクルの言葉に答えるマジカルの声は震えていた。戦わなければならないとわかっていてもやはり割りきれないのだろう。

 

「助けるために戦う……問題はそこだな…」

 

結局、懸念していたものの特に良い案も思い付かないまま来てしまったため改めてその問題にぶつかってしまった。

 

「……戦いが始まる前にリンクルステッキを使って浄化できれば…」

 

今まで見てきた限り二人の…プリキュアの魔法は相手を傷つけるのではなく浄化し、元に戻す力を持っている。

 

あの魔法ならばお母さんペガサス傷つける事はない。ただ一つ懸念があるとすれば……

 

「でも無傷で万全の相手にどこまで通じるかどうか…」

 

八幡の提案にマジカルが表情を(くも)らせて呟く。確かにこれまでは、ある程度戦ってから隙を見計(みはか)らって浄化の魔法を放っていた。

 

しかし、今回は無傷の状態のヨクバールが相手だ。かわされるかもしれないし、浄化しきる前に破られる可能性もあるだろう。

 

「あの時みたいな魔法ができたら……」

「あの時?」

 

ミラクルのいう〝あの時〟に思い当たる節がなく八幡は首を傾げた。

 

「それって…マキナ先生と戦った時の…?」

 

八幡と違い心当たりがあるらしいマジカルが確認するように尋ねる。あの時というのがマキナ先生と戦った時の事ならば八幡を精神攻撃をくらいほとんど気絶していたので思い当たる節がないのも仕方ない。

 

「うん…あの時の魔法ならもしかしたらって」

「なるほどな。…正直気絶してたからよくわからんが、もう使えないのか?」

 

詳細は謎だがその魔法に可能性があるのなら試す価値はある。少なくとも一か八か浄化魔法を使うよりはいい筈だ。

 

「わからない。あの時は無我夢中で聞こえてきた声を頼りにしてたから……」

「声…?それは……いや…」

 

表情を曇らせたまま答えたマジカルの言葉に八幡は眉をひそめる。聞こえてきた声の正体も気になるが、今はそれよりもお母さんペガサスを救えるかもしれない魔法の使い方だ。

 

「……あっ」

 

二人のやり取りを見てミラクルが声を上げる。そこまで大きな声ではなかったが突然だったため二人は少し驚いていた。

 

「ミラクル?」

「何か思い付いたのか?」

 

驚き混じりに二人がそれぞれ尋ねるとミラクルはガバッと八幡の肩を掴んだ。

 

「リンクルストーンだよ!八くん!」

「は?え、何が?」

 

いきなり肩を掴まれた八幡は戸惑ったまま聞き返す。唐突にリンクルストーンだよと言われてもそれだけでは何の話か検討もつかない。

 

「…もしかして八幡のリンクルストーンのこと?」

 

マジカルもミラクルの言わんとしている事がわかったらしくハッとした表情をしてそう返した。

 

「そうだよ!あの時、八くんのリンクルストーンから光がピカーって…そしたらなんだか力が湧いてきて…」

「……そういえばあの時投げ渡したんだっけな」

 

要領を得ない言葉だったが、聞いている内に八幡は気絶していた前後の出来事を思い出し、ポケットから自らのリンクルストーンを取り出す。

 

(あの時はこのリンクルストーンを二人に渡さないといけない気がして……)

 

取り出したリンクルストーンをまじまじと見つめる八幡。直感で二人に投げ渡した守りの輝きにも支えの輝きにも属さない正体不明のリンクルストーンにそんな力があるなんて思わなかった。

 

「じゃあこれがあればその魔法が使えるのか?」

「…可能性はあると思う。けど……」

「とにかくやってみようよ!八くんリンクルストーンを貸して━━」

 

 

バチィッッッ!!

 

 

ミラクルが八幡の手からリンクルストーンを受け取ろうと手を近付けた瞬間、火花に似た光がまるで拒絶するように(はじ)ける。

 

「きゃっ!?」

 

予想外の出来事に驚いたミラクルは尻餅をついて倒れた。

 

「ちょっミラクル大丈夫!?」

「う、うん…ちょっとびっくりしただけだから大丈夫」

 

幸いミラクルは尻餅をついただけで怪我はないが、どうやら八幡のリンクルストーンは再び八幡以外には触れない代物になってしまったようだ。

 

「……また色が変わってる?」

 

さっき手に取った時は気のせいだと思って気にしなかったが、リンクルストーンの色が白から薄い黒の混じった灰色に変わっている。

 

(確か初めてこのリンクルストーンを見た時は赤黒かったはず、それがいつの間にか白くなって…かと思えば今度は灰色……何か意味があるのか?)

 

いつの間にか八幡の枕元に置いてあった事や八幡以外には触れず、色が変化する事、それにプリキュアの魔法を強くする可能性も秘めていたりとこのリンクルストーンに関しては謎だらけだ。

 

このリンクルストーンは一体何なのか?もしその謎の一端でも分かれば状況を打開できるかもしれないのだが……もう時間切れらしい。

 

「作戦会議は終わったかい?」

「「「っ!?」」」

 

ヨクバールと共にスパルダが悠然(ゆうぜん)と姿を現した。

 

「そんな…!」

「もう追い付いてきたの…!?」

 

スパルダの登場にミラクルとマジカルの口から思わずそんな言葉が漏れるがそれも仕方ない。今しがた八幡のリンクルストーンに弾かれてしまった事で振り出しに戻ってしまったのだ。

 

他の方法を考えようにも目の前にスパルダとヨクバールがいる以上、そんな時間はないだろう。

 

「…わざわざ待っててくれるとはずいぶんとお優しいことで……」

「フッ…アタシは寛大だからねぇ……そうだ、何度も邪魔してくれたアンタの事も許してやろうじゃないか」

 

時間を稼ぐために挑発した八幡だったが、その予想に反してスパルダは不気味な笑みを浮かべながら軽く挑発を受け流した。

 

(っ…まさか乗ってこないとは……それだけ自分が有利な立場にいることをわかってるって事か)

 

前回、スパルダと戦った時に八幡はおそらくプリキュアである二人よりも目をつけられている。そんな八幡が(あお)るように挑発すればすぐにでも標的をこちらに変えてくるだろうと踏んだのは考えが甘かったらしい。

 

「さーて、じゃあそろそろ楽しい楽しい戦いを再開しようかねぇ……やれっヨクバール!」

「ヨクバールッ!!」

 

八幡の挑発は失敗に終わり、スパルダの指示を受けたヨクバールがミラクルとマジカルの二人に向かって再び(つる)を槍のようにして放つ。

 

「「っ!!」」

 

まだ何の打開策も見つかっていない事に動揺して焦りながらもなんとかその攻撃をかわす二人。このままではお母さんペガサスを助けられず、森やお花畑も滅茶苦茶になってしまう。

 

「…こうなったらやれるだけの事をやるしかないわね」

「…うん、少しでも助けられるかもしれないなら……」

 

たとえ策がなくとも今自分達に出来ることをしようと決めた二人は追撃してくる蔓の槍を真っ正面から受け止めた。

 

「「ぐぅっ…!!」」

 

受け止めた衝撃と痛みで二人の口から苦悶の声が漏れるが、それでも離すまいと力を込めて蔓を握り、ヨクバールの動きを封じる。

 

「目を覚まして!」

「私達の話を聞いて!」

 

互いに動けない状況の中でマジカルとミラクルは必死にお母さんペガサスに呼び掛けるがその言葉は届かない。

 

「おお?チャンスだ!ほぉら、反撃したらいいじゃないかぁ?」

 

スパルダは二人がヨクバールを攻撃できないとわかった上で(あお)るように語りかける。

 

「あ~できるわけないっかぁ♪アハハハハッ!!」

「ヨク~!!」

 

勝利を確信して高笑いするスパルダ。それに呼応してヨクバールが掴まれている蔓とは別の蔓を放ち、ミラクルとマジカルに襲い掛かった。

 

「ぅわぁぁっ」

「うっ…」

 

蔓の直撃を受けた二人は勢いよく吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直して着地し、痛みを(こら)えて立ち上がる。

 

「っ…まだまだ!」

「これくらい……!」

 

立ち上がった二人はやはりダメージが大きいのか少しふらふらしていて、そう何度も攻撃を受けられる状態ではなかった。

 

「っ時間がない…何か手を打たないとこのまま……」

 

そんな二人の姿を前にただ見ていることしかできない八幡は焦燥感に駆られる。

 

挑発は失敗し、自分のリンクルストーンに可能性があるとわかっても使えない、他の方法を考えようにも手詰まりでなにも思い付かず、出来ることと言えばいつものように時間稼ぎくらいだが今はそれも意味がない。

 

これまでは時間を稼いだらあの二人がなんとかしてくれる、二人にまかせればいい、そう思っていた。

 

自分はただの高校生。魔法が少し使えるがそれだけ、伝説の魔法使いには遠く及ばない。だから時間稼ぎや不意をついて隙を作る事しかしてこなかった。

 

「……いつの間にかあいつらに…他人(ひと)に頼るのが当たり前になってたのか…」

 

今までずっと一人で解決してきた。周りには助けてくれる人間なんていなかったから。

 

いや、いなかったというのは語弊(ごへい)があるかもしれない。妹の小町や普段はぞんざいに扱われているものの両親だって本当に八幡が困っていたら力を貸してくれるだろう。

 

そうとわかっていても八幡は頼ることをしなかった。

 

巻き込むのが嫌だからとか心配かけたくないだとかそんな殊勝な理由じゃなく、ただ自分は弱くないと見栄(みえ)を張っていただけだ。

 

誰かに頼ることが(ひど)く弱い行為だと思えて仕方がない。筈だったのに……いつの間にかあの二人を頼ることに何の抵抗もなくなってしまっていた。

 

闇の魔法使い、ヨクバールという怪物、そんな非日常に巻き込まれ、どうしようもなくなって知らず知らずの内に二人に頼りきって…言うなれば依存していたのだ。

 

直接戦う事は出来ないから、自分にはそんな力はないから、そう思って全部をあの二人に押し付けていた。

 

もちろん、それが最善の判断で力がないのも本当の事だし、頼るという行為は決して悪いことではない。依存しているだとか、全部を押し付けているなんて、八幡の勝手な考えとも言える。

 

だとしても気付いてしまったらもう頼りっぱなしと言うわけにはいかない。中学生の女の子に頼りきりの男子高校生ほどカッコ悪い者はいないのだから。

 

「無傷のまま浄化する事が難しいなら……」

 

角度を変えて方法を模索する八幡。と言ってもすぐに思い付くわけもなく、ぐるぐると思考が空回る。

 

「あら、お困りかしら?」

「っ!?」

 

突然、誰もいないはずの後ろから声をかけられた八幡が驚き振り返るとそこには━━

 

「マキナ…先生……!?」

 

つい先日まで魔法学校の教員を演じ、敵として八幡達を苦しめた闇の魔法使いの一人、マキナことマンティナの姿がそこにあった。

 

「へぇ…まだ先生と呼ばれるなんて思わなかったわ」

 

八幡の反応にマキナは肩を(すく)め答える。

 

「……っ…で?何か用ですか?今色々と忙しいんですけど?」

 

背中から嫌な汗が流れるのを感じながら八幡は平静を(よそお)ってそう返した。

 

(このタイミングで現れたって事は目的はこの前の続きか…?)

 

理由はわからないがマキナは八幡に固執している。興味があるのは記憶か、それとも八幡自身なのかはわからないが、どちらにせよ今ほどマキナにとって都合のいい機会はない。

 

 

「ふふっ…そんなに警戒しなくても、今日は危害を加えるつもりはないわよ」

「……それを信じろって言うのは無理があるんじゃないですかね…?」

 

マキナの言葉に八幡は警戒を強める。あれだけの事をしでかした人物が二人のいないこの隙を(のが)すとは思えなかった。

 

「そうでしょうね。でも本当にそんなにつもりはないの。私はただ助言しに来ただけ」

「助言…?何を……」

 

思わぬ言葉に八幡は怪訝な表情を浮かべる。何に対する助言なのか?何のためにそんな事をするのか?そもそも本当に助言するだけなのか?様々な疑問が浮かび上がり、マキナの意図が全く読めない。

 

「あのペガサスを無傷で助け出す方法のヒント、理由はそうね…スパルダをからかうためかしら?負け帰ったスパルダをからかうと楽しいから、もちろん助言をし終わったらすぐに帰るわ」

「…人の心の中でも見れるんですか……」

 

言葉にしていない疑問に対してすらすら答えたマキナに八幡は呆れ混じりに驚いて見せる。

 

「まさか、私は八幡君の考えそうな事を予想して答えただけよ。当たってたかしら?」

「………さあどうでしょうね」

 

手玉にとられ、マキナに会話のペースを握られたままの八幡はせめてもの抵抗として出来るだけ表情を抑えながら答えた。

 

「ふぅん…まあいいわ。それよりも早くヒントを教えてあげないとね?」

「………」

 

特に気にした風もなく話を続けるマキナ。ヒントを教えると言うがそれを鵜呑みにしてもいいのだろうかという疑念は消えない。

 

「ヒントはリンクルストーンよ。信じる信じないは八幡君に任せるけれど…あの二人、いつまで持つかしら?」

 

そう言ってマキナはヨクバールと対峙しているミラクルとマジカルの方へ視線を向ける。攻撃できない二人は一方的に攻撃を受けて満身創痍、なんとか立っているものの今にも倒れそうだった。

 

(っこうなったらヒントが正しい前提で考えるしかない…!)

 

一刻を争う状況を前に八幡は膨らんでいた疑念を呑み込んで考えを巡らせる。

 

(ヒントはリンクルストーン…単純に考えるならリンクルストーンの力を使えば無傷で助けられるって事になる……)

 

マキナの目的がスパルダの失敗なら難しいヒントは出さない。もしヒントが伝わらなければ目的を達成出来なくなるからだ。

 

だから問題はマキナの指すリンクルストーンがどれなのかだが……

 

(口振りからしてさっきまでの会話も聞いていたはず…ならこのリンクルストーンは候補から外れる)

 

自分のリンクルストーンに触れながら八幡はさらに考えを進める。

 

(守りの輝きであるダイヤ、ルビー、サファイア、この三つも違う。この三つはプリキュアへと変身するための力、それぞれ違いはあっても根本的には変わらない)

 

三つともヨクバールを浄化する力は持っているが無傷でとなると難しい。

 

(…残ったのは支えの輝きであるアクアマリンとさっき見つけたピンクトルマリンの二つ……)

 

おそらくはこの二つのどちらかがお母さんペガサスを救うための力を秘めている。

 

(アクアマリンは物体を凍らせる力…それでどうにかできるとは思わない、つまり……)

 

最後に消去法で見つけたばかりのピンクトルマリンが残った。まだどんな力を持っているのか分かっていない…わかっているのは傷を(いや)す花から生まれたということだけ。

 

(…傷を癒す花…今のお母さんペガサスの状態を傷と見立てるなら……)

 

可能性は十分にある。少なくとも一か八か無傷のヨクバールに金魔法を試してみるよりは断然マシだ。

 

「…早く伝えないと」

 

その答えにたどり着いた八幡は箒を手に二人の元へと急ぐ。

 

「ふふっ…」

 

その時、視界の端に捉えたマキナの笑みがより不気味に見える…そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやぁ?まだやるのかい?アンタ達が何を言おうと届かないっていうのにねぇ……ヨクバール、そろそろ終わらせろ!」

「ギョイ!」

 

スパルダの指示を受けたヨクバールは蔓での攻撃をやめて空へ飛び上がり、そのまま二人に向かって突進してくる。

 

「くっ…」

「まだ体が……」

 

それを避けようにも攻撃を受けたばかりの体は言うことを聞いてくれない。

 

「ヨクバー……ッ!」

 

二人の状態を察したのか前足から鋭い爪を伸ばしてさらに加速するヨクバール。このままでは何も出来ずに終わってしまうと思ったその時、二人の間を小さな影が駆け抜けた。

 

「「「あっ!」」」

「危ないモフ!」

 

それに気付いた二人と後を追ってきたモフルンの口から悲鳴に近い声が漏れる。

 

「っ…!」

 

影の正体は怪物へと変えられてしまったお母さんを助けようとして飛び出した子供ペガサスだった。

 

「ル……」

 

向かってくる子供ペガサスを振り払わんと鋭い爪が振り下ろされ、誰もが嫌な想像を頭に浮かべる。

 

「うっ……ヨクバール……」

「あ…」

「「あっ」」

 

振り下ろされた爪は子供ペガサスを避けるように空を切ってヨクバールが地面へと滑り込んだ。

 

「どういうこと…?」

 

まるでヨクバールが自らの意思で外したように見えた事に二人は困惑し、地面に滑り込んだまま動かなくなったヨクバールの方を見つめる。

 

「ヒヒィィィンッ……!!」

「うぅ……ヨクバー…ル…」

 

その後ろに降り立った子供ペガサスが訴えかけるような声で呼び掛けるとヨクバールは(わず)かに反応を見せた。

 

「お母さんペガサスの心がまだ残ってるんだ!」

 

ミラクルの言葉を裏付けるように子供ペガサスの鳴き声を聞いてから苦しみはじめるヨクバール。おそらくお母さんペガサスの心が闇の魔法に(あらが)っているのだろう。

 

「……なら…元に…戻せる……」

「えっ?」

 

不意に聞こえた声に振り向くとそこには箒を片手に息を切らせている八幡の姿があった。

 

「元に戻せるってほんと!?八くん!?」

「…っああ、流石に…絶対…とは言い切れない…がお母さん…ペガサスの心がまだ戦っているなら…可能性はある」

 

八幡は息も絶え絶えにそう言うと一旦、間をおいて息を整える。

 

「…癒しの花から生まれたリンクルストーン…ピンクトルマリンの力を引き出すことができれば助けられるかもしれない……」

「ピンクトルマリンの力……」

 

手の上に取り出したピンクトルマリンを見つめるミラクル。

 

癒しの花から生まれたといっても本当にそんな力があるのかはわからないし、たとえ望んでいた力があったとしてもそれを上手く引き出すことができなければ助けられない。

 

もし失敗したら…そう思うととても怖い。けれど……

 

「……私を信じてくれる?」

 

投げ掛けられたミラクルの問いに八幡とマジカルが顔を見合わせ、苦笑混じりに微笑んだ。

 

「…私と八幡で隙を作るわ」

「え…?」

「…だな、スパルダとヨクバールを引き離さないと」

 

ミラクルは二人の思わぬ反応に戸惑ってしまう。

 

「だから任せたわよミラクル……信じてるから」

「まあ、そのあれだ……任せた」

 

すれ違い様にそう言って二人は箒にまたがり、飛び立った。

 

「マジカル!八くん!」

 

信頼してくれた二人に応えるためにミラクルは隙を逃さないようその行方をしっかりと見つめる。

 

「ほらほら!こっちよ!」

「ヨ……クバー…ル!」

 

箒に乗ったマジカルがヨクバールの横を挑発しながら通り抜けた。

 

「おい!ヨクバール!何をやって……」

「キュアップ・ラパパ!閃光よ、弾けろ!」

 

ヨクバールを(たしな)めようとしたスパルダの前に八幡が立ちはだかって目眩ましの魔法を放つ。

 

「ぐっ……目が……!!」

 

圧倒的有利な状況から油断していたスパルダにそれがかわせる筈もなく、目論見通りにヨクバールと分断することができた。

 

「ヨクバー…ルッ!」

「おっと…どこを狙ってるの?」

 

お母さんペガサスの抵抗で判断力の鈍ったヨクバールが放った(つる)をかわしてマジカルが正面へと躍り出る。

 

「勝負よ!あっちむいて~」

「ヨ?ク…バ……バール…」

 

みらいがお母さんペガサスにあっちむいてホイを仕掛けたようにマジカルはヨクバールに向かって手を突きだし、ぐるぐると回し始めた。

 

「ヨ……ク……バー……ル……」

 

お母さんペガサスの時と同じくヨクバールは手の動きを目で追ってこれまた同じく目を回してさらに判断力が鈍る。

 

「ホイ!」

「ヨヨッ!」

 

手の動きに釣られて同じ方向を向いてしまったヨクバールは動揺して思わずピタリと動きを止めた。

 

「隙あり!」

 

その瞬間をミラクルは逃さない。お母さんペガサスを助けたい気持ちと信じてくれた二人の想いを全て杖へと込める。

 

「リンクルステッキ!」

 

ミラクルの杖が伝説の杖…リンクルステッキへと変わり、リンクルストーンが柄にセットされた。

 

「リンクルピンクトルマリン!…お母さんの心に届いて!」

 

リンクルステッキから花びらにも似た淡い桃色の光が溢れだしてヨクバールを包んでいく。

 

「ヨヨヨヨ……!?」

 

光に包まれたヨクバールの体が(うごめ)き、蔓がシュルシュルと音をたてて形を変え、複雑に絡み合っていた蔓がほどけ始めた。

 

「ヨクバール…!!?」

「やったー!」

 

絡みついていた蔓から解放されたお母さんペガサス。そして素体を失ったヨクバールは髑髏の頭から触手のように蔓を生やした弱々しい姿になってしまった。

 

「ヒヒィン…」

「ヒヒィィィンッ!」

 

解放されたお母さんペガサスに子供ペガサスが駆け寄って互いに顔を寄せ、涙を浮かべて再会を喜び合う。

 

「っ…な…そ、そんなばかなっ!」

「ヨ、ヨクバール!」

 

ようやく視力が回復したスパルダが目にしたのは解放されたお母さんペガサスとニョロニョロ地面を這い回る弱々しいヨクバールの姿、まさかの展開で思わず悲鳴に近い声を上げた。

 

「…上手くいったみたいだな」

 

喜び合うペガサスの親子を見て八幡は口元を(ほころ)ばせる。後は一見タコのような姿に見えるヨクバールだけ、もはやあの二人を(さまた)げる障害はない。

 

「ミラクル!」

「うん!」

 

マジカルの合図で二人はリンクルステッキを構える。

 

「「ダイヤ!」」

 

「「永遠の輝きよ!私達の手に!」」

 

光のカーペットに降り立つ二人。お母さんペガサスと分離して弱ったヨクバールへとリンクルステッキを向けた。

 

「「フル…フル…リンクル!」」

 

描き出したダイヤの壁に弱体化したヨクバールが自棄(やけ)っぱちと言わんばかりに突撃してくる。

 

「「プリキュア!」」

 

壁に阻まれたヨクバールに二人が手をかざすと魔法陣が現れて光の奔流が溢れ出した。

 

「「ダイヤモンド…」」

 

あっという間に闇を呑み込んだ光はヨクバールを覆い尽くし、ダイヤモンドとなって闇を封じ込める。

 

「「エターナル!!」」

 

容赦なく撃ち出されたダイヤモンドは宇宙(そら)の彼方に消え、ヨクバールの元となった草花だけがヒラヒラと大地に舞い落ちた。

 

「ううっ!おのれぇ…またしても…!チッやっぱり心があるものは駄目だね!……オボエテーロ!!」

 

浄化されたヨクバールを一瞥(いちべつ)し、八幡の方をギロリと睨み付けてから捨て台詞と捨て台詞にしか聞こえない呪文を唱えてスパルダはその場から姿を消す。

 

「…これは…あれだな。次からは前にも増して目をつけられるって事か……」

 

結果だけ見れば八幡は今回もまた重要な場面でスパルダの邪魔をしたのだ。次以降、相対する事があればこれまで以上に警戒されることになるだろう。

 

「……まあその分、あいつらの負担を減らす事が出来るか」

 

戦う力がなくとも頼りっぱなしは御免だと心に決めた以上、少しでも力になれるのなら何だろうと、とことん利用するまでだ。

 

「そういえば今回はまだ破壊された箇所が元に戻ってないな…」

 

いつもならヨクバールが浄化されてすぐに元に戻るのだが、未だ周囲には破壊された痕が残っている。

 

「「ヒヒィィィンッ!」」

 

まさかこのまま元には戻らないのかと思った直後、喜び合っていたペガサスの親子が不意に何かを感じとった様子で(いなな)いた。

 

「これは……」

 

するとペガサスの親子を中心に桃色の光が広がって壊された景色が元に戻っていく。

 

「すげぇ……」

 

その光景はまさに圧巻の一言。修復されたお花畑にもちらほらと動物が集まり始め、(いこ)いの場所としての姿を完全に取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほう。ペガサスとあそこまで仲良くなるとは」

 

空中で箒にまたがり、ペガサスの親子と仲睦まじく記念撮影をしているみらい達にアイザックは感心したような声を漏らした。

 

「楽しそう…私もあんな風に箒に乗りたい!」

 

アイザックの隣でエミリーが羨ましそうに呟き、いつかに想いを馳せる。

 

「「わぁっ!すてき!!」」

「おお……!…お?」

 

出来上がった絵の完成度に思わず感嘆の声を上げてペガサスの親子と共に喜びあったみらい達。その際、描き出された絵に写った自分の目を見て僅かに八幡の顔がひきつったがそれもまた良い思い出だろう。

 

「ありがとう!」

「じゃあね!」

 

リコとみらいがペガサスの親子に笑顔でお礼と別れの挨拶を告げて大きく手を振った。

 

「…じゃあな」

 

最後に八幡も小さく手を振ってペガサスの親子に別れを告げる。

 

「「ヒヒィィィン!」」

 

ペガサスの親子もそれに応え、元気な鳴き声を返して帰路につくみらい達を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━ポンッ

 

軽快な音と共にみらい達の用紙にスタンプが押される。

 

「合格じゃ、箒屋のグスタフが寂しがるなぁ…」

 

合格印を押したアイザックが生徒の成長を感じてしみじみと呟いた。

 

「…たまには昔みたいに落っこちて箒に修理に行ってあげなさい」

「はい。ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

「えー……ありがとうございます…?」

 

よくよく聞くとアイザックの言っている事は少しおかしいのだが、合格したことがよほど嬉しかったのかリコとみらいは特に気にした様子もなく用紙を見つめている。

 

たぶん先生の冗談なのだろうが誰もツッコミをいれないのでまあいいかと八幡も触れない事にした。

 

「わあ!たくさんスタンプたまったね~!」

「ええ。補習もあとひとつよ」

「…もうすぐ終わりだな」

 

始める前はどうなるかと思ったがいざ振り返ってみればずいぶんと終わるのが早く感じられる。

 

「終わり…あっ……」

「……次が最後ね」

 

その言葉に俯く二人。補習の終わり…それは同時にみらいと八幡の入学期間の終わりを意味していた。

 

「…()が最後だ。まだ終わってないだろ」

「……うん」

「…そうね、まだ終わりじゃない」

 

八幡の一言で二人は顔を上げる。次で終わりだとしても終わる前から暗くなるのは嫌だから。

 

「モフ……みんな仲良しモフ…」

 

ポーチの中で眠るモフルンの寝言に三人はやわらかく微笑む。

 

 

 

雲に反射した太陽の光が虹彩となってみらい達を照らしていた。

 

 

 

━十話に続く━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ無事にスパルダを退けられたようね」

 

暗闇の中でマキナが薄く笑う。その笑みからは見るものに恐怖を与えるような狂気が感じられた。

 

「全く…変にあの子……八幡くんを追い詰めるのは止めて欲しいわ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

マキナにとってはプリキュアを倒すこともリンクルストーンエメラルドを探すことも然程(さほど)重要ではない。

 

だからこそ必要とあれば八幡が納得するように悪意のある理由まで用意して助言もする。

 

「フフフッ…アハハハハハッ━━━これからが楽しみね……八幡くん?」

 

みらい達も闇の魔法使いも全てを嘲笑うマキナ。

 

 

その正体も、目的も、誰一人として知る者はいなかった……。

 

 

 




次回予告


「いよいよ最後の補習よ二人とも!」

「うん!みんなで合格しようね!」

「…ここまできたらやるしかないだろ」

「これで私もピカピカの二年生!」

「あ…私達はこれで…」

「………」

「どうしたモフ?」

「春休みも終わっちゃうなって…」

「みらい……」

「…まだ試験は終わってないぞ、最後まで全力を尽くすんだろ」

「八くん……」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「さよなら魔法界!?みらいとリコと八幡……それぞれの最終テスト!」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日にな~れ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話「さよなら魔法界!?みらいとリコと八幡……それぞれの最終テスト!」Aパート

 

マホウ界の夜。自室で羽ペンを走らせていた校長の手元を青白い三日月の光が照らす。

 

「…いよいよ明日は最後の補習ですわね」

 

校長と向かい合うように置かれた魔法の水晶…キャシーが静かに呟いた。

 

「ああ…」

 

手を止め、窓の外を物憂(ものう)げに見つめながらそう返事をする校長。それはキャシーの言う最後の意味を考えていたからだろう。

 

「補習が終わればあの三人は……」

 

どうにもその先を言葉にしてしまうのは(はばか)られ、校長とキャシーは黙り込んでしまった。

 

━━━コンコン

 

静まり返った部屋にノックの音が響き、校長とキャシーは怪訝(けげん)な表情を浮かべる。

 

「こんな時間に誰でしょう…?」

「…開いている。自由に入ってくれ」

 

まだ真夜中という程ではないが、人の部屋を訪れるにはだいぶ遅い時間だ。少し非常識な訪問者のノックに校長は少し警戒した様子で返事を返した。

 

「……失礼します」

「貴方は…」

 

入ってきたその人物を見てキャシーが僅かに驚いたような反応を見せる。

 

「校長先生にお話があります」

 

扉を開けて入ってきたその人物…比企谷八幡は校長の方を真っ直ぐ見据えて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

━━みらいが寝泊まりしている部屋。室内は静まり返り、モフルンの寝息だけが聞こえてくる。

 

「………」

 

そんな中でみらいは窓際の椅子に腰を掛けて今日の課題で描いた写真を眺めていた。

 

「……ふふ」

 

笑顔で並んでいるペガサスの親子にピースをしながらその両隣で笑っている自分とリコ。そして少し離れたところでそっぽを向いている八幡……この写真は力を合わせて課題をクリアした証であると同時に大切な思い出だ。

 

「………うん」

 

明日が最後の課題…合格でも不合格でも明日で終わり。なら最後まで……そんな想いを胸に秘めたみらいは窓の外に目を向けて一人、なにかを決意したように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━君の話はわかった。だが……」

 

訪ねてきた八幡の()()()()を聞いた校長は難しい顔をしていた。八幡の提案は多少驚かされたものの、変な話ではない。

 

しかし、それは可能性の話。魔法学校の校長として不確定なままおいそれとその提案を呑むわけにはいかず、反対しようとしたその時、魔法の水晶であるキャシーが何かを感じ取った様子で光り始めた。

 

「なんじゃ…?」

 

何事かと校長が尋ねるとキャシーは戸惑ったように答える。

 

「リンクルストーンの兆しが……」

「なんと……!?」

「………」

 

キャシーが告げた占いの結果は本人を含め、その場にいた三人に衝撃を与えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、補習を受ける生徒達はいつもの教室に集まっていた。

 

「聞いて聞いて!私、今日一つも忘れ物しなかったの!!」

 

開口一番、みんなの前に立ったケイが嬉しそうに告げる。

 

「ケイが…?」

「ホントかよ…!?」

 

ケイの忘れ物の多さを知っているエミリーとジュンが信じられないと言わんばかりに驚いた。

 

「…忘れ物がなかった事がそこまで驚くことか……?」

「だ、だってケイは試験当日に肝心の杖と箒を忘れたから補習を受けてるんですよ?それくらい忘れ物がひどかったのに…」

 

エミリーが八幡の言葉に驚いた理由を口にする。毎日何かしら忘れ物をしていたケイが一つも忘れ物していないというのは二人にとってはそれほどまでに驚く事だったらしい。

 

「…って本当はみらいのおかげなんだけどね~」

「「え?」」

 

再び驚くジュンとエミリーに向けて、テヘッと小さく舌を出したケイは手に持っている丸めた紙を広げて見せる。

 

「忘れ物をしないようにってみらいが描いてくれたこの絵をドアに貼っておいたら……ちゃんと持ち物全部(そろ)えられたんだ」

 

とはいえ出発しようとする度にあれがないこれがないと行ったり来たりするのはあれなので、根本的にいつかは自分で忘れないようにしなければならない。

 

「ほーん……確かにそこに貼っておけば必ず目に入るな…」

 

なるほどと八幡は頷いた。これなら忘れ物することはないまずないし、続けていく内にケイが自分で忘れ物に気づくようになるだろう。

 

「でしょでしょ~!…だからありがとうみらい。二年生になってもこれ大切にするね!」

「あっいやぁ~」

 

素直なお礼の言葉にみらいは少し照れたような笑顔を浮かべた。

 

「二年生かぁ……」

 

ケイの口から出たその言葉にエミリーが思いを()せて呟く。

 

「もうすぐ春休みは終わりだけど…二人は?」

「ぁ…」

 

ふと気になったのか、みらいと八幡にそんな事を尋ねるエミリー。そしてそれに反応してみらいの隣で浮かない表情のリコが小さく声を洩らした。

 

「うん!向こうの学校が始まるよ」

「「えっ!?」」

「…元々春休みの間だけって話だったからな」

 

視界の端に浮かない表情のリコを気にしながら八幡はみらいの返答を補足する。

 

「それじゃあもう帰っちゃうのかよ!?」

「うん!」

「ああ」

 

ジュンの問いかけにみらいは笑顔で、八幡はそのままの表情で答えた。

 

「「えーっ!」」

「やっぱりぃ……」

 

残念そうにケイとジュンが声を上げ、エミリーが大声で泣き始める。おそらく三人の反応からしてみらいと八幡がこれからも魔法学校に通うと思っていたのかもしれない。

 

「はー…ぅぅぇぇ……」

 

エミリーに感化されたのか、モフルンと遊んでいたはーちゃんも一緒に泣き出して教室に二人の泣き声が響く。

 

「モフモフ」

「泣かないでエミリー」

「だってぇ…」

 

はーちゃんの頭をよしよしとなでて(なだ)めるモフルン。そしてみらいはエミリーに優しく笑いかける。

 

「みんなとはいつでも会えるじゃない。カタツムリニアに乗って…びゅーっと遊びに来ちゃうから!ねえ?リコ」

「あっ…え…ええ……」

 

暗い雰囲気を払拭するようにみらいは明るく振る舞うが、声をかけられたリコはどこか歯切れが悪くそのまま俯いてしまった。

 

(…いつでも…か)

 

その様子を見て八幡はふと考えてしまう。

 

━━果たしてそんな気軽に行き来できるのか?

 

━━出来るのだとしても許可が降りるのだろうか?

 

━━物理的に空いてしまった距離に今のような関係は続くのだろうか?

 

「………」

 

思い浮かんでしまったその疑問を口に出すのは(はばか)られ、八幡はそのままそれを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲け!」

 

帽子についている花の蕾に向けてアイザックが魔法をかける。

 

「ギャァァァァッ!!!」

 

魔法をかけられた花はパッと開花して、いきなり叫び声を上げたかと思うとあっという間に(しお)れてしまった。

 

「この花は魔法を感じると驚いたように咲くビックリ花です」

「ビックリ花……」

 

謎の習性を持つビックリ花に八幡は〝生態もあれだが名前の方が気になる…カタツムリニアといい、マホウ界ってそういうのばっかなの?〟と心の中で呟く。

 

「今日はいよいよ最後の補習。この花を使って試験を行います」

「その花を…?」

「一体どんな試験だろう?」

 

魔法を感じると叫び声ながら咲く花、そんなもので一体どんな試験を行うのか?全員がアイザックの言葉を待った。

 

「さて、その内容は………ずばり!先生との魔法対決です」

「「「「「えぇぇぇっ!?」」」」」

 

思わぬ試験内容に八幡以外の五人が驚き声を上げる。ビックリ花の説明からいきなり先生との魔法対決と言われれば驚くのも無理はないかもしれない。

 

「よろしいかな?ルールは簡単。君達は六人で一つのチームになり、帽子に付けた自分の花を守りながら誰か一人でも先生の花を咲かせる事が出来たら全員合格。晴れて二年生になることができます」

 

わかりやすいようアイザックは黒板に魔法で絵を描きながら説明しているが、要約すると箒を移動手段として行う一人対六人の魔法合戦だ。

 

チームワーク、魔法の発想とコントロール、箒の操作技術…おそらく今までの補習授業で学んできた事を全て発揮させるための形式なのだろう。

 

「私達の花が咲いたらどうなるんですか?」

「その時は退場。そしてもしも六人全員が退場となったらその時点で…落第決定です」

「「「「っ………」」」」

 

アイザックの口から出た落第という言葉にみらいと八幡を除く四人が息を呑む。

 

「…逆に一人でも先生の花を咲かすことが出来れば合格ならこっち……生徒側の方が有利すぎるんじゃないですか?」

 

いくら魔法学校の教師とはいえアイザック先生はご高齢…魔法の絨毯を操縦する姿は見たことあるが箒に乗って魔法を回避したりするほどの機動に身体がついていけるとは思えない。

 

それに対し生徒側は技術が(つたな)いとはいえ箒に乗って飛び回れる六人、加えて八幡の箒が速度で飛び抜けている上に前回の補習である程度コントロールできるようになっているのでそれも含めてあまりに有利すぎる。

 

「言われてみれば確かに…」

「六人もいるならなんとかなるかも…」

 

ジュンとケイも自分達の有利に気付いたようで互いに顔を見合わせた。

 

「ふむ、八幡君の意見はもっともですが…その心配には及びません。()()()()()()()()()()()を紹介しましょう」

「「「「「「え?」」」」」」

 

思わぬ一言に全員の口からそんな言葉が漏れる。相手になる先生方…つまり最終試験の相手はアイザック先生ではないということだ。

 

━━カチャ…

 

教室の後ろでドアが開き、誰かがゆっくりと歩いてくる。

 

「「リズ先生!」」

 

声を揃えて驚くジュンとケイ。そしてその人物…リコの姉であり、教育実習生でもあるリズは優しく微笑んだ。

 

「みんなに合格してほしいけど、手加減はしませんよ?よろしくね」

 

教卓の前まで来たリズは生徒の方を向いてにっこりと笑う。

 

「よりによってお姉ちゃんが相手だなんて……」

 

進級がかかった大事な試験、その相手が自らの姉で優秀な魔法使いのリズ、二重のプレッシャーがリコを(さいな)んだ。

 

「いや…それだけじゃない。さっきアイザック先生は先生方って言ったはず……」

 

 

「その通~り!」

 

 

━━ボフンッ

 

 

教室内に大きな声が響き、突如として煙がもくもくと巻き起こる。

 

「ケホッ…な、何…?」

「ちょっと煙がすごくて何も見えないよ~」

 

最初の補習授業でアイザックが煙と共に現れていた時と同じく誰かが魔法で移動してきたのだろうが煙の量が尋常ではない。

 

「ケホッ…もうっキュアップ・ラパパ!煙よ、晴れなさい!」

 

このままでは授業ならないと判断したリズが魔法で教室内の煙を全て吹き飛ばした。

 

「ケホッケホッ……いや~ちょっとやり過ぎちゃった」

「えっ」

「あっ」

「なっ」

 

いつの間にかリズの隣に立っていた人物を見てみらい、八幡、リコの三人が驚いたように声を上げる。

 

「え…誰?」

「見たことないけど…」

「新しい先生…?」

 

みらい達とは打って変わってジュン、ケイ、エミリーの三人は見知らぬ人物の登場に困惑して首を(かし)げた。

 

「む…そっか、はじめましての人もいるからまずは自己紹介。こほん…私はアネット!ここの卒業生で今は魔法商店街で魔法の雑貨店を経営してます。よろしくね!」

 

はた迷惑な煙を起こした張本人、魔法のインテリア雑貨店の店主アネットが自己紹介と共にウィンクを決める。

 

「「「え?アネットさんってあの伝説の…!?」」」

 

アネットの名前を聞いた途端にジュン達三人は驚き混じりで声を揃えて同じ事を口にした。

 

「あ、やっぱりアネットさんの伝説って有名なんだ?」

「……名前を聞いて真っ先に…それも声を揃えて出てくるくらいだからな…」

 

ジュン達の反応にみらいと八幡が伝説の知名度を再認識し、当の本人であるアネットはピキリと固まってしまう。

 

「と、ところでどうしてアネットさんが?」

 

何とも言えない空気に耐えきれず、不安でいっぱいいっぱいだったはずのリコがその不安を棚上げにしてまで尋ねた。

 

「…えっ、あ、うん。えっと…実は私、お店をやりながら魔法学校の教員資格を取るために勉強してるの」

「教員資格って…リズ先生みたいに?」

 

その答えにそう聞き返すみらい。すでに魔法のインテリア雑貨店を経営しているアネットがどうして教員資格の勉強をしているのかと首を傾げる。

 

「うん。まあ、リズに比べてだいぶ遅れてるんだけどね」

「それはアネットがお店の経営と同時に勉強してるからでしょう?本当ならもっと早く教育実習までいけるはずだったのに…」

 

苦笑いのアネットにリズが少し口を尖らせたように呟く。その言葉には一緒に教育実習をやりたかったという意味が含まれていた。

 

「そんな事ないよ。お店をやってなくても私、筆記試験が苦手だったから変わらなかったと思う」

「…そういえば昔から苦手だったわね」

 

アネットの実技の成績は良かったが、筆記試験の方は昔からリズがノートを貸したり勉強を教えたりして何とかクリアしていた事を思い出す。

 

「そ、むしろお店の空いた時間に集中してやったからこそ教員資格の筆記試験に合格出来たのかもね」

 

軽い口調でアネットは言うが経営と勉強の両立…それが難しい事なのは誰が見ても明らかだ。ましてや筆記試験が苦手らしいアネットには尚更大変だっただろう。

 

「とにかく!やっとリズと一緒に教育実習できるんだから今日は張り切っていくよ~!」

 

少ししんみりしてしまった空気を振り払うようにアネットは元気よく声を出しながら拳を高く突き上げた。

 

「ふふっ、私もアネットと一緒に出来るのは嬉しいわ。でもこの試験はあの子達の進級に関わるのだから真剣に、ね?」

「もちろん!私もリズと同じく手加減はしないよ~」

 

そう言ってアネットはみらい達の方を向き、笑みを浮かべる。

 

「お姉ちゃんだけじゃなくてアネットさんも相手だなんて……」

 

リズだけではなく在学中に数々の伝説を残したアネットも相手取らなければならない、その事実が再びプレッシャーとなってリコに重くのしかかった。

 

「ホント!強敵だね~…」

「っ………」

 

リコの方を向いて少し困ったように…それでいて明るく振る舞うみらい。試験だけではなくそんなみらいの様子もまた、リコが表情を曇らせる要因の一つになっていた。

 

「よ~し…みんな頑張ろう!」

「「「うん!」」」

 

それを知るよしもないみらいはこれから始まる試験に向けてジュン達と一緒に気合いを入れている。

 

「……そういえばアネットさ…先生は今でも箒に乗るのは得意なんですか?」

 

しばらく黙ったままだった八幡が突然そんな事を聞き始めた。伝説の中で非公式ながらも生徒自由参加のレースで優勝しているとは聞いたがそれはあくまで学生時代の話。今も腕が落ちてないとは限らない。

 

「フッフッフ、良い質問だね八幡君。ならその問いにはこう答えようかな━━━私が呼ばれたのは君対策でもあるんだよ?」

 

不敵な笑みを浮かべたアネットは八幡の方を見つめて片目を(つむ)った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━チャポッ━━シュウウウッ━━

 

毒々しい液体が詰まった壺に骨が投げ入れられたかと思えば、そこから音をたてて赤い煙が立ち昇る。

 

「んー…やはり……」

 

立ち昇った煙を見つめてトカゲ男━━闇の魔法使いヤモーは得心がいったように頷いていた。

 

「ドクロクシー様。リンクルストーンの目覚めの兆し…日に日に強くなってきております━━特にかの力はより強く…」

 

石造りの階段。その先の玉座とも表現すべき椅子に腰を掛ける闇の魔法使い達の主、ドクロクシーに向けてヤモーは占いの結果を報告する。

 

「━━流石はヤモーさん。占いは正確……でも本命を外してばかりの失敗続きですけど」

 

柱の陰からヤモーの報告に割り込んだのは数日前まで魔法学校に潜入していたマキナことマンティナだ。

 

「おや、マンティナさん。私の占いに何かを文句でもあるんですか?」

 

マキナの発言をそう受け取ったヤモーが少し怒気を込めて尋ねる。

 

「まさか。ヤモーさんの占いに文句なんてありませんよ。ただ、本命ではないにしろリンクルストーンが相手方の手に渡った事で何度も負け帰っているのはどうなのかな?と思っただけです」

 

向けられた怒気を何事もなかったように流して答えるマキナ。その返答を要約すると〝占いに文句はないがそれを元に失敗した者達を言外に責めている〟といったところか。

 

「チッ…喧嘩を売ってんのかい?マンティナ!」

 

舌打ちと共に語気を荒げたのは前回の戦闘でも負け帰っているクモ女…スパルダだった。

 

「あら?私は特に誰とは言ってませんけど…ああ、自覚があったんですね。負け続きのスパルダさん?」

「っ!!」

 

口元に手を当てて忍び笑いをしているマキナを睨みつけたスパルダはギリギリと音が聞こえるほど歯噛みする。もしこの場が主たるドクロクシーの前でなければマキナに襲い掛かっていたかもしれない。

 

「…確かに負け続きの身には耳の痛い言葉だ。事実である以上、これが現状の評価だと受け止める他あるまい」

 

スパルダの隣にいる筋骨隆々の大男ガメッツが瞑目して呟く。敗北を事実として受け止め、静かに闘志を燃やすその様はまさしく武人といえる。

 

「フフ、この程度の言葉で心を乱すのはやはりスパルダさんだけですね。ガメッツさんの落ち着きを見習ったらどうです?」

「この…っ!!」

 

━━カタッ

 

なおも挑発を続けるマキナと怒りを抑えられないスパルダのやり取りへ割り込むようにその音は響いた。

 

「「………」」

 

先程まで言い争っていたにも関わらず、一瞬で静かになる二人。なぜならその音は座ったままのドクロクシーから発せられた音だからだ。

 

「ははっ!直ちにあちらに向かう準備をさせましょう」

 

ドクロクシーはただ骨で出来た右手を少し動かしただけだったが、それだけの動作でもヤモーには伝わったらしく迅速に指示下そうと三人の方に顔を向ける。

 

「さあみなさん!………バッティさんは?どこです!?」

 

気合いを入れて振り向いた矢先、顔ぶれの中にコウモリ男ことバッティがいない事に気付いたヤモーは素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、当のバッティはある考察を元にマホウ界の空を飛んでいた。

 

「フフフ、プリキュアの元にリンクルストーンが集まっている……確かにマンティナの言う通り、奴らは毎回リンクルストーンのある場所には必ず現れた…」

 

〝リンクルストーンがある場所にプリキュアが偶然現れるのではなく、プリキュアがいる場所にリンクルストーンがある〟

 

マキナの語ったこの仮説が正しいのなら占いを宛にするよりもプリキュアの近くにいた方が良いのではないかと考え、今に至る。

 

「…この調子なら今日辺りにもエメラルドが現れる筈……」

 

そう呟いたバッティは計画の成功を確信したのかフッと短く笑って速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法学校から少しのところにある平原。そこで箒に乗った八人の魔法使い達が二人と六人に別れて対峙している。

 

「それでは、位置について……」

 

対峙している八人から離れた場所でアイザックが拡声器のような花を使い、試験開始の合図を出そうとしていた。

 

「「………」」

 

教育実習生で今回の試験官でもあるリズとアネット。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

そしてそれに挑む補習組の生徒達。

 

「よーい………」

 

アイザックの合図を前に張り詰めた空気が場を支配し、そして━━━━

 

 

「━━試合開始!」

 

 

━━━最終試験の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

「キュアップ・ラパパ!……」

 

開始直後、杖を天高く掲げていきなり攻勢に出たのは生徒側であるみらいだった。

 

「「「「みらいっ!?」」」」

「っ!」

 

作戦も連携もなく突然動いたみらいにリコ達が驚く。

 

「花よ!咲いて!!」

 

放たれたみらいの魔法はリズに向かって真っ直ぐ飛び、目標を正確に捉えたように見えた━━━が、リズはそれを最小限の動きでかわす。

 

「キュアップ━━━」

「っ!!」

 

反撃と言わんばかりに魔法を放った後で隙だらけのみらいへ杖を向けようとしたリズ。しかしそれはいつの間にか横へ回り込んでいた八幡によって阻まれた。

 

「っキュアップ・ラパ……」

「━━悪いけどそうはさせないよ」

 

完璧に近いタイミングでリズの隙をついた八幡の奇襲は奇しくもアネットによる奇襲という形で返されてしまう。

 

「っ…!?」

 

前もって呪文を唱えておいたのかアネットが振るった杖からノータイムで魔法が繰り出され、八幡はとっさにそれを体ごと思いっきり横に回転することでギリギリかわした。

 

「八くんっ!」

 

八幡のピンチにみらいの意識が逸れて注意が散漫になってしまう。

 

「━━見ている暇はないですよ?」

 

その隙をリズは見逃さない。素早くみらいとの距離を詰めて杖を振るう。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲きなさい!」

 

みらいの放った魔法とは比べ物にならない速度と精度を誇るリズの魔法。本来なら至近距離で放たれたそれをかわせる筈もない。

 

「わぁっ!?」

 

しかし魔法が放たれた事に驚いてバランスを崩したみらいはよろめいた。そのお陰で偶然にもリズの魔法は命中することなくみらいの頬を掠めるに留まったらしい。

 

「ととっ……ふぅ…助かった~」

 

間一髪、窮地(きゅうち)を脱したみらいは一旦距離を距離を取り、リコ達の元へと戻った。

 

「みらい……」

「いきなり飛び出すやつがあるかよ!」

「危ないよ~…」

 

ケイ、ジュン、エミリーが口々にみらいを(たしな)める。実力では敵わないリズ達の相手をするには全員で挑む必要があるのに一人で飛び出したのだからそう言われても仕方ない。

 

「あっははは……ごめん、ごめん」

 

ちょっと失敗しちゃったと言うような軽い口調で謝るみらいにジュン達がジト目を向ける。

 

「ホントに反省してるの~?」

「たく……みらいだけかと思ったらもう一人飛び出してたやつもいるし…」

「…八幡さんの事ですよ……?」

 

こっそりと戻って来て何食わぬ顔をしている八幡にも追及の矛先は向けられた。

 

「……いや、止めるのは無理だなと思ってどうせならそれに合わせて奇襲しようかと…」

 

みらいが一人で飛び出したのは八幡にとっても想定外。止めようにもタイミング的に間に合わず、放っておくよりは同時に仕掛けた方が懸命だと考え、箒を走らせたのだ。

 

「「「………」」」

「……いえ何でもないです。ごめんなさい」

 

三人からの無言の圧力で思わず敬語で謝る八幡。みらいに合わせて奇襲を仕掛けた判断が間違っているとは思わない。

 

実際に八幡が仕掛けなければリズとアネット、二人の反撃によってみらいはリタイアになっていただろう。

 

しかし、ジュン達の言っている事も正しい。圧倒的な技量の差がある相手に単独で挑むのは論外だし、八幡も自分の箒の速度なら奇襲が成功するかもと思っていたのだから。

 

(奇襲は失敗。なら今度は全員でどちらか一人に狙いを絞って仕掛ける…ルールで何人と言及していない以上、片方の花を咲かせれば合格になる筈だ)

 

そうでなければきちんと全員、もしくは二人と言っていなければおかしいし、なによりリズとアネットの二人の花を咲かせるなんていうのは難易度が高すぎる。

 

「…にしても最終試験だからって難しい過ぎじゃないかい?」

「うん…リズ先生だけじゃなくてアネット先生もあんなに凄いなんて思わなかった」

「やっぱり伝説は全部本当だったんだ…」

 

先程の攻防だけでもアネットの実力がリズと同等かそれ以上だという事がわかった。加えて奇襲を仕掛けた八幡に対応できる箒の速度とそれを操る技術は確かに八幡への対策と言える。

 

「…箒自体の性能は負けてないが……箒にライドしながら曲芸染みた機動で魔法をぶっぱなしてくるからなぁ……」

 

直接その実力を体験した八幡はジュン達の話に遠い目をしながら呟いた。リズに勝るとも劣らない魔法の精度と箒の上に立って操る独特のスタイルは想像以上に厄介で正直なところ足止めするのも困難だろう。

 

「こうなったら全員で……」

「よ~し!次こそ……それ!!」

 

ジュンが言い終えるよりみらいが再びリズに向かって勢いよく飛び出した。

 

「あっ!?」

「みらい!」

「ってあれ?八幡さんもいつの間にかいなくなってる!?」

 

止める間もなく飛び出したみらいとそれを追いかけていった八幡の姿にジュンはさっき注意したのにと眉根を寄せる。

 

「…何であんなに張り切ってるのかしら?」

 

いつもと様子の違うみらいと八幡にエミリーがぼそりとそんな疑問を口にした。

 

「ナシマホウ界は楽しい所だっていうからなー……早く帰りたいんだろ?きっと」

「あっ……」

 

二人の独断専行に少し苛立っているジュンの投げやりな言葉に、ここまで黙ったまま不安そうな表情を浮かべていたリコの口から思わず声が漏れる。

 

(八幡は最初から帰りたがっていて…みらいも?ううん、今は試験に集中しないと……でも………)

 

進級が懸かった試験に尊敬する姉という強敵、そしてみらいと八幡がナシマホウ界へと帰ってしまうという事実、その全てがぐるぐると頭の中を駆け巡り、リコは自分がどうすればいいのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……リズ先生だけではなくアネットさんまで連れ出して…あの子達がどこまで通用することやら」

 

少し離れた場所で校長、アイザックと共に試験を観戦していた教頭が魔法で紅茶を淹れながら呆れたように呟く。

 

リズとアネットが学生の頃から優秀だった事を知っているだけに教頭はこの試験がいかに難しいかを理解しているのだ。

 

「あの子達はこの補習で実技だけではなく魔法使いにとって大切な事を学んできました」

 

教頭からティーカップを受け取ったアイザックはそこで言葉を区切ると落ち着いた様子で紅茶を口にする。

 

「━━その成果がこの試験で分かるでしょう」

 

これまでの補習を合格して乗り越えて来た生徒達なら何の心配もいらない。言葉にこそしていないがアイザックは生徒達の合格を確信していた。

 

「…よろしい。とくと見せていただきましょう」

 

アイザックとは違い、半信半疑の教頭は訝しげに試験の行く末を見つめる。

 

「ふふふ、君もそこで見ておいで」

「モフ~」

 

解凍された冷凍ミカンを片手に微笑む校長は隣のモフルンに声をかけると再び奮闘する生徒達に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花よ、咲け!」

 

ケイと並走しながらジュンはリズに向けて杖を振るう。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲きなさい!」

 

迫る魔法を難なくかわしたリズは並走しているジュンとケイの隙間を狙い魔法を放った。

 

「「うわぁっ!?」」

 

二人の間を正確に射ぬいたリズの魔法は当たりこそしなかったものの、たった一発でジュンとケイの連携と攻撃を封じてしまう。

 

「っわぁぁぁ━━!!?」

 

攻撃を仕掛けたジュンはともかく、並走していたケイは予想外の位置に放たれたリズの魔法に驚き、バランスを崩してしまった。

 

「ケイっ!」

 

危うく箒から落ちそうになってしまったケイの手を寸前のところで駆けつけたエミリーが掴み支える。

 

「大丈夫かよ!?」

「うん、ありがとうエミリー…」

 

駆け寄ってきたジュンと助けてくれたエミリーに礼を言い、安堵するケイ。試験の上では箒から落ちても不合格にはならないがこの高さから落ちてしまえばもう試験どころではないだろう。

 

一応、万が一落ちてしまっても下にいる先生方が助けに入るので怪我をする可能性は低いのだが、緊張感を持ってもらうため生徒達には知らされていない。

 

それにいくら助けてもらえると言ってもそれを知らないケイ達にとって落ちる恐怖は変わらないので助けられる前に気絶するか、しなかったとしてもその恐怖ですぐには箒に乗れない筈だ。

 

もしエミリーが間に合っていなければケイは脱落していたかもしれない。

 

「素晴らしいわ。しっかり飛べるようになったのね」

 

ケイを助けたエミリーの箒捌きにリズが称賛の言葉を贈る。元々、箒で高く飛ぶ事を怖がっていたエミリーが補習を通して、ここまで箒を乗りこなすようになったのだから教師として生徒の成長を喜ばずにはいられなかった。

 

「…私だっていつまでも弱虫のままじゃいられない……追いつきたい背中があるから!━━花よ、咲いて!」

 

決意の言葉と想いを込めてエミリーは杖を振り、魔法を放つ。

 

「!」

 

怖がりで気弱なエミリーの強い想いに驚きつつも放たれた魔法をかわしたリズは三人に囲まれる可能性を考慮して一旦、距離を取るべく箒を走らせた。

 

「━━私だって今までの私じゃない!」

 

エミリーの想いに触発されてケイも自分に出来る全力をぶつけるべく逃げるリズの後を追い、その進行方向にある緑の生い茂った切り株に向かって魔法を放つ。

 

「キュアップ・ラパパ!木の芽よ、伸びなさい!」

 

放たれた魔法は正確に切り株を捉えて生い茂った木の芽がうねうねと動き始めた。

 

「……!」

 

木の芽はリズが切り株の真上に差し掛かった瞬間、一気に伸び、まるで鳥かごのようにリズを取り囲む。

 

「やった…!」

「よし!」

 

リズを木の芽の鳥かごに閉じ込める事に成功したケイの口から思わず喜びの声が漏れた。

 

「…やるわね。でも……」

 

ケイの魔法に感心ししながら、自分に魔法を当てるために挟み撃ちしてきたジュンとエミリーを冷静に見つめるリズ。そして杖を構え、三人は同時に呪文を唱える。

 

「「「キュアップ・ラパパ!」」」

 

このチャンスを逃すまいとした姿勢が功を奏したのか二人の方がリズよりも僅かに早い。

 

「「花よ、咲け!」」

 

左右から放たれたジュンとエミリーの魔法は木の芽によって逃げ場のないリズを確実に捉えたかに見えたが……

 

「━━枝よ、花開きなさい!」

 

二人より遅れて放たれたはずのその魔法は二人の魔法が届くよりも先に木の芽に命中して文字通り、花を開かせるようにほどいてしまった。

 

「あっ!?」

 

まさか解除されるとは思っていなかったのかケイが声を上げる。リズの力量を考えれば解除される可能性を考慮すべきだったが、魔法が上手くいった嬉しさで失念していたらしい。

 

「「ああっ!?」」

 

木の芽から抜け出したリズが真上へと避けた事で左右から挟み撃ちにしようとしていたジュンとエミリーに互いの放った魔法が命中してしまう。

 

「あーっ!!」

「しまったっ!!」

 

二人のビックリ花が大きな声で叫び(しお)れる。それはジュンとエミリーの退場を意味していた。

 

「ジュン!エミリー!」

「━━花よ、咲け」

 

同士討ちしてしまった二人の方に気を取られていたケイは背後からリズが忍び寄っていた事に気づかず、そのまま魔法を受けてしまう。

 

「あっ…あ~……」

 

ジュンやエミリーと同様に花を咲かせられたケイは崩れ落ちるようにゆっくりと降下していった。

 

「花を咲かされた人は退場ー」

「お疲れさま」

 

アイザックのアナウンスが響く中、しょぼんと肩を落として戻ってきたジュン達三人に校長が労いの言葉をかける。

 

結果として三人は退場になってしまったが試験の内容は決して悪いものではない。それぞれの成長や連携を見せる事ができたはずだ。

 

「残りは三人……」

 

試験が始まる前から実力差を憂慮していた教頭が空を見上げて小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、アネットを相手取っているみらい、リコ、八幡の三人は案の定、苦戦を()いられていた。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲きなさい!」

 

リコの魔法を軽々とかわしながらアネットは箒でターンを決める。

 

「おっと、そのくらいじゃあ当たらないかな~」

「くっ…!」

 

そこから空中で静止したままリコの方を向き、片目を瞑って人差し指をたてるアネットに今度はみらいが向かっていく。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲いて!」

「よっと」

 

向かってくるみらいの魔法を身を捻ってかわすと同時にアネットは杖をリコの方に構えた。

 

「じゃ、そろそろ反撃するねキュアップ……」

「キュアップ・ラパパ!花よ、開け!」

 

アネットが呪文を唱えようとした瞬間、八幡が猛スピードで肉薄して先に魔法を放つ。

 

「ほっ、と…やっぱり速いねその箒。八幡君も徐々に乗りこなし始めてるみたいだし…うん、凄いね」

 

不意をついたと思われる八幡の魔法も難なく回避し、感心した風な言葉を口にするアネット。八幡にしてみれば不意をうち、なおかつ三対一の状況でその速度に余裕を持って反応するアネットの方が圧倒的に凄いだろとツッコミをいれたいところだ。

 

「う~全然魔法が当たらないよ~」

「…魔法も箒の扱いも私達とは比べ物にならないわ」

「それにこっちは全力でもアネット先生はまだ余裕があるように見えるな」

 

攻防を繰り返したみらい達がそれぞれ苦々しい表情で感想を漏らす。経験も技量も圧倒的に上、こちらが勝っているのは八幡の箒の性能と人数の差くらいだろう。

 

「さてと、このまま君達とおいかけっこするのも(やぶさ)かじゃないけど…リズの方は終わったみたいだからね」

「え…?」

「終わったって…」

「………」

 

遠くの方を見つめていたアネットの一言に怪訝な表情を浮かべる三人。そしてその言葉の意味をすぐに知ることになった。

 

「リズ…先生……?」

 

アネットの見つめていた方向から飛んできたリズの姿にみらいが呆然と呟く。

 

「そんな…ここにお姉ちゃんがいるってことは…」

「…残っているのはこの三人だけって事だ」

 

対峙していたジュン達を全員退場させたからこそリズはアネットと合流したということ…つまりここからは一人でジュン達三人を退場させたリズとみらい達が三人がかりでも歯が立たないアネットを同時に相手取らなければならない。

 

「や、リズの方は終わったの?」

「ええ、みんな凄く成長していて驚かされたわ」

 

軽い調子で尋ねたアネットにリズは生徒の成長を嬉しそうしながら答える。

 

「本当に手加減なしなんだね~」

「もちろんよ。それがあの子達のためだもの」

 

そこまで言うとリズはみらい達の方を見つめた。

 

「だからここからはアネットと私…二人があなた達の相手よ」

「くっ…」

 

リズの宣言に八幡が思わず声を上げる。未だ数の上では有利だが、一人で三人以上を相手取れる二人の前にはそれも大して意味をなさない。

 

「だとしても絶対合格してみせる!いっくよ~!」

「みらい…!?」

 

真っ直ぐリズを見据えたみらいが杖を片手に疾駆する。一直線に突っ込むその姿は特に作戦や考えがあるようには見えなかった。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲いて!」

 

スピードに乗ったみらいはその勢いを利用して杖を振るう。これなら速度の劣るみらいの魔法も当てやすくなる筈だ。

 

「ふっ…どうしたの?隙だらけよ!」

 

その魔法をあっさりと回避したリズは突撃してきたみらいではなく後ろのリコを狙って魔法を放つ。

 

「わ、わわぁっ!?」

 

まさか自分が狙われるなんて思わず、慌てて箒を動かすリコ。幸いリズとの距離が離れていたためギリギリで避ける事ができたが、大きく体勢を崩してしまった。

 

「今は試験の最中…集中しないとすぐに退場になるわよ」

「っ…わかってる…でも……」

 

リズに叱責されるがやはりリコの表情は浮かないままで何か別の事に気を取られている。

 

「…私は先生として手加減はしません。たとえそれで落第させてしまうとしても……」

 

姉として何かに悩む妹の力になってあげたい、無事に試験に合格してほしい、そういう気持ちはもちろんある。

 

けれどそれ以前にリズは魔法学校の先生だ。まだ教育実習の途中だとしても先生としてこの場にいる以上は私情を挟むわけにはいかない。

 

それにもしリズが手加減して合格出来たとしても次に同じような事があれば結局そこで(つまず)いてしまうだろう。

 

だからこそリズは全力で挑む。それが生徒達の…リコのためなのだから。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲け!」

「っ!」

 

集中力を欠いたままのリコにリズの魔法が容赦なく襲い掛かる。

 

「まずっ…!キュアップ……」

「残念、そうはさせないよ~!」

 

リコの窮地(きゅうち)に八幡がフォローしようとするもアネットに阻まれてしまった。

 

「っキュアップ・ラパパ!花よ、開け!」

 

立ちはだかるアネットに八幡は一瞬怯むが、すぐさま狙いを変更して魔法を放つ。

 

当たればそれで良し、当たらなくとも牽制になればその隙をついて助けにいけばいい…そう思っていた八幡の考えはすぐに打ち砕かれる事になった。

 

「甘いね━━キュアップ・ラパパ!花よ、咲け」

「なっ…!?」

 

アネットは避けるのではなく八幡の魔法に向かって突撃し、()()()()()()()()()()()()()()()()魔法を撃ち出してくる。

 

その動きは人魚の里で八幡が見せた動きと似ているが同時に魔法を撃ち出している分、より高度で洗練されていた。

 

「ぐっ…がぁっ!!」

 

予想外な突撃に対してアネットと逆向きに箒ごと体を回転させる事で無理矢理やり過ごした八幡。その反動で全身が(きし)み、八幡の口から苦悶(くもん)の声が漏れる。

 

「…うーん、今のも避けられちゃったか……リズの方もまだみたいだし…一筋縄ではいかないね」

 

交錯の後、空中で一旦箒を止めたアネットは下を見つめながら八幡達に対する認識を改めた。

 

(八幡君もだけどみらいちゃんやリコもなんだかんだでリズの魔法を避けてる……)

 

試験前に言っていたようにアネットもリズも手加減は一切(いっさい)していない。

 

魔法を習い始めて間もない三人、特にみらいと八幡はまだ一週間も経っていないにも(かか)わらず、アネットとリズを相手にしてここまで張り合えるとは思いもしなかった。

 

「凄い魔法使いになれるとは言ったけど、流石に早すぎるかなぁ……でも━━」

 

みらい達の成長速度に辟易(へきえき)しつつも、アネットは冷静に状況を見極めてその言葉の続きを紡ぐ。

 

「━━このままならみんな不合格。誰一人として私達に魔法を当てる事はできない」

 

そう確信して呟いたアネットは試験官としての務めを果たすために八幡の方へ箒を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「…………っ」」」

 

退場になってしまったジュン、ケイ、エミリーの三人がみらい達の攻防を不安そうに見つめている。

 

「…モフー……」

 

それは校長の隣で試験の行く末を見守っているモフルンも同じらしくみらい達に魔法が当たりそうになる(たび)に小さく声を上げていた。

 

「…やはりあの子達にこの試験は難し過ぎたのではないですか?今からでも合格の基準を見直すべきです」

 

あまりに一方的な展開に見かねた教頭は基準の変更を打診する。いくら補習授業の集大成といえどもあの二人を相手に魔法を当てなければ合格できないというのは技量の差からはっきり言って厳しい。

 

「ふむ、確かに教頭先生の言う事はもっとも……しかし合格の条件を変更する事はできない。…いや、するべきではないと言った方が正しい」

「それはどういう…?」

 

謎かけのような校長の言い回しに怪訝な表情で聞き返す教頭。試験が補習授業で行うような難易度ではないのは明らかなのにするべきではないとはどういう意味なのか。

 

「教頭先生、さっきも言った通りあの子達は補習を通して学んだ成果をこの試験で見せてくれるはずです。あの子達の成長をもう少し見守ってはくれませんかな?」

 

校長が答えるより先に隣にいたアイザックが試験が始まる前となんら変わらない口調で諭すように教頭へ問いかける。

 

「ですが………いえ…」

 

ジュン達が退場になり、残ったみらい達も追い詰められているというのにアイザックは生徒達の合格を微塵も疑っていないという事がその言葉から伝わってきた。

 

「……わかりました。アイザック先生がそこまでおっしゃるのなら私もあの子達を信じて見守りましょう」

 

正直なところあの状況で生徒達が合格できるとは到底思えない。それでもアイザックの言葉を聞き、一教師として生徒の可能性を信じようと教頭は試験の行く末を見守る事にしたのだった。

 

「…君はこの()()をどう乗り越えるのかな」

 

空を見上げた校長の小さな呟きは誰にも聞こえないまま風にかき消える。

 

そして試験はいよいよ佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲いて!!」

「━━ふっ!」

 

一人突出したみらいはリズに向かって魔法を放ち、それをかわしたリズが反撃として杖を振るう。

 

「わっ!━━ああっ!?」

 

その反撃で体勢を崩したみらいが箒と共に落ちかけて、ビックリ花のついた赤い帽子が宙を舞った。

 

━━━━パシッ

 

「あ……リコ…」

 

みらいが崩れた体勢のまま上を見上げると眉根を寄せ、複雑な表情を浮かべたリコの顔が見える。どうやら宙に投げ出されたみらいの帽子をキャッチしてくれたらしい。

 

「…一人で張り切りすぎよ」

「あはは……ごめん、ごめん」

 

くるりと体を反転させて体勢を戻したみらいは帽子を受け取りながら先程と同じく軽い調子で謝るとすぐさま身を(ひるがえ)した。

 

「よ~し…今度こそ……!」

「ああっ!あ……う………」

 

止める間もなく飛び去ってしまったみらいに逡巡(しゅんじゅん)を見せるリコ。しかしそれも一瞬の事で迷いを呑み込んで浮かない表情のままみらいの後を追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲け!」

「くっ…!」

 

息つく暇もないほど連続で魔法を繰り出してくるアネットに八幡は防戦一方に追い込まれていた。

 

「ほらほら、反撃しないと合格できないよ~?」

 

逃げ回る八幡に追従しながらアネットが間延びした口調で喋りかけてくる。

 

「…っなら少しは手加減してもらえませんかね……!」

 

箒の性能は勝っているにもかかわらず、振りきれない事に辟易(へきえき)した八幡が絞り出すように答えた。

 

「ん~それは無理な相談だね。リズにも手加減は無しって言っちゃったし……」

 

八幡と同じくらいの速度で飛んでいる筈なのにアネットはそれを苦にした様子もない。恐らくこの程度の速度はアネットにとって何でもないという事なのだろう。

 

「さい…です…かっ……!」

 

━━右━━左━━右━━反転━━急降下━━急上昇……振り切るために八幡が縦横無尽に箒を走らせるがどんな動きをしてもアネットはあっさりと追いつき、ついでと言わんばかりに魔法を撃ち出してきた。

 

(反撃…する…暇もない…っ!何で…この人こんだけ動いてて…平気な顔…して……っ向こうも…!)

 

アネットと違い余裕のない八幡は目まぐるしく動く景色に翻弄されて考える事ともままならない。

 

「……一旦、休憩しよっか?」

 

そんな中でアネットが箒を止め、唐突にそんな提案をしてきた。

 

「━━…えっ?」

 

圧倒的にアネットが有利なこの状況でもたらされたまさかの提案にさしもの八幡も箒を止めて思わず振り返ってしまう。

 

「いやね?そういえば言い忘れてた事があったな~って思い出して」

「忘れてた事…ですか?」

 

余裕のない八幡にとって休憩自体は助かる提案だったのですぐに逃げ出せるよう声が届くギリギリの距離を保ったままアネットの話に応じた。

 

「うん。それと手加減はしないけど、ヒントくらいは出そうと思ってね」

「はあ……」

 

要領を得ないアネットの言葉に八幡も曖昧な相槌(あいづち)で返す。ヒントと言われても何に関するヒントなのかいまいちピンとこない。

 

「それじゃあまずはヒントから。八幡君、君はたぶんこう思ってるんじゃない?〝どうして箒の性能では勝っているのに引き離せないんだ〟って」

「それは……」

 

確かにそれは疑問に思っていた事だ。性能だけなら追いつける筈もないのにどうして差を詰められるのか、と。

 

「……単純に先生の腕が良いって事じゃないんですか?」

 

二人の間に箒の性能を(くつがえ)す程の技量の差があるからだと思っていたがアネットの口振りから察するにそれだけじゃないらしい。

 

「もちろんそれもあるよ?後、八幡君がその箒の性能を引き出せてないって理由もある……でもそれ以前の問題かな」

 

そこで一拍おき、アネットは八幡を真っ直ぐ見つめる。

 

「……そんなにみらいちゃんとリコが心配?」

「は……いや、何の話ですか?」

 

ヒントを出すという話からどうしてそんな事を聞くのかと八幡が怪訝な表情で聞き返した。

 

「だって八幡君さっきから…ううん、この試験が始まってからずっとあの二人に気を配ってるでしょ?」

「……別にそんな事ないですけど」

 

真っ直ぐ射ぬくような視線を向けてくるアネットに八幡は思わず目を逸らしてしまう。

 

「最初にみらいちゃんが一人で飛び出した時も私から逃げてる時も余裕なんてないのに二人の事ばっかり気にして…()()()()()全然集中出来てないことわかってる?」

「………」

 

何度も問われ、突きつけられた問題に黙り込む八幡。アネットの言う通り八幡は常に二人の方へ意識を割いていた。

 

無茶をしていないか、あるいは危機的状況に(おちい)っていないかと気にかけるのが(くせ)になっている。

 

それは幾度となく危険な目に遭ってきた経験と今までの日々から八幡の中でみらいとリコが大切な〝友達〟として守るべき存在に変わっていたからこその行為だった。

 

「協力や手助けをすること自体は否定しないよ?この試験もそれを前提にしてるし、たぶん今までの補習もそうだったと思う」

 

先生二人を相手にするのに協力や助け合いは必至、実力差があるのだから人数や連携で補わなければ確かに合格は難しいだろう。

 

「でもね、八幡君のそれは違う。過剰……いやいっそ()()()って言った方がわかりやすいかな」

「…過保護……ですか」

 

そう言われても八幡にそんなつもりはない。飛び出したみらいをフォローしたことも、アネットと対峙しながら隙を見て援護しようとしたことも、試験に合格するため必要だったからだ。

 

すでにジュン達が退場してしまった以上、人数を減らされるわけにはいかない。

 

「自覚はない…か。なら少しきつい言い方になるけど……」

 

八幡の反応に一瞬、考え込むように俯いたアネットは意を決した表情でその先の言葉を口にする。

 

「…八幡君は二人の……みらいちゃんとリコの事を信頼してないんだね」

「っ……」

 

そこまで大きな声ではなかったのにやけにはっきりと聞こえたその言葉に八幡は思わず息を呑んだ。

 

「……ヒントはここまで。後は八幡君自身が考えることだよ」

 

どこか優しげな声音でそう言うとアネットは瞑目し、思考を切り替える。

 

「言い忘れてた事だけど…これは校長先生からの伝言。〝もし君がアネット先生に勝って試験に合格したのなら八幡君の提案を受け入れよう〟だって」

「それは……」

 

昨晩、八幡が提案した事への答え。条件付きとはいえ許可が出たのはおそらく占いの結果があったからだろう。

 

「八幡君がどんな提案をしたのかは知らないけど、それを叶えるためには私を倒さないとダメって事だね」

 

リズかアネット、どちらか一人に魔法を当てることが出来たら補習試験は合格だ。しかし、八幡に課された()()は一人でアネットに勝つという更に困難なもの。

 

補習試験の合否すら危うい状況でより難しい条件を達成するなんて無茶を通り越して無謀とも言えるが、それでも八幡は挑戦せざるおえない。

 

その提案を押し通す事が今、八幡に出来る唯一の方法なのだから。

 

「…それじゃあ休憩は終わり。さあ、八幡君!全力でかかっておいで!!」

 

宣言と共にアネットと八幡、二人のチェイスが再び始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、リズを追いかけるみらいとリコは大きな川の近くに差し掛かっていた。

 

「キュアップ・ラパパ!水玉よ、舞い踊りなさい!」

 

リズが呪文を唱え、(すく)いあげるように杖を振るうと真下を流れる川から無数の水泡がみらい目掛けて飛んでいく。

 

「うわぁっ!?」

「きゃっ!ちょっ!?」

 

迫る水泡に気圧されたみらいは思わず後退してしまい、すぐ後ろを飛んでいたリコとぶつかってしまった。

 

「「わぁぁぁっ!?」」

「みらいー!リコー!」

 

空中で衝突してバランスを崩し、そのまま地面に落下してしまう二人の姿に校長の隣で試験を見守っていたモフルンが心配そうに声を上げる。

 

「っ…!」

 

アネットと壮絶な箒チェイスを繰り広げていた八幡も落ちていく二人に気付き、助けるために急いで箒を反転させた。

 

「…また集中出来てないよっ━━キュアップ・ラパパ!水の鳥達よ、羽ばたき踊れ!」

 

八幡が背を向けた瞬間にアネットもまた、リズと同様に川の水を利用して魔法を撃ち放つ。

 

「ぐっ、前が……!?」

 

水で構成された無数の鳥達が八幡の進路を塞ぐように広がって二人の元にたどり着くことができない。

 

「キュアップ・ラパパ!花よ、咲け!」

 

どうにか振り払おうとしている八幡にアネットが容赦なく追撃の魔法を放った。もちろんそこに一切の手心は加えられていない。

 

「っ突破できないならこれで…!」

 

迫る魔法を急降下する事でなんとか避けた八幡は水の鳥に背を向け、アネットの方へと箒を加速させる。

 

「キュアップ・ラパパ!閃光よっ!爆ぜ……」

 

杖を真っ直ぐ突き出し、これまで幾度となく頼ってきたその呪文を口にしようとする八幡。闇の魔法使い相手にしか使っていないこの魔法ならアネットの虚を突けると確信して━━━━

 

 

「━━風よ、渦巻け」

 

 

暴風と化したアネットの魔法が八幡を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたた…やっぱリズ先生は凄いな~……」

 

落ちた衝撃で尻餅をついたみらいが痛みに顔をしかめながらも元気そうに起き上がる。どうやら高度が低かった事と箒を離さなかった事が幸いして軽傷で済んだらしい。

 

「んっ…でもまだまだ……!」

「っ……」

 

軽傷とはいえ痛みを押して立ち上がり、明るく振る舞うみらいの様子に同じく軽傷で済んだ筈のリコが暗い表情をしてぎゅっと拳を握り締めた。

 

「…そんなに早く帰りたい?」

「え?」

 

リコの口から絞り出されるように漏れたその問いにみらいは目を丸くして戸惑う。何故そんな事を聞かれるのか本当にわからないという反応だ。

 

「これが終わったら私達…………お別れなのよ!」

 

前回の補習の終わりからリコはもうすぐ訪れるみらい達との別れを意識してしまった。

 

あの時は八幡の言葉で終わる前から暗くなるのは嫌だと思う事が出来たのに、いざその日を迎えるとどうしても気持ちが沈んでいくのを止められない。

 

そんなリコとは反対に今まで以上に気合いをいれて張り切っているように見えたみらいの姿に〝離ればなれになるのにどうして?〟という意味を込めてそう聞かずにはいられなかった。

 

「…………立派な魔法使いになるのがリコの夢」

 

お別れという言葉に込められたリコの気持ちを知ったみらいは何かをこらえるように箒を握り、(くちびる)を震わせる。

 

「……だから合格しなきゃ!」

「あ……」

 

紡がれる想いを前にリコはどうしてみらいがいつも以上に張り切り、明るく振る舞っていたのかに気がついた。

 

「絶対合格して…リコは二年生になって……魔法を頑張ってほしい!」

 

早く帰りたいからなんかじゃない、大好きで大切な〝友達〟の夢を応援したいから…精一杯自分に出来る事をやろうと、みらいは最後の試験に(のぞ)んでいたのだ。

 

「だから私…今は試験の事だけ考えようって……寂しいとか考えてちゃ駄目だって………」

「みらい……」

 

無理に明るく振る舞って押し留めていた感情が言葉と一緒に溢れそうになっているみらいを見上げ、リコは静かに瞑目して立ち上がる。

 

「…ふっ……余計なお世話よ」

「え…」

 

みらいの想いに触れたリコは腰に手を当てて照れたようにそっぽを向いた。

 

「そんな気を使ってもらわなくても……私、自分で合格できるしぃ?」

「…………うん!」

 

すれ違っていた二人の気持ちが今、ようやく通じ始める。

 

━━━━ヒュゥゥゥ……ドンッ!

 

そんな矢先、辺りに鈍い音が響いた。どうやら二人から少し離れたところに何かが落ちてきたらしい。

 

「え、な、何…!?」

「今のって……」

 

驚きながらもその正体を確かめるために音のした方へと向かう二人。そしてその先にはあちこち擦り傷だらけの八幡が倒れていた。

 

「八くん!?」

「えっ…?ちょっ大丈夫!?」

 

思わぬ事態に二人は急いで八幡の元へ駆け寄り、声をかけて状態を確認する。

 

「痛っ………あ、ああ…大丈夫……?」

「何で疑問系なのよ……」

「でもおっきな怪我がなくて良かった~……」

 

アネットの魔法が起こしたつむじ風に巻き込まれて墜落した八幡だったが、箒の安全機能が上手く働いたおかげで大きな怪我を負わずに済んだ。

 

それでもところどころ痛みはあるので大丈夫とは言い切れない…が、重症で動けないという程でもないため表現に困ってしまう。

 

「………」

 

けれど言葉尻が疑問系になってしまったのはそれが理由ではない。駆け寄ってきた二人の様子が今朝見た時と違って見えたからだ。

 

「な、なに?」

「どうしたの?八くん」

 

じっと自分達を見つめたまま動かない八幡にリコは困惑し、みらいは首を傾げる。

 

「…何でもない。ちょっと確認しただけだ」

「「?」」

 

何の?と疑問符を浮かべる二人に八幡はもう一度、何でもないと言って肩を(すく)めた。

 

(変にギクシャクしていた雰囲気がいつの間にか元に戻ってる……たぶん、この二人が本音をぶつけあった結果なんだろうな…)

 

みらいが変に張り切っていた事やリコが何かを思い悩んでいた事に気づいていても八幡は何も出来なかった。

 

声をかけて話を聞くくらいは出来たかもしれないがそれでどうにかなったとは思えないし、みらいとリコを見る限りその必要なかったのだろう。

 

喧嘩をしようとすれ違いを起こそうと二人はぶつかりあって互いを認め、それを乗り越えていく……そこに八幡の入る余地も必要もなかった。

 

(…過保護……か)

 

アネットに言われた事を思い返し、八幡は心の中で呟く。

 

そんなつもりはない。過保護どころかむしろ色々な事を任せっきりにしているという自覚がある。

 

こと、闇の魔法使いとの戦いなんて丸投げも良いところで八幡に出来る事自体がほとんどないし、前回の補習で思うところがあったものの、未だ改善には至っていない。

 

だからこそ八幡の手が届く範囲で出来る限りの事をしようとした。校長への提案も上手くいっていない二人をカバーしようとした事もそれくらいしか思いつかなかったからだ。

 

それを過保護だと言うのだろうか?

 

だとすると他に何が出来る?任せてばかりで何も返せていないのに。

 

……もしかすると何もしなくてもいいのかもしれない。八幡がどうにかせずともみらいとリコは自分達で立ち直ったのだ。

 

この試験だって二人は力を合わせて立ち向かい、リズに勝利して合格を掴みとる可能性は十分にある。

 

なら八幡に出来る事…すべき事は……

 

「八幡?」

 

様子のおかしい八幡を心配している二人の方に顔を向ける。

 

「……アネット先生は俺が止める。だからリズ先生は任せる」

「「!」」

 

八幡の口から出た言葉に驚く二人。そしてすぐその意味を理解し、顔を(ほころ)ばせた。

 

「…うん!リズ先生の花は私達が咲かせる!」

「…アネットさんは任せたわ八幡!」

 

力強い返事を返したみらいとリコに八幡は向けた視線を逸らしながら立ち上がる。

 

「…その…あれだ……が、頑張れ」

「!……ふふっ…八幡もね」

「よ~し!みんなで絶対に合格しよう!!」

 

一頻(ひとしき)り笑い合うとみらい達は箒を手に空を見上げて深く息を吸い込んだ。

 

「「「キュアップ・ラパパ━━━━」」」

 

呪文を唱える声が重なり、三人は空に向かって飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふっ、なーんか懐かしいね……」

 

空からみらい達の様子を見つめてアネットは目を細める。

 

「そうね……私達が学生の頃を思い出すわ」

 

ゆっくりと箒を走らせながらアネットと合流したリズも同じように目を細めて呟いた。

 

「あの頃は色々と無茶してリズに怒られたなー…」

「…それは私に限った話じゃないでしょう?いつも先生方に怒られていたじゃない」

 

昔を懐かしむアネットにリズが呆れた様子で答える。

 

「まあそうなんだけど…同い年で怒ってくれたのはリズだけだから……そういう友達って大事だなーって」

 

毎日のように無茶をやらかすアネットは同級生にとって積極的に関わりたい相手ではなく、いじめられこそしなかったがどこか壁を感じずにはいられなかった。

 

そんな中でリズがアネットを(しか)り、友達として一緒に過ごしてくれたおかげで多少なりとも自重できるようになって、そこから他の人にも徐々(じょじょ)に受け入れられるようになったのだ。

 

もし、リズがいなければアネットはずっと一人ぼっちだったかもしれない。

 

「…どうしたの?」

 

みらい達の方に視線を向けながらどこか呆然としているアネットにリズが眉をひそめる。

 

「……今度は私が叱る立場だからしっかりしないとね」

 

答えとも独白とも取れる言葉を口にしたアネットは小さく頷くとリズの方を振り返った。

 

「よ~し!さあ、こっからが本番だよ~!リズ、準備はいい?」

「え、ええ…アネットの方こそ大丈夫なの?」

 

戸惑うリズに笑みを浮かべながら大丈夫と返したアネットはそこで言葉を止め、一拍おいてから続ける。

 

「……なんていうか…ありがとねリズ」

「…へ?な、なんの話…?」

 

突然のお礼に驚くリズ。アネットも少し照れくさかったのか赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。

 

「……何でもないっ…ちょっと言いたくなっただけというか……そ、それよりもみらいちゃん達の方も準備が出来たみたいだよ!」

 

誤魔化すように早口で喋るアネットの様子が何だか可笑しくてリズはくすりと笑い、そうねと答える。

 

「…最後まで全力を尽くすわよアネット?」

「……うん」

 

そうして二人は向かってくるみらい達を見据えて杖を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

様々な思い抱えて挑むみらい達。

 

そしてそれを迎え撃つは全力のリズとアネット。

 

進級を賭けた試験。その最後の大一番………

 

 

━━━━最初に仕掛けたのはみらいとリコの二人だった。

 

 

「「キュアップ・ラパパ!花よ、咲きなさい!!」」

 

 

同時に放たれた魔法は左右にアーチを描きながら挟撃する形でリズに迫る。

 

「ふっ…!」

 

迫りくる魔法の軌道を一瞬で読み取ったリズは前進することで二つの魔法をかわし、大きく旋回しながらみらい達へと回り込んだ。

 

「なるほど、そう来るってことは……」

「キュアップ・ラパパ!花よ、開け!」

 

三人の意図に気付いたアネットに対してその通りと言わんばかりに八幡が魔法を放つ。

 

「っとと…やっぱり私とリズの分断が狙いみたいだねっ」

「……さあ、どうですかねっ!」

 

言葉と魔法の応酬を繰り返しつつ、八幡はアネットをその場から遠ざける事に成功する。それが意図に気付きながらアネットが誘いに乗ったからだとしても、分断出来るのなら問題はない。

 

「ふっ…!じゃあ正々堂々、一騎討ちだ!」

「っ……正々堂々かどうかは保証しかねますけど…ね!」

 

互いに魔法を避け、撃ち放ち、息つく暇もない攻防を繰り広げるアネットと八幡。そしてそれはみらい達の方も同様だった。

 

「キュアップ━━」

「━━ラパパ!」

 

みらいとリコはリズに向けて矢継ぎ早に魔法を繰り出す。交互に撃ち出すことで反撃する暇を与えないようにするためだ。しかし……

 

「キュアップ・ラパパ!雲よ、()き立ちなさい!」

 

二人の魔法が届かない高度まで一気に上昇したリズはくるくるとかき混ぜるように杖を回して呪文を唱える。

 

「「あっ…」」

 

突如として湧き出てきた大きな雲にみらいとリコはそれこそあっという間に呑み込まれてしまった。

 

 

「おおっ」

「「「ああっ!」」」

 

渦巻く大質量の雲に下から試験を見守っていたアイザックとジュン達が思わず声を上げる。

 

 

━━カランッ……

 

 

「「「っ……!」」」

 

雲の中から吐き出されるように落ちてきた()()の箒にざわめく見学席。それの意味する事を想像したジュン達に緊張が走った。

 

 

 

 

「みらいちゃん達の方を気にしなくてもいいの?リズの魔法で大変な事になってるよ?」

 

アネットが撃ち合いの手を止めて八幡に尋ねる。

 

「…気にせず集中しろって言ったのはアネット先生ですよ」

 

空中で止まりながら八幡はアネットの問いに素知らぬ顔で答えた。

 

「へぇ……動揺しないんだ?」

 

さっきの今で全く違う八幡の反応に驚きを見せるアネット。ヒントは出したがまさかこんなに早く変わるとは思っても見なかった。

 

「…俺のやるべき事はアネット先生に勝つ事です……それに気にするほどの窮地には見えませんから」

「?それってどういう……」

 

聞き返すより先に八幡の返答の意味に気付いたアネットはまさか…と声を漏らしながら渦巻く雲の方に目をやる。

 

 

「「キュアップ・ラパパ!!」」

 

 

渦巻く雲の中から呪文と共に何かが勢いよく飛び出してきた。

 

「なっ!?」

 

声に反応して真上を見上げたリズはその光景に驚愕する。

 

なぜなら渦巻く雲から飛び出してきたのは箒に(また)がりながら杖を突き出しているリコと箒の柄に片手でぶら下がったままもう片方の手で杖をリズへと向けるみらいの二人だったからだ。

 

いや、それだけだったらリズもここまでは驚かなかったかもしれない。

 

みらいがぶら下がっている箒がリコの箒でなければ。

 

 

「「花よ、咲きなさい!!」」

 

 

「くっ…!」

 

みらいとリコが放った魔法は当たりこそしなかったがリズの不意を突き、その体勢を崩す事に成功した。

 

「っと」

 

リズが体勢を立て直すため距離を取った隙にぶら下がっていたみらいはリコの後ろに乗り、そのまま二人乗りの状態でリズの後を追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

「あの状態でリズの魔法から脱出するなんて……」

 

箒が落ちてきた時点で二人が退場になるのも時間の問題だと思っていただけに驚きも大きく、アネットの意識は完全にみらい達の方へ向けられていた。

 

「今…!キュアップ・ラパパ!花よ、開け!!」

「え、ちょっ……!?」

 

そんな絶好の機会(チャンス)を八幡は見逃さない。よそ見をしているのが悪いと言わんばかりに何の躊躇(ためら)いもなく魔法を放つ。

 

「わ、わわっ…と……!?」

 

魔法に直前で気付いたアネットはふらつきながらも何とかギリギリでそれを回避すると、少し頬を膨らませて八幡の方を向いた。

 

「む~…流石に今の不意打ちはひどいんじゃないかな?」

「…さっき保証はしかねますって言いましたよ。それにこうでもしないと勝てませんから…ねっ!」

 

(むく)れるアネットを前に八幡は得意げな表情を作りながら追撃を仕掛ける。

 

「わっ…もう!八幡君がその気なら私もっ……」

 

八幡の言い回しと表情に少しカチンときたのかアネットは先程の攻防よりも積極的に攻め始めた。

 

「っ…キュアップ・ラパパ!花よ、開け!」

 

アネットに負けじと高速で移動しながら反撃する八幡だが、やはり地力の差で負けているためどうしても攻めきれない。

 

(さっきの不意打ちを当てられなかったのはまずかったな…正面切っての撃ち合いはどうやっても負ける)

 

得意げ表情と言葉でいくらかアネットの注意力を削いだものの、このままではそれを活かす前に押し切られてしまうだろう。

 

(…なら撃ち合わなければいい。狙うのは一発…不意打ちでも何でも今だけ通じれば……)

 

能力的に勝つ必要はない。一回、たった一回だけ魔法を当てれば試験は合格なのだから。

 

「二度目はない……これで…!」

 

大きく旋回した八幡が()()()からアネットに向かっていく。

 

「なっ…!?」

 

まさかの突撃に驚きながらもアネットは八幡の方に杖を突き出した。

 

 

 

 

「速い……!」

 

後ろから追いかけてくる二人に魔法を放ちながらリズが驚きの声を漏らした。

 

「「え~い!!」」

 

魔法をかわした二人はそこからさらに速度を上げてリズに肉薄する。その速さは一人で乗っている時よりも数段速い。

 

「っ追いつかれる!?なら……」

 

振り切れないと判断したリズは箒を反転させて二人を迎え撃つために杖を構えた。

 

 

 

「「キュアップ……」」

 

 

 

迎え撃たんとしているアネットとリズの声が重なる。

 

 

 

「「「…ラパパ!!!」」」

 

 

 

同様にみらいとリコと八幡の声も重なり響いた。

 

 

 

「「「「「花よ━━」」」」」

 

 

 

五人の呪文が揃い、次の魔法で決着がつくと誰もが固唾(かたず)を呑んでその行く末を見守る。

 

 

「「咲け!!」」

 

 

「「咲きなさぁぁい!!」」

 

 

「━━開け!」

 

 

飛び交う魔法と交錯する五人。そして━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ギャァァァァァッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━リズとアネットのビックリ花が同時に大きな叫び声を上げた。

 

 

「「あっ!!」」

 

「「あ……」」

 

 

自分達の花から上がった叫び声にリズとアネットは愕然(がくぜん)とし、みらいとリコは顔を見合わせる。

 

「みらい…リコ…八幡~!!」

 

未だに実感が湧かないのか少し困惑した様子で地面に降り立ったみらい達の元にモフルンとジュン達が駆け寄ってきた。

 

「やったモフ!すごいモフ~!!」

「モフルン…ありがとう」

 

嬉しそうに飛び込んできたモフルンを受け止めたみらいは少しくすぐったそうに笑う。

 

「すごい!すごい!」

「合格だぜ!これで!」

「私たち二年生になれるわ~…!!」

 

ケイ、ジュン、エミリーも嬉しそうに笑い、それぞれ喜びの言葉を口にしていた。

 

「やったね!リコ!」

 

みんなの喜ぶ姿にようやく合格した事を実感したみらいは隣にいるリコへ笑いかける。

 

「いや~してやられたよ~」

「立派でしたよ皆さん」

 

喜びあうみらい達の元にアネットとリズが帽子を抱えながら歩いてきた。

 

「あ、はいこれ。八幡君の帽子」

「…ありがとうございます」

 

八幡が帽子を受け取るとアネットは(おもむろ)に頬を緩める。

 

「まさか魔法を撃ち合う直前に自分の帽子を放り投げるなんて思いもしなかったよ……私の完敗だね」

「……運が良かっただけですよ。もう一度したら確実にこっちが負けます」

 

決着がつこうとしていたあの瞬間、八幡は振り落とされないよう足に力を入れて箒から両手を放し、杖を握る手とは反対の手を使って自分の帽子を真上に放り投げていた。

 

試験のルールでは花を咲かされた方が負け。つまり、花のついた帽子さえ無事なら本人に魔法が当たろうとも退場にはならない。

 

二度は使えないし、ルールの穴を突いたとも言うべきギリギリの手だが、それでもこの試験を乗り越えられたのならそれで良かった。

 

「そんな事はないと思うよ?」

「え?」

 

アネットの意外な言葉に八幡は驚く。帽子を放り投げて魔法に当たったけど花は無事だからセーフなんて方法は抜け道もいいところで、もしアネットが否と首を振れば合格が取り消されてもおかしくはない。

 

「だって八幡君は全力で試験と向き合ったんだもの。不意打ちも挑発も私に勝つための方法…運なんかじゃなくて八幡君が頑張って掴んだ勝利だよ」

 

この最終試験を補習の集大成と位置づけるのなら八幡の取った方法は論外も良いところで最後は一か八かの運任せ…それなのにアネットはそうじゃないと言ってくれる。

 

「………ありがとうございました」

 

その事が何故だか無性に嬉しくて緩みそうになった表情を隠すように八幡は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━ポンッ

 

最後のスタンプが押されて全員分の用紙が埋まる。

 

「おめでとう」

「全員合格ですよ」

 

アイザックと教頭が誇らしげにみらい達を見つめ言葉を贈った。

 

「成長した君達の姿…見せて見せてもらったぞ」

 

二人の後に続けてそう言った校長は一瞬だけ八幡の方に視線を向け頷き、合格を喜び笑いあっている生徒達を見て柔らかく微笑む。

 

和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気が流れ、先生側も生徒側も笑顔で華やいでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━お遊戯は終わりましたか?」

 

そんな暖かい空気を切り裂くように冷たい声音が響く。

 

「お前は……!」

 

声の方を見上げるとそこにはコウモリ男……闇の魔法使いバッティが腕を組み、(たたず)んでいた。

 

「フッ」

 

突然の来訪者にざわめく中、バッティがマントを翻して突風を起こす。

 

「「ああっ!?」」

 

突風に巻き上げられてリズの帽子に着いていたビックリ花とアイザックの手にあった四枚の合格証が空を舞った。

 

「魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

闇の魔方陣に吸い込まれたビックリ花と合格証はその姿を蝶にも蛾にも見える怪物へと変えて現れる。

 

「私達の合格証が…!」

 

空に木霊する声。試験が終わって息つく暇もない内に更なる試練がみらい達に襲いかかろうとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話「さよなら魔法界!?みらいとリコと八幡……それぞれの最終テスト!」Bパート

 

「ヨックバール!!」

 

蝶とも蛾とも言える姿の怪物、ヨクバールが四枚の羽を羽ばたかせて突風を巻き起こす。

 

「「「「「わぁぁっ!?」」」」」

 

目も開けられないほどの風圧にみらい達はその場から動くこともままならない。

 

「皆さん!こちらへ!」

「この場から脱出します!急いで!」

 

アイザックをはじめとした先生達が魔法で風を和らげながら魔法の絨毯へと生徒達を誘導し、三つの絨毯に全員が乗り込んだのを確認して飛び立った。

 

「っ空が……!」

「さっきまであんなに晴れてたのに…」

 

闇の力の影響なのか重く薄暗い色をした雲が辺りを覆い尽くし、さながら嵐の中にいるような景色に変わっている。

 

「逃しませんよ!」

 

離脱しようとしているみらい達に気付いたバッティが髑髏の杖を突き出して後を追うようヨクバールに指示を下した。

 

「ヨクバール!」

 

大きな羽を羽ばたかせてみらい達を追うヨクバール。その速度は魔法の絨毯よりも速く、あっという間に距離を詰められてしまう。

 

「「あっ!?」」

「追ってくる~!?」

 

迫りくるヨクバールにジュン達が悲鳴混じりの声を上げた。追い付かれてしまったらどうなるかを考えれば無理もないかもしれない。

 

「っ…!」

「取り戻さなきゃ…!」

 

ヨクバールに取り込まれた合格証を取り戻すためにみらいとリコが変身しようとして立ち上がる。二人は他のみんなが危機に(さら)されている事も起因して少し冷静さを欠いているようにも見えた。

 

「待て!いまここで変身するのはまずい」

 

立ち上がった二人を手で制して止める八幡。このまま二人が変身すれば間違いなく先生方やジュン達にプリキュアの正体が露見してしまう。

 

(別に正体を隠している訳でもない…が、もしバレたら後々面倒な事になる)

 

もし知られたとしても先生やジュン達がその正体を言いふらすとは思わない。しかし何かの拍子にうっかり…という事もある。

 

伝説の魔法使いに興味を持つ人間は大勢いるだろうし、その中には当然、悪意を持った人間もいる筈だ。

 

そんな人物に正体が知れたら何をされるかわからない。なら極力、伝説の魔法使いの正体は隠すべきだろう。

 

「でも…!」

「もう伝説に傷がつくなんてそんな事を言ってる場合じゃないわ!」

 

八幡の言わんとしている事を察した二人はそれでもと食い下がった。

 

「傷?…いやそういうわけじゃ……」

「とにかく!今はみんなが危ないんだから何とかしないと!」

 

理由の部分で微妙に食い違う八幡とリコ。どうやら以前自分が言った事を八幡が気にしていると勘違いしたらしい。

 

「…落ち着け、別に伝説がどうとか言う理由じゃない」

「ならどうして?このままだと……」

「リコ待って、きっと八くんには考えがあるんだよ」

 

焦るリコをみらいが止める。八幡の様子を見て察してくれたようだ。

 

「……今からヨクバールを引き付ける。お前らはその隙に見られない場所で変身してくれ」

「引き付けるって……また八幡が一人で危ない事をするの…?」

 

これまでの八幡の行動を(かんが)みたリコが悲しげに目を伏せる。

 

「…だったら私も嫌だよ八くん。色々考えてくれてるのはわかってる……でもそれで八くんが傷つくのは嫌だ」

 

先程まで話を聞こうとしていたみらいも八幡の考えには賛成は出来ないらしい。眉根を寄せ、少し怒った表情で八幡を見つめる。

 

「…それでもやるしかないだろ」

「八幡…!」

「八くん!」

 

目線を逸らした八幡にリコとみらいが声を上げて距離を詰めた。

 

「危険がないとは言わない。今からやるのは要するに囮だからな」

「なら…!」

 

肯定の言葉に言い(つの)ろうとしたリコを遮って八幡が続ける。

 

「だとしてもやることは変わらない……だからまあ、その、怪我をしないように気をつける」

「「…え?」」

 

みらいとリコが目を丸くして意外そうな声を漏らした。

 

「…俺だって痛いのは嫌だし、意味もなく怪我をするのは御免ってことだ」

 

二人の反応に八幡は何とも言えない表情で返す。今までを振り返ればそういった反応をされるのも無理はないのだが、そこまで驚かれるとは思わなかった。

 

「え、えっと…」

「つまり…」

 

あまりに予想外で混乱する二人。実のところ八幡は気をつけると言っただけで止めるとは言っておらず、みらいとリコが混乱している内に箒を取り出してそれに(また)がる。

 

「じゃ、後は頼んだ」

「ふぇ?あっ…!」

「ちょっと待ちなさ……」

 

八幡が飛び立とうとしている事に気付いた二人が慌てて止めようとするが…もう遅い。魔法の絨毯を飛び出した八幡はヨクバールに向かって真っ直ぐ飛んでいってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?何かが向かってくる……あれは…!」

 

後方からみらい達を追うようヨクバールに指示を出したバッティが向かってくる何かを(いぶか)しげな表情で見つめ━━気付く。

 

「っヨクバール!今すぐ目を閉じなさい!!」

 

箒でヨクバールに迫る人物……八幡の魔法を警戒したバッティは急いでヨクバールに指示を飛ばした。

 

「ヨクバール!」

 

指示を受けたヨクバールは進む速度を維持したままの状態で目を閉じる。

 

「これで貴方の魔法は通じませんよ」

 

この距離では聞こえないとわかっているが、それでもこれまで辛酸を舐めされられてきた八幡に先手を取れた事で言わずにはいられなかったらしい。

 

「さあ、ヨクバール!彼を叩き落としなさい!!」

「ヨクバールッ!!」

 

ヨクバールが目を閉じたまま正面に向かって四枚の羽を振るい、それによって巻き起こされた突風が八幡を襲う。

 

「ぐっ…!」

 

突風に(さら)された八幡は苦しげな声を漏らしながらも箒を操り、どうにか抜け出そうともがいていた。

 

(っ風でコントロールが…!このままだと向かってくるヨクバールをかわせない……どうする…?)

 

風に逆らい、ヨクバールの方へ直進する事は出来る。だが、少しでも方向を変えようとすれば操作不能に陥り、最悪の場合、猛スピードで地面に激突するかもしれない。

 

加えて閃光の魔法が通じないヨクバールを引き付け、尚且つみらいとリコが変身するのを隠す必要があった。

 

(どう考えても俺に出来る事の範疇を越えてるだろ……)

 

いっそこの場で閃光の魔法を放てば最低限の目的は達成出来るかもしれない。通じなくとも二人が変身するのを隠す事は出来るし、目を閉じたせいで直進しか出来ない状態のヨクバールなら魔法の絨毯で振り切れるだろう。

 

問題があるとすれば八幡自身がただでは済まない、という事だ。

 

箒にしがみついている現状ですら危ういのに魔法を使うとなれば間違いなく吹き飛ばされるか、激突するかの二択になる。

 

どちらにしても重症…あるいはそれ以上の結末になるのは目に見えていた。

 

(怪我をしないように気をつけるって言った矢先に怪我をする選択肢しかないのは……)

 

耐えながら心の中で八幡は自嘲気味に笑う。嘘は言っていない。痛いのが嫌なのも意味もなく怪我したくないのも本当だ。

 

しかし、痛くとも怪我じゃ済まない可能性があったとしてもそれしか方法がないのなら八幡はそれを選ぶ。

 

たぶんこの選択は間違いなのだろう。先生方やジュン達に伝説の魔法使いの正体がバレるとしても後から校長先生辺りに他言無用と言ってもらえばそれ以上広まるリスクは抑えられる。

 

何もせずに最初からあの二人に任せるのが正しい選択なのかもしれない。

 

それでも八幡はこうする他なかった。リスクが抑えられようともゼロではないし、なにより誰かを完全に信用するなんて出来ないのだから。

 

(……そういえばアネット先生が使ったのも風の魔法だったな…)

 

吹き荒れる風の中、振り落とされないように箒にしがみつきながら杖を構えた八幡が、ふとそんな事を思い出した。

 

(まあ、この風はヨクバールが羽ばたいて起こしてるもので厳密には魔法じゃな…い……?)

 

これから危険な賭けをしようという中で妙に冷静な自分を俯瞰(ふかん)しつつ、八幡は自らの言葉に引っ掛かりを覚える。

 

(ただの風…魔法を使ってない……もしかすると……)

 

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()次から次へと考えが浮かび、一つの可能性へと変わった。

 

(…問題は魔法が上手く発動するかどうかだが……ついさっき身を持って体験したばかりだし…イメージは出来る)

 

目前に迫るヨクバールを前に焦りそうになるのを堪えて想像を膨らませ、意を決して杖を振るう。

 

「キュアップ・ラパパ!風よ、渦巻け!!」

 

放たれた魔法は目の前の吹き荒れる風と交わり、大きな渦となってヨクバールを呑み込んだ。

 

「ヨ、ヨクバール!?」

 

目を閉じていたヨクバールは何が起こったのか理解出来ないまま風の渦に巻き上げられていく。

 

「…ひとまず上手くいったな」

 

どっと疲れたような表情で呟く八幡。アネットの魔法の再現でヨクバールが巻き起こした風を利用しようと狙ったが、どうやら予想以上に効果があったらしい。

 

(あの大きな四枚の羽か……)

 

突風を生み出し、高速で移動するための羽はヨクバールの強みであると同時にその大きさ故、風の影響を受けやすいという弱点でもあった。

 

そのため八幡の放った魔法が倍以上の効果を発揮し、ヨクバールの巨体を吹き飛ばす程の威力に至ったのだろう。

 

「後は……」

 

慣れない規模の魔法を成功させた事で疲れながらも妙な高揚感の中にいた八幡は何でも出来るような気がして、みらい達が乗った魔法の絨毯の方へと杖を向けた。

 

「キュアップ・ラパパ!雲よ、()()()()!!」

 

呪文を唱えるとみらい達の姿を隠すように雲が湧き上がり、周囲の視界を遮る。

 

 

 

 

「これって…!」

「お姉ちゃんの魔法…?」

 

見覚えのある魔法に目を見開く二人。飛び出していった八幡がヨクバールを吹き飛ばし、リズの魔法を再現した事に驚きを隠せない様子だった。

 

「これなら外から見られる事もあるまい。さあ、二人共、今の内じゃ!」

 

周りが雲に囲まれた事を確認した校長が魔法の絨毯を停止させて叫ぶ。

 

「リコ!」

「みらい!」

 

校長の声を合図に二人が手を繋いで絨毯から勢いよく飛び下りた。

 

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

 

「モッフー!」

 

 

呪文と共に深紅の光が放たれ、モフルンの元に集う。

 

 

「「ルビー!」」

 

 

紅き光は情熱の炎を秘めしリンクルストーン━━ルビーへと変わってモフルンの首元にセットされた。

 

 

「モフッ♪」

 

 

その身にルビーを宿したモフルンがみらいとリコの元へと駆け出して手を繋ぎあう。

 

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

 

モフルンを起点に鮮やかな紅が二人を包み込んでハートを形作り、深紅の花弁となって弾けた。

 

 

 

 

降り注いだ花びら達はその姿を紅蓮の衣装へと変えてゆき、それを身に纏った二人が魔方陣の中から現れる。

 

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

 

そして二人は爆炎を背に紅き情熱の炎を纏う伝説の魔法使い……プリキュアとして名乗りをあげた。

 

 

━━━━トンッ

 

 

変身して一本の箒の上に降り立った二人は宙を舞うヨクバールを真っ直ぐ見据え、思いっきり跳躍する。

 

「ヨ、ヨ、ヨクバールッ!」

 

八幡の魔法で渦巻く風に巻き込まれてぐるぐると目を回していたヨクバールはそれに気付くも反応する事が出来ない。

 

「「はぁぁぁぁぁ━━━だぁっ!!」」

 

「ヨクッ!?」

 

跳躍の勢いとルビースタイルのパワーが乗った二人の拳をまともに受けたヨクバールが放物線を描いて地面に落下していく。

 

 

ズシンッ!!

 

 

ヨクバールの巨体が鈍色(にびいろ)の霧立ち込める地面に激突して轟音を響かせた。

 

「ヨ、ヨクバール…!」

 

ダメージが抜けきらないのかゆっくりと起き上がるヨクバール。そしてその目の前にミラクルとマジカルが着地する。

 

「…新たなリンクルストーンが現れる気配はない……」

 

いつの間にかヨクバールの隣にいたバッティがプリキュアの姿を見て確認するように呟き、表情を歪めた。

 

「ならば…片付けてしまいなさい!!」

 

「ギョイッ!」

 

バッティの命令を受けたヨクバールの目が妖しく光って先程までダメージを引きずっていたとは思えないほど機敏に動き始める。

 

「ヨクバールッ!!」

 

蝶、あるいは蛾型のヨクバールがその蛇腹(じゃばら)のような胴体を伸縮させ、叩きつけてきた。

 

「「っ!?」」

 

突然ヨクバールの動きが速くなった事で避ける余裕がなかったミラクルとマジカルはその攻撃を辛うじて受け止める。

 

「「っぐぅぅぅ……!!」」

 

二人を押し潰そうと力を込めるヨクバールに対し、二人はルビースタイルのパワーで何とか持ちこたえているがジリジリと増していく圧力に身動きがとれない。

 

「プリキュア。戦う力があったところで所詮たった二人…どんなに足掻こうと何の意味も……」

 

「キュアップ・ラパパ━━━━!」

 

自らの作り出したヨクバールでプリキュアを追い詰め、嘲笑うバッティの言葉を遮るように呪文を唱える声が響く。

 

「チィッ!」

 

短く舌打ちしたバッティがその場から飛び退くと先程までバッティのいた場所を何かが高速で通り過ぎた。

 

「……ああ、もう一人いましたね。戦う力もなく、つまらない魔法しか使えない貴方が…!」

 

それを見て忌々しそうに呟くバッティ。その見つめる先にはバッティに向けて杖を構える八幡の姿があった。

 

「……ハッ…そのつまらない魔法でしてやられてきたのはどこの誰ですかねっ!」

 

八幡は言葉と共に杖を振るい、バッティに向けてヨクバールを吹き飛ばした風の魔法を放つ。

 

「フッ…」

 

迫るつむじ風をあっさりとかき消したバッティは勝ち誇った表情で笑みを浮かべた。

 

「だから言ったでしょう?所詮はこの程度。いくら足掻こうとも意味はない…とねっ!」

 

バッティがマントを翻して突風を生み出し、お返しと言わんばかりに八幡へとぶつけてくる。

 

「っ…!?」

 

その突風の威力は八幡の放った魔法の比ではなく、あっという間に八幡を呑み込んで吹き飛ばした。

 

「っ八…くん…!」

「助け…ないと…!」

 

圧力に耐えながら吹き飛ばされた八幡を心配する二人。しかし、助けに行こうにも降りかかる圧力がそれを許さない。

 

「ヨクバールッ!」

「「ぐっ………!」」

 

そこへ追い討ちをかけるようにヨクバールがさらに圧力を強める。

 

「もういい加減諦めてしまいなさい!何をしようと無駄です!」

 

押し潰されそうなミラクルとマジカルを見下ろしたバッティは勝利を確信した様子でそう言い放った。

 

「……前の…私だったら…そうしてたかも…しれない…でもっ!」

 

マジカルが押し潰されないよう全力で踏ん張りながら途切れ途切れで答え、ミラクルがその先の言葉を紡ぐ。

 

「……この…春…休み…私達…三人で…いろんな…事を…乗り越えてきた……」

「っ…一緒だったから…挫けずに頑張れたっ!だから…これからも…どんな事だって……」

 

 

「「一緒なら諦めたりしない!!」」

 

 

その決意に応えるかのごとくルビーの輝きが増し、二人を紅蓮の光が包み込んだ。

 

「「はぁぁぁ━━………やぁぁっ!!」」

 

踏ん張るために思いっきり踏み込んだ足は地面を砕き、掴んだその手は押し返せなかった筈のヨクバールをフルスイングで投げ飛ばす。

 

「何ぃっ!?」

「ヨクバール!?」

 

まさかの事態にバッティは思わず驚愕の声を上げ、ヨクバールは頭から地面に叩きつけられた。

 

「……一緒なら…か。まさかその言葉の中に含まれる日が来るなんて思いもしなかったな」

「なっ!?」

 

背後から聞こえた声に反応して振り向いたバッティはさらに驚き、目を見開く。

 

「キュアップ・ラパパ……」

 

振り向いたその先には吹き飛ばされた筈の八幡が杖を真上に構え、呪文を唱えながらバッティを見据えていた。

 

「しまっ…!?」

 

杖を構える八幡の狙いに気付いたバッティが慌てて防ごうとするがすでに遅い。

 

「━━閃光よ、爆ぜろ」

 

防ぐよりも早く八幡の魔法が炸裂し、バッティの視界を白く塗り潰す。

 

「ぐっがぁぁっ━━!おのれぇっ!!」

 

閃光による目の痛みに加え、つまらない魔法と侮っていた八幡にしてやられた事でバッティは怒り叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「━━すげぇ…!ありゃ一体……」

 

周囲を覆っていた雲が晴れ、プリキュアとヨクバールの戦いを目にしたジュンが呆気にとられた様子で呟く。

 

「もしかしてこの前魔法商店街で噂になってた……」

「伝説の魔法使い……」

 

ジュンの呟きに反応して食い入るように下を見つめるエミリーとケイ。一人を除いて全員がプリキュアに注目しているのが幸いしてバッティの後ろにいる八幡には気付いていないらしい。

 

「………」

 

唯一、プリキュアの方に視線を向けなかった校長が無言でみらいとリコが乗っていた絨毯の後部を見つめている。

 

仕方がないとはいえ、闇の魔法使いとの戦いを生徒に任せきりにしてしまっているのに思うところがあるのか、あるいは昨晩の占いを気にしての事か、その真意は本人以外に知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨ、ヨクバール…」

 

力なく羽を動かし、ふらふらしながらヨクバールは起き上がる。どうやら地面に叩きつけられたのは相当(こた)えたようでその場で浮遊しているのがやっと、といった様子だ。

 

「っ…まずい!このままでは……」

 

叫んだ事で幾分か冷静な思考を取り戻したバッティが状況を理解して焦りを見せるも閃光の影響で未だに視界は眩んだままのためどうすることもできない。

 

「今だ!!」

「モフッ!」

 

八幡の合図でモフルンがミラクルとマジカルの元へと駆け出す。

 

「ヨクバッ…!」

 

自らに迫ろうとしている危機を察したのかヨクバールはふらつく身体を無理矢理動かしてそれを阻止しようと突撃するがそれよりも早くモフルンが二人の元にたどり着いた。

 

すぅ……いくわよ!ミラクル!!」

「うん!マジカル!!」

 

互いに呼び合うとミラクルとマジカルは伝説の杖を手にする。

 

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「モッフー!」

 

 

モフルンの首元にセットされたルビーから放出された紅の光が二人の方へ勢いよく向かってきた。

 

「「っ………!!」」

 

二人は歯を食いしばって大きな力を秘めた光をリンクルステッキで受け止める。

 

 

「「ルビー!」」

 

「「紅の情熱よ!私達の手に!」」

 

 

ミラクルとマジカルは手を繋ぎ合い、情熱の炎が宿ったリンクルステッキでくるくると円を描いた。

 

 

「「フル…フル…リンクル!」」

 

 

描かれた二つの円は重なり、深紅のハートに変わると二人はそれを真上に向かって放つ。

 

 

「「プリキュア……」」

 

 

放たれたハートは魔方陣を形作って、それを足場にミラクルとマジカルが真っ直ぐヨクバールは見据えた。

 

 

ぎゅっ……

 

 

「……!」

 

 

強く繋いだ手から伝わるマジカルの想いに一瞬、ミラクルが驚いたように隣を見てから前に向き直る。

 

 

「「ルビー・パッショナーレ!!」」

 

 

呪文を叫ぶと同時に足場にしていた魔方陣が爆ぜ、深紅の弾丸と化したミラクルとマジカルがヨクバールへと撃ち出された。

 

 

バチバチバチッ━━!!

 

 

衝突してせめぎ合うプリキュアとヨクバール……そして決着が訪れる。

 

 

「ヨクバール……」

 

 

深紅の光はヨクバールの闇を浄化し、元となったびっくり花と合格証に分かれてひらひらと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っまたしても、手ぶらで帰る羽目になるとは……!オボエテーロッ!!」

 

未だに目を押さえているバッティはヨクバールが浄化された事を知ると憤り、捨て台詞に似た呪文を唱えてその場から消える。

 

 

 

 

 

「っと…あと一枚は……」

「モフ~!あっ……」

 

落ちていく合格証を広い集めた八幡とモフルンの二人はミラクルとマジカルが手を繋いだまま立ち尽くしている事に気付いた。

 

 

「「…………」」

 

 

闇の魔法の影響で曇っていた空が晴れて光が降り注ぎ、鮮やかな虹と照らし出された海面が美しい風景を彩っているのに二人の表情には寂しさが浮かんでいる。

 

「……終わり…か」

 

ぼそりと呟かれた八幡の一言が晴れ渡る空の中に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの駅のホーム。ナシマホウ界行きのカタツムリニアに乗り込んだみらい、モフルン、八幡の三人を先生方やジュン達が見送っていた。

 

「ほ、本当に…もう…行っちゃうのね…」

 

涙で顔を濡らしたエミリーが言葉に詰まりながら窓越しにみらい達を見つめる。

 

「はは…」

「…ああ」

 

あまりに号泣するエミリーにみらいは困ったような笑みを浮かべ、八幡は目線を逸らした。

 

「…あたいさ、ナシマホウ界に憧れてるんだ」

「「「え?」」」

 

しんみりとした空気を切り替えるためかそう言い出したジュンに全員の視線が集まる。

 

「……意外だな」

「そうかい?これでも何度もマホウ界を抜け出そうとして失敗してるんだよ」

 

八幡の言葉にジュンは軽く肩を竦めて返した。

 

「それで出席日数が足りなくなったの?」

「まあね」

 

ジュンが補習を受けるに至った理由にケイが少し呆れた表情を浮かべる。

 

「……絶対遊びに行くからな」

「うん!」

「…今度は補習にならないようにな」

 

これでもう会えないなんて事はないと伝えるジュンなりの言葉にみらいと八幡はそれぞれ元気な返事と軽口で答えた。

 

「…教頭先生、あれを渡さなくていいの?」

 

みらい達のやり取りに区切りがついたタイミングを見計らってアネットが隣に立っている教頭に声をかける。

 

「そうですね。二人とも、これを」

「あ…」

「これは…」

 

教頭が差し出してきたのは中央に魔法学校の校章である黒猫が描かれているピンクの手帳だった。

 

「魔法学校の生徒手帳です……朝比奈みらいさん、比企谷八幡さん、いかなる時、いかなる場所でも我が校の生徒として恥ずかしくない振る舞いをするように」

 

生徒手帳を手渡した教頭が二人にそう言い聞かせるのはみらいと八幡を魔法学校の生徒として認めたという事だろう。

 

「ありがとうございます!」

「…いいんですか?」

 

嬉しそうにお礼を言うみらいと裏腹に八幡は困惑した様子で教頭の方を見る。当初から入学に反対していた教頭から生徒手帳を渡されたという事で本当に自分なんかがもらってもいいのか?と思い出た言葉だった。

 

「ええ、もちろん。それと比企谷八幡さん、貴方には謝らなければいけませんね……初めてお会いした時に失礼な態度で接してしまった事を」

 

そう言って深々と頭を下げる教頭にまさか謝られるとは思っていなかった八幡が慌てて言葉を返す。

 

「い、いえ……こちらこそ色々ご迷惑をおかけしました」

「あ…わ、私もその、ご迷惑をおかけしました!」

 

頭を下げる二人に教頭は顔を上げ、こほんと咳払いをしてから言葉を続けた。

 

「ナシマホウ界に戻ってもさっきの私の言葉を忘れないように!…いいですね?」

「「はい」!」

 

声を揃えて返事をした八幡とみらいに今度はリズとアネットが一言ずつ声をかける。

 

「二人とも頑張ってね!」

「ま、あんまり無茶しないように!……特に八幡君」

 

リズからは激励を受け取り、アネットからは名指しの注意をもらって苦笑いを浮かべる八幡。どうやらアネットは試験を通して八幡の危うい面に気付き、心配してくれたようだ。

 

「…気をつけます。ありがとうございました」

「ん、わかってるならよろしい……向こうでも元気でね!」

 

満足したように頷いたアネットは片目を瞑ってウィンクをすると一歩下がってジュン達に目配せをした。

 

「実は私達からも渡したいものがあって……」

 

モフルンの方をチラチラと見ながらケイが口火を切り、ジュンとエミリーがあるものを取り出す。

 

「わぁぁ…!!」

 

ジュン達の渡したいものとはモフルンの大きさに(あつら)えてある魔法学校の制服だった。

 

「みんなとお揃いモフ~♪」

 

その制服に袖を通したモフルンは今にも踊り出しそうなくらいはしゃぎ、喜んでいる。

 

「三人で作ったの」

「もっと早く渡せたら良かったんだけど…」

「結構難しくてギリギリになっちまったね」

「モフー!ありがとうモフ♪」

 

モフルンの喜びようにジュン達も作った甲斐があったと微笑んだ。

 

「それとみらいにはこれ!」

 

ピンク色の包装紙で包まれた箱をケイが手渡すとみらいは少し驚いたような顔をする。

 

「わたしにも?」

「うん!みらいのおかげで忘れ物をなくす事が出来たからそのお礼で用意してたんだ~」

 

渡すタイミングがなくて最後になっちゃったけど…と付け加えてケイは照れたように頬をかいた。

 

「お礼なんてそんな…」

「いいから、開けてみて?」

 

ケイに促されて包装紙を開くとそこにはデフォルメされた子熊がデザインされた可愛らしい写真立てが出てくる。

 

「わぁ!すっごく可愛い!!」

「でしょ~!実はお店で見かけて買ったんだけど使う機会がなくて…みらいにもらってほしいなって」

 

写真立てのデザインを気に入ったらしく目を輝かせて喜ぶみらい。それを見て嬉しくなったのかケイも一緒に笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、大切にするね!」

 

受け取った写真立てを胸に抱いたみらいがお礼を言うとケイはもう一度照れたように頬をかき、今度はエミリーの方に視線を向ける。

 

「後は…エミリーが八幡さんに渡したい物があるんでしょ?」

「ふぇ!?そ、それは……」

 

話を振られたエミリーが戸惑いと恥ずかしさの入り交じった表情を浮かべて言い淀んだ。

 

「渡さなくていいの?」

「うぅ……でも…」

 

迷っているエミリーにケイが本当にいいのかと問いかける。

 

「次はいつになるかわからないんだよ?今、渡さないでエミリーは本当に後悔しない?」

「あぅ…」

 

問われたエミリーは少しの間俯き考え込むと意を決したように顔を上げて八幡の方に近付いた。

 

「あ、あ、あのっ!八幡しゃんっ!」

「……なんだ?」

 

相当緊張していたらしく思いっきり噛んでしまった事に触れないよう気を付けて八幡が答える。目の前でケイとエミリーのやり取りを聞いていたのでエミリーが何かを渡そうとしているのは理解したのだが、どうして自分に?と八幡は内心で疑問符を浮かべていた。

 

「そ、その…こ、これをっ!」

「これは……手紙?」

 

エミリーから手渡された赤いリボン付きの黄色い封筒に八幡は首を傾げる。

 

「え、えっと…その…色々伝えたい事があって…手紙なら全部伝えられると思って…」

 

しどろもどろになりながらも一生懸命言葉を紡ぐエミリーに後ろから見ていたアネットがニヤリと笑みを浮かべて八幡へと声をかけた。

 

「八幡君も隅に置けないね~♪」

「…いや別にそう言うのじゃないと思いますけど」

 

アネットの言葉にそう返しつつ、八幡はエミリーからもらった手紙を開けようとする。

 

「あっ…そのっ!で、出来れば今じゃなくて後で……」

「……わかった」

 

顔を赤くしたエミリーが言わんとした事を理解した八幡は開けようとした手を止めて手紙をポケットにしまった。

 

「渡せて良かったね」

「う、うん……ありがとうケイ」

 

無事、八幡に手紙を渡したエミリーは背中を押してくれたケイにお礼をしてからほっと胸を撫で下ろす。まだ少し顔が赤いのはアネットが八幡に言った言葉のせいだった。

 

 

 

「…そういえばリコさんは?」

 

様子を見守っていたアイザックは一人、リコがこの場にいない事に気付いてキョロキョロと辺りを見回す。しかし、いくら見てもリコの姿が見えない。

 

「………」

 

リコが見送りに来ていないという事実にみらいは困った表情を浮かべ、八幡は何も言わずに瞑目する。

 

 

━━━━チリチリチリチリチリチリーン

 

 

ホームにベルが鳴り響いて乗り込み口のドアが自動的に閉まった。

 

「カタ~カタ~カタ~」

 

カタツムリニアが鳴き声と共にゆっくりと発進し始める。

 

「っみんなまたね!」

「モフー!」

「…じゃあな」

 

開いている窓から身を乗り出したみらいに続いてモフルンと八幡もそれぞれ別れの言葉を口にした。

 

「元気でねー!」

「お気をつけて」

「またなー!」

 

手を振って答えながらジュン達が徐々に速度を上げていくカタツムリニアをホームの終わりまで追いかける。

 

そしてジュン達は別れを惜しむようにカタツムリニアが見えなくなるまで手を振り、みらい達を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━補習が行われていた教室。静まり返ったその室内でポツンと一人、リコが俯いたまま座っていた。

 

「見送りに()かんでよかったのかな?」

「あっ…」

 

水晶のキャシーを手に教室の後ろから入ってきた校長がリコに問いかける。

 

「……別れはもう済ませましたから」

 

校長の問いにそう答え、視線を落とすリコ。その手元には魔法の森の補習で撮ったみらい達との記念写真が握られており、写真を持つその手は微かに震えていた。

 

「━━あなた方二人…いえ、三人の出会い。それがいかなる運命によるものなのか……」

 

再び俯いてしまったリコにキャシーが独り()つように語りかける。

 

「…みらい君と八幡君、あの二人をここに留まらせたのはそれを確かめるためじゃった」

「ぇ…?」

 

キャシーの話を継いで続けた校長の思わぬ言葉にリコが顔を上げた。

 

「無論、あの時言った言葉にも偽りはない。一人の魔法使いとしてこの世界が認めた二人を受け入れたのも本当じゃ……しかし、それ以上に君達三人の運命を見極める必要があった」

 

そこで言葉を区切った校長は目を伏せ、その先を紡ぐ。

 

「このままでは答えの出ぬまま終わりの時を迎えてしまう…そう思っていたが、これも何かの導きなのか……夕べ、リンクルストーンの兆しが現れたのじゃ」

「…!」

 

その話を聞いたリコは僅かに目を見開き、視線を校長の…延いては占いの結果を告げようとしているキャシーの方へと向けた。

 

「私の占いが指し示すその場所は━━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━ガタガタガタガタ……

 

 

夕陽を背に、みらい達を乗せたカタツムリニアはどんどんと魔法学校から遠ざかって行く。

 

「モフ~……」

 

窓から顔を覗かせて小さくなっていく景色を見つめながらモフルンが声を漏らした。

 

「食べる?冷凍ミカン」

「モフ?」

 

みらいがモフルンと八幡の方に皮を剥いた冷凍ミカンを差し出してくる。その声は無理に明るく振る舞っているようにも聞こえ、モフルンと八幡が心配して顔を見合わせた。

 

「……大丈夫か?」

「うん、平気だよ?また、遊びに来ればいいんだしっ!」

 

八幡の言葉に明るく答えたみらいは剥いた冷凍ミカンを一房(ひとふさ)手に取ると自らの口に放り込む。

 

はむっ………カリッ━━━

 

「ん…あれ?おかしいなあ………もう一人でも…魔法、上手く使えるようになったと思ったんだけどな……」

 

ミカンを咀嚼しながらそう呟き、やがて何かを必死に堪えるようにスカートの裾をぎゅっと握り締めて俯くみらい。そのスカートの上にはみんなで撮った記念写真が置かれていた。

 

「「…………」」

 

そんなみらいの姿を前にモフルンと八幡は黙って見つめる事しか出来ない。

 

━━━ポタッ

 

透明な雫が一粒、記念写真の上に(こぼ)れ落ちた。

 

「ぅ………」

 

ここまでずっと堪えていた涙が止め()なく(あふ)れ、ぽたぽたと写真を濡らしていく。

 

〝平気なんて嘘だ。また遊びに来ればいいってそのまたはいつになるの?イヤだ…お別れなんてしたくない!もっと…一緒にいたいよ……〟

 

涙と共に抑え込んできた感情はぐるぐるとみらいの中を駆け巡ると嗚咽(おえつ)に変わっていった。

 

「モフ……」

 

静かに揺れる車内にみらいの嗚咽だけが響き、どうする事も出来ずに立ち尽くしたモフルンがうっすらと涙を浮かべている。

 

「………失敗してもまた練習すればいいだろ…()()()

「え…」

「モフ…?」

 

窓の外に顔を向けながら独り言のように呟かれた八幡の思わぬ言葉にみらいとモフルンが顔を上げて目を見開く。

 

「リコ!?」

「はーちゃん!」

 

そこにいたのは箒を走らせカタツムリニアと並走するリコとその肩にしがみつくはーちゃんだった。

 

「どうして…?」

「私も行くわ!ナシマホウ界に……あなた達の世界に!!」

 

風にかきけされないようリコは懸命に叫ぶ。涙を浮かべるみらいへちゃんと伝わるように、と。

 

「あっ……」

 

リコの口から伝えられた事実にみらいは驚きと嬉しさが込み上げて何も言えなくなってしまう。

 

「…早く迎えに行かないとこのまま引き離されるぞ」

「はっ!…うん!」

 

八幡の言葉で我に返ったみらいは涙を拭い、急いで後ろの扉へと走り出した。

 

「リコー!」

 

勢いよく扉を開けて外に飛び出したみらいがリコの方に向かって身を乗り出し、必死に手を伸ばす。

 

「リコ━━━!!」

 

「みらい━━━!!」

 

互いに呼び合い手を伸ばす二人。しかしあともう少しのところで僅かに届かず、リコの乗る箒が徐々に引き離され始めた。

 

「っまだ…!」

 

 

「っ届いて…!」

 

少しずつ距離が離れていく中でもみらいとリコは諦めず手を伸ばし続ける。もう後悔なんてしたくない…絶対に届くと信じて。

 

「あと…少し………わぁっ!?」

 

突然吹いた強風が()()()()()()()()()()()()届かなかった距離を埋め、みらいの元へとリコを運ぶ。

 

「えっ……きゃっ!?」

 

強風に運ばれたリコは勢い余ってみらいに飛び込む形でカタツムリニアへ着地するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に行かせても良かったんですの?」

 

他に誰もいなくなった教室で魔法の水晶であるキャシーが校長に尋ねる。

 

「……ああ、それが八幡君との約束じゃったからの」

 

目を閉じ、思い出すようにして校長は答える。

 

昨晩、校長の元を尋ねてきた八幡はリコのナシマホウ界行きを提案してきた。

 

これからもリンクルストーンを狙って闇の魔法使いは現れる。その時に伝説の魔法使いプリキュアとしてみらいとリコは一緒にいた方がいい、と。

 

とはいえそれはあくまで可能性の話。もしナシマホウ界にリンクルストーンの兆しがあるとキャシーが占わなければ考える余地もなかったかもしれない。

 

「いくらリンクルストーンの兆しが見えたと言っても彼女はまだ……」

 

憂いを含んだ言葉で返すキャシー。やはりまだ学生で半人前のリコを送り出した事に思うところがあるのだろう。

 

「無論、最初は(わし)も反対じゃった。校長として未熟なリコ君を一人でナシマホウ界に行かせるわけにはいかんからの」

「なら…」

 

たとえプリキュアだったとしてもリコは魔法学校の一生徒だ。安全面を考慮すればおいそれと許可が出せるような事柄ではない。

 

少し語気を強めて言い募ろうとしたキャシーを遮って校長は続ける。

 

「だが、そう思うと同時に八幡君の意見も一理あると感じたのじゃ。だからこそ儂は試験を課した…魔法を学んで間もない彼には困難であろう試験を」

 

魔法学校が始まって以来の麒麟児(きりんじ)だったアネットを相手に一対一で勝つ事。それが八幡に課された試験であり、到底成し遂げられるとは思えない課題だった。

 

「しかし八幡君はアネット先生を撃ち破り、儂の課した試験に合格して見せた……ならばそれに応えなければなるまい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リコ~!!」

 

夕暮れに染まる景色の中、リコとの再開を無事に果たしたみらいは感極まって思いっきり抱きついた。

 

「……?」

 

いきなり抱きつかれたリコは少し驚きながらもみらいが涙を流し、肩を震わせている事に気付く。

 

「これからもずっと一緒にいられるんだよね!?」

「ぁ……ぅっ…」

 

涙声で確かめるように尋ねるみらいを前にリコは溢れる涙を誤魔化してそっぽを向き答えた。

 

「…だからそう言ってるでしょ」

「━━うん!」

 

照れて頬を赤く染めながら答えたリコに嬉しくなり、みらいはぎゅぅっと抱きつく力を強める。

 

「約束だよ!ずーっとずーっとずっと一緒だよ!!」

「だからそう言ってるでしょ!」

 

二人はしばらくの間、もう絶対に離さないと言わんばかりに互いを抱き締め合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちゃんと約束を守ってくれたんですね」

 

窓から少し身を乗り出した八幡が()()()()()()をしまいながら呟く。

 

試験が終わってから校長に確認が取れず、カタツムリニアに乗車する際にもリコの姿が見えなかったので少し心配だったが、それも杞憂(きゆう)に終わったようだ。

 

体を引っ込め、ドサッと座席に背中を預けた八幡はゆっくりと息を吐いて二人の会話に耳を傾ける。

 

「ずっと一緒、か……」

 

その言葉を反芻(はんすう)し、無意識の内に漏らす八幡。どんなもの、どんなことにだっていつかは終わりがくる。

 

ずっと一緒なんて言葉は幻想でそんな事は不可能なのかもしれない。

 

けれど……だとしても、あの二人の関係はこれから先も続いてほしいと願ってしまう。

 

 

そして…もし、叶うのならば……

 

 

比企谷八幡は━━━━

 

 

 

━十一話に続く━

 

 

 





次回予告


「リコ~!!」

「どこモフー!リコの分のクッキーもあるモフ!」

「なっ……こんな人前で空を飛んだら……!」

「迷子になってたりして…」

「おいしそうモフ」

「だから…そんな迂闊に魔法を…」

「捜さないと!」

「もぐもぐ……クッキーおいしいモフ」

「…モフルン、俺にも一枚くれ」

「「もぐもぐ……」」

「ここどこ?あぅぅ…!お腹が空いて力が……」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「ただいま!ナシマホウ界!やっと帰れる……ってリコどこ?」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日にな~れ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話「ただいま!ナシマホウ界!やっと帰れる……ってリコはどこ?」Aパート

 

ナシマホウ界へ向かうカタツムリニアの車内。みらい達は無事に再開を果たしたリコからナシマホウ界行きが決まった経緯を聞いていた。

 

「━━それで占いの指し示した場所が…ナシマホウ界。あなた達の世界なの」

「「ええっ!?」」

 

新たなリンクルストーンの兆しがナシマホウ界にあると聞いて驚くみらいとモフルン。マホウ界に伝わる伝説であるリンクルストーンがナシマホウ界にあるなんて予想外だったのだろう。

 

「………」

「…八幡は驚かないの?」

 

驚く二人とは対称的に黙ったままの八幡を不思議に思い、リコが少し訝しげな視線を向けた。

 

「……まあ、その可能性を考えなかったわけでもないからな」

 

そんな視線を受けながら何でもないように答える八幡だったが、本当の事を言えばリコから話を聞くより前に占いの結果を知っていたのだ。

 

(出来れば校長先生に提案を持ち掛けた事を知られるのは避けたい)

 

隠す必要があるかと聞かれれば特にないと思うがわざわざ自分から話すことでもないだろう。

 

「うーん…そう言われればそうかもしれないけど……」

 

リコはまだ納得いかないという表情を浮かべるも、考えても仕方ないと判断したらしくそれ以上は追及しなかった。

 

「じゃあその占いがあったからリコはナシマホウ界に行く事になったの?」

「ええ、それもあるけど私が校長先生にお願いして…」

 

みらいに尋ねられたリコは自分がお願いしたと途中まで言いかけたところでハッとなり、誤魔化すように咳払いを重ねる。

 

「んっんん……えーと、お願いされてそっちに行く事にしたのよっ!」

「ほーん……」

 

言い直すリコへ今度は八幡が訝しげな視線を向けた。

 

校長に提案したのは八幡だ。そのため八幡の提案を呑んだ校長からリコがお願いされたとしても不思議ではない。しかし、照れたようにそっぽを向くその様子を見れば誰から頼んだのかは、まるわかりだった。

 

(別に誤魔化すような事でもないだろうに…)

 

先程までの自分を棚に上げてそんな事を思う八幡。当人達は否定するかもしれないが変なところで意地を張る部分は二人共よく似ているように見えた。

 

「でも、せっかく二年生になれたのに……」

 

一緒にナシマホウ界に行ける事は嬉しいけれど、そのせいでリコの進む道を邪魔しているのではないかと思ったみらいがそんな言葉を口にする。

 

「ん…ナシマホウ界でも魔法に必要な事は学べるって校長先生も言ってたし、絶対に立派な魔法使いになるから!」

「モフ!」

「うん!そうだよね!またリコと一緒なら私も嬉しい!」

 

リコの一言で懸念が晴れたみらいはモフルンと共に改めて一緒に過ごせる事を喜んだ。

 

「…そうだな。いつまでも箒から落っこちたり、おにぎりを真っ二つにしたり、冷凍ミカンを半解凍したりするわけにはいかないからな」

 

八幡にしては珍しく少しからかうような響きを含ませた言葉をリコに向ける。

 

「なっ…!お、落ちてないしっ!おにぎりも冷凍ミカンも失敗したわけじゃないから!」

 

そんな八幡の言葉にすぐさま早口で反論するリコ。とはいえ落ちてないし失敗ではないと言いきるには些か無理があった。

 

「ふふっ…八くんもリコと一緒で嬉しいんだよね!」

「八幡は照れ屋さんモフ~」

 

二人のやり取りを見たみらいとモフルンが笑顔でそんな事を言い出す。

 

「……何でそうなる」

 

思わぬ一言でピキリと固まってしまった八幡は油の切れた機械のようにギギギと首だけ動かしてみらい達の方を半眼で睨んだ。

 

「だってリコと言いあってる時の八くんすっごく楽しそうなんだもん。だから八くんも嬉しいんだろうな~って」

「………」

 

みらいの返答に否定も肯定もする事ができない八幡は気まずそうに目線を逸らす。

 

「ふ、ふ~ん……ま、まあ?私がいないと、あなた達だけじゃ心配だし?仕方ないわね」

 

言葉とは裏腹に顔を赤くしたリコがみらいと八幡の方をチラチラと見ながらそう言った。

 

……心配なのはどっちだか

 

聞こえないくらいの大きさで八幡がぼそりと呟く。その口元には微かに笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

「そ、そういえばそのモフルンの制服はどうしたの?」

 

照れて赤くなった表情を誤魔化すために話題を変えようとリコがモフルンの制服へと話を向ける。

 

「これはジュン達にもらったモフ~♪」

「三人で作ったんだって可愛いよね~!」

 

モフルンはフリフリと制服を翻し、その場でくるっと回って見せた。

 

「似合ってるモフ?」

「ええ、とてもよく似合ってるわ」

 

魔法学年の制服であるマゼンタ色のトンガリ帽子とケープはモフルンに実際よく似合っている。

 

特にトンガリ帽子から耳がぴょこんと覗かせているところが可愛らしく、ジュン達がモフルンに合わせて丁寧に縫製した事が(うかが)い知れた。

 

「それと私はケイにこれをもらったんだ~」

「へ~…可愛いデザインの写真立てね」

 

写真立てを見たリコは少し意外そうな顔をして感想を漏らす。三人ではなくケイにもらったというのが少し引っ掛かったらしい。

 

「…忘れ物を無くすことが出来たお礼だと」

「忘れ物……?あ、今朝の…」

 

表情からリコの疑問に気付いた八幡が話を補足する。今朝の話なのでリコもその場にいたはずだが、その時は試験やらの事で頭がいっぱいだったのだろう。

 

「あ、そういえば八くんはエミリーから手紙をもらったんだよ」

「………へ、て、手紙?」

 

思い出したように呟かれたみらいの一言にリコは一瞬、何を言っているのか理解できずに一拍遅れて反応した。

 

「うん、八くんにいっぱい伝えたいことがあるからって」

「つ、伝えたいこと…!?へ、へぇ~……」

 

あからさまに動揺を見せたリコは口の中で小さく〝あの恥ずかしがりやなエミリーが…!?〟と呟き、考え込むように俯く。

 

「おーいリコ~?」

「聞こえてないみたいモフ」

 

俯いてしまったリコの顔の前でみらいが手を上下させるが気付いていないらしく、ぶつぶつと何かを呟いたまま動かない。

 

手紙ってやっぱりそういうこと…?で、でもエミリーが八幡に…!?

 

聞き取れないくらいの声で呟くリコにみらいは首を傾げ、八幡は訝しげな視線を向ける。

 

「リコ、どうしちゃったんだろ…?」

「……いつものことだろ」

 

そんな様子にみらいと八幡がヒソヒソと声を潜めながら顔を見合わせていると考え込んでいたリコがバッと顔を上げ、ギュイーンと首を動かして八幡の方を見た。

 

「な、何?」

 

リコの動きに思わずたじろいだ八幡は言葉に詰まりつつも、どうにか誤魔化して何事かと尋ねる。

 

「……エミリーの手紙にはなんて書いてあったの?」

 

少しの沈黙の後にリコが神妙な面持ちで切り出したのはエミリーからの手紙の内容についてだった。

 

「いや、まだ読んでないけど……」

 

渡された時にエミリーから読むのは後でと言われ、それからも読むタイミングがなかったので内容には目を通していない。

 

「そ、そう…まだ……なら今読んだら?」

 

八幡に手紙を読むように促すリコ。言葉こそなんでもない事を提案するものだが、その口調は有無を言わせない圧力を感じさせる。

 

「………読めん」

「え?」

 

促されてエミリーからの手紙を読もうとした八幡だったが、いざ目を通してみると何が書かれているのか全くもってわからなかった。

 

「…この手紙は全部マホウ界の字で書いてあるからな」

「そっか、私達マホウ界の字は読めないもんね」

 

理由を聞いたみらいが納得したように頷く。日常的な会話に支障がないためすっかり忘れていたが、ナシマホウ界とマホウ界では使用されている文字自体が異なり、読み解くためにはそれ相応の知識が必要だった。

 

「ならリコに読んでもらえばいいモフ」

「はー♪」

 

読めずに困っている八幡にモフルンがそんな提案をしてくる。読めないのなら読める人に頼む…それは至極当然の提案だ。

 

しかし、自分に宛てられた手紙を他の人に読んでもらうというのは多少抵抗を覚えないでもない。

 

「……そうだな、悪いが頼んでもいいか?」

 

それでも読まないわけにはいかないし、マホウ界を離れる現状では勉強のしようもないと最終的に判断した八幡はリコの方に手紙を差し出した。

 

「へ?あ、え、ええ、八幡がいいなら構わないけど……」

 

手紙を受け取ったリコは少し戸惑いながらもその内容に目を通して読み上げる。

 

「んんっ…じゃあ読むわよ?……八幡さんへ、この手紙を読んでいるという事は私は無事に手紙を渡せたようでまずは安心しました。それから━━━━」

 

 

 

 

 

リコが読み上げたエミリーの手紙を要約すると八幡への感謝から始まり、友達になってほしい事や今度会えたら一緒にどこかへ出掛けようという(むね)の内容だった。

 

「えっと……つまりエミリーは八くんと友達になりたかったってこと?」

「そうみたいモフ」

 

内容を聞いたみらいが()に落ちないといった様子で首を傾げる。どうやら何かわからない、あるいは納得出来ない事があったらしい。

 

「うーん……」

「…どこか変なところがあったか?」

 

首を傾げたまま(うな)っているみらいに八幡が尋ねる。多少、勘違いや過大評価が混じっているのが気になるものの内容自体は至って普通だ。

 

強いて挙げるとすれば手紙で友達になってほしいと伝えられるのは少し変わってるかもしれないが、元々友達なんてどうなるのが正解という答えはないのだからそこまで気にする程の事でもないだろう。

 

「だってエミリーと私達はもう友達だよ?それなのに不思議だなと思って……」

「………?」

 

もう友達だから友達になってほしいと書いてあるのが不思議というみらいの予想外な疑問に今度は八幡が首を傾げ、〝自分とエミリーは友達だったのか?〟と考え始めた。

 

(友達…そもそも友達ってどこからが友達?友達の定義は…いや…え、友達……トモダチ……)

 

考えがまとまらずに混乱し、友達という単語自体がわからなくなってしまった八幡。というのもみらいやリコと出会うまで八幡にはまともに友達と呼べる人はいなかった。

 

例を挙げるなら友達だと思っていた人物から友達に嫌われるから話しかけてくるなと言われ、味方だと言ったやつは打算でフリをしていただけで陰では八幡を嫌って罠にかけようとしていたりと(ろく)なものではない。

 

そのせいで八幡にとって友達とは酷く曖昧(あいまい)で手の届かない自分とは無縁のものだと思っていたのだ。

 

無論、今は違う。本人はあまり口にしないが、八幡はみらいとリコの事を大切な〝友達〟だと思っている。

 

けれどそれは様々な出来事を経てお互いに友達だと言葉にしたからこその関係で、一般的な友達というのは八幡にとってはまだ馴染みのないものだった。

 

「……友達ってどうやったら友達なんだ?」

 

悩んだ末に結論が出せなかった八幡の口から思わずそんな言葉が漏れる。

 

「友達は友達だって思ったらもう友達だよ」

 

誰に尋ねたつもりでもなかった八幡の呟きにみらいがフフン、と口の端を吊り上げて答えた。

 

「えぇ…なにその超理論……」

 

みらいの答えとも言えないような返答に八幡は呆れた表情を浮かべる。友達だと思うだけで友達だというならば誰も悩まない。

 

「そんなに難しいことかな……リコはどう思う?」

 

呆れる八幡の様子に再度首を傾げたみらいは他の意見を求めてリコの方に話を振った。

 

これってやっぱりデートの…?でも友達って………

 

話を振られた筈のリコは先程と同じように俯いた状態で何かを呟いたまま反応を示さない。

 

「リコー?……もしかしてまた聞こえてないのかな?おーいリコってば!」

 

顔の前で手を振っても気付かないリコに対してみらいは肩を揺すってさらに呼び掛けた。

 

「…っ!?な、なに?」

 

肩を揺すられた事で流石に気付いたリコがハッしてみらいの方を見る。

 

「なにって…リコが呼んでも返事しないから」

「え?あ、ごめんなさい…ちょっと考えごとをしてて」

 

素直に謝るリコ。どうやら本当に気付いていなかったようで何の話だったの?とみらいに聞き返している。

 

「ふわぁ……」

 

そんなやり取りをしている横で窓際に座っていた可愛らしい欠伸(あくび)を漏らした。

 

「はーちゃん眠くなっちゃったモフ?」

「はー…」

 

モフルンが尋ねるとはーちゃんは眠そうに目を擦りながら答える。

 

「…今日は色々あったからな。はーちゃんも疲れたんだろ」

 

可愛らしいはーちゃんの欠伸に表情を緩める八幡。どうやらみらいの一言で友達につきて深く考えるのをやめたらしく、すでに話題を他に切り替えようとして窓の外に目を向けていた。

 

「それに外の景色からはわかりづらいが、もう夜遅いだろうからな」

「モフ?」

 

窓の外は宇宙空間のような景色が拡がっていて昼夜の区別がつかない。それでもリコがこのカタツムリニアに乗り込んだ時点で日が暮れかけており、そこから結構な時間が過ぎているため今が夜遅くである事が予測できる。

 

「それならそろそろ寝る準備をした方がいいわね」

「寝る準備?」

 

疑問符を浮かべるみらいの他所にリコは立ち上がって上の網棚からあるものを取り出した。

 

「大きな貝殻(かいがら)?」

「ヤドネムリンの(から)よ」

 

リコの身の丈の半分ほどの大きさを持つそれはどうやらこのカタツムリニアに備え付けられているものらしい。

 

「はー♪」

「ヤド…ネムリン?」

 

その貝殻で何をするのかと気にしているみらい達に見てなさいと言ってリコは靴を脱ぎ、両足を殻の入り口に近付ける。

 

━━━━スルスルスル

 

「え?」

「うわっ…」

 

するとまるで吸い込まれるようにリコの体がヤドネムリンの殻の中へと入りこんでしまった。

 

「この中だとよく眠れるの」

「いや、よく眠れると言われても……」

 

最終的にヤドネムリンの殻から頭だけを出すイモムシ状態になったリコを見て八幡はものすごく微妙な表情を浮かべる。

 

「あなた達のも網棚にあるわ」

「おお~!」

「え……」

 

少しはしゃいだ様子のみらいと嫌そうな顔をしている八幡が上を見るとリコの言う通りヤドネムリンの殻が大小合わせて四つ並んでいた。

 

「モフルンとはーちゃんの分もあるよ!」

「何でサイズまで合わせてあるんだよ…」

 

八幡が呆れ混じりのツッコミを入れる。こういうのは誰でも使えるものを何個か用意するものではないだろうか。

 

「はい、これは八くんの分!」

 

そんな事を考えていた八幡にみらいが一番大きなヤドネムリンの殻を手渡してきた。

 

「……俺は普通に座ったまま寝るからいい」

 

そう言って八幡は渡されたヤドネムリンの殻を網棚に戻すとそのまま隣の座席に移動する。

 

「このカタツムリニアは急行じゃないから着くのは朝よ?ヤドネムリンの殻で眠った方が休めると思うけど…」

 

心配するリコに慣れているから大丈夫だと首を横に振る八幡。正直なところ座って寝た事はあまりないのだが、ヤドネムリンの殻に入るのは流石に抵抗があるので(いた)し方ない。

 

「それならいいけど……ゆっくり体を休めるのよ?明日から忙しくなるわ」

 

まだ少し納得していないが本人がそう言うならとそれ以上は言わない事にしたリコは向かいの座席で寝る準備をしているはーちゃんとモフルンに声をかける。

 

「モフー♪」

「はー♪」

 

ジュン達からもらった制服を丁寧に畳んだモフルンがヤドネムリンの殻に入りながら、はーちゃんと元気よく返事をすると唐突に叫び声が聞こえた。

 

「うわぁぁ~!?助けて~!?暗いよ~!!」

 

叫び声のした方を見るとそこにはヤドネムリンの殻から足だけ飛び出した状態のみらいが通路を右往左往しているのが見える。

 

「…入り方逆よ」

「どうやったら頭から突っ込もうって発想が出てくるんだよ……」

 

みらいの行動に呆れたリコと八幡はため息混じりにツッコミを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達がマホウ界を出発した後、魔法学校の(おさ)たる校長と魔法の水晶キャシーが山のように本が積み上げられた部屋である事について意見を交わしていた。

 

「リンクルスマホン…その中に住まいし妖精の子。そして伝説の魔法使いプリキュアと不思議な(えにし)を結んだ青年……」

 

一冊の本を手に取った校長がそれを開くとまるで立体映像のようにリンクルストーン達が宙に浮かび上がる。

 

「彼女達の行いがリンクルストーンの目覚めを呼び、その輝きは彼女達を新たな力へと導く……この繋がりが世界に何をもたらすのか…」

 

校長は映像のリンクルストーンを見つめながら目を閉じて呟いた。

 

「あまりに大きな運命の流れ…今、私に見えるのはナシマホウ界で目覚めつつある輝き。そしてそれに忍び寄る邪悪な魔法……」

 

その呟きに答えるかのようにキャシーが占った結果を口にすると校長は短く息を吐いてゆっくり目を開ける。

 

「……きっと、困難な道のりになろう」

「…今は祈りましょう。あの子達の幸運を……」

 

これまでの出来事をと占いの結果から校長とキャシーはみらい達を待ち受ける運命を憂い、その身を案じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━ピロン♪ピロン♪ピロン♪

 

無事にマホウ界から戻ってきたみらい達はMAHOKAを使って改札を通り抜け、津成木駅の入り口に到着した。

 

「んん~~~……!」

「……全身が痛い」

 

大きく伸びをするみらいの横で八幡が関節をポキパキ鳴らしながら気だるそうにぼやく。

 

「だから言ったのに…ヤドネムリンの殻を使わないからよ」

 

そんな八幡にリコは言わんこっちゃないと呆れ混じりにジト目を向けた。

 

「……いや、なんというか…………あ」

 

リコの視線から逃れるように顔を背けた八幡はその拍子に道端で思わぬものを発見して自然と声が漏れる。

 

「どうしたの?八くん……あ!」

「?向こうになにか……ああっ!?」

 

釣られて同じ方向を向いたみらいとリコも()()の存在に気付くと思わず声を上げ、目を見開いた。

 

「「「リンクルストーン!?」」だ!」

 

「あ、甘い匂いモフ」

 

まさかの発見に声を揃えて驚く三人の後に続いてモフルンがぼそりと呟く。

 

「いきなり見つけちゃった……」

「これは流石に予想外過ぎるぞ……」

 

ナシマホウ界に到着していきなり目的のリンクルストーンを見つけるという事態を前にリコと八幡は呆気にとられていた。

 

「金色のリンクルストーン……」

「……最後の守りのリンクルストーンだな」

 

ダイヤ、ルビー、サファイアに続く守りの輝き。あのリンクルストーンを手にすれば絶大なる力…エメラルドを守る四つのリンクルストーンが揃った事になる。

 

「ってことは新しいプリキュアになれるってこと?」

「え、ええ、そうね…でもこんなに簡単に見つかるなんて……」

「ここまであからさまだと何かが起こりそう………あ」

 

 

━━━カァーカァー

 

 

八幡がそこまで言いかけた瞬間、まるでそれが引き金になったかのように飛んできたカラスがリンクルストーンを(くわ)えて飛び去ってしまった。

 

「「「………」」」

 

あまりに一瞬の出来事だったためみらい達はポカンと口を開けたまま立ち尽くす。

 

「はー!」

 

そんな中でリコの肩に乗っていたはーちゃんがカラスを追って勢いよく飛び出した。

 

「「はーちゃん!?」」

「待って!」

 

まだ飛ぶ事に慣れていないのかフラフラしながらカラスを追いかけていくはーちゃんに慌てる三人。早くはーちゃんの後を追わなければ見失ってしまう状況でリコが咄嗟(とっさ)にポケットから箒を取り出した。

 

「なっ…!?」

 

箒を振って元の大きさに戻したリコに八幡は驚愕の表情を浮かべる。戻した時に生じたピンク色の煙で何も見えないが、ここまでくればリコが何をしようとしているのかは容易に察する事ができた。

 

「こんな人の多い場所で魔法を……」

 

「キュアップ・ラパパ!箒よ、飛びなさい!!」

 

止めようとした八幡の言葉を遮るように呪文を唱えたリコはそのまま箒に乗ってはーちゃんの後を追いかけ、飛んでいってしまう。

 

 

━━━カァッ

 

 

 

━━━━はー!!

 

 

 

「待ってぇ!!」

 

 

はーちゃんから少し遅れて飛び出したリコはぐんぐんとスピードを上げ、駅から遠ざかっていった。

 

「リコ!はーちゃん!」

 

離れていく二人を追いかけるためにみらいも駅の外へ駆け出し、箒を取り出そうとしてポケットを探る。

 

「箒…箒……あれ?箒がない」

 

いくらポケットを確認しても箒が見つからず焦るみらい。そうしている間にも開いていくはーちゃんとリコとの距離がさらにみらいの焦りを加速させていた。

 

「トランクの中モフ」

「そうだった!」

 

モフルンの一言でしまった事を思い出したみらいは慌てて魔法のトランクを開こうとするが、どれだけ力を込めても開かない。

 

「あ、開かない~!?どうしよう!?」

 

パニックに(おちい)り、ガチャガチャとトランクを開こうとするみらいに後ろから追ってきた八幡が呼び掛ける。

 

「っはぁ…はぁ…落ち着け、どのみちこんな場所で箒を使うのはまずい……教頭先生に言われた事を忘れたのか?」

「うぅ…それはそうだけど……」

 

その言葉で一旦、落ち着きを取り戻したみらいはリコの飛び去った方を見つめると不安そうな表情で八幡の方を振り返った。

 

「…とにかく今は走って追いかけるしかない」

 

八幡はみらいの表情にバツの悪さを覚えながらも、他に方法がないと走るように促す。

 

「急がないとリコを見失っちゃうモフ!」

「えっ…あ、う、うん……急ごう!」

 

気まずい雰囲気をそのままに、みらい達はリコの向かった方へと走り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー!!」

 

「待ちなさい!」

 

カラスを追うはーちゃんの後ろから追従してきたリコが少しずつ距離を詰めながら叫ぶ。

 

「はー……」

 

飛び慣れていないはーちゃんがここまでの距離を飛行するのはやはり難しかったらしい。はーちゃんの飛行速度が徐々に落ち始め、後ろを飛んでいるリコの肩にペタンと着地してしまった。

 

「っはーちゃん!無茶しないの!」

「はー…」

 

肩に掴まって休むはーちゃんへ少し叱るように言い聞かせるリコ。その声音には心配したという気持ちが強く含まれていた。

 

「…後はリンクルストーンね」

 

はーちゃんと無事に合流したリコはそのままリンクルストーンを咥えたカラスを追いかけて箒を走らせる。

 

「待ちなさ……」

 

 

ぐぅぅぅぅぅ~~

 

 

追いかけている途中、いきなりリコのお腹から大きな音が発せられ、空に鳴り響いた。

 

「お、お腹が空いて…力が………」

 

音の直後、リコの乗る箒はコントロールを失い、フラフラと空中を蛇行し始める。

 

「わぁっ…!わわっ!?あぁぁぁっ!?」

 

箒は暴れるように上下左右へ動いた後、真下の木に向いて垂直に落下した。

 

 

━━━ガサッ

 

 

「っ痛つつ……」

 

落ちた先が木の上だったおかげで葉がクッションになり、大きな怪我をせずに済んだリコは落ちた衝撃で少しだけ痛む体を起こして辺りを見回す。

 

「あっ!」

 

近くにある木の枝に追いかけていた筈のカラスが止まった事でリコが思わず声を上げた。

 

━━━カァー

 

リコと一瞬だけ目を合わせたカラスは何を思ったのか、ここまで咥えてきたリンクルストーンをまるでいらないもののようにポイッと首を振って放り投げる。

 

「っリンクルストーンが…!」

 

木の上から放り投げられたリンクルストーンは偶々(たまたま)通り過ぎたトラックの荷台の上に落ちてしまった。

 

 

ミシミシッ━━バキンッ!!

 

 

リンクルストーンの行方を確認しようと身を乗り出しすぎたせいでリコの乗っている木の枝が大きな音をたてて折れてしまう。

 

「っきゃぁぁぁぁ!!?」

 

 

━━━ドシンッ!!

 

 

最初に落ちた時の痛みも引かない内に再び尻餅をつくように下の茂みへと落下したリコは二度目の痛みに顔をしかめた。

 

「痛たた……」

「じょーぶ?」

 

髪に葉や枝をつけたまま起き上がり、茂みから顔を出したリコの元に飛ぶ事で難を逃れたはーちゃんが心配そうに寄ってくる。

 

「ぜ、全然平気よ!落ちてないから。降りただけだし……」

 

他に人がいるわけでもないこの状況でリコは何故かはーちゃんを相手に言い訳を繰り広げていた。

 

━━━ブロロロ………

 

「へ………?」

 

突如として聞こえた音に反応して周りの様子を確認したリコの口から思わずそんな声が漏れる。

 

━━ブォンッ━━ブブーン━━プープップ~!!

 

左右からリコとはーちゃんを囲むように聞こえてくるエンジン音とクラクション。行き交う無数の車はマホウ界からやって来たばかりのリコにとって見慣れない光景だった。

 

「な、何!?ここ!?」

 

二人が落ちたのは道路のど真ん中。車線を区切るために設置された植え込みから顔を突き出しているという状態だ。

 

「っは~~!!?」

 

車の速度と音に驚いたはーちゃんは慌てて隠れるようにリンクルスマホンの中に戻ってしまう。

 

「は……あっあー……ど、どうしたらいいの~~!?」

 

どこを向いても車だらけで駅の方に戻ろうにもここから動くことすらままならない。そんな現状にリコは途方に暮れ、空に向かって叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の魔法使い達が集う髑髏の城。しかし今は城の主たるドクロクシーと紳士の格好をしたトカゲ男…ヤモーの姿しか見えない。

 

「…占いに出ております。〝輝ける二つの石が(よみがえ)りし地に新たな石が現れる〟と」

 

不気味に光る闇の魔法陣の上に立ち、誰もいない空間に向かって語りかけるヤモー。一見、独り言を呟いているように見えるが、足元の魔法陣を介してナシマホウ界に向かった他の闇の魔法使い達と通信が繋がっていた。

 

「━━つまりはこのナシマホウ界にリンクルストーンが現れると?」

 

武人のような()で立ちのカメ男…ガメッツは闇の魔法によって映し出されたヤモーへと尋ねる。

 

「さよう…」

 

この魔法は使用している間、常に回線がオープンになっているため繋いでいる全員に会話の内容は伝わっていた。

 

「なるほど。ダイヤが現れたこの場所…ということか」

 

ガメッツとヤモーのやり取りを聞いたコウモリ男…バッティが納得したように頷く。

 

輝ける二つの石がダイヤを指すのなら蘇りし地というのは紛れもなくナシマホウ界だという事は目の前で復活を()の当たりにしているバッティが一番よくわかっていた。

 

「ドクロクシー様は(おっしゃ)っています。エメラルドを手に入れるまでは戻ってはならぬ…と」

「ふむ……戻ってくるな、なんてだいぶ切迫した状況なんですね」

 

他の闇の魔法使い達とは異なり、普通の人間に見える出で立ちをした女性…マキナことマンティナが思案しながら呟く。

 

「…この世界には前に来たことがあります。私、バッティに任せてもらいましょう」

 

「我、ガメッツがプリキュアを倒し、エメラルドも手にいれる」

 

「エメラルドをドクロクシー様にお持ちするのはこのスパルダさ」

 

バッティとガメッツ、それに先程まで会話に参加していなかったクモ女…スパルダの三人が自分こそは、と名乗りをあげた。

 

「うーん…私はもう少し様子見ですね。一番手は誰かに譲りますよ」

 

そんな中で一人、思案していたマキナだけが三人とはうって変わって消極的な答えを返す。

 

「ハッ!なんだい?随分と臆病じゃないか。びびっちまったんじゃないだろうね」

 

マキナを目の敵にしているスパルダがここぞとばかりに(あお)って挑発を繰り返そうとしていた。

 

「そうかもしれません。私、正面切って戦うのは不得手ですから」

 

安直なスパルダの挑発に対して肩を(すく)めるマキナ。正直、マキナにとってはいくらスパルダに臆病と(そし)られようがそんなものどうでもよく、気にするほどの価値もない。

 

「フフッ…ですからみなさんのご活躍を楽しみにしていますよ」

 

笑顔を貼り付けて心にもない言葉を吐いたマキナは通信魔法を切ると指を弾いてその場からいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リコ~!どこいっちゃったの~?」

 

人通りが(まば)らな住宅街をキョロキョロと見回しながらみらいが呼び掛ける。

 

「流石に何の手掛かりもなく探すのは難しいか…」

 

その隣で同じく周囲に目を配らせていた八幡が小さくそんな事をぼやいた。

 

「こっちの方に飛んでいったのは確かなんだけど……」

 

困ったようにみらいが呟く。駅から走って追いかけたものの、空を飛ぶ箒の速度に追い付けるはずもなく、みらい達はリコとはーちゃんの行方を完全に見失っていた。

 

「くんくん……甘い匂いモフ!」

 

二人がどうしようかと考えていたその時、モフルンが鼻を鳴らして声を上げる。

 

「甘い匂い?それは…」

「もしかしてリコのダイヤ…!?」

 

顔を見合わせたみらいと八幡はモフルンの鼻を頼りに匂いの元へと走り出した。

 

「あっちモフー!」

 

モフルンが指す方に急ぐ二人。するとその先には一台の大きな車が止まっているのが見える。

 

「ここモフ~!」

「え…ここって……」

「お菓子の移動販売…だな」

 

オレンジとレッドのカラーリングをしたその車の後部ではカウンターに色とりどりの様々なクッキーが並べられていた。

 

「「確かに甘い匂いだけど……」」

「違ったモフ」

 

声を揃えてツッコむ二人へモフルンがごめんなさいモフ♪とお茶目に謝る。

 

「でもせっかくだから買っていこうよ。ずっと走ったりしてたからお腹が空いちゃって……」

 

そう言われると確かにまともな食事とったのはだいぶ前だ。そこからカタツムリニアを降り、リコを追いかけて走り通しだった事を考えればお腹が空くのも無理はない。しかし━━━

 

「あっ!?そういえばお金を持ってないんだった……」

 

その事を思い出してみらいは意気消沈する。ここがマホウ界ならば校長から渡されたお小遣い(口止め料)がチャージされているMAHOKAで買い物が出来るのだが、ナシマホウ界では使えるはずもない。

 

「うぅ~…買えないと思うと余計にお腹が……」

 

未練がましそうにクッキーを見つめるみらいに販売員のお姉さんも困ったような笑みを浮かべている。

 

「お金…か……」

 

そんなみらいの様子を見かねた八幡が自分の財布を取り出すも、やはりクッキーを買える程のお金は入っていなくなった。

 

(元々新刊を買うお金しか入れてなかったからな……あの時のイチゴメロンパンで(ほとん)ど残ってない………?)

 

財布の中を覗いているとポイントカードや学生証などが入っている場所に微妙な隙間がある事に気付いた八幡はカード類をまとめて取り出し、その隙間を確認する。

 

「……これは」

 

カード類の間に挟まっていたのは小さく折り畳まれた千円札だった。

 

(そういえば何かあった時のために分けといたんだった……)

 

非常用にとっておいたものの、こうして見つけるまで忘れていたのでは全く意味がない。とはいえ、そのおかげで使わずに残っていたのだから結果オーライと言えるだろう。

 

「…千円あれば足りるだろ」

 

見つけた千円を手に八幡は移動販売車の方へゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、道路のど真ん中で途方に暮れていたリコは必死の思いで道路を横断し、なんとか歩道へとたどり着いていた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ………」

 

元いた場所から歩道までの距離は近いものの、見慣れない物への恐怖や不安からリコは息を切らせながら後ろを振り返る。

 

「…自動車と自動二輪車…近くで初めて見たけど速さだけならペガサスといい勝負だわ……」

 

道路を走る自動車の速度にリコがそんな感想を漏らした。もしこの場に八幡がいれば、むしろペガサスが自動車といい勝負になる方がおかしいとツッコミをいれていたかもしれない。

 

━━━チャリンッチャリンッチャリンッ

 

安全な場所だと思って完全に気が抜けていたリコへ警告のベルと共に自転車が迫る。

 

「っ!?」

 

リコは安堵と油断から避ける事もままならず、迫る自転車をただ見つめる事しか出来ない。

 

━━━パシッ

 

ぶつかる……!そう思ってぎゅっと目を閉じた瞬間に誰かがリコの手を掴んで引っ張った。

 

「わぁっ!?」

 

突然引っ張られた事に驚くリコだったが、そのおかげで自転車との衝突は避けられたらしくほっと息を吐く。

 

「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます…」

 

声をかけられたリコが助けてもらったお礼を口にしながら顔を上げるとそこにはカチューシャにみらいとよく似た髪の色をした女性がいた。

 

「掃除は感心だけど、気を付けないと」

「掃除…?」

 

どうやらその女性はリコの持つ箒を見て熱心に掃除をしていたと勘違いしたようでリコに優しく注意を呼び掛ける。

 

「あ…いえ、これは……」

 

ぐぅぅぅぅぅ~~

 

違うと言いかけた瞬間にリコのお腹から大きな音が鳴り、言葉を遮った。

 

「うぅ……」

 

羞恥心から顔を赤くしたリコがお腹をおさえて俯いてしまう。

 

(確かにご飯を食べたのはだいぶ前だけど…!今鳴らなくてもいいじゃない!)

 

鳴るのは仕方ないとしても他に誰もいない時ならここまで恥ずかしい思いもしなかったのにとリコは自分の事ながらに恨めしく思った。

 

「…おいでよ」

「え?」

 

思わぬ言葉に顔を上げて聞き返すリコに女性はふふっと微笑んで続ける。

 

「お腹空いてるんでしょ?(うち)、すぐそこだから」

「………?」

 

呆気にとられているリコを他所に女性はそう言ってスタスタと歩き始めた。

 

「さあ、早く♪」

「あっ…はい」

 

誘われるがままに女性の後を追うリコ。よもや助けてくれた女性が実はみらいの母である朝比奈今日子だと、この時のリコが気付ける筈もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日子に連れられてその家に到着したリコは店内に陳列されたアクセサリーの数々に目を奪われていた。

 

「わぁ…綺麗(きれい)……こっちにもこんなに綺麗な物があるんだ……」

 

ピンクのハートに黄色の星、水色の三日月など様々な種類のアクセサリーを前にリコの口から素直な感想が漏れる。

 

「パワーストーンだとかね、石のアクセサリーのお店なの」

「へぇー……」

 

声が聞こえたらしく、奥からお盆に乗せられたおにぎりと沢庵を持って出てきた今日子がそう教えてくれた。

 

「さあ、出来たわ」

「あ……ふふっ」

 

運ばれてきたおにぎりを目にしたリコは八幡と出会った時の事を思い出して微かに頬を緩める。

 

「簡単なものしか出来ないけど……さあ召し上がれ♪」

「…いただきます」

 

すごくお腹が空いていたせいか、リコはおにぎりを両手で持つといつもより少し大きな一口で勢いよく頬張った。

 

「もぐもぐ━━━ん!?酸っぱ~~!!」

 

今までに感じた事のない酸味に思わず口をすぼめてしまうリコ。前に八幡からもらったおにぎりの味を想像していた事もあって思いの外、驚いてしまった。

 

「梅干し駄目だった…?(うち)のおばあちゃんが浸けたんだけどな……」

 

その反応を見て申し訳なさそうな表情を浮かべる今日子にリコが慌てて言葉を重ねる。

 

「い、いえ、美味しいです!その…前に食べたおにぎりとは中身が違ってて……梅干しは初めて食べたので味に意表を突かれまして………」

「良かった…」

 

梅干しが苦手というわけではないとわかってほっと胸を撫で下ろした今日子はおにぎりを作る前に準備しておいたミキサーに牛乳注ぎ、用意したフルーツを投入し始めた。

 

「ミカンにリンゴにバナナにパイン♪いくよ~」

 

ミキサーに投入されたフルーツがあっという間に細かく砕かれて牛乳と混ざりあっていく様子をリコがまじまじと見つめる。

 

「これが機械……まるで魔法と一緒ね」

 

ナシマホウ界出身の八幡とみらいが魔法に驚いていたように、マホウ界からやって来たリコにとっては科学技術の結晶たる機械の類いが物珍しいようだった。

 

「よっと……どうぞ」

 

今日子はミキサーの上の部分を取り外し、出来上がったミックスジュースをコップに注いでリコの前に差し出す。

 

「んく……おいしい…!」

 

色々なフルーツの甘味や酸味が牛乳の風味とマッチしたミックスジュースはとても飲みやすく、リコの表情も自然と綻んだ。

 

「………あの、どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」

 

使い終わったミキサーを片付けている今日子を見たリコが不意にそんな事を尋ねる。

 

危ないところを助けてくれただけでなく、おにぎりや手間の掛かるミックスジュースを用意してくれたりと見知らぬ少女にここまでしてくれる事が純粋に疑問だった。

 

「ふふ…困った時はお互い様でしょ?それに……家にもあなたと同じくらいの娘がいるからほっとけなくって」

「娘さん…ですか?」

 

微笑みながらリコの疑問に答える今日子。もちろん今日子の指す娘というのはみらいの事なのだが、当然ながらリコが気付く筈もない。

 

「そうよ。困った子でね?そそっかしくて…あの時も……」

「あの時?」

 

そこまで言いかけると今日子は少し俯き、表情を落としてしまう。

 

「ううん。いきなり春休みの間なんとかって学校に行ったきりで…元気でやってるのかしら?連絡くらい寄越せばいいのに……」

 

しかしそれも一瞬の事で、話題を誤魔化すように首を横に振った今日子は遠くの方を見つめてそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか探しているリコが自分の家にいるなんて思いもしないみらいは八幡に買ってもらったクッキーを手に町の中を探していた。

 

「もぐ…リコ…もぐ…どこ行っちゃったんだろう?」

「もぐもぐ……」

「……流石に食べ歩きながら喋るのは行儀が悪いぞ」

 

キョロキョロしながらクッキーを口に頬張るみらいを見て八幡が呆れたように注意をする。幸いそこそこ幅のある道なので迷惑という程ではないものの、誉められた行為ではない。

 

「…八くんって時々、お母さんみたいなこと言うよね」

 

注意を受けたみらいは通行人の邪魔にならない位置で立ち止まってぽしょりと呟いた。

 

「…別にそんな事ないだろ」

 

そう言いつつも八幡は今までの言動を振り返る。確かに何度か注意をしたような覚えはあるが、それがお母さんみたいだと言われてもいまいちピンとこない。

 

「え~そんな事あるよ!さっきだってカタツムリニアを降りる時に〝忘れ物はないか?ちゃんと網棚の上まで確認したか?〟って何回も言ってたし……」

「あれは忘れ物すると後が面倒になるからで……」

 

普通の電車でも忘れ物の受け取りは面倒なのにマホウ界の乗り物であるカタツムリニアに関してはどこにどう連絡していいかすらわからない。そんな中で忘れ物に注意するのは当たり前の事だろう。

 

「他にもご飯を食べる時によく噛んで食べなさいとか寝る前にきちんと歯を磨いたか?とか…」

「……そんな事言ってたっけ?全然記憶にないんだが」

 

覚えのない言動に首を傾げる八幡。とはいえわざわざみらいが嘘をつくとも思えないので、もしかしたら無意識の内に注意していたのかもしれない。

 

「もぐ……八幡はお母さんモフ?」

「いや、違うから……」

 

とうとうモフルンにまで聞かれてしまい、八幡は半ば諦めたように否定する。あまり強く否定しないのはお母さん扱いがそこまで嫌ではないという理由もあった。

 

「そういえば八くんお母さんはクッキー食べないの?」

「……別にそこまでお腹は空いてないからな」

 

遂には名前の後にお母さんを付け始めたみらいを半眼で睨みつつ、八幡はため息混じりに答える。

 

「きっと八幡はリコの分のクッキーを残してるから食べないモフ」

 

空腹ではなないから食べないと答えた八幡に対して別の意図があった事を察したモフルンが笑顔でその理由を口にした。

 

「そうなの?」

「…まあ、そういう理由も無くはない」

 

まさかモフルンに見抜かれるとは思ってもいなかった八幡はみらいに尋ねられて誤魔化すようにそっぽを向き、曖昧(あいまい)な言葉でお茶を(にご)す。

 

「そっかぁ…実は私もリコの分をとっておいたんだ~」

 

そう言ってみらいは残りが半分ほど入ったクッキーの袋を取り出した。

 

「…ならこの一袋を残しとくからそれは全部食べていいぞ」

 

流石に残しておくのは一袋で充分だろうと思い、八幡がみらいに残りを食べるように(すす)める。

 

「そうだね……じゃあ、はい♪」

 

八幡の言葉に頷いたみらいは袋からクッキーを一枚取り、差し出してきた。

 

「え、何?」

「なにって…クッキーだよ?」

 

どうしてという意味を込めた八幡に対して素で聞き返すみらい。思わずクッキーなのは見ればわかるとツッコミたくなるのを抑えて、八幡はどうにか言葉を絞り出した。

 

「………いや、そういう意味じゃなくて」

 

戸惑う八幡の様子に一瞬、首を傾げるみらいだったが、すぐに自分の言葉が足りなかった事に気付いて声を上げる。

 

「?……あっ…ええっと、私の分のクッキーを八くんと半分こにしようと思って」

「ああ…そういう……」

 

理由を聞いて納得したように頷いた八幡はどこか引っ掛かる部分があったのか、先程のみらいと同じように首を傾げた。

 

「…本当は全部あげたいけどそうしたら八くん受け取ってくれないでしょ?」

 

確かに残していた分を全部となるとみらいに気が引けて八幡は断っていただろう。それを見越してみらいが半分こを提案したという事はこの長いとはいえない付き合いの中で八幡の行動は読まれるようになってしまったらしい。

 

「だから…はい、半分こ!」

 

八幡は再びみらいから差し出されたクッキーをじっと見つめ、やがて観念したように受け取った。

 

「…………うまい」

「ふふっ…よかった。私ももう一枚食べよっと」

 

無事に八幡がクッキーを受け取ったのを確認したみらいは小さく微笑むとクッキーをもう一枚取り出し、並んで食べ始める。

 

「モフー……モフ?」

 

そんな中、専用のポーチにすっぽりと収まり、クッキーを食べていたモフルンが何か気付いたように鼻を鳴らした。

 

「どうしたのモフルン?」

「向こうから甘い匂いが近付くモフ!」

 

少し遠くの方を指して声を上げるモフルンに八幡とみらいが顔を見合わせる。

 

「きっとリコのダイヤモフ!」

「今度こそリコだね!」

「流石に二度はないはず…」

 

先程と違い、クッキーを食べて多少なりともお腹が膨れている今なら間違えないだろうと二人はモフルンの指した方向に目を向けた。

 

━━━ブゥゥゥン━━カラン…カラン……

 

リコを待つみらい達の横をトラックが通り過ぎ、荷台の上から小さな金色の物体が音をたてて落ちてくる。

 

「なんだリコじゃないや」

「ただのリンクルストーンだったな」

「ごめんモフ。違ったモフ」

 

それを見て残念そうな表情を浮かべた三人は肩を落として(きびす)を返し、そのまま歩き始めた。

 

「リコどこにいったんだろう……って、あっ!」

「はーちゃんも心配だな…早く見つけ……あっ」

 

 

「「リンクルストーン!?」」

 

 

落ちてきたのが探していたリンクルストーンだと遅れて理解した二人は声を揃えて叫ぶと大慌てで来た道を引き返す。

 

「あった…」

「良かった~……」

 

まだ誰にも拾われていなかった事に安堵する二人。しかし、それも束の間、次の瞬間には予想外の珍入者によってリンクルストーンは持ち去られる事となる。

 

━━━にゃ~ん♪

 

「あ」

「え」

 

道路側に面している柵の上で毛繕いをしていた三毛猫がリンクルストーンを咥え、どこかへ走り出してしまった。

 

「っま、待って~!?」

 

お魚…ではなくリンクルストーンを咥えた三毛猫を追いかけるみらい達だが、思ったより三毛猫がすばしっこく、なかなか捕まえられない。

 

「リコ~!どこなの~!リンクルストーン見つけたよ~~!!」

「ちょ…待……」

 

走る三毛猫を呼び掛けながら追いかけるみらい。そしてその後を息切れした八幡がさらに追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達がそんな状況になっているとは露知らず、リコは飲み終わったグラスを回しながら今日子と話し込んでいた。

 

「あなたのご両親は?」

 

商品の陳列や整理をしながら今日子が何気なく話し掛ける。

 

「…父は考古学者、母は料理研究家で……」

「へぇ~カッコいい」

 

考古学者と料理研究家の夫婦と聞いて今日子の口から素直な感想が漏れた。

 

「二人ともあちこち飛び回っててしばらく会ってませんけど…」

 

目を(つむ)り、最後に会ったのはいつだったかなと思い返して語るリコに今日子が作業を止めて振り返る。

 

「…あなたの事、心配でしょうね」

「え?」

 

今日子はリコを真っ直ぐ見つめると柔らかく微笑んで言葉を続けた。

 

「子供の事を想わない親はいないから…」

 

元気にしているだろうか?ちゃんとご飯を食べているだろうか?寂しい思いをしていないだろうか?どれだけ離れていても親というのはいつも子供の事を考えているのだと今日子は語る。

 

「家の子は何かに興味を持つとすぐ周りが見えなくなって勝手に突っ走っていっちゃうんだよね…」

 

しょうがない子と呆れながらも今日子はどこか嬉しそうに娘の事を語り、頬を緩めた。

 

「……でも、やっぱり可愛いものよ」

 

娘を想い、静かに外を見つめる今日子に話を聞き終えたリコは何だか似てるかもと呟く。

 

「…こっちに一緒に来た子がいて…考えるよりも先に行動しちゃうし、自分の事よりも人のためにって子で……本当…お節介(せっかい)なんです」

「確かに家の子と似てるかも……あなたの友達」

 

そう言うと顔を見合わせて笑いあう今日子とリコ。似た人がいるんだなと思っているのかもしれないが、それもそのはず二人が指しているのは同じ人物である。

 

「友達……ええ!」

 

リコは力強く頷いて今もはぐれてしまった自分を探しているであろうみらい達の事を思い浮かべた。

 

「仲がいいのね。話してるあなたを見てわかるわ」

「まあ、一緒にいると退屈しないですから……その…捜さないと…友達を」

 

いつまでも話してばかりじゃいられない。リコは空になったグラスを置いて切り出す。

 

「そうね。お腹いっぱいになったらみたいだし……一緒に探しに行こうか?」

 

席を立ったリコの隣にいつの間にか歩み寄っていた今日子がそんな提案をしてくれた。

 

「え、お店は?」

 

手伝ってくれるのは嬉しいものの、今日子が出てしまうとお店が開けられなくなってしまう事を心配してリコが尋ねる。

 

「だから、困った時はお互い様だって。捜し物は一人よりも二人でしょ?」

「あっ……」

 

 

『捜し物なら一人より二人、二人よりも三人!』

 

 

今日子の口から出た聞き覚えのある言葉がリコの頭の中で重なり、記憶が呼び起こされた。

 

「どうかした?」

 

急に黙りこんでしまったリコを心配して今日子が声をかける。

 

「一人より二人……確かあの時、猫に魔法をかけて…その前は………イチゴメロンパン!!」

 

もしかしたらとリコはみらい達の行き先に当たりを付け、勢いよく椅子から降りて今日子の方を向いた。

 

「私、いってきます!」

「え?」

 

突然の行動と言動に戸惑っている今日子を他所にリコは深々と頭を下げる。

 

「色々とありがとうございました!」

 

リコはお礼を言うと急いだ様子で外へと駆け出した。

 

「う、うん。いってらっしゃい」

 

戸惑いながらも今日子は駆け出すリコの背中を笑顔で見送る。無事にリコが友達と会えるよう応援を込めて。

 

「あ!」

 

今日子に見送られてお店を後にしたリコは立て掛けてあった箒を危うく忘れそうに成りながらも、みらい達と合流出来るかもしれない()()()()に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンクルストーンを咥えた猫を追いかけていたみらい達は走り回った末にその行方を完全に見失っていた。

 

「ネコはいないしっリコもいないしっ」

「甘い匂いもしないモフ」

「二人揃って(いん)を踏むなよ……」

 

疲れた顔でフラフラと左右に揺れながら韻を踏んだみらいとそれに合わせたモフルンに力なくツッコミを入れる八幡。

 

無論、八幡もみらいと同様…もしくはそれ以上に疲れた表情を浮かべているのだが、唐突なラップ口調にツッコまずにはいられなかった。

 

 

ぐぎゅるるるる~~~……

 

 

「うぅ…お腹すいた……」

 

大きな音で空腹を訴えるお腹を押さえ、みらいはその場に立ち尽くす。

 

「………はあ…仕方ない……ほら」

「あ…クッキー……」

 

まるで幽鬼のような状態のみらいを見かねて八幡がリコのためにと取っておいたクッキーの袋を取り出した。

 

「……は!?だめだめっ…!!それはリコのために取っておくんだから!」

 

無意識の内にクッキーの袋へ手を伸ばしていたみらいは寸前で踏みとどまり、ぶるんぶるんと振り払うように首を振る。

 

「二、三枚なら食べても大丈夫だろ」

 

幸いクッキーは一袋に十枚ほど入っているため、それくらいならばリコの分が無くなってしまう心配もない。

 

「……ううん、やっぱりだめ。それは全部リコの分だもん」

「…そうか」

 

再度、首を横に振って断るみらいに八幡もそれ以上薦める事はしなかった。

 

ぐぅぅぅぅ~~……

 

「うぅ…でもやっぱりお腹すいたよ~……こんな時はクッキーよりも大きくて甘いもの~……」

 

もう一度お腹を鳴らしたみらいはうわ言のように呟きながら空に向かって両手を伸ばす。

 

「食べたいなぁ……イチゴメロンパン………」

 

空に思い浮かべるのは大好きなイチゴメロンパン。マホウ界には当然そんなものはなかったのでしばらく食べられなかった分、なおさら食べたくなっていた。

 

「…ああ、あの日食べたあれか……」

 

みらいの言葉でマホウ界へと出発した日に三人でイチゴメロンパンを食べた事を思い出しながら八幡が呟く。

 

「「……あ!」」

 

「どうしたモフ?」

 

同時に声を上げたみらいと八幡に少し驚いた様子のモフルンが首を傾げた。

 

「もしかして…!」

「…可能性はあるな」

「モフ?」

 

互いに考えている事が同じだと気付いた二人は小首を傾げるモフルンを他所に顔を見合わせ、その方向へと足を向ける。

 

「行かなきゃ!……あの場所へ!!」

 

こうしてみらい達は思い浮かべたある場所に向かって走り出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話「ただいま!ナシマホウ界!やっと帰れる……ってリコはどこ?」Bパート

 

みらいと八幡は目的の場所を目指して住宅街を抜け、緑に囲まれた道を走っていた。

 

「はっはっはっ……」

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

ここまでずっと走ってきたせいで体力の限界が近い二人は息を切らしながらもあと少しで着くはずだと足を動かし続ける。

 

「あ!イチゴメロンパンのお店モフ!」

 

見えてきたピンク色の移動販売車にモフルンが声を上げた。

 

 

「みらい~~!八幡~~!」

 

 

みらい達が走ってきたのとは反対側の道からリコが二人の名前を呼びながら走ってくるのが見える。

 

「リコ~~!」

 

リコの姿を見つけたみらいはさらにスピードを上げて駆けだした。

 

「「はぁ…はぁ…はぁ……」」

 

「モフー!」

「はー♪」

 

イチゴメロンパンのお店の前で合流した二人は互いに息を切らしながらも手を合わせて再開を喜びあう。

 

「い、いや…はぁ…はぁ…速すぎ……」

 

みらいから少し遅れて八幡も合流し、無事に全員揃った。

 

「やっぱりここだったね!」

 

出会った時の事を思い出しながら嬉しそうにみらいが言う。ナシマホウ界でみらい達三人が共通してわかる場所といえば真っ先に思い浮かんだ場所がここだった。

 

「ここに来ると思ったよ!」

「こっちこそ!みらいの考えなんてお見通しよ」

 

喜ぶみらいを前にリコも口元を綻ばせて照れたように目を逸らしながら答える。

 

「あ、そうだ!八くん!クッキー!」

「あ?……あー…そうだったな」

 

みらいの言葉でクッキーの存在を思い出した八幡は持っていたクッキーの袋をリコに差し出した。

 

「これは……?」

「リコの分のクッキーだよ。さっきリコを探してる途中に見つけて美味しそうだからって」

「見つけたっていうより間違えただろ」

 

戸惑うリコへみらいが説明し、八幡が捕捉する。

 

「私の…って事はみんなはもう食べたの?」

「うん!だからそれはリコがたべて━━」

 

ぐぅぅぅぅ~~~

 

そこまで言いかけたみらいのお腹から本日何度目になるかわからない音が鳴り響いた。

 

「「……………」」

「えっと…これはその……」

 

何とも言えない表情を浮かべる二人に対してみらいはどうにか誤魔化そうと頭を捻るが何も思い付かない。

 

「……みんなで分けて食べましょう」

「ハイ……」

 

優しく諭すようなリコの一言にみらいはおとなしく頷くほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クッキーを食べ終えた一同は木々に囲まれた道の先にある噴水広場まで足を進めていた。

 

「…ここでリコに魔法を見せてもらったっけ」

 

歩きながら辺りを見回していたみらいが不意にそんな事を呟く。

 

「猫とのお喋り……」

「…ペラペラと喋ってたな」

 

みらいの呟きで八幡はその時の事を思い出し、言葉に少し含みを持たせた。

 

「……あ、あれば失敗じゃないし」

「ふふっ……」

 

プイッと視線を逸らして口を尖らせるリコにみらいが思わず笑みを(こぼ)す。

 

「ぐ……猫がいたらもう一度見せてあげるわ。今度は必ず成功するんだから…!」

「…今度って事は前のは失敗だったって認めてるようなもんだろ……」

 

失敗ではないと言いながら今度は成功させるという矛盾に八幡は呆れたようにツッコミをいれた。

 

「確かあの時は木の上に猫がいて……あ」

 

そう言って木の上を見上げたみらいの口から間の抜けた声が漏れる。

 

「?どうしたのみら……あ」

「何か……あ」

 

声に釣られて木の上を見上げたリコと八幡もそれを目にすると同時にみらいと同じく声を上げた。

 

「猫さんモフ!」

「はー!」

 

視線の先にいたのはみらい達の目の前でリンクルストーンを咥えて逃げたあの三毛猫だった。

 

思わぬ遭遇に驚くみらい達とは対称的に落ち着いた様子の三毛猫はしぺしぺと毛繕いを始める。

 

「…さっきまで追い回してたのに全然警戒されてないな……」

「もしかして私達だって気付いてないのかも」

 

警戒していないなら今がチャンスだと思ったみらいと八幡が三毛猫から視線を離さないようにしてジリジリと木の方に詰め寄った。

 

「もうちょっと…あと少し……」

「そういえばどうやって木の上にいる猫を捕まえるんだ?」

 

木までの距離があと僅かのところで、八幡はふと浮かんだ疑問をそのまま口にする。まさか木によじ登って捕まえるわけにもいかないだろう。

 

「………どうしよう」

「…なにも考えてなかったのかよ」

 

薄々察してはいたものの、本当にノープランで捕まえようとしていた事に呆れる八幡。とはいえ何も考えていなかったのは八幡も同じなので流石にそれ以上は言及を避けた。

 

「……仕方ないわね。ここは私が━━」

 

二人の様子を黙って見守っていたリコがそう言って箒を取り出そうとした瞬間、木の上にいた三毛猫が音もなく飛び降りて脱兎のように走り去ってしまう。

 

「「あ」」

 

突然の逃走にみらいと八幡の声が揃った。逃げ出す事を予期していなかったわけではないが、タイミングがあまりに予想外だ。

 

リコが箒に手をかけただけで、近付いても逃げ出さなかった三毛猫が逃走するとは思わなかった。

 

何かを察したのか、それとも警戒するふりをして逃げ出すタイミングを計っていたのかはわからないが、ともあれリンクルストーンを咥えた三毛猫は逃げ出してしまったのだ。

 

「…ってぼーっとしてる場合じゃないでしょ!?早く追いかけないと!!」

「え?あ、そうだった!」

「…もうだいぶ遠くまで逃げられてるぞ」

 

我に返ったリコの一言で一同は慌てて走り出し、逃げ出した猫の後を追いかける。

 

「ま、待って~!!それ食べ物じゃないよ~!!」

「…流石にあの猫もそれはわかってるだろ」

「喋ってないで急ぎなさい八幡!」

 

三毛猫を追いかけて木々に囲まれた道を駆け抜けるみらい達。少し出遅れた事もあって見失わないまでも中々追い付けない。

 

━━━シュルシュルシュル

 

「ニャー!?」

 

そんな中、追いかけていた三毛猫が前方から突然伸びてきた糸のようなものにからめとられて引っ張りあげられ、宙を舞った。

 

「えっ!?」

「猫さん飛んだモフ!」

 

突如として浮き上がった三毛猫にリコとモフルンが驚きの声を上げる。光の加減で糸が見えなかったらしい。

 

「いや、あれは糸で引っ張られてる…!」

「糸…?もしかして━━」

 

糸に気付いた八幡が苦々しい表情を浮かべ、隣を走るみらいもそれを見て一つの可能性に行き着く。

 

「フフッ…アンタ達もこっちにいるとはね」

「っお前は…!」

 

引き寄せた三毛猫を片手に邪悪な笑みを浮かべるクモ女━━闇の魔法使いスパルダがみらい達の前に立ちはだかった。

 

「リンクルストーン頂くよ!」

 

スパルダは猫を顔の前まで持ち上げると咥えているリンクルストーンに目をやる。

 

「…何だ、エメラルドじゃないのか」

「フシャァァ!」

 

目的のものではないとわかって舌打ち混じりに声を荒げるスパルダ。それに対して首根っこを掴まれて持ち上げられた三毛猫は毛を逆立て、スパルダを威嚇する。

 

「フンッ……」

 

三毛猫のそれを取るに足らないと鼻で嗤ったスパルダへと抜け落ちた一本の毛が風で流された。

 

 

「むぐっ…は……ハックションッ!!

 

 

流されてきた猫の毛に鼻をくすぐられたスパルダの口から大きなくしゃみが飛び出してつんのめりそうになる。

 

「ゥニャァァ!!」

 

その瞬間、今が逃れるチャンスだと感じたのか、スパルダに捕まれたままの三毛猫がじたばたと暴れた。

 

カランコロン━━━━

 

「っしまった!?」

 

くしゃみによって崩れた体勢で激しい抵抗を受けた結果、スパルダ手から三毛猫とリンクルストーンが転げ落ちる。

 

「っ今なら!」

 

スパルダの手を離れ、ころころと転がるリンクルストーンの元へと八幡が駆け出した。

 

「チッ!そうはさせないよ!!」

 

リンクルストーンを取られまいとスパルダが八幡に向けて勢いよく糸を放つ。

 

「っ!?」

 

放たれた糸は(あやま)たず八幡を捕らえ、その勢いのまま近くにあった木の幹に巻き付いた。

 

「がっ!?」

 

縛り付けられた際に背中を強打したらしく八幡の口から苦悶の声が漏れる。

 

「八くんっ!」「八幡っ!」

 

みらいとリコが心配して駆け寄るも衝撃で気を失ってしまったようで八幡からの反応がない。

 

「フンッ、これでいつもみたいにちょこまかと邪魔は出来ないだろ?」

 

動きを封じられて意識を失った八幡を嘲笑ったスパルダが今度はアンタ達の番だと髑髏の杖を取り出した。

 

「魔法、入りました!いでよ、ヨクバール!!」

 

スパルダの足元からクモの巣が放射状に拡がると魔法陣を形作り、猫の毛と近くに停めてあったらしいバイクが吸い込まれていく。

 

「ヨクバール!」

 

魔法陣の中から現れたのは巨大なバイクとそれに跨がる身体は猫で頭は猫耳を生やした髑髏という珍妙な姿のヨクバールだった。

 

ブォンッ!ブォンッ!ブォォンッ!!

 

ヨクバールは肉球の付いた前足でエンジンを吹かし、後部の排気管から紫色の煙を撒き散らす。

 

「変身するモフ!」

「で、でも……」

「八幡が……」

 

意識を失ったままの八幡を見て迷う二人。襲いかかろうとしているヨクバールをどうにかしなければならないのはわかるが、八幡をこのままにしておくわけにもいかない。

 

「八幡はモフルンがどうにかするモフ!」

「はー!」

 

二人の心配を取り払おうとしてそう言ったモフルンに続いてはーちゃんも任せろと言わんばかりに胸を張った。

 

「モフルン…はーちゃん……」

「…うん、じゃあ八くんの事は任せたよ!」

 

モフルン達の言葉で任せる事を決めた二人はヨクバールをまっすぐ見据えて手を繋ぎあう。

 

 

「「キュアップ・ラパパ!!」」

 

 

呪文を唱え、天高く掲げられた二人の手から青く澄んだ光が飛び出した。

 

「モッフー!!」

 

青い光は不規則な軌道を描きながらモフルンへと導かれる。

 

 

「「サファイア!」」

 

 

「モフッ♪」

 

モフルンにセットされたリンクルストーン・サファイアが弾け、青く輝く泡沫となってみらい達を包み込んだ。

 

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

 

手を繋ぎ合ったみらい達の足下から波が渦巻いてハートを形作り、青い輝きがみらいとリコの姿を変えてゆく。

 

 

━━━━━タンッ

 

 

魔法陣を潜り抜け、人魚を彷彿させる衣装を身に纏った伝説の魔法つかいが弾ける光と共に降り立った。

 

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

 

深き知性の蒼を宿したプリキュア・サファイアスタイル……再臨の瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、今日は青かい。いいねぇ……」

 

二人の姿にスパルダがニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべた。

 

「ヨクバール!奴らの顔色も真っ青にしてやりな!」

「ギョイ!」

 

指示を受けたヨクバールはエンジンを吹かし、轟音を響かせてプリキュアへと突撃する。

 

「「ふっ!」」

 

迫るヨクバールに対し、二人はサファイアスタイルの特色である飛行能力を駆使して立ち回り、翻弄していた。

 

「っはぁ!」

 

ヨクバールの鋭いツメを掻い潜って裂帛(れっぱく)の気合いと共に拳を繰り出すミラクル。しかし、ヨクバールの素早い反応によっていとも簡単にいなされてしまう。

 

「ふっ!」

 

今度は背後からマジカルが蹴りで強襲するも、先程のミラクルと同様に素早く反応され、吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

 

「八幡起きるモフ!」

「はー!はー!」

 

ミラクルとマジカルがヨクバールと激しい攻防を繰り広げている一方でモフルンとはーちゃんが縛られいる八幡の体を揺さぶって呼び掛けていた。

 

「うっ……」

 

外部から刺激を受け、至近距離で呼び掛けられた事で微かに意識を取り戻した八幡が呻くように声を漏らす。

 

「八幡しっかりするモフ!」

「モフ…ルン…?」

 

名前を呼ばれ、徐々に意識がはっきりしてきた八幡は状況を確認するように首だけ動かして周囲を見回した。

 

「あいつらは…もう変身してる、か……なら」

 

少し遠くの方で聞こえる戦闘音からそう結論付けると自分が出来る事をするために脱出を試みる八幡。だが、思った以上にきつく縛りつけられており、まともに動くことすら出来ない。

 

「せめて杖を取り出せれば……」

 

上着の内ポケットに入っている杖が手にあれば魔法を使って糸をどうにか出来るかもしれないが、縛られている八幡には難しく、その上、糸のせいで取り出すこと事態が困難になっていた。

 

「だったらモフルンに任せるモフ!」

 

そう言うとモフルンは八幡を縛っている糸に掴まってよじ登り、上着の内ポケットへと手を伸ばす。

 

「モフ~~ッ!モフ~~ッ!」

 

どうにか杖を取り出そうと上着を引っ張っるモフルンだったが、やはり糸が邪魔をして内ポケットに手を入れる事も叶わない。

 

「…だめモフ。びくともしないモフ」

 

モフルンの力ではどうやっても杖を取り出すのは不可能。糸の方を全力で引っ張ればその部分が少しだけ緩むが、そうしている間はモフルンが動けないためどちらにしても杖を取り出す事はできなかった。

 

「っやっぱり駄目か…」

 

もう一度自分でも力を込めて脱出を試みるも徒労に終わり、無理矢理動いた反動の痛みだけが残る。

 

「━━━いくらもがいても無駄だよ」

「っ!」

 

声のする方を向くと戦闘をヨクバールに任せ、八幡達が脱出しようとする様子を見ていたらしいスパルダがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。

 

「いい気味だねぇ……いつも邪魔をしてくるアンタにはそこでプリキュアがやられる様を思う存分に楽しんでもらうよ」

 

スパルダはそこまで言うと満足したのかその場を後にし、戦闘音のする方へ向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キィィィィ━━━━!!

 

派手な音をたてて撹乱するように縦横無尽に走り回るヨクバール。そしていつの間にか辺りには紫色の煙が立ち込めていた。

 

「っ速い…!」

「それにこの煙は……」

 

体勢を立て直すために上空へと避難した二人はヨクバールの速度と煙の厄介さに舌を巻く。

 

幸い煙に即効性の毒のような効果はなく、速度が速くとも地上を走るだけなので空を飛べるサファイアスタイルで対応できているものの、このままでは(らち)が明かない。

 

いつもならこういう場合八幡がサポートして状況を好転させてくれるのだが、今はそれを封じられている。

 

「ヨクバールッ!」

 

加速をつけたヨクバールが空中にいる二人目掛けて砲弾のように飛び出した。

 

「なっ!?」

「うそっ!?」

 

まさか空の上まで追撃してくるとは思いもせず、咄嗟(とっさ)の対応が遅れてしまった二人は無防備を(さら)してしまう。

 

「ヨクッ!!」

 

当然、ヨクバールがそんな隙を見逃してくれるはずもない。交差するように振り下ろされた鋭い爪がミラクルとマジカルを容赦なく襲う。

 

「「きゃぁぁぁっ!!?」」

 

ヨクバールの攻撃をまともにくらってしまった二人はそのまま地上へと叩き落とされてしまった。

 

 

━━━━なんだ?

 

━━━━空から人が降ってきた!?

 

━━━━何これ映画の撮影?

 

 

突如として空から派手に落ちてきた人影に困惑する通行人が見える。それもその筈、二人が落ちた場所は道路のど真ん中だ。

 

休日の昼すぎという事もあり、人通りも決して少なくはない。そんな中で日常を切り裂くような轟音と衝撃を撒き散らしたのだから視線が集まるのも無理はなかった。

 

「━━こっちの物も中々だねぇ?良いヨクバールが出来るじゃないか」

 

ミラクルとマジカルを見下ろす形で信号機の上に降り立ったスパルダが自身の生み出したヨクバールの出来を満足げに確認する。

 

「スピードには自信があるみたいだけど……あたしらの方が上だよ!」

 

「ヨックバールッ!」

 

スパルダの声に合わせたかのように、森を突き抜けてきたヨクバールがミラクルとマジカルの前へと躍り出てきた。

 

 

━━━━ば、化け物だっ!!?

 

 

困惑から一転、誰かがそう叫んだのを皮切りに悲鳴を上げて逃げ惑う人々。ほんの数分前までは穏やかな休日を過ごしていたはずなのにヨクバールという非日常(かいぶつ)の登場によってあっという間に崩れ去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、八幡達は縛り付けられた糸を相手に四苦八苦していた。

 

「モフ~~……!!」

「ぐっ…!」

 

モフルンと八幡が呼吸を合わせて力を入れてみても片腕すら抜け出せず、それどころか余計に食い込んだ糸のせいでじんじんとした鈍い痛みが響いてくる。

 

「八幡大丈夫モフ?」

「じょーぶ?」

 

心配そうに八幡の顔を覗き込むモフルンとはーちゃん。痛みが表情に出ないよう気を付けていたつもりだったが、どうやら見抜かれていたらしい。

 

「…大丈夫だ。むしろこっちよりもモフルンの方がきついだろ」

 

小さな体躯であれだけ強靭な糸を引っ張り続けたのだからその負担は決して軽くはないだろう。

 

「モフ~モフルンも大丈夫モフ!」

 

モフルンは笑顔でそう答えるも疲労の色を隠しきれていない。二人共このままではあと二、三回脱出を試みたところで気力も体力も尽きてしまう。

 

「…はー!はー!」

 

疲れた様子の二人を見たはーちゃんは何かを訴えるように声を上げた。

 

「はーちゃん?」

「どうしたモフ?」

 

怪訝な表情を浮かべる二人にどうしたいのか伝えようとはーちゃんは小さな手足をぱたぱたと一生懸命動かす。

 

「はー!はー!はー!!」

「え~と…モフモフモフ?」

「……それ本当にわかってる?」

 

それを見てもふもふ頷くモフルンに八幡は胡乱(うろん)げな視線を向けた。

 

「わかったモフ!はーちゃんに任せるモフ」

 

そんな八幡の視線を他所にはーちゃんの提案?を了承したらしいモフルンはもう一度糸を掴んで力を込める体勢を作る。

 

「…また引っ張るのか?」

「そうモフ。モフルンがせーのって言ったら八幡は思いっきり後ろに力を入れてほしいモフ」

 

後ろに…という事は縛り付けられているこの木に向かって背中を押しつければいいのだろうか?

 

正直それでどうなるとも思えないが、他に何か手があるわけでもないため一先ず言われた通りにしようと八幡はモフルンの合図を待った。

 

「二人共準備はいいモフ?」

「はー!」

「ああ」

 

糸に両手をかけたモフルンはそこから八幡の体に両足をつけ、より力が入るようにしてから大きく息を吸う。

 

「いくモフ……せーのっ!!」

「っ!!」

 

合図を聞いた八幡が力を入れるのと同時にモフルンは上着の内ポケットに近い糸を思いっきり引いた。

 

「モフ~…!!」

 

モフルンが引っ張り、八幡が力を込めた事で少しだけ糸が緩んで上着と下の服の間に僅かな隙間ができる。

 

「はー!」

 

その隙間に向かってはーちゃんが飛び込み無理矢理中まで入り込むと内ポケットに入っている八幡の杖を掴んで引っ張り出した。

 

「は~~!?」

「モフッ!?」

 

きゅぽんっという効果音が聞こえてきそうなほど勢いよく抜けたせいか、はーちゃんがくるくると宙を舞い、驚いたモフルンは両手を離してしまう。

 

「……大丈夫か?」

 

目を回してふらふら浮いているはーちゃんと勢いよく尻餅をついたモフルンを心配して声をかける八幡。二人とも派手に飛び、落下したためどこかを痛めている可能性もあった。

 

「は、わぁ……」

「だ、大丈夫モフ」

 

まだ少し目が回っていたり、お尻が痛んだりするものの幸い大きな怪我の類いはなかったらしく八幡は安堵の表情を浮かべる。

 

「モフ……ってそれよりも早く脱出してミラクル達の方に急ぐモフ!」

「はー!」

 

ハッとしたようにモフルンは声を上げ、はーちゃんが持っている杖を八幡の手に握らせた。

 

「さっきのは杖をを取るための……」

 

杖を受け取った八幡は納得したように、けれど眉根を寄せて呟く。

 

確かに脱出は無理でもはーちゃんなら隙間から杖を取り出す事ができた…が、もしモフルンが途中で力尽きて手を離していたら糸に圧迫され、最悪潰されていたかもしれない。

 

概要を事前に知らされていたら八幡は危ないからという理由で反対していただろう。

 

「八幡!急ぐモフ!」

「っ…ああ、そうだな」

 

モフルンの声で我に返った八幡はここで考えても仕方ないと思考を打ち切り、杖をぎゅっと握って呪文を唱えた。

 

「キュアップ・ラパパ━━━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっという間に誰もいなくなっちまったねぇ」

 

閑散とした道路を見たスパルダがニヤニヤしながら呟く。

 

「酷い話じゃないか。倒れているアンタ達をほっといて我先にと逃げ出すなんて」

「「っ……」」

 

黙ったままの二人に対してスパルダは嗜虐(しぎゃく)的な笑みを浮かべると声を大にして言葉を続けた。

 

「この世界の連中と来たらマホウ界の奴らに輪をかけて情けないねぇ!━━━魔法も使えないとは、惨めなもんさ」

 

(けな)し、嘲笑(あざわら)い、愉悦(ゆえつ)(ひた)るスパルダ。彼女にとって闇の魔法に劣るマホウ界の魔法すら使えないナシマホウ界の人間は嘲笑(ちょうしょう)の対象でしかない。

 

「……!」

 

悪意のこもった言葉を聞いたマジカルは拳を固く握り、強い意思を秘めた眼差しで真っ直ぐスパルダを見据えながら立ち上がる。

 

「あなたにはわからないでしょうね…」

「マジカル?」

 

隣で倒れているミラクルが立ち上がったマジカルを見上げた。

 

「優しくて……暖かいの!」

 

マジカルはゆっくりと上昇しながら胸に手を当て、親切にしてくれた今日子の事を思い浮かべる。見ず知らずの自分に優しくしてくれた暖かさを。

 

「マホウ界も!この世界の人も!!」

 

だからこれ以上馬鹿にするのは許さないという想いを抱えてマジカルはスパルダの前に立ちはだかった。

 

「しゃらくさいねぇ……」

 

目の前のマジカルを一瞥(いちべつ)し、それが何だと言わんばかりに声を上げる。

 

「どっちの連中もいずれ…みんな仲良く闇に消えるのさ!」

 

スパルダの言葉に呼応するかのようにヨクバールは何度もエンジンを空吹かして煙を撒き散らした。

 

「っそんなことさせない!」

 

倒れていたミラクルがよろめきながらも立ち上がり、宙に浮かんでマジカルの隣に並び立つ。

 

「ここにはお父さんやお母さん…おばあちゃん…友達のみんな……私の大切な人がいっぱいいるの!」

 

痛くても怖くても諦めない。

 

大好きで大切な人達を守るために。

 

「マジカルの言う通りだよ……マホウ界も…私達の世界も━━━みんな暖かくて大切なんだから!!」

 

強い想いのこもったミラクルの叫びに一瞬、忌々しそうな視線を向けるスパルダだったが、すぐに表情を戻すとその言葉を一笑に()した。

 

「ハッ、くだらない……ヨクバール!」

「ヨクバール」

 

指示を受けたヨクバールがバイクを急発進させて二人に襲いかかる。

 

「「ふっ!」」

 

迫るヨクバールに対し、ミラクルとマジカルはまるで誘導するかのように背を向けて飛んだ。

 

「ヨクバールッ!!」

 

プリキュアの後を追ってスピードを上げ、並木道を爆走するヨクバール。平時なら人通りは決して少なくない並木道だが、幸いな事に怪物騒ぎで付近の人達は全員避難したらしく誰かを巻き込む心配はない。

 

 

ヨクバールは木々の生い茂る並木道を抜け、レールのようにカーブを描いている陸橋道路の真横を走り、排気管から炎を吐き出して空を駆けるプリキュアに追い(すが)った。

 

「バァールッ!!」

 

車体を宙に浮かせたヨクバールはスピードに任せて空高く飛び上がると陸橋道路に着地し、減速しないままコーナーを曲がって上へ下へと二人を追いかけチェイスを繰り広げる。

 

連続したカーブも終わりに差し掛かり、プリキュアとヨクバールの行く手には一際大きな高層ビルが見えてきた。

 

「ヨクッ!」

 

最後のカーブを無視して陸橋を飛び出したヨクバールが高層ビルの方に向かう二人に追いつくためさらに加速する。

 

「いくら速くても…」

()()()なら!」

 

前方の高層ビルと加速したヨクバール、そしてその後ろに目を向けてからアイコンタクト交わす二人。どうやら何か作戦を思い付いたらしく高層ビルの前まで飛んだ二人は、そこで急上昇すると壁面ギリギリの距離を保ちながらヨクバールを引き付ける。

 

「ヨクッバール!!」

 

眼前に高層ビルが迫っている中、速度を緩めるどころかさらに加速したヨクバールはスピードに任せて重力に逆らい、ビルの壁面を垂直に登り始めた。

 

とはいえ、先程のチェイスから飛んだり跳ねたり陸橋の側面を爆走したりと常識外の走りを見せていたため、ヨクバールがビルの壁面を登ってくるであろう事は二人にとって予想通り。

 

タイミングを見計らってミラクルとマジカルはヨクバールを挟むように前後へ回り込む。

 

「やぁぁぁっ!!」

 

ヨクバールの正面からマジカルが回転による遠心力を加えた鋭い突きを放った。

 

「ヨクバッ!」

 

ハンドルから片手を離したヨクバールは猫の特徴を引き継いだその肉球で勢いよく繰り出されたマジカルの拳を受け止める。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

今度はヨクバールの後ろからマジカルと入れ替わるように急上昇したミラクルがそのまま急降下。

 

落下の勢いを利用した強烈な蹴りをヨクバールにお見舞いした。

 

「ヨッ!?ヨクバール!!?」

 

ミラクルの蹴りをまともにくらったヨクバールはバランスを崩し、派手なブレーキ音と共にビルの壁面をスピンしながら落ちていく。

 

「「ふっ!!」」

 

落下するヨクバールの真横を抜けたミラクルとマジカルは地面まで一直線に飛んで着地。そしてその勢いのまま力いっぱい地面を蹴って飛び上がり、落ちてくるヨクバールに向けて同時に蹴りを放つ。

 

「ヨックバール~!?」

 

蹴りあげられたヨクバールは落下してきた軌道を逆走するように吹き飛び、それを追ったミラクルとマジカルが一気に加速してその背後へと回り込んだ。

 

「「っはぁぁぁぁぁ!!」」

 

手と手を繋ぎ合わせた二人から裂帛(れっぱく)の気合いと共に掌底が突き出され、吹き飛んできたヨクバールをビルの真下へと叩き落とす。

 

「ヨクバ~ル~ッ!?」

 

ヨクバールの巨体が叩きつけられた衝撃と轟音が辺りを揺るがし、コンクリートで舗装されている地面に出来たクレーターがその威力を物語っていた。

 

「…空中攻撃で反撃の隙を与えないってわけかい?」

 

少し離れたところで様子を窺っていたらしいスパルダがそんな分析を口にしながらヨクバールの方に近付く。

 

「━━ヨクバールっ!気合い入れな!!」

 

分析を踏まえた上でスパルダが下した命令はまさかの根性論。とにかく気合いを入れて攻撃に耐え、気合い入れて攻撃しろというブラックなものだった。

 

「ギョイ」

 

どんな無茶な命令だろうとヨクバールには従う以外の選択肢はない。派手に舞っている土煙の中で体勢を整えたヨクバールは持てる力の全てを注いでプリキュアに向かっていく。

 

「ヨクバールッ!」

 

今までも十二分に速かったヨクバールの速度が更に上がり、その巨体は凶悪な破壊力を持つ砲弾と化していた。

 

「「………」」

 

いくら伝説の魔法使いプリキュアと言えどもこの一撃をまともに受ければ一溜(ひとた)まりもない。にもかかわらず二人は避ける素振りすら見せないまま、その場で静かに目を(つむ)る。

 

()()()()()()()()()()()()()()━━━━

 

 

「キュアップ・ラパパ!」

 

 

「なっ!?」

 

突如として聞こえてきた呪文に驚愕の表情を浮かべるスパルダ。なぜなら今しがた呪文を唱えたであろう人物はスパルダ自らが糸で動きを封じ、木に縛りつけて拘束した筈なのだ。

 

その人物がここにいるという事はスパルダの拘束は打ち破られたことになる。今まで散々虚仮(こけ)にしてくだらないと評した〝魔法〟に、だ。

 

「…どこまでもアタシの邪魔をしようってのかい━━比企谷八幡っっっ!!」

 

怒りと怨嗟に満ちたスパルダが見つめる先には両肩にモフルンとはーちゃんを乗せ、箒の上に立ちながら杖を振り上げる八幡の姿があった。

 

 

「バイクよ━━━滑れ!」

 

 

スパルダの叫びを他所に呪文を唱えた八幡は爆走するヨクバールへと杖を振り下ろす。

 

 

━━━━つるんっ

 

 

ビルの壁面を爆走していたヨクバールのバイクがまるで氷の上でも走ったかのように突然滑り始めた。

 

「ヨクッ!?」

 

コントロールを失ったバイクはそのスピード故に止まることなく滑り続け、スピンを繰り返しながらプリキュアの真横を通り過ぎる。

 

「ヨッヨッヨッヨッヨクバ~ル~……!?」

 

ヨクバールは回転を続ける車体に振り回されたまま猛スピードで屋上を抜け、さながら射出される飛行機のように大空へと放り出された。

 

「今モフ!」

 

それを見たモフルンが八幡の肩越しに叫び、ミラクルとマジカルはヨクバールを真っ直ぐ見据える。

 

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「モッフ~~!!」

 

 

モフルンの胸元にセットされたリンクルストーンから溢れだした青き光が伝説の杖を構える二人の元に集った。

 

 

「「サファイア!」」

 

 

リンクルステッキの柄にセットされていたリンクルストーンがサファイアに変わる。

 

 

「「青き知性よ……私達の手に!」」

 

 

青の輝き宿したリンクルステッキを手にした二人は正面に螺旋を描くように大きく腕を振るった。

 

 

「「フル♪フル♪リンクル━━♪」」

 

 

宙に描き出された螺旋が小さな雫を(かたど)ると、やがてそれは巨大な雫として浮かび上がり、落下してくるヨクバールの足元に魔法陣を出現させる。

 

「ヨッ!?」

 

目を回して訳のわからないままのヨクバールには()(すべ)もなく、現れた魔法陣はその動きを完全に封じた。

 

 

トンッ━━…

 

 

高く昇った碧の月を背に、目を閉じたまま巨大な雫の上へと降り立つ二人。そして静かに手を繋ぎ合わせて閉じていた目をゆっくりと開く。

 

 

「「プリキュア━━━……」」

 

 

二人の手にあるリンクルステッキから光が零れ落ちて巨大な魔法陣を形作った。

 

 

「「サファイア・スマーティッシュ!!」」

 

 

呪文と共に魔法陣から幾重にも別れた水の奔流が飛び出し、加速しながら動きを封じたヨクバールへと迫ってその巨体を呑み込む。

 

「ヨッ━クッ」

 

水の奔流は虹色のベールとなって呑み込んだヨクバールを段階的に圧縮し、あっという間に拳ほどの大きさまで小さくなった。

 

「バァ…ッ」

 

魔法の余波で溢れた水の上に降り立ったミラクルとマジカルが掲げていた杖を振り下ろすのと同時にヨクバールを包み込んでいた虹色のベールがヨクバールごと虚空に消える。

 

「ルッ!?」

 

その口から漏れた最後の悲鳴と共に派手な爆発音が轟き、中心にいたヨクバールは元の姿であるバイクと猫の毛へと浄化されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━ハッ、まあいい小手調べになったよ」

 

プリキュアの金魔法によって浄化されていくヨクバールを見つめながらしたり顔で呟くスパルダ。つい先程まで激怒し叫んでいたとは思えない変わりようだ。

 

「……その割りには随分な力の入れようだったな」

 

邪魔されないよう八幡を縛りつけ、プリキュアを追いかけ回し、ヨクバールに活を入れて限界以上の力を出させたりと小手調べにしてはやり過ぎだろう。

 

それにこれが本当に小手調べならスパルダがあそこまで感情的になる必要はない。

 

「チッ…せいぜい今の内にいい気になっていればいいさ━━━オボエテーロ!」

 

図星だったのかスパルダは表情を歪め、短く舌打ちを挟んでからいつもの捨て台詞のような呪文を唱えてその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨクバールを浄化した後、壊れた街並みが修復されているのかを確認しつつ、みらい達は元居た場所の並木道をゆっくりと歩いていた。

 

「…リンクルストーンどっか行っちゃったね……」

 

戦闘の最中に行方知れずとなってしまったトパーズが見つからずみらいがぽしょりと呟く。

 

「甘い匂いしなくなったモフ……」

「はー……」

 

落ち込んだ様子で暗い表情を浮かべるモフルンとはーちゃん。もしかしたらトパーズが見つからない事にどこか責任を感じているのかもしれない。

 

「大丈夫!きっと見つかるよ!みんなで一緒に探せば…ね?」

「ええ!」

「…そうだな。その内ひょっこりと出てくるだろ」

 

モフルンとはーちゃんにこれ以上暗い顔はさせまいとしたみらいの言葉にリコと八幡も同意して頷き、心配いらないと二人の頭を優しく撫でた。

 

「モフ~♪」

「は~♪」

 

撫でられた二人は気持ち良さそうに目を細め、先程までの暗い表情はすっかり消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ家だからね~」

 

並木道を抜けて住宅街に差し掛かった辺りでみらいが声を弾ませながらそう知らせる。

 

「この道はさっき来たのと……」

「はー」

 

見覚えのある道にリコとはーちゃんが首を傾げて顔を見合わせた。

 

「…じゃあ、俺の家はこっちだから」

「え?」

 

そう言って八幡はみらい達が進む方向とは別の方へと足を向ける。

 

「あ、そっか…八くんも家に帰らなきゃだよね……」

 

自然と八幡も一緒に家に帰るものだと思っていたらしいみらいがハッとした表情を浮かべた。

 

「……あんまり遅くなってもあれだからな」

 

八幡は少し俯いたみらいから思わず目を逸らし、明後日の方向を見ながら答える。

 

「…そうね、もう日が暮れてきたみたいだし、これ以上は八幡のご家族も心配するわ」

「そう…だね……」

 

頭でわかっていてもいつの間にかみんなと一緒にいる事が当たり前になっていたみらいにはそんな簡単に受け入れられなかった。

 

「あー……まあ、あれだ。とりあえず今日のところはって事だ」

 

気落ちしたみらいの様子に八幡は頭をガシガシとかいてからそっぽを向いてそう呟く。

 

「……え?」

「ふふっ」

 

呆気にとられるみらいと八幡の言わんとしている事を察してついつい笑みを(こぼ)すリコ。そんな二人の反応のせいか、はたまた差し込む夕陽のせいなのか、赤く見える顔を隠すように八幡が背を向ける。

 

「その……また、な」

 

少しだけ振り返った八幡はぎこちない動きで片手を上げて小さく手を振った。

 

「……!うん!またね八くん!!」

「本当、素直じゃないんだから…」

 

みらいは花が咲くような笑顔で手を振り返し、リコも苦笑しながら手を振り応える。そして少しの間、互いに手を振り合っていたみらい達は踵を返してゆっくりとそれぞれの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たでーまー」

 

久しぶりの我が家へと到着した八幡がそう言いながら玄関を開けて中に入るとリビングの戸が開き、見慣れたアホ毛がぴょこんと顔を出す。

 

「あ、お兄ちゃんお帰り~」

 

どこか気の抜けた声で返してきたのは八幡にとって最愛の妹である小町だ。

 

「おお、久しぶりの小町ぃ……」

 

毎日顔を会わせていただけにほんの一、二週間会えなかっただけで八幡の目に思わず涙が浮かんでくる。

 

「えぇ…お兄ちゃんなに泣いてんの……」

 

兄の年甲斐もなく涙を流す姿にドン引きする小町。それも理由が理由なだけに殊更ドン引いていた。

 

「いや泣くだろ普通」

「いやいや、普通泣かないでしょ…流石の小町もドン引きだよ」

 

呆れる小町を尻目に靴を脱いだ八幡はそのままリビングへと足を向けようとする。

 

「お兄ちゃんちょっと待って。リビングに入る前にシャワー浴びて。汗臭い汚い」

「えぇ…小町ちゃんちょっと酷くない……」

 

辛辣な妹の言葉にげんなりした顔をする八幡。確かに今日は全力疾走したり、縛りつけられた木から脱出しようとじたばたしたりして普段よりも汗をかいたかもしれないが、そこまで酷くはない筈だ。

 

「いいから。ほら、さっさと浴びてきて」

 

有無を言わさず急かされた八幡がその場に荷物を置いて渋々お風呂場の方へと移動する。

 

「あ、シャワー浴びたら色々と聞かせてね?特にみらいちゃんとリコちゃんの事とか」

「へいへい……」

 

上がったら質問攻めにされるんだろうなと再びげんなりした表情を浮かべながら八幡はゆっくりとお風呂場の戸を(くぐ)った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、着いたよ!」

 

リコにとって見覚えのある一件の家の前まで来たところでみらいがそう言いながら振り返る。

 

「あなたの家って…ここ!?」

「うん!」

 

驚くリコに対して何の気なしに頷くみらい。まさかリコがすでに自分の家に入った事があるなんて思ってもいないだろう。

 

「もしかしてあなたのお母さんって……」

 

お世話になった時の会話を思い返していくと共通点の多さや似ている部分に気付き、リコの中でまさかという可能性が生まれる。

 

「みらい…!?」

「あっ!」

 

不意に声のした方を向くとそこにはリコの事を助けてくれた恩人、今日子の姿があった。

 

「モフッ!?」

「はー!?」

 

今日子の登場にモフルンとはーちゃんが慌ててポーチの中とリコの背中に隠れる。

 

「お母さん!」

「やっぱり…!」

 

その言葉でリコは今日子の娘がみらいではないかと考えた自分の予想が当たっていた事を知った。

 

「お母さん……」

 

優しく肩に手を置かれたみらいは久しぶりの母との再開に目を潤ませ、今日子を見上げる。

 

「…今までどこで何をしてたのかなぁ?おばあちゃんだけじゃなくてお母さんにも教えてくれる?」

 

肩に置いた手に力を込めて笑顔で尋ねる今日子。その圧にみらいの口から思わず〝ふぎっ〟という変な擬音が漏れた。

 

「あ、あのぅ…は、話せば長いんだけど……」

 

ギリギリと力の込められた手と今日子の笑顔にみらいは変な汗を浮かべつつ、しどろもどろで答える。

 

「いいわ♪時間はたっぷりあるから、ゆっくりとお話聞きましょうか?」

「え、あ、はい…お母さん……」

 

がっちりとホールドされて逃げられないみらいにはおとなしく頷くという選択肢しかなかった。

 

「あ!えっと、この子!」

 

まるで八幡みたいに苦し紛れで視線を逸らしたみらいはその先にいたリコを見て〝そうだ!〟と思い付いたように今日子へ紹介しようとする。

 

「知ってる」

「え?」

 

思わぬ反応にみらいは目を丸くして今日子とリコを交互に見つめた。

 

「ね♪」

「はい!」

 

お互いを知っている様子の二人にみらいが困惑し、首を傾げる。

 

「え?え?……どゆこと?」

 

そんなみらいの姿に笑い合う二人。図らずもイタズラ、あるいはサプライズのような形の出会いと再会についつい笑みが(こぼ)れる。

 

「でもあなたの探していた友達ってみらいだったとはね~」

「え!友達って!?」

「え!?あ、友達というか……」

 

そんな偶然もあるんだなぁと笑う今日子と〝友達〟というワードに反応して詰め寄るみらいに顔を赤くして照れるリコはそんなやり取りを繰り広げながら家の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

こうして魔法と出会い、様々な変化をもたらした春休みは終わりを告げ、次の学年、新たな学校生活が始まりを迎えようとしていた。

 

 

 

━十二話に続く━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━みらい達が家の中へ入っていく最中、その上空に紫色の傘を片手にゆっくりと地面に降りていく教頭先生の姿があった事を誰も気付いていなかった。

 

 

 





次回予告


「ここが私の学校だよ~!」

「みらいと同じ学校に通うことになるなんて……」

「また一緒だねリコ!」

「あ、遊びにきたわけじゃないけどね!」

「新学期からなんでそんなにハイテンションなんだお前ら……」

「は、八幡!?どうして……」

「いや…どうしてって……ここの高等部に通ってるからだけど…」

「八くんもおんなじ学校だったんだ~!これでみんな一緒だね!」

「甘~い匂いモフ!」

「え!?モフルン!?」

「え!?モフルンも学校に!?」

「今、窓の外にはーちゃんが……」

「「「………」」」

「モフー!」

「はー♪」

「「「み、見つかる前に見つけないと……!」」」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「モフルンの初登校?帰って来てもまた一難!?ワクワクのトパーズをゲットモフ!」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話「モフルンの初登校?帰って来てもまた一難!?ワクワクのトパーズをゲットモフ!」Aパート

 

激動の一日を終え、リコを連れて久しぶりの自宅へと帰ってきたみらいは玄関を開けた瞬間、いきなり誰かに抱き締められる。

 

「みらい!」

「わっ!?」

 

突然の出来事に驚きながらも、みらいはその人物を見て安堵の表情を浮かべた。

 

「心配したよ~」

「お父さん…ごめんなさい」

 

娘の元気そうな姿にみらいの父、朝比奈大吉は良かったと胸を撫で下ろす。

 

「おかえり、みらい」

「ただいま!おばあちゃん」

 

大吉の少し後ろから祖母のかの子が優しげな声音でみらい達を迎え入れた。

 

「そちらは?」

「リコだよ?」

 

そう尋ねられ、簡潔に答えるみらい。もちろんそれだけでは説明になっていないため、後から入ってきたみらいの母、今日子が簡単に補足する。

 

「みらいの友達だって」

「はじめまして。リコと申します」

 

紹介されたリコは大吉とかの子に小さく頭を下げた。

 

「そう、あなたが…」

「?」

 

初対面にもかかわらず、まるで知っているかのようなかの子の反応にリコはきょとんとしてしまう。

 

「…で、そちらは?」

「「?」」

 

そう言って大吉が今日子の後ろを指すも、そこには誰もいない筈だとみらい達は首を傾げながら振り向いた。

 

「「「えぇぇっ!!?」」」

 

いつの間にか気配もなく人が立っていた事に驚き、三人は声を上げる。

 

「教頭先生!?」

 

そこには昨日別れたばかりの魔法学校の教頭先生がトランクと傘を手に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達の帰宅と教頭先生の急な来訪で少しどたばたした空気もひとまず落ち着き、お茶の用意をしている今日子を除いた全員がテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろしていた。

 

「みらいが帰ってこなかった日。町で変な騒ぎあったし、心配したよ」

 

一息ついて少し苦い表情を浮かべながら話を切り出す大吉。おそらく変な騒ぎというのはみらいとリコがヨクバールから逃げていた時の事だろう。

 

「騒ぎになってたんだ…」

「…えへっ」

 

会話が聞こえないようにみらいとリコは顔を寄せあって声を潜める。確かにあれだけの巨体が町の中を飛び回ったのだから、騒ぎになっていたとしてもおかしくはない。

 

「みらいから連絡あったっておばあちゃんが言うから大丈夫だとは思ってたけどね」

 

お茶とお茶菓子を配り終えた今日子が会話に混ざりながら席に着いた。

 

「立派な学校に通ってたんだね。いや~作法の学校の先生は立ち居振る舞いが違いますな」

「はい?」

 

教頭がお茶を口に運ぶ所作を見て大吉が感心したように何度も頷いている。

 

「作法?」

 

何の事わからずに首を捻る教頭の二つ隣の席に座るみらいが疑問をそのまま声に出した。

 

「魔法学校って言ってるのに私の聞き間違いだって」

「作法…魔法……」

 

発音こそ似ているが、それらを聞き間違える事はあまりないだろう。魔法というあり得ない事象の存在を認めるよりは、かの子が聞き間違えたと考える方が現実的だと考えたのかもしれない。

 

「ところで教頭先生はどうしてこちらへ?」

 

頭の中で作法と魔法についてのイメージを膨らませているみらいの隣でリコが教頭の方へ顔を向けて尋ねた。

 

「入学の手続きを…リコさん、貴方は明日からこちらの学校に通うのです。津成木第一学校に」

「え?」

 

思わぬ言葉にぽかんと口を開けるリコ。確かにリコの年齢で学校に通わないのも不自然なので通った方がいいのだろうが、よもやナシマホウ界の学校に通うなんて思いもしなかった。

 

「それって私の学校だよ!」

「ええっ!?」

 

みらいと同じ学校に通うという事でリコはさらに驚く。もしかしたら手配してくれた校長が同じ学校になるように配慮してくれたのかもしれない。

 

「宿も手配しておきました」

 

前回、リコが独断で訪れた時とは違い、許可を得てこちらに滞在するため寝泊まりする場所など身の回りの事を学校側が(まかな)ってくれるらしい。

 

「宿なんて水臭いわね。家から通えばいいじゃない?部屋も空いてるしさ」

「え…?」

 

宿を用意したと聞いて今日子が少し身を乗り出しながらそう提案する。どうやらリコがこちらの学校に通うと耳にした時からこの話を考えていたようだ。

 

是非(ぜひ)!そうなさい」

 

今日子の提案にかの子も柔和な笑みを浮かべてそれを後押しする。

 

「よろしいのですか?」

「ええ」

 

教頭は一瞬考える素振りを見せたが、かの子が賛同した事もあって家長である大吉に最終確認をとって了承を得ると今日子の提案を受け入れた。

 

「やった~!またリコと一緒だ~!!」

 

学校だけでなく家でもリコと一緒にいられる事にみらいは両手を上げ、今にも踊り出しそうな勢いで大喜びしている。

 

かくして話し合いの末にリコがナシマホウ界にいる間はみらいの家でお世話になる事が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日子達を交えての話し合いが終わり、魔法関連の話をするために三人はみらいの部屋へと場所を移した。

 

「さあどうぞ。私の部屋だよ」

「モフ~~!」

 

リコと教頭を案内しながら扉を開けたみらいの下を潜って先程までぬいぐるみの振りをしていたモフルンがいの一番に部屋の中へと駆け込む。

 

「モフ♪モフ♪モフ~♪」

 

部屋の中を駆け回るモフルンは回転してみたり、ステップを踏んでみたりと、とにかくはしゃぎまわっていた。

 

「ずいぶん楽しそうね」

 

駆け回るモフルンを見てリコが不思議そうに首を傾げる。

 

「みらいの部屋を歩くの初めてモフ~!!」

 

ずっとみらいと一緒だったといっても動けるようになったのはつい最近だ。

 

それも動けるようなってすぐにマホウ界へ行ってしまったのでモフルンが自由に動けるようになってからこの部屋を訪れるのは初めてという事になるためここまでテンションが上がっているらしい。

 

「そっか…そうだよね!」

「はー♪はー!?」

 

モフルンがはしゃぎまわる理由にみらいが納得して頷いていると目の前をまだ飛び慣れていないはーちゃんがふらふらと横切る。

 

「妖精まで連れてきているとは……」

「あはは……」

 

飛び回るはーちゃんの姿を見て教頭は呆れ混じりに呟き、リコが困ったように笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

はーちゃんとモフルンが落ち着いた頃を見計らってから教頭が話を切り出そうとする。

 

「どうぞモフ」

 

みらい達とテーブルを挟んで反対側にあるソファーにはーちゃんと帽子を運んだモフルンがそこに座るよう教頭に促した。

 

「どうもありがとう」

 

モフルンにお礼を言ってソファーへと腰を下ろした教頭は改めてみらいとリコの方に向き直る。

 

「さて、みらいさん。ナシマホウ界での生活のしおりはちゃんと読みましたか?」

「?」

 

教頭に尋ねられたみらいはそんなものもらったっけ?と首を傾げ、記憶を辿ってみるも特に思い当たらない。

 

「帰りの荷物の中にいれた筈ですが?」

「あ!あー……あのトランク開かなくて…」

 

帰りの荷物と聞いてすぐにその事を思い出したみらいが申し訳なさそうに答えると教頭は仕方ないとため息をついてから杖を取り出す。

 

「…キュアップ・ラパパ」

 

呪文を唱えた教頭は杖を操り、持ってきた青色のトランクをリコの前へと差し出した。

 

「こちらはリコさんの分です」

「ありがとうございます」

 

トランクを渡した後、教頭は厳しい表情でみらいとリコを見つめて本題へと話を進める。

 

「いいですか?これは魔法使いがナシマホウ界においてもっとも気を付けるべきルール…」

 

教頭は一旦そこで止めて溜めを作り、そのルールがいかに重要なのかを分かりやすく強調してから続けた。

 

「━━こちらの世界の人に魔法が使える事を知られてはなりません」

「「ええっ!?」」

 

ルールを聞いて驚く二人。もしこの場に八幡がいたら、むしろ今まで知られても良いと思っていた事に驚くわ…と呆れていただろう。

 

「わ、私っおばあちゃんに魔法学校のこ━━」

「問題ありません」

 

焦るみらいの言葉をぴしゃりと遮った教頭がその理由を説明しながら、ちらりとリコの方を見た。

 

「貴方と八幡さんの件は特例として校長先生が許されました……リコさんもね」

「えっ?」

 

自分もその中に含まれているとは思っていなかったらしく、リコは思わず声を漏らす。

 

「前回、みらいさんと八幡さんに魔法を見られたそうですね?」

「は、はいぃ…」

 

力なく返事をするリコ。あの時はそのルールを知らなかったので隠すという発想すらなく、表現としては見られたというよりも見せたといった方が近い。

 

「本来ならその者の杖は没収、魔法の使用を禁じられます」

「「ええ~~っ!!?」」

 

再び声を揃えて驚く二人に教頭が表情を変えないまま続きを口にする。

 

「…これもお咎めなしとなりましたが、以後、充分に気を付けるように!」

「「はいぃ…!」」

 

釘を刺された二人はその場でびしっと背筋を伸ばし、気をつけをしながら返事を返すのだった。

 

 

 

 

 

話を終えた教頭はみらいの部屋からそのままベランダに出ると紫色の傘を取り出す。

 

「では二人とも、しっかりね?」

 

傘を広げた教頭は最後にそれだけ言うと風に乗って夜空へと飛びたった。

 

「…って、思いっきり飛んでるんだけど!?」

 

教頭が飛んでいった方に向かってさっきまでの注意は何だったのかとリコが大きな声でツッコミを入れる。

 

「…バレなければ良いって事じゃない?誰にも見つからなかったら問題にならないし」

「……何か少しずつ八幡に毒されてきてない?」

 

空を見上げながらあっけらかんと言い放ったみらいにリコは胡乱(うろん)な視線を向けた。

 

「そんなことないと思うけど……」

 

思わぬ指摘に首を傾げながらもみらいは心の中で〝もし自分が八幡の影響を受けているというのなら、リコも人の事は言えないんじゃないかな…〟とこっそり思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらいの家を後にした教頭は続けて八幡の家を訪れていた。

 

「ここですね」

 

誰にも見られる事なく玄関の前に着地した教頭は傘を閉じると備え付けられたインターホンに手を伸ばす。

 

「はーい。今開けます」

 

ピンポーンと甲高い音が家の中に響き、応対する声と共にドアが開いた。

 

「こんばんは。えーと…どちら様ですか?」

 

ドアを開けて出てきた八幡の妹である小町が見覚えのない来客にそう尋ねる。

 

「こんばんは。私はこの春休みの間に八幡さんが通っていた学校で教頭を勤めているものです」

 

尋ねられた教頭は簡潔に自分の立場を説明し、八幡に用がある旨を伝えた。

 

「ああ!その節は兄が大変お世話になりました。立ち話もなんですからどうぞ上がってください」

「ではお言葉に甘えて」

 

教頭はお邪魔しますと頭を下げてから玄関に足を踏み入れ、小町に促されるままリビングへと向かう。

 

「そこに座って待っててください。兄を呼んできますから」

「お願いします」

 

階段を勢いよく駆けていった小町はものの一分もしない内に階段を駆け下りてきた。

 

「今降りてくると思うので。あ、お茶いれますね」

「お気遣いなく…」

 

あまり長居をするつもりはなかったので遠慮しようとした教頭だったが、すでに用意を始めている小町を見て断るのも忍びないと思い、お茶だけ貰う事にして八幡が降りてくるのを待つ。

 

 

待ち始めてほんの一、二分たったところでリビングのドアがゆっくりと開き、八幡が頭を下げながら姿を現した。

 

「すいません。お待たせしたみたいで…」

 

教頭と向かい合う形で席についた八幡は開口一番にそう言って再び頭を下げる。

 

「いえ、急に押し掛けたのはこちらですから」

 

本来なら事前に連絡をとるべきだったのだが、リコにトランクを渡さなければならなかったのとナシマホウ界で魔法を使う上での禁則事項を一刻も早く伝えるために急いで後を追ってきたのでこんな形になってしまった。

 

「粗茶ですが、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

湯気のたった湯呑みを教頭の前に差し出した小町は配膳に使ったお盆をキッチンに戻すとそのままドアの方に足を向ける。

 

「では小町は自分の部屋に戻るであります。お兄ちゃん、失礼のないようにね」

 

普段なら小町は同席して一緒に話を聞くところだが、どうやら空気を読み気を使ってくれたらしく、ビシッと敬礼してそう言うとリビングを出て自室に戻っていった。

 

「…良くできた妹さんですね」

「ええ、何せこんなに駄目な兄を反面教師にしてきましたからね」

 

教頭の言葉にドヤ顔で答える八幡に対し、教頭は呆れた表情を浮かべる。皮肉を言ったつもりはなかったのだが八幡にはそう捉えられてしまったらしい。

 

「……それで教頭先生はどうして家に?」

 

変な返しをしてしまったせいで流れた何とも言えない空気を誤魔化すべく八幡は尋ねる。

 

「…ナシマホウ界で生活する上で魔法使いが気を付けなければならない事柄について説明するためです」

「ああ、そういう…」

 

それを聞いて納得したように頷く八幡。そういえば別れ際にもそういった注意事項については特に触れられてなかったなと思い返す。

 

「では八幡さん。ナシマホウ界での生活のしおりは読みましたか?」

「生活のしおり?」

 

聞き覚えのない単語に八幡は首を傾げ、その反応に教頭はため息を吐いた。

 

「貴方もですか…帰りの荷物の中にいれた筈ですよ」

「……すいません」

 

帰ってすぐにお風呂へ直行させられ、その後も小町に向こうでの出来事を話すよう急かされ、ようやく話が終えて荷物を整理し始めたタイミングで教頭の訪問があったために確認する時間がなかったのだ。

 

「……ちなみにトランクの開け方はわかりますね?」

「え、まあ、はい。魔法で開けるんですよね?」

 

渡されたトランクにはロックが掛かっているのに鍵らしきものが見当たらない。ならトランクを開ける方法は魔法しかないだろう。

 

「よろしい。では今から貴方に魔法使いがナシマホウ界で最も気を付けなければならないルールについてお話します」

 

真剣な表情で八幡の方を真っ直ぐ見つめる教頭。その様子からこれから話すルールの重要さが窺える。

 

「いいですか?そのルールとは…こちらの世界の人に魔法を使える事を知られてはならないというものです」

「はあ…」

 

初対面の時にリコが隠すような素振りを全く見せなかったのでそういうものかと思っていたが、やはり魔法というものは秘匿しなければならないらしい。

 

「ふむ、やはり貴方は驚かないのですね」

「まあ予想はしてましたから」

 

魔法を隠すというのは読み物ではよくある事だし、普通に考えても科学が一般的なナシマホウ界で異なる法則の魔法なんて代物が知られれば混乱を生みかねない。

 

「もし魔法を使える事が知られた場合、その者の杖は没収。魔法の使用を禁じられます」

「……思ってたよりもだいぶ厳しいですね」

 

魔法をナシマホウ界にとっての科学と置き換えて考えるとその罰はとてつもなく重い。マホウ界の人間にとって魔法は生活の基盤、それを禁じられるという事は生きていく中でこの上無く不自由を強いられるという事だからだ。

 

「ええ、ですからくれぐれも注意してください。…リコさんの時のような特例措置はもう出来ませんからね」

「…気を付けます」

 

教頭の言葉に八幡は真剣な面持ちで頷く。正直なところマホウ界出身ではない八幡にとっては魔法を禁じられても生きていく上で不自由はないだろう。

 

けれど〝魔法〟という特別をきっかけに繋がった関係性にとってその罰は瓦解してしまう致命的な原因にもなりかねない。

 

だからこそ八幡はそのルールを破るわけにはいかなかった。少しの事象で人と人との繋がりが、いとも簡単に壊れてしまう事を知っているのだから。

 

 

 

 

その他もろもろの注意と説明を一通り終えた教頭は空になった湯呑みを置き、傍らに置いていた帽子を手に取る。

 

「さて、説明すべき事は終わりましたし、私はそろそろお暇致します」

 

そう言って立ち上がり帰ろうとする教頭を見送るべく八幡も席を立って玄関に向かった。

 

「今日はありがとうございました」

 

玄関で靴を履き替える教頭に八幡が三度頭を下げる。いくら八幡一人のためではないとはいえ、マホウ界からわざわざ足を運んでもらったのだからお礼くらいは言って然るべきだと思ったからだ。

 

「いえ、礼には及びません。本来なら貴方達がマホウ界を発つ前に説明すべき事でしたし、どちらにせよリコさんがこちらの世界で生活するために諸々の手続き等がありましたから」

「…すいません」

 

意図せず教頭の仕事を増やしてしまった事に気付いて反射的に謝る八幡。どうやら八幡はリコのナシマホウ界行きを校長に交渉した手前、それが自分の責任だと感じているらしい。

 

「?なぜ貴方が謝るのです」

「それは…その、色々と……」

 

交渉の件を知らない教頭は突然の謝罪に困惑し、八幡が誤魔化すようにぎこちない笑いを浮かべる。

 

「…貴方は良くやってくれていると思いますよ。こちらの世界でもリコさんの事をよろしくお願いします」

「……助けがいるとは思えませんけど…まあ、わかりました」

 

きっと助けなどなくてもリコは上手くやっていくと思う。たとえ仮に助けが必要な状況になってもみらいがいるのだから八幡が出る幕はない。

 

「頼みましたよ。では」

 

教頭は最後にそれだけ言うと玄関を出て八幡の家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教頭を見送った後、しばらくの間みらい達はベランダで楽しくお喋りをしていた。

 

「きれいなお月様モフ」

「はー…」

 

一頻(ひとしき)りお喋りを終えて少し静かになった折り、空を見上げたモフルンがぽつりと呟く。

 

「でも前より小さいモフ?」

「月は日によって形が変わるんだよ」

 

欠けた月に疑問を覚え、首を傾げるモフルンにみらいが答えた。

 

「…そういえばリコの来た日は十六夜だったね」

「十六夜…?」

 

十六夜という言葉に反応を示したリコは一瞬、みらいの方を向くが、またすぐに空へと視線を戻す。

 

「みらいよく知ってるモフ」

 

みらいの意外な知識に感心するモフルン。その手の知識は日常の中で触れる機会が少ないため知っている方が珍しい。

 

「たまたま習ったばっかりだったの、学校で」

「モフ?学校…」

 

モフルンがみらいの方を見上げて何か尋ねようとした瞬間、部屋の方からガチャガチャと妙な物音が聞こえてくる。

 

「にゃ!?」

「ひゃ!?」

 

誰もいない筈の部屋から突然聞こえてきた物音に驚き、思わず声を上げたみらいとリコは互いに顔を見合わせると音の正体を確かめるために急いで部屋の中へ戻った。

 

「これって…」

「リコのトランクモフ!」

 

音のする方に顔を向けると教頭が届けてくれた魔法のトランクが勝手に跳ね回っているのが見える。

 

「…キュアップ・ラパパ!トランクよ、開きなさい」

「あ、魔法で開けるんだ」

 

トランクを開けるために意を決して杖を振るうリコの横で納得したように呟くみらい。そして魔法をかけられたトランクからは魔法学校の校章が浮かび上がり、ダイヤルが回るような音と共に勢いよく開いて中からピンク色の煙が飛び出した。

 

「「おお~~!!?」」

 

目の前の光景にみらいとモフルンは驚きの声を上げる。それもその筈、煙が晴れるとそこには服や靴に生活必需品、果ては用途の不明な小物など、どう見てもトランクには入りきらないであろう量のリコの私物がずらりと並んでいたからだ。

 

「旅行の荷物なら一年分入るのよ?」

 

二人の反応にリコがドヤ顔で答える。別段リコが開発したわけでも持ってきたわけでもないため、もしこの場に八幡がいればどうしてそんなに得意げなのかとツッコミを入れたかもしれない。

 

「服が浮いてるモフ…?」

 

並んでいる荷物の中からベージュのブレザーが一人でに浮き上がり、みらい達の前まで飛んできた。

 

「「わぁっ!?」」

 

飛んできたブレザーの中から現れた()()は驚く二人を他所にテーブルの方に向かっていく。

 

「って…あ~!魔法の水晶さん!!」

 

正体に気付いたみらいが指をさしながら大きな声を上げた。

 

「水晶さんだなんてよそよそしいわ。キャシーと呼んで♪」

 

テーブルの上に降り立った魔法の水晶……もといキャシーは台座に装飾されたヒラヒラをスカートに見立てて軽く浮かせ、みらい達に挨拶をする。

 

「おー!」

「名前あるんだ…」

 

キャシーの優雅な所作に感心してみらいは声を漏らし、リコが知らなかったと苦笑いを浮かべている中、不意にキャシーが光り始めた。

 

「「……?」」

 

発光するキャシーに戸惑いながらも二人は何が起こっているのか確かめるために水晶の中を覗き込む。

 

「…校長先生!?」

「と八くん!?」

 

覗き込んだ先には校長と八幡の姿が画面を分割するよう同時に映し出されていた。

 

『これは……』

『水晶通じてこうして会話する事が出来るようになっておる。リコ君と八幡君のトランクに通信用の水晶を入れておいたのじゃ』

 

状況に追い付けていない三人に対して校長が簡潔に説明する。どうやら八幡もみらい達と同様にトランクから聞こえてきた音の正体を確かめようとしたらこうなったようだ。

 

『…で、どうじゃ?そちらは』

 

校長は説明に続けて近況を尋ねた。といっても戻ってまだ一日と経っていないため、近況というよりも無事に帰り着けたかを確認したかったのだろう。

 

「リンクルストーンを見つけました!」

『なんじゃと!?』

 

予想外の報告に校長は思わず大きな声を上げながら立ち上がった。

 

『着いて早々見つけるとは……』

「エメラルドだってすぐに見つかりますよ」

 

驚く校長に対して物凄いドヤ顔を浮かべながら答えるリコ。心なしか自慢げなリコの鼻が高くなっているようにも見えた。

 

『……まあそのリンクルストーンは手に入れられなかったんですけどね』

「うっ…」

 

ぼそりと呟かれた八幡の言葉にリコがギクリと顔を引きつらせる。その呟きにはどうしてそんな自慢げなのかという意味合いの呆れが含まれていた。

 

『ま、まあ無理はせぬようにな。明日からそちらの学校も始まるのじゃろう?』

 

少し引き気味に二人を宥めようとした校長は話をリンクルストーンから逸らそうと別の話題に変える。

 

「はい!」

 

みらいが元気よく返事をする横で顔を引きつらせていた筈のリコがいつの間にかドヤ顔に戻っていた。

 

「心配要りません。こっちの学校なら苦手な魔法の実技がない!…ふふ♪」

「リコ?」

『もはや隠そうとすらしないのかよ……』

 

もういっそ開き直ったのか、苦手なのを隠そうともせず不敵に笑うリコをみらいが不思議そうに見つめ、八幡は呆れ混じりにの視線を向ける。

 

「成績トップは間違いないわ!!」

 

腰に左手を当て、右手の人差し指を上に掲げて自信満々なポーズをとるリコ。その姿に八幡はため息を吐き、はいはいそうデスネと適当に返した。

 

「モフ!」

「はー!」

 

リコがポーズを取っている横でいつの間にかモフルンとはーちゃんも一緒になってポーズを決めている。

 

「どうしたの二人共?」

 

少しはしゃいだ様子のモフルンとはーちゃんにみらいが不思議そうに尋ねた。

 

「はー!」

「モフルンも学校に……」

 

『お兄ちゃんーご飯ができたよー』

 

モフルンが何かを言いかけた瞬間、それを遮る形で水晶に映った八幡の方から声が聞こえてくる。

 

『…すいません。妹に呼ばれたみたいで』

『いや、かまわんよ。元々、君達が無事に帰れた事も確認するのが目的だったからの。ここらで終わるとしよう』

 

本来の目的はもう果たせたので校長は八幡が呼ばれた事を区切りに通信を終わらせようとする。

 

『新たな占いの結果がで次第、また水晶を通して報告しよう。では、またの』

「はい」

 

互いに別れの挨拶をかわすとすぐに通信が切れ、二人の姿を映し出していた魔法の水晶が元の透明な色に戻った。

 

「でも学校に行ってる間に連絡がきたら……」

 

タイミング次第では連絡に応じられない事に気付き、みらいがどうしたものかと頭を悩ませる。

 

まさか学校に魔法の水晶を持っていくわけにもいかないし、仮に持っていったとしても授業中に連絡がこようものなら目もあてられないだろう。

 

「あ、モフルン!」

 

悩んだ末にみらいは自分達が学校に行っている間モフルン達に頼むことを思い付いた。

 

「モフ……お留守番モフ?」

 

何を頼まれるのか察してモフルンが表情を曇らせる。

 

「はーちゃんと一緒に良い子にしててね」

「校長先生から伝言があったら聞いておいて」

「モフ……」

 

モフルンの表情に気付かないまま留守番を頼む二人。それに対してモフルンは二人を困らせないよう一緒に学校に行きたいと言う言葉をぐっと呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

通信を終えた後、モフルンは、はーちゃんと二人で再びベランダに出ていた。

 

「……モフルンはずーっとみらいと一緒だったモフ」

 

三日月を見上げながらモフルンはまだみらいが小さかった頃を思い出す。

 

『モフルン!いってくるね~!』

 

少しずつ成長していくみらいの様子をずっと見守っていた。何度も何度も〝いってきます〟と〝ただいま〟を聞きながら。

 

「モフルンもいつか大きくなって…みらいと一緒に行けると思ってたモフ……」

 

成長していくみらいと変わらないモフルン。時が経つにつれ、自分とみらいは違うんだと薄々わかり始めていた。

 

けれどこうして自由に動けるようになり、これなら一緒に…と思ってしまった。たとえ動けるようになってもみらいとの違いは変わらないのに。

 

「モフ……」

「はふぅるー……」

 

思い悩み、肩を落として項垂(うなだ)れるモフルンをはーちゃんが心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━ぴちょん

 

穏やかな水流に流されていた一枚の葉が何かにぶつかり、微かな音が静かな夜に反射する。

 

「っ……リンクルストーンと気配があっちこっちに動き回っている」

 

誰もいない河川敷で闇の魔法使いである亀の大男ガメッツが一人、拳を打ち合わせていた。

 

「━━お困りのようですね?ガメッツさん」

「む?お前は…」

 

他に誰もいなかった筈だと訝しむガメッツ。声の方に顔を向けるとそこにはガメッツと同じく闇の魔法使いであるマキナことマンティナの姿があった。

 

「マンティナか。相変わらず気配が薄いなお前は」

「…そうですか?私としては特別気配を消した覚えはありませんけど」

 

突然現れた声の正体がマキナだった事でなら気付かったのも仕方ないとガメッツは納得する。

 

「…で、一体何の用だ?お前はしばらく様子見をするのではなかったのか」

「ええ、私はまだ動く気はありませんよ。ただガメッツさんがお困りのようなので少しお助けしようかと思っただけです」

 

宣言した通りその気はないというマキナにどこか違和感を覚えつつもガメッツはその話の続きを聞くことにした。

 

「成る程。それで何をするつもりだ?」

「特に何も。私はガメッツさんにちょっとした情報をお教えするだけですよ」

 

何をと問われたマキナは肩を竦め、小さく笑う。

 

「リンクルストーンを探すのにぴったりな場所、知りたくありませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。朝比奈家では大吉と今日子が夫婦揃って朝ごはんの準備をしていた。

 

「じゃーん!これが最新型のホームベーカリーだよ」

 

制服に着替えたみらいとリコがダイニングに入ると大吉がまるでテレビショッピングのような言い回しで二人の前にホームベーカリーを取り出す。

 

「お父さんは家電メーカーに勤めてるからすぐ新製品を買ってくるの」

「材料を入れて……」

 

みらいが説明をしている間に大吉はホームベーカリーの蓋を閉めてスイッチを押した。

 

 

 

 

少し待っているとホームベーカリーから小麦の香ばしい香りが漂ってくる。

 

「…すごい!パンが出来てる……魔法みたい!」

 

材料を入れただけでホカホカのパンが出来上がった事に驚くリコ。魔法使いが魔法みたいと驚く程にカルチャーショックを受けたらしい。

 

「魔法じゃないよ!科学技術の力だよ!」

 

その反応がよほど嬉しかったのか、大吉は両手を上げて喜んでいた。

 

「ほら、いつまでも話し込んでると遅刻するよ?」

「「わぁっ!?」」

 

今日子に言われ、時計を確認したみらいとリコが慌てて登校する準備を始める。

 

 

 

 

朝の喧騒の中、モフルンがはーちゃんと一緒にこっそりと玄関に立て掛けてある二人の鞄に近づいていた。

 

「……モフ」

 

キョロキョロと辺りを見回して誰もいない事を確認したモフルンとはーちゃんはいそいそとみらいの鞄に潜り込む。

 

「ほら!急いで!」

「えぇー!モフルンにいってきます言ってないのに…」

 

モフルンが鞄に潜り込んでから数分後、リコとみらいがドタバタと玄関に駆け込んできた。

 

「仕方ないわよ」

「うぇ~」

 

靴を履いて鞄を手に取り、みらいとリコは急いで家を飛び出す。もちろん鞄の中にモフルンとはーちゃんがいる事には気付いていない。

 

「はぁはぁはぁ…」

「まさか…朝…から…こんなに走る事に…なるなんて」

 

息を切らしながら住宅街を駆け足で進んでいると二人の視界が見覚えのある後ろ姿を捉えた。

 

「あれって…」

「おーい!八く~ん!」

 

名前を呼ばれた八幡は足を止め、少し気怠そうな表情でみらい達の方に振り返る。

 

「おはよう八くん!」

「おはよう八幡」

「おう…おはようさん」

 

追い付いたみらいとリコは息を整え、三人がそれぞれ挨拶を交わした。

 

「偶然だね~八くんの学校もこっちの方なの?」

 

八幡の通っている学校が自分達と同じ方向にあると思ったらしくみらいが尋ねる。

 

「…こっちの方もなにも行き先は同じだろ」

「「えっ?」」

 

その答えに思わず声を揃えて驚く二人。行き先が同じというのなら八幡は二人の学校に向かっている事になる。

 

「お、同じって八幡は高校生なんじゃ……」

 

春休み中いつも一緒だったため忘れてしまいそうになるが、八幡は高校生。魔法学校では魔法を初めて学ぶからと一緒に補習を受けていただけで、本来なら通う学校自体が違う筈だ。

 

「…だから津成木第一学校の高等部一年…あー……いや、今日から二年だ」

 

朝が苦手らしい八幡は気怠げな表情で混乱したままの二人に呆れ混じりの視線を向けた。

 

「あ、そっか!うちの学校、中等部と高等部があるんだっけ」

 

八幡の言葉で思い出したように声を上げるみらい。津成木第一学校は中高一貫校なので中等部、高等部の違いはあれど、みらい達三人は同じ学校に通っているといえる。

 

「えーと、つまり?」

「また八くんと一緒の学校に通えるって事だよ!」

 

まだ理解が追い付いていないリコにみらいが声を弾ませて答えた。

 

「…一緒って言っても校舎は違うけどな」

 

はしゃいだ様子のみらいを尻目に八幡がぼそりと呟く。

 

「…って話し込んでる場合じゃないわ!急がないと遅刻するわよ!!」

 

ようやく話を呑み込んだリコがハッと我に返って自分達が遅刻しそうな事を思い出した。

 

「そんなに急がなくても大丈夫だろ」

「八幡は大丈夫かもしれないけど私は転校初日なの!いきなり遅刻はまずいわ!」

 

初日早々の遅刻の危機に焦るリコ。本当なら八幡も出席日数がギリギリなので遅刻はまずいのだが、もう諦めたらしく急ぐ気配がない。

 

「だよね~…よしっ!じゃあ魔法の箒で……」

 

リコに同調したみらいは少し考えた後、ブレザーのポケットから小さくなっている箒を取り出した。

 

「何してるの!魔法がバレるでしょ!!」

「…そうだな。流石にそれで飛んだら目立ち過ぎる」

 

昨晩、あれだけ注意されたのにもかかわらず住宅街のど真ん中で箒を使おうとしたみらいにリコと八幡が厳しいツッコミをいれる。

 

「あぅ…そうだよねー……やっぱり駄目だよね…」

 

二人のツッコミに怯んだみらいは箒をしまいながら苦笑いを浮かべた。

 

「とにかく走るしかないわ」

「だね!ほら八くんも急がないと遅刻だよ?」

「……今からどう走っても間に合わないだろ」

 

ここから学校までの距離を考えると徒歩ではどうしたって遅刻は確定。魔法の箒や自転車なら間に合うかもしれないが、ここにないし使えないそれらの事を言っても仕方ないだろう。

 

「全力で走ればまだ間に合うかもしれないよ!」

「…朝から全力で走るくらいなら俺は遅刻する方を選ぶ」

 

食い下がるみらいに対して八幡はげんなりした表情で返した。

 

「本人がそう言ってるなら八幡はほっときなさい!急ぐわよみらい!」

 

こうなった八幡は中々動かないとリコはみらい先にいくよう促す。

 

「う、うん。じゃあ八くんまたね!」

「ああ、また」

 

手を振るみらいに軽く手を上げて返し、八幡は走っていく二人を見送った。

 

「…さて、まあゆっくりいくか……ん?」

 

ぼちぼち学校に向かおうと歩き出した八幡はみらいとリコの少し後ろに二人と同じ中学生くらいの少女がいる事に気付く。

 

「ひっ!?」

 

少女の方も八幡に気付いたらしく少し離れたところでも聞こえてくるくらいの声で短く悲鳴を上げ、走り去ってしまった。

 

「流石にその反応はないだろ……」

 

自分の目がいつもよりアレだという自覚はあるが、まさか目が合っただけであそこまで恐がられるとは思わず、八幡が少し傷ついたように呟く。

 

 

 

 

 

八幡と別れて学校へ急いでいたみらいとリコは全力で走り続けた結果、息切れを起こしてしまい、通学路の途中にある曲がり角で足を止めてしまった。

 

「はぁ…はぁ…まだ遠いの……?」

「はぁ…はぁ…完璧遅刻……」

 

膝に手をつき、肩で息をする二人。こんな状態では学校まで走り抜くのは難しく、仮に走れたとしても遅刻は間逃れない。

 

「はぁ…ぅぅ………しょうがない!」

 

このままでは遅刻すると判断したリコは悩んだ末に意を決し、辺りを確認してから箒を取り出した。

 

「リコ…?」

 

魔法がバレてしまうかもしれないと危惧(きぐ)していたのに箒を使っても大丈夫なのかとみらいがリコに視線を向ける。

 

「うんと高く飛ぶのよ…?」

「っそっか、それなら見つからないよね!」

 

昨晩、バレなきゃ良いと言ったみらいに対して八幡に毒されいると胡乱げな視線を向けたリコだったが、こうなるとやはり人の事は言えない。

 

「それじゃあいくわよ?」

「うん」

 

みらいも箒を取り出して跨がり、飛び立つために空を見上げる。

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

「箒よ━━」

 

「うんっと高く飛びなさい!」

 

呪文を唱えて飛び立とうとするリコとみらい。しかし、この時二人は気付いていなかった。二人が飛び立とうとしている曲がり角に向かって走ってくる人影がある事に。

 

 

 

 

「━━━はぁ…はぁ…はぁ…」

 

先程、八幡を見て悲鳴を上げた少女〝勝木(かつき)かな〟が必死に走っていた。

 

「はぁ…駄目…もっと…急が…ないと……」

 

二年生になって初日という事で絶対に遅刻したくないかなは、もうすぐ差し掛かる曲がり角で加速しようと足に力を入れる。

 

「っ…うぇ?」

 

曲がり角を目前にスピードを上げようとした瞬間、かなの視界がいきなりピンクの煙に覆われた。

 

「……え」

 

突然の煙に戸惑うかなだったが、それ以上に煙が晴れた後の光景を見て目を丸くする。

 

「ええぇぇぇっ!?」

 

驚きのあまり大声を上げるかな。それもその筈、かなと同じ津成木第一学校の制服を着た二人の少女が箒に乗りながら空を飛んでいたからだ。

 

「い、今のって……」

 

普通、人は箒で空を飛ばないし、飛べない。そんな常識を(くつがえ)す出来事を前にしてかなは遅刻しそうな事も忘れて呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち尽くすかなのさらに後ろをゆっくり歩いていた八幡が呆れた顔で空を見上げる。

 

「思いっきり魔法見られてるんですけど……」

 

堂々と箒で空を飛ぶみらいとリコの姿を見て八幡は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

津成木第一学校の校舎前。登校してきた生徒達がクラスの貼り出された掲示板の前に集まっている。

 

「っ間に合った~!」

 

箒を走らせ、無事に学校へ遅刻せずたどり着く事が出来たみらいとリコが掲示板の前で安堵の声を漏らした。

 

「じゃあまた後でね」

「うんまたね」

 

転校生のリコは先に職員室に向かうためここで一旦、みらいとは別れて校舎の方へ走っていく。

 

「さて、私は……」

 

リコを見送ったみらいは地面に鞄を置き、自分のクラスを確認しようと掲示板に目を向けた。

 

「みらい~!」

「あ、まゆみ~!」

 

声をかけられて振り向くみらい。そこには一年生の頃からの友人でヘアピンとセミロングの茶髪が特徴的な少女〝長瀬まゆみ〟が立っていた。

 

「またみらいと同じクラスだよ!」

「本当!?」

 

まゆみとみらいは一年生に続き、二年生も同じクラスになれた事が嬉しくて手を取り合って喜びあう。

 

「うん!最高過ぎ!!」

「やった~!ワクワクもんだ~!!」

 

「……モフ」

 

そんな二人の横でこっそりみらいの鞄に潜り込んでいたモフルンがひょっこりと顔を出した。

 

「━━忘れちゃ困るな。俺もいるぜ!」

 

一人の男子生徒が手に持った桜の花びらを自分に振りかけながらみらい達に話しかけてくる。

 

壮太(そうた)!」

 

話しかけてきたのは〝大野壮太〟明るく活発な性格でみらいとは小学生の時からの幼なじみだ。

 

「よお!一年生に引き続きよろしく~!」

「「よ、よろしく~……」」

 

二人の手を取ってブンブン振りまくるテンションの高い壮太にまゆみとみらいは呆れ混じりの苦笑を浮かべる。

 

「……モフ~♪」

 

それを鞄からこっそり覗いていたモフルンは学校でのみらいの様子を知れた事が嬉しくて、思わず顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達が遅刻せず無事に学校へたどり着いてからしばらくして、誰もいなくなった校門をようやく登校してきた八幡がゆっくり通過しようとしていた。

 

「━━比~企~谷~……」

 

誰もいないと思っていた校門の陰から八幡の補習を担当していた平塚教諭が姿を現す。

 

「っひ、平塚先生…!?」

 

まさか校門で待ち伏せられていると思わず、不意を突かれた八幡は冷や汗を浮かべながら平塚先生の方に向き直った。

 

「おはよう比企谷。さて、今は何時だ?」

「く、九時過ぎですかね…?」

 

威圧的な笑顔を浮かべる平塚先生に問われ、八幡が恐る恐る答える。

 

「そうだな。本来なら君は教室にいなければならない時間だという事を理解しているかね?」

 

こちらの答えに頷きながら平塚先生は言い聞かせるよう再び八幡に尋ねた。

 

「そ、それは……」

「それは?」

 

平塚先生は口ごもる八幡に詰め寄り、間髪入れずに言葉を紡ぐ。

 

「ち、違うんですよ。ほら重役出勤って言葉があるじゃないですか。これはもしそういう役職に就いた時のために心の余裕を持って練習をしようと……」

 

思い付く限りに言い訳を並べ立て、どうにか煙に巻こうとする八幡。そんな八幡の言い訳に対して平塚先生はすぐに否定はせずに一旦、肯定してからカウンターを繰り出す。

 

「そうか…しかし君は補習の時に専業主婦希望と言っていた筈だか?」

「ぐっ……」

 

まさか過去の自分の発言が今の自分の首を絞める事になるとは思わず、平塚先生のカウンターに対して言葉に詰まってしまった。

 

「…そ、そもそも遅刻が悪なんて誰が決めたんですか?警察は事件が起きてから初めて動きますし、ヒーローだって遅れてやってくるでしょう?それを責める人なんていませんよね?」

「ふむ、続けたまえ」

 

八幡の苦し紛れに放った言い訳に平塚先生が興味深そうに耳を傾ける。

 

「つまり正義は遅刻するものなんですよ!だからこう考えられる筈です。遅刻する事=正義だと!」

 

これなら上手く誤魔化せるのではないかと熱弁を振るった八幡に平塚先生はフッと短く笑った。

 

「なるほど勉強になったよ。では私からも比企谷に一つ教えておこう」

「な、何ですか…?」

 

上手く誤魔化せていると思った八幡だったが、平塚先生の浮かべた笑顔に不気味さを感じて思わず身構える。

 

「力なき正義は何の意味も持たない。そして今、この学校という場所において正義は教師であるこの私にある。比企谷、この意味が分かるな?」

「ちょっとよく分かりませ……」

 

(とぼ)けようとした最後の抵抗も虚しく、平塚先生に首根っこを掴まれた八幡は始業式が始まるまで生徒指導室に連行されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達は春休みの出来事を話しながら自分達の教室に入り、それぞれの席に着いていた。

 

「はいはい、着席~」

 

ガヤガヤと騒がしい教室の扉を開けてこのクラス担任で数学の教師でもある高木先生が入ってくる。

 

「さ、入って」

 

生徒達が静かになったタイミングで高木先生が教室の外で待っている人物に入ってくるよう声をかけた。

 

「お、何だ?転校生か?」

「可愛い……」

 

先生に呼ばれて入ってきた転校生に教室内がざわざわと騒がしくなる。

 

「リコ!?同じクラスなんだ!?」

 

教室に入ってきたリコに驚くみらい。まさかリコが同じクラスになるなんて思いもしなかったようだ。

 

「えぇっ?知り合いなの?」

「うん!一緒に住んでるんだよ~」

 

まゆみが驚き尋ねるとみらいは笑顔でそう答える。

 

「「「「ええぇぇぇっ!?」」」」

 

一緒に住んでいるというみらいの答えに教室内のほぼ全員が驚きの声を上げ、いいなぁ…という言葉がちらほら飛び交った。

 

「二年生からこの学校に来た留学生の………あれ?」

 

喧騒に包まれる中で高木先生はリコの事を紹介しようとして不意に詰まってしまう。

 

「名字何だっけ…?」

「名字…ですか……?」

 

マホウ界には名字という文化が無いためどう答えようかと悩んだリコの脳裏にふと、昨晩の会話が浮かんできた。

 

『━━リコが来た日は十六夜だったね』

 

思い出すのはみらいの一言と初めて過ごしたナシマホウ界の夜のこと。

 

「…十六夜(いざよい)です!」

「あっ…」

 

リコが自分の名字を十六夜と名乗った事にみらいは目を見開いた。

 

「十六夜リコです。よろしくお願いします」

 

自己紹介をしたリコが頭を下げた瞬間、教室のドアが勢いよく開かれて全員の視線がそちらに向く。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

息を切らしながら教室に駆け込んできたのは通学路でみらいとリコの少し後ろを走っていたかなだった。

 

「遅いぞ」

「す、すみません…はぁ…はぁ…」

 

遅刻を注意する先生に息を切らしながら謝るかな。相当急いでいたらしくなかなか息が整わない中で、それでも何か伝えたい事があるらしくかなはそのまま話を続ける。

 

「はぁ…はぁ…ほ、箒が飛んでって……」

「箒?」

 

肩で息をしているかなの要領を得ない言葉に高木先生がそのまま聞き返した。

 

「…うちの生徒が空を飛んでったんです!」

「っぃぃ…!?」

 

かなの荒唐無稽(こうとうむけい)な話に沸き上がる教室。しかし、その話に心当たりのあるリコがギクリと声にならない悲鳴を上げ、みらいは顔に滝のような冷や汗を浮かべていた。

 

「誰かはわからなかったけど……」

「ほっ……」

 

自分達だとは気付かれなかった事にほっとするみらいとリコ。他の生徒達も夢でも見たんじゃないのかと信じていない様子なのでひとまず魔法の存在はバレなかったらしい。

 

「…モフ」

「…はー」

 

全員の注意が前に向いている隙にみらいのすぐ後ろにあるロッカーから忍び込んでいたモフルンとはーちゃんがこっそり姿を現す。

 

「モフ…」

 

モフルン達は誰かに気付かれないようそろりそろりとドアに向かって歩き出した。

 

「はーいはい、そこまでそこまで。勝木は席に着け」

「はい…すみません……」

 

誰にも信じてもらえず俯くかなとギリギリバレなくてほっとしているリコの二人はそれぞれ自分の席に着こうと同時に前を向く。

 

「「……あぁぁぁっ!!?」」

 

ちょうど前を向いた瞬間、席と席の間からモフルンとはーちゃんが教室の外に向かって歩いていくのが目に入り、二人は声を揃えて驚いた。

 

「く、くまのぬいぐるみが走った!?妖精が飛んだ!?」

「ええっ!?」

 

混乱して驚き叫ぶかなの言葉に反応してみらいも声を上げてしまう。

 

「あなたも見たわよね!?」

 

隣で一緒にそれを見たであろうリコに向かってかなが確認するように詰め寄った。

 

「い、いいえ…気のせいじゃ…ない…かしら……?」

 

驚いた理由がかなとは違うのだが、もちろん本当の事を言う訳にはいかないのでリコはぎこちない笑顔でどうにか誤魔化そうとする。

 

━━━━━キーンコーンカーンコーン

 

「お、みんな始業式が始まるぞ」

 

チャイムのおかげでかなの追及を何とか逃れる事が出来たリコだったが、思わぬ状況に動揺が隠しきれない。

 

「くまのぬいぐるみと妖精って……」

 

他の生徒が始業式に向かう中で一人、座ったままのみらいが呆然と呟きながら前に目を向けると、リコが何度も首を縦に振っているのが見える。

 

「えぇぇぇっ……!?」

 

モフルンとはーちゃんが学校までついて来てしまうというまさかの事態にみらいの口から困り果てた末の悲鳴が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平塚先生に連行され、みっちり説教を受けた八幡は始業式に向かうべく生徒指導室を後にする。

 

「はぁ………ん?」

 

体育館に向かう途中の渡り廊下で憂鬱さからため息を吐いた八幡は視界の端に何か見覚えのあるものが映った気がして首を傾げた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話「モフルンの初登校?帰って来てもまた一難!?ワクワクのトパーズをゲットモフ!」Bパート

 

始業式が終わり、教室に戻ったみらいとリコは誰かにモフルン達が見つからないかとひやひやしながら先生の話を聞いていた。

 

「えー始業式で校長先生がおっしゃっていたように新学年の目標をたてる━━━……」

 

他の生徒達が先生の話を退屈そうに聞き流している中、二人は居ても立っても居られずに教室内と窓の外を何度も見回す。

 

「早く…!早く終わって…!」

 

顔の前で両手を合わせ、早く終ることを必死に祈るみらい。そして二人が心配しながらやきもきしているその頃、モフルン達はというと━━━━

 

 

 

 

 

 

 

「やっと学校にこられたモフ~♪」

「は~♪」

 

みらい達が心配していることなんて露知らず、グラウンドにあるフェンスの近くではしゃぎ回っていた。

 

「みらいの言ってた通りモフ♪学校にはたくさん友達がいてワクワクで楽しいモフ~!」

 

生徒達がまだ教室で話を聞いているため人がおらず、積んであるレンガに姿が隠れている事も相まって今は見つからずに済んでいるが、これだけ大きな声で駆け回っていたらいずれは見つかってしまうだろう。

 

「来て良かったモフ~!」

 

しかし、初めての学校でテンションが上がっているモフルンの頭からは見つかったらまずいという考え自体が抜けてしまっていた。

 

「モフ!甘い匂いモフ~!!」

「は~!」

 

ハイテンションのままモフルンは、はーちゃんと一緒に匂いのする方に向かって駆け出す。

 

「あっちからするモフ~♪」

「は~♪」

 

そう言って二人が駆け出した先は誰かに見つかる可能性がとても高そうな周りを校舎に囲まれた中庭だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒指導室から直接始業式に向かった八幡は先程見かけた影の事が気になって始業式が終わった後、教室に戻らずそのまま校内をこっそり回っていた。

 

「確かこっちの方に……」

 

誰もいない廊下で小さく呟きながら辺りを見回す八幡。気のせいかもしれないのにHR(ホームルーム)をさぼってまで探しているのは影の正体に心当たりがあったからだ。

 

(さっきの影…一瞬見えただけだったが、モフルンの後ろ姿に見えた)

 

昨晩の通信が終わる少し前、モフルンが何か言おうとしていた事に八幡は気付いていた。八幡が小町に呼ばれた事で通信が終わり、モフルンが言いかけた言葉も遮られてしまったものの、学校という単語までは聞こえた。

 

(あの時、モフルンは自分も学校に行きたいって言おうとしていたなら…)

 

通信の後にみらい達とモフルンとの間にどんなやり取りがあったのかは八幡にはわからない。だが、少なくとも今朝見かけた時にみらい達はモフルンを連れていなかった。

 

「あと探してないのは中庭の方か……」

 

もしかしたら全部八幡の思い過ごしかもしれないが、それならただの取り越し苦労で済む話だ。しかし万が一にもモフルンが学校に来ていて誰かに見つかってしまったら大騒ぎになってしまう。

 

「っ…!?」

 

遠くに先生の姿を見つけた八幡は慌ててその場にしゃがみ込み、様子を(うかが)った。

 

(今見つかるのはまずい……!)

 

現状、八幡はHRをさぼってモフルンを探している。そのため先生に見つかってしまうと注意や説教で時間をとられる可能性が高い。

 

もう少しすればHRが終わって他の生徒達に紛れる事ができるが、そうなると本当にモフルンいた場合に見つかるリスクが高くなってしまう。

 

「…なるべく急いで慎重に移動するしかないな」

 

八幡は見つからないように人のいる教室を避けながら中庭の方へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甘い匂いを追って中庭へとやって来たモフルンとはーちゃんは一面に広がっている芝生の中にキラリと光る何かを見つけた。

 

「リンクルストーンモフ~!」

 

モフルンはしゃいだ様子で声を上げる。それもその筈、光るものの正体が昨日ゲットし損ねたリンクルストーン・トパーズだったからだ。

 

「やったモフ~!」

「は~♪」

 

思わぬ発見にモフルンとはーちゃんが大喜びで駆け寄ろうとしたその瞬間、物凄い地響きと衝撃が二人を襲った。

 

「「わぁぁっ!?」」

 

衝撃に驚き校舎の影に隠れた二人は恐る恐る中での方を覗く。

 

「モフ…?」

 

どうやら空から何かが落ちてきたらしく、丁度トパーズのあった辺りに土煙が立ち込めていた。

 

「━━━リンクルストーン発見…」

「モフ~っ!?」

 

土煙の中から現れたのは闇の魔法使いが一人、ガメッツ。今まで何度もみらい達を苦しめてきた相手だった。

 

「大変モフ~!!みらい達に……」

 

慌てた様子ではーちゃんの方に振り返ったモフルンはそこまで言いかけたところで言葉を止める。

 

(今みらい達を呼びにいって戦いになったら魔法をみんなに見られるかもしれないモフ…)

 

昨晩、教頭に言われた事が頭を(よぎ)り、呼びにいく事を躊躇(ちゅうちょ)してしまうモフルン。もし誰かに魔法を見られてしまったら、みらい達は魔法を使えなくなってしまう。

 

「…駄目モフ!みらい達の所には行けないモフ……」

 

考えた末にモフルンはこの事態をみらい達に知らせないという決断を下した。

 

「モフ…」

 

しかし、それはこの状況をモフルン達だけで何とかしなくてはならないという事になってしまう。

 

「フッフッフッ━━━」

 

もう一度中庭の方に目をやるとガメッツが不敵に笑いながらトパーズの元に向かっているのが見えた。

 

「……モフルンには無理モフ」

 

モフルンとガメッツの力の差は火を見るより明らかだ。どう立ち向かっても勝負にすらならないだろう。

 

「ぅぅぅ……」

「はーちゃんにはもっと無理モフ……」

 

今にも泣き出しそうなほど不安な顔をしているはーちゃんを見たモフルンはさらに思い悩む。みらい達に知らせない以上、助けは望めない。

 

「でも……」

 

このままではガメッツにトパーズを奪われてしまう。残された時間はもう一分となかった。

 

「フッフッ━━」

 

トパーズの目の前まできたガメッツがそれを拾い上げようと手を伸ばす。

 

「っモフ~~~!!」

 

ガメッツが手を伸ばした瞬間、校舎の影から飛び出したモフルンが自分を鼓舞するように大きな声で叫んだ。

 

「ん?」

 

声に気付いて振り返ったガメッツに向かって覚悟を決めたモフルンが全力で駆ける。

 

「モフッ!!」

 

勢いのままに飛び込んだモフルンはガメッツの目の前に滑り込み、落ちているトパーズに覆い被さった。

 

「やったモフ~!」

 

ガメッツよりも先にトパーズを確保出来た事を喜んだのも束の間、モフルンを見下ろすように大きな影が射し込み、仁王立ちしたガメッツが立ちはだかる。

 

「フンッ…小癪(こしゃく)な。我によこさぬか」

「嫌モフ!」

 

威圧的に迫るガメッツの手をかわしたモフルンはトパーズを抱えながら股の下を潜り抜けた。

 

「ほう…我に挑もうというのか」

 

くるりとその場で反転したガメッツが少し感心したように走り去るモフルンを見つめる。

 

「誰であろうと手加減はせぬぞ!」

 

髑髏の杖を取り出したガメッツの背後に闇の力を帯びた桜の木と掲示板が浮かび上がった。

 

「モフ…!?」

「はー!」

 

はーちゃんと合流したモフルンが後ろを振り返り、冷や汗を浮かべる。

 

「魔法、入りました!出でよっヨクバール!!」

 

桜の木と掲示板が闇の魔法陣に吸い込まれると中から飛行機の形をした怪物が姿を現した。

 

「ヨクバール!」

 

髑髏の顔を先頭に桜の木の胴体、掲示板の羽に花びらのプロペラという出で立ちのヨクバールが滑空しながらモフルンとはーちゃんを追いかける。

 

「バール!」

 

逃げるモフルン達との距離をあっという間に詰めたヨクバールは二人に向かって突進繰り出した。

 

「「ひゃあっ!?」」

 

ヨクバールの突進は直撃こそしなかったものの、通り過ぎた際に生じた風圧だけでモフルンとはーちゃんは吹き飛ばされてしまう。

 

「うっ……」

 

吹き飛ばされたモフルンは地面を転がり、何かにぶつかって(うめ)き声を上げる。

 

「フフッ…」

「モ…フ…!?」

 

転がった先でモフルンを待ち構えていたのは不敵な笑みを浮かべたガメッツだった。

 

「モフー……!」

「フンッ。他愛ない…」

 

ガメッツはモフルンを片手で掴み、逃げられないように力を込める。

 

「うぅ…モフ……」

「はー……」

 

ギリギリと締め付けられ、苦しそうな声を漏らすモフルンの姿をはーちゃんが涙を浮かべながら見上げた。

 

「うぅ…うっ……はーちゃんは…逃げるモフ━…!」

 

締め付けられる圧力で苦しい筈なのにモフルンは自分よりもはーちゃんを逃がそうとする。

 

「はー…はー……」

「うっ…行くモフー!」

 

このまま一人だけ逃げたくないと躊躇(ためら)うはーちゃんにモフルンが語気を強めて叫んだ。

 

「うっ…ぅぅん……!」

 

モフルンの言葉に押されたはーちゃんは涙を振り払うように首を振り、背中を向けて勢いよく飛び立つ。

 

「うぅ…うっ……」

 

何度も墜落しそうになりながら必死に羽を動かし、はーちゃんは校舎を目指して飛んだ。

 

「逃がしたか。まあいい」

「モ…フ……」

 

はーちゃんが飛び去った方向に一瞬、目を向けたガメッツだったが、すぐに視線をモフルンの方に戻すと圧力をさらに強める。

 

「さあ…リンクルストーンを渡せ」

「ぐ……渡さないモフ!」

 

絶対に渡さないと抵抗するモフルンをガメッツは容赦なく締め上げた。

 

「ならば力ずくで奪うだけだ」

「モフ…っ」

 

増していく圧力に握り潰される事を覚悟したモフルンがぎゅっと目を(つむ)る。

 

「━━キュアップ・ラパパ!」

 

その瞬間、ガメッツの背後から杖を構えた八幡が呪文を唱えながら駆け込んできた。

 

「む?」

 

八幡に気付いたガメッツは少し驚いた顔をしながらも、避ける素振りすら見せない。

 

何故ならいくら奇襲で隙を突かれたとはいえ、このまま突撃されても八幡の体当たりくらいでガメッツはびくともしないからだ。

 

「━━地面よ、滑れ!!」

 

動かないガメッツに体当たりする直前、八幡は地面に向かって杖を振るう。

 

「な…!?」

 

杖から放たれた魔法は地面に作用し、油断していたガメッツの足元を文字通り(すく)った。

 

「っバカな!?」

 

滑る地面によって全く踏ん張りが効かないこの状況なら力の差は関係ない。八幡の体当たりを受けたガメッツは勢いよく滑ってそのまま背中から地面にすっ転んだ。

 

「モッフ~!?」

 

ガメッツが転んだ拍子に捕まっていたモフルンが宙に投げ出されてしまった。

 

「っモフルン!」

 

体当たりの勢いと滑りやすくなった地面を利用して加速した八幡が投げ出されたモフルンを上手く抱き止める。

 

「……っ大丈夫か?」

「モフ……ありがとうモフ」

 

怪我が無い事を確認した八幡はモフルンを抱えたまま急いでその場から離れようと走り出した。

 

(逃げるならあいつがひっくり返って動けない今しかない……!)

 

不意打ちは成功したものの、八幡の使う魔法程度では足止めくらいにしかならない。

 

闇の魔法使い、あるいは闇の魔法によって生み出された怪物…ヨクバールに対抗できるのは伝説の魔法使いプリキュアだけだ。

 

つまり、ガメッツを退けるためにはどうしてもみらいとリコの力が必要になる。

 

「っ……」

 

二人に頼らなければならないという結論に対して歯噛みする八幡。いくら陽動やアシストのための魔法が使えても、プリキュアのように直接戦ったり、闇の魔法を浄化する事が出来ないのが酷くもどかしい。

 

「八幡…?」

 

感情が思っていたよりも表情に出ていたようでモフルンが心配そうに覗き込んでくる。

 

「……何でもない。とにかく今はあいつらと合流する事が先決だ」

 

暗い思考を頭の隅に追いやった八幡はそう言って前を向き、中等部を目指して走るペースを上げた。

 

「もしかして八幡はみらい達のところに向かってるモフ?」

「…俺達だけじゃどうしようもないからな」

 

八幡とモフルンだけではガメッツを止められないし、かといってこのまま放置する訳にはいかない。元より取れる選択肢が他にはないのだ。

 

「それは駄目モフ!みらい達が戦ったら魔法をみんなに見られちゃうかもしれないモフ!!」

「は?いや、それはそうだが……」

 

みらい達との合流を強く拒むモフルンに八幡は思わずたじろぐ。

 

「八幡だってさっきみたいに魔法を使って誰かに見られたら大変モフ!…だから…だからモフルンが……」

 

どこか思い詰めた表情で俯き、呟くモフルン。おそらく昨日の教頭の話をモフルンもしっかりと聞いていたのだろう。

 

確かにモフルンの言う通り、戦いになれば目立つし、迂闊に魔法を使えば誰かに見られるかもしれない。

 

もしそうなれば杖を没収され、魔法の使用を禁じられるという重い罰が待っている。しかし━━

 

「……大丈夫だモフルン」

「モフ…?」

 

その言葉に俯いていたモフルンが顔を上げると八幡がドヤ顔を浮かべていた。

 

「知ってるか?問題は問題にしなければ問題にならない」

 

重い罰が下るのはあくまでも見つかればの話。仮に見つかったとしても魔法だと気付かれなければ問題はないし、いくらでも誤魔化せる。

 

「問題…モフ?」

 

言い回しのせいか、いまいちピンときていない様子のモフルンに八幡は咳払いをしてドヤ顔を引っ込めた。

 

「んんっ……つまりあれだ、バレなきゃ大丈夫って事だ」

 

モフルンに伝わるよう八幡はわかりやすく簡潔に言い換える。その結果、奇しくも昨晩のみらいと同じような台詞を口にしていた。

 

「でも…」

 

言葉の意味を理解してなお、食い下がろうとするモフルンに対し、八幡はそれを遮るように続ける。

 

「それに、だ。もしバレる可能性があったとしても、あいつらは戦うと思うぞ」

 

八幡達が知らせなくとも時間が経てば騒ぎは大きくなり、否が応でも二人の耳に入る。

 

そうなった時、みらいとリコは魔法を隠すことよりも誰かを守る事を優先する筈だ。

 

ましてそのためにモフルンが傷つくというのなら、ルールを押し退けてでもあの二人は戦うだろう。

 

「二人のために頑張ろうとしてるのはわかるが、そのせいでモフルンが危ない目に遭うのをあいつらが望むと思うか?」

「モフ……」

 

これまで八幡自身が何度もそうして、その度に言われてきた事だ。自分の事を棚に上げていると言えばそれまでだが、それでも……だからこそモフルンに同じ事をさせるわけにはいかない。

 

「……誰だって一人で出来る事には限界がある。だからモフルンはモフルンにできる事を頑張ればいい」

 

自分の言葉が自分に返ってきているのを自覚しながらも八幡はモフルンに諭すように語る。

 

「八幡……ありがとうモフ」

「……とにかく今はあいつが起き上がってくる前に合流しないとな」

 

モフルンのお礼に八幡は照れた顔を誤魔化すようにそっぽ向き、早口で呟いた。

 

 

 

 

 

 

二人が中等部の校舎に向かって走っている頃、八幡に転ばされたガメッツは未だにその場から動けないでいた。

 

「くっ…おのれぇっ!まさか我があのような者に遅れをとるとは!!」

 

背負っている甲羅が邪魔をして起き上がる事ができないガメッツは手足をバタバタさせながらもがき叫ぶ。

 

「こうなれば……こいっ!ヨクバール!!」

「ヨクバール!」

 

このままでは時間がかかると判断したガメッツは飛行機ヨクバールを呼び、その体に掴まる事でようやく起き上がる。

 

「っ……逃さぬぞ。リンクルストーンは必ず我が貰い受ける」

 

ガメッツはそれだけ呟くと二人が向かった方にヨクバールを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、始業式を終えたみらいとリコはモフルン達の行方を気にしてソワソワしながらHR(ホームルーム)を受けていた。

 

「お願い……」

「早く……」

 

二人は顔の前で手を合わせ、一刻も早くHRが終わるように祈る。

 

━━━キンコーンカーンコーン

 

「あっ」

 

待ち望んだ終わりを告げるチャイムにみらいが思わず声を漏らした。

 

「……はーちゃん!?」

 

何かに気付いて窓の外に顔を向けたリコは驚き、声を上げる。

 

「えっ?」

 

みらいがリコに釣られて窓の外を見ると、そこには涙で顔を濡らしながら必死に窓を叩いて何かを訴えるはーちゃんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合流を目指して中等部に向かっていた八幡とモフルンは追ってきた飛行機ヨクバールにジリジリと追い詰められていた。

 

「八幡後ろモフ!!」

「っ……!?」

 

モフルンの声で咄嗟に屈んだ八幡は間一髪のところでヨクバールの突進をかわす事に成功する。

 

「ヨクバール!!」

 

しかし八幡とモフルンには安堵する間も無かった。なぜなら突進をかわされたヨクバールが攻撃の手を休める事なくそのまま旋回して再びこちらの方へと迫ってきたからだ。

 

「またくるモフ!」

「休む暇もないって事か……!」

 

二度目の突進を横っ飛びでかわした八幡は悪態をつきながらも立ち上がり、走り通しで悲鳴を上げる身体に鞭を打って必死に足を動かした。

 

「ヨクバール!ヨクバール!ヨクバール!!」

 

逃げる八幡達をヨクバールを容赦なく追い詰める。このままでは八幡達が避けきれなくなるのも時間の問題だろう。

 

「っ……はぁ……はぁ……」

「ごめんモフ……」

 

息も絶え絶えな八幡の様子に抱えられているモフルンが自分には何も出来ないと俯く。

 

「……別に……モフルンが……謝る……事じゃない……だろ……」

 

近くの草むらに飛び込む事で一時的にヨクバールをやり過ごした八幡は息を整えながら続けた。

 

「……さっき言った通り……出来る事をやればいい……今……俺に出来るのが……モフルンを二人のところまで連れていく事ってだけだ……」

 

八幡では逆立ちしてもヨクバールに敵わない。だが、敵わなくともモフルンを抱えて逃げる事くらいは出来る。ならば逃げながらモフルンをみらい達の元に送り届けるのが八幡の役目だろう。

 

「だから……まあ……今は俺が頑張る……後はモフルン達に任せた」

 

そう言って八幡は俯くモフルンの頭を優しく撫でた。

 

「モフ……任されたモフ!」

 

撫でられたモフルンは気持ち良さそうに目を細めると先程まで俯いていたのが嘘のような力強い返事を返す。

 

「……よし、ならこのまま隠れながら中等部の校舎に急ぐぞ」

「モフ!」

 

周囲を窺いつつ、そのまま草むらに沿って進む二人。一時的に隠れたつもりだったが、運良く見つからずに済んだらしくヨクバールが近付いてくる気配はない。

 

(これなら見つからずに辿り着けそうだな)

 

中等部の校舎まであと少しと迫り、八幡は進む速度を上げる。ここまでくれば八幡が見つかったとしてもモフルン一人で校舎まで走れる距離のため最悪の事態は避けられると判断したからだ。

 

「あと少しモフ……!」

 

八幡達はヨクバールがいない事を確認してから隠れていた草むらを抜けて開けた道を一気に駆け出そうとする。

 

 

「━━我から逃げられると思ったか?」

 

 

突然の声と共に鈍い痛みと衝撃が八幡を襲った。

 

「がっ……ぐっ!?」

「モフっ!?」

 

衝撃に耐えきれなかった八幡は吹き飛ばされて宙を舞い、そのまま地面に落下する。幸い落ちた高さが大したことなかったので大事には至らなかったが、それでもすぐに動ける状態ではなかった。

 

「ごほっ……モフルン大丈夫か?」

「だ、大丈夫モフ……」

 

咳き込みながらもモフルンを心配して声をかける八幡。落ちる瞬間、咄嗟に八幡が体を入れ換えたおかげでモフルンに大きな怪我はないようだった。

 

「……フンッ。思った以上に吹き飛んだな」

「っお前は……」

 

顔を上げるとそこには八幡が足止めしたはずのガメッツが二人を見下ろすように立っていた。

 

「先程の礼をしようと思っていたが、その様では立つこともできまい」

 

動けない八幡を一瞥したガメッツはつまらなさそうにそう言うとモフルンの方に手を伸ばす。

 

「モフルン逃げろっ」

「モフっ……!」

 

八幡の叫びに反応してモフルンがガメッツの手から逃れるように駆け出した。

 

「逃すかっヨクバール!!」

「ヨクバールッ!」

 

ガメッツの呼び掛けに上空からヨクバールが現れ、急降下してモフルンの進路を塞ぐ。

 

「ぐっ……モフルン……!」

 

逃げ道が塞がれてしまったモフルンを助けようと八幡が動かない体に力を込めて無理矢理立ち上がった。

 

「ほぅ……まだ立ち上がれたか」

 

感心した声を上げるガメッツを無視して八幡はモフルンの元へと走る。たとえ無茶を通してでもモフルンを捕まえさせる訳にはいかない。

 

「キュアップ・ラパパ!風よ……」

 

八幡は杖を片手に足が(もつ)れそうになるのをどうにか堪えながら魔法を放とうと呪文を唱える。

 

「━━だが、邪魔はさせんぞ。魔法使い」

 

先に走り出していた八幡にたった一歩で追い付いたガメッツが無造作に腕を振るった。

 

「っ……!」

 

ガメッツの攻撃に対して八幡は呪文を中断し、咄嗟に腕を交差させて防御を試みる。

 

「ぐっ……がっ!?」

 

軽く振るわれた筈の拳はいとも容易くその防御を貫き、衝撃で八幡を吹き飛ばした。

 

「八幡!」

「人の事を心配している場合か?」

 

八幡を心配して気を取られている隙にガメッツは片手でモフルンを掴み上げ、そう言い放つ。

 

「モフ……!」

 

捕まったモフルンはどうにか抜け出そうともがくが、ガメッツの腕はびくともしなかった。

 

「……往生際が悪いな。大人しくリンクルストーンを寄越さぬか」

「っ渡さないモフ!」

 

引き渡しを断固として拒否するモフルンにガメッツは苛立ちを(あらわ)にする。

 

「ならばこれでどうだ……」

 

モフルンを片手から両手に持ち変えたガメッツはギリギリと締め上げるように力を込めた。

 

「モフ……」

 

震えながら恐怖を必死で押し殺し、モフルンは気丈に耐える。

 

「げほっ……モフ……ルン……」

 

吹き飛ばされ、鈍い痛みと混濁する意識の中で八幡は地に伏したままモフルンの方へ手を伸ばそうとするが、それ以上体が動かない。

 

「さあリンクルストーンを渡してもらうぞ」

「モ……フ……」

 

限界の近いモフルンとダメージで動けない八幡。このままリンクルストーンを奪われ最悪の結末を迎えてしまうかに見えたその時━━━━

 

「モフルン!」

 

HRからようやく解放されたみらいとリコがはーちゃんと共に二人の元へ駆けつけた。

 

「っ……八幡!?」

 

ガメッツから少し離れた場所で倒れている八幡を見つけたリコが急いで駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

「げほっ……あ、ああ……こっちは大丈夫だ。それよりもモフルンを……」

 

咳き込みながらも駆け寄ってきたリコに対してそう答える八幡。今、優先すべきなのは八幡よりもガメッツに捕らわれたモフルンの救出だ。

 

「モフルンを離して!」

 

苦しそうにしているモフルンの姿を目にしたみらいがガメッツに向かって叫ぶ。

 

「おお、プリキュア。そちらから挑んでくるとは……だが我の使命はリンクルストーン……」

 

みらいとリコが現れた事でガメッツは存分に戦えると歓喜したが、手の中のモフルンに目を向け、与えられた使命と欲求の間で逡巡(しゅんじゅん)する。

 

「……っヨクバール!」

 

悩んだ末に使命を選んだガメッツは離れた所にいるヨクバールを呼びつけ、二人の相手を命じた。

 

「ヨクバールッ!」

 

命令を受けたヨクバールはすぐにみらい達の真上まで飛んでくると、狙いを定め、急降下しながら突撃してくる。

 

「わぁっ!?」

 

ヨクバールの巨体から繰り出される突進は直撃こそしなかったものの、その風圧だけで軽くみらいを吹き飛ばしてしまった。

 

「みらい!」

「はー!」

 

吹き飛ばされたみらいを心配してリコとはーちゃんが声を上げる。

 

「待っていろプリキュア。リンクルストーンを取り上げた後、我も相手をしてやるわ」

 

どうやらガメッツは自らの欲求を抑えた訳ではないらしい。早く使命を果たして二人と戦うためにモフルンから無理矢理リンクルストーンを奪おうとする。

 

「ぐっ……モフルンを離して!!」

「待ってみらいっ!」

 

それは無茶だと止めようとするリコの静止の言葉も聞かずに立ち上がったみらいはガメッツに向かって走り出した。

 

「ヨクバール!」

 

モフルンを助けるために走るみらいの行く手を塞ぐように旋回してきたヨクバールが向かってくる。

 

「っ……!」

 

再びヨクバールの突進による風圧で吹き飛ばされるみらい。いくら直撃していないと言っても吹き飛ばされる度に痛みは蓄積していく。

 

「みらいー!」

 

自分を助けようと無茶をして傷つくみらいにモフルンの口から悲痛な声を上げる。

 

「モフ…ルン……!」

 

助けたいのに近寄ることすら出来ない現状にみらいは歯噛みし、悔やむようにモフルンを見つめた。

 

「みらい……」

 

そんなみらいの様子にリコも思わず力を込めて拳を握る。

 

「……キュアップ・ラパパ━━━━」

 

ガメッツとヨクバールの注意がみらいとモフルンに向いたこの瞬間、倒れている八幡が箒を取り出し、痛む体に鞭を打って飛び出した。

 

「箒よ、飛べ!」

 

飛び始めた箒は初速からトップスピードまで一気に加速し、飛び上がってから急降下してガメッツに向かっていく。

 

「ぐっ……お……!」

 

ただでさえ扱いの難しい箒を今のボロボロの状態で自由に操れる筈もなく、八幡は振り落とされないように必死でしがみつくのがやっとだった。

 

「フンッ何をしてくるかと思えば……ヨクバール!」

 

自分の方に真っ直ぐ向かってくる八幡をちらりと見たガメッツはつまらなそうに鼻を鳴らして指示を下す。

 

「ヨクバールッ」

 

ガメッツの指示を受け、先程までみらいの行く手を阻んでいたヨクバールが加速しながら旋回して今度は八幡の進路に立ちはだかった。

 

「っ……!」

 

目の前に現れたヨクバールに対して箒にしがみつくのが背一杯の八幡にはどうすることも出来ない。

 

「ヨクバール!」

「がっ!?」

 

互いに正面から激突する八幡とヨクバール。その結果、当然ながら大きさと強さが勝るヨクバールがその対決を制し、八幡を乗せた箒は木々が密集した場所に落下していく。

 

「八くんっ!?」

「八幡っ!」

 

墜落していく八幡の姿にみらいとリコの口から悲鳴が漏れた。

 

いくら魔法が使えても八幡の体はプリキュアのように丈夫ではない。ヨクバールの巨体から繰り出される突進をまともに受ければどうなるかは想像に難くないだろう。

 

「愚かな……」

 

一瞬、八幡が墜落した辺りに目を向けたガメッツだったが、短くそれだけ呟いてすぐにモフルンの方へと向き直った。

 

「まあいい。さっさとリンクルストーンを……」

「駄目モフ……!」

 

再度リンクルストーンの引き渡しを要求しようとしたガメッツの言葉を遮るようにモフルンがその答えを重ねる。

 

「学校はわくわくで楽しい所モフ!」

「何……?」

 

真っ直ぐ強い意思を秘めた瞳を向けてくるモフルンにガメッツは眉をひそめた。

 

「みらいもリコも八幡もみんなが笑顔になれる場所が学校モフ……だから怖いのや痛いので邪魔しちゃ絶対に駄目モフ━━━━!!」

 

強い想いを叫んだ瞬間、モフルンから辺りの景色を塗り潰す程の眩い閃光が溢れ出す。

 

「ぬぉっ!?」

「ヨクバール……!?」

 

溢れ出した光はガメッツを怯ませ、空中で旋回しているヨクバールをも退けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モフルンから放たれた閃光は墜落した八幡の所まで届いていた。

 

「痛っ…………この光は……」

 

光に気付き、草木に埋もれた状態で目を覚ました八幡はまだはっきりしない意識の中で辺りを見渡しながら状況を整理しようとする。

 

「……確かヨクバールと激突して……それから」

 

少しずつ意識が覚醒してきた八幡は自分がヨクバールと衝突し、洒落にならない高さから落ちた事を思い出した。

 

「生きてる……そうか……箒の……」

 

普通なら起き上がる事も出来ない程の重症を負っていてもおかしくない筈なのに、こうして五体満足でいられるのは箒に施された魔法の安全装置が働いたおかげだろう。

 

「怪我も治りかけてるな……これはこの光の力か……?」

 

落下の際に木々で引っ掛けた傷や安全装置で防ぎきれなかった衝撃によって出来た打撲傷が少しずつ治癒していくのを見て八幡が光の正体をなんとなく察する。

 

「……動けるならここでじっとしてるわけにもいかないだろ」

 

八幡は未だガメッツやヨクバールと交戦中であろうみらい達の元へ向かおうとするが、なぜか手足が震えてうまく立つ事が出来なかった。

 

「………………」

 

光のおかげで多少回復したとはいえ、積み重なった疲労やダメージが完全に無くなったわけではない。だが、八幡が立てない理由はそんな身体的なものではなく別にあった。

 

「……今更怖くなったってか」

 

確かに目の前に迫る怪物や高所からの落下は恐怖を感じる要因に充分なり得る。

 

しかし、八幡がこうして九死に一生を得たのは別に今回が初めてというわけではなかった。これまで何度も危険な目にはあってきたし、初めて闇の魔法使いと遭遇した時も足が竦んだの事を八幡は覚えている。

 

「あの時よりもやれる事はある……それにこのくらいなら今まで何度も……」

 

自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がろうとするが八幡の言葉とは裏腹に体は動かない。魔法を覚え、幾度となく闇の魔法使いやヨクバールと対峙してきた筈なのに。

 

(……いや、何度経験したって痛いものは痛いし、怖いものは怖い。それが当たり前だ)

 

八幡は超人でもなければヒーローでもない。痛みを恐れ、恐怖で怯む一人の人間だ。魔法や箒の扱いが上手くなろうとそれは変わらない。

 

「…………行くか」

 

瞑目し、ゆっくりと深呼吸をして立ち上がる八幡。手足の震えはまだ収まらない。けれど八幡はそれでも足を止める事なく戦いの渦中いるであろうみらい達の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モッフ~~~!!」

 

ガメッツの手から逃れたモフルンが光を放ちながらゆっくりと宙に浮き上がる。

 

「トパーズ……わくわくのリンクルストーンモフ!」

 

闇を退けた光の正体はガメッツに渡すまいとモフルンが大事に抱えていたリンクルストーン・トパーズだった。

 

「バカな……!こんな小さき者に力を貸すというのか!?」

 

光が止み、モフルンの手にあるリンクルストーンを見てガメッツはあり得ないと驚愕の表情を浮かべる。

 

「みらい!リコ!」

 

淡い虹色の光を纏ったモフルンはトパーズを手にみらい達の元へ飛んでいく。

 

「「うん!」」

「はー!」

 

モフルンの呼び掛けに答え、みらいとリコは合流して互いに手を繋ぎあった。

 

 

「「キュアップ・ラパパ!!」」

 

 

みらいとリコが繋ぎあった手を空に掲げて呪文を唱えると地面から金色の光が飛び出し爆ぜる。

 

 

「「トパーズ!」」

 

 

二人と共に飛び上がったモフルンの元にキャンディの包みが現れ、その中からリンクルストーン・トパーズ飛び出した。

 

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

 

トパーズがモフルンにセットされるとそれぞれ手を繋ぎ、輪になって浮き上がる━━━

 

 

 

━━━金色の光はキャンディの嵐となってみらいとリコに降り注いで二人の姿を変えていった。

 

 

━━━━ぴょん♪

 

 

輝く魔法陣から飛び出したモフルンは巨大なプリンをクッションにして跳ね、二人と共に着地する。

 

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

 

沸き上がるワクワクな気持ちとお菓子な衣装を身に纏う伝説の魔法使い……プリキュア・トパーズスタイルの力が今、解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トパーズのプリキュアモフ~!」

 

変身した二人の姿にモフルンが嬉しそうに声を上げる。

 

「「……?」」

 

ガメッツとヨクバールを見据え、駆け出そうした二人の周りにサッカーボール程の大きさを持つ黄色の玉が四つ現れた。

 

「これは……」

 

突然現れた玉に疑問を感じて二人はそれが何なのかを確かめようとする。

 

「エメラルドではなかったか……だが、なんという不思議な格好……我がヨクバールに通じるかな?」

「ヨクバール!」

 

しかし、二人が玉の正体を確かめるより先にガメッツの指示を受けたヨクバールが攻撃を仕掛けてきた。

 

「「ふっ!!」」

 

突撃してきたヨクバールに対し、ミラクルとマジカルは跳躍する事でそれをかわす。

 

「それでかわしたつもりか!その出で立ちのように甘い!」

「ヨクッ!」

 

旋回したヨクバールが二人を狙って機関銃のように闇のエネルギー弾を発射した。

 

「「っ!!」」

 

空中で身動きのとれないミラクルとマジカルは腕をクロスさせてエネルギー弾を防ごうとする。

 

「「え?」」

 

衝撃と痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じた二人だったが、周りに浮いている黄色の玉がいつの間にか盾の形に変化してヨクバールの攻撃を受け止めていた。

 

「な、何ぃっ!?」

 

当たると思っていたヨクバールの攻撃を防がれ、ガメッツが驚愕して声を上げる。

 

「あれがトパーズの力モフ!」

 

叫ぶモフルンの目線の先でミラクルとマジカルは黄色の玉を変化させて足場に変え、その上に落下した。

 

「「わあっ!?」」

 

黄色の玉が変化した足場はまるでトランポリンのような弾力性を備えてたようで落下の衝撃も相まって二人はさらに空高く跳ね上がる。

 

「「あ……」」

 

足場が弾んだ事に二人は驚くも飛び上がった先にヨクバールの姿を見つけると互いに視線を交わして息を合わせた。

 

「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

気合いの叫びと共に無防備なヨクバールの顔面にドロップキックが炸裂する。

 

「ヨック……バールッ!?」

 

二人の蹴りを正面から受けたヨクバールはひっくり返り空中でたたらを踏むもすぐに起き上がって体勢を立て直した。

 

「その程度では敗れはせん」

 

トパーズスタイルの能力に驚いていたガメッツはようやく落ち着きを取り戻し、冷静に戦況を見極める。

 

「ふっ……はぁっ!」

 

盾に足場と変わっていく様子を目にした事で黄色の玉を使い方を理解し始めたマジカルは空中で姿勢を正すと玉をブーメランのような形に変え、ヨクバールに向かって投擲した。

 

「ヨクバール」

 

自分目掛けて飛んでくるブーメランに気付いたヨクバールは体を斜めに傾けてそれを回避する。

 

ヨクバールという的を外し、弧を描いてマジカルの元に戻ろうとするブーメランを軌道上に跳んできたミラクルがキャッチした。

 

「だあっ!」

 

ミラクルは両手に握ったブーメランを交差させて身の丈ほどあるハンマーを作り出すとさらに自分の周りに浮いている玉も加え、手元で回転させる。

 

「ヨォォッ!」

 

それを隙だと判断したヨクバールがミラクルに向かっていく。

 

迫るヨクバールに対してミラクルは二人分の玉を使って作り出した超特大の〝ピコピコハンマー〟を思いっきり振りかぶった。

 

「これで━━━どうっ……だぁぁぁ!!」

 

裂帛(れっぱく)の気合いを込めて振り下ろされたハンマーは向かってきたヨクバールの頭を(あやま)たず捉え、その巨体を地面に叩きつける。

 

「ヨック~~~~ッ!!?」

 

ハンマーの衝撃は先程のドロップキックの比ではなくヨクバールは派手に土煙をたてながら大地に沈んだ。

 

「はー!」

「やったモフー!」

 

強烈な一撃が決まり、はーちゃんとモフルンがヨクバールを倒したと喜びはしゃぐ。

 

「動きが読めん……ぬぅぅぅ……怯むな!行けヨクバール!!」

 

黄色の玉を様々な形に変えて戦うトリッキーなトパーズスタイルの戦術に歯噛みしながらもガメッツはヨクバールに活を入れる。

 

「ギョイッ!」

 

活を入れられたヨクバールはむくりと顔を上げ、ダメージなんてなかったかのように勢いよく空に飛び上がった。

 

「ヨクバー……ルルルルルルッ!!」

 

ヨクバールは旋回し、空高くから二人目掛けてエネルギー弾を乱れ撃つ。

 

「「くぅっ……!」」

 

地面を抉りながら迫ってくるエネルギー弾を変化させた盾で防ぐ二人。どうやらミラクルの一撃はきちんとヨクバールに効いていたらしく照準がぶれてエネルギー弾がどんどん二人から外れた場所を撃ち抜いていく。

 

「わぁっわぁっわぁっ~~~!?」

「はー!?はー!?はー!?」

 

狙いの逸れたエネルギー弾が離れたところにいるモフルンとはーちゃんを襲った。

 

「モフルンっ!」

「はーちゃんっ!」

 

モフルン達の方に迫るエネルギー弾に気付いたミラクルとマジカルが二人の元に向かうが、到底間に合わない。

 

「━━━あぁぁぁぁっ!!」

「モフッ!?」

「はー!?」

 

エネルギー弾が当たる直前で草むらから駆け込んできた八幡が二人を抱き抱えて倒れ込むように跳ぶ。

 

 

━━━━━ドドドドドドッ!!

 

 

先程までモフルンとはーちゃんがいた場所をエネルギー弾が駆け抜ける。もしあの場に留まっていたら二人はボロボロにされた地面と同じ運命を辿っていただろう。

 

「っ……大丈夫か?」

 

衝撃で苦痛に顔を歪めながらも八幡はモフルン達の無事を確認する。

 

「八……幡……?モフ!良かったモフ!無事だったモフ!」

「はー!はー!」

 

自分達の事よりも人の無事を喜ぶ二人に八幡は思わず苦笑を漏らした。

 

「八くん!良かった無事だったんだ……」

「八幡のおかげでモフルン達も無事みたいね……」

 

三人の姿を見てミラクルとマジカルがほっと安心して胸を撫で下ろす。

 

「ルルルルルッ!」

 

しかし安堵したのも束の間、ヨクバールの乱れ撃ちは止む事なく土煙を巻き起こしながら再び迫ってきた。

 

「っ走るぞ二人共!」

「モフ!」

「はー!」

 

身体が訴えてくる痛みに歯を食い縛って耐え、八幡は走り出す。

 

ドドドドドドッ!!

 

出鱈目に撃ち散らかしている筈なのに三人の後を追ってくるエネルギー弾。止む事のない苛烈な攻撃は走る八幡達を追い詰めていく。

 

「止めなきゃ!マジカル!」

「わかってる!行くわよ!」

 

暴れているヨクバールを止めるべく黄色の玉を足場に変えてミラクルとマジカルが空を駆ける。

 

「ヨクバー……ルルルルルルッ!」

「わっ!?」

「きゃっ!?」

 

近付いてくる二人に対してヨクバールは上下左右あらゆる角度に船体を回転させ、弾幕の壁でミラクルとマジカルを弾き飛ばした。

 

「ミラクル!マジカル!」

「はー!」

「っまず!?」

 

落ちていく二人を心配して声を上げるモフルンとはーちゃん。それに続いて振り向いた八幡の目がこちらへと飛んでくるエネルギー弾を捉えた。

 

「伏せろ!!」

「モフッ!!?」

「はー!?」

 

八幡がモフルンとはーちゃんを庇うように覆い被さる。その直後、すぐそばにエネルギー弾が着弾し、衝撃が八幡達の頭上を走り抜けた。

 

「っ……」

 

このまま倒れてしまいたい気分になるがそういうわけにはいかない。息つく暇もなく八幡は二人を抱えてその場を離れようとする。

 

(足が……!?)

 

重ねに重ねた疲労がついにピークを迎えたらしく八幡の足は固まったように動かない。

 

「バー……ルルルルッ!」

 

まるでそこに追い討ちをかけるようにヨクバールの乱れ撃ちが再び襲い掛かる。

 

「くっ……あぁっ!!」

 

眼前に迫るエネルギー弾に八幡はモフルン達の前へ転がるように躍り出て杖を突き出した。

 

(っ一か八か風の魔法で……!)

 

魔法を暴発させて軌道をずらそうとするが、間に合うかどうかも成功するかどうかもわからない。

 

覚悟を決めて賭けに出た八幡とその後ろにいるモフルンを庇うようにはーちゃんが腕を交差させながら前に出てきた。

 

「「はーちゃん!?」」

 

予想外なはーちゃんの行動に八幡とモフルンが声を揃えて驚き、止めようとするも間に合わない。

 

「━━━━はー!!」

 

はーちゃんが叫ぶのとほぼ同時にエネルギー弾が着弾して衝撃と共に三人のいた場所が派手な土煙に覆われる。

 

「モフルン!?八くん!?」

「はーちゃん!?八幡!?」

 

エネルギー弾が直撃した光景を目の当たりにしたミラクルとマジカルは駆け寄りながら最悪の事態を想像した。

 

「はー!」

 

煙が晴れるとそこには八幡とモフルンを包み込むように淡いピンク色のバリアを展開しているはーちゃんがいた。

 

「わぁ……」

「はーちゃん……!?」

 

まさかはーちゃんにヨクバールの攻撃を防ぐ力があるなんて思いもよらず驚く二人。そしてはーちゃんのバリアに守られているモフルンと八幡もまた驚きに目を見開いていた。

 

「はーちゃんが……守ってくれたモフ?」

「そう……みたいだな……」

 

呆然として呟かれたモフルンの言葉に八幡が同じく呆然して返す。この時、八幡はバリアを張って自分達を守るはーちゃんを見て不思議な感覚を覚えていた。

 

(胸の奥が熱い……これは……)

 

今までに感じた事のない感覚に八幡は戸惑い、疑問を浮かべる。その感覚は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ように感じた。

 

「……ちっこいのにやりおるな」

 

攻撃を防がれたにもかかわらず、嬉しそうな表情を浮かべたガメッツは思わぬ力を発揮したはーちゃんに狙いを定める。

 

「相手にとって不足はない。行けヨクバール!」

「ギョイッ!」

 

ニヤリと笑いヨクバールに指示を下すガメッツ。そして指示を受けたヨクバールがバリアを張っているはーちゃん目掛けて突進を繰り出した。

 

「モフルンとはーちゃん……」

「あとついでに八幡を……」

 

「「いじめないで!!」」

 

ミラクルとマジカルは声を揃えてそう言うとはーちゃんの前に立ち、向かってくるヨクバールを真っ直ぐ見据える。

 

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「モッフ~~!」

 

 

モフルンの胸に輝くリンクルストーンから黄色の玉が飛び出した。

 

「モッフ♪」

 

飛び出した黄色の玉に乗ってくるくると一回転したモフルンは可愛らしい掛け声と共にそれを頭で打ち出す。

 

「ふっ!」

 

飛んできたモフルンからのパスをミラクルがリンクルステッキで受け止め、今度はマジカルの方に打ち出した。

 

「はっ!」

 

ミラクルからのパスを受け取ったマジカルはリンクルステッキをテニスラケットのように振りかぶるとそのまま天高く打ち上げる。

 

 

「「トパーズ!」」

 

 

パスを受け止めた二人のリンクルステッキの柄にはトパーズがセットされ、輝く稲妻を纏っていた。

 

 

「「金色の希望よ……私達の手に!」」

 

 

二人は勢いよく跳び上がって打ち上げられた黄色の玉を掴んで手を繋ぎあう。

 

 

「「フル……フル……リンクル━━!」」

 

 

リンクルステッキを重ね合わせたミラクルとマジカルはジグザグに線を引いて稲妻マークを描き出すとそれを混ぜるように回転させて球体を作り出した。

 

━━━━━カンッ

 

球体を掲げた二人がステッキを打ち鳴らすと稲妻の柱が建ち上がり、巨大なリンクルステッキに変わる。

 

そしてそこへタイミングを見計らったかのように闇の魔法を全開に纏ったヨクバールが猛スピードで突撃してきた。

 

ガキンッ━━━ガチャンッ

 

巨大なリンクルステッキが倒れ、突撃してきたヨクバールを拘束する。

 

 

「「プリキュア━━━……」」

 

 

拘束されたヨクバールの前に黄色の魔法陣が形成されると巨大なリンクルステッキに稲妻が走り始めた。

 

 

「「トパーズ・エスペランサ!!」」

 

 

腕を交差させて呪文と共に前に突き出すと稲妻の奔流が巨大なリンクルステッキに流れ込み、磁場を作り出してヨクバールを引き寄せる。

 

ヨクバールを砲弾、巨大なリンクルステッキを砲身とし、電磁加速砲(レールガン)の要領で撃ち放った。

 

「ヨクッ━━━……バ━━━━ル━━……」

 

浄化の雷に包まれて砲弾と化したヨクバールは何度も地面に叩きつけられ、バウンドしていく。

 

飛んでいったその果てに雷が弾けて地面に拡がり、それによって吹き出した紅蓮の炎に覆い尽くされたヨクバールは浄化されて元の掲示板と桜の木に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出で立ちに惑わされたわ!……オボエテーロ!!」

 

浄化されたヨクバールを見て悔しげな表情を浮かべたガメッツが捨て台詞と共に呪文を唱えて消える。

 

「終わった……か」

 

ガメッツが消え、壊された景色が元に戻っていく中でぽつりと八幡。その胸中には、はーちゃんが力を発した時に感じた不思議な感覚についての疑問が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いが終わり、全てが無事に修復された後で変身を解いたみらい達はモフルン達と向かい合っていた。

 

「どうして学校に来てたの?」

 

みらいがモフルンに向かって尋ねる。結果的にモフルンが学校にいたおかげでガメッツの襲来に対応出来たものの、本来なら校長からの連絡に備えてみらいの家で待機している筈だった。

 

「勝手に来てごめんモフ……」

「はーはー!はー!」

 

尋ねられてしょんぼりした顔で謝るモフルンとその横で庇うように何かを訴えるはーちゃん。その様子を見て二人が学校に来た理由を何となく気付いている八幡が口を挟もうとする。

 

「は~~~~!!」

 

八幡が口を開こうとしたその瞬間、叫ぶと共にはーちゃんの体が一際強く輝きだした。

 

「え━━?」

「へ━━?」

「あ━━?」

「モフ━━?」

 

突然の出来事に呆然と驚くみらい達を他所にはーちゃんは光り輝きながら姿を変化させていく。

 

「えぇっ!?」

「また大きくなった!?」

「か、可愛い……」

 

成長前より二回りは大きくなり、背中には妖精らしい四枚のエメラルドグリーンの羽、ピンク色のお団子を左右に結った髪の上には白い花飾りを乗せ、ふわふわとした可愛い服装に身を包んだはーちゃんの姿をみらい達がまじまじと見つめる。

 

「みらいーリコー」

「「え……?」」

 

たどたどしい口調で言葉を話すはーちゃんに再び驚く一同。そしてはーちゃんはみらいとリコを真っ直ぐ見つめながら言葉を続ける。

 

「モフルンはー……一人で頑張ったの……みんなの学校……邪魔しないように……」

 

一緒にいてモフルンが頑張った事を知っているはーちゃんがゆっくりとみらい達に向けてそれを訴えた。

 

「でも……やっぱりモフルンもはーちゃんも……みんなと一緒がいいの……学校も一緒がいいの!」

 

家でも学校でもずっと一緒に過ごしたいというはーちゃんの想いを聞いてみらいとリコは顔を見合わせる。

 

「…………まあ自分達だけ留守番って言われるのは置いてきぼりにされたみたいであれだからな」

 

先程まで言葉を話すはーちゃんの可愛さに悶絶していた八幡がようやく正気を取り戻し、モフルン達をフォローするように呟いた。

 

「モフ……」

 

はーちゃんの訴えと八幡の呟きを受けたみらいとリコはモフルンを優しく抱き上げる。

 

「モフルン、私達のためにありがとう」

「はーちゃんもありがとう」

「モフ?」

 

抱き上げられてお礼を言われたモフルンが不思議そうに首を傾げた。

 

「……明日からはちゃんと隠れててね?見つかったら大変」

「はーちゃんもね?」

「はー……?」

「……学校に来ていいモフ?」

 

二人の言葉にモフルンとはーちゃんが驚き、目を輝かせる。

 

「みんなで学校に通えるなんて……ワクワクもんだよ~~~~!!」

 

みらいのはしゃぐ声にリコ達の嬉しそうな笑い声が木霊し、そばにいる八幡もまた微かな笑みを(こぼ)した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば八くん私達よりも早くモフルンの助けに来てたけどHRはどうしたの?」

 

一頻(ひとしき)り喜びあった後でふと浮かんだ疑問をみらいが口にする。

 

「…………き、緊急事態だったから……まあその……サボタージュを……」

 

まさかその事を聞かれるとは思ってもみなかった八幡は目線を逸らしながら誤魔化すようにそう答えた。

 

実を言えばモフルンを探しにいった当初はガメッツに襲われてるとは知らず、見かけたような気がするから取り敢えず探してみるかという緊急性の薄い理由だったのだが、わざわざそれを言う必要もないだろう。

 

「……八幡。あなた出席日数は大丈夫なの?」

 

高校生である八幡には日数が足りなければ補習、あるいは留年の可能性もある事を知っているリコが心配そうに尋ねる。

 

「大丈夫だ。最悪、先生に土下座して謝り倒せば何とかなる」

「……それって大丈夫なのかな?」

「……大丈夫じゃないと思う」

 

言っている事は後ろ向きなのに得意げな表情を浮かべる八幡。それを見てみらいは首を傾げ、リコは呆れてこめかみの辺りを軽く抑える。

 

「……あ、そうだ!八くんこの後家においでよ」

 

流れてしまった変な空気を打ち破るようにみらいがそんな提案を打ち出した。

 

「え、あー……今日はあれがアレで忙しいから……」

「八幡に予定は無いみたいね」

 

反射的にみらいの提案断ろうとした八幡の言い訳をリコが容赦なく叩き切る。

 

「ぐっ……まだ……」

 

それでもなお食い下がろうとする八幡の前にはーちゃんが近付いてきた。

 

「はーちゃ一緒に行かないの……?」

「……お前ら何をしてる、さっさと行くぞ」

「変わり身はやっ!?」

 

はーちゃんに上目遣いでお願いされた事で渋っていたのが嘘のように一瞬で乗り気になった八幡にリコが思わず声を上げる。

 

「よーし、じゃあみんなで一緒に帰ろっか!」

「モフ━!」

 

夕焼けに沈む木々を背にみらいとモフルンの弾んだ声が空に響いていた。

 

 

━━十三話に続く━━

 

 





次回予告


「ここが私の家だよ!」

「ほーん、店と家が一緒になってるのか」

「ただいまー」

「モフー」

「ちょっ二人共待ちなさい」

「隠れてなきゃお母さんに見つかっちゃうよ!」

「お帰りなさい。あら貴方は……」

「……?」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「爆ぜる想いの火!みらいと八幡、二人の始まり!」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話「爆ぜる想いの火!みらいと八幡、二人の始まり!」Aパート

 

モフルンとはーちゃんの登校騒動から始まり、ガメッツの強襲というアクシデントをどうにか乗りきったその日の放課後。

 

八幡達はみらいの家に向かって歩きながらお喋りに興じていた。

 

「お母さんが家でパワーストーンのお店を開いてるんだ~」

「ほーん。パワーストーン……」

 

パワーストーンを売っていると聞いて思わず雑誌の裏の広告を思い浮かべた八幡が気のない声で相槌を返す。

 

「お父様は電気メーカーに勤めていらっしゃるのよ」

 

リコが今朝の出来事を思い出し、補足するように続いた。

 

「二人共とっても優しいモフ~!」

「……お母さんは怒ると怖いけどね」

 

笑顔のモフルンから出た言葉にみらいは苦笑いを浮かべる。

 

「それはみらいが怒らせるような事をするからでしょ……」

「あはは~……」

 

呆れたリコのツッコミにみらいは痛いところを突かれたらしく誤魔化すように目線を逸らした。

 

「……そういえば何の連絡もなしに行っても大丈夫なのか?」

 

ここまで来たものの、当然みらいの両親は八幡が来る事を知らない。いくらみらいに招かれたといっても、急にお邪魔するのは迷惑ではないかという懸念が八幡の中にはあった。

 

「大丈夫!たぶんお母さんは歓迎してくれると思うよ」

「お母さんはって部分が引っ掛かるんだよなぁ……」

 

その言い方だとお父さんの方は歓迎してくれるか怪しいとも捉えられてしまう。無論、大事な一人娘が見知らぬ男を連れてきたとなれば歓迎する方が稀なのはわかっている。

 

八幡だってもし、妹の小町がどこの馬の骨ともわからない男をつれてこようものなら、その男を吊し上げて関係を吐かせ、少し()()してから外に放り出して二度と家の敷居を跨がせないだろう。

 

「お父さんも歓迎してくれると思うよ?」

 

どこか戦々恐々とした表情を浮かべる八幡を見てみらいは不思議そうに首を傾げる。

 

「……だといいな」

 

そう返事をしながら八幡はみらいのお父さんが仕事から戻ってませんようにと心の中で切実に願った。

 

「はーちゃなにかこわいの?」

 

そんな八幡の様子を気にして飛んできたはーちゃんが頭の上に乗っかりながら尋ねる。もちろんそんなはーちゃんの行動を目にした八幡が正常に返せる筈もなく、ただその愛しさに悶えていた。

 

「…………大丈夫だ。心配ない」

 

それでも心配してくれるはーちゃんに答えない訳にはいかず、八幡は悶えながらも何とか片言の言葉を捻り出す。

 

「良かった~」

 

八幡の口から大丈夫だと聞いたはーちゃんは安堵の笑みを溢した。

 

「……どうしてはーちゃんは八幡の事をはーちゃって呼ぶの?」

 

はーちゃんと八幡の会話を聞いていたリコがふとそんな事を口にする。

 

「あ、それ私も気になってた!八くんだけ呼び方が違うの」

 

リコの疑問に同調してみらいも会話に加わり八幡の方を向いた。

 

「……俺に聞かれても困るんですけど?」

 

視線を向けてきたみらいにジト目と言葉を返す八幡。そんな事を聞かれてもはーちゃんにはーちゃと呼ばれる理由に心当たりはない。

 

「あ、そうだよね。はーちゃんに聞かないと」

 

そう言われてみらいは視線を少し上げ、八幡の頭の上に乗っかっているはーちゃんに目をやる。

 

「んーなあに?」

「はーちゃんはどうして八くんの事はーちゃって呼ぶの?」

 

視線に気付いて首を傾げるはーちゃんにみらいが質問を投げかけた。

 

「んー……わかんない」

 

どうやらはーちゃん自身もその理由はわからないらしくみらいの質問に困った表情を浮かべている。

 

「まあ呼び方なんて人それぞれだろ」

 

困っているはーちゃんへ助け船を出すように八幡が口を挟む。

 

正直、呼び方が何であれ八幡は特に気にしない。小中学校の頃なんて名字で呼ばれれば良い方で、あれとか、それとか、ヒキガエルとか、とにかく録な呼び方をされてこなかった。

 

それらに比べれば今の呼ばれ方は幾分かマシだ。

 

むしろはーちゃんとお揃いのような呼び方なので喜ばしいとさえ感じる。

 

「……はーちゃんちょっと八幡って言ってみてくれる?」

「は、はちゃま……?」

 

リコに言われてはーちゃんが八幡と口にしようとするも、発音が難しいのか何度言い直そうとしても噛んでしまう。

 

「あー……八くんの名前ってちょっと言い難いもんね」

 

そんなはーちゃんの様子を見てみらいが納得したように頷きながら呟いた。

 

「そんなに言い難いか?」

「モフ?」

「……少しだけ言い難いかも」

 

確認の意味を込めて二人の方を見るとそれぞれモフルンは首を傾げ、リコはみらい同様に頷く。

 

「は、はちゃ……はーちゃ!」

 

何度言い直しても上手く言えない事に焦れたのか、はーちゃんは開き直ったように声を上げた。

 

「ふふっ……うん。はーちゃんの呼びやすい呼び方でいいと思う」

「そうね……八幡も喜んでるみたいだし」

 

微笑むみらいの言葉に同意したリコがどこか形容しづらい笑みを浮かべた八幡にジト目を向ける。

 

「んんっ……ま、まああれだ。どんな呼ばれ方でもはーちゃんなら可愛いから許せるって事だな」

 

それに気付いた八幡が咳払いの後で誤魔化すように言葉を並べるも、リコの視線からは逃れられない。

 

「あ、そろそろ家に着くよ」

 

じわじわと八幡が追い詰められる中で不意にみらいの声が間に入り、リコの気がそちらの方に逸れる。

 

「……助かった」

 

その隙に八幡は少し歩くペースを緩めながら下がり、上手い具合にリコの視線から逃れて安堵のため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

程なくしてお洒落な外観の白い建物に到着すると先頭を歩いていたみらいが立ち止まり、八幡の方へくるりと振り返った。

 

「ここが私の家だよ八くん!」

 

緑色のポストと並んだ木造りの塀を背にみらいは両手を広げて誇らしげに胸を張る。

 

「……家で店を開いてるってそういうことか」

 

想像とは違うみらいの家を見回して呟く八幡。正直、外観は普通の民家だろうと思っていた。

 

「うん!向こうはお店用の入り口で家にはこっちから入るの」

 

そう言いながら木造りの戸を開け、塀を通り過ぎて建物の横に備え付けられた階段を駆け登ったみらいが勢いよく玄関を開ける。

 

「ただいま~!」

「お帰りなさい、みらい」

 

家中に響く大きな声を聞いて母である今日子がリビングから笑顔でみらいを出迎えた。

 

「お母さんただいま。今日はリコと一緒に友達も連れてきたよ」

「お友達?」

 

今日子が首を傾げているとみらいの後ろからリコが入ってくる。

 

「リコちゃんもお帰りなさい」

「た、ただいまです……」

 

みらいの家に来て日が浅いせいか、緊張して慣れない様子のリコに今日子は優しく微笑んだ。

 

「あれ?八くんは?」

「え?私の後ろから着いてきたと思うけど……」

 

リコの後ろを歩いていた筈の八幡が中々入ってこない事を不思議に思ったみらいが玄関を出て、外を覗き見る。

 

「あ、八くんまだ下にいたんだ?早く登っておいでよ!」

「……今行く」

 

二人が玄関を潜ったのを確認してからこっそり帰ろうとしていた八幡はみらいに見つかってしまい、観念したように階段を登り始めた。

 

(帰りたい……帰ろうかな……よし帰ろう)

 

心の中で今の気持ちを三段活用にして唱えながら衝動のままに(きびす)を返そうとした八幡だったが、中々登ってこない事に焦れたみらいに腕を引かれ、逃げる間もなく玄関の前まで連れてこられてしまう。

 

「さ、八くん、入って入って」

「お邪魔します……」

 

ここまで来てしまった以上、帰る事は出来ない。八幡は観念して大人しく玄関を潜った。

 

「はーい。いらっしゃ……え……」

 

みらいの友達を笑顔で出迎えようとした今日子は入ってきた八幡の姿を目にした瞬間、目を見開いて呆然と立ち尽くす。

 

「あなたがどうして……」

「えぇと…?」

 

思わぬ反応に戸惑う八幡。初対面の筈だが、今日子の様子からしてどうやら八幡の事を知っているらしい。

 

「お母さん、八くんのこと知ってるの?」

 

八幡が感じた疑問をみらいも同様に気になったようで今日子の方を見て尋ねる。

 

「知ってる…というか……」

 

尋ねられた今日子は()()()をみらいに言うべきか迷った末に言葉に詰まってしまい、そのまま口をつぐんでしまった。

 

「八幡、みらいのお母さんと知り合いだったの?」

 

黙ってしまった今日子を見て訝しんだリコが戸惑った表情の八幡へと尋ねる。

 

「いや、そんなことは……」

 

リコに尋ねられ記憶を思い返してみるとどこかに引っ掛かるような感覚はするものの、はっきりと思い出せない。

 

「お母さん?」

 

八幡が思い返している横でみらいは俯く今日子の顔を覗き込む。

 

「……その、やっぱりみらいは覚えてないの?」

「へ?覚えてないって…」

 

覗き込んできたみらいを心配そうに見つめ返す今日子。そして向けられた心配と投げ掛けられた言葉の意味がわからないみらいは困惑して首を傾げる。

 

「どこで……あ……病……院……?」

 

記憶を遡って引っ掛かる何かを探していた八幡が不意に()()へとたどり着き、無意識に言葉を漏らした。

 

「病院?」

「八幡どこか悪かったの?」

 

八幡の口から漏れた病院という単語に反応してみらいとリコが心配したように聞き返す。

 

「……なんでもない」

 

二人に聞き返されてから八幡は自分がそれを口に出してしまった事に気付き、どうにか誤魔化そうとする。

 

別段、交通事故の件は隠すようなことでもないが、わざわざ話すようなものでもない。それにもう終わった事だ。

 

それを今さら掘り返して無駄に心配をかける必要もないだろう。

 

「……私達には言えないことなの?」

 

どうやら心配をかけまいと誤魔化そうとしたのは逆効果だったらしい。なんでもないと言った嘘は一瞬で見破られてしまい、みらいとリコが悲しそうに八幡を見つめる。

 

「それは……」

 

どう返せばいいのかわからず、二人からの視線に思わず目を逸らす八幡。もういっそ事故の話してしまえば楽になるのだろうが、誤魔化してしまった手前、中々言い出しづらい。

 

「……比企谷君は去年の春、事故に遭って入院してたの」

 

口ごもる八幡の代わりに答えたのは俯いたまま、らしからぬ表情を浮かべている今日子だった。

 

「事故…?」

「なんでお母さんがそんなことを知ってるの?それにどうして八くんの名前を……」

「………」

 

リコが眉根を寄せ、みらいは溢れる疑問に混乱し、八幡は黙ったまま今日子の方をじっと見つめる。

 

「……それは私達がその事故と無関係じゃないからよ。みらい」

 

今日子は躊躇いながらも意を決したように()()()を打ち明けた。

 

「私……も……?」

 

ただでさえ混乱しているのに、そこへ八幡の事故に自分が無関係じゃないと告げられたみらいは頭の整理が追い付かず、呆然と声を漏らす。

 

「……まさか」

 

自身の記憶と今日子の様子、そして無関係じゃないと言う言葉からある結論にたどり着いた八幡は目を見開き、呟いた。

 

「……ええ、比企谷君の想像通りよ。あのトラックとの衝突事故であなたが助けた女の子……それがみらいなの」

「え……」

 

半ば予想していた八幡と違って何も知らなかったみらいはあまりの衝撃に言葉を失う。

 

「あの日……病院から連絡を受けた私はそこでみらいが事故に巻き込まれる寸前で比企谷君に助けられた事を聞いたわ……そのせいであなたが重傷を負ってしまった事も」

 

事故のあったその日、トラックに轢かれて吹き飛ばされた八幡は意識のないまま病院に搬送された。

 

後から聞いた話によると事故を目撃していた通行人が救急車を呼んでくれたそうだ。

 

そこから八幡が意識を取り戻すまでに一週間、さらに面会出来るようになるまで二週間、そして話せるようになった途端に色々な人が入れ替わり立ち替わり面会に来た。

 

警察による聴取、加害者からの謝罪、その他にも事故の関連で面会が多く、どうにもただの居眠り運転ではなかったらしい。

 

加害者であるトラックの運転手は事故当日、三日連続でろくに睡眠もせずに配達の仕事をさせられていたようで、心も体も限界の状態だったそうだ。

 

無論、だからといって事故の責任が全く無いわけではないが、そんな状態で仕事強要した会社にも問題がある。

 

それに重傷を負ったとはいえ八幡の意識が戻り、無事回復に向かっている事と労働環境の醜悪さが考慮すれば充分に情状酌量の余地はあっただろう。

 

(あの時なら覚えがなくてもおかしくない……)

 

治療や痛み止めの投薬で上手く頭が回らない中、他人と話すことになれていない八幡が、会った人達の顔を覚えられる訳もない。

 

まして事故の前後の記憶なんてトラックと衝突した時の衝撃で殊更に覚えていなかった。

 

「えっと……つまり八幡がみらいを助けたってこと?」

 

この中で唯一、事故とは無関係のリコが話に追いつけず疑問符を浮かべる。

 

「……みたいだな。正直、あんまり覚えてないからわからんけど」

「覚えてないって……」

 

どこか他人事のように話す八幡をリコは複雑な表情で見つめた。

 

「事、故……?そんなの私……」

 

語られた衝撃の事実にみらいは漠然と言葉を反芻する。

 

「……みらい?」

 

どこかみらいの様子がおかしい事に気付いたリコが怪訝な顔をして声を掛けるも反応がない。まるでリコの言葉が聞こえていないようだった。

 

「う、そ……私……あれ……八……くん……」

 

今日子の言葉をきっかけに閉じられていた記憶の蓋が開き、忘れ去っていた光景がみらいの頭を駆け巡る。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

短く浅い呼吸を繰り返して苦しげに頭を抱えるみらい。情報の奔流に呑まれたのか、それとも事故の光景を思いだしてフラッシュバックしたのか、はたまたその両方か、どれにせよみらいの精神に多大な負荷がかかったのは確かだ。

 

「っ……」

「みらい!?」

 

精神の負荷がそのまま体の不調に直結したらしい。みらいはまるで糸の切れた人形のようにふらりとその場に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その、本当にごめんなさい。比企谷君」

「……いえ、気にしないでください」

 

頭を下げる今日子に対して八幡が居心地悪そうに答える。

 

事故に関して今日子が謝るような事は何もない。

 

悪いのは居眠りしていた運転手、あるいはそんな状態になるまで酷使した会社だし、それにしたってもうそれぞれ罰を受けているだろう。

 

だから事故の件は八幡にとってもう終わった事、謝罪だろうと感謝だろうと今更、素直に受けとれない。

 

「……そういうわけにはいかないわ……事故の事も……みらいの事も……」

 

肩を抱くように抑え、目を伏せながら今日子は言葉を紡ぐ。

 

あの後、突然倒れたみらいは幸いにも意識を取り戻し、リコに付き添われて部屋で休む事になった。

 

みらいが倒れた理由はおそらく精神的ショックからくる過呼吸だ。酷ければ救急車を呼ぶ事もあるが、みらいは程無くして症状が落ち着いついたため、それには及ばなかった。

 

とはいえ、そんな状態で八幡が訪問するわけにもいかない。ショックの原因が事故のフラッシュバックなら八幡はその記憶を刺激する引き金(トリガー)になりかねないのだから。

 

「……その、さっきの覚えていないっていうのは」

 

少しの沈黙の後、八幡が言葉を選ぶようにおそるおそる今日子へ尋ねる。

 

本当ならすぐにでもこの場から逃げてしまいたい気分だが、明日以降の事を考えるとそうもいかない。

 

校舎が違うとはいえ、同じ学校に通っているのだから否が応でも顔を合わせるだろうし、何より闇の魔法使いがいつ襲ってくるとも限らないのだ。

 

そんな状況でこのまま何も知らずに帰るわけにはいかないだろう。

 

「……あの日の出来事をみらいは全く覚えてないわ。比企谷君が助けてくれた事も、自分がトラックに轢かれかけた事も」

「それは……」

 

眉根を寄せて唇を噛む今日子に八幡もまたどう声を掛ければいいのかわからず俯いてしまう。

 

精神的ショックからくる記憶の混濁(こんだく)喪失(そうしつ)、それは交通事故のように衝撃的な出来事を目の当たりにすれば実際に起こりうることだ。

 

忘却した記憶はみらいにとって心的外傷(トラウマ)となり、今日子の話と八幡が引き金でそれが呼び覚まされた事が今回の事態を生んだ。

 

つまりみらいにとって八幡はそこにいるだけで心的外傷を刺激する存在という事になる。

 

「あなたはみらいを助けてくれたのにあの子は何も……」

「本当に気にしないでください。事故の事はもう終わった事です……それにあの時は咄嗟で別に助けたつもりは……」

 

ないと続けようとした言葉が思わず止まる。たとえ八幡に助けたつもりがなくても今日子にとっては娘を助けてくれた恩人なのだ。

 

本当なら娘と共にお礼を言わなければならないのに、事故の事を思い出させるとみらいを苦しませてしまうためそれが出来ない。

 

だから今日子は謝るしかない。八幡が気にしていなくともそうする事しかできないから。

 

「……お騒がせしてすいませんでした。今日はこれで失礼します」

「え、あ、待っ……」

 

頭を下げて一方的にそう言うと、八幡は引き留めようとした今日子の言葉を遮るように踵を返して早足で歩き出す。

 

あの場から逃げ出した理由は誰でもなく自分のためだ。

 

これ以上、今日子に謝ってほしくなかった。

 

謝られる度に感じる疑念、あるいは懸念から目を逸らせなくなってしまう気がしたから。

 

(いや、結局のところは一緒か……)

 

今日の出来事でみらいは事故の事を思い出してしまった。

 

それは八幡と一緒にいるだけでフラッシュバックを引き起こし、先程のように過呼吸を引き起こすかもしれないという事。

 

事故の記憶と八幡はどう足掻いても切り離せない。

 

もし仮にみらいがフラッシュバックを起こさなくなったとしても今までの関係には戻れないだろう。

 

ここで八幡がその事から目を逸らしたところでそれは変わらない。

 

「……は」

 

思わず八幡の口から乾いた笑いが漏れる。

 

あれだけ理屈を捏ね回して捻くれながらも遠回しに手を伸ばして掴んだ筈の何かが、いとも容易く崩れ去ろうとしている。

 

もしかしたら見ない振りをして取り繕い、今まで通りの日々を過ごす事は出来るのかもしれない。

 

けれどそれは本物に似せただけのどうしようもない偽物だ。

 

どれだけ精巧に似ていようとも八幡はそれを許容出来ないし、したくない。

 

疑って、疑って、疑った末にようやく手が届いた筈のそれが、今の八幡には淡く脆い幻想に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、みらいは窓から差し込む朝日を受けて目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。

 

「…………わたし……は……」

 

起き抜けでぼーっとしていた意識が徐々に覚醒し始め、昨晩の出来事が頭の中に甦る。

 

入学式の日に八幡が自分を助けてくれたこと。

 

そのせいで八幡が重傷を負い、入院してしまったこと。

 

その事実を事故の記憶と一緒に忘れていたこと。

 

……そして全てを思い出した自分がその場で倒れてしまったこと。

 

「っ…………」

 

後悔とやるせない気持ちが胸の内に溢れて止まらず、みらいは浅く唇を噛む。

 

きっと事故のせいで八幡の学校生活は台無しになってしまっただろう。助けてもらったお礼も言わず、何も知らないまま〝友達〟だなんて……。

 

八幡と出会い過ごしてきた楽しい日々が逆にみらいを苛んだ。

 

「どうしたらいいのかな……」

 

静まり返った室内で、まだ眠っているモフルンの寝息だけが聞こえる。

 

 

━━━━━━コン、コン

 

 

頭の中でぐるぐると暗い思考が渦巻き、みらいの心が押し潰されそうになっていたその時、不意にドアをノックする音が部屋に響いた。

 

「━━みらい、起きたの?」

 

ドア越しに聞こえてきたのはリコの声。その声音はどこか心配の色を含んでいた。

 

「リコ……」

 

顔を上げたみらいは(すが)るようにドアの方を見つめる。

 

「入るわよ…………みらい?」

 

返事を待たずにドアを開けて部屋へと足を踏み入れたリコはそこで今にも泣きそうな顔をしているみらいと目が合った。

 

「リコ……うっ……ううぅ……リゴぉぉ……」

「え、わっ、ちょっみらい……!?」

 

突然抱きつかれて戸惑うリコだったが、泣きじゃくるみらいを見兼ね、落ち着くまでゆっくり頭を撫でる。

 

「うぐっ……ひぐっ……わたじぃっ……どうっ……じだら……」

「大丈夫……ゆっくりで大丈夫だから……」

 

堰を切ったように溢れ出した涙と言葉をリコは受け止める。嗚咽混じりで取り留めのない言葉を一つ一つ紐解き、みらいの抱えているものが少しでも軽くなるようにと思いながら話し終えるのを待った。

 

 

 

「……少しは落ち着いた?」

 

一人で抱えていたものを吐き出したおかげか、少しずつ涙の止んできたみらいにリコが優しく声を掛けた。

 

「うっ……ん……」

「もう、顔がぐしゃぐしゃじゃない。ほら……」

 

リコは撫でていた手を止め、ポケットからハンカチを取り出すと、みらいの涙と鼻水をごしごしと拭き取る。

 

「んむぅ……ばびがと……」

「どういたしまして。全く……本当に世話が焼けるんだから」

 

拭き終わって汚れたハンカチを畳み、今度は近くにあったティッシュを数枚手に取ってみらいの鼻をかむリコ。こうしていると何だか大きな妹が出来た気分になり、思わず苦笑いが溢れる。

 

「…………ねえ、みらい。正直に言うと私にも何が正解かなんてわからないわ……こうすればいいだとか、ああしたらいいだとか、そんな答えを教える事は出来ない……」

「リコ……」

 

事故の件に関してリコはどこまでいっても無関係だ。みらいと八幡、どちらに対しても具体的な解決策を示すには、この件について知らなすぎる。

 

「そんな私でも……ううん、そんな私だからこそ、一つだけわかる事もある」

「わかる……こと?」

 

リコはそこまで言うとみらいの目を真っ直ぐと見つめ直し、意を決して言葉を続けた。

 

「……この答えはみらい、あなたが出さないといけないの。辛くても、苦しくても、私や他の誰かが代わる事は出来ない」

 

正解でも間違いでもみらい自身が考えて辿り着いた答えでなければ意味がない。リコの言葉にみらいの表情が不安に揺れる。

 

「……だから〝どうしたら〟じゃなくてみらいが〝どうしたいのか〟を教えて?」

「どう、したいのか……」

 

リコに問われ、目を閉じて自分の心と向き合うみらい。

 

これまでのこと、これからのこと、事故の記憶や楽しかった思い出、それらが胸中を駆け巡り、少しずつみらいの気持ちを浮き彫りにしていゆく。

 

「……みらいはどうしたいの?」

 

リコがみらいに再び問いかける。たとえみらいがどんな答えを出したとしても受け入れる覚悟を決めて。

 

「…………私、八くんに謝りたい。それで全部許してもらえるなんて思わない……でも、このままなんて絶対に嫌だ……!」

 

心の底から叫ぶように吐き出したみらいの答えにリコはふっと微笑む。

 

「そう……なら、いつまでもそうしてないで早く準備をしなさい」

「え?」

 

寝巻き姿のまま、ポカンと呆気にとられているみらいに向けてリコが笑顔で言い放つ。

 

「八幡に謝るんでしょ?早くしないと遅刻しちゃうわよ」

「……うん!」

 

力強く頷いたみらいは勢いよくベッドから飛び出し、急いで学校へ行く準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手早く準備を終え、すぐに家を飛び出したみらい達は昨日の朝、八幡と会った地点まで向かっていた。

 

「うーん……八くんいないなー……」

「昨日はこの辺で会ったんだけど……」

 

キョロキョロ辺りを見回して八幡の姿を探す二人。昨日とは少し時間がずれているが、この程度なら誤差の範囲内、まだ八幡はこの辺りを歩いている筈だ。

 

「モフ~……」

「はーちゃいないね……」

 

モフルンとはーちゃんも一緒になって辺りを見回すも、やはり八幡の姿は見当たらなかった。

 

「もしかしてもう学校に行っちゃったのかな……」

「かもね。もしくはまだ来てないとか……」

 

昨日の事を考えれば両方とも可能性はある。しかし、始業時間が迫っている以上、ずっとここで待つわけにもいかない。

 

「……このままここで待っていても仕方ないわ。とにかく学校に行ってみましょう」

 

もう一度辺りを見回して八幡がいない事を確認したリコがそう提案する。

 

「でも……」

「もしみらいの言う通り八幡が先に行ってたら困るでしょ?それにここで待つよりも学校で直接会いに行った方が確実よ」

 

リコは食い下がろうとするみらいを諭して学校へ向かうように促した。

 

「それはそうだけど……」

 

理屈でわかっていても焦る気持ちが先走ってしまい、みらいは素直に頷く事が出来ない。

 

「ほら早く行かないと始業時間に間に合わなくなるわ」

「ちょ、ちょっと待ってリコ!」

 

まだ納得していない様子のみらいだったが、半ば強引に先へ行ってしまったリコを慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か空の上、地上からは気付かない位置で学校へと急ぐみらい達を見つめる人影があった。

 

「へぇ……なにやら面白そうな事になっているじゃないですか」

 

人影の正体は魔法学校の教師の振りをしてみらい達を騙し、八幡を拉致して苦しめた敵、マキナだった。

 

「フフッ……これは使えるかもしれませんね」

 

マキナは期せずして訪れたこの状況を利用すべく策を巡らすと、薄く笑みを浮かべながら指を弾き、その場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みらい達が通学路を走っている頃、当の本人である八幡は教室で自らの席に座り、本を開いていた。

 

(……どこまで読んだっけか)

 

パラパラとページを(めく)るも、本の内容は全く頭に入ってこない。

 

むしろ本に集中しようとすればするほど、昨日の出来事が頭を(よぎ)り、かえって集中出来なくなっていた。

 

「…………」

 

いつもならHR(ホームルーム)が始まるまでイヤホンを耳につけて寝たふりをする八幡が、わざわざ本を開いているのはそれを考えないようにするためだ。

 

しかし、それも無意味に終わった。現状、いくら考えないようにしても、無意識の内に昨日の出来事を思い浮かべてしまうのだから。

 

(どうする……いや……)

 

昨日の出来事や事故の事が八幡の頭の中で堂々巡りを続け、結論が出ないまま時間が過ぎていく。

 

「━━ほら全員席に着いて。HRを始めるぞ」

 

不意に聞こえてきた先生の声にハッとして顔を上げる八幡。どうやら思考の渦をさまよっている内にずいぶんと時間がたったらしい。

 

(……仕方ない、か)

 

ほとんど読めていない本を閉じた八幡は、先生の言葉に耳を傾けながら諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、遅刻ギリギリの時間で学校に着いたみらい達は中等部と高等部を行き来する事を加味して、時間に余裕のある昼休憩に八幡を探しに行こうと決めた。

 

「うぅ……」

 

一刻も早く八幡に謝りたい気持ちが(つの)り、みらいは何度も時計の方を見()る。

 

(早く……早く……)

 

始業式の翌日ということもあり、まだ本格的な授業は始まっていない。だが、それでもみらいにとっては昼休憩までの時間がやたらと長く感じる。

 

「あ……」

 

時計の針がようやく待ち望んでいた時刻を示し、緊張の抜けたみらいの口から思わずそんな声が漏れた。

 

「ん、もうお昼か。じゃあ午後からはクラス委員を決めていくからそのつもりでな」

 

お昼を告げるチャイムを聞いた先生はそう言うと教卓の上を片付けて号令をかけ、教室を出ていく。

 

「終わったー……」

「お腹減った~」

「ねえねえ、クラス委員どうする~?」

「うーん、どうしよう」

 

午前の時間割りを終えた生徒達はお喋りに興じながらそれぞれ昼食の準備を始めていた。

 

「みらい~お昼一緒に食べよ」

「まゆみごめん!今日はちょっと用事があるんだ」

 

そんな中、みらいは友達であるまゆみからの昼食の誘いを断り、そのまま急いで教室を飛び出す。

 

「あっ、待ちなさいみらい。廊下を走ったら駄目でしょ!」

 

そう言いながらリコもまた教室を飛び出し、早歩きでみらいの後を追いかけていく。

 

「えー……二人共お昼ご飯は?」

 

みらい達の出ていった方を見つめながら一人残されたまゆみが呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室を後にしたみらい達は八幡と話すために高等部へと足を運んだ。

 

「……八くんって何組だっけ?」

 

急いでいた筈のみらいがピタリと足を止め、困ったようにリコの方を振り返った。

 

「それもわからないまま急いでたの……?」

 

リコが呆れた表情でみらいを見つめる。あまりに迷いなく進むので、リコはてっきりみらいが八幡のいるクラスを知っているものとばかり思っていた。

 

「うっ……だ、だって早く謝りたかったから……」

「だからってわからないまま進んでどうするの……」

 

ため息混じりにジト目を向けられたみらいは言葉に詰まり、視線を泳がせる。

 

「……仕方ないわね。二年生の教室を一つ、一つ、回って八幡を探しましょう」

「う、うん……」

 

クラスがわからない以上、しらみ潰しに探すしかないと二人は教室を順番に回り始めた。

 

 

 

 

 

 

「えっ、ひきが……誰?」

 

八幡の行方を尋ねたみらい達に対して目の前の女生徒が眉根を寄せて首を傾げる。こういう反応を返されるのはもう三回目だ。

 

「えっと……その、お邪魔しました!」

「え、あ、うん?」

 

首を傾げたままの女生徒に頭を下げて次の教室に向かう二人。しかし、そこから先の教室に八幡の姿はなく、何の情報も得られなかった。

 

「八くんがどこにもいないよ~……」

「それどころか八幡の事を知ってる人もいないわね……」

 

二年生の教室を全て回ってしまった以上、他に探す宛がない。おそらく八幡はみらい達が来るよりも先にどこかへ行ってしまったのだろう。

 

「……八くんって本当に二年生だよね?」

 

あまりに手掛かりが見つからないせいか、みらいが神妙な顔をして頓珍漢(とんちんかん)な事を言い出した。

 

「本人が言ってたんだから間違いないと思うけど……」

 

確かにここまで同じ学年の生徒に名前を知られていないのは少し変かもしれない。けれど、だからと言ってわざわざ八幡が学年を偽る必要ない筈だ。

 

「でも八くんのこと誰も知らないし……」

「……それはたぶん八幡が他の人と積極的に関わろうとしないからじゃないかしら」

 

短い時間とはいえ、曲がりなりにも学校生活を八幡と過ごしたのだ。全部とは言わないが、その捻くれた性分は知っている。

 

きっと八幡は誰に対してもそうなのだろう。踏み込めないのではなく()()()()()()

 

捻くれた物言いも、やたらと一人でいようとするのも、踏み込んできた相手を避けるために身に付いた八幡なりの処世術なんだと思う。

 

でもそれは少なからず八幡に共感する部分があったリコだからわかることだ。

 

少し捻くれていて、素直になれず、友達の少なかったリコと違い、みらいは素直で明るく、誰とでも仲良くなれる。

 

けれどその真逆の性格ゆえ、みらいには八幡のそれが見えない。

 

今朝の通学路や昼休憩の今、八幡の姿が見当たらないのはたぶん、二人を……みらいを避けている。

 

その理由は聞くまでもなく昨晩の事だ。捻くれ穿(うが)った考えを巡らせて気を回し、曲解した答えを出した結果の行動なのだろう。

 

このままだと八幡は二人と距離を置き、離れていってしまう。

 

踏み込まず、踏み込ませず、そのくせ変なところで優しくて自分の事を(かえり)みない。

 

そんな八幡が友達と呼んだこの関係をこんな形で終わらせるわけにはいかない。たとえこれがみらいと八幡の問題だとしても、手助けするくらいの権利はリコにだってある。

 

「……こうなったら高等部の校舎内を全部探すしかないわ。行くわよみらい!」

「え、う、うん」

 

心の内に決意を秘めたリコは戸惑うみらいの手を引いて八幡を探すべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフッ……あれが青春?とかいうやつなんですかねぇ……」

 

八幡を探して高等部の校舎を歩き回るみらい達の様子を黒いスーツに赤い眼鏡をかけた女性がじっと見つめていた。

 

「……ん?そこの君、校内は部外者立ち入り禁止だぞ。入校許可はとっているのかね」

 

職員室に戻る途中で見慣れない女性を見つけ、不審に思った一人の男性教諭が訝しげに声をかける。

 

「あら、忘れてしまわれたんですか?()()()()()()()()()。先生」

「え、新任……?」

 

聞き覚えのない話に眉をしかめる男性教諭。それに対して黒スーツの女性……もとい、マキナが右手を隠すように後ろへ回して指を弾いた。

 

「…………あ、ああ、そういえばそうだったね。新任のマキナ先生だ。いやぁ……こりゃ申し訳ない」

「ふふっ……気にしてませんから大丈夫ですよ」

 

謝る男性教諭にマキナは微笑む。もちろんマキナが新任の教師という事実はない。おそらく魔法学校の時と同様の手を使って誤認させたのだろう。

 

「では私は行くところがあるので失礼しますね」

「ああ、引き留めて悪かったね。マキナ先生」

 

マキナは男性教諭に会釈をしてその場を後にし、悠然と歩き進む。内心ではこれで校内を自由に動けるとほくそ笑んだ。

 

「ふ……フフッ……フフフフフフ……」

 

先程、男性教諭へ微笑みかけた表情とは違う、不気味な笑みを浮かべたマキナの笑い声がお昼休みの喧騒に紛れてかき消えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話「爆ぜる想いの火!みらいと八幡、二人の始まり!」Bパート

 

二年生の教室で八幡を見つけられなかったみらい達は大きな声で呼び掛けながら高等部の校舎を探し歩いていた。

 

「おーい八くーん!どこにいるの~!」

「八幡~!いるなら早く出てきなさ~い!」

 

周りの視線も気にせずに八幡の名前を呼び続ける二人。中等部の生徒が高等部にくるだけでも珍しいのに、大きな声を上げて誰かを探し回っているとなれば余計に注目を集める事は必至だ。

 

「あー……そこの君達。ちょっといいかね?」

「え?」

「はい?」

 

後ろから不意に呼び止められた二人が、声の方を振り向くとそこには二十代前半くらいの若い女性が立っていた。

 

「君達は中等部の生徒だろう。高等部の校舎で何をしているんだ?」

「え、あ、えーと……」

「それは……」

 

突然見知らぬ女性に声をかけられた二人は戸惑い、言葉を詰まらせる。別段、悪い事をしているわけではないが、女性の雰囲気に呑まれた二人はすっかり萎縮してしまったらしい。

 

「ああ、すまない。別に君達を責めているわけではないよ。ただ、高等部で中等部の生徒が騒いでいると知らせがあって様子を見に来ただけさ」

 

そんな二人の面持ちに気付いた女性はそう言いながら肩を竦め、表情を和らげた。

 

「私は平塚静、まだ日は浅いがれっきとしたここの教師だよ」

「先生……ですか?」

 

教師だと名乗った目の前の女性にみらいは見覚えがない。まだ一年と少しとはいえ、この学校で過ごしたみらいなら一度くらい見かけてもおかしくはない筈だ。

 

「まあ、私は高等部で現国を教えているから中等部の君達にとっては馴染みがないかもしれんがね」

 

みらいの疑心を晴らすべく簡潔にそう説明した平塚先生は、逸れてしまった話題を戻そうと再び二人に同じ問いを投げ掛ける。

 

「それで君達は高等部に何用かな?」

「えっと……私達、人を探してて……」

 

もう一度投げ掛けられたその問いに対して恐る恐る答えるみらい。説明を受けた今、彼女が教師だという事を疑ってはいないが、まだ少し緊張が抜けないらしい。

 

「……という事は君達の探し人は高等部にいると?」

 

どうやら中学生であるみらい達の探し人が高等部にいるという事に疑問を覚えたようで平塚先生は難しげに眉をひそめる。

 

少し珍しくはあるが、別段中学生が先輩に会いに来るという理由で高等部を訪れることはある話だ。

 

しかし、大抵は放課後の出来事、わざわざ昼休憩に、それも大きな声で呼び掛けながらというのは聞いたことがなかった。

 

「は、はい……その、比企谷八幡っていうんですけど……」

「比企谷……君達は彼の知り合いかね?」

 

リコが八幡の名前を出した瞬間、平塚先生は驚いたような表情でみらい達を見つめ、問い返す。

 

「もしかして八くんの事、知ってるんですか!?」

 

八幡の事を知っている様子の平塚先生に対してみらいは食い気味に詰め寄った。

 

「あ、ああ、私は比企谷の補習を担当していたからな。他の先生よりは彼と関わりがある」

 

詰め寄られ、みらいの勢いに面を食らいながらもそう答えた平塚先生はそれにしても、と言葉を続ける。

 

「八くん……か。随分と砕けた呼び方だが、君達にとっては彼は━━……」

「「友達です!!」」

 

どういう存在か、と問おうとした言葉よりも早く声を揃えて即答したみらいとリコに平塚先生が目を(しばたた)かせた。

 

「……フッ、そうか。友達か」

 

少しの沈黙の後、小さく笑った平塚先生は穏やかな表情を浮かべて〝友達〟という言葉を反芻する。

 

「えっと……先生?」

「どうかしたんですか……?」

 

顔を見合わせ困惑する二人に平塚先生はすまないと謝り、空を見上げながら呟く。

 

「なに、少し思うところがあってね。まあ、それも余計な心配だったわけだが」

 

補習を通して比企谷八幡という生徒に触れ、その捻くれた性分を目の当たりにした平塚先生は、彼の在り方を心配していた。

 

教師という肩書きがある以上、どうしたって同じ目線には立てない。出来る事といえば精々、道を示してその行方を見守る事くらいだ。

 

だからいつか彼と共に歩み、笑いあえる誰かが現れるのを期待するしかなかった。

 

「……良い子達だな」

「「?」」

 

小さな声でそう呟いた平塚先生はきょとんとしているみらい達に向けて優しく笑い掛けながらゆっくりと口を開く。

 

「彼ならいつも職員室の近くにある人気のない木陰で昼食をとっているよ。たぶん今日もそこにいる筈だ」

「職員室の近く……行ってみます!」

「ありがとうございます!」

 

平塚先生から八幡の居場所を聞いたみらいとリコは頭を下げてお礼を言うと踵を返してその場所へ向かおうとする。

 

「━━これからも比企谷と仲良くしてやってくれ」

「はいっ!」

「もちろんです!」

 

最後にそれだけ言うと、平塚先生は駆け出した二人の背を笑顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室から漏れでる談笑も食堂に満ちる活気や廊下ではしゃぐ生徒達の喧騒すらも届かない静かな木陰で八幡は一人、黙々と昼食をとっていた。

 

今朝コンビニに寄って適当に見繕った惣菜パンを咀嚼し、片手に持ったMAXコーヒーでそれを流し込む。

 

平日はほぼ毎日同じような昼食だが、今日はよりいっそう味気がない……というよりほとんど味がしなかった。

 

「ふぅ……」

 

そんな中でも唯一変わらないMAXコーヒーの甘さを口の中いっぱい感じつつ、八幡は思考の渦に意識を沈める。

 

みらいやリコとの関係、事故の事実を切っ掛けにギクシャクしている現状、それらを踏まえて自分がこれからどうするのかを考え整理して答えを模索する。

 

いつまでも考えている猶予はない。こうして二人との接触を避けるように過ごすのにも限界があるし、いつ闇の魔法使いが襲撃してくるとも限らないのだから。

 

「…………」

 

俯き、無言のまま何もない地面をじっと見つめる八幡。正直なところ八幡の中で結論は既に出ていた。

 

そんな難しい話じゃない。ただ二人との関係を解消して全てに目を瞑り、今まで通りの生活を送ればいいだけだ。

 

闇の魔法使いとの戦いだって伝説の魔法使いである二人に任せればいい。八幡一人いなくてもみらい達なら大丈夫。

 

懸念があるとすれば今までの戦いで闇の魔法使いから少なからず恨みを買っている事だが、関わらなければわざわざ八幡個人を狙い撃ちにする事もないだろう。

 

問題は何もないし、合理的考えれば悩む必要なんて微塵もない。にもかかわらずこうして悩み続けているのは八幡の中にある不確かで曖昧で形容し難い何かが邪魔をしているからだ。

 

きっと以前の八幡なら悩まなかった。迷わず二人に全てを任せ、分不相応な役回りを投げ捨てて距離をとり、関係を自然消滅させる。そんな選択肢が取れた筈だ。

 

この変化が良いものなのか、悪いものなのか、八幡にはわからない。けれど現状、そのせいで踏み切れていないのは確かだった。

 

「はぁ……」

 

考えが上手くまとまらず、八幡の口から短く重いため息が漏れる。

 

「━━━あらあら、食事中に考え事なんてあまりお行儀が良いとは言えないわね」

 

まるで何かがぬるりと神経の隙間をぬって入り込んでくるような感覚と共に、悪意に満ちた聞き覚えのある声が八幡の耳を撫でる。

 

「っ……!?」

 

全身に走る悪寒に押されて辺りを見回すと、グラウンドの見える校舎の間から黒いスーツに身を包んだ女性がゆっくりと八幡の方に向かってきているのが目に入った。

 

「フフフッ随分と悩んでいたみたいだけれど、先生が相談に乗ってあげましょうか?」

「マキナ……!」

 

その女性の正体は教師として魔法学校に潜入し、八幡達を欺き苦しめた敵〝マキナ〟ことマンティナだった。

 

「あら?今日は先生と呼んでくれないんですね……残念です」

 

わざとらしく表情を作って泣き崩れる真似をするマキナ。そのふざけた行為の意図はわからないが、それでも異様な不気味さだけは十二分に伝わってくる。

 

「……それで?一体何のようですかね。こっちはまだ昼御飯の途中なんですけど」

 

その場で立ち上がった八幡はマキナの茶番に軽口で応じつつ、じりじりと後退しながら頭の中で状況を整理する。

 

(一対一のこの状況だと下手に逃げる事も出来ない。戦うのは論外、なら……)

 

チラリと目を後ろに向けて退路の方向を確認、内ポケットに入れてある杖に意識を向け、いつでも取り出せるように身構える。

 

「まあまあ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。さっきも言った通り八幡君の悩みを聞いてあげようと思っただけですよ」

 

あっさりと泣き真似を止め、肩を竦めるマキナに対して八幡は身構えたまま口の端を歪めて言葉を返す。

 

「……別に悩みなんてないですし、あったとしてもアンタに言う必要はないでしょう?」

 

八幡の煽るような口調と態度にマキナは一瞬、目をぱちくりとさせて固まり、その後すぐにお腹を抱えて笑い始めた。

 

「……何がそんなにおかしいんですか」

 

挑発の意味を込めて言い放った台詞を不可解な笑いで返された八幡は困惑と僅かな苛立ちを言葉に滲ませる。

 

「━━ふぅ……失礼。八幡君があまりにも可笑しい事を言うからつい、ね?」

「何を……」

 

言葉の意味がわからずに眉をひそめる八幡を愉快そうに見つめながらマキナは続ける。

 

「だってそうでしょう?確かに貴方の悩みを私に打ち明ける必要はないわ。けれど八幡君は誰になら悩みを打ち明けられるの?リコさん?……それともみらいさん?」

「っ…………」

 

確信に触れるマキナの言葉に思わず息を呑み、押し黙ってしまう八幡。それに対してマキナはその沈黙こそが引き出したかった答えだと意趣返しのように口の端を大きく歪める。

 

「おやおや、答えられませんか?まあそうですよね……()()()()()()()()()貴方が悩んでいる原因なんですから」

「………………」

 

押し黙ったまま反論も否定もしてこない八幡をさらに追い詰めるようにマキナが続ける。

 

「人と人との繋がりなんて煩わしいだけ……どこまでいっても、どんな関係だとしても突き詰めれば他人は他人。そこに思い悩んで苦しむ価値があるのかしら?」

 

八幡からの返答がないにもかかわらず、マキナは言葉を止めない。

 

「ああ、別に答える必要はありません。聞く意味はないですし、なにより八幡君はもうわかってるんでしょう?」

「…………何をですか」

 

まるで全てを見透かしているようなマキナの物言いに押し黙っていた八幡が反応を示した。

 

「何、何、何、貴方はそればかりですね。どうして自分でわかっている事をわざわざ他人に聞くのですか?」

「……だから何を」

 

苛立ち混じりに再度聞き返す八幡を見てマキナは心底愉しそうに笑い、肩を竦める。

 

「フフッ……本当に往生際が悪いですね。ならはっきりと口にしてあげましょう」

 

薄く笑みを浮かべたままのマキナはまるで小さな子供に言い聞かせるようゆっくりとその先の言葉を口にした。

 

「八幡君、貴方は繋がりなんて目に見えない不確かな物を信じる事が出来ないんですよ。そんな貴方がどれだけ悩もうとそれを断ち切る以外の答えが出る事は決してない……そうでしょう?」

「そ、れは……」

 

内心を見透かされ、自身が出した受け入れ難い結論以外に選択肢がないと突きつけられた八幡は身構えることすら忘れて呆然と立ち尽くす。

 

「可哀想な八幡君。結論は出ているのに意味もなく悩み、苦しむなんて……それもこれもやっぱりあの子達のせいね」

 

憐れみの眼差しを向けながら一歩、また一歩と近付くマキナ。目の前に危機が迫っているのに、早く逃げなければならないのに、八幡の足は動かない。

 

マキナの言葉を口で否定する事は出来る。けれど、表面を取り繕い、いくら否定しても意味がない。なぜなら八幡の心の深い部分がそれを認めてしまっているからだ。

 

「心配しなくても大丈夫……もう貴方は苦しまなくていいんですよ。さあ……」

 

立ち尽くす八幡に近付いたマキナは優しく声を掛けながらゆっくりと手を上げ、指を弾こうとする。

 

 

「はーちゃをいじめちゃダメ~~~!!」

 

 

その瞬間、叫び声と共に猛スピードで飛んできたはーちゃんが八幡を庇うようにマキナの前に立ち塞がった。

 

「おっと」

 

突然現れたはーちゃんにマキナは少し驚いたような反応を見せ、逃れるように空中へ飛び退く。

 

「八くん!」

「八幡!」

 

はーちゃんから少し遅れて、みらいとリコが校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の方から八幡の方へと走ってきた。

 

「ん~モフッ!」

 

二人が八幡の元にたどり着いたのと同時にみらいの制服のブレザーからモフルンが息苦しそうに顔を出し、そのまま地面に飛び降りる。

 

「あらあら……全員集合ね」

 

空中からみらい達を見下ろしながらマキナが半ば呆れた様子で呟いた。

 

「っマキナ先生!」

「また八幡を狙ってきたの!?」

 

ようやく八幡を見つけたと思った矢先、敵であるマキナと相対し、警戒を強める二人。マキナの造り出すヨクバールが他の闇の魔法使いよりも強力だと知っているだけにその表情は硬い。

 

「狙ってきた、というのは正確じゃありませんね。私はただ面白そうな事になっているなと思って声を掛けただけですよ」

 

リコの問い掛けにマキナはみらいと八幡に視線を向けながら含みを持たせた笑みを浮かべた。

 

「……何を企んでいるのか知らないけど、思い通りにはさせない」

 

マキナの反応から標的がみらいと八幡である事を察したリコは、一歩前に出ると真っ直ぐマキナを見上げる。

 

それはたとえマキナがどんな手段で二人を追い詰めようとしても防いで見せるというリコの意思表示だった。

 

「フフッ、思い通りという点では既に上手くいってませんけどね。わざわざ人払いをしたのに邪魔が入ってしまいましたし……」

 

真っ直ぐ向けられる視線を気にも止めず、マキナは残念そうに肩を竦めると一転、意地の悪い笑みを見せ、リコ達の方へと右手を向けた。

 

「でもまあ、せっかくですから少し遊びましょうか━━魔法、入りました。出でよっヨクバール!」

 

指を弾き、呪文を唱えたマキナの頭上に巨大な魔法陣が現れ、八幡の昼食が入っていたビニール袋と飲みかけのMAXコーヒーを吸い込んでいく。

 

「ヨォックバール……」

 

いつもと違い、静かに魔法陣から現れたのは中心に髑髏の顔、ビニール袋の体に空き缶の手足を持つアンバランスな姿のヨクバールだった。

 

「ふーん、まずまずの出来かしら」

「ヨォクバール?」

 

自らが造り出したヨクバールに対し、そんな感想を漏らしつつ、マキナはゆっくりとリコ達の方に視線を向ける。

 

「さて、それでは始めましょう。ヨクバール!」

「ヨォクバール……」

 

掛けたに呼応したヨクバールが臨戦態勢をとり、リコ達に狙いを定める。

 

「っみらい!」

「え、あ、うん」

 

今にも突撃してきそうなヨクバールに対抗すべく、変身しようとリコが呼び掛けるも、みらいの返事に覇気がない。

 

早く八幡と話をしたいというみらいの気持ちはリコにもわかる。けれど今は目の前のヨクバールをどうにかしないといけない状況だ。

 

このまま変身もせず、ただ立っているわけにはいかない。

 

「しっかりしなさいみらい!話したい気持ちはわかるけど、今は目の前のヨクバールに集中して」

「……うん。ごめんリコ、いこう!」

 

リコの叱咤で前を向いたみらいは気持ちを切り替え、ヨクバールの方へと意識を集中させる。

 

 

「「キュアップ・ラパパ!」」

 

 

手を繋ぎあい、呪文を唱えた二人の背後から放たれた深紅の光が宙を舞いながらモフルンの元に集う。

 

 

「モッフ~!!」

 

「「ルビー!」」

 

 

紅き光は情熱の炎を秘めたリンクルストーン━━ルビーに変わり、モフルンの首元にあるリボンへとセットされた。

 

 

「モフッ♪」

 

 

その身にルビーの炎を宿したモフルンがみらいとリコに向かって飛び込み、三人が手を繋ぎあう。

 

 

「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!!」」

 

 

セットされたルビーの炎はモフルンを通してみらいとリコを包むように伝わり、紅の光が二人の姿を変えていく。

 

 

そして包んでいた光が溢れて弾け、降り注いだ残滓が花弁となって伝説の魔法使いへ為った二人と共に魔法陣から現れる。

 

 

「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」

 

 

「ふたりの魔法!キュアマジカル!」

 

 

「「魔法つかいプリキュア!!」」

 

 

紅き光と爆炎を背に、情熱の炎を身に纏った二人は伝説の魔法使い……プリキュアとして名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

みらい達が変身するのと同時に邪魔にならない位置まではーちゃんを連れて移動していた八幡はヨクバールと相対している二人の背中を複雑そうに見つめる。

 

「はーちゃ?」

 

黙ったままの八幡を心配してはーちゃんが声を掛けるもその耳には全く届いていない。

 

「…………」

 

怪物(ヨクバール)に正面から立ち向かう二人と逃げるように退避した自分。

 

その構図は今に始まったわけではないし、いつも逃げているわけでもない。

 

時には囮になったり、敵の行動を阻害したりと出来うる限りのサポートをしてきたつもりだった。

 

けれどもし、八幡のサポートがなかったとしたら?

 

二人はこれまでの戦いを切り抜けられただろうか。

 

答えはわからない。でも、あの二人ならサポートなんてなくても、どうにか出来たように思う。

 

もちろん、たらればの話に意味がないのは分かっている。

 

ここまでやってきた過去が積み重なっての今、そこに〝もしも〟は存在しない。

 

それは分かっている……分かっている筈なのにどうしてもそんな〝もしも〟を想像してしまう。

 

━━居ても居なくても変わらないならこのまま……

 

ぐるぐると頭を巡っていた暗い思考と投げかけられたマキナの言葉が毒のように八幡の心を蝕もうとしていた。

 

 

 

 

 

「ヨォクバール……!」

 

変身した二人に向かって真正面から突撃するヨクバール。その速度はアンバランスな外見からは想像出来ないほど機敏だった。

 

「「ふっ!」」

 

とはいえ、素材にした物の違いか、前回マキナが造り出したヨクバールに比べると速度は遅く、ミラクルとマジカルは左右に飛ぶ事でそれを回避する。

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

かわした勢いのまま校舎の壁を足場に跳躍した二人は体勢の整っていないヨクバール目掛けて加速した拳を打ち放った。

 

「なっ!?」

「えっ……」

 

勢いを利用し、体勢の崩れたタイミングを狙った筈の渾身の一撃があっさりと受け止められ、二人の表情が驚愕に染まる。

 

マキナの造り出すヨクバールの力を二人は十二分に理解しているつもりだった。

 

しかし、爆発力のあるルビースタイルの一撃をこうも容易く受け止められるとは思わず、動揺を隠しきれない。

 

「ヨォク……バール!」

 

ヨクバールは受け止めた手を引くように体ごと回転、そのまま空き缶の側面で二人にカウンターを叩き込んだ。

 

「きゃっ!」

「っ!?」

 

動揺していたところにヨクバールの強力な反撃を受けた二人は、受け身もろくにとれないまま叩きつけられ、コンクリートの壁を突き破ってそれぞれ校舎の中へと吹き飛ばされてしまう。

 

「ふむ、少し派手にやり過ぎましたね」

「ヨォクバール?」

 

巻き上がる粉塵と土煙を見下ろしながらマキナが顎に手を当て、呟く。

 

「……仕方ありません。野次馬が集まってくると面倒ですし、何より()の主義に反しますからね。もう一度人払いをしておきましょう」

 

煩わしそうに顔をしかめたマキナはそう言って指を弾くと視線をミラクルが吹き飛ばされた方へ向けた。

 

「それに折角の楽しい時間に悲鳴や雑音は無粋……人が絶望して堕ちていく様は静かに眺めるのが風情(ふぜい)というものです」

 

誰かに語りかけるように独り言を並べるマキナの表情が先程までとまるで違う喜色に溢れたものへ変わる。

 

「さあ、貴方はどんな喜劇を見せてくれるのかしら?」

 

未だに晴れない土煙の向こうを見つめ、マキナは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

強烈な一撃で吹き飛ばされたマジカルが体に覆い被さる瓦礫を退かしながら、ふらふらと立ち上がる。

 

「っ……やっぱり強い……わね」

 

隙を突かれたとはいえ、たった一撃でパワーのあるルビースタイルでも立つのがやっとのダメージを受けてしまった。

 

以前戦った時より場数を踏んで多少なりとも強くなった筈なのにまるで歯が立たない。

 

「けほっ……行か、ないと」

 

気を抜いてしまうと倒れそうになる体をどうにか動かして吹き飛ばされた時にできた穴からマジカルは外に向かう。

 

「あらあら、随分とボロボロね。もうおしまいかしら?」

 

土煙が晴れ、満身創痍のマジカルが出てきた事に気付いたマキナは視線をそちらに向けると挑発めいた言葉を投げ掛けた。

 

「っまだ……まだ負けてないわ!」

 

よろめきそうになるのを気力で耐えながら歯を食い縛り、マジカルは戦う意思を示す。しかし、意思はあれど身体の方がそれに伴わない。

 

もう一度まともに攻撃を受ければ戦闘不能。立ち上がる事すら出来なくなるだろう。

 

「頑張るわねぇ……でももう一人の方はどうかしら?」

 

マキナの言葉にハッとしてミラクルの吹き飛ばされた方向を見るが、未だに立ち上がってくる気配はない。

 

「っミラクル!」

「ヨォクバール……」

 

ミラクルの身を案じて身体に鞭打ち、駆け出そうとするマジカルの進路を塞ぐようにヨクバールが立ちはだかる。

 

「フフッ……彼女の元へ行くと言うのならこのヨクバールを退けてから、ですよ?まあ、貴女にそれが出来ればの話ですけど」

「くっ……」

 

せせら笑うマキナとじりじり迫ってくるヨクバールに圧されてマジカルはその先に踏み出せず、焦りばかりが募る。

 

「さて、それじゃあ行きますよ━━おや?」

 

嗜虐(しぎゃく)的な笑みのままヨクバールに突撃の指示を下そうとしたマキナの手が不意に止まった。

 

「八……幡?」

 

満身創痍のマジカルの真横を通って現れたのは、どこかふらふらと足取りが覚束無い様子の八幡だった。

 

「…………」

「ヨォク?」

 

八幡は無言のままマジカルを庇うよう前に立ち、追撃を加えようとしているヨクバールに向けて杖を構える。その姿はいつもの八幡と違い、何かに突き動かされているような違和感があった。

 

「……そんな事をして何の意味があるのかしら?」

 

表情を一転させ、マキナが不愉快そうに眉根を寄せて八幡へと問いを投げ掛ける。

 

「何、の……」

 

投げ掛けられた問いをただ呆然と呟くその様子は、やはり普段の八幡からは想像出来ない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()ように見える。

 

「ああ、勘違いしないでほしいのだけれど、貴方に力がないからという意味で聞いたわけではないわ。私が聞きたいのはどうして貴方がその子達のために動くのか、よ」

 

力の有無ではなく助ける理由、それはマキナに問われる以前に八幡自身が思い悩んでいた事だった。

 

頼まれたわけでもないし、見て見ぬふりをして責められるわけでもない。言ってしまえば八幡の自己満足、あるいは自己嫌悪に陥らないための予防線だ。

 

全部が自分のためなら悩み苦しんでまで助けるのはどうしてなのか。

 

考えても問われても依然として答えは出ない。

 

「……これは私の予想でしかないけれど、貴方はこう考えていたのではないかしら━━自分があの子達に関わらなければ問題は解消する、と」

 

黙ったままの八幡を他所にマキナは言葉を続ける。

 

「あまりに滑稽。仲違いの理由は知りませんけど、あれだけ友達が大事だと言っていたのに……やっぱり繋がりなんて脆く儚いものね」

 

冷めた表情で二人を見つめ、言葉を重ねるマキナ。その切れ味は決して鋭いものではないが、八幡達の現状が言葉の威力を無視出来ないものへと押し上げていた。

 

「……そうね。あなたの言う通りかもしれない」

 

そこまで沈黙を貫いていたマジカルが肯定の言葉と共にボロボロの身体を引きずり前へ出る。

 

「へぇ……まさか貴女が肯定するとは思わなかったわ」

 

マキナは薄い笑みを浮かべ、マジカルを見定めるように目を細めた。

 

「人と人との繋がりは脆い……でも……だからこそっ!繋がりが壊れたなら積み直せばいい!絶たれたなら結び直せばいい!人には……私達にはそれが出来るって信じてる!」

 

真っ直ぐマキナを見据えて叫ぶマジカル。その瞳は確かな強い意思を宿し、その言葉は眼前のマキナではなく、自らが信じる二人へと向けられていた。

 

「クッ……フフ、アハッハッハッ……そう、確かに私は脆いと言っただけでその先までは否定していないわ」

 

顔に手を当て、天を仰いだマキナは堪えきれなくなったように大きな声を上げながら心底愉しそうに笑う。

 

それはまるで予想外の答えが飛んできた事を喜んでいるような反応だった。

 

「━━でもね、否定していないだけで人という愚かな生き物に……いえ、貴女達にそんな事が出来るとは到底思えない。もし、仮にそれが出来たとしてもすぐに壊れてしまうのではないかしら?」

 

笑みを納め、どこか試しているような口振りでマキナが言葉を返す。その表情はマジカルがどう切り返してくるのかと期待しているように見えた。

 

「なら何度でもやり直すだけよ!壊れたらそれでおしまいなんて決まりはないんだから!!」

 

底意地の悪い問いかけにマジカルは一歩も退かず、不敵な笑みを浮かべて踏み出した。

 

「……フフッ、やはり貴女は言葉では折れませんか。仕方ありませんね。ヨクバール」

「ヨォクバール……」

 

マジカルの不敵な笑みにマキナは再び薄い笑みを持って返し、言葉ではなく力で心を折らんとしてヨクバールに指示を下す。

 

「……ここは私が抑えるから八幡はミラクルのところに行って」

 

指示を受け、今にも飛び込んできそうなヨクバールを見据えたまま八幡へと声を掛けるマジカル。

 

二人で戦っても圧倒されたヨクバールを一人で抑えるという無茶を通してまで八幡にミラクルの元まで行けという。

 

「ミラクルは……ううん、みらいは今日一日、ずっと八幡を探してた。あなたに伝えたい事があるって」

「俺、は……」

 

〝みらいから伝えたい事がある〟そうマジカルから聞いた八幡は表情を歪める。

 

何かを言われる事が怖いのか、それとも向き合う事そのものを恐れているのか、あるいはその両方か、いずれにせよ今の八幡はみらいと顔を合わせる事に怯えて、動けないでいた。

 

「…………いや、ここは俺が囮になる方がいい……先に合流して二人で……」

 

前に立つマジカルから目を背け、絞り出すように八幡は言葉を紡ぐ。

 

出来る出来ないは置いておいて、戦えない自分が時間を稼いだ方が合理的、ここまで八幡がとってきた行動を考えれば確かに()()()選択だ。

 

けれどその選択は今までと違う。最善、あるいは合理的だからと誤魔化しているだけで、本当のところはそれらを盾にみらいと会う事を避けるための選択だった。

 

「いい加減に……しなさいっ!」

「っ……!?」

 

言葉を言い終えるより前にマジカルが勢いよく振り向き、両手で八幡の顔を掴んで強制的に自分の方へと向かせる。

 

「いつまでそうやって逃げるつもり?みらいからも!自分からも!」

 

ボロボロで立ち上がるのもやっとだった筈のマジカルから八幡へと思わず息を呑む程の気迫で言葉がぶつけられた。

 

「……事故の事も、八幡が何を怖がっているのかも、私にはわからない……でも!ここで逃げたら駄目だって事だけはわかるの!だから……」

「…………別に、逃げるのは悪い事じゃないだろ」

 

マジカルの真っ直ぐな視線と言葉から目を逸らした八幡が逃れるようにぼそりと呟く。

 

八幡自身、これが大分(だいぶ)言い訳めいている事はわかっている。しかし、わかっていてなお、八幡はそう返す他なかった。

 

「っ違う……そうじゃないの!逃げるのが悪いだとか、そういう事を言いたいわけじゃない!私はただ…………ううん、ここから先は私が言う事じゃないわね」

 

首を振り、マジカルは言葉を呑み込んだ。

 

たとえここでマジカルが言葉を重ねて促し、上手くいったとしても、いずれ破綻がきてしまう。

 

どうしたってそこから先は八幡自身が向き合わなければ意味がないのだから。

 

「とにかくここは私が抑える。八幡はさっさとみらいのところに行きなさい」

 

深く息を吸い込み、有無を言わさぬ勢いでそう言い放ったマジカルは八幡の顔から手を離して前へと向き直った。

 

「……は?いやそれは」

「いいからさっさと行く!あんまり時間は稼げないわよ」

 

なおも食い下がろうとする八幡の言葉をぴしゃりと遮り、ヨクバールを見据えて突撃すべくマジカルが構える。

 

「……これだけは覚えておいて。あなたがどう思っていても私にとって八幡は捻くれ者で拗らせていて素直じゃないけど優しい大切な〝友達〟だって事を」

 

マジカルは振り返らずにそれだけ言うと、ヨクバールに向かって勢いよく飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

取り残された八幡は飛び出していったマジカルの背中を苦悶の表情で見つめていた。

 

「っ…………」

 

向かっていったマジカルを止める事はもう出来ない。

 

こうなってしまった以上、八幡の取るべき行動決まっていた。

 

逃げたくても、目を逸らしたくても、ここで八幡がぐずぐずと手をこまねけば、それだけマジカルの負うリスクが高くなる。

 

だから今、八幡に出来る最善は一刻も早くミラクルを起こしてマジカルと合流させる事。そこに好悪を挟む余地はない。

 

「……行くしかないか」

 

誰に聞かせるでもない小さな呟きを漏らした八幡は自分の感情に蓋をし、ミラクルの吹き飛ばされた方向へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

半ば強引に八幡を送り出して飛び出したマジカルは思いっきり地面を蹴って加速すると、一気にヨクバールとの距離を詰める。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

加速した勢いを拳に乗せ、裂帛(れっぱく)の気合いと共に全身全霊を込めた一撃をヨクバールへと撃ち放った。

 

「ヨォクバール……!」

 

マジカルの一撃をヨクバールが巨大な缶の手で真正面から受け止めた瞬間、衝撃と轟音が周囲に響く。

 

「っ……はぁぁっ!」

 

拳を起点に身体を捻り、ヨクバールの上を取ったマジカルはそのまま空中で一回転して強烈な追撃を加えた。

 

「ヨォク……」

「くっ……」

 

今度はヨクバールの胴体を正確に捉えた筈のマジカルの拳が、ひらひらしたビニールの体に受け流されてしまう。

 

「っ……!」

 

危険を察知したマジカルは咄嗟(とっさ)に飛び退くと、さっきまでいた場所をヨクバールの缶の手が凄まじい速度で通過した。

 

もし、あのまま留まっていたらヨクバールの反撃をまともに受けてマジカルは立てなくなっていただろう。

 

(やっぱり桁違いに強い。速さだけならなんとかついていけるけど、力は……)

 

最初の一回でわかっていた事だが、やはりルビースタイルの力でも全く敵わない。

 

「━━もうお話はいいのかしら?」

 

ヨクバールとマジカルの間に距離が空き、膠着(こうちゃく)が生まれた瞬間を見計らってマキナがゆっくり口を開く。

 

「……ええ、わざわざ待ってもらったみたいで悪いわね」

 

皮肉を込めて言葉を返し、会話に応じるマジカル。あのヨクバールと戦うわずに時間が稼げるならそれに乗る他ない。

 

「構いませんよ。私としては中々に愉快な茶番が見れましたから」

 

マキナは薄い笑みで皮肉に応え、マジカルと八幡のやり取りを言外にくだらないと切り捨て返す。

 

「そう……でも、その茶番を見逃してくれたおかげで八幡はミラクルの元に向かえたんだからお礼を言うわ」

「フフッ、礼には及びません。貴女でなく八幡君が向かうのなら、むしろ私には好都合です」

 

マジカルがミラクルの元に向かおうとするのを阻止したマキナが、八幡の事は好都合だと言って止めない。

 

おそらくマキナは、八幡にミラクルとの仲を修復する事なんて出来るわけがないと思っているのだろう。

 

「好都合、ね。あなたの目的が何なのか知らないけど、あまり八幡を見くびらない方がいいわよ」

「見くびる?いいえ、私は八幡君を充分警戒してますよ……それより貴女は自分の心配をすべきではないですか?」

 

痛い目を見ると忠告してきたマジカルに対して、マキナは(あざけ)るような笑みでそれを返した。

 

「時間稼ぎのためにこの会話に応じたのでしょうけど、それでもまだ足りない。ここから貴女一人で私のヨクバールを止められるかしら」

 

ヨクバールが突撃の体勢を取り、マジカルはそれを迎え撃つべく足に力を込めて構える。

 

「……やってみないとわからないでしょ!」

 

言葉と共に駆け出したマジカルは、思いっきり地面を踏み込んでヨクバール目掛け飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラクルを探して瓦礫まみれの校舎へ足を踏み入れた八幡はその惨状を前に、改めて自分達が戦ってきた相手の恐ろしさを実感していた。

 

「……早く探さないと」

 

辺りを見回し、吹き飛ばされたミラクルを探すも中々見つからない。もしかしたら瓦礫の下に埋もれているのかもしれないと注視して見ると、盛り上がった一部分が目に入る。

 

「あそこか……!」

 

そこに急いで駆け寄った八幡が瓦礫を一枚退()かすとその下にミラクルの顔が見えた。

 

「流石に一人で持ち上げるのは無理だな……」

 

慌ててミラクルの上に覆い被さる瓦礫を退けようとするが、八幡一人の力ではびくともしない。

 

いくら伝説の魔法使いであるプリキュアが普通の人より頑強だと言っても、このままだといずれ潰されてしまう。

 

「っ何か……」

 

他に瓦礫を退ける方法がないかと周囲に目を向けるも特に使えそうなものはなく、焦りばかりが(つの)る。

 

「……こうなったら一か八か魔法で」

 

意を決して杖を取り出し構える八幡。以前使った風を起こすような魔法の類いでは(かえ)って被害を拡げかねない。

 

だから今求められるのは必要な瓦礫だけを退ける魔法だ。

 

精密とまではいかないが、下にミラクルがいる以上、慎重に、かつ素早く魔法を使う必要がある。

 

「……キュアップ・ラパパ━━瓦礫よ、宙に浮け!」

 

杖を振るい、呪文を唱えた瞬間、ミラクルに覆い被さっている瓦礫がゆっくりと浮かび始めた。

 

「っ……!!」

 

魔法で瓦礫を浮かばせ、移動させる。一見、やる事が単純でイメージしやすい簡単な魔法に見えるが、人一人の手で動かせない程の重い瓦礫を動かすのはかなりの集中力を要する。

 

まして失敗すればミラクルの上に瓦礫が再び落ちてしまう危険(リスク)あるため、より神経を磨り減らさなければならず、精神的に余裕のない今の八幡には厳しい魔法だった。

 

「後少し……これで……!」

 

額に玉のような汗を浮かべて最後の瓦礫を離れた場所に退けた八幡は息を整える間もなくミラクルに駆け寄る。

 

「おいっ大丈夫か!?」

「うっ……うぅん……」

 

ミラクルの上半身を軽く起こして支え、呼び掛けると僅かに反応を示した。

 

「とりあえず大事には至らなかったみたいだな……」

 

マジカルと同様にあちこち怪我を負っているものの、一先ずミラクルの無事を確認した八幡の口から安堵のため息が漏れる。

 

「ぅん…………はち……く、ん?」

「……目が覚めたか」

 

程なくして目を覚ましたミラクルが定まらない視界の中で八幡を見つけ、呟く。

 

「…………ここは……そうだ……っマジカル!」

 

意識が徐々に覚醒してきたらしく、ミラクルは現状と経緯を思い出し、慌てて立ち上がろうとした。

 

「痛っ……!?」

 

その瞬間、ここまで吹き飛ばされた時に受けたダメージが響き、ミラクルの全身を鈍い痛みが襲う。

 

「……落ち着け。とりあえずあいつは無事だ。今、ヨクバールを相手に時間を稼いでる」

 

八幡は無理に動こうとするミラクルを制して簡潔に状況を説明する。どうやら全く動けないわけではないようだが、それでもヨクバールから受けたダメージは大きく尾を引いているらしい。

 

「そっか……良かった……」

 

マジカルの無事を知って安堵するミラクル。自分の事よりも先にその身を案じる程、ミラクルにとってマジカルは大切なのだろう。

 

「…………だから動けるなら早くあいつのところに行ってやってくれ……俺じゃ何の役にも立てないからな」

 

そう言うと八幡はミラクルから目線を逸らす。

 

ここに来たのはミラクルを起こしてマジカルと合流させるためだ。

 

後はミラクルを送り出せば八幡のやるべき事は終わり……これ以上、話す必要はない。

 

「八くん……でも……」

「あのヨクバールは今までのやつより圧倒的に強かった……時間稼ぎだってそう長くは持たない」

 

何か言おうとしたミラクルを遮り、八幡が(まく)し立てるように言葉を並べる。それはまるでマジカルの事を盾にミラクルとの会話を避けているように見えた。

 

「…………やっぱりまだ行けない。どうしても八くんに聞いてほしい話があるから」

 

首を横に振ってはっきりと意思を示し、ミラクルはぎゅっと小さく拳を握る。

 

「……話なら後でも出来るだろ」

 

ミラクルが何を言いたいのか八幡には予想がついていた。いや、正確にはついてしまったという方が正しいか。

 

「ううん、今じゃないと駄目……だってマジカルはそのために八くんをここに送り出してくれたんでしょ?」

「そ、れは……」

 

何も話していないのにミラクルがマジカルの意図を察していた事に驚き、八幡は言葉に詰まってしまう。

 

「……八くんが私の事を避けてるのは気付いてた。ここで話さないともう後でなんてないかもしれない……だからマジカルの作ってくれたこの時間で全部伝える」

 

ここを逃せば八幡と向き合って話せなくなってしまう、そんな予感に突き動かされたミラクルは意を決したように言葉を紡ぐ。

 

「すぅ……はぁ…………っごめんなさい!!」

「……は?」

 

開口一番、いきなりの謝罪に面を食らい戸惑う八幡。ミラクルが謝ってくるだろうと予想はしていても、こんな唐突にしてくるとは思っていなかった。

 

「昨日は心配をかけてごめんなさい!事故の事を覚えてなくてごめんなさい!助けてもらったのにお礼も言わなくて……八くんの高校生活を台無しにしてしまってごめんなさい!」

 

頭を下げたままミラクルは何度も謝罪の言葉を口にする。過呼吸の事、事故に関する事、そして八幡に迷惑をかけてしまった事、ミラクルは募った謝りたいという気持ちを全て吐き出した。

 

「……それは違うだろ」

「えっ……?」

 

出会い頭の謝罪で戸惑ったものの、ある程度は予想していた以上、すでに八幡の返す言葉は決まっている。ミラクルからの謝罪に対する八幡の返答……それは否定の言葉だった。

 

「事故に関しては居眠り運転をしていた運転手やそこまで追い詰めた会社が悪いし、助ける云々(うんぬん)は俺が勝手にした事だ。その結果の責任を誰かのせいにするつもりはねぇよ」

 

ミラクル……みらいはあくまで被害者、何の落ち度もない。助けたのも勝手にやった八幡の責任でみらいが何かを背負う必要はない筈だ。

 

「でも……」

「それに、だ。たとえ事故がなかったとしても俺の高校生活は変わらずぼっちだったと思うぞ」

 

入院で確かにスタートは遅れたが、八幡の性格上、それに関係なくぼっちになる事は避けられなかったと思う。

 

「……だからお前が事故の事を謝る必要ない。全部俺の勝手なんだからな」

「そんなこと……」

 

ないと続けようとしたミラクルだったが、段々と言葉は尻すぼみになり、ついには俯いてそのまま押し黙ってしまった。

 

(八くんにとって私は……迷惑、なのかな……)

 

責められる覚悟はしてきた。謝っても許されないかもしれない、それでも謝るつもりだった。けれどそれ以前の問題、八幡には受け取ってすらもらえなかった。

 

その事実がみらいの心を揺らし、意思を折ろうと重くのし掛かってくる。

 

「…………」

「…………」

 

八幡もミラクルも互いに言うべき言葉が見つからず、二人の間を取り巻く空気が沈黙と静寂に支配される。

 

 

「━━━━ケンカしちゃダメ~~~!!」

 

 

そんな中、突如として響いたその声が二人を包む静寂を打ち破った。

 

「はーちゃん……?」

 

二人がほぼ同時に声のした方を向くとそこには涙を浮かべたはーちゃんと息を切らしてその後に続くモフルンの姿があった。

 

「ミラクルもはーちゃもケンカはダメだよ!仲直りして!」

 

はーちゃんはミラクルと八幡を交互に見やると仲直りさせるべく二人の手を引っ張る。

 

「え、えっとね、はーちゃん?私達は別に喧嘩をしてるわけじゃないよ」

「そうだな。確かに喧嘩はしてない」

 

ぐいぐいと手を引くはーちゃんに対してミラクルがそう言うと八幡もそれに同意した。

 

「……ならどうしてミラクルもはーちゃもそんなに怖いお顔をしてるの?」

「えっ……?」

「それは……」

 

指摘され、そこで二人は初めて自分達の表情が知らず知らずの内に強張っていた事に気付く。

 

「……モフルンには二人がとっても苦しそうに見えるモフ」

 

はーちゃんに続いてモフルンにもそう言われた八幡とミラクルはそれぞれ考え込むように俯いた。

 

(……事故に関してさっき言った事はただの事実だ。それなのに……それだけの筈なのに……)

 

ただ事実を口にしただけではーちゃんとモフルンに指摘される程、自分の感情が動いて表情に出ていた事に八幡は驚いていた。

 

(苦しそう……?ううん、それは違う。事故の事を忘れて……お礼もまだで……それなのに迷惑かけてばかりの私が苦しいだなんて言えるわけない)

 

唇を浅く噛み、折れかけていた心と意思を繋ぎ止めるためにミラクルは再び拳をぎゅっと握り締める。

 

(そうだよ……苦しいなんて言ってられない。マジカルが必死で作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない……それにこのまま八くんとの関係がなくなるなんて絶対に嫌だ!)

 

心の内で崩れかけていた決意を改めて固め、もう一度覚悟を胸にミラクルが真っ直ぐ顔を上げた。

 

「……八くんは事故の事を謝らなくていいって言ったけど、それでも私は謝りたい。迷惑に思うかもしれない……でも、このまま謝らないでいたら駄目だと思う……」

 

必要かどうかではなく謝りたいから謝る、それは紛れもないミラクルの本心だ。

 

「だから……これは私の我儘(わがまま)。八くんごめんなさい……それからいつも助けてくれてありがとう。これからもいっぱい迷惑かけちゃうと思う。それでも、私は八くんと友達でいたい……こんな……こんな私だけどこの先も友達でいてくれますか……?」

 

ミラクルの……みらいの掛け値ない言葉を受け止めた八幡はしばらくの間、考えるように俯き、やがてぽつり、ぽつりと少しずつ口を開く。

 

「……俺はさっき言った事を間違いだとは思わない。謝られる理由もお礼を言われる筋合いもないからな」

 

事故に関しては言わずもがな、助けた云々(うんぬん)も迷惑も礼を言われるような事はしていない。むしろ八幡の方が迷惑かけてばかりだし、助けられてばかりだ。

 

「……でも、だからこそ助けるのも迷惑かけるのもお互い様だろ……〝友達〟ってそういうもんなんじゃねぇの?……知らんけど」

「……!それって」

 

驚き、目を見開くミラクルに八幡は頭をがしがしとかきながらそっぽを向いて誤魔化すように続ける。

 

「とにかく、今はあのヨクバールをどうにかしないとな。いつまでもあいつ一人に任せておく訳にはいかないだろ」

「うんっ!」

「仲直り~!」

「モフ~!」

 

照れくさいのか、早口でそう言う八幡に対してミラクルは声を弾ませて返し、はーちゃんとモフルンも嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

「……でもその前に」

「?」

 

ちょっと待ってと八幡の手を握ったミラクルが息を吸い、真っ直ぐ目線を合わせる。

 

「八くんっ!これからもよろしくね!」

「……おう」

 

花の咲くような笑顔のミラクルに八幡が頬を緩めながら返事をしたその瞬間、ポケットの中のリンクルストーンが白い輝きを放った。

 

「っこれは……」

「モフ?」

 

八幡がポケットからリンクルストーンを取り出すとその輝きに呼応するようにモフルンの胸にあるルビーが赤く光り輝く。

 

「はーちゃのリンクルストーンとルビーが呼びあってる……」

「この光……なんだか温かい……」

 

光は互いに共鳴しながら混ざり合い、輝きを増して周囲に伝播していく。

 

「これなら……ミラクル!」

「え、わわっ!?」

 

突如として目の前で起こった現象に八幡は確信を持って自らのリンクルストーンをミラクルに投げ渡した。

 

「これって……八くんのリンクルストーン!?」

 

最初にマキナのヨクバールと戦った時以来、八幡以外は触れる事も出来なかった筈のリンクルストーンを手にした事にミラクルは驚く。

 

「……マジカルの事は頼んだ」

「……わかった!任せて!!」

 

八幡から想いとリンクルストーンを託されたミラクルはそれに応えるべく、ヨクバールと戦っているマジカルの元へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ヨクバールを相手に紙一重の攻防を繰り広げていたマジカルにも共鳴の輝きが届いていた。

 

「この光は……?」

 

マジカルが突然の出来事に戸惑い、怪訝な顔をして自身を包み込む光を見つめていると、それを好機と判断したのか、ヨクバールが猛スピードで突進してくる。

 

「ヨォクバールッ!」

「っ……はぁぁぁっ!」

 

反応が一瞬遅れてしまい、回避するのが困難だと判断したマジカルは体勢が整っていないままヨクバールの突進に合わせて拳を繰り出した。

 

「なっ……!?」

「え?」

 

悠然と戦況を眺めていたマキナと戸惑いを含んだマジカルの声が重なる。

 

「ヨォッ!?」

 

マジカルの放った拳はヨクバールの突進を真正面から打ち破り、そのまま強烈なカウンターとしてその巨体を吹き飛ばした。

 

「バカな!私のヨクバールが……っそう……あの光……また()()()()の力か……!」

 

忌々しそうに光を睨み付けたマキナは表情を歪めてそう吐き捨てる。

 

「ヨ、ヨォクバールッ!」

 

吹き飛ばされたヨクバールは缶の手足を地面に突き立てて起き上がると、ビニールの体をゆらゆら揺らしながら再びマジカルに向かって突進を繰り出した。

 

「━━やぁぁぁっ!!」

「ヨォクッ!?」

 

一直線にマジカルへと迫っていたヨクバールの不意をつく形で、校舎の穴から跳んできたミラクルが渾身の一撃をそのまま叩き込んだ。

 

「っ遅れてごめん!」

「……ふふっ、本当、待たせ過ぎよ」

 

派手なミラクルの登場に思わず笑みを溢し、軽口を返すマジカル。こうしてミラクルがここに来たという事は、少なくとも八幡を半ば無理矢理送り出したマジカルの判断は間違いではなかったらしい。

 

「……それで八幡と話は出来たの?」

「うん!マジカルが時間を作ってくれたおかげだよ!ありがとう!」

 

お礼を言いながら抱きついてきたミラクルにマジカルは頬を緩め、少し呆れたように全く世話が焼けるんだからと小さく呟いた。

 

そんな二人を他所に再び吹き飛ばされたヨクバールがよろよろと立ち上がる。その様は二人にとって図らずも最初に吹き飛ばされた時の意趣返しとなっていた。

 

「ヨ、ヨォク……バール……」

「はぁ……上手くいかないものね……仕方ありません。行きなさいヨクバール」

 

顔を覆うように手を当てて、深いため息を吐いたマキナはふらついているヨクバールを一瞥し、ただ冷徹に命令を下した。

 

「ギョ、イ……」

 

命令を受けたヨクバールはそれに従い、ダメージの残る体を無理矢理動かして突撃の体勢を作る。

 

「来るよ、マジカル」

「ええ、わかってる」

 

差し出されたミラクルの手を取ったマジカルはその手の中に何かが握られている事に気付いた。

 

「これは……リンクルストーン?」

「うん、八くんから託されたの……これで決めるよ!」

 

向かってくるヨクバールを見据えてミラクルとマジカルがそれぞれ手を前に突き出す。

 

 

「「リンクルステッキ!」」

 

「モッフ~!」

 

 

二人の声に伝説の杖が応え、校舎の中にいるモフルンから紅の光が勢いよく飛び出した。

 

「「っ……はぁぁぁ!!」」

 

気合いの掛け声とミラクルとマジカルは共に熱き想いを秘めた紅の光を受け止める。

 

 

「「ルビー!」」

 

「「紅の情熱よ!私達の手に!」」

 

 

ルビーの力をステッキに宿した二人は八幡のリンクルストーンを持って繋ぎあった手を高く掲げた。

 

 

「私達の想いの火が……」

 

「重なりあって爆ぜる炎……!」

 

 

八幡のリンクルストーンが白と紅の光を放ち、二人の持つステッキへと集まっていく。

 

 

「「フル……フル……リンクル!!」」

 

 

大きな弧を描きながらステッキを重ねて空高く深紅のハートを撃ち放つと空中に巨大な魔法陣が形成された。

 

 

「「プリキュア……」」

 

 

跳び上がり、魔法陣を足場に降り立った二人は突撃してくるヨクバールを真っ直ぐ見据える。

 

 

「「ルビー・パッショナーレ!!」」

 

 

呪文を唱えると同時に足下の魔法陣が爆ぜ、深紅の炎を纏った二人が弾丸のごとくヨクバール目掛けて撃ち出された。

 

 

「「やぁぁぁっ!!」」

「ヨォクバァァァルッ!!」

 

 

真正面から衝突した両者の力が拮抗し、せめぎ合う中で、ミラクルとマジカルは握りあった手を固く結んで勢いよく前へと突き出す。

 

 

「「━━エクス……プロージョン!!」」

 

 

呪文と共に二人を包む炎が一際燃え上がり、拮抗してせめぎ合っていた筈のヨクバールをあっという間に呑み込んで収束……そして一瞬の静寂から天まで轟く大爆発を引き起こした。

 

 

「ヨォクバー……ル……」

 

 

呑み込まれたヨクバールは抵抗する間もなく浄化され、元の空き缶とビニール袋に別れて落ちていった。

 

 

 

 

 

ヨクバールが浄化されていく様を厳しい表情で見つめていたマキナが重々しく口を開く。

 

「……私の予想よりもあちら側の力強くなっている……これはそろそろ手立てを考える必要がありますね」

 

顎に手を当て、考え込むようにそう呟くとマキナは指を弾いてその場から姿を消した。

 

 

 

その後、壊された校舎もすぐに元通りになり、マキナのかけていた人払いが解けて先生や生徒の声がちらほらと聞こえ始める。

 

「みらい~リコ~」

「モフ~」

 

戦いを終えたみらい達の元に校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下の方から、はーちゃんとモフルンを抱えた八幡がゆっくりと歩いてきた。

 

「無事に終わったみたいだな」

「うん、八くんのおかげだよ。ありがとう」

 

安堵した様子の八幡にみらいは笑顔を浮かべながら礼を言い、持っていたリンクルストーンを手渡した。

 

「……まあ、でも誰かさんが素直だったらもう少し助かったんだけどね」

「……誰の事だろうな」

 

そう言って悪戯っぽく微笑み、覗き込んできたリコに対して八幡はそっぽを向き、(とぼ)けるように言葉を返す。

 

「ふふっ、八くんはとっても素直だったよ。ね~?はーちゃん、モフルン」

「うん、はーちゃはみらいのこと友達って言ってたよ~」

「言ってたモフ~」

 

みらいが尋ねると、はーちゃんとモフルンはそれぞれ同意して頷いた。

 

「へ~八幡がねぇ……」

「……何だよ」

 

どこか含みを持たせた視線を向けてくるリコに八幡はその意味を問う。

 

「別に~……やっぱり八幡はみらいに甘いなって思っただけ」

「甘いって……そんな事はないだろ」

 

八幡は否定するも、リコに胡乱(うろん)な眼差しを向けられ、まるで追い詰められているような気分になった。

 

「あ、そうだ!八くん、今日の放課後空いてる?」

「え、あ、おお……」

 

そんな中、みらいから唐突に予定を尋ねられた八幡はこれ幸いとリコの視線から逃れるべく、何の気なしにそのまま答える。

 

「ならもう一度(うち)においでよ。昨日はあんな事があったから今度はちゃんと八くんを紹介したいなって」

「……わかった」

 

昨日の今日でもう一度誘われるとは思わず、何の気なしに予定を答えた事を後悔する八幡だったが、こうなった以上は仕方ないと覚悟を決めて腹を括った。

 

「…………ところで今ってまだお昼休憩よね?」

「へ?」

「あ?」

 

さっきまで八幡に視線を向けていたリコがそれに気付き、冷や汗を浮かべながら二人に尋ねたその瞬間、お昼休憩の終了を告げる五分前のチャイムが鳴り響く。

 

「……チャイム鳴ったな」

「い、急いで戻るわよ!このままだと午後の始業に遅れちゃう!」

「え~!?まだお昼ご飯も食べてないのに~!」

 

チャイムに急かされたみらい達は校舎の方へバタバタ慌てて駆け出していった。

 

 

━━十四話に続く━━

 

 






次回予告


「ピピロポラーナス、チャカチャカコナール、ピョンカドラール」

「え、今なんて?」

「早口言葉?私も得意!」

「いや、早口言葉だとしたら独創性があり過ぎだろ」

「そうよ。これは星の名前よ」

「星の名前?そのピピョロなんとかっていうのが?」

「かえるぴょこぴょこみぴょぴょぴょ」

「私は魔法界代表なの。完璧に予習しないと」

「生ぐみ生ごめ生ままごっ……よし!」

「二人共多分違うモフ……」

「もう収集がつかねぇな……これ」





次回!魔法つかいプリキュア!やはり俺が魔法使いでプリキュアなのはまちがっている。

「ずっと忘れない……満天の星空とみらいの思い出」





「キュアップ・ラパパ!今日もいい日になーれ!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。