朽ちたアネモネ、咲いたアネモネ (北間 ユウリ)
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1話

「……それは、どういうことですか、指揮官」

 

 カルカノM1891は、沸き上がる激情を無理矢理押さえ付け、絞り出すようにそう言った。

 その顔にいつもの笑顔は無い。たとえ追い詰められようとも笑顔を絶やさない彼女が、無表情で拳を握り締めている。その事実に、彼女の妹であるカルカノM91/38も、部隊の他の人形も、心配そうに彼女を見つめる。

 だが、その場に居ない通信相手に、雰囲気というあやふやなものが伝わるはずもなく。

 

『もう一度、繰り返します。予定通り、そのまま帰還しなさい。余計な事をする必要はありません』

「それはっ……!」

 

 一瞬だけ声を荒げたカルカノM1891は、固く歯を食い縛り、なるべく落ち着けた声で続ける。

 

「……それは、今まさに襲撃されているあの町を見捨てろと、そういうことですよね……!?」

 

 カルカノM1891の耳は、今も銃声を、破壊音を、悲鳴を、拾っている。通信の向こうにだって、その音は届いているはずだ。

 これは、最後の期待だった。こう言えば、指揮官も考え直してくれる。そういった、彼女の善性を信じた言葉だった。

 しかし。

 

『伝わったようで何よりです』

 

 その声に、悔いる色も、躊躇う色もない。淡白な、事務的な、何の感情も込められていない声。

 だから、カルカノM1891は、我慢の限界だった。

 

「まだ、助かる人が居るかもしれないのに! まだ、生きられる人が居るかもしれないのに! なのに、貴女はその人たちを見捨てろと言うんですか!?」

『そんな不確定な理由で貴女たちを危険に晒す必要性がありません。既に作戦は完了されています。その上で、貴女は更に鉄血と満足に戦えると、そう言うのですか?』

「それはっ……」

 

 悔しいが、指揮官の言うことも事実だ。カルカノM1891も、部隊と皆も、残弾数は心許ない。この上で鉄血と戦うことは、被害を無駄に大きくするだけだ。

 

「……でも、それは正義ではありません……!」

 

 替えの効かない人の命を見捨てて、幾らでも替えの利く自分達はのこのこと五体満足で帰還する。それは、カルカノM1891には我慢できない事だ。人の命を守るために、その身を以て盾となる。それが、戦術人形が作られ、戦いに身を投じる理由だと信じているが故に。

 だが、指揮官は。

 

 

 

『ハッ……』

 

 

 

 その言葉を、鼻で笑い飛ばした。

 

『何を勘違いしているのかは分かりませんが、我々が成すのは仕事です』

『私は、貴女の保護者ではありません。貴女を慰め、納得できるよう取り計らう者ではありません』

『私は、貴女たちの指揮官です。貴女たちが居る場所からでは見えない視点から指示を出し、損得を考え、貴女たちに理不尽を押し付ける、そういう存在です』

 

 

「……そう、ですか……」

 

 そう言ったカルカノM1891の声にも、もう色は無い。

 

「貴女が、そんな命令をする人だとは思ってもいませんでした」

『今までする必要が無かっただけです』

 

 その通信で交わされる言葉に、もう色彩はない。

 

「……第一小隊、命令に従い、帰投します」

 

 返事も聞かず、カルカノM1891は通信を切る。

 そして、左手の薬指でくすんだ光を反射する指輪を外し、その場に落とした。

 

 作戦は完了。出撃した人形に大きな損害もなく、戦果も上々。

 いつもなら喜びに沸く輸送機の中は、とても重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――奪還された町から、自律人形の違法売買が行われていたと見られる形跡が発見されました。この違法売買は町ぐるみで行われており、鉄血の襲撃で亡くなった人間の多くがその関係者であると見られ――

 




 カルカノ姉さんもカルカノ妹ちゃんも好きなんですよ。

 どうしてこうなった。


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