先導者と歌姫 -高みを目指して- (ブリガンディ)
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番外編 先導者とある日の出来事
メモリアル1 歌姫への贈り物(ギフト)


仕事の都合で新入社員の歓迎会をしていたら日付変更には合わせられませんでした……(泣)。

今回は友希那の誕生日会をやらせていただきます。来週から本編を再開します。
また、サブタイに使ったメモリアルとは何かを「記念」したものと言う意味合いがあります。


これはコンテストと全国大会が終わり、夏休みも二学期の中間テストも終わったある日のことである。

 

『と、言う事なんだけど……大丈夫?』

 

「なるほど……それならユリ姉に確認取るから、ちょっと待っててくれ」

 

学校も終わり、ヴァンガードファイトもやって頃良い時間になったのでそろそろ移動しようとしていた貴之にリサから電話が掛かった。

リサから電話があったのは、友希那の誕生日会に家を使わせてくれと言う頼みごとだった。こうなったのも知人の中で最も家が広いからである。

来るメンバーが再びRoseliaのメンバーであったので、再び家には七人と言う状態になりそうだ……と言いたいところだったが、実は俊哉と玲奈も参加を考えているので九人になりそうであった。

 

『分かった。そういうことなら返事待ってるね~』

 

「ああ。それじゃあまた」

 

リサとの電話を終えた貴之は、小百合へCordでチャットを送る。

――こうして家を使うのは、一学期のテスト以来だっけ?そんなことを思い返しながら小百合からの返信を待った。

 

「友希那への誕生日プレゼントは買っていくか?」

 

「忘れない内に買って行こうと思う。何かいいのがあればいいんだけどな……」

 

ちなみに貴之の場合、今年は友希那から銀色のペンダントを貰っているので、自分もそう言った打ち込んだものから少し外れて考えた方がいいかもしれないと考えていた。

なお、その貰ったペンダントは学校の日を省き、外出中は基本的に付けている。そんなこともあって、貴之は普段と違う方向に頭を回す必要が出てきた。

 

「……当日は出掛けるのか」

 

考えている内に小百合から返信が返ってきて、どうやら小百合はその日友人と泊まりに行くそうだ。一応人を呼んでも良いと言われているので、これで場所の心配は無くなった。

――八人ならギリギリ行けるか……。念の為こちらも確認を取る必要はあった。

 

「俊哉……Roseliaのメンバーも一緒で八人になるが大丈夫か?ユリ姉は当日外出していないみたいだ」

 

「結構大人数だな……まあ俺は問題ないな」

 

――と言うか、野郎一人で女子六人は色々厳しいだろ?俊哉が気を遣ってくれたので、逆に申し訳ない気持ちになった。

貴之自身はある程度平気なものの、確かに同性が一人いてくれれば気が楽になるのも事実であった。

 

「玲奈も平気か?」

 

「うん。あたしも大丈夫」

 

このタイミングで玲奈に先程リサから電話があったことと、その内容を伝えて問い、玲奈は大丈夫だと言ってくれたので今度はRoseliaのメンバーに確認を取る。

自分たちもそうだが、サプライズを考えているかもしれないと考えて、電話相手は友希那ではなくリサを選ぶ。

ちなみに今は学校にある空き教室の一つにいるのだが、ここは貴之らが全国の中高生ファイターが学校対抗で戦う団体戦……その名も『ヴァンガード甲子園』に出るために作られた『カードファイト部』の為に宛がわれた部室である。

この三人以外にも、大介と二学期になってから貴之のように出戻りに近い形の転校してきた少女を入れた五人で活動をしているのだが、今回いない二人は用事があるのでやむ得ず欠席となっている。

 

「そんなわけなんだが、大丈夫そうか?」

 

『なるほど……じゃあアタシもちょっと聞いてみるね』

 

そう言ってリサは一度携帯電話から耳を離す。

この時友希那のであろう声は聞こえなかったので、電話を掛ける相手を選んだのは正解だったと言える。

少しすると話し声は聞こえなくなり、携帯電話に耳を当て直したであろう音が聞こえた。

 

『みんな大丈夫みたい。そうすると後は集合時間とかだよね?』

 

「そうだな……一度合流するか?」

 

『こういうのはみんなで合わせた方がいいし、そうする?』

 

再びお互いに確認しようとなって、電話から耳を離して各自で聞くべき相手に聞く。

全員でOKが返って来たので、一度羽沢珈琲店に集合することが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「夜から始められるようにするなら、昼過ぎて少しした辺りから準備した方がいいだろうな」

 

「そうですね……ところで、お二人のどちらかは料理ができますか?流石に三人で用意すると時間が掛かりますから……」

 

羽沢珈琲店に七人で集合してから少しして、当日どうするかが決まる。

友希那の誕生日を祝うので食事も多めに……となると日が沈むのが速くなってきているので、流石に日が暮れる直前では間に合わないと判断された。

また、女子が多いにしろ八人分を準備するので三人では少々担当する量が多いだろうと言うことになったので、紗夜がこうして問いかける。

 

「あっ、そういうことならあたしが手伝うよ。用が無くて家にいる日はやってるから」

 

「よし……これで当日料理できる人は十分だね♪」

 

四人いれば十分なので、玲奈の申し出はとてもありがたかった。

後は食材等の買い出しは料理を普段しない人が担当するのだが、ここで一つ問題点が発生した。

 

「流石に女子二人にそんな負担掛けさせられないし……俺も行った方がいいか?」

 

「行けなら越したことはないないけど……それやったらお前の負担が尋常じゃないぞ?友希那の迎えはお前に決まってるしさ……」

 

買い出しで必要な量が多すぎるのだ。これは八人分用意することによる弊害であった。

流石に三人では負担が大きすぎるので貴之が手伝おうとするものの、今度は貴之が一人だけ担当量が多過ぎると言う問題点がやってきた。

この点が問題となり、一度分担を考え直す必要が出そうになっていた。

 

「(いや……俺次第でどうにかなるな……)」

 

しかしながら、俊哉は一つだけ光を見出した。

以前の地方大会前にあったテストの時の結果による貴之の料理をご馳走になった後、俊哉も少しずつ練習していたからである。

故に自分の分担量を増やせば、貴之がオーバーワーク気味になっているのをどうにかできると踏んだのだ。

 

「貴之……料理の担当は俺と交代しよう。そうすればそのオーバーワークはどうにかなる」

 

「俺はいいけど……大丈夫なのか?」

 

「ちょっとの間辛抱するだけだし、大丈夫だ」

 

俊哉に念押しされたので、そういうことなら……と貴之も納得した。

また、当日は紗夜が見ながらやってくれることも決まったので、一先ずこれで問題解決となった。

 

「後は、プレゼントをどうするか……ですね?」

 

「だ、出せるお金が……」

 

プレゼントにおいて、一人まだ中学生なので金銭で自由の利きにくいあこが大変なことになる。

気持ちが籠っていることこそ大事なのだが、確かに一人だけ選びにくい状態だった。

 

「じゃあ、アタシたちはRoseliaみんなで選んで渡す?」

 

「なるほど……それはいいかもしれませんね」

 

それならばあこの不安になっていた点も解消できるので、リサの提案には燐子のみならず紗夜も賛成する。

最後にあこが賛成したことにより、これでRoselia側は方針が固まった。

 

「そうなると……俺らもそうするか?」

 

「こっちもこっちで……って言うのもいいけど、やっぱり貴之は単独でやらないとね?」

 

「えっ?何でそうなったんだ?」

 

俊哉の問いに返した玲奈の言葉を聞いた貴之が思わず問い返した。

しかしながら、ここに集まっているのは二人の恋心事情を知っている人たちのみ。なのでそれはそうだと言う顔をする人しかいなかった。

 

「まあ、そういうことだね~……。まあ、友希那へのお返しだと思って頑張れ、貴之♪」

 

「そう言われたら仕方ねぇか……」

 

貴之の誕生日を祝った日に立ち会っていたのは後江のファイターたちと、幼馴染みである友希那とリサの六人であった為、リサはその時のことを覚えている。

六人の内一人は二学期になって貴之のように出戻りに近い転校をして来た少女であり、彼女は今回用事がある為やむ得ず不参加となっている。

ともあれ貴之がそれを受け入れたことにより、プレゼントに関することも全て決まった。

 

「よーし……それじゃあ当日に備えて、プレゼント選びに行きますか♪」

 

玲奈の一声に賛成して、一同は代金を払って店を後にする。

その後選べる物が多いという理由でショッピングモールへ赴き、全員でその日の内にプレゼントを選ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(……みんな大丈夫なのかしら?今日は集まるというのに今から予定だなんて)」

 

そして当日の昼下がり。友希那は自室で携帯電話を操作しながら疑問に思った。

友希那は時間までみんなで集まって何か談笑でもしようかと思っていたのだが、あいにく今日集まる人の全員がその時間になるまで予定ありと言う有様だった。

最も、これはリサと紗夜が主導の下に全員で示し合わせた結果なのだが、これを友希那が知るのは貴之の家に上がってからだった。

 

「偶然にしては出来過ぎている気もするけど……。どうしたものかしら」

 

Roseliaのメンバーはおろか、貴之らまでもがそうであるので流石に疑問を持たない訳ではなかった。

しかしながら前回貴之は疑問に思いながらも聞かないと言う、楽しみや頑張りを無駄にしない為の我慢強さを見せていたことを思い出す。

すると、友希那の頭から詮索しようと言う思考がみるみると薄れていった。

 

「なら、私も待ちましょう。何があってもいいように」

 

そうして友希那は部屋で空き時間を利用する選択を選び、何か本や雑誌を読んでいようと考えた。

それらが置いてある棚から一冊を取り出し、それを読み始める。

 

「一先ずこれで運び終わったな……」

 

「後はアタシたちでやっておくから、貴之はしっかりと休んでおいてね♪」

 

友希那が読みふけっている間に、残りの七人は準備をしていた。

もちろんこれが一番大事で一番忙しいのは、前回も準備側で参加しているリサや俊哉が最も理解している。故にその一言に貴之は素直に頷く。

 

「じゃああこちゃん、また今日もお願いね?」

 

「うん!貴之さん、後で脚立借りますよ?」

 

「分かった。必要になったら言ってくれ」

 

料理をしない人たちは基本的に飾り付けを担当することになっていて、今回は燐子とあこが主導でやっていく。

貴之も手伝いはするものの、彼には友希那を迎えに行くと言う大事な役割がある為、分担量は少なめとなっている。彼女たちと違って不慣れであることも拍車を掛ける。

 

「こんなもんかな……?」

 

「大丈夫です。次はこちらをお願いします」

 

料理側にて、紗夜から合格の判決を得ることの出来ている辺りから、俊哉の料理の腕前は十分なものになってきていることが正銘された。

その一方で玲奈とリサは談笑しながら普通に料理をしているのだから、俊哉としてはまだまだかなとも思える。貴之も複数人で料理する場合は誰かと談笑するだけの余裕はあるが、自分にはそれがあまり無いからだろう。

と言っても貴之は裕子の教えがあってこそである為、ここでとやかく言っても仕方ないのだろう。

そんなことを考えて肩に力が入ってしまっっていたのか、紗夜がその肩にそっと手を乗せた。

 

「進み具合は人それぞれですから、焦らないで行きましょう」

 

「なんていうか、紗夜も大分丸くなったよな……でも、それもそうか」

 

「ま、丸くなったは余計ですよ……!」

 

――せっかく励ましの言葉を送ったのに。と紗夜が顔を赤くした。とは言えこれで肩の力は抜けた為、俊哉は改めて礼を言う。

そんな様子を見て、もしかしたらそうなのかもと近くにいたリサと玲奈はそう考えた。

 

「りんりん、これで終わり?」

 

「これで全部だよ。貴之君、どこなら大丈夫かな?」

 

「そうだな……ドアの開閉で邪魔にならなかったり、火が近くて危ないなんてことが無ければ大丈夫だな」

 

残りは彼女たちが二人掛かりでやっていくことになるのだが、高さの関係で届かないところは貴之が代行する形になる。

飾り自体は片付けも楽にできるようにと、折り紙を使った簡単な工作でできるものとなっており、こう言った配慮をしながら見栄えを良くしようという工夫が見て取れるのは素晴らしいと思った。

この飾りつけと料理の準備が終わった時、貴之は友希那を迎えに行く時間となる。そう考えると少しだけ緊張した。

三人で協力して飾り付けを終えた直後、リサと玲奈が全くの同タイミングで貴之に声を掛ける。

 

「「準備(ブースト)したから、出迎え(アタック)はお願いね♪」」

 

「おいおい……(ヒール)トリガーを届けに行けってか?」

 

軽いやり取りをしてから、貴之は玄関から湊家の前に行き、インターホンを押す。

その音に反応した友希那の母が彼女を呼び、呼ばれた友希那が返事をして階段を降りてくる音が微かに聞こえて来た。

 

「貴之……!迎えに来てくれたのね?」

 

「ああ。もう来れそうか?」

 

「ええ。荷物だけ持ってすぐに行くわ」

 

貴之の家だったと言うこともあり、携帯電話と財布だけと言う軽装で準備を済ませていた。

そのおかげで戻ってくるまでに三分も掛からないで戻って来ることができた。

 

「じゃあ貴之君、友希那のことお願いね?」

 

「えっ?あ、はい」

 

「ちょ、ちょっとお母さん……!?」

 

いきなりこう言うものだから、貴之と友希那は二人して驚いた反応をしてしまった。

それはさておき、そのまま遠導家に入る。大丈夫なのは事前にインターホンは鳴らさないことを決めていたのと、全員がクラッカーをスタンバイしているから反応ができないのだ。

打ち合わせ通り貴之が先にリビングへ入り、友希那を連れて来たと告げてから彼女を促す。

そして友希那が入った瞬間に、複数のクラッカー音が鳴り響いた。

 

「……!?」

 

『誕生日おめでとう!』

 

「えっ?あ、ありがとう……」

 

みんなで集まることしか聞いていなかったので一瞬混乱してしまった友希那だが、皆から送られた言葉で今日がその日であったことを思い出す。

それと同時に、今回この時間まで全員予定があると言っていたのを思い出した友希那がそれを聞いてみる。

 

「ごめんね。こうして迎えられるようにみんなで準備してたんだ」

 

「貴之の時と違って、場所が近いところでやるから若干ひやひやしてたけどな」

 

「もう……そういうことだったのね」

 

――でも、本当にありがとう。先ほどは困惑したままだったので、薄っすら赤くなった頬と潤んだ瞳をセットにした笑みで礼を言う。

それを聞けて満足であることを示すように、それを聞いた七人の内六人も満面の笑みになる。貴之はただ一人顔を真っ赤にしていたのは友希那の表情が(クリティカル)トリガー三枚分だったせいである。

 

「さて、飲み物も食べ物も十分に用意してるし……始めようか♪」

 

玲奈の一声を皮切りに、飲んだり食べたりしながらの雑談していく誕生日会が始まった。

プレゼントを渡すのは最後の手作りケーキと一緒になので、それまでは内緒である。

なお、このケーキ作りに参加したのは今回の料理できる全員である。その中でも特に料理を得意とするリサが主導で作っていた。

 

「ライブ見に行ったけど今回も凄かったね♪」

 

「ありがとう。楽しんでもらえたようで何よりだわ」

 

この誕生日会や二学期の中間テストより前にRoseliaはコンテストとはまた別の大きなライブに参加しており、そこで感じたことを元に改めてみんなで『どう言った形の音楽で頂点を目指すか』を話し合った。

他の四人は比較的早い段階で固まっていた中、友希那は一人長い時間悩む羽目になってしまいはしたものの、最終的には身近な人の手助けを貰いながらしっかりと答えを出して復帰記念のライブを行った。

今回玲奈が話しに上げたのはその復帰直後のライブであり、新曲も用意されたそれは来てくれた観客に大きな熱を与えるものだった。

 

「今回は大会が休日で助かったよぉ~……前と違って見に行けるしね♪」

 

「貴之、どうするかはもう大丈夫なんだよな?」

 

「ああ。俺が予想以上に欲張りだってのに気づいたからな……」

 

Roseliaの復帰ライブの時もそうだが、今回はそれぞれの日程がずれているので互いに見に行くことができる。

俊哉に聞かれた貴之だが、明白なデッキコンセプトは出来上がっていた。

使用する軸自体はいつも通り『オーバロード』なのだが、貴之が難しいと感じていた組み合わせを思い切ってやってしまうことにしたのだ。それが彼の言った『欲張り』に繋がる。

これなら問題ないと分かったところで他の様々な話題に変わっていき、用意した食事もみんなで完食したところでケーキを準備する。

 

「では、そろそろ用意したものを渡しましょう」

 

「……用意したもの?」

 

何も知らされていない友希那だけが、紗夜の言葉に戸惑う。

しかしながら答えは直ぐにやってきて、リサと玲奈、そして貴之が誕生日用に包装が施されたそれぞれのサイズの箱をテーブルの上に乗せる。

用意したものと言うのは、今日友希那に渡す誕生日プレゼントのことである。

 

「まずはアタシたちRoseliaの四人で選んだものからだよ♪」

 

「……これはハンカチね?」

 

「日常生活で使いやすいものを選ばせてもらいました……」

 

Roseliaの四人が選んだのは薔薇のマークがある青いハンカチであった。燐子の日常で使いやすいものがいいかもと言う提案を受け、彼女に似合いそうなものを探した結果である。

今後も仲良くやっていこうと言う気持ちが感じ取れて、友希那は彼女たちに礼を言う。

状況を選ばず使いやすいものである為、今後友希那は度々このハンカチを持ち歩いていくことになる。

 

「次は俺と玲奈で選んだものだな」

 

「こっちはバンドの練習とかで使いやすいものだと思うよ」

 

「っ……このタオル、随分と材質がいいわね」

 

開けて実際に触れてみた友希那はすぐに気づく。普段使っているタオルとは触り心地が明らかに違っていた。

こちらも大会を頑張るから、そっちもバンドを頑張れと言う意図を理解して、大切に使わせてもらう胸を返す。

タオルも比較的使いやすいものである為、大事なライブの当日等で使っていくことになった。

 

「最後は俺からだな……こいつはプライベート用になるかな」

 

「……もしかして、これも示し合わせたの?」

 

友希那に問われれば「そんなことはない、偶然」と全員が首を横に振る。しかしながらものが被らないで良かったのもまた事実だった。

――何が入っているのかしら?意識している人からのプレゼントである為、友希那は先程の二つ以上に緊張しながら包装を解いて箱を開ける。

 

「これは……ネックレス?」

 

「ああ。こないだ貰ったペンダントのお返しも込めてな」

 

貴之にプレゼントした銀のペンダントとは対照的に、こちらは金の細いチェーンにワンポイントで紫色の小さなビーズが一つ繋がれていた。この紫は友希那の衣装にある薔薇やリボンの色を意識して選んだ。

実はこのネックレス、友希那が貴之へのプレゼントとして購入したペンダントと同じブランドであり、箱の方を再確認した友希那がそれに気づく。

 

「……どうした?」

 

「貴之、あなたに渡したペンダントのブランドを確認してみて」

 

友希那に言われて一度自室に戻って確認し、彼女の言わんとしたことに気づいた貴之は顔を赤くしながら戻って来た。

余りにも予想外であったこともそうだが、気づかなかったことを恥ずかしく思ったのもある。

 

「ま、まさか同じだったことに気づかないとは……」

 

「こんなところでもやってくれるとは……!」

 

――お前ら以心伝心過ぎるだろ……。笑いを堪え切れなくなった俊哉が腹を抱えて爆笑した。

俊哉の笑っている理由に気づいて玲奈も笑い出す。少しして、リサは吹き出しこそしなかったものの、面白さの余りニヤニヤした顔になる。

 

「もう……二人ともいっそのこと籍を入れちゃえば?」

 

「「……!?」」

 

「?籍を入れる……?」

 

「あこちゃん、まだ知らなくて大丈夫だよ……」

 

リサの発言に貴之と友希那は顔を真っ赤にし、あこが疑問符を浮かべているのを燐子がその疑問符を抑えに行く。

あこが純粋であることが理由で、Roseliaのメンバー内では余計なことを吹き込まないようにしようと言う密かなお約束ができていたりする。

 

「な、なんか悪いな……俺が気づかなかったばかりに……」

 

「大丈夫よ。こう言うところでも似通ったことは悪いと思わないから……」

 

少々赤みが残った頬のまま気を取り直した二人が会話を進める。

何より友希那は一番大事なことを伝えていないので、それだけは何としても伝えるつもりでいた。

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」

 

「ああ。どういたしまして」

 

表情が良く浮かべる柔和な笑みでも目は今まで以上に幸せを感じさせる友希那と、彼女が喜んでくれたおかげで白い歯をセットで笑みを見せる貴之。

二人のやり取りがプレゼント渡しの終わりを合図していた。

 

「じゃあプレゼントも渡し終わったことだし、ロウソクに火を付けちゃおっか♪」

 

「そういうことなら、電気を消して来ますね」

 

最後に誕生日恒例の祝いの歌と共にロウソクの火を友希那に消して貰い、そこからケーキをゆっくりと食べ始める。

食べ終わった後は全員で片付けをし、時間が遅いので貴之と俊哉が遠くから来てくれたあこと燐子、紗夜の三人を送って行く。玲奈は近いところから来ているので、途中からそのまま一人で帰宅した。

そうして誕生日会が終わった後、友希那とリサは遠導家に泊まる為、テスト勉強以来久しぶりに三人で寝ることになった。

例によって、リサが友希那を真ん中にして貴之と二人での会話を楽しんで貰おうと狙ったのは前回の通りであり、その狙い通りリサが熟睡している間に二人きりで会話を楽しんでいた。




不慣れながら友希那の誕生日会になります。リアルがバタつき気味なところでやっていたので、ちょっと強引なところがあるかもしれません。

時間軸的にはRoseliaシナリオの2章終了直後となります。友希那や貴之がどんな選択をしたかは、この章を書く時になったらまたやっていきたいと思います。恐らく新曲が何かというのはバレてるでしょうね……(笑)。

今回の時間軸と現在進んでる本編の都合上、今回は貴之と友希那が付き合っているかどうかは触れない方向にさせてもらう頂きました。どうなるかは本編の方をお待ちください。


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メモリアル2 一年に一度の機会(チャンス)

予告通りバレンタインイベントです。
スパンが短かったのでそんなに長くは書けませんでした……(泣)

アニメ3期ですが、もしかしたらアニメ版『GOD EATER』のように数話に一度特別編を挟んでいくスタイルになるかもしれませんね。
今回がRASだったので、今後もやるのなら3期のメインになっているポピパとRoseliaをどこかで一回ずつ出せばいいのかなと個人的に思っています。

私的にはこう言った裏話系のものは好きなので、今後も聞いてみたいと思っているところです。


これは友希那の誕生日会を開いてヴァンガード甲子園も終わり、更に冬休みも過ぎて学年末試験の影が見え始めて来たある日のことである。

 

「なんか、こうして俺らだけでいるのは久しぶりだな」

 

「確かにそうだな。俺が戻ってきてから、お前と顔を合わせる時は大体誰かが一緒にいたもんな……」

 

その日の前日、貴之は戻ってきて以来久しぶりに俊哉のいる谷口家に泊まらせて貰っている。

これには翌日に関しての理由があり、それの影響で貴之は家にいるとあまりよくない状況が出来上がっていた。

 

「良かったな。貴之は今年から本命が来るんだしさ」

 

「まあ……そうなんだけどな」

 

明日はバレンタインデーであり、それが何を意味するかは嫌と言う程分かっていた。

嬉しいと思う反面、これが今回貴之が急遽俊哉とそのご家族に話しを付けて泊めさせて貰った理由に繋がるのだ。

 

「ユリ姉に家空けてくれって言われた段階で全てを察したよもう……いや、気持ちは分かるけどさ……」

 

「夢を確実に貰える代償にしちゃ大分大きいな……」

 

丁度遠導家で小百合が前日から準備をしている為、貴之が家の中にいるとお互いにやりづらくてしょうがないのだ。ちなみに、今井家からも小百合が準備しているのが理由なのと同じ匂いを鼻で吸った為、リサと友希那もそうであることが分かって拍車を掛ける。

それ故に自分の知人で最も近くに家がある人……ということで谷口家に白羽の矢が立ったことで今に至る。

今現在は俊哉の部屋でヴァンガード甲子園の影響を確認したり、互いが使っていたデッキを再び確認して再調整をするか否かを考えたりと、高校生になったなりの自分たちが集まった過ごし方をしていた。

次の大きな大会は余程のことが無ければ再び全国大会になるはずであり、恐らくはそれに向けてここからまた数回に渡ってデッキを調整して行くことになるだろう。

 

「来年は進路も考えなきゃいけないから、ちょっと大変かもな……」

 

「ああ。今までと違ってヴァンガードだけ……ってのはやれねぇな」

 

バレンタインが近づくと言うことは、一年の終わりが近づいてくることも意味しており、少々憂鬱になる。

何事も無ければ普通にどこかの大学に行き、十分な勉学を積みながら残った時間で進路を考えて行こうと考えている貴之だが、ヴァンガードの世界に踏み込んで以来、ずっと考えていたことがある。

 

「(もし、ヴァンガード(あの世界)の良さを公的に伝えられる方法があるのなら……)」

 

──それを仕事にして見るってのも、いいのかも知れねぇな。自分が大きく変わった世界である為、貴之はそれが出来たらいいなと思うことは多かった。

当然、安定しない仕事であることは間違いないので、家族に相談する必要は出てくるし、自分が将来結婚するに当たってもそう言うことは少なからず影響が出てくるだろう。

また、こういうのはやれたらである為、余程のことが無ければ間接的に関われる仕事か、或いは一般の仕事に手を付けようとは思っていた。

実際には考える為の判断材料が少なすぎると言う結論に至り、今後来るであろう進路に関する資料等に目を通すところから始めようと決める。

 

「そうだ貴之、久しぶりに何か観るか?」

 

「ん?そうだな……」

 

どうやら俊哉も同じ結論に至ったらしく、ビデオ鑑賞をすべく貴之に話しを持ちかけた。

貴之が離れている間も俊哉は継続して気にいったアニメ等のDVD購入を継続していた為、観たことのないものが増えていた。丁度それらの内気になったのを選び、俊哉の話しを聞きながら一先ず第一巻を観るところまで進める。

明日のことも、進路のことも今は待つことしかできない二人は、思い切って自分たちが揃った時の普段通りを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り夕方。貴之が俊哉に話しを付けて既に外出している最中、今井家に集まってリサと友希那はバレンタインに向けてのチョコレート作りに勤しんでいた。

午前中に小百合とばったりと顔を合わせて三人して材料の購入をし、軽い昼食を済ませて午後からチョコレート作りに入っていた。

ちなみにリサは友人たちへと作るのでかなり多めに、友希那の場合は両親と本命の貴之当てに過剰にならない量を意識している。

友希那が市販のチョコレートを使い、それを溶かすことで別の型にする方法があるのはリサに教わって始めて知ったことがあり、慣れていない人でもやりやすい方法であるそうだ。

 

 

「よしよし……これで準備オッケー♪後は明日のお楽しみだね」

 

「リサ、最初から最後まで……本当にありがとう」

 

復帰記念のライブが終わってから少しした後……正確には自分の誕生日会を終えた後から、友希那は自分も料理ができるようになるといいだろうと考えるようになった。

その理由は遠導家にお邪魔する際、それなりに高い確率で貴之が料理を振る舞ってくれることにあり、いつもそうして貰うのが悪い。自分も振る舞ってみたい。この二つ情が芽生えたことにより、リサに教わっている。

教わり始めて早四ヶ月。リサの教え方が上手いこともあり、十分に問題無いレベルになっていて、今では湊家で余裕がある時は自分が料理するようになっている。

ちなみに始めて自宅で料理を振る舞った際は友治が色んな意味で安堵の様子を見せており、それだけ心配を掛けたのだと改めて自覚する日にもなった。

ただし普通の料理はできるようになったものの、チョコレートを作る等は未経験だったので今回はリサに教えを請うことになった。

 

「始めての頃は手をやっちゃったりしてたけど……もう安心だね」

 

「あの時は心配させたわね……」

 

今までやらな過ぎたことが祟って、始めての頃は度々手を切ってしまうことがあり、リサが過剰なレベルで心配した程であった。

貴之の前ではどうにか隠そうとしたものの、人の変化や状況に対して非常に鋭敏な貴之の前では効果を成さず、あっさりと気づかれている。

それと同時に自分の為にだったことにも気づいて、嬉しさを込めての礼の言葉がやって来たので、友希那としては思わぬところで良い結果となった。

なお、自分が手をやってしまった時は両親もそうだが、Roseliaの面々にも驚かれて心配されてしまっているので、もう繰り返したく無いとは思っている。

 

「さて……全部やること終わったし、台無しにならないよう保管しておきますか」

 

「ええ。ここまでやったのだからね」

 

保管を怠ってダメになりましたでは、何のために頑張ったかが分からなくなる。その為しっかりとした管理をしておく必要があった。

ここから先は自分でやるべきことである為、リサにどうすればいいかを教わってから家に戻る。

 

「あら、お帰り友希那。上手く行ったかしら?」

 

「ええ。リサのおかげで上手くできたわ」

 

家に帰れば母が出迎えてくれたので、彼女の質問に答える。

友希那の回答を聞けて嬉しかった母が保管するように催促してきたので、それは忘れずに行う。

 

「明日、貴之君に喜んでもらえるといいわね♪」

 

「え、ええ……反応がどうなるか気になるわ」

 

自分と貴之の関係上こう言われるのは分かっていたが、平静を保って返すことは出来なかった。

とは言え、全ては明日どうなるかである為、友希那はただ成功を祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

友希那たちが準備を終えた日の夜……貴之が俊哉とビデオ鑑賞を始めたのとほぼ同刻に当たる。

別の場所で一人、バレンタインに向けてチョコレート作りをしていた人がいた。

 

「(教えて貰っていたことが、功を奏したわね……)」

 

作っていたのは紗夜であり、以前つぐみにお菓子作りを教わって以来交流を持つようになり、その縁を使ってチョコレート作りについて尋ねてみた。

その結果は当たりであり、実践しながら簡単なものの作り方と、機会があればと少々難しめのもののレシピを渡して貰った。

簡単なものを何度か反復したら簡単だと思った紗夜は少々難しめなものに挑戦し、無事完成させて今に至る。

 

「時間、空いていればいいけれど……」

 

気になった紗夜は一度渡す相手にCordのチャットで明日は空いているかを確認する。

少しの間テレビを観ながら待っていると、空いている旨が帰ってきたので、集合時間と待ち合わせ場所を決める。

一先ず約束を漕ぎ付けることが出来て一安心する紗夜だが、完全に安心するにはまだ早い。

 

「(後は……どうやって切り出そうかしら?)」

 

出掛けて最後に渡す?それとも先に渡してから出掛ける?一応近くを見て回る予定で立てていたので、そこで悩むことになった。

相手側は合わせつ合わされつのスタンスである為、思いの外悩ましいものであった。

 

「……あれ?おねーちゃんまだいたの?」

 

「連絡を取っていたらこうなっていたわ」

 

日菜に声をかけられたことで、思考が現実に引き戻される。

どうやら喉が乾いて飲み物を飲みに来たようで、冷蔵庫を開けて中を確認する。

 

「……?何か質の良さそうなのが一個ある」

 

「そ、それは明日人に渡すものだから……」

 

「あー……なるほど。そう言えばおねーちゃんも友希那ちゃんのこと言えなくなってたもんねぇ……」

 

──取らないから大丈夫だよ……。そう言う日菜の表情はとてもニヤニヤとしていた。実際、紗夜もとある日をきっかけに、気に掛けるようになった人ができたのだ。

答える時に自分の顔が赤くなっていたからだと結論付け、紗夜は気づいたことがある。

 

「そう言えば、日菜には渡したい相手はいないの?」

 

「んー……。そう言うのはいないかな……あんまり気にして無かったけど」

 

──あっ、でも……リサちーから貰ったらお返しするかも。そんな言葉を聞いた紗夜は、困った笑みを浮かべた。実際、リサなら自分含むRoseliaのメンバーやその他友人にも渡すだろう。

それと同時に、日菜にもいつかいい出会いは訪れるだろうと、信じて待つと言う選択肢も生まれた。

 

「そう言えばおねーちゃん、お相手以外には誰に渡すの?」

 

「えっ?それは当日までのお楽しみよ?」

 

「ええ~っ!?ちょっとくらいいいじゃ~んっ!」

 

「もう……教えてしまったらサプライズにはならないでしょう?」

 

自分が原因で酷い有様になってしまっていた姉妹関係も、今では高校生となった自分たち相応にすっかりと元通りだ。

これに関しては、自分に出会いや考え方の変化をくれた人たちに感謝しかないと紗夜は思った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ俺は行ってくる。泊めてくれてありがとうな」

 

「別にいいさ。友希那とそれ観て楽しんでな」

 

翌日の昼過ぎ、泊めてもらった礼にと思った貴之と当番であった俊哉が男二人(野郎だけ)で昼食を作り、谷口家にて食べ終わった後になる。

俊哉から久しぶりにビデオ鑑賞用にそのタイトルの全巻分のDVDを借り、その袋を持った状態で帰ることになる為、誤解が走るよりも前にしっかりと説明しようと心に決める。

借りたビデオはなんだかんだ40年近くの歴史のあるシリーズの内一つで、主人公の見た目が貴之に似ているから友希那が反応するかもしれないと俊哉が押したことで、貴之が借りる決断をするに至ったものである。

俊哉の方は商店街の方で予定があるらしいので、その入り口前で分かれることになる。

 

「あっ、貴之……お帰り。ごめんね?気を遣わせちゃって」

 

「いや、いいよ。お楽しみってのもあるし」

 

今日が何の日かを理解していないわけでは無かったので、特に気にしてはいない。

ちなみに貴之が戻って来たタイミングで友希那とリサも、それぞれの自宅の玄関から出てきて四人で顔を合わせることになる。

 

「どうしたの?その袋……」

 

「俊哉からDVD一式借りて来た。久しぶりにこう言うのもいいだろうと思ってな」

 

案の定リサに聞かれたので、それだけは先にしっかりと答えておく。

その中身が全部女子からのチョコレートだったらどうしようと思っていたので、そんな事態にならずに一安心だった。

貴之も聞かれたことで彼女らがどうしたいかは確信に近いものへ変わっており、その意味を問うて見る。

 

「……やっぱり貴之は気づいちゃうよね」

 

「そう言うことなら、早速渡しちゃうね♪」

 

小百合とリサが袋の自分が持っている鞄の中に手を入れ、とあるものを取り出して貴之の前に差し出す。

取り出したものはこの日の為に拘った包装をされており、貴之の予想が当たりであることを示していた。

 

「「貴之、ハッピーバレンタイン♪」」

 

「おお、ありがたい……ちゃんと食べさせてもらうよ」

 

小百合は家族として、リサは友人として貴之に手渡して来たので、貴之は拒否することなく受け取る。

ちなみに小百合とリサはこの後友人たちのところへ渡しに回るそうだが、その前に忘れずに見届けるべきものがあるようだ。

 

「じ、実は……私からも、あなたに渡したいものがあるの……」

 

「……!」

 

──は、初めて作ったから、自信はないけれど……。そう言いながら、友希那も鞄の中に入れていたものを取り出す。

先に貰った二人のと比べて包装が更に拘ったもになっており、どこからどう見ても「あなたが本命です」と告げているようなものだった。

言葉を紡ぐのが恥ずかしいのか、緊張しているのか、それとも両方なのか。友希那は瞳が少々潤んで顔が赤くなっている。

 

「あ……あなたの為に、一生懸命作ったの。口に合うかどうか不安だけれど……受け取って欲しいの……」

 

「……」

 

貴之が数瞬の間硬直してしまったので、ダメなのだろうかと友希那が一瞬不安になるものの、それはすぐに杞憂で終わることになる。

何故かと言うと、硬直から復帰した貴之が友希那の両手を外側から包むように自分の両手を添え、それに対して今度は友希那が驚く番になる。

 

「受け取らないなんて訳が無い……。俺の為に作ってくれてありがとう、本当に嬉しいよ」

 

「貴之……本当に良かった」

 

表面上は柔らかな笑みの貴之ではあるが、心臓の鼓動は大分暴れている。対する友希那も顔が赤い状態で満面の笑みを浮かべ、その表情が心に来た貴之の心臓を更に暴れさせることとなる。

一先ず見たいものが見れてご満悦になったリサと小百合は二人に「お楽しみに」とだけ言い残し、それぞれの知人たちに渡しに回り始めた。

 

「ど、どうかしら……?」

 

「あっ!美味い……。一個だけなのが勿体ないくらい良くできてるよ」

 

「本当?それは良かったわ……」

 

早速遠導家にて友希那から貰ったチョコレートを口の中に入れた貴之の告げた感想に、友希那は安堵する。

その後はリサと小百合から貰ったものを少しずつ口に入れながら、俊哉から借りたDVDを二人で観ていくことにした。思いの外時間を食うことを貴之が知っていたので、一日で全てを見る選択肢は取らず、互いが大丈夫な日に少しずつ観進めて行く形を取った。

やはりと言うか、俊哉の予想通り友希那がその主人公の容姿に反応を示しており、貴之もそれに同意した。

ある程度視聴を続けるとそろそろ夕食を作り出すべき時間となり、そこで友希那が一つの提案を出した。

 

「せっかくだから、二人で一緒に作ってみるのはどうかしら?」

 

「ああ。それはいい提案だな」

 

それならばと早速食材の準備をすべく商店街に出掛けると、そこで友人たちに渡して回るのが終わった小百合とリサの二人と合流したのでそのことを伝える。

結果として今晩は四人で夕食を食べることになり、準備中も食べている際もリサと小百合に「もう夫婦見たいだね」と完全に弄り倒された。

ただそれでも、大切な人とその身内で過ごす時間はとても幸せなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日はどうだったかしら?」

 

一方で同日の夜。紗夜は待ち合わせをした人と出掛け、夕食を外で取った後になる。

今は商店街の入り口近くにいて、今日はそろそろ別れようかと言う話しになっていた。

また、最初の頃はこの人相手にも敬語だった紗夜だが、今では唯一タメ口を聞けるような距離になっていた。

 

「ええ。私も、今日は楽しかったわ」

 

相手側は満足しているようで、紗夜も問い返されたので答える。

このままお互いに別れの挨拶をしてそれぞれの場所に戻るかとなったその時に、紗夜は渡したいものがあると言って引き留める。

 

「ごめんなさい。渡すタイミングを逃してしまっていたわ……」

 

中身が崩れないように鞄を常々気にしていたが、問題なく渡せることを祈りながらそれを取り出す。

如何にも今日この日の為ですと言いたげな包装を見れば、流石に相手も何をしようとしていたかを理解する。

 

「ハッピーバレンタイン……。遅くなってしまったけれど、明日でもいいから感想を聞かせて欲しいわ」

 

相手側も何事もなく終わるかと思って気になっていたらしく、紗夜からもらえたことが嬉しかったようだ。

最後に来月のホワイトデーに向けたお返しの宣言を相手側から貰った後、今度こそ二人はお互いの場所に帰るのだった。




バレンタインイベントでした。捻りが無いと思ったらすみません。

貴之が借りたDVDは、イメージ7の後書きにある貴之の容姿における元ネタがヒントですが、ここではタイトルを出さないようにぼかしてあります。
また、紗夜も今後こう言った展開に持ち込んで行くのですが、今回はまだ相手が誰とかを一度も明確にしていないので、この様な形になりました。

ガルパのイベントは現在走っている最中で、まだストーリーは読んでいないのですが、恐らくこのイベントを本小説では終着点として、その後行けるならエピローグやアフターストーリーを書いていくことになると思います。
ともかく今回のシナリオには感謝しかないです……!

次回は来週の日曜になりますが、紗夜にスポットを当てた話しになり、今回の彼女が主軸のパートにおけるきっかけに触れる形になると思います。


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メモリアル3 開演、FILM LIVE The ヴァンガード!

約二週間遅れでバンドリパック発売記念のファイト回になります。

今回のファイトはバンドリパックに合わせて、『オーダーカード』ありのルールでファイト展開になります。本編ではストーリーの都合上まだ『オーダーカード』が解禁されていないことに注意です。
また、今回限定の独自設定があります。

ヴァンガードifでは中二的なことを考えると『エルはどっちみち得しかしていないのでは?』と思いました(笑)。『こんな力、誰が望んだと言ったんだ!?』的なセリフは突如得てしまった力に苦悩する主人公感あるので、そう言った意味でも願望が叶っている感じがあります。(表側にいたエルは本当に苦悩していたので必ずしもとは限りませんが……)
後、伊吹がとうとう「ワクワクすっぞ!」って言った辺り完全に振り切れていますね(笑)。

ガルパピコは真面目組の意見が取り入れて貰えなかったと言う悲しみが……。最後のあれが何だったのかは凄い気になりますね。

それから、前日バンドリと日清カップヌードルのコラボ品が届きました。Tシャツセットの方なので、イベントの時とかに着ていきたいところです。
ドラマCDを聞こうと意気込んでいたらCDプレイヤーが死んでおり、『ちくしょぉぉぉう!』と絶望したのが私です……(泣)。買ってこないと。


「未来から来たかも知れないユニット……ですか?」

 

「ええ……結衣から聞いた話しと照らし合わせてそう考えたの。貴之君もこれを見て、意見を貰えないかしら?」

 

これは五バンドによる合同ライブ──『ガールズバンドパーティー』が終わってから数か月。Roseliaが復活ライブを終え、貴之が『ヴァンガード甲子園』も終えて新年を迎えて間もないある日の──あり得たかも知れないもしもの出来事である。

『ヴァンガード甲子園』が終わった後にルールが新しく追加され、貴之らはそれに順応して次の全国大会に備えたデッキ構築を行っている最中である。

もうじき新学期が始まろうとするこの日、瑞希に呼ばれた貴之は『レーヴ』へ赴いて話しを聞いていた。

一先ず確認してみる必要があると思い、貴之はそのデッキを手に取って確認してみる。

 

「なっ……友希那がユニットに!?いや、友希那だけじゃねぇ……リサや紗夜、Roseliaの全員がか……!」

 

まさか自分の知人がユニットとなっているとは思わず、貴之は思わず目を見開く。

ただ、これだけだとどうして結衣がそう考えたかを理解できないので、一先ず確認する。

 

「でも、これだけじゃ判断材料が足りないな……」

 

「貴之、『ノーマルオーダー』のカードを見てみて。それが理由に繋がるの」

 

『ヴァンガード甲子園』が終わった後に『オーダーカード』と言うものが追加されており、また新しく戦略が広がっっている。

この『オーダーカード』には自分の『メインフェイズ』に使用する『ノーマルオーダー』と、相手のターンに使う『ブリッツオーダー』の二種類が追加されており、原則として場には残らない即効性のカードとなっている。他のカードゲーム風に言うなら魔法(マジック)カードだろうか。

なお、これらも発動条件はヴァンガードのグレードが関わっており、ヴァンガードのグレードを上回っている場合はそのターンに使用できない。『オーダーカード』は『シールドパワー』等を持たないので、構築する際のユニット減少によるデッキの防御力低下には注意が必要になるだろう。

 

「『BLACK SHOUT』は知ってるからまだいいが……残りの二曲は知らねぇな。友希那が完成させた曲の中にこの二つは無いし、未来から来たかも知れないってのも頷けるな……」

 

「貴之さんもそう言うなら、ユイ姉の考えは当たりかも……?」

 

──友希那が一曲作ってたけど、どっちかがそれなのか?貴之は友希那が作っていた曲を思い出しながら考える。

しかしながら、見ただけではどんな曲かの勝手が分からないので、これはファイト中のイメージで考えるしかないと割り切る。

 

「このデッキ、一度ファイトで確かめて見ようと思ったんだけど……使うファイターは友希那ちゃんが良さそうね?」

 

「そうですね。このデッキ、友希那がメインだっていうのが分かりやすく示されてますしね……」

 

瑞希の提案に反対する理由はどこにもなかった。Roseliaなら誰でも大丈夫──と言いたかったが、最適を聞かれたら友希那だろう。

 

「じゃあ、相手は貴之さんがやりますか?」

 

「うーん……それもいいが……。ん?もう一つあるのか?」

 

「あっ。そっちはまだ確認してなかったんだった……」

 

結衣の呟きを拾った貴之が見ていいかと問えば頷いてくれたので、早速確認させて貰う。

 

「こっちも見たことねぇ曲が多い……ってか、全部知らねぇ曲だな。結衣、この曲たちを聞いたことあるか?」

 

「どれどれ……?ううん。私も聞いたことないよ。それもまだ現在じゃ作られてない曲みたいだね」

 

「これは……いよいよ持って信憑性を増して来たわね……」

 

まさか一曲も知らないと言う事態になるとは思ってもみなかったので、一瞬だけ面食らった。瑞希も顎に手を当てながらどうしてこのカードがここに突如現れたのかを考える。

朝起きたら店のカウンターに置かれていたので、最初は誰かの悪戯(いたずら)を疑ったが、そもそもこの店に来る人たちはごく少数の常連だけで、その人たちはそんなことをしない人柄であることを思い出した。

これと同時に、店に人があまり来ないことを思い出して悲しくなったが、気にし過ぎは良くないと気持ちを切り替える。

 

「どうします?そのデッキも誰か呼びますか?」

 

「そうしようと思う。こっちも適任は割り出せたし」

 

瑠美の問いに肯定を返した後、瑞希に頼まれた貴之は友希那ともう一人に連絡を取り、その話しをするべく時間を貰うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざ頼みを聞いてくれてありがとうな。物がだったから、二人に頼むべきと思ってな……」

 

「私は特に問題無かったけれど、戸山さんは大丈夫だったかしら?」

 

「予定的には大丈夫ですっ!ただ、有咲からは『二人の間に割り込む気かっ!?』って疑われちゃいましたけど……」

 

──私誘われた側なのにぃ……。ちょっと涙目になった香澄を見て少々申し訳なくなった。一応疑いは晴れているので、そこから先の心配は無い。

なお、リサはバイトがあるのと、その後最近気になる相手と出掛ける予定を立てているので今日は来ない。ちなみに、その手の話しはリサよりも燐子の方が少し早かったのはまだ内緒らしい。本人曰く、付き合い始めたら言おうかなと考えているとのことだった。

 

「……『レーヴ』?私始めて知りました……。カードショップなんですよね?」

 

「知名度の低さが滅多に人の来ない店を定着させてる場所でな……。おかげで『ヌーベルバーグ』の練習には最適だったが」

 

「私たちが知っている場所は、三人姉妹で経営しているの。と言っても、その内二人は年齢の都合でバイト扱いだけれど……」

 

香澄が『レーヴ』に行ったことが無いので、移動中に簡単な説明をしておく。三人で共に移動しているのは場所が分かり難いことも教え、彼女に納得してもらう。

途中でデッキの内容を聞かれたが、貴之は驚いて貰いたいのでまだ話さないでおいた。

 

「来ましたよ」

 

「あら。三人ともいらっしゃい」

 

貴之と友希那は慣れた様子で、香澄は辺りを見渡しながら入店していく。

ここに来るのが始めてだったので、香澄と秋山姉妹で挨拶を済ませておき、互いにそれぞれの呼び方も決まる。

女子同士だと凄い楽だな──。と貴之が考えていると、香澄が何かに気づいて声を上げる。

 

「あれ?この『オーバーロード』、遠導先輩のサイン入り!?」

 

「ああ……それまだ残ってるんだ」

 

「俊哉のサイン入りの『ダイユーシャ』に、秋津君のサイン入りの『ブラスター・ブレード』……かなりあるわね?」

 

「ここに来る人って、大体貴之の知人だからね……友希那もそうだし」

 

結構な値段になってしまっているのもそうだが、来る人が来る人なので結局売れていないらしい。

まあいつかは買う人も来るだろうと思いながら、今はこれ以上考えないことにして、そろそろ本題に入ることにした。

 

「さて……それじゃあ、今日二人を呼んだ理由に入るけど、とあるデッキを使って二人でファイトして欲しいのよ」

 

「……?いいですけど、どのデッキを使えばいいんですか?」

 

「えっと……友希那先輩はまだしも、私で大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫……と言うよりも、香澄さんじゃないとダメって言った方がいいのかも」

 

ちょっと困った笑みを見せながら、瑠美がそれぞれに使って貰いたいデッキを二人に渡す。

まずは中身を見てほしいと促して、デッキの確認をしてもらう。

 

「「えっ……私!?」」

 

「まあこうなったか……」

 

「貴之君、最後まで隠していたようね……」

 

二人の反応を見て一先ず満足したところで、今回の使うデッキだけの特殊なカードを確認してもらう。

 

「『楽曲』……?なにこれ、見たことない……」

 

「一応、『ノーマルオーダー』の一種みたいだけれど……」

 

「それ、ターンが終わるまでは場に残り続けるらしいぞ。多分、ステージや、ライブする姿を映すモニターが中央後列として、後はパートごとなんじゃねぇか?」

 

貴之の言葉を聞いて、大きなステージで行われるなら納得だと友希那は結論付けた。

自分が感じたことを香澄にも伝え、彼女にも納得してもらう。ヴァンガードのことはまだまだ知識の浅い香澄だが、およそ一年で十分な知識を得たバンドならば話しが分かるようだ。

 

「まあ、これも何かの縁と言うことであなたたちを呼ぶことに決めたの。自分たちならイメージもしやすいでしょう?」

 

「確かにそうですけど……私たちで、ね……」

 

瑞希の言いたいことはよく分かるが、『クレイ』の大地をある程度見てきた友希那はどうしても固定観念ができてしまっている。

その為どういうファイトになるのかが浮かびにくいのだが、ここでファイト経験が少なく、比較的平坦(フラット)な目で見れる香澄が一つのことを思いつく。

 

「友希那先輩、私たちがいつか演奏したいおっきなステージをイメージするってどうですか?」

 

「ステージを……?なるほどね。なら、それでやってみましょう」

 

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

香澄のおかげで決心が着いたので、早速ファイトの準備を進めていく。

まだデッキが混ざっていないかったのもあり、お互いにしっかりとシャッフルをして、引き直しまで行った。

 

「始めるわよ?」

 

「(さて……どんなファイトが見れるかな?)」

 

問いかける友希那と頷く香澄を見ながら、貴之はこのファイトの行く末を楽しみに待つ。

未来から来たかも知れないデッキと言うのは、非常に大きな興味を沸かせてくれていた。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

香澄は始めてヴァンガードに触れた時から標準の掛け声を使っており、特に変更されてはいなかった。

 

「『ライド』!『始まりの鐘 湊 友希那』!」

 

「『ライド』!『ドキドキの始まり 戸山 香澄』!」

 

二人がライドしたのは、ステージ衣装を着ている時の自分であった。

この時の衣装は双方が始めて着用したことのある衣装であり、恐らく未来では最も定着しているのだろうと推測できた。

また、今回立った『クレイ』の大地も普段の岩肌に囲まれた場所ではなく、特設ステージの上と言わんばかりに広大な場所で、所々にスポットライトが確認できて、観客たちがペンライトを持って自分たちを応援しているだろう様子が伺える。

 

「うわぁ~……広~いっ!」

 

「これなら、この姿でも十分にイメージができるわね」

 

ルール的には交代で一曲ずつ演奏を行い、最後のトリを勝ち取った方が勝利……と言うイメージになるだろうと二人で考えた。

 

「先攻は私が貰っていいかしら?」

 

友希那の問いに香澄が頷いたので、友希那のターンから始まることが決まる。

この時イメージ内で観客が持っているペンライトの色が青に変わり、チームに合わせてくれているのが伺えた。

──これはいいわね……。その光景に、友希那は嬉しさを感じた。恐らくイメージ内のペンライトを持っている人たちはノーサイド精神だとは思われるが、それでも自分たちを応援されるのは暖かいものを感じるのだ。

 

「まずは準備からね……『染まりゆく世界 湊 友希那』にライド!スキルで一枚ドロー……」

 

この時イメージ内で友希那の姿が変わることはないが、輝きがましたように思える。

こうなったのも、人物はそのままで、ステージ衣装も変化していないことが影響している。

 

「登場時、友希那の……自分の名前を言うのはどうも違和感があるわね……。なら、私のスキルを発動!」

 

「おおっ!?友希那さんから強いイメージを感じる……」

 

「なるほど……『ライド』しているのが自分だからこそ、ね」

 

「思い切った方がきっといいイメージを出せる……友希那はそう考えたんだね」

 

「(流石は友希那だ……言わずとも自分から実行出来てる)」

 

友希那の選択を見ていた四人が称賛する。これには香澄も感銘を受けているので、恐らく彼女もそうすることを選ぶだろう。

 

「山札の上から五枚見て、グレード2以上の<Roselia>のユニットを一枚まで公開して手札に加えるわ。今回選ぶのは……『迸る情熱 今井 リサ』!」

 

「リサ先輩かぁ……サポート強そうだなぁ……」

 

「みんな、リサに持っている印象は近いのかもしれないわね?」

 

香澄の考え方は友希那も貴之も同意なので、もしかしたら本当にそうかもしれない。そう考えると幼馴染みへの信頼に笑みを浮かべる。

友希那のスキルはこの後手札の内一枚を捨てなければならないので、その効果処理を終えてから『メインフェイズ』に入る。

 

「ここで早速一曲……『楽曲オーダー』、『BLACK SHOUT』を発動するわ」

 

『ノーマルオーダー』は『メインフェイズ』でのみ発動できる為、使う場合はここになる。

これらのカードは使用後すぐに『ドロップゾーン』送りになるのだが、今回使った『楽曲オーダー』はターン終了時まで後列中央に設置されるのが最大の違いだった。

 

「登場時、一枚引いて、このターンの間ユニット二枚のパワーをプラス5000」

 

この『オーダー』を発動した瞬間、イメージ内では『BLACK SHOUT』の演奏が始まった。

今現在、場には友希那しかいないのだが、どうやら一時的に他のメンバーも来てくれるらしい。

一ターン目先攻なのでパワー増加は無駄になってしまうが、友希那は今回、手札の確保を優先した故に発動を選んでいる。

 

「先攻は攻撃できないからこれでターンを終了……次はそちらの番ね」

 

イメージ内ではターンの終わりで丁度『BLACK SHOUT』の演奏が終わり、Roseliaのメンバーは一度ステージ裏に移動する。

その後次はポピパの番だと言わんばかりに、ペンライトの色が青からピンクに変わる。

 

「よーし……じゃあ私もっ!『きらめく星 戸山 香澄』に『ライド』っ!スキルで一枚ドローして……相手ヴァンガードのグレードが1以上だから『クイックシールド・チケット』も一緒に獲得♪」

 

「『クイックシールド』は本当に便利なものを追加してくれたと思うよ……。おかげで後攻の時に『ガード』する選択がしやすくなった」

 

「みんな『オーダーカード』で悩んでるのに、『クイックシールド』はあっさり順応したからね」

 

現状だと『クイックシールド』くらいしか『ブリッツオーダー』は存在しないが、この『クイックシールド』が扱いやすい為、敢えて後攻を狙う人も少し増えている。

ちなみに貴之の場合はどちらでも構わない派であり、使えたら使うくらいの認識であった。

 

「ヴァンガードに登場した際、私のスキル発動!山札の上から七枚見て、『戸山 香澄』を含むグレード3のユニットを一枚手札に加えちゃいます♪」

 

「あら、退却効果が無い『フルアーマード・バスター』みたいね?」

 

「言われてみればそうだな……このやり方は確かに『フルアーマード・バスター』を思い出す」

 

『オーバーロード』を主軸にしている関係上、この手のスキルを散々使った貴之は友希那の感想に同意する。

今回のスキルは対象がピンポイントに縛られているからか、手札を捨てるデメリットは存在しない。

これで終わりというわけではなく、香澄も『メインフェイズ』でできる行動を取る。

 

「それじゃあ早速こっちも一曲……『二重の虹(ダブルレインボウ)』、発動しちゃいます♪登場時、山札の上から三枚見て、(クリティカル)トリガーを公開して手札に加えて、残りを山札の下に望む順番で置きます」

 

『BLACK SHOUT』の時と同じでこちらも他のメンバーが一時的に現れ、演奏を開始する。

 

「それから、『友達想い 市ヶ谷 有咲』を『コール』っ!リアガードに登場時、『ソウルブラスト』と、手札から一枚(クリティカル)トリガーを公開することで有咲のスキル発動!山札の上から五枚見て、『市ヶ谷 有咲』を含まない<Poppin'Party>のユニットを一枚まで公開して手札に加えます♪私が選ぶのは……『ポピパのまとめ役 山吹 沙綾』!」

 

有咲が『コール』された場所は前列左側であり、この後攻撃を行うための配置だった。

このターンでお互いにカード効果で呼んだユニットは、各チームの母親ないし姉のポジションにいるメンバーだったのは偶然だろう。

 

「じゃあ、ここで攻撃……まずは私でヴァンガードにアタック!」

 

「まずはノーガードにしましょう。続けて」

 

香澄の『ドライブチェック』はノートリガーで、大きな変化は起こらない。

これによって攻撃がヒットすることになるのだが、イメージ内では待機していた友希那がポピパのライブに関心し、自分たちはそれに負けず最高の演奏をするだけだと意識確認をする様子が見れた。恐らくは武器で争うことは無く、音の奏で合いになるからだろう。

ここでの『ダメージチェック』はノートリガーで、友希那のダメージが1になった。

 

「次は有咲でヴァンガードにアタック!」

 

「そうね……これもノーガードで行くわ。『ダメージチェック』……」

 

手札を確認した友希那は、次のターンに繋ぐためにノーガードを選ぶ。

この時の『ダメージチェック』(ドロー)トリガーで、手札を確保することに成功する。

結果として友希那のダメージが2になってターンが終了し、一曲終えたポピパが一度ステージ裏に移動すると、再びペンライトがRoseliaの番に合わせて青に変わった。

 

「『スタンド』アンド『ドロー』……『ライド』!『静かな熱意 湊 友希那』!ヴァンガードに登場した時、スキルで二枚『ソウルチャージ』して、その内一枚以上が<Roselia>のユニットが『ソウルチャージ』された場合、一枚引くわ」

 

次に行われたのは『ソウルチャージ』であった。手札の確保は、恐らくデッキコンセプト上自然にできると推測できた。

 

「ここでメンバーを揃えましょう……『静寂の奏者 氷川 紗夜』、『迸る情熱 今井 リサ』を『コール』!リサがリアガードに登場時、『ソウルチャージ』してこのターン、<Roselia>のユニット一枚のパワーをプラス5000……今回は紗夜を選ぶわ」

 

紗夜は前列右側、リサは前列左側に『コール』された。誰かに恩恵を与えるのはリサらしいと思えた。

 

「次、『小さな魔王 宇田川 あこ』を『コール』!リアガードに登場時、山札の上から五枚見て、『白金 燐子』を含むカードを一枚まで公開し、手札に加えて山札をシャッフルするわ。そのまま『流麗なる調べ 白金 燐子』を『コール』!燐子は場のどこかにあこがいるならパワーをプラス5000するわ!」

 

あこは後列左側、燐子は後列右側にコールされた。恐らく、こちらの燐子はあこと言う友の支えを多く貰っているのだろう。

 

「この曲、演って見ましょう……『楽曲オーダー』、『BRAVE JEWEL』を発動!このターンに<Roselia>の『楽曲オーダー』を使用しているなら、紗夜のパワーはプラス5000されるわ」

 

再び演奏が開始される。今回はメンバーが揃っているので、そのまま開始される形となる。なお、紗夜のスキルは個人の強さを求めていた過去も関係しているが、それをも受け入れて……だと考える。

この曲は『弱さ』を理解し、『正しき強さ』を知った者たちの奏でる音で、そこまでの過程は()()()()()()()()と伝えるものだった。

演奏されている『BRAVE JEWEL』をイメージ内で聴いた貴之は、この曲に対して大いに賛同している。これらは貴之も経験してきたことだったからだ。

 

「それでは攻撃を始めるわ……まずはあこの『ブースト』、リサでヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードで。『ダメージチェック』……」

 

香澄の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが1になる。

 

「アタックか『ブースト』を行ったアタックがヒットした時、あこのスキルで『ソウルチャージ』をするかを選べるわ……今回は『ソウルチャージ』をするわ」

 

「減らした手札が増えてく……」

 

このターンで一気に使ったかと思えば、また補充する。その動きに香澄は一瞬だけ頭が追い付かなそうになった。

 

「次は私で、ヴァンガードにアタック!」

 

「ならここは、『キラキラな思い出!』で『ガード』!」

 

『ガード』した際は、チームのメンバー間で気合いを入れ直す姿がイメージ内で確認できた。

パワーの都合上攻撃は通らない状況となった『ドライブチェック』で友希那は(ヒール)トリガーを引き当て、互いのダメージが1で並ぶ。

 

「攻撃がヒットしなかった時、『カウンターブラスト』して『BRAVE JEWEL』のスキルを発動!相手リアガードを一枚退却させ、そのグレードの分だけ山札から引かせて貰うわ」

 

「今回は有咲だけ……うぅ、ごめんね」

 

イメージ内では、有咲が少々緊張に呑まれた様子を見せる。

実際に起きたわけでは無いが、自分のせいで友達が場に留まれないことになったので、香澄は落ち込んだ。

 

「最後、燐子の『ブースト』、紗夜でヴァンガードにアタック!」

 

「うーん……ノーガードで!」

 

合計パワー38000となった攻撃を相手に、ダメージ1ならまだいいだろうと判断して通すことにした。

この時の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、香澄の手札が一枚増えた。

 

「アタックか『ブースト』を行ったアタックがヒットした時、『カウンターブラスト』をすることで燐子のスキルを発動!一枚引くわ。さらに、ヴァンガードにアタックしたバトルの終了時、自身を『ソウル』に置くことで紗夜のスキルを発動。もう一度一枚引いてターン終了ね」

 

──何だか、欠けたピースが埋まったような感じがするわ。作曲中だった曲にヒントをもらえた友希那は後で続きを作ろうと考えた。

イメージ内で再びペンライトの色が変わり、香澄のターンが始まったことを知らせる。

 

「じゃあ、私のターン!『溢れる行動力 戸山 香澄』に『ライド』!登場時、スキルで山札の上から七枚を見て、『楽曲オーダー』を一枚手札に加えてシャッフルしますっ!今回加えるのは……『キズナミュージック♪』」

 

二重の虹(ダブルレインボウ)』は作曲したので知っているが、こちらは『BRAVE JEWEL』と同じく未知の曲となる。

──いつかこの曲も演奏できるかな?微かな希望を抱きながら、香澄は『メインフェイズ』を始める。

 

「じゃあ、こっちもみんなを呼んじゃいます♪まずは、『ポピパのまとめ役 山吹 沙綾』を『コール』♪リアガードに登場時、『カウンターブラスト』と、手札一枚を山札の下に置いてスキル発動!『ドロップゾーン』から(クリティカル)トリガーと、ポピパの『ノーマルユニット』を一枚手札に戻します。有咲、カムバッ~ク!」

 

「(戸山さんに引っ張られる市ヶ谷さんを想像できるわね……)」

 

イメージ内でも案の定だったので、友希那のみならず全員が微笑ましいものを感じた。

沙綾が後列右側、有咲が後列左側に『コール』され、ここで有咲のスキルが発動される……と思われたが、後々の為にスキルの発動は無しにした。

 

「『いつも自然体 花園 たえ』を『コール』!リアガードに登場時、手札を一枚捨ててスキル発動!『ドロップゾーン』から楽曲を一枚手札に戻します。今回は『二重の虹(ダブルレインボウ)』で決まりですけど……。後、『頑張り屋さん 牛込 りみ』を『コール』してから……『楽曲オーダー』、『キズナミュージック♪』を発動しちゃいますっ!」

 

たえが前列右側、りみが前列左側に『コール』されることで、ポピパ側もメンバーが勢揃いになる。

ここで演奏が始まり、今までの学校生活で感じたことと、友人たちと得られた絆をテーマとした曲が奏でられた。

 

「登場時、『ソウルブラスト』することでスキル発動!山札の上から五枚見て、一枚を公開して手札に加えます♪今回は……『Returns』!」

 

これもまた新しい曲であり、どんな想いでこの曲を作ったのかは香澄すら知り得ない事である。

また、この『楽曲オーダー』は相手のヴァンガードがグレード2以上なら、前列ユニットのパワーをプラス5000する効果があった。

 

「じゃあそろそろ攻撃……有咲の『ブースト』、りみりんでヴァンガードにアタック!」

 

「ならそれは、『キラキラな思い出!』で『ガード』」

 

三回攻撃が来るならどこかは防ぎたい──。そう考えた友希那は、パワーが増えていないこのタイミングを選んだ。

 

「次は私でヴァンガードにアタック!ヴァンガードがアタックした時、おたえのスキルで自分とヴァンガードのパワーをプラス5000♪」

 

「いいわ。ノーガード」

 

トリガー次第で決めることにし、先を促す。

『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーで、効果を全てたえに回す。

これによって2ダメージ受けることになった友希那の『ダメージチェック』は、一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、ダメージが3となって逆転しても折れないことを表すかの様だった。

 

「最後……さーやの『ブースト』、おたえでヴァンガードにアタック!」

 

「お願いねあこ……『ガード』!」

 

二回分のトリガー効果をもらえたことで、『トリガーユニット』無しで事足りる数値となっていた。この結果、香澄のダメージが2、友希那のダメージが3の状態でターンが終わる。

再びペンライトの色が変わり、順番が変わったことを表した。

 

「あの二つのデッキ……複数の『クラン』混ざってる感じがしませんか?」

 

「瑠美もそう思うか……友希那の二ターン目から俺もそう思ってたんだ……」

 

「貴之君がそう感じるのなら、きっとそうなのでしょうね……」

 

「後は、このターンで残った部分の特色が分かるはずだね」

 

それぞれの特徴の一部を混ぜ込んだものだと、友希那と香澄が使っているデッキに印象を抱いた。

 

「目指すのは頂点、ただ一つ……『ライド』!『蒼薔薇の歌姫 湊 友希那』!」

 

友希那が『イマジナリーギフト』を持つグレード3に『ライド』したことにより、『イマジナリーギフト』が獲得できることになる。

 

「『イマジナリーギフト』、『フォースⅡ』!これを前列右側に置かせて貰うわ」

 

友希那が使うデッキは『フォース』を所有しており、自分のターンにパワーをプラス10000させる『フォースⅠ』と、友希那が今選んだ自分のターンに元々の(クリティカル)を2にする『フォースⅡ』の二種類が存在する。

『メインフェイズ』で前列右側に再び紗夜を『コール』し、また『楽曲オーダー』を使うことになる。

 

「潰えぬ夢へ、燃え上がれ!……『楽曲オーダー』、『FIRE BIRD』を発動!」

 

後で聞いた話しだが、友希那はこの口上が自然に思いついたらしい。恐らくはイメージがそうさせたのだろうとは、貴之の推測だった。

この先何があっても終わりはせず、不死鳥如く何度でも羽ばたき直す意志を演奏から感じさせてくれた。

 

「では攻撃……あこの『ブースト』、リサでヴァンガードにアタック!」

 

「うーん……ノーガードで。『ダメージチェック』……」

 

今回の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーで、互いのダメージが3で並ぶことになる。

ここであこのスキルを使えるが、友希那はデッキの減り具合と、スキルと『ソウル』の量を鑑みて発動しない選択を取る。

 

「次は私でヴァンガードにアタック!アタックした時、<Roselia>の楽曲がプレイされているなら、相手ヴァンガードのグレード1につき、私のパワーをプラス5000!今回は10000プラスね」

 

「えっと……この後『ツインドライブ』が来るから……『キラキラな思い出!』で『ガード』と、『クイックシールド』チケットを使いますっ!」

 

トリガーを引かれる可能性が上がっているので、香澄は余裕を持って防ぐことにする。パワーの都合上、二枚ともトリガーを引かれると危ういが、その時はその時である。

『ツインドライブ』の結果は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーとなり、ダメージは通らないが効果は全て友希那に宛がわれる。

 

「……友希那先輩に?いいんですか?」

 

「ええ。これでいいのよ。全く、どうしてこんなスキルを使わせてくれるのかしら……?」

 

そのスキルを見て、友希那は内心で大喜びであった。

これは効果を知れば全員が分かるはずなので、友希那はその理由は推して図るべしと言うかのように処理を進める。

 

「『湊 友希那』を含むヴァンガードのアタックが終了した時、四枚『ソウルブラスト』と、手札を一枚捨てることで『FIRE BIRD』のスキル発動!ドライブをマイナス1する代わりに、ヴァンガードを『スタンド』させるわ!」

 

「ドライブをマイナス1して『スタンド』……?ああっ!?聞いたことあると思ったら、『ドラゴニック・オーバーロード』ぉっ!?遠導先輩の分身と同じスキル使えるんですかっ!?」

 

発動条件が少し違うものの、大切な人が分身と豪語するユニットと全く同じスキルを使用できるのだ。嬉しく無いはずが無いだろう。

 

「このままもう一度、私でヴァンガードにアタック!」

 

「えっと……この後はどっちも最低2ダメージだし……『皆でできた一番のステージ』で『完全ガード』!」

 

どちらかは絶対に防がなければ危険なので、香澄は先に防いでしまう選択肢を選んだ。

この時の『ドライブチェック』は(ヒール)トリガーで、このターンで敗北はしないものの、友希那のダメージが2に回復される。

 

「最後、燐子の『ブースト』、紗夜でヴァンガードにアタック!」

 

「こうなったらトリガー勝負、ノーガードにしますっ!」

 

「(思いっきりのいい選択だな……)」

 

時にはその選択も大事なので、貴之は香澄の選択を心の中で褒める。

『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージが4で収まる。

ここでも燐子と紗夜のスキルを発動はせず、友希那はターンを終了させ、再びペンライトの色が変わる。

 

「私もグレード3……『キラキラなステージ 戸山 香澄』に『ライド』!『イマジナリーギフト』、『フォースⅠ』!これをヴァンガードに設置しちゃいます♪」

 

こちらのデッキも有している『イマジナリーギフト』は『フォース』で、香澄は攻撃をヒットさせやすくする為に『フォースⅠ』の選択をする。

『メインフェイズ』に入るものの場には後列中央以外全てにユニットがいるので、このまま『楽曲オーダー』を使う選択に踏み切る。

 

「『楽曲オーダー』、『Returns』を発動しますっ!」

 

この曲は香澄たちポピパが何らかの要因で解散寸前、或いはチーム存続の危機に立たされてから復帰したことを教えてくれるものであった。

今までの楽曲全てを聴いた貴之が感じたことはあるが、それは彼女らが気づいたら話そうとも思った。

 

「『バトルフェイズ』開始時、『戸山 香澄』、『花園 たえ』、『牛込 りみ』、『山吹 沙綾』、『市ヶ谷 有咲』が含むユニットがそれぞれ一枚ずついるなら、『Returns』のスキル発動!山札の上から五枚を公開して、(クリティカル)トリガーを一枚山札の上に、残りを山札の下に望む順番で置きます」

 

この時出てきた(クリティカル)トリガーは一枚で、残りは『ノーマルユニット』だったので、友希那はこの後複数トリガーを引く確率が高いことに気づいた。

 

「さらに、公開した(クリティカル)トリガーの数だけ、ユニット全てのパワーが、このターンプラス5000されます!」

 

全員に恩恵があるのは、絆の強いポピパらしいと友希那は思った。

ここで(クリティカル)トリガーが五枚出ていればそこからトリガーを考えなくても良かったのだが、それはそれで防ぎづらいから嫌でもある。

 

「攻撃行きます、まずは私でヴァンガードにアタック!おたえ、りみりん、さーや、有咲がいるなら、ヴァンガードにいる私のスキルで前列リアガード全ては『ドライブチェック』で私が得たトリガー効果を獲得します!さらに、相手ヴァンガードのグレードが3以上なら、(クリティカル)トリガー一枚の公開と、手札を一枚ステルことでりみりんのスキル発動!ポピパのヴァンガードのパワーをプラス10000と、ドライブをプラス1します!」

 

「と言うことは……『トリプルドライブ』!?」

 

今のダメージは2で済んでいるが、最悪は次の攻撃で全てを捲られかねない状況となった。

香澄が持っていたスキルの恐ろしい点として、これは効果を香澄に与えることで、前列リアガード全員に渡るものだった。このスキルが安定して強化できるなら『フォースⅠ』と言う選択を、香澄に与えていたのだ。

 

「流石にこれを防がないと話しにならないわね……『皆でできた一番のステージ』で『完全ガード』!」

 

「行きますっ!『トリプルドライブ』!ファーストチェック……」

 

一枚目、二枚目共に(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を香澄に与えることで前列全てのパワーと(クリティカル)を増加させる。

これで全員のパワーがプラス30000以上、(クリティカル)が3と言う非常に厳しい状況で、三枚目の『ドライブチェック』が行われる。

 

(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「(ああなると片方は貰うしかねぇだろうけど、友希那はどうする……?)」

 

『完全ガード』を使ってしまったこともあり、手札的に片方は攻撃を受けるしかないので友希那としてはかなり悩ましい状況になった。

ただそれでも友希那はまだ慌てず、気持ちを落ち着けて答えを告げる。

 

「私は、Roseliaの皆を信じる……それだけよ。戸山さん、遠慮はいらないわ」

 

「はい……!次は有咲の『ブースト』、りみりんでヴァンガードにアタック!」

 

「私は『最高のライブ!』二枚と手札の紗夜で『ガード』!さらにリサで『インターセプト』!」

 

合計パワー58000の攻撃は、合計パワー63000の前に防がれた形となる。

リサで防ぐ行動を取ったからだろう。イメージ内ではリサが準備してきたクッキーを食べながらRoseliaのメンバーが小休止を取る姿が見えた。

 

「『ガーディアンサークル』から退却した時、リサはスキルで『ソウル』に置くことができるわ」

 

「次のスキルの為の支えみたいね……」

 

「本当にリサらしいスキル……」

 

実際にライブを見たことがあり、普段も身近で話しを聞かせて貰うことのある結衣はそう感じた。

自分もと言うことなら、と考えていたら貴之もそうだったようだ。

 

「最後、さーやの『ブースト』、おたえでヴァンガードにアタック!」

 

「皆を信じるわ……ノーガード!」

 

今の手札で合計パワー63000の攻撃は防げないので、(クリティカル)4の攻撃を貰うことになる。

そして始まる『ダメージチェック』だが、一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガー、三枚目が(ドロー)トリガーとなる。

 

「(大丈夫、イメージは出来ているから……後は引くだけ)」

 

イメージ内でポピパの演奏に関心しながらも、上に行くのは自分たちと言う旨を告げて皆で共有してから四枚目の『ダメージチェック』を行う。

 

(ヒール)トリガー。これでダメージは6にならないわね」

 

「うぅ……決められると思ったのにぃ」

 

蒼薔薇は『不可能を可能にする』、『夢が叶う』為の『奇跡』が詰まったもの──。それを正銘するかの一幕と共に香澄のターンが終わる。

 

「次でファイトの決着がつくかな……」

 

ここで決めきれば友希那の勝ち。決めきれなければ香澄が勝ち。その状況で友希那のターンが始まった。

 

「もう一度、『蒼薔薇の歌姫 湊 友希那』に『ライド』!次の『フォースⅡ』は前列左側に置いて、リサを『コール』!」

 

これはヴァンガードが『ツインドライブ』、残りは(クリティカル)の最低値で圧を掛ける選択肢で、香澄のダメージが4だからこそ非常に効果的であった。

また、この時リサのスキルでのパワー増加は友希那に回し、『ツインドライブ』で更に圧を掛けることにした。

 

「このターンに『オーダー』がプレイされていないなら、『カウンターブラスト』することで私のスキル発動!山札、またはドロップゾーンから<Roselia>の楽曲を一枚まで探してプレイできるわ」

 

山札から探した場合はシャッフルすることになるのだが、今回は『ドロップゾーン』から探すのでそれはしない。

 

「こ、この状況で楽曲を探すってことは……!」

 

「ご明察よ。再び燃え上がれ!『楽曲オーダー』、『FIRE BIRD』を発動!」

 

これにより友希那は連続攻撃が可能になり、状況としては友希那が大きく有利になった。

 

「では攻撃……まずはあこの『ブースト』、『リサ』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは手札のおたえとりみりんで『ガード』!」

 

幸いにもパワーが18000の攻撃なので、合計パワー23000で防ぎきる。

 

「次、燐子の『ブースト』、紗夜でヴァンガードにアタック!」

 

「『最高のライブ!』で『ガード!』」

 

これで(クリティカル)2の攻撃を二つ防ぐことはできたが、問題は友希那の攻撃が残っていることだった。

 

「ここが勝負どころね……私でヴァンガードにアタック!」

 

「え、えっと……『キラキラな思い出!』三枚で『ガード』!」

 

合計パワー33000の攻撃を合計パワー58000で防がれたのでこの攻撃は届かないが、大事なのは『ツインドライブ』である。

ここで(クリティカル)トリガーが一枚でも欲しい状況の『ツインドライブ』で、友希那は見事に二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当ててみせた。

 

「アタック終了時、『FIRE BIRD』のスキルで私を『スタンド』……もう一度ヴァンガードにアタック!」

 

「手札が足りない……ノーガードで」

 

先程の『ガード』を行ったことにより、防ぐための手札が足りなくなってしまっていた。

この時の『ドライブチェック』はダメ出しと言わんばかりに、友希那は(クリティカルトリガー)を引き当てていた。

 

「効果は全てヴァンガードに!楽しいライブで、いいファイトだったわ」

 

「(友希那先輩凄い……最後の最後までカッコいいなぁ……)」

 

この曲でラストの時間が来てしまったようで、トリを飾ったRoseliaが今回は勝ちと言う形になったようだ。

それを表すかの如く、香澄の『ダメージチェック』は全てノートリガーで、ダメージが6となり決着が着く。

ファイトが終わったので、いつものように挨拶を済ませて終わりとなる。

 

「なんだろう……今までで一番自然にイメージで来てた気がする……!」

 

「私たち自身だものね……けれど、一つ気づいたことがあるわ」

 

「……気づいたこと?」

 

ファイトを通して友希那が感じ取ったのは、このデッキは自分にとって大きな影響を与えたものがないまま完成に近づいていると言うことだった。

それは同時に『自分たちの未来はこうならない』証明でもあり、結衣の問いに対して友希那は次の答えを示す。

 

「このデッキは……私たちの世界とは()()()()()()()()()……そうね。平行世界と言えばいいのかしら?そこの未来なんだと思うわ」

 

リサとあこは変化が少ないので彼女らだけだと判断できなかったが、燐子はこちらと比べて幾分か大人しめ、自分と紗夜は今しばらくは恋愛沙汰に目を回さなそうな様子が感じられた。

そこから推測するに、恐らくこのデッキは()()()()()()()()()()()()()()()()()の未来だと言える。

自分たちが貴之の支えがなくともチームを組み、危機を乗り越えられるのを知れたのは安心だが、やはり彼がいない世界は寂しい。そう感じた友希那の様子を察したのか、貴之は肩に優しく手をおいた。

 

「大丈夫、俺はここにいるから」

 

「ええ。これからも一緒よ?」

 

その言葉に安心した友希那は貴之の手を両手で取り、柔和な笑みを浮かべる。

 

「さて……俺もそのデッキとファイトしたらどうなるか確かめてみてぇんだが……」

 

「あっ、じゃあ私がやって見てもいいですかっ!?」

 

答えを得てさらに進んだ貴之と戦ってみたいと言うチャレンジ精神が、香澄に行動を促した。

それを見た貴之も頷き、ファイトの準備を始める。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

「(もし、向こうの私に……貴之といる幸せな気持ちが伝わるのなら)」

 

──何らかの形で届けばいいのに……。ファイトする二人を見ながら、友希那はそんな願いを抱いた。

その願いが届くかは分からない。ただそれでも、友希那は願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んん……?」

 

五バンドでの大きな舞台における合同ライブを終えた二日後の午前──。友希那は目を覚ました。

何しろ当日は夜遅くまで皆で演奏をしていて、疲労も溜まっていた故に昨日一日でもまだ疲れが取り切れておらず、今日でようやくその疲れが取れたような感じがあった。

ライブが終わった後に、とあるチームのメンバーから対抗心剝き出しの言葉を投げられたのでそれと無く返事をしたのだが、表情をあまり変えなかったので、もしかしたらまた納得の行かない様子をしていたかも知れない。

これ以外にも、打ち上げの際にリサの計らいで人のいる方に連れていかれたり、その際に相手のペースに完全に引きずり込まれていたので、自分がしっかり話しきれていたかは少々怪しいところもあるが、彼女らは自分の言葉をしっかりと覚えているので、恐らくは大丈夫だろう。

そんな多忙だった日の疲れが抜けきったからなのだろうか。友希那は寝ている間に変わった夢を見ていた。

 

「(一体……なんだったのかしら?)」

 

複数の風景を見ていたが、その時全てにいたのはとある少年の姿。

時折リサやRoseliaのメンバーの姿も見られ、特に幼少の頃リサと自分と一緒にいたこともあることから、恐らくあり得たかも知れないもう一人の幼馴染みなのだろう。

どうしてかは分からないが、彼と一緒にいた自分は彼に救われている──そんな確信があった。

何かのカードゲームを好んでいる少年をどうして?とは思ったが、思い返せば自分に理解を示し、再会して変ってしまった自分を信じて待ってくれているのを見た時はどこか納得している自分もいた。その過程があれば自分もそうなっていたかも知れないと思えたのだ。

まさかと思って部屋のカーテンを開け、彼が住んでいる家の方を見るが、そこは誰もいない空き家だった。

 

「(そう。私のところにその人はいない……彼がいなくとも、私たちがあのライブをできたのなら……向こうの私たちも間違いなくできるでしょう。けれど……)」

 

──私を取り巻く環境は、間違いなく幸せでしょうね──。友人も増え、大切な人もいる夢の中にいた自分は間違いなくそうだと思える。

ただ、こちらと比べて絶対かと聞かれればそれは分からない。ただ、自分は今の形でも幸福感を感じているし、向こうを羨ましいとは思っていないので、『個人の主観が出るだけで、優劣があるわけではない』と結論付けた。

しかしながら、夢の一つでは紗夜と自分が今の状況からは想像も着かない話題を、Roselia五人で雑談していたのもあったので、それだけはいつかできたらいいなと本気で考えた。

 

「(何か一つでも違いがあれば、人は大きく変わる……と言うことなのでしょうね)」

 

向こうの自分は音楽以外での幸せも見つけた。対する自分はまだ探す気になれなかった。言葉にするだけでも大分違ってくる。

自分がしていなくとも、焦る必要はない。気持ちを落ち着かせながら、練習をするべくCiRCLへ足を運ぶ準備を始める。と言っても、今日はパフォーマンスを落とさないように簡単な練習程度に収めておくのだが。

程なくして準備を済ませた友希那は行ってきますと告げてから、玄関のドアを開けて外に出る。

もう一度先程の空き家を見てみるが、やはりそこには誰もいない。どこまで行っても、別の世界は別の世界なのだ。

 

「(見つかるのがいつになるかは分からない……でも)」

 

──少しずつでいいから、探してみるのもいいかも知れないわね。歩き出した友希那は、自然と柔らかい笑みを浮かべていた。

この日の練習中は問題無かったようだが、休憩中や、片付けを行っている時に考え込む様子が多くて理由を聞かれた。

その時に、友希那は見ていた夢の内容とそれを見て思ったことを話してみたのだが──。

 

「あ、あの……湊さん、まだ疲れが残っているのなら無理をしない方がいいのでは無いでしょうか……?」

 

「って言うか友希那、どこか頭でも打った……?」

 

「頭は打っていないわよ?と言うか、どうしてそんなに慌てているのかしら?」

 

Roseliaのメンバー──特に紗夜とリサを筆頭に慌てられてしまった。

本人が知る由は無いが、この光景が友希那にその願いは届いていたことを、間違いなく示している──それだけは間違い無かった。




今回はブースターパック『BanG Dream! FILM LIVE』に出てくるカードで編集した<Poppin'Party>と<Roselia>のデッキになります。

ファイト担当に呼んだ二人の選定は以下の基準になります。

共通
・チーム内でグレード3が存在する唯一のメンバー

友希那
・本小説で最も出番のあるバンドリチームはRoselia
・本小説のヒロイン

香澄
・原作主人公
・その原作主人公の香澄が所属するのはポピパ

と、このような基準になります。
今回はRoselia側の勝利で飾らせた理由は「グレード3の『楽曲オーダー』を、後に演奏した方はどっち?」と言う所から来ました。もし『キズナミュージック♪』がポピパ側のグレード3の『楽曲オーダー』だった場合はポピパ側の勝ちでプロットを組む予定でした。

次回からは没案の紗夜がヒロインだった場合の話しを一部抜粋しながら書いていこうと思います。


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メモリアル4 二人だけの時間

色々迷いましたが、今回が本小説で丁度投稿100回なので、記念として誕生日会を選びました。ポケモンDLCの準備をしていた都合で少々短くなってしまいましたが、それでも楽しんでいただければ幸いです。

ガルパピコではどうやって香澄がCiRCLにたどり着いたかが気になるところではありますね……。と言うか、持っていたものがものだったので、地下に行ってたでしょうし、恐らくそこが音信不通空間だった可能性がありそうです(汗)。

ヴァンガードifはスイコの方からも伊吹への情を感じることができましたね。コーリンの計らいで幽閉(?)をされたようですが、あの四人がどうするかですね。

また、録画していた『アサルトリリィ』を4話まで見終えたのですが、個人的には『ブシロード版のGOD EATER』なのかなと思いました。
恐らくはマギとチャームの関係性が、オラクル細胞と神機に近しいものを感じたからでしょうね……後はチャームが変形できるところとかも影響してますね。

D4DJのゲームが昨日からリリースでしたが、私が今日早朝勤務なので、終わってから触ろうと思います。


これは貴之らが『ヴァンガード甲子園』を戦い終え、冬休みを迎えたある日のことである。

商店街の道を珍しい組み合わせの二人で歩いていた。

 

「こっちにいる時は分かっているからいいんだけど、そっちにいる時も娘と上手くやっているかな?」

 

「ええ。それはもう……私が来年見つけないと、成人しても彼氏がいないからって、心配されそうなくらいには……」

 

友希那の父である友治と、貴之の姉である小百合は互いに買い物へ行く場所が被っており、その帰り道で貴之と友希那の二人がどうしているかを話していた。

最近で言えば俊哉と紗夜も進展し、リサがそちら方面に興味を向けだし、燐子も誰かに脈ありな様子が見えているので、いよいよ自分が遅れていると言われても仕方ない状況が近づいて来ている。

確かに周りがこれだけ進展していると不安になる気持ちも分からなくはないが、そんなに急ぐ必要もないだろうと友治は思っている。

 

「急がなくてもその内見つかるさ……焦る必要はないよ」

 

「あはは……そうですよね」

 

友治も自分の妻……要するに友希那の母と出会ったのは今の小百合よりも少し年上の時である為、何があるかは分からないものである。

それを聞いて小百合が安心したところで、あるもの二人のが目に留まった。

 

「……ペアでの二泊三日の旅行?」

 

「今日、あそこの店で渡された券で回せるみたいだね」

 

どうせ当たらないだろうと思うが、使わないと持ち腐れになってしまうので、軽く運試しとして列に並んでみることにする。

そうして並ぶこと約二十分。二人の番がやって来たので、並ぶ順番の都合上友治から先に回すことになる。

 

「……まあ、普通はこうなるか」

 

一番外れである白球を引き、参加賞のポケットティッシュを貰ってから列を外れ、小百合が終わるのを待つ。

──あんまり自信無いんだけどなぁ……不安になりながらも、小百合は一回回してみる。

そうすると金色の球が出てきたので、小百合は一度賞ごとの色を確認してみると──。

 

「……当たっちゃった」

 

「おめでとうございますお客様!特賞の旅行券です!」

 

まさかの大当たりであり、どうするか考えた結果貴之に渡すことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そう言うことがあったからお互いに予定が空いてて良かったぜ……」

 

「予定がずれていたのが幸いだったわ……一日目が昨日だったら、諦めるしかなかったもの」

 

そして四日後の午前。貴之と友希那は小百合から譲り受けた旅行券の場所に向かうべく電車で移動を始めていた。

大体夕方に到着予定であり、それまでは電車や新幹線に揺られての旅となっているので、この間は談笑しながら楽しむことにしている。

なお、もし友希那が行けなかった場合は俊哉と紗夜に。それがダメなら燐子と気になるお相手の二人に譲る予定であった。リサの方はまだその段階まで進めていないので除外としている。

 

「小百合さんにはまた今度お礼を言わないといけないわね?」

 

「ああ。ユリ姉が引き当ててくれたから、こうして出掛けられたもんな」

 

お互いのやることが一つ終わって丁度いい時期だったので、姉の強運には感謝しかない。

昼頃に新幹線へと乗り換えになり、ここで新幹線に乗りながら昼食を取ることになる。

 

「貴之はこう言うことをした経験はあるの?」

 

「あるよ。今回が二回目だな……俺が一度転校する時に乗った時は夜だったから、車内で晩飯取ったんだ」

 

こちらに戻ってくる時は朝だったので、その時は取っていない。思ったよりも経験が少ないのである。

──結構貴重な経験かも知れないわね。二人で購入した弁当を食べ進めていると、二人して同じ考えをして一度箸を止める。

それぞれが違う物を頼んでいたので、当然入っているおかずに違いがあり、それが欲しくなったのだ。

 

「えっと……一つもらってもいいかしら?」

 

「いいぜ。こっちもひとつもらうぞ?」

 

互いに欲しいのを教え、それぞれが箸でそのおかずを挟む。

その後一度顔を見合わせ、互いにしたいことが同じであることを再認識する。

 

「前は貴之が先だったから、今回は私から行くわね?」

 

「ああ。そうしようか」

 

初めてデートした時のことを思い出して、このような形に収まった。

 

「貴之、あーん」

 

「ん。あーん……」

 

初めての時は非常に恥ずかしかったが、今ではあまり気にしないでできるようになっている。

友希那に食べさせて貰ったおかずに舌鼓を打った後、貴之も彼女に食べさせて上げる番になった。

 

「じゃあ行くぞ?友希那、あーん」

 

「ええ。あーん……」

 

友希那もまた、貴之に食べさせて貰ったおかずに舌鼓を打ち、その味を堪能する。

その後は再びおかず交換もしながら、二人して楽しみながら昼食を取り終えた。

そうして昼食を取り終えた後、眠気が襲ってきたので軽く昼寝をして乗り換え駅までの時間を過ごした。

 

「ここから二駅で最寄り駅に到着。んで、その駅の東口を出たら送迎バスが待っていると……」

 

「帰りも駅前までは送迎してくれるのよね……。これは助かるわ」

 

最後の電車に乗っている間、この後のことを確認しておく。

宿泊先のホテルが車で10分と思った以上に離れていることもあり、こうして車の送迎が用意されている。

 

「着いたら少し回ってみるか?」

 

「そうね。他の施設も広いから、少し回ってみましょう」

 

浴場である温泉が充実している以外にも、設備が広く充実しているのが最大の特徴であった。

その為、貴之は温泉に入る前に少しだけ設備を見て回るのも悪くないと言う考えに至り、友希那も反対しないので方針を決める。

また、この二人──特に貴之の方は全国放送もされた『ヴァンガード甲子園』にてとある事情から良くも悪くも名を上げているので、元いた場所を離れると一部の人に注目されているのを実感する。

とは言え、そういう注目の目には二人とも慣れており、話しかけてくるならその時くらいに考えている為、そこまで気にせず談笑を続けていた。

 

「お待ちしていました。どうぞ、乗ってください」

 

「「よろしくお願いします」」

 

最寄り駅に到着すると三十路であろう女性が待っており、彼女が乗ってきたホテル用の車の後部座席に乗せてもらう。

特賞として用意されていたペアでの旅行であることは認識されているらしく、恋人同士かを問われたのでそれには肯定を返した。

 

「さあ、到着しましたよ。チェックインはあちらの入り口を通って右手の受付でできます」

 

「「ありがとうございます」」

 

このホテルは十階建てらしく、最上階である十階が温泉、一階が受付やお土産売り場、二階が食事処となっており、自分たちのような客人が泊まる場所は三階から九階になっている。

チェックインを済ませると自分たちは宿泊所では最上階の九階が宛がわれたので、そこから見れる景色を考えれば喜ばしい結果となった。

泊っている間は浴衣の着用を推奨されている為、二人もそれに倣う形を取るべく、部屋へ移動する前に一度浴衣に着替えることにした。

 

「夏の時にも言ったけど……友希那って浴衣も似合うよな」

 

「そう?ならよかったわ」

 

商店街の夏祭りの際に友希那は浴衣姿で一緒に貴之と回っていた為、その姿が目に焼付られている。

対する貴之は浴衣姿に自信なさげにしているのだが、友希那は一つの結論を下す。

 

「恐らくだけれど……貴之も無難な色合いを選べば問題ないと思うわ。ここで用意されているものが代表例ね」

 

「そうか……ちょっと希望が見えたよ」

 

他ならぬ友希那がそう言ってくれるなら、貴之も安心できた。

そうして互いの浴衣姿を確認してから指定された部屋まで辿り着き、まずは鍵を開けて部屋の中に入る。

 

「結構広いわね……」

 

「こういう時はこれくらい広いと開放感あっていいな……」

 

部屋の広さ自体には二人とも概ね満足で、充実した宿泊ができることを確信した。

また、部屋の奥にある障子張りされている戸をずらしてみると、くつろぎながら外の景色を見渡せるように、小さなテーブルと二人分の座れる椅子が用意されていた。

夕方の景色でも十分いいものではあるが、夜はもっといいものになるだろうと確信した二人は、後で一緒に夜景を見ながら談笑することを決めた。

荷物を置いた後、夕食の前に一度温泉がどんなものかを味わいに行くことにする。

 

「……夜だけ入れる?それだけ整備大変なのか?」

 

「後で確認してみるのがいいかしら?それはそうとして……」

 

「そうだな。まずは入ろう」

 

お互いに男女それぞれの浴場に向かい、一度体を洗って楽しんだ後合流する。

なお、この時友希那は自分の髪を肩の近くから束ねてサイドテールにしてあり、貴之からは新鮮さを感じると言うことで概ね好評であった。

 

「明日はメニューが少し変わるみたいね?」

 

「なら、今日しか味わえなそうなの優先で選んでいくか」

 

用意されている食事はホテルでよくあるバイキング形式であり、メニューも日によって変わるらしいので方針を固める。

どうせ二人で食べるのだからと少しだけ多めに取り、時に食べさせあいながら楽しんでいく。

 

「これもいいわね」

 

「ん?おお、こりゃいいな……こっちも結構いいぞ」

 

「本当?それならもらおうかしら」

 

その光景が一部の家族で来ていた両親たちに、懐かしき日々を思い出させたらしいが、それは本人の預かり知らぬ場所である。

夕食を取り終えて少し腹を休めた後に、先程入れなかった浴場の確認に向かう。

 

「夜だけ入れる、混浴可の専用浴場……?しかも露天風呂のみ……」

 

「設備が少し特殊だから、時間も短めだったのかしら……」

 

温泉では一部、既定の時間が来ると入れなくなる場所があるのだが、これもそれの一例だろう。

混浴可で時間制限は必要なのか?と疑問に思いはしたが、設備が理由であると考えれば納得できた。

 

「ど、どうしましょう……?」

 

「えっ?えっと……そうだな……どうするのがいいんだ?」

 

これも何かの思い出と考えれば悪くはないのだが、そうやって堂々と言うのは些か躊躇いが生じる。

ただ、これを見てそのまま退けるのか?と問われればそれも難しい。故に貴之のみならず、友希那も悩んでいる。

 

「俺は……友希那さえ良ければって考えてるけど、どうしたい?」

 

「迷うわね……どうしようかしら?」

 

試しに聞いてみたが、悪い反応では無かった。

友希那も友希那でかなり迷っていたようだが、貴之の問いかけは有難く、少しだけ辺りを見回してから決心する。

 

「せっかくなのだから、入りましょうか。もちろん、みんなには内緒で……だけれど」

 

「その辺りは流石にな……でも、ありがとう。そう言うことなら行こう」

 

決心がついた二人は中に入り、辺りを確認してみると誰もいないことが確認できた。

そこからはあまり相手を見過ぎないように気を付けつつ、タオル一枚の状態で浴場に向かう。

一応、湯船に浸かる際は何も付けない方がいいことを理解しているので、そのタイミングで外すことは決めている。

 

「そ、その……私がいいって言うまで、目を瞑って欲しいわ」

 

「あ、ああ……そりゃもちろん」

 

当たり前のことなので応じる貴之だが、言われてしまうと嫌でも意識してしまうものである。

数十秒経った後に友希那からいいと言われてようやく目を開ければ、隣り合って湯船に浸かる光景が見れた。

 

「こうしているのも結構新鮮だな……」

 

「確かにそうね。二人して入るなんてこと、いつ以来だったかしら?」

 

恐らくは三家族でどこかの旅行へ行ったときに、子供たちは纏めて一緒にをされて以来だろう。

そうすると貴之が男一人で入る羽目になり、流石に気恥ずかしすぎる余り親たちに懇願してすぐに終わったのだが。

変えるのは良いものの、今度は大人に混じって子供一人なので、どの道貴之の気が重いのは仕方ないことであり、それを思い出した友希那は盛大に笑った。

 

「そんなに笑わなくたっていいだろ……」

 

「ご、ごめんなさい……っ……あの時の微妙そうな顔を思い出したらつい……」

 

どっちから出ても違和感を与えてしまうと言う、あの時程温泉で歯がゆい思いをした事など無いだろう。

今であれば違和感無しになるので、そこはいいので余り気にしないようにはなっている。

そんなことはさておきと、温泉で貴之の体格を思い出した友希那は、彼の肌に触れだす。

 

「ん?どうした?」

 

「あの時と比べたら、随分と筋肉ついたわね……」

 

このおかげで貴之は見られても全く恥ずかしくは無く、寧ろ誇らしげにできるものになっていた。

小突かれたり、撫でられたりでくすぐったい想いをするし、何かやり返したい思いもあるが、流石にこっちからやるのは色々問題がある。

何しろそれをやろうものならセクハラである。故に迂闊な動きはできない。

 

「なら、こうすればいいかしら?」

 

「おぉ……っ!?」

 

いきなりで驚きはしたが、確かに相手側からそうしてくれるのならそう言うことにはならない。

こうすることで貴之は友希那の膨らみを、友希那は貴之の筋肉を堪能できる為、お互いに合意の上で得をする状況が出来上がる。

少しの間そうして触れ合っていた後、ふと上を見れば夜空が見えるのが確認できた。

 

「夜しかダメなの……こう言うことが理由かも知れねぇな」

 

「なるほど……確かにそれなら納得だわ」

 

この時間以外は良いものが見れないので、雰囲気を出せないから──と言われれば非常に納得できる理由である。

少し楽しんだ後は体を洗うことになるのだが、友希那の提案で貴之の背中は友希那が流すことが決まる。

 

「(貴之の背中……こうしてみると大きいわね)」

 

「(友希那に流してもらうの、何気に初めてだな……)」

 

その際、二人がそれぞれのことを考えるのは無理も無いだろう。改めて幼少の頃からの変化と、今までのことを振り返るなとは言えない。

また、貴之は聞いてみたいことがあったので、一度聞いてみることにする。

 

「そう言えば、一つ聞きたいんだけど……」

 

「……何かしら?」

 

「この提案、やってみたかったと言う気持ちはあるのか?」

 

「ええ。あるわよ」

 

案の定即答であった。ただ、こう言う場所でもないと中々できない為、それを笑ったりはせず、納得した旨を返す。

背中を触れる、触れられる感覚に少々胸を高鳴らせながら背中流しを済ませ、もう一度湯船に浸かって少しした後に上がり、浴場と同じ階にある休憩所で一度休むことにした。

 

「その髪型、本当に似合ってるな……」

 

「あら?そう言うことなら、時々こうしようかしら?」

 

休んでいる時も友希那は肩の近くで束ねたサイドテールにしており、貴之は見ている内にそれを気にいった。もちろん、普段の飾らず伸ばしているのも好きであるので、新しく好みが増えたような形である。

髪型を変える際に友希那は個人的に合うと感じるものが少なく、度々試行錯誤していたのがようやく実を結んだこともあり、彼女としても満足である。

十分に休憩を取った後は部屋に戻り、先程確認した小さなテーブルを挟んで夜景を見ることにした。

 

「綺麗ね……」

 

「そうだな……」

 

その夜景を見てのまず一言はお約束に近しいものかもしれないが、本心であった。

また、貴之は月明かりに照らされる友希那を見て、余りにも綺麗に映るものだから直視が難しくなってしまう事態に直面する。

 

「……どうかしたの?」

 

「あ、いや……月明かりに照らされた友希那が綺麗だったから……」

 

「っ!もう……そうやっておだてたって何も出ないわよ?」

 

「そう思うかも知れないけど……俺は本心で言ってるんだぜ?」

 

貴之に言いきられれば友希那は顔を真っ赤にする。言われるのは嬉しいのだが、同時に恥ずかしいとも思う。

このままではせっかく温泉に入ったのに汗をかいて入り直しになりかねないので、如何にか落ち着かさせて貰った。

翌日はホテルの近くを探索する予定であるので、日が変わるのを境に用意されている布団へ入ることにした。

 

「明日、何か見つかるといいわね?」

 

「持って帰れるお土産とかが理想かな……。気の向くままに探してみよう」

 

あれこれ決めても変わる可能性もあるし、またいつ頃来れるか分かったものでは無いので、決め過ぎないでおく。

 

「それじゃあ、また明日だな……」

 

「ええ。また明日」

 

明日に備えて、二人は目を閉じて暫しの眠りにつく。

なお、この時互いの右手を重ね合わせ、顔を向け合っていたのは、二人の通じ合っている想いがあるこそできるものだった──。

こうして二人だけの時間を過ごしていくことで、二人の間にある愛情は更に深まっていく。




恐らく今回が短めになったのは、殆ど二人しか登場していないからだと思われます。

次回は本編に戻り、あこと燐子でのファイトをやっていきます。


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イフ1 先導者と秀才、再会の時

本日から没案となった紗夜がヒロインの話しを書いていきます。
話数としては3~5話分を抜粋してやっていく予定です。

まず初めにプロローグ部分を書いていきます。

サブタイトルのイフ○○はヴァンガードifのサブタイトルまんまです。

これも一応番外編と言う扱いにしておきますが、別章の方がいいと言う方がいれば別章として分けておきます。

ガルパピコはまりなさんのモデリングがあれなのにツッコミなしってマジですか……?(汗)あそこはギャグ補正なんでしょうかね?モデリングのXYZ軸を弄るバー見えてんのに……。

ヴァンガードifはまさかの『じゃまー』が三人もいる事にビックリしたのはそうですし、遂に新シリーズで動くマジェスティが出て嬉しかったのもありますが……ネタの方向が吹っ切れてますね……(笑)。神崎がかましたゆるキャラ──ゴニャイオンの元ネタを知っている私と同年代の人は、ほぼスパロボ経験者で確定です。


「あっという間だったな……」

 

「あなたの転校が決まって、そこから半年……とても短く感じたわ」

 

住宅地で黒い癖っ毛の髪を持つ少年と、水色の髪を持った少女は今までのことを思い出していた。少年の方の父親の仕事ので、今回は少年の方がここを離れなければならなくなったのである。

この二人は同年代の幼馴染みであり、家も向かい合っていたことから家族ぐるみでの付き合いもあった。

二人の共通点としては()()()()()()()ことであり、その妹と自分の対比で悩みを持ったことだろう。差異点は少年側の妹が彼より年下、少女の妹は双子であることだった。

悩みとは自分が妹にとって、胸を張って誇れる兄または姉であるのか?と言うものであり、これを二人で解消したことがある。

 

「でも、あなたの場合はそうでもない気はするけどね……」

 

「真面目なそっちの方が問題無かった気がするけどな……。俺なんて、ヴァンガードで遊んでたんだし」

 

少女は妹との能力差。少年は私生活と言う悩みを持っていたが、結局妹からは双方の形で好まれていた。

夢中で好きなことをやって笑っている少年の姿が、何事も真剣に取り組むだけでなく周りの気遣いができる少女の姿が、それぞれ好まれていることが判明し、二人して安心したことは記憶に新しい。

また、これによって少女の方は自身の中に潜んでいた物が洗い流されており、「何があっても自分は自分である」と言う考えを確立させた。

なお、ヴァンガードとは近年リリースが始まった、今最も遊ばれているカードゲームである。

 

「いけない……私が決めたこと、まだ伝えていなかったわ」

 

「ん?何か見つかったのか?」

 

少女は友人たちとヴァンガードを遊び、とても楽しそうに笑っている少年の姿を見て心を惹かれている。

過程としては思い切ってやりたいことを見つけたと、そう言って見せて貰ったのがヴァンガードであり、それまでは少し大人しめで心優しい普通の少年だった彼が喜んでいたので気になった。

そして、彼が自分の部屋で友人と遊んでいる所を目撃し、その時に心から笑っている姿を見たのが少女の恋の始まりであった。

また、それを気にヴァンガードの話しを時々聞かせて貰い、そこから自分もそこまで夢中になってできるものを探す決意をした。

なお、少年の方は少女が話しを聞きたいと言ってくれた時に彼女の方ことが気になり、共に悩みを解決した時に心を惹かれている。彼女のおかげで更に自身が持てたのが大きい。

 

「私、ギターをやってみることにしたの」

 

「ギターか……バンドとかするのか?」

 

少年の問いに少女は頷く。父の誘いに乗ってとあるバンドのライブを見に行かせてもらったのだが、その時のギターを弾いていた人を見て自分もやってみたいと思ったのだ。

また、ギターを始めるに当たって、少女は少年に一つの頼みがあった。

 

「もし帰って来たら、私のギター……聞いてくれる?」

 

「もちろん。なら俺も、もっと強くなって帰ってくるよ」

 

少年もまた、ヴァンガードで全国大会の優勝(頂き)を目指す者であり、その為に腕を磨きに行くようだ。

ただそれでも楽しさを一切捨てない姿は関心を抱き、少女もギターをする時はそうでありたいと思った。

そうして話していると、そろそろ時間が来てしまったのか、少年の母親が彼を呼んだ。

 

「あっ、そうだ……俺が戻ってくる意思表示としてこれを預かってほしいんだ」

 

「……ええ。大切にするから、必ず受け取りに来てね」

 

少年は少女にヴァンガードのカードの一枚を渡す。それを覚えておけば少年は戻ろうとする気持ちを忘れないと思えるからだ。

少女も、彼が自分を信じてくれているのを感じて温かさを感じ、頼みに応じた。

互いに頼みを済ませたところで、今度こそ別れの時間となる。

 

「じゃあまた会おうぜ■■……今度会えたらギターを聞かせてくれ」

 

「ええ■■も、ヴァンガードを頑張って」

 

また会うことを約束し、二人は暫しの別れをした。

これが今世の別れでは無い。また会えるかも知れない以上信じて進み続けるだけである。

少女は少年の姿を見送りながら、少年は前を向きながら、決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん、次の駅だよね?」

 

「ええ。朝早くから疲れたでしょう?」

 

二人が別れてから五年後──。黒い髪をおろしている女性と、肩から少し下まで伸ばしてポニーテールにしている少女、そして二人の隣で寝ている黒い癖っ毛を持つ少年の三人は電車に揺られていた。

この三人は家族であり女性が母、少女が妹、少年は兄である。父は今回、単身赴任で別の場所へ行くためここにはいない。

その際に再び家を開けることとなり、その際に父親側の計らいでこの三人は以前引っ越しした時と同じ家に出戻りすることになった。

と言うのも、少年は元よりこちらへ戻ることを選び、少女も戻ることを決めたので、女性が同伴する形になったのである。

 

「それじゃあ小百合(さゆり)貴之(たかゆき)を起こしてあげましょう」

 

「うん。兄さん起きて。次の駅で降りるよ」

 

「ん……んん?」

 

母に促された少女──。遠導(えんどう)小百合が、少年──貴之の肩をゆすって起こす。

起こされた貴之は一度大仰な欠伸をしてから目を擦り、眠気を取り払ってから自分の妹に礼を言う。

なお、母の名は遠導明未(あけみ)であり、二人と共に戻ってくるのを決めた理由としては、小百合がまだ高校生になっていないので、保護者の同伴が必須と考えたからである。

貴之だけだった場合は彼も一人暮らしの練習となるので、あまり問題にはならないが、今回は無視できないのでこうなった。

 

「あっちが商店街だったっけ……何か変わってるのか?」

 

「五年もしたら変わっているんじゃないかな?後で買い物の際に回ってみるのもいいね」

 

「その前に、まずは家で荷物の整理をするわよ?」

 

駅に降りてすぐ、見覚えのあるものが見えたが、明未の促しに頷いて一先ず家に向かうことになる。

 

「(そう言えば、あいつは元気にしてるかな?)」

 

歩きながら、貴之は意中の相手のことを考えていた。

自身の後を追って別の道を進み始めた彼女に、戻ってきたらギターを聴いてほしいと頼まれているので、どうなったかが気になっている。自分の進もうと選んだ道の話しを聞いてくる姿勢に興味を惹かれたのが、意識の始まりである。

自分たちには妹がいて、互いに妹絡みで悩んでいた所を共に解決したことで、好きになっていた。

また、それ以外にも別れ際に自分が打ち込んでいるヴァンガードのカードを一枚預けているので、まだ保管してくれているかも気掛かりであった。

 

「(まあ、それは後で探しに行ってもいいだろ。戻って来たんだからな……)」

 

自身の蒼い瞳に映る晴れ渡る空を見ながら、貴之は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、やっていくわよ」

 

家に辿り着くと早速、明未の主導の元荷卸しが始まった。

重めな物は貴之が中心に、細かいものは他の二人が中心にやっていく形となる。

 

「……あら?これ思ったより重いのね」

 

「じゃあ、それは俺がやるよ」

 

「お母さん、これはどうしよう?」

 

「それはこの棚の二段目に置きましょう」

 

分担がしっかりしているおかげで事は順調に進んでおり、昼過ぎには食器の方の整理くらいになっていた。

食器の方に関してはまだ新聞紙に包んだ状態のまま取り出しただけなので、これから一度包んでいた新聞紙を取り外し、それらを再び整理すると言う作業が残っている。

 

「流石にお腹空いてきたね……」

 

「一度お昼にしましょうか……と言っても、今は食材が無いから何か買って来る必要があるけど」

 

「そうだな……あっ、近くにコンビニあるな……俺行ってこようか?」

 

それならと貴之にお願いし、お金は後払いと言うことで買ってくることを頼んだ。

一先ず買いに行くべく玄関の外に出た貴之は、向かい側の家にある名字の札が目に入る。

 

「(氷川(ひかわ)……ってことは、変わらずにいるってことだよな?)」

 

この名字は、自分たちがここを離れる前に家族ぐるみで付き合いがあった人たちと同じものである。

自分が離れた間にいなくなった可能性は低そうであり、そう考えると安心できた。

 

「後で、挨拶はしに行かねぇとな」

 

「挨拶ってどこに?」

 

貴之が呟いた声を拾った、高めな少女の声が聞こえたのでそちらに振り向く。

そこにはショートヘアーにした水色の髪と、若葉色の瞳を持つ見たところ活発そうな雰囲気のある少女がそこにいた。

 

「こっちの家の人?」

 

「うん。そっちは、そこの家に来た人だよね?」

 

少女の問いに肯定し、貴之は自分が引っ越してきたことを認める。

また、彼女に名を問われたので自ら名乗ることを決めた。

 

「俺は貴之……遠導貴之だ。これからよろしく」

 

「貴之……って、えぇっ!?タカ君なの!?」

 

その呼び方はとても久しぶりだと貴之は感じた。

また、この呼び方で目の前の少女が双子のどちらかを気づき、確認の為に聞いてみる。

 

「覚えてるのか……んで、その呼び方ってことは、君は日菜(ひな)であってるな?」

 

「うん♪あたしは氷川日菜!久しぶりだね♪」

 

目の前の少女、氷川日菜はウインクと共に喜びを表した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「助かったよ日菜。おかげで早く戻って来れた」

 

「なんか見覚えあるなぁ~……って思ったらタカ君だったし、後から聞いたら小百合ちゃんも明未さんもいっしょだしでビックリだよ……。そう言えば、孝一(こういち)さんは?」

 

「旦那は今回単身赴任よ。いろんな人に頼られるから、あまり休めないのを嘆いていたわね……」

 

日菜と再会してからおよそ30分後。家に戻って昼食を取りながら、遠導家三人と日菜は話し合っていた。なお、日菜は昼を取った後なので飲み物だけ買ってきている。

孝一とは遠導家の父親の名であり、今回も彼の仕事が関係している。

 

「日菜さん、またよろしくお願いしますね」

 

「うん♪小百合ちゃんもよろしくねっ!」

 

こうしてまた久しぶりに会えたのは嬉しいことで、妹同士での絡みが多かった小百合と日菜は喜び合った。

遠導家と氷川家の子供たちは小百合と日菜、貴之ともう一人の少女と言う組み合わせが多く、これはその一環によるものである。

 

「タカ君はどこ辺りまで……は、まだいいや。おねーちゃんと一緒の時に聞かせてもらおう」

 

「先に聞いたら拗ねちゃうかも……ってことですか?」

 

「まあ……そこまで言うなら、後でにしようか」

 

気を遣ったのなら、それでもいいやと貴之は許容することにした。

恐らくは、その少女と自分に存分話し合ってほしいのだろう。そうして日菜が他人に気を遣えるようになったのも、自分と少女が別れた後だと思える。

試しに聞いてみたら実際にそうだったらしく、どうやら自分と姉を中心に違いの理解と、その姉を見て気を遣い方を覚えたそうだ。

その結果、違うことの良さも理解できたようで、また新しい楽しさを見つけられたようで、話しを聞いて一安心である。

また、ヴァンガードで上を目指す貴之、ギターの腕前を夢中に磨いている姉の二人を見て、自分も何かそういうものを見つけられたらいいなと考えている。

 

「うーん……私も何か探した方がいいのかな?そういうの」

 

「そうね……無理に……とは言わないけど、そう言うのがあるとこの先が楽しくなるわよ」

 

明未自身はあまりそう言うものを見つけられなかったので、親としてはお勧めしたいところであった。

その気持ちが理解できた小百合も素直に頷き、ちょっとずつ探してみることにする。

 

「そう言えば、この後はどうするんですか?手伝えそうなら手伝いますよ」

 

「本当?それならこの後食材の買い出しに行くから、日菜ちゃんも手伝ってくれると嬉しいな」

 

この近くだと商店街に行くこととなり、おいそれと車が出せないのでどうしても徒歩になる。

その際に人手が足りなくなる可能性が懸念されたので、手伝ってもらうことにした。

 

「あっ、そうだ。おねーちゃんに連絡入れておかなきゃ……タカ君、おねーちゃんが練習終わったら会いたいでしょ?」

 

「そりゃもちろん。頼めるか?」

 

日菜が自分の姉に連絡を入れてから、四人で買い出しに向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(もう五年も経つのよね……時間の流れは速いわね)」

 

とあるライブハウスの練習スタジオにて、肩より下まで伸ばした水色の髪と、若葉色の瞳を持った()()()()()()()()を感じさせる少女は、知人の少年と別れてからのことを思い返していた。

あの日以来ギターを始めて練習を重ね、二年前から様々なチームのサポートギターとしてバンドに参加させて貰うようになっている。練習のみならず、ライブでも今回はここが上手く行った、逆にここはダメだったをしっかりと把握して更に練習を重ねていき今に至る。

自分がどこまで上手くなったかを正確には把握し切れていないが、年の近い人たちから自分の名を知っていると言う声を聞くようになったので、ライブを重ねて上達した結果は少なからずあることは理解しているが、改めて自覚するのはあの少年に評価を貰ってからなのだろうとも思っていた。

 

紗夜(さよ)、今日も凄くいい音出してたね」

 

「ありがとうございます。ですが、これで満足するつもりはありません」

 

──私は、もっと上に行きたいので。今のチームメイトに声を掛けられた少女──氷川紗夜は素直に世辞を受け取りつつも、自分の意志を確かに示した。

今のチームとは次のライブまでを期間として組んでおり、紗夜がその気になれば継続、ならなければそこまでと言う形になっている。

この方針は紗夜がいつしか上に──それも『FUTURE WORLD FES.』……縮めてFWFと呼ばれるプロですら参加が厳しいとされる場所を目指している故に、そこは妥協しては行けないという所から来ている。

ただそれでもギターをやる上での楽しさは()()()()()()で、仲間や大切な人と()()()()()()強さがあると考えているのは、全てあの少年のおかげである。

また、相手の方針を決して否定しないことも同じであり、もしあの時気づいてもらえなければここまで晴れやかな日々は送れていないだろうと断言できた。

 

「あはは……紗夜、結構前からそう言ってるもんね」

 

「ええ。こうして周りの人から声を掛けられる様になっただけでも、近づけているとは思うのですが……」

 

目指そうと思ったのはライブ中継を見た時からであり、ギターを始めたばかりの紗夜は大きく引き込まれたのである。

まだまだなのかも知れない、と思いながら、紗夜は手帳の中に挟んでいる一枚のカードを取り出す。

今紗夜に声を掛けたチームメイト少女は、そのカードに見覚えがあったらしく紗夜に問いかける。

 

「それ……ヴァンガードのカードだよね?もしかしてヴァンガードファイター?」

 

「いえ、私は違いますよ。これは昔、私の大切な人から渡された……大事な預かりものです」

 

持っているカードがそれ一枚しかないので、そもそも紗夜はあの世界の舞台に上がる資格を得ていないのだ。

預かっているユニットは彼が愛用していたものとは違うが、これは自分に応援の意味合いを込めて預けてくれたのだと考えている。

別れて少しした時に、彼との関わりがあったおかげで友好関係を持っていた男子に話しを聞かせて貰ったところ、このユニットは一気に有利な状況まで持っていくのと、どんなに不利でも対等に張り合えるレベルまで巻き返しを得意としているらしく、紗夜はこれを『最初が上手く行かなくても、諦めなければ実を結ぶ』、『継続していけば必ず応えてくれる』と言うメッセージのように思えた。

結局預かったままファイトは一回もしていない紗夜だが、もし始めるのならこのユニットを使ってみたいと思うくらいには存在を気に入っていた。

そこから紗夜にカードを預けた人はどんな感じだったかを聞かれたので、答えようとしたところに誰かの携帯がメッセージを受け取った音を出す。

 

「……あっ、私のみたいですね」

 

紗夜の携帯には日菜が通話とチャットが可能な無料アプリのCordでチャットを送ってきており、内容は『今日練習が終わったら予定ある?特に無いなら、会わせたい人がいるんだけど……』と言うものだった。

特に予定は入れていないので、その旨を返信しておく。共に悩みを解決できたおかげで紗夜は能力差で思い詰めることはしないで済み、こうして普通に姉妹として接することができている。日菜の寄ってくる距離感を考えると、仲のいい方だと思える。

 

「もしかしたら、そのカード預けてくれた人だったりするんじゃない?」

 

「それだったら嬉しいですが、そんな都合よく来るとは……」

 

──思えませんね。と返そうとしたところで日菜から返信がやってきて、内容は『タカ君帰って来たんだよっ!小百合ちゃんと明未さんも一緒!』とあった。

日菜がその呼び方をするのが誰か、紗夜は一時も忘れてはいなかった。嬉しさもあって頬が微かに赤くなり、目元も潤んだように感じる。

 

「ど、どうしたの!?」

 

「いえ、本当にその人が帰って来たみたいです」

 

日菜がタカ君と呼ぶその人物──遠導貴之は紗夜の初恋の相手であり、このカードを預けた本人であった。

意識し始めたのは彼がヴァンガードを始めたことを告げた時の、全てが明るく見えているかのような輝きを持った目を見せたこと。

そこからヴァンガードで友人関係が増えていき、彼の家で皆して遊ぶことも度々あった。基本はカードショップであり、少人数の時に誰かの家……と言うのが定番であった。

ヴァンガードをやっている時の、心から楽しそうに笑っている姿で完全に心を惹かれ、紗夜も少し話しを聞かせて貰ってから自分もそうなれる場所を探した結果、ギターに辿り着いたのである。

 

「すみません。今日は終わったら……」

 

「うん。行っておいで」

 

「あっ、その代わり今度話しを聞かせてね?」

 

本当ならライブも近いので話し合いたいかも知れないとは思うが、ここで許してくれたのは有り難い話だった。

貴之のことが気になったのだろう。頼んでくる人がいたのでそれくらいはいいだろうと考えて──。

 

「分かりました。では、次会った時に」

 

紗夜はそれを快諾し、その時を楽しみにしながら一度練習に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「他の友達はどうする?」

 

「そうだな……明日、残った整理さえ終えちまえばいいから、それが終わり次第顔合わせしに行こうか」

 

時間は進んでもうじき夕方になろうかと言う頃合い。日菜に問われた貴之は明日の予定を答える。

日菜が手伝ってくれたおかげで荷解きは終わり、残りはその時に開けたダンボール等の処理だけになっていた。

現在は日菜の姉であり、初恋の相手である紗夜を迎えるべく家の前で待機して話し合っている。小百合と明未はこっちを無理矢理言いくるめ、二人して夕飯の為の準備を始めていた。

 

「(日菜があんなタイミングで連絡を入れるから、間違っていないと思うけど……)」

 

練習が終わった紗夜は、日菜の連絡時折を見ながら家の方まで足を運んでいく。

違ったらどうしようと言う不安半分と、ようやく会えると言う嬉しさ半分を胸に進んで行くと、自分たちの家とその向かい側の家の間──どちらかと言えば後者の家の前に日菜と件の少年がいた。

いきなり話しかけることも難なので、まずは日菜に確認を取ろうと考えた。

 

「あっ、おねーちゃんお帰りっ!」

 

「日菜、その人は……」

 

それよりも早く日菜が声を掛けてきたので、自然と問いかけることができた。

彼女も連絡した建て前問われた理由は理解しており、「やっぱそうだよねー♪」と楽しげに肯定を示した。

 

「じゃあ、久しぶりにご対面だね♪」

 

「ああ。ようやくこの時が来たって考えると感慨深いもんだな……」

 

声は五年間の時間があった以上変わってしまっているは仕方ないが、それでも昔と変わらない癖の付き方をした黒髪に、空のような蒼い瞳。強い意志と優しさを感じさせる雰囲気は変わっていないままだった。

自分が覚えているものと同じことが分かって胸の高鳴りを感じ、ずっと聞きたかったことを聞くことにする。

 

「貴之……でいいのよね?」

 

「ああ。俺は遠導貴之だ……そっちも紗夜で合ってるよな?」

 

「ええ。本当に久しぶりね……」

 

またこうして二人で笑いあえる日が来た──。紗夜だけでなく、貴之も嬉しくなって笑みを浮かべる。

 

「(後は二人がいつ踏み切るか、だね……♪けどその前に)」

 

──改めてお帰り、タカ君。二人の様子を見て日菜も満足そうに笑った。

 

「なんて言うか……紗夜、綺麗になったな。落ち着いた美人みたいな印象を受ける」

 

「そう?貴之も大人びたわね……。それでも昔の良さはそのままに見えるから、優しいお兄さんになったのかしら」

 

「本当か?でも、紗夜がそう言うなら間違いなさそうだな」

 

最初に話すことは二人の見た目から伝わる雰囲気。やはりどうしてもここは外せなかった。

お互い時間も経っているので、どう変わったかが気になっていたところ互いにいい変わり方をしていたようで一安心である。

 

「貴之、日菜ちゃん。晩御飯……って、あら。紗夜ちゃん?久しぶりね」

 

「紗夜さん、お久しぶりです」

 

「明未さんに小百合ちゃん……?お久しぶりです」

 

話したいことはまだまだあるが、それはいつでもできるので今はいいと割り切れる。

明未に誘われたので、紗夜も晩にお邪魔させて貰うことにした。

 

 

 

遠導貴之と氷川紗夜──先導者と秀才はここに、再会を果たすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(何とかひと段落だな……後は明日、ファイトできたらいいんだがな)」

 

夕食も取り終えた夜。貴之は家に一番近い自販機がある所まで歩いてきていた。夜風に当たりたかったのと、帰って来た実感が強すぎて少しの間寝れなそうだったからである。

帰って来た初日から紗夜と顔を合わせられたのは非常に嬉しいことであり、また頑張ろうと気合いを入れ直すことができた。

とは言え、長時間何も飲まずにいられるわけでもないので、飲み物の一本は買っておく。

 

「帰って来たばかりで落ち着かないの?」

 

「……そんなところだな」

 

横から声を掛けてきた紗夜には肯定の意を返す。どうやらこちらの様子は分かっているようだ。

 

「そう言う紗夜は?」

 

「恥ずかしながら、私も落ち着かなくて……」

 

紗夜もそう言うのは貴之としては意外であった。彼女は基本的に落ち着きのある人物だったからである。

同年代の中でもかなり落ち着いている性格をしており、抑えが利かなくなる可能性が低いのだ。

喜怒哀楽も人並みにありながら、周りを見る視野も広い方である紗夜がそう言うのだから、とても貴重な一面である。

 

「何かいるか?」

 

「自分で出せるけど……そうね。今日はお言葉に甘えさせてもらうわね?」

 

久しぶりに会えた嬉しさも相俟って、とても素直に貴之の進言を受け入れられた。

一先ず缶コーヒーを貰い、近くのベンチに腰を下ろす。その後は簡単に乾杯してから互いに買った飲み物に一口つけた。

 

「こんなに早く戻ってくるなんて、思ってもみなかったわ……」

 

「それは俺もだよ。本当なら、大学に進学する時一人暮らしで……とかって考えてたらな」

 

本当に奇跡であったと言える。奇跡的な巡り合わせに助けられて貴之はここに戻って来れた形である。

今考えていた予定では最悪忘れられている可能性が高いので、これで良かっただろうと思った。

 

「私、嬉しかったの。雑誌にあなたの名前が乗っていて、強くなっているのが分かったことが……」

 

「雑誌ってことは……あのゲーム関連雑誌か。伝わっているなら無駄にはならなかったな……」

 

クラスの友人に見せて貰った時、紗夜は嬉しさのあまりに涙を流したのを覚えている。

それを機に全国大会の時期に合わせて雑誌を買うようにしていた。その為、貴之が強くなった道筋の断片を知れている。

なお、始めてその反応を見せた際は、友人たちがその反応を見て弄りにかかってきたのは記憶に新しい。

 

「なるほど……サポートをやるようになったのか」

 

「期間を決めてそこのチームでギターをやらせて貰って、合うと思ったらそこに継続で入らせてもらう……。その方針でやらせて貰っているけど、まだそのようなチームがいないのよね……」

 

「そこは気長にやっていくしかないだろうな……」

 

紗夜と同じ世代の人だと、どうしてもそう言った考えを持つ人は少なくなる。故に探すのに苦労するのである。

故にそこは仕方ないだろうと言うところは出てくる。その為今後頑張って探すのが現状だった。

 

「今度どこかで、お互いにどれだけ伸びたかを見せたいところね……」

 

「そうだな……見せるタイミングはそっちの都合に合わせてくれればいいぜ。俺と比べて期間限られてるだろうし」

 

貴之の進言はありがたいものだった。何しろライブはこの日にやるを決める必要があるのだ。

また、貴之は比較的時間の空いている身なので、大丈夫な時に声を掛けてもらうことにする。

 

「あっ、行けない忘れるところだったわ……これ、覚えているかしら?」

 

「そのユニット……ああ、俺があの時紗夜に預けたカードか」

 

返す時に紗夜が『ヴァンガードを始めるならこのユニットを使いたい』と言った辺り、預けていた内に興味を惹いていたらしい。

友人にも一度やってみるのはどうだ?と勧められることはあったし、紗夜もその提案を悪いとは思わないが、やるなら貴之に教わりたいのがあって触れるのを後回しにしていた。そのせいで友人たちに恋心を見透かされる羽目になったが、それはそれである。

十分に話し合ったと思った頃合いに風が強くなり、冷え込み始めたのに気づかされる。

 

「一度帰るか……これからもお互い頑張ろうぜ?」

 

「勿論。お互い、望む場所を目指して進んで行きましょう」

 

夜の道を談笑しながら帰る二人は、とても楽しそうだったと道行く人がみたら間違いなく答えるだろう。

五年前はヴァンガードが周りの友人より強い一人の少年だったが、全国で結果を残せるくらいまで上り詰めた遠導貴之。

同じく五年前は初心者だった身から、多くの人から呼び声が掛かるレベルに成長した氷川紗夜。

道は違えど共に歩むことを夜空で誓い合った二人は、その場所に向けて再び歩いていくのだった。




こちらのプロローグは綺麗に一話分です完結です。
本編は友希那の変化を描く為にライブをやっているなんて状態でしたが、この話しを公開して比べて見ると『時間軸的にちょっと無茶あるかも……』と思いましたが、アニメ3期で連日滅茶苦茶な数ライブするポピパを思い出して、バンドリ世界ならそんなこと無さそうだなとも思いました(笑)。

次回はRoseliaシナリオ1章の2~3話の変化になるかと思います。
転校~紗夜の初ファイトまでを描くのも良かったのですが、実は貴之の転校先と、紗夜の使うクランが一切変わらないので、ここは省略させて頂きます。


本編とこちらで混乱しないように、こちらの話しにおける本編との差異点を上げていきます。長くなるのでお気を付けください。


遠導家に関して

・遠導家両親は出生と結婚のタイミングが二年遅くなっていて、その時の引っ越し先が氷川家の向かい側になる
・小百合が現段階では中学3年生
・貴之が生まれるタイミングは変わらないので、貴之が兄、小百合が妹になる
・子供二人の選択に合わせ、母である明未が引っ越し先に同行


氷川姉妹に関して

・遠導兄妹との友好関係は極めて良好。
・貴之と紗夜が共通する悩みを抱いたことや、小百合と日菜が共通する喜びを持っていたことから、上側の子と下側の子と言う形で波長が合いやすかった。上下が別れても全く問題なし。
・貴之と悩みを解決したことで紗夜は自分の在り方に一つの答えを出しており、能力差故の嫌悪感は抱かなくなる。
・貴之と紗夜の悩みを知ったことから日菜も違うことの良さを理解している。
・学校に関しては『日菜と一緒が嫌』で別になったのではなく、『互いに行きたい場所が別だった』だけになっている。


貴之個人の変化

・紗夜に好意を抱いている。
・ヴァンガードを始めたのはテレビでの宣伝と、耕史とのファイトを重ねて。初恋は関係していない。
・兄になった影響で更に我慢強さを得ており、小百合との口喧嘩は更に数を減らし、両手が必要かどうか怪しい程度の数しかしておらず、内容も小さい頃だったせいか、小百合共々殆ど覚えていない。
・引っ越して暫くした後は異性を最初のうちは名字+さん付けで呼ぶようにしているが、『ある程度まで距離を縮める』、『今後も関わりを持つと確信する』、を満たした場合はその制約をあっさり解除する。
・紗夜と共に悩んで、それを解決したことからより相手の身になって悩みを聞くことができ、その影響で助けられた相手が増えている。


小百合個人の変化

・出生タイミングの変化から学年が変わり、話しへ絡みやすくなっている。
・子供組で最年長から一点、最年少になったため、幼少期に思いっきり甘えることができていた。
・引っ越し後は貴之の大会現場を見に行かせて貰うこともあり、兄の人間関係の豊富さも実際に見ている。


紗夜個人の変化

・貴之へ好意を抱いている。
・日菜への確執が消えたことで性格が大幅に軟化。一人での力は『強さ』ではなく、『その人のできる限界』と捉えている。
・↑に伴い他人との繋がりを否定せず、寧ろ肯定する考えになっている。
・性格の軟化から気難しい人物では無くなったこと、貴之の存在から友人関係が増加。
・もし、日菜がギターを始めると言う場合は簡単に負けるつもりはない、仮に抜かれても追いつくor追い抜き返すつもりでいる。
・バンドを組むときにこの期間までと初めから伝えていること、例えその期間だけの関係になってしまう可能性があってもぞんざいな接し方などはしない。その為組んだことのあるチームとは後腐れない関係ができており、予定さえ合えば組んだことのある人が今でも応援に来てくれたりもする。
・預かっていたのは『ブロンドエイゼル』。ヴァンガードに触れる際、改めて正式に譲られる。


日菜個人の変化

・双子だから同じに固執していない。
・紗夜と貴之の悩みを知り、自分の近くにそう言う人がいたら、寄り添って助けてあげたいと考えている。
・思い切ってやりたいものはあまり決まっていないが、紗夜と貴之がやっているもののどちらかになったら、その時はその時と割り切っている。
・気を遣うようになったのは小学時代の最後の方からであり、周りの子たちが『悪いものでも食ったか』と疑ってきた時は本気で拗ねたことがある。今はもう笑い話で許せる段階。
・すぐ身近に両片思いをしている二人がいるが、他の女子と貴之が仲良くしていても『どうせ姉に気持ちを伝えるから大丈夫だろう』と、リサと比べて必要以上に干渉しないスタンスを取る。


この様な形に変化しています。

こちらでも貴之の容姿は変わりませんが、小百合の容姿は変化しています。

こちらでは『D.C(ダ・カーポ).Ⅱ.P.S(プラス・シチュエーション)』より『朝比奈ミキ(中学生時代)』がベースとなっており、ほんの少し大人しめになった感じです。

明未の方は『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』より『マリナ・イスマイール(2nd season)』がベースとなっており、見た目自体はそこまで変化がありません。
ちなみに元ネタの人物は、貴之の容姿の元ネタとなった人物の母親と似ていると言うテレビ本編では公開出来ず、小説版やその他メディアで明かされた設定が存在しています。


以上が現段階で公開できる変化点のすべてになります。残りは次回やその次回で追々明かしていきます。
ここまで読んでくれた方は本当にありがとうございます。


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イフ2 歌姫との出会い

久しぶりに長文と化しました……(汗)。こうなったのもこの話しにおける専用の会話シーンが追加されたせいですね。

この話しが、ある意味で本編との違いを最も大きく表す回になるかもしれません。

ヴァンガードIFではマスク・ザ・ダーク……もとい、レンに協力者がいることが判明。声的にこの人かな?っていうのはありますが、これは続きを待ちましょう。というか、櫂がいないって言う状況にビックリしている私がいました。

ガルパピコのキャラ交換で遊ぶのは、それだけ信頼があればこそでしたね。しかもオンラインゲームでこれをやるってことは、Roseliaメンバーの絆の強さを感じます。
……友希那が友情崩壊案件をやらかしそうになったことには目を瞑りましょう……未然に防げたんだからいいんです(汗)。


「紗夜、今日がライブだっけ?」

 

「ええ。今組んでいるチームとの、最後のライブになるわ」

 

貴之が戻って来た四日後の放課後。ヴァンガードも一旦触れて見てから少ししたこの日、紗夜はライブ会場へ向かう前に黒い髪を肩より下までおろし、女子にしては少し細めの目つきに紅い瞳を持つ少女と話していた。

彼女の名は白河(しらかわ)希美(のぞみ)。紗夜が通っている花咲川(はなさきがわ)女子学園──花女と略されて呼ばれるこの学校に入学して間もない頃から関わりのある、彼女にとっての親友とも呼べる間柄になった人物である。

入学した時のクラスが同じで隣の席であったこと、入部した部活がそれぞれ弓道部と剣道部であり、更にその部活を行う場所が近かったので度々顔を見ることが多かった。

そんなこともあり、最初は互いに部活の話しを持ち掛けて話し合い、その後は紗夜がギターをやっていることであったり、希美が元ヴァンガードファイターだったりを話して交流を重ねていった。

紗夜が弓道部に入ったのが集中力を高める一環であるのに対し、希美はヴァンガード以上にやりたいと思ったのがこの剣道であり、それが入部の理由となった。

これに関しては紗夜はヴァンガード以上にやりたいものが見つかったならと、希美は弓道以上にやりたいものの補助にするならと言うことで納得しており、お互い頑張ろうと激励を送り合っている。

 

「そっちもあったか……やっぱりさ、紗夜の求めてるハードルって結構高くない?かれこれ結構経っちゃってるし……」

 

「希美も分かっていると思うけれど、行こうと思ったらそれくらいの人と組まないといけないと思うから……」

 

紗夜がこうして砕けた口調で話す相手は小学時代からの友人、家族と遠導兄妹に絞られるのだが、彼女はそれ以降で初めて砕けた口調で話す程に仲良くなった数少ない人物である。

これは付属中学の二年に上がった頃、再び同じクラスになった時に希美からそれを持ちかけたものであり、紗夜もここまで仲良くなったならいいだろうと考えて承諾したことが始まりだった。

ちなみに、紗夜が貴之の努力の跡を知ったのは希美がヴァンガードファイターを引退した後も、大会直後の時だけ買っていたゲーム雑誌を見せて貰ったおかげであり、これを知って以来は大会直後のものだけ買って、貴之がどこまで進んでいるかを確認していた。

また、紗夜の殆どを受け入れられるようになったきっかけとなった貴之とはこの前顔を合わせており、その人柄からなるほど……と納得している。

 

「今日は意中の彼も見に来るんでしょ?だったらカッコよく決めないとね」

 

「もちろんそのつもりよ。()()()()()()()()()()()()()をするわ」

 

貴之がどれだけ強くなったかは間近で見させて貰っているし、そこから更に強くなるつもりでいるのは明らかだった。

ならばこちらも、どれだけできるようになったかを披露し、自身にある上昇志向を見せる時であった。

 

「本当はあたしも見に行きたかったけど……大会近いし、レギュラーだしでちょっと無理だね」

 

「でも、剣道で上を取るのは夢なんでしょう?」

 

「勿論。だから今日も頑張るだけ……よし、そろそろ行ってくるよ。ライブでも恋でも、進展があったら教えてね」

 

「もう……そんなに上手く行くかは分からないわよ?けど、そうするわ。そっちも剣道頑張って」

 

それぞれの道を目指す友の成功を、祈らずにはいられなかった。

 

「あっ、紗夜はもう行くの?」

 

「ええ。大丈夫そうで気が向いたら来てくださいね」

 

紗夜は友人たち送ってから教室を後にする。その直後、行ける人が行けない人の為に見に行き、後で感想を送ると言うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よし、到着だ」

 

「悪いな……竜馬(りょうま)と共々案内頼んじまって」

 

「心配ねぇよ。お前は今日が初めてなんだし、複数の意味で案内は必要だからな」

 

紗夜が教室を出てから数十分後。彼女に遅れて貴之は男三人でライブハウスにやってきた。

貴之と少年の一人は青を基調とした色の制服を着ており、貴之に竜馬と呼ばれた赤髪の少年──神上(かみじょう)竜馬は黒を基調とした制服を着ていた。

また、貴之と同じ制服を着た白い髪を持つ少年は谷口(たにぐち)俊哉(としや)と言い、今回は彼の誘いに乗った形になる。

ちなみに貴之と俊哉は後江(ひつえ)学園と言う、紗夜が通う花女とは反対の方向にある女子校──羽丘(はねおか)女子学園より更に奥へ進んだところにある共学の高校だった。

竜馬が通っている学校は宮地(みやぢ)高校と言い、こちらは商店街よりある程度離れている学校であった。

 

「ライブに興味があって、仲のいいヴァンガードファイターがいるって聞いたから誘ってよかったよ」

 

「こっちとしてもありがたかったぜ。貴之をどうやって誘おうかは悩んでたからな……」

 

竜馬と俊哉は波長が合いやすかったようで、恐らくは今後も上手く付き合っていくだろうと貴之は確信していた。

なお、貴之と俊哉は先日貴之の転校によって初めて顔を合わせたのに対し、竜馬は貴之と小学生時代からの付き合いがある。

竜馬以外にも貴之と小学生時代から関わりがあった友人は後江と宮地に一人ずついるが、その三人の中で最も仲の良い、親友の間柄となるのはこの竜馬であった。

 

「紗夜は今、チームメンバーと交流中っと……まあ今日が最後だって言ってたしな」

 

「ああ……そういや、サポートやってるって話しだったな」

 

最初は自分から声を掛ける側だったのに、今では掛けられる側なのだから、大分進めているのだろうと貴之は考えている。

それが紗夜に届くかは分からないが、ライブを聴き終わった後に伝えて見ようと思った。

 

「そうだった……二人とも、この名前に聞き覚えはあるか?」

 

「えっと……(みなと)友希那(ゆきな)?確か、『孤高の歌姫(ディーヴァ)』とか言う称号が付いてる、俺らと同年代だっけ?」

 

聞いたことのある竜馬が俊哉に聞いた理由を問えば、どうやらその少女は超が付く程の実力派なのだが、自身の求める技量を持つメンバーがいない故にずっとソロ活動をしているらしい。

その為、場合によっては紗夜に声を掛けるのかもしれないとのことだった。

 

「なら、後で話してみるか……って思ったけど、今は出番来るまで控え室だろうな。サポートするようになって以来ずっとそうだし」

 

「まあ、仲間内を大切にしてるならいいんじゃないか?」

 

「それもここにいる貴之(こいつ)のおかげだけどな」

 

「俺も紗夜には助けられたからな……あいつを助けられたならそれでいいさ」

 

紗夜の方針を確立させる程の支えになっているのだから、貴之は我ながらとんでもないことをしたと思う。

この後その話しを聞いていた近くの女子に、「そっちはそっちで紗夜を紹介することで支えてたよね?」と竜馬は言われていた。どうやらサポートをする紗夜を紹介するのを通し、竜馬は結構な人と仲良くなったらしい。

また、これは貴之も俊哉も預かり知らぬことだが、どうやら竜馬は知り合った中に一人、気になっている女子もいるようだ。

 

「とりあえず紗夜の順番が来たら、ちゃんと聴くんだぜ?あいつこの日を待ってたんだからな……」

 

「そりゃ当然。俺だってこの為に帰って来たまであるんだし」

 

少年二人のやり取りを、偶然近くで聞き入れた人物が一人いた。その人物は長く綺麗な銀色の髪をおろしていて、金色の瞳を持ったどこかのお姫様なのではないかと思う寡黙そうな少女であった。

 

「(わざわざ遠くから戻ってきたいと思うのなら、紗夜と言う子……意識しておく必要があるわね)」

 

話しが耳に入った少女──湊友希那は紗夜をマークすることに決めた。

友希那も紗夜と同じFWFに行きたいと行動している身ではあるが、紗夜のように純粋な想いからの発展ではない。

彼女がそう考えたきっかけは敬愛した人から音楽を奪われた故の、恨み節や復讐心とも呼べるものであった。

 

「……?」

 

「貴之、どうかしたか?」

 

「気のせいだとは思うんだが……」

 

──何かこう、怨念みてぇなものを感じたんだ。貴之が感じ取ったものはもう間もなく知ることとなるのを、この時はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(ダメね……このチームも技術が足りなすぎる)」

 

ライブが開演してから数十分後──。順番に演奏するチームごとの技術力を見て友希那は内心落胆する。

既にエントリー自体は始まっていて、十分な実力を持つメンバーが揃わなければ今回も断念せざるを得ない状況ではある。

ただ、今年を逃すと来年は受験生であり、そうなると自身の進路のせいでそれどころじゃない事態に陥ってしまう。

友希那自身は別にいいのだが、流石にメンバーを見つけられない場合は問答無用で両親に止められる未来が予想できるので、今年見つけられないと非常に不味いと考えている。

 

「俺……今日初めてバンドしてる光景を見た知識ゼロのド素人だけどさ、量とか形とかはそれぞれだけど……演奏してる人たちからは頑張ってきたのが伝わってくる」

 

「最初は今日の為の頑張りが分かればいい……って思ったけど、お前初日でそんなの分かるのか」

 

「これは……結構見る目があるっぽいな」

 

貴之の感想に竜馬は驚き、俊哉は貴之に素質ありと見出した。

これには友希那も驚いており、初日からそんなことをできる人は中々いない証拠であった。

 

「参考までに聞くけど……どうやって身につけた?」

 

「これか……俺がこう言うところに鋭いって言うのもあるかも知れねぇけど、ここを離れている時にいろんな場所でヴァンガードファイトを重ねててな……それを繰り返してたらいつの間にってところだ」

 

「(やはり、彼は別の道の人……アテにはできないでしょうね)」

 

ド素人と言う単語を聞いた時点で期待はしていなかったが、一人でもダメな人が増えると残念に思う。時期が時期だからだろう。

 

「ほらほら、紗夜が来たよ!ちゃんと見てあげてね?」

 

「ああ……五年前の宣言からどこまで行ったのか、それが楽しみでしょうがない」

 

気になる単語は出てきたが、友希那はそれを頭の隅に置いておく。

この他にも、紗夜の演奏を聴くために大急ぎで来た人もいるのが見え、期待している人の多さを理解する。

そして演奏が始まった後、チーム全体を見ていた友希那に取って、紗夜はいい意味で目立った。

 

「(他の子は大したことないけれど、彼女は完璧ね……やっと見つけられたわ)」

 

紗夜が今回サポートしているチームはパフォーマンス──来てくれた人たちを動きで楽しませることを優先しているチームで、自分たちが低いと思っている技量を無理矢理補っているチームでもあった。

これは貴之のように初めて来た人が楽しみやすいと言う利点を持つが、同時に友希那のように知識が豊富で、技術力最優先の人には基礎の不足を見抜かれると言う問題点も含んでいた。

一人だけ飛び抜けてしまっている紗夜が今回の演奏に不満が無いのか気になった友希那だが、演奏している彼女からそんな様子は感じられない。

真剣に、しかしながらどことなく()()()()()()()()()()()紗夜の様子に懐かしさを感じたのを、友希那は気のせいだと切り捨てる。

そんなものを持っている筈はないと、友希那は頭の中で言い聞かせて、それ以上考えないようにした。

 

「ありがとうございました」

 

演奏が終わってチームの代表の人が挨拶すると同時に、歓声が上がった。

中でも特に多いのは紗夜を称賛する声であり、最高だと言う旨の声をよく送っていた。

 

「で、どうだったよ?紗夜の演奏を聴いてみて」

 

「すげぇいい演奏だったよ。量も形も、今日見てきた中で一番多くて綺麗なものだった。直球で結論を言うとだが……」

 

俺は、ここに戻ってきてよかった……これは間違いない──。貴之が下した揺るぎない結論に、竜馬も俊哉も、この三人の近くで見ていた紗夜や竜馬と仲のいい女子も大満足であった。

それなら後でちゃんと伝えるようにと貴之の背を軽く叩きながら告げる竜馬と、それを当然の如く受け入れる貴之を見ながら、友希那は先程の戻ってきてよかったと言う評価に内心で同意する。

 

「(そうね。これだけの技量があるなら……今の内に声を掛けに行きましょう。私の順番も近いから、そのままステージの方まで行けばいいわ)」

 

ただしそれは純粋に音楽の技量を見ての話しであり、貴之の本質の意図とは程遠いものであった。

 

「あっ、湊さん。この後演奏だよね?」

 

「……」

 

「(お、おい……なんつーことしてんだあの子。完全な無視は流石に可哀想だろ……)」

 

友希那が動いた気配を偶然察知した貴之は、嫌なもの見たなと思った。せっかく声を掛けた少女はとても落ち込んでいた。

そんな貴之の様子に気づいた俊哉は、その少女が友希那であることを教え、基本的に音楽の世界に入り込まない人と、十分な実力を持たない人とは相手をしない人物であることを教える。実際彼女は、声を掛けてきた少女を一瞥するもそれっきりで、何も言わずに去っている。

俊哉の説明にはこのライブハウスによく来る女子も同意を示しており、貴之は彼女の身に何かあったのだろうとことだけは理解した。

 

「……貴之?どこ行くんだ?」

 

「ちょっとトイレ。小さい方だからすぐ終わるし、残りの演奏をちゃんと聴くために一旦行ってくる」

 

竜馬への回答に偽りは一切ないが、運よく友希那がそんな風に()()()()()()()一端を掴めればとも思っていた。

特に追及はされなかった為に、貴之はそのまま一旦部屋を後にするが、友希那の演奏は人が増えるから急ぐようにとも言われたので、少しだけ足早に行動する。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(さて、どう切り出そうかしら?)」

 

スタジオロビーに来た友希那は、紗夜を勧誘する為の切り出しを考えていた。

最悪は強引に引き抜くことすら考えてはいるが、本音を言えば今日で解散などという都合のいいことが起きてくれるのが一番である。

しかしながら、紗夜の演奏を聴いた感じではそのような方法を用いてもあまり良くないようにも見えるので、非常に悩ましいところであった。

ならばどうするかと友希那が思慮の海に落ちそうなところ、誰かが自分の後ろを通り過ぎたのでそちらを見れば、わざわざ紗夜の演奏を聴くために戻ってきたであろう少年の姿を目撃する。

 

「(さっきの様子から、紗夜がギターを始めたきっかけを知っていそうだったけれど……)」

 

聞けるなら紗夜から聞いてしまえばいいのだろうと考え、聞けなかった時の案として留めておく。

考え直そうとしたところで、チームメイトと話し合っている紗夜がロビーまでやって来るのが見えた。

 

「今までありがとう。お陰様で凄い助かっちゃったよ」

 

「いえ。こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました」

 

紗夜とチームメイトの少女が話し合っている様子から、このチームが今日までだというのが伺えた。

何故かと考えていたが、その理由は次の会話が教えてくれる。

 

「一応聞くけど……このまま続ける?FWF行きたいって言ってたし、反応悪そうだけど……」

 

「すみません。お誘いは嬉しいのですが、もう一度探してみようと思います」

 

「あちゃ~……ダメ元だったけどフラれたかぁ」

 

これは仕方ないと、誘ってみた少女も今度こそキッパリと諦める。元々紗夜は今日までの協力者である為、またギターのメンバーを探すか、一度休んで勉強やその他に時間を回すのか、彼女がいたチームには選択肢が与えられた。

しかしながらすぐに答えを出す必要はない為、また今度みんなで考えようと言う話しに纏まる。

 

「私たちはこの後上がっちゃうけど、紗夜はどうする?」

 

「もう少しこちらを見ていこうと思います。もしかしたら声を掛けたい人がいるかもしれませんし……」

 

「(ええ。丁度ここにいるわよ……その声を掛けたい人が)」

 

まさかの今日が解散であり、紗夜の意思に委ねられていて、しかも紗夜が断ったのはこれ以上ないほどのチャンスであった。

一種の出来レースのようなものを感じてしまうが、友希那からすれば懸念材料が消えて大助かりである。

 

「じゃあ、私たちはもう行くね。打ち上げは……空いてる日にしようか」

 

「ええ。日程が決まったら連絡しますね」

 

チームメイトを見送ってひと段落と思った紗夜はそのまま会場の部屋に戻ろうとして、友希那がいたことに気づいた。

 

「あっ、ごめんなさい。他の人がいたのに気づきませんでした」

 

「いえ、気にしていないわ。それよりもさっき、あなたがステージで演奏しているのを見たわ」

 

紗夜はこればかりは暫く治らなそうだと思いながら詫びるのに対し、向こうから話しかけて来てくれたことに有り難さを感じた友希那はそのまま本題を切り出す。

音楽以外に興味が薄いのもそうだが、紗夜の目指す場所に対してどれ程の覚悟があるかを知りたかったのだ。故に鎌をかけたような問いかけを選んでいる。

これには疑問に近い感情も混じっており、原因は紗夜が上を取ろうとしているのに楽しさを捨てていないことであったのは、意外にもすぐに気づけた。

 

「ありがとうございます。ただ、一つの問題があるとすれば……ラストの曲、アウトロで油断してコードチェンジが遅れてしまいました。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」

 

「……!確かにほんの一瞬遅れていた……。でも、殆ど気にならない程度だったわ」

 

友希那ですら疑問符が出る場所を、紗夜はハッキリとミスだと告げた。恐らくは自分と彼女が反対の立場でもこうなっているだろう。

──これで懸念事項は全て消えたわね……。紗夜の回答を聞いた友希那は、彼女となら行けると思い、次の段階に話しを進める。

 

「紗夜って言ったわね?あなたに提案があるの」

 

「提案……ですか?」

 

友希那の切り出しに、紗夜は耳を澄ませる。

──もしかして、バンドの勧誘かしら?紗夜は最近自分の身によく起こることを思い返し、一番来そうな予想を出した。

 

「……私と、バンドを組んで欲しいの」

 

「なるほど……。では、こちらからも確認しますが、方針と期間はどうしますか?私は技術力で勝負する方が得意ですが、そちら次第では合わせますよ」

 

紗夜はサポート時代での経験が多い為、まずは相手の意思の確認から始まる。ここが決まらなければどうしようもないからだ。

友希那は自分も技術力最優先であることを最初に告げ、改めて自己紹介をする。

 

「私は湊友希那。今はソロでボーカルをしてる……。『FUTURE WORLD FES.』に出る為のメンバーを探しているの」

 

「……!私も『FUTURE WORLD FES.』には以前から出たいと……。ようやく同じ考えの人が来てくれたんですね」

 

その出会いに喜ぶ紗夜だが、ここで手放しにするのはまだ早いと気を取り直す。

何故ならそこに行く為の門は非常に狭いからである。

 

「……でも、フェスに出るためのコンテストですら、プロでも落選が当たり前の……このジャンルでは頂点と言われるイベントですよね?」

 

アマチュアのみならず、プロでも普通に落ちるこのコンテストが、出場するにあたって最大の壁になっていた。

実際紗夜も、アマチュアでも出れることが理由で目指すことを決意し、そう言ったメンバーが出てこないので保留にし続けて来ている。

 

「(本気で考えているのなら、今回は厳しめにする必要がありそうね)」

 

普段なら実力を問わずにそのまま承諾するのだが、今回は場所が場所なので方針を変更する。

自分が合うなら継続としているが、今回は自分が合わないと思った段階で断らせてもらうことを決めた。

 

「私も本気で考えていますので、今回ばかりは無条件と言うわけにはいきません……」

 

「なら、私の歌を聴いて決めて貰えるかしら?出番は次の次。聴いてもらえば分かるわ。あなたがダメだと思うなら、断ってくれていいわ」

 

まるで「自分の歌を聴けばわかる」と言わんばかりの姿勢に、紗夜はそこまで言うならとこちらが引き受ける為の条件の提示をすることに決めた。

 

「……わかりました。なら、まずは一度聴く。私が納得できないのであればバンドの提案は却下……これでいいですか?」

 

「構わないわ。あなたを失望させることはない……。納得してくれたのなら方針は技術力最優先、期間は一先ずFWFのコンテストが終わるまででお願いするわ」

 

ここまで持ち込んだことで、友希那は勝ちを確信したような笑みを見せた。

そのまま移動してもよかったが、聞きたいことが一個だけあったので「そう言えば……」と、友希那は前置きを作る。

 

「あなたには誰か……自分のギターを聴いて欲しい人がいたの?」

 

「ええ、一人いましたよ。今日来てくれたので、ギターを始めた理由の一つがゴールを迎えました」

 

これを聞いたのは、自分の近くでそんなことを感じさせることを言っていた人たちがいる影響だった。これに対して紗夜が安堵の様子と共に答えたので、先を聞いてみることにする。

聞こうとした内容は、聴いて欲しいと願った人がどんな人物であるかで、紗夜程の人へそう言わせる程の存在が気になったのだ。

 

「そうですね。少々口の荒いところはありますが……何があっても折れない程意志は固く、人が困っている時には寄り添えるくらいに優しくて、思い悩んでいた私を助けてくれた……誰よりもヴァンガードを愛する、私の……いえ、私たちの先導者です」

 

──私がギターを始めるきっかけの一つは、彼が夢中になるくらいヴァンガードを楽しんでいる姿を見たのが始まりなんです。屈託ない笑みと共に告げられた言葉を聞いて、友希那は意外に思った。だが、それを聞いて紗夜が楽しさを兼ね備えている理由が分かった。

憧憬となる人がそうやって自分の好きなことを楽しんでいるのだから、紗夜もそうでありたいと願うのだ。何もおかしいことではない。と言うよりも、こうなってしまっている自分が少々特殊でもある。

また、今でもこうして楽しんでギターをやっているのは、憧憬となる人以外にもこんな理由があった。

 

「彼が夢中になることを教えてくれた恩返しもありますが……私は、上を目指すのに()()()()()()()()()()()()と……そう思うんです」

 

紗夜の言葉からは紛れもない自分の意志を感じさせ、同時に人へ強要はしない柔らかさも感じさせる。

それはとても純粋で、綺麗な考え方だと素直にそう思わせた。

 

「(私にもそんな人がいれば……紗夜のようになっていたのかしら?)」

 

思わず考えた友希那だが、それはないだろうと断言できた。恐らく自分の一番きっかけである人を上回れないし、その人の音楽を奪われれば結局変わらない。

聞きたいことも聞けたので友希那は礼を言い、一先ずこれ以上は考えないことにした。話しも終わったので、紗夜が会場に、友希那はステージ裏に移動を始める。

 

「お……?」

 

「あっ……」

 

移動する途中、タイミング悪く用を足し終えた貴之がトイレから出てきたことにより、友希那は彼とぶつかってしまった。

少しだけ早足にしていたせいでそのまま転びそうになったが、貴之が反応してこちらの手を引いてくれたのでそれは免れた。

 

「悪い……大丈夫か?」

 

「ええ。大丈夫」

 

流石にこんな状況になれば友希那もまるっきり無視などという真似はせず、しっかりと答える。

落ち着いたことで、友希那は目の前の少年が紗夜のことを話していたことに気づいた。

 

「あなた、紗夜と関わりのある人……でいいのよね?」

 

「……ん?ああ……。俺と君は割と近くにいたみてぇだな。気分害しちまったなら悪いな」

 

ライブでの勝手を掴み切れていないので、自分たちの話し声を邪魔に思っていたらと貴之は詫びるが、友希那は大して問題ないことを告げ、寧ろ悪いのは盗み聞き紛いなことをしている自分であると言い張った。

そこまで言われれば貴之もそれ以上踏み込むつもりにはなれず、詫びることに関しては終わらせることにした。

本来ならこのまま終わりなのだが、貴之は自分が意識した紗夜のことを知っているので、彼女の人物像を知るならと問いかけてみることにした。

 

「ところで、紗夜が『自分たちの先導者』……と言っていた人のこと、あなたは誰だか知っているのかしら?」

 

「紗夜が、か……。ああ……それどう考えたって俺じゃねぇか」

 

紗夜が──。と、言われた段階でもう確定だった。自分や日菜に夢中になることの楽しさを伝え、竜馬たちをヴァンガードに誘ったのを知っているし、そこに『自分たち』と主語を絞られれば外れようが無かった。

貴之が認めたことで、友希那は彼がヴァンガードをやっている人であることは理解した。ただし、興味を抱いていないので詳しいことは()()()()()()()が。

 

「割と近くにいたってことは、俺が五年前……とか言ってたのも聞こえてそうだな」

 

「……!確かに言っていたわね。あれはどういうこと?」

 

「そうだな……かいつまんで話すけど、俺は五年前に一度ここを離れてな……戻ってきたのは丁度今週が始まる直前なんだ」

 

紗夜がギターを始める宣言と、戻ってきたら聴いて欲しいと言ったのはその時であり、貴之もそれならば自分はヴァンガードでもっと強くなってくると宣言していたことを伝える。

今現在は紗夜がFWFと言う場所、自分はヴァンガードで全国大会優勝を狙っている身であることまで話しておく。

 

「楽しさを捨てない……ね。それで本当に、上を目指せるの?」

 

「そうだな……。今でもこの手が届いてないし、難しいとは思う。けどさ……」

 

──諦めちまったら、全部そこで終わりだと思うんだ。その言葉に友希那は同意できた。

更に、ここだけでは終わらず、「それに……」と言葉が続く。

 

「こう言うのって……『できる、できない』じゃなくて……『やる、やらない』だと思うんだ」

 

「言われてみればそうね……ごめんなさい。変なこと聞いてしまったわね」

 

結局のところ、上を目指す人は大体これなので友希那は納得しながら詫びる。

紗夜の考え方を知ることはできたので、彼女とは上手くやっていけそうであることを考えながら「ただ……」と前置きを作り、一つだけ抱いた想いを告げる。

 

「……何故かしら?同意できる言葉が多いのに、あなたとは()()()()()()()に感じるわ」

 

告げたことで、友希那はずっと引っ掛かっているものが取れたのを感じる。

理由は同じ一つの分野に突き進んでいる身でありながら、貴之はその分野以外にも足を踏み入れている場面があるからだった。

──どうして……そんなことをしていられるの?友希那からすれば、それが不思議でならなかった。

 

「……それは俺もだよ。俺が戦ってきたヴァンガードファイターに……せっかく声掛けてきたって人を無碍にする奴なんざ、()()()()()()いやしなかった」

 

友希那が疑問を抱いていたのに対し、貴之が友希那に抱いていたのは一種の怒りであった。少なくとも紗夜から話しを聞かせて貰った限り、音楽も上を目指すのにそこまで切り詰めるような日々を過ごす必要は感じられない。

貴之から見る先程やった友希那の行為とは、再戦を求める声を無視するようなものであり、気が合わないと思った理由に拍車を掛けている。

何もそんなことをする必要はないだろ……と、思っている内に両手に力が籠ってしまい、友希那から「痛っ……」と苦悶の声が聞こえたことで貴之は我に返った。

 

「あっ、悪い……!怪我は!?」

 

「いえ、無いわ」

 

友希那を救助してからそのままだったことに気づき、貴之は慌てて手を話す。自分が『体を鍛えたらイメージしやすくなるか?』を検証すべく体を鍛えていた時期があったせいで、半端に力が強くなってしまっているのを完全に失念してしまっていたのだ。

また、初対面である貴之がここまで怒る程のことをしていたのを知った以上、友希那はそこまで怒る気にはなれなかった。強く握られた部分が赤くなっているが、時間が経てばすぐに引くし、骨にもヒビは無いのでこれは不問とした。

互いが一旦冷静になれたところで、これ以上は時間が来てしまうだろうことを思い出した貴之は、最後に一つだけ聞いてみることにする。

 

「無理に答えなくてもいいけど……何が君をそうさせた?」

 

「っ……あなたには……関係無いわ」

 

元より期待はしていなかったので、貴之も「そうか……」と、諦めをつける。今踏み込んだら絶対に不味いネタであることを確信したからだ。

対する友希那も『答えなくていい』と言う言葉に縋って全力で逃げたが、何故貴之がこの短期間でそんな所まで感づいたかが理解できないでいる。

 

「まあいいや。何か、君の演奏の時は人増えるって言ってたし、そろそろ戻るよ」

 

貴之がそう言って会場に戻ろうとしたところで、友希那に引き留められる。

 

「あなた、名前は?」

 

自分と似ているようで異なり、ここまで相容れなかった人の名前を、友希那は聞かずにはいられなかった。

貴之はお互いに忘れてしまった方が楽だとも考えていたが、紗夜と関わりを持つ場合は間接的に関わる確率が上がってしまうので、恐らくは互いに知り合った方がいいのだろうとは思った。

 

「俺は貴之……遠導貴之だ。遠導は、『遠』くと先『導』者って書いて遠導になる。んで、そっちは湊さん……だったな?」

 

「ええ、私は湊友希那。あなたのこと、覚えておくわね。遠導君」

 

こうして、先導者と歌姫の出会いは若干嫌悪な形で終わりを迎えるのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな……どうしてたんだ?」

 

「戻ろうとした時に湊さんとぶつかって、そっから俺のことを少し聞かれたから答えてた……。お互いに気が合わないだろうって不運(ハードラック)付きだったけどな」

 

貴之が戻る頃には、もう一チームが最後の曲を演奏している頃だった。

彼の言葉を一瞬意外だとも思ったが、竜馬はこの中で唯一納得できる。

紗夜は先程の光景を目の当たりにはしておらず、俊哉は貴之の思想を知っていても理解しているわけではない。二つの要素が重なった竜馬だからこそ、そこに気づけたのだ。

 

「まあそこは深く考えすぎねぇ方がいいだろ。それよりも、湊さんの演奏くると話したいことも話せなくなるだろ?」

 

「ええ。危うく忘れるところだったわ……」

 

竜馬も小学生時代からの付き合いである為、紗夜は砕けた口調で話す。ちなみに呼び方は名前に君付けであり、異性で完全な呼び捨てをするのは貴之ただ一人である。

聞きたかったことと言えば至って単純、自分のギターがどうだったかであり、貴之も答えが決まっているのでそれをしっかりと伝える。

この時、自分がファイトを重ねて行く内に人の努力の量や形が分かるようになったことを先に伝えると、紗夜は簡単に納得してくれた。全面的に信頼してくれているのはありがたい話しである。

 

「すげぇいい演奏だったよ。量も形も、今日見てきた中で一番多くて綺麗なものだった……ありがとうな。俺が戻ってきてよかったって、胸張って言えるものだったよ」

 

「……!よかった……その言葉、ずっと聞きたかったの」

 

「昔からの知り合い……でいいのか?」

 

「ああ、この二人は幼馴染みでな……よしよし。これでお互いにひと段落だな」

 

──後であいつらに連絡しておこう。目の前の光景に安堵しながら、竜馬はそう決めた。楽しみにしているはずなので、必ず送るつもりである。

 

「……?人が増えてる」

 

「次が湊さんだからね……固まっておこうよ」

 

近くにいた女子に言われたことで、貴之は友希那の番は人が増えることを思い出し、紗夜も嬉しさで目尻から浮かんでいた涙を慌てて引っ込める。

そして友希那がステージに上がった時、一気に空気が変わった。先程まである程度バラついた場所があった空気も、一瞬で統一されたようであった。

 

「(すごい熱気……こんなにファンがいるの?しかも、時間が押しているのに全然騒がない……)」

 

――みんな、あの子の歌を待っているみたい……。紗夜は周りの空気を感じ取って驚いた。

この会場を使える時間も限られているので、どうしても出番の遅いメンバーは「早くしてくれ」と言った空気に浴びせられることが多い。

しかし、ここにいる人たちはまるで時間のことを気にしていないかのように、友希那が歌いだすのを待っていた。

 

「あ、あれ?予想より人が多い……。りんりん、大丈夫?」

 

「う、うん……でも、この中に……入れるの……?」

 

「だ、大丈夫だよ……!えっとね……。あっ、向こうなら通れるし、その先端っこだから行こうっ!」

 

「(あれは、白金(しろかね)さんと……宇田川(うだがわ)さん?二人とも友人関係のようね)」

 

自分が通う花女の制服を着た黒髪の少女──白金燐子(りんこ)と、小百合と同じく羽丘の付属中学の制服を着る紫髪をツインテールにしている少女──宇田川あこを見て紗夜は推測した。

この二人を知っていた理由として、燐子は同じクラス。あこは小百合と学校での席が隣なので、遠導兄妹の転校初日に顔を合わせていた。

 

「(見た限り白金さんは同意したけど、この人数に予想外みたいね)」

 

あこが少し焦っていたのは、燐子が多くの人がいる空間を苦手としていることを理解しているからだろう。その焦りは自分にも原因があるので、少し申し訳なくなった。

友希那がここまで惹き込めるのも予想以上だったが、紗夜も紗夜で思いの外人を集められるようになったことを自覚する。

──私が行って、助けになって上げた方がいいかしら?行動に移そうとした紗夜だが、人数が多すぎて難しいことに気付く。

 

「――♪」

 

「……!?」

 

打つ手なしか──。と思った矢先、友希那が歌いだしたことで紗夜を含む全員が惹き付けられた。

 

「……!やっぱ……カッコイイ……!」

 

「(!?……なに……この声……?……こんなの……)」 

 

先程まで燐子を気遣っていた少女は満足げに呟き、顔を青くしていた燐子も、大勢の人がいると言う状況下で感じていた重圧感がどこかへ飛び去っていた。

すっかり顔色の良くなっていた燐子は、その歌声を夢中で聴いていた。

 

「(こんなの……聴いたことがない。言葉のひとつひとつが……音にのって、情景にかわる……色になって、香りになって……会場が包まれていく……)」

 

また、紗夜も今まで聴いてきた歌とは全く比較にならない、飛び抜けた技術を前に聴き入って、確信に変わった。

彼女の歌に懸ける思いと覚悟の強さを知り、自分の前であそこまで堂々と言ってのけた、自分の音に対する絶対の自信を理解するに至る。

 

「うわぁ……こりゃすげぇな」

 

「これだけの技量を持ってれば、実力の見合わない人と組まないって言われても仕方ない面は出てくるんだよな……」

 

その歌を始めて目の当たりにした竜馬は圧倒され、俊哉は彼女の方針を思い返しながら納得する。

 

「(音楽における努力の量は膨大で、それこそ紗夜すらをも超える……。だが、形は紗夜と比べて綺麗とは言えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じる……)」

 

──なんて言うか、すげぇ歪だな。この会場の中で、貴之は唯一と言っても過言ではない程複雑な表情を浮かべていた自信がある。

仮に組むのであれば、自分が感じたものが露呈するよりも前に何とかする必要があることは明らかであり、紗夜の為なら最悪自分も頭を回すつもりでいた。

 

「私、決めたわ」

 

「どうした?」

 

「湊さんから、バンドを組まないかって誘われていたのを……受けることにするわ」

 

ようやく自分と同じ道を目指す人が現れたのだから、逃さない理由は無かった。

それならば貴之は止めはしないが、組む上にあたって、自分が感じ取ったものを伝えておく。

 

「なるほど……。なら、私やこの後組むだろう人たちと一緒に、どうにかしてみるわ。一人では無理でも、誰かと一緒ならきっとできるはずだから」

 

「ああ。何かあったら、俺にも手伝わせてくれ」

 

──一人では袋小路でも、二人以上なら乗り越えられる。それを知っている二人だからこそ、迷わずできる約束であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだった?私の歌」

 

「何も……言うことはないわ。私が今まで聴いたどの音楽よりも……あなたの歌声は素晴らしかった」

 

ライブが終わった後、片付けの行われている会場として使われていた部屋で、友希那は紗夜に問いかけ、問われた紗夜は素直に彼女の歌を認める。

ちなみに、自分の知人は既に上がっている。貴之が友希那と印象の悪い出会いをしでかしたので、長居するのは不味いと言う判断であった。

 

「FWFに出ると言う話し、引き受けさせてください。やっと同じ場所を目指す人が現れたこと、嬉しく思います」

 

「ありがとう。契約成立ね」

 

互いに右手を差し出して、握手を交わす。この時、友希那は紗夜の瞳に貴之と同じものを感じた。

その理由は二人揃って『好きと楽しさを持ったまま上に行く』であり、納得が行った。

 

「さて、まずは今後の予定を決めて行きましょう」

 

「わかりました。では、互いの予定から確認しましょう」

 

──その中で、私は湊さんのことを助け出してみせる……。確かな決意の下、友希那との第一歩が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「く、来るかな……会えるよね……?」 

 

「だ、大丈夫……だと思うよ……?」 

 

今日のライブが終わって数十分後──。あこと燐子はライブハウスの出入口近くで張り込みをしている。

目的はあこが友希那のバンドに入りたい故声を掛けることにあり、一人では色々危ないので燐子も同伴している形になる。

当のあこが自信無さそうに問いかけて来たので、燐子も思わず疑問形で返してしまった。

燐子自身、大勢の人がいる中に紛れるのは苦手なのだが、友希那の歌はそんな不安を簡単に吹き飛ばしてくれたので、来てよかったと思える。

あこの方も、燐子がいるからこそギリギリまで張り込みを選択している。

 

「(大丈夫かな……自己紹介とかどうしよう?)」

 

緊張した心持ちで友希那が来ることを待っていると、ついにそのチャンスが巡ってくる。 

 

「あなたと組めることになってよかったわ。もうスタジオの予約、入れていいかしら?時間は限られているから……」

 

「構いません。ところで、他に決まっているメンバーは?」 

 

「(……!ゆ、友希那が来た!っていうか、組む人って紗夜さんだったの!?)」 

 

二人の少女が話しながらスタジオロビーからこちらにやってきていた。その片方は、話しかけようと思っていた友希那だった。

その姿を見たあこは緊張が強くなるのを感じた。もう誰もいないのだろうか、出入口で立ち止まって話しているので、十分にチャンスはあった。

紗夜の姿を認識していたのは、小百合と仲良くなった当日に顔を合わせ、兄と共々幼馴染みであることを教えてもらっていたかららだ。

 

「まだ決まっていないわ……だから、後三人必要ね」

 

「となると、急ぐ必要がありますね……」

 

今回、ただでさえ奇跡的な巡り合わせだったので、次も上手く行くとは限らない。寧ろ、お互い前情報も無しによく巡り会えたと思う。

なら、いっそこうしてしまうのは──?思いついた提案を、紗夜は友希那に伝えてみる。

 

「湊さん、メンバーのことはオーディションで決めてしまうのはどうですか?」

 

「オーディションで?理由を聞いてもいいかしら?」

 

友希那としてはあまり時間を無駄にしたく無いので、紗夜の提案が効率的なら採用するつもりでいた。

即座に拒否されることが無いのは有り難い話しなので、この考えに思い至った理由を話させてもらう。

 

「湊さんはライブする過程で他のチームから探して、私はサポートを求められたチームと音を合わせながら探していましたが……それを続けて集まったのは私たちだけ。これを繰り返していても、コンテストには間に合わないでしょう」

 

「確かに。このままではまた繰り返しになってしまうわね……」

 

紗夜は二年間、友希那は恐らくそれ以上の時間を繰り返していたが、それが非常に非効率なメンバー探しであると言う認識を共有する。

同意した友希那は、紗夜が何故オーディションの提案を持ちかけたかを理解する。

 

「なら、他の人から来てもらって、私たちが判断する……。そうすれば練習時間も確保できて、メンバー探しに困ることもない……そう言いたいのね?」

 

「理解が早くて助かります。音楽を完成させる為の時間も必要でしたので、これが一番いいかと」

 

友希那も反対する理由が無いので、紗夜の提案は可決された。

懸念していたことも方向が決まったので、後は作りかけである曲の話しをしておく。

 

「メロディはさっき聴いて貰ったものを、私の方で詰めてみるわ」

 

「わかりました。では私は、そのあとのパートのベースを……」

 

「あっ、あの……すみません」

 

話していた二人は、あこに声をかけられたことで話しを中断してそちらを振り向く。

紗夜からすれば知人が声を掛けてきたので、少し驚きではあった。

 

「……宇田川さんですか?」

 

「あっ、どうも……!二日ぶりですっ」

 

覚えてくれていたのはかなり有り難い話しだった。

友希那の方が「早くしてほしい」と言う目を向けるので緊張が走っていたが、紗夜の「話があるならどうぞ」と言った柔らかい雰囲気がそれを緩和してくれる。

ここで「何でもないです」など言おうものなら話しかけた意味もないし、彼女らを不愉快にさせるのは明らかだ。ましてやあこにそんな選択肢は無いので、勇気を持って踏み出すことを選んだ。紗夜がおだててくれたのもあるので、尚更引くと言う選択肢は消えていた。

 

「さっきの話って……本当ですか?友希那……さん、紗夜さんと、バンド組むんですか?」

 

「ええ。その予定よ。……その話しが聞こえていたと言うことは、メンバー参加を希望しているの?」

 

燐子(親友)に話す時と比べて明らかにたどたどしくなってしまったものの、どうにか友希那に話しを切り出すことはできた。

あこの問いに友希那は肯定を返し、重ねて問いかけると、あこはそれに頷くことで肯定を返した。

 

「えっと……これも聞こえちゃったことなんですけど……。オーディション、やるんですよね?それっていつ頃ですか?」

 

「まだ未定ね……何しろ、そのメンバーは一人もいないから」

 

そこに希望の活路を見いだしたあこは、更に入り込んでいく。

あこの様子を見た友希那は、あこのチームに入りたい気持ちが極めて強いことを感じ取り、現状を説明する。

今回あこにとって大事なのはオーディションの日程では無くやるかどうかで、やると答えて貰えたあこは最後の一押しに出る。

 

「あこ、世界で2番目に上手いドラマーですっ!1番はおねーちゃんなんですけど……!あこをそのオーディションに参加させてください!」

 

「「…………」」

 

「あ……あれ?」

 

あこ個人から見れば何の問題もない自己紹介と同時に頭を下げるが、二人は一瞬固まってから顔を見合わせる。

二人から返事が返って来ないのでおかしいと思ったあこが顔を上げると、丁度二人がこちらに目を向け直していた。

あこにとっては問題ない自己紹介でも、友希那たちからすれば「2番目」を自慢したことが頭を抱えさせる内容だった。

また、この時紗夜は彼女の自己紹介に引っ掛かるものを感じたが、その理由には思い当たるものがあった。

 

「(この様子……宇田川さんは、日菜と同じだけど違う。自分の姉に対する『色眼鏡(フィルター)』を持っているのね)」

 

小百合も日菜と似通ったものを持っているが、あちらは対象が貴之()なので今回は除外とする。

日菜とあこが共通していることとしては、『自分よりも姉が上』、『自分は姉が好き』と言う二点だった。ここは深く探らなくてもいいくらいであり、何ならあこが言葉で説明してくれている。

大事なのはここからの差異点で、日菜は『表面上の能力では勝っていることを理解した上で、元より持っている内面上の能力を加味して姉が上』と言う判断であり、貴之と自分が共に悩んだ日を境に人の違いを理解した結果元より持っていた認識が改まっている。これを先程の『色眼鏡(フィルター)』に例えるのなら、度数の弱いものに掛け変えたのだ。

あこの場合は『表面上の能力や元より持っている内面上の能力を関係なしに、姉の方が上』と言う判断を下していることを推測できた。そうでなければ、『一番は姉だ』とあっさり言うことは無いだろうし、友希那の方針に気づいていれば今日は出直した可能性が高い。

 

「紗夜、悪いけれど()()この子は引き受けられないわ」

 

「方針が方針ですし、そこは仕方ありませんね……」

 

友希那の言いたいことは分かる。FWFに出る以上、二番目で甘んじる思想は勘弁願いたいのだ。

だからこそ紗夜もこれには反対せず、一度見送りと言う形にする。

 

「えっ?あの……」

 

「もう一度来る分には構いませんが……同じことを繰り返すのはお互いの為になりませんので、私からオーディションを引き受ける段階を提示してしまいますね」

 

「……紗夜?」

 

あこの性格を鑑みると、ここで言わなければ今日のようにこちらに来て、考えが変わっていないからまた却下を繰り返しそうな気がした。

その為、自分ならこうするのがいいと思うし、友希那も納得するだろうと条件を出していく。

 

「あなたが一番と思っている人……つまり、あなたのお姉さんを抜かすのと、本気で上を目指そうとする決心……この二つが準備できたらまた来てください。私たちは、それが必要な場所を目指して組みましたから……」

 

「……えっ?えっと……」

 

あこが少々混乱気味な様子を見せたので、紗夜は柔らかな笑みを浮かべながら頭を優しく撫でることで落ち着かせる。

 

「早く決めてくるに越したことはありませんが、何も今すぐに……と言うわけではありません。落ち着ける場所でしっかり考えて来てください。ね?」

 

「あ、はい……」

 

紗夜の言葉で安堵した辺り、あこは結構慌てていたようだ。これなら、後は彼女の身の回りが解決してくれると紗夜は確信する。

あこが自分たちの望む答えを出す為の簡単な促し方は知っているが、それでは本人の為にならないので、紗夜は敢えてそれを言わなかった。

 

「湊さんも、大丈夫ですか?」

 

「ええ。一先ず、この話しは一旦ここまでね。行きましょう」

 

友希那も納得してくれたので、今度こそこの話しは終わりとなる。

このまま二人は上がるのだが、紗夜が夜は外食する予定でいた為、今回は友希那と同じ方角へ足を運んでいく。

 

「あこちゃん……大丈夫?」

 

「う、うん……大丈夫。ごめんねりんりん、長い時間待たせちゃって……」

 

燐子に声をかけられたあこは、待たせてしまったことを詫びる。

普段なら前向きな発言の多いあこが今回は特に言わないので、燐子は少々不思議に思った。

 

「あこちゃん……どうかしたの?」

 

「ちょっと考えごと。どうしようか考えてて……」

 

紗夜に言われたことが引っ掛かっていて、あこは悩んでいた。

ここで考えてもすぐに答えを出せそうには無いので、待たせても悪いと思ったあこはライブハウスに背を向けた。

 

「そんなすぐに答え出なそうだし、帰ってからゆっくり考えてみるよ。そろそろ行こっ」

 

「うん……そうだね」

 

そんなすぐには自分にも話せないだろうと思った燐子はそれ以上追及することはせず、あこと共に帰路へ付いた。

 

「(本気でやるのはそうなんだけど……おねーちゃんを抜かそうとするか……)」

 

――それってできるのかな?そのことが、あこを悩ませていた。

それを相談できぬまま燐子と別れ、家に帰った後も考えて見たが、その日一日で答えは出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、どうしてあんな提案を出したの?」

 

「断った理由を話さなければ、また何度も相手をする必要があると思いましたし、最後はオーディションで決めるのですから、その前すら一回で落とすのもどうかと思いまして……」

 

行き道で友希那に問われたが、これは友希那に納得してもらいやすい建て前の答えである。

紗夜の本音は別のところにあり、友希那から他に無いかと問われたことで答えることにした。

 

「彼女はまだ、自分の姉に対する『色眼鏡(フィルター)』が掛かってしまっている……。なので、一度それを外すとまでは行かなくても、度数を下げて貰う必要がありました」

 

「その言い方……まるでそんな人を知っているような言い分ね?」

 

「私は双子の妹がいるんです。聞いた限りでは今日、湊さん出会ったと言っていた貴之も妹がいるので、この手の状態の相手を見ることは結構あったんです」

 

「彼が……?」

 

普段ならどうでもいい話しとして全く頭に残さないが、紗夜があこへ取った対応と、気が合わない貴之のプロフィールが明かされるとなれば無視は出来なかった。

自分の見てきた人たちがたまたまそうだからではあるが、紗夜は『妹=上の子に対して全面的な信頼を置きやすい』と言う認識を持っていた。

あこが今回のような建て前を持ってきたのはこれが理由であり、それを外したらどうなるかを見る必要があると判断したことを、紗夜はしっかりと友希那に伝える。

 

「そう……。なら、もう一度くらいならいいかしら。けれど、あの子の技術が私たちの求めるものではないのなら……」

 

「ええ。その時は仕方ありません。宇田川さんがどれだけ意識を変えられるのか……それを信じましょう」

 

紗夜があこの気持ちへ寄り添うような対応を見せていたのに、今日話していたことが理由かも知れないと思った友希那は聞いてみることにする。

 

「その考え方も……遠導君と関係が?」

 

「はい。正確には……お互いが影響を受けたのでしょうけど」

 

あの時解決できていなければ、今まで組んでいたチームとは全て喧嘩別れしていたかも知れない──。そう考えれば本当に貴之がいてくれて良かったと思う。

友希那としてはその姿勢はあまり必要だとは思えないが、強要するつもりにはなれないので置いておくことにした。

また、紗夜と彼の話しを聞いていると、どうしても思い出す人物が友希那には一人いる。自分が素っ気無い対応をしても、変わらずに接しようとしてくれる少女である。

 

「(紗夜と組んだことを知ったら、どうするのかしら?)」

 

普段は全く意識しないはずなのに、今日は寝るまで度々意識することになった。




Roseliaシナリオ1章の2話と3話を同時に入れるとこんなに長くなるんですね……いやはやビックリ(汗)。

こちらでは友希那の思想が原作通りなのが仇となり、貴之との相性が悪いです。早い話が、この世界での友希那は『救世主となる人(自分たちの先導者)がすぐ側にいなかった』んですね。
互いに紗夜との関係を得ている故に今後も関わる以上、どうやって改善または変化させるか……二人が関わり続ける場合はここが大事になります。


次回は本編で言うところのイメージ7~8……オーディションを受けられるか否から、オーディションを受けた直後までになると思います。
本編で全く同じになってしまう箇所は省略していく予定です。



ここからは今回新たに明かす本編との差異点になります。
前回と同じく長いので、お気を付けください。


紗夜の相手の呼び方と人間関係に関して
・基本は原作と変わらず名字+さん付けの敬語だが、特定の相手である場合は変わる。
・小学時代から付き合いのある友人である竜馬、大介、弘人の三人は名前呼び+君付け、砕けた口調になる。貴之を呼び捨てにするのはそれだけ自分に取って特別な存在であることの証
・希美も中学生時代以降の知り合いであるにも関わらず、呼び捨て+砕けた口調と、自分に取って大切な存在である証拠になっており、彼女が例外中の例外でもある
・中学生時代からは希美、その他サポート時代で組んだ人たち。小学生時代からは竜馬、大介、弘人の三人。それよりも前からは遠導兄妹の関わりが増えている
・貴之らは本編だと学校が違うので仕方ないが、本編で他三人と同じ小学なのに面識が無かったのは、『接点が浅かった』のと、『互いに中学以降は違う学校』である二点から『同じ小学にいたことを忘れていた』から


貴之の人間関係に関して
・小学生時代に仲が良かったのは氷川姉妹以外に、竜馬、大介、弘人の三人。もし転校せず同じ場所にとどまっていた場合、大介と同じ中学に進んでいた
・親友は竜馬で、彼にサブカルチャーの面白さを教えて貰う
・本編と比べて名前呼びにする為の条件が緩いので、クラス内では親近感が強くなっている


小百合の人間関係と通っている学校に関して
・羽丘女子学園へ編入しており、あことは隣の席
・あこと仲良くなったことで、リサとも認識ができている
・貴之とその友人は『可愛げのある後輩たち』から一転、『優しいお兄さんたち』になっている


友希那の個人の変化
・遠導姉弟との関わりがない為、俊哉をはじめとする友人関係が激減。
・父親の音楽を奪われた際、復讐心を咎める人が殆どおらず、原作通りの道を辿ることに
・原作通りの思想になった影響で、貴之との相性が悪くなる
・こちらでも俊哉、玲奈と小学は同じなのだが『接点が浅い』ことと、『互いに中学以降は違う学校』である二点から『同じ小学にいたことを忘れている』。これはリサも同じである


白河希美に関して
・紗夜たちとは別の小学にいた元ヴァンガードファイター。貴之らとも対戦経験ありで、竜馬たちとは剣道に走っても交流を持っていた
・ヴァンガードは嫌いになったわけでもなく、今でも好きな為情報収集はしっかりと行っており、これが紗夜に貴之の情報を伝えることに繋がる
・別方向とは言え、紗夜と非常に距離が近いもの同士である貴之とは相性が良く、互いに紗夜の良さを堂々と話し合える一種の悪友的な関係を築くことになる
・ヴァンガードファイター時代に使っていた『クラン』は『むらくも』。デッキ自体は今も大事に保管してあり、やりたくなったらそのデッキを引っ張り出せばいい状態


竜馬個人の変化
・貴之が親友になる
・サポートギターを始めてから少しした後に空いてるチーム探しの協力者となり、その影響で友好関係が増加。しかもその中に気になる相手ができるくらい交流を増やせている
・紗夜が活動する場所には基本来なかったので、友希那のことは名前だけ知っていた
・こちらでも一真との席が隣なので、彼に貴之のことを伝える情報網にもなった


友希那から見る貴之
紗夜の技量を作り上げることにおける原点とも言える存在で、上昇志向と諦めの悪さは共感できるのに、そりの合わない人。紗夜との関係を見ると懐かしさを感じさせるが、異様なまでの洞察力から警戒心を抱いてしまう。
ただそれでも、何度躓いても立ち上がるその姿は自分が持たない……と言うよりも、経験の関係上得ることのできなかったものなので、見習うべき点であると感じている。


貴之から見る友希那
自分の考え方に共感してくれる部分はあるようだが、どうしても合わない部分があり、余裕をなさそうにしてる人。本人に取って許せない出来事があったのは確定と見ているが、何があったかまでは分からず、今後大きな問題にならないかが不安。
紗夜に協力する形ではあるが、彼女が抱えてしまっているものを取り出すことでなんとか助け出してやりたいところ。


こんなところになります。本編と比べて友希那は結構割を食ってしまっていますね……。

ちなみに希美の容姿は『リトルバスターズ!』より『来ヶ谷唯湖』がベースで、目つきを細目にした感じです。

全部読んでくれた方は、本編も長いのに本当にありがとうございます。


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イフ3 それは誰かを助ける甘さ

予告通りオーディションの話しになります。

ヴァンガードifの話しを見た限り、シュカちゃんは優しさ故にやってしまった感がありますね……まさかそんなことになるとは思わんでしょうな……。今まで起きた『じゃまー』案件の一部がレンたちのやらかしなのはちょっと笑いましたが……伊吹さんや、等々ヴァンガードファイトできない日々に諦めてしまったのか……(汗)。

ガルパピコにての巴が言い放った『ラーメンとつけ麵は別物』に関してですが、実は私も同じ考えだったりしてます(笑)。てか、女子高生なのにあんな頻度でラーメン食べるのは色々大変そうな気が……。


「本当!?おねーちゃんチーム組めたの!?」

 

「ええ。と言っても、まだ一人だけだけどね……」

 

「それでもだよっ!一人組めただけでも前進じゃん!」

 

友希那と組んだ当日の夜。紗夜の部屋にて氷川姉妹で今日の出来事を話していた。

聞いた限り今日の紗夜は大収穫とも言える状況であり、日菜としても喜ばしいことである。

 

「いやー……リョウ君から聞いた時はビックリだったよ。今日のおねーちゃん豪運だね?」

 

「確かにそうね。私も奇跡の巡り合わせだと思うわ」

 

何度も思うが奇跡の巡り合わせとしか言いようのない程いい結果なのである。

これも日頃の行いなんじゃないかと日菜が問えば、紗夜は自信を持って言っていいのかどうかで反応に困ってしまった。

なお、『リョウ君』は竜馬の呼び方であり、小学生時代からの友人は大体こんな呼び方をしている。

 

「だって何も悪いことしてないじゃん?だって、学校とかでも色んな人手伝ってたりしてたでしょ?」

 

「ふふっ……そこまで入れられたら、否定はできないわね」

 

学校では風紀委員に生徒会──と、校内の為になる場所で活動をしているし、誰かが悩んでいるようなら寄り添って話しを聞いたりと、誰かのために動ける人と言う評価が強い。

紗夜の話したことで道が見えたと言ってくれる人もおり、教師陣に聞きづらいことは紗夜に聞くのもアリと言う声もある。

 

「あっ、そう言えばさおねーちゃん。今回どんな人と組んだの?」

 

「私たちと同い年で、湊友希那って言う子と組んだわ」

 

「友希那……?あれ?聞き覚え……ううん。見覚えあるなぁ、あたし……」

 

「本当?どこで見たことがあるの?」

 

日菜からすれば、自分の友人が声を掛けるものの最低限の反応で済まされてしまっている姿を度々見かけている。

無理しなくてもいいんじゃないかな?と最初は思ったりもしたが、実は自分を含む他の人だと全く反応されないので、彼女は『幼馴染み』と言う立ち位置でまだマシなのだろう。

どうやらその少女としては、自分が戻って来れる居場所になってあげたいと考えているようなので、日菜は諦めてはいけないことを勧めた。

 

「あたしが通ってる羽丘で。友達の一人が声かけるんだけどさ、いっつも最低限の返しで終わっちゃうんだよね……」

 

唯一例外の内容としてしては音楽の内容なのだが、その時は日菜がいない時なので、実際には見たことが無いことになっている。

紗夜がギターをやっていることは話したことはあるが、サポートをやっているとのことだったから紹介はしていなかったのだろうと推測した。

 

「なるほど……貴之が言った通り、何かを抱えているようね」

 

「やっぱりそーなるかぁ……おねーちゃん、どうするの?もう答えは決まってそうだけど」

 

「本当にすぐ気づかれるわね……。日菜の言う通り、私の答えは決まっているわ」

 

日菜も貴之程では無いが、人の感情に対してそれなりに鋭敏となり、その人が漂わせる雰囲気から困っている、楽しみにしているくらいは分かるようになっている。表情も合わせればより正確となる。

紗夜や竜馬たちの場合は昔から一緒にいる人の場合は少ない変化からでも気づけるようになっており、感知することに関しては貴之の代役をできてしまえそうなくらいになっていた。

そんなこともあったので、紗夜は勿体ぶる選択肢を捨て、自分の考えを答えることにする。

 

「私は、共にバンドの活動をする中で、彼女を助け出して見せるわ」

 

一人ではなく、みんなで一緒にね──。その答えに日菜も満足げに頷いた。

共に悩んで、解決に向けて走った経験がある紗夜だからこそ、迷わず出せる選択である。

 

「手伝えることがあったら言ってね?あたしも協力するよ」

 

「ありがとう。その時は頼らせて貰うわね?」

 

「任せてよっ!」

 

紗夜からすれば日菜は非常に頼りやすいから助かるし、日菜からしても紗夜に頼られるのは嬉しいので、実にWin-Win(双方勝者)な関係とも言える。

ただ、手伝いが必要になるのは少し後だと思うので、手伝ってもらうのはその時からになるだろう。

 

「(日菜……本当にありがとう)」

 

──私は幸せ者ね。誰かと繋がることの温かさを、紗夜は改めて嚙み締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(今日はいない……まだ答えを出せていないみたいね)」

 

あこの申し出に妥協案を出して数日後の夜。

普段友希那の使っているライブハウスのスタジオが予約でき、そこで彼女と練習を終えて外に出て見たらあこの姿は無かった。

流石に今すぐに答えを出すことはできないのだろう。一瞬だけ難しく言い過ぎたかもしれないと思ったが、それは違うと否定する。

 

「(あれは、宇田川さんが今後ドラムを続ける為に絶対必要になること……。直すのは早ければ早いほどいいわ)」

 

一番を自慢してくれるならあの場ですぐにオーディションの参加を承諾できたのだが、二番目を自慢して来たことが決め手を欠いていた。

今必死に彼女の身にある『色眼鏡(フィルター)』を外そうとしている筈だが、もの次第では断念するしかない可能性も否めない。

とは言え、彼女が諦め切れないなら話しは聞こうと思うので、やはり彼女の決断と状況次第だった。

 

「この前来た子のことかしら?」

 

「ええ。彼女なりに考えているようですから……」

 

焦らずゆっくり考えて欲しいと紗夜は思っている。オーディションのチャンスは一回だけである。

その為、メンバー選定は厳しく行うので、急いで中途半端な答えや力を見せるよりは、落ち着いてしっかりとしたものを見せて欲しいのだ。

 

「あの子、ただ私と組みたいだけのような気がするけれど……」

 

「最初にあった時は……ですよね?今はまだ分かりませんよ?」

 

何故そうまで信じられるのだろうか?あこに対して猜疑心を持っていた友希那は不思議に思った。

そもそもオーディションに行ける段階まで行ったらそこで決めればいいし、時間が経てば考えなどいくらでも変わるのだから、紗夜からすれば友希那は少々焦っているようにも見える。

 

「それに、オーディションでお互いが納得しないのなら落とすんですから、湊さんが納得行かないのであればご遠慮なく。私も足りないと思えば断念します」

 

「もちろんそのつもりよ。生半可な技術力では……私たちの目指す場所には辿りつけない」

 

紗夜が今回無条件を望まなかった辺り、そこはしっかりとやるだろうことは友希那も安心する。

確かに自分も少し早とちりな面はあったので、これ以上問う必要は無くなった。

 

「明日も早いでしょうし今日はこれで解散にしましょう」

 

「そうですね。では、お疲れ様でした」

 

いつも通りの別れ道まで来たので、二人は手短に挨拶して別れる。

基本はその日の練習の内容やメンバー集めの状況を話すことが主で、年相応の女子らしい話しを紗夜は持っているのだが、友希那がその手を話しを一切持たない為、会話内容の一つ一つがかなり淡泊的なものになり、それほど時間を要さないのだった。

 

「(今頃、宇田川さんは思い悩んでいるはずだわ。自分のお姉さんと、自身が生んでしまった憧れと言う名の壁に……)」

 

一人で考える必要はないと言う事も伝えておけばよかったわね──。紗夜は少し悔やんだが、今度会って迷っているなら絶対に話しておこうと決めた。

ただ、彼女は自分から積極的に人と話せる性格でもあるし、燐子と言う友もいるので、もしかしたらがあるかも知れないとも思う。

 

「(あなたが大丈夫なら、こちらには受け入れる準備がある……。焦らず、そしてコンテストに間に合うように、答えを出して)」

 

バンドを組みたいと言う気持ちは確かに伝わっていたので、紗夜は心の中であこを応援した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ~。答えが出たから、友希那に頼もうってことだね?」

 

「うんっ!完全に拒否された訳じゃないから、これも見せて話そうと思ってるの!」

 

「これがドラムのスコアだっけ?うーん……初めて見るから良く分からないなぁ」

 

あこが自分の姉と燐子と話してみた翌日の放課後──。校門前で、小百合とウェーブが掛かった茶髪を持つ少女──今井(いまい)リサと話していた。

ちなみにあこはリサに対してタメ口を使っているが、リサ自身が特に気にしないどころか、仲良くなれるなら構わないと言う考えを伝えたので、あこはその好意に甘えさせて貰っている。

小百合は自分の性分ではないことから、そのまま敬語を使わせて貰っている。

やはりと言うか小百合はバンドの知識が無いので、ドラムのスコアを見ても読めない。ドラムのだと分かっているのは、あこに教えてもらったからだ。

 

「凄い……こんなに使い込んでるんだ……。これを見せれば少し変わって来るかもしれないね♪」

 

「……ホント!?やったー……はまだちょっと早いや」

 

あこがドラムをやっていることは聞いていたので、そのボロボロになっているスコアが彼女の練習量をリサに教えてくれていた。

それを見たリサが前向きに言ってくれて嬉しくなったあこは一瞬舞い上がるが、まだ決まっていないことを思い出して一度クールダウンさせる。

その後少しの硬直を挟んでから、リサと小百合は口元を手で隠しながら、あこは頭を掻きながら笑う。

 

「そういえば、友希那さんは一緒じゃないの?」

 

「アタシと友希那は別のクラスだからねぇ~。向こうのHR長引いてたから、先にこっちまで来てたんだ」

 

思い出したようにリサが聞いてみると、リサが理由と経緯を話してくれた。

そんなことがあったので、リサは友希那に『先に行ってるよ~』とCordでチャットを打っている。HRを終えても反応を返してくれないかも知れないが、せめてものの気持ちだった。

 

「昨日おねーちゃんに教えてもらったけど、リサ姉の親友が友希那さんだって……あこ、始めて知ったよ」

 

「ああ……そう言えば、名前は言わずに話してたんだったね」

 

あこに言われたことで、リサはどう話していたかを思い出す。

友希那のことは名を出さずに話していたので、あこはリサの親友の特徴やどんなことをしているかは知っていても、誰かが全くわからない状態だった。

しかしながら、話していた特徴として、大人しめであることと、歌が非常に上手いことが一致していたので、納得できる要素はそれなりにある。

 

「湊さんって言えば……昨日、兄さんが『俺とは波長が合わない』って言ってましたね……」

 

「小百合ちゃんのお兄さんが?うーん……上昇志向があるなら、そんなに悪く無さそうだけどなぁ~」

 

リサが意外そうな反応をするが、小百合が自分の兄は誰であっても再戦やファイトを求める声は無視しないことを告げると、間違いなくそこでの相違であることを確信した。

誰かを助ける『等身大の先導者(ヒーロー)』でありながら、いつも楽しんでヴァンガードファイトをする姿は小百合にとっての誇りでもあり、敬愛する兄の助けになれた時は日菜と共々大喜びしていたことは今でも覚えている。

また、どこからともなく現れるのではなく、いつも近くにいて、年相応の悩みを抱えたりすることもあるのを知ったからこそ、紗夜も彼を好きになったのだろうと言うのは小百合と日菜の共通する推測であった。

 

「(前までは見ているだけで良かったはずなんだけどなぁ……)」

 

──なんでかな?落ち着かないアタシがいる……。リサは昨日からモヤモヤがあることに気づいている。

それは友希那が紗夜と組んだと言う話しを聞いてからであり、恐らくは自分の中にある不安と迷いの象徴であると考えた。

 

「小百合とあこと……お世話になってる先輩、でいいのか?」

 

「えっ……貴之さん!?」

 

「あっ、兄さん!」

 

リサが燻った想いに気づいたところで、貴之が同じ後江生である青い髪に切れるような目つきをした少年──大神(おおがみ)大介(だいすけ)と共にこちらまでやって来ていた。

大介も小学生時代からの付き合いであり、氷川姉妹を省いた中では最も家の距離が近かった。

 

「大介さんも一緒だから……これからヴァンガードファイト?」

 

「ああ。その前にちょっと寄り道ってところだな……大介を巻き込んじまってるけど」

 

「まあ、時間に余裕はあるしこれくらいはな」

 

貴之の寄り道自体は大介自身があまり気にしていないので問題にはならない。

唯一貴之と初対面になるリサは、先程の『友希那とは波長が合わない』と言っていた理由が分かったような気がした。

 

「(そっか……周りの人の声にも答えるし、困った人も見捨てないんじゃ、友希那と方針が合わないよね……)」

 

しかしながら、そんな彼も互いに助け合った仲の人がいるとなれば気にせずにはいられなかった。

 

「この人、あこちゃんと同じダンス部にいる先輩で、日菜さんと同年代の今井リサ先輩だよ♪」

 

「今井さんか……俺は遠導貴之。いつも妹がお世話になってます」

 

「あはは……よろしくね~♪アタシのことはリサでいいよ?」

 

「そうか?なら、そうさせてもらおうか……」

 

──これからもよろしく、リサ。貴之はあっさりと名呼びする方向に決定した。恐らく彼女は誰とでもすぐに打ち解けるのだろう。現に彼女も貴之を名呼びすることにした。

なお、この名呼びの応酬をしている際、リサは自分の胸の中が暖かくなるようなものを感じたが、何かまでは分からなかった。

ちなみに、貴之がここへ立ち寄った理由としてはあこの考えのことである。

 

「ところであこ、決心の方はついたのか?」

 

「はいっ!この後話して見ようと思って……一応、スコアは持って来たんですけど」

 

あこの様子から見て、少し不安なのだろうと貴之は考えた。

何しろ一回失敗しているのだから、無理もない話しである。

 

「……あなたたち、何をしているの?」

 

少し話しを聞いてみようと思ったところで、友希那が疑問の眼差しと共に問いかけて来た。

友希那が来たことでリサが一度Cordによるチャットを確認するが、相変わらず既読を付けただけで反応は無しである。

ちょっとくらいは反応してくれと思うが、友希那からすればリサが()()()()()()()()認識なので、わざわざ返す必要はないとも言えた。

 

「ここで待っていた、ということは……覚悟は決まったのね?」

 

「はい……!あこ、友希那さんのチームに入って、自分だけの音を見つけて上に行きたいんです!」

 

友希那はあこがいるので自分に音楽と関係する話しを持ち掛けに来ているのを確信し、本題を促した。

手に持っているのはボロボロになるまで使い込まれたスコアであり、一瞬とは言え友希那は驚かされる。

 

「もちろん遊びじゃないです!本気でやろうと思ってます!一回だけでもいいんですっ!お願いします!」

 

あこは思いっきり頭を下げる。どうしても入りたい、そんな想いでいっぱいだった。

ちなみに、思いっきり頭を下げたことで友希那の表情が見えないので、どんな反応をされているか分からないし、何て言われるかも分からない。

それ故に怖くなったあこはぎゅっと目を閉じて、友希那の答えを待った。

 

「あこと言ったわね?一先ず顔を上げて頂戴」

 

「……え?」

 

予想よりも優しい声が聞こえ、あこが恐る恐る顔を上げれば微笑んでいる友希那が見えて困惑した。

少なくとも怒っていないことだけはわかる。彼女に何があったか分からないあこは答えを聞くまで呆然と友希那の顔を見つめてしまった。

 

「しっかりと答えを持って来てくれたようね」

 

「……!」

 

友希那の言葉にあこが安堵する直後、スコアを見てもいいかと問われたのであこはそれを手渡す。

少し見させて貰い、それが十分すぎるくらい本気なのが伝わってくるものであることを友希那は判断した。

 

「私としては問題ないわ。後は、紗夜にも話しましょう」

 

「よかったね、あこ」

 

「うん!本当に良かった……!」

 

「この様子だと、俺の助けはもう要らなそうだな……。あっ、俺もそれ見ていいか?」

 

安堵するあこの隣で友希那は疑問に思ったが、興味を持ったのならと思ってあこに確認を取ってからそれを手渡した。

この行動の意図が分かるのは恐らく、この前共にライブへ行った竜馬と俊哉、家族である小百合、彼のことをよく知る紗夜と日菜くらいだろう。

 

「遠導君、あなたバンドの経験どころか……知識もないのでしょう?」

 

「ああ。俺が見るのは曲の難易度とかそっちじゃない。このスコアから伝わる、人の頑張りの量や形……それを見ようと思ったんだ」

 

──紗夜が話し聞いた時、どんな反応するかを予想できるかもしれねぇしな。貴之の言葉が気になって仕方がないあこは寧ろお願いすることにした。

竜馬からそんなことができるようになった話しを聞かせて貰っている大介と、普段からそんな姿を見ていた小百合は平気だが、残りの二人は置いてけぼりな状況になる。

一通り読み終わった貴之は「ありがとう」と一言告げて、あこにスコアを返した。

 

「えっと……どうですか?」

 

「ちゃんと決心付いてるみてぇだし、これなら紗夜にも届くと思う」

 

「やったねあこちゃん。兄さんが言うなら間違いないよ」

 

彼のことを誰よりも知る小百合からの太鼓判も来て、あこは大喜びである。

 

「うーん……やっぱり対戦人数の差か?一回地方変わってる分、貴之の方がそういうのは有利だしな……」

 

「まあそれはありそうだな……向こうにいる時は、色んなカードショップ立ち寄ってたし」

 

こればかりは仕方ない面がある。二つの地方で活動経験があり、尚且つ片方で遠征経験がある貴之は機会に恵まれているのだ。

この前の出来事と、今日のあこへの応援。この二つを見た友希那は貴之の人物像にこんな評価を下した。

 

「あなた……思った以上に『甘い人』なのね」

 

「その『甘さ』がいいんじゃねぇか……それが誰かを助けられるのなら尚更だ」

 

貴之が持っている『甘さ』と言うのは、時に『人を助けることができる』ものであり、大事にしていきたいものである。

友希那からすれば疑問でしか無いが、「それに……」と、その疑問に対する回答の前置きが出された。

 

「これは紗夜が俺にくれた、今の俺を作る大事なものなんだ……だから捨てない。いや、捨てたくない」

 

「紗夜が……?」

 

紗夜と初めて話した時のことを考えると、恐らく彼の持つ『甘さ』は()()()()()()()()()()()()()と考えられた。

あくまで予想外なだけであり、捨てろと言うのもお門違いであることは理解しているので、友希那は彼が持っている『甘さ』を理解できたなら良しとする。

 

「(いいなぁ……そういうの。アタシにも、そんなことができてれば……)」

 

──友希那を助けられたかも知れないのに。話しを聞いていたリサは、思わず考え込んでしまった。

元より当時の彼女が耳を貸さない可能性は十分に考えられるが、それができた場合の未来を考えずにはいられない。

 

「いけない。長居しすぎてしまったわね……。あこ、紗夜に話しに行くのならついてきて」

 

「あっ、はいっ!じゃあ、そろそろ行きますね」

 

「あこちゃん、頑張ってね」

 

「(どうしよう?見送ってるだけ、見守ってるだけでいいのかな……?)」

 

長い時間待たせ過ぎると、流石に紗夜にも悪いのでそろそろ行かせて貰うことにした。

そんな時にリサの迷っている様子に気づいた貴之は、彼女に声を掛ける。

 

「やらないで後悔するのと、やって後悔するの……どっちがいいと思う?」

 

「っ!?な、なんで……」

 

「だって、湊さんとあこの様子見て迷ってたし……。無理にとは言わねぇけど」

 

いきなりでリサはビックリしたが、自分が顔に出やすい面はあるのでそこは納得することにした。

だが、確かに彼の言う通り動かないと迷ったままでいそうなことは簡単に予想ができた。

 

「そうだね……。うん、そうする!友希那、アタシも行っていい?」

 

「……どうせ無理にでも来るんでしょう?ならいいわ」

 

「そのつもり♪じゃあ行ってくるよ。ありがとね、貴之♪」

 

「ああ。リサも答えが出るといいな」

 

リサも同行することになり、三人でライブハウスに向かう。

 

「(凄いなぁ……あんなすぐに気づけるなんて)」

 

その道の途中、リサは貴之のことが気になって仕方がなかった。

また、貴之の今を作るのに大きな支えとなっている紗夜に会ってみたいと言う感情もあった。

 

「(さっきの様子からして女の子だろうし……なんだろう?このモヤモヤした感じ)」

 

会ったことも無い人を羨ましく思う事など初めてであり、どうしても考え込んでしまう。

結局のところ、ライブハウスに辿り着いても答えは出なかった為、この考えは隅に追いやることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、貴之が……。そうですね。これなら私も問題ありません」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

ライブハウスに辿り着いた後。紗夜もOKの判定を下し、あこは無事にオーディション参加権利を獲得した。

後は日程を決めるのだが、あこの今の状態を考えると今日でもいいかもしれないと二人して考える。

また、あこの話しを聞く前に簡単に紗夜とリサで自己紹介をしたが、お互いに第一印象は対極的だろうなと考えた。

 

「(なんて言うか……綺麗だなぁ~。貴之もこう言う感じの人がいいのかな?)」

 

「(全体的に人当たりの良さそうな人ね……。第一印象だけで人は決まらないを物語っている感じがするわ)」

 

双方が違った形で互いを意識するのは無理もないだろう。特にリサは貴之を意識してしまっているのだから尚更だ。

ただ、お互いに性格的な意味で衝突する可能性は低そうだと確信し、そこは一安心であった。

 

「なら、あこにドラムの曲の練習時間を与えて、大丈夫そうなら今日やってしまいましょう」

 

「ええ。まだ練習したいとなった場合はまた後日と言う形で」

 

あこ自身が問題ないと言うので、この方向で進んでいくことになる。

 

「ところでリサ、練習用のベースは借りなくていいの?」

 

「……いいの?」

 

リサは邪魔しては行けないという考えも持っていたが、リサがついてきた理由に察しが付いている友希那からすれば、どうして借りないのだろうと思っていた。

 

「えっ?リサ姉ベースできたの?」

 

「うん。と言っても、あれから暫くやって無いよ?」

 

元々は友希那と一緒に演奏したいのが理由でベースをやっていたが、オシャレに興味を持ち、技術力の差を感じて辞めてしまっている。

そこから暫くして紗夜と組んだ話しを聞き、あこも友希那たちと組みたいと自分の前で言ってからは落ち着きが無くなった。

足引っ張っちゃったらどうしようかな……と考えていたところに、友希那から一声掛けられる。

 

「さっき彼に言われたこと、覚えているでしょう?」

 

「う、うん……」

 

「なるほど。私も貴之の立場なら、そう言ったでしょうね」

 

今の状態のリサに貴之がどんな促しをするか、それが分らない紗夜ではない。

そう言われれば迷いを捨てて練習用のベースを借りるリサだが、紗夜の言葉を思い出して一瞬だけ胸が痛んだ理由は分らなかった。

 

「薄々と感じてはいたけれど……紗夜、あなたも『そちら側』だったようね」

 

「ええ。ですが、この『甘さ』がいいんです。貴之がくれたから、今の私がある……」

 

この回答を聞き、貴之と紗夜は同じ『甘さ』を分け合った関係であることを確信した。

とは言え、音楽を真剣にやってくれるなら別に捨てる必要はないので、これ以上追及することはしない。

少ししてからリサが戻ってきたので、軽く練習を済ませ、あこが大丈夫と言ったので、オーディションを始めることにする。

 

「今井さんには……手伝ってもらいますか?」

 

「そうね。しっかりした音があれば判断も付けやすいし、手伝ってもらいましょう」

 

他にも友希那からすれば、遊びに来たなら帰ってもらうのと、彼女がどうしたいかの判断材料を作ってやると言う二つの理由があったが、リサが承諾したのでそれを話すことはなかった。

 

「うわぁ……あこ、緊張してきた」

 

「だ、大丈夫だよ。自信もって」

 

あこを応援しようとしたリサだが、こちらも久しぶり過ぎるので少々不安だった。

 

「そうですね……お二人とも、イメージして見ましょうか。この四人がチームになって演奏している姿を」

 

「四人がチームに……」

 

紗夜は貴之式の思考誘導をやってみた。貴之がヴァンガードをやっている際に時々口にしていた言葉で、実際友希那にヴァンガードを教えた時も口にしていた。

あこの方も、「うんっ!そう考えたら大丈夫な気がしてきた!」と笑顔で答えてくれたし、リサも調子が戻ったので、紗夜も一安心である。

友希那は彼の経歴を知る身ならそれも出来そうだなくらいに思ってあまり気にはせず、大丈夫かを聞いてから自分のタイミングで合図を行い演奏を始める。

始まる直前まではどうなるかと思っていたが、始めた瞬間に、四人は不思議な感覚を味わうことになった。

 

「(……!いつも以上に自然な声を出せる……これは一体……?)」

 

「(見えない力に引っ張られるみたいに、指が動いてるのに……いつも以上に弾けている?これって確か……)」

 

「(ウソ……!?練習したとは言っても、完全にブランクが抜けたわけじゃないのに……こんなに弾けるなんて……!)」

 

「(……すごい!練習した時より、ずっと上手に叩けてる……!)」

 

演奏によって出来上がった、見えない何かに影響された四人は自分たちが予想以上のパフォーマンスを発揮したことに驚く。

どうしてかは分からないが、実力以上の力を発揮できたのはリサとあこの二人にとっては非常に嬉しい話で、上手く行っていることは自分の自信となり、更なる力の発揮につながる。

 

「(……そう言えば、この不思議な感じ……なんだろう?)」

 

「(この感じ、悪くはないわね……。他の三人も感じているようね)」

 

ドラムを叩きながら、思考に余裕が出てきたあこはその不思議な感じに疑問を持ち、紗夜はその感じを悪いとは思わず、そのまま演奏を続行する。

この時三人の様子から察しが付いたのは、視野が広がったおかげである。

 

「(よくわかんないけど、このまま行っちゃおう!そのほうが絶対上手く行くし)」

 

「(それぞれが繋がって一つになる……或いは、何かを中心に集まっていくこの感じ……。まさかだけれど……)」

 

あこと同じく余裕ができたリサは、最近見せてもらった世界に自分が感じたものがあることを思い出し、友希那は雑誌等で見たり、父から聞いた話しを思い出した。

幼少の頃から積み重ねたものによって、非常に高い技術を誇る友希那の歌声。ただひたすらに弾き続けることによって、同年代と比べて頭一つ抜けた技量を誇る紗夜のギター。ブランクがあれどそれまで積み重ねていた技術は無駄ではなく、元の性格もあって高い安定感を生み出すリサのベース。憧れの存在を追いかけて基礎を作り出し、その力強い叩き方で確かな存在感を見せつけるあこのドラム。

これら四つが重なってできた演奏は、五分と言う時間がまるで一瞬のように過ぎ去っていく。

 

「「「「…………」」」」

 

そして、演奏が終わった頃には四人全員が暫くの間呆然と固まっていた。それだけ信じられない程上手く行っていた演奏だった。

四人全員が、今回の演奏を終えて余韻に浸っていたのを表すが如く、一言も口を動かさないし、表情も呆然としたままだった。

 

「皆さん、演奏中に感じるものはありましたか?」

 

「「「……!」」」

 

一番最初に思考を現実に戻した紗夜が問いかけ、三人して頷いた。

 

「えっと……あれって結局何だったの?」

 

「あれは……その場所、曲、楽器、機材……そして、メンバー。技術やコンディションではない、その時、その瞬間にしか揃い得ない条件下だけで奏でられる『音』……」

 

「バンドの醍醐味……とでも言うのかしら?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうですね……」

 

『そういったことがある』と言う話しだけを知っていても、実際に体験したことが無かった故に今まで実感の沸かないものだったので、実際に体験できたことには驚きだった。

 

この『誰もが体験できるものではない』と言う部分は大きく、友希那と紗夜ですら、今日この時まで体験できてないものだった。

 

「雑誌のインタビューなどで見かけたことがあるけれど……まさか……」

 

「なっ、なんかそれって……キセキみたいっ!」

 

「その気持ち分かるなぁ~♪なんていうか……魔法見たいって言うか」

 

「魔法、ですか……。確かに、全ての条件が整った時だけ与えられる、祝福を意味する魔法のようにも思えますね」

 

リサとあこ弾んだ様子を見せる。分かったことが嬉しいと言った様子に、紗夜も同意の旨を示す。彼女らの言いたいことは、なんとなくだが分かるのだ。

彼の戦う世界における表現で表すならば、次の自分へ『昇級(ライド)』と言うのだろう。

 

「えっと……音楽に魔法なんてものは無いのだけれど」

 

「み、湊さん……これは比喩表現ですよ?」

 

友希那は素でこんなことを言うので、紗夜も反応に困った。

その状況を打開できるリサは、彼女が昔から時々こうした天然のような発言をすることがあるのを教え、友希那が顔を赤くすると言う物珍しい光景が起きた。

 

「あ、あの……オーディションってどうなりましたか?」

 

「「あっ……」」

 

あこに問われたことで、何の為に演奏していたのかを思い出した。完全に結果そっちのけで話し込んでいたのだ。

 

「私の方は問題ありません。この経験をさせてくれる程の人なら、寧ろお願いしたいくらいです……湊さんはどうでしょう?」

 

「ええ。私の方もいいわ。あこ、あなたも今日から私たちの仲間入りよ」

 

「や、やった~!」

 

努力が報われたことを知り、あこは大喜びする。

憧れの人と一緒に演奏できるのが決まったのはいいが、一つ引っ掛かることがあったのであこは聞いてみる。

 

「あれ?リサ姉は違うんですか?」

 

「リサの場合は……一先ず保留ね。どうしたいかを決める為に来たことと、本来自分が使っていたベースでは無かったもの」

 

「今井さんがその気であるなら、後日もう一度……になりますね。結果はまた、その時次第でしょう」

 

仮に今日、オーディションを受けるつもりだったらこのまま迎え入れたかったのは二人揃って同じである。

故に残念に思うし、このまま逃すのは勿体無いので、確認を取ってみる。

 

「やらないで後悔するよりも、やって後悔したい……。だからアタシ、今度もう一回受けるよ」

 

「分かったわ。なら、また後日予定を決めましょう。それと、できればキーボードのメンバー探しを手伝って欲しいわ」

 

ここまで来たなら自分たちで聞いて回った方が速い──というのが友希那の考えである。

これには紗夜も同感で、自分の聞ける範囲と貴之と竜馬と言う人伝を使って行こうと考えた。

なお、友希那の協力を求める声にリサは察しが付いており、こればっかりはしょうがないと思った。

 

「友希那……普段からあまり人と話さないもんね」

 

「そ、それは……」

 

「やり方の問題なのかなぁ?友希那さん、こうして話す分には普通に話せてるし……」

 

友希那は自分の方針に従い、余計な会話を避けている為こう言った場面でそれが仇になる未来が見えていた。

こうなると友希那には無理をさせず、皆の状況を纏めて貰うことにする。まだメンバーでないリサに頼り過ぎるのは申し訳無いが、ここは仕方ないだろう。

そうして話しが纏まり、時間も来たので今日は解散となる。

 

「宇田川さん。改めて、これからよろしくお願いしますね?」

 

「はいっ!あこの方こそ、よろしくお願いしますっ♪」

 

自分を信じてくれた紗夜の歓迎に、あこは心からの笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……と言うことがあって、あなたさえよければ手伝って欲しいの」

 

「なるほど……分かった。そう言うことなら手伝うよ」

 

あこのオーディションを終えた当日の夜。帰り道の途中で、紗夜の頼みを貴之は承諾した。

竜馬への連絡も貴之がやっておくことになり、後は明日からメンバーを探していくことになる。

 

「今井さんの動向次第では、とても助けになりそうだわ」

 

「幼馴染みだったっけか……それなら一番効果出そうだな」

 

自分たちが知る限り、友希那の最も身近にいたリサが踏ん切りを付けたことは有難く、これが友希那を救う一助になればと切に願う。

なお、メンバー探しでは人伝の多い紗夜か、友人との交流が多いリサに軍配が上がりそうなところである。

 

「貴之。もしも、バンドの話しを聞いて悩んでいる人がいたら……」

 

「話しを聞いて上げて欲しい……ってことなら任せてくれ。紗夜も練習時間を潰す訳には行かないだろ?」

 

「ええ。ありがとう」

 

友希那のところで活動する以上難しいのもあるし、自分が向いていることを頼まれるなら断る理由はない。

誰かと共にいることの強さや良さを知っている二人ならば、こう言った話しをするのにはさほど迷わないのだ。

 

「おっと……もうここまで来たか」

 

「早いわね……。話していたらあっという間だったわ」

 

「夢中になってると、時間の流れを早く感じるんだろうな」

 

この二人は揃って好きな人と一緒にいるからと言うのがあるものの、お互いの胸の内は知らない。そんな状況である。

どこかでひと段落着いたら出掛ける予定でも立てようかと思っているが、今しばらくは難しいだろうとも考えていた。

 

「ところで、湊さんの前で何かしたかしら?」

 

「湊さんの前で……?ああ、あこが持ってたドラムのスコアだっけ?あれを見て大丈夫っつう太鼓判を押したな。この前話したと思うけど、俺は人の頑張りの形とかが見えるから……」

 

「そうだったのね。で、そこで湊さんからは『甘い人』だと……」

 

「ああ。その直後リサに促し掛けたけど……紗夜も後押ししたな?」

 

貴之の問いに頷き、紗夜はそこで自分もそう言われたことを告げる。どうやら自分たちは二人でリサに行き道を示せたようだ。

 

「この『甘さ』は持っておいていいはずよ。それが人を助けるのだから……」

 

「そうだな。それは間違いない」

 

今後も、誰かを助けられるはず。そう信じる二人は『甘さ』を捨てずそのまま持っておくことにした。

自分の現状に『甘える』とは違う為、これを捨てず、また誰かを助けるのは二人して同じ考えである。

 

「さて、そろそろ上がるわね」

 

「ああ、また明日。お互い上手く行くといいな」

 

「ええ。それじゃあまた明日」

 

簡単に挨拶だけ済ませて、二人は家に上がる。

その後自分の妹たちが今日の出来事を聞いて喜んだのは、片方は友、片方は姉の成功に対するものであった。




こちらでの貴之は名字呼びを強く意識はしません。こちらの話しでこの設定にしたのは、メタい話しが『この設定を設けないと、Roseliaメンバーの一部を最後まで名字呼びになりかねない』と言う事態に気づいたからです。


こちらの話しにおける、貴之がRoseliaメンバーの名を呼ぶときはこうなっています。

友希那……名字+さん付け(他の全員を名前呼びにでもならない限りこのまま)
紗夜………名前呼び+呼び捨て(元より幼馴染みなので、遠慮する必要がない)
リサ………名前呼び+呼び捨て(求められたのでそうした)
あこ………名前呼び+呼び捨て(姉がいることを教えて貰っているし、小百合もいるから)
燐子………名字+さん付け(まだ出会っていないのでやむなし)


また、その他の変化はこうなります


リサ個人の変化

・貴之のことを意識している
・この時はまだ見に行ってみるくらいであったため、メンバー入りはしていない
・小百合が後輩になっており、結果として後輩が一人増えている(その代わり年上の知人が減っている)



リサから見る貴之
日菜と小百合、あこから教えて貰っていた人で、人の情にとても鋭敏な人。紗夜と話している場面を見たことはないけど、二人の様子からして仲は極めて良好なのだろう。気がついたら意識していることがあるので、もっと話してみたいと思う。


貴之から見るリサ
小百合と仲良くしてくれていて、日菜とは友人である人。見かけはどう見てもギャルなのだが、話して見ると普通だった。何だか紗夜に近しい熱を持った目を感じ初めて来ているので、もしかしたら……とは考えている。


本編のリサは貴之のことは『人として好き』ですが、『何か一つの要因が外れたらその先に進むかも知れない』状態で、今回にてその一幕を表したものになります。

『幼馴染みではない』、『大分前から好きな人がいることを初めて知った』と、二点も変わっているので、こう言う形に入りました。


次回はイメージ9~10……燐子と出会い、オーディションの話しを持ち賭けに行く場面までになると思います。


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イフ4 一人では無理でも

予告通り燐子と出会い、オーディションの話しを持ち掛けに行くまでです。

ガルパピコのどんどん離脱していく仲間たち……パレオはご満悦に見てましたが、あの後一人で戦い続けるんでしょうかね……?

ヴァンガードifは今回から来週にかけては総集編と言うことで、物語的に一旦区切りになったからでしょうね。伊吹の絶叫には時々宮野氏のアドリブ入ってるのを聞いて、声優って凄いと思いました。

今回のパックを『ファントム・ブラスター・オーバーロード』狙いで二箱開けてみましたが、一枚も当たりませんでした……バンドリパックも控えてるし、一旦値段の変動を見ようと思います。


『と言うことで!無事にチームに入れたんだっ!りんりん、本当にありがとうっ!』

 

「(あこちゃん……無事に入れたんだ……)」

 

あことリサの二人が友希那のいるチームに入れた日の夜。部屋でインターネットを使って調べ物をしていた燐子に、あこからお礼のチャットが届いていた。

燐子はあこが友希那のチームに入る為の手伝いもしたので、無事にチームに入れたのを自分のことのように嬉しく思えた。

そんなこともあって燐子は『おめでとう。これからの練習頑張ってね』と打ち込み、返信を送った。

すると程なくして、あこから『りんりんに恩返しする気持ちで頑張るよ!』と返って来たので、思わず柔らかい笑みを浮かべた。

 

「(そう言えば、あこちゃんのいるチームには氷川さんもいるんだよね……?上に行きたいってよく言ってる人が認めてるってことなんだ)」

 

──凄いな……あこちゃん。同じクラスにいる強さと優しさを兼ね備えた人物のことを思い出し、燐子はあこのやったことを再認識する。

何にも臆することなく、自分が磨き上げた歌で前に進み続けていく……。自分にはできないことを何の苦もないかのようにやっている風に見え、燐子はその姿を凄いと思っていた。

――私にも……できるのかな?昔から引っ込み思案気味で、今一自分に自信を持てない燐子は、あこの話しを聞く内にそう思っていた。

友希那の方針を考えると話す内容などで気難しくなってしまいそうだが、紗夜がいるならある程度緩和されているのではないだろうかとも考えられる。

また、これ以外にも現在メンバー集めは継続中で、ベースが保留中であることと、キーボードが見つかっていないことあこがを教えてくれる。

 

「(キーボード……。うーん……大丈夫なのかな……?)」

 

自分はピアノの経験があることから、キーボードはできる。そう伝えること事態はできるのだ。

しかしながら、それ以上に実力不足かもしれないと言う不安を拭いきれないでいる。これが理由で、燐子は踏み出そうにも踏み出せないでいる。

ただ、一緒にやれるのなら、それは間違いなく楽しいものだろうという確信も持っていた。その為、後は燐子自身の心持ちの問題だった。

そんなことを考えていたら、再びあこからチャットが送られて来ていて、『ところで、りんりんの知り合いにキーボードできる人っていない?もしいるなら、オーディションを受けたいかどうか次第でチームのみんなと情報共有しようって話しになってるんだっ』と言う内容だった。

そこで燐子は硬直する。自分がどうしようか迷っていた時に、あこからキーボードのできる人を知らないかと聞かれたからだ。

自分はキーボードをできるが、生憎自分の知り合いにキーボードをできる人はいなかった。それならいっそのこと自分が名乗り出てもいいのではないか?そんな思考が燐子の中に駆け巡った。

 

「…………」

 

自分ができると伝えるべくチャットを送ろうとして、タイピングを始める直前で手が止まる。自分の引っ込み思案な部分がそれを邪魔してしまっていたのだ。

ピアノではコンクールで何度も受賞している腕前を誇っているので、キーボードでも遺憾なくそれを発揮できるだろうとは思っている。しかし、自分の十分と相手の十分は違う。そう考えたら打とうと思っていた文を打てなくなってしまった。

あこが友希那に頼み込んだ時は、最初の一回目は漫然としすぎて受け入れられなかったが、二回目は目標や意志がはっきりとしていたのでオーディションに参加できている。

では、自分にあこのようなしっかりとした目標や意志があるだろうか?そう聞かれたら、素直には肯定できなかった。更には大勢の人がいる空間へ苦手意識があったので、それが拍車を掛けてしまう。バンドのチームに入ると言うことは、大勢の前でライブをすることになるのだから。

 

「(今名乗って失敗しちゃったら、もうチャンスがないんだったよね……ちょっとだけ考えたいな)」

 

あこは意志が問題でオーディション前に一度蹴られているのもあり、今のままでは多分オーディションまで進めないだろうなと言う確信もあった。

何よりも自信を持てなかったこともあり、今回はやむなく『私の知り合いにはいないかな……力になれなくてごめんね?』とチャットを返すことにした。

あこは自分が返事をしてくれるのを待っていたのだろう。思ったよりも早く『大丈夫。話しを聞いてくれてありがとうっ!』と返って来る。

 

「(一回だけって、怖いな……でも、急がないと一緒に演奏はできないし……)」

 

時間的にそろそろ就寝に入るのだろう、『明日も早いから今日はもう寝るね。りんりん、また明日っ!』と言うチャットが送られて来た画面を見てから、燐子は自分がどうしたいかを改めて考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

「まあそんなことがあってな……一真(かずま)は誰か知ってるか?」

 

「いや、特には知らないな……僕は、バンドに関しては専門外だからね」

 

翌日の午前。休み時間中に竜馬は隣の席にいる金色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持った、王子様のような風貌をした少年──秋津(あきつ)一真に聞いてみたが、空振りに終わった。

彼は去年からこちらの地方にやってきた身であり、それまでは貴之の引っ越し先と同じ地方にいるファイターだった。度々同じ遠征先で遭遇することがあったと言っていたので、家もそれなりに近かったと思われる。

外見からすると意外に思われるかも知れないが、彼もヴァンガードファイターであり、前回は全国大会で見事に優勝を果たしている。竜馬らが通う宮地高校ではファイターが少ないので然程驚かれなかったが、これが後江だったらかなり反応は大きかっただろう。

また、彼は貴之を含む一部の人を省き、自分が手にした力のことは伝えていない。それはヴァンガードの今後を大きく揺るがしてしまうかもしれないからだ。

最初こそ戸惑い、苦悩もしたが、貴之がこちらの立場を思って話しを聞いてくれ、ユニット側も自分も納得する解決案を出し、それに乗っかることで一真は無事にその悩みを解決するに至っている。

 

「(そんな貴之の知人の悩みだったわけだけど……これは難しいね)」

 

結果として恩人でもあり、好敵手(ライバル)でもある彼の助けになりたかったが、今回はダメそうである。

──なら僕は、次の大会で僕なりにやってみようか。一つ方法を思いついた一真は、今度人気の無い場所で準備することを決めた。

なお、一真は貴之に悩みを解決してもらった経緯から、自分もそれができればと思い、今は自分と同じ悩みを持っている一人の少女を助けるべく奮闘中でもある。

 

「流石に宮地(ここ)で探すのは厳しいんじゃないかな?ただでさえ進学思考の人たちが集まっているわけで、僕たちのような人が珍しいんだから」

 

「まあそうなるか……仕方ねぇ。紗夜にはいなかったって回しておくか」

 

元より四校の内最も期待値の低い場所だったので仕方ない所はあるが、連絡だけは忘れずにしておく。

一先ずこちらでできることはここまでなので、後は運よく見つかることを信じるしかなかった。

 

「紗夜に協力しながら花女と羽丘、それから後江は結構確認したはずなんだけどなぁ……。いねぇんじゃ他のところになるんか?」

 

「もしかしたら、確認したはずの所から思わぬ発見があるかも知れないね?」

 

「それを信じるしかねぇか……」

 

こうなれば後は祈るだけであり、悩んでいるなら紗夜か貴之が話しを聞いてやれば何とかなるかも知れない。

とは言え、見つけなければどうにもならないのでどうにかして見つけたいところである。

 

「僕の所感だけど……貴之は全体的に運のいい傾向があるから、何かあるかも知れないね」

 

「ああ……確かに、あいつの運を考えると納得しちまうな」

 

貴之は自分がヴァンガードを続けるきっかけとなった師匠との出会いや、紗夜と言う共に悩み、歩いて行けるパートナーのような人がいたり──と、全体的に運は強い。特に人間関係は顕著である。

それを考えれば大丈夫そうな気がしてきて、二人して笑いあったところで始業のチャイム音が聞こえたので、話しを切り上げる。

 

「(貴之……僕も彼女を助け出す。もし、()()を持っている時点でダメだと言う事だったら……最後の詰めを任せてしまうことになるけど)」

 

──そうでもないのなら、君の教えを使って何とかして見せるよ。次の授業を担当する先生が来るのを待ちながら、一真は心の中で誓う。

その誓いを立てるとほぼ同時に担当の先生が教室にやってきて、宮地の変わらぬ日常がまた動いていくのだった。

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます……手伝ってもらって……」

 

「いえ、これくらい大したことではありません」

 

竜馬が聞き込んでいた時間から少し進んで、再び休み時間となり、紗夜は次の授業の資料運びをする燐子を手伝っていた。

燐子自身、一人で大丈夫だと思っていたら予想以上に量が多くて難儀していたので、紗夜に助け舟を出してもらえたのはありがたいことだった。

 

「(私にも……あこちゃんみたいな勇気が……ちょっとでもあれば……変われるのかな……?)」

 

手伝ってもらっている際に思い出すのは、昨日のことだった。隣りにいる紗夜はメンバー探しをしているらしく、今日はクラスの人たちに聞いていた。

あこも言っていたが、キーボードはまだ空いているし、自分はできるのだが今一自信が持てない状況なので、どうにかして自信を持ちたいところである。

 

「(今井さんと竜馬君の人伝でも空振りになっている……ということはつまり、予想外のところにいることを信じて動くしかない)」

 

予想以上に芳しくない結果と言えるだろう。これ以外にも「湊さんの基準を満たせてないからやめとく」と言う人もおり、この先も難航しそうなことが予想される。

燐子もその断った人たちと同じ理由で言うのが怖いのもあり、踏み出してみたいけど踏み出せないになっていた。

 

「(でも……言わなきゃ進まないし……うう……相談できる人……誰かいないかな……?)」

 

ゆっくりしているといつの間にか人が埋まってることになりそうだが、あこでやっと成功なのだから相当な基準であることも考えられる。

紗夜は相談しやすそうではあるが、判定を下す側の人に頼むのも何だかと思うし、恐らく今日も練習なのでそもそも相談に乗れる時間を確保でき無さそうであった。

 

「ところで白金さん、一つ聞いてもいいですか?」

 

「え……?えっと……何を……ですか?」

 

紗夜としてはもしかしたらと期待を込めて聞いただけだが、燐子からすれば、ある意味ではチャンスだと思える瞬間だった。

あこから話しを聞かせて貰っているお陰で驚きは減っているし、仮にそのことを話してしまっても紗夜なら平気だろうとも思えるので、少し気が楽になる。

 

「もしかしたら知っているかも知れませんが、私、ギターをやっていて……バンドのチームメンバーを探しているんです」

 

「あっ……確か……サポートを……やっていましたよね。えっと……バンドのメンバー……ですか?」

 

──あこちゃんにも……聞かれたな……。こうなると燐子は先が予想できた。

恐らく自分が知る限りで最も相談しやすい人であり、逃すと話したことの無い人に相談するか自分で決心をつけるしかなく、とても難しくなる。

 

「今現在キーボードの人が中々見つからない状態で困っているところなんですが……白金さんは、キーボードをできる人を誰か知っていますか?」

 

「キーボード……」

 

このままいないと答えてしまうのは簡単だが、()()()()()な気がした。

そして、その予感に従うのなら自分から声を出す必要がある。

 

「私じゃ……ダメ……ですか?」

 

「……白金さん?」

 

──のだが、自信が持てないせいで紗夜が聞き逃すくらい、呟くような声になってしまった。

ただ、当の紗夜は何かあるのに気づいた様子をしており、もう一回言えば届くかも知れないと思えばまだ何とかなっている。

 

「私……キーボード……できるんです」

 

「……!本当ですか?」

 

今度はちゃんと伝えることができ、紗夜も嬉しさと驚きが混ざった目をしていた。

まず始めの関門を突発できたので、次は自分の悩みを伝える段階に入る。

 

「ただ、今一つ……自信が持てなくて……」

 

「そうでしたか。私でよければ話しを聞くのですが、今日すぐにと言うのは難しいですね……」

 

紗夜としても、これは悩みどころであった。せっかく決心の付いた子の気が削がれてしまうよりも前に動きたいが、自分が練習を気にせず聞ける時間が少し先になる。

と、自分一人ならかなり難しいところになるが、他の人も鑑定に入れると何とかなりそうな所は見えてくる。その宛がある人の時間を使わせてしまうのは少し気が引けるところだが。

 

「白金さん。私の知り合いにですが、その悩みを話してみませんか?」

 

「えっ?い、いいん……ですか?」

 

その知り合いは自分からすると初対面なので難しいところはあるが、それでも遠慮してしまったら間違いなく自分のこの踏み出したものが台無しになってしまうのは明らかだった。

なお、燐子の問いに対して紗夜は「あなたの悩みが解決するなら」と、協力を惜しまない旨を告げてくれた。

ここまで言われれば燐子も遠慮する必要性を感じなくなり、素直に頼むことにする。後で紗夜がその人に連絡を取り、放課後花女の校門前で集合することになった。

 

「ちなみに……その知り合いって……どんな人ですか?」

 

「そうですね……。一言で表すなら『等身大の先導者』……でしょうか?これは、私が共にいる時間での経験からですが」

 

ここで紗夜の評した『先導者』とはヴァンガードが好きであることと、友人たちを同じ道、自分をギターへ導いたことが大きい。『等身大』は普段は自分でどんどん進んで行ける彼も、年相応の悩みを抱えることはあるし、そうなった人には寄り添ってあげられることからだった。

紗夜としては全く悩まないで進んでいくのもいいかもしれないが、やはり今の時々立ち止まることのある方がいいと思う。

自分だけが『先導者の悩む姿を知っている』と言うのは中々独占している感じを味わえ、紗夜は少しだけ嬉しくなってしまった。

 

「(『等身大の先導者』、か……)」

 

──どんな人なんだろう?紗夜の知人が気になりながらも、どうにか話せたことに燐子は一安心だった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、じゃあ行くか」

 

「今日はお悩み相談だっけ?」

 

放課後になり、教室を後にしようとした貴之は青い髪を肩に掛かるくらいの長さに整え、その青髪と同じ色の瞳をした少女──青山(あおやま)玲奈(れいな)が問いかけて来たので頷く。

彼女はこちらに帰ってきて出会った、女性ファイターの一人であり、その中でも実力者と言う有数の存在とも言える人だった。

ちなみに、貴之が紗夜にヴァンガードを教えることが彼女に伝わった瞬間、変わって欲しいとせがまれたのは記憶に新しい。

同じヴァンガードファイター同士と言うこともあり、転校初日からあっさり呼び捨てに移行した異性は彼女が初である。

 

「紗夜と同じ学校だったから、花女生ってことだけは確定してるし……取り敢えず対応は気を付けよう」

 

「竜馬から聞いたけど……お前湊さんとも一悶着あったらしいし、本当に気を付けろよ?」

 

竜馬から回ってきた話しを聞いていた大介は今回ばかりは……と願う。この男、転校してから間もないのに思い切りが良すぎるのだ。

貴之も改めて意識してから教室を後にして、花女を目指して足を運んでいく。

 

「(結構内気な子だって言ってたよな……?思いっきりすぎるのは当然ダメだが、慎重すぎるのも向こうに心配させて余りよくねぇ……)」

 

紗夜から聞いていた前情報を頼りに、貴之はどうやって話しを聞くのがいいかを考える。

参考にできる出来事は過去にあったので、それを元に考えていくのがいいと判断した。

その時は調理師の夢があるけど自信が持てないだったので、状況としてはかなり近しいものである。

 

「(ただ、その時は飯食ってやるで済んだが、こっちはオーディションを受けたいって声を掛ける為に自信を付けさせること。長話も覚悟しておかねぇとな……)」

 

そんな内気な子がいきなり自分と話して大丈夫なのかと言う不安はあるが、紗夜の知人と言う立ち位置が支えになっているようだ。

──取り敢えず、圧を掛けるつもりじゃないことはちゃんと話す必要があるな。最低限の考えを纏めたところで、偶然友希那とリサの二人と顔を合わせる。

昨日と違う点があるとすれば、リサがベースを背負っており、ネイルを剥がしているところだろう。

一気にやると色々不味いことになるらしいのだが、紗夜にそれを言われたので気付くことができ、慎重に行ったことで手や指に影響は及ぼさないで済んでいた。

 

「湊さんは練習だとして……リサは今日も見学兼手伝いか?」

 

「ええ。練習の時間はなるべく無駄にしたくないもの」

 

──苦手意識を持った人程覚えやすいのかもな……。友希那の考えを明確に分かっていた自分に気づいた貴之はそう考える。

リサの様子を見る限り、今日メンバーを見つけられないのなら、翌日は一度彼女のオーディションをやるのかも知れない。

 

「そう言う貴之は?今日は一人みたいだけど……」

 

「紗夜に頼まれごとされててな……今から花女に向かうんだ」

 

そこで何をするのかと問えば、貴之はお悩み相談と言う名の人助けと答える。

一応紗夜は相手のことは保留故にまだ友希那たちに話していないらしく、貴之と話してどうするかを委ねるそうだ。

 

「あなた……そんなことをする時間があるの?」

 

「究極的に切り詰めた思考だったら無いって言うけど……俺はそんな狭苦しい生活を望んでるわけじゃねぇしな」

 

紗夜が気づいてくれたお陰で自分はそんな思考を持たないで済んでいるので、感謝しかなかった。

故に、今回の友希那の問いに対する回答はこうなる。

 

「俺の悩みを解決してくれた紗夜の頼みだってこともあるが、何より俺は……困っている人がいるってのを教えられたら放っておけねぇ。だから、そう言うことができる時間はある……と言うよりも、胸張ってやりきったって言える為にも作る」

 

「そう……なのね」

 

「(……凄い。友希那の言葉を詰まらせた。)」

 

友希那がこうなった理由としては予想外の回答である時もそうだが、自分がその困っている人でもそうするのだろうかと言う疑問と、そうして欲しいと言う願望であった。

三つめは今の自分からすればわがままな面もあるが、どうしても期待してしまうものであった。

一方でリサも友希那と同じようなことを考えながら、紗夜を意識しているのかをまた考えている自分がいることに気づいた。

 

「おっと……練習っつうなら紗夜を待たせ過ぎるのもよくねぇよな。じゃあ、俺そろそろ行くよ」

 

「うん♪またね~」

 

こうして堂々と一人で女子校まで向かって大丈夫なのか?と普通なら不安に思うかもしれないが、意外にも貴之は平気である。

 

「今日も氷川さんのところに行くの?」

 

「ああ。ちょっと人助け頼まれてな……」

 

あの紗夜が助けてくれた先導者と明言する人なので、花女側は割と歓迎ムードであったからだ。

羽丘側も羽丘側で、自身の妹がいるからと言う理由で拒否されると言うことは無い。つまるところ、貴之の取り巻く環境は総じて間が良かったのである。

距離がある以上、校門前まで辿り着けば紗夜と恐らく相談したいと思っている人であろう、黒髪の少女がいた。

 

「あっ、来たわね」

 

「悪い。待たせたな……その子がさっき言ってた人でいいのか?」

 

こちらの問いに紗夜が頷いてくれ、確認を済ませることができた。

少々不安そうに、緊張した趣を見せる所から、あまり人と話すのが得意ではないのかもしれないと考える。

 

「は、初めまして……白金……燐子です」

 

「白金さんか……よろしく。俺は遠導貴之」

 

「……遠導って……えっ?ええっ!?」

 

名前を聞いた段階で燐子が驚いた様子を見せ、その様子で貴之は何らかの形で自分を知る経緯があったことを察した。

友人からの経由か、それとも自分でゲーム系の雑誌を買い、そこで自分を知ったのだろう。

 

「白金さん、何かの雑誌を読んでいますか?」

 

「は、はい……ゲームの雑誌を……読んでました……」

 

「ああ……うん。そこの中で大会の事まで書いてる雑誌、どれか分かっちまった」

 

一対一じゃないおかげか、燐子はそう言うことも普通に話せた。

今はいいが、問題はこの後なのだろう。こちらの名が知れているとは言え、初対面の人なのだから。

 

「ああ……さっき湊さんたちと鉢合わせたんだけど、紗夜もそろそろ行った方がいいよな?」

 

「そうね……待たせるのは良くないもの。後はお願いしてもいいかしら?」

 

「(凄い信頼関係……前に……何かあったのかな?)」

 

燐子が信頼し合っていると言うのが見て取れる程、この二人の会話はスムーズで迷いが無い。

話し終わった後に紗夜が移動する旨を伝えたので、燐子は彼女に礼を告げて見送る。

 

「さてと……どこか落ち着ける場所で話すのがいいかな?」

 

「は、はい……そう……ですね……。どこにしましょう?」

 

間違い無く立ち話しをする内容じゃない。それだけは確かなので、燐子は彼の提案を呑む。

自信がある無いに関わらず、そもそも女子校の前で長時間話すことに問題があるのだ。

燐子自身はいいが、共学校にいる貴之がここに長居すると面倒ごとがやってきそうな未来が見える。

 

「そっちがよく行く店でいいよ。慣れている場所の方が話しやすいだろうし、俺は特に好き嫌いないし」

 

「あ、ありがとうございます……じゃあ、商店街のところにある……喫茶店で……いいですか?」

 

気遣いがありがたいし、貴之からの承諾を得た燐子は彼と共に商店街へ足を運んだ。

一先ず喫茶店の一つに入り、二人組が推奨される席に案内してもらった後、それぞれが飲み物だけ注文する。

注文が来るまではここへよく来るのかどうかを話し、少しでも気を楽にさせてあげる。

 

「さて……一先ず確認だけど、キーボードのメンバーとしてオーディションを受けたいけど自信が持てない……で、いいんだよな?」

 

「そうなんです……その……私の基準と、友希那さんたちの基準って……違うと思うので」

 

「なるほど……確かに、言いたいことはよく分かるよ。作った飯の上手さの基準とかも人によって違うしな……」

 

丁度数年前、似たような悩みを解決している時のことを思い返しながら、貴之は燐子の話しに同意を示す。

ここで同意を示せない場合は最悪手以外何物でもなく、それ以降燐子の言葉一つ一つが一気に自信の無いものへ早変わりしてしまう。

現に同意を示したことで燐子は安心するし、貴之が話しに食いつけそうなネタを放り込むことで、燐子が話しかけに行けるタイミングも作れた。

 

「料理……ですか?」

 

「ああ。ここを離れてる間になんだけどね……お隣さんの子が調理師志望だったけど自信を持てていなかったんだよ」

 

当時はその人の料理を食べて感想を述べる形で解決していたのだが、同じ手段でもいいのだろうか?と疑問に思う。

彼女の場合はピアノかキーボードになるはずで、さらには今日が初対面と言うこともあってこれは非常に難しいところである。

これ以外にも素人である自分が聞いたところで、具体的なことを言えないのが難点である。一応努力の形跡等を辿ることで技術的な基準は図れるのだが、今回は燐子がそれを持っていないので断念することとなった。

 

「ご、ごめんなさい……用意できれば……よかったんですけど……」

 

「今回は仕方ない。急な話しだったんだから」

 

燐子が謝ったら決して強い言葉で責めない。これも大切である。ここで強い言葉を出したらアウトになる。

ただ、このまま何も話さないで進まない状況も不味いので、話しの内容を変える。

 

「そうだな……なら、ピアノの方で何か実績はある?」

 

「実績……ですか?えっと、コンクール……大会みたいなものと……思ってくれればいいんですけど、そこで度々受賞をしてます……」

 

「確か、コンクールで受賞できるのは一人だけ……なんだっけ?」

 

「はい……多くの人が集まる中で、受賞できるのは……一人だけなんです」

 

コンクールは舞台の規模は様々なだが、見ている人の数を考えたら自分たちの戦いの場と比べたら圧倒的に多いだろう。

確かに参加者で言えばこちらが多いのだが、後々全員がこちらを見るとなれば視線の数は燐子の方が勝っている……つまり、自分よりも大きな舞台で演奏したことがあると見ていいし、そこで受賞もしているのなら尚更だ。

 

「白金さん、凄い子なんだな……」

 

「……えっ?」

 

話して見て思ったことを呟くと、燐子が思わず驚いた様子を見せる。

何故彼女をそう評価したのか、そこは説明する必要があるだろう。

 

「俺もヴァンガードで結構な数大会に出たけど、大きな大会……正確には全国大会だな。そこで優勝できたことはまだないんだ」

 

「そんな……遠導君は……とても堂々としてますよ?私なんて……いつも怖くなって……」

 

「でも、怖くなっても逃げなかった……そうだろう?」

 

燐子は貴之が言ってくれたことでハッとした。いつも失敗したら……や、上手く行かなかったら……とコンクール前は怖くなってしまうが、一度演奏を始めてしまえば平気だったことを思い出す。

悪い言葉が帰って来るとは思えないが、その先の言葉はとても気になった。

 

「白金さんは大事な場面で必要な勇気は持ってる。実績だって、それだけの力があれば大丈夫だし……後は、それが途中で途切れないかどうかだと思う」

 

「あ、ありがとう……ございます……。でも、どうして分かるんですか?」

 

話しを聞いて想像できると言われれば納得できそうだが、気になったのは事実である。

 

「信じてもらえるかは分かんねぇけど……ヴァンガードファイトを重ねていった結果だと思うんだが、いつからか俺はその人の頑張りの量や形が、何らかの物かその人を通して見えるようになったんだ……」

 

──今回はピアノの話しを聞いてたおかげなんだ。ヴァンガードファイターたちの場合はファイトしている最中であることも教えて貰うが、貴之のようにそこまで察知できる人は始めてなのでそう言う人もいるくらいの認識で留まる。

 

「でも……あこちゃん……私の友達もそう言ってたし、信じられる……かな?」

 

「あこと仲良かったのか……こっちの妹が学校で席隣になってるみたいなんだよな……」

 

知っている人の名前が出たので、思わぬところで共通点発見となった。

そして、この共通点の発見と同時に、燐子は一つ大事なことに気がついた。

 

「私……あこちゃんみたいに、怖がらないで……前に進んで行く勇気が欲しいって、思ってたんです」

 

──その欲しかったものは、ずっと昔から持っていたのに……すっかり忘れちゃっていたみたいです。気恥ずかしい思いと嬉しさから、燐子は頬を朱色に染めながら笑みを浮かべた。

貴之と話せたことで思い出すことができ、心の準備さえできれば話しに行くのも可能だが、少し気になっていることがあった。

 

「遠導君にも……こんなこと、ありましたか?」

 

「俺か……。俺の場合は似てるけど、ちょっと違ってくるかな……何か思い切ってやりたいと思ってたけど、ヴァンガードを知るまで何も見つからなかったんだ……」

 

ヴァンガードを知る直前はどこか退屈そうにしている顔が見えていたとは、母である明未の談である。

早い話しが燐子は『やりたいことはあっても、踏み出す勇気が持てない』。貴之は『踏み出す勇気はあるが、やりたいものが見つからない』と言う対比であった。

また、紗夜は自分のヴァンガードをする姿を見て思い切ってやりたいことを探し、その結果ギターを選んだので、ヴァンガードの存在は自分たちの運命を大幅に変えたと言っても過言ではない。

 

「そこからは、周りが一気に明るくなったようにも感じた。夢中になることってこんなにも楽しいんだってな……」

 

「ふふっ。その気持ち……わかりますよ」

 

──きっとそれは、ギターを弾いてる氷川さんも……ドラムを叩いてるあこちゃんも……きっと同じ。ここまで話せれば、燐子としてはもう大丈夫なところまで来ていた。

 

「遠導君が夢中になった世界……ちょっとだけ、見に行く時間……ありますか?」

 

「そうだな……この時間なら、一回ファイトしても少し余裕は残るかな。なら案内するよ」

 

その前に事前練習として新しいものに触れてみようと思った燐子の頼みは承諾され、二人は注文した物を飲み切って会計を済ませ、喫茶店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はここまでね……」

 

「な、何とかやり切れたぁ~……」

 

貴之と燐子が話し合いを始めてから数時間後。スタジオを借りていられる時間の終わりが来たので友希那たちは練習を切り上げることになる。

今回の練習を通した課題として、あこにはペース配分または体力強化が出されることとなった。勢いがあることはいいのだが、維持できないと後で台無しになってしまうからだ。

 

「そう言えば、結局メンバー見つかってないんだっけ?」

 

「ええ。このままなら、今井さんの日程に合わせて……」

 

──オーディションの日を決めてしまいましょう。と、紗夜が言おうとしたところで、彼女の携帯にメッセージが届いて入ることに気付く。

送信主は貴之で、内容は『燐子が決心付いたから、そっちに案内する』とのことだった。

 

「任せて正解だったわね……」

 

「紗夜、何かあったの?」

 

「貴之から……キーボードでオーディションを受けたいと言う人が、今見つかりました」

 

「……!?」

 

ここ来ての朗報に友希那も驚く。きっともう少し先だろうと思っていたし、まさか貴之が見つけるとは思っていなかったからだ。

こちらに向かうと言う連絡が10分程前に来ているので、もう少ししたらここへ来ることが分かる。

そうなればのんびりしていられないので、急いで片付けと次の予約を済ませて一度出入口の近くで待つ事にした。

 

「キーボード希望だってのと、さっき俺に話してくれた実績を話せば大丈夫。後は自分を信じる……もう大丈夫だよな?」

 

「うん。貴之君が教えてくれたから、大丈夫」

 

彼女らがその待機を始める頃に、貴之らはもうすぐで到着するくらいの場所に来ていた。

燐子から『自分が思い切って進めた証に』と頼まれたことで、互いに名前呼びすることを決めている。

 

「私、貴之君に話しを聞いてもらえてよかったよ……」

 

「それなら何より。後で紗夜に礼を言わねぇとな……。今回のことも、紗夜が教えてくれたからできたんだし」

 

紗夜は『悩んでいる人を見つけたが、悩みを解決する為の時間が無い』。これには対する貴之は『悩みを解決する為の時間はあるが、悩んでいる人を知らない』であった。

ならば紗夜が貴之に伝え、紗夜がやりたかったことを理解している貴之が代行してやればいい話であり、これが燐子の悩みを解決する道に繋がる。

 

「悪い。待たせた」

 

「大丈夫よ。それよりも、キーボードで入りたい子がいたって聞いたのだけど……」

 

「ああ。それがこの子だ」

 

友希那に問われた貴之が答えながら体を横にして移動すると、貴之の後ろに隠れていた燐子が四人の前に姿を現した。

 

「えぇっ!?りんりんキーボードできたの!?」

 

「白金さん、もう大丈夫そうですね?」

 

「はい。おかげさまで……」

 

いつもより明るくなったように感じる彼女を見てあこが気になり、紗夜は変わるきっかけを掴んだ事に気付き、後で話しを聞いて見ようと思った。

 

「あなたが、キーボードとして入りたい子………で間違い無いわね?」

 

「はい。私は白金燐子です。実は、小さい頃からピアノをやっていて、度々コンクールで受賞をしています」

 

「(たった数時間でここまで……今度少し教えて貰おうかしら?)」

 

紗夜からすれば、貴之の話しの聞き方は今後の参考になると思うので、是非とも聞いておきたかった。

また、この一方であこは一つ思い当たる物を思い出す。

 

「(りんりん……少しだけだけど、『NFO』でチャットを打っている時に近づけたのかな?)」

 

あこは燐子と普段から『NFO』──正式名称『Neo Fantasy Online』と言う、国内で最もプレイされているオンラインゲームをやっていて、その時のチャットは普段とは違って明るさの溢れるものだった。

流石に顔文字等再現できる程の豊かさまでは行かないが、それでも変わっていることだけは感じ取れる。

 

「こんな私ですけど……オーディションを、受けさせてもらえませんか?お願いします」

 

『…………』

 

燐子が綺麗に頭を下げたのに対し、四人に暫し沈黙が走る。最も硬直が少ないのは接点が無いことと広い心を持って話しを聞いていたリサで、誰かが良いと言えばすぐに乗るつもりでいた。

紗夜もこれなら全く問題ないと言いたげな笑みを浮かべているので、横で見ていた貴之は問題なさそうだと確信を抱く。

その証拠と言わんばかりに、友希那も確信を持って納得したように頷いている。

 

「いいわ。そこまで言うのなら、オーディションを引き受けるわ。あなたたちもそれでいい?」

 

「うん。アタシは大丈夫♪」

 

「あこも大丈夫ですっ!」

 

「私も賛成です。ここまでやってくれたのなら、何も心配は要らないでしょう」

 

友希那が周りに促せば、それぞれの言い方で賛成を示す。

決まったことで友希那が「顔を上げて」と促し、それを受けた燐子がゆっくりと顔を上げる。

 

「全員が賛成したから、日程を決めましょう。予約を入れている日が……」

 

友希那に予約を入れている日を見せてもらい、燐子は自分の予定と照らし合わせてオーディションを受ける日を決める。

その結果、オーディションを受けるのは休み明けに決まった。

 

「(アタシにも、こんな人が隣にいれば違ったのかな……)」

 

貴之と紗夜の協力姿を見て、リサは思わず考えてしまった。

日程が決まったことで今日はこれで解散となり、帰り道が途中まで同じなので、燐子は忘れない内にと貴之を呼び止める。

 

「今日は、話しを聞いてくれてありがとう。貴之君のおかげで、私もようやく自分から進むことができたの」

 

「どういたしまして。紗夜もありがとうな……お前が教えてくれたから、燐子を支えられた」

 

「お礼を言いたいのは私もよ。白金さん、オーディションの方頑張ってくださいね」

 

「……はい!二人とも、本当にありがとうございます!」

 

燐子の花咲くような笑顔を見た二人は、互いに顔を見合わせて笑う。

一人ではダメでも、誰かと共にならできる──。それが今、目の前で証明された瞬間であった。




紗夜が柔らかい性格しているおかげで、燐子は早い段階で相談ができました。
燐子も名前呼びするようになったので、近いうちに友希那も名前呼びすることになります。

こちらの一真は本編と違い、迷いが最初から消えていて、助けたい人がいる状況になりました。これも貴之の状況が変わっている影響です。

次回はファーストライブの場合、貴之と共に会場に行く人が変わらず、梨花と顔を合わせる場面が無しになり、演奏する曲から『Legendary』が省かれるくらいしか変化がないのでこちらは飛ばして、Roseliaシナリオの11話と12話をやっていこうと思います。

一先ずこれを書き終わったら本編を再開し、予定通りRoseliaメンバーでファイトイベントをやっていこうと思います。

ここからは再び変化の内容を書いていきます。最初の2話分よりは長くないはずです。


燐子を支え終えて帰った後の貴之
・日菜に「あの子可愛かった?」とか、「おねーちゃんとどっちがいい?」とおちょくられたくらいであり、特に釘刺しはされていない。
・紗夜と日菜と三人で燐子を支えた時の方法を共有し、次に各自で使えるようにする。
・出来事を聞いた明未から、貴之は何かと頼られるタイプだろうなと改めて確信される。
・あこが燐子と小百合の二名と仲が良かったので、休日に貴之と巴込みで顔を合わせることになる。なお、その途中で氷川姉妹とも合流し、七人で落ち着ける場所で談笑した。


一真個人の変化
・貴之の協力によって『PSYクオリア』の悩みは解決済。
・↑に伴い『PSYクオリア』無しで勝つことには固執していないが、『PSYクオリア』も使って、何らかの形で貴之に自分なりのファイトで恩を返したいと考えている。
・今現在、助けたい人がおり、その人を助ける為に奮闘中。


花女生から見る貴之
紗夜が度々言っていた『今の自分を話す時に欠かせない存在』であり、彼女の人間関係に大きな支えを与えた恩人とも言える人。互いに頼りつつ頼られつつな関係である為、仲がいいことは保証されている。もしかしたら紗夜の意中の人かもしれないので、もしそうなら是非とも結ばれて欲しい。


羽丘生から見る貴之
最近転校してきた小百合の兄で、日菜と元々仲が良かった人。後から幼馴染みと教えてもらったので、そりゃそうだと納得している。あの音楽以外の話しはまともに取り合ってくれない友希那と、音楽の話題を持たないのに、紗夜との縁で話しを持ち掛けさせたとんでもない人でもある。


貴之らの学力に関して
・日菜>紗夜≧一真=玲奈=弘人>燐子≠竜馬≠大介>貴之>俊哉≧リサ>友希那≧あこの順番
・左側にいる人物であればあるほど学力が高い。
・貴之は『周りが勉強できる子だらけだから、ちょっとはやっておこう』、『妹に見栄を張らせてやりたい』の二点でちょっと頑張った結果学力が向上。俊哉より上に
・友希那は『補習さえ避けられればいい』と言う思考で行っている為、本当に最低限までしか学力を確保していない。リサより下に
・宮地組は全体的に高め。紗夜は『勉学でも欲を出せるか』と言う思考の下で努力したので、微量ながら学力向上


こんな感じになります。ここまで読んでくれた方は本当にありがとうございます。


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イフ5 二つの再動、助けを呼ぶ声

予告通りRoseliaシナリオ11話~12話分です。
一旦ここで紗夜がヒロインの話しは区切りとして、次回から本編に戻っていきます。

ガルパピコ……まさかのこころ&ミッシェルでガイナ立ちをやるとは思わなんだ……(笑)。今週のビックリドッキリメカパロだったり、今回はメカ関連のあるアニメパロが多かったですね。

ヴァンガードifは今回も楽しい裏話を聞けて満足でした。宮野氏の「声優ですから」の下りには痺れる物がありました。来週はとうとう櫂が出てくるので、どうなるかが目を離せないところです。


互いが違うモノを選び始めたのは、初恋が影響だったことをよく覚えている。

 

「伸びて来たわね……髪、切りに行く?」

 

「うんっ、行くっ!」

 

「えっと、伸ばして見たいんだけど……ダメ?」

 

同じ日に生まれている為、髪を切りに行くタイミングは基本的に一緒になるのだが、母親のように伸ばして見たら彼が意識するかが気になり聞いてみた。

本音はコレだが、建て前的な理由を出すとすれば、双子故に誤認されることが多かったので、髪の長さが変わればそれも減るのではないかという理由がある。

それを聞けば妹は不思議そうに首を傾げるが、母親の方は二つの理由に気づいて優し気に笑った。

 

「でも、前髪まで伸ばしちゃうと暗い印象与えて良くないし……後ろは切らないで周りを整えてもらいましょう」

 

妹にも確認してみるが、彼女は動きやすい方がいいので切ることにした。

そうして互いの趣向が別れた次の週から誤認されることは減っていき、どちらがどっちかというのはしっかりと分かってもらえた。

 

「あれ?もう入るスペースないや……」

 

「こっちも残っていない……参ったわね」

 

幼馴染みと別れた後も姉妹仲は良く、別段同じ部屋でも気にしていなかったが、お互いに必要なものが部屋に入りきらないとなれば流石に話しが変わる。

仕方がないのでこれを父親に相談し、後日片方が今までの部屋に残り、もう片方がその隣の部屋を使うことになった。

 

「まあ、成長してるんだからそこは仕方ない……。部屋は違ったとしてもいつだって会えるんだし、そんなに気を落とすことは無いさ」

 

自分と同じ部屋でなくたったことを妹は残念がっていたが、父と同じ気持ちであった為どうにか慰める。

また、この数日後に進路を決めるのだが、この辺りから姉妹の好みの違いが明白に出てきた様な気がしていた。

 

「むむ……特待生があるんだ?あたし的には制服も気に入ったし、こっちを受けようかな?」

 

「制服で決めたのは一緒だけど、気に入ったのは別々だったみたいね?」

 

決めた理由は一緒だが、選んだ場所が違った。そんな偶然に二人して笑い、後はお互い頑張るだけとなった。

最初の頃は双子だからと拘っていた妹が、いつの間にかそれから離れているのに気付き、少しだけ寂しく思ったのは今でも内緒である。

 

「もしもだよ?あたしのやりたいことが、おねーちゃんと同じになったら……どうするの?」

 

「同じになったら、ね……」

 

中学生になってから少ししたある日。幼馴染みと自分がやりたいことを思い切ってやっている姿が楽しそうに見え、今日から探そうと考えた妹からの質問であった。

もし、自分が悩みを打ち明けなければ酷いことを言ったかも知れないが、今はそんなことにはなっていないので「もう決まっているわ」と、前置きを作る。

 

「同じになっても辞めたりはしない……簡単に負けるつもりは無いけど、抜かされても追いつく……いえ、追い返してやるんだから」

 

「それなら良かったよ……!ありがとう、おねーちゃんっ!」

 

これは決して才を理由に投げ出しはせず、大切な妹を一人寂しい場所に残して行きはしないと言う、彼女の宣誓でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んん……?」

 

貴之の全国大会出場を決める地方大会が終わった翌日──。夢から醒めた紗夜は体を起こしながら一度大きな欠伸をし、目元を軽くこすって眠気を取り払う。

 

「(懐かしい夢を見たわね……)」

 

こんな夢を見たのは昨日の大会もあるかも知れないが、一番の理由は他にある。

 

「(本当に、同じ道になるなんてね)」

 

昨日見せてもらったポスターがあり、それは日菜の入っているチームがバンドのライブをすると言う告知のもので、これは彼女がギターを始めたことを表している。

チーム名はPastel*Palettes(パステルパレット)――。後に『パスパレ』という呼び方をされるようになるチームである。

彼女らは『アイドルバンド』という、言わば『バンドをするアイドル』で売り出していくつもりであり、そこに入った日菜もアイドルとして扱われることになる。

それを聞いた紗夜は「バンドをするんじゃなかったの?」と聞いてみたが、「バンドはやるよ?面白そうだったからここを受けたし……」と興味本位に近いことが判明した。

別にダメと言うつもりは起こらなかったが、今度は彼女がアイドルとしてしっかりした対応をできるかと言う心配事が発生する。

というのも、彼女は自分の感性に従うことが多いタイプなので、そこが理由で楚々の無いことをやってしまわないか、自分が教えた方が良いだろうかとどうしても考えてしまう。

 

「いえ……本当に必要なら、自分から聞きにくるでしょう」

 

彼女は自分の感性に従うと大体成功しているのを知っているので、深く考え過ぎないようにした。

それよりも大事なのは、遂に日菜の考えていた『思いっきりやってみたいものが被った』ことにあり、夢で思い出されたように自分の誓いが試されるだろう。

 

「なら、やってやるだけよ……!」

 

すぐ近くにいる競合相手を、心のどこかで待っていたのかもしれないわね──。改めて意を決した彼女は、一先ず練習のこともあるのでシャワーを浴びに着替えを持って部屋を後にする。

その後はギターの状態を確認した後、練習前に楽器屋へ行くべく早めに家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな。わざわざ呼んで……」

 

「僕は大丈夫だよ。というか、竜馬以外は問題無いんじゃないかな?」

 

紗夜が決心してからおよそ二時間後──。喫茶店で貴之ら小学生時代から付き合いのある四人は集まっていた。

貴之の問いに答えた緑色の髪を持った少年──篠崎(しのざき)弘人(ひろと)の答えはごもっともであり、竜馬は一度確認を取る。

 

「俺がいてもいいのか?弘人や大介はともかく、俺は試合残ってるぜ?」

 

「まあ普通なら問題大アリかも知れねぇけど、今回は何も言わない方がよくねぇって思ったからな……」

 

貴之がこの三人を呼んだのはヴァンガードのデッキ構築に関する話しであり、貴之と同じく全国大会への出場が決まった竜馬は再び彼と対戦する可能性を否定できない。

地方大会の結果としては、貴之が決勝戦で一真の隠し玉である『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』へ対応が追いつかず惜敗。大介は全国大会の切符を掛けたベスト16決定戦で貴之の隠し玉の『ボーテックス・ドラゴン』による奇襲を受け惜敗。竜馬は準決勝で貴之に猛攻を耐えきられ、返しの『ドラゴニック・ウォーターフォウル』を防げず敗北。弘人は一真と二回戦で戦い、連撃を耐えられた後『アルフレッド』と『ブラスター・ブレード』のコンボを前に敗北となる。

 

「実は、全国大会に向けたデッキ構築のパターンを二つ考えててな……お前らの反応次第で片方を()()()()()つもりなんだ」

 

「……そんなにヤバイやつなのか?」

 

竜馬の問いに、貴之は静かに頷いて肯定を示す。

焦りはしたものの、却下するのは話しを聞いてからでも遅くないので、一先ず聞いてからと言う判断を三人揃って下す。

 

「取り敢えず、その捨てるかも知れない方を聞こうか……。もう片方は、その後でいい」

 

竜馬がわざわざ聞く必要も無くなるので、大介の選択には反対しない。

ならばと腹を括った貴之は、「一応、昨日の段階で紗夜には話したんだが……」と告げながら、反応次第で取消を決めていたデッキの軸となるユニットを公開する。

 

『……!』

 

「まあ、そうなるよな……」

 

三人が強張ったのも無理はないと貴之は思った。何しろこのユニットは制御するのに当たってリスクが大きすぎ、まともに使えたファイターが極めて少ないのだ。

長い時間ここにいた竜馬たちはおろか、遠征を重ねて色んなファイターと戦った貴之ですらそれを見なかったのである。

 

「そうか……。ヤバイやつってのは、コイツだったのか」

 

「ああ。こんなの話さずに使ったら、お前らキレるだろうし……特に竜馬は俺をブン殴る可能性があるしな」

 

三人は誰も反対をしない。紗夜に『一人では……』と言う価値観を分け合ったこの男が一人よがりの真似をしようものなら、竜馬は殴る自信しか無いだろう。

少し考えたら後、竜馬は自分の結論を口にする。

 

「俺には今、三つの答えがある……」

 

『……三つ?』

 

その結論の前置きに疑問を抱く三人だが、すぐに納得のいく答えが帰ってきた。

 

「まあまず、一ファイターとしては賛成だ。壁をブチ破って進むっつうのは、新しい可能性の証明にもなるからな……。んで次に、ダチとしては反対だ。過程で何が起こるか分からねぇ以上、後遺症でも起こされたんじゃ世話ねぇからな……」

 

竜馬の言いたいことはよく分かる。成功すればファイターたちに影響を与えるが、大抵の人が一回目の使用で挫折して諦めてしまうことから未知数であり、何が起こるか分からない状況が出来上がってしまっている。

これに関しては弘人も大介も同じだったらしく、二人揃って首を縦に振って自分たちもそうだと貴之に告げる。

 

「最後に三つ目。これは俺個人としてだが……お前がどうしたいかで決めるべきだ」

 

「……えっ?おいちょっと待て。ここ来て最後に自由意志になるのか?」

 

「確かに、貴之が誰かにこうしろって言われて納得しないだろうからね……」

 

「一般生活ならまだしも、ヴァンガード関係になるともうな……」

 

こうなるのはもう分かっていたので、大介と弘人でやれやれと言った様子を見せる。

 

「まあ、確かにお前らの言う通りだな……」

 

「そう言うことだ。流石に対戦相手だから手伝えねぇけど、使う使わないはちゃんと話してくれたならいいんだ。ただ、使うなら無事に成功させて帰って来いよ?」

 

「……ああ。ありがとうな」

 

親友たちに背を押された貴之は、そのユニットを使用する決意を固め、この後早速デッキを構築するのであった。

 

「(一真……お前があいつにできる範囲の救いは全部出来てる)」

 

──後は俺に任せろ。一真に勝つこともそうだが、まずは一人の少女を救う為にこのデッキは使われるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(……取り敢えず、無理に変える必要は無さそうね)」

 

貴之が竜馬たちに打ち明け、デッキ構築を始めるよりも少し前──。紗夜は楽器屋でギターの弦を見ていた。

弦を変えてみようかと言う選択肢もあったが、コンテストが近いので無理に変えるのは却って危険であることから、一先ず今回は保留にし、普段使っているものを買い物籠に入れる。

練習があるから当然ではあるが、後々家まで取りに戻らなくても良いようにと予めギターは持って来てある。

友希那と考案した課題を三人がしっかりと達成できているかを確認する日でもあるので、今日の練習は皆気合いを入れているだろうことは明らかだった。

 

「(どうなっているかしら……?)」

 

「おっ、久しぶりだね紗夜ちゃん」

 

気になっている際に、この店の店主である男性から声を掛けられる。

度々世話になっているこの店だが、テスト期間に入って以来一度も来ていなかったので、紗夜は久しぶりの入店だった。

 

「この間のライブ凄かったらしいね!」

 

――ほら、写真載ってるよ!と彼は携帯電話を操作してその記事を見せてくれる。友希那の影響が強いのもあるが、注目されているのは確かだ。

確かに、カメラを持っている人が何人か来ていたなと思い返していた紗夜は、ちらりと彼の背後にあったポスターに気付く。

貼られているポスターが昨日も日菜に見せて貰ったものと同じだったので、思わず困った笑みを浮かべてしまう。それが原因で写真の写りが悪かったのかと心配されてしまい、理由を説明した。

それによって理由に気づいた彼がPastel*Papettesのことを説明してくれるが、既にそのメンバーにいる人から聞いてしまっている紗夜は新鮮味を感じられず申し訳ない気持ちになる。

 

「……ん?そう言えばこのギターの子、紗夜ちゃんに……」

 

「ええ、妹ですよ。双子の……ですが」

 

彼に別段悪気が無いのは分かる。姉妹で、しかも双子なのだからこういった反応はすぐに起こるのだ。

しかしながら紗夜自身これを苦には思っておらず、日菜がようやくやりたいことを見つけた方に喜びを感じている。

 

「なるほどね……通りで似てると思ったよ」

 

「そうですか?性格とかは似てもつかないのですが……」

 

「漂う雰囲気が似てると思わせてるのかもね……。紗夜ちゃんがこの子と同じ格好したら言われるかもしれないよ?」

 

「えっ!?わ、私がこんなフリフリした格好しても似合いませんよ……!」

 

店主の提案に、紗夜は顔を真っ赤にしながら慌てて否定する。仮にやったとしても恥ずかしさが勝ってしまいどうしようもないだろう。

以前貴之には『好む服装が一部似てるし、お互いが似た格好をすると知らない人も双子って気付くかも』と言われたことがあったので、もしかしたらそうなのかも知れない。

姉妹仲がいいことは喜ばしいことであり、その関係を大切にするよう店主に勧められ、紗夜は迷うことなく頷いた。

 

「あっ……!もうこんな時間!?すみません、練習があるのでそろそろ行きますね!」

 

「うん。頑張るんだよ」

 

すっかり話し込んでしまっていたことに気づいた紗夜は、店主に一礼してライブハウスへ向かう。

ライブハウスに到着したのは練習開始五分前であり、彼女もそんなことがあるんだと知り、少しだけリサに弄られた。

 

「あっ、紗夜。このポスターなんだけどさ……」

 

「すみません今井さん……。お気持ちは分かるのですが……実は私、それを見るの三度目なんです」

 

なお、練習の休憩時間で紗夜に店で見たポスターを見せられ、反応に困ってしまったことを記しておく。

別に怒っているわけではないのだが、リサの罪悪感ある表情を見て、次は言い方を気を付けようと意識するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「紗夜、燐子、これってもう見た?」

 

貴之がとあるユニットの使用を決断した翌日──。放課後の教室で、紗夜と燐子は希美に一つの電子画面を見せられる。

それはこの前自分たちがファーストライブを行った時のものだった。

 

「ああ……テスト期間直前に行ったライブの時のものですね?内容は『孤高の歌姫(ディーヴァ)友希那がついにバンドを結成』と……確かにこの前見ました」

 

「どう?実際に組みたいって思った人たちと一緒に演奏して」

 

「ええ。とてもいいものだったわ」

 

紗夜の肯定は燐子も同じだったらしく、満面の笑みと一緒に頷いていた。

燐子が同じチームに入ったことを機に、元より紗夜と仲の良かった希美を引き合わせて見たところ、燐子と希美が仲良くなるまでに時間は要さなかった。

以後、こうして学校内では三人と場合によってはその他友人たちがと言う構図が出来上がり、燐子の交流範囲は一気に広くなったと言える。

なお、友人たちは燐子のスタイルを見て羨んでいるが、燐子自身は『異性を引き付けるなら中身や、当人たちの間にあった出来事が大切』だと紗夜と貴之の関係を通して感じている。

 

「あっ、そう言えば二人とも。今気づいたんだけどさ……」

 

「……?どこか、写りの悪い場所がありましたか?」

 

「いや、そっち自体は問題無いんだ。このベースをやってる子なんだけど……」

 

「……今井さんが?ああ、希美の言いたいことは分かったわ」

 

全員の格好を見て、リサがどうしてもと言うことになってしまっているのだ。

希美のおかげで気づいた二人は、思わず顔を見合わせる。

 

「今日、話してみますか?」

 

「そうですね……後で、タイミングを見て切り出しましょう」

 

「何かいい案出るといいね?」

 

今日はこの後記事に載った記念としてのお茶会があるので、その時に切り出してみることを決めた。

時間にも余裕があるので、一度着替えに行くのも兼ねて紗夜と燐子は教室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「湊さんだけ来れませんでしたね……」

 

「予定があったとは言え、五人が揃わなかったのはちょっと寂しいですね」

 

花女でRoseliaの話しがあってから数十分後。友希那を省いたRoseliaの四人は羽沢珈琲店で練習の一休みとして、一度お茶会をしようという話しが出ていた。提案者はあこである。少し遅めの時間から始めることにしていたため、全員が着替えてから来ている。

リサはこう言ったことを好む傾向があり、燐子もそれなりの人数で話す機会を得られるからと参加。紗夜もチームの距離感を縮められるいい機会と考えて参加を決めた。

友希那だけは『予定が入ってしまっている』と断っていたが、恐らくは無理矢理にでも断ったのかも知れないと、貴之と共に友希那の危うさを認識している紗夜は考えている。

 

「……そういえばさ、三人とも。雑誌見て……どう思った?」

 

「あっ、えっと……えーっと」

 

リサに問われて、あこは何かそれっぽい感想を探そうとする。

今回のお茶会は雑誌掲示を記念したものになっているため、この話題を避けて通ることはできないだろう。

ならばと、紗夜は答えるよりも前にリサに確認することを選んだ。

 

「今井さん、一つ確認ですが……当たり障りのない回答が欲しいですか?それとも、思い切った回答が欲しいですか?」

 

「す、鋭いね紗夜……。うん、アタシは思い切ったのが欲しいから、遠慮しないでいいよ!」

 

「だそうですよ?宇田川さん」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

リサ自身が確認したいことだったらしいので、あこは「じゃあ……言うけど……」と前置きを作る。

 

「リサ姉だけ、ギャルっぽくて浮いてる……」

 

「……うぅっ!やっぱり友達が言ってた通りかぁ~……」

 

リサだけ明らかに場違いの強い容姿をしていることが仇となっていた。

これをクラスの友人にも言われたリサは、ここでも言われたことで嫌でも自覚することになって頭を抱えて落ち込んだ様子を見せる。

 

「ああ……!で、でもでも……ほらっ!紗夜さんも演奏はあんななのに普段は『優しいお姉ちゃん』って感じだし……なっ、なんて言うかさ……!」

 

「なるほど……どうやら、私は切り替えれば印象が変わるようですね」

 

「え、えっと……一言で言うなら何がいいんだろ?」

 

紗夜は平常時とライブの時では纏っている雰囲気が違う。これは確かに全員が感じていることであった。

また、紗夜自身はあこの評価が少し嬉しくなってしまったが、後々彼女の姉が嘆きそうなので余り言い過ぎないように言っておこうと考える。

 

「あこちゃんが言いたいのは、統一感が無い……ってことなんです」

 

「あぁ……統一感かぁ~。Roseliaに何か足りないと思ってたんだよねぇ~」

 

「確かに……私たちは技術を最優先という方針で集まったチームですから、統一感は不足していますね」

 

性格を筆頭に、Roseliaのメンバーは様々な要素がバラけており、そこが統一感を損なわせていた。

――あっ、統一感って言ったら……リサはそのことに関して一つ思い出したことがある。

 

「燐子と友希那って、結構服の趣味似てない?二人ともモノトーンコーデだし……」

 

友希那と燐子は白と黒の二色を中心とした服装を好んでいることが共通していた。

それを言われて確かに……と三人は思った。

 

「(りんりん、嫌じゃないならだけど……)」

 

「(……?うん、そう言う事ならいいよ)」

 

思いついたあこは燐子に確認を取り、承諾を得たので話しを持ち掛けてみることにした。

 

「実はあこが今来てる服、りんりんのお手製なんですよ……」

 

「「……!?」」

 

その切り出しに紗夜とリサが驚いた。燐子があこの服装をハンドメイドできたと言うことは、この統一感の不足を解消できる手段を持っていることを意味する。

 

「だから、みんながよければステージ用の衣装を作ればいいんじゃないかなって……」

 

「うんうん♪アタシはいいと思うな~……紗夜は?」

 

「ええ、私もいいと思います。後で湊さんに確認を取りましょう」

 

反対意見が出ないまま全員が賛成となったので、ここからは衣装を作ること前提で話しを進めていく。

 

「大丈夫だった場合はサイズを測らないといけないので、場所があればいいんですけど……」

 

「次に全員で練習をする時、休憩時間中にしてしまうのがいいかもしれませんね」

 

ライブハウスの一室であれば周りをそこまで気にする必要は無いし、確実にできる。

確かに誰かの家に集まろうとして部屋の広さが足りない等の事態は避けられるので、良い提案だった。

流石にテスト期間の時とは訳が違うので、遠導家は除外となる。いくら何でも貴之の精神衛生面に悪い。

 

「じゃあ、アタシから友希那に伝えとくね♪」

 

サイズを測る場所等があっさり決まったことで、その後は雑談をしたのち家で自主練習という話になって、一回目のお茶会は解散となった。

彼女が帰ってくるタイミングで伝えればいいので、リサも一度家に戻って練習をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「――♪」

 

時間は貴之がとあるユニットを使用後の眠りから覚めた直後になる。友希那はライブハウスの一室で自主練習をしていた。今日は時間が迫っているのでこれ以上続けることはできず、今歌っているのが最後になる。

本当ならば彼女もお茶会に参加しても良かったのだが、そんな気分にはなれなかった為、一人練習することを選んだ。

一曲を歌い終わった友希那は肩の力を抜いて、一息ついた。

 

「(私……どうしたいのかしら?)」

 

最近、自分は妙に迷っていることが増えた気がする。友希那はそう感じていた。

父親の音楽を奪われて以来、認めさせる為ならどんな手段でも……と考えていたのに、今ではそうでない自分もいる。

大きな理由は二つあることは理解しており、頭に思い浮かべながら整理していく。

 

「一つは貴之君と紗夜……もう一つは、Roseliaのみんなで過ごしたあの一日……」

 

互いに支え合うことで折れる事なく進んで行く二人の姿は、自分にもそんな人がいて欲しいと思うようになるほどであった。

二つ目のRoseliaで過ごした一日とは、テスト期間での勉強を全員集まってどこか一日でやってしまおうと言う提案が出た時、あこが小百合に見てもらう話しが上がり、紗夜が貴之に掛け合って遠導家を使わせて貰ったのが事の始まりであった。

その時に父親が不在とは言え、遠導一家の家族で繋がると言う暖かさ。貴之と紗夜、小百合とあこを中心に伝わった誰かと一緒に過ごせる時間の楽しさ──。これらを知ったことにある。

紗夜たちと出会ってからの日々は、灰色のようになりかけていた景色へ色彩を取り戻すのに十分すぎる程の影響があり、それが今までの行動を振り返って苦悩させるのに大きく働いた。

 

「(話してしまえばきっと楽になる……けれど)」

 

──この話しを、Roseliaの四人には話せたものじゃない……。聞けばどうなるかが分かったものではなく、おいそれとそんな真似はできない。

となれば残された望みは数少なく、危険を承知でもまだ話せるのは貴之一人だけとなっていた。

出会った当時から自分の中にある物へある程度察しを付けているので、まだ聞いてくれるかも知れないと言う微かな望みを抱きながら荷物を纏め終え、自分の使っているスタジオが開いたことを受付の女性に伝える。

 

「お疲れ友希那ちゃん。今日は個人練かな?」

 

――最近特に頑張ってるね。と柔らかな声で労いの言葉を掛けてくれる。一人でいる時は時折こうして話すことはあるのだが、色々考えていた今は気を紛らわせるからいつも以上にありがたかった。

 

「Roseliaの方はどう?」

 

「まだまだ理想のレベルには程遠いですが……()()()()()です……。……?」

 

友希那の持つ理想の高さを知っていたとは言え、彼女から意外な言葉が出てきたので思わず目を丸くする。

また、答えた友希那自身も、こんな回答をする自分に戸惑いを覚えた。

 

「……どうかしたの?」

 

「い、いえ……」

 

どうしてこんなことを言いだしたのかが友希那には分からず、その答えが見つかるよりも前にスーツ姿の男性が目に留まった。

彼女の目線に気づいた友希那がそちらを振り向いたことで、男性は友希那に時間をもらえるかを問う。

 

「失礼ですが、どなたでしょうか?」

 

目の前の人に覚えが無い。その為友希那は一度確認を取る。

すると彼は友希那に名刺を渡して来た。そこから彼が音楽業界の事務所に所属している人であることが判明する。

 

「率直に伝えますが……友希那さん、うちの事務所に所属しませんか?」

 

「事務所には興味ありません」

 

――私は自分の音楽で認められたいから……。考え得る限り最悪のタイミングで来た話しはすぐに切り上げたかった。

その為それだけ言って立ち去ろうとしたところに、「待ってください!あなたは本物だ……!」と必死さある声に足を止められる。

言わせてから無言で立ち去ろうと考えたが、それは次の一言で封じられてしまう。

 

「私……いえ、私達なら……あなたの夢を叶えられる!一緒に、『FUTURE WORLD FES.』に出ましょう!」

 

「……!?」

 

まず一番に目指している内容が上げられたことで、流石に友希那も驚いた様子のまま反射的に振り向いた。

こうなってしまっては仕方がないので、話しだけは聞くことにして男性に続きを促す。

彼が言うには自分の二度目のライブの時に一度断られているが、諦めきれなくて調べたとのことだった。

ここまでは、「一方的に突き飛ばしていた時期かしら?」と思いながらまだ聞いていられた──と言うよりも、まだ内心も平静を保てていたが正しい。問題はこの先である。

 

「バンドにこだわっていることも知っています。だから……」

 

――あなたの為のメンバーも()()()()()()。この言葉が、友希那の平静さを表面上のモノだけに変えた。

受付の彼女も「メジャーデビューができるのでは……」と言っているし、父親の音楽を認めさせるならそれが近道なのではとも考えられる。

ただ、友希那はそう()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()のだ。

 

「(これを呑んだ場合はお父さんの夢だったフェスに、バンドで出られる……。でも、呑み込んだらもう戻れない……)」

 

頭ではこれが一番の近道と考えているが、この方法は()()()()()()()になるだけではないか?と言う疑問も浮かんできている。

さらに言えば、自分の心は引き返せ。この提案こそ一番突き飛ばさねばならないと警鐘を鳴らしており、自分の当初の目的を頭で思い出すも少しずつその目的を押し出して行っている。

──今すぐ逃げ出してしまいたい。濁流のようにせめぎ合う想いは、友希那が思考放棄を視野に入れたくなるのには十分すぎるものであった。

 

「そこに行って……私の望む景色はあるかしら?」

 

「勿論ですとも。その為にあなたと組む為の……」

 

「いえ、十分よ」

 

──あなたの言う景色は、とても寂しいものだと分かったから。話しを強引に切り上げられる糸口を見つけた友希那はそれを逃さずに言い切り、相手が答えるよりも早く出入口を通り抜けて行く。

今回はこうして切り上げられたからいいのだが、これで全てが終わったわけでもない。

完全に諦めるしかないと言う状況を作っていないので、また話しを持ちかけられてもおかしくないし、組んでからある程度時間が経っているのに依然として迷っている自分がいるのもどうなんだと思う。

以前までであれば何も迷うことなく選べたのかも知れない。ただ、今となっては四人が悲しんだり、怒ったりする顔は簡単に想像できるし、父親も今以上に辛そうな顔をしそうに思えた。

頭ではこれが正しいと考えていても、心はそう思っていない。そんな二律背反の状況が友希那に恐怖感を煽る。

 

「(お願い……!誰か……)」

 

──誰か助けて……!そんな祈りが届いたのかは分からないが、誰かとぶつかって倒れそうになり、その手前で自分とぶつかったであろう人に体を支えられることで難を逃れる。

 

「悪い、大丈夫……って、友希那?今日はお茶会じゃなかったのか?」

 

「あっ……貴之……君……?」

 

ぶつかった主はまさかの先導者であり、この状況では唯一話しができる人でもあった。

──と、言いたいところでもあったが、貴之は何やら疲労している様子が見えている。

一度気を紛らわすべく理由を聞いたら、これは「竜馬たちとの約束を果たす為の無茶」と答えた。

何でも使おうとしているユニットがまともに取り扱えるものではないらしく、それを無事に完成させるそうだ。

地方大会は小百合共々Roselia全員で見せてもらっており、決勝での惜敗を振り返って全国大会では何としても勝ちたいと言う意志が伺える。

 

「友希那……何かあったのか?」

 

「えっ……?」

 

話しを切り上げて自分の話しを持ちかけてきたので、友希那は思わず硬直する。

 

「だって、今にも泣きそうな顔してるぜ?」

 

「あ……!」

 

貴之に教えてもらったことで、自分がさっきまで何をしていたかを思い出した。

 

「えっと……その……」

 

慌てて取り繕うとしたが、もうそれができない位に平静さを失っている自分がいる事にはすぐ気づいた。

本当なら話したいと思っているが、今までのことから反射的に言い訳を探そうとする自分の両肩に、貴之の両手が優しく乗せられる。

 

「いいんだ。もう、抱え込まなくていい」

 

「っ……」

 

──お前は一人ぼっちなんかじゃないだろ?貴之の言葉は、友希那の中にあった孤独感を引き剝がすのには十分なものを持っていた。

共に上を目指せる人たち、その人たちの支えや後押しをした貴之。そして周りの人たち。気がつけば自分の周りには繋がりが増えていたことに気付く。

それを悪いものとは思っておらず、捨てたくないと思っている自分がいることを自覚した友希那は、無意識に貴之の胸へと飛び込んでいた。

対する貴之は大した混乱も見せず、先を促してくれたので今日起きたことと、それによって自分がどうなっているかを素直に話した。

 

「いきなりこんなこと話すのが、おこがましいことだって言うのは分かっているの……。でも、私……もうどうすればいいか分からないの……!どれだけ考えても、答えが出てこない……!」

 

「(こんな小さな肩に抱え込んじまって……大変だったよな)」

 

自分にとっての幸福は紗夜と言うすぐそばに支え合える人がいたことで、それがいなかった友希那は色んな意味で間が悪かったと言える。

リサは自分から見る紗夜になれたかも知れなかったが、当時は届かなかったようで、そのまま進んだことが今になって尾を引いてしまったのだ。

だが、こうして尾を引いているのは彼女がまだ戻って来れる証拠でもあり、自分の促しに乗った以上、その気があることも示してくれている。

 

「わがままだって言われてもいいっ!今回限りだけでもいいから……!お願いっ、私を助けて……!」

 

泣きながら助けを求める友希那は、並みの人では届かぬ場所にいる歌姫などでは無く、今後のことに怯える一人の少女にしか見えなかった。

前置きに関しては、もしかしたら拒否されてしまうかも知れないと言う恐怖感から来ていると思うが、貴之にそんなことをするつもりは無い。

やっと来たその糸口を逃す理由も無いし、何よりこんなことを話されたら放って置けない。その為、貴之は片手で彼女の頭を優しく撫でることで一度落ち着かせることを選んだ。

 

「……えっ?」

 

「拒否なんかしねぇよ……寧ろ、やっと話してくれたな」

 

整理が追い付かないでいる友希那だが、貴之からすれば紗夜たちが作ってくれた道筋であり、ここを逃すことは彼女らに申し訳が立たないし、何よりも自分の性に合わない。

そして、拒否されていないことで戸惑っているのなら、友希那が話してもいいように誘導してやるだけだった。

 

「俺は……いや、()()()はずっと……その言葉を待ってたんだ」

 

「あ……っ……あぁ……っ!」

 

最後の鎖を砕いたことで、友希那は声を上げ、崩れ落ちるように泣き出した。

泣いている間は懺悔するような言葉が多かったので、貴之は優しい言葉で赦しながら、彼女が落ち着くまで待ってやる。

 

「頭で考えてもダメなら、心に従っちまうのも一つの手だ。俺のヴァンガードでのスタイルも、最後は心に従ってる」

 

「心に……?そうね。そうしようとは思わなかったわ……」

 

落ち着いた後に友希那から話しを聞かせて貰った貴之は友希那にアドバイスを送り、これが彼女に盲点だったことを気づかせてくれた。

時間は短いかも知れないが、今からでも間に合うことなので、友希那は残された時間で実践し、最後の決断することを決める。

 

「今さらかも知れないけれど……その、制服のことは……」

 

「ああ……シャツ一枚くらい、どうってことねぇよ。困ってる人助けられるんなら安いさ」

 

シャツ一枚は金さえあればいいが、心を救うことは金ではできない。だからこそ、貴之は制服がシワだらけになることを厭わない。

──いつか自分のような人が現れたら、その時は自分がこうする番ね。非常に気が楽になった友希那は、普段の自分では考えられないことを決意していた。

 

「わざわざごめんなさい。そろそろ行くわね」

 

「ああ。って、そう言う顔してれば親しみやすくなると思うぜ?」

 

「な……もうっ!それは余計なお世話よ!」

 

──思えば、こうして顔真っ赤にした友希那は始めて見たかもな……。頬を朱色に染めたことはあっても、ここまでは始めてだった。

きっと同じことを考えていたのだろう。二人して盛大に笑った。

いい加減時間も時間なので、途中まで友希那を送って今度こそ分かれることになる。

 

「(貴之君……あなたはどうか、私のようにはならないで……そのままの道を進んで)」

 

「(友希那……紗夜やリサ、みんなの声もお前の道選びの指標になる……聞き逃さず、戻って来いよ)」

 

帰り道の途中、互いのことを考えていたのはついぞや知らぬままであった。




友希那が貴之に助けを求め、それを承諾されたところでこの話しを一度区切ります。

紗夜が日菜との能力差で苦悩していないので、見ている夢の内容が思いっきり変わり、本編ではこうして苦悩するようになったと言うのが、こちらでは双子が違う道を選んでいく様になりました。
また、こちらの貴之は先に小学生時代から仲のいい人たちにユニットの使用を話しています。

友希那はこちらでもスカウトに否定的ですが、呆れ帰りではなく逃げたい一身で無理矢理振り切った形となります。

次回からは本編に戻り、Roseliaメンバーでのファイトイベントをやっていこうと思います。本編を待っていた方は長らくお待たせしました。


ここからはこの話しで明かせなかった内容の一部や、本編との違いを書いていきます。
前回同様に長くなると思います。


燐子の人間関係
・紗夜、希美を中心に花女で複数人の話し相手が増える
・貴之のことは明確に恩人として認識されており、誤認されていない
・以前話し合いに混ざった巴と小百合の縁から、羽丘生にも少し知人ができる


小百合のその後
・紗夜やあこと言った、身近な人がヴァンガードに触ったのもあり、貴之に大会が終わったら教えて貰いたいと頼み、承諾される
・その時に選んだ『クラン』は『ロイヤルパラディン』で『ブラスター・ブレード』が軸と言う、貴之との縁が非常に強いもの。理由は『兄のファイトを見ている中で、一番印象に残っていた』のと、『バランスがよくて扱いやすく、初心者にもオススメされる』から
・あことの縁もあって、時々ゲームで遊ぶようになり、大半のゲームでオールマイティに対応ができるバランス型のプレイスタイルや、キャラクター選択を行う


貴之が使おうとしていたユニットと、もう一つのデッキ構築プラン等
・本編と同じく『超越龍 ドラゴニック・ヌーベルバーグ』。紗夜と乗り越えた経験上、本編とは違って最初から打ち明けている
・この為竜馬だけは対抗策で先手必勝を心構えていたが、そもそも『パーフェクト・ライザー』を軸としたデッキでは6ターン以内で決着を着けることが多いので、そんなに深くは考えなかった
・これを却下された場合は、自分の原点に立ち返り『ドラゴニック・オーバーロード』の運用に特化したデッキ構築を考えていた。切り札は『ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート』


一真が救おうとしていた相手
・秋山結衣。彼女は『PSYクオリア』能力者が、何も能力を持たない一ファイターに撃ち破られる光景を望んでいた為、貴之へ託すこととなった
・ただそれでも、真の尽力は全てが意味あるものであり、互いの距離を縮めることと、結衣の悩みの大半を解決するには十分すぎる働きをしている


遠導家でのテスト勉強と一時
・貴之が割とできるので、紗夜に確認をしてもらった後は二人して友希那とリサを教えていく形になった
・この時の担当は貴之がリサ、紗夜が友希那。ここでの一時と地方大会で、貴之はリサの心を完全に射止めてしまった
・あこは小百合と燐子の二人で教えて合っていたので燐子の負担が減り、燐子は貴之か紗夜とちょくちょく確認を取り合っていた
・この日料理は遠導一家+紗夜の四人で執り行わており、紗夜以外が貴之の料理の腕前にビックリ。貴之は本編同様、裕子教えのおかげでだったので誇らしげにしていた
・夕食後紗夜は遠導家に泊まらせて貰い、貴之と一時を過ごした


地方大会での出来事
・竜馬のおかげで貴之と一真が互いがいることを認識しており、再び地方から争い合う事に闘志を燃やしていた
・一真が悩みを解決済なので、玲奈が察して助けに行くイベントが無くなる。変わりに貴之とのファイトを楽しみにしている旨を話すくらいで留まる
・Roseliaメンバーは練習場所を確保できなかったことで来るのは同じだが、友希那だけは乗り気で無かったところをリサが強引に連れ込んだ。時期が合っているので小百合も来ている
・この時点で友希那がヴァンガードに関する知識がゼロだったので、皆で教えながら観ていくことになる


貴之の他人を助ける形
・本編は他の人が決定打を打てるきっかけを作るのに対し、こちらでは他人が作ったきっかけに決定打を打つことが多い
・これは『自分には時間があるものの、そのきっかけを作れるタイミングが少ない』為。本編と違い、一真が行動的だったり、友希那との縁が浅かったことも響いている


同じ人を好きになってしまった紗夜とリサ
・日菜に相談した時にその事実を知り、彼女の根回しで紗夜もそれを知る
・これに関して氷川姉妹は怒っている訳では無く、いずれ出てくるだろうとは考えていたので、その時が来たのかくらいであった
・二人の性格もあってマウントの取り合いになったりはせず、純粋な勝負に収まっている
・小学生時代から仲の良かった人と花女で仲の良い人が紗夜、友希那やあこを筆頭に、羽丘等で仲の良かった人がリサを応援する形を取っている
・二人に想われている兄を持つ小百合と、姉と友人の行く末を見守る日菜、貴之と縁があっても他の二人とはそうでもない一真は中立


大体こんな感じになります。ここまで読んでくれた方は最後までありがとうございます。


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再会と新たな旅立ち
プロローグ1 約束と別れ、先導者の帰還


初めましての方は初めまして。
私の前作『超次元ゲイムネプテューヌ-DIMENSION TRIGGER-』を読んでいてくれた方はお久しぶりです。

今回はオリ主が混ざった作品に挑戦してみたいと思いますので、よろしくお願いします。


最初に書き溜めを纏めて出してしまうので、誤字等を見つけたら纏めて報告してくれると助かります。


「じゃあ、ここでお別れだな……」

 

「ええ……」

 

駅のホームで黒い癖っ毛の髪を持つ少年と、銀色の髪をした少女は寂しさを見せながら向かい合っている。

この二人は小さい頃から一緒によく遊んでいる幼馴染みであり、互いにそれぞれ打ち込んでいる物があった。

そして、この二人の似通っている点として、打ち込んでいる物で上を目指したいという向上心の高さがあった。

それ故に二人は互いにその気持ちを理解し、相手側の実力が上がったことが分かれば相手を称賛し、自分も負けられないと気持ちを引き締めたりと、分野の違う競合相手とも見ることができた。

とは言え、それ以上に一つの物事を打ち込む者同士と言う親近感が強いのは事実で、互いに数年前から目の前の相手に淡い恋心を抱いていた。

 

「残念だわ……もうあなたと会えなくなるなんて……」

 

しかし、互いにその思いを伝えることは今までなく、少年の方の家族が仕事の都合で離れなければならなくなり、少年の家族が引っ越しするこの日が来てしまった。

少女が残念だと思っているのは本音で、互いに一つの道を走る身近な存在がいなくなるので、少女には不安が押し寄せていた。

それだけではなく、目の前の好意を持っている存在と会えなくなる。その事実が少女には辛かった。

 

「でも、これが今世の別れって訳じゃないだろ?大丈夫、生きてればまた会えるからさ……。それにほら、俺らがもう少し大きくなれば自分でここに来ることだってできるし」

 

少年は少女の寂しさを紛らわせればと思って言葉を紡ぐ。しかし、少年も辛い気持ちは確かにある。その理由は少女と同じだった。

それでも、少年は再び少女と会えることを信じていた。だからこそ、少年は新たな地で強くなり、少女の前に戻って来ることを決意していた。

 

「そうね……。それなら、私たちがまた会えた時……あなたに大事な事を伝えたいの」

 

「奇遇だな……それは俺もだよ」

 

何かの偶然か、少年と少女の考えは一致していた。類は友を呼ぶと言う事だろうか?それはわからなかった。

この時二人は気づいていないが、二人とも伝えたいことは自分の好きだという気持ちで一致していた。

 

「でも、ただ伝えるだけじゃだめ……だから、お互いに目標のステージに辿り着いたら伝えることにしましょう」

 

「お互いの目標か……。確かに、俺たちらしくていいな」

 

少女の提案を少年はすぐに受け入れる。お互いに高みを目指そうとする二人だからこそ、また会えると信じたからこその選択だった。

 

「なら、お前はどうするんだ?」

 

「私は……『FUTURE WORLD FES.』に出るわ……」

 

「ああ。お前ならきっと残せるよ……」

 

少女は歌うことに全力を注いでおり、今よりも小さい頃から努力している姿を少年は知っていた。

『FUTURE WORLD FES.』……略して『FWF』と呼ばれるそれは、入賞すればプロデビューも狙えるという大型音楽フェスのことだ。

しかし、出る為にはコンテストで結果を残すと言う至難の道になるが、それでも少女はやるつもりでいた。

少年は彼女らしいと感じ、同時に少女なら結果を残せると信じていた。

 

「……そう言うあなたは?」

 

「俺か?俺はもちろん……」

 

少女に問いかけられた少年は上着のポケットから一枚のカードを取り出し、少女にタイトルが載っている方の面を見せる。

 

「ヴァンガードで全国大会優勝だ」

 

少年は『ヴァンガード』に力を入れていて、開始自体は少女よりも遅れていたものの、少女はその努力する姿を認めている。

彼の道は、まず初めに地方予選で勝たねばそこで途絶えてしまう為、こちらも少女に負けじと厳しい道だった。

 

「ふふっ……あなたらしいわね。それなら、また会って約束を果たしましょう」

 

「ああ。また会おう……そして、その時に約束を果たすよ」

 

二人は互いに見つめ合って柔らかな笑みを浮かべた。それは別れを惜しむものではなく、互いの技術を高めてまた会うことを信じるものだった。

そして、そこまで話したところで遂に少年が乗るための電車が来た。ここで二人は互い暫くの間別れることとなる。

一緒にいた少年の母親が彼の肩を叩いて「乗るよ」と言ってきたので、少年は返事をしてついていく。最後に挨拶だけならできるので、少女もドアの前まではついていく。

 

「じゃあ、また会おうぜ……■■■」

 

「ええ……また会いましょう、■■……」

 

少年と少女が別れの挨拶を終えると電車のドアが閉まり、少年を乗せた電車はゆっくりと速度を上げていく。

少女は少年の顔を少しでも長く見ようとその電車を追うが、あっという間に少女では追いつけない速度になって走り去っていった。

 

「(また会えるかしら……?それまでにもっと上手く歌えるようになって見せるわ)……」

 

「(俺は頑張るから……待っていてくれるよな?少なくとも、戻って来る頃には全国に出れる腕にはなって見せるよ……)」

 

姿が見えなくなった後も二人は相手の事を想いながら、自分の信じた道を進むための気持ちを固めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……き……。……ゆき……。貴之(たかゆき)……」

 

「……ん、んん……?」

 

誰かに右肩を揺すられながら声を掛けられて、少年……遠導(えんどう)貴之はゆっくりと目を覚ます。右側を見てみると、薄茶色の髪をまっすぐに伸ばしている優し気な雰囲気をした若い女性がいた。

 

「ユリ姉……」

 

「ほら、駅に着くから起きて起きて」

 

『ユリ姉』と呼ばれた女性……遠導小百合(さゆり)は貴之の姉であり、しっかり者で気配りの上手い頼れる性格であった。

二人は今日が引っ越しする日であり、今現在引っ越し場所に向かっている。両親は一足早く新しい家に付いているので、今は荷物を入れているのだろう。

そんなことを考えている間にも電車は目的の駅に到着したので、二人は電車から降りて改札口を潜る。

 

「(しかしまぁ……随分と懐かしい夢を見たもんだな……)」

 

改札口を出て駅の外へと出た貴之は夢の内容を思い出した。

今回の引っ越しは新しい場所に来ると言うよりは帰ってきたと言う感覚が強く、今回の引っ越し先になる家も五年前まで住んでいた家である。

その為、駅の外へ出るやこの変わってない景色を見た貴之は一つの安心感を覚えていた。

更にそれだけではなく、貴之はこの駅で一人の少女と大事な約束をしたことも改めて確認する。

 

「あいつ……どれくらい上手くなったんだろうな……?」

 

自分はヴァンガードをひたすら打ち込んだ。彼女は歌に打ち込んでいたが、お互いに一切連絡を取れなかった為に現状は何も把握できて無かった。

ただそれでも、彼女の歌は上手くなっているだろう。貴之はそんな確信があった。

 

「声に出ちゃってるよ……?今日会えるかも知れないし、会えたら告白しちゃえば?」

 

「ば……い、いいんだよっ!俺らでそう決めたんだから……!」

 

実のところ、貴之は彼女に好意を持っている。今回の引っ越しも、そんな自分に家族全員が合わせてくれたのだ。

本当なら大学にでも進学して、一人暮らしの際に引っ越すのでもいいだろうと考えていた貴之だが、父親が言い出したまさかの提案を家族全員が賛成したのだ。この事に貴之は感謝しても足りないと思っていた。

とは言え、これのおかげで家族関係が良好な状態を維持できていて、いずれ来るだろうと思っていた貴之の第二反抗期は忘れ去られているかのように起きなかったので、結果的に父親のこの判断は大正解だったと言える。

この小百合のからかいも、貴之の打ち込んでいる物に対する諦めない精神と、良好な家族関係があるこそできることだった。もし貴之に反抗期があった場合、冗談でもその時期だけは言えなかっただろう。

 

「全くもう、真面目なんだから……。まあいっか、それよりも行こう。お父さんたち待ってるし」

 

「ああ。行こう」

 

からかうのは程々にし、小百合は貴之を促し、二人は以前いた家への道を歩く。

 

「(帰って来たんだな……またここに……)」

 

自身の蒼い瞳に映る晴れ渡る空を見ながら、貴之は自然と笑みがこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、二人とも着いたな……」

 

「うん。お父さんたち早かったね?」

 

「ええ。私たちは二時間近く前に来ていたからね」

 

五年前まで住んでいた家に来てみれば、貴之と小百合の父親である遠導孝一(こういち)と、母親である遠導明未(あけみ)が迎え出てくれていた。

現在は引っ越し業者の人たちが大荷物を運んでいる為、邪魔をしない為にも外に出ていたようだ。

 

「貴之、今まで我慢させて悪かったな……」

 

「そんなことないよ。父さんのお陰で戻って来れたんだ。これ以上は欲張りってもんだ」

 

「ふふっ、貴之が荒れないで本当に良かったわ……」

 

「うん。そうだね……」

 

孝一は一度目の引っ越しが決まった時、貴之に取って非常に申し訳ない気持ちになっていた。

しかし、貴之が彼女と会えるその時まで耐える事を選び、孝一も戻れるようになったらすぐに戻ると言う選択を話したことから、この二人の仲はおろか、家族関係も良好を保てていた。

明未は貴之が荒れないで安定した学校生活を送ってくれたことに安堵し、小百合も同意する。

その安定した精神面と、少し落ち着いて来ているが元々前向きな性格のお陰で、転校先でも心から友人と呼べる人はできた。

 

「あ、そうそう。二人とも聞いてよ?貴之ってば、こっちに戻って来るやもうお熱みたいなんだよ?告白しちゃえばいいのにね?」

 

「お、おいユリ姉……!その話はいいだろ?」

 

小百合が唐突に思い出したかのようにからかいのネタを提供すれば、貴之が頬を朱に染めながら反論する。

貴之自身、この手合いの話で弄られるのは苦手であるが、それでも約束を付けてその一歩を踏みとどまったのは自分たちである為、甘んじて受けるしか無かった。

踏み出せばこの弄りも消えるだろうと言うのは貴之自身分かっていたので、後は己の努力と知識、そして諦めない闘志を信じて突き進むだけだった。

 

「あらあら……その思いをぶつけられるのは、いつ頃になるかしら?」

 

「まあ、貴之がヴァンガード見つけて真っ先に報告しに行ってたもんなぁ……」

 

「うぐ……っ。ま、まあそうなんだけどさ……」

 

明未、孝一の順で発せられた言葉に何も反論できない貴之は肯定するしか無かった。

しかし、思い返して見ればあの時程心の奥底から、純粋に笑った瞬間は無かったかも知れない。

 

――聞いてくれよ!俺もやっと見つけたんだ!自分が本気で打ち込もうと思えた物を!

 

そう言ってヴァンガードのスターターデッキを見せたのはおよそ八年程前であった。

貴之は幼馴染みである彼女の歌う姿にいつしか惹かれ、それ以来好意を抱くようになった。

彼女が一つの物事で頑張る姿が眩しく見えて、自分も見つければ彼女の眩しさがわかるかも知れないと思った貴之は、それ以来熱中できる物を探した結果ヴァンガードに出会ったのだった。

貴之は転校先でもヴァンガードを続け、次第に全国大会で安定して結果を残せるようになっていた。それでも優勝出来ていない為、彼女との約束はまだ果たし切れていない。

しかし、戻って来た以上は優勝して真っ先に彼女に伝えたい。貴之はそう考えていた。

 

「貴之……今回は勝てるといいね」

 

「ああ。今回こそ勝って見せる……!」

 

小百合の言葉に同意しながら、貴之は右手で拳を作って軽く握りしめる。

貴之は元々一つの分野に絞り込めば極められるタイプだというのを両親に気づかれており、彼女のように一つの道を頑張りたいと思った貴之に取って、その能力はこの上ない程マッチしていた。

そして、見つけた事を話して以来、二人は互いの打ち込んでいる物に関して度々話すようになっていた。もう一人幼馴染みの女の子はいたのだが、その話をする時に限って二人して気が付かぬ内にそっちのけにしてしまっていたのは、度々起こっていた光景だった。それ程自分たちの間では特別な空間になっていたのだと思う。

また、もう一人の方が入り込めない空間を作ってしまったことは、当時こそ気がつかなかったが、こっちに戻ってくれば中々酷い事をしていたものだと貴之は頭を抱えた。

 

「荷物入れ終わったんで確認お願いしまーす」

 

「はーい。それじゃあ行くか……二人ともちゃんと確認するんだぞ?」

 

担当の人に確認を頼まれたので孝一に投げかけられた貴之と小百合は頷いた。

と言うのも、今回引っ越しで戻ってきたのはここへの帰還を望んだ貴之と、大学への通学が楽になる小百合の二人で、孝一は仕事の都合上こちらには戻ってこれず、明未も孝一へついていく選択をしたからだ。

こう言った選択ができたのも、貴之と小百合が二人とも家事をこなせることと、仕送りはするから残りは自分たちでやってみるかどうかという孝一の提案に、二人が賛成したのである。

そして家に入って荷物を確認したところ、何も問題無かったので貴之と小百合はその旨を告げると、業者の人達の仕事は終わったので一言入れてからトラックを走らせて去っていく。

 

「さて……俺たちもそろそろ行くけど、もう大丈夫だよな?」

 

「うん。大丈夫だよ」

 

孝一の問いには小百合が答え、貴之も同意を示すように頷く。その返事を聞けた孝一と明未は満足そうに頷く。

 

「何か困ったことがあったら連絡してね?」

 

「分かった」

 

なるべくそうならないように気を付けたいところだが、初めのうちは分からないことが多いから聞くことになるだろうなと貴之は考えた。

また、これ以外にも小百合とは互いに度々連絡を取ることになるのは、目に見えているのもあった。

 

「あっ、もうこんな時間か……。本当はもう少し話したかったけど、もう行かせてもらうよ」

 

「二人とも元気にしててね。後、怪我とか病気には気をつけてね?」

 

「ああ。父さんたちも、元気でね」

 

「母さんたちも、体に気をつけてね」

 

時計を見たら十分な時間になっていたらしく、孝一と明未が一言ずつ残してから移動を始めたので、貴之と小百合も一言残し、二人が見えなくなるまで手を振って見送った。

 

「さて……それじゃあ整理しちゃおっか」

 

小百合の言葉に貴之は頷き、二人は持ってきたものの整理を始めるのだった。

先に自分たち一人でできる部屋に持ち込んだものの整理から行い、その後は食器などの共用して使うものの整理を行っていく。

 

「あっ、ユリ姉。これはどっちに入れるんだ?」

 

「それは左側の引き出しにお願いっ!」

 

客人用の物が混ざっていたりしたのもあるが、元々そこまで持ち込んできていた量が多くないのと、二人が上手く役割分担していたことにより、思ったより早く整理が進んでいった。

 

「ふぅ……とりあえずコレで殆ど終わったかな」

 

その結果、昼を回る少し前の時間に大体の整理を終わらせることができた。

 

「そうなると、後は食器の方か……」

 

食器の方に関してはまだ新聞紙に包んだ状態のまま取り出しただけなので、これから一度包んでいた新聞紙を取り外し、それらを再び整理すると言う作業が残っていた。

 

「ああ。それなら私がやっちゃうから、貴之は出掛けて来ても大丈夫だよ」

 

「いや、流石にそれを任せっきりにするわけには行かないよ」

 

「うーん……気持ちは嬉しいんだけど、貴之はほら……」

 

小百合がまさかの一人で全部やろうとしたのは見過ごせず、貴之はその申し出を拒否する。

ヴァンガードによる大会が近いので、少しでも多くの時間を練習に使わせてあげたいと言う小百合の気遣いであったが、こうして他人のことを気遣う余り自分を蔑ろにしがちなのは小百合の悪い癖であった。

 

「いいからいいから。取り敢えず飯と飲み物買って来るから、休憩した後一気にやっちまおう」

 

「…………」

 

確かに自分のことを気遣ってくれるのは嬉しいことではあるが、いつまでも甘えっぱなし任せっぱなしにするつもりはないので、貴之はそのまま押し通すことを選択する。

普段は一回目を押しきれば自分から折れる貴之が、自分が譲れない場面と判断して二度以上食い下がったことと、今までと違って二人暮らしになることを思い出して少しの間考える。

 

「分かった。少しの間先にやってるから、お昼食べた後から手伝ってくれる?」

 

「もちろんそのつもり。じゃあちょっと行ってくる」

 

そして、遠導家姉弟(きょうだい)の主張のぶつけ合いとしては珍しく小百合が折れる形となり、今回は素直に頼むことにし、貴之は承諾した。

――確か、近くにコンビニがあったはずだ……。頭の中に周辺の地図を思い起こしながら靴を履き終えた貴之は、その記憶と現在の違いを確認することも含めて外に出るのだった。

その後昼食を取ってから作業をしたところ、小百合が先にある程度やっていた分と元が少な目だったこともあってものの二時間強で終わらせることができた。

食器整理の作業が終わったことで、貴之は改めて商店街に足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

商店街の街並みを銀色の髪を持つ少女が歩いていた。

彼女は五年前に一人の少年と交わした約束を果たすべく、『FUTURE WORLD FES.』の選考コンテストに出るメンバーを探していた。

当然、結果を残すつもりでいる以上、妥協は一切しない。その為生半可な技術や気持ちでいる人を選ぶわけには行かない。

自分と参加するのに相応しい人を探すべく、彼女は今日もライブハウス目指して移動をしていた。商店街に入ったのはあくまでも道のりの途中だからである。

 

「友希那~っ!」

 

「……リサ」

 

少女……友希那は後ろから声をかけてきた茶髪の髪を持つ幼馴染みの少女、今井リサに名を呼ばれてそちらを振り向く。

リサは以前までベースをやっていたが、今は辞めてしまっている。それでも辞めるその時まで、ベース自体は友希那の求める力量を持っていたので、もし続けていたら友希那は真っ先に誘っていただろう。

改めてもう一度誘ってみようかとも考えたが、友希那自身、自分の目的に無理矢理付き合わせてしまっていたようにも思っていたので、その罪悪感からやめにした。

 

「今日も探しに行くの?」

 

「ええ。そういうリサは?」

 

「今からアクセサリーショップ行くんだけど……途中まで道同じだし、良かったら一緒に行かない?」

 

リサはピアスを付けていたりする……所謂ギャル系の見た目をしてる影響で第一印象で勘違いされがちだが、何かと気遣い上手な少女だった。恐らく今回も、友希那が思い詰めてないかどうかを気にしているのだろう。

そんなこと抜きに自分と話がしたいのもあるかもしれないが、その気遣いは素直に受け取っておくべきだろう。

 

「……なら、そのお店までね」

 

「ありがとうっ!じゃあ行こっか」

 

少し素っ気ない回答の仕方になってしまったが、リサはそれで満足だったようだ。

話が決まった二人は、そのアクセサリーショップの近くまでは一緒に移動することになった。

 

「そう言えば友希那、メンバーは誰か一人でも決まった?」

 

「いいえ、まだよ……」

 

リサにいきなり痛いところを突かれてしまい、友希那は苦い顔になる。

実際のところ、自身がメンバーに求める物が大きいのが原因で全くメンバーが見つけられないでいた。

見つけられないで参加できないのは元も子もないが、ただメンバーを集めて出るだけなのも、友希那にとっては意味のないものとなってしまうのが悩ましい点だった。

 

「それって、やっぱり約束が理由?」

 

「お父さんの音楽を認めさせる……というのもあるけど、理由の大部分はそれよ」

 

友希那の父親は、以前までバンドメンバーと共に音楽活動をしており、選考コンテストで結果を残してFWFにてメジャーデビュー直前までたどり着いていた。

しかし、残念ながらメジャーデビューが不可能となってしまい、友希那の父はそれ以来音楽に殆ど手を付けなくなってしまった。

そこからと言うもの、その姿勢に不満を持った者達からのバッシング等があり、それを目の当たりにした友希那はその人たちを許せず、自分が結果を残して父の音楽を認めさせることを決意した。これは少年と約束した後すぐの出来事であった。

これはあくまでも自分のわがままや独自の目的と言えるものであるため、少年との約束には入っていない。それをしっかり自覚した上で、友希那はそうすることを選んだのだ。

その為、最初の頃こそ心境が荒れてしまったものの、少年と約束を交わした日を思い出す度に、父やリサとの会話でその話が出るたびに、自分と彼の身内に気を遣われるたびにその荒れ具合はすこしずつ鳴りを潜めた。

当時こそ実力と見合わない相手とは一切話さないようにしていた友希那だが、今はそんなこと無く最低限の受け答えをすることを心掛けるくらいには落ち着きを取り戻していた。

 

「そっか……。頑張るのはいいけど、頑張り過ぎちゃダメだからね?……っていうかさ、その約束っていつしたの?」

 

「……あの後駅まで見送った時にしたのだけど、それがどうかしたの?」

 

リサは気遣いの言葉をかけた直後、約束を交わしたタイミングを知らない事を思い出して友希那に問いかけた。

隠すことなく答えるものの、友希那はリサがどうしてそのことを聞いてきたのかが分からず、首を傾げることになった。

 

「いや……その……アタシがああだったから仕方ないけど、本当は一緒に行きたかったかなぁって……」

 

「なるほど、そういうことね……」

 

リサは咎めながら落ち込んだ様子を見せ、友希那は事情を理解した。

しかしながら、その時のリサは両親に慰められながら家に入ってしまったので、恐らく呼びようが無かっただろう。

また、あの時彼を追いかけなければ、友希那は今より荒れていたか、表向き落ち着いていても、内心で相当余裕のない状態のどちらかになっていただろうと考えていた。

そうであるなら、あの時のあの選択は間違いでなかったのだろう。そう信じたかった。

 

「なら、今度こうなった時は必ず二人で見送る……それでいい?」

 

「……うんっ!そういう事なら大丈夫!」

 

友希那の提案に納得してくれたようで、リサは笑顔で頷いた。

その後二人は他愛のない会話をしながら進んで行くと、途中でカードショップが目に入った。

そのカードショップの名は『カードファクトリー』。この商店街で長い歴史を持つカードショップで、数多くのカードゲームを取り扱っている。

 

「ねえ友希那、カードショップって言うさ……」

 

「ええ……。彼……今頃どうしてるのかしら?」

 

友希那と約束を交わしてた少年はヴァンガードに熱中していた。

動機は友希那が歌に対して真剣に打ち込む姿を見て、自分も何か一つ本気で打ち込めるものを見つけたいというものからだった。

そして、少年は見事にヴァンガードを打ち込めるものとして見つけ、それ以来友希那と彼はお互いに全く違う物でありながら、一つの物事に打ち込む身としてよく話すようになった。

恐らくは自分を理解しようとしてくれる姿勢が嬉しかったのだろう。友希那は話している内に少年に惹かれ、もっと自分を知ってほしいと思うと同時に、彼のことをより知りたいと思うようになっていた。

 

「……そう言えば、彼と話す時は周りを気にしていなかったわね……」

 

「ああ。そう言えばそうだったね……呼びかけないとずーっと二人だけの時間だったもん」

 

「うっ……。本当にごめんなさい……」

 

「ま、まぁ……混ざれたには混ざれたし、時間も経ってるからもう平気だけどね……」

 

問題だったのは二人で話す時は二人だけの空間が出来上がってしまっていたことだ。

実際のところ、友希那も彼も素でそのことに気がついていなかったし、数人混じっている時も時々その空間が作り直されることもあって、リサですら「どうしたらこうなるの?」と首を傾げる程だった。

改めて友希那は謝罪するが、流石に時間も経っていた為、リサはその少年に一言言えたらもういいと思っている。

また、二人が歌とヴァンガードの事を楽しそうに話していたのを見ていたので内容自体は大体把握しているし、途中からはリサもベースを始めたことで話しに参加するだけなら殆ど苦労しなくなった。

とは言え、やったことのなかったヴァンガードの話題に関しては、何度聞いても頭から煙を出してしまっていたのだが――。

 

「さて……友希那は時間に遅れたらヤバいだろうし、そろそろ行こっか?」

 

「ええ。そうしましょう」

 

リサに促され、友希那は彼女と共に移動を再開する。

そして、移動し始めてものの二十秒もしない内に黒い癖っ毛を持ち、まるで晴れ渡る空のような蒼い瞳を持った、自分たちと同い年くらいであろう少年とすれ違った。

ただすれ違うだけであれば何ら思うことは無かったが、少年が『カードファクトリー』の看板に気づいて言葉を発した瞬間、それは変わった。

 

「おっ、あったあった……。五年前(・・・)と変わってないな……ちょっと安心したよ」

 

「……っ!?」

 

――五年前と変わってない。その言葉を聞いた瞬間、友希那は思わず目を見開いて勢い良くそちらへ振り向いた。

声の主は間違いなくすれ違った少年のものだった。五年前という発言を聞いた友希那はその少年の後ろ姿を見て、どこか見覚えがあるかもしれないと感じていた。

彼も流石に五年経っていれば自分と同じく高校生になっていて、声変わりしているだろうから声では判別できそうにない。そうすれば顔付きで判断するしかないのだが、彼は『カードファクトリー』の看板に目を向けている為、友希那のいる位置では顔つきを判別できない。

こちらに顔を向けてほしい――。友希那がこれ程そう思った瞬間は今までに無かった。

 

「……どうしたの?遅れちゃうよ?」

 

「っ!い、いえ……何でもないわ。……行きましょう」

 

残念ながら、今日は自分が行こうとしているライブハウスでの開演時間が迫っているので、これ以上粘ることはできない。

友希那は彼の顔を見るのを断念し、ライブハウスへ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

貴之は視線が外れたのを感じ、視線のしていた方へ顔を向ける。

するとそこにはウェーブがかかった茶髪の髪をしたどこかギャルっぽい感じが伝わる少女と、綺麗な銀色の髪をしている少女の後ろ姿があった。

 

「あの二人……どこかで見覚えがあったような……」

 

特に銀髪の少女には、自分がここに戻って来たことを自覚させてくれる何かを感じていた。

すぐに確かめたいところだが、彼女の友人であろう茶髪の少女が時間の都合か銀髪の少女を促していたので、今行くのは良くないと判断した貴之は一瞬どうするべきか考える。

しかしながら、自分が想っている少女の目指すものから会える場所は僅かに候補が上がるし、自分のここへ来た目的もあって、また後で探せばいいと判断してやることを済ませようと決めた。

 

「ここでうだうだしててもしょうがねえ……取りあえず中に入ろう」

 

――ヴァンガードファイトするために来たんだからな。そう決めた貴之は二人組の女の子のことは一度置いて『カードファクトリー』に五年ぶりの入店を果たした。

 

「いらっしゃーい。ここは初めてかな?」

 

入店するや入り口からすぐ左側にあるカウンターにいる、紫色の髪を綺麗におろしている、話しやすそうな雰囲気をした女性が挨拶と質問で歓迎してくれた。

恐らくだが、貴之が転校してこの街を去ってから店員になったのだろう。女性は貴之を全く知らなそうだった。事実、貴之もこの女性とは初対面だった。

 

「いえ、五年ぶりに入店しました。転校した都合で来れませんでしたからね……」

 

「なるほど。そうなると今日この街に帰って来た……ってところかな?」

 

「ええ。そんなところです」

 

貴之はその女性の質問には否を返し、その理由も告げる。

すると店員の女性は察しがいいのか、貴之の状況を見事に当てて来たので、貴之は素直に肯定した。

 

「なるほどね……私は三年間前からここでバイトしてるから、すれ違いみたいだね」

 

「確かに、それはすれ違いですね……ああそうだ。俺は今からファイトするつもりなんですけど……誰か強いファイターはいますか?」

 

女性との話で即座に貴之は合点が行った。去るのとほぼ同時とまでは行かなかったが、確かに自分は彼女が入ってくる頃にはおらず、彼女もまた、自分がここを離れるまではいなかったからそれでも合っているのだろう。

しかしながら今回はこの女性と話すのでは無く、ここのファイターたちの実力を知りたかった貴之は気を取り直して質問してみた。

 

「強いファイターか……それなら、あそこにいる彼はどうかな?彼、友人と一緒に全国大会の出場を狙っているのよ。それで今日はここへどんなファイターがいるか確認しに来てるの。ここは強豪のファイターが多いからね」

 

――それは油断できないな……。貴之は気を引き締められた。

女性曰く、指差して紹介してくれた彼とその友人二人は付近のカードショップで警戒すべきファイターがいるかどうかを確認しに来ているようだ。

地方予選自体は無条件で出れるのだが、貴之としては地元のファイターたちがどの様な強さをしているかが解らないと少々不安である。

全国出場クラスの相手がいないなら問題無く全国への切符を得られるくらいまで成長した貴之だが、全国狙いの相手が来るかもしれないと考えると油断ならない。

しかも強豪が多いと言われた以上、今回はかなり険しい道になると考えた方が良いと頭に入れておいた。

 

「なるほど……確かにそれは良いですね」

 

しかし相手に取って不足は無い。元々全国大会優勝を目指している以上、立ち止まる訳には行かない。そう考えた貴之はその少年の所へ足を運んだ。

 

「なああんた……あの姉さんから訊いたんだけど、ヴァンガードファイターなんだって?」

 

「?確かに俺はヴァンガードファイターだが……どうした?」

 

貴之が問いかけるとそこにいた、青い髪を短く整えて、切れるような目つきをした少年が肯定する。

 

「それなら話は早い……」

 

貴之は上着のポケットからデッキケースを取り出し、その中に入っているデッキを取り出す。

 

「俺とヴァンガードファイトしてくれ」

 

「……いいだろう、やろうか」

 

貴之は少年にヴァンガードのデッキを見せると、彼の表情が不敵な笑みに変わって承諾してくれた。

――帰ってきて早々のファイト……。勝ちで飾らせてもらうぜ!貴之はこの街で行う久しぶりのファイトに心が高ぶっていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アタシここに寄るから、じゃあね~♪」

 

「ええ。またね」

 

あの少年を見てからおよそ三十分。リサの目的地であるアクセサリーショップに辿り着いたので、二人はここで別れることになった。

 

「(さっきの彼……。一体誰だったのかしら?何か大切なものがあった気がするわ……)」

 

友希那は先程すれ違った少年のことが気になって仕方が無かった。彼の口から発せられた五年前と言う単語が、いつまでも引っかかっていたのだ。

しかし、その考えは目的地のライブハウスに辿り着いた事でかき消されることになる。もうじき自分がこの日だけ組んだメンバーと共にライブをする以上、余計な思考を持つわけには行かなかった。

 

「今は自分の歌に集中するべきね……」

 

一度その不確定な考えはまた後で考える事にした友希那はライブハウスに入り、メンバーに挨拶を済ませて準備に入る。

今回は順番が先頭に回ってきている為、自分の番はすぐに回ってくる事になっている。

友希那が準備を始めてから十分程すると、最初のメンバーはスタンバイをして欲しいと言うアナウンスが入ったので、友希那はメンバーと共にステージ裏へ移動する。

その際、メンバーの一人に「頑張ろうね」と声をかけられたので、友希那はそれとなく肯定するようには返すものの、あまり好意的には受け止められなかった。

 

「(ただ一緒にやるだけなら構わないけど……この人たちとFWFへ行こうとするには、荷が重すぎるわね)」

 

彼女たちは恐らく自分と一緒に続けたいと思うだろうが、友希那は彼女たちと目指すものが違い過ぎて続けられないと確信していた。

他にも、彼女たちの持つ技術が自分の要求に全く見合わないのもそれを一助していた。

――お父さんの音楽を認めさせるにしても、彼との約束を果たすにしても……彼女たちとでは無理ね。それが友希那の下した結論だった。

 

「(ただ、解散するにしろ一方的に突き放さないようには注意しないといけないわね……)」

 

彼はどんな実力のファイターが相手でも対戦を引き受け、自分より上の相手には学びに行き、下の相手には教えようとする心構えを持っていた。

友希那もそれに多少なりとも影響を受けており、荒れていた直後こそ一方的に突き放す形で別れていたが、暫くすれば言葉を選んだ別れ方を切り出せるようにはなっていた。

しかし、例えどんなメンバーであっても今回のライブで手を抜かないことに変わりは無かった。

友希那が決意を固めたところで開始のアナウンスが告げられ、友希那たちはステージに立つ。

自分たちの近くにスポットライトが当てられ、同時に歓声が会場に響き渡る。メンバーの一人が代表で挨拶をし、早速一曲披露することになる。

 

「(私は迷わない……今回も全力で歌う。それが、お父さんの音楽を認めさせて、約束を果たす為の一歩なのだから!)」

 

そして、会場に友希那の歌声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ファイトする前に一つ聞いておきたいことがある。お前の名前は?友人から聞いた人物像に似ているもんでな……一度聞かせて欲しかったんだ」

 

デッキのシャッフルとファイト開始の準備を終え、いざ始める直前で少年が貴之に訪ねてきた。

自分の友人二人から、貴之とよく似た人物が古くからの友人であると聞いていた少年は、丁度このような見た目だと思ったのでような問いかけをしたのだ。

 

「俺は貴之……遠導貴之だ。ヴァンガードで全国大会の優勝を目指してる」

 

貴之はそれに迷うことなく、ヴァンガードに掛ける思いも答える。約束を果たすこともそうだが、自分自身が優勝したいと思っているのは確かだった。

その貴之の名前を聞いた少年は驚きを隠せなくなった。

 

「貴之か……。なるほど。それがお前の名前なんだな……」

 

――なら、こいつがその古くからの友人って訳か。少年は彼の名前を聞いて確信した。

 

「ああ、まだ名乗って無かったな。俺は大神(おおがみ)大介(だいすけ)だ。……今日ここにきたのがファイターの確認ってのは聞いてるな?」

 

少年、大神大介に問われた貴之は首を縦に振って答える。

 

「なら、お前の腕がどれだけのものか確かめさせてもらおう……。強いと知って挑んでくるんだ……簡単にやられる腕じゃないんだろ?」

 

「まさか……こちとら五年間遠征だらけだ……。俺がここから離れてどれくらい強くなったか……お前で試させてもらうぞ!」

 

貴之と大介は高ぶる気持ちに身を任せ、場に伏せてあるカードに手を掛ける。

 

「(あいつとの約束を果たす第一歩だ……。その為にも、この戦いには負けられない!)」

 

貴之は一瞬の静寂の中で、五年前の別れ際に自分と約束をした少女の影を思い返して決意を強めた。

 

「行くぞ……!」

 

「ああ……!」

 

大介の一言に覚悟を決めた貴之が一言で返した。開始の時である。

 

「「スタンドアップ!」」

 

二人が伏せていたカードに手を掛ける。

 

「ザ!」

 

カードを手にかけたまま、貴之が付けくわえる。

本来掛け声に「ザ」は不要なのだが、貴之は付けた方がノリやすいと感じて自然と付け加えるようになっていた。

 

「「ヴァンガード!」」

 

そして二人が同時に伏せていたカードを表に返したことで、ヴァンガードファイトが始まった。

 

 

 

遠導貴之と湊友希那。五年前に交わした約束を果たす為の戦いを始めた二人の間に、再会の時間が近づいて来ていた――。




色々書き直したりした跡があるので、ちょっと不安な面もあります……(汗)
プロローグ自体は次で終わりです。

一応ここでも触れておきますが、この小説のオリ主は貴之になります。
遠導と言う苗字は『遠くから帰って来た先導者』。または『遠くの高みを目指す先導者』になります。


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プロローグ2 先導者と歌姫、再会の時

プロローグの後半です


友希那は全力を尽くして歌い切った。

歌い終わると同時にの努力とそれによって生まれる実力を称えるかのように、観客からの歓声と拍手の音が聞こえた。

もちろん周りのメンバーは満足しているが、友希那はそうでもなかった。

 

「(前のメンバーと比べたら確かにいいけど……まだ足りない。気を取り直してまた探しましょう)」

 

ステージから退場しながら友希那は解散の切り出しを決めた。

覚えている限り来るもの拒まずだった彼とは違い、友希那は彼程のバイタリティを持ち合わせてはいなかった。

一度合わせたりする程度ならまだしも、続けて行くとなると人を選ばざるを得ない。

その為、要求に見合わなかった彼女たちとの解散を友希那は決断する。

 

「ごめんなさい。私がいるとあなたたちの良さを潰してしまうわ……」

 

友希那はこのような断り方が多くなっていた。その原因はメンバーとの圧倒的な実力差が起因する。

彼と別れて二年近く経った頃から、友希那は『歌姫』呼ばれるようになる程になっていて、彼女がライブを行う度にその呼ばれ方で自分を称える声ばかりが聞こえることが殆どになってしまっていた。

その為、自分がいると周りのメンバーがいつまで経っても認められないような事態が見受けられるようになり、友希那はこれを利用するような形で断る口実を手に入れた。

 

「そんなこと言わずに……もう一回だけやらない?」

 

「それでも、FWFには間に合わないわ……だから、ごめんなさい」

 

諦めずにギターを担当していた少女がもう一度呼びかけたが、友希那の口からFWFを聞いた瞬間に自分たちと志が違いすぎる事を痛感し、それ以上は無理に引き留められなくなってしまう。

友希那も彼女が辛そうにしているのを感じ取り、もう一度頭を下げて謝ってからライブハウスでメンバーにできそうな人を探すことにした。

ライブが行われている部屋に戻る友希那の姿を見たギターを担当していた少女は、友希那との差を感じ取り、自分が情けなくなってすすり泣いてしまった。

しかしながら、友希那にその声が聞こえなくなるであろう距離まで耐えていたのは、紛れもない彼女の意地だった。

 

「(彼女たちには悪いことをしてしまったけど……。それでも私は止まる訳には行かないわ)」

 

友希那は悪いことをしてしまったと思いつつも、自らの目的と五年前に交わした約束の為に前へ進む。

気を取り直して友希那はメンバーを探すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これでトドメだ!ヴァンガードにアタック!」

 

ヴァンガードファイトは終盤に入っていて、貴之の攻撃が大介のヴァンガードにヒットする。

ダメージを受けた雄也はダメージチェックと言う、山札から一枚カードをめくり、そのカードによるトリガーの有無、トリガーの効果に合わせた処理を行う事になる。

 

「まだだ……(ヒール)トリガーを引ければチャンスはある……!」

 

ちなみに、ヴァンガードはダメージゾーンのカード数が6になると敗北する。

現在大介のダメージゾーンは5枚、つまり特定条件下でダメージを1減らせる(ヒール)トリガーを引けなかったら大介は敗北となる。

トリガーはカードの右上に書かれていて、そのトリガーごとに様々な効果を発揮する。

今回大介が狙っている(ヒール)トリガーはターン終了まで場にいるユニット一体のパワーをプラスすると同時に、ダメージが同数、または相手より多い場合はダメージを一枚回復できるトリガーだった。

 

「……トリガー無し。俺の負けだ……」

 

祈りを込めてトリガーチェックをしたが、残念ながらトリガー無しの通常ユニットを引き当てたことで、今回のファイトに勝敗が決した。

 

「今回は俺の勝ちだな……。でもいいファイトだった。帰って来て早々こんなファイトができて良かったよ」

 

「いいファイトができたのは俺もだ。遠征だらけの五年間と言うのは伊達じゃないらしいな……」

 

勝利したのは貴之だった。しかし大介は負けても爽やかな笑顔を見せていた。今回のファイトが自分にとって非常に有意義であったからだ。

互いのファイトが非常に良いものだと感じていた二人は席を立ち、その場で短く握手を交わす。

 

「さて……俺はまだやれるけどどうする?そっちが良けりゃもう一本やらねえか?」

 

「そいつはいい……ただ、残念なことに……」

 

貴之の提案を受け入れようとしたが、大介は自身の携帯を取り出しながら時間を見せる。

大介の携帯にある時計は、デジタル文字で昼の15時を告げていた。

 

「俺はこれから身内と合流しなくちゃなんねえんだ……。だから今日はここまでだな」

 

「ああ。そりゃ仕方ねえな……なら、また今度だな」

 

「そうだな。お前も地方予選に出るんだろ?当たればその時にはやれるだろ」

 

「ああ。もちろんそのつもりだ」

 

どうやら集合時間が迫っているらしく、今日は彼とこれ以上ファイトすることは叶わなかった。

しかし、この二人は地方予選に出るつもりでいるので、組み合わせ次第ではそこでまた戦うことができるのだ。

 

「それじゃあ、その時はまたよろしくな。大神」

 

「大介でいいさ。こっちこそよろしく頼むぜ?貴之」

 

「……ああ!」

 

二人は堅い握手を交わし、その光景を見ていた店内の人たちは新たな関係を祝福するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「毎度あり~」

 

女性に見送られてカードファクトリーを退店し、二人は出入り口前に立った。

 

「さて……俺は向こうだから行かせてもらうわ。今度またファイトしようぜ」

 

「おう。また今度な」

 

大介は手を振って左側への傾き足を運んでいくので、貴之も軽く手を振って彼が人ごみに紛れ込むまで見送る。

 

「さて……さっきの子を探してみるか?」

 

貴之は考えながら周りを見る。

自分で発言しておいてだが、一瞬ストーカーまがいの発言であったので思わず焦りながら確認をしてしまう。

幸いにも周りの人たちは特に反応した様子も無かったので、一先ず安堵した貴之は足を動かした。

 

「(しかしどうしたものか……そもそも時間帯とかわかんないしな……)」

 

「うんうん……今日もいい買い物したなぁ~♪後で試しに付けてみよっかな?」

 

貴之が無計画さに頭を抱えながら歩いている中、自分の買い物に満足し、弾んでいる様子な少女の声が聞こえた。

結構近いなと貴之は感じていたが、まさか曲がり角で合流することになるとは思っても無く、二人は運悪くその曲がり角でぶつかる事となってしまった。

 

「おお……?」

 

「きゃっ……」

 

貴之はいきなりぶつかったことに驚いて対応が遅れ、少女は体を支え切れずに尻餅をついてしまった。

 

「痛たたた……」

 

少女が痛そうにしている声に気が付いた貴之はすぐに姿勢を低くし、少女に右手を差し伸べる。

 

「悪い。大丈夫か?……って……」

 

「大丈夫だけど……どうして顔を逸らすの?」

 

手を差し伸べるのはいいものの、少女の状態に気がついた貴之は顔を赤くしながら横に逸らした。

流石に少女も状況が飲み込めない為に問いかけて来たので、貴之はどうするべきか迷うことになった。

しかし、言わないと失礼な人だと思われてしまうかもしれないので、貴之は腹を括って伝える事にした。

 

「い、いや……その……顔を逸らさないと、アレが見えちまうからさ……」

 

「アレ……?……って、きゃあっ!」

 

貴之の歯切れ悪い回答を聞いて、最初は困惑するものの、すぐにその意図に気づいた少女は顔を赤くして慌てて姿勢を変える。

少女はぶつかった事で足がM字になってしまっており、貴之はその姿勢では見えてしまうそれを見てしまったが故に、貴之は慌てて逸らす。ちなみに色は白だった。

しかしそれでも自分の状態に気が付けなかった少女は、地面に座り込んだまま顔を赤くしてしまった。

 

「え、えっと……その……見え……た……?」

 

「あ、ああ……どうにか見ないで済んだよ……」

 

「……ホントに?」

 

誤魔化そうとしたのだが、余りにも焦り過ぎたせいで表情を取り繕うことに失敗してしまい、少女に再び問われてしまった。

 

「わ、悪い……間に合わなかった……」

 

「うぅ……でも、こっちも気がつかなかったし、そこはごめんね?」

 

仕方ないので貴之は正直に謝罪した。それを聞いた少女は不慮の事故であることは理解できているので、自分も謝った。

互いに謝ったので一件落着と言いたかったが、それだけでは貴之が前を見れないことに少女は気がついた。

 

「あっ、もう大丈夫だから……」

 

「ああ。悪かったな……手、貸すよ」

 

少女が告げてくれた事で、貴之はようやく前を見ることができた。

そして、改めて差し伸べた右手を少女は今度こそ掴んで立ち上がった。

 

「ううん。大丈夫……って、アレ?」

 

「……?」

 

少女が貴之を見て疑問を持ったと同時に、貴之もそのギャルっぽい見た目をした少女に心当たりを感じた。

 

「気のせいかな……?アタシたち、どこかで会った気がするんだ……」

 

「……俺とか?そりゃ奇遇だな。俺もお前に見覚えがある……」

 

二人は偶然にもその思っていた事が一致していた。少女は困惑するのに対して、貴之は五年ぶりに帰って来たからこういう事があっても不思議じゃないと、比較的冷静に受け止めていた。

 

「そっちもなんだ……。あっ、そうだ!いきなりで悪いんだけど……名前聞いてもいい?」

 

「俺か?俺は貴之……遠導貴之だ」

 

「……えっ?」

 

貴之の名前を聞いた瞬間、少女は驚きを隠せなかった。

 

「貴……之……?もしかして、五年前まで向かい側の家にいた……?」

 

「向かい側の家……?あっ……!じゃあお前、もしかしてリサか!?」

 

向かい側の家という単語と、少女の容姿のおかげで、貴之は目の前の少女のことを思い出した。

茶髪の髪をした幼馴染みである少女が五年ほど成長すれば、確かにこの容姿となっているだろうし、別れる前からその面影はあった。

 

「うんっ!アタシは今井リサ。久しぶりだね、貴之♪」

 

貴之は今日この日、幼馴染みの一人である今井リサと再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「本当に久しぶりだねぇ……いつ帰って来たの?」

 

再会した二人は久しぶりに商店街をゆっくりと回ることにした。

ちなみに先程の下着を見てしまったことについては、不慮の事故だからお互いに忘れようということで丸く収まった。

 

「今日の午前中だ。確か、さっきカードファクトリーの近くですれ違ったよな?」

 

「ああ……!やっぱりあの男子貴之だったんだ!」

 

貴之の肯定しながら返ってきた問いかけにリサは肯定した。

同時に、先程すれ違った少年は貴之で合っていた事の確認もできた。

 

「カードショップってことは、ヴァンガードしに行ったの?」

 

「ああ。二週間後にあそこで開かれる店内大会にエントリーするついでに一本な……。あれは中々熱いファイトだった」

 

――やっぱりリサとは話しやすい。聞き上手なんだろうなと、質問に答えながら貴之はそう感じた。

思い返すはあの時の熱いファイト。帰って来て早々今までのファイトでトップクラスの良き戦いだったと貴之は思っていた。

 

「あっ、そうだった……。リサと一緒にいた銀髪の女の子ってやっぱり……」

 

「うん……友希那だよ」

 

すれ違ったと言う単語で思い出した貴之が聞いてみると、リサはそれを肯定した。

その答えを聞いた貴之は心臓の鼓動が高鳴った気がした。否、一瞬ながら確かに高鳴った。

湊友希那――。それは自分と約束を交わした少女であり、貴之の初恋の相手である。

その恋心と約束は五年間離れていても消えることは無く、例え彼女と離れていても、自分のやり遂げようとするための原動力となっていた。

 

「あいつ、今はどんな歌声になってるんだろうな……?」

 

「アハハ……貴之が好きな歌声であることは間違いないよ」

 

目の前で話しているのはリサなのだが、友希那の話になるとすぐにそうなってしまう貴之を見たリサは苦笑交じりに答える。

――貴之は本当に友希那の歌が好きだよね。昔と変わらないその姿を見て、リサも一種の安心感を覚えた。

貴之は昔から友希那の歌声とその姿、そして歌に打ち込む姿勢が好きであり、自分も一つの物事に打ち込むその心境を知りたいと言う気持ちから、夢中になれるものを探してヴァンガードを始めた。

スターターデッキを見てこれだと確信した瞬間を、貴之は今でも覚えている。

 

「それなら安心だ。……って、悪いな……そんなこんなでいつの間にかってのが、俺らの悪いところだったな……」

 

その後二人でそれぞれに打ち込んでいる分野の話をしている時は堪らなく幸せで、ついつい周りのことを二人揃って蔑ろにしてしまっていた。

リサもそうだが、当然他の友人たちにもかなり面倒な思いをさせてしまっており、それに気づいた貴之は罪悪感を覚えた。

 

「そっちも覚えてたんだ……。んもぅ……本当に大変だったんだよ?何かあればすぐにああだし……」

 

「ほ、本当にすまねえ……」

 

咎めるように詰めてきたリサを見て、貴之は本当に申し訳なさそうに謝る。

リサもその貴之の自分に気を遣ってくれているのが分かって嬉しくなり、小さく笑う。

 

「でも、貴之らしいよ……事あるごとに友希那のことを考えてる方が自然体に思えちゃう」

 

「そ……そこまで行くのか?」

 

思わず問い返してみるとリサが苦笑交じりに肯定し、それをみた貴之はどうみられているんだと思いながら頭を抱えた。

 

「そう言えば、貴之はあれからどれくらい強くなったの?」

 

「全国大会で安定した結果は残せるようになったけど……それでも優勝はまだできてないんだ……」

 

前回もまた届かなかったんだ……貴之は脱力気味に吐露する。

また届かなかった――。その悔しさは例えヴァンガードを経験していなくてもわかるだろう。

 

「そっかぁ……でも、全国で結果出せるなんてすごいじゃんっ!頑張ってるね~♪」

 

「だけど、まだあいつとの約束は果たせてない……。それに、ここまで来たらやっぱり優勝しないとな……」

 

友希那のことを聞いて貴之の優勝への渇望は今まで以上に強くなった。

帰ってきたら伝えるというのも良かったかもしれないが、優勝できずに戻って来た以上、第一に彼女に伝えたいと思った。

 

「あっ。友希那から聞いたけど、その約束って、友希那が駅まで貴之を追いかけた時にしたって言うのは……ホント?」

 

「ん?そうだけど……どうした?」

 

「あの時は仕方なかったんだけどさ……アタシも見送りに行きたかったというか……」

 

リサの質問に答えながらキョトンとする貴之だったが、リサが少し寂しそうにしたのを見た貴之は全てを察して苦い顔になる。

 

「……どうやら、お前には色々と詫びなきゃいけないらしい」

 

「そんなに真に受けなくて大丈夫だよ。元々アタシが泣き止まないままだったんだし……。でも、貴之ってそう言う場面で正直になるのは変わらないね♪」

 

「あっ……おい……。って、そっか……戻ってきたらこれが始まるのか……」

 

貴之が顔を下に向けながら申し訳なさそうにするのを見て、リサは笑みを見せながら貴之の変わらなかった部分に安堵する。

――そういや、友希那絡みで弄られてたな……俺。ここにいた時のことを思い出した貴之が項垂れると、リサは笑いながらごめんごめんと謝った。

 

「でも、ちょっと安心したかも。友希那が覚えてるのに貴之が忘れちゃってたら冗談じゃ済まないもん」

 

「……確かにそうだな」

 

事実、約束の内容と面影等は全てしっかりと覚えていた貴之だが、リサの名を訊くまで友希那のことを思い出せなかった。

その為、貴之には友希那が自分との約束を覚えてくれていたことへの安堵が訪れた。

 

「そう言えば、友希那は今日どうしてるんだ?さっきまで一緒だったはずだけど……」

 

「ああ。友希那ならライブハウスでメンバー探してるよ。コンテストのエントリー始まってるみたいだしね」

 

「そっか……もうそんな時期だったか……」

 

貴之はリサの回答を聞いて友希那の現状を把握した。

友希那が自分と約束した内容は『FWFに出ること』。エントリーが始まっている以上、その約束を交わした友希那がメンバー集めに奔走しない理由が無かった。

貴之もヴァンガードで全国大会優勝という約束を交わして走っている為、彼女の心境が解らない訳では無かった。

 

「意外と時期が被ってるのも驚きなんだよな……コンテストと今回の全国大会は」

 

「えっ?それホント?」

 

「ああ。これを見てくれ」

 

貴之は思い出したように携帯の操作を始め、少々身を乗り出したリサにその証拠と画面を見せる。

 

「うわ……時期被ってるどころか、日付同じじゃん!残念だなぁ……アタシ、ちゃんと会場に行って二人共応援したかったんだけどなぁ……」

 

「確かにそれは悩ましいよな……今から友希那のレベルに追随できるようにバンド関係の腕を上げるか、それとも俺に並ぶレベルのヴァンガードファイターになれればそれはまた違ってくるんだが……」

 

リサの言っていることは理解できる。貴之も友希那が歌う姿を見たかったからだ。とは言え、コンテストの場合だと見に行く条件が非常に厳しそうではあるが。

貴之がそんなリサの悩みに出した答えは自分でもかなり無茶振りだと思っている。何せどちらも小さい頃からずっとやっているから、差を縮めるのが間に合わない可能性が極めて高いからだ。

 

「ちょ……!今から貴之と同レベルのヴァンガードファイターって、いくら何でも無理があるよ……!それに、ベースだって今はもうやってないし……」

 

困った反応を見せるリサを見て、貴之もまあそうだろうなと思った。

流石に今からヴァンガードファイターとなって腕を上げるのは流石に厳しい。どう足掻こうと今回の大会には間に合わないだろう。

 

「そっか……そう言えば、リサも時々、ベース持って友希那たちと出掛けてたな……」

 

「と言っても、昔の話しだけどね……」

 

思い出したように呟いた貴之の言葉を拾い、リサは苦笑交じりに答える。

――ファッションやらオシャレしたかったからかな?リサの現在の身だしなみを考えると、これが妥当だと貴之は考えた。

しかしながらその実は違っており、例え違っていたとしても彼女が話そうと思ったりでもしない限りは、自分から聞く気にはなれなかった。

 

「あっ、そうだ。貴之はどこか行きたい場所はある?」

 

「リサに任せるよ。強いて言えば、五年前と比べて変わってる場所があったらそこを確認してみたいかな」

 

この話題は今、あまりしたくないであろうリサが問いかけて来たので、貴之は簡潔に答える。

事実、貴之は誰とも合わなかった場合はこの後もカードファクトリーに籠り、一人でも多くのヴァンガードファイターとファイトする予定でいたからだ。

とは言え、そう簡単に大介とのファイトと同レベルのファイトを繰り広げられるとは言い難いので、クールダウンを兼ねるのも良いだろうと思えた。

 

「オッケー♪それじゃあ、早速行こっか?」

 

リサの問いかけに貴之は頷いて肯定の意を示し、彼女に案内してもらいながら商店街を回る。

やはり久々に会えたことが互いに嬉しかったのか、何気ない話でも心から楽しんで会話することができた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……今回もダメみたいね」

 

友希那はあの後ライブハウスに残って探して見たもの、残念ながらメンバーにしたいと思える人を見つけられなかった。

 

「(急がないといけないわ……エントリーだって始まっていると言うのに、一人も見つけられていない……)」

 

友希那は少しだけ焦っていた。またメンバーを見つけられないと言う危機感が理由だった。

五年経ったと言うのに、彼との約束は果たせていない。

流石に技術だけで言えばそれは自分の呼ばれ方が証明してくれているので進んでないことはない。

問題はコンテストに一度も出られていないことだった。いくら自分の技術があろうとも、メンバーがいなければどうにもならない。

 

「(それでも諦める訳にはいかない……お父さんの音楽を認めさせる為にも、彼との約束を果たす為にも……止まる訳にはいかないの!)」

 

友希那は自分を奮い立たせ、次のライブハウスへ向けて歩き始めた。

そして、ライブハウスを出た直後に携帯が振動したのに気がついて友希那は確認する。

 

「……リサ?」

 

画面を見て見れば、リサが通話とチャットが可能な無料アプリのCordでチャットを送ってきており、内容は『これから何か予定ある?』と言うものだった。

何か目星い事でもあったのだろうか?珍しいと思いながら、友希那は『特にないわ』と返信する。

そして、リサから更に来たチャット内容を見た友希那は驚き、居ても立っても居られなくなってライブハウスを飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~……まさかこうして、また貴之と遊べるとは思わなかったよ……」

 

「俺も、まさか帰って来て早々リサと再会できるとは思わなかったよ」

 

あの後暫く二人して商店街を周り、時刻は既に夕方となっていた。

五年ぶりに会うことができ、共に遊ぶこともできた二人は互いに感慨深い思いをしていた。

 

「そう言えば、貴之はこの後どうするの?」

 

「特に何も決めてないな……この調子だと、お前と晩飯食って来たらどうだとか言われそうだが……」

 

――女の子と遊ぶこと優先させるってどうなんだ?貴之の疑問はそれだった。

リサは小百合がこちらの気を遣ってくれたと感じて嬉しく思うのと、貴之の話を純粋に面白いと感じて笑うのだった。

そして、貴之が『晩飯どうすりゃいいの?』とCordで聞いたところ、小百合から『どうせなら友希那ちゃんも呼んで三人で食べてきちゃいなさい』と返って来て、それをみた貴之はもう笑うしかなかった。

その様子が気になったリサにもその画面を見せれば一発で意図が伝わり、彼女も笑うのだった。

こういったことができるのも、出掛ける前に、残っていた食器の整理を終わらせてくれていたからである。

 

「ちょっと待ってて……それなら友希那に聞いて見るよ」

 

リサは友希那にCordで聞いてみる。

――そろそろ終了の時間だし、出てくれると思うけど……。そう思っていたら程なくして友希那は返信してくれた。

 

「あっ、友希那も今終わったから来るって」

 

「そっか。いよいよなんだな……」

 

貴之は自分の心臓の鼓動が大きくなっているのが感じ取れた。それだけ友希那に会えることを今から楽しみにしているのだ。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

一方で、友希那はペースなど全く考慮せずに商店街の中を走っていた。

リサが送ってきたチャットの内容は、『帰って来た貴之と商店街回ってて、晩を一緒しようって話しなったんだけど……友希那も来る?』と言うものだった。

それを見た友希那は『今すぐに向かうわ』とだけ返信してライブハウスを飛び出し、今に至るのだった。

 

「あっ……ごめんなさい……!」

 

普段運動しない身であることと、低いとは言え運動に向かないヒールのある靴であったことから走るのは難儀し、普段以上に遅い速度で走る羽目になっていた。

そんなこともあって転んだりしないように意識することが手一杯になってしまい、人とぶつかりそうになった友希那は体制を崩しかけるものの、謝りながら立て直して走り直す。

 

「(貴之……)」

 

――やっと会える……。そう思えるだけで、体力を無視して友希那は走ることができていた。

走ることで生じる体の苦しさを、貴之に会える嬉しさが圧倒的に上回っているのだ。

 

「そう言えば、孝一さんと明未さんはどうしてるの?」

 

「あの二人は仕事の転勤でまた新しい家だよ。ユリ姉は大学がこっちだったのと、俺がこっちに戻ってきたいから二人で戻って来たんだ」

 

「ああ……。お仕事忙しそうだったもんねぇ~……」

 

三人の家族の中で最も多忙なのは遠導家の孝一であり、三家族集まる時は孝一に合わせる事が多かった。

貴之の一家が引っ越しした理由も孝一の仕事が理由だったので、相変わらずだなとリサは苦笑した。

 

「(っ!いた……。ということは、あの午前にも見かけた男子が……)」

 

走り続けておよそ二十分程。友希那はようやく談笑しているリサと少年の姿を発見できた。

癖っ毛になっている黒い髪は間違いなく先程見かけた少年のものだった。

そして、先程は見えなかったのだが、少年は空のような蒼い瞳を持っているのが分かる。

そこで友希那は、自分と約束を交わした少年が彼と同じで癖っ毛の黒髪と蒼い瞳をしていることを思い出した。

 

「そう言えば、貴之の背って今どれくらいなの?」

 

「うん?確か175だったかな……。今思えば大分伸びたな……」

 

「そんなにあるの!?やっぱり男子だねぇ~……昔は同じくらいだったのに」

 

「第二成長期ってやつだな」

 

二人の会話を聞いていた友希那はその少年の言葉を聞いて驚き、口元を両手で塞ぐ。

自分と約束を交わした少年と別れた時期は五年前。そして、目の前にいる少年は五年間ここを離れていると言った。

更にはつい先程見かけた時はカードファクトリーを見て五年前と変わらないと言っていた。そこまで得られた情報から、友希那に一つの答えが浮かび上がった。

 

「貴……之……?」

 

たどたどしく呟いた声がリサに届いたのか、リサが少年に自分の方を指差して促し、少年をこちらへ振り向かせた。

そして、友希那と少年の目が合い、その瞬間少年の顔は喜びの表情になった。

 

「ああ。久しぶり……。また会えて良かったよ」

 

嬉しそうに答えてくれる少年は、自分が遠導貴之であることを証明してくれていた。

 

「ほ、本当に貴之なのね……?」

 

「ああ、五年ぶりだな。友希那……」

 

まさか五年前に別れてしまった貴之が本当に戻って来るとは思っても見なかった友希那はもう一度問いかけると、貴之は笑みを見せて肯定した。

その瞬間、友希那の頭の中に彼との思い出が幾つも呼び起こされた。

自分に購入したヴァンガードのデッキを見せながら満面の笑みを見せた頃の貴之の姿や、学校の教室で話す話題こそ全くもって違うものの、二人で楽しく話していた日々――。

そんな日々をまた送る時間が得られる。その嬉しさを感じた友希那は貴之の下へ歩み寄る。

 

「久しぶりね。貴之……それと、おかえりなさい」

 

「うん。久しぶり……それからただいま、友希那」

 

貴之を迎えることのできた友希那の目尻からは、嬉しさから涙がこぼれていた。

その友希那の様子に気づいた貴之は、人差し指で左目の涙を拭ってやる。

 

「(友希那も貴之も……また会えて良かったね……♪)」

 

二人が会えたのに安心したリサは何も言わず、温かい目で見守っていた。

そこに寂しさと言うものは無く、古くからの友人である二人の再会を心から喜んでいるものだった。

 

 

 

友希那と貴之。この二人は五年越しにようやく再会を果たすことができた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(ようやく帰って来れた感じがするな……)」

 

三人で夕飯を外食で済ませた後の夜、一度家に帰って部屋の整理を大急ぎで終わらせたからか、落ち着かなかった貴之は外に出て近くを散歩していた。

そして、家の近くにあるベンチにたどり着く頃には喉が渇いたので、自販機の飲み物を購入するために金銭を入れようとしたところで、声をかけられた。

 

「……貴之?」

 

「……友希那?どうしたんだ?」

 

声をかけてきたのは友希那で、どうしたのかなと思った貴之は問いかけてみる。

 

「少し夜風に当たりたくて……そう言う貴之は?」

 

「俺は、戻って来たばかりで落ち着かなくてな……」

 

友希那が答えながら問い返してきたので、貴之も理由を答える。

もしかしたら、互いに家にいるままだと落ち着けなかったのかもしれない。

 

「ちょっと休んでくか?」

 

貴之の問いに友希那が頷いたので、飲み物を購入してからベンチに腰を掛けた。

 

「リサだけじゃなくて友希那にも会えるとは……。何か良いことありそうに思えて来るよ」

 

貴之は今日、帰郷早々にとても良い一日を過ごせたと思っている。幼馴染み……そして自分の好きな女の子と再会ができたという一日はこれ以上にない程最高の一日だったといえるだろう。

 

「リサとはいつ頃会ったの?」

 

「今日の昼過ぎ。ちなみに帰って来たのは今日の午前中だ」

 

友希那の質問には先回りして絶対に聞かれるであろうことも付け加えて答える。

もしあの時リサにぶつからなければ、今日はヴァンガードファイトに明け暮れると言う、約束を果たす為に走るのは良いもののそれはそれで少し寂し気な一日を過ごしたはずだ。

 

「そう言えば、ヴァンガードの方はどこまで行けたの?」

 

「全国で結果を残せるようにはなったけど、まだ優勝できてないんだ……」

 

友希那に聞かれた貴之は頭を掻きながら苦笑交じりに答える。どうせならもっといい結果を出したかったなと思っていた。

 

「そういう友希那は?」

 

「私は……まだコンテストに出れてすらいないわ……」

 

気になった貴之も聞き返してみたのだが、友希那は落胆した様子を見せた。

貴之は少しずつ確実に進んでいることが確かに解るのだが、友希那は実力こそ確かに付いているものの、それを証明できる結果が何も無かった。

 

「ごめんなさい。あなたはそれだけ頑張っていると言うのに……」

 

「いや、そんなことはないさ……。友希那の歌声は五年前よりもずっと良くなってる。それに……」

 

それ故に申し訳なくなった友希那は詫びるが、五年ぶりに成長した友希那の歌を聴けた貴之は彼女がしっかりと実力を付けていることを理解できている。

 

「……それに?」

 

「俺との約束を果たす為に今日もライブハウスで歌って、メンバーを探していたんだ……。寧ろ、今日一日殆ど遊ぶことに使っちまった俺より何倍も頑張ってるさ」

 

後から貴之が付け加えた言葉に、友希那は救われた気がした。

『歌姫』と言う大層な二つ名があるのに、未だに何一つ結果を出すことができていない彼女だったが、互いに約束を交わした相手である貴之が自分の努力を認めてくれたお陰で安心感がやって来たのだ。

 

「ありがとう貴之……。あなたのお陰で気が楽になったわ」

 

「それなら安心だ……あっ、そう言えば親父さんはどうしてるんだ?メジャーデビュー決まってたと思うけど……」

 

「…………」

 

友希那が安心したのも束の間、貴之から非常に痛い所を突かれてしまった友希那は再び暗い顔になる。

 

「……どうした?」

 

「お父さんは……あなたがここを離れた直後、メジャーデビューができなくなったの……」

 

「え……?」

 

「その後お父さんは音楽に手を付けなくなった……それだけだったら仕方ないで終わったかもしれないわ。でも、それだけじゃなかったの……!」

 

友希那が辛そうに出した回答を聞いた貴之は驚くしかなかった。

更にそれだけではなく、自分の父がその後どんな目に遭ったかの記憶を呼び起こされた友希那の肩が震えだしていた。

 

「周りの人たちは皆、その姿勢が気に入らなくてバッシングをしたの……っ!お父さんがどんな思いをしていたかなんて気にもしないくせにっ!」

 

「友希那……。その……悪かったな。嫌なこと思い出させちまって……軽率だったよ……」

 

友希那の頬を涙が濡らしていたことに気が付き、貴之は申し訳なくなる。

貴之は気になったから聞いただけであり、友希那を悲しませるつもりでは無かった。

 

「いえ、私の方こそ取り乱してごめんなさい……。それに、私は決めたの」

 

友希那は涙を拭ってベンチから立ち、貴之の顔を真っ直ぐに見据える。

月の光が彼女の持つ綺麗な銀色の髪を照らした光景が神秘的なものを感じさせ、貴之は一瞬見惚れてしまうが、真剣な話をしていると言い聞かせて無理矢理聞く姿勢に入る。

 

「私は、あなたとの約束を果たすと同時に、お父さんの音楽を認めさせる……。それが今、私が自分の歌でやろうとしていることよ」

 

「(だから今日も……友希那はあれだけ頑張っていたのか……)」

 

友希那の強い決意と覚悟を感じ、貴之は言葉を失った。

自分との約束だけでなく、父親の無念も背負っていたことを知り、一瞬だけ自分よりも明らかに先の道を進んでいるように思えてしまったからだ。

しかし、それでも互いに交わした約束は消えていない。それが分かっただけでも安心できた。

 

「……私たちの間に違うものを入れてしまった事は謝るわ……ごめんなさい」

 

自分との約束を特別なものだと思ってくれていたのだろう。友希那は表情を暗くして俯く。

俯いた理由は、あの時に交わした約束の中に、自分だけの中にある物を混ぜ込んだ事を貴之が怒るかも知れないという不安からだった。

 

「いや、そんなことはないよ。例え親父さんの音楽を認めさせると言うことが入っていても、俺たちの約束があると言うことには変わりないからな」

 

「貴之……」

 

しかし、貴之はそんなことを考えていなかった。約束が消えていないことが分かっただけでも十分に嬉しかったのだ。

そして友希那も、貴之が受け入れてくれた事に大きく安堵するのだった。否定されなかっただけでも、彼女にとっては十分に安心できることだった。

 

「……よくよく考えたら、お互いまだ約束を果たせてないんだよな」

 

「そうみたいね……」

 

五年掛けて確実に一歩ずつ進んでいるものの、自分たちが約束した場所にまではたどり着いていなかった。

友希那が肯定するに合わせて貴之もベンチから立ち上がり、彼女の傍まで歩み寄る。

 

「なら改めて、お互いに頑張ろうぜ?これからは俺も一緒だ……」

 

貴之は友希那にそう投げかけながら右手を差し出す。

――これからは俺も一緒だ。その言葉が聞けた友希那は表情が柔らかな笑みに変わった。

 

「ええ。お互いに頑張りましょう」

 

友希那は笑みを崩さずに自分の右手で貴之の右手を取る。

今までは遠く離れた場所にいたが、これからは再び互いがすぐそばにいる状態で共に歩むことができる。それだけでも非常に嬉しかった。

 

 

 

五年前は同年代より歌が上手い一人の少女だったが、『歌姫』と呼ばれるようになった湊友希那。

同じく五年前はヴァンガードが周りの友人より強い一人の少年だったが、全国で結果を残せるくらいまで上り詰めた遠導貴之。

再会した二人は夜空の下で、道は違えど共に駆け上がる事を改めて誓うのだった。




もう気づいているかと思われますが、性格変更が掛かっているのは友希那です。

Roseliaのメンバー、余裕があれば他のメンバーにもちょこっとだけファイトさせて見ようと言う狙いもあったので、彼女の性格をある程度柔らかくしておかないとそれの実現が不可能になると言う判断でこうなりました。
性格変更なしでできたらやってほしいと思った人はすみません。

次回から本編です。


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イメージ1 帰って来ての一時

『イメージ○○』と言うサブタイはヴァンガード(2018版)を参考にさせてもらっています。


友希那と再会してから二日後のことである。

気持ち良く寝ているところでアラームの音が鳴り、鬱陶しく思いながらも貴之は時計のボタンを押してそれを止める。

アラームの音で目が覚めた貴之がベッドから起き上がってカーテンを開けると、眩しい朝日が入ってきたので思わず目を閉じる。

少しして目が慣れてきたので、閉じていた目を開けると、そこには五年前と変わらない風景が入り込んできて、貴之は何度目かの帰って来たという感覚を感じた。

 

「(さて、今日から学校だったな……)」

 

貴之は今日から新しい学校に行くことになっている。

二度目の転校ということもあって、以前ほど緊張することは無い。場慣れしていることもあって少し気を楽にできた。

 

「(朝飯の準備終わってるはずだし、俺も着替えて下に降りよう)」

 

貴之はクローゼットを開けて今日から通う学校の制服に着替える。

貴之が着る制服は後江(ひつえ)学園のもので、青を基調として所々に白いラインが入っているブレザー系の制服だった。青い制服と言うのにはそれなりに新鮮味を感じている。

部屋にある鏡でおかしい部分は無いかなどを確認した貴之は、鞄を持って部屋を出ようとしたところで一度足を止める。

 

「危ねえ危ねえ……こいつを忘れるところだった……」

 

貴之は机の上に置きっぱなしであったヴァンガードのデッキが入ってるケースを手に取り、それを鞄に入れてから部屋を後にする。

その後は一度洗面台に足を運んで顔を洗ってからリビングに向かった。

 

「おはよう」

 

「あっ、おはよう。ご飯もうできてるから、食べちゃっていいよ」

 

貴之がリビングに入れば小百合が台所で片付けをしていた。

小百合の催促に従って席に着き、朝食を食べ始めようとして貴之は一つの事に気が付いた。

 

「ああそっか……ユリ姉、入学式がスーツだからそうしてるのか……」

 

「そうだよ。汚しちゃったら大変だからね……」

 

小百合は今日から大学に入学するのだが、入学式はスーツ着用らしい。寝間着のまま朝食を作っていた理由はズバリそこにあった。

そんなことを考えながら貴之が焼かれてある食パンを手にとって食べ始めると、片づけを終えた小百合も席について朝食を取り始めた。

 

「今日の登校は一人なの?」

 

「いや、友希那とリサ……それから俺の三人で行こうって話になってる。羽丘と後江は意外と近いらしくてな」

 

友希那とリサが通う羽丘女子学園と、貴之の通うことになっている後江学園は途中まで道のりが同じだった。

そんなこともあってリサの提案により三人で登校しようと言うことになった。その提案には二人とも賛成で、この提案はものの十秒もせずに可決となった。

そんな回答を聞いた事もあってか、小百合は満足そうに微笑む。

 

「良かったね。また三人で一緒にいられるようになって」

 

「ああ。俺もそう思うよ」

 

――また三人で。貴之はそれが非常に嬉しかった。

もう戻って来ないかも知れないと思っていた時間が、こうしてまた戻って来たのだ。これを嬉しいと思わない筈は無かった。

 

「制服姿はもう見せたの?」

 

「いや、当日見たいって言われたから見せてないよ。楽しみを取っておきたいんだとさ」

 

――その気持ちはちょっと解るけどな。貴之は苦笑交じりに答えた。

貴之自身も羽丘女子学園の制服のことは、今日この日の為に調べなかった。

幸いにも外出していたのは全て休日であったのもあって、制服の女子高生は見かけていない為ネタバレもしていないと言う、ある意味万全の状態でこの日を迎えたのである。

制服に関する会話をしていた影響なのか、小百合は青い後江の制服を着た貴之の姿をじっくりと眺めだす。

 

「……?」

 

「ああ、ごめんね。貴之のそれ、似合ってると思って……友希那ちゃんもそう思ってくれるはずだよ」

 

「おいおい、良してくれよ……何で友希那に繋げるのさ……?」

 

小百合から友希那と言う単語が飛んできたことで、貴之は少しだけ顔を赤くして困惑する。

しかしながら、貴之も友希那がどんな反応をするか気になっているのは事実で、同時に彼女の制服姿も気になって仕方が無かった。

――友希那の制服姿か……。それを想像した瞬間、貴之は顔が赤くなるのを感じて頭を抱えた。

 

「ヤバい……今から気になってしょうがない……!」

 

「あはは……友希那ちゃんに一途なのは相変わらずだね」

 

貴之の様子を見た小百合は安心したように微笑む。

ちなみに遠導一家による会話の傾向として、友希那の話が出れば大体貴之が弄られる、もしくは自滅することになる。今回の場合は小百合がさり気なく彼女の名前を出した結果、後々貴之が自滅した形になる。

暫しの談笑しながらの朝食を取り終えたところで、インターフォンの音がした。どうやら二人が迎えに来たようだ。

一度テレビに映っている時間を確認すると、午前の七時半になっていて、二人より少々遠い学校へ向かう貴之にとっては丁度いい時間だった。

 

「もうこんな時間か……それじゃあそろそろ行ってくるよ」

 

「行ってらっしゃい。五年ぶりにできる三人での登校、楽しむんだよ?」

 

「もちろんそのつもりだよ」

 

小百合に言われるまでも無く、貴之は三人で再び登校できることを満喫するつもりでいた。

リビングを離れて玄関で靴を履き、鞄を持っていざ部屋を出ると、二段だけある階段を降りた先で友希那とリサが待っていた。

 

「あ、おはよー貴之。待ったかな?」

 

「いや、丁度いい時間だったよ」

 

待っていた二人はグレーが基調で袖口の近くに白いラインが入っているブレザーとその中に見えるワイシャツ、青とライトブルーの二色で構成されたスカートとネクタイを着用していた。羽丘女子学園の制服である。

スカートとネクタイを見て、学年ごとに色が違うのを貴之は何となく理解した。

リサに挨拶と同時に問われたので、全く問題なかったことを伝えた。それを聞けたリサは満足そうに頷いた。

 

「おはよう、貴之」

 

「ああ。おはよう」

 

貴之は友希那と挨拶を交わしたことで、帰って来たという実感が大きくなるのを感じた。

またこうして友希那とリサ、そして自分の三人で共に過ごすことができるようになったのは、貴之にとって何よりも嬉しいことであった。

感慨深いものを感じていると、友希那が自分の服装を見ていることに貴之は気が付いた。

一応、制服自体彼女たちは度々見ているのだが、貴之の制服姿は始めて見たので注視しているのだろう。

 

「ああ。制服(これ)のことか……どうだろう?おかしいところが無いといいんだが……」

 

実際のところ採寸をして以来一度も着ていなかったので、貴之は少々不安であった。

しかし、そんな不安はあっさりと否定される事になる。

 

「いえ、そんなこと無いわ。とても似合っているわ」

 

「うんうん!おかしいところなんて何も無いから大丈夫だよ♪」

 

「そうか……それなら良かった」

 

二人にそう言われたことで、貴之は安堵の笑みを浮かべた。

もしこの二人におかしいところがあると言われたら、真っ先に直していたことは言うまでも無かった。

リサに言われれば彼女にとって目に余る部分があったと思って反省するで済むかも知れないが、友希那に言われた場合は折れていたかもしれない。

しかし、それは過ぎた話なので問題無いと頭を切り替える。自分だけ確認してもらったのに二人の制服姿を確認しないのは些か不公平だろう。

 

「そう言う二人も似合ってるな……。冗談抜きで二人とも随分の美少女だし尚更だよ」

 

「「……!?」」

 

貴之の感想を聞いた瞬間、二人は顔を赤くしながら硬直する。

これは貴之自身が実際に思っていたことであったのだが、五年間離れていた事もあって二人の持っている外見の良さを改めて理解できたのである。

しかも小学生だった当時と違って今は高校生。暫く離れた後に再会すれば、二人の成長を意識せずにはいられなかったのだ。

 

「……どうした?」

 

「確かに嬉しいんだけどさ……そういうのはもっと……ねぇ?」

 

「いやまぁ、ちゃんとそうするつもりなんだけどさ……今回は言わずにはいられなかった……」

 

二人から返事が返ってこなかったので貴之が問いかけると、それなりに早く復帰できたリサが、まだ朱色になっている頬を見せながら貴之に分かるように伝える。いくら貴之の恋心を把握しているリサと言えど、いきなり直球のお世辞をもらえば照れるものである。

リサの言いたいことを理解できた貴之は、「次から気を付けるよ」と自分を戒める。

ここまで簡単に話が終わったのは相手がリサであったが故だろう。貴之は確かに自分たちと久しぶりに再会した身なので、五年ぶりに自分たちの姿を見て確かに変わっている事を実感したからこそ、正直な感想を述べたのだ。

もちろんリサも、自分が貴之の立場であればそう言っていたかも知れないから特に責めたりはしない。

 

「さて……ここでのんびりしてると遅れちゃうし、そろそろ行こ……って、友希那?」

 

「た、貴之が……貴之が私を……」

 

リサと友希那が通う羽丘女子学園は距離的に余裕があるのだが、貴之の通う後江学園は二人と比べて少々遠いことと、今日が転校初日であることからこれ以上ゆっくりしていると手続きが遅くなってしまう可能性すら見えてきた。

その為、リサが気を遣って移動を促そうとしたのだが、顔を赤くしたまま目が泳いでる友希那を見て思わず問いかけてしまった。

呼ばれた友希那はゆっくりとリサの方に顔を向け、一泊置いてから凄い勢いでリサの顔にぶつかりそうなところまで自分の顔を近づけた。

 

「り、リサ……!貴之が……貴之が私を……!」

 

「うんうん。そう言ってもらえて良かったね♪」

 

「…………」

 

あたふたしながら上手く口が回らない状態でリサに何か言おうとする友希那だが、大体の状況を理解できているリサは友希那の頭を撫でながら励ますように言い聞かせる。

――やべぇ。あたふたしてる友希那、超可愛い……。クールな印象があった友希那が慌てるというギャップの激しい光景を見ながら、無言の貴之は自分の心臓が跳ねるような感じがした。

一方、リサは友希那の頭を撫でている手をそのままに二人の様子を見て、約束があるからその一歩を踏み留めているにしても、どうして二人とも気がつかないのかと思っていた。

小学生の時にそれぞれから互いのことが好きだと聞いているリサはその時から応援しようと決めているので、特に嫉妬の念などは持っていない。彼女にあるのは、二人を結ばせる為に手伝おうとする幼馴染みとしての、引いては一人の友人としての気遣いだった。

 

その後五分ほど掛けて友希那を落ち着かせてからようやく登校を始めた。並んだ順番は右から貴之、友希那、リサの順である。

しかしながら、転校生だと言うのに貴之は新鮮な感覚などを感じない。元居た場所に戻って来て、懐かしき人たちと共に登校しているからというのが大きいだろう。

 

「こうしてまた三人で登校するのは随分と久しぶりだな……」

 

「五年ぶりだからね~。それにしても、またこうして三人で登校できるなんて思って無かったよ……」

 

貴之の何気ない呟きに、リサは弾むような声で同意する。彼女と同じ気持ちだと言うかのように、二人の間にいる友希那も柔らかい笑みを見せて頷く。

どうやら三人揃っての登校を嬉しく思っているのは全員一緒らしい。それが分かって貴之は少し安心した。

 

「そう言えば、向こうではどんなことをしていたの?」

 

「ヴァンガードは変わらずやってた。ただ、基本的に一ヶ所に留まらないで遠征を繰り返してたな。大会がある時はここにいた時と変わらずだったけど」

 

「……遠征?」

 

「ああ。自分の行ける範囲で色んな所のカードショップを回って、そこで多くのファイターと戦ったんだ……」

 

友希那の質問に貴之は一つ一つ答えていく。

――あの日々があったからこそ俺はここまで来れた。友希那の質問に答えながら、貴之はそう考えていた。

もし一ヶ所に留まっていたのなら、自分は今頃地方予選で通用する程度の実力のままだったのではないかと思うこともある。

それだけ、彼は友希那と離れた五年間の間はその約束を胸に走り続けていたのだった。それが分かって友希那は少し嬉しくなる。

 

「実際に見れなかったのが残念だけど、貴之も頑張っているのね……安心したわ」

 

「お前程頑張れてる気はしないけどな。ってそっか……。友希那は俺から聞いた話でしかヴァンガードの事を知らないんだったな……」

 

友希那にそう言われた貴之は謙虚と思われるかも知れないが、謙虚な姿勢で返すと同時に少し寂しい思いをする。

 

「なら、今度一緒に近くのカードショップ行くか。俺の五年間の成果はそこで見せるよ」

 

「ええ。それと、私の五年間の成果も次のライブで見せるわね」

 

「ああ。その時を楽しみにしてるよ」

 

貴之の提案に友希那は迷うことなく乗っかると同時に、自分も提案を出した。

その提案には貴之も迷うことなく乗っかったので、互いに誇れるようなものを見せようと心の中で意気込んだ。

 

「あっ、そう言えば五年間別の場所にいたって事は、学校も違う場所だし……そこはどうだったの?」

 

「そうだな……」

 

リサに学校の事を訊かれた貴之は一瞬考え込む。

思い起こされるのは、青い髪をした少し内気ながらも優しい性格をした少女と、紫色の髪を短く整え落ち着いた性格をした少年の姿だった。

出会った時間はそれぞれ違うものの、貴之を経由してヴァンガードに触れて以来、三人で行動を共にしており休日は全員で遠征に出たりもしていたし、貴之が全国大会への出場を決めた際は実際に会場で応援しに行く程仲良くなっていた。

自身の転校が決まった際、彼らには最寄り駅を教えているので、時間に余裕があればまた会うことも可能だろう。

 

「向こうでも、楽しく過ごすことはできたよ」

 

その満足そうな表情をしながら答える貴之の姿を見て、二人には貴之の性格だから平気だっただろうと思えたのと同時に、向こうでも上手くやれて良かったという安心感が来ていた。

ここを離れるまでは、ヴァンガードをやっていた人たちの中では中心にいたあたり、友人を作るのは得意なのだろう。

その後も話しながら歩いていると、友希那たちが通う羽丘女子学園の校門前まで辿り着いてしまった。

 

「もうここまで来ちゃったかぁ……三人で話しながらだったし、あっという間だねぇ……」

 

「貴之は向こう側へ進むのよね?」

 

「ああ。俺はあっちへ進まないと行けないからな……」

 

友希那とリサはここで学校へ入るのだが、貴之はもう少し先の方へ進むことになる。

その為ここで一時的に別れなければいけないのだが、貴之と友希那はそれを名残惜しく感じる。

 

「学校終わったら一度連絡するよ」

 

「ええ。楽しみに待っているわ」

 

簡単な口約束ではあるが、これだけでも友希那はとても安心できるものを感じた。

そんな友希那の様子を見て、貴之も自然と笑みを浮かべるのだった。

 

「あはは……それだけ仲良いんだし、どっちかから告白して付き合っちゃえばいいのに……」

 

リサが笑いながらそんな提案を出すと、二人の顔が赤くなる。特に友希那からは『ボンッ』という音が聞こえるのではないかと思うくらいの勢いだった。

しかしながら、リサのこの発言は紛れもない本音から来るものであった。小学校の時ですら、珍しく二人が休んで一人で登校することになった日は、クラスで仲の良い人たちと一緒に「どうしてあの二人は付き合わないんだろう?」と考えた事もある。

 

「なっ!?り、リサ……それにはこう、場所とか時間とかが……」

 

「そ、それもそうなんだが……まだ相手がどう思っているとかそう言うのもなぁ……」

 

「ええ……?それならアタシが居ない間に済ませちゃえば良いんだけどなぁ……」

 

――でも、どうせならちゃんと約束果たして(やること済ませて)からがいいよね?焦る二人をよそに、リサはそう考えた。

この二人は焦っているからこそ相手の伝えたい事に気がついていないが、二人が伝えたいことは偶然にも一致していて、しかもそれはリサにあっさりと見抜かれていた。

だからといってリサもそれをばらすつもりは毛頭もない。自分が言った事で二人の努力して来た道を捻じ曲げてしまうのなら、何も言わないで見守る選択をするつもりだ。

そんな風に話しているのは良いが、貴之の学校が自分たちより遠いことを思い出したリサが携帯電話で時計を見ると、そろそろ八時を回る頃だった。これ以上油を売れば貴之が転校初日から遅刻してしまう危険性が跳ね上がる時間帯だった。

 

「貴之……そろそろ時間じゃない?」

 

「うお、マジか……。確かにそろそろヤバいな……」

 

リサに時間を見せてもらえば、貴之も少し焦る。思った以上に話し込んでいたのだろう。

 

「それじゃあまた後でな。さっきも言った通り連絡するから!」

 

「ええ。また後でね」

 

貴之が手を振りながら離れていくのを、二人は彼が見えなくなるまで手を振って見送った。

一時的に離れることが少し寂しくも思う友希那ではあるが、それ以上に貴之と再び会えた嬉しさの方が圧倒的に上回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったね……」

 

「ええ。行ってしまったわね……」

 

貴之が離れていくのを見て呟いたリサに友希那が同意する。しかし、それでも五年前とは決定的に違うことが一つある。

 

「でも、長い時間の別れじゃないわ。またすぐに会えるから……」

 

「ホント、帰って来て良かったよね……」

 

また夕方になれば会うことができる。それだけでも友希那にとってはとても嬉しい事であり、それはリサも同じである。

共通することとしては親しかった幼馴染みが五年ぶりに帰って来たこと、友希那が個人で持っているものとしては好きな人が帰って来たことだろう。

そうして嬉しさに浸るのは良いのだが、ここは校門前である為、長い時間留まっていると生徒たちの邪魔になってしまうので、二人は移動を始めた。

 

「教室着いたし、また後でね~♪」

 

「ええ。また後でね」

 

昇降口で上履きに履き替えて互いに教室へ向かうのだが、リサと友希那はクラスが違うので、一度ここで別れることになる。

リサが教室に入れば、彼女とその友人が挨拶してから談笑を始める声が聞こえる。こうして友人関係を作るのが得意だったのは昔からである為、友希那は特に不思議とは思わずそのまま教室に向かう。

そうしている内に友希那も教室に着いたので、そのまま自分の席まで移動して椅子に腰を下ろした。

自分の席に着いて気付いた事ではあるが、いつもより談笑の声が大きいような、または多いような気がした。

そのことに関しては後でリサに訊いてみようと考えた友希那は、鞄の中から作曲用に作ってあるノートと、ペンを一つ取り出して作曲をしようと考えた。

 

「おはよう湊さん。今大丈夫?」

 

「大丈夫だけど……どうしたの?」

 

作曲を始める為にノートを開けようとしたところクラスメイトの一人に話しかけられたので、友希那はそちらに顔を向けて問い返す。

今はこうしてクラスメイトに話しかけられれば反応する友希那だが、何らかの要因が一つでも欠けた状態で父親の音楽が否定された場面に直面した場合、間違いなく今回のような反応はできなかっただろう。

しかしながら、少なからず普段より全体的に談笑の声が違うことを友希那も気にしていたので、自分も聞いてみようかと考えた。

 

「さっき校門前で一緒にいた、後江学園の彼って知り合い?見かけない顔だったんだけど……」

 

「(なるほど……それで話が持ち切りだったのね……)」

 

女子校である羽丘女子学園の校門前で、共学である後江学園の制服を男子生徒が羽丘女子学園(こちら側)の生徒と仲良く話していれば、否が応でも注目を集めるものだろう。

更に言えば、貴之が爽やかさを感じさせる容姿をしていたこともあって、「後江学園の制服を着た、見知らぬ顔したカッコイイ男子生徒は誰?」と言う話で盛り上がっていたようだ。

 

「知り合い……と言うか、幼馴染みね」

 

「えっ!?幼馴染み!?」

 

「ええ。五年ぶりに帰って来たのよ」

 

友希那の回答に彼女が驚くのは無理も無いだろう。先週までリサと共に登校することこそあったものの、そこに貴之も一緒にいたことは一度もないのだから。

もしかすると、リサも今頃この手の質問に答えている最中なのかも知れない。目の前にいる女子生徒に答えながら友希那はそんな予想を立てた。

今の回答で納得できたのか、質問をして来た女子生徒は友希那に礼を言ってから友人たちの下へ移動していった。

そして、その友人に貴之が友希那の幼馴染みだと伝われば、それは一瞬で盛り上がりを見せるのだった。

そんな様子に少しの間だけ目をやってから、友希那は作曲に取り掛かろうとして一つの事を思いついた。

 

「(そうだ……後で貴之に頼んでみようかしら?)」

 

流石に朝は転校の手続き等で慌ただしくなるはずなので、昼休み辺りが望ましいと友希那は考えた。

五年前は貴之の連絡先を知らなかったが故に全く連絡を取ることが出来なかったものの、連絡先を交換できた今であればいつでも連絡する事ができる。

彼が帰って来た事の嬉しさを思い出して、友希那は一人微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ここの近くは初めてかな?」

 

「いえ、五年前まではこの近くに住んでいました」

 

「そうか……それなら懐かしき友人との再会もあるかもしれないね」

 

友希那たちと別れた後、貴之は特に問題なく後江学園に辿り着き、転校手続きを済ませていた。

一応、登校している時に羽丘女子学園に向かう生徒や、同じ後江学園の生徒に注目の目を向けられた時は、前の転校初日とは勝手が違うことを思い知らされた。

何せ小学生だった前回は私服であったが為に特に注目されることなど無かったのだが、今回は制服を来た高校生。そうなれば学校もわかるので否が応でも目を引いてしまうものである。

そして今、転校手続きを終えた貴之は、担任の長谷川(はせがわ)秀明(ひであき)についていく形で教室へ向かっていた。

 

「(確かに、こういう先生だったら転校初日でもある程度緊張が和らぐよな……)」

 

現在こうして長谷川と話している貴之は、話しやすい人だと感じていた。

言動や物腰が柔らかいので、それが話しかけることや、素直な回答への抵抗感を薄れさせていた。

とは言え貴之自身は二度目の転校であること、五年前にも住んでいた場所に帰って来たこともあって、大して緊張をしてはいなかった。

 

「さて、着いたぞ。この時期に転校と言うのは色々大変かも知れないが、君が良い学校生活を送れるようできる限りは協力するから、困ったらいつでも頼ってくれ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

長谷川のその協力的な姿勢は非常にありがたく、貴之は素直に礼を言う。

友希那たちと再会できた嬉しさと、協力的な姿勢を見せてくれる先生という存在は貴之に更なる心の余裕を与えてくれた。

そして、長谷川は教室に入って行くが、一度待っていてくれと言われたので貴之はドアの前で待機する。

 

「さて、今日から一緒に学ぶことになる転校生を紹介するぞ。入ってくれ」

 

合図を送られたので、貴之は教室へ入る。

もう既に黒板に自分の名前が書かれていた為、チョークで名前を書かないで済むのは楽だなと貴之は思った。

また、こちらに戻ってきてからと言うものの、女子から注目が集まっているのは転校生故だからだろうか?貴之はそう思いたかった。

 

「遠導貴之です。これからよろしくお願いします」

 

ひとまず挨拶しなければ進まないのが分かっていたので、貴之は名乗ってから軽く頭を下げる。

周りを見て見れば、特に怯えられる様子は見受けられない。それが分かった貴之は一安心する。

 

「と言う訳だ。みんな仲良くしてやってくれよ?」

 

長谷川の問いかけには大した反応が見えないものの、クラスの全員は心の中で頷く。

というより、一部の女子生徒は貴之にお近づきになろうと既に準備を始めていた。

 

「さて、遠導の席だが……一番端のあそこが開いてるから、そこを使ってくれ」

 

「分かりました」

 

一番後ろの一番窓側が貴之の席として用意されていた。

――何というか、定番なのか……?前回の転校初日と全く同じ席を用意された貴之は、思わずそう感じてしまった。

とは言え、個人的にそのポジションは外を眺めやすいから好きだった貴之は、特に文句を言うことは無く自分の席に移動する。

 

「よう、二日ぶりだな。まさかお前が後江(こっち)に来るとはな……」

 

「おお、お前も後江(こっち)だったのか?これからよろしくな」

 

自分に用意された斜め前の席には、二日前に『カードファクトリー』で出会った大介がいた。

まさか同じ学び舎になるとは思っていなかった二人は、これから共に過ごせることを喜び、互いに握手を交わす。

 

「おぉ?貴之はこっちに来たんだ?大介から聞いてたけど、本当に戻って来てたんだね……」

 

「おっす貴之。五年ぶりだな」

 

玲奈(れいな)俊哉(としや)!?お前ら久しぶりだな……!」

 

更に嬉しいことはこれだけでは無く、貴之の隣りの席には青い髪を肩に掛かるくらいの長さに整え、その青髪と同じ色の瞳をした少女の青山(あおやま)玲奈が、一つ前の席には白い癖っ毛の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、貴之の親友と呼べる少年の谷口(たにぐち)俊哉がいた。

ここ数日間、幼馴染みや友人、好きな人との再会に加えて新しい出会いなど、貴之は驚かされた続けられているなと感じた。

 

「おっ、知り合いがいたのか……。なら、お前らが中心になって手伝ってやれるか?」

 

「「「はーい」」」

 

その様子を見て長谷川が促せば、三人は手を軽く上げながら返事する。

 

「それじゃあ、HR(ホームルーム)を終わりにするぞー。重ねて言うが、仲良くするようになー」

 

長谷川がHRを終えて教室を出ていく。

 

「そういや貴之、お前家ってどうなった?」

 

「前と同じ場所になった。また今度集まってバカやろうぜ」

 

早速、俊哉の質問に答えながら貴之がそう投げかけると、俊哉は「もちろんそれには乗らせてもらうぜ」と答えた。

短い時間とは言え、簡単に話している間に貴之に興味を持った女子生徒が数人近くに集まってくる。

――まぁ異性の転校生ってことだし、こういう人たちは必ずいるよな……。自分が高校生であることもあいまって、貴之はすんなりと納得できた。

一度目の転校時は小学生だったこともあり、隣の人と少し話したくらいで終わったのだが、高校生になるとやはり違う。それは二度目の転校をして感じたことだった。

 

「遠導君の趣味と打ち込んでいるものを教えて!」

 

「趣味はヴァンガードだ。最早打ち込むレベルでやり込んでるかな……?後は時々料理をやったりするぞ。今は大学生の姉と二人暮らしやってるからな」

 

しかし、そこは遠征によって人との会話に慣れている貴之。質問に対しては何も迷う事無く答える。

最初に質問した女子生徒は、「大神君や青山さんと仲がいいならやっぱりそうだよね」と納得する。

料理の下りを聞いた俊哉は「お前いつの間に料理するようになったの!?」と驚き、玲奈は「二人暮らしなら料理できた方がいいよね」と同意した。

 

「谷口君たちとはどういう関係なの?」

 

「大介とは二日前にあったばっかりだが、お互いにヴァンガードやってる身だったんでウマが合った。んで、俊哉と玲奈の二人は小学の時からの付き合いだ」

 

誤解を招きそうな質問だなと思いながらも簡単に答えていく。

貴之たちは小学の時、同学年の友人たちと集まって度々ヴァンガードをやっていた。運良くこの教室で会えたのは俊哉と玲奈の二人だが、もしかしたら他の人たちもどこかにいるかもしれない。

ちなみに玲奈は、ヴァンガード等男子に近い趣味を持っていた影響か、同年代の女子と比べて趣味が少々特殊なものになっていた。この辺りは年頃の女子らしさの強いリサとは真逆に位置するが、本人は然程気にしていなかった。

 

「誕生日はいつ?」

 

「9月10日、おとめ座だ」

 

ここまでは特に当たり障りのない質問が来ていたが、次の質問が一瞬にして空気を変える。

 

「遠導君に好きな人はいるの!?」

 

「「(あっ……。それを聞いちゃったかぁ……)」」

 

「……?お前ら、どうした?」

 

女子生徒の一人そう聞いた瞬間、貴之の近くに集まっていたクラスメイトは聞き耳を鋭くする。あれだけ賑わっていたのが一瞬にして静まり返ったのである。

しかし、玲奈と俊哉は貴之がどんな回答をするのかが目に見えてしまったので、目をそらしながら苦笑する。

大介は二人がどうしてこんな反応を見せたのかが分からず問いかけるものの、二人はまあ見てろと言わんばかりに貴之に目を向けた。

周囲にいるクラスメイトの内、女子は興味津々に、男子はこちら側に知り合いがいるのを聞いた為、「いるのかな?」位の気持ちだった。

 

「いるよ。俺が小さい頃から……ずっと好きだった女の子が……」

 

貴之が何も迷うことなくそう答えた瞬間、お近づきを狙っていた女子生徒の希望と言うガラスが、ガシャンと砕け散るような音が聞こえた気がするが、気のせいだろうと貴之は考えた。

但し、この後貴之の好きな人で女子生徒の話題が持ち切りになったのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わって昼休みとなり、貴之は俊哉たちと共に昼食を取っていた。

やはり友人であることから馴染むのが楽であり、貴之は自然と俊哉たちの輪に仲間入りしたのである。

ちなみに、授業中自体は特に問題なく過ごすことができたので、貴之としては及第点だった。

 

「そういや貴之、お前は放課後どうすんだ?」

 

「ん?友希那に連絡取るのは決めてたが……そっから先は何も決めてないな……」

 

「あははっ。貴之は相変わらずぞっこんだねぇ」

 

「またこのネタで弄られんのか俺は……」

 

――まぁでも、何も無いのよりはマシなのかもな。貴之は身内とまた共にいられる時間が帰って来たことに安堵する。

最初に貴之の口から友希那の名が出て動揺したクラスメイト達ではあるが、俊哉たちと小学からの付き合いだと言うことを考えれば、知っていてもおかしくないと結論づけて己を落ち着かせることができた。

ちなみに、友希那は様々な男子に告白されたことがあるのだが、それらは全て「他に好きな人がいる」で一蹴していた。また、その相手が「ここから遠くへ離れてしまった」とも言っていたので、一部では友希那の意中の人は貴之ではないかという説が広まりだしているが、実際正解である。

 

「そう言うお前らは普段どうしてんだ?」

 

「全員で集まれたんなら、ヴァンガードやんのが基本だな。何なら早速今日から混ざるか?」

 

「そうだな……。何事もなけりゃ混じらせてもらうかな」

 

話が脱線しかけたのを戻すべく貴之が聞いてみると、大介が答えながら誘って来たので、貴之は一瞬考えてから答える。

 

「……あれ?友希那と一緒にいなくて大丈夫なの?」

 

「お互いに大会とコンテストが近いしな……。そう言った意味でも練習や調整は大事だ」

 

「……なるほど」

 

――それなら仕方ないね。玲奈は貴之の回答ですぐに納得した。

友希那は貴之が転校した後に、「コンテストで結果を残し、FWFに出る約束をした」と言っていたので、この時期はあまり時間を作れないのだろう。

そして、昼食を取り終えたので暫しの間談笑をしていると、貴之の携帯が着信音を鳴らした。

 

「あっ、悪い電話だ……」

 

電話相手を見て見れば友希那からだったので、貴之は一瞬固まったものの、すぐに電話に出た。

 

「……もしもし、友希那?」

 

『貴之?今大丈夫かしら?』

 

「大丈夫だけど、どうした?」

 

電話がくる頃には昼食は取り終えていたので、貴之は大丈夫だった。

ちなみに、昼食は俊哉たちと共に購買ダッシュをしてパンを購入したことによって事無きを得ていた。

――放課後になったら連絡するっつったけど……待ち切れなかったのか?貴之は一瞬そのことを危惧するが、それは友希那が次に発した言葉によって否定されることになった。

 

『ちょっと相談したいことがあるの……』

 

「相談したいことか……。何に困ってるんだ?」

 

しかしながら、友希那が自分に相談してくるのは珍しいなと貴之は思った。

貴之と友希那の二人は、自分たちの打ち込んでいる物事で行き詰っても、基本的に自分一人で解決していることが殆どだったことと、お互いに相手の打ち込んでいる分野が素人である以上、そう言う時はその方面に詳しい人に相談するので、今までこう言ったケースは無かったのである。

とは言え、友希那に相談を受けたのなら引き受けよう。貴之は一瞬の内にその判断を下すのだった。

 

『実は、新しく曲を作っているんだけど、行き詰っているから協力して欲しいの』

 

「なるほどな……。けど、俺で大丈夫なのか?お前から音楽の話を聞いてたから多少はマシだけど、それでも作曲とかの知識は一切無いぞ?」

 

『知識とかの心配はいらないわ。貴之には、何かヒントになりそうな物を出して欲しいの』

 

貴之は歌詞などに関しては非常に知識が疎いので助けになれないと危惧したが、友希那に言われた内容はそこまで難しいものではなかった。

 

「……確かに、それなら俺にもできそうだし、引き受けるよ」

 

『ありがとう。それで……何かいいものはないかしら?』

 

「うーん、そうだなぁ……」

 

引き受けるつもりではいたが実際に告げていなかった貴之がその旨を伝えると、友希那は礼を行ってから問いかけて来たので貴之は考え出す。

――そう言えば、友希那ってヴァンガードに触れたこと無いんだったよな……。記憶の限りでは友希那が一度もヴァンガードに振れてない事に気が付いた貴之は、そこで思い至った。

 

「そういや友希那、お前ってヴァンガードやったこと無かったよな?」

 

『確かにやったことは無いけど……それがどうかしたの?』

 

しかし、せっかく誘うにしても友希那が初めてかどうかは確認しておかなければならない。

当の友希那はやったことが無いと言ったので、これで初めて貴之が考えていたことは実行に移すことができるようになった。

とは言っても、ここで自分一人で決めてしまうのは問題なので、貴之は「ちょっと待ってて」と言い残す。

 

「悪い。友希那を誘ってみてもいいか?」

 

「おっ?珍しいな……何があったよ?」

 

「新曲作りのヒント出しを頼まれてな……。友希那自身がヴァンガード触れてないし、いい機会だとも思ってな」

 

貴之の頼みを以外に思った俊哉が理由を聞けば、なるほどと思える回答が返って来た。

互いの分野に触れるとすれば、戻って来た今がいい機会なのかもしれない。

 

「俺は大丈夫だけど……お前らは?」

 

「あたしは平気。というより、ヴァンガードに触れる女の子が増えると嬉しいから大賛成」

 

「俺も問題ない。ちゃんと力になってやれよ」

 

俊哉が促せば全員が賛成で返してくれたので、貴之は礼を言ってから電話に戻った。

 

「待たせたな……それなら、今日やってみないか?ヴァンガード」

 

『……ヴァンガードを?』

 

貴之に誘われた友希那は一瞬困惑する。

無理もないことだった。曲作りの協力を頼んだら何故かヴァンガードに誘われた状況であった為、貴之の意図に気づけなかった友希那はすぐに頷くことができなかったのだ。

 

「いや、新しいものに触れれば何かヒントになるかも知れないと思って誘ったんだが……どうだろ?別に無理にとは言わないからさ」

 

『……なるほど、そういうことね』

 

貴之が誘った理由を聞いて友希那は納得した。

確かに、ヴァンガードに振れて新しい曲のヒントが掴める可能性は十分ある。しかし、一つだけ問題があった。

 

『でも……私は一度もやったこと無いのよ?それでも大丈夫なの?』

 

「ああ、そのことは心配ない。俺が教えればいいからな」

 

――確かに、貴之が教えてくれるなら問題無いわね。友希那はそれだけで自然と安心できた。

 

『なら、今日の放課後にお願いするわね?』

 

「分かった。放課後は取りあえず羽丘(そっち)で合流するか?」

 

『ええ。そうしましょう』

 

だからこそ、友希那はそれを受け入れた。

そして、ヴァンガードをするという話が決まったので貴之は放課後の合流先はどうするかを切り出し、友希那が肯定したのでトントン拍子に話が進んだ。

 

「じゃあ、放課後そっちでまた会おう」

 

『ええ。それじゃあまたね』

 

そうして二人は電話を終えた。

 

「俺は放課後、一旦友希那迎えに行くんだけど……俺だけ行ってきて、後で合流するか?」

 

「あたしは行こうかな?男子一人で行くと不審がられない?しかも転校早々でしょ?」

 

玲奈に厳しい部分を突かれた貴之は「それを忘れてた……」と頭を抱える。

確かに迎えに行くのはいいのだが、いくら何でも自分の判断が安直過ぎたのがよく分かる瞬間だった。

 

「まぁ……こうなったらもう全員でいいか?」

 

「だな。バラバラに入ってゴタつくのも嫌だしな……」

 

結局四人で一度羽丘に向かうことが決まり、これと同時に午後の授業の始まりを告げるチャイムが聞こえた。

区切りのいい所だったので、四人はそのまま授業の準備をし、午後の授業を受けた。




プロローグの面でも見受けられますが、友希那は原作より丸めな性格になっているので、全く持って他人を寄せ付けないということは無くなっています。

羽丘に編入でもアリかなと思いもしましたが、その手の手段が結構多かったので貴之には共学の学校に行ってもらいました。
元ネタは櫂や三和が通っている『後江高校』からです。


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イメージ2 スタンドアップ・ヴァンガード

サブタイがまんまアニメ(2018版)の1話になってしまいました……(笑)


「じゃあ、今からそっちに行くよ」

 

『ええ。待ってるわね』

 

放課後になって友希那と電話を終えた貴之は、俊哉たちと四人で一度羽丘女子学園に向かって歩き始めた。

 

「まさかこうして、友希那とヴァンガードをやれる日が来るなんて思ってもみなかったよ……」

 

羽丘女子学園に向かっている途中、貴之は感慨深げに呟いた。

貴之がそう思ったのも無理は無い。何せ今まで友希那とはヴァンガードの話しこそすれど、実際にファイトしたことはないのだ。

いつか一緒にやってみたい――。そんな些細な願いが叶うのを目前として、貴之は少しだけ嬉しくなるのだった。

 

「友希那はなんだかんだ言って、一度もヴァンガードやったこと無かったんだったな……」

 

「確かに、二人共小学校の頃なんて相手の話は聞いても、実際に相手側の世界に踏み入れなかったもんね……」

 

俊哉と玲奈は彼らが小学校の時は教室でどうしていたかを思い出す。

実際に二人と教室が同じになることの多かった俊哉と玲奈は、貴之らが二人で話すときはどうしているかを覚えている。

事情を知らない人が傍らから見ればどうして合わない話を続けられるのかと思うかもしれないが、それでも二人はとても楽しそうに話していたのを今でも覚えている。

 

「貴之ってあいつとそんなに仲良かったんだな……」

 

「最初二人が話す姿見たら、絶対ビックリすると思うよ?」

 

実際に友希那たちと話したことのある大介ではあるが、貴之とそこまで仲が良かったということまでは知らなかった。

そんな様子を見た玲奈は、確信を持って大介にそう告げる。

 

「さて、ここまで来たな……」

 

話しながら少しすれば、四人は羽丘女子学園の校門前までやって来た。

朝の影響がまだ残っているのか、貴之の顔を見かけた羽丘の生徒たちが何らかの反応を見せる。

 

「すげぇな……転校生の影響力って」

 

「俺もこんなんだとは思わなかったよ……」

 

俊哉と貴之はその様子を見て苦笑する。貴之は一度目の転校ではこんなことは無かったので、尚更苦笑が起きてしまった。

ちなみに、ここまで影響力が大きいのは友希那と親しくしていたからに他ならないのだが。

 

「さて……友希那がどこにいるかなんだけど……」

 

――近くにいなかったら人に頼むしかないんだろうか?貴之は少し不安になる。

一応、どの色が二年生のものかと言うのは把握しているので、その人たちに友希那のことを聞けばまだ行けそうだが如何せん難しいところだった。

辺りを見回してみると、友希那とリサが、友人であろう短い水色の髪を持つ少女と話しながらこっちにやってきている姿が見えたので、貴之は軽く手を振ってみる。

すると、それに気が付いたリサが二人に促し、三人一緒にこっちまで来てくれた。

 

「貴之、来てくれてありがとう」

 

「ああ。待たせたな友希那」

 

「大丈夫よ。ちゃんと来てくれたことが、何よりも嬉しいわ」

 

合流出来れば早々礼を言う友希那とそれに返す貴之。

当たり前のように自然と笑みを見せあいながら話し合う二人は、また以前のように特定の人以外は入れないような空間を作り上げそうになっていた。

 

「二人ともお楽しみ中のところ悪いけど……人待たせてるよ?」

 

「「あっ……」」

 

しかし、昔とは違って普通に入り込めるようになったリサが二人の状態をみて暖かい目で見ている俊哉と玲奈の二人、そして状況についていけずポカンとしている大介を指させば、二人が今気づいたと言わんばかりに顔を赤くした。

そして、二人はリサに促されながら三人の下まで戻るのだった。

 

「わ、悪い……お前ら抜きでついうっかり……」

 

「私たち……周りを気にせずに、その……」

 

頬がまだ赤に染まっているまま頭を掻きながら悪びれる貴之と、同じく頬が赤に染まったまま顔を下に向けている友希那。

そんな様子を見せられれば、大介のように始めてこの二人が一緒にいる状態を見た人は恋人同士なのかと勘違いしてしまうだろう。

 

「ハハっ。やっぱりお前ら二人揃えばこうじゃないとな……」

 

「ホントにもう……どうしてこれで付き合って無いのかが不思議なくらいだよ」

 

「……この二人そうじゃないのか?」

 

「まあ、始めての人はそう思うよね……」

 

俊哉と玲奈の口から二人の関係が判明して大介は思わず呟き、その様子は予想していたリサは大介に理解を示して苦笑する。

また、近くにいた羽丘の生徒たちも「この二人付き合っていないの!?」と声には出さなかったものの、確かに驚愕していた。

 

「ねぇねぇリサちー、この二人って本当に付き合ってないの?」

 

「あはは……残念なことに付き合ってないんだ……」

 

現に水色の髪をした少女もそう思っていたらしく、彼女の率直な質問にリサは苦笑交じりに返すしかなかった。

しかしながら、こればっかりは本人たちの問題である為、本人たちにどうにかしてもらうしかないのが現状だ。

また、貴之が少女の声を聞いたからか、彼女に視線を向けており、それに気が付いて振り向いた少女と目が合った。

 

「君は、友希那とリサの友人……でいいのかな?」

 

「うんっ!そういう君も友希那ちゃんたちの友達?」

 

「ああ。友希那とリサの場合は幼馴染みになるけど、友人であることに変わりは無いよ」

 

「へぇ~?幼馴染みなんだ?」

 

貴之から彼女と友希那たちの関係を聞けば少女に肯定され、少女が聞き返すと貴之がそれを肯定した。

それを聞いた少女は、そんなことあるんだと珍しそうにした。

 

「まだ名乗ってなかったな……俺は遠導貴之だ。友希那たちの友人なら度々顔を合わせるだろうし、これからよろしくな」

 

「あたしは氷川(ひかわ)日菜(ひな)!これからよろしくね、タカくんっ!」

 

「ああ、これからよろしくな。それにしてもいきなりあだ名呼びか……まあ、俺には姉がいるし、後々分け方面倒ならそれでもいいか」

 

いきなりあだ名呼びされた貴之は一瞬驚いたが、後々姉と関わるなら寧ろあだ名で呼んでもらった方が後で楽だろうと思ったので、そのまま許容することにした。

これで終わりかと思えば、貴之の発した『姉がいる』と言う単語に日菜が食いついた。

 

「おぉっ!?タカくんにもおねーちゃんがいるの!?」

 

「……ん?ああ。二つ上のが一人ね」

 

貴之の回答を聞いた日菜は「るんっ♪ってくるよー!」と喜んでいた。貴之はそれが何なのかは理解できなかったものの、いつか理解できると良いなと思った。

結果的にだが互いに姉がいるという、二人は一つの共通点を見つけることができた。

 

「ってゆーか、こっちにもおねーちゃんいるわけだし、タカくんもあたしのこと名前で呼んでよっ!おねーちゃんのことも『氷川さん』って呼ぶと混ざっちゃうし……」

 

「……それもそうだな。じゃあ、そうさせてもらうよ。日菜」

 

「…………」

 

日菜の提案は確かに納得できるものだったので、貴之はこれから彼女のことを名前で呼ぶことにした。

また、その呼び方をしてもらえたことで、日菜は満足そうな笑みを浮かべるのだった。

貴之もそれに合わせて笑みで返そうかと思ったが、何かを感じてそちらを振り向くと、何やら友希那が寂しそうな表情をしていた。

 

「……えっ?ああえっと、友希那……?」

 

「あっ、いえ……。悪気が無いのは分かっているのだけれど、ちょっとね……」

 

「な、なんかその……悪かったな。共通の点が見つかったもんだからつい……」

 

「あはは~……。ごめんね友希那ちゃん?あたしもそんなつもりじゃなかったんだよ……」

 

その寂しそうな表情を見せた原因が、間違いなく自分にあるのが分かった貴之は頭を掻きながら謝る。

友希那も確かに初対面からああまで仲良く話せる二人をみて、羨ましいと思う気持ちがないわけではないが、貴之の気を悪くするつもりは無かったので罪悪感が湧いてきた。

実際日菜も貴之と同じく共通点が見つかったのを嬉しく思っただけで、別段貴之を取ろうというつもりは毛頭も無かった。

 

「さて……あたしはこの後行くところあるし、そろそろ行くよ。タカくん、友希那ちゃん、リサちー、みんなもまたね~っ!」

 

「うん。ヒナもまたね~」

 

日菜はそう言ってみんなに手を振りながら走り去っていく。

彼女は非常に運動神経が高いのか、手を振って少しすればすぐにその姿が見えなくなっていた。

 

「速いな……」

 

「あの子は、どんなものでも少しやれば並みの人以上にできてしまうみたいなの」

 

日菜のことを教えてもらった貴之はなるほどなと思った。聞いた話し通りなら、彼女にヴァンガードをやらせたらあっさりと上まで行けるのだろう。

実際やるかどうかは別として、そう言った人物が相手でも、貴之は己の努力がそう言った人たちに届くと信じている身だった。

 

「ただ……そう言ったのが相手だとしても、俺は勝たなきゃいけない理由がある」

 

「ええ……。あなたとは分野が違うけど、私にも勝たなきゃ理由はあるわ」

 

貴之はヴァンガードで全国大会優勝。友希那はコンテストで結果を残し、FWFに出るという約束があり、それが勝たなければならない理由でもあった。

約束を果たしたらお互いに伝えたかった事を伝える。無論、互いに伝えたいし聞きたいので、再会した以上何としても果たしたいものであった。

 

「さて、そろそろ行くか?」

 

「ええ。そうしましょう」

 

貴之が促し、友希那と一緒に彼らの下へ合流しようとしたところで、一つのことに気が付いた人がいた。

 

「そういや、リサは今日どうするんだ?」

 

「あっ、実はアタシもそっちに混ざりたいと思ってるんだけど……ダメかな?見るだけでも良いからさ」

 

貴之から聞いた話では友希那が来ることしか聞いていなかったので、それに気が付いた俊哉がリサに問いかけると彼女が頼み込んできた。

リサは昼休みに友希那と共に屋上で昼食を取っていたらしく、その時電話を終えた友希那から話を聞いて自分も行きたいと言ったようだ。

実際のところ、友希那とリサの二人は貴之がヴァンガードをやっているということ自体は知っていても、実際にやっている姿を見たことは無い。

それもそのはずで、友希那とリサはヴァンガードをやっていないことと、貴之がヴァンガードファイトをしに行くときは大抵、俊哉ら自分と同じヴァンガードファイターたちと行っていたからだ。

 

「ああ、なるほどな……どうする?俺は全然大丈夫だけど……」

 

「俺も問題無い。今更人数増えた所で変わんないだろ」

 

「うん。あたしも問題無いよ。貴之は?」

 

「リサも呼ぼうかどうかで迷ってたし丁度いい、一緒に連れていこう」

 

俊哉の問いかけには満場一致で賛成で返した。これでこの後カードファクトリーに向かうメンバーが六人になった。

話が決まるとそこから早いか、商店街に向けて足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、デッキとかはどうするんだ?」

 

「向こうに着いてから決めればいいかなと思ってる。やってみるだけの段階だし、ひとまずデッキ代は俺が持つ」

 

ヴァンガードをやってみるにあたって、友希那はまだデッキを持っていないと言う問題点にあたった。

誘った手前、そのデッキ代は自分で出そうというのが貴之の考えであった。

貴之がまだここにいた当時は小学生だった建て前、デッキに関しては自分たちの持っている余り物のカードで急造することしかできなかったのだが、今現在は高校生となって資金面でそれなりに融通の効くようになったからこういうことができるようになった。

実際のところ、両親の仕送り額は一か月で使う生活費に加えて、多少はそれ以外の用途に使っても大丈夫な量が毎月送られて来るようになっているので、資金面ではそれなりに余裕があり、デッキ一つ購入してもそこまで痛手にはならないことが大きい。

貴之がこう言ったのは、言い出しっぺが自分であるからと言う点が大きい。

 

「昔は本当に大変だったなぁ……。急造デッキだったから初めてやる人には向かないくらい、使い勝手の悪いデッキになっちゃったしね……」

 

「もうあんな悲惨なプレゼントはやりたくねぇな……」

 

玲奈の吐露した言葉には、俊哉も肩を落としながら同意した。

急造デッキでは十分なものにはならず、そのデッキと貴之らの練り上げられたデッキでは完成度が違い過ぎるという酷い有様を出していた。

それは資金面で自由の効かない小学生時代であるから仕方ないとは言え、安定感などで大きな差がついてしまうのはかなり悩ましい問題になっていたものだった。

 

「ああ……。やっぱりどの身内でもそういうことって起こるもんなんだな……」

 

その様子を見て、大介は彼らも同じ経験をしたのだなと納得した。

子供たちの場合は資金に融通が利かないことから、珍しいユニットが主力になることもよくあった。

貴之自身は最初の頃から運良く引き当てたユニットを主力としていたが、奇跡的に四枚揃えていなかった場合、小学生時代の頃はそのユニットがデッキに一枚だけ……或いはそもそもそのユニットがデッキにないといった事態に陥っている可能性もあり得た。

そう考えると、当時の自分は相当引き運が強かったのだなと貴之は自覚させられる。

ちらりと友希那の方を見やれば、頭の上に『?』が浮かんでいそうな表情だった。

 

「ああ……金銭面が貧しい小学生時代におけるカードゲーム系あるある事故だよ」

 

――友希那はそんなこと経験しないで済むから安心してくれ。貴之は不安がらせないようにそう告げる。

 

「そうなの?それなら良かったわ……」

 

友希那も話しを聞いた限りそれが嫌なものであったことを伺えていたので、そうならないで済むのならと安心できた。

そして、そうやって話しながら歩いている内に一行はカードファクトリーに辿り着いたので、迷うことなく入店する。

 

「いらっしゃーい。おお、後江に入ったんだね?」

 

「はい。自分の家から結構近かったもので……」

 

ドアを開けた先には先日と同じ女性が歓迎してくれて、貴之を見るや否率直に質問してきたので、貴之は肯定する。

 

「こんにちは美穂(みほ)さん。また使わせてもらいますよ」

 

「はい、こんにちは。いつもありがとうね♪」

 

俊哉に一言告げられ、美穂と呼ばれた女性は笑顔で礼を言う。

美穂がカードファクトリーでバイトを始めた頃から、俊哉と玲奈、大介の三人は結構な頻度で来るメンバーであったので、ある程度砕けた口調を使って話すこともできた。

 

「ん?ああ、そういえばこの前は名乗ってなかったね……。私は広瀬(ひろせ)美穂。これからよろしくね?」

 

「俺も名乗っていませんでしたね……。遠導貴之です。こちらこそよろしくお願いします、広瀬さん」

 

女性……広瀬美穂は貴之に名乗っていなかったことに気がついて自己紹介をしたので、貴之もそれに気がついて自己紹介をする。

 

「(貴之……たらしになったのかしら?少し不安だわ……)」

 

先程の日菜とすぐに仲良くなったことと言い、今回の美穂との自然な会話と言い、友希那は色んな意味で不安を覚えてしまった。

貴之自身そんなつもりは一切ないし、日菜と美穂の二人は女性だが、新しい人間関係第一号の大介はれっきとした男子である。

また、ここを離れていた間に関わりの深かったのは男女一人ずつで、そこに現在貴之とライバル関係となっている仲の良い男子が一人である。

とは言え、これらを知らないので友希那がこうして不安に思うのは仕方ないことだった。

 

「さてと……取りあえずデッキ選ぶか。友希那、行くぞ」

 

貴之に促されたのでついて行った友希那は、そこにヴァンガードのデッキが複数売られているのを目にした。

売られてあるデッキは全て箱の中にカードが入っているもので、正面を向けられている面の上側には、『ロイヤルパラディン』やら『かげろう』と言ったようにデッキの種類を表すであろう単語が書かれていた。

 

「話しで聞いてはいたけど……こんなに種類があるのね……」

 

「ああ……何か分かりやすい例えが無いと決めづらいよな?」

 

友希那が難しい顔をしながら唸っていたのを見て、これは配慮不足だったなと貴之は頭を掻いた。

種類を表すであろう単語だと予想出来ても、それらがどんな戦い方をするかなど、まったく触れたことのない人では解りようがない。

どんな戦い方をしたいか……と言う聞き方は触れてみるだけの友希那に対しては不適切だと言うのは分かっていたので、貴之はもう一つの選び方を進めてみることを選んだ。

 

「まず、ヴァンガードの世界観としてだが……舞台は地球とよく似た惑星である『クレイ』。神や悪魔、ドラゴンや妖精の存在が忘れ去られず、魔法と科学が共に研究され、技術として確立された世界だ。この世界でも地球と同じように複数の大陸があって、独自の文明を発達させた国家が、各大陸を支配しているんだ」

 

ヴァンガードにおいてまず初めに目を通しておきたいのは、戦う舞台になっている『惑星クレイ』の話しで、どんな場所かを話さなければ始まらないと貴之は考えていた。

貴之自身はクレイのことを地球のifのような場所だと考えていて、地球もクレイのように忘れ去られなければこうなっていたのかもしれないと考えさせられ、友人とも時々クレイについての考察をしてみたこともある。

 

「で、俺たちはそこに降り立ったか弱き霊体で、クレイに住まうユニットから力を借りる代わりに、自分たちは彼らに知恵を貸して戦い、勝利へ先導していく……そんな存在なんだ」

 

「あ、改めて聞くと随分とスケールが大きいのね……」

 

久しぶりに貴之からクレイのことを説明してもらった友希那は、一度想像してみたが曖昧になったので少し困惑した。

普段音楽に没頭していて、歌に関する技能が飛び抜けて高い一般女子高生にドラゴンだの妖精だのと言っても、今一思い浮かべられないだろう。

――科学ならまだ大丈夫そうだけど……魔法って単語に夢を残してたり、ゲームとかで触れてる女子高生ってどれくらいいるだろう?貴之は今、それが無性に不安になってしまった。

 

「ま、まあ取りあえずこの辺りは後で改めて説明するとして……本題のデッキ選びだ。デッキには俺たちと契約し、共に戦ってくれるユニットたちが集まっている……。どのユニットたちと契約して、先導したいかを選んで見てくれ。勢力を指す『クラン』ごとの背景を知りたかったら、聞いてくれれば教えるから」

 

「クランって……あの『ロイヤルパラディン』とか、『かげろう』とかって書かれている単語のこと?」

 

「ああ。クランはそれがどんな組織かを教えてくれるんだ。例えば『ロイヤルパラディン』なら、人間、妖精、神などで構成された『ユナイテッド・サンクチュアリ』と言う国家の正規軍。古色豊かな剣と鎧を身につけた騎士に見えるけど、魔法科学の粋をつくした最新兵器を身につけた軍隊なんだ」

 

「な、なるほど……」

 

聞いてみたのはいいものの、再び一般女子高生には縁の遠い単語が飛んできたので、友希那は空返事をしてしまった。しかしながら、『ロイヤルパラディン』は自分には合わなそうだと感じた友希那は、一度他のクランのデッキを探して見ることにした。

その後、気になったクランを一つ一つ聞いてみるものの、それが個人的にピンと来ないので選び直し……を暫しの間繰り返している中、一つのデッキが目に留まり、友希那はそれを手に取った。

 

「貴之、この『シャドウパラディン』というのは?」

 

「『シャドウパラディン』は『ロイヤルパラディン』へ所属していた時に自分たちの頑張りややり方を認めて貰えなかったりで、追放だとか自分じゃない他の人が正規軍である『ロイヤルパラディン』に配属されたりで行き場を無くしたのもあって、負の感情を持ってる存在が多くてな……。認めてくれない、そんな考えをしている奴らを見返して(・・・・)やろう……そう思っているユニットたちが集まっているんだ」

 

「見返して……」

 

『シャドウパラディン』のクラン背景を聞いた友希那は、どことなく彼らが自分に似ていると感じた。

友希那の場合は自分の父親ではあるが、それでも認めてもらえなかったことは同じで、代わりに自分が見返してやろうと躍起になっているのもまた、彼らと重なったように思えた。

 

「(そう言えば……貴之はヴァンガードをやる時、イメージと言う言葉をよく口にしていたわね……)」

 

――このクランなら、そのイメージがしやすいかもしれない。そう思った友希那はもう一度だけデッキの箱を凝視してからそれを手に取った。

手に取ったことが合図となったのか、貴之がいつでも話していいよと言いたげに、こちらに顔を向けてくれた。

 

「これにするわ」

 

「『シャドウパラディン』か……なるほど。それなら後々デッキをしまっておくためのデッキケースもプレゼントだ」

 

貴之は友希那の選択にとやかく言うつもりは無く、決めたのならと追加で役立つものを見せてくれたので、友希那は素直に礼を言う。

実際のところ、『シャドウパラディン』はクランの背景とは裏腹に、扱いやすいユニットの多いクランであったので、尚更反対する理由が無かった。

どのデッキにするかを決めたところで会計を済ませるのだが、その時友希那は、貴之が自分が選んだものとは別にもう一つずつ、デッキとケースを出しているのが目に入った。

 

「……?デッキを『ロイヤルパラディン』に変えるの?」

 

「いや、こっちを使った方が、友希那もイメージしやすくなるかもしれないと思ってな」

 

問いに答えた貴之の言葉から、本来のデッキで戦ってしまえば手加減どうこう以前の問題になってしまうのも考えて気を遣ってくれたのだろうかと友希那は考えた。

確かにその考えもあったし、『シャドウパラディン』が『ロイヤルパラディン』に負の感情を持っているクランなので、合わせるのには持って来いだったことも理由だった。

そして、会計を済ませた貴之たちはファイトスペースに移動し、そこに用意されていたテーブルの一つを挟むように貴之と友希那は向かい合う形で椅子に座った。

ちなみに、玲奈は友希那の隣りに座っていつでもサポートできる準備を済ませ、リサは空いている貴之の隣りに座らせて貰った。

 

「よし……俺たちは俺たちで始めちまうか」

 

「一つのテーブルを六人で囲ってもやりづらいしな……そっちに移動してやろうか」

 

ファイトするのに十分なスペースがあるとは言っても、それは一組分のファイトスペースであり、二組分以上は無理がある。

教えるのに三人も四人も必要なく、基本的には相手を担当する一人。多くても初心者について見て上げるのがもう一人いれば十分と言える。

複数の理由が重なって、その間時間を無駄にするくらいならファイトをしようと言う意見の一致から、俊哉と大介は一つ隣のテーブルに移動してファイトの準備を始めた。

 

「さて、じゃあこっちも始めるか……構築済みデッキだから今回は大丈夫だけど、ヴァンガードのデッキを作るのに当たって、『合計50枚』になるように作るのと、『同名のカードは4枚まで入れられる』。『特別に制限されている種類のカードは、同名とか関係無しに4枚まで』ってルールがある。今後デッキの内容を変えてみたいと思った時は、このルールを守るように作ってくれ」

 

「…………」

 

デッキの入っている箱を開封しながらデッキ構築のルールを説明する貴之だが、友希那から返事がないことに違和感持ってそちらに顔を向ける。

顔を向けて見れば、そこには箱を見つめたまま微動だにしない友希那の姿があった。

 

「友希那……どうした?」

 

「えっと、その……開け方が分からなくて……」

 

友希那の返事を聞いた貴之は思わず椅子から転げ落ちそうになった。

そこからなのか?と一瞬想ってしまったが、箱の開ける部分にはテープが貼られてあることを思い出した貴之は、ちょっと待ってくれと声を掛けてカウンターからハサミを借り、そのテープを切って開けられるようにした。

 

「これで大丈夫だ」

 

「あ、ありがとう……」

 

思ったよりも初歩的なミスをしていたことを自覚させられた友希那は、頬を朱色に染めながら顔を少しだけ下に向ける。

そんな姿を見て心臓が早鐘を打ち出した貴之は、さっさと流れを変えるのと、気持ちを落ち着かせることを兼ねて一度ハサミをカウンターに返しに行って、返すやすぐに椅子に戻って来た。

ちなみにこの時、自分と友希那が通路側に座ればよかったなと貴之は軽く後悔をした。自分が席を離れる度に、リサが必ず移動しなければならないからだ。

 

「さて……いよいよヴァンガードファイトをやるわけだがその前に……」

 

「……!」

 

貴之の声色は全く変わっていないはずなのだが、真剣なものを感じた友希那は彼に釣られて気を引き締める。

リサは何が始まるのか分からないで困惑しているのに対して、玲奈はとうとう始まるんだねと楽しみにしている笑みを浮かべた。

 

「友希那、俺が今から言うことをイメージしてくれ」

 

「イメージ……」

 

貴之の言葉を聞き取った玲奈はリサもやってみなと、彼女に促した。

そうして友希那とリサは目を閉じてみると、いきなりどこかに飛ばされたような感覚に陥った。

 

 

 

 

 

「今の俺たちは、地球によく似た惑星『クレイ』に現れたか弱い霊体だ」

 

その説明を聞いた友希那は、姿形こそ今の自分と全く同じではあるが、妙に薄れて見えるような状態を想像(イメージ)した。

どうやらそれは貴之も同じだったらしく、彼も今の自分と全く同じ姿形をしているが、妙に薄れて見える状態だった。

また、リサも貴之の説明に釣られたのか、二人と全く同じ状態で『クレイ』に降り立ったように想像(イメージ)していた。

 

「で、そんな俺たちに与えられた能力は二つあるんだ……」

 

場慣れしているその説明に引き込まれ、友希那は気が付かぬ内に真剣に聞き込んでいた。

 

「一つ目は『コール』!『クレイ』住まう住人やモンスターたちを呼び寄せる能力だ」

 

貴之が人差し指を立てながら話すのに合わせるかのように、友希那とリサも想像(イメージ)をそのままに一度目を開け、その指先を注視する。

二人が目を開けたのを確認した貴之は、その指を立てている右手を動かし、友希那の近くに置いてあるデッキを指さした。

 

「その『コール』で呼び寄せることができるのは契約した者たち……。つまり、互いのデッキに集められたカードたちなんだ」

 

この説明を聞いて、このデッキにいるユニットたちは自分と共に戦う為に集まってくれたのだと認識させられる。

これだけでも凄いと思う友希那とリサ(初心者の二人)だが、貴之はまだ先があると言いたげな笑みを見せていた。

 

「二つ目は、霊体である自分を呼び寄せたモンスターらに憑依させる能力……『ライド』!そして、このライドした俺たちのことを先導者……『ヴァンガード』と呼ぶんだ」

 

「…………」

 

自信に満ちた貴之の説明を聞いた聞いた友希那は、騎士の格好をした自分や、巨大な竜になった自分を想像して嫌な汗を流したが、彼らには日常茶飯事なことだろうからあまり気にしない方がいいだろうと割り切った。

 

「とまあ、舞台の説明はここまでだ。ここからはファイトの流れを説明しよう」

 

これからが本番と言わんばかりに貴之がデッキを手に取ったので、友希那も自分のデッキを手に取った。

 

「まずは『ファーストヴァンガード』をデッキから一枚選んで、それを裏向きで『ヴァンガードサークル』……前列中央に伏せよう。この時選べるのは『グレード0』のユニットだけだ」

 

「グレード0……ヴァンガードサークル……」

 

「カードの左上に数字があるでしょ?その数字が0のユニットを選んでああやって伏せてね。それから、前列中央って言ったのはだけど……」

 

流れるような動作でそのユニットを選んで場に伏せる貴之に対して、友希那はどこを見ればいいか分からず困惑していたので、それを見た玲奈が補足説明をしてくれる。

ちなみにヴァンガードでユニットが置ける場所は前後が二列、横が三列の計六か所で、前列中央というのは言葉通り、その前後側の前の列で、その真ん中の場所のことを指している。

それによってグレード0のユニットを見つけた友希那は、それを選んで場に伏せた。

 

「ファーストヴァンガードを伏せることができたらデッキをシャッフルして、その後上から五枚を手札として引こう」

 

――構築済みデッキは開けたばかりだと同じカードで並んでいるから、そこに気を付けてしっかりと混ぜような?貴之はシャッフルをしながら自分の経験に基づいて説明する。

現に貴之も今回は開封したばかりの構築済みデッキを使うので、複数の方法でシャッフルをしていた。その為、友希那も彼を見習い、同じ方法でシャッフルを行う。

そして、シャッフルを終えた二人はデッキの上から五枚カードを引いた。

 

「五枚を引いたのなら、後は伏せていたカードを表にしてスタートなんだが……その前に一度だけ引き直しができる。引き直しも含めて、グレード1からグレード3が一枚ずつ揃っている状態でファイト開始を迎えられるのが理想だな」

 

「なるほど……それなら引き直すわ」

 

貴之は幸い揃っていたので特に引き直しはしないが、友希那は一度手札を確認してから、揃っていないのが分ったので引き直しをした。

 

「もう一回やるか?」

 

「お?それなら乗らせてもらおうかな」

 

大介と俊哉はもう終わっていたらしく、そのままもう一戦行う準備を早急に済ませた。

 

「「スタンドアップ!ヴァンガード!」」

 

「あっ……丁度いいタイミングで言ってくれたな。開始の宣言はあの二人の言った言葉どおりだ」

 

説明しようとしたところで大介と俊哉が開始の宣言をしていたので、それを利用して説明する。

これによって開始前の説明は終わったので、残りはファイトしながらになる。

 

「さあ……ファイト前の説明は終わったし、始めようか。開始の合図と同時に伏せていたカードを表に返すぞ」

 

「ええ……」

 

互いに伏せていたカードを手に取って裏返した準備を終えたので、残りは開始の宣言をするだけになった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

遂にファイトの開始の合図が始まり、リサは思わず惹き込まれ、玲奈もいよいよ始まると心の奥で楽しみにする。

 

「ザ!」

 

「(ああ……ここは五年経っても変わらないんだね。安心したよ)」

 

貴之が『ザ』を入れたことに玲奈は安心した。

己のイメージをより鮮明に沸かせる為に、貴之は『ザ』を付けている。

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人が伏せていたカードを表向きにしたことで、ファイトの開始が宣言された。




友希那が丸くなっている都合からもうこの段階で日菜との関わりがあります。
貴之はアイチとクロノの二人とは対比的な存在にしようと思ったことから……

・高校生男子
・物語開始段階で経験者
・ザ族

と言った要素を入れて見ています。ちなみに、この話でも触れられている通り、貴之は本来のデッキではありません。
また、友希那に『シャドウパラディン』を宛がったのは彼らの背景からです。
ネコなら『ノヴァグラップラー』にいただろと言う人もいたかもしれませんが、その他のユニットが余りにも彼女に合わな過ぎて諦めました。

次回でヴァンガードでファイト時の流れを説明していきます。


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イメージ3 ライド・ザ・ヴァンガード

こちらもタイトルがまんまアニメ(2018版)の2話です……(笑)。

この小説での適用レギュレーションは新シリーズのスタンダードです。お間違えの無いようご注意ください。
ちなみに書き溜めはここまでです。


「俺は『ぐらいむ』にライドだ」

 

「私は『フルバウ』にライドするわ」

 

「(!二人の姿が変わった……?)」

 

互いのイメージの中に映る貴之は青と白を基調とした犬型のモンスターになり、友希那は黒を基調とし、所々薄い青のラインが入っている犬型のモンスターになった。

玲奈に促されてイメージをしていたリサも同じように映っており、外側から見ていたので驚きがあった。

 

「これで互いに、『先導者(ヴァンガード)』としてクレイに降り立ったな……」

 

場慣れをしている関係なのか、貴之が余裕そうな笑みをみせているのに対して友希那は少々緊張した様子であり、それは憑依(ライド)した姿にも表れているように錯覚させられる。

 

「さて、本来はどちらが先攻か後攻かをファイトを始めるより前に決めるんだけど、今回は説明しやすくなるから俺が先攻で行かせてもらうぞ?」

 

貴之が確認するように問いかけて来たので、友希那は頷いた。

 

「じゃあ、俺の『スタンド』アンド『ドロー』……と言っても、最初のターンはユニットが『スタンド』……縦向きの状態になっているからそっちは省略して、山札の上から一枚引いて手札に加える『ドロー』だけだな」

 

説明しながら、貴之はデッキの上からカードを一枚引いてそれを手札に加える。

 

「次に、『ライドフェイズ』で一ターンに一度、自分のヴァンガードのグレードと同じ、または一つ上のグレードにライドすることができるんだ……。『ライド』!」

 

流れの説明をしながら、貴之は先程加えたものとは別の手札を一枚手に取っって、それを今現在『ヴァンガードサークル』にいる『ぐらいむ』へと重ねた。

その時、イメージの中では『ぐらいむ』になっていた貴之の姿が青い光に包まれて、姿を変え始めた。

 

「グレード1、『ナイトスクワイヤ・アレン』!」

 

その光が薄まり切ると、先程まで犬型のモンスターになっていた貴之の姿は無く、代わりに白を基調とした鎧に身を包み、青く輝く剣を手に持った貴之の姿があった。

その姿の変わり様に、友希那は思わず息を飲んだ。

 

「ライドされた『ぐらいむ』のスキルで、山札の上から一枚手札に加える。ちなみにこの効果は『フルバウ』にもついてるから、ライドした時は忘れないようにな?」

 

「……ほ、本当についてるのね……驚いたわ」

 

「貴之、どうして解ったの?」

 

「『フルバウ』は何度も見てきたからな……効果も変わってないから、知っていた(・・・・・)が正しいかな」

 

効果の処理を行いながら説明を受けた友希那は『フルバウ』の持っている能力を確認し、本当にあったので思わず口にした。

どうしてそれが分かったのかが気になったリサが聞いてみると、いかにもそれらしい理由が返ってきて納得できた。

 

「んで、次に『メインフェイズ』……ここではユニットの『コール』や、既に場に存在するヴァンガード以外のユニットの前後移動を行うことができる。……後列中央に置かれたユニットは移動できないから、そこは注意してくれ」

 

「ヴァンガードがいるから移動できないの。なんと言っても、ヴァンガードは『先に立って導く者』だからね」

 

「先導者が我先にと逃げ出すことはできない(・・・・)許されない(・・・・・)……そういうことね?」

 

貴之の説明に玲奈が補足説明を入れ、どうして移動できないかを理解した友希那が確認を取ると、貴之が頷いて肯定を示してくれた。

 

「さて、ファイトのほうに戻るけど、ヴァンガードは自分の今のグレードと同じ、またはそれより小さいグレードのユニットを残った『リアガードサークル』に『コール』することができる。名前で察することができると思うが、『コール』されたユニットのことはリアガードと呼ぶんだ」

 

――確かに名前通りね。専門用語を連続で聞いてしっかりと頭の整理ができるかなどうか不安になりながらも、友希那は真面目に聞いている。

その場で見ているリサも今のところは付いて行けてるのだが、この後不安でならなかった。

 

「『うぃんがる』を『コール』!」

 

友希那がしっかりと付いていけていることを確認した貴之は、手札から中央後列に『うぃんがる』を『コール』する。

すると『ナイトスクワイヤ・アレン』となっている貴之の背後に、『ぐらいむ』と同じように青と白の毛並みをしている、小さな翼が生えているような赤いマフラーを巻いている犬型のモンスターが現れた。

 

攻撃(アタック)……」

 

「……えっ!?」

 

貴之がいきなりヴァンガードサークルのカードに手を置いて宣言したので、友希那は思わず声を出した。

友希那の声が聞こえたのだろう。小さな笑いが聞こえたのでそちらを見てみれば、貴之がしてやったりと言いたげな笑みを浮かべていた。

 

「冗談だよ。先攻は最初のターンは攻撃をすることができない。これ以上このターンですることも無いから、これで俺はターンを終了するぜ」

 

「お、驚かさないで頂戴……」

 

貴之がまさかこんなところでジョークを言うとは思わなかったのもあり、友希那の驚きは大きく、それ故に違うと分かった時の安心感も大きかった。

 

「さて、次はそっちのターンだ。俺がやった通りにやってみな」

 

「ええ。『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

貴之に促され、友希那も彼と同じように山札の上から一枚引いて手札に加える。

 

「……『ライド』!」

 

友希那もカードを一枚選んで『フルバウ』に重ねる。

貴之が『ぐらいむ』から『ナイトスクワイヤ・アレン』になったように、『フルバウ』となっていた友希那も紫色の光に包まれて姿を変えていく。

 

「グレード1、『ブラスター・ジャベリン』!」

 

光が薄まり切ると、そこには黒を基調とした鎧を身に纏い、同じ色をした巨大な槍を構える友希那の姿があった。

 

「『フルバウ』のスキルで一枚ドローして、『フォルドバウ』と『秘薬の魔女 アリアンロッド』を『コール』」

 

貴之に言われていたのをしっかりと覚えていた友希那は、山札の上から一枚引いて手札に加える。

さらにその後、中央後列に自分の手に何らかの液体が入っているフラスコと分厚い本を持っていて、白衣を着てメガネをかけている女性ユニットの『アリアンロッド』と、前列左側に黒と白の毛並みを持ち、黒を基調とした鎧を付けている狼型のモンスター『フォルドバウ』をコールした。

 

「後攻は最初のターンから攻撃できるのよね?」

 

「ああ。攻撃するなら、カードを『レスト』……横向きにして宣言するんだ。それと、攻撃するとき後列にいるグレード0、グレード1のユニットは『ブースト』って能力を持っていて、『レスト』することで前列で同じ列にいるユニットに自分の『パワー』をプラスすることができるぞ」

 

「左下に書かれている数字が『パワー』だよ。攻撃が通るかどうかは、パワーの合計を比べ合って決めるの。ちなみに、攻撃する対象に選べるのは相手の前列にいるユニット……今回の場合は『ナイトスクワイヤ・アレン』だけだね」

 

「なるほど……」

 

先攻は最初のターン、攻撃できないという言葉を思い出した友希那が問えば、貴之が説明してくれる。

その時玲奈が重ねて教えてくれたことで、6000や8000の数字が『パワー』であること、どの相手なら攻撃できるかが分ったので、友希那は一度気持ちを落ち着かせてから場に置かれたカードに手を添える。

 

「『アリアンロッド』の『ブースト』、『ブラスター・ジャベリン』でヴァンガードにアタック!」

 

友希那は『アリアンロッド』と『ブラスター・ジャベリン』のカードを『横向きに(レスト)』することで、攻撃を宣言する。

この時パワー8000だった『ブラスター・ジャベリン』は、『アリアンロッド』のパワー6000を足して、合計14000となり、パワーが8000である『ナイトスクワイヤ・アレン』を上回っていた。

 

「この時、攻撃された側は仲間の力を借りて『ガード』するかどうかを選択できるが、今回はガードしないでそのまま受けよう」

 

攻撃された側はどうすることができるかを説明しながら、貴之は自分の選択を宣言する。

理由は敗北に至る量のダメージになるまで、まだ余裕があるからだ。

 

「ヴァンガードがアタックした場合は『ドライブチェック』をするぞ。山札の上から一枚カードをめくってくれ。『トリガーチェックゾーン』はデッキの一つ上の位置にあるから、めくったらそこに置いてくれ」

 

「ええ。『ドライブチェック』……」

 

友希那は今回、『ヴァンガードサークル』にいる『ブラスター・ジャベリン』で攻撃したので、『ドライブチェック』を行うことになる。

貴之の説明を聞いた友希那は、山札の上から一枚カードをめくり、それが互いに見える『トリガーチェックゾーン』に置いた。

そして、友希那がめくったそのカードは、右上に星を形どったようなアイコンがあった。

 

「……?このアイコンは何かしら?」

 

「その右上にあるアイコンが『トリガー』の証だ。『トリガーユニット』と呼ばれるユニットたちが持っていて、今回みたいに『トリガーチェック』を行った際に引き当てると効果を発揮するカードたちなんだ」

 

友希那が見事に『トリガーユニット』を引き当てたので、その説明と発動条件を教える。

ちなみにまだその『トリガー』が何の『トリガー』だったかまでは教えていないので、それも教える必要があった。

 

「ちなみに今回引いたのは(クリティカル)トリガー……好きなユニットのパワーをターン終了時まで数値分プラスして、相手に与えられるダメージを1増やせるぞ。『ドライブチェック』で引いたユニットは自分の手札に加えてくれ」

 

「後、トリガーの効果は別々に振ることができるよ。ヴァンガードがアタックした場合は、この『トリガーチェック』の処理を終えて初めてパワー比べが終わるの」

 

「なるほど……。なら、パワーは『フォルドバウ』に、クリティカルはヴァンガードに回すわ」

 

二人の説明を聞いた友希那はトリガー効果の割り振りを決める。トリガーによってプラスされるパワーは10000なので、『フォルドバウ』のパワーは18000になる。

そして、イメージの中で、『アリアンロッド』の補助魔法で強化を受けた、『ブラスター・ジャベリン』の姿となっている友希那が突き立てた槍が、『ナイトスクワイヤ・アレン』の姿をした貴之に刺さるような動きが見えた。

 

「……貴之!?」

 

リサはイメージの中で思わず叫んでしまったが、現実での貴之は五体満足なので、イメージに潜り込み過ぎて錯乱しないようにしようと自身に戒めをかけた。

 

「これで『ブラスター・ジャベリン』の攻撃は『アレン』となっている俺に届いた。ヴァンガードに攻撃がヒットしたから、『ドライブチェック』と同じように俺は『ダメージチェック』を行う。今回は2ダメージ受けたから、上から二枚だな」

 

貴之は説明をしながら『ダメージチェック』を行う。

その結果一枚目はトリガー無しだったが、二枚目は友希那が引いた(クリティカル)トリガーとは違うアイコンをしたものを引き当てた。

 

「一枚目はノートリガーで、二枚目は(ドロー)トリガーだな。これは好きなユニットにパワーを数値分プラスしてから、山札の上から一枚カードを手札に加えられるんだ。パワーはヴァンガードに回させてもらおうかな」

 

貴之は説明しながら『アレン』にパワーをプラスし、山札の上から一枚カードを手札に加えた。

 

「ちなみに『ダメージチェック』でめくったカードは左下の『ダメージゾーン』に送られる。契約が解除され、ヴァンガードから離れていくんだ。そして、こうやってダメージを受け続け、契約を解除された者が六体以上……ダメージ6になった時は全てのカードとの契約が解除され、霊体に戻って消滅する……つまりはそのプレイヤーの負けになる」

 

「…………」

 

――貴之はそんな場所で戦っていたのね……あくまでもイメージの中ではあるが、その中でも命を賭して戦っていると分かり、思わず硬い唾を飲み込んだ。

友希那は貴之のペースに引っ張られていたことや、ルールを覚えようと心掛けていたことから目の前に集中していたが、教える立場故に心持ちで余裕のある貴之は、先程からリサの口数が少ない少ないことに気がついて顔を向けると、何故か頭を抱えていた。

 

「リサ……どうした?」

 

「大丈夫。イメージの中……あくまでイメージの中だから……」

 

「あはは……他の誰よりも貴之に引っ張られた人だったかぁ……」

 

必死に自己暗示を掛けている様子を見て、貴之と玲奈の二人は苦笑した。イメージの中とは言え、そこまで鮮明にイメージできてしまうと、慣れない内は不安になることも十分あり得るから仕方ないことだった。

休むかどうかを聞けば、「もう大丈夫」と返って来たので、そのまま続行することにした。

 

「さて、まだそっちには攻撃できるユニットがいたな……パワー比べでの補足だが、『パワー』が同じだった場合は攻撃側の勝ち(・・・・・・)になる。そして『フォルドバウ』と『ナイトスクワイヤ・アレン』のパワーは同じ状態だから、俺が何もしなければ攻撃は通るが……どうする?」

 

「それなら攻撃させて貰うわ……『フォルドバウ』でヴァンガードにアタック!」

 

「今回は『ガード』させて貰おう……我を守れ!『幸運の運び手 エポナ』!」

 

友希那の宣言した『フォルドバウ』による攻撃は、『アレン』の姿をした貴之の前に突如として現れた、カブトムシのような存在に乗った青を基調とした鎧を身に纏った小さき少年に阻まれた。

その少年は『フォルドバウ』の攻撃をしのぎ切るや、すぐに光となって消滅してしまった。

 

「……?ユニットがすぐに消えた?」

 

「『ガード』をするために『ガーディアン』としてコールされたユニットは場に留まることができないんだ」

 

友希那が疑問に持っていたので、先にそちらの説明を済ませ、貴之は『ガード』の説明を続ける。

 

「『ガード』ユニットを『ガーディアンサークル』に置くことで実行できる。この場合はカードの左側に書かれている『シールドパワー』を攻撃されているユニットの『パワー』に加算するんだ。」

 

貴之は自分の『ヴァンガードサークル』に置かれた『アレン』に書かれている、『シールドパワー』を指さしながら説明する。

 

「ちなみに、一度の『ガード』でユニットの枚数は問わないのと、『ガード』が終わった後は、使ったユニットをデッキの下側にある『ドロップゾーン』へ移すんだ」

 

貴之は説明しながら、『ガーディアンサークル』に置かれたままの『エポナ』を退却させる。

この時、貴之が「ありがとうな」と言いながら処理を行っていたのを見た友希那は、彼はユニットを大切にしているんだと認識させてくれた。

 

「攻撃も終わったから、私はこれでターン終了ね」

 

「ああ。取りあえずここまでが一連の流れだけど……覚えられたか?」

 

貴之の問いに友希那が頷いたので、安堵することができた。

まだまだ教えることは残っているのだが、それは使う場面が来た時に教えればいいだろう結論付けた。

 

「なら問題なさそうだな……俺のターン。『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

貴之は『レスト』していたユニットたちを『スタンド』させてカードを一枚手札に加えた。

――さて、行くか。初めから『ライド』するユニットを決めていた貴之は、そのユニットを手に持った。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

「(さっきと言い方が違う……?)」

 

友希那はその言い方の違いに気づいた。ちなみに貴之は、そのデッキの中心となるユニットに『ライド』する場合はこの言い方に変えている。

理由はスタンドアップする時と同じで、イメージしやすいからだ。

そして、『アレン』姿をしていた貴之は再び光に包まれて、それが薄れ切ると先程の鎧は上級騎士になったかの如く見栄えの良いものに変わり、手に持っていた剣も鎧の色に合わさったものに変わっていた。

 

「グレード2、『ブラスター・ブレード』!」

 

貴之が『ライド』したユニットの名は『ブラスター・ブレード』。聖域連合『ロイヤルパラディン』が誇る光の剣と言う存在だった。

しかし、これで終わりにはならず、貴之は早速『ブラスター・ブレード』の力を見せることを選んだ。

 

「『ブラスター・ブレード』が登場した時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をすることで……『ブラスター・ブレード』のスキル発動!」

 

貴之は『ダメージゾーン』のカードの内一枚を裏返しにし、『ブラスター・ブレード』の下に重なっているユニットの一つを『ドロップゾーン』に移動させた。

 

「これによって、相手の前列にいる『リアガード』の内一体を退却させる!」

 

イメージの中では、『ブラスター・ブレード』となった貴之が剣を構え、その剣を外側に展開して内部にたまっていたエネルギーを『フォルドバウ』に打ち出した。

その青い光の奔流に呑み込まれた『フォルドバウ』は光となって消滅する。

 

「今のは……?」

 

「ああ、悪い。『アリアンロッド』がいるんだから、『ソウル』と『ソウルブラスト』は先に教えても良かったな……」

 

自分が説明し忘れていたことを詫び、貴之は頭を掻きながら反省する。

『アリアンロッド』のスキルは『ソウル』を使って行うものだったのと、友希那が後攻であったことから、最初のターンでも腐らないで済んだ効果だったのだ。

 

「『ソウル』っていうのは『ヴァンガード』の下に重なっているカードたちのことを言う。友希那の場合はライドされた『フルバウ』が該当するな。それと、『ダメージゾーン』に移ったカードは『カウンターブラスト』を使うためのコストにもなるんだ」

 

「重ねてられたユニットはどうするのかと思ったけど、そう言うことだったのね……」

 

貴之の説明を聞いた友希那は気になっていたことの一つが解決できたので、そこで一安心した。

 

「『うぃんがる』のスキルで同じ列にいる『ブラスター・ブレード』のパワーはプラス5000。そしてそのまま『メインフェイズ』……まずは『ナイトスクワイヤ・アレン』を『コール』!そして、『リアガード』に登場した時、『カウンターブラスト』をして『アレン』のスキル発動!」

 

『うぃんがる』のスキル処理によって、元々パワーが10000だった『ブラスター・ブレード』のパワーはさらに跳ね上がって15000になった。

そのまま『メインフェイズ』の初めに後列右側に『ナイトスクワイヤ・アレン』を『コール』し、そのままスキルの発動も宣言する。

 

「『アレン』のスキルはヴァンガードのグレード以下のユニットを一枚まで、『リアガード』に『コール』することができる。俺が『コール』するのは、『沈黙の騎士 ギャラティン』!」

 

『アレン』のスキルを使って前列の右側に目元を赤い布で覆って、グレーを基調とした鎧を身に纏った騎士『ギャラティン』を『コール』した。

 

「さらに山札の上から一枚手札に加え、『アレン』のパワーはこのターンの間プラス3000される!さらにもう一体、『ナイトスクワイヤ・アレン』を『コール』!」

 

『アレン』のスキルを使って『コール』した『ギャラティン』とはまた別に、後列左側に『アレン』をもう一体『コール』したことで、貴之の場にいるユニットは合計で五体になった。

 

「い、一気に五体!?でも、あの『アレン』はあそこでいいの……?」

 

「大丈夫。『ブラスター・ブレード』のもう一つのスキルを使うなら、場所をどうするかは関係ないからね……」

 

リサの抱えた疑問には、玲奈が肯定で返した。

スキルの効果が初めて知った相手を確実に焦らせるであろうものなので、玲奈は少々心配であった。

とは言え、現段階でできることは教えているし、『ガード』を実践する意味でもある程度は大丈夫なのだろう。幸い友希那のダメージゾーンが0であることも拍車を掛けていた。

 

「攻撃に入らせてもらうぞ……『うぃんがる』のブースト、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!『ヴァンガードサークル』にいる『ブラスター・ブレード』のスキル!自分の『リアガード』が四体以上いる場合、ダメージをプラス1する!」

 

「……!?『ダークサイド・トランぺッター』と『ハウルオウル』でガード!」

 

貴之が『ブースト』してアタックを宣言した段階で、『ブラスター・ブレード』のパワーは23000になっていて、更にスキルで与えるダメージが増えていた。

流石にそれをただで貰うのは危険だと感じた友希那は、二体のユニットでガードをする。

宣言によって、黒い衣装に身を包んだトランペットを持った体の小さき少女、『ダークサイド・トランぺッター』と、全身が黒く、水色のサングラスのようなもので目元を覆っている(ふくろう)型のモンスター、『ハウルオウル』が『ブラスター・ジャベリン』の姿をした友希那の前に現れる。

これによって『ブラスター・ジャベリン』のパワーは、『ダークサイド・トランぺッター』の『シールドパワー』15000と、『ハウルオウル』の『シールドパワー』5000を足して28000となり、何事も無ければ防げる数値になった。

 

「まだ『ドライブチェック』があるぜ……?」

 

貴之が告げながら『ドライブチェック』をするのが見え、友希那ハッとする。完全に失念していたのだ。

そして、貴之の『ドライブチェック』では、(クリティカル)トリガーが引き当てられた。

 

(クリティカル)トリガー……。効果は全てヴァンガードに。これでガードを突破してそのままダメージだ!」

 

イメージの中では『ブラスター・ブレード』となった貴之は、『うぃんがる』の補助を受けて『ガーディアン』たちを突破し、そのまま『ブラスター・ジャベリン』の姿をした友希那にその剣を振り下ろした。

 

「今みたいにトリガー効果によって『ガード』を貫通することがあるから、こう言ったところでの駆け引きは結構大切なんだ」

 

「ええ。身を持って学んだわ……ヴァンガードが攻撃を受けたから、私も『ダメージチェック』ね」

 

ヴァンガードはこの『トリガーチェック』の存在により、『大丈夫だと思ってノーガードしたら(クリティカル)二枚で敗北した』や、『負けたと思ったら(ヒール)で生き残り、そこから反撃で勝てた』と言うことが度々起こる。

その為、『絶対にダメージを貰いたくないから、余裕を持った数値でガードする』ことや、『トリガーを引かないことを前提に最低限のガードで済ませる』と言った選択肢も出てくる。

それを肝に銘じてから、友希那は『ダメージチェック』を行ったが、残念ながら三枚とも全てトリガーは無しだった。

 

「契約した者たちが一気に三体も逃げ出したな……」

 

「……自分の不甲斐なさで逃げたのなら、少し悲しいわね……」

 

「そうだな……自分たちのために集まってくれたんだ。そんな想いをしないでいいように、大切に先導していこう」

 

大分貴之の世界観案内が効いているらしく、友希那が少し悲し気な表情を見せたので、貴之は頷いてから投げかけると、友希那は頷いてくれた。

 

「とまあ、こんなこと言っておいて難だけど……まだ俺の攻撃は終わってないから、このまま攻撃を続行するぞ?『アレン』の『ブースト』をした『ギャラティン』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「今度こそ防ぐわ……もう一体の『ダークサイド・トランぺッター』でガードよ!」

 

スキルによってパワーの上がった『アレン』の『ブースト』を受け、パワー21000となった『ギャラティン』の攻撃は、『ダークサイド・トランぺッター』のガードによってパワー23000になった『ブラスター・ジャベリン』には届かなかった。

 

「今回は防ぎ切れたようだな……俺はこれでターン終了だ」

 

「私のターン。『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

ターンを渡された友希那は、『レスト』状態のユニットを全て『スタンド』させてから一枚カードを引く。

そして、現在の手札を見ながら一枚のカードが目に入り、そのユニットの『グレード』が2であることから、『ライド』が可能だと判明した。

 

「(挑戦状……ということかしら?それなら乗ってあげるわ……!)」

 

友希那は場に置かれている『ブラスター・ブレード』とそのユニットをを交互に見ながら決断し、そのユニットを手に取った。

 

「『ライド』!グレード2、『ブラスター・ダーク』!」

 

イメージの中で『ブラスター・ジャベリン』だった友希那は光に包まれて姿を変え、『ブラスター・ブレード』の色違いと言ってもいい姿になっていた。

白を基調とした『ブラスター・ブレード』の鎧や武器の色を、黒が基調となったものに変えたのが『ブラスター・ダーク』であった。

 

「黒い……『ブラスター・ブレード』?」

 

「『ブラスター・ダーク』は、『ブラスター・ブレード』が己の持っている剣の力を発揮できず憎しみに支配され、その憎しみの力が流れ込んだ剣の成れの果て……『ブラスター・ブレード』がそうなることだってあり得たかもしれないのを示唆するような立ち位置だね」

 

「(もしかして……私が彼らから自分と似たものを感じたのは、このユニットが大きいのかしら?)」

 

リサの疑問を拾って答えた貴之の話しを聞いた友希那は、自分の境遇がある意味で『ブラスター・ダーク』に近いものなので、自身に一つの嫌悪感を覚えた。

しかし、そんなことをいつまでも考えている場合では無いので、今はその考えを捨て、ファイトに集中することにした。

せっかく歌詞を作るヒント作りに協力してもらっているのだから、その時間は有効に使いたかった。

 

「『カウンターブラスト』をすることで、『ブラスター・ダーク』のスキルを発動。相手には、自分の『リアガード』を一体退却させて貰うわ」

 

「そう来たか……なら俺は、自分の前に誰もいない『アレン』を退却させよう」

 

『ブラスター・ダーク』のスキルが『ブラスター・ブレード』と違う点として、『自分が指定する』のでは無く、『相手に指定させる』効果であった。

前者のタイプである『ブラスター・ブレード』は、自分で厄介だと思うユニットを追い払えるが効果範囲が狭い。後者のスキルである『ブラスター・ダーク』は効果範囲こそ広いが、自分が厄介だと思うユニットを確実に退却させることができないので、一長一短と言ったところだろう。

 

「このユニットは先に置いちゃうと効果を発揮できるよ」

 

「なるほど……それなら、『凶変の魔女 エマー』をコールしてから、もう一度『フォルドバウ』をコール。この時、『エマー』はスキルでパワープラス5000。さらに『ソウルブラスト』して『アリアンロッド』のスキル!『アリアンロッド』を『レスト』することで、ユニット一体のパワーをプラス10000できる。効果は『ブラスター・ダーク』に!」

 

玲奈の助言に従い、前列左側に黒を基調とした派手な格好をした女性の『エマー』、後列左側に『フォルドバウ』の順番で『コール』する。

『エマー』のスキルは他のユニットが『リアガード』に登場することで発動可能になるものだったので、効果を使うつもりなら『フォルドバウ』より先に『コール』する必要があったのだ。

さらにこれだけでなく、『アリアンロッド』のスキルで『ブラスター・ダーク』のパワーを20000まで引き上げた。

この時、イメージの中では『アリアンロッド』の提供した薬を、『ブラスター・ダーク』となった友希那が一気飲みすると言う光景が浮かんだので、リサが思わず青ざめたことを記しておく。

 

「攻撃を始めるわ……『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら俺は、『エポナ』でガードだ」

 

『うぃんがる』の効果は相手のターンでは適用されない為、現在『ブラスター・ブレード』のパワーは10000。

その為、『シールドパワー』が15000であることから、手札消費を抑えられる『エポナ』を選択肢した。

 

「『ドライブチェック』……(クリティカル)トリガー。効果は全てヴァンガードに回すわ」

 

「やるな……」

 

見事に『ドライブチェック』でトリガーを引き当てたことと、先程の自分が相手にぶつけた『トリガー効果でガードを貫通させる』を早速実践してみせた友希那を、貴之は素直に称賛した。

そして、イメージの中では『エポナ』の妨害を楽々突破して『ブラスター・ブレード』に剣技による対決を申し込み、それに打ち勝つ『ブラスター・ダーク』の姿があった。

貴之や玲奈は日常茶飯事なので全く気にしていないが、今日初めてファイトを行っている友希那やそれを見ているリサは、イメージの中ではと言えどここまで動けていることに驚きだった。

 

「トリガーは無しか……。まだあるんだろう?」

 

「当然。『フォルドバウ』の『ブースト』をした『エマー』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「なら、グレード2のユニットが持つ特有の能力を教えよう……『ギャラティン』で『インターセプト』!」

 

ダメージチェックでトリガーが無いので、そのままダメージが4になったのを確認した貴之は友希那を促す。

それに乗った友希那は再び攻撃を宣言するが、横から入り込んできた『ギャラティン』が二体の攻撃を防ぎきってみせた。

 

「前列の『リアガード』がガードを……!?」

 

「これが『インターセプト』だ。自分が攻撃されていないなら、味方の助けにいける力だ。『インターセプト』によるパワーのマイナスとかは無いから、必要だと思ったら使うくらいでいいと思うな」

 

「そんなもので良いのね……取りあえず、私はこれでターン終了よ」

 

『インターセプト』の説明を受けて呆気にとられながら、友希那はターン終了を宣言する。

それを聞いた貴之が自分のターンを始めようとした時、友希那の表情に変化が現れているのが見えたので、一度問いかけてみることにした。

 

「どうだ?ヴァンガードをやってみて」

 

「……そうね。面白いかどうかはさておきとして、あなたが夢中になっている世界を知れた……それが嬉しいわ」

 

「そっか……それなら良かったよ」

 

友希那の微笑みながらの返事を聞けた貴之は、大きく安堵した。

元々全くの別路線を進んでいる者同士なので、決定的に合わない可能性も十分にあり得た中、『嬉しい』という答えでも十分に喜ばしいものだった。

 

「さて……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……このターンで本番とも言えるグレード3の姿を見せるとしよう……『ライド』!グレード3、『アルフレッド・アーリー』!」

 

再び光に包まれた貴之は、さらに大きな鎧を身に纏い、その鎧に合わせるかのような形をした剣を手に取った『アルフレッド・アーリー』の姿にライドした。

 

「『カウンターブラスト』をすることでスキル発動。『ソウル』、または自分の手札から『ブラスター・ブレード』を『コール』し、この効果で『コール』された『ブラスター・ブレード』はターン終了時までパワープラス10000!」

 

「っ…………!」

 

効果で早速パワーを跳ね上げられた状態の『ブラスター・ブレード』を呼び寄せられ、友希那は思わずそちらに目を向けた。

また、『アルフレッド・アーリー』のパワーは13000であり、グレード3にもなればもうそこまでパワーが上がると分かったことと、効果の強力さから、『ブラスター・ブレード』はそうだが、『アルフレッド・アーリー』も気をつけねばと思った。

 

「驚くのはまだ早いぜ?グレード3以上の特定ユニットにライドできた場合、それの祝福として契約したユニットから『イマジナリーギフト』が与えられるんだ」

 

「……『イマジナリーギフト』?」

 

「ああ。『フォース』、『アクセル』、『プロテクト』と三種類のギフトがあって、それぞれのクランごとに、どのギフトかは決められているんだ」

 

効果ごとの説明はこのファイトで全て行うのは難しいものがあったので、貴之は今回は二つとも同じ種類である為、そのギフトの説明だけすることにした。

 

「『ロイヤルパラディン』や『シャドウパラディン』の場合は『フォース』。これは元からあるサークルの内一つを選んで、自分のターンの間、パワーをプラス10000できる。重複は可能だから、何枚も重ねるとパワーがすごいことになったりするぞ。今回は『ヴァンガードサークル』に置いて、ヴァンガードのパワーをプラス10000だ」

 

『フォース』を置いたことにより、『アルフレッド・アーリー』のパワーは23000となった。

 

「さあ、攻撃行くぞ。『アレン』の『ブースト』をした『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードにするわ」

 

友希那のダメージはまだ3であった為、まだ攻撃を受けても大丈夫と判断してガードを捨てた。

この時の『ダメージチェック』を行った際、(クリティカル)トリガーが出てきた。

 

「効果は全てヴァンガードに!」

 

「次は本命だ……『うぃんがる』の『ブースト』をした『アルフレッド・アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『エマー』の『インターセプト』、さらに『ブラスター・ジャベリン』で『ガード』!」

 

(クリティカル)トリガーを引けたことで、ガードに必要枚数が減ったのは大きく、それによって最低限のラインでガードはできた。

 

「また『ドライブチェック』をするわけだが、グレード3の能力は『ツインドライブ』……つまりは『ドライブチェック』を二回できる能力なんだ」

 

「えっ?ドライブを二回できるってことは……」

 

「うん。最悪の場合はトリガーを二枚引き当てる可能性が出てくる」

 

リサの危惧を玲奈は肯定する。

グレード3が持つ『ツインドライブ』の恩恵は大きく、これによって一回の『ドライブチェック』では引けないトリガーを引いたりすることができる。

元々手札を多く加えることができるのも十分に強力な効果である為、基本的には早い段階でグレート3になるのが望ましいとされている。

 

「ファーストチェック……ノートリガー。セカンドチェック……」

 

一枚目はトリガーが無かったので安心だったが、問題は二枚目である。最低限の数値でガードしている為、(クリティカル)トリガーを引かれた場合はダメージが丁度足りて、尚且つ突破されるので一気に負けが近づくことになる。

そして、二枚目のトリガーチェックは、案の定(クリティカル)トリガーであった。

 

(クリティカル)トリガー……効果は全てヴァンガードに!」

 

「あっ……!」

 

その(クリティカル)トリガーが、友希那にトドメを刺すものになると直感したリサは思わず声を出したが、イメージの中ではもう時すでに遅しだった。

イメージの中で、『エマー』たちの防御網を強行突破した『アルフレッド・アーリー』となっている貴之は、『ブラスター・ダーク』の姿となっている友希那に二回斬撃を見舞った。

そして、攻撃がヒットしたので『ダメージチェック』を行うのだが、ここで貴之は一度友希那に呼びかける。

 

「それが最後かもしれない『ダメージチェック』だけど、まだ諦めるのは早い。(ヒール)トリガーを二回の『ダメージチェック』の内どちらかで引けばこの窮地を乗り越えられるからな」

 

(ヒール)トリガーは『自分と相手のダメージ量が同じ』。または『自分のダメージが相手よりも多い時に』はパワーのプラス以外に、『ダメージゾーン』から一枚『ドロップゾーン』に送る形で回復できるの。諦めたくないと思ったらユニットが、あたしたちのところに戻ってくる感じだね」

 

「こんな時なのにと思われるかもしれないけど、こんな時だからこそイメージしてみてくれ……ギリギリのところで踏みとどまってもう一度チャンスがあるから立ち上がる。そんな自分の姿をね」

 

ダメージを受けた時は確かにダメかと思った友希那だが、この二人の助言と、このデッキを選んだ時のことを思い出した。

このユニットたちと戦って負けると言うことは、自分も父の音楽を認めさせられないまま力尽きるように思えて嫌なのも確かにあったが、自身を活気付けるには十分だった。

 

「(大丈夫。落ち着いて、イメージして引くのよ……)」

 

そして、運命の『ダメージチェック』だが、一枚目はノートリガー。二枚目はさっきまで互いのデッキからまだ一度も出ていないトリガーユニットだった。

 

「それが(ヒール)トリガーだ。良かったな……お前のイメージが形になったんだ」

 

「どうやらそうみたいね……パワーはヴァンガードに回してダメージを回復するわ」

 

一先ずこの場を乗り切った友希那は、安堵しながら効果処理を行っていく。

そして、できることが無くなった貴之はそのままターン終了の宣言をする。

 

「私のターン。『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

恐らくこれが最後のターンだろう。そう思いながら、手慣れてきたような動きで友希那は『スタンド』と『ドロー』を済ませる。

そして彼女もまた、貴之と同じようにグレード3のユニットに『ライド』をする。

 

「『ライド』!『ザ・ダーク・ディクテイター』!」

 

イメージの中で再三紫色の光に包まれた友希那は、『アルフレッド・アーリー』の鎧や武器を黒に塗り替えたかのような、鏡写しとも言いたくなる存在『ザ・ダーク・ディクテイター』になっていた。

 

「今度は黒い『アルフレッド・アーリー』?やっぱり見た目が限りなく似てるね~」

 

「元々が『ロイヤルパラディン』に近しい存在だからって言うのもあるけど……やっぱり『ブラスター・ダーク』と『ディクテイター』は群を抜いてそっくりさんだよね」

 

リサの率直な感想は玲奈も同意した。

『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』。『アルフレッド・アーリー』と『ザ・ダーク・ディクテイター』の組み合わせは見た目だけなら色違いで済ませられそうなくらいである。

 

「『イマジナリーギフト』はヴァンガードサークルに設置するわ」

 

ヴァンガードサークルに『フォース』を設置したことによって、自分のターンであればヴァンガードのパワーにプラス10000されるようになった。

これだけでもかなりの強化なのだが、『ディクテイター』にはさらに自分のパワーを上げるものがあった。

 

「『ディクテイター』のスキルで、自分の場にいる『リアガード』数だけパワーをプラス2000。さらに、『アリアンロッド』のスキルで『ディクテイター』のパワーをプラス10000!」

 

現在『リアガード』にいるのは『フォルドバウ』と『アリアンロッド』の二体である為、パワーをプラス4000。

そこに『アリアンロッド』のスキルによってパワーは37000となり、単体で見ればかなりの数値となっていた。

 

「行くわよ……『ディクテイター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ガードするのに数値が足りないし……ノーガードだ!」

 

貴之はガードしようとして、手札のガード値では『インターセプト』をしてもガードしたところで数値が届かないのが判明し、やむを得ずノーガードを選択した。

 

「『ツインドライブ』……ファーストチェック……ノートリガー。セカンドチェック……」

 

一枚目はノートリガーだったので、そのまま二枚目をめくると、そのユニットは(トリガー)を持っていた。

 

(クリティカル)トリガー……!効果は全てヴァンガードに!」

 

攻撃できるユニットが『ディクテイター』しかいなかったので、効果をそのままヴァンガードに回すことにした。

そして、イメージの中では『ディクテイター』となった友希那の剣が、『アルフレッド・アーリー』となった貴之の胴に深々と突き刺さる動きが見られた。

その後貴之の『ダメージチェック』では二枚ともノートリガーで、貴之側のダメージが6となったので、今回は友希那の勝ちで終了となる。

勝敗が付いたと言わんばかりに、イメージの中では友希那が剣を引き抜くと、貴之は『ライド』の効果が切れて元の姿に戻るものの、その姿は最初よりもさらに薄まったものになっていた。

 

「逃げ出したユニットが六体になったことで、これで俺の率いていた『ロイヤルパラディン』は破れ、契約の解けた俺はただの霊体となってそのまま消滅する……」

 

イメージの中で薄れゆく存在になりながら、貴之は最後の世界観に合わせた説明を行う。

今ので全ての説明が終わったのか、イメージの中の貴之は空を見ながらただ消えゆくのを待った。

 

「俺は……あなたのように先導できたかな……?」

 

自分のことを投げ出してでも、これから入り込むかもしれない人を、しっかりと先導できただろうか?

そんな疑問を抱えながら、イメージの中の貴之は静かに『惑星クレイ』から消滅していった。

 

「(大丈夫よ。こんな私でも、たまにはやってもいいなと思えたのだから……)」

 

そして、そんな貴之が消滅していった空を見つめながら、『ディクテイター』の姿をしている友希那は、心の中で肯定的な意見を述べたのだった。

 

「とまあ、ここまでがヴァンガードの流れなんだけど……どうだろう?何かしらヒントは掴めたか?」

 

「ごめんなさい。あれだけ真剣に教えてもらったと言うのに、ルールを覚えるので手一杯だったわ……」

 

ファイトを終えた貴之が早速問いかけてみるものの、思ったより結果は芳しくないものだった。

元々歌詞を作る為のヒント探しを手伝う為のものだったので、肝心なそちらの結果がよくないと聞いた貴之は、教え方が悪かったんだろうかと頭を掻いた。

友希那も友希那で、ここまでしてもらっているのに何も見つからないは流石に申し訳ないので、自分なりに方法を考える。

そして、少し考えてから、友希那は一つ思いついた。

 

「貴之、一つ提案があるのだけど……いいかしら?」

 

「提案?どんなのだ?」

 

「貴之は今回、『本来のデッキを使わずに、ルールを教えながら』のファイトをしていたでしょう?だから今度は『本来のデッキを使った、全力のファイト』を間近でみせてほしいの……」

 

友希那はルールを覚えた状態でこれなら何か掴めると思っての提案だった。

それも一理あると思った貴之は「なるほど……」と肯定的な反応を示した。

 

「そう言うことなら大丈夫だ。えっと……そうなると相手は誰が……」

 

「ああ、それならあの二人がいつの間にか三戦目やってるし、あたしが務めるよ」

 

「よし、これでアタックだ」

 

「お?じゃあこいつの『インターセプト』とこれで『ガード』」

 

「ああ……分かった。それならやろうか」

 

俊哉と大介がまるで時間の有効活用と言わんばかりにやっていた三戦目のファイトも中盤戦なので、今止めてもしょうがないのが目に見えていた。

それを見て一瞬苦笑混じりになった貴之だが、玲奈の提案を受け入れたので、二人はファイトの準備を始めた。

この際に一度席の移動も各自で済ませておいた。




今回のファイトはトライアルデッキ『先導アイチ』と、同じくトライアルデッキ『雀ヶ森レン』を使って実際にファイトしてみた流れをそのまま採用しています。
それにしても見事にトリガー全部出せたなと思います(笑)。

『ブラスター・ダーク』と『ディクテイター』はもう一つ効果があるのですが、残念ながら使用出来ていないので、次の機会で使おうと思います。
特に『ブラスター・ダーク』の効果は『ブラスター・ブレード』の効果を見せるから、披露するのを諦めた感じになっているので、少々情けない感じになりました……(汗)。

ちなみに貴之は何かと『ロイヤルパラディン』に深い縁がある男です。何があったかはおいおいと明かしていきたいと思います。
次回からは間が空いてしまうことになりますが、気長に待って頂けると幸いです。

次回は貴之が使う本来のデッキを披露したいと思います。


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イメージ4 先導者の本気

予告通り貴之が本来のデッキを使ってファイトします。


「さて……準備もできたし、始めるか」

 

「うん。こっちも大丈夫だよ」

 

貴之と玲奈はファイトの準備を終え、後は開始の宣言をするだけだった。

先程使っていた『ロイヤルパラディン』のデッキは新しく買ったケースにしまい、代わりに元々鞄に入れていたケースから本来のデッキを取り出している。

 

「そう言えば『クラン』は変わった?」

 

「さぁ?それは見てからのお楽しみだ」

 

「(始まるのね……貴之の、本当の戦いが)」

 

玲奈が誘導するように使用『クラン』を問いかけて来たが、貴之はそれをあっさりと躱した。

『クラン』がバレてしまえばあっさりと対策を立てられかねないので、それだけは避けたかった。

その会話を最後に二人の軽めの会話をしてた雰囲気が変わったので、それを感じ取った友希那はこのファイトを見逃すまいと注視とイメージをすることにした。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がカードを表向きにすることで、再びヴァンガードファイトが始まった。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥ』!」

 

「『ライド』!『エンターテイン・メッセンジャー』!」

 

貴之は人と然程変わらない大きさをして二足歩行のできる竜である『アンドゥ』に、玲奈はボールの上に乗ってビックリ箱を持った小さき存在『メッセンジャー』にライドした。

互いの『ファーストヴァンガード』を見た瞬間、二人は相手のクランを察した。

 

「玲奈は『ペイルムーン』か……どうやら使い続けてるようだな」

 

「そっちだって、ずっと『かげろう』のままなんでしょ?あたしたち相変わらずだね」

 

しっかりと使い続けている。また昔のようにヴァンガードファイトができる。互いにどれだけレベルアップしたかが楽しみ。

それらの要素が重なって、二人は口元を吊り上げる。

 

「『かげろう』は竜や彼らをモデルにして作られた機械で構成された『ドラゴンエンパイア』が誇る航空攻撃部隊……それが、貴之の使うクランなのね?」

 

「ああ。俺がヴァンガードの道を歩き始めて以来、ずっと使ってるクランだ」

 

貴之の使う『クラン』を再確認した時、奇しくも貴之と友希那は同じ景色を思い返していた。

それは貴之がヴァンガードのデッキを買って返って来て、真っ先に友希那に見せた時の瞬間だった。

あの日を境に、二人の間にある世界は動き始め、本来ならば全く合わないはずの話題なのに打ち込んでいる分野を話し合ったり、次第に上を目指すようになった。

そして、互いが気づかぬ内に恋心を抱き合い、一度は離れ離れになったもののこうしてまた同じ場所にいる。今思えば奇妙な巡り合わせだなと感じた。

 

「そして、『ペイルムーン』は『ダークゾーン』に拠点を置き、世界各地で公演を行う闇のサーカス団……こりゃ面倒な相手になるな」

 

世界感としてはサーカス団として活動している『ペイルムーン』だが、ファイト内では『ソウル』の『カード』を軸に展開を行っていくトリッキーなクランである。

それによって、いきなり手数がその段階でできる最大まで増えたりすることが非常に厄介な状況をよく作り出してくれるので、ついつい警戒したくなってしまう。

『ソウル』の依存が激しいので、それ故に不安定なクランではあるが、嵌った時の爆発力は目を見張るものがある。

対する貴之が使う『かげろう』は、先程のティーチングファイトで使った『ロイヤルパラディン』、友希那が選んだ『シャドウパラディン』と同じく汎用性の高いクランに当たる。

差異点は『ロイヤルパラディン』が『仲間を揃える』ことで、『かげろう』が『敵を打ち払う』ことで、『シャドウパラディン』は『味方を犠牲にする』ことで力を発揮するユニットが多いことにある。

他と比べた場合、『このクランと言えばこれ』と言えるものが少ないが、それ故に安定感の強いクランで、初心者にも安心して進めやすいのも強みだった。

 

「(貴之は『かげろう』のまま……あまりのんびりとやるわけにはいかないね……)」

 

一方で、玲奈は貴之のクランが分るや否、すぐに警戒レベルを引き上げた。先程のまでは口元を吊り上げていたものの、すぐにその表情を真剣なものに変えていた。

小学生時代の頃も、『かげろう』を使った貴之の戦績は高く、近隣の店内大会でも度々結果を残している。

そんな『かげろう』が五年間の歳月を掛けて更に強化されているとなれば、様子見が得策ではないと結論を出した。

 

「あたしが先攻。『スタンド』アンド『ドロー』……。『ライド』!『スターティング・プレゼンター』!」

 

紫色の光に包まれた玲奈の姿、が黒いタキシードにマントを羽織り、右目だけの眼鏡をかけ、背丈程の長さがあろう手に持った道化師のような姿をした人物……『スターティング・プレゼンター』変わる。

 

「『プレゼンター』が手札から登場した時、一枚を『ソウルチャージ』。更にライドされた『メッセンジャー』のスキルで一枚ドロー……」

 

「演目の準備が始まったな……」

 

「演目って……『ソウル』を増やしたこと?」

 

「ああ。後々何が飛び出してくるやら……」

 

玲奈がそれぞれのユニットが持つスキルを処理していくのを見て、貴之は警戒心を引き上げる。

演目の意味が気になったリサには肯定で返しつつ、次の動きに注意を向けた。

また、玲奈が行った『ソウルチャージ』とは、ヴァンガードの下にカードを一枚重ねることで、今回のように特に指定がない場合は『デッキの上から』行うことになる。

 

「さらに『ミッドナイト・バニー』を『コール』してあたしはターン終了。そっちの番だよ」

 

「ああ……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

玲奈は最後に、自身の後列中央に、目を引く全身桃色の毛並みと、サーカスの為に合わせた衣装を着込んだ人と猫が合わさったような女性的なユニット……『ミッドナイト・バニー』をコールしてからターンを回した。

ちなみに、『バニー』は天井に吊るされた巨大なブランコによるショーを担当している。

それを聞いた貴之は、山札の上から一枚手札に加え、自分のターンを開始した。

 

「『ライド』!『鎧の化身 バー』!スキルで一枚ドローして、『希望の火 エルモ』を『コール』!」

 

赤い光に包まれた貴之の姿が、真紅の鎧を身に纏った右手に剣と全身に蒼い躰を持つ悪魔『バー』に変わり、その後ろには赤い体を持った小さき竜族の『エルモ』が現れる。

 

「行くぞ……『エルモ』の『ブースト』、『バー』でヴァンガードにアタック!『ブースト』をした『エルモ』は、スキルでこのターンの間パワーをプラス3000!」

 

「ノーガード……『ドライブチェック』をどうぞ?」

 

『バー』と『エルモ』のパワーは互いに8000だったが、『ブースト』を行ったことによるスキル発動で、『エルモ』はターン終了までパワーが11000となり、攻撃する際の合計パワーが19000となる。

しかし、そんなものは慣れたと言わんばかりに、玲奈は余裕の笑みで次の操作を促して見せた。

促された貴之が『ドライブチェック』をした結果は、残念ながらノートリガーだった。

イメージ内では『エルモ』の魔術によって、火を纏った状態と剣を、『バー』となった貴之が『プレゼンター』となった玲奈に振り下ろす光景が映された。

 

「『ダメージチェック』は……こっちもノートリガーだね」

 

「これ以上できることはないし、ターン終了だ」

 

玲奈も『ダメージチェック』を行ったがノートリガーで、彼女のダメージは1となった。

こうして最初のターンを終わらせた二人は一度顔を見合わせると、楽しそうな笑みを見せていた。

 

「……やっぱり、お前もか?」

 

「それはもちろん。久しぶりに会えた友人とファイトしてるんだもん……楽しいに決まってるよ」

 

予想ができていた貴之が問いかければ、玲奈からの回答は案の定だった。

貴之と再開できた時の嬉しさは分かっていたので、友希那とリサもそれにはすぐに同意できた。

ただ、言葉を使わずとも通じ会えた二人を見て、友希那は少し羨ましく思ってもいた。

とは言え、それで水を差すような真似をしたいとも思えないので、自分は歌を使ってできないかどうかを後で考えることにして、今はファイトを見ることにした。

 

「まあ懐かしむのは一旦ここまでにして……ファイトに戻るよ。あたしの『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

「(何かしら?玲奈からスイッチが入ったようなものを感じるわ……)」

 

一度話しを切って、玲奈は自分のターンを始める。

その時友希那は、新しく手札を加えた玲奈の雰囲気と表情に、僅かな変化が起きたことに気が付いた。

 

「さて、闇のサーカス団『ペイルムーン』……今宵も、私たちの演目をここに開演致しましょう」

 

「……さあ、何が来る?」

 

「では、第一演目から……『ライド』!『ニトロジャグラー』!」

 

どこか芝居掛かった言い回しを聞いた瞬間、貴之は気を引き締める。

玲奈はまず初めに、白いタキシード姿でシルクハットを被り、いかにも危険そうな液体の入った状態でキャップされている試験管を複数持った『ニトロジャグラー』の姿になり、器用にジャグリングして見せる。

イメージをした時、その危なさ全開の光景もあって、友希那とリサは心臓に悪い思いをすることになった。

 

「手札から登場した時、『ニトロジャグラー』のスキル発動。山札の上から二枚見て、一枚は『ソウル』に、もう一枚は山札の下に……」

 

『ニトロジャグラー』のスキルによって山札を確認した玲奈は、この後自分が必要だと思った方を『ソウル』に、そうでない方は山札の下に置いた。

 

「更に、『ライド』された『プレゼンター』のスキル。手札を一枚『ソウル』に置くことで『ソウルチャージ』し……その『ソウルチャージ』したカードを『リアガードサークル』に『S(スペリオル)コール』することができる」

 

「……『Sコール』?何か違うの?」

 

「通常の『コール』は手札から行うんだけど、『Sコール』は手札から『コール』する以外、何らかの方法で『コール』する事を言うんだ……」

 

――さて、何が出てくるかな……?リサの質問に答えながら、貴之は気を引き締めた。

 

「『プレゼンター』が今日紹介するのは……『ダンシング・ナイフダンサー』!」

 

玲奈の宣言と共に、片手にナイフを持って奇抜な格好をした『ダンシング・ナイフダンサー』が前列左側に現れる。

 

「『バニー』のブーストをした『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!この時、『バニー』のスキルで一枚『ソウルチャージ』……さあ、『ニトロジャグラー』から爆薬のパスが来ますよ……?」

 

「……ノーガード」

 

まだダメージを受けてないことから、貴之はノーガードを選択する。

イメージ内では、『ニトロジャグラー』となった玲奈が、それまでジャグリングしていた複数の試験管を『バー』となった貴之に投げ渡す。

反応できずにキャッチすることができなかったため、『バー』となった貴之は試験官が割れた影響で起こる爆発をまともに受けることになった。

ちなみに、玲奈の『ドライブチェック』も、貴之の『ダメージチェック』も共にノートリガーであったため、特に大きな変化は起こらなかった。

 

「闇のサーカス団の『ペイルムーン』……見かけによらず凄いわね……」

 

「驚きはまだこれからも続くよ……攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』して『バニー』のスキル発動。『バニー』を『ソウル』に入れることで、『ソウル』からグレード1以外のユニットを一体『Sコール』する……。『バニー』に代わって演じるのは、新しくもう一人の『ニトロジャグラー』!」

 

「……えっ!?あの危ないのがもう一人!?」

 

攻撃した時の光景を振り返った友希那が唸る中、玲奈は『ペイルムーン(彼ら)』のショーを進めていく。

スキルによって、ブランコでの披露をしながら去っていき、代わりに前列右側にもう一体の『ニトロジャグラー』が現れる。こちらは手札からではない為、スキルの発動はできない。

危険な液体の入った試験官をジャグリングするのが二人もいるのを想像(イメージ)したリサは、顔を青くした。

 

「早速披露してもらいましょう……もう一度、『ニトロジャグラー』による爆薬のパス!」

 

「まだ大丈夫……ノーガードだ」

 

二度目の攻撃も貴之はノーガードを選択。

これによって、『ニトロジャグラー』からの爆薬を、『バー』となった貴之がまともに受ける形になった。

相変わらずの手数に舌を巻きながら『ダメージチェック』をすると、(クリティカル)トリガーが現れた。

 

(クリティカル)トリガー……効果は全てヴァンガードに」

 

「これで『バー』のパワーが18000になるから……」

 

「『ダンシングナイフ・ダンサー』の攻撃は届かない。上昇したパワーが盾代わりになってくれているのね……」

 

このトリガー効果で『バー』のパワーは18000となり、『ブースト』もトリガー効果も得ることのできない状態に置かれた、パワー9000の『ダンシングナイフ・ダンサー』は攻撃を届かせる手段を無くした。

ルールを覚えたことによって、何が起こったのかが理解できている友希那とリサの姿を見て、貴之と玲奈は安心する。

攻撃が届かないという状況は貴之にとってはありがたいことでもあったが、玲奈にとっては少しだけ嫌な結果になった。本来ならもう一回ダメージを与えられたはずが、打ち止めにされたからだ。

 

「あらつれない……では、私はこれでターン終了……」

 

そんな結果におどけて見せながら、玲奈はターン終了の宣言をする。

しかし、これで終わりかと言えば違う。まだスキルを使えるユニットが一体存在した。

 

「この時、『ダメージゾーン』に表のカードが無いので、『ナイフダンサー』のスキル発動。彼を『ソウル』に置くことで『カウンターチャージ』……彼の踊りをご覧あれ!」

 

玲奈のスキル宣言により、『ナイフダンサー』はナイフを手に持ちそれを持ち方を変えたり、振り回したりしながら器用にダンスを踊りながら退場していった。

そんな『ナイフダンサー』の動きを見た友希那とリサの二人は、思わず感嘆の声を出した。

 

「今度こそターン終了。さ、どうぞ?」

 

「ちょっと無粋な真似をさせてもらうかな……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!」

 

貴之の姿が、黒い体と二つの頭を持った双頭竜『バーサーク・ドラゴン』に変わる。

 

「登場した時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』することでスキル発動!相手『リアガード』を一体退却させることができる……俺が選ぶのは『ニトロジャグラー』、お前だ!」

 

貴之の宣言により、『バーサーク・ドラゴン』となった貴之は、自身の左側の口から火炎を吐き出し、『リアガード』にいる『ニトロジャグラー』に浴びせて退却させた。

その光景を見て、首が二つある状態なんてどうやってイメージしてるんだろうと二人は気になった。

 

「このスキルを発動した『バーサーク・ドラゴン』が『ヴァンガードサークル』にいるなら、デッキから一枚ドロー……。『コール(来い)』!『ドラゴンアーマード・ナイト』、『ドラゴンモンク ゴジョー』!」

 

スキル処理を行ってから、貴之は前列左側に竜の姿を形どったような鎧を身に纏った剣士『ドラゴンアーマード・ナイト』を、後列左側には武器を持っている置いた半魚人の『ドラゴンモンク ゴジョー』を『コール』した。

 

「行くぞ……『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

『バーサーク・ドラゴン』のパワーは10000だが、『エルモ』の『ブースト』とスキルによって21000まで跳ね上がる。

攻撃宣言を受けたが、まだ大丈夫だと判断した玲奈はノーガードを選択する。

 

「『ドライブチェック』……ノートリガー」

 

残念ながらノートリガーで、そこからの変化は特に起きなかった。

イメージ内では、『バーサーク・ドラゴン』が二つの口から火を吐き出したところを、『エルモ』が自身の魔術によってその勢いを増やし、それによって生み出された業火が『ニトロジャグラー』となった玲奈を焼く。

さっきまで試験官をジャグリングしていた姿を見ていたので、友希那とリサは二次被害が起こらないか心配になってしまった。

ダメージを受けた玲奈は特に気にする様子も無く、『ダメージチェック』を行う。

 

「ノートリガー……」

 

「続けて行くぜ……!『ゴジョー』の『ブースト』をした『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!『ブースト』した時『ゴジョー』のスキル発動!相手『リアガード』よりこちらの『リアガード』の数が多いなら、このターンの間『ブースト』された『アーマード・ナイト』のパワーをプラス3000。更に、相手の『ヴァンガード』に攻撃した時『アーマード・ナイト』のスキル発動!相手の『リアガード』が三枚以下なら、このバトルの間パワープラス5000!」

 

「え、えっと……『アーマード・ナイト』のパワーが10000で、『ゴジョー』は8000……そこから更にスキルで8000増やすから……合計で26000!?」

 

「トリガー効果を貰ったくらいのパワーね……」

 

玲奈の『ダメージチェック』が終わり、貴之は二度目の攻撃宣言を行う。

この時、限定的な状況であると言っても、わずか二体のユニットでトリガー効果も無しに叩き出したパワーを見た二人が驚く。

 

「それもノーガードにするよ」

 

先程の攻撃でクリティカルトリガーを引かれていたら『ガード』を選んでいたところだが、受けても許容範囲内で収まる以上、玲奈は手札消耗を避けることにした。

イメージ内では『ゴジョー』の助太刀を受けた『アーマード・ナイト』が手に持っている剣で、『ニトロジャグラー』となっている玲奈を切り裂いた。

玲奈が『ダメージチェック』をすると、今回は(クリティカルトリガー)が現れた。

 

「本当は一個前に欲しかったんだけど……仕方ない。効果は全てヴァンガードに」

 

「俺はこれでターン終了だ……」

 

玲奈は遅くやって来たトリガーを悔みながら処理を行い、それを見届けた貴之がターン終了の宣言をする。

 

「ここまでで貴之のダメージが2で、玲奈のダメージが3……僅かに貴之が有利にみえるけど……」

 

「この先は本番のグレード3が出てくるから、まだわからないわね……」

 

「二人ともしっかりと学べてるみたいだね……じゃあ、あたしのターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

二人が状況を把握できていることに安心しながら、玲奈は自分のターンを始める。

その時玲奈の纏う雰囲気が先程のように変わったので、今度はリサも何かが来ると感じ取れた。

 

「次の演目にご案内しましょう……『ライド』!『ゴールデン・ビーストテイマー』!」

 

玲奈の姿が、紫色を基調とした改造制服のようにも見える派手な格好をした鞭を持つ女性、『ゴールデン・ビーストテイマー』に変わった。

 

「『イマジナリーギフト』……『アクセル』!」

 

「さっきとは違う『イマジナリーギフト』ね……」

 

玲奈の使う『イマジナリーギフト』が、『シャドウパラディン』の『フォース』と違うことに気が付いた友希那が気づいて呟く。

『イマジナリーギフト』は枠組みの形や色に違いがあり、『フォース』は水色。『アクセル』が橙色だったため、それで友希那もすぐに気が付けた。

 

「『アクセル』は『リアガードサークル』の横側に『アクセルサークル』として設置して、新しい『リアガードサークル』として使えるんだ……」

 

「ちなみに、『アクセルサークル』にいるユニットは『フォース』と同じく、自分のターンの間パワープラス10000だ」

 

「『アクセル』って複数揃うとどうなるの?」

 

「その場合はまた随時『アクセルサークル』として、前列の数を増やすんだ。順番は左、右の繰り返しで一個づつ外に置いていく……まあそんな仕様だから、多く置きすぎると手数の代わりに処理が面倒なことになる」

 

いつの間にかファイトを終わらせ、貴之と玲奈のファイトを見に来た俊哉が説明に周り、大介が補足説明を入れる。

この時『フォース』は重複可能であることを思い出したリサが聞いてみると、俊哉がその場合のことを答えてくれる。

 

「『フォース』が純粋にパワーを強化して、安定した強さを発揮する『バランス型』なら、『アクセル』は前列のサークルを増やして手数で一気に攻め立てる『攻撃型』と言ったところだな……」

 

「そう言った見方があるのね……」

 

二つの『イマジナリーギフト』を見て大介が評価を下し、友希那は『イマジナリーギフト』は非常に重要度の高いものだと再認識した。

 

「次にご紹介するのはこちら……愛嬌あるトランプ師『フラスター・カテット』と、大艦巨砲主義の『アーティラリーマン』!さらに『フラスター・カテット』のスキル、『レスト』して『ソウルチャージ』……さあ、トランプ芸をどうぞ!」

 

玲奈は後列中央に猫の耳や尻尾があるものの、限りなく人間に近い少女『フラスター・カテット』と、設置したばかりの『アクセルサークル』に巨大な大砲と一緒にカウボーイのような見た目をした男性ユニット『アーティラリーマン』をコールする。

スキル効果によって早速トランプ芸を披露する『フラスター・カテット』だが、まるで狙っていたかのようなタイミングで転び、その影響でトランプが空中で舞い散る。

そして、その中にあった一枚のジョーカーが、どこかへ飛んでいったのでこれで彼女が披露しようとした芸は一応は成功なのだが、思いっきり顔から地面にぶつかった彼女は痛そうに鼻を抑える。

そんな光景をイメージしたリサは、思わず可愛いと声が出そうになった。

ちなみに、『フラスター・カテット』が出た段階で何らかの反応を示しそうな友希那だが、今の彼女はファイトを見届けることを優先しているらしく、大した反応を見せなかった。

 

「『アーティラリーマン』のスキルだけど、これは『ソウル』に置かれているカードの一枚に付き、自分のターンの間はパワーがプラス3000されるの……ちなみに、今の『ソウル』は六枚……さらに『アクセルサークル』も加えて数えると……」

 

「た、単体でパワーが40000!?まだ『トリガーチェック』もしてないんだよ!?」

 

もうこの段階で『バーサーク・ドラゴン』のパワーを30000も上回っていることにリサが驚愕する。

玲奈が大艦巨砲主義と言った通り、『アーティラリーマン』はその一撃で派手に締めくくるタイプのユニットである。

 

「さあ、ショーのメインを派手に飾りましょう……『ゴールデン・ビーストテイマー』でヴァンガードにアタック!この時、『カウンターブラスト』と手札から一枚『ソウル』に置くことで、『ソウル』から二枚まで『Sコール』できる……飛び入り参加するのは、『ジャンピング・ジル』と『ミッドナイト・バニー』!」

 

後列左側に再び『バニー』が、前列左側には紅と碧のオッドアイが目を引き、両足の一部がバネになっている踊り子のような格好をしている少女のような見た目を持つ『ジャンピング・ジル』がコールされた。

 

「『ソウル』から登場した『ジャンピング・ジル』のスキル……他の『リアガード』一枚を『ソウル』に置くことで、グレード2以外を一枚後列の『リアガードサークル』に『Sコール』!今、『フラスター・カテット』に代わってもう一体の『バニー』が現れる……!」

 

宣言を受けて動き出した『ジャンピング・ジル』は、手始めに転んでいる『フラスター・カテット』の所まで飛んでいき、彼女を抱えて用意していた箱の中に押し込める。

少し時間が経ってからその箱を叩いて合図を送ると、箱が開かれると同時に煙が吹き出し、その中からは『バニー』が現れ、後列右側の場所に用意されているブランコに飛び乗った。

一連の光景を見た友希那は、『フラスター・カテット』が無事であることを祈った。

 

「自分の場にいるユニットが五体以上の時、『ビーストテイマー』のスキル発動!自分のターンの間、前列のユニット全てがパワープラス3000!」

 

「そいつは『ドラゴンモンク ゲンジョウ』でガードだ!」

 

先程行った『ビーストテイマー』のスキルによって場のユニットが五体になっていた為、前列のユニットがパワープラス3000され、パワーが12000だった『ビーストテイマー』のパワーも15000となる。

まだダメージは2であるものの、手数が増えた以上防げるなら防ぎたいと思った貴之は、『シールドパワー』が20000ある僧侶のような見た目をした『ドラゴンモンク ゲンジョウ』を『ガーディアン』として『コール』し、パワーを30000まで上げる。

 

「では、『ツインドライブ』……ファーストチェック」

 

グレート3になったことで『ツインドライブ』を得た玲奈が一回目のチェックを行う。

そして、めくられたカードは先程のファイトでは一度も見たことのないアイコンを持っていた。

 

(フロント)トリガー……前列にいる全てのユニットのパワーをプラス10000……!」

 

それによって『ビーストテイマー』のパワーは25000、『ジャンピング・ジル』のパワーは19000となる。

更に『アーティラリーマン』に至ってはパワー53000と、通常の『ガード』ではかなり手札を使う必要が数値になっていた。

 

「あのトリガーは……?」

 

(フロント)トリガーは『ペイルムーン』のように、『アクセル』の『イマジナリーギフト』を持つ『クラン』が持っているトリガーでな……専用の効果を得ない代わりにああやって、前列のユニット全てにパワーを与えるんだ」

 

「『アクセルサークル』とユニットのスキル……それと一緒に使うことで、手数とパワーを揃えて一気に攻め立てる為のトリガーってところだな」

 

「……今回は揃っていなかったけれど、前列が埋まっていたら危険だったわね……」

 

リサの問いに大介が説明し、俊哉は補足を行う。

それを聞いた友希那は、現在玲奈の場にいる前列の確認をしてもしものことを想像した。

しかしながら玲奈の『トリガーチェック』はまだ終わっておらず、二回目のチェックが行われる。

 

(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「抜かれたか……!」

 

二回目が(クリティカル)トリガーで、そのトリガー効果で『ビーストテイマー』のパワーが35000になり、パワー30000を上回る。

イメージ内では、『ビーストテイマー』となった玲奈が一回目の鞭を振るって『ゲンジョウ』を打ち払い、二回目の鞭で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の体を打ち付ける。

ダメージを受けた貴之は『ダメージチェック』を行い、一回目はノートリガー。二回目は(ヒール)トリガーだった。

 

「パワーはヴァンガードに回して、ダメージを1回復だ」

 

これによって『バーサーク・ドラゴン』のパワーが20000となり、4になるはずだったダメージは3で収まった。

 

「まだメインは終わらない……『バニー』の『ブースト』をした『ジャンピング・ジル』でヴァンガードにアタック!この時、『バニー』の『スキル』でソウルチャージ」

 

「……!『ソウルチャージ』をしたから、『アーティラリーマン』のパワーがさらに上がる……!」

 

先程の話しを聞いてた友希那は、『バニー』がスキルを発動したことが何を意味するかに気づく。これによって玲奈の『ソウル』が七枚となり、パワーは56000まで上がった。

 

「そいつはノーガードだ」

 

(ヒール)トリガーによって一回分だけ余裕のできた貴之はノーガードを選択してダメージを受ける。

イメージ内では、『ジャンピング・ジル』が『バニー』のブランコに乗せてもらった状態で途中まで移動し、そこから自分のジャンプ力で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の頭上を取り、そのまま落下の勢いで強く踏みつけた。

また、『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、少々苦しい状況が続くことになるようだ。

 

「『ブースト』した攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』して『バニー』のスキル発動!『バニー』と交代するのは、『ダンシングナイフ・ダンサー』!」

 

退却していく『バニー』の代わりに、前列右側に『ナイフダンサー』が現れる。

『ナイフダンサー』は(フロント)トリガーの効果を受けていないものの、『ビーストテイマー』のスキルでパワーが12000に上がっており、後ろにいる『バニー』の『ブースト』を受ければパワー20000となり、『バーサーク・ドラゴン』に届く状態だった。

 

「『バニー』の『ブースト』をした『ナイフダンサー』で、ヴァンガードにアタック!この時、『バニー』のスキルで『ソウルチャージ』!」

 

「……それもノーガードだ」

 

「貴之……?」

 

ユニットを一枚『ガーディアン』として呼べば防げたはずの攻撃を防がなかった彼を見て、友希那は不安になった。

この『ソウルチャージ』によってパワー59000となる『アーティラリーマン』の攻撃よりも、このパワーが20000の『ナイフダンサー』による攻撃を防いでしまった方が、圧倒的に楽なはずである。

 

「この状況で防がなかったってことは、貴之のやつアレを持ってるな……」

 

「アレって?」

 

「まあそいつは見てのお楽しみだ。とにかく見逃すなよ?」

 

大介の呟きを拾ってリサが聞いて見ると、はぐらかされてしまった。さらに俊哉も同意するように頷いていたので、促された通りファイトを注目することにした。

イメージ内では、『ナイフダンサー』が踊りながら近づいてきて、舞うような動きで翻弄してから『バーサーク・ドラゴン』となっている貴之にナイフを使った鋭い一撃を加えた。

 

「本日のショーはこれで締めくくり……『アーティラリーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

玲奈の宣言によって、『アーティラリーマン』は設置されている大砲にの導火線に火を付ける。

その火が届くべき場所に届くと大砲から巨大な砲弾が発射され、『バーサーク・ドラゴン』の姿をした貴之に飛び込んでいく。

 

「(貴之……)」

 

「……まだ終わってないぜ」

 

「…………!」

 

もうダメだと思った友希那は沈みそうになったが、貴之の声によって顔を上げる。

乗り切れる方法があると言わんばかりに、貴之は手札から一枚のカードを切る。

 

「その攻撃も、彼らの前には通らない……『ワイバーンガード バリィ』、『完全ガード』だ!」

 

「やっぱり持ってたな」

 

その大砲の弾が届く直前、突如として貴之の目の前にワイバーン型の航空兵器に乗った白き鎧に身を包んだ剣士『ワイバーンガード バリィ』が現れ、航空兵器から発した防御用の魔法陣で防いで見せた。

それを見た俊哉は、予想通りだったので気楽そうな様子で呟いた。

 

「……!最後の最後でなんて真似を……!」

 

「こいつは『ガーディアンサークル』に『コール』された時、自分の手札から一枚を『ドロップゾーン』に送ることで、このバトルの間だけどんな攻撃もヒットしなくなるんだ。ピンチを乗り切る最終手段ってところだな」

 

「『完全ガード』があれば、その状況を乗り切れるのは大きいわね……」

 

まさか貴之がそんな真似をしてくるとは思わなかった玲奈は、思わず歯嚙みする。

危機を乗り越えた貴之の説明を受けた友希那は、一先ずの安心感に包まれながら『完全ガード』のことを頭に入れる。

 

「仕方ない……ターン終了……」

 

「今回は攻撃がヒットしなかったから使わないが、攻撃がヒットしていたら『アーティラリーマン』の『カウンターブラスト』はペナルティ防止の為に使うかどうかを選べるんだ」

 

「ちなみに、『カウンターブラスト』をしなかった場合はそれまで溜めていた『ソウル』が全て『ドロップゾーン』行きになるから、実際に使う時は要注意だな」

 

『カウンターブラスト』をしたのに何も起こらないことに違和感持ったリサの問いに、俊哉が説明、大介が補足を行う。

このペナルティスキルがあることから、『アーティラリーマン』を場に二体以上出すとコスト管理が難しくなる。

 

「何とか防いだけど……ここからどうやって……」

 

「まあ見てろって……どうにかできるさ」

 

ダメージは5、相手のダメージは3と言う状況をリサは絶望視するも、貴之は意外にも特に焦った様子を見せなかった。

 

「さて……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……来たか。待っていたぜ、お前を……」

 

「(貴之も、何かを始めるのね……)」

 

貴之が手札に加えたカードを見て笑みをこぼしていたことから、友希那はそれを察した。

それを伝えるつもりだったのか、貴之は見ていたカードを手に持ったまま友希那の方を見る。

 

「こいつが、『クレイ』における俺の分身とも言える存在だ……ちゃんと見ててくれよ?」

 

その問いかけに、友希那は笑みを見せて頷いた。

それを見て満足した貴之は、そのカードを『ヴァンガードサークル』にいる『バーサーク・ドラゴン』の上に重ねた。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

先程のまでの『ライド』とは違い、『バーサーク・ドラゴン』となった貴之を、紅蓮の炎による竜巻で包み込んだ。

そして、その竜巻が突如として消え去ると、赤と黒の二色が基軸となった巨大な体に、その体格に合わせて作られたであろう片手で振るう為の刀。まるで紅蓮の炎で形成されたかのような翼を持つ巨竜がいた。

 

「『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

その巨竜こそ、『かげろう』を束ねる指揮官でもある『ドラゴニック・オーバーロード』……貴之がヴァンガードを始めて以来ずっと使い続けているユニットであった。

 

「あっ……!そのユニットは……」

 

「出やがったな……『オーバーロード』」

 

「ずっと使ってたんだな……己の分身とも言える存在」

 

「貴之……いい意味でそのままだったのね……」

 

それを見て、リサは懐かしい思いをさせられ、大介は先日のファイトを思い出し、俊哉は貴之ならそうだよなと納得する。

友希那はここを離れる前も、そしてここに戻って来てからも、ヴァンガードを楽しむと言うことは変わらず前に進んでいたことを知れて安心する。

 

「まさか……『オーバーロード』もそのままだったなんて……。本当にそのユニットが大切みたいだね?」

 

「そりゃそうだ。こいつが、俺のイメージを広げてくれたからな……『イマジナリーギフト』、『フォース』!ヴァンガードのパワーをプラス10000!」

 

玲奈の確認に答えながら、貴之は『イマジナリーギフト』による処理を行う。

貴之が『かげろう』を選んだ動機は『オーバーロード』となって『クレイ』を駆け回ってみたいと言うものからで、デッキを組むときはこのユニットを必ず入れていた。

 

「『ソウルブラスト』をすることで『オーバーロード』のスキル発動!このターンの間パワーをプラス10000!」

 

この段階で『フォース』の恩恵も重なって、『オーバーロード』のパワーは33000となった。

 

「さあ行くぜ……!『ドラゴニック・オーバーロード』で、『アーティラリーマン』にアタック!」

 

「……えっ?そっち!?」

 

「何かを狙っているのね……」

 

「(トリガー二枚までなら許容範囲内だね……)」

 

ヴァンガードに攻撃しないで、『アーティラリーマン』に攻撃したことと、『ブースト』もしていないことにリサは驚き、友希那は何らかの意図があることを察する。

『アーティラリーマン』を攻撃されても、トリガー次第では『オーバーロード』のスキルを使っても、このターンで負けることは無いのを分かっていた玲奈はノーガード宣言をする。

しかし、このノーガードが今回のファイトの命運を分けることになる。

 

「『ツインドライブ』……ファーストチェック……」

 

一枚目の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーが引き当てられる。

 

(ドロー)トリガー。パワーはヴァンガードに回して一枚ドロー……セカンドチェック……」

 

二回目の『ドライブチェック』では(クリティカル)トリガーを引き、これによって逆転のチャンスが生まれた。

 

(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

イメージ内では、『オーバーロード』となった貴之が口から吐き出した業火により、『アーティラリーマン』が焼き払われた。

本当ならば、攻撃はこれで終わりなのだが、『オーバーロード』の真価はここにある。

 

「攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』と手札を二枚捨てることでスキル発動!このターンドライブを1減らす代わりに、『オーバーロード』は……『スタンド』する!」

 

「出たな……!『オーバーロード』の連続攻撃!」

 

これによって、攻撃を終えて翼を休めていた『オーバーロード』となっている貴之は、再びそれを広げて咆哮する。

ドライブなどによってパワーを増やし、あわよくば次のドライブでさらに強力な攻撃をぶつけるのが、『オーバーロード』の強みだった。

 

「出し惜しみはしない……『エルモ』の『ブースト』をした『オーバーロード』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「『ポイゾン・ジャグラー』と『フープ・マジシャン』、『お菓子なピエロ』でガード!さらに『ジャンピング・ジル』で『インターセプト』!」

 

『ビーストテイマー』となっている玲奈の前に、四体ものユニットが割って入る。

『エルモ』の『ブースト』を受けた『オーバーロード』のパワーは64000、四体のユニットの力を借りた『ビーストテイマー』のパワーは67000である為、この『ドライブチェック』の行方次第で勝負が決まることになる。

 

「さあ、その『ドライブチェック』で決着をつけましょう……」

 

「ああ……『ドライブチェック』……」

 

全員が見守る中、最後の『ドライブチェック』を行う。

そして、最後にめくったカードが現れる。

 

『……!』

 

「ゲット……!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「……嘘でしょ!?」

 

最後に引いたトリガーは(クリティカル)トリガーで、これにより『オーバーロード』のパワーが74000、クリティカルは3となり、丁度ダメージを与え切る状況ができた。

イメージ内では、『オーバーロード』となった貴之が『ガーディアン』として現れたユニットたちを業火で焼き払い、そのまま『ビーストテイマー』の姿をしている玲奈の前まで行って降り立つ。

そこから手に持った刀を使い、重々しい斬撃を三回ぶつけた。

そして、玲奈の『ダメージチェック』は、三枚とも全てノートリガーで、この結果玲奈のダメージゾーンが6枚となって決着が着いた。

 

「ダメージ6……あたしの負けだね」

 

「でも、良いファイトだった……凄い強くなったな」

 

「貴之こそ、予想を凄い上回ってたよ……」

 

互いを称賛してから、「ありがとうございました」と挨拶をしてから短く握手を交わす。

非常に充実したファイトをできたことが、それだけ嬉しいことだった。

また、友希那はこれまでのファイトを見たおかげで少しづつフレーズが思い浮かんできた。

 

「貴之、私に『ヴァンガード(あなたのいる世界)』を教えてくれてありがとう。おかげでフレーズが思い浮かんで来たわ」

 

「そっか……そいつは何よりだ」

 

友希那が微笑みながら礼を言ってくれたので、それに満足した貴之も笑みで返した。

自分が友希那の力になれた。それがとても嬉しかったのだ。

 

「結構いい時間になってきたけど……どうする?」

 

俊哉の問い掛けを聞いた全員が店の外を見ると、少しづつ空が暗くなっていた。もう間もなく夜になる証拠だった。

 

「もう少しだけ……見せてもらってもいいかしら?」

 

「それなら後一戦だけやっていくか?」

 

意外にも友希那が頼んできたので、それを聞いた大介が問いかければ全員が頷いた。

これによって後一戦だけファイトをすることが決まる。

 

「俊哉、俺とやろうぜ。こっち来てからまだお前とやってないんだ」

 

「そいつは乗ったぞ。俺もお前とファイトしたかった」

 

「じゃあ、俺らは俺らでやるか」

 

「うん。時間も時間だし、早く始めちゃおう」

 

対戦相手を決めて、四人は素早くファイトの準備をする。

 

「(友希那も貴之も、目指す場所に向けて進んで行ってる……)」

 

友希那が歌っている姿と、貴之がヴァンガードをしている姿を見て、リサは自分が止めてしまったベースのことを思い出す。

あれは自分が逃げ出すように止めてしまったもので、今から再開したと言っても友希那が迎え入れてくれるかと言われればそれはわからない。

 

「(でも、やってみないと分からないよね……。友希那だって、今回ので歌詞のフレーズ思い浮かんだんだし……アタシもやってみよう!)」

 

しかし、やるかやらないかはまた別であり、新しく貴之のいる世界に踏み込んだ友希那のように、自分ももう一度足を踏み入れようと決意した。

――やらないで後悔するならやって後悔する!それが、リサの出した結論だった。

 

「「「「スタンドアップ!」」」」

 

「ザ!」

 

「「「「ヴァンガード!」」」」

 

そして、彼女が決意したのを待っていたかのように、本日最後の一戦が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

『今のところ順調よ。本当にありがとう』

 

一戦を終えた後、晩は近くのレストランで取ってから解散し、その後自宅に戻ってから貴之は友希那と電話していた。

友希那の方からお礼を言いたいとのことで電話が来たので、そのまま歌詞作りのことが気になって聞いてみたところ、どうやら上手く行っているようだった。

 

『また教えて貰うかも知れないから、その時はお願いするわね?』

 

「ああ……その時になったらまた言ってくれ」

 

こう言った口約束をできるのも、戻って来たからなんだと思うと、貴之は胸の奥が温かくなるのを感じた。

それは友希那も同じで、彼女も再会できたことが嬉しかった。

こうして電話をしている最中だったが、貴之の視界にちらりと時計が目に入る。

時計が示す時間を見ると、日が回る寸前になっていた。明日は平日で学校もあるので、これ以上長く起きるのは得策ではなかった。

 

「明日も早いし、そろそろ切るよ」

 

『ええ。また明日ね』

 

「ああ。また明日……」

 

短く挨拶して電話を切ろうとしたが、友希那の「ちょっと待って」と言う声が聞こえたので、貴之は「どうした?」と返しながら携帯電話に耳を当てる。

 

『貴之……あなたはどうか、私のようにはならないで……。自分の好きなことで笑っていられる……そのままのあなたでいて欲しいの……』

 

「…………」

 

それは、友希那からの願いだった。

父親の音楽を否定されて以来、自分の好きな音楽で楽しめなくなってしまった友希那は、自分と離れている間も根底が変わらなかった貴之を見て、申し訳なさがこみあげていた。

その願いを聞いた貴之は、少しだけ考え、答えを告げることにした。

 

「大丈夫。俺は変わらないよ……」

 

『……ごめんなさい。こんなことを押し付けてしまって……』

 

「心配するな……それに、俺は信じてるぜ?いつか友希那も、また音楽を楽しめるようになるって……」

 

貴之は自分の答えと一緒に自分の考えも伝える。

それを聞いた友希那は一瞬だけ硬直する。まさかそう言ってもらえるとは思ってもみなかったのだろう。

 

『そうは言っても……いつになるか解らないわよ?』

 

「なら、その時まで待ってるよ」

 

実際にそう言ってもらえたことが嬉しかったのか、友希那の声色が少しだけ柔らかくなった。

そんな様子の声を聞いた貴之は安心しながら、軽めの口調で言い返しながら改めて時計を見ると、もう日が回っていた。

 

「いけね、日が回っちまった……今度こそ切るよ」

 

『もうそんな時間だったのね……話しを聞いてくれて助かったわ』

 

「それなら何よりだ。じゃあおやすみ」

 

『ええ。おやすみ』

 

今度こそ電話を切って、貴之は部屋の照明を消し、布団に潜り込んだ。

 

「(俺は変わらない……ヴァンガードが好きで楽しいって言うこの気持ちだけは……)」

 

胸の中で一人誓いながら、貴之は眠りに落ちるのだった。




今回のファイトはトライアルデッキ『櫂トシキ』を『結成!チームQ4』のパックで出てくるカード使って編集した『かげろう』デッキと、『最強!チームAL4』のパックで出てくる『ペイルムーン』のデッキを使ってのものになります。

また今回も使えていないスキルがちらほらあるので、また使える機会があったら使っていきたいと思います。ソウル計算合ってるだろうか……書いてて凄い不安になっています(汗)。

ヴァンガードやった後に思いついた曲が何なのかは意外にもアッサリバレそうな気がします
……(笑)。

次回からガルパのRoselia1章のシナリオを少しずつ進めて行くことになります。


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イメージ5 ファースト・コンタクト

「悪い。待たせたな」

 

「ううん。今来たばかりだから大丈夫」

 

友希那がヴァンガードに触れた翌日。先日と同じく、貴之ら三人は遠導家の前で集合していた。

玄関のドアを開ければ既に二人がいたので、貴之が軽く詫びればリサからフォローが飛んできた。

 

「さて、全員揃ったのだから行きましょう」

 

「ああ……って、ちょっと待った」

 

友希那の促しに頷いた貴之だが、リサの右手を見て思わず制止の声を掛けてしまう。

突然の制止に二人が首を傾げるのは無理もないだろう。友希那の場合はリサの真横にいるから気が付けないし、リサ本人は知っていてもバレるまでは心配させたくないと隠すだろう。

だからなのだろうか。貴之はその変化を言わずにはいられなかった。

 

「リサの右手って……そんなに荒れてたっけ?」

 

「……?少し見せて……!」

 

「えっ?ああ、ちょっと……!」

 

貴之の指摘するような声を聞いた友希那が、半ば強引にリサの右手を取って注視する。

昨日まで付けていたネイルは剥がされていて、何かを必死にやっていたような形跡が伺える荒れ具合だった。

思い当たるものは一つだけあるが、それは本人が自分の目の前で辞めると宣言したものだった。しかし、それ以外ではこれ程の荒れ具合など起こりようも無く、推測できるものは一つだけになった。

 

「まさかだけど……リサ、あなたベースを?」

 

「うん……。二人が頑張ってるのを見て、アタシももう一度やってみたくなったんだ……」

 

「(こりゃ予想外だな……。友希那の曲を作るヒント探しを手伝ってた筈だが、一人のやる気に火を付けることになるなんてな……)」

 

友希那の予想は当たっており、バレた以上リサは胸の内を隠さず伝える。

リサの告げたことを聞いた友希那は少し嬉しくなり、貴之は心の中で驚く。流石に全く別のことで影響を与えるとは思ってもみなかったからだ。

 

「えっと……友希那。無理にとは言わないけど、そっちが良ければアタシをメンバーに入れてもらってもいいかな?アタシもFWFに出たいんだ」

 

「……!」

 

恐らくリサは自分と出たいと言う思いがあるだろう。しかしそれでも、メンバーを集めるのが困難な中、自分から名乗り出てくれるのはありがたいことで、友希那は思わず硬直してしまった。

とは言っても、友希那には父親の音楽を認めさせると言う目的がある以上、無条件にと言うわけにもいかないのが気難しいところだった。

 

「構わないわ。それ相応の実力を取り戻せれば……だけれどね」

 

「あっ!言ったな~?絶対に取り戻すから、ちゃんと見ててよね?」

 

友希那が自信を持った笑みで伝えると、リサも言質(げんち)を取ったと言わんばかりにいたずらな笑みを浮かべて返す。

そうして友希那に言い返したリサは、礼を伝えるべく貴之の方へ向き直る。

 

「貴之、昨日は連れていってくれてありがとう。もしかしたらアタシ、ベースをまた始めることなんて無かったかも知れないから……」

 

「なんてことは無い……誰かのためになれたならそれで十分だ。ベース、頑張れよ?」

 

「……うん!」

 

リサから礼を言われた貴之は、他人が前に進める切っ掛けを作れたことを嬉しく思った。

そして、貴之の問いかけるような声に、リサは笑みを見せて力強く頷いた。

その後少しの間その場で談笑していたが、貴之の携帯電話に小百合からCordのチャットで『学校大丈夫?』と言う文が飛んできたので、もうそろそろ危ない時間となっていたことに気が付いた三人は少々慌ただしい登校を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

学校に着いた後は問題の無い態度で授業を受け、放課後を告げるチャイム音と同時にクラスの全員が立ち上がる。

 

「お前ら、今日は予定あるんだっけ?」

 

「うん。あたしはバイトで……」

 

「俺は別の身内に呼ばれてるから、集まるのはまた今度だな」

 

俊哉が予定を確認すると、玲奈と大介の二人がそれぞれ肯定する。

予定があるならそれはそれで仕方ないので、とやかく言うことは無かった。

 

「遅れるわけにはいかないし、あたしはそろそろ行くよ。じゃあね~」

 

「俺も時間来てるしそろそろ行くか……じゃあな」

 

「おう。また明日」

 

「気を付けて行けよー」

 

二人が先に教室を後にするので、貴之と俊哉は軽く手を振りながらそれを見送る。

 

「貴之、ライブハウスに行かないか?」

 

「行かせてもらうよ。友希那に誘われてたんだ」

 

俊哉の誘いに貴之は頷く。実は昼休みの間にCordで『ライブハウスに来れる時間はあるかしら?よければ五年間の成果を見せたいの』とチャットが入ってきており、貴之は『それなら是非行かせてもらうよ』と返していた。

とんとん拍子で話しが決まった二人は、善は急げと言わんばかりに早速教室から移動を始めた。

 

「リサがまたベースを始めたって……それマジか?」

 

「ああ。今日の朝……俺がリサの右手が荒れてるのに気づいて、それ見た友希那が聞いたら肯定で返した」

 

「そんなことがあったのか……」

 

話しながらライブハウスに向かう途中、今日の朝に判明したことを話した。

事情を知っていた俊哉はまさかそうなっているとは思ってもいなかったので、思わず問い返したところ、貴之が詳細を簡潔に話してくれたからもう認めるしかなかった。

 

「リサをベースの道に戻すきっかけをやるなんてな……流石は俺たちの(・・・・)先導者ってところか?」

 

「おいよせ……それは買い被り過ぎだろ」

 

俊哉が称賛をすると、貴之は困ったような笑みを見せながら返した。

『俺たちの先導者』というのは、俊哉や玲奈、その他多くの友人をヴァンガードの道へ導いたことから、俊哉がごくたまに貴之をそう呼んでいた。

貴之自身にそんなつもりが無かったので、前にここにいた間は今一実感が沸かないものだった。

 

「だけど、俺が誰かの力になれたなら……それは少し嬉しいかな」

 

「お前がそう思えてるなら、俺としても嬉しいよ」

 

しかし、再び戻って来て、最も身近な人の一人であったリサにそのきっかけを与えられたとなれば、そう呼ばれるのも納得できたし、そんな貴之の胸の内を聞いた俊哉も、満足そうに頷く。

離れている間の五年間も何人かをヴァンガードの道へと導き、先導者だと見られることはあったが、貴之にとってはどんな時でも、夢中になれるものを探そうとするきっかけをくれた友希那が先導者だった。

今はまだ答えないでいるが、もし友希那に先導者と言われた時は堂々と伝えようと思っていた。

 

「まあこう言った話しはまた今度として……ライブのメンバー探しのことで、もしかしたら友希那にもう一つ朗報ができるかもしれないぜ?女子高生の中で一人、滅茶苦茶ギター上手いやつが同じ場所に来るんだよ」

 

「そりゃ本当か?リサに続いてその人もとなれば、友希那も喜ぶだろうな」

 

俊哉は友希那が知れば自分から誘う可能性を見込める人が一人、同じ場所で参加するという情報を掴んでいた。

友希那がメンバー探しに難行しているのを知っていた貴之は、本当ならば確かに朗報だと頷けた。

 

「ああ。必要最低限の人数は三人らしいから、リサに続いては入れれば……って、ちょっと待て。どうしてリサがメンバーに入ること前提なんだ?」

 

「友希那の前で宣言したんだ……それ相応の実力を取り戻して見せるってさ」

 

「なるほどな……それならお前が前提にした理由も不思議じゃないな」

 

いたずらな笑みを見せた裏側で、その瞳の奥に映った強い意志は確かに焼き付いている。

――あの状態なら大丈夫だ。朝にリサの様子を見た貴之は、やり遂げてくれると信じていた。

貴之から理由を聞いた俊哉は、それを聞いて納得できた。

 

「そういや、お前の言ってたギター上手いやつってどんな人なんだ?友希那に朗報ができるってことは、上昇志向強いのは間違い無いだろうし」

 

「そいつは花女にる子でな……ちょっとお堅いところはあるけど、音楽に対して真剣に取り組む姿は友希那と一緒だし、波長が合わないなんてことは無いと思う」

 

「なるほど……」

 

俊哉の言っている『花女』というのは、花咲川(はなさきがわ)女子学園のことであり、普段羽丘や後江の方面に行く別れ道で反対側へ進んだ方にある学校だった。

話しを聞かせてもらった貴之は、波長が合って上昇志向も備えているなら何ら問題無いだろうと考え、少し危険な要素もあることを思い出した。

それは他ならぬ、友希那の『父親の音楽を認めさせる為に』と言う目的だった。FWFに出て結果を残すこと自体は何も問題無いのだが、その目的が今後築き上げるだろう信頼を一瞬で砕け散らせる爆弾になる可能性が否めないでいる。

 

「(そうなる前に、友希那が『復讐に似たようなことをするよりも、組んだメンバーと一緒に結果を出したい』と思えるようになってくれればいいが……)」

 

なまじ約束したことと、目的を知っていて理解できている二点から、恐らく自分は強く言えない可能性がある。自分も共犯者と思われるかもしれない側面があるからだ。

ただそれでも、友希那が話しを持ち掛けてくれれば相談に乗ることはできるので、その時に伝えようとは考えていた。

 

「貴之……どうした?」

 

「……ん?ああいや、友希那がその子とチーム組めたらいいなと思ってな……」

 

「あら?誰が組めたらいいなと思ったのかしら?」

 

俊哉に呼ばれたことで思考を現実に戻した貴之は、それらしく返す。考えていた内容は違うが、友希那がチームを組めたらいいなと思っているのは本当なので、特に追及はされなかった。

そんな半分嘘で半分本当な貴之の言葉を、聞き覚えのある声が拾ったので、貴之と俊哉の二人がそちらを振り向けば、羽丘の校門を出てきたばかりの友希那がいた。

 

「今日は二人だけなのね?」

 

「ああ。残った二人は用事あるから仕方ない」

 

友希那の問いには俊哉が答える。そもそもヴァンガードのことなど一切関係のない場所に行くので、仮に大丈夫だったとしても無理に連れてくるものではない。

話しを聞いた友希那も、それなら仕方ないと納得する。

 

「友希那、今日は楽しませてもらうぜ?」

 

「ええ。期待してくれて構わないわ」

 

貴之の誘うような笑みに、友希那は自信に満ちた笑みを見せて返した。

友希那自身、昨日見せてもらった貴之のヴァンガード五年間掛けて鍛え上げたヴァンガードの成果を見せてもらってから、自分も五年間の成果だと自身を持って言えるものを見せたいと気合いは十分だった。

 

「っと……。開始の時間も押しているから、そろそろ行きましょう」

 

そのまま昨日と同じように空間を作るかと思えば、時間を気にしていた友希那のおかげでそうはならず、促された二人は友希那についていく形で移動を始める。

友希那がすぐに促してくれたので、俊哉は面倒なことにならないで済んだと一人安心する。

 

「珍しいわね……俊哉がそう言うのなら、期待しても大丈夫そうね」

 

「前にも何回か見かけたんだが、チームに入っては方針や技術差を理由に抜けてる……もしそれが今も続いてるなら、勧誘するチャンスだと思ってな」

 

俊哉は貴之が離れた後、ライブを見に行くのが目的で時々ライブハウスに足を運ぶようになっていた。

その過程で上手い人は誰だ等を確認するようにもなっているが、普段は自分が個人的にそう思うだけで、友希那の観点では合わないだろうという人たちだけだったから伝えないでいた。

しかし、今回は友希那に教えても問題無い技量を誇る人がいたので、それを伝えた形になる。

 

「リサは付いてきそうだと思ったけど……練習しに帰ったか?」

 

「ええ。私も、『メンバーになるかもしれない人と顔合わせしたいから』……という理由で付いてくると思ったけれど、それは違ったようね」

 

友希那は下校前に教室を出た直後にリサと鉢合わせしており、その時来るかどうかを聞いたら「一刻も早く追いつきたいから今日は練習しに帰る」と言って、そのまま自分より一足先に帰っていた。

そのことは友希那自身も予想外だったので、貴之に同意の旨を返す。

考えられることとすれば、リサはブランクがある以上『メンバー内で一番下手なのは間違い無くアタシになる!だから頑張らなきゃ!』と言う思いがあったのだろう。そう考えれば意外にもあっさりと納得できた。

 

「リサがそういったことを諦めてまで練習するのだから、少し楽しみね」

 

「そうだな……って、珍しいな?友希那がそんな風に言うのは」

 

「す、少しくらい期待してもいいじゃない。リサもああ言ったのだから……」

 

笑みを見せながら呟いた友希那の言葉を貴之が拾い、問いかけて見れば、彼女は頬を朱色に染めながら顔を横に向けた。

そんな様子を見た貴之は、素直やらそうじゃないのやらと思いながら「それもそうだな」と返した。

 

「着いたわ。今日はここでライブをするの」

 

友希那の言葉で、ライブハウスに辿り着いたことを告げられる。

当日に参加費だけを払えば参加できる場所であったため、中に入った三人は参加費を支払い、会場として使われる部屋に入っていく。

今回は友希那もライブをする側の人間である為、二人とは違って一度控え室に移動して最終確認をしに行った。

その為、今現在は貴之と俊哉の二人で開始待ちの状態となっていた。

 

「そういや、友希那のいるチームとギター上手い人の順番ってどうなってるんだ?順番連続だったら話しかけに行くの大変じゃないか?」

 

「これを見てくれ。友希那の順番はギター上手いやつがいるところの次の次……だから、話しかけに行く時間自体はどうにか確保できる」

 

話しかけるタイミング等を危惧していた貴之が俊哉に確認を取ると、携帯電話を操作してプログラムが載っている画面を見せてくれた。

プログラムを見せてもらった貴之は「それなら大丈夫そうだな」と安堵した。

 

「途中参加も途中退場も大丈夫だなんて、結構珍しいよな……」

 

「ああ。後、友希那の歌う番の時は気を付けておけよ?確実に人が増える」

 

「……容易に想像できちまったよ」

 

俊哉の念押しを聞いた貴之が頭を抱える。

貴之がいない五年間の間に、『歌姫』とすら呼ばれるようになった友希那の技術は他の人たちと比べて飛び抜けており、彼女の歌の為だけに来るという人も少なくない。

その技術力で人を集められる友希那が凄いのは確かだが、同時に他の人たちは全く興味ないと言わんばかりの反応をされかねないので、少々可哀想だと思えてしまう。

 

「でも、そういうのが起こるってことは、友希那がそれだけ頑張ったってことなんだよな」

 

「そういうことだ。お前に見せたくて意気込みもいつも以上……絶対に聴き逃すなよ?」

 

「……ああ。友希那は俺の成果をその目に焼き付けてくれた……なら、今度は俺の番だ」

 

友希那の凄さを話しである程度想像できたのが確認できたので、俊哉が貴之に投げかける。

当然聴き逃すつもりなどさらさらない以上、貴之は否定と言う選択肢など初めから捨て去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

控え室にて最後の確認を終えた友希那は、礼をしてからその部屋を立ち去る。

今回はソロでライブを行うため、用意した音源が問題無いかを確認していたのだ。

何度か確認をして問題無いのが分かったので、友希那はメンバー探しをするために会場として使われる部屋へと移動を始める。

 

「(リサはああ言ってくれた……それは嬉しいけれど、大丈夫かしら?最悪は私が帰ってくるまで、必要最低限の時間以外はベースを弾いていそうな気がするわ……)」

 

その間で、友希那はリサのことを心配していた。

自分が「相応の実力を取り戻せたら」と言い、「絶対に取り戻す」と言ったので、リサは当然ベースの練習をする。別にそれだけなら何ら問題はない。

一つ心配なのがその練習を自分の状態に気がつかないままやりかねないことで、最悪は右手がどうしようもないくらい酷いものになる可能性すらあった。

 

「(一言だけ……何か言っておけばよかったかしら?)」

 

友希那は己の配慮不足を悔やんだ。もう間もなく参加チームごとのライブが始まるので、こうなった以上はそうならないことを祈るしかなかった。

そう結論を付けたところで最初に演奏を行うチームの人たちとすれ違い、その内の一人から「歌を楽しみにしてる」と言われたので、「そちらも頑張って」と友希那は返した。

自分には自分のやり方、彼女たちには彼女たちのやり方がある以上そこに口を挟む必要はない。だからこそ、友希那は彼女たちが楽しみながら演奏するならそれは一向に構わない。

 

「(私もいつか、楽しさを取り戻せる日が来るのかしら……?)」

 

少しだけ考えて見たが、すぐに考えるのを止めた。

――悩んでいるくらいなら今に集中……FWFを目指す過程で取り戻せたらなら、それでいいじゃない。そう結論付けた友希那は、会場に使われている部屋のドアを開ける。

中に入って周囲を見回すと、俊哉が貴之に今回入ったライブハウスのことで説明している姿が見え、友希那もそちらへ足を運ぶことにした。

 

「まあ大体こんなところだな……。他に聞きたいことはあるか?」

 

「いや、十分だ。わざわざありがとうな」

 

「せっかく親友連れて来たんだからな……。やっぱ楽しんでもらいたいんだ」

 

丁度一通りの説明が終わったらしく、それを聞いた貴之は礼を言う。

それを聞いた友希那は、自分は楽しむ心を失ってしまっているので、こう言った役目は当分できそうに無いだろうと思った。

取り戻せたらその時だと決めた友希那だが、いつまでも任せてっきりは良くないとも考え始めていた。

 

「ここにいたのね」

 

「ああ。前の方にいると移動が大変だからな」

 

俊哉の理由は最もだと友希那は思った。前の方にいた場合は後々移動する際に面倒なことになる。

彼らが前にいたとしても、友希那は自分の番があるので後ろ側にいることは変わりなかったが、その時はその時だろう。

 

「……うん、大丈夫だ。もう卒業したからな」

 

「お前……昨日もやらなかったと思ったら、あの癖消せたんだな……」

 

俊哉は貴之がここを離れる直後まで、できる場合はドリンクを二種類混ぜ合わせて飲むと言う一種の悪癖があった。

いい加減子供っぽすぎると言うのと、以前玲奈にドン引きされたのがあって、それ以来もうしなくなった。

神妙に頷く俊哉を見た貴之は、呆れ混じりに笑いながら呟いた。最後に見たのが、衝動を抑えようと必死に抑えていた姿だったので、少し不安だったからだ。

 

「ところで、私とそのギターが上手い人の順番はどうなっているの?」

 

「友希那の順番はギターが上手い奴の次の次だ。一応、話せる時間はあるかな……」

 

「そう。それならよかったわ」

 

俊哉の回答を聞いて一安心する。もしこれで自分がその人の次であろうものなら、最悪話す機会を得られないまま終わる可能性が高かった。

その確認を終えたところで、開始を告げるであろうブザーの音が部屋中に響き渡る。

 

「……?この音……」

 

「ええ。今日のライブが始まるわ」

 

その音を聞いてステージに注目する人たちを見た貴之の様子に気づいて、友希那が肯定する。

友希那の言っている通り、周りの人たちはこれから始まる演奏が楽しみで心を躍らせていた。

 

「(当然他の人も見るけど、言っていたギターの人はどんなものかしら?)」

 

それは同時に、友希那がFWF出場の為にメンバーを探す……その時間の幕開けにもなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(この人たちもダメね……)」

 

最初の数チームの演奏が終わって、友希那は未だ十分な技量を持つ人が現れないことに落胆する。

エントリーの締め切りまではまだ時間が残っているとは言え、練習などを考えるといい加減誰か一人でも見つけないと厳しい時期になってくる。

どうにかしなければならないのだが、焦っても仕方ないのは確かなので、友希那は気を取り直して次のチームを見ることにした。

 

「どうだ?楽しめてるか?」

 

「ああ。間近で聴くとやっぱり違うな。それに、量とか形とかはそれぞれだけど……演奏してる人たちからは頑張ってきたのが伝わってくる」

 

俊哉の問いに貴之は肯定で返した。

離れている間は遠征を行って多くの人を見てきた貴之は、ある程度までならそれぞれの違いにすぐ気づけるようになっていた。

 

「(そう。本当なら私にもそう言う見方はできるかもしれない……でも、今暫らくはお預けね)」

 

音楽の知識を持っていたとしても、実際に目の当たりにしなかったことで素人目の見方しかできない貴之ではあるが、だからこそそういった見方ができたのかもしれないと友希那は思った。

無論貴之のその見方を否定はしないが、今自分がその見方をするのはよくないことも十分に分かっていた。

いつかそれができる日を一瞬だけ思い描き、友希那は思考を現実に戻し、プログラムの順番を確認する。

 

「あっ、次が例の人みたいね……」

 

「本当だ。一体どんな人が……」

 

友希那の呟きを聞いた貴之がプログラムを確認し、ステージの方を見ると、蒼いギターを持っている人の容姿を見て固まった。

 

「なあ友希那、あの子日菜に似てないか?」

 

「ええ。以前言っていた、日菜のお姉さんかもしれないわね……」

 

貴之が思っていたことは友希那も肯定する。

日菜と同じで水色の髪を持っていて、他人を寄せ付けないような雰囲気を持っている少女は、どことなく日菜と似ていた。

ちなみに貴之が何かを感じたのか小声で話しかけて来たので、友希那も小声で答えていた。

 

「双子なのかもしれないな……。日菜たちは」

 

「……?お前、そんなとこまでわかるのか?」

 

「いや、あくまでも憶測だ。俺もそこまで物分かりがいい訳じゃない」

 

俊哉への問は否定で返す貴之だが、実際は当たっている。

共通点は水色をした髪と若葉のような緑色の瞳が共通点で、差異点はつり目とたれ目、髪を短くしているのか長く伸ばしているのか、天真爛漫な感じがあるのか真面目な雰囲気があるのか等がある。

ちなみに差異点に上げたものの前者は全て日菜、後者はステージに上がってきた少女の方だ。

貴之は日菜と少女の差異点を見つけながら、双子ではないと言っても、自分と姉の方が似てないだろうなと感じていた。

話している間にもメンバーの紹介が終わったようで、演奏開始直前の状態になっていた。

その為三人は一度話しを中断し、ライブを見ることにした。

 

「「「…………」」」

 

約一分半と言う短い時間での演奏を行われる中、聞き入っていた三人はそれぞれの視点でライブを見ていた。

この時純粋に楽しんでいたのは俊哉一人で、その人の技術を中心に見ていた友希那と、人の質を中心に見ていた貴之はそれぞれ違った答えを出していた。

 

「(他の人たちはそうでもないけど、ギターを弾いている彼女は凄いわね……この曲を完璧に弾いて見せてる。俊哉の紹介は当たりのようね)」

 

友希那の場合はギターを弾く少女の技術を称賛していた。

今までの中で、疑いようも無くトップの技術力を誇っている彼女を見て、俊哉のサーチに心の中で感謝した。

その後も数曲彼女のいるチームは演奏を行うが、最後まで殆ど全てをノーミスで完走して見せた。

他の人たちと比べて圧倒的に高い技術を見て、友希那は彼女を是非ともメンバーに誘いたいと思った。

 

「(ギターの子から飛び抜けたものを感じるのはいい……ただ、彼女からもう後がないかのような焦燥感を感じさせられるのは何でだ?)」

 

一方で貴之は、彼女から発せられるものに不安を覚えた。

大抵の人たちは演奏に夢中になっているので気がつかないが、他の人たちとは明らかに纏っている雰囲気が違っている。

どこか一つ間違えれば何らかの大切な部分の糸が切れ、自滅していくのではないかとすら思えていた。

友希那が彼女を誘うならそれはそれでいいのだが、触れ方には気を付ける必要があるだろうと貴之は考えた。

しかし、どう接するか自体は友希那が決めることなので、貴之自身にできるのは、上手く行くように願うことだけだった。

 

「ありがとうございました」

 

紗夜(さよ)、最高~!」

 

「紗夜……それがあのギターを弾いていた子の名前かしら?」

 

「ああそうだ。そっちのお眼鏡には合ってたか?」

 

観客の歓声や拍手が響く中、ギターを弾いていたであろう彼女を呼ぶ声が聞こえる。

それを拾った友希那の呟きに、俊哉は肯定で返しながら確認してみる。これで合わなかったのなら、残るはプロの人を探すくらいしかないだろうとすら俊哉は思っていた。

 

「合っているどころか予想以上ね。そろそろ向こうへ行かなきゃいけないから、移動するついでに一度話しに行ってみるわ」

 

友希那が満足そうな笑みを見せて答える。その答えを聞いた俊哉は心底安心した。

また、彼女たちのチームが終わった以上、もうじき順番がくる為、友希那は移動する必要があり、部屋の外に移動を始めるので二人はそれを見送る。

数歩移動してから友希那は貴之の名を呼んで立ち止まり、顔だけ貴之の方に向ける。

 

「私の全力、その目に焼き付けて貰うわよ」

 

「勿論そのつもりだ」

 

友希那の自信を持った笑みを見せながらの言葉に、貴之も笑みを返しながら頷いた。

それを見て満足した友希那は部屋のドアを開けて、スタジオロビーの方へと去っていった。

また、去り際にライブを見るために来ていた女子から「頑張って」と声をかけられた友希那は、「ありがとう。期待に応えて見せるわ」と余裕そうな笑みを見せて返していた。

 

「俺も何か、こう言った情報に詳しくなるべきなのかな……」

 

「まあ俺のは楽しむ上で知ろうと思った結果だから、そんなに気にするなよ」

 

俊哉の詳しさを見て、貴之が考えていたことを吐露すると他ならぬ俊哉にそう言われる。

事前調査をしておくとまた違う楽しさを得られたので、俊哉はそのついでで友希那に見合う人がいるかどうかを探してみただけだった。

 

「それに……肝心なヴァンガードで成果を出せない方が互いに苦しいだろうから、覚えられたら程度でいいんじゃないか?」

 

「……それもそうだな。悪いな。こんなことに付き合わせて……」

 

「まあそれだけお前が友希那を大切に想ってるのが分ったし、それでよしとするかな」

 

俊哉の念押しで割り切ることができた貴之は一言詫びる。元々こう言った話しがしたくて来たわけではないのだから、これ以上この話題を出すことはない。

そう思った矢先に友希那に対する恋心関係で俊哉が弄って来たので、貴之は「そっちは別にいいだろ……!」と顔を赤くしながら言い返した。

少しした後に次のチームが入ってきたので、二人はまたライブを見ることに集中した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(話して見ると言ったのはいいけれど……どうしようかしら?)」

 

ロビーに出るや否、友希那は紗夜と呼ばれた少女にどう話そうかで悩んだ。

今現在はチームを組んでいる以上、そのメンバーが彼女の引き抜きにいい顔をしないのは間違い無いだろう。

一番楽になる状況としては、彼女のいるチームには申し訳ないが、紗夜と呼ばれた少女が自らそのチームを一人脱退、或いはチーム自体の解散になる。

と言っても、友希那自身は続けるなら続けるでそちらを尊重するので、あくまでも聞いてみるだけだった。

 

「……もう無理!あなたとはやっていけない!」

 

「私は事実を言っているだけよ。今の練習では先がないの。バンド全体の意識を変えないと……」

 

ダメならその時だと決めてステージ裏に進もうとしたところで、一人の大声が聞こえたので、友希那は思わずそちらへ顔を向ける。

どうやら、先程自分が目を付けた少女と、そのチームメンバーが揉めていたようだ。

話しの一部しか聞けていないので全貌までは解らないが、恐らくは紗夜の方から細かい指摘が入り、我慢の限界が来た少女がそれで声を荒げたのだろう。

 

「(この流れは止められそうにもない……。彼女を誘いやすくなるのはいいけれど、チームが一つ無くなるのは残念ね……)」

 

――最も、つい先日……同じようなことをした私が言えたことではないけれど。話しの行く末が予想できた友希那は、彼女らが続かなかったことを悔いながら己を自嘲する。

そうやってせっかく頑張ってきた人たちの道を折ってしまっているのに気付き、罪悪感が込み上げてきた。

 

「(いけない……!今は気にしている場合じゃないわ。そういうのはその時よ……)」

 

もし会えたのなら、その時はしっかりと詫びよう。その思いを胸に、思考を切り替える。

その短時間の思考の間にも言い合いは続いており、紗夜からは「パフォーマンスで誤魔化しても、基礎を磨かねば後から出てきたバンドに抜かれる」と言う指摘が入り、彼女に反発した少女からは「いくら何でも度が過ぎている」と言う趣旨の反論があった。

どうやら彼女とメンバー間では相当意見の食い違いがあるらしく、もう一人のメンバーからは「理想はわかるけど、バンドの技術以外に大切なものはないの?」と問われる。

しかし、その問いかけに対して紗夜は――。

 

「ないわ。そうでなければ……わざわざ時間と労力をかけて集まってバンドなんてやらない」

 

「……っ!ひどいよ!」

 

ごくあっさりと。堂々と否定して見せた。

それが相当に堪えたのか、最初に荒げた少女の目尻に涙が浮かんできた。

 

「私達は確かに、いつかプロを……って、目指して集まった……。でもみんな、仲間なんだよ……?」

 

「……仲間?」

 

泣きそうになりながらも、どうにか少女は言葉を紡いだが……それを拾った紗夜の次の言葉が、このチームの存続にトドメを刺すことになる。

 

「馴れ合いがしたいだけなら、楽器もスタジオも……ライブハウスも要らない。高校生らしく、カラオケかファミレスにでも集まって、騒いでいれば充分でしょう?」

 

その言葉は、彼女たちの方針を全否定するものと言っても過言では無かった。

移動と話しかけることを同時に行おうとして偶然居合わせた友希那も、紗夜の言葉を聞いて複雑な思いをする。

 

「(音楽への考え方は私と似ている……。その点は大いに理解できるわ)」

 

技術が最優先というのは、自分と似ているので方針が合わせやすい。これは非常に嬉しい点だった。

問題はメンバーへの意識の向け方で、これはかなり違っていた。

 

「(私も……止めてくれる人がいなければ、きっとああなっていたのね……)」

 

まだそれなりに仲間意識を持っている友希那に対し、紗夜は殆ど持ち合わせていない。

友希那自身も、父の音楽を否定されてから俊哉や玲奈、リサや他ならぬ自分の父親に言われなければ、間違い無くこちらの道を一直線に進んでいただろう。

そう思うと、自分は周りの人には恵まれたのだと思えた。それを確認した友希那は思考を切り替える。一番大事なのは、紗夜のことである。

 

「(仲間意識のことはこれからいくらでも、どうとでもなる……。私が欲しいのはその技術力よ)」

 

現在自分だけが一方的に実力を知っている状態なので、今日のライブで見せれば問題無い。そもそも仲間意識に関しては自分も結構危ない節があるから、今は考えない方がいい。

そこまで結論を出した友希那は、話しかけに行くタイミングを伺うことにした。

 

「……最低……もういい!こんなバンド解散よ!」

 

「落ち着きなって……私達がバラバラになることはないような。この中で考えが違うのは一人だけ……紗夜、そうだよね?」

 

先程涙を浮かべていた少女が、それを抑えられなくなってやけになり、傍にいた少女がそれを窘めながら紗夜に問いかける。

それに対して、紗夜は迷うことなく頷いた。

 

「そうね。私が抜けるから、あなた達はバンドを続けて。その方がお互いの為になると思う。今までありがとう……」

 

それだけ告げて、紗夜はメンバーを探す為に移動を始める。

解散にあたって無駄な徒労をしたのだろう。思わず盛大なため息をついた。

その後顔を上げれば、目の前に友希那がいたので、場所も気にせずに話していたことに気づいた。

 

「……!……ごめんなさい。他の人がいたのに気づきませんでした」

 

「いえ、気にしていないわ。それよりもさっき、あなたがステージで演奏しているのを見たわ」

 

やってしまったなと思いながら謝る紗夜だが、友希那は気にしていないことだけを告げて本題に入る。

少々鎌をかけるような言い方だが、これによって友希那は紗夜がどれ程の理想を持っているかを測る為だった。

 

「……そうですか。ラストの曲、アウトロで油断してコードチェンジが遅れてしまいました。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」

 

「……!確かにほんの一瞬遅れていた……。でも、殆ど気にならない程度だったわ」

 

友希那ですら疑問符が出る場所を、紗夜はハッキリとミスだと告げた。恐らくは自分と彼女が反対の立場でもこうなっているだろう。

――あれがミスだと言うなら、相当な理想の高さね……。紗夜の回答を聞いた友希那は、彼女の持っている理想が予想以上であることを嬉しく思った。

この子となら行けるかもしれない。そう思った友希那は更に一歩を踏み出すことにした。

 

「紗夜って言ったわね?あなたに提案があるの」

 

提案と言う言葉を聞いて、紗夜は耳を澄ませる。

――私の様子を見ていたのなら、今更あのチームに戻れは無いと思うけれど……。初対面の人に提案があると言われた紗夜は、警戒心を高めていた。

 

「……私と、バンドを組んで欲しいの」

 

「…………え?私とあなたで……バンドを?」

 

予想外のことを頼まれた紗夜は、思わず呆けた声を出してしまった。

彼女がこちらを誘ったのは実力を見てのこと……それは別に構わない。しかし、問題なのは向こうだけが一方的に知っていて、こちらが何も相手の情報を持たないことだ。

 

「……すみませんが、あなたの実力問題分りませんし、今はお答えできません」

 

故に現段階では保留と言う回答以外しようがなかった。

 

「私はこのライブハウスは始めてなんですが、あなたは常連の方なんですか?」

 

また、自分がこのライブハウスに来たのが初めてであることも、紗夜が保留を選ぶのを後押ししていた。

こうして彼女が誘ってきたと言うことは常連の可能性があるので、それも確認しておきたかった。

紗夜の問いに、友希那は頷くことで肯定を示した。

 

「私は湊友希那。今はソロでボーカルをしてる……。『FUTURE WORLD FES.』に出る為のメンバーを探しているの。あなた程の人なら、聞いたことない?」

 

「……!私も『FUTURE WORLD FES.』には以前から出たいと……」

 

友希那が自分を誘った理由と、目指している場所を知った紗夜は驚いた。

確かに自分もFWFには出たい……しかし、その前に大きな問題点があった。

 

「……でも、フェスに出るためのコンテストですら、プロでも落選が当たり前の……このジャンルでは頂点と言われるイベントですよね?」

 

その問題点は、コンテストが非常に厳しい点にあった。

アマチュアのみならず、プロでも普通に落ちるこのコンテストが、出場するにあたって最大の壁になっていた。

実際紗夜も、アマチュアでも出れることが理由で何度もバンドを組み、実力不足から諦めてきていた。

 

「(私は『あの子』と比べられない為に、必死でやってきた……でもいつもそう。肝心のバンドが私についてこない……)」

 

――もうこれ以上、時間を無駄にしたくない。紗夜は心の中で相当に焦っていた。自分より後に初めてはあっさりと抜き去り、つまらなくなってやめていく……身近な人のそんな行動に嫉妬心を持っていた。

ちなみに紗夜の言う『あの子』とは、友希那も実際に対面したことがあるし、リサとの縁でそれなりに話す機会もある人物だったが、それを知るのはまた先となる。

 

「ですから、それなりに実力と覚悟のある方とでなければ……」

 

「なら、私の歌を聴いて決めて貰えるかしら?出番は次の次。聴いてもらえば分かるわ。あなたがダメだと思うなら、断ってくれていいわ」

 

紗夜の言葉を遮るように、自信を持ってハッキリと友希那は伝える。

まるで「自分の歌を聴けばわかる」と言わんばかりの姿勢に、紗夜はそこまで言うならと思考を切り替えた。

 

「……わかりました。でも、まずは一度聴くだけ。私が納得できないのであればバンドの提案は却下……これでいいですか?」

 

「構わないわ。あなたを失望させることはないから」

 

自分が納得できないものであれば断るだけ。そう決めて棘のある表情をする紗夜を前に、友希那は勝ちを確信したような笑みを見せた。

話しを済ませた友希那は出番が近づいて来たのでステージ裏へ移動し、それを見送った紗夜は彼女の歌を聴くべく、会場の部屋へと足を運ぶ。

 

 

 

そして、この会話を機に、蒼薔薇が芽吹くことになる。




進んだ話数的には1~2話まで。前回で触発されたリサはベースの復帰が早まりました。
個人的には意外と進んだなと思いました。遅かった場合は一話の途中で区切りになっていた可能性があります(笑)。

本来はあこと燐子の会話も原作にはあったのですが、原作そのままになってしまうので今回は省略という形になりました……。
次回はそのまま3話の部分に入るので、そちらで今度こそ登場という形になります。


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イメージ6 歌姫の導き

今回は3話の部分をやっていきます。
投稿ペースは基本週一、早くて週二でやっていく形になります。

ヴァンガードのルールに関する補足ですが、『ガーディアン』としてユニットを『コール』する場合、グレードの上下は問いません。
こちらに関しては完全に説明不足でした……


「(話しを受け入れたのはいいけれど……どれ程の実力と覚悟なのかしら?)」

 

会場の部屋に戻りながら、紗夜は友希那のことを疑っていた。

今までバンドを組んではメンバーの実力不足に嘆いて去っていったのもあり、いくら友希那に自信があってもこの猜疑心は拭いきれなかった。

 

「この子たちも頑張りが見て取れる……形も量もさっきのギターの子が飛び抜けてるが、それが分かるのはいいもんだな」

 

「それが遠征で培ったやつか?素人なりに見るとは言ってたけど……お前のその見方は中々に予想外だぜ……?」

 

「……そうか?でも、人の努力した形って必ず現れるものだから……知識が無い分、こっちだけは理解してやりたいと思ったんだ」

 

人が少なめの場所でライブを見ていた紗夜に、偶然隣りにいた二人の少年の話し声が耳に入った。

白い髪をした少年はそれなりに来ていたような言動が伺える。それは良いのだが、黒髪を持った少年の言葉は何かを見てきたように感じ取れた。

 

「(……どういうこと?頑張りの形?量?素人と言われた通り、音楽に関しては一切触れていないけど……)」

 

紗夜はその少年の発言が気になって聞き耳を鋭くしてしまう。

素人と言われた通り、彼は技術やパートごとの評価は一切していない。恐らくは自分がしていいものではないと場を弁えているのだろう。

しかし、その見方はどのようにして手にしたものかは気になった。最初の一瞬だけは自分の嫌う人種に見えたが、それは違うと思った。

 

「そういや、友希那が歌う番は人が増えるんだったな?」

 

「ああ。重心崩れないように準備しろ……ってところだが、まだ前は空いてるし、今回は壁をもらってるから、来る人が多すぎたら程度で大丈夫だ」

 

白髪の少年からアドバイスをもらった黒髪の少年は素直に頷き、いつでも歌を聴けるような心構えをする。

慣れているような口ぶりだからそうなのだろうと、同じく壁側でライブを見ていた紗夜は身構える程度で留めていたら、少しずつ人が増えてきていた。

 

「(彼の言っていたことが間違っていないのなら……彼女のファンは相当な数になるわね)」

 

人の増え具合を見た紗夜は冷静に分析する。まだ疑いが残っている状況だが、これなら少しは信じても良さそうだと思えた。

このチームはまだもう少しだけ歌うのだが、この人の集まり具合から、友希那の歌を楽しみにしている人の多さを伺える。

 

「なあ貴之、友希那はさっきの子に話しに行くっつってたけど……お前はどうなったと思う?その鍛え上げられた観察力を見せてくれ」

 

「(鍛え上げられた……まだ納得できるけど、一体どうやって……それに、この二人は彼女を知っている……)」

 

貴之と呼ばれた黒髪の少年に白髪の少年が問いかけた時の言葉を聞いて、紗夜は少しだけ疑問が解決するがまだ残っている。

彼の人を見抜く力が努力による延長線上でできたものなら、何をして来たかが気になった。

また、友希那のことを知っているのが分かったので、今のうちに聞いておくのもいいかもしれないと思えた。

 

「俊哉お前なぁ……せっかく紹介したやつが不安になってどうするんだよ……」

 

呆然としている自分をよそに、貴之は俊哉と呼ばれた白髪の少年に苦笑交じりで返す。

どうやら彼は、友希那のことを全面的に信頼しているようだ。しかしながら貴之は「ただ……」と言葉を繋げる。

 

「彼女の様子からして無条件って訳にも行かないだろうな……そうなれば友希那は自分の歌で、今から実力を見せる。それでどうするかは彼女次第……ってところかな」

 

「なるほど……それがお前の答えか。どうなったかは本人たちのみぞ知るってところだが、もしそうなら……」

 

「その推測、当たりですよ」

 

流石にずっと隣で自分のことを話されていても気分がいいものでは無いので、紗夜は思い切って自分から話しに入り込むことを選んだ。

声をかけられたことで振り向いた二人は、紗夜がいたことに気づいた。それと同時に二人は一瞬だけ「マジか……」と言いたげに目を点にする。まさかそんな近くにいるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「わ、悪いな……気がつかないままこんな話ししちまってて……」

 

「いえ、こちらこそいきなり割り込んでしまってすみません……何やら、湊さんと私が向こうで話したことを知っていたかのような口ぶりだったので、気になって声をかけさせてもらいました」

 

貴之が頭を書きながら悪びれた様子で謝ってくるのを見た紗夜は、自分にも非があるのを告げる。

友希那のことを知っている二人が、自分のことを話していたのが分かったので、失礼を承知で友希那のことを聞いてみることにした。

自分が話しかけた理由を知った俊哉は「なるほどな……」とどこか納得したような様子を見せる。

 

「俺らはあいつと古い頃から交流があったんだ。俺はライブハウス通いが趣味の一つだから時々お邪魔させてもらってて……」

 

「俺は五年ぶりにここへ帰ってきてな……互いに打ち込んでいる分野の成果を見せてもらうために初めて来た。俺の目線が完全に素人のそれなのは、バンド(こっち)に関する知識があまりにも浅すぎるからなんだ」

 

「そういうことだったんですね……」

 

二人がここへ来た理由を知った紗夜は、どうして友希那を知っていたかを理解した。

確かに、古くからの付き合いがあり、それが残っているのなら、彼女の状況を知っていてもおかしくはないだろう。

 

「彼女にも伝えたのですが……ラストの曲、アウトロで油断してコードチェンジが遅れてしまいました。拙いものを聴かせてしまって申し訳ありません」

 

「なあ俊哉……こう言った専門知識はよく解んねぇんだが……。とりあえず感じ取った通り、相当な努力をして来た人だってのは解ったぞ」

 

「ま、まあ専門知識は後で教えてもらえばいいさ……つうかマジで?アレをミスって言えんのか……?」

 

頭を下げてきた紗夜を見て、二人は顔を合わせて冷や汗を見せた。

後で俊哉に聞いたところ、彼女のこの発言は殆ど問題なく勝ったファイト時の細かいプレイミスを見つけるようなものと言われ、「一時期の俺以外にもそんなことするやついたのか……」と貴之は絶句することになる。

そんな状態で焦る二人だが、貴之にも分かることとすれば、それがその分野打ち込んでいる人と、そうでない人の差だった。

 

「ところで、先程互いに打ち込んでいる分野と言いましたよね?湊さんが歌……では、あなたは何に打ち込んでいるんですか?」

 

「……俺か?打ち込んでいるのはこれだ」

 

「ヴァンガード……確か、今一番流行しているカードゲームでしたね?」

 

紗夜が思い出したように問いかけて来たので、貴之はポケットからケースを取り出し、その中のデッキを、タイトルが書かれている面が見えるように手にとって見せた。

ヴァンガードの名前は紗夜も知っていたらしく、その問いに貴之は肯定する。

 

ヴァンガード(こいつ)で全国を取る……それが俺の目指している場所だ。友希那がFWFに出たいって言ってるようなもんだな。ある程度努力の跡とかが分かるのは、これをやり込んでいるうちに身についた副産物だ」

 

「そのような理由があったんですね……」

 

貴之の身についたものを聞いて、紗夜は一瞬だけ呆然とする。

とは言え、その理由が努力によるものであったことから、少なくとも貴之が自分の嫌う人種ではないことが分かった。

 

「全国を取るという、その志も理解できます……けど、それがどれだけ険しい道で、生半可な覚悟ではできないと言うことも、あなたは分かっているのでしょう?」

 

「未だにこの手が届いてないからな……それはよく解ってる」

 

自分の思いを理解した上で問いかけて来た紗夜に、貴之は迷うことなく頷く。

その時の表情が真剣なものであったことから、この人はそれを十分に理解できているのを感じ取れた。

しかしこれだけでは終わらず、貴之は「けど……」と言葉を続ける。

 

「難しいのが分ってたとしても諦めたくなくて……どうしてもその手に掴み取りたくて……。だから頑張るんだ……自分のやってきたことがいつか実を結ぶと信じているから……君だってそうだろ?」

 

「……ええ。あなたの言う通りです」

 

表情は硬いままだが、彼女から放たれる雰囲気が少々柔らかくなった気がした。

一瞬遅れがあった理由までは流石に把握できなかったが、貴之が先程感じた自滅しそうな危険性は……その遅れた反応にあることをまだ知らない。

紗夜が肯定した直後、歓声が聞こえてその場に居合わせた三人はステージの方へ顔を向ける。

どうやら今演奏していたチームの出番が終わったらしく、ステージ裏へと退場している最中だった。

 

「お二人さん、次が友希那の歌う番だ。聞き逃しないようにな?」

 

俊哉の呼びかけに二人が頷いた直後、更に多くの人が会場として使われているこの部屋に入って来た。

これを見た貴之は「友希那の出番は人が増える」と言っていたのを、改めて理解するのだった。

 

「(すげぇ人の数……元々凄いものになると予想してたけど、こりゃとんでもねぇな……)」

 

――けどこの入ってきた人数が、友希那の歌が凄いってことを証明してる……。貴之はもうすぐ始まる友希那の歌を期待し、心を躍らせる。

五年間ずっと聴きたいと思っていたその歌を聴けるのもあり、その衝動が湧き上がってしまうのは無理のないことだった。

また、人が集まったことによって増していく熱気だが、それを更に加速させることが起こる。

 

「…………」

 

「……来たか!」

 

それは友希那がステージに立ったことだった。

五年ぶりに聴ける。待ちに待った時が来た。どれだけの技量になったかが楽しみで仕方ない。様々な要素が合わさり、貴之は口元を吊り上げる。

 

「……友希那……!」

 

「(すごい熱気……こんなにファンがいるの?しかも、時間が押しているのに全然騒がない……)」

 

――みんな、あの子の歌を待っているみたい……。紗夜は周りの空気を感じ取って驚いた。

この会場を使える時間も限られているので、どうしても出番の遅いメンバーは「早くしてくれ」と言った空気に浴びせられることが多い。

しかし、ここにいる人たちはまるで時間のことを気にしていないかのように、友希那が歌いだすのを待っていた。

 

「ほら、ここがドリンクカウンター。ステージから一番遠いから、ここに居れば押される心配は無いから……って、りんりん、大丈夫?」

 

「ライブは……みたい……けど……人が……」

 

「……?」

 

静まり返った状態では一人の声が小さくても十分聞こえるもので、それを聞き取った紗夜はそちらに顔を向ける。

紫色の髪をした羽丘中等部の制服を着た少女の方に見覚えはないが、もう片方花女の制服を着た綺麗な黒髪を持った少女の方には見覚えがあった。

 

「(あの人……同じクラスの白金(しろかね)さん?彼女もファンなの?)」

 

黒髪の少女……白金燐子(りんこ)は先程までこの会場にいないのを把握していたので、紗夜はそう推測した。

それだけならいいのだが、どうやら顔を青くし始めていたので隣の少女に心配されているのが見えた。

自己紹介の時もあがり気味に話していたのを覚えていたのと、今回の様子から大勢の人がいる場所は苦手なのだろうと推測できた。

しかしながら、「ライブを見たい」と言っている辺り、自分で無理をしてまでここに来たのは確かだ。

 

「ほ、本当に大丈夫……!?友希那を観るまで頑張って……」

 

「(隣の子が励ましているけど……あの様子では始まる前に倒れてしまいそうね)」

 

燐子を気遣う様子が見えたが、それでももう危なそうなのが見えた紗夜は自分も手伝いに行こうとしたが、それは動きだすより前に阻まれることになる。

 

「――♪」

 

「……!?」

 

友希那が歌い始め、紗夜のみならず会場にいた全員がその歌に惹きつけられたからだ。

 

「……!やっぱ……カッコイイ……!」

 

「(!?……なに……この声……?……こんなの……)」

 

先程まで燐子を気遣っていた少女は満足げに呟き、顔を青くしていた燐子も、大勢の人がいると言う状況下で感じていた重圧感がどこかへ飛び去っていた。

すっかり顔色の良くなっていた燐子は、その歌声を夢中で聴いていた。

 

「(こんなの……聴いたことがない。言葉のひとつひとつが……音にのって、情景にかわる……色になって、香りになって……会場が包まれていく……)」

 

また、紗夜も今まで聴いてきた歌とは全く比較にならない、飛び抜けた技術を前に聴き入って、確信に変わった。

彼女の歌に懸ける思いと覚悟の強さを知り、それまで抱いていた彼女への猜疑心がどこかへ飛び去っていくのを感じた。

 

「本物だわ……やっと……見つけた……」

 

――この人となら、目指した場所に辿り着ける……紗夜はようやく自分について来れる人を見つけることができ、安堵する。

今まで実力不足を理由に諦めていた道を諦めないでいいということが、何よりも喜ばしいことだった。

 

「(思い出せる……いや、描き出されてる……!俺と友希那が『一つのことを打ち込む人』同士になった時のことも……五年前駅のホームで別れたことも……離れている間の五年間も……戻ってきて友希那と再会できたことも全部……!ああそうだ……俺はこの歌を聴けるその時を、ずっと待っていたんだ……)」

 

友希那の歌を聴く貴之は、その圧倒的な表現力によって今まで自分の周りで起こった出来事を脳裏で辿っていた。

また、彼女の歌声から五年間で伸ばしてきた技術力と、歌に対する変わらない情熱を感じ取り、知らぬ間に涙を流していたが、その表情は笑みを見せている嬉し涙だった。

 

「どうだ?すげぇだろ?あいつの歌」

 

俊哉に問われて貴之と紗夜は頷く。凄いと言われたら素直に頷くくらい、友希那の歌は相当なものだった。

ちなみにこの時、このライブハウスに来てから始めて笑みを見せた紗夜だが、それは貴之が涙を流しているのが見えてすぐさま焦りに変わったので、誰にも気づかれはしなかった。

逆に紗夜から「大丈夫ですか?」と問われた貴之は、自分が涙を拭い忘れていることに気づき、「大丈夫。ただの嬉し涙だ」と答えながら涙を拭った。

 

「(ありがとう友希那……俺、ここに帰って来れて……本当に良かった……)」

 

貴之は心の中でではあるが、友希那に深く感謝した。

今までで最も強く、自分の望んだ場所に帰ってこれたという思いを感じた貴之は、心から笑った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……どうだった?私の歌」

 

「何も……言うことはないわ。私が今まで聴いたどの音楽よりも……あなたの歌声は素晴らしかった」

 

ライブが終わった後、片付けの行われている会場として使われていた部屋で、友希那は紗夜に問いかけ、問われた紗夜は素直に彼女の歌を認める。

――諦めるしかないかもしれないと思っていたものが、諦めないで続けられる。それが知れたのが何よりも大きかった。

一度間をおいてから、紗夜は自分の回答を友希那に、あなたと組ませて欲しいと告げる。

 

「『FUTUER WORLD FES.』に出たい。あなたとなら、私の理想……頂点を目指せる」

 

友希那の勧誘を承諾した紗夜は、自分の右手を差し出す。

 

「氷川紗夜です。これからよろしくお願いします」

 

「ええ。これからよろしく」

 

友希那はその差し出された右手を手に取り、チームを組んだ証と言うかのように握手を交わした。

『氷川』と言われれば日菜と同じ苗字ではあるが、友希那は今、紗夜個人を見ているので全く気にしていなかった。

 

「やったな俊哉」

 

「おう。あいつがご満足みたいで何よりだ」

 

二人の様子を見守っていた貴之と俊哉は、互いに拳を作って軽くぶつけ合う。友希那と紗夜。この二人が組めたことは、自分たちも嬉しく思えた。

しかしながら人が殆どいないことと、元々響きやすい部屋だったことが重なってその拳をぶつけた音は二人の耳に届いていた。

それによって二人がこちらへ顔を向けたことに気づき、貴之と俊哉は慌てて誤魔化し笑いをするのだった。

恐らくは貴之が俊哉に話しかけた辺りで気づいていたのだろう。何しろ、友希那と紗夜の二人は「あなたたちは何をしてるの?」と言いたげな顔をしていたから。

 

「ありがとう。おかげでやっと踏み出せたわ」

 

「そいつは何より。情けない話だが、俺の方がお前らより安心してる気がしてならねぇが……」

 

「俊哉から勧めたからな……それでダメだったらショックだよな」

 

友希那に礼を言われた俊哉は軽く答えるが、その後すぐにやれやれと言った様子で胸を撫でおろした。

二人の基準が厳しいのを理解した貴之は、俊哉の心境を察して苦笑する。

 

「……勧めた?」

 

「ああ、実はつい最近にお前のギターを知ってな……。二人とも今日はここでライブやるから、どうだろうってな」

 

「こう言ってるけど、あなたの技術を知ったら事前情報無しでも誘っていたわ」

 

――私が誘おうと思えたのは、紛れもないあなたの実力よ。友希那は笑みを見せながら紗夜を称賛する。

それを聞いた紗夜も、友希那は自分でしっかりと見て決めることのできる人で、流される人じゃないことが分かって安心した。

 

「友希那、今日はありがとう。言葉にできないくらいいい歌だったよ……」

 

「そう……それならよかったわ」

 

貴之も友希那に礼を言い、それを聞いた彼女は自信を持った笑みで答えた。

 

「そりゃ言葉にできないよな……だってお前、涙流してたもんな?」

 

「あ、おい……!それは別に言わなくて良かっただろ……!」

 

「……それ本当なの?」

 

「ええ……。私も、最初は何があったのかと思いました……」

 

先程のことを引き合いに出され、貴之は顔を赤くしながら抗議の声を上げるが、言い出しっぺの俊哉は軽く流していた。

それを聞いた友希那は思わず紗夜に問いかけると、肯定が返ってきた。何故近くにいたのか等の疑問は、貴之が涙を流したと言う一点によって全て吹き飛ばされていた。

というよりも、貴之にもそんな面があるのを知って、少しだけ安心してしまったのかもしれないと友希那は考えた。

何しろ、離れている間の話しを聞いただけでは、特に抱え込んでいる様子が無さそうで、ここに戻ってきても、みんなとまた会えて嬉しいくらいではないかとも思えてしまっていたからだ。

 

「ああ、結構話し込んだな……二人はこの後打ち合わせするのか?」

 

「そうね。時期もあるから、予定は早めに決めてしまいたいわ」

 

片付けの作業をしている人が少なくなってきているのに気づき、貴之が友希那に問うと肯定が返ってきた。

それを聞いた貴之と俊哉は、顔を見合わせた。

 

「じゃあ、俺たちはそろそろ行くか」

 

「そうだな。俺たち待ってますよみたいなことして、打ち合わせを満足にできないのはよくないからな」

 

貴之と俊哉の判断は「せっかく組めた二人の邪魔をしない」であった。

FWFまでの時期もあるので、打ち合わせはしっかりと彼女たちでやるべきだという判断に至った。

 

「そちらも、自分の目指す道を頑張って下さい」

 

「もちろんそのつもりだ。……ああそうそう。まだ名乗って無かったな。俺は遠導貴之だ。そっちも頑張れよ」

 

「ありがとうございます。もう聞いているかもしれませんが、氷川紗夜です。お互い頑張りましょう」

 

貴之と紗夜は互いに名乗り、その道を応援する。

それぞれ一つのものを打ち込む身として、自然と親近感が沸いていたのだ。

 

「貴之、リサが無理してないか……確認しておいてもらってもいい?」

 

「ああ。それは任された」

 

友希那の頼みを、貴之は迷わず承諾する。

歌っている時やメンバーを探している時は平気でも、終わった後は気にしてしまうのだろう。

何しろリサは小百合のように、人の為とあらば自分を蔑ろにしてしまう傾向があるので、見れる人が見てやるべきだと貴之は考えていた。

 

「それじゃあまたな。お前の歌を聴けて、こっちに帰って来て……本当に良かったよ」

 

「……!ええ、またね……」

 

貴之には、それだけの価値が友希那の歌にあり、優し気な笑みを見せながらそう言った。

彼の帰ってきた意味を強めることができ、自分の歌を何の偽りも無く褒められた友希那は顔を紅潮させながら一瞬だけ硬直する。

紅潮は治まらないが、すぐに硬直から抜け出すことはできたので、笑みを見せて返した。

返事を聞けて納得したのか、貴之と俊哉は今度こそ歩き出し、この場を後にした。その時、貴之の希望が更に大きくなったかのような表情が見え、思わずそれを目で追い、彼が部屋から離れるまで見送っていた。

 

「(私はヴァンガード(彼の世界)を知って、貴之は歌とバンド(私の世界)を知った……後は互いに突き進むだけね)」

 

昨日と今日で互いの世界を知りあったことを思い出しながら、友希那は静かに目を閉じる。前までは話しでしか知らない状態だったが、自分の目で知ることのできた今なら違うと断言できる。

迷うことなど何も無い。互いに目指す場所へ進むだけだった。

 

「湊さん、どうかしましたか?」

 

「何でもないわ。それよりもこれからの方針を決めましょう」

 

「わかりました。では、互いの予定から確認しましょうか」

 

――だからこそ、私はFWFで結果を残すため……お父さんの音楽を認めさせるために進むの。改めて決意した友希那は、早速紗夜と打ち合わせを始める。

紗夜と組んでからの第一歩が、ここに始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、いっけね……!紗夜に俺の名前言うの忘れてた……」

 

「……ん?ああ……そういやお前だけあの場で名乗ってないな……」

 

ライブハウスを出てすぐに、俊哉が思い出してハッとする。

そう言われて遅れながら貴之も思い出した直後、俊哉は「やっちまったぁ……」と項垂れる。

今更戻るような気にもなれないし、邪魔する訳にもいかない。そんな二重の条件が俊哉に強く後悔をさせる。

 

「はぁ……しょうがねぇ。また次の機会にでもするか……」

 

俊哉は潔く諦めを付ける。それを聞いた貴之も「そうだな」と肯定を返す。

 

「チャンスは一回とは限らない……俺だって、こうしてまた友希那やお前と会えたんだ……」

 

「お前が言うと説得力あるな……けどまぁ、それが一番みてぇだな」

 

実際に五年前にここを離れ、戻ってきた貴之がその体現者なので、俊哉も素直に従う。

自分は貴之と友希那のようなパターンと比べ、待つ時間が圧倒的に短いと考えれば意外に心が楽になる。

 

「そういや飯どうする?」

 

「どうせなら食ってくか……と言いたいところだが、友希那に頼まれてるから普通に帰るよ」

 

「それがいいな。じゃ、途中までは普通に行きますか」

 

外出中でこの時間なら普段はどこかで食べに行くところだが、リサのことを頼まれた今回は必ずしもそれがいいとは言い難い。

その為今回は妥協し、そのまま直帰と言う形に落ち着く。

 

「あっ、あの!すみません!」

 

「「……?」」

 

話しが決まって歩き出そうとしたところで、突然声をかけられた貴之たちはそちらへ顔を向ける。

顔を向けて見れば、そこには羽丘中等部の制服を着た、紫色の髪をツインテールにしている少女と、その後ろには紗夜と同じく花女の制服を着た、綺麗な黒髪を持った少女がいた。

 

「友希那って、まだ中にいるんですか?」

 

「今はチーム組んだ人と打ち合わせしてる……と言ってもギターの子が一人だが……」

 

紫髪の少女はチームを組んだと言う単語を聞いて驚き、ギターと聞いて安堵する。

恐らくはパートが違うのだろう。友希那に用があると言うことで、貴之はそう考えていた。

また、俊哉の方もチームを組んだ時の反応を見て、一つの結論に至る。

 

「ひょっとして……友希那とチームを組みたいのか?」

 

俊哉の問いかけに少女が頷く。予想が当たったのはいいが、俊哉は少し難しい顔をする。

 

「どうだろうな……さっきの子で友希那の基準よりある程度上ってレベルだからな……」

 

「……さっきの子?」

 

その反応を見た俊哉は、紗夜と友希那の歌を聴く直前のことを思い出す。

目の前にいるこの少女は、友希那の出番が来るまで会場の部屋にいなかったので、紗夜のことを知らないでいる。

それを思い出してどう説明しようか迷う俊哉だが、少女が頷いた辺りで今日友希那と一緒にいた時間を中心に遡っていた貴之は一つの結論を出した。

 

「今日の内に入りたいこと伝えれば……その場ですぐは無理でも、何らかの方法でチャンスは得られると思う」

 

「……!」

 

貴之の出した答えは少女に希望を与え、それを聞いた俊哉は一瞬だけ目が点になってしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうやってその答えを出した?」

 

「ヒントはあの部屋出る時俺が友希那に言われたことと、こっちに来るまでの道のり……友希那と合流する前にしてた俺らの会話だ」

 

「部屋出る前と合流する前……あっ!それなら確かにチャンスはあるかもな」

 

貴之に言われた通りその時の出来事を辿った俊哉も、導き出された答えにたどり着いた。

友希那を知る二人が肯定してくれたので、紫髪の少女は喜びの顔を見せ、黒髪の少女も安堵する。

 

「俺らはそろそろ行くよ。話しはもうすぐ終わるだろうし、頼むならもう少し待ってるといいと思う」

 

「話せばわかってくれるかもしれないから、頑張れよ」

 

「はいっ!ありがとうございます!」

 

貴之と俊哉は順番に励ましてから去っていき、紫髪の少女は去っていく彼らに礼を言いながら頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あこちゃん……よかったね」

 

「うん……チャンスあるって言われたら、ますます頼みたくなった!」

 

貴之らが去っていくのを見送ってから、燐子は紫髪の少女……宇田川(うだがわ)あこに声をかける。

今回この二人がライブハウスに来た経緯としては、あこが自分なりの恩返しをしたいというものからだった。

この二人はとあるネットゲームで知り合い、そこから仲良くなった経緯がある。実際に合って話して見れば互いに持っていないものを持っていることからウマが合い、すぐ友人関係になれた。

ちなみに、あこが自分なりの恩返しだと言う理由として、普段から燐子に助けられていると言う理由にある。

度々行っているカッコイイもの探しの恩返しとして、自分の中で一番カッコイイものを見せると言う……燐子からすればいかにもあこらしい恩返しのやり方だった。

 

「(人がたくさんいるの……苦手だったけど……来てみて……よかった)」

 

燐子は元々大勢の人がいる場所を大の苦手としていて、無理して入った結果が友希那の歌が始まる直前の青くなった顔であった。

隣のカフェテリアでゆっくりしていたところをあこに切り出され、迷っていたところを少々強引に連れて行かれたような形ではあるが、燐子からすれば恨みは無く、寧ろ感謝の念がある。

もし自分一人だけだった場合は踏み出せないまま立ち去るか、迷っている内に時間がきてしまう所を、あこのおかげでライブハウスに入ることができ、あの歌を聴くことができた。

彼女の歌を聴いたあこがチームに入る為に待機をするので、燐子はその行く末を見届ける選択をした。

本来ならキーボードを弾くことはできるが、それはまだ誰にも話したことは無かった。また、自信が持てないことから今回は見送りにしたのだ。

あこがドラムをやっていることは以前聞かせて貰っている……と言うよりも彼女から話してくれてそれを知っていたので、「ごめんね」と心の中で謝る。自分は彼女と違い、恐れずに踏み出すことを苦手としていた。

 

「く、来るかな……会えるよね……?」

 

「だ、大丈夫……だと思うよ……?」

 

あこが自信無さそうに問いかけて来たので、燐子も思わず疑問形で返してしまった。

暫くこうして待っているのだが、ようやく出てきたと思ったらさっきの二人であった為、不安が出てきていたのだ。

燐子が待ってくれるのでこうして自分は張り込むことのできているあこなので、ギリギリまで待つ以外の選択肢は残されていなかった。

 

「(大丈夫かな……自己紹介とかどうしよう?)」

 

緊張した心持ちで友希那が来ることを待っていると、ついにそのチャンスが巡ってくる。

 

「あなたと組めることになってよかったわ。もうスタジオの予約、入れていいかしら?時間は限られているから……」

 

「構いません。ところで、他に決まっているメンバーは?」

 

「(……!ゆ、友希那が来た!)」

 

二人の少女が話しながらスタジオロビーからこちらにやってきていた。その片方は、話しかけようと思っていた友希那だった。

その姿を見たあこは緊張が強くなるのを感じた。もう誰もいないのだろうか、出入口で立ち止まって話しているので、十分にチャンスはあった。

 

「今、ベースで入りたいと言っている子が一人いるから、近頃オーディションを行おうと思っているわ。それ以外は誰も決まっていないし、名乗りも来ていないわ」

 

「そうなるとあと三人と見た方がいいですね……」

 

紗夜の持つ考えに友希那は同意する。名乗ってくれても、入れていないならいないものとしてカウントする方針だった。

当然実力の足りない人を集めるつもりは毛頭もないが、かと言って時間を掛け過ぎるのもよくない。だからこそ紗夜の口からは「急ぎましょう」と促しの言葉が出る。

 

「実力と向上心のあるメンバーを見つけ、少しでも練習時間を確保し……」

 

「最高の曲を作り、最高のコンディションで、コンテストに挑む」

 

「……本当に、あなたとはいい音楽が作れそう」

 

これ程綺麗に方針が一致したことに、紗夜は喜びを見せる。それは友希那も同じらしく「そうね」と頷いた。

 

「メロディはさっき聴いて貰ったものを、私の方で詰めてみるわ」

 

「では私は、そのあとのパートのベースを……」

 

「あっ、あの……すみません」

 

話していた二人は、あこに声をかけられたことで話しを中断してそちらを振り向く。

友希那は「話しがあるなら聞くわ」と言いたげな様子だが、紗夜の方は「早くしてください」と言わんばかりに厳しめな目を送って来たので、あこは思わず体が震えるのを感じた。

しかし、ここで「何でもないです」など言おうものなら話しかけた意味もないし、彼女らを不愉快にさせるのは明らかだ。ましてやあこにそんな選択肢は無いので、勇気を持って踏み出すことを選んだ。

 

「さっきの話って……本当ですか?友希那……さん、バンド組むんですか?」

 

「ええ。その予定よ。……その話しが聞こえていたと言うことは、メンバー参加を希望しているの?」

 

燐子(親友)に話す時と比べて明らかにたどたどしくなってしまったものの、どうにか友希那に話しを切り出すことはできた。

あこの問いに友希那は肯定を返し、重ねて問いかけると、あこはそれに頷くことで肯定を返した。

 

「えっと……これも聞こえちゃったことなんですけど……。オーディション、やるんですよね?それっていつ頃ですか?」

 

「その子と私たちのタイミングによるけど、まだ未定ね……」

 

そこに希望の活路を見いだしたあこは、更に入り込んでいく。

その様子を見た友希那は、あこのチームに入りたい気持ちが極めて強いことを感じ取り、現状を説明する。

未定であることは仕方ない。何しろ今朝、リサに頼まれて承諾したばかりで、今日のこともあって予定など立てようにも立てられなかった。

しかしながら、今回あこにとって大事なのはオーディションの日程では無くやるかどうかで、やると答えて貰えたあこは最後の一押しに出る。

 

「あこ、世界で2番目に上手いドラマーですっ!1番はおねーちゃんなんですけど……!あこもそのオーディションに参加させてください!」

 

「「…………」」

 

「あ……あれ?」

 

あこ個人から見れば何の問題もない自己紹介と同時に頭を下げるが、二人は一瞬固まってから顔を見合わせる。

二人から返事が返って来ないのでおかしいと思ったあこが顔を上げると、丁度二人がこちらに目を向け直していた。

あこにとっては問題ない自己紹介でも、友希那たちからすれば「2番目」を自慢したことが頭を抱えさせる内容だった。

 

「(どうしたものかしら……)」

 

友希那は顎に手を当てて考える。1番を自慢されていた場合はすぐにオーディションの参加を承諾したのだが、それ故に頭を悩ませることになった。

紗夜は間違い無くあこに厳しい言葉を投げるのは明らかで、時間を掛けることはできない。

しかしながらあこのどうしてもと言う目を見ていたので、意外に考える時間は要さなかった。

結論を出した友希那が思考を現実に戻すと、紗夜は呆れたようなため息をついていた。

 

「……あなた。私達は本気でバンドをしようとしているのよ?遊び半分では困るの」

 

「そうね……私としても、2番目を自慢し、そこに甘んじて遊び半分でやるような人と組むのは難しいわね……」

 

「…………」

 

紗夜の言葉に同意した友希那の言葉を受け、あこの表情が沈む。

自分と相手の価値観が明らかに違うのが判明し、それを強く突き付けられたので、それもそのはずだった。

その光景を見た燐子も、今回はダメかもしれないと思ってしまった。

 

「ただ……そうね。もし、あなたがその1番の人を抜かそうと、遊びじゃなくて本気でやろうと言う決心が付いたなら、また来なさい……その時にもう一度聞くわ。紗夜、行きましょう」

 

「ええ」

 

「あ……」

 

友希那は妥協案を告げてから紗夜と共に去っていく。

すぐさまに去っていった二人へ反応が遅れ、あこはしばしその姿を見送る。

 

「あこちゃん……大丈夫?」

 

「う、うん……大丈夫。ごめんねりんりん、長い時間待たせちゃって……」

 

燐子に声をかけられたあこは、待たせてしまったことを詫びる。

普段なら前向きな発言の多いあこが今回は特に言わないので、燐子は少々不思議に思った。

 

「あこちゃん……どうかしたの?」

 

「ちょっと考えごと。どうしようか考えてて……」

 

友希那に言われたことが引っ掛かっていて、あこは悩んでいた。

ここで考えてもすぐに答えを出せそうには無いので、待たせても悪いと思ったあこはライブハウスに背を向けた。

 

「そんなすぐに答え出なそうだし、帰ってからゆっくり考えてみるよ。そろそろ行こっ」

 

「うん……そうだね」

 

そんなすぐには自分にも話せないだろうと思った燐子はそれ以上追及することはせず、あこと共に帰路へ付いた。

 

「(本気でやるのはそうなんだけど……おねーちゃんを抜かそうとするか……)」

 

――それってできるのかな?そのことが、あこを悩ませていた。

それを相談できぬまま燐子と別れ、家に帰った後も考えて見たが、その日一日で答えは出せなかった。




一通りRoseliaのメンバーは全員出すことができました。
原作だと妥協案もへったくれも無く申し出を一蹴されていたあこでしたが、こちらでは妥協案が出るだけまだ良かったかなと言ったところ。
日菜を知っていると言う危険要素は、『この場にいない人を考えても仕方ない』、『一個人として紗夜を見る』の二点からものの見事に回避する形になりました。
次回もこのままガルパ本編継続になると思います。


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イメージ7 自分だけの音

今回はちょっと短めに文章が纏まりました。


「ホント!?友希那ちゃんチーム組めたの!?」

 

「ええギターの子が一人ね」

 

紗夜とチームを組んだ翌日の昼休み。友希那はリサと日菜に一人とチームを組めたことを話した。

それを聞けば日菜が食い気味に聞いて来たので肯定すると、日菜とリサの二人は「よかったね」と言ってくれた。

自分もチームを組めたことが嬉しいので、友希那は「ありがとう」と素直に返した。ようやく一歩前進ができたことは、予想以上に嬉しかったらしい。

 

「ところで、そのチーム組んだ子はなんて言うの子なの?」

 

「組むかも知れないから気になるの?」

 

「うん。知ったからって変に意識しようとは思わないけど、気になるものは気になるよ」

 

友希那に問い返されたリサの答えを聞き、それもそうかと思った。

リサの立場なら、自分もそうなっていただろうと友希那は考えながら、「分かったわ」と言って一泊間を置いてから話す。

 

「その子、氷川紗夜って言うの。一時期の私くらいに無駄を嫌うけど、音楽への意識は本物よ」

 

「氷川って、ねぇ日菜、その紗夜って子……」

 

「うん。と言うか、組んだのおねーちゃんとだったの!?」

 

友希那の答えを聞いたことで気づいたリサが日菜に話しを振り、日菜が思わず大きな声を出す。

まさか自分の姉が、自分の友人と組むとは思ってもみなかったのだ。

 

「そうだけど……聞いていなかったの?」

 

「あはは……実は、聞こうとしたらすぐに追い返されちゃった……」

 

日菜は先日紗夜の変化を感じ取って聞きに行ったのだが、門前払いされてしまっていた。

その時日菜の落ち込んだような様子を見て、友希那たちは日菜と紗夜(二人)の仲があまり良くないと予想を付けた。

 

「そうなるとライブの時とか……どうしようかしら?」

 

「ああ、それなら変装で誤魔化して行くよ。誰かと会って、話しを聞いてついてきたってことにすればいいし……最悪は途中で帰ればどうにかなるよ!」

 

――あ、もう策考えてるんだ……。日菜の言葉を聞いた友希那とリサの二人は苦笑する。

これなら一応は大丈夫だろう。後は本人と紗夜次第になっていた。

 

「(日菜のことは……あまり触れないようにしておきましょう。せっかく組めたのだから、琴線に触れるようなことは良くないわ)」

 

友希那は今後の練習に当たって注意を心掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「一人見つけられたんだ……!よかったぁ……」

 

友希那が二人に近況を話している時と同刻、後江にある教室の一つでも、似たような会話があった。貴之らがいる教室である。

実際に見てきた貴之と俊哉が、大介と玲奈に先日何があって、どんな人と組んだのかを話していた。

 

「今度ライブやるなら見に行きたいなぁ~……連絡とか送って貰えるのかな?」

 

――流石にチケット制だったら無理に頼まないで、自分でやるんだけどね……。玲奈は左右の足を上下交互に動かしながら呟く。

自分一人だけだったらまだしも……と思うことはあるが、他に見たい人たちだっているのだから、こういうのは自力で手にしてこそだろうと考えていた。

これに関しては俊哉がチケットに関してそういう方針で動いているのがあり、それに影響されているところもあるが、最終的に自分もそう思った故に玲奈もこの方針になった。

 

「一人、ドラムで参加したいって言ってた子はどうなったんだ?」

 

「それはまだ何も聞いてないな……」

 

大介に問われた貴之は正直に答える。彼女に昨日は「チャンスはある」と言ったものの、実際どうするかは友希那たち次第だった。

――流石に一回で容赦なく突っぱねられてたら謝るしかないか……。貴之は少々不安になってしまった。

 

「まぁ、言い方間違えなきゃどうにかなるんじゃねぇの?……チーム組んだ子がお堅い感じするけど……」

 

「だからちょっと不安なんだよ……」

 

俊哉はフォローしようとしたが、紗夜のことを思い出して自信を無くす。

そうなることをある程度予想出来ていたため、貴之は頭を抱えながら顔を下に向ける。

――友希那が上手くやってくれてることを祈るしかねぇ……。彼女らの方針に口出しするつもりはないし、それは場違いすぎるので、祈ることしかできなかった。

 

「メンバー集めるって言うとさ、オーディションとかってやらないのかな?いつまでも同じライブハウス通いじゃそろそろ厳しくなるだろうし……」

 

「ああ。リサが友希那に頼み込んだから、開始までに集まれば纏めてやるんじゃないか?」

 

「……え?ベース再開したのいつなの?」

 

玲奈の呟きを拾った俊哉が答えた瞬間、彼女が一瞬だけ固まってからもう一度聞いてきた。

大介も「いつからまた始めたんだ?」と言った顔をしているのをみて、そういやまだ話してないんだったと貴之と俊哉は気がついた。

――というか、リサが辞めたのってその時期だったのか……?大介の様子を見て、リサが一度ベース辞めたのは中学生時代であることを予想した。

 

「昨日の朝だな……俺が気が付かなきゃ、友希那も知らないで終わったと思う」

 

「昨日の朝かぁ……って、そういうことなら昨日教えてくれても良かったじゃん!あたし結構気にしてたんだよ!?」

 

「マジか……それは悪かった」

 

玲奈はリサがベースを辞めた時の辛そうな顔を知っていたので、どうしたものかと気にかけていた。

その後しばらくはファッション等で楽しんでいたのである程度は大丈夫だったが、またやるようにしたとなればそれはそれで嬉しいものだった。

当時のことは流石に知る由も無かったので、貴之は玲奈に詰め寄られたことで思わず一歩後ずさりながら謝る。

 

「とりあえず、今後に期待……でいいのか?あいつのことだから、やるって言ったらとことんやるだろうし」

 

「ああ。それでいい」

 

大介の問いに俊哉は肯定する。何がともあれ、コンテストに出るためのスタートラインに立てる目途が見えてきていた。

 

「(頑張れよリサ……そして、できることなら……友希那が音楽の楽しさを取り戻す手助けをしてやってくれ)」

 

心の中で応援しながら、貴之はこういう時に無力な自分に嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(今日はいない……まだ答えを出せていないみたいね)」

 

あこの申し出に妥協案を出して数日後の夜。

普段友希那の使っているライブハウスのスタジオが予約でき、そこで紗夜と練習を終えて外に出て見たらあこの姿は無かった。

流石に今すぐに答えを出すことはできないのだろう。一瞬だけ難しく言い過ぎたかもしれないと思ったが、それは違うと否定する。

 

「(私たちと組むのなら、向上心と、遊びでないことを示すものが欲しい……実力は、後からでも上げられるものだから、その二つが優先ね)」

 

一番を自慢してくれるならあの場ですぐにオーディションの参加を承諾できたのだが、二番目を自慢して来たことが決め手を欠いていた。

とは言え、彼女が諦め切れないなら話しは聞こうと思うので、やはり彼女の決断次第だった。

 

「この前来た子のことですか?」

 

「ええ。すぐに来るんじゃないかと思っていたけど……そうでも無かったみたい」

 

紗夜の問いに肯定しながら予想外であることを口にする友希那だが、焦らずゆっくり考えて欲しいとも思っている。

こちらもこちらで、メンバー選定は厳しく行うので、急いで中途半端な答えや力を見せるよりは、落ち着いてしっかりとしたものを見せて欲しいのだ。

 

「大丈夫なのですか?どうも湊さんと組みたいだけなようにも見えますが……」

 

「それはあの子次第……かしらね。後はオーディションをするなら、その段階で十分な実力があるかどうか……。実力に不満を感じるなら、遠慮なく言ってくれていいわ」

 

紗夜も実力をかなり気にしているので、足りないようなら容赦なく落とした方が互いの為なのは事実だった。

自分が入りたいと言ってきた人を無条件で入れ、その後衝突で即解散などやりたいとは思えない。

友希那の返答には「もちろんそのつもりです」と紗夜が返したので、全てはあこ次第に決まった。

 

「明日も早いでしょうし今日はこれで解散にしましょう」

 

「そうですね。では、お疲れ様でした」

 

いつも通りの別れ道まで来たので、二人は手短に挨拶して別れる。

基本はその日の練習の内容やメンバー集めの状況を話すことが主で、年相応の女子らしい話しが少ない二人であるため、会話内容の一つ一つがかなり淡泊的なものになり、それほど時間を要さないのだった。

 

「…………」

 

友希那は帰り道を歩きながら、あこのことを少し考える。この前の名乗り方からして、恐らくは自分の姉を全面的に信頼し、尊敬しているのだろう。

そしてそれが、友希那の言った言葉で思い悩む要因になっているかもしれないことも十分に考えるられた。

 

「(あなたが大丈夫なら、こちらには受け入れる準備がある……。焦らず、そしてコンテストに間に合うように、答えを出しなさい)」

 

バンドを組みたいと言う気持ちは確かに伝わっていたので、友希那は心の中であこを応援した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……」

 

友希那と紗夜が練習を終えた時ほぼ同刻。あこは自宅のリビングで悩んでいた。

二日前に友希那が言っていた言葉が理由で、中々答えを出せないでいた。

 

「(ちょっと聞いてみようかな)」

 

自分の頭だけではどうにもならなそうなので、燐子にチャットを送って聞いてみることにした。

内容は『覚悟を証明するものって何があるだろう?』と言ったもので、自分が尊敬する姉を抜こうというのは一度置いておき、先にこちらを考えることにした。

 

「あ。あこちゃんから……チャットだ……まだ……悩んでるんだ……」

 

それをみた燐子は少し考えてから、『ドラムのスコアとか、使えないかな?』とチャットの返信を行う。

返信を見たあこは『使い込み具合とか、そういうこと?』と、更に返信をする。

ドラムのスコアとは、ピアノで言うところの楽譜に位置するもので、それを見ればどれくらいやっていたか等の目安にできるかもしれないものだった。

あこの送って来たチャットに、燐子は再び肯定の旨を返し、それと同時に『言葉だけじゃ、伝えるのが難しいのかもしれないね』とチャットを送る。

 

「言葉だけじゃ……かぁ……」

 

こう言ったことに頭を回すのは得意じゃないので、あこは『じゃあどうしよ?』と素直にチャットを送って聞くことを選んだ。

燐子はそのチャットに対し、『あこちゃんや私が、友希那さんの歌を好きになった瞬間みたいに、音で伝えられたら、いいのになって思った』と返す。

 

「音で……」

 

あこが少しの間固まっていると、燐子から『私も、あの歌を聴いた時、すごいと思ったから。あの感覚は、言葉だけじゃ上手く表せないと思う。バンドって、そういう感覚で繋がるってことかなって』と、自分の想いを乗せたチャット送った。

それを見たあこはどうするべきかの道が一部見えたような気がして、「あっ……」と声を出す。

 

「なんかちょっと……わかったかも!」

 

相談した悩みは解決できたので、あこは『ありがとう!りんりん!』とチャットを送り、燐子も『うん。あこちゃん、頑張ってね』と返信を送る。

音で証明するには友希那が提示した条件を満たす必要があるが、言葉だけではそれを証明しきれない可能性もある。

ならば使い込んでいるスコアを持っていき、ただ遊びでやっているわけじゃないと言う照明の足しにしようと、答えを出すことができた。

彼女の言っていた『一番を抜かそうとする意識』と『覚悟』の内、『覚悟』の部分はクリアできそうなので、問題は『抜かそうとする意識』である。

 

「(どうすればいいかな……?おねーちゃんを抜かすって、そんなことできるの?)」

 

正直なところ、あこは自分の姉を抜かせる気がしていない。

あこにとって彼女は『自分の中にあるカッコイイの理想像』とも言える存在でもあるので、それが『やるかどうか』ではなく、『できるかどうか』と言う考え方に変えてしまっている面もあった。

 

「ただいま~。って、あこ。ここにいたのか……その様子だとまだ時間がかかりそうだな」

 

「あっ、おねーちゃんっ、おかえり!」

 

考えていたら、赤い髪を持つ大人びた雰囲気のある、羽丘高等部の制服を着た少女……あこの姉である宇田川(ともえ)が帰って来た。

彼女はあこから話しを軽く聞かせてもらっており、あこの表情を見て大方そのことで悩んでいることに察しを付けた。

 

「そーなの。片方は今度持っていくもの持っていくことで解決なんだけどなぁ……」

 

「じゃあ今悩んでるのは、『一番を抜かす』ってほうか」

 

巴の問いに、あこは少し落ち込みながら頷く。また、普段から面と向かって言ってくれてるのもあって、あこの中では巴が一番だと言うのも彼女は把握している。

諦めかけてるけど諦められない。あこからはそんな感じが巴に伝わってきていた。

 

「どうすればいいんだろ?おねーちゃんを抜かせるかって聞かれても……できる気がしないよ……」

 

あこの沈み具合は結構大きかった。彼女の中で、巴の評価は基本的にどんな他人よりも高いからだ。

――ドラムの腕前は、あこの方が上なんだけどな……。そんな様子を見た巴は、心の中で呟きながら苦笑する。

ただ、そう言ってもあこの評価は殆ど変わらないし、自分もあこが自慢できる姉であり続けたいとも思っているので、そこにとやかく言うつもりは毛頭もない。

 

「多分あこは『できるかどうか』で考えてちゃってるから、路頭に迷ってんだと思うぞ?」

 

「……え?あれ?ホントだ……」

 

巴に自分の考え方を指摘されたことで、あこもそこに気付く。

――これなら後は、少しだけ押してやれば大丈夫かな?そう考えた巴は、言っておくべきことだけ言うことにした。

 

「今回の場合は『やるかどうか』だから、実際にできるかどうかは考えなくて大丈夫なんだ。だから、そんなに難しく考えないで大丈夫だ」

 

「あ、そっかぁ……本当に今までそっちで考えちゃってたよ……」

 

あこは考え方のずれがあったせいで、今まで本当に答えを出せないと言う不安が募っていた。

それは巴が今言ってくれたことで無くなり、緊張の糸が切れたかのように感じられた。

 

「湊さんのとこに入りたいって言うんだし……『自分の中にある、自分だけの音』を見つけられるともっといいかもな」

 

「自分の中に……」

 

巴の言ったことをあこは繰り返し、考える。今まで『巴のようになりたい』と言う想いでやってきていたあこにとっては、ターニングポイントにも思えていた。

――じゃあ、今までのあこはダメだったの?と考えそうになったあこは、その考えを一度止める。

姉は何も、今までのやり方を悪いとは言っていない。どうせならその方がいいだろうと言ってくれている。そこまで纏めると、答えが少しずつ出てきた。

 

「そっか……おねーちゃんの音はあこの音を作る『参考』にして、最後は自分だけのカッコイイ音にすればいい……そうだよね?」

 

「その通り。分かってくれてよかったよ」

 

よくできましたと言うかのように頭を撫でてやれば、あこは「えへへ~」とはにかんだ笑顔を見せる。

一通り満足したあこは、思い出したように「あ、そうだ」と声を上げる。

 

「おねーちゃんって、友希那さんのこと知ってたの?」

 

「ああ。何しろ羽丘(うち)の高等部の人だからな」

 

そう言われればあこも納得できた。確かにそれなら知っていても何らおかしくは無い。

というより、どうして自分は知らなかったんだとすら思ってしまった。高等部と中等部では会う機会も非常に限られているので、仕方ない面はあるが。

 

「ほら、同じダンス部のリサさんいるだろ?その人の親友が湊さんなんだ」

 

「あ、そうなの?あこ、リサ姉からその親友さんの話しはよく聞かされてたんだけど……その人が友希那さんだったんだぁ……」

 

あこはダンス部にも所属しており、リサは同じ部活の先輩だった。彼女から話しをよく聞かされるが、まさかその人が友希那とは思ってもみなかった。

リサとは仲がいいので、今度相談してみるのもいいかもしれない。巴の話しからあこはそう判断を付けた。

 

「どこか時間空いてるといいなぁ……。おねーちゃん、話しを聞いてくれてありがとう!」

 

「おう。じゃあアタシは一旦着替えて来るよ」

 

あこが満足したのを見た巴は、まだ着替えていないので自室に移動する。

部屋のドアを開けるその直前に、「そうだあこ」と言いながら顔だけこちらに向けて来たので、あこも巴の方へ顔を向ける。

 

「頑張ればその内絶対に抜かせるようになるから、頑張れよ」

 

「……え?」

 

それを言えて満足した巴は今度こそ自室に入っていった。

あこは予想外の言葉に返事が遅れ、ただただ見送るだけの形になった。

 

「(頑張れば……か。よーし、早速やってみよう!)」

 

しかしそれが悪い方向に働くことは無く、プラスに働いたあこは、ドラムの置かれている部屋に移動して練習を始めた。

ドラムの音が聞こえた巴は、「もう抜かされてるんだけどな」と思いながらも、頑張るなら邪魔をするつもりはない。

だからこそ、心の中で頑張れよと応援し、静かに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ~。答えが出たから、友希那に頼もうってことだね?」

 

「うんっ!完全に拒否された訳じゃないから、これも見せて話そうと思ってるの!」

 

巴と話しをした翌日の放課後。校門前で友希那を待っていたあこだが、先にリサが出てきたので最近起きたことを話していた。

ちなみにあこはリサに対してタメ口を使っているが、リサ自身が特に気にしないどころか、仲良くなれるなら構わないと言う考えを伝えたので、あこはその好意に甘えさせて貰っている。

 

「凄い……こんなに使い込んでるんだ……。これを見せれば少し変わって来るかもしれないね♪」

 

「……ホント!?やったー……はまだちょっと早いや」

 

あこがドラムをやっていることは聞いていたので、そのボロボロになっているスコアが彼女の練習量をリサに教えてくれていた。

それを見たリサが前向きに言ってくれて嬉しくなったあこは一瞬舞い上がるが、まだ決まっていないことを思い出して一度クールダウンさせる。

その後少しの硬直を挟んでから、リサは口元を手で隠しながら、あこは頭を掻きながら笑う。

 

「そういえば、友希那さんは一緒じゃないの?」

 

「アタシと友希那は別のクラスだからねぇ~。向こうのHR長引いてたから、先にこっちまで来てたんだ」

 

思い出したようにリサが聞いてみると、リサが理由と経緯を話してくれた。

そんなことがあったので、リサは友希那に『先に行ってるよ~』とCordでチャットを打っている。HRが終われば何か反応を返すだろう。

 

「昨日おねーちゃんに教えてもらったけど、リサ姉の親友が友希那さんだって……あこ、始めて知ったよ」

 

「ああ……そう言えば、名前は言わずに話してたんだったね」

 

あこに言われたことで、リサはどう話していたかを思い出す。

友希那のことは名を出さずに話していたので、あこはリサの親友の特徴やどんなことをしているかは知っていても、誰かが全くわからない状態だった。

しかしながら、話していた特徴として、大人しめであることと、歌が非常に上手いことが一致していたので、納得できる要素はそれなりにある。

 

「(友希那のチーム、もしかしたら一気に人が揃うかも知れないね)」

 

人が揃えば、そこからコンテストに向けての一歩を踏み出せる。それがもうすぐでできるかもしれないとなれば、今まで応援していた身としては嬉しいところだった。

もちろん自分もFWFに出たいと思うようになった身であるし、彼女を手伝いたいと思っているので、リサ自身も頑張らねばならないところだった。

そう考えていたら、携帯が振動したので確認してみると友希那から『HRが終わったから今から向かうわ』と送られてきていた。

 

「友希那がもうすぐ来る見たいだよ。上手く行くといいね」

 

「も、もうすぐなんだね……」

 

リサに言われて、あこは体が強張るのを感じた。

――大丈夫かな?持ってきた答えが間違ってないかな?昨日()燐子(親友)にヒントをもらったり、手伝ってもらったりしたものの、どうしても緊張してしまう。

 

「……あれ?こないだいた子とリサじゃねぇか。何やってんの?」

 

「ひゃあ!?」

 

緊張していたところ聞きなれない声の掛けられ方をされ、あこは思わず裏返った声が出てしまった。

振り返って見れば、そこには以前自分が友希那の知り合いであることを確信して話しかけた、黒髪を持った少年と、その友人である白髪の少年がいた。

 

「貴之、あこと知り合いだったの?」

 

「知り合いっていうか……友希那のことを聞かれたから答えただけだな……」

 

リサに問われて、貴之は腕を組んで唸り気味に答える。

実際のところ、道に迷っている人に道案内をしたくらいの感覚しかなかったのだから仕方ないだろう。

 

「……えっ?リサ姉、この人と知り合いだったの?」

 

「うん。知り合い……というよりは、幼馴染みだけどね」

 

「ついでに友希那ともな」

 

「えぇ~!?」

 

困惑したあこへ答えるリサに、貴之が補足を入れるとあこは驚いて大きな声を出してしまった。

時折、リサから友希那の話しを聞くに当たって、何度かに一度だけ幼馴染みの男子の話しを聞いていたが、まさかその人だとは思わなかった。

 

「この子は宇田川あこ。同じダンス部にいる後輩なんだ~♪」

 

「この間はどうもっ!宇田川あこです……!」

 

「そうだったんだ……。俺は遠導貴之だ」

 

リサに紹介されたあこが頭を下げ、貴之も改めて自己紹介する。

まだ一言しか話していないが、あこは素直な子だなと貴之は感じ取った。

 

「そう言えば、こないだは友希那と話せた?」

 

「話すことはできました!その時は決心が付いたらもう一回来てほしいって言われたから、今日改めて伝えるつもりです!」

 

友希那が完全には突き放さなかったことと、あこがめげずに進んでいるのを見て貴之は安堵する。

もしこれで突き放されてしまっていたら、今頃彼女に深く頭を下げていたことだろう。

 

「これとかもあれば大丈夫かな……って思うんですけど、どうしても緊張が……」

 

話している途中で友希那がもうすぐ来ることを思い出し、あこは再び体を震えさせる。

そうなりながらもあこが取り出した、ボロボロになっているスコアを見た貴之は、その子が相当頑張っていることを理解した。

 

「大丈夫。その練習した証と、自分が一番上まで行くって言う気持ちがあれば、今度こそちゃんと伝わるよ」

 

貴之は大丈夫だと言う確信を持って言う。

これはスコアの使い込み具合とあこの目、それから友希那が受け入れる余地を残していると言う三点からの判断だった。

残りは言い方を間違えないことくらいだろうから、その辺りは成功を祈ることになる。

友希那のことを知る人からそう言われたならと、あこも少しだけ自信を持てたような気がする。

 

「あ、来たみたいだね……お~い、友希那~」

 

「……!」

 

話している間に友希那が校門へ歩いてきているのが見えたので、リサは彼女に向けて手を振り、リサの声を聞いたあこが気を引き締める。

リサが手を振っているのが見え、その隣りにあこが、その近くには偶然居合わせたであろう貴之と俊哉の姿が見え、珍しい組み合わせだと思いながら友希那はそちらに足を進めた。

 

「珍しい組み合わせだけど……どうかしたの?」

 

「あこの話しを聞いてたら、この二人が来たって感じかな~」

 

「えっと……リサはこの子と知り合いなのね?」

 

「うん。同じダンス部の後輩だからね」

 

リサから話しを聞いて納得できた。ダンス部は中等部も一緒にいるので、高等部のリサと一緒に中等部の生徒がいると言う状況もよくあることだった。

 

「ここに来たということは……覚悟は決まったのね?」

 

「はい……!あこ、友希那さんのチームに入って、自分だけの音を見つけて上に行きたいんです!」

 

友希那の問いに答えながら、あこは手に持っているボロボロになっているスコアを渡す。

それを手にとって見た友希那は驚いた。予想以上に練習しているなと確信できた。

 

「もちろん遊びじゃないです!本気でやろうと思ってます!一回だけでもいいんですっ!お願いします!」

 

あこは思いっきり頭を下げる。どうしても入りたい、そんな想いでいっぱいだった。

ちなみに、思いっきり頭を下げたことで友希那の表情が見えないので、どんな反応をされているか分からないし、何て言われるかも分からない。

それ故に怖くなったあこはぎゅっと目を閉じて、友希那の答えを待った。

 

「あこと言ったわね?一先ず顔を上げて頂戴」

 

「……え?」

 

予想以上に優しい声が聞こえ、あこが恐る恐る顔を上げれば微笑んでいる友希那が見えて困惑した。

少なくとも怒っていないことだけはわかる。彼女に何があったか分からないあこは答えを聞くまで呆然と友希那の顔を見つめてしまった。

 

「しっかりと答えを持って来てくれて、安心したわ」

 

「……!」

 

友希那に自分の持ってきた答えが正解であることを伝えられ、あこは驚きと安堵を同時に感じる。

 

「オーディションの件、受け入れるわ」

 

「よかったね、あこ」

 

「うん!本当に良かった……!」

 

あこは気が付けば瞳から涙が滲み出ていて、それに気づいたリサが渡してくれたハンカチで目元を拭いた。

彼女もオーディションに参加させるのが決まったので、友希那は一つ確認を取っておくことにした。

 

「リサ、あなたはもうオーディションを受けても大丈夫?」

 

「……うん。時間あったおかげで一通りは弾けるようになってきたからね」

 

「……え?リサ姉も参加するの?」

 

それはリサがもうオーディションを受けても大丈夫かどうかだった。元々人がいないなら、リサと日程を相談して決める予定だったが、あこも参加するのでここで聞いてしまうことを選んだ。

リサはもう大丈夫だと答えたので、状況についていけないあこが問いかける。

あこが問いかけたことで自分が参加することを知らないことに気づき、「そう言えば言ってなかったねぇ~」とリサは柔らかい笑みを見せる。

 

「実はアタシもベースで参加するんだ~♪だから、一緒に頑張ろうね?」

 

「……うん!あこも頑張る!」

 

リサもいるなら心強い。そう思えたあこの表情が明るくなる。

そんな二人の様子を見た貴之と俊哉は互いに顔を見合わせて頷き、友希那も笑みを浮かべる。

 

「今日もスタジオで練習するから、大丈夫ならそこでやってしまおうと思うけど……いいかしら?」

 

「そうなの?それならベース取って、途中から合流するよ」

 

「なら、場所は携帯に送っておくわ。あこは大丈夫?」

 

「はい、あこは大丈夫ですっ!」

 

話しが決まれば、リサは「またね~」と言って手を振ってから一度ベースを取りに家まで足を運び出す。

それに対しては、全員で彼女の姿が見えなくなるまで手を振って見送る。

 

「それならスタジオまで案内するから、付いて来て。二人とも、また今度ね」

 

「ああ。またな」

 

「オーディション頑張れよ」

 

「はいっ!本当にありがとうございました!」

 

友希那にとあこもオーディションのために足を運ぶので、貴之は友希那への返事、俊哉はあこに応援を投げながら見送る。

 

「さて、俺たちも行くか」

 

「ああ。あの二人には先に行ってもらっちまってるしな……」

 

俊哉の促しに貴之は頷く。

この二人は実のところ、もしもの期待を込めて羽丘まで様子見に来ていて、大介と玲奈には先に『カードファクトリー』まで行ってもらっていた。

そうして二人は、彼女らのオーディションに期待を寄せている会話をしながらファクトリーまでの道のりを歩いていった。




Roseliaストーリーの4話が終わりました。

変更点は
・あこが最初から考えているので、何度も友希那たちに頼みには行かない。
・ちゃんと答えを持って来ているので、友希那からは一発でOKを貰う。
・羽丘での会話は友希那とリサが話しているところにあこが入ってくる形から、あことリサが話していて、友希那が後から来る形になる。
大体この辺りでしょうか。

また、今出てきているオリジナルキャラの容姿ですが、メインの四人を挙げると……

遠導貴之……『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』の『刹那・F・セイエイ(1st season)』がベースで、これを明るめにした感じ。ただし、体格は2nd season時のものになります(というよりは、偶然設定が彼と被りました)。ところが、誕生日と星座は同作品にいる『グラハム・エーカー』と偶然一致……何があった(汗)。

谷口俊哉……『BLAZBLUE』の『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』がベースで、これのオッドアイを両目ともエメラルドグリーンにし、明るめにした感じ。描写で公開できてませんが、俊哉は貴之と背丈が全く変わらないので、彼ほど大柄では無いです(ラグナの背丈は185)。

大神大介……『BLEACH』の『黒崎一護』がベースで、こちらも明るめにした感じ。
後ほど明かしたいところですが、大介は名前に『大』が付いてるので貴之らよりある程度背が高い扱いです。

青山玲奈……『カードファイト!!ヴァンガード(2018)』の『鳴海アサカ』がベース。ロボットアニメや格ゲー、ジャンプキャラがベースの人たちの中、彼女だけ見事にヴァンガードキャラがベースになっています。


他の人物も後ほど見た目のベースを明かしていきたいと思います。


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「貴之さんのこと、どこかで聞いたことあるような気がするんですけど……何かやっていることありますか?」

 

ライブハウスに移動する途中、気になったあこは友希那に聞いてみた。

リサと彼の口から、友希那とは幼馴染みであることを教えて貰っていることを伝えているので、友希那も問題なく応じる用意はできていた。

 

「やっていることとすればヴァンガードね……。全国までは行ったけれど、まだ優勝はできてないみたい」

 

「……ああっ!なんか聞き覚えあると思ったら、『かげろう』の『ドラゴニック・オーバーロード』使い!」

 

友希那に教えて貰ったことで、あこは思い出せた。

対する友希那は疑問に思った。何せ貴之とあこはこの前会ったばかりで、趣味の話し等はしていないのを聞いていたからだ。

 

「知っているの?」

 

「実は、よく買っているゲーム系の雑誌に、時々ヴァンガードの全国大会で使用されたデッキが公開されるんですけど……ここ数年間は『かげろう』の枠を独占してるんですっ!」

 

彼女が買っているゲーム情報系の雑誌では、時々全国大会で使われたデッキがクランに一つ代表で公開されており、貴之のデッキはその雑誌で度々公開されている。

しかもその時のデッキに『オーバーロード』が必ず入っているので、あこは「この人主軸を一切変えないで戦っているなんて凄い」と思いながらそれを見ていた。

また、この時勘違いされてしまうと大変なので、あこは自分がこの手の雑誌はしっかりと読むことにしている人であることと、ヴァンガードファイターではないことを伝える。

ちなみに、貴之の通っている後江はそれなりにヴァンガードをやっている人はいるのだが、その手合いの人たちは大抵友希那と知り合いであることに引っ張られてしまい、それどころでは無かったせいで貴之が知る由は無かった。クラスの違う人にヴァンガードファイターが多いのもそれを助長していた。

 

「そういうことだったのね……。それなら納得だわ」

 

理由が知れて少しだけ安堵する友希那だが、同時にそう言ったもので彼の行方を追うことをしなかったのは勿体無かったとも感じた。

しかし、それをやっていたら焦りで自分が余計に荒れていた可能性もあるので、あの時はやらなくて良かったのかもしれないとも思えてきていた。

 

「……流石にもう売り切れかしら?」

 

「ああ……流石に残ってないですね。あこの買っている情報誌、一ヶ月で新しいの出ちゃうんですよ」

 

――知った時期が遅すぎたわね……。あこから聞いた友希那は心の中で落胆する。

彼が戻ってきてくれたことで落ち着けている今なら、そう言ったものを見ても大丈夫なので見てみたかったところだが、無いのであれば仕方ない。

それならば次の時でいいだろうと、友希那は割り切ることにした。

 

「あっ、それなら今度貸しましょうか?保管してあるから、まだ残ってますよ」

 

「本当?なら、今度借りてもいいかしら?」

 

「わかりましたっ!そういうことなら今度持って来ますね!」

 

そう思っていたところであこから救いの一言が来たので、友希那はそれに乗っかることを選んだ。

あこが素直にそう言ってくれたのが嬉しく、友希那は自然な笑みを見せていた。

 

「(音楽に打ち込んでいるのは確かだけれど……私は、貴之の走った道のりも知りたい……)」

 

――少し欲張りかしら?考えた友希那は思わず笑みを浮かべていた。何も悪い気はしなかったからだ。

商店街に入ってからはライブハウスが近いので、話しを切り替えてあこに今日やることを説明しながら歩いていく。

あこが素直に聞いてくれるので、話しを進めること自体非常に楽で、ライブハウスに着くよりも早く終わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「遅くなるようだったら連絡入れてね?」

 

「うん。それじゃ、行って来ま~す♪」

 

友希那とあこがライブハウスに着いた頃、自分の母親に事情を伝えたリサはベースを持って再び家を出た。

時間が惜しいので着替えはせず、荷物を最低限にしていた。

 

「(ベース持って歩くの、懐かしいなぁ~……何年ぶりだっけ?)」

 

ベースを持った状態で歩くことがそれなりに前になるので、リサは懐かしい思い出に浸る。

友希那と一緒に、彼の父親にライブハウスへ連れていってもらい、一緒にセッションをした日や、友希那の音楽の話しと一緒に貴之へベースのことを話し、彼がわからないなりに理解しようと努力していた姿等……。一瞬だけだが、貴之がここを離れる前の頃に戻った気分にさせられた。

ただし何も懐かしい想いを抱いただけではなく、同時に緊張もしている。

 

「(……大丈夫、ちゃんと練習はしてきた。ここで潰れちゃダメ)」

 

胸に手を当てて言い聞かせるが、それでも不安なものは不安だった。

時間がある時は無理のない範囲で練習をしていたが、やはりブランクを取り戻すのには時間が掛かってしまうし、完全に取り戻せた訳でもない。

――もしかしたらぶっつけ本番でやった方が気が楽だったかも……と思ったが、首を振ってそれを否定する。

 

「(そんなことは無い……何もしないでやりたいってだけ言う人を、友希那が取ろうとは思わない。あの時だって、友希那の邪魔になるかもしれない……足を引っ張ってるからって思ってアタシから離れたんだから……)」

 

自分が友希那の道を妨げてしまうなら、自分は遠くで見守っているだけでいい。ベースを辞めてからはそう思っていた。

しかしその考えは先導者(貴之)の帰還と、ヴァンガード(彼の戦う場所)を見て完全に変わった。

例えわがままだと言われようとも、友希那と一緒にFWFに行きたくなって、その日のうちにベースの状態を確認し、短時間でもいいから練習していた。

彼がここを離れるよりも前に、俊哉が貴之を『俺たちの先導者』と言っていたが、リサは本当だと思っている。

何しろ離れている間は友希那の心の根底に残って支え、こちらに戻ってきては自分にベースを再開するきっかけを与えてくれたからだ。

 

「(頑張るから、しっかり見ててね?アタシたちの先導者さん……それと、友希那が音楽の楽しさを取り戻すことは、こっちでやってみるから、心配しないで)」

 

自分ができず彼はできることがあるように、彼にできず自分にできることはある。それが友希那が音楽の楽しさを取り戻すための手伝いだった。

そしてそれは、貴之が実際には言わなかったことだがリサに望んでいることで、リサ自身がそうしたいと思っていることだった。

やはり自分にできることがあると言うのは大きく、リサが頑張ろうと思う気持ちを一助していた。

 

「……よし!やるぞ~!」

 

今回のオーディションに合格すればそれもできるし、何より自分の望んだ『友希那とFWFに出る』ことも目指せる。

ならばベストを尽くそう。そう思ったリサは自分に言い聞かせ、少しだけ歩みを早めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「こっちでできることは全部やったな……」

 

「ああ。後はオーディション次第だな」

 

『カードファクトリー』のファイトスペースで向かい合って座り、ファイトの準備をしながら貴之と俊哉は現状を確認した。

総合的に見て、思ったよりも受け入れ体制がいいと言うのが、二人の総評だった。これは何よりも、あこを一回で強く突っぱねず、「こうしてきて」と言ってもう一度時間を与えたことが大きい。

俊哉曰く、荒れて間もない頃は殆ど口を聞こうともしなかったとのことなので、その頃からは大幅に改善されている。

 

「(大丈夫だ……あの二人はやってくれる)」

 

あこは先程見せてくれた練習の証と本気でやろうと思っているその目が、リサはあの時の宣言と、本気でやると決めればそれに向けて必死に努力をすることが、貴之に信じようと思わせてくれる。

だからこそ、貴之は彼女らを信じてヴァンガードファイト(目の前のやるべきこと)に集中することを選べる。

――バンド(向こう)のことは確かに気になるが、俺もこっちを進んで行こう。そう決めた貴之の目が闘争心を見せる。

 

「さぁ、演目を進めましょう」

 

「あぁ……これ手札足りるかな?」

 

隣では玲奈と大介がファイトをしていて、玲奈の宣言を聞いた大介が手札を確認して不安になる。

二人がファイトを進めている際の熱を感じ取り、貴之と俊哉の二人も素早くファイトの準備を済ませる。

 

「さて……俺らもやるか」

 

「……そうだな」

 

準備は全て終え、後はファイトを始めるだけになり、俊哉と貴之は互いに頷き合う。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

互いに裏返していたカードを表に返し、ファイトを始めた。

 

「俺の先攻……」

 

貴之は宣言しながら山札に手を乗せる。

 

「(あいつらはやれることを全力でやる……それは俺も変わらねぇ!)」

 

――少しづつでもいいから前に進む……それだけだ!自分に言い聞かせた貴之は、山札の上からカードを一枚引いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「誰かと思えば、こないだの子を連れて来たんですね……」

 

「ええ。この子が本気だと言うのが分かったから連れて来たわ」

 

「…………」

 

ライブハウスで予約したスタジオに入ってすぐ、友希那は紗夜にオーディションを行うことを伝え、参加するあこを紹介した。

紗夜が猜疑心を持った様子であこを見て、友希那は毅然とした態度で答える。

――あれ?なんかさっきと様子が違うような……。呆然としながら、二人の様子を見たあこは感じ取っていた。

この辺りはまだ確証を持てないでいるが、恐らく紗夜に合わせているのだろう。自分と貴之のことについて話していた時等の違いを思い出し、あこはそう予想を付けた。

 

「まあいいでしょう。パートはドラムでしたね?今すぐに始めるんですか?」

 

「いえ、もう一人ベースで参加する子がいるから、その子が来てから行うわ。あこ、リサが来るまでの間、あなたも練習して構わないわ」

 

「わかりましたっ!」

 

友希那に練習することを許されたあこは、頭を下げて礼を言ってから置いてある練習用のドラムで早速練習を始める。

チャンスを得たのだから、それを有効に使うと言う選択は間違いではないし、彼女たちに自分が本気であることの証明にもなる。

待っているだけだとドラムを叩きたい衝動に負けてしまいかねない可能性もあったので、本当にありがたかった。あこにとって、友希那の歌はそれだけの価値があった。

通しはオーディションの時にやると言われたので、あこは個人のタイミングで練習をする。

この時あこのドラムを聴いた友希那は、全体的にあこの叩くドラムは力強い傾向があることを感じ取った。自身の誇る声量も考えると、彼女のドラムは自分の歌と相性が良さそうに思えた。

ただし、実際にメンバーに入れるかどうかは自分と紗夜が大丈夫と判断すればこそなので、今はまだその判断を下すことはない。しかしそれでも、いい音を出していると思った。

 

「(これは期待できるわ。今までの人よりも明らかに高い技術……オーディションを受けたいと言っただけのことはあるわね)」

 

あこのドラムの音を聴きながら発声練習をする友希那は、表情が自然と和らいでいた。

二人に見えていないのが幸いして特に言われることは無かったが、それでも練習は本番のつもりでやるべきなので、気持ちを切り替えた。

 

「(ちょっと固いかな……?まだ今日は慣らし始めたばかりだから、そこは仕方ないかな)」

 

緊張も重なっているが、あこは自身の動きが固いことに気がつく。

しかしここで後向きに考えることはせず、本番が始まる前にしっかりと動けるようにしておくと言う考えに切り替える。

そう考えることで更に固まると言う惨事を避け、少しずつ自然に、いつも通りに叩けるようになっていた。

一通り動けるようになったあこは一安心し、本番で崩れないように気を付けた練習にシフトする。全身を使う楽器のドラムは他のパートと比べて体力の消耗が早いのが難点で、それ故に体力を使いすぎてまともに叩けなくなるのを避けるべく、体力づくりやペース配分をしっかり行う等の対策が行われるケースは多い。

あこ自身も、体力が持たないと感じたら休憩を挟んだりしていたが、彼女たちのチームに入るなら体力強化も必要になるかもしれないと感じた。

 

「(本番に備えているのか、少々控えめに叩いているようね)」

 

練習をしながら、紗夜はあこのドラムの叩き方を感じ取った。

それでも練習の様子から、どんなスタイルをしているか等は見えてきている。

とは言え、チームに入れるかどうかの判断するのはまだ早いとは思っていた。

 

「(なら、本番に期待するとして……今は練習に集中しましょう)」

 

紗夜は割り切って練習に戻る。これ以上考えるのは時間の無駄と判断したからだ。

少しでも日菜(天才)との差を縮める為に――。まだ知れ渡っていないが、紗夜の心持ちはかなり荒れていた。

普段から比べられているが故に紗夜は、本当ならもう少しゆっくりできるはずなのに、常に最短を求めるようなやり方になってしまっている。

――もう……負けを直視させられる(比べられる)のは嫌。紗夜の胸の内はそんな想いでいっぱいになってしまっていた。

 

「(……携帯が鳴っている?)」

 

一通り発声練習を終え、歌い方の確認を行っていた友希那は、制服の胸ポケットに入れていた携帯が振動していることに気づき、それを取り出して操作する。

リサから、Cordのチャットで『ライブハウスに着いたよ~』と言う文が送られてきていた。

 

「ベースの子が到着したから、迎えに行ってくるわ」

 

「わかりました」

 

「……!はい!」

 

確認を終えた友希那は短く告げる。

それに対して紗夜は固い表情を変えずに答え、あこは一瞬遅れながらも返事をする。

二人が返事してくれたのを確認できた友希那は、スタジオのドアを開け、ロビーへ向かう。

ロビーまで来てみれば、出入口近くの長椅子にリサが座っているのが見えたので、友希那はそちらへ歩みを進める。

 

「待たせたわね」

 

「大丈夫。こっちの方が待たせちゃってたから」

 

友希那が声をかければ、その一声で誰かに気づいたリサは椅子から腰を上げながら、笑みを見せた。

リサから問題ないことを聞けた友希那も、「それならよかったわ」と笑みを見せた。

 

「時間も押しているし、早速行きましょう。二人とも待っているわ」

 

友希那の促しにリサは頷き、彼女についていく形でスタジオに入って行く。

 

「ベースで受ける子を連れて来たわ」

 

「どうも~。ベース希望で来た今井リサです♪」

 

友希那の紹介に合わせて、リサは軽く手を振りながら挨拶をする。

 

「リサ姉おかえり!」

 

「うん、ただいま♪」

 

「……?」

 

「あの二人、部活が同じなのよ。それで普通に話しているし、リサが許しているからああやって話せるの」

 

二人のやり取りを見て、友希那に教えて貰った紗夜は、自分とは真逆な第一印象を持つ人が来たなと感じた。

真面目で基本的に誰に対しても丁寧な言葉遣いで、落ち着いた性格をしている紗夜と、基本的に明るく多くの人とすぐに打ち解けて、自分へ向けた言葉遣いの頓着が薄いリサ。この辺りを見れば見事に真逆だと言えるだろう。

ただし、こうして真逆とも言える二人の中には、FWFに出たいと言う共通の思いがあった。

 

「さて……顔合わせも済んだから、早速オーディション始めたいのだけど……リサ、あなた練習は必要?」

 

「ううん、大丈夫」

 

あこが練習していたのもあるのでリサに確認を取ってみたが、リサは友希那に否を返した。

あまり待たせたくないと言うのもそうだし、リサ場合は練習した方が怖くなってしまいそうだとも考えていた。

 

「そう……あこももう大丈夫ね?」

 

「はい!もう大丈夫です!」

 

あこから答えを聞いた友希那は「では、早速始めましょう」と告げた。

それを聞いたリサが、持ってきたケースからベースを取り出し、ベースを弾くためのポジションに移動する。

 

「時間を取らせてしまってごめんなさい。五分で終わるわ」

 

「構いません。お互いにしっかりと判定しましょう」

 

「ええ。もちろんそのつもりよ」

 

――リサ、あこ。あなたたちも悔いのないように演奏しなさい。友希那は心の中ではあるが、友希那は精一杯のエールを送った。

 

「リサ姉、頑張ろうね」

 

「うん。もちろんそのつもり」

 

「うんっ!と言っても、ちょっと怖いけどね……」

 

互いに笑みを見せた後、あこが困った笑みを見せて吐露した。チャンスが一度切りと言うのは、やはり怖いものがある。

その気持ちはわかるし、確かに自分も少し怖くなってしまっているような気がしたので、少し考える。するとある意味自己暗示に近いものではあるが、効果が出そうなものを思いついた。

――ちょっと力を借りるね。リサは別の場所で夢に向かって走り続ける友に、心の中で告げた。

 

「ならあこ、イメージしてみようよ。この四人がチームになって演奏している姿をさ♪」

 

「四人がチームに……」

 

リサは貴之式の思考誘導をやってみた。貴之がヴァンガードをやっている際に時々口にしていた言葉で、実際友希那にヴァンガードを教えた時も口にしていた。

後ろ向きの考えに陥ってしまっていた時にこれをやることで、前向きの思考に変えられることができると信じて、リサも実際にやってみたところ、自分もさっきまで感じていた怖さがどこかへ行っていた。

あこの方も、「うんっ!そう考えたら大丈夫な気がしてきた!」と笑顔で答えてくれたので、リサも安心した。

そんなやり取りが行われた直後、笑い声が聞こえたのでそちらを振り向けば、口元を抑えて笑っている友希那と、それをみて困惑した紗夜の姿があった。

それを見たリサとあこも、何があったのかわからずに困惑した。

 

「ごめんなさい。リサがそう言うとは思って無かったから……」

 

「……もうっ!せっかくいい事言ったのにぃ~!」

 

友希那に理由を教えて貰ったリサは顔を赤くする。実際、自分でもあまりこう言うことは似合わないと思ってもいたが、何も笑うことは無いだろう。

そう思ったリサは「どうせアタシにこんなことは似合いませんよ!」と顔が赤いままそう言い返した。そんな様子を見たあこは困った笑みを見せる。

流石に自分も少し言い過ぎたと思った友希那も、「ごめんなさい」とリサに謝って自分を落ち着かせる。

 

「でもあなたたち、これで緊張はほぐれたでしょう?」

 

「「あっ、言われてみれば確かに……」」

 

友希那に問われて気づいたリサとあこは同じタイミングで同じことを口にし、それに気づいてまた二人で笑うのだった。

これからオーディションで、失敗すればもう次は無いと言うのに、二人は自分たちでも信じられないくらいに自然体でいられた。

 

「さて……時間も押してしまっているから、いい加減始めましょう」

 

友希那の促しに全員が頷き、いつでも演奏できる用意を済ませる。

そして、準備が終わったのを確認した友希那が開始の合図をしたことで、オーディションの演奏が始まる。

始まる直前まではどうなるかと思っていたが、始めた瞬間に、四人は不思議な感覚を味わうことになった。

 

「(……!いつも以上に自然な声を出せる……これは一体……?)」

 

「(見えない力に引っ張られるみたいに、指が動いてるのに……いつも以上に弾けている?どういうことなの……)」

 

「(ウソ……!?練習したとは言っても、完全にブランクが抜けたわけじゃないのに……こんなに弾けるなんて……!)」

 

「(……すごい!練習した時より、ずっと上手に叩けてる……!)」

 

演奏によって出来上がった、見えない何かに影響された四人は自分たちが予想以上のパフォーマンスを発揮したことに驚く。

どうしてかは分からないが、実力以上の力を発揮できたのはリサとあこの二人にとっては非常に嬉しい話で、上手く行っていることは自分の自信となり、更なる力の発揮につながる。

 

「(……そう言えば、この不思議な感じ……なんだろう?)」

 

「(この感じ、悪くはないわね……)」

 

ドラムを叩きながら、思考に余裕が出てきたあこはその不思議な感じに疑問を持ち、紗夜はその感じを悪いとは思わず、そのまま演奏を続行する。

 

「(あっ……この感じ、最近見せてもらったなぁ~……)」

 

「(それぞれが繋がって一つになる……或いは、何かを中心に集まっていくこの感じ……。まさか、実際にやって味わえる日が来るだなんて……)」

 

あこと同じく余裕ができたリサは、最近見せてもらった世界に自分が感じたものがあることを思い出し、友希那は雑誌等で見たり、父から聞いた話しを思い出した。

幼少の頃から積み重ねたものによって、非常に高い技術を誇る友希那の歌声。ただひたすらに弾き続けることによって、同年代と比べて頭一つ抜けた技量を誇る紗夜のギター。ブランクがあれどそれまで積み重ねていた技術は無駄ではなく、元の性格もあって高い安定感を生み出すリサのベース。憧れの存在を追いかけて基礎を作り出し、その力強い叩き方で確かな存在感を見せつけるあこのドラム。

これら四つが重なってできた演奏は、五分と言う時間がまるで一瞬のように過ぎ去っていく。

 

「「「「…………」」」」

 

そして、演奏が終わった頃には四人全員が暫くの間呆然と固まっていた。それだけ信じられない程上手く行っていた演奏だった。

四人全員が、今回の演奏を終えて余韻に浸っていたのを表すが如く、一言も口を動かさないし、表情も呆然としたままだった。

 

「あ、えっと……いきなりで悪いんですけど、オーディションの結果……どうなりましたか?」

 

「「……!」」

 

あこが気がついて問いかけてくれたお陰で、友希那と紗夜も弾かれたように、思考を現実へ戻す。

肝心なオーディションの結果を、まだ伝えていなかったのだ。そして、二人から下されるは……。

 

「そうだったわね……私の方では合格だけれど、紗夜はどうかしら?」

 

「ええ。私も問題ないと思います」

 

――合格だった。二人はチームの加入を認められたのだ。

 

「や……」

 

「や……」

 

「「やった~!」」

 

それを告げられたリサとあこは互いに顔を見合わせて、ガッツポーズを取った。

嬉しさが大きいのか、二人とも頬を赤く染めていた。もしかしたら緊張や、失敗したら終わりという恐怖からの解放も含まれているかもしれない。

――お疲れ様、頑張ったわね。そんな二人の様子を見た友希那は、優しい笑みと共に、この言葉を投げた。それを受け取った二人も、素直に礼を言う。

 

「さっき、すごい不思議な感じがしてたんだけど……何があったんだろう?初めて合わせたのに、勝手に体が動いて……」

 

「あっ、あこも感じてたんだ?アタシもそうだったんだよねぇ~……」

 

一通り落ち着いてから、思い出したようにあこが問いかけたことで、リサも同じものを感じていたことを伝える。

自分たち二人が感じたと言うのを知って、リサはそこで一つの考えに至る。

 

「てことは……二人も……?」

 

「そうですね。これは……」

 

リサの問いかけに紗夜は肯定し、友希那も首を縦に振って頷く。

 

「その場所、曲、楽器、機材……そして、メンバー。技術やコンディションではない、その時、その瞬間にしか揃い得ない条件下だけで奏でられる『音』……」

 

「バンドの……醍醐味とでも言うのかしら?ミュージシャンの誰もが体験できるものではない(・・・・・・・・・・・・・・)……」

 

『そういったことがある』と言う話しだけを知っていても、実際に体験したことが無かった故に今まで実感の沸かないものだったので、実際に体験できたことには驚きだった。

この『誰もが体験できるものではない』と言う部分は大きく、友希那と紗夜ですら、今日この時まで体験できてないものだった。

 

「雑誌のインタビューなどで見かけたことがあるけれど……まさか……」

 

「なっ、なんかそれって……キセキみたいっ!」

 

「その気持ち分かるなぁ~♪なんていうか……次の自分に『昇級(ライド)』したと言うか……♪」

 

「キセキ……『ライド』……?」

 

リサとあこ弾んだ様子を見せる。分かったことが嬉しいと言った様子だった。

一方で紗夜はあこの言った方はまだ分かるが、リサが何故『ライド』と言ったかがわからず首を傾げた。

 

「リサ……あなた、かなり影響受けたわね?」

 

「あ、あはは……自分でも予想以上に惹かれてるみたい……」

 

友希那はどうしてリサがそう言ったかに確信を持っていたので、問いかけてみればリサが照れた笑みを見せながら頭を掻いた。

これも『ヴァンガード(貴之のいる世界)』に関わったからこそ理解できたことなので、そう思えば少し嬉しくなった。

実際に友希那も、リサの言っていることは自分も経験したから理解できる。

 

「その言い方に肯定できるかと言われれば難しいけれど……」

 

とは言っても人によって必ず差異は存在し、一人が理解できてももう一人は理解できないと言うパターンも存在する。

今回の場合は『ヴァンガード』を知っていたが故に理解できた友希那と、そうでない紗夜と言う形になる。

ただそれでも、話しに聞いていただけのものを実際に知れたことは大きく、「でも、そうね……」と、紗夜の言葉は続く。

 

「皆さん、貴重な体験をありがとう。あとはキーボードのメンバーさえいれば……」

 

「ええ。メンバーが揃い、万全な体制で私たちの活動を始められるわ」

 

一気に二人も増えたことで残すのはキーボードのみになった。

その為、またメンバーを集めるのだが、今まで自分の目で確かめて話しかけに行っていたことと、今回のあことリサのように自分たちから申し出て来てくれたことの二つを照らし合わせ、友希那は新しく方法を思いつく。

 

「パートが固定されてしまっている以上、この人と思うメンバーを探して、私たちから声をかけに行くのは難しい……。そこで、私たちが取れるのはオーディションの募集をして来てもらうか、知り合いに訪ねて、オーディションに誘ってみるか……この二つの方法が自分たちの時間も取れていいと思うの」

 

友希那が難しいと言ったのは時期もそうだが、第一に自分たちが十分と思える技量を持つことが大前提で、さらにパートがキーボードのみになっているので、この手段で探すと時間が掛かり過ぎてしまうと言う大きな問題点があった。

自分でもこれ以上この方法は厳しいと思っていたところで、リサとあこが名乗り出てきてくれたのもあって、友希那はやりたいと思う人に来てもらって、オーディションで自分たちが判断する方が自分たちの時間も使えていいと思えたのだ。

 

「なるほど……そうなると、学校でも声を掛けて行くのがよさそうですね」

 

「そっち大変だろうけど、頑張って。アタシも聞けるだけ聞いてみるよ。他の友達にも頼んでみるからさ♪」

 

「(あっ、後で時間あったらりんりんに聞いて見よっと)」

 

このチームは現在、紗夜を省いて全員が羽丘の生徒であり、花女の生徒は紗夜しかいない。

そのせいで紗夜の負担がかなり大きくなってしまうので、リサは自分の知り合いや友人の多さを活かして、多くの人に聞いて回ることを決めた。

友希那は曲作りがあり、紗夜は花女を一人で回る羽目になる。そうなれば自身が持つ友好関係の広さを最大限に活かすのが、役割分担としては最適だと言える。

更には後江にいる彼らにも学校で聞き込みを頼めば、より聞ける範囲が拡大するのは大きな点だった。

あこも中等部の人たちに聞くならリサよりもやりやすいので、そちらを担当すると同時に余裕があれば燐子に聞こうと思った。

 

「決まりね。明日から可能な限り聞いてみましょう。そして、人が見つかり次第情報を共有……それでいいかしら?」

 

友希那が確認を取って、全員が頷いたことで今後の方針が決まった。

この時友希那は、基本的にはリサが自分からやるのは見えていたので、全負担を避けるために同じ教室の人だけでもいいから聞いて見ようと思った。

 

「さて……今日はもう時間だから、また明日から頑張りましょう」

 

「……もうこんな時間?気が付きませんでした……」

 

友希那の言葉を聞いた紗夜は、部屋にある時計を見てハッとする。

 

「ご、ごめんね……」

 

「今日いきなりやるのを決めたのは私だから、気にする必要はないわ。それに、あなたが来るまでは練習していたし……」

 

リサは自分が待たせてしまったと思って謝るが、友希那に言われてそう言えばと思い出した。

残りは途中まで同じ道のりを歩いて解散するので、その前に連絡先を持っていない人たちは連絡先を交換しておいた。

 

「今日はお疲れ様。それと、二人ともこれからよろしくね?」

 

労いの言葉と共に、友希那は柔らかい笑みを浮かべて二人に歓迎の言葉を送る。

技術最優先で選んだとは言え、共に演奏できる仲間ができることは嬉しいのだ。

 

「……はいっ!これから頑張ります!」

 

「もちろん!紗夜はこれから……友希那は改めて……よろしくね♪」

 

あこは満面の笑みで、リサはウインクを見せてそれに答える。

それを見た友希那は心の中で安心し、普段固い表情の紗夜も、入れたばかりだし仕方ないと考えていたことで小さく笑みを浮かべていた。

こうして蒼薔薇の芽は成長していき、少しづつ花に近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……よし。俺の勝ちだな」

 

「ま、負けた……」

 

リサたちのオーディションが終わった少し後、貴之と俊哉で本日最後のファイトを行っていた。

結果としては貴之の後攻三ターン目にて『オーバーロード』に『ライド』。そのまま二回攻撃で畳みかけて俊哉のダメージを6にして勝利である。

イメージで繰り広げられたのは、『オーバーロード』となった貴之が口から業火を吐き出すと言う、シンプルながら強力な攻撃で俊哉を焼き払うというものだった。

 

「終わったし、上がろっか?」

 

玲奈の促しに頷き、店を後にした。

 

「じゃあ俺は向こうだから。じゃあな」

 

「おう。お疲れ」

 

一人だけ方向が違うので、大介は早々にお別れとなる。

その為、大介を見送った後は、三人で歩ていく。

 

「五年間の遠征漬け生活って言うけど、資金とかどうしてたんだ?」

 

「基本的に行くことが決まったら、交通費だけ母さんに出してもらってた。それ以外は自腹で、交通費も途中から完全に自腹だ」

 

「ああ……そんな感じか」

 

貴之の遠征費用が気になった俊哉が気になって聞いてみると、案の定な回答が返って来た。

月に渡される小遣いの量を増やしたのを機に、完全に自腹になっていたのだ。

ちなみにこんなことをやっていけたのは、一重に父親の仕事による収入の多さが影響しているので、貴之は感謝しかなかった。

 

「向こうに女の子のファイターっているの?」

 

「別の夢があるから俺程積極的ってわけじゃないけど、一人はいるぞ」

 

「ほんと?いつか会ってみたいなぁ……」

 

貴之から朗報を聞き出せた玲奈は、両手を合わせて空を見ながら願ってみる。彼の言う女子のファイターは引っ越し先のお隣さんで、同級生だった。

お互いが頑張る分野の話しを共有したいと言う思いが、彼女のヴァンガードを始めるきっかけで、貴之が料理を覚えようと思ったのは将来必要になるのを確信して、彼女に教えを頼んだことが起点だった。

貴之が変わらずに進み続けることができたのは、彼女の存在も一助していた。やはり理解者がいると言うのは心の支えになるらしい。

 

「何というか……お前の周りには必ず女の子が一人いる感じがするなぁ……異性と話す時の抵抗感ってどうなんだ?」

 

「抵抗感か……小さい頃からユリ姉や友希那、リサと関わり持ってたからか、全く持って無かったな……。でも、向こうじゃ総合的には同性の方が関わった人数は多かったぞ?」

 

実際誰かしら女子はいたので、俊哉の言っていることは間違いでは無かった。

『姉弟』や『兄妹』の男子は普段から異性と話す機会を得ているので、実際話すことには抵抗感が薄くなりやすいと言う話しを聞くが、貴之を見ていたらそうだろうなと俊哉は思った。

ただそんな貴之でも、異性と一緒にいた方が自然に見えるようなところまでは行っていない。

――そうなっちまったら、ちょっとヤバイかもしれないな……俊哉に答えながら、貴之が心の中で乾いた笑いをしていると、携帯が振動したので確認してみる。

 

「……おっ!あいつら成功したのか……!」

 

「どうしたの?」

 

「ああ、これを見てくれ」

 

それを見て貴之は思わず喜びの声を上げたので、玲奈に反応されたので、問いかけられた貴之は二人に携帯画面を見せる。

リサからCordによるチャットが届いており、内容は『オーディションには二人とも合格したよ~☆』と来ていた。

 

「おおっ!そっかそっか……あっちの子も大丈夫だったんだな」

 

「リサ以外にも誰かオーディションに参加してたの?」

 

「リサと同じ部活にいる中等部の子がドラムでな……これで四人になったから、後はキーボードだけか」

 

その朗報を見て俊哉は喜びの声を上げる。自分も彼女の想いを知っていたので、合格してくれることを祈っていた。

この中で唯一、玲奈があこのことを知らなかったので、貴之は簡単に説明した。

玲奈が納得したので、返信をしようとしたところで、リサからもう一通チャットが届いた。

その内容は『ありがとう。アタシたちの先導者さん♪お互い頑張ろうね』と言うもので、貴之はどうしたものかと頭を掻いた。

 

「まさかリサにまでそう言われるのか……」

 

「ああ……リサにも先導者って言われたか?」

 

貴之が頷けば、俊哉と玲奈はそうだろうなと言いたげな笑みを見せた。

それを見た貴之は、悪い気分はしないし、暫くすれば慣れるかと割り切ることにした。

考えを決めた貴之は、『どういたしまして。そっちも頑張れよ』と返信のチャットを送った。

 

「(さて……俺も負けてられないな)」

 

返信を終えて携帯をしまった貴之は、自分も進んでいく為に己を活気づけた。




Roseliaシナリオの5話までが終わりました。

変更点は
・始めからリサもオーディションに参加している。
・オーディションに参加しているため、リサもこの段階でメンバーに加入。

この辺りでしょうか。
次回が終わった辺りで、またヴァンガードファイトをメインにした話しを書いていきたいと思います。


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イメージ9 踏み出す勇気

Roseliaシナリオの6~9話は順番と展開に変更点が多くなります。
順番としては、7、8、9、6の順番になるかと思います。


『と言うことで!無事にチームに入れたんだっ!りんりん、本当にありがとうっ!』

 

「(あこちゃん……無事に入れたんだ……)」

 

あことリサの二人が友希那のいるチームに入れた日の夜。部屋でインターネットを使って調べ物をしていた燐子に、あこからお礼のチャットが届いていた。

燐子はあこが友希那のチームに入る為の手伝いもしたので、無事にチームに入れたのを自分のことのように嬉しく思えた。

そんなこともあって燐子は『おめでとう。これからの練習頑張ってね』と打ち込み、返信を送った。

すると程なくして、あこから『りんりんに恩返しする気持ちで頑張るよ!』と返って来たので、思わず柔らかい笑みを浮かべた。

 

「(もう四人になるんだっけ……すごい人なんだな……)」

 

あこからオーディションに参加するのは自分含めて二人と聞いており、友希那の方に人が集まって来たのを知っていた燐子は改めてそう感じた。

何にも臆することなく、自分が磨き上げた歌で前に進み続けていく……。自分にはできないことを何の苦もないかのようにやっている風に見え、燐子はその姿を凄いと思っていた。

――私には……できないだろうな……。昔から引っ込み思案気味で、今一自分に自信を持てない燐子は、無意識の内にそう思っていた。

話しを聞いている限りでは、残りの空いているパートはキーボードらしい。燐子はピアノをやっていたのが影響してキーボードもできるので、パートの条件は満たしていた。

 

「(ここにいる四人と一緒にできたら……楽しいだろうな……)」

 

また、今日オーディションで音を合わせていた動画が送られて来ており、それを見せてもらっていた。

実はこの動画、オーディションを始める前にリサがこっそりと携帯で撮影しており、演奏の場面だけ切り取ってあこに送ってくれていたのだ。頑張った証として、二人で共有していたものである。

それを見た燐子もまた、この人たちと一緒にバンドをしてみたいと思うようになる。

 

「(でも……私が入っても……大丈夫かな?)」

 

しかしながら、それ以上に実力不足かもしれないと言う不安を拭いきれないでいる。これが理由で、燐子は踏み出そうにも踏み出せないでいる。

ただ、一緒にやれるのなら、それは間違いなく楽しいものだろうという確信も持っていた。その為、後は燐子自身の心持ちの問題だった。

そんなことを考えていたら、再びあこからチャットが送られて来ていて、『ところで、りんりんの知り合いにキーボードできる人っていない?もしいるなら、オーディションを受けたいかどうか次第でチームのみんなと情報共有しようって話しになってるんだっ』と言う内容だった。

そこで燐子は硬直する。自分がどうしようか迷っていた時に、あこからキーボードのできる人を知らないかと聞かれたからだ。

自分はキーボードをできるが、生憎自分の知り合いにキーボードをできる人はいなかった。それならいっそのこと自分が名乗り出てもいいのではないか?そんな思考が燐子の中に駆け巡った。

 

「…………」

 

自分ができると伝えるべくチャットを送ろうとして、タイピングを始める直前で手が止まる。自分の引っ込み思案な部分がそれを邪魔してしまっていたのだ。

ピアノではコンクールで何度も受賞している腕前を誇っているので、キーボードでも遺憾なくそれを発揮できるだろうとは思っている。しかし、自分の十分と相手の十分は違う。そう考えたら打とうと思っていた文を打てなくなってしまった。

あこが友希那に頼み込んだ時は、最初の一回目は漫然としすぎて受け入れられなかったが、二回目は目標や意志がはっきりとしていたのでオーディションに参加できている。

では、自分にあこのようなしっかりとした目標や意志があるだろうか?そう聞かれたら、素直には肯定できなかった。更には大勢の人がいる空間へ苦手意識があったので、それが拍車を掛けてしまう。バンドのチームに入ると言うことは、大勢の前でライブをすることになるのだから。

 

「っ……」

 

そうして燐子は苦渋の決断を下し『私の知り合いにはいないかな……力になれなくてごめんね?』とチャットを返した。

あこは自分が返事をしてくれるのを待っていたのだろう。思ったよりも早く『大丈夫。話しを聞いてくれてありがとうっ!』と返って来た。

――ダメだ。やっぱり……自信が持てない……。恐れず前に踏み出し、自分が望む場所に辿り着けたあこが、燐子には眩しく見えた。

 

「(私にも……そんな勇気が……ちょっとでもあれば……変われるのかな……?)」

 

時間的にそろそろ就寝に入るのだろう、『明日も早いから今日はもう寝るね。りんりん、また明日っ!』と言うチャットが送られて来た画面を見て、燐子は沈んだ表情になった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……と言うことなんだが、誰か知ってる?」

 

「ううん。知らなーい。寧ろ谷口君の方がそう言うの詳しくない?」

 

「ところがどっこい、俺の情報網に引っ掛かってくれないんだ……。まだバンドやってないから埋もれてるかもしれないってことで、頼まれて聞き込んでたんだ」

 

翌日の午前中の休み時間に、俊哉はクラスの人たちに聞いて見ていた。

朝に貴之から、「リサの伝言で聞いて欲しいって言われたんだが……誰かいるか?」と聞かれ、俊哉が「知らないから周りに聞いてみる」と言ったことから今に至る。

残念ながら今回も空振りに終わり、俊哉は引き留めて悪かったと言ってから自分の席に戻る。

 

「ダメだ……こっちは外れだ」

 

「いや、聞いてくれてるだけでも十分だ」

 

俊哉から芳しくない情報をもらっても、貴之は決して責めはしない。本来ならば自分がやるべきことを、率先して引き受けてくれたからだ。

バンド関係の話しならば、四人の中では俊哉が最も詳しく、この付近ではバンドに興味を持っている人が多い故に、その手の趣味を持っている俊哉が圧倒的に適任であることもそれを一助していた。

 

「つうか、俊哉の情報網で引っ掛からない段階で前途多難だなこりゃ……」

 

「リサともう一人の子が入ったら今度はこれかぁ……。しかも二人とも予想外のところから来たパターンが多いし……」

 

大介と玲奈も頭を抱えた。友希那がメンバーを探して以来、ライブハウスで見つけられたメンバーは紗夜一人のみ。リサは辞めていた身から復帰、あこは全く知り得ない場所から来てくれた。

最早奇跡レベルでの見つかり方だと言うのに、また更に一人を探さなくてはいけないと言うのは非常に厳しいものだった。

 

「そう言えば、メンバーを見つけられなかった場合はどうするの?」

 

「最悪はキーボードは音源だけになるって話しだな……。無理してレベル低いメンバーを集めるくらいならそうするってよ」

 

俊哉に答えを聞いた玲奈は、頭を抱えた。それだけは何としても避けたいと思った。

どうせなら全員揃えたいと思うのもそうだが、一つだけ音源でやるというのに物凄い悲しさを感じる。

 

「後は、行けるやつがファクトリー行って聞いてみるしかねぇか……」

 

「そうなるか……。だぁぁくそぉ……後江(こっち)羽丘と花女(向こう二つ)に比べて、バンドやってる人の絶対数が少ないかぁ……」

 

貴之に同意しながら、俊哉は悲しき現状に嘆いた。

後江は他の二校と比べるとヴァンガードファイターの数は多いが、バンドをやっている人は相応に少ない。

更に今回行ける人は貴之しかおらず、大分苦労するだろうことは予想できているので、ダメな場合はまた後日聞き込みしようと決まっていた。

今日の放課後ファクトリーで聞き込みに行くことが決定したところでチャイムが鳴ったので、授業の用意を始めた。

 

「(とにかく、やれるだけのことはやってみるか……)」

 

――あまり上手く行かないだろうけどな……。貴之は珍しく少々後ろ向きな考えになりながら授業を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます……手伝ってもらって……」

 

「いえ、これくらい大したことではありません」

 

俊哉が聞き込んでいた時間から少し進んで、再び休み時間となり、紗夜は次の授業の資料運びをする燐子を手伝っていた。

燐子自身、一人で大丈夫だと思っていたら予想以上に量が多くて難儀していたので、紗夜に助け舟を出してもらえたのはありがたいことだった。

 

「(私がギターをやっていることを知っている人はパートが合わず、知らない人には驚かれた後知らないと言われる……。やっぱり、私は全体的に固い雰囲気ができてしまっているのね……)」

 

紗夜は先程まで複数の人に聞いて見た反応を思い返すと、少々頭が痛くなった。

自分でも予想以上に結果が芳しくないし、何より自分が積極的に話しかけて来たことに驚いている人が多い。自分がギターをやっていることを知る人ですら、何人かそう言った反応を見せていた。

 

「ところで白金さん、一つ聞いてもいいですか?」

 

「え……?えっと……何を……ですか?」

 

しかし聞かないことには始まらないので、紗夜は燐子に問いかけてみる。

すると最初の一瞬だけ驚いた様子を見せたが、元々内気な性格であることをから大きな変化はなく、特に気にすることは無かった。

燐子の場合は、これ以外にも紗夜が友希那と一緒にバンドを組んでいたことをあこから聞かされているので、それも驚きの少なさに繋がっていた。

 

「実は私、ギターをやっていて……バンドのチームメンバーを探しているんです」

 

「バンドのメンバーを……ですか?」

 

――あれ?あこちゃんにも……昨日聞かれたような……。紗夜の話しを聞いていた燐子はその先が予想できた。

最初はあこに聞かれたのを断ってしまい、そのせいでチャンスを逃したと思っていたが、少し安心したような気がする。

 

「今現在キーボードの人が中々見つからない状態で困っているところなんですが……白金さんは、キーボードをできる人を誰か知っていますか?」

 

「キーボード……」

 

今ここで踏み出せば、もしかしたら自分も入れるチャンスが生まれるかもしれない。

そう思ったが、やはり昨日もあった後ろ向きの考えがそれを邪魔してしまう。

 

「いえ……特に……知っている人はいない……です」

 

その結果、再び燐子はいないと伝えた……否、伝えてしまったと言うべきだろうか。

しかし、紗夜はそんなことを特に気にすることはなく「そうですか」と短く反応を示した。

 

「もし、誰かがキーボードで参加したいと言う方がいたら、その時は教えてくれると助かります」

 

「は……はい……」

 

自分が気圧されたと思ったのか、紗夜は「いきなりこんな話しに付き合わせてしまってすみません」と謝るが、燐子は大丈夫な旨を反射的に伝える。

何しろ自分の引っ込み思案で、勇気を持って前に進めないことに嘆いているのであり、紗夜のことは全く持って悪いとは思っていないからだ。

 

「(どうすればいいんだろう……?わからないよ……)」

 

本当はあこの誘いに乗って、みんなとバンドをしたいと思うが、せっかくのチャンスを二回も逃してしまった。

それが燐子に取って大きな悩みとなり、自信を無くさせてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……誰もいなかった……」

 

「アタシも外れ……」

 

「私の方も誰もいない……状況はよくないわね」

 

昼休みとなって、また三人で集まって成果を話し合った。

結果は残念ながら全員空振り。バンドをしていない人がいないわけではないのだが、どうしてもパートが違ったり、もうチームを組んでいたりする人たちばかりだった。

中には「ごめん。湊さんの足引っ張りそうで怖い」と言って断る人すらいた。実力を最優先で選んでいた影響が出ている形だった。

この中では最も友人が多いリサですら外れなのである程度結果は見えていたともいえるが、それでも誰一人引っ掛からないのは少々厳しいところだった。

 

「あっ、貴之から……向こうも外れみたい」

 

「後江は女子校二つと比べてバンドやってる人少ないもんねぇ……」

 

貴之からCordで送られて来たチャットの内容は『すまん。こっちには誰もいない』だった。

それを聞いた日菜は、後江と女子校二つのバンドをやっている人とヴァンガードファイターの比率を思い出す。

バンドをやっている人の少ない後江で特定のパートを探すのは、かなり厳しいことを証明された瞬間だった。

 

「でもさ……友希那ちゃんの思う十分な実力を持っている人で探してて、四人も集まったんだから……五人目も意外とすぐに見つかりそうな気がしない?何となくだけど、あたしはそんな気がする」

 

「……確かに、そうかもしれないわね」

 

一瞬だけ沈黙した空気になっていたが、日菜がそう言ってくれたおかげて希望的観測もできた友希那は少し気が楽になる。ここで日菜が「四人も」と言っているのは友希那を含めているからで、今日の朝、リサから自分ともう一人がメンバーに入れたことを教えて貰っているからだ。

今まで全く見つかっていなかったと言うのに、紗夜を見つけ、リサとあこが入りたいと言ってくれたおかげで流れるように三人も見つかっている。

――そう考えれば、思わぬところでまた見つかるかもしれないわね。今までの見つけ方を思い出した友希那は、自分たちで動くのもそうだが、気長に待つ心は持っておこうと考えた。

 

「放課後は練習なんだっけ?」

 

「うん。今日はスタジオ取れてるからね」

 

「メンバーを探すにしても、ライブハウスで誰かがいるかどうか……それくらいになるわね」

 

放課後の予定を聞いた日菜は難しそうな顔を見せる。もうそんなに予定を入れていることに対し、少々思うところがある。

――どこか一つだけ開けて、メンバー探しの日に費やすのもいいんじゃないかな?何も無理に練習をやるくらいならと言うのが日菜の考えだが、聞いた話しでは自分たちの練習時間を減らさないのが前提条件にあり、チームで決めたことなので、日菜もこれは自分が口出しすべきことではないと決断している。

そうなれば、残された手段は貴之に人の多そうな場所を教え、探すのを手伝うだけだろうか?姉が自分を避ける傾向にある以上、自分にできることはここまでだった。

 

「あっ、そうだ。リサちー、タカくんに聞き込み頼むんだったらさ……」

 

思い立ったが吉日。日菜は早速自分の思ったことをリサに伝え、貴之へCordによるチャットを送らせる。

すると一分もしないで、『分かった。そこも探してみる』とチャットが返って来た。

自分ができることは一通りできたので、日菜は一仕事終えたような気分を感じた。

 

「(これでこっちはやれたから……後は今日の収穫に期待だね♪)」

 

今日は相当動き回ることになるだろう貴之を、日菜は心の中で応援した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……俺が今日回るべき場所は、っと……」

 

放課後、他の三人と別れた貴之は、商店街に移動しながらリサから送られて来た回って見てほしい場所を確認する。

最終的にファクトリーに立ち寄ることのなら一周ぐるりと回るような感じで進むのがいいと思い、それに合わせて聞き込みの為に回るルートを考える。

リサと一緒に商店街を回っていたので道のりには困らないが、わざわざ地図まで用意してくれたのはとてもありがたいことだった。

 

「貴之」

 

「……ん?おお、お前らか」

 

声をかけられたのでそちらを振り向いて見れば、リサと友希那がいた。ちなみに声をかけて来たのは友希那だ。

今日回る場所を確認していたら、いつの間にか羽丘の校門前まで来ていたらしい。

 

「その様子だと……お互いにこれからってところか?」

 

「うん。手伝ってくれてありがとうね」

 

「なんてことはない。お礼ならメンバー揃えてのライブで頼むぜ?」

 

「ええ。最高のライブで答えて見せるわ」

 

リサに礼を言われた貴之は個人的な頼みを口にし、それを聞いた友希那が自信を持った笑みで答える。

友希那が笑みを見せるタイミングでリサもウインクをしたので、それを見た貴之は「それならよかった」と楽しみな様子で頷く。

時間もあるから移動しようとしたところ、友希那を呼ぶ声が聞こえたのでそちらを振り向けば、こちらに向かってくるあこの姿があった。

 

「どうにか合流できた……!宇田川あこ、ただいま到着ですっ!」

 

「よく来たわね。さぁ、行きましょうか」

 

あこの元気よく可愛らしい敬礼を見て満足し、友希那は三人に移動を促した。

流石に広がりすぎると危ないので、前は友希那とあこ、後ろは貴之とリサと言う形で二列になって移動を始めた。

 

「紗夜はもう先に行ってるみたいね」

 

「もう着いてるんだ?早いねぇ~……」

 

Cordによるチャットで紗夜から『こちらはライブハウスに到着しました。皆さんをお待ちしています』と言うチャットが来ていた。

このチャットはバンドで組んだチーム全員が見れるようにグループを用意してあり、紗夜がそちらに送ってくれたので全員に届いている。

友希那が確認したので、この場にいる三人もその旨を理解でき、チャットを確認した友希那は代表として『こちらは校門前から出たところ。三人揃っているわ』と返した。

 

「それにしても、後江でメンバー探すのって結構難しくないですか?」

 

「大分難しかったぞ……というか、俊哉の情報網に引っ掛からない辺りで相当大変なのは予想できてたが……まさかここまでとはな」

 

「ああ……やっぱりそうだよねぇ~……」

 

あこに聞かれた通り、後江でメンバーを探すのは非常に難しい。

貴之からすると、一番楽なのが俊哉から知っている限りで高い技量を誇る人を教えてもらい、その人に事情を伝えて聞いてみるのが一番楽なのだ。

それができないとなれば探す時に苦労することになるので、リサも困った笑みを見せながら頬を自身の指で撫でる。

本当なら自分たちがやるべきだと言うことは重々承知していることだが、エントリーの受付期間には限りがあり、その間にも技術を高めなくてはいけないので、どうしても両立させるのが難しい状況にある。

今回は貴之が放課後一人になってしまう建て前、時間の浪費を避けるべく引き受けてくれたので、ライブの成果で恩を返すというのを条件に頼んだ形になる。

 

「ベーカリーの方が時間かからなそうだし、先にこっちから行ってみようと思う」

 

「頼んでいる身だから、その辺りは任せるわ。見つけたら教えて頂戴」

 

友希那の頼みを受け、貴之は確かに頷いた。任せてくれていいと言う意思表示だった。

 

「あっ!友希那さん。昨日言ってた雑誌を持ってきたんで、忘れない内に渡しちゃいますね」

 

話しが決まったので丁度いいと思ったので、あこは鞄の中に手を入れて中から一つの雑誌を取り出す。

取り出されたのはゲーム系の情報雑誌だが、その雑誌に貴之は見覚えがあった。

 

「ああ……それ全国大会の使用デッキ乗ってる時のやつじゃねぇか。ということは……俺のことを?」

 

「ええ。新しく作っている曲はヴァンガードをテーマにしているから、何かを掴めるかもしれないと思ったからね……」

 

――でも、それだけじゃないわ。友希那には、もう一つの理由があった。

今言ったことが建て前であるなら、次から言うことは本音になる。

 

「私は……あなたの走ってきた道のりを知りたいと思ったの……それじゃダメかしら?」

 

「……!」

 

友希那が得意げな笑みを浮かべた横顔を見せながら問いかけて来て、貴之は心臓が早鐘を打って、顔が赤くなるのを感じた。自分のことを知りたいと堂々と言って来たこともそれに拍車を掛けている。

しかしながら、それと同時に嬉しいと思う気持ちが貴之の中にはあり、驚きの表情はすぐ笑みに変わる。

 

「そんなことはない。なんだったら、今度ゆっくり話せる時に話したりもするよ」

 

「っ!」

 

貴之が答えながら柔らかい笑みを浮かべたのが見え、今度は友希那が顔を赤くした。心臓も早鐘を打っていた。

その硬直がすぐに笑みに変えることができたのは、話しをしてくれると言ってもらえた嬉しさからだろう。

 

「なら、その時に聞かせて貰うわね?」

 

「ああ。聞きたくなったらいつでも言ってくれ」

 

話しが決まった二人は互いに笑みを見せながら少しの間見つめ合い、その状況にくすぐったさを感じたのか、小さく笑うのだった。

 

「リサ姉……あこの気のせいかな?友希那さんのことが、とても柔らかい人に見える……」

 

「大丈夫♪友希那は元々、ちょっと大人しめだけど柔らかい女の子だよ」

 

――でもホント、あの頃から戻って来れて良かったよ。友希那の荒れていた時期を知っているリサは、改めて安堵する。

何しろあの時期にあこが友希那と出会っていたなら、一歩間違えれば心が折れている可能性がある。何しろ自分もバンドから離れてしまっているから、友希那のことを止められない。

しかし、自分の離脱が今の落ち着いた状態に至るきっかけの一つだから、自分がいてもその時だった場合は止めようが無いだろう。一瞬陰鬱な表情になりかけたリサだが、その表情はすぐに打ち消した。

過ぎた話しだし、何より確率の話しをしたってしょうがない。そう考えたリサはこの考えを頭の中から放り捨てた。

 

「えっと……もう大丈夫ですか?」

 

「あっ、もう大丈夫よ。読み終わったら返すわね」

 

「はいっ!それで大丈夫です」

 

あこに声をかけられたことで反応した友希那は、雑誌を受け取りながら問いかける。

彼女が満足な笑みで答えてくれたので、同意を得ることを確認できた。

その後は話しながら道のりを歩いている最中、四人の姿を偶然目撃した人がいる。

 

「(あっ……あこちゃんと友希那さんだ……。残りの二人は……バンドの人……?でも……彼は違う……よね……?)」

 

目撃したのは燐子で、校門を出て少ししたところ、偶然四人が並んで歩いているのを見かけた。

その中でも、貴之だけはハッキリと違うと断言できた。理由はあこが友希那に頼み込みに行く直前、彼に話しに行ったのを覚えていたからだ。

 

「探してくれって言われた場所がダメだったら、ファクトリーへ言って探して聞いてみるよ。思わぬところで手がかりが掴めるかもしれないし」

 

「ええ。切り上げる時になったら、見つけようともそうでなくとも、一度連絡を頼めるかしら?」

 

「分かった。留意しておく」

 

会話の内容から、何やら頼まれごとされているようであることが分かる。恐らく時間が空いてしまっているのだろう。

商店街の方へ行くのか、友希那たちは話しを続けながらそちらの方へ足を運んでいくのが見え、燐子は立ち止まってそれを見送っていた。

 

「(ど……どうしようかな……?)」

 

商店街の方向は、丁度自分の帰宅する方向と被っているので、話しかけるチャンスは十分にある。それ故に燐子はどうしようかで迷う。

――でも……何もしないと……また昨日みたいになっちゃう……。それを嫌だと思った燐子の想いは、自分の行動を決定した。

 

「(商店街に……行ってみよう……)」

 

――誰かに……会えればいいな……。微かに希望を抱きながら、燐子は商店街の方へ行った四人の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ……全くいやしねぇ」

 

友希那たちと別れて商店街を回ることおよそ二時間弱。今回ってみた店が外れだったことで貴之は項垂れた。

人が多そうで、そこまで時間が掛からない場所を中心的に頼まれて回ってみているものの、流石に条件が厳しすぎるのか一人も引っ掛からない。

更にこれでファクトリーともう一つの店舗以外は全て回ってしまったので、残りはその二つに賭けるしかない状況になっていた。

 

「(仕方ねぇ……。休憩も兼ねて一旦最後の店舗行くか)」

 

喉が乾いて仕方がないのと、ファクトリーは一番最後に行くと決めていることから、貴之はもう一つの店舗へと足を運ぶ。

あまりゆっくりしすぎていると友希那たちが先に上がってしまうので、急ごうとして少しだけ足が速くなる。

今回は練習時間を長めに取れているらしく、メンバーが増えたから本格的に音を合わせるので、長い時間を使えるのは嬉しいことだと友希那は行っていた。

これに関しては紗夜も「練習時間が長いこと自体はありがたいことです」と言っているようで、更に残った二人も「疲れはするけど、あのメンバーでやるならそれはまた嬉しい」と言っていたので、問題は無いだろう。

 

「(見つからない……あの男子を省いたら……ライブハウス……だよね……?)」

 

一方で、燐子も四人の内誰かを見つけようと商店街を回っていた。

三人が練習に行ってしまっていることを確信して、一人だけ商店街を回ると言っていた貴之を探しているのだが、すれ違いと行き違いが相次いで見つけられないでいた。

時間もかなり経っているし、ひょっとしたらもう帰っているのかもしれない。そう考えた燐子の表情が落胆の色に変わる。

 

「(次の場所で……見つけられなかったら帰ろう……)」

 

本当はあこに状況を聞いてしまうのが一番楽な方法なのは、燐子自身もよく分かっている。

しかしながら、昨日の段階であの返答をしてしまっているので、どうも自分からその話題を振るのが難しいし、仮にその話題を振られても言いづらい状況になってしまっていた。

今になって、今日の午前に紗夜に聞かれた時のタイミングか、昨日の夜にあこに聞かれたタイミングに戻りたいと燐子は思った。

 

「(いなかったら……嫌だな……)」

 

「(……?この曲がり角……この前もリサとぶつかったような……)」

 

燐子が不安を抱えたまま思い足取りになるのと同じタイミングで、貴之は自分の歩いている道のりに既視感(デジャヴ)を覚える。

そして、考えごとをしながら歩いている貴之と、不安で胸がいっぱいになっている燐子は、二人とも周囲に気を配ることを忘れてしまっていて――。

 

「うお……」

 

「きゃっ……」

 

案の定曲がり角でぶつかってしまうことになる。

一応貴之は曲がり角前で速度を落としたとは言っても、リサと殆ど変わらない背丈をしているので、結果は前回と同じになる。

 

「……!」

 

「え……?」

 

悪い方へ予想していたことで反応できた貴之は、咄嗟に手を伸ばして燐子の手を掴み、引っ張り上げるような形で転びそうだった彼女を引き戻してやる。

助けられたことと、目の前に探していた人が現れたこと。この二点で燐子は完全に硬直してしまった。

 

「どうにか間に合ったな……大丈夫か?」

 

「え……?あっ、はい……!大丈夫……です……」

 

安堵した貴之が問いかけて来たことで、硬直から解き放たれた燐子は慌てながら大丈夫であることを伝える。

正直なところ、燐子からすれば探していた人がいきなり現れたので、まだ驚きが残っている状態だった。

――何から話せばいいだろう?燐子が迷っていると、自分の様子に気が付いたのか貴之が反応を見せる。

 

「もしかして……俺を探してた?」

 

「え……!?ええっと……その……」

 

貴之が問われて図星だった燐子はどう答えるべきか迷い、酷く焦った様子を見せる。

この時見せた燐子の慌ててぶりを見て、貴之は燐子が面と向かって話すことが苦手な人かもしれないと考えた。

 

「ああ、別に怒ってるわけじゃないんだ……。だから安心して話してくれ」

 

「……!よかったぁ……」

 

ここを離れた直後に出会った少女が更に内気になった感じだと思った貴之は、いつでも話していいよというのを伝え、それを聞いた燐子はホッとして胸を撫でおろす。

貴之が聞く用意をしてくれたおかげで、少し気が楽になった燐子は一度深呼吸して落ち着かせてから口を開く。

 

「実は……私……キーボードができるんです……」

 

「……!」

 

燐子からの告白は、貴之にとって目から鱗だった。

キーボードをできる人を探していたら、まさかの自分からこちらに話しかけに来てくれたのだ。自分でも笑ってしまう位引きの良さだと感じた。

驚いた貴之の顔が見えたのか、燐子がまた慌てた様子に戻ってしまったので、貴之は再び大丈夫だと伝えれば、燐子は再び落ち着きを取り戻す。

 

「昨日はあこちゃんから……今日も氷川さんから……聞かれていたんです……キーボードをできる人はいないかって……。でも……その時はいないって答えちゃって……」

 

「本当は自分がキーボード担当で入りたいけど自信がない……そんな感じか?」

 

燐子話しを聞いて、予想のついた貴之が聞いてみれば燐子は頷いた。

――そういや、あいつも最初の頃はそんな感じだったっけ?作った料理を自分に食べてもらったのが変わり始めだった少女のことを、貴之は思い出していた。

友希那と俊哉から聞いた話しでは、キーボードはピアノをやっている人がそのままやることもある楽器らしく、キーボードをしている人はピアノ経験者の可能性があるらしい。

とは言っても、今から彼女の家に赴いてピアノまたはキーボードを聴くと言うのは、時間的に厳しいし、何よりも素人の貴之が聴いてもわからないことだらけで、しっかりとした評価ができない可能性が高い。

 

「そう言えば、友希那のチームに入りたいと思ったきっかけは何かある?」

 

「きっかけ……ですか?」

 

キーボードの技術云々は自分には不向きと判断し、貴之は話しの話題を切り替えてみる。

それなら答えられると分かった燐子は「そうですね……」と前置きを作り、これを聞いた貴之もいつでもいいよと目で伝えた。

 

「きっかけ……というか……始めて友希那さんの歌を知ったのは……この前のライブハウスです……あこちゃんが……『自分だけのカッコイイ人』を見つけたから……それを教えたいって……」

 

「ああ……そう言えばあの時、あこと一緒にいたな」

 

貴之は当日のことを思い出す。

ライブハウスから出た直後にあこに友希那のことを聞かれた時、後ろで見守っていたのが彼女だった。

自分のこともしっかりと覚えてくれているのに安心感を感じ、燐子はお礼を言ってから話しを続ける。

 

「本当は……大勢の人がいる場所は……とても苦手だったんです……でも……友希那さんの歌を聴いてる時は……それを忘れられるくらい……夢中になれていたんです」

 

「(やっぱり……友希那は凄いな……)」

 

貴之は友希那のことを称賛する。自分もそうだが、周りからも想像以上の力を、彼女の歌は持っていた。

 

「昨日の夜……あこちゃんから……オーディションで音を合わせた動画が送られて来たんですけど……」

 

「(あっ……それ絶対リサから回ってきてるな……)」

 

送られて来たというのを聞いて貴之は確信した。

昨日の段階で貴之はリサから送られて来た動画を見ていたのだが、内容が燐子の言っていたものそのままだった。

――ひょっとして、全員に送ったか?一瞬そう思ったが、友希那からはそんな話しは聞いていないので、実際はわからない。

 

「あの四人と一緒に合わせられたら……楽しいだろうなと思って……私がキーボードをできること……言おうとしたんですけど……言えなくて……」

 

途中から表情が明るくなり、楽しそうに話していた燐子は嫌なことを思い出したのか、暗い表情になっていく。

この時、話しを聞いている途中までは仲の良い少女と重ねていた貴之だが、考えが変わってきた。

 

「(この子……もしかしてだけど……あいつと言うよりかは……)」

 

――昔の俺と……似て非なる感じだな?それが彼の出した結論だった。

ここで言う貴之の『昔の俺』とは、友希那の歌に導かれてからヴァンガードを始める直前までの時期を指す。

共通点としては、新しく踏み出したいが踏み出せないでいること。違うのは、当時の貴之が『踏み出す準備はできていても、踏み出したいと思うものがない』のに対し、今の燐子は『踏み出したいと思うものは既に見つかっているが、踏み出す勇気がない』ことにある。

また、友希那の歌に惹かれるまでは夢中になれるものがないし、踏み出したいとすら思っていなかったので、その時期は今の彼女により近い時期でもあったと言える。

 

「このままじゃ……伝えたいことも伝えられないって……分かってるんです……でも……いざ話そうとすると……怖くなって……」

 

「……もう大丈夫。ありがとうな……最後まで話してくれて」

 

昨日と今日で上手く行かなかったことを二度も思い出し、次もダメだったらどうしようかと言う不安に押しつぶされそうになった燐子は、話しながらも目尻から涙が溢れそうになる。

これ以上無理に話させてはいけないと感じ、貴之はハンカチを渡してやる。

礼を言いながら受け取った燐子はそれで涙を拭い、貴之は「今度返してくれればいいから」と伝える。

 

「俺も……小さい頃は、夢中になれるものが何も無かったんだ……」

 

「……え?」

 

話してくれた礼もあるが、自分のことが参考になればと思い、貴之も昔のことを話す。

当時の貴之は特に夢中になれるものは何も無かったし、特にそれを探そうとも思わなかった。

 

「そんな時に出会ったのが友希那の歌でな……あれには心を持って行かれたよ」

 

「……?友希那さんと……知り合い……ですか?」

 

「ああ。俺と友希那は幼馴染みでな……五年ぶりにこっち来てまた会えたんだ」

 

「そうだったんですか……」

 

始めて知る情報に驚きながら、燐子は真剣に話しを聞く。

その中で、どちらも友希那の歌に惹かれた者同士であると言う共通点が見つかったのは、燐子にとって少しの安心を与えた。

 

「話しを戻すけど……その後友希那の歌を聞いて、夢中になれるものを探した俺は一つ……心から夢中になれるものを見つけた……」

 

自分のことを話しながら、貴之はポケットに手を入れてケースを取り出し、一枚のカードを取り出す。

 

「それがヴァンガード(これ)だ」

 

「ヴァンガード……確か……『惑星クレイ』に降りて……先導者となって戦うカードゲーム……でしたよね?」

 

燐子はヴァンガードを知っていた。

自分が買っているゲームの情報雑誌で度々取り上げられているゲームだったので、よく覚えている。

小さい頃に金銭面の厳しさや、それよりもピアノが好きだったことから、今までやらないでそのまま時が流れていた。

 

「こいつで全国大会優勝をしたい……そう思えるくらい夢中になってる」

 

「全国大会……」

 

貴之の持つ高い目標を聞いて、燐子は一瞬だけ呆然とする。

自分が好きでやっていたピアノやゲームも、基本的には好きだから上手になりたいと言う気持ちでやっていて、そこまでは考えていなかった。

 

「すごいな……そうやって……前に進み続けられるのが……ちょっと羨ましいです……」

 

「……そうか?そう言われるとちょっと照れるかな」

 

燐子は羨望を抱いた。あこもそうだが、自分にはできないと思っていることをできるからだ。

顔を合わせたのは二回目だが、始めて話した人にそう言われると嬉しさを感じ、貴之は笑みを見せながら頬を指で撫でる。

 

「だけど……何も俺一人で進み続けられたわけじゃないんだ。多くの人と戦って学んだり教えたり……切磋琢磨して進んできたからな」

 

「多くの人と……」

 

貴之の話しを聞いた燐子は、その部分を呟く。

彼が進んできた道は一人では絶対に成立することは無い。きっかけをくれた人や導いてくれた人……そう言った様々な人がいるからこそ成立した道なのだ。

 

「更に言ってしまえば……俺は共に戦う『ユニット(仲間)』たちがいなければ、『惑星クレイ(あの世界)』じゃ戦う舞台に立つことすら叶わないんだ……」

 

話しを聞いている燐子は、貴之が自分は一人では何もできなかったことを伝えようとしているのではないかと感じた。

こうして話しを聞いてみたところ、燐子自身も『一人は心細くても、誰かが一緒にいれば平気な気がする』のではと思い始めていた。

 

「ああ……悪いなこんな話しを長々としちまって……」

 

「いえ……大丈夫です……」

 

本来は燐子が友希那のチームに入りたいが、自信が無いのでどうにかしたいと言う相談だったのに、気がつけば自分のことを話していたのに気づいた貴之が謝る。

燐子自身は自分を気遣ってくれてのことだと思っているので、然程気にならなかった。もしかしたら自分が変わるきっかけが作れるかもしれないと思うものが見つかっただけでも十分だった。

 

「えっと……私も……『ヴァンガード(その世界)』に触れてもいいですか……?」

 

「俺は構わないけど……何か思いついた?」

 

「もしかしたら……私が変わるきっかけが……見つかるかもしれないと思って……」

 

燐子は理由を話しながら「ダメ……ですか?」と首を傾げながら聞く。

しかしながらその表情は影があるものとは程遠く、微笑みが見える。恐らくは前に進みたい気持ちが勝ったのだろう。

 

「分かった。そう言うことなら『ヴァンガード(俺たちの世界)』に案内しよう。着いてきてくれ」

 

彼女が望むのなら、その手助けをしよう。そう決めた貴之は、燐子を連れて『カードファクトリー』への移動を決意する。

幸いにも友希那たちはまだ練習時間が残っているので、急げばギリギリで直接言いに行く時間ができる。となれば善は急げだった。

貴之の促しに燐子が頷いたので、移動を始める。幸いにもファクトリーへ移動する途中だったので、すぐに着ける距離なのが救いである。

 

「(予想外なことになったけど、この子が前に進めるのならそれでいい)」

 

――全力でサポートしてやるから、チャンスをものにしてくれよ?移動しながら、燐子がきっかけを掴んでくれることを貴之は祈った。




燐子がメンバーに入るまでの展開に大幅な変更が入りました。
・あこにキーボードをできることを伝えていない。
・紗夜にもキーボードをできる人がいないかを聞かれているが、答えられなかった。
・送られて来た動画に自分のピアノをまだ合わせていない(原作だとあこが寝落ち後、今回はチャット中なので、これはやむ無しかも)。
・メンバー探しは周りの人たちにも手伝って貰っている。
主な変更点はこの辺りでしょうか。恐らく今回がぶっちぎりで変更点の多さを持っていますね。

Roseliaのメンバーでヴァンガードに触れる二人目は燐子になりました。
初期プロットの段階ではリサが二番目でしたが、オーディションでの流れから一度見直した結果こうなりました。

次回はこのまま燐子の初ファイトの流れになります。
……正直使わせようとしているデッキで賛否両論起きそうな予感もしますが、合わないと思わせてしまったらごめんなさい……(汗)。


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イメージ10 望んだ運命(イメージ)

本文が今作ぶっちぎりで多い文字数になりました。
長すぎると感じたら本当にすみません(泣)。


「……とまあ、ここまでが『クレイ』の世界観なんだが……どうだろう?」

 

「地球のIFみたいな感じ……なのかな……?『NFO』の世界に……化学も混ざったみたい……」

 

『カードファクトリー』に入店してすぐ、デッキが並んでいる場所の前で『クレイ』がどんな場所かを説明した。

友希那の時はドラゴンや悪魔に対してあまりいい反応を見せなかったが、燐子は予想以上に理解できているよう反応を見せる。

その理由は、貴之もプレイしたことのあるゲームの名前が出てきた。

 

「おっ……『NFO』やってたんだ?俺もヴァンガードのコラボやってる時だけ触れてたんだよな……」

 

「今度……一緒にやってみますか……?あこちゃんも混ざって……三人になりますけど……」

 

「それはいい案だな……それなら、今度時間ある時にやろうか」

 

この二人の言っている『NFO』とは、国内で最もプレイされているオンラインゲーム『Neo Fantasy Online』の略称で、燐子は普段からあこと一緒にこのゲームで遊んでいる。

貴之もヴァンガードとコラボしたイベントを行っている最中に触れていて、限定の装備だけは獲得を済ませていた。これはイベントの期間の長さも一助していて、期間が短ければ確実にプレイを断念していたものだった。

燐子からさりげなく誘われたので、貴之はそれを承諾する。その時しかやっていないので育成が中途半端なことを伝えれば、燐子は大丈夫だと言ってくれた。

ちなみに『NFO』の世界観は、魔法やドラゴンなどが忘れられていない代わりに、科学が乏しい世界になっている。

 

「あっ……!」

 

「……どうした?」

 

ここまで話していて、燐子は一つのことに気がついて声を上げる。

その表情は未知なるものに触れたり、普段の自分なら絶対にしないことへの恐怖等ではなく、前向きなものだった。

 

「私……今……自分から人を誘えた……」

 

「……!本当だ……」

 

燐子が安堵したような、嬉しそうな様子で言ったのを聞いて、貴之もそこに気がつく。

恐らくは、先程自分から頼むことができて小さな自信に繋がり、その相乗効果が出始めているのだろう。

 

「変われる……のかな……?」

 

「きっかけがあれば誰だって変われる……。だから大丈夫」

 

燐子の問いには肯定も同義の言い方で返す。

そう言ってもらえれば燐子も安心し、明るい表情が継続する。

 

「ってああ、そうだった……ヴァンガードの方に話しを戻すか。デッキが必要になるから、どの『クラン』のデッキにするか決めよう」

 

「えっと……『クラン』はどんな組織かを教えてくれるんでしたよね……?」

 

「ああ。気になった『クラン』があったら教えてくれ。その時は答えるよ」

 

話しが脱線しているのに気が付いた貴之が話しを戻す。

幸いにも燐子は『クラン』がどんな扱いなのかを知っているので、細かく説明する必要はなかった。

イメージが大切というのを聞いていたので、燐子は自分が選んでいる傾向と『クラン』を照らし合わせながら選んでみる。

普段『NFO』では魔法系、後方で戦う。バンドのパートはキーボードと所謂補助系が多い傾向にあるので、そのような印象に見えるクランを中心に探してみる。

何しろ、ヴァンガードには『イメージは力になる』という言い伝えがあり、ユニットの姿になった自分を想像(イメージ)できなかったら戦いづらくて仕方ないだろうと言う考えだった。この考えは貴之自身が「俺もイメージを広げるためにやりやすい方法は模索した」と言っているので、それが後押ししている。

思い切って普段の自分から路線変更をしても良かったが、背に腹は代えられないに近い原理でそれは断念する。やってもいいがそれはまた次の機会だと燐子は自分に言い聞かせる。

 

「……この『オラクルシンクタンク』は……どういう『クラン』ですか?」

 

「『オラクルシンクタンク』は神託魔術や未来予知、占術などの魔法と科学的推測を駆使してコンサルティングや経済予測業務を行う巨大企業でな……恋占いから国の行く末を占う大規模な行事にいたるまで、情報を中心としたありとあらゆる産業を一手に担っている……何というか、『運命を見通すクラン』ってところだ」

 

「運命を見る……」

 

悪くはないけど、何か後一声欲しいと燐子は思った。ただ見るだけで、その後がただ従うだけでは今までの自分と変わらないからだ。

そう思って顎に手を当てながら悩んでいると、その様子を見ていた貴之が察しを付けて、そのもう一声を出してくれた。

 

「見通すと言っても、見える運命は一つじゃない(・・・・・・)。複数見えた運命の中から、自分の望む運命(未来)を掴み取る……『オラクルシンクタンク』はそれが可能なクランなんだ」

 

「自分の望む未来……」

 

――みんなと一緒なら……掴めそうな気がする……。自分で選べると言う点は非常に大きく、それが燐子にとっての決定要素になった。

笑みを浮かべた燐子は、『オラクルシンクタンク』のデッキを手に取った。

 

「私……これにします……!」

 

「分かった。それならこいつもプレゼントだ。これが無いと後で整理や管理で苦労するからな」

 

「あっ……ありがとうございます」

 

燐子の使う『クラン』が決まったので、貴之はケースもセットでその金額を支払ってやる。

この時燐子は「これくらいなら自分で出せる」と言ったが、貴之の「初心者へのサービスと思って欲しい」という一言で思いとどまる。

貴之の行動が何も自分への否定では無く、元々そう言う心構えなのを理解したので引きずることは無かった。

購入を終えた後はハサミを借りてファイトスペースに移動し、テーブルの一つに向かい合って座る。

 

「開けにくかったらこれを使ってくれ。開ける部分にテープ付いてるから」

 

「あっ……本当だ……使わせてもらいますね」

 

前回友希那と来た時は完全に失念していた反省を活かし、今回は初めから燐子に促す。

自分の取りやすい場所にハサミを置いてもらって気づいた燐子は、箱にテープが付いてるのを確認すると素直にハサミを使って箱を傷つけないように気を付けてながら開封する。

ハサミを使い終わったのはいいものの、どこに戻せばいいかがわからない燐子はどこに置いてあったかを聞いてみる。

今の燐子が、自分から動いてみるようにしているのが分かった貴之は、置いてあった場所に案内し、それを戻したあと二人でテーブルに戻ってくる。

 

「さてと……今回は構築済みだから問題ないけど、デッキを作るに当たって『合計50枚』になるように作るのと、『同名のカードは4枚まで入れられる』。『特別に制限されている種類のカードは、同名とか関係無しに4枚まで』ってルールがある。特別に制限されているカードは、ユニットのテキストに載ってるから、自分でデッキを編集するときはしっかりと確認するといいぜ」

 

「あっ……この二種類には制限があるんだ……」

 

デッキ構築のルールを教えてもらった燐子は、デッキ内のカードを見ながら制限されているカードを確認した。

――今度……他のカードも見てみようかな……。今回は時間が無いので、後々そうしたいと燐子は思った。

 

「カードには色々と数値やらが乗ってるが……多くのところはファイト中に教えるとして、『ノーマルユニット』と『トリガーユニット』の見分け方だけは覚えておこうか。『オラクルシンクタンク』はゲーム内での特性上、デッキに残ってるカードの操作が多くなるからな」

 

「えっと……この右上にアイコンがあるカードと……無いカードが……その見分け方ですか?」

 

燐子の問いに貴之は頷く。先にデッキ構築のルールを聞きながらカード見ていたのが幸いして、燐子はすぐに気づけた。

 

「『トリガーユニット』は、『トリガーチェック』で引き当てた時に効果を発揮するユニットでな……トリガー効果の種類には(クリティカル)(ドロー)(ヒール)……そして、一部のクランだけが持つ(フロント)の四つがあるんだ」

 

「なるほど……『オラクルシンクタンク』には……入っていないんですね……」

 

「残念ながらね……ちなみに俺の使っている『クラン』もそれは入っていない。ちなみに『トリガーチェック』は『ヴァンガードで攻撃した』時、『ダメージを受けた』時が主な発動タイミングだ」

 

話しを聞いた燐子は貴之の使う『クラン』が気になったが、それは戦う時のお楽しみだと言われたので、その時まで待つことにした。

 

「おっと……あまりのんびりしすぎると今日中に間に合わなくなりそうだ……残りはファイトの最中に説明するけど大丈夫か?」

 

「はい……!大丈夫です……」

 

時間的に不安になりだした貴之が携帯で時間を確認して燐子に問いかける。

それに対して、燐子が頷くことで肯定してくれたので、貴之は次の説明に入る。

 

「よし……なら、ファイトを始める前に今から言うことをイメージしてみてくれ」

 

「イメージは力になる……そうですよね?」

 

「ああ。その通りだ」

 

確認を取ってきたので、貴之はそれを肯定する。

合っていることが分かって安心した燐子は、イメージと話しを聞くのを両立させるため、静かに瞳を閉じて意識を集中させる。

 

「今の俺たちは、地球によく似た惑星『クレイ』に現れた……与えられたの二つ能力を持つか弱い霊体だ」

 

「(霊体……姿が薄まっている方かな……?)」

 

説明を受けて自分なりに想像(イメージ)してみる燐子は、貴之も同じ姿で立っているのが見えたので、それによって安堵した。

――何だか……ゲームの操作説明(チュートリアル)みたい……。貴之の説明からそんな雰囲気を感じた燐子は心持ちがかなり楽になり、落ち着いた様子で聞くことができる。

 

「一つ目は『コール』!『クレイ』住まう住人やモンスターたちを呼び寄せる能力で、呼び寄せることができるのは契約した者たち……。つまり、互いのデッキに集められたカードたちだ」

 

貴之が人差し指でデッキを指さしているのを感じ取った燐子はそれを見つめる。

実際に聞こえてはいないが、ユニットが「一緒に頑張ろう」と言っているような気がして、それに応えたいと思った。

 

「そして二つ目は……『ライド』!霊体である自分を呼び寄せたモンスターらに憑依させる能力で、このライドした俺たちのことを先導者……『ヴァンガード』と呼ぶんだ」

 

自分が剣を持った巫女や、妖精と言った姿になるのを、燐子はゲームでの装備変更による見た目変化の別バージョンと考えることで、意外にもすんなりと想像(イメージ)ができた。

貴之から説明された、『クレイ』に降り立った自分たちに与えられた能力を聞いて、燐子は一つの確信に至る。

 

「か弱い霊体だから……仲間であるユニットから力を借りる……。『ユニット(仲間)』から力を借りるから……持っている知恵で勝利に導く……。『ユニット(仲間)』がいないと『クレイ(この世界)』では戦う舞台に立てないというのは……こういうことだったんですね……」

 

「理解できてもらえて何よりだ」

 

元々ゲームをしていることと、貴之が事前にそう言っていることもあって、燐子はすんなりと理解する。

正しく理解してもらえたのが嬉しく思い、貴之は満足げに頷く。

 

「さて、ここからはファイトの流れを説明していくぞ。まずは『ファーストヴァンガード』をデッキから一枚選んで、それを裏向きで『ヴァンガードサークル』に伏せよう」

 

「グレード0のカードは……あっ、あった」

 

自分が手本を見せるようにして『ファーストヴァンガード』をセットすれば、燐子もそれに倣って『ファーストヴァンガード』を伏せる。

先にカードを少しだけ見ることができたのが幸いし、そこまで迷うことは無かった。

 

「次はデッキをシャッフルして、その後上から五枚を手札として引こう。これが終わったら、後は伏せていたカードを表にしてスタートなんだが……その前に一度だけ引き直しができるんだ。グレード1からグレード3が一枚ずつ揃っている状態じゃないなら引き直しが推奨されるが……どうする?」

 

「えっと……今の手札は……」

 

貴之が確認を取ってくれたので、燐子は自分の手札を確認してみる。

彼の言い分からすると、グレード0のカードはライドに使わないので、持っている意味は薄いのだろう。構築済みデッキの場合はグレード0は『ファーストヴァンガード』に使う一枚を省くと全て『トリガーユニット』であることも、それに拍車を掛けている。

 

「揃っているから……大丈夫です」

 

「分かった。それなら後は、開始の宣言をして『ファーストヴァンガード』を表にすることでファイトを始めることになるが……その合図は大丈夫か?」

 

「えっと……『スタンドアップ・ヴァンガード!』が標準的な合図で……人によっては少しだけ……言い方を変えたりする人もいるんですよね?」

 

「その通り。と言っても、無理に変える必要はないし、思いつかないなら標準の合図でも全然大丈夫だ」

 

――見つかったら……その時に変えよう。何も初めからあれもこれもとやるのは良くないのを知っている燐子は、できる範囲からやっていくことに決めた。

意を決した燐子が裏向きで伏せている『ファーストヴァンガード』に触れたので、貴之も大丈夫と示すべく自分の『ファーストヴァンガード』に手を触れる。

そしていざ開始……の前に大事なことを忘れていたので、燐子は「一つ……大事なことを忘れてました」と声を上げる。

 

「私……白金燐子です……今日は……頼みを聞いてくれて……ありがとうございます」

 

「……ああ。そう言えばお互いに名前知らないんだったな……」

 

燐子の自己紹介を聞き、貴之はそこでようやく思い出した。

この二人、ついさっき偶然顔を合わせ、そのまま流れるように話しを進めていたので、互いに名乗っていないでいたのだ。

 

「俺は遠導貴之だ。君が望んだ未来を掴めるよう、最後まで協力させてもらうよ」

 

「遠導って……えっ!?まさか……あの……!?」

 

「……ん?ああ……そうなるな」

 

燐子の動揺を見た貴之は、ここで誤魔化してもしょうがないので、素直に肯定した。

――さ……最初の相手が……とんでもない実力者になっちゃった……!?彼のことを知っていた燐子はいきなり大丈夫か不安になる。

燐子の買っているゲームの情報雑誌はあこが買っているものと同じで、貴之の名前は同じ頻度で見ていた。

それ故に彼が相当な熟練者であることを知っていて、先入観が知らぬ内に焦りの情を与えていた。

 

「ああ……何も完封勝利をするとかそう言うつもりは一切ないんだ。今回は君が前に進める手助けするつもりでいるから、思いっきり来てくれ」

 

「……!はい……よろしくお願いします」

 

自分が焦ったりすれば、貴之はすぐに持ち直しに協力してくれる。

ある程度までは補助してくれる意図を理解した燐子は、重荷が減ったように感じて気が楽になる。

それが大丈夫と言う意思表示のようなものとなり、貴之が「始めよう」と声を掛けたので、燐子は頷くことで応じる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

燐子はやや緊張した様子で、貴之は笑みを見せて宣言を始める。

 

「ザ!」

 

貴之のそれを聞いた燐子は、彼は開始の時。分身となるユニット、または切り札となるユニットにライドする時は『ザ』を付ける傾向にあることを思い出した。

そう言う人もいるくらいの認識だったが、実際に聞くと実感させられるし、彼がどうするかは人次第で自由だと言ってくれているような気がしていた。

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人が伏せていたカードを表に返すことで、ファイトが始まる。

貴之がくれた機会を無駄にしない為にも、燐子は心の中で自分を奮い立たせた。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』……!『ロゼンジ・メイガス』……!」

 

貴之は『アンドゥー』に、燐子は赤と白の二色が中心となった、どこか踊り子のようにも見える格好をした『ロゼンジ・メイガス』に『ライド』した。

この時燐子は、自分は服装や手に持っている物などが変わったのに対し、姿そのものが変わった貴之を見て、「ユニットごとのライドによる影響が大分違う」と感じ取る。

 

「あっ……」

 

変化の違いをまじまじと見ていた燐子だが、自分の『ライド』した『ロゼンジ・メイガス』の格好に気づいてしまった。

 

「……どうした?」

 

「お……思ったより……攻めた格好になってると思って……」

 

「ああ……流石にそこまでは気を回せなかったな……」

 

悪かったと謝る貴之に、燐子は「だ……大丈夫です」と答えてどうにか気を取り直す。装備変更のようなものと思っていたら、イメージの影響で予想よりダイレクトなものをみて驚いた部分が大きいだけだったので、燐子はライドする時は気にしすぎないようにしようと意識する。

制服でも黒のタイツを身につけていたことと、話してみた性格からも、恐らく露出の多い格好は好きじゃないのだろう。『ロゼンジ・メイガス』にライドした自分をイメージして、恥じらいを見せたのがそれを表していた。

一瞬だけ空気が崩れてしまったが、すぐに戻ったので貴之は本格的に説明を始めることにする。

 

「さて……これで互いが先導者として『クレイ』に降り立ったところで、今回は説明も兼ねて俺が先行で行かせてもらうぜ」

 

貴之の宣言に、燐子は迷うことなく頷く。自分としても、手本を見せてもらった方が楽だと思ったからだ。

 

「じゃあ、俺の『スタンド』アンド『ドロー』……と言っても、最初のターンは『スタンド』状態……縦向きのユニットしかいないから、そっちは省略だ」

 

貴之が説明しながら一枚手札に加える姿を見て、やっぱり手馴れているなと燐子は思った。

また、さっきの世界観説明もそうだが、本当にヴァンガードが好きだという想いが伝わってきて、聞いている自分も楽しくなっているのを自覚させられる。

 

「次が『ライドフェイズ』で……この時にヴァンガードを自分より一つ上のグレードか、自分と同じグレードにライドができるんだ」

 

じゃあ実践するぞ。そう言って貴之は手札から一枚のカードを手に取る。

そこで動きを止めることによって、燐子もそちらに注視させられる。

 

「『鎧の化身 バー』に『ライド』!『ライド』された『アンドゥー』のスキルで山札から一枚手札に加える」

 

「(あれが『ライド』……力が強まった感じがする……)」

 

貴之の姿が変わったことで、燐子は彼の存在感が大きくなったかのように感じた。

これはパワーの上昇分も関係しているのだが、それは燐子の手番が回ってから知ることになる。

 

「これで俺は、一つ上のグレードに昇級できたことになる。ちなみに、こうしてカードを重ねていくわけだが……重ねられたカードは『ソウル』として扱われ、後々ユニットのスキルを使うにあたってのコストになるんだ。『ライド』以外でも、ユニットの効果でも増やせたりするぞ」

 

「なるほど……」

 

前回友希那に教えながらファイトをした時は、自分がスキルを発動するまで『ソウル』の説明を忘れていたので、今回は忘れずに説明する。

燐子はまだ全てを飲み込み切れていないから曖昧な返事しかできなかったが、すぐに使う時が来るだろうと思い、その時また聞こうと決めた。

 

「『ライドフェイズ』が終わったら次は『メインフェイズ』だ。ここではユニットの『コール』や、既に場に存在するヴァンガード以外のユニットの前後移動を行うことができる……。俺は『ドラゴニック・ガイアース』をリアガードとして『コール』だ」

 

貴之の中央後列に、蒼い体を持った翼竜の『ガイアース』が現れ、これによって彼の場にはユニットが二体になった。

 

「さてと……」

 

「えっ……?先攻は……攻撃できないんじゃ……」

 

「ああ……引っ掛かんないか……」

 

貴之が場に出ているユニットに手を置こうとしたのが見えたので、燐子は慌てて問いかける。

こうして聞くことができたのは、普段買っているゲームの情報雑誌は、定期的に初心者が入りやすいように、ヴァンガードのルール説明のコーナーを設けていて、燐子はそれを読んでいる内にその部分を覚えていたことにある。

雑誌を読んでいることから、引っ掛かってくれることはあまり期待してはいなかった貴之だが、燐子が自分から確認を取ってきたのが見れたので、それはまた良かったと思えた。

 

「白金さんが言った通り、先攻は最初のターンで攻撃することができない……だから俺はこのままターン終了。次はそっちの番だ」

 

「はい……『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

――遠導君は……私に促しているのかな……?燐子には、彼が「ここが変わるポイントだよ」と言いたげな行動をしているように見えた。

だが、手伝ってくれているのはとてもありがたい話しなので、それに甘えさせてもらおうと思いながら自分の番を進める。

新たに山札から一枚手札に加えた燐子は、一度自分の手札を確認し、『ライド』するユニットを決定する。

 

「『クォーレ・メイガス』に……『ライド』!『ライド』された『ロゼンジ・メイガス』のスキル……一枚手札に加えます」

 

緑色の光に包まれた燐子は、白を基調としたいくつものハートを形どったものが見て取れる派手な格好をした『クォーレ・メイガス』に『ライド』する。

『ロゼンジ・メイガス』と比べて更に派手な格好となったが、気にしすぎないようにしていたので大して影響は出なかった。

 

「登場した『クォーレ・メイガス』のスキルで……山札の上から二枚を確認します」

 

スキル発動を宣言した燐子は、山札にある上の二枚を手に取って確認する。

その時に出てきたのは『ノーマルユニット』と『トリガーユニット』が一枚ずつだった。

 

「確か……ヴァンガードで攻撃した時に……『トリガーチェック』が入るんでしたよね?」

 

「その通り。『オラクルシンクタンク』は山札を操作することで、起こりうる運命を決めることができる。今回見た運命の中で……望む未来はどっちかな?」

 

「私が望むのは……こっちかな」

 

順番を決めた燐子はそれらを山札の上に戻した。

この処理は貴之に見せる必要は無いので、どのように変えたのかは燐子のみが知ることになる。

 

「更に……『リピス・メイガス』を……『コール』します!」

 

燐子の中央後列に紫と桜の二色が基軸に構成されている、ラバースーツのような格好をしている少女の『リピス・メイガス』が現れる。

これで『メインフェイズ』を終わりにして攻撃をしようとした燐子だが、まだ数値等を聞いていないので、一度聞かなければならなかった。

 

「あっ……攻撃しようと思うんですけど……この数値で決まるんですか……?」

 

「ああ。カードの左下にあるパワーの大きさを比べることになる。ちなみに攻撃する時はそのユニットを『レスト』……横向きにして宣言するんだ」

 

燐子の問いに答えると同時に、貴之は攻撃する時の操作を説明する。

また、この時貴之は『パワーが同じなら攻撃側が勝つ』ことと、『攻撃できるのは前列のユニット』で、『対象にできるのは相手の前列にいるユニット』だというのを忘れずに説明する。

 

「後、後列にいるグレード0とグレード1のユニットは、『レスト』をすることによって、自分の前にいるユニットに自分のパワーをプラスする『ブースト』ができるんだ」

 

「なら……『リピス・メイガス』で『ブースト』……『クォーレ・メイガス』で……ヴァンガードに攻撃します……!この時、『メイガス』と名の付いたヴァンガードがいるので……『リピス・メイガス』はスキルでこのバトル中……パワーをプラス5000します……!」

 

「攻撃を受けた俺は『ガード』をするかどうかを選択できるが……今回はノーガードにしよう。ヴァンガードで攻撃をしたから、今回は『ドライブチェック』を行いぞ。山札の上から一枚カードをめくって、それが『トリガー』を持つユニットかどうかを確認することになる。さあ、お前の選んだ運命を見せてくれ」

 

「はい……私が選んだ運命はこれです……!」

 

普通なら『ドライブチェック』と言っていたところだが、貴之に促された燐子は自然と独自の言い方に変わりながらそれを行う。

運命を操作した状態での『ドライブチェック』により、燐子が(クリティカル)トリガーを選んだことが発覚する。

 

(クリティカル)トリガーはターン終了まで好きなユニットにパワーのプラスと、与えるダメージに関係するクリティカルをプラスできる。これは両方の効果を一体のユニットに回すことも、それぞれの効果を一体ずつに分配することも可能だ。それと、『ドライブチェック』でめくったカードは手札に加えてくれ。ヴァンガードが攻撃した場合はここまでやって初めてパワー比べが終了するんだ」

 

「なるほど……なら……効果は全て……ヴァンガードに回します」

 

全ての処理を終えた『クォーレ・メイガス』のパワーは31000となった。

これによって、イメージでは『リピス・メイガス』の魔道具を使って『クォーレ・メイガス』となった燐子に力を与え、力を貰った燐子は手に持っている杖からハート型の光弾を無数に撃ちだす。

逃げ場を塞がれた『バー』となった貴之は、その弾幕を浴びることになる。

 

「さて……ダメージを受けたから、俺も『ダメージチェック』を行うぞ。今回は2ダメージを受けたから二回だな」

 

貴之の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーだった。

 

「俺は二枚ともトリガー無しだ。『ダメージチェック』でめくったカードは、左下の『ダメージゾーン』に置こう。危機感を感じたユニットが何かから逃げ出すように契約が解除され、ヴァンガードから離れていくんだ……こうしてダメージを受け続け、契約を解除された者が六体以上……ダメージ6になった時は全てのカードとの契約が解除され、霊体に戻って消滅する。そのプレイヤーの敗北……望んでいない運命を手にしてしまったことになる」

 

「自分のために集まってくれたから……ちゃんと導いてあげたいですね……」

 

「ああ。そして、君が望んだ未来を掴み取るんだ」

 

イメージ通りなら消えるかもしれないと言うのに、貴之は燐子を勇気づけるべく優し気な笑みを浮かべながら気丈に振る舞う。

その姿を見た燐子は、いつしか自分も……進もうとしている人を手助けできるようになりたいと思った。

 

「私はこれで……ターン終了です」

 

「一通りの流れは大丈夫そうだな……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!」

 

一先ず自分の望んだ展開になったことに安堵した燐子はターン終了を宣言する。

その様子を見て、残りは随時教えれば大丈夫だと思った貴之は自分のターンを進め、手始めに『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』する。

 

「さて……『ダメージゾーン』と『ソウル』を活用する場面を見せようか。『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をすることで、『バーサーク・ドラゴン』のスキル発動!相手のリアガードを一体退却させることができる。今回は『リピス・メイガス』しかいないから、それを退却させるぞ」

 

「あ……!」

 

イメージ内で、『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の吐き出した炎が、後ろにいる『リピス・メイガス』を焼く。

その炎が持つ熱量に耐えられなかった『リピス・メイガス』が光となって消滅していき、燐子は驚きを隠せなかった。

 

「『ダメージゾーン』のカードと『ソウル』はこうやって、時折スキルの発動に必要なユニットがいるから、それらを使う為に必要になってくるんだ……って、悪かったな。いきなりこんなことして……」

 

「い、いえ……大丈夫です……」

 

「そうか。俺の使う『かげろう』は、『敵を打ち払う』ことによって効果を発揮するユニットが多いから、今後もこうなることはある……」

 

――留意しておいてくれ。貴之がそう言うことしかできないのを感じ取り、燐子は頷く。

正直なところ、仲間と一緒なら大丈夫かもしれないと思い始めた彼女に対して、いきなりこう言った効果を持つユニットをぶつけるのはどうかとも思うが、こんなことが起きても仲間を信じることができるかを試すなら、それも有効だと考えていた。

燐子もまた、方針を決めるのは自分で、それを支えてくれるのが『ユニット(仲間)』たちだと再認識し、気を取り直した。

 

「このスキルを発動した『バーサーク・ドラゴン』が『ヴァンガードサークル』にいるなら、デッキから一枚ドローする。そして、『盾の化身 ラーム』と、もう一体『ガイアース』を『コール』だ」

 

貴之の前列右側には赤い鎧で身を包み、竜の頭を形どった盾を持つ『ラーム』が、後列右側には二体目の『ガイアース』が現れる。

このターンからは貴之も攻撃可能になるので、燐子はそれを頭の中に入れておく。

 

「『ガイアース』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!……ガードはするか?」

 

「……いえ……ここはノーガードで」

 

先程の貴之がノーガードをした理由が『バーサーク・ドラゴン』のスキルだと思った燐子は、自分も同じくスキル発動を考えてノーガードを選択する。

貴之の『ドライブチェック』はノートリガーだったので、特にダメージが増えたりはせず、燐子は1のダメージを貰う。

イメージ内では、『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の吐き出す炎が、『クォーレ・メイガス』となった燐子に向けられ、それの熱を受けた燐子は両腕で顔を覆う。

 

「わかっていても……少し……寂しいですね……」

 

「ああ。他ならぬ俺たちの為に集まってくれたからな……大切に先導していこう」

 

貴之の言葉に燐子は頷く。仲間と共に望む未来を掴もうとするのだから、そうしたいと思ったからだ。

 

「さて……次の攻撃だ。『ガイアース』の『ブースト』をした『ラーム』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「それは……『ガード』します……!」

 

「分かった。それなら、『ガーディアン』として出すユニットを前にある『ガーディアンサークル』に任意の数を『コール』してくれ。『ガード』で使う数値が、左端にある『シールドパワー』だ」

 

「なら私は……『サイキック・バード』を出します……!」

 

『ガイアース』の支援(ブースト)を受けた『ラーム』のパワーは18000だが、『サイキック・バード』のシールドパワーを足した『クォーレ・メイガス』のパワーは23000なので、攻撃は通らなくなる。

イメージ内で『ラーム』が持つ盾から出された炎は、燐子の目の前に現れた明るい緑色の体をした鳥の『サイキック・バード』が防いでくれた。

燐子のことを守った『サイキック・バード』は、彼女に向けて抑揚に欠けた応援をしながら去っていく。

 

「防げた……」

 

「『ガード』は体験できたな……今みたいに『ガード』をするかどうするか、ヴァンガードに攻撃されたなら、相手が『トリガーチェック』で何枚『トリガーユニット』を引くのに合わせたガードをするかどうか……。こう言ったところが駆け引きになって来るから、覚えておいてくれ」

 

自分の言葉に燐子が頷いたのを確認し、貴之はターン終了を宣言する。

 

「さあ、そっちの番だ」

 

「はい……私のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……。『バトルシスター おらんじぇっと』に……『ライド』!みんな……お願い!」

 

イメージ内での燐子の姿が、紫色を基調とした和服と修道服が混ざったかのような戦衣を身に纏った『おらんじぇっと』に変わる。

更に燐子の前列右側に白と青の二色が目を引く戦衣を着た女性の『レクタングル・メイガス』、前列左側に白と赤の二色を主に構成された巫女のような衣装に身を包んだ女性『霊光の斎女(いづきめ) キヌカ』、後列右側には和服をきた鶴である『ウィール・クレイン』、そして後列中央には再び『リピス・メイガス』がコールされた。

 

「……?『おらんじぇっと』はスキルもシールドパワーの記載も無いんですね……?」

 

「ああ、それについては『おらんじぇっと』のパワーを見てくれ。それがその二つに繋がる理由だ」

 

「え……?こんなにあるの……?」

 

不思議に思った燐子の呟きを拾った貴之が燐子に促すと、それを見た燐子が驚く。

基本的にグレード2のユニットが持つパワーは10000か9000が多いのだが、『おらんじぇっと』は何と12000もある。

これは一つ上のグレードに迫るパワーを持っていることになり、それがスキルとシールドパワーが無いことに繋がる。

それ故にグレード2が持つ『インターセプト』が意味をなさないので、貴之は『おらんじぇっと』はなるべくヴァンガードとして使いたいことを伝える。

 

「『レクタングル・メイガス』が登場した時……『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして……スキルを発動します……」

 

気を取り直してファイトを進める燐子は『レクタングル・メイガス』のスキルで、山札の上から二枚を確認し、好きな順番に戻した後一枚引いた。

 

「カードを引いたので……『ウィール・クレイン』のスキルが発動……!」

 

「(元々使うつもりだったのは『レクタングル・メイガス』の方か……)」

 

『キヌカ』のスキルは、『ダメージゾーン』にコストとして使えるカードが残っていないのが理由で発動できない。

それが理由で貴之はそう推測した……というよりは、『レクタングル・メイガス』のスキルの特性から確信している。

 

「『ウィール・クレイン』を『ソウル』に置くことで……前列にいるリアガード二体のパワーをプラス10000します」

 

イメージ内では『ウィール・クレイン』が緑色の光となって、『おらんじぇっと』の姿となっている燐子の中に入り込んでいく。

それによって、力の沸き上がった『レクタングル・メイガス』と『キヌカ』のパワーが上がり、『レクタングル・メイガス』は19000に、『キヌカ』は18000となった。

 

「行きます……!『リピス・メイガス』の『ブースト』をした『おらんじぇっと』で……ヴァンガードにアタック……!」

 

「今回はガードしよう。頼むぞ、『ドラゴンモンク ゲンジョウ』!」

 

『リピス・メイガス』の『ブースト』を貰った『おらんじぇっと』のパワーは20000だが、二体のユニットのシールドパワーを貰った『バーサーク・ドラゴン』のパワーが40000なので、『ドライブチェック』をしても届かないことが決まった。

しかし、それでも次に繋げることはできるので、燐子は諦めずに『ドライブチェック』を行う。

 

(ドロー)トリガー……パワーは『レクタングル・メイガス』に回して……一枚ドローします」

 

イメージ内で、『おらんじぇっと』なった燐子が『バーサーク・ドラゴン』となった貴之に向けて投げた刃の付いた円盤は、間に入った『ゲンジョウ』と『ゴジョー』が防いで見せた。

この時消えていったユニットに貴之が感謝を感謝を告げていたのが聞こえ、彼が心からヴァンガードが好きなのが伝わってきた。

 

「『ドライブチェック』でトリガーを引けたので……『レクタングル・メイガス』はスキルでパワーをプラス5000します……。更にそのまま……『レクタングル・メイガス』で……ヴァンガードにアタック……!」

 

「……そいつはノーガードだな」

 

『ウィール・クレイン』のスキル、自身のスキル、そしてトリガー効果で合計のパワーが44000となった『レクタングル・メイガス』の攻撃を防ぐのは手札消耗的に良くないと判断し、ノーガードを選択する。

イメージ内では、手に持った魔道具に魔力を込めた『レクタングル・メイガス』が、それを使って『バーサーク・ドラゴン』となった貴之を斬りつける。

ダメージを受けた貴之が『ダメージチェック』をすると、(ドロー)トリガーを引き当てた。

 

「パワーはヴァンガードに回して一枚ドローだ」

 

これによって『バーサーク・ドラゴン』のパワーが20000となったので、パワー18000の『キヌカ』は攻撃が通らなくなってしまった。

 

「私はこれで……ターンを終了します……」

 

仕方がないので、燐子は貴之にターンを回したが、その表情に攻撃ができなくなってしまったことへの動揺は無かった。

その様子を見た貴之は、彼女がこの短時間で確実に変わって来ていることを確信した。

 

「ちょっとずつだけど……面と向かって話すことが……大丈夫になってきたような……そんな気がするんです」

 

「そいつが聞けて安心したよ。少しずつでも、望んだ未来に近づけているみたいだな」

 

現段階で燐子のダメージは1。貴之のダメージは3と、かなりゆっくり目なファイトの運びになっている。

――なら、そろそろ俺も動くべきか……。今からやることの為に、貴之は覚悟を決めた。

 

「さて……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。俺はこれから、ヴァンガードで本番となるグレード3になる」

 

貴之の宣言を聞いた燐子は「何が来るんだろう?」と、興味深そうに耳を傾ける。

しかしながら、ただグレード3になるだけのつもりは無いらしく、「そして……」と貴之が口を開いたので、燐子はきょとんとする。

 

「俺はこれから……君に一つ、試練を与える」

 

「……!」

 

その宣言を聞いた燐子はびくりと肩が跳ねる。

貴之も、元々自分から進んで物事に参加するのが苦手な燐子に対して、いきなりこうするのはあまり良くないのかもしれないと思う節はある。

しかし、彼女が望んだ運命(イメージ)を掴むなら、これを乗り越えてこそだと判断した貴之はそうすることを選んだ。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「ああ……!?」

 

貴之が『オーバーロード』に『ライド』したことに、燐子は戦慄する。

ただでさえ彼が相当な実力者だと言うのが分かっているのに、その上でその本人が分身と呼んでいるユニットと戦わなければならないと言う、初めての人には大分容赦の無いものを見せられた。

更に自分が初心者であることと、試練を与えると言う宣言が重なって、燐子は体が少々震えているのを感じた。

 

「グレード3以上の特定ユニットに『ライド』できた時……それの祝福として、『イマジナリーギフト』が与えられるんだ」

 

「『イマジナリーギフト』……確か……三種類あるんですよね?」

 

「当たりだ。『フォース』、『アクセル』、『プロテクト』と三種類のギフトがあって、それぞれのクランごとに、どのギフトかは決められている」

 

食いつける話題が来たので、燐子は迷わずに確認を取る。少しでも震えや緊張の緩和が欲しかったのだ。

彼女が固まっていたらそのまま自分から話して進めるつもりだったが、聞いてきたのでそれに答えながら進める方針に転換する。

合っていることから燐子は気休め程度ではあるが、震えを緩和することができた。

 

「俺の使う『かげろう』が持っているのは『フォース』。これは元からあるサークルの内一つを選んで、自分のターンの間、パワーをプラス10000できて、効果の重複も可能だ。今回はヴァンガードのパワーをプラスさせてもらうぜ。ちなみに『オラクルシンクタンク』が持っているのは『プロテクト』だが……それはまた後で説明するよ」

 

その説明を聞いた燐子は『アクセル』を知るのはまた今度になるのを確信した。

何しろ時間が押している中で説明しながらファイトをしているのだから、今回知らなくてもいい部分は省略したいだろう。

 

「更に、『ドラゴンアーマード・ナイト』と『エルモ』をコールし、『ソウルブラスト』で『オーバーロード』のスキルを発動!」

 

空いている前列左側に『アーマード・ナイト』、後列左側に『エルモ』を『コール』し、『オーバーロード』はスキルを使ってパワーをプラス10000する。

これによって場にはユニットが揃い踏み、ヴァンガードのパワーは33000という盤石な体制が出来上がった。

 

「行こうか……『エルモ』の『ブースト』をした『アーマード・ナイト』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「ま、まだ大丈夫……ノーガードです」

 

貴之の総攻撃が始まって一瞬慌てた燐子だが、自分の『ダメージゾーン』にあるカードが一枚しかなかったのを見て落ち着きを取り戻し、ノーガードを選択する。

イメージ内では『エルモ』の魔法によって、『アーマード・ナイト』が炎を宿した剣で、『おらんじぇっと』の姿をした燐子を斬りつける。

ダメージを受けた燐子が『ダメージチェック』を行うが、残念ながらノートリガーだった。

 

「次だ……『ドラゴニック・オーバーロード』で、『レクタングル・メイガス』を攻撃だ」

 

「……?ノーガードにします……」

 

狙われたのがヴァンガードで無かったことから、燐子はノーガードを選択した。

ダメージは受けないから大丈夫と言う判断だったが、貴之の狙いは攻撃の後に判明する。

 

「さて……グレード3が持つ能力は『ツインドライブ』だが……もう解ってたりするか?」

 

「……!ど、『ドライブチェック』が……二回できる……!」

 

「正解だ。じゃあ行くぞ……」

 

貴之が問いかけて見れば、燐子は上ずった声になりながら答える。

それを聞いた貴之が『ドライブチェック』をすると、一枚目はノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーだった。

 

「効果は全てヴァンガードに回すぞ」

 

「(ヴァンガードに……?)」

 

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之が振るった刀で『レクタングル・メイガス』は切り裂かれ、光となって消滅する。

この時ヴァンガードの『オーバーロード』が『レスト』状態なのにも関わらず、ヴァンガードに効果を割り振ったのを疑問に思った。

それによって今回ノーガードにしたのが危険なのではと感じた燐子だが、それは現実となってしまう。

 

「攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』と手札を二枚捨てることで『オーバーロード』のスキル発動!『オーバーロード』はドライブを1減らす代わりに『スタンド』する!」

 

翼を休めていた『オーバーロード』が咆哮する姿を想像(イメージ)した燐子は、イメージ内で自分が口を開けて怯えているのを感じた。

しかし、ここで怯えているだけではどうにもならないので、どうにか耐えきるための手段を考え始める。

それに呼応してから、イメージ内でも『おらんじぇっと』の姿をしている燐子は開いた口を閉じて、仲間たちに耐えきろうと促していた。

 

「これが本命だ……『ガイアース』の『ブースト』を受けた『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!この時『カウンターブラスト』と、『ガイアース』を『ソウル』に置くことで『ガイアース』のスキルを発動!このバトルで『ガイアース』の『ブースト』を貰ったユニットは……パワーのプラスでは無く、代わりにクリティカルのプラス1を得る!」

 

「……!『サイキック・バード』と『リピス・メイガス』……それと『オラクルガーディアン ニケ』で『ガード』します……!」

 

現段階で『オーバーロード』のパワーは43000。クリティカルは3と非常に危険度の高い状態になっていたので、燐子はガードを選択する。

イメージ内では、蒼い光となった『ガイアース』が体内に入って力を分け与え、その状態で肉薄してくる『オーバーロード』となった貴之の前に、『サイキック・バード』と『リピス・メイガス』、男性型の石造のような姿をしている『ニケ』が立ち塞がる。

これによって『おらんじぇっと』のパワーが52000となったので、『ドライブチェック』次第となった。

 

「まだ運命は確定していない……『ドライブチェック』……」

 

そして、命運を分けるかもしれない『ドライブチェック』では……(クリティカル)トリガーを引き当てられた。

ここで効果をヴァンガードに回さないと言う選択肢など無い。そして、この後の『ダメージチェック』で(ヒール)トリガーを引けなければ、燐子は負けとなる。

 

「効果は全て……ヴァンガードに!」

 

「あ……!?」

 

無論それを分からない貴之ではないが、ここで手を抜いても彼女の為にはならないのでそのまま効果処理を行う。

イメージ内で燐子を守る為に立ちはだかってくれたユニットたちは、『オーバーロード』となった貴之が勢いを乗せた状態で放った左足の蹴りによって虚しく吹き飛ばされた。

そして、障害もいなくなり、『おらんじぇっと』となった燐子の前にたどり着いた『オーバーロード』の姿をした貴之は、刀を使った重々しい斬撃を四回浴びせるのだった。

 

「(これで……ダメだったら……)」

 

「諦めるのはまだ早いぞ。そのダメージチェックで、(ヒール)トリガーを引けばチャンスが回ってくる」

 

燐子が震えた手でデッキに手を触れようとしたところに、貴之が促すように声を掛ける。そのお陰で思考が不安で埋まっていた燐子はそれが少し和らぎ、震えが止まる。

 

「最初にも確認を取ってはいるが……イメージは力になる。だから、落ち着いて……イメージして引いてみてくれ。この絶望的な状況下でも諦めず、倒れることなく立っている自分の姿を……」

 

――難しいなら、自分の分かりやすい例えに変えて見るのもいいぜ。その促しを受けた燐子は、本来の目的に沿ったイメージをしてみる。

それによって浮かび上がったのは、諦めたことによって友希那たちのチームに入れなかった自分と、最後まで諦めなかったことによりこれからチームに入る為のオーディションを受ける自分の二つだった。

その二つで自分がどちらを望んでいるかは、言うまでも無かった。

 

「(諦めちゃダメ……ここで諦めたら……全部が無駄になっちゃう……それだけは絶対に嫌……)」

 

自分がどうしたいかを確認して、心を落ち着けた燐子は『ダメージチェック』を行う。

まず初めに出たのは(クリティカル)トリガーだが、そこから燐子は誰かが呼んでいるように感じた。

思い浮かんだ姿は、今日自分が見ただけでまだ顔を合わせたことのない茶髪の髪をした少女が、ベースを持った状態で手招きしている姿だった。

 

「(私を……呼んでいる……?)」

 

不思議に思いながら、燐子は効果を全てヴァンガードに回して二枚目の『ダメージチェック』を行うと、再び(クリティカル)トリガーが出た。

今度は紗夜がギターを持った状態で、まだ誰も触れていないキーボードの前に立っている思い浮かんできて来た。

 

「(氷川さんも……?でも……待ってくれているなら……)」

 

――今度こそ……自分の口から伝えたいな。少しだけ表情に明るさを取り戻しながら、燐子は効果を全てヴァンガードに回す。

そのまま続けて三枚目の『ダメージチェック』を行うと、今度は(ドロー)トリガーが引き当てられる。

三度目は友希那が片手にマイクを持った状態で両手を組みながら、来るならいつでも待っていると言っていそうな笑みを見せた姿が思い浮かぶ。

 

「(もう少し……待っていて貰えますか……?)」

 

――終わったら……すぐに行きますから……。暗い表情が消えた燐子は、パワーをヴァンガードに回して一枚ドローする。

三枚目とも違うトリガーが出てきていたが、自分でも何故か分からない程燐子は落ち着いているのを感じた。

 

「さて……それが最後の『ダメージチェック』だな」

 

「でも……どうしてかわからないけど……引けると思うんです」

 

「なら引いてみよう。君のイメージが試される時だ」

 

燐子は確信をしていた。「どうしてかわからない」というのは建て前で、実際にはまだ一人、自分の中に出てきていない人がいることを分かっていたからだ。

そして四枚目の『ダメージチェック』で、燐子は見事に(ヒール)トリガーを引き当てた。

まだ浮かび上がってきていなかったのは、他ならぬ自分の親友であるあこで、彼女はドラムのスティックを持ったまま笑顔で手を振って自分を呼んでいた。

 

「お見事。君のイメージが形になった瞬間だ。それと、見事に乗り越えたな……」

 

「(あこちゃん……皆さん……)」

 

貴之から認められたことと、どうにかなった安堵が重なり、一瞬だけ脱力気味になったことで涙が零れた燐子は、それに気づいて涙を拭う。

パワーのプラスは再びヴァンガードに回し、ダメージを1回復すると、『おらんじぇっと』のパワーは合計で52000となっており、『ドライブチェック』も残されていないので、パワーが10000の『ラーム』では攻撃の届けようが無かった。

 

「俺はこれでターン終了……さあ、そっちの番だ」

 

「私のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

先程と比べてかなり明るめの表情となった燐子が、自分のターンを始める。

これで燐子が望む未来までもう少しと感じた貴之は、安堵の笑みを浮かべた。

 

「私は……望んだ未来を掴む……!『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』!」

 

燐子が前口上のようなことを言ってから『ライド』したことに気づき、貴之は予想以上に彼女が前へ進んだことを確信する。

彼女が『ライド』した『ヘキサゴナル・メイガス』は、蒼いドレスのような格好をした女性だった。

 

「登場した時、『カウンターブラスト』をすることで……『ヘキサゴナル・メイガス』のスキルで、運命を選びます……!」

 

燐子は『ヘキサゴナル・メイガス』のスキルで山札の上から二枚を確認して望む順番に置き、その後一枚ドローした。

 

「『イマジナリーギフト』、『プロテクト』……!えっと……これはどうするんですか?」

 

「それは手札に加えてくれ。『プロテクト』は相手のターンで効果を発揮する『防御型』のギフトなんだ」

 

一先ず相手のターンが来るまで使えないことが分かった燐子は、『プロテクト』を手札に加える。

また使う場面で彼が促すのが分かっていたので、燐子は『メインフェイズ』に入る。

ちなみに、『プロテクト』の枠組みの色は薄い緑色だった。

 

「『宝刀の斎女 シヅキ』と『ウィール・クレイン』……そして『クォーレ・メイガス』を『コール』します!」

 

燐子の前列右側に刀を持った巫女の『シヅキ』、後列右側に『ウィール・クレイン』、後列左側に『クォーレ・メイガス』が『コール』された。

そして、登場した『クォーレ・メイガス』のスキルで再び山札の上から二枚を確認し、順番を決めて置いた後一枚ドローする。

この時『ウィール・クレイン』がいたのでスキルが発動し、前列のリアガードにいる『シヅキ』と『キヌカ』のパワーがそれぞれプラス10000される。

 

「更にもう一体『クォーレ・メイガス』を『コール』して、スキルを発動します……!」

 

「(オイオイマジか……もう三体目だぞ?デッキから全部出るんじゃねぇか?)」

 

『ウィール・クレイン』のスキルによって開いた後列右側に、もう一体『クォーレ・メイガス』が『コール』され、ヴァンガードに使われたのもの含めて三体目の登場となった。

貴之が『クォーレ・メイガス』の枚数を見抜いているのは、単純に購入したデッキに手を加えられていないからだ。

 

「更に……二枚分の『カウンターブラスト』と一枚の『ソウルブラスト』をすることで……『シヅキ』のスキルを発動……!山札から一枚引いて、このターンの間前列にいるユニット三体のパワーをプラス5000します……!」

 

これによって『ヘキサゴナル・メイガス』のパワーが17000、『キヌカ』のパワーが23000。『シヅキ』のパワーが27000となった。

 

「行きます……!『リピス・メイガス』の『ブースト』をした『ヘキサゴナル・メイガス』で……ヴァンガードにアタック!」

 

「『プロテクト』の事前学習と行こうか……『ワイバーンガード バリィ』、『完全ガード』だ!」

 

イメージ内で『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子が、両手に意識を集中させて生み出した光の弾を『オーバーロード』となった貴之に飛ばすが、それは間に入ってきた『バリィ』によって阻まれる。

この時貴之は『完全ガード』をしたら、手札を一枚捨てる必要があることを忘れずに説明する。それを聞いた燐子は『完全ガード』があることも意識しようと思った。

防がれたとは言え『ドライブチェック』はあるので、燐子は次に繋げると言う前向きな思考の元それを行う。

一枚目はノートリガーだが、二枚目は(クリティカル)トリガーを引き当てた。

 

「効果は全て『シヅキ』に回して……『クォーレ・メイガス』の『ブースト』をした『シヅキ』でヴァンガードにアタック……!」

 

「そいつは『ゲンジョウ』で『ガード』!それと……『アーマード・ナイト』で『インターセプト』だ!」

 

イメージ内でパワー37000の『シヅキ』が放った刀による一閃は『ゲンジョウ』と『アーマード・ナイト』が防ぎきる。この二体が入ったことにより、『オーバーロード』となった貴之のパワーが38000まで上がったのだ。

この時『インターセプト』のことを説明していなかったので、それを説明しながら、さっきの段階で教えて良かったことを詫びる。

しかし、燐子はさっき『インターセプト』で防いだらあの光景が見えなかったような気がしたので、大丈夫とだけ返した。

 

「最後に、『クォーレ・メイガス』の『ブースト』をした『キヌカ』で……ヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードだ」

 

イメージ内で『キヌカ』の放った魔法が、『オーバーロード』となった貴之に打撃を与える。

ダメージを受けた貴之が『ダメージチェック』を行うと、(ドロー)トリガーが出てきた。

 

「効果はヴァンガードに回して一枚ドローだ」

 

「私はこれで……ターンを終了します」

 

このターンの間にダメージを与えきれなかったのはかなり苦しい状況だが、先程貴之が口にした事前学習の言葉が耳に残っている燐子は、完全に諦めているわけでは無かった。

まだ大丈夫と自分に言い聞かせている燐子の様子が見え、後は彼女の口からどうしたいかを聞くだけだなと貴之は思った。

 

「俺のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……『アーマード・ナイト』と『バー』を『コール』!」

 

グレード3のユニットにもう一度『ライド』することも本来は可能だが、貴之は手札にグレード3のユニットを持っていなかったので、後列中央に『バー』を、前列左側にもう一度『アーマード・ナイト』を『コール』した。

 

「『バー』が登場した時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をすることスキルを発動!こいつと同じ縦列にいるグレード2以下のリアガードを退却させ、パワーをプラス5000。中央だから、今回は『リピス・メイガス』が対象だ」

 

「(ヴァンガードがいるから……そこしか選べないんだ……)」

 

中央の前列はヴァンガードである為、対象にできるのが一体しかいないので、狙える対象が自然とそれだけになってしまうことに燐子は気づいた。

イメージ内で『バー』が自身の持っている剣をブーメラン代わりに投げ、それが『リピス・メイガス』の体を切り裂く。

その攻撃に耐えられなかった『リピス・メイガス』は光となって消滅し、退却を表した。

 

「更に『ソウルブラスト』をして『オーバーロード』のパワーをプラス10000……。そのまま『バー』で『ブースト』した『オーバーロード』で……ヴァンガードにアタック!」

 

スキルによって『バー』のパワーは13000。『オーバーロード』のパワーは33000となっていて、合計パワー46000の攻撃が『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子に迫ってきた。

手札が残り少ないせいで防ぎきるには心許ないことで動揺した燐子だが、まだ使っていない『プロテクト』が目に留まってそれの使い方を聞いてないことを思い出した。

 

「あ、あの……!さっき言ってた……事前学習って……!」

 

「よく気づいたな……。『プロテクト』は攻撃されたこの時に使用することで効果を発揮する。使用方法は『完全ガード』と全く同じで、それを使えばその攻撃はヒットしなくなるんだ」

 

――さっき『防御型』って言っていたのは……そう言うことなんだ……。納得した燐子は、手札にある『プロテクト』を手に取った。

 

「『プロテクト』を……発動します……!」

 

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之が振り抜いた刀は、『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子の目の前に現れた虹色の魔法陣が防いだ。

 

「それが『プロテクト』の使い方だ。本来『完全ガード』は四枚までしかデッキに入れられないが、『プロテクト』は自分が使える『完全ガード』を更に増やせるのが最大の強みなんだ」

 

――だから、基本的には何度も重ねて『ライド』することがオススメだ。他の二つの『イマジナリーギフト』と違って、スキル等でしかパワーを上げられないからな。貴之の説明を聞いた燐子は安堵の表情を見せながら頷く。

それを見て大丈夫と分かった貴之が『ツインドライブ』を行うが、二つともノートリガーであったことから、燐子は残った手札でも防げることが分かって気が楽になる。

続けて『ガイアース』の『ブースト』をした『ラーム』の攻撃は『ウィール・クレイン』に、『エルモ』の『ブースト』をした『アーマード・ナイト』の攻撃は『ニケ』によって防がれた。

 

「俺はこれでターン終了……さあ、そっちの番だ」

 

「はい……私のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

ターンが回ってきたので燐子は自分の番を始め、『ライドフェイズ』を始める前に一度確認を取ることにした。

 

「そう言えば……あこちゃんたちは……まだ練習していますか……?」

 

「ん?ちょっと待ってな……」

 

燐子が聞いてきたので、貴之は携帯電話で時間を確認する。

 

「まだやってるけど……どうかしたのか?」

 

「これが終わったら……話しに行きたいんです……キーボードができるって……」

 

聞いてきた理由が分かった貴之は、「なるほどね……」と呟く。どうやらもう大丈夫なようだ。

 

「分かった。なら、これが終わったら……あいつらがいるライブハウスに行こう」

 

「……うん……!」

 

貴之の告げた言葉に燐子は笑顔で頷き、ファイトに戻る。

 

「もう一度、『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』……!登場した時に『カウンターブラスト』でスキルを発動します……!」

 

再び『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』した燐子は、スキルで山札の上から二枚を確認して順番を決めてそれを置き、一枚ドローする。

 

「『イマジナリーギフト』、『プロテクト』!更に……最後の『クォーレ・メイガス』を『コール』……!登場した時、『クォーレ・メイガス』のスキルを発動……!」

 

「(マジか……!?本当にデッキから全部出やがった……!)」

 

まさか本当に『クォーレ・メイガス』が四体全て出てくるとは思ってもみなかったので、貴之も流石に驚いた。

そして、『クォーレ・メイガス』のスキル処理を終えた燐子は望んだ運命(未来)が見えたのか、意を決した様子で貴之を見据える。

それによって来るのが分かった貴之も、真剣な表情で目線を合わせる。

 

「行くよ、遠導君……ううん、貴之君(・・・)!『クォーレ・メイガス』の『ブースト』をした『ヘキサゴナル・メイガス』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「ああ……来い、燐子(・・)!俺はノーガードだ!」

 

燐子の呼び方が変わっていたので、貴之もそれに合わせて答える。

ここでのノーガードはファイトの流れ的には、ここで防いでも残りを防げないので『ドライブチェック』が外れることを祈ったのが理由だった。

もう一つの理由は……最後まで挫けることなく前に進み切った燐子の想いを、真正面から受け止めるつもりでいたからだ。

 

「これが……私の望んだ運命!ファーストチェック……」

 

そのまま進み切る勢いで燐子は『ツインドライブ』を行い、一枚目は(クリティカル)トリガーが現れる。

 

「効果は全てヴァンガードに……!『ドライブチェック』でトリガーが出た時、『ヘキサゴナル・メイガス』はスキルでパワーをプラス5000!セカンドチェック……!」

 

これによって『ヘキサゴナル・メイガス』のパワーが一気に15000もプラスされ、35000となる。

そして、二枚目の『ドライブチェック』は燐子の想いにデッキが答えてくれた証の如く、(クリティカル)トリガーが引き当てられた。

 

(クリティカル)トリガー……!効果は全てヴァンガードに!」

 

「……おめでとう。君が望んだ運命(イメージ)を手にした瞬間だ」

 

それを見届けた貴之は、彼女を素直に称賛する。

イメージ内で『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子は、先程より大きな光の弾を『オーバーロード』となった貴之に向けて撃ちだす。

パワー50000、クリティカル3となった攻撃をまともに受けた『オーバーロード』となった貴之は、それに耐えられず少しづつ霊体に戻っていった。

そして、そのイメージを反映するかのように『ダメージチェック』では全てノートリガーで、貴之のダメージが6になって決着となった。

 

「か……勝った……」

 

正直自分がここまで進み続けたことに驚きすぎて、燐子は呆然としていた。

今まで引っ込み思案で、自分から何か物事に取り組んだり主張するのが苦手だったのに、こんな短時間でここまで自分に変化が起きるとは思ってもみなかったのだ。

 

「お疲れ様。えっと……さっきのことだが……」

 

「ううん、大丈夫……。私が変われた証だから……」

 

あの場だけはいきなり名前で呼んでしまったので、どう思われるかと思った貴之だが、燐子は気にしていないどころか寧ろ望んでいるような反応を見せる。

最初は内気で沈んだ表情や、緊張した様子の多い彼女が、今はとても柔らかい笑みを見せていた。

 

「だから、これからは私のこと……燐子って呼んで欲しいの。私も名前で呼ぶから……」

 

「分かった、お前が望むならそうしよう」

 

燐子の望みに合わせて、貴之も『君』から『お前』に変える。これはその人と親しくなった一つの合図だった。

この名前を呼ばない二人称は異性の同年代に対する、貴之が確率した基本スタイルで、同性の場合は基本的に『お前』で統一される。

こうなったのも友希那への恋心が起因していて、名前を呼ぶ二人称の場合も兄弟姉妹がいる等を省いて、今回のようなことがない場合は基本名前呼びを避けるようにしている。

 

「今から行けば丁度練習が終わる時間になるから、行こうか。燐子」

 

「うん。案内お願いするね?貴之君」

 

しかし燐子はたった今親しくなった身で、本人からも望まれているので、それに答えるべく名前呼びで促す。

貴之に名前で呼ばれた燐子も、自分の宣言を実行するように名前呼びで返し、自分が変われたことに喜びを感じている笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「時間ね……今日はここまでにしましょう」

 

貴之と燐子がファイトを終えて移動を始めたのと同刻。練習時間を使い切ったのが見えた友希那が切り上げを伝える。

それが合図となり、ドラムを囲むように一度全員が集まる。理由は全身を使うあこの疲労が他の人より大きく、気休め程度でも休ませてあげたいと言う気遣いからだった。

 

「うぅ~……体力強化のランニングはやってるのにぃ~……」

 

「……確かに、最後の方は疲れによる遅れが出ていたわね……」

 

――今後の為に、体力強化は継続をお願いするわ。友希那に頼まれたあこは「わかりましたぁ……」と力なく答える。

普段より長めに練習時間を取っていたのもあり、体力強化を行っていたあこも最後は少々バテ気味になってしまっていた。

練習をしながら体力強化を行うのは大変かも知れないが、今後安定したパフォーマンスを発揮し続けるためにはやってもらう以外他に無かった。

 

「ブランクを取り戻している様子は見て取れましたが、それの安心によるズレには気を付けましょう。変に混ざると大変ですから」

 

「久しぶりに長時間練習だったからなぁ~……。変化もあるし、気をつけなきゃ」

 

紗夜に痛い所を突かれたリサは困った笑みを見せた。

ブランクから取り戻しが進んだ人に見受けられることとして、当時の感覚と現在の感覚が混ざる時があることだ。

これによって、今現在の自分の実力が分からなくなり、上達に弊害を起こすことがある。それを避ける為にも、リサは自分に戒めを掛ける。

動けるくらいまで回復したあこがそれを告げ、全員で借りたドラムを片付ける。

 

「ところで、貴之から連絡は来た?」

 

「いえ……まだ来てないわ」

 

もう帰ってしまったのだろうか?不安に思いながら友希那が携帯を確認すると、一通の連絡が来ていたのでそれを確認する。

送信主は貴之からで、『キーボードの子が見つかった。本人が直接言いたいらしいから、今からそっちに行く』と言う内容のチャットが、来ていた。

 

「……凄い引き運ね。一人見つけたみたい」

 

――人を見つけるイメージでもしたのかしら?そう聞いてみたくなるくらいの発見率を目の当たりにし、友希那は少々困ったような、それでいて少し嬉しそうな笑みを見せた。

それを見た四人は外で待つことを決め、次の予約だけ済ませて出入口付近に移動する。

 

「何か実績とかあれば受けが良くなるから、それがあったら伝えられるともっといいな」

 

「実績……うん。伝えてみる」

 

一方その頃で、貴之は歓迎されやすさを上げる為にできることを教え、燐子はそれに頷く。

踏み出そうと思うことに抵抗感が薄れている燐子は、同じ花女生が見たら驚くと確信できるほどしっかりとした口調で貴之と話していた。

そうして話していたらライブハウスが視界に入り、その出入口前で四人が待っているのが見えた。

それを確認した貴之と燐子は互いに顔を合わせてから頷き合い、彼女たちの所まで移動する。この時サプライズ的なことも狙って、燐子は貴之の後ろにくっついて移動する。

 

「待たせたか?」

 

「大丈夫よ。それよりも、キーボードで入りたい子がいたって聞いたけど……」

 

「ああ。それがこの子だ」

 

友希那に問われた貴之が答えながら体を横にして移動すると、貴之の後ろに隠れていた燐子が四人の前に姿を現した。

 

「え……?白金さんですか!?」

 

「りんりんキーボードできたの!?」

 

「騙すつもりは無かったんですけど……さっきまで踏み出せなくて……」

 

予想通り紗夜とあこの二人が驚きの声を上げる。

それには燐子も予想出来ていたので、脱力気味な笑みを見せながら答える。

 

「と言うことは……決心が付いたからここに来た……そういうことでいいのね?」

 

友希那の問いに燐子は頷くことで肯定を示した。

――私は……ここでも望んだ未来(イメージ)を掴み取る。自分に言い聞かせた燐子は、一度深呼吸してから伝えるべく口を開いた。

 

「白金燐子です。キーボードを希望して来ました。実は、小さい頃からピアノをやっていて、度々コンクールで受賞をしています」

 

「(あの白金さんが……こんなに堂々と話すなんて……)」

 

――彼は一体……何をしたと言うの?帰り道が途中まで同じことからこの後聞くことになるのだが、今は燐子の変わり様を見てただ驚いた。

まるで何があったか一切わからない紗夜に対して、あこは少しだけ推測を立てられた。

 

「(りんりん……少しだけだけど、『NFO』でチャットを打っている時に近づけたのかな?)」

 

あこは燐子と普段から『NFO』をやっていて、その時のチャットは普段とは違って明るさの溢れるものだった。

流石に顔文字等再現できる程の豊かさまでは行かないが、それでも変わっていることだけは感じ取れた。

 

「こんな私ですけど……オーディションを、受けさせてもらえませんか?お願いします」

 

『…………』

 

燐子が綺麗に頭を下げたのに対し、四人に暫し沈黙が走る。硬直が少ないのは接点が無いことと広い心を持って話しを聞いていたリサで、誰かが良いと言えばすぐに乗るつもりでいた。

横から見ていた貴之は、友希那が笑みを浮かべたのが見えてオーディションを受けられるのを確信した。

 

「いいわ。そこまで言うのなら、オーディションを引き受けるわ。あなたたちもそれでいい?」

 

「うん。アタシは大丈夫♪というか、元々来てくれたら引き受けるつもりだったんでしょ?」

 

「あこも大丈夫ですっ!」

 

「……ここで私が反対しても、意味はありませんね」

 

友希那が周りに促せば、それぞれの言い方で賛成を示す。

決まったことで友希那が「顔を上げて」と促し、それを受けた燐子がゆっくりと顔を上げる。

 

「全員が賛成したから、日程を決めましょう。予約を入れている日が……」

 

友希那に予約を入れている日を見せてもらい、燐子は自分の予定と照らし合わせてオーディションを受ける日を決める。

その結果、オーディションを受けるのは休み明けに決まった。

決まったことで今日はこれで解散となるのだが、燐子は忘れない内にと貴之を呼び止める。

 

「今日は、話しを聞いてくれてありがとう。貴之君のおかげで、私もようやく自分から進むことができたの」

 

「なんてことはないさ……ここまで来たんだ。燐子もオーディション頑張れよ?」

 

――またこれを言ってるな……。そう思いながらも、貴之は燐子に確認を取る。

 

「……うん!本当にありがとう!」

 

それに答える燐子は、花咲くように満面の笑みを見せた。




燐子も性格変更がかかりました。変更点は……
・通話中では無く、自分から赴いてキーボードができることを伝える。
・まだ貰った動画を見ながら音を合わせていない。
・変われたことで、堂々と話せている。
・自分から頼みに行ったので、すぐにやるわけでは無く、時間が与えられた。
性格変更掛かったり独自展開起きたりで凄い変化が起こっていますね……(汗)。

今回燐子に使わせたのは『オラクルシンクタンク』の『ヘキサゴナル・メイガス』を軸にしたデッキとなります。
デッキ内容自体はトライアルデッキ『戸倉ミサキ』の内容そのままになっています。
『オラクルシンクタンク』の運命を見たり操作したりの効果を見て、選びましたが、「これ依存じゃね?」って思われないかが心配なところです……。
後、8ターン展開でティーチング要素盛り込むと描写が恐ろしい程長くなりました……(笑)。まさか27000文字行くとは思わなんだ……。

ちなみにもう一つの構想として『ロイヤルパラディン』を使わせるものがありましたが、ファイト展開が余りにも露骨なアニメ(2018版)におけるアイチ対櫂の初ファイトオマージュ臭が強すぎたので、没案となりました。後は燐子が『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』した姿が似合うなという個人的な所感と、悩んでいた所に「オラクルシンクタンクどうですか?」と言う提案が届いた計三点が決め手です。
また、『オーバーロード』の連続攻撃で4ダメージと、その『ダメージチェック』でトリガー連発がその名残になります。

次回は燐子がオーディションを受ける話しになるかと思います。
後、流石に次回はここまで長い文章にはならないと思いますので、何卒よろしくお願いします……。


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イメージ11 揃った歯車

今回はRoseliaシナリオ9話をやっていきます。

前回の『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子の攻撃描写についての補足ですが、アニメ(2018)版の動きを見た時に、セリフと攻撃モーションが某ガイナックスのロボットアニメで思いっきりやっていたもので、燐子には合わないと言うことであの光の弾を使う描写に置き換わりました(リアガードのユニットが違うのもあります)。



「はぁ……。全く人助けも楽じゃねぇな……」

 

「まあまあ、許してもらったんだからそこまでにしよう?」

 

帰宅後、リビングのテーブルに両肘を立てながら貴之は溜め息をついていた。

小百合は麦茶の入ったコップを二つ持った状態で、テーブルの方に移動しながらそれをなだめる。

 

「……まあ、そうなんだけどな」

 

――いきなり名前で呼び合ってる姿を見せたのはマズったか……リサが見ればどう見ても咎めるだろう状態を思い返し、反省しながらもらった麦茶に一口つける。

あの後帰り道を三人で歩いている際に、燐子と何があったのかを問いつめられ、大人しく全てを正直に話した。

その結果、リサからは「貴之は後々後悔しないよう、そういうのは控えなって!そっちも次から気を付けるって言ったよね?」と釘を刺された。実際に自分で言ったそばからこれなので、ただ詫びるしかできなかった。

実際にリサの言っていることは間違っていない。何しろそう言った本人にその気は無い接し方でも、相手側がいつの間にか恋慕の情を抱き、図らずもその想いを踏みにじるようなことになる恐れも十分にあり得るので、最悪は『せっかくメンバーを集める橋渡し役となったのに、チーム崩壊の元凶になった』と言うシャレにならない事態も考えられる。

ただし、今回の場合は『目の前で泣きそうになった女の子を見捨てるか?』と言う問答があり、そんなことができるわけも無い。それがあのハンカチを渡す行動に繋がったのだ。

それを話せば流石に二人も納得してくれたが、リサからは「それは最終手段にしておきなさい」と言われた。どうやらそれは「優しい人」と言う認識を与え、された人をその気にさせやすい行動の一つなのだそうだ。

友希那の方からは、近いうちに付き合って貰うと言われており、それで友希那の気が済むならと貴之は迷わずに承諾した。

 

「それにしても珍しいね?向こうに言ってから、今まで女の子の名前呼びは避けてたのに……何かあったの?」

 

「その子が変わる第一歩として頼んで来たんだ。元々内気な子が進もうとする意志を見せたから、それを尊重した結果だな」

 

向こうにいる間は仲の良くなった一人の女子を省いて、同年代の女子は名前呼びをしないようにしていたのを知っていたので、小百合は理由を聞いてみる。

紗夜とあこについては一度も名を呼んでいないので例外だが、恐らく紗夜に対しては名前呼びだろう。

これに関しては日菜との呼び分けが関係しているので仕方ないが、こちらに戻ってきてから少しその心掛けが薄れていたような気もする。

兄弟姉妹がいる人にはその制約が薄れるとは思うが、基本的には継続するつもりでいた。

それを考えると、兄弟姉妹を省いて名前呼びになった燐子は完全に例外だった。

 

「なるほどね……でも、胸の内にあるのは変わらないんでしょ?」

 

「ああ……それは変わらないよ」

 

ここで小百合が問いかけたのは友希那への想いのことで、貴之は迷わず肯定する。

そして、それ故に間違えてはいけないものがある。

 

「ともかく……今後が問題だな。この人がそうだから自分もと言う頼みは基本的に避けなきゃいけない……」

 

「……?そう言ってくる人がいたの?」

 

「いや、そうじゃないけど……。リサに言われたばっかりってのもあるし、それに……」

 

――俺の勘が……そう警告の鐘を鳴らしてる。一歩間違えればつられてそうしてしまいそうな予感が、二人咎められてから強まっていたのが原因だった。

これは本人にしか解らないものなので、小百合はその感覚を理解してやることはできない。この辺りはどうしようもないところだった。

 

「意識するのはいいけど、意識しすぎるとボロが出やすくなるから気を付けるんだよ?」

 

「……分かった。そうするよ」

 

小百合の教えは素直に聞く。実際に以前も意識しすぎてボロを出しかけたことがあり、その時強引に誤魔化して胃に悪い思いをしたことがある。

一瞬間が開いたのは、誤魔化した時のことを思い出していたのが原因だった。

 

「(まあ……そうなったらそうなったで、ちゃんと対処法は確率しておこう)」

 

――付き合ってもらうとは言われたけど、何をすりゃいいんだろ?

小百合と話せたことで気が楽になった貴之は、友希那に言われたことを考えながら、再び麦茶の入ったコップに口をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……と、言うことがあったんだ」

 

「うわぁ……何というか、遠導も大変だな」

 

翌日の朝、クラスの男子生徒に昨日のことを聞かれたので答えると、貴之はどうにかその男子生徒に理解をもらえた。

何やら昨日燐子と親しそうに話していたのが目撃されていたようで、「振られて別の子に走った」、或いは「その好きな人が白金さんだった」と言う二つの説が新しく立ち上がっていたらしく、それを確認したい為にこの男子生徒は聞いてきたのだ。

しかし実際には二つとも違っており、燐子とは昨日仲良くなったばかりであることと、まだその人には告白もしていないしされてもいないことが伝えられ、その上で昨日自分がどういった経緯で商店街を歩き回っていたかを話したので、完全に自分たちの邪推だったと大人しく引き下がってくれた。

――というか、燐子も人気高いんだな……。会話で得られた情報で貴之はそれに気が付いた。

内気な黒髪ロングの美少女……こうやって特徴を上げるだけでも十分に注目を集めやすいことが伺えるし、そんな燐子が笑った姿は絶対に可愛いと信じて止まない人たちからの期待もあったらしい。実際、その笑顔の良さは当たりだった。

 

友希那とリサ(あの二人)にお咎め受けた次の日に早速これか……気が遠くなるぜ」

 

「お前……色んな方面でリアル(ドロー)トリガーは大変だな……」

 

机の上に突っ伏して脱力する貴之を見て、俊哉は呆れて交じりに同情を寄せる。

本人は友希那(好きな人)の力になるべく奔走してキーボードができる人を引き当てたと言うのに、偶然が重なってその人仲良くなった結果、今度は友希那(その人)リサ(友人)に注意されると言う良くないものも引き当ててしまったのだ。

頼まれた人の為に頑張ったら、その人を不安にさせてしまったとはこれ如何に。俊哉のみならず、大介と玲奈からしても、自分が貴之だったら御免被りたい結末だった。

 

「じゃあ、これでパートは全部揃ったんだね?」

 

「ああ。全部揃うはずだ」

 

玲奈の確認に貴之は肯定する。揃ったと聞かれて肯定したのは最早確信だった。

何しろ変わりたいと願って頼み込んだ燐子がああやって変われたのだから、もう心配は要らないと言う結論だった。幼少の頃からピアノをしていると言う点もプラスだった。

 

「そうなると後は曲作りだな……進捗どうなってんだ?」

 

「聞いてみたところ、三分の二は終わったらしい」

 

俊哉に問われたので、貴之は聞いていた段階の進捗を答える。

これは昨日の帰り道で聞いていた内容なので、最新の情報と言っても過言ではない。

 

「そうなると後はオーディションの合否と、新曲完成で一段落か……ともかくお疲れ様だな」

 

「後はその白金さん次第だね?」

 

大介と玲奈が掛けてきた言葉に貴之は頷く。

できることは全てやったので、残りは祈るだけだった。

 

「(頑張れよ……あのファイトで変われたお前なら、できるはずだ)」

 

――自分を信じて、前に進んで行くんだ。朝のHRを告げるチャイムが鳴る中で、貴之は心の中で燐子を応援するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「こうして実際に話すのは初めてですね……」

 

「そう言えば……私自身、余り口を開きませんでしたね……」

 

時間は進んで昼休み。空いてるこの時間帯では使われていない教室を使って、紗夜と燐子は共に昼食を取っていた。

誘ったのは燐子の方からで、それに紗夜が応じたことで決まったこの話しは、クラス内を驚かせた。

まず初めに燐子が自分から進んで人を誘う姿を見るのはこれが初めてで、これによって今までクラスの人たちが持っていた『内気で引っ込み思案』と言うイメージが崩れ始めた。

話しかけた相手が紗夜だったのもそうだし、それに対して殆ど間を置かずに紗夜が受け入れたことで、『真面目で硬い感じのある人』と言う紗夜の印象も変わり始めた。

移動した教室にあるテーブルに、向かい合って座った紗夜が早速燐子に話しかけて見ると、やはり昨日までと比べて明らかに前向きな姿勢を見受けられた。

 

「(昨日一日でここまで変われるなんて……)」

 

途切れながら話すようなことの多かった燐子だが、明らかにその途切れる回数が減っていて、表情も明るさが増しているのは、紗夜の目からも明らかだった。

そのことで昨日何があったかを帰り道で燐子に聞いてみたのだが、彼女の口からヴァンガードが出た時はあこと二人で驚いた。

 

「(これは……認識を変える必要があるのかしら?)」

 

紗夜はヴァンガードに関しては『流行しているが、結局はやりたい人がやるカードゲーム』と言う程度の認識しか持っていなかった。貴之と初めて話した時も、その認識は変わらなかった。

ただ、今までそれに触れたことが無くて引っ込み思案だった燐子がそれに触れ、練習が終わった頃にはあそこまで変われたことから、『ヴァンガードは人を変える力がある』と言う認識も紗夜は持ち始めた。

それについて確信をしているわけではないのは、自分と日菜の問題はそれで解決できるわけではないと言う考えを持っていたからで、仮にその力があっても紗夜はそれに頼ってはいけないとも思っている。これ以外にも人が変わる瞬間を目の当たりにしていないことも大きい。

 

「氷川さん……どうかしましたか?」

 

「えっ?いえ……何でもありません」

 

暫し沈黙を保ってしまったのが原因か、燐子に問いかけられた紗夜は思考を現実に戻す。

せっかく彼女が話しかけて誘ってきたと言うのに、考え事するのは酷だろう。

 

「あの後、練習はできましたか?」

 

「はい。と言っても、少しだけですけど……」

 

話してみようとするのはいいものの、肝心な話題を持ち合わせていないので二人からして無難な話題を選んだ。

燐子としても、いきなり趣味の話し等をされてもどうしようかと思ってたので、少々安心した。

実際かなり時間が押していた状況下で申し出ていたので、余り練習はできなかったのである。

 

「でも……オーディションまでには間に合うと思うんです」

 

「それなら何よりです。本番を楽しみにしています」

 

昨日と比べて明らかに笑みを浮かべることが多くなった燐子を見て、紗夜もつられるように柔らかい笑みを見せる。

これにはメンバー探しをやり直さないで済むかも知れない安堵の念も込められているが、嬉しい知らせなことには変わりない。

 

「それにしても……昨日はよく遠導君と合流できましたね?」

 

「お互い当てずっぽうに探していたら、たまたまぶつかった人が私たちだったんです……」

 

――本当に、あんなことが起きるとは思いませんでした。燐子は困ったようで嬉しいような笑みを見せた。

彼の探していた相手はとにかくキーボードのできる人なので、完全にそうだというわけではないが、これがお互いに相手を追うことを考えていなかったら運命めいたものを感じてしまっていただろう。

また、彼は自分の様子を見てどうなっているかに気づくのが早く、手を差し伸べたその後もこちらの想いを汲み取ってくれていた。

 

「ところで、白金さんは遠導君のことをどう思っているんですか?」

 

「あっ……やっぱり、気になりますか……?」

 

そんな燐子の表情が見えたからなのか、紗夜は気になって燐子に聞いてみた。

燐子がやっぱりと言ったのは、午前中にクラスの人たち殆どに聞かれたのが理由だった。

その中でも多かったのは「彼のこと好きなの?」と、「彼とどういう関係?」と言ったもので、燐子は「別に付き合っているわけではないし、昨日たまたま出会っただけ」と答えていた。

年頃の女子と言うのは噂話にはとても敏感らしく、誰かが貴之と燐子が共に歩いている姿を目撃したのをきっかけに、推測で止まっているまま広まっていたのだろう。

流石に配慮不足だと思った紗夜は謝るが、燐子は大丈夫だと答える。燐子自身、一度答えれば誤解を与えたまま広がりそうで、まともに答えるのを避けていた節はあったのだ。

 

「ちょっとだけ厳しいところもあるけど……優しくて……我慢強くて……」

 

思い返すのは昨日出会ってからファイトをした時のこと。

厳しいと言うのは『オーバーロード』を使った連続攻撃、優しいと言うのはハンカチを渡してくれたことや前に進めるよう補助してくれたこと、我慢強いと言うのは最後まで嫌な顔一つ見せずに付き合ってくれたことだった。

最も、最後に至っては彼の性格上あまり気にする必要もないのだろうとは思っているが。

これで終わりというわけではなく、まだ言い残していることがある燐子は「そして……」と付け加える。

 

「ヴァンガードが好きな……私の先導者です」

 

燐子は昨日も見せた花咲くような笑顔を見せ、自分が知る中で信頼できる人であることを伝える。

ちなみにこれは、帰ってきたら明るくなっている燐子の様子を見た両親にも答えていたが、異性としてどうかと聞かれたらそれは否と答えていた。

 

「彼のこと、信じているんですね」

 

その想いは紗夜にも伝わっており、それだけ燐子にとって大きな影響を与えた人であることを再認識できた。

 

「あそこまで付き合って貰ったから、その恩を返すためにも、今回のオーディションは絶対に成功させたいんです」

 

「(白金さん……本当に明るくなりましたね)」

 

燐子がオーディションを受ける理由には、貴之(恩人)への恩返しも追加されていた。

今まで余り主張することが得意で無かったクラスメイトが、自分からどうしたいかをはっきりと伝え、それに目指して頑張っているとなると紗夜も応援したくなった。

 

「どこか難しいと思った部分はありますか?少しだけですが、手伝えるはずです」

 

「そうですね……この部分なんですけど……」

 

少しお節介かも知れないかとは思いもしたが、聞いた方が手伝いやすいので紗夜はそうした。

すると燐子は鞄からキーボードの楽譜を取り出し、それを広げて自分の中で難儀している部分と、どのように上手く行っていないかを紗夜に教えた。

場所と理由をはっきりと教えて貰った紗夜はどうすればいいかを教え、それを聞いた燐子も忘れないようにメモを取る。

そうして纏め終わったところで予鈴の音が聞こえ、二人は荷物を纏めて慌てて教室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(うん。どうにか上手く行ってる)」

 

その後日にちは進み、オーディションを翌日に控えた夜。燐子は自室でキーボードの練習を行っていた。

紗夜に聞いたおかげで難儀していた部分の改善も早まり、落ち着いて技能を高めることに専念できたのは大きく、問題の無いものができて安心できた。

先程から通しでキーボードの練習をし続けていたので、休憩するために一度キーボードから手を離す。

 

「(あっ……あこちゃんからチャットだ)」

 

パソコンの前に移動すればあこからチャットが来ているのが分ったので、それを開いて確認する。

内容は『明日のオーディション頑張ろうねっ!あこも全力で手伝うから!』と言う内容だった。

今までの恩返しということなのだろう、嬉しく思った燐子は『ありがとう。あこちゃんが手伝ってくれると心強いよ』と返した。

その後はキーボードの調子はどうかというバンド関係の話しや、『NFO』で次に行われるイベントの話し等暫しの間チャットで雑談をしてから『また練習に戻るね』と燐子がチャットを送る。

それを見たあこも『分った!また明日ね!』とチャットを送り返し、今日の雑談はお開きとなった。

 

「(前までは自分から全く踏み出せなかったのに……今はこうして、少しずつでも進んで行けてる……)」

 

机の上に置いてあるデッキケースを見ながら、燐子は最近に起きたことを振り返る。

あこに連れていかれてライブハウスに立ち寄って友希那の歌を知ったが、最初は自分にはできそうにないと諦めていた。

キーボードのできる人を探しているのを知って、自分ができると答えられなかった後悔から変えたいと願い、出会った先導者(貴之)に変わるきっかけを指し示して貰った。

チャンスを与えられた燐子はそれを掴み取り、こうして前向きな考えを持てるようになった。

ケースからヴァンガード(自分が変わった象徴)のデッキを取り出し、それを眺めていると共に戦った『ユニット(仲間)』たちが応援しているように思えてきた。

 

「(また……一緒に戦ってくれる?)」

 

燐子が心の中で問いかけると、彼女の仲間たちはイメージの中で頷いてくれた。

それを感じ取れた燐子もまた、満足そうな笑みを見せて頷いた。

 

「(ありがとう。私も頑張るから……)」

 

――明日はよろしくね。投げかけた燐子はケースにデッキをしまい、再びキーボードの練習に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「では、行きましょうか」

 

「はい」

 

遂にやって来たオーディション当日の放課後。紗夜に促された燐子は頷いて彼女の後をついていく。

オーディションを受けるに当たって、同じクラスである紗夜が案内の担当になっていた。

 

「……緊張していますか?」

 

「失敗したら終わりで、この前と違ってオーディションは待ってくれないと考えたら……緊張します」

 

燐子の緊張した表情を見た紗夜の問いには肯定で返す。これは前回と状況が違うことも大きいだろう。

踏み出す勇気が欲しいと願った時は貴之が待ちながら手伝ってくれたが、今回はそれが無く、全てが一度で決ってしまう。

あれ以来少しずつ進んでこれた燐子も、流石にチャンスが一度きりとなれば緊張してしまうものだった。

いつもであれば厳しい言葉を出していたであろう紗夜も、流石に新しく進み始めたばかりである燐子の心を折るような真似をする気にはなれない。

そうして投げかける言葉に迷っていたところで、「でも……」と燐子が口を開きながら、鞄の中に入っているケースを取り出す。

 

「みんながいるから……怖くはないんです」

 

「(……みんながいる?ひょっとして、カードのことを言っているの?)」

 

まるで「自分の仲間はここにいる」と言わんばかりにケースを見つめて微笑む燐子を見て、紗夜は首を傾げるだけしかできなかった。

小さい頃から貴之と関わりを持っていた友希那とリサなら、燐子の言っている意味はほぼ確実に理解できるだろう。あこも未確定ではあるが、リサの意識誘導を理解できている以上は理解できる可能性が極めて高い。

――となると……唯一全くと言っていいほど理解できないのは、私だけ?紗夜は一種の危機感を覚えた。仲間だなんだと言うより技術を最優先していた身ではあるが、一人だけ浮いた状態では余りにもやりづらいだろう。

技術的に問題ないと判断した人たちばかりで、彼女たちは共有できるのに自分だけ共有できないと言う状況を無視するのは、些か厳しいものだった。

 

「『ユニット(仲間)』がいないと戦いの舞台に立つことを許されないカードゲーム……貴之君は、ヴァンガードのことをそう言っていました」

 

「舞台に立つことを許されない……?」

 

聞くべきか迷っていたところで、燐子からヴァンガードに関する話しが切り出された。

それを聞いた紗夜は、カードゲームなのだから使用するカードが無ければ参加できないと言うことの別表現だと思った。

こう思ったのは、まだヴァンガードに関する知識が名前以外ゼロであることが起因する。

 

「あの世界での自分たちは知恵がある代わりに力を持たない……だから、自分たちに足りない力を持っている『ユニット(仲間)』からそれを借りて、自分たちは知恵を使って勝利へ導く……。一人だと何もできない(・・・・・・)けど、みんなと一緒なら何でもできる(・・・・・・)。私も貴之君も他のどんな人でも……あの世界では、みんながそうなんです」

 

――そして……それはバンドも一緒だと思いました。その言葉を聞いた紗夜は一瞬考えたが、その答えはすぐに導き出された。

ボーカルだけいても周りの音は何も無い。ギターとベースはボーカルを兼ねることができても、一人でやるには限度がある。ドラムだけあっても、キーボードだけあっても、支えるべきパートが無ければ持ち味を生かせない。

何よりも、一人だけでやっているのならそもそもバンドでは無く、それはソロ活動(・・・・)だ。以前のメンバーと別れた時真っ先に探し直しを考えた辺り、紗夜もそう思っているのだろう。

そこまで考えを纏めた紗夜は、友希那と出会った日に組んでいたメンバーをほぼ全否定した自分に何か一言言ってやりたい気分になった。

 

「その様子なら、ライブをすることも大丈夫そうには見えますが……どうですか?」

 

「はい。『カードの中(ここ)』にいるみんなだけじゃない……バンドメンバー(氷川さんたち)が一緒だから」

 

紗夜の問いに対して、燐子は肯定と一緒に眩しさを感じさせる笑みを見せた。

それを見た紗夜は安心した笑みを見せると同時に、自分の状況を省みて表情を曇らせる。

 

「(白金さんは固定観念(引っ込み思案)に囚われていた自分から抜け出せた……。でも……)」

 

私はまだ、日菜への劣等感(天才への嫌悪感)に囚われたままね……。燐子と違って、前に進めているようで進めていない自分は何をしているのだろうかと思った。

周りには自分と似ている部分はあれど、思ったより柔らかい対応のできる……或いはその対応が本来の姿である友希那。暫くの間ベースから身を引いていたが何かが理由で再燃し、急速に実力を取り戻しているリサ。最初こそ自分たちとチームを組みたいと言う想いしか無かったが、その実力は確かなもので上を目指す覚悟を示したあこ。今まで引っ込み思案なせいで前に進めなかったが、先導者(貴之)ユニット(仲間たち)に助けられながらも前に進みだした燐子。この四人がいるから尚更そう感じてしまったのだ。

――このままではいつか……私が実力とは関係ない部分で足を引っ張ることになる……。紗夜は思わぬところで危機感を覚えることになった。

しかしながら、それを引きずったままオーディションを行ってやり直しになったりでもしたら余りにも酷なので、紗夜は気持ちを切り替える。

 

「着きましたね。中に入りましょう」

 

「(みんな……もう集まってるのかな?)」

 

紗夜の促しで二人はライブハウスに入り、友希那たちが来ているかを確認してみるが、まだ来ていなかった。

その為紗夜はCordを使って『到着したので先に準備をしながら待っています』とチャットを送り、受付で部屋の鍵を借りる。

鍵を借りたので燐子を伴ってその部屋の鍵を開け、荷物を置きながら練習用に使える楽器の置いてる場所を説明する。

それを聞いた燐子は後で困らないように紗夜が置いた荷物の近くに自分の荷物を置き、キーボードを取りに行く。

 

「時間はありますから、先に練習を始めましょう。合わせたいのなら、その時は一言言って頂ければ手伝います」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

さっきから燐子を気遣うような言葉が自然と出ていることに、紗夜は内心で驚く。

普段なら「合わせたいのなら」から先の言葉など出てこなかった可能性が高いのに、今回はまるで意識せずともそのつもりかのように自然と口から出ていた。

少し考えて見ると、意外にもあっさりと思い当たる節は見つかった。

 

「(私は、白金さんのことを手伝いたいと……そう思っているのね)」

 

これは自分が諦め半分な状態になってしまっているからだろう。

だからこそ、自分を変えようと諦めない燐子を見て、自分の二の舞になってほしくないと言う願望もあった。

故に彼女を手伝いたいと思っているところまで辿り着き、紗夜は意外にもあっさりと納得できた。

ただ、それと同時に自分の中にも一つの考えが浮かび上がる。

 

「(いつまでもこのままと言うわけにはいかない……私も、いい加減向き合う必要がある……)」

 

意識してもすぐに全てが変わると言うことは、余程のことが起こらない限り無いだろう。

ただそれでも、集まったメンバーでFWF()を目指すのだから、このまま『天才への嫌悪感(目の前の現実)』から目を背け続けるわけにもいかない。

とは言え今は実行しても意味の無い場所なので、まずは家に戻ったら始めてみよう。そう決めた紗夜は考えを頭の隅に置いて練習を始める。

紗夜が考えを纏めている間に一足早く練習を始めた燐子は、手始めに練習用のキーボードで軽く音を鳴らして調整から始める。

調整を済ませた後は慣らしとして簡単な調整用の曲を弾いて、その後から今回のオーディションで演奏する課題曲の練習を始めた。

 

「(うん。一通りちゃんと弾けてる)」

 

サビの部分やソロの部分を分けて弾けるかを確認し、その後一度一人で通しで弾いて見た段階では問題無かった。

それに一安心できた燐子は、紗夜に合わせて貰うべく声を掛けようとしてそちらに顔を向ける。

すると自分の視線に気づいてくれたのか、ギターを弾いていた紗夜は手を止めてこちらに顔を向けた。

 

「合わせますか?」

 

紗夜の問いに燐子が頷き、ギターとキーボードで音を合わせた通しを行う。

燐子のキーボードは落ち着いていて、どこか安心感を与えてくれるものがあった。

まだオーディション前ではあるが、これなら心配する必要はなさそうだと紗夜は感じた。

 

「大丈夫そうですか?」

 

「はい。合わせてもらえて嬉しいです」

 

安堵の笑みを浮かべる燐子を見て、紗夜もひとまず安心することができた。

そうして二人で一通り確認を終えたところで、ドアノックの音が聞こえたので紗夜は「どうぞ」と促す。

その直後に開けられたドアから、友希那たち羽丘組の三人がやって来た。

 

「ごめんなさい。少しHRが長引いたわ」

 

「それは仕方ないでしょう。準備でき次第始めますか?」

 

「全員が大丈夫ならすぐに始めたいところね」

 

遅れた理由が仕方ないものなのですぐに本題へと移る。

確認を取ってみたところ、リサはいつでも大丈夫。あこもドラムを準備できれば平気と言ってくれたので、残りは燐子次第となった。

 

「燐子、あなたは大丈夫?」

 

「はい……!今日はよろしくお願いします」

 

友希那に問われた燐子は力強く頷いてから頭を下げる。本番が始まることで緊張している面もあるが、それでも慌てることなく伝えられたことで燐子は一つの安心感を覚える。燐子から確認を取れたので、荷物を置いて三人も準備を始める。

 

「りんりん、あこも手伝うから頑張ろうねっ!」

 

「うん。あこちゃんもありがとう」

 

準備に行く際あこに声を掛けられた燐子は礼を言ってから、自分の置いた鞄に目線を向ける。そこにヴァンガードのデッキケースがしまわれているのだ。

 

「(掴んで来るね。私の望んだ未来(イメージ)を……)」

 

燐子の心の声に、『ヘキサゴナル・メイガス』が代表して「私たちも手伝います」と言ってくれたような気がした。

そうして燐子が一安心したところで、全員の準備が終わった。

 

「始めるけど……大丈夫ね?」

 

「いつでも大丈夫です」

 

「(これなら、貴之式はやらなくても平気そうかな)」

 

友希那の確認に柔らかい笑みを見せながら返した燐子を見て、リサはそう判断する。

燐子が大丈夫なことを確認できたので、友希那の合図に合わせて演奏が始められる。

そして演奏が始められた瞬間――。燐子は初めて、他の四人は二度目の『キセキ』を味わうことになる。

 

「(練習の時みたいに弾いてるのに、いつも以上に弾けてる感じがする……。みんなが、力を貸してくれてるのかな?)」

 

燐子は初めて味わった感覚に驚きながらも、演奏を続ける。この時は体が自然と演奏を続けているとも言えた。

ちなみにここで言う『みんな』とは、ユニットたちだけではなく、一緒に演奏をしているあこたちも含まれていた。

 

「……!」

 

「(白金さんから……!?まさかまたすぐにこれを経験できるだなんて……!)」

 

歌い始めに入る前の前奏部分であったことから、友希那は思わず息を飲んだ。欠けていたものが見つかったようにも感じられたからだ。

紗夜も何が理由でこの感覚が起きたかに気づいており、短期間で二度も味わえたことに歓喜する。

 

「(さすがりんりんっ!手伝うつもりだったけど、みんなで繋がる感じになった!)」

 

「(あっ、またこの感じだ……!これなら友希那も……)」

 

あこは燐子を称賛しながら、この状況に喜びを感じてドラムを叩く。

この感覚に気づいたリサは友希那を気に掛ける。自分が気づいている以上、友希那と紗夜も気づいているのは間違いないが、確認したい所は別にある。

それは友希那の歌う様子で、父親の音楽を否定されて以来基本的に表情が固かったり、思いつめた様子ばかりだった。

貴之が戻ってきてもそれはまだ変わっていなかったのだが、今回はパートが全て揃った状態で演奏していて、この状況下なのでもしかしたらと期待せずにいられないでいる。

 

「(……何かしら?欠けていたものが拾い上げられて……私を中心に、みんなが集まってくるような……)」

 

友希那はこの感覚に気づくと同時に、自分の中でまだ揃っていなかった歯車がかちりと嵌ったようなものを感じる。

そして、これ以外にももう一つ感じたものがあった。

それはどこか遠い地に降り立った自分の下に、ここで演奏している四人が駆け寄ってくるようなビジョンで、少し前に覚えのある感覚だった。

貴之と初めてヴァンガードファイトを行い、その決着が着いて貴之に話しかけられる直前と言う一瞬ではあったが、自分の先導によって勝利を得た『シャドウパラディン』のユニットたちが集まって自分を見つめていたイメージを見たことがあり、今見えたビジョンがそれに近しいものを持っていた。

 

「(ずっと……取り戻すのを諦めていたけど……今、この時なら……)」

 

――昔の頃に戻って歌えるかも知れない。そう思いながら、友希那は歌い始める。

 

「――♪」

 

「(うん♪やっぱり昔の頃みたいに歌えてる……)」

 

歌い始めた友希那の表情は嬉しさや楽しさと言った『喜』の感情を表すものになっていて、それを見たリサも安心した。

前回のオーディションの時に合わさった四人の音に、燐子のキーボードの音が加わり、この時だけのかけがえのない音が完成していく。

 

「(前に進めて良かった……。この人たちと、もっと一緒にやっていきたい……!)」

 

「(どうにか力になれたみたい……でも、やっぱりりんりんは凄いやっ♪)」

 

演奏している最中に、燐子は変われたことに改めて喜びを感じると同時に、この四人と一緒に演奏をしたいと言う願望も生まれた。

その時燐子が笑みを浮かべて演奏しているのに気づいたあこは、安心すると同時に再び彼女を褒め称える。自分の親友(心強い味方)はこの試練を乗り越えて見せると言う信頼もあったからだ。

そして、五分もしない演奏が終わる間際に、この場にいた五人は蒼い薔薇の蕾が、花として咲く瞬間のイメージが出来上がっていた。

 

「(本当に取り戻せるかはまだ分からない……それでも、この五人なら望みはあるわ)」

 

歌いきって、今回の歌い方がまだできることを知って友希那が安堵した直後に演奏は終了し、全員で顔を見合わせる。

まだ練習の時間は残っているが、先に燐子の合否判定が必要となり、合格の場合は大丈夫そうなら今日から早速練習に参加してもらうつもりだった。

 

「私としては文句無しの合格です。湊さんは?」

 

「ええ。私も合格よ」

 

――私たちのチームにようこそ。歓迎するわ。燐子の合否は迷うこと無く告げられた。

また、合否を伝える時は友希那のみならず、紗夜も柔らかい笑みを見せていた。

 

「……!ありがとうございます……!」

 

それを聞いた燐子は一瞬だけ硬直するも、すぐに笑みを見せて頭を下げる。

そして、顔を上げたのはいいものの、その直後に体制を崩して危うく転びそうになる。

 

「りんりん大丈夫っ!?」

 

「あはは……ちょっと緊張しすぎて力が抜けちゃった……」

 

自然と弾けてはいたものの、やはり一回しかチャンスが無いのは緊張してしまうようで、燐子はそれから解き放たれての脱力だった。

とは言え一瞬だけのものだったので、動こうと思えばすぐに動けるのは幸いだった。

 

「一度休憩しましょうか。休憩が終わった後、大丈夫そうなら燐子も練習に参加してもらうけど……どうかしら?」

 

「あ、大丈夫です。今日からよろしくお願いします」

 

友希那に聞かれた燐子は今日からの参加を伝え、それを聞いた友希那も満足そうな表情で頷く。

 

「オーディションお疲れ様。それと、これからよろしく」

 

友希那が笑みを見せて労いと同時にこれから共にやっていくことを告げられ、燐子も笑みを見せて頷いた。

 

「アタシたちはほぼ初めましてだったね?アタシは今井リサ、これからよろしくね♪」

 

「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。今井さん」

 

リサと燐子は顔を合わせはしたものの、実際に話すのは初めてなので自己紹介を行う。

この時リサが「リサでいいのに~」と言って来たが、それに対して燐子は「慣れて来たらそうします」と慌てること無く返した。

流石に強制するつもりは無いので、リサもそれで納得した。

 

「そう言えばりんりんって、あの日にヴァンガード始めたんだよね?」

 

「うん。『オラクルシンクタンク』で始めたよ」

 

「あっ、それなら友希那。今回は燐子に手伝ってもらってもいいんじゃない?」

 

休憩の最中、あこに問われたので燐子は肯定で返したところ、それに食いついたリサが友希那に尋ねてみる。

問われた友希那は「それもいいわね」と提案に乗り、鞄の中から歌詞作りに使っているノートを取り出す。どうしてそのノートを取り出したのかが解らなかったので、燐子は首を傾げた。

 

「実は一曲……ヴァンガードをテーマにして作っている最中の曲があるの」

 

「そこで、ヴァンガードに触れたことのある白金さんに手伝って貰う……そういうことですね?」

 

紗夜の問いに友希那は頷く。ヴァンガードに関してはまだ知識が不十分なので、燐子にも協力を頼みたいのだった。

 

「私で良ければ、手伝わせて下さい」

 

「ありがとう。今完成しているところだけど……」

 

燐子が承諾してくれたので、礼を言ってから友希那は燐子に現段階の進捗を共有する。

 

「(ありがとう。私の先導者さん……おかげで、私はここまで来れたよ)」

 

友希那と話し合いを進めている間、燐子は心の中で貴之に礼を言う。最後に変わろうとしたのは自分ではあるが、きっかけをくれたのは彼だったからだ。

その後歌詞に作りについては友希那と燐子共々知識不足なので、今度貴之のところにまた学びに行こうと言う話しに落ち着き、近いうちにライブを行いたいことを共有してから休憩を切り上げて練習に戻る。

五人で揃って行う演奏は特別なものがあり、どこを直せばいいか等を確認しながらやっていたらあっという間に時間が経っていき、ロビー側から時間が過ぎている連絡を受けてしまう程夢中になって練習をしていた。

 

「(大分遅れてしまったけど……私もここからね)」

 

メンバーが揃ったことでようやく一歩進むことができた友希那は、一先ず安堵してこの先の行く末に視野を向けた。




Roseliaシナリオ9話が終わりました。変更点としては……
・先に課題曲を渡しているので、練習等は特に疑われない。
・紗夜が燐子に対して協力的+変わった燐子を見て自分を振り返る。
・ライブを行うと言われても燐子が慌てない(描写では端折り気味になってしまいましたが)。
・あこに連れて来られていきなり本番では無く、先に紗夜と燐子で音を合わせることができている。
大体この辺りでしょうか。現状紗夜とリサの変化が少ないですが、紗夜は貴之との関わりが少ない。リサは自分がどうしたいかだけだったのが理由です(ただし思考がほんの僅かに染まっている)。

評価欄に色がついていたので確認してみましたが、思ったより良い評価で安心しました。これからも頑張っていきたいと思います。

次回は原作との変化確認として後回しにしたRoseliaシナリオ6話の話しを書き、その後はヴァンガードファイトの話しになるかと思います。


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イメージ12 悩める歌姫、記録の名を持つ店

前半がRoseliaシナリオ6話、後半がファイト前の会話シーンとなります。


「いやぁ~……今日はいつも以上にのめり込んだねぇ~♪」

 

「そうね。私も、あそこまで夢中になっているとは思わなかったわ」

 

燐子が入っての練習が終わった後、友希那とリサは二人で並んで帰路に付いていた。

今日の練習をしている間、全員が表情のことなぞ一切気にしないまま行っていて、あっという間に過ぎ去った。

また、その時友希那の表情は基本的に柔らかいものになっていた。これはメンバーが揃った嬉しさや、二度も『キセキ』を味わえたことも大きい。

一緒に練習していたみんなもそんな空気に飲まれていたのだろう。真剣にやってはいるが全員の表情が笑みや柔らかいものになったままで、それが今回の時間を過ぎる結果を出していた。

 

「でも……少しだけ迷ってるの」

 

練習している時はあのままで良かった。と言うよりは話すことなど出来なかった。

だからこそ、話せる状況になった友希那は沈んだ表情になりながら吐露する。

 

「……迷ってる?」

 

「今までの……『お父さんの音楽を認めさせる』為に歌っていたことについてよ」

 

そこでリサはハッとした。自分は友希那と一緒にコンテストに出れることを嬉しく思っていたが、彼女はそれも理由に出るつもりでいた。

本来は純粋に出て結果を残したいだけだったのだが、父親の音楽を否定されて以来は友希那が代わりにと決めて動いていたのだ。

 

「でも……それは……」

 

「分かってるわ。お父さんからも『辞めたくなったらいつでも辞めていい』。『友希那には、自分のことを気にせず音楽を楽しんで欲しい』って……そう言われてるから。でも……」

 

リサの言いたいことももちろん分かっている。それ故に友希那は悩んでいた。

父親にそう言われても今まではずっとそれでいいと思っていた。その考えが変わったのはつい最近のことだった。

意中の人(貴之)との再会は関係しているが、きっかけは彼に協力を頼んでヴァンガード(彼の戦う世界)を知った日の僅かな時間の電話だった。

取り戻せると言われても「分からない」と返したあの時、それが僅かながらにも救いとなっていて、そこからリサのベース復帰の宣言が一気に心持ちを変え始めた。

 

「でも……今日の演奏は明らかに違っていたわ。『お父さんの音楽を認めさせる』とか、『見返してやる』とか……そんなもの一切考えていなかったの」

 

「だから……迷ってるんだね?」

 

話しを聞いたリサが問いかけて、友希那がそれに頷く。

父親の音楽が否定されて以来、『無理にやらなくていい』と言われてもずっとそうして来た。しかし今回は初めて今まで抱えていたそれを関係なしに歌った。

それ故に『今まで通りの道を続けるべき』と言う使命感と、『昔のように純粋な気持ちで歌いたい』と言う願望。そんな相反する二つの感情に板挟みになっていた。

これを聞いたリサが「こっちの方がいい」と言うのは簡単だ。しかしこれを鵜吞みにしてしまうのは良くないし、最後に決めるべきなのは友希那であることもリサは理解している。

 

「分からないなら、これから探していこうよ。アタシも手伝うからさ……ね?」

 

自分としては後者の方が望ましいリサだが、それは伝えずに協力する姿勢を見せる。

それを聞いた友希那はリサにしては意外な回答だったので一瞬硬直するが、すぐに気を取り直して「そうね……」と口を開く。

自分のことを知っているのなら、多くはリサのような回答になるだろうと思っていたのも手伝い、硬直からの回復が早かった。

 

「私なりに悩んで……どうしてもと言う時は手伝ってもらってもいいかしら?」

 

「うん♪アタシにできることなら何でもするからね」

 

自分の問いにウインクしながら答えたリサを見て、友希那は「何でもやりすぎて倒れないで頂戴ね?」と言いながら困ったような笑みを見せる。

リサは本当に自分がやる、或いは自分がやらなきゃと決めたらやりすぎる時があるので、少々心配だった。

ただそれでも、悩んでいる時に手を差し伸べてくれたのは嬉しいことで、友希那はありがたくその手を取ることにした。

そしてそれを手に取った時、友希那は今までならこんな悩みを抱く余裕すら無かったことに気がつく。

気づいた友希那自身、それが悪いことだとは思っていない。自分がまだ道を選べることを知れたのは大きな収穫だった。

 

「(この先どうなるかなんて想像できないけど、しっかりと答えを出したいわね)」

 

「(今まで友希那は自分を無理やり殻に押し込めちゃっていたからね……。その殻から出たいって言えるその時まで、アタシは友希那を支えたい……)」

 

友希那はまだ見ぬ先の時間を見て、リサは心境が変わり始めた友希那を見てそれぞれの考えを心の中で出した。

その後は何気ない普段通りの会話に戻り、そのまま互いの家の前まで歩いていき、話している間も二人は心の中で互いを信じていた。

友希那はリサやみんなと探していけば答えが見つかる。リサは友希那ならしっかりと答えを出せると――。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(この前と今日のセッション……不思議な体験だったわ……)」

 

家に帰った直後、紗夜は自室で二度も経験できたことを思い返していた。

特に今日に至っては自分すらも終始楽しんで練習をしており、あの感覚を味わえたのがとても喜ばしい出来事なのは嫌でも自覚させられる。

楽しいや嬉しいことが多かった今日だが、同時にやるべきこともできた。

 

「(今日から……やってみましょう)」

 

やるべきこと……それは日菜と少しずつでもいいから向き合うことだった。

今まで後から初めてあっさりと抜き去っていく彼女に嫌悪感を示し、自分から距離を取っていた。

それ故に後から始めた日菜に抜き去られることを恐れて、彼女がギターを始めないように対策を取っていた。

 

「(白金さんは自分を変えたいと願って、実際に行動してそれを形にした……。私もこの状況をどうにかしたいのなら、自分を変える必要があるわね)」

 

実際のところ、紗夜と日菜の関係は紗夜から距離を取るようにしたことで起こっている結果で、昔は仲の良い姉妹だった。

能力差を気にして距離を取って以来、日菜はずっと仲の良かった頃に戻りたいと願っていたが、紗夜はその願いを一蹴している。

長い時間で出来上がってしまった天才への嫌悪感(コンプレックス)がそんなすぐに解消できるとは思わないが、それでも何もしないといつまで経ってもそのままだ。

 

「お帰り~!おねーちゃん、何見てるの?」

 

そう考えていた矢先に日菜が自室に入って来て、すぐさま自分の隣に陣取ろうとする。

日菜に問われたことで、携帯電話を使って情報収集している最中だったことを思い出した紗夜は慌ててそれを引っ込める。

身に付いてしまった癖によりつい反射的にやってしまってハッとするが、それ以上に日菜には何度も言っていることがあるので、そっちで話題を逸らすことを考えた。

 

「日菜……毎回言ってるけど、入ってくるならせめてノックはしてちょうだい」

 

「……?あっ、忘れてた……」

 

入る時にノックをしてくれとは何度も言っていたことだった。ギターの練習をしている最中や、試験勉強中に入って来たりすることもあるので、その時はきつく当たっていた。

言われた日菜は「そんなことしたっけ?」と言いたげに数瞬首を傾げ、すぐに思い出して謝る。その後「気を付けて」と紗夜が言って終わりがいつものパターンだった。

ここまではいつも通りの対応だったが、問題はここからなので紗夜はどうしたものかと頭を回す。何しろ今回はいつもと比べて当たり方が緩かったからだ。

 

「それで?何か用があるんでしょう?」

 

「うーん……今お父さんがおねーちゃんの好きなわんこの番組見てるから、リビングに行かないかって誘おうとしたけど……その様子だと無理そう?」

 

「そうね……録画はしてあるし、これの確認も終わっていないからまた今度ね」

 

携帯電話で調べ物をしていたことをジェスチャーで強調しながら、紗夜はいつもよりは控えめに断る。

その対応をされた日菜は不思議そうに首を傾げる。いつもはこの段階で追い払うような言われ方をされていたからだ。

日菜の反応を見て、紗夜は仕方ないと思った。何しろ自分が少しでも話したくないと言うような態度を見せ続けていたのだから、こうなってもおかしくはない。

思ったより柔らかい対応なのでもう少し大丈夫そうだと思った日菜と、もう少しだけ踏みとどまってみようと思った紗夜はどう話題を振るかで迷う。特に紗夜の方は今まで振られた話しを即座に切って行く対応ばかりしてしまっていたので、大分難儀するものだった。

そこまで時間が掛からずに日菜の方から「あ、そうだ!」と声が上がる。紗夜が携帯電話で見ていたものがちらりと見えたことと、友希那とリサがそれに出ると言っていたからこれが一番いいかもしれないと考えた。

 

「おねーちゃんがさっき見てた『FUTURE WORLD FES.』ってあるでしょ?」

 

「っ……!え、ええ……それがどうかしたの?」

 

日菜からすれば一番話しを続けやすいと思ったものだが、紗夜からすれば今まで通りの対応で即座に突っぱねそうで怖いものだった。

特に、これで日菜が自分もそれに出ると言った暁には、出来上がってしまった天才への嫌悪感(コンプレックス)も相まってヒステリーを起こしてしまうことは想像に難くない。

――聞くなら早く、できることなら私が荒れないものにして……。内心で震えながら願う紗夜に対し、日菜は凄い率直な質問を投げた。

 

「それって友希那ちゃんが言ってた、プロデビューも狙える大きなフェス……であってたっけ?」

 

「えっ?そうだけど……。って、日菜。ちょっといい?」

 

「……?なーに?」

 

あまりにも辺り障りのなさすぎる率直な質問が来たのもあって、紗夜は思わず拍子抜けしたような声を出してから肯定する。

また、紗夜自身は日菜の口から聞き出せそうなものがあったので、今度は自分から話しかける。

普段からすれば異例のことだったのもあり、日菜は再び不思議に思いながら首を傾げる。間違いなく「今日のおねーちゃんどうしたんだろう?」と心の中で思っているはずだ。

 

「あなたの言う『友希那ちゃん』って……湊さんのこと?」

 

「そーだよっ!友達だから普段からよくお話しするの!あっ、友達と言えばリサちー……フルネームは今井リサだね。あの子もそうだよ!」

 

「今井さんも……」

 

意外なところで縁があったものだと紗夜は感じた。特に友希那の方は一つの物事を進み続ける……それこそ、日菜のようにやりたい物事が見つからず転々するような人とは真逆に近しい人だったので、関わりは持っていないと思っていた。

ただ、リサの性格を考えると日菜と知り合った段階で友希那に紹介しそうなので、意外にも納得できた。

更に自分から踏み込める話題がもう一つあるのも、話しを続ける為の話題を作れる要因となった。

 

「と言うことは、遠導君も知っているの?」

 

「うん!そう言えばあの二人とは幼馴染みだったね。知ってると言っても……タカくんとは顔を合わせただけだけど」

 

友希那とリサ、そして貴之の三人が共に登校している姿はよく見かけられるらしく、花女では「どちらかが本命か」、最近だと「あの二人どちらかに見せかけて実は白金さん」等の話題で度々盛り上がっていた。

以前ライブハウスで五年ぶりと言っていて、友希那と関わりがあることから幼馴染みだろうとは思っていたが、日菜の口からそれが事実であることが判明した。

少し考えていると日菜からもう一度こちらに声を掛けてきたので、紗夜は思考を現実に戻す。

 

「タカくんって、何かやってるの?友希那ちゃんやおねーちゃんと似たような感じでるんっ♪ってくるものがあるんだよねぇー」

 

「湊さんと似たような……?」

 

日菜の言っている「るんっ♪」と言うものは未だに理解できないでいる紗夜だが、今回は「友希那や自分と似ている」と言う点からまだ推察できると判断して考えて見る。

この三人で似ているとすれば一つの物事に打ち込んでいることだろう。紗夜はギター。友希那は歌。ここまで来れば、貴之は何かなど簡単に導き出せた。

 

「ヴァンガードをやっていたわね……でも、私は名前しか知らないわよ?」

 

「ううん。それを聞ければ大丈夫!」

 

日菜はスッキリしたと言いたげに満足な表情を見せる。どうやらこれで正解だったようだ。

貴之が魅入られ、引っ込み思案だった燐子が変われたその世界に、紗夜は気になり始めていたので、友希那が作っている歌詞を理解する事前学習と言う名目で触れて見てもいいかもしれないと思った。

 

「あっ……まだ何もやっていなかった。やらないといけないことが残っているから、もういいかしら?」

 

「うん。それじゃあまたね」

 

ちらりと時間を見たら、すっかりと話し込んでしまっていたのに気づいて紗夜が切り上げる。

今回はこれで満足したのか、日菜はいつもより安心できたような表情を見せて部屋を後にした。

 

「(思ったより……話せていたわね)」

 

気がついたら拒絶の意志なぞ見せずに話していたことに紗夜は驚く。

少しだけ意識すれば大丈夫だと思えたと同時に、一つだけ確認し忘れてしまったことが見つかる。

 

「(フェスに出たいかどうか聞いて無かったけど……あの様子だとそれは無さそうね)」

 

友希那のことを知っているなら、出たいと思った段階で彼女とチームを組もうとしているだろう。それでもやらなかったのは、その気にならなかったということで間違いない。

或いは、自分が今まで長い時間継続できなかったことを理由に遠慮したのかも知れない。そう考えると、充実しているように見えて充実していない日菜が少し可哀想にも思えた。

 

「(もし、始めるのなら……その時はその時。集まったチームで恥ずかしくない演奏をしましょう)」

 

恐らくギターを始めてもフェスに出たいとは思わないだろう。そう思った紗夜は、信じられないくらい拒絶反応が薄れていた。付いていけなくなったらそこまでとは練習前に全員で認識をしたが、「その人の方がいいから入れ替える」とは一言も言っていないし、友希那自身もあの表情を見るにそのつもりは無いだろう。

――確認を終えたら……また練習しましょう。日菜が新しく物事を始めたらどうなるかは知っているので、どうするか決めた紗夜は携帯電話の操作を再開した。

今回は逃げずに話すことができたとは言え、姉妹の間にできたわだかまりはまだ消えていないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『大丈夫だと思ってたけど、りんりんが無事に入れて良かったよっ♪』

 

「あこちゃんやみんなのおかげだよ。本当にありがとう」

 

練習が終わり、夕食等も済ませた燐子とあこの二人は『NFO』で遊びながら通話していた。

まず初めに出てきたのが今日のオーディションのことで、二人は友希那のチームに入れたことを喜び合う。

 

『今日の練習は凄かったよ~♪あの紗夜さんすら楽しそうにしてたし』

 

「……そうなの?」

 

『休憩時間中の会話なら友希那さんも普通に応じたり、笑ったりするんだけど……紗夜さんは殆どの時間真面目な様子でやってたんだ~』

 

「じゃあ、今日の練習みたいになる方が珍しいんだ?」

 

燐子の問いにあこは「始めてだと意外に思うよね」と返した。つまりは肯定である。実際あこにそう言われた燐子は本当に意外だと思っていた。

ただ、友希那から聞いた話しでは、自分と紗夜の二人だった時は「二人とも表情が固いままだった」と言うのは、燐子もあこも自然と納得できている。あの二人でいる時はそう言った会話が少ないせいもあるのだろう。

前の自分だった場合そんな空気に耐えられただろうか?燐子は想像して少し不安になった。

 

「あっ、そう言えばあこちゃん。貴之君も『NFO』やってたみたいだよ?」

 

『えっ?ホント?ひょっとしてヴァンガードのイベントやってた時かな?』

 

「そうみたい」

 

珍しく燐子から話題を振ってみると、あこは予想をつけたのでそれに肯定する。どうやら貴之は分かりやすいようだ。

意外なことを知れて嬉しいことは事実だが、これを言ってきたことには意図があると感じたあこが「貴之さんがどうかしたの?」と聞いてきた。

 

「この前、一緒に『NFO』をやろうって誘ってみたんだけど……あこちゃんも一緒にどうかな?三人でやれば、もっと楽しいと思うから」

 

『なるほど~……。うん、そう言うことなら大丈夫!というか一緒にやりたいっ!』

 

あこからの反応が好意的だったので燐子は一安心する。

また、この時後々全員が損しないように貴之がその時しかやっていない都合上、レベルが低い状態にあることを忘れずに伝え、あこから了承を貰う。

 

『ふっふっふ……ならばその時こそ、我ら闇の旅団に招き入れようぞ!』

 

話しが決まったことで、あこが『カッコイイ喋り方』をする。

普段ならそれを聞いた燐子が「カッコいいよ」と言ってそのまま会話に戻っていくのだが、今回は一つだけ問題点があった。

 

「貴之君の場合、装備が光側の装備だろうから、敵対関係になっちゃいそう……」

 

『ええ~っ!?せっかく決まったと思ったのにぃ~!』

 

ヴァンガードのイベントをやっていた際に、入手可能だった装備が光の軍勢側にいるユニットのものだったので、貴之がそのユニットの演技(ロール)を行いながらプレイする身だった場合、その要求は受け入れられないことになる。

それを聞いたあこは「そんな馬鹿な」と言った声をする。恐らく画面の向こう側で項垂れていることだろう。

あこの様子を想像できた燐子は「でも……カッコよかったよ。あこちゃん」とフォローすることを忘れない。そして、フォローをもらえたことであこは調子を取り戻す。

その後は「燐子が来るまでの間バンドはどうなっていたか」、「ヴァンガードをやってみてどうだったか」等を中心に雑談をしながらいつも通り二人で『NFO』内を行動した。

普段はあこから出してきた話題に燐子が合わせる形だが、今回は燐子も話題を出せたので、いつも以上に会話が弾んでいた。

 

「じゃあ、今日はここまでにしよっか」

 

『うん。明日も学校あるもんね……』

 

間もなく日が回る時間になったので、燐子が切り上げを提案し、あこがあくび交じりに答える。

バンドの練習もあって疲れがたまっている以上、無理に長時間やるのもよくないのだ。

 

『それじゃあお疲れ様。今度は時間合わせて三人でやろうね♪』

 

「うん、お疲れ様。また明日も頑張ろうね」

 

『もちろんっ♪それじゃあお休み~』

 

更には練習もあるので、また明日も練習を頑張ろうというのと、今度は貴之も共に『NFO』をやるという気持ちを共有してから通話を終える。

 

「(明日も頑張ろう……。みんなと一緒にバンドをするのがとても楽しい)」

 

部屋の消灯を済ませてベッドに入った燐子は、チームに入れたことを再認識し、ささやかな幸福を感じながら眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……お前が前まで行ってたカードショップに?」

 

『おう。商店街からほんの少し離れた場所にあってな』

 

『カードファクトリー』から帰ってきてやることを済ませ、自室でヴァンガード関連の情報を再確認していたところで、大介から電話が来た貴之はそれに応じていた。

内容としては、前まで大介が通っていたカードショップに来ないかと言う誘いだった。

 

『前回身内と集まった時に、人数が奇数なことに悩んでてな……それで誰か呼べないかってことでお前を誘ってみたんだ』

 

「なるほどな……予定を確認するからちょっと待ってくれ」

 

誘ってきた理由に納得できた貴之はその日の日程を確認する。

一応空いてることには空いているが、一つだけ気になったところを確認しようと思った。

 

「観戦とかは自由なのか?」

 

貴之がこれを聞いた理由は、友希那と燐子の二人に「歌詞作りにもう一度協力して欲しい」と頼まれていたからだ。

もしこれで大丈夫なら、貴之は二人に確認を取って連れていこうと思っていたのだ。

 

『基本的に自由だが、何か頼まれたか?』

 

「ああ。また歌詞作りの協力だ。ちなみにこないだ知り合った白金さんって子も一緒になると思う」

 

『分かった。確認が取れたら教えてくれ。身内に観戦者いるって伝えとくから』

 

理由を伝えればあっさりと承諾され、流れるような勢いで話しが決まっていく。

一先ず許可が貰えたので、残すは友希那と燐子の二名に話してみるだけだった。

ちなみにここで貴之が燐子を『白金さん』呼びしたのは、大介が対面したことのない相手なので、名前呼びだと伝わらない恐れがあったからになる。

 

『開始の時間は午後からだが、案内する建前昼くらいにファクトリー前に集合しよう』

 

「了解だ。そしたら俺は二人に話してみる」

 

『おう。それじゃあまた明日な』

 

「ああ。また明日」

 

最後に集合時間を決めて、短い挨拶をしてから電話を切った。

一度時計を確認した貴之は、今からだと遅いから明日聞こうと決め、ベッドに入った。

そして友希那には翌朝の登校時に、燐子には昼頃に電話で聞いてみたところ、二人ともOKが帰ってきたので当日は四人で行くことが決まった。

ちなみに昼頃の電話について、後江側はもう解っているから。花女側は聞いているのが紗夜しかいなかったのが幸いし、面倒なことにはならなかった。

また、朝の登校時一緒にいたリサは行きたいけどバイトが入ってしまっているらしく、そのことを嘆いていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと早かったか?」

 

「どうやらそうみたいね」

 

やって来た大介の身内の所へ行く当日。友希那と共に一足早く、貴之はファクトリーに来ていた。

来てのはいいものの、来る時間が少々早かったのか、自分たち以外まだ誰も来ていない。

ちなみに俊哉は予定入りで、玲奈はバイトが入っていた。ちなみに俊哉は休日にやっているバンドのライブに行くらしい。

 

「今日行く場所、前に行ったことはあったりするの?」

 

「確か、店内大会があるから参加しに行ったんだっけな……。それ以来一度も寄ってないけど」

 

今回行く予定になっているカードショップ『ルジストル』は、小学生時代に店内大会に参加したことがあった場所だった。

とは言ってもかなり前の話しになるので、流石に覚えている人はいないだろう。時期が悪かったか、互いに覚えていないか、大介とは互いにあの時が初対面という認識をしている。

 

「貴之君、友希那さん。お待たせしました」

 

「大丈夫よ。私たちも今来たところだから」

 

「というか、大介がまだ来てないんだ」

 

少しすると、燐子がやってきて声をかけてくれる。

遅かったかと思えばそうでないことが分かって、燐子は一安心したように胸をなでおろす。

 

「後は大神君だけね」

 

「ああ。この様子ならすぐに来そうだけどな」

 

友希那の言葉に貴之は頷きつつ、自分の持っていた予想を口にする。

ちなみに友希那が大介のことを苗字呼びな理由は、貴之の意識していることと全く同じ理由だった。

これに関しては前に一度、大介に対して謝っているが、大介自身は俊哉たちから話しを聞いているので全く気にしていなかった。

 

「俺のことがどうかしたか?」

 

「もうすぐ来るだろうって、考えてただけだ」

 

言ったそばから大介がやって来たので、貴之が素直に答える。

なんだそれだけかと思いながら大介が燐子の方へ視線を投げると、彼女とバッチリ目があった。

 

「貴之、この子が……こないだ言ってた白金さんか?」

 

「そうだ。燐子、こいつが今日俺たちを呼んでくれた大介だ」

 

「なるほどな……俺は大神大介だ。今日は楽しんでいってくれ」

 

「白金燐子です。こちらこそ、今日はよろしくお願いします」

 

貴之に確認を取った後、互いに自己紹介をする。その際燐子はぺこりと頭を下げた。

燐子が礼をする姿を見た三人は、「綺麗な動作だな」と共通した感想を持った。

また、この直後大介は、燐子が自分を珍しそうな物を見たような目で見つめていることに気づいた。

 

「俺がどうかしたか?」

 

「あ、背が高いなと思って……」

 

「一応182はあるからな」

 

その理由は背丈にあり、彼の身長を聞いた貴之は「うわ、高いなお前」と思わず口に出しそうになった。

そこまでの身長になると少々羨ましく思う面もあるが、同時に少し遠慮したいかなとも思ってしまう。

理由は高すぎると色んなものに頭をぶつけそうになるせいだった。実際、大介も「色んな場所で気を遣う羽目になって面倒だ」とぼやいている。

 

「っと……あんまりのんびりする訳には行かないな。そろそろ行こう」

 

時間を確認した大介が促したので、三人はついていく。

 

「そう言えば……『ルジストル』は『記録』って意味を持っていましたね?」

 

「ああ。確かフランス語だったな」

 

燐子の問いに貴之が肯定する。貴之は大介から店名を聞いた時に場所と名前の意味を確認していた。

その名の通りカードの品揃えが良く、ヴァンガードでは単品買いを好む人に優しい店舗となっている。

また、ヴァンガードのみならず他のカードゲームのカードをコレクションしたい人にも、その品揃えからオススメしやすいのも強みだった。

 

「白金さん結構詳しいな……文学に興味あったり?」

 

「実は……ゲームをよくやってて、気になった単語を調べたりするんです……」

 

気になった大介が聞いてみたら、燐子は僅かに顔を朱色に染めながら照れた様子で答える。これを言ったら大抵の人に驚かれたので、言うのが少々恥ずかしいのもあった。

それを聞いた大介は意外だと思った。貴之と友希那が驚かないのは、それぞれのタイミングで教えてもらっているからだ。

自分だけ全く理由を知らなかったので、少々仲間はずれな思いをした大介だが、タイミングが悪かったと割り切った。

 

「『カードファクトリー』の『ファクトリー』に付けられている意味は『工場』や『製作所』……。この場合は『カードゲームによる、思い出の製作所(・・・・・・・)』と言ったところかしら?確か、店内大会の頻度は一番多かったわね?」

 

「ああ。ついでに言うとファイトスペースの数も多い。あそこは『みんなで楽しんで欲しい』って想いがあるからな……その表現は何も間違っちゃいない」

 

「とても良い場所だったんですね……」

 

友希那と貴之の話しを聞いた燐子は、最初に入ったカードショップがあそこで良かったと感じた。

まだ一度しか来てはいないが、立ち寄ったときは「よく来たね」、立ち去る際には店内から「また来てね」と言いたそうな雰囲気が感じ取れていたからだ。

あの空気は自分が変わろうとした、変わった直後に取ってはとても嬉しい追い風になっていた。

 

「『ルジストル』はどんな感じだったっけ?」

 

「あっちはファクトリーほどとまでは行かないが、友好的な奴は多いし、カード関連で会話しようと思えばいつでも話せるぞ」

 

『カードファクトリー』が『対戦重視』なら、『ルジストル』は『コレクション重視』と言った立ち位置をしている。

小学生以下は流石に近い方に行く傾向が強いが、中学生以上になればその二つに合わせて選ぶことが多くなる。

大介の場合は対戦を重視していたのもあるが、通っていた中学の場所が関係してファクトリーに通うようにしていた。同じ中学の俊哉と玲奈がファクトリーに行っていたことも理由になる。

 

「さて、着いたぞ。ここが『ルジストル』だ」

 

「ああ。そういやこんな感じの店だったな……」

 

入り口前で大介が立ち止まり、その店を確認できた貴之は思い出したように呟く。

 

「結構高いですね……」

 

「商店街じゃないから、こう言ったところに気を遣わないで大丈夫だったから……かしら?」

 

「ああ。これはカードゲームの種類ごとに階を分けてるんだ」

 

燐子がまじまじと建物を見つめ、友希那が推測を立てているところに大介がサラッと答えを出す。

ちなみにヴァンガードはプレイする人口が最も多いので、カード購入スペースの一階と、ファイトスペースの地下一階に分けられている程だった。

 

「さて入るか。エレベーターの近くで待ってるみたいだしな」

 

大介に促されるまま店内に入り、そのまま真正面にあったエレベーターの方へ進んでいく。

ある程度前まで進んで行くと、エレベーターの横に赤い髪に貴之に近い体格を持ち、少々細い目つきをした少年と、緑色の髪を持つ貴之より僅かに背の低い少年が周りの邪魔にならない範囲で手を振って迎え入れてくれた。

 

「待たせたな」

 

「いや、こっちも来たばっかりだから心配すんな。んで、一人が参加してくれるんだったな?」

 

「ああ。今日ファイトする為に来てくれたのがこいつで、女子二人は見学だ」

 

赤髪の少年の問いに、大介が指を指しながら答える。

それを聞いた赤髪の少年は貴之を見て好戦的な笑みを浮かべる。どうやら新しい相手と戦うのが楽しみなようだ。

 

「よろしく。俺は遠導貴之だ」

 

「遠導って……はあっ!?大介お前、最近知り合ったとは聞いてたがとんでもねぇやつ連れて来たな……」

 

「だろ?竜馬(りょうま)のそう言う反応を楽しみにしてたんだよ。弘人(ひろと)も驚いたろ?」

 

「ああ。大介がそんな人を連れてくるとは思わなかったからね……」

 

貴之の名を聞いた赤髪の少年は素っ頓狂な声を上げる。まさか全国出場レベルを連れてくるとは誰が思ったことだろうか。

それには緑髪の少年も肯定したので、二人の反応を見れた大介は満足そうに頷いた。

 

「っと、名乗られた以上こっちも名乗らなくちゃな。俺は神上(かみじょう)竜馬だ。今日は楽しもうぜ」

 

「僕は篠崎(しのざき)弘人。今日はよろしく」

 

赤髪の少年、神上竜馬と緑髪の少年、篠崎弘人が名乗ってこちらを歓迎してくれる。

いきなり入り込む身だった貴之としては、好意的な空気はありがたいことだった。遠征時代はそういうスタンスを確率するまで、ファイトするのに難儀することもあったからだ。

 

「そっちのお二人も、楽しんで言ってね」

 

「ええ。私は湊友希那。今日は楽しませて貰うわ」

 

「白金燐子です。今日はよろしくお願いします」

 

弘人が気を回してくれたことで、友希那と燐子も自己紹介をして輪に入っていく。

また、友希那の名を聞いた時に竜馬は鳩が豆鉄砲を食ったような反応を見せる。

 

「全国レベルのファイターに加えて『歌姫』まで連れて来るとは……。大介、お前中学以降の人間関係すげぇことになってんのな?」

 

「俺も予想外だった。後、その二人が幼馴染みという事実にお前は更に驚くだろうよ」

 

「……は?それマジで言ってんの?」

 

大介の人間関係のとんでもなさを再確認したところを、竜馬は更に驚かされる羽目になった。

また、友希那の名を聞いて反応した様子を見て、貴之は一つ思ったことを聞いてみようと思った。

 

「ひょっとして、神上はライブに興味があったりするのか?」

 

「時々観に行くが……どうした?」

 

「俺の親友がライブに興味ある人間でヴァンガードファイターだからな……お前と波長が合いそうだと思ったんだ」

 

貴之が聞いてきた理由を教えて貰った竜馬は「ほう?」と同類を見つけて喜ぶような笑みを見せた。

また、これ以外にも竜馬に取って楽しくなる情報が提供される。

 

「近いうちに、新曲を交えて新しく組んだチームでライブを行うから、その時は来てくれると嬉しいわ」

 

「私も友希那さんのチームで演奏するので、来てくれた時はよろしくお願いします」

 

「おおっ!こりゃ嬉しい情報を貰えた……!」

 

友希那がライブをすると言うなら、いくしかあるまい。話しを聞いた竜馬は続報は見逃すまいと心に誓った。

 

「まあ、楽しみにするのは良いとして、そろそろ行こうか。ただでさえエレベーターの近くにいるんだし、長居は良くない」

 

詳しい話はまた後でと言う弘人の促しに従い、地下一階のファイトスペースに移動する。

対戦派の多いファクトリーなら普段は満席でもおかしくない時間帯だが、コレクション派の多い『ルジストル』ではまだ空きを残していた。

隅っこの一つが開いていたので、ファイトする二人が腰掛ける。残りの人は立って見ることが決まる。これは対戦する人たちが素早く移動できるようにするための配慮だった。

 

「さて……どういう組み合わせでやるか?」

 

「竜馬は貴之とやりたそうにしていたし、俺と弘人でやるか?」

 

「そうしよう」

 

竜馬の問いかけには大介の提案と、弘人の頷きであっさりと決まる。

 

「順番はどうする?」

 

「俺は任せる」

 

「普段は俺が真っ先に入ってるし……先にそっちからでいいぜ」

 

弘人の問いに対して、貴之は三人の意向に従うことを伝える。初参加の身である為、何でも強く言ったらそれは問題だろう。

その際に竜馬が今までを鑑みて譲る選択をしたことで順番が決まる。どうやら竜馬は、平時からのファイト好きと言う『ルジストル』では珍しいタイプの人だった。

それはこうして積極的にファイト行う大介もそうだし、彼らと共にいて、ファイト頻度の高い弘人も当てはまる。

 

「じゃあやるか」

 

「うん。始めよう」

 

ファイトの準備を終えたので大介が促すと、弘人が頷いた。

これで後は開始の宣言を行うだけだった。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

宣言と同時に、二人は裏向きにしていたカードを表に返した。




Roselia6話分が思ったより短かったので後半にファイト前の会話を持って来たですが、主な変更点は
・友希那が悩み始めている(これに伴いリサが友希那に抱いている感情が心配から信頼に)。
・紗夜の日菜に対する考え方に変化の兆しが見える(ただしまだ変化が少ない)。
・燐子とあこは平常運転に戻っている(チームを組んだ後だから悩みは解決済)。
主にはこの辺りでしょうか。順番が変わった影響が出てきた感じになりますね。

次回から数話ほど連続でファイトの話しを書いていきます。
前回燐子の初ファイトをフルで書いた時が余りにも長かったので、注意はするつもりですが、それでも長すぎたらすみません(汗)。


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イメージ13 猛攻と鉄壁の激突

本作二回目のオリキャラ同士によるファイトとなります。


「『ライド』!『忍竜 マガツウインド』!」

 

「『ライド』!『士官候補生 エリック』!」

 

大介は紫色の体をした身軽さを感じさせる竜『マガツウインド』に、弘人は如何にも新米海兵を思わせる白い制服を着た『エリック』に『ライド』する。

 

「へぇ。篠崎は『アクアフォース』か……あいつの雰囲気とは裏腹に相当攻撃的な『クラン』だな……」

 

「かつて全勢力がメサイアによって封印されていたが、現代において解き放たれた絶対正義の名の下で惑星クレイに存在した伝説の海軍……それが『アクアフォース』。ファイト内では連続攻撃で効果を発揮するユニットたちが多いな」

 

貴之の率直な感想と竜馬の解説を聞いて、友希那と燐子の二人は話しを聞いていることを示すような空返事をする。

竜馬と大介以外全員の感想として、大人しめな印象があった弘人は防御的な『クラン』かと予想してたら、超攻撃型の『クラン』がやって来たと言うものだった。

 

「大神君が使っている『ぬばたま』は、どんな『クラン』ですか?」

 

「『ぬばたま』は『ドラゴンエンパイア』の諜報部隊で、領土の東方に伝わる独自の武術や暗黒魔術を習得したエキスパート達だ」

 

「ファイトでは自分と相手の手札や『リアガードサークル』に影響を及ぼす……『ペイルムーン』と同等かそれ以上に癖の強い『クラン』になってるな」

 

燐子の問いかけを聞いて、竜馬が『クラン』の背景、貴之がファイト時の特徴を説明する。

『ぬばたま』はスキル効果の範囲が非常に広く、それで相手を翻弄するのが強みであるので、また見た目に合わなそうな『クラン』を見た友希那と燐子が驚くことになる。

本人たちも自覚しているだろうと読み取った二人はそれ以上の追求を避けた所で、友希那が『ぬばたま』に関して一つ気づいた。

 

「貴之、『ドラゴンエンパイア』って言うと……」

 

「ああ。『かげろう』と同じ国家所属の『クラン』だ」

 

「あっ、そう言えば『かげろう』も『ドラゴンエンパイア』に属する『クラン』でしたね……」

 

「(遠導の教えか……結構飲み込み早いな)」

 

友希那が気づいたのは国家の場所で、貴之はそれに肯定する。

それを聞いた燐子が思い出し、竜馬は彼女らの理解の早さと、貴之の教え方を称賛した。

なお、ファイトは大介の先攻から始まることになり、『スタンド』アンド『ドロー』を済ませる。

 

「『忍竜 ドレッドマスター』に『ライド』!」

 

大介の姿が蒼と緑を基調とした竜の『ドレッドマスター』に変わる。

 

「『ドレッドマスター』が登場した時、手札を確認一枚捨てる代わりに山札から一枚引く。更に『恫喝の忍鬼(にんぎ) キリハゲ』を『コール』!」

 

「早速始まったな。盤面操作」

 

「この後どうなるかだな」

 

大介が手札を一枚『ドロップゾーン』に送って山札から一枚手札に加える。

それを見た竜馬と貴之は、もうこの段階で『ぬばたま』が動き始めていることを悟った。

『ドレッドマスター』の処理を終えて後列中央に、白い髪を持って鬼の面を横側に傾けている人に近しい小鬼の『キリハゲ』を『コール』する。

 

「あんなにパワーが低いのに、スキルもないの?」

 

「その理由は『シールドパワー』にある。『キリハゲ』のそれは『トリガーユニット』に近い数値を持っているからな……」

 

『キリハゲ』がスキルも無いのにパワーが7000と少々低めの数値だったことで、友希那が疑問に思った。

その理由が貴之から説明されたことで友希那は納得する。燐子はこれと似たような手合いの『おらんじぇっと』の存在を知っていたので、別路線のタイプだと納得できていた。

大介はできることが残っていないのでターンを終了し、弘人に譲る。

 

「『ライド』!『ストームライダー ステリオス』!更に『ティアーナイト テオ』を『コール』!」

 

弘人の姿が水陸両用車に乗った兵士の『ステリオス』に変わり、後列中央に長銃を持った兵士の『テオ』を『コール』する。

この時『ステリオス』のパワーを見た燐子が、一つのことに気付く。

 

「グレード1にもああいうタイプのユニットがいるんだ……」

 

「グレード2だと『インターセプト』が使えないから中々難しいけど、グレード1(こっち)は『ブースト』が使えるだけ気が楽なところだな」

 

ああいうタイプと言うのは、『おらんじぇっと』のようにスキルと『シールドパワー』がない代わりに、一つ上のグレード並みのパワーを持つユニットのことだった。

グレード2だとヴァンガードとして使用する、手札を捨てる系のスキルでコストにするくらいしか選択肢が出てこないが、グレード1なら後列に置いて『ブースト』要員に回せるのが強みになる。

 

「攻撃はできるが、『アクアフォース』の本領は次のターンまでお預けだな」

 

「……?何か足りないの?」

 

「ああ。『アクアフォース』が力を発揮するには、攻撃回数が関わってくるからな……場にいるユニットが足りないんだ」

 

竜馬の呟きを拾った友希那が彼に問うと、肯定と一緒に説明が帰ってきた。

攻撃回数ということは、一回目からスキルを使えるユニットは少ないと友希那は予想した。

 

「効果が使えなくとも、攻撃はしよう。『テオ』のブーストをした『ステリオス』で、ヴァンガードにアタック!」

 

弘人の攻撃宣言に大介はノーガードを選択。『ドライブチェック』の結果はノートリガーだった。

イメージ内では、『テオ』の援護射撃を受けた『ステリオス』となった弘人が、『ドレッドマスター』となった大介の懐に飛び込んで至近距離の射撃を浴びせる。

相手からの攻撃がヒットした大介の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーで、効果はヴァンガードに回した。

このターンの間にできることが全て終わった弘人はターン終了の宣言をし、大介に番を回した。

 

「俺は『忍竜 マガツゲイル』に『ライド』!登場した時『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をしてスキル発動!一枚引いて、このターンの間パワープラス6000だ!」

 

大介は忍者らしい衣装に身を包んだ竜の『マガツゲイル』にライドする。

『マガツゲイル』のパワーは本来9000だが、スキルによって15000まで上がった。

 

「『月下の忍鬼 サクラフブキ』を『コール』!こいつが登場した際、こちらのユニットが三枚以上なら手札を一枚捨ててパワーをプラス3000!」

 

後列左側に黒が基調となった衣装に白の鎧を身に纏った白髪を持った鬼、『サクラフブキ』を『コール』し、スキル処理を行う。

今使った『サクラフブキ』のスキルはもう一つの能力があり、今回は条件を満たしているので使用可能になっていた。

 

「更に、こちらの『ダメージゾーン』にある表のカードが一枚以下なら、一枚引いて『カウンターチャージ』」

 

条件は『ダメージゾーン』にある表のカードの枚数にあり、その条件を満たしていた場合の効果処理を行う。

これによって、先程パワーを上げる為に消費した手札を取り戻す形になった。

 

「大分忙しい『クラン』ね……」

 

「『ぬばたま』は色んな場所に影響を及ぼすからな……。多分、後もう一個出てくるな」

 

自分の使った『シャドウパラディン』や、貴之の使う『かげろう』と比べて明らかに複雑な処理が多く、使用回数も多いので友希那はそう感じた。

そんな友希那の呟きを拾った貴之は、答えながら大介の次に行う一手に予想を付ける。これができるのは度々彼のファイトを見ているのが一助している。

 

「更に『千本太刀の忍鬼 オボロザクラ』を『コール』!こちらのユニットが三枚以上なら『カウンターブラスト』をしてスキル発動!パワーをプラス6000!」

 

大介の前列左側に複数の太刀を携えて槍を手に持っている『オボロザクラ』が『コール』され、ユニット枚数によるスキル処理が行われた。

先程の『カウンターチャージ』はこれを狙ってのものであり、貴之の予想は当たっていた。

今回は『ダメージゾーン』にあるカードが元々一枚なので余り関係ないが、この『カウンターブラスト』も発動したスキルが持つもう一つの能力を狙いやすくするものでもある。

 

「更に、こちらの『ダメージゾーン』にある表のカードが一枚以下なら、一枚『ソウルチャージ』だ」

 

「一気に動いて行きますね……」

 

「ああやって前準備でやれることが多い……やることが多いに繋がってる『クラン』だからな……」

 

このターンでの処理の多さを見て燐子が呟けば、それを竜馬が拾う。

 

「もう少し待って欲しいんだけどね……そうはしてくれないよね」

 

「お前相手に待っている余裕がない……って言うよりか、俺の『ぬばたま』はこうなんだからしょうがないだろ」

 

自分の『アクアフォース』が十分に動けていないので、弘人は胸の内をぼやいた。

しかし自分のデッキを把握されている以上待たれることは無いだろうし、そもそも大介のデッキがそう言う組み方をしているのだから、彼の言い分は最もで、割り切って乗り切ることを選ぶしかない。

 

「じゃあ俺も攻撃と行こうか。『キリハゲ』の『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードにするよ」

 

弘人の宣言を聞いた大介は『ドライブチェック』を行い、結果は(ドロー)トリガーが現れ、パワーはまだ攻撃していない『オボロザクラ』に与える。

イメージで『マガツゲイル』となった大介が数枚の手裏剣を同時に投げつけ、それらが『ステリオス』となった弘人に刺さる。

攻撃がヒットしたので弘人が『ダメージチェック』を行った結果はノートリガーだった。

 

「次、『サクラフブキ』の『ブースト』、『オボロザクラ』でヴァンガードにアタックだ!」

 

大介の宣言を聞いた弘人は今回もノーガードを選択。後々自分が攻める為のカードを残すことを選んだ。

イメージ内で、『サクラフブキ』と『オボロザクラ』は二人で左右から『ステリオス』となった弘人に近づき、それぞれの手に持った武器で彼を斬り伏せた。

再び攻撃を受けて『ダメージチェック』を行うが、今回もノートリガーだった。

 

「これで俺はターン終了だ」

 

「分かった。僕のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……そろそろ波に乗らせてもらおうかな」

 

ターンを回してもらった弘人が笑みを浮かべる。

このターン以降から本領を発揮しやすくなる為、それを待ちわびてのものだった。

 

「波に乗る……玲奈みたいな言い回しね」

 

「やっぱりそう思うか。あいつも『クラン』の背景を意識してるんだろうな」

 

流石に玲奈の時程ではないものの、それらしい言い回しだったことに友希那は気が付いた。

玲奈場合は『ペイルムーン』と言うサーカス団の『クラン』なので演目、弘人は『アクアフォース』と言う海軍である為海を意識した波……と言った具合になる。

 

「『ライド』!『潮騒の水将 アルゴス』!『コール(行くぞ)』……『タイダル・アサルト』、『ステリオス』!」

 

弘人の姿が将校を思わせる制服をきた『アルゴス』に変わる。

更に前列左側に一対の光剣を持った兵士の『タイダル・アサルト』を、後列左側に『ステリオス』を『コール』する。

 

「……四回(・・)攻撃できるな」

 

「「……え!?」」

 

貴之の呟きに、友希那と燐子が驚いて思わず素っ頓狂な声を上げる。

前列のユニットは二体しかいないのに、どうやって四回も攻撃するのだろうか?友希那と燐子の二人はそれが気掛かりだった。

 

「スキルの重ね合わせだな。詳しいことは『バトルフェイズ』を見ながら話すぞ」

 

二人の反応を拾って竜馬が一言だけ答え、ファイトの流れを見るように促す。

確認してみれば、『タイダル・アサルト』のカードに手を添えている弘人の姿があった。

 

「『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!一ターンに一度だけ、アタックした時『ソウルブラスト』することによってスキル発動。『タイダル・アサルト』は『スタンド(第二波を準備)』する!」

 

イメージ内で『タイダル・アサルト』の攻撃にどことなく余力を感じさせるものがあり、それを目の当たりにした友希那と燐子が驚く。

数回『スタンド』することによって、荒波に乗ったかのような勢いで圧倒するのが『アクアフォース』の戦い方である。

イメージ内では『タイダル・アサルト』が手に持った二つの剣で、『マガツゲイル』となった大介の体を斬り裂いた。

 

「そいつはノーガード。『ダメージチェック』は……ノートリガーだな」

 

「次だ。『ステリオス』の『ブースト』をした『タイダル・アサルト』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「それは『サクラフブキ』で『ガード』だ!」

 

大介の『ダメージチェック』が終わったと同時に二回目の攻撃を行う。

今回は『サクラフブキ』の『シールドパワー』が加算されたことで『マガツゲイル』のパワーは19000、『ステリオス』のパワーをもらった『タイダル・アサルト』は18000の為、防ぎ切ったことになる。

イメージ内では二回目の攻撃が来る直前に『サクラフブキ』が現れ、刀で受け止めた。

 

「『タイダル・アサルト』はこのターンスキルを使うことができない……。ここから後二回攻撃するなら『アルゴス』のスキルかしら?」

 

「鍵を握っているのが『アルゴス』なのは正解だ。この後どうなるかはファイトで見てみようか」

 

四回攻撃ができることと、『タイダル・アサルト』がスキルを使ってしまったことを考慮して友希那が立てた推測は当たりだった。

流れを見ることができるようになったのが嬉しく思いながら貴之は促し、友希那も頷く。

 

「まだまだ……『テオ』の『ブースト』をした『アルゴス』でヴァンガードにアタック!アタックした時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をしてスキル発動。『ヴァンガードサークル』にいる『アルゴス』の攻撃が二回目以降のものならば、リアガードを一枚『スタンド』させられる!『タイダル・アサルト』よ、『スタンド(第三の用意)』だ!」

 

「……ノーガード」

 

ファイトの方に戻ると、弘人が三回目の攻撃を行っていて、大介は悩んでからノーガードを選択した。イメージ内では『アルゴス』となった弘人の命を受けた『タイダル・アサルト』が再び攻撃できる構えを取っていた。

相手がこのターンの段階で非常に多い回数攻撃をしてくるので、ダメージを受け過ぎないようにするか、ここで手札を使い過ぎると次のターンが苦しくなるからノーガードでやり過ごすかの苦い二択だった。

 

「これが理由だったのね……」

 

「ああ。『アルゴス』もユニットを『スタンド』させるスキルを持っていたんだ」

 

ユニットは二体しか前列にいないのに、その倍の数攻撃したことに友希那は呆然とする。

大介の宣言を聞き届けた弘人は『ドライブチェック』を行い、(フロント)トリガーを引き当てる。燐子はこのトリガーを始めて見たので、貴之から説明を受ける。

イメージ内で、『アルゴス』となった弘人の持つ二つの機関銃と、『ステリオス』が持っている銃の波状攻撃に『マガツゲイル』となった大介が晒されていた。

攻撃がヒットしたことによる『ダメージチェック』で、大介は(ヒール)トリガーを引き当て、パワーをヴァンガードに回してダメージの回復を行った。

 

「最後だ。『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!」

 

「上がったパワーが勿体無いが、ここはノーガードだ!」

 

パワーが同じであった為、ガードすればダメージを受けることを免れられたが、手札温存をしたい大介はその選択を捨てた。

 

「手札の温存ですか?」

 

「相手が『アクアフォース』だし、(ヒール)トリガーも引き当てたしな……一ダメージに余裕ができたからこそだな」

 

燐子疑問に竜馬が理由を説明する。元々ダメージを受ける覚悟はしていたので、パワーが上がって攻撃が届かなくなったならそれでよし、ダメならその時はノーガードと割り切っていたのだ。

『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーだったので、手札を確保できるどころか増やせたと言う嬉しい結果となった。

 

「乗り方を間違えたかな……僕はターン終了だ」

 

ターン終了宣言をした弘人の表情は、少々困ったような笑みだった。

自分の予想と比べて、相手の状況に余裕ができているからだ。

 

「本当なら後一ダメージは与えるか、手札の一、二枚は消費させておきたかっただろうな……」

 

「このターンの流れが、後々どう響くか……」

 

竜馬と貴之は弘人が浮かべた表情の理由を理解していた。

通常のクランであるならば前列のユニット二体で2ダメージなら十分だと言えるが、今回はスキルによって手数を増やした状況だったので、手数の割に不足を感じていたのだ。

そんな二人のやり取りを、まだ経験の浅い友希那と燐子の二人は一先ず、与えておきたいと考えるダメージに差があることだけ理解しておくことにした。

 

「さて、俺のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……さて、今日はお前に頼もうか」

 

「(……どっちが来るかな?)」

 

大介の言葉を聞いた弘人が身構える。大介は二つの戦術を取れるような構成をしており、それによって彼の動きが変わってくるからだ。

ファイトを見ている貴之と竜馬はどっちを出すのか予想しながら、友希那と燐子はそんな方法もあるのかと思いながら、選択されるユニットが現れるのを待つ。

 

「選んだのはこっちだ……『隠密魔竜 マガツストーム』に『ライド』!」

 

「そっちを選んだか……最初にあいつとファイトした時を思い出すな……」

 

大介の姿が、暗い蒼色の体を持ち、巨大な手裏剣を携えた巨竜……『マガツストーム』のものになる。

このユニットは貴之が始めてファイトした時にも使用されていたもので、それを見た貴之が当日のことを思い出した。

また、グレード3になったことで『ぬばたま』が持つ『イマジナリーギフト』が判明することになる。

 

「『イマジナリーギフト』……『プロテクト』!」

 

「手札に加えた……?」

 

「ああそっか……友希那は始めて見るんだったな」

 

『ぬばたま』が持つのは『プロテクト』で、それを獲得した大介は手札に加える。

友希那が首を傾げるのが見え、貴之は友希那は『プロテクト』を始めて見たのを思い出した。

それもそのはずで、始めて友希那がヴァンガードに触れた日は基本的に貴之と同じテーブルにいて、大介とは別のテーブルだったのが理由で彼のデッキをまともに見る機会を逃していたのだ。

また、燐子とも今回歌詞を作るのに当たってヴァンガードの話しはしていたが、ファイトの機会を得られていなかった。

 

「『プロテクト』は自分のターンじゃなくて、相手のターンで効果を発揮する『防御型』の『イマジナリーギフト』なんだ。……効果の内容は実際に見るか?」

 

「ええ。そうするわ」

 

貴之に問われた友希那は頷く。今までもそうだから今回もと言う思いがあったのだ。

ここを離れる前から、貴之は実際に見たりやったりしながら説明するスタイルが主で、友希那自身も実際に目の当たりにして好ましく思うようになっていたのも起因する。

あのレクチャー方法の利点としては、プレイしながら説明するので、説明書だけの時と比べて解らないとなることが少ないことにある。

逆に、難点としては一辺に知識を詰め込むので混乱しやすいことと、教える側が忘れると取り返しのつかない状況に陥る可能性があることだった。

 

「よし……『キリハゲ』の『ブースト』、『マガツストーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら僕は、『虹色秘薬の医療士官』で『ガード』!」

 

本当なら空いている右側の『リアガードサークル』を埋めても良かったのだが、今回は後々の展開を考えて温存を選択した。

イメージ内で『アルゴス』となった弘人の前に、治療者のリストと複数の医療薬を持った看護師の女性……『医療士官』が現れる。

『キリハゲ』の『ブースト』を貰った『マガツストーム』のパワーは19000。『医療士官』の『シールドパワー』を貰った『アルゴス』のパワーは29000となった。

 

「行くぞ……『ツインドライブ』。ファーストチェック……」

 

大介が行う『ツインドライブ』の一枚目は(ドロー)トリガー。パワーをヴァンガードに回すし、29000まで上げることでヒットを確定させる。

そして、二枚目のチェックでは(クリティカル)トリガーを引き当てた。

 

「パワーは『オボロザクラ』、(クリティカル)はヴァンガードに!」

 

「そっか……パワーが同じなら攻撃側が勝つから、ヴァンガードに回すと余っちゃうんだ」

 

「燐子はこのパターンを見るのは始めてだったな」

 

燐子の反応を見て、貴之は彼女と始めてファイトした時を思い返す。

全体的にパワー差が大きいファイトだったので、このパターンを燐子には見せられなかったのだ。

トリガーを引き当てられ、攻撃を通されたことに歯嚙みしながら行った弘人のダメージチェックでは、二枚とも(ドロー)トリガーを引き当てていて、効果を全てヴァンガードに回した。

これによって、せっかくパワーを上げた『オボロザクラ』の攻撃は、ヴァンガードに通らなくなってしまったのだ。

 

「だがリアガードには攻撃できる。『サクラフブキ』の『ブースト』、『オボロザクラ』で『タイダル・アサルト』を攻撃だ!」

 

「……いいだろう。ノーガードだ」

 

一度手札を確認してから、弘人はノーガードを宣言する。その選択を疑問に思った大介だが、相手のユニットを減らせるならそれでいいと割り切る。

イメージ内では『サクラフブキ』と『オボロザクラ』の連携で、『タイダル・アサルト』が切り伏せられ、光となって消滅していた。

できることを終えた大介はターン終了を宣言し、弘人にターンを回した。

 

「『マガツストーム』を選ばれた以上悠長にはやっていられない……このターンで、荒波に乗って見せよう!」

 

「お二人さん、このターンは必見だぜ。あいつらによる全力のぶつかり合いが始まるからな」

 

何が起こるかを悟った竜馬が友希那と燐子に促す。

二人が顔を見合わせてから貴之の方を見てみると、竜馬の言う通りだと言いたげな笑みを見せて二人がファイトしている方を指さしていたので、二人もファイトの方に目を向けた。

 

「『ライド』!『蒼嵐竜 メイルストローム』!」

 

弘人は蒼と紫の身体が目を引く巨大な竜、『メイルストローム』にライドする。

 

「『イマジナリーギフト』、『アクセル』!」

 

「貴之君、あれが私が見てない『イマジナリーギフト』だよね?」

 

「ああ。あれは『リアガードサークル』の横側にアクセルサークル』として設置して、新しい『リアガードサークル』として使えるようにするものでな……獲得する度に『アクセルサークル』を増やしていくんだ。増えた手数で一気に押していく『攻撃型』の『イマジナリーギフト』だな」

 

『アクアフォース』が持つのは『アクセル』で、燐子に問われた貴之は肯定して説明を行う。

この『アクセルサークル』で更にユニットを増やし、恐ろしい攻撃回数の獲得と、それに伴うスキルでの強化を両立できるのが『アクアフォース』であった。

 

「集結せよ!『アクアフォース』の兵たちよ!更に『カウンターブラスト』することで『メイルストローム』のスキル発動!前列のユニット全てにパワープラス3000!」

 

前列左側には新しく『タイダル・アサルト』が、『アクセルサークル』には『アルゴス』が、前列右側には騎士のような面影を持った兵の『ティアーナイト ラザロス』が、後列右側には鎖の付いた武器を手に持った人魚の女性『戦場の歌姫(バトルセイレーン) ビビアナ』がコールされる。

これによって弘人の場にいるユニットは七体、内前列の四体がパワープラス3000。更にここからスキルで攻撃回数を増やせると言う、恐ろしい盤面が広がっていて、友希那と燐子は戦慄する一方で、貴之は一つの確信に至る。

――このターンを制した方が、このファイトの勝者になる……。彼らの手札と場にいるユニットを確認しての確信だった。

 

「勝負だ大介……!」

 

「いいだろう。来い!」

 

このターンで決められるか否かになっているのは二人も理解しているようで、弘人の声に大介は応じる。

 

「まずは『アルゴス』でヴァンガードにアタック!アタックした時、一回目の攻撃なら『カウンターブラスト』することでスキル発動。『スタンド』する!」

 

「もう一回目の『スタンド』……!?」

 

「『タイダル・アサルト』のスキルもあるから……もう六回攻撃できることが決まってる……!?」

 

ヴァンガードにいた場合だと二回目以降が条件になる『アルゴス』だが、リアガードにいる場合は一回目の時のみ発動することができる。

二回目の攻撃準備が早すぎることに友希那が、少なくとももう一度攻撃回数を増やせることが決まったことに燐子が驚く。

大介は『キリハゲ』を使って『ガード』し、ダメージを抑える。

 

「次、『テオ』の『ブースト』、『メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら『プロテクト』を発動だ!」

 

イメージ内で『メイルストローム』が放った無数のミサイルは、『プロテクト』が作り上げた防御型の方陣によって受け止められた。

 

「あれが『プロテクト』の能力なのね……」

 

「一見すると『完全ガード』の補充って言う、他と比べて地味に見える効果だけど……本来四枚までしかデッキに入れられない『完全ガード』を多く使えることが、守りに入る上で絶対的なアドバンテージになるんだ」

 

貴之の説明を聞いた友希那は確かにそうだと思った。手札を必ず二枚消費すると言う面はあるものの、どの攻撃も一回は防げると言う点が大きかった。

その後の『ツインドライブ』で、一枚目は(フロント)トリガー。二枚目は(ドロー)トリガーが引き当てられ、二枚目の効果は『タイダル・アサルト』に回される。

 

「次は『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!この時スキルを発動して『スタンド』させる!」

 

「……ノーガード」

 

この後『メイルストローム』のスキルを使わせてしまうのが痛いところだが、後々攻撃を受けにくくする為のパワー確保と、手札温存の為にノーガードを選択する。

トリガーが出ることに賭けた『ダメージチェック』だが、思惑が外れてノートリガーで、大介に取ってはかなりの痛手となった。

 

「リアガードの攻撃がヒットした時、三回目か四回目の攻撃なら手札を二枚捨てて、『メイルストローム』は『スタンド(第二行動)』をする!」

 

「ドライブの数は減らない……。ノートリガーだったのは痛いわね……」

 

「だが……『マガツストーム』ならまだやり様はある」

 

貴之が使う『オーバーロード』とは違い、『メイルストローム』は条件の厳しさからデメリットが無く、コストも『カウンターブラスト』が無くなっている。

それを見て友希那は苦い顔をするが、『マガツストーム』のスキルを知っている貴之はまだやれると確信していた。

 

「もう一度、『メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「これの使いどころだな……。『カウンターブラスト』とリアガード二体を退却させて『マガツストーム』のスキルを発動!このバトルの間、『マガツストーム』に攻撃はヒットしない!」

 

再び放たれた『メイルストローム』のミサイルは、『マガツストーム』となった大介の前に割って入った『オボロザクラ』と『サクラフブキ』に吸い込まれていく。

それの爆発によって生まれた煙が晴れると、無傷の彼らがそこにいた。着弾の直前に『マガツストーム』と共同して行った忍術により、姿を消していたのだ。

ヴァンガード(術の発動主)が無事であることを確認した『オボロザクラ』と『サクラフブキ』は、彼にサムズアップをしてから消えていく。

 

「『ガード』と違う避け方……。でも、手札を消費しないのは嬉しいかな」

 

「相手が相手だからな……消耗しないで済むなら有り難い話しだ」

 

手札が多いとどんなメリットがあるかを心得ている燐子は、『マガツストーム』のスキルに一つの安心感を覚える。

それに関しては竜馬も同意で、攻撃回数の多い『アクアフォース』相手から守り切りやすくなるのは大きいことだった。

 

「仕方ない……『ツインドライブ』……」

 

相当雲行きが怪しくなってきた弘人は、祈りを込めて『ツインドライブ』を行う。

その結果一枚目はノートリガー。二枚目は(ドロー)トリガーだった。これによって獲得したパワーはまだ攻撃をしていない『ラザロス』に回される。

 

「まだ攻撃は残されている……『ビビアナ』の『ブースト』した『ラザロス』でヴァンガードにアタック!」

 

「少しだけ余裕がある……ここはノーガードだ」

 

一番苦しい場面の半分を過ぎ、残り何枚あれば耐えられるかの計算に入った大介、一度ノーガードを選択する。彼も次のターンで決めなければ後がないものの、弘人程追い込まれているわけではない。

イメージ内で『ビビアナ』が武器で『マガツストーム』となった大介を縛って動けなくしたところを、『ラザロス』が剣で攻撃すると言う光景が見えた。

『ダメージチェック』では(ドロー)トリガーを引き、これでパワーにある程度の余裕ができてきた。

 

「まだだ……!『ステリオス』の『ブースト』、『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!」

 

「『忍妖 ザシキヒメ』で『ガード』!」

 

合計で36000となった『タイダル・アサルト』の攻撃は、『ザシキヒメ』とトリガー効果で合計42000となったパワーの前に阻まれた。

 

「『タイダル・アサルト』のスキルが枷になったか……」

 

「『スタンド』する際にペナルティがあるの?さっきは何もなかったけど……」

 

「さっきは一回目のアタックだったからな……『タイダル・アサルト』は二回目以降の攻撃でスキルを発動した場合、パワーがマイナス5000されちまうんだ」

 

「『アクアフォース』は攻撃回数から大胆に見えて、結構繊細なんですね……」

 

貴之の呟きを拾った友希那が不思議そうに問いかける。何しろさっきのターンではペナルティが発動しなかったからだ。

その理由を竜馬が説明し、それを聞いた燐子は『アクアフォース』の裏側の性質を言葉にする。

燐子の回答は貴之と竜馬(経験者の二人)もよく見てるなと思うもので、彼女の持つ視野の広さを賞賛する。

最後にスタンドしている『アルゴス』で攻撃をするが、これも『ドレッドマスター』によって防がれる。

この結果攻め切ることができず、次のターンを手札四枚と場にいるユニットたちで耐えなければならないと言う、弘人に取っては非常に痛いものが残った。

 

「ターン終了……」

 

「七回もの攻撃を耐えきった……『ぬばたま』の守りも凄いわね」

 

「実際にファイトしてても骨が折れるかと思ったくらいだからな……」

 

『アクアフォース』の攻撃能力もそうだが、それを耐えきった『ぬばたま』の守りもまた凄まじいものだと友希那は感じた。

自分の時もその頑丈さに舌を巻いたことのある貴之は、少々困った笑みを見せていた。

 

「さあ……このターンで終わらせるぞ……もう一度『マガツストーム』に『ライド』!『プロテクト』を獲得だ!」

 

そして迎えた大介に取って四回目の手番は、『マガツストーム』に『ライド』することから始まった。

これにより再び『完全ガード』を握られてしまったので、どの道弘人に取っては相当苦しい展開になる。

 

「『コール(さあ来い)』!『ぬばたま』の忍たち!」

 

大介は前列右側に『マガツゲイル』を、後列左側に『ドレッドマスター』を、前列左側に『オボロザクラ』を『コール』する。

 

「行くぞ……『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードだ」

 

ダメージこれを受けてもダメージ6にはならないので、消耗を避ける為にノーガードを選択する。

この時の『ダメージチェック』では(クリティカル)トリガーを引き当てたので、効果をヴァンガードに回した。

 

「アタックしたバトル終了時、『マガツゲイル』のスキル発動!こいつを『ソウル』に置くことで、『リアガード』を一体手札に戻す……『キリハゲ』、一度戻って来い!」

 

「来るぞ……!『マガツストーム』の真骨頂が……!」

 

大介の宣言と行っている処理を見て、貴之が友希那と燐子に呼びかける。

そう言われた二人は、ただでさえ見逃すまいと見ていたファイトを更に注視する。

 

「リアガードが手札に戻った時、一ターンに一度……グレード3のユニットを『ソウルブラスト』することで『マガツストーム』のスキル発動……!山札から一枚引いた後、手札から三枚リアガードに『コール』し、それらのパワーをプラス5000する!」

 

『マガツストーム』のスキルにより、大介は後列中央に黒い忍の衣装を身に纏い、悪魔の翼が目を引く『嵐の忍鬼 フウキ』を、前列右側に『マガツストーム』を、後列右側に『キリハゲ』を『コール』した。

 

「相手のターンは『プロテクト』と持ち前のスキルで耐え抜いて……」

 

「次のターンでもう一つのスキルでユニットを強化して反撃……。これが『マガツストーム』の真骨頂なのね」

 

『ぬばたま』の防御力をフルに活用する『マガツストーム』のスキルに、燐子と友希那は魅入られる。

しかし、この二人はその為に相手の攻撃を耐え抜く大介の我慢強さもしっかりと見ていて、それを凄いと思った。

 

「行くぞ……!『フウキ』の『ブースト』、『マガツストーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『戦場の歌姫(バトルセイレーン) イメルダ』で『完全ガード』だ!」

 

『完全ガード』されてしまったものの、今回の『マガツストーム』による攻撃は、『フウキ』の『ブースト』が『マガツストーム』と『フウキ』自身のスキルで31000まで上がっていた。

『フウキ』のスキルはこのターンに自分、または相手のリアガードが手札に戻されているなら、パワーをプラス6000するものであった。

 

「『ツインドライブ』……」

 

仕方ないと割り切って、大介は『ツインドライブ』を始め、一枚目は(クリティカル)トリガーを引き当てる。

 

「効果はすべてリアガードの『マガツストーム』に。セカンドチェック……」

 

「(不味いな……これ以上トリガーを引かれたら、こちらも(ヒール)トリガーを引くしかない)」

 

一枚目が(クリティカル)だったことで、弘人の焦りの色は更に濃くなる。どちらかの攻撃は防ぎようが無くなるからだ。

そして、二枚目の『トリガーチェック』は……二度目の(クリティカル)トリガーを引き当てた。

 

「な……!?」

 

「効果は全て『オボロザクラ』に!」

 

――こりゃ王手どころか詰み(チェックメイト)だな。弘人の手札が余りにも少なすぎることから貴之と竜馬は悟った。

その後、『サクラフブキ』の『ブースト』を受けた『オボロザクラ』の攻撃は防ぐものの、『キリハゲ』の『ブースト』を受けた『マガツストーム』の攻撃は防ぎようが無くなった。

弘人が最後の『ダメージチェック』を行うものの、ノートリガーだったことで決着が着いた。

 

「「ありがとうございました」」

 

結果がどうであろうとまずは挨拶。考えていることが同じだった二人は同じタイミングで頭を下げる。

 

「お疲れさん。熱い攻防見せてくれてありがとうよ」

 

「それはどういたしまして。でも、攻め切れなかったことが悔やまれるかな……」

 

竜馬の世辞に答えながら、弘人はファイトを振り返る。やはりあのターンで攻め切れなかったことは相当の痛手だった。

しかしながら悪い選択というわけではなく、今回は大介が有利な条件で始められたことも大きいだろう。

そこまで纏めきった弘人はそれ以上表立って引きずることを辞め、気持ちを切り替えた。

 

「よし。俺らが終わったし、次はそっちだな……」

 

「ああ。それじゃあやろうか」

 

「おう。こっちもファイトしたくてうずうずしてからな」

 

貴之の促しに、竜馬は好戦的な笑みで応じる。もちろんファイトがしたかったのは貴之も同じだった。

早速ファイトの準備に取り掛かろうとする二人だが、友希那に呼ばれた貴之は一度そちらへ顔を向ける。

 

「今回のファイト、楽しみにしているわ」

 

「期待に応えるから、ちゃんと見ていてくれよ?」

 

――もちろん、そのつもりよ。自分の問いかけに笑みを見せてながら友希那がそう答えたので、貴之も安心した笑みを見せて頷く。

この直後準備が終わっていた竜馬に急かされたので、今度こそ貴之もファイトの準備を始めるのだった。




今回のデッキは『宮地学園CF(カードファイト)部』のパックに収録されているカードで組んだ『ぬばたま』デッキと、トライアルデッキ『蒼龍レオン』を『アジアサーキットの覇者』のパックで出てくるカードによって編集した『アクアフォース』デッキによるファイトになります。

若干省略気味に書いてみましたが、これで普段通りの文章量になりました。『アクアフォース』の攻撃回数の多い……(汗)。

ちなみに初期考案の場合、大介と玲奈は『イマジナリーギフト』がそれぞれ反対になっていましたが、玲奈がファイトする際にあの口調になることを思いついて『ペイルムーン』に変更、そのしわ寄せもあって大介の『クラン』は『プロテクト』を使うものへ変更となりました。案外『アクセル』を持つ『クラン』に女性の人物に似合うものが多いのも一助している感じがありますね。

次回もこのまま連続でファイトを書いて行くことになります。


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イメージ14 信じるべきは仲間

予想以上に速筆できたので投稿です。
前作と今作合わせて、私の中で最短の投稿間隔となりました。


「じゃあやるか……!」

 

「おう!早いとこやろうぜ……!」

 

準備が終わって互いがファーストヴァンガードに手を触れたのを確認し、貴之が声をかければ竜馬が応じる。

竜馬は相変わらず好戦的な笑みを見せているが、貴之も貴之で好戦的な笑みを浮かべていた。

両者とも、それだけファイトをしたくて仕方が無かったのだ。

 

「「スタンドアップ!」」

 

全く同じタイミングで、二人は宣言を始める。

 

「ザ!」

 

「(なるほど……あの記事の内容は本当だったんだ)」

 

貴之が主力ユニットに『ライド』する際や、開始の合図をする時に『ザ』を付けると言う話しはこちらにもしっかりと届いている。

それ故に耳にした弘人は満足そうな笑みを見せる。

 

「「ヴァンガード!」」

 

そして、二人がカードを表返し、ファイトが始まる。

やはり自分をヴァンガードに導いた人がファイトするだけあって、友希那と燐子の二人が先程以上に注視しているのが見て分かった。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥ』!」

 

「『ライド』!『バトルライザー』!」

 

貴之はいつも通り『アンドゥー』に、竜馬は赤のボディに白がアクセントになっている人型ロボット『バトルライザー』に『ライド』する。

竜馬の『バトルライザー』に『ライド』した動きは少々特殊で、霊体となった彼が光の球となって『バトルライザー』の操縦席(コクピット)に送り込まれるような形だった。

 

「お前が『かげろう』だから……軸になるユニットはある程度分かるな」

 

「まあ使い続けてりゃこんなこともあるよな……」

 

貴之自身、自分のデッキコンセプトが割れてしまう可能性は十分にあり得ていた。

これが苦しい点としては立ち回りがバレやすく、対策を立てられやすいことにある。これが相手に無言の圧をかける可能性もあるのだが、十分に実力があったり、全く情報を集めていない相手には基本的に効果を成さない為、その効果を期待するのは良くない。

しかしながら、バレていたとしても勝ってこそ自分の目指す場所にたどり着けるので、これくらいで音を上げる理由など一切無かった。

――寧ろ、思いっきり挑んでくれた方がこっちとしても嬉しい。こう思っている辺り、自分もヴァンガードファイトが好きでしょうがないのだろうと貴之は思った。

 

「そう言うお前は『ノヴァグラップラー』か……如何にもって感じがするな」

 

「ああ。当然出し惜しみなんかしてらんないし……最初から飛ばさせてもらうぜ……!」

 

大介と弘人の二人が見かけによらない『クラン』なら、こちらは比較的……或いは十分に見かけや印象通りの『クラン』だった。

竜馬が最初から飛ばしていくと言っているのは、『ノヴァグラップラー』の特性上の問題もあるが、貴之相手に様子見なんてしてたら絶対に負けると言う確信を持っていたからだ。

 

「弘人、この二人に『かげろう』の説明は不要だから、『ノヴァグラップラー』だけ話すぞ」

 

「もう見ているってことだね?」

 

弘人の問いに大介は頷く。ヴァンガードに導いてくれた人のデッキを知っているのはごく自然な話しだろう。

故に弘人も特に気にすることは無く、説明に回ることを選べた。

 

「『ノヴァグラップラー』は『スターゲート』に所属する世界的に人気のあるプロ格闘技集団なんだ。まああらゆる武器、兵器、魔法、改造が許容されているから、無差別級の戦いはほとんど戦争と変わらないくらい過酷なものになるけど……」

 

「改造……」

 

「戦争……」

 

弘人の説明を聞いてから顔を青くしながら友希那、燐子の順で呟く。

――制限がある時はまだわからないけど、無差別級はやりすぎなんじゃ……。二人の抱いた感想は同じだった。

 

「ファイト内では超が付く程速攻型の『クラン』だな。爆発力は凄まじいが、その分息切れも早い」

 

「骨を断たれる前に骨を断つ……そう言うことですか?」

 

大介の説明を聞いた燐子が問いかけると、頷いてくれた。

――大神君以外は、速い展開が好きなのかな?貴之を省く三人の『クラン』を見た友希那と燐子はそう思った。

ちなみにこの時、燐子の発言が彼女にしては結構飛んでいたので友希那が思わずそちらを振り向いた。

 

「息切れの早さに関してはフォローのしようがないくらいでね……。開始数ターンで決められないと一気に(・・・)勝ちが遠のくくらいなんだ」

 

「弱点が浮き彫りになるよりも早く勝つ必要があるなら……このファイト、短期決戦になるわね」

 

間違いなく、『ノヴァグラップラー』はここにいる男子四人どころか、友希那と燐子を含めた六人が使う『クラン』の中でぶっちぎりの息切れ速度が弱点になっている。逆に息が長持ちするのは、大介の『ぬばたま』になる。

貴之がデッキの本領を発揮できるようになるまで耐えるか、それとも竜馬が力尽きるよりも早く倒し切るか……。そうなるだろうと友希那はファイトの流れを予想できた。

予想できた理由としては、貴之の『クラン』を知っている。竜馬の『クラン』が速攻型で、尚且つ出し惜しみは無しだと本人が宣言しているこれらも手助けしていた。

そしてファイトは竜馬の先攻で始まり、彼がグレード1のユニットに『ライド』しようとしていた。

 

「『ライド』!『ライザーカスタム』!『バトルライザー』のスキルで一枚ドローだ」

 

竜馬がオレンジと白の二色が目を引く人型ロボット『ライザーカスタム』に『ライド』する。

これも『バトルライザー』の時と同じで、操縦席(コクピット)に送り込まれるような形のものだった。

 

「……さっきから彼の『ライド』が少々特殊ね?」

 

「あらゆる操縦者に対応させることをコンセプトにした人型のバトロイドだからな……『ライザー』って名の付くユニットに『ライド』する場合は基本的にああなる」

 

「自分で動かすなら、それもまた『憑依(ライド)』……と言うことかしら」

 

大介の話しを聞いた友希那は顎に指を当て、考えるような素振りを見せる。

操縦されている間はユニットの意思で動けると言う訳ではないので、そう言う意味では正しいのだろう。

 

「(さて……俺はどっちを選ぶかな?)」

 

相手の『ヴァンガードサークル』に『ライザーカスタム』が現れたことによって、貴之は考え込む。

原因は『ライザーカスタム』のスキルにあり、それ故に二つの選択肢が迫っていたのだ。

 

「行くぜ……『ライザーカスタム』スキル発動!手札を一枚『ソウル』に置くことで、このターンドライブを1減らす代わりに、先攻でも攻撃できる!『ライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

イメージ内で、赤い光の球を吸収した竜馬の操る『ライザーカスタム』が地面を蹴った。

貴之が考えていたのは、このターンにガードをするか否かであり、出てきたのが『ライザーカスタム』で無ければこの考えはしないで済んでいる。

 

「せ……先攻から攻撃!?」

 

「本来は後攻からでないと攻撃できないけど、それを可能にする……『ノヴァグラップラー』が持つ最大の強みだね。その代償が手札関係になってるけど」

 

『ライザーカスタム』のスキルを見て、以前の自分だったら早速大慌てだったろうと燐子は思った。今なら驚きこそすれど、『オラクルシンクタンク』の仲間たちがいるのでそこまで慌てないだろう。

彼女の驚いている様子を見た弘人は、『ノヴァグラップラー』を始めてみるならそうだろうなと思いながら説明する。

先攻から攻撃できることには友希那も驚いているが、今回はそれ以上に短所の方に目が行っていた。

 

「最初から全速力……何というか、燃費を度外視した競技用の車みたいね……」

 

――後先を気にしないのは、まるで昔の私みたいね……。顔には出なかったものの、父親の音楽を否定された直後の自分を思い出して友希那は苦い想いをした。

正確にはリサが離脱を宣言するまでの時だが、後先気にせず自分本位で進み続けたのは事実だった。

嫌なものを思い出してしまったことで友希那にはそう見えていたが、『ノヴァグラップラー』は後先を気にしないというよりは気にしてたら負ける(・・・・・・・・・)と言うのが正しい。この辺りが息切れの速さを助長している。

 

「ノーガードにするか。『ダメージチェック』……」

 

別に1ダメージなら問題ないと判断した貴之はノーガードを宣言する。

イメージ内で竜馬の操る『ライザーカスタム』の拳が、『アンドゥー』となった貴之に打ち付けられた。

ダメージを受けたことによる『ダメージチェック』ではノートリガーだった。

『バトルフェイズ』を終えたことで竜馬はターンを終了し、貴之に手番を回す。

 

「『ライド』!『ドラゴニック・ガイアース』!スキルで一枚ドローし、『バー』を『コール』!」

 

貴之は『ガイアース』に『ライド』し、スキルによって引き当てた『バー』を後列中央に『コール』する。

普段ならば前後が反対になっている組み合わせを見て、大介は珍しいことが起きたのを理解する。

 

「こっちも攻撃だ……『バー』の『ブースト』をした『ガイアース』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード……!」

 

攻撃が来るものの竜馬はノーガードを選択する。

この選択はまだダメージを受けていないからと言うものもあるが、『ノヴァグラップラー』と言う『クラン』の性質上、これ以上喰らうのは危険でガードができる状況下以外はガードをしない(・・・・・・)つもりでいるのが正しい。

貴之は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当てたので、竜馬は2ダメージを受ける。『ダメージチェック』では二つともノートリガーだった。

予想よりもいい結果に転んでくれたのを見届けて、貴之はターン終了を宣言する。ここで気を抜かないのは、相手が『ノヴァグラップラー』だからと言うのが大きい。

 

「さて、第二ラウンドだ……!『ライド』!『ハイパワードライザーカスタム』!登場時、スキルによって『ソウル』に置かれている『バトルライザー』をリアガードに『コール』!更に『ライザーカスタム』と『アイアン・キラー』を『コール』だ!」

 

自分のターンが回ってきた竜馬は、『ハイパワードライザーカスタム』に『ライド』する(乗り換える)

更にスキルによって後列中央に『バトルライザー』が『コール』される。この『バトルライザー』は竜馬が乗り込んでいないので、自立回路で動くと言う扱いになる。

これだけでは終わらず、後列左側に二体目の『ライザーカスタム』、前列左側に紫色のボディが目を引く、手首が鉄球になっている刺々しさあるバトロイド『アイアン・キラー』が『コール』される。

 

「三回攻撃か……来い!」

 

「なら遠慮なく……!『ライザーカスタム』の『ブースト』……『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードにアタックした時、自分のリアガードが三枚以上なら『アイアン・キラー』のパワーはこのバトル中プラス5000!」

 

貴之の呼びかけに、竜馬は迷うことなく攻撃を始める。

と言うよりも、相手が何と言おうとも攻撃の手を緩めたらこちらの勝ち目が遠のく以上、待つと言う選択肢が無い。

1ダメージなら問題無いので、貴之はノーガードを選ぶ。

 

「またスキルかしら?」

 

「それは『ハイパワードライザーカスタム』の攻撃がヴァンガードにヒットした時に分かるよ」

 

友希那の疑問には弘人が答え、それを聞いた友希那はならヒットしなかった時に聞くことにして、ファイトを見ることにした。

貴之はノーガードを選択し、イメージ内で『アイアン・キラー』の左手から飛んできた鉄球に殴られる。

攻撃がヒットしたので『ダメージチェック』を行った結果はノートリガーだった。

 

「もういっちょ……!『バトルライザー』で『ブースト』した、『ハイパワードライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

「いいぜ……!ノーガードだ」

 

相手のトリガーとこちらのトリガー次第で次を決めることにして、貴之はノーガードを選択する。

イメージ内で竜馬が操る『ハイパワードライザーカスタム』の、エネルギーを回したことによって発熱した右腕の拳に、『ガイアース』となった貴之が殴り飛ばされる。

二度目の『ダメージチェック』は再びノートリガーで、貴之のダメージは3になる。

 

「攻撃がヴァンガードにヒットした時、『カウンターブラスト』と『リアガードサークル』にいる『バトルライザー』を『ソウル』に置くことで『ハイパワードライザーカスタム』のスキル発動!リアガードを一枚『スタンド』させる!俺は『アイアン・キラー』を『スタンド』させる!」

 

「『ノヴァグラップラー』には攻撃回数は関係ないんですよね?」

 

「ああ。『ノヴァグラップラー』はそんなに厳しい条件は持っていない」

 

イメージ内で膝をついて待機していた『アイアン・キラー』と、『ライザーカスタム』が立ち上がる。

自分の質問に大介が肯定してくれたので、燐子はその代償が息切れなのかなと考えた。

 

「まだあるぜ……!『ライザーカスタム』で『ブースト』して、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードだ」

 

先程の『トリガーチェック』で何も来なかったのを確認した貴之のはノーガードを選択。さっきのが(クリティカル)ならガードを選択していただろう。

イメージ内で今度は『アイアン・キラー』の右手から飛んできた鉄球に、『ガイアース』となった貴之が殴られる。

次の『ダメージチェック』では(ヒール)トリガーを引き当て、貴之のダメージは3で留まった。

 

「なんてこった……そこで引かれるとはな」

 

「これでちょっとは楽になったかな……気は抜けねぇが」

 

『ノヴァグラップラー』を使う身としては、一回でも(ヒール)トリガーを引き当てられるのが痛い為、竜馬は思わず苦い顔をする。

貴之も安堵の様子を浮かべた上で気を抜いていないのは、次のターンまでが『ノヴァグラップラー』で最も勢いのある時間帯だからだ。

逆に言えば、その後はどの『クラン』よりも失速が速いため気が楽になるが、それは耐えきればの話しである。

 

「ちょっとでも手は打っておかねぇとな……『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『ライザーカスタム』を退却させ、『ヴァンガードサークル』にいるから一枚ドローだ」

 

貴之は『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』し、左側の頭から吐き出した炎で『ライザーカスタム』を機能不全に追い込み、退却させる。

なお、この時の『ライザーカスタム』は専用の運搬車両で運ばれながら光となって消滅しており、これをみた友希那と燐子はそんな退却もあるのかと呆然した。

 

「ちょっとサプライズってところか……『クルーエル・ドラゴン』と『ゴジョー』をコール!」

 

貴之は前列右側に赤い体を持つ巨大な翼竜の『クルーエル・ドラゴン』を、後列右側に『ゴジョー』を『コール』する。

『クルーエル・ドラゴン』は『オーバーロード』と違って翼は通常のもので、剣も持ってはいない。

しかしながら、そんなこと以上に驚くべき点があった。

 

「え!?『クルーエル・ドラゴン』はグレード3(・・・・・)のユニットですよね?」

 

燐子は『クルーエル・ドラゴン』のグレードを見て驚愕する。

通常、リアガードにはヴァンガードより上のグレードは『コールできない(・・・・・・・)』のもあり、それに思考を奪われてしまった。

 

「あれは『クルーエル・ドラゴン』自身が持つスキルによるものだ。相手のリアガードを退却させたターンなら、ヴァンガードのグレードが2以下でも『コール』できるんだ」

 

「一つ上のグレードを早い段階で『コール』できるのは、確かにサプライズね」

 

大介の説明を聞いて、友希那は笑みを見せて頷く。自分も十分に驚いたし、サプライズとしては十分なものを持っていた。

一方で、話しを聞いたときに気づけなかったことを恥ずかしく思った燐子は、顔を赤くしながら両手で頬を覆って「落ち着けば気づけたのに……」と少々落ち込んでいた。

それを見た弘人は「まあそんなこともあるよ」と励ます。変われたお陰で前向きになってきている燐子ではあるが、初歩的なミスと感じていたので流石に恥ずかしさが勝ったようだ。

 

「さて……『バー』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

攻撃宣言を受けた竜馬はノーガードを選択する。このターンは『ガード』が無くてもダメージが6にならないこと、『ガード』をすると次のターンで手数が足りなくなる事態に陥ると言う二つの理由があった。

貴之は『ドライブチェック』で(ドロー)トリガーを引き当て、パワーを『クルーエル・ドラゴン』に回す。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』の炎に焼かれ、ダメージを受けた竜馬も『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを引き当てる。

 

「次……『ゴジョー』の『ブースト』、『クルーエル・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードだ!『ダメージチェック』……」

 

パワーと手札を一枚得ても、竜馬はノーガードを選択する。その姿はまるで、こんなことでビビッていたら『ノヴァグラップラー』を使っていないと言いたいかのようだった。

再び『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを引き当て、竜馬は手札を一枚増し、今度は貴之がヤバいかもしれないと冷や汗をかいた。

 

「攻撃がヴァンガードにヒットした時、『クルーエル・ドラゴン』をのスキル発動。手札に戻すことで、『ソウルチャージ』」

 

貴之は『クルーエル・ドラゴン』を手札に戻し、デッキの上から一枚を『ソウル』に置く。

そうすることで、イメージ内で『クルーエル・ドラゴン』が翼を広げてどこかへ飛び去って行った。

 

「……攻撃されて退却させられることを避けたのかな?」

 

「或いは、少しでも攻撃を防げる準備として手札を確保したかったかだね……」

 

燐子と弘人はそれぞれ貴之の立場に立って考える。

前者の場合は手札に今、グレード3がないことを想定して、後者は『完全ガード』等のコストとして用意したかったと言う考えだ。

――さて、これでどうやって凌ぐか……。手札を確認してから、貴之はターン終了を宣言する。

 

「よし、俺の『スタンド』アンド『ドロー』……。このターンに全部賭けるぜ……!」

 

「まあそうなるよな……。来い!俺は受けて立つぞ!」

 

「おう!『ライド』!『パーフェクトライザー』!」

 

竜馬は赤を基調とした巨大なバトロイド『パーフェクトライザー』に『ライド』する。

この時『パーフェクトライザー』は仁王立ちした状態で、『ハイパワードライザーカスタム』が光となって地面に作った光の円陣の中から現れており、乗り込んだ竜馬が操縦することによって組んでいた腕を解き、ファイティングポーズを取った。

また、竜馬の『パーフェクトライザー』によるイメージが見えたと同時に、友希那が貴之の変化に気がつく。

ただしその変化は焦りと言うよりは、別の楽しみを見つけたかのようだった。

 

「(今度……俊哉と神上がファイトするところを見たいな)」

 

俊哉も自身の切り札となるユニットで物凄く堂々とした立ち方をするイメージを見せてくれるので、彼の切り札と竜馬『パーフェクトライザー』が対峙した時が楽しみになっていた。

そうやって楽しむのはいいが、気を抜いて大丈夫と言う訳では無いので、貴之は気を引き締め直す。

 

「『イマジナリーギフト』、『アクセル』!さあ行くぞ!バトロイド集団の集結だ!」

 

竜馬は『アクセルサークル』を準備してから、後列中央に青と白の二色をメインに構成されている、背部に強化スラスターを取り付けられたバトロイドの『ジェットライザー』。後列左側に黄銅色のバトロイド『デスアーミー・ガイ』。前列右側に『ハイパワードライザーカスタム』。『アクセルサークル』にオレンジと白の二色を基軸にしたバトロイド『バーストライザー』を『コール』し、更に『ハイパワードライザーカスタム』のスキルで空いてる後列右側に『バトルライザー』を『コール』する。

この時竜馬は手札が残り一枚になっており、このターンに賭けているものを伺わせた。

 

八回(・・)攻撃だな……」

 

「「……八回!?」」

 

展開したユニットを見て、彼の意図を理解した大介が呟き、それを聞いた友希那と燐子が素っ頓狂な声を上げる。

これに関しては弘人も賞賛する。これはいいものを見れたと、その盤面をみて感じたのだ。

 

「行くぜ!『デスアーミー・ガイ』の『ブースト』、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード!」

 

何回かは諦めるしかないので、貴之は一度ノーガードを選択。

イメージ内で『アイアン・キラー』の右手から飛んで来た鉄球に殴られ、貴之は『ダメージチェック』を行う。

結果はノートリガーで、ダメージが4になる。

 

「次だ!『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『ター』でガード!」

 

イメージ内で『バーストライザー』の右手に集めたエネルギーを纏ったパンチは、『ター』によって防がれる。

『アクセルサークル』にいる『バーストライザー』のパワーは19000だが、『ター』の『シールドパワー』を貰った『バーサーク・ドラゴン』はパワー25000に上がっていたのだ。

 

「まだまだ……!『バトルライザー』の『ブースト』、『ハイパワードライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ラーム』で『ガード』だ!」

 

パワー14000となった『ハイパワードライザーカスタム』の攻撃は、『ラーム』によって防がれる。

『ラーム』の『シールドパワー』を得て、『バーサーク・ドラゴン』のパワーが20000に上がっていたからだ。

 

「本命だ……!『ジェットライザー』の『ブースト』、『パーフェクトライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

イメージ内で『パーフェクトライザー』が地面を強く蹴り、『ジェットライザー』もそれに追従する形で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之に肉薄する。

また、『ジェットライザー』は他のリアガードが登場した段階でそのターンの間はパワーが3000プラスされ、現在はパワー10000となっていた。

 

「使いどころはここだ!『ワイバーンガード バリィ』!」

 

「アタック時、二枚『カウンターブラスト』することで『パーフェクトライザー』のスキル発動!リアガードを二体『スタンド』!更にヴァンガードがアタックした時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして『バーストライザー』のスキル発動!『スタンド(再起動)』し、更に相手のダメージが4以上ならパワープラス3000!」

 

「……!?前例のリアガードが全部『スタンド(立ち上がった)』!?」

 

「(貴之……大丈夫だとは思うけど……)」

 

イメージ内で『バリィ』が防ぐ体制に入っている中、『アイアン・キラー』、『ハイパワードライザーカスタム』、『バーストライザー』が膝をついていた状態から立ち上がる。

この時、『スタンド』したユニットたちが己のカメラアイを光らせたような気がしたのもあり、燐子が驚愕した声を上げる。

貴之が少しずつ手札が減らされている状態を見て、流石に友希那も不安になってきていた。

 

「問題はこの『ツインドライブ』か……」

 

「ここで全てが決まる。仮に倒せなかったとしても、遠導は博打を強いられる状況になるかな……」

 

大介と弘人は状況を確認し、どの道貴之が相当苦しい状況下に置かれることを理解する。

 

「行くぜ……『ツインドライブ』!ファーストチェック……」

 

そして始まった『ツインドライブ』の一枚目は、(フロント)トリガーが引き当てられる。

 

「効果は前列に……セカンドチェック!」

 

二枚目のチェックでは(クリティカル)トリガーが引き当てられた。

 

「パワーは『ハイパワードライザーカスタム』、(クリティカル)は『アイアン・キラー』に!」

 

「(ガード強要戦術か……!)」

 

竜馬の選択に、貴之は苦虫を嚙み潰したような表情をする。

『アイアン・キラー』を防がなければ2ダメージ、『ハイパワードライザーカスタム』を防がなければどちらかが『スタンド』、『バーストライザー』はそもそも防ぎにくいと言う非常に嫌らしい三段構えだった。

そして、この三体の内どれかは必ず防がせ、残った二体でトドメを刺すと言うのが竜馬の狙いだった。

 

「手札……足りるかしら?」

 

「ダメージは4だから、全部防ぐ必要が無いと言えば無いけど……難しいね。手札次第ではもう二枚欲しいところだね」

 

気がつけば、貴之の手札はもう四枚しか残っていない。

それ故に不安になる友希那の呟きを拾った弘人からは、あまり回答が返って来なかった。

こちらからは手札が見えない状況下なので、何を持っているかは確認のしようが無く、ただ祈ることしかできない。

 

「だが、もう『ドライブチェック』はできないから、ここからどうするかになるな……」

 

「貴之君、どれを防ぐんだろう?」

 

大介の言う通り『ドライブチェック』は不可能なので、これ以上何も強化されないのは幸いだった。

残った三体が非常に嫌な並びを見せているので、燐子は貴之の選択が気になった。

 

「まずは、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ラクシャ』で『ガード』!」

 

パワー24000となった『アイアン・キラー』の攻撃は、『ラクシャ』から『シールドパワー』を得たことで25000と言うギリギリのパワーで防ぎ切る。

その攻撃だけは受けてはいけないと、貴之の直感が告げての行動だった。

 

「次、『ハイパワードライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

トリガーが出れば御の字だと思った貴之はノーガードを選択し、イメージ内で『ハイパワードライザーカスタム』の拳に殴り飛ばされる。

しかし、その祈りを込めた『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが5になる。

更に『ハイパワードライザーカスタム』のスキルで『アイアン・キラー』が『スタンド』し、これで後二回攻撃すれば八回攻撃の実現となっていた。

 

「『アイアン・キラー』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「頼むぞ、『ゲンジョウ』!」

 

二度目の攻撃は、『ゲンジョウ』の『シールドパワー』を得てパワー30000となったことで防ぎ切る。

後はパワー32000の『バーストライザー』の攻撃を防ぐだけになったのだが、貴之は一つの問題点に直面する。

 

「(……!ここでも最悪な二択が出やがったか!)」

 

貴之の残された二枚の内、一枚は『ワイバーンガード バリィ』、もう一枚は『ドラゴニック・オーバーロード』だった。

これによる『最悪な二択』とは、防ぐ代わりに『ライド』出来なくなる可能性を自ら大幅に引き上げるか、確実に『ライド』する為に『ガード』を捨ててトリガー勝負に出るかだった。

 

「これで終わりだ!『バーストライザー』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「(どうする……?どっちにせよハイリスクだ……)」

 

貴之が迷っている間にも、イメージ内で『バーストライザー』が近づいて来ている。

そして、『バーサーク・ドラゴン』となった貴之に近づききり、『バーストライザー』が自らの体を右に回す。

 

「まさか……もう防げない?」

 

「『ダメージチェック』で(ヒール)トリガーを引ければまだあるけど……見た限りもう二枚出ているからね」

 

貴之が動きを見せないのもあって燐子は動揺し、弘人は彼が今まで場に見せた(ヒール)トリガーの数を確認する。

もう既に半分も出ている為、ゼロではなくともかなり厳しいものだった。

信じるしかないのかと思った貴之がデッキの方に目を向けると、『オーバーロード』がすぐに駆けつけると語りかけてくれたイメージが見えたので、貴之は迷いを捨てる。

 

「(貴之から焦りが消えた……?)」

 

――なら、大丈夫そうね。彼が表情を変えたのに気づいた友希那は、先ほど抱いた不安が一気に消え去るような物を感じた。

そして貴之は、攻撃を防ぐ為に『バリィ』を手に取る。

 

「『ワイバーンガード バリィ』、『完全ガード』!」

 

「な……!?」

 

彼が防ぎ切ったことで、次に焦るのは竜馬の方となった。まさか『完全ガード』を二枚も持っているとは思ってもみなかったのだ。

仕方ないので、竜馬はターン終了を宣言し、貴之の手番となる。

 

「次のデッキトップが勝負だな……」

 

「引き当てるユニットがグレード3なら勝ち。それ以外は負けだね。しかも手札が一枚では『アシスト』を使っても意味がない……」

 

正にその一枚が全てを決める(勝敗を分かつ)と言う状態になり、全員に緊張が走る。

 

「……『アシスト』ですか?」

 

「ああ。自分のヴァンガードがグレード2以下のユニットで、『ライドフェイズ』に入った段階で『ライド』ができない場合のみ宣言できるものでな……」

 

「その場合は手札を公開して『ライド』できないことを証明してから、デッキの上から五枚見て、『ライド』可能なユニットがいたらそれを手札に加えることができるんだ」

 

燐子の問いに大介が条件、弘人がその内容を説明する。

しかし、これでは何故手札が一枚ではどうして意味がないのが説明できていないので、その後の処理を説明する必要がある。

 

「で、そのユニットを加えた後、自分の手札から二枚を除外しなきゃいけないんだ……。後は分かるな?」

 

「……!加えたはずのユニットを除外しちゃう……」

 

大介に問われたことで燐子は問題点に気づいた。つまり、『アシスト』をするなら最低でも手札が二枚ある状態で行うのがほぼ必須条件になる。

そうで無ければ、せっかく入手したユニットを除外するだけでなく、手札を一枚減らすと言う良くないことだらけの状況を引き起こしてしまう。

 

「(でも、貴之は大丈夫そうな顔をしている……ユニットを信じているのね)」

 

話しを聞いていた友希那ではあるが、今回は見ることが無さそうだと感じていた。

理由が貴之の表情で、焦りではなく闘志に満ちたものだったのだ。

 

「さあ、ケリをつけようぜ……!」

 

「ああ。俺の『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

竜馬の呼びかけに応じた貴之がターンを始め、山札から一枚引くのを全員が見守る。

手札ゼロ、ダメージが5と言う満身創痍に他ならない状況から始まっているが、竜馬も守り切れるか怪しい状況で耐えなければならないので、このドローが全てを決めるとも言えた。

その引いたカードを見た貴之が、竜馬の方に顔を向ける。どんな言葉が飛んで来るか……竜馬のみならず全員が見守る。

 

「このファイト……俺の勝ちだ!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

「な……!?引き当てたってのか!?」

 

勝利宣言と共に貴之が『ライド』を行い、竜馬は絶句する。

その様子を見ていた大介や燐子も引き当てたことに驚く中、友希那だけは分かっていたかのように微笑んでいた。

――また、浮かび上がって来るわ……。この後書けば歌詞が出来上がるだろうと友希那は思った。

 

「『ドラゴニック・オーバーロード』!『イマジナリーギフト』、『フォース』!ヴァンガードのパワーをプラス10000!更に『ソウルブラスト』して『オーバーロード』のパワーをプラス10000!」

 

惑星クレイに『オーバーロード』となった貴之が降り立ち、『イマジナリーギフト』とスキルでパワーを33000まで引き上げる。

手札が無くなった以上『メインフェイズ』にできることなどスキル関連しか残されておらず、それが終わったので『バトルフェイズ』に入る以外残されていない。

 

「行くぞ!『バー』の『ブースト』……『ドラゴニック・オーバーロード』で『バーストライザー』にアタック!」

 

「賭けるか……。ノーガード!」

 

貴之の宣言に竜馬はノーガードを選択する。『オーバーロード』のスキルが発動されてしまうものの、ここで『ガード』宣言してもトリガーで貫通されたら次の攻撃を防げなくなるからだ。

他のユニットを狙ってから二回目の攻撃でヴァンガードにトドメを刺すのは常用手段なのだが、今回はいつもと違うところがあった。

 

「今回は先に『ブースト』を使いましたね……」

 

「ヒントは竜馬の残った手札が何かになるな。今あいつの手札に残っているのは『ドライブチェック』で引き当てたユニットしかない」

 

「……!一枚でもトリガーを引けば『インターセプト』を強要できて、二枚引けば神上君はガード出来なくなる……!だから先に『ブースト』をしたのね……」

 

燐子の言う通り、普段は『ブースト』を二回目の攻撃に取っておいているのだが、今回は先に使っていた。

大介からヒントを出されたことで、何故『ブースト』を使ったかを二人は理解する。ちなみに今、竜馬の手札に残っているのは『シャイニング・レディ』、『キャノン・ボール』、『アシュラ・カイザー』の三枚で、この内『アシュラ・カイザー』は『シールドパワー』を持たないので『ガード』に使えないのだ。

ここまで深い読みを見せてくれたことに、友希那は心から感謝と称賛を送る。ここまでユニットを信じた動きをして奇跡を見せてくれる貴之なら心配ないと思うが、この後の『ツインドライブ』の行方が気になって心臓が早鐘を鳴らしている気がした。

 

「『ツインドライブ』……ファーストチェック……」

 

一枚目の『トリガチェック』では(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を全てヴァンガードに回す。

これによって竜馬は『ガード』する際、『アシュラ・カイザー』以外全ての手札を使うことが強要される。

勝負の行方を決定するくらい重要になった、二枚目の『ドライブチェック』でカードをめくる。

 

『ひ……引き当てた!』

 

「ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!更に攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』と手札を二枚捨てることで、『オーバーロード』は『スタンド』する!」

 

「な……なんだとぉ!?」

 

その結果は(クリティカル)トリガーで、これによって竜馬はトリガー勝負以外の選択肢を奪われてしまった。

イメージ内で『バーストライザー』が『オーバーロード』となった貴之の業火に焼かれ、爆散する形で退却するのを見ながら竜馬は動揺を隠せなくなる。

竜馬が驚くのもそうだが、このターンのグレード3を引き当てるところから、今の『ツインドライブ』に至るまで全ての賭けに打ち勝った貴之を見て、ファイトを見ていた四人すら驚く。

 

「これで決着にするぜ……!『ドラゴニック・オーバーロード』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード……『ドライブチェック』をしな。俺は逃げねぇ……!」

 

「ああ。『ドライブチェック』……」

 

そして合計で三枚目の『ドライブチェック』で、貴之は何と再び(クリティカル)トリガーを引き当てた。

 

「……ゲット!(クリティカル)トリガー……!効果は全てヴァンガードに!」

 

「さ……三枚目の(クリティカル)トリガー!?」

 

「これはちょっと竜馬が可哀想になってくるね……」

 

その結果パワーが63000、(クリティカル)が4の『ドラゴニック・オーバーロード』が誕生した。

流石に三枚も全て引き当てたのを見た燐子は驚きが非常に大きく、弘人もひきつった笑いを見せる程、手加減なしの攻撃が返ってきていた。

そしてイメージ内で『オーバーロード』となった貴之は、竜馬の操る『パーフェクトライザー』相手に剣による重々しい斬撃を三回見舞った後、左手の爪に炎を纏わせて頭を掴んで握り潰した。

 

「まだ勝負は終わってねぇ……二枚目以降で全部(ヒール)トリガー引きゃあ、今度こそこっちの勝ちだ……!」

 

「お前の言う通りだな……。その意志の強さ、最後まで見させてもらうぜ」

 

竜馬が言っていることは本当に低い確率の軌跡としか言いようの無い事だが、彼が諦めないと言うのなら貴之はそれを無下にはしない。

――分かってくれて嬉しいぜ……。水を差す様な真似をしなかった貴之に感謝しながら、竜馬は『ダメージチェック』を行う。

一枚目に(ヒール)トリガーを引いてしまうと極めて危険だったが、一枚目は(ドロー)トリガーだった。

効果処理を終えた後に二枚目を引くと、一回目の(ヒール)トリガーを引き当てる。

 

「まずは一枚目か……三枚目……」

 

少し安堵しながら竜馬は、効果処理をしてから三枚目の『ダメージチェック』を行う。

そして、結果は二枚目の(ヒール)トリガーを引き当てる。

 

「二枚目を引いた……!」

 

「残った(ヒール)トリガーが二枚……どうなるかな」

 

その結果を見た大介は希望の光が見えたように感じ、弘人は竜馬のデッキに残っている(ヒール)トリガーを数える。

連続で引いたからそろそろ怪しくなってくるところだが、まだ引ける枚数ではあった。

ここまで来たら本当に引いてしまうかもしれない。緊張が続く中、四人は行く末を見守ることにした。

 

「最後……四枚目の『ダメージチェック』……」

 

意を決して竜馬は最後の『ダメージチェック』を行う。

デッキトップから一枚裏向きのまま、ゆっくりと『トリガチェックゾーン』に持っていき、素早く表返す。

引き当てたのは『パーフェクトライザー』……残念ながらノートリガーだった。

 

「俺の負けだ……」

 

「だが、良いファイトだった。最後の(ヒール)トリガーの二枚も、お前の執念が無けりゃ引けなかっただろうさ」

 

「それならお前の『オーバーロード』と三枚目の(クリティカル)だってそうだろうよ……。ただ、確かに良いファイトだったな……もし良かったらまたやろうぜ」

 

「ああ。その時は受けて立つ」

 

互いの称賛と再戦の約束をしてから、二人は「ありがとうございました」と一礼した後握手を交わす。

その直後に拍手の音が複数聞こえたので周りを見てみると、友希那たちだけではなく、近くにいた人たちがこちらに向けて拍手をしていた。

どうやら、近くでこのファイトが行なわれていたので、いつの間にか目を釘付けにされていたらしい。

 

「(ユニットを信じた貴之の勝利……。私も、チームのみんなを信じて歌うことができるかしら?)」

 

二人が呆気に取られている中、今回のファイトの結果を振り返りながら、友希那は自分に問いかける。まだ分からない所ではあるが、いつかできる様にしたい……それが今の答えだった。

友希那が答えを出した直後、気を取り直した貴之は周囲に照れた様子を見せながら友希那の方に顔を向け、右手でサムズアップすると同時に自分はやりきったと言う笑みを見せる。

それを見た友希那は、彼の笑みがとても眩しく見えたことで心臓が早鐘を打つ。

 

「(もう……いきなりそんな笑みを見せるなんてずるいわよ……。でも、本当に素晴らしいファイトだったわ)」

 

頬を朱色に染めながら一瞬困った様な笑みを見せるが、すぐに満面の笑みに変えてサムズアップを返す。

その後、男子四人の中でまだファイトしていない組み合わせでファイトを行い、貴之は始めて会った二人と互いに名呼びする仲に変わった。

一通りファイトを終えた後、すっかりと日が暮れ始めていたので、そこで解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「凄かったですね……今日のファイト」

 

「気がつけばあれだけ人が集まっていたものね……」

 

解散した後、友希那と燐子の二人は商店街の喫茶店で一息付くのと同時に歌詞作りをしていた。

貴之は食材を買い足しに行くので、先に上がっている。小百合が食事の準備をしようとして、足りなかったようだ。

『ルジストル』ではファイトする人が少なめなので、ファイトしている光景が見えると人が集まりやすいらしく、貴之たちのファイトも竜馬が『パーフェクトライザー』に『ライド』した辺りから人が増えていたらしい。

集中して見ていたのもあって、友希那たちは全く気がつかなかったので、気が付いた時は一瞬慌てたものだった。

 

「私が思いついたのはこれくらいですね……。あまり多くないかもしれないですけど」

 

「いいえ、慣れないのにここまで出してくれたなら十分よ。後はこれを落とし込んで行きましょう」

 

燐子から歌詞に関するメモ書きを渡された友希那は感謝を伝えながら受け取る。

不慣れな人がいきなり手馴れている人と同じくらいのものを出すのは難しいので、責める理由など何も無かった。

 

「あっ……これはこの辺りに入れられそうじゃないですか?」

 

「そうね。ここに入れるのが良さそうね」

 

燐子が提案を出してくれる度に、友希那は誰かが共にいることのありがたさと温かさを感じる。

本来なら今日はここまでと言いそうなところでも、もう少し行けそうと思えているのがそれを助長し、筆の乗った友希那は更に歌詞を作り続けて行く。

作り続けること数十分……。遂に残った三分の一が作り終わり、無事に歌詞は完成した。

 

「ありがとう燐子。お陰で今日中にできたわ」

 

「いえ、力になれたならそれだけで嬉しいです。ところで、歌詞ができた後はどうするんですか?」

 

「残りはメロディを詰めて出来上がりね……。これは紗夜に手伝ってもらうことになっているわ」

 

友希那に礼を言われた燐子が安堵の様子を浮かべた後、彼女に聞いてみる。

もう既にやることが決まっているが、今回の出来事でまた一つ自信が持てた燐子は「手伝えることがあったら言ってくださいね」と声を掛ける。

その時の柔らかい笑みに燐子の意図を感じ取った友希那が「その時は」お願いねと返した。

 

「さて……そろそろ上がりましょう」

 

「もうこんな時間だったんですね……」

 

予想よりも遅い時間になっていたのを見て、二人は苦笑してから喫茶店を後にし、そのまま別れた。

その後友希那が紗夜に歌詞ができたことを伝えると、「では、時間ができ次第メロディを詰め始めましょう」と話しが決まった。




今回はトライアルデッキ『櫂トシキ』を『結成!チームQ4』のパックで出てくるカード使って編集した『かげろう』デッキと、同じく『結成!チームQ4』のパックで出てくるカード使って組んだ『ノヴァグラップラー』デッキによるファイトとなります。
テストファイトの後半がとんでもなく熱い展開になって脱帽ものでした。『ノヴァグラップラー』の瞬発力を改めて実感できました。

次回は紗夜に多くスポットの当たった話しになるかと思います。もしかしたらそのままファイト展開を連発するかもしれません。


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イメージ15 気持の変わり始め

紗夜に多くのスポットを当てると言って、あまり増やせてない気がしてならない状態になってしまいました……(汗)


「そっか……出来上がったようで何よりだ」

 

『おかげさまでね。本当にありがとう』

 

夕飯も食べ終え、風呂から上がって情報収集とデッキの確認等を行っていた最中に、友希那から電話が掛かって来たので貴之はそれ応じていた。

内容は歌詞が出来上がったとのことで、それのお礼だった。貴之は無事に出来上がったことで安心したと同時に、礼を言われたことで照れながら頬を指で撫でる。

 

「後はメロディ作るんだっけ?」

 

『ええ。ただ……今回はテーマにしたものがしたものだから、もしかしたらまた頼ることになるかもしれないけど……』

 

電話越しだから実際の表情は分からないが、伝わってくる声から友希那が少々恥ずかしそうにしているのが伺える。

ただそれでも、聞かないといつまで経っても完成しない恐れもあるので、頼れる時に頼るのは間違いではないし、貴之も「自分で良ければまた手伝う」と言ってやる。

それを聞いて一瞬だけ気を遣わせてしまったかと思った友希那だが、その考えを捨てて礼を言う。

 

『それにしても、頼られるなら進んで手伝おうとするのは相変わらずね』

 

「……まあ、流石に出来ないものは諦めるんだけどな」

 

『でも、その姿勢を続けられるのは凄いと思うわ。この間の燐子の事だって、それを続けていたおかげでしょう?』

 

――それを言われたら否定できねぇな……。友希那に問われた貴之は、再び頬を指で撫でながらそう返した。

ヴァンガードを他の人たちよりも早く始めていただけあり、貴之は後発の同級生たちに度々教えを請われることがあり、その都度「俺でよければ」と引き受けていたのだ。

それ以外は一切引き受けないかと言われればそうでも無く、話しを聞いて欲しいと言われれば基本的に聞いてやるし、人手が足りないから手伝ってと言われて自分でできるものなら手伝っていた。

貴之がその姿勢を続けたことで、友希那たちが知り得ない向こうでの友人の一人は自身の夢に向けて進み続けることを選び、もう一人の友人は夢中になれるものをようやく見つけ、燐子は自分を変えることができていた。

 

「俺の手伝い一つで、誰かを助けられるならもう少し続けていられそうだ」

 

そう答えながら、これが終わる日なんて来るんだろうかと言う疑問が浮かび上がるも、考えている内は答えなんて出ないだろうと予想してその思考を終える。

日が回りそうな時間になって来たからそろそろ切ろうかと思っていたところで、友希那が自分の名を呼んだので「どうした?」と返す。

 

『貴之は覚えてるかしら?この前、私がそのままのあなたでいて欲しいって言ったことを……』

 

「ああ。それと、俺も友希那にまた音楽が楽しめるようになるって言ったのも覚えてる……」

 

――今、どうしたいと思ってるか伝えたいのか?と問えば、『その通りよ』と返ってきた。

リサが言うに、友希那は前より素直に笑えるようになってきてるらしいので、いい方向に変わったはずと信じたかった。

 

「前は『親父さんの音楽を認めさせる』だったが……」

 

『ええ。あなたが戻って来た直後まではそうだった……。でも今は、どうしたいかが分からないの……』

 

「……分からない?」

 

友希那の回答が予想外だったので思わず聞き返す。

貴之に問われた友希那は、説明不足だったことに気づいて「ごめんなさい」と謝って、もう少し話すことにした。

 

『正確には迷っているところね……。今まで通りお父さんの音楽を認めさせる為に歌うか。それを考えず、チームになった五人でFWFを目指して歌うか。この二つで……』

 

更に友希那は、ヴァンガードに触れた日の電話とリサの復帰宣言が自分の変わり始めで、こう思うようになった決定打はチームが五人揃った時であることを伝える。

この時、現段階では自分なりに悩みながら、ダメなら手伝って貰ってでもいいから答えを見つけるつもりでいることも忘れずに伝える。

 

「なるほど……。自分がどうしたいかの指標は色んな所に転がってるから、それを見逃さないようにするといいかもな」

 

――ヴァンガードでデッキを組む時も似たような感じだ。貴之は自分の所感を友希那に話す。とは言え、貴之の場合デッキの軸が『オーバーロード』一辺倒なのであまり言えたことではないと思ってもいる。

しかしながら指標となるものが様々な場所にあるのは事実で、友希那の言っていた紗夜とのメロディ作りでも、「一人と二人の違い」と言った何気ないものも指標となる。

また、今こうして電話している時ですら、何か変化を与えられるものが存在しているかもしれないことを、貴之は友希那に伝える。

 

「俺も話しくらいは聞けると思うから、何かあったら言ってくれ。少なくとも『フェス』に出る頃には決まってた方が良さそうだし」

 

『そうね……。あなた以外に言えなそうだったら、その時はお願いするわ』

 

基本的にはチームのみんなと見つけるつもりでいるのを理解しているため、貴之はそれを不服には思わない。

寧ろ、自分は友希那が事情を隠し続ける罪悪感に潰されそうになった時、吐き出せる相手になるくらいに留めるべきとすら思っていた。

幸いなのは、今回の場合は友希那が最初からそのつもりでいる為、認識の違いが起きないところにある。

これらをコンテストが始まる前に決めないと後々選択で押されてしまうので、その辺りだけは何としても気を付けなければならない。

 

『もうこんな時間……。あなたと話せて少し楽になったわ』

 

「お役に立てて何よりだ」

 

――やはりこの人(想い人)との電話は気が付かぬ内に時間が経ってしまう。この二人は同じことを考えていた。

名残惜しいものを感じるが、それでも無理して互いに明日へ支障をきたすのは良くないので、「お休み」と伝えてから電話を切った。

 

「(どっちに転ぶかは友希那次第だが、俺も考えとしてはリサに近いかな……)」

 

携帯を充電器に刺しながら、自分の考えを纏めると同時に最後の整理を行ってしまう。

友希那が音楽を楽しめるように戻って欲しいと思うし、信じているが、最後に決めるのは彼女自身だから尊重するし、悩むようなら手伝う。それが貴之の回答だった。

 

「(前にも言ったが、俺は信じているからな……)」

 

心の中で友希那を応援しながら、貴之は睡眠するべく意識を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(……こんなところね)」

 

翌日の昼過ぎ。紗夜は外出前にギターの自主練習を行っていた。

常日頃から空き時間の殆どをギターの練習に費やしていたことはあり、余程のことがない限り安定した実力を発揮できるようになっていた。

今日もギターを持って行くのは決まっているが、今回は練習ではなくメロディ作りの為に出掛けるので、家に戻ったらまた練習だと決めている。

行くべき場所と帰ってきてからの予定を確認した紗夜は、ケースにしまう直前に一度ギターを注視する。

普段なら弦が切れて無いか等の確認だけで済んでいるのだが、今回だけは少々違う事情がある。

 

「(もうじき、日菜もギターを始める……その時私は、荒れないでいられるかしら?)」

 

紗夜の違う事情と言うのは不安から来るものだった。

先日家族で夕食を摂っている際に、日菜が両親にギターを始めたいという話しを持ち掛け、それが受け入れられたのが事の発端になる。

どうにかしたいと思って、意識を少しづつでいいからと変え始めたばかりの紗夜は、自分が今一番のめり込んでいるギターが関係して今まで通り……或いはそれ以上に荒れないかが不安でいた。

置くスペースの準備や必要なものが届くまで時間が掛かるが、それは少なくとも今はこのままでいられると言う安心と、時間が掛かったとしても荒れるかもしれないと言う心配と言う二つの感情に挟まれる事態を生んでいた。

 

「(何か一つでも飛び抜けていれば……ここまで悩まなかったのかしら?)」

 

回りから見ればギターは同世代の中でも飛び抜けているし、学校内でも全ての科目で好成績を出している紗夜だが、常に日菜と比べられていたのが原因で実感が湧かないでいた。

この時友希那と貴之の(一つを打ち込んでいる)二人を思い出すが、彼らのように何か一つがあったとしてもそれ以外の分野で……。となりそうなのが想像できた辺り解決法が違うのを教えられる。

今までの自分と日菜のことを考えれば、後は自分から踏み出せばいいだけなのだが、それが思うように行かないのが悩みの種になる。

――助けた側の私がこんなことでは、後で余計な心配をさせてしまうわね……。燐子を手伝っていた時を思い出しながら自嘲していると、ノック音の後「おねーちゃん時間大丈夫?」と日菜が声を掛けてきた。

珍しくノックをしてから声を掛けてきたことに一瞬気を取られるが、自分が出掛ける為にギターを片付けていた途中だったことに気づき、それと無く声を返しながら準備を追え、ドアを開けるとそこには少々驚いた様子を見せる日菜がいた。

 

「どーしたの?考え事?」

 

「い、いえ……もう大丈夫だから……」

 

そんな様子の日菜を見てなんて言おうか考えていたからか、日菜に問われたところを慌てて否定する。

またやってしまったかと思う反面、今これを話したら荒れそうだと思っていたのでこれで良かったとも思えていた。

 

「じゃあ、私はもう行くから……」

 

「あっ、うん!行ってらっしゃい♪」

 

せめて笑顔で送り出そうと思ったのか、或いは強めの反応が来なかったことへの安堵か、日菜は自分の言葉を聞いて笑顔で送り出してくれた。

そんな彼女の対応をありがたいと思いながら、紗夜は顔を向けないまま軽く手だけ振ってそれに反応していることを示した。

 

「(おねーちゃんが少しだけるんっ♪ってする感じに変わった……。一体何がそうしたんだろう?)」

 

「(絶対と言うものが無いかどうかはともかく、まだ時間はかかりそうね……)」

 

最近姉の反応が悪くないので日菜は変えた要因が気になり、一方でまだ進めそうに無い自分を振り返って紗夜は心の中で詫びる。

能力差が原因で始まった仲違いと言う暗闇は、予想よりも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私はこのまま向こうへ行くわ」

 

「ああ。暫くの間ここにいるから、用があったら来てくれ」

 

貴之と友希那は途中まで同じく道のりだったので、行動を共にしていた。

貴之はいつも通り『カードファクトリー』でファイトをしに、友希那は予約の取れているライブハウスで紗夜とメロディの詰め込みにだった。

今日は元々予約が取れていたものの使える時間が短く、予定の合う人が自分と紗夜しかいなかったので、いっそのことメロディを作る時間にしてしまおうとなった。

貴之が店内に入って行くのを見送ってから、友希那は歩みを再開する。

 

「(どう詰めて行こうかしら?せっかく手伝って貰ったのだから、いいものを完成させたいところだけど……)」

 

メロディの詰め方を歩きながら考えるが、それを重荷にしてはいけないことも忘れてはいない。

そこを怠ると他人に当たって空気を悪くしてしまうし、最後は自分が「こんなはずじゃなかった」となりかねないので、それだけは何としても避けたい。

 

「(そう言えば、紗夜はヴァンガードに関する知識を持っていないかったわね……?)」

 

今回歌詞を作るに当たってヴァンガードをテーマにしていたのを思い出し、友希那は紗夜がその知識を全く持ち合わせていないことを思い出した。

普段通りの歌詞であるならこうしたいと話しながらやれば進みやすいのだが、今回は知識が無いとそれなりに難儀するだろうことを予見する。

気が付いて良かったと言っていいのだろうか?予想外の事実を目の当たりにした友希那が頭を抱えた。

 

「(どこから話して行くべきかしら……?『クレイ』の世界観だけ?いえ、ファイト上のルールも必要ね……。でもそうなると、私が持ってるデッキだけでは足りない気がするわ……)」

 

――これは……思い切って紗夜に言うべきなのかしら?最後の手段すら視野に入れて友希那は考える。

ヴァンガードをテーマにしている以上、それに関する説明に対応するべくデッキを持って来ているのだが、果たして上手く伝えられるかどうかが不安だし、そもそも一つでは足りない気がしている。

ちなみに『最後の手段』と言うのは事前学習と称して、紗夜にヴァンガードを触れてもらうことにある。しかしながら紗夜の性格や方針を考えると、出来れば避けたいのが本音である。

一番楽なのは紗夜から言ってくれることだが、友希那はとてもそうなるとは思えなかった。

こうなれば自然な流れで言い出せるような会話をするしかない。リサ程話術(トークスキル)に優れている訳ではないが、やるしかないと友希那は腹を括る。

 

「湊さん。こんにちは」

 

「ええ。こんにちは、紗夜」

 

丁度腹を括った直後に紗夜と顔を合わせて挨拶をする。

行き道途中で合流出来たので、そのまま二人でライブハウスに向かうことになった。

そしてこの時、二人は同じ悩みに直面することになる。

 

「「(どう……話しかけようかしら?)」」

 

二人ともヴァンガードに関する話しの持ち掛け方に悩んでいた。友希那は誘うことで、紗夜は頼み込むことにある。

友希那は普段からヴァンガードの話題に入っているので誘う分には問題無いが、紗夜に何故聞いてきたと思われないかが。紗夜は基本的に無関心的な反応をしてしまっていたので、いざ頼む時に驚かれないかが不安だった。

とは言え話しかけないことには始まらないので、二人は意を決して伝えて見ることにする。

 

「「ところで……」」

 

全く同じタイミングで声を掛けたことで、二人はその先の言葉を詰まらせた。

お互い話すことはあるのだが、詰まらせたことで話しづらくなったので何か打開策を考える。

 

「今日のメロディ合わせ、何か方針は決まっていますか?」

 

「まずは出来上がった歌詞を見てもらって、そこから決めていきたいと思うわ」

 

ここで分かりましたと紗夜が答えたことで、何から始めるかを決めたのは良いことではある。

しかし、この二人は本来は全く違う内容の話しをするつもりだったのに、無難な話しに切り替えてしまっていた。

 

「「(や、やってしまった……)」」

 

この時の心境をお互いが知ったなら、何故こんな所まで似ているんだと余計に頭を抱えていたところだろう。

本来聞きたいはずのことを迷わず聞けなかった辺り、それぞれで自分に変化が起きているのを感じた。

と言っても、友希那は彼女より早い段階で変化の始まりを自覚していた為、感じ方は浅めだった。

 

「(もう少し……思い切って頼んでもよかったかしら?今の湊さんなら、結構簡単に引き受けてくれるだろうし……)」

 

「(変に待ちの姿勢をしてしまったわね……。これでは紗夜も話しづらいはずだわ)」

 

自分の失敗を悔みながら何とも言えない空気を連れて行ったまま、二人はライブハウスまで歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……じゃあもうすぐで動けるんだ?」

 

「後はチーム名とか決まればすぐらしい」

 

友希那と別れた直後、貴之は玲奈に昨日起きた出来事を話していた。

話した内容が朗報であったことから、玲奈もかなり満足している様子だった。

 

「チーム名かぁ……なんかお洒落な名前になりそうだなぁ」

 

「ああ……なんかセッション中に出てきたイメージがあるから、それでいいか聞いてみるらしい」

 

「そうなの?何が見えてたんだろ?」

 

楽しみにする玲奈ではあるが、貴之が伝えられない旨を伝えれば「それは残念」と表情を曇らせないまま言う。

昨日も別れる前に聞いてみたところ、「それは決まった時のお楽しみ」とウインクと共に断られたのでそれ以上踏み込むことはできなかった。

そのウインクを見て顔を赤くした貴之を、燐子が暖かく見守るような目で見ていた時は膝を着きたくなった。

――もしかしたらバレてんのかな……?反応が余りにも素直過ぎたのを思い出して頭を抱える。

 

「今度交流戦とかできたらやってみたいよね」

 

「ああ……それはいいな。その時は大介が『ルジストル(向こう)』側か?」

 

「そうだね。人数差もそうだし、大介とその二人身内だからね」

 

実際にやれるかどうかは分からないが、もしやるならと言うことで意外にもあっさりと進んでいく。

大介は竜馬たちと小学生時代からの付き合いなので、ある意味小学別の対抗戦にもなる。小学校が終わってから結構な時間が経っていることはさておきだが。

 

「それにしても……あたしだけ貴之が一緒にいても全く問題ないのはヴァンガードファイターだからかな?」

 

「お前の接しやすい雰囲気も影響してるだろうな。平時から『男子の輪に混じってる女子』ってのもあるし、俊哉共々昔からの付き合いだとも判明してるし」

 

友希那とリサ、燐子と関わりが深かったことと貴之が転校初日に恋心持ちを宣言しているのもあり、変に噂が先行してしまっている。

だと言うのに玲奈が例外的に平気なのは、彼女の普段から関わっている人が男子とだからと言うのもあるのだろう。故に『友人』と言う認識で通っていたからだ。

それはいいのだが、今度は玲奈が女子から「誰か意識したりしないの?」と心配されている。それ程男子に混じっている玲奈から色恋沙汰を全く聞かないのだ。

 

「あたしの心配をするくらいなら、貴之は友希那とどうお近づきになるかを考えないとね?」

 

「ごもっとも……」

 

こう言われてしまえば貴之は何も言い返せない。転校等の都合があったにしろ、全く進んでいないのが全ての原因だ。

何度か女子に問われることのあった玲奈だが、「なんでだろうね?」と返している。詰まる所自分でもよく分かっていないらしい。

 

「まあそんなことはさておき……そろそろ始めるか」

 

「うん。そうしよう」

 

他人にファイトを挑まれない限りは、互いにデッキ調整を兼ねてファイトとデッキ内容の編集を繰り返すことになっている。

それもあって有効に時間を使いたいと言う共通の考えの下、二人は話しを切り上げてファイトの準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「こっちが元々考えていた方で、こっちがヴァンガードをテーマにした方よ」

 

「なるほど……。少し時間を貰いますね」

 

ライブハウスの借りた部屋で、二人は早速メロディ作りを始める。

と言っても紗夜がまだ歌詞を見たことがないので、まずはそれに目を通すことから始まった。

その間に友希那はメロディ作りに必要な楽器を準備して、いつでも録音等が可能なようにしておく。

 

「(こっちの方は比較的膨らませやすいけれど……問題はこっちね)」

 

友希那が元々温めていた歌詞の方はお互いにそれぞれのペースで作っていた以上、早く進めばこの時間に出来上がるだろう。

問題はヴァンガードをテーマした方の歌詞で、この二つを平行行おうものなら確実にこの時間内で終わらないだろう。

一通り把握し終えたところで準備を終えた友希那が戻ってきたので、礼を言って歌詞の書かれているノートを返した。

 

「元々の方は途中まで進んでいるので、先にそちらから終えてしまいませんか?その方が新しく作っていたのに集中しやすいと思います」

 

「そうね。私もその方がいいと思っていたわ」

 

思惑の一致を確認し、二人は早速元から作っていた方のメロディ作りを始める。

今回は元から友希那の作っていたメロディがあり、それの詰め込みと紗夜がパートのベースを作っていたので、それを合わせて確認することからになった。

担当を別々に作っていくと、それぞれの考え方によるずれが多少なりとも存在してしまうもので、この二人もかなり少ないとは言えそのずれは存在していた。

なのでずれの修正から始め、終わった後にまだ出来上がっていない部分を作り上げる形になる。

 

「ここはもう少し……」

 

「そうですね。後、こちらは……」

 

時間が短いので集中してやろうと言うのが共通の想いがあるので、予想以上の進行速度で修正が終わり、残りの部分の詰め込みを行う。

それも途中に入れる間奏の部分を修正するだけだったので、その部分を作って直していくだけだった。

そうすることで、予約している時間の半分でどうにか終わらせることに成功した。これ程スムーズに進めたのは二人にとっても嬉しいことだった。

 

「では、こちらの曲は練習できるように各パートごとの楽譜を後で準備をしましょう」

 

「ええ。残りの時間はこの歌詞にメロディを入れていきましょう」

 

Cordで『新曲が一つ出来上がったから、次の練習で楽譜を渡すわ』と伝えてから、もう片方のメロディ作りを始める。

この二人がメロディ作りで集中している故に気づけなかったが、三人はそれぞれ『次の時を楽しみにしてる』と言う期待と『もう片方のメロディ作りも頑張って』と言う応援の旨を送ってくれていた。

見る見ないに関わらず最善を尽くすつもりでいた友希那と紗夜だが、ここで先程の移動時間で話せなかったことが問題点として浮き彫りになってしまう。

 

「ごめんなさい。先に説明をしておくべきだったわね……」

 

「いえ、私も聞く内容を選ぶべきでした……」

 

どちらかが多少のことで怯まずに聞き出すことができれば、多少は避けることのできる事柄だったのだが、互いに同じタイミングで一歩引いてしまったのが完全に仇となっていた。

と言っても、何も知らない人に世界観やルールを言葉だけで説明しようとしたところで些か時間が足りないし、分かりづらさ故に寧ろ混乱を招いてしまう恐れがある。

仕方ないので現段階では友希那が主導で作り、直した方が良さそうな部分は二人で修正していく形で進めていく。

しかしこの方法、友希那の中にメロディが浮かばないと先に進めないと言う問題点があり、このせいで思うように進まなかった。

 

「余り進まなかったわね……」

 

そうして難航している内に時間が来てしまい、もう片方は出だしができたかどうかの段階で切り上げることになってしまった。

これに関しては自分の知識不足が原因だと紗夜は謝るも、友希那も自分の配慮不足が問題だと詫びる。

 

「この後は私一人でやって、あなたと確認する方向で進める?」

 

「そうですね……」

 

友希那に問われた紗夜は顎に手を当てて考える。間違いなく友希那が自分に無理させたからと思っていることが感じ取れたのだ。

チームを組んで間もない頃なら間違いなく頼んでいたところだろう。しかし、今の紗夜はその選択を良しと思っていない。

――聞き出せるチャンスがあるならここね。答えを出した紗夜は友希那に一つ提案があると話しを切り出す。

 

「何かしら?言ってみて」

 

そうすると友希那は話しを聞く準備を済ませる。ライブのことでもメロディ作りの課題でも、何でもいいと言う雰囲気が感じ取れる。

こう言ったどこかに柔らかい雰囲気を残している状態が多くなった友希那を見て、紗夜は彼女が変わったと言うより、失ったものを取り戻している(・・・・・・・)ように見えた。それが以前本来の姿だと認識したことにも繋がっている。

だが今はそう言った考察をする為に友希那を呼び止めた訳では無いので、紗夜は先程頼めなかったことを頼むことにした。

 

「どこか空いている日で構いません。私に、ヴァンガードのことを教えていただけませんか?」

 

「今回のことが理由ね?」

 

自分の頼みを薄々と感じ取っていた友希那が問いかけて来たので、迷うことなく頷く。

紗夜が頼み込んできたことに関しては、誘うタイミングを計っていた友希那にとってもありがたいことだった。

 

「知識が何も無いと言うのは表現を意識する際にも響くでしょうし、私一人だけ共有ができないのは今後に支障をきたしそうなので早めに解決しようかと」

 

――それに、と紗夜が付け加えるので、友希那は彼女の話しに意識を向けさせられる。

これを言ったら彼女はどんな反応をするだろうか?少々気になりながらも、紗夜はそれを告げる。

 

「白金さんがあそこまで変われたのを見てから気になっていたので、頼むなら今がいいと思ったんです」

 

「なるほど。そう言うことだったのね」

 

友希那は対して驚いたりすることはなく、そこまで変わったなら気になりもするだろうとあっさり納得していた。

時期的にもこれからライブに向けての練習やFWFのコンテストが近いことを考えると、これ以上遅いと手遅れになりそうな予感がしていた。

紗夜の言い分を理解した友希那は一瞬だけ考えたが、思い切って紗夜に聞いてみることにした。

 

「紗夜。今日この後は空いているかしら?」

 

「……今日ですか?空いていますが……」

 

いきなりだったので紗夜は反射的に答え、それを聞いた友希那は少し待ってと携帯電話を取り出して操作する。

耳元に当てたと言うことから電話だろうと言うことが伺えた。

 

「……ええ。お願いできるかしら?」

 

「(どうして急に電話をしたのかしら?)」

 

どうやら何かを頼んでいるようで、紗夜は友希那が電話をした理由が気になった。

少しすると「ありがとう。これからそっちに行くわ」と言って電話を切る友希那の姿があった。

 

「待たせたわね。今からヴァンガードを詳しく教えられる人のところに行くけど……構わないかしら?燐子が変わった理由もその人が知っているわ」

 

「……え?」

 

友希那が問いながら柔らかい笑みを浮かべているのを見て、紗夜は呆然とした様子で問い返してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「どの道その人の所へ行くから、確認は必要だったの」

 

「そ、そう言うことだったんですか……」

 

商店街を歩く際中、友希那から電話をした理由を教えてもらった紗夜は一先ずの納得はできた。

実際にやって貰った方が早いし、自分がデッキを一つしかないのもあってデッキを買う必要がある以上、場所の移動は必須事項だった。

紗夜がこれ以外にも不安だったのは、そのデッキに掛かる費用が分からないことがあった。これを友希那に話すと紗夜にとっては非常に予想外な答えが返ってくることになる。

 

「その心配はいらないわ。そのデッキ代は向こうが負担してくれるから」

 

「……それはそれで悪い気がするのですが」

 

一瞬本当に大丈夫かと疑う紗夜だが、これに関しては自分と燐子の時もそうだったので今回も同じだと友希那が伝えれば、流石に諦めざるを得なかった。

 

「着いたわ。ここにいるの」

 

「ここに……」

 

友希那が指さした場所は『カードファクトリー』。今日貴之が暫くの間いることを宣言している場所だった。

こう言った場所へ明らかに来ないような生活を送っていた紗夜は、自分が入っても驚かれないかどうかを考えてしまう。

そんな様子が見えていたのか、「自分もそうなったことがあるけど、入ってしまえば後は楽になるわ」と友希那が言ったので、紗夜も決心する。

 

「分かりました。私も覚悟を決めます」

 

「ええ。では入りましょう」

 

意思を固めたのを確認してから店内に入る。

最初はどんな反応をされるかと思ったが、対戦に夢中な人が多いのでこちらに向いた視線は少なく、向いてても自分たちのような人たちが来るなんて珍しいと感じさせるものだけだった。

入って来た自分たちに気づいたのか、「いらっしゃい」とカウンターから声をかけられた。声の主は友希那が始めて来店した時もカウンターにいた美穂だった。

 

「お久しぶりです」

 

「うん、久しぶりだね。もしかして教える側になった?」

 

「いえ、教えるのを頼みに来た……と言うところですね」

 

紗夜は始めてみる人なので聞いて見たら、友希那が困った笑みを浮かべながら答える。

それによって大方察しをつけた美穂が、貴之の場所を教えてくれたのでそちらに足を運ぶことにする。

そちらに移動してみれば貴之と玲奈がファイト中で、貴之の攻撃が行われるタイミングだった。

 

(クリティカル)トリガー……効果は全てヴァンガードにだ」

 

「……『ダメージチェック』」

 

攻撃が通り、(ヒール)トリガーも出なかったので今回は貴之の勝ちになった。

 

「手札を使いすぎたかな……どっちで補おっか?」

 

「一本デカい一撃ってのも悪くないが、安定性に欠けるな……」

 

挨拶をした後、二人は編集したデッキが満足いくものかを確認する。

玲奈は今回のような相手から攻撃を防ぐ為の対応法を検討、貴之は何枚も入れるわけにはいかないが、隠し玉程度なら良いと言う判断になった。

二人が再度編集する流れに入り始めたので、頃合いと見た友希那が彼らに声を掛ける。

 

「お疲れ様。連れて来たわ」

 

「わざわざ来てくれてありがとう。俺は……って氷川さん?」

 

「教えてくれる人と言うのは……遠導君だったんですか?」

 

友希那が連れて来た人を見て、貴之は少々驚き、紗夜も思わず友希那に問いかけた。

ちなみにここで貴之が紗夜を苗字呼びにしたのは、以前抱いた危機感に従い、日菜のことを彼女から話していないのに自分から墓穴を掘るのは危険だと思ったからだ。

二人がどう話しかけようか迷っていたところで、玲奈が紗夜に目をキラキラさせている顔を近づけたのが見えたことで一気に空気が変わる。

 

「なになに!?女の子が新しく始めるの?」

 

「えっ?あ、あの……」

 

「ああ……これを忘れてた」

 

「玲奈、気持ちは分かるけど落ち着いて」

 

紗夜が困惑し、友希那が玲奈の肩を持って制止の言葉を投げ、貴之は頭を抱える。

元々同性のファイターが少なかったことを悩みとしていたので、新しく始めるのが女の子だと分かった玲奈は嬉しくなったのだ。

ちなみに、友希那の時はようやくだねと思っていたので平時のままを維持できていた。

 

「あはは……ごめんね?久しぶりに新しく始める女の子が来たから盛り上がっちゃって……」

 

「いえ。ここにいる人の人数比を見たら、その気持ちは分かりますから……」

 

照れた笑いをしながら謝る玲奈に、紗夜は困った笑みを見せながら返す。

今現在でも、ファイトスペースでプレイしている人は8割以上が男子であることから、玲奈の気苦労は伺えた。

玲奈が始めたての頃は彼女が女子のプレイヤーが増えて欲しいと願望を口にし、貴之と俊哉が笑いながら聞いてやると言うこともあった。

 

「あっ、自己紹介忘れてた……あたしは青山玲奈。今日は貴之と一緒に教えていくからよろしくね」

 

「氷川紗夜です。今日はよろしくお願いします、青山さん」

 

気持ちを切り替えた玲奈から切り出したことで、二人が軽く自己紹介を済ませる。

 

「じゃあこれから教えて行くわけだが……時間取っちまうから、ギターは立て掛けとこうか」

 

移動の際もギターケースを背負いながらの移動はぶつかりそうになって危険だと感じていたので、紗夜は特に反対しない。

幸い隅っこ側を取れていたのが幸いし、壁に合わせて立てかけることができるのでそうする。

そして壁側に友希那と玲奈、通路側に紗夜と貴之と言う形でそれぞれ向かいあって座る。この時レクチャーがやりやすいよう、玲奈が紗夜の隣りに座るようにしている。

 

「さて……それじゃあ始めるか。まずは世界観から話して行くぞ」

 

「(これからも他の人に合わせることは必要になって来る可能性は高い……。そう言った意味ではまずここからね)」

 

――上手く行けばいいけれど……。微かな期待と不慣れなことへの不安を抱えながら紗夜は貴之の話しを聞くのだった。




キリのいい所まで来たので今回はここまで。後2か3話分書いたらRoseliaシナリオ10話に行けるかと思います。
タグ通り遅い展開となって来ましたが、付き合っていただければ幸いです。

次回は紗夜の初ファイトになるかと思います。初期プロットだとRoseliaメンバーでは一番最後になる予定でしたが、速くなりました。今のところ予定した順番守れてるのは友希那だけです(笑)。

ただ、大事なのはプロットからずれが生じても本当に重要な部分はずれないで、ずれた所はしっかり修正できることだと思いました。ファイトの順番は割とずれてても問題ないタイプでした。


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イメージ16 始まりは同じ

先日発売した『Primary Melody』に出てくるカードを使ってどんなデッキ作ろうか考えていたら遅くなりました。

『カラフルパストラーレ』のみんな旋律(メロディ)によるスキル共有はヤバいって……(汗)


「とまあ……ここまでが『惑星クレイ』についての話しになる」

 

「……随分と、規模が大きいんですね……」

 

大雑把ながら世界観を説明してみたところ、紗夜は友希那のように呆然とした状態になっていた。

理由に関しても友希那と全く同じで、ドラゴンやら悪魔やらの想像が今一できないことにある。

そんな様子を見た友希那は、前は自分がこうなってたなと思い出す。

 

「ちなみに『クレイ』の世界観を知りたいなら、後で向こうにある資料集を買うといい。細かいところまで載ってるんだ」

 

「分かりました。必要だと思ったらそうします」

 

紗夜の反応を見た貴之がちゃっかりと宣伝し、それを聞いた紗夜は頭の片隅にその情報をしまっておく。

それを聞いた友希那が「何それ知らない」と言いたげに貴之を見つめたので、これには「後で貸そうか?」と問いかけると、借りられるならと友希那が答えた。

貸し出しは今日帰った後かまた後日かのどちらかに決まり、世界観の説明はこれで一通り終わりとなった。

 

「さて……次はどのデッキにするか決めに行こう。氷川さんはついてきてくれ」

 

「ギターは見ておくから心配しないで」

 

「……分かりました。そういうことならお願いします」

 

目線で触れないでくれと念を押す紗夜だが、玲奈はそんなことしないよと優し気な表情で返す。

そこに友希那も心配しないでいいと言う表情を見せたので、紗夜はそれを信じて貴之についていく。

 

「じゃあどの『クラン』にするか決めよう。嚙み砕いて言うならどの組織がいいかになるな」

 

「決めると言っても、種類が多いので参考が欲しいのですが……」

 

「まあそうなるか……」

 

何も知らない人がいきなり決めろと言われても無理があるのは予想できていたので、貴之はこのゲームの代表的クランの一つである『ロイヤルパラディン』を例に挙げる。

説明を聞いた紗夜は悪くないと言いたげな反応を見せるが、他のも見てから決めたいと言ったので、彼女が手に取ったものを説明していく形にシフトする。

そうして紗夜が一個一個手に取っては違うと戻すを繰り返していく内に、彼女の中でピンと来たものが一つ見つかる。

 

「この『ゴールドパラディン』と言うのはどんな『クラン』ですか?」

 

「『ゴールドパラディン』はかつて封印された英雄達を救い出すため、聖騎士団と影の騎士団が一時的に共闘する形で発足して、後に『ユナイテッドサンクチュアリ』の第二正規軍として再組織された『クラン』だな」

 

「成り行きで出来上がった……と言ったところでしょうか?」

 

紗夜が目につけたのは『ゴールドパラディン』で、彼から説明を受けた時に出たのが率直な感想だった。

その言葉を聞いた貴之は否定することはせず、「ただ……」と付け加える。

 

「成り行きで手を組んだ彼らも……最後はそこを居場所と感じて残っているんだ」

 

「成り行きと……居場所……」

 

その二つの言葉に、紗夜は今組んでいるチームのことを思い浮かべる。

友希那に声をかけられてからメンバーが揃うまでを成り行きとするなら、これから居場所の一つと感じるかどうかはこれから次第だ。

それを考えると、この『クラン』は自分たちを試しているのではないかと思えて乗ってやろうと考えた。

 

「なら、私はこれにします」

 

「分かった。後はこいつもこっちで買うから、デッキの管理に使ってくれ」

 

紗夜が使う『クラン』を決定したので、デッキケースと共にカウンターに持っていく。

 

「そう言えば、最近遠導君がこうやってデッキを購入するケース多いよね?」

 

「最近だとこれで三回目だったかな……あと二回増えそうな気もしますが」

 

レジ打ちしながら美穂が聞いてきたので、貴之はこっちに戻ってきてからこのケースで購入した回数を数える。

貴之の後二回と言うのは、間違いなくリサとあこだろうと紗夜は簡単に予想できた。それがライブ後なのかその直前かはさておきとしても、彼が頼みを引き受ける姿は案の定簡単に想像できた。

会計を終えた後、今回も忘れずにハサミを借りて友希那と玲奈が待っているテーブルに戻る。

 

「テープのついてる部分があるから、それをこいつで切って開けるんだ」

 

「……テープのついてる?あっ、ここですね」

 

気づくのが早かったので、紗夜はそのまま箱の開封をあっさりと済ませる。

使う必要が無くなったのを確認できたので紗夜からハサミを受け取り、貴之は元ある場所に戻してから再びテーブルまで戻ってくる。

 

「さあ、どっちを使うべきか……」

 

「あれ?そっちも持って来てたの?」

 

貴之が二つのケースを出したことで、玲奈はもう片方が何のデッキかを即座に察した。

念のためになと肯定した貴之が持ってきていたのは、友希那と始めてヴァンガードファイトを行った時に用いた『ロイヤルパラディン』のデッキを編集したものになる。

この編集したデッキは全国大会で当たったとあるファイターの意向を汲み取り、『ブラスター・ブレード』を軸としたもので構成されている。

 

「何故……彼は二つのケース相手に睨めっこしているのですか?」

 

「迷っているのよ。紗夜がイメージしやすい方の『クラン』を使うべきか、貴之本来の『クラン』を使うべきかで」

 

貴之が迷っている理由は友希那も理解していて、説明を聞いた紗夜は少し考える。

レクチャーする上でどちらにするべきかを迷っているなら、こちらから言えばいいことはよく理解している。

 

「大会等が近いのなら、無理に合わせなくても大丈夫です」

 

「そうか。なら、そうさせてもらうよ」

 

紗夜に言ってもらったことで、貴之は自分の使うデッキを『かげろう』に決定する。

微調整を行ったユニットの確認だけなので、それを終えたら普段通りのレクチャーに回るつもりでいた。

 

「さて……じゃあファイトを始める前に、今から俺が言うことをイメージしてくれ」

 

「イメージですか?分かりました」

 

貴之に促された紗夜が目を閉じてイメージを始める。

 

「今の俺たちは、地球によく似た惑星『クレイ』に現れたか弱い霊体だ」

 

「霊体……ですか」

 

言われるがままに想像(イメージ)してみる紗夜だが、上手くいかない様子が見えたので玲奈が手伝うことでどうにか形にする。

大丈夫なことが確認できた貴之は『コール』と『ライド』のことを説明し、『ライド』した自分たちを『先導者(ヴァンガード)』と呼ぶことを伝える。

紗夜は騎士となった自分が仲間を率いる姿を考えるものの、何とも言えない感じがしていた。一般女子学生にいきなり騎士となった自分の姿を想像しろと言うのは中々無理難題なところがあるので、そこは慣れて行ってもらえればいいと考えている。

 

「さて、舞台の話しはここまでだ。これからはファイトの流れを説明していくぞ」

 

貴之はまず初めに『ファーストヴァンガード』を裏向きで設置し、デッキをシャッフルすることを説明しながら行う。

紗夜が難儀しているところは玲奈がフォローし、大丈夫そうなところは友希那も手伝うのでそこは問題なく進行して行く。

また、紗夜がシャッフルを行う際は構築済みデッキはカードが固まっているから、複数の方法でシャッフルを行うことを推奨することも忘れない。

貴之が実践して見せたのを紗夜も真似して行い、後で教えられるようにメモを残しておく。

 

「シャッフルが終わったら山札の上から五枚引いて、それを手札として加える。この時一回だけ引き直しができるから、それをするかしないかを決めた後は開始するだけになるが……引き直しはするか?」

 

グレード1から3のユニットが一枚ずつあることが理想であることを説明すると、紗夜が引き直しすることを選ぶ。

それを聞いた貴之はやり方を説明しながら実際にやってみせ、その後紗夜も引き直しを行う。

 

「これが終わったら、後は『スタンドアップ・ヴァンガード』の掛け声と共にファーストヴァンガードを表に返して、ファイトを始めることになる」

 

「えっと……その掛け声は必須なのですか?」

 

お年頃の少女である身としては抵抗感があったので聞いてみた紗夜だが、残念ながら即答で肯定された。

しかしこの店内のファイターたちは誰であろうと必ず掛け声をしているので、お約束なのだろうと紗夜は腹を括る。

 

「中には『スタンドアップ』と『ヴァンガード』の間に何か付け加えたりする人もいるが……無理にやらないでも大丈夫だ」

 

「そうですね。いきなりあれもこれもと言うのは収拾がつきませんから」

 

その話しに紗夜は素直に従う。それは後々つけたくなったらで構わないだろう。

しかしながら、自分はそれを付け加えたりすることはなさそうだと紗夜は感じた。寧ろあこやリサが付け加えそうだと思っていた。

 

「付け加えたりする人もいるって言うけど……貴之が丁度その一人じゃん」

 

「最初の掛け声と、そのデッキの主力となるユニットに『ライド』する時、『ザ』を付けているわね」

 

「あ、おい……」

 

――せっかく開始の時に明かそうとしてたのに……。二人にネタバレされた貴之はがっくりと項垂れる。

ちなみに紗夜が「本当に言ってるの?」と言いたそうな目で見てきたが、貴之自身はあまり気にしていない。気にしているくらいならこの方式を続けていない。

どうせならと「理由はイメージしやすい」からと言うのと、イメージは力になることを話すものの、紗夜はその話しを飲み込めずに首を傾げる。

 

「紗夜も、騙されたと思ってやってみるといいわ」

 

「これ以外と大事なんだよ?この前貴之が教えた白金さんも、それが後押ししてくれたからね」

 

「……お二人がそうまで言うなら、やってみます」

 

流石に友希那と玲奈もそう言うのなら信じるしかない。紗夜はそう判断して裏向きのファーストヴァンガードに右手を置いた。

それを見た貴之もファーストヴァンガードに右手を置きながら「大丈夫だな?」と声を掛ける。

 

「最初に立つ位置は誰だって同じだ……だからリラックスしてくれて大丈夫だ」

 

少々緊張していた紗夜は、その言葉のお陰で少し気が楽になった。そして、今度こそ残りは始めるだけになった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

紗夜は真剣な様子で、貴之はいつも通りの様子で宣言を始める。

 

「ザ!」

 

付け加えているファイターである貴之はここで『ザ』を入れるが、初めての紗夜は無理に付け加えたりせずデフォルトで行くことを選ぶ。

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がファーストヴァンガードを表に返すことで、ファイトが始まる。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』!『紅の小獅子(こじし) キルフ』!」

 

貴之は『アンドゥー』に、紗夜は獅子をモチーフにした紅い鎧を身に纏った騎士の『キルフ』に『ライド』する。

イメージ内で『キルフ』となった紗夜は、そんな自分の姿を見て呆然とする。『憑依(ライド)』と言うのだからユニットの姿そのままかと思ったのだが、顔つきが自分のものに成り代わっていたのも大きい。

それによって抱いた感想を率直に伝えると、貴之は一部のユニットは本当にその姿そのままになると教えてくれる。人間そのものの『ヒューマン』や、人に限りなく近い『ノーブル』と呼ばれる種族等が多いと『ライド』した時に『キルフ』のようになりやすいことを教わった紗夜は、人と似ているか否かを意識しておくことにした。

 

「さて……教えながらっていうのもあるから、俺が先攻で行くけど大丈夫か?」

 

「構いません。どうぞ」

 

この方式でファイトする度に本当は選ばせてあげたいと言う気持ちも湧いて来るが、仮に先攻を譲った場合は実際に見せて教えることが難しくなるので、それは諦めている。

教えてもらう身である以上紗夜も我が儘を言わず譲ってくれたので、早速自分のターンを始め、『スタンド』アンド『ドロー』を済ませた後、『ライドフェイズ』で『ライド』できる条件を教える。

 

「じゃあ、実際に『ライド』するぞ。俺は『鎧の化身 バー』に『ライド』」

 

イメージ内で貴之の姿が『バー』のものに変わったのを見て、紗夜は『ライド』がどういうものかを知る。

また、カードの左下に表記されているパワーが大きくなった分なのだろう。イメージ内での威圧感が大きくなったように思えた。

この時『ライド』された『アンドゥー』スキルで山札から一枚加えた貴之は、『キルフ』にもあることを教え、それを見た紗夜は何故分かったのかと聞いてみる。

 

「分かったと言うよりは知っていただな……。大会に出る身だし、こういう事は理解しておかないと対策を立てられないんだ」

 

「なるほど……。それなら納得です」

 

よくよく考えたらそれはそうだろうと言う理由だったので、紗夜は特に猜疑心を持たない。寧ろユニットの情報を把握していなかったら、教える側としての正気を疑っていただろう。

その後貴之は『メインフェイズ』でできることを説明し、後列中央に赤と白の身体が特徴で、片手に杖を持った竜人『リザードソルジャー ラオピア』を『コール』する。

本来ならばこれ以上やることのない貴之だが、彼は紗夜に教えるのと驚かすのを兼ねて『バー』に手を触れる。それを見た瞬間、友希那と玲奈は「こいつまたやるつもりだ」と困ったような笑みを見せる。

 

「アタック……」

 

「……!?」

 

思惑通り驚く紗夜だが、貴之がしてやったりな笑みで「冗談だよ」と言って来たので、拍子抜けした表情になる。

 

「先攻は最初のターン攻撃することができない。だから俺はターン終了だ」

 

「……新手の嫌がらせか何かですか?」

 

「いやなに、この方が覚えやすいだろうと思ってな」

 

――この手合いの人にはやらない方が良さそうかな?紗夜の反応が少々悪目なので、貴之は少し考える。

今まではこの方法で「覚えられた」と言う意見しか来なかったので、初めての反応を見て考えると言う判断が新しくできた。

一先ずこれでターン終了を宣言したので、紗夜は貴之がやった通り『スタンド』アンド『ドロー』から始める。

 

「では私は……『美技(びぎ)の騎士 ガレス』に『ライド』!『キルフ』のスキルで一枚手札に加えます」

 

紗夜は金色の鎧を身に纏った、如何にも『ゴールドパラディン』だと言いたい見た目をした騎士『ガレス』に『ライド』する。

先程貴之に言われていたので、スキルによる手札に加える処理も忘れずに行う。これで『ライドフェイズ』が終わったので、次は『メインフェイズ』に突入する。

 

「『降魔剣士 ハウガン』を『コール』します」

 

紗夜の後列中央に金と赤の二色で作られた鎧を身に纏い、腹の大きい片手剣を持った剣士の『ハウガン』を『コール』した。

これで紗夜は『メインフェイズ』を終えるつもりだったので、貴之に確認を取ることにした。

 

「後攻は最初から攻撃ができるんでしたね?」

 

「ああ。それじゃあ『バトルフェイズ』に移ろうか。攻撃する時だが……」

 

肯定した貴之は『バトルフェイズ』において攻撃する際の方法を説明する。

ただし、この時他の部分を詳しく説明しないのは二人の視線を感じ取ってのものだった。

 

「左下の数字がパワーで、ここの合計で攻撃側と防御側の勝敗を決めるの。ちなみに合計値が同じ場合は攻撃側の勝ちになるわ」

 

玲奈から友希那に説明させてあげて。友希那からはこの部分を説明してみたいと言う視線だったので、貴之はそれならばと譲ったのだ。

その後『ブースト』のことは玲奈が説明し、これで攻撃方法は問題なく伝わった。

 

「行きます……『ハウガン』の『ブースト』、『ガレス』でヴァンガードにアタックします!」

 

「分かった。この時攻撃された側は、『ガード』する為に『ガーディアン』としてユニットを『コール』するかを選べるが……今回はノーガードにしよう」

 

「それじゃあ、ヴァンガードがアタックしたから……氷川さんは『ドライブチェック』をしよっか」

 

貴之が防御側の宣言を終えたので、玲奈が『ドライブチェック』を説明する。それを見て貴之は教えに参加できる人数が多いと楽だと思った。

何せ基本的に一対一でレクチャーを行うので、説明する場所が多いうえに忘れたら大変なことになるからだ。

『ドライブチェック』の方法を教えて貰った紗夜は山札の上から一枚カードをめくり、それを『トリガーチェックゾーン』に置く。

 

「カードの右上にアイコンがあるのが『トリガーユニット』で、トリガーごとの恩恵を得られるんだが……今回はノートリガーだから特になしだな。ヴァンガードでアタックし場合はここまでやって初めてパワー計算を終えるんだ」

 

「と言うことは、防がれるはずの攻撃が通るかもしれない……と言うことですね?」

 

紗夜が意図を理解してくれているので、貴之は頷くことで肯定を示し、『ドライブチェック』で引き当てたユニットは手札に加えることを教える。

そして、イメージ内では『ガレス』となった紗夜が華麗なる剣技で『バー』となった貴之に一撃を与え、攻撃が通ったことを示していた。

 

「ダメージを受けたから、俺は『ダメージチェック』を行う。今回は1のダメージを受けたから一枚だな」

 

貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、これは『ダメージゾーン』に送ることと、ここに6枚送られた時は契約が解除されて消滅……そのプレイヤーの敗北であることを教える。

それを聞いて少々躊躇いの感情を持つ紗夜だが、貴之が遠慮せず思いっきり来いと言いたげだったので、その感情は捨て去ることにした。

 

「さて、ファイトに戻るが……そっちのヴァンガードの攻撃がヒットしたから『ハウガン』のスキルが使えるな」

 

「本当に使える……では、早速使わせてもらいます。まずは山札の上から一枚見て、ヴァンガードのグレード以下のユニットかを確認します」

 

貴之の案内によって紗夜は『ハウガン』のスキル発動を宣言し、山札の上から一枚確認するとグレード1以下のユニットであることが判明した。

 

「グレードがヴァンガード以下のものなので、『ウェイピング・オウル』を『コール』させてもらいます!」

 

紗夜の前列左側に、己の体格に合わせて用意された鎧を身に纏った梟『ウェイピング・オウル』が『コール』され、役割を終えた『ハウガン』はスキルによって退却する。

この時イメージ内で、『ハウガン』は選手交代と言わんばかりに自分の右手と『ウェイピング・オウル』の右翼でハイタッチをし、『ガレス』となった紗夜に応援している旨を伝えて戦線から離れる形で退却した。

それを見た玲奈が「違う種族でも築ける信頼関係っていいよね」と言っているのが聞こえ、所々男子に近い発言や思考をしているのが、中々異性が寄ってこなかったり原因なのでは無いかと貴之と友希那の二人は考えてしまった。

 

「『ウェイピング・オウル』のパワーは9000。俺が何もしないならパワー8000の『バー』に届くが……どうする?」

 

「攻撃しない手はありませんね。『ウェイピング・オウル』でヴァンガードにアタックします」

 

「じゃあ今回は『ガード』しよう。俺は『槍の化身 ター』で『ガード』だ」

 

『ウェイピング・オウル』の体当たりによる攻撃は、間に割って入るように現れた『ター』によって防がれる。

この処理を終えた後、『ガード』を行った場合はカードの左側に書かれている『シールドパワー』を加算することと、『ガーディアン』としての役割を終えたユニットは退却して『ドロップゾーン』に送られることを説明する。

ヴァンガードでアタックした場合は『ドライブチェック』があるから、結果次第で『ガード』を突破できる可能性があるので、『ガード』されてもまだ望みはあることも忘れずに教え、それを聞いた紗夜は一つずつ覚えることを意識しながらターン終了を宣言する。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。おっと、こうなったか」

 

手札を確認した貴之が声を上げ、紗夜が不思議そうに見てきたのでその理由と同時にこうなった場合の対処を説明することにした。

 

「いい機会だから、一つ上のグレードに『ライド』できない事態に陥った場合に使える『アシスト』を教えるぞ」

 

「(この前使うことになりかけたものね……)」

 

貴之と竜馬のファイトを思い返しながら、友希那は耳を澄ませる。以前逃したものを聞けるから、しっかり聞こうと考えたからだ。

何ですかそれはと言いたそうな紗夜に対して、貴之は自分の手札を公開した。その手札にはグレード2のユニットが存在していなかった。

 

「今俺の手札に、グレード2のユニットがないことは確認できるな?」

 

「ええ。確認できました」

 

――続きをどうぞ。紗夜が催促したので、貴之は手札の公開を終了し、次の処理を始める。

 

「そうしたら次はデッキの上から五枚引いて……そこに一つ上のグレードのユニットがあるなら、そいつを見せて手札に加えることができる。今回はグレード2の『バーサーク・ドラゴン』があったから、こいつを見せて手札に加える……。残りはデッキに戻してシャッフルだ」

 

ここまでだと『事故が起きた際の緊急処置なのに、手札がさらに一枚増やせた』と言うことになるので、それは色々大丈夫なのかと紗夜は不安になる。

――流石にペナルティはあるけどな。貴之がそう言ったので一先ずの安心をすると同時に、ペナルティ内容に耳を傾ける。

 

「これが終わった後、手札から二枚をゲームから除外(・・・・・・・)しなければならない。これがとても大きな代償だな」

 

「『ドロップゾーン』はユニットの能力次第で利用することはできるけど、除外になるとこのファイト中、そのユニット(仲間)とは一緒に戦えない(・・・・・・・)ことになる……。できることなら避けたいよね」

 

貴之の説明と玲奈の言葉を聞いた紗夜は頷く。前に自分からチームを抜けた時とは事情が違うのもあり、どうでもいいとは言えなかった。

これはファイト的な意味でも、仲間を蔑ろするように見える的な意味でもあまりやりたくないと貴之が言う辺り、本当に最後の手段なのだろう。

 

「さてと……ファイトに戻るが、ここで『ダメージゾーン』のカードとヴァンガードの下に重なっていくカードたち……『ソウル』を使うところを見せよう」

 

そう告げながら、貴之は先程『アシスト』によって手札に加えた『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』する。

その後登場時のスキル発動を宣言し、『ダメージゾーン』のカードを1枚裏返して『カウンターブラスト』と、『ソウル』から一枚『ドロップゾーン』に送る『ソウルブラスト』を同時に行い、『ウェイピング・オウル』を退却させる。

 

「今のが『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』で、これはユニットのスキルで使用することになる。手札の消費を避けたい。次のターンに『カウンターブラスト』を使いたい。『ガード』できる状況下でもそれをしないときはこのどっちかが基本的な理由になるな」

 

「なるほど……その辺りが読み合いになると言うことですね?」

 

察しがいいなと思いながら貴之は頷いて肯定する。

他にも『トリガーチェック』でトリガーを引き当て、その上昇したパワーで耐えるのを狙う為に受けるのもあるが、まだお互いにそのタイミングでトリガーを引けていない以上、これは後回しにした。

 

「さて……相手のリアガードを退却させたことで、『ラオピア』はスキルでこのターンの間パワープラス5000。『バーサーク・ドラゴン』スキルは『ヴァンガードサークル』で発動させた場合、山札の上から一枚手札に加える」

 

パワーの増加が合図となり、『ラオピア』は身体に炎のような闘気(オーラ)を纏って咆哮する。

貴之が確認したかったのは『ラオピア』をデッキに入れた(仲間に呼び寄せた)時、どのように変わるかの確認をしたかったので、後はティーチングを徹底するつもりでいた。

ちなみにこの『ラオピア』のスキルだが、退却させたユニットの数と()()()()()発動する。つまり五体のユニットを退却させた場合はプラス25000となる。

 

「このターンからは先攻の俺も攻撃できる……。と言うわけで『ラオピア』で『ブースト』した『バーサーク・ドラゴン』で、ヴァンガードに攻撃。さて……『ガード』はするか(どっちを選ぶ)?」

 

「いえ、ここはノーガードにします」

 

紗夜は先程例に挙げて貰った『手札の温存』を狙ってノーガードにする。

宣言を聞いた貴之が『ドライブチェック』を行い、結果は(クリティカル)トリガーだった。

 

「このユニットのように、右上にアイコンがあるのが『トリガーユニット』で、引き当てた時にトリガーに合わせた能力を与えてくれる」

 

「貴之が引いたのは(クリティカル)トリガー。パワーのプラス10000と、ダメージのプラス1をそれぞれ好きなユニットに与えることができるの。もちろん、両方の効果を一つのユニットに与えるも可能だよ」

 

説明を終えた貴之は効果を全て『バーサーク・ドラゴン』に割り振る。『ラオピア』の『ブースト』もあって、『バーサーク・ドラゴン』のパワーは33000まで跳ね上がる。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の炎に、『ガレス』となった紗夜が焼かれた後、『ダメージチェック』を行う。

一枚目はノートリガーだが、二枚目は(ドロー)トリガーを引き当てた。その時に説明を受けた紗夜はパワーを『ガレス』に与えて山札の上から一枚手札に加えた。

 

(クリティカル)トリガーによって増えたダメージ量が、大きな動揺を与えたことになるな」

 

「そして、ユニットが6体(ある一定量)逃げ出すとその流れが止まらなくなる……気を付けなければなりませんね」

 

(クリティカル)トリガーの影響を知った紗夜が警戒心を引き上げる。

その様子を見てこちらの言いたいことを理解してもらえたのを確認し、貴之は紗夜にターンを回す。

 

「……!私も『アシスト』を使います」

 

紗夜が宣言して手札を公開したので、確認した貴之は頷いてその先を促す。

 

「……!?」

 

紗夜が動揺したのが見え、貴之がグレード2のユニットが無かったことを確認すれば案の定頷いた。

 

「その場合は五枚全てを山札に戻してシャッフルした後、『メインフェイズ』に移ろう」

 

「……分かりました」

 

――こう言う場面はいずれ直面するだろうとは思っていたが、まさか初戦からとは……。口には出さなかったものの、こればかりは運が悪かったなと言わざるを得ない。

単純にパワーだけを見ても『ライド』すれば守りが気休め程度でも楽になるのを理解してたので、頷く紗夜の表情も少し曇った。

確率の問題だったにしろ、順調に『ライド』してる経験者と『ライド』事故を起こした初心者。この差はとても響くと思っていたところに「まだ諦めるのは早い」と、貴之が声を掛ける。

 

「例え『ライド』できなかったとしても、このターンでできることは残されてる……それをやらずに負けるのはつまんないだろ?」

 

貴之の言葉に頷いて、紗夜は『メインフェイズ』を始める。そこに曇った表情は無く、やりきろうとする意志が見て取れた。

――人が変われた理由を知りたいと思っていた私が諦めてしまう……それでは何のために始めたか分からないじゃない。自分が踏み入れようとした理由を思い出した紗夜は、気を取り直してファイトに戻る。

そして、『メインフェイズ』では後列中央に再び『ハウガン』を、前列左側にもう一度『ウェイピング・オウル』を『コール』する。

ヴァンガードのグレードが1のままな以上、できることはここまでになってしまうが、それでも何もしないよりは全然マシな状態だった。

 

「これ……促しているね」

 

「ええ。私の時も……最後まで諦めないように投げかけていたわ」

 

――人が躓きそうになったらそれを支え、最後は前に進めるようにする……確かに、その姿は私たちの先導者ね。貴之の意図を理解できた友希那は微笑む。

そして『メインフェイズ』を終えた紗夜は『バトルフェイズ』に移るのだが、もう先程の暗い表情は無かった。

 

「では、『ハウガン』の『ブースト』、『ガレス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。さあ来い……!」

 

紗夜は『ドライブチェック』を行い、(ヒール)トリガーを引き当てる

 

「それはダメージを1回復させることのできるトリガーだ。パワーをどれかのユニットに割り振った後、『ダメージゾーン』のカードを一枚『ドロップゾーン』に送るんだ」

 

「確か、相手よりダメージが少ない場合は回復ができないのよね?」

 

「うん。だから、その時は注意だね」

 

貴之の説明と、友希那と玲奈の会話による注意点を理解した後、紗夜はパワーを『ウェイピング・オウル』に回してダメージを回復する。

イメージ内で再び『ガレス』となった紗夜の剣技を受け、貴之は『ダメージチェック』を行った結果はノートリガーで、ダメージが2になる。

この後紗夜は『ハウガン』のスキルで再び『ウェイピング・オウル』を引き当て、これを後列左側に『コール』。そのまま『ブースト』を受けて『ウェイピング・オウル』で攻撃をする。

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

次のダメージチェックでは(ドロー)トリガーで、手札を一枚加えた。

『バトルフェイズ』による攻撃も終え、紗夜はターンを終了する。

現段階で紗夜のダメージは1、貴之のダメージは3と、ここまで見ると紗夜がかなり有利な結果になっていた。

 

「さあ……本番であるグレード3の姿を……そして」

 

何か大切な部分を教えようとしている意図が見て取れたので、紗夜は貴之の言葉に耳を傾ける。

また、このターンで紗夜は以前燐子の話していた、彼の人物評にある内の『厳しい』と言う部分を理解することになる。

 

「俺の……この世界における分身を見せる……!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

「……!?」

 

イメージ内で『オーバーロード』に『ライド』した貴之を見て、紗夜は身体が震えるのを感じる。今までと比べて別格の威圧感だった。

友希那と玲奈もこの選択に最初こそ驚いたが、何らかの意図があるのが見て取れたので、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「更に、グレード3以上の特定のユニットに『ライド』できた場合、それの祝福として『イマジナリーギフト』が与えられるんだ」

 

「『イマジナリーギフト』……ですか?」

 

『イマジナリーギフト』種類の名称と、自分が使う『かげろう』の持っているのは『フォース』で、それの効果を説明してから貴之はヴァンガードに効果を与えた。

更に前列右側に『アーマード・ナイト』、後列右側に『エルモ』をコールし、『オーバーロード』はスキルで更にパワーを引き上げた。

 

「よし……まずは『オーバーロード』で、『ウェイピング・オウル』にアタック」

 

「(攻撃をリアガードに……?それに『ブースト』も使わないし、どういうこと……?)」

 

理由は分からないものの、ダメージが増えないならと紗夜はノーガードにする。

それを聞き届けた貴之は『ツインドライブ』を説明しながら二回の『ドライブチェック』を行い、一枚(クリティカル)トリガーを引き当て、その効果を全て『オーバーロード』に回す。

 

「俺が先に『オーバーロード』単体で攻撃した理由はこれだ……『カウンターブラスト』と手札を二枚捨てることで、『オーバーロード』を『スタンド』!」

 

「……!?トリガー効果はそのターンの終わりまでだから……」

 

貴之の狙いに気づいた紗夜は『ガード』した方が良かったかもしれないと考えたが、あの段階でトリガー効果で突破をされたらもっと危険だったろうから、そうならないだけ良かったと考える。

更にこの時も『ラオピア』のスキルは発動しており、再びパワーがプラス5000されていた。

 

「次だ……『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「……!二体の『エリクサー・ソムリエ』と『ハウガン』で『ガード』!」

 

『オーバーロード』となった貴之の進む先に、薬師の為に用意された衣装に身を包んだ白い髪の男性『エリクサー・ソムリエ』と、このファイトでは三体目の『ハウガン』が立ちはだかる。

現在『オーバーロード』のパワーは56000。『ガレス』は58000とギリギリの数値によるガードである為、『ドライブチェック』で結果がパワー比べての勝敗が決まる形になる。

そして、その『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、効果は全てヴァンガードに割り当てられる。

 

「今みたいに、『ガード』されてもトリガー次第では攻撃が通るも知れないから、この辺りが駆け引きになって来るんだ」

 

「ええ。十分に理解できました」

 

攻撃を通されてしまった紗夜は一瞬苦悶の表情を浮かべた後、気を取り直して『ダメージチェック』を行う。

この時(ドロー)トリガーを一枚引き当てたので、パワーをヴァンガードに回し、防ぎやすいようにしておいた。

 

「あと一回ある……『エルモ』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック」

 

紗夜はここで『ガード』すると次のターンで手が打てなくなると考え、ノーガードにした。幸いダメージは4なので、このターンで負けることはない。

その『ダメージチェック』がノートリガーであることを確認し、貴之はターンを終える。

 

「(これは……私が見ても分るくらい絶望的な状態ね)」

 

「(『ライド』ができるのは1ターンに一度……どう見ても勝ち目が無い……)」

 

友希那と紗夜が状況を理解して暗い顔になっているところ、貴之が「諦めるには早いぞ」と言うので二人は思わず彼の方に顔を向ける。

玲奈は紗夜のデッキの内容を頭の中で書き出して、一つだけ逆転できるカードがあるのを思い出した。

 

「実はそのデッキには一つだけ、その状態からグレード3に『ライド』できる手段がある」

 

「この状態から……?」

 

分からないまま手札を確認する紗夜だが、確かに一枚だけ条件が揃えば『ライド』できるグレード3のユニットが存在していた。

 

「確かに初めてのファイトだから上手く行かないかも知れないし、負ける可能性だって十分にあり得る……でもさ」

 

――やること全部やった方が、結果として受け止めやすいと思うんだ。そう言われた時、紗夜は少し前までのことを思い返した。

日菜が自分と同じことを後から始めた場合、最初の頃はあまり気にせず続けていたが……その後は違うと思えた。

だからこそ日菜から逃げるように別のことを始めていき、今まで日菜が反応を示さなかったギターを続けていたが、もう間もなく別のことをやっていく(逃げ続ける)ことは叶わなくなる。

 

「さっきあなたは、『最初に立つ位置は誰だって同じ』だと……そう言っていましたね?」

 

「ああ。それはヴァンガード(この世界)でも例外じゃない。今日始めたばかりの氷川さんも、最近始めた友希那と燐子も。そして、長い間続けている俺だって変わらない……」

 

――最初は分からないことだらけ。右も左も分からないから教えてもらったり、やり方を学んだり……。そう言うところはな。それを聞いた紗夜は、引っかかっていたものが取れたような気がした。

その後の伸びる速さなどは確かに違うものの、最初にやり方を教わったりすることは自分も日菜も変わらない。日菜が始めようとするギターだって、自力で調べるかこちらに教わりに来るかのどちらかになることは目に見えていた。

気が楽になった紗夜は貴之に礼を言ってから、自分のターンを始める。しっかりとイメージしてから『ドロー』をしたことで、逆転の為に必要なものが全て揃うことになった。

 

「『神技(しんぎ)の騎士 ボーマン』に『ライド』!」

 

「引き当てたな……なら、そのままイメージを形にしよう」

 

紗夜は胴を覆う部分が獅子を形どっている、金と赤の二色で構成された鎧と、それに合わせた剣と盾をもつ剣士『ボーマン』に『ライド』する。

貴之の促しに頷き、紗夜はそのままターンを進める。どうせなら思い切ってやってみようと、ギターを始めて以来久しぶりにそう思うことができた。

 

「手札から登場した時、手札を一枚捨てることで『ボーマン』のスキルを発動!山札から一枚、『ガレス』を手札に加え、そのまま『コール』します!」

 

後列中央に『ガレス』を『コール』したことにより、とあるユニットに『ライド』するための条件は全て整い、紗夜は一安心した笑みを見せる。

 

「あなたは……これを予見していたんですか?」

 

「俺にそんなことはできねぇな……。ただ、お前の為に集まったユニットたちの諦めたくない想いは感じ取れた……。そんなところかな」

 

――さあ、今こそ『昇級(ライド)』する時だ。そう言われた紗夜は笑みを浮かべて頷いた。

 

「手札にいる『灼熱の獅子 ブロンドエイゼル』のスキル!『ボーマン』と『ガレス』が『ヴァンガードサークル』、または『リアガードサークル』にいる時、『キルフ』を『ソウルブラスト』することでこのユニットに『ライド』します!」

 

紗夜は獅子をモチーフとした鎧に身を包んで、左右に一対の剣を持つ『ブロンドエイゼル』に『ライド』する。

 

「『ゴールドパラディン』……。他の『パラディン』と名の付いた『クラン』と比べて、かなり攻撃的ね」

 

「他の二つと比べると安定性には欠けるけど、その分条件が揃った時の爆発力が強みだね」

 

友希那は『ゴールドパラディン』の特徴を理解し、玲奈と貴之は再確認する。

また、この方法でも『ライド』したことに変わりはないので、紗夜は『イマジナリーギフト』の『アクセル』を獲得し、能力を説明してもらってその通りに処理を行う。

 

「この方法で『ライド』したターン……『ブロンドエイゼル』は相手のヴァンガードがグレードが2以下の場合、ドライブを1減らされてしまいますが……」

 

「今回は既にグレード3の『オーバーロード』になっているからそのペナルティは受けない……さあ、思いっきり来い」

 

貴之のお言葉に甘えて、紗夜は『アクセルサークル』に銀色の鎧を身に纏った『戦場の嵐 サグラモール』を『コール』する。

手札から『コール』したので『ソウルブラスト』をすることで山札の上から一枚引き、手札の中から『ガレス』を後列右側に『コール』する。

更にカードの効果によって『コール』したことので、『カウンターブラスト』をして『ガレス』のスキルを使いパワーを10000プラスする。

 

「まだあります……!もう一体『サグラモール』を『コール』して『ソウルブラスト』……!一枚引いてから『守護聖獣 ネメアライオン』を『コール』!手札から登場したので、このターンの間『ネメアライオン』はパワープラス3000と、『シールドパワー』プラス5000になります!」

 

空いている前列左側に『サグラモール』が、更にスキルで前列左側に赤い体を持ったライオン『ネメアライオン』が『コール』され、紗夜は全ての用意を終えた。

 

「では行きます……!『ガレス』の『ブースト』をした『ブロンドエイゼル』で……ヴァンガードにアタック!」

 

「ここは『ラクシャ』で『ガード』だ!」

 

宣言を聞いた紗夜は『ツインドライブ』を行い、一枚目に(フロント)トリガーを引き当てる。

どういう効果を持っているかを玲奈に教えて貰って処理を行い、二枚目を確認すると(クリティカル)トリガーだった。

 

「パワーは『ネメアライオン』に……(クリティカル)はヴァンガードに回します」

 

既に合計パワー28000の『オーバーロード』に、パワー30000になった『ブロンドエイゼル』が勝っているので、ガードしづらい状況を作り上げておく。

イメージ内で『ブロンドエイゼル』となった紗夜の放つ荒々しくも洗練された剣技に、『オーバーロード』となった貴之が斬られる。

その後『ダメージチェック』を行った結果はノートリガーだったことでダメージは5になり、紗夜はあと一回攻撃を当てれば勝ちとなる。

 

「後三回……!『ウェイピング・オウル』の『ブースト』した『サグラモール』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「『ター』で『ガード』!」

 

再びパワーが28000となった『オーバーロード』に、パワー21000の『サグラモール』では攻撃が届かず、イメージ内で『ター』の槍裁きに防がれてしまった。

 

「『ガレス』の『ブースト』……『ネメアライオン』でヴァンガードにアタック!」

 

「二体の『ター』と『バーサーク・ドラゴン』で『ガード』……さらに『アーマード・ナイト』で『インターセプト』!」

 

トリガー効果とそれぞれの上昇したパワーが重なり、合計値50000を叩き出した『ネメアライオン』の攻撃は、ユニットの集結によって合計値53000となった『オーバーロード』には届かなかった。

仕方がないのでもう一度攻撃をしようとした時、紗夜のみならず友希那と玲奈も貴之の状態に気づいた。

 

「あの攻撃で……全てを使い切ったのね」

 

「ああ……仲間を追いやっての勝利は、俺に合わないらしいな」

 

貴之の手札は無くなっており、『インターセプト』も使えない今、パワー32000となっている『サグラモール』の攻撃は防ぎようが無くなっていた。

先程の『アシスト』による代償が大きくのしかかって来ていたのだ。その状態は行動による報いかのようにも見え、貴之は自嘲するような表情になっていた。

――今なら、もう少し向き合えるかも知れないわね。そう思いながら、紗夜は『サグラモール』で攻撃をする。

この時の『ダメージチェック』はノートリガーだったので、ダメージ6となった貴之の敗北が決まった。

 

「とまあ、これでヴァンガードファイトは終了になるんだが……どうだった?」

 

「そうですね。難しいや、覚えることが多いなど、色々と思うところはありますが……」

 

確かに今答えていることも本音ではあるが、先に伝えることがある。そう決めていた紗夜は、それを伝えることにする。

 

「何か、忘れていたものを思い出せた……そんな気がするんです」

 

それが何かとは言うべきではない気がしたのでそこは伝えなかったが、いい意味のものであることは確かに伝えることができた。

意図を理解してくれたのか、貴之は「それは良かった」と満足そうに頷いた。

 

「あら?今度は人に思い出させるなのね……」

 

「流石あたしたちの先導者……やることがひと味違うね」

 

――またそれかよ……。二人に言われた貴之が困った笑みを見せる。

紗夜は困惑するだろうと思っていたが、口元を抑えて笑っていたので三人ともそちらに顔を向けた。

 

「お二人の言う通りだと思いますよ?」

 

紗夜の言葉を聞いて貴之は目を点にし、玲奈は貴之の肩を指で何度かつつき、友希那は貴之に向けて微笑みを見せる。

――この先も暫く続くだろうなこれは……。紗夜にもそう思われていることから、貴之は否が応でも認識せざるを得ない状況になった。

 

「さて……この後はどうする?氷川さんが望むならもう少し続けてもいいが……」

 

「私には妹がいますから、紗夜で構いません。参考が欲しいので、他の『クラン』も見せてもらってもいいですか?」

 

「分った。紗夜が望むならそうしよう。俺も姉がいるから貴之で構わない」

 

気を取り直してからどうするかを決め、互いに名前呼びの関係となってからもう一度ファイトの準備をする。

ちなみにこの二人は兄弟姉妹がいる都合上のものなので、友希那や玲奈が追及することは無かった。

貴之ともう一戦行った後は友希那と玲奈とも紗夜はファイトを行い、帰りに話しに上がっていた資料集を購入していた。

メロディ作りに関しては再びどこかで時間を合わせて作ることが決定し、紗夜はそれまでに練習と並行して資料集を読み進めることで、メロディ作りの参考を増やすことにした。

また、もう大丈夫だと言う判断の下、実は全員が日菜のことを知っていると話したら紗夜は「それなら先に言ってくれてもいいじゃないか」と顔を赤くしながら反論したが、荒れない状態で返せただけ大分良くなったと紗夜自身が安心していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

ヴァンガードに触れてから二日後。スタジオの予約が取れなかったので、紗夜は自主練習と資料の読み進めをするべく自宅に戻っていた。

部屋に戻って荷物を置き、着替えてから練習を始めようと思ったところで、日菜の部屋から拙いギター音が聞こえてきた。

しかしながらギターの入ったケースは自分が持っているので、誰が弾いているのかと考えて前にあったことを思い出す。

 

「(届いたのね……)」

 

とうとうこの日が来てしまったかと思った紗夜は、少々不安になる。

それは日菜があっさりと抜き去るかどうかではなく、自分が荒れないで済むかどうかだった。

自分が変わろうと思っているからか、以前とは違う不安だと思いながら日菜の部屋に向かい、ドアをノックする。

 

「……?誰?」

 

「私よ、日菜」

 

「……おねーちゃん!?」

 

珍しいと思いながらも、向こうから来てくれたのが嬉しいので日菜はすぐにドアを開け、「どーしたの?」と問いかける。

 

「あなたの部屋からギターが聞こえたから気になって……届いたのはいつ頃?」

 

「あたしが帰って来てからすぐだよ!最初だから上手く弾けないけど……」

 

頬を指でなぞりながら「あはは」と照れたように笑う日菜を見て、紗夜は貴之の言っていた「始めは誰だって同じ」と言うのを改めて理解する。

それによって少し気が楽になった紗夜は日菜から練習法を聞いた後、一度自室に戻って自分が初心者時代に使っていた物を渡す。

 

「これを参考にすれば、少しは楽に練習できるはずよ」

 

「……いいの?」

 

――ホントに何があったんだろ?不思議に思いながら日菜が問いかけると、紗夜は「今はあなたが持っておいた方がいい」と答える。

ここで大事なのは「もう要らないから」と言う諦めではなく、「今は自分よりもあなた」と言う継続を示す言い方に変わっていることだった。

また辞めるのかと不安になってはいたが、「使わなくなったら返して」と言われたことで日菜は笑顔で礼を言う。

 

「あっ、これってどう使うの?」

 

「説明書を開いて。見ながら教えるから」

 

始めてだから分からないと言うところは同じ。違いは参考資料等を使って独学中心の紗夜と、紗夜から教わるのが多くなりそうな日菜だった。

二日前にヴァンガードに触れていたからなのかもしれないと、長い時間普通に話せる自分に気づいた紗夜は安堵していることを感じた。

 

「(これからどうなるかは分からないけど……簡単に負けるつもりはないからね?)」

 

日菜に教えている最中、紗夜は日菜に向けての対抗心が久しぶりについているのを感じた。




紗夜のデッキはブースターパック『ULTRARARE MIRACLE COLLECTION』に入っている『ゴールドパラディン』のカードで組んだデッキになります。
中の人ネタで『ペイルムーン』も考えましたが、玲奈が既に使っていることと、それをやったら他の人でもやる必要に駆られそうなのでそれは無しにしました。

日菜のギター関係の話しは「紗夜はギターが残されたものと認識しているから、こういう所の反応は敏感でも良さそうだ」と思ってこうしました。
Roseliaシナリオ1章で気づけなかった理由も、音漏れ対策してたと考えれば大丈夫そうですが、こちらでは紗夜が変わろうと頑張ってるので既に気づいていると言う展開に。

次回かその次回が終われば再びRoselia1章の本編に戻ります。
本編を楽しみにしている人は待たせてしまってすみません。


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イメージ17 共有した蒼薔薇(イメージ)

今回は短めに纏まりました。


「あの後借りられましたか?」

 

「ええ。期限は問われていないわ」

 

日菜がギターを始めてから翌日。スタジオで練習して一度休憩を挟むことを決めた瞬間、友希那と紗夜は準備できているかを確認する。

友希那の回答はとても満足できるもので、焦らないで良いと言うことが紗夜に一つの安心材料を与える。

 

「では……」

 

「そうね。この時間を使いましょう」

 

しかし時間が限られているのもまた事実で、二人は進めるべく鞄の中に手を入れてある物を取り出そうとする。

この行動はいくら真面目な二人でも、異例の事態だった。

 

「なんか……凄い真剣だね?」

 

普段の休憩時間なら友希那と紗夜もここで一回クールダウンするのだが、それが見受けられない故にリサが困惑している声を出す。

何があったんだと思っているのは燐子とあこも同様で、未だリラックスする様子の見えない二人を目の当たりにして顔を見合わせ、同時に首を傾げる。

今日は何か起きそうな気がする……。そう思いながら行く末を見守っていると――。

 

「メロディ作りの為に……」

 

「こちらを読み進めて行きましょう」

 

突然の空気の変わりように振り回され、見守っていた三人は思わずすっ転びそうになる。

その際、リサが「アタシたちの緊張を返して!」と思わず大声でツッコみ、燐子とあこも首を素早く縦に二回程振って同意を示す。

普段音楽に関して真面目な二人が、いきなりヴァンガードに関する資料集を読みふけると言う今までにない行動もあり、驚きも多ければ脱力感も大きかった。

それ程、この二人の行動が表面上の彼女たちからは想像できないことだった。

 

「二人とも……どうしてヴァンガードの資料を読み始めたんですか?」

 

問いかけた燐子のみならず、リサとあこも気になっていることなので、三人揃って不思議そうに二人を見ていた。

 

「実はこの前、メロディ作りをしている際に私の知識不足が致命的なものだったので、貴之君(・・・)の所へ事前学習しに行ったんです」

 

「その時にこの資料集のことを教えてもらったから、私たちはそれぞれの手段で手に入れて、また時間ができた時に作る為の参考を集めているの」

 

「びっくりしたぁ~……今日は休憩時間すら練習するのかと思いましたよ」

 

理由はこの二人らしいものだったので、三人はどうにか納得できた。

体力強化は継続して行っているあこだが、いくら体力をつけたとしても厳しいことに変わりはないので、脱力気味に安堵する。

また、この時リサと燐子は紗夜の呼び方に気が付いた。

 

「今井さん……氷川さんがですけど……」

 

「ああ……貴之を名前呼びしてたね。貴之も兄弟姉妹がいるなら緩めてる感じあるし、いずれはこうなるとは思ってたけどね」

 

燐子は紗夜が名前呼びする姿を見ていないので驚いていたが、リサはまあこの二人ならそうだろうと思っていた。

同時に、貴之と名呼びの関係になった人の中で『兄弟姉妹がいる』、『昔からの付き合い』の二つが当てはまらない燐子は特例だと改めて実感することになる。

ちなみにリサも日菜のことを知っているのは既に知られていたので、話題に上がったらその時程度にはなっている。

兄弟姉妹等の話しは人間関係に影響するので大事ではあるが、それともう一つあこの言葉で気付くことがある。

 

「ところでリサ姉、あこたちだけじゃない?ヴァンガード触れて無いの」

 

「あ……!そう言えばそうだったね……」

 

紗夜は何で始めたかを聞いてみると『ゴールドパラディン』だったこと教えてもらう。

これが『アクセル』の『イマジナリーギフト』を持っていたので、それに関しては全て揃っていることも判明した。

すぐに決められることではないが、今後のことも想定してライブを行う前……或いはその直後に触れに行こうと言うところで落ち着き、一通りの話しは決まった。

 

「さて……一度ここまでにして練習に戻りましょう」

 

「まだ読み終えていない部分は、独自で読み進めて行く方向でいいかしら?」

 

「構いません。ここには練習の為に来ているのですから、そちらを優先しましょう」

 

二人が資料集を鞄にしまってスイッチを切り替えたので、三人も慌てて準備を始める。

休憩時間中、友希那と紗夜の二人に視線を釘付けにされてしまっていた三人はこの時、水分補給を忘れたことに気づいて嫌な汗を流す羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……よし。これででき上がりね」

 

週末に時間が取れたので再びメロディ作りに挑んだ結果、見事に完成させることができた。紗夜がヴァンガードに触れて丁度一週間経つかどうかと言った時期だった。

 

「私が知っていれば、もう少し早くできたのですが……」

 

「いえ、今回はテーマがテーマだから、仕方ないわ」

 

早ければその日に完成していたものが完成しなかったのは、お互いの意思疎通不足と言うことで手を打った。

出来上がったことをCordで伝えた後、紗夜が友希那に声を掛ける。

 

「そろそろチームの名前を決めてもいいかと思うのですが、どうでしょう?」

 

「確かに……そろそろ決めてもいいわね」

 

これからライブをするにあたって、チームの名前が決まっていないのは後々覚えが悪くなって苦労することになる。

しかしながらこれは二人で決めていい話では無いので、そのことで大丈夫な日を確認しておく。

すると全員今日は空いていると言う運の良さだったので、早速集まる場所を決め、そこへ移動することにした。

 

「チームの名前……組んだ人に合わせていたから、自分から提案することはあまりしなかったわね……」

 

「……恥ずかしながら私も、自分から進んで決めようとはしていませんでした……」

 

合流する為に商店街を移動している際に、二人はチーム名を決める時はあまり積極的で無かったことを悔いる。

前回のヴァンガード関係の話しを持ちかけようとした時は、お互いの意図を知らなかったからそれで終わったが、今回は事情を知っているので「別にここまで似ている必要はないでしょう」と思った。

流石に五人で考えればどうにかなるだろうと思ってはいるものの、全て任せきりにするつもりは無かった。

 

「(あの時……始めて五人で音を合わせた時に見えていた、蒼の薔薇……)」

 

「(それを提案してみるのも、いいかもしれませんね)」

 

同じことを考えている二人はこれが自分たちだけではなく、後から合流する三人も見ていたことをもう間もなく知ることになる。

 

「あっ!友希那さ~ん、紗夜さ~ん!」

 

目的地に近づくと、先に到着していたあこがこちらに気づいて手を振ってくるので、こちらも手を振って答える。

 

「早かったわね?」

 

「あこの家、ここの近くなんですぐに来れるんですよ~」

 

「そう言えば、宇田川さんは商店街から近いんでしたね」

 

何故あこがここまで早く来れたかは、バンドの練習をした後帰り道が途中まで同じの紗夜は知っていた。

今回の集合場所に一番近いのはあこ、逆に一番遠いのは四人の内誰かになる。

 

「曲の方って出来上がったんですよね?」

 

「ええ。まだ楽譜の印刷ができていないから、渡すのはまた後日になるけれど……」

 

「後はライブの日程を決めたら、それに向けて練習……当然出来上がったばかりの曲も練習するので、忙しくなると考えた方がいいと思います」

 

その宣告を聞いたあこは「うへぇ」と言うかのように、気が遠くなった顔をする。

ただしそれは一瞬だけで、ようやくライブができることへの喜びの方が大きいからその方面に表情が変わる。

そうして張り切る様子を見て、友希那と紗夜もそう来なくてはと安心した笑みになる。

 

「遅過ぎなければ楽譜の印刷をしませんか?」

 

「そうね。早く終わった場合はそうしましょう」

 

「ホントですか!?よーし、頑張ろ~っと!」

 

張り切るあこに期待しながら、紗夜が名前を考えるのは得意かを聞いてみるとあこの表情が一転、すぐさまひきつった笑いに変わる。

震えながらあこが「実は苦手です……」と、涙目一歩手前になりながら答えたので、友希那と紗夜は謝った。

過度な期待をして他人を追い込むつもりは無いのだが、ただでさえこのチームは友希那と紗夜(自分たち)の影響が大きいのだから、気を付けようと自分の中で戒めておく。

待っている間話し合いながらでも良いから考えていると、リサと燐子がやってきたので、店内に入って考えることにした。

 

「さて……先程連絡したけど、チームの名前を決めようと思うの」

 

「チーム名かぁ……アタシあまり得意じゃないんだよねぇ~……」

 

「私も……こういうのは時間が掛かってしまいますね……」

 

友希那が切り出すと、燐子が比較的的マシと言うだけでまさかの全員が苦手と言うことが発覚し、とても難儀しそうな状態で始まった。

リサは「友希那と紗夜の影響が色濃く出ているだろう」と予想しながら考える、燐子はあこが考えた案が大丈夫かどうかの査定もするのが重なって更に遅くなる。

ちなみにあこが提案しようとしたものは全て、燐子による選考段階で落とされていることを記しておく。流石に普段のノリで許容しようとは思えなかったのが一因している。

これらが相まって暫くの間何も名前が出てこなかったので、友希那は一度考えていた案を出してみることにする。

 

「私たちが始めて、五人そろって音を合わせた日を覚えてるかしら?」

 

「私がオーディションを受けた日ですね?」

 

燐子の問いには頷くことで肯定を返す。

全員がどうしたんだろうと思いながら聞いていると、友希那は「これを言っても信じてもらえるかは、分からないけれど……」と前置きを作った。

正直なところ、友希那は自分がこれを言ったら先に笑われそうだと言う不安もあった。

 

「それで、演奏をしている時……正確には終わる直前かしら?蒼い薔薇が咲いたようなものが見えたの……」

 

不安げに話した後、全員が目を点にするのが見えた。

自分がそう言うのは余りにも合わなかっただろうか?それともおかしいと思われているだろうか?そんな後ろ向きな考えが友希那の心境を支配し始めようとする中、ごくあっさりと解放されることになる。

 

「あ、アタシも見えたんだけど……みんなは?」

 

「……リサ?」

 

リサが安堵と困惑を入り混じった声で問いかけたことが発端で、友希那も目を丸くする。

普通に話しを続けてくれと言われればまだ良かったのだが、二人揃って偶然同じものとなると流石に硬直の一つや二つは生まれる。

 

「あっ、蒼い薔薇ならあこも見えた……!」

 

「実は……私も見えました」

 

一人が同じだと言い出せば相乗効果なのか、二人が手を挙げてくれた。店員に誤解されないように注意を払うことは忘れていない。

一気に過半数を超えたのもあり、今度は友希那が安心感を得る番だった。

ここまで全員同じならと、答えた三人と一緒に友希那は紗夜の方に期待を込めた視線を向ける。

 

「私も見えていました……正直なところ、言おうか迷っていたんです」

 

紗夜も少し安心したような笑みを浮かべてそう言ったことで、全員が共通のものが見えていたことが分かった。

そんなこともあり、全員が見えた蒼い薔薇を使おうと決まる。

 

「そう言えば、蒼い薔薇ってどんな花言葉があるの?」

 

「以前はどの国にも存在しないことから『不可能』と言う意味を持っていましたが、その蒼い薔薇の開発に成功したことから、近年では『不可能を可能にする』や『奇跡』、『夢叶う』と言う意味が加えられました」

 

――努力が報われたことから、『神の祝福』なんて言われることもありますね。紗夜の説明を聞いたリサは、自分たちの巡り合わせを一種の『奇跡』と捉え、同時に『不可能を可能にする』と『夢叶う』の意味は好ましく思っていた。

 

「薔薇って英語にすると『Rose(ローズ)』だったよね?」

 

「うん。蒼に関しては言うまでもなく『Blue(ブルー)』……ただ、この二つを両方とも使うと語呂が悪いから、薔薇を主軸に置いた方がいいのかな?」

 

そのままでは味気無いので別の言い方に変えようと考えることに決め、意味合いの確認とそれを元に少しずつ読み方を変えていく。

その後これがいいと決まった読み方に、何か入れられそうなものや、合わせられそうなものを探していく。

 

Roselia(ロゼリア)……と言うのはどうかしら?」

 

そうして考えていく内に、友希那から一つのチーム名が提案された。

 

「な、なんだろう……凄いビビッと来る感じがする……!」

 

「アタシはいいと思うよ。お洒落な感じもあるし♪」

 

「みんなで決めたから、大丈夫です」

 

「自分たちで使うと決めた蒼い薔薇も込められていますし、問題ありません」

 

全員が賛成だったと言うことが分かり、「決まりね」と友希那は笑みを浮かべる。

 

「私たちはRoselia……。自分たちだけの音で『奇跡』を奏で、『夢を叶え』ましょう」

 

チーム名の決定が宣言され、全員がこれから頑張ろうと言う意識を共有した。

その後時間が時間だったので今日は解散とし、後日ライブの日程決めと出来上がっていた曲の楽譜を渡してそちらの練習も加えていくことが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「参加予約はこれで完了です。当日は遅れないようにしてくださいね」

 

「はい。当日はよろしくお願いします」

 

チーム名が決まった翌日、いつも通っているライブハウスでライブの参加チーム募集の知らせがあったので、友希那たちRoseliaは早速それに参加を決めた。

早めに到着していたことから練習を始めるより前に手続きを済ませてしまい、時間が来たら部屋の鍵を借りて練習の準備を始めた。

ちなみに、ライブの日は今日から二週間後になっている。

 

「お待たせしました。こちらがもう一つの新曲の楽譜になります」

 

「待ってました!結構楽しみにしてたんだよねぇ~♪」

 

準備ができたところで、紗夜から新曲の楽譜がパートごとに渡される。

リサを筆頭に反応は概ね良好で、曲に対する意欲は十分だった。

 

「今すぐ覚え始めるのもいいけど……そこは個人差が出てしまいそうですね……」

 

「それが懸念されるから、この曲に関しては次回までに各自で練習して覚えましょう。今日は他の曲を中心に練習するわ」

 

燐子が危惧していたことは友希那も同感だったことから、それを起点として練習の方針が決まる。

他を疎かにするつもりも無いので、特に反対意見は起こらない。

 

「暫くの間は忙しくなるし……筋肉痛には気を付けないとなぁ~……」

 

「体調管理も気を付けましょう。体の調子を崩して本番で満足な演奏ができないのは困りますから」

 

一瞬だけ気が遠くなるあこだが、紗夜の言っていることは脅しでも冗談でも無いのでやるしかないと割り切る。

あこはドラムを担当する以上、他の人と比べて管理すべきことが多いがそこは我慢してもらうしかなかった。

そこまで整理した紗夜は何か声を掛けようかと思ったが、あこがすぐにいつもの調子に戻っていたのでその心配は無かった。

 

「もう大丈夫ね?時間も限られているし、早速始めましょう」

 

――私は……どんな答えを出すのかしら?そんな疑問を抱きながら、友希那はRoseliaのメンバーと共に練習を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これで大丈夫だな?」

 

「うん。ありがとう」

 

友希那たちが練習している時から進み、貴之は小百合に頼まれた買い出しを終えたところだった。

当分の間何かと外出の多かった分、予定の無かった今日は家で小百合に任せていることを手伝っているのだ。

ちなみに今頼まれていたのは、切れかかっていた洗剤や安売り店が行われている食材の買い出しで、安いうちに買おうと言ったところになる。

 

「今日は手伝ってくれてありがとう。後は私がやっておくから休んでて」

 

こちらが外出系のことを殆ど全て任されていたのもあって、小百合のもう大丈夫の合図には素直に頷いて部屋に戻る。

今回は素直に頷いたと言うよりも、正確には外出させっぱなしを理由にこれ以上はもう手伝わせてもらえないのだ。

そんな小百合の意図を汲み取って部屋で情報収集を行おうかと思っていたところで、携帯に電話がかかってくる。

 

「もしもし?」

 

『いきなりで悪いな。ちょっとお前に見てもらいたいものがあって電話させてもらったんだ』

 

電話を掛けて来た主は俊哉で、彼の話しを聞いて指定されたサイトをパソコンで開く。

そのサイトは友希那が今日も通っているライブハウスにて行われる、ライブ開催のお知らせだった。

 

「ここに誰か参加するのか?」

 

『詳しくは参加チームの情報が載ってるところだ……。俺もそうだが、お前にとっても朗報だぞ?』

 

言われるがままに、貴之は参加チームの情報が載ってるページに飛んでみる。

そこには確かに、朗報と呼べるものが載っていた。

 

「Roselia……こりゃ確かに朗報だな」

 

『そういうことだ。お前も当日見に来るか?』

 

新曲からメンバー探し等、結果としてRoselia結成に深く関わった身としては余程のことがない限り行くつもりでいた。

そんなこともあり、俊哉の問いには迷うことなく肯定を返すと同時に、一つだけ確認もしておいた。

 

「後、最近知り合ったやつも一人呼んでいいか?そいつもライブ興味持ってるみたいだし、俺らと同じヴァンガードファイターだから波長も合いそうでさ」

 

竜馬も今回のことを知ったら来るだろうと思った貴之は、彼が一緒でも大丈夫かの確認をしてみた。

簡単な人なりを聞いた俊哉も、『なるほど……』と普段通りの声音ではあるが、興味深そうな様子が伺える。

 

『そう言うことなら大丈夫だ。それなら近い内に顔合わせしておきたいな……』

 

「なら……俺が後で声を掛けとくから、その後日程調整しようか」

 

『それがいいな。じゃあそっちは頼むわ』

 

その後チケットの予約は俊哉が自分と貴之の分を行い、竜馬には自己判断で頼む形に決めてから電話を一度切る。俊哉が取ってくれるチケット代の片方は、貴之が後払いで返すことが決まっている。

電話を終え、貴之はすぐに竜馬へ連絡を取って確認をしたところ、殆ど間をおかずに了承し、空いてる日程を教えてくれた。

話し合いの結果、今から一週間後……つまりライブ一週間前に三人で顔を合わせることが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「てなわけでどうも。俺が神上竜馬だ」

 

「よろしく。もう聞いてるかもしれないが、俺は谷口俊哉だ」

 

顔合わせ当日になり、『カードファクトリー』にて俊哉と竜馬は顔を合わせた。

こうなった理由としては、竜馬がファクトリーまでの道のりを知っているから現地集合にしようと決まっていたからになる。

 

「話しで聞かせてもらってたけど……二人とも小学からのつるみなんだったよな?」

 

竜馬の問いに二人とも頷いて肯定する。

関わりのきっかけが貴之にヴァンガードの話しを聞いたことと言うのを話せば、彼が改めて先導者であることを示された。

 

「湊って昔はどんな感じだったんだ?」

 

「昔も同年代と比べると少し大人しめだったな……歌が好きだったことも変わらない」

 

竜馬に問われたので、貴之は答えながら小さかった頃を思い返す。

出会った当時からそうなのだが、友希那とリサ、そして貴之の三人の内彼女は一番大人しめで、リサが年相応、貴之はその中間と言った形だった。

大人しめと言っても友希那も普通に話しに応じたり笑ったりはするし、貴之も自分だけ異性と言う状態への戸惑いから来るものであった。

貴之もそうである辺り、『好きこそものの上手なれ』なのかなと竜馬は考えた。

 

「今はそんなことないけど、一時期は荒れてたことで本当に必要な話し以外聞かないとかあったんだ……」

 

「なんか……その荒れてた時期は聞かない方がよさそうだな……?」

 

俊哉からちょっとヤバい情報もらったと思った竜馬が冷や汗をかく。

もし戻っていなかった場合は、今頃『孤高の歌姫』とでも呼ばれていたのだろうか?この場にいた三人は全員でそんなことを考えた。

しかしこれは過ぎた話しであり、推測の域を出ないものだったのが理由ですぐに有耶無耶になる。

 

「当日は全員またここに集合するか?」

 

「それでよさそうだな。差し入れ準備しとかないとな……」

 

「それなら後でそういうので入って良いかは確認しとけよ?」

 

当日の予定があっさりと決まる中、友希那たちに確認しないとわからないところがあるので、それは解散した後貴之が確認と言う形で纏まる。

ちなみにライブのことを知った小百合は、当日に入っている授業のせいでいけないと言う事態にあり、貴之は当日のライブがどうだったかを教えて欲しいと懇願された。

頼んだ理由は友希那とリサが上手くやれているかが気になったとのことなので、それならと貴之は快諾した。

 

「まあ決めるのは大体こんなところか……」

 

その後はドリンク等がどうなっているか確認と、それに合わせた水分補給の確保する手段を確率させる程度で話しが纏まり、何事もないならこれで解散でも大丈夫な状態になった。

 

「せっかくならファイトしねぇか?ここにいる三人が全員ヴァンガードファイターってことだし……」

 

「あっ、それいいな……じゃあ順番に回していくか」

 

竜馬の提案に俊哉が乗ったことで話しは成立し、提案した二人からファイトを行うと言う形になった。




次回から本編戻るかな……

アレ?ライブするってのにまだ俊哉のデッキ公開してねぇ!

これはヤバいと思った故に次回ファイト展開です。
それが終わったら今度こそ本編に戻りますので、もうしばらくだけお待ちください……(汗)。

最近展開遅めのタグが遺憾無く力を発揮し始めました……。


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イメージ18 鋼鉄の戦士たち

オリジナルキャラだけの空間でファイトすると、文字数少なめになるみたいです。
解説等が減るからでしょうか?

何故かサブタイの代を付け忘れていたので付け直しました


「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

俊哉と竜馬がファーストヴァンガードを表に返した。

 

「『ライド』!『次元ロボ ゴーユーシャ』!」

 

「『ライド』!『バトルライザー』!」

 

竜馬は前と同じく『バトルライザー』に、俊哉は白、青、赤(トリコロール)と黄色のアクセント、胸に『1』の数字が書かれている人型ロボット『ゴーユーシャ』に『ライド』する。

俊哉も竜馬の使うライザーシリーズと同じで、操縦席に乗り込む様な形にでの『ライド』だった。

 

「お前は『ディメンジョンポリス』を使うのか……」

 

「超テクノロジーで次元犯罪者を追う正体不明の正義の味方……それが俺の使う『クラン』だ」

 

俊哉の使う『ディメンションポリス』はファイト内にて、味方のパワーを増やすことで効果を発揮することの多いパワー型の『クラン』で、時折一撃必殺級のパワーを得ることすらある。

ただしその分安定性には欠け、ユニット同士で力を合わせなければ力を発揮するのは難しくなっている。

広い視野で見ると、竜馬の使う『ノヴァグラップラー』とはまた違った形での攻撃型『クラン』とも言えた。

 

「(この二つの『クラン』……ユニット次第でロボットアニメ見てぇな対決風景にできそうだな……)」

 

最初に並んだ二体のユニットを見ながら、貴之はそう考えた。

ちなみに俊哉が『ディメンジョンポリス』を選んだ理由は、「自分で巨大ロボとかを操縦できるなんて最高だ」と言うものだった。

昔に貴之と俊哉の二人で遊ぶ際、時折俊哉の誘いで二人してアニメの鑑賞をする時があり、その過程で俊哉に巨大ロボやその他ヒーローたちの魅力を教えられた貴之にとって、この光景は見てて心の踊るものだった。

――また機会があったら鑑賞の誘いに乗ってもいいかな……そう思いながら貴之はファイトの行く末を見守る。

 

「『次元ロボ ダイマリナー』に『ライド』!一枚ドローした後、『次元ロボ ダイタイガー』を『コール』!」

 

俊哉の先攻で始まり、まず最初に『ゴーユーシャ』と同じ色合いをして、数字の『4』が書かれている潜水用のロボット『ダイマリナー』に『ライド』し、後列中央に黄色いボディを持つ虎型のロボット『ダイタイガー』を『コール』する。

先攻は攻撃できないのでこのままターンを終え、竜馬に手番(ターン)を渡す。

 

「『ライド』!『ジェットライザー』一枚ドローして、『デスアーミー・ガイ』を『コール』……このまま攻撃だ!」

 

竜馬は『ジェットライザー』に『ライド』し、後列中央に『デスアーミー・ガイ』の『コール』を行ってすぐに攻撃を行った。

これに対して俊哉はノーガードを選択し、『ドライブチェック』がノートリガー。『ダメージチェック』もノートリガーだったので、俊哉のダメージは1になる。

イメージ内で竜馬の乗った『ジェットライザー』が拳を突き出し、俊哉の乗っている『ダイマリナー』に打撃を加えた。

竜馬がターンを終了し、再び俊哉に順番が回る。

 

「『次元ロボ ダイドラゴン』に『ライド』!更に『コスモビーク』と『次元ロボ ダイランダー』を『コール』!『コスモビーク』のスキル、『カウンターブラスト』してこのユニットとヴァンガードのパワーをプラス5000だ!」

 

「そっちも早速パワー強化か……面白れぇ!」

 

俊哉が赤と白の二色が目を引く翼竜型のロボット『ダイドラゴン』に『ライド』し、前列右側に白い鷹型のロボット『コスモビーク』と、後列右側に長大な砲身を持つ白、青、赤(トリコロール)の戦車型ロボット『ダイランダー』を『コール』する。

この時、『コスモビーク』のスキルで上がった二体を見て、竜馬が口元を吊り上げる。

 

「まだもう一個あるぜ?『ソウルブラスト』して『ダイドラゴン』のスキル!ヴァンガードのパワーをプラス5000!」

 

「これで『ダイドラゴン』の合計パワーは20000……相変わらず最初からデカいパワーだな……」

 

元々パワー10000だった『ダイドラゴン』の上がりぶりを見て、貴之は改めて関心する。

比較的序盤のターンで、バトルが始まる前からここまで高いパワーを準備できる『クラン』が中々存在しないの為、これが『ディメンジョンポリス』の優利点の一つになっている。

 

「じゃあこっちも攻撃だ……『ダイタイガー』の『ブースト』……『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「いいぜ……俺はノーガードだ」

 

宣言を聞いた俊哉が『ドライブチェック』を行うとノートリガーで、竜馬の『ダメージチェック』もノートリガーだった。

イメージ内で俊哉の操縦する『ダイドラゴン』が口の部分からビームを放ち、竜馬の操る『ジェットライザー』を穿つ。

 

「ヴァンガードの攻撃がヒットした時、『ソウル』に置くことで『ダイタイガー』のスキル発動!相手ユニットを一体退却させる!」

 

――済まないが頼むぞ!イメージ内で俊哉の頼みを聞き入れた『ダイタイガー』は、『デスアーミー・ガイ』にのしかかるように組み付き、その後僅かな時間を置いて自爆する。

これによってダメージ限界を超えた『デスアーミー・ガイ』が光となって消滅し、『ダイタイガー』は白い光の球となり、『ダイドラゴン』の中に吸い込まれるように入っていく。

このリアガード退却能力は短期決戦で押し切りたい『ノヴァグラップラー』には効果的で、現に竜馬は苦い顔を見せた。

 

「次、『ダイランダー』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

この攻撃に対しても、竜馬はノーガードを選択する。次のターンにおける手数を減らしたくないからだ。

イメージ内で『ダイランダー』の砲撃と、『コスモビーク』のミサイルによる斉射が竜馬の操る『ジェットライザー』へ雨のように降り注いだ。

攻撃がヒットしたことによって行われる『ダメージチェック』はノートリガーだったので、竜馬のダメージが2となった。

 

「『ライド』!『ハイパワードライザーカスタム』!スキルで『バトルライザー』を『コール』して、更に二体の『アイアン・キラー』と『ライザーカスタム』、二体目の『デスアーミー・ガイ』を『コール』だ!」

 

「一気に六体全部か……どうするかな」

 

二回目のターンが回ってきた竜馬は『ハイパワードライザーカスタム』に『ライド』し、スキルで『バトルライザー』を後列右側に『コール』する。

更に前列の二つに『アイアン・キラー』、後列左側に『ライザーカスタム』、後列中央に『デスアーミー・ガイ』を『コール』する。

流石にスキル込みで四回全て受けると言うのは避けたいので、どこか一つは『ガード』したいと俊哉は考えた。

 

「じゃあ行くぜ……『バトルライザー』の『ブースト』した、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードだ」

 

一回目の攻撃はノーガードを選択する。

イメージ内で『アイアン・キラー』の右手に付いた鉄球で殴られた後、『ダメージチェック』ではノートリガーだった。

 

「次、『ライザーカスタム』の『ブースト』した、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「トリガー出りゃ御の字だな……もう一回ノーガード!」

 

再びノーガードを選択したことで、イメージ内で俊哉の乗る『ダイドラゴン』が二体目の『アイアン・キラー』の鉄球に殴られる。

ヒットが確定したので『ダメージチェック』を行うと、俊哉の思惑通り(ドロー)トリガーが引き当てられ、パワーをヴァンガードに回した。

これによって、俊哉は次の攻撃を気楽に構えることができるようになる。

 

「こうなりゃこっちもトリガー勝負だ……!『デスアーミー・ガイ』の『ブースト』した『ハイパワードライザーカスタム』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「受けて立つぜ……!こっちはノーガードだ!」

 

「よし……『ドライブチェック』……!」

 

竜馬がトリガー勝負と言った理由は、『ダイドラゴン』のパワーが起因する。

トリガー効果を得た『ダイドラゴン』は20000で、『デスアーミー・ガイ』の『ブースト』を得た『ハイパワードライザーカスタム』のパワーは18000。トリガーが引けなかった場合は攻撃がヒットしないのだ。

しかし攻撃がヒットしなくても退却することは無いので、手札を増やせることもあって攻撃は無意味と言うわけではないのだ。

そして竜馬はここで(ドロー)トリガーを引き当て、トリガー勝負に打ち勝って見せた。

この結果に、今度は俊哉が苦い顔をする羽目になった。せっかく三回で終わると思った攻撃は、結局四回になってしまったからだ。

 

「効果はヴァンガードに!更に攻撃がヒットしたことで、『ハイパワードライザーカスタム』のスキル発動!左側の『アイアン・キラー』を『スタンド』させて、更に『ライザーカスタム』も『スタンド』!」

 

俊哉の『ダメージチェック』はノートリガーで、これでダメージが3になる。

更にもう一回攻撃が飛んでくるが、俊哉は迷った末にノーガードを選択する。手札を減らさず、次のターンで巻き返すことを選択した。

次の『ダメージチェック』はノートリガーでダメージが4になると言う、かなり痛い結果となってしまった。

そうしてダメージが竜馬より倍溜まった状態で俊哉の番が回って来るが、彼の表情には諦めではなく、ここからだと言いたい色が宿っていた。

 

「行くぜ……!次元を超えて偉大な勇者の降臨だ!トランスディメンジョン!」

 

「(俊哉の主力ユニットが来るな……)」

 

俊哉の掛け声で貴之は何が来るかを察した。

彼は主力、或いは切り札となるユニットに『ライド』する際は「トランスディメンジョン」の言い方に変わる。

俊哉が『ダイドラゴン』から光となって離脱した後、『ゴーユーシャ』とその他三体の『次元ロボ』が集まり、『ゴーユーシャ』を起点に合体を始めて行く。

合体を終えた後、俊哉はそれによって誕生したユニットの操縦席に乗り込んだ。

 

「『超次元ロボ ダイユーシャ』!」

 

その姿こそ、『ゴーユーシャ』のフィニッシュフォームである『ダイユーシャ』であった。

俊哉の「トランスディメンジョン」と言う掛け声は、『ダイユーシャ』になる為の合体を行う際に必要な合言葉でもある。

始めてファイトを終えた後にこれを知った時は悔しがり、それ以来必ずこの掛け声をするようにしていた。

 

「『ダイユーシャ』か……何が何でもこっちの主力を見せたくなったな……!」

 

「なら耐えきってくれよ?『イマジナリーギフト』、『フォース』!」

 

似たり寄ったりな種族の入ったデッキ同士の対決で、更に主力が巨大ロボット同士となれば、竜馬も燃え上がるものを感じ、俊哉もそれを受けてニヤリとした顔をする。

また、『ディメンジョンポリス』の『イマジナリーギフト』は『フォース』で、俊哉はこれの効果をヴァンガードに与えた。

 

「頼むぜお前ら!」

 

「(トリガー次第じゃちょっとヤバいかもな……)」

 

その後俊哉は後列中央に白い指揮官を彷彿させる衣装が特徴の『コマンダーローレル』、前列左側に二体目の『コスモビーク』、後列左側に二体目の『ダイタイガー』を『コール』する。

当然『コスモビーク』のスキルを使うことで、『ダイユーシャ』と『コスモビーク』のパワーをプラス5000することも忘れない。

この時『ダイユーシャ』のスキルが問題で『ガード』しなければならないかもしれないと、竜馬は頭を悩ませることになった。

 

「よし……『ダイタイガー』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「……それはノーガードだ」

 

一瞬迷いながらも竜馬はノーガードでやり過ごす。

この時の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが3になった。

 

「次……『コマンダーローレル』の『ブースト』、『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードのパワーが30000を上回っている時、『ダイランダー』のスキルで『インターセプト』はできない!」

 

「賭けに出るか……ノーガードだ!」

 

竜馬はここでノーガードを選択する。トリガー次第ではここで負けてしまうが、手札が足りないとこちらも次のターンでまともな攻撃を仕掛けられないのだ。

更に俊哉の言う通り『インターセプト』を封じられていることも起因する。元々『インターセプト』をしてもあまり変わらないが、ここまでされたら潔くノーガードを選択しようとなった。

現在『ダイユーシャ』のパワーが34000……スキルを使うのに現在パワーが1000足りないので、運が良ければ最低限のダメージでやり過ごせるからだ。

その思惑が通るかどうかの『ドライブチェック』で、俊哉は(ヒール)トリガーを引き当てたことで、彼の思惑は外れてしまうこととなった。

 

「パワーはヴァンガードに回してダメージを回復……。この時パワーが35000を超えたことで、『ダイユーシャ』は(クリティカル)がプラス1される!」

 

「ここで外れたか……!」

 

「(次のトリガー次第で勝負が決まるな……。仮に決まらなくても、次の攻撃は否が応でもガードを強要する)」

 

パワーが規定値である35000を上回り、44000となったことで『ダイユーシャ』の(クリティカル)が2となり、次のトリガー次第で勝負を決められる可能性が出てきた。

これが相当な痛手であることを理解している竜馬は焦りを見せ、貴之は冷静にファイトの流れを把握する。

二枚目の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、残念ながらこの攻撃で終わりと言うことはなくなったが、次につなげるべくパワーは攻撃をしていない『コスモビーク』に回された。

イメージ内で俊哉の乗る『ダイユーシャ』が、竜馬の乗る『ハイパワードライザーカスタム』に盾による殴打、剣を振り下ろしての一閃という順番で攻撃を浴びせる。

 

「仕方ねぇ……『ダメージチェック』……!」

 

ダメージ6にならないだけマシだと割り切って『ダメージチェック』を行うと、二枚の内一枚(フロント)トリガーを引き当てる。

これで前列のパワーを上げることができたので、『ガード』はしやすくなった。

しかしヴァンガードの攻撃がヒットしたことで『ダイタイガー』のスキルが発動され、今度は『ライザーカスタム』を退却させられることになる。

 

「最後……『ダイランダー』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石に防がないわけには行かねぇ……『ウォールボーイ』で『ガード』!」

 

ヴァンガードのパワーが30000を上回っているので『ダイランダー』のスキルは継続されており、この攻撃も『インターセプト』は許されない。

しかしこちらの『コスモビーク』はスキルを使っていないので、トリガー効果しか得ておらず、『ブースト』込みでも28000であることが幸いだった。

それ故に、竜馬はトリガー効果のパワーに加えて、『ウォールボーイ』で『ガード』を宣言することによって合計パワー39000となって防ぐことに成功する。

もう攻撃が残されていないので、俊哉はこれでターンを終了する。

 

「よし……それじゃあ次はこっちの番だ!『パーフェクトライザー』に『ライド』!」

 

「『パーフェクトライザー』か……!こうなったらこっちも耐え切んないとな……」

 

竜馬は『パーフェクトライザー』に『ライド』し、貴之とファイトした時と同じような動作を取らせる。

ユニットを見ては勿論のこと、イメージ内での動きに感銘を受けた俊哉はこのターンを耐え、次のターンでこちらも描いているイメージの動きを見せようと決めた。

俊哉の意気込みを聞いた竜馬も「耐えられるならな」と念押しをしながら、『アクセルサークル』の設置を行う。

その後『メインフェイズ』にて、『アクセルサークル』にその名の通り複数の腕を持つ『アシュラ・カイザー』を『コール』する。

ユニットを退却させられていなければ全ての場を埋めてからアタックができたのだが、残りは『ガード』に残した方がいいユニットと、後列では効果が無いユニットしか残っていなかった。

 

「(6回攻撃……とは言っても、これがキツイことには変わりねぇな)」

 

前回の8回攻撃と比べれば防ぐ回数も少ないし、ユニットが全て揃っていないのが幸いだった。

しかしながら俊哉は貴之と違い、手札を増やした回数が少なく、自ら数枚消耗しているのが問題だった。

その為どちらにしろ手札管理で厳しい戦いを強いられるのは目に見えていた。

 

「仕方ねぇ……まずは『アシュラ・カイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

それに対して俊哉はノーガードを選び、イメージ内で『アシュラ・カイザー』の六本の腕が持つそれぞれの武器に攻撃を受ける。

この時の『ダメージチェック』がノートリガーだったので、俊哉のダメージが4になる。

 

「次は左の『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここもノーガード……!『ダメージチェック』……」

 

本来パワーが9000しかない『アイアン・キラー』はスキルで14000まで上がっている為、パワー13000の『ダイユーシャ』を上回り、攻撃が通ることになっている。

これも『ガード』しなかった俊哉は『ダメージチェック』を行い、結果はノートリガーになった。

 

「行くぜ……!『デスアーミー・ガイ』の『ブースト』、『パーフェクトライザー』でヴァンガードにアタック!この時二枚『カウンターブラスト』して、『アシュラ・カイザー』と『アイアン・キラー』を『スタンド』!」

 

「それを喰らうつもりは無いな……『ダイヤモンド・エース』で『完全ガード』!」

 

ダメージが既に5まで蓄積している以上、俊哉にはここからの攻撃は否が応でも防ぐしかない。

手始めに、相手ヴァンガードの攻撃は『ドライブチェック』も想定して『完全ガード』を選択する。

イメージ内で金、青、赤の三色で構成された宝石のような身体を持つ『ダイヤモンド・エース』が竜馬の操る『パーフェクトライザー』から俊哉を護りきる。

その後の『ツインドライブ』では一枚(ドロー)トリガーが引き当てられ、パワーは『アシュラ・カイザー』に回された。

これで最大の危険あるヴァンガードのを乗り切ったので、俊哉は残された手札と場にいるユニットで残り三回の攻撃を防ぐことになる。

 

「『アシュラ・カイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『次元ロボ ゴーレスキュー』で『ガード』!」

 

二回目の『アシュラ・カイザー』による攻撃は、救急車のようなロボット『ゴーレスキュー』に阻まれる。

パワー32000の攻撃は、『ゴーレスキュー』で加算された33000のパワーを前に通らなかったのだ。

 

「次は左の『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ジャスティス・コバルト』で『ガード』!」

 

『アイアン・キラー』の攻撃は蒼い身体を持つ戦士『ジャスティス・コバルト』で防ぐものの、これによって俊哉は手札が一枚になってしまい、しかも『ガード』に使えないユニットだった。

しかしそのユニットが勝利の鍵を握っているので、ここは何としても耐えきる必要があった。

 

「最後だ……右の『アイアン・キラー』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「頼むぞ……左の『コスモビーク』で『インターセプト』!」

 

幸いにも『インターセプト』ができるので、それを活用することで14000に対して18000と言うギリギリのパワーで防ぎきって見せる。

決めきれなかったことに対して、竜馬が一瞬だけ苦い顔をすることになった。

 

「ターン終了……さあ、そっちの耐えきりたかった理由を見せてくれよ?」

 

「ああ……俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。ちょっと準備に時間かかるのは許してくれよ?」

 

しかしそれがすぐに終わったのは、俊哉との波長の合わさり具合の良さにあった。

互いにヴァンガードファイターでライブを見たりする。極めつけには使用しているデッキが互いにロボット系で、似た路線で独自のイメージがしっかりと形成されている。

ここまで似た者同士になってくると、もうファイト出来ているだけでも楽しくてしょうがないのだ。竜馬がファイト好きであることもそれに拍車を掛けている。

 

「『ダイマリナー』と『ダイドラゴン』を『コール』!登場した時、二枚『ソウルブラスト』して『ダイドラゴン』と『ダイマリナー』のスキルをそれぞれ発動!」

 

前列左側に『ダイドラゴン』、後列左側に『ダイマリナー』を『コール』し、スキルで『ダイユーシャ』のパワーがプラス5000され、更に『ダイマリナー』のスキルにより、『ダイユーシャ』の攻撃は最低でも二枚以上のガードを強要することになる。

このターンを耐えきらなければならない状況下に置かれている竜馬にとって、『ダイマリナー』のスキルは特に厄介なものだった。

 

「更に『ダイユーシャ』のスキル発動!リアガードを望む枚数『レスト』して、その枚数分だけこのターンの間パワーをプラス10000!今回は『ダイランダー』を『レスト』!」

 

イメージ内で『ダイランダー』がエネルギーを放出して待機状態になる代わりに、俊哉の乗る『ダイユーシャ』がそれを受け取って出力が上昇する。

『ダイドラゴン』のスキルと『フォース』の効果も合わさって、現在のパワーは38000まで上昇し、(クリティカル)プラスの条件も満たしていた。

竜馬はこの攻撃が来ても一回だけなら防ぐことができるのだが、その攻撃を防ぐ際に厄介なことがある。

 

「ここで狙うか……!『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ツインブレーダー』で『完全ガード』!」

 

「『ダイマリナー』のスキルがあるから、もう一枚出してもらうぜ……」

 

『完全ガード』をすることが出来ないとは言っていないが、二枚以上と言うのは『完全ガード』だろうと何らかのユニットを共に『コール』することを強いる。

忘れていた訳ではないが、ダメージが5まで蓄積している状況で、無駄に手札を消費させられるのが一番苦しいことだった。

やむを得ないので竜馬は『シャイニングレディ』も『ガーディアン』として『コール』し、攻撃を防ぎ切った。

この時『ツインドライブ』を行った俊哉が、二枚の内一枚(クリティカル)トリガーを引き当て、これを『ダイユーシャ』に割り当てる。

今この場には経験者しかいないことと、俊哉の主力が『ダイユーシャ』であることから、何故リアガードにパワーを回さなかったかは全員が理解している。

 

「グレード3のヴァンガードがアタックしたバトル終了時、そのユニットのパワーが45000以上で、このターンに登場していないなら『カウンターブラスト』することで『スタンド』させる……」

 

トリガー効果を得られたので、『ダイユーシャ』のパワーは48000。更に登場したのは一つ前のターンである為、手札にあるユニットの条件を満たしていた。

――待たせたな……切り札の登場だ。俊哉は手札から一枚のカードを手にとって宣言すると、竜馬も来るように目線で促す。

 

「ならお言葉に甘えて……手札からトランスディメンジョン!」

 

俊哉の乗っていた『ダイユーシャ』が光に包まれ、その光が消えると『ダイユーシャ』が更に複数の『次元ロボ』と合体し、先程まで持っていた剣と盾の代わりに両手で振るうための巨大な剣が手を動かせば取れる位置に突き刺さっていた。

 

「『究極次元ロボ グレートダイユーシャ』!」

 

「(そうだこれだ……!これが俺の見たかった光景(イメージ)だ!)」

 

そのユニットの名は『グレートダイユーシャ』で、イメージ内で『グレートダイユーシャ』に乗り込んだ俊哉は剣を引き抜き、右足を前に出した状態で剣の先を竜馬の乗る『パーフェクトライザー』に向けて構える。

動きを見た貴之は口元を緩め、竜馬は俊哉が見せたかったものを理解する。

 

「最高だぜ……!お互いにこんなイメージ持ってるなんてよ……」

 

「それは俺もだ……このターンで勝負の行方が嫌でも決まっちまうのが悲しいところだが」

 

これ以上にない程高揚している二人だが、このターンを制した方の勝ちだと言うのが分かっていて寂しさも覚える。

――だが、終わったら終わったでまたやればいい。二人は同じ顔を合わせてそんな考えを目で伝えあって頷いた。

 

「『グレートダイユーシャ』が登場した時、スキルで前列にいるユニット三枚のパワーをプラス10000」

 

これにより『ダイドラゴン』と『コスモビーク』のパワーが20000に、『グレートダイユーシャ』は二枚分ある『フォース』恩恵が重なって43000になる。

『ダイユーシャ』と違い(クリティカル)の増加はないが、その代わりに自身以外のユニットもパワーを上げることができるので、リアガードの攻撃を通しやすくなる利点がある。

 

「これで決めにするぞ……『コマンダーローレル』の『ブースト』、『グレートダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

現在『グレートダイユーシャ』のパワーは49000。先程一枚多く使わされてしまい、防ぐことの出来なくなった竜馬はトリガー勝負に出るしか無かった。

宣言を聞いた俊哉が『ツインドライブ』を行い、一枚目はノートリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーを引き当てたので、パワーをまだ攻撃していない『コスモビーク』、(クリティカル)はヴァンガードに回す。

処理が終わった後、イメージ内で俊哉の乗る『グレートダイユーシャ』が竜馬の乗る『パーフェクトライザー』へ一直線に向かって行き、手に持った巨大な剣を横に一閃することで切り裂く。

攻撃がヒットしたので竜馬が『ダメージチェック』を行うが、結果は一枚目の段階でノートリガーを引き当ててしまい、この段階でダメージが6となって勝敗が決した。

 

「「ありがとうございました」」

 

終わってすぐ二人は挨拶と同時に握手をし、互いに同胞と巡り会えた喜びを分かち合う。

このファイトが終わるまで全く口を開かなかった貴之だが、ここまで波長の合った二人に対する水入りは無しにしようと言う考えだった。

少しの間二人が今回のファイトはどうだったとか、今使っている『クラン』を選んだ理由は何にあると言ったことを話しているのも同様で、聞かれない限りは無理に入り込むことはしなかった。

ちなみに竜馬が『ノヴァグラップラー』を選んだ理由としては、超速攻型と言う『クラン』のコンセプトらしい。大介と弘人も自分の使う『クラン』はコンセプトで選んだらしく、自分たちと比べると合理的な理由だった。

 

「これだけ話すとまたやりたくなってきたな……!」

 

「それはいいな。こっちもまだ燻ってる感じあるし、やろうか?」

 

「ああ……お前ら?盛り上がってるところ悪いが俺を忘れてんぞ?」

 

このままだと自分が完全に空気になりそうだったので、貴之は口を開いて制止する。

そこで二人は「あっ……」と声を上げ、苦笑交じりに謝る。

貴之も二人が完全にファイトする空気だったので今回は譲り、次はどちらかが交代と言う形で納得してもらった。

その後全員で一周ファイトを行って、来週のライブ当日にまた会おうと言って解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「他に分からないところはある?」

 

『いや、大丈夫だ。こんな時間に悪かったな』

 

夕方になり、友希那は貴之に当日どうなっているかを聞かれたので電話で答えていた。

練習もあるのに時間を取ってしまったことに貴之が詫びるが、休憩時間なのでそこまで気にしていなかった。

 

『じゃあ、当日を楽しみにしてるよ』

 

「ええ。期待以上のものを用意して見せるわ」

 

自信を持った回答を返して、友希那は電話を終える。今日は午前中にチームでの終えている為、今は部屋で個人練習をしていた。

当日はカバー曲が複数と、新しく作り上げた二つの曲を演奏することになっていて、友希那はそれの楽譜を見ながら歌の精度を確認している。

これ以外にも、歌詞の間違い等も無いとは思うが確認していく。Roseliaで最初のライブである以上、つまらないミスはしたくないのだ。

 

「(結局まだ答えは出ていない……大きく動くのは、Roseliaでのファーストライブね)」

 

個人練習やチームでの練習をしながら、何気ない会話から等も自分がどの道を望むのかを探している友希那だが、まだ指針の針が大きく動いてはいない。

来週のファーストライブが最も大きな影響を及ぼすのは目に見えていたので、当日はありとあらゆるものを見逃さないようにしようと友希那は決めていた。

正直なところ、他の人たちは自分たちと一緒にバンドをやると答えを出してくれているのに、未だに迷っている自分を振り返ると非常に申し訳ない思いがこみ上げてくる。

 

「こんな私だけど、フェスが始まるまでには答えを出すから……」

 

――ごめんなさい。もう少しだけ待っていてくれるかしら?四人に詫びと問いかけをしながら、友希那は練習を再開した。




俊哉のデッキは『アジアサーキットの覇者』のパックで出てくるカードによって編集した『ディメンジョンポリス』デッキになります。
『シ』と『ジ』の間違いにはお気を付けを……私も執筆途中で間違いに気づいて直した部分があるのですが、もしかしたら残っているかもしれません……(汗)。

次回からようやくRoselia1章の10話に入ります。
本編早く読みたいと思ってた人は長らくお待たせしました。


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イメージ19 黒き叫びから始まる蒼薔薇の伝説

執筆中にRoseliaシナリオ10話を確認する

『FWFに出て結果を残してプロ入り』と言うように書いていた部分が、『コンテストで結果を残してFWFに出る』と言うのが正しいことに気付く。

やっべ!直さな!(細部修正)

こうなって少々遅くなりました……(泣)
この辺間違えると見られかた大きく変わってしまうので気を付けたいです。
貴之は案外すぐに約束果たせそうだけど、友希那は途轍もないほど約束までの道のり長ぇやん!とかってなったりしますから……

久しぶりにRoseliaシナリオに戻ります。
今回は10話部分……つまりはファーストライブです。


「~♪」

 

Roseliaのライブが控えた前日の放課後。帰宅していた日菜は鼻歌を歌いながらギターの練習をしていた。

自分も自分で、翌日募集が掛かっている場所にギターでオーディションを受けに行くので、今日は最後の確認をしている。

紗夜に見てもらったことで早く基礎を覚えきった日菜は、その後は自分でギターを弾ける場所を探して応募。そのまま送られてきた課題曲の練習を始めて今に至った。

 

「う~ん……一人でずっと同じ曲弾いてるってのもなぁ~……」

 

明日が本番なのでもう少し練習しててもいいと思う日菜だが、絶対にただ疲れるだけのタイミングが来るだろうと分かってしまっていた。

何しろ練習しようにも楽譜は見ないで弾けるようになってしまい、精度も高い状態を維持できているので、最早やることが無い。

強いて言えば始めたばかり故に表現力と言うもの理解が乏しい点を思い出し、それの練習をしてみることにする。

こうして殆どの物事……当然ギターも例外なくあっさりと出来るようになって見せた日菜だが、彼女の致命的な部分が一つある。

 

「(あたし……人の気持ちがよく分からないからダメなのかな……?)」

 

日菜は昔から度々「人の気持ちが分かっていない」と言われていた。

本人自身に悪気があるわけではないのだが、ちょっとだけ物事に触れさえすればあっさりとそれをこなしてしまうのは今に始まったことではない。昔からそうなのだ。

子供の頃からそうなので、物事の捉え方も自分基準になってしまい、他の人が上手く行かない所を見て純粋に聞いて見れば、怒りを露わにした状態で「お前に何が分かる」と言った趣旨の回答が返って来る。要するに『持たざる者の持つ者に対する妬み』である。

最初の方こそ紗夜は「人それぞれ」だと窘めてくれたが、後に彼女からも責められてしまうことになった。彼女は能力差を感じてのものだが、それでも実の姉から距離を置かれるのは堪えるものがあった。

しかし最近は向こうから歩み寄ろうとしてくれてるので嬉しさが勝るが、未だにどうしてそうするようになったかが分からず、いつか話して欲しいと思っている。

 

「日菜、いる?」

 

「……!いるよ~!」

 

ノック音と紗夜の声が聞こえたことで、自分の手が完全に止まっていたことに気づいた。

流石に心配されたのだろう。慌てて答えたら「入るわよ?」と一言入れてから彼女が部屋のドアを開ける。

部屋に入ってきた彼女は制服姿で、外も暗くなっていることから、本番前の最終確認をチームのみんなで終えた後だと分かる。

 

「あら、練習していたの?」

 

「ああ~……してたにはしてたけど、表現って言うのがちょっと分からなくて……」

 

――これどうすればいいの?日菜はいつも通り聞いてみたのだが、珍しく紗夜がどうするべきか迷っているような表情を見せた。

 

「あ……あれ?何かダメだった?」

 

「い、いえ……その部分は私もあまり得意じゃないから……」

 

聞いては行けないと言うわけではないことが分かって安心するが、今度は解決が楽じゃないことに困る羽目になった。

それに対して、紗夜がこれから学んで行けばいいと答えを出したので、それに乗っかることにする。

この二人、教えた者と飲み込みが異様に早い者と言う組み合わせなので、技量的な面では心配は要らないのだ。

 

「そう言えば、明日私たちはライブがあるけれど……」

 

「あたし……明日はこっちでオーディションがあるから行けないんだよねぇ~」

 

日菜に募集要項の紙を見せてもらった紗夜は、それが『アイドルバンド』と言うまた新しいものを行おうとしているのを知る。

それを見て、日菜がギターを募集していると言う理由で志望したであろうことは、簡単に予想できた。

ちなみにライブに関してだが、リサにも一度誘われており、日菜はそれも同じように断る羽目になっている。

 

「ああ!あたしも行きたかったよぉ~っ!」

 

「もう……今回は仕方ないでしょう?」

 

頭を抱えながら唸る日菜を見て、紗夜は苦笑交じりに窘める。

気を取り直して学ぼうと言うところで夕食ができたことを彼女らの母に言われたので、また後でやろうと言うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

ライブ当日の放課後。ファクトリーの前で待っていた貴之と俊哉の下に、竜馬がやってきた。

学校の帰りだったので今日は三人とも制服姿で、竜馬一人だけ黒を基調としたブレザー制服を着ていた。

 

「お前のそれ宮地(みやじ)高校のか?」

 

「ああそうだ。俺が後江行くには家が遠すぎたからな……」

 

宮地高校は以前貴之たちが行った『ルジストル』より更に商店街から離れている場所にある学校で、バンドとヴァンガードの人口がどちらも少なめの進学校だった。

そんな進学校でもバンドの人口があるのは近くにあるライブのお陰で、ヴァンガードに関してはとあるファイターが人口確保に一助しているのだが、それはまた後ほど知ることになる。

合流出来たことから時間も無いので、早速三人は近くのスーパーで差し入れ用の飲み物を買ってからライブハウスに移動を始める。

 

「これ……俺が渡した方がいいよな?」

 

「ああ……確かに、全員とまともな面識持ってんのなんてお前だけじゃないか?」

 

貴之の問いに俊哉が肯定する。現状全員と普通に話したことのある人間は貴之ただ一人だった。

これに関しては友希那と燐子以外の顔を知らない以上、竜馬も反対はしない。

俊哉の場合も友希那とリサ以外だと妙な空気が流れる可能性を否めないので、やはり貴之が一番すんなりと行くだろう。

 

「『セトリ』の一部が隠れてる……本番のお楽しみか?」

 

「それって確か、何を演奏するかの一覧表みたいなやつだっけ?」

 

「ああ、それで合ってる。隠れてるってことは新曲混じりか……」

 

移動する最中に確認していた『セトリ』の内、二曲だけ非公開だった。

友希那が曲を作るのに協力していたので、貴之はもしそうならと考え、本番まで待つことにした。

確認していた竜馬自身も「知れたらラッキー」程度に考えていたので、それ以上深く探らないことを選ぶ。

 

「おっ、見えて来たな……」

 

暫く歩いていると目的のライブハウスが見えてきた。

まだ時間はあるものの、時間を掛け過ぎてRoseliaの調整時間を奪うつもりは無いので、手短に終わらせようとこの場にいる三人は意識を固めていた。

受付で差し入れのことを話すと、メンバーが控えている場所に案内すると言ってくれた。

 

「じゃあ俺たちは先に場所取っておくから、後で合流しよう」

 

「ああ。すぐに戻ってくる」

 

差し入れを渡しに行くのは貴之一人となり、俊哉と竜馬は先に場所取りに行ってくれた。

場所を教えてもらったので控え室に行こうとしたところ、そこに「私もいいですか?」と呼び止める声が掛かる。

そこには後江の制服を着ている、茶色の髪をポニーテールにした女子生徒が一人いた。

 

「君は……?」

 

「私は、隣りのクラスにいる真崎(まざき)梨花(りか)。あなたは転校して来た遠導君だよね?」

 

女子生徒……梨花の問いに貴之は肯定を返し、隣りのクラスならば確かに面識は無くてもおかしくはないと考える。

何しろ貴之は転校生。一ヶ月あるかないかの時間では把握できる人にも限りがある。

さらに言えば、貴之は自分がヴァンガードファイターで友希那たちと関わりがあったことから交流関係の固まりが早く、その人たちといる時間が自然と多くなっていた。

 

「ところで、真崎さんはRoseliaにどんな用があるんだ?」

 

「実は私、最近まで湊さんとバンドを組んでたの……」

 

――だから、ちょっとだけ顔を出しに行こうと思ったの。率直に聞いてみた貴之に対して、梨花は寂しげな笑みを見せて答える。

その表情を見て、貴之は何かマズイことを聞いたかも知れないと思って詫びるが、梨花は自分の近況と彼女への応援等をして新しく歩き出す旨を伝えに行くつもりでいることを教えてくれた。

彼女の話しを聞いた貴之は、そう言うことならと彼女の同行を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「実際にライブをするって分かると……どうしても緊張しますね……」

 

「あこも……ここに入ってから妙に震えてる感じが……」

 

貴之が来る数分前、Roseliaのメンバーは控え室で待機していた。

練習を散々やってきたから大丈夫と言いたいところだったが、本番直前と言うのが緊張を強いる。

 

「大丈夫だって……二人とも、肩の力抜いて行こ?いざって言う時に動けなかったら……大変だし……」

 

「リサ……あなたも震えているわよ?」

 

実際にライブに出るのが始めてとなる燐子とあこを見て、気を楽にしてあげようとしたリサは自分の緊張を隠せなかったことで友希那に指摘を受けた。

リサは久しぶりだからと言うのもあるが、彼女が慣れない内は緊張しやすい人だと言うのは友希那には筒抜けである。

そんなこと無いと言って誤魔化そうとするリサだが、目が泳いでしまって上手くいかないでいた。

リサがそうなっているので、燐子とあこも慌てて始める。そんな様子が見えた友希那はやれやれと言いたげに肩をすくめ、一言投げることにした。

 

「あなたたち、イメージしなさい。今日のライブでいつも通り上手く演奏できて、見ているお客さんから称賛を受ける……そんな姿を」

 

『…………!』

 

まさかの友希那が行う貴之式の意識誘導だが、それによってハッとした三人が落ち着いて想像(イメージ)を始める。

少しすれば三人の気が楽になり、落ち着いたと言う旨が返ってきたので友希那としても一安心だった。

 

「湊さん……染まりましたか?」

 

「そこまででは……無いと思うわ。ただ、この三人にはこれが早いと思ったの」

 

紗夜に問われて一瞬友希那が焦って顔を朱色に染める。

自分から頼み込んだのもあるが、貴之がここに戻ってきて以来ヴァンガードに関わる時間が急激に増えたからその可能性を否めないでいた。

何とも言えない空気になりそうなところで、自分たちがいる控え室のドアをノックする音が聞こえた。

これに反応した五人の中で、たまたま一番出口に近かったリサが進んでドアを開けに行った。

 

「あっ、貴之……今来たの?」

 

「丁度今来た。これ、差し入れで人数分だ」

 

やって来たのは貴之で、ビニール袋にペットボトルを五本入れた状態でやってきていた。

それを渡されたリサは「ありがとう」と言って受け取る。

 

「でもごめんね?出てきたのが友希那じゃなくてさ?」

 

「ば……!今はその話ししなくていいだろうに……」

 

多分出てくるのはリサだろうと思ってはいたが、友希那が出てくることも期待していた貴之にとって、それは完全に図星だった。

それ故に、案の定頬を赤くしながらリサに反論する。しかしそんな状態を長く続けるわけにもいかないので、即座に気を取り直す。

 

「ああ、そうだった。友希那に用のある人が来てるんだが……今大丈夫か?」

 

「……お客さん?ちょっと待ってて」

 

リサがそのことを伝えると、友希那は「すぐに行くわ」と返してリサと交代する。

 

「待たせたわね。それで……私に用がある人って?」

 

「ああ。その人なんだが……」

 

貴之がその人を紹介しようとすれば、その本人が大丈夫と言いながら、貴之の肩の近くから顔を出した。

 

「私だよ。湊さん」

 

「……えっ?真崎さん……?」

 

まさかの来客が梨花だったこともあり、友希那は驚いた。まさか最近まで組んでいた人がこちらに来るとは思ってもみなかったのだ。

大抵の人は自分が抜けていった後は距離を置く傾向があるのだが、彼女はただ一人、そうであっても自分から歩み寄ろうとしてきた例外中の例外となった。

梨花は友希那と二人で話したいと言うことを伝えたので、貴之は受付の近くで彼女を待つ事にした。

 

「えっと……」

 

貴之が移動している間も梨花の表情を見ていたのだが、彼女の表情が穏やかなままだったので、友希那は何から話せば言いかに困った。

これが恨み節に近いような表情なら、言いたいことを全部吐き出して貰えばいいと考えていたのだが、その考えはあっさりと崩されている。

そうして友希那が迷っている内に、彼女の方から口を開き、話を持ち掛けて来てくれた。

 

「久しぶりだね。新しいチームはどう?」

 

「……技術面を見れば今までに無いチームになった……のかしら。向上心も十分だから、私の歌が他の人を塗りつぶすことも無いと思う……」

 

梨花は率直な質問を投げるが、それですら友希那はぎこちない回答をしてしまう。

仕方のないことだろう。言い訳をしてまで彼女のいるチームを抜け、それから程なくして新しく組んだ人たちとファーストライブをしようとしているのだ。

何か一つ間違えれば強く糾弾されてもおかしくはない。その考えが、友希那の声を震えさせていた。

 

「大丈夫?いつもと比べてぎこちないよ?」

 

「……あなたこそいいの?あなたには……いえ、以前私がいたチームの人たちみんなが……私を恨む権利がある……」

 

特に自分が抜けた直後に嗚咽の声を上げていた梨花は、他の誰よりも恨んでいいはずだと友希那は考えていたが、その本人が全くそんな様子を見せなかった。

当の本人に至っては「なんだそのことか」と全く気にしていない……というより、気持ちを切り替え切った状態だった。

梨花もそうだが、残されたメンバーたちが友希那を恨んではいないことを伝えると、友希那が目を点にして困惑している様子を見せる。

 

「あの後、みんなで話し合って『私たちも上に行きたい』ってなったの。ボーカルは今いるメンバーでやりたいって理由で私になった」

 

「そうさせてしまったのが私で、本当なら謝らなければ行けないというのに……あなたたちが続けてくれていたことを嬉しく思っているわ……」

 

自分が脱退した後、折れてしまったかも知れないと思っていたが、それどころか更なる向上心を得たと言うことを知った友希那は目が潤んだ。

友希那の言う通り、事情もあって手放しで喜ぶことはできない。何しろこのような状況を引き起こしたのは友希那本人だからだ。

こう言う場面に直面すると、リサが脱退するより前の頃の方が楽だったと思うが、今更あの頃に戻りたいとは思えない。

どうするべきかに迷う友希那だが、梨花がもう一度「メンバー全員がもう大丈夫だから、気負わないで欲しい」と言われたので、これ以上この考えは持たない事にした。

できればもう少し話したかった二人だが、いい加減ここで切り上げないとライブが始められなくなってしまう時間になってきていた。

 

「それじゃあ、ファーストライブ頑張って。良かったらまた今度一緒にライブしようね」

 

「ええ……その時は、お互いに最高の演奏をしましょう」

 

梨花から差し伸べられた右手を取って、短く握手を交わす。

彼女の言葉と行動は友希那の気を楽にしてくれたと同時に、心にのしかかっていた重りを幾分か軽くしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「結局四人で固まることになったな……」

 

「な、なんかごめんね……せっかく三人で見るはずだったのに……」

 

「いやいやしょうがないって……もうどこも開いて無かったんだし」

 

友希那と話しを終わらせて会場の部屋にやって来た梨花だが、友希那の『歌姫』と言うネームバリューのせいかどこにも入れる余地が無かったので、俊哉と竜馬が確保してくれていた場所に混ぜてもらうことになった。

ただでさえその技量で有名となっている友希那が、集まってくれたチームの人たちと演奏すると言うのだから、集まれる人たちは一気に集まって来るのだ。

自分がいなければ「友人同士、男三人水入らず」になっていた筈なので申し訳ない気持ちになっていたが、俊哉の言う通り今回ばかりは本当に仕方ないだろう。

 

「…………?」

 

「?俺の顔に何か付いてる?」

 

梨花の視線に気づいた貴之が問いかけると、そうではないと返される。

最初に目が合った時からそうなのだが、貴之を見て気づけたことが一つだけあったのだ。

 

「遠導君と湊さんの目が……似ているように思えたの」

 

「俺と友希那が……?お互い打ち込んでいるものがあるからかな?」

 

梨花の発言に貴之は予想が付いていた。

分野が違えど、一つの物事で上を目指して進み続けるところは確かに同じだろう。

 

「こいつも友希那の歌みたいに、打ち込んでるものがあるんだ。ヴァンガードって言えばわかる?」

 

「ああ。あのカードゲームの……」

 

「俺らもやっててな……今日はバンドに興味があるヴァンガードファイター三人で集まったんだ」

 

――あれ?何この一人だけ場違いな感じ……?俊哉たちに教えてもらった梨花は変な汗が流れた。本当は互いに恋慕の情があることも関係しているのだが、俊哉はそのことを言わないでおいた。

自分だけ明らかに違う立ち位置になって、少しづつ焦りが出てきていた。一人だけ異性でヴァンガードファイターでは無くて、バンドをしている人……こうして自分のことを纏め上げると、余りにも場違いすぎた。

その様子を見て、流石に配慮不足だったことに気づいた貴之たちもフォローを入れようとした時、Roseliaのライブが始まると言うアナウンスが流れ、会場が一気に静まり返る。

 

「(あれが集めたメンバーか……)」

 

ステージ裏から入ってきたメンバーを見て、竜馬は意外にバラついた感じがあると思い、その理由はメンバーごとの第一印象にある。

友希那と似て非なる真面目さを感じさせるギターの紗夜。見た目こそギャルそのものだがどことなく優しさを感じさせてくれるリサ。その小柄な体格と標準(デフォルト)であろう表情から明るさを感じさせてくれるあこ。見事にバラバラなのだ。

ちなみに友希那と燐子に関しては、二人とも話してみれば柔らかい人だなと言う共通点はあった。外見だけなら友希那が真面目そう、燐子は大人しそうだった。

 

「初めまして、Roseliaです。今日は来てくれてありがとうございます」

 

友希那が挨拶をすれば会場が湧き上がり、その様子を見て貴之は一瞬だけ啞然とした。場の空気に対して中途半端に飲まれなかったことが原因だった。

それと同時に、周りの人に向けて一瞬で熱を与えたことを認識できることにも繋がっていた。すぐ近くにいる三人もその影響を受けていることが伺えた。

――このライブ、しっかりと胸に刻もう。そう決めた貴之は話しを最低限にライブを観ることに集中した。

 

「それでは、メンバーの紹介をします」

 

友希那が順番にメンバーを紹介していき、名を呼ばれたメンバーはパートごとのソロを軽く演奏することで答える。

最後に友希那のことはリサが呼び、四人で軽く演奏するのに合わせて友希那がお辞儀をすることで答えた。

紹介が終わったところに友希那から「今日はこの最高のメンバーで、最高の演奏を届ける」と言う宣言が飛び、それを聞いた観客たちが歓喜の声を上げる。

それだけ『歌姫』と呼ばれる程に至った友希那の影響力の大きさを表していた。

 

「メンバー紹介が終わったところで、早速始めます」

 

――私の答えはどうなるかしら……?心の中で自身に投げかけながら開始の宣言をすると同時に演奏する曲名を告げ、Roseliaのファーストライブが開始される。

ここからカバー曲を数曲歌っていくのだが、最初の一曲目から会場にいる人たちを一気に湧きあがらせて行った。

 

「おお!友希那が選び抜いただけあるな……!」

 

「あそこの人は前にも見たけど……他の三人は初めて?それにしても凄い腕前……」

 

「こんだけのモン見せてくれるなら何だっていい!もっと見せてくれ……!」

 

「(すげぇもん見せてくれるな……。新曲できてから余り時間が無かったのにこれらも全部こなすなんて、俺には真似できなそうだ……)」

 

俊哉はこの場にいる人たちの代弁をするかのように興奮を示し、梨花はメンバーの技量を見て感嘆する。

紗夜のことは何度か見ている梨花は、他の三人は一体どこでどんな練習をしていたかが気になってもいた。

リサは暫くぶりの復帰なのだが、梨花がバンドをしようとギターを始めたのはリサがベースを辞めるのとすれ違いのタイミングだった為、知らないのは無理も無かった。

竜馬も俊哉と同じで純粋に楽しむ為に来た身なので、練習の過程等は特に気にしていない。相当量やっているだろうなくらいの考えに留め、彼女らの奏でる音を聞くことに集中する。

貴之もまた、Roseliaのメンバーが重ねてきた努力を感じ取り、それによって出来上がった演奏には脱帽しかなかった。

 

「残す二曲はどちらもオリジナルの曲になります」

 

カバー曲の演奏が全て終わったところで、残すのは新曲であることを友希那が告げると、会場が再び湧き上がる。

――さて、どっちが来るかな?事情を知っている貴之と俊哉は予想を立て始める。

梨花は事情を知らないので新曲があるんだと、竜馬は何曲あるかまでは聞いていなかったので二曲あるんだと言う反応だった。

ただそれも悪い方向の受け取り方をしている訳では無く、こんな高レベルの人たちが奏でる新曲はどんなものかと言う期待だった。

周りにいる人たちも「その曲で盛り上げてくれ」等を、会場の空気で感じさせてくれる。

 

「では、まずは一曲目……『Legendary』を聴いてください」

 

先に選ばれたのは『Legendary』。この曲はいきなり歌いだしから入ることになるので、あこがドラムのスティックで合図を作ってから始まる形になる。

そしてその歌いだしの部分を聞いた瞬間、貴之と俊哉の二人はこれがどちらかにすぐ気づいた。

 

「貴之!これって……」

 

「間違いねぇ……!こっちが手伝い頼まれた方だ……」

 

今演奏しているこの曲こそ、友希那がヴァンガードをテーマにした新曲だった。

始めたばかりでも一切妥協しない姿勢が生み出したその曲は、歌いだしが終わった段階でしっかりと観客たちに熱を与える。

ちなみにこの曲を最後に持って来なかったのは、最初から作り上げていたもう一つの曲で締めくくるべきだと考えがあったからだ。

 

「なあ、ライブ終わった後ファイトしに行かねぇか?」

 

「ああ……!いいなそれ!どれくらいやる?」

 

「最低でも一周は回して……その後は場の流れでいいんじゃねぇか?」

 

「(やっぱり一人だけ場違いな感じが凄い……)」

 

演奏を聴いている途中、竜馬から出された提案に二人は乗っかる。

この曲を聴いていると、無性にファイトがしたくなってきていたのは三人共共通の思いだった。

当然のことながら、ヴァンガードファイターでない梨花は一人だけその空気に置いていかれることとなる。こればかりは触れない限り絶対に分からないことなので諦めるしかなかった。

空気的に置いていかれたことを割り切って聴くことに集中していた梨花は、「今月PV(プレビュー)数がトップを狙える」と言う興奮した様子の声が耳に入る。

今回のライブは実際の会場で見れない人たちの為に配信されており、その見ている数が非常に多いらしい。

また、その声を上げていた人物が注視しているPV数は、残り二曲がオリジナルと言うことで更に伸びる勢いを増しているらしい。

 

「(この曲が昔のような道に戻る可能性なら、次の曲はこのまま進む可能性と言うべきかしら……?)」

 

演奏が終わり、観客たちの歓声を聞きながら友希那は考えた。

この曲は自分が作曲したものの中では大分明るい方に入っており、次の曲はそれなりに暗めな方になっている。

友希那にはそれが、これからどちらに転がるかの分岐のようにも思えていた。

最後の一曲を演奏する前にメンバーの皆に顔を向けてみると、大丈夫だと言うことを頷くことで示してくれた。

 

「ラストになります、聴いてください……『BLACK SHOUT』」

 

ラストを飾ることになった『BLACK SHOUT』。これが元々考えていた方の曲であった。

宣言と共に演奏が始まり、歌いだしの前に入るメロディの段階で人を惹き付ける。

新しい始まりを感じさせる『Legendary』とは打って変わりダークな雰囲気の強い曲だが、この曲でも見事に会場を沸かせて見せる。

この曲の演奏が続いている間、竜馬は純粋に楽しみ、梨花はその技術力に終始圧倒されると言う状態になっていた。

俊哉の場合は「こういう時は余計なことを考えない」と言う信条の下、竜馬と同じく演奏を聴き入っている。

 

「(なるほど……聴いていれば所々遠回しな表現があるな……)」

 

――これが、俺が知らない間に抱え込んでたものなのか……。それを理解してしまった貴之は手放しで喜ぶと言うことはできなかった。

しかしそれが顔に出てしまえば要らぬ誤解を与える可能性があったので、それは避けてライブを楽しんでいる表情を見せることに務めた。

やがて最後の曲である『BLACK SHOUT』の演奏も終わり、会場が今日一番大きい歓声で包まれる。

 

「(凄いノリノリで行けたっ!もっと見てっ!Roseliaって超ーっカッコイイでしょっ!)」

 

「(最初は緊張してたのに、途中からすごく楽しんでた……。これならもう大丈夫。みんなと一緒だから……)」

 

「(久しぶりだけど上手くいってよかった~……。一人の時よりずっと上手く弾けるし、このバンドにはきっと、何かあるんだね♪)」

 

「(三人とも練習の成果が出てる……。本番が呼び起こしたのかは分からないけれど、この前以上に引き寄せられる感じもあった……)」

 

「(行けるかもしれない……このバンドなら)」

 

ライブをやりきって、Roseliaのメンバーはそれぞれの所感を抱く。

その中に誰一人として後ろ向きの考えを持ってる人はおらず、前向きなものだった。

今回のライブで答えが出るかと思った友希那だが、『FWF』を目指していることを伝えられるのが確定したが、まだその他の答えを出しきれないでいた。

 

「(でも……簡単に終わりたく無いと思っている。私も我が儘になったわね)」

 

もう少しだけ時間が欲しいなと思いながら観客に向けて挨拶をすると、大きな歓声と無数の拍手が返ってきた。

 

「(ここからが新しい分岐の始まりか……。友希那、後悔の無いようにな?)」

 

――それはさておき、今日は良いライブだったよ。考えを口には出さず、貴之も惜しみない拍手を送る。

Roseliaのファーストライブは大成功と言える結果になり、後日メンバーの技量等で大きく話題となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あの三人は『Legendary』で焚き付けられてヴァンガードしに行ったと……元気だねぇ~」

 

ライブが終わった後の帰り道で、リサが気の遠くなったように言う。

あの後ヴァンガードファイターの三人は、貴之が代表でこちらに感想を伝えた後、三人でヴァンガードをしにファクトリーへ急いでいった。

全員に面識があるのが貴之なのが選ばれた理由で、俊哉たちの思ったことを上手く纏めて話してくれた。

その様子を思い出した燐子も、同意の旨をリサに返した。

ちなみにヴァンガードをしに行く直前に三人が口を揃えて『今なら負ける気がしねぇぜ!』と言っていたのを見た時は、紗夜のみならず全員が数瞬呆然としていたことを記しておく。ちなみに立ち直りが最も早かったのは友希那だった。

 

「あれだけの元気……あこにも分けて欲しいよぉ~……」

 

「流石にドラムを叩き続けたから疲れているようね……どこか休める場所に行きましょう」

 

あこの疲れきっている様子を見かねた友希那の言葉を拾ったリサが、ファミリーレストランに寄ることを提案する。

丁度空腹感もやって来た頃だったので、これに関しては特に反対意見は出なかった。

強いて言えば一瞬だけ紗夜が渋ったが、他に案も出ないので受け入れることを選んで話しが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そうしてファミリーレストランに入った後、席に案内されてから少しの間は休憩として雑談の時間を軽く設けてみた。

 

「あははっ……!お腹いたい!あこ、もっかい!もっかいリクエスト!」

 

「この……闇のドラムスティックから……えと、何かが……アレして、我がドラムを叩きし時、魔界の扉が開かれる……!()でよ!『BLACK SHOUT』!」

 

リサはあこの『カッコイイ口上』を聞いて爆笑していた。普段のあことは打って変わった言い方が純粋に笑いのツボを押さえていた。

ちなみに貴之や俊哉もこれを聞いたら笑っていただろうが、それは『何かが……アレして』と言うカッコよく決めようとして上手く言えてない部分でになるだろう。

また、この時燐子がいつも通り「あこちゃん、カッコイイよ」だなんて言うものだから、もう一回『カッコイイ口上』が入り、再びリサが爆笑する羽目になった。

 

「……これ、ずっと続くのかしら?」

 

「流石に途中で止まると思いますが……」

 

一方で、その口上の良さが分からなかった友希那と紗夜は少々置いてけぼりになりかける。

続くにしろ流石にリサが持たないのと、あまりはしゃぎすぎるのも良くないので一回だけ注意喚起をする。

 

「はぁ~。笑い疲れた……ヴァンガードに闇とかが入ってる『クラン』ってあるのかな?あこ、それで始めたらいいじゃん」

 

「最後は本人次第ですが……その決め方は大丈夫なのですか?」

 

リサの提案も悪いわけではないのだが、紗夜は少々不安になった。そんな安直で大丈夫かと言う疑問が強かった。

 

「大丈夫じゃないかしら?貴之もそのユニット一つで『クラン』を決めたのだから……」

 

「ああ、前にコメントの部分で言っていましたね……」

 

友希那の回答で、燐子は以前に読んでいただ記事の内容を思い出す。

それはあこも読んでいたものだから知っていて、リサも昔から話しを聞いているから動じない。その結果、紗夜だけ一人困惑することになった。

 

「さて……遅くなりすぎない内に今回の結果と今後のことを話しましょうか」

 

「ええ。休憩も必要ですが、こちらを後回しにするわけにも行きませんから……」

 

ライブハウスから出た段階で空が暗くなっていたので、これ以上遅くなりすぎると帰りが相当な時間になってしまう。

休憩も十分だろうと判断して、友希那が切り出した。

 

「技術に関してですが、三人のレベルは短時間でかなり上がったと言って差し支えないでしょう」

 

「ええ。その結果が今回のライブを成功に導いた……。それは覚えておいて」

 

勿論、今の実力で満足せず更に実力をつけるつもりでいることは忘れないで欲しい。

友希那が言えば彼女たちは理解してくれていたようで、頷いて返してくれた。

 

「これからこの五人で本格的に活動するなら、あなたたちに目標を教えるわ」

 

「私は元々その為に組みましたから……ここで意思確認は必要ですね」

 

「「……?」」

 

「(ああそっか……まだあこと燐子が聞いてなのか)」

 

『目標』という言葉が出たことに、事情を知らない二人が首を傾げ、リサは理由に気づけた。

確かに最初から互いに意思疎通を済ませている紗夜と、友希那の前で宣言した自分とは違って、二人はまだ『一緒にやりたくてその技量を持っている』で留まっていたのだ。

 

「目標は『FUTURE WORLD FES.』の出場権を掴むために、次のコンテストで上位3位以内に入ること……その為に極限までレベルを上げてもらうことになるわ」

 

その練習メニューは後ほどメールで送ることと、音楽以外のことをする時間が大幅に減るのを留意して欲しいと伝える。

以前のままであれば、ついていけなくなった人には抜けて貰うと伝えていただろうが、ライブが終わった時に抱いた願望がそれを阻止した。

 

「ふゅーちゃー……」

 

「ワールドフェス……?」

 

あこと燐子が示し合わせたかのように言葉を繋げ、「何それ?」と言った様子を見せる。

これに対して入賞すればプロデビューも狙える大型の音楽フェスだと友希那は教え、詳しいことはサイトで見て欲しいと伝える。

 

「それだけ大きいフェスに出ることを目指しているの……だからこの場で聞かせてもらうわ」

 

――あなた達、Roseliaにすべてを賭ける覚悟はある?微笑みを見せながら、しかし真剣な様子で友希那は問いかけた。




Roseliaシナリオ10話が無事終了しました。主な変更点は……

・ライブ前日の会話がリサと日菜の二人ではなく、氷川姉妹の二人
・ライブ前に友希那が三人のフォローを行う
・この段階でRoseliaのオリジナル曲に『Legendary』が追加されている
・ライブ後の休憩を提案された時の対応が変化
・目標を話す友希那の言い方がある程度柔らかいものに

大雑把に上げるとこの辺りでしょうか。
ちなみにライブで演奏した楽曲を詳しく書いてはいませんが、カバー曲はガルパでプレイすることのできる、Roseliaが歌っているカバー曲の中から数曲抜粋されているものと考えて下さい。
『Believe in my existence』は本小説の場合『Legendary』の存在から採用を見送った形になります。

次回は学生には避けて通れないものの話を書こうかと思います。
また本編進まないのかと思った人はすいません……(汗)。


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イメージ20 戻りつつある笑顔

仕事が忙しかったことと、外出していたことで遅れてしまいました。


ライブ後のファミリーレストランにての問いかけの結果は、全員が改めて参加を決意。RoseliaはこれからFWFのコンテストを目指して活動をしていくことになった。

早速そのメニュー通りに練習を行ったところ、前以上に詰め込まれた内容に四苦八苦することもあったが少しずつついて来れるようになっている。

本番に向けてを考えるとまだ不十分と言えるが、本番になるまでに十分な実力を得てもらえればいいので、友希那と紗夜は『これからに期待』と言う評価を下している。

五人で共通の認識があるとすれば、言葉に出してはいないが『このメンバーで音を合わせると楽しい』、『いつも以上のパフォーマンス発揮できる』と言うものだった。

このまま続けていけば、コンテストで結果を残し、父の音楽を認めさせると言う目的も一歩進むことができるだろう。

 

「今週からテスト期間に入って帰りも早くなりますが、時間の使い方は間違えないようにしてくださいね」

 

「(と、思った矢先にこれなのよね……少し遅かったかしら?)」

 

実のところ、Roseliaのファーストライブはテスト期間に入る直前であった。

フェスのことを考えれば勉強する時間さえ惜しいのだが、このテストで赤点を取って補習行き……そのせいで本来確保できた筈の練習時間が減り、コンテストで結果が残せませんでしたでは本末転倒になる。

その為このテスト期間中の練習だが、全体で練習するのは今日を終えたら暫くお休みとして、残った日は各自自主練習をして実力低下を避けるようにして、基本はテスト勉強と言うことになっている。

もう少し早くメンバーを揃えられれば、あと少しだけ五人で演奏できていたのにと悔やむところはあるが、やることをしっかりとやって、またみんなで音を合わせよう。そう割り切った友希那は、HRが終わると同時に教室を後にした。

せめて今日だけは、五人で思い切って音を合わせたかった――。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

HRが終わってからおよそ三時間後。昼食を取ってから二時間の練習を行い、テスト前最後の練習の終了時間となった。

全員で「お疲れ様」と労いの言葉を掛け合ってから片付けを行い、使用していた鍵を返してライブハウスを出た。

 

「さて……分かっていると思うけど、補習を受けるなんてことは無いようにね?」

 

「は……はぃ……」

 

「あこちゃん……私が手伝ってあげるから頑張ろう?」

 

友希那が問いかけるとすぐ、あこは顔を青くして消え入るような返事をした。

勉強を見てあげたことのある燐子がすぐに助けを差し出してくれたのであこも安心できたが、紗夜は少し考え込んで一つ提案を出す。

 

「でしたら……どこか集まれる日に集まって、全員で勉強をする時間を設けるのはどうですか?これなら躓いているところを見つけ次第、すぐに教えられますから」

 

「なるほど……それはいい提案だわ」

 

ほっといたら補習行きになりましたよりも遥かに良いので、友希那としては賛成だった。

しかしながら五人で集まり、更に長時間同じ場所に滞在するとなるので今度は場所をどうするかと言う問題が起きた。

ライブハウスは予約を入れていないので借りられない。学校が同じ場所なら全員で集まることもできたが、Roseliaは羽丘が三人。花女が二人なのでそれは実現できない。

そう考えると中々いい場所が無いので、少々悩まされることになる。

 

「あっ……アタシ貴之に聞いてみるよ」

 

「……貴之に?」

 

――何かあっただろうか?友希那は貴之のことを考えてみる。

全国でトップクラスのヴァンガードファイターで、Roseliaの結成に大きく貢献した最大功労者であることを省けば、理解する姿勢を示そうとすること以外は普通の少年である。

これだけ上げると何もないのでは?と思った友希那だが、家庭事情に考えを変えれば答えがやって来た。

 

「……そう簡単に入れさせて貰えるかしら?」

 

「だからこそ、それを聞くんでしょ?」

 

自分の疑問にウィンクを見せながら返してくるリサをみて、友希那はごもっともだと思った。

ちなみに二人だけでとんとん拍子に話しが進んだのもあって、他の三人は互いに顔を見合わせて、分からないと言った反応を示し合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……え?家を使いたい?Roseliaの勉強会で!?」

 

『あはは~……いきなりごめんね?貴之の家って結構広いからさ……』

 

リサの頼みを聞いた貴之は驚く。あまりにも予想外すぎる内容だったのだ。

確かに貴之が住んでいる家は個室として使える部屋以外は全体的に広いので、Roseliaの五人と遠藤家の姉弟(小百合と貴之)の七人が家の中にいてもそれなりに余裕のあるスペースは確保できる。

しかしながら、貴之が女子六人の中に男一人で耐えられるかどうかと、小百合から許可が下りるかどうかの問題があった。

前者は何も問題なくクリアできるのだが、後者は小百合の都合次第と言ったところになる。

一先ずリサにはいつ来るのかと、夕飯は貴之の家で取るのかどうかだけ教えてもらい、その後すぐ小百合にCordでメッセージを送る。

 

「どうしたの急に?」

 

「ユリ姉に確認取る必要ができた……」

 

「……『ユリ姉』って?」

 

大介が小百合のことを知らないので率直な疑問を投げる。

それに関しては俊哉と玲奈が貴之の姉、小百合のことであるのと、その呼び方は貴之が小百合に対する呼び方であることを伝える。

話しを聞いた大介が納得の声を上げていると、小百合から返信が返ってきた。

その内容は『その日は大丈夫。ただ、夕飯食べるなら料理できる人は手伝って欲しいかな……七人は多すぎるから』とのことだった。恐らくスペースを考えれば一人か二人になるだろう。それ以上は多すぎる。

確認を終えた貴之は小百合に礼を告げるメッセージを送ってから、リサに電話をかけ直し、小百合からの返答を伝える。

 

「当日はどうする?お前ら二人の内どっちかが三人を連れて来るか?」

 

『ああ~……どうしよっか?制服のままか着替えてからかでその辺り変わるし、ちょっと待ってて』

 

流石に集合等は大丈夫かどうかが分からなければ難しかったのだろう。リサが自分の携帯から耳を離して皆に確認する声が小さく聞こえる。

 

『着替えてからってことになったよ~』

 

「分かった。それなら商店街のスーパー前で集合しよう。買い物手伝ってもらうわ」

 

『オッケ~。それじゃあ当日はよろしく♪じゃあね』

 

「ああ。それじゃあまた」

 

話しが纏まったので電話を切り、勉強に戻る。

貴之たちは先に勉強をしてから四人でのファイトを一周だけすると言う計画を立てており、現在は商店街にある店の一つに入店し、四人で一つのテーブルを囲って勉強をしていた。

ちなみに立ち寄っている店は羽沢珈琲(はざわコーヒー)店。ここに来た理由はファクトリーから最も近い、中に入って一息付ける場所だったからだ。

 

「お待たせしました。こちらコーヒーとココアになります」

 

「おう。つぐみちゃん、今日はありがとうな」

 

「いえいえ。どうぞごゆっくり」

 

注文の品を持って来てくれた栗色の髪をボブカットにしている少女、羽沢つぐみに俊哉が礼を言う。注文したのは玲奈がココア、残った三人がコーヒーだった。

羽沢という名で気づいている人もいるかもしれないが、この店は彼女の両親が経営しているもので、つぐみ自身も時間があればこうして店の手伝いをしているのだ。

ちなみにつぐみは働いている時笑顔を絶やさないことから『店の看板娘』が板に付いている。経営者の娘と言うのもあるかもしれないが、そう言う意味で『看板娘』と捉えている人はいない。

また、俊哉の情報によると彼女は幼馴染み五人で組んだバンドにいるらしく、キーボードを担当しているようだ。

貴之のつぐみに対する呼び方だが、『羽沢』と付くが三人もいるのに名字呼びは紛らわしすぎることから、親しさ等関係なしに店内では名前にさん付けで呼ぶようにしている。

 

「さて……三人とも他に分からないところはあるかな?」

 

「俺はもう大丈夫だな……元々確認だけだったし」

 

「玲奈、こっちを確認させてくれ。これが俺の中で認識が曖昧なんだ……」

 

「俺はここかな?大介、ちょっと答え合わせ頼むわ」

 

この四人の勉学についてだが、得意順に玲奈、大介、俊哉と貴之が僅差となる。

ちなみに僅差にいる貴之と俊哉だが、少なくとも平均点近くは取れるので、赤点になるほど酷い訳ではない。一部得意科目があり残りは平均点近くになりやすい貴之と、全体的に満遍なく平均点近くからその少し上になりやすい俊哉と言うだけの話だった。

一方で大介は安定して上の下から上の中と言える位置に居座り、玲奈に至っては学年トップ争いに参加する程だった。この辺りの差は趣味の数や打ち込んでいる量によるものだろう。

四人とも補習で大会に出れなくなったら困るからこそ勉強はしっかりやるのだが、ただ十分な点が取れればいいやと思っているのか、取れるだけ点を取っておきたいのか、或いはテストでも上を取りたいのか。この辺りも勉強意欲に差が出るところだ。

 

「あっ、そうだ。この四人の内、テストの総合点数が最下位(ビリ)だった人は全員に何か奢ることにしない?」

 

「……え?お前それマジで言ってんの?」

 

玲奈の提案には貴之だけが疑問形で投げ返す。俊哉と大介の場合はああ、そういや暫くやって無いなくらいだった。

このテストの点数が最も低い人は何か奢ると言うのは、貴之がいない頃にも何度かやったのだが、毎回俊哉が一人負けのワンパターンになることから無しにしていた。

恐らく今回は成績の近い貴之がいて勝負になるからと言う提案だろう。しかしながらこういう時に変に資金を使いすぎるのは、姉と二人暮らしの貴之としては避けたいところだった。

その為、万が一に備えてどうやって安上がりにしようかと考えて、一つの提案が浮かぶ。

 

「じゃあ……俺が負けた場合はお前らに飯作るよ」

 

そうして辿り着いた案は、スーパーで調達すれば安いし、デザート等で無ければ対応しやすい自分の手料理だった。

それを聞いた三人は満足げに頷き、「お前が負けた場合はそれで行こう」と言う旨を返した。玲奈に至っては「貴之がこっちに戻ってきてから、初めて手料理を味わう、家族以外の異性は友希那たちだから問題ないね!」と目を輝かせていた。

嬉しそうで何よりと言うべきなのか、それとも気持は分かったから落ち着けと言うべきなのか、はたまた何故そこで友希那が出てきたんだと突っ込むべきなのか。そんな玲奈の様子を見た貴之が一瞬戸惑うことになった。

 

「よし……じゃあそう言うことだから、もうちょっと頑張りますか♪」

 

――忘れないでよ?と上機嫌な笑みを見せながら玲奈は念押しし、それによって対抗意識が出た三人も手に持ったシャープペンシルを動かし始める。

結果的に予定よりも一時間長く勉強の為に滞在していて、その後ファクトリーでファイトをしてからその日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「悪い。必要な材料メモしてたら遅れた」

 

「アタシは着替えとか準備してたら遅れました~……」

 

「リサに同じよ」

 

そして勉強会当日の昼過ぎ。燐子とあこ、紗夜の三人が待っていたところに、友希那とリサ、貴之の三人が遅れてやって来た。

貴之の遅れた理由については納得しやすい理由だからまだいい。三人が一緒に来るのも揃って家が近いから分かる。

だが、問題は友希那とリサの遅れてきた理由にあった。ただ全員で集まって勉強をするだけなのに、何があるのだろうか?三人は不思議でならなかった。

 

「明日って休日じゃん?だから、貴之の家に泊めてもらうことにしたの」

 

「……貴之君?」

 

「いや、提案は俺の姉だ」

 

一瞬だけ貴之が変なことを考えていないかを疑った紗夜だが、それは杞憂に終わり、早とちりしたことを詫びる。

 

「まあ流石に五人も泊められる準備は無かったんだ……すまねぇ」

 

客人用の布団が三人分しか用意できていない故に、二人にしか連絡できなかったことを貴之も詫びる。

こればかりは仕方ないと言われたので、この話しはここで終わりとなった。

 

「立ち話しもこの辺にして、早いとこ買っていくか……もの多いから何人かコレ写真に撮って、手分けして行こう」

 

「こういうところに慣れてる人とそうでない人を合わせて、二人組を三つ作ればいいかな?」

 

リサの提案が採用された結果、貴之と友希那、紗夜と燐子、リサとあこという組み合わせができた。各組合せごとの前者は慣れている人、そうでない人が後者だ。

ちなみにこの別れ方、前者が全員料理ができて、時折ないし普段から料理をする人たちであった。後者はしない、或いはできないになる。

メモを持たない二組にいるどちらかが写真を撮ってから、どこの組が何を担当するかを決める。

金額に関しては貴之が後で返すから、レシートだけは忘れないようにと意識共有を済ませてから買い物を始める。

 

「氷川さんは普段から料理をするんですか?」

 

「いえ、私は時々程度ですね」

 

紗夜はギターと言う没頭できるものがある故にその機会は少なめだが、何らかの事情で母親が家を開ける場合は紗夜が料理をしている。

日菜が料理をすると言いだしていれば投げていた可能性もあったが、生憎日菜は料理に興味を示さなかったので現在の形に収まっていた。

答えすぐ燐子のことを案じる紗夜だが、彼女自身がライブのおかげで大勢の人がいる空間への耐性が上がったのか、大丈夫と言う旨が笑みと共に返ってきたことに安心した。

 

「この量だとちょっと余りそう……ああでも、それは有効活用すればいいのか」

 

「よくある勿体ないから……ってことかぁ」

 

遠藤家姉弟は二人暮らしである為、そちら側の目線に立って考えれば余ったら余ったでなのだろう。メモを見たリサとあこが、買い込む分量が少々多い理由に納得する。

ちなみにこの二人の内料理を普段からするのはリサの方で、貴之がここを離れるより前の段階で始めている。

そんなこともあって、貴之が料理をできるようになったと聞いてから腕前の方がずっと気になっていたのだ。

 

「しかしまあ……これだけ大人数の分量作るなんて久しぶりだな」

 

「前まではどのくらいだったの?」

 

「基本は四人分だったな。たまに今回と同じくらいの人数が集まって……とかはあっても、その時は『先生』に任せてたな……というか『先生』が夢への糧としてやりたがってた」

 

「……『先生』?」

 

久しぶりと言う言葉を拾ったので聞いてみた友希那だが、貴之から出てきた『先生』と言う単語に首を傾げることになった。

何しろ『先生』と言う言葉は、自分たちと同年代なら学校の教師への敬称のようなものなので、年上の人に仲のよい人がいたのだろうか?と考えてしまうのだ。

 

「ああ……『先生』ってのは、向こうで俺に料理を一から教えてくれた同級生でお隣さんの女の子だよ。教えて貰うことに感謝の意を込めてそう呼んでた」

 

「……なるほど。それが理由で『先生』と呼んでいたのね……」

 

女の子というのを聞いて一瞬だけ警戒した友希那だが、それ以上に『先生』と呼んだ理由を知れた安心感の方が勝った。

自身に料理を一から教えてくれたのなら、敬意を込めて呼んでもおかしくはないだろう。女子というのもあり、『師匠』と呼ぶよりは受け入れてもらいやすいかもしれないと言うのもあった。

向こうでは彼女ともう一人仲のよい同級生の男子が一人いて、三人で誰かの家に泊まり、『先生』と呼ばれる少女の料理を食べると言うのはそれなりにあることだった。

三人でヴァンガードをしたり、雑学を学んだり、料理を食べに行ったり……。どれも楽しい思い出だったと貴之は思い返す。

この後全員が買い終わったので合流し、レシートを受け取った貴之は、その金額を二組に返した。

 

「全部任せっぱなしじゃ悪いから、一個持つよ」

 

「お前がそう言いだしたら止まらねぇからな……。ほら、一個持って行け」

 

男子の意地というのもあって全部のビニールを持ったまま帰ろうとした貴之だが、リサの進言を聞いて一つだけビニール袋を渡す。

流石に七人分ともなればビニール袋の数が多くなり、一人で持とうものなら流石にパシリを疑われそうでもあったのだ。

リサに一つ渡してもまだ一人で持つには多すぎるので、友希那と紗夜も一つずつ持つと言ってくれたので、流れ的に止まらなそうだと察した貴之は一つずつ渡す。

そこから何もしないのは気が引けたのか、燐子とあこもそうすると言ってくれたので、結局貴之が持つビニール袋は一つにまで減った。

ただそれでも最後の抵抗として、貴之は一番重い袋を持っている。

 

「そう言えば小百合さんもテスト期間だったりするの?」

 

「いや、試験はまだ先らしい。でも、後々大変な思いしないように先にある程度勉強するとは言ってたな……」

 

「小百合さんの通っている大学……ここの近くだったわね」

 

「ああ。近くの橋を渡ってすぐのところなんだ」

 

小百合の大学は長期休暇前に纏めてやるらしいので今はまだ大丈夫なのだが、授業の内容が濃いので纏めてやるのが辛いと簡単に予想出来ていた。

故に、小百合は休日や空いてる時間にある程度以上勉強をするようにしていた。もしかしたらこちらに混ざって自分も勉強と言う可能性も考えられるが、邪魔してはいけないと判断して一人自室で勉強するだろう。

彼女の通う大学の距離が比較的近いこともあって、自分がこちらに戻って来れたと考えると、小百合には感謝しかなかった。

 

「さて……ここが俺の家だ。ここまで持ってくの手伝ってくれてありがとうな」

 

「ちなみに向かい側にある内のこっちはアタシの家で……」

 

「私の家はこっちよ」

 

家の前に着いたので、貴之は自分の家を指さしてから礼を言う。ちなみに貴之の家から見て友希那の家は向かいの左側、リサの家はその逆となっている。

また、貴之の家は横幅が大きく、友希那の家と比べて約1.5倍強の幅があった。これが家の広さに繋がっている。

これ以上荷物を持たせっぱなしと言うわけにもいかないので、立ち話も程々にしてすぐ家のインターホンを押す。特に確認を取っていないのは、今日は一日中家にいると言われていたからだ。

押してから数秒後に「ちょっと待ってて」と言う小百合の声が聞こえ、そこから少ししてドアから小百合が顔を出した。

 

「いらっしゃい。どうぞ上がって」

 

立たせっぱなしなのもいけないので、まずは全員を家に上げてリビングに案内する。使っていい部屋に案内するのもそうだし、客人である五人が荷物を持っているという状況を早く終わらせるのも先決だった。

全員がリビングに入ってからすぐにビニール袋を渡して貰い、先に勉強を始めてて構わないとだけ告げて遠導家姉弟は冷蔵庫の中に物を入れていく。

そうして手の空いた五人が早速勉強を始めてから少しして、冷蔵庫に物を入れ終わった小百合が飲み物を人数分用意して持ってきてくれた。

 

「そう言えば言いそびれちゃってたね……貴之の姉で遠導小百合と言います。いつも弟がお世話になってます」

 

小百合がそう言って頭を軽く下げて会釈すると、彼女と始めて顔を合わせる友希那とリサを省く三人が少々慌て気味に礼をする。

そんな三人の様子を見て微笑ましく思いながら、二人も家を使わせてくれたことに礼を言いながら軽く頭を下げる。

簡単な挨拶が丁度終わったタイミングで、自室から勉強道具を取りに行ってた貴之が戻ってきた。

 

「じゃあ、私は時間になるまで部屋にいるから、何かあったら呼んでね?」

 

「分かった。その時は頼むよ」

 

「うん。素直でよろしい♪テスト勉強で来た人に言うのもどうかと思うけど、ゆっくりしていってね」

 

小百合と貴之のやり取りを見て、紗夜は少々複雑な気持を抱く。理由は貴之に向けての対応にあった。

貴之が踏み込み過ぎないという点はこの際余り気にしておらず、小百合の変に突き放そうとせず、自分から来てもいいよと告げているような姿勢は、日菜との能力差を気にしていない頃の自分を思い起こさせてくれるようだった。

能力差(こんなこと)なんて気にしないでいられれば良かったと思うことはあったが、双子である以上いずれ意識する日が来るのは避けられなかったのかもしれない。

 

「紗夜さん……?紗夜さーん!」

 

「えっ……?私がどうかしましたか?」

 

思考の袋小路に入っていたところ、あこが自分の前に手を置いて動かしていたので、思考を現実に戻す。

場所を少しだけ詰めないと貴之の入るスペースを確保できないと言われ、紗夜は一言詫びてから場所を詰める。

 

「ありがとうなあこ(・・)、お陰で助かったよ」

 

「いえいえ。それにしても、紗夜さんがこうなるのって珍しいですね?」

 

言われて見れば確かに。と全員がそう思った。燐子も以前一回だけそれっぽいところを見たが、今回程では無かったので特に気にも留めていなかった。

この直後、あこを下の名前で呼んだ理由を聞かれるが、「他の四人名前で呼んでんのに、一人だけ名字呼びって仲間はずれ感デカくねぇか?」と貴之が問えば確かにと納得してもらえた。

納得した直後にあこから自分にも姉がいると言うのを告げられたので、結果として『兄弟姉妹がいるから』と言う理由での解禁をする理由付けもできた。

全員がある程度以上のスペースを確保できたので、順次勉強を始めていった。

 

「貴之、もしかしてだけど……」

 

「……ん?と言うことは友希那も?」

 

ちらりと、同じタイミングで勉強の様子を見合った貴之と友希那は、お互いがどんな状況と考えなのかを察した。

互いに補習で打ち込んでいるものの時間を取られたく無いから、問題の無いようにしていたのだ。

同じ気持ちであったことと、互いに理解できたことが嬉しく思い、照れた笑みを見せあいながら二人は独自の空気を保ったまま勉強に戻っていく。

ちなみに友希那は自身で作詞をするだけあって、国語や英語といった文章系の単元は大の得意だったので、貴之が聞けばそちらを教えている。

逆に貴之は数学や物理といった理数系の単元がそれなりに得意なので、教えて貰った恩返しとしてそちらの方面を聞かれたら教えていく。

 

「あの二人は……あのままで大丈夫そうだね?」

 

「そのようですね」

 

「確かに、これは変に入らない方がいいですね……」

 

「何だろう……あこたち、場違いな感じがする……」

 

その空間を見て、四人は干渉しないことを決めた。入れない気がしたのもそうだし、入ったら友希那が許さなそうな気がしてしまった。

あの二人は置いておき、全員の勉強状況を確認しようとした紗夜だが、もう早速あこが分からないところを聞いて、それに対して一つずつ丁寧に説明する燐子の姿が見えた。

 

「私たちは私たちでやりましょうか……」

 

「そうしよっか。なんと言うか、あの組み合わせ二つは必然っぽい感じするし……」

 

こうなりそうだったのは、リサもある程度予想できていたので、紗夜の提案に反対はしない。

ちなみにRoseliaメンバーの学力を上から並べた場合は、紗夜、燐子、友希那、リサ、あことなるので、そこまでバランスが偏った組み合わせになっていないことが救いだった。

また、貴之の学力この五人と比べる場合は友希那同等かそれを若干下回る形になる。と言っても友希那とリサの学力は僅差なので、然程変わらない。

 

「うぅ……もうダメかも」

 

「あこちゃん……補習になったら『カッコ悪い』よ?」

 

「それはそれで嫌だっ……!やっぱりもうちょっと頑張る……!」

 

――うわぁ~……あれは鬼だなぁ~。あこに行った燐子の意識誘導を見て、リサはそう思った。

普段は『カッコイイ』を追及するあこだからこそ、真逆の『カッコ悪い』は思いっきり刺さるのだろう。相手の弱味に付け入るようなやり方なので、やりたいとは思えないが。

ちなみに一瞬だけ、燐子がいたずらに成功したような悪い笑みを浮かべていたのは、リサのみならず、紗夜も見なかったことにするつもりでいた。

ちなみに友希那と貴之は、二人の空間で勉強を続けていたのでそもそも見ていない。その為今回ばかりはあの二人を羨ましく思った。

 

「……あれ?ねぇ紗夜、ここってどうするんだっけ?」

 

「ああ、ここですか。まず、そこの部分なのですが……」

 

少ししてからリサも分からないところが出てきたので、紗夜に教えを頼む。

若干硬い感じのある説明ではあったが、分かりやすいことには変わりないので、解決できたリサは礼を言う。

 

 

「あっ、そっか……!ここがこうなるから……」

 

「そうそう。後はそこを合わせると……」

 

燐子の教えもあって、あこも解けなかった場所が着々と解けるようになり、これなら当日も大丈夫そうと思えるようになっていた。

自分でも驚くくらいに解けるようになったのが嬉しいのか、あこは礼を言いながら燐子に抱きついた。

 

「すみません白金さん……任せっきりにしてしまって……」

 

「いえいえ、大丈夫です」

 

気がつけば燐子にあこのことを任せっきりにしていたので少々不安になったが、燐子自身は自分のことをしっかりやっていたので、全く問題ないことが伺えた。

 

「後はもう大丈夫かしら?」

 

「ああ。おかげさまでな……そっちは?」

 

「私も同じよ。本当にありがとう」

 

分からないところを相互に解決できたので、貴之と友希那は互いに礼を言って、柔らかな笑みを浮かべる。

足りない部分を補えることに一つの良さを覚えた二人は、こう言うことがあったらまたやりたいと思えた。

そして全員が順調に進んでいたのが分かった頃には夕方になっており、小百合から夕食を作るから手伝ってと言われたことで本日の勉強会は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

夕食を取り終えた後、片付けを終えてから順番に風呂に入って行き、今は友希那の順番となっていた。

ちなみに彼女より前に貴之は風呂に入っており、上がったばかりで半袖になっている彼の腕が見えたとき、しっかりと筋肉が付いていたことに驚いていたりする。

何でも己のイメージを強化できるかどうかを試して見た結果らしく、確かに効果はあったものの、日常生活での方が役に立っていたと言う何とも言えない結果だったようだ。

 

「(今日は……また違った良さがあったわね)」

 

今日の成果はどうだったか。バンドはどんな感じか。ヴァンガードをやってみてどうだったか。その他様々な話しを七人でしてみると、それぞれの反応があってとても楽しかったと友希那は言える。

勉強の時も教えている側は自分の説明で理解して貰えることが、教わっている側は分からないところが解決できた喜びがあり、その相乗効果で少し違う団結感も得られたような気がした。

日菜のことで悩んでいた紗夜は、小百合から『どんなことがあっても、大切な家族であることは変わらない』と言う考え方を教えてもらい、気を楽に出来ていた。

友希那個人としては、料理をしている最中貴之とリサがとても楽しそうにしているのを羨ましく思い、料理を覚えようかと検討した面があるものの、待っている間に燐子とあこの二人から普段やっている『NFO』の話しを聞いて見たりしてみた。

機会があればやって見てもいいかもしれないと思えたので、三人とも満足できる話しであった。

そんな充実した一日だったことを振り返りながら風呂を上がり、タオルで体を拭いてから着替えた直後に鏡を見て、友希那は一つのことに気が付いた。

 

「(そっか……私、こんなに笑えているのね……)」

 

友希那は以前より、自分が笑みを浮かべやすくなっていることに気が付いた。

これは何も悪いことではなく、寧ろ失っていた物を取り戻せていると言ういい証拠でもあった。

そんな自分に満足しながら寝床として用意された部屋に行くと、何故か三人分布団があることに気が付いた。

 

「リサ、泊まるのは私たち二人よね?」

 

「もしかして……貴之もこの部屋だったり?」

 

「ユリ姉の提案でそうなった。まあ、向こうで泊まる場合は全員同じ部屋だったからそのノリだろうな」

 

――この異性は自分一人だけって空間で、あいつはよく普通にしてられたな……慣れか?自分が妙に戸惑っていることを貴之は自覚する。

話しを聞いた二人は一瞬だけ戸惑ったものの、それはそれでいいかと納得し、誰がどこで寝るかを決めることになる。

左から順にリサ、友希那、貴之の順になるが、これはリサが「二人で楽しんで~♪」と結構無理やりに決めた。

自分の恋事情を把握されているのは分かっているので、友希那が大人しく受け入れることで確定した。

 

「こういう時に何か定番とかってあった?」

 

「いや、俺らは特に無かったな……」

 

思い返して見れば、少し話しをしてすぐに寝ていたなと貴之は気付いた。自分たちは意外とすぐに寝ていたのだ。

聞いてみたリサ自身も、テストが近いのでそんなことして今日の勉強会の意味を台無しにするつもりはないので、ないならそれでもと思った。

 

「じゃあ、そろそろ電気消すぞ?」

 

「は~い♪それじゃあお休み~」

 

「ええ。お休み」

 

こんな近くにいる状態でお休みと言ったのはいつ以来だろうか?そんなことを思いながら三人は眠りに就いた。

それからある程度時間が経った時、目が冴えてしまった貴之が目を開けると、同じく目を覚ました友希那と目が合ってしまい、互いに顔を赤くする。

こうなってしまっては仕方ないので、今の内に聞いてみるにした。

 

「聞いてみたかったのだけど……貴之が誰かと付き合うなら、料理はできる人の方がいいのかしら?」

 

「なるほど……俺自身ができる人になったから、余り考えたこと無かったな」

 

自分が作ってあげる人になってもいいと考えていた貴之は、相手の人が料理をできるかどうかは余り考えていなかった。

しかしそれでは友希那も納得しないだろうから、自分の正直な意見を述べることにする。

 

「できなくてもいいけど……その人が料理できて、俺に手料理作ってくれるって言われたら……嬉しいかもな」

 

「そうなのね……教えてくれてありがとう」

 

――今度、リサに教えてもらおうかしら?貴之の回答を聞いた友希那は本気で検討した。

それから話しの内容はお互いの打ち込んでるものでの、今後のことに移る。

貴之はテストが終わって少しすると、全国に出る前段階である地方予選が待っている。友希那もコンテストに出る為の曲を新しく作り始めており、近い内に完成するそうだ。

 

「今回は協力できないけど、頑張ってくれ。信じてるから」

 

「ええ。貴之も頑張って」

 

「ああ。最高のファイトをしてくる」

 

互いの返事に満足し、二人は笑みを浮かべる。その直後に再び眠気が襲ってきたので、二人は今度こそ寝ることにする。

 

「じゃあ、お休み友希那……。いい夢を」

 

「ええ。貴之もお休みなさい」

 

互いの安眠を祈って、二人は目を閉じ、ゆっくりと意識を沈めていった。

そして後日、テストを終えたRoseliaの五人は全員が十分な成績を保って補習は無し。心置きなく練習ができるという結果に終わった。

貴之ら後江の四人も今回は全員が普段以上に勉強をしていたので、予想より高い点数をたたき出していた。

ちなみに貴之と俊哉の総合得点が同じと言う事態が起きたが、勉強会の後で興の乗っていた貴之が『今回は飯作らせてくれ』と言ったことで丸く収まった。




と言うことで学力テスト回になりました。

チラッとだけつぐみに出番が来ました。日菜と巴に続いてRoselia以外のバンドリキャラとしては三人目の登場となりました。

ちなみにRoseliaと後江四人の学力を不等号で表すと……

紗夜≠玲奈>燐子≠大介>友希那=>俊哉=貴之=>リサ>あこ

この順番になります。
玲奈と大介は結構高めな位置にいます。

次回からまだファイトさせていないRoseliaメンバーの二人にファイトさせて行こうかと思います。


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イメージ21 深いイメージの中で

令和初の投稿です。

現在『イマジナリーギフト』の種類増加による描写ですが、これはどこかしらで増えたというように書いて、そこから表記分けをしていきたいと思います。
なので暫くはこのままです

大ヴァンガ際は予定が被ってしまったので3日(金)だけ行って来ました。
最初はファイトをしに行く予定でしたが、ヴァンガード入門の友人と行くことになったので、物販購入とメインステージのイベント等を楽しむ方向にシフトしました。
待ち時間で『ARGONAVIS』のメンバーたちのプロフィールを見ていた時に、友人とヤバいものを見つけてしまいました……。それは嫌いなものにあり、書き起こしていくと……
・七星蓮……夢を笑う人、『寿司』
・五稜結人……家族、『鍋物』
・的場航海……兄貴、『辛いもの』
・桔梗凛生……自分(これは好きにも入っている)、『甘いもの』
・白石万浬……浪費、『牛肉』
実はこれ、『』で括った部分が全部食べ物関係なんですよね……(汗)。
なので、友人と一緒に「こいつらみんなで飯食う時どうすんの」となっていました。

これ以上前書きに書くと長くなってしまうので、残りは後書きにして本編の方へ入りたいと思います。
今回はあこの初ファイトです。


「(この後Roseliaのみんなが来るんだったな……)」

 

ファクトリーの中で、先程リサからCordのチャットによって送られて来たメッセージを貴之は確認していた。

どうやら練習が終わった後、自分とあこがこちらに教えを請いたいらしい。

これに対しては貴之自身、テストが終わった休日だから思いっきりファイトをしようと思った矢先、全員と日程が合わず一人で暇を持て余していると言う事態に陥っていたので、来てくれるなら願ったりだった。

午前中は他の人たちとファイトをしていたところだったが、彼女たちが来るということだったので、一度昼食を取ってから戻ってきた次第だ。

 

「(変な噂が走らなきゃいいが……気にしてたら負けか。クラスの人たちも話せばちゃんと聞いてくれるしな)」

 

燐子の時にもあった案件を思い出して一瞬だけ嫌な顔になったが、彼らが思った以上にしっかりと話しを聞いてくれるので、そこまで引きずらないで済んだ。

実際は彼ら以上に、玲奈に恨み節のようなことを言われないかの方が心配であった。

何しろ一日に二人も女の子をヴァンガードに導いたともなれば、『どうして自分がいない時にそうなるんだ』という旨を嘆きながらこちらに絡んで来るのが目に見えていた。

自分だけでなく、俊哉と大介の三人がかりで落ち着かせようにも少し時間がかかりそうなのが予想できて、少々気が重くなる。

 

「もしかして、また何か買ってくれたりする?」

 

「ああ……今日はデッキ二つ分買うことになりそうです」

 

美穂に問われたので貴之は事前に告げておく。

答えを聞いた美穂も一足早く「毎度あり」なんて言ってくる。最早買うよねと言いたげなのは大丈夫かと思うところはあるが、ある程度以上気心を知れているなら大丈夫なのだろう。

そうやって話しているとドアが開いたので、美穂は「いらっしゃい」といつも通り業務的な挨拶をする。

 

「やっほ~♪お待たせ」

 

「おっ、着いたみたいだな。荷物こっちに置いちゃってくれ」

 

入ってきたのはRoseliaの五人だったので、貴之は彼女らを招いて催促する。

デッキを選ぶためにリサとあこの二人を引き連れて移動するので、他の三人には荷物を見てもらうのを兼ねて、一度そこで休んでもらうことにした。

ちなみにどちらから先にやる等は決めていないので、先に使うデッキを決めた方からにしようと貴之は考えていた。

 

「実はあこ、もう使ってみたい『クラン』は決まってるんですよ~♪それがこれですっ!」

 

「なるほど……『ダークゾーン』に所属する、暗黒魔術と科学の融合技術により、人ならざる力を手に入れた軍勢の『ダークイレギュラーズ』か……。これで始めるんだな?」

 

あこが選んだ理由は、名前に『ダーク』……要するに『闇』という言葉が入っていたことが決め手になっていた。

そう言った理由でも、イメージを大切に思っている貴之は特に反対することは無い。先に決まったことから、今回はあこから始めようと貴之は心に決めた。

ちなみにこの『ダークイレギュラーズ』、ファイト内では『ソウル』を溜めこんだり、一気に放出することで効果を発揮しやすい『クラン』である為、癖自体はそれなりに強い。

 

「ええ~……?迷っちゃうなぁ……」

 

「もう少しかかりそうか?」

 

「ごめん。まだ時間かかりそう……。あっ、これもいいな~」

 

リサはかなり悩んでいるであろうことが伺えた。

もう少ししたら先にあこの分だけ購入して、先に準備していてもらおうかと考えていたが、そうなる前にリサが使う『クラン』を決めたので、纏めて購入した。

 

「いつもお疲れ様。五人分ともなれば結構するよね……」

 

「短期間でこんなに入門補助をするとは思いませんでしたよ……」

 

二か月以内に五人もヴァンガードに導くだなんて、誰が予想できただろうか?俊哉たちに聞いても、できないと答えるだろう。玲奈だけは「どうして自分がいない時に女の子の勧誘終わってるの!?」と突っかかって来そうだが、その時はその時だろう。

戻った後は再び開封作業を見届け、ハサミを戻した後席に戻っていく。ハサミを戻しに行っている間、あこはデッキの内容の確認を行っていた。

元々使ってみたいと思っていたデッキの購入に成功しているので、どうやってデッキを回して行こうかと少しだけ考えてみたのだ。

戻ってきてからすぐに、ヴァンガードの世界観とファイトを始める前にすべきことを説明すると、あこは燐子と同じくゲームをやっているおかげで簡単に順応して見せた。

 

「ファイトをする時はいつもイメージを大切にしよう。理由は……」

 

「イメージは力になる……!この前、りんりんが嬉しそうに話してたから大丈夫ですっ!」

 

「……なら問題ないな」

 

――私は大丈夫じゃないよ……。二人のやり取りを聞いていた燐子が顔を赤くしながらもじもじする。

そんな様子が見えたので、友希那は微笑ましいものが見えたと言いたげな笑みを見せ、リサは燐子を可愛いと言って頭を撫でていた。

すると燐子が更に顔を赤くしたので、紗夜がそこまでにしましょうと一旦止めに入ってやる。

 

「そう言えば、時々独自の言い方をする人もいるんですよね?」

 

「ああ。俺の場合は開始の時と、主力ないし切り札のユニットにライドする時は『ザ』を付けている……ってのは、あの情報雑誌に載ったことあったんだっけか」

 

「前に一回だけそんな情報が載ってましたね……」

 

他にもファイト中に演技しているような言い方に変える人もいるが、無理にやらなくてもいいと貴之は伝える。

そう言われるものの、せっかくだし、大丈夫そうなら何かやってみようかなという考えがあこにはあった。

 

「じゃあ行くぞ……。準備はいいな?」

 

その問いにあこが頷いたので、早速始めることにする。

 

「「スタンドアップ・ザ・ヴァンガード!」」

 

『……!』

 

「(言い回しとかあったら、私が手伝ってあげれば大丈夫かな……?)」

 

二人がファイトの開始を宣言する最中、燐子は考えながら首を傾げた。

貴之はいつも通り『アンドゥー』に、あこは黒いバトルスーツに身を包んで、目元を覆う仮面を付けている『ヴァーミリオン・ゲートキーパー』に『ライド』する。

また、三人はあこが貴之と同じタイミングで同じ掛け声をしていたことに驚いた。貴之の説明を聞いて実際に実戦する人は彼女が始めてだった。

 

「ここが『クレイ』かぁ~……」

 

「そう。ここが先導者となって戦うヴァンガードの舞台だ……。どうだろう?始めて入り込んでみて」

 

あこが抱いた感想としては『広い世界だ』というものだった。

それを伝えると、貴之からはその感じ方を大切にして欲しいと言われたので、あこは頷いた。

そうしてルールを説明するに当たって、いつもと同じように先攻は自分が貰うことを理由付きで確認し、同意をもらえたので貴之の先行でファイトが始まった。

あこはある程度先に調べてから来ているので、その内容が合っているかどうかの確認を取ろう考えていた。

 

「じゃあ俺のターン……最初のターンだから『スタンド』は省略して『ドロー』から。まずは『ライド』を見てもらおうか……」

 

「基本的には一ターンに一度、一つ上のグレードか同じグレードにできるんでしたよね?」

 

「その通り、『鎧の化身 バー』に『ライド』!スキルで一枚ドロー……」

 

貴之はいつも通りの流れで『バー』に『ライド』し、一枚手札に加える。

この時、あこが『ライド』している『ゲートキーパー』にも付いていることを話すと、彼女はちゃんとカードの内容を把握しているんだなと納得する。

『ライド』を終えたので、『メインフェイズ』のことを説明しながら後列中央に『エルモ』を『コール』する。

本当ならここでやることは終わりなのだが、貴之が「さて……」という声を上げたので、事情を知っている四人は「こいつまたやるのか」と思いながら困った笑みを浮かべる。

 

「アタック……」

 

「えっ!?あ、あの……!先攻って攻撃できないんじゃ……!?」

 

今まで一番の慌てぶりを見せてくれたので、貴之は思わず吹き出してしまう。

あこは何で貴之が笑っていたかが分からず困惑しているので、「すまん。冗談だよ」と返して落ち着かせる。

 

「あこの言う通り先攻は最初のターン攻撃することができない……。余りにも慌ててくれたから思わず笑っちまった」

 

「よ、良かったぁ~……間違えたのかと思いましたよ」

 

――でも、これで覚えられただろ?貴之がそう問いかけるとあこは肯定の旨を返してくれたので、それに満足しながらターンを終了する。

そしてあこのターンとなり、『スタンド』アンド『ドロー』を済ませる。

 

「時々、ファイト中にも特殊な言い回しをする人っているって聞きますけど……貴之さんが知っている人では何人くらいいますか?」

 

「特殊な言い回しか……。そうだな、俺のよく知っている人たちだけに留めるなら今のところ二人(・・)か……」

 

「一人は玲奈よね?後は誰かいたかしら……?」

 

「えっ?アタシ分かんない……二人は誰か分かる?」

 

紗夜と燐子に確認を取ってみるが、二人とも心当たりは全く無かった。燐子はこの中で唯一玲奈を知らないので、更に首を傾げる羽目になった。

友希那たちの口から上がった通り一人目は玲奈で、彼女は自分の使うデッキに合わせてサーカス団の司会を意識したような言い方にしている。

もう一人は貴之が全国で戦ったことのあるファイターの一人で、彼は自分の『クラン』の背景に合わせて、芝居が掛かったような言い方をする。

当然後者の方はこの中では自分以外一人も面識が無いので、混乱するのも無理は無いだろう。

しかし、既に何人かは貴之の預り知らぬところでその人のことを知っているのだが、貴之がその事実に気付くのはもう少しだけ先になる。

 

「ふっふっふっ……ならば今宵を、魔界の女王たる我とその眷族による……輝かしい第一歩を踏み出す日としよう……。こう言うのとかもアリなんですか?」

 

「ああ。そう言った言い回しをする人だっているし、全然アリだ」

 

試しに思いついた口上をやってみたあこは、貴之からOK判定が出たことに喜び、見ていた友希那たちは「それもありなのか」と数瞬程硬直していた。

ただ一人、燐子はいつものことだと言わんばかりに「あこちゃん……カッコイイよ」と言って微笑んでいた。

自分のアシスト無しに口上を言い切ったこともあり、普段は面白半分だったのが本気よりになっていたのは内緒である。

そんなことでやってみることを決意するあこだが、根が真っ直ぐなのだろう。口調が何か思わせるかもしれないことを伝えてきので、貴之は気にしないから続けてくれと笑顔で返す。

正直なところ、最初から口調を変えようとする人が珍しいので、少々楽しみなところがあった。

 

「まずは舞台の前準備から始めよう……『ライド』!『プリズナー・ビースト』!登場した時、スキルで『ソウルチャージ』!」

 

あこは全身を鎖で押さえつけられ、コウモリとゴリラが混ざった様な魔獣『プリズナー・ビースト』に『ライド』する。

スキルによる影響で、『プリズナービースト』となったあこが何かを吸収し、力を手にした影響で吠える。

貴之はあこの言う前準備が的を得ていると思いながら、見ている四人にしっかり説明を入れることにした。

 

「『ダークイレギュラーズ』はこの『ソウルチャージ』が鍵になってきてな……前準備はこれを意味してるんだ」

 

「玲奈が使っていた『ペイルムーン』と似ているのかしら?」

 

「そうだな……『ソウル』の数が影響するって意味では似てるのかな」

 

違う点はスキル等で常時増減していくのか、暫く溜めこんだ後一気に放出するかになることを伝えれば、友希那は納得してくれた。

ちなみに前者が『ペイルムーン』。後者は『ダークイレギュラーズ』となる。

無事に『ライド』を終え、『メインフェイズ』を始めたあこは後列中央に二足歩行が可能な狼『ヴェアヴォルフ・フライビリガー』を『コール』する。

 

「『フライビリガー』のスキル発動……!自身を『ソウル』に置くことで『ソウルチャージ』し、このターンユニット一枚のパワーをプラス5000!効果はヴァンガードに(悪意が我の力となる)!」

 

「この段階で『ソウル』が4……この調子なら、グレード3になる頃には届くな……」

 

「先程言っていた前準備が終わる……ということですか?」

 

紗夜の確認に貴之は頷くことで肯定を返す。たった二体でここまで稼いでる以上十分に速いのだ。

 

「さて……女王様や、準備はそれで終わりか?」

 

「此度はここまで。そろそろ仕掛けさせて貰おう……。と、その前に……攻撃の流れを確認させてもらってもいいですか?」

 

あこが完全にスイッチを入れているので、興が乗った貴之も相手に合わせて『女王様』呼びをする等、少しだけ言い回しの意識を始める。

そしていざ攻撃……という時に一度あこが素に戻ったので、見ていた四人がずるりと滑り落ちそうになった。この時あこがいつも通りの妙に締まらない空気を持ってきてくれて、燐子が安心していたのは本人のみぞ知る。

しかし貴之は全く動じないまま、こちらも普段の口調に戻して攻撃時のルール説明と『ガード』方法、パワーや『シールドパワー』を教えたところで、あこが礼を言ってからスイッチを入れ直したので、貴之もそれに合わせる。

 

「では早速、我が一撃を受けて貰おう……『プリズナー・ビースト』でヴァンガードにアタック!」

 

「いいだろう……その攻撃、受けて立つ!」

 

貴之はノーガードを選択して、あこに『ドライブチェック』を促す。

結果は(ドロー)トリガーで、あこは追加で一枚を手札に加えることに成功する。

イメージ内で鎖が外れ、束の間の自由を手にした『プリズナー・ビースト』となっているあこに、『バー』となっている貴之は噛みつかれ、鎧越しにダメージを受けることとなる。

貴之の『ダメージチェック』も(ドロー)トリガーで、彼も一枚手札に加えることとなった。

 

「こうして今のようにダメージを受け続け、合計で六体のユニットが逃げ出した時……全てのユニットとの契約は解除され、霊体となって消滅……つまりはプレイヤーの負けとなる。今のあこがやっている演技(イメージ)に合わせるなら」

 

――魔界の住人を束ねるだけの力を失い、志半ばで散ると言ったところか……?玲奈の場合は演目が継続不能になるというような例えをしたので、そちらに合わせてみた次第だった。

ヴァンガードのルール上、わざと受けたりする駆け引きを知らないことはないあこだが、気を付けておこうと意識してターンを終了する。

 

「今回は仕方ない……『ラーム』に『ライド』!リアガードにも一体『コール』だ!」

 

貴之は普段とは違って『ラーム』に『ライド』し、前列左側にも『コール』する。

 

「『ラーム』を選んだのはスキルが効果的に発動できないからね……」

 

「発動条件は登場時だったよね……?」

 

友希那は度々見ることがあったのですぐに気づけた。

リサもうろ覚えながら思い出しており、紗夜と燐子も『バーサーク・ドラゴン』の能力を言葉にすることで理由に気付く。

『バーサーク・ドラゴン』のスキルはこの状況でも発動できるが、この場合退却効果が腐ってしまうので、手元にグレード3が無いでもないのなら、使う必要性はそれなりに低い。

四人の声が聞こえた貴之もご明察と、彼女らを称賛してファイトに戻る。

 

「さて……次はこちらの攻撃だ……『エルモ』の『ブースト』、ヴァンガードの『ラーム』で相手ヴァンガードにアタック!」

 

「魔界の女王たる者、多少のことでは動じぬ……なんて言おうかな?」

 

「こう言う時は、『度胸』……かな?」

 

「あっそれだ……故に、ノーガード!」

 

防御側の時は平常運転なのだろうか?あこと燐子のやり取りを見た四人はそんなことを考えた。

イメージ内で『ラーム』の盾に殴られる『プリズナー・ビースト』を見ながら、『ドライブチェック』が行われる。

結果は(クリティカル)トリガーで、これによって受けるダメージが2になるものの、あこは『ダメージチェック』の内二枚目で(ヒール)トリガーを引き当てたので、ダメージが1に収まる。

 

「仲間の救援が速い……これも魔界の女王が持つカリスマの成せるものか……?」

 

「今のは我と眷族たちによる結束の内、ほんの一欠けらよ……」

 

二人が完全にイメージの世界にのめり込んでいる様子を見て、友希那は優し気な微笑みを見せる。

貴之が他の異性と仲良くしていたりすると、燐子のような案件になりそうだと思っていたリサからすれば意外なので、気になって問いかけてみる。

 

「こうして見ていると、貴之は根本が変わっていないのが分かって、少しだけ嬉しかったの」

 

――だって、相手を理解しようとするその姿勢が、貴之を好きになった(私の心を射止めた)きっかけなのだから……。口には出さなかったものの、リサはもう解っているだろう。

貴之に向ける目の色が少々特殊であることは紗夜たちも伺えるのだが、リサ以外は何かまでは分からなかった。

 

「次……リアガードの『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは防ごう……我が身を守れ!『ヴェアルクス・ゲフライター』!」

 

二体目の『ラーム』による攻撃は、忍者のような衣装を身につけた二足歩行を可能とする猫の『ゲフライター』に止められる。

これには『ガード』の実践もあるが、自分の使うデッキが『カウンターブラスト』の使用機会が少ないのを知っていたのもあった。

できることが無くなった貴之がターンを終了する最中、『ゲフライター』の姿を見て頬を朱色に染めてる友希那を見て、ファイトしている二人を省いた三人が首を傾げる。しかしリサはすぐに気付いたので、微笑みに変わった。

 

「ここまでの経過をお見せしよう……『ライド』!『ヴェアヴォルフ・ズィーガー』!我がターンの間、『ソウル』が5枚以上ならパワーをプラス5000!」

 

「今ので丁度5だな……」

 

あこが『ライド』した漆黒の体を持つ、二足歩行をする狼の『ズィーガー』が持つ本来のパワーは9000だが、今回はスキルの条件を満たしているので14000に上がる。

リサに聞かれたあこが一旦素の口調に戻りながら自分の『ソウル』を見せると、本当に5枚だった。

 

「そして用意は更に進んで行く……『ドリーン・ザ・スラスター』と『グヴィン・ザ・リッパー』を『コール』!」

 

後列中央に黒い衣装に身を包んだ尖った耳を持つ女性の『ドリーン』が、前列左側に黒い体と白い髪、尖った耳を持つ男性の『グヴィン』を『コール』する。

 

「登場時、『グヴィン』のスキルで『ソウルチャージ』……カードの能力で『ソウル』に置かれたことで、『ドリーン』はこのターンの間、スキルによってその置かれた枚数分パワーがプラス5000される!」

 

「ああ……後10000増えるのか」

 

これはノーガードでいいかもしれないと貴之は考えていた。

他の四人は何故?と首を傾げていたので、バトルで分かるとだけ答えた。見てもらった方が速い気がしたのだ。

 

「行くぞ……『ドリーン』の『ブースト』を受けた『ズィーガー』で、ヴァンガードにアタック!相手ヴァンガードに攻撃した時『ヴァンガードサークル』にいる『ズィーガー』のスキルで二枚『ソウルチャージ』!」

 

「あっ!攻撃したら『ソウルチャージ』するからそう言ったんだ……」

 

「それも二枚……10000の増加はこのことだったんですね」

 

あこの攻撃宣言により、パワーが10000プラスされる理由を四人は理解する。

 

「見よ!『ドリーン』の……ああ、また悩む……」

 

「ああ……こいつはなんて言うべきなんだろうな……」

 

カードのイラストを見ながら貴之までもが真剣に悩む姿を見て、リサは笑いをこらえるので必死だった。

ただでさえあこの言い回しが笑いのツボを抑えて来るというのに、貴之が脱線に乗ったことで大変なことになる。

燐子は考えている二人に混ざっているので、そんなリサの様子を見て心配したのは友希那と紗夜の二人だった。

 

「やっぱり、刃しかなさそう……」

 

「燐子もそう思うか……。正直俺もそうとしか思えん」

 

イラストとフレーバーテキストを見ても、そうとしか言えなかったのでそれならとあこも受け入れる。

あこが再び言い回しを変えたので、ファイトに戻ったことを表したので、貴之はここでノーガードを選択する。

『ドライブチェック』では(ドロー)トリガーが引き当てられたので、再び一枚多く手札に加えることができた。

貴之の『ダメージチェック』はノートリガーなので、あこからすれば良い流れだった。

 

「次は『グヴィン』でヴァンガードにアタック!」

 

「今防いでも割に合わねぇ……ノーガードだ」

 

先程(ドロー)トリガーで獲得したパワーは『グヴィン』に回している為、パワー19000での攻撃となる。

幸いダメージは1しか受けないので、貴之は何もせずダメージを受けることにした。

イメージ内で『グヴィン』の腕から現れた複数の刃に切り裂かれた後に行った『ダメージチェック』はノートリガーで、これでダメージが3になる。

できることが全て終わったので、あこはターン終了の宣言をする。

 

「俺のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……。いいイメージを見せてくれてありがとうな。おかげで興が乗ったぜ……」

 

「興が乗った……?どういうことですか?」

 

「俺も今日はちょっとだけやらせて貰おうと思ってな……。ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

貴之が『オーバーロード』に『ライド』するのはいつもの光景なので、友希那たちはあまり気にしない。

ファイトしているあこも、実際にその人が使っているところを見れたので少し喜びの情を持ったくらいだ。

しかし、肝心なのはこの後であった。

 

「『黙示録の風』たる我の力……思い知るがいい!」

 

「なんだろう……あこが考えているのとは違うけど、これもこれでカッコイイ……!よかろう。そこまで言うのなら、その風が我を吹き飛ばせるか試して見よ……!」

 

貴之の言った『黙示録の風』と言うのは、『オーバーロード』の通り名のようなものであった。

普段ならこんなことは全く言わない貴之だが、あこのイメージがこちらを刺激してくれたので、こちらも答える形を選んだ。

――今回のファイトはいつもより深いイメージになってる……。あことやり取りをしながら貴之はそう感じていた。

 

「『イマジナリーギフト』のことは分かるか?」

 

「グレード3以上の特定ユニットに『ライド』できた場合の祝福……でしたよね?」

 

――分かっているようで何よりだ。貴之は安心し、種類が三種類あることを説明する。

 

「もう知っているとは思うが、俺の率いる『かげろう』が所持しているのは『フォース』。効果はヴァンガードに回させてもらう」

 

処理を終えた直後に『ダークイレギュラーズ』が持っているのは『プロテクト』であることを説明しておく。

あこが『プロテクト』の内容の確認を取れば、貴之はそれが合っているので肯定で返す。

今回は事前に調べてくれていることで説明も楽だし、初っ端から独自の言い回しをやってくれたりとで、興の乗った貴之はこのファイト中常時上機嫌だった。

 

「『バーサーク・ドラゴン』を『コール』して、スキルで『グヴィン』を退却!更に『オーバーロード』の『ソウルブラスト』!」

 

今まで貴之のファイトを見ていた人からすれば珍しく、『バーサーク・ドラゴン』が前列右側に『コール』される。

手札を一枚増やすことはできないものの、こちらでもリアガードを一体退却させることは可能なので、その効果を狙ったものになる。

 

「魔界の女王よ……!『クレイ』の覇権を握りたいのなら、この攻撃に耐えて見せろ!『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「1ダメージで動じては顔向け出来ぬ……!ここはノーガード!」

 

ノリに乗っていた二人は流れに身を任せたままの口上で宣言を行う。

あこの『ダメージチェック』はノートリガーだったので、このままダメージは2になる。

 

「次だ……『エルモ』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!さあ、どうする?」

 

「ならば我が度胸を再び見せる時……このまま受けよう!」

 

あこはまさかのノーガード宣言をした。『オーバーロード』のスキルを理解しているのにも関わらずである。

 

「……防がないのですか!?」

 

「攻撃がヒットしたらスキルを使われちゃうのに……どういうこと!?」

 

「でも待って……トリガー次第で、あこはガードをしなくても良くなるわ」

 

「(あこちゃん……何か見えたのかな?)」

 

紗夜とリサは慌て、友希那と燐子は落ち着いて状況を見渡す。貴之も最初こそ驚きはしたものの、冷静に考えれば納得できるものだった。

あこのダメージはまだ2なので、ここで(クリティカル)が二枚でも負けはしないし、二回の攻撃で(クリティカル)が一枚以内なら、『ガード』の必要数が一回にとどまるのだ。

妙に嫌な予感がしながら行う『ツインドライブ』で、二枚ともノートリガーとなってしまい、あこは次の攻撃をガードしなくてもよくなった。

しかしながら『ダメージチェック』はノートリガーだったので、あこは一度手札を確認しておく。

攻撃がヒットしたのでこの機を逃すことは無く、貴之はスキルで『オーバーロード』を『スタンド』させる。

 

「もう一度、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「我ももう一度ノーガード!」

 

ここで(クリティカル)トリガーが出ても大丈夫なので、あこはノーガードを選択する。

『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーが引き当てられたので、パワーは『バーサーク・ドラゴン』、(クリティカル)はヴァンガードに回す。

イメージ内で『オーバーロード』になった貴之の剣による二撃を受けた後、あこが『ダメージチェック』を行うと一枚目はノートリガー。二枚目は(ドロー)トリガーだった。

これであこのダメージは5となり、トリガー勝負をしたくないなら『ガード』が必須となる。

 

「最後だ……!『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!リアガードにいるこいつが相手ヴァンガードにアタックした時、こちらのリアガードが相手より多いなら、スキルでこのバトル中パワープラス3000!」

 

「リアガードにいる時はそんな効果を持ってるんだ……!」

 

「凄く、汎用性に優れたユニットですね……」

 

貴之としては手札を確保したい建て前、なるべくヴァンガードとして使いたい『バーサーク・ドラゴン』ではあるが、リアガードとして使うことになっても十分にやりようはある。

燐子が評価した通り、『バーサーク・ドラゴン』はこの汎用性の高さが強みであり、貴之も結構な頻度でデッキに組み込んでいた。

 

「今こそ眷族の力を借りる時……『ブリッツ・リッター』で『ガード』!」

 

パワー23000の『バーサーク・ドラゴン』による攻撃は、蒼い体と巨大な一つ目が特徴の『ブリッツ・リッター』が持つ『シールドパワー』15000が加算され、合計パワーが34000になったことで防がれる。

このターンでできることが無くなった貴之は、耐えきったあこを称賛してターンを終了する。

それは素直に受け取って礼を言ったあこは、自分ターンを始め、ドローまで済ませる。

 

「ふっふっふ……時は満ちた……!」

 

「もう準備できているか……。なら、やってみよう」

 

――もう見えているだろう?さっき言っていた、輝かしい第一歩ってのが。貴之の問いに、あこは強く頷いた。

 

「見よ!これが我が分身の姿……!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

「(二人とも、本当に楽しそうね)」

 

あこがノリノリで『ライド』宣言しているのもあり、友希那は改めて楽しんでいることを感じ取る。

『ズィーガー』の姿となっていたあこは黒き煙に包まれ、数瞬後にその中から巨大な紫色の双眸を光らせる。

 

「『ノーライフキング・デスアンカー』!登場時一枚『ソウルチャージ』して、自分の『ソウル』の数だけこのターンの間パワープラス2000する!」

 

煙が晴れると赤と青の法服のようなものを着た巨大な幽霊とも呼べる存在、『デスアンカー』に『ライド』しており、体中から力を漲らせているのが分かる。

今まで溜めこんだ『ソウル』の量を数えきっていたので、貴之は即座に答えを叩き出す。

 

「11枚……これは『デスアンカー』の本領が十分狙えるな」

 

『じゃあ……『デスアンカー』のパワーは34000!?』

 

一ターン限定とは言え、『デスアンカー』の上昇したパワーに四人は驚き、その反応が聞こえたあこは「見たか、これぞ我の先導!」とついドヤ顔を決めていた。

 

「『イマジナリーギフト』、『プロテクト』!これは手札に加えて『メインフェイズ』……出でよ!我と契約を交わした『ダークイレギュラーズ』の眷族たち!」

 

『ダークイレギュラーズ』が保有するのは『プロテクト』で、こちらの使い方は以前燐子に教わっているので説明不要となった。

この時紗夜とリサは『プロテクト』を始めて見る人たちだったので、貴之は大雑把に防御型の『イマジナリーギフト』と説明し、その他詳細は友希那と燐子で教えた。

『メインフェイズ』にて前列右側にもう一度『グヴィン』を、後列右側と後列左側に『プリズナー・ビースト』を『コール』し、『ソウル』を三枚増やす。

『グヴィン』のスキルを発動した時に『ソウル』が10以上だったため、あこは『ラーム』を退却させた。

 

「(これで13枚……いいもの見れたな)」

 

「決着を付けようぞ!『ドリーン』の『ブースト』を受けた『デスアンカー』で、ヴァンガードにアタック!」

 

貴之が笑みを浮かべている最中、あこは『デスアンカー』による攻撃を宣言する。

この時『ドリーン』のパワーが21000まで上がっており、合計で55000となった『デスアンカー』の攻撃は手札消費を避けるべくノーガードを選択する。

宣言を終えたのであこは『ツインドライブ』を行い、二枚目で(クリティカル)トリガーを引き当てる。

対する貴之の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、次は何が何でも『ガード』が必要となった。

 

「さあ、今こそ『デスアンカー』が持つ真の力を見せる時だ……」

 

「うむ!アタックしたバトル終了時……!『ソウル』が13枚以上なら、『デスアンカー』のスキルが発動できる!」

 

スキルを実行する前に、あこは一旦他の四人にも分かるように溜まっていた『ソウル』を見せる。

それが丁度13枚であったことから、全員が驚く。

 

「(あこちゃん凄い……何か練習とかしていたのかな?)」

 

実は燐子に教わっていたのは基礎ルールのことで、各『クラン』ごとの特徴はとてもではないが教えきれないので、ここは独学となっていた。

そして、その独学の結果が実を結ぼうとしていたのだ。

 

「『カウンターブラスト』と手札一枚、そしてリアガード三枚を『ソウル』に置くことで、『ソウル』から一枚……スタンド状態で(・・・・・・・)S(スペリオル)ライド』!『デーモンイーター』!」

 

あこは『デスアンカー』から緑色の衣装に尖った耳を持つ怪しげな雰囲気ある女性、『デーモンイーター』に『Sライド』し、『プロテクト』を獲得する。

 

「『デスアンカー』のスキルで『Sライド』できた場合、このターンの間(クリティカル)プラス1!」

 

「……(クリティカル)を?でもこれでは……」

 

「ああ。『ドリーン』も攻撃に参加した以上、このままだと(・・・・・・)トリガー次第で攻撃は通らないな」

 

『デーモンイーター』のパワーは12000である為、確かに何も無いとパワー13000の『オーバーロード』には届かない。

この言い方からして、『デーモンイーター』は何か対策を持っている。それだけは四人にも伝わっていた。

 

「この一撃で輝かしい第一歩を締めくくろう!『デーモンイーター』でヴァンガードにアタック!アタックした時、『カウンターブラスト』と他のリアガードを一体『ソウル』に置くことでスキル発動!1枚引いてパワーをプラス10000!」

 

「パワーが22000になったから、『オーバーロード』に届きますね……」

 

「パワーだけを見ればそうだが、ヤバいのはこの次だ」

 

紗夜が納得していたところに貴之が被せると三人が首を傾げる。

それはパワーに関わるスキルではないのだが、ダメージが5であるこの時では相当苦しいものだった。

 

「更に、『ソウルブラスト』を10枚行うことで、この攻撃は『守護者(センチネル)』を『コール』できない……。つまり、『完全ガード』は許されない!」

 

「えっ!?このタイミングで封じれるの!?」

 

貴之の言いたいことを理解したリサは驚愕の声を上げる。

この後『ツインドライブ』が待ち構えているから、可能ならば『完全ガード』したいところを封じられるのだ。

数ターンかけて『ソウル』を溜めこみ、それを一気に放出することで強力なスキルを発動する……。それが『ダークイレギュラーズ』のサイクルである。

 

「仕方ねぇ……!『ター』で『ガード』、『バーサーク・ドラゴン』で『インターセプト』!」

 

これで『オーバーロード』のパワーが33000となったので、あこの『ツインドライブ』が全てを決めることになった。

 

「あこちゃん、イメージだよ!」

 

「……!うん。やってみるっ!」

 

燐子は自分が始めてファイトした時を思い出しながらあこに促すと、強く頷いてもらえた。

そして始まる『ツインドライブ』の一枚目は(クリティカル)トリガーで、これによりもう一枚トリガーを引けば攻撃がヒットすることになる。

落ち着いてイメージしてから引いた二枚目の結果は……(クリティカル)トリガーだった。

 

「ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「(何というか……もうちょっとだけ続けたいと思っちまったな……)」

 

『デーモンイーター』のパワーが42000となり、丁度ヒットするようになったことで決着を悟った貴之は、己の中にある願望を自覚する。

イメージ内で両手から黒い炎を出した『デーモンイーター』は『オーバーロード』の首を掴み、その中に有している毒で蝕んでいく。

その毒に耐えられなかったことを表すが如く、『ダメージチェック』で(ヒール)トリガーは引き当てられず、貴之のダメージが6となってファイトは終わりを迎えた。

 

「やった~っ!上手く行った~!」

 

「お疲れ様、これでヴァンガードファイトの一戦が終了だ。どうだろう?思い描いた輝かしい第一歩は踏み出せたか?」

 

貴之の問いにそれは満足した様子であこは頷く。ファイトが終わった直後の喜びからして、もしかしたら聞くだけ野暮だったかもしれない。

 

「あこちゃん、今日のあこちゃん凄くカッコよかったよ♪」

 

「でしょでしょ~!?あこね、ファイトしている間ビックリするくらい自然に思いついてたの!」

 

他ならぬ燐子(親友)からの称賛に、あこは笑顔でVサインを見せながら胸の内を語る。

途中脱線していたことに関しては、この際三人は一切触れないことにした。あんなに楽しそうなファイトの後なのだから、余韻に浸らせてあげたいと思えたからだ。

また、貴之が今回のファイトを通してあこのイメージ能力が高い方だと伝えると、これまた全員で驚くことになる。

 

「さて……次はリサだな」

 

「あはは~……あのファイト見た後だからちょっと気が引けるけど……お手柔らかにお願いします」

 

「大丈夫。ちゃんと入りやすいようにはするから」

 

最初こそ自身が持てないことの多いリサだが、一回やってしまえば大丈夫なことは理解しているので、それに合わせた促し方をする。

そう言うのならとリサも決心し、あこと場所を変わって貰いファイトの準備を始めた。




あこのデッキは『最強!チームAL4』のパックで出てくる『ダークイレギュラーズ』のカードを使用した物になります。
彼女をザ族にしたのは勢い半分、『カッコイイ』追及でやるだろうという予想半分です。この辺りは好みが出てきそうなところですね。

大ヴァンガ際では続・高校生編の一話がメインステージで先行上映され、声優さんたちのコメントで思いっきり笑いました(笑)。
ヴァンガードのステージより一つ前にレヴュースタァライトのステージをやっていたのですが、こちらでも笑わせてもらいました。友人にキリンの声が津田健次郎さんだと言った時に笑っていたのはよく覚えています。

これ以外にも、『ブラスター・ブレード』or『ブラスター・ダーク』の剣を持って写真を撮っていい場所があったのですが、私は『ブラスター・ブレード』の剣でサンライズパースしているところを友人に撮って貰いました(笑)。
気になった方は『サンライズパース』、または『勇者立ち』で検索するとどんなポーズかが分かります。

最後に先行販売で『The Heroic Evolution』を一箱買って開けて見たところ、ジ・エンドが当たって大喜びの結果になりました。
この小説ではまだ使うのに時間がかかりそうですが、必ず投入してやりたいところです。

次回はリサの初ファイトを行うことになりますが、『クラン』で何を使わせようか物凄い悩んでいるところです……何でリサだけ「これ行けそう」って『クラン』が5個もあるんだ……?


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イメージ22 もう一つの絆の形

お待たせしました。今回はリサの初ファイトになります。


「どうする?決まらないなら先に買っちゃうけど」

 

「あ、後ちょっとだけ待ってて貰えると嬉しいなぁ~……」

 

時間はデッキを選んでいる時に遡る。

正確にはあこが『ダークイレギュラーズ』に決めた直後で、リサはそれぞれの『クラン』を見ながらあれよこれよと悩んでいた。

 

「(思いっきり大きな竜になるのもいいし、こっちで巫女みたいな感じになるのもいいし……うわぁ~、悩むなぁ~……)」

 

――もうちょっと調べて来ればよかったかな?悩みながらリサは少し後悔する。

そうして少しの間悩んでいたところで、一つの『クラン』が気になってそれを手に取って見る。

 

「貴之、この『ネオネクタール』ってどんなところなの?」

 

「『ネオネクタール』は、豊穣な自然を誇る緑の国家『ズー』に拠点を置き、農作物の生産や流通を掌握する植物知性体集団だ。ちなみに『クレイ』の食料関係の内40%以上は彼らが支配しているな……。他にも、自然環境維持に努めていたりする」

 

ちなみに『ネオネクタール』はファイト内だと『トークン』と言う特殊なユニットを扱うことで、『ロイヤルパラディン』とはまた違った展開力を持っている。

その『トークン』の扱いを覚えるのが少々手間になるものの、癖自体はそこまで強く無いことをリサに伝える。

 

「なるほど~……何かユニットの見た目も可愛いの集まってるし……これにするよ」

 

リサが使う『クラン』を決めたので纏めて購入を行い、その後デッキの開封とあことのファイトが終わったことで、リサとファイトする直前である今に至るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばこれはどこに置いておくの?」

 

「それは『イマジナリーギフト』と同じく別の場所に、区別できる状態で置いてくれ」

 

リサは『トークン』をどこに置けばいいかが分からなかったので、貴之に指示を仰ぎ、その通りにする。

 

「さて……これから始める訳だが、イメージは忘れないようにな?」

 

「イメージは力になる……貴之もあこも言ってたし、そこは大丈夫♪」

 

準備が終わったのでリサに促せば、心配する必要は無さそうだった。

なのでリサに「行くぞ」と声を掛け、頷いた彼女とタイミングを合わせる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

リサは無理に独自の言い回しをしようとはせず、デフォルトの言い方で行くことにする。

そうしてカードを表返すことでファイトが始まり、貴之はいつもの通り『アンドゥー』に、リサは服装の一部が植物でできている、動きやすさを重視した服にバンダナを身につけている『菜の花の銃士 キーラ』に『ライド』する。

 

「(うひゃ~……実際に来てみると広いんだね……『クレイ(ここ)』って)」

 

実際に『ライド』して『クレイ』に飛び込んで見て、リサも改めてそう思った。

 

「先攻はどうする?ルールは把握済みだし、お前が選びたいなら選んでもいいが……」

 

「う~ん……いつもの流れでやった方が良さそうだし、そっちが先攻で大丈夫だよ」

 

他の四人と違い、唯一他人がファイトしているところを数度確認している、ルールを一緒に教わっていると言う状況だったので、リサには試しに問いかけてみた。

しかしながらリサがこちらに先攻を譲ったので、いつも通りの流れで始まることとなった。

ならばと貴之はターンを始め、いつも通り『バー』に『ライド』して一枚ドロー。後列中央には『ガイアース』を『コール』する。

ここまではよかったのだが、ターン終了の前に貴之は『バー』に手を掛ける。

そう――。リサが何度か見ているのにも関わらずだ。

 

「……ちょっと貴之?アタシ前にもそれ見たよ?」

 

「まあ、そうなるよな……」

 

当然リサも咎めて来るので、意味がないことを悟る。

先攻が最初のターン攻撃できないことの再確認で行ったが、リサは全く問題なさそうだ。

確認できて安心したのでターン攻撃を終了し、リサにターンを回す。

 

「よ~し、アタシは『タンポポの銃士 ミルッカ』に『ライド』!登場時『ソウルブラスト』して『プラント・トークン』を一体『コール』!」

 

リサはその名の通りタンポポをモチーフとしたガンマン風の格好をした『ミルッカ』に『ライド』し、スキルで後列中央にチューリップが変異して手足を得て、小人のような存在となった『プラント・トークン』を『コール』する。

この『プラント・トークン』には二種類の見た目があり、今回はそのうちの片方が呼ばれた形だった。

登場する際の『プラント・トークン』は、イメージ内では近くにあったチューリップの花がその姿となり、リサの下へ浮遊した状態で駆けつけて行くようなものだった。

 

「あっ、一緒に戦ってくれるの?」

 

リサが問いかけて見ると頷いてくれたので、嬉しさから思わず「ありがと~!」と言いながら抱きしめてしまう。

二種類ともそうなのだが、『プラント・トークン』はかなり愛嬌ある見た目をしているので、あり得そうではあった。

幸いにも、イメージ内で『プラント・トークン』が嬉しそうな反応をしているのが救いだろうか。

 

「デッキとは違う場所からユニットが出た……手札を確保したまま展開できるのは便利ね」

 

「いい目の付け所だな……。友希那の言った通り、『トークン』を場に出すこと自体に手札の消費はしないから、後々の展開で楽ができるんだ」

 

「『トークン』自体は非力だから、何か補強出来たりするの?」

 

「ああ。場に出す以外にも、『トークン』を強化するスキルを持つユニットもいるから、使い方を覚えれば『トークン』に物を言わせた戦いだってできる」

 

友希那たちが着実に学んでいることを嬉しく思いながら、貴之は説明する。

『ネオネクタール』はこの『トークン』による戦い方を効果的に行えば、向こうは手札が苦しいのにこちらは余裕があると言う、複数の意味で『数の暴力』を見せつけることが可能な『クラン』である。

どこで来るかなと思いながら、リサがスキルで一枚ドローするところを見届ける。

 

「じゃあ、攻撃するよ~……『プラント・トークン』の『ブースト』、『ミルッカ』でヴァンガードにアタック!」

 

「まずはノーガードだ」

 

宣言を受けて『ドライブチェック』を行った結果、ノートリガーだった。

イメージ内で『プラント・トークン』に応援されて力を貰い、『ミルッカ』となったリサは軽やかな足取りで『バー』となった貴之に近寄り、手に持っているタンポポで打ち払う。

――動き(イメージ)からしてダンスの要領か?貴之は疑問に思いながら『ダメージチェック』を行ったところ、ノートリガーだった。

できることが終わったのでリサはターンを終了し、貴之にターンを回す。

 

「ところで、『トークン』はデッキの外から『コール』されていましたが……退却させられた場合はどうなるのですか?」

 

「いい質問だな……。退却させられた場合は除外……つまりはファイトに戻ってこれなくなる(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「流石に、手札を使わないで出せるユニットが再利用できたらインチキですからね……」

 

貴之は紗夜の質問に答えながら、あこの反応にはごもっともだと返す。

流石に『トークン』が再利用可能だと言われたら、貴之も正気を疑うだろう。意識しなければならないものが多すぎる。

 

「ということで、実際に除外される瞬間を見てみようか……『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『プラント・トークン』を退却させる!」

 

「あっ……!ちょっと……!?」

 

――ちょっと鬼なことやるな……。そう思いながら貴之は宣言をする。

リサの制止は間に合わず、イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之から炎を吹き付けられ、『プラント・トークン』は一瞬の内に飲み込まれてから悲しげな表情を見せながら光となって消滅する。

 

「除外された場合は『ドロップゾーン』じゃなくて別の場所に置くことになるんだが……うん。俺もあの見た目相手にやるのはちょっと後悔してる」

 

「頑張ってまたスキルで呼びます……」

 

リサがしゅんと沈んた様子を見せていたので、貴之も罪悪感が増していた。本人自身はファイトの都合があるから仕方ないと思ってくれるだけまだ良いだろう。

友希那たちが落ち込んだ彼女に少々同情するが、燐子は自分が前にもちょっと違う形でこんなことが起きていたことを思い出す。

 

「(あの時の私はきっと……こんな風になれるとは思ってなかったな……)」

 

――きっかけがあれば誰だって変われる。今の自分と照らし合わせて、貴之の言ってくれた言葉が本当であることを燐子は改めて実感する。

少しだけしてリサが気を取り直したのでファイトに戻り、スキルによるドロー処理をしてから前列左側に『アーマード・ナイト』、後列左側に『エルモ』を『コール』する。

 

「じゃあこっちも攻撃だ。『ガイアース』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ受けてないし……ここはノーガードで」

 

宣言を終えたので『ドライブチェック』を行うと(ドロー)トリガーで、パワーは攻撃していない『アーマード・ナイト』に回す。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』の炎を『ミルッカ』となったリサに浴びせた後、『ダメージチェック』が行われる。

その結果は(クリティカル)トリガーで、効果は全てヴァンガードに回される。

 

「次、『エルモ』の『ブースト』した『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「上がったパワーが勿体ないけど……もう一回ノーガード!」

 

現在『ミルッカ』のパワーは18000、『アーマード・ナイト』は『エルモ』の『ブースト』とスキルが影響して合計が36000となっている。

確かに上がったパワーを活用できないことは勿体ないが、ここで多くの手札を消費するのは割に合わないと感じて防ぐのは断念した。

リサの『ダメージチェック』がノートリガーで、彼女のダメージが2になったのを確認したところで、貴之はターンを終える。

 

「『パンジーの銃士 シルヴィア』に『ライド』!登場時、スキルで『プラント・トークン』を『コール』!さらに二体『メイデン・オブ・サリックス』と『フルーツバスケット・エルフ』を『コール』!」

 

二回目のターンが回ってきて、リサはパンジーの花がモチーフとなった衣装に身を包む『シルヴィア』に『ライド』し、後列中央に『プラント・トークン』を『コール』する。

前列左側と前列右側に、まるで若葉を感じさせるような髪と衣装が目を引く、魔女のような見た目をした『サリックス』が、後列左側にはその名の通り果物の入ったバスケットを抱えるエルフの『バスケットエルフ』が『コール』される。

バトルの前に『バスケットエルフ』のスキルを使おうかと考えたリサだが、思ったよりコストが多いので止めて置いた。

 

「まずは、右側の『サリックス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『サリックス』が杖を振るうことで、周囲の木の葉が凶器となって『バーサーク・ドラゴン』となった貴之に襲い掛かる。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーなので、これでダメージが並ぶことになった。

 

「次は『プラント・トークン』の『ブースト』した『シルヴィア』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「そうだな……これもノーガードで行こう」

 

『カウンターブラスト』に使えるコストが欲しかったので、貴之はノーガードを選択し、イメージ内で『シルヴィア』となったリサの踊るような剣技を受ける。

この時の『ドライブチェック』、『ダメージチェック』は互いにノートリガーで、大きな変化は起こらなかった。

 

「最後……『バスケットエルフ』の『ブースト』、左側の『サリックス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ゲンジョウ』で『ガード』!」

 

合計で18000となった『サリックス』の攻撃は、『ゲンジョウ』の『シールドパワー』20000を増やし、パワー30000の状態で防ぎきる。

2ダメージ与えられたのだから十分と思いながらリサはターンを終え、貴之に回した。

 

「よし、じゃあそろそろ行くか……」

 

「(……!この言い方、多分来る……)」

 

貴之の言葉を聞いたリサは大方予想を立てる。恐らく見ている四人も同じ予想をしているだろう。

その答えを証明するかの如く、貴之は手札から一枚を手に取り、『ヴァンガードサークル』にいる『バーサーク・ドラゴン』へと重ねる。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「(相手にしてみるとちょっと怖い……のかな?相手が場慣れしてるからなんだろうけど……)」

 

五人の予想通り、貴之は『オーバーロード』に『ライド』する。

改めてその姿を見れば巨大さから来る威圧感と、『憑依(ライド)』している貴之から自信に満ちた物をリサは感じ取った。それ程このユニットを信頼しているのだろう。

このまま『イマジナリーギフト』の処理が入るのだが、貴之は「その前に一つ復習だ」と言って自分たちから注目を貰う。

 

「『イマジナリーギフト』の『フォース』は、自分のターンの間パワープラス10000の効果を与えるが……設置できる場所はどこだったかな?」

 

「今聞いたってことは、何か理由があるんですか?」

 

あこの疑問は最もで、どうして今この場で確認したのかは全員が不思議に思っていた。

五人が抱いた疑問に対して、貴之は『ネオネクタール』も『フォース』を使うからであることを説明すると、自分たちの知識確認であることが理解できた。

ちなみにこの問いかけ自体は、なるべくリサに答えて貰いたいと考えている。理由は『ネオネクタール』を使っていることと、今日までの暫くの間ヴァンガードファイトの光景を見ていなかったからだ。

 

「ん……?この問い方だから、ヴァンガードだけじゃない……。この六つのサークルの内どれか一つってこと?」

 

「よく思い出せたな……。正解だ」

 

この少々意地悪な振り方のおかげで、リサは正解に辿り着けたのでそれに安堵する。

ヴァンガードのみだと勘違いしかけたのは、自分の戦術故に起きた事だろうと貴之は予想を付ける。

 

「今回も俺はヴァンガードに設置するが、当然リアガードに置くことだってアリだ。俺の場合、主力のユニットがヴァンガードで効果を発揮しやすいからこうしてるんだ」

 

貴之の説明を聞いて、友希那は彼の考え方を理解する。

この後『メインフェイズ』で前列右側に『ラーム』、後列右側に『ガイアース』を『コール』し、『オーバーロード』の『ソウルブラスト』を行う。

 

「さて……『エルモ』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「うーん……ここはノーガード!」

 

まだダメージは2であったのでここはノーガードを選択する。

リサの『ダメージチェック』はノートリガーで、合計のダメージは3になった。

 

「次、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「えっ!?えぇっと……」

 

『オーバーロード』のスキルは前にも見ていたので、リサは焦りながら手札を確認する。

すると一枚、確実に攻撃を止められるカードがあったので、それを手に取る。

 

「『護暴(ごぼう)拳神(けんしん) オニ・ゴ・ボー』で『完全ガード』!」

 

「いい選択だな。こっちも『ツインドライブ』だ……」

 

パワーが33000となっていた『オーバーロード』だが、『完全ガード』で防がれる為効果はない。この選択には貴之のみならず、四人もリサの選択を称賛する。

ちなみに『オニ・ゴ・ボー』は胴着を着たゴボウのような見た目をしており、彼は持ち前の護身拳法で『オーバーロード』となった貴之の攻撃を裁き切った。

そして行われた『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーが引き当てられ、効果は全てまだ攻撃していない『ラーム』に回された。

 

「最後、『ガイアース』の『ブースト』した『ラーム』でヴァンガードに攻撃だ」

 

「これは悩みどころね……」

 

「『ガード』をしないと2ダメージで、『ガード』をするならちょっと多めに使っちゃいますね……」

 

現在『ラーム』のパワーは『ブースト』もあって28000。ダメージを受けると2ダメージになるので、友希那と燐子の言う通りかなり悩まされる。

リサのダメージが3なので、これを受けても敗北することはないが、余裕を持って次のターンを迎えるなら防いでおきたいところだった。

 

「ならアタシは……手札の『サリックス』で『ガード』と、右側の『サリックス』で『インターセプト』!」

 

攻撃に対し、リサは『インターセプト』も活用して最低限の手札消費で防ぎきって見せた。

彼女が『インターセプト』をしっかりと覚えていて、活用して見せたのに安堵しながら貴之はターンを終える。

 

「『メイデン・オブ・トレイリングローズ』に『ライド』!登場時に『プラント・トークン』を『コール』するけど、このユニットがヴァンガードにいるから二体出すよ!」

 

リサが薔薇をモチーフとした衣装と髪飾りが特徴の『トレイリングローズ』に『ライド』し、先程の『インターセプト』もあって完全に空いた右側の縦列に二体の『プラント・トークン』を『コール』する。

この『トレイリングローズ』の登場時スキルは、リアガードで発動した場合は一体の『コール』になる為、なるべくヴァンガードで使いたい効果であった。

 

「『イマジナリーギフト』、『フォース』!今回はアタシもヴァンガードに置かせてもらうね」

 

この『イマジナリーギフト』をどこに置こうか少し悩んだものの、現状はヴァンガードの攻撃が最もヒットさせやすいのでリサは『ヴァンガードサークル』に設置を決めた。

 

「ここで『トレイリングローズ』の『ソウルブラスト』!『プラント・トークン』三体のパワーをプラス5000!」

 

イメージ内で『トレイリングローズ』となったリサが光のようなものを『プラント・トークン』たちに送り込み、受け取った『トークン』たちは力が湧いてきたことで張り切った様子を見せる。

その様子は見ていた四人に、『トークン』たちに変化が起こったことをはっきりと理解させるには十分だった。

 

「それじゃあ、攻撃行くよ~……!後列右側の『プラント・トークン』で『ブースト』して、前列右側の『プラント・トークン』でヴァンガードにアタック!」

 

――言い方ややこしい~!これに関しては宣言しているリサだけで無く、他の五人も全員がそう思っていた。

貴之も『左の……』だけで済むならまだいいのだが、流石に『後列右側の……』となると面倒だ。

リサが頭を抱えた気持ちに理解を示しながらノーガードを選択し、『ダメージチェック』を行う。

その結果は(クリティカル)トリガーで、パワーを増やすことはできたものの、折角の(クリティカル)を活かせないという何とも言えないものだった。

今回の攻撃で貴之のダメージは4となり、再び逆転する形となった。

 

「次は『プラント・トークン』の『ブースト』した『トレイリングローズ』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「なら、『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

イメージ内で『トレイリングローズ』となったリサの放つ攻撃は、目の前に現れた『バリィ』が防ぐ。

『イマジナリーギフト』と『ブースト』、スキルによる三つが合わさってパワー33000となっていた攻撃だが、それでも完全ガードの前では通すことはかなわない。

防がれるのが確定したことで、リサは嫌な汗を一つ流す。

 

「リサ、まだ『ツインドライブ』があるわよ?」

 

「あ、そっか……!」

 

友希那が言ってくれたおかげで、グレード3になったことによる最大の恩恵を思い出した。

その結果一枚目はノートリガー。二枚目は(ドロー)トリガーだったので、パワーを攻撃していない『サリックス』に回す。

 

「最後に一回……『バスケットエルフ』の『ブースト』……『サリックス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ター』で『ガード』!それから『アーマード・ナイト』で『インターセプト』!」

 

パワー28000となった『サリックス』の攻撃は合計パワー33000の前に防がれてしまい、貴之のダメージは4で留まる。

嫌な予感を感じるものの、できることが終わった以上仕方ないのでリサはターンを終了する。

 

「ここで見せるのは始めてかな……?『フォース』を二枚以上使う時の一例を見せるぞ」

 

「じゃあ……もう一回『ライド』するの?」

 

燐子の問いに対しては頷くことで肯定を返す。言っていることが答えも同然なので、隠すことに意義は感じなかった。

そして宣言通り、貴之は手札の内一枚を手に取って、ヴァンガードに重ねる。

 

「もう一度、『ドラゴニック・オーバーロード』に『ライド』!『フォース』も同じくヴァンガードに……。更に『バーサーク・ドラゴン』を『コール』して『サリックス』を退却させ、『オーバーロード』は『ソウルブラスト』!」

 

「ええっと、『フォース』二枚と『ソウルブラスト』だから……もう43000!?」

 

「俺が『フォース』を重ね掛けして使いたい理由の一つがこれだ。『かげろう』の主力ユニットは、ヴァンガード単体で力を発揮するのが殆どだからな」

 

そのパワーの上昇具合を見てリサは焦り、見ていた四人も貴之の説明を聞いて重ね掛けした理由を理解する。

――これ……耐えられるかな?相手の盤面を見て、リサは不安になった。

 

「じゃあ行くぞ……?『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!これはスキルによって合計24000だ」

 

「これを受けてもダメージは4だから……ノーガード!」

 

リサのノーガードには、トリガーが引ければ御の字と言う思惑もあった。

しかし、その『ダメージチェック』ではノートリガーで、パワー上昇を得られないまま残りの攻撃を受ける必要ができてしまった。

 

「次は『オーバーロード』で『プラント・トークン』にアタック!」

 

「ごめんね……これもノーガード!」

 

また『プラント・トークン』を助けられないことを悔みながら、リサは宣言する。

『ツインドライブ』では一枚(ヒール)トリガーが引き当てられ、パワーは『オーバーロード』に割り当てられる。

イメージ内で『プラント・トークン』が『オーバーロード』となった貴之の炎に焼かれて退却させられ、更に『オーバーロード』はスキルで『スタンド』する。

 

「本命だ……『ガイアース』の『ブースト』……『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!この時、グレード3以上のユニットを『ブースト』した『ガイアース』のスキル発動!」

 

「……!『ミルッカ』と『ウォータリング・エルフ』……それと『ダンガン・マロン』で『ガード』!」

 

リサは現状の手札を鑑みて、貴之がトリガーを引かないことに賭けて最低限の数値で『ガード』を狙う。

こうなってしまったのは、先程退却させられた『サリックス』の存在が響いていた。

 

「……!さっきの『メインフェイズ』……!」

 

「『インターセプト』をできないようにしていたのね……」

 

燐子と友希那を筆頭に、『バーサーク・ドラゴン』のスキルで行った意図に四人が気付く。

ここに『サリックス』がいたのなら、リサはそれを『インターセプト』に出すことで『オーバーロード』の攻撃を確実に防ぐことが可能だった。

しかしそれを退却させられてしまった以上、現在はこうすることで精一杯だった。

 

「じゃあ行くぞ?『ドライブチェック』……」

 

貴之の『ドライブチェック』の結果は二枚目の(ヒール)トリガーだった。これで貴之は更に回復……ではなく、一つ問題があった。

 

「あれ……?回復の処理はしないんですか?」

 

「俺のダメージと、リサのダメージを見てくれ……。どっちの方が多くダメージを受けてる?」

 

「今井さんの方が多いですね……」

 

「じゃあ、(ヒール)トリガーで回復できる条件を確認してみようか」

 

貴之に言われて思い返すことで、五人は納得した。今回のケースだと貴之はパワー増加しか行えないので、ダメージは3のままだった。

そしてイメージ内では『オーバーロード』となった貴之が『ガーディアン』たちを蹴散らし、『トレイリングローズ』となったリサに剣で斬撃を浴びせていた。

ダメージを受けたのでリサは『ダメージチェック』を行うことになるが、この時自分の手が震えていることを自覚する。

 

「(やばっ……。実際にやってみると前よりも引っ張られてる……)」

 

――ダメージ6になった時は全てのカードとの契約が解除され、霊体に戻って消滅する……。以前、貴之にしてもらった世界観説明がここに来て尾を引いていた。

ついて来てくれた仲間たちは逃げ出しているので助けてくれない。対峙している勢力は敵対者なのでこちらが消えゆくのを見守るだけ……。そう考えると僅かに恐怖感が襲ってきていた。

 

「まだ終わっていないわ」

 

「……友希那?」

 

思考の袋小路に入りかけたところで、友希那が現実に引き戻してくれた。

貴之も友希那の言葉に同意を示し、「こんな時だからこそ落ち着いてイメージするんだ」と投げかけてきた。

そう言われた時、リサは『ネオネクタール』の仲間たちが逃げ出すのではなく、攻撃を受け倒れ込んでいる自分を案じているイメージが見えた。

 

「(みんなが待ってくれているなら、アタシ一人怖がってちゃダメだね……♪)」

 

落ち着きを取り戻したリサは、一度深呼吸をしてから『ダメージチェック』を行う。

その結果は一枚目がノートリガー。二枚目は見事に(ヒール)トリガーを引き当てた。

 

「言ったでしょう?まだ終わっていないって……」

 

「あはは~……さっきまで慌ててたのが嘘みたいだよ」

 

脱力感と安心感、それからちょっとの恥ずかしさを感じながらリサはパワーをヴァンガードに回してダメージを回復する。

これで『トレイリングローズ』のパワーが23000。『バーサーク・ドラゴン』のパワーは『ガイアース』の『ブースト』をしても21000で止まる。更には前列のユニットが他にいないので、貴之はターンを終了させた。

 

「(そっか……仲間と一緒って、こういった形もあるんだね)」

 

今ファイト四回目の『スタンド』アンド『ドロー』を済ませた時、引いたユニットが「お待たせ」と言ってくれたような気がしたので、先程のイメージも相まってリサはそう思った。

――Roseliaのみんなとも、色んな『絆』が作れるかもしれないね……♪少々気持ちが弾みながら、リサはターンを進める。

 

「『白百合の銃士 セシリア』に『ライド』!『フォース』は前列右側の『リアガードサークル』に!」

 

リサは白い百合の花がモチーフとなった衣装に身を包んだ『セシリア』に『ライド』する。

この時リサが『フォース』の重ね掛けをしなかったのは、この次に行うスキルが関係している。

 

「『カウンターブラスト』とリアガード一体を退却させることでスキル発動!山札を上から五枚見て、その内二枚までを『コール』……と言うのは通常時の処理で、今回は『ソウル』にグレート3があるから三体まで『コール』して、前列にいるユニット三体のパワーをプラス10000!」

 

退却するリアガードは『プラント・トークン』を選び、前列右側に『サリックス』、前列左側に『シルヴィア』、後列中央に二体目の『バスケットエルフ』が『コール』され、『シルヴィア』のスキルによって空いている後列右側に『プラント・トークン』がコールされる。

 

「合計でパワーがプラス20000になったユニットが二体……今井さんが別々に置いた理由はこれだったんだ」

 

「ああ。こうやって『プラント・トークン』やその他のユニットをスキルで呼び、強化して瞬間的な押し込みを手に入れる……。これが『ネオネクタール』の戦い方なんだ」

 

この話しを聞いた時、友希那は『ロイヤルパラディン』に近いと性質だと思った。理由は『仲間を揃えることで力を発揮しやすい』ところにある。

 

「更に『ソウルブラスト』と、自分を退却させることで『バスケットエルフ』のスキル発動!『プラント・トークン』を二枚まで『コール』して、ヴァンガードのグレードが3以上ならこのターンの間、このスキルで『コール』された『プラント・トークン』はパワープラス5000!これをもう一体も行うよ!」

 

「じゃあ、今呼ばれた『プラント・トークン』のパワーは10000なんだ……!」

 

「ここに二枚の『フォース』と『セシリア』のスキルが加わる……。貴之君とは反対に、全体が満遍なく強化されていますね……」

 

紗夜が気づいた通り、ヴァンガード単体で強力な攻撃を放った貴之と、リアガードと共にある程度強い攻撃を連発しようとしているリサは強化の方向が対比関係だった。

無論貴之もそこに気づいており、「仲間と共にイメージをぶつけてこい」とリサに促している。

その促しに彼女も頷き、場に出されているカードに手を掛ける。

最初に二体のリアガードによる攻撃を行った時、貴之はどちらともノーガードを選択し、『ダメージチェック』は両方ともノートリガー。これでダメージが5になった。

 

「じゃあ行くよ……!『プラント・トークン』の『ブースト』、『セシリア』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら俺は、『ゲンジョウ』と『ラオピア』で『ガード』!更に『ラーム』と『バーサーク・ドラゴン』で『インターセプト』!」

 

現在、『フォース』と『ブースト』、スキルの恩恵を受けた『セシリア』のパワーは43000。『ガーディアン』の『シールドパワー』を貰った『オーバーロード』のパワーは58000となっている。

つまりはこの『ツインドライブ』で勝敗が付くか否かになるのだが、先程の窮地を乗り切ったリサは不思議と落ち着いていた。

 

「よ~し、『ツインドライブ』!ファーストチェック……」

 

一枚目は(ドロー)トリガーで、パワーを『セシリア』に与える。

これによって次もトリガーならダメージを与えられることになった二枚目のチェックで、リサは見事に(クリティカル)トリガーを引き当てる。

 

「……!効果は全てヴァンガードに!」

 

「うん。いいイメージだった……」

 

イメージ内で『セシリア』となったリサが手に持っている赤みを帯びている刃が目を引く剣を使い、華麗なる連撃で『オーバーロード』となった貴之を切り裂く。

剣での攻撃を終えた『セシリア』となったリサが剣で空を斬った時、周囲の花びらが風を舞い、『オーバーロード』なった貴之も流されるようにゆっくりと霧散していくように消えていった。

そのイメージに従うかのように、『ダメージチェック』の一枚目がノートリガーで、ここで貴之のダメージが6なので勝負がついた。

 

「とまあ……これで一戦終わった訳だが、リサは見た感じ普通に入り込めてた感じあるな……」

 

「最後の方とか、周り全く気にしてなかったよ……」

 

ファイトが終わったら問いかけようと思っていた貴之だが、余りにも問題が無さ過ぎてなんて言おうか迷ってしまった。

それを理解されたリサも、指で頬を撫でながら照れた様子を見せる。全員が見事入口を叩けたことに貴之は満足する。

ファイトを終えた余韻に浸りながら、二人は「ありがとうございました」と終わりの挨拶を忘れずに行う。

 

「あっ、そうだ!今度どこかで一回だけ、みんなでファイトしてみない?」

 

せっかく全員がヴァンガードを始めたのだからというリサの提案に、四人はなるほど……と考え込む。

あこと燐子の場合は是非ともやってみたいと思っていたので、即座に賛成だった。

 

「やるにしても、本当にどこか一回だけが限度でしょうね……今はコンテストも控えていますから」

 

何もその提案が悪いわけでは無いのだが、時期が時期だった。

もしこれがコンテストを終えた後と言われれば、一日中通しでやる日があっても大きなライブ等が控えていないなら問題は無いだろう。

とは言え、流石にそこまでの体力や気力があるかと言われれば無条件で頷くのは難しいが……。

 

「それなら、今日……思いっきりやってしまいましょう」

 

『あっ……!』

 

友希那の提案は、今日が一番簡単に合わせられることを思い出させてくれた。

そういう事ならと、思い切った息抜きやコンテスト前に英気を養う等。様々な理由付けを準備してRoseliaの五人はファイトをすることにした。

 

「ファイトの相手が必要なら呼んでくれ。待っているだけじゃファイトしたい衝動抑えるの大変だろうし……」

 

「なら、相手をお願いしてもいいかしら?あなたのファイトを……目の前で感じたいの」

 

「分かった。それなら全力で相手するぜ」

 

待っている時のもどかしさを知っている貴之が口を出せば、組み合わせが奇しくもテスト勉強をやっていた時と同じ組み合わせになっていた。

また、これも何かの偶然か、開始の宣言を行う直前までは全員が同じタイミングで終わっていた。

 

『スタンドアップ!』

 

「「ザ!」」

 

『ヴァンガード!』

 

そして、貴之と言うこの五人にとっては様々な意味での先導者を据えて、Roseliaの第一回ヴァンガードファイト会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇやりきった感じがある……」

 

「というか、二か月以内で五人も勧誘ってとんでもないなお前……大介は予想できたか?」

 

「……無茶言うな。こんなの誰にも予想できないって」

 

そして休日明けの学校にて、貴之らはこの前のリサとあこの二人が教えを頼んできた日のことを話していた。

案の定この短期間でこれだけの人に教えるのは誰だって予想外なのが分かり、貴之は心底安心した。

ちなみにクラスの男子生徒に今回のことを問われたので素直に話し、Roseliaの内友希那とリサが幼馴染みであることを説明すると「まあお前に聞くわな」と普通に納得してもらえた。

ここで「俺と変われ」などと言われようものなら血管が切れていたであろうところだが、「進展は無し?」と聞かれた時は素直に肯定するしかなかった。

 

「おい玲奈……大丈夫か?さっきから沈みっぱなしだが……」

 

レクチャーのことを話したっきり、玲奈が終始無言だったので心配になった俊哉が声を掛ける。

しかしそれが、玲奈がため込んでいた悲しみを吐き出す為の引き金となり、物凄い勢いでがっしりと貴之の肩を掴む。

 

「ねえ何で!?どうしてあたしがいない時に女の子へのレクチャーが終わってて!何で毎回貴之はその場に居合わせてるの!?」

 

「落ち着け!タイミングとしか言いようねぇよ……ってか、お前は紗夜に教えてる時居合わせてただろ!?」

 

「だってその時相手を担当したの貴之じゃん!」

 

「完全に初対面のお前と一回だけでも顔の合わせたことのある俺って言われたら……そりゃ俺の方が頼みやすいだろうよ!」

 

思いっきり前後に肩を揺さぶられるので、貴之は引き剥がそうとする。

しかし言い返した瞬間に更に顔を近づけて抗議してきたので、貴之は自分の抵抗が雀の涙にしかならない様な気がしてきていた。

更に勘弁して欲しいこととして、玲奈の目尻から涙が見えていることにあり、完全に自分が悪いことをしたように見られそうで気が滅入ってしまう。

 

「俺かと思ったら貴之に向かって行った……」

 

この光景を見た全員が呆然としているのだが、中でも一番呆然として困惑も混じっているのが俊哉だった。

――どうやったらこの流れで貴之に行くんだ……?玲奈の位置に対する正確性にも驚きだが、何よりもこっちのせいで理解が及ばないでいる。

 

「取りあえず手伝ってやるか……。あれを一人でどうにかするのは大変だろ」

 

「そうだな。これで勘違いとかされたら目も当てられないしな」

 

朝から嫌な汗を流す羽目になっている貴之を見かねて、俊哉と大介は助けに入るのだった。




リサのデッキはブースターパック『ULTRARARE MIRACLE COLLECTION』に入っている『ネオネクタール』のカードで作ったデッキとなります。
本当にリサは一番悩みました。プロフィールやその他色々と確認していましたが、リサは『器用すぎる』のが理由で絞り込むのが大変でした……(汗)。

実はこのRoseliaメンバーに初ファイトをさせる順番を守れていたのは友希那とあこの二人だけで、残りの三人は順番がずれています。
特にリサに至っては初期プロットでは二番目のはずが、実際に書いてみると一番最後になっていました……。

本来の順番としては
友希那→リサ→燐子→あこ→紗夜の順番でした。

前回あこのイメージ能力が高いという触れ方をしましたが、Roseliaメンバーだけで現段階の能力を高い順に比較した場合……

(高い)あこ>燐子=>リサ>友希那>紗夜(低い)

この様な形となります。
下二人は音楽命と真面目な性格故のものなので、改善出来れば他の三人より伸びしろが大きい裏返しになります。

次回から貴之らの地方予選における話しを書くので、ファイト展開が連続することになります。
Roseliaシナリオ本編を楽しみにしている方には少々申し訳ない展開が続くことになるので、そこだけは本当にすみません……


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イメージ23 開戦、地方予選

今回から暫しの間貴之らの大会に置ける話しを書いていきます。

まずは導入と一戦目の前半です。


地方予選前日の夜。貴之は自室で最後のデッキ調整を行っていた。理由は普段共にファイトをしている俊哉たちを想定してだった。

以前の場所であれば、自分がどのような組み合わせなら勝ちやすいかを考えて組めばいいのだが、今回はそもそも身内のファイターが強いのと、自分を知っていることから無策で来ないと感じている。

故にこちらも何か隠し玉となるユニットを探していた。大きなな変更を加えると当日に支障をきたすので、本当に微調整程度のことしかしない。

 

「(隠し玉には……こいつが使えそうだな。戦い方が崩れやすくなるから一枚しか入れられないが、そこはイメージで補える)」

 

――イメージは力になる。これは自分がレクチャーをする上で何度も言ってきたことで、そう言ってきている自分が、イメージを信じない理由などどこにもなかった。

そうして微調整を終えてデッキをケースにしまう時、『オーバーロード』のカードを手に取る。

 

「明日は頼むぜ……お前だけじゃなくて、『かげろう』のみんなもな……」

 

『オーバーロード』と残りのデッキに集まってくれたユニット(仲間)たちに語りかけてから、貴之は今度こそケースにデッキをしまう。

――任された。明日は共に勝利を掴もう。彼らからそんな声が聞こえたような気がして、貴之は安堵する。

全ての準備を済ませた貴之は明日に備え、睡眠に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ここに来るのも五年ぶりか……」

 

「昔はお前と俺、玲奈の三人は固定。残りは来れる人や来たい人が来るくらいだったからな……」

 

「ここに三人揃って来るのって、本当に久しぶりだね」

 

翌日の朝。地方予選の会場に到着した貴之は懐かしい思いをしていた。

それは俊哉と玲奈の同様で、改めてこの時間が戻って来たことを実感させられる。

ちなみにこの地方予選の会場だが、商店街の最寄り駅から三駅程進み、その駅から降りて10分もしない場所にある。

 

「よう。元気にしてたか?」

 

「身内で集まってくるのは、そっちも同じだったみたいだな」

 

少し遅れて、大介と竜馬、弘人の三人もやって来た。

この場に集まっている六人は現地集合と言う形になっていたのだが、どうやら同じ小学出身同士で集まってから来たようだ。

ちなみにRoseliaの五人は運悪くライブハウスが取れなかったのもあり、今回はこちらに来るようだ。

ただし大会参加者以外は一般入場者として最初の一定時間は入れないようになっている都合上、彼女たちは少し遅く来ることになっている。

こうなったのもエントリーの都合で混雑を避ける為にある。その辺りはここに来る人たちはしっかり把握しているので問題はない。

会場自体は前日からしっかりと準備がされているので、残りはエントリーとトーナメントの確認、席の確保になる。

 

「お、おい……あれ……」

 

「マジかよ……!あいつ別の場所じゃなかったのか?」

 

貴之がいることに気づき、会場に少しのどよめきが走る。

無論注目されている貴之も何故こうなったかは理解しており、同意はしないが彼らの気持ちも理解はできる。

 

「(どよめいていようとなんだろうと……そんなこと気にせず戦うだろうけどな)」

 

結局はこの考えにたどり着いた。この大会に挑む人たちは実力を試したかったり、上を目指している人たちばかりなので、一度ファイトが始まればこの時のどよめきなど忘れているだろう。

 

「エントリーは僕で最後?」

 

集まった六人の中で一番最後にエントリーを済ませた弘人の問いに、全員が頷いて肯定する。

この後人数の確認を終え次第、プログラムによる自動でトーナメント作成が行われるので、今のうちに席を確保しに向かうことになった。

席に関しては会場をコの字で囲って上から見渡せるようになっているので、複数の場所を見やすい進行の向かい側を確保に行き、無事に成功する。

もう間もなく一般入場が始まり、開催宣言の少し前にトーナメントの決定が行われるので、そこまではデッキの確認等や知っているファイターがどこにいるか等がやることになる。

貴之自身は身内以外知っているファイターが殆どいないので、後々来るRoselia五人の為に先に自分たちが座っている場所だけ伝える。

 

「(さて……警戒するべき相手は誰がいるんだ?)」

 

「あっ……もしかして、そこにいるのは貴之かい?」

 

聞いた方が早いと思って五人の内誰かに聞こうと思ったところに、聞き覚えのある声が後ろから届いたのでそちらを振り向く。

するとそこには金色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、絵に描いた『白馬の王子様』と言えるような風貌をした少年がいた。

 

「お前……一真(かずま)か?まさかここにいたとは……ともかく久しぶりだな」

 

「こちらこそ久しぶり。僕も君がこちらに来るとは思っていなかったよ……」

 

名を呼ばれた少年、秋津(あきつ)一真と貴之は握手を交わす。

彼と知り合いだったことには目撃した多くの人が衝撃を受け、思わず注視してしまう。

その中には俊哉たちも含まれており、離れていた五年間で何があったんだと気になっていた。

 

「俺は引っ越しの都合でこっちに来た……と言うより、戻って来たが正解か。お前が始めるより前の頃はこっちにいたからな」

 

「ということは、これからはここの段階で戦うことになるんだね……」

 

貴之が場所を移したことは、この二人が当たるタイミングが早まることを意味している。

こうなると最悪の場合、トーナメント次第では地方予選で落とされる可能性すら懸念される。

 

「当たった時は……もう解っているよな?」

 

「ああ。お互いに最高のファイトをしよう」

 

だからといって手を抜く理由などなく、二人は互いに誓い合って右手の甲を軽くぶつけ合う。

 

「……貴之ってコイツと知り合いなのか?」

 

「一真とは何度か顔を合わせてるし、全国大会でも戦ってるからな……」

 

貴之は遠征をしている頃に一真と行先で何度か顔を合わせている。

出会った時はこれから始める初心者だったのに、今や全国で自分と戦い、前回に至っては優勝までして見せたのだから、彼の成長具合が伺える。

また、貴之に問いかけたのが竜馬だと言うことに気づき、一真は問いかけることにした。

 

「彼とはいつ知り合ったんだい?」

 

「一か月弱くらい前だな……。そういや一真って学校どこだ?」

 

貴之は答えたところで、気づいたことを問いかける。竜馬を知っているということは、どこかに理由があるはずと踏んだのだ。

 

「僕は宮地だけど……そういう貴之は?」

 

「俺は後江だ。学校同じならそりゃ知っててもおかしくはねぇよな……」

 

一真の答えを聞いたことでようやく合点(がてん)がいった。

また、貴之が高校生になったのを境に遠征で顔を合わせなくなったので、恐らく引っ越しに合わせて宮地を選んだのだろう。

こんなところで全国大会で結果を残しているファイター二人が会話をしているものだから、本人たちにその気がなくとも注目を集めてしまうのは仕方がないところである。

 

「ああ……これでは人通りが大変なことになってしまうか。僕はそろそろ行くよ」

 

「分かった。また後でな」

 

場所が込み気味になってしまっていたので、話しを切り上げ、一真は通りが悪くならない配慮として少し離れた場所に移動していった。

――最優先で意識するのはあいつだな……。誰かに聞くまでもなく、貴之がそれを決めた瞬間だった。

 

「あいつ宮地だったんだな……」

 

「ああ。同じクラスだから時々話すんだけどよ、お前のことは『自分をここまで導いた先導者』って言ってたぞ」

 

「全く、みんな揃って俺をそう言うか……」

 

竜馬からそう言われたものの、貴之自身悪いとは思っていなかった。

彼のみならず、多くの人が自分のことを買ってくれているのなら、自分はそんな彼らに応えられるようなファイトをしようと改めて心に決めた。

 

「お前の遠征生活ってのはとんでもないな……」

 

「色んなところに行ったのはいい経験だったぜ。まあ、ああやって凄腕のファイターを掘り出せたのは予想外だったがな……」

 

まさか何度かファイトを繰り返して教えていく内に、ああなるとは誰が予想できただろうか?本当に何が起こるかわからないものだと感じた。

遠征時代は何も強い相手から教えを貰うだけではなく、下の相手と戦った時は逆に教え、同等クラスの相手とは意見交換を行ったりもしており、それが貴之の現在を作り上げている。

そしてその過程で何をしているかを教えた際に一真も遠征を行い、現在の実力を身につけたことに関しては、自ら約束を果たす遠回りをしたとは思っておらず、強いファイターが生まれたことを喜ぶべきだと思っている。

 

「今度、どうやって彼をあそこまで引き上げたか聞いてもいい?貴之の教え方が気になったからさ……」

 

「なるほど……それなら落ち着いた時にどこかでやろうか。と言っても、俺が全国行けるまで鍛えられたのは二人しかいないが……」

 

少しだけ渋った様子を見せる貴之に、「それだけできれば十分凄いよ」と玲奈が言ってくれたので、それならばと引き受けることにする。

二人の内一人が一真、もう一人がここを離れている間に仲良くなった少年となっているので、後で思い出しておこうと貴之は考えた。

最初は強いファイターを警戒しようかと思った貴之だが、そもそも一緒に来ているファイターたちが警戒すべき相手でもある為、深く考えるのはやめにした。

 

「こういう時よくあることだけど、どこで誰と当たってもそこはとやかく言わないようにしよう」

 

弘人の言うことは最もなので、全員が頷く。こればかりはトーナメント次第だからとしか言いようがない。

当然のことながら、戦うことになっても手を抜かないのは全員が決めていることなので、この辺りは何も心配は無かった。

 

「あっ……そろそろ一般入場が始まる時間だな」

 

「てことは、もう少しでトーナメントが決まるな……」

 

携帯電話で時計を確認していた俊哉の呟きを大介が拾った。

これはもう間もなく友希那たちが入って来て、もう間もなくトーナメントの決定と開催宣言をされることを意味していた。

 

「(そう言えば、今回の参加者はどれくらいなんだ……?)」

 

地方で区切られているだけあり、全国に行ける人数はそれなりに多いのだが、それでも16人とかなり少ない。

人数の多さは勝つ必要数の多さも意味するのだが、同時にファイトができる回数の裏返しでもあった。

貴之自身は多くても勝てばいいので余り必要勝利数はそこまで気にしていないが、どれだけ参加を決めているかは気掛かりだった。

 

「(やるべきことはやってきている……)」

 

「貴之。みんなもここにいたのね」

 

――だから後は、全力で戦うだけだ。貴之が心の中で呟くと同時に、透き通るように聞き覚えのある声が聞こえてそちらを振り向く。

振り返ってみれば、そこには丁度やってきたRoselia五人の姿があった。

その為貴之は五人が来たことを知らせて、事前に確保しておいた場所から荷物をどけて彼女たちが座れるようにする。

 

「なんだろう……?賑やかっていうより、ざわついてる感じがしませんか?」

 

「ああ、空気がそうなった元凶その1がそこにいるぞ」

 

座ってからすぐに気づいたあこが率直に聞いてみると、俊哉が貴之を指さす。

そして指さされた当の本人である貴之は、完全に自覚ありだが仕方ないだろうと言いたげな笑みをしていた。

何があったんだとRoselia五人は首を傾げることになるが、玲奈から別の場所で名を上げた貴之がこっちに来たらどうなるかを問われ、そういうことかと納得する。

ここで特に納得が早かったのは友希那で、自身が改善に努め始めた頃は周りがかなり驚いていたのを思い出した。

 

「……というと、他にも元凶となった人がいるのね?」

 

「あいつは混雑回避の為、別の場所に行ったよ……つか、ここももう少し遅かったら場所の確保無理だったかもな」

 

貴之たちが取っていた場所は入口から遠い場所だが、ファイトを最も見やすい場所だったのでそれなりに人気のある位置だった。

その為リサの問いに答えてる間にも、もうそろそろ空いてる席が無くなりそうなった状況になっていた。

 

「そう言えば、ここにいる全員の顔を知っているのは私と貴之だけかしら?」

 

「言われてみればそうか……今日、この人とは初対面って多いよな?」

 

意外なことに、この場にいる全員とまともに顔を合わせたことがあるのは貴之と友希那だけだった。

次点で多いのは弘人以外は顔を見たことがある俊哉で、逆に最も少ないのは貴之と俊哉以外のファイターを知らなかったあこになる。

そんなこともあり、顔を合わせたことの無い人たち同士で慌てて自己紹介を済ませる。

――お前らあんな自然に話してたのに初対面かよ!?そうツッコミたい人も何人かいたようだが、彼らが全く気にしていないのもあり、届くことはないだろうと簡単に予想させてくれた。

一応大会に参加しない五人が始めたばかりで、分からないことだらけだから教えられる時があったら教えて欲しいと言うのは貴之らで共有しているので、その心配はなかった。

 

『お待たせ致しました。只今、トーナメントの決定が完了しましたので、これよりモニターへの表示とトーナメント用紙の配布を開始します』

 

どの位置に居ても見られるように、モニター自体は三つあり、それら全てにトーナメント表が映し出される。

これだけ見ると用紙が必要無いと思われるかもしれないが、ファイターたちの『勝ち上がった人たちの名前を記録して覚えておきたい』と言う声が散見されて、用紙の準備は継続されていた。

準備をしてくれることはとても有り難いところであり、こう言った配慮の良さは一定以上の評価を得ている。

モニターに映し出されると同時に、参加者は自分の位置と知っているファイターの場所を探し始めた。

 

「俺はすぐに始めるのか……早くやれるならそれはいいけどな」

 

貴之の位置は一番左上で、開始宣言終了直後に早速一戦することが決まった。

ちなみに今回の参加人数は256人なので、4回勝てば全国大会への切符は獲得できることになっている。

その後自分がマークしている人たちがどこにいるかを確認しようとして、大介に肩を叩かれた。

 

「俺たちは、全国への切符取るところで戦うみたいだぞ?」

 

「本当だな……」

 

大介が自分のいる位置を指さしながら教えてくれたので、貴之も確認してそれが合っていることを認識する。

地方で当たるだろうからそこで戦おうという約束はしたが、当たる位置がそこであるのは何かの因果を勘ぐってしまう。

――その時は全力で。二人はアイコンタクトで示し合ってからトーナメントの確認を再開する。ちなみに貴之と大介以外には俊哉と竜馬が左側にいて、玲奈と弘人は右側だった。

この時貴之は一真が自分とは反対の最も右下にいるのを確認し、当たるのは決勝になることを意識させられる。

 

「さて……用紙取りに行ってくるけど、欲しいやつ何人いる?」

 

俊哉が問いかけたので、ファイター五人が手を上げる。

自分を含めて六枚だと数えた俊哉は、混雑しない内にさっさと移動を始めた。

早い段階で移動できたのが幸いし、俊哉は混雑するよりも早く必要枚数分の用紙を手に入れることができた。

そうして受け取った五人と俊哉がペンを取り出して用紙と睨めっこを始めたのを見て、この人たちは本気だということが友希那たちに伝わる。

ちなみにこの用紙に行うのは、自分が気を付けようと思ったファイターに印付けと、誰が勝ち上がったかの線引きである。

 

「(……?この人、まさかだが……)」

 

貴之は自分と戦うことが確定している……つまり最初の相手となっているファイターの名を見て、自身が知っている名前であることに気付く。

確かにファイターとしての腕前はあるのだが、こう言った大会等には余り参加しない人だったので、どういう風の吹き回しだろうか?貴之は思わず勘ぐってしまった。

ならファイトする際に聞けばいいと考えたところで、開催宣言が行われ、それと同時に左上にいるファイターたちから順番に呼ばれることになり、招集を受けた彼らは下へ降りて早速戦うことになる。

 

「よし、行ってくる」

 

「貴之、いいファイトを」

 

宣言して立ち上がると、友希那を筆頭に応援の声を貰った貴之はジェスチャーで答えながら移動を始める。

自分と対戦相手が指定された場所の台に移動すると、そこには水色の髪を持つ見覚えある女性がいた。

 

「珍しいですね。瑞希(みずき)さんが大会に出てくるなんて」

 

「あなたがこの近くに引っ越したと聞いたから、探すついでに出ようかと思ったの。お店も移動したからね」

 

女性……秋山(あきやま)瑞希から理由を聞いた貴之は、なるほどと納得した。

彼女はカードショップを一つ経営しているのだが、その場所がたまたま貴之がここを離れていた時の自宅からそこまで時間を要さない場所にあった。

去年辺りに引っ越しの都合で店を移動していたのだが、移動先が偶然貴之が帰ってきた場所と近かったようだ。

ここまで来ると、貴之としては何らかの因果を感じてしまう。

 

「知り合いっぽいな……」

 

「あの人始めて見るけど……最近始めたって感じはしねぇぞ?」

 

俊哉が呟いた通り、話している様子から交流があることが伺えるのは間違いない。

また、彼女の放つ雰囲気が明らかに経験者のものだった故に竜馬が困惑する。

この時友希那が貴之が瑞希に気があるのではと疑ったので、リサと玲奈は二人してその考えを否定しながら、貴之の意中を伝えたいのに伝えられないもどかしさに悶える羽目になった。

 

「無理にとは言わないけど、今度機会があったら寄って見てくれるかしら?」

 

「そうですね……。前向きに考えておきますよ」

 

準備をしながら軽い口約束を済ませ、互いにいつでも始められることを確認してファーストヴァンガードに手を乗せる。

 

『スタンドアップ!』

 

二人が他の場所よりも僅かに早く始めたので、多くの人たちがそちらに注目を寄せる。

 

「ザ!」

 

貴之の『ザ』という掛け声に、実際に聞けた人たちが様々な反応を示す。

 

『ヴァンガード!』

 

両者がカードを表に返すことで、地方予選が幕を開けた。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』!『手当の守護天使(ファーストエイド・セレスティアル) ペヌエル』!」

 

貴之はいつもの通り『アンドゥー』に、瑞希は青き小さな翼が生え、救急箱を持っている天使『ペヌエル』に『ライド』する。

 

「対戦相手は『エンジェルフェザー』……『ユナイテッド・サンクチュアリ』に所属する医療部隊だな」

 

彼女らに『かげろう』の説明は不要なので、対戦相手側のみの説明となる。

治療するだけでは戦闘能力を持たないのでは?と思うが、『エンジェルフェザー』に所属するユニットたちはしっかりと戦闘能力を有している。

彼らは主に戦場で治療活動を行うので、襲われた時に己の身を守る必要があるのだ。

また、ファイト内では『ダメージゾーン』を活用する機会の多い『クラン』だと説明するが、彼女たちは『カウンターブラスト』を使うユニットが多いのかと思って首を傾げる。

確かに口だけでは難しいので、どういうことかはファイトを見ながら話して行くことにした。

 

「デッキから感じ取れるものが明らかに違う……。それがファイターとして、瑞希さんの使うデッキですね?」

 

「ご明察……。流石の察知能力ね」

 

瑞希は普段、これから始めようとする人が気にしている『クラン』や、新しく実装された『クラン』があればそれでファイトする人だった。

故に彼女の使うデッキからは組まれたばかりだったり、予め準備されたものだったりで、そのデッキに込められたものが感じ取れなかったことから、貴之は彼女の本来使う『クラン』が前々から気になっていた。

そして今日、その本来使うデッキを知ることができ、それには込められたものがしっかりと感じ取れたので、貴之は心の中で安堵する。

 

「俺の先攻……『バー』に『ライド』!スキルで一枚ドロー。『ラオピア』を『コール』!」

 

ファイトは貴之の先攻から始まり、後列中央に『コール』されたのが『ラオピア』なこと以外は完全にいつも通りの動きだった。

 

「『ライド』!『ドクトロイド・サーカディアン 』!スキルで一枚ドロー……『刻印の守護天使(マーキング・セレスティアル) アラバキ』を『コール』!」

 

瑞希は看護婦のような格好をしたロボットの『サーカディアン』に『ライド』し、後列中央に蒼白い翼と左目は青、右目は赤のオッドアイが目を引く天使の『アバラキ』が『コール』される。

この段階では『エンジェルフェザー』の真価が何かは分からないことを、話しを聞いていた五人はこの段階で察することができた。

 

「攻撃させて貰うわ……『アバラキ』の『ブースト』、『サーカディアン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

早速ダメージを受けることになるが、こんなところで焦って本来のファイトを崩すようでは勝てない。それは貴之が一番よく分かっていた。

瑞希の『ドライブチェック』はノートリガーで、イメージ内で『アバラキ』の注射器のような見た目をしたマシンガンと、『サーカディアン』のこれまた注射器のような見た目をしたレーザー銃の集中砲火を浴びる。

この時始めてアタックを見ることになったRoseliaの五人は反応が二つに割れて、「あんなのアリ!?」と驚くのが友希那とリサ、紗夜の三人。「そう言う戦い方が『クレイ(こっち)』にもあるんだ」と思ったのが燐子とあこの二人だった。

貴之は『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを引き当てたので、手札を一枚補充することができた。

 

「『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』!スキルで『アバラキ』を退却させ、『アーマード・ナイト』と『ガイアース』を『コール』!」

 

『バーサーク・ドラゴン』のスキルも合わさりこちらは四体、相手はヴァンガード一体の状況を作り上げる。

相手は『ダメージゾーン』をどの『クラン』よりも有効活用する『エンジェルフェザー』だが、気にしすぎていたら勝利を掴めないので、貴之は攻撃を行うことにする。

 

「よし、こっちも攻撃だ……『ラオピア』の『ブースト』した『バーサーク・ドラゴン』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。さあどうぞ?」

 

ダメージが0なのにパワー23000となった攻撃を防ぐのは割に合わないと判断し、ノーガードを選択する。

この時貴之が『ドライブチェック』を行い、結果は(クリティカル)トリガーが現れたので、パワーを『アーマード・ナイト』、(クリティカル)は『バーサーク・ドラゴン』に回す。

『ダメージチェック』は一枚が(ドロー)トリガーだったので、パワーはヴァンガードに回される。

 

「(……?貴之が少し焦ったわね……)」

 

どうしてかまでは分からないが、友希那は一瞬だけ貴之が「ヤバい」と言いたげな表情をしたのに気付く。

そしてこれは、瑞希のターンが回ってきた時に分かることになる。

 

「次だ。『ガイアース』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら私は、『サニースマイル・エンジェル』で『ガード』!」

 

トリガー効果と自身のスキル、そして『ブースト』も合わさって33000となっていた『アーマード・ナイト』の攻撃は、『サーカディアン』のパワーが37000となったことで防がれる。

イメージ内で白き小さな羽が幾つか生えていて、救急箱を持っている天使の『サニースマイル・エンジェル』が『アーマード・ナイト』の剣を防いだ後、輝く太陽のような笑みを『サーカディアン』となっている瑞希に送りながら退却していく。

 

「へぇ~……あんなユニットも駆け回ったりするんだ?」

 

「まあ、外見だけ見ると戦いに向かなそうだよね」

 

意外そうに、それでいて興味深そうに呟くリサに、弘人は始めて『エンジェルフェザー』を見た時に抱いた感想を思い起こしながら同意を示す。

持っていた道具からして、『サニースマイル・エンジェル』は体の傷ではなく、心を癒すのが得意なのだろう。そう思えた。

そして貴之がターンを終了したので、瑞希のターンが回ってくることになる。

 

「ここから『エンジェルフェザー』が、『クラン』としての片鱗を見せてくるよ」

 

もう大丈夫だとは思うが、Roseliaの五人が気になっていたものを見逃さないようにと玲奈がアナウンスをしておく。

このターンで、彼女たちが予想していたものと違う使い方であることを知ることになる。

 

「『ミリオンレイ・ペガサス』に『ライド』!これは右側にも『コール』させて貰うわ。更に『礎の守護天使(アンダーレイ・セレスティアル) ハスデヤ』を『コール』!」

 

瑞希は白と赤を基調とした体と、金色の(たてがみ)を持つ天馬『ミリオンレイ・ペガサス』に『ライド』し、これを前列右側にも『コール』する。

これと同時に黒い翼と一振りの剣を持った、生真面目さを感じさせる天使『ハスデヤ』は後列中央に『コール』された。

 

「手札から『コール』された時、『カウンターブラスト』をして『ハスデヤ』のスキル発動!手札のユニット一枚と、『ダメージゾーン』のカード一枚を入れ替えるわ」

 

「『カウンターブラスト』以外で、『ダメージゾーン』に触れた……?」

 

「あれが『エンジェルフェザー』の特色なんだ。逃げ出してしまったユニットを癒し、再び戦いの舞台に引き戻せる。他の『クラン』じゃ全く真似できないものだ」

 

瑞希の処理を見て困惑した紗夜の声には大介が答える。

説明も一緒にもらえたことで、『エンジェルフェザー』へ抱いていた疑問が氷解したので紗夜たちは一安心する。

ちなみに、このスキルで手札に加えたユニットは『恋の守護者(バトルキューピッド) ノキエル』で、貴之が焦っていた理由を友希那は悟った。

 

「ねぇ、あのユニットを手札に加えた理由は……」

 

「うん……次に貴之が何をするかを見越してだね」

 

ちなみに理由も予想がついてしまった友希那が聞いてみたところ、その予想は当たっていた。

しかしながら、たったそれだけでお手上げになるほど貴之が弱くないことを知っているので、友希那は信じて見守ることにする。

また、この時新しく『ダメージゾーン』に置かれたカードが存在するので、二体の『ミリオンレイ・ペガサス』はパワーと『シールドパワー』にプラス5000を得ていた。

 

「この調子だと『ダメージゾーン』から『ライド』できるユニットとかありそうだよね……?」

 

「あこちゃんの言うこと……結構当たるからちょっと怖いよ……」

 

あこが至って平静さを保ったまま率直に言うので、燐子は困った笑みを浮かべる。

友希那が演奏するライブハウスに連れて行って貰った時もそうだが、それは本当にいいものだったし、その他もあこは狙っているつもりはないはずだが言ったことは結構な確率で当たる。

そして貴之を応援している今回ばかりは当たって欲しくない事を言って来たが故に、あったら面白いと言うのは難しかった。

 

「まだまだ……『後駆(こうく)守護天使(セレスティアル) アールマティ』を『コール』!手札から登場時、『ソウルブラスト』!『ダメージゾーン』から一体『コール』し、山札の上から一枚を裏向きで『ダメージゾーン』に」

 

前列左側に蒼い翼に注射器を持った天使『アールマティ』が、スキルによって後列左側に白い体と金色の鬣を持つ小さき天馬『サウザンドレイ・ペガサス』が『コール』される。

 

「行くわね……?右側の『ミリオンレイ・ペガサス』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ大丈夫……ノーガード」

 

本来のパワーは9000なのだが、スキルによって14000となっている『ミリオンレイ・ペガサス』の攻撃は『バーサーク・ドラゴン』に届く。

イメージ内で『ミリオンレイ・ペガサス』に蹴られてから『ダメージチェック』を行うが、これはノートリガーだった。

 

「次は『ハスデヤ』の『ブースト』した『ミリオンレイ・ペガサス』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「いいぜ……これもノーガードだ!」

 

『ドライブチェック』はノートリガーで、『ダメージチェック』もノートリガーだったため、互いにパワー増加がないまま貴之のダメージが3になる。

 

「最後……『サウザンドレイ・ペガサス』の『ブースト』、『アールマティ』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは『ター』で『ガード』!」

 

合計パワーが17000だった『アールマティ』の攻撃は、『ター』の加勢でパワー25000となったことにより防がれる。

新しく『ダメージゾーン』に置かれたカードはあるものの、『カウンターブラスト』ができないことから『サウザンドレイ・ペガサス』はスキルが使えなかったのだ。

仮に使えた場合はパワーが10000プラスされるので、その場合は『ター』で防げなくなっていた。

 

「ターン終了。流石に強いわね……」

 

「いや、瑞希さんも十分に強いですよ。特に『ハスデヤ』のスキルの使い方は見事でした」

 

二人は全力で戦えることを喜んでいた。ここから本番の領域に入るのが解っているため、尚更だった。

 

「私は今、『完全ガード』を手に持っている……でも、そんなことであなたは挑むことを辞めない……そうでしょう?」

 

「勿論。俺は自分にできる全てをやるだけです」

 

瑞希の問いかけに肯定しながら、貴之は手札の内一枚を手に取る。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

地方予選はまだ始まったばかりだが、貴之の闘志は限りなく燃え滾っていた。




対戦相手である瑞希のデッキはブースターパック『ULTRARARE MIRACLE COLLECTION』に入っている『エンジェルフェザー』のカードで組んだデッキになります。
このパックの『クラン』はこれで全て出し切ることになりました。

オリジナルキャラの容姿のイメージをまた数人挙げると……

遠藤小百合……『ソードアート・オンライン』の『結城明日奈』がベースになり、ほぼまんまです。

神上竜馬……『カードファイト!!ヴァンガード(2018)』の『石田ナオキ』がベースで、笑み等が凶悪にならないようにした形となります。

篠崎弘人……『魔装機神シリーズ』の『マサキ・アンドー』がベースで、表情を全体的に柔らか目なものに変えます。

秋津一真……『Fate/Prototype』の『セイバー(アーサー・ペンドラゴン)』がベース……というかまんまです。

秋山瑞希……『カードファイト!!ヴァンガード(2018)』の『立凪スイコ』がベースで、こちらも目立った変更点は特にないです。

その他の人物も、登場次第また挙げて行こうかと思います。

次回はこのファイトの後半を書いて行きたいと思います。


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イメージ24 切り札

初戦の後半になります。


イメージ内で『ドラゴニック・オーバーロード』に貴之は『ライド』する。

見ていた人たちは様々な反応を示し、瑞希はそう来なくちゃと言いたげに笑みをこぼす。

 

「『フォース』はヴァンガードに……『ラオピア』と『バーサーク・ドラゴン』を『コール』して、スキルで『ミリオンレイ・ペガサス』を退却!更に『オーバーロード』は『ソウルブラスト』!」

 

空いている左側にユニットを『コール』し、『ミリオンレイ・ペガサス』を退却させる行動を見て、瑞希は予想通りだったので余り動じない。

『ミリオンレイ・ペガサス』のスキルは相手のターンでも(・・・・・・・・)発動すると言う最大の強みがある為、否が応でもそちらの退却に意識を割かなければならない。

――さて……どうするのがいいかな?相手に『完全ガード』が一枚あることを意識しながら、貴之は攻撃する際の思考を回し始める。

 

「どっちで使って来るか……かな?」

 

「『エンジェルフェザー』はパワーの都合上、手札を消費させたいだろうから後だろうな……」

 

燐子の思い浮かんだ二択の内、俊哉は片方を選んだ。これは『オーバーロード』のスキル手札を使わせてからと言う予想になる。

対するもう片方は、『オーバーロード』にスキルを発動させたくないから先に防いでしまうものになる。

一番懸念すべきことは『ツインドライブ』で何も出ないことになり、そうなると『完全ガード』を使わせてることができないまま終わる可能性が跳ね上がる。

 

「やるだけのことはやってみるか……『ラオピア』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここはノーガード」

 

ダメージが2なので、トリガーで出るかどうかで判断することを選ぶ。

その選択によって起こる『ダメージチェック』がノートリガーだったので、瑞希は『完全ガード』の使用を視野に入れながら次の一手を伺う。

ただしその『ダメージゾーン』行きとなったユニットは瑞希に取ってはありがたく、貴之に取っては一番来て欲しくないユニットだった。

 

「(あら?これは嬉しいところね……後は過度なダメージに気を付けて、このターンを乗り切りって行きたいわね)」

 

「(なんてこった……こりゃ次のターンが面倒だ)」

 

故に瑞希は安堵し、貴之は心の中で面倒そうにする。このターンで決められると言う保証は無いので、尚更面倒に感じるのだった。

――少なくとも、『完全ガード』だけは使わせよう。心に決めた貴之は、場にいるユニットの一枚に手を触れる。

 

「よし……『ドラゴニック・オーバーロード』で、『アールマティ』にアタック!」

 

「それならノーガードにするわ」

 

「なるほど……そっちを選ぶんだ」

 

瑞希の選択がどんな意図を持つのか、呟いた玲奈と見ていたファイター組は勿論、予想ができていた燐子も理解する。

残りの四人もそう言った考え方があると同時に、手札を使わせる方法の一つを覚えた。

『ツインドライブ』では一枚目がノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーだった。

 

「パワーは『アーマード・ナイト』に、(クリティカル)はヴァンガードに!さらに『オーバーロード』の『カウンターブラスト』!」

 

「あの選択は誘いに行っているのかしら?」

 

「みたいだな。手札次第じゃ使うしか無いだろうし……」

 

残された手札の内『完全ガード』を使わず、『オーバーロード』の攻撃を防げるのならそれでもいいのだが、不可能ならそれを使わせて『アーマード・ナイト』の攻撃を通そうと言う貴之の魂胆が、友希那には感じ取れた。

それを確認して見たところ、俊哉からも肯定が帰って来たので、少し嬉しくなった。

イメージ内で『アールマティ』が『オーバーロード』の炎に焼かれて退却し、自身が『スタンド』したことを表すように『オーバーロード』は咆哮する。

 

「『ラオピア』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『恋の守護者 ノキエル』で『完全ガード』!」

 

パワーが46000となっていた『オーバーロード』の攻撃でも、『完全ガード』を前には届かない。

貴之は使わせただけでも御の字だと思って割り切り、『ドライブチェック』を行ったところ、結果は(クリティカル)トリガーだった。

 

「効果は全て『アーマード・ナイト』に」

 

「相手は防ぐのかな?」

 

「どうでしょう?防がなくても、このターンで負けることは無くなりましたから……」

 

現在瑞希のダメージは3であること、『アーマード・ナイト』の与えるダメージが2になっていることから、個人差の出る状況となっていた。

ちなみにこの時リサや紗夜はダメージを基準にした考え方をしているが、これは別段間違っているわけではない。

受け側は『エンジェルフェザー』なので、入れ替え可能な回数を増やすべく敢えてダメージを受けるという考え方もできればより良かったと言えるものだった。

そのことをファイターたちが教えてやれば、彼女たちも近くに置かれてある電球のアイコンが光ったかのように納得する。

 

「『ガイアース』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

瑞希の選択を見て、彼女たちは入れ替えできるユニットが欲しかったことを理解する。

イメージ内で『アーマード・ナイト』の剣に、『ミリオンレイ・ペガサス』となった彼女が切り裂かれる瞬間が見えたものの、落ち着いた様子で『ダメージチェック』を行う。

その結果は一枚目が(ドロー)トリガー。二枚目は(ヒール)トリガーだった。

 

「うわぁ……凄いダブルトリガー……」

 

「あれも……イメージが生んだものかしら?」

 

あこは呆然とした、友希那は考え込む様子を見せる。

貴之が言っていたことから、『イメージは力になる』という言葉は定着しつつあるが、他の人が実際にやってのけるところを見て改めて凄いと思うのだった。

できることを全て終えたので、貴之はターン終了を宣言する。

 

「私のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。あなたがこれを見てもまだ進むと言えるか……試させてもらうわね?」

 

「試すって言うならいつでもどうぞ?」

 

――何が来ようと、俺は乗り越えるだけです。貴之は笑みを崩さないまま言い切って見せる。

そんな自信を持った笑みを見せられたら、瑞希も崩してみたいと言う情に駆られて笑みを返した。

 

「なら、それを見せてあげましょう……『ライド』!『団結の守護天使(ソリディファイ・セレスティアル) ザラキエル』!」

 

「(この後もう一回『ライド』で『プロテクト』が二枚になる……確かにこのまま何も起こらなかったらどうしようもないだろうな)」

 

貴之は彼女の動きを予想して、場にいるユニットだけ(・・・・・・・・・・)なら突破できないことを認識する。

所々左右非対称となっている白と黒の衣装と、青い翼が目を引く『ザラキエル』となった瑞希を見て、こいつが一瞬守護天使ではなく告死天使なのではないかと思ったが、その思考を即時に振り払う。

――あいつが来ることをイメージして、この場を耐えきって見せろ……!彼女の思惑を真正面から突破できる唯一のユニットが到着することを信じて、貴之は前を見据える。

また、貴之が思考を回していた通り『エンジェルフェザー』の『イマジナリーギフト』は『プロテクト』で、これが非常に厄介さを助長している。

 

「俺じゃなくて良かったな……『クラン』の特性上こうなったら封殺コースに入っちまう」

 

「手数も少ない、一撃必殺を信条とする『ディメンションポリス』じゃ流石にな……」

 

俊哉は瑞希と戦っているのが貴之で良かったと、頭を抱えながら苦悩する。

何をするかが理解できているファイターは、削りきれるかどうか、どうすることもできずに詰みの三つに分かれていることを悟る。

削りきれるかどうかは玲奈、竜馬、弘人の三人。詰みは俊哉になる。

今現在大介は貴之と同じくファイト中なのでこの場にはいないが、彼の場合は長期戦が決定することになる。

 

「『パドラプル・フェニックス』を『コール』!」

 

「(狙いは『ダメージゾーン』の『サニースマイル・エンジェル』か……。とにかく耐えきるしかねぇ)」

 

前列右側に『コール』された白い不死鳥『パドラプル』を見た貴之が彼女の狙いに気付く。

自分のターンでは特に効果を発揮しないユニットだが、自分のヴァンガードがアタックされた時、己を退却させることで『ダメージゾーン』から一体『ガーディアン』として呼べると言う、非常に面倒なスキルを持っていた。

ただでさえダメージを与えづらい状況になるというのに、厄介なスキル持ちを増やされると少しげんなりする。

 

「さらに、相手ヴァンガードのグレードが3以上の時、山札の上から一枚を裏側で『ダメージゾーン』に置いて……『ダメージゾーン』にある『ザラキエル』のスキル発動」

 

『……ダメージゾーンでスキルを発動?』

 

奇跡的にRoseliaの五人が口を揃えて疑問を呟く。

場にいる状態や、手札からスキルを使うユニットを見せて貰ってはいたものの、『ダメージゾーン』からスキルを使えるユニットはこれが初めてだった。

ちなみにこの時、あこは嫌な予感がして冷や汗を流していた。

 

「『スタンド』状態で、『ザラキエル』に『ライド』できる!さらに、このターンの間『ダメージゾーン』に新しくカードが置かれたのなら、『ザラキエル』のスキルで前列にいるユニットはパワープラス3000!」

 

このスキルによる『ライド』も、『プロテクト』の獲得は可能であり、これによって少なくとも二枚の『完全ガード』を手にしたことになる。

 

「……あこちゃん?もしかして知ってた?」

 

「わ、わざとじゃないよ~!あるかもしれないって思っただけなの~っ!」

 

彼女の予想が当たってしまった瞬間を目の当たりにした燐子は、小さな汗を見せながら困った笑みと共に問いかける。

初ファイトする時は事前学習をしていたあこだが、流石に他の『クラン』までは調べきっていなかった。

故に必死に弁明する彼女の姿を見て、燐子はこれ以上の追及をやめにした。

 

「あっ、俺ら呼ばれたな……」

 

「どう突破するか見たかったけど仕方ねぇ、多分あいつならどうにかするし……ちょっと行ってくる」

 

最後まで見たかったものの、進行の速かったところが対戦を終えていた為、竜馬と俊哉は自分の番が回ってくる。

彼らはもう少し先で戦うことになる為、今は気にしなくていいのは幸いだった。

下に降りていくので、残っている友希那たちは応援の声を送ってからファイトを見るのに戻る。

 

「では……『ハスデヤ』の『ブースト』。『ザラキエル』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは『ラクシャ』で『ガード』!」

 

スキルで3000プラスされていることで、パワー23000となっている攻撃に対して『ラクシャ』を呼んでパワー28000で対応する。

防げるならそれでいい。ダメならトリガーが引ければ御の字。そう言った考え方によるものだった。

 

「『ツインドライブ』。ファーストチェック……」

 

一枚目の結果は(ドロー)トリガーで、効果をヴァンガードに回されて攻撃のヒットが確定する。

それも確かに嫌な知らせなのだが、このトリガー結果はそれ以上に嫌なものを教えてくれた。

 

「うわ、三枚目だ……!」

 

リサが驚きの声を上げた通り『完全ガード』がこれで三枚になってしまった。

使い方が非常に雑な方法ではあるが、これらを三枚使うことで全ての攻撃を防ぐことが可能となってしまったことを意味する。

――どうすればいいのこれ?見ていた殆どの人たちがそう思った瞬間だった。

 

「さっきからずっと……何かを待っているね」

 

「やっぱりそう思う?こんな状況でも諦めが見えないからね……」

 

その中で、弘人と玲奈は貴之がまだ何かできると言いたげな様子に気付く。

――確か……『かげろう』には一枚だけ、この状況を突破できるユニットが存在していたはず。ファイトを見守りながら、玲奈はどうにか思い出そうと記憶を探る。

 

「セカンドチェック……」

 

二枚目は(クリティカル)トリガーが引き当てられ、パワーは『パドラプル』、(クリティカル)はヴァンガードに回される。

イメージ内で『ザラキエル』となった瑞希の攻撃に使う成分が含まれた歌を聴かされ、『オーバーロード』となった貴之は苦悶の声を上げた。

貴之のヴァンガードを始めた事情を知っている玲奈とリサは、これを見て一瞬いたたまれない思いをする。何しろ全ての始まりと希望を貰った歌に苦しめられるとなれば堪ったものでは無いだろう。

その苦悶を表すかの如く、『ダメージチェック』では二枚ともノートリガーという最も痛い結果を残した。

 

「これで決まるとは思わないけど……『サウザンドレイ・ペガサス』の『ブースト』……このターンの間『ダメージゾーン』に新しくカードが置かれているなら、このタイミングで『カウンターブラスト』!『サウザンドレイ・ペガサス』のパワーをプラス10000!そのパワーを得た『パドラプル・フェニックス』でヴァンガードにアタック!」

 

「こんなところで喰らえるか!『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

合計でパワー43000となっていた攻撃は、手札に持っていた『バリィ』を使ってでも無理矢理防ぐ。

しかしそれは、もうそれ程までに追い込まれていることも意味しており、貴之の手札はこれで残り一枚になってしまっていた。

ただそれでも、こんな状況下だというのに全く諦める様子を見せない貴之が何をしてくれるのか。それを楽しみに思いながら瑞希はターン終了を宣言する。

 

「貴之は……まだ戻ってきて無いのか」

 

「ああ……かなり危ない状況になってる」

 

貴之より速くファイトが終わったので戻ってきた大介の声を聞き、弘人が一言だけ伝えて見ることを促す。

相手の『ツインドライブ』による結果を教えて貰えば、どれだけ絶望的な状況なのかは嫌でも伝わった。

 

「貴之……大丈夫よね……?」

 

確かに焦った様子など見せてはいないが、それでもここからどうすればいいのか。少なくとも友希那には全く思い浮かばない。

それもあって誰かに頷いて欲しいという願いの籠った呟きに繋がるのだが、Roseliaのメンバーはおろか、一緒に見ているファイターたちすら無条件に頷くことはできなかった。

 

「(どうにか耐えきったな……)」

 

――さて、ここからだ。耐えきっただけでは安堵することはできず、貴之はこのターンで決めなければ負けだということを改めて理解する。

更に相手は『完全ガード』が三枚。こうなると本当に切り札となるユニット以外では活路が開けない状況で、更に今手札に残っているのは『ラーム』一枚という非常に不味い事態だった。

とは言えこんなところで諦めてしまったら絶対に勝機など来ないので、落ち着いてイメージを行う。

 

「さあ、ここからどう覆すのかしら?」

 

「正直博打にも程があるものですが……他に策がないんで、それに賭けます」

 

まだ勝ち目があるということに驚愕する人もいれば、博打ということに不安を更に煽られた人もいる。

貴之は自分のターンを始める宣言をしようとした時、白き翼を持つ竜が咆哮するイメージが見えた。

 

「俺のターン……『スタンド』アンド『ドロー』」

 

貴之は引いたカードを見て、望んでいたユニットが来たことを確認する。

――よく来てくれたな……。貴之が表情を変えたので、瑞希や見ていた人たちが不思議そうに彼を見る。

 

「この時が……この状況を打開できる切り札を使う時が来た!」

 

『……切り札?』

 

貴之の宣言に、Roseliaの五人が首を傾げる。彼女たちはてっきり『オーバーロード』が切り札だと認識していたのだ。

言い訳地味ているかもしれないが、分身と切り札は必ずしも同じとは限らない(・・・・・・・・・・・・)

 

「……そうか!あのユニットなら突破できる!」

 

「しかもあの手札の数で『完全ガード』が三枚なら、そもそも防げない可能性が十分ある!」

 

「ついでに『パドラプル』を追い払えるから、『ダメージゾーン』のユニットを呼ばれる心配もない……正真正銘の大逆転が見れるな」

 

三人も寸でのところで貴之が出そうとしているユニットを思い出し、それなら見事にひっくり返せることに気付く。

五人が困惑しているというのに三人で盛り上がるのはいかがなものなので、見ていこうと促す。

ちなみに現在瑞希の手札は二枚の『プロテクト』を含めて七枚で、ここに『ノキエル』が一枚ある。

 

「行くぜ……!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

貴之がカードを重ねた瞬間、イメージ内で『オーバーロード』の周りが荒れ狂う水流の竜巻で覆われる。

水の竜巻が落ち着くと、そこには白と水色の体と二対の翼。己の体格に合わせた片手で振るうことのできる剣を持った巨竜がいた。

 

「『ドラゴニック・ウォーターフォウル』!」

 

「あっ、『オーバーロード』と真逆の色合いだ……」

 

その巨竜の名は『ドラゴニック・ウォーターフォウル』。この絶望的な状況を切り開ける、最大の切り札だった。

『ウォーターフォウル』の色合いに気づいた燐子が呟き、言われてみればと残りの四人もそこに気付く。

 

「『ドラゴニック・ウォーターフォウル』……ここでその一枚を引き当てたと言うの?」

 

デッキの一番上から引かなければならないと言う低確率だったので、実際に実行された瑞希は動揺することになる。

何事も無ければ『完全ガード』と、『ダメージゾーン』に残っているユニットを使って防いでしまえば良かったのだが、『ウォーターフォウル』に『ライド』されたことで全てが水の泡になってしまうことが決まった。

 

「ヴァンガードとして『ウォーターフォウル』が登場した時、スキル発動!グレード2以上の相手リアガードを一枚選び、退却させる……。浄化の水流に飲まれろ、『パドラプル・フェニックス』!」

 

イメージ内で『ウォーターフォウル』となった貴之が手元に水の球を作り、それを『パドラプル』に投げつける。

その球に内包された水圧に負け、『パドラプル・フェニックス』は光となって消滅する。

退却させられるユニットがそれしかいなかったのもあるが、『パドラプル』を退却させたことでどうなるかを大介が教えると、確かに大事なものだと理解できた。

 

「ここから攻撃になると思うけど……『ウォーターフォウル』のとんでもないスキル、ちゃんと聞いてたほうがいいよ?」

 

玲奈が含むように言ったので、疑問に思いながらも五人は貴之のファイトを見る。

そのタイミングで、貴之は丁度攻撃に入るような仕草を見せていた。

 

「勝負だ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・ウォーターフォウル』でヴァンガードにアタック!」

 

イメージ内で『ウォーターフォウル』となった貴之が咆哮し、『ザラキエル』となった瑞希へ向けて飛び立つ。

この段階で合計パワーが46000とかなりの数値なのだが、この状況を打開するスキルはこの時に発動される。

 

「ヴァンガードにいる『ウォーターフォウル』がアタックした時、グレード3のユニットを『ソウルブラスト』することでスキル発動!このバトル中、『ウォーターフォウル』はパワープラス10000と(クリティカル)プラス1!さらに……『守護者(センチネル)』は『コール』できない!」

 

「えっ!?何そのスキル!?」

 

真っ先に驚愕の声を上げたのはリサだった。

『完全ガード』を封じただけかと思ったら更に追加効果があるので、防ぎたいのにそもそも防ぎづらいと言う非常に厄介なものだった。

 

「『ソウルブラスト』の制限が無かったらバランス崩壊ものだよぉ……」

 

「グレード制限があるから許される……と言うことですね?」

 

あこの言いたいことは紗夜も理解できた。確かにこれだけの制限があるのにパワー追加等が無かったら割に合わないだろう。

ここまで強大なパワーを得られるのは『フォース』ならではのものであり、貴之がヴァンガードに重ね掛けを好む理由はこう言ったところにあるだろうことが伺えた。

 

「これ……『プロテクト』もダメなんですよね?」

 

「あれも『守護者(センチネル)』を『コール』する行動だからな……。あのスキルには無効化されちまう」

 

逆転の切り札だからまさかと思ったが、大介から帰ってきたのは一種の死刑宣告であり、燐子は引きつった笑いになる。

『完全ガード』を増やせると言う他にはない強みを持っている『プロテクト』だが、こうして封じられると何もできないのが最大の弱みだった。

 

「(あの時もそう……。貴之は諦めないその姿勢でユニットを待ち続け、ユニットはそんな貴之に応える)」

 

――あれが、ファイターとユニットの信頼関係なのね……。竜馬と貴之が戦った時のことを思い出して、友希那は改めてそれを理解する。

また、この光景が迷っている自分に「諦めるな」と励ましているようにも思えて、少し嬉しくなる。

自分は父の無念を晴らしたいのか、それともみんなと共に上を目指したいのか。彼らの励ましに応えるべく、絶対に答えを見つけ出して見せると友希那は心の中で誓った。

 

「くっ……防げないわね。ノーガード」

 

「よし……『ツインドライブ』、ファーストチェック……」

 

瑞希は今の手札で、パワー56000となった『ウォーターフォウル』の攻撃は防げないことを悟る。

『ツインドライブ』の一枚目は(クリティカル)トリガーが引き当てられたのだが、ここで決着をつけられなければ敗北が待っているので、貴之は効果を全てヴァンガードに回す。

そして二枚目のチェックは――これも(クリティカル)トリガーが引き当てられた。

 

「ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「あっ、これ貴之の勝ちだ……冗談抜きで」

 

貴之のトリガー結果を見た瞬間、全てを悟った弘人が口にする。

その原因は瑞希のデッキから出ている(ヒール)トリガーの数にある。

 

「……相手の(ヒール)トリガーは何枚出てるんだ?」

 

「ガードで一枚、『ダメージチェック』で一枚だから二枚出てるよ」

 

「そして今、ダメージが4の時に4ダメージを受けると……こりゃ助からないな」

 

(ヒール)トリガーはデッキに4枚までしか入れることができず、現在2枚出ている。

そして今から4ダメージを受けると言うことは、何があっても2ダメージは受ける(・・・・・・・・・)ことになる。

これがダメージ4の時に起こったので、瑞希はこの段階で敗北が決定してしまったのだ。

それを聞いた瞬間、友希那を省くRoseliaのメンバーが「なにそれ……?」と言いたげな顔になった。こんな絶望的な終わり方は見たことがなかったのも重なっている。

 

「(諦めることなく、最後は前に進む……それでこそ『先導者(ヴァンガード)』ね)」

 

ただ一人、友希那だけは貴之の勇姿を見て、頬を朱色に染めながら笑みをこぼす。それだけ彼が格好良く見えたのだ。

イメージ内では『ウォーターフォウル』となった貴之が剣を逆手に持ち替えて、『ザラキエル』となった瑞希に突き立てる。

そのまま剣から自身の力によって水流を流し込み、耐えられなくなった瑞希は『ライド』が途切れて『クレイ』から消滅することとなった。

『ダメージチェック』は最初の二枚がノートリガーだったが、どの道回復が追いつかず敗北することになっていたので、あまり関係ないことだった。

 

「流石ね……見事にやられたわ」

 

「こっちも、『完全ガード』三枚には肝を冷やしましたよ……」

 

――一戦目からこれはとんでもねぇな……。瑞希と言葉を交わしながら、貴之はそう思うのだった。

瑞希としては『ウォーターフォウル』を警戒し損ねたことを反省点として、貴之は相手のダメージコントロールに気を付けたいと考える。

ファイトが終わったので近くにあったプレートを進行に見せ、次のファイトを入れられるようにしてから、最後に大事なことを伝える。

 

「ありがとうございました。いいファイトでした」

 

「こちらこそ、楽しいファイトでした」

 

挨拶と共に貴之が差し出した右手を、瑞希が手に取る形で握手を交わす。

その後は次の試合をするファイターたちのために場所を開け、一旦上に上がることになる。

 

「それじゃあ妹たちもいるし、私は向こうに行くわ。多分最後までいるでしょうから、頑張ってね」

 

「分かりました。俺も自分にできる最高のファイトを続けます」

 

瑞希には二人の妹がいて、その内上の方の妹は貴之と同年代に当たる。

違う方へ移動することになったので、二人は短く言葉を交わしてから別れる。

そのまま確保していた席に戻っていくと、玲奈がファイトするためにこれから下に降りようとしていた。

 

「お疲れ様♪あたしはこれから行ってくるね」

 

「おう。玲奈も頑張れよ」

 

それぞれ労いと応援の言葉を送って、互いが行くべき場所へ移動する。

 

「お疲れ様。最初から大変だったね」

 

「ああ。いきなり危ないファイトだったぜ……」

 

初戦からあんな窮地に追い込まれたのもあってか、微妙に脱力感がある。

とは言え、まだまだ先は長いので気を抜きすぎるのは許されない。

――それでもちょっとだけ休憩しておきたいかな……。そう思っていたところに友希那が冷えた飲み物を持って来てくれたので、貴之は礼を言って受け取る。

 

「凄いのね……あなたの切り札。さっきの状況を覆すんだから……」

 

「だろ?ああなった時にあいつがいれば、返って気が楽になるんだ」

 

友希那に勝利の鍵となったユニットが称賛されたことで、貴之はちょっとだけ得意気な笑みになる。

その様子から彼があのユニットをかなり信頼していることが伺え、友希那も笑みが続く。

 

「さっき見てて思ったんだけど……『イマジナリーギフト』って、じゃんけん関係みたいになってないかな?」

 

「よく気づいたな……せっかくだし、そこについても今のうちに話して置くか」

 

燐子へ称賛を送ると同時に「あくまでも有利不利ってだけで、絶対じゃないからな?」と貴之は念押しをする。

貴之がそれぞれの『イマジナリーギフト』に勝っている姿を見ていたので、友希那と燐子は他の三人より早く納得できた。

 

「『フォース』はパワーを増やして強力な攻撃を行えることから、手札消費の激しくなる『アクセル』に有利。『アクセル』は手数の多さから、『ガード』を使わせやすく『プロテクト』に有利。『プロテクト』はそれ一枚で攻撃を防げることから、強化したパワーを封じれて『フォース』に有利……と言った感じになるんだ」

 

「ああ……絶対じゃないって言ったのはそう言うことか」

 

今さっき不利と言われた『フォース』対『プロテクト』を貴之が制しているので、『あくまでも有利不利』と言うのが改めて理解できた。

また、この時戦術の幅はどれくらい差があるのかを聞いてみると、貴之からは多い順に『アクセル』、『フォース』、『プロテクト』だと返ってくる。

ここで『アクセル』が上に来たのはユニットを展開できる場所が増える点にあり、これは他の『イマジナリーギフト』には真似できない絶対的な強みだった。

 

「じゃあ今教えたことも踏まえて、色々とファイトを見ていこうか。俺はまたもう少ししたら降りることになるけど……」

 

「彼のファイト、見るのを頼んでおく?」

 

弘人の気が利いた問いには肯定を返した。一真のファイトが行われる頃には、貴之も次のファイトに入ってしまうので見ることが叶わないからだ。

こうして聞いて来たのは自分の番が来たので、降りるついでに伝えておこうと言う考えがあった。

頼みを承諾した弘人は、応援の声を受けながらそのまま下に降りていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

貴之がRoseliaの五人と休んでいる間にも、大会は進んでいく。

 

「手札からトランスディメンジョン!『グレートダイユーシャ』!」

 

俊哉はスキルで『グレートダイユーシャ』にライドし、そのまま波状攻撃を掛けて勝利する。

 

「アタックした時、二枚『カウンターブラスト』することで『パーフェクトライザー』のスキル発動!リアガードを二体『スタンド』!」

 

竜馬は『パーフェクトライザー』のスキルを使い、相手が本領のグレード3になるよりも速くダメージを与えて押し切る形で勝利する。

 

「ショーのフィナーレを飾りましょう……『アーティラリーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

玲奈は相手の手札が無くなったところに『アーティラリーマン』の攻撃をヒットさせて勝利する。

 

「リアガードの攻撃がヒットした時、三回目か四回目の攻撃なら手札を二枚捨てて、『メイルストローム』は『スタンド』する!」

 

弘人は『メイルストローム』のスキルによる連続攻撃で相手の手札切れを誘発し、そのままの勢いで勝利する。

これにより、貴之ら六人は全員が一回戦を突破したことになる。

 

「よし、じゃあ俺は二回戦行ってくる。一真のファイトは頼んだぜ」

 

「心配するな。安心して行って来い」

 

「行ってくるの?頑張ってね~♪」

 

俊哉のサムズアップと、リサを始めとした待機中の人たちから応援をもらい、貴之は下に降りていく。

見送ってすぐに一真の入る場所を見つけた玲奈が促し、全員がそちらの方に注目する。

相手は彼や自分たちと同年代くらいの男子で、互いに引き直しが終わったところだった。

 

「さあ、始めよう……」

 

一真の声音から真剣さが感じ取れて対戦相手は一瞬怯むが、気を取り直して頷く。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

互いにカードを表返したことで、ファイトの開始が告げられた。




貴之の現段階における切り札は『ウォーターフォウル』です。
このファイト、後半だけで9000字オーバーしていたので区切って良かったなと思いました……(汗)。
凄い紛らわしいと思われるかもしれませんが、こちらは『切り札』であり、前回に触れた『隠し玉』とはまた違うユニットとなります。そう思わせてしまった場合は本当にすみません。

『イマジナリーギフト』の相性関係に関しては、無料で配られていた『ヴァンガードはじめようブック2018』にあった4コママンガを参考に、戦術幅に関しては実際に聞いた話しを参考にしています。

次回は一真のファイトを書いていきたいと思います。


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イメージ25 戦いと苦悩

一真の初ファイトとなります。

それと、先日予約していた友希那の1/7スケールのフィギュアが届きました。こちらは大切に保管しようと思います。


「『ライド』!『ぐらいむ』!」

 

「『ライド』!『忍獣(にんじゅう) キャットデビル』!」

 

一真は『ぐらいむ』に、対戦相手は忍びの胴着を着た二足歩行ができる猫『キャットデビル』に『ライド』する。

 

「あっ、『ロイヤルパラディン』は久しぶりに見たなぁ……」

 

『ぐらいむ』を見たリサが、初めて見た『クラン』の片方が『ロイヤルパラディン』だったことを思い出す。

燐子とあこの二人が初めて見る『クラン』だったので、ファイターたちで説明すれば「基礎中の基礎みたいな『クラン』だ」と言う認識を持ってくれた。

ちなみに貴之は彼が使っていることもそうなのだが、初めてファイトした相手、初めて自分がレクチャーした相手、初めて大会で戦った相手等……全てが『ロイヤルパラディン』だった。

これを後ほどみんなに話してみたのだが、余りいい反応がもらえず少々悲しい気分になったことを記しておく。

 

「な、何か……猫のユニットがいるけど……」

 

「ああ……ありゃ『むらくも』に所属しているユニットだな」

 

「(ああ……もう!ここに貴之がいてくれればなぁ~)」

 

『キャットデビル』を見た友希那がどこか浮ついた様子だったので、リサは貴之が下に降りてしまっている現状を悔やんだ。

この猫が好きで、見た時にあからさまな反応をするのは変わっていないことを、その目に焼き付けて欲しかったのである。

小さい頃に友希那が猫を愛でながら幸せそうにしている姿を見た時、貴之のハートに(クリティカル)トリガーが二枚どころか三枚分届いていたのは言うまでもない。

 

「『むらくも』は俺の使う『ぬばたま』と対をなす『ドラゴン・エンパイア』の隠密部隊でな……。ファイト中では特定条件下で効果を発揮するのが多い、癖が強めな『クラン』になる」

 

大介は説明しながら、デッキ構成が分からないと妙に説明で困る『クラン』だな……と少々納得いかなそうにする。

――経験者が説明しづらい『クラン』って何だろう?Roseliaの五人は疑問に思った。

『むらくも』が説明を投げ出したくなる理由として、『デッキからユニットが登場する』、『リアガードに特定ユニットがいる』、『同名のカードがいる』……等々、その条件が多義に渡っているせいでもある。

貴之も「『クラン』総合の話しならそう言うしかない」と言う辺り、『むらくも』がどれだけ特殊なのかを理解することになった。

何事も無ければこのままファイトを見ようとなるのだが、友希那の反応を見た紗夜が一つのことに気づいてしまった。

 

「……湊さん。どうやら、私たちは相容れない部分があるようです……」

 

「あら……?そういうこと?」

 

友希那は猫派なのだが、紗夜は犬派だった。音楽の方針や平時の感性が近い友希那と紗夜の二人だが、今回ばかりは決定的に違っていた。

紗夜の一言で友希那は彼女の言わんとしていることを察してしまい、二人が目線だけで静かに火花を散らすこととなる。

また、紗夜は犬型であることから『ぐらいむ』のことをそれなりに気に入っているため、ここも友希那とはそりが合わないだろう。

 

「今井さん……どうして二人はああなったんですか?」

 

「ああ~、そういうこと……?どうやら派閥の問題みたいだね……」

 

問いかけた燐子同様、あこも事情を知らないので首を縦に振って自分も同じことを伝える。

リサは友希那が猫好きであることを知っていたので、事情を察しており、同時に「意外なところで対立する部分があったね」とも思った。

また、リサのみならず小学生時代から同じだった俊哉と玲奈、前に偶然二人と共に猫を愛でる姿を目撃している大介も知っていたので、彼らは「そういうことか」で終わる。

竜馬と弘人の二人も知らない側の人になるが、そんなことより火種を鎮めるべく「ファイトを見よう」と促す。自分たちまで乗ると収集が付かないと目に見えていた。

 

「『ナイトスクワイヤ・アレン』に『ライド』!スキルで一枚ドローして『うぃんがる』を『コール』!」

 

「『うぃんがる』?じゃあ、あっちの彼はもしかして……」

 

「お察しのとおり、あいつのデッキは『ブラスター・ブレード』が軸だ」

 

見覚えのある動きだったことでリサが思い出し、その通りであることを竜馬が応える。

この時俊哉と玲奈は、貴之は何かと『ブラスター・ブレード』に色んな思い出を持っているなと改めて実感する。

ちなみに一真が『うぃんがる』を『コール』した場所は後列中央で、理由は間違いなく『ブラスター・ブレード』にあることを伺わせた。

 

「『ライド』!『忍竜(にんりゅう) アマツスナイプ』!スキルで一枚ドローして『忍竜 ソウコクザッパー』を『コール』!」

 

相手は蒼い躰に忍びの胴着、巨大なクナイを手にする竜『アマツスナイプ』に『ライド』し、後列中央に蒼い躰と忍びの胴着は共通だが、クナイの代わりに二つの刀を持っている竜『ソウコクザッパー』を『コール』する。

 

「『ソウコクザッパー』で『ブースト』、『アマツスナイプ』でヴァンガードにアタック!」

 

「分かった。ならここはノーガードだ」

 

まだダメージを受けていない為、一真はノーガードを選択。

イメージ内で『アマツスナイプ』に投げつけられたクナイを受けた後、『ダメージチェック』ではノートリガーを確認する。

このターンでできることは無くなったので、相手はターンを終えて一真の二ターン目が始まることになる。

 

「さあ()くぞ……『ロイヤルパラディン』の戦士たちよ。()のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

「(……!もしかして、貴之の言っていたもう一人と言うのは……)」

 

一真の口調と一人称が変わったことで、友希那は前に貴之から聞いていた話しを思い出す。

玲奈以外にもそう言った言い回しをする人がいると言っていたが、その人が他ならぬ彼だったのだ。

 

「『ライド』!『ブラスター・ブレード』!そして集え!光の戦士たちよ!」

 

一真が『ライド』したのは『ブラスター・ブレード』。『ロイヤルパラディン』の象徴と言えるユニットだった。

ちなみに今回は前列に相手リアガードがいないため、登場時のスキルを使うことはできない。

さらに後列右側に白と青の二色で構成されている胴着を着て、分厚い本を持った『小さな賢者 マロン』を、前列の左右に『ギャラティン』を一体ずつ『コール』する。

 

「自分の他のリアガードが『マロン』と同じ縦列に『コール』された時、『カウンターブラスト』することで『マロン』のスキルを発動!山札から一枚引き、このターンの間『マロン』はパワープラス3000!」

 

「『アレン』と似ているスキルですね……」

 

紗夜も貴之が『ブラスター・ブレード』を軸にした『ロイヤルパラディン』のデッキでファイトをしてくれた時、『マロン』と『アレン』を見せてもらったので知っていた。

差異点は『自分が登場した時に仲間を呼んでパワーを上げる』のが『アレン』、『仲間が現れた時にパワーを上げる』のが『マロン』と言ったところだろう。

 

「さて、友希那たちは一回ここで復習だね……♪自分のリアガードが四体以上の時、ヴァンガードにいる『ブラスター・ブレード』は何を得るでしょう?」

 

(クリティカル)が+1……。このスキルは嫌でも相手が意識するわね」

 

友希那の言う通り、『ブラスター・ブレード』はこのスキルが最大の強みだった。

単純に与えるダメージを増やせる効果は大きく、相手に『ガード』を意識させやすくなる。

初めて知った燐子とあこは意外と速攻性が強いのかもしれないと感じたが、同時にこのスキルにある危険性にも気づいた。

それは無理矢理スキルを発動させようとした場合にあり、この場合は手札を必要以上に使うだけでなく『ブラスター・ブレード』以外は十分な強さを得られていないと言う事態を招くことになる。

このスキルを見て、使いどころを間違えては行けないことを理解した。

 

「では、こちらからも行かせて貰おう……!左の『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内では『ギャラティン』の剣で、『アマツスナイプ』が斬られる。

対戦相手の『ダメージチェック』はノートリガーだったので、ダメージ以外に変化は起こらない。

 

「私が行こう……!『うぃんがる』の『ブースト』した『ブラスター・ブレード』で、ヴァンガードにアタック!」

 

「……!『忍妖(にんよう) ハンパーガッパー』で『完全ガード』!」

 

――この攻撃だけは何があっても受けたくない。それが対戦相手の考えだった。

イメージ内で『アマツスナイプ』の前に現れた忍びの胴着を着た河童の『ハンパーガッパー』が、己の忍術で水の壁を作り上げて『ブラスター・ブレード』となった一真の剣による一撃を防ぐ。

防がれたものは仕方ないと割り切って『ドライブチェック』を行ったところ、その結果は(クリティカル)トリガーだった。

 

「この場は任せたぞ、『ギャラティン』!」

 

――ノープロブレム。イメージ内でまだ攻撃していない右側の『ギャラティン』がそう言って頷いた気がした。

そして、右側の『ギャラティン』に『マロン』の『ブースト』を付けた状態で攻撃を頼み、対戦相手はノーガードを選択する。

2ダメージは痛いところだが、それ以上に手札を減らしたくないと言った判断だろう。

そして『ダメージチェック』では二枚ともノートリガーと言う、攻撃を受けた彼に取っては手痛い結果に終わる。

 

「私はこれでターンを終了する……」

 

「(ヤバい……少なくとも一体は数を減らしておきたいかな)」

 

このターンで一気に3もダメージを取られたことで、流石に対戦相手も焦ることになる。

初めてのファイトでダメージを受けた時は、仲間が逃げ出す事態を作ってしまったことを不甲斐なく思っていた友希那だが、こうして短時間で一気にダメージを稼がれるのは改めて苦しいのだと理解した。

 

「『ライド』!『早矢士(はやし) FUSHIMI(フシミ)』!更に左右にも『コール』!」

 

相手は猫の姿をした弓兵『FUSHIMI』になり、左右にも同じものが『コール』される。

『FUSHIMI』を見た友希那がそわそわした様子を見せたので、リサは早く貴之に気づいて欲しい思いになり、紗夜はここで派閥争いをしては行けないと自分を落ち着かせる。

 

「登場時、『FUSHIMI』はスキルで一体のユニットを指定し、このターンは後列のユニットにもアタックできる効果を与える!」

 

「後ろに攻撃できると、相手の『ブースト』を止められるかもしれませんね」

 

「『ブースト』したいならもう一回『コール』する必要が出てくるから、その時に手札を減らさせて相手が『ガード』に使える枚数を減らせるのはデカいよな……」

 

燐子の気づいたところに、俊哉は補足を入れながら同意を示す。

今回の場合なら『マロン』のスキル再発動を、自分から直接咎めに行けるのだ。

相手が後列ユニットにさせたい動きを直接封じることができるのは、確かに嬉しい点になる。

 

「攻撃だ……右の『FUSHIMI』で、『マロン』を攻撃!」

 

「そう来たか……すまない『マロン』。ここはノーガードだ」

 

――やってくれるな。『むらくも』の弓兵……。一真は『マロン』に詫びてから、『FUSHIMI』二体の動向を注目する。

イメージ内で『FUSHIMI』の矢をもらい、マロンは退却することとなった。

 

「『ソウコクザッパー』の『ブースト』、ヴァンガードの『FUSHIMI』で相手ヴァンガードを攻撃!」

 

「いいだろう……ここは受けて立つ」

 

攻撃対象が自分だったので、一度攻撃を受けることにする。

ここでトリガーを引かれないなら、パワー10000の『ブラスター・ブレード』にパワー9000の『FUSHIMI』では攻撃が届かないので、ガードが不要になるのだ。

その『ドライブチェック』で相手は(ドロー)トリガーを引き当てたので、一真は次に備えた動きをしようと決める。

 

「左の『FUSHIMI』でヴァンガードにアタック!」

 

「この場は任せたぞ、『ギャラティン』!」

 

最後の攻撃に対して、一真は左の『ギャラティン』による『インターセプト』を選択する。

ダメージがまだ2だったので攻撃を受けてトリガー狙いでも良かったのだが、次のターンで退却させるよりはここで『インターセプト』をしてもらった方が助かると言う考えだった。

そして対戦相手のターンが終わり、一真のターンが始まる。

 

「若かりし騎士王の姿を見よ……!『ライド』!『アルフレッド・アーリー』!登場時、『カウンターブラスト』してスキル発動!我が呼びかけに答えよ、『ロイヤルパラディン』の光の剣!」

 

『アルフレッド・アーリー』のスキルにより、前列左側に『ブラスター・ブレード』が現れる。

更に、『イマジナリーギフト』の『フォース』は『ヴァンガードサークル』に設置し、これにより『アルフレッド・アーリー』のパワーが上がった。

『メインフェイズ』ではもう一度後列右側に『マロン』を『コール』することで、場のユニットは5体となった。

 

「では行くぞ……!『マロン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

トリガー狙いで相手はノーガードを選択し、『ダメージチェック』に入る。

その結果はノートリガーで、有利な状況を得られないままダメージが4になる。

 

「次、『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド・アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「賭けるか……ノーガード!」

 

「その覚悟、確と受け止めた……!『ツインドライブ』……」

 

対戦相手はまさかのノーガードを選択。一真はその選択を嗤うことなどせず、素直に受け止める。

そして『ツインドライブ』では一枚目がノートリガー。二枚目が(ドロー)トリガーとなり、相手はこの攻撃では敗北しないこととなった。

『ダメージチェック』では(クリティカル)トリガーだったので、防ぐ時に気持ちが楽になった。

 

「最後だ……!その剣で『むらくも』の尖兵を討て、『ブラスター・ブレード』!」

 

「二体の『FUSHIMI』で『インターセプト』!更に『忍獣 キャットローグ』で『ガード』!」

 

(ドロー)トリガーの効果で『ブラスター・ブレード』のパワーが30000となっていたので、『FUSHIMI』二体の『シールドパワー』を加えても29000なので、更にもう一体を『ガーディアン』として『コール』する必要があった。

ターン終了を宣言した段階でのダメージは一真が2。対戦相手は5と少々一方的な状況となっていた。

また、大介は自分の番が来てしまったので一声掛けてから移動を始める。少し遅れてだが、全員が応援の言葉を掛けてからファイトを見ることに戻る。

 

「どうだ?一真はまだやってるのか?」

 

「貴之速かったね……何をしたの?」

 

向かって行った大介と入れ替わるように、かなり速い段階でファイトを終えた貴之が戻ってきたので、リサが気になって聞いてみる。

すると彼の口からは、少し想像したくないような光景を語られることとなった。

 

「相手がやたらと『ウォーターフォウル』警戒するから、『オーバーロード』二体出し戦法取ってそのまま押し切った」

 

「うわぁ……なんて強引な……」

 

ただでさえ『オーバーロード』の圧力が強いというのに、もう一体隣にいるなど一溜まりもないだろう。

リアガードにいる『オーバーロード』は『スタンド』スキルこそ使えないものの、『ソウルブラスト』によるパワー増加は可能なので、貴之はそれを活かして『ガード』可能ラインを引き上げ、そのまま押し切って見せたのだ。

話しを聞いたリサは、そんな対戦相手に同情するしかなかった。

まあそんなこともあるとだけ返し、貴之は一真たちの戦況を確認する。この段階でまだ軸となるユニットが出ていないことを悟る。

 

「ここで相手が何を出すかになるな……。逆転性を求めるならあれしかないが、それらがデッキに入っているかどうか……」

 

「ん?ああ……確かに、あいつだけは慣れていても面倒な相手だからな……」

 

貴之が言わんとしていることは、ファイターたちならすぐに気づけた。『インターセプト』で場を開けたことから、その可能性は十二分にあるのだ。

対戦相手の使用している『むらくも』には一体だけ、ここから逆転勝利とまでは行かずとも、一気に有利な状況まで持っていけるユニットが存在している。

そのユニットを持っているのなら、一真に取っても次のターンがかなり苦しいことになるのは目に見えていた。

 

「これなら流石に通じるだろ……『ライド』!『決闘龍(けっとうりゅう) ZANBAKU(ザンバク)』!『イマジナリーギフト』、『アクセル』!更に『レフト・アレスター』と『アマツスナイプ』を『コール』!」

 

「(『ZANBAKU』か……これは厄介な相手だ)」

 

表情こそ表向きでは変わらないものの、柄頭(つかがしら)に非常になが鎖の繋がっている刀を持つ、武士のような鎧に身を包んだ黒き龍『ZANBAKU』を見て一真は少し焦りを感じる。

今現れた『ZANBAKU』は非常に厄介ななスキルを持っており、ここを耐えたとしても厳しい展開に持ち込まれることになる。

また、前列左側に鍛え上がった体と鎖付きの鉄球を持った二足歩行を可能とする気性の荒らそうな獣『レフト・アレスター』と、空いてる後列左側後列右側に『アマツスナイプ』が『コール』される。

 

「『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして『ZANBAKU』のスキル……デッキから一枚『ライト・アレスター』を『コール』!山札からリアガードが登場しているなら、このターン『アマツスナイプ』はパワープラス5000!」

 

前列右側に鎖付き鉄球の代わりに万力鎖のようなものを持った、『レフト・アレスター』とよく似ている『ライト・アレスター』が『コール』される。

 

「条件が全て揃ったか……。だが、それを前にしても私は引くことをしない……!」

 

「けど、ここから巻き返すのは楽じゃない……!リアガードに『ライト・アレスター』と『レフト・アレスター』がいる時、『ZANBAKU』で相手は次のターン『ライドフェイズ』ではグレード3からグレード3以上に『ライド』はできない」

 

次のターンで『ライド』を封じられるということは、『イマジナリーギフト』の獲得を阻害されることを意味する。

これによって重ね掛け等ができなくなり、本来なら通せたはずの攻撃が通らなくなる可能性が高まってしまうこととなった。

 

「さらに『ライト・アレスター』の登場時、ヴァンガードが『ZANBAKU』でリアガードに『アレスター』と名の付くユニットがいるのなら……二枚『カウンターブラスト』と手札を一枚『ソウル』に置くことでスキル発動!相手は次のターン、ヴァンガードを『スタンド』させることはできない!」

 

イメージ内で『ZANBAKU』と『ライト・アレスター』、そして『レフト・アレスター』三体がそれぞれ放った鎖によって『アルフレッド・アーリー』となった一真の首と両腕が押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

 

「『スタンド』を封じるなんて初めてみた……」

 

「『ロイヤルパラディン』側に、対抗できるユニットはあるの?」

 

「一体だけあるな……問題は成立条件が厳しいことだが」

 

『エンジェルフェザー』なら『ダメージゾーン』に『ザラキエル』が来ればその段階で成立だが、『ロイヤルパラディン』はそのスキルを使うユニットを引き当て、更に条件を満たせるカードを山札の上から引かなければならないと言う非常に厳しいものが待っていた。

この辺りはイメージしかないかなと、貴之が締めくくったのでかなり難しいものであることが伺える。

 

「(……まだだ。まだここで使うわけにはいかない……)」

 

また、先程表情を表に出していないことで気づける人は殆どいないが、貴之だけはあることに気が付いていた。

――明白に嫌がっている。表情が変わらなくとも、こういうことはすぐに気づける貴之にとってはあまり効果を成さないものだった。

 

「行けるか……?『ソウコクザッパー』の『ブースト』、『ZANBAKU』でヴァンガードにアタック!」

 

「その盾で我らの希望を護り抜け、『閃光の盾 イゾルデ』で『完全ガード』!」

 

『ZANBAKU』の振るった刀が、白を基調とした装甲型のユニットを腕に装着した、やや黒めの肌を持つ女性『イゾルデ』によって防がれる。

この時の『ツインドライブ』は一枚目が(フロント)トリガー。二枚目が(クリティカル)トリガーで、二枚目の効果は全て『レフト・アレスター』に割り当てられた。

現在のダメージが2なのでこのターンでの敗北は無くなったことと、今攻撃を防いで無駄な手札消費を避けたいことから、一真は残った二回の攻撃は全てノーガードでやり過ごす。

 

「勝負は決まらなかったが、これで結構楽になったな……ターンを終了」

 

「(どうにか使わないで済んだか……)」

 

ここで一真が安堵しているのは重要なユニットのことではなく、もっと別のこと(・・・・・・・)になるのだが、これを今知っているのは貴之と瑞希、そして瑞希の妹たちだけになる。

故に対戦相手もそうだが、一真のファイトを見ている人たちは「彼にはまだチャンスがある」と言う認識になっている。

知っている人が少ないと言った通り、大体の人たちが持っている認識はRoseliaの五人もそうだが、俊哉たちも含まれている。

 

「(デッキに入れてるかどうか……)」

 

先程言っていた対抗できるユニットが入っていない場合、一真はヴァンガードを行動させることができない事態に陥る。

しかしながらこう言った対策の為に入れているか、或いは自分の動きを重視して入れていないかはかれ次第なので、見ていることしかできないのが現実だった。

そしてターンをもらった一真はヴァンガード以外を『スタンド』させ、山札から一枚カードを引く。

 

「今回は『ライドフェイズ』で何もできないから、今回は省略だね……」

 

――何を出すんだろう?玲奈を筆頭に、見ている人たちは気になっている。

目の前では一真が一枚のカードを手に取り、それを『コール』しようとする姿があった。

 

「正しき知恵を持つ賢者よ、その知識で我らを奇跡の扉へ導きたまえ……!『コール』!『導きの賢者 ゼノン』!」

 

後列左側に白と青の二色が基調の賢者用の服を着た、『マロン』と比べて貫禄を感じさせる賢者『ゼノン』が現れる。

ちなみにこのユニットが対抗できる存在なので、貴之は五人にこれがそうだと教える。

 

「登場時、スキルを発動!山札を上から一枚公開する……さあ、その扉を開かん!」

 

一真が山札から一枚めくると、そのユニットは『騎士王 アルフレッド』だった。

そしてこれが、窮地を脱する条件を満たした証となる。

 

「これで奇跡の扉は開かれた……!この公開したカードが自分のヴァンガードと同じグレードの場合、そのカードを『スタンド』状態で『ライド』する!」

 

「な……?ここで引き当てるのか!?」

 

『ゼノン』の一枚下にグレード3が無ければならないと言う非常に低確率なものだと言うのに、それを成功させられたことで対戦相手も動揺する。

これには対戦相手のみならず、多くの人が驚きの顔になっていた。

 

「行くぞ!『騎士王 アルフレッド』に『ライド』!『フォース』はもう一度ヴァンガードに!」

 

イメージ内で『アルフレッド・アーリー』となっていた一真は、鎧に少しの変化を起こしながら現れた愛馬の『ライオンメイン・スタリオン』に飛び乗る。

この方法で『ライド』のイメージが映し出された理由として、『アルフレッド・アーリー』は『アルフレッド』の若い姿なのだが、『憑依(ライド)』している一真自身の見た目が殆ど変わらないことが起因する。

また、『フォース』をヴァンガードに置いた理由として、『アルフレッド』のスキルが関係していた。

 

「自分のリアガードに『ブラスター・ブレード』がいるのなら、『アルフレッド』は自分のターンの間、パワーがプラス10000される!」

 

「ここに『フォース』二枚が重なって合計が43000……そのまま押し切ってしまおうということですね」

 

『アルフレッド』は『ブラスター・ブレード』さえいれば自分のパワーを簡単に引き上げることができるので、そのパワーを活用するためにある。

また、相手の手札がかなり心許ない状態なので、仮に防がれても残ったユニットで攻撃を通すことも十分に可能だった。

まだ後列左側は空いているのだが、一真はできることが無くなったのを示すかのように『うぃんがる』に手を添える。

 

「さあ……決着の時だ!『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド』でヴァンガードにアタック!」

 

「こうなりゃ賭けだ……!この四体で防いでやる!」

 

対戦相手は先程の『ツインドライブ』で引き当てた『ザンバライダー』と『アヘッドパンサー』、更に『ライト・アレスター』と『レフト・アレスター』を『インターセプト』に回す。

これによって『アルフレッド』は51000で『ZANBAKU』は52000。トリガーが何か一枚出れば攻撃が通ることになる。

そして『ツインドライブ』では一枚目がノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、効果を全て『アルフレッド』へ回した。

イメージ内で『アルフレッド』となった一真が愛馬から飛び降りて、『ZANBAKU』に己の剣技を浴びせる。

そして『ダメージチェック』はノートリガーだったので決着となり、二人はファイト後の挨拶を済ませて進行に終わった合図を示してから去っていく。

 

「彼、凄いわね……」

 

「……ああ、最終的に俺はそいつに勝つ必要があるんだ」

 

一瞬間をおいて答えが来たことから友希那は不思議に思うものの、貴之が「それ以上は無し」と言いたげだったので聞くことは叶わなかった。

恐らく一真が使わなかったものは今日中には必ず使う場面が来るはずなので、嫌でも選択の時は来るだろう。

 

「(使ってもいいとは思うが、どうするかはお前次第だ……だから……)」

 

――答えはしっかりと出しておけよ……?一真の事情を理解している貴之は、彼のことを案じた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。どうにかなったようね?」

 

ファイトが終わった一真が上に戻れば、瑞希が出迎えに来ていた。

事情を知られているのと、あまり堂々と言えるものではないと感じているものあり、「ええ、どうにか」と一真はなるべく当たり障りのないような返答に努める。

彼女が気づいていると言うことは、恐らく貴之も気づいているだろう。自分の持っている後ろめたさは、知っている人なら分かってしまうものだ。

 

「分ってはいるんですけど……あまり使いたくなんです」

 

「難儀なものね……使わなければ届かないかも知れないけど、使えば簡単に届いてしまう……。でもそれは……あなたと仲間たちが絆を紡ぎ、共に繋がろうとしたから手にしたもの……。だからこそ嫌になりきれないのね……」

 

一真はそれを手にしたのを境に勝率が急激に跳ね上がったが、あまり使い過ぎると自分本来のファイトを見失いそうだと危惧も抱いている。

しかしながら瑞希が言う通り、ユニットとの絆が直接的なものとして現れた結果なので、そう簡単に手放すつもりにもなれない。

何しろ一人だけインチキ(・・・・・・・・)しているような効果を発揮することが、使いたがらない気持ちを助長するのだ。

貴之のように遠慮なく使っていいと言ってもらえれば気が楽になるが、なるべく使わないで戦いたい気持ちが勝っている。

もし使うことがあるとすれば、その人には勝ちたいと思った時だけだろう。誰かもう一人にでも言ってもらえれば変わるかもしれないが、これが一真の現段階で持っている答えだった。

 

「だから今は、なるべくこのまま戦いたいんです」

 

「それ以外でも自分が進めた証拠を証明したい……。そうでしょう?」

 

「ええ。できることなら彼と戦う時まで取って置きたいけど、必要になったら思い切って出してみます」

 

瑞希の問いに肯定しながら、一真はデッキから一枚のカードを取り出す。

取り出したのは制御が困難と言う理由から使用者が殆どいないユニットで、貴之ですら『かげろう』にあるこのユニットと対になる存在の使用を遠慮する程だった。

そんなユニットを使いこなし、自分はしっかりと進めたことを証明したいと言う思いが一真にはあり、瑞希もその気持ちは理解できた。

 

「なら、楽しみにさせてもらうわね?あなたがそれを使いこなすところを見れるのを……」

 

「はは……。その期待に応えられるよう頑張ります」

 

頭を掻きながら笑う一真を見て、瑞希は満足そうに頷く。

引き留めたことを詫びてから瑞希が戻って行くので、一真も戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

更に時間は進み、六人全員……一真も含めた場合は七人のファイター全員が三回戦を突破し、全国出場の切符が掛かっている四回戦が始まろうとするところまで来た。

ちなみにベスト16まで決まった後は台の数を減らして、一つのファイトを見やすいようにするらしい。

 

「よし、行くか」

 

「ああ。思いっきりやろうか……!」

 

貴之と大介はここで当たるのでどちらかがここで脱落と言う形になるのだが、この二人は恨み言を言ったりはしない。

何よりも、ファイトして以来ここで再戦しようと言う約束を果たせることが嬉しく、どんな結果になろうと全力で戦うことを決めている。

そんな二人を見たらどっちか一方を応援と言う無粋な真似をする気は起こらないので、最後までファイトを見届けようと決意した。

 

「知ってるか?貴之が戻ってきて最初に戦ったのは大介なんだぜ?」

 

「あっ、そうだったんだ……」

 

俊哉のカミングアウトには燐子のみならず、Roseliaの全員が驚く。ファイターたちは話しをそれぞれから聞いていたので平気だった。

 

「しかしまあ、戻って来てから結構早いもんだな……。気がついたらお前とここでまたファイトすることになってる」

 

「お前も色々走り回ってたからな……そりゃそう感じるだろうよ」

 

準備をしながら二人は軽く会話のやり取りを行う。

確かにRoseliaへの協力で最も走り回ったのは貴之だし、それ以外にもファイト漬けの日々を送っているのだからそう感じるのは無理のないことだった。

そうやって色々なことがあったものの、今はファイトをしに来たのだから、準備を終え次第二人はアイコンタクトでその旨を伝える。

 

「「スタンドアップ!」」

 

二人の声を聞いて、待機中だった友希那たちは会話を止めて二人の方へ目を向ける。

 

「ザ!」

 

貴之の掛け声が始まりが迫っていることを告げてくれ、見ている人たちに緊張を与える。

 

「「ヴァンガード!」」

 

そしてファーストヴァンガードを表返したことで、全国出場決定戦の一回目が始まりを告げた。




一真のデッキはトライアルデッキ『先導アイチ』をブースターパック『結成!チームQ4』とブースターパック『相克のPSYクオリア』に出てくるカードで編集した『ロイヤルパラディン』のデッキとなり、貴之の『ロイヤルパラディン』と縁が深い理由の一人となります。
また、対戦相手はブースターパック『最強!チームAL4』に出てくるカードで作った『むらくも』のデッキとなります。

妙にアイチ対キョウのファイトと似通った部分が強いので、味気無さを感じさせてしまったら申し訳ございません。燐子の初ファイトの時に没案となったテストファイト程露骨にはなっていないのですが……。

一真が持っている能力に関してはこの大会中に必ず公開するつもりでいるので、もうしばらくお待ちください。
能力の招待が何となくバレている感じはしますが……(汗)。

ちなみに貴之と一真二名の現時点による強さは

一真(能力解放)>貴之>一真(通常)

と言う構図になります。貴之は地の力で優位に立っている状態ですが、能力を使われると一気にひっくり返されます。
ここは貴之の頑張り次第でまだくらい付ける状態です。

次回は貴之と大介による対決になります。


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イメージ26 待ち望んだ再戦

普段よりちょっと短めになりましたが、貴之と大介のファイトになります。

『ガルパ・スタリラ際』ですが、お金の都合だったりで行け無さそうです(泣)。
予定が入ってさえいなければ……!


貴之は『アンドゥー』、大介が『マガツウインド』に『ライド』する。この二人が初めて対戦した時と全く同じ組み合わせだった。

ファイトしている二人が懐かしんでいる間に、まだ呼ばれていなかった玲奈と弘人で『ぬばたま』のことを説明し、呼ばれ次第すぐに移動した。

 

「そういや、初めてファイトした時もそうだったな……俺の先攻」

 

貴之の先攻から始まるのも同じ条件だった。

『ライド』はいつもの通り『バー』に、後列中央には最近出番が増えつつある『ラオピア』を『コール』した。

 

「(多分、用意した隠し玉は大介相手に使うだろうな……)」

 

守りを固められた時にと用意したユニットは、相手『クラン』の性質や持っている『イマジナリーギフト』が関係して、大介になることを予想した。

更に言うと、この隠し玉は『オーバーロード』や『ウォーターフォウル』と比べて圧力不足に悩まされるので、チャンスは一度切りだろう。

そんなことを考えながら、貴之はターンを大介に回す。

 

「『キリハゲ』に『ライド』!一枚ドローして『フウキ』を『コール』!」

 

大介は『キリハゲ』に『ライド』し、後列中央に『フウキ』を『コール』する。

この段階でこれ以上は特にやるべきことはないので、早速攻撃に移る。

 

「行くぞ……『フウキ』の『ブースト』、『キリハゲ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

イメージ内で『キリハゲ』となった大介が吹きつけた蒼い炎を、『バー』となった貴之が浴びる。

大介の『ドライブチェック』、貴之の『ダメージチェック』共にノートリガーで、特に大きな変化は起こらなかった。

攻撃が終わったので、大介はここでターンを終了する。

 

「今回は以前より大人しいわね……」

 

「手札の都合……なんでしょうか?」

 

まだ一ターンめだから何とも言えないが、以前に『ぬばたま』の動きを見たことがある友希那と燐子はそう考える。

初めて見た時はこの段階で既に一回盤面操作が始まっていたのだが、今回はまだ行われていないのが理由だった。

 

「『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『フウキ』を退却させて一枚ドロー。さらに『ラーム』と『ガイアース』を『コール』!」

 

『バーサーク・ドラゴン』のスキルで『フウキ』は退却させられ、前列左側に『ラーム』が、後列左側に『ガイアース』が『コール』される。

この時は『フウキ』しかいなかったのもそうだが、盤面展開に手間を掛けさせる為にも退却させておきたかった方が大きい。

 

「よし、『ラオピア』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここはノーガードだ」

 

貴之の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーだったので、これで手札が一枚追加される。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之が二つの頭から吐き出した炎により、『キリハゲ』となった大介が焼かれる。

『ダメージチェック』はノートリガーだったので、貴之が有利な条件で次のアタックを迎える。

 

「次だ……『ガイアース』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードだな。『ダメージチェック』……」

 

トリガー効果もあって『ラーム』のパワーが28000。対する『キリハゲ』はパワーが7000しかない。

受けるダメージが少なく、わざわざ二枚以上使ってまでその攻撃を防ごうとは思えなかった。

この『ダメージチェック』もノートリガーだったが、(クリティカル)トリガーが出て無駄にならなかっただけよかったと割り切る。

 

「パワー差21000かぁ……防いでも割に合わないよね」

 

「どうやっても手札を二枚使わなきゃいけないから、受けた方がよかったんだね……」

 

今大介が取った行動はRoseliaの五人はしっかりと理解している。

序盤で、しかも相手は(クリティカル)が増えたわけでもないのに防ぐのは割に合わないのだ。

攻撃を終えた貴之はターンを終了し、大介に順番が回ってくる。

 

「『マガツゲイル』に『ライド』!スキルでパワープラス6000!さらにこいつらも『コール』だ!」

 

大介は『マガツゲイル』に『ライド』を終えた後、後列中央に『ドレッドマスター』、前列右側に忍びの胴着を着た虎『忍獣 チガスミ』、前列左側に『オボロザクラ』、後列左側に『サクラフブキ』を『コール』する。

これらの内、登場時のスキルを持たない『チガスミ』以外は全てスキルを発動させている。

 

「遅れた分……なのかな?」

 

「このターンだけで、かなり動きましたね……」

 

前に見たことのある燐子と友希那は比較的楽について行っているが、初めて『ぬばたま』を見ることになった三人はこのターンに起きたことを少しだけ整理する必要があった。

実際のところ『ぬばたま』の盤面操作で干渉する範囲は多く、今回は自分の領域全体で収まったものの、最悪は相手の領域にすら干渉するのだから侮れない。

そんなことを伝えられ、紗夜は頭を抱え、あこに至っては頭から煙が吹き出そうな勢いだった。

 

「『ドレッドマスター』で『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。来い……!」

 

相手のパワーが23000まで上がっていることと、まだダメージが1であることからノーガードを選択する。

その『ドライブチェック』で大介は(ドロー)トリガーを引き当て、パワーを『チガスミ』に回す。

対する貴之も『ダメージチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当て、効果は全て『バーサーク・ドラゴン』に回された。

 

「次は『チガスミ』でヴァンガードにアタック!この時手札を一枚捨ててスキルを発動!このバトル中パワーをプラス15000!」

 

「トリガー効果もあるから、これで34000だね」

 

「貴之さんはどっちを選ぶんだろう?」

 

ここで言う『どっち』というのは、『チガスミ』の攻撃を防ぐか否かにある。

パワー差は14000なので手札次第では一枚で防げるが、まだ防がないことを選べる状態でもあった。

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

貴之はトリガー狙いでノーガードを選択し、その結果は(ヒール)トリガーという最も美味しい結果となった。

また、大介は先程トリガー効果を『チガスミ』に回してしまい、貴之がトリガー効果をヴァンガードに与えたこともあって、『オボロザクラ』の攻撃が『バーサーク・ドラゴン』に届かないことが決まってしまう。

これを見た時、『オボロザクラ』で先に攻撃するべきだったなと大介は後悔する。最も、トリガーが二連続で出ることを前提で動けというのも無茶はあるが。

 

「仕方ない……『サクラフブキ』の『ブースト』、『オボロザクラ』で『ラーム』に攻撃!」

 

「すまねぇ『ラーム』……。ここもまたノーガードだ」

 

イメージ内で『オボロザクラ』と『サクラフブキ』の連携攻撃を受ける『ラーム』に、貴之は目を伏せて詫びる。

こうして大介のターンが終了し、互いのダメージが2の状態となった。

そうして貴之の三ターン目が始まるのだが、戦っている二人は自分たちでも驚くくらいに自然な笑みを浮かべていた。

 

「このターンから……もちろん分かってるよな?」

 

「ああ。何しろここからが本番だからな」

 

そう。ここからは何度も見てきたグレード3の投入が始まる。

ファイトの熱が加速していくというのもそうだが、彼らにはもう一つの理由として『地方予選での再戦』が起因していた。

心置きなくファイトができて、自分たちの中で最高の状態でそれが可能。これなら自分たちが笑みを浮かべていてもおかしくない。

 

「始まるわね……」

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

友希那が食い入り気味に声を上げた直後、貴之が『オーバーロード』に『ライド』して『フォース』をヴァンガードに与える。

この辺りは彼のファイトを追っていく上で何度も見てきた光景だった。

 

「『ラーム』と『バーサーク・ドラゴン』を『コール』して、『バーサーク・ドラゴン』のスキルで『チガスミ』を退却!さらに『オーバーロード』は『ソウルブラスト』!」

 

『ラーム』は前列右側、『バーサーク・ドラゴン』は前列左側に『コール』される。

この時『チガスミ』を退却させた理由として、攻撃時に発動するスキルなのでまた使用される恐れがあること、後々残しておくとそのパワーに押されてしまう可能性が上がること等があった。

大介自身もそう来るだろうとは思っていたので、慌てることはなかった。

 

「じゃあ行くぜ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『忍獣 ミジンガクレ』で『完全ガード』!」

 

貴之が堂々と一回目からヴァンガードを狙って来たので、大介は防ぐことを選択する。

この時貴之が行った『ツインドライブ』では一枚目がノートリガー。二枚目が(クリティカル)トリガーとなり、効果は全て『ラーム』に与えられた。

 

「貴之が最初からヴァンガードにアタックしたのって珍しいよね?」

 

「私が見た限り、これで二回目だったかしら……?」

 

リサと友希那の話しに上がった通り、貴之が彼女たちの前で『オーバーロード』によるアタックを最初からヴァンガードに行った回数は僅か二回だった。

相手リアガードを退却させてからそのままもう一回攻撃するというパターンが多く、最初からヴァンガードに攻撃する場合は少ない。

これがあったので、彼女たちは貴之の行動を珍しく思っていたのだ。

 

「それを使ってくれたならいい……『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「……それはノーガードだな。『ダメージチェック』……」

 

こちらのダメージが2だったので少し考えたが、大介はそのまま受けることを選んだ。

今行われた『ダメージチェック』の内一枚が(クリティカル)トリガーがで、パワーをヴァンガードに回す。

 

「あっ、『バーサーク・ドラゴン』の攻撃が届かなくなった……!」

 

今現在『バーサーク・ドラゴン』の後ろにいるのは『ガイアース』である為、パワー19000となった『マガツゲイル』に届かせる手段が無かった。

仕方ないので最後の攻撃は『オボロザクラ』へと行い、大介は防がず『オボロザクラ』を退却させることを選択する。

貴之のターンが終わったので、大介は『スタンド』アンド『ドロー』から始める。

 

「もう片方……というのは選ぶのかしら?」

 

「……?二つの戦い方があるってことですか?」

 

友希那の呟きを拾ったあこが不思議そうに問いかけたところ、思い出した燐子がその理由を教える。

以前『ルジストル』でファイトを見せて貰った後、大介のデッキ内容を二人は教えて貰っており、彼のデッキに関して少し考えやすくなっていたのだ。

そうして考え込んでいる彼女らとは裏腹に、大介は今回はどう考えてもこっちしかないだろうと考えていた。

 

「俺が選ぶのはこっちだ!『隠密魔竜 マガツストーム』に『ライド』!」

 

「いいぜ……あの時を思い出す!」

 

『マガツストーム』が出てくると相手の特性上かなり不利を強いられるのだが、貴之は闘志の燃え上がりが勝っていた。

『プロテクト』を獲得した後、大介は前列右側に『マガツゲイル』、後列右側に二体目の『ドレッドマスター』。前列左側にはもう一度『オボロザクラ』が『コール』される。

今回呼び寄せたユニットは全て、登場時のスキルを発動させる。これによって『マガツゲイル』と『オボロザクラ』は共にパワー15000に上がる。

 

「これで決着を付けられるといいが……『ドレッドマスター』の『ブースト』、『マガツストーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「いいぜ……俺はノーガードだ!」

 

――ここで(クリティカル)のみでダブルトリガーが来れば……。貴之は大介のイメージを当てにした選択を行う。

貴之の準備した隠し玉を知っている人がいない為、見ていた人たちはノーガードでも負けないからだと思っていた。

大介も見ている人たちと同じ考えをしながら『ツインドライブ』を行い、二枚とも(クリティカル)トリガーだったので、パワーを左右のリアガードに一回づつ、(クリティカル)は二つともヴァンガードに回した。

イメージ内で『マガツストーム』となった大介の手裏剣を用いた忍術により、『オーバーロード』となった貴之は手痛いダメージを負うことになる。

 

「(よし……これで用意は整ったな)」

 

『ダメージチェック』では一枚だけ(ドロー)トリガーを引き、残りはノートリガーと言う結果に終わった。

しかし、貴之に取っては自分のダメージが5になった(・・・・・・・・・・・・・)方が重要であり、後は耐えるだけと狙い通りの結果になった。

この『マガツストーム』での攻撃を終えた時、貴之が一瞬だけ安堵したようなものが見えたので、大介は少々疑問に思ったが、次のターンが来るまで気づけなかった。

 

「……?今、貴之君が一瞬だけ安心したような……」

 

「相手が二枚も(クリティカル)を引いたのにですか?」

 

一瞬過ぎて何とも言えないところだが、燐子から見ても焦っているようには思えなかった。

――ダメージが5なのにどうして?彼女たちも不思議そうにファイトを見ていくのだった。

 

「次、『サクラフブキ』の『ブースト』、『オボロザクラ』でヴァンガードにアタック!」

 

「頼んだぜ、『ラクシャ』!」

 

パワー33000の『オボロザクラ』による攻撃は、パワー38000の前には届かなかった。

 

「最後だ……『ドレッドマスター』の『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「『アーマード・ナイト』で『ガード』と、『ラーム』で『インターセプト』!」

 

この攻撃も、合計パワー33000の『マガツゲイル』による攻撃が、38000の前に届かなかった形になる。

大介はできることが終わったので、『マガツゲイル』のスキル処理を行ってターンを終了する。

 

「終わった!どうなってる?」

 

丁度ファイトを終えた俊哉が戻ってきたので、Roseliaの五人が互いに三ターン終了、貴之が先攻であることを伝える。

それを見た俊哉は、大介がかなり優位であることに気付く。

 

「さて、ここをどう切り抜けるかだな……」

 

「燐子が言っていたんだけど、さっき貴之は自分のダメージ5になった瞬間に安心したように見えたみたいなの……何か知っているかしら?」

 

「……ダメージ5で?」

 

友希那から追加情報を貰った俊哉は疑問に思いながら、『かげろう』のユニットたちを思い出して行く。

――なんか、一体だけいたが……これだけを想定して入れてくるか?思い出した俊哉ですら投入は難しいと思っているが、その状況で安心するならそのユニットであることもまた事実だった。

こればかりは見て確かめるしかない。それが俊哉の下した判断だった。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……恐らく今日一回しか使える場所が無いこいつは、ここで使わせてもらうか」

 

「(……今日一回だけだって?)」

 

――一体何を入れたんだ?貴之の発言に大介が疑念を抱く。

その直後に貴之が『ライド』したユニットを見て、対戦している大介どころか見ている人たち殆ど全員が正気を疑うことになる。

 

「一発限りの隠し玉だ……『ライド』!『ボーテックス・ドラゴン』!」

 

貴之の隠し玉は蒼い躰を持つ翼竜の『ボーテックス・ドラゴン』だった。

このユニットは保有しているスキルの代償が重く、使いたがるファイターは非常に少ない。

だからこそ、貴之はそこを逆手に取って一回だけなら通じる手段として用意していたのだ。

 

「『ボーテックス・ドラゴン』って……お前正気か!?」

 

「俺は正気だぜ……特に『ぬばたま』で、しかも『マガツストーム』相手ならこいつがいれば一気に楽になるからな……。『オーバーロード』と『ラオピア』を『コール』して、『オーバーロード』は『ソウルブラスト』!」

 

驚愕の表情を浮かべる大介に対して、貴之は平常を保ったままだった。

貴之が『メインフェイズ』で前列右側に『オーバーロード』、後列右側に二体目の『ラオピア』を『コール』したのを見て、一つのことに気が付いた。

 

「あの……『イマジナリーギフト』を忘れていませんか?」

 

「そのことか……『ボーテックス・ドラゴン』は『イマジナリーギフト』を持っていない(・・・・・・)んだ。故に獲得することができない」

 

俊哉が神妙な様子で答えを告げ、Roseliaの五人も貴之の正気を疑う。

さらに正気を疑わせるようなこととして、先程言った『ボーテックス・ドラゴン』のスキルも関係している。

 

「『カウンターブラスト』を二枚することで、『ボーテックス・ドラゴン』のスキルを発動!相手リアガードを一体退却させる!まずは『オボロザクラ』だ」

 

「……?コストと比べて効果が弱いような……」

 

あこはそのスキルが持つ効果の悪さに気付き、俊哉から「一番大事なのは次だ」と教えられる。

 

「更に自分の『ダメージゾーン』が5枚なら、手札を全て捨てる(・・・・・・・・)ことで相手リアガードを全て退却させる!また、相手リアガードが退却したなら『ボーテックス・ドラゴン』はこのターンパワープラス5000!」

 

この時貴之はまだ手札が四枚残っていたのだが、それらを全て捨てることになる。

ダメージが5でこれをするということは、ここで決めないと負けを意味していた。

幸いなことは、相手リアガードが全て退却したので『マガツストーム』のスキルを気にしないで大丈夫になった。

このターンで攻撃した場合、『ラオピア』の『ブースト』を得た『ボーテックス・ドラゴン』のパワーは61000になるが、防がれる確率は高いだろう。

 

「で、デメリットが大きすぎる……」

 

「あまり採用されない理由は、このスキルによる不安定さね……」

 

貴之が使う『かげろう』は元々汎用性の高い『クラン』である為、こう言った博打過ぎるものは使われないことが多い。

故に自分のデッキの動きを崩さない為、貴之も一枚しか入れることができなかった。

 

「行くぜ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ボーテックス・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「嫌な予感がするな……『プロテクト』を発動する!」

 

貴之の見立て通り大介が『プロテクト』を使ってきたが、今回は使わせることが最大の目的だったので問題はない。

イメージ内で『ボーテックス・ドラゴン』が吐き出した業火は、『プロテクト』によってかき消される。

それでも次があると信じて、貴之は『ツインドライブ』を行う。一枚目は(クリティカル)トリガーで、効果は全て『バーサーク・ドラゴン』に回される。

続いて二枚目のチェックは……こちらでも(クリティカル)トリガーが引き当てられた。

 

「ゲット……!(クリティカル)トリガー!効果は全て『ドラゴニック・オーバーロード』に!」

 

「大介のダメージは4だから……」

 

「残った二回の内どっちかが通れば、貴之君の勝ちになる……」

 

攻撃をヒットさせれば勝ちという状況まで持ち込めたので、残りはパワーが足りているかの勝負となった。

大介の手札がどうなっているかは分からないが、どの道こちらはもうトリガー効果をつけられない状態なので、相手がトリガーを引き当てないよう祈るしかない。

ただそれでも、両方ともガードしなければならないと意識させられるようになったのは非常に大きい。

 

「後二回か……『ガイアース』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『忍竜 クロガネ』二体で『ガード』!」

 

パワー28000だった攻撃は、『クロガネ』二体の『シールドパワー』を加算した合計パワー42000の前に防がれる。

どちらかは防がれると思っていたが、あと一回しか攻撃できない。さらに負けたら全国出場の切符を失うとなると少しだけ緊張が増す。

しかしながら、残った最後の攻撃を行うのは『ドラゴニック・オーバーロード(分身にして最も信頼するユニット)』。その認識があるだけでも安心できた。

 

「頼むぜ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「来たか。なら俺は……っ!?」

 

防ぐことを宣言しようとした時、大介は痛恨の事態に気付く。パワー46000となっている『オーバーロード』の攻撃を防ぐのに、今の手札では届かないのだ。

仮に『オーバーロード』の攻撃が先に来ようとも、今度は『バーサーク・ドラゴン』の攻撃が防げないことも意味しており、『ボーテックス・ドラゴン』のスキルがピンポイントで働いたことが証明された瞬間だった。

最早トリガーを祈るしかできない大介はノーガード宣言をし、『ダメージチェック』を行う。この時イメージ内で『オーバーロード』が『マガツストーム』となった大介に向け、剣による重々しい斬撃を二回浴びせる。

一枚目は(クリティカル)トリガー。そして二枚目は残念ながら(ドロー)トリガーで、これによりダメージは6となった。

 

「流石にそれを隠してるのは読めなかったな……」

 

「これすら読まれてたら流石にキツイぜ……」

 

何しろ貴之は相手が想定してこないのを前提で『ボーテックス・ドラゴン』を投入していた為、読まれていたら本当にどうにもならなかった。

この結果を考えると、貴之がデッキ構成で読み勝ったと言えるだろう。

もう少し続くなら続けたかったが、お互いに悔いの無いファイトができたので、両者とも満足な笑みを浮かべて握手を交わすのだった。

 

「俺はここで終わっちまうけど、お前はこの先も頑張れよ?」

 

「ああ。全国大会でって言いたいけど、まずはこっちでこの後のファイトもしっかりやらないとな」

 

この戦いが全国の出場が決まるものだったので、大介はここで終わり、貴之はまだ先があることになる。

確かに権利を得て喜ぶのはいいが、気を抜いて情けない結果で終わることだけは避けたいところだ。

それ故に、戻ったら小休止でしっかり気持ちを落ち着かせようと意識する。

ファイトが終わったことを進行に知らせてから上に戻ると、Roseliaの五人から「お疲れ様」と労いの言葉がやってきた。

また、貴之と友希那は目が合ったので、互いに笑みを浮かべて頷く。

 

「(友希那、俺は無事に第一段階を突破したぞ)」

 

「(この先も頑張って……。私も、コンテストに向けてみんなと仕上げていくわ。勿論、答えもしっかりと探すから……)」

 

そのアイコンタクトでは、互いの状況を伝え合っていた。

近くに対戦相手だった大介もいる以上、そこまで堂々と伝える気にもなれないし、友希那の事情はうっかり話す訳には行かない。

一先ず貴之はここで道が途絶えると言う事態を避けれているので、友希那としても安心できた。

 

「お疲れさん。それにしても、とんでもないこと考えるなお前……」

 

「アレはもう使えないと思うけどな……」

 

もうこの大会中、『ボーテックス・ドラゴン』はほぼ通じないだろう。

恐らく使ったところで冷静に『ガード』されたり、ダメージ管理をされたりして簡単に封じられる。

それでも存在すると言う圧力を掛けることができるので、そこを上手く活用したいと貴之は考えた。

 

「そう言えば、後はどこが残ってる?」

 

「竜馬がちょっと飲み物買いに行ってて、玲奈は……今終わったな」

 

「となると後は弘人だけ……ん?対戦相手が一真だな」

 

残った人たちはどうしているかを確認すると、弘人と一真の二人がファイトしており、今から一真の三ターン目が始まろうとしているところだった。

 

「(まだ使ってる様子は見られないな……)」

 

――弘人なら、あの能力を引き出さなければならない状況を作れるかもな。貴之は考えが表に出ないよう気を付けながらファイトを見ることにした。




貴之が用意していた隠し玉は『ボーテックス・ドラゴン』でした。なんか期待させた割にショボいと思ったらすみません……(汗)。
執筆をしていく上で「そう言えば『イマジナリーギフト』がない場合のユニット、一回も出してないな……?」となったのでこの辺りで入れてみようと言う考えで入れてみました。

次回の弘人と一真のファイトをやったら前半戦が終わりになります。


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イメージ27 望まぬ力

少し遅くなって申し訳ありません。

今やっているガルパのイベントですが、今後Roseliaシナリオ2章を終えた後どうしようかとなっていた所に一つの指標がやってきたので、個人的にとても助かりました。
今後の展開次第ですが、この展開は十分基準として選べるものだと思います。

さて、本編ですが予告通り弘人と一真のファイトとなります。

弘人の攻撃ターンにミスがあったので、一部緊急修正しました。


時は僅かに遡り、貴之と大介のファイトが前半を終えた頃……。即ち弘人と一真がファイトを始める直前になる。

 

「そう言えば、僕たちが大会で実際に当たるのは初めてだったよね?」

 

「確かに、時々カードショップでファイトしたことはあったけど、こちらではまだだったね」

 

弘人に問われたことで一真も思い出す。この二人がファイトする時は、カードショップで互いに時間が空いてるだったり、この人とファイトしたいと言う時くらいだったのだ。

大会は組み合わせ次第でその人と当たらないで終わると言うのはよくある話しで、この二人は偶然それが続いていただけに過ぎない。

そんな偶然の連続が終わり、準備を終えた二人のファイトが始まろうとしていた。

 

「準備はいいかい?」

 

「大丈夫。それじゃあ始めよう」

 

一真の問いかけに弘人が頷き、二人はファーストヴァンガードに手を添える。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

カードを表返すことで二人の……引いては全国出場者を決める最後のファイトが始まった。

弘人は『エリック』に、一真は『ぐらいむ』に『ライド』する。

一真が本大会最初のファイトをした段階では気付けなかったが、弘人はこの時何となくあることを感じ取っていた。

 

「(何を隠しているか判明すれば、少しは戦いやすいんだけどね……)」

 

それは彼がデッキの中からまだ使っていないユニットがいる事で、それが何かを探りたいとも思っている。

しかしながら無理をする必要は無く、勝てる時やこうしなければ負けるとなった時はそちらを優先するつもりだった。

ファイトは一真の先攻で始まり、彼は『アレン』に『ライド』、後列中央に『うぃんがる』を『コール』してターンを終える。

 

「『ライド』!『ステリオス』!一枚ドローして『テオ』を『コール』!」

 

弘人は『ステリオス』に『ライド』し、後列中央に『テオ』を『コール』する。

まだ『アクアフォース』の本領を発揮しづらいターンであること、次は『ブラスター・ブレード』の来る可能性が十分に高いことから、これ以上『メインフェイズ』での行動は控えることにした。

 

「早速攻撃させてもらうよ……!『テオ』の『ブースト』、『ステリオス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは受けよう。『ドライブチェック』を」

 

一真に促されて弘人が行った『ドライブチェック』では(ドロー)トリガーが引き当てられた。

イメージ内で『ステリオス』になった弘人と『テオ』の集中砲火を受けた後、一真が『ダメージチェック』を行った結果はノートリガーだった。

引き出せるかどうかは分からないが、最初のターンは出てくると思ってもいないので、次の機会を伺いながら弘人はターンを一真に渡す。

 

「『ライド』!『ブラスター・ブレード』!『コール(共に行こう)』、『ギャラティン』!」

 

弘人の読み通り一真は『ブラスター・ブレード』に『ライド』する。リアガードを退却させられないで済んだことは、後々攻撃の手数を増やせることに繋がる。

今回は相手『クラン』を警戒しているのか、はたまた手札の都合でこれ以上出せないのか、新しく現れたのは前列右側に『ギャラティン』一体のみだった。

 

「こちらも行かせてもらおう……『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「防いでも割に合わないね……ノーガード」

 

ダメージが0、『ステリオス』パワーが9000に対して『ブラスター・ブレード』は23000と言う状況なので、ここは大人しく受けることを選択する。

この時一真は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当てたのでパワーをギャラティン、(クリティカル)は『ブラスター・ブレード』に回す。

イメージ内で『ブラスター・ブレード』となった一真から剣による二撃を貰った後、弘人は『ダメージチェック』で(フロント)トリガーを引き当てる。

本当なら自分の『ドライブチェック』で引き当てたいもので、尚且つこちらの前列がヴァンガードのみの時に引き当ててしまったことは非常に痛いタイミングだった。

 

「頼むぞ……!『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『バトルシップ・インテリジェンス』で『ガード』するよ!」

 

『ギャラティン』の攻撃は白い戦艦、『インテリジェンス』が壁となって阻む。

今回は攻勢が弱めだったので、比較的小さなダメージで一真のターンが終わる。

この時会場の空気に変化が起きたので確認してみると、丁度貴之と大介のファイトに決着の着いたタイミングだった。

 

「(早い……と言っても、こっちの開始が遅いから仕方ないか)」

 

トーナメントの順番を考えても仕方ないものだと理解している弘人は簡単に割り切る。何しろ一番最初と一番最後なのだから、こうなっても仕方ない。

それは一真も同じだったらしく、あまり深くは考えなくていいと判断できた。

自分のターンが始まる前に状況を確認するが、隠しているものが出るであろう気配はまだ感じることができないでいた。

 

「(あまり伺い過ぎて負けるのは笑えない……そろそろ波に乗るとしようか)」

 

弘人は『スタンド』アンド『ドロー』を済ませながら攻勢に出ることを決意する。

 

「『アルゴス』に『ライド』!『ラザロス』ともう一体の『テオ』を『コール』!」

 

「(大丈夫だ……。まだ使わないで行ける……)」

 

弘人が『ライド』するのに選んだのは『アルゴス』で、『ラザロス』は前列左側、『テオ』は後列右側に『コール』する。

一方で一真は弘人の動きを見て、ユニットとは別のものを使わなくて大丈夫だと判断を下していた。

己を高めるという目的もあるが、使用すると禁忌感があるからということも大きい。

 

「攻撃だ……『テオ』の『ブースト』、『ラザロス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

そのまま受けることを選び、一真は『ダメージチェック』を行う。

結果はノートリガーで、ダメージが2になる。

 

「次、『テオ』の『ブースト』、『アルゴス』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードにいる『アルゴス』の攻撃が二回目以降なら、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』。『ラザロス』を『スタンド』させる!」

 

「……いいだろう。我が身で受ける!」

 

トリガー次第で次を決めようと思った一真はこれもノーガードにする。

イメージ内で『アルゴス』となった弘人の集中砲火が、『ブラスター・ブレード』となった一真に浴びせられる。

この時弘人の行った『ドライブチェック』はノートリガー。一真の行った『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーだった。

パワーは『ブラスター・ブレード』に回すが、このままではスキル込みで『ラザロス』の攻撃が丁度届く状態だった。理由は『テオ』と『ラザロス』のスキルにあった。

 

「アタックか『ブースト』したアタックがヴァンガードにヒットした時、『テオ』のスキルで『ラザロス』のパワーをプラス8000!そのまま『ラザロス』でヴァンガードにアタック!『ラザロス』がヴァンガードにアタックした時、二回目以降の攻撃ならパワーをプラス3000!」

 

「ならば……頼むぞ、『ギャラティン』!」

 

パワーが丁度20000になって届く状態だったラザロスの攻撃は、『ギャラティン』の『インターセプト』で防がれることとなった。

あと1ダメージだけ与えられれば後が楽だったと思いながらも、弘人はターンを明け渡す。

こうして一真が次のターンを始めるところから、貴之もこのファイトを観戦し始めていた。

 

「現れよ、若き王!『アルフレッド・アーリー』!『カウンターブラスト』で『ソウル』からパートナーである『ブラスター・ブレード』を『コール』!立ち去れ、『ラザロス』!」

 

一真が選んだのは『アルフレッド・アーリー』で、『ブラスター・ブレード』は前列左側に『コール』する。

この時獲得した『フォース』を、一真は『ブラスター・ブレード』がいる『リアガードサークル』に設置した。

 

「今回はそっちなんだ……」

 

「『アーリー』のスキルで呼ばれた『ブラスター・ブレード』は、このターンパワーがプラス10000されるからな……」

 

――あっ、そう言えばそうだった……。『アルフレッド・アーリー』のスキルを思い出したリサが、ちょっぴり恥ずかしそうに口元を手で抑える。

この後一真は後列右側に『アレン』を『コール』し、スキルで前列右側に二体目の『ギャラティン』を『コール』した。

 

「(まだ使ってないみたいだな……)」

 

状態に気づいている貴之だが、本人が己に何か条件を課せているのならそれでいいとも思っている。

大事なのは本人がどうするかで、自分は意見を言う程度に留めるのが一番いい。使うなや、使えと無理に言えば本人からすればやりづらいこの上ないのだ。

 

「では行くぞ……!『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド・アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「この状態ならまだやられない……ノーガードだ!」

 

「ならば、『ツインドライブ』……ファーストチェック……」

 

まだダメージが2なので、弘人はこのままノーガードにする。

この時『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーだったので、パワーは『ギャラティン』に回された。

イメージ内で『アルフレッド・アーリー』となった一真の剣戟を二度受けた後、『ダメージチェック』を行うと一枚目がノートリガー。二枚目が(ヒール)トリガーだった。

この為ダメージは3で納まり、ヴァンガードのパワーを増やすことができた。

 

「頼むぞ『ブラスター・ブレード』……ヴァンガードにアタック(相手の先導者を討て)!」

 

「そうだね……これもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

トリガー狙いでノーガードを選択し、『ダメージチェック』を行った結果は(フロント)トリガーだった。

確かにパワーを足せたのは嬉しいところだが、『ダメージチェック』で二枚もこのトリガーを引いてしまうのは非常に苦しいものだった。

これでダメージは4になり、次の『ギャラティン』による攻撃を受けても倒されることはないものの、後々のことを考えると少し不安になる状態と言える。

 

「『アレン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『輝石通信のラッコ兵』で『ガード』!」

 

『ギャラティン』の攻撃を輝く石を持った制服姿のラッコが防ぎきる。

ターンを終了した一真は、先程以上に気を引き締める。まだ使わなければならないタイミングが来る可能性は十分残っているからだ。

ダメージが嵩んだ段階でで弘人は隠しているものを引っ張り出すと言う考えは捨て、このターンで倒すことを優先的に考える。

 

「手札的にもこのターンで決めないと苦しいな……」

 

「攻撃回数、足りるかな……?」

 

恐らく次のターンが終わると弘人の手札は『ツインドライブ』で入手した二枚と、スキルで補充できたものだけになってしまっているはずだ。そうなると次のターンはほぼ耐えることができない。

『メイルストローム』を見たことがあるので、燐子もまだ希望を持って考えることはできた。

――後は……リアガードに設置できるユニット次第か。貴之は届いてもギリギリだろうなと考えた。

 

「『ライド』!『メイルストローム』!集結せよ!『アクアフォース』の兵たち!さらに『メイルストローム』のスキルで前列のパワープラス3000!」

 

弘人が『メイルストローム』に『ライド』できたのを見て、貴之は一安心する。

『メインフェイズ』で前列右側に『ラザロス』、後列右側に『ビビアナ』、前列左側に銃を持ち、魚のような特徴がある躰を持った水龍『ネイブルゲイザー』、『アクセルサークル』に『タイダル・アサルト』を『コール』する。

『ネイブルゲイザー』のスキルはヴァンガードにいる時に攻撃し、それが三回目以降のものならユニットを一体『スタンド』と同時にバトル中の『ネイブルゲイザー』にパワープラス10000を与えるものだった。

今回はリアガードに『コール』されたので、この効果を発動することはできない。

 

「最大六回の攻撃でどこまで行けるか……」

 

「その攻撃で3ダメージを与えられるかどうかね。可能性は十分にありそうだけど……」

 

正直なところ、何とも言えないと友希那は感じていた。

後一回あればもう少し楽だと思うのは貴之も友希那も同じであった。

 

「(大丈夫だろうか……?嫌な予感がする)」

 

一真もまた、嫌がっているものを使わず耐えられるかどうかで非常に不安視していた。

非常に厳しいだろうがやるしかない。そう割り切って弘人の攻撃に備える。

 

「総攻撃を始める……!まずは『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!」

 

「……受けよう。『ダメージチェック』……」

 

『タイダル・アサルト』はスキルによって『スタンド』するため、もう一回攻撃が約束されている。

一真の『ダメージチェック』はノートリガーで、これによってパワー上昇等が起こらないまま4ダメージ目を負うことになった。

 

「次……『テオ』の『ブースト』、『ネイブルゲイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「防いでくれ、『エポナ』!」

 

『テオ』のスキル絡みでパワーを上げられるのを嫌い、一度『ガード』を選択する。

『ネイブルゲイザー』はリアガードにいる都合上スキルを発動できないので、今回は特に攻撃順番を考える必要はない。

 

「ここしかない……!『テオ』の『ブースト』、『メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「頼む、『ふろうがる』!」

 

現在、『メイルストローム』のパワーは26000。『アルフレッド・アーリー』のパワーは38000なので、トリガー二枚で貫通を狙える状況だった。

『ツインドライブ』で一枚目のカードをめくると、それは(フロント)トリガーだった。

 

「ここで(フロント)トリガーか。もう一枚あるともっと楽になるな……(クリティカル)ならダメージが増えるらそれもありだ」

 

「でも……もう三枚出ちゃってるよ?後一枚引けるかな……?」

 

リサから(フロント)トリガーの引き当てた数を教えてもらい、貴之は結構難しい状況だと言うことを覚えた。

しかしながら、ここで(フロント)トリガーを引き当てられたのなら、『ガード』を貫通できるだけでなく、残った攻撃が通しやすくなると言う利点尽くしだった。

仮に(フロント)トリガーでなくとも、(クリティカル)トリガーならダメージが足りて決着を付けられる可能性が跳ね上がる。

とにかく、現状ではそれほどトリガーを引き当てられるかが重要だった。

 

「(ただ、問題は一真がどうするかだ……)」

 

――使わないまま己の力不足として去るのか、或いは……。こちらからは何も言うことができないので、見守るしかなかった。

 

「セカンドチェック……!」

 

このファイト中最も重要となるだろう二枚目のトリガーチェックで、弘人は(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

それを見ていた全員が、弘人の引き当てたイメージの軌跡や、一真が敗退するかもしれないという事態に驚くこととなる。

 

「効果は全てヴァンガードに!」

 

「……!」

 

――このままでは負ける……!状況を再理解した一真は焦りに駆られ、無意識のうちにユニット(仲間)たちに助けを求めた。

それと同時に一真の変化に気づいた貴之は、彼の目を注視しようとする。

 

「(弘人が引っ張り出したか……)」

 

一真の目を見てみると、エメラルドグリーンの瞳の内側に何か渦巻いたものが見える状態だった。

この状態が、一真の持っている能力が発動した状態であり、こうなるとイメージがダイレクトに反映されやすくなったり、時にユニットの声を聞くことができるようになったりと、ファイトするにあたって非常に有利な要素を獲得できるのだ。

また、それらの恩恵があまりにも強力だったことこそ、一真がこの能力の使用を躊躇う原因にも繋がっている。

――お待たせしました。攻撃を受けた直後に早速、自分の救助に来たユニットの声が聞こえ、それに従って『ダメージチェック』を行うと一枚目はノートリガー、二枚目は(ヒール)トリガーを引き当て、これでダメージが4に収まる。

、弘人は焦ることとなる。

 

「(使うことになってしまったか……。こうなっては仕方がない)」

 

本当ならば使わずに終わりたいところだったが、この大会中のどこかで使う可能性は十分にあり得たので、潔く割り切る。

使ってしまったことに悔いている状態を察した貴之は事情を理解しているからこそ神妙な表情になる。

この時幸いなのは、貴之の表情は「弘人が苦しくなったことに対してのもの」と思われていることであった。もし一真絡みのことで気づかれていたら対応に困っているところだった。

 

「『ビビアナ』の『ブースト』、『ラザロス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは受けるべきか……『ダメージチェック』……」

 

『ビビアナ』のスキルでユニットのパワーを上げられてしまうのことと、『メイルストローム』を『スタンド』痛いところだが、もう一枚トリガー効果を得られればと思っていたのでノーガードを選択する。

その結果は(ヒール)トリガーで、これを引き当てるまで互いのダメージが4なので回復が可能だった。

また、この状況でリアガードに攻撃が飛んでくる可能性はほぼないので、パワーはヴァンガードに回された。

 

「今のトリガー……相当大きくないですか?」

 

「ああ……今の(ヒール)トリガー、弘人に取っては相当の痛手だ」

 

現に(ヒール)トリガーを引き当てた弘人は苦い顔を見せていた。

ただ回復されたこともそうだが、相手ヴァンガードのパワーが上がったと言うことは、この後の攻撃が通りづらくなることも意味していた。

しかしながら、まだチャンスはあるので気を取り直して『ビビアナ』のスキルで『メイルストローム』のパワーを上げる。

この選択は少しでも攻撃をヒットさせやすくする為だった。

 

 

「後二回ある……!『テオ』のスキルは『メイルストローム』に与え、『メイルストローム』をスキルで『スタンド』!そのままもう一度ヴァンガードにアタック!」

 

「『エポナ』で『ガード』!お前にも頼むぞ、『ギャラティン』!」

 

「ま……まだ『ツインドライブ』があるのに最低限の数値でですか!?」

 

パワー54000まで上がっている『メイルストローム』の攻撃を、合計パワー58000という最低限の数値で防ぐことを狙う。

当然、自分のダメージが4とは言え『ツインドライブ』が待っているにもかかわらずこの選択をしたので、声を上げた紗夜のみならず、殆どの人が彼の正気を疑った。

 

「(トリガーが来ないことを聞いたんだな……)」

 

「そう……使ってしまったのね……」

 

貴之は一真の身に何が起きているかを理解しているので、そこまでは動じない。それ以上にどうやって自分のイメージで突破するかを考えだしていた。

また、貴之らとは別の場所で見ていた瑞希は、先程使いたくないと告げていた彼が使ってしまったことに気づき、表情に影を落とす。

そして、弘人の『ツインドライブ』は一真が声に従って正解だったことを表すかの如く、二枚ともノートリガーだった。

これによってダメージが入らなくなったこともそうだが、もう一つ問題が起きた。

 

「貴之、『タイダル・アサルト』のパワーは29000だったな?」

 

「ああ。だから弘人は、このターンで決めることができなくなった……」

 

先程引き当てられた(ヒール)トリガーが決めてとなり、『タイダル・アサルト』の攻撃は『アルフレッド・アーリー』に届かなくなった。

仕方がないので、『タイダル・アサルト』の攻撃は『ブラスター・ブレード』を対象とし、それを受けた一真はノーガードにした。

やはり戦術の為にリアガードを守らず退却させてしまうのは罪悪感が沸くもので、一真は退却していく『ブラスター・ブレード』に詫びた。

これで弘人にこのターンでできることは無くなり、一真へとターンを回すことになった。

 

「ここは……『アルフレッド』があるなら『アルフレッド』か?」

 

「でも、『ブラスター・ブレード』は……場にいないよね?何か呼び出せる手段があるの?」

 

「あるぜ。『アルフレッド』のスキルが関係してるんだ」

 

スキルの内容はまだ聞いていないが、貴之が理由を説明してくれたことで何故『アルフレッド』を挙げたのかを燐子は理解した。

『ブラスター・ブレード』はスキルで様々な場所から『コール』ができるので、酷い時は過労と揶揄されるくらいの勢いで場に出てくることがある。

 

「『アルフレッド』に『ライド』!『フォース』はヴァンガードに与える!」

 

一真は予想通り『アルフレッド』に『ライド』する。

『ライド』するところからもそうだが、一真はこのターン、自身の見たイメージを忠実に再現する動きを意識する。

 

「『カウンターブラスト』して『アルフレッド』のスキル発動!山札から一枚『ブラスター・ブレード』を探してそれを『コール』し、そのターンの間パワーをプラス5000!我が呼びかけに答えよ!『ロイヤルパラディン』の光の剣!」

 

「あっ、これで『アルフレッド』のスキルでパワーを上げられるんだ……」

 

「そして、その上がったパワーで弘人に圧を掛けて行くんだ……」

 

また、『ブラスター・ブレード』が登場した時のスキルで『タイダル・アサルト』を退却させており、これでさらに攻撃が通りやすい状況となった。

弘人の手札は残り三枚なのだが、その内二枚が『シールドパワー』を持たない状態なので、防ぐことは不可能な状態となっていた。

 

「この戦いに終止符を打つ……!『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド』でヴァンガードにアタック!」

 

「受けるしかない……!ノーガード!」

 

「そうか……ならば『ツインドライブ』!」

 

『ツインドライブ』の一枚目はノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、効果は全てヴァンガードに回された。

イメージ内で『アルフレッド』となった一真が『メイルストローム』となった弘人に斬撃を与える。

その後の『ダメージチェック』が二枚ともノートリガーだったので、これでこのファイトも決着となった。

決着が着いたので二人は「ありがとうございました」と挨拶をして、終わったことを進行に知らせる。

ちなみに、一真の目はファイトが終わると同時に元に戻っており、能力の発動が終了したことを意味していた。

 

「(使ってしまったか……。ここから先は嫌と言うのが難しいのかもしれないね……)」

 

進行に知らせている間、一真は自分の伸び具合を確認して、使用することも視野に入れるべきかもしれないと考える。

しかしながら、前々思っている通りこの能力は飛び抜けた優位性を誇っている為、それを何の躊躇いも無く使えるかと言われればそれも難しいところである。

この相反する二つの考えが、少しの間一真を悩ませることとなった。

 

『これより以後の試合に備えた会場の調整を行いますので、ファイターの皆さんは今のうちに休息を取って下さい』

 

昼食は別の部屋で取れる場所がある為、一度そこに移動することになる。

その為一旦この場所を離れた後にまた席を取ることになるのだが、既に帰っている人たちもいるので、場所を取るのは比較的楽になるのが幸いなところだった。

急がなくてもいいのが分かっているので、弘人を待ってから移動することが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

昼食等の休憩を済ませた後のファイトは、時間に余裕ができたので一ファイトずつ順番に行っていく形となった。

最初のファイトは貴之の番であり、結果は『オーバーロード』で攻撃した際の『ツインドライブ』で二枚一気に星《クリティカル》トリガーを引き当て、そのまま勝利を掴む結果になった。

会場内では貴之のファイトを間近で見るのが初めての人もいるので、「噂通り凄い」と言う関心を強めた声や、「相手も頑張った」と言う貴之の強さを知っている上で相手を見て評価する声もあった。

 

「さて、次は俺らか……」

 

「俺たちもあの二人みたいに思い切ってやろうぜ?」

 

竜馬の問いかけに、俊哉はそりゃもちろんと返す。

この二人はこの回で当たることが決まっていて、勝った方は貴之とお互いに勝ち続けた場合準決勝で当たることになっている。

二人がファイトするのが分かっていた段階で、貴之は「またあの対決が見れる……!」と喜んでいたが、この理由が分かったのはファイターたち全員と、友希那とリサの二人。グレーな反応を示したのが燐子とあこ。全く理解できなかったのは紗夜だった。

友希那とリサの二人が理解できた理由は、貴之と俊哉がその手合いの話しで盛り上がれる人だというのを知っているからだ。玲奈も全く持って同じ理由だった。

組み合わせが重要だと言うのは後で教えようと思いながら、全員で促して俊哉たちの準備が終わるのを待つのだった。




一真の能力はもうバレバレな感じはあります……(笑)。

この地方予選でのファイト展開は残り四回で、内二回が貴之のファイトするものになります。
それが終われば一度本編に戻ると言った形になります。もう少し時間が掛かってしまいますが、何卒よろしくお願いします。

次回は俊哉と竜馬のファイトとなります。


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イメージ28 鋼のリベンジマッチ

俊哉と竜馬という組み合わせによる二戦目です。


「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

掛け声と共に始まった俊哉と竜馬のファイトが始まる。

ちなみにこの二人、この組み合わせになった途端にファイト欲が跳ね上がって有り余るものとなり、本大会でファイト前の準備時間で最短時間を記録することになる。

――余計な話し合いは必要ない。周りの皆に見せるのも含めてファイトで語ろう。それがこの二人の中で即座に共通認識となっていた。

 

「(さて、今日はどんなファイトを見せてくれるかな……?)」

 

「あっ……これ説明放棄の危険性ありそう……」

 

貴之が速い段階で見ることに集中しそうな状況になっているのを察し、玲奈が何とも言えない表情をしながら呟いた。

俊哉に見せてもらったヒーローやロボット系アニメの影響は残っており、それに気づいた友希那が聞いて見れば玲奈は肯定を返す。

 

「そういうところも変わっていなかったみたいね……」

 

――でも、楽しそうにしている方が貴之らしくていいと思うわ。他のファイトと比べて熱を感じさせる目をしている貴之の横顔を見て、友希那は柔和な笑みを浮かべる。

一人でいる時、或いは誰にも聞かれないような状況で呟いたのならこれで終わったのだが、今回は玲奈とリサという友希那の事情を知っている人が二人いた。

 

「うんうん♪友希那もこういうところは変わってないね」

 

「今の表情なんて、ファイト見てる最中じゃなかったら無理矢理見せてたのになぁ~……」

 

「えっ……ど、どうしてそんなことしようとするのよ……?」

 

自分の頬っぺたを指で撫でられたり、頭を撫でられたりしながら玲奈、リサという順番で言われたので、友希那は頬を朱色にして慌てた様子を見せる。

その会話を聞いた大介もちらりと貴之の方を見てみるが、彼はこの二人のファイトを楽しみにしていただけあって見るのに集中しており、その表情を見ていなかったのだ。

 

「うわ、なんてもったいないことを……」

 

その為大介は頭を抱えながら項垂れた。この一連の流れに全くついていけなかった弘人と、残ったRoseliaの三人は互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 

「行くぜ、『ライザーカスタム』に『ライド』!一枚ドロー。スキルを使って『ライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

竜馬は先攻を取れて、『ライザーカスタム』に『ライド』できると言う好調な滑り出しを見せた。

 

「貴之、リアガードは置かなくて良かったのかしら?」

 

「あの行動は俊哉のデッキを知ってるから、一体のユニットを警戒した行動だな……」

 

「「(あれ……友希那の声には即時反応できるの……?)」」

 

――好きなあの子の声は別物ってこと?友希那の問いに対し、普通に反応して答える貴之を見て玲奈とリサはそう思った。

人混みの中でも意識している人の声はハッキリと聞こえると言われることはあるが、これがその例なのだろう。こうなるとリサと玲奈ですら反応が怪しいと言うのに、友希那だけは即時反応だから尚更である。

ちなみに竜馬が警戒しているのは『ダイタイガー』で、『ノヴァグラップラー』がユニットが退却させられることは、他の『クラン』と比べて被害が大きいのがその理由だった。

俊哉はこの攻撃を受けることにし、イメージ内で『ライザーカスタム』の拳が『ゴーユーシャ』の腹に入る。

『ダメージチェック』では(クリティカル)トリガーというかなり痛い結果となった。

 

「あの『ノヴァグラップラー』って超速攻型……って感じでいいんですか?」

 

「そうだよ。ちなみに『ディメンジョンポリス』は一撃必殺をコンセプトとしてるから、対極的になってるね」

 

あこの問いに答える玲奈の説明を聞いて、リサは「だからあんなに楽しそうにしてたんだ」と、貴之の心境を改めて理解する。

ちなみに燐子も「ロマン……なんだね」とファイトを見て感じ取り、楽しそうな表情をしていた。

――これ……理解できないとダメなのでしょうか?唯一理解しやすくなる経験を得ていない紗夜が置いてけぼりになりかけ、少々焦る羽目になっていた。

 

「『ダイマリナー』に『ライド』!一枚ドローして『ダイタイガー』を『コール』!」

 

「あのユニットが退却効果を持ってる。だから竜馬はリアガードを出さずに攻撃したんだ」

 

「確か、『ガード』に回す程の余裕が無かったのよね……」

 

警戒していたユニットが『ダイタイガー』であることを教えて貰い、友希那は以前『ノヴァグラップラー』を使う竜馬の戦い方を思い出す。

顕著だったのは以前貴之とファイトした時で、竜馬はパワーが足りなかったり、攻撃時のユニット確保だったりで結局一度も『ガード』をしていなかった。

『ノヴァグラップラー』はそれだけ攻撃に回したい『クラン』であり、一体の退却による被害が大きいことを示す。

 

「あのユニットは数少ない例外だけど、『ディメンジョンポリス』はヴァンガードのパワーが一定以上で効果を発揮するユニットが結構いるんだよ」

 

玲奈は今の内に『ディメンジョンポリス』のユニット傾向を、少し踏み込んでRoseliaの皆に教えておく。

ちなみにその条件を満たすのは二ターン目以降が多いので、もう少し待っててもらうことになることも忘れずに伝えておく。

 

「……任せちゃって大丈夫かな?」

 

「大丈夫だろ。玲奈、せっかく女子相手に機会できたんだし……今回は頼んだ」

 

「あっ!そう言えばそうだった……」

 

大介からの一言をもらった玲奈が、頬を朱色に染めながら目を輝かせる。

弘人からすれば「位置が遠いから、自分たちが一々説明するよりは……」という考えだったのだが、事情を知る大介からすると「女子同士でヴァンガードにおける交流を楽しんでもらう」という考えだった。

偶然とは言え、チャンスを得られた玲奈はかなり上機嫌となった。

 

「よし……『ダイタイガー』の『ブースト』、『ダイマリナー』でヴァンガードにアタック!」

 

「いいぜ……ノーガード!」

 

前に見ていた友希那と燐子の二人は、この後も竜馬は最低限以外『ガード』しないことを予想する。

この時俊哉が『ドライブチェック』で引いたのは(ドロー)トリガーで、竜馬の『ダメージチェック』はノートリガーだった。

しかもそのユニットは『完全ガード』を有する『ダイヤモンド・エース』であり、短期間で攻め切らないと負けが濃くなる『ノヴァグラップラー』としては見るだけでもご勘弁なユニットとなる。

 

「『ハイパワードライザーカスタム』に『ライド』!スキルで『ソウル』から『ライザーカスタム』を『コール』!更に『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』を二体ずつ『コール』!」

 

「あんなにユニットを出しちゃって大丈夫なんですか……?」

 

「『守ったら負ける、攻めろ!』がコンセプトだから一気に出しちゃった方がいいんだよ。どの道『ダイタイガー』による退却が待ってるし、悠長にやるよりは……ってことだと思う」

 

あこからの問いに答えながら、玲奈も自分が竜馬ならこうしてるだろうと考える。

自分も少々癖がとは言え、攻めっ気が強めの『クラン』を使っている分彼の考えはより理解しやすかった。

 

「さぁて、本格的な殴り込みと行くぜ……!まずは左の『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』だ!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

お互いのスキルで合計パワー24000の攻撃を前に、割に合わないと思った俊哉は受けることを選び、イメージ内で『アイアン・キラー』の鉄球に搭乗していた『ダイマリナー』が打ち付けられる。

この時の『ダメージチェック』は二枚目の(クリティカル)トリガーとなり、パワーを得られただけ良かったと考える。

とは言え、それでも『ダメージチェック』で(クリティカル)が二枚出ると言うのは、ダメージソースを減らしてしまうことを意味するのであまり嬉しくはない。

 

「次は右の『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』……ヴァンガードにアタックだ!」

 

「……もう一回ノーガード」

 

俊哉は一瞬迷ったが、『ハイパワードライザーカスタム』の攻撃を止める為にこちらは受けることにする。

今回の『ダメージチェック』はノートリガーで、残念ながらパワーを引き上げることはできなかった。

 

「行くぜ……!『バトルライザー』の『ブースト』、『ハイパワードライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ダイタイガー』で『ガード』!」

 

現在『ハイパワードライザーカスタム』のパワーは15000なので、これによってトリガーを引いても攻撃がヒットしないことが確定する。

それを表すかの如く、イメージ内では『ハイパワードライザーカスタム』に乗る竜馬が放った攻撃を『ダイタイガー』が己の体で受け止め、力尽きて倒れながら退却していく。

本当ならリアガードを一体でも多く退却させる為に取っておきたかったのだが、手札一枚の消費でやり過ごすには『ダイタイガー』以外選択肢のない手札だった為、出さざるを得ない状況だった。

『ドライブチェック』では(ドロー)トリガーを引き当てたので、手札に少しの余裕ができた。

 

「やるしかないか……『ダイドラゴン』に『ライド』!更に『コスモビーク』二体を『コール』!」

 

運の悪いことにグレード1のユニットが来なかった俊哉は、『ライド』と前列の左右に『コスモビーク』を『コール』することにとどまってしまう。

『コスモビーク』が登場した際の『カウンターブラスト』でパワーを上げ、『ダイドラゴン』の『ソウルブラスト』は忘れずに行う。

相手は余り『ガード』を使いたくない『クラン』だったとしても、相手の攻撃が甘いなら一回だけ防いで余裕を作られる可能性はあり得るのだ。

 

「ああ……ここでもう一枚『ダイタイガー』があれば、もう少し楽だったなぁ……」

 

「さっきも言ってた退却効果……だよね?」

 

「それにグレード1のユニットなら、『ブースト』も使えますし……」

 

「あっ、実は『ダイタイガー』にはちょっと悲しい要素があるの……それは実際に見てみよう」

 

紗夜が言いかけたところを玲奈は遮る。これは『ダイタイガー』を知らないと気づけないので、仕方ない所ではある。

 

「まずは左の『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『コスモビーク』が放ったミサイルの雨を貰った後、『ダメージチェック』を行う。

その結果はノートリガーで、竜馬のダメージが2になる。

 

「流石に退却か手札消費はさせたいからな……!『ダイタイガー』の『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「十分揃ってるか……このまま受けるぜ!」

 

竜馬はちらりと手札を確認してからノーガードを宣言する。ここで防いでも割に合わないというのもこの選択を助長した。

俊哉の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーとなり、これで『完全ガード』が二枚目となる。

 

「二枚の『完全ガード』は面倒だな……」

 

「『ノヴァグラップラー』からすると、とても辛そうね」

 

幸い手数があるからいいものの、息切れの激しい『ノヴァグラップラー』は『完全ガード』一枚だけでもかなり嫌なものになる。

前に貴之が八回に渡る攻撃をそれで防ぎ切ったのを覚えていたので、友希那はその辛さを感じ取れた。

イメージ内で『ダイドラゴン』のビームを受けてから行った『ダメージチェック』で、竜馬は(ドロー)トリガーを引き当てる。

一枚でもドローできるのは、息切れの激しい『ノヴァグラップラー』に取っては特に嬉しいものだった。

 

「ヴァンガードのアタックが、相手ヴァンガードにヒットした時、『ダイタイガー』を『ソウル』に置いてスキル発動!右の『アイアン・キラー』を退却だ!」

 

「悪い、『アイアン・キラー』……」

 

道連れにされた『アイアン・キラー』に竜馬は詫び、次の攻撃に備える。

イメージ内で見せた『ダイタイガー』の動きに、初めて見たRoseliaの五人は啞然とすることになる。

 

「『ダイタイガー』はああやって、自らを投げ出すの……だから、スキルが発動するとその場に留まれないんだ……」

 

「青山さんの言っていた悲しい要素というのは、これだったんですね……」

 

――我が身を賭して皆を守る。その姿は涙を誘うよね……。そんなことを呟きながら玲奈が目尻に涙を浮かべる。

これを見ていた紗夜、燐子、あこの三人はイメージに深く入り込んだからだろうで終わっいてたが、リサは違った。

 

「玲奈……。また男子みたいになってるよ?」

 

言われたことで「ハッ、いけないいけない……」と正気に戻った玲奈を見て、「大丈夫かなぁ~……?」とリサは少々心配になる。

ちなみに友希那は貴之から説明を受けていた為、玲奈の反応をそもそも見ていない。

 

「最後、右の『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

「(今回も全て受け切ったわね……)」

 

『ハイパワードライザーカスタム』のパワーは19000まで上がっていたが、トリガー効果を得た『コスモビーク』は25000になっていた。

防ぐにしても割に合わない手札をしていた為、竜馬は今回も受けることを選択する。

今回の『ダメージチェック』はノートリガーで、これによって竜馬のダメージが4となる。

ちなみに今回は二人のイメージが余りにも共感度が高すぎるせいなのか、3ダメージ目辺りから互いのヴァンガードとなっているユニットは装甲が所々破損していたりと、ダメージ表現がかなり細かいものとなっていた。

 

「あ、あの二人凄いね……」

 

「だな……というか、わざわざそこまでやるか?」

 

この過剰なイメージには、弘人と大介も圧倒されており、見ている人たちも少々ざわついている様子を見せる。

貴之はただ一人の例外で、「いいぞ、もっとお前らのイメージを見せてくれ……!」と少々食い入り気味な様子だった。

 

「「はは……」」

 

――やっぱりこのファイトは燃える……!俊哉と竜馬は笑みを浮かべていた。

考え方に近しいものが合ったり、すぐに意気投合できたりと、この二人は出会ってすぐに波長の良さに気づいていた。

それはファイトも同じであり、ここからがさらに燃えるところだと感じるタイミングも被っていた。

 

「もう分かってるよな……?」

 

「おう。いつでもいいぞ……!」

 

――なら、遠慮なく行くぜ……!竜馬は好戦的な笑みを見せながら一枚のカードを手に取る。

 

「『パーフェクトライザー』に『ライド』!『イマジナリーギフト』、『アクセル』!三体目の『アイアン・キラー』と『バーストライザー』を『コール』!」

 

前列右側に再び『アイアン・キラー』、『アクセルサークル』に『バーストライザー』が『コール』される。

今回の『ライド』は二人のイメージが影響していても『乗り換え』という概念があるのか、破損箇所は見当たらない状態だった。

そのイメージを見た人たちは「何あのイメージ……」と困惑する人や、「そこまでやるか?」と驚く人の方が多かったものの、貴之のように「いいぞ、もっとやれ」と肯定的な人も少なからず存在していた。

 

「さて、今回『ノヴァグラップラー』は何回攻撃できると思う?」

 

『……?』

 

玲奈からの問いかけに、燐子以外の三人が首を傾げる。

このタイミングで問いかけたと言うことは、少なくとも四回だけでないことは解るのだが、その肝心の数が分からなかったのだ。

 

「確か、あの後追加で『スタンド』させられる『ハイパワードライザーカスタム』がいないから……七回ですね?」

 

「凄い、大正解♪よく分かったね?」

 

「前に見ていたことがあって……その時のことを思い出したんです」

 

玲奈が絶賛してくるものだから、燐子は照れた笑みを見せながら理由を答える。

その攻撃回数に、話しを聞いた三人は啞然とするのだった。

 

「よし、行くぜ……!まずは『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

何度かの攻撃は防げないので、俊哉は早いうちに大人しくダメージを受け、トリガー効果を狙う選択をする。

しかし一回目の『ダメージチェック』はノートリガーで、これで俊哉のダメージが4になり、イメージ内で俊哉が乗る『ダイドラゴン』の損傷箇所が増える。

 

「次……左の『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「もう一回ノーガードだな……」

 

二回目もそのまま攻撃を受けることを選択し、山札の上からカードを一枚めくる。

その結果は(ヒール)トリガーで、これによってダメージが増えないままパワーを増やせた。

 

「まだまだ……!右の『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「受けておくか……『ダメージチェック』」

 

再びノーガードを行ったことで、イメージ内で『アイアン・キラー』の鉄球を受けることになる。

『ダメージチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、山札から一枚手札を足すことができた。

 

「ここでトリガーが二枚目か……結構大きいな」

 

「次のトリガー次第で、勝負が決まらなくなるかもしれないわね」

 

次の『パーフェクトライザー』の攻撃は防がれてしまう可能性が高いので、トリガーがこのターンの行方を左右する。

竜馬側の理想とすれば、(フロント)が二枚か、(フロント)(クリティカル)が一枚ずつと言ったところだろう。

前者は俊哉がガードしづらい。後者は攻撃がヒットしてしまえばそこでダメージ6にできるからだ。

 

「一番の勝負どころだな……『バトルライザー』の『ブースト』、『パーフェクトライザー』でヴァンガードにアタック!この時二枚『カウンターブラスト』して『パーフェクトライザー』のスキル!さらに『バーストライザー』もスキルで『スタンド』だ!」

 

「『ダイバトルス』で『ガード』!」

 

俊哉は白、青、赤(トリコロール)と『2』の数字が目を引く高速車両の『ダイバトルス』に『ガード』を頼む。

現在『パーフェクトライザー』のパワーが18000だったので、この『ガード』によってパワー45000まで上げれば攻撃が通らなくなるのだ。

パワーが足りなくなってしまっていたのは仕方ないことなので、竜馬は気を取り直して『ツインドライブ』を行う。

一枚目の結果は(フロント)トリガーだったので、これで攻撃を通しやすくなったのは大きい点だった。

しかしながら、二枚目の『トリガーチェック』の結果は(ヒール)トリガーがかなり悪いタイミングで出てしまった。

 

「仕方ねぇな……効果は『バーストライザー』に!そのまま『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは『ダイヤモンド・エース』で『完全ガード』!」

 

一枚だけで『ガード』できるのはトリガーユニットしか残っていなかったので、俊哉は止む得ずここで『ダイヤモンド・エース』を使うこととなる。

残りの攻撃はパワーが足りないことからこちらを倒し切るには至らないが、後々のことを考えるとかなり苦しいともいえた。

 

「次に賭けるんだろうね……」

 

「竜馬も竜馬で手札を殆ど使っちまってるからな……」

 

竜馬にも少々苦しい問題点が残っており、残りの手札が四枚しか残っていないのだ。

更にこの内一枚が『完全ガード』を有する『ツインブレーダー』なので、後二回しか攻撃を防げないことを意味していた。

また、この時トリガーをもう得られないのが災いして、残った二回の攻撃はパワー30000の『ダイドラゴン』には届かない状態になった。

 

「後二回……左の『アイアン・キラー』で左の『コスモビーク』に攻撃!」

 

「……ここはノーガード!」

 

場にユニットを揃える場合、一回だけなら防がなくても平気だった。

その為俊哉は『コスモビーク』を守ることはせず、退却させることを受け入れる。

 

「最後だ……右の『アイアン・キラー』で右の『コスモビーク』に攻撃!」

 

「それは『ジャスティス・コバルト』で『ガード』だ!」

 

現在『アイアン・キラー』のパワーが24000な為、パワー25000というギリギリ防ぐことができる。

ダメージが5の状態で終わったからなのか、俊哉の乗る『ダイドラゴン』は破損箇所が増える以外にもあちこちでスパークを走らせており、満身創痍なことを伺わせてくれる。

 

「イメージってあそこまで行くものなんだねぇ……」

 

「う~ん、これは流石にあたしもちょっと予想外かな……?」

 

――そんな表現をやる人たちなんて今までいたかなぁ?玲奈の抱いた疑問は、殆どの人たちが持っているものだった。

確かに『レスト』を披露と捉えて膝を付くようなイメージ等は、他の人も時折やっていたりするので何ら気にすることはないのだが、今の二人が見ている破損箇所等の表現は非常に珍しい。

それ故に玲奈は少々困惑気味な様子でリサに返していた。

 

「じゃあこっちも行くか……トランスディメンジョン!『超次元ロボ ダイユーシャ』!」

 

『パーフェクトライザー』の時と同じく、『ダイユーシャ』も『ライド』した直後なので無傷の状態だった。

 

「貴之、今の掛け声はあのユニットに『ライド』する時の言い方かしら……?」

 

「ああ、設定資料にあるんだけど……アレはファーストヴァンガードとして俊哉が使っている『ゴーユーシャ』が、あの姿になる為の掛け声でな……。『ゴーユーシャ』のところに集まった四体の次元ロボたちと超次元合体することでなれるフィニッシュフォームなんだ」

 

――後で読んでみるといいぜ。貴之の勧めに友希那は頷く。

また、友希那以外にも反応のいい人が玲奈のすぐ近くに一人いた。

 

「確か……『ダイユーシャ』は『ディメンジョンポリス』に属するユニットだから……」

 

『……それ持って来てたの!?』

 

すぐ近くで何かパラパラと音が聞こえるので振り向いて見れば、どこからともなく資料集を取り出してページをめくっている紗夜の姿があった。

玲奈と友希那を省くRoseliaのメンバーはそのことに驚いてツッコミを入れるが、紗夜は全く気にせず「あっ、ここですね……」と分かりやすいように付箋を貼る。

持って来て場所を分かりやすいようにできた紗夜とは裏腹に、友希那は「迂闊だったわ……」と俯く。その様子から察するに持って来ていないのだろう。

ちなみにこれは貴之が「後でもう一回教えるから……」と声を掛けることで解決した。

 

「『フォース』はヴァンガードに設置して、リアガードに四体のユニットを『コール』!」

 

前列左側には『ダイドラゴン』、後列中央には『ダイマリナー』、後列右側には『ダイタイガー』、後列左側には『ダイランダー』を『コール』する。

さらに『ダイドラゴン』の『ソウルブラスト』と、『ダイユーシャ』のスキルで『コスモビーク』と『ダイタイガー』を『レスト』させることで、『ダイユーシャ』のパワーを合計48000まで引き上げる。

この時『ダイユーシャ』のパワーが35000を超えている為、(クリティカル)がプラス1。『ダイドラゴン』のパワーがプラス10000されている。

 

「(こっちが『完全ガード』を持ってるから、いっそのこと使わざるを得ない状況作るってことか……!しかもおまけ付きだ……)」

 

二回以上攻撃をできることだけ守り、パワーを上げられるだけ上げている理由を竜馬は察する。

パワー次第ではまだ何とかなったかも知れないが、ダメージが4の状態で(クリティカル)2のユニットが相手では話しが変わる。

また、『ダイマリナー』のスキルで『ダイユーシャ』の攻撃を防ぐ場合は二体以上『コール』する必要があり、これのせいで『完全ガード』をするなら三枚以上手札を使う必要がある。

 

「行くぞ……!『ダイマリナー』の『ブースト』、『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「仕方ねぇ……!『ツインブレーダー』で『完全ガード』!一緒に出すのは……『ハイパワードライザーカスタム』!」

 

乗り切るためには俊哉の用意した策に乗るしか無く、竜馬は一枚多く手札を切る。

しかし、俊哉の『ツインドライブ』は一枚目こそノートリガーなものの、二枚目は星《クリティカル》トリガーだった。

 

「効果は全て『ダイドラゴン』に!そのまま『ダイランダー』で『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「賭けしかねぇな……ノーガード!」

 

「まさか……手札にあるのは『シールドパワー』を持たないユニットなんですか?」

 

「どうかはわからないかな……でも、『ダイランダー』のスキルが邪魔してるからどの道この攻撃は防げないんだ」

 

玲奈の言った通り『ダイランダー』のスキルが影響して、竜馬は防ぐことができない状況だった。

『ダイランダー』のスキルはヴァンガードのパワーが30000以上なら相手の『インターセプト』を封じると言うもので、この終盤に置いて非常に大きな効果を及ぼす。

手札一枚ではパワー38000となった『ダイドラゴン』の攻撃から、パワー12000の『パーフェクトライザー』を守り切るのは専用のスキルを持っているユニットでなければほぼ不可能となる。

攻撃が成立したことで、イメージ内では『ダイドラゴン』が竜馬の乗る『パーフェクトライザー』にビームを当て、それを受けた『パーフェクトライザー』は機体の一部が爆発を起こしながらよろけ、膝をついた。

 

『……』

 

「やってくれるぜ……『ダメージチェック』」

 

そのイメージに押された会場の人たちが見守る中、竜馬は勝負を分ける『ダメージチェック』を始める。

こちらのダメージが一枚だけ少ない状況なので、二枚目に(ヒール)トリガーを引けたなら手札的にほぼ勝ち。そうでなければ負けである。

まず一枚目の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーだった。

 

「(ここで(ヒール)トリガーじゃないだけマシか……?)」

 

トリガーを引いてしまったので次に出る確率が下がったと見るべきか、(ヒール)トリガーじゃないだけ二連続で引けとか言われないで助かったと見るべきか、引き当てた竜馬ですら認識に迷った。

そして運命を分ける二枚目の『トリガーチェック』で、竜馬は見事に(ヒール)トリガーを引き当てた。

九死に一生を得たのを表すかの如く、イメージ内で竜馬の乗る『パーフェクトライザー』が満身創痍な状態にも関わらずゆっくりと立ち上がり、ファイティングポーズを取って見せた。

 

「どうにかなったな……パワーはヴァンガードに回して一枚回復だ」

 

「なんてこった……ここで引かれるか」

 

どうにか逆転勝利まで行きそうだったのもあり、俊哉は思わずぼやいた。

しかし引かれたものは仕方ないので、ターン終了の宣言をする。恐らく攻撃回数的にほぼ勝ち目はないが、最後まで抵抗するつもりでいた。

 

「さあて、決着つけようか……!俺のターン!」

 

幸いにも場が全て埋まっている為、竜馬は『ライドフェイズ』と『メインフェイズ』を飛ばして早速攻撃に入る。

まず初めに左の『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』による攻撃を、俊哉は『ダイバトルス』で防ぐ。

次に来た『バーストライザー』の攻撃は、場にいる『ダイドラゴン』と『コスモビーク』による『インターセプト』で防ぎ、右の『ジェットライザー』と『アイアン・キラー』による攻撃は残りの手札が二枚しかないので止む得ず『完全ガード』を行う。

ここで俊哉は手札が無くなり、無防備な状態で『パーフェクトライザー』と戦うことになる。

 

「これで全てが決まる……『バトルライザー』の『ブースト』、『パーフェクトライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「真っ向から受け切ってやる!」

 

竜馬の言う通り、この『ツインドライブ』で全ての行方が決まる。

竜馬がトリガーでパワーを上げきれず、(ヒール)トリガーで耐えきればパワーの都合上耐えきれる俊哉が。逆にトリガーによるパワー強化が足りているなら物量で押し切れる竜馬が勝つ状態と言える。

そしてその『ツインドライブ』で、竜馬は二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当てる。

 

「パワーは『バーストライザー』、(クリティカル)はヴァンガードに!」

 

本当は堂々とヴァンガードと言いたいところだが、まだ俊哉のデッキから(ヒール)トリガーが一枚しか出ていない為、万が一を考えたらそれは出来なかった。

しかしながら、俊哉の『ダメージチェック』は一枚目の段階でノートリガーで、その危惧は杞憂に終わる。

そしてイメージ内で十分に距離を詰めた『パーフェクトライザー』は『ダイユーシャ』の頭部を右手で掴み、そのまま圧力をかけ続けて握り潰して見せた。

 

「終わっちまったか……もう少し続けていたかったところだがな……」

 

「いずれ決着が着いちまうからそこはしょうがねぇよ……。だったら、また今度ファイトしようか」

 

「そうだな……。そうしよう」

 

――でも、その前にだ……。俊哉の前置きで竜馬は自分が忘れていることを察した。

 

「「ありがとうございました。いいファイトでした」」

 

二人が礼をしてから握手を交わすと、歓声と一緒に拍手が聞こえて来た。




デッキの内容に関しては両者とも『イメージ18 鋼鉄の戦士たち』の時と全く同じ内容になります。ファイト結果に伴い、貴之と俊哉による親友対決は全国大会まで見送りとなりました。

次回は貴之と竜馬のファイトで、構想しているトーナメントの都合上、玲奈と一真によるファイトがその次回になります。


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イメージ29 信じあえる仲間(ユニット)たち

予告通り貴之と竜馬のファイトになります。

また、以前瑞希の名字が被っていると教えられてから悩んだ結果、彼女の名字を『松原』から『秋山』へと変更することにしました。
他の話にも適用しましたが、もし修正漏れ等があったら教えていただけると幸いです。
その時は確認次第再修正に入ります。


ファイトの一部にミスがあったので修正しました。『バーストライザー』の自動能力下りの部分です。
先に読んでしまった人は本当に申し訳ございません。これからはこんなミス起こさないようにしっかりと確認してから投稿したいと思います。


俊哉と竜馬のファイトが終わった後、まだ自分のファイトが残っている貴之、玲奈、竜馬の三人はさらに勝ち続け、準決勝まで勝ち残っていた。残り一人は一真である。

左上から順に行うので、貴之と竜馬の組み合わせが先となる。

 

「さっきは見事にリベンジされたなぁ……」

 

「そう言えばお前とのファイトもリベンジマッチだったな……あいつ今日だけで大会なのに二回目のリベンジマッチじゃないか」

 

俊哉のぼやきで大介が気付き、事情を知らなかった人たちが驚くことになる。

貴之と竜馬がファイトするのはリベンジマッチであることを知っていたのは友希那、燐子、大介、弘人の四人とこの前の顔合わせで話しだけ聞いていた俊哉の計五人で、残りは初めて聞いた。

 

「さて、やるか……」

 

「ああ。思いっきりやろうぜ」

 

既に準備は終わっているので、後は始めるだけとなっており、この二人は笑みを浮かべる。

他にも準決勝というだけあって、会場全体の緊張感や熱がさらに上がってきていた。

 

「(凄い空気……それだけここに来ている人たちが見ているのね)」

 

その熱や緊張感は友希那たちにも届いて来ており、ライブの時とはまた違った空気に友希那も押されていた。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

そしてその空気を均衡を破るかのように開始の宣言をし、ファーストヴァンガードを表に返す。

貴之と竜馬が『ライド』したユニットはそれぞれ『アンドゥー』と『バトルライザー』。身内として見てきた俊哉や玲奈たちからすれば見慣れたユニットたちだった。

今回のファイトで先攻を手にしたのは竜馬なので、彼から動き始めることとなる。

 

「『ライザーカスタム』に『ライド』!早速スキルで攻撃だ!」

 

「これは受けるか……『ダメージチェック』」

 

後々スキルを発動させやすくする為、貴之は防ぐことを選ばない。

イメージ内で『ライザーカスタム』の拳によって右頬を思いっきり殴られた後、『ダメージチェック』を行いノートリガーという結果を得る。

まだダメージが1なので、変にトリガーを引くよりは全然いいと貴之は考える。

 

「あいつ、『バー』のスキルを避けたな」

 

「退却対象が同じ縦列のグレード2以下だから……それがいると対象になっちゃうんですね」

 

再びリアガードを一体も出さなかったのを見て俊哉が呟く。

燐子も実際に『バー』のスキルを使われたことがあったので、それはしっかりと覚えていた。

 

「『ライド』!『バー』!一枚ドローして『ガイアース』を『コール』!」

 

「『バー』のスキルが使えないからヴァンガードとして使ったんだ……」

 

あこは『バー』のスキルがリアガードでないと使えないことを思い出す。

貴之の考え方は彼女の予想通りで、リアガードに何もいないから『バー』をヴァンガードとして使用したが、同じ縦列にリアガードがいれば『ガイアース』がヴァンガードとなっていた。

 

「こっちも攻撃だ……『ガイアース』の『ブースト』、『バー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

先程俊哉とファイトした時と同じく、竜馬は手数を減らさない為にノーガードを宣言する。

この『ドライブチェック』で貴之は早速(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を全て『バー』に与える。

また、竜馬も『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを引き当て、次の行動がしやすくなっていた。

 

「先程も感じたりことですが、一ターンが終わった時に互いにダメージを受けていると言うのは、少々不思議なところですね……」

 

「『ノヴァグラップラー』はそういう『クラン』だからね……この時はこれって覚えると楽だと思うよ」

 

紗夜が言いたいことは、玲奈自身も体験したことがあるのでよく理解できた。

見ていたりする上で慣れるはずなので、そこは自分たちでフォローして上げようと玲奈は考える。

 

「『ハイパワードライザーカスタム』に『ライド』!スキルで『バトルライザー』を『コール』!」

 

『ライド』を終えた後、前列右側に『アイアン・キラー』、前列左側に『バーストライザー』、後列右側に『デスアーミー・ガイ』が『コール』される。

こんな速い段階で『バーストライザー』を投入されたことにより、貴之は嫌でも警戒度を高めることになった。

 

「攻撃行くぜ……まずは『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは受けるか……『ダメージチェック』」

 

どの道『バーストライザー』はスキルで二回攻撃ができる以上、貴之は先に受けてしまうことにした。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーに終わり、これでダメージが2になる。

 

「次は『デスアーミー・ガイ』の『ブースト』、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

これも受ける選択を取った貴之は『ダメージチェック』を行う。

結果は(ヒール)トリガーとなり、ダメージが2で収まったまま回復できた。

 

「使わされたな……!『バトルライザー』の『ブースト』、『ハイパワードライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

「よし、ここは『ラクシャ』で『ガード』だ!」

 

竜馬は少々苦い顔で、貴之は平静を保ったままの様子で宣言をする。

二人の表情がこうなった理由は『バーストライザー』が大きく影響していた。

 

「これは見事に(ヒール)トリガーで崩せたね……」

 

「仕方ねぇ、ターン終了だ」

 

『バーストライザー』は本来もう一回攻撃できたはずなのだが、今回は『スタンド』させても意味は無いのでスキルの発動を見送りしている。

ヴァンガードのパワーは大幅に上回っているし、リアガードも貴之の前列には存在していないのだ。

その為、竜馬は止む得ずターンを終了する。

 

「『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『バーストライザー』を退却させ一枚ドロー!」

 

ここで『バーストライザー』を退却させた理由としては、次のターンで手数を増やし難くする目的があった。

自分がターン内でダメージを与えてしまうこと、竜馬が次のターンでどの道『ソウル』を増やすことからスキルを発動されない確率が極めて低かったのも拍車を掛けていた。

さらに貴之は前列左側に『アーマード・ナイト』、後列左側に『エルモ』を、そしてスキルによって前列右側に『クルーエル・ドラゴン』を『コール』した。

 

「さて、大丈夫そうかな?」

 

「も、もう大丈夫ですよ……間違えませんから……」

 

大介がちょっとからかい気味に問いかければ、燐子は顔を赤くしながら両手を前に出して左右に振りながら答える。

これを知っている友希那と弘人も「そんなことあったね」と言う表情をしたので、燐子は言わないで欲しいと目線で伝えた。

 

「友希那さん……どうしてりんりんは顔を赤くしてるんですか?」

 

「気にしないで。あれはちょっとした事故よ……」

 

「……?」

 

あこが問いかけて来たものの、先程の頼みをされたばかりなのもあったので適当にはぐらかす。

その回答に首を傾げたあこは後で聞いてみようと思ったが、ダメそうなのを感じ取ってやめておくことにした。

 

「よし……まずは『ガイアース』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード……さあ来い!」

 

竜馬は手札の消耗を避ける選択を取り、イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』の炎を受ける。

貴之の『ドライブチェック』、竜馬の『ダメージチェック』はともに(ドロー)トリガーとなった。

この時得たトリガー効果を貴之は『クルーエル』に、竜馬は『ハイパワードライザーカスタム』に与える。

 

「先にこっちだな……『クルーエル・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「手札に戻されるのは面倒だが……ノーガード」

 

ここでもう一度ノーガードを宣言した竜馬は『ダメージチェック』を行う。

結果はまさかの二連続で(ドロー)トリガーとなり、パワーを『ハイパワードライザーカスタム』に回す。

 

「もう三枚か……『ノヴァグラップラー』的にはありと言いたいけどなぁ……」

 

「ちょっと引きすぎだな……下手すればこのファイト中に『ツインブレーダー』は出てこないぞ……」

 

このターンの間ヴァンガードを攻撃されないのはいいことだが、同時に『完全ガード』を手にする確率が極端に低くなったことを意味していた。

攻めに殆どの手札を使う建て前防御を捨てがちになる『ノヴァグラップラー』だが、流石にこれは厳しいものがある。

また、攻撃がヒットしたので貴之は『ソウルチャージ』をして『クルーエル』を手札に戻すのだが、その時『ソウル』へ行くこととなったユニットを見逃さなかった。

そのユニットは他でもない自分が分身と称する『ドラゴニック・オーバーロード』で、手札を確認すると次のターンで何をするかが決まった。

 

「(『オーバーロード』……次のターンはお前の力をそこから借りるぜ……!)」

 

――承知した。『オーバーロード』からの返答が聞こえたような気がして、貴之は笑みを浮かべる。

しかしながら、『ハイパワードライザーカスタム』に攻撃は届かない為、狙うユニットは限られていた。

 

「『エルモ』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』で『アイアン・キラー』にアタック!」

 

「仕方ねぇ……!これもノーガード!」

 

ダメージが4でさらにユニットを減らされると言う事態に陥るが、『ガード』してもどの道手札を同じ数消耗してしまうことに気づいた竜馬は防がないことにする。

イメージ内で『アーマード・ナイト』の剣に切られた『アイアン・キラー』が退却するのを確認して、貴之はターンを終了する。

 

「このターンだよね?あれだけ多く攻撃してたのって……」

 

「はい……このターンでどれだけ通せるかでこの後が変わります……」

 

――前は耐えきったけど、今回はどうだろう……?リサの問いに答えながら、燐子は貴之がどう対応して見せるかが気になった。

前回は八回もの攻撃を前に手札を全て使ってまで耐えていたので、尚更である。

 

「行くぜ……こいつでもう一度お前に挑む!」

 

「いいぜ……お前の全部をぶつけて来い!」

 

竜馬の宣言に貴之は頷き、その先を促す。

彼らが知り合いであることが判明したのもそうだが、ここからさらに激しいファイトを展開するのが分かった会場の人たちがさっき以上に注視の目線を送る。

 

「『パーフェクトライザー』に『ライド』!『イマジナリーギフト』、『アクセル』!」

 

『メインフェイズ』で前列右側に二体目の『ハイパワードライザーカスタム』、前列左側にこれまた二体目の『バーストライザー』、後列左側に同じく二体目の『ライザーカスタム』、そして『アクセルサークル』には『アシュラ・カイザー』が『コール』される。

ユニットの並びを見て、貴之は早速攻撃回数を減らす為の動き方を考え始める。

また、今回のイメージだが貴之も竜馬たちの感性を理解している為、先程とまでは行かないが破損状況等をイメージはできあがっていた。

 

「(『パーフェクトライザー』のスキルはどの道止められねぇ……。だったら優先すべきは『ハイパワードライザーカスタム』か)」

 

『ハイパワードライザーカスタム』の攻撃がヴァンガードにヒットすると、スキルで多くの回数を『スタンド』させられてしまうことになるので、貴之としてはそれを避けたいところだった。

それは竜馬も分かっているだろうから、通ればラッキー程度に攻撃してくるか、何らかの工夫をして通しに来るだろう。

 

「じゃあ攻撃行くぜ……!まずは『アシュラ・カイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは受けるか……『ダメージチェック』」

 

『アシュラ・カイザー』はリアガードにいると単にパワーの高いユニットで収まる為、これは別に意識することは無かった。

そして『ダメージチェック』ノートリガーだったので、これでダメージが3になる。

 

「次……『ライザーカスタム』の『ブースト』、『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードだ」

 

二回までならまだ大丈夫と判断し、貴之はそのまま受ける。

この時の『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを手にすることができたので、パワーをヴァンガードに与える。

竜馬としては『アシュラ・カイザー』で先に攻撃してしまったことが響く、かなり苦しい結果となった。

 

「しょうがねぇ……『ライザーカスタム』の『ブースト』、『ハイパワードライザーカスタム』で『アーマード・ナイト』にアタック!」

 

「すまねぇ『アーマード・ナイト』……ここはノーガードにするぞ」

 

手札的にも危ないかも知れないと考えた貴之は、詫びながら『アーマード・ナイト』を退却させる。

 

「じゃあ本番だ……『バトルライザー』の『ブースト』、『パーフェクトライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「頼む、『ワイバーンガード バリィ』!」

 

手札的に『ゲンジョウ』がいない以上、絶対に防ぐ場合はどうせ二枚使うことが決まってしまっている状況だったので、貴之は思い切って『完全ガード』を選択する。

また、現在のダメージが4である以上、(クリティカル)トリガーを引かれて負けると言う事態を避けたかったのもこの選択に拍車を掛けていた。

竜馬の『ツインドライブ』の結果は二枚とも(フロント)トリガーで、やられることは無かったものの、防ぐのがかなり大変になることが決まった。

更に今回はリアガードに『ライザーカスタム』がいるのもあり、同じ縦列にいる『バーストライザー』はもう一度『ブースト』を得られると言う状況ができ上がっていた。

 

「前の時と似ているわね……」

 

「貴之君も……手札が余り残っていませんね」

 

貴之の手札は残った攻撃を前に五枚にまで減っていた。

幸い(クリティカル)トリガーが引かれていない分、前回よりは楽だと思うが手札次第では前回以上に苦しい可能性も見えていた。

友希那と燐子は『ルジストル』に行った時に見ていたので、今回はどうなるかを気にしつつ、静かに見守ることとした。

 

「後三回……『ハイパワードライザーカスタム』でヴァンガードにアタック!」

 

「防ぎやすいそれは止めるか……手札の『ガイアース』で『ガード』!」

 

『ハイパワードライザーカスタム』のパワーは29000。残りの二体は『ブースト』や『アクセルサークル』もあって30000を上回っていたので、どちらかを捨てることになる。

故に防ぎやすかったのはこちらで、貴之はここを防いでダメージに余裕を作ると言う選択を取った。

 

「まだまだ……『アシュラ・カイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ならこっちを捨てるか……ノーガード!」

 

イメージ内で『アシュラ・カイザー』の複数の腕による攻撃を受け、『バーサーク・ドラゴン』となっている貴之は大きくよろめく。

これを見た友希那とリサは、実際に貴之のファイトを見た時と似たものを見ていると感じた。

あの時の相手は玲奈だったが、『バーサーク・ドラゴン』となっている貴之が、相手リアガードの攻撃を受けているという光景(イメージ)は全く同じだった。

攻撃を受けた貴之の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーで、これによってパワーをもう一度上げることができた。

 

「最後だ……『ライザーカスタム』の『ブースト』、『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつを受けるわけにはいかねぇな……!『ラオピア』ともう一体の『ガイアース』で『ガード』!」

 

パワー41000までになっていた『バーストライザー』の攻撃は、パワー50000の前に止められることとなる。

できることが終わった竜馬はここでターン終了の宣言をし、貴之にターンを回す。

ちなみにこの時貴之の手札に残っているのは僅か二枚しかないので、このターンで勝敗が決まるも同然な状態だった。

また、この時イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となっている貴之の体に傷が増えており、見ている人たちの一部は不安を煽られた。

 

「前はここで、『オーバーロード』を引き当てていましたね……」

 

「ここで勝ちを取るなら『オーバーロード』か……『クルーエル』のスキルで『ソウル』に送られたユニット次第では『ウォーターフォウル』も使える」

 

『ボーテックス・ドラゴン』と『クルーエル・ドラゴン』では押し切れない可能性が見込める為、なるべくは大介が挙げたユニットに『ライド』したいところだった。

もし『クルーエル』のスキルで『ソウル』に送られたユニットがグレード2以下だった場合、『オーバーロード』以外では相当苦しいことになる。

しかしながら、必ずしも貴之が圧倒的に不利かと言われればそうでもない。

 

「あの(ドロー)トリガーのユニットって、『完全ガード』を持ってるんだよね?」

 

「そうだよ。だから持っていない可能性がとても高いの……」

 

竜馬も竜馬でこう言った時の攻撃を防ぐ為に『完全ガード』が欲しかったのだが、生憎三枚も『ダメージゾーン』行きとなってしまっている。

しかしながら彼の手札も残り三枚しかないので、貴之の行動次第では寧ろあったらそれはそれで困るものに早変わりしてしまう可能性があった。

ならば何を出すかで決まると言ってもいいのだが、その前にもう一つの懸念材料がある。

 

「手札には何があるんだろう……?」

 

貴之の手札にグレード3があるかどうか、あるなら何を持っているのか、ないのなら引けるかどうかという問題があった。

かなり危ない状況ではあるが、あこは一個だけ気になることがあった。

 

「『クルーエル』のスキルを使った時……何か笑っていたような……?」

 

「……本当?」

 

しかし本当に一瞬だったので、それが本当かどうかは解らない。故に信じるしかないのは少し申し訳ないと思うあこだった。

問い返した友希那は仕方ないと赦しつつ、気づけなかったことを悔やむ。

準決勝一回目から次の一手で決まるような状況に、思わず周りにいる人たちも焦りを感じてしまう。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……今こそお前の力を借りるぜ……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ウォーターフォウル』!登場時のスキルで『バーストライザー』を退却!」

 

貴之がここ一番で『ライド』したのは『ウォーターフォウル』で、『フォース』はヴァンガードに設置する。

『ウォーターフォウル』が出てきた瞬間、『ソウル』に置かれたユニットに気づけなかった人は「それしかなかったのか」と首を傾げることになった。

この後前列左側に二体目の『アーマード・ナイト』を『コール』した後、貴之はすぐに攻撃を始める。

 

「これで勝負を決めるしかない……『ガイアース』の『ブースト』、『ウォーターフォウル』でヴァンガードにアタック!この時『ウォーターフォウル』と『ガイアース』のスキルを同時に発動する!」

 

「っ……!二体の『キャノン・ボール』と『アイアン・キラー』で『ガード』!さらに『バーストライザー』で『インターセプト』!」

 

『ウォーターフォウル』のパワーが43000。『パーフェクトライザー』のパワーが52000となり、このトリガー次第で勝敗の行方が左右されることとなった。

竜馬は手札も『インターセプト』に回せるリアガードもこの攻撃を前に使ってしまい、ダメージが4という状況なので、貴之が一枚でもトリガーを引いた場合は一気に敗北が迫ってくる。

ただし、トリガーを一枚も引けなかった場合は貴之が勝利から遠のいてしまうことになる。

 

「頼むぜみんな……!『ツインドライブ』。ファーストチェック……」

 

――問題ない、準備はできている。そう告げるかのように一枚目に現れたユニットは『槍の化身 ター』……つまりは(クリティカル)トリガーだった。

最高のタイミングで現れた『ター(仲間)』に礼を告げ、効果を全てヴァンガードに回す。

 

「これで『ウォーターフォウル』はパワー53000……攻撃が通りますね」

 

さらに(クリティカル)も4の状態なので、(ヒール)トリガーが最低でも3枚でなければ敗北という状況ができあがる。

これには竜馬も嫌な汗を流しながらかなり慌てた様子を見せる。

 

「セカンドチェック……!」

 

二枚目の『トリガーチェック』で引き当てたのは『魔竜導師 ラクシャ』。二枚目の(クリティカル)トリガーだった。

 

「ゲット……!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

(ヒール)トリガー全部引かれたら負けだから、いっそのこと堂々とか……」

 

貴之の意図を察した俊哉が笑みを浮かべる。

仮に四枚の(ヒール)トリガーを引かれた場合、パーフェクトライザーのパワーが53000となってしまうので、残された『アーマード・ナイト』では攻撃を届かせることができないのだ。

攻撃のヒットが決まり、イメージ内で『ウォーターフォウル』となった貴之が『ガーディアン』たちを右手に持った剣の一振りで薙ぎ払い、そのまま水を纏わせた左手で竜馬の乗る『パーフェクトライザー』の胴に抜手を放った。

『ダメージチェック』ではその抜手が『パーフェクトライザー』の胴体を貫通していたことを表すかのように、最初の二枚の段階でノートリガーが連続したため竜馬のダメージが6になり、決着となった。

 

「危なかった……やっぱり強いな」

 

「そういうお前もな……また今度挑戦させてくれ」

 

自分の称賛に竜馬が返しながら再戦の申し込みをして来たので、貴之はもちろんと快諾する。

そこから二人は「ありがとうございました」という挨拶と共に握手を交わし、次のファイトに順番を回すのだった。

 

「姉さん、貴之は『あれ(・・)』に勝てるかな……?」

 

「今はどうかは分からない……でも、そう遠くない内に勝てると思う。結衣(ゆい)はどう?」

 

友希那たちとは別の場所で見ていた瑞希は綺麗に伸ばした金色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ少女……自分の妹の一人である秋山(あきやま)結衣に問われたところ、自分の答えながら問い返す。

ここで言う『あれ』とは、一真が持つ能力のことである。実のところ結衣はとある事情からその能力にはあまりいい印象を抱いていない。

 

「ユイ姉、不安なの?」

 

「正直に言うとね……。だけど……私は信じたい。彼の歩みが、いつかはその運命さえも超えるって……」

 

結衣のことを『ユイ姉』と呼んだのは、彼女と瑞希の妹である秋山瑠美(るみ)だった。彼女は赤い髪をカール巻きのツインテールにしており、紫色の瞳を持っている。

ちなみに瑞希のことは『ミズ姉』呼びであり、どちらも大切な家族と認識している。

故に結衣が一真の持つ能力の事情で抱え込みになっているのを見て以来、自分なりに気遣いを心掛けるようにもなっていた。

三人揃って髪の色と瞳の色が違うことをよく言われるが、瑠美が祖父や祖母の隔世遺伝であり、別に染めたりはしていない。

 

「貴之君があの力を打ち破れるか……それとも一歩先に戦う彼女が突破できるのか……それをしっかりと見届けましょう」

 

――最も、今回はそれ以外にも対処すべきものがあるけど……。内心で呟きながら瑞希は促し、二人は頷いて視線をファイトが行われている方へと戻す。

そこには台について準備を始める玲奈と一真の姿があった。




最後にチラッとだけ出てきた瑞希の妹である結衣と瑠美は、『ヴァンガード(2018版)』の『立凪コーリン』と『立凪レッカ』が容姿のイメージで、前者が結衣、後者が瑠美となります。

この大会でのファイトも残すところ後二回となりました。
残りのファイトも楽しんでいただけたら幸いです。


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イメージ30 突き付けられる現実

今回こそファイトの展開ミスはないと思いたい……。
ちなみにこの前ミスの指摘と共に『感想で言うと間違ってる時が怖い』と言う旨をメッセージを貰ったのですが、間違いなく私の対応の仕方に問題がありました。
なのでそんな風に思わせてしまった人は本当にすみません……。

本編の方ですが、サブタイの状況になるのは玲奈ではなく、一真になります。


「(残りは一真とのファイトか……)」

 

竜馬とのファイトが終わった後、貴之は呼ばれてもすぐ戻れるようにと上には戻らずそのまま下の階で待機していた。

友希那と話したりしたいと言う気持ちもあったが、一真のデッキ内容に引っ掛かるものがあったので、それを観察する為にもここへ残ることを選んだ。

壁に背中を預けたまま、貴之はこれまで一真が出してきたユニットを纏める。

 

「(『ブラスター・ブレード』、『ギャラティン』、『アルフレッド・アーリー』、『うぃんがる』……)」

 

出てきたユニットを纏めて見たのだが、後一、二体程ユニットが隠されたままだと感じる。

恐らくそれが、自分と戦う時の為に隠しているユニットだと思われるが、その内片方が出て来ない可能性も見込めた。

どうなるだろうと考えていると、玲奈と一真が台について準備を始めるのが見えた。

――玲奈が引っ張り出すか、一真が隠しきるか……どっちだろうな?一人でいる分、貴之は先程の待機時間以上に集中してファイトを見ることにする。

 

「そう言えば、君も貴之と知り合いだったね?」

 

「うん。もっと言えば小学生からの友達かな……あと、女子だけで見たら……貴之にヴァンガードを教えて貰った一番最初の人になるよ♪」

 

ここで玲奈が『女子だけで』と言ったのは、『同じ小学』で絞ると俊哉の方が速いからだ。総合で見た場合俊哉は二番目、玲奈は三番目となる。

当時ヴァンガードを始めようと思っていた玲奈は、『男子しかいなかったらどうしよう』と言う理由から踏み込むのに迷いがあり、そこで貴之と俊哉に付いて行って下見から始めたことがあった。

その日に他の男子と混ざってファイトしている同年代の女子がいたので、玲奈は貴之に教えを頼み、その直後に女子同士のファイトをしたことで無事にヴァンガードの入門を果たした。

 

「……何故かしら?玲奈が私を煽って来たような気がするわ……」

 

「……えっ?それは気のせいじゃないかなぁ……?」

 

実際に聞こえたわけではないのだが、友希那はそう感じた辺り、何かを感じ取ったと思われる。

――あいつ絶対に『女子』の下りやりやがったな……?リサや大半の人が気のせいと感じたところ、俊哉と大介の二人はほぼ確信していた。

これに関しては貴之も同じで、「ファイト前に妙な空気が流れた」と感じている。

 

「もう大丈夫?」

 

「そうだね。そろそろ始めようか……」

 

互いに準備が終えたことを確認できたので、「では……」と玲奈は前置きを作る。

 

「私たちのサーカスに……お付き合い頂けますか?」

 

「その手の動きには慣れていないが……できる限りを尽くそう」

 

「(二人ともスイッチが入ったな……)」

 

貴之のみならず、これには会場にいる全員が空気で感じ取った。

この二人のやり取りは、ファイトの開始も合図していた。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

玲奈は『メッセンジャー』に、一真は『ぐらいむ』に『ライド』する。燐子とあこは始めて『ペイルムーン』を見るので、『クラン』の内容を簡単に説明するのも忘れない。

今回のファイトは玲奈の先攻になっており、彼女は『スタンド』アンド『ドロー』を済ませる。

 

「手始めにオープニングから……『ライド』!『スターディング・プレゼンター』!手札から登場した時、スキルで『ソウルチャージ』!一枚ドローした後、『フラスター・カテット』を『コール』!早速トランプ芸をお願いしましょう!」

 

以前貴之とファイトした際とは異なり、最初からスイッチを入れた状態でファイトに望んでいる為、玲奈はそれを意識した口調になっている。

イメージ内で後列中央に現れた『フラスター・カテット』は早速トランプ芸を始め……途中で足を滑らせて顔から地面にぶつかって行く。

この時に一枚ジョーカーのカードが飛んでいったので、芸自体は成功しているのだが、肝心の『フラスター・カテット』は痛そうに鼻を抑えてる。

 

「見てて癒されるなぁ~……」

 

「毎回ああなのかしら……?だとしたら少し可哀想な気もするわ……」

 

『フラスター・カテット』の動きを見た人たちの反応は大抵、リサと友希那のような反応に二分される。

リサと似たような反応をした人はあこや燐子。友希那と似たような反応をした人は紗夜や竜馬となる。

ちなみに貴之はどちらとも言えるような反応を示すので、極めてグレーなところだった。

 

「ではこちらも行かせて貰おう……『アレン』に『ライド』!一枚ドローして『うぃんがる』を『コール』!」

 

「ここまでは今まで見てきた流れですね……」

 

一真は最初のターンでパターン化しつつある動きを行う。慣れている相手にはバレバレな動きではあるが、除去手段に乏しい『クラン』を使う相手ならそれを通せるのでそこまで気にしないでいいことが、この動きに拍車を掛ける。

流石に貴之の使う『かげろう』のように、除去手段が豊富で簡単に阻止して来るような『クラン』なら話しが別になってくるが、基本は次の『ブラスター・ブレード』に繋げる動きを行う。

――最初のターンじゃ疑念は晴れねぇか……。見ていないユニットが現れないことが分かった貴之は次に備える。

 

「攻撃だ……『うぃんがる』の『ブースト』、『アレン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ドライブチェック』をどうぞ」

 

玲奈の促しに頷き、一真は『ドライブチェック』を行う。

その結果は(クリティカル)トリガーとなり、最初から2ダメージも与えることができる。

『トリガーチェック』の結果を目の当たりに焦った玲奈は、イメージ内で『アレン』となった一真の剣による二回の斬撃を貰う。

この時の『ダメージチェック』は一枚(ドロー)トリガーを引き当て、一枚手札を補充する。

 

「最初から(クリティカル)トリガー……手加減してたとか、そういう感じは見えないよね?」

 

「……あこちゃん、何か疑問があるの?」

 

「う~ん……なんて言えばいいんだろ?」

 

あこは一真に対して何らかの違和感を抱いたが、それが何かまではわからなかった。

貴之がこれを知った場合、それを「感じ取っただけ」でも相当焦ることになっていただろう。その違和感の理由を知っているからだ。

 

「この後、間違いなく『ブラスター・ブレード』がやって来るね……」

 

「玲奈はこの場合、手数を選ぶんだろうな……」

 

『うぃんがる』の存在が『ブラスター・ブレード』の影を仄めかしているので、どうするかと考えるが大介や俊哉は予想を付けていた。

これは『ペイルムーン』が攻撃寄りの『クラン』であることが起因している。

 

「それでは、ここからが本番……『ライド』!『ニトロジャグラー』!『ライド』された『プレゼンター』のスキルで『ジャンピング・ジル』を『コール』!」

 

『ニトロジャグラー』を手札から出した時のスキルも忘れずに発動し、『ジル』は前列左側に『コール』される。

さらに『ジル』のスキルで『フラスター・カテット』が『ソウル』に送られ、代わりに『ソウル』から『プレゼンター』が後列左側に『コール』される。

 

「(うわぁ~……またあの危険なユニットだ)」

 

リサは『ニトロジャグラー』に対してどうも苦手意識が残っている。最初に見たイメージも影響しているだろう。

これに関しては友希那も同様で、あまりいい印象は抱いていなかった。

この後玲奈は前列右側に『ダンシングナイフ・ダンサー』を、後列中央に『パープル・トラピージスト』を、後列右側には二体目の『プレゼンター』を『コール』した。

つまりは俊哉たちの予想通り、手数を優先した結果になった。退却等を喰らっても『ソウル』で無理矢理呼び出してやれば……と言う魂胆だった。

 

「こちらからも行きましょう……『プレゼンター』の『ブースト』、『ナイフダンサー』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ平気だ……君の芸を見せて貰おうか。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『ナイフダンサー』の踊るような動きに紛れて行われた一撃を受け、『アレン』となった一真が苦悶の表情を浮かべる。

この時の『ダメージチェック』はノートリガーで、然したる変化は起こらなかった。

 

「次……『トラピージスト』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!こちらの爆薬……あなたはどうしますか?」

 

「では……それも受けるとしよう」

 

――大丈夫だ、まだ使う必要はない……。あの能力の必要性に線引きをしながら、一真は自分の行動を決める。

玲奈の『ドライブチェック』はノートリガーで、その後イメージ内で『アレン』となった一真が『ニトロジャグラー』となった玲奈から投げ渡された爆薬入りの試験官を取らず、体で受け止める。

その結果爆風を直に受けることとなり、爆風の反動を受けて二歩後ろに下がることとなる。

また、一真の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーだったので、効果を全てヴァンガードに回す。

 

「済まないね……そちらの芸には乗り切れなかったようだ」

 

「あら……?拙いものを見せてしまい申し訳ありません」

 

今回の『トリガーチェック』の結果が影響して、『ジル』の攻撃は『ブースト』込みでも『アレン』にギリギリ届かないと言う構図が完成した。

互いにそのことに気づき、それぞれの形で詫びの言葉を送る。人によっては一真の詫びは揶揄のように聞こえるかもしれないが、しっかりと誠意の籠ったものである。

 

「パワーの低さが浮き彫りになりましたね……」

 

手数等を重視した『クラン』を使っているとこうなりがちで、こういう時に極端な能力を持つユニットがいると変わるかもしれないと紗夜は考えた。

また、こうして今日一日ファイトを見続けていたRoseliaの五人は、『フォース』を持つ『クラン』はこう言った状況に出会う確率が少ないと感じていた。

――今度聞いてみようか?そう思いながらファイトを見るのに戻る。

 

「行くぞ……『ライド』!『ブラスター・ブレード』!スキルで退却させるは貴様だ……!『ダンシング・ナイフダンサー』!」

 

『ジル』は既にスキルを発動した後なのでそこまで意識する必要はなく、まだスキルを発動できる機会のある『ナイフダンサー』が狙われることになる。

それについては玲奈も理解しているので、そこまで重くは捉えないで彼に先を促す。

『メインフェイズ』で一真は後列左側に『アレン』を『コール』し、さらにスキルで前列左側に『ギャラティン』を『コール』。さらに後列右側に『マロン』を、前列右側に二体目の『ギャラティン』を『コール』する。この時『マロン』のスキルを発動するには『カウンター』が足りない為、不発に終わる。

『アレン』と『マロン』、『ブラスター・ブレード』の登場には全く違和感を感じない貴之だが、『ギャラティン』二体には何か引っ掛かるものを感じていた。

 

「(ここが一つのポイントだな……恐らく共に効力を発揮するユニットとセットで隠してるな)」

 

何やら嫌な予感も出てき始めて来たが、それが何かまでは掴めなかった。

――あいつ、一体どんなユニットを隠してるんだ……?貴之はより集中してファイトを見ることにする。

 

「二度目の攻勢を掛ける……!『アレン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ演目が台無しにはならない……ここはノーガード」

 

ダメージはまだ2なので、ここで一度大人しくダメージを受けておくことにする。

今回の『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、玲奈のダメージが3になった。

 

「手を貸してくれ『うぃんがる』、『ブラスター・ブレード()』が相手ヴァンガードを打つ!」

 

「それを通すわけにはいきません……『冥界の催眠術師』で『完全ガード』!」

 

赤いマントを靡かせて現れた、紫色の肌を持つ『催眠術師』が術を使い、『ブラスター・ブレード』となった一真に強烈な眠気を促す。

それに危機を感じ取った一真は距離を離して攻撃を中断する。ちなみにこの時の『ドライブチェック』はノートリガーだった。

 

「後一度ある……『マロン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「これはノーガード」

 

一番防ぎたいものは防いだので、こちらはそのまま受ける選択を取る。

イメージ内で『ギャラティン』の斬撃を受けた後『ダメージチェック』を行い、結果はノートリガーだった。

玲奈のダメージが4になったところで一真はターン終了を宣言する。

 

「(どうにか使わないで進めて来れたね……)」

 

予想よりも幸先いい結果に一真は一瞬安堵してから気を取り直す。

弘人の時もそうだが、相手のグレード3が出てきた時が最も危険であり、実際にそのターンで発動することになってしまった。

故に一真は、このターンを如何に乗り切るかへと思考を回す。恐らくはこのターンを耐えたら決着を付ける必要があるからだ。

 

「私たちが用意する演目もそろそろ大詰めに入ります……準備はよろしいですか?」

 

「ああ……できる限りのことを尽くそう」

 

ターンを始める前に問いかけて見た玲奈だが、一真の回答に妙なものを感じた。

自分のように『クラン』に合わせた口回しをする人は自信がある回答をするのが殆どだが、目の前にいる相手(一真)は慎重派と言うよりは自分が届かないかも知れないと言いたげな……後ろ向きとも取れるような返しをしていた。

しかしその正体がわからない以上無理に追及するのは悪手なので、玲奈はそのまま自分のターンを始める。

 

「『ライド』!『ゴールデン・ビーストテイマー』!『イマジナリーギフト』、『アクセル』!さらに『ナイトメアドール ありす』を『コール』!」

 

前列右側に金色の髪と青い瞳を持った少女の『ありす』が『コール』される。『ありす』の指からは細い糸が見えており、これが何かやる為のものだというのを教えてくれる。

 

「『アクセルサークル』は……開けたままで大丈夫なんですか?」

 

「あれはスキルを狙って開けてるんだ……だから大丈夫」

 

俊哉の回答を聞いて、燐子は実際に見てみようと思った。

 

「攻撃回数は四回……ですか?」

 

「いや、五回だ。理由は『ありす』にある」

 

『ありす』も仲間を呼ぶスキルがある為、これが手数を増やせることに繋がる。

それが理由の五回攻撃だった。これには一真も不味いかも知れないと考えていた。

 

「では、メインを始めましょう……『トラピージスト』の『ブースト』、『ビーストテイマー』でヴァンガードにアタック!この時『ビーストテイマー』のスキル発動!『コール』するのは、この演目に終わりを告げる『アーティラリーマン』!」

 

「……!ここは頼むぞ『ふろうがる』、『ギャラティン』!」

 

『ふろうがる』は手札から、『ギャラティン』は右側のものを『インターセプト』で呼び出す。

『アクセルサークル』に単純にパワーを引き上げやすい『アーティラリーマン』がいると言うだけでも、十分に焦らされていた。

そして、玲奈は『ツインドライブ』で(フロント)トリガーと(クリティカル)トリガーを一枚ずつ引き当て、一真の守りを突破して見せる。

(クリティカル)トリガーのパワーは『アーティラリーマン』、(クリティカル)は『ビーストテイマー』に回されており、これで『アーティラリーマン』のパワーはさらに引き上げられることになった。

なお、一真の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーとなり、玲奈が優勢の流れに変わった。

 

「(俺が見たいユニットはこのファイトでは出て来ない……。全国か、それとも決勝で見ることになるな……)」

 

貴之はこのファイトが今のターンか、一真のターンのどちらかで決着が付くことを悟る。

理由は一真はここから全てを防ぎきれない手札しか残っていないからだ。故に『トリガーチェック』次第ではこのターンで玲奈が勝利を迎えることになる。

当然ファイトをしている一真も気づいており、彼の額から頬に向かって嫌な汗が流れていた。

 

「次……『プレゼンター』の『ブースト』、『ありす』でヴァンガードにアタック!」

 

「仕方ない……ここは受けよう」

 

先に『ブースト』を使った以上、トリガー次第では一度防がないでいい場所が出てくる為、この選択を取る。

イメージ内で『ありす』は指に巻かれている操り人形用の糸を使い、『ブラスター・ブレード』となった一真を締め上げる。

ここでの『ダメージチェック』もノートリガーで、一真はトリガーを引けないまま5ダメージ目を迎えてしまうことになった。

 

「今宵のメインは少し長めですよ……?バトル終了時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』、さらに自身を『ソウル』に置くことで『ありす』のスキル発動!『ソウル』からグレード3以外のユニットを一枚リアガードに『コール』できる……今回『ありす』の人形劇にお付き合い頂くのは『ニトロジャグラー』!」

 

「(『ジル』がいないだけ救いか……?しかし、この状況では彼女のグレード2は何が来ても然して変わらないな……)」

 

先程まで『ありす』がいた場所に、『ニトロジャグラー』が現れる。

ここまではいいのだが、イメージ内の状況に少し問題があった。

 

「あ……あれは……どういうこと?」

 

「『ありす』の糸によって、『ニトロジャグラー』は操られているんだ……」

 

イメージ内の『ニトロジャグラー』の背後には、危険な笑みを浮かべ、彼を自身の糸で操っている『ありす』がいた。

始めて見て問いかけた友希那もそうだが、ある程度見慣れている弘人も答えながら苦い表情をしている。周りにいる人たちもそれぞれの反応を示している。

それだけ、この光景(イメージ)は思った以上に恐怖心等の感情を煽りやすいのが見て取れた。

 

「では、『ありす』の操り人形芸をお見せしましょう……『ニトロジャグラー』によるパスの再現!」

 

「頼む、手札の『ブラスター・ブレード』!」

 

幸いトリガー効果を受けていない『ニトロジャグラー』はパワーが12000しかないので、ここは確実に防ぐ。と言うよりも防がなければ『トリガーチェック』を祈るしかない。

イメージ内で一真の目の前に現れた『ブラスター・ブレード』が、爆薬を全て切り裂いて彼を守り抜く。

――我らの先導者(マイ・ヴァンガード)、ご武運を。役目を終えた『ブラスター・ブレード』は激励の言葉を送ってからこの場を離れる(退却する)

 

「青山さん……平然とファイトを続けていますね」

 

「自分が使い手なのもあるし、ずっと周りの人たちのように驚いてるわけにもいかないからな……」

 

始めて見たRoseliaのメンバー内で比較的大丈夫だったのは紗夜で、玲奈の様子を見て少々啞然としている。

一方で小学生時代から長く『ペイルムーン』を見てきた俊哉は、何も問題ないと証明するかの如くケロっとした様子を見せた。

この他にも俊哉と近しいが若干異なる理由で貴之が、元より持っている耐性の高さで大介と竜馬は全く問題無かった。

 

「もう少しだけ付き合って貰いますね……『プレゼンター』の『ブースト』、『ジル』でヴァンガードにアタック!」

 

「防いでくれ!『エポナ』、『ギャラティン』!」

 

相手のパワーが30000だった為、左側にいた『ギャラティン』も守りに入って貰う。

そして残りは『アーティラリーマン』を防ぐのみ――という状況になったところで、一真に深刻な問題がやって来た。

 

「……!?」

 

「も、もう手札が一枚しかない……!」

 

現在、『アーティラリーマン』のパワーは『ソウル』が五枚であること、トリガー効果を貰っていることから50000であるのに対して、一真の手札はあこが声を上げた通りたったの一枚しか残されていなかった。

さらに追い打ちを掛けるかのように、トリガー効果を受けられなかった影響で『ブラスター・ブレード』のパワーは10000のままである。

 

「おいおい……これじゃあどうやっても防ぎようがねぇぞ」

 

「トリガー勝負しか……残されていませんね……」

 

一真の勝ち目が極めて少ない――。それは会場の誰から見ても明らかだった。

この状況を目にした玲奈は、久し振りに大会で貴之と戦えるかも知れないと考え、笑みを浮かべる。

 

「では、このショーにも終幕(フィナーレ)を飾りましょう……『アーティラリーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……!」

 

イメージ内で『アーティラリーマン』が放った砲弾が迫って来るのを見て、一真は思わず能力の開放を行う。

それは砲弾が『ブラスター・ブレード』となった自身に届くよりも速くできたのを証明するかの如く、爆発によって発生した煙が晴れても堂々と『クレイ』の大地に立っていた。

 

「(力無しではここまでか……)」

 

自身の現段階による限界という現実を知り、一真は寂しげな笑みを見せる。

――まったく、酷い有様だ。自身のこれを知ったら今戦っている玲奈のみならず、多くの人が批判的な反応を示すだろう。そう考えると気が重くなるのを感じた。

一方で玲奈は、注意深く彼を見ることのできる時間があったことも手伝い、彼がその表情をしている原因に気づいた。

 

「(……?彼の目が……)」

 

一真の瞳の内側に何か渦巻いたものが見え、それが関係していると玲奈は確信する。

『ダメージチェック』も彼が自嘲した理由を確信させるかの如く、(ヒール)トリガーが引き当てられた。

これによって玲奈はこのターンで勝利を納めることは叶わず、ターン終了を宣言することになった。

 

「(玲奈……気づいたのか!?)」

 

また、玲奈の様子を見た貴之は大いに焦り、思わず壁から背を離して一歩前に出る。

自身は(・・・)あの能力を見ても否定はせず、寧ろ使用を推奨したのだが玲奈はどうするかわからない(・・・・・・・・・・・・)

最悪は広められた影響で、一真がヴァンガードを続けられない程精神を追い込まれる危険性すらあるのだ。そうなったら貴之も自分を責めずにはいられなくなる。

――どうしようもないなら……何としてもあいつが続けられるように道を作ってやるしか……!玲奈の言葉を聞くまでの数分間、貴之は友希那と交わした約束すら投げ捨ててまでも一真の道を護ろうと決意していた。

このような選択をした理由として、自分も罪悪感に追い込まれて進めない可能性が極めて高かったのもあり、そうなればどの道友希那との約束どころではないことが目に見えていたからだ。

 

「(こうなった以上……やれることは全てやろう)」

 

本当はありのままの(力を一切使わない)自分で勝利したかったが、敗北を前に使ってしまったなら仕方がないと割り切る。

 

「『ライド』!『アルフレッド・アーリー』!スキルで『ブラスター・ブレード』を『コール』し、『ジャンピング・ジル』を立ち去らせる!」

 

『フォース』は『ブラスター・ブレード』を『コール』した前列左側に設置し、前列右側にはこのターンで引き当てた『ギャラティン』を『コール』する。

弘人の時はまだどうにかなっていたが、一真はこのファイト、瞳の内側から渦巻いたものが見えてから表情が変わっていた。

 

「(どうして……あんな辛そうにファイトしているんだろう?)」

 

玲奈は一真がしている表情の理由が気になった。

――聞けるチャンスはあるのかな?手札の都合から勝ち目が非常に薄くなっていた玲奈は、思わずそんなことを考えていた。

 

「このターンで決着を付ける……『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド・アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『フープ・マジシャン』と『ポイゾン・ジャグラー』で『ガード』!」

 

パワー21000の攻撃に対して、パワー32000の数値で防ぐことを選ぶ。

本当なら後10000追加した状態で確実に防ぎたかったのだが、もう手札も残されておらず、先程使われた『ブラスター・ブレード』のスキルが災いして『インターセプト』を使ったところでその数値を満たせない状態にされていた。

そして『ツインドライブ』の一枚目はノートリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、効果は全て『ブラスター・ブレード』に与えられた。

 

「これで決めさせて貰う……『アレン』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

何かを振り切りたいと言いたげに少々声を荒げた一真に対し、玲奈は自分でも驚く程優し気な声で宣言する。

イメージ内で『ビーストテイマー』となった玲奈が無防備な状態で静かに待っていたので、『ブラスター・ブレード』は自身の剣でせめて一思いにと大上段に構えてから一気に振り下ろした。

『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーだったので、ダメージが6になった玲奈の敗北が決まり、ファイトが終わったので二人は「ありがとうございました」と挨拶をする。

この後決勝戦を行うのだが、一真が休まず連戦することになってしまうので一度20分の休憩を挟んでから決勝戦を行うことが決まった。

 

「すまない……不甲斐ないファイト(・・・・・・・・・)を見せてしまったね」

 

まさか貴之と戦う前に二回も使うことになってしまい、そのことで一真は堪えていた。

――彼と戦う前に、どうにかして自分を落ち着かせたい。そう思った一真が足早に去ろうとしたところを玲奈に引き止められる。

 

「最後のターン……あそこまで辛そうにしていたのは、何か理由があるの?」

 

「「……!」」

 

玲奈の問いかけに一真と貴之が驚き、一真はどう答えようものか大きく悩むことになる。

何しろ恐れていた、『何も知らない人が自力で気づいてしまう』という事態を目の当たりにしたからだ。

貴之はどうやってフォローに入ろうか、一真は玲奈がどう対応して来るかを必死に悩んでいるところ「別に怒ってるとか、そういう訳じゃないよ」と、玲奈から赦しを与えるかのような言葉が聞こえて拍子抜けした表情になる。

 

「でも……楽しいはずのヴァンガードファイトで、辛そうにしているのはやっぱり放っておけなくて……」

 

玲奈や貴之のみならず、大多数のヴァンガードファイターは基本的に最後までファイトを楽しみ、終わった後も楽しさを噛みしめて終わる。

だが今回の一真はそうはならず、これで終わりかも知れないと言わんばかりに悲壮感ある表情だったのだ。

それを目の前で見たこともあり、玲奈は彼の重荷(苦悩)をどうにかしてやりたいと考えた。

 

「勿論、無理にとは言わないよ……できれば何があったのか……あたしに教えて欲しいの」

 

――もしかしたら、力になれるかも知れないから……。一真の瞳を覗き込む玲奈の表情は慈愛に満ちたものとなっていた。

それを見た一真も、彼女なら話していいかもしれないと心の奥底から考えることができた。

 

「……分かった。そういうことなら、少しお願いしてもいいかな?」

 

「大丈夫……あたしを信じて?」

 

「(れ、玲奈がこういう選択をできる人で良かったぜ……)」

 

一番最悪な広まり方はしないで済んだことが分かり、貴之は再び壁に背を預ける。

表情や動きこそ分かりにくい状態を保ち切って見せたものの、心の中では今までで一番脱力していた。




玲奈のキャラコンセプトとしては『レン(一真)の心を救うことに関われるアサカ(玲奈)』となっており、それが一真の能力を見た後の対応に繋がりました。
一真の場合は『力に溺れない代わり、その能力無しでは弱いことに苦悩するレン(デッキ内容的にはアイチ)』。
貴之の場合は『生活環境がまともなので人間関係や心持ちに余裕ができ、同時に能力に対する目線も変化した櫂』となります。

次回は能力の名称公開と同時に決勝戦に入ります。


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イメージ31 決着と新たな目標

これで地方大会が終了です。

今回は久々にちょっと長くなりました。


決勝戦が始まる直前、貴之と一真は玲奈を交えた三人で話しをしていた。

玲奈が先程聞こうとしているものは貴之も知っているので、そこに貴之も加わる……というよりは、一真が彼に協力を頼んだ形だった。

 

「それで……さっきのあれは何だったの?」

 

「答えるに当たって一つ質問だが……玲奈はユニットの声が聞こえたりとか、そう言うことはあったか?」

 

自身の問いが貴之に別の問いで返されたので、玲奈は疑問に思いながらその問いに否定する。

この問いかけは『気がする』ではなく、冗談抜きにそう言ったことがあったのかどうかだということが感じ取れた。

 

「さっきのと関係があるんだね?」

 

「ああ、僕の持っているこの力……『PSY(サイ)クオリア』はユニットとの絆が深まったことで、それを可能にした人が持つんだ……トリガーが来るかどうか等も教えて貰えるから、ファイトでとても有利になる」

 

一真の持つ『PSYクオリア』は限られた人だけが持つ、絆の証(・・・)とも取れるし、ファイトの優劣を最初から決める理不尽なもの(・・・・・・)とも取れる能力だった。

しかしこの能力の存在を知る者は非常に限られており、貴之も一真の証言を聞かず、秋山姉妹に出会わなければ知る由も無かった程に知名度が低い。

恐らくはこの能力が知られれば、所持している人は妬まれ、所持していない人は見下されるという状況に陥っていたかも知れない。そう考えると誰かが限られた人以外に広まらないように努めたと考えられ、実際にその通りなら当人の努力は実った形になる。

 

「ただ……この力は一人だけカンニングペーパーを持ち込んでいるようなもので、そう感じてからはあまり使わないようにしているんだけど……」

 

――結局使ってしまったんだ……『PSYクオリア(この力)』が無ければ僕はこの程度みたいだ。一真は自嘲していた理由を告げる。

捉え方として貴之は全肯定と言えるものの、一真はグレーな状態だった。確かにユニットとの絆があるからこそだが、自分の力で勝てたような気がしないのが問題だった。

 

「なるほど……確かにこれは変に広まったら危険だね」

 

「故に知っている人たちも、なるべく口外無用の方針にしているんだ……」

 

玲奈は万が一のことが起きた際の重さを理解する。広めていたら今頃ヴァンガードはコンテンツとしての寿命は平気だっただろうか?考えるだけでもゾッとする。

また、この時貴之は『道を示す』ことはできたものの、『一真の苦悩を解決する』までは至らなかったことに玲奈が気づいた。

貴之がそれを知ったときに解決できていたのなら、彼はここまで悩むことは無かっただろう。

 

「秋津君、一つ大事なことを忘れてるよ?」

 

「……忘れてる?どういうことだい?」

 

恐らく言葉選びやその捉え方が理由で、彼が根本的な部分を忘れて悩んでしまっていることを、先程の会話で察知することができた。

一真は「力が無ければ自分はここまで」と言っているが、ここが大きな落とし穴に気づいてないことを示している。

 

「『クレイ』に降りたあたしたちって……一人じゃ戦えない(・・・・・・・・)でしょ?」

 

「……!」

 

誰だって『クレイ』に降り立った直後はか弱い霊体で、このままではまともに戦うことなど叶わない。

故に契約したユニットたちから力を借り、彼らがその力を発揮できるように先導していくのだ。

 

「そうか……僕は大事なことを忘れたまま悩んでいたんだね」

 

「一人で戦っているつもりでいたら、ユニットだって悲しいと思うの……」

 

玲奈に言われて、一真はデッキから一枚カードを取り出す。

そのユニットは『ブラスター・ブレード』で、彼が「一人で背負わせて済まない。これからは我らも共に悩ませて欲しい」と語りかけて来た。その後ろには他の『ロイヤルパラディン』に属するユニットが並んで頷いている。

『PSYクオリア』所有者の為、貴之や玲奈のように気がする(・・・・)では終わらず、確かに聞こえているのが大きな違いだった。

――ありがとう、みんな……もう一度、君たちと歩んで行くよ。ユニットたちに礼の言葉を送った一真の表情は、影が取れた貴之とこの会場で会った直後のような明るさあるものに戻った。

 

「青山さんだったね?ありがとう。大事なものを思い出せたよ……」

 

「とんでもない……。変に踏み込んじゃってごめんね?」

 

今回のことを謝る玲奈だが、一真はそんなことを気にも留めなかった。

何しろ自分の苦悩に対して一つの答えをくれたのだから、とても嬉しいことだった。

 

「俺からも礼を言うよ。本当に助かった……それと、道を示すだけでそれ以上ができなくて悪かったな」

 

「いや、放って置かないだけでも嬉しかったよ……。決勝のファイトで、僕なりの恩返しがしたいんだ」

 

「分かった。そう言うことならいくらでも貰うぜ」

 

貴之と一真もお互いのすれ違いを理解し、ファイトで終止符を打つという形で纏まる。

 

『時間になりましたので決勝戦を始めます。ファイターの二名は準備をお願いします』

 

「時間みたいだね……あたしは戻るから、二人とも頑張ってね♪」

 

アナウンスを聞いた玲奈は、ウインクしながら右手を振りながら応援の言葉を送って上へと戻った。

 

「さて、行くか……」

 

「ああ。僕たちのファイトを始めよう」

 

二人は同じペースで台の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「玲奈、遅かったね?」

 

「ちょっとね……。それにしても話せる時に話すって大事だね♪」

 

問いかけたリサだけではなく、玲奈とそれなりに関わっている人たちは不思議に思った。

貴之を引っ掛けようと言うつもりが毛頭も無ければ、積極的に関わろうとする女子のファイターは彼女を最後に観戦している人しか残っていない。

――ならば何が、彼女をそうさせたのか?今これを理解できる人はいなかった。

 

「方針はどうするか決まったか?」

 

「これからは、お互いに相談して使う使わないの意識を合わせようと思う……十分なところまで行けたら、その時にまた考えるよ」

 

意識してから一人で抱え込んでいた一真は、『ロイヤルパラディン』の仲間たちと意思疎通をする方針を取ることにした。

仲間たちと合わせれば使うことに納得もしやすいし、心の負担が軽くなってファイトがやりやすくなる。

さらに「今回はここまで行けた」等の前向きの姿勢が加われば、良い方向へサイクルを回せるようになる。それを聞いた貴之は「なるほど……」と安心した笑みを浮かべる。

 

「前にも言ったが……俺には遠慮なく使ってくれて構わないからな?」

 

「勿論だとも……君を相手に使わないのは失礼に当たるし、何より全力を出さないで終わるのは僕たち(・・・)が納得しない」

 

一真は元より、最初から使ってくることを推奨して来ている貴之相手は遠慮をするつもりが無かった。

故に最初から『PSYクオリア』を発動させ、全力の状態で貴之に挑む。

対する貴之もそれを待っていたと笑みを浮かべ、準備を終えた二人は互いのファーストヴァンガードに触れる。

 

「(あの様子なら大丈夫そうかな?貴之とのファイト、楽しんでね♪)」

 

一真の様子を見た玲奈は、心の中で応援を送る。

何事も無ければ貴之をみんなと応援していたところだが、今となっては二人が最後まで全力で戦う姿を見守るだけだった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

二人の掛け声が聞こえたことで、会場が彼らの空気に引っ張られる。

 

「ザ!」

 

貴之が毎回『ザ』を付けているが、これにはお互いが無意識のうちに自然に合わせられると言う都市伝説がある。

自身がそう言ったタイプの掛け声をしている貴之は、「信じてみるのもアリ」だと考えていた。

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之は『アンドゥー』に、一真は『ぐらいむ』に『ライド』する。

ちなみに『PSYクオリア』を持つ一真はこの時、より深く『クレイ』の世界に飛び込むのだが、そこに貴之は入り込めないので一種の孤独な空間と化している。

 

「(誰でもいい……誰か来てくれると、もっと楽しくなる)」

 

一人は知っているのだがその人が消極的なファイターである為、一真は新たな出会いを求める。

同じ空間にやって来れるファイターが現れるのは、もう少しだけ先となる。

 

「始まったみたいね……」

 

「どっちが勝つかな~?」

 

「(貴之、どうかその努力を形にして……。そして『PSYクオリア(運命)』を振り払って……)」

 

秋山姉妹も最後まで残っており、瑞希と瑠美は純粋に二人のファイトの行く末が楽しみだった。

結衣は己の事情から、呪縛を振り払いたいかのように貴之の勝利を祈る。

 

「『ライド』!『ガイアース』!一枚ドローして『ラオピア』を『コール』!」

 

「『マロン』に『ライド』!一枚ドロー……」

 

ファイトは貴之の先攻から始まり、『ラオピア』は後列中央に呼ばれる。

対する一真はこの大会で始めて『アレン』以外のユニットに『ライド』をした。

 

「使い続けているだけあって読まれているのね……」

 

「手札を増やさせたく無いし、『ブラスター・ブレード』のこともあるからな……」

 

大会で何度もファイトを見ている内に、Roseliaの五人は分かりやすいものなら流れが分かるようになっていた。今回の場合は『バーサーク・ドラゴン』を読まれていることだった。

この時一真は手札にやってきている仲間から警告を受けているのもそうだが、貴之の動きを見てきていた以上、やはり予想して然るべきと言うのもある選択だった。

 

「(これは声とかそう言うのじゃねぇ……単純にバレやすい動きをして来てるせいだ)」

 

「(この動きは見慣れているだけじゃない。みんなが教えてくれると言うのに、あっさりと掛かりに行くわけにはいかないからね……)」

 

貴之は仕方ないと割り切り、一真も気を緩めようとしない。

対応されるなら次の一手。読まれないで済むならそのまま。互いに一つ一つをより集中したファイトを意識する。

 

「では攻撃と行こう……『マロン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

例え『バーサーク・ドラゴン』のスキルが使えなくなったとしても、どの道後で使うことになるのだからと貴之はそのままダメージを受けることにする。

イメージ内で『マロン』となった一真の放つ魔術を、『ガイアース』となった貴之は直に受ける。

一真の『ドライブチェック』はノートリガー。貴之の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーなので、貴之は後で動きやすくなる形となった。

 

「『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!来い、『かげろう』の戦士たち!」

 

『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』するものの、今回は対応されてしまっているのでスキルは使えない。

そのまま『メインフェイズ』で前列左側に『ラーム』、前列右側に『アーマード・ナイト』、後列左側に『バー』、後列右側に『エルモ』を『コール』する。

前列にいるユニットの内どちらかをヴァンガードにするという手段もあったが、『ラーム』は『インターセプト』でパワーを確保したい、『アーマード・ナイト』の方がスキルによるパワー増加が大きいことから、結局は『バーサーク・ドラゴン』がヴァンガードに選ばれた。

 

「じゃあこっちも行くぜ……『バー』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

《ここは、我らの用意を整えるべきかと》

 

「そうだね……ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

一真は次のターンどころかその先もスキルを使いたいので、トリガー次第では全てノーガードでこのターンをやり過ごすつもりでいた。

仲間たちも同じことを考えていたようで、一真は彼らと意思疎通を果たした上でこの選択を選ぶ。こうしたことで状況を有利に運びやすいのも、『PSYクオリア(この能力)』の強みと言えるだろう。

まず初めの『ダメージチェック』はノートリガーだが、まだ1ダメージなので焦る必要はない。

 

「次……『ラオピア』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「これもノーガード」

 

この『ドライブチェック』で、貴之は(ドロー)トリガーを引き当て、パワーはまだ攻撃していない『アーマード・ナイト』に回される。

対する一真の『ダメージチェック』はノートリガーで、このままダメージが2となる。

 

「最後……『エルモ』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「最後のそれもノーガードだ」

 

一真は最後もノーガードを選択する。貴之としてはパワーの上がった攻撃を通したいし、一真は次のターン以降に備えたかったので、二人とも相手の考えに敢えて乗ると言う形だった。

三回目の『ダメージチェック』もノートリガーで、(クリティカル)トリガーを引かないだけ良かったと言える結果に終わった。

 

「俺はこれでターン終了だ」

 

ダメージ数だけ見ると貴之が一気に有利を取ったように見えるが、一真は思惑があってダメージを受けているので若干有利程度に留まっている。

狙いあっての行動であるのが読めている為、貴之はそのまま不利になる可能性も十分に考えていた。

 

「今のうちにダメージを与えたかったんだな……」

 

「と言っても、次は『ブラスター・ブレード』と何かが来るから一長一短か……」

 

ダメージを与えれば勝利に近づくが、同時に一真に逆転のチャンスも与えることになる。

手札の差で一気に負けが濃厚になることもあるからこそ、貴之目線で考えるとこの後が怖い場所だった。

 

《待たせた。いつでも行けるぞ》

 

「分かった。先に待っているぞ貴之……『ライド』!『ブラスター・ブレード』!立ち去らせるのは『アーマード・ナイト』だ!」

 

一真はパワー増加の値が大きい『アーマード・ナイト』を退却させる。

ここで言う「先に待っている」というのは、己の分身を先に出したからそちらも出すのを信じて待っていると言う意味だった。

『メインフェイズ』では後列中央に『うぃんがる』、前列右側に『ギャラティン』、後列左側に『アレン』を『コール』する。この時『アレン』のスキルで前列左側に二体目の『ギャラティン』が現れる。

 

《済まない。今回の秘策の為にも私は待機させて貰う》

 

「大丈夫だ。次の時は君に頼む」

 

「(やっぱり一体だけじゃなかったか……!出て来ない一体は、恐らく秘策を見せることになっちまうスキル持ちだな……)」

 

ユニットと会話してるであろう一真の様子を見た貴之が苦い顔をする。そのユニットが見れないとなると、妙に対策を練り直す時に苦労することになる。

とは言え、秘策のユニットを見れれば己がどうすればいいか等の課題点は見つけられる為、それが出た場合は目に焼き付けるつもりでファイトに望む。

 

「行くぞ……まずは右の『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードだな……『ダメージチェック』」

 

防ぎたい攻撃は違うので、大人しくダメージを受ける。

この時の『ダメージチェック』がノートリガーなので、ダメージが2となる。

 

「私の一撃を受けるがいい……!『うぃんがる』の『ブースト』を受け、ヴァンガードにアタック!」

 

「頼むぞ……『ター』で『ガード』!」

 

――イメージがいつも以上に深い……!一真の口調だけでなく、表情からもそれを感じさせる。

これ以上手札を割きたく無いからこその最低限の防御だが、正直言って運任せなところが強い。

 

《まだ時は満ちていないようだ……》

 

「そうか……『ドライブチェック』。ノートリガー」

 

「(ここで出ないってことは……この先か?)」

 

ノートリガーの結果だったことは、返って貴之の警戒度を引き上げることになる。

また、このことに一番不思議に思っていたのは友希那たちとは離れて見ていた結衣だった。

 

「(意図的に手を抜いている……?いくら『PSYクオリア』があったとしても、そんなことはしないはず……だとすれば)」

 

結衣の考えに上がったのは、ユニットが注意を逸らす為にトリガー持ちが待機していることだった。

と言うよりも、こう考えなければ今回の『トリガーチェック』は不自然に見えてしまう。

 

「最後、『アレン』の『ブースト』、左の『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード……」

 

一番防ぎたいものは防げたので、こちらは手札温存の為に受けておく。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーとなり、貴之のダメージが3になったところで一真のターンが終わる。

 

「凄い……!全くの互角なんて……」

 

「ここからが本領の戦い……どう動くのかしら?」

 

ダメージ、場に残っているユニットの数が共に同じで先が読めないことにリサは驚嘆し、友希那はここからの動きを注目する。

グレード3はヴァンガードの花形とも言える場所になるので、ここからは更に目が離せなくなるのは明らかだった。

 

「待たせたな……俺もここから本領と行かせて貰うぜ!」

 

「何時でも構わない……私は真っ向から受けて立つ!」

 

「貴之がファイトを楽しんでるのはいつものことだが……」

 

――今回はいつも以上に楽しんでるな……。貴之の笑みをみて、俊哉も笑った。

その笑みにあるのは好奇心や興奮等の『喜』の感情で満ち溢れているもので、如何に楽しくやっているかが分かる。

 

「(あいつが楽しんでるのはいい……このファイトが見逃せないのも分かる……)」

 

――ただ、珍しいから気になることがある……。大介はちらりと玲奈の方を見やる。

このファイトを見ている時だけ、玲奈の様子がいつもと明らかに違っていた。

 

「玲奈がこんな状況で一言も喋らないとは珍しいな……」

 

「あ、言われてみればそうだ……」

 

そう、せっかく『Roselia(女子)()五人もいると言うのに、玲奈がこのファイトの間一言も話していないのだ。

言われたことで俊哉も気づき、玲奈はようやく反応した様子を見せた。

 

「あはは……あたしこんなに見入っちゃってたんだね……」

 

「そんなに珍しいんですか?」

 

「ああ。だって普段から「女の子のファイターが増えて欲しい」と願ったり、女子のファイター見たら目を輝かせたりするくらいの玲奈がさ……せっかくお前らと話せる機会を得てるのに投げ捨ててるんだぜ?」

 

こいつ流したなと思いながらも、俊哉はあこにその理由を話す。

それは玲奈が前々から持っている欲求や願いと言えるものだった。

 

「言われてみれば……私が始めて立ち入った時も、明らかに男子の方が多かったですね」

 

「確か……女子のファイターが少ない理由としても『周りに女子がいない』……と言う理由が多いんでしたね?」

 

「普段なら抑え目でも話せる機会は逃さないようにしてる筈なんだがな……」

 

今回会場にいる人も照らし合わせて紗夜は改めて感じ取り、燐子は女子が少ない理由の一つを思い出す。

故に俊哉たちには玲奈の行動が不思議に思えたのだ。

 

「(楽しそうにファイトしてる……これなら大丈夫かな?)」

 

玲奈がこうなってる理由も一真のことを案じていたからだ。

予想外なことなので察知されづらいが、その代わり今のように疑問に思われやすい。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

『フォース』はヴァンガードに設置して、前列右側に二体目の『オーバーロード』を呼び出す。

 

「あいつ飛ばしてんなぁ……」

 

「『オーバーロード』が二体は圧巻だね」

 

稀に行う戦法の『オーバーロード』二体出しだが、実際に見やすい状況で見た時の圧は凄まじいものだった。

また、貴之は二体の『オーバーロード』で『ソウルブラスト』を発動し、これによってイメージ内で『オーバーロード』が同時に咆哮する。

 

「よし……まずは『バー』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

ここはもう既に意思疎通を終えているらしく、彼はそのままダメージを受ける。

結果がノートリガーなので、このままダメージが4になる。

 

「次……ヴァンガードの『オーバーロード』で、右の『ギャラティン』にアタック!」

 

《後は頼む……》

 

「その意思を無駄にはしない……!ノーガードだ」

 

『ギャラティン』からの申告を受け取り、一真はノーガードを選択する。

この時の『ツインドライブ』で一枚(クリティカル)トリガーを貴之が引き当て、ヴァンガードの『オーバーロード』に全ての効果を与えてから『スタンド』させる。

 

お前たち(・・・・)はどう動く……?『ラオピア』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

《私が行きましょう……》

 

「任せた。『イゾルテ』で『完全ガード』だ!」

 

貴之が『お前たち』と言ったのは、ユニットたちのことを含めているからだ。

『オーバーロード』となった貴之の吐き出した業火は『イゾルテ』が防ぎきる。

また、『ドライブチェック』はノートリガーだったので、一真はこの後が少し楽になる。

 

「あと一つ……『エルモ』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「手札の『ギャラティン』と『エポナ』で『ガード』!」

 

パワーが34000だった『オーバーロード』の攻撃は、二体の『ガーディアン』が加わったことで35000と言うギリギリの数値で防がれる。

ダメージを与える代わりに手札を減らせたと言う結果で、貴之のターンが終了する。

 

「(意外ね……『オーバーロード』に『ライド』したターンで、ダメージを1しか与えられないなんて……)」

 

友希那が見た限り、貴之は『オーバーロード』に『ライド』したターンは良くて決着を付け、ダメな場合でも2以上のダメージを与えていたので、この光景は珍しいことだった。

勿論、これは一真が多めに防御をしたことがあるのも理解しているが、今までが今までだった故にそう感じたのだ。

 

「……」

 

「結衣、大丈夫?」

 

不安や緊張が絡みあって気が気じゃないだろう結衣のことを、瑞希が気遣う。

結衣も「大丈夫」とは返すものの、瑞希()瑠美()は自分のことを分かっているのが簡単に予想できた。

 

《今が勝機ではない……ここは耐え凌ごう》

 

「ならばこうだ……『ライド』!『アルフレッド・アーリー』!スキルで『ソウル』より盟友たる『ブラスター・ブレード』を『コール』!立ち去って貰うぞ……『オーバーロード(黙示録の風)』よ!」

 

「くっ……!済まねぇ……」

 

一真も『フォース』はヴァンガードに設置し、『ブラスター・ブレード』は前列右側に『コール』される。

『オーバーロード』を退却させた理由として、このターンでは決着がつけられないことを想定しての動きで、パワーの高いユニットは先にどうにかしておきたかった。

この後、後列右側に『マロン』が『コール』され、場に全てのユニットが再び揃う。

 

「では攻撃だ……『アレン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

貴之の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、ここで再びダメージがお互いに4と同じ場所になる。

ただし今回は(ドロー)トリガーだったので、貴之は手札を補充することに成功する。

 

「次……『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド・アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『バリィ』で『完全ガード』!」

 

トリガーを引かれたらそこで終わってしまう為、ここは確実に防ぐことを選択する。

ユニットの「すぐそちらへ向かう」との声を聞いた一真が行った『ツインドライブ』は、一枚目が(ヒール)トリガー。二枚目は(ドロー)トリガーと言う結果となる。

これで一真のダメージが3に回復し、少々……どころかかなり有利になる。

 

「ここで『イゾルテ』を引かれると……もう『ウォーターフォウル』しかねぇな」

 

『完全ガード』を手に握られたことが影響し、貴之の突破手段は一回戦と同じで『ウォーターフォウル』に委ねられたような状況だった。

残り手札が四枚で、内一枚を省けば三枚となるが、ここの『ガード』数値次第では攻撃が届かない可能性が高いのはかなり痛い。

 

「貴之さん……大丈夫かな?」

 

「私は……大丈夫だと思いたいかな」

 

二回も似たような状況が起これば流石に不安にもなるので、あこの危惧は良くわかる。

しかしそれと同時に、燐子の率直な気持ちも一緒に見ている人たちは理解できる。

故にこれは信じるしかないと言う結論がすぐに出て、ファイトを見ることに戻る。

 

「頼むぞ『ブラスター・ブレード』、『マロン』!ヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

『ダメージチェック』はノートリガーで、これにより貴之のダメージは5。一真のダメージは3の状況でターンが終了する。

 

「本当だったら相当苦しいよね……」

 

「でも、こんな状況でも彼は挑む……それは間違いないわ」

 

そんな状況を見て瑠美は客観的に、瑞希は貴之の目線でそれぞれの所感を口にする。

瑠美がこう言ったのはたった今引き当てた『完全ガード』と、貴之に残された手札が二枚しかないことにある。

瑞希の主張としては、彼は降参等は絶対にせず、今持っている全力を尽くす。可能な場合はその上で自分と戦った時のように突発すると言うものだ。

このターンでどちらが勝つかが決まると言えるかもしれないのもあり、結衣はキュッと目を閉じて『運命の転覆(貴之の勝利)』を祈る。

 

「みんな……次は決めに来るはずだ」

 

今自分の取った行動によって、何が来るか分かっていた一真は仲間たちに警戒を呼びかける。

少々怖いのは手札の少なさがあり、警戒された上で貴之が真正面から突き破って来そうなことだった。

 

「こいつで勝負を賭けるぜ……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ウォーターフォウル』!スキルで『ブラスター・ブレード』を退却だ!」

 

今まで一真の隠し持っていたユニットを警戒していたが、なりふり構っている場合では無くなった。しかしそれでも『ブラスター・ブレード』を退却させたのは、「何をされるか分かったもんじゃない」と言う強い警戒から来るものだった。

何しろ『ブラスター・ブレード』から感じ取れるものが他のユニットと比べて明らかに多く、先にその芽を摘み取っておきたかったのだ。

『フォース』は再びヴァンガードに置き、これで『ウォーターフォウル』のパワーを33000まで引き上げる。

 

「よし……まずは『バー』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガード。『ダメージチェック』……」

 

一真はこれを防いだら次を防げないことに気づいていたので、このまま受ける。トリガー効果が欲しいのもあった。

しかし『ダメージチェック』ではノートリガーで、効果を得られないままダメージが4になり、『ウォーターフォウル』の攻撃を前にする。

 

「泣いても笑っても、俺の攻撃はこれが最後だ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ウォーターフォウル』でヴァンガードにアタック!この時の『ウォーターフォウル』はグレード3のユニットを『ソウルブラスト』!」

 

「受けて立とう……!私は『ふろうがる』と『エポナ』、『エレイン』で『ガード』し、さらに『ギャラティン』で『インターセプト』!」

 

貴之はこのファイト中、自分はもう攻撃のチャンスがない事を確信していた。原因は手札の数とダメージにある。

対する一真も防げばほぼ勝ち、そうでなければ負けと言う状況なので、できることを全て行う。

これにより『ウォーターフォウル』のパワーは56000。『アルフレッド・アーリー』のパワーは73000となる。

 

「トリガー二枚出れば勝ち。それ以外はダメか……」

 

できることなら(クリティカル)トリガーが多いと嬉しいのだが、ダメージ自体は足りているので、今回はトリガーを引くことが重要になる。

次の『ツインドライブ』が勝敗を大きく左右する……それは誰から見ても明らかだった。

 

「俺のイメージを見せてやる……!『ツインドライブ』、ファーストチェック……」

 

まず一枚目に引いたのは(ドロー)トリガー。気休めにしかならないが、これで次のターンは耐えやすくなる。

パワーをヴァンガードに与えた後のセカンドチェックで、貴之は見事に(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

 

「ゲット……!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「(流石は貴之だ……ただでは倒れないどころか、勝利を掴みに来ている……!)」

 

『PSYクオリア』を使っている間はヒヤリとすることなど基本的に無い一真だが、貴之相手はそうもいかない。

最初から使えばある程度以上の優性を作りやすいのだが、貴之が相手だと僅かにしか作れないか、そもそも拮抗まで持って来られてしまうのが起因する。

そして今に至っては、本当に打ち取られかねない状況になっており、今まで以上に底冷えするものを感じていた。

 

「……!届いた!」

 

信じていた友希那すら声を上げたのだから、周りから興奮した空気が伝わってくるのは無理からぬことだった。

何しろ前回の優勝者に一泡吹かせるかも知れない状況が、目の前に迫ってきているのだ。それが大会と言う大きな場所で行われるのだから、落ち着けと言うのは酷だろう。

 

「奪い取れ、『ウォーターフォウル』!奴から勝利の二文字を……!」

 

これなら勝てると思った貴之は『ウォーターフォウル』に呼びかけ、それに呼応するかの如くイメージ内で『ウォーターフォウル』となった貴之が吠える。

イメージ内で『ウォーターフォウル』となった貴之は、立ちはだかる『ガーディアン』たちを足で蹴り飛ばし、左手で掴んで投げ飛ばしと順番に追い払いながら『アルフレッド・アーリー』となった一真ににじり寄って膝蹴りを当てる。

膝蹴りで怯ませたところに逆手持ちにしていた剣を突き立て、そこから暴力的な勢いを持った水流を流し込んでいく。

 

《今し方お待ちを……!》

 

「まだチャンスはある……!『ダメージチェック』……」

 

一枚目の『ダメージチェック』はノートリガーで、これによってダメージは5になる。と言ってもこの段階では貴之よりダメージが少ない為、(ヒール)トリガーが来ないだけ全然平気である。

二枚目は待っていたかのような(ヒール)トリガーを引き当て、一時的に敗北を免れる。

しかしまだ三枚目が残っているので、会場の人たちは緊張しっぱなしだった。まるで自分のことのような緊張感をファイトしている二人から貰ってしまっているのだ。

 

『……』

 

こうなると誰も声を出せなくなってしまい、会場に暫しの緊張が走る。

一呼吸をした後、三枚目の『ダメージチェック』が始まる。

 

『……!』

 

「……(ヒール)トリガー。パワーをヴァンガードに回してダメージを回復する……」

 

「な……何ぃ……!?」

 

まさかの二連続で引かれた(ヒール)トリガーは会場の人たちだけでなく、貴之にも十分すぎる動揺を与えた。

確率の問題だと片付けることも可能だが、これは向こうのイメージが勝ったと認めざるを得ないものだった。

仕方ないと割り切りながら気を取り直して、貴之はターン終了を宣言する。

 

「あ、あいつ耐えきりやがった……」

 

「あの攻撃も届かなかったなんて……」

 

(ヒール)トリガー二枚と言う奇跡が起きたとは言え、オーバーキルになる攻撃を耐えきったのは予想を上回っていた。

啞然した声を上げる竜馬とは別の場所で見ていた結衣も、開いた口が塞がらない状態だった。

その事態に誰もが驚いている中、友希那は一真の一回目のファイトを見終えた貴之の表情と言葉を思い出す。

 

「(そう言えば、何か無理矢理はぐらかしていたような……)」

 

――後で聞くことはできるかしら?ファイトを見ている友希那は、どうすれば聞き出せるかを考え出す。

その一方で一真は『スタンド』アンド『ドロー』を済ませ、『ライドフェイズ』に入ろうとしていた。

 

「ようやく見せる時が来たよ……僕なりに進んだ証というものを」

 

「さっきまで隠し通してたユニットだな……?いいぜ。お前のありったけを見せてきな」

 

「ならば遠慮なく……!今こそ幻の騎士が降臨する時……『ライド』!」

 

『アルフレッド・アーリー』となっていた一真が光に包み込まれ、それが爆発的に広がる。

暴力的な光に視界を奪われ、それが回復したころには先程の場所に一真の姿はなく、代わりに上空に何者かの気配を感じ取る。

そこには『ブラスター・ブレード』と似通っていながらも、どこか違う鎧を身に纏い、後髪が伸びている異質な騎士がいた。

 

「グレード4……『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』!」

 

「な……!『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』!?何てやつを隠してやがる……!」

 

目の前で見た貴之が慌てるのは当然で、このユニットの存在を知っている人たちも大きく動揺する。

実際に使っている一真以外で慌てていないのは、入れていることを教えて貰っている瑞希と、制御法を考えるのに協力していた瑠美。この二人と一緒にいることが多い故に事情をしる結衣の三人だけだった。

 

「ぐ、グレード4……!?まだ上があったんですか!?」

 

「あ、ああ……と言ってもその存在は非常に限られてるし、そう簡単に使えるもんじゃないはずだが……」

 

――マジかよ……始めて見たぞ?大会で使うなんてファイター……。驚きながら聞いてきた燐子に対して答える俊哉も、相応に動揺していた。

 

「採用者がいなかったのは……そもそも『ライド』が大変だからですか?」

 

「それもあるけど……。グレード4のユニットは使用するだけでもファイターにかなりの負担が掛かるのが問題なんだ……。大体の人はその負担に耐えられないからすぐに使用をやめたの……」

 

一真の『幻の騎士』と言う下りはいいものと思っていたが、全員の慌てぶりと採用者の少なさが気になったあこは率直に聞いてみて「何それ……?」と顔が少し青くなる。

貴之も前に『かげろう』にいるグレード4を使用したことはあるが、負担が大きすぎるのが理由ですぐに採用を諦めた程だった。

それを最後まで隠し切って投入したのだから、驚きがさらに大きくなっていた。

また、『エクスカルペイト』らグレード4のユニットを使用した後は疲労等が激しくなるので、一真が倒れた時が心配だということも今回の動揺に拍車を掛ける。

 

「(なるほど……『PSYクオリア(それ)』を制御に使うのか)」

 

問題である大きな負担は、『PSYクオリア』の力を制御に回すことで一真は解決して見せた。

裏を返せば『PSYクオリア』を使ってようやく負担を抑え込めている状態なので、迂闊に使うわけには行かなかったのだ。

 

「登場時『カウンターブラスト』を発動!『ソウル』を一枚残して全て『ドロップゾーン』に置くことで、『エクスカルペイト』はこのターンの攻撃で、全てのユニットとバトルすることができる!」

 

「(なんてこった!これじゃ戦線崩壊だ……)」

 

全てのユニットというのは、後列にいるユニットも含まれる。

さらに厄介なことに、『ガード』する際はどのユニットを護るかを指定する必要があり、全てを守りきることは不可能に等しい。

また、『エクスカルペイト』も『フォース』を所持しており、それはもう一度ヴァンガードに設置される。

 

「この一撃を受けて見よ……!『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ヴァンガードは『バリィ』で『完全ガード』!それ以外はノーガードだ!」

 

イメージ内で貴之の陣営にいたリアガード(仲間)たちは、『エクスカルペイト』となった一真が右腕のガントレットから作り上げた光の刃で薙ぎ払われ、退却させられる。

『エクスカルペイト』が持つ元のパワーは14000になっており、これを超えられるユニットは同じグレード4のユニットくらいになる。

 

「うわ……相変わらず凄い力だねぇ」

 

「暴れ馬を手懐けた結果がこれ……ということね」

 

「あれが……制御できたグレード4の力……」

 

この時ばかりは結衣も『エクスカルペイト』が見せる力に圧倒されていた。

グレード4が持つ能力は『ツインドライブ』で、グレード3の時と同じものになる。結果は二枚ともノートリガーで、一先ず危機を乗り切ったかと思った貴之だが、それはすぐに違うと感じ取る。

何せイメージ内で『エクスカルペイト』が、ヴァンガードであるにも関わらず光となって静かに消えようとしていたからだ。

これは『エクスカルペイト』が所有するスキルが関係しており、貴之は非常に不味い事態であることを瞬時に理解する。

 

「『エクスカルペイト』でアタックしたバトルが終了した時、手札から二枚を『ソウル』に置くことでこのユニットを退却(・・)させ、『ソウル』から『スタンド』状態で『ブラスター・ブレード』に『ライド』できる」

 

イメージ内で、『エクスカルペイト』となった一真が消えると同時に朝日が登り初め、それをバックにしながら『ブラスター・ブレード』となった一真がゆっくりと歩いてきた。

 

「不味い……もう一回攻撃が来る……!」

 

弘人の言う通り、もう一度攻撃が来るのは非常に苦しいところだった。

『ブラスター・ブレード』のスキルによる(クリティカル)の増加や、『ドライブチェック』の追加も大きいが、そもそも攻撃が増えること自体がやはり一番痛いところになる。

 

「荒れ狂う滝の竜を倒し、この戦いに終止符を打つ……!『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『アーマード・ナイト』と『ター』で、さらに『ラーム』でガード』!」

 

パワー43000の『ブラスター・ブレード』に対し、パワー53000と言うギリギリで防ぐことに挑む。

もう一枚を投入しても次が防げないので、これで防ぐしかなかった。

耐えればどうにかなると祈った貴之だが、この『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーだった。

 

「効果は全てヴァンガードに!」

 

「(これが次に……俺の超えるべき場所か)」

 

敗北を悟った貴之は自分の目の前にある目標と、次になすべきことが頭に思い浮かぶ。

イメージ内で『ブラスター・ブレード』の剣を受けた後の『ダメージチェック』はノートリガーで、残念ながら貴之のダメージは6になってしまった。

 

「これが僕の掴んだものだ」

 

「ああ。いいものを見させて貰ったぜ……」

 

倒れやしないだろうかと不安になっていた人たちは、一真がそんな様子も見せず貴之と会話する姿に驚くと同時に、彼が何らかの方法で制御して見せたと言う安堵が生まれた。

今まではこれでも自分にしか分からないくらいの負担はあったのだが、『PSYクオリア』に対して肯定的な目が強められたおかげなのか、その負担すら感じないで済んでいる。

その制御に成功したことと、『エクスカルペイト』を投入したこと自体を貴之は素直に称賛する。

 

「全国でまた戦うことになるだろうけど、その時は勝って見せるから楽しみにしてくれ」

 

「簡単に勝ちを譲るつもりはないけど……僕も楽しみに待っているよ」

 

この大会は確かに今の戦いで終わったが、まだ自分たちには全国大会がある。それを再確認することができた。

 

「じゃあ最後に……」

 

「そうだね。終わるときはしっかりとだね」

 

――ありがとうございました。良いファイトでした。二人が握手を交わすと同時に拍手が聞こえ、地方大会の終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと情けないところを見せちまったな……」

 

「そんなこと無いわ。最初から最後まで、いいものを見せてもらったもの」

 

大会が終わった後、商店街の近くで夕食を取ってから解散し、貴之と友希那の二人は家の近くの公園に来ていた。

夕食の時、一真は秋山姉妹たちと共に予定があった為同席していないが、貴之が気を利かせたことで玲奈と一真は互いの連絡先を交換できている。

友希那の前だから優勝で終わらせて格好をつけたかった思いがあったので、貴之は困った笑みをしていた。

最も、友希那からすれば全国へ進めなかった方が問題であり、ファイトの質が良かったのだから何も文句など言う場所は無いので、この話しはここでストップとなる。

 

「ところで貴之。一つだけ聞きたいことがあるのだけど……大丈夫かしら?」

 

「……聞きたいこと?」

 

「えっと、あまり言わない方がいいのなら無理に答えなくてもいいけど……」

 

――秋津君……何か持っているの?その問いに思わず大きな反応をした貴之は、同時にそれが答えを言っているようなものだと気づいて頭を抱える。

答える前にどうしてそう思ったかと聞いてみれば、「貴之が無理矢理話しを切り上げたから」と言われて反省しようと思いながら少し考え込む。

 

「なら友希那……このことは口外無用だって約束してくれるか?そうじゃないなら絶対に話すことはできない」

 

せめてものの誠意と言えば、最低限でも一真のファイター生活が保障されることだった。

友希那が頷いてくれたので、貴之は「ユニットの声が聞こえると言ったら信じるか?」と問いかけてから、『PSYクオリア』のことを話す。

また、貴之はこれをファイターとユニットの間に生まれた『絆の証』だと捉えていることも伝えて置く。自分の所感ではあるものの、参考があると少しは判断しやすいと思ったのだ。

 

「確かに……これは簡単に話せないわね……。無理に聞いてしまってごめんなさい」

 

「いや、いいんだ……これは俺の配慮不足が問題だから」

 

自分を信じてくれていると言うのは嬉しいのだが、聞いたものが聞いたものなので友希那は少し落ち込みながら頭を下げる。

貴之はそこまで気にしていないからいいものの、迂闊な反応は避けるべきだと改めて自分を戒めた。

『PSYクオリア』に対して貴之と近い意見を持った友希那が口外無用を約束したことでこの話しは終わり、次は全国大会までどうするかと言う話しに移った。

 

「今まで見送りしていたけど……いつまでも避けている訳にはいかねぇ。俺も対抗できるユニットを使おうと思う」

 

貴之もまた、『エクスカルペイト』を見てからその対抗馬となるユニットの使用を決意していた。

制御が難しく、大きな負担が掛かると言う代物をモノにしようと言う貴之を見て、友希那は一つの提案を出した。

 

「その挑戦……私にも手伝えるかしら?他の人程強くは無いから、あまり力になれないかもしれないけど……」

 

「俺としては嬉しいんだが……いいのか?そっちもコンテストが近いし」

 

友希那が手伝ってくれるのなら広い範囲でファイトと制御の練習も可能になり、貴之としては願ったりなことだった。

しかしながら今回の全国大会と、友希那たちが出るコンテストの日にちは全く同じであり、Roselia忙しくなるだろうから友希那を引っ張りだこにして大丈夫かと言う疑問が残る。

 

「Roseliaの結成と言い、『Legendary』の作曲と言い、私は貴之からもらいっぱなしで何も返せて無いの……だから」

 

――今度は私にも手伝わせて?優し気な笑みと同時に問われた貴之は、胸が熱くなるのを感じた。

友希那の目線で考えれば貴之もすぐに理解できたし、自分目線でもそうしてくれるのは嬉しい。

――友希那がそうしたいなら、尊重しよう。貴之は自分への気遣いを嬉しく思い、彼女の好意に甘えることにした。

 

「……分かった。そう言うことなら余裕がある時に頼んでもいいか?」

 

「ええ」

 

――もう一回、しっかりと踏み出していこう。話しが纏まってすぐに貴之は自分に言い聞かせた。




これにて地方大会終了。思ったより長かった……。

能力名は結局『PSYクオリア』に……名前が思いつきませんでした。

グレード4の『制御が難しい』、『使用者に負担が掛かる』というのは、アニメ(2018版)でグレード4を使用したことのある人が……

アイチ……『PSYクオリア』発現直後
櫂……アイチと同じく
タクト……ディスティニーコンダクター

とまあ見事に特殊な事情持ちだらけだったので、こちらでは何らかのデメリットを持たせようとなりました。
一応回数を重ねたり、工夫をしたりすれば一真のような『PSYクオリア』持ちでなくとも問題なく使用できるようになりますが、根気のいるものになります。

次回はようやくRoseliaシナリオ11話……つまるところ本編に戻ります。二ヶ月近く、長らくお待たせいたしました……(汗)。


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イメージ32 再動と苦悩

久しぶりに本編の話しです。
予告通りRoseliaシナリオの11話なのですが、思ったよりも話しが短かったので独自展開を幾つか盛り込んで見ました。


「おねーちゃん、おねーちゃん」

 

小さい頃はそうやって自分を呼ばれても何ら疑問や嫌悪感を持ちやしなかった。

妹の彼女の方が例え上手にできようとも、自分がやるからこれをやりたいと言われても特に反対等もしていない。この頃はその差は特に気になる程ではないことも影響していた。

あまつさえは双子だからと同じ部屋を用意されても、文句の一つは出やしないで、寧ろ喜ばしくすら思っていた。

 

「あら……!こんなにできたのね……」

 

しかしながら、時が経つに連れてその能力差が気になるレベルになってしまい、そこから彼女と同じことをするのが嫌になった。

自分は頑張ってここまで来ても、彼女はちょっとやっているだけであっさりとそれを越えていく。

無論彼女に悪気はないのだろう。しかしそれでも、自分にとっては「何があろうと自分を超えることはできない」と言われているようで堪らなかった。彼女が「飽きちゃった」とすぐに辞めることも負の感情に拍車を掛けていた。

また、やはり双子なだけあってどうしても比較されがちになり、「あっちの方が……」と言う言葉を聞くと耳を塞ぎたくなる思いになった。

小学を終えるにあたって花女の中等部へ行こうとしていたが、最初から選んでいれば彼女が真似して被せて来るのが目に見えていたので、ギリギリのタイミングまで羽丘を選んでおき、最後の最後に花女へ変えるというやり方で振り切る選択すらした。

また、受験が終わったのを境に部屋を別に変えてもらったり、ギターを始めたりもしている。当時は資金面の問題で彼女は始められないで終わっていたが、近日彼女のギターに手を触れた。

 

「最初に立つ位置は誰だって同じだ」

 

そうして嫌悪感を抱いたりしたことがあって、今一自分を好きになれない時間が続く中、根本的なものを一人の少年が思い出させてくれた。

この言葉を聞いて思い返して行くと、自分も彼女も最初は分からないなりに試行錯誤する時間はあることを思い出せた。これは目の前の少年も変わらないと確信できた。

また、自分と同じく一つの物事に打ち込んでいることもあり、「信じてもいい」と思っていたところ、彼は前回の優勝者に惜敗を喫した。

――どうして……こうも無情なのかしら?そう思った瞬間、突如として自分の目の前が真っ暗になる。

 

「……えっ?」

 

何があったんだと思っている矢先、後ろから何者かに肩を掴まれてびくりと体を震わせる。

――可哀想だよねぇ……。あんなに頑張ったのに(・・・・・・・・・・)勝てないなんて?自分がよく知る声で、普段なら絶対にしないような言い回しで問いかけて来た。

そう感じたのは、普段の彼女ならば「どうして……」と分からないから問うのだが、こちらは明らかに分かりきっている様子だった。

 

「や……やめて……」

 

自分もああなるのかもしれない。そう考えながら返した声は酷く震えていた。

しかしその声の主は止めることをせずにほくそ笑み、自身の顔を紗夜の耳元まで近づける。それは振り向かないと絶対にその顔が見えないが、近すぎてその人がいることは分かると言う非常にいやらしい位置だった。

――次は……あなたがああなるんじゃないかな?まるで嘲笑うかのように、彼女は自身の抱えているもの(コンプレックス)をぶり返すように問いかけて来た。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

大会が終わった翌日の朝――。紗夜は慌ててベッドから体を起こし、肩で息をしながら左右を見渡す。

 

「夢……なの……?」

 

普段なら毛布を雑に扱わず、バッチリと目は覚める。

しかし今日は目は覚めているものの、毛布の扱いは少々雑なものになっていた。

原因とすれば昨日見に行った地方大会もあるが、帰った後にもう一つその原因であろうものを紗夜は見ている。

 

「(もうすぐで日菜も、人前でライブをすることになる……)」

 

昨日見せてもらったポスターがあり、それは日菜の入っているチームがバンドのライブをすると言う告知のものだった。

チーム名はPastel*Palettes(パステルパレット)――。後に『パスパレ』という呼び方をされるようになるチームである。

彼女らは『アイドルバンド』という、言わば『バンドをするアイドル』で売り出していくつもりであり、そこに入った日菜もアイドルとして扱われることになる。

それを聞いた紗夜は「バンドをするんじゃなかったの?」と聞いてみたが、「バンドはやるよ?面白そうだったからここを受けたし……」と興味本位に近いことが判明した。

別にダメと言うつもりは起こらなかったが、今度は彼女がアイドルとしてしっかりした対応をできるかと言う問題が発生する。

時折自覚無しに人を怒らせてしまう面を持つため、ここばっかりは本当に不安でならなかった。

 

「それにしても……ひどい汗ね」

 

ある程度冷静さを取り戻したところで、紗夜は自身がかなり汗を掻いていることに気付く。

気温が上がり始めていることもあるが、今回は先程まで見ていた夢が原因だろう。

時計を確認すると、いつも起きる時間とそこまで変わっていないことが分かって少し安心した。

普段から早めに起きる紗夜は、朝食を取る前も家族を起こさぬよう気を付けながらギターの練習をするか、勉強をするかのどちらかを選ぶのだが、ここまで汗を掻いてしまった以上はそんな気にはなれない。

 

「(シャワー……浴びてきましょう)」

 

今日は練習もあるのだから、いつまでも動揺しているわけにもいかないし、このまま行くのは流石に抵抗感がある。

一度気持ちを落ち着かせる意味も込めて、紗夜は着替えを準備して浴室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

紗夜が最悪に近い寝覚めをしてからおよそ二時間後――。貴之は自宅にて早速デッキの組み直しを始めていた。

一真とのファイトを経由して、こちらも『エクスカルペイト』に対抗できるユニットを用いたデッキを組むことにしたのだ。

しかしながら、こう言ったデッキを組む際でも貴之は『オーバーロード』を入れることは忘れず、それらに固執しすぎないようにと今後も使って行けそうだと思ったユニットは残していく。

交代すると判断したユニットの所には、対抗馬として使用するユニットのサポートを行えるユニットを宛がう。

――再び私を呼ぶか……。己に掛かる負担は忘れていないのだろう?デッキを組み終えたところで、今回の新たな切り札足り得るユニットに声を掛けられたような気がした。

 

「忘れちゃいねぇさ……。ただ、体が追いつかないからって目を背けるのはもう終わりだ」

 

――覚悟を決めたと言うことか。だが、私を抑えるのは楽でないぞ?心意気を理解された直後、再び問いかけがやって来た。

何しろ貴之は『PSYクオリア』を持っておらず、一真のようにその負担を強引に抑えることは不可能である。

故にそのユニットは、本当に大丈夫かを釘刺すように二度も問いかけたのだろう。

そう言われれば貴之も即答と言う訳には行かず、一回自分の胸に問いかける。

 

「大丈夫だ……。お前を使いこなしてこそ、俺の辿り着くべき場所へ行ける……」

 

――俺も努力を惜しまないから、お前も力を貸してくれ。貴之が頼むと、今度はそのユニットが少々考え込む。

少し時間を掛けてから「そこまで言うなら、お前の覚悟を見せて貰おう」と告げ、納得した旨を見せる。

その直後に静かに去っていくのを感じた貴之は、どうにか説得できたと安堵してため息をつく。

デッキを組んだので早速ファイトをするべく外出の準備をするのだが、今回はいつものようにファクトリーへは行かず、代わりに瑞希が移店したと言っていたショップに行くつもりでいる。

瑞希に寄ってくれと言われたのもあるが、秋山姉妹間っ子である結衣との約束を果たす為でもあった。

 

「(待ってろよ、結衣……)」

 

――俺のファイト(努力)で『PSYクオリア(運命)』を覆してやるからな……。今はショップにいるであろう彼女に心の中で呼びかけてから、貴之は外へ出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

時間は少しだけ遡って、紗夜が最悪な寝覚めをした時と貴之がデッキを組み直している時の丁度間辺りになる。

チームでの練習前に自室で自主練をしようとしていた紗夜だが、結局落ち着き切らないまま練習している際に日菜が入ってきたら何を言うか分かったものではないのに気づき、逃げるように楽器屋へと足を運んでいた。

練習があるから当然ではあるが、後々練習が終わるまで戻らなくても良いようにと予めギターは持って来てある。

友希那と考案した課題を三人がしっかりと達成できているかを確認する日でもあるので、今日の練習は皆気合いを入れているだろうことは明らかだった。

 

「(どうなっているかしら……?)」

 

「おっ、久しぶりだね紗夜ちゃん」

 

気になっている際に、この店の店主である男性から声を掛けられる。

度々世話になっているこの店だが、テスト期間に入って以来一度も来ていなかったので、紗夜は久しぶりの入店だった。

 

「この間のライブ凄かったらしいね!」

 

――ほら、写真載ってるよ!と彼は携帯電話を操作してその記事を見せてくれる。友希那の影響が強いのもあるが、注目されているのは確かだ。

確かに、カメラを持っている人が何人か来ていたなと思い返していた紗夜は、ちらりと彼の背後にあったポスターに気付く。

貼られているポスターが昨日も日菜に見せて貰ったものと同じだったので、思わず顔をしかめた。それが原因で写真の写りが悪かったのかと心配されてしまい、理由を説明した。

それによって理由に気づいた彼がPastel*Papettesのことを説明してくれるが、既にそのメンバーにいる人から聞いてしまっている紗夜は新鮮味を感じられず申し訳ない気持ちになる。

 

「……ん?そう言えばこのギターの子、紗夜ちゃんに……」

 

「(……!また、これが始まると言うのね……)」

 

彼に別段悪気が無いのは分かる。姉妹で、しかも双子なのだからこういった反応はすぐに起こるのだ。

しかし紗夜に取ってこれは一番嫌なことで、今日の寝起きから危険を感じて早く外へ出た矢先にこれは堪える。

――分かっていたのに、どうして忘れていたと言うの?日菜がギターを始めることに反対しなかった時のことを思い出し、紗夜は自分すら責めた。

 

「私……その……練習がありますから、これで……!」

 

このまま居続けたら取り乱す可能性が否めないし、抱いた悪感情も振り払いたいので紗夜は強引に話しを切り上げて店を出ていく。

恐らく今朝まで見ていたあの夢は、貴之が決勝戦で惜敗し、自分が「どれだけ努力しても、才能と言う絶対的な壁を超えられない」と考えた所に付け入られたのだろう。

――どうしてそこまでして否定するの……!?早めにライブハウスへ移動しながら憤る紗夜だが、その悩みに答えてくれる人は近くにいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~……貴之もそう言うのに手を出すんだね?」

 

「ヴァンガードが絡んだからって考えると納得できるけど、あこも意外だと思ったんだ~」

 

ライブハウスに集まり、練習に一度休憩を入れた際、貴之のことが話題に出た時のリサの反応とあこの感想だった。

過程としてはリサがあこと燐子が普段やっている『NFO』のことを聞いた際に、途中で貴之もやっているという声が上がったことがこの反応へ繋がる。

小学生時代を知るリサからすれば、そう言ったことは俊哉たちと絡んでいる時くらいなので、思いの外新鮮に思えた。

 

「じゃあ貴之と一緒に遊んでないのは時間の都合なんだ?」

 

「お互いに立て込んでますから……やること終わらせてから顔合わせしようって話しになったんです」

 

燐子が口にした『立て込んでいる』と言うのはすぐに分かった。全国大会とコンテストだ。

両方とも同じ日に開催されることになっているので、応援に行けないのは少し残念なところではあるが、それは仕方ないだろう。

そこから彼女たちは「コラボで出てた装備」の話しや、「レベル差はどれくらいか」等の話しにシフトしていく。

 

「全員、課題をこなせていたわね」

 

「そうですね。全く問題ありませんでした」

 

友希那の声に簡単な反応した紗夜は、そのまますぐに閉口してしまう。

確かに全員課題をこなしており、着実にレベルが上がっている。このまま行けばコンテストで優勝することも夢ではないだろう。

普段ならそれなりに話題に食いついたりしようとしたはずだが、今回のような行動をしてしまったのは今朝見た嫌な夢と、昨日の大会が理由だった。

 

「(あんなものを見てしまえば、どれだけやっても無駄と言われているようにしか思えないわ……)」

 

もしも貴之(先導者)との関わりがRoselia(自分たち)になく、目の前で話している三人があこの姉の話題に方向転換していたのなら荒れていたと言える自信はある。

寸前で引き止める要因があるから荒れはしないものの、平静を保てるかと言われればそれはまた違った。

流石にそんな様子を見ていたらすぐに分かってしまうのだろう。友希那がこちらに声を掛けてきた。

 

「何かあったの?」

 

「い、いえ……その……」

 

一度だけ三人の方を見てみるが、今は話しに夢中になっているのでこちらには気づいてない。

しかしながら自分の思っていることをそのまま話すと言うのは、それはそれでどうなんだとも思っていた。

何しろ内容が内容なので、信じられないと言われるか、厳しい 責が来るかのどちらかだろう。

 

「言いづらいなら無理に言わなくてもいいけど……その調子だと今日は自分を休ませた方がいいわ」

 

「……すみません」

 

実際のところ、友希那も紗夜がこうなったことに思い当たる節はあった。

勉強会を開いた日も同じ姉と言う立場を持つ小百合に悩みを打ち明けたこと。そこから繋がる貴之(努力)一真(才能)に負けたこと。そしてしまいには最近貼られるようになった日菜がいるチームのポスターだ。

友希那は話しを聞けたから事情を知っているものの、大半の人は一真を才覚の人間だと思うだろうし、実際に日菜との才能の差に苦しめられた紗夜からすれば、あの結果は何らかの影響を与える可能性は確かにある。

 

「あの三人には私が言っておくから、あなたは一度見るべきものを見てくるといいわ」

 

「見るべきもの……ですか?」

 

どういう事か分からず紗夜は首を傾げた。頭を冷やせと言われるだろうと思っていたので少々面食らったのもある。

 

「貴之は今日から、あのユニットを……引いては、彼に打ち勝つ為の第一歩を踏むらしいわ」

 

――あなたはそれを見て、悲観する必要がないことを理解して来て欲しいの。頼み込むように告げられ、紗夜は少しの間固まった。

それと同時に、友希那から話しを聞いた紗夜は何が違うのかが気になったのも事実だった。

なら、この提案には乗った方が良いだろうと考えて荷物を纏め始める。

 

「手間をかけさせてすみません。一度行ってきますね」

 

「ええ。しっかりとした答えが見つかるといいわね」

 

――ファクトリーに行けばいいのかしら?一先ず出てから考えようとなった紗夜は「お先に失礼します」と告げて部屋を後にした。

 

「……あれ?紗夜さん、どうかしたんですか?」

 

「急用ができてしまったみたいなの。だから今日はこの後、私たち四人で練習することになるわ」

 

流石に紗夜が先に帰れば反応し、気になるのは無理もないので友希那はそれと無く答えた。

実際のところ、今日の紗夜は何か抱え込んだままで練習に集中し切れていないため、一度休ませた方がいいとは考えていた。

悩んでいる内容が内容だったので、あの手合いは自分よりも貴之の方が向いていると言うことで今回の選択に至った。

無論、自分が才能に胡坐をかいているわけではないのは最初の頃に伝えてはいるが、目の前で大きなものを見せるなら普段から共に練習している自分では難しいものがあった。

そう言った理由から、今回デッキを一新して再スタートを踏む貴之に白羽の矢が立つことになった。

 

「あっ、私も電話をしなければならないから少し席を外すわ。大丈夫なら先に始めてて頂戴」

 

実際のところ全てアドリブでどうにかしていた為、状況を伝えるべく友希那は携帯電話を片手に部屋を出る。

話している間に何があったか分からなかった三人は、顔を見合わせて首を傾げることになった。

 

「(紗夜は何があったかを正直に話してくれた……)」

 

友希那は自分だけどう言った理由でバンドをしているかを話していないことを思い出す。

今回の悩みは私情の強いものであったが、そもそも自分が私情にまみれている事情持ちなのでとやかく言うつもりはない。それ以上に彼女は話してくれたのにと言う情が上回っている。

 

「(私もどこかで、このことを話すべきでしょうね……でも)」

 

――リサはともかく、他の人はどうなるかしら?考えた途端に不安を感じた友希那は、逃げたい気持ちもあって必要以上に三人のいる部屋から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日も行ってくるの?」

 

「ああ。デッキを組み直したし、全国まで時間も無いからさ」

 

デッキを組み終えた貴之は、早速瑞希たちが経営するカードショップへ行こうとしていた。

家の中にまだ小百合がいて、一声かけたらそのことを問われたので肯定しながら理由を話す。

確かに昨日は惜しくも優勝を逃したが、大事なのは次の全国大会。そこで勝ち切ればいいのだ。

 

「昨日の今日なんだから、少しくらい休んでもいいのに……」

 

大会が終わったのにまたすぐファイトに向かう。そんな弟の様子を見た小百合は困ったような笑みを浮かべる。

姉の言い分も分かるがそうも言ってられないので、貴之は気持ちだけ受け取っておく旨を返す。

 

「じゃあ、帰る時と飯食う時は連絡入れるよ」

 

「分かった。気を付けてねー」

 

小百合に見送られながら、貴之は玄関のドアを開けて外に出る。

早速目的のカードショップへ足を運ぼうとしたところで、携帯に一本の電話が掛かってきたのでそれに応じる。

 

「もしもし?」

 

『貴之、いきなりでごめんなさい。今大丈夫かしら?』

 

「……何かあったのか?」

 

『実は……』

 

電話の相手は友希那で、彼女から今日の練習中に何があったかを教えてもらう。

友希那が電話の為に一度部屋を出たのもこの為で、話しを聞いた貴之は自分の状況を伝えて大丈夫であることを告げる。

 

『ごめんなさい。本当は私たちでどうにかするべきことなのに……』

 

「いや、大丈夫だ。俺も原因の一端になっちまってるしな」

 

――後は任せてくれ。そう言葉を投げかければ友希那も納得してくれ、ここからは貴之が引き受けるのが決まって電話は終わった。

この直後紗夜に電話をかけようとしたが、一瞬だけどうやってこの事を持ちかけようかに悩む。

 

「まあ、正直に伝えればいいか」

 

変に理由を考えたら拒否される可能性が高いので、深い理由は考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「来てくれたみたいだな」

 

「ああ言われれば、流石に無視はできません」

 

貴之が呼び出すのに使った言い分は、端的に言うと『才能に打ち勝つ努力を見せてやる』だった。

丁度紗夜が苦悩している際に、大会を終えた直後の貴之がそう言うのだから確かに効果はあった。

本来なら無視して帰っても良かったのだが、家に帰ってもまともな練習どころか荒れる可能性が高いし、かと言って暇つぶしに有効な場所をあまり知らないので、貴之からの持ち掛けは渡りに船だったというのも拍車を掛けている。

 

「それで?中に入るのですか?」

 

「いや、今日は別の場所に行くんだ」

 

今は『カードファクトリー』の前にいるのだが、今回は秋山姉妹が経営するカードショップに行くつもりである為、貴之は紗夜を案内する。

 

「俺が一回戦で戦った人は本来、カードショップを経営しててな……その人に宣伝されたから行こうと思ってる」

 

「カードショップをやっている人が大会に……ですか?」

 

話しを聞いた紗夜は少々不思議にも思った。店員が多いから大丈夫なのだろうか?そう思ってしまった。

実際には移店してから開店前の時間だから余裕があったと言うだけであり、そうでなければ大人しく店にいただろう。

 

「(それに、結衣のこともあるからな……)」

 

己の力で『PSYクオリア』に勝つ。それが結衣に誓ったことであった。

否定的な見解を持っている彼女は、自身の持っている事情から『PSYクオリア』にかなり悩まされている。

昨日は悪いことをしてしまったが、今回はそんなことをしないのを見せてやろうと思ったところで、目当ての店に着いた。

 

「こんなところにあるんですか?」

 

「マップ見た限りはらしいぜ」

 

――また人が来ない穴場みたいな場所になるぞ……?紗夜の質問に答えながら、貴之は瑞希に問いかけたくなった。

しかしながら、そう言った場所は今回のようなとあるユニットの練習にはこの上ない程最適な場所となるので、そう言った意味ではありがたいと思っている。

場所は橋を渡らなくていいものの、それでも後江と同じくらいかそれより少し短いかくらいまでの距離がある上、そこの店がある道は狭いと言う貴之らのように商店街の近くにいる人は来ないだろうところだった。

 

「着いたぞ。ここが俺の来ようとしていたカードショップだ」

 

「『レーヴ』……ですか?」

 

貴之に案内されてきたカードショップの名前は『レーヴ』……フランス語で夢の意味を持つ名称のカードショップだった。

ここが秋山姉妹の経営しているカードショップであり、あまり人が来ないことから誰か一人でも来れば夢のようと言いたいのか、それとも人目のつかぬ状態で秘策を立てられる夢のような場所と言いたいかは、ここへ訪れる人たち次第だろう。貴之や一真の場合は後者になる。

 

「来てくれってここの人に頼まれてもいるからな……入るとするか」

 

あまり店前で時間を掛けるのもどうかと思った貴之はドアノブに手を掛ける。この店はファクトリーやルジストルとは違って自動ドアではないのだ。

ドアを開けて貴之と紗夜が中に入ると、カウンターで何かの整理をしている瑞希の姿があった。

 

「あら、いらっしゃい。そっちの子は彼女さんだったり?」

 

「それに関しては外れですね」

 

ドアを開けた時は取り付けてあるベルがなるようにしているのだが、それの音に遅れて反応した瑞希が自分たちの来店に気づいて声を掛けてくる。

瑞希の質問に否定しながら貴之は紗夜のことを友人だと紹介しておき、紗夜と瑞希が互いに自己紹介をする。

 

「何というか……カードショップにしては、明るさが少ないような気がするのですが」

 

「最初は明るさも確保していたけど……この店はあまり人が来ないから、落ち着いた雰囲気にしようって方針に変えたの」

 

ファクトリーと比べるとそれなりに暗めだったので、紗夜は少々戸惑い気味だった。

紗夜の場合は最初に入った場所がファクトリーというのが大きいが、他のカードショップを見て回ってきた貴之もこれに関しては同感だと思っている。

経営事情からすれば人が来ないことがお金を稼ぎづらいということに繋がり、費用削減の為と物悲しい事情に早変わりしてしまう。

 

「そう言えば……あの二人は、今出ているんですか?」

 

「ええ。でももうすぐ戻ってくるわよ」

 

――噂をすれば……かしらね?貴之の問いに回答したところで、丁度結衣と瑠美が帰って来た。

 

「ただいまー……って、貴之さん来てたんだ!そっちの人は彼女さん?」

 

「瑠美も瑞希さんと同じことを聞くか……」

 

――俺は友希那が好きなんだけどなぁ……。しかしながらこの店には一真を引き連れて来る以外は基本一人だったので、こう問われるのはやむ無しだと貴之は少し割り切りができていた。

ここを離れてから少しした後は呼び方に気を付けたりしている貴之だが、秋山姉妹はそうする前に一度だけ結衣と会っていたことから例外としている。と言うよりも、その方式に変えるのが難しかったというのが正しい。なので彼女たちを名字呼びはしていない。

出会った当時の結衣は三姉妹の中で唯一ファイターとしての気質の強かった少女だが、とあることが理由で一線を退いている。

 

「昨日は悪かったな……」

 

「気にしないで。それよりも貴之、あなたがここに来たと言うことは……」

 

あのファイトが理由で堪えてしまったかもしれないと思っていた貴之は一度詫びるが、事態が重くなっていないことに安堵する。

そして結衣が問おうとしたことに、貴之は頷いて肯定を返す。

 

「戻って来たところで悪いんだが……ファイトの相手を頼んでもいいか?」

 

「……分かった。準備するから少し待ってて」

 

本当なら拒否してもよかったのだが、貴之の目から「俺を信じろ」と言わんばかりのものが見えたので、結衣は信じることにした。

ファイトを受けることにした結衣は、荷物を置いてデッキを取りに行く為に一度カウンターの奥にある部屋へ入っていった。




11話は紗夜を主軸に置かれた話しなので、そこを守ろうとした結果冒頭の下りが起きたりしました。変更点としては……
・紗夜が悪夢にうなされるところからスタート
・悩まされる内容が二つに増えてしまった(これは一真の事情を知らないのが原因)
・休憩中に出た話題はあこの敬愛する姉()ではなく貴之とNFO関連のことに
・友希那が気を利かせ、紗夜が荒げる前に理由をでっち上げて帰れる理由を作る

大体こんな辺りでしょうか。
次回に一度グレード4のデメリットを紹介する為にも少々強引な理由作りとなってしまった感じはあるので、もしそう感じた人がいるなら教えて頂けると幸いです。今後の展開で似たようなことが起こった場合は改善に努めます。

そんなことで次回はファイト展開になるのですが、何を出すかはもうバレてるんでしょうね……(笑)。


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イメージ33 運命(イメージ)を覆す超越龍

サブタイで何が出るかはバレてるかもしれませんね(笑)。

ちなみにガルパの人気投票ですが、私はRoseliaに全票入れています。


「ところで、氷川さんはユニットの声が聞こえたりしたことはある?」

 

瑞希の質問に、紗夜は首を横に振ることで否定を返す。

そんな経験が自分には一度も無いが、貴之のようにヴァンガードを続けていると起こるかもしれないので紗夜は本当にそれがあるのかを聞いてみた。

 

「貴之君が立ち向かおうとしているのは、本当にそう言ったことができる人なの」

 

「(さっき、才能に打ち勝つ努力と言っていたのは……その力を持った人に再挑戦するからなのね)」

 

話しを聞いた紗夜は貴之がそう言った理由を悟る。正直に言って凄いとすら思えていた。

――今の私では、すぐに折れ(諦め)てしまうわ……。自分のことを考えると陰鬱な表情になる。

 

「貴之……私は『PSYクオリア』を?」

 

「ああ。最初から最後まで頼む」

 

――俺は『PSYクオリア(それ)』を負かしに来たからな。結衣が『PSYクオリア』を嫌っていた理由は自分が持っていて、一真よりその力で勝つことに嫌気を差したからである。

貴之が結衣を相手に選んだ理由もここにあり、越えなければ一真に太刀打ちするのが難しくなるからだった。

 

「……『PSYクオリア』?」

 

「それが……ユニットの声を聞ける能力の名前なんです」

 

瑠美が基本的に口外無用であることと、細かい詳細を伝えると、紗夜は難しい表情となり、現状ではどちらとも判断できないと言う結論を下す。

少し落ち着くと、気になったことが一つあることに気づいた。

 

「そうなると、貴之君は持っていてもおかしくないのですが……」

 

彼なら絆の証と肯定的に捉えるのは間違い無いだろうし、それができれば喜ばしく考えるだろう。何よりも日頃からイメージを大切にしている彼なら持っていてもおかしくはないのだ。

そう言われた瑞希と瑠美は顎に手を当てながら考える。

 

「貴之さんの場合は己の力で勝ちたいという意地か、ユニットと共に無意識の間でここに来るまでは要らないと意思疎通ができてしまっているのか……そのどっちかだと私は思うんですよねぇ~」

 

「私も全く同意見よ」

 

二人の話しを聞いて、それならばおかしくはないと紗夜も思えた。自分も貴之の立場でいるなら現段階で欲しいとは考えないだろう。

 

「じゃあ、これで行くからね?」

 

「悪いな……それじゃあ始めるか」

 

結衣の瞳の奥が渦巻いたものが見えたことを確認した貴之が詫びると同時に促し、結衣もそれに頷く。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

――貴之君……大丈夫かしら?互いがファーストヴァンガードを表返すのを見て、紗夜は不安になった。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』!『ぐらいむ』」

 

デッキに編集を加えたものの、貴之のファーストヴァンガードは変わらず『アンドゥー』のままである。

対する結衣が『ライド』したのは『ぐらいむ』……つまるところ、使用クランは『ロイヤルパラディン』だった。

それを見た紗夜は、嫌なものを感じていた。

 

「『ロイヤルパラディン』……文字通り昨日の今日じゃないですか」

 

おあつらえ向きでもあるが、何かの嫌がらせかと思えてしまっていた。

何しろ『ロイヤルパラディン』は一真が使っていた『クラン』であり、まるで巨大な壁のようにも見える。

だが、肝心のそれと対面する貴之は全く動じている様子は無い。全てはここからと言うことだろう。

 

「まずは……『バー』に『ライド』!一枚ドローして『ラオピア』を『コール』!」

 

ファイトは貴之の先攻で始まり、手始めに『ラオピア』を後列中央に『コール』する。

 

《まずは準備から……》

 

「……『ライド』!『ナイトスクワイヤ・アレン』!一枚ドローして、『ぽーんがる』を『コール』!」

 

――やはり、この声が聞こえる……。結衣は少々の嫌悪感と罪悪感を感じながら自分のターンを行う。

後列中央には青い体を持つ犬型のモンスターの『ぽーんがる』を呼び出す。『ぐらいむ』と比べれば少々細身な体を持っている。

 

「……?見たことのないユニット……」

 

「なるほど……『ぽーんがる』を見るのは初めてだったのね」

 

「『ロイヤルパラディン』はユニットの種類が多いですからね……」

 

『ロイヤルパラディン』は他の『クラン』に比べてユニットの種類がかなり多い。

それが軸になるユニットの多さと戦術の多さに繋がり、何が来るか分かりづらいと言うのが強みとなっている。

また、紗夜は『バーサーク・ドラゴン』のことを警戒しなくて良かったのかと考えたが、結衣の場合は『ソウル』を稼ぐことが目的なのでこちらが優先だった。

 

「『ぽーんがる』がリアガードに登場した時、このユニットと同じ縦列に他のユニットがいるなら『ソウルチャージ』!」

 

スキルによって山札の上から一枚が『ソウル』に置かれる。

その時のカードは(ドロー)トリガーであり、追加で効果が発動されることとなった。

 

「このスキルで『ソウル』に置かれたのが『トリガーユニット』の場合、『ぽーんがる』のパワーはプラス5000される!」

 

これで『ぽーんがる』のパワーは13000になり、攻撃を通しやすくなった。

 

「じゃあ攻撃……『ぽーんがる』の『ブースト』、『アレン』でヴァンガードにアタック!」

 

「これは防いでも割に合わねぇな……」

 

パワー差が大きいこと、次のターンで『バーサーク・ドラゴン』のスキルを狙えることから貴之はノーガードを選択する。

 

《到着しました》

 

「っ……『ドライブチェック』」

 

嫌な宣告を聞きながら行った『ドライブチェック』で、結衣は(クリティカル)トリガーを引き当てる。

そこで結衣の表情は曇り、貴之もいきなりの(クリティカル)トリガーを前に少し焦る。

幸いなのはこの時の『ダメージチェック』で一枚(ドロー)トリガーを引けていることで、次に繋げるのは楽になる。

 

(クリティカル)トリガーを引いたのに、嫌な顔……?」

 

「ユイ姉は、本当なら自分の力で戦いたいと思っているんです……だから、『PSYクオリア』を使うのは嫌で……」

 

疑問に思ったところで瑠美から教えて貰い、紗夜はその理由を理解する。

今回は貴之の頼みとは言え、『PSYクオリア(使いたくないもの)』を使っているのだから、それは嫌気を感じるのも道理だ。

 

「(一真君も同じ理由で悩んでいたけど、昨日の決勝戦が終わった頃には解決していた……)」

 

昨日の夜、秋山姉妹は一真と共に行動していたが、その時はもう既に『PSYクオリア』に対する解決の糸口を掴んでいた。意外なことは貴之以外の人がそれを気づかせてくれたとのことだが、今回はその当人がいない。

――貴之君、あなたはどうやって救うのかしら?目の前で戦っている彼に、瑞希は期待の眼差しを向ける。

 

「『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『ぽーんがる』を退却させて一枚ドロー……」

 

《私のことは気にせずに……》

 

『バーサーク・ドラゴン』のスキルで焼き払われた『ぽーんがる』が結衣に託す旨を伝え、退却していく。

更に前列左側に『ラーム』、後列左側に『バー』が『コール』される。

紗夜からすれば貴之のよくやる行動を見ているで終わるのだが、結衣の場合はそうも行かない。

 

「(まだ足りない……このままじゃいずれ、この結末(イメージ)に辿り着く……!)」

 

自分が『PSYクオリア』によって見せられているものがあり、使用している場合はこれが一度も覆らなかった。

それは昨日決勝でギリギリまで一真を追い込んだ貴之すら例外ではなく、結衣が『PSYクオリア』を嫌う理由に拍車を掛けている。

 

「こっちも行くぜ……『ラオピア』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

《受ければ用意が遠のきます》

 

「……ノーガード」

 

本当はこの声無しに戦いたいが、この声に背いた場合は確実に負ける。そんなカンニングペーパーを見ながらテストを受けるような感覚に悩まされながら、結衣はファイトを進めていく。

今回の『ドライブチェック』、『ダメージチェック』は共にノートリガーで、大きな変化がないまま結衣のダメージが増える。

次の『バー』の『ブースト』を受けた『ラーム』による攻撃も次のターンの為に受け、ノートリガーの結果に終わる。

これで貴之のターンは終わり、再び結衣のターンがやって来る。

 

「『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

このターンで結衣が『ライド』したのは『ブラスター・ブレード』。ここまでは一真がよく行う『ライド』のパターンだった。

 

「ユイ姉はこのターン、スキルは使いません」

 

「……ユニットを退却できるのにですか?」

 

今まで一真の動きを見てきたことで、退却効果を使えるのを知っていた紗夜は瑠美の一言に驚いた。

前列に『ラーム』が存在するため退却させることは可能なのだが、使わないと言うのはどういうことだろうか?この理由は『ソウル』にあり、紗夜が答えを知るのは次に結衣のターンが回ってきた時になる。

 

「『うぃんがる』と『ふぁねるがる』、さらに『ハイドッグブリーダー アカネ』を『コール』!」

 

後列中央には『ブラスター・ブレード』が最大効力を発揮できるように『うぃんがる』、前列右側には黄金の毛並みが特徴の犬型モンスターの『ふぁねるがる』、前列左側には赤い髪をサイドポニーで束ね、調教と戦闘のどちらにも耐え得る特殊なムチを手に持った女性『アカネ』が『コール』される。

結衣のデッキはここから少しずつ、一真のデッキと比べた時の違いが増えていく。

 

「『アカネ』の登場時、『カウンターブラスト』してスキル発動!山札の中から『ぽーんがる』を一枚まで探し、リアガードに『コール』できる!」

 

このスキルで後列左側に『ぽーんがる』を『コール』し、スキルも発動する。この時の結果はノートリガーなので、パワーが上昇することは無い。

しかしながら、この段階で『ソウル』は4になっており、貴之は次のターンで何が来るかは予想出来ていた。

 

「(間違いねぇ……結衣は何か一つの結末(イメージ)を見ている)」

 

『PSYクオリア』には結末が見えると言うものも存在している。

一真の場合はユニットとの会話を積極的に行うためにそちらが優先されているが、結衣の場合は消極的な分これが見えやすくなってしまっている。

これを何度も見ていく内にファイトへの意欲は低下し、それなら一線を引こうと言う考えになっていたのだ。

 

「攻撃するね……『ふぁねるがる』でヴァンガードにアタック!」

 

攻撃した時、仲間から『ブースト』を受けていたなら『ふぁねるがる』はスキルを使えたのだが、残念ながら今回は使用ができない。

使用した場合は『カウンターブラスト』をすることで『ソウルチャージ』をし、『ふぁねるがる』のパワーが5000増えると言うものだった。

貴之はノーガードを選択し、イメージ内で『ふぁねるがる』が口に加えている短剣に切り裂かれる。

『ダメージチェック』では(ドロー)トリガーを引き当て、次の攻撃が防ぎやすくなる。

 

「『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ゲンジョウ』!お前に任せた!」

 

《勝機は次の番……故に我らは待つ》

 

手札が一枚増えたこと、『ブラスター・ブレード』の(クリティカル)が増えていることから『ゲンジョウ』で確実に防ぐことを選ぶ。

この時の『ドライブチェック』はノートリガーだが、どの道今回の攻撃は届かない為、そこまで気にしていない。

一真の時とは違い、今回のノートリガーはさっきのターンで引いたからだろうとまだ納得しやすい結果なので、違和感を持つ人はいない。

 

「最後……『ぽーんがる』の『ブースト』、『アカネ』でヴァンガードにアタック!『ハイビースト』に『ブースト』されたなら、『アカネ』はこのバトル中パワーをプラス3000!」

 

「ノーガードだな。『ダメージチェック』……」

 

貴之は余力を残すべくそのまま受けることにする。

イメージ内で『アカネ』の振るうムチに打ち付けられた後の『ダメージチェック』はノートリガーで、貴之のダメージは4になる。

 

「ここでダメージが2と4……結衣が優勢と言ったところね」

 

「貴之さん目線なら逆転の余地があって、ユイ姉目線ならここを耐えれば一気に有利……どうやって動くかな?」

 

トリガーと相手の手札次第では貴之もこのターンで勝利に持ち込めるし、結衣も耐えればこの後が楽になる。

この先が不安になる紗夜だが、同時に信じたいと言う思いもあり、ここは見守っていくことにした。

そうして貴之のターンが始まり、山札からドローしたカードを見た瞬間、彼の笑みを姿が見えた。

――今日からまたよろしくな。そのカードに頼んだ貴之は、そのまま『バーサーク・ドラゴン』の上に重ねる。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

『フォース』はいつも通りヴァンガードに設置し、空いている前列右側にもう一体の『ラーム』、後列右側には『ガイアース』を『コール』した後、『ソウルブラスト』で『オーバーロード』のパワーを引き上げる。

 

《用意は後一つ耐えるだけで終わり……その後はこちらのものだ》

 

「(また……このイメージままなの?)」

 

「(焦るな……このターンで決着はつけられない。次のターンで決めるんだ)」

 

結衣は自分の使用するユニットによって『オーバーロード』が打ち取られる運命(イメージ)を見ており、貴之がその『オーバーロード』に『ライド』したことで暗い表情になる。

対する貴之は、相手が次のターンで確実に主軸のユニットによる攻撃が可能であることを予想している為、全て防がれるか(ヒール)トリガーのどちらかだと考えていた。

故に貴之はそこまで動じる様子を見せず、攻撃に入った。

 

「まずは『ガイアース』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

最初の『ダメージチェック』はノートリガー。これで『オーバーロード』の連続攻撃でダメージ6に届かせられる確率が上がった。

 

「次、『バー』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

《これを防げば大丈夫》

 

「……『エポナ』で『ガード』!」

 

パワー18000になった『ラーム』の攻撃は、パワー25000の数値で防ぐ。

 

「次はこっちだな……『ドラゴニック・オーバーロード』で『ふぁねるがる』にアタック!」

 

「ノーガード……ごめんね、『ふぁねるがる』」

 

《私のことはいい……後は任せた》

 

彼らは自分を信じてくれているのに、その自分は『PSYクオリア(彼らと共にある力)』を拒む。かなりの皮肉だなと結衣は宣言しながらそう思った。

この時の『ツインドライブ』は一枚目が(ドロー)トリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーだった。

(クリティカル)トリガーを引けたことは大きく、次の攻撃で勝利できる目処が立ち始める。そんな状態で『オーバーロード』は『スタンド』し、次の攻撃の準備をする。

 

「これで決められるとは思わないが……『ラオピア』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

「(この状況で……?トリガーが引かれるかもしれないと言うのに?)」

 

この状況でちらりと手札を見ただけでノーガードを選択した結衣を見て、紗夜は疑問に思う。

何しろ次の『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引かれようものなら、そのまま残った3ダメージに届いて敗北となってしまうからだ。

案の定、貴之が行った『ドライブチェック』では(クリティカル)トリガーが引き当てられ、これでダメージが丁度足りる結果となった。

 

「(ダメ……この結末(イメージ)は覆っていない……)」

 

一枚目の『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを引き当てた結衣は、己の見た結末が変わっていないことに絶望する。

使用者が誰であろうと結末が見えてしまうのは退屈と言うものがあり、これをかなりの頻度で見ることになっていた結衣はその度に苦痛を感じるのだ。

二枚目の『ダメージチェック』はノートリガーなので、結衣のダメージはこれで5になった。

そして三枚目の『ダメージチェック』に入るのだが、ここで紗夜は貴之の呟いた言葉を思い返す。

 

「(決められるとは思わないと言っていたのは、どういう意味かしら?)」

 

考えられるパターンは三つあった。

一つ目は十分な数の『ガーディアン』に、または『完全ガード』で防がれる。二つ目は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーの数が足りないだが、この二つはたった今起こらなかったので外される。

そして三つ目はこのトリガーチェックで(ヒール)トリガーを引くことになり、前途の二つが無かった以上これ以外考えられなかった。

 

「三枚目……」

 

全員が見守る中で行われた三枚目の『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーで、これによって結衣は敗北を免れる。

ただの偶然かと思いたいが、結衣の表情が沈んでいることから、彼女は予期していたことが伺えた。

 

「(『PSYクオリア(あんなもの)』を前に、どうすればいいのよ……!)」

 

紗夜はその理不尽さを前に憤りを感じていた。

いくら努力してもあっさり踏み越えられる――。それを何度も経験してきた彼女にとっては堪ったものではない。

目の前で対峙しているのは自分でなくとも、どの世界でも似たようなことが起こるのを見てその激情を吐き出したいと思ったところ、貴之が全く表情を変えていないのを見て思いとどまる。

 

「大丈夫だ。まだやれる」

 

「(どうして……そんな風にしていられるの?)」

 

――さあ、来いよ。笑みを浮かべながらそう言ってのける貴之を見て、紗夜は理由を聞きたくて仕方がなかった。

これに関しては結衣も同様で、昨日も同じような状況になったと言うのに、全く諦めた様子を見せていない。

ならば信じてみたいと思った結衣が自分のターンを始めて山札から一枚ドローした時、己の見た結末(イメージ)が完成することを悟ってしまった。

 

「貴之……ごめんなさい」

 

「言っただろ?俺は『PSYクオリア(それ)』を打倒しに来たって……」

 

結衣が詫びても貴之は全く動じない。それどころか、自信を持った笑みを見せながら次のことを言ってみせる。

 

「その運命(イメージ)を実現させてみな。俺が真っ向から阻止してやるからよ」

 

挑発とも見て取れる言葉は立ち向かう証拠であり、それ自体は嬉しいが思い切ってそう言ったのを聞いた結衣は「後悔しないでよ?」と前置きだけしておく。

 

「『ライド』!『ソウルセイバー・ドラゴン』!」

 

結衣が『ライド』したのは、青と白の二色の躰で胸に二つの膨らみがあるどこか女性を彷彿とさせる龍『ソウルセイバー・ドラゴン』で、このユニットが一真のデッキと彼女のデッキにおける最大の違いだった。

『フォース』をヴァンガードに設置したあと、後列右側に『アレン』を『コール』し、スキルで手札にいる『ブラスター・ブレード』を前列左側に『コール』して一枚ドローする。

ここでも結衣は『ブラスター・ブレード』のスキルを使用しない。全ては『ソウルセイバー』のスキルを使うためである。

 

「『ソウル』から五枚『ソウルブラスト』することで、『ソウルセイバー』のスキル発動!このターン中、ユニット六枚のパワーをプラス15000!」

 

「六枚だから……場にいるユニット全てですか!?」

 

「……」

 

初見だったことが理由で驚く紗夜に対し、ここが正念場と捉えていた貴之はそこまで動じる様子を見せない。

――みんなを信じろ。そうすれば耐えられる。貴之は味方(ユニット)を完全に信じて構えていたのだ。

それに気づけるのは比較的平行(フラット)な視点で見ていた瑞希と瑠美で、紗夜は貴之目線で見ながら自分なりに見ていた、結衣は『PSYクオリア』が見せるイメージが阻害した結果気づけなかった。

 

《これが決着の鍵となる》

 

「貴之……」

 

「……先に聞いておく。お前が見た運命(イメージ)は『オーバーロード』となっている俺が、その『ブラスター・ブレード』によって打ち取られたイメージだな?」

 

どのユニットが攻撃をしたかまで的確に当てたことに驚きながらも、結衣は頷いて肯定を返す。

貴之の残りの手札は六枚で、その内一枚が『完全ガード』であるものの、どこか一つの攻撃は防げる確率が非常に低い状態であることから詰みに見えてもおかしくはないだろうと考えていた。

そして『ブラスター・ブレード』が打ち取りに来るのは色んな意味で皮肉が混じっている現状に対し、「面白れぇ」と貴之は笑みを浮かべた。

 

「いいぜ……だったらそのイメージを真正面から潰してやるから、遠慮せず来い!」

 

「……分かった。なら、『うぃんがる』の『ブースト』、『ソウルセイバー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

スキルの効果と『イマジナリーギフト』の相乗効果が影響でパワーが61000まで跳ね上がった攻撃を防ぐにはこれが最適……と言うより、貴之は手札の都合でこれ以外防ぐ手立てが無かった。

勝敗に大きく関係する『ツインドライブ』の一枚目は(クリティカル)トリガーで、効果は全て『アカネ』に回される。

そして二枚目の『トリガーチェック』は、貴之目線で見ると最悪なものがやってきた。

 

(クリティカル)トリガー……効果は全て『ブラスター・ブレード』に……」

 

「貴之さんのダメージは4で……その時にこれって……」

 

「手札の都合からどちらかは防げない……トリガー次第で負けが決まったわね」

 

まるで死の宣告かのような結果には流石に瑠美も絶句し、瑞希は苦い顔になる。

――どうして……何で努力している人たちが、こんな目に遭わなきゃいけないのよ……!?紗夜が絶望しそうになったところで、「まだだ」とそれを跳ね飛ばすかのような男の声が聞こえる。

この場にいる五人で男は貴之しかいないので、声の主は自然と彼になる為に視線が集まる。

 

「まだ終わっちゃいねぇ……例え攻撃を防げなくとも、ファイトは終わってねぇんだ」

 

例え負けが待っていようともファイトは終わっていない。ならばまだ何が起こるか分からない。それが貴之にできる反論だった。

同時にこれは根本的な部分であり、それを忘れてしまっては本末転倒であることを表していた。

最後まで諦めることのない姿勢は昨日の決勝戦でも現れており、それを思い出した瑞希たちは確かにそうだと思い出した。

 

「てことで続行だ。攻撃して来い」

 

「なら、『ぽーんがる』の『ブースト』、『アカネ』でヴァンガードにアタック!」

 

「もう一回『バリィ』で『完全ガード』!」

 

こちらも『ブースト』とスキル、トリガー効果が合わさってパワー61000の攻撃となっていたが、幸いにももう一枚『バリィ』があったおかげで防ぐことに成功する。

しかし、これで貴之の手札は残り二枚となってしまい、手痛い攻撃をそのまま受ける確率が跳ね上がっていた。

 

「最後……『アレン』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「みんな、信じてるからな……ノーガードだ!」

 

その選択には全員が絶句する。貴之が殆ど迷わず宣言したことが最大の原因となる。

その宣言を聞いた瞬間、結衣は一つの異変に気が付いた。

 

「(運命(イメージ)が……変わった?)」

 

先程まで見えていたものとは異なり、膝を付きながらも立ち上がろうとする『オーバーロード』となった貴之の姿が見えていた。

――どういうことだろうか?と思いながら見守る『ダメージチェック』は一枚目がノートリガーで、後がない状況に陥る。

しかし、二枚目の『ダメージチェック』では、全力で仲間(ユニット)を信じた貴之による奇跡が起こった。

 

「ゲット……(ヒール)トリガー。パワーはヴァンガードに回してダメージを回復だ」

 

『……』

 

貴之のトリガーチェックの結果には全員が啞然とした。あの啖呵を切って見事にトリガーを引いて見せたのだ。

また、そんな中で見事にやってのけた貴之は笑っていた。

 

「な?まだファイトは終わってないだろ?」

 

笑みを見せたままそう言われればもう頷くしか残されていないが、この場にいる人たちはこれでよかったと思っている。

言うだけ言って負けたならそれはそれで困るし、今回は才能や結末(イメージ)だけが全てじゃないことの証明にもなったので結衣と紗夜に安堵を与えることができた。

 

「ターン終了……さあ、あなたの見せたいもの見せて」

 

「分かった。俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……ぶっつけ本番だけど、見せてやるぜ……!」

 

――何が来るのかな?気になった結衣は自分の意志で『PSYクオリア』を使ったイメージを覗く。

そして貴之の使おうとしているユニットを知った結衣の表情は、期待から焦りに変わる。

 

「ま、待って……!そのユニットは……!」

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

結衣が制止しようにももう遅く、貴之はそのユニットに『ライド』する。

『オーバーロード』が赤い光となった後、爆発的に広がり、そのイメージを前に貴之を省く全員が顔を覆う。

光が消えると、そこには深紅の体を持った龍がいた。

 

「グレード4、『超越龍 ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

貴之が『エクスカルペイト』を相手に対抗策として持ち込んだのがこのユニットだった。

そしてこれがグレード4だと言うことを聞いた紗夜は、昨日の決勝戦の時にあった話しを思い出す。

――グレード4のユニットは使用するだけでもファイターにかなりの負担が掛かるのが問題なんだ……。それを思い出した紗夜は一気に不安を煽られた。

 

「ぐっ!うぁ……!あぁぁぁ……!」

 

「早く使用を止めて!そのままじゃあなたが……!」

 

貴之は頭を抑えて苦しみだし、結衣が制止の声を掛けるもののそれを聞いていられる程の余裕は貴之に無かった。

『ヌーベルバーグ』に『ライド』した代償として貴之は今、頭が締め付けられるような痛みに襲われていた。

グレード4を使いこなすにはこの負担と戦わなければならなず、大抵の人はそれに耐えられず使用を断念する。

 

「やはりこの負担がネックね……」

 

「だ、大丈夫かな……?」

 

その負担を見た瑞希が苦い表情を、瑠美が不安げな表情になる中、貴之はイメージ内で『ヌーベルバーグ』に問われていた。

――恐れるな。逃げだすな。私を抑える上で、その二つは絶対的に必要となるものだ。以前に一度諦めたこともあって、貴之にはかなり来るものがある言葉である。

 

「分かってるよんなことくらい……!それに言ったろ、逃げるのは終わりだってな……!」

 

貴之が苦し紛れに言い返すと、それがトリガーとなったのか一時的に負担が軽くなる。

一先ず第一段階はクリアと言ったところなのだろう。今の内ならばファイトを継続できるだろう。と貴之は判断した。

しかしながらいつまで耐え続けられるかは分からないので、急いで終わらせることにし、手始めに『フォース』を重ねてヴァンガードに設置する。

 

「グレード3以上のユニットを『ソウルブラスト』することで『ヌーベルバーグ』のスキル発動!ドライブを-1するかわりにパワープラス20000!」

 

「と言うことは今、『ヌーベルバーグ』のパワーは55000ですか?」

 

「二枚の『イマジナリーギフト』とスキルによる掛け合わせね」

 

『ヌーベルバーグ』が持つ素のパワーは15000で、『エクスカルペイト』すらをも上回っていた。

『ドライブチェック』が一つ減ってしまうのは痛いところだが、パワーが大幅に上がったことは、相手の『ガード』に必要な枚数を大きく増やすことができるし、攻撃が通りやすくなることにも繋がっている。

そして今回は条件を満たしている為、追加効果が発揮される。

 

「さらに!自分または相手の『ダメージゾーン』のカードが五枚なら、相手リアガードを全て退却させる!」

 

イメージ内で『ヌーベルバーグ』となった貴之が両手に赤い光を集め、それをビームとして左から右へ薙ぎ払うようにして放つ。

それらが結衣の周りにいたリアガード全てに命中し、彼らは光となって消滅した。これによって結衣が守る上で頼れるのは手札のユニットのみとなった。

 

「時間がねぇ……これで決着を付けるぞ!『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

現在『ブースト』を受けた『ヌーベルバーグ』のパワーは88000となっていて、手札を確認すると防げない状態だった。しかしながら、その状況で結衣は安堵する。この先どうなるかが分かっているからである。

再び『トリガーチェック』が勝敗に直結する状態となったが、暫くずっと不安になりながら見ていた紗夜は今、全く心配する必要は無いと感じていた。

 

「(昨日だってそう……貴之君はこの土壇場でトリガーを引き当てて見せる)」

 

貴之が土壇場の状況で起こしてきた結果が、紗夜の不安を拭い去ってくれていた。

そして、その期待を裏切らずに貴之は(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

 

「ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「(ようやく……『PSYクオリア(運命)』が覆った)」

 

イメージ内で『ヌーベルバーグ』となっ貴之が両手に集めた光をこちらに向けて撃ち、その奔流が迫っている最中、結衣は久しぶりにファイトで笑みを浮かべていた。

その攻撃がヒットしたことで、結衣はこのファイト最後の『ダメージチェック』を行う。

 

「……!」

 

「結衣はこのターン、トリガー効果を使えないわ」

 

その結果が(ヒール)トリガーだったので紗夜は絶句するが、瑞希の一言で困惑する。

二枚目に(ヒール)トリガーが来ないならまだしも、そもそも使えないと言うのが疑問だった。

 

「ぬ、『ヌーベルバーグ』がスキルを発動したターン……相手のトリガー効果を全て無効(・・・・)にする……」

 

――だからこのファイト、俺の勝ちだ。ファイトが終わったことで気が抜けたのか、貴之は意地で無理矢理制御した反動が出ていた。

頭を締め付けられる痛みにやられたことで貴之は思考が鈍っており、歩き出そうものなら間違いなくふらついてしまうのが目に見えている状態である。

そんな状態であるにもかかわらず、彼はどうにか笑みを浮かべながら「ありがとうございました」と、最後の挨拶までしっかりと行う。

しかしながらそこで限界が来てしまったようで、前のめりに倒れそうだったところを結衣に支えられる。

 

「あ……悪い、ちょっと立てそうにねぇんだ」

 

「もう、あんな無茶をするからだよ……」

 

タイミングが悪かったせいで結衣の人並みある胸に顔から飛び込むことになった貴之だが、飛び込んだ本人は疲労でそれを堪能する余裕は一切ないし、意識を保つのがやっとの状態だった。

結衣も何事も無ければ怒って突き飛ばしていただろう。しかし今回は運命の転覆とそれからの解放による安堵が勝っているので、結衣もそのことに気にする余裕は意外に残っていない。

 

「でも、本当にありがとう……これで私も、信じることができる」

 

「そうか……それなら何よりだ」

 

――とりあえず、俺も第一歩を踏めたぜ。意識の限界が来た貴之はそう言いながら気を失う。

ぶっつけ本番にも関わらず自分のターンの間だけでも持たせ、それで喋ることができただけ上出来だろう。少なくとも結衣はそう思っていた。

自分があれだけ嫌っていた『PSYクオリア』を使ったのに今回は楽しいファイトだったと結衣は感じており、意識の持ち方も変えられそうな気がし始めていた。

 

「ミズ姉、椅子って裏に残ってたっけ?」

 

「一つあるから、端で休ませてあげましょう」

 

「(逃げるのは終わり……か。私の悩みも、自分との戦いなのかもしれないわね)」

 

まるで明日に備えての睡眠かのように安らかな表情で寝ている貴之を見ながら、紗夜は彼の言っていた言葉を思い出す。

現に貴之は負担を理由に諦めた自分に打ち勝ち、非常に短い時間でありながら『ヌーベルバーグ』を使用して見せたのだ。意識の違いというものは、こう言う時に現れるのだと思えた。

――ありがとう。私ももう一度、向き合ってみるわ。今日一日抱えていた不安を拭われた紗夜もまた、柔らかい笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(すっかり遅くなってしまったわね……)」

 

貴之は気を失ってから一時間半してから目を覚ました。

気を失った時間を聞いてすぐに「もっと慣らしていく必要がある」と纏めるやすぐ、最後に自分が何をしたかを思い出してすぐ結衣に謝った。

結衣は「いいものを見せてくれた礼」と言っていたが、それはそれで良くない気がすると貴之は難しそうな顔をしていた。

紗夜も『PSYクオリア』は理不尽なものから、ユニットとの強い縁が形になったものと認識を改めることになり、結衣も『PSYクオリア』と向き合いながら近い内にファイターとしての復帰を考え始めたので、この件に関してはほぼ解決したと言っていいだろう。

また、時間が遅かったのでその後すぐに上がることになったのだが、この時は紗夜も秋山姉妹と互いに名呼びすることとなった。自ら双子の妹がいることを話したのだ。

紗夜は本来の性格もあって彼女らのことはさん付けであるが、秋山姉妹(向こう側)は上からそれぞれちゃん付け、呼び捨て、さん付けに別れた。

 

「ただいま……」

 

「あっ、おねーちゃん……」

 

『レーヴ』から出た時は既に日が沈み掛けており、本来の練習が終わるより明らかに遅い時間に帰って来ることになっていた。

連絡入れてくれと言われるかもしれないと思いながら玄関のドアを開けるとそこに日菜がいて、沈んだ様子を見せながらこちらに顔を向ける。

何があったかを聞いてみれば、紗夜の帰りが遅いのでもしかしたら自分が理由かもしれないと悩んでいたようだ。

 

「(そうね……昨日の今日だから、そう思われても仕方ないわね)」

 

実際は違うので、それを伝える。

この時は考え方をリセットできたおかげなのか、困った笑みになっていた。

 

「……ほんとに?」

 

「本当よ。でも、心配させてしまったわね……」

 

「……うぅ……」

 

自分のせいじゃないことが分かって緊張が解けたのか、日菜は目尻に涙を浮かべながら勢い良く紗夜へと抱きつく。

いきなり抱きつかれたものだから、慌てて受け止めた紗夜も勢いに負けて一歩後ろに下がってしまう。

 

「ちょ、ちょっと日菜……!?どうしたのよ急に?」

 

「だって……だってぇ……!」

 

最近は話しを聞いてくれるから。突き返さないから。そう言った部分を見て踏み込み過ぎたかも知れない。

そこに甘えたのが原因で、また以前のように戻るのが怖かったのがこの行動に繋がったのだ。

 

「大丈夫よ。私はもう逃げない……そう決めたから」

 

――自分との戦いは、まずここからね。日菜を優しく赦しながら、紗夜は決意を固めた。




貴之のデッキはトライアルデッキ『櫂トシキ』をブースターパック『結成!チームQ4』のカードと『相克のPSYクオリア』に出てくるカードで編集したデッキ。
結衣のデッキはトライアルデッキ『先導アイチ』をブースターパック『結成!チームQ4』に出てくるカードで編集したデッキとなります。

『ロイヤルパラディン』はカードの種類が多いので、こうして人数を増やした方が良いかもと言う考えによる起用です。瑠美は現状、『イマジナリーギフト』合わせで『アクセル』を使用するものになる可能性が高いです。

今回考えたグレード4の負担が『頭を締め付けられるような痛みに襲われる』と言うものになります。
貴之は現状自分のターンで決めないとファイト継続不可能になるから負けという状況で、ここから回数を重ねて慣れて行きます。
と言ってもこの辺長すぎてはよ本編やってくれと言われたらそれもそれなので、ここで一度アンケートを取ってみようかと思います。できればご協力お願いします。

次回はRoseliaシナリオ12話に入ります。


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イメージ34 痛みと恐怖

今回のRoseliaが行うライブはチケット獲得できなかった為無念の不参加です……(泣)。

Roseliaシナリオ12話です。ラストでほんのちょっとだけ13話にも触れた感じですね。

アンケートのご協力ありがとうございます。
一番多かったのが『作者にお任せ』だったこと、細かいと簡潔は半々だったこと、長い短いでは長いが多かったこと。
この三点から重要だと感じた場面では細かく、それ以外の部分は簡潔に貴之が『ヌーベルバーグ』に慣れていくシーンを描いて行こうと思います。


「(今日も放課後は大丈夫か……)」

 

『ヌーベルバーグ』を使用した翌日の放課後。携帯に結衣からCordによるチャットが送られているのを貴之は確認した。

――なら、今日も頼もうかな?『レーヴ』は気軽に練習できる場所である為、笑みを浮かべながら『今日も頼むと』返信しておく。

今日は玲奈がバイト、大介は家の中で用事、俊哉は竜馬と別の趣味のことで盛り上がるべく商店街をぶらり歩きすることになっているので、今日は貴之一人での行動となる。

 

「貴之は向こう側だったな?」

 

「ああ。今日はここでお別れだな」

 

途中までは道が同じだったので、別れ道までは俊哉と共に歩いていた。

『レーヴ』は性質上ファイト重視の人には合わず、じっくり対策を立てたい人に向いている。その為、貴之のように『ヌーベルバーグ』をコッソリ練習したりする場合はこの上ないほどファイト向きにもなる。

また、結衣が復帰を考慮したことにより、近い内に『レーヴ』もある意味ではファイト向きに変わるかもしれない。

俊哉と軽い別れの挨拶を済ませてすぐ、貴之は店のドアを開けた。

 

「あら、貴之君の方が早かったみたいね」

 

「結衣は下校中ですか?」

 

自分が来店した際の反応を見て予想を付けた貴之が聞いてみると、瑞希からは肯定が帰って来た。

――後江(こっち)の方が『レーヴ(ここ)』に近いし、そこは仕方ないか。そう思いながら貴之は準備をしながら結衣を待つことにした。

空いてる台の一つに移動し、ファーストヴァンガードを置いてデッキをシャッフルしていると、出入口のドアの開かれる音が聞こえる。

 

「ただいま~」

 

「二人ともお帰りなさい。貴之君は準備できてるわよ」

 

「もう?後江はこっちから近いね……」

 

貴之が振り向いて準備ができているというジェスチャーを示せば、笑顔で頷いた結衣が準備を始める。

結衣も瑠美も、平日は酷い汗を掻かない限りは制服のまま店を手伝うようにしている。ちなみに休日は私服である。

 

「二人とも羽丘に入ったんだな……」

 

「うん。『レーヴ(ここ)』に近いからね」

 

また、結衣と瑠美は二人とも羽丘に編入しており、結衣は高等部の二年。瑠美は中等部の三年生である。

花女に行った場合は紗夜が先に知るので、何か連絡の一つでも飛んでいただろう。故に後で連絡送ろうかと貴之は考えた。

 

「じゃあ、今日もよろしく頼むぜ?」

 

「うん。よろしくね」

 

結衣もファイターとして活動してた頃の熱を着実に取り戻して来ており、ファイトしている際に笑っていることが増えていた。

また、『PSYクオリア』に関しても運命(イメージ)を見るのは無しと言う形で納め、使用は相手に求められた時と自分が必要だと感じた時に絞り込むことで纏まった。

一真より制限を強めた結衣だが、彼女自身が久しぶりの身として頼りすぎると後で痛い目を見ると感じた故だった。

結衣の仲間たちもそれを尊重し、大丈夫になったらまた話したいと言っていたようだ。

 

「「スタンドアップ!」」

 

互いに頷きあって「ファイトに移ろう」と意思表示してから、開始の宣言を始める。

 

「ザ!」

 

やはり、ファイトは楽しくやってこそだ。結衣が改めてそう思っているのが感じ取れて、貴之も自然と笑みが零れる。

 

「「ヴァンガード!」」

 

こうして今日も結衣が復帰に向けて、貴之が『ヌーベルバーグ』を使いこなす為のファイトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「湊さん、これもう見た?」

 

放課後の教室で、友希那はクラスメイトに一つの電子画面を見せられる。

それはこの前自分たちがファーストライブを行った時のものだった。

 

「ああ……テスト期間直前に行ったライブの時のものね?内容は『歌姫(ディーヴァ)友希那がついにバンドを結成』と……確かにこの前見たわ」

 

「結構時間かかったのかな?今までは一時的とかソロとか……そう言うのばっかりだったよね?」

 

クラスメイトの問いに頷くことで肯定を返しながら、その記事を改めて確認してみる。

今まで色んな所と組んではすぐに別れる等が多かったので、今度こそはそうならないようにしたいと心からそう思っている。

幸いにも今のチームは殆どのメンバーが互いに見合った技量があり、近しい人たちと関わりや共通の話題を持っているお陰で今までのどのチームよりも居心地が良く、思い入れがあることは自覚していた。

――けど、私のことを知ったらどう思うかしら?不安を感じていたのは気になった箇所が見つかったことによって遮られる。

 

「……どうしたの?」

 

「今のチームメンバーのリサ……ベースをやっている子なんだけど……」

 

「ん……?ああ、なるほど……」

 

彼女は友希那の言わんとしていることを理解し、それを肯定する。

 

「(今頃リサも……友達に言われているでしょうね)」

 

言われた後にそのことで抱え込む親友(リサ)の姿が容易に想像できて、友希那は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「湊さんだけ来れませんでしたね……」

 

「予定があったとは言え、五人が揃わなかったのはちょっと寂しいですね」

 

羽丘でRoseliaの話しがあってから数十分後。友希那を省いたRoseliaの四人は羽沢珈琲店で練習の一休みとして、一度お茶会をしようという話しが出ていた。提案者はあこである。少し遅めの時間から始めることにしていたため、全員が着替えてから来ている。

リサはこう言ったことを好む傾向があり、燐子もそれなりの人数で話す機会を得られるからと参加。紗夜もチームの距離感を縮められるならいいだろうと考えて参加を決めた。

友希那だけは『予定が入ってしまっている』と断っていたが、リサは何をしているかに予想が付いていた。

 

「……そういえばさ、三人とも。雑誌見て……どう思った?」

 

「あっ、えっと……えーっと」

 

リサに問われて、あこは何かそれっぽい感想を探そうとする。

今回のお茶会は雑誌掲示を記念したものになっているため、この話題を避けて通ることはできないだろう。

 

「あ!みんな写真の写りかたカッコ良かった!友希那さんは『歌姫』って称号あるのも凄いと思った!」

 

「素敵な呼び方だよね……『歌姫』って」

 

「あれだけの歌唱力を持った湊さんには、実にぴったりな呼び方ですね」

 

「ちょっ……」

 

あこの言い出しに乗っかって二人も触れないようにと逸らす方向を取る。

紗夜が逸らそうと思えたのは自分と日菜の関係性が関わっていて、自分が思いっきり突き付け過ぎたことを反省してのものになる。

――一先ず無難に行けるだろうか?三人はそう思っていたものの、その思惑はすぐに打ち砕かれる。

 

「ねえもう、何かそうやって誤魔化されると余計凹むからさぁ~……はっきり言っていいよ、三人とも!」

 

リサ自身が確認したいことだったらしいので、あこは「じゃあ……言うけど……」と前置きを作る。

 

「リサ姉だけ、ギャルっぽくて浮いてる……」

 

「……うぅっ!やっぱり友達が言ってた通りかぁ~……」

 

リサだけ明らかに場違いの強い容姿をしていることが仇となっていた。

これをクラスの友人にも言われたリサは、ここでも言われたことで嫌でも自覚することになって頭を抱えて落ち込んだ様子を見せる。

 

「ああ……!で、でもでも……ほらっ!紗夜さんも演奏はあんななのにちょっと地味だし……なっ、なんて言うかさ……!」

 

「わ、私は地味……ですか」

 

「ご、ごめんなさ~いっ!悪気があったわけじゃないんですよぉ~っ!」

 

「あ、あこちゃん……一回落ち着こう?」

 

リサをフォローするつもりが、例えに上げた本人に二次災害が起きてしまいあこは慌てて弁明する。素でやっている人は言葉の一個一個が人に刺さりやすいらしく、それが見事に現れた形だった。

あこを窘めながら、燐子は彼女の言わんとしたことに気がついて代わりに話すことにする。

 

「あこちゃんが言いたいのは、統一感が無い……ってことなんです」

 

「あぁ……統一感かぁ~。Roseliaに何か足りないと思ってたんだよねぇ~」

 

「確かに……私たちは技術を最優先という方針で集まったチームですから、統一感は不足していますね」

 

性格を筆頭に、Roseliaのメンバーは様々な要素がバラけており、そこが統一感を損なわせていた。

――あっ、統一感って言ったら……リサはそのことに関して一つ思い出したことがある。

 

「燐子と友希那って、結構服の趣味似てない?二人ともモノトーンコーデだし……」

 

友希那と燐子は白と黒の二色を中心とした服装を好んでいることが共通していた。

それを言われて確かに……と三人は思った。

 

「あぁ~あこのこれは、ある意味では一緒かな……?」

 

「ん?あこのその格好は……」

 

モノトーン……とは言い難いものであり、ある意味ではという言葉が何を意図するか分からず引っ掛かる。

 

「実はあこのこの服、りんりんに作って貰ったんだ……」

 

――だから、りんりんが手に取ったと言う意味では一緒と言うか……。あこの話しを聞いたリサは「えっ!?」と驚きの声を上げる。

 

「それって凄いじゃん!全然手作りなんて思わなかったし……」

 

「ま、前まで家にいることが多かったので……その時に時々作ったりしてたんです」

 

絶賛されたことで照れる燐子だが、当時は引っ込み思案で変わる前だったので変われたことを改めて実感する。

この話しが出たことで、あこは「あっ、閃いちゃったかも」と声を上げる。

 

「Roseliaのライブ衣装……作ってみちゃうのはどうだろ?」

 

その提案にはなるほど……と全員が思った。確かに問題だった統一感の改善にも繋がるだろう。

故に反対意見が出ないまま全員が賛成となり、後は友希那に聞いて見ようとなった。

 

「大丈夫だった場合はサイズを測らないといけないので、場所があればいいんですけど……」

 

「次に全員で練習をする時、休憩時間中にしてしまうのがいいかもしれませんね」

 

ライブハウスの一室であれば周りをそこまで気にする必要は無いし、確実にできる。

確かに誰かの家に集まろうとして部屋の広さが足りない等の事態は避けられるので、良い提案だった。

流石にテスト期間の時とは訳が違うので、遠導家は除外となる。いくら何でも貴之の精神衛生面に悪い。

 

「じゃあ、アタシから友希那に伝えとくね♪」

 

サイズを測る場所等があっさり決まったことで、その後は雑談をしたのち家で自主練習という話になって、一回目のお茶会は解散となった。

彼女が帰ってくるタイミングで伝えればいいので、リサも一度家に戻って練習をすることにした。

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

互いの三ターンが終了し、貴之の四ターン目が始まる。現在は貴之のダメージが5、結衣のダメージが4になる。

互いに残りの手札が三枚しか無いので、恐らくこのターンで勝負が決まるだろう。

ちなみに結衣は今回、貴之に頼まれていることから『PSYクオリア』を使用してファイトを行っている。

 

「貴之さん!もう準備できてますからね!」

 

「そうかい……なら遠慮なく、ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

店の端に椅子を用意してくれているのを見て、心の中で感謝しつつ『ヌーベルバーグ』に『ライド』する。

『フォース』をヴァンガードに設置するまではいいものの、ここで再び負担の痛みに襲われることになる。

 

「ぐぁ……!あぁぁああ……!」

 

「た、貴之……!」

 

頭を抑えた貴之を見た結衣が駆け寄ろうとしたので、「大丈夫だ」と手振りも使って答える。

逃げないという意志を汲み取ってもらえたのか、前回のように負担が軽くなり、一時的にファイトに戻れるようになる。

『メインフェイズ』で『ソウルブラスト』を発動し、結衣のリアガードを全て退却させる。

 

「行くぜ……『ガイアース』の『ブースト』、『ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!この時、『カウンターブラスト』をして『ガイアース』のスキル発動!」

 

「……!ノーガード」

 

前回と比べて手札を確保できなかったことが仇となり、結衣は防げるだけの『ガーディアン』を用意できなかった。

その後の『ドライブチェック』で貴之は(ドロー)トリガーを引くものの、『ヌーベルバーグ』と『ガイアース』のスキルがある為、どの道このファイトの勝利は確定していた。

結衣も『ダメージチェック』の二枚目で(ヒール)トリガーを引いているが、こちらは効果を成さないので、貴之の勝利でファイトが終わる。

 

「あ……ありがとう……ございました……」

 

「ありがとうございました……って、大丈夫?」

 

前回は意地で笑みを浮かべながらだったが、今回はそれをしなかったことで台に両手を付きながらの挨拶となってしまった。

故に結衣もすぐに駆け寄って安否を確認してくれたので、貴之は「椅子に座るまでは意識を保てそう」と返す。

 

「肩、貸すね」

 

「わ、悪い……ちょっと頼むぜ」

 

しかしながら移動しようにもまともに歩けそうに無いので、結衣の進言に大人しく甘えることとする。

本人の見立て通り椅子に座るまではしっかりと意識を保っており、支えてもらいながらとは言え動けるようになったのは一歩前進と言えるだろう。

 

「すいません瑞希さん……ちょっと……時間……貰います……」

 

「ええ。今は誰もいないから、ゆっくり休んで」

 

流石に限界が来ていたので、せめてものの意地で瑞希に一言詫びを入れる。

そして貴之は彼女の返答を聞けぬまま気を失ってしまい、そこから1時間20分程寝ていることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「――♪」

 

時間は貴之が気を失っている間になる。友希那はライブハウスの一室で自主練習をしていた。今日は時間が迫っているのでこれ以上続けることはできず、今歌っているのが最後になる。

本当ならば彼女もお茶会に参加しても良かったのだが、そんな気分にはなれなかった為、一人練習することを選んだ。

一曲を歌い終わった友希那は肩の力を抜いて、一息ついた。

 

「(少しは……お父さんのバンドに近づけたのかしら……?)」

 

自分がバンドを……引いては歌をやりたいと思ったきっかけは父親にあり、憧れであったが故にその人を意識する。

この他にも、前まで父親の無念を晴らしたいと言う独り歩きも同然な時代の名残りもあり、チームができて少しづつ変わり始めた今でも残ってしまっているのだ。

最近までは周りの人たちと一緒にいたから意識しないでいた時間が多かったものの、今は一人。その為意識するだけの余裕ができてしまったとも言えるだろう。

 

「こんなことを知ったら……皆は怒るのかしら?それとも……」

 

その先は怖くて言葉にできなかった。自分にそんな時期があり、大分薄れた今でも僅かに残っているのだ。

チームメンバーはコンテストを目指してひたむきに頑張っているのに、自分だけこの有様であることが気にする要因となっている。

――いつかは話さなければいけない。しかしその話す時がとても怖い……。この情を抱いていたことも、お茶会を遠慮することに拍車を掛けていた。

 

「(せめて、何時でも話せるくらいにはしておきたいわね……)」

 

そう思いながらもどうすればいいかわからないまま荷物を纏め終え、自分の使っているスタジオが開いたことを受付の女性に伝える。

 

「お疲れ友希那ちゃん。今日は個人練かな?」

 

――最近特に頑張ってるね。と柔らかな声で労いの言葉を掛けてくれる。一人でいる時は時折こうして話すことはあるのだが、色々考えていた今は気を紛らわせるからいつも以上にありがたかった。

 

「Roseliaの方はどう?」

 

「まだまだ理想のレベルには程遠いですが……()()()()()です」

 

友希那の持つ理想の高さを知っていたとは言え、彼女から意外な言葉が出てきたので思わず目を丸くする。

 

「そっか……自分に合うチームを見つけられたんだね。ずっとやりたかったバンドだし……」

 

――その分嬉しさも増すよね。と言いかけたところでスーツ姿の男性が目に留まった。

彼女の目線に気づいた友希那がそちらを振り向いたことで、男性は友希那に時間をもらえるかを問う。

 

「失礼ですが、どなたでしょうか?」

 

目の前の人に覚えが無い。その為友希那は一度確認を取る。

すると彼は友希那に名刺を渡して来た。そこから彼が音楽業界の事務所に所属している人であることが判明する。

 

「率直に伝えますが……友希那さん、うちの事務所に所属しませんか?」

 

「事務所には興味ありません」

 

――私は自分の音楽で認められたいから……。そう言って立ち去ろうとしたところに、「待ってください!あなたは本物だ……!」と必死さある声に足を止められる。

言わせてから無言で立ち去ろうと考えたが、それは次の一言で封じられてしまう。

 

「私……いえ、私達なら……あなたの夢を叶えられる!一緒に、『FUTURE WORLD FES.』に出ましょう!」

 

「……!?」

 

まず一番に目指している内容が上げられたことで、流石に友希那も驚いた様子のまま反射的に振り向いた。

こうなってしまっては仕方がないので、話しだけは聞くことにして男性に続きを促す。

彼が言うには自分の二度目のライブの時に一度断られているが、諦めきれなくて調べたとのことだった。

ここまでは、「一方的に突き飛ばしていた時期かしら?」と思いながらまだ聞いていられた。問題はこの先である。

 

「バンドにこだわっていることも知っています。だから……」

 

――あなたの為のメンバーも()()()()()()。それを聞いた瞬間、友希那の表情が一気に冷たさを増した。

受付の彼女も「メジャーデビューができるのでは……」と言っているが、これを受け入れることは友希那にとって今までの根底を揺るがす程の大問題となる。

()()()()()()()()()()()()()とも言われたことで、友希那の中での回答は決定的なものになる。

 

「(これを呑んだ場合はお父さんの夢だったフェスに、バンドで出られる……。でも、そんなことをしたら()()()()()()()()()()()……!)」

 

――私はバンドを続けられても、()()()()()?練習以外でも()()()()()()()あの時間は?考えれば考える程否定する為の理由がどんどん出てくる。

バンドとは自分一人だけでやるものでは無い。それを改めて実感した今だからこそ、彼の発言は許せないものがあった。

 

「どんなものかと思えば、時間の無駄だったようね……帰るわ」

 

どうにか呆れ返った様子を取り繕ってから回れ右をし、男性の反応を待たないままライブハウスを後にする。

ライブハウスを出て帰路に着いた際、友希那は今までのライブや歌に関する様々な記憶が脳裏に蘇っては流れていった。

父のバンドを見た時の感動。始めたばかりで試行錯誤していた時の楽しさと難しさ。全く別の分野とは言え貴之が同じく夢中になれるものを見つけ、それぞれの良さや楽しさを話している時の嬉しさ。父親の音楽を否定された時の悲しみや怒り。

そして……その焦がれる想いに任せたまま他人を傷つけた後悔と、Roseliaのメンバーでしか味わえない充実感や失ったものを取り戻していく懐かしさも――。全てがごちゃ混ぜになって、友希那を大いに悩ませる。

 

「(目を背け続けて来た罰だとでも言うの……?)」

 

――やめて、これ以上混乱させないで……!得体の知れない恐怖を感じて足を速める友希那は、知らぬ内に涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

自宅の近くまで帰ってくる頃には、流石に涙は乾いていた友希那だが、得体の知れない不安は残ったままだった。

頭の整理が着かないので早い内に体を休めたいと思っていたが、家の前にリサがいたことに気づいて平静を保つことに務める。

 

「私を待っていたの?」

 

「うん。そろそろ戻って来るかなと思ってさ~」

 

恐らくは練習した後なのだろう。右手をチラ見で確認したところ、まだケアをしてない右手が見えていた。

どうやら今回のお茶会で一つの提案が出たらしく、それを話したいらしい。

 

「Roseliaで使う、ライブ用の衣装が欲しいって話しになったんだけど……大丈夫かな?」

 

――友希那さえ大丈夫なら、後は伝えるだけだからね?そう言われた友希那は判断する前に一応話しを聞いてみる。

事の発端は統一感が足りないと言う話しが上がったことから始まり、ここで友希那と燐子の服装の趣味が近いと言う話しが上がる。その後あこの今日着ていた服が燐子の手作りだと判明し、そこから衣装を作ろうと言う話になったようだ。ちなみに紗夜もほぼ即決に近い賛成だったらしい。

そうね……と顎に手を当てながら友希那は悩む素振りを見せる。先程のぐちゃぐちゃになってしまった思考もあって少しだけ間を置いたのだ。

同時に、せっかくその衣装を着るのならコンテストに間に合わせたいとも思っており、その場合はすぐに作りだした方がいいのは明白でもあった。

 

「私も大丈夫よ。ライブで動きに支障をきたないデザイン……それさえ守ってくれればね」

 

友希那の回答にリサは喜びの声を上げ、「後でみんなに伝えるね♪」と弾んだ声を出す。

その衣装は自分も着るので楽しみだと笑みを浮かべるものの、その表情はすぐに影を落とした。

 

「(何事もなく着ることはできるのかしら?私は今のこんな状態で袖を通すというのかしら……?)」

 

この先どうなるかが分からない友希那は不安でならなかった。

表情を誤魔化すことは難しく、後ろ向きの顔が覗いてしまう。

 

「……?友希那?」

 

「あっ、いえ……大丈夫よ。少し疲れているみたい」

 

「……そうなの?それなら早めに休んだ方がいいよ?」

 

何かあったとは思っても深く追及はしてこない。そんなリサの対応が、今はとてもありがたかった。

友希那はそれに甘えてそそくさと家の中に入っていく。

 

「(……何があったんだろ?)」

 

疲れているのは確かだが、あれは練習というよりも他のことで疲れていたような気がする。

どうやって聞こうか考えているところに、もう一つ足音が聞こえた。

 

「ん?リサか……何してたんだ?」

 

「衣装のことで、ちょっと友希那と話してたんだ~♪」

 

足音の主は貴之で、彼もどこか脱力していた様子をみせている。

 

「っていうか、貴之も大丈夫?なんか疲れてない?」

 

「連日ファイト漬けだからな……地方終わっても休んでねぇし」

 

実際の理由は違うが、全く休んでいないことは事実だった。

それを聞いたリサは焦りを感じる。友希那に続いて貴之もだったことが大きい。

幸いなのは、こちらは本当に体が疲れているだけで変に抱え込んでいないことだろう。

 

「流石にインターバル挟んだ方がいいんじゃない?と言うか、友希那とデートのセッティングでもしたら?」

 

「全国とコンテストが待っていなけりゃ考えたんだけどな……」

 

リサの提案は確かに魅力的ではあるが、それは落ち着いてからがいいだろうと考えている。

友希那は色々手伝ってもらったからこそ、空いてる時は手伝うと言ってくれていたのだが、流石にデート(そっち)は違うのではと言う遠慮に近いものもあった。

――これは友希那の動き次第っぽいなぁ~……。貴之の諦め半分な目をみてリサはそう考えた。

 

「そろそろ俺も帰って休むわ……ちょっとヤバそうだ」

 

「う、うん……貴之もゆっくり休んでね」

 

リサは知らないが『ヌーベルバーグ』を使用した反動が響いてかなり疲労感が大きくなっているので、貴之としはさっさと休みに入りたい状態だった。

そんな様子に若干押されながらも、リサはどうにか気を遣った言葉を返す。

 

「(二人とも……何かあったのかな?)」

 

友希那と貴之(二人の幼馴染み)が知らないところで何かをしている。もしくは何かがあった。

そんな事実を前に、リサは何があったか気になって仕方が無かった。




13話の変更点は後々に回すとして、今回は12話の変更点を書いていきます。

・最初にリサが浮いてる話しをするのはリサではなく友希那
・お茶会には紗夜も参加
・父親のバンドと自分たちを比べる際、Roseliaのメンバーがちらつく
・業界の人からの誘いはハッキリと否定的で、その後様々な記憶に悩まされる

こんなところでしょうか。
サブタイの『痛み』は貴之で、『恐怖』は友希那になります。これは当人が体験するものですね。

今回は重要な場面とは言い難い為、一度簡潔に書かせて貰いました。似たような状況であれば今回のように、重要な場面であれば普段のファイトのようになります。

次回はRoseliaシナリオ13話の続きになりますが、ここでも余裕があれば『ヌーベルバーグ』に慣れていく描写を混ぜ込み、その後14話に入る前に1、2回程入れられればと思います。


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イメージ35 それぞれの想い

前回の続きでRoseliaシナリオ13話になります。

今回は少し短めです。後半がオリジナル展開だと言うのに文字数が8000を下回りました。

少々遅くなりましたが、ヴァンガードzeroのテストは私の使っている携帯端末がAndroidであるため、まだプレイはできないです……


「(……こうじゃないわね。一度スコアを確認しましょう)」

 

お茶会が終わった後の自宅で自主練習をしていた紗夜は、自分が思った以上に上手くいかないパートがあったのでそこの再確認を行う。

次第に減っていったスコアからの再確認なので、これはかなり久しぶりに行うことだった。

裏を返せばRoseliaに入ってからレベルの高い曲が増えた証拠なので、それはそれで喜ばしいことでもある。

そんなことを考えながらスコアを取り出そうとしたところで、携帯が振動して何かが着信したことを知らせる。

 

「(今井さんからメール……?)」

 

メールの内容は衣装のコンセプトであろうもので、そのコンセプトであろうものが書かれていた。

『高貴なる闇の騎士団』と言うコンセプト名は、明らかにあこが発案したものだろうことが伺える。

――確かに衣装は必要だけど……それとこれは話しが別ね。念押しとして『余計なイメージは付けないように』とだけ紗夜はメールを返信しようとして――これだけでは足りないなと感じた。

なので、自分の意見として『スタイリッシュな方がRoseliaには合うはず』との旨を付け加えて返信する。

 

「(結局こっちは行けないのよね……)」

 

スコアを取り出した時、ちらりとPastel*Palettesのポスターが目に入る。

もうじきその日になるらしいが、果たして時間が確保できるかどうか……。そこが問題点だった。

故に日菜も今日は自室で練習をしている。多分今日は部屋に入って来ないだろう。

別に来るなら来るで構わないし、今回はこちらもどちらかと言えば一人で練習したいからそれでもいいのだが、何とも言えない距離感を感じていた。

 

「(私が発端だと言うのにね……)」

 

――前よりも我が儘になったのかしら?良い方向か悪い方向かはさておき、紗夜はそう感じる。

しかしながら今まで自分が突っぱねて来たのにいきなり入り込む……と言うのはかなり抵抗感があった。

 

「(今はよしましょう……それよりも、練習しないと)」

 

――私も、限界(甘え)に挑んで行かないと。意気込みを新たに紗夜の表情は少しだけ明るかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「お帰り。今日も練習かな?」

 

自分がリビングに入ると父が問いかけて来たので友希那は肯定する。

もしお茶会に参加していたのなら別の話しをすることになっていたとは思うが、そうしなかったので今回はいつも通りのものだった。

自分の父は口で言わないものの、あまり気負い過ぎないで欲しいと目で伝えてくる。そうして気遣ってくれるのは嬉しいものの、今回ばかりは複雑な思いもある。

 

「(私が、崩壊の引き金になりかねないのだから……気を楽にと言うのは難しいわね)」

 

何事も無ければすんなりと飲み込めたと思うが、今回は事情が事情なのでそういうわけにもいかない。

しかしながら、この悩みを吐きだそうにも難しいものがあった。

 

「ところで友希那、晩御飯はどうするの?」

 

「えっと……実は、あまりお腹が空いてなくて……」

 

母親に問われたので、友希那はそれとなく遠慮の言い訳をする。

正直なところ考える時間が欲しいのが大きいが、予想より腹を空かせていないのも本当のことだった。

友希那の回答を聞いた母親は「早く休んで、元気になってね」とだけ声を掛け、友希那もそれを受け入れた旨を返してから自室に上がる。

 

「(お父さんにまた笑って欲しくて進んでいたけど……第一に()()()()()()()()()()()()()。それを改めて実感できたから、こんな風に考えるようになったんだわ)」

 

体現者とも言うべき先導者(貴之)がファイトをする姿を見てから意識が変わり、友希那もそれなりに笑みを浮かべることが多くなっていた。

今回は自分が疲れ切った表情はをしていたのもあって普段程ではないが、父も以前よりは笑うようになってはいる。

 

 

「はぁ……どうすればいいのかしら?」

 

部屋のドアを閉めたところで脱力した友希那は、ドアに背中を預けたまま座り込む。

色々なものが頭に入り込んで来たと同時に、それを話さないでいいようにと考えて動いたせいで疲労が増していたのだ。

 

「(間違いないのは、私が今の状況を恐れていることね……)」

 

一人になったからこそ、自分の肩が震えていることを改めて感じる。

今までそうして来たのは自分だというのに何をしているんだと責めるのと、一人で抱え込まないでと許す二つの情のせめぎ合いは終わっておらず、友希那の感じている恐怖巻をさらに煽っていく。

こんなに怯えているのはいつ以来だろうか?それほど友希那は平静さを失っていた。

 

「(話すのなら誰がいいの……?そもそも話しても……)」

 

聞いてくれるという保証はない。それが友希那をさらに追い詰めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……確かにあこちゃんの趣味に寄せ過ぎたかも」

 

紗夜が出した提案があこのチャットを通して衣装の制作に勤しんでいた燐子に届く。

人なりを最も理解しているのがあこだからと言う理由が大きかったのだが、よくよく考えたら自分を含めて五人で着るのだからそこは合わせなければいけないと再認識する。

提案について了解の旨を返してから、燐子は再び作業に戻る。

 

「(そう言えば、あこちゃん以外の人から頼まれるのは友希那さん以来だな……)」

 

頼まれることは久しぶりなようで意外に早い感じがしていた。

前までなら大丈夫かどうかで不安になることが多いものの、今は頼られることの嬉しさを感じるようになっていた。

 

「よし、頑張ろう♪」

 

燐子は笑みと共に小さく可愛らしいガッツポーズを作って気合いを入れ直した。

――Roselia五人で着る衣装……気に入って貰えるといいな。今後の反応が楽しみで、燐子は胸を膨らませた。

 

「なるほどな……それで衣装を作ろうって話しになったのか」

 

「うんっ!五人で同じの着たら、超カッコいいと思うんだ~♪」

 

時を同じくして、あこは巴と衣装に関することを話していた。

巴は幼馴染み同士で組んでいるチームでバンドを行っており、衣装も存在しているのでその楽しさや嬉しさはよく分かっている。

――そうやって、一体感が生まれていくんだよな……。感慨深いような声を巴は出した。

 

「そうなんだよ~……。あっ、でも……」

 

「……どうした?」

 

――肝心な友希那さんからの返事が来てない。あこが気づいたことは確かに問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(二人ともどうしちゃったんだろう?凄い無理してる感じがする……)」

 

今日の帰ってきた二人をみて、リサは自室で考えていた。

最近笑うようになった友希那が暗い影を落して、ヴァンガードであれば明るい表情ばかりな貴之が脱力していたりと、明らかにいつもと違っていたせいだ。

――ここから声をかけたら気づくかな?期待を寄せながらベランダに出る。

 

「友希那~。聞こえる~?」

 

声を掛けて見たものの、返事が帰ってくる様子は無い。それを確信したリサは落胆する。

 

「(中学までは結構な数。今でもたまにくらいはベランダ越しで話したりしてたけど、今日はダメそうかな?)」

 

部屋の構造と遠導家の敷居的に貴之とはできないものの、友希那とはベランダ越しに会話をすることができるので期待を込めてリサは挑戦したのだった。

自分からアプローチを掛け、友希那が応じれば成立と言うのが決まりのパターンであり、その場合は音楽の話しや友希那の恋心関係の話しを良くしていた。

暫くの間は全くできない時期こそあったが、今でも十分にできるのでやってみたのだが、友希那は何かに集中しているらしくて反応を示してくれない。

 

「……出てくれないならしょうがないか」

 

仕方ないと諦めて部屋の中に戻り、次は貴之にCordでチャットを送ってみる。

内容は『友希那見たいに何か無理してない?』と言うもので、それを見た貴之からは『まあ……してるにはしてるかな』と返された。

しかしながら貴之はその無理をする必要があるらしく、『ユリ姉にバレないようにしてくれると一番助かる』と、自分が手伝えることが無いかを聞こうとするよりも前にチャットを送ってきた。

 

「ちょっ……えぇ?」

 

他に何かないの?と思って何かを返そうとするが、『何をしたかは近い内にちゃんと話すから』とチャットが送られたので『分かった。絶対だよ?』とだけ返すことにした。これ以上は大して変わらないと思ったのだ。

 

「(う~ん。貴之のは本当にそうするしかないんだけど……友希那は大丈夫かな?)」

 

――抱え込んじゃってるんでしょ?アタシにも手伝わせて?ベランダの先にある、友希那の部屋に続く窓を見つめながらリサは彼女の身を案じた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(参ったわね……全く考えが纏まらないわ)」

 

少しの間悩んでいた友希那だが、それでも全く決まらないでいた。

みんなと共にいたい想いは確かではあるが、今までしていたことと今回のことを話すのを恐れている。

どうやって話すべきか?どこから話せばいいか?その落としどころを掴めないでいたのだ。

 

「(……!さっきのところから……?)」

 

携帯の着信音がしたので確認してみると、先程の事務所のところからであることが判明した。

諦めきれていないのだろうと思いながら一度電話に出る。

内容としては改めて話しをしたいから指定した日に顔を合わせることが可能かを問われて、それには可能であることを答える。

 

「(時間はそんなに多くない……急がないといけないわね……)」

 

時間が迫っていることを嫌でも自覚させられた友希那は、さらに頭を悩ませることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(ユリ姉に怪しまれて、リサにも感づかれた……。早く慣れねぇと止められるかもな)」

 

夕食と風呂を済ませた後、貴之は自室で小百合と顔を合わせた直後のことを振り返る。

普段ファイトをした後もケロっとしている様子の多かった貴之が、二日連続で披露した様子を目の前で見せていたので小百合からは「本当に大丈夫なの?」と聞いてきているような目を向けられた。

さらにリサからのCordも半ば強引に返したので、どの道何をしていたかは必ず見せなければならないことになった。

しかしながら全国大会も近く、『ヌーベルバーグ』を制御できるようにする必要がある今、そう簡単に休むわけにもいかないのが現状だった。

 

「前回より時間は減ってたから、少しだけ進んだとは思うが……」

 

――まだ遠いってことか。思ったよりも長い道のりだと判明して貴之は少し落胆する。しかしながら、『PSYクオリア』を打倒する一番の近道は『ヌーベルバーグ』を使いこなすことにある為、どうにかするしかない。

あの負担に早く慣れる為のコツなどもあるならやってみたいところではあるが、グレード4を使う人など地方大会で始めて一真が使ったところを見ただけなので、そんなものはどこにもなかった。

故に試行錯誤してどうにかするしかない。という結論しか下せない為、どのように継続していくかに頭を回す。

――逃げるも辞めるもそちらの自由だが、それでは納得いかないだろう?『ヌーベルバーグ』に問われた気がして貴之は頷く。

 

「逃げるのは終わりって言ったのにさ……そんなことしたら意味ねぇだろ?」

 

疲れた様子が見えるものの、それでも笑みで返せるだけの余裕が戻ってきている貴之を見た『ヌーベルバーグ』はそれもそうだなと納得する。

ちなみに始めて『ヌーベルバーグ』を使用した後はその日一日脱力しきっていたので、慣れ自体は早い方だと言える。

――諦めるのはまだ早い。自分の根気とやり方次第でどうとでもなる。そう判断した貴之の気力が回復し、笑みもいつも通りのものに戻っていた。

 

「よし……また次もやってみるか。やっていけばどうにかなるしな」

 

――お前もそんな簡単に見限るなよ?笑みを浮かべたまま問いかければ『ヌーベルバーグ』はならば良かろうと返してくれた。

その直後に対策はあるのかと問われ、貴之は腕を組んで少し考えてみる。

 

「(『PSYクオリア』は持っていない……ショートカットの方法なんて知らねぇ……)」

 

考えていた提案はすぐに没となり、また上がっては没になり……と。策が尽く潰された貴之が嫌な汗を掻く。

もうしばらく考えてみて、嫌な汗が引いた貴之は一つの結論を下す。

 

「これは……ひたすら回数こなして慣れていくローラー戦法しか無さそうだな……」

 

先導者の下した判断はまさかの力押しであり、これには『ヌーベルバーグ』も数瞬閉口することになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(今日は友希那が手伝ってくれるんだったな……)」

 

「今日も行くのか?」

 

「時間も無いし、今日は友希那が手伝ってくれるからな」

 

力押ししかないと結論を下してから二日後。授業を終えて放課後になった貴之は今日も『レーヴ』へ向かうのだが、その前に羽丘に立ち寄ることにしている。Roseliaは練習する場所が取れなくてやむ得ず自主練習となったらしく、友希那は一度こちらの手伝いをしてくれるようだ。

荷物を纏めていざ……と言うタイミングで俊哉に声をかけられたので、それに肯定を返す。

貴之は『ヌーベルバーグ』に慣れていくのに当たって、Cordを使って『全国大会に向けて完成させたいのがあるから、放課後は暫く別行動する』と俊哉たちに予めチャットを送っていた。

これに関しては全国までに対策立てられたら困るのだろうと理解して貰え、承諾をもらっている。

例外は大介と弘人で、この二人は地方で終わってしまっているので同行可能である。とは言っても予定が合わない為同行できていないのが現状である。

 

「一応言っておくが……最近また女子絡みで噂立ち始めてるから、その辺気を付けろよ?」

 

「……また?俺が一体……」

 

――何をしたってんだ?と言いかけたところで、思い当たる節を二つ思い出してしまった。

まず一つ目が一度紗夜と二人で歩いていた時間があること。もう一つは結衣の胸に飛び込んでしまった際の移り香。

あり得るとすれば間違いなくこれしかないだろう。

 

「うわぁ……友希那たちに届いてねぇといいんだが……」

 

「友希那たちに届かなくても、周りの評判を修正するのが大変そうだよね?」

 

玲奈に言われて「勘弁してくれ……」と頭を抱える。後江は話しを聞いてくれる人が多いし、すぐに飲み込んでくれるから楽なのだが、問題は羽丘と花女(女子校二つ)である。

どちらも貴之が基本的に立ち寄らない場所である為、噂の先走りがしやすい。リサのように友人関係の多い知り合いのいる羽丘はまだ分からないが、花女は本当に軌道修正ができない可能性が高い。

――ちょっと怖くなって来たな……これから羽丘に行くというのに、貴之の感情に躊躇いが走ってしまう。

 

「まあ後でどうにかできるし、今は気にしない方がいいだろ」

 

「そうだな……」

 

大介に言われてようやく納得した貴之はハラハラした想いを抱きながら羽丘に向かうこととなる。

転校初期の頃と比べれば反応は薄いものの、それでもまだ注目を引きづっている様子があった。

興味深そうな目と何やら警戒しているような目の二つがあるので、俊哉の危惧は当たっていると考えた方がいいかもしれない。

 

「(今後は気を付けた方がいいかもな……)」

 

少々落胆していた貴之だが、向かう途中で『レーヴ』に戻る途中の結衣と瑠美を見つける。

 

「あれ?貴之さん今日は用事ですか?」

 

「行くには行くけど、その前に手伝ってくれる人を迎えに行ってくる」

 

ここ数日間『レーヴ』に直接行く日々が多かったので、そう問われるのもやむ無しだと感じた。

しかしながら己が決めた道を進み続けると言うのが分かって、結衣と瑠美は安心した様子を見せる。

 

「そういうことなら、私たちは先に待ってるね」

 

「ああ。それじゃあまた後でな」

 

互いに手を振ってからそれぞれの行き先へと歩みを進める。

羽丘の校門が見える所まで行けば、その横で待っている友希那の姿があった。

 

「悪い、待たせたな」

 

「大丈夫よ。私も今終わったところだから。こっちでいいの?」

 

「いや、今日は別の場所に行くからこっちだ」

 

友希那がファクトリーの方を指さしながら問いかけて来たので、貴之はそちらとは違う方角を指差して訂正する。

不思議に思いながらも、友希那は納得してついていくことにする。

 

「こっち側に新しくできたカードショップがあるんだ。人もあまり来ないし、こないだ言ってたユニットの練習には最適なんだ」

 

「なるほど……最近一人が多いと思ったらそういうことだったのね」

 

練習が終わってファイターたちの集まりを見れば毎回貴之がいないので気にしていたが、理由を知ることができて安心する。

少しの間歩いていると、貴之が行こうとしていた『レーヴ』にたどり着く。

 

「ここだ」

 

「こんなところにできていたのね……」

 

分かりづらそうと思ったのが友希那の感想で、貴之もそれに同意しながらドアを開ける。

 

「今日もお邪魔します」

 

「早かったね……って、湊さん?」

 

「……秋山さん?」

 

結衣は友希那を。友希那は結衣を見て驚く。二人とも羽丘の制服で、同じ学年だから何かはあると伺うことはできた。

 

「お前ら……知り合い?」

 

「知り合い……というよりも同じクラスなの」

 

「ついでに言うと、席が隣同士なの」

 

「あっ、そういうこと……?」

 

友希那は普段バンドのチームと行動するから、結衣はヴァンガードをやっているが店の手伝いをしているとまでは言っていない為、二人が驚く理由となっていた。

この為貴之が互いの事情を説明することになり、それでようやく二人は納得することができた。

 

「それにしても驚きね……貴之君が彼女さんを連れて来るなんて?」

 

「またその下りですか……」

 

――でも、本当にそうだったらどれだけいいことだか。否定せざるを得ない現状に貴之はうなだれる。

それと同時に今回こそ優勝しようと気合いを入れ直す貴之だが、友希那の方はそうもいかなかった。

 

「わ、私が貴之の……大丈夫なのかしら……?あぁ、でも……」

 

「……友希那?」

 

頬を朱色に染めながら、うんうんと悩んでいつつも満更でもない様子を見せる友希那を見て、貴之が目を点にする。

 

「本当に大丈夫ならどのあたりかしら?間もないくらい?いっそのこと……」

 

「お、俺は別にそれでもいいが……って、そろそろ帰って来てくれ……な?」

 

「(二人とも……もしかしてだけど……)」

 

――互いに好きで、互いにその気持ちに気づいてないの?貴之も頬を朱色にしながら友希那に呼びかけるのを見て、結衣は戸惑いながら推測を立てる。

その後少ししてようやく友希那の思考が現実に帰って来たので、貴之と友希那でファイトの準備を始めるのだった。




Roseliaシナリオの13話が終わりました。変更点としては……

・紗夜が距離感の変化を実感し、日菜への対抗心から自分との戦いに
・友希那とリサによるベランダ越しでの会話は今でも時々する
・自分の父親に笑って貰うに当たって、友希那はどうするべきかが見えている
・リサの気に掛ける人物が一人から二人に増えた

こんなところでしょうか。少しづつとは言え、確実に変化点が増えてきていますね。
このまま14話へ進むと『ヌーベルバーグ』に慣れていく為の展開が減ってしまうので、次回は貴之と友希那の二人によるファイト展開になります。


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イメージ36 立ち向かう心

予告通り貴之と友希那によるファイト回になります。

ヴァンガードzeroは無事にプレイできました。今現在は『かげろう』を使って遊んでいます。


「意外だね……湊さんもヴァンガードをやってるなんて」

 

「と言っても、まだ始めたばかりよ?」

 

友希那はバンドのことで有名であることを知っていた為、結衣は彼女の意外な一面を知ったと感じていた。

しかしながら、これも新曲作りのヒントを得る為がきっかけだと知った時はらしいなとも思えた。

また、その時は貴之に教わったことも聞き、それなら改めて説明する必要がない事を把握する。

 

「あなたが渡してくれたカードのことは覚えてるかしら?それを使ってデッキを組み替えてみたの……」

 

友希那の問いに貴之は肯定する。チームメンバーがまだ彼女と紗夜の二人だけだった時に、「役に立つから」と『シャドウパラディン』のカードを複数渡していたのだ。

単に『かげろう』を使っている貴之に取っては不要……と言うのでは無く、『シャドウパラディン』を使う友希那が持っている方がいいと言う判断によるものになる。

 

「なら、組み替えたデッキの初ファイトも兼ねて、一回やってみようか」

 

貴之の声に友希那は頷く。

組み替えたばかりのこちらに合わせてくれそうな雰囲気があるので少々申し訳なく思うが、その上で自分の目的を完遂できるだろうと言う信頼もあった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之が『ライド』したのは『アンドゥー』。友希那が『ライド』したのは『フルバウ』だった。

 

「湊さんは『シャドウパラディン』を使うんだ……」

 

「貴之君が選ぶのを手伝ってくれていたなら、本人も納得の上でしょうね」

 

貴之は相手の意志を尊重しながら『クラン』選びを手伝うので大抵の人は納得するし、友希那もその中に当てはまる。

以前とは違って先攻が欲しいを聞いてみたところ、友希那が頷いたので彼女の先攻から始まる。

 

「『ブラスター・ジャベリン』に『ライド』!一枚ドローして『ブラスター・ダガー』を『コール』!」

 

後列中央に黒い鎧を纏い、その鎧と同じ色をした短剣を持つ戦士『ブラスター・ダガー』が『コール』される。

貴之が渡したユニットたちの内の一つは『ブラスター・ダガー』で、友希那は早速それらを使用していると意思表示をしてくれた。

 

「『ガイアース』に『ライド』!一枚ドローして『ヌーベルロマン・ドラゴン』を『コール』!」

 

後列中央に四つの足を持った赤き龍の『ヌーベルロマン・ドラゴン』が『コール』された。

友希那は始めて見る関係上この後知ることになるのだが、これは『ヌーベルバーグ』をサポートするユニットの一つである。

 

「登場時、手札の『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』を一枚公開して山札に戻すことでスキル発動!山札から『ドラゴニック・オーバーロード』を一枚まで探して公開し、手札に加えることができる!」

 

「もしかしてだけど……今山札に戻したユニットが……」

 

友希那の疑問には頷く形で肯定を返す。一真と相手するまでは手の内を公開するようなことは避けたいが、最悪の場合は発動せざるを得ないことも考えておく。

その場合は別の決め手になるユニットを用意する等何らかの手段が必要であることは理解しており、貴之はそれを考えながらファイトを継続する。

 

「じゃあ攻撃だ……『ヌーベルロマン』の『ブースト』、『ガイアース』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

何度も聞いた貴之の教えを思い返しながら、後々『カウンターブラスト』を使いたいと考えてノーガードを選択する。

この時の『ドライブチェック』で貴之は(ドロー)トリガーを引いたので、ダメージに変化はないものの追加で一枚手札が増えた。

友希那の『ダメージチェック』はノートリガーで、大きな変化が起こらないで1ダメージを貰った。

ここで貴之のターンが終わり、友希那にターンが回ってくる。

 

「『ライド』、『ブラスター・ダーク』!スキルでリアガード一体を退却させて貰うわ」

 

「となると『ヌーベルロマン』か……すまねぇな」

 

『ブラスター・ダーク』の退却スキルは受ける側……今回で言えば貴之が選ぶことになるのだが、リアガードには『ヌーベルロマン』しか存在しなかった。

この後『メインフェイズ』で後列左側に二体目の『ブラスター・ダガー』が、前列左側に黒い鎧を纏い、同じ色をしたレイピアを持つ女騎士の『ブラスター・レイピア』が『コール』される。

――今ならこれが使えるわね……。貴之の場にリアガードがいないことに気づいた友希那は、『ブラスター・ダーク』が持つもう一つのスキルの発動を決める。

 

「相手リアガードが一体もいない時、手札を一枚捨てることで『ブラスター・ダーク』のスキル発動。このターンの間『ブラスター・ダーク』のドライブを+1にするわ」

 

それでいいと言いたげに貴之の口元が緩む。このスキルは『ブラスター・ダーク』の強みの一つだった。

 

「グレード2だけど、『ツインドライブ』ができる……これは大きいね」

 

「ドライブで何が出るかなぁ……?」

 

自分側のリアガードが影響する代わりに確実な効果を得られる『ブラスター・ブレード』に対し、確実な効果とは言い難いが自分側のリアガードは気にしなくていい『ブラスター・ダーク』と言ったところだろう。

場合によっては、次のターンも合わせてヴァンガードだけで6ダメージ稼いで勝利……もあり得るが、何もトリガーを引けない可能性も考慮されるので博打性が強めと言った印象がある。

 

「私も攻撃させて貰うわね。『ブラスター・ダガー』で『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ツインドライブ』をしな」

 

「ええ。『ツインドライブ』……ファーストチェック」

 

まず一枚目の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、友希那は更に手札を一枚増やすことができた。

この時のパワーを『ブラスター・レイピア』に回してから、二枚目の『トリガーチェック』を行う。

この時の結果は(クリティカル)トリガーとなった。

 

「パワーは『ブラスター・レイピア』、(クリティカル)はヴァンガードに」

 

「いいイメージだな……『ダメージチェック』」

 

イメージで『ブラスター・ダーク』となった友希那の剣による斬撃と突きを貰った貴之は、彼女を素直に称賛してからダメージチェックに入る。

一枚目はノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーと言う結果になり、効果はヴァンガードに回される。

『ブースト』をしたアタック、または自身のアタックがヴァンガードにヒットした場合は『ブラスター・ダガー』のスキルが発動できるのだが、今回は対象にできる相手がいないので発動はできない。

 

「次……『ブラスター・ダガー』の『ブースト』、『ブラスター・レイピア』でヴァンガードにアタック!『ブラスター・レイピア』がヴァンガードにアタックした時、『ブラスター』と名の付くユニットが三枚以上ならこのバトル中はパワープラス5000!」

 

「そいつもノーガードだな」

 

パワーの上がり方に大きく差が付いていること、更にスキルによる増加値もあって防ぐのが割に合わなかった。

ただし、今回の『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーを引き当てたので、ダメージの追加は避けられることになる。

 

「あの子……思ったよりもやるわね」

 

「うん。始めたばかりだなんて、とても思えない」

 

「飲み込みが速いのかな……?」

 

色んなファイターを見てきた秋山姉妹からしても、友希那は初心者の中でも上手いと評することができた。

そんな評価が耳に入って来た友希那は、少しだけ嬉しくなる。

 

「貴之が教えてくれたから……おかげですぐできるようになったわ」

 

「照れること言ってくれるぜ……でもまあ、みんなそう言ってくれるから大丈夫なんだろうな」

 

他ならぬ友希那に言われたことから、いつもより嬉しさが増していた。

それによって口元の緩んだ状態で貴之はターンを始める。

 

「『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『ブラスター・レイピア』を退却させて一枚ドロー……。『ラオピア』と『バー』を『コール』して、『バー』のスキルで『ブラスター・ダガー』を退却!さらに『ヌーベルクリティック・ドラゴン』を『コール』!」

 

「これは退却合戦になるのかな……?」

 

『ヌーベルロマン』が退却させられたお返しとばかりに二体のユニットが退却させられるのを見て、瑠美はそう考えた。

『バー』は後列中央に『コール』された為、この時退却させられた『ブラスター・ダガー』は後列中央のものになる。

また、『ラオピア』は後列左側に、深紅の体を持った翼竜の『ヌーベルクリティック』は前列左側に『コール』された。

 

「よし……『バー』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

『バー』がスキルの影響でパワーが増えていること、次のターンで『カウンターブラスト』を使いたいと考えた為のノーガードになる。

貴之の『ドライブチェック』が(ヒール)トリガー。友希那の『ダメージチェック』が(ドロー)トリガーなので、ここでダメージが逆転する。

 

「もう一回……『ラオピア』の『ブースト』、『ヌーベルクリティック』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードね。『ダメージチェック』……」

 

トリガー効果が回されてしまっているので、これも防ぐのは割に合わないと感じていた。

しかしながら『ダメージチェック』では(クリティカル)トリガーが出てしまい、後の攻撃もない為非常に痛い結果となる。

 

「攻撃がヴァンガードにヒットした時、『ヌーベルクリティック』のスキル発動!山札から一枚、『ヌーベルバーグ』を手札に加えることができる!」

 

「と言うことは……そのユニットを出すための補助ユニットなのね?」

 

友希那の問いに肯定しながら、『ヌーベルロマン』もそうであることを告げる。

最初は首を傾げる友希那だが、『ライド』を迅速に行えるようにと考えれば納得できた。

 

「この後二ターン『ツインドライブ』を耐えてようやくかぁ……」

 

「今回は後攻だから、ここからが大事だね」

 

先攻であるならグレード3のユニットによる『ツインドライブ』は一回だけ耐えればいいのだが、今回は二回耐える必要がある。

故に結衣たちも緊張した趣で見守るのだった。

 

「『ライド』!『ザ・ダーク・ディクテイター』!」

 

『フォース』はヴァンガードに設置され、『ディクテイター』のスキルによって『ブラスター・ダーク』が『コール』される。この時『ブラスター・ダーク』が呼ばれたのは前列右側になる。

この時それぞれのスキル効果によって、『クリティック』と『ラオピア』が退却させられることになる。

 

「さらに、『ブラスター・ジャベリン』と『漆黒の乙女 マーハ』を『コール』!」

 

前列左側に黒と青紫の二色を基調とした戦闘服を着る青髪の少女『マーハ』を、『ブラスター・ジャベリン』は後列右側に『コール』される。

今回呼ばれた二体のユニットは『カウンターブラスト』を使えないことにより、スキルの発動が叶わなかった。

 

「このまま攻撃……『ブラスター・ダガー』の『ブースト』、『マーハ』でヴァンガードにアタック!」

 

「悪いな『バー』……ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

自分がこの行動をしたらどうなるかを理解しているため、貴之は先に一言詫びて『ダメージチェック』に入る。

今回の結果はノートリガーで、貴之のダメージは2になる。

 

「『ブラスター・ダガー』自身、または『ブースト』したアタックがヴァンガードにヒットした時、このユニットを『ソウル』に置くことでスキル発動!相手にリアガードを一体させて貰うわ」

 

リアガードには『バー』しかいない為、自然と退却対象になる。その為貴之は詫びていたのだ。

イメージ内では去り際の『ブラスター・ダガー』が投擲した短剣が『バー』に刺さり、それが爆発を起こすといったものだった。

 

「次は『ディクテイター』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ倒れないしな……ここはノーガードだ」

 

先程の(ヒール)トリガーのお陰で貴之はこの攻撃で負けることがなくなっていた。

友希那の『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー。二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、パワーは『ブラスター・ダーク』。(クリティカル)は『ディクテイター』に回される。

貴之の『ダメージチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー。二枚目はノートリガーという結果になった。

 

「最後は『ブラスター・ジャベリン』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは防ごうか……頼むぞ『ゲンジョウ』!」

 

パワー33000まで上がっていた攻撃は、パワー40000で防ぎきる。

流石に何も無く4ダメージを取れると思っていなかったので、友希那はそこまで動じないままターンを終える。

 

「多分何が来るかは読めてると思うが……」

 

「最初のターンを見てしまえばね」

 

貴之のターンが始まり、『スタンド』アンド『ドロー』をしたところで二人して苦笑する。

『ヌーベルロマン』のスキルを使っている為、何が来るかは丸わかりであった。

しかしながら、例えそうであったとしても貴之が動きを変えるつもりはない。バレているのは承知の上で呼べるほどそのユニットを信頼しているからだ。

 

「じゃあ行くぜ……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「(相変わらずの存在感……流石は貴之の分身ね)」

 

何度も見てきた『オーバーロード』に『ライド』する貴之だが、実際に対峙するとよりその存在を意識する。

『フォース』はヴァンガードに設置され、『メインフェイズ』で後列中央に『ラオピア』、前列右側に『ラーム』、そして後列右側に『ガイアース』が『コール』され、『オーバーロード』も『ソウルブラスト』を行う。

 

「攻撃と行くか……『オーバーロード』で『ブラスター・ダーク』にアタック!」

 

「っ……ここはノーガードにするわ」

 

この後の連続攻撃に備えて防ぐことも考えたが、相手の『トリガーチェック』次第でいたずらに手札の消費をすることになると考え、『ブラスター・ダーク』に心の中で詫びる。

イメージ内で『オーバーロード』の放つ業火によって『ブラスター・ダーク』が焼かれ、その際に行われた『ツインドライブ』の一枚目が(クリティカル)トリガーで効果は全てヴァンガードに回される。二枚目はノートリガーだった。

ここで貴之はいつものように『カウンターブラスト』で『オーバーロード』を『スタンド』させ、攻撃回数を稼ぐ。

 

「次は『ラオピア』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石にそれは受けられないわね……『暗黒の盾 マクリール』で『完全ガード』!」

 

『ブースト』込みで56000までパワーが上がっていて、トリガー次第では決着となりかねない為、防ぐ行動に出る。

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之の剣技を、ほぼ全身を覆う黒い鎧と、同じ色をした巨大な盾を両腕に一枚ずつ持った戦士の『マクリール』が真っ向から防ぎきって見せた。

『ドライブチェック』の結果はノートリガーで、この後の攻撃は大きな変化が起こらないことになる。

 

「最後……『ガイアース』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

一番防ぎたい攻撃は防いだので、友希那は手札温存を選択する。

この時の『ダメージチェック』はノートリガーで、互いのダメージが4になったところで貴之のターンが終わる。

ここまでは普段通り何事もなくファイトをしていたが、次のターンからその流れが変わることになる。

 

「(これを使ってみましょう……)」

 

現段階のデッキなら、切り札として見れるユニットを手にとって友希那は決心する。

そしてこのユニットは『味方を犠牲にする』ことで力を発揮しやすい傾向にある、『シャドウパラディン』の代表格の一体とも言える存在だった。

 

「『ライド』!『ファントム・ブラスター・ドラゴン』!」

 

『ディクテイター』となっていた友希那を、漆黒の霧が竜巻となって包み込む。

竜巻が消えるとそこには所々碧い線のある黒い躰に、それと同じ色合いをした片手で振るう為の剣を柄同士で連結させたような槍を持った巨竜『ファントム・ブラスター・ドラゴン』となっていた。

『ファントム・ブラスター』に『ライド』することで獲得した『フォース』は、再びヴァンガードに設置される。

 

「『カウンターブラスト』と、リアガードを三枚退却させることで『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のスキルを発動……」

 

このスキルを発動したことにより、イメージ内で『ファントム・ブラスター』となった友希那は突如として自分のリアガードたちのいる方へ体の向きを変える。

先程言っていた流れが変わると言うのは、次の行動が示していた。

 

「……!?」

 

その『ファントム・ブラスター』となった友希那は、自身の持っている槍でリアガードの三体に攻撃をした(危害を加えた)のだ。

攻撃を受けたリアガードの三体は、先導者による突然の攻撃を受けて混乱と恐怖、そして絶望が混ざり込んだ顔を見せながら黒い霧となる。

霧は『ファントム・ブラスター』の槍の刃に集まっていき、これを見た友希那は動揺することになる。

 

「……大丈夫か?」

 

「え、ええ……大丈夫よ」

 

何があったかに察しが付いてる貴之は友希那に一声掛け、安否確認を行う。

幸いにも友希那は即時に返事ができる為、問題は無かった。

今回のは仲間を犠牲にするスキルを始めて使った際に、仲間想いの人や勝利の為に味方を傷つける行為を嫌う人が陥る可能性がある心理的なショックである。

 

「その手合いのスキルを使ったとしても、ファイター次第ではユニットたちが後を託すような姿勢を見せることがある……」

 

――もし今後も使っていくのなら、ユニットが自分にそうできるような関係を目指して行こう。貴之が掛けてくれた言葉に、友希那は頷く。

 

「久しぶりに見たわね……あの様子」

 

「ああいった手合いのスキルを使うのは始めてだったんだ……」

 

「(湊さんはきっと、優しい人なんだね……)」

 

ちなみに秋山姉妹の場合、この心理的ショックを経験したことがあるのは結衣だった。

瑠美は深く考えすぎないようにして、瑞希は相手にそのユニットや『クラン』の傾向を紹介することを優先する形で回避に成功している為、経験したことは無い。

また、貴之も始めて『ファントム・ブラスター』を軸とした『シャドウパラディン』のデッキを使った際に経験している。

結衣が表する通り友希那の優しさもそうだが、今回はそのスキルによって退却させられたユニットの表情を見て思ったことがあったことが大きい。

 

「(私がもし……あの話しを受け入れていたら……)」

 

――みんながあんな表情をしていたのかもしれない。それが友希那の動揺を起こしやすくしていた。

しかしながらこれ以上考えているとファイトを継続でき無さそうなので、一度その考えを置いておくことにする。

 

「これによって相手はリアガードを三体選んで退却させて貰い、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のパワーはプラス15000。(クリティカル)もプラス1されるわ」

 

「また俺一人に戻るか……」

 

スキルによる効力の読み上げが合図となり、ファイトに戻る。

貴之のリアガードは三体しかいない為、必然的にそれらを退却させることとなる。

 

「相手のダメージが4以下でリアガードがいない時、グレード3を『ソウルブラスト』することでもう一つのスキルを発動!相手ヴァンガードに1ダメージを与えるわ!」

 

「そう来るなら仕方ない。『ダメージチェック』……」

 

――何かを抱えている感じだったな……後で聞けるのか?考えながら貴之は『ダメージチェック』を行う。

結果はノートリガーで、あと一回攻撃を受けたら終わりと言う状況になった。

攻撃へ入る前に、友希那は前列右側に『ブラスター・ダーク』を『コール』する。

 

「これは通らないでしょうけど……『ファントム・ブラスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「貰うわけにはいかないからな……『バリィ』で『完全ガード』!」

 

ダメージが5、『トリガーチェック』も控えている状況でパワー48000の攻撃を受けるつもりなど無い。

攻撃を宣言した友希那もこれは防がれると思っていたので、特に慌てることは無く『ツインドライブ』を始める。

その結果は一枚目がノートリガー。二枚目は(ドロー)トリガーと言う結果になった。

 

「この状況で『完全ガード』は『ヌーベルバーグ』の攻撃を一回だけ防げるから大きいね……」

 

「さて……どうするのかしら?」

 

一応、『ヌーベルバーグ』を使用すると決めた後も貴之のデッキには『ウォーターフォウル』が入っている。

この為引き当てたならそちらで決めてしまうのも一つの手になっているが、それでは今回の『ヌーベルバーグ』に慣れると言う目的から外れることになる。

どちらを選ぶのか、はたまた『ヌーベルバーグ』を使用した手段しか選べないのか。それは貴之のターンになるまでは分からない。

 

「『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「頼んだ、『ヌーベルロマン・ドラゴン』!」

 

パワー20000となっていた『ブラスター・ダーク』の攻撃は、合計パワー23000で防ぎきる。

ここで友希那のターンは終了し、貴之のターンが……『ヌーベルバーグ』を使用する時間が始まった。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

「湊さん……貴之のこと、止めないであげて」

 

元より手伝うつもりで来ていたものの、結衣が念押しするように言ってきたので友希那は戸惑いながらも頷く。

――きっと心配させることになる。それが分かっている貴之は心の中で彼女に詫びる。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

「(秋山さんがああ言ったのは、前に教えてくれたことが……?)」

 

貴之が『ライドフェイズ』を行っている最中、友希那は一つの可能性に辿り着く。

そしてそれは、ものの見事に的中することとなる。

 

「ぐぅ……!あぁあ……っ!」

 

「た、貴之……!?」

 

貴之が片手で頭を抑えながら苦悶の声を上げたのだから、友希那が心配するのは無理もない。

これ以上は心配させまいと、貴之も「大丈夫」だと返してファイトに意識を回す。

――もうしばらく時間はかかりそうだな……。自分の現状に少々気が遠くなりながらもやめようとは思わない。

 

「やるって決めたなら、最後まで立ち向かうだけだ……『イマジナリーギフト』、『フォース』!こいつは前列右側のリアガードサークルに設置する!」

 

ただそう言っているだけではない。少なくとも全国大会が終わるまで、貴之はグレード4に『ライド』した際に襲い掛かる負担へ立ち向かう決意を固めていた。

その志のままファイトを続行し、『フォース』の置かれた前列右側に『オーバーロード』を『コール』してから、『ヌーベルバーグ』の『ソウルブラスト』を発動する。

リアガードにいる『ブラスター・ダーク』によって防がれたら不味いと言うのもあるが、一番は(クリティカル)トリガーを引けば勝ちも同然の状況であることが大きい。

 

「まだ長持ちできねぇから、早いところやらせて貰うぜ……『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!」

 

「この状況で貰いたくは無いわね……『マクリール』で『完全ガード』!」

 

(クリティカル)トリガーで貫通されることを想定したのと、手札が残り僅かであることからこちらを確実に防ぐのを選ぶ。

そして貴之の『ドライブチェック』は案の定(クリティカル)トリガーであり、効果が全て『オーバーロード』に回される。

 

「頼んだぜ……『オーバーロード(相棒)』!ヴァンガードにアタックだ!」

 

「手札が足りない……ノーガードね」

 

――その気持ちと勇気……少しだけ欲しいと思うのは我が儘なのかしら?イメージ内で『オーバーロード』がこちらに迫ってきている最中で、『ファントム・ブラスター』になった友希那は『ヌーベルバーグ』となっている貴之へと、無意識に空いている左手を伸ばしていた。

無防備極まりない状態で『オーバーロード』の攻撃を受け、『ダメージチェック』を行うことになる。

一枚目はノートリガー、二枚目は(ヒール)トリガーと言う結果なのだが、『ヌーベルバーグ』のスキルで無効化されてしまっているので使用はできず、友希那のダメージが6になる。

 

「ふぅ……ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

友希那に心配させまいと、貴之は意地を張って笑みを浮かべる。

終わりの挨拶が来たので友希那もそれを返すものの、やはり貴之が大丈夫かどうかが気になって仕方がない。

 

「その……何ともないの?」

 

「何ともない……と言いたかったが、割と一杯一杯だ」

 

ここに秋山姉妹がいなかったら無理にでも取り繕って倒れる時間が増えていた可能性は高し、そうすれば余計に怒られただろう。

自分に制止の余地を与えてくれた三人に内心で感謝しつつ、貴之は正直に吐露することを選ぶ。

挨拶をした時にあった大丈夫そうな笑みは、早くも疲れを感じさせる笑みに変わっていたのだ。

 

「でも、最初の時と比べて大分マシになって来たわね?」

 

「そうだね~。最初の時なんかファイトが終わった後に……」

 

「る、瑠美……!その先はダメ!」

 

友希那の持っている情に察しが付いている結衣は慌てて瑠美を制止する。

どうして結衣が慌てたのかが分からないので頭に疑問符が浮かぶものの、止めとくべきだと考えた瑠美は頷いた。

今回は貴之が疲労しているからよかったものの、もし大丈夫な状態であったら表情が変わって友希那にバレていただろう。

 

「準備できてるから……貴之君はゆっくり休んで?」

 

「そうさせてもらいます……。悪い友希那、ちょっと休むわ」

 

グレード4を使用した負担なのだろうか?そう思いながら「また後でね」と貴之に言葉を返す。

その声を聞いて安心した貴之は普段より少々遅くとも()()()椅子のところまで歩いて腰を掛け、そのまま睡眠に入った。

リラックスしたように静かな寝息を立てる貴之を見て、友希那は心臓の鼓動が早まるのを感じる。

 

「(きっと、また頼ってしまうことになるけど……)」

 

――あなたなら……聞いてくれるかしら?貴之が大丈夫であれば話してみようと、友希那は決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……んん?」

 

「貴之……!目を覚ましたのね」

 

貴之が目を覚ますと、目の前には友希那の顔があった。

不安だったような表情をしているのが見て取れたので、「心配かけたな」と貴之は一言詫びる。

 

「どれくらい寝てました?」

 

「50分よ……大分短縮されたわね」

 

自分でも予想以上に短いと貴之は感じていた。体が寝たり倒れたりしないようにと意識しているのか、負担に慣れ始めたことによって耐性が増したのか。はたまた友希那(好きな人)に心配を掛けまいと意地を見せたのか。それは誰にも分からなかった。

――この調子なら、全国大会までには間に合うな……。以前よりかなり早く復帰できたことに貴之は安堵して立ち上がり、己の状態を確認してみる。

 

「(信じられねぇ……ホントに『ヌーベルバーグ』を使った後なのか?)」

 

復帰後の状態としては、何も問題が無かった。これに対して、貴之が立てられる推測は先日のようなことを避ける為だろうと言うものだった。

一先ずこれなら姉に勘繰られる確率は減る為、練習がやりやすくなるだろう。それが分かっただけでも朗報である。

何も問題無いと告げたことで四人には驚かれるものの、最後は大丈夫なら何よりと言う安堵が勝ったようだ。

 

「それじゃあ、私たちはそろそろ……」

 

「ええ。できればまた来てね」

 

「友希那、明日また学校でね」

 

友希那と秋山姉妹のそれぞれに対する呼び方のスタンスだが、貴之の場合と殆ど変わらないものになった。

最後に挨拶を済ませ、帰路に着いて暫くすると友希那の表情が曇りだす。

 

「何というかその……ちゃんと言っておけば良かったな」

 

「あっ、いえ……それは大丈夫なの。ただ……」

 

「……何かあったのか?」

 

その表情が披露で寝ていた自分のせいだと思っていた貴之は詫びるものの、本当の理由は別にあった。

自分の悩みを伝えてしまっていいのかどうかに迷って友希那の表情は曇り、口を止めている。

 

「悩みがあるなら……俺でよければ聞くよ」

 

「貴之……」

 

いざ話そうと思って迷っていたところに大丈夫と言われれば、その言葉に甘えたくなる。

友希那が貴之なら大丈夫かもしれないと考えていた理由として、バンドのメンバーではなく、身近にいる人であることが大きい。

リサはバンドメンバーである為とても話しづらい。知り合いにいるヴァンガードファイターはそこまで近くない人が半数以上で、近いと言える中でも特にそうだと言えるのは幼馴染みの貴之だった。

 

「実はこの前……音楽業界にいる人から、スカウトが来たの……」

 

数瞬考えた後、友希那は貴之に話す決心をした。

そのスカウトの対象は自分一人であり、他のメンバーは用意されていること。一度はあしらったものの電話が来て、数日後にまた話すことが決まっていてそれまでに答えを出さねばならない状況にあることを伝えた。

確かにそれは大きな悩みであることを理解すると同時に、一つの推測が生まれる。

 

「と言うことは今日、『ファントムブラスター・ドラゴン』を使った時に……」

 

「ええ……私がその話しを受け入れたら、みんながあのような表情をして……周りには誰もいなくなるような気がしたの……」

 

友希那の話しを聞いて合点が言った。元が優しい子であるから十分に可能性はあったものの、それ以外にも大きな理由があると感じていたからだ。

スカウトの話しが来てから悩み、抱え込んでいながらも平静さを保つことができたのは周りの人に余計な心配をさせたくないという一心によるものである。

吐き出してはいけない。伝えることができない。そんな状態に悩まされていたところにそれをできる人が現れたことで、ようやく一度吐き出すことを許される時間が訪れていた。

その安堵から歩みの速度が遅くなって途中で立ち止まり、それに合わせて貴之の歩みも止まる。

心配そうにする貴之から自分の名前を呼ばれた友希那は、目尻から涙がこぼれ落ちていた。

 

「……友希那!?」

 

「ダメなの……っ……そんな道を選ばないとしても……分からなくて……っ……もし選んでしまったらと思うと……それが怖くて……」

 

そのまま自分の胸に飛び込んできた友希那を慌てて抱き留めた貴之は、復帰が早かったことをこれ以上なくありがたいと思った。前回までだったら支えられる余裕は残っていなかっただろう。

確かにスカウトの話しはそう簡単に話すこともできないし、あり得たかもしれない可能性の中で最悪であろうものを見てしまえば、一学生に平静を保ち続けろと言うのは無理がある。

最後に選ぶのが彼女自身である為、自分がどう思っているかを伝えるのではなく、貴之はこういう時はどうするかと言う方向で選び方の道を指し示すことにした。

 

「いきなり矛盾してること言いやがったと思うかもしれねぇけど……時間が無いからこそ焦らないで、落ち着いて考えることが大切だ」

 

「時間が無いのに……落ち着いて……?」

 

「ああ。焦ったままだと考えを纏められないからな……」

 

貴之の教えを聞いた友希那は、今まで自分が気持ちの整理等をせず纏まらない思考で考えていたことに気付く。

そうして一度落ち着くことのできた友希那は、以前貴之が言ってくれた「自分がどうしたいかの指標は色んな所に転がっている」と言う言葉を思い出した。

同時にその指標を見逃しそうになっていたことに気づいた友希那は詫びるが、貴之は思い出してくれただけで十分だと言ってくれた。

――それから……と前置きをしながら、貴之が優しく抱きしめて来たので、友希那は素っ頓狂な声を上げる。

 

「教えてくれてありがとうな……。難しいところなのによく話してくれたよ」

 

「……お礼を言いたいのはこっちの方よ」

 

――ありがとう。最後まで聞いてくれて……。安堵によって涙が溢れ出して来た友希那は、そのまま貴之の胸に顔を埋める。

貴之はそれを突き放すことなど無く、抱きしめ直すことで大丈夫だと伝えてやる。

 

「(心配掛けてごめんなさい……。答えはしっかりと見つけてくるわ)」

 

「(道を指し示すことはやった……。俺はしっかりと答えを出すって信じてるからな)」

 

友希那の涙が止まり、落ち着くまでは暫く今の状態を維持することになる。

その間に心の中で友希那は誓い、貴之は信頼を送るのだった。




友希那のデッキはトライアルデッキ『雀ヶ森レン』をブースターパック『最強!チームAL4』で編集したものになります。
『ブラスター・ダーク』の使えなかったスキルの使用に成功し、『ファントムブラスター・ドラゴン』も出せたので一安心です。

今回のファイトをフルで行う理由になった友希那の迷いがあり、それが最後の会話に繋がりました。ちょっと強引かもしれませんが……(汗)。

ヴァンガードzeroを遊んだ感想として、スマホに合わせて簡易的になって遊びやすいのはいいところですね。
ただ、『完全ガード』が自動発動なのはちょっとキツかったなと思いました。「これどう見ても要らないじゃん」って状況で発動してしまうこともありましたので……。

次回に一回だけオリジナルの話しを挟んで、その後Roseliaシナリオ14話に入ることになると思います。


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イメージ37 異なるようで似た者同士

ちょっと短めですが、14話に入る前のオリジナル回となります。


「(どこにでも指標は転がっている、ね……)」

 

日が進んで、友希那は自室でコンテストに向けた作曲に取り組んでいた。進捗状況としては完成まで後少しと言ったところになる。

指標が足りずに答えが出せないのなら、いっそのこと指標を探しながら別のことをしてしまえと言う結論に至ったのだ。

練習があるのでその前に考えて見ているのだが、いい案がすぐに思い浮かんで来るわけでもなく、作曲用に使うギターを弾いたりしながら、或は体を横にできる場所で仰向けなりながらゆっくりと考えていく。

 

「(もう残された時間は少ない……かと言って焦ってもいけない……)」

 

この前貴之にも言われた通り、焦っていては見つけられるものも見つけられない。

決断の日までにRoseliaのメンバーで顔を合わせられるのは今日で最後になってしまっている為、何としても見つけ出す必要がある。

そんな状況になっているにも関わらず、焦らないでいられるのは貴之の言葉のおかげだろう。

今のRoseliaでの活動を良いものだと思っていると、時折今までの組んでは別れてを繰り返していた時期を思い返した。

 

「(またあの繰り返しになるのが嫌と言うのは、少なくとも自覚できているわね……)」

 

自分はメンバーに満足しないし、メンバーは後ろめたさを感じる。それが今までの活動していた時期のお決まりとも言えるものだった。

やっていた当時でも十分嫌気があったというのに、またやろうものならありとあらゆる意味で耐えられないだろうことが分る為、この道だけは絶対に進んではいけないと結論を下せる。

そうなると残りはRoseliaのメンバーでフェスに出るのか、またはこの前の話しを飲んでしまうのかになる。と言っても、後者は蹴ってやったのにまた持ち掛けられたのだが。

 

「ダメもとで話して見る……と言うのは良くないわね」

 

いっそのこと一度話してみようかと考えたが、これをやって全員が練習に意識を回せないとなってしまっては良くないのでやめておく。

自分の事情を知っているリサも「切られるかもしれない」と考え出す可能性が高いし、知らない三人が「裏切られた」と動揺したり怒りをぶつけられたりして、そもそも練習ができなくなってそのままチームの空中分解すらあり得た。

そう考えると今回はもどかしい想いをするのは自分だけで済む、コンテストに向けて作っている曲は後少しで完成すると伝えるだけに留めようと決める。

このまま隠しているのが申し訳なくて暗い表情になるが、すぐに両頬を軽く叩いて喝を入れる。

 

「暗い事を考えるのは後……今は集中しましょう」

 

少なくともこの後続くだろう道の一つが絶対に嫌と言うのが分かっただけ良しとして、一度作曲に意識を割き直す。

結果として出掛ける時間までには無事に作り終えることができ、伝えるだけだった予定だがそのまま練習までやることを決めた。

家から出た後はリサと共にライブハウスまでの歩くのだった。

作り上げていた曲の名前は『Re:birthday』――。再誕という願いを込めたのは、この曲を歌う時こそ噓偽りの無い新たな始まりだと考えていたからに他ならない。

そして今日の練習で、友希那は結論を出すことになる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「た、たまたま居合わせたのが幸運だった……」

 

「本当にありがとうございます……お陰で無事に辿り着けました……」

 

『レーヴ』に向かう途中だった貴之は珍しく行き道途中で迷子になっていた水色の髪を持つ少女を見かけ、道案内をしていた。

なんでも近くにあるショッピングモールへ行こうとしていたのだが、途中で知らない場所まで来てしまっていたらしい。

放っておいたらずっと色んな場所を彷徨っていそうに感じた貴之が声を掛けたことで、今に至る。

 

「もしかして……松原(まつばら)さんはまだこっち来てから間もなかったりする?」

 

「ううん……長い間ここにはいるの。でも私、凄く方向音痴で……」

 

「……へ?」

 

もしそうならしょうがないで終わろうとしたところ、まさかの回答が来て間の抜けた声を出す。

地図を見てても迷ってしまうと言われた暁には、流石の貴之も適した答えが出せなかった。

貴之が道案内をした少女、松原花音(かのん)は超が付くほど方向音痴であり、それは貴之の想像を絶していた。

 

「と、取り敢えず普段からいくような場所は、大丈夫なようにしようか……?後は通って来た道に何があったかとかを覚えたりするといいかも」

 

「そ、そうして見るよ……」

 

お互いに人を待たせてしまっているだろうことから、最後に軽い挨拶だけ済ませて別れた。

――また変に広まなきゃいいけどな……。今回の出来事を振り返りながら少々苦い顔になる。

全ては燐子の時と言い、紗夜の時と言い、お前らどうしてそんなタイミングで鉢合わせるんだと問いたいくらいに情報の補足が速いせいだ。

もし元凶を見つけたのならどうにかしたいところだと思いながら、『レーヴ』に辿り着いた貴之はドアを開ける。

 

「いらっしゃい。今日は遅かったわね?」

 

「ちょっと人助けしてたら遅れました……」

 

「準備はできてるから、いつでも大丈夫だよ」

 

結衣が既にファイトできる状態になっている為、改めて遅くなってしまったことを実感する。

貴之は一言詫びてから準備を済ませ、そこから今日も『ヌーベルバーグ』を制御する為の時間が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「一旦休憩にしましょう。慣れていない曲の練習だから、集中力が早めに切れているわ」

 

ライブハウスで練習して数十分が経過したので一度休憩を挟む。

今回は『BLACK SHOUT』と『Legendary』の通しを行ってから、新曲の練習をすると言う方針でやっていたので普段より少し早めにインターバルを取ることにした。

それに関して特に反対する人は出ないし、そもそもリサとあこが脱力感溢れる声を出したので、挟んで正解だったと友希那は安心する。

一昔前ならもう少し練習してから一度休み、小言を挟んでいたかもしれないのでやはり自分が変わったことを自覚させられる。

 

「今回のこの曲……バラード系の曲調ですね?」

 

「確かに……前の二曲とは反対な感じがしてたなぁ……」

 

先に作って実際にライブで演奏したことのある二曲はどちらかと言えばアップテンポのある曲だが、今回は明白にバラード調の曲である。

早い話が以前とは勝手が大きく変わる為、ここの戸惑いや不慣れで集中の乱れが早くなっていたのだ。

 

「友希那はバラード系も得意だからなぁ~……そろそろ挟んでもってことだったのかな?」

 

「違う曲調のものも取り入れないと、このチームはこう言ったものしかしないと思われる可能性もありますからね……」

 

友希那と関わっている時間の長いリサと、様々なところでバンドをやって来た紗夜は比較的受け入れが早かった。

後々急に別の曲調を挟んだ場合、その曲を練習するに当たってかなり難儀することになりやすいのだ。

今回このような曲調のものを作った理由としてはこれが大きく、この他にも彼女たちなら曲調が変わっても付いて来れるだろうという信頼からも来ている。

 

「コンテストに出る時はこの曲でしたね?」

 

「ええ。そう言うことだから、今日はしっかりとやっていきましょう」

 

紗夜の確認に肯定すれば、燐子が「頑張らないと……」と少しだけ緊張したような表情と、リサとあこの「あっ……今日は厳しめなんだ」と察したかの如く苦い顔が見えた。

それでもすぐに気を取り直して自分たちの調子を取り戻し、あこには燐子が「カッコいい」と褒め、リサには紗夜から「その方が今井さんらしい」と言葉が送られる。

全員が明るい表情をしているので友希那も釣られて笑みを浮かべ、自分の中で答えという部品が組み合わさって行くのを感じる。

 

「(話しを受けたとしても、向こうにこんな時間は無いわね……)」

 

友と話し合って、自分たちだけの音を作り上げる……。ただ技術だけを提供する向こうにそんな世界は無いと確信する。

――元々一度断っているのだから、思いっきり突き付けてやろうかしら?あの時の段階で気づけていればなと友希那は少しだけ後悔した。

とは言えどうしたいかというのはハッキリと出たので、後は当日である明日に告げてやるだけだった。

 

「友希那、どうしたの?」

 

「大丈夫よ。少しだけ入りづらい空気だと思ってただけだから」

 

実際に入り込むのに少しだけ躊躇いの出たタイミングだったが、見てても悪い気分では無かった。Roseliaのメンバーが……自分と一緒にバンドをする仲間が楽しそうにやっているのはこちらとしても嬉しい。

丁度いい時間になっていたので、四人を促して練習に戻ることにする。

 

「(咎は後でいくらでも聞くから……少しだけ待っていてくれるかしら?)」

 

隠しているのだから怒られても文句は言えないし、全て話さなければならない。それが今までの罰だと言うなら甘んじて受けようと友希那は考えていた。

――答えは見つかった……後はやるだけね。内に秘めているものを悟られぬように、友希那はRoseliaの柱と言える立ち位置をこなしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

友希那が答えを導き出した時から進んで、貴之は『ヌーベルバーグ』に『ライド』した。

毎回同じ相手では慣れによる悪癖が出かねないとして、今回は瑞希が相手をしてくれている。

結衣と一真のデッキが両者とも『ロイヤルパラディン』であることから、慣れ過ぎるとそちらを基準に考えてしまいかねない危惧があったのだ。

ちなみに現在のダメージは両者とも5で、瑞希は手札が残り五枚の内、『プロテクト』を一枚保持している。

 

「ぐぁ……!クソォ……!」

 

「まだ完全にとはいかないようね……」

 

「みたいだねぇ……」

 

確実に負担の痛みは減っているものの、それでもまだ残っている。

こればかりは今後も慣れていくしか無いだろうと割り切って、貴之は『メインフェイズ』を始める。

 

「『フォース』を右側のリアガードサークルに設置してそこに『オーバーロード』を『コール』、更に『ヌーベルバーグ』の『ソウルブラスト』!」

 

とにかく攻撃を通すことができればいいので、スキルは迷うことなく発動させる。

これによって『インターセプト』を受ける心配が無くなったので、無理矢理『プロテクト』を発動させればいい状態に持って行けた。

 

「行きます……『バー』の『ブースト』、『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!」

 

「この手札ではどうやっても防げないわね……『プロテクト』を発動するわ!」

 

流石にパワー53000の攻撃をまともに付き合うつもりなど無いので、『プロテクト』による『完全ガード』を決行する。

この時の『ドライブチェック』で、貴之は(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

 

「ゲット……!(クリティカル)トリガー!効果は全て『バーサーク・ドラゴン』に!そのまま『ラオピア』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『サニースマイル・エンジェル』と『ミリオンレイ・ペガサス』で『ガード』!」

 

パワー33000となった『バーサーク・ドラゴン』の攻撃を、パワー37000まで引き上げて防ぎきる。

しかし、この後の攻撃を防ごうとしても残った一枚は『ハスデヤ』で、『シールドパワー』が足りないと言う憂き目に遭った。

 

「こいつでどうだ……!『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード。私の負けね」

 

『ヌーベルバーグ』のスキルが影響して、こちらはトリガー効果を発動できない。

その為ダメージを受けた段階で敗北が約束されることとなった。

イメージ内で『オーバーロード』の剣に『ザラキエル』となった瑞希が切られた後、『ダメージチェック』ではノートリガーだったが、『ヌーベルバーグ』のスキルがあるのでどの道ダメージ6になるのは決まっていた。

 

「「ありがとうございました」」

 

ファイトが終わったので二人は挨拶を済ませる。

その後確認した貴之の様子は、見た限りだと更に余裕さを増していた。

 

「……一応休む?」

 

「あんまり問題なさそうな気もするけど、一応そうするかな……」

 

座ったら変わるかもしれない。そう思いながら結衣の問いに肯定する。

椅子に座ったら案の定眠気がやって来たので、それに身を任せて睡眠を取ることにした。

そうして目が覚めるまでには僅か20分しか掛かっておらず、四人で困惑することとなる。

 

「貴之さん……何か変なものでも食べました?」

 

「そんなことはねぇぞ……?アドレナリンってわけでも無いだろうし……」

 

瑠美の問いに否定を返しながら、貴之は己の考えも切り捨てる。

 

「体の慣れ……と言うのが一番現実的かしらね?」

 

「私もそう思う……連日『ライド』し続けているし」

 

「やっぱりそうなるか……」

 

今のところ一番納得行く理由がこれなので、一応は納得することにした。

もう一度『ヌーベルバーグ』を使用したファイトはまだ危険と言う判断で今日はここまでとし、挨拶を済ませて貴之は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、今日も弾いたなぁ~♪新しい曲は慣れて無いから頑張らなきゃ」

 

「向上心があるのはいいけど、手のケアを忘れてはダメよ?」

 

練習が終わった帰り道、リサと何気ない会話をしながら帰っていた友希那は途中で考えにふける。理由はスカウトのことにある。

リサと共に歩いてはいるもののどうしてもそちらに意識が回ってしまっていた。

 

「(いよいよ明日ね……)」

 

先に友希那の答えを言うと、即刻断るつもりでいた。理由は求める音楽はその道に存在しないからだ。

――そもそも一度足蹴にするように断ったと言うのに、どうしてまた話しを持ち込んで来たのかしら?思い返すと少し腹が立った。

 

「友希那……どうしたの?」

 

「新曲の練習を……どうやって行こうか考えていたわ」

 

Roseliaと言うバンドが()()()()()()の話ではあるが、考えていないことはなかった。

――やっぱり悩むかぁ~……練習したてだもんね。とリサは納得してくれたので、一先ず胸の内の追及は避けられた。

今回どこが上手く行っていないかは各人の自己申告と、友希那と紗夜による分析の二つがあるので、ここをしっかりとまとめて行きたいところだった。

 

「おっ……二人とも今帰りか?」

 

「貴之……と言うことはあなたも?」

 

横から聞き覚えのある声がしたので振り向けば、そこには帰り途中の貴之がいた。どうやらバッタリと出くわしたらしい。

そのまま自然な流れで貴之も混ざり、久しぶりに三人で帰り道を歩いて行く。

 

「今日はどうだったの?」

 

「20分だった……もうすぐでノータイムになりそうだ」

 

主語を省くことでリサに何をしているかが分からないように仕向けてくれた友希那に感謝しつつ、貴之は今日の状況を答える。

予想以上に改善が早かったことに友希那は驚きつつも安堵する。これならもう少しで、貴之が倒れて慌てる心配は無くなるだろう。

リサが何の話しをしているかが分からずに困惑しているが、ここは我慢してもらうしか無い。後々教えるから待っててくれと言うのが貴之の胸の内だった。

 

「そっちはどうだった?」

 

「コンテストに向けて新しい曲の練習を始めたところよ。今日出た問題点を纏めて、明日はそこを重点的に練習するつもり」

 

「アタシ結構多かったからなぁ~……」

 

明日と言う単語に反応するものの、今は話すべきでないと貴之は抑え込む。

弱気に見えるリサの言葉を拾った友希那は「今日練習を始めたばかりだから、多少は仕方ない」とフォローする。

フォローを貰って嬉しくなるリサだが、この後「だからこそ、明日はしっかりとやっていくわよ」と言われて困った笑みに変わった。

――その為にも、明日はしっかりしないとね……友希那が気持ちを再確認したところで、三人の家の前まで辿り着いた。

 

「思ったより早いね……久しぶりに三人だったからかな?」

 

「合流した場所もあるんだろうけど、確かに早かったな」

 

場所が場所だった為に学校へ行く時程距離があったわけではない。それ故に歩く距離は少なめだった。

立ち止まっているとそれぞれの家からいい匂いが漂って来て、夕飯ができていることを示していた。

 

「じゃあ、そろそろ上がろっか……じゃあね~♪」

 

リサが手を振ったので、二人も手を振り、彼女が家に入っていくまで見送る。

見送った後自分も一言告げてから家に入ろうと考えていた貴之だが、友希那に呼び止められる。

 

「私の答え……見つかったわ」

 

「そっか……それは何よりだ」

 

友希那の言葉には貴之も安堵する。そうなれば後は隠していたことに対するチームメンバーの反応次第だろう。

と言っても、誰かに見られたりさえしなければ何の問題もなくいつも通り練習するだけだが、スカウトのことがあった以上そう言う気にはなれないのが伺える。

故に、貴之はどうしたものかと考え込む。この件を知っているのは彼女以外には自分しかいないのも大きかった。

 

「ああそうだ……明日の練習場所を聞いてもいいか?」

 

「……?大丈夫だけど、どうして?」

 

「ある意味では俺も()()()だからな……こないだ手伝って貰った礼もあるし、また手伝わせてくれ」

 

ここで言う『共犯者』と言う単語は、お互いに隠し事をしているのが起因する。友希那はスカウトの話し、貴之は『ヌーベルバーグ』である。

また、貴之は話しを聞いている自分が唯一証人にもなれるので、その話しをする時の助けになれると考えてもいた。

それを聞けて、少し安心できた友希那は貴之に練習する場所を話した。

 

「最後までありがとう。貴之は優しいわね……」

 

「それは友希那もだよ……心配させたく無いから隠してたんだろ?」

 

――なんて言うか、不器用だよな……。貴之が苦笑交じりに言うが、すぐ友希那に言い返されることになる。

 

「不器用なのはあなたもでしょう?倒れるところ見せたく無いからって……」

 

「そう言われると敵わねぇな……」

 

友希那に言っておきながら、貴之も彼女のことを言えない立場にいる。

対策されたく無いというのもあったが、一番は自分が『ヌーベルバーグ』を使用して、何度も倒れるところを見られない為に単独行動する意を示したのだから。

似た者同士だなと、親近感を感じた二人は思わず噴き出した。同時に、同じようなものを抱えている人と分かち合うことで、気分が楽になった。

 

「さて……そろそろ戻りましょうか」

 

「確かに……もうお互い待たれてるだろうしな」

 

先にリサが家の中に上がっているので、そろそろ各人の家にいる人が顔を出すかもしれない。なので、そんな手間を掛けさせる前に上がることにした。

――じゃあ、また明日。二人が揃ってこの言葉を口にして、家に上がるのだった。

望むべき運命(明日)を手にする為の選択を迫られる時間まで、もう間もなくとなった。




再び別のチームにいるバンドリキャラを出せました。本小説で出てないのはポピパのメンバーだけですね。原作主人公のいるチームが一番最後と言う意外な結果になりました……。

次回はRoseliaシナリオ14話に入るのですが、ここから20話までに当たって構成変更があり……
14話→15話→18話→17話(もしかしたらすっ飛ばし)→16話→19話(ここで貴之の全国大会が混ざる)→20話
と言う構成になるかと思います。

飛んだり戻ったりと非常に面倒な構成になりますが、楽しんでいただけたら幸いです。


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イメージ38 決断の時

ちょっと短くなりましたが、Roseliaシナリオ14話と15話になります。
15話の部分は展開の都合上かなり短くなったので、纏めて入れてしまいました。


「ふぅ……一旦ここまでかな?」

 

バンドの練習をする前に、リサは一度軽い練習をしていた。

あまりやり過ぎて途中で手がダメになってしまっては本末転倒なので、本当に軽い程度に収めている。

練習を終えた後は手荒れ防止の為にケアをするべく、ベースを片付ける。

 

「あっ……友希那と貴之だ」

 

そうしてケアを終わらせた後、天気を確認しようと思って外を見ると、貴之と友希那が話し合っている姿が目に入る。

柔らかさと真剣さの混ざったような、そんな会話の様子に茶々は入れられないなとリサは思った。最も、二人で話している姿を見たら時間が来たのでも無ければなるべくそうさせて上げるつもりではいるが。

暫く二人の様子を眺めていると、二人が横並びで移動を始めた。

 

「(……え?もうそんな時間だっけ!?)」

 

――来ないから置いて行かれた!?焦ってリサが時計を確認するも、今から行くと早すぎて暇になる時間だった。

これによって友希那は練習前に用事があることを思い出し、自分が間違っていたわけではないことに胸を撫でおろす。

しかし、それと同時に二人が何か隠していて、自分は何も知らないし手伝うことができていないことも思い出した。

二人がそれぞれ何かを抱えているのに、自分は何もすることができない――。その状況はリサにとってはかなりの息苦しさがあった。

 

「(アタシ……どうして上げることもできないのかな?)」

 

それがもどかしくて、情けなさを感じて、リサの目尻に涙が浮かぶ。

――今がダメなら聞ける時に聞こう。一度割り切りを付けたリサは涙を拭い、ベースを持ってライブハウスへと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺はことが終わり次第すぐに行くよ」

 

「ええ。また後でね」

 

行きの別れ道となる場所で、貴之と友希那は短く言葉を交わしてから別れる。

貴之は今日も『ヌーベルバーグ』に慣れる為に『レーヴ』へ、友希那は今回のスカウトへの回答をするべく待ち合わせの場所へだった。

ライブハウスへ行く道を通り過ぎてさらに進んだ場所の駅前が待ち合わせ場所なので、後で来た道を戻る気分になるのは間違い無いだろう。

 

「(大丈夫……理由を突き付けて断る。それだけで終わることだから……)」

 

どうも緊張してしまったので友希那は自分の胸に手を当てて、言い聞かせながら落ち着かせる。

すぐに終わると分かっていても、今までのことがあったので、つい後ろ向きなことを考えてしまうのだ。

自分の推測が間違っていなければ、このスカウトは以前までの自分の歌に対する姿勢と技術が重なったからこそだろう。

前回の断り方も踏まえて付け入るように話しをしてくるかもしれないが、強制はできないはずなので、最悪はそこまでどうにか踏みとどまるしか無い。

メンバーに知られないことが前提だが、「この日まで」待つ以上の譲歩をもらえればこちらの勝ちと言っていい。

ホテルで話し合いと言うことなのでそうはならないと思うが、万が一目撃された場合を考えたらハッキリ断ってやるに越したことはないので、できる限りそうしたいところではある。

 

「少しだけ早すぎたかしら……?」

 

駅前に着いたので時間を確認して見るが、まだ待ち合わせ時間より20分早かった。

その為少しだけ携帯電話を操作して、とある写真を眺めることにする。

眺めることにした写真はRoseliaを結成してからある程度たった時にリサの提案で撮った写真であり、みんながそれぞれの度合いの笑みを浮かべているものだった。

 

「(みんな……私に力を貸して……)」

 

友希那は静かに目を閉じて、皆に頼む。我が儘だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。

頼み込みが終わって静かに目を開けると、話し合いの相手であるスーツ姿の眼鏡をかけた女性がやって来る姿が見えた。

彼女の「お待たせしました」と言う一言にそれと無く返して、早速移動を始める。女性は友希那と契約を結びたい。友希那は早くこんな面倒な話しを終わらせたいからだ。

 

「ね、ねぇりんりん、あれ……」

 

「あの人……どこかの業界の人かな?」

 

そして、その現場をあこと燐子は偶然目撃してしまった。

彼女たちは普段通り集合し、少しの雑談をした後ライブハウスへ行こうとしていた。今回はあこの分のステージ衣装が完成したので、それを見てもらおうと言う話しをしていたタイミングである。

つまるところ、友希那と女性が待ち合わせに選んだ場所は運悪くあこと燐子が集合場所にしている所の付近だったのだ。

 

「こういう時は『触らぬ神に祟りなし』……だっけ?」

 

「うん。見つかって面倒ごとになる可能性もあるし……」

 

あこが珍しくことわざをしっかり言うことができたなと思いながら、燐子はそれに肯定する。

これから練習だと言うのに、見知らぬ誰かと共に全くの逆方向へ進んで行くのはかなり気掛かりとなるものだった。

面倒ごとになる可能性は高い。しかし気になる。あこがそんな状況に悩まされるのを見て、燐子は一つの提案を出す。

 

「今井さんに聞いてみるのはどうかな?もしかしたら、何か知ってるかも」

 

「あ……そっか!確かにそうすればいいね」

 

一先ずあこが納得してくれたので、二人は改めてライブハウスへ移動を始める。

 

「(友希那さん……何か抱えてるのかな?)」

 

あこを窘めた燐子も友希那のことは気掛かりであり、その不安は拭えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

「こちらも時間があるので、早めに済ませましょう」

 

「分かりました。それでは早速契約の話しに入りましょう」

 

ある程度移動したところにある高級なホテルのラウンジで、友希那は契約の話しを受けていた。

元々引き受けるつもりはないが、断る際にはっきりと言えるように話しだけはしっかりと聞いておくことにする。

最初こそ何か変わったのかと思いながらやや緊張して聞いていたが、途中からとあることに気がついて聞く気力が失せ始め、最後は内心呆れ返っていた。

 

「……と、ここまでが契約の内容となりますが、いかがでしょうか?」

 

「(結局、バンドは()()()()()()()のね……)」

 

――私が拒否するに至った内容……そのまま載っているじゃない。元々乗り気では無かったのに、この内容は決定的に友希那が引き受ける気を無くさせるに値する。

契約の内容としては業界側が用意したバンドと共にFWFへ出るのだが、この時の方針は全て友希那が決めていいという内容が追加されている。

相手は至って真剣な様子であったので、もう意味がないと感じている友希那とは尚更温度差を感じさせる状態となっていた。

 

「私が以前拒否した理由……それは挙げられるかしら?」

 

「待遇から繋がる方針が合わなかったのでしょう。それほどメンバーを探す時は技術にこだわっていたのですから……」

 

「(そうでは無いというのに……)」

 

――二回とも、時間を無駄にしただけじゃない。的外れの回答に友希那は落胆する。

今から戻っても既に練習の時間から遅れてしまうが、それを少しでも減らす為に一つの手段に出ることを決めた。

 

「契約書……あるのでしょう?それを渡して」

 

「分かりました。この封筒の中に入っています」

 

ペンと一緒に封筒を受け取った友希那はそれを開封し、契約書の用紙を軽く見る。

これで成立だと思っていた女性は、()()()()()()契約書を見つめる友希那の姿に困惑する。

そしてその疑問は、彼女にとっては最悪の形で明かされることになる。

 

「……なっ!?あぁ……っ!?」

 

「封筒を渡してくれて助かったわ……おかげではっきりと断れる」

 

友希那は女性の目の前で、契約書を数回に渡って破いて見せた。まさかの事態に彼女も呆然とする。

何が行けなかったのかと思っている最中に、友希那から「契約の内容をもう一度」と言う要求が来たので、もう一度最初から話していく。

 

「あなたがバンドにこだわっているからこそ、我々で最高のメンバーを……」

 

「そこよ……全てはそこが問題なの。用意されたメンバーと出たところで、私の求めるモノは()()()()()()()()()……それでは意味がないの」

 

早い話しが、今回の契約の話しは前提条件が間違っているのだ。それに気づかないまま二度目を迎えると言う致命的なミスである。

一度断られた理由をそのまま持ってきたのだから、友希那と契約を結ぶことは二度と叶わない……それを女性は悟ってしまった。

また、ついでに言うとコンテストに出る必要が無いというのも、友希那の積み重ねてきた努力の否定になるので、尚更受け入れられないのだ。

 

「私は……今組んでいるメンバーと五人で、コンテストに参加した上でFWFに出る……。それを変えるつもりはないわ」

 

――それじゃあ、私は練習があるから……。それだけ告げて、友希那は相手の送りを待たずに去っていく。

 

「(参ったわね……あまり遅くなり過ぎないといいけど……)」

 

何事も起きないことを願いながら、友希那は少しだけ足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

「(今日はどうなるかな……?)」

 

今日も今日とて『ヌーベルバーグ』に『ライド』した貴之をみて、対戦相手を務める結衣は様子を伺う。

現在は互いにダメージが5の状態である。

 

「ぐっ……!まだダメか……!」

 

「それでも……昨日よりも更に負担は減ってる。落ち着いて行こう」

 

もう頭を手で抑える必要の無くなった貴之だが、それでも痛みが消え切った訳ではない。

故に毒づいたのだが、結衣の言葉で落ち着きを取り戻してファイトに戻る。

『フォース』をヴァンガードに設置した後、『ヌーベルバーグ』のスキルを発動させる。

これによってリアガードが全て退却させられ、結衣が攻撃を防ぐには手札のユニットが頼りとなる。

 

「これで決める……『ヌーベルロマン』の『ブースト』、『ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ギャラティン』と『アレン』、それから二枚の『エレイン』で『ガード』!」

 

パワーが63000の『ヌーベルバーグ』とパワーが73000の『ソウルセイバー』。今回も『ドライブチェック』で全てが決まる流れとなった。

そしてその『ドライブチェック』で、貴之は見事に(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

トリガー効果をヴァンガードに宛がうことにより、パワーが足りて攻撃がヒットする。

 

「ノートリガー……と言っても、トリガー効果は使えないんだけどね」

 

結衣の『ダメージチェック』はノートリガーだったが、『ヌーベルバーグ』のスキルが関係している為、どの道貴之の勝利が決まっていた。

ファイトが終わったので、二人は一先ず「ありがとうございました」と礼をする。

 

「『ヌーベルバーグ』を使ったのに、あまり体の疲れを感じないな……」

 

「本当?でも、一応休んだ方がいいと思うよ?」

 

個人的には何ともないが、一応結衣の提案に乗ることを選ぶ。この後大急ぎで行った先に倒れる危険性が高いからだ。

幸いにも自分がここで休んだ場合、昨日と同じ時間なら練習開始少し遅れる程度の時間ではあった。この為、もしそのままなら何らかの差し入れを用意することも十分に可能だった。

 

「早く問題なしになるといいですね?」

 

「そうだな……じゃあ、ちょっと休むよ」

 

最早当たり前のように用意されている椅子を使わせてもらい、瑠美の言葉に頷いてから貴之は眠りにつく。

そして眠りに就いてから大した時間がかからないまま、貴之は目を覚ました。

 

「……ん……あぁ……。どれくらいですか?」

 

「もう目が覚めたの?まだ10分しか掛かってないわよ」

 

瑞希に教えてもらったことで、貴之は更に進めたことを実感する。

――あともう少しだな……少々高揚する想いを抱きながら、貴之は椅子から立ち上がる。

 

「二回目……と言いたいところだけど、ここで変にペース崩すのも良くないし、今日は行くところあるからここで上がりますね」

 

「ええ。また来てね」

 

瑞希が声を掛けたのをきっかけに、秋山姉妹に手を振られた貴之は手を振り返して『レーヴ』を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……予定が長引いて遅れてしまったわ……」

 

「友希那……何もそんなに急がなくたって……」

 

話し合いが終わってライブハウスへ向かった友希那は、練習の開始に15分遅れてしまった。肩で息をしているのは途中から走って来ていたからに他ならない。

勢い良くドアを開け放って彼女が現れたので、リサも少々驚いていた。

 

「間に合わせようとする意識は感じ取れましたが……一度休んでからの方がいいでしょうね」

 

「取り敢えず、水買ってこようか?」

 

「お願いしてもいいかしら?お金は後で出すわ……」

 

後でと言ったのは、気を利かせたリサが既に財布を取り出していたからだ。

普段歌を歌い続ける友希那自身、肺活量に自信はあったのだが、これが運動となれば話しが別だったようだ。

 

「はい。お待たせ♪」

 

「ありがとう……これね」

 

リサから水野入ったペットボトルを受け取った友希那は代金を返してから、それに口をつける。

特に水分補給等をしないまま走って来ていたので喉が乾いており、その一口は少々長めとなった。

 

「ふぅ……待たせたわね」

 

「遅れていますから、すぐに始めましょう」

 

友希那の言葉を聞いた紗夜が促し、それには誰も反対しなかった。

コンテストが近いと言う理由もあるのだが、もう一つ理由がある。

 

「(一回目の休憩辺り……そこまでは我慢しないと)」

 

「(みんな気になってるから、遅すぎない方がいいよね……)」

 

あこと燐子の目撃情報により、どこかで何があったかを聞こうと言う話しが友希那を省くRoseliaの四人で上がっていたのだ。

現段階では一先ず休憩を挟むタイミングで持ち込もうと言う形で纏まっている。まずは何も知らないことを装っておくつもりである。

友希那には悪いことをするだろうとは思っているが、これがチームの存続に関係するなら無視するわけにもいかない。

 

「(ごめんね友希那……アタシたち、気になって仕方ないんだ……)」

 

それぞれのメンバーが大なり小なり心に来るものを感じながら、練習を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて……一度インターバルにしましょうか」

 

練習を始めて数十分後、一通り曲を通し終わったので一度休憩に入る。

今回は友希那が先程の走ったのが影響しているのか、普段よりも早いタイミングで水分補給が必要な状態になっていたのが起因しており、それは無理をさせられないと反対することは無かった。

この時彼女を省く四人は全員顔を見合わせて頷き、あこが友希那に歩み寄って聞いてみることにする。

聞くのがあこに決まった理由として、実際に見かけた二人の内の一人で、かなり気にしていたのを尊重した結果だった。

 

「友希那さん……一つ聞いてもいいですか?」

 

「……?どうしたの?」

 

あこが不安に揺れているような顔をしていたので、友希那は不思議に思った。

――まさか……まさかね?あり得るとは思いたくないが、その可能性を考えた瞬間背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「さっき……駅前でスーツ姿の人と一緒に歩いてるのを偶然見ちゃったんですけど……何かあったんですか?」

 

「……!」

 

そのまさかが当たってしまったことで友希那の表情は驚きに染まる。

普段とは違う場所に行っていたにしろ、その現場を目撃されるとは思ってもみなかったのだ。

 

「友希那……何かあったの?」

 

「無理に……とは言いませんが、よろしければ話して頂けませんか?」

 

リサと紗夜も促して来たので、これは答えるしかなさそうだと友希那は沈んだ表情になる。

――でも……頃合いなのかもしれないわね。今回のことが起きた発端もそろそろ話さなければならないのだろうが、まずは四人に今回のことを話すことから始めよう。

 

「今回は……その人からスカウトの話しがあったの……私だけに」

 

話しの内容に四人は驚愕する。話しを聞き出せたのはいいが、相当重い内容が来た。

 

「ゆ、友希那さん……その……あこたちは……置いてかれるんですか……?」

 

「あこちゃん……」

 

一番動揺しているのはあこで、目尻に涙が浮かんでいる。

協力を得ながらようやく憧れの人とバンドをできるようになって、もうじきコンテストに出ると言うところでこの話なのだ。不安にならないはずがない。

彼女からよく話しを聞いていた燐子はその気持ちがよくわかるし、自分も変わったおかげで掴めた結果が滑り落ちそうな感覚に襲われていた。

 

「せっかく……っ……頑張って……チームに入れてもらったのに……」

 

「違うの……っ!」

 

ここで告げなければ取り返しのつかないことになる――。それを感じ取った友希那があこのことを強く抱きしめてやる。

それによって僅かに落ち着きを取り戻したあこは、自分に目線を合わせてくれた友希那も目尻に涙を浮かべていることに気付く。

 

「スカウトは今日、その場で断って来たの……。だって、私は……」

 

――あなたたちと出たいから……。友希那は業界の人たちではなく、自分たちを選んだのだ。

そのことに全員は一先ず安堵し、あこに至っては怖かった旨を伝えて声を出して泣き出した。

 

「私の方こそごめんなさい……心配かけたわね……」

 

不安だったのは友希那も同じで、何度も詫びの言葉を呟きながら泣いた。

どうしてこうなったかは落ち着いて聞こう。そう言った旨を、友希那とあこを省く三人がアイコンタクトで共有したところでドアノックの音が聞こえる。

 

「いきなりで悪いな……こっちでひと段落が着いたから差し入れを……って、何があった?」

 

入って来た予想外の来客は貴之で、ビニール袋にRoseliaのメンバーに渡す為のペットボトルが五本入っていた。

しかしながらいきなり友希那とあこが抱き合って泣いているのが見えたものだから、流石に貴之も困惑する。

リサに事情を教えて貰うと、貴之は「そう言うことか……」と頭を掻いた。

 

「……何か知ってるの?」

 

「少しだけな……ともかく、それを話すにしてもあの二人落ち着いたらだな」

 

――いずれ話す時は来てたんだろうし、頃合いなのかもな……。リサの質問に答えながら、貴之は自分と友希那の事情を照らし合わせていた。




二度目のスカウトを受けることになった14話と、その後の話しになる15話ですが、変更点としては……

・あこと燐子が友希那とスーツ姿の人を目撃するも、燐子の一言で追跡はしない選択に
・友希那はこの段階でスカウトの話しを徹底的な姿勢すら見せて断る。
・あこと燐子は友希那を追わなかったことで遅刻はしていないが、友希那は走った上で原作と同じ時間遅れる。
・全員で示し合わせのであこと燐子がそわそわした様子は見せず、終わったことだからと友希那も普通に練習する。
・スカウトは断った=自分が切られると言う可能性が無くなったのであこは飛び出さない。
・それに伴って燐子があこを追う必要が無くなり、紗夜も立ち去らない。
・狙い半分、成り行き半分で貴之も現場に到着。

大体この辺りでしょうか。
Roseliaシナリオ14話の段階で契約書を破り捨てる友希那なんてこの小説くらいなんじゃないでしょうかね……?大体は17話の最後で断りのメール送るか、断ろうと考えているとかになりますし……(汗)
また、友希那が今回何があったかと、自分がどんな選択を取ったのかをしっかりと話しているので、15話があっさりと終わってしまいました……。なので次回はRoseliaシナリオ18話になります。


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イメージ39 打ち明ける想い、逃げの終わり

Roseliaシナリオ18話と17話になります。

ローソンコラボに乗り遅れたようで、普段よるローソンでは売り切れだったので別の場所探してみようかと思っています。


「二人とも……落ち着いた?」

 

貴之が現場に到着してからおよそ三十分が経って、泣き止んだ友希那とあこがリサの問いに頷く。

流石に泣き止んでからすぐに話しを……と言うわけにもいかないので、一旦顔を洗いに向かわせる。

 

「貴之君は……今日もですか?」

 

「ああ。今日は10分で済んだ」

 

「(紗夜は何か知ってる……一体何をやってるんだろう?)」

 

紗夜の安堵している様子から、貴之のしていることを知っていることを察せる。

自分だけが知らないのかと思ったリサは燐子の方に顔を向けるが、首を傾げて要る辺り知らないと思われる。

 

「(リサに言ってた建て前もあるし、俺も聞かれたらその時だな)」

 

ちらりと見て見れば、貴之も何やら決意を固めている様子が見えた。

その意図が察しきれずリサは困惑するも、もしかしたら聞けるかもしれないので、様子を見ることにした。

リサがそうしようと思ったところで、友希那とあこが帰ってきた。

 

「確かにスカウトを断ったけど、どうしてこうなったか……それを話させて欲しいの」

 

「……?技術的な理由以外にも、何かあるのですか?」

 

紗夜の問いに友希那は頷く。今現在この理由を知っているのは貴之とリサの二人で、実際に自分の目で見ていると言えばリサしかいない。

断った理由は自分たちと出たい。それを理解できたのはいいが、やはりスカウトをされるに至った理由は気になる。

故に事情を何も知らない三人は聞くことを選択し、友希那も「分かったわ」と頷く。

 

「少し長い話しになるわ。これにはとあるチームのバンドマンであった、私のお父さんが関係しているの……」

 

友希那の父親は、インディーズ時代に組んでいたバンドメンバーと共に名を上げたバンドマンである。

自分たちが幼少の頃が最も最盛期と呼べる活躍をしており、コンテストや合同のライブ等で多くの人たちを熱狂させてきていた。

また、FWFにも度々コンテストを通過して出場しており、チームで契約を結んでメジャーデビュー直前と言う所まで来ていたのだが、ここから順調に登ってきた道から滑り落ちることになる。

インディーズ時代は『自分たちの音楽』を歌うことで存分に力を発揮できたのだが、契約を結んで以来は『売る為の音楽』を強要されてしまった。このせいで彼を筆頭に力を発揮するのが難しくなっていった。

それ以降自分の求めていたモノと目の前の現実に悩まされてスランプに陥り、彼が歌を諦めると同時にバンドが解散することとなった。

この後は貴之が帰ってきた直後に聞いた通り周りからのバッシングがあり、友希那に復讐心を抱かせてなりふり構わない行動に走らせる要因と化していた。

 

「そのバンド……雑誌で見たことがある……インディーズ時代のものは特に名盤だと言われていますね」

 

話しを聞いた紗夜は、その人が友希那の父親であることを改めて知ることになった。聞いたことのある人の内容を聞いていたので、引っ掛かりが取れたような感覚だった。

 

「今回は、そんなバカなことをしていた時期の私に一度断られていたところが……もう一度声を掛けて来たの」

 

「ああ……ここに関しては俺しか教えて貰って無いから付け加えよう。Roseliaがお茶会してた日も友希那個人へのスカウトはあったが、友希那はそれも蹴ってる」

 

ちなみにこの時も今日と同じところだったので、友希那は再三にわたり全て断っていることが判明する。

話しの内容と今までのことを読み解いていき、紗夜は一つだけ確認したいことができた。

 

「湊さんはフェスに出てからのビジョンがない……という状態に、今もなっていたりはしませんか?」

 

「……?どうしてそんなことを聞くんですか?」

 

()()()()としても、このチームを組んだ当時がフェスに出るだけを目的だとしたら……元々はただのコンテスト要員として集めていた……と言うことになりますから。この状態が続いているのなら、この先が危険です」

 

あこの問いに答える形で、紗夜は己の中で生まれた危惧を伝える。正直なところ既に自分たちをバンドメンバーとしてしっかりと見ているのなら、この際前者はもう()()()()()()()()とすら思えていた。

ただし問題は後者の方であり、こちらは早いうちに解決しておかないと後々大きな問題として響いてしまう。

今すぐ完全に……とまで行かずとも、せめて道の示し合わせだけは済ませて起きたいところであった。

その意図を察することができた友希那は「そうね……」と前置きを作る。

 

「先に言わせて貰うと、今までがそうだったのは言い逃れようの無い事実よ……『自分たちだけの音で夢を叶える』なんて言っておきながら、私情の為に利用しようとしたの……」

 

「ゆ、友希那……何もそこまで言わなくたって……!」

 

「リサ。他のみんなは自分の抱えているモノから逃げなかった……。或いは逃げることを終わらせたの。それはあなたも例外なくよ」

 

――なら私も、今日で逃げるのは終わりよ。リサの制止を久しぶりに振り切ったと感じながら、友希那は自分の業を告げて詫びる。

 

「でも……そうだとしたらアタシにだって責任はあるよ。知っているのに何も言わなかったんだから……」

 

「リサがそう言うなら俺もだな……。俺なんて知ってて言わない上に、燐子とあこの背中を押したんだからな……」

 

「いいのよ。私がこうなっていなければ、起こらなかったことだから……」

 

友希那の事情を知った上での行動なので、この二人も自分は共犯者と言う認識を持っている。

二人が自分の気を楽にしようと思っている意図が読めたので、こちらも簡単に返す程度に留める。

少々疲れたような笑みが、友希那の抱いている罪悪感を感じさせる。

 

「……話しが逸れてしまったわね。そう言うこともあったから、私が残っていいかどうかは分からない……。あなたたち四人は本心で挑んでいたのに、私はこうだもの……」

 

自分だけあまりにも違う考え方を持って音楽に取り組んでいたことが、友希那にこの考えを与えた。

しかしながらこれは『そうするべき』等の考え方であり、『そうしたい』とは違うものになる。

今回聞かれたのは後者の方であり、それを伝える為にも友希那は「でも……」と言葉を続ける。

 

「私は、あなたたちさえ良ければこれからも一緒にバンドがしたい……。コンテストに出て結果を残して、その先にあるフェスに出て……」

 

――憧れの人が辿り着いた場所を自分の目で見て……その先まで行きたい……。嗚咽交じりに吐き出された友希那の本心であった。

本心が聞けたのと同時に、それ程メンバーとチームに対する想いを理解できたのは何よりも喜ばしい出来事だったので、問いかけた紗夜は納得する。

 

「無理にとは言わないわ……元々、私の撒いた種なのだから……」

 

「そこまでにしましょう。私たちとチームで出たい気持ちは十分に伝わりましたから……」

 

少し前までだったらどうしていただろうか?そんな風に考えながら、このままでは終わらない自己嫌悪に走りそうな友希那を紗夜が止めた。

スカウトを断ってからこちらに来ているのもそうだが、以前の一件のおかげで精神的な余裕を取り戻せたことも大きいだろう。

 

「チームメンバーを集めることもそうですが、そもそも何かを始めることだって私情から来るものじゃないですか」

 

――私なんて……妹への後ろ向きな対抗心がありましたよ?にべもなく言ってのけた紗夜を見て、事情を知らなかったあこと燐子が驚くことになる。

 

「あこはおねーちゃんへの憧れがあって……」

 

「私はみんなとバンドがしたくて、自分を変えたかったからで……」

 

「アタシは友希那と一緒に演奏したくて……」

 

「(ちょっと待て。この流れは俺もじゃねぇか……)」

 

バンドのことだから自分は無いだろうと思っていた貴之だが、各人が理由を言うたびにこっちへ目線が向けてきていた。

故にこれは逃れようがないことを意識させられてしまうのだ。

 

「俺は友希那の歌を聞いて、その夢中になっている時の心境を知りたかったからだな……」

 

「「……ええっ!?」」

 

貴之がヴァンガードを始めた理由を知らない紗夜とあこが声を大にして驚くこととなる。

燐子は一瞬驚いたものの、以前にそんな話しをしていたことを思い出してどうにかそうならずに済んだ。

 

「あれ?もしかしてこれは……貴之さんも混ぜてRoseliaの再結成フラグ……?」

 

「「解散してない」」

 

あこのずれた一言に否定を返した友希那と紗夜は、全くの同タイミングであったことに顔を見合わせて笑う。

それをみたリサと燐子も笑い、貴之は「俺を混ぜたらダメだろうよ……」と困った笑みを浮かべていた。

貴之が個人でRoseliaに対してできることはほぼ残っていないし、何しろ自分はヴァンガードファイターなのだから。

 

()()()()()()()()()()()、Roseliaとして今回のコンテスト出場する……と言うことでいいですね?」

 

紗夜の言葉には誰も反対することなど無く、即答で肯定が返ってきた。

この直後リサが「Roselia再スタート記念として円陣したい」と言い出したので、メンバーが乗っかる中貴之は静かに一歩後ろに下がる。

また、今回何か一言言うのは友希那に決まった。

 

「ほ、本当に私でいいの?」

 

「大丈夫ですよ。私たちは、友希那さんに導かれていますから……」

 

肯定する燐子以外にも三人が目でその通りだと示してきた。

こうなったら仕方ないと割り切った友希那は笑みを浮かべて「では……」と前置きを作る。

 

「第一目標は……」

 

『選考コンテストの通過!』

 

その先の道も確かにある。しかし一番近いのはコンテストであるため、それの通過が第一目標となった。

円陣が終わった五人は同時に笑う。自分たちの繋いだ絆というものはこうなのだろうという実感からだった。

 

「(心配かけてごめんなさい……もう一度歩き出しましょう……それと、ありがとう……)」

 

「(どうにかひと段落か……これで、後はお互いに進むだけだな)」

 

友希那は仲間に囲まれて、貴之は五人から少し離れた位置で互いの現在を確認する。

そうして全員が落ち着きを取り戻した頃には、もう一曲も通しができない程の時間になってしまっていたので、各自で腕が鈍らないように自主練習を軽くだけやっておくようにと言う形に収まる。

外を出ればすっかり夜になってしまっていたので、夕食を食べる為に六人でどこかに寄ろうと言う話しが上がった。Roseliaのメンバーは新たにスタートを切ったからと全員が賛成で、貴之もどうせならと彼女らに混ざることとなった。

また、衣装の方は見せるタイミングを無くしてしまったので、コンテスト当日に披露することが決まった。

 

「そう言えば、貴之は結局何をやってたの?」

 

「俺か……他の人たちには内緒で、こいつを扱う為に体を慣らしてた」

 

リサに聞かれたので、話すならこの辺りだと感じていた貴之はリサに『ヌーベルバーグ』のカードを見せる。

友希那と紗夜はそれがどんな力を持っているかを知っているのであまり気にしないが、始めて見た三人はやれグレード4だ、パワーが15000だで驚きを隠せないでいた。

――やれることをやっているんだねぇ~。と、最初は納得していたリサだが、引っ掛かるものがあったので貴之に訊くこととした。

 

「ねえ貴之……さっき言ってた、10分って何のこと?」

 

「いぃ……!?」

 

まさか聞かれるとは思っていなかった貴之が引きつった顔になる。

慌てて取り繕うにももう遅く、ジト目で睨んでくるリサを見た貴之は覚悟を決めて話すことにした。

 

「実はそいつへ『ライド』した時に負担があってな……その10分ってのは、反動によって寝る形で休むことになっちまう時間だ……」

 

――最初はファイトが終わった直後にぶっ倒れてました……。貴之は話せる内に話してしまえと正直に話した。

 

「じゃあ、この前決勝で使ってた人も最初はああなってたんですか?」

 

「恐らくな……向こうは何か()()を見つけて早期解決できたみてぇだが、俺は力押しになっちまってるよ」

 

「「(なるほど……表向きには知られていないからね)」」

 

あこの問いに貴之が『コツ』と答えたことで、『PSYクオリア』を知る二人は気づいた。

他にもいるとは思うのだが、少なくとも通常の手段でグレード4を使いこなそうとしているのは貴之以外に知らないので、そんな人はいるのだろうかと少し気になった。

 

「10分って長い方なの?」

 

「いや、相当短い方になるかな……俺が最初に使った頃は一時間半だし、ファイトが終わった直後に倒れたし……」

 

燐子の問いに答えた瞬間、リサの方から何やら寒気を感じた。

顔は笑っているのに目が笑っていない――。そんな表情は友希那にも向けられていたので、彼女も引きつった笑みになる。

 

「二人とも……後で話しがあるんだけど、いいよね?」

 

「「あ、はい……」」

 

最早有無を言わさない問い方に、二人は反射的な返事をするしかなかった。

そうして夕食を取った後の帰り道、リサには隠していたことを怒られたり自分が頼りないのかと泣かれたり、更には泣きながら怒られたりと……貴之と友希那はそんな幼馴染みの溜め込んでいた情を前に大慌てするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……今日はびっくりしたなぁ~……」

 

『いきなりだからね……しょうがないよ』

 

夕食を取り終えた後、あこと燐子は互いの自室でボイスチャットを使って会話をしていた。

やはり今日のスカウト案件は驚きが大きく、どうしても話題に出てしまう。何しろ話題が上がった直後は恐怖感にやられたのだから、無理もないだろう。

それと同時に、今回みんなで話したことによって気づけたこともある。

 

「友希那さんが言っていたけど……『逃げるのは終わり』って何か共通してる感じがするんだよねぇ~」

 

『みんな……何かから逃げていて、それが終わったのかもね』

 

実際に話しは聞いてないものの、実はRoseliaの面々は大体そんな状態にあって、それから脱した人たちで集まっていた。

前までと同じ自分でいることを辞めた燐子は典型例なので、その実感は大きい。逆に、実感が比較的小さいのはあこになる。

これは何も悪いことではなく、元々あこは自分というものが安定していることが表れているのだ。

 

「強いて言えば、おねーちゃんの存在を意識しすぎた……ってところなのかも」

 

『最初に断られた時……かな?』

 

燐子から返ってきた言葉にあこは頷く。あの時姉の存在に甘んじて2番だと言っていたのだから、それが自分の中にあった逃げだろうとあこは考えていた。

また、Roseliaの面々は貴之(先導者)との関わりや、彼の姿を見ることで自らの逃げを払拭したのだが、あこだけは燐子(親友)()の助言が大きく、唯一先導者の支えを殆ど必要としなかった数少ない人物でもあった。

彼があこにしたことと言えば背中押しくらいのものであり、本当にちょっとしたお手伝いで終わっているくらい、あこに関与していないのだ。

――思ったよりあこは問題なかった……?少々困惑した思いがあところに『でも……』と燐子が前置きを作る。

 

『そうやって逃げるのを辞めたからこそ、今があるんだよね』

 

「そうだね……あこもそう思う」

 

――これを今からみんなに伝えるってできないかなぁ……?あこが考え始める。

言葉だけでは難しいような気がする。そう思っていたところに鶴の一声がやって来る。

 

『あこちゃんがオーディションに参加したいって言ってた時のこと……覚えてる?』

 

「えっと……『言葉だけじゃ難しい』……だったよね?」

 

自分が悩んでいる時に言われていたなと思い出しながら、あこが聞けば燐子から肯定が返ってくる。

――練習している時の動画とかを使って見れば、伝わると思う。目から鱗とも言える提案に、あこは道を見出した。

 

「よし……じゃあ早速やってみるよ♪」

 

『うん。上手く伝わるといいね』

 

Roseliaのメンバー宛に動画メールを送った後は、上手く伝わればいいなと思いながらいつもの会話に戻りながら、時間になったら解散と言う形を取った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(さて……今日はこの辺りにしておきましょう)」

 

家に帰った後、紗夜は軽い自主練習をこなしてギターの片付けを始める。

色々あったものの、一先ずRoseliaが解散……と言うことは無くなったので一安心だった。

 

「確か……同じ日に全国大会だったかしら?」

 

貴之が言っていたことを思い出して確認してみると、本当に日程が被っていた。

お互いの成果を見れないことが確定してしまったので少し寂しく思うものの、同時に成果を見せる日になるのでこの前の『ヌーベルバーグ』を始めて見た日とはまた違った意味でおあつらえ向きになるのだろう。

少し楽な姿勢になっていたところで何やら人影が映ったので、そちらに目をやる。

 

「日菜……?」

 

「あー……今大丈夫?」

 

ドアの隙間から日菜の姿が見えたので、ドアを開けっぱなしにしていたのを思い出しながら肯定する。

諦めなければ届くというのを知ってからと言うものの、紗夜は無駄に背負っていた重荷を下ろすことが出来て気が楽になっていた。

まだ表情の硬い時こそあるものの、それは時間が勝手に解決してくれるだろう。それ程自然なものにまで戻ってきていた。

 

「それにしても珍しいね?もう終わらせちゃうなんて……」

 

「焦ったら本当に大事なものを見失う……それを分かったからなのかも知れないわ」

 

少し前までなら、軽い練習どころか曲を一から全て見直しすらやっていたかもしれない。しかしそれは体調管理も考えるとかなり非効率であることを最近身を持って学んだ。

軽い練習なら軽い練習、思いっきりやる時は思いっきりやるとメリハリを付けてしっかりと休んだ場合、今までと翌日に発揮できるパフォーマンスが全く変わらないのでこちらの方が効率的だと紗夜は練習方法を完全に変えていた。

ただそれでも、その日上手くいかないところがあれば軽く練習する辺り、真面目さは変わらないようだ。

 

「あっ、そう言えばさ……最近ギターの弾き方変わった?」

 

「……?特に変えていないと思うけど……どうして?」

 

もしかしたら他人から見て初めて気付くことなのかもしれない。そう思って紗夜は訪ねて見る。

重荷が外れたことによる解放感は、ここでも効力を見せていた。

聞かれた日菜も一瞬嬉しそうな反応を見せてから、「えっとね……」と前置きを作る。

 

「最近はおねーちゃんって感じがするんだよねぇ~……前は、教科書かな?」

 

「私と……教科書……」

 

――心当たりしかないわね……。振り返ってみた紗夜が思いっきり頭を抱えた。

 

「えっ!?あれ!?あたし何かダメなこと言っちゃった!?」

 

「だ、大丈夫よ……私の今までが原因だから」

 

日菜が焦った様子を見せたので、片手のジェスチャーで落ち着かせる。

今回見たような反応に懲りたら反省しよう。紗夜が改めて心に決めたことだった。

そうして話し終えた日菜が自分の部屋に戻った後、携帯に着信が来ていることに気付く。

 

「あら?宇田川さんから動画メール……」

 

届いた動画の内容は最近の練習光景だった。恐らくはリサが定期的にCordで送っているもの以外にもあったのだろう。

その動画で今回注目したのは、練習してる時による自分の表情だった。

 

「(私……いつからこんな表情していたのかしら?)」

 

チームを組んでから暫くした後であることが伺える動画だが、紗夜は確かに笑っていた。

今は全く気にしていないものの、確かにRoseliaでセッションをしている時は天才への確執を忘れることができていたのを自覚する。

 

「(逃げるのを終わらせた今なら、よりこうしていられるかもしれないわね……)」

 

この先の練習も、動画のような表情が増えるだろうと、容易に想像できて思わず笑ってしまう。しかし、それを悪いこととは思わないのは彼女の確かな変化である。

――Roseliaがあるから、私もこうしていられる……。誰かと共にいられることの良さを、紗夜が改めて実感した時だった。




17話は18話部分の影響でリサと友希那の場面が省略となります。彼女らは次回の16話の部分にてになります。
変更点としては……

・スカウトを断ってから数日後ではなく、その当日に話す。
・紗夜は問い詰めると言うよりは確認と言う意味合いでの聞き方になり、猜疑心が減ったおかげでRoseliaとして出ること前提に考えている。
・友希那は既にフェスに出てどうしたいかのビジョンを確立している。
・事情を知っている故に共犯者と認識している人が、リサ一人から貴之も入れた二人に増える。
・話しが既に終わっているので、あこと燐子は自室での会話。
・紗夜は日菜を普通に受け入れて、過去の自分を振り返る余裕がある。

こんなところでしょうか。ちなみにRoseliaメンバーと貴之が逃げるのを終えた内容と時期を当てはめると……

リサ…………イメージ4で辞めたベースと再度向き合う。
あこ…………イメージ7で姉の真似ではなく自分の音を探す決意をする。
燐子…………イメージ9で内気で前に進めない自分を変え始める。
貴之…………イメージ31で使用を断念した『ヌーベルバーグ』の再使用を決める。
紗夜…………イメージ33で才を理由にとやかく言うのを辞め、自分との戦いを始める。
友希那……イメージ38で自分だけ全く違う想いで音楽に取り組んでいたことを隠したままでいるのを終える。

ヴァンガードの世界に踏み込んだ時とは逆にリサが最も速く、友希那が最も遅いと言う形になっていますね。他にも前半三人と後半三人で時期の差が結構あるという結果になり、纏めて見たら面白いことになっていました。

次回は16話の内容になるかと思います。


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イメージ40 親友

Roseliaシナリオ16話です。後半オリジナル要素入ります。

バンドリの映画は予定があって二日間行けてないので、朝になったら見に行くつもりです。


「(やっぱり……私はみんなと一緒にいたい。その為にもこの選択は正解だったわね)」

 

自室であこから送信された動画メールを見ていた友希那は自然と笑みを浮かべていた。

また、メンバーから拒絶をされずに受け入れてもらえたことも重なって、少々瞳が潤んでいる。

安堵と感謝――。今はこの二つの感情が友希那の心を殆ど占める。あんなに自分勝手なことをしていたというのに、これからも皆といられることが嬉しいのだ。

そんなことを考えている時、一つの通知が届く。Cordによるチャットでリサから『友希那~っ!窓開けて~!』と頼み込まれていた。

 

「確かカーテンは……」

 

――開けっ放しだったかしら?そう思いながら確認して見ると案の定開けたままであり、窓の向こうからリサが手を振っているのが見える。もう既にベランダへ出ているのは簡単に把握できた。

特に忙しい訳でもないし、こんな状況で断っても言い逃れできないのは分かっているが、何よりも自分が乗ってもいいと考えていたので、窓を開けることによって応じることを示した。

 

「いきなりごめんね?」

 

「大丈夫よ。それで……今日はどうしたの?」

 

久々にベランダ越しで顔を合わせる二人だが、事が済んだ後なこともあって少々気が楽になっている。

故に友希那も柔らかい笑みを浮かべるし、謝るリサもそこまで重く捉えないで済んでいる。

 

「今日はあの事もあったから、改めてお礼言いたくてさ……」

 

リサの切り出しを聞いた時、友希那はこうして二人になったから改めてだろうと思った。

確かにさっきはみんなといたから、この時にしかできない方を優先していた節はあるのでその先を促す。

 

「ありがとね。スカウト全部断ってアタシたちを選んでくれて……凄く嬉しかったよ」

 

これはチームメンバーの全員が思っていることだが、リサは特にそれが強い。

何しろなりふり構わない時代のことを知っていたものだから、改めて友希那が断ると言う選択を取るようになったことに嬉しさを感じる。

日に日に笑うことが増えて来た友希那を見ていると、昔のように戻れる。或いは昔と今の良さを併せ持ったような状態になれる日も近いだろうとリサは思っていた。

 

「それと……ごめんね」

 

「……どうして?」

 

何故リサが謝って来たのかが分からず、友希那は首を傾げながら問いかける。

注視してみれば、リサの目が潤んでいるのが見えた。

 

「だって……アタシも手伝うって言ってたのに、結局殆ど手伝えてないもん……」

 

「(なるほど……普段からバンドで一緒にいても、表立って手伝えているように思えていないのね……)」

 

リサが悔しそうに、それでいて辛そうにしているのを見た友希那は、彼女ならそう考えるであろうことを推測する。

だからこそ、改めて伝えよう。友希那は自分の思っていることを告げる為に口を動かす。

 

「そんなこと無いわ。あなたには十分すぎるくらい手伝って貰っている……寧ろ、謝らなきゃいけないのも、お礼を言いたいのも私の方よ」

 

「……でも……本当に何もできてないよ?」

 

「もう……自分を必要以上に過小評価するのも考えものよ?」

 

謙虚は美徳……と言われることもあるが、彼女の場合は時にやり過ぎなレベルに入ってしまうので、こういう時は誰かが止めて上げるべきである。

もしも自分の立場に立っているのなら、貴之や周りの人もそう言う可能性は十分にあり得た。

 

「それに……私が『みんなとバンドを続けたい』と思えたのは、リサがいてくれたおかげなのよ?あなたがいなければどうなっていたか分かったものじゃないわ……。あこから送られて来た練習してる時の動画だって、私だけ笑っていないかもしれないから」

 

「友希那……」

 

確かにリサがこう思ってしまうのは仕方ない面が幾らか見えてくる。表立って決定打を作っているのが貴之と思えてしまう部分があるのだ。

しかしながら、友希那からすると彼の言葉は自分が変わる為の起点であり、決定打になってくれるのはリサを中心としたRoseliaのメンバーたちである。

そう言いたいことが伝わって来たことで、リサもようやく安心することができた。

 

「いやぁ~……話せて良かったよ。コンテストも近いし、最後まで頑張ろうね♪」

 

「ええ。これからも、あなたたちみんなの力を借りるわね」

 

「うんっ!いくらでも力になるよ♪」

 

安心できたことで、リサは本調子を取り戻した。

そして、友希那の頼みを引き受けたところで、リサがくしゃみをする。

 

「ああ……ちょっと冷えて来たかな」

 

「みたいね。風邪を引いたら元も子もないし、今日はここまでにしましょう」

 

「うん。じゃあまた明日」

 

「ええ。また明日」

 

コンテストが近い以上、体調を崩さないことも大事になってくる。

その為二人はベランダ越しに話すのを切り上げて、自室に戻っていく。

 

「(前は『お父さんの音楽を認めさせたい』と言う気持ちが、今は『Roseliaで自分の音楽で上に行きたい』に変わっている……)」

 

――この気持ちをくれたみんなの為にも、私は自分にできる精一杯をやっていきたい。自分の気持ちを確認できた友希那は、それがきっと皆に恩を返すことになると信じて進むことを決めた。

 

「(アタシが一番助けになった、か……うん。やっぱり話せて良かった♪)」

 

――また、何かがあったら手伝わせてね?リサもまた、できる内は友希那の支えになりたいと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……っしゃーしたー」

 

「モカ……アンタ、いつにも増して挨拶テキトーすぎ」

 

スカウトの案件があった翌日、リサはバイト先であるコンビニで、バイト仲間である青葉(あおば)モカの適当な挨拶を強くない言葉で咎める。

モカは銀髪のショートヘアーに緑色の瞳を持つ、のんびりしたような雰囲気を感じさせるマイペースな性格をした少女である。

バイト中でも気の抜けたような挨拶だったりが多い彼女だが、リサから見ても今回は普段以上に適当なものだった。

 

「(バンドやっている同士なのもあるから、昔から顔なじみの玲奈とは違った意味で気が抜けるのはちょっと楽なんだけどね……)」

 

実は玲奈のバイト先はリサたちと同じ場所であり、シフトが被ることも度々ある。しかしながら、今回は入れ替わりの時間になっているので、自分が上がる直前で顔を合わせることになる。

――何かあったのかな?モカの様子が気になったリサがどうしようかと思っていたところに、携帯の振動が何かの着信を伝える。

 

「友希那からだ……。どれどれ?」

 

友希那から届いたのはメールで、内容は『既に皆には伝えてあるけど、来週からの練習は全員で音を合わせることを増やして行くからそのつもりでいて』と言う内容だった。

バイト中なので本来はあまり良くないのだが、幸いにもここは比較的緩く、今の時間帯は人も少ないので手短な返信くらいは大丈夫である。

故にリサは『了解♪来週からまた頑張ろうね!』とだけ返信を送った。

 

「湊さんって、リサさんの幼馴染みなんでしたっけ?」

 

「うん。家が隣同士でさ~。ついこの前、向かい側の家にもう一人の幼馴染みも帰ってきたよ」

 

――自分のことって、自分じゃよく分からなかったりするのかな?モカの質問に答えながらリサは考える。

助けになれていないと思っていた自分は友希那にとっては大きな支えになっていたし、友希那と貴之(二人の幼馴染み)は思った以上に周りが心配していることに気がつかなかったりと……。最近にそんなことが連続したのでリサはそう感じていた。

 

「あっ、そう言えば……モカと(らん)も幼馴染みなんだっけ?」

 

幼馴染みと言うことで思い出したリサはモカに聞いてみた。

蘭と言うのはモカと同年代の少女でフルネームは美竹(みたけ)蘭になる。

また、モカは欄を含め幼馴染み五人で集まったチームでバンドをしている。これを聞いた時、リサは貴之もバンドをしていたらどうなっていたんだろうと考えたことがある。結局はヴァンガード以外にのめり込む貴之を想像できないで終わってしまったが。

 

「まあ、一応……そうなんですけど……」

 

「(……あれ?この顔……モカも何か悩んでるのかな……)」

 

困った笑みを浮かべるモカを見て、リサは予想を立てる。

自分の方はこう言った問題が終わったばかりだが、似たようなことが起こっているなら手助けをしてあげたい。そう思って自分から引き出して見ることにする。

話しを聞いてみると、何やら蘭と彼女の父親は、家で行っている華道のことで揉め事になっているようだ。

何としても継がせようとする父親と、絶対に継ぎたくないと反発する蘭。ここにチームでやっているバンドのことが混ざり、彼女の父親が『ごっこ遊びのようだ』と言ったことで溝が深くなってしまったようだ。

更には一人で抱え込もうとしたことで昨日はチームメンバーと衝突。彼女が飛び出したのを機にバラバラに解散することとなってから今に至るのだ。

 

「(もし、アタシたちが助けになれていなかったら……Roseliaも()()()()()()()()()ね)」

 

モカの話しを聞いたリサは、彼女たちの状況が自分たちのIF(もしも)を辿っているように思えた。

片や気づきにくいが、アプローチによって友希那が変わったことでギリギリで踏みとどまったRoselia。片や助けになれず衝突してしまったモカたちのチーム。とても他人事と考えるのは難しかった。

自分の中で整理を済ませてから、リサはモカに『蘭の悩みに対してリアクションを取ったか』。『蘭にどうして欲しいか』を聞いてみる。

モカとしては『なるべく蘭が辛くないようにしてあげたい』と言う想いがあり、それ故にリアクションに関してはあまりいいものが得られていない。

 

「でも……あたしは蘭にバンド、やめてほしくないです」

 

ずっと蘭と一緒にいたいから、その為にも家のことに向き合って欲しいとも思う。ただ、それは自分の考えだから蘭に押しつけていいとは思えない。それがモカの現状だった。

それを教えて貰ったことで、リサはモカに自分の考えを伝えることができるようになる。

 

「モカの思ってること、でいいんだよ。今モカが言ったこと、全部欄に伝えればいいんじゃないかな……ってアタシは思う」

 

「ぜんぶ……ですか?」

 

昨日、友希那と貴之(幼馴染み二人)に自分の溜め込んでいたものを思いっきりぶつけたからこそ、リサは自信を持って言うことができた。

自分の意見を聞いたモカが迷った様子を見せた理由は、蘭のことを気遣う優しさから来るものであり、それが素直に伝えることが邪魔してしまっているであろうこともリサは言い当てる。

思い返して見ればそう言った節のあるモカは、「そう、なのかも……」と肯定した旨を返す。

ちなみに、モカに言ったことはリサにも当てはまるものであり、自分から踏み出すのが間に合わなかったことも友希那があの道を進む一因となっていた。

 

「蘭のことが本当に大切なら、ただ隣にいるだけじゃダメ。間違った方向にいかないように導くのも友達……ううん、()()の役目だよ」

 

「隣にいるだけじゃ、ダメ……」

 

――思えば、『友希那と一緒にFWFに出たい』とか『できることがあれば何でもする』とか……。アタシはそう言った何気ない言葉で友希那を支えてたんだね。支えて貰った本人からすれば他にも出てくるようだが、リサ自身でも明白に分かる部分はこの辺りだった。

リサに言われたことは確かにそうだなと思うモカは、その言葉を復唱する。

 

「友希那は昔から一人で抱え込みがちだから、今回ばっかりはどうにかしてあげたくてね……」

 

――本当に、間に合ってよかったよ。リサは心の中で安堵する。今まで後手に回ってどうすることもできないでいたが、今回は早めの行動が救いとなったのだ。

また、Roseliaと似てるような状況にあることを最初に聞いたリサは、モカにこれだけはと思うことを伝える。

 

「大丈夫。今なら()()()()()()。だから、ちゃんと伝えるんだよ?二人とも口下手っぽいから大変かもしれないけど、()()()()()()十数年の友情が崩れるわけないだろうから……当たって砕けろってね」

 

――がんばれー、モカ!実際に自分も荒れていた時期の友希那と紡がれた友情が崩れていないのだから、彼女たちなら大丈夫と言う信頼があった。

これに納得したモカが今度話してみて、結果を報告すると言ったことでこの話しは終わり、その後は普段の会話に戻る。

そしてこの時リサは、モカのペースに毎回付き合っていられる蘭が凄いと思うのだった。

 

「そう言えばリサさん。最近帰ってきた方の遠導さんって、どんな人ですか?」

 

「貴之のこと?うーん、そうだなぁ~……」

 

そうして玲奈がもうじき来そうな時間に、再び人が来なくなって暇な時間ができてしまったモカはリサに聞いてみる。

貴之のことは『前までは一緒にいたが離れてしまった』、『どれだけ時間が掛かっても間違いなく帰ってくる』くらいしか聞いていないので、その人が戻ってきた今なら聞けるだろうと考えてのことだった。

 

「人の知らないところでとんでもない無茶をして、恋愛事に関してはヘタレで、好きな人がいるって言うのに無意識で他の女の子に気を遣った行動するとか、そう言うダメなところはあるけど……」

 

「(意外だ……リサさんがその人の悪いところを先に教えてくれるなんて)」

 

玲奈と友希那の時だって、最初は人の良いところから話すのだが、貴之のことは思いっきり悪いところから入った。

これがいつまでもくっつかない友希那と貴之の恋愛事情を見てきているからだと言うことを、モカが知るのはもう少し先となる。

ちなみにとんでもない無茶は『ヌーベルバーグ』のことで、昨日あれだけ言ったのでもう気は済んでいる。ヘタレは『約束』と言って結局告白の一つもしないことに対する一種の揶揄だが、本人たちで決めた事なので無理に何か言おうとはしないからまだいい。

しかしながら、無意識に女の子に気を遣うことだけはリサの中で決定的な有罪(ギルティ)で、これだけは今後も友希那へ気持ちを伝えるまでは何度も咎めて行くつもりである。

 

「でも……メンタルは頑丈で、やるって決めたら最後までやろうとする強い意志があって、好きな人と会うためにこっちへ帰ってくる気があるくらい一途な性格してて……何よりも、ヴァンガードが大好きなアタシたちの先導者だよ♪」

 

「なるほど……いい話を聞けました」

 

落としてから上げると言うことは、後から言われたことの評価が彼女の奥底で強いのだと伝わって来た。

――今度話に出たら……今のことを話してみよーかなー……?そう思いながらモカはリサに礼を言う。

その数分後に玲奈がやってきて、リサたちは入れ替わりで上がることとなった。

 

「(大丈夫。モカなら上手くやれるよ)」

 

帰り道で一人歩いている中、リサはモカのことを心から応援するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『どうだ?今やってる対策とやらは』

 

「あと一歩で完成するってところだな……。てか、悪いな。わざわざ電話で確認してくれて」

 

リサがモカに伝えることを伝えた日の夜。貴之は俊哉と電話で話しをしていた。

大会が近いこともあって、話すことは真っ先にヴァンガードとなり、その結果『ヌーベルバーグ』を使いこなす過程をぼかしながら話すことになる。

暫く自分が単独行動していたこともあって話す機会が少し減っていたのもあり、こうして気に掛けてくれたのだろう。

 

『んで?結局その対策とやらは何を使ってる……って聞いても答えないよな?』

 

「答えたら対策の意味がないしな……。ただ、それを知られたら殴られる可能性はあると思ってる」

 

『何だ?お前そんなにヤバいことでもしてたのか?』

 

詳しく答えることはできなくとも、自分のやっていることがどれだけ心配を掛けるかなど予想が付いている。

友希那との違いは被害を被るのが自分一人と言うところだが、それでも周りに心配させることは同じなのだ。

故に俊哉の問いには「そう言う自覚はある」とだけ答えた。ここまで来たらやり切りたいと言う思いもあるし、これで勘づくことができるならそれは見事としか言いようがない。

 

「我が儘なこと言うかも知れねぇけどさ……もし、俺が今何をしてるのか分かっても、それは言わないで欲しいんだ……」

 

『……』

 

俊哉が暫し沈黙しているところに貴之は「頼む、この通り」と押しを入れる。

久しぶりに本気で頼み込んできているのが伺えたので、俊哉はやれやれと言ったため息をついてから自分の答えを告げる。

 

『分かったよ。それだけ全国大会で一真(あいつ)に勝ちたいし、友希那との約束果たしたいんだろ?』

 

「い、いいのか?」

 

助かる――。と、続くはずだった言葉は俊哉が『ただし……』と言う前置きで遮る。

貴之はその段階で、もう既に嫌な予感がしていた。

 

『何をしていたのか、ちゃんと話して貰うからな……?』

 

「わ、分かった……」

 

――リサみたいな通し方してくるな……。先日彼女に怒られたばかりの貴之は、俊哉の有無言わさぬ言い方に聞き覚えを感じた。ちなみに予感は的中している。

ちなみにこんな問い方をして来た俊哉自身は『分かったならそれでいい』と、一応は納得してるようだった。

 

『まあ大会まで近いんだし、ここまで来たらちゃんと完成させてくれよ?』

 

「勿論そのつもりだ。んで、それ見て怒りが収まらないなら殴ってくれ」

 

『そうならないのが一番いいんだけどな』

 

それもそうだな――。と思いながら、貴之は俊哉が気を使ってくれたことを嬉しく思う。

また、お互いが反対の立場ならこうなっているだろうなと思った二人は偶然にも同時に吹き出し、その理由が同じだったこともあって盛大に笑う。

 

「ともかく明日だ……そこで大体が決まる」

 

『大介が手伝ってくれるんだったな?しっかりとやり切れよ』

 

「おう。それじゃあまたな」

 

――他ならぬ俊哉(親友)が待ってくれてんだ……必ず完成させるぞ。俊哉との電話を終えた貴之は改めて決意をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「で、行くんだろ?」

 

「ああ。場所は普段と違うところだからついてきてくれ」

 

翌日の放課後。貴之は大介を連れて『レーヴ』へと足を運ぶ。

何気にあの店へ一真以外の男子を伴って入店するのはこれが初めてである。向こうで仲良くなった友人は、何故か『レーヴ』へ行こうとする時だけ毎回予定が入ってしまって連れていくことは出来なかった。

 

「ここっていつからあったんだ?」

 

「つい最近移店したんだ。ここに来てからの開店は地方終わった翌日だ」

 

「それは知らなかったな……とんでもない穴場だなここ」

 

やはりと言うか、『レーヴ』は知名度が低い。恐らくこの近くで知っていたのは自分と一真のみだろうと貴之は自信を持って言える。

案の定貴之から話しを聞いた大介も、隠れて練習するにはうってつけの場所という判定を下した。

貴之が促してドアを開けると、予想通り瑞希がカウンターにいた。

 

「いらっしゃい。そっちの子はお友達かしら?」

 

「はい。同じクラスの友人です」

 

こっちへ来て以来、瑞希の問いに初めて肯定で返せたことに貴之は少々の安心を覚える。

毎回外れるのかと不安になるかもしれないと思っていたところにこれなので、幾分か気が楽になったのだ。

 

「初めまして。俺は大神大介です」

 

「よろしくね。私は秋山瑞希よ」

 

大介と瑞希が挨拶を済ませた後、店回りを見た大介が一つのことに気がつく。

 

「お?結構貴重なイラストのカードを取り扱ってるんですね?」

 

「ここはあまり人が来ないから、そう言ったカードは結構残っているの」

 

ヴァンガードのカードで最初期の頃のみ出ていた限定イラストの『オーバーロード』を発見したのだ。

瑞希の話しを聞いた大介は、今度立ち寄って色々見て回ろうと思った。こう言ったものを探すのが好きだったのが理由である。

この直後結衣と瑠美の二人が帰って来たので、大介と二人が互いに自己紹介を済ませる。

 

「大雑把に知ることはできたし、また今度来た時にじっくり見て見るか」

 

「じゃあ、そろそろファイトでいいのか?」

 

自分の呟きを拾った貴之に、大介は頷くことで肯定する。

ならばと、瑞希に一声掛けてから二人はファイトの準備を始めるのだった。




Roseliaシナリオ1章ももう少しで終わりが見えて来ました。
今回の変更点としては……

・原作ではコンビニでの会話→友希那とリサで一対一の順番が反対に。
・友希那は一発でリサとの会話に応じ、会話内容もある程度気が楽になったものへ。
・リサに届く友希那からのメールは、練習取り消しから今後の練習に関するものに。
・モカに伝えている最中のリサの独自は、己を責めるではなく安堵になる。
・リサとモカの会話にリサから見る貴之のことが追加。

こんなところでしょうか。リサは「今やらなきゃ間に合わない」から、「間に合ったからこそ今がある」の考えになっているので、原作と比べてかなり余裕のある状態でモカとの会話を迎えることができました。

また、何気にAftergrowはひまり以外は名前だけでもいいので出てきました。RoseliaはAftergrowと接点ある人が二人もいるのが大きいんでしょうか?本小説だと学力テスト回でつぐみが出ていたのもありそうですが。

次回は一度貴之と大介の二人でファイト回になります。


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イメージ41 完成の時

予定通りファイトを回になります。
先日ヴァンガードエクスが発売しましたが、私は11/30と12/1の二日間掛けて行うRoseliaとRASの合同バンドが当たってお金を使ってしまっているので、こちらの購入は遅れそうです。


――じゃあ行くぞ?準備を終えた貴之の声に、大介が頷くことで答える。

思えばこの二人は地方大会以来久しぶりに戦うので、どうなるかが楽しみなところである。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之が最初に『ライド』するのは『アンドゥー』、大介が『ライド』するのは『マガツウインド』。再三と同じ組合せでの『ライド』だった。

 

「(相手は『ぬばたま』……『かげろう』としては結構やりにくい相手だね)」

 

地方の時を思い出しながら、結衣は考え込む。

厄介なユニットを退却させようとしたらそれは手札に戻っている。汎用性の高い『クラン』としては比較的手札の確保手段に乏しいのに、向こうは手札を捨てさせに来る等……『かげろう』が苦しくなる要素を『ぬばたま』は多く揃えているのだ。

――このファイト、今までの積み重ねが試される……。貴之の狙いや現状を踏まえて、そう判断するに至った。

 

「(実際に貴之が何をやってるのかは初めて見るな……。どんな戦術を出してくるんだ?)」

 

「(今回で上手く行くといいんだが……。取り敢えず進めていこう)」

 

大介は貴之の動向を伺いながら、貴之は今回の『ライド』を行う際にどうなるかを気にしながらファイトを始める。

今回は地方の時と同じく貴之の先攻でファイトが始まる。

 

「『ガイアース』に『ライド』!一枚ドローして、『ヌーベルロマン・ドラゴン』を『コール』!」

 

「(『ヌーベルロマン・ドラゴン』……?ちょっと待て、貴之が使おうとしてるのは……!)」

 

後列中央に呼ばれた『ヌーベルロマン』の姿を見た大介が嫌な汗を流す。自分の予想が外れて欲しいと思ったのだ。

しかしながらその予想は外れることは無く、貴之がスキルを発動することで『ヌーベルバーグ』を公開する。

 

「お前……本気でそいつを使うのか?」

 

「ああ。その為に最近はここで籠りっきりだったんだ」

 

――予想外なことを時々してくるが、まさかここまでとはな……。貴之に肯定された大介は一瞬だけ呆然とする。

自分に『ボーテックス・ドラゴン』をぶつけて来た時もそうだが、『ヌーベルバーグ』は一回限りの隠し玉なのだろうと予想できた。

――だが……その場合デッキ内容はあれでいいのか?気になった大介は後で確認しようと決めた。また、それと同時に貴之のターンが終了する。

 

「『サクラフブキ』に『ライド』して一枚ドロー……そのままヴァンガードにアタック!」

 

「まあバレてるよな……それはノーガードだ」

 

明らかに『バーサーク・ドラゴン』を読まれた動きであることを理解しながらも、貴之はそのまま受ける。

『ドライブチェック』、『ダメージチェック』がどちらもノートリガーである為、貴之が1ダメージ受けたところで大介のターンが終了する。

 

「『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』!更に『ヌーベルクリティック』と『ラーム』、『ラオピア』を『コール』!」

 

『ヌーベルクリティック』は前列左側、『ラーム』は前列右側、『ラオピア』は後列左側に『コール』された。

――このデッキ構成は明らかに狙ってるな……。『ヌーベルクリティック』すら見えたことで大介は確信する。また、貴之が自らをかなり追い込んでいたことも理解できた。

 

「スキルは使えないからこのまま攻撃だ……まずは『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『ラーム』の盾による殴打を受けてから行った『ダメージチェック』はノートリガーで、大介のダメージが1になる。

 

「次は『ヌーベルロマン』で『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードだな」

 

『ヌーベルクリティック』のスキルを思い出した大介は、そちらに手札を回すことを選んだ。

この時貴之の『ドライブチェック』が(ヒール)トリガーだったので、ダメージが0になる。

一方で大介の『ダメージチェック』はノートリガーだったので、これでダメージが2になった。

 

「最後だ。『ラオピア』の『ブースト』、『ヌーベルクリティック』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『ザシキヒメ』で『ガード』!」

 

パワーはトリガー効果で28000まで上がっていた『ヌーベルクリティック』の攻撃だが、『ザシキヒメ』によってパワーを30000まで上げることで防ぎきる。

 

「まあ流石にこっちを選ぶよな……」

 

「手の内が分かってるからな……こうするさ」

 

――さて、ここからどうやって呼び寄せるか……。次のターンの動向を伺いながら、貴之はターン終了を宣言する。

 

「多分、ここから貴之さんの動きが縛られ始めるね……」

 

「ええ。そして、ユニット次第では呼び寄せる間すら与えて貰えないわ……」

 

「まるで今までの全てを出しきれと言うかのような相手……。今日、彼を呼べたのはいいタイミングなのかもね……」

 

『ぬばたま』の盤面操作能力を書き起こしながら、秋山姉妹は分析を行う。

結衣の口にした通り、今日大介を呼べたのは本当にいいタイミングなのだと思えた。あの負担を克服するまでが近いのも一助している。

 

「『マガツゲイル』に『ライド』してスキル発動!リアガードにも『コール』してスキル発動!『フウキ』と『サクラフブキ』、『オボロザクラ』を『コール』!」

 

リアガードの『マガツゲイル』は前列右側、『フウキ』は後列中央、『サクラフブキ』は後列左側、『オボロザクラ』は前列左側に『コール』された。

また、この時『サクラフブキ』と『オボロザクラ』のスキルも忘れずに発動されている。この為左側のアタックは、『ブースト』込みで既にパワー26000になっている。

 

「よし……まずは『サクラフブキ』で『ブースト』、『オボロザクラ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードだな。『ダメージチェック』……」

 

相手の上昇したパワーから割に合わないと判断し、そのまま受けることにする。

この時の『ダメージチェック』はノートリガーで、貴之のダメージが1になる。

 

「次はリアガードの『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつもノーガードだ」

 

トリガー狙いで貴之は敢えてダメージを貰いに行く。先程(ヒール)トリガーを獲得出来ている故に強気の行動であった。

今回の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、パワーをヴァンガードに回す。

このバトルが終わった時、大介は『マガツゲイル』のスキルで『サクラフブキ』を手札に戻した。

 

「最後は『フウキ』で『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「いいぜ……こいつもノーガードだ!」

 

トリガーで上がったパワーが勿体ない気もするが、手札温存の為にここは受ける選択をした。

大介の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、貴之の『ダメージチェック』はノートリガーだった。

相手に『完全ガード』が回ったことは、貴之に取って少々痛い結果となった。

 

「(既に『完全ガード』が握られている状況だけど、貴之君はどうするのかしら……?)」

 

大介がそれなりに手札を使ってくれていることはありがたいが、それでも決着を着けるのは難しいだろう。

しかしながら、早期に決着を着けないと『ぬばたま』の盤面操作でやられてしまう可能性が上がるので、貴之側から見ればかなりもどかしい状況だった。

 

「こう言った状況を前でも、変えずに行かせてもらうぜ……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

『フォース』もヴァンガードに設置すると言ういつも通りの行動を取ってから、空いてる後列右側に『ヌーベルロマン』を『コール』し、『オーバーロード』の『ソウルブラスト』を行う。

 

「(『ラーム』と残りどっちかが通ればいい……。そうすりゃ後が楽だ)」

 

『オーバーロード』ならフィニッシュの可能性が見え、『ヌーベルクリティック』なら手元に『ヌーベルバーグ』を呼べる。相手がこちらを知っているからこその二択の掛け方だった。

手札の残りが少々悪目な大介としても、防ぐならどこか一つに留めたいはずなので、恐らくどちらかは通せると貴之は見込んでいた。

 

「先にこっちからだな……『ヌーベルロマン』で『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガード」

 

「流石に『ラーム』は防がないか……」

 

「『ラーム』攻撃は当たっても大きなメリットが無いもんねぇ……」

 

前列にいるユニットの中で、『ラーム』だけはスキルを持たない……。つまり、防がなくても状況の悪化は少ないのだ。

故に大介そのまま受けることを選び、『ダメージチェック』を行う。その結果はノートリガーで、大介のダメージが3になる。

 

「行くぞ……『オーバーロード』でリアガードの『オボロザクラ』にアタック!」

 

「……これもノーガードだな」

 

前列のユニットが全滅してしまうものの、次のトリガー次第では防ぐ必要が無くなるので様子見を選ぶ。

この時行われる『ツインドライブ』で、貴之は(ドロー)トリガーと(クリティカル)トリガーを一枚ずつ引き当て、効果を全て『オーバーロード』に回して『スタンド』させる。

 

「こいつはどうする……?『ヌーベルロマン』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「仕方ない……『ミジンガクレ』で『完全ガード』!」

 

貴之の高いイメージ力ではこのまま決着が付いてしまう可能性が高い。そう読んだ大介は何としても防ぐことを選んだ。

『ドライブチェック』はノートリガーだったものの、手札的に次を防ぐと後が無いことも感じ取れていた。

 

「流石にこれは通すだろ……『ラオピア』の『ブースト』、『ヌーベルクリティック』でヴァンガードにアタック!」

 

「受けるしかないか……」

 

ここで防いでしまうと次のターンで殆ど行動できなくなるので、そのまま受けることにした。

『ダメージチェック』はノートリガーで、大介のダメージが4になると同時に貴之が『ヌーベルバーグ』を手札に加えることでターンが終わる。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。今回はこっちで行くか」

 

「(あの言い方からして『マガツストーム』を使わないことは間違いねぇ。てことは……!)」

 

大介の発言で貴之は違うものが来ることを察し、今まで見たことあるユニットから、何が来るかの予想を立てる。

『ライド』を行った時、その予想が当たりであることを証明されることとなった。

 

「『ライド』!『修羅忍竜(しゅらにんりゅう)クジキリコンゴウ』!」

 

「『クジキリコンゴウ』……。徹底的な盤面操作を行う気ね」

 

「手札次第じゃこのまま逆転勝利……このターンが一番踏ん張りどころになるなぁ……」

 

大介が『ライド』したのは黒い体を持ち、一対の刀を自身の周囲に浮かせた長身の竜『クジキリコンゴウ』だった。

何事もない場合は『マガツストーム』を選択することが多い大介だが、今回は相手の魂胆が分かっているので、場合によってはそうさせる前に勝てる『クジキリコンゴウ』を選択した。

『プロテクト』を獲得した後は前列右側に『オボロザクラ』、前列左側に『マガツゲイル』を『コール』して『マガツゲイル』はスキルを発動させる。

 

「更に二体の『ドレッドマスター』を『コール』して二体ともスキル発動!この時、ヴァンガードが『クジキリコンゴウ』なら『ソウルブラスト』をすることで、相手は自分のリアガードを一体選んで手札に戻し、その後手札から一枚捨てる!」

 

「仕方ねぇ……そうなったら戻すのは『ヌーベルクリティック』と中央の『ヌーベルロマン』だな」

 

何を残すべきかを考えながら貴之は手札にユニットを戻し、その後手札を捨てる。

しかしながら、最も痛いのはこの後誘発する『クジキリコンゴウ』のスキルだった。

 

「こっちのカード効果で相手がリアガードを手札に戻した場合、『クジキリコンゴウ』のスキル発動!このターンの間そのユニットと同じグレードは『コール』できない!」

 

「今回はグレード1とグレード2……痛いことになったわね」

 

「『完全ガード』があるだけマシなのか、それとも極端な防ぎ方しかできなくなったか……判断が難しいね」

 

貴之の手札は現在7枚だが、手札次第では殆ど防げないという状況になってしまっている。

ここからどう防ぐか……と考えようとしたところで、『クジキリコンゴウ』にはもう一つスキルがあることを思い出す。

 

「相手の手札が4枚以上なら『カウンターブラスト』をして『クジキリコンゴウ』のスキル発動!手札を一枚選んで捨てて貰うぞ」

 

「なら……俺が選ぶのはこっちだな」

 

貴之はやむ得ず一枚の手札を捨てる。これによって用意が終わった大介は攻撃を始める。

 

「トリガーもらったら後がないからな……『フウキ』の『ブースト』、『クジキリコンゴウ』でヴァンガードにアタック!」

 

攻撃宣言を受けた貴之は一度手札を確認する。6枚ある手札の内一枚は『ヌーベルバーグ』、一枚は『オーバーロード』。二枚は『ツインドライブ』で引いた時のトリガーユニットで、残った二枚が『ヌーベルクリティック』と『ラオピア』というかなり極端な状況だった。

現在のダメージは3で、トリガー次第では敗北もあり得るが、ここを防ぐと次のターンの状況を整えられないような気がした。

 

「頼んだぞみんな……俺はノーガードだ!」

 

「そう来たか……なら、『ツインドライブ』。ファーストチェック……」

 

大介と自分。双方のイメージを信じた貴之はノーガードを選択する。状況的には博打に近いので、秋山姉妹が目を点にする。

そして『ツインドライブ』では二枚とも(クリティカル)トリガーだったので、パワーが前列のリアガードそれぞれに一回ずつ回された。

イメージ内で『クジキリコンゴウ』となった大介が、両手を合わせてから行う妖術で浮かせていた刀を操り、『オーバーロード』となった貴之を切り裂く。

これで終わりかと思われたが、『オーバーロード』となった貴之が消滅する様子は見えず、膝を着いてからゆっくりと立ち上がった。

 

「(あいつが消滅しないってことは、地方の時と一緒か……!)」

 

大介は自分の持っているイメージを逆手に取られたことを悟る。

その結果を表すかの如く、貴之の『ダメージチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目は(クリティカル)トリガー。そして三枚目は(ヒール)トリガーだった。

これによってダメージが5で留まり、パワーを全てヴァンガードに回されたことによって『オーバーロード』への攻撃が届かなくなってしまった。

 

「な、なんて大胆な……」

 

「度胸があると言うか、無茶苦茶と言うか……」

 

「あれはちょっと真似したくないなぁ……」

 

貴之が己のイメージを信じてこう言った状況を作り出すのは時折見るのだが、然程迷わず判断できるのは今でも驚くことがある。

これを実行した当の本人はしてやったりな笑みをしているが、秋山姉妹は数瞬だけ呆然とした。

 

「仕方ない……『ドレッドマスター』の『ブースト』、『マガツゲイル』で『ラーム』を攻撃!」

 

「すまねぇな……ここはノーガードだ」

 

状況が整ったこと、防いでも過剰的な数値での防御しかできないこともあって、今回は『ラーム』を見捨てることになる。

大介はこの攻撃の後、手札に『ドレッドマスター』を戻してからターンを終了する。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

「(止められなかった以上来るのは間違いないが……)」

 

――本当に大丈夫なのか?『ヌーベルバーグ』に『ライド』する瞬間を見たことがない大介は少々不安になる。

見慣れている秋山姉妹が静かに見守っているので、見慣れていない大介は対極的な状況に置かれているのだ。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

そして遂に、大介の前で初めて『ヌーベルバーグ』に『ライド』をする。

この時に来る負担に備えて貴之は身構えるのだが、何も来ないまま数瞬時間が経過する。

 

「……ん?いつもならこのタイミングで負担がくるはずなんだが……」

 

何も来ないことに困惑しながら、貴之は己の手元を見つめる。

確かに『ライド』には成功している。それは四人の目から見てもそうだった。となると、一つの結論に辿り着いた。

 

「ユイ姉、ミズ姉!こうなったってことは……!」

 

「うん。その時になったみたい」

 

「おめでとう、貴之君。無事に乗り越えられたわね」

 

「……!そうか!そう言うことか!」

 

己の努力が形になったことで、貴之は「よっしゃぁ!」と喜びの声を上げる。その事実を目の当たりにした大介は心の中で脱帽する。

――出来上がったなら、後はファイトするだけだ!『フォース』を前列左側に置いてから、空いてる前列二つに『オーバーロード』を、後列中央に『ラオピア』を『コール』する。

その後はダメ出しと言わんばかりに、前列三体のユニット全ての『ソウルブラスト』を発動させて大介のリアガードを一掃すると同時にこちらはパワーを大幅に上昇させる。

 

「行くぞ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!」

 

「それにはこれしかないな……!『プロテクト』を発動!」

 

流石にパワー78000まで上がった『ヌーベルバーグ』を、『プロテクト』含む四枚の手札で防ぐにはこれしかなかった。

この『ドライブチェック』で貴之は(クリティカル)トリガーを引き当て、勝利に王手(チェック)をかける。

 

「効果はすべて左の『オーバーロード』に!そのまま『ラオピア』で『ブースト』した左の『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード。俺の負けだ」

 

残された手札の内一枚は『ザシキヒメ』だが、もう一枚が『マガツストーム』だったことでどう足掻いても防ぎようのない状態だった。

そのままイメージ内で『オーバーロード』の剣による斬撃と、ゼロ距離で口から吐かれた業火の連撃を受け、『クジキリコンゴウ』となった大介は『クレイ』から消滅する。

『ダメージチェック』は一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目は(ヒール)トリガーではあるが、『ヌーベルバーグ』のスキルによって封じられてしまっているので、このままダメージ6になった。

 

「全く……地方の時と言い、とんでもないこと考えるよお前は……」

 

「あいつに勝つにはこれだと思ってな……。無茶したのは認めるが、これで今後も問題なく使えるぜ」

 

「その無茶した甲斐がこれか……。取り敢えず、お疲れ様だな」

 

大介が労いの言葉を送った後、一度ファイトが終わった挨拶を行う。

 

「お疲れ様。これで椅子のお世話になるのは終わったね?」

 

「それを言われるとちょっと弱るな……」

 

貴之と結衣の話しを聞いた大介が呆然とする。何の話しをしているかが解らなかったのだ。

それを予想していた瑞希が今までの経緯を説明すると、「これがあるから堂々と話すのは難しいな……」と一応の理解を示す。

この後連続ファイトを行おうか迷っている貴之が見えたので、大介は自分の思ったことを伝えることにする。

 

「貴之、『ヌーベルバーグ』は隠し玉……っていうか、切り札にするんだよな?」

 

「そのつもりだが……どうした?」

 

「そうするなら、サポートカードも隠すことになるし、動きが窮屈にならないか?」

 

『ヌーベルバーグ』を一真と戦う時のみの為に採用したのなら、それを最後まで隠し通す為にも『ヌーベルロマン』と『ヌーベルクリティック』は戦い方を大きく制限すると大介は思っていた。

それに関しては貴之も思い当たる節はあるようで、少しだけ考え込む素振りを見せる。

 

「確かに、一旦デッキを再調整した方がいいかもな」

 

「大丈夫ですか……?時間そんなにないですよ?」

 

瑠美の言いたい気持ちは分かる。再調整したところで間に合うのかという疑問があるのだ。

しかしながら、調整せず動きを制限するのは頂けないので、貴之は地方大会までのことを思い返しながら一つの考えを出す。

 

「グレード3以上は今のままでいいとして、グレード2以下を地方大会の状態に戻そうと思う」

 

今は『ヌーベルバーグ』を使用することを重点的に見ていたデッキにしているので、自分本来の戦い方を維持しつつ、それを取り入れるデッキへの変更だった。

それなら動きづらさも減り、組み替えたデッキに慣れるまでそこまで時間も要さないのでいい提案だった。

 

「ところで、カードは他に持って来ているの?」

 

「いや、流石に鞄の中に入らないから持って来て無いですね……」

 

流石にそうなるだろうと聞いた瑞希は納得する。今日が休日なら念の為に持って来てこの場で編集……ということもできたが、今回ばかりは仕方ないだろう。

方針が決まったならすぐ行動……と言うことで、貴之と大介は秋山姉妹との挨拶を済ませてから店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあ……これからまた組み替えるの?』

 

「ああ。流石に全部のファイトを二体使わないで戦うって無理があるからな……」

 

家に帰って夕食と風呂を済ませた貴之がデッキを組み替えようとしたところ、友希那から電話が来たので現状を伝えていた。

一真のように一体だけならまだやり様はあったかもしれないが、こちらは二体分も縛る必要がある為、まともに戦える気がしないでいた。

元々は『オーバーロード』を主軸に戦い、状況が整った時は『ウォーターフォウル』を切り札として呼ぶデッキだったのだから、その戦い方を維持しつつ、もう一つの切り札として『ヌーベルバーグ』を添えると言う方向に定めたのだ。

彼と当たらない限り『ヌーベルバーグ』は使わない方針なので、当てにしすぎてはいけない。実質的な切り札は『ウォーターフォウル』となり、分身は相変わらず『オーバーロード』になる。大介に言われなければ、デッキを変えぬまま全国大会に臨んでいたかも知れないので、とても助けになった。

 

『あなたがこの先ああならないって分かっただけでも、本当に良かったわ……』

 

「……そりゃそうか。あの時は悪かったな」

 

友希那の声音が安堵のものに変わったのに気づいて、貴之は一言詫びる。

これに対して『過ぎた話しだから、もういいわ』と友希那が言ってくれたのでこの話しはここで終わる。

 

『そろそろ切るわ。デッキの方、しっかりと完成させて頂戴ね?』

 

「そっちも練習の方しっかりとな?じゃあ、またな」

 

互いに大事な日が近いのもあって、電話を程々に切り上げる。二人揃って「自分の長電話に突き合わせて、相手が辿り着けなくなったら嫌」という共通の想いがあった。

電話を終えた貴之は、早速机の上に広げたカード群を見る。

 

「よし……やるか!」

 

デッキの方針は決まっているので、その通りに貴之は早速組み始める。

どのようにして組むかが決まっていたこともあって二時間弱で完成したデッキをケースにしまい、明日以降に備えるのだった。




貴之は無事に『ヌーベルバーグ』の負担を乗り越えることに成功しました。

次回はこの勢いのままRoseliaシナリオの19話と並行して全国大会……と行こうと思ったのですが、本小説の話数の構成変更によってここまでの時間軸が少々早まっているので、一回だけ直前の話しを書こうかと思います。


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イメージ42 決戦前日

今回はちょっと短めです。

今週仕事が立て込んでしまっていたので、ヴァンガードエクスはこの後買ってこようかと思います。

ドラきち様より本小説の主人公である貴之の挿絵を頂きました!

【挿絵表示】



「こちら合計で637円になります」

 

「じゃあ……これで」

 

デッキの調整を終えてから更に日が進み、遂に全国大会とコンテストは翌日に控えていた。

そんな日の朝早くに、貴之は商店街にあるパン屋の『やまぶきベーカリー』に足を運び、パンの購入を済ませようとしている。

貴之がここに立ち寄った理由として、『ヌーベルバーグ』を使いこなす練習をする際に世話になった、秋山姉妹へのお礼としての意味合いがあった。

ちなみに打たれた金額に対しては釣りが500円返ってくるように、1137円を出している。

 

「寄ってくれるのは嬉しいんですけど……大会は明日なんですよね?」

 

「ここまで来たら後はやるだけだからな……沙綾(さあや)さんも気になるなら、毎月出るゲーム雑誌のヴァンガード特集を見るといいぜ。来月は全国大会での使用デッキがピックアップされて、優勝者コメントも載るだろうから」

 

目の前でこちらに問うてきた少女、山吹(やまぶき)沙綾に自信を持って答える。

茶とピンクが混ざったような髪をポニーテールにしている彼女は、このベーカリーを経営している山吹家の長女で、弟と妹が一人ずついる。

心優しく気遣いができる性格である為、貴之はこの辺りが小百合(自分の姉)に近いなと感じている。

また、彼女もどうやら最近になってバンドのチームに加入したそうで、リサと同じく辞めた身からの復帰らしい。

貴之がここでは名前呼びにさん付けをしているのは、羽沢珈琲店の時と同じく家族がすぐそこにいるからである。もし外で紗綾とだけ出会っていたなら、間違いなく苗字呼びだった。

ちなみに遠導姉弟はここへたまに足を運ぶので、何度か顔を合わせている。来る頻度は小百合の方が高い。

 

「なるほど……。そう言うことなら覚えておきますね」

 

幸いにも貴之の宣伝に対して沙綾の反応は良かった。例え反応が悪かったとしても、「無理強いはしないよ」という旨を伝えて終わりにするつもりだったが。

もう少し雑談してもいいかと考えたりもしたが、複数の理由があってその考えを貴之は捨てる。

一つ目は自分で食べるなら多少は構わないが、今回は人に渡す為に買ったのでなるべく早めに届けたいと言うのがある。

そしてもう一つは、これ以上お年頃の女の子と仲良くしているような光景を作ってしまうと、後々友希那を不安にさせたりリサに咎められたりといいことが無いだろうと言う予感だった。

二つ目の方は傍らから見ればどうでも良さそうだが、貴之からすればかなりの面倒ごとである。それが理由で明日友希那のパフォーマンスが落ちたら笑えないし、自分を許せなくなるのは間違い無い。

 

「さて……俺はそろそろ行くよ。後はやるだけと言っても、ヴァンガードファイトはやっていきたいからさ」

 

「分かりました。大会の方、頑張ってくださいね」

 

そんな理由が重なったので一声掛け、沙綾の応援には肯定を返す。

「ありがとうございました」と言う挨拶を背に店を出て、貴之は早速『レーヴ』へと足を運ぶ。

最後の一日くらいファクトリーでいいのではないか?と思うかもしれないが、『ヌーベルバーグ』を隠しきる為にもこちらを選択する。

例えそうでなかったとしても、今日は秋山姉妹にお礼のパンを渡しに行くのだから、『レーヴ』以外を選択肢には入れられなかった。

 

「(組みなおしたデッキにももう慣れた……だから今日はファイトの感覚を錆つかせないようにするだけ……)」

 

負担を乗り越えて以来、『ヌーベルバーグ』を使用した連続ファイトを試みたところ、二戦までは何も問題なくできるところまで来ている。

しかし全国大会では一回だけ使えればいいので、今日はそちらの練習はせず、自分のファイトをしっかりと整えることを優先するつもりでいた。

その為『ヌーベルバーグ』を出すよりそちらを出した方がいい場合は、迷うことなくそちらを出す選択を取るつもりである。

 

「こんにちは。これは普段からのお礼です」

 

「あら、ありがとう。みんなで分けさせて貰うわね」

 

店に入って早速買ってきたパンの入ってる袋を瑞希に渡し、それをみんなで分けて貰う。今回は彼女らが好きなものを二種類ずつ選んでいるので、問題なく選べるだろう。

一度彼女らが順番に裏口で食べている間に、貴之はファイト台の一つへ足を運び、準備を始める。

今回は最終チェックである為、秋山姉妹と一回ずつファイトしたらすぐに上がって明日に備えるつもりでいた。

 

「お待たせ。それじゃあ始めましょうか」

 

「ええ。今日もよろしくお願いします」

 

最初の相手は瑞希からで、準備も終えているので早い所始めることにした。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

こうして、大会直前における最後の連戦ファイトが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「コンテストは明日なんだよね……」

 

「早いものよね……気がつけばもうなんだから」

 

ライブハウスまでの道のりを歩きながら、友希那とリサは話しをしていた。

Roseliaを結成してから今日まで、本当に早いと感じる。特に友希那の場合は自身への変化が大きかったので尚更であった。

また、リサもメンバーと音を合わせたり、普段からの会話に楽しさを感じている為にあっという間だという感覚がある。

 

「何か家でも練習した方がよさそうな気がしてきた……でもやり過ぎそうだなぁ~」

 

「そうね……その辺りも、練習が終わるまでに考えておきましょう」

 

確かに今日が最後の猶予なので、少しだけでも練習しておきたいと言うリサの気持ちはよく分かる。

しかしながら、本人が申告した通りやり過ぎる恐れもあるので時間だけはしっかりと決めておきたい。

 

『あっ……』

 

そしてライブハウスに着いた瞬間、五人とも全くの同タイミングで辿り着いたことに気づいて全員が声を上げる。

奇跡的とも言えるそのタイミングを目の当たりに、五人は揃って笑うのだった。

 

「何でこんなところまで揃ったんでしょうね?」

 

「偶然かな……?それにしては出来過ぎてるけど……」

 

最早狙ってやったのではないかと思う程揃っていたので、こう考えてしまうのは無理もない。

そしてそれを悪いと思うことはなく、寧ろ良いことだと捉えることもできていた。

 

「私は早く出過ぎるのもと思って、普段より遅めに出ましたが……」

 

「あこたちは待ち合わせ自体はいつもの時間にしてたけど……」

 

「ちょっとだけ、電車が遅延してました……」

 

「で、残ったアタシたちはいつも通りと……」

 

「打ち合わせなんてしてないわよね?」

 

全員が今日の出た時間や出来事を確認すると、偶然にしてはと思いたい状況だった。

当然友希那の問いには首を振ったので、偶然は偶然で片づけることにして、ライブハウスの一室を借りる。

 

「今日は軽く通しでしたね?」

 

「ええ。一応、不安な点があるなら練習する時間も取りましょう」

 

最後の練習だからこそガッツリとやるつもりは無い。その為今回は二時間だけ借りることにしている。

この練習の最中に、友希那は帰った後にどの程度まで自主練習して良いかの判断を下そうと考えていた。

 

「では、始めましょう」

 

友希那の言葉に頷いたことで、コンテストに向けた最後の練習が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(もう問題なさそうだな……)」

 

瑞希と瑠美を相手にしたファイトが終わり、結衣とのファイトを行っている貴之は自分のファイトに確信を持つ。

貴之の先攻で互いの三ターン目が終わった直後、ダメージは互いに5と言う状況であり、デッキ変更してから大分安定する動きができるようになっていた。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

「(どっちが来るかな……?一応『完全ガード』はあるけど……)」

 

貴之のデッキを考えれば、この状況で『ライド』したいのは二通りだった。

一つは、こちらへ来てから使い続けていた『ヌーベルバーグ』。今の状況であればこちらの盤面を一発で崩壊させることが可能である。

『完全ガード』があったとしても、他のユニットとの波状攻撃を防ぐのは厳しいものがあった。

 

「その状況ならこっちだな……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ウォーターフォウル』!」

 

「やっぱりそっち……!」

 

もう一つはたった今『ライド』した『ウォーターフォウル』。こちらは『完全ガード』を無視することができ、『インターセプト』を減らすことができる。

今回は前列右側にいた『ギャラティン』が退却させられ、かなり苦しい状況となる。残った手札四枚の内一枚が使えないのも拍車を掛ける。

更に『フォース』はヴァンガードに重ね掛けするので、『ウォーターフォウル』のパワーが33000となる。

 

「行くぜ……『ラオピア』の『ブースト』、『ウォーターフォウル』でヴァンガードにアタック!」

 

《済まない……今の状態では抑えきれぬ……!》

 

「仕方ないか……ここはノーガード!」

 

ユニットの謝罪を聞いた結衣は即座にトリガー勝負へ出る。気掛かりなのは、(ヒール)トリガーを一枚引いてしまっているので、(クリティカル)が二枚来るとその段階で負けてしまうことだった。

宣言を終えたことで迎える『ツインドライブ』の一枚目で貴之は(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を全てヴァンガードに回す。この段階でもう引かないことを祈るしか無くなった。

そんな緊張の走る状況下で、二枚目の『トリガーチェック』が行われる。

 

「……ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「なっ……!?」

 

その結果を前に結衣は絶句する。自分は今回も『PSYクオリア』を使用して戦ったのだが、それが全く効果を成さないような感覚に襲われた。

絶句を引きづったまま『ダメージチェック』を行い、ダメージが6になったことでファイトが終了する。

ファイトが終わったことで、ひとまず終了の挨拶を済ませる。

 

「今の貴之なら、心配無さそうだね。気がつけば簡単に乗り越えるんだもん……」

 

「そんなことは無いさ……結衣が途中で辞めることなく続けてたら、今頃どうなってたか分からねぇよ」

 

結衣が『PSYクオリア』から目を背けることなく続けていれば、今日ギリギリの僅差で勝てたくらいかもしれないし、勝てていなかったかもしれない。それが貴之の考えだった。

しかしながら結衣も、続けていたとしても貴之は始めて『ヌーベルバーグ』を使用したタイミングで自分の『PSYクオリア』を乗り越えていたと考えている。

全ては明日のファイト次第といったところだが、結衣は貴之のことを信じていた。

 

「あ~あ……明日のファイト身に行きたかったなぁ……」

 

「仕方ないわよ。私たちは店があるんだから……」

 

瑠美の愚痴が示す通り、彼女たちは店があるので大会を見ることができない。

なので大会の結果がどうなったかは貴之や一真からでないと聞くことができないのだ。

 

「結果は大会が終わったらすぐに伝えますよ」

 

「ええ。楽しみにしているわね?」

 

「応援してますから、頑張ってくださいね」

 

「今までやって来たのは無駄じゃないから、自分を信じて……」

 

秋山姉妹の応援に貴之は頷く。特に結衣の言葉は自分の状況をしっかりと捉えてくれていた。

限界は無い――。それは貴之がヴァンガードを始めた日から度々色んなことを教えてくれた人からの受け売りであり、経験を積んだ後改めてそう思うようになった言葉である。

 

「それじゃあ俺はここら辺で……。本当にありがとうございました」

 

最後に礼を告げてから、貴之は店を後にする。

こうして最後のファイトが終わり、残りは大会を戦うだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「いい具合になったわね……」

 

最後の通しを終えた友希那の感想を聞いて、Roseliaのメンバーは喜びの情を出す。

スカウトの一件等でトラブルはあったが、それを乗り越えて十分と言えるくらいになったのは紛れもない彼女たちの努力によるものだ。

 

「もう終わりかぁ~……あとちょっとだけ練習したい気もするけど……」

 

普段より練習時間が少ないので、何か物足りないと思う人が出てくる可能性は十分にある。

あこは声に出して頭を悩ませているし、リサも「もう少しだけ」という目をしていた。

 

「気持ちは分かりますが……今日は体調管理を優先すべきですね。出れなくなってしまったら本末転倒ですから」

 

「練習の成果を見せられないのは嫌ですね……」

 

足りないと感じる二人に対して、紗夜と燐子は「これ以上は危険かも」と言う旨を示す。しかしながら、どこか練習をしたそうではあった。

そんな四人の様子を見た友希那は、どうするべきかを数瞬で考える。

 

「そうね……帰った後に練習をしても構わないけど、一時間までにしましょう。不安に思った部分はそこで解消して頂戴」

 

友希那の出した提案は足りないと思っていた二人にとっては練習ができる。無理しないようにと考えていた二人にとっては無理のない範囲で練習ができると、とてもいい落とし所だった。

明日のコンテストが終わった後はここまで練習を多めに入れていたのもあり、インターバルを挟むべく少しの間は練習を少なめにするつもりでいる。

と言っても実力が落ちないように気を付けながらである為、その後はすぐに練習量をある程度まで増やすつもりでいた。

最後に「明日は遅れないように」と言う注意喚起をしてから今日は解散となった。

 

「ようやくだね……」

 

「ええ。やっとここまで来れたわ……」

 

今までコンテストに出たいと言ってはいたが、一度も出ることができていないのだから、感慨深い想いが湧いてくる。

長い時間をかけてしまったが、ようやく自分たちの望んだ舞台に立てる……。友希那は安堵の情を抱くし、リサも喜びの情を抱く。

 

「ちょっとだけ練習していいって言ってくれた時は安心したよ……。落ち着かなかったからさ……」

 

「あなただけじゃない。他のみんなもやりたそうにしていたからね……」

 

あの状況は流石に無条件でダメだとは言えなかった。そうしていたら悪影響を及ぼしそうな予感があったのだ。

理由は他にもあるので、「それと……」と友希那は付け加える。

 

「実のところを言うと……私もそうしないと落ち着かない気がして……」

 

「……」

 

友希那がそわそわした様子で答えるのを見たリサは数瞬固まり、その後思いっきり吹き出して笑った。

そのことで友希那に咎められたので、リサは素直に謝る。

 

「でも、みんなそう思ってたんだね……。波長が合って来たのかもね?」

 

「同じタイミングでライブハウスに来たのも、それが理由かも知れないわね」

 

友希那の推測はリサも信じたいと思った。最初の頃と比べて、チームの中にある空気が変わったのも一助している。

その後で、明日は全国大会もあることに気づいた友希那がリサに聞いてみる。

 

「明日は貴之も全国大会があるけど……見送りに行くの?」

 

「あっ、そう言えば明日だったねぇ……。うん。それならアタシも一緒に行くよ♪」

 

以前リサが一緒に行きたかったと言っていたのを思い出していたので、今度は友希那が自分から振ってみると、リサはそれに乗る。

自分たちより僅かに速い電車に乗るらしいので、彼を送った後自分たちも乗るのがいいと言うことになった。

 

「二人とも、今から帰りか?」

 

「そう言う貴之もそうみたいね?」

 

少し歩いた先で帰り途中だった貴之と合流し、そこからは三人で歩いて帰る。

今日はどうだったか、この後はどうするかを話しながら歩いていれば、あっという間に家の前まで辿り着いていた。

 

「じゃあ、明日はお互い悔いのないようにしましょう」

 

「ああ。上手くやろう」

 

分かれる前に、貴之と友希那は笑みを浮かべて握手を交わす。これには二人とも応援の旨を込めていた。

互いの道のりが明日に決まる……。そうなれば応援したくなるものだった。

 

「明日はみんなで頑張ろうね♪」

 

「ええ。頼りにさせてもらうわ」

 

今回の戦い(コンテスト)は一人じゃない。それを改めて感じているからこそ、友希那も素直に頼むことができた。

この後二人が朝は見送りに来ることを伝えると、貴之はそれを承諾した。

 

「三人ともコンディションの確認とかもあるから、ここまでにしましょう」

 

「そうだな。そろそろ中に入るか」

 

「うん♪それじゃあまた明日♪」

 

体調を崩すことだけは頂けないので、三人は話しを切り上げて家の中に上がる。

その後各自でやるべきことを済ませて、明日に備えるのだった。




少し駆け足気味になってしまいましたが、これで前日の部分が終わりました。

ようやくポピパのメンバーの内の一人を出すことができました。これで各バンドの内誰か一人は、貴之と顔を合わせたことがある状態になります。
貴之と顔を合わせるメンバーは「この人は自然な形で合わせられそう」と言う判断をできる人たちで選定しています。この為、ハロハピは「商店街に買い物理由で立ち寄ることがある」と言う理由からはぐみと顔を合わせる可能性もありました。

次回からは19話と全国大会を並行して行っていくことになります。


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イメージ43 開幕

今回からRoseliaシナリオ19話と貴之らの全国大会を暫くの間並行して展開していきます。
地方大会と同じくらいか、それより僅かに短くなることを想定しています。

ヴァンガードエクスを購入し、こちらもぼちぼちと進めていってます。今現在は私がリアルでも使っている『ドラゴニック・オーバーロード』をふんだんに入れ込んだ『かげろう』デッキ、『エイゼル』軸の『ゴールドパラディン』デッキの二つを中心に遊んでいます。
新しく『ブラスター・ブレード』を過労死させる『ロイヤルパラディン』デッキか、『ブラスター・ダーク』を多めに使う『シャドウパラディン』デッキを作るかで悩みながら、軸で迷って完成していない『ペイルムーン』デッキも完成させようと悩んでたり……(笑)。

また、『ラオピア』のスキル関連でミスがあったのでそれらを修正しておきました。


「友希那たちは反対の方へ行くんだったよな?」

 

「ええ。だから、また合流できるのは今日の夜になるわね」

 

迎えた全国大会とコンテスト当日の朝。貴之と友希那、リサの三人は駅の改札口の近くにいた。

理由は貴之の見送りであり、リサとの約束通り二人で貴之のことを送るのだ。

 

「頑張ってね貴之。アタシたちは応援してるからね♪」

 

「私たちは最高の演奏をするから、あなたは最高のファイトをね?」

 

「それはこっちもだよ……。コンテスト、頑張ってな。俺も勝ち上がって見せるからさ」

 

片や全国大会優勝、片やコンテストで入選。どちらも近くで見てきていたからこそ、相手を応援したいし何としても成し遂げたいと思う。

それと同時に、今日がこの先に大きな影響を与えることになるのを確信する。その為できることを全てやりきろうと考えた。

 

「そろそろ俊哉たちとの集合時間だから、俺は行くよ」

 

「うん。行ってらっしゃい♪」

 

「また後で会いましょう」

 

軽く手を振ってから貴之は俊哉たちとの集合場所にした駅のホームへと歩いて行く。その姿が見えなくなるまで、友希那とリサは軽く手を振りながら見送った。

その心境は五年前とは違い、非常に素直で気を楽にした状態だった。

 

「これでリサも納得したかしら?」

 

「大丈夫。後でまた会えるしね」

 

そうなった理由はやはり、「もう会えないかもしれない」と考えなくてもいいところが大きい。リサの場合は自分もこうして送ってあげることができたのも一助している。

後はお互いに自分の舞台で全力を出し尽くすだけ。そんな状況が彼女らを支えていた。

 

「そう言えば、調子はどう?」

 

「うーん……今のところは大丈夫かな?会場の空気に呑まれなければいいけど」

 

「……確かに。場所が場所だものね」

 

リサの器具はよく理解できる。何しろ貴之の全国大会と比べて目線の数が非常に多いのだ。

実際のところ、こうして彼女に気を掛ける友希那ですら始めて立つ場所だからどうなるかを心配している。しかしながら、自分が呑まれてしまうのは非常に危険であることも友希那は理解している。

Roseliaの自分の歌に惹かれた人たちの中で、実力を有している人たちで集まっているものの、ああいった場所に来た経験の少ない人たちでもある。

その為自分が呑まれた場合は良くて安定させるのを紗夜に全任せ。悪いとそのまま総崩れになる危険性もあった。

 

「(だからこそ……私は会場の空気(イメージ)に呑まれては行けない。寧ろ呑み込むつもりで行きましょう)」

 

「ゆ~きなっ」

 

決意を固めていたらリサに左肩を小突かれたのでそちらに顔を向ける。

その際見えたリサの表情は優し気な笑みをしていた。

 

「一人で全部背負う必要は無いんだからね?アタシたちもいるってこと、忘れないでね♪」

 

「……」

 

核心を突かれたことで友希那は一瞬だけ目を点にした後、リラックスした笑みに変わる。

――見透かされていたのね……。リサの前でこう言った表情はあまり良くないなと再確認した。

 

「でも、そうね……。ありがとう」

 

「はい。どういたしまして♪」

 

自分は一人じゃない。それだけでも友希那はとても安心することができた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(またここに来れたな……)」

 

時間は少し進み、貴之たちは全国大会の会場に無事到着した。今回は貴之、俊哉、大介、玲奈、竜馬、弘人の六人揃って来ていた。

大介と弘人は地方で敗退してしまったので観戦となるが、当然ここに来る人たちの戦いを学んで行くつもりでいた。

ちなみに、全国大会は各地方から16人ずつなので、128人と地方大会の半分程になっている。これを確認したところで、貴之からすれば全て勝つだけなのであまり関係ないのだが。

 

「あっ、おい……あそこにいるのさ……」

 

「貴之じゃんか……!やっぱり続けてたんだな」

 

――俺がいつ辞めるなんて言ったよ?と突っ込みたかった貴之だが、彼らの気持ちは分かるのでそれは無しとした。

自分のことを話していた人たちは、貴之が友希那たちの近くを離れていた時の地方で戦っていたファイターたちである。

 

「そう言えばさ、向こう側の友人って来てるのか?」

 

「連絡はあったから、来るはずだ」

 

その友人は地方が終わった時に『全国大会で待っている』と言う旨のチャットを送っていたので、今日この場所で会えるはずだ。

俊哉に問われたことで辺りを見回していたところ、背後から自分の名前を呼ばれた貴之はそちらに体を向ける。

するとそこには紫色の髪を短く整え、四角いフレームのメガネを掛けた青い瞳を持つ少年がいた。

 

「久しぶり……と言っても、大体二ヶ月ぶりだね」

 

「あまり時間空いてねぇからな……真司(しんじ)も元気にやってたか?」

 

少年……若槻(わかつき)真司から差し出された右手を握り、握手を交わす。

真司は貴之が別の場所にいる間にヴァンガードの世界に案内した人の一人で、全国に行けるレベルまで成長したヴァンガードファイターでもある。

離れている間は貴之と真司、それと仲の良い一人の少女と共に三人でいることが多かったのだ。

 

「あいつは元気にやってるか?」

 

「もちろん。今日も来るかどうかを聞いたら来るって言ってたから、僕たちの分の昼食を用意して来るだろうね」

 

「マジで?『先生』の飯食えるのか!?」

 

真司の回答を聞いた貴之が食いつく。自分に料理を教えてくれた人の物が食べられると思ったからである。それに対して真司は「久しぶりだろうから、しっかりと味わった方がいい」と伝えておく。

貴之の言った『先生』というのは、この二人とよくいた少女その人のことだ。

 

「というか貴之……『色気より食い気』だと、意中の人に目を背けられるかも知れないぞ?」

 

「お、お前……!今その話しはいいだろ!」

 

「ん?こいつのその事情知ってるのか?」

 

「ああ。こいつが元いた場所に戻るより少し前に教えてもらってね……」

 

俊哉は関われそうな話しが来たので混ざる為の布石を打つ。すると真司がその問いに返しをしてくれたので成功となる。

その直後互いに自己紹介をし、そのまま流れで残りのファイターたちと顔合わせを済ませる。

 

「一から教えて全国出れるレベルまで引っ張るか……。お前とんでもねぇティーチング能力だな」

 

「真司の飲み込みの良さもあったけどな」

 

真司がここへ来るまでの道のりを聞いた竜馬が、貴之と彼を交互に見る。

竜馬の驚きは、真司がこの中で最も後から始めたファイターであることも関係している。逆に、一番先に始めたのは貴之だった。

貴之が『長年の経験と努力』なら、真司は『経験者の教えと才覚』と言える。真司のは一真に近しいものがあるのは、共にいた貴之だけが感じ取れている。

 

「そう言えば、貴之が向こうでは遠征してたって言うし……一緒に混ざってたの?」

 

「ああ。色んな人と戦って学びたい想いが強かったから、誘われたときは「僕も連れてってくれ」と乗らせて貰ったよ」

 

――もちろん有意義だったし、とても楽しかった。自分の問いに対して充実した笑みを見せる真司を見て、玲奈も安心する。貴之のことだから心配は要らないと感じていたが、それが当たっていたのだ。

真司の場合、貴之がヴァンガードの世界に案内するまでは特に熱中している物は無く、寧ろ退屈と友達になっていたような状態だったので尚更熱中しやすいのだ。

 

「向こうにいたなら一真と戦っている筈だけど……どうだった?」

 

「結果は惜敗ってところだな。『ウォーターフォウル』で決めきれなかったところに、まさかの『エクスカルペイト』を出されたんだ」

 

「その後は今日まで、それに対抗する為の策を練り続けていたんだ。勝つにはそれが通じるかどうかだろうね」

 

気になった真司の問いに答えたのは大介と弘人で、『エクスカルペイト』を聞けば流石に真司も正気かどうかを疑った。流石に使用を予想できる人はほぼいないようだ。

同時に貴之の策と言うのも予想しづらく、この場では答えを持っている大介と弘人以外は誰もその答えを知り得ない。

やがて会場に入場できるようになったので、貴之たちはエントリーの確認を済ませた後、全員で固まって席を確保する。この時貴之と真司は五人に事情を伝えて一つ余分に席を確保させてもらう。

 

「時間になったら用紙取って来ねぇとな……」

 

「ここにいる人数分でいいのかな?」

 

この後来る人は見るだけなので、その一人の分は省きで取ることが決まった。

 

「ここにいたんだね」

 

「地方振りだな……」

 

後は人と時間を待つだけとなったところで、後ろから一真に声を掛けられた。

貴之がそちらに顔を向けた後は、お互いに戦いを楽しみにしている目と笑みを向け合う。

 

「前は遅れを取ったけど、今回こそ勝たせてもらうぜ?」

 

「簡単に負ける気はないけどね?」

 

――ファイトを楽しみにしている。二人してその顔のまま握手を交わす。

地方の時は普通に話しているだけでも会場にどよめきが走ったが、全国大会ではそんなことは無い。寧ろ、この二人ならこうだよなと言ういつも通りと安堵が混じった空気になる。

 

「調子はどう?大丈夫そう?」

 

「問題ないよ……青山さんが手伝ってくれたおかげだ」

 

「そう?手伝いになったようで何よりだよ♪」

 

貴之が二人の連絡先を共有させて以来、この二人は共に行動する機会が増えていたようだ。つまるところ、二人を省いてここにいるメンバーはバラバラに行動しがちな状況だったと言える。

各々が練習しているところに、時折大介と弘人が頼まれて手伝うと言うのが地方が終わって以来の定番のような状態になっていた。

当然、彼らと地方が違うので真司は観点には入れない。流石に大会等でも無いのにこっちへ来いと言うのは少々無理がある。

 

「ああ……すまない。どこか一席空いてないかな?」

 

「こっち来るか?」

 

一真の問いに竜馬が答え、そちらに座らせてもらう。場所は竜馬の左隣である。同じクラスである分接しやすいだろうという観点もあった。

また、貴之と真司の友人である人の場所は貴之から見て後ろ、真司から見て右隣の場所を確保している。

少し話しながら待っていると、一般入場が開始したらしく、会場の人数が増え始めて来た。

 

「あっ……!久しぶりだね、貴之君」

 

「久しぶり。裕子(ゆうこ)も元気にやってた?」

 

貴之に声をかけてきたのは、青い髪をおろしていて、同じ色の瞳を持った少女の坂上(さかがみ)裕子だった。彼女は貴之が引っ越した先のお隣さんであり、料理を教えてくれた本人である。

彼女も貴之からヴァンガードを今日は貴之と真司の応援と観戦を目的として来ている。

なお、彼女は出会った当初こそ少々内気な面があったものの、貴之との交流を得てその部分は薄まった。

 

「もちろんっ!今日だってお弁当作って来てるからね♪」

 

「先生……ありがとうございます!」

 

「もう……そんなに崇めるような反応をしなくたっていいのに……」

 

両手を合わせて自分の顔の前に持ってくる貴之を見て、裕子は苦笑すし、そんな様子を見た真司は、相変わらずだなと思うのだった。

その直後は確保しておいてもらった席に座り、自己紹介を全員と済ませた。

 

「ヴァンガードの話しは付いて行けるから、遠慮しないで」

 

大丈夫だとは思うが、一応伝えておくことにする。

おかげで万が一のことがあったらどうしようかと考えていた人たちに安心を与えたので、この判断は功を奏した。

そこから少し話していると、トーナメント決定のアナウンスが流れ、モニターに表示される。

 

「俺と真司が一回戦か……」

 

「まさか、こうなるとはね……」

 

全国大会で戦おうと約束はしたものの、まさか一回戦で戦うとは思わなかった。故に二人とも困った笑みを浮かべる。

また、左上に当てられた貴之は奇しくも右下に当てられた一真とは間反対の位置に宛がわれており、当たるのは必然と決勝戦となった。

 

「(だが、これでいい……)」

 

――決勝で勝たなきゃ、収まりが悪いからな……。最初から当たって勝ったとしても、何か燻りそうな予感がしていた。

また、『ヌーベルバーグ』のことを考えるとこの位置は最適だったと言えるだろう。ちなみに貴之と同じく左側にいるのは俊哉、一真と同じく右側にいるのは玲奈と竜馬だった。

 

「さて……用紙要るのは何人だ?」

 

地方と同じく用紙を貰うこともできるので、大介が用紙を欲する人を確認し、その人数分だけ取りに行く。今回は裕子を省く全員となった。

裕子の場合、持ってきた弁当を考えると背負ってきたリュックサックのスペースが確保出来なかったことも関係しているので、仕方がない。

大介が戻って来てから少しして開催宣言がされ、左上から順番に試合が始められていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「着いたわね」

 

「うわぁ……大きいね」

 

時間は開催宣言の少し前に遡る。友希那たちはFWFの会場に到着していた。

選考コンテストとは言え大型の音楽フェスを行う会場だからか、極めて大きな場所が用意されており、それを見たリサがその大きさに圧倒された。

なお、Roseliaの五人は最寄り駅で待ち合わせをしており、そこからは全員で来ていた。

 

「中に入ったら、更に人で押されそうな気がする……」

 

「だ、大丈夫かな……?」

 

あこと燐子も不安げになる。始めて来る場所もそうなのだが、中に入っていく人の多さも関係している。

この二人は本格的にバンドを始めて期間が短いのもあって、会場の空気に押され始めていた。

 

「中に入りますか?少しは変わるかもしれません」

 

「ここで立っていても……と言うのもあるし、一度入ってしまいましょう」

 

やはりと言うか、紗夜はブレていなかった。しかしながら、それが今はありがたいところだった。

中に入って見れば予選コンテストに参加する場所の確認を行っている人たちがいたので、まずはそちらに移動して確認を終わらせる。

確認を終わらせたので一度自分たちの為に用意されている楽屋に移動する。書類と音源の審査は既に通過している為、本当に簡単な確認だけであった。

 

『出場者のみなさん。出番の5分前にはステージ袖で待機をお願いします!本コンテストは公開イベントです!』

 

――たくさんのお客様が気に来ていますが、くれぐれも審査や情報の漏洩には注意をしてください!コンテストの運営スタッフを行っている人からの館内放送が聞こえた。

放送を行ってくれた人の言っていた通り、今回は新曲で挑む為尚更気を付けなくては行けなかった。せっかくここまで用意したと言うのに、ここでやってしまったら台無しである。

そこまで確認したので早速準備を始めようとしたところで、燐子から一声が掛かる。

 

「ステージで着る衣装なんですけど……みんなで見る機会を逃しちゃっているので、先に見てもらってもいいですか?」

 

「「「あっ……」」」

 

本来であれば友希那がスカウトを受けたあの日にする予定だったのだが、時間が押していた都合とその他諸々の影響で後に回されたまま当日を迎えてしまったのだ。

燐子の声で思い出したような反応を示さなかったのはあこで、彼女は全員で合流する前に燐子と打ち合わせして最初に着る人を請け負っていた。

思い出した三人が了承した意を返したことで、衣装を見るのが先になる。

 

「あこちゃん、お願いね?」

 

「うん。分かった」

 

あこが着替えるのと同時に、燐子が衣装の着脱方法の説明を始めていった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

開催宣言が終わって早速ファイトが始まろうとしていた。

貴之と真司が一番左上だったので、この二人は否が応でも最初に戦うことになっていた。

 

「地方と言い、全国(ここ)と言い……俺は一番に縁でもあるのか?」

 

「一番になれ……とでも言われてるんじゃないか?」

 

自分のぼやきを拾った真司の言葉を、貴之は信じたくなった。今年になって友希那とまた会えたことも一助している。

また、ここまでやってきたのだから後はなるようになれとも思っている。何しろここまで努力や対策を積み重ねたなら、相手のそれを上回るように戦うだけだからだ。

 

「二人ともー!思いっ切りファイトするんだよーっ!」

 

二人がいるファイト台を見つけ、裕子は中立宣言に近い応援をする。二人が大切な友人だからこそどちらかに偏った応援をする気にはなれないし、できないのだ。

また、これには今日が終わったらまた暫く会えないかもしれないからと言うのがあった。別の地方になってしまっている為、こればかりは仕方がない。

――だから、二人には悔いの無いファイトをして欲しい。それが裕子の、心からの願いだった。

 

「始まりそうだな」

 

「(二人は今回、どんなファイトを見せてくれるだろう?)」

 

貴之とファイトしたいと言う想いこそあれど、一真もこのファイトを見る時は中立の目で見る。

両者とも交流があったのもそうだが、このファイトは癇癪無しで真剣に最後まで見たかった。

 

「じゃあ行くぞ?」

 

「ああ。始めよう」

 

シャッフルとファーストヴァンガードの設置を終えたことで、互いに示し合わせをする。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がカードを表に返すことで、全国大会の幕が上がった。




出だしなので少し短めですね。
今のところRoseliaシナリオの方で大きな変化は無く、強いて言えば衣装を見るシーンを付け加えていたりするくらいですね。恐らく、Roseliaシナリオ1章で最も変更点が少なくなる場所だと思います。

今回で新しく出てきた二人、真司と裕子の容姿のイメージは以下の通りになります。

若槻真司……『ガンダムビルドファイターズトライ』の『コウサカ・ユウマ』がベースで、元のキャラとあまり見た目の変化はないです。

坂上裕子……『UNDER(アンダー)NIGHT(ナイト)IN-BIRTH(インヴァース)』の『オリエ・バラーディア』がベースで、彼女が異能等に縁なく、平穏で平凡な暮らしを送っていたらと言うのをイメージしています。


次回は貴之と真司の二人でファイトとなります。


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イメージ44 対峙する巨竜

久しぶりに10000文字超えました。
今回は予告通り貴之と真司によるファイトです。最後にちょこっとだけRoseliaのパートが入ります。

また、リサに弟がいると判明したので、こちらは機会がある時に拾っていきたいと思います。恐らくヴァンガードは趣味程度の一般人枠になるかと思います。


「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』!『スパークキッド・ドラグーン』!」

 

貴之はいつも通り『アンドゥー』、真司は小さき翼竜に乗った小人の『スパークキッド』になる。

 

「なるほど……あいつは『なるかみ』を使うのか」

 

真司が使う『クラン』は『ドラゴンエンパイア』に属する『かげろう』と近しい航空部隊の『なるかみ』である。

所属するユニットの差異点としては『オーバロード』などの『フレイムドラゴン』の多かった『かげろう』に対し、『なるかみ』は『サンダードラゴン』が多い所だろう。

ファイト上では相手の前列の数が影響するスキルを持っていたり、『バインド』と言う退却とはまた違った方法による除去手段を持つ、少々変則的な攻撃寄りの『クラン』と言える。

しかしながら、『かげろう』に近しい部分もある影響か、他の攻撃寄り『クラン』と比べると比較的丸めな性質であった。

 

「そう言えばさ、彼が『なるかみ』を選んだ理由はどうして?」

 

「最初に貴之君が使っている『クラン』を聞いて、それに近いものの中から選んだんだって」

 

――と言うことは背景かな?裕子の答えを聞いた玲奈は推測を立てる。ちなみにヴァンガードを知る同い年の女子と話せる嬉しさもあり、玲奈の目が普段より輝きを増していたのを記しておく。

尚、俊哉は既にファイトの番が回ってきているので下に降りている。その為ここにいるのは彼ら三人を省いた六人である。

台に視線を戻すと、二人のファイトは真司の先攻で始まろうとしていた。

 

「『レッドリバー・ドラグーン』に『ライド』!スキルで一枚ドロー……」

 

真司が『ライド』したのは橙色をした軽装の鎧に突撃槍を持つ竜の背中に乗った騎兵『レッドリバー』だった。

先攻で最初のターンである為、これ以上は特に何もせずターンを渡す。

 

「『バー』に『ライド』!一枚ドローして、そのままヴァンガードにアタック!」

 

「なら、ノーガードだ」

 

『レッドリバー』はパワーが9000ある為、トリガー次第では攻撃が届かないので『ガード』をする必要を感じなかった。

仮にリアガードを置かれていても、次のターンに『バインド』してしまえばいいのでどの道そのまま受けるつもりであった。

 

「多分、スキルを嫌ったな……」

 

「ただ、その分この後は確実にパワーの上がった攻撃を貰うことになる……」

 

口にした大介と弘人はもちろん、他の全員もそのことは理解している。

リアガードを呼べば『バインド』される。しかしながら、呼ばない場合は攻撃が通りづらい。非常に嫌な二択であった。

真司の選んだこの択は貴之の教えが効いているものの一つで、『レッドリバー』のようなユニットの扱いに迷っていた時に得たアドバイスを的確に反映させた行動である。

 

「相変わらず順応が速いやつだ……『ドライブチェック』」

 

称賛を送りながら行った『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、パワーを『バー』に与えることで攻撃が届くようになる。

これによって攻撃が届いたのは良いものの、四回しか使えない(ヒール)トリガーを使うことになってしまったのはかなり痛いところだった。

――相変わらずやってくれるな……。貴之のイメージ力に舌を巻きながら行った『ダメージチェック』はノートリガーで、大きな変化もなくダメージが1になる。

 

「貴之が避けたから、このターンで見ることはないね……」

 

「ただ、ここから一気に攻められるのは決まったな」

 

このターンで『バインド』を見ることはないが、場のユニットがヴァンガード(憑依した自分)しかいないのでもう片方は確実にやって来る。

故にここでの結果がこの後に響いて来る確率は極めて高い。

 

「『ライド』!『イクセスストリーク・ドラゴン』!『レッドリバー』と『サンダーストーム・ドラグーン』、さらに『レッグレスネス・ドラゴン』を『コール』!」

 

赤い体を持った電撃を操る翼竜の『イクセスストリーク』に『ライド』した後、前列右側に赤い鎧と突撃槍を装備し、翼竜に乗った戦士の『サンダーストーム』、後列左側に『レッドリバー』、そして前列左側には青い体に赤い瞳を持つ翼竜の『レッグレスネス』を『コール』する。

この中で『バインド』を使える場所にいたのは『レッグレスネス』だが、今回は対象となる相手がいないので使用はできない。

 

「じゃあこっちも攻撃に入ろう……『イクセスストリーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。さあ来い!」

 

互いのパワーが8000なので、この攻撃は通ることになる。

この時の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、パワーは『サンダーストーム』に、(クリティカル)はヴァンガードに回される。

イメージ内で『イクセスストリーク』となった真司の電撃を受け、その後行った『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーだった。

これによってどれか防がないと一気に4ダメージとなることが決まったので、貴之はどこか一つは流石に防ごうと考える。

 

「次は『サンダーストーム』でヴァンガードにアタック!『サンダーストーム』は相手前列のリアガードが一体以下ならパワープラス5000!」

 

「『ゲンジョウ』で『ガード』!」

 

『ゲンジョウ』ならばどちらで防いでも同じなので、先に防いでしまうことを選んだ。『サンダーストーム』のパワーが合計で24000だったので、こちらは合計28000のパワーで対抗したのだ。

 

「最後は『レッドリバー』で『ブースト』、『レッグレスネス』でヴァンガードにアタック!『レッグレスネス』は相手前列のリアガードが一体以下なら、スキルでパワープラス3000!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『レッグレスネス』の両手に集めた電撃を受けた後『ダメージチェック』を行い、その結果はノートリガーだった。

攻撃が終わったので真司はこのままターンを終えて、貴之に番を回す。

 

「流石に全国で貴之とファイトしようって言っただけはあるな……」

 

「油断してたわけじゃないけど、僕以上に伸びが早い……気を付けないとね」

 

竜馬の称賛に頷く一真は真司への警戒度を上げる。その言葉に意外だと思う人は少ない。

確かに一真は全国大会の優勝を掴み取れた身ではあるが、この大会までたどり着くのに掛かった時間は真司の方が短いのだ。これで警戒するなという方が無茶だろう。

さらにこの二人は貴之から教えを受けている人たちなので、そこを知っている人は貴之の動向を伺うことも増やす。

 

「『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』!『サンダーストーム』を退却させて一枚ドロー……。『アーマード・ナイト』と『ラーム』、さらに『エルモ』を『コール』!」

 

『アーマード・ナイト』は前列左側、『ラーム』は前列右側。そして『エルモ』は後列中央に『コール』される。

この時『サンダーストーム』を狙ったのはこのユニットが『バインド』のスキルを持たないこと、後ろにリアガードがいないので手数を減らせる可能性が見えていたことにある。

真司もこの狙いは理解していたのであまり気にしていない。気掛かりなのは手札が残り四枚である為、次のターン次第で一気に苦しくなることだろう。

ただし貴之も残りの手札が四枚しか無い為、今回は互いに短期決着狙いだったことが伺えた。

 

「こっちは……『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『アーマード・ナイト』の剣による斬撃を貰い、『ダメージチェック』を行う。

その結果はノートリガーで、真司のダメージが2になる。

 

「次は『エルモ』で『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうだな……ここはノーガードで行こう」

 

数瞬迷ったが、様子見を兼ねてノーガードにする。まだダメージが2なので、ある程度の猶予があることも一助している。

この時貴之が『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当て、パワーは攻撃していない『ラーム』、(クリティカル)はヴァンガードに回される。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の双頭から炎を焚き付けられた後、『ダメージチェック』を行う。

この結果は一枚目が(クリティカル)トリガー。二枚目が(ドロー)トリガーとなる。

 

「最後は『ガイアース』の『ブースト』、『ラーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「これ以上は避けたいな……!『イエロージェム・カーバンクル』で『ガード』!」

 

『ラーム』の攻撃は『イクセスストリーク』となった真司の前に現れた、黄色い宝石を身に着けてるカーバンクルの『イエロージェム』が防いでくれた。

トリガー二枚を引いたのに『ガード』をすることになった理由としては、『イクセスストリーク』が原因だった。

 

「パワーが8000しかないのが響いたんだね……」

 

「せっかく二枚引いたのに、相手もトリガーを引いてることでパワーが同じになっちまったからな……」

 

真司は先程のターン、スキルによるパワー上昇を優先して『レッグレスネス』たちをリアガードに起き、そのターン効果を得られない『イクセスストリーク』をヴァンガードに置いた結果がここに来て仇となった。

それ故にパワーが同数値になって『ガード』が必要となったのだ。ここは攻めを選んだゆえの結果である為、真司は素直に受け止める。

貴之のターンが終わり、再び真司へとターンが回る。ここまでは殆ど互角と言っていいだろう。

 

「(あの二人……本当に楽しそう)」

 

久しぶりに会えて、ヴァンガードファイトができて、さらにそれが約束の舞台でできる……。それら全てが揃った状態の二人を見た裕子が笑みを浮かべる。

それと同時に、二人の戦い方からして残りがそこまで長くないことも悟り、少々寂しさも感じた。

 

「僕のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。お前と戦うなら、やっぱりコイツで行きたいところだな」

 

「……なるほど。アイツか……そう言うことなら受けて立つぜ?」

 

真司の呟きに察しを付けた貴之はその先を促す。

これが決着をつけに行くつもりであることは承知の上であり、貴之はそれを乗り越えるつもりでいた。

 

「行くぞ……!『ライド』!『グレートコンポウジャー・ドラゴン』!」

 

真司は赤と銀が目を引く体に、それとは対比的な青と銀の二色で形成される翼を持った巨竜『グレートコンポウジャー』になる。

『なるかみ』が持っている『イマジナリーギフト』は『アクセル』で、ここが背景的に近しい『かげろう』とは決定的な差異点であった。

更に『メインフェイズ』で、後列右側には黄色と碧の体を持つ竜の『デモリッション・ドラゴン』。後列中央には赤い体を持った二足歩行する竜兵の『リザードソルジャー・リキ』。前列左側と『アクセルサークル』には再び『レッグレスネス』が『コール』される。

 

「『レッグレスネス』の登場時、『カウンターブラスト』することでスキル発動!相手前列にいるリアガードを『バインド』!」

 

スキルは一体の『レッグレスネス』に付き一回の為、真司は二体出して二回分の『バインド』を行う。

イメージ内では『バインド』を受けた『アーマード・ナイト』と『ラーム』の足元に黒い空間が現れ、二体はそこに飲み込まれて行った。

この『バインド』されたユニットは普段退却したユニットが置かれる『ドロップゾーン』ではなく、『バインドゾーン』と言う専用の場所に置かれることとなる。

なお、『バインドゾーン』とファイトから除外したカードは位置を明白に定義されていないので、混合しないように気を付けたいところである。貴之らの間では『バインドゾーン』がデッキの右隣、除外されたカードが『ドロップゾーン』の右隣と言ったような分け方を主流としている。

 

「これはちょっとやべぇな……」

 

スキルでリアガードを『バインド』された貴之が少し焦る。

ただしこれはユニットが『バインドゾーン』に置かれたことではなく、この後待ち構える『グレートコンポウジャー』のスキルと自身の残り手札が理由だった。

 

「『バトルフェイズ』開始時、『グレートコンポウジャー』のスキル発動!ユニットのいない相手前列の『リアガードサークル』一つに付き、このユニットはパワープラス3000!」

 

このスキルこそが、貴之が少し焦った理由である。

『グレートコンポウジャー』のスキルは相手のターンでも適応される為、これが相手へ前列にユニットを出す行為を強要させやすい。

そうして出てきたユニットを『バインド』、または前後強制交代を行うことでこちらに有利な状況を作っていくのだ。

ちなみに今回は『リキ』のスキルを発動していないが、『リキ』は『ソウルブラスト』することで相手リアガードの前後を入れ替えさせることのできるスキルを保有している。

 

「さらに自分のターンだから、パワーのプラスが3000から5000に変わる……。今回は後攻だからあまり変化しないが、『アクセルサークル』を持たない『クラン』なのが救いだね」

 

「『アクセルサークル』は新しい『リアガードサークル』を増やすもんね。そうなったら三体分かぁ……」

 

玲奈の確認する呟きを裕子が拾う。『グレートコンポウジャー』はこのスキルがあることから、どちらかと言えば攻撃寄りな傾向のある『なるかみ』の中でも、比較的防御的と言えるだろう。

パワーの上昇が、攻撃を通しにくくすることもその評価に一躍買っている。

 

「さあ、勝負だ……!」

 

「乗ったぜ……。全部ぶつけて来い!」

 

真司の手札がゼロになったのでこのターンで決めれば真司が勝ち、耐えきれば貴之が勝つ。そんな状況になっていた。

本当なら危ない状況ではあるが、両者が揃って笑みを見せあった。

 

「『リキ』で『ブースト』、『グレートコンポウジャー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『バリィ』で『完全ガード』だ!」

 

(クリティカル)を二枚引かれてしまったら終わりなので、こちらを選択する。

そして重要な真司のトリガーは(フロント)(クリティカル)が一枚ずつと言う結果になり、(クリティカル)は全て『アクセルサークル』の『レッグレスネス』に回された。

これによって残り手札が二枚しかない貴之はトリガーが引けない場合、(クリティカル)を得ていないどちらか一つしか防げないと言う事態に陥ってしまった。

 

「次は『レッドリバー』で『ブースト』、左の『レッグレスネス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『レッグレスネス』の電撃を浴びながら『ダメージチェック』を行うと、その結果はノートリガーだった。

これによって貴之のダメージが4となる。

 

「『デモリッション』で『ブースト』、右の『レッグレスネス』でヴァンガードにアタック!『デモリッション』は相手前列のリアガードがいないならパワープラス3000!」

 

「それもノーガード!」

 

相手がチャンスをくれたので、逃さずトリガー狙いを図った。ここしかないと言う考えによるものである。

イメージ内で再び『レッグレスネス』の電撃を受け、『ダメージチェック』を行う。

その賭けに打ち勝ったことを現すように、貴之は(ドロー)トリガーを引き当てた。パワーをヴァンガードにあてがうことで、次の攻撃を防ぐ目処が立った。

 

「こうなっても行くしかない……!『アクセルサークル』の『レッグレスネス』でヴァンガードにアタック!」

 

「頼んだぜ……!『ラクシャ』、『ゲンジョウ』!」

 

『レッグレスネス』のパワーは52000まで到達していたが、トリガー効果込みでパワー55000まで引き上げることで防いで見せた。

残った手札が二枚で防ぎ切られた真司は悔しい想いもあるが、それでこそ自分をこの世界に引き込んでくれた貴之(先導者)だという信頼も強い。

――例えこの状況でも、諦めるつもりはない……!ターンを渡した真司は貴之の動向を伺う。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

貴之はたった今山札から引いたカードを見て、笑みを浮かべる。今回は『ヌーベルバーグ』が切り札となっているものの、やはり分身は変わらない。

何しろこのユニットがいたからこそ、自分は様々な出会いや大事なものを得られたのだから――。窮地であったとしても来てくれる存在のおかげで、貴之は己の中にあった違和感を取り払えた。

例え勝ち方の流れを組み上げたとしても、『かげろう』を使う時はそれがいなければ間違いなく自分のファイトは成立しない。それほど彼にとっては根幹を成す存在である。

ちなみに違和感の生じた時期としては、今日電車で移動している最中からこのファイトの間と言うかなり短い時間ではあるが、取り払えなかったら大変なことになっていたのは想像に難くない。

 

「やっぱり、お前で戦わないと始まらないよな……相棒!」

 

「それが来るか……!いいだろう、僕も全力で受けて立つ!」

 

貴之が自然さを増したニヤリとした笑みを見せながら、真司は眼鏡のずれを直しながらそれぞれの対象に向けて言い放つ。

真司の声を聞いた貴之がそのカードを手にとって『バーサーク・ドラゴン』の上に重ねる。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

貴之のヴァンガードファイターとしての道にこのユニットあり。そう言える程に長い付き合いを誇るユニットである。

周りの見ていた人たちからも「出たぞ、貴之の『オーバロード』だ!」という興奮の声や、「またあの組み合わせが見れるとはな……」と感慨深げにしている声が聞こえた。

やはり貴之(この男)にはコレ。それに近しい反応は一真たちも同じであった。一人それと同時に懐かしさを感じるのは裕子だった。

 

「懐かしいなぁ……」

 

「懐かしい?」

 

「うん。私が始めてヴァンガードを見せてもらった時も、あの二体が向かい合ってたから……」

 

気になった玲奈が聞いて見ると、なるほどと納得できた。

裕子がヴァンガードに触れたのは真司より僅かに遅れてであり、それまでは貴之から話しを聞いているだけだったのだ。

また、始めて自分でやる前に二人がファイトしている姿を見せてもらっていて、その時も真司の先攻、貴之が後攻であり、貴之の三ターン目で同じユニットで向かい合っていた。

その為裕子に取って、この光景は自身がヴァンガードを始めた象徴の光景とも言えた。

 

「(流石貴之だ……これだけやっても、まだあいつは僕の上にいる……!)」

 

「(この短時間でここまで伸びるとはな……教えた身としては嬉しいぜ真司!)」

 

真司は貴之がどこまでも先を進むその姿を、貴之はすごい勢いで追いついて来ようとする真司をみて称賛する。

互いが自分のIF(もしも)と言った感じの近い二人は、恐らく自分が相手ならそうしていただろう評価を下していた。

 

「『イマジナリーギフト』、『フォース』!ヴァンガードのパワーをプラス10000!さらに『アーマード・ナイト』と『ラーム』を『コール』して、『オーバロード』は『ソウルブラスト』!」

 

『アーマード・ナイト』は前列左側、『ラーム』が前列右側に『コール』された。

前列のリアガードが全て埋まったことにより、『グレートコンポウジャー』のパワーが上がることは無くなった。

 

「さて……名残惜しいけど決着付けようぜ」

 

「勿論そのつもりだ……来い!」

 

真司の返しを聞いた貴之が「なら遠慮なく」と声を発してからカードに手を掛ける。

 

「まずは『ガイアース』の『ブースト』、『ラーム』で右の『レッグレスネス』にアタック!」

 

「今防ぐわけにはいかない……ノーガード!」

 

貴之は『オーバロード』の攻撃を通すべく、先に真司の前列リアガードを全滅させる作戦を選んだ。相手の手札が二枚しかないことを突いていく戦いである。

防げはするものの、ここで止めた場合は『オーバロード』を止められないので真司にはノーガードしか選択肢が残されていなかった。

ノーガードを選んだことで、イメージ内で『ラーム』の盾を使った殴打を受けた『レッグレスネス』が退却する。

 

「次は『アーマード・ナイト』で左の『レッグレスネス』にアタック!」

 

「これもノーガード……!」

 

『インターセプト』しても『レッグレスネス』が一体退却するのは変わらないので、これも防がない。

イメージ内で『アーマード・ナイト』の剣による斬撃を受けた後『レッグレスネス』が退却する。

 

「これを止めさせる気はねぇからな……『エルモ』の『ブースト』、『オーバロード』で『アクセルサークル』の『レッグレスネス』にアタック!」

 

「仕方ない……ノーガードだ!」

 

『ブースト』をされなければパワー33000のアタックは防げる状態だったのだが、こちらの許容範囲を超えたパワーで攻撃されればそれは叶わない。

トリガーが引かれなければ防げるし、(クリティカル)トリガーが来なければ負けることは無くなる状況だったが、この時の『ツインドライブ』で真司は久しく見なかった貴之のここ一番における勝負強さを再確認することになる。

一枚目は(クリティカル)トリガーで、効果を全てヴァンガードに回される。これによってこちらは(ヒール)トリガーが二枚目に来ることに賭けるしか無くなる。

 

「セカンドチェック……。ゲット、(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!さらに攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』と手札を二枚捨てて『オーバロード』のスキル発動!」

 

「次の攻撃が勝負を分けるな……」

 

真司が必要枚数分の(ヒール)トリガーを的確な場所で引けるかどうか。このファイトの行方はそれに委ねられた。

既に『ガード』の選択肢を殺され、三回全て、或いは二枚目以降の二枚を必ず引き当てなければならない状況だが、それでも真司が諦める様子は見えない。

 

「この姿勢はお前がずっと見せてくれたものだからな……ここで引くつもりは無いさ」

 

「お前にヴァンガードを教えて本当に良かったよ……なら、最後までやりきろうか!」

 

降参(リザイン)する気がないことは寧ろ喜ばしい事だった。それは自分の教えをしっかりと覚えてくれている証だからだ。

この二人のファイトを見ていた人たちは最後まで見届けると言う考えが一致していた。

 

「『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「防げない以上、受けて立つ!」

 

真司の宣言が終わって『ドライブチェック』を行うと、再び(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を全てヴァンガードに宛がう。

これによってイメージ内で『グレートコンポウジャー』となった真司は、『オーバロード』となった貴之の剣による重々しい斬撃を四回貰うことになった。

 

「ま、まだだ……『ダメージチェック』……!」

 

一枚目の『ダメージチェック』はノートリガーだったが、二枚目で(ヒール)トリガーを引き当てる。間違いなく真司の諦めない姿勢が掴んだものだろう。

続く三枚目の『ダメージチェック』でも(ヒール)トリガーを引き当てて見せ、会場を驚かせる。

 

「ここまでは順調……さあ、どうなる?」

 

「次の一枚が全てを決めるね……」

 

泣いても笑っても、このファイトは次の『ダメージチェック』が勝敗を分けることは誰が見ても明らかだった。

両者とも手札が残り三枚以下になっているので、次のターンはほぼ攻撃を防げないと言っても、過言ではないだろう。

 

「次で最後の『ダメージチェック』だな……」

 

「僕かお前か、どっちのイメージが上かの勝負になるな。行くぞ……!」

 

真司は臆する事なく最後の『ダメージチェック』を行う。

その時に引き当てたユニットは『グレートコンポウジャー・ドラゴン』……。つまりはノートリガーだった。

 

「あと一歩までは行けたが……。僕の負けだな」

 

「でも、お前の伸びも凄いよ……。俺より短期間だってのに、ここまで上達して見せてさ」

 

貴之の言った通り、真司は上達速度が速く、今回ここで戦ったことで彼自身も改めてそれを実感する。

しかしながら、それだけでは満足しきれない自分がいるのもまた事実だった。

 

「次ここで戦う時は勝つ……。僕の新しい挑戦だ」

 

「簡単に負けるつもりはないが……そう言うことなら受けて立つぜ」

 

再戦を誓った後、二人は挨拶を済ませると同時に固い握手を交わした。

ファイトが終わったことを進行が分かるようにして席に戻る最中、丁度初戦の勝利を収めた俊哉と合流したのでそのまま三人で席に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~!衣装すごっ!」

 

貴之らが一回目のファイトを終えたのとほぼ同時刻。燐子に頼まれてあこが衣装に着替え終わったのでそれをみんなで見ていた。

その衣装は黒い薔薇をイメージしたドレス風のものであり、少々ゴスロリのような趣向のデザインになっているのは燐子の趣味が出ている部分である。

 

「この衣装……本当に着ることができてよかったよぉ~……」

 

「……本当に心配させてしまったわね」

 

自分が決断しなければ、この衣装が日の目を見ることは無かったかもしれない。それを思い出した友希那は改めてもう少し人に頼ることを覚えようと思った。

また、各人に渡されていく衣装を見て、紗夜は一つのポイントに気が付いた。

 

「一人一人にサブコンセプトがあって、デザインが少々異なるのね……白金さん、アートワークの才能がありそうだわ」

 

「あ……ありがとうございます。そこに気づいてもらえて嬉しいです」

 

まず、胸元にあるリボンの色がそれぞれ違っていて、友希那は紫、紗夜は水、リサは橙、あこは桃、燐子は白を採用されている。

次にドレスの丈だが、友希那と紗夜、リサの三人は片側が短く、そちら側は膝が見そうや見えるくらいまでになっている。あこの場合はドラムで足を多く使うことを考慮してか短めに、燐子の場合は反対に両側とも長く、足元から少し上までが見えるように作られていた。

この他にも、紗夜とあこの場合は肩が隠れ、残りの三人は見える等……細部に所々違いが見て取れた。

 

「さて……これで全員着替えたみたいね」

 

一番最後に受け取った友希那が着替え終わり、衣装に着替えた全員を見る。

友希那と顔を合わせる四人は全員同じで、今回の演奏を全力でやりきろうと言う目をしている。これは勿論友希那も同じであった。

――全員で一つになる……。これ程いいものなのね。それを感じ取れた友希那は嬉しさを表す笑みを零す。

 

「さて、そろそろ準備を始めましょう」

 

友希那の一声を皮切りに、自分たちの必要な楽器等を手に取って本番に備えた準備を始める。

彼女たちの戦いの時もまた、刻一刻と迫ってきているのであった。




真司が使うデッキはトライアルデッキ『石田ナオキ』をブースターパック『宮地学園CF部』に出てくるカードで編集した『なるかみ』のデッキです。
彼のデッキ選定は結構迷いました。候補が三つ程あったのが理由ですね。

Roseliaシナリオは少しの間は今回のようにファイト展開の間に挟んでいく形を取っていきます。そうしないとバンドリの二次創作なのにバンドリキャラの出番ゼロの回が出てくると言う、書いてる上で引っ掛かるかもしれない状況に陥ってしまうので……。何卒ご理解の程よろしくお願いいたします。

次回は玲奈と竜馬の組み合わせでファイト展開を書くことになると思います。


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イメージ45 武闘と舞踏

予告通り玲奈と竜馬の組み合わせでファイトとなります。


「(書類選考と音源選考はあっさりとクリア……二人とも流石だなぁ~)」

 

準備を始める際に、リサは友希那と紗夜が言っていたことを思い出す。

書類は紗夜、音源は友希那が担当してやったのだが、完成度の高さから本当にあっさりと通過させることに成功していた。

――さて、本番はこっちだね。今日の演奏に備えて準備を始めようとしたのだが、一つのことに気がつく。

 

「……って、ああっヤバ!メンテ用のスプレー忘れた……!?」

 

気づいたことは、普段ベースをメンテナンスする際に使用するエアスプレーを忘れて来てしまっていたのだ。

これが無いとベースの埃除去ができなくなり、そのまま放置するとジャックにシールドを繋いでも音が出なくなってしまうことだってあるのだ。

しかも今日は大事なコンテストの日であり、そんな日にこれはかなり致命的なミスであった。

 

「……使いますか?」

 

「えっ?いいの?」

 

そんな自分の声に真っ先に反応したのが紗夜だった。

忘れ物はするなと言ったじゃないかと言いたげな様子が若干あったものの、それは然程強くないようだ。

 

「構いません。今日と言う大事な日に思う通りの演奏ができないのは悔み切れないでしょう?」

 

「うん。ありがと♪使わせてもらうね」

 

ギターで使うメンテ用のスプレーはベースに代用することも可能であり、それが理由で紗夜はリサに貸すと言う選択肢が生まれたのだ。

また、紗夜はまだ使っていないらしいので、リサは手早くメンテナンスを済ませることにした。

 

「(紗夜、大分優しくなったね……)」

 

背負っていた……と言うよりは、自分で背負ってしまった重荷を降ろせたのがいい方向に働いている。それは間違い無かった。

そう考えている時に紗夜の顔を見ていた為、何か付いてるのかと首を傾げたので、何でも無いと言いたげに顔で伝えて作業に戻る。

 

「りんりん、ステージ大きいけど大丈夫?」

 

「大事な日だから、上手くやれるかで怖いところもあるけど……あこちゃんが心配してくれたことにはならないと思う」

 

あこが危惧してくれたのは始めて友希那の歌を聴きに行った日のように、自分が顔を青くしてしまわないかだった。

燐子自身そんなことはもう無いと思っているが、それでも気にかけてくれたことは嬉しいので礼を言う。

また、自分が不安に思っていたところも、実はそうでもないと言えそうな要素はあった。

 

「キーボードに支えられている気がして……これなら平気だと思うんだ」

 

「あっ!それ分かるかも!あこもドラム叩いてると無敵になった感じあるし!」

 

燐子の理由はあこもよく分かった。最初は不安でも、実際に演奏してしまえば平気と言うのはRoseliaのファーストライブや、加入を決めるオーディションの時もそうだったのだ。

なら後はいつも通り演奏するだけだ。それに気づいたあこは「よーし!練習の成果、見せてやろうねっ♪」と気合いを入れる。

気合いを入れること自体は悪くないのだが、一つだけ気を付けて欲しい所はあったようで……。

 

「あこ、他の応募者もいるんだから程々にね……?」

 

自分たちだけがいる場所では無いので友希那が注意喚起する。

そんなRoseliaのやり取りを見ていた他のバンドの人が「クールなバンドと聞いていたが、思っていたより普通な空気をしてる」だったり、「バンドなら仲の良い方がいいだろう」と言った声が聞こえるものの、友希那たちは対して気にしない。

Roseliaのことを話していた人たちが待機場所で見れるテレビに目を向けた。

 

「あっ、Pastel*Palettesじゃん。デビュー前なのに凄いプッシュされてるよねー」

 

Pastel*Palettesは日菜のいるチームなので、紗夜がどんな反応を示すかが気になったリサは彼女の方を見る。

当の本人である紗夜は全く気にした様子を見せず、リサの予想とは全く違う理由でこちらに顔を向けて来た。

 

「スプレーは終わりましたか?」

 

「あっ、うん。ありがと」

 

――そういえば紗夜も使うんだった……。彼女の問いに半ば反射気味に答えながらスプレーを返す。実際の話し、メンテナンスは終わっているから問題ない。

また、リサがこちらに顔を向けた本来の目的に気づいていたのか、「別に気にしていませんよ」と答えながら紗夜はギターのメンテナンスを始める。そんなことを気にしていたら諦めたのも同義になるから止めたと言うのが紗夜の答えだった。

 

「それに……本当に戦うべき相手は自分自身ですから」

 

「自分自身かぁ……」

 

自分がベースに復帰するのを決めたことや、友希那がスカウト案件を機に自分のことを話したのも、自分と戦って打ち勝った結果なのだろう。リサも紗夜の言ったことに納得が行った。

紗夜がメンテナンスに集中し始めたので、リサはメンバーの様子を見てみる。

隣には日菜のことを全く気にせず作業を進める紗夜。ほんの少し離れた所では人混みの中でも平気で談笑するあこと燐子の姿があった。

 

「(みんな本番前なのに凄いなぁ~……)」

 

自分だけ緊張しっぱなしなのではないかと思いながら、友希那はどうだろうかと考えてそちらを見る。

しかしどこか別の場所に行っているのか、そこに友希那の姿は無かった。

 

「あれ……?友希那?」

 

――準備しなくて大丈夫かな?音楽のことで余程のヘマはしないと思うが、念の為リサは彼女を探しに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

時間は進んで全国大会の二回戦を迎えていた。

貴之と戦った真司が一回戦で敗退した以外は全員が勝ち残っており、左側にいた貴之と俊哉は先にファイトをし、勝利を収めている。

この二回戦では右側にいる玲奈と竜馬が当たることになっており、今から二人のファイトが始まるところであった。

 

「そう言えば、この組み合わせはやらなかったよな?」

 

「あぁー……確かにここが始めてだね」

 

この二人での組み合わせによるファイトは機会が恵まれず、この全国大会が始めてとなる。

一応地方大会のおかげで『クラン』こそ把握出来ているものの、この先は実際にやってみるしか無かった。

 

「大会である以上、手は抜かねぇからな?」

 

「まあ、お手柔らかにね?」

 

好戦的な笑みの竜馬と、柔らかいながらもどこか不敵な笑みの玲奈。それはまるで、使用する『クラン』を表しているかのようであった。

会話はここまでとしたのか、二人揃ってファーストヴァンガードに右手を添えた。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

竜馬が『バトルライザー』に、玲奈は『メッセンジャー』に『ライド』する。

 

「『ペイルムーン』と『ノヴァグラップラー』か……普段以上に早期決着が起こりそうだね」

 

「手数を考えれば、お互い防げる場面が一気に減るだろうからな」

 

両者とも『アクセル』を使って攻撃寄り、或いは偏重な『クラン』である為自然と『ガード』回数が減ることを予期される。

『ペイルムーン』は『ソウル』を使えるので少しはマシかもしれないが、『ノヴァグラップラー』は(ドロー)トリガーの数次第では一回も防ぐ暇が無い可能性すら考えられる。

竜馬の先攻でファイトが始まるようで、場合によっては最初から攻撃が飛ぶ可能性も考慮される。

 

「『ライザーカスタム』に『ライド』!一枚ドローして『ジェットライザー』を『コール』!そのままヴァンガードに攻撃だ!」

 

「流石にノーガードかな。『ダメージチェック』……」

 

竜馬がここで『ブースト』を使わないのは、大抵の人が最初は攻撃を受けるのを覚えているからだ。

案の定玲奈はノーガードを選択し、今回は(ドロー)トリガーを引き当てる。

 

「本当に『ノヴァグラップラー』は一個一個が速いね……」

 

「決めなきゃ負けるってのもあるからな……。竜馬としても急ぎたいんだ」

 

長期戦をすると自分が負けると言う未来が待っているので、いきなり(ドロー)トリガーで手札を確保されたのは痛いところだった。

それでもまずは1ダメージだと言い聞かせて竜馬はターンを終了する。

 

「まずはショーの準備から……『ライド』!『スターティング・プレゼンター』!『ソウルチャージ』と一枚ドローをして『バニー』を『コール』!」

 

スキルによる『ソウルチャージ』が狙いなので、『バニー』は後列中央に『コール』される。

このターンによる『メインフェイズ』はここまでで、早速攻撃に入る。

 

「では攻撃……『バニー』で『ブースト』、『プレゼンター』でヴァンガードにアタック!『ブースト』した時、『バニー』のスキルで『ソウルチャージ』!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

これによって玲奈の『ソウル』は4になるが、全力を発揮する前に倒せばいいので竜馬は深く考えることはしない。

『ドライブチェック』、『ダメージチェック』は共にノートリガーで、竜馬のダメージが1になったところで玲奈のターンが終了する。

 

「長く使うって意味でもこうだな……『アイアン・キラー』に『ライド』!」

 

今回は後列中央に『ジェットライザー』がいるので、スキルを腐らせない意味合いもあって『ハイパワード』は前列右側に『コール』される。後列右側にはユニットがいないので、スキルを使って『バトルライザー』を呼び寄せる。

さらに前列左側にもう一体の『アイアン・キラー』、後列左側に『デスアーミー・ガイ』を『コール』し、場に六体のユニットを並べる。

また、今回は乗り込んで操縦ができる『ライザー』系統のユニットではない為、乗り込む形の『ライド』ではなく、他の人たちと同じく光に包まれて姿が変わる方式だった。

 

「四回攻撃狙いはいつも通りか……」

 

「さっきの(ドロー)トリガーで余裕を持たれてるから、防がれるかな……」

 

一真は自分の番が回ってきているので今は席を外している為、残った六人は共通の見立てを出した。

確かに手数の都合上手札を多めに使う『ペイルムーン』でも、『ノヴァグラップラー』の連続攻撃は避けたいところである。

 

「まずは『ジェットライザー』で『ブースト』、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

『ジェットライザー』、『アイアン・キラー』共にスキルでパワーが上がって合計24000となっているので、防ぐのは割に合わないと感じた。

『ドライブチェック』では(ドロー)トリガーが引き当てられ、パワーは『ハイパワード』に回される。

イメージ内で『アイアン・キラー』となった竜馬の鉄球を受けた玲奈の『ダメージチェック』はノートリガーで、このままダメージが2となる。

 

「次は『デスアーミー・ガイ』で『ブースト』、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードだね。『ダメージチェック』……」

 

トリガーを引いておけば次の攻撃が防ぎやすい為、玲奈はそれを狙うことにした。

『ダメージチェック』では(フロント)トリガーを引き当てたことで、パワーの増加を得た。

 

「通るとは思わねぇけどな……『バトルライザー』で『ブースト』、『ハイパワード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『バニー』で『ガード』!」

 

『ブースト』とトリガー効果を得た『ハイパワード』の合計パワーは25000だったのだが、『バニー』の『シールド』パワーとトリガー効果を加えた合計パワー28000で防がれることになった。

『ハイパワード』の攻撃を止められたことで追加攻撃をすることが叶わなくなり、竜馬はターンを回すことになった。

 

「それでは、『ペイルムーン』によるショーの始まりです……まずは『ニトロジャグラー』に『ライド』して『ニトロジャグラー』と『プレゼンター』のスキル発動!」

 

――『プレゼンター』と交代し、次のショーに参加するのは『ダンシング・ナイフダンサー』!『プレゼンター』のスキルによって『ソウルチャージ』されたのは『ナイフダンサー』であり、それは前列左側に『コール』される。

さらに『メインフェイズ』で後列左側に『トラピージスト』を、後列右側にはもう一体の『ニトロジャグラー』を『コール』する。

 

「それではこちらも攻撃(披露)の時間……まずは右の『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

パワーの低さから先に『ブースト』ができない方で攻撃をする。相手が防ぎたくないのを突いたのもそうだが、後々攻撃が届きづらいのもあるかだ。

竜馬の選択は危険が来ない限りはノーガードである為、今回も防ぐことはしない。手札が切れると攻撃に手数を回せないせいである。

『ダメージチェック』はノートリガーで、これでダメージが2になった。

 

「次はこのターンでのメイン……『バニー』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだダメージは2……ノーガードだな」

 

このターンで負けることはないし、トリガー次第では次も防がない方針を取れる竜馬はここも防がない。

今回玲奈が引いたのは(ドロー)トリガー……(クリティカル)の増加は無いので次も防がない選択が取れることになった。ただし、玲奈の(ドロー)トリガーは『冥界の催眠術師』……『完全ガード』を持つユニットである為、そこは厳しいところである。

『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが3になるもののこのターンは次の攻撃も防がないことを決めた。

 

「最後の一回……来な!」

 

「ではお望みのままに……『トラピージスト』の『ブースト』、『ナイフダンサー』でヴァンガードにアタック!」

 

相手の(クリティカル)が増えていないので、竜馬はこれも防がない。

イメージ内で『ナイフダンサー』の剣戟を受けた後『ダメージチェック』を行い、結果はノートリガーだった。

これによって竜馬のダメージが4になって玲奈のターンが終了する。

 

「やっぱり二人とも……あまり防ぎたくないんだね」

 

「二つとも攻め込む『クラン』だし、竜馬の『ノヴァグラップラー』に至っては次決めないと失速するしな……」

 

やはりと言うか、竜馬の次のターンが勝負の決め手となりやすい。ダメージが4である以上、ここで決めれば勝ち。そうでなければほぼ負けと言った状況になっていた。

対する玲奈もこのターンを耐えるまでは絶対に気を抜くことは無いだろう。今回は竜馬が(ドロー)トリガーを引いているので、耐えた後もそこを意識するだろう。

 

「今回はこっちだな……『アシュラ・カイザー』に『ライド』!」

 

今回は手札に『パーフェクトライザー』が無く『アシュラ・カイザー』があったのでそちらに『ライド』する。

なるべく『パーフェクトライザー』にライドしたいのは、スキルが理由である。

『アクセル』を設置した後、そこに『バーストライザー』を『コール』して場のユニットを七体に揃える。

 

「ショーの終わりはそっちのK.O.(ノックアウト)だ!『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

ダメージが3である玲奈はいたずらな手札消費を避け、一度トリガー狙いに入る。

その結果はノートリガーで、イメージ内で『バーストライザー』の拳に打ち付けられた玲奈はダメージが4になる。

 

「次は『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「……!それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

相手がブーストしなかったことに察しを付け、玲奈はそのまま攻撃をもらう。

幸いにも『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーで、今回は互いのダメージが4の状態であった為に回復が適応された。

 

「『アシュラ・カイザー』のスキルに備えたか……」

 

「次の『ツインドライブ』次第ではあるけど、どうなるか分からないからな……」

 

竜馬は条件を満たせることを前提で『ブースト』をしなかったのだ。(ヒール)トリガーを引かれているので、次に『ブースト』を残しておけたことも追い風である。

一方で条件が満たせなくとも、ダブルトリガーであれば残った二体でどうにかする方向にシフトできるので、十分にやり様はある状況だった。

 

「行くぜ……『ジェットライザー』で『ブースト』、『アシュラ・カイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『冥界の催眠術師』で『完全ガード』!」

 

ダメージ4で『ツインドライブ』が待っている状況なので、一度安全に防ぐことを選択する。これには先程まで二回連続のノーガードで手札消費を抑えたことも起因する。

竜馬の『ツインドライブ』の内、一枚目は(クリティカル)トリガーで、効果は全て『バーストライザー』に回された。

二枚目のトリガーチェックはグレード3の『パーフェクトライザー』……つまりはノートリガーだった。

 

「(あぁ……そっちが出ちゃったか)」

 

ノートリガーではあるのだが、引かれたユニットのグレードが問題だった。

引いたユニットのグレードが『アシュラ・カイザー』のスキル発動条件に繋がっている為、玲奈としては嬉しくない結果である。

 

「『ドライブチェック』でグレード2以上のユニットを引いた時、『アシュラ・カイザー』のスキル発動!リアガードを一体『スタンド』させる!」

 

『バーストライザー』はスキルによって『スタンド』させることができる為、ここでは先程攻撃した『アイアン・キラー』を選択する。

また、今回は引いたユニットのおかげで追加効果が発動できる。

 

「さらに、今回はグレード3のユニット……この場合は『カウンターブラスト』することでこのターン中、そのユニットのパワーをプラス10000!」

 

これによって、実質的にトリガー効果を得たような状態で次の攻撃ができることになった。

このターンで残された攻撃は最低でも後三回……結果的に六回はこのターンで攻撃ができる。

 

「後三回か……『デスアーミー・ガイ』で『ブースト』、『アイアン・キラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガード。『ダメージチェック』……」

 

残り二つは受けたくない攻撃しか無いので、ここでトリガーを狙いに行く。

その結果は(フロント)トリガーで、ダメージは5になるもののパワーが足りない『ハイパワード』の攻撃がヒットしなくなった。

 

「仕方ねぇ……『バーストライザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ジャンピング・ジル』で『ガード』!」

 

パワーが29000まで上がっていたお陰で、パワー32000の『バーストライザー』の攻撃は必要最低限で防ぐことができた。

残った攻撃はパワーが足りない為、やむ得ず竜馬はターンを終了する。

 

「今戻った。どうなっているんだい?」

 

「竜馬の三ターン目が終了。これから玲奈の三ターン目だ」

 

一足先にファイトの終わった一真が戻ってきたので、貴之が簡単に答える。

決めきれなかった理由を探すべく一真が玲奈の『ダメージゾーン』を見て、それに気づく。

 

「(なるほど……今回は青山さんのイメージが一枚上手だったか)」

 

『ハイパワード』が『レスト』していないのもあり、それに気づくのは思いの外早かった。

そうして一真が分析を終えたところで、玲奈のターンが始まった。

 

「それではショーの大詰めに入りましょう……!『ゴールデン・ビーストテイマー』!」

 

『アクセル』を設置した後、玲奈はこれ以上『メインフェイズ』で何かをすることは無くそのまま攻撃に入ろうとする。

と言うのも、この後『ビーストテイマー』のスキルを使えば空いてる二つのサークルを埋めることはできるし、『ソウル』に呼ぶべきユニットが揃っているのだ。

 

「ショーも終わりが近づいて来ました……『バニー』の『ブースト』、『ビーストテイマー』でヴァンガードにアタック!この時『ビーストテイマー』のスキルで『アーティラリーマン』と『プレゼンター』を『コール』!」

 

「『ツインブレーダー』で『完全ガード』!」

 

『アクセルサークル』に『アーティラリーマン』を、後列右側に『プレゼンター』を『コール』することで全てのサークルにユニットが揃った。

今回は『ソウル』が8枚ある為、『アクセルサークル』、『ビーストテイマー』のスキルと合わさって『アーティラリーマン』のパワーは49000となる。

ここで(クリティカル)を引かれたら今の手札では防げないので、竜馬は先程引き当てた『完全ガード』を使用する。

『ツインドライブ』では一枚目が(クリティカル)トリガーで効果は全て『アーティラリーマン』に回される。

二枚目が(フロント)トリガーとなり、これによって竜馬は手札が残り3枚しか無いので、否が応でもトリガー勝負に出るしかない状況に陥った。

 

「盛り上げて行きましょう……!『トラピージスト』の『ブースト』、『ナイフダンサー』でヴァンガードにアタック!」

 

「賭けるか……ノーガード!」

 

どの道もう一回トリガー勝負をしなければならないので、先に一回だけ済ませてしまう。

その結果は(ヒール)トリガーで、パワーをヴァンガードに回すことこそできたものの、肝心なダメージ回復は自分のダメージが少なかったせいで不可能だった。

 

「次は『プレゼンター』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石にそれは止めるぞ……『ライザーカスタム』で『ガード』!」

 

合計パワー30000の攻撃は『シールドパワー』込みの合計32000で防ぎきる。

ここまではいいのだが、問題は『ガード』ができない状態で(クリティカル)2となった『アーティラリーマン』の攻撃が控えていることだった。

 

「さあ、ショーの終幕(フィナーレ)です!『アーティラリーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「仕方ねぇ……!そのまま受けるぜ」

 

イメージ内で『アーティラリーマン』が放った大砲の弾に直撃し、『アシュラ・カイザー』となっていた竜馬が光となって消滅する。

それを表すかの如く『ダメージチェック』の一枚目がノートリガーで、竜馬のダメージが6となった。

 

「闇のサーカス団『ペイルムーン』が披露したショー……最後までお付き合いいただきありがとうございました」

 

「最後のダブルトリガーはちょっと予想外だったな……」

 

玲奈がお辞儀をするのに対し、竜馬は頭を掻きながらぼやいた。

ただそれでも、良いファイトであることには変わりなかったので、最後に挨拶とファイトが終わったことを知らせてから上に戻った。

 

「この後は準決まで俺たちの誰かが当たることは無くて、次の三回戦が終わったら一旦昼か……」

 

地方の時と同じく、16人までに絞り切ったら一台進行にする都合でこうなっているらしい。

その為ファイターたちは、進行側が準備している間に設けられる時間で昼食を取ることになるのだ。

 

「貴之と当たるのは準決でか……」

 

左側に残っているのは貴之と俊哉で、この二人が順当に勝ち上がればそこで当たることになる。

右側は一真と玲奈が残っていて、勝ち上がれば再び地方と同じタイミングでのファイトが決まっていた。

貴之は一真が終わったタイミングで呼ばれてしまっているので、既に下でファイトを始めていた。

 

「俺のターン……『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

状況としては後攻で貴之の三ターン目に入っており、上手く行けばこのターンで決着をつけられる状況だった。

――手早く決めさせてもらうぜ……引き当てたユニットを見て、貴之は迷うことなくそれに『ライド』することを決める。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

黙示録の風(オーバロード)が、この大会で三度目の咆哮を上げた。




玲奈は今回で対名有りファイター戦初勝利となります。最初からいる人物なのに勝ち星が少ない……。

ヴァンガードエクスの方でアップデートが入りましたね。
確かにターンファイターだからといっても5分間までと言うのは意外に長かったですし、リアルとは違ってタイマーが見えやすい場所にあるせいで長考すると「早くしろ」と思われやすかったんでしょうか?
他にも、ストーリーモードクリアでボーナス入るのは大きいですね。これを機にイズル以外はやっていなかったストーリーモードを回ろうかと考えています。

次回は貴之と俊哉で親友対決……と行きたいのですが、友希那の誕生日も控えているのでちょっと悩みどころです。


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イメージ46 友との真っ向勝負

貴之は俊哉による親友同士での対決になります。
久しぶりに8ターンファイトです。

章管理を一々複数変更するのが面倒に感じたので、番外編を一番上に並べ替えさせて貰いました。


「(どれにしようかしら……?)」

 

「友希那~っ!」

 

外の自販機でどの飲み物を購入しようかを考えていた友希那は、リサの声を聞いてそちらに顔を向ける。

自分を探していたのだろうか、少々焦り気味な表情が見て取れた。

 

「こっちにいたんだ……楽屋の方まで探しちゃったよ~」

 

「……準備のことで気にしていたの?」

 

「あ……うん。いなくなってたから気になってさ……」

 

聞いて見れば予想通りだった。色々と気を遣えるリサらしいから少し安心もした。

とは言え、少々心配性である面も見えたのでケロッとした様子で答えることにする。

 

「問題ないわ。それに、ここまで来たら後はやるだけで、なるようになるだけよ」

 

「え……?ああ……って、ちょっ……ええっ!?」

 

――リーダーが投げやり発言するの!?一瞬それもそうだなと思ってしまったリサが、友希那からすれば大袈裟な反応を見せる。

練習は期待を裏切らないと言う信念を持っている為、友希那はどんな結果でもそれが自分たちの積み重ねだと受け入れるつもりでいた。

 

「まあでも……そうね。やることとすれば、私たちがコンテストを通過するのをイメージするくらいかしら?」

 

「友希那……大分影響受けたね?」

 

「それはリサも……というより、Roseliaのみんながそうなのかもしれないわね」

 

普通にあり得そうな話だった。想像しても予想以上に違和感が無いので、二人して笑ってしまう。

それが結果的に緊張をほぐすことになったリサは、友希那の表情に注目して見る。

その表情は以前までのどこか板挟みのようなものを感じることはなく、ありのままが見えるようだった。

 

「どうかしたの?」

 

「いやあ~なんかさ……友希那がいつも以上にスッキリした顔してるなぁ~って思ったんだ……♪」

 

以前も笑ってはいたが、自然さが足りない気がしていたのだ。だからそう見えると思ったんだろうなとリサは一人納得する。

友希那もそう思っていたらしく、リサの言ったことには肯定する。

 

「何も隠す必要が無いって、こんな気持ちになるのね……」

 

――とても気が楽だわ。安らぎを得た笑みを見せる友希那を見て、リサも笑みを浮かべる。

本当に間に合って良かったと、リサの笑みには安堵の意味合いもあった。

 

「リサ……本当にありがとう」

 

「友希那……」

 

友希那は言い残しが無くなったかのように満足した様子を見せていた。

長くなってしまったからか、自販機にお金を入れて欲しい飲み物を買おうとする。

終わったらすぐに移動するだろうから、リサはここで一度声を掛けておく。

 

「今日の演奏、絶対に成功させようね♪」

 

「……ええ。もちろんよ」

 

リサの声に友希那は強く頷く。Roselia(みんな)で上に行くために、貴之(先導者)との約束を果たすために……。思い返した友希那は勝ちたいと言う意識が強くなる。

飲み物も買い、リサとの話しもできて満足な友希那がそろそろ戻ろうと促すと、リサはいつも通りの様子で答えた。

友希那が想像(イメージ)しているように、リサも成功した時の未来を想像(イメージ)していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

三回戦が終わった後昼食休憩が設けられ、この昼食休憩間に貴之は真司と共に裕子のお手製弁当をご馳走になっている。

 

「今度お前の方に顔を見せに行く予定を二人で立ててるから、決まり次第連絡するよ」

 

「分かった。早めに言ってくれればこっちも予定開けとく」

 

昼食を取っている間に今度二人に会う約束を済ませ、そのまま後半の大会が始まる。ここからは一台進行で大会が進んでいく。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!『イマジナリーギフト』、『フォース』!」

 

「『ダイランダー』を『レスト』して『ダイユーシャ』のパワーをプラス10000!鋼鉄の勇者が持つ、正義の剣を受けろ!」

 

「それでは、このショーも閉幕に参りましょう!『ゴールデン・ビーストテイマー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『アーリー』のスキルで『ブラスター・ブレード(長きに渡る盟友)』を呼ぶ!その力で巨悪を討て!」

 

全国大会は更に進んでいき、遂に準決勝まで進む。

左側に残ったのは貴之と俊哉、右側に残ったのは玲奈と一真になった。右側は地方の時の再来であり、女性ファイター唯一の勝ち残りが玲奈であるのも同じであった。

 

「何気にこんなデカい大会でお前と戦うのは始めてだな……」

 

貴之の呟いた通り、この二人が大きな大会で戦うのは始めてであった。

店内大会や普通のファイトで戦うことは度々あるものの、これだけは今まで無かったのだ。

 

「例え親友(ダチ)の事情を知ってても、今回ばっかりは手を抜けないな……!」

 

「寧ろそれでいい……。手を抜かれたって俺は満足できねぇし、あいつに誇れねぇ……」

 

――なら、全力でやろうか。互いの意図を理解してるからこそ、あっさりと成立する。

そして準備ができたので、後は始めるだけだった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之は『アンドゥー』、俊哉は『ゴーユーシャ』に『ライド』する。ここまでは何ら変わらない、いつもの流れであった。

 

「『ディメンジョンポリス』……パワー勝負になりそうな気がするなぁ」

 

ヴァンガードのパワーが影響する『ディメンジョンポリス』は当然、連続攻撃と『完全ガード』無視を活かす為にパワーを引き上げる貴之のスタイルを鑑みるとそう推測できる。

この二人はこの大会において獲得した『フォース』を全てヴァンガードに回している為、尚更そう考えられるのだ。

今回のファイトは俊哉の先攻で始まり、早速『スタンド』アンド『ドロー』を済ませる。

 

「『ダイタイガー』に『ライド』!スキルで一枚ドロー……」

 

流石に先攻における最初のターンである為、これ以上できることがない為貴之へターンを回す。

 

「『バー』に『ライド』!一枚ドローして、そのままヴァンガードにアタック!」

 

「まあそうなるか……ここはノーガードだ」

 

俊哉は貴之が『ダイタイガー』を警戒していることを理解する。後々攻めることができないのを嫌った結果である。

貴之が『ドライブチェック』で(ドロー)トリガーを引いてから、イメージ内で『バー』となった貴之の斬撃を、『ダイタイガー』となった俊哉が受ける。

『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが1になったところで貴之のターンが終了する。

 

「『ダイドラゴン』に『ライド』!『ソウルブラスト』してパワーをプラス5000!さらに『ダイランダー』と『コスモビーク』を『コール』!」

 

『ダイランダー』は後列左側、『コスモビーク』は前列左側に『コール』される。この時『コスモビーク』の『カウンターブラスト』も忘れずに行う。

これによって『ダイドラゴン』のパワーは合計で20000まで上がり、『コスモビーク』もパワー15000に上昇する。

 

「早速ここまで上がる……余り相手にしたくはないね」

 

退却手段が少なく、パワー勝負に向かない『クラン』を使う弘人の呟きだった。準備する為の手数とダメージの受けやすさによるリスクヘッジが理由である。

真司なら『バインド』、大介なら攻撃をヒットさせない手段に『プロテクト』と言ったように対抗手段があるなら楽だし、竜馬のように戦術の押し付け合いに持ち込むのならまだ対抗しやすいだろう。

とは言え、自分が『アクアフォース』を使うと決めている以上、愚直よりはどうするかを考えた方が建設的だと考え方を切り替えた。

 

「よし……まずは『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード……来い!」

 

俊哉の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、手札を一枚確保することができた。

イメージ内で俊哉の乗る『ダイドラゴン』によるビーム砲を受け、『ダメージチェック』に入る。

その結果はノートリガーで、貴之もダメージが1となる。

 

「次は『ダイランダー』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードだな。『ダメージチェック』……」

 

相手のパワーが合計33000まで上がっており、ここで手札を二枚も使うのは割に合わないと判断した結果になる。

その結果はノートリガーで、ダメージが2になったところで俊哉のターンが終了する。

 

「後々面倒だからこうするか……『バーサーク・ドラゴン』に『ライド』!スキルで『ダイランダー』を退却させる!」

 

『メインフェイズ』で『クルーエル・ドラゴン』を前列左側に、『アーマード・ナイト』を前列右側、『バー』を後列右側に『コール』する。

この時『バー』のスキルを使うことで『コスモビーク』も退却させ、俊哉の場にはヴァンガード一体のみとなる。

 

「相変わらず退却手段が多いな……」

 

「これで彼も……次のターンでの用意が難しくなるかな?」

 

真司が使う『なるかみ』も退却手段自体はそれなりにあるのだが、対象が前列を選ぶものが多いので『かげろう』と比べ自由な退却を行うことは難しい。

二回の内『ダイランダー』を退却させたことは大きく、この後『インターセプト』を使うことができるようになる。

『アーマード・ナイト』の『シールドパワー』は5000しかないものの、これが後々『ガード』の可否を分けることも十分にあり得るのだ。

 

「そろそろ攻撃だ……『クルーエル』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

俊哉の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが2になる。

攻撃がヒットしたので『クルーエル』はスキルで『ソウルチャージ』をしてから退却する。

 

「次は『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうだな……それもノーガードだ」

 

トリガーを見てから次を決めようと考え、そのまま受けることを選択する。

貴之の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、パワーがまだ攻撃していない『アーマード・ナイト』に、(クリティカル)はヴァンガードに回される。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之が放つ双頭からの業火を浴び、俊哉は『ダメージチェック』を行う。

一枚目は(クリティカル)トリガー、二枚目は(ヒール)トリガーとなり、ダメージは3で抑えられる。

 

「トリガーが二枚も引けたから……次の攻撃は楽になったね」

 

「『アーマード・ナイト』も『バー』もパワーが増える条件満たしてるから、この二枚は大きいね」

 

トリガー効果もあるので『バー』の『ブースト』を受けた場合、『アーマード・ナイト』のパワーは38000まで跳ね上がる。

幸いにも今回はトリガー二枚のおかげでパワーが30000まで上がっている為、今なら十分に防げる数値である。

さらに言えば、(ヒール)トリガーのおかげで5ダメージになるかもしれない状況を避けられた為、俊哉からすれば後が楽になっていた。

 

「最後だ……『バー』の『ブースト』、『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ダイタイガー』で『ガード』だ!」

 

現状だと退却させたいユニットもいないので、俊哉は『ダイタイガー』を『ガーディアン』とする。

――(クリティカル)を引いたのにこれはあんまりよくねぇ結果だな……。貴之は気を引き締めながら俊哉にターンを回す。

 

「(相手側より先に正義の勇者が出るって違和感あるけど……文句は言ってられないか)」

 

『スタンド』アンド『ドロー』を済ませた俊哉が苦笑する。

相手は貴之(親友)で、全力で戦うことを開始前に誓っているのだから、寧ろ『ライド』しない方が失礼に値する。その為俊哉はその迷いを振り切って一枚のカードを手に取る。

 

「こう言ったイレギュラーなパターンもアリだよな……!トランスディメンジョン!」

 

俊哉は『ダイユーシャ』に『ライド』し、『フォース』をヴァンガードに設置する。これもいつもの流れである。

というよりは、『ディメンジョンポリス』はヴァンガードのパワーが大きく影響する都合上、ヴァンガード以外には設置できないと言っても過言ではない故に戦術が大きく制限されているとも言えた結果である。

 

「(こう来るのは分かっていた……後は何を出してくる?)」

 

『メインフェイズ』で出されるユニット次第で何を制限されるかが変わる為、貴之は強く警戒する。

そして俊哉が出したのは、前列左側に『コスモビーク』、前列右側に『ミラクル・キューティー』、後列右側に『ダイタイガー』、後列中央に『ダイマリナー』、そして後列左側に『ダイランダー』を『コール』する。

今『コール』した五体のユニットの内、登場時にスキルを持つものは全て発動させている。この為貴之は『インターセプト』が阻止され、『ダイユーシャ』の攻撃は最低二枚以上の『ガーディアン』を出さねばならないと言う制限を受けた。

 

「多めに手札を使わせるだけじゃねぇ……手札確保まで狙ってんのか」

 

俊哉の狙いを推測した竜馬が感嘆の声を上げる。

ヴァンガードの超パワーによる一撃必殺が目立ちやすい『ディメンジョンポリス』だが、こうした搦め手もしっかりと備えている為、必ずしもそれしかないと言うわけでもないのだ。

 

「まずは……『ダイマリナー』の『ブースト』、『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「それ喰らったら痛いからな……『バリィ』で『完全ガード』!『クルーエル』も『ガーディアン』に加勢だ!」

 

例え『完全ガード』を使おうと無理矢理三枚の手札を消耗させることができるのは非常に大きい点だった。

『ツインドライブ』は一枚目がノートリガーで、二枚目が(ヒール)トリガーとなったのでダメージを2に回復できた。

攻撃を通せなくても、相手に余計な手札消費をさせることができたので、最低限の目的を果たすことは出来ている。

 

「パワーはヴァンガードに回す。次は『ダイタイガー』の『ブースト』、『ミラクル・キューティー』でヴァンガードにアタック!」

 

「無駄に多く使っちまったからな……ここはノーガードだ」

 

「ヴァンガードのパワーを30000以上にすれば、『キューティー』のスキルで手札確保を狙える……上手い判断だな」

 

大介の見立て通り、貴之が『ガード』を避けるだろうと踏んで選択した俊哉の選択は上手かった。

貴之の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、手札を一枚確保する。

 

「一旦こっちを倒しておくか……『ダイランダー』の『ブースト』、『コスモビーク』で『アーマード・ナイト』にアタック!」

 

「仕方ねぇ……ノーガード」

 

このまま行けばパワーは届くのだが、『かげろう』なら次のターンも『アーマード・ナイト』のスキル発動条件を満たせる可能性が高いので、今のうちに潰しておく。

貴之としてはこれ以上の手札消費は避けたいので、これも防がない。イメージ内で『コスモビーク』の放ったミサイル群の雨に晒された『アーマード・ナイト』が膝を付きながら光となって消滅する。

ここで俊哉のターンが終わり、次は貴之のターンとなった。

 

『(このターンは間違いない……)』

 

見ている七人は貴之が何に『ライド』するかなど分かりきっていた。恐らく会場にいる人たち全員がそうだろう。

満場一致とも言える予想がある中で、貴之の『スタンド』アンド『ドロー』が完了する。

 

「お前相手にこいつを使わない理由はねぇからな……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「やっぱりそうなるよな……けど、それがいいんだ」

 

もう見慣れ過ぎているのもあって、俊哉は焦ることなく笑みを浮かべていた。

大きな大会で貴之の『オーバーロード』と対峙する。それは俊哉にとって一つの待ち望んだ光景であった。

『フォース』をヴァンガードに設置した後、前列左側に二体目の『オーバーロード』、前列右側に『バーサーク・ドラゴン』、後列中央に『ラオピア』、後列左側に『エルモ』を『コール』する。

『バーサーク・ドラゴン』の登場時スキルを発動して『ダイランダー』を退却させ、ヴァンガードの『オーバーロード』は『ソウルブラスト』でパワーを引き上げる。

 

「あの二人……楽しそうだね」

 

「一番仲が良かったらしいから、尚更なんだろうな」

 

貴之と俊哉の様子を見て、古くからの付き合いは大きいなと真司と裕子は思うのだった。

実際、二人の予想通りファイトしている二人は複数の意味合いを持った笑みをしている。

一つ目はファイトを楽しんでいる意味合い、二つ目はこの全国大会で友と戦うというその時にしか味わえない時間を過ごす喜びの意味合いだった。

ファイター目線でならこのターンで終わらせたい貴之だが、個人の主観としてはもう少し続けたいと言う想いもあった。そして、それは俊哉も同じであった。

 

「じゃあ行くぜ……まずは『エルモ』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

ダメージが2になっていたので、手札温存かつ様子見を選択する。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、俊哉のダメージは再び3になる。

 

「次は『オーバーロード』で『コスモビーク』にアタック!」

 

「そうだな……これもノーガードにするか」

 

貴之は縦列を一つがら空きにさせたかった故に、『コスモビーク』への攻撃を選んだ。

対する俊哉は『ツインドライブ』で判断することを選び、様子見のノーガードだった。

『ツインドライブ』の結果は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、効果は全てヴァンガードに回される。

当然の如く『カウンターブラスト』を発動し、『オーバーロード』を『スタンド』させる。次の攻撃で(クリティカル)を引いた攻撃をヒットさせればそこで勝ちになるからだ。

 

「流石に防ぐだろうけどな……!『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「お前のイメージ力は尋常じゃないからな……!『ダイヤモンド・エース』で『完全ガード』!」

 

――貴之のことだから、ここで(クリティカル)を引いたっておかしくない。その判断で俊哉は『完全ガード(絶対の守り)』を用意する。

案の定、貴之の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーであり、俊哉の予想は大当たりだったことを示した。

それでも攻撃はまだ残っているので、効果は全て『バーサーク・ドラゴン』に宛がわれる。

 

「俊哉は一先ず、このターンを耐えれるみたいだね」

 

「後はどうやって次のターンで決めるか……。そこが大事になってくるね」

 

俊哉の手札次第だが、ここは『グレートダイユーシャ』へ『ライド』する方向へ持っていきながら、貴之の完全ガードを使わせるのが吉だろう。

ただし、『ダイユーシャ』単体ではトリガー無しの場合(クリティカル)2が関の山になる為、何らかの手段が欲しいところである。

――ここは手札温存かな?俊哉の目線で、七人全員が同じことを考えた。

 

「取り敢えずダメージか手札消費は稼いどかないとな……『バー』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「こういう時は()()()()()()()ってな……ノーガードだ!」

 

予想通り俊哉はノーガードであり、イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』の炎を受ける。

その結果は二枚ともノートリガーで、ダメージが5になったものの今回はこれ以上攻撃が来ないので、ダメージコントロールで大成功していた。

決めきれなかったのは仕方ないと割り切り、貴之は俊哉へターンを回す。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……。これは掛けるしか無いか……?」

 

「(掛け……確か、『ディメンジョンポリス』ならここから『ダイユーシャ』との組み合わせで『ガード』必須に持ち込めたはずだ……)」

 

俊哉が光を見いだしているものに貴之は推測を立てる。

――全ては俊哉のイメージ次第だが、こりゃ危ねぇな……。『ライドフェイズ』を飛ばした俊哉がメインフェイズに入る。

 

「『ダイドラゴン』と、『コマンダーローレル』を『コール』!」

 

「やっぱり『コマンダーローレル』か……」

 

俊哉は後列左側に白いバトルスーツに赤いマントを身につけた戦士『コマンダーローレル』を『コール』する。

このユニット、パワーは6000と非常に低いものの、大事なのは持っているスキルにあった。

また、『ダイドラゴン』の『ソウルブラスト』は忘れずに使う。

 

「『ダイマリナー』をレストすることで、『ダイユーシャ』のパワーをプラス10000……」

 

「あ、あいつそこまでして『完全ガード』を引っ張り出すつもりか……!」

 

貴之の手札は残り五枚だが、万が一普通に防がれてしまうことを想定して『ダイユーシャ』のスキルを発動しておく。

『コマンダーローレル』のスキルはリアガードが四体『スタンド』していればいいので、一体だけなら『レスト』して良かったのだ。

 

「よし……最終決戦と行こうぜ!『カウンターブラスト』と、リアガード四体『レスト』することで『コマンダーローレル』のスキル発動!」

 

イメージ内で『スタンド』状態だったユニットが、『コマンダーローレル』の指令によって共に準備に当たる。

そして準備された特殊な装置によるエネルギーを『ダイユーシャ』に送り込み、それを受けた『ダイユーシャ』の胴体の装飾や瞳にある緑色の部分が光を放った。

 

「ユニットを一体指定することで、そのユニットは(クリティカル)プラス1、パワーは倍になる!」

 

「……元々の数値じゃない?」

 

「『コマンダーローレル』のスキルは対象の現在のパワーが適用される……だから今、『ダイユーシャ』のパワーは66000、(クリティカル)は3になる」

 

気になって確認した裕子の問いに一真が答えた通り、このスキルは現在のパワーを参照するのが大きな特徴だった。

これを『完全ガード』無しで安全圏に保つ場合、合計パワーが96000を超えるようにする必要があるのだが、手札五枚の内一枚が『完全ガード』で、それを使いたい以上三枚以内で防ぐなら不可能だ。

ただし俊哉もこの『ツインドライブ』で『グレートダイユーシャ』を引けないとそこで攻撃が止まってしまうし、その後の『ツインドライブ』で(クリティカル)二枚を引かないと勝てない為、正真正銘の大博打であった。

 

「勝負だ……!『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』、『完全ガード』!」

 

「流石に使うか……」

 

手札的に使うしか無いのは見て取れた。これ以外にも、『グレートダイユーシャ』が来ないなら防いでしまえばもう攻撃が来ないことも拍車を掛ける。

そんな状況下で行われた『ツインドライブ』は、一枚目は(ドロー)トリガーで、もう一枚は『グレートダイユーシャ』だった。

 

「あいつ引いたぞ……!」

 

「こうなると次のトリガー次第だね……パワーは53000で攻撃できるから、手札次第では『ガード』できないし……」

 

――いや、トリガー次第では『ガード』しても意味がないのか……。弘人は自分の言葉を途中で訂正し、他の六人もその意味に気付く。

俊哉がダブルトリガーをした場合、『完全ガード』無しで三枚の手札ではどう足掻いても防ぎようがないのだ。なのでこれは見ていくしか無いと、大介のみならず全員がそう判断する。

 

「『カウンターブラスト』して、トランスディメンジョン!『グレートダイユーシャ』!」

 

泣いても笑ってもこの攻撃が最後となってしまうので、『フォース』はヴァンガードに設置する。弘人が先程言っていたパワー53000は二枚の『フォース』と『グレートダイユーシャ』のスキルによるものだった。

 

「最後の攻撃だ……!『グレートダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「俺はお前らを信じる……!ノーガード!」

 

貴之の手札三枚の内、一枚は『ラオピア』だったのだが、トリガーを引かれると突破されてしまう数値しか確保できないし、次のターンで使うつもりでいたため防ぐ選択を捨てた。

トリガーが全てを決めると言う状況で『ツインドライブ』が行われ、一枚目は(クリティカル)トリガーを引き当て、効果は全てヴァンガードに回す。

緊張が走る中二枚目のチェックが行われ、そこでも見事に(クリティカル)トリガーを引いて見せた。

 

「取った……!効果は全てヴァンガードに!」

 

「大丈夫だ、まだ望みはある……!」

 

会場に大きな影響が及ぶ中、貴之は自身を落ち着かせる。自分が『ガード』しなかったのは次のターンに全てを賭けた証拠なのだから。

イメージ内で俊哉の乗る『グレートダイユーシャ』が『オーバーロード』なった貴之へ肉薄し、その手に持った身の丈ほどある巨大な剣を上から真っ直ぐに振り下ろした。

その一撃で『オーバーロード』となった貴之は痛みの余り、数歩後退してから剣を杖代わりにして膝を付いた。

 

「お前のことだから油断できないな……」

 

「長いこと待たせてるんだ……。もう待たせやしねぇさ」

 

貴之が言っていることを理解できるのは、この会場では五人しかいないだろう。

一人は今ファイトしている俊哉、今見ている人たちの中では後江組の玲奈と大介、貴之が離れている間に交流のあった真司と裕子である。

この『ダメージチェック』次第ではそれがまた遠のくことになるのだが、俊哉は自分がその引き金を引くことができる気が全くと言っていいほどしていない。

 

「じゃあ、『ダメージチェック』だな。まず一枚目……」

 

一枚目はノートリガー、二枚目もノートリガーと、これでダメージが5になる。

――まさか本当に打ち破るのか?一瞬だけそう考えた俊哉だが、自分の見たイメージがそれを否定する。

『グレートダイユーシャ』のコクピット内で見ていた俊哉の目の前には、間一髪で救援に間に合った『ゲンジョウ』が手当てを施す姿があったのだ。

 

「ゲット、(ヒール)トリガー……ダメージを1回復だ」

 

そのイメージ通りに三枚目は(ヒール)トリガーが引き当てられ、ダメージが6にはならなかった。

せめてものの足搔きとして『ダイタイガー』のスキルで『ラオピア』を退却させてから、貴之にターンを回す。

 

「リアガードを呼べない可能性に賭けたか……」

 

「この状況で『ラオピア』のスキルは無視できないし、少しでも勝ち目を残すならこれしかないか……」

 

俊哉の残された手札では防ぎきるのは難しいが、勝ち筋を広げようとするとこれしかない。

 

「こいつで決着をつけるぞ……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・ウォーターフォウル』!登場時スキルで『ダイドラゴン』を退却!」

 

「(何も変わっていない……?地方の時の僕と同じか?)」

 

『フォース』をヴァンガードに設置した後、後列中央に二体目の『ラオピア』を『コール』した。

今回は『ラオピア』が『ウォーターフォウル』より後に来ているので、まだスキルは発動できていない。

この段階で彼のデッキを見てきた一真が、過去を振り返って推測を立て始めた。

 

「まずは『エルモ』で『ブースト』、『オーバーロード』で『キューティー』にアタック!」

 

「仕方ねぇ……ここはノーガードだ!」

 

どの道トリガー勝負に勝つしかないし、それに勝った場合はパワー的に攻撃がヒットしなくなる為今回は防がない。

リアガードが退却したことにより、『ラオピア』のパワーが5000増加する。

 

「行くぜ……!『ラオピア』の『ブースト』、『ウォーターフォウル』でヴァンガードにアタック!攻撃時、グレード3のユニットを『ソウルブラスト』!」

 

「『ゴーレスキュー』と『ジャスティス・コバルト』、『ダイバトルス』で『ガード』!」

 

対する俊哉はパワー63000と最低限の数値で『ガード』する……というよりも、手札の都合上これ以上はできなかった。

この後すぐにトリガー勝負が始まるのだが、ここで一つ俊哉側には懸念材料があった。

 

「あいつ……もう二枚(ヒール)トリガーを引いてるな」

 

「……!(クリティカル)が一枚でも出たら、そこで決着が付く……!」

 

竜馬の呟きに反応の声を上げたのは玲奈だった。先程の攻撃を耐えられてしまった以上、俊哉はさらに不利な勝負を強いられることになった。

ただし、裏を返せば耐えきった貴之への褒美とも取れる、一転攻勢とはこの事だろう。

『ツインドライブ』での一枚目はノートリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーを引き当て、これで決着が付くことになった。

 

「ゲット……!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「(今回は勝てると思ったんだけどな……。でも、そうか)」

 

――俺の親友は、こう言った大一番で滅茶苦茶強かったな。それが変わっていないことを肌で実感した俊哉は嬉しく思った。

イメージ内で『ウォーターフォウル』となった貴之が剣を持ってない空いてる手で『ガーディアン』を振りほどき、俊哉の乗る『グレートダイユーシャ』に剣を突き立てる。

その後剣の先端から暴力的な水流を流し込み、脱出する時間を与えずに『グレートダイユーシャ』を爆散させた。

そのイメージを証明するかの如く『ダメージチェック』はノートリガーで、このファイトの終了を告げた。

 

「やれやれ、呆れるくらいのイメージ力だな……」

 

「お前も人のこと言えねぇだろ……本当に危なかったからな?」

 

互いに全力だったからこそ、そのファイトに悔いは無い。仮に負けたとしても、貴之は俊哉を恨まないと断言する自身があるくらいのものだった。

――ありがとうございました。良いファイトでした。互いに満足いくものだったからこそ、いつも以上に自然な声音で挨拶ができ、いつも以上に強い力で握手をしていた。




再び冒頭にRoseliaシナリオ19話の続きが入っています。
こちらは会話内容が僅かに変化しているくらいでしょうか。

全国大会も残すファイト回数が後二回になりました。最後の二回も上手くやっていきたいと思います。

次回は準決勝の後半……玲奈と一真でのファイトとなります。


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イメージ47 葛藤を超えて

予告通り玲奈と一真によるファイトです。

Roseliaのパートは独自のものを混ぜ込みました。


「……ありそうですか?」

 

「会場にいる人たち次第ですけど、もしかしたらあるかもしれませんね……」

 

「遊ばれているだけあって探すの大変だね……」

 

時間は貴之と俊哉のファイトが終わった直後になる。準備が終わってまだ自分たちの番に時間があった為、燐子が携帯を使って全国大会の情報が見れないかを試みていた。

ことのきっかけはあこと燐子が二人で雑談をしていた際に今日の全国大会の話しになり、その際に調べれば見つかるかもしれないと言う燐子の声にあこが乗っかったのがことの発端となる。

その時紗夜も近くで話しを聞いていたので、そこに混ざって共に探せたら見ることにした。

流石に中継等は家庭のフルスペックPCでなければ厳しいとのことから、SNSの一種である『tube』による呟きを探っていくことを選択する。

 

「っていうかこれ、ちゃんと絞り込んでるのに多くない?」

 

「大分多いね……。みんな、何かあったら呟いてるみたい」

 

いくら最も遊ばれているカードゲームのヴァンガードで、今日しかない全国大会と言えど、あまりにも呟きの数が多かった。

呟きの内容としては各ファイターたちの意気込みであったり、トーナメントの途中経過だったりと多種に渡る。

この際貴之の呟きを探してしまうのが楽だと考えたのだが、彼は後半からは集中して呟きできないかもという旨を呟いていたので、望みは薄かった。

 

「ところでリサ、あなたは何も買わなくてよかったの?」

 

「アタシ?行きの時に買ってた分が残ってるから大丈夫だよ♪」

 

三人で探していると丁度戻ってきた友希那とリサの二人が、そんな彼女たちの姿を目撃して混ざりに行く。

戻ってきた二人には紗夜が事情を伝えて、燐子はそのまま全員が見れる速度を意識しながら呟きを辿っていく。

何か分かりやすいのがないかとスクロールしていくと、途中でリサが気づいたような声を上げる。

 

「これ、俊哉のアカウントだ……」

 

俊哉が呟いてるのを見つけたリサがそれに指さし、全員でそれを確認してみることにする。ちなみに時間はついさっき呟かれたばかりのものである。

内容はファイト結果の内容であり、『準決で当たったがやっぱりダチは強かった』と言う呟きだった。

それを見た瞬間、友希那とリサはどんな状況なのかを理解する。

 

「と言うことは、貴之はあと一回勝てばいいのね?」

 

「もうちょっとなんだね……」

 

長い時間戦い続けた貴之が、もう間もなくゴールラインに踏み込もうとしている。それが分かると嬉しさがこみ上げてくる。

彼が決勝も勝利し、こちらも通過すれば、ようやく貴之と友希那が望んだ未来が訪れる。それが分かるとリサは何としてもと意気込みを入れる。

貴之の状況を理解した友希那は、少々熱を帯びた目になる。

 

「(貴之……共に勝利を掴みましょう。その時には……)」

 

――私の想い、しっかりと伝えるから。その為にも友希那はコンテストで悔いのないライブにしようと改めて決意した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、決勝までに水分補給しておけよ」

 

「悪いな……わざわざ買ってくれるなんて」

 

友希那たちが俊哉の呟きを見つけた直後、先導者(貴之)友人(俊哉)はアリーナの端っこにいた。

これは貴之が戻らずすぐに行けるように待機することを選択し、俊哉が貴之に差し入れをしようと思った二つが重なった結果である。

 

「あの組み合わせ……地方でもあったんだよ」

 

「秋津が勝てば、決勝も地方であった組み合わせになるぞ」

 

「そうなの?じゃあ、二人共リベンジマッチってことなんだ……」

 

玲奈と一真が戦うと言う組み合わせに竜馬が、勝敗次第でどうなるかを大介が言うと、裕子は残ったファイトの状況を察する。

地方優勝していることもあるし、残っていたファイターたちと地方で当たっていたことからこんな形になったのだ。

 

「あいつから何か感じられるものは変わったか?」

 

「ん?そう言えば意識してなかったな……」

 

俊哉に言われた貴之は、一真の変化を意識していなかったのを思い出し、一度確認を試みる。

そして貴之に様子を探られ出した一真は今、玲奈と共にファイトの準備をしていた。

 

「……随分と張り切っているね?」

 

「ここまで来たんだし……どうせなら決勝まで進みたいと思ってるから。後はこの場で君に勝ちたいのもあるし……」

 

「なるほど……」

 

分かる話しだった。この大舞台で勝てばより良いものが得られることは間違いないだろう。

ちなみにもう一つ理由があったらしく、玲奈は「それに……」と付け加える。

 

「後二回勝てば、国内初の『全国優勝した女性ファイター』になれるからね♪」

 

「ね……狙いはそっちだったんだね」

 

もし、全国の決勝で貴之と戦いたいのだったら自分も譲れないと返していたが、こちらは想定していなかったのでその言葉を飲み込むことになる。

実際、国内で女性ファイターが優勝したと言うことは未だに無く、その栄光と希望に玲奈がもう少しと言う状況であった。

――女子のファイターが増えないと悩んでいたから、その解決も狙いか?一真は準備を進めながらそう推測した。

 

「前と比べて、少し余裕を持っている感じだな……。玲奈といる時間が増えてたみたいだし、その影響だろうな」

 

以前は『PSYクオリア』を使用しないで……と固執していたことが原因でどこか焦っていたようなものが混ざっていた。

それによってファイトを終えた後も『PSYクオリア』を使用した場合は浮かない顔をしていたが、今回は余裕を持っていることから、例え使用しても深く引きずる様子を見せていない。

自分と戦う時は迷わず使うことに変わりはないが、今回はこのファイトも使わないことに固執することは無いだろう。

 

「それは油断でき無さそうだな……。勝てそうか?」

 

「勝てるかどうかはあんまり考えて無いな……」

 

貴之の回答に俊哉は困惑する。分からないと言うことかと考えたが、それは違うようだった。

 

「ここまで来たら、勝つしかねぇだろ?」

 

「お前……それはそうだけどさ……」

 

――まあでも、変に考え込むよりはその方がいいのか。貴之のいっそ清々しい思考を聞いた俊哉は納得する。

あと一歩の所まで来て後ろ向きな考えをするくらいなら、思い切って堂々と構えているだけの方が気持ちも楽だし、変に調子を崩さないで済むのだ。

そうして俊哉が納得した時に、丁度玲奈たちがファイトの準備が終わっていた。

 

「じゃあ、始めよう」

 

「うん」

 

一真はまだ『PSYクオリア』を使わない。ギリギリまで使用しないで戦うつもりでいた。

彼のその選択に、玲奈は特に何も言いはしない。彼女は本人がそうしたいならそうすべきと言う考えを持っている。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

一真は『ぐらいむ』、玲奈は『メッセンジャー』といつも通りのユニットに『ライド』する。

このファイトは一真の先攻で始まり、彼は『ゼノン』に『ライド』して玲奈にターンを回す。

 

「では、こちらも準備から……『スターティング・プレゼンター』に『ライド』!」

 

今回は先に『ソウルチャージ』を行ってから一枚ドローし、後列中央に『フラスター・カテット』を『コール』する。

スキルで『ソウルチャージ』を行い、玲奈はこのターンで早速『ソウル』が3になる。

 

「一足先に……『プレゼンター』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード」

 

『ブラスター・ブレード』のスキルは使えないが、既に手札に握っている『アレン』のスキルを使えるので、このまま受けることにする。

今回『ゼノン』に『ライド』したのは、『ペイルムーン』が……というよりも、玲奈のデッキが『スタンド』を妨害するスキルを持つユニットが無いことを知っているからだった。

玲奈の『ドライブチェック』はノートリガー、一真の『ダメージチェック』もノートリガーで、特に大きな変化が起きないまま最初のターンが終わる。

 

「今の内に、こちらも流れを作らせて貰おう……『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

彼が『ブラスター・ブレード』に『ライド』するのはいつものことだが、その表情に違いがある。

遠目に見ている人たちは当然、自分のいる位置では注視しないと見逃してしまうような違いではあるが、貴之はその違いに気づいた。

 

「(前よりも堂々としているな……)」

 

それが地方大会を終えて心境に変化があったことは確実である。

また、貴之相手を前提に隠していただけだったのが理由で、一真は次の行動を迷わずに行う。

 

「『救国の賢者 べノン』を『コール』!登場時、手札の『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』を一枚公開し、山札に戻すことでスキル発動!山札から『アルフレッド・アーリー』を一枚探し、公開して手札に加える!」

 

前列右側に白と青を基調とした法服を着て、白い杖を持った賢者の『べノン』が『コール』され、地方大会で彼が『エクスカルペイト』を使用したことを知らない人たちが「奴は正気か!?」と大きく動揺する。

 

「今日聞いた話しは本当だったんだな……」

 

「実際に使う人なんて、私初めて見た……」

 

流石に使用する人を目の当たりにした真司が驚いた顔になる。

貴之が初めて『ヌーベルバーグ』を使用したのは真司にヴァンガードを教えるよりも前だった為、裕子にそのことは伝えていなかった。故に今回、裕子から「初めて見た」と言う言葉が出たのだ。

実際に知っていた貴之はそんなこと全く気にせず、『べノン』自体に目を向けていた。

 

「あれが地方で見せなかったユニットだな……」

 

「なるほど……出したらスキルのせいでバレるからか」

 

『べノン』が現れたことにより、貴之の中で一真の使用しているデッキの中身が全て判明した。それと同時に、一真が地方から無理にデッキを変えることなく使用し続けていることも推測できた。

――俺たちの選択がどう影響するかか……。片や切り札を増やすべく一枚だけ地方から内容の変わっている貴之、片や地方からそのままの一真という構図が出来上がっていた。

一真の『メインフェイズ』は続き、後列右側に『アレン』を『コール』し、『カウンターブラスト』で前列左側に『ギャラティン』を『コール』し、一枚ドローした後に『マロン』を後列左側に、『うぃんがる』を後列中央に『コール』する。

 

「稼げるだけ稼ごう……『アレン』の『ブースト』、『べノン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

一真は先にパワーが上がっている方で攻撃し、防ぐ気を起こしにくくさせた。

その狙い通り玲奈はノーガードを選択し、『ダメージチェック』の結果はノートリガーだった。

 

「どちらを選ぶ?『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「っ……ノーガード!」

 

玲奈は歯を食いしばった表情で宣言した。その原因は手札に起因している。

その選択に全員は意外だと思いながらも、一つの考えに至る。

 

「今防いだら……手札消費が苦しかったのか?」

 

「トリガーを引いた形跡も無いから、十分にあり得るね」

 

大介の推測に弘人が肯定した通り、玲奈は手札に十分な『シールドパワー』を持つユニットがいなかった。

防ぐにしろ二枚以上の消費が確定してしまう手札だったら、防がずに受けてしまえと言う開き直った判断をするのだった。

玲奈からして幸いだったのは一真の『ドライブチェック』がノートリガーだったことで、玲奈は『ダメージチェック』の内に一枚(フロント)トリガーを引けているので、次の攻撃は一枚目で防げることにある。

 

「最後は『マロン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ナイフダンサー』で『ガード』!」

 

流石にこのターンで4ダメージも受けると後が苦しいので、これだけは防ぎきる。

一真からすれば十分にダメージを与えられている為、一度ここでターンを終了する。

 

「まだ大丈夫そうかい?」

 

《少なくとも、このターンは問題無い》

 

ユニットに確認を取った一真は、玲奈に回ってきた二回目のターンも『PSYクオリア』無しで行くことを決定する。

しかしながら意固地と言う訳ではなく、仮に危険だと言われたらやむ無しとして使用するつもりでもいた。

 

「サーカス団を名乗るなら、これくらいのアクシデントは対応して見せないとね……『ニトロジャグラー』に『ライド』!」

 

攻撃を受けている間は焦った玲奈だが、スイッチを入れることで気を取り直す。『ライド』した後はスキルによって『ソウルチャージ』を行う。

『ライド』された『プレゼンター』のスキルで『ソウルチャージ』されたのは『ジル』で、これを前列左側にコールする。

この時スキルによって『カテット』を『ソウル』に置く代わりに、後列中央に『トラピージスト』を『コール』し、『メインフェイズ』で後列左側に『バニー』、『前列右側』に『ナイフダンサー』を『コール』する。

これによって玲奈の『ソウル』は現在6となり、着々と準備が進んでいることを表していた。

 

「では、こちらも披露の時間……『トラピージスト』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら、こちらはノーガード」

 

ダメージは1しかないので、手札温存を選択する。

玲奈がこの時『ドライブチェック』で(ヒール)トリガーを引いた為、パワーが『ナイフダンサー』に回されてダメージが2になる。

一真の『ダメージチェック』がノートリガーであった為、ダメージは互いに2となる。

 

「次は『バニー』で『ブースト』、『ジル』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

ここでも『ダメージチェック』がノートリガーだった為、一真のダメージが3になる。

今回『バニー』のスキルはトリガー効果を無駄にしてしまう為、今回はスキルの発動を諦める。

 

「最後……『ナイフダンサー』でヴァンガードにアタック!」

 

「頼んだ『ギャラティン』、『インターセプト』!」

 

ダメージが3になったこと、次の『アーリー』によるスキルを考えて一度防ぐ。

攻撃を終えた玲奈はそのまま一真にターンを回す。

 

「(いい戦い(ファイト)だな。ちょっとでも気を抜いたら間違いなく取られる……)」

 

元より油断するつもりはないが、地方以上に気を抜けないことを確信する。

こちらも友希那との約束、向こうも二連覇がかかっており、地方以上に譲れない戦いになるだろう。

 

「さあ、行くぞ……!『アルフレッド・アーリー』に『ライド』!スキルで『ブラスター・ブレード(我が盟友)』を呼ぶ!」

 

『ブラスター・ブレード』のスキルで『ナイフダンサー』を退却させ、『フォース』はヴァンガードに設置する。

一真は今回、場のユニットが埋まりきっている為『メインフェイズ』では特にやることが無い。

 

「可能なら、このターンで終わらせたいところだ……『アレン』で『ブースト』、『べノン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

自分のターンで回復していた分がある為、一度防がずにそのまま受ける。

その結果は(ドロー)トリガーで、玲奈は手札の確保に成功する。

 

「この攻撃がどう動くか……『うぃんがる』の『ブースト』、『アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『冥界の催眠術師』で『完全ガード』!」

 

トリガー二枚で負けてしまうこと、今の手札が残り四枚であることから防ぐならこうするしかない。

(クリティカル)二枚を引かれたら後が無い状況で行われた『ツインドライブ』は、一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目は(ヒール)トリガーだったのでこのターンで負けることは無いものの、一真のダメージが2に回復して次のターンが大変になることが確定した。

 

「最後は『マロン』の『ブースト』、行け!『ブラスター・ブレード』!」

 

「どの道防げないか……ノーガード!」

 

最後の二枚は『ゴールデン・ビーストテイマー』と『ナイトメアドール ありす』である為、防ぐことはできない。

この時の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーである為、幸いにもダメージは4で済んだ。

勝ちには持っていけなかったが、2ダメージ与えられたので十分だと思いながら一真はターン終了を宣言する。

 

我が先導者(マイ・ヴァンガード)、もう危険だ!》

 

「……間に合うかい?」

 

《間に合う……いや、間に合わせるとも!》

 

「そうか……なら、僕がギリギリまで耐える」

 

――頼んだよ。ユニットからの警告を受けた一真はその決意を伝える。このまま戦うのはこのターンの途中で限界だと知らされたのだ。

だからといって、そこで暗い顔をすることは無い。素直に受け止めてまた次の機会と割り切った一真は玲奈の動きに備える。

 

「向こうが圧倒的に有利だけど、ここから巻き返すやり方はある……そんな感じだな」

 

「問題は、手札に何を握っているかだな……」

 

「後は『ソウル』にあるユニットも大事だったよね?確か『ソウル』の数は……」

 

竜馬と真司の推測通り、今の玲奈に巻き返せる算段はまだ残っている。

それに大事な『ビーストテイマー』は手札にあるし、残りはこのドローで引ける手札が何かと、『ソウル』にユニットがいるかになる。

現在の『ソウル』は7枚である為、その中にあるユニットが揃っているかは、手札が無いこの状況で非常に大事となる。

 

「(この感じ……そろそろ来るな)」

 

また、貴之は一真が『PSYクオリア』を発動させる予兆を感じ取る。

以前は感じなかったのだが、『ヌーベルバーグ』に慣れる為のファイトをしている際、『PSYクオリア』持ちの結衣とファイトすることの多かった貴之は彼女が『PSYクオリア』を使うタイミングを何度も見ており、それがきっかけで分かるようになっていた。

しかしながら、自分とのファイトでは最初から『PSYクオリア』を使う一真が相手なので、今回は特に役立たないなと確信する。

 

「では、ここから巻き返しをお見せしましょう……」

 

「(こちらの手札は残り五枚、『完全ガード』も無し……彼らを信じるしか無いな)」

 

玲奈がああ言っている以上、確実に巻き返される可能性は高い。

この手札で四回以上の攻撃は防ぎきれないし、相手のトリガー次第ではどうしようもない場面だってあり得る以上、ユニットの間に合わせるという言葉が頼りとなる。

 

「『ライド』!『ゴールデン・ビーストテイマー』!」

 

『アクセル』を設置した後、前列右側に『ありす』を『コール』する。

残った一枚は『ビーストテイマー』のスキルのコストとして取っておく為、使うわけには行かない。

 

「では、閉幕を始めましょう!『トラピージスト』の『ブースト』、『ビーストテイマー』でヴァンガードにアタック!」

 

「止めて置かないと不味いな……『エレイン』、『マロン』、防いでくれ!」

 

攻撃時、スキルによって玲奈は後列右側に『バニー』を、『アクセルサークル』に『ラリーマン』を『コール』する。

『ツインドライブ』では一枚目が(フロント)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーとなり、二枚目の効果は全て『ジル』に回した。

 

「……手札的に入るな?」

 

「ああ。一真の手札は三枚しか無いし、『ラリーマン』の攻撃は止められねぇからな……」

 

現段階で『ソウル』は七枚、ここに『ラリーマン』は『アクセルサークル』と(フロント)トリガーの恩恵も受けている為、パワーが53000になっている。

今回の攻撃で『エレイン』を使ってしまっており、手札に『完全ガード』を持っていない。

ここまで把握したことで玲奈の夢が現実になるかもしれないと俊哉は考えたが、貴之は一真の『PSYクオリア(引き出し)』を知っている為気を抜けないと感じている。

 

「次は『バニー』で『ブースト』、『ありす』でヴァンガードにアタック!」

 

「仕方ない……ここはノーガード!」

 

トリガーを引ければチャンスがあり、ダメージが2である為、ここは一度そのまま受けることにする。

しかしながら『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、トリガー効果を持っている二回の攻撃を防げない状態になってしまった。

玲奈は攻撃を終えた直後、『ありす』のスキルで前列右側に『ジル』を『コール』し、その『ジル』のスキルで『バニー』を『ソウル』へ送って後列右側に『カテット』を『コール』する。

 

「まだ続きますよ……?『カテット』の『ブースト』、『ジル』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ギャラティン』、頼む!」

 

新たに呼び出された二体のユニットはパワーが上がっていない為、これ以上無用なダメージを避けるべく防ぐ。

しかし、これで残り二回の攻撃は防げないことが確定してしまった。

 

《待たせた、いつでも大丈夫だ!》

 

「分かった……。なら、共に行こう!」

 

「(始まったか……!)」

 

一真が『PSYクオリア』を発現させ、貴之がそれに気付く。

絶望的とも言える状況で一真が落ち着きを取り戻した為、見ている人たちは不思議に思った。

 

「今回は先にこちら……『アーティラリーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で砲弾を受けた後の『ダメージチェック』はノートリガーで、パワーを上げられないままダメージが4になる。

 

「では、本日のショーの閉幕(フィナーレ)……『バニー』の『ブースト』、『ジル』でヴァンガードにアタック!」

 

《心配は無い、我らに任せよ》

 

「無論そのつもりだとも……私は受けて立とう」

 

イメージ内で『ジル』の蹴りを二回受け、これで『アルフレッド・アーリー』となった一真は消滅か……と思われたが、それは違った。

違和感を感じた玲奈がイメージをし直すと、そこには一真に応急処置を施している『エレイン』の姿があり、それをみた彼女は絶句することになる。

そのイメージが指し示す通り、一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目のダメージが(ヒール)トリガーだったことで一真は敗北を免れた。

 

「一真のイメージが上を行ったか……」

 

「玲奈も負けて無かったと思うけど……あれは見事だったな」

 

貴之は『PSYクオリア』に触れぬように話しを切り出し、俊哉がそれに乗ってくれた。

今回の(ヒール)トリガーは、一真が迷いを捨てきれたことを表すかのようにも見えるので、何も玲奈が悪かった訳ではない。

周りから「あいつのイメージ力は底無しか?」と疑う声も上がっており、それを拾った貴之は彼のイメージ力を超えることが大事だと再認識する。

 

「ありがとう、お陰で助かった」

 

問題無い(ノープロブレム)。共に勝利を》

 

「まさかあれを回復されるだなんて……」

 

ヴァンガードのパワーが『アクセルサークル』込みでも届かない状態になってしまった為、玲奈はこれ以上の攻撃を断念してターンを終了する。

 

「何を使う……?」

 

勝ちを確実にするなら何かに『ライド』することになるが、玲奈の手札が二枚しか無い状態である為、場合によってはこのまま勝てる状況でもあった。

そんな状況で一真のターンが始まり、ドローまで済ませる。

 

「勝つのならば、やはりこれだな……『ライド』!『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』!」

 

「(あいつは何か制御の変化はしているか……?)」

 

地方で見なかった人たちが全員動揺している中、貴之は一真の目に注視する。もしかしたら自分と同じことをしているかもしれないからだ。

しかしながら、様子自体は以前と変わらずに『PSYクオリア』を使った制御であることが判明する。

 

「あれを耐え凌ぐ自身はあるか……?」

 

「俺のイメージ力を信じるしか無いかな。できるなら『エクスカルペイト』に『ライド』するより前に決着を付けてぇところだな」

 

『ブラスター・ブレード』による(クリティカル)の追加、『アルフレッド』系統による『ブラスター・ブレード』との波状攻撃もある為、断言はしきれなかった。

それでもできないと言わないのは、向こうの手の内が全て判明したお陰でやり様はいくらでもあると思えるからだ。

これ以外にも、先程俊哉に言ったように「できるかできないか」の考えをしていないこと、友希那との約束も大きく関わっている。

 

「(後はやるだけ……。俺のイメージ力をぶつけてやるだけだ)」

 

貴之が己に言い聞かせたタイミングで、一真は『エクスカルペイト』のスキルを使った後に『フォース』をヴァンガードに設置する。このターンも、場のユニットが揃っている以上『メインフェイズ』は何もしない。

 

「では、行かせて貰おう……『エクスカルペイト』で全てのユニットにアタック!」

 

「……ここはノーガードしかないか」

 

玲奈も手札の都合で『エクスカルペイト』の攻撃を防いでも次が無いので、ここは受けるしか無い。

『ツインドライブ』は二枚ともノートリガーだったものの、内一枚が『ブラスター・ブレード』であった為、一真の自滅と言う形による敗北は消え去る。

そのまま『エクスカルペイト』のスキルで『ブラスター・ブレード』に『ライド』し、再度攻撃の準備が完了する。

 

「決着を付けよう……『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でこの劇に終幕を飾る!」

 

『ブラスター・ブレード』のパワーが上回っている為、玲奈はトリガー勝負に出るしかなかった。

この『ドライブチェック』で一真は(クリティカル)トリガーを引き当てたので、効果は全てヴァンガードに回す。

他のユニットを選ばなかった理由は、玲奈が(ヒール)トリガーで生き残った場合は攻撃が届かなくなる為、それを見越してのダメ押しだった。

イメージ内では『ブラスター・ブレード』となった一真の剣による一閃が、『ビーストテイマー』となった玲奈を切り裂いて消滅させている。

それを表すかのように、『ダメージチェック』の一枚目がノートリガーだった為、これでファイトの決着が着いた。

 

「まさかあれを耐えられちゃうなんてなぁ……。でも、もう大丈夫そうだね?」

 

「ああ。後は思いっきりファイトをしてくるよ」

 

確かに負けたことに悔しさはあるが、一真が『PSYクオリア』を使用しても全く問題無いことに対する安堵もあった。

彼が長きに渡る葛藤を終えたことに満足しながら、玲奈は一真と共に挨拶を済ませてから終わったことを知らせる。

決勝戦は再び地方の時と同じ組み合わせで行われることとなり、この前に休憩の時間を用意されるのも同じだった。




ファイトの勝敗は前回のこの組み合わせと同じ結果になりましたが、終わった後は全く違うものになりました。
今回のRoseliaのパートでああなったのは、残った部分は次回のファイトと共に纏めてやろうと思ったこと、暫く結果を見れずに気になったらこうする可能性はあるだろうと考えた二点の影響ですね。

次回は貴之と一真による決勝戦ファイトを書いていきます。
何事も無ければ全国大会と同時にRoseliaのコンテストも決着が付くはずです。


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イメージ48 再誕と目覚め

決勝戦とRoseliaのライブです。

ファイトの途中からライブのシーンは完全に並行して行っていきます。


「さて……五分前ですね」

 

「問題無いわ。いつでも行ける」

 

「(大丈夫……イメージ、イメージ……)」

 

貴之の大会が進んでいるように、コンテストの出番が近づいてきて、いつの間にか五分前になっていた。

決勝のカードが地方と同じになったことを知ったタイミングで移動を始めた為、自分たちの番が終わった時に結果が出ているかどうかになるだろう。

時間のことを紗夜が催促すると友希那は涼しい顔で返すが、リサは自分に言い聞かせている様子で反応が極めて薄い。

あこと燐子も頷く形で返しているのだが、リサだけはそんな様子が無かったので、思わず全員がそちらへ顔を向ける。

 

「リサ……?」

 

「……えっ?あれ?もしかして何か言ってた?」

 

友希那に声を掛けられてようやく反応を示す。しかしながら、紗夜が催促していたことには気づいてないようだった。

その為それを再度確認すると、分かっている様子だったのでそこは安心だった。

 

「もしかしてリサ姉、緊張してる……?」

 

「う~ん……大丈夫って言いたいけど、イメージしておかないと不安だからしてるのかな……?」

 

正直、リサ自身も何とも言えないところだった。

自分が予想していた、もう素っ頓狂な声を出すしかないくらい緊張することは無かったが、全くしていないかと言われればそう言うわけでもない。

リサが大事な場面の直前で自信を無くしやすいのは時折見るのだが、友希那から見れば相当マシな状態だった。

 

「今井さん。ここまで来たら、残りは自分自身との戦いですよ」

 

「アタシ自身と……?」

 

紗夜自身は常にそうだと感じてはいるが、流石にそんなことを強要することは無い。こう言う抱き方をしているのは自分の過去が関係しているが、わざわざそんなことを話すつもりも無かった。

――どういう時がそうなんだろうな……?そう考えているところに、あこと燐子が明白な場面を出してくれた。

 

「あことリサ姉の場合、あのオーディションだと思う」

 

「私の場合は、誰かに会いに行こうと足を運んだ時が始まりですね……」

 

「ああ~……うん。そう言うことか」

 

あこの例は自分のタイミングでもあった為、尚更分かりやすかった。

燐子の場合も、新しく挑戦と言うのでよく分かる話しである。

 

「後は前を向いて、堂々とやりきる……それだけです」

 

「……そうだね。ありがとう、みんな」

 

リサが礼を言ったタイミングで、歓声が沸き上がる。それは自分たちの一つ前のチームが演奏を終えたことを意味していた。

ここから約四分半。その間の演奏で全てが決まることになる。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

一発勝負ではあるが、五人に迷いはなく、友希那の一声に頷いてステージへ上がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今回は二回も貴之と戦うことになるとはね……」

 

「確かにそうだな……前までは地方が違ったが、今回は同じだからな……」

 

時間は友希那たちがステージに上がる十分前。こちらも決勝戦の準備を進めていた。

彼らは本来ならこの全国大会で一度戦うだけだったが、今回は偶然が重なって二回目の対決となった。

その過程を意外に思っているのもそうだが、戦って勝つだけだと考えているのも二人して共通であった。

 

「二連覇か、それとも悲願達成か……さあどっちだ?」

 

貴之の経歴を知る者が多い為、俊哉の天秤で計るかのような言い草は会場にいる大体の人が理解していた。

前者は前回も優勝できた一真、後者は長い間その玉座に挑んでいる貴之であり、特に貴之の方は知る人ぞ知る意味合いも込められていた。

どちらも譲ること無い真剣勝負。そこに水を差すことのできる人はいないだろう。

 

「心配は無いだろうけど、僕は当然最初から行かせて貰うよ」

 

「当然だ。そして俺は、今日こそ『PSYクオリア(それ)』にこの舞台で勝つ」

 

引き直しもすべて終え、一真が『PSYクオリア』を先に発現させたことで準備が完了する。

 

「「スタンドアップ!」」

 

その声が聞こえた瞬間、会場の空気が一気に変わる。

 

「ザ!」

 

貴之が『PSYクオリア』を待ってくれていたように、一真もその合図は待つ。

ここで待たないなんて真似をすれば、どちらも不完全燃焼で終わってしまうのは目に見えていた。

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之は『アンドゥー』に、一真は『ぐらいむ』に『ライド』する。ここまでは完全に二人のいつも通りの流れであった。

今回のファイトは一真の先攻で始まり、彼は『アレン』に『ライド』し、一枚ドローを済ませたら貴之へターンを回す。

 

「こう言う時はやっぱりお前からだな……『バー』に『ライド』!一枚ドローして、『ガイアース』を『コール』!」

 

友希那の前で初めて『ライド』したのも、初めてのファイトで『ライド』したのも『バー』であり、何かと『ライド』する機会は恵まれていた。

スキルでドローした後に『メインフェイズ』で『ガイアース』を『コール』したのだが、ここでいつもと違う行動に貴之は出ていた。

 

「『ガイアース』を前列に……?」

 

真司から出た疑問の声が指し示す通り、貴之は後列中央ではなく、前列右側に『コール』していた。

――次に『ブラスター・ブレード』が来るのに何故?最初こそ疑問に思ったものの、その理由は察しが付いた。

 

「そうか……『エクスカルペイト』を出される前に決着をつけようとしているのか」

 

「先に攻撃できるからこその選択肢だね……」

 

貴之は『ブラスター・ブレード』によって『ガイアース』を退却させられることを覚悟した上で、この選択を取った。

強力な『エクスカルペイト』も『ライド』出来なければ持ち腐れになるし、こちらも必要な行動数が少なくなるから楽になる。

 

「あの行動だけど……」

 

「間違いない。知られないようにするのもあるだろうな」

 

『ヌーベルバーグ』は使わないで終わるなら確かに楽なのだが、そうなった時のためにも戦術でどうにかするしかないような動きを見せる必要はあった。

これが今回、貴之が『ガイアース』を前列に『コール』した理由に繋がっていた。

 

「攻撃行くぜ……『バー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、来い!」

 

一真自身も、2ダメージ受けた場合は『ブラスター・ブレード』のスキルとプラスで何か一つを使えるので彼の狙いに乗っかる。

しかしながら貴之の『ドライブチェック』、一真の『ダメージチェック』は共にノートリガーで、大きな変化がないまま1ダメージとなった。

 

「次は『ガイアース』でヴァンガードにアタック!」

 

《もう行けるぞ!》

 

「ならばそれもノーガードだ。『ダメージチェック』……」

 

ユニットの伝言の通り、二回目の『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーが引き当てられ、ダメージが1で留まる。

一真の場合は無理に『ブラスター・ブレード』のスキルは使わなくてもいいと言う選択肢が生まれるが、貴之の場合は目論見が崩れた結果になった。

しかし何も急いで勝てとは誰も言っていないので、自分を落ち着かせてから一真にターンを回す。

 

「この後が大変だね……」

 

「『ガイアース』が退却か、それともユニットを揃えるか……」

 

退却させることによって貴之に展開のやり直しを強いるか、それとも自身の展開を早めるか、二つに一つな状況となった。

 

《共に勝利を……》

 

「ああ、勿論」

 

「(『ライド』するのは読めてる……問題はこの後だ)」

 

「『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

貴之の予想通り『ブラスター・ブレード』に『ライド』した一真は、スキルでの退却は選ばず、そのまま『メインフェイズ』に突入する。

『メインフェイズ』では前列右側に『ギャラティン』、前列左側に『べノン』、後列右側に『アレン』を『コール』し、『アレン』のスキルで後列左側に『マロン』を『コール』する。

これでユニットが五体になり、『ブラスター・ブレード』のスキルが発動可能条件を満たした。

 

《時は満ちた……行くぞ!》

 

「勝負だ……!『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「賭けるか……!俺はノーガード!」

 

貴之のノーガード宣言に会場が驚く。いくら自分のダメージが0だとは言え、(クリティカル)の増大した『ブラスター・ブレード』の攻撃を直に受けるのはリスクが大きい。

一真は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当て見せ、パワーは『ギャラティン』に、(クリティカル)はヴァンガードに与える。

イメージ内で『ブラスター・ブレード』となった一真の斬撃を三回も貰い、『バー』となった貴之は思わず痛みに声を上げる。

『ダメージチェック』は一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目がノートリガー、三枚目は(ヒール)トリガーとなり、どうにか2ダメージで収まることが決まった。

 

「届かないならば仕方ない……『アレン』、『ギャラティン』、『ガイアース』を止めるんだ!」

 

「すまねぇ、『ガイアース』……!」

 

手札消費を避ける為にも『ガイアース』のことは諦めた。

最後の一回は攻撃がヒットしないため、一真はこのままターンを終了した。

 

「いきなり(ヒール)トリガー合戦か……こりゃどうなるか分かんねぇな」

 

「今の段階だと貴之が少し不利かな……?最初の思惑が崩れているし」

 

一真自身は最初のターンで受けた攻撃は(ヒール)トリガーの有無は意識しておらず、貴之は意識している。弘人はこの辺りから推測を立てた。

このターンでどれだけ一真のペースを遅れさせるか、または自分の流れに引きずり込めるか。それが鍵になってくるだろう。

 

「『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『ギャラティン』を退却!」

 

ここで『ギャラティン』を退却させるのは、『インターセプト』による『シールドパワー』が理由である。『べノン』がスキルを発動していない以上、『シールドパワー』の低い『ギャラティン』と見立てて無視することが可能だった。

『メインフェイズ』では前列左側に『クルーエル』、前列右側に『アーマード・ナイト』、後列左側に『バー』を『コール』し、『バー』のスキルで『マロン』を退却させる。

これで一真の場のユニットが三体に減ったため、次のターンで必要以上に手札を使わせることは可能になった。

 

「よし……『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

《痛恨の攻撃ではないが……どうする?》

 

「ここは受けよう……ノーガードだ」

 

ユニットが言う痛恨と言うのは(クリティカル)トリガーを意味していた。故に一真はこのまま受けることを選択し、『ドライブチェック』に備える。

貴之の『ドライブチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、パワーが『アーマード・ナイト』に回される。

対する一真の『ダメージチェック』はノートリガーで、これでダメージが2となる。

 

「次は『アーマード・ナイト』でヴァンガードにアタック!」

 

「これもノーガードにしよう……『ダメージチェック』」

 

こちらでの『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーとなり、パワーはヴァンガードに与える。

しかしながら、次の攻撃は合計パワーが26000なので、防ぐ時は『ガード』が必要となった。

 

「こいつはどうする?『バー』で『ブースト』、『クルーエル』でヴァンガードにアタック!」

 

「防げるか、『ふろうがる』?」

 

《大丈夫!》

 

一真は『ソウルチャージ』を避けると言うよりは、『クルーエル』を利用した『完全ガード』のコスト確保を阻止する目的で防いだ。

これによって『クルーエル』は場に残されてしまったが、それもやむ無しと割り切って貴之はターン終了を宣言する。

 

「(お互いにダメージは2……『エクスカルペイト』の存在をちらつかせることができるし、()()()が若干有利かな……?)」

 

玲奈の分析は的を得ていた。ここからの展開次第で、貴之は自身の思惑を確実に通せなくなる可能性が出てくるからだ。

更に次のターンは一真であり、恐らく盤面は完成させられてしまうだろう。

ちなみに玲奈は全国大会までは彼と共に行動することが多く、次第に名呼びするようになっていた。

 

「『べノン』でスキルを発動してないから手札に『エクスカルペイト』は無い、もしくはあってもグレード3があるから使う必要が無かった……」

 

「なら、『アルフレッド』が来る可能性が高いか」

 

『アーリー』の場合、『ブラスター・ブレード』は手札または『ソウル』からなので、『エクスカルペイト』を使う際に事故率が上がる可能性がある。

その為デッキから『ブラスター・ブレード』を出せて、『ソウル』に『ブラスター・ブレード』を残せる都合上、なるべく『アルフレッド』に『ライド』したいところであった。

 

「ここは確実な道を行かせて貰おう……『ライド』!『騎士王 アルフレッド』!」

 

「(まあそりゃそうだろうな……両方とも持ってたら、事故を起こしたくねぇだろうよ……)」

 

さらに言えばデッキから『ブラスター・ブレード』を呼び寄せると言うことは、デッキ内にある『ノーマルユニット』を減らし、トリガーが出やすくする行為でもある。故に余程のことがない限りはこちらに『ライド』するのである。

『フォース』をヴァンガードに設置した後後列中央に『うぃんがる』、後列右側に『ゼノン』、前列左側に『ギャラティン』を『コール』。更にスキルで前列右側に『ブラスター・ブレード』を『コール』し、『ブラスター・ブレード』のスキルで『クルーエル』を退却させる。

『クルーエル』は先程手札に戻るのを阻止した為、ここで逃がさない手は無かった。

 

「では攻撃だ……『マロン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

ここではまだ防がない。ダメージが2なので、落ち着いて動くことを優先した。

『ダメージチェック』はノートリガーで、何もないままダメージが3になる。

 

《まだ決まらないが、勝機は整いつつある》

 

「この後に備えよう……次は『うぃんがる』の『ブースト』、『アルフレッド』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは一旦止めるか……『バリィ』で『完全ガード』!」

 

『アルフレッド』の攻撃を止めるなら、ここで『完全ガード』を使うのが得策となった。『ツインドライブ』を想定した場合、こうしないとパワーが足りなくなる。

この『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目は(ドロー)トリガーとなり、一真が『完全ガード』を握ることとなる。

ここは地方以上にファイトの流れを読める人たちが多いので、一つの事態に気付く。

 

「『エクスカルペイト』の流れが出来上がった……!」

 

貴之のお得意の連続攻撃と複数の(クリティカル)トリガーによるトドメが叶わなくなった。

明らかに一真の流れである。それだけ貴之が苦しい状況に置かれていた。

 

「最後は『ゼノン』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

ここはトリガー狙いでノーガードを選び、ノートリガーだった為ダメージが4になる。

ここで一真のターンが終わり、貴之のターンに回った。

 

「何とか耐えきったけど……どうするんだろう?」

 

「『エクスカルペイト』の阻止は不可能と見ていいからな……思惑が潰れたこの状況、お前ならどうする?」

 

一真と貴之がファイトする光景を大会以外でも見ていた裕子と真司は、今まで以上に貴之が不利であることを悟る。

『エクスカルペイト』と言う絶対的な切り札を見せつけられている以上、どうしてもそちらを対処しなければならない考え方が増えるのだが、最早それを止めることは叶わなくなったも同然だった。

 

「(この状況、どうするかな……)」

 

――聞こえるか?我が先導者(マイ・ヴァンガード)。貴之が思考の海に落ちようとした瞬間、何者かの声が貴之のみに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ここはどこだ?」

 

――さっきまで一真とファイトしてた筈だが……。いつの間にか真っ白な空間にいることに困惑しながら貴之は辺りを見渡す。

と言ってもどこまでも真っ白な空間で先に何があるかも分からない現状、動く方が危険だと判断してどうするべきかと考える時間に回すことを選ぶ。

何をどうするかを考えだそうとしたところで、再び先程自分を呼んだ声が後ろから聞こえたのでそちらを振り向く。

 

「……『オーバーロード』?」

 

『ようやく言葉を交わすことができたな。我が先導者(マイ・ヴァンガード)……』

 

誰かと思えばそこには『オーバーロード』がいて、夢にも思わなかったユニットとの直接会話が実現する。

こんなとんでもないことが実現したのもそうだが、いきなりのこと過ぎて流石に貴之も困惑が勝ってしまった。

しかしながら、少し落ち着けば自分の行動がこの現象を引き起こすに至ったと考えることはでき、至って平静な状態に戻れることができた。

 

「何がこの現象を呼び起こすきっかけになったんだ?」

 

『改めて『ヌーベルバーグ』を使用したあの日……己の限界を改めて超えようと思った意志がきっかけとなり、少しづつ実現に近づいて行った……』

 

「それで今日この時か……何だか、因果的なものを感じるよ」

 

最も大事な決勝戦の『ライド』が可能となるターンで、『オーバーロード(自身の分身)』と言葉を交わす時が来る。これ程運命的な日は無いだろう。

数いるユニットの中で真っ先に『オーバーロード』と会話できた理由に、貴之は何となく察しが付いている。

 

『せっかくの時間だというのに、もう時間が来てしまうのは惜しいな……』

 

――また機会が訪れる日は十分にあり得るが、次がいつになるかは分からないらしい。その為『オーバーロード』は一番伝えたかったことを伝えることにする。

 

『長い間共に戦えたことは私の誇りだ……今までありがとう、我が先導者(マイ・ヴァンガード)

 

まず初めに礼を言いたい気持ちはよく分かった。何しろ必要な時に『クラン』を変えてファイトする時以外、貴之は必ず『オーバーロード』を使っていたからだ。

そしてこれが『オーバーロード』と会話できる理由に繋がっていた。他のどのユニットよりも絆が強固なのだ。

礼を聞けた貴之は嬉しくなるが、何もこれでもう終わりじゃないから、一言返すことを決める。

 

「ちょっと違うな……。まだ俺のヴァンガードの道は終わらない。だから……」

 

――これからもよろしくな。貴之が右手を差し出す。

人と巨竜が対峙している為、立ったままではその手を握ることは叶わない。

 

『当然だ。これからもよろしく頼む』

 

――そして、我らを勝利へと導いてくれ。『オーバーロード』は握手をできるようにする為地面に膝を付き、剣を左手に持ち変える。

そして『オーバーロード(黙示録の風)』と遠導貴之(先導者)……巨竜と人と言う異種族による握手は実現した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……貴之?」

 

自分がターン終了を宣言してから15秒程貴之が動かないので、一真は思わず名を呼んだ。彼がそうしたように会場も少々困惑気味になっている。

何か考えているのかと推測する人もいれば、諦めてしまったのかと絶望視する人もいた。ちなみに貴之の知人や友人は全員前者側である。

後者の方はすぐに、貴之がゆっくりと目を開けたことで否定される。

 

《警戒せよ、我が先導者(マイ・ヴァンガード)

 

「(……?あれは何だ?)」

 

真正面にいる一真は、貴之の目に変化があることに気づいた。一真にユニットの声が聞こえているが、何が来るまでは予測出来なかった。

色合いはいつもと変わらない蒼い瞳なのだが、微かに光を宿している。

――大丈夫だ。いつも通り戦うだけ……。貴之は「待たせたな」とだけ声をかける。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

貴之が自分の三回目のターンを始める時、Roseliaのメンバーも演奏を行う時間が回ってきていた。

ライトがこちらに照らされた後、挨拶とメンバー紹介を行う。

この時のメンバー紹介はファーストライブの時と殆ど同じではあるが、チームで用意した専用の衣装もあって統一感が大幅に増していた。

 

「この曲は私たちが新たに一歩を踏み出した証とも言えるものです。聞いて下さい……『Re:birthday』」

 

「我が分身は、全てを焼き尽くす紅蓮の炎……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

貴之が『オーバーロード』に『ライド』するタイミングと、Roseliaが演奏を始めるタイミングは同時だった。

この時ヴァンガードの会場は前口上が入り、普段以上の思い入れを感じさせる貴之に目を釘付けにされ、Roseliaのライブは開始と同時に歓声が湧き上がる。

Roseliaは友希那が信頼できる人たちと豪語したメンバー故に期待が寄せられていて、貴之はより強く『オーバーロード』の気配を感じさせたからと言うのもある。

また、『ライド』した『オーバーロード』は瞳の色が普段の黄色から、今の貴之と同じ蒼色の瞳になっていた。

 

「『イマジナリーギフト』、『フォース』!来い、『バーサーク・ドラゴン』、『ラオピア』!さらに『オーバーロード』は『ソウルブラスト』!」

 

『Re:birthday』は一人で抱え込んでいたことの後悔と、それを告げたことによる新たな始まりを意識した歌で、バンドの音に合わせたバラードに近い要素もある高度な曲となっていた。

その歌いだしに合わせて貴之の『メインフェイズ』が行われる。前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列中央に『ラオピア』であった。

『メインフェイズ』を行っている際、貴之は手札の呼ぶべきユニットはカードの外側が青く光っているように見えており、ファイトにおけるガイドがある状態で行っていた。

しかしながら、大体自分と同じ考えであった為貴之はそれを答え合わせと認識しながら行い、そのまま『バトルフェイズ』に進む。

 

「行くぞ……!まずは『バー』で『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

《まだ大丈夫だ》

 

「ならノーガード、『ダメージチェック』……」

 

今回はノートリガーで、ダメージが3になる。

これによって『オーバーロード』で攻撃した際の『トリガーチェック』次第では、敗北の可能性(デッド・ライン)まで持ち込まれる危険性が跳ね上がる。

更には貴之のお得意な土壇場による的確なトリガー引きと、今回の雰囲気の変化が合わさって尚更警戒する必要があった。

 

「これで届かせる必要はない……『オーバーロード』で『ブラスター・ブレード』にアタック!」

 

《私には構わず……!》

 

「済まない、ここはノーガードだ!」

 

『Re:birthday』はここでサビの部分に突入し、会場を一気に盛り上げていく。

『ツインドライブ』では一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、『ブラスター・ブレード』が炎に焼かれて退却させられる。

当然貴之は『オーバーロード』をスタンドさせ、『オーバーロード』となった貴之はその瞳をギラリと光らせてから咆哮する。

 

「行くぞ『ラオピア』!『アルフレッド』を打つ為の力を貸してくれ!」

 

《トリガーが来るぞ!》

 

「ならば、『イゾルテ』だ!」

 

決めきる必要はない……そう言っていた貴之の言葉が反映されるかの如く、『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーだった。

効果は使える為ダメージが3に回復し、パワーは攻撃をしていない『アーマード・ナイト』に回された。

 

「頼む、『アーマード・ナイト』!」

 

《後は決めに行こう》

 

「ああ。ここもノーガードだ」

 

後は『エクスカルペイト』で決めるだけと踏んでいた一真は、ここでノーガードを選択する。

この結果がノートリガーであり、ダメージが4になる。この一方で『Re:birthday』は二番の歌詞に入りだした。

 

「ここからどうする……?手札が不安だな」

 

「(ここが正念場だ。耐えてくれよ貴之……!)」

 

竜馬は貴之目線で考え出し、俊哉は友がこの状況を耐えられることに賭けた。

そして、一真の四ターン目……引いてはこのファイトの勝敗に直結するほど重要なターンが始まった。

 

「私は今ここで『オーバーロード(黙示録の風)』を討ち、栄光を掴もう!」

 

「良いぜ……来い!俺は真正面から耐えきってやる!」

 

「ならば遠慮なく……!『ライド』!『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』!」

 

貴之も貴之で(ヒール)トリガーさえ一真が引かなければ勝機が十分すぎる程残っている。故に絶望などどこにもなかった。

登場時のスキルを発動し、『フォース』をヴァンガードに設置した後に前列右側に『ギャラティン』を『コール』する。

 

「一時の剣を見せよう……『エクスカルペイト・ザ・ブラスター』で全てのユニットへアタック!」

 

「『バリィ』、頼む!お前ら、後は任せろ!」

 

貴之は何の迷いも無く自身を守る。

『ツインドライブ』が二枚とも(クリティカル)トリガーで、効果が全て『ギャラティン』に回される。

こうなったのは『エクスカルペイト』は効果を残せないこと、仮に耐えられた場合、半端な割り振りをすると攻撃が届かなくなるからだった。

 

「く、(クリティカル)が二枚……!」

 

「不味いな……『ブラスター・ブレード』の後にももう一回あるぞ」

 

『ブラスター・ブレード』を耐えてもパワーが38000の攻撃が控えている。更に『ブラスター・ブレード』は(クリティカル)が3になる可能性もある為、どちらかをノーガードにしないと手札が持たない。

正直言って運頼みとしか言えない状況であった。

 

「決めさせて貰う……!『うぃんがる』、我に続け!『オーバーロード』を討つ!」

 

「ここで引いたら負ける……!俺はノーガードだ!」

 

貴之はデッキが光っていることを信じて選択する。

『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーが引き当てられ、会場の空気が大きく動く。

 

「これで決着だ!貴之!」

 

イメージ内で『ブラスター・ブレード』となった一真が、『オーバーロード』となった貴之に剣を深く突き刺す。

しかしその剣を引き抜いても、貴之の姿が消滅する気配は無かった。

 

「何!?まさか……!」

 

「あの時の趣旨返しだな……ゲット、(ヒール)トリガー……」

 

『ダメージチェック』の結果は(ドロー)(クリティカル)(ヒール)の順となり、貴之は敗北を免れていた。

これによって会場はざわついた様子となる。もうどちらが勝つかわからない。そんな空気で満ち溢れていた。

 

《まだ希望を捨てる訳には行かない……》

 

「勿論そのつもりだ……『アレン』、『ギャラティン』、頼む!」

 

「後は頼んだぜ、『ゲンジョウ』!」

 

パワー48000の攻撃は合計パワー63000の前に防がれる。

これでこのターンはどうすることもできない一真は、ターンを終了するしかなかった。

 

「さて、耐えきった貴之がここから巻き返す訳だが……」

 

「「(貴之ならここで引くだろう()……)」」

 

竜馬たちのように大抵の人たちは『ウォーターフォウル』の一点突破が勝ち筋だと考えるが、裏事情を知っている大介と弘人はある種の確信があった。

『ウォーターフォウル』を使った場合、地方の時のように一真が(ヒール)トリガーを引く可能性があるのが懸念材料となり、その対策を考えるともうそれしかない。

『ドライブチェック』が一回しかできなくなるものの、貴之のイメージ力なら何ら問題無いし、『完全ガード』が確認できない以上こちらの方がパワー的に確実性が跳ね上がる。

周りの人たちの予想を大きく裏切ることになる貴之のターンが始まった瞬間、一真は再び変化を見ることになる。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

「(今度は元に戻った?)」

 

我が先導者(マイ・ヴァンガード)!向こうは既に、このターンで決める用意を整えている!》

 

「何……!?」

 

貴之がドローを済ませた瞬間、貴之の瞳が光を宿すのが止まった。

そのことに疑問を抱いた瞬間にユニットの焦った声を聞いた一真は驚いた。『PSYクオリア(この力)』を持ってしてもここまで焦った声は聞いたことが無かった。

イメージ内でも影響は現れており、『オーバーロード』となっている貴之の瞳は、『オーバーロード』が持つ本来の黄色に戻っている。

また、貴之も『ドロー』を済ませた段階でガイドラインのようなものは見えなくなっているが、このファイトではそんなもの必要ない状況まで持って行ったので、何も問題は無かった。

 

「お前が『エクスカルペイト』を隠しきっていたように、こっちも隠しきっていたのを使わせてもらうぜ!」

 

「隠しきっていたもの……?」

 

「今こそ栄光を掴み、俺の望む未来(イメージ)を掴み取る!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

貴之が『ライド』した時、Roseliaの演奏も終わりが近づいていた。

観客が盛り上がり続けている最中、演奏しているRoseliaのメンバーは自身の状態になって気づいた。

 

「(薄々感じていたけれど……私はこんなに穏やかな気持を抱けるようになっていたのね)」

 

「(さっきまで緊張してたのがウソみたい……アタシ、めちゃめちゃ自然に弾けてんじゃん!これならもう大丈夫♪)」

 

「(やっぱり……Roseliaはカッコイイあこにしてくれる魔法を持ってるんだ……!)」

 

「(歓声もライトも全然気にならない……私は心が強くなったんだ……)」

 

「我が道に祝福を与えるのは……『超越龍 ドラゴニック・ヌーベルバーグ』!」

 

紗夜と燐子は自分の変化を改めて自覚し、リサとあこは現在の自分を見て確信を抱く。

この時貴之が全くの同タイミングで『ヌーベルバーグ』に『ライド』し、大介と弘人を省いて何も知らない人たちを騒然とさせる。

貴之が最後の最後まで隠しきっていたこと、実際に初めて見ることのできるグレード4同士の対決、更に貴之が『ライド』した際の負担にやられないか等様々な考えや現状がめぐり合わせた結果になる。

 

「貴之……平気なのか?」

 

「ああ。平気に()()()()

 

何故一真がそう問うたのか、そして貴之がそう答えたのかの真相は玲奈以外誰も気づけない。

思わず聞いてしまったものの、貴之の回答を聞いてようやく会場が落ち着いた為、その問いをまともに聞いていた人はいない。聞こうとしても聞こえやしなかったのだ。

また、貴之の回答によって自身のように能力を用いた制御ではなく、貴之が正当な手段で問題なく制御できたことは自身の先へ出たことを示していた。

 

「悪いな……俺らも黙ってるように頼まれてたんだ」

 

「一度使ったら対策されるから、その時までってね……」

 

「貴之……そこまでやるとはな……」

 

友希那に己の気持ちを伝えたいと言う想いが如実に出た結果の一つだろうと、俊哉は考えた。

以前、貴之が殴られる可能性があると示唆していた意味がようやく分かり、しかしながらそこまで怒りの情は出てこなかった。

と言うのも、自分より前に友希那と共にリサから思いっきり絞られたのを知っていたのもあるが、何よりも貴之自身の友希那へ対する一途な想いと全国優勝をしたい意地を感じ取れたからである。

――ただまあ、一言だけは言わせてもらうからな?俊哉は自分なりに妥協点を見つけた。

 

「『イマジナリーギフト』、『フォース』!効果はヴァンガードに回して『ラオピア』を『コール』!さらに『ヌーベルバーグ』の『ソウルブラスト』!」

 

手札に残すことのできていた『ラオピア』を後列中央に『コール』した後、『ヌーベルバーグ』のスキルを発動して一真のリアガードを全て退却させる。

これによって一真は場ががら空きになっただけでは無く、致命的な状態に追い込まれていた。

 

「……しまった!」

 

「……?まさか一真のやつ、『ガード』ができないのか?」

 

彼の呟きを拾った真司の推測は当たりだった。

『ラオピア』のパワーが33000、『ヌーベルバーグ』のパワーが55000となった今、合計パワー88000の攻撃を防がなければならないのだが、『完全ガード』無しで残り手札が三枚な為、どう足掻いても防ぎようが無かった。

 

「『ヌーベルバーグ』はドライブチェックを1減らす、代わりに相手のトリガー効果を無効化している……もう一真君は運頼みしかできない」

 

「じゃあ、(クリティカル)トリガーを引いたら貴之君の勝ちなんだ……!」

 

玲奈が一真目線で状況を纏めたことで、裕子は貴之目線での状況を理解する。

裕子の場合、グレード4の存在を聞いてはいたものの、実際に見たことは一度も無かったのも起因している。

 

「これで決めてやる!『ラオピア』で『ブースト』、『ヌーベルバーグ』でヴァンガードにアタック!」

 

「仕方ない……ノーガードだ!」

 

《済まない……我らにはもう、打つ手がない……!》

 

「(何も考えられなくなっていく……。前からそんな時はあったけど、今回はいつも以上に……)」

 

貴之がこのファイトで最後の攻撃宣言をした際、友希那は歌いながら自分の感情に改めて気づいた。

父の音楽を認めさせたくて、歌う最中でも自分に鞭打つように考えを持ち続け、どこか無理をしていた面の強かった以前と比べ、Roseliaでの交流を深める内に皆ともっと上へと言う純粋な状態で歌うことが増えていた。

そして今回の演奏でも、この曲に込めた想いを乗せてただ純粋に歌っていた。

 

「(そう。私は、純粋な気持ちで歌うことを……()()()()()()()()()んだわ)」

 

「あの時と同じだ……俺のイメージを見せてやる!チェック・ザ・ドライブトリガー!」

 

友希那がその感情を認めたと同時に、貴之は完全なる一発勝負の『ドライブチェック』に挑む。

いつもと違う宣言と共に、貴之は山札から一枚のカードをめくる。

 

『……!』

 

「ゲット、(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「貴之……見事だ」

 

ダメージが4だったことが災いして、一真はここで敗北が決ってしまった。

イメージ内では『ヌーベルバーグ』となった貴之が『ブラスター・ブレード』となった一真に迫って左の掌を眼前に出す。

その掌から赤いビームを撃ちだし、光の奔流に飲み込まれた『ブラスター・ブレード』となった一真は『クレイ』から消滅する。

また、貴之がトリガーを引いている頃に『Re:birthday』は最後のサビが終わって残りの楽器たちによる間奏に差し掛かっており、歌いきった友希那が晴れやかな表情を浮かべていた。その表情は自分たちの想いを打ち明け、生まれ変わったRoseliaの新しい物語が始まったことを意味するかのようでもあった。

そして、一真が『ダメージチェック』で二枚ともノートリガーを出してファイトが決するのと、Roseliaの演奏が終わって会場に一際大きな歓声が上がるのは、全く同じタイミングだった。




どうにか同時に完走させることができました。貴之は一先ず優勝です。
Roseliaの結果発表は次回、貴之が6ターン目から8ターン目のスタンドアンドドローまで発動していた能力はどこか別の章で明かしていきたいと思います。
貴之の能力は「こいつにPSYクオリア合わなそうだな……?」と言う考えから思いついた本小説専用の能力になります。

このライブとファイトが並行する方式がどうかの意見が欲しいので、アンケートを用意させていただきます。良かったら協力していただけると幸いです。

次回はRoseliaシナリオ20話をやってこの章が完結……と思いましたが、後一個だけやることがあったので、20話の後に追加で一話オリジナルの話しを入れてようやくRoseliaシナリオ1章分が完結です。
……ここまでRoseliaシナリオ1章に時間かけてる小説があるでしょうか?(汗)


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イメージ49 一つの終着点

Roseliaシナリオ20話です。
この話を含め、この章は後二話で終わります。


「か、勝った……」

 

まるで夢のようだった。自分があれだけ望んだ場所に立てた貴之は、予想より実感が湧いていない自分に気付く。

これは今まで全く届かなかった場所に挑み、そこにたどり着けなかった故に感覚が麻痺していたことも起因している。

自分がそうだと思っていても、目の前にはダメージ5で耐えきった自分とたった今ダメージが6となり敗北を喫した一真。この事実が貴之の思考を現実に引き戻す。

 

「まさか、地方の時と同じことをやり返されるとは思わなかったよ」

 

ユニット(あいつら)を信じていたからできたんだ……正直、やられた時はすげぇひやひやしたけどな」

 

互いに逆の立場になり、当人がその時抱いた気持ちを理解する。

ファイトの流れとしてはそうだが、一真は貴之がもう一つの見解を得ているだろうことを確信していた。

 

「ところで……貴之は気づいていたかい?君が『オーバーロード』になる直前から、『ヌーベルバーグ』に『ライド』するまでの間、様子が変わっていたのを……」

 

「ああ。俺のファイトを補助する……というか、俺がやろうとしていることを答え合わせするかのようにガイドラインみたいなのが見えてた」

 

――ああいうのを自分で体感すると、やっぱり大事な時以外は別に使わないでいいやと思ったよ……。『PSYクオリア』ではないが、貴之は自身がそう言った力を使用できたことで一真の言っていた力に対する禁忌感を理解した。

当時の彼と大きく違う点としては、あれが『PSYクオリア』とは別でもう一つの絆が産んだ力と認識している為その存在を否定はせず、最初からどうやって使って行こうかは決まっていた。

ここで言う貴之の大事な時と言うのは全国大会等の大きな大会、そして一真と全力でぶつかる時の二点が現状だった。

もしかしたらこれからこの条件の線引きは緩くなるかもしれないが、そもそもまずはいつでも自由に使用するか否かを選べるようにする必要があるだろう。

 

「二連覇どころか、リベンジの壁が大きくなってしまったけど……また挑ませて貰うよ」

 

「そっか……俺が挑まれる側に戻ったのか……。そう言う事ならいつでも受けて立つ、またファイトしようぜ」

 

――ありがとうございました。いいファイトでした。二人が握手を交わし、周りから拍手が聞こえ始めたことが大会の終わりを告げていた。

一真の言葉で気づかされたように、貴之は彼が『PSYクオリア』を発現して暫くするまでの頃に挑む、挑まれるの関係が戻ったことに気付く。

 

「こっちはこれで完了……残りは向こう次第か」

 

「時間的にはもう審査待ちだっけ?どうなったんだろ……」

 

友希那も大丈夫ならこれで後は当人たちのタイミングで……となって終わるからこそ気になる。

向こうは時間が来たら終わるまでは連絡が取れないと言っていたので、こちらが連絡を待つ側になっていた。

また、俊哉はリサから自分の呟きを発見した旨を聞いている為、貴之のことを考慮して連絡は自分へ回すようにと頼んである。

全国優勝を果たした貴之はこの後、雑誌の関係者から短時間ながらインタビューを受けることが決まっており、その間彼は連絡を取ろうにも取れないのだ。

貴之たちが台から離れた後、片付けと同時に賞状とトロフィーが用意され始めるので何故かと一瞬考え、それに気づいた玲奈がハッとする。

 

「あっ、表彰式……!あたし3位だから行かなきゃ!」

 

「ん……?あっ、俺もか!」

 

「俊哉、ちょっとの間携帯預かっとこうか?」

 

準決勝まで進んだ玲奈と俊哉の分も準備されており、二人は下に降りなければならない。

この為俊哉が連絡に出れなくなるので、大介の進言は非常にありがたかった。

 

「あいつら……表彰を忘れてどうするんだよ」

 

「というか、青山さんは地方もそうだったのに……」

 

俊哉は前回表彰に立っていなかったのでそのまま染み込んでしまったが、玲奈は素で忘れていた。

その様子に竜馬と弘人が呆れと苦笑を混ぜた呟きをすると、ごもっともだなと裕子は思った。

 

「貴之君、ようやく取れたんだね……」

 

「あいつ、これ以上なく笑っているよ」

 

三位の二人、準優勝の一真と順番に賞を渡され、最後に貴之へは賞と共に優勝トロフィーを送られる。

そのトロフィーを受け取った貴之は、夢が叶ったのもあり普段以上に目を輝かせた笑みをしていた。

また、貴之がトロフィーを受け取った瞬間には「やったな貴之!」、「ナイスファイト!」、「おめでとう!」等々彼の奮闘を称える言葉と拍手が送られる。この場にいる者たちは貴之と交流のある者や経歴を知る者が多く、いつしか栄光を掴むと思って待っていた時間が来たのも大きかった。

 

「(友希那……俺は掴み取ったぞ!)」

 

このトロフィーを手にしたことは、貴之に取って今後の人生を大きく決定づけるターニングポイントであり、別の場所で戦う友希那たちに最も胸を張って自慢できる出来事となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

《エントリーNO.11――Roselia。受賞したバンドは以上です》

 

『(と、通った……?)』

 

周りの人たちが安堵していたり盛り上がっていたりする声をBGM代わりに、Roseliaのメンバーは暫し硬直していた。

確かに、実力自体は集まったバンドの中でもトップ争いに参加するものを持っているし、今回のコンテストにあたって可能な限りの練習はして来た。それは間違いない。

ただし、結成してからが非常に短い為、このような場所に来るとどうしても荒削りな場面が出てしまう()()()と考えていた。

そんなこともあり、五人は現実味を感じるのが遅れてしまっていた。

 

《講評を聞きたいバンドは後ほどお呼びしますので、控え室に残っていてください。他のバンド及び、来場の皆様は……》

 

「……聞いてみる?」

 

「ええ。私も気になってはいたから……」

 

アナウンスを聞いた段階で、リサに問われるよりも早く友希那の答えは決まっていた。

友希那のみならず、全員が気になっていたことなので、呼ばれるまでは控え室で待機をする。

 

《素晴らしい演奏だったわ。結成してから()()()()()()()にも関わらず、本大会で()()()()と……この場だからこそ堂々と言えてしまう》

 

そして自分たちが講評を聞く番が回ってきて、審査員の代表者である女性がその評価を告げる。

彼女から出てきた言葉に、自分たちの気になる部分があった。

日が浅くとも練習量が他のバンドと変わらない。そこは彼女も自分たちも共通の見解であることは間違いない。

 

「正直なところ、荒削りな面を理由に落選する可能性もあると考えていましたが……」

 

《……確かに、あなたたちの危惧はよく分かるわ。他のチームと比べて共に音を合わせる時間の短さは、こう言った大きな場面でこそ響いて来る……》

 

――ただ、不思議なことにあなたたちはその危惧していた荒削りな部分が全く見えなかった。女性からの言葉に五人は息を呑む。

 

《あなたたちの中にある、チームで勝ち取ろうとする意志と、互いに相手を想う気持ちと行動。そして前に行こうとする志……それらが完成度を引き上げたようね》

 

「(相手を想う……。それは間違い無く……)」

 

「(私と湊さんは筆頭ですね……)」

 

彼女の言った三点は自分たちの変化を表していることに気付く。

特に中心核の友希那と一人で進もうとしていた紗夜は特に変化が大きく、この二人が自覚しない要素など無かった。

 

「(前に進むって言えば……)」

 

「(やっぱり、私だよね)」

 

支えてもらった燐子と、彼女と最も距離の近いあこもそれに気づく。

明るく、堂々と話すようになった燐子を見た時、あこは一瞬別人みたいだと思ったことをよく覚えている。

 

「えーっと……」

 

《どうやら、約一名自覚の薄い人がいるわね》

 

「リサ……あなたこんな時までそうでなくても」

 

「い、いやぁ……だってアタシがああしてるのいつものことだし?」

 

リサのリアクションが薄かったので、女性も少々困惑気味だった。友希那に言われてリサも流石にそこは申し訳ないと思った。

FWFがただのフェスでないことを理解しているかの確認をしてから、女性は話しを進める。

 

《あなたたちは若く、ビジュアルもいい……きっと話題になるでしょうし、今出すのは勿体ないとも思っていたわ……》

 

『……』

 

これは彼女の前置きであることを五人は理解する。

こうして五人に話しをしている彼女自身も、『入賞』ではなく『優勝』でメインステージに行ってほしいと言う願いがあった。

 

《ただ、こうも簡単に『優勝』されてしまっては、もう通すしかない……と言うことになったの》

 

「……!」

 

Roseliaは初出場にして優勝を果たしていたのだ。ちなみに審査員の殆ど全員が彼女らに最も高い評価を入れていた為、文句なしに通せる結果となった。

 

《メインステージでは更に技術のあるバンドも現れ、そこでは思うように自分たちの音楽が通じない可能性だって出てくるでしょう……。こうしてメインステージへ送る以上、あなたたちにはただ演奏するだけでなく、自分たちが先へ進むためにそこに行く人たちの技術やチームとしての姿を学んでほしいわ》

 

――そしてまた来年、磨きを掛けたあなたたちの音楽を聴かせてください。彼女の激励にRoseliaの五人は笑みと共に頷いた。

 

「(貴之……私は掴み取ったわ)」

 

今現在インタビューを受けている貴之と同じく、コンテストで入賞を果たしたRoselia……特に友希那にとっては今後の人生を大きく決定づけるターニングポイントであり、貴之に向けて最も誇れる出来事となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさかインタビューで一時間以上も食うとは思わなかった……」

 

「お前のやらかしたことを考えれば残当(とうぜん)だな」

 

全国大会優勝者として、歴代でぶっちぎりの最長時間を更新するインタビューを終えた貴之は商店街の近くにあるラーメン屋のカウンターで突っ伏す。

インタビューの平均時間である20~30程度のものを、ダブルスコアで更新してしまったのだから予想以上の長さに疲労感が溜ってしまったのだ。

ただ普通に優勝するならば長年の夢が叶っておめでとうとありきたりな感想等だけで終わったのだが、俊哉の言う通り貴之のやらかしたここ一番でグレード4の投入と制御に完全成功するという功績があったことで、何としてもその経緯を広めたいと長引いてしまったのだ。

また、このラーメン屋の選択は優勝者の貴之が気分で選んだのと、久々に思いっきり油っこいのを食べたいと言う玲奈のリクエストがあったことが起因する。

なお、ここにいるのは地方が違う都合上新幹線で帰郷した真司と裕子を省き、一真も混ざった七人である。

 

「しかしまあ、あんな光景を見れるとは誰も思ってなかっただろうな……」

 

「リアガードを全て追い払うなら、『ボーテックス・ドラゴン』もあったからね」

 

竜馬の呟きは最もで、弘人と大介を省き事情を知らなかった全員が同じ気持ちである。

今集まっている七人に『ヌーベルバーグ』を知らない人などいないが、まさか本当に使うとは思わなかっただろう。

また、弘人が触れた『ボーテックス・ドラゴン』も、実は非常に大きな働きをしていた。

 

「今回もこの中にいる相手以外で『ボーテックス・ドラゴン』を一度だけ使っていたから、僕はそちらに意識が回ってしまってね……。完全にしてやられたよ」

 

『ラオピア』との兼ね合いを考えたら、『ウォーターフォウル』以外には『ボーテックス』が鍵になるかもしれないと一真は考えていた。

更に言えば彼の場合は自分がグレード4を制御するに至った方法が方法なので、その考えが貴之も投入してくる考えを消し去ってしまったことも原因の一つとなる。

つまるところ、自分の制御方法を確立してしまった故に、貴之のあまりにも堂々たる諦めが悪い正面突破での制御を考えることができず、『ヌーベルバーグ』に対する対策を立てるのは真っ先に捨ててしまったのである。

地方における一回限りの隠し玉に、更に隠し玉を入れ込む。この二段構えが最後まで『ヌーベルバーグ』の存在を悟らせないに至ったのだ。

 

「最初見た時は正気を疑ったぞ……。何考えてるんだお前ってな」

 

「大介の立場になったら、あたしもそうなるかな……」

 

頭を抱えた大介を見た玲奈が同情する。

普通なら友人が行うその無茶を止めたいところだが、貴之の優勝に賭けた想いを知った場合、今回のように止められない可能性は跳ね上がる。

弘人の場合、この中で貴之との関わりが最も浅い為、そう言うところからくる遠慮が止めづらくしていたのもある。

 

「お前の優勝に賭けてた気持ちはわかるし、その為に何度も練習してものにしたのは分かる……。状況が状況だし、お前を止めるのは難しいからな」

 

彼の事情を最も知る俊哉が言葉を紡ぎだす。俊哉が難しいと判断するのだから、貴之に制止は掛けきれないだろう。

――けどな……。と続けながら俊哉は貴之の肩に手を置く。

 

「こういうのはせめて手伝わせてくれ……親友(ダチ)だろ?」

 

「……分かった。次からは頼らせて貰う……というか、お願いしたいくらいだ」

 

無理に引き留めるのでは無く、補助する。これが俊哉の決めたスタンスだった。

この方針であれば貴之も断らない理由はなく、寧ろ頼み込み、それを聞いた俊哉もならばよしと満足する。

そうして話しが決まったタイミングで全員分の注文が届き、腹も空かせているので早速食べ始めることにした。

 

「これで一旦エンドマーク……といいたいが、もう一個あるんだったな……貴之は」

 

「どうするんだ?友希那に打ち明けるタイミング。お互いにやることは終わったし」

 

「どうするかな……あれから碌にデートの一つもしてねぇんだよな……」

 

俊哉と大介に問われた貴之は悩んだ。互いに物事に向けて走っていたせいでそう言った時間が一回も取れないでいたのだ。

この話し自体、最終的に貴之から友希那に連絡し、互いに約束を果たしたのを確認したからこそ問題なく話せている。

後江でこれを話していれば何の問題もなく進んでいたが、今回は知らない人がいることを忘れていた。

 

「デートとか打ち明けるとか……お前ら何の話ししてんだ?」

 

「ああそっか……そういや話して無いんだっけ?」

 

竜馬に問われて俊哉は気づいた。このままでは完全に外野となってしまう人が出てくるのだ。

 

「実はこいつ……友希那のことが好きなんだよ」

 

「何でも転校の都合で一度別れることになったから一つ約束をして、それを果たしたら伝えたいことを伝えるって決めたらしくてな……貴之の場合は全国優勝だ」

 

「ちなみに友希那の場合はコンテストを通過してFWFに出場……。これをお互いに果たしたけど、まともにそう言ったことしてないって事態に気づいたわけなの」

 

「「「そ、そんな事情があったとは(のか)……」」」

 

後江組から説明を聞いた宮地組がようやく事情を理解する。

また、貴之がヴァンガードを始めたきっかけが初恋と友希那の歌であることから更に驚くこととなる。

 

「おいおい……かの『オーバーロード』使いとして名を馳せた先導者の始まりが初恋って予想外過ぎるぞ……」

 

「もっとこう……「イメージが爆発した!」とかの方が納得しやすかったかな……」

 

この反応に貴之は何も言い返せなかった。こう言った事情を知らない人たちからは大抵このような反応をされる。

――これが想像と現実の差ってやつなんだろうか……。貴之はそんなことを考えた。

 

「まあともあれ、どうやってそこまで持っていくかだな……」

 

「今日この後言っちゃうのが一番速いけど、それは空気的な問題で難しそうだよね……」

 

少なくとも今日このまま告白は難しい。それがこの場にいる者たちの見解となった。

ではどうやって持ち込む準備をしようかという話しだが、頭の抱えたくなる事態に陥る。

 

「「「(既に両想いだと言うのに、ここからやるのか……!)」」」

 

「「「……?」」」

 

もう既に思いっきり伝えても大丈夫なのだが、空気が大事。このジレンマともどかしさに頭を抱えた。

こうなったら流れに任せるしかないだろうか?そんな結論を出してしまいそうになる。

 

「考えてくれるのはありがたいが……やっぱ、そういうのは俺が話し持ち込んでちゃんと決めないとな。決まった時にちょっと手伝ってくれるか?」

 

そんな時に貴之から一つの申し出を出す。

俊哉の言ってた方向性とは少し違うものにはなるが、ここから頼んでみようと思ったことも大きい。

 

「そうだね。貴之たちで決めた方がいいよね」

 

「……そう言う事なら頼まれた」

 

「やるからには、当然成功だよな?」

 

「ああ。結果は伝えられる時になったらすぐ言うよ」

 

こうしてこの後はどうするかが決まる。

全国大会終わったのにもう新しく戦うのか……と思う宮地組の三人だが、こちらは余程下手なことさえしなければ問題無いので、後は友希那と貴之の裁量次第である。

後は貴之が頑張るべきことなのでこの話しは終わりにし、今日の大会や出会った真司と裕子のこと、そして今後のデッキ見直し等の話しに切り替わった。

 

「(今後もこうやって、友希那と一緒に階段を駆け上がって行けたらいいな……)」

 

皆と談笑しながら食べ進めて行く貴之は、そんな未来が訪れることを願った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで……Roseliaのコンテスト通過を祝しまして、乾杯~♪」

 

「乾杯~っ!」

 

「「「乾杯……」」」

 

貴之らがラーメン屋で夕食を取っている最中、リサの提案によってこちらもレストランにて夕食を取ることとなった。

この乾杯の音頭を取ったのはリサ、ノリノリで返したのはあこ。残った三人は落ち着いた様子で返した。

ここでノーリアクションをしない辺り、紗夜は自分がだいぶ変わったと思い、友希那は戻って来れてよかったと安堵する。

 

「お待たせしました。こちら……」

 

確かにコンテストを通過した祝いではあるが、やけ食いになるほどの量を頼んだりはしない。最初はアリだと思ったが、後が大変だから流石に辞めようとなった。

結果としてそれぞれが自分の分量に合うものを注文し、それぞれのペースで食べ始めることとなる。

 

「二人とも落ち着いて……いるわけないか」

 

「流石に今回は無理よ……念願が叶ったのだから」

 

「あの大舞台ですから、余韻が残らないはずありません」

 

表情では分かりにくいことのある二人だが、目元等を見れば熱っぽいのが分かる。

また、声音もほんの僅か……共にいる時間が短ければ気づけないくらいの変化があった。

特に友希那の場合は貴之とのこともあるから、この中の誰よりもその余韻は残るだろう。

 

「今日来る時はどうなるのかなって思ってたけど……結局あこ、全然気にしないで演奏楽しんでた」

 

「私も……今までで一番楽しんでたと思う」

 

あこと燐子が口にしたことは、この場にいる五人全員の共通認識と言える。

コンテストの舞台で思いっきり楽しんで演奏し、更にはメインステージに立つ権利を掴み取る。ここまで完全な形での勝利は暫く得られないかもしれないと考えさせてくれる程である。

 

「(今までは『日菜に負けない』という対抗心だけでやっていたと言うのに……本当に)」

 

自分が変わったな。と思っていた所で声を掛けられる。

誰かと思ってそちらを向けば、まだ10も行かない小さな少女が二人いた。

 

「……?私ですか?」

 

「あっ、はい……えっと、Pastel*Palettesの日菜ちゃんのお姉さんですか?」

 

――なるほど、そういうことね。日菜のいるPastel*Palettesがもう間もなくデビューするし顔も出ている。

そうなると双子の姉である自分に、こう言ったことを聞いてくる人は自ずと増えるだろう。現に目の前の少女も、日菜が言っていたことを気にして聞いてきたようだ。

紗夜がどう対応するのかが気になったリサが少々不安げに見てくるが、紗夜はリサの不安とは全く違う回答をする。

 

「ええ。そうですよ」

 

「「……!」」

 

紗夜は全く荒れる様子など無く、寧ろ目の前の二人を喜ばせてあげたいと言う優し気な笑みを見せて答えていた。

すると二人の少女は実際にいることを知れて喜び、紗夜に礼を言ってからその場を後にする。

 

「もう全然平気そうだね?」

 

「結局は自分がどう思うかだけですから……いつまでも気にしていられません」

 

確かに妹を通して自分を見てくる人は、今回のように少なからず現れる。しかも彼女がアイドルと言う目立ちやすい場所にいるのだから尚更だ。

大事なのは自分を一個人として見てもらえないから憤るのでは無く、誰が何を言おうと自分は『氷川紗夜(一人の人)』であると言う心を持ち続けることだと結論付けた。

少なくとも、知る限りでは10人以上も一個人として自分のことを見てくれる人がいるのだから、今はそれでいいのだ。

また、この直後紗夜が「この五人で今後もバンドを続けていきたい」と言ったが、「それは当たり前だろう」と言う旨で四人が返したことで五人揃って笑う。

 

「さて……友希那はこの後貴之に打ち明けないとね?」

 

「そ、そうなのよね……どうしようかしら?」

 

貴之らの方でも上がっていた話しだが、友希那と貴之は碌にデートの一つもしていないのにそれを伝えていいのかと言う疑問にやられていた。

リサも手伝うには手伝うのだが、貴之と友希那の双方における恋愛事情を把握している身としては何でこうなっているんだと頭を抱えたくなる。

確かに貴之の転校があったせいで遅れているのは確かなのだが、いっそのこと小細工無しでもいいのではないかとすら考えてしまう。

 

「リサ姉、友希那さんに何かあったの?」

 

「そう言えばこのメンバーで恋バナとか全然して無いんだっけ……」

 

――アタシも特にいないし、自然とこうなるのかな~?あこに聞かれたことで思い出したリサがそんなことを考えた。

友希那は自分が知っているから一旦置いておくとして、燐子は貴之と何か起きそうかと思えば無かった。紗夜は今までのことを考えて可能性がほぼゼロ。あこからもそんな話しを聞かないので、どうやら友希那を省いてRoseliaは恋に関しては縁が浅いようだ。

手伝う上で悩んでたし、たまにはこう言う話しもいいかも知れない。そう思ったリサは早速友希那に振ることを決めた。

 

「まあこの話しくらい、相談するつもりで行こうよ?」

 

「そ、そうね……」

 

リサの意図を理解した友希那は無駄にしたくないと言う思いもあるが、同時に恥ずかしさも出てきた。

これは後で伝えても良いだろうと思っていたが、後々問い詰められるか今問い詰められるかの差でしかないと割切ることを選んだ。

 

「じ、実は私……その……貴之のことが好きで……」

 

しかし実際に言うのは恥ずかしい。こうしてそれを打ち明ける友希那は顔が真っ赤になっていた。

それを聞いた三人はが数瞬の間硬直し、その後に反応を見せる。

 

「「「もしかして……この前のテスト勉強の時……」」」

 

「ああ~……そこで気づけたか」

 

「え……?えっ?」

 

思い当たる節はあった。実際二人で共に勉強している時は少々入りにくい空気を作っていたし、その後の夕食でも貴之と話す友希那の目は少々熱っぽいものがあった。

それをリサは確かにそこなら気づけるねと納得し、友希那はまさか気づかれるとは思わず若干混乱した様子を見せる。

 

「「(じゃあ……二人とも互いを?)」」

 

同じことを考えていた紗夜と燐子が偶然顔を合わせる。

あこには後で教えて上げよう考えてアイコンタクトで頷き合い、他の話しへ促していくことを決める。

 

「あっ、そうだ……友希那さんが髪を伸ばしたのは、貴之君への想いですか?」

 

「ええ。実際に聞いてみて……見てみたいって言われたから……」

 

話しを変えるべく燐子が真っ先に思い浮かんだのは、友希那が髪を伸ばした理由。一先ずネタバレして台無しにするのを避ける為だから、これは不味いと思わないものであれば思いつき次第話して行く方針だった。

――聞くタイミングを逃していたけど、覚えているかしら?恥ずかしさを紛らわすように自身の髪を弄る友希那は気になった。

ならそれを聞くためにも、どこか二人で出掛ける時間を作るべきだと纏まる。

 

「本当に全てを投げ出せるなら、私がバカなことをやっている間に想いを捨てる意味合いも兼ねて切ることも出来た……でも、私は捨てられなかった」

 

「それでよかったと思いますよ。そのおかげで、湊さんはこうして笑えているわけですから」

 

「と言うか、貴之さんとのことを考えたら、捨てた方が不味かった気がする……」

 

「うわ……あこの危惧通りになった未来を考えたくない……」

 

紗夜の言葉に友希那が礼を言う中、あこの言葉を聞いたリサが引きつった笑みになる。

帰ってきた貴之はショックを受けるだろうし、それが影響して友希那がスカウトを受け取ってしまったり、そもそも貴之の奮闘が消える可能性もある。

どちらも致命傷ではあるが、特に後者の場合は燐子と自分がそもそもバンドに入る為のアクションを起こさない危険性すらある為、本当にそうならないで良かったと心底安堵する。

 

「上手く行けば、貴之君の風評被害もどうにかできるかも……!」

 

「あれかぁ~……確かに、頑張れば止められそうだね♪」

 

後江は理解に努める人が多いから荒波は立たず、宮地はそういうのを気にせず学業に励む人たちの集まりなので問題無い。

ただし羽丘と花女はそうも行かず、貴之に関して色々と話しが飛び交っていたりする為、友希那と結ばせることができればそれも止められると考えたのだ。

一部は自分たちを手伝ってくれた際に増えてしまったものがある為、どうにかできないかと考えていたリサに取っては渡りに船な話しである。

 

「そう言えば、ちょっとだけ練習を控えめにしている時間ってありましたよね?」

 

「ええ。では、なるべくそちらの時間で踏み込めるようにしましょうか」

 

あこに聞かれた紗夜が早速予定を確認する。

そこからどうやって誘うのがいいのか、プランの立て方はどうやって行くべきかをリサが中心に話し出して行く。

貴之がいないのにそこまで決めてしまっていいのだろうか?と疑問に思った友希那だが、あくまでも一緒に行きたい場所等くらいだから大丈夫と言ってくれた。

流石にそれは友希那と貴之で考えるべきなので、必要以上に言うことは無い。互いに取っていつも通り過ぎる場所は避けようと言うくらいであった。

 

「(ありがとう。みんな……)」

 

自分の為にあれよこれよと考えてくれるのが、友希那はただ嬉しかった。

そして暫く話し込んだ後、長居しすぎたのでこのレストランは後にしようと言う話しが上がる。

 

「(貴之。私は今後も、あなたと一緒に登り詰めて行きたいと思う……)」

 

――あなたはどうかしら?友希那はそれを望んでいる為気にならないことはないが、一度それは置いて置き今後のことに目を向ける。

 

「さて……次は念願のFWFね」

 

「期間はそれ程残されてないし、しっかり休んだらやれることやらないとね……」

 

こんなに早く行けるとは思っていなかったので驚きはあったが、行けること自体非常に嬉しい。

しかしながら期間があまり長いわけでは無いので、今のうちにやることを済ませねばならないのも事実だった。

こうなると次も上手く行くかと言う保証はどこにもないが、かと言ってただ出るだけでは意味がない。

 

「まずは私たちがどんな位置にいるかを知る為にも、FWFでも最高の演奏をしましょう」

 

明白に目標を立て切ることはできなくても、自分たちがすべきことは分かる。紗夜の出した言葉にはそんな意味が込められている。

当然これに反対することはなく、全員が頷いた。

 

「さて……流石にもう時間かな?」

 

「メインステージもありますから、これ以上の長居は避けて、()()()()()()()()()()()

 

余裕があるならもう一軒行こうか提案しようとしたリサだが、紗夜の言う通り次があるから無理を言うのは辞めた。

体調管理をしくじって練習ができないとなったらそれは困る。だからこそそれに反対する人はいない。

 

「そうね。まずはメインステージに向けてやることをやっていきましょう……」

 

――仲良く話す時間なら、()()()()()()()()()()()()から……。友希那が涼しさと優しさを兼ね備えた笑みを浮かべながら告げた言葉だった。

そうして友希那が帰路に付き始めたので、彼女の言葉に同意した四人も笑みを浮かべて帰路に付く。

技術最優先と言う成り行きに近い結成をされたRoseliaには、確かな絆が出来上がっていた。




一先ずRoseliaシナリオの1章が完結となります。変更点としては……

・Roseliaがコンテストを通過し、メインステージへの出場を決める
・それに伴い審査員の人との会話、レストランでの会話内容が変化
・終わった後にレストランで食べたものが減量(やけ食いしてない)
・友希那は仲良くする選択肢を全面的に肯定している
・紗夜の少女たちに対する反応に優しさ増加
・友希那が恋心を打ち明ける

こんなところでしょうか。Roseliaが通過を決めた要因としては……

・スカウト案件の話しが当日に終わっている為、空白の期間が無い
・友希那を筆頭に、合わせようと思う心が強くなっていた

この二点が大きく響いていますね。
想定していた結果として四パターン程あり、その内の一つであるどちらとも大事な戦いに勝つを選択したのが今回になります。
残った三つは『両方とも負ける』、『どちらかが負ける』と言う『ここまで変わってるのにそこ変わらないのか』or『ここまでやった頑張りは何だったんだ』となり兼ねないので没となりました。
Roseliaメンバーに使わせようとして没になった『クラン』を使用してのファイト展開なら番外編で書くかも知れませんが、こちらは書かないでしょう。

アンケートの方ご協力ありがとうございました。結果的にどちらでも構わないとのことなので、こちらの裁量で決めていきたいと思います。

次回はようやく貴之と友希那によるデートイベントをやってこの章を締めくくります。
……恋愛タグ入れてるのに、碌に恋愛らしいことやってなかったのは本小説くらいでしょうね(汗)。


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イメージ50 繋がった想い

ようやくの貴之と友希那の二人によるデート回です。

この話で本章が完結します。

後、ラウクレ一日目凄い楽しく、盛り上がりました。現地で見れて大満足です。


「……よし、これで大丈夫かな?」

 

「リサ、手伝ってくれてありがとう」

 

全国大会とコンテストのあった日から二日後。湊家でリサに手伝ってもらいながら、友希那は貴之と二人きりで出掛ける為の準備をしていた。

簡単な香水を使ったり、大切な人と出掛けると言うことで服装に気を遣ったりと……準備をしていたら程よい時間になっている。

今回は袖が短い白のワンピースに麦わら帽子を被った格好をしており、夏になったことに合わせたものを選んだ結果となっている。

ちなみに、この出掛けがこんなに早くできるようになったのは、丁度全国大会とコンテストが三連休の一日目であったこと、この連休はしっかり休むべく練習を無しにしていたことが起因する。

 

「(そのまま伝えてももよかったけれど……貴之もこうしたいと言っていたし、これでよかったと思うわ)」

 

祝勝会を終えた後、リサと共に家の前に来たところで後からやって来た貴之と合流し、その後貴之と友希那は二人で再会した日のように公園で話しをした。

その際に友希那から「そのまま伝えてもいいけど、やはり雰囲気等を大事にしたい」との旨を伝えたら、貴之がそれに同意してくれたのだ。それによって今日二人して出掛ける約束をこぎつけるに至る。

また、その際に言っていた貴之の言葉はどうしても友希那に意識させるものだった。

 

「(『伝えたいことは同じかも知れない』……ね。そう言われたら期待してしまうじゃない)」

 

照れた笑みと共にそんなことを言われたのだから、その時友希那の顔は少しの間真っ赤だった。

ただ、それが自分の期待通りであって欲しいと願ってしまうのは、長年待ち続けていたこともあるだろう。

 

「駅前で合流だったよね?それならアタシにできることはここまで……頑張れ~、友希那!」

 

「ええ。行ってくるわね」

 

――とは言うけれどこの準備、私よりもリサの方が楽しんでいた気がするのは気のせいかしら?そんな疑問を隅に追いやりながら友希那は底とヒールの低めなミュールを履いて外に出た。

早速合流場所に歩いて行く友希那は、今の自分が抱いている楽しみだと言う感情にどことなく懐かしさを感じる。

思い返してみれば、それは自分が暴走に近しいことを始めるまではこう言った未来を思い描いていたからだと言う結論にたどり着く。

 

「(不思議ね……体や歌の技術は進んでいるのに、心の持ち方は昔に戻ったみたいだわ)」

 

勿論それを悪いとは思わない。今までの自らを蔑ろにしてしまった時期を考えれば、寧ろ戻った方が正解すらあり得る。

そう言った意味でも、自分をこちらに引き戻す切っ掛けをずっと残してくれた貴之に気持ちを伝えたいと思った。

必ずしもそれが届くとは限らないし、断られたらどうしようかと言う不安もあるが、今は考えないでいようと頭の隅に移した。

 

「(ようやくなのだから、まずは楽しまなければね……)」

 

自分が考えすぎて空気を悪化させるわけにはいかないし、やはりこの日は大事にしたい。

方針を決めて少しだけ歩を早めた友希那の足取りは、とても軽いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(遂にこの日が来るなんてな……)」

 

待ち合わせ場所の駅前で友希那を待つ貴之は、感慨深い想いに浸っていた。

何度やっても届かず、その度に試行錯誤しながら……されど『オーバーロード』を外すことは無く絶対の意志を貫き通して、遂に辿り着いた道である。

そうして夢見た友希那と二人きりでどこかに出掛ける時間が得られたのだから、普段は頑丈メンタルで問題無い先導者も少々浮ついた気分になる。

 

「(俊哉に手伝ってもらいながら新調したりもしたから、問題はないだろうな……)」

 

貴之は新しく買った赤の薄いジャケットに黒のジーンズと同色を基調にしたスニーカー、白のインナーシャツであまり飾り過ぎないような服装にして来た。

こうなった経緯は、友希那が着替えとかに気を遣うだろうから、貴之も普段から着ている服装では合わないだろうと服を見に行ったところ、俊哉から「貴之は無理せずスタンダードで行った方がいいな。それこそヴァンガードで言う『かげろう』だ」とのことだった。

確かに変なことして引かれたりするよりも、こうした格好で些細な変化に気づいてもらった方が良いだろう。

 

「(さて……そろそろ来る頃かな?)」

 

「貴之」

 

時計で時間を確認すれば昼の10時。丁度良い時間だと思っていたところで聞きなれた声が自分を呼ぶ。

振り返ってみると、そこにはいつもと違う格好をして来た友希那がいた。

 

「待ったかしら?」

 

「いや、今来たところだ」

 

定番のやり取りではあるが、これができただけでも二人はもう嬉しかった。

何しろ長い時間離れていた影響で全くできなかったからだ。戻って来てからもそれぞれ大会とコンテストが被り、時間が取れなかったことも原因の一つである。

やり取りができて終わり……と言う訳では無いので、友希那は早速話しを振ってみる。

 

「この服装……変じゃないかしら?今日の為に用意したのだけど……」

 

「……そうだな」

 

やはり手伝って貰いながら選んだ今日の服装がどう見えるかは非常に気になる。

聞かれた貴之は全体をしっかりと、舐めまわすような見方をしないように見ていく。

普段と違った格好と言うだけでも心臓の鼓動が高鳴っている最中、落ち着いて見た所感を伝える。

 

「普段の友希那は薔薇の花が似合うけど……今日のその格好は向日葵(ひまわり)蒲公英(たんぽぽ)が似合いそうだな。普段のもいいけど、こっちも似合ってるな」

 

「そ、そう?良かった……」

 

褒められたことで友希那はホッと胸をなでおろす。思い切って決めて来た格好が合わないと言われたら間違い無く折れていただろう。

そう一安心したところで友希那も貴之の格好を注視して見ると、彼がその視線に気づいた。

 

「俺はあまり変えすぎないようにしてみたんだ。あまり派手なのにすると違和感出ちまってさ……」

 

「なるほどね……。確かに、貴之はこのままが一番いいわね」

 

友希那も話しを聞いて想像してみたところ、少し違和感を持ってしまったのでこの判断は正解だった。

それを聞いた貴之も、無理に変えないでよかったと安心する。

 

「さて……そろそろ電車が来る時間だったわね」

 

「丁度いい時間だな……ホームに移動して電車を待とう」

 

先程の話しをする時間も考え、少しだけ余裕のある時間に来るようにしており、その話しをしたら丁度良い時間になっていた。

その為早速電車に乗る為の切符を買うべく移動するのだが、その前に友希那が貴之に声を掛ける。

 

「どうした?」

 

「その……せっかくこうして二人で出掛けるのだから……。手、繋いでもいいかしら?」

 

少々歯切れが悪く、更に頬を朱色に染めた友希那がおずおずと右手を差し出すものだから、貴之の心臓が早鐘を打つ。

とは言え貴之もその方がいいと思っていたし、言い出すタイミングに迷っていたので渡りに船であった。

 

「ああ。二人きりで出掛ける貴重な時間だからな……そうしよう」

 

優しい笑みで頷いてから、貴之は左手で友希那の右手を優しく握る。この時友希那は嬉しさと恥ずかしさを感じて頬を朱色に染め、照れた笑みを浮かべる。

大丈夫なことを確認してから二人は切符を買い、丁度やって来た電車に乗って目的地へと移動を始めた。

 

「お……」

 

「どうかしたの?」

 

電車に乗って、二人ともドアの近くに寄り添っていた為に貴之は鼻に入ってくる香りに気付く。

その香りは、貴之の声に反応した友希那から発生していた。

 

「友希那……香水使ってる?」

 

「え?あ……気づいてくれたの?」

 

いきなりのことで驚いたが、気づいてもらえて嬉しかった。

今回香水は使い過ぎると後が大変だということで少なめにしているのでそのことを聞いてみると、貴之の反応はかなり良かった。

 

「俺としてもこれくらいが丁度いいと思うな。寄ったらほんのりくらいが好きなのかもな……」

 

「なら……次からもこれくらいでよさそうね」

 

無理に合わせなくてもいいのに、と貴之は思わないことも無いが、彼女が決めたのならそれでいいだろうと思った。

実際、友希那は貴之がどう見るかを一番意識していたので、貴之がそう言うならそうしたいと思っていたので何も問題無い。

目的地に着くまでは少しの間時間がある為、二人は電車内で周りの迷惑にならぬよう些細な会話を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「実はこの喫茶店、最近できたばかりの場所だから行ける時に行ってみたかったの」

 

「なるほどな……」

 

今回は友希那が行きたい場所があるとのことだったので、その近くを回ることにしていた。

昼時にしては少し早いのだが、昼時丁度につくようにした場合、店の新しさもあって相当の人が並んでしまう。その為こうして早めに来ているのだ。

幸いにも並んでいる人はそこまで多くなく、昼時の少し前には中に入れるだろう。

ちなみに昼食を取るにしてもしっかりとした料理があるので思いの外問題はないと言う、かなりいい場所であることが人の集まる理由であった。

 

「これ……昼に並んでたらどれくらいになってたんだろうな?」

 

「そうね……場合によっては、夕方くらいになっていたかもしれないわね」

 

なので、今回は本当に運が良かったと友希那は安堵する。それと同時に、もう少ししっかりと計画を立てておこうと思った。

一方で、貴之は友希那が行きたい場所を知ってから決めることを前提で来ていたので、先程電車で場所を聞くや即座に何があるかを調べていた。

これも離れていた五年間で培ったものであり、外出の多かった貴之は近くに何があるかを意識するよう心掛けている。

 

「お待ちの二名様、どうぞ」

 

「丁度いい時間ね」

 

「ああ。入るか」

 

二人が呼ばれたのは正に昼時であり、最高のタイミングで入店が叶った。

席も丁度二人用の場所に案内され、心置きなくここでの時間を堪能することができるだろう。

 

「悩むわね……どうしようかしら?」

 

「始めて入る場所だしな……確かに悩む」

 

どんなものがあるのだろうか?そう考えながら二人でメニューを見て悩む。始めて来た場所であることも拍車を掛ける。

せっかくだからゆっくりと悩んで決めようと互いに思っていたのか、焦ったりする様子はなく、時折ページをめくる時に一声かけたり、メニューを見て感想を述べたりしながらこの悩んでいる時間を楽しむ。

他愛のない談笑ですら、二人きりで出掛けることが叶った二人にとっては十分に楽しいのだ。

 

「俺はこれで行こうかな……」

 

「私も決まったわ。そろそろ呼びましょう」

 

注文するものが決まり、テーブルにあるインターフォンを押す。

数分もしない内に店員の女性がやって来たので、それぞれの注文を伝える。

この時貴之はハンバーグ、友希那はパスタを頼み、二人とも飲み物はコーヒーを頼んだ。

 

「貴之は、こういうところは慣れているのね?」

 

「離れている間は結構外出する機会が多くてな……それでこう言う場所にもよく来てたんだ」

 

遠征時代の影響で外食等で緊張することは無い。

友希那もバンドを組んでいた人たちと出かける機会があった為、ある程度は平気である。

 

「お待たせしました」

 

そうして他愛のない談笑をしていると、注文の品がやって来た。

片方だけが来たなら待とうかとも考えていたが、幸いにも二人分同時に来たので全く問題なかった。

 

「丁度いいタイミングできたし、食べるか」

 

「ええ。でもその前に……」

 

友希那が前置きを作った理由は理解できたので、貴之もコーヒーの入ったカップを手に取る。

この前置きは、二人がこうすることのできたことに直結することである。

 

「全国大会とコンテスト……お疲れ様」

 

「ああ。お疲れ様」

 

これができるのも、二人が約束を果たしたからに他ならない。だからこそ、労いの言葉を送る。

小さな動作で簡単な乾杯を行った後、二人はそれぞれのペースで食べ始める。

せっかく来た場所なこともあり、最初は注文したものの味などの話しが入る。

また、ここに来たのが始めてだと言うこともあるからか、相手が食べているものの話しを聞くとどうしても気になってしまう。

 

「……こっちも食べてみるか?」

 

「えっ?い、いいの?」

 

そんな自分の目線に気づいたのか、貴之が提案してきた。

悩みを解決できる渡りに船なものであった為、友希那は思わず反応してしまう。

 

「ああ。その代わり、そっちのも一口欲しいかな」

 

「そ、そう言うことなら大丈夫よ。えっと……その、お願いしてもいいかしら?」

 

「……?どうした?」

 

貴之の提案を受け入れた後、遠回しに食べさせてもらうことを頼んでみる。

しかしながら自分の考えを知ってか知らずか、貴之はあまり良い反応をしなかった。

と言うのも、貴之は友希那が頬を朱色にしながらしおらしい素振りをしたことに意識が回ってしまい、何を頼まれたのかを即座に理解できなかったのが起因する。要するにそれだけ友希那に見とれていた証拠である。

 

「その、そっちのを……貴之に食べさせて欲しいの……」

 

「なるほど……そう言うことなら」

 

頼んだ時の友希那は恥かしさで頭がどうにかなりそうだったが、気づいてもらえたのでひとまずはよしとする。

対する貴之も友希那の求めていることを理解したら即座に柔らかい笑みで頷き、友希那が食べやすいサイズに切ってそれをフォークに刺す。

 

「そ、それじゃあ友希那、あーん……だな」

 

「え、ええ……あ、あーん……」

 

まさか流れでこんなことができると思わず、貴之も嬉しさ以上に恥ずかしさが勝っていた。

口に運んでやる貴之もそれを貰う友希那も、互いに緊張とドキドキでどうにかなりそうな状況で無事に一切れによるやり取りを終える。

緊張と嬉しさ、恥ずかしさの三つで味わえているか不安になるが、友希那はよく噛むことに努めてしっかりと味わう。

 

「どうだ?」

 

「ええ。これも美味しいわね」

 

無事に食べることができたので、今度は友希那が貴之に渡す番となる。

こちらも大体貴之が渡してくれたのと同じ分量になるようパスタを絡めさせ、それを渡す。

 

「今度は私から……あーん……」

 

「ん。あーん……」

 

二度目だったこともあり、こちらは割とすんなりと行く。

先程と比べて余裕がある為か、貴之は嬉しさと共に貰ったものをよく味わう。

 

「これも美味いな……。いい場所だな」

 

「あなたに合っていて何よりだわ」

 

貴之の満足した笑みを見て、友希那は安堵の笑みをする。

その後は二人で楽しく談笑をしながら食べ進めて行き、二人がほぼ同じタイミングで食べきる。

食べ終わって少し腹を休ませた後、貴之が近くに映画館があることに気づき、そこで気になっていた映画がやっていることを話したので、友希那はその話しを呑む。

 

「そう言えば、一つ聞こうと思ってたことがあるんだけどさ……」

 

「……?どうしたの?」

 

会計を終えて移動を始めて少しした時に、貴之が思い出したように切り出す。

――もしかしたら……そうなのかしら?自分の予想が合っていればいいなと思いながら友希那は反応する。

 

「友希那が髪を伸ばしたのって……俺が見てみたいって言ったからか?」

 

「……!覚えてくれていたのね」

 

貴之がはっきりと覚えてくれていたので、友希那は頬を朱色に染めて笑みを浮かべる。

自分から聞こうと思っていたのだが、相手の方から確認してくれたのでそのまま乗っかることができたのも大きい。

 

「えっと……どうかしら?」

 

「ああ。改めて言わせてもらうと……」

 

――とても綺麗だよ、友希那。その言葉を聞いた友希那は嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「ええ。いいものが見れたわ」

 

友希那の満足した声を聞いて貴之は一安心する。

今回見た映画は少年と少女、二人の幼馴染みのことを描いた話しであり、それぞれが夢を抱き、将来の為に旅立つことまでが描かれている。

夢を抱くのは互いに小学生の終わり頃、それまでは二人で互いに夢へ向けた勉学に励み、時々二人して状況を話すという仲の良い姿が描かれる。

二人はその過程で恋心を抱いて行くのだが、二人ともそれは夢が叶った後、運良く逢えたらと言うことで夢を追うことを優先した。

夢が叶って別々の場所で過ごす中でもメールや電話でのやり取りは続いており、当人たちの恋は今後次第という形で終わる。

こうなったのもこの映画自体、夢を叶えると言うことが一番のテーマとして作られている為、恋に関してはおまけ要素なのだ。

しかしながら、雰囲気自体は悪くないので、状況次第ではそちらも成功しそうな終わり方が見えてはいた。

 

「一つだけ、思ったことがあるの」

 

「どうした?」

 

二人が再会できていないことで、友希那は改めて感じ取ったことがある。

切り出した自分の言葉に反応した貴之の声音は柔らかく、非常に話しやすさを引き出してくれた。

 

「私……貴之と再会できてなかったら、こうしていられなかったと思う」

 

「そっか……また会えたから、こういうこともできてるんだよな……」

 

彼らは会えていないからメールや電話しかできないが、自分たちはまた会えたからこそこうして出掛けることもできる。

貴之の場合はこれでいいのだが、友希那からすればもう一つ重要なことがある。

 

「それだけじゃないわ……。私は貴之と再会できなかったら、Roseliaでバンドを続けられなかったかも知れないから……」

 

友希那の目尻には涙が浮かんでいた。そうなった場合の未来を想像して怖かったのが大きい。

だからこそ、貴之と再会できた嬉しさも非常に大きくなる。

その気持ちを体でも伝えるべく、友希那はそっと貴之の胸へと体を預ける。

 

「だから……貴之とまた会えて、本当によかった……」

 

「俺も、友希那とまた会えてよかったよ……」

 

貴之は友希那の言葉に肯定の旨を返しながら、優しく抱き返してやる。

その行為が嬉しくて、友希那も更に体を寄せた。

 

「「(今日この後……ちゃんと伝えよう)」」

 

この行動で互いの想いが抑えられなくなった二人は、帰り出すことになった際に決意をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お互い楽しめたようで何よりだな……」

 

「ええ。出掛けられて良かったわ」

 

自分たちの家の最寄り駅で電車を降り、二人は帰りの道を歩く。

帰りの電車に乗った際、二人共々肩を寄せ合って眠りこけてしまい、危うく乗り過ごしそうになったのは内緒である。

電車を降りた後は互いに手を繋いだ状態であり、そのまま互いの家の前……には行かず、再会した時の夜と同じく近くの公園へと足を運んでいた。

二人共々伝えたいことを伝えたかった為、人目の付かない場所に移動したかったのがある。

 

「「その……伝えたかったことなんだけど」」

 

タイミングが被ってしまい、二人はそこで硬直する。

 

「えっと……レディーファースト、なのかしら?」

 

「どうなんだろうな……こういう大事な時は男が先とも言うけど……」

 

妙に切り出しづらい状況になって戸惑ったが、覚悟を決めた貴之が先に切り出すことにした。

 

「こういうのあんまり得意じゃないから、思い切って直接言わせてくれ……」

 

「え、ええ……」

 

貴之の決意した目を見た友希那は半ば反射的な返事になってしまった。

あまり長引かせると決意が揺らぎそうなので、貴之はすぐに続ける。

 

「俺、遠導貴之は……湊友希那のことが、一人の女の子として好きです」

 

「……!」

 

――もしよければ、俺と付き合ってください。貴之が綺麗に頭を下げながら右手を差し出す。

その言葉に驚き、嬉しかった友希那は頬を朱色にしながら口元を抑え、目尻から涙をこぼした。

数瞬の硬直から抜け出した友希那はすぐに駆け出し、その右手を両手で取る。

 

「……!」

 

「喜んで……。私、湊友希那も、遠導貴之のことが、一人の男子として好きです」

 

自分の手を包まれるような感触を感じた貴之が顔を上げ、友希那が笑みと共に告白を返すのを見る。

両想いであることを確認した二人は体を寄せ合った。当然、両者共に嬉しさの籠った笑みを浮かべていた。

 

「いつから、私のことが好きだったの?」

 

「俺はヴァンガードを始める前に、友希那の歌を聞いた時から……そっちは?」

 

「私は貴之がヴァンガードを始めた後に、私のことを理解しようとしてくれる姿勢を見た時から……」

 

好きになった時期を伝え合った時、二人は自分には目の前の人がいなければ今は無かったと再認識する。

こうして約束を果たし、伝えたいことも伝えた二人はこの先新しい場所に進むことになるが、途中で立ち止まっても最後は進んで行けると感じていた。

 

「またお互い、頑張っていきましょう……。まだまだ上を目指せるわ」

 

「ああ。それと、これからも末永くよろしくな」

 

「……!ええ。こちらこそよろしくお願いするわ」

 

互いに握手を交わした二人は幸せを噛みしめた満面の笑みをする。

気持ちを伝え、これからも互いにそれぞれで上を目指すことを決めてから、二人は手を繋いで家に戻っていくのだった。




一先ず二人の想いが重なったところで本章は完結です。予想より長くなっていました……(笑)。

次の章ではイマジナリーギフトⅡを追加したファイトを数本と、イベントシナリオの「思い繋ぐ、未完成な歌」と「Don't leave me,Lisa!!」……この三つをやっていこうと思います。
特に「思い繋ぐ、未完成な歌」は本章の結果を反映した展開をしていこうかと考えているところです。

今回の感想に関してはラウクレ二日目がある都合上、返信が遅れる可能性がありますので、遅くなってしまったらすいません。

最後に、ここまで読んでいただきありがとうございます。これからもまだ続いていくので、今後とも本章説をよろしくお願いいたします。


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次の場所へ行く為に
ライド1 新しき日々の始まり


ここから新章です。
サブタイの「ライド〇〇」はヴァンガード(旧アニメ版)を参考にしています。書き方を英語からカタカナに変えていますね。

まずは出だしとして日常部分と『イマジナリーギフトⅡ』の導入からです。

ラウクレは二日間とても楽しかったです。RoseliaとRAS、そしてスタッフの皆様には本当に感謝しかありませんよ……。
また、木曜日からリリース開始されたヴァンガードzeroも触りました。ガチャのリセマラ無しで『オーバーロード』を引けたので一安心です。


「あら……気持ちよさそうに寝ているわね」

 

何者かが入って来て自分の寝ているのを見た感想を告げているが、貴之は反応する様子を見せない。

貴之の眠りは割と深い方であり、緊急事態でもなければアラーム音が聞こえるか、誰かに揺すられて起こされるかまではこうして寝たままであることが殆どである。

休日だった場合は基本的にアラームを掛けないので、普段より起きるのがある程度遅くなったりするのもそこにある。

入ってきた人物はそのままそっと貴之のところまで近寄り、彼の肩を優しく揺する。

 

「貴之、起きて。朝になったわよ?」

 

「ん……んぁ……?」

 

――時計のアラームこんなにいい声出すようになってたっけ?寝ぼけが残っているせいでずれた考えをしてしまった貴之はゆっくりと瞼を開く。

その開けた視界には微笑んでる友希那が一杯に映り、貴之が起きたのを確認した彼女が声を掛ける。

 

「おはよう、貴之。よく眠れたかしら?」

 

「ああ……友希那が起こしてくれたから、寝覚めもバッチリだな」

 

「そう。それならよかったわ」

 

貴之の反応に友希那も満足する。実際、貴之もすぐに布団から体を出した。

今日は三連休が終わって学校に登校する日であり、起こしに行くからと宣言していた友希那はこうして貴之にモーニングコールを行ったのだ。

ちなみにリサからはCordのチャットで『先に行ってるから、二人で仲良くおいで~♪』との文が来ている。貴之はまだ見ていないが、既に見ていた友希那はリサがニヤニヤと笑っていることを容易に想像できてしまった。

それはさておきとして、このままでは貴之が着替えられないだろうから先に伝えることだけ伝えておく。

 

「小百合さんから、もう朝ご飯できてるわよ」

 

「分かった着替えてすぐに行くよ」

 

「ええ。私は部屋を出たところで待っているわね」

 

友希那が部屋から出た後、貴之は手早く着替え、忘れ物がないかを確認してから鞄を持って部屋を後にし、そのまま友希那と二人でリビングまで降りる。

 

「おはよう、ユリ姉」

 

「あっ、おはよう貴之。友希那ちゃんもありがとうね」

 

「いえ、私がやりたくてやったことですから……」

 

――貴之、本当に良かったね。二人が一緒に降りてきて、自分も友希那とこう言ったやり取りができたことで小百合は改めてそう思った。

今日は友希那が来るのもあり、彼女の分はこちらで用意することとなった。今後もこうなるかは状況次第だろう。

三人揃って椅子に座ったので、同じタイミングで食べ始める。

 

「貴之は他の男子から刺さる目を……受けなさそうだね」

 

後江(あそこ)の人たちは穏健だから、大丈夫だ」

 

「と言うよりも、羽丘(こっち)と花女が不安ですね……」

 

友希那がかなりの美少女であったことから一瞬警戒した小百合だが、後江の人たちには「早くしろ」と急かされたと話していたのを思い出した。

女子校二つはどうなるかが怖いので、貴之は本気で頭を抱えそうになった。

この件に関しては、小百合が無理に手を出さない。友希那は聞かれた時に丁寧に答え、誤解を減らすようにすると言う方針を固める。

 

「あっ……そうなると、今度は私に色々問いかけて来るのかしら?」

 

「恋愛沙汰の話しだからな……年頃の女子たちなら多分来ると思う」

 

――だ、大丈夫かしら……?考えなければよかったと友希那は軽く後悔した。女子校では校内でそう言う関係になっている生徒を見ることはない為、可能性は十分に高い。

貴之が比較的落ち着いていられるのは、後江が共学であることが非常に大きく、まあ気にならないわけでもないだろうと考えることができるからだ。共学だとしても、恋愛沙汰に興味がある人は十分に多いのだ。

校内の出来事に関して小百合が手助けをすることは不可能なので、ここは頑張れとしか言いようがない。

 

「(私の場合、そもそも気になる相手を見つけることからだから……まだまだ先だね)」

 

実のところ小百合はそんな相手がいない為、もしかしたら結構大変かも知れないと考えていた。

ちなみにこれを以前貴之に話した時は、「俺に気を回し過ぎてブラコン疑惑掛かっちまったんじゃねぇの?」と言われてしまっている。友希那との時間を邪魔しない意味合いも兼ねて、自分を見つめ直すいい機会なのだろう。

程なくして全員が朝食食べ終わったので、一先ず流しに食器を片付けることだけしてもらう。二人が歯を磨く時間を入れたら登校する時間であり、時間に少し余裕のある小百合が手早くやってしまうのだ。

 

「じゃあ、一足早く行かせてもらうよ」

 

「ご馳走様でした。行ってきます」

 

「はーい。二人とも気を付けてね」

 

小百合に見送られて家を出た後、二人は手を繋いで道を歩いて行く。

 

「こうしているのが、何だか夢みたいに思えてくるよ……」

 

「でも、夢じゃない……私たちがやりきった結果だもの」

 

これは自分たちが進み切った証拠なのだから、胸を張っていい。友希那の言いたいことはこれである。

貴之はそれを分からないことは無いので、彼女の言葉に頷く。

 

「この前一回だけ、俺がここを離れるなんてことがなかったら、もっと早くこうしていられたのかなって考えたんだけど……」

 

「けど……?」

 

「結局勝ててたかどうかなんて分かんねぇし、どの道約束してたら変わらないってなって考えるのやめたんだ……馬鹿らしくってさ」

 

あまりにも正直過ぎる開き直りに、友希那は思いっきり笑った。

だが実際、離れていようとそうでなかろうと、約束を交わした場合は自分たちが届かないので対して変わらないどころか、寧ろ遅くなってしまった可能性も考えられる。

また、友希那は自分の父親のこともあるので、仮に約束無しに付き合い始めても自分から早とちりして台無しにしてしまう可能性もあったので、今のままでいいと言うこともできた。

 

「何というか、私たちにこう言った考えは合わない気がするわ」

 

「それは言えてるな……俺もらしくないと思う」

 

「なら、進み方は決まったわね」

 

前を向いて、信じる道を突き進む――。これが二人の出した結論だった。

途中で立ち止まることもあるかもしれない。それでも最後には行き先を決め、そこへ行けばいいのだ。

そうして歩いている内に羽丘の校門前まで辿り着き、貴之は後江へ行くのでここで一度別れることになる。

 

「今日はどうするの?」

 

「みんなで集まって、新しいルールの確認をする予定になってる」

 

「……新しいルール?」

 

「ああ、今日から『イマジナリーギフト』の追加があってな……みんなで追加された『イマジナリーギフト』の確認と、それを適用したファイトをしようって話しになってる」

 

新しい『イマジナリーギフト』は、『フォース』と『アクセル』、『プロテクト』にそれぞれ一つずつ追加される。

その効果と使い方を確認するべく、後江と宮地のファイターたちで一つの店に集まってみんなで確認することが決まっていた。

話しを聞いた友希那は後で結衣に確認してみようと考えた。

 

「そっちは今日から練習だっけ?」

 

「ええ。コンテストの後でしっかりと休んだから、そろそろね」

 

今は新しく方針を考える期間の貴之に対して、友希那はこの後もやるべき道がある。その為にはそろそろ練習を再開する必要があった。

かく言う貴之も今日は長居する可能性が高いので、もしかしたら友希那たちが練習を終えてもまだ店にいる可能性はあることを伝える。

 

「なら、練習が終わった後に一度連絡するわ」

 

「分かった。じゃあ時間だし、そろそろ行くよ」

 

「ええ。それじゃあまた」

 

貴之の姿が人の中に紛れ込むまでの間、友希那は手を振って彼を見送る。

その後校舎の中に入って教室へ移動していると、全体的に浮ついている様子の話し声が多いことに気付く。

 

「(ま、まさかだけれど……私かしら?)」

 

思い当たる節しかない友希那は、恐る恐る教室のドアを開けて軽く挨拶する。

一応、クラスメイトは普通に返してくれるのだが、どうも気になっていますと言いたげな様子が多い。

 

「湊さん湊さん、一つ聞いてもいいかな?」

 

「……私に?」

 

「うん。後江の彼と二人で来てたから、何かあったのかなって……」

 

――やっぱりそう言うことだったのね。予想が当たってしまった友希那は覚悟を決めるべきだと考え始めた。

この時幸いだったのは、リサと自分の間で何かがあったと考えられていなかったことで、もしそうだった場合は要らぬ誤解が広まる前にどうにか自分が抑えにいく必要がある。

話した後どうなるかを考えると不安ではあるが、何も言わないのが空気的に不味いのは馬鹿なことをやっていた時期に学んでいるので、もう答えるしか選択肢が無かった。

 

「じ、実はその……三連休の間から……私たち、付き合うことになって……」

 

「えっ!?ホント!?じゃあ、もしかして……!」

 

「え、ええ……今日初めて、二人きりで登校したの……」

 

答えるだけでも恥ずかしさが一杯になった友希那は顔を真っ赤にしていた。

その後クラスメイトの女子たちからは「予想が当たった!」とか、「女子校でもこう言うことあるんだ!」と言う喜びの声が上がる。

まだ恥かしさが残っているところに、是非とも話しを聞こうとクラスメイトたちが集まって来たので、友希那は思いっきり慌てることとなった。

 

「(この状況、結衣が来るまで助けは無さそうね……)」

 

結衣は結構遅い時間に来る為、暫くはこの状況が続くことを確信する。

――私……耐えられるのかしら?流石にクラスのほぼ全員と話すことなどなかった為、友希那は不安になった。

 

「あっ、始まった始まった……♪」

 

友希那が質問攻めを受ける一方で、リサはその声を聞いて予想通りであることを把握する。

ちなみに朝貴之と友希那が予想した通り、彼女の顔はこの上なくニヤニヤとした笑顔だった。

 

「ねぇねぇリサちー、何があったの?」

 

「おお、ヒナ。実はね~……友希那と貴之が付き合うようになったんだよ♪」

 

「ええ!?あの二人遂にそうなったのっ!?」

 

リサの様子が気になった日菜が理由を聞いてみると、内容が内容だった為に食いついた。

日菜の声を皮切りにリサと仲のよい友人も集まって来て、こちらも似た流れになったなとリサは感じ取る。

 

「よしよし……アタシでいいなら答えちゃうよ~。友希那から直接聞いた、()()()()()を届けちゃう♪」

 

『……ホント!?』

 

その喰い付きっぷりにリサはしてやったりだった。

彼女らの念押しに肯定しながら、リサは二人による恋の経緯(いきさつ)を話していく。

 

「(ちゃんとやることやった分のお礼ってことで、これくらいはやってあげないとね♪)」

 

――これで貴之も少しは気が楽になると思うな……♪リサの中にあるのは、友人が要らぬ悩みを持って苦労しないようにしてあげようと言う気遣いだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、先日から友希那と付き合うことになってな……」

 

「あ、何?一回で成功したのお前!?」

 

貴之が後江に着いた後、羽丘と似たようなことがこちらでも起こっていた。

ファイターたちを筆頭にクラスメイトたちに己の恋の結果を話し、俊哉が目を剥きながら再確認してきたことに肯定する。

あまりにもすんなり行き過ぎだったので、貴之の回答を聞いた俊哉は腹を抱えて笑った。

 

「まあ何というか、やることやったならこうなるかとは思ってたが……流石に速いな」

 

「流れ出来上がってるのは分かってるけどさぁ……。やばい、普通に腹痛くなって来た……」

 

「俊哉お前、そんなに笑うことはねぇだろ……」

 

余程酷いことをしなければ失敗することはないと考えてた大介からも、一回は速かったようだ。

なお、まだ爆笑している俊哉を見た貴之は少々脱力気味になった。

 

「ところでどこまで行ったの?キスはした?同じ屋根の下で一夜を過ごした?それだけじゃ飽き足らず大人の階段を……」

 

「お前はちょっと落ち着け!?そうなって間もねぇんだぞこっちは!やれたとしてもキスまでになるだろうし、そもそもそれだってまだだ!」

 

放っておけば不味いセリフを言うところだった玲奈を必死の形相で止める。

実際のところ、キスですら付き合ってから一週間もしてない貴之らができれば運のいい方なのだから、大分高望みである。

 

「そうだ……こうして無事遠導が付き合ったってことで、改めて聞きたいんだが……」

 

「初恋のタイミングとその後の経緯と……」

 

「Roselia結成のサポート内容を♪」

 

「おぉ……そう来たか」

 

案の定クラスの全員が頷いて見せたのが確認できた為、貴之は一瞬だけ焦る。

結構こう言うのを答えるのは恥ずかしいので遠慮したいと言う人は多いのだろうが、貴之は不思議と話してもいいかなと考えていた。

何しろクラスの人たちは自分のことに関して変に荒波を立てず、話しを真剣に聞いてしっかりと理解してくれる人たちであることを知っていて、その心遣いが貴之に余計な心配をする時間を削り取ってくれていたので恩義を感じていたのだ。

 

「そうだな……そう言うことなら答えよう。どこから聞きたい?」

 

その結果、貴之は彼らの問いに応じることを選ぶ。これを聞いて「やった!」と喜んだり、「待ってました!」と歓迎する声が聞こえた。

まず初めに聞かれたのは貴之が歩み続けて来たヴァンガードの始まり。これには自分の初恋にも直結する為、自分がどのタイミングで友希那を好きになったかを伝え、そこからヴァンガードを知った経緯と『クラン』を『かげろう』に選んだ理由を話す。

貴之も初めてヴァンガードをした時は教えて貰いながらやっていたのだが、その時に貴之のファイトスタイルの一つを確立させる出来事があった。

 

「俺はその時教えてくれた人に、「『クレイ(この世界)』では普段と違う自分がいてもいいし、不思議じゃない。大事なのはイメージなんだ」って言葉をもらってな……初めて『オーバーロード』に『ライド』した時からずっとあんな感じのやり方でやってるんだ」

 

――イメージしやすいからな。これが女子校や宮地だったらポカンとされる可能性は高かったが、ここは後江だったのでみんな真剣に話しを聞いてくれる。故に貴之も話しやすかった。

クラスメイトたちも貴之のスタイル確立の話しを聞けて嬉しいし、どんな掛け声や言い回しがあるのかに興味を持ってくれる人も出てきた。その為、興味を持ってくれた人には今度別個で答えて上げることにする。当然、これは俊哉たちも答えられるので、こっちでも聞かれたら答えるとアナウンスを入れてくれた。

ヴァンガードに踏み入れた経緯の後は、Roselia結成に当たるサポート内容に移る。

 

「と言っても……俺がやっていたのはそのパートができる人を探したのと、入る入らないで悩んでた人の背中を押して上げたくらいだけどな……」

 

「で、その背中を押した結果白金さんの騒動があったと……遠導君、割と危ない綱渡りしてるね?」

 

「その日リサに思いっきり咎められたから否定できねぇ……」

 

この後Roseliaがデビューした際に披露したオリジナル曲の一つである『Legendary』の誕生秘話や、中間テストの際に自分の家を使って勉強できる環境を用意したことを話したりする。

話しをしていった結果、貴之のことは『己の決めた道を最後まで進み切る意志の強さと他人を思いやれる優しさを持つが、時折情けない面も持ち合わせた親しみやすい人』と言うのがクラス内の評価になり、転校して以来かなり立ち位置が固まった形となった。

貴之の評価が固まったところで朝のHRが始まる寸前だったので、放課後のことは後で決めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「白金さん……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。あんな風に思われてるのは予想外でしたが……」

 

時は進んで放課後。紗夜と燐子は二人でライブハウスに移動を始めていた。

朝っぱらから燐子はクラスメイトの女子に「失恋した」と勘違いされていたようで、貴之絡みで色々聞かれている。

そんな最中紗夜が教室に入って来て、燐子に助け舟を出したことで事無きを得た。

 

「(ある程度は大丈夫な反応が増えているけど……意外に思う人はまだ多いわね)」

 

紗夜と燐子が同じバンドにいることもあり、話す機会が増えているのでその会話の様子で紗夜の人となりが変わっているのを知っている人は多い。

しかしながら元より真面目な部分が強かったせいか、流石に恋愛沙汰を普通に回答した時はクラスメイトたちが固まっていた。

もう少し何とかならないかと考えるが、今は仕方ない。時間を掛けて変わっていくだろう。

 

「今日から……また練習でしたね」

 

「ええ。十分に休めましたか?」

 

「はい。また今日から頑張りましょう」

 

今日からメインステージに向けた練習がある為、放課後は再びRoseliaで集まることになる。

ライブハウス自体には花女にいる二人が一番近い為、何事も無ければ彼女たちが目的地へ辿り着くだろう。

そして案の定自分たちが先に来たので、鍵を借りて置く旨を伝える。

 

「さて、そろそろ……」

 

「お待たせしました~っ!」

 

――来る頃ですね?と紗夜が言うよりも早く、ドアを開けたあこが到着を示してくれる。

直後に友希那とリサの二人も入ってきたことは、三人揃って来たのを表していた。

なお、彼女らが共に来る間に何かあったのか、友希那の頬は朱色に染まっている。

 

「あこちゃん、友希那さんがああなってるのは貴之君のこと?」

 

「うん。二人で出かけた時何があったとか聞いてたら途中からあんな感じになったの」

 

「いやぁ~、ごめんね友希那?ちょっと聞き込み過ぎちゃった……」

 

「クラスの人たちに聞かれ、あなたたちに聞かれ……暫くこれが続くのかしら?」

 

友希那からすれば、あっちやこっちで貴之との関係を聞きだされ、その度に何があったかを答えることになる。

その際に二人で出かけてどんな話しをしたかも思い出し、そこで恥かしさが出てきてこうなるのだ。

今日だけでそれをかなりの数やっていたので、友希那はこの先が少々不安になる。

 

「あこたちのクラスでもかなり盛り上がっていましたからね……「あの『歌姫』が!」って」

 

「色んなところで影響が出てるんだね……」

 

「上手くいった結果ですね……。ところで、練習前に一度休みますか?」

 

「いえ、大丈夫よ」

 

飲み物も持ってきており、それを口に入れることで友希那はクールダウンをする。

メインステージが近いので、やはり練習時間は有効に使って行きたいのもあった。

 

「待たせたわね……そろそろ始めましょう」

 

「メインステージでもやることは変わりません。私たちの音楽をするだけです」

 

「ええ。自分たちの音を突き詰めていき、その音で更に上を目指す。そして……」

 

――いつか、頂点に辿り着く。五人の想いは同じであり、その為にも早速練習を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「はい。これが新しい『イマジナリーギフト』のガイドだよ。人数分あると思うけど、確認は忘れないでね?」

 

「ありがとうございます。使わせてもらいますね」

 

Roseliaの五人が練習を始めた頃、ファクトリーにて集まったファイターの七人たちも新しい『イマジナリーギフト』の確認を始めようとしていた。

貴之が美穂から『イマジナリーギフト』に関するガイドを人数分もらい、それを全員に渡してから確認を始める。

なお、効果を見なければ必要か否かが分からない為、新しい『イマジナリーギフト』の用意は各自で必要な分と言う形に収まった。

 

「元からあるのはその『イマジナリーギフト』の後ろにⅠ、新しく追加されるのはⅡを付け足して表記するのか……」

 

「一回目のギフト獲得でどっちにするかを選んで、決めたらそのファイトではそっちの『イマジナリーギフト』しか使えない。どっちかを前提に組むか、それとも分けられるようにするかで悩むね……」

 

「Ⅰは従来通りのもの、Ⅱは横向きのものにか……流石にどちらも同じでは分かりづらいか」

 

ギフトの効果が楽しみなのはあるが、先にルールを覚える必要がある為そちらを優先する。

新しいギフトが横向きなのは分かりやすくしたからだろうなで終わり、同時に使えないこと以外は従来通りの処理のしかたで大丈夫なことが判明する。

基礎的な確認が終われば、いよいよ肝心な新しいギフトの確認になる。

 

「『フォースⅡ』は元の(クリティカル)に働きかけるんだね……」

 

「『フォースⅡ』の置かれたサークルにいるユニットは元の(クリティカル)が2になる。ただし同じサークルに複数置いても重複効果は無しと……まあそうだろうな」

 

『フォース』はパワーの代わりに(クリティカル)を強化するものになったが、重ね掛けによる更なる強化は無しになっている。

と言うのも、『フォースⅠ』が元のパワーにプラスを与えるのに対して、『フォースⅡ』は元のクリティカルを変える効果なのだ。

仮に重複効果がアリな仕様の場合、重ね掛けによってその攻撃がヒットすれば勝ち確定と言う状況をあっさりと作り出してしまうので、それではバランスに問題が生じるだろう。

 

「マジか……これは俺、『フォースⅡ』を全く使えないかもな……」

 

「『ディメンジョンポリス』はパワー依存が激しいからきついだろうな……。こっちもこっちで使えなくは無いが、そうするならデッキの見直しが要ると思う……。その場合はⅠとⅡの使い分けになりそうだ」

 

「『ウォーターフォウル』も『ヌーベルバーグ』も、スキルを効果的に発動するならパワーが欲しいから、連続攻撃できる『オーバーロード』以外での活用が難しそうだね……。僕は『ブラスター・ブレード』を駆使して行けば比較的大丈夫そうかな」

 

この七人の中で『フォース』のギフトを持つ『クラン』を使うのは貴之と俊哉、一真の三人で、俊哉は落胆、貴之はデッキ更新の考慮をする。

特に、ヴァンガードのパワーに合わせて効果を発揮する『ディメンジョンポリス』を使う俊哉と『フォースⅡ』の相性は最悪で、実質的にギフトが増えてないも同然なほどであった。

『かげろう』も使えないわけではないが今の貴之が使うデッキ構成では難しく、現段階でも比較的有効なのはなのは一真の使う『ロイヤルパラディン』だった。

この時リサが選んだ『ネオネクタール』なら、『トークン』強化の相乗効果もあって有効そうだと貴之は考えた。

『フォース』組が全体的に苦い顔をすると言う嫌な結果を引きずりながら、次のギフトを確認する。

 

「『アクセルⅡ』はパワーの増加量を引き換えに手札を一枚引けるみたいだ」

 

「手札が一枚増えるのは大きいな……その一枚が流れを大きく左右するかも知れないし」

 

『アクセル』は自身のリアガードサークルを増やすことと、そのサークルが自分のターン中はパワーを増やすという効果は変わらない。

パワーのプラスが10000から5000と半減してしまっていることが少々痛いと思うかもしれないが、それ以上に手札が増やせると言う強力なアドバンテージを手にしている為、そこまで問題にはならないどころか代償の割に貰えるメリットの方が大きかった。

これはサークルが増えた分手札の消費が増えたことによる『フォース』の高パワー攻撃を防げない確立が減り、ギフト相性による不利を軽減することにも繋がっていた。

 

「今のデッキのままでも行けそうだ……」

 

「手札が増えるって言うのが大きいよね……あたしもこのまま使えそうだけど、デッキ変えて見てもよさそうだね」

 

「このままだとミスマッチになっちまうが、長期戦も視野に入れたデッキを作れば普通に使えそうだな」

 

『アクセル』のギフトを持つ『クラン』を使うのは竜馬と弘人、玲奈の三人で、大分好評だった。

玲奈は手札からの『ソウルチャージ』のコストが楽に確保でき、弘人も連続攻撃をするための準備がやりやすくなる。

竜馬の場合、『決めきれないと負け』なコンセプトをしている現在のデッキだとパワー不足を懸念されるが、デッキを組み替えるいい機会かも知れないと考えた。

概ね満足となった『アクセル』の確認が終わり、最後は『プロテクト』になる。

 

「『プロテクトⅡ』はリアガードサークルのどこかに設置して効果を発揮か……」

 

「ギフトを置かれたサークルにいるユニットはパワープラス5000と、『インターセプト』時に『シールドパワー』プラス10000。重ね掛けによる重複あり、か……」

 

『プロテクト』は従来とは大きく変わり、手札に加えるのではなくサークルに設置となった。

『完全ガード』の数を増やせると言うアドバンテージを捨てる代わりに、『インターセプト』とパワーの強化で苦手な終盤での押込みの補強と守りの強化を両立するものだと言える。

また、『プロテクトⅡ』の効果は相手のターンでも有効な為、相手が最後の押込みをする際に労力を増やすことにも一躍買うことができるだろう。

 

「俺のデッキだと現段階は使い分けか……やってみないと分からないところだな」

 

『プロテクト』を使うのは大介一人だが、『フォース』ほど絶望的でもないし、かと言って『アクセル』程手放しで喜べるものではなかった。

確かに有用な効果を持ってはいるが、今までの絶対的なアドバンテージとリスクヘッジをする為下手な評価を下しにくかったのも大きい。

一先ずこれでギフトの確認が終わったので、ここから全員でデッキを組み替えたり、ファイトをしたりで研究を始めていくことになる。

 

「そうだな……俺は一度デッキを組み替えてみるか。次の目標を見つけた時はこうしたいってのもあるし」

 

「貴之、入れ替え用のカード持って来てたのか?」

 

「『かげろう』のだけだけどな。これだけなら入りきるからさ」

 

――始めるなら、先に始めててくれて構わないぜ。と告げて貴之がデッキを組み直し始める。

それならお言葉に甘えて……と誰からやるかを決めるべく話し合っていたところ、既にどういったコンセプトで組むかを決めていた為、貴之がものの五分でデッキを組み替え終えた。

まだ決まっていなかったので、そのまま改めてみんなで決めることにした。

 

「『プロテクト』は俺しかいないし、自然と俺はやることになるな……」

 

「あっ、あたし先にやってもいい?」

 

『プロテクト』を確認するためにも大介が必ずどこかで一回はファイトする必要があり、それなら先にやってしまおうと言う流れになる。

そこに玲奈が思い切って名乗り出て、全員が問題無いと肯定したことにより、最初にファイトする組み合わせは決まった。




やはり変化した日常の一部は描きたい……そんな思いから日常パートを入れました。

実際に『イマジナリーギフトⅡ』を使ったファイト展開を書くのは次回からになります。
次回は玲奈と大介でファイトを行い、その次がデッキ変更後の貴之と誰かによるファイトになります。


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ライド2 新たな戦術(ギフト)

予告通り初の『イマジナリーギフトⅡ』を使ったファイトです。


「じゃあ、始めるか?」

 

準備を終えた大介の問いかけに玲奈が頷く。

デッキを編集したのは貴之だけだったので、二人は準備に時間は掛からない。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

玲奈が『メッセンジャー』、大介が『マガツウィンド』に『ライド』する。デッキが変わってない以上、この二人のファイトスタイルは変わらない。

今回は大介が先攻を獲得している為、彼のターンからファイトが始まる。

 

「まずは『フウキ』に『ライド』!スキルで一枚ドロー」

 

『フウキ』に『ライド』した後は特にやることも無く、大介はそのまま玲奈にターンを渡した。

 

「じゃあこっちも前準備から……『プレゼンター』に『ライド』!『ソウルチャージ』と一枚ドロー、『バニー』を『コール』!」

 

「お……玲奈はまだスイッチを入れてないな」

 

全国大会の終わった後であることを示すかのように、玲奈はまだスイッチの入った様子が無く、これに貴之が真っ先に気づいた。

確かにいつまでも肩の力を入れてても疲れるだけなので、このスタンスには賛成できた。これは彼女のなりに「気を楽にしよう」と言う呼びかけでもあった。

『バニー』は後列中央に呼ばれ、これで『メインフェイズ』でやりたいことは一通り完了することになる。

 

「じゃあ攻撃行くよ……?『バニー』で『ブースト』、『プレゼンター』でヴァンガードにアタック!」

 

「まあここはノーガードだな……。さあ来い!」

 

ダメージが0である以上強気の姿勢を取りやすく、大介は思い切った選択を取る。

今回の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、玲奈は一枚多く手札を獲得する。

対する大介の『ダメージチェック』はノートリガーだが、寧ろここでトリガーを引いてしまうと後が響くのでこの方が良かった。

ここでこのターンにできることが終わるので、再び大介にターンが回ってくる。

 

「後もう一ターンはいつも通りだろうな……」

 

「大事なのは三ターン目からだし、今は流れを優先的にでいいはずだね」

 

まだ『イマジナリーギフト』を獲得するターンではない為、その変化を見るのはもう少し先になる。

『プロテクト』は二つとも受動的な能力を有している為、それを見れないまま終わる確立が下がる先攻が大介だったのはそういった意味でも良かったのかもしれない。

次はどう動くだろうか?そんな予想が始まったところで大介の二ターン目が始まる。

 

「『マガツゲイル』に『ライド』!スキルで一枚ドロー」

 

さらに『メインフェイズ』で前列左側に二体目の『マガツゲイル』、前列右側に『チガスミ』、後列左側に『ドレッドマスター』、後列中央に『フウキ』を『コール』し、『ドレッドマスター』はスキルを発動する。

 

「こっちも攻撃だな『ドレッドマスター』で『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

流石にダメージが0なので玲奈はそのまま受ける。

彼女の『ダメージチェック』が(クリティカル)トリガーだったのを確認した後、『マガツゲイル』のスキルで『ブースト』を終えた『ドレッドマスター』を手札に戻す。

 

「次は『フウキ』の『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「うーん……それもノーガードかな」

 

一瞬悩んだが、(クリティカル)を引かれたら防ごうと割り切る。

その判断でノーガードにしたら、大介は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。パワーは足りているので、まだ攻撃を行っていない『チガスミ』に回される。

『ダメージチェック』では二枚ともノートリガーで、これにより玲奈のダメージが3になった。

 

「最後に『チガスミ』でヴァンガードにアタック!この時、手札を一枚捨ててパワープラス15000!」

 

「流石にそれは防ぐよ!『お菓子なピエロ』で『ガード』!」

 

トリガー込みで34000になっていた『チガスミ』の攻撃を、合計パワー38000で防ぎきる。

これで大介がこのターンにできることが無くなった為、玲奈にターンが回る。

 

「では……本日もショーの披露を始めましょう。『ライド』、『ニトロジャグラー』!」

 

「おっ、玲奈のスイッチが入った」

 

「このターンからスイッチを入れるのは定番ってのもあるが、『イマジナリーギフト』が近いしな……」

 

貴之の言った通り、次のターンからは互いに『イマジナリーギフト』を使い始める。これがどう関わってくるかも重要なところだった。

『ライド』された『プレゼンター』のスキルで『ソウルチャージ』を行い、『ソウル』から『カテット』を後列左側に『コール』、さらに『ニトロジャグラー』のスキルで『ソウルチャージ』を行う。この段階で『ソウル』が4となる。

『メインフェイズ』では前列右側に二体目の『ニトロジャグラー』、後列右側に『トラピージスト』を『コール』し、『カテット』と『ニトロジャグラー』のスキルで一回ずつ『ソウルチャージ』を行う。これによって『ソウル』が6になり、次のターンで『アーティラリーマン』を出すだろうと予想できた。

 

「それでは攻撃を……『バニー』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「よし、ここはノーガードだな」

 

まだダメージは1、この後自分は『イマジナリーギフト』もあることと、この後『ライド』するユニットを考えれば防がなくていいと判断した。

玲奈の『ドライブチェック』は(フロント)トリガーで、次を防ぐのが面倒だと感じさせる。この攻撃を受けた大介の『ダメージチェック』がノートリガーだったことがそれに拍車を掛けた。

 

「次は『トラピージスト』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは受けるか。『ダメージチェック』……」

 

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、両者のダメージが3になったところで玲奈の二ターン目が終了する。

この段階で『ソウル』が8まで溜まっているので、見ている五人に『クジキリコンゴウ』は選択肢から外れることを予想された。

玲奈のデッキを知っている以上、この『ソウル』数を前に『アーティラリーマン』を警戒しない理由がどこにもなかった。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……よし、ここからだな?」

 

「ええ……いつでもどうぞ?共に今回のショーを盛り上げましょう?」

 

「そう言うことなら早速使わせてもらうか……『ライド』!『マガツストーム』!『イマジナリーギフト』、『プロテクトⅡ』!これを前列左側に設置する」

 

早速大介は新しい『イマジナリーギフト』の投入を決断する。この選択は玲奈に誘われたのもあるし、実際に使ってみんなで調べる目的があるのもそうだ。

しかしながら、本人としては自分のデッキとの相性を確かめたいと言う理由があり、二つの理由がなくとも自分から使用していたことは予見で来ていた。

ここから新しい『イマジナリーギフト』の動きを見れる……と言うところで、貴之の携帯が振動したので確認する。

 

「(なるほど……俺が言ってたことが気になったんだな)」

 

友希那からCordによるチャットがきており、内容は練習が終わったからそちらへ向かうと言う旨のものだった。

今回は自分たちが七人で集まっていることから、五人全員で来ると邪魔になる可能性を考慮して友希那とリサの二人で来るそうだ。

『イマジナリーギフト』の確認とデッキの編集、そしてこのファイトを始めるまでの間にそれなりの時間が経っており、恐らく次のファイトを始める直前か、そのファイトの最中に来るだろう。

そこまで考えきった貴之は、了解の旨を返信してからファイトを見るのに戻る。

 

「『メインフェイズ』だが……ここは『オボロザクラ』と『サクラフブキ』を『コール』!二体とも登場時のスキルは発動させる!」

 

『オボロザクラ』は前列左側、『サクラフブキ』は後列左側に『コール』される。

両者がスキルを発動し、『プロテクトⅡ』の効果が働いている為、『ブースト』を入れれば合計で11000ものパワーがプラスされる。

 

「よし、まずは『チガスミ』でヴァンガードにアタック!」

 

「スキルを使わないなら……『フープ・マジシャン』にお願いしましょう」

 

パワーが互いに9000だった為、『シールドパワー』を持つ何かを呼ばれた段階で防がれることは決まっていた。

イメージ内では『フープ・マジシャン』が『チガスミ』の眼前にフープを置き、勢い余ってそれを通り抜けた『チガスミ』が別の場所から情けない体制で落っこちて来た。

 

「次は『フウキ』の『ブースト』、『マガツストーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら……ここは一度ノーガード」

 

「なるほど……イメージ力の勝負ってことか」

 

――正直、この手の勝負は余り好きじゃ無いんだがな……。大介自身、地方大会と『ヌーベルバーグ』の制御を習熟していた時期の貴之に対してこの勝負で連敗していた故に、少々苦手意識があった。

ただ、ヴァンガードを続けていく以上、必ずこう言った場所に当たるので愚痴にはせず、気を取り直して『ツインドライブ』を行う。

その結果は一枚目がノートリガー。二枚目が(ドロー)トリガーとなり、まずまずといった結果を引き出した。

対する玲奈の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、向こうも手札を一枚増やす結果になった。

 

「ここは後で楽にしておこう。『サクラフブキ』で『ブースト』、『オボロザクラ』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガード。『ダメージチェック』……」

 

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、ここまでで大介のダメージが3、玲奈のダメージが5とそれなりに差がついた結果となった。

しかしこれでも気が抜けないのは、この後猛攻が待っていることに他ならない。

 

「パワーを補えるから自分のターンでも効果はあるが……」

 

「『インターセプト』のこともあるし、相手ターンの方が効果を発揮しやすいんだろうな……」

 

『プロテクトⅡ』はパワーの上昇量が少なめなので、その評価が下る。

他にも相手ターンで効果が消えないことも影響しており、尚更守り向きであることを意識させられる。

 

「私のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……ではこちらも本番へ行きましょう……『ライド』!『ゴールデン・ビーストテイマー』!『イマジナリーギフト』、『アクセルⅡ』!」

 

玲奈も同様に新しい『イマジナリーギフト』を使用する。こちらはパワー増加量の減少を引き換えに、手札の確保を行う。

『メインフェイズ』では『ビーストテイマー』のスキルで空いている二つのサークルに展開を行う為、『カテット』のスキルによる『ソウルチャージ』のみを行う。

やることが終わった以上、後は『バトルフェイズ』で攻撃を行うのだが、ここで玲奈は一つのことを思い出す。

 

「(『プロテクトⅡ』はこっちのターンでもパワー増加の効果があるんだよね……)」

 

玲奈のターンで早速『プロテクトⅡ』が大きな仕事をした。このターンで決めたい玲奈としては、『インターセプト』が強化される以外にも、常時パワー増加を掛ける『プロテクトⅡ』が非常に嫌らしかった。

こちらの攻撃回数は恐らく五回になるが、全てヴァンガードに回すのか、それとも一部をリアガードサークルに回すのか、非常に悩ましいところだった。

 

「(こっちもこっちで結構危ないからな……どうするか)」

 

対する大介も、手札が五枚の状態で五回の攻撃を受ける為、状況次第では非常に危険な綱渡りをすることになる。

この非常に奥深い状況下において、見ている五人はそれぞれ自分ならどうするかを考える。

 

「(『ビーストテイマー』の攻撃を『プロテクトⅡ』の置かれてるユニットに回すか、それともヴァンガードに回すか……大介が『完全ガード』を持ってることと、ダメージが3なのが判断を困らせるな……)」

 

先にリアガードの攻撃で『プロテクトⅡ』のあるサークルにいる『オボロザクラ』を退却させてしまうと言う手段も取れるのだが、そうすると(フロント)トリガーを引いた際にとても勿体ないことになってしまう。

大介のダメージが4なら全てをヴァンガードに回してしまうし、ダメージが2ならリアガード退却を優先させたのだが、どちらとも言えない非常に判断の困る状況下だった。

 

「こういう時だからこそ……勝負の時間にしましょう。『バニー』の『ブースト』、『ビーストテイマー』でヴァンガードにアタック!」

 

「掛けてくるか……それなら乗った!『マガツストーム』のスキル発動!」

 

玲奈が選んだ方針は全てヴァンガードに攻撃。つまりはこのターンで勝負を決めに行く方針であった。

当然『ビーストテイマー』のスキルを発動し、『ソウル』から前列左側に『ジル』を。『アクセルサークル』には『ありす』を『コール』する。

手札が危ない上に、スキル発動条件を満たしている為、大介も迷わず後列にいるリアガード二体を退却させて攻撃のヒットを免れる。

それでも『ツインドライブ』は残っており、ここで玲奈は(フロント)トリガーと(クリティカル)トリガーを一枚ずつ引き当てる。この時(クリティカル)トリガーの効果はすべて『ありす』に与え、少しでも攻撃を通しやすくする。

手札五枚の内一つが『完全ガード』である為、それ以外で使える手札は多くて三枚が関の山であった。

 

「次は『ありす』でヴァンガードにアタック!」

 

「これは一旦掛けるしかないか……?ノーガード!」

 

相手のパワーが上がっている為、トリガー次第ではそのまま敗北の可能性を予見できていた大介はトリガー狙いでノーガードを選択する。この選択は『ありす』のパワーが40000まで上がっており、(クリティカル)が3で無い為、ここでのトリガーの出具合が判断材料になると考えたからだ。

イメージ内で『ありす』の操り糸を絡められた『マガツストーム』となった大介が、ゆっくりと締められる中で『ダメージチェック』を行う。

その結果は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、まだ望みを見出せる状態となった。

 

「攻撃終了時、『ありす』のスキルで締めくくり担当の『ラリーマン』を『コール』!」

 

「(さて……後三回、どうにか防げるな)」

 

手札を確認した大介はこの場を凌ぎ切れることを確認する。しかしながら、問題はその後どう攻め込むかだ。

向こうが手札を一枚増えいるのもあり、パワー増加のできるスキルを持つユニットを揃えないと厳しいだろう。更にはトリガー勝負まで込みな為、大介にとっては二度目の苦手な戦いが強いられる結果になる。

とは言っても逃げるつもりは無いので、大介としてはそのまま真っ向から立ち向かう心持ちだった。

 

「次は『バニー』の『ブースト』、『ジル』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『クロガネ』で『ガード』!」

 

トリガーも込みで合計パワーが30000となっていた『ジル』の攻撃は、合計パワー37000で迎え撃たれる。

先程引いたトリガーが大きな手助けとなっていた。

 

「次は『トラピージスト』の『ブースト』、『ニトロジャグラー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここで『プロテクトⅡ』の効果を発揮させるか……!『オボロザクラ』で『インターセプト』!」

 

「『プロテクトⅡ』のおかげで、『インターセプト』をした『オボロザクラ』の『シールドパワー』は15000……これなら防ぎきれるな」

 

『プロテクトⅡ』の恩恵が働き、『オボロザクラ』一体だけで合計パワーが37000となり、これで合計パワー29000のアタックに耐えられた。

パワーの計算をしていた弘人は、攻撃する前に『プロテクトⅡ』にいるユニットへの攻撃するべきかもしれないという考えを強めた。

また、それと同時に『プロテクトⅡ』を潰すなら貴之が使う『オーバーロード』のように、連続攻撃のできるユニットが最適かもしれないと考えが出てくる。

と言うのも、『完全ガード』を無効化するタイプや、手札から『ガーディアン』を呼ぶ際に制限を掛けるタイプでは効力が足りないのが大きく、連続攻撃のできるユニットならトリガーでパワーを得て再攻撃できるからと言うのも大きかった。

『インターセプト』強化の効果がある為、それが無いと効果を腐らせやすい難点こそあれど、総じて汎用性が高い『イマジナリーギフト』であるとファイターたちに認識させる。

 

「では最後に……『アーティラリーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ミジンガクレ』で『完全ガード』!」

 

『ソウル』が10だった為『アーティラリーマン』のパワーは50000になっており、どの道手札を二枚以上使うのが決まっていたので思い切って『完全ガード』を切った。

と言うのも、次のターンで決めなければこちらの負けなので、勝ちを取るのならここで『完全ガード』を抱える為にユニットを多く消費するわけにはいかなかった。

せめて『完全ガード』を使わせたと割り切った玲奈はターンを終了する。

 

「(あ……ここで手札が増えてると少し安心かも)」

 

手札が一枚確保できていることにより、玲奈は安心を感じていた。『アクセルⅡ』の手札を確保する能力により、大介はトリガーと引き当てるユニット次第では勝ち切れない状況に追い込んでいるのだ。

これが『アクセルⅠ』ならどちらかが欠けていても勝機はあったかもしれないが、『アクセルⅡ』の効果がどちらも揃える必要性を出している。

『フォースⅡ』が唯一別方向への強化をするのなら、『アクセルⅡ』と『プロテクトⅡ』は総じて汎用性の高い強化を行う形と言えるだろう。

 

「キツイ状況だが、やるしかないな……」

 

こちらに残された攻撃回数は条件を満たせれば良くて五回。満たせないなら三回となってしまう。

その上相手の手札を考えると最低でもトリガーが一枚、『完全ガード』があるなら二枚引かなければならず、少しでもことが上手く運ばなければ負けてしまう状況だった。

 

「(だが待て。こういう時、貴之(あいつ)はユニットと己のイメージを信じてたよな……)」

 

ここで大介は一度冷静になり、こう言った土壇場で負けなしに最も近い相手のことを思い返す。

そして思い返すと同時に、自分もやってみようと考えた。

――よし、じゃあ早速。一度ここから打ち勝つイメージをし直してから、大介は自分のターンを始める。

 

「(……?少し感じが変わったか?)」

 

「(目が貴之に近くなったのかな。あれならきっと大丈夫)」

 

その変化に早く気づいたのは竜馬と弘人の二人で、小学時代から彼を知っている故に気づけた結果となる。

 

「俺のターン、『スタンド』アンド『ドロー』……おっと。これならまだやれそうだな」

 

「(なんだろう……?嫌な予感がする)」

 

ファイトをしている玲奈も二人に遅れて大介の変化に気付き、得体の知れない感じに警戒を強める。

人の変化等に対して鋭敏な所のある貴之も引っ掛かるものはあるが何かまでは分かっていない、そんな状況で大介は『ライドフェイズ』に入る。

 

「もう一回『マガツストーム』に『ライド』!『プロテクトⅡ』は前列右側に!さらに『マガツゲイル』と『フウキ』、『サクラフブキ』を『コール』して、『マガツゲイル』のスキル発動!」

 

『マガツゲイル』のスキルによって引き当てることができたのは『チガスミ』であり、これによって残りはトリガー勝負だけになった。

ここまで来れば後は『バトルフェイズ』で成否を決めるだけだった。

 

「通しやすくしてからだな……まずは『チガスミ』で『ニトロジャグラー』を攻撃!」

 

「トリガー勝負に出るしかない……ここはノーガード!」

 

大介の狙いに気づいた玲奈は大人しく攻撃を受けることにする。『プロテクトⅡ』の影響でパワーが上がっており、こちらがいたずらに手札を使えば、残りの攻撃が止められなくなってしまう。

イメージ内で『チガスミ』の爪による鋭い一撃を受けた『ニトロジャグラー』はバランスを崩し、ジャグリングしていた爆薬入りの試験管が自身の近くで割れてしまう。

その時発生した爆発をまともに受けてしまい、『ニトロジャグラー』はステージから退場(退却)せざるを得ない状況になった。

 

「次は『マガツゲイル』で『ジル』に攻撃!」

 

「っ……それもノーガード」

 

これによって玲奈は『インターセプト』が不可能になってしまい、残りの攻撃は手札のユニットで防ぐ必要が出てきた。

『マガツゲイル』のスキルで『チガスミ』を退却させた後、大介は『マガツストーム』のスキルで前列の二つに『チガスミ』、後列右側に『ドレッドマスター』を『コール』する。

これで残すはトリガー勝負となり、これに撃ちてば大介の勝利はほぼ確実となる。

 

「よし……『フウキ』の『ブースト』、『マガツストーム』でヴァンガードにアタック!」

 

「『冥界の催眠術師』で『完全ガード』!」

 

ダメージが5なのでノーガードの選択肢は真っ先に捨てることとなり、トリガーによる突破を避けるなら手札を二枚以上消費するのが決まった故に『完全ガード』を使用する。

――大丈夫だ、行ける……。『ツインドライブ』を行う時、大介はそんな確信を抱いていた。

結果はその確信が形になったかのように二枚とも(クリティカル)トリガーで、左右の『チガスミ』にパワーと(クリティカル)を一つずつ与える。

 

「よし……これで完成だ」

 

「やるな……『チガスミ』のスキルでパワーラインを引き上げられるから、残りの手札からして届く……」

 

「青山さんは片方を止めるだけで手一杯……見事なイメージだね」

 

「(なんか引っ掛かると思ったが、あれは俺がイメージする方法まんま使ったのか……)」

 

ファイトの流れを見た俊哉と一真が大介を称賛し、貴之が感じ取っていたものの正体に気づく。

 

「よし、『ドレッドマスター』の『ブースト』、『チガスミ』でヴァンガードにアタック!攻撃時に『チガスミ』のスキル発動!」

 

「『ポイゾン・ジャグラー』と『フープ・マジシャン』、それから『プレゼンター』と『トラピージスト』で『ガード』!」

 

残りの手札五枚の内、四枚を使って合計パワーを52000まで引き上げ、合計パワー62000で防ぐ。

しかしながら攻撃を防ぐまでは良かったが、残りの手札が一枚となってしまい、次の攻撃は防ぎようが無かった。

 

「最後だ……『サクラフブキ』の『ブースト』、『チガスミ』でヴァンガードにアタック!」

 

「お見事としか言いようがないね……ノーガード」

 

見事に逆転されてしたことを称賛しながら玲奈は宣言した。

イメージ内で『チガスミ』の投げ放った忍具が『ビーストテイマー』となった玲奈に刺さり、彼女は『クレイ』から消滅する。

それを示唆するように『ダメージチェック』ではノートリガーで、新しい『イマジナリーギフト』を使用した最初のファイトは大介の勝利で終わる。

 

「どうにか上手くできたな……」

 

「最後のターンで何か変わったと思ったけど……その調子なら大丈夫そうだね?」

 

「ああ。後は今の感じを忘れないようにしておくだけだ」

 

最後に挨拶をしてからファイトが終わる。

早速次のファイト……とはいかず、一度新しい『イマジナリーギフト』を使用した感想を口にする。

 

「『マガツストーム』を主軸に行くなら『プロテクトⅡ』は相性がいいと思ったな。元々攻撃をヒットさせない手段が多いからさ」

 

『クジキリコンゴウ』を使用していないのでそちらは把握し切れていないが、『マガツストーム』だけを見ればかなり戦いやすかった。

今のデッキでも『プロテクトⅡ』で戦うことは十分に可能だが、デッキを組み替えて確認してみるのもアリだと考える。

 

「今回は上手く行かなかったけど、『アクセルⅡ』自体は全然悪く無かったよ。というか、明確に『アクセルⅠ』を使うデッキコンセプトでもない限り、基本はこっち一択でいいかも……」

 

玲奈がこの結論を下したのは、やはり手札を一枚確保できることにある。パワーの上昇量が減ったのは寂しい点ではあるが、『アクセルサークル』自体手数を増やせることに最大の意義があるので、そのデメリットは些細なものとして流せる。

自分が使っているデッキも現段階では『アクセルⅡ』一択に近しい状況だが、組み方次第では変わるかも知れないと考えた玲奈は後で組み替えも考慮しようと考えた。

 

「次は『フォースⅡ』を確認するが……デッキ変更した貴之が纏めてやればいいか?」

 

「俺は構わねぇけど……」

 

俊哉と一真に確認してみようとしたところで、背中に柔らかい物が押し付けられる感じがした。

その柔らかい感触が誰のものか、貴之は直ぐに分かった。

 

「友希那、来たみたいだな」

 

「ええ。リサも一緒よ」

 

「やっほ~♪二人揃って来たよ~」

 

友希那が自分と体を密着させるのを辞めたのを確認してから振り向くと、彼女は笑みを浮かべて答えてくれる。

リサは二人のやり取りはこれからも続くかなと思う程度で普通にしているが、後江組と宮地組はそれぞれの反応を示す。

 

「なるほど……聞いた話しは本当だったか」

 

「二人揃ってお熱いねぇ~……でも、付き合って間もないからしょうがないか」

 

「本当に長かったからな。掴んだのは離すなよ?そうなったら俺らも悲しい」

 

「「「……え?もうそうなったの?」」」

 

先に学校で話しを聞いていた後江組は事実確認で終わったが、宮地組は今朝後江で起きたような反応になった。

気になりはするものの本人たちが聞き疲れてしまっている可能性の考慮と、今日は新しい『イマジナリーギフト』を使ったファイトの為に来ているので、また今度聞ける時に聞いてみることにした。

 

「んで……次は俺だったか。誰がやる?」

 

「なら、僕とやろう。この二人でファイトする機会も余り多くないしさ……」

 

弘人の進言に貴之は頷く。確かに初対面以来彼とは一度もファイトしていなかったのだ。

他にも二人が来たこともあって、新しい『イマジナリーギフト』を複数見せた方が良いだろうという考えが全員の中で出ていたことも大きい。

 

「貴之がさっきデッキ組み替えてたから、面白いことになるかもよ?」

 

「その組み替えた直後のファイトを見れるのね……こっちへ来てよかったわ」

 

玲奈から話しを聞いた友希那はデッキを変えた貴之の戦いがどうなのかに胸を躍らせながら、準備している彼を見守るのだった。




新しい『イマジナリーギフト』を使ったファイトは大介の勝利となりました。
『プロテクト』絡みを新しく紹介しようとするとどうしても長引くのでどうするかと考えた結果、大介を先攻に回してみました。

描写内だとまだ貴之とファイトしていないということで相手を弘人に決めました。
次回はこの二人によるファイトとなります。


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ライド3 原点への回帰、新たな姿

予告通り貴之と弘人によるファイトとなります。


「デッキも変えて新しいギフトも確かめる……一辺に詰め込んで大丈夫?」

 

「これくらいなら問題無い。『ヌーベルバーグ』の負担を耐えられるようにするんじゃないしな」

 

――あれをやったから感覚が麻痺しているんだろうか?自分の問いに回答を貰った弘人は思わずそう考える。

纏めて複数のことをやるのが苦手な人だとどっちつかずになるのだが、実のところ貴之はそこまで苦手ではなかったりする。

何しろ自身が大会の為にファイトを重ねて腕を上げると同時に、Roseliaのメンバー集めと『Legendary』作成の協力、さらには一部の人たちの背中を押したりしているので、寧ろ得意な方である。

 

「まあ貴之だし、『オーバーロード』は入ってるな」

 

「そうなると後はサポートするユニットたちかぁ……」

 

小学生時代から共にヴァンガードをやっていた俊哉と玲奈は当然、他の全員も貴之だからと『オーバーロード』がいるのは確定事項で見ていた。

貴之自身もそこは把握されているだろうから気にすることはない。

 

「(あれが使えるかどうかは……また今度にしよう)」

 

決勝戦のファイトで使えたあの力が気にならないわけではないが、今回は新しい『イマジナリーギフト』とデッキの確認を優先する為、後回しにする。

――瑞希さんたち……何か知ってるのかな?少し考えながら、貴之も準備を進める。

 

「よし。準備できたぞ」

 

「なら、始めよう」

 

互いに合意をしたので、残りは始めるだけとなる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

弘人は『エリック』に、貴之は『アンドゥー』に『ライド』する。

流石に『ファーストヴァンガード』を変える必要は無しとなったのだろう。全員でこの後の流れを見ることにする。

 

「そうだな……ここは『ステリオス』に『ライド』!スキルで一枚ドロー」

 

ファイトは弘人の先攻で始まり、少し悩んでから『ステリオス』になることを選ぶ。

全国大会の決勝で取った、開始早々リアガードも混ぜて一気に攻め込んでくる戦術を警戒してのものだった。

『メインフェイズ』では特にすることは無く、そのままターンを終了する。

 

「じゃあ早速デッキの変更点だな……『ライド』、『サーベル・ドラゴニュート』!スキルで一枚ドロー」

 

「早速新しいユニットだ……」

 

「なるほど……とても便利なサポートユニット持って来たね」

 

貴之は一振りの剣を持った二足歩行のできる翼竜『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』する。

また新しいユニットが見れたことでリサが興味津々な声を出し、一真は以前見たことがある故の評価を下す。

『メインフェイズ』で貴之は『ラオピア』を後列中央に呼ぶ。『ステリオス』に『ライド』された段階でパワー負けしており、前列に二体出しの選択肢が早速消えていたのだ。

 

「じゃあ行くぜ……『ラオピア』の『ブースト』、『サーベル・ドラゴニュート』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうだね……ここは……ノーガードにしようか」

 

「……?どうしてあそこまで悩んでいたの?」

 

「それは『サーベル・ドラゴニュート』のスキルが関係してるんだ……攻撃はヒットするから、この後見れるよ」

 

貴之としては防がれようがそうでなかろうがどちらでも良かった。対する弘人はどちらも自分にとって良くないことが起こる故に悩んだのだ。

聞いてきた友希那に、玲奈はその悩ませた存在だけ教えておく。見ながら覚えた方がいいと思ったのも大きい。

この『ドライブチェック』で貴之は(ドロー)トリガーを引き当て、手札を一枚多く手に入れる。

イメージ内で『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之が、軽い身のこなしで近寄ってから手持ちの剣で『ステリオス』となった弘人に攻撃を加える。

攻撃を受けた弘人の『ダメージチェック』はノートリガーで、そのままダメージが1となる。

 

「ヴァンガードにいる『サーベル・ドラゴニュート』の攻撃がヒットした時、スキルで一枚ドロー!」

 

「なるほど……手札の差がどの道増えてしまうのね?」

 

「うん。だから篠崎君はあんなに悩んでたの」

 

貴之が『サーベル・ドラゴニュート』を採用するに当たって一番の理由がここにあり、分かりやすく強力な効果を持っていることにある。

今までは退却効果とパワー増加の効果等を優先的に入れる都合上外していたが、再び使用することで効果の強さを貴之は改めて実感した。

攻撃も終えてこのターンにできることは終わったので、ターン終了の宣言をして弘人にターンを回す。

 

「あまりのんびりとしてはいられなさそうだ……『アルゴス』に『ライド』!」

 

『メインフェイズ』で前列左側に『タイダル・アサルト』、前列右側に『ステリオス』、後列左側と後列中央に『ビビアナ』が『コール』される。

 

「五回攻撃……まあ何とかなるか」

 

五回攻撃と言えども、追加攻撃は『ブースト』無しと自身のスキルによるパワー減少がある為、トリガー次第では途中でその攻撃が止まるのだ。

最悪は手札を複数切ることも想定しながら、弘人の攻撃に備える。

 

「さあ来い……!」

 

「行かせてもらうよ。まずは『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!『ソウルブラスト』して『スタンド』!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

まず一回目の『ダメージチェック』はノートリガーで、貴之のダメージが1になる。

後二回トリガーが来ない場合は確実に手札を消費することになるので、そうなった時のことを考え始める。

 

「次は『ステリオス』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードで行こう。『ダメージチェック』……」

 

この『ダメージチェック』では(ヒール)トリガーを引き当て、貴之のダメージが1で留まる。

トリガーのおかげで、『アルゴス』以外の攻撃はトリガーを引かねば届かないことが決まった為、貴之としては非常に安心できる結果となった。

 

「一度勝負だね……『ビビアナ』の『ブースト』、『アルゴス』でヴァンガードにアタック!『アルゴス』のスキルで『ステリオス』を『スタンド』、『ビビアナ』のスキルで一枚ドロー、パワーをプラス3000!」

 

「いいぜ……ならこっちもノーガードだ!」

 

『サーベル・ドラゴニュート』のパワーが19000、『アルゴス』のパワーが20000となるが、先程(ヒール)トリガーでダメージに余裕の出た貴之はそのまま受けることにする。

弘人の『ドライブチェック』は(フロント)トリガーを引き当て、何事もなければ残った二回も攻撃が入る形となった。

イメージ内で『アルゴス』となった弘人の銃撃を『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之が浴びた後、『ダメージチェック』が行われる。

その結果は(ドロー)トリガーで、この結果再び攻撃がヒットしないことになってしまった。

仕方がないので弘人はターンを終了し、貴之に番を回す。

 

「多分この辺りでバレるだろうな……『ライド』、『ドラゴンフルアーマード・バスター』!」

 

「……赤い『ドラゴンアーマード・ナイト』?」

 

「見た目はそんな感じだよね?」

 

貴之は赤い鎧を身に纏い、炎のような色をした剣を持つ戦士『フルアーマード・バスター』に『ライド』する。

友希那とリサが口にした通り、その見た目は『ドラゴンアーマード・ナイト』に近しいものであった。

そんな二人の言葉を聞いた貴之は、「違いはここからだぜ?」と前置きをする。

 

「登場時、二枚『ソウルブラスト』することで相手リアガードを一枚退却させる!今回選ぶのは……『タイダル・アサルト』!」

 

「手数を減らすならこっちだよね……!」

 

同じ縦列が埋まっていない『ステリオス』よりも、『タイダル・アサルト』を退却させた方が確実に手数を減らせるからこそであった。

イメージ内で『フルアーマード・バスター』となった貴之が剣から炎を飛ばし、その炎が『タイダル・アサルト』の体を焼いて退却させる。

ここまでだけなら、『ダメージゾーン』のカードを使わない代わりにリターンの安くなった『バーサーク・ドラゴン』のように見えるが、このスキルの真価は次にあった。

 

「さらにデッキの上から七枚見て、『オーバーロード』と名の付くカードを一枚公開して手札に加えることができる……俺が選ぶのは、『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

『バーサーク・ドラゴン』との差異点はここにあり、『オーバーロード』と名の付くユニットを確実に加えやすい点にある。

また、この貴之が公開した『オーバーロード』を見た全員が気づいた。

 

「貴之、その『オーバーロード』はもしかしてだが……」

 

「ああ、こいつは旧来のイラストだ」

 

貴之が現在デッキに入れている『オーバーロード』のイラストは、貴之が初めて暫くするまでのものであった。

一真の問いに肯定し、貴之はこのイラストの『オーバーロード』を採用するに至った経緯を話す。

 

「デッキを作るに当たって、俺の原点って何かを思い返すと『オーバーロード(こいつ)』が真っ先に出てきた。その時に思いついたコンセプトが『オーバーロード』の運用に寄ったデッキを作ることだったんだ……」

 

――こっちのイラストを使ったのは、その原点に立ち返った意味合いを込めてるんだ。その答えに全員がなるほどと思った。

『オーバーロード』を見れば回帰だが、貴之のことだからそれ以外にも何か一歩進んだものを用意してそうだと、貴之を古くから知る人たちは考える。

この後『メインフェイズ』で前列左側と前列右側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『サーベル・ドラゴニュート』、後列右側には赤い鎧と小盾、片手で振るえる剣を持った戦士『ドラゴンナイト ブルジュ』が『コール』される。

 

「さて、二回目の攻撃だ……まずは『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、『ダメージチェック』……」

 

一回目の『ダメージチェック』はノートリガーで、弘人のダメージが2になる。

 

「次は『ラオピア』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「トリガーさえ来なければいいが……ノーガード!」

 

トリガーを引かれたら流石に『ガード』することを弘人は決めた。

幸いにも『ドライブチェック』はノートリガーで、これ以上パワーが増えることは無い事になる。

イメージ内で『フルアーマード・バスター』となった貴之が、剣に炎を纏わせた状態で『アルゴス』となった弘人にぶつける。

その後の『ダメージチェック』では(ドロー)トリガーを引き当て、これ以上ヴァンガードにダメージは入らないことになった。

 

「仕方ねぇ。『ブルジュ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』で『ステリオス』に攻撃!」

 

「消費はできないな。ノーガード」

 

(ドロー)トリガーのおかげで展開し直す準備はできている為、防がずに受ける。

 

「相手リアガードを退却させた時、自身を退却させることでリアガードにいる『サーベル・ドラゴニュート』のスキル発動!山札から一枚手札に加える」

 

「また手札を加えた……便利だね~」

 

「あのユニット、貴之のデッキの短所を補っているのかしら?」

 

『サーベル・ドラゴニュート』のスキルを始めて見た友希那とリサの持った感想は的を得ており、ファイターたちは関心を示す。

貴之のデッキは今まで手札を確保する手段が少なく、『ドライブチェック』を省くと『バーサーク・ドラゴン』か、『ライド』された時の『アンドゥー』しか存在していなかった。

それによって生じる不足気味な手札を、このユニットのスキルで補い、後を楽にできるのだ。

貴之がターンを終了したことで互いに二ターンが終わり、貴之のダメージが2、弘人のダメージが3で僅かに貴之が有利な状況となった。

 

「よし……僕も使ってみるとしよう。『メイルストローム』に『ライド』!『イマジナリーギフト』、『アクセルⅡ』!」

 

「あれが新しい『イマジナリーギフト』……?」

 

二人がまだ新しいギフトのことを知らなかったので、玲奈が自分が貰ったガイドを貸す。

原則として最初に選んだ方を使っていくのを覚えた後、『アクセルⅡ』の能力を確認する。

 

「えっ……?手札を一枚増やせるの?」

 

「これ、パワーの増加量が減るよりもメリットが大きそうね」

 

「あたしもさっき使ってみたけど、手札の一枚は大きいよ」

 

――やっぱり二人も気づくよね。玲奈は彼女たちの反応を見て納得する。やはりそれだけ手札が増える影響は大きいのである。貴之も『サーベル・ドラゴニュート』を引っ張り出してきた辺り、どのデッキでも基本的に手札は多くても困らないのだ。

『メインフェイズ』で弘人は前列左側と前列右側に『ラザロス』を、後列右側に『テオ』を『コール』する。

 

「まずは『アルゴス』でヴァンガードにアタック!『カウンターブラスト』発動!」

 

「そいつは『バー』で『ガード』だ!」

 

どの道もう一回攻撃が来るなら、先に防いでしまおうという判断だった。

三回目と四回目は絶対に防ぐつもりでいる為、残りの攻撃は四回となる。

 

「では行こう……『ステリオス』の『ブースト』、『メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうだな……ここはノーガード」

 

残り二回を確実に防ぐなら、ここで手札消耗を避けたいと考える。

弘人の『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、パワーを『アルゴス』に与えられる。

対する貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが3になる。

 

「さあどうする……?『テオ』の『ブースト』、『ラザロス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『サーベル・ドラゴニュート』で『ガード』、左の『バーサーク・ドラゴン』で『インターセプト』!」

 

スキル込みで『ラザロス』のパワーが20000だった為、貴之はパワー25000で迎え撃つ。

この攻撃は受けると『メイルストローム』がスタンドするわ、『テオ』のスキルで誰かのパワーが上がるわといいことが何もない為、防がない理由は無かった。

 

「次は『ビビアナ』の『ブースト』、『ラザロス』でヴァンガードにアタック!この時『ビビアナ』のスキルを発動!」

 

「これ以上場の損失は出来ねぇな……『ワイバーンガード バリィ』!」

 

「……ここで『完全ガード』は珍しいわね」

 

貴之ならば普段は余りしない選択だったので、友希那は率直な感想を呟く。

手札に十分な『シールドパワー』を持つユニットがおらず、後々響くくらいならという決断をした結果だった。

ともあれ、これで『メイルストローム』は『スタンド』しなくなったので、残す攻撃はあと一回となった。

 

「では最後に『アルゴス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

このダメージチェックでは(ドロー)トリガーを引き当て、次のターンで少し動きやすくなる。

貴之のダメージが4になったところで、弘人のターンが終了する。

 

「よし、行くか……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!『イマジナリーギフト』、『フォースⅡ』!前列左側の(クリティカル)を2にする!」

 

「パワーじゃなくて(クリティカル)を強くするの?」

 

「ヒットさせやすくするのでは無く、ヒットした後を取った形だね」

 

『フォースⅡ』の能力の所感は正に一真が言った通りだろう。また、この特性を見た時、ファイターたちはそうだが友希那とリサも『ディメンジョンポリス』とは相性が悪いだろうと容易に想像できた。

ちなみに貴之がリアガードサークルに置くことを選んだ理由としては、『オーバーロード』は『ツインドライブ』と連続攻撃で圧力を掛けられるので、多方向から圧力を掛けて見ようと思ったのからだ。

『メインフェイズ』で前列左側に『フルアーマード・バスター』、後列左側に『ラオピア』を『コール』するが、貴之の『メインフェイズ』はまだ終わらない。

 

「相手リアガードが四体以上なら、『カウンターブラスト』と自身を『ソウル』に置くことで『ブルジュ』のスキル発動!相手リアガードを一体退却させ、こちらのリアガード一体のパワーをプラス10000!」

 

平時はパワーが6000しかない『ブルジュ』の強みはここにあり、自身が『ソウル』にいくことで『ソウルブラスト』も行いやすくなるのだ。今回は『アルゴス』を退却させる。

このパワー増加は『フルアーマード・バスター』に与え、空いた後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』し、『オーバーロード』の『ソウルブラスト』を行ってようやく貴之の『メインフェイズ』が完了する。

 

「攻撃行くぜ……まずは『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「そこはノーガードにしよう。『ダメージチェック』……」

 

パワーこそ増えていないから防ぎやすいものの、ヒットした時のデメリットが最も少ないのでトリガー狙いをする。

『ダメージチェック』の結果は(クリティカル)トリガーが引き当てられ、効果はヴァンガードに回される。

 

「次は『ラオピア』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石に防ごう!『医療士官』で『ガード』!」

 

現在のダメージが4、『フルアーマード・バスター』の(クリティカル)が2であり、(ヒール)トリガーが引けなければ負けな状況であったので流石に防ぐ。

最初は弘人もノーガードで行こうと思ったのだが、『フォースⅡ』で(クリティカル)が増えているのを思い出して急遽防ぐことを決めた。

 

「早速『フォースⅡ』の圧力が出たな……」

 

「今後はトンデモパワーか(クリティカル)増加を相手するのか……こりゃ大変だ」

 

ヒットした時のリターンが増えると言うことは、相手が『ガード』しなければならない条件が大きくなる。その効果が早速現れていた。

更にこの後『オーバーロード』の相手もしなければならないので、多方向からの圧力が効いてきていた。

 

「次は『オーバーロード』で左の『ラザロス』にアタック!」

 

「ここは仕方ない……ノーガード!」

 

残り手札が四枚で、内一枚が『完全ガード』である為、次を防ぐ為にここは諦めた。

『ツインドライブ』では一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目で(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージを3に回復しつつ手札を一枚確保する。

この後『オーバーロード』を『スタンド』させ、二回目の攻撃ができるようになる。

 

「最後だ……『ラオピア』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『翠玉の盾(エメラルド・シールド) パスカリス』で『完全ガード』!」

 

合計パワーが51000となっていた『オーバーロード』の攻撃は、宝石のように透明な翡翠の盾を持った士官『パスカリス』に防がれる。

この選択は貴之のイメージ力の強さを警戒したことから来るもので、案の定『ドライブチェック』で貴之は(クリティカル)トリガーを引き当てていた。

ここで全ての行動が終わったので、貴之のターンが終了する。

 

「(『アクセルⅡ』の効果が効いてるな……丁度全てのサークルを埋められる)」

 

ユニットのいないサークルは三つだったが、今の『スタンド』アンド『ドロー』により、丁度手札が三枚になった。

これのおかげで全てのサークルにユニットを展開することが可能となり、十分に勝ちの目が見えるようになる。

 

「『ライドフェイズ』は飛ばして……『メインフェイズ』に移ろう」

 

前列左側に三体目の『ラザロス』、後列左側に『ビビアナ』、『アクセルサークル』には『ネイブルゲイザー』が『コール』される。

どの道最大で五回攻撃になってしまうのならと、『アクセルサークル』の増加を諦めて、『メイルストローム』の『ツインドライブ』二回に賭けることを選んだ。

 

「では行くよ……!まずは『ステリオス』の『ブースト』、『メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「賭けるか……ノーガード!」

 

ダメージが3なのでトリガー次第で敗北してしまうが、己のイメージを信じることにした。

弘人の『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目は(フロント)トリガーとなり、この後の攻撃が通りやすくなる。

対する貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが4となる。

 

「次は『ネイブルゲイザー』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ『メイルストローム』の条件じゃない……これもノーガードだ」

 

「次とその次だっけ?」

 

「貴之のトリガーと手札次第だと防ぎきられるかもな……」

 

リサの確認に頷いて大介が答える。次の『ダメージチェック』が大きく関係してくるだろうことは予想できた。

そして『ダメージチェック』で貴之は(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージが4で留まる。

『完全ガード』も保有しているので後二回の攻撃は確実に防げるが、自身の『ダメージゾーン』を見て貴之は一つのことを考えた。

 

「((ヒール)トリガーが出ちまったら失敗だが、成功すれば確実に次のターンで勝てる!)」

 

自身の使っている『イマジナリーギフト』が『フォースⅡ』であることもあり、思いついたことを狙ってみる考えを取る。

その為には意図的に『メイルストローム』の『スタンド』する条件を満たさせるのだが、これは『完全ガード』で対策できるので心配無かった。

 

「次は『ビビアナ』の『ブースト』、『ラザロス』でヴァンガードにアタック!二体とも『スキル発動』!」

 

「こっちは『ター』で『ガード』だ!」

 

合計パワー33000の『ラザロス』による攻撃は、合計パワー38000の前に阻まれる。

 

「これは厳しいかな……『テオ』の『ブースト』、『ラザロス』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは利用させてもらうぜ……ノーガードだ!」

 

「えっ、防がない……?」

 

思わず声を出した友希那のみならず、攻撃宣言をしていた弘人ですら疑問に思った。

とは言え『完全ガード』を使わせるチャンスなので、そのチャンスは有難く利用させてもらうことにする。

対する思惑があった貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、次のターンに向けた用意が全て整った。

 

「最後に、『メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

流石にこの攻撃を防がない理由は無く、『完全ガード』を使う。

『ツインドライブ』が一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目が(ドロー)トリガーであることを確認したところで、弘人はターンを終了する。

 

「さて……俺のターンだが一度聞いておこう。さっきのノーガードを疑問に思ったの何人いる?」

 

試しに聞いてみたら結局全員から手が挙がった。特に弘人はその筆頭である。

 

「じゃあ、何をしようとしたかの答え合わせだな……括目せよ、『オーバーロード』の新たな姿を!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

「(『オーバーロード』の……新たな姿?)」

 

貴之の前触れが友希那は非常に気になり、同時にこの前触れは貴之が『オーバーロード』の運用に特化しているデッキにしたことを意識させる。

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之を、紅蓮の炎が竜巻となって包み込む。

その竜巻が薄れて行くと、顔つきと体の色合いこそ『オーバーロード』とさして変わらないものの、それ以外の部分はかなり変化が見られた。

まず初めに背の翼はより翼竜らしくなり、片手で振るうための刀が二つに増えているのでそれぞれに一つずつ持っている。更にその刀を持っている腕以外にも新しく数周り太い腕が左右に一つずつ増え、足も筋肉量が増えたように太くなっており、全体的にマッシヴな印象を感じさせる姿になっていた。

 

「『ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート』!」

 

そのユニットこそ、『ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート』。貴之が『オーバーロード』の運用に特化したデッキを作る際に取り入れた、このデッキにおける現段階の切り札である。

また、貴之はこのデッキを作るに当たり、『オーバーロード』と『グレート』以外のグレード3以上のユニットを、一度()()()()()()()()()()()()。それ程明確にコンセプトを固めていた証拠である。

 

「あれが新しい『オーバーロード』……」

 

「何というか……マッチョな感じするね?」

 

リサの感想は、『オーバーロード』と比べて全体的に体が太ましくなったことが起因するだろう。

また、貴之の狙いに気づいた弘人が額から一筋の冷や汗を流す。その狙いが完全に決まった場合、自分はどう足掻いても敗北を免れることが叶わないからだ。

 

「『グレート』の登場時、『ドロップゾーン』から『ドラゴニック・ネオフレイム』を一体まで探し、リアガードに『コール』することができる!今回は当然『コール』させてもらう。さらに、『フォースⅡ』はヴァンガードに!」

 

前列右側に真っ赤な体を持った龍の『ドラゴニック・ネオフレイム』が『コール』された。

これによって全ての用意が整い、後は攻撃して狙いを完成させるだけだった。

 

「よし、まずは『ネオフレイム』で左の『ラザロス』にアタック!」

 

「やられた……!ここはノーガード!」

 

もし見逃してくれるなら『インターセプト』をするつもりでいたが、その思惑を潰されてしまったのでここは防ぐのを諦める。

イメージ内で『ネオフレイム』が口から業火を吐き出し、『ラザロス』を焼く。それに耐えられなかった『ラザロス』は退却することになる。

ここで『サーベル・ドラゴニュート』のスキルを使っても良かったのだが、そもそも流れが出来上がっているので、その必要はなかった。

 

「ここで一回使わせる……!『ラオピア』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『インテリジェンス』で『ガード』!」

 

パワー23000となっていた『フルアーマード・バスター』の攻撃を、合計パワー27000で受け切る。

しかしこれで残りの手札が『完全ガード』を含めて二枚になってしまい、非常に苦しい状況となる。

 

「取り敢えず使って貰おう……『グレート』でヴァンガードにアタック!『グレート』が攻撃した時、『ネオフレイム』のスキル発動!攻撃中『グレート』のパワーをプラス5000!さらに二枚『カウンターブラスト』することで(クリティカル)をプラス1!」

 

「やむを得ないか……『パスカリス』で『完全ガード』!」

 

このスキルの発動は仮にノーガードだった場合、確実に倒せる確率を上げる為の物だった。

こうなるとトリガーにお祈り……と言うわけにもいかないので、弘人は防ぐことを選択する。

 

「ちょっと待て。確か、『グレート』の『スタンド』条件ってよ……」

 

「満たしてるな……」

 

竜馬が気付き、俊哉が頷く。また、この会話のおかげで、友希那とリサが攻撃をヒットさせることが条件じゃないことに気付く。

『ツインドライブ』で貴之は二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当て、効果はすべてヴァンガードに宛がう。

 

「アタックしたバトルが終了した時、『ソウル』にグレード3のユニットがあるなら、『カウンターブラスト』と手札を二枚捨てることで『グレート』のスキル発動!ドライブを1減らす代わりに『グレート』と……『ネオフレイム』の一体を『スタンド』させる!」

 

「だから、最初の攻撃をヴァンガードにしていたのね……」

 

「『ネオフレイム』も『スタンド』するから後二回攻撃できるんだ……」

 

このデッキは『ネオフレイム』がいてくれるおかげで最大五回攻撃が可能となっており、ちょっとした『アクセルサークル』のような芸当も可能となっていた。

ユニット一体の最大パワーが下がりやすいコンセプトのデッキだが、その分安定感は増したと言えるだろう。

 

「残り二回の一回目はこうだな……『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『ネオフレイム』で『ラザロス』に攻撃!」

 

「もう防げない……『ラザロス』は退却だね」

 

弘人の手札は先程無くなってしまっているので、もう防ぐことはできない。

再び『リアガード』が退却することで、『ラオピア』のパワーが18000まで上がる。

 

「最後だ……『ラオピア』の『ブースト』、『グレート』でヴァンガードにアタック!この時『ネオフレイム』は『カウンターブラスト』も発動!」

 

「ならば勝負だ!受けて立つ!」

 

「いいぜ……なら、チェック・ザ・ドライブトリガー!」

 

現在のダメージは4である為、貴之が(クリティカル)を引かず、『ダメージチェック』の二枚目以降が全て(ヒール)トリガーなら耐えられると言う、博打もいいところだった。

そんな一発勝負の状況下で、貴之が『ドライブチェック』を行う。

 

『……!』

 

「ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

その結果は(クリティカル)トリガーで、その勝負は貴之が完勝したことを告げる。

 

「え、えっと……『フォースⅡ』は元の(クリティカル)を2にするのよね?と言うことは……」

 

「ああ。今の『グレート』はパワー66000、(クリティカル)6だ!」

 

友希那の問いに貴之は堂々と答える。特に(クリティカル)の値はダメージが4の弘人に取って完全な死刑宣告であった。

 

「えっ!?な、何その数値!?」

 

「ああ……うん、これは酷い」

 

「流石イメージの鬼だ……」

 

「こう言うのを平然とやって来るから貴之相手は怖いんだよねぇ……」

 

「運が悪かったとしか言えないねこれは……」

 

「弘人、心を強く持てよ?」

 

「(貴之相手にこれは……予想が甘すぎたね)」

 

その数値を聞いてリサ、俊哉、大介、玲奈、一真、竜馬の順で口にする。

一方で弘人は自分の考えの浅さを反省していた。間近で戦って、貴之のイメージ力を改めて実感したことも大きい。

イメージ内で『グレート』なった貴之は、刀を持っていない腕で一回ずつ殴り飛ばした後に右足で蹴り飛ばし、左右の刀で一回ずつ切り付け、二つの刀でX字斬りの順で『メイルストローム』となった弘人に連撃を見舞った。

『ダメージチェック』は最初の二枚が(ヒール)トリガーで無い為決着なのだが、どの道負けが決まっているので余り関係は無かった。

 

「見事にやられたよ……いいデッキだね」

 

「この組み方で正解だったみてぇだ。前のデッキからさらにクリアなイメージができる」

 

今までのデッキで一番すんなりと順応ができた。貴之からすればそう断言してもいいくらいだった。それ程までに今回のデッキが手に馴染むのである。

互いにファイトが終わった挨拶をした後、こちらでも『イマジナリーギフト』の話しが始まる。

 

「後、『フォースⅡ』は予想以上に相性がよかったな。このデッキは『ネオフレイム』も判断材料にして使い分けかもな……それか、『ゴジョー』か『エルモ』を組み合わせて『フォースⅡ』だけに絞り込むこともできそうだ」

 

「なるほど……こっちはさっき青山さんが言った通り『アクセルⅡ』だけでやっていけそうだよ。やっぱり、手札が増えるのが大きくてね……そのおかげでサークルを埋めることだってできたし」

 

組み替え前から一転、貴之は『フォースⅡ』に対してかなりの高評価を下す。連続攻撃と(クリティカル)増加による圧力の大幅強化がシナジーを生んでいたのだ。

弘人も玲奈と同じく手札増加の重要さを思い知る。特に自身の四ターン目はその恩恵を最大限に受けている。

 

「これは組み替えを考えてもいいかもしれねぇな……『イマジナリーギフト』が増えたから新しい戦い方だってできるだろうし」

 

竜馬の考えは最もだった。中には貴之のように組み替えの準備をしておけばよかったと思う人もいる程である。

とは言え、そのデッキを組むためにも新しい『イマジナリーギフト』の使用感は知っておきたいので、一先ずファイトして情報を持って帰りたいと言う思いが強い。

 

「じゃあ、次は誰が……」

 

「みんながよければだけど……そっちの人たちの相手してあげてもらってもいいかな?みんなとやりたそうだから……」

 

どうするか決めようとしたところで、美穂から声が掛かったのでそちらを振り向くと、今日『ファクトリー』にいた人たちがこちらに注目していた。

元々『ファクトリー』が対戦好きな人たちが集まりやすい場所であり、全国大会に出る人たちに善戦した人、全国大会に出ている人、しまいには優勝者もいるのだから、それは注目されても何らおかしくはない。

――別にいいけど、誰が誰とやればいいんだろうか……?そう考えていたところを玲奈が一気に持っていく。

 

「あっ、女の子いる!?あたしとやろう!」

 

『は、早い……』

 

女子で集まっているところを見つけた玲奈が真っ先に目を輝かせながら向かって行き、そこの人たちから承諾をもらえたので幸せそうな顔で準備を始めた。

それを見た途端、貴之たちも楽な配分を思いついた。

 

「よし……俺とファイトしたい人いるか?」

 

呼びかけることで、自分に来て欲しい人たちを探すことにした。

貴之が最初に聞いてみたところ、強いファイターと戦いたい人たちが集まっていた場所で手が上がり、そちらへ行くことになる。

 

「じゃあ行ってくる」

 

「ええ。頑張って」

 

「友希那の応援があればいくらでも頑張れそうだ」

 

恋人になれたからこその軽いやり取りを済ませ、貴之は自分とファイトしたい人たちの場所に向かう。

その後も誰かが聞いて来て欲しい人たちのところへ行き、全員が求められた場所に辿り着く。

 

「あっ、二人もこっちに来る?」

 

「……行く?」

 

「こう言う機会も中々ないし、せっかくだから行こうよ」

 

玲奈の誘いに乗り、友希那とリサもそちらに混ぜてもらうことになる。

 

『スタンドアップ!』

 

「ザ!」

 

『ヴァンガード!』

 

「(ファイトしてるみんな……どこも楽しそうだね)」

 

美穂が見渡せばファイトしている人も、それを見ている人もみんなが楽しいと顔に書いてある表情をしていた。

正しく思い出の『ファクトリー(製作所)』となった光景を見て、美穂も笑顔になるのだった。




貴之のデッキはトライアルデッキ『櫂トシキ』をブースターパック『結成!チームQ4』とブースターパック『救世の光 破滅の理』に出てくる『かげろう』のカードを使って編集したデッキになります。
再現性に拘るのなら『オーバーロード』はトライアルデッキのものではなく、『チームQ4』に出てくるOR(オリジンレア)の『オーバーロード』四枚積みを推奨しますが、必要以上に値を張ることになるので、お財布との相談はしっかりとしてからをお勧めします(汗)。

また、何気に本小説で初めて(クリティカル)6が出ました。今回までで『アクセル』組が二連敗してるのですが、私は『アクセル』が嫌いなわけではありません。もしそう思わせてしまったのなら、すみません。

次回からイベントシナリオの『思い繋ぐ、未完成な歌』を本小説風に合わせた展開でやっていこうと思います。


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ライド4 新しき幕開け

予告通りイベントシナリオの『思い繋ぐ、未完成な歌』を書いていきます。
まずはシナリオ内のオープニングに当たる部分です。

また、これが今年最後の投稿になります。


『じゃあ、私はそのまま行ってしまうわね』

 

「そうしてくれ。まだ間もないってのにごめんな」

 

新しい『イマジナリーギフト』を確認してから二日経った日の放課後。貴之と友希那は互いにそれぞれの行く場所が別方向な為、今回は途中まで一緒とではなく最初から別行動することを電話で話し合っていた。

ちなみに衣替えの期間になっており、貴之たちは夏服での学校生活を始めていた。

 

『大丈夫よ……だって私たち、その気になればいつでも会えるでしょう?』

 

「お前も堂々と言うようになったな……。でも、確かにそうだな」

 

何しろ家は互いに向かい側なので、泊まりに行こうと思えば簡単な準備をして直ぐに行けるし、顔を合わせて話したいなら五分もせずにその状況を作れる。その圧倒的に美味しい点を考えれば我慢することは思いの外容易い。

更には互いにヴァンガードとバンドの道がある為、忙しくなって二人だけの時間が取りづらくなるのは承知の上でもある為、長い時間引きずることは無い。

 

『それじゃあ時間もあるから、そろそろ切るわね。また後で会いましょう』

 

「ああ。またな」

 

「悪いな……わざわざ頼み聞いてくれて」

 

「いいさ。友希那との時間を作るのを意識しすぎて、親友(お前)の頼みを聞けねぇんじゃ本末転倒だしな」

 

電話を切った直後に今回自分に頼み込んで来た俊哉が一言謝って来たので、貴之は本心で返す。

実は友希那とデートする約束を漕ぎ着ける直前の帰り道、俊哉にはどこかで『ヌーベルバーグ』を使いこなす為に通っていたカードショップに案内して欲しいと頼まれていた。そして今日から友希那たちがFWFのメインステージに向けて本格的に忙しくなる為、丁度いいと思って今日行くことにしたのだ。

ちなみに大介は竜馬と弘人の二人と共に集まる予定が、玲奈は一真と顔を合わせに行く予定だった為、今回は二人で行くことになる。

 

「こんな場所があったんだな……知らなかった」

 

「元々別の場所にあったのが引っ越して来たんだ。こっち来て開店したのは地方が終わった直後ってのと、同じ名前の店が無いことが知名度を下げてるのかもな」

 

――大介や友希那を紹介しない限り、俺と一真以外殆ど誰も来ない店だったからな……。そんな貴之の呟きに俊哉は一瞬混乱する。何をしたらそこまで目立たないんだと、そう思わずにはいられなかった。

俊哉がどんな場所なのかと気になりながら、貴之は久しぶりだと思いながら『レーヴ』のドアを開けて入店する。

 

「あっ、いらっしゃい。久しぶりね」

 

「全国大会の直前ぶりでしたね……お久しぶりです」

 

ドアを開ければ瑞希が声を掛けて来たので、貴之はそれに返す。

全国大会の後は友希那と出かけ、家で大会後の休養を取り、新しい『イマジナリーギフト』を確かめていたので、ここには寄らなかったのだ。

 

「そっちの人はご友人?」

 

「どうも。俺は谷口俊哉です」

 

瑞希に聞かれたことを皮切りに、俊哉が秋山姉妹の三人と互いに自己紹介をする。

 

「あっ、友希那から聞いたよ。二つの意味でおめでとう……それと、私個人からはありがとう」

 

「ああ。俺からは二重の意味でどういたしましてだな」

 

結衣個人の意味はもう既に分かっていた。宣言した日から長くして、ようやく『PSYクオリア』を使う一真に勝って全国を取ったのだ。

確かに同じ力を使う人である自分には何度も勝利をしていたが、現役のファイターで能力使用者である相手に打ち勝ったことで本当の意味で結衣を縛るものは完全に解けた。

それ故の礼である為、貴之は素直に受け取る。

 

「二つの意味はまあ分かった……けど、個人ってのは一体?」

 

「貴之さん、教えてはないみたいですね?」

 

「そりゃおいそれと話せねぇ内容だからな……」

 

瑠美の問いに否を返す貴之のことは仕方ない。元々不用意に広めて良いものではないのだから。

ならばと、俊哉にも口外無用を約束してもらって教えることにした。

 

「谷口君、ユニットの声が聞こえたりしたことはあるかしら?」

 

「ユニットの声?いや、そう言ったことは無かったですね……。何か関係あるんですか?」

 

「そう言った事が実際にできる力のことを『PSYクオリア』と言ってね……」

 

俊哉は彼女たちから『PSYクオリア』の力と、身近にいる人の中では一真と結衣が保有者であることを知る。

話しを聞いた俊哉は簡単に話すことはできないのを理解し、どうしたいかは本人次第だろうと玲奈に近い結論を出す。

 

「んで、お前はそれの対策に『ヌーベルバーグ』を引っ張り出したと……。いくら友希那との約束あるからって、無茶にも程があるぞ……」

 

「も、もうああやってこそこそとはやらねぇから……勘弁してくれ」

 

もう既に釘を刺しているので、俊哉はこれ以上の追及はしない。しかしながら気になったことはあるので聞いてみる。

 

「でも、それならお前が使えてもおかしくは無いんだけどな……その辺どうなんだ?」

 

「相変わらず『PSYクオリア』を使える気はしねぇな……」

 

でも……と、貴之は前置きをする。俊哉から『レーヴ』の案内を承諾したのは自分が気になったことを聞けるかもしれないと思ったからでもある。

 

「決勝のファイトをしてる最中……正確には『オーバーロード』に『ライド』する直前から、『ヌーベルバーグ』に『ライド』する直前までの間、俺のファイトの答え合わせをするようにガイドラインみたいなのが見えてたんだ……」

 

「……それは全く違うやつなのか?」

 

「ああ。こんな現象体験した人を俺以外に知らねぇ……。瑞希さん。俺が体験した『PSYクオリア』とは別物の現象のこと、何か知ってますか?」

 

「いえ、調べて見る必要があるわ……書物の中に情報があったかしら?今すぐには無理だけど、分かったら連絡するわ」

 

それを知れるなら何でもいいので、貴之はお願いしますとだけ告げた。

 

「さてと、湿っぽい話しはここまでにして……貴之さん。ちょっと頼みたいことがあるんですけど」

 

「頼みたいこと?」

 

「実は……このお店だからできる試みを考えててね」

 

内容としては大会で実績を残した人の直筆によるサインカード、もしくはサインを記入した色紙を飾りたいと言うものである。

人があまり来ないなら、偶然寄った人が覚えやすいように何か用意しようと言う考えの下、これを頼むことにした。

 

「じゃあ……旧イラストの『オーバーロード』はあるか?俺はそれにサインを入れよう」

 

「それなら俺も手伝おうか?」

 

「いいんですか?どれにします?」

 

「なら俺は……現イラストの『ダイユーシャ』で行こう」

 

「分かった。じゃあ持ってくるね」

 

俊哉も準決勝で貴之とファイトしたこと、他ならぬ貴之と最も仲の良い友人と言うことで立ち位置と実力を兼ね備えているのは大きい。

結衣が二人に必要なカードとペンを渡す。また、ミスした時が大変なので練習用の用紙を近くに置いておいた。

 

「……よし、こっちで行こう」

 

「俺はこうかな?」

 

早い段階で決まったのは貴之で、カードの左上の方に『イメージは力になる!』の一言を入れ、右下の方に自分の名前を記入する。

この時テキストと被らないように配慮をしており、色合いが被って見づらいなんてことがないようにペンの色も問題ないものを選んでいた。

俊哉は左下の方に『勇者降臨!』と一言を入れ、右下の方に名前を記入した。こちらも貴之と同じようにテキストと色合いの配慮は忘れていない。

 

「二人ともありがとう」

 

「いえ、俺たちでよければまた手伝いますよ」

 

「あっ、こいつの枚数足りなかったんだよな……これ買っていきますね」

 

帰り間際、デッキ編集に枚数が気掛かりだったユニットを見つけた俊哉が必要枚数分を買っていき、『レーヴ』に久しぶりの潤いがやってきた。

夏になっているから日の出ている時間が長くなっており、外に出た時に日は沈み切っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日はここまでだね」

 

一方で貴之と俊哉が『レーヴ』を後にした頃、Roseliaも練習を切り上げていた。

メインステージで歌う曲を何にするかを決めるべく、今回は少しだけ時間を残して片付けを始めている。

 

「最後の一曲は特に上手く行ってたんじゃない?」

 

「だよねだよねっ!前よりぜんぜん上手く叩けるようになったって実感できてたんだ~」

 

「コンテストを通過できて、自身が付いたのかも……」

 

燐子の言った通りコンテストを通過できたのも影響しているが、練習の成果も大きく上達に貢献していた。

特にこの三人はRoseliaに参加するに当たってハードな練習に耐えて来たので、尚のことである。

 

「上達を喜ぶ分には構いませんが、目指す場所に向けての改善点はまだまだありますから、気を緩めないでくださいね」

 

「考え方としてはどちらも間違っていないわ。ただ……そうね。組んだ頃から見れば大分良くなっているから、気を抜いてダメにならないように気を付けて行きましょう」

 

三人の意見も、紗夜の意見も、どちらとも間違っていない。故に友希那が出すのはどちらも肯定している纏め方だった。

 

「さて、メインステージでどれを演奏するか決めましょう」

 

「私たちが()れる曲は三曲……。一応、今回は運営側の意向でカバーも認められていますが……こちらはあまり考えなくてもいいでしょう」

 

一つ目はRoseliaの演奏による雰囲気の基本形に等しい『BLACK SHOUT』。二つ目はヴァンガードをテーマとし、Roseliaの意外な一面の象徴でありもう一つの基本形と言える『Legendary』。三つ目はそれぞれが向き合うべきものに目を向け、新たに進みだした証明となる『Re:birthday』。この中から選ぶ事になる。

カバー曲は余程のことが無い限り選ぶ理由がない為、現状は無視してしまうことにした。

 

「はいは~い!あこはいっそのこと、思い切って新曲やっちゃうのがいいと思います!」

 

やはりこの三つから選ぶのが妥当だろう――。そう思っていた矢先に早速あこから予想外の提案がやってきた。

確かに思い切ってやってしまうのもありではあるが、問題点が無いわけでもない。

 

「それを必ずしも悪いとは言いませんが……作曲も考えると厳しいでしょうね」

 

「後三週間ですからね……ちょっと、時間が足りないかも……」

 

新曲を作るに当たっての問題は間違い無くここにある。『BLACK SHOUT』と『Legendary』は結成以前から少しずつ作っていた、『Re:birthday』は明白なテーマがあったので時間はそこまで掛からなかった。

しかし今回は明白なテーマも無ければ、時間も短い。故に完成させても練習の時間が足りないか、そもそも間に合わない可能性が高い。

ただ。時期的にはそろそろ用意してもいい頃合いではあるので、落ち着いたら作ろうかとも考えた。

 

「まあやってみたい気持ちはわかるけどねぇ~……ちょっと難しいか」

 

「流石に三週間で一から……と言われたら間に合う気がしないわ」

 

しかしながら今回はその落ち着いた状況ではないので、そういうわけにはいかないだろう。

Roseliaのリーダーであり、曲作りの主力でもある友希那からの判決が下り、流石に諦めるしかなさそうだとあこは考えた。

少し先になるものの、この友希那の言葉がリサに一つの考えを浮かばせることとなる。

 

「実際に断念するかは置いておくとして……何を演奏するのがいいか、それを次の練習までにみんなで考えておきましょう」

 

時間内に決まらなそうなので、決まらなそうならその時は新曲も考慮すると言う旨を伝えて今回は解散となった。

 

「(ただ、選択肢が足りないような気がするのは確かね……)」

 

――帰ったら、何か使えそうなものがないか探してみましょう。友希那は選択肢の増加を図るべく、行動を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……演奏する曲、ね」

 

新曲は三つの中から決まらなかった場合の最終手段として留めておき、まずは三つの中から決めてみることにする。

そうするのは良かったのだが、『BLACK SHOUT』はチームの曲として無難だがそこまで、『Legendary』はRoselia以外に先導者(貴之)の要素が強く混ざっていて出しづらい。Re:birthday』はコンテストで演奏したばかりなので同じ曲の繰り返しに思われやすいと言う難点がそれぞれにあった。

それぞれの難点が悪い意味で混ざり合ってしまい、中々決めることができないでいる。

 

「(一度参考に使えそうなものを探しましょう……。決めるのはその後で)」

 

頭を切り替えた友希那は押し入れの中に、以前演奏した曲のスコアがあることを思い出してそこを探し始める。

 

「確かこの辺りに……あら?」

 

あったはず――。と繋がるはずだった言葉は、予想外の物を発見したことにより遮られる。

友希那はその原因のものを手に取った。

 

「カセットテープ?どうしてこんなところに……?」

 

疑問に思った友希那は、カセットテープに貼られているシールに書かれている字を注視してみる。

少しの間確認すると、その字が自分の父親のものであることが判明する。

――何かの拍子に紛れ込んだのかしら?自分が音楽を諦めたと同時に殆ど処分してしまっているので、恐らく元からここに入れてしまっていた可能性が高い。

 

「(一度聴いてみましょう……何か掴めるかもしれないわ)」

 

友希那はそのカセットが使えるカセットテープにセットし、再生してみる。

そして、そこから流れる音楽に惹きつけられるのであった。

 

「(激しいシャウト……間違いない、私は心を揺さぶられている……!それと、この声……お父さんのものよね?)」

 

カセットから流れてきた音楽は、父親が以前まで組んでいたチームのものだった。

歌と楽器による音の合わさり具合や、技術力の高さを伺え、それが友希那に先を聴きたいと思わせる。

また、ただ技術力が高い以外にも、その歌声から伝わってくるものがあった。

 

「(すごく楽しそうな歌声……。この曲からは音楽への純粋な情熱が伝わってくる……)」

 

生き生きとした歌声は、インディーズ時代の頃に作られたであろうことが伺える。

自分の父親の歌は、売る為の曲になってしまったことで熱を落とし始めてしまっていたが、まだそうなっていなかったインディーズ時代のものは熱で満ちあふれているのだ。

その熱をカセット越しに歌で伝えられたことにより、友希那の中では一つの欲求が現れる。

 

「この曲、私も歌ってみたい……」

 

友希那の中に現れた欲求はメンバーの意向次第と、父親から許可を取れるかで決まる。

正直なところ、この二つは聞いてみなければ分からないが、条件をクリアした場合はメリットが大きい。

何しろ曲選びで路頭に迷っていた為に新曲を考える手間が省け、今までの曲を選ぶ袋小路に戻る必要も無くなるのだ。

今までの曲と比べて更にハードになってしまうものの、これを演奏できるようになれば、今後更に多くの曲に挑めることにも繋がる。

後は一つだけ、引っ掛かるところがあるのでそこ次第になるのだろう。

 

「資格……それが与えられるものでは無いのは確かね」

 

代表例は、貴之が試練を乗り越えて『ヌーベルバーグ』の完全制御に至ったことだろう。あれは痛みと言う試練を乗り越え、『ヌーベルバーグ』を自在に使える資格を()()()()()ものだ。

今回の場合は自分が感じ取った、音楽への純粋な情熱を表現できるかどうかだろうと思える。今の自分の歌でそれができる自信は無いが、どうすればいいのかは何と無く分かる。

この曲を()るだけの技術が資格だと言うのなら、練習を積み重ねて勝ち取ってしまえばいいのだ。そう考えれば後は話しを切り出すだけである。

 

「(まずはみんなに聞いてみましょう……。歌いたいかどうかが分からなければ、許可を取っても台無しになってしまうから)」

 

歌うかどうかを決めてからで無ければ話しを持ちだせないので、まずはRoseliaのメンバーに確認を取ることを決める。

また、父親から許可を得る際には、気になったことを聞いてみるつもりでいた。

というのも、この前一人で抱え込んだ結果スカウトの件が起きてしまっており、それで貴之共々リサに咎められたばかりなのだ。流石にこんな早くに繰り返すつもりはそうそうなかった。

 

「(お父さん……どう答えるのかしら?)」

 

実際に聞いてみなければ分からないし、そもそもそれを聞く機会が訪れるかどうかも分からないところだが、友希那はそれが気掛かりであった。




一先ずオープニング分が完了です。ちょっと短めかもしれません。
変更点は……

・次のライブでは無く、メインステージに向けての練習
・三人と紗夜の考え方に対し、友希那は紗夜側ではなく両方取り
・『資格』に関して、友希那は一人で迷うよりも誰かに聞いてみようと考えている

こんなところでしょうか。恐らくメインステージ当日まではこう言った変化が続いて行くと思います。
また、前半で決勝戦のファイトで発動した貴之の能力に関して探りを入れるシーンを混ぜておきました。これはこの章の間に明かせなかった場合、次章に持ち越しの予定です。

次回はそのまま一話~二話、場合によっては三話まで進むと思います。


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ライド5 折れた翼、未熟な翼

明けましておめでとうございます。新年初の投稿となります。
イベントシナリオの順番が思ったより入れ替わりました……
今回やった順番としては1話(4話要素込み)→2話→3話です。

バンドリTV楽しく見させていただきました。今年もまた頑張れそうです。

ちなみにガルパのフェス限は新メンバーでは無く、既存の限定メンバーを複数当たりました。一人だけでも新規欲しかったなぁ……。
その一方でヴァンガードzeroは新ガチャで早々に『ウォーターフォウル』が当たったので、こちらに運を吸われた可能性があります(笑)。


「あちゃ~、見事にバラバラだねぇ……」

 

「このままでは平行線を辿ってしまいそうですね……」

 

メインステージで歌う為の曲を決めている際、友希那以外の四人が順番に出して行った結果を見て頭を抱えることになる。

リサは『Roseliaと言えば』と考えて『BLACK SHOUT』、紗夜が『自分たちの技術を表しやすいもの』と考えて『Re:birthday』、燐子は『Roseliaの変化』を考えて『Legendary』、あこは『三曲だけでイメージを強く持たれないように』気を付ける意味合いでも新曲を提案していた。

新曲をアリにしていたのは、友希那も選択肢が足りないと感じていたからにあり、あこも大変なのは分かっているが選べなかったこともあり、「ごめんなさい……」と一言詫びを入れている。

 

「(本当に……これを持って来ていて良かったわ)」

 

仕方がないので消去法を使って演奏する曲を決めるのだが、ここもそれぞれの思いが間違いではないので平行線が続いてしまう。

やはり『大事なフェスだから』と言う想いが当人の主張を強くするし、慎重にもさせているのだ。故に普段と比べて控えめな人は主張が強めになり、主張している人は逆に少し落ち着いている。

全員がそれぞれ『悪いのは分かっているけど……』や、『それでもこうしたい……』と言う二つの想いを程よい強さで押し合っている為、このままでは終わらなそうな気もして来た。

こうなると一石を投じる何かが必要となるのだが、友希那は丁度それを持っていたことに心から安堵することになった。

 

「……友希那さん、どうかしましたか?」

 

「えっ?ああ、ごめんなさい。この話しをどこで切り出そうか……少し考えていたの」

 

燐子に問われたことで思考を現実に引き戻した友希那は、部屋で見つけていたカセットテープをテーブルの上に置く。

この時リサは書かれている字に見覚えがあると感じていたが、確信を持てないでいたので、まだそのことには触れないでおく。

 

「ちょっと、みんなに聴いてほしい曲があるの……」

 

「へ?聴いてほしいって……どうしたの?」

 

「……これは代案と呼べるものかもしれないけれど」

 

――悩んでいた新曲のこと、どうにかなるかもしれないわ。話しが平行線を辿っていたせいで進まなそうだと思っていた四人に取っては渡りに船だった。

その為一度聴いてみることを選び、友希那はそのカセットテープに入っている曲を再生する。

 

「……!」

 

「(この曲……なんて完成度なの!?)」

 

その曲を聴き終えたあこは息を呑み、紗夜はレベルの高さに驚く。

自分たちの技術を上回っているかもしれないとすら思えるその曲は、今の彼女らに影響を及ぼすには十分すぎるものを持っていた。

 

「(す、すごくカッコいい……もし、友希那さんがこの曲を歌ったら……)」

 

燐子は友希那が歌った時の姿を想像してみると、彼女の歌声なら似合うと思った。

男性が歌っていることによって歌詞のずれがある為、そこを友希那向けに合わせれば問題無いだろうとも考える。

 

「(凄いねこれ……聴いてるだけで、胸がギュッと締め付けられる……)」

 

――激しくて、だけど繊細で……。リサもこの曲に心を動かされていた。

少し調整をして、練習を重ねれば演奏できる。コンテストのおかげでリサは後ろ向きな考えをすることが減っていた。

最初はもう新曲を作ったのかと言う驚きを持っていたが、歌いだしからそれは違うことに気づけているのは全員共通だろう。

その中でリサは一人だけ、もう一つの点に気づけた。それはとある人物の人となりを知っているリサだからこそであった。

 

「(この歌声……暫く聴いて無かったから思い出すのに時間かかったけど……)」

 

――後で、友希那に聞けるタイミングあるかな?一人で決めることを辞めたからこそ皆に話すことをしたのだから、機会はあるだろう。

そして曲を聴き終わり、暫しの間沈黙が走る。

 

「どうだったかしら?今まで以上にレベルの高いものになるけれど……」

 

『……』

 

この曲をメインステージに持っていくかどうかを決める為の判断材料が欲しいため、友希那は投げかけてみる。

自分は一度聴いてたから予想はできていたものの、やはり曲に圧倒されて少しの間固まっていた。

 

「……ごい」

 

「……?」

 

最初に反応を示したのはあこだった。硬直が解けたばかりで消え入るような声だった為、友希那は聞き取り切れずに思わず耳を澄ませてしまう。

どう思われたか少々不安になった友希那だが、それがすぐ杞憂に終わったことを告げられる。

 

「すごい、すごいっ……すっご~い!カッコいい……!超カッコいいです!ね、りんりん!」

 

「うん……素敵な曲だったね」

 

「あこ、この曲ライブで演奏してみたいっ!」

 

「私も……大変かもしれないけど、演奏してみたいな……」

 

あこと燐子は非常に乗り気であり、もう早速自分たちならこうするといいのではと曲調に関して考え始める。

予想以上に反応が良かったので、今度は友希那が硬直してしまった。

 

「二人とも完全に気に入ったみたいだねぇ~……アタシもだな~♪」

 

「そうですね……確かにいい曲ですし、演奏してみたいと言う気持ちもありますが……湊さん。一つ確認をいいですか?」

 

「いいわ。言ってみて」

 

何か聞かれるかもしれないと言うのは覚悟していた為、友希那はそこまで気負わず先を促す。

元より、全員から同意を得られるかどうかが大事である為、当人たちが気になったら解決する必要があるのだ。

 

「この曲は一体……誰が歌っているのですか?」

 

「そうね。歌っているのが私じゃないのだから……聞かれるわね」

 

紗夜が聞いたことで、二人で話し込んでいたあこと燐子も話しを止めて友希那の方に顔を向ける。

ならばと答えようとしたことで、友希那はリサの目に気づいた。

 

「答える前にだけど……リサ、あなたは気づいているの?」

 

「多分ね。カセットの字と歌声で思い浮かんだんだけど……その歌、友希那のお父さんのだよね?」

 

「ええ。この曲は、お父さんが実際に歌うことが叶わずそのまま残っていたものなの……」

 

「友希那さんの……お父さんの……?」

 

時期としては、スカウトを受けて『売る為の音楽』を強要される直前に作り上げたものであり、全盛期とも呼べる時期に作られた為に歌声の熱が強かい。

しかし実際にこの曲を歌う前に勧誘を受け、以後は友希那があのような事をしでかす前触れを作るような日々が続いてしまうこととなってしまった。

そうして音楽を辞めた際に彼は自分の音楽に関するものを全て処分した筈なのだが、どういう訳かこの曲の入ったカセットテープだけは友希那の部屋に置かれており、先日『選択肢が足りない』と感じて押し入れから探していた友希那が発見して今に至るのだった。

見つけた直後は気になって仕方が無くて気付かなかったが、よくよく考えたらこの曲を歌うことは、()()()()()()()()()()()()のも同義であった。

 

「な、なるほど……そんなことがあったんですね」

 

「ええ。これは私たちが一から作った曲では無いから後で許可を取りに行く必要もあるし、それにはあなたたちの同意を貰う必要があったの」

 

「そうですね。ここで誰か一人が反対したのなら、諦めた方がいいでしょうから……」

 

全員で方針を合わせなければ良い物はできないし、元を作ってくれた人たちにも申し訳ない。

紗夜の言葉を聞いたあこと燐子は先に話し込んでしまっていたので冷や汗を掻くが、紗夜が「反対はしていませんよ」と言ってくれたので安堵する。

実際のところリサも賛成だし、紗夜も賛成の意を示してくれた為、この点に関しては最早問題無いだろう。

 

「なら、ここでの問題はあと一つになります」

 

「……あと一つ?」

 

「うん。友希那は……どうしたいの?」

 

首を傾げた当人に向けて、リサが問いかける。

全員が賛成したのはいい。しかし肝心な当人からの意思を聞けていない。それが最後の問題であった。

ならばと思った友希那は「私は……」と前置きをする。

 

「機会を貰えるなら、私はあの曲を歌いたい……。翼が折れてしまった鳥ように残されたあの曲にもう一度命を吹き込んで、メインステージで羽ばたかせてあげたい……」

 

彼女たちが演奏したいと言ったように、友希那もその想いを伝える。

伝えて終わりでは無く、友希那はもう一つやることが残されていた。

 

「メインステージまで時間が無いし、私情で選んだのは申し訳ないと思ってる。それでも、この曲が演奏したいと言ってくれるのなら……」

 

――私に、皆の力を貸して欲しい。友希那は右手を己の胸に当て、四人に頼み込む。

暫し沈黙が走るかと思ったが、友希那が頼んですぐ「先程も言いましたが……」と紗夜が切り出す。

 

「反対はしていません、私もあの曲を演奏したいと思っています。ただ……その想いに驚いただけです」

 

「さっきも言いましたけど、あこは大さんせ~ですっ!」

 

「私も、皆であの曲が演りたいです」

 

「だってさ、友希那?」

 

こちらに振ってきた以上、リサも賛成であることは間違い無し……つまりは全員が賛成であることを示してくれた。

 

「ありがとう。なら、私はこのことをお父さんに話してみるわ。皆は許可が貰えてもそうでなくとも、どちらでも大丈夫なように準備はしておいて」

 

全員が頷いてくれたので、これにて話しは纏まった。

あくまで今回は確認の為に集まっていたので、今日はこのまま解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、あんなにあっさりと決まるだなんて……」

 

「あはは~……まあ、平行線になっちゃってた時にあんなのが来ればねぇ」

 

帰り道で、友希那とリサは今日のことを振り返る。ちなみに帰り道の途中で貴之と合流している為、今は三人で帰っている。

友希那自身、突っぱねられる可能性を危惧していたのだが、それが杞憂に終わるどころか全員が乗り気なのに一瞬困惑する程であった。

 

「じゃあ、持って行ったその曲が渡りに船だった……ってことか」

 

「ええ……四人とも見事にバラバラの案だったから、最悪どうしようもないまま四択を選ばされるところだったわ……」

 

今回はそんなことにならないで良かったものの、実際にそうなったら中々に厳しいものがあるので、聞いていた貴之も頭を抱えたくなった。

 

「友希那のお父さん、許してくれるといいね?」

 

「ええ。そうね……その後は、私がどうやってこの頃の純粋な気持ちを歌えるかどうか……ね」

 

以前と比べれば遥かにマシだろう。ただ、本当に純粋かと言われればよく分からないと言った状態である。

許可を貰えたのなら純粋な情熱を歌に乗せられるのか、そもそも許可を貰えるのかどうか。そこが友希那にとっての気掛かりであった。

――いえ。そもそも私は、歌っていいのかどうかですら悩んでいるわね……。抱え込もうとしてそれを辞めた友希那の吐露に籠った意味は、貴之とリサは分かっていた。

 

「確かに、それは悩むよな。俺は目の当たりにしてた時期が短かいから余り過ぎたこと言えねぇけど……何であれ、最後に決めるのは友希那自身だな」

 

「うん。例え許可を貰えようとも、今回の曲のことで誰が何を言おうとも、アタシは友希那の出した結論は大事にしたいな」

 

「二人とも……」

 

友希那に対して二人が選んだのは待ちの姿勢。ここで自分たちが変に口出しするよりも、友希那が悩んだ上でしっかり決めた方が絶対にいいからこそ選んだのだ。

 

「ただ……一つだけ言うことがあるなら、友希那が真剣に悩んで向き合おうとしている気持ち。それは……」

 

――誰よりも音楽に対して純粋だからだってこと、それは忘れないでね?リサにそう言われた友希那は「向き合う、気持ち……」と呟きながら考えてみる。

暴走していた時期は他を蔑ろにしていたせいでそうだと言い切れないと思っていたが、そもそも純粋な情熱を持っていた父親に敬意を抱いて自分もと言う純粋な気持ちがあったからこそ、自分は今のような道を辿ったのだと考えることも可能だった。

友希那はリサに礼を言い、しっかりと答えを出すと回答することでこの話しは一度ここまでとなる。

 

「貴之は頼まれていたことをやっていたんだっけ?」

 

「ああ。カードの一枚に俺のサイン書いてくれって言われてな……」

 

「と言うことは……『オーバーロード』にしたわね?」

 

――まあバレるよな……。それだけ分かりやすい以上、貴之はさして気にしない。

問題は、今回『レーヴ』に寄っていたもう一つの理由にある。どの道二人が何らかの反応を示すのは目に見えていた。

 

「もう一個大事な理由があってな……決勝の時、俺の身にあったことを知らないか聞きに行ってた」

 

「……何かあったの?」

 

「ああ。俺が『オーバーロード』に『ライド』する直前だったんだが……」

 

貴之はその時に自分が見えていたものを話す。

使用条件も不明で、使用した場合どうなるかが分からないので、そのまま使うのは非常に危険であった。

 

「とまあ、そんなこともあって今は調査結果待ちだ……終わり次第連絡を貰える。あまり危険すぎるものじゃなきゃいいんだが……」

 

「そうね……流石にそれが危険なものなら、今すぐ使うという考えを捨てて欲しいもの」

 

貴之と想いを通わせたからこそ、友希那は貴之に少しでいいから、無茶のし過ぎを控えて欲しいと思うようになっていた。

無論貴之も友希那を悲しませたく無いので、危険なものだと判明した場合は直ちに使用する考えを捨て去るつもりだ。

 

「どんなものか分かった時は連絡が来るんだよね?」

 

「その時は呼んで欲しいって?」

 

リサの言いたかったことは当たっており、貴之の言葉に頷く形で肯定を返した。

そう言うことならばと、貴之がそれを承諾したところで、家の前まで辿り着く。

 

「さて、私は言ってくるわ」

 

「うん。それじゃあまたね」

 

「答え、見つかるといいな」

 

友希那が父親に話しを持ち掛けるべく家に戻るので、二人はそれを見送ってから互いの家に戻っていくのだった。

ただし、貴之は今日友希那の家に泊まることになっているので、準備を済ませて湊家へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「それで、話したいことって何かな?」

 

「実はこの前、これを見つけたの……」

 

家に帰って夕食を取った後、友希那は父である湊友治(ゆうじ)に見つけたカセットテープを手渡す。

それを手に取った友治は「少し聴かせて貰うぞ」と一言入れ、そのカセットテープを再生する。

 

「懐かしいな……もう10年以上も前の曲じゃないか」

 

「なるほど……そう言うことなら俺もリサも知らなかった訳ですね」

 

貴之は最初に自分がいて大丈夫なのかと疑問に思っていたが、友治が「構わない」と言ってくれたのでご一緒させてもらっている。

もう一つの理由としては、友希那にいて欲しいと頼まれたので断れなかった面があるのだが……。

 

「うん。作りはしたけど、結局披露する場所が無かったんだよ」

 

――そう言えば、これだけ歌えなかったんだよな……。懐かしさと共に寂しさを感じさせる友治の表情が、この曲を演りたかったことを教えてくれる。

今回はこの曲に関しての話しを持って来ているので、友希那はここで話しを持ち込む。

 

「この曲を、メインステージで歌いたくて……お父さんから許可を貰いたいというのが、今回の話しなの」

 

「……この曲を?」

 

友希那の話しを聞いた友治は驚き、それならと通してしまおうかと思ったが、一度確認することがあった。

 

「俺としては構わないが……チームメンバーとはそのことを話したのかい?この前もそんなことがあっただろう?」

 

「その事なら心配ないわ。皆が演りたいかは今日確認してきたから……。皆も演りたいと言ってくれたし、私もその曲を連れていってあげたいの……」

 

「そうか……それなら心配はない。なら持って行きなさい」

 

以前スカウトの事に関して話しを聞いていたのでその確認を取ったが、抱いた危惧は杞憂に終わった。

友治としてはこの曲がより良い形で演奏されるのを楽しみで終わるのだが、友希那はもう一つだけ聞いておきたいことがあった。

 

「この曲から感じる音楽への純粋な情熱……。それを、私の歌声にのせて歌える自信が無くて……できるようにすればいいとは思っているのだけれど」

 

「なるほど……。そう言うことなら、その想いをのせて歌えばいいんだ」

 

友希那の悩みを聞いた友治は、自分も経験したことに基づいた答えを示す。

それを聞いた友希那は拍子抜けした様な顔を見せてから、「でも……」と口を開く。それに対しても回答を持っている為、友治は続ける。

 

「それが今のお前のこの曲……それから、音楽に対する想いなんだろう?だったら、それを歌えばいい」

 

――どんな想いを抱えていたっていい。それをぶつけるんだ。友治の言葉は、友希那の背中をものだった。

事実、友希那は最後の確認をするかのような問いかけをした。

 

「私が未熟でも……?」

 

「折れてしまっている人間よりはよっぽどいいさ」

 

その回答によって、友希那は友治の無念を改めて理解する。また、この話しによって、貴之は一つの考え方を見出す。

 

「(この二人、翼が折れてもう飛ぶことのできない親鳥と、飛び方を教わったのはいいけど、完全には覚えきれていない雛鳥……ってところなんだろうな)」

 

友治は表舞台で歌ってその歌い方を教えることはできず、友希那はまだまだ覚えるべきことが多く残った状態で歌う……そんな状況が、貴之にそんな考え方を持たせた。

ただ、この二人が違うのは言葉を用いることで聞き出したり、教えたりすることが可能なことにある。それが飛ぶ翼も鋭い牙も持たない人としての、絶対的な強みであった。

それを証明するかの如く、友治は「それに……」と続ける。

 

「完成されていなきゃ演奏できない音楽なんて存在しないさ。ほら、貴之君だってこの前、絶望視されていたのを可能にしていたんだろう?」

 

「あ、あれに関してはこの前色んな人に咎められたばっかりなんでちょっと……」

 

「特に、リサは一番きつかったわね……」

 

『ヌーベルバーグ』の使用に関しては多くの人から「お前は正気か?」と何度も言われたので、暫く思い出したく無かった。貴之が後江で「情けない」と言われた際のごく一部である。

あと一押しだなと思った友治は「ただ……」と付け足しの前置きをする。

 

「お前がそれほどまでに技術や精神的な未完成さを思い悩んでいるとしても……」

 

――その想いはとっても純粋で、素晴らしいものだと思うぞ?そこで友希那はリサも同じことを言っていたことを思い出す。

ならもう心配は要らない。分かった瞬間友希那の表情は明るいものになった。

 

「もう大丈夫だね?」

 

「ええ。ありがとう、お父さん……。後でリサにお礼を言わないと」

 

「ああ、リサも友治さんと同じようなこと言ってたな」

 

友希那と貴之の話しを聞いた友治はどうしてリサが出てきたかを理解した。

話すべきことは終わり、貴之は友希那の部屋で共に寝させて貰うことが決まった。

 

「貴之君。これからも友希那の手を握ってやってくれるかい?」

 

「もちろんそのつもりです。その為にユリ姉について来たと言っても過言じゃないですから……」

 

「貴之の言っていることは分かっているけれど、改めて言われると……」

 

直後に二人のやり取りを聞いた友希那が顔を真っ赤にするのだった。




これにてこのイベントは前半が終わったような状態ですね。
変更点としては……

・最初の段階で誰が歌ったものかを話し、メンバーがどうしたいかを決める
・上記の変更点に伴い、紗夜の独自やあこの頼み込む場面が省略される
・友治と話す場面に成り行きで貴之も参加

こんなところでしょうか。ちなみに友希那の父親である友治の名は、友希那と同じ漢字を使うと言う方針を決めていたので、その中で一番男性人物に向いたものは『友』じゃないかと思ったことにあります。

また、今回のサブタイの中にある『折れた翼』と言うのは『機動戦士ガンダム00(1st Season)』の15話で使われたサブタイから来ていたりしています。
こちらでは既に音楽を辞めた友治のことを指していますが、向こうは『戦場に舞い降りた天使(ガンダム)』4機が、831機と言う圧倒的物量で対抗されてることで翼が折れ(打ち負け)、相手側の手に落ちそうになったことを指していますね。

次回はそのままイベントシナリオの続きをやっていくことになると思います。
ただ、そのままだと短すぎる可能性が高いので、オリジナルの展開も混ざるかもしれません。


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ライド6 目指すべき場所への第一歩

予定通りイベントシナリオの5話分です。
オリジナル要素多めで本来の要素が少なめになったのは、本小説による変更点の反動が来ています……(汗)。


「と言うことで、無事に許可は貰えたわ。これがパートごとのスコアね」

 

「ホント?良かったね」

 

友治と話し合いをした翌日。早速練習を始める前に皆に聴いてもらった曲のスコアを渡す。

反応したリサもそうだが、結果を聞いた全員が安堵する。

ちなみに今日ここへ来る前に俊哉が貴之へ、リサが友希那へとCordにて『ゆうべはおたのしみでしたね』と言うチャットを送っていたのだが、これに気づくのは起きた直後であった。

その結果意味を理解していた貴之は顔を真っ赤にして俊哉に弁明のチャットを打ち、意味を理解できなかった友希那はリサによく分からないと言う旨を合流した際に告げている。

 

「どんな感じなんだろう?」

 

「簡単じゃないとは思うけど……」

 

あの完成度なのだから、間違い無く難しいものが来る。そう確信しながら、全員でスコアを確認し始める。

確認していくのはいいのだが、一同が共通のタイミングで絶句することになる。

 

『(よ、予想以上に難しい……!)』

 

自分たちが「このくらい難しいものだろうか?」と思いながら確認していたら、それが見事に外れていた。

既に時間は限られている中でこの曲をできるようにする以上、いつも以上にハードな練習になるのは目に見えている。

 

「こ、これを三週間も無い状態で……」

 

「確かに難しいですが、できるようにすれば更に上を目指せるでしょうね」

 

あこの不安になる声も、紗夜の成功した場合の声も、どちらも分かる。

確かに暫くの間は更に厳しい練習を重ねることになるのは確実だが、それでも演奏できるようになれば自分たちがいる位置のその先が見えるのだ。

また、こうして今回は許可を貰っての事なのだから、できるようにする以外道は残されていないも同然だった。

 

「降りるなら今の内……と言いたいところだけれど、それは無さそうね?」

 

友希那の確認に全員が首を縦に振る。自分たちがやりたいと言い出したのだから、降りる理由などどこにも無かった。

 

「なら、早速始めましょう」

 

「ええ。湊さんのお父様が許してくれた以上、最高の状態で演奏できるようにする必要がありますから」

 

演奏させて貰えるのだから、最高の形で演奏する。それは許して貰えた恩義を返すことに当たる。

だからこそ友希那は開始促すし、紗夜も言い聞かせるように続ける。

 

「じゃ、その為にもまずはスコアを覚えないとねぇ~」

 

「今回の曲……今までよりも難しいですから……」

 

その最高の形で演奏する為にも、まずはどうやって演奏をすれば良いのかを知る必要がある。

故にまずは楽器を弾きながら、叩きながらでも構わないので、それを覚えることから始める。

 

「でも、できるようになったら絶対に嬉しいし、楽しいと思うっ!」

 

目標を立ててそれの達成を目指す際に、達成できたらどうだろうかと言うのを想像するのは悪い事ではない。実際にそれで目標に向けての活力になるのなら寧ろ良い事にもなる。

こうして五人で意思疎通ができたところで、早速練習を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お前はどうしてあんなの送って来やがった……」

 

「悪い悪い。出来心でな……」

 

「わざわざ相方に頼んでそれぞれに送るってのは中々用意周到だな」

 

『(何が何だかさっぱり……)』

 

友希那たちが練習を始めた直後、ファクトリーにて今日の朝にあった事の顛末を話していた。

この中で俊哉の意図をあっさりと理解できたのは竜馬ただ一人で、それ以外は首を傾げる。

ちなみにこれをやるにあたってリサに教えた際は、『な、何その含みのある言い方……』と聞いた直後は顔を赤くしていたが、落ち着いた後はノリノリでそれを承諾していた。

俊哉が行ったこの振りはかなり昔のゲームであり、貴之は見せてもらっていなければ、竜馬はそれを遊んでいなければ気づけなかったので、踏み込もうと思わなければいずれ忘れ去られそうなものである。

 

「しかし……あれだけ練習したと言うのに、もう『ヌーベルバーグ』の使用を辞めてしまうのかい?」

 

「ああ、そのことか。大会終わって、インタビュー受けた時に思ったんだが……俺のせいで『グレード4が必須』って認識が生まれちまったらってなったらちょっとな……」

 

一真の問いには普段以上に真面目な回答を下す。

実際のところ『ヌーベルバーグ』を秘策として用意したのが影響して、そのことをかなり問われてしまっている。

元々次はこうしたいと決めていた貴之は『グレート』などを採用し、自分本来の戦いに合わせたデッキを組んだが、その後発行された雑誌におけるインタビューの部分を見た時に『これは不味い』と感じ、『ヌーベルバーグ』に詫びを入れてまでデッキから外すのを急いだのだ。

 

「だから……俺は責任を持って教えて行かなきゃいけないんだ。大会を勝ち進むのに、グレード4が必須だなんて()()()()()()()ってことをさ」

 

「なるほどな……そうなったらすぐに外したくもなるな」

 

「あくまでも特定の相手に勝つための秘策であって、本来は違うからね……」

 

貴之がどういった目的で『ヌーベルバーグ』を入れたかの話しを一足早く聞いてた為、大介と弘人が他の人たちよりも早くに納得をする。

後江の人たちにも改めて本来はそうじゃないと言うことは雑誌が出た日に伝えてあり、『じゃあ次は本来のやり方で証明だな』と応援の言葉を貰っている。

その時貴之は改めて、自分は周りの人物に恵まれていることを実感するのだった。

 

「貴之の意気込みが十分に伝わったところでだけど……時間も来てるし、始めよっか?」

 

「ああ。そろそろだったな……」

 

次の全国大会に向けた方針もそうだが、時間に余裕のある貴之は暫くの間後進に教える等の寄り道をしながら進んでいくことにした。

店内で多くのファイターたちに教えながらファイトをしたり、ファイトの流れを教えることを提案したのは貴之で、ファクトリー側としてもそう言ったことはどこかでやりたいと考えていたのが今回の講習会を実現させた。

また、講習会の評価が良かった場合、貴之らの時間が合えば不定期で少しの間やっていきたいという事になっている。

 

「それじゃあみんなお待たせ、これより『第一回 ヴァンガード講習会』を始めて行くよ~!」

 

これはあくまでも店側の開催である為、こう言った司会等は美穂が行っていく。実践するときに始めて貴之らが呼ばれるのだ。

早速ファイトの流れをやりながら覚えていくと言うことで、今日初めてヴァンガードに触れて見る人が一人前に出てきたので、貴之が相手になる。

この時今後もお約束となるであろう「完封とかはしないから安心してね」と、安心させる一言を入れる。

 

「それじゃあこれから始めるんだが……まずはイメージしようか」

 

友希那が先へ進む方向で次の場所への第一歩を踏み出す中、貴之は新しく始める方向で次の場所への第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「き、今日はここまでね……」

 

片付けを始めなければならない時間になるまで練習をした直後、五人とも予想以上の難しさに音を上げた。

パートの都合上仕方ないのだが、あこは特に顕著に出ており、終わるや否、もうその場でへたり込んでしまっている程である。

 

「あこちゃん……大丈夫?」

 

「うあぁ~、また体力強化だぁ~……」

 

せっかくあれだけ頑張ったのにと言わんばかりの声を聞き、気に掛けた燐子は同情するしかなかった。

また、燐子が加入するよりも前に頼んでいた友希那もこの状況のあこに対してまた頼まなければならなくなり、若干躊躇いが生じる。

ただし、この曲を演奏するに当たって必要な事でもあるので、友希那はしっかりと頼み込み、あこも力なく返事する。流石に全員が予想以上に疲労している為、今回ばかりはその辛そうな声で返事するのもやむなしだろう。

 

「これは……久しぶりに帰った後も思い切った練習が必要ですね」

 

「荒れる手のケア、忘れないようにしないと……」

 

最近は自宅にいる間は軽めな練習で終わらせることの多かった紗夜も、久しぶりに思い切った練習をする必要が出てきた。いきなり何事かと心配されるかもしれないが、隠す必要は無いので正直に話すつもりでいる。

リサも自分が過度に練習しすぎるとどうなるかを理解しているので、己に釘刺すように言う。

 

「今日って延長取れたっけ?」

 

「いえ、もう次の人たちが来るから無理ね」

 

「他の部屋も埋まってしまっていますね……」

 

――ダメか~。と、二人から回答を聞いたリサは落胆する。延長が取れるならこの場でもう少し練習をできたのだが、ダメならば仕方ないと割り切ることとなる。

実際のところ、できたとしてもあこが体力的に今日は危険なので、どの道個人練習にする方針である以上延長は選ばないだろう。

片付けが終わった後は戸締りを行い、鍵を返してライブハウスを出てすぐのところまで移動する。

 

「今日はここで解散になるけれど、この後練習する分には問題無いわ。ただし、後日に支障をきたすよりも前にしっかりと休みは取っておいて」

 

休めと言っても練習が足りないと感じて燻る人もいれば、練習しろと言われて後日のパフォーマンスに支障をきたす人もいる。

それならばどちらを選ぶも自由だが自己管理を忘れるな……と言う個人意志を尊重した言い方が最も良いと友希那は判断した。

事実、それに反論する人はおらず、全員の納得を取れたところで今日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よし……これで人数分だな」

 

日は進んでメインステージの前日。差し入れとしてスポーツドリンクを人数分購入した貴之はライブハウスへと足を運び始めた。

思いつきで頼み込んで実現した講習会の評価は好評で、数人の時間が合えば第二回を開こうと言う話しが持ち上がっている。

ちなみに貴之がRoseliaの練習現場に行く理由としては、友治から「時間を忘れて練習する可能性があるから、何か手伝ってあげられないか」と頼まれたのが大きい。

断る理由も無いし、自分が比較的開いているし、友希那の力になってあげたいのもあって引き受けたが、事あるごとに自分が先に手伝い、友希那に後で手伝ってもらうパターンが出来上がりそうだと考え、貴之は歩いてる最中に苦笑する。

 

「(チケットは取ってあるから、久しぶりに友希那の歌が聴けるな……)」

 

予定が空いていることは非常に僥倖であった。なお、小百合もせっかくのメインステージを見に行きたかったのだが、生憎試験の時期と被ってしまっているが故に断念となった。

それに対しては試験終わった辺りで何をやるかは確認すると話しをしたので、小百合は納得して試験勉強に戻っている。単位を取れないと元も子もないと言うのは本人の談である。

また、こうして前日に彼女らの現場に来る貴之だが、今回は差し入れをしたら終わるまで待つか、そのまま帰るかの二択を想定している。

というのも、せっかく当日の楽しみにしている歌をここで聴くのは勿体無いと感じているのが最大の理由である。

 

「……あの部屋だったな」

 

ライブハウスに到着した貴之は友希那に教えて貰った部屋と間違い無いかを確認し、ドアの前まで移動する。

様子を確認すると丁度通しが終わったらしく、入るなら今の内がいいことを教えてくれていた。

その為貴之はノックをして向こうに開けてもらうのを待つ。以前のスカウトの時は行かなければならない可能性があったので例外である。

 

「あら、貴之?」

 

「友治さんに頼まれてな。ほら、差し入れ」

 

貴之が持っていたビニール袋を、友希那はお礼の一言を言って受け取る。

 

「この後はどうするの?」

 

「そのまま帰るか、そっちが終わるまで待っていようかで考えてたが……これなら待たせてもらおうかな」

 

「なら、もう少しだけ待っていて頂戴ね?」

 

友希那の問いかけに頷いて、貴之は部屋を後にする。幸いにもこのライブハウスのすぐ近くにはカフェがある為、時間つぶしには困らない。

――まずは一旦みんなに渡して……。それからどうしようかを考えていた友希那だが、あこと燐子がまだ練習する素振りを見せていることに気づいた。

 

「あら?二人ともどうしたの?」

 

「あっ、あと一時間だけ残っているから練習していこうと思って……」

 

「私もあこちゃんと同じです」

 

聞いてみたら案の定予想通りの回答が帰ってきた。前日なので本来はもう休ませるべきかもしれないが、この様子だと難しいことが伺える。

現に三時間通しで練習を続けている為、リサもそこまでやるのかと言いたげに「あれだけやったのに、まだ練習する気なの!?」と声を上げている。

 

「私も残ります。あと少しだけ煮詰めたいので」

 

「えっ、紗夜も?休むのも練習の内なんだけどなぁ~……」

 

流れ的に全員残るのかな?なんとなくだが、リサはそれを確信した。

 

「そう言うリサは?」

 

「アタシも残るよ。後で変な練習するくらいなら、今練習した方がいいし。聞いてきた友希那は?」

 

現に自分も残る選択をしているので、恐らく友希那も残る選択を選ぶだろう。

 

「当然残るわ。ただその前に……」

 

――一旦水分補給だけはしましょう。そう言って貴之から受け取っていたビニール袋にあるペットボトルをそれぞれに渡していった。

その後あっという間に一時間が経過し、時間になった以上ここまでなので片付けをして上がることになった。

 

「思ったことがあるのですが……」

 

「何かしら?」

 

帰り際に、紗夜が友希那に気づいたことを話そうと振ってみる。

細かい部分では違うかもしれないが、大まかな部分では同じであった。

 

「お互いに……音楽に対して素直に向き合えるようになって来ましたね」

 

「人間関係にも……かしらね?」

 

前者はお互いがいいところまで、後者は紗夜の方がもう少し時間が掛かってしまうかもしれないが、以前よりは大分良くなってきている。

どうしてこんなところまで似てしまったのだろうか?互いに同じことを考えながら顔を見合わせ、困った笑みを浮かべた。

――また明日、みんなで最高の演奏を。同じ想いを口にして、今度こそ帰路に就くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「友希那、明日が本番だったね?」

 

「ええ。お父さんも来るのよね?」

 

帰宅して夕食を終え、後は風呂に入ったら寝ると言う状況になった際に、友治から明日の確認を貰う。

今回どうにかして時間とチケットを勝ち取った為、彼も友希那たちのライブを見に行くことにしている。

 

「私が今抱いている想いを乗せて、最高の形であの曲を届けるわ」

 

「ああ。今の友希那なら、上手く歌えるはずだ……」

 

友治の言葉に、友希那は自信を持って頷く。

明日を楽しみにして欲しいと告げて、そこから風呂に入ろうと思ったところで友治から「待ちなさい」と声を掛けられる。

 

「これを持って行きなさい」

 

手渡されたのはシルバーのアクセサリーであり、これがライブを行う際に必ず友治が身に着けていたものであることに気づいた。

 

「お守りだと思って身につけるといい。明日きっと……友希那の歌をより良いものにしてくれるはずだ」

 

「お父さん……」

 

――ありがとう。使わせてもらうわね。友希那は礼を言って、そのアクセサリーを自分の部屋の分かりやすい場所に置いてから、今度こそ風呂に入ることにする。

 

「(友希那……お前がこの先も、チームメンバーと歩いて行けることを祈っているからな)」

 

部屋に戻っていく友希那の姿を見た友治は、彼女の今後がより良いものになることを祈った。




イベントシナリオの5話がこれで終わりです。
変更点としては……

・残る宣言をする順番が微妙に変化(友希那とリサの順番が逆)
・友治は最初から友希那のライブを見に行くつもりでいる

この二点が主でしょう。予想よりも変更点が少ない結果となりました。
次回はそのままメインステージの話しになります。ここで2話分くらい使う可能性がありますが、お付き合い頂けると幸いです。


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ライド7 想いを乗せて

仕事が忙しめだったので、日付変更には間に合いませんでした……

イベントシナリオのエンディング部分になります。


「……ん」

 

携帯電話が鳴らすアラーム音に反応して友希那は目を覚ます。

普段であればここまで早くは起きないのだが、今回はメインステージがある為、早く起きる必要があった。

 

「(お父さんが私の為に用意してくれたのだから、持って行かない理由なんて無いわね)」

 

着替えの際に先日渡してくれたアクセサリーを置いてあることに気づき、忘れずに身に着ける。

朝食を取った後はリサと共にメインステージの会場へ向かう為、リビングに向かう際に荷物は予め持って行ってしまう。

 

「おはよう」

 

「ああ。おはよう友希那」

 

「ご飯出来てるから、食べちゃってね」

 

自分がやってくれば、両親が暖かく迎え入れてくれる。その良さを改めて気づけたのは、自分が変わっている大きな証だろうと友希那は考える。

――あの頃のままだったら……どうなっていたのかしら?一瞬不安になったので考えるが、既に自分はそうならない道を選んだ以上結論は出さず隅に置いた。

そのまま今日はお互いにどうするのかを確認しながら朝食を取り、友希那は一足早く家を出ることになる。

 

「それじゃあ、先に行くわね」

 

「ああ。また後で顔を出すよ」

 

なお、友治は貴之らと打ち合わせて連番で席を取っているらしいので、一人見つければ全員が並んでいるそうだ。

見つけられればいいなと思いながら外に出れば、自宅の前でリサが待っていた。

 

「おはよ~♪体の調子はどう?」

 

「問題無いわ。リサも大丈夫?」

 

「もちろん!今日の為に手のケアとかも早くやってたしね」

 

互いに問題なさそうなのが確認できたので、そのまま駅へと歩いて行く。

ちなみにこの後、更に三人とも駅前での合流を行う為、そこからは五人で移動することになる。

というのも、昨日の練習を終えた後にリサができそうかを確認し、大丈夫だったのであこがそれをやろうと言い出し、全員でそれに乗っかった結果であった。

 

「何気にこう言う機会って無かったよね?」

 

「帰りが同じ……と言うのはあったけれど、行きからみんな揃って……と言うのは無かったわね」

 

みんなで一緒に行くのもいいかもしれない、と言う考えから全員が賛成しており、特に会話が無くても何かいい空気になりそうだとは思っていた。

二人が駅前に来ると先に来ていた三人が談笑をしている姿が見えたので、そちらに足を進める。

 

「お待たせ~♪アタシたちで揃ったかな?」

 

「はい。お二人とも、体の方は大丈夫ですね?」

 

紗夜の問いには頷く事で返す。体調に問題がある人はいない為、後は自分の持てる力の全てを発揮するだけとなった。

今回は曲が曲なので、体調不良で良い演奏ができませんでしたと言うのはできないし、実際にそうだったら笑えない話しである。

 

「あっ、そろそろ切符を買った方がよさそうです」

 

「ホントだ……後七分で電車来るっ!」

 

五人が買うこととホームまでの距離を考えれば結構ギリギリな時間である為、一度話しを切り上げて、電車に乗るべく行動を始める。

無事に電車に乗った後は会話こそ少なかったものの、同じ目標を持っている人と一緒に向かうと言う心強さは、彼女らから不安と言う暗雲を払いのけた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、最寄り駅だね」

 

「この駅を東口から出てすぐのところにあると……結構近いんですね」

 

友希那たちから一時間近く遅れて、貴之らは会場の最寄り駅に到着する。

ちなみに友治にあった際、俊哉と玲奈は普通に挨拶するで済んだのだが、竜馬は一緒に来る人が友治だと知って大分驚いていた。バンドに関してそれなりに知識があった故の驚きである。

相変わらずこういう時に玲奈が女子一人なので、友治は大丈夫なのかと一度問うている。

 

「大丈夫ですよ。というか、女子だけの空間にいる方が違和感感じ始めてて……」

 

玲奈が大丈夫ならばいいのだが、それはそれで大丈夫なのだろうか?と友治のみならず全員が疑問に思った。

ちなみに玲奈がこうなる一旦を築き上げた貴之と俊哉に至っては、そんな様子の彼女を見て「もし、女子らしくないとかいう理由で避けられたら本当にごめんなさい……」と割と深刻そうな様子で謝っていた。

こうして謝る二人がいてくれたのが理由で今の自分がある為、玲奈は別段恨んでいる訳ではない。寧ろ感謝している。

ただそれでも、確かにそう言った空間に慣れていった方がいいとは思っているので、今度リサに頼もうかとは考えていた。

やはりと言うか人の数は非常に多く、この流れに付いて行けば確実に辿り着けるのを確信させてくれる程であった。

案の定その流れに乗っかって進んで行けば会場まで足を運ばせており、入場に関する案内のアナウンスが聞こえてきている。

 

「すいません。ここ八人連番です」

 

「はい。それぞれのチケットを確認させていただきますね」

 

八人でそれぞれのチケットを渡し、全員分の確認が取れたので案内に従って先に進んでいく。

 

「それにしても、八人全てをできるとは思わなかったね……」

 

「実際にやった俺も驚いてる……許されたのは奇跡だと思うよ」

 

聞いた時に不安に思った一真と、実際に連番の申し込みをしていた俊哉の本音であった。

ちなみにこう言った場所に関して一真と弘人が初めてである為、この辺りに関しては竜馬と俊哉でサポートしていく形になる。

というのも、友治は目上の人なので本人が言わない限りそう言ったことを任せるのは失礼だし、その他の人たちもまだ慣れていない人等になる為、消去法でこの二人に収まった。

 

「なるほど……コンテストの時もそうだけど、今回も採点があるのか」

 

「今回は俺から許可を取った曲だから、その辺りで不利が付くだろうけど……それでどこまでやれるかだね」

 

貴之自身が採点に関することに余り知識が無いので、友治が説明する。

原則的には自分たちの曲でやる必要があるのだが、今回は新しい試みとしてカバー曲の採用が許可されており、その代わり採点が少々厳しめになるそうだ。

最優秀を取るのは非常に厳しい状況ではあるが、今回彼女らに取って大切なことは違うため、そこで挫けることはないと思いたい。

一応差し入れがいるかどうかを聞いてみたところ、友希那たちからは自前で用意するから大丈夫という、旨が帰ってきたので今回はそのまま指定された席に移動する。

 

「一チーム一曲ずつで……そこから採点されて結果が出るんだよね?」

 

「ああ。そこから成績と業界側の人が気に入ればそこでスカウトの声が掛かったりもする」

 

ちなみに並びは左から順に弘人、竜馬、一真、玲奈、大介、俊哉、貴之、友治となっている。

友治と交流が長いのは貴之なので、自然と彼が隣になった形である。

また、この時玲奈と竜馬が話していた内容で、友治はバンド時代のことと現在のことで一つ気が付いた。

 

「(そう言えば、スカウトが来た時はみんなで喜んでいたっけか……)」

 

――あいつら、今はどうしているんだろうな?話しが聞こえた友治は、以前組んでいたバンドメンバーのことを思い返した。

共にバンドをしていた時は交流も多かったのだが、売るための音楽をする日々に耐えられずに折れた罪悪感から、友治から積極的に連絡を取ろうとは思えず、バンドメンバーもそんな友治の様子を察して連絡を遠慮していた。

そんなことも全く連絡が取れていない日々が続いてしまっており、結果として疎遠のような状況ができてしまっている。

これからどうなるかは分からないが、せめて自分たちのような終わり方はせず、メンバー全員が後腐れしないような道をたどって欲しいと友治は祈った。

 

「(確か友希那たちの番は……)」

 

時間が空いてしまっているので、貴之は一度順番の確認を始める。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……準備はいいわね?」

 

メインステージによりチームごとの演奏が始まって、少しずつ自分たちの番が迫ってくる。

ステージ衣装を身に纏い、友治から渡されたアクセサリーを忘れずに付けた友希那の問いに全員が頷く。

今回は選曲の都合もあり、賞を取りに行くのは難しいが、それは解りきっているので深く引きずりはしない。

 

「全員体の方は問題無し……ですね」

 

「いつでも動けますよ~っ!」

 

「せっかく演奏させて貰えますから、大丈夫にしてきました」

 

「アタシも大丈夫♪後は演るだけだね」

 

コンテストの時に会話の反応が悪くなる程だったリサも普通にしているので、一安心だった。

ならば後は演奏するだけ……と言うところで、全員が一つのことに気が付く。

 

「思い出したのだけど、これの結果次第では暫くの間自発的にライブ等を重ねないとフリーになりがちね……」

 

「私たちも、貴之君のように何かやるべきことを見つける必要がある……と言うことですね」

 

このメインステージが終わると学生の試練である学期末試験と、夢の時間とも言える夏休みが待っている為、暫しの間時間が空いてしまうことになる。

当然、試験を乗り越えることは大前提だが、確かにこのまま特に目指す指標も無しに練習を重ねるのは良くない気がしていた。

 

「ああ~……みんなが大丈夫ならだけど、どこかで合宿とかどうかな?夏休みなら時間取れるし」

 

「確かに……遠くで練習するのも、何かありそうですね」

 

全員が家から許可を貰い、どこかで予約を取って使わせてもらえれば十分に実現可能で、収穫も得やすいその提案はありがたかった。

ならば今度、どこかを探してみよう。リサの提案を聞いた友希那と紗夜が真っ先に考えた。

 

「場所次第では夏休みらしいこともできるし……一石二鳥っ!」

 

「あ、あくまでも合宿がメインですからね……?」

 

とは言えそれが悪いわけでは無いので、あこの考え方を強く咎めようとはしない。

実際、忘れないで欲しい旨を伝える紗夜ですら、その提案は魅力的に思えている。

 

「何がともあれ、まずは今回の曲を演り切りましょう。どんな結果であろうとも、私たちの最高の演奏を見せに行くわよ」

 

友希那の一言に頷いたタイミングで自分たちの番がやってきたので、ステージ裏にいた役員の呼び出しに応えて表に移動する。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「貴之、今日もあの見方してるのか?」

 

「ああ……俺にはこっちの方が性に合うみてぇだ」

 

時間はほんの少し遡り、Roseliaから一つ前のチームが終わったところになる。

俊哉に問われた通り、貴之は技術で見ることはせず、努力の形を見ることにしていた。

これならば友希那たちがどれだけ頑張って来たかが分かりやすいのもあり、貴之が尚更こちらを選ぶ理由として強まる。

ただ、彼女らが少しずつヴァンガードの知識を蓄えて来ているように、そろそろこちらも技術の面を学んだ方がいいかもしれないと感じていた。

その為、貴之もより深く相手の分野に入り込むべく、時間を見つけて学ぼうかと考えている。

 

《次はRoseliaです》

 

来た――!アナウンスを聞いた友治とヴァンガードファイター七人がステージを注視する。

彼女らが入ってくると、待っていたと言わんばかりに歓声の声が聞こえた。

 

「Roseliaです。本日は来てくれてありがとうございます」

 

全員が所定の位置に着いたのを確認してから、友希那がチームの代表としてマイクを使って挨拶をする。

そのまま一言入れて演奏をする前に周りを目で見渡し、友治と貴之がいるのを確認できた。

予定通りの言葉を投げて演奏に入ろうかと思ったが、一瞬だけ笑みを浮かべて言葉を変えることを決めた。

 

「今回私たちが演奏するのは……今日ここに聴きに来てくれている人が作ったものの、歌えぬまま終わってしまった無念のある曲です」

 

友希那の言葉で友治と七人は、彼女がこちらに気づいたことを理解する。

また、この時Roseliaが自分たちの曲では無くカバー曲を選んだことを会場の人が気づき、彼女らが賞を取りに来たわけでは無いと悟った。

そうまでして歌いたい理由がある――。そう感じ取れた為、友希那が続ける言葉を聞くべく耳を傾ける。

 

「その歌えなかった曲に……私たちで命を吹込み、この場でその無念を終わらせたいと思います……!聴いてください、『Louder』!」

 

友治から許可を得て演奏することを決めた曲の名は『Louder』。友希那が言い終わると同時に演奏が始まり、一瞬にして会場の空気を飲み込んでいく。

最初は自分たちの曲で挑まなくて良いのかと不安に思っていた人たちも、いつの間にかそんなことは関係なくなっていた。

また、初めてライブを観に来た一真と弘人も「これは凄い」と感じ取れる程で、その引き込み具合が伺える。

 

「(この感覚は……初めてみんなと音を合わせた時と同じもの……。けれど、一体感はそれを上回っている……)」

 

「(友希那凄い……!ほぼ最初から、友希那の歌声にベースが引っ張られてる……!)」

 

再び味わうことのできた感覚に気づき、引っ張られていてもその流れに身を任せる。

その結果初めてのメインステージと言うプレッシャーの掛かりやすい場所でも、自然体の状態で演奏ができた。

この曲は友治が純粋に音楽を楽しんでいた時期に作っていた為、その曲調からは「いつかは望んだ場所へ辿り着く」と言う意志を感じさせてくれるものだった。

それを歌いたいが歌ってもいいのかで悩んでから結論を出した友希那が歌うことで、「未熟なりに進んでいき、最後は自分の音を完成させる」と言う気持ちが伝わってくるものになる。

 

「(うわぁ凄い……!いつも以上に上手く叩けている気がする……!あこだけじゃない、みんなも……)」

 

「(ずっとそう思っていることだけど……こうしてみんなと音を重ねるのが楽しい。ずっと音を重ねていたい……そう思うくらいに)」

 

今の彼女たちは完全に流れに乗っかっていた。

乗っかるままに音を奏でて行き、会場を湧き上がらせていく。

友治とファイターの七人の内、比較的冷静さを保っていたのは友治くらいであり、貴之も大分飲み込まれている。

実際のところ、彼女らから感じ取れる努力の痕跡が奔流のように見えていたので、もっと見せてくれと思っていたのだ。

 

「(大切なものと向き合う強さはつい先日に知ることができた……心の底から音楽を楽しいと思えて来ている)」

 

歌っている中、友希那は自分の中にある変化を実感してきていた。

思うだけでなく、本当にそう言えるようになったのなら更に先に進めるだろうことを確信する。

 

「(まだ足りない……私は()()()()()、もっと先へ行きたい!)」

 

友希那はその渇望をそのまま歌に乗せる。

渇望を乗せるタイミングが丁度サビであった為、効果は非常に大きい。周りの熱が更に高まっている。

そうして集まった熱を逃すことなく、友希那は最後まで歌い切り、四人も演奏をこなす。

 

「(技術だけじゃない、一人一人の気持ちがしっかりと伝わってくる……)」

 

――友希那は、いいチームを持ったね。演奏を聴き終えた友治は満足げに頷く。

終わった後は挨拶をしてからステージを去っていき、この後も他のチームが演奏を行っていく。

全てのチームが演奏を終えた後の結果でRoseliaは賞こそ得ることは出来なかったものの、最も話題をかっさらって行ったチームとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん、このアクセサリーをくれてありがとう。おかげでいい演奏ができたわ」

 

「そうか……それは何よりだ。俺としても今日はいい演奏だった」

 

発表も終わり、楽屋に戻って着替えて上がる状況になった。

何事もなければそのまま楽屋に入って着替えるのだったが、友希那はこちらにやって来る友治の姿に気づいたのでそちらに足を運んで話しをしていた。

ちなみに友治は、Roseliaの五人が当人たちにしか感じられないものを持っていたと推測を立てていたので聞いてみると、案の定それは当たっていた。

 

「あの曲をどこかで表に出せたら良かったとずっと後悔していたから、今日でようやく表に出ていって安心したよ」

 

――また一つ、バンド時代の思い残しが消えたよ。そう言う友治の表情は安堵のものだった。

それを見た友希那もまた、父の笑みを一つ増やせたと安心する。

 

「さて……そっちはチームのみんなと反省会とかもあるだろうし、貴之君たちと先に行かせてもらうよ。これからも、みんなと一緒に頑張れ」

 

「ええ。今日は来てくれてありがとう」

 

友治が見えなくなるまで見送ってから、友希那は今度こそ楽屋に入った。

思いの外話し込んでいたのか、全員がもう着替え終えて帰るだけになっていた。

 

「友希那さん、何をしてたんですか?」

 

「お父さんと話していたの。今日の演奏、いい演奏だったって満足していたわ」

 

あこに問われたので正直に答えると、全員が喜びの声を上げる。

 

「私たちの演奏で満足していただけたようで何よりです」

 

「練習した甲斐がありましたね……良かった」

 

紗夜と燐子が安堵の声を上げる。それは今回の目的を達成したも同義であるからだ。

 

「上手くいって良かったってことで……今日も行く?」

 

リサが行こうと確認している場所は電車で戻った先の近くにあるファミリーレストランであり、それに反対する者はいなかった。

 

「時間も時間だし、早いところ行きましょうか」

 

「それなら湊さん、急いで着替えてください」

 

「あっ……そう言えば友希那だけ着替えてないじゃん……」

 

「私が……?あっ……」

 

紗夜とリサの私的に気づいた友希那は顔を赤くして慌てて着替える。

そんな閉まらない空気を前に、皆して笑うのであった。




これでひとまず『思い繋ぐ、未完成な歌』が終了です。ちょっと駆け足気味になってしまったのはちょっと申し訳ないです。
変更点としては……
・『Louder』の披露はライブでは無く、メインステージにて
・上記の影響で最後に用意した曲では無く、一発勝負の曲として採用
・友治は書き置きでは無く、直接感想を伝えている

この辺りでしょうか。メインステージに出た影響が出てきていますね。
次回からはイベントシナリオの『Don't leave me,Lisa!!』をやっていきます。


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ライド8 いつもと違う一日の始まり

今回からイベントシナリオの「Don't leave me,Lisa!!」を書いていきます。
まずはオープニングと1話になります。

バンドリのアニメ3期の放送開始、ヴァンガードに新ルールでオーダーの追加と……情報量もあって盛り上がりと焦りが入り混じったような状況になって来ました(笑)。

本小説でオーダーの追加はまだ先になりそう……と言うか、追加できるかどうかが非常に不安だったりします。

また、アニメ3期スタート記念のガチャをRoseliaで回したところ、☆4はリサでした


「……と、言う訳で期末試験が近づいて来てるから、勉強はしっかりしておくんだぞ?数学で赤点取ったやつは……夏休みに俺と学校で補習することになるからな」

 

メインステージが終わった週明け。放課後のHRにて担任の長谷川からの言葉であった。

その為、貴之らもそろそろ試験の勉強を始めなければならなくなり、ファイトのできる時間が少しの間減ってしまう。

 

「さて、今日はバイトだったね……モカちゃん元気にしてるかな~?」

 

「それならまた今度だな……俺らはどうする?」

 

玲奈は今日、バイトのシフトが入っている為そちらへ行くことになる。どうやら同じシフトにいるのはモカと呼ばれる人物のようだ。

ファクトリーでの講習会は良かったらしく、美穂曰く「店長も満足してたよ」とのことだった。

その為、何人か集まれる日があるならそこで二回目の話しを持ちかけに行くのもアリだなと考えることができる。

 

「講習会やるなら、また俺たちの予定を確認するところからだな」

 

「確かに……また一真たちに確認するか」

 

講習会の人は思ったよりも多かった為、最低でも三人、四人いればそれなりに、五人いれば安心して回せるような状況だった。

その為Cordを使って連絡を取ろうと三人が携帯を手に取ったタイミングで、貴之の携帯にリサから電話が掛かる。

 

「お?リサからだ……」

 

「お前側に来るなんて珍しいな……」

 

俊哉の率直な感想に同意しながら貴之は電話に出る。

――と言っても、急に何があった?それが気にならないわけではなかった。

 

「もしもし?」

 

『いきなりごめんね……今大丈夫?』

 

「大丈夫だけどどうした?お前からなんて結構珍しいな……」

 

『実は今日、この後みんなで練習の予定だったんだけど、急遽バイトのシフトを代わることになってさ……』

 

――さっき言ってたモカって人かな?教室を出る直前に呟いた玲奈の言葉を思い返しながら考える。

こうして電話してきた以上、何か理由があるはずなので貴之は先を促す。

 

『アタシがいなくても普通に練習してるのかどうかがちょっと気になっちゃってさ……出来れば見て欲しいかな~なんて……いいかな?』

 

「なるほどな……」

 

恐らくリサも移動中だろうから余り時間は無いだろう。そう考えると決断は早くしなければならない。

実際のところ、貴之も普段見れない練習風景が気になっていたので見学に行くのもいいかもしれないと考えていた。

とは言え俊哉と大介と共に三人で講習会のことを考えようかと言う流れになっていたので、そこだけは一言入れる為にちょっと待ってくれと時間を貰う。

 

「悪い、リサから聞いた話しがさ……」

 

貴之は一度電話の内容を伝える。

引き受けた場合は講習会の話しは出来なくなるが、貴之としては行きたいところではあった。

 

「まあ……普段教える側だったし、たまには教わりに行ってもいいとは思うな」

 

「最初は多分見学だろうけど、せっかくならいいだろ。お前もたまには小休止を挟んだらどうだ?」

 

「助かる。そう言う事なら今日は行ってくる」

 

二人から許しを貰えたので貴之はリサにそれを伝える。

 

『ありがと♪それじゃあよろしくね?』

 

「分かった。そっちもバイト頑張れよ」

 

『うん。それじゃあまたね♪』

 

話しが決まったので二人はそこで電話を切る。

 

「こうなりゃ『善は急げ』だな……じゃあ俺は行ってくるよ」

 

「おう、またな」

 

二人に見送られながら、荷物を纏めた貴之は教室を後にした。

そうしてこの後、貴之は予想以上にリサと言う存在の重要さを知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、お待たせ。先生との話しが長引いてちょっと遅くなっちゃった……」

 

時間は少々遡り、放課後の羽丘。校門の近くにRoseliaのメンバーが全員揃っていた。

これはあこ『たまには全員で揃って練習場所に行くのはどうですか?』と言う提案があり、それに全員が乗っかった形になる。

何事も無ければ羽丘組は三人全員で来る予定だったが、前途の通りリサが先生と話し込んでたので先に友希那とあこの二人で来ていた。

 

「先生から呼ばれてしまったのであれば仕方ありませんね」

 

風紀委員であることに真面目な性格が重なり、何かと先生に呼ばれることの多い紗夜が納得の意を告げる。

ちょっとくらいならいいだろうと思ったら予想以上に長引き、結果として遅れてしまうと言う経験を何度もしているのも拍車を掛けた。

 

「いつも通り練習に行くのはいいけれど、そろそろ試験のことも考えなければいけないわね」

 

「うぐぅ……今だけは忘れていたかったぁ~……」

 

「あこちゃん……乗り切ったら()()()夏休みだよ?」

 

燐子の言う通り点を取って乗り切れば補習も無く、課題さえやってしまえば自由なことを考えれば確かに平和な夏休みである。

しかしその為には勉強が必要になる為、あこからすれば非常に頭の痛い話しである。

 

「……長話をしていると注目を集めてしまうわね」

 

「確かにそうですね……」

 

「あっ、ごめん。電話来ちゃったから一旦出るね」

 

移動しようとした矢先、リサの携帯に電話が掛かってきたので一度電話に出る。

 

「もしもし、今井です」

 

『あっ、リサちゃんいきなりごめんね。実は今日モカちゃんが風邪ひいてお休みすることになってね……三時間だけでいいから出られないかな?』

 

「風邪引いちゃったんですか?そうだな~……」

 

電話の相手はバイト先の店長であり、急遽シフトの代理を務められないかどうかの電話であった。

練習する時間は多い方が良いのは確かだが、かと言ってモカの抜けた穴を放っておくのもそれはそれで嫌だと感じる。

仕方がないのでリサは一旦折り返す旨を伝えて電話を切る。

 

「リサ姉、どうかしたの?」

 

「ああ、実はさ……」

 

あこに聞かれたので事情を話そうとすると、今度はモカからメールが届いた。

そのメールは『急にすいません。変わってくれたらお礼しますんで』と言う旨のものであった。

確認を終えた後、リサは電話の内容を改めて説明する。

 

「リサ、あなたはどうしたいの?」

 

「アタシ?うーん……練習には行きたいよ?でも、向こうのことも気になるなぁ~……」

 

こういう時は本人の意思が大事なので、友希那はリサに問いかける。

そうして少しの間悩んだリサは、一つ聞いてみることにした。

 

「アタシが手伝いに行きたいって言った場合はどうするの?」

 

「その場合は、次の練習で()()()()()()()()()()()頑張ってもらうだけよ」

 

――以前なら、次の練習で二倍……とでも言っていたのかしら?リサに返答しながら、友希那はそんなことを考えた。

それを聞いたリサは、今の自分はバイト先のことが気になり過ぎて練習に集中できなくなるだろうことに予想を付けて答えを出す。

 

「そう言うことなら……いつもお世話になってる店長のお願いだし、モカの代わりにシフト入りに行くよ。終わったらそっち行くからさ」

 

リサの選択はバイト先に行くことであった。それならば仕方ないと反対する人はいなかった。

 

「分かりました。それではまた後で」

 

「今井さん、頑張ってください」

 

「うん♪それじゃあまたね~」

 

リサはそうして一人でバイト先に向かい、この後貴之に電話を掛けることに繋がるのであった。

思えば、リサがいない状態で練習するのは始めてだな――。四人の考えは共通した。

 

『(じ、自分が声を掛けるべきなのかな……?)』

 

こういう状況になったらリサが声を掛けることが多くなるので、全員が一歩遠慮気味な姿勢になる。

立ち位置的にみればリーダー格の友希那も、サブリーダー格で真面目な性格の紗夜も問題無いし、性格的に自分から声を掛けることの多いあこも、最も遠慮がちとは言え大事な時はそれなりに主張するようになった燐子も。誰が声を掛けてもおかしくは無い。

そして、この何とも言えない空気になった理由はリサがいないことだとあこは真っ先に気づく。

 

「(じゃあ……一回やってみようかな?)」

 

――少なくともこの空気が少しは変わるはず……と言うか、そう信じたい!思い立ったが吉日、あこは早速考えを実行に移す。

 

「一回リサ姉の代わりやって見ます!」

 

『え……?』

 

「あ、あれ?いつもリサ姉が空気作ってくれるし、誰かが代わりをやるべきかなと思って……」

 

いきなりは不味かっただろうか?そう考えてしまったあこは僅かに声が細くなる。

モノマネをやろうとして不発になってしまったが、完全に無意味と言う訳でもなかった。

 

「確かに……リサがそう言うことをしてくれていたし、今日はそこに気を付ける必要がありそうね」

 

「時間配分にその他諸々……分担してでもいいので、やっていきましょうか」

 

これでリサの担っているものの大きさを改めて理解する。

気づけたのはあこのおかげなので礼を言えば、あこも無意味では無かったことに安心する。

 

「そ、そろそろ移動しないと……目立ってきましたね」

 

「ホントだ……流石に移動しないとだね」

 

Roseliaのメンバーは途轍もない短期間でFWFのメインステージに出た成績から、どうしても注目を集めがちになる。

彼女らが長居していたことにより注目の目が集まり出しているので、後々移動が大変になる前にそろそろライブハウスに行くべきなのだが、更に注目を集めかねない人物が到着する。

 

「おっ、ギリギリ間に合った感じか……」

 

「貴之?」

 

もう既に貴之がこちらに来れる程の時間が経過しており、まさかの歌姫(友希那)先導者(貴之)の合流を目の当たりにした人たちが驚く。

付き合い始めた翌週にあっさりと広まっているのは周知の上だが、流石にここまで盛り上がる様子を見ると少々居づらくはなる。

 

「たまには見学しに行くのもいいかと思って声かけようと思ったんだが……大丈夫か?」

 

「えっと、私はいいのだけど……あなたたちは?」

 

「ああっ、あこは大丈夫ですよ」

 

「私も大丈夫です」

 

「私も構いませんが……どうして急に?」

 

彼が来ても問題無いには問題無いが、紗夜が問うたように、確かに理由は気になる。

――リサに頼まれたことは伏せておこう。問われた貴之は、本心を混ぜて無難な回答を選ぶことにした。

 

「以前、五人にヴァンガードを教えた時のことを思い返してな……。今度は俺がそっちの世界に足を踏み入れて見ようと思ったんだ」

 

「なるほど……そう言うことでしたか」

 

自身が相手の為に教えていたら、相手の方のことが気になったと言う典型例である。

全員が納得したことにより、改めて移動を始めるのであった。

 

「(恐らく、リサがいないことを意識した動きはするだろうけど……)」

 

――完全に補い切るってできるのか?そんな疑問を持ちながら、貴之は彼女らと共にライブハウスへの道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「予約していた湊です」

 

「湊さんですね。お部屋はCスタジオです」

 

部屋の案内と同時に機材レンタルの半額キャンペーンが実施中であることを告げられ、借りたい時は電話で呼び出して欲しいことを伝えると同時に借りれる機材のリストを渡される。

 

「さて、これから始めて行くのだけれど……」

 

「どうかしたんですか?」

 

「やりたいことは決まっているのに、段取りを余り決めていなかったわ……」

 

『……えっ?』

 

思わず問い返してしまった声には貴之も含まれている。全員が友希那にしては予想外の言葉であったのだ。

 

「そうね。新曲のコードを決めてきたから、まずはそれのメロディ決めたいわね」

 

「では、それをベースに考えてみましょうか」

 

「「はいっ!」」

 

方針を決めて練習を始めるのはいいのだが、ここへ来て早速リサがいないことによる弊害が起こる。

 

「……」

 

「~♪……」

 

「……?~♪」

 

「(み、みんなと演奏したい……!)」

 

「(あ、あれ?これ色々と不味い気が……)」

 

全員がちらちらと全員の様子を見ているのはいいのだが、声を掛けようとして結局迷ってしまっているのに貴之は気づいた。

友希那はマイクの設定をいじりながら、紗夜は自分のペースで音を出しながら、燐子は同じフレーズを繰り返しながら、あこは何か燻った様子を顔に出しながら。全員が気を遣おうとしてそれをしっかりできていないような形だった。

何故こうなっているかの原因は簡単に推測できる。だが、そこから先に進めづらい理由が貴之には存在している。

 

「(俺がやってもいいんだが……本来は部外者の俺が口出していいのか?)」

 

彼女らが貴之のファイトスタイルやティーチング法に口を出さなかったように、貴之も無暗に口出ししない方がいいだろうと考えていた。

しかしながらこのままだと本当に進まなそうな気もしており、非常に悩ましい状況になっている。

やむを得ないかと思ったところで「あ、あのっ!」とあこが声を出したことで、一度全員が手を止めて彼女の方に顔を向ける。

 

「せっかく集まってるんだし、一緒にメロディ考えながら演奏しませんかっ!?」

 

――なんか……みんなバラバラで、個人練習みたいです……。あこの言ったことは最もで、このままでは集まった意味がないのもあってその案は採用された。

 

「どうやってメロディを決めていきましょうか?」

 

「そうですね……」

 

友希那に振られて考えて見たが、そんなすぐには決まらなかったので紗夜はそれを伝える。

仕方がないので、何かいい案がないかを考えることにすると、あこが先程説明を受けていた機材を借りて見ないかと話しを持ち掛ける。

 

「機材でですか……何を借りたいのですか?」

 

「あこ、ドラムのハイハットを変えてみたいです!」

 

「私は……シンセサイザーを使ってみたいです」

 

あこが言うドラムのハイハットとは、叩き手から見て左側手前の二枚重ねになっているシンバルのことであり、これを変えることで音を長く伸ばしてみたいとのことだった。

燐子が使いたいと言ったシンセサイザーは『電子工学的手法によって音楽合成(シンセサイズ)』する楽器であり、この楽器を使った音の変化を確かめたいと考えている。

 

「新曲に合わせて新しい音を模索するのもいいかも知れないわね……紗夜はどうするの?」

 

「借りるのであれば、私はギターのエフェクターを借りたいですね」

 

紗夜は音源を変えることで発生する(ひず)みで、どのような音を出せるかを知りたいことからエフェクターのレンタルを所望した。

話しが決まったので、次は何を使いたいかを決める。

 

「う~ん……何にするか迷っちゃうなぁ……りんりんは決まった?」

 

「私はこれにしようかな?」

 

「私はこれにしましょう」

 

あこが迷っている間に燐子と紗夜は速い段階で決め、少ししてからあこも決める。

全員が借りたいものを決めたので、後は電話でそれを頼むだけになる。

 

「燐子、お願いしてもいいかしら?」

 

「私ですか?分かりました」

 

燐子は大して戸惑ったり驚いたりすることもなく、友希那の頼みを承諾して電話機の前に行く。

 

「大丈夫、イメージして……落ち着いて」

 

「(あの様子なら、もう心配は要らないな……)」

 

自分に言い聞かせてから電話を取る燐子を見て、貴之はあの頃から大分進んだなと感じるのだった。

Roseliaのメンバーが燐子の進み具合いに気づかないことはないが、大きな転機を目の当たりにしている貴之だからこそ、実感が大きい。

というのも、貴之が話して燐子が踏み込んだのが最大のきっかけである為、自然と貴之は気に掛けるのである。

 

「すみません。機材のレンタルをしたいんですが……はい……はい、そうです。お願いします」

 

電話を終えた燐子は、自分が予想以上に堂々と話せるようになっていたのに気づいて暫し呆然とする。

彼女が固まって動かないでいたこともあって三人が声を掛け、それによってようやく我に帰って反応を示した。

ここまでの一連の流れを見た貴之は、殻に閉じこもるのを辞めた影響なのだと理解する。

 

「お、思った以上に話せたのが信じられなくて……」

 

「でも……これで電話も普通にできるようになったのも分かったねっ!」

 

少なくとも今後のことで困る確率は下がる。それが分っただけでも大きな収穫である。

 

「進めているようで一安心ですね……。機材が来るまでは暫く時間が掛かりそうですね」

 

「そうのようね。機材が来るまで少しの間待っていましょう」

 

待っている間は時間ができるので、この間に貴之は聞けることを聞いておく。ともかく余程のことが無い限り練習の邪魔になるような行動は慎み、大丈夫な時だけ話しかけたり受け答えをする方針である。

その際に短時間での説明が難しいと言われた場所はメモを残しておき、時間を見つけて調べられるようにしておいた。

 

「お待たせしました。こちら、シンセサイザーとハイハット……それからエフェクターです」

 

「あっ、機材来ましたねっ」

 

「良かった……ちゃんと話せてた」

 

伝わっているどうかで気になっていたが、問題なかったことで燐子は安堵する。

頼んだ物が間違っていないことを伝えて、早速準備に取り掛かる。ちなみに練習に戻るこの段階で、貴之は邪魔にならない場所に移動を済ませる。

 

「音の方は大丈夫そうかしら?」

 

「問題ありません。いつでも行けます」

 

友希那の問いに返す紗夜に続き、あこと燐子も大丈夫である旨をジェスチャーで伝える。

――では、始めましょう。この一声を皮切りに練習が再開された。




一先ずオープニングと1話分が終了です。変更点としては……

・Roseliaの練習現場に貴之が同行
・リサが休む場合における友希那の返しが変化
・練習を始めた直後が相手をそれなりに気にするように変化
・頼んでいた機材が一発で持って来て貰える

こんなところでしょうか。『リサが色々手を回してくれているのを理解しているが、すぐにみんなで肩代わりしろと言われたらまだ無理』……と言うのがRoseliaの現状です。

次回はこのままイベントシナリオの続きをやっていきます。


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ライド9 たまにはこんなひと時

イベントシナリオの2話~3話をやっていきます。


「~♪」

 

「(なるほど……音が変わるのも、悪くないわね。宇田川さんも白金さんも、いい機材のチョイスね)」

 

「(うんうん……♪このハイハット、思った通りかも!ジャーンって響くのがいい感じっ!)」

 

「(あっ……!このシンセサイザーの音、結構好きだな。みんなはどうだろう?)」

 

早速機材を変えた状態で全員で音を合わせて見ると、選んだ個人として良いと思える音で、他の人が選んだものも良いと言えるものであった。

気になった燐子が演奏しながらちらりと周りを見て見れば、その音を好んでいるような様子で全員が演奏を続けている。それに安堵しながら、燐子は自分たちの演奏に戻っていく。

 

「(すげぇな……元々の技術力がとんでもないのは知っているけど、使う機材を変えてすぐに素人目で見たら普段と遜色無い音を出してる……)」

 

当然、間近で最早特等席も同然の場所で見ている貴之はその音に魅了される。

この独自に関しては新しい『イマジナリーギフト』と中身を変えたばかりのデッキの二つを一度に確かめ、本来の力を発揮してファイトしたお前が言うなと言われそうなものではあるが、これはお互いがお互いであろう。

と言うのも、Roseliaの五人が貴之程即応性の高いファイトをできないように、貴之もいきなり彼女らの技術で何らかを演奏しろと言われてもできないのである。

 

「その様子だと……三人とも借りた機材には問題なさそうね?」

 

友希那の確認には全員が頷く。燐子が気にした時に、友希那も彼女らが変えた音を好んでいることを演奏から感じ取ったのである。

もし音が合わないのであれば、せっかく使ったのに元に戻すと言う少々悲しいことになるので、そうならずに一安心だった。

 

「では、もう少し音を合わせることを意識して、もう一度やってみましょう」

 

『はい!』

 

みんなで示し合わせて、より良い音を目指す。その光景を見た貴之は、あることを考えた。

それは全国大会の決勝で自身に起きた現象のことであった。

 

「(この四人のやっているような形が……『アレ』を発現させたのか?)」

 

その現象が発現する直前から、貴之は『オーバーロード』との距離がより近くなったように感じるので、あり得るかも知れないと考えていた。

断言しないのはあくまでも憶測に過ぎないからである。これ以外にも、秋山姉妹が資料を使って探し出してくれているので、その結果待ちな所も大きい。

考えを軽く纏めた後は学ぶ為にも友希那たちの音楽を聴き、練習風景を見ることに集中する。

 

「……ふぅ。借りてきた機材はいい感じね」

 

そうして一時間経過したところで、友希那の下した評価に三人で安堵する。

音が問題無いことを確認したところで、次は個人の改善点に移る。

 

「紗夜は全体的に悪くないわね。強弱をつけるともっと良くなると思うわ」

 

「はい。ではそのように」

 

「あこは前より配分を意識した演奏が見えているから、この調子でより良い配分ができるようにして欲しい所ね」

 

「わかりましたっ!」

 

「燐子はこのまま、あこに合わせるようにしてくれると助かるわ」

 

「はい」

 

個人に対してそれぞれ言い終わった後、全体の纏まりは悪く無いのでこの調子で続けて行こうと投げかける。

リサがいないのでどうなるかと思ったが、出だしはまずまずと言えるだろう。

 

「それにしても、今の紗夜さんのギター演奏は……こう……漆黒の闇より生まれし炎の弦楽士(ギタリスト)がアレして……火と闇の封印が解かれし暗黒!って感じ!」

 

「うん、そうだね」

 

「え、えっと……?」

 

「何て返せばいいのかしら……?」

 

あこの言い回しに良い反応ができたのは燐子のみで、普段ならこの手合いに反応する機会の少ない友希那と紗夜が戸惑うことになる。

こうなった理由に貴之はある程度予想が付いた。Roseliaのメンバーであり、最もコミュニケーション能力の高いリサが不在なことが起因していた。

リサはそれと無く乗っていたことは予想は着くが、恐らく今の自分程真面目に返すという考えははしていないだろうと貴之は予想できた。

 

「何らかの形で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のですが……」

 

「あぅ……ダメだった」

 

「ど、ドンマイ……あこちゃん」

 

「今度、どこかで教えて貰うべき……なのかしら?」

 

今後のことを考えると、そんな機会があってもいいと思えたのは紗夜もそうだった。

やり過ぎは咎めなければならない面は出てくるが、かと言って窮屈すぎるのは酷だろう。

そう考えると、ある程度吐き出せるタイミングを作ってやるのも大事だと思えた。

 

「今は練習中だから、この話しは一旦ここまでにしましょう」

 

「っと……そうでしたね」

 

あこに対して気を配るのを考えるのは良いが、それはそれである。

絶対的にダメと言うわけでは無い事を把握してから、再び一度音を合わせる。

 

「あこ、一つ思いついたのだけれど……Bパートのこの部分、このやり方で一回音を出してもらってもいい?」

 

「なるほど……ちょっとやってみますね」

 

気になった場所があったので、一度あこに個別で音を出してもらう。

先程やって貰った音と今出してもらった音を比較して、全員でどっちが良いかを決めたところ、今出した音になった。

 

「私はAパートで感じたことがあるので、一度音を出しますね」

 

「ええ。お願いするわ」

 

次は紗夜が自発的に音を出してくれ、こちらも先程までの音と今の音を比較する。

その結果今の方がいいと言う判断になり、こちらも採用されることになった。

 

「燐子は何か思いついたかしら?」

 

「私はサビの方で思いついたんですけど、ちょっと合わない気がして……一回やってみます」

 

聴かねば分からないので一度その音を出して貰う。

本人の言った通り妙に合わないと感じ、残念ながら不採用となった。

 

「では、出す音を再確認できたところでもう一度行くわよ」

 

変えた音に合わせて、四人でもう一度通しを行う。本来ならばリサのパートであるベースの音と意見も交えて行っていきたいところだったが、ないものねだりなので今は隅に置いておく。

通しで行って悪く無いと言う結果になり、そのまま全員でそのまま一時間継続して練習をしていく。

……と、ここまで聞けば問題無いように思えるが、合計で二時間経った今、人としての性に当たることとなる。

 

「(痛っ……肩への負担が溜まり過ぎているわね)」

 

「(ペース配分しっかりしてたけど、腕が重くてキツイよぉ……)」

 

常時体を使う紗夜とあこは顕著で、平時と比べて所々動きの遅れが見えだしていた。

この二人で目立つのは体力等になってくるが、他の部分でも影響は出ている。

 

「(あっ……違う音出しちゃった……)」

 

「(所々遅れと違う音……)」

 

他に分かりやすい面としては集中力で、流石に二時間も連続してやっていれば燐子の強みである音の安定感が薄れ出して来た。

それによる変化は友希那も感じ取っており、一通り通しが終わった際に三人が揃ってため息をつくのも聞こえる。

 

「えっと……みんな、大丈夫かしら?」

 

「「「あっ……」」」

 

明らかに調子が悪そうだと感じた友希那が三人を気遣う。

すると三人は気づかれていたことを悟り、もう少ししっかりしないとと思っていた思考がそこで止まる。

最初からずっと静観していた貴之は一度時間を確認し、こうなった原因を考える。

 

「(流石に二時間経っているなら一度休憩を入れた方がいいとは思うが……こういう所もリサがバッチリ管理してたんだろうな)」

 

となればこのまま継続すると友希那も限界が来て、流石に誰かが気づくだろうが、それでは遅いだろう。

一旦休むべきだし流石に動こう。貴之はそう決意した。

 

「ああ……いきなりで悪いんだが、一度休憩にしねぇか?もう二時間も休まずやってるだろ?」

 

『えっ?あっ……』

 

──やっぱり時計見てなかったか……。貴之の予想が的中したのが証明された瞬間である。

ずっと練習を続けていたらそれはそうなると納得して、四人はその提案を受け入れた。

 

「(情けないところを見せてしまったわ……)」

 

先程までは平気だったものの、貴之がいることを思い出した友希那は内心で落ち込む。

ライブでしかいいところを見せられていなかったので、練習でも……と行きたかったのだが、上手く行かずであった。

 

「あの……良かったら、みんなで外のカフェに行きませんか?のども渇きましたし、集中力も切れているので甘いものでもどうかなと思って……」

 

「あっ!りんりんナイスアイデア~!友希那さんたちもどうですか?」

 

「出てすぐのところだったわね?私もそれがいいと思っていたわ」

 

燐子の提案にあこ、友希那と順番に賛成者が現れる。

紗夜もこれに賛成したことで行くことが決まり、鍵を閉めて大丈夫な状態にしてから五人でカフェに向かう。

ちなみに、紗夜が例え反対したとしても貴之は「全員に合わせる」の一点張りで通すつもりでいた為、どの道行くことは確定していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ~!」

 

カウンターの近くまで来ると、肩に掛かるくらいの黒い髪と赤銅の瞳を持つ、小百合より少しだけ年上だろうと思わせる女性……月島(つきしま)まりなが声を掛ける。

一先ず何を頼むか決めるべく、メニューを確認することにする。特に今まで技術一辺倒でこちらを気にしてくれる相手がいなかった紗夜と、そもそもこちらへ来る機会が殆ど無い貴之は尚更である。

 

「あっ、今日のおすすめパイナップルジュースだって!」

 

「今日は何にしようかな……?」

 

普段来ることの多いあこと燐子は、今日のオススメとされているものを鑑定に入れながら考える。

これに関しては時々来ることのあった友希那も同様で、実質的に即席チームのボーカルをやっていたことが生きていた。

 

「ちなみにここのソフトクリーム、コクがあっておいしいのよ?」

 

「そうなのですか?では私は……このいちごのソフトクリームをいただきましょうか」

 

そんなこともあって、友希那はリサから聞いた話しだけではなく、実際にそれを知っていた。

行ったことのある人が言うのならばと、紗夜はその中から一つを選ぶ。メニューを見ながらどうするべきかで長時間考えそうだったので、今回は友希那の告げ口に従った。

あこは紗夜が選んだものもアリだと思い、自分が頼もうとしたものと二つでもう一度考え直す。

 

「うーん……悩むけど、あこはこっちのゴマソフトにしよーっと!三人はどうしますか?」

 

「私は、ホットコーヒーと抹茶ソフトにするわ」

 

「私はホットミルクがあればいいけど……なかったら紫いもソフトにしようかな」

 

「そうだな……俺はチョコソフトにしよう」

 

ホットミルクに関しては本来時期の違うメニューなので、可能かどうかは頼むときにまりなに訊くこととなった。

話しの誘導を率先してやっていたあこがそのまま注文しに行ったので、待っている間少し話し合う。

 

「みなさんは普段どのくらい来るのですか?」

 

「私は時々ね……組んでいた人たちが行きたいと言ったら行くくらいだったわ。ここのカフェはスナック系も充実しているからいいわ」

 

──ドーナツとか、カリカリポテトとかがおいしいの。友希那が上げた二つの内、紗夜は後者に食いつく。

実のところ、紗夜はかなりのポテト好きであり、今度頼んでみようかと検討する。

そしてその反応した紗夜の目を見た貴之は、友希那が甘いもの好きであるのを知っている為、今度裕子に甘いものの作り方を聞こうかと考えた。

 

「私はあこちゃんと良く来てます。練習の後、一息つくのにぴったりですから……」

 

「なるほど……また今度来てみます」

 

思ったよりメンバーの来る頻度が高いことを知った紗夜は、一人で立ち寄って見てもいいと思った。

こう言った考えができるのも、一人で追い求める強さやその限界がどんなものかを知ったからだろう。

 

「お察しされてるとは思うが、俺は今日が始めてだ……」

 

「貴之君はそうだよね……元々進んでる分野も違うから」

 

「ところで、練習の時はほったらかしも同然のまま進んでしまったけれど……大丈夫かしら?」

 

会話に入るタイミングを逃すといるだけの空気になりかねないので、大丈夫そうな時は入っていく。

友希那から話しを振られたので、貴之は静観している際に取っていたメモを取り出す。

 

「この辺りなんだけどさ……」

 

「ああ。そこは……」

 

友希那に教えて貰うことで、分からない箇所は解決する。

会話へは問題なく入れると貴之が確認したところで、あこが戻ってきた。

 

「りんりん、今の時期にホットミルクはメニューにないみたいなんだけど……特別にやってくれるって!どうする?」

 

「本当?じゃあ、せっかくだから、ホットミルクと紫いもソフト……どっちもお願いしようかな」

 

ホットミルクは可能ならの選択しであったが、両方選ぶことにする。

それを聞いたあこが頼みに行き、五分後に頼んでいたものが来た。

 

「お待たせしました~!ソフトクリームは溶けやすいから、早く食べてね♪」

 

「はーいっ!」

 

注文の品が届いたので、それぞれに頼んだものを手渡す。

 

「じゃあ、頼んだものが揃ったところで……」

 

全員でいただきますと声を掛けてから、頼んだもので舌鼓を打ち始める。

ソフトクリームを一口した後にコーヒーを飲もうとして、友希那が一つのことに気づいた。

 

「砂糖が無いわね……」

 

「あっ、あった方が良かったですか?」

 

「それくらいなら俺が行ってくるよ……俺殆ど何もしてねぇし」

 

楽器の手入れ等になってしまえばどうしようもない貴之だが、こういうことになれば普通に動ける。

それ以外にも、年下をいつまでも動かせっぱなしと言うのに気が引けた事が大きい。

こういうのは男が……と言う考えを別段持っているわけではない貴之だが、今回は練習の疲れを回復させる彼女と、ただ一緒に来た自分を計りに掛けた結果である。

 

「砂糖、これくらいあれば足りるか?」

 

「ええ。ありがとう」

 

友希那は砂糖の入った袋を受け取るや否、順次コーヒーの中に入れてかき混ぜていく。

ソフトクリームの味の良さに満足していた紗夜が、その光景を偶然ちらりと見る。

 

「あの……貴之君、湊さんは普段からあんなに砂糖を使うのですか?」

 

「ん……?ああ。友希那は甘党だからな……結構使うんだ。ってか、どうした急に?」

 

流石に本人に聞こえるようにする気にはなれないので、近くにいた貴之へ耳打ちで聞いてみると、彼は然程気にしてない様子だった。

しかしながらそう言う話しを自分に振られるとは思っていなかったので、貴之は思わず問うた訳を聞いてしまう。

 

「その……大丈夫なのですか?えっと……今後二人でお出掛けになる時とか、あるでしょうし」

 

「なるほどな……」

 

紗夜が後々友希那がショックを受けないように、それと無く気にしているのだろうと伺えた。

それに関しては心配要らない理由があるので、そこだけは話しておこうと思った。

 

「実を言うとな……友希那が食い過ぎたら走ってる姿見たことあるから、心配はしてねぇんだ。それに……」

 

「それに?」

 

何か含むような言い方が来たので、紗夜は思わず問い返す。

 

「好きな甘いもの食って頬落としてる友希那も、自分の体系崩さぬように頑張る友希那も見れるから、俺としては何も問題は無い……!」

 

「そ、それは大丈夫なのですか……?」

 

──何というか、欲望が剝き出しなような……?その言葉は告げる前に嫌な気配に当てられて告げなくなる。

 

「紗夜、あなた……そう言うわけでは無いのよね?」

 

「お、落ち着いてください湊さん……私はそんなつもりで話していたわけではありません」

 

友希那が不安げな目を向けて来ていたので、慌てて弁明する。これには自分も問題だと感じて貴之も詫び、後で何を話していたかを教えることで許しを得た。

 

「び、びっくりしたぁ……」

 

「貴之君、Roselia内で修羅場を作らないでね?」

 

「作らねぇよ。頼むから身も蓋も無いこと言わないくれ……」

 

実際に作ったら最早土下座どころではないだろう。想像したら身が震えた。

その後はあこと燐子が互いに注文したソフトクリームを一口ずつもらっいあったり、この前ヴァンガードで新しい『イマジナリーギフト』が出て、その初日で貴之が変更したばかりのデッキで(クリティカル)6を叩きだした所業などを話していた。

友希那は会話にはしっかり混ざっているが、どうしても考えてしまうことが一つだけあった。

 

「(リサ……あなたもこの場にいたら良かったのに)」

 

確かに貴之といられるのはそれだけでも幸福ではあるが、Roseliaのリーダーとしても、一友人としても寂しさを覚える。

思えば今回は貴之が休憩を催促した場面も、普段はリサがやってくれていたことを考えると、早く戻って来てくれないかと思ってしまう。

注文したものを全員が平らげ、少しだけ会話を続けた後、再び練習に戻った。

 

「(Roseliaにとっての先導者は友希那で間違いない。ライブで演奏してる時、練習で全員をまとめ上げたり……その姿が証明してくれてる。けど、もしかしたら……)」

 

もう少し見ていれば、何か分かるかもな──。自分の気になったことを確かめるべく、貴之はこの後の練習では彼女らのことを多方面で注視していくことを決める。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(みんな普通にやってるのかな……?貴之に聞いてみたいけど、連絡するタイミング無さそうだなぁ~……)」

 

貴之らが休憩をしている最中、リサはバイト先のコンビニで作業をしていた。

時間が空いたなら何か一言だけCordに送ろうと思っていたのだが、そんな余裕は品出しの量と予想以上の来客の前に潰されている。

一回でも連絡が出来れば少しは気が楽だったのだが、できない今は不安で仕方が無かった。

 

「(アタシなんかいなくても平気なのかな……?)」

 

──もしそうだったら嫌だな……。表情こそ表には出さないものの、実際にそう言われたらショックで寝込む自信すらあった。

何かと気を回してくれる彼女らだから実際に面と向かって言うことは無いと思うが、もしそうなった時のことは考えたくない。

 

「すみませ~ん。レジお願いしま~す」

 

「あっ……は~い」

 

考え事をしている内に、玲奈の声が聞こえたので反応する。

人が多いと片方が品出しに専念するように役割分担していても、途中でレジに戻らなければならなくなるのだ。

 

「(とにかく、今はこっちに集中集中……考えるのは後にしよう)」

 

気を取り直しながらレジに辿り着き、リサもレジ打ちを始めるのだった。




イベントシナリオの2話~3話が終わりました。変更点としては……

・貴之の提案で友希那も声を出しづらくなるより前に休憩を入れる
・友希那はカフェに来る頻度が増えている
・上記の理由が起因して、友希那が紗夜に教える情報はリサから聞いただけでなく、実際に知った情報になる
・バイト中におけるリサの独自を追加

こんなところでしょうか。このイベントシナリオは次回で完結すると思います。
完結した後はガルパメインストーリーを……と行きたいのですが、その前に本小説独自のサブイベント的なものを2、3話程やってからにしようと思っています。


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ライド10 もう一人の先導者

これで予定していたイベントシナリオが完結です。


「さて……リフレッシュは大丈夫そうね?」

 

借りている部屋に戻った後に友希那が問いかけると、全員から肯定が帰ってくる。

紗夜からは「肩の痛みが引いた」、燐子からは「みんなと話せて楽しかった」、あこからは「ソフトクリームが美味しかった」と声があったので、これなら問題無いと断言できた。

 

「もう一度音を通して、何か気になったところがあったらその都度合わせて行くけれど……ある程度時間も経過しているから、そこまで回数は多くないと思って」

 

それでも集中力が絶望的な状態になってから休憩し、後二から三回だけ……と言うことになるよりは全然マシだなと考えた。

強いて言えばそれに関しても自分たちの誰かが気づければ良かったとは思うが、繰り返さないようにしようと胸に留めておく。

合図を取ってから音を合わせて、終わった後に何か気になった部分はあるかを確認し、あった場合はその部分を変えて、何も無ければそのままもう一度音を合わせて行く。

 

「(俺から見ると何も問題なさそうだけど、この細かいところで何かあるんだろうな……)」

 

この辺りが素人目とその世界に深く入り込んでいる人の差だろう。

実際の話し、貴之がこうして考えている間にも友希那はまだ直せそうな部分があると考えていた。

そうして色々直して行き、最後の通しが始まった。

 

「(……ん?このコンセント系の配置とそこにあるのは……飲みかけのホットミルクか?)」

 

彼女らが演奏を行っている最中、貴之は偶然それらに()()()()()()()()()

今は下手に動くと集中力を削いでしまう気がして申し訳なく思ったので、大丈夫になってから動くことを決める。

しかしながら、このまま放置したら絶対にダメな予感がしたので、貴之は一瞬だけ冷や汗を流す羽目になった。

 

「流石にここまでね……」

 

「そう言えば、リサ姉から連絡無かったですね……」

 

恐らくまだシフトに入っているのだろう。そうなるとあとちょっとだけ待って一回だけ通す……と言うのも厳しくなる。

そうであればやむを得ないので、友希那は今回の総評を伝えることにする。

 

「それぞれの音は悪く無かった。ただ、全体の調和が取れているとは言えなかったから、音のバランスを調整する必要があるわ」

 

この辺りは音を変えた影響が出ている為、この調整が今後の課題となった。

なので友希那は次の曲に新しい音を使いたい場合、どうするのがベストなのかを最後の演奏をベースにして考えて欲しいと伝える。

 

「そろそろ片付けましょうか」

 

「今井さん、間に合いませんでしたね……」

 

名残惜しい想いはあるが、こればかりは時間が時間なので仕方ないと割り切ることにする。

 

「では、レンタルした機材は宇田川さんと白金さんにお願いしますね。湊さんはマイクケーブルの片付けを……」

 

「ええ。手早く……きゃあっ!」

 

「おっと、危ねぇ!」

 

予見していたからこそ止めようとした貴之はある程度先に移動していたので、『友希那が転ぶ』という一次被害の阻止に成功した。

友希那が原因は足元にギターのシールドが絡まった状態にあり、それに足が引っ掛かってしまったことが原因である。

一先ずハンズフリーであり、自分の足元が安全であった貴之が素早く掛け寄り、友希那に手を貸して起こしてやる。

 

「怪我は無いか?」

 

「え、ええ……ありがとう。って、……っ!?」

 

──なら良かった……。そう一安心するのはいいが、友希那が一つのことに気づいて暫し固まる。

どうしたものかと思った貴之は、彼女に何があったかを問う。

 

「そ、その……貴之の手が……」

 

「俺の手……?」

 

貴之は友希那が身体を強く打たないようにと、抱きかかえるような形で身体を支えたのだが、それが問題に繋がる。

何しろ貴之の左手が、友希那の人並みにある膨らみを鷲掴みにしてしまっているのだから──。

 

「あっ……!わ、悪い……気がつかなかった」

 

「助けてくれたのだから、今回は別に構わないわ……」

 

友希那の体を起こし、許しを得たのはいいが気を抜くのはまだ早い。このままだと二次被害が酷くなる可能性が高いのだ。

その為すぐに動こうとした友希那に一度待ったを掛け、聞かなければならないことを聞くことにする。

 

「燐子、あの容器って中身まだ残ってるよな?」

 

「容器……?あっ!うん。あの容器の中、飲み切れなかったホットミルクがまだ残ってるよ」

 

「あ、危うく二次被害が起きるところでしたね……」

 

下手に動かないで正解だったことが証明された瞬間である。一先ず二次被害を防ぐ為にも先に容器を安全な場所にどけようと思うのだが、ここで問題が発生した。

友希那たちがやろうとすると転んで二次災害の可能性が高いので貴之がやるべきなのだが、如何せん位置が悪すぎるのだ。

 

「(これ、そのままやろうもんなら……)」

 

──思いっきり友希那の股下くぐらないと届かねぇよな?距離とは別の大問題が待っていたのだ。これは例え自分が女子であろうとも強行するのは躊躇われた。

その為、そんな不味い事だけは言わぬようにそれっぽい理由を伝えてから、先に絡みあったシールドやコンセント類をどうにかすることにする。

 

「……貴之さん、どうかしましたか?」

 

「いや、大丈夫だ……取り敢えず絡まり具合の少ねぇやつから行こう」

 

──俊哉くらい知識があれば、もっと早くやれたんだがな……。無いものねだりではあるが、そう思わずにはいられなかった貴之であった。

彼女らを立ちっぱなしにさせるのも気が引けるので、手早くやろうと覚悟をしたところでドアの開く音がする。

 

「お疲れ~♪……って、何してるの?」

 

「あっ、リサ姉!」

 

それなりの大きさをしたビニール袋を二つほど持ったリサがやって来て、貴之が何かしようとしている光景に疑問を持つ。

しかしながら、今この時にリサ(救世主)の到着は非常に有難く、貴之は素直に事情を説明する。

 

「なるほど~……それはお手柄だね♪それならアタシも手伝うから、やりながら覚えて行ってね」

 

「悪い、助かる」

 

リサの説明を受けながらコンセント類の絡まりをどうにかし、全員が動ける状態になっていくのを見ながら、貴之は自分一人だと倍以上掛かっていたことを確信する。

程なくして全員が動けるようになったところで、リサがどうするかを的確に割り振る。

元々誰が何をやるかは最初に決めていたのだが、予想外のアクシデントがあったが故に頭から離れてしまっていた為、リサのフォローは非常にありがたかった。

素人故に自分のやれることがあっさりと無くなった貴之は、妙な脱力感と共に肩の力を抜いた。

 

「……あれ?そういやお前から連絡一個も来てねぇや」

 

「時間が出来たら連絡しようって思ってたんだけどねぇ~……思ったより人多かったし、形態の充電も切れちゃってさ……」

 

リサから話しを聞き、そりゃ連絡来ないわなと携帯を見ていた貴之は納得した。特に後者の方はどうすることもできないだろう。

10分もせずに片付けは終わり、部屋に備え付けられている簡易ソファに座っている貴之とリサのところに四人が戻ってきた。

 

「い、今井さんが来てからすぐに終わったわね……」

 

「凄く的確な指示でした……」

 

リサの仕切りの良さは素直に称賛する。場慣れしている感じが強いのだ。

実際、友希那も「助かったわ」と素直に言っているので、こう言った場面ではリサが他のメンバーよりも数枚上手である。

 

「あ、そうそう。落ち着いたから向こうでもらった、みんなへのお土産があるんだ~♪」

 

リサが持っていたビニール袋には飴やポテトチップスが入っており、これはシフトに入ってくれたお礼にと店長から貰ったそうだ。

ちなみにリサが早上がりする際、玲奈からは「後は任せて」と心配しないでいいと言う旨を貰っている。

こうしていつも通り優しさに満ちたリサの姿を見たあこは、少しずつ目尻に涙を溜めて行き──。

 

「……リサ姉~!ずっと待ってたんだよぉ~……!」

 

「わわっ!どうしたの?急に抱きついてきて……」

 

何もリサが不在で空気が悪かった……と言うわけでは無かったが、やはり寂しさは心の中にあった。それ故に思わず抱きついたのだ。

ちなみに安心感を感じたのは燐子もであり、彼女がそれを伝えるとリサは笑いながら「そんな大げさな」といつもの様子で返す。

 

「「……」」

 

「なんか、二人からやけに熱い視線を感じるんだけど……」

 

「き、気のせいですよ……。アルバイトお疲れ様です。疲れているでしょうし……よかったら、これをどうぞ」

 

あからさまな様子で紗夜が渡してきたものに、リサは見覚えがあった。

それは花咲屋という店で売られているはちみつ飴であり、その味を知っているリサは有難く一つ貰って口に放り込む。

 

「ん~……♪優しい甘さがしみるねぇ~」

 

「それは良かったです……もう一個ありますよ?」

 

──ん?なんか紗夜がいつも以上に優しい?少しずつ優しさを増しているのは知っているのだが、露骨な面があったので、リサが問う。

それが図星だった故に、否定しようとした紗夜は口ごもってしまう。そんな様子を見たリサが友希那に同意を求めも、軽く流された。

 

「それよりも、今日のアルバイトはどうだったの?忙しかった?」

 

「それがね~、もうめーっちゃくちゃ忙しかったの!」

 

リサ曰く、丁度部活終わりの学生が多く来ていたらしく、ジュースとアイスが飛ぶように売れていたそうだ。

それ故にひたすら補充することになったのだが、それらが入ってるダンボールがとにかく重く、それが影響で足腰に負担が掛かり、肩もかなり凝っていた。

それを聞いた友希那は肩を揉むと進言し、早速リサの肩を揉み始めた。

 

「……本当、凄く凝ってる。お疲れ様ね……」

 

「そうそう。右の肩が特に凝ってて……って、友希那がアタシの肩を揉むとかおかしくない!?ねぇホントに何があったの!?」

 

「(これ言ったら、リサはどんな反応するんだろうな……)」

 

──確かに昔もリサが肩を揉む側だったな……。と思い出しながら、貴之は自分の得た答えを言うべきか悩む。

しかしながら、その表情は微笑ましいものを見ている笑みであり、それがリサに怪しまれる要因となる。

 

「な、何でそんな目で見るの?」

 

「いや別に。そうだな……俺の言わんとしたことは、後でがいいか。落ち着いた状況で言った方がいいだろうし……。ってか、なんか飲み物いるか?今日はタダで奢るよ」

 

「ええ~?そういうことなら、後でにしようかな……お金に関しては後で決めるとして……じゃあ、缶コーヒー一個お願いしていい?」

 

「分かった。じゃあちょっと行ってくる」

 

貴之は誤魔化さず後回しにしただけだったので、手早く会話が切り上がる。対人経験が豊富な貴之は回避方法が多く、これはその内の一つだった。

 

「おかしくなんてないわよ……。ただ、リサが疲れてるだろうと思って……」

 

リサに対して感じていることは同じなのだが、友希那と紗夜は恥ずかしさが勝って誤魔化してしまう。

これでは素直に聞けなさそうだと思ったリサは、燐子に問うて見る。

 

「今日は本当に、色々ありましたから……出来れば落ち着ける場所で話したいです」

 

「それは気になるなぁ~……。ちなみに、一言で言うと?」

 

「Roseliaには()()()()()()()()()()なんだよぉ~っ!」

 

問うた瞬間にあこが答えたので、リサは思わず目が点になる。

そんな大げさな──。と言おうとしたが、周りを見て見れば皆がそうだそうだと言いたげな目をしているのでその言葉は飲み込んだ。

 

「待たせたな。コーヒー買って来たぞ」

 

「ありがと。本当に何があったの?」

 

「端的に言えば……今日ほどお前という存在の頼もしさと有難さと、大切さを知った日はねぇだろうな……」

 

──な、なにそれ?最後の片付けに手間取った以外何も問題なさそうにしか見えなかったリサは妙な冷や汗をかく。

何しろ言い終わった貴之が「こう言うことはあまりやりたくない」と言わんばかりに、告げ終わった後に天を仰いだのだ。もう気になって仕方がない。

この直後、あこがファミレスに行って思いっきり話したいと提案し、友希那も即答で賛成をする。

 

「な、何を言われるか分からなくて妙に怖い……」

 

「今井さんが思っている事にはなりませんよ……」

 

「本当に、今日は大変でしたから」

 

すぐに分かると言いたげに、紗夜と燐子は疲れた笑みを見せた。

 

「……ホントに何があったの?」

 

「それはファミレスに行ってからのお楽しみよ」

 

「ええ~っ!?勿体ぶらないで教えてよ~!」

 

本当に何があったのかが気になってしょうがないリサは頼み込んだが、結局ファミレスに辿り着くまで見事に流されてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ~!ご注文はいかがなさいますか?」

 

「アタシはオレンジジュースでいいかな~……」

 

「あっ、私も今井さんと同じでお願いします」

 

「私はホットコーヒーにするわ」

 

「俺もホットコーヒーを貰おうかな」

 

ファミレスに着いてから、一先ず注文を頼んでいくことにする。

この時二人揃ってホットコーヒーを選んだことで茶化されたが、丁度飲みたかったのだから仕方がないと二人揃って顔を赤くしながら言い返した。

また、先程紗夜の反応を見た貴之から友希那に伝わり、友希那から入れ知恵をされていたあこは、早速行動に出ることにした。

 

「あこは特盛超お得ポテトにしよっ!紗夜さん、あこと半分こにしませんか?」

 

「それは()()()()()()……本当に大丈夫なのですか?」

 

思ったより反応が良かったので、そのまま一人だとお腹いっぱいになってしまうことと、美味しいものは一緒に食べたほうがいいだろうとそれっぽい理由作りでダメ出ししてみる。

すると紗夜は「宇田川さんがそこまで言うのなら……」と受け入れることにした。完全に誘惑に負けたような表情をした紗夜を見て、友希那は愉悦を感じる。

頼むものが決まったところで注文をし、その後あこが代表して何があったかをリサに話した。

 

「あっはは!そんなことがあったの!?その場にいたかったわ~」

 

「い、今井さん……何もそこまで笑わなくたっていいじゃないですか」

 

「あこたち、ホントに大変だったんだよ……」

 

その話しがあまりにも面白かったのでリサは思いっきり笑った。

対する紗夜たちは思い出して再び疲れ切った顔になる。それだけ今日が苦労する日であったからだ。

 

「あこのが話し振っても反応悪目だし……」

 

「貴之君に言われるほど時間の管理が出来ていませんでしたから……」

 

「私たち四人だけだと、最後は間違い無く大惨事だったと思います……」

 

思い返せば思い返すほど、リサに支えられている部分が顕著になり、このままではダメだと思わせる。

一番最後の片付けは何か一つでも要因が外れたら、燐子が危惧した結末を辿っていたことは想像に難くない。本当に貴之が気づかなければ危うかった。

 

「もう~。みんなしてアタシがいないとダメなんだから……」

 

「リサ姉、今回のこともあるから勝手にいなくなるのはやだよぉ~……」

 

あこの懇願をリサは思いっきり受け入れる。確かにこれでは大変だろう。

今回のことを反省し、自分が不在でもできるようにするかもしれないが、今暫らくは厳しいだろう。

 

「私も、今井さんにいて欲しいです……。今井さんが楽しそうに演奏しているのも大きいんですけど、今日は何か足りないって思うことが多くて……。それが『今井さんがいる』安心感だったんです」

 

「そ、そこまで言う……?」

 

問うた後すぐに「そこまで言います」と燐子に肯定されたので、リサは面食らった。

どう返そうかと迷っていたところに、今度は紗夜からリサの名を呼ぶ形で前置きが入る。

 

「今回は本当に、今井さんが普段どれだけ私たちの助けになってくれているかを自覚する日でした……無理強いをするつもりは無いのですが……」

 

──やはり、今井さんには最初からいて欲しいです。リサがいない時に自分たちがどれだけ情けないかを理解したからこその頼みだった。

 

「なんか意外だなぁ~……正直なところ、アタシがいなくても全然平気だと思ってたからさ」

 

「そんなこと無かったわ。私たちは寧ろ、こんな所までリサに頼りっぱなしだったと気づかされたわ……。そして、だからこそ言わせてもらうわ」

 

──リサ、あなたはRoseliaにとって欠かせない……大切な存在よ。全員が必要だと告げたことで、リサは遂に目尻に涙を浮かべる。

バイトが忙しく、携帯の充電も切れてしまった故に聞くことができずに不安だったリサに、ようやく安心できる時間が訪れたのだ。

 

「そっか……みんなそんなに……アタシのことを想ってくれてたんだね……!」

 

「あっ、リサ姉泣いてる?」

 

「だって……嬉しいんだもん!ずっと不安だったんだよ……?アタシがいなくても全然平気なんじゃないかって……」

 

その不安に思っていたことが杞憂に終わった為、リサの目尻から嬉しさと安心の入り混じった涙が見える。

貴之と友希那の二人は相変わらずだと思っているのでもう慣れているが、紗夜たちが気づいたことがある。

 

「今井さんは、もう少しみんなに必要とされている自覚を持つべきだわ……」

 

「このままがあまり良くないのは分かっているんですけど……私たち、今井さんがいないと色々足りないです」

 

「リサ姉がいるだけでも全っ然、違ってくるんだよっ!」

 

それは、リサが思った以上に自分を過小評価していることにある。謙虚は日本人の美と言われることはあるが、彼女らからするとリサのはやり過ぎに片足を突っ込んでいるのだ。

今すぐに治すのは難しいだろうから、今後はリサが治るのが先か、自分たちが慣れるのが先かになるだろう。

 

「……分かった!そう言うことなら、次からはなるべく抜けないようにするよ」

 

流石にシフトの入っている日等はどうしようもないが、それ以外ならば十分に可能である。

リサが宣言したタイミングで丁度注文したものが届いたので、全員にそれぞれのものを回していく。

 

「そう言えばさ、貴之がさっき言おうとしたことって何だったの?」

 

「ん?ああ……そのことか。落ち着いたばかりなのにまた……ってなるかも知れねぇけどいいか?」

 

談笑しながら来たものを摘まんだり飲んだりしている際に、リサが思い出して聞いてきたので貴之は一度確認を取る。

一瞬だけキョトンとした様子を見せた後リサが頷いたので、貴之は「分かった」と承知して話すことにする。

 

「俺が今日の練習風景を見ていて思ったことなんだけどな……俺はRoseliaでの先導者は友希那だと思ってたし、それは今も変わってない」

 

──けどさ……。と貴之は前置きを作る。これは貴之の話そうとしている本題を伝える上では大事な前置きでもあった。

ヴァンガードでの先導者は一人だが、バンドの場合()()()()()()()()()()()()

 

「今日のことを踏まえると、リサもまた……Roseliaにとってもう一人の先導者なんだなって思えたんだ」

 

「えっ?あ……?えぇ?」

 

友希那が自身の歌でみんなを引っ張って行く先導者なら、リサは全員が万全な状態で動けるようにできる先導者である。それが貴之の見つけた結論だった。

面と向かって言われたリサは、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで大分混乱している。一方で他の四人は確かにと納得をしていた。これは今日その場に居合わせていなかったことも大きいだろう。

貴之の言ったことが完全には理解しきれなかったリサがどういうことかを問えば、貴之はこう言って見せた。

 

「今の俺にできる最高の誉め言葉で、Roseliaに取ってリサがどれだけ大切かを表現したものだな」

 

「っ……!」

 

Roselia内だけではなく、外にいる人にすら言われたので、嬉しさのあまりようやく引っ込んだ涙が再び溢れ出す。

そのままリサが安堵の言葉を嗚咽と共に出したので、みんなしてリサが必要である旨を伝えながらどうにかして泣き止ませる。流石に店内だったので長引かせると貴之にとばっちりが来そうだったので、気を遣った結果であった。

リサが泣き止んだ後、今回はいいものの、今後は迂闊にそう言った発言をすべきではないと貴之にみんなして釘を刺しておいた。その直後貴之は「安心させる為に言ったのにどうしてなんだぁ……」と嘆いたことを記しておく。

 

「そう言えば、リサ姉を貴之さんのデッキにいるユニットで例えるなら何になりますか?」

 

「今のデッキで言えば、『バーサーク・ドラゴン』か『サーベル・ドラゴニュート』、或いは『ドラゴンフルアーマード・バスター』かな……不足しがちな手札を確保するか、主軸の『オーバーロード』を持って来れる」

 

雑談に戻った後、思いついたあこが聞いてきたので、貴之は自分なりの考えで答える。三体の内二体を知っているのが半数だったので、そのユニットは見せて教えることにする。

これは貴之のデッキである為こうなるのだが、他の『クラン』ならばもっと最適なユニットがあった。

 

「全体で見たら『ブラスター・ブレード』かもな……あのユニット、どこからともなく呼ばれるし、ヴァンガードでもリアガードでも効力発揮するし……」

 

何故そんな結論に至ったのかを話すと、全員がリサに対して本当に申し訳ない気持ちになった。

手札と『ソウル』だけかと思えばデッキからも、しまいには『ドロップゾーン』からも呼び出すことが可能で、一部の人からは『過労死』とネタにされる程の引っ張りだこっぷりである。

これに関してはリサ自身もまさかそんなはずはと言いたかったが、先程リサが不在だった時にどうなっていたかを思い出し、そこで口を閉じることになった。

その結果、Roseliaのメンバーで「リサに苦労を掛け過ぎないようにする」ことを誓い、誓った後少ししてから店を後にした。

 

「じゃあ、また次の練習からよろしくね~♪」

 

五人揃ってこそのRoselia──。全員で認識した五人が互いの大切さを知り、絆が更に深まった一日であった。

帰り道の都合上それぞれに別れた後、先程カフェで紗夜と何を話していたかを伝えたところ、友希那は顔を真っ赤にし、リサは見事なぞっこんぶりだと貴之を評した。

この三人の変化と言えば、貴之と友希那の距離感が更に近くなったことが上げられるが、リサも混じって三人でいることがあるのはこれからも変わらないだろう。




これにてイベントシナリオ『Don't leave me,Lisa!!』が完結です。

変更点は余り多くは無く……

・貴之の起点でホットミルクが零れる二次被害を回避
・それに伴い反応が僅かに変換
・ファミレスに貴之も同行

こんなところでしょうか。
リサも先導者だと言う下りは貴之の容姿の元ネタとなった人的に言えば、『お前もガンダムだ』と似たようなノリになります。

次回は予告通り本小説独自のサブイベントになるか、或いは時期が時期なのでバレンタインイベントを書くかも知れないです。


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ライド11 差し伸べる手

予告通り紗夜にスポットを当てた話しとなります。

ちなみに前回の『ノーブル・ローズ-歌、至りて-』を走り終わった後にガチャを10連だけ回したところ……その時追加された燐子と紗夜が当たると言う金星が出ました。
……この時もう一つの星4がつぐみではなく、当時追加された友希那だったら完全勝利だったんですけどね……(汗)。


「(ここは問題なし。次はここを確認かしら?)」

 

リサが不在の状態で練習をした日から二週間。期末試験が終わった直後の休日、紗夜は自室でギターの自主練習をしていた。

早速みんなで集まって練習しに行こう……とはならず、予定ありの人が半数いたのでそれは叶わなかったのだ。

そうして再びギターを弾き出そうとしたところで、紗夜はこの前Roseliaのメンバーで話していたことを思い出す。

自分たちが思った以上に貴之から手を差し伸べて貰っている身であることで、少なくとも一人一回はそれがあるようだ。と言っても、あこの場合は軽く背を押して貰っただけなので、ノーカウント一歩手前でもあるが。

これを思い出したのは、その話しをしていた際に自身が抱いた情が起因している。

 

「(私もああやって、()()()()()()()()()()()……そう願っているのね)」

 

彼や友希那と出会った直後に比べ、自分の思想がほぼ間反対になりつつあるのを自覚しながら、それは悪くないと思う自分がいた。

自身が願ったことを実際にやっている人のおかげで、自分含め少なくとも六人の救いや手助けを果たしているのだ。悪いと思うはずがない。

そうする為にはどうするのがいいか?実際にやっていた人はどうしていたのか?それらを考えてからがいいとは思うが、今は練習をしている最中なので、終わった後で考えることにする。

気持ちを切り替えてから一度通しで弾いて見たところ、問題無いのでそのまま次に行こうとしたが、そろそろ弦の変え時だったので、予備の弦を取り出すべく机の引き出しを開ける。

 

「あら、切れているわね……」

 

開けたのはいいが、予備の弦が残っていなかった。仕方がないので練習を一時中断し、弦を買いに行くことにする。

携帯電話と財布、それから全員が家から出た時のことを想定して家の鍵だけ準備して部屋を出ると、自室に戻ろうとしている日菜と鉢合わせする。

 

「あっ、おねーちゃんこれからお出掛け?」

 

「ええ。と言っても、ギターの弦を買って来るだけだから、そこまで時間は掛からないと思うわ」

 

紗夜の返事を聞いた日菜は少しの間考え込む。彼女もギターをやっているから、どうしても避けて通れないものがあるのだ。

 

「あたしも……予備の弦、残ってたっけ?」

 

「無くなっているのなら、私が纏めて買って来るわよ?」

 

「ホント!?ちょっと見てみるーっ!」

 

2メートルも無いだろう距離を一瞬でも走って勢い良くドアを開け、その後3秒で弦の確認を済ませて欲しいものを伝える日菜を見て、そうまで急がなくても良いだろうにと紗夜は思ったが口には出さなかった。

何しろ今まで突っぱねていた自分が歩み寄ってきたのだ。それに嬉しさを感じないことは無いだろう。

日菜が欲しいと言ったものをしっかりとメモしてから、紗夜は今度こそ外に出て商店街へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(日菜が欲しいと言ってた弦はここにあったわね……)」

 

商店街を歩いて普段自分が立ち寄る楽器屋に向かう途中、紗夜は今回買おうとしている弦が売っている場所を確認する。

幸いにも彼女が欲しいと言っていた弦と自分が今回使っていた弦は同じ場所にある為、一々移動せずに済むのは気が楽になる。

 

「いらっしゃい紗夜ちゃん。今日はどうしたの?」

 

「ギターの弦を買いに来ました。少し見ていきますね」

 

紗夜の返しを聞いた店主は「ゆっくり見ていってね」と言葉を投げ返す。

ギターの弦が置いてある場所まで行って、日菜が欲しいと言ってた弦が後一つだけだったのでこれは手に取ることで真っ先にキープしておく。

久しぶりに別の弦を使ってみようかと考えた紗夜だが、結局いつも通りの……自分が一番馴染んでいると感じた弦を買うことにした。

と言うのも、曲を作り終えたばかりなので、すぐに弦を変えると危険かもしれないと言う危惧からであった。

 

「この二つをお願いします」

 

「この二つだね。それなら合計で……」

 

言われた金額は丁度出せるものだったので、それを出してレシートを受け取る。弦の値段は払うからと言う旨がCordにて日菜から飛んできていたのだ。

これくらいは気にしないと言おうと思った紗夜だが、こう言う時に日菜はそう簡単に止まらないだろうことが予想できたので、その言葉は飲み込んでいる。

 

「(嬉しそうなのが画面越しでも伝わって来るわね……)」

 

無事に買えた旨をCordで送信したところ、1分もせずに嬉しそうな様子が伝わる文面が返ってきた。

しかしながら、今までのことを考えると咎める気にはなれず、彼女が落ち着くべき時期になったら促すくらいで良いだろう。

今までが今までだったが故に、過ちは繰り返さない。誰かが自分と同じような過ちを重ねそうになったらそうなる前に止める。それが、自身の苦悩に終止符を打ってくれた人に対する恩返しだろうと紗夜は捉えていた。

 

「(あら?確かここって……)」

 

喉が乾いたので休憩すべくどこかに寄ろうかと考えていた紗夜が、今自分の歩いている場所であることを思い出す。

──貴之君と白金さんがぶつかった場所の道じゃない。燐子が変わった直後に話していた内容だったので紗夜はよく覚えていた。

実はここ、貴之が帰って来た当日にリサとぶつかった場所でもあるのだが、それは紗夜の預かり知らぬ場所である。

 

「(ま、まさか私も……?いえ、そんな何かの因果みたいなことは……)」

 

起こらないでしょうと思いながら歩いて行くのはいいが、一応周りだけは意識しておく。

幸いにも周囲にはこちらへ真っ直ぐ突っ込んでくるような人は見かけなかったので、一先ずは安心だろうか?と言うよりも、そう言う人は日菜くらいだろう。

しかしながら、紗夜のいる位置は皮肉にも貴之と同じく曲がり角まで気を配ることはできない位置であり──。

 

「あっ……」

 

「お……?」

 

幸いにも互いにゆっくりな速度であった為、勢い余って尻餅を突く……と言うことは無かったが、一、二歩程後ろに下がってしまう。

これは知らないことだが、紗夜は貴之と全く同じケースで人とぶつかってしまっており、直前に危惧した因果みたいな出来事になってしまった。

しかしながら落ち込むのは後回しであり、先にやるべきことを行う決断をする。

 

「すみません。不注意でした……って、谷口君?」

 

「いや、悪い。俺も周り意識して無かった……って、紗夜?」

 

ぶつかった相手は貴之の友人である少年の俊哉であった。一先ず知人であったが為に、そこまでの面倒ごとならないことが分かって紗夜は一安心する。

何しろ、こういう時に気の短い人だと一方的に怒鳴る可能性もあるし、それどころじゃない人すらいる為、それが起こらないだけでも大分気が楽になるのだ。

互いに怪我がない事、今持っているものがダメになっていないことを確認し、懸念される面倒ごとが全て無くなったことが判明する。

 

「今日はどうしてたんだ?」

 

「私はギターの弦を買いに来てました……そう言う谷口君は?」

 

「俺は……これからファイトしに行こうと思ってた」

 

──デッキを組み替えてみたからな。言葉だけなら大いに納得して、応援の旨だけ残して終わらせようと思ったが、紗夜には見逃せない様子が見えた。

その理由は俊哉の表情にあり、その取り繕うかとしている笑みは、以前の自分が焦りを誤魔化す時にやっていたものとほぼ同じであったのだ。最も、自分の場合途中から取り繕う事すらしなかったが。

最初の一瞬こそ「何故?」と言う疑問が出てきたものの、彼の知人や友人関係を思い起こせば最も思い浮かびやすい人物が出てくる。

 

「(貴之君ね……。確かにファイトも強ければ、他の事でも気を回せるのだから、気にしないでいられない時間は現れるわね)」

 

しかしながら、自分のように目を背けたい一心ですぐに別の道へ走ろうとするのではなく、その人に追いつきたいが故に同じ道を進もうとする継続の意志を悪いとは思わなかった。自分がそうしなかったからと言うのも大きいだろう。

ただそれでも、その進み方だけは止めなくてはならない。自身と同じく能力差で苦悩しているのなら、分かち合うことはできる筈だと紗夜に考えさせるには十分だった。

自身が持っていた苦悩の連鎖を終わらせてくれた人の残したものを、助けて貰った自分が摘み取る。何かの因果を感じてしまうが、それとは関係無しに自分が考えていた一歩を踏み出すなら絶好のタイミングであることも理解した。

また、彼自身も準決勝まで勝ち残っているので十分な戦績を残してはいるものの、戦績だけで終わる話しであった場合、彼は今頃そんな様子を見せないだろう。

 

「(それだけじゃない……。私自身が、()()()()()と思っているんだわ)」

 

それは最も大事な理由であった。誰かが言ったからではなく、自分がそうしたい。自主的な選択の方が多くのものを得られる。

こう結論付けるまでの五秒間、反応を見せなかったのが理由で俊哉が声を掛けて来た為、紗夜は考え事をしていたことを謝る。

一度気を落ち着かせてから、自分のやってみようと思ったことを実践する。

 

「どこか焦っている様子が見えますが……何かありましたか?」

 

「こないだ貴之が優勝しただろ?俺も負けちゃいられないと思ってな……」

 

まずは軽く、どうしてそうなっているかを聞いてみると、自分の実体験の話し込みで止められる布石を見つけることができた。

後は話しを強引に切り上げられるよりも前に咎め、話しを持ち込んで上手く行くかどうかになるが、俊哉がこちらに配慮してか強引に切り上げるのではなく、それとなく本心を突かれるのを避けようとしているのが伺えた。

どうにかして話しに持ち込みたいと思っていた紗夜からすれば、この状況は非常にありがたい。後は俊哉がこちらの話しを聞く気になるよう、言葉で縫い留めるだけであるからだ。

 

「確認ですが、あなたのやろうとしている方法で……貴之君は喜ぶと思いますか?」

 

「……!」

 

完全に図星だったらしく、目を見開いた後、隠せなかったことに気づいた俊哉が諦めたように溜め息をつく。

単にわかりやすい訳では無かったが、今回は自分より先にその道を進んだ経験のある紗夜だった故に隠せなかったのだ。俊哉側からすれば単純に『相手が悪かった』の一言に尽きる。

実際の話し、リサや大介たちであれば言葉だけでそれとなく避けられる可能性はあったので、そのまま放置されてしまった可能性がある。似たような経緯のある友希那はグレーなところだが、絶対に気づかない……とはならないだろう。貴之の場合は人の内面に対して非常に鋭いのであっさりと看破される未来が見える。

今回紗夜に問われて気づいたことだが、これを知れば間違い無く貴之はショックを受けるだろう。それが、馬鹿なことをする手前であったことを俊哉に自覚させる。

 

「けど、どうしてそんなことが分かったんだ?」

 

「……私が、その道を()()()()()()()()()()()()からです」

 

紗夜の答えを聞いた俊哉は何があったと言いたげな顔になる。その顔をみた紗夜は一つのことに気が付く。

──大多数の人からは、私は特にそう言った苦悩は無かったと……そう見えるようね。重荷が下りた事で視野が広くなった紗夜は、客観的に自分がどんな風に見えるかを改めて理解できていた。

自分が日菜との間に作ってしまった確執(コンプレックス)は、基本的に主観的なものであり、今回俊哉の危険な状態に気づけたのは彼も同じく主観的なものであるからだ。

意外かと聞いて見れば案の定頷かれたので、こう言う話しをする時は必ずこの反応に付き合うことになるだろうと頭に入れておいた。

 

「そうなってしまっていたのはつい最近までですが……一度腰を下ろせる場所に行きませんか?この話し、少し長くなると思いますから」

 

「……それならすぐそっちに喫茶店があるから、そこにしよう」

 

一瞬紗夜の提案を断ろうかと思った俊哉だが、そんなことをしたらもう戻れないだろう未来が予見できたし、そのまま進むにしても話しを聞いてからでもできるので一旦それは無しにした。

せめてものの詫びに自分たちのいる場所から一番近い喫茶店を教え、そこへ案内することにした。

店に入った時には軽食を取るのに良い時間ではあったものの、お互いにその気は無かったらしく、コーヒーを一つずつ注文するに留まった。

 

「さて……この話しをする前に一つ確認です。あなたは氷川日菜と言われたら、誰だか分かりますか?」

 

「ああ。リサや友希那と一緒にいるところを時々見かけるからな……」

 

何があったかを話す為にも、彼女のことを知っているかどうかの確認を取る。

思えば日菜と友希那が友好関係を持っているのなら、友希那かリサ、或いは貴之を経由すれば知っている可能性は十分にあるし、俊哉は三人とも全員と交流があるのでその心配は要らなかった。

 

「けど……どうしてそれを聞いたんだ?お前が進んじまったことと、何か関係があるのか?」

 

俊哉の問いに紗夜は頷く事で肯定を返す。その反応を見た俊哉は一つのことを思い出した。

 

「(そう言えば、日菜は自分の姉……紗夜の話しをする時……)」

 

最近ではもうそんな様子を見受けられないが、貴之が戻って来て少しするまでの間も、日菜は紗夜の話しをしようとする時、或いはしてから少しすると距離感を掴み損ねて落ち込んでいる様子を見せることがあった。

どうしてそうなったかが、今回紗夜が進んでしまった道に関係していることはもう分かる。後はその経緯を聞く必要があった。

 

「何が……原因だったんだ?」

 

「私の場合は能力差です。それを意識するようになったのは、小学生の高学年になる直前からですね……」

 

これを普通の人が聞いたら予想外でならないだろうが、似通った理由で焦りを抱いた俊哉はなんとなく理解することはできた。

紗夜の場合は殆どの物事で、自分が大なり小なり努力して形を実らせて行くのに対し、日菜はその過程を数段飛ばしするかの如くあっさりと終わらせ、自分と同等かそれ以上のものを完成させる。それを何度も繰り返されれば堪ったものでは無いだろう。

運動神経や勉学と言った表面上のところで完全に負けており、更には日菜が自分のやっていたことを真似したがる傾向があったので、自分のやって来たことは大体が比較対象となり、周りから比べられる回数が多くなっていくのも堂々巡りだった。そうなると日菜(いもうと)より劣るので、影口等何らかの形で自分に嫌なものがやって来るのだ。

更に苦しいと感じた追い打ちは学期末にある成績表で、こうなると毎回の如く日菜が自分以上に讃えられるので、返されても紗夜に取っては苦痛でしかなく、逃げるように別のことへ走ったり日菜に突き放すような言動が増える原因にも繋がっていく。親にも理由を問われたことはあるが、答えられる気にはなれず、それと無く流して問題を放置した程である。

その話しを聞いた俊哉は、自分がまだ軽傷であることを認識することができた。

 

「俺の場合は、クラスメイトが俺の歩みに気づいてくれてるからだろうな……」

 

「理解してくれる人がいるというのは、とても大切なことです。自分のことに気づいてくれる人がいる……と言うことにも繋がりますから」

 

紗夜の場合は自分の苦悩に気づいてくれる人がいなかったからこそ、そうなってしまうのが止まらなくなっていた。しかし俊哉は違う。まだ気づいてくれる人がいるのだ。

現に、才覚関係無しに戦う貴之の姿と姿勢を知らなければ、間違い無く地方の翌日は酷いことになっていただろうと紗夜は確信している。

自分の力以外頼れるものは何も無いと考えていたところに、自分一人で出来ることはたかが知れいていて、誰かと共にいられることこそ本当の強さと証明する人が現れたことが、その道を引き返す切っ掛けとなり、今に至るのが紗夜だった。

 

「そっか……そんなことがあったんだな……」

 

「ええ。そんな道を辿った私は、一つ気づいたことがあるんです。適度なペースアップと過剰なペースアップは別だと……」

 

──やり過ぎは却って自滅を招いてしまう……それが、私の辿り着いた一つの答えです。紗夜が俊哉を止めたかった理由はここにある。実際に自分もギターでそう言うことをして、倒れそうになった事すらある。

それ故に、今では過剰とも言える自主練習はもうやっていない。適度な練習をこなしてしっかり休んだ時と上達量が殆ど変わらず、休まない分前者の方が明らかに練習効率が悪いのだ。

当時の自分ができたできないばかりを見て練習するように、俊哉も勝った負けたのみでファイトするあまり、何が良くて何がダメなのかに気づけないまま繰り返して大して上達しない可能性を、紗夜は危惧していた。

紗夜が危惧したことを聞いて見れば当たりであり、俊哉はどうしてそう思ったかを振り返ってみる。

 

「多分、表向きに分かりやすい結果を出してたからなんだろうな……」

 

望まない形ではあったがグレード4を使用して優勝、そのグレード4を完全制御、それでいながら次はどうしたいかが既に明白で、更には自身の道を進む合間を縫って身近な人を助けて見せる。俊哉はどうして焦っていたかを素直に話した。

確かに俊哉から見る貴之は、ある意味では以前の自分から見る日菜のようだと紗夜は思った。ヴァンガードのみで絞れば、大体貴之が一歩先を進んでいる。

ただし、最大の違いは今まで人の感情等に対して非常に鈍い日菜に対して、それらに鋭敏な貴之であり、知れば間違い無く自分が理由だと気づいた反応を示す人物だった。

これだけ見ると自分が特に何もしなくても引き返せる可能性はあるものの、それは絶対とは言えないし、早い内に摘み取ることで後腐れが起こりにくくなるので無意味では無いと言える。

現に俊哉は自分がどうなろうとしていたかに気付き、もう既に引き返す準備を始めていた。

 

「悪い……手間をかけさせて。おかげで目が覚めた」

 

「こちらこそ、無理に引き留めてすみません。ですが……気づいてくれたようで何よりです」

 

俊哉は心配を掛けて、紗夜は半ば強引に誘ったことを相手に謝る。

この話しを終えたタイミングで互いに注文したコーヒーを飲み切っていたので、会計だけ済ませて店を後にした。

 

「時間を使わせてしまいましたが……この後はどうするのですか?」

 

「今日はそのまま帰るよ。無理なペースアップがダメだって言われたばっかりだし」

 

一応聞いてみるものの、俊哉は引き返しを宣言した。流石にこんな状況でファイトしに行くとは言えないだろう。

ただ、それだけが理由ではないらしく、俊哉は「それに……」と続ける。

 

「俺の知っている勇者がどんな存在だったかを振り返りたい……今日はそんな気分なんだ」

 

紗夜と話すまでの間、俊哉の中で勇者とは『最後まで立ち続ける者』だと考えていたが、それは違うと思えた。

故に今までどんな定義が自分の中にあったかを思い出しに行く。それが俊哉の出した結論であり、それをゆっくりでもいいからやっていこうと考えた。

ちなみにどうして俊哉から『勇者』と言う単語が出たのかと言えば、自身が使用しているユニットの『ダイユーシャ』からである。彼の思いの丈は地方大会が終わった直後に教えて貰っているので、紗夜は理解できている。

──ここまで来れば、後は少しの手助けと時間が解決してくれるわね。俊哉の様子を見た紗夜は一安心する。

 

「今日はありがとうな。今度礼をさせてくれ」

 

「分かりました。その時はお願いしますね」

 

以前ならそんなことをする暇があったら答えを見つけるように急かすか、そもそもそう言った話しを一切聞かなかっただろう。思い返すと自分も大分変わったのだと紗夜は気づかされる。

ただ、これを悪い変化だとは思わない。寧ろいい変化だと考えていた。この変化のお陰で自分は進んでは行けない道から引き返せたのだから。

いい加減日菜を待たせているので、最後に一言だけ別れの挨拶をして帰ろうとしたところで俊哉から制止の声が掛かる。

 

「どうして、ここまで気を使ってくれたんだ?」

 

「誰かに言われたとか、そう言うことではないんです」

 

──ただ、私がそうしたかった……それだけです。俊哉の方へ振り向きながら、紗夜は今までで一番優し気のある笑みを浮かべていた。

そして、その笑みは俊哉の瞳に焼き付き、忘れさせてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。俊哉は自宅にて早速自分にとっての勇者の模索を行っていた。

模索の為に使っているのは、昔に発売した勇者となって世界を救うRPG(ロールプレイングゲーム)であり、そのプレイをしている際に気づいたことがある。

このゲームの勇者は例え強大な敵にやられたとしても何らかの形で立ち上がり、何度も挑み、最後はその敵を打ち取っている。これはプレイヤーによる努力の形跡にはなるのだが、画面の中で何度も戦う勇者を自分と捉えた際に、一つの結論に辿り着けた。

 

「(そっか……そう言うことか……。思えば、貴之もこんな感じだったんだろうな)」

 

俊哉が辿り着いた結論は後々に大きな舞台で声を大にして宣言することになるが、これさえ分かればもう先程のようなことにはならない。

これは貴之のみならず、自分や紗夜も該当する為、恐らくは誰でもそうなのだろう。

明日からファイトしに行けば、今よりも全然いい形でファイトが繰り返せるのを確信し、紗夜には感謝しかないと俊哉は思った。

 

「(そう言えば、さっきのあの笑み……)」

 

──見たことあるのは、俺だけなのか?紗夜のことを思い返した結果、どうしても気になってしまった。

もし自分だけなら少し嬉しいが、どうしてそんな気持ちになるかの答えは出ていない。そうでない時は少し寂しい思いをするが、それに対しても答えが出ていない。

何とも言えない状況だが、紗夜のあの笑みが忘れられず、同時に彼女のことが気になって仕方ないと言う情が沸いて来た自分がいることに気づく。

 

「(貴之が友希那に持った気持ちってのは、こう言うものなのか?)」

 

考えれば考える程、もっと話しがしてみたい。彼女とどこかに出掛けてみたい。そんな感情が生まれて悩ましい気分にさせられる。

心なしか心臓の鼓動が大きくなっているのを感じ、気がつけば模索の為にやっていたゲームで一度プレイヤーキャラがやられて蘇生してもらっていた。

結論を出せてはいるので、次やる時から普通にプレイすべくセーブだけして、集中でき無さそうな今日はそこでプレイを終了した。

その後携帯電話を操作して、今日交換した紗夜の連絡先を見ながら考えだす。

 

「……週明け、貴之に聞いてみよう」

 

少しの間考えては見たが、全く持って分からないので考えることは止めにして一度寝ることにする。

寝ようとした俊哉だが、その後も紗夜のことが気にかかって、寝付くまでにかなり時間が掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(大分いい時間になって来たし、ここまでにしましょう)」

 

同じくその日の夜。紗夜は自室でギターで軽く今日の復習をしておいた。

普段ならもうやらない時間ではあるが、今回は予想よりも外出時間を取ってしまったので、その埋め合わせ分である。

そして、今日は自分がやる時決めた時間の練習を済ませたので、これ以上の練習はしない。

 

「(意外だったわね……谷口君もあのような悩み方をするだなんて)」

 

始めて貴之と会話している時を見た限りでは、そうなることはないだろうと思っていた。

しかしながら、自分が常に近しい人との比較で参ったように、彼も知人が近くに戻って来たことで少しずつ自覚させられたと考えれば分からない話ではない。

──模索の方、上手く行っているのかしら?別れた後様子を一切見ていない紗夜は、それが気掛かりであった。

気にしたところで一つのことを思い出して、日菜の部屋がある方を見る。

 

「(まだそこまでは進んでいないと思うけれど……何とも言えないわね)」

 

今日の帰りが遅かったので何があったかを話せば、日菜は「友希那ちゃんたちと同じようになるの!?」と聞いてきたのだ。この時ばかりは答えを持っていなかったので、紗夜も分からないとしか答えられなかった。

これに関しては今までそう言ったことを全て無視して進んでいた弊害であり、戻って来て良かったと再認識させることになる。

 

「答えを探すこと……私も、始めていいかもしれないわね」

 

──何かが分かればいいけれど。そんな希望を抱きながら、紗夜も部屋の明かりを消して意識を眠りの中に沈めて行った。




本小説で始めて貴之と友希那に出番が回ってこない回となりました。

この話では先週書いたバレンタインイベントがあるので、紗夜とああなる相手は今回で明かした形となります。後はここからどういった書き方をやっていくかが、私の腕の見せ所になってきますね。

次回は貴之がメインの話しとなり、彼が初めてファイトした相手と再会する話しになるかと思います。


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ライド12 懐かしき再会

予告通り貴之をメインにした回です。

前後半に別れたものとなり、今回はその前半となります。


「と、言うことがあったんだ……」

 

「なるほど……なんか、悪かったな。ただひたすらに進んでたらいつの間にかこうなってた」

 

紗夜を意識してから次の週になった朝のHR前。俊哉は当時の経緯を貴之に話した。

貴之の詫びを聞いて、終わった話しだから気にするなと返した俊哉は、改めて紗夜に止めて貰って良かったと思えた。

突き進んでしまったら間違い無く意識するし、自分が原因で友希那との関係に亀裂が走ったりなどしたら、もう取り返しがつかなくなっていただろう。

 

「続けるけど、その日以降ずっと気になってたことがあってな……」

 

「どんな内容だ?」

 

貴之に促され、俊哉はその後のこと……正確には別れる直前からのことを話した。

懐かしのゲームで模索したのはいい。そして答えを見つけたのはいい。俊哉が一番聞きたいのはそれより前、紗夜の笑みを見てからの妙に意識してしまう自分と胸の高鳴りである。

ここで貴之を頼った理由として、クラスメイトどころか家族以外の知人で最も対人経験が豊富だからに他ならない。

自分の心境をしっかりと伝えるべく、まずは話し、問い返されたらそれに答えるをして行く最中、貴之は頷いたりしながら真剣に話しを聞いていく。

 

「これが何なのか今一分かんなくてな……。お前なら何か知ってると思って聞いてみたんだ」

 

「そうか……何気に俺らの周りでそう言う経験があったのは()()()()()()()だったからな。誰も知らない訳だ」

 

俊哉が真剣に悩んでる表情を見せるのに対し、貴之は腕を組みながら少しずつ笑みをまして行く。

ただしその笑みは愉悦を感じているものの笑みであり、普段とは明らかに違う意味合いであることを意識させる。

また、聞き逃せないワードを発しており、俊哉はそこに突っこんでいくことを決める。

 

「お前と友希那だけ……?おいちょっと待て、と言うことはだが……」

 

「まあ、つい先日って話しだから確証は持てねぇけど……」

 

──お前も人のこと言えなくなるかもな?貴之にはっきりと言われた俊哉は面食らった。

だが、貴之の立てた結論を否定したいとは思っておらず、寧ろ肯定したいと思っている自分がいることもまた事実であった。

 

「おっ?なになに?何か新しい恋物語でも始まるの?」

 

「まだ確証は持ててないけどな。と言うか、お前はそう言うの本当にないよな……未だに何も無いのか?」

 

玲奈に食いつかれたので確認するように俊哉も返すが、彼女はそれを肯定で返して来た。

──男に囲まれた空間に慣れ過ぎて、新鮮味を失ってるんだったら俺らのせいだな……。貴之と俊哉、そして大介の三人が同時に同じことを考えた。

 

「俊哉でようやく今の段階ってことは、俺と玲奈はまだまだ先っぽいな……」

 

「これは俊哉もそうだが……お前らの場合第一印象で十分なもの持ってるし、後は自分か相手側から切っ掛けを作れればいいと思うんだけどな……」

 

経験を持たぬ故に出した大介の推測に、貴之は腕を組みながら真剣に考えた答えを出す。

実際この三人が第一印象で悪影響を及ぼすような顔つきなどしていないので、本当に俊哉のように何らかの切っ掛けさえあればいい筈だ。

また、貴之の場合は地方での切っ掛けがあった玲奈はどうなっているのかが気掛かりなところであった。女子とファイトすることに飢えている結果進みが遅れていそうではあるが、そろそろ何らかの進展があってもよさそうである。

 

「あれ?遠導君、恋愛面での先導者になるの?」

 

「それならちょっとお話しさせてもらってもいいか……?」

 

「お、お前ら……そう言うのはいいが、俺のはあんまり参考にならねぇぞ?」

 

会話の内容が珍しかったのでクラスメイトたちが食いついてきて、貴之は脱力した様子で念押しする。

それでも構わないので聞きたいと思った人が聞こうとした時、朝のHRの始まりを告げるチャイム音が聞こえ、それはまた次の機会に伸びることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。青い髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ一人の青年が、商店街を歩いていた。

目的地はしっかりと決めているようで、足はそれなりに早かった。と言うのも、時間が時間なので目的の人物がもういない可能性も示唆されるので少し急ぎ気味であった。

青年が歩いている内に辿り着いた場所はカードファクトリー。ここに数ヶ月前からかなりの頻度で顔を出すようになったファイターに用があったのだ。

 

「(さて、まだいたりするか……?)」

 

その人に用が無ければ入る気はないので、外から確認していく。

しかしながら、探してもその人の姿は見当たらなかった。

 

「ダメか……こりゃ休日来た方が良さそうだな」

 

「……あっ、あの人今日も来てるね」

 

「様子からして、人を探しているみたいだけれど……あれでは見つからなそうね」

 

そしてその光景を、友希那とリサは度々目撃することがある。

幸いにも、友希那とリサはファクトリーに入ることのあるファイターたちの一部とは連絡先を交換する程交流を得ているので、人探しに協力することはできる。

それ以外にも、このまま放置していると自分たち以外の何も事情を知らない人が見つけた時、どうなるかが怖いと言うのもある。

二つの理由から、思い切って青年に声を掛けて事情を聞いてしまおうと言う結論に至った。二対一で、大きな声を出せば人がすぐ来れるような場所で自分たちはよく声を通せる方であることから、初めて判断することができた。

 

「あの~……すみません」

 

「ん?」

 

声を掛けられたことで青年は振り向くものの、もしやと感じて冷や汗が流れる。

──こういう時は、素直に話した方がいいんだろうけど……どう伝えるかな。悩んでいたのは束の間、彼女らの方からありがたい話しがやって来た。

 

「人を探している様子が見えたので、誰を探しているかを聞きたくて声を掛けました」

 

「アタシたち時々ここに来ることがあるから、もしかしたら手伝えるかも知れなくて……」

 

「な、なるほど……それは助かったよ。俺はてっきり通報勧告かと思ってたから」

 

──次からは思い切って中に入って聞くことにしよう。今回の経験を胸に、青年は反省する。流石に就活を終えたばかりでお縄に掛かるのだけは勘弁願いたいところであった。

しかしながら、彼女らの申し出は非常にありがたいので、青年は思い切って頼らせて貰うことにした。

 

「俺が探している人は、数ヶ月前からまたここに来るようになったって人でね……遠導貴之って言うんだけど」

 

「「……えっ?」」

 

上がって来た名前に友希那とリサは驚く。まさか自分たちの幼馴染みを探している人だとは思ってもみなかったのだ。

その様子を見た青年は、「彼に俺の名を伝えたら分かるかも」と言い、名を教えてくれた。

 

「俺は雨宮(あまみや)耕史(こうじ)だ。今度どっかで顔を合わせられるといいんだけどな……」

 

「ええええっ!?」

 

「ま、まさか一度も顔を合わせられていなかっただなんて……」

 

その名を聞いて、何故青年──耕史が貴之を探していたのか、昔に何度か話しを聞いていた友希那とリサは理由を察した。この人は貴之と一番最初にヴァンガードファイトをした相手であり、貴之のファイトスタイルの確立に一躍買った、彼の道を語るうえで欠かすことのできない程の超重大人物である。

ちなみにどうして会えていないのかを確認してみると、就活や講義と言う如何にも大学生らしい理由がやって来たので心中お察しする。

少し落ち着いたとは言え、いつまた多忙になるかが分からないので早い内に顔を合わせておきたいらしく、耕史と連絡先を二人とも交換しておき、貴之に教える許可を貰っておく。

また、耕史もわざわざ手伝って貰った礼として、顔を合わせる際は来ても構わないことと他の人を呼んでもいいことを話した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだって!?耕史さんが俺を!?」

 

その日の夜。遠導家で話しを聞いた貴之は案の定食いつくような反応を見せる。

この反応自体、それを伝えた友希那は仕方ないと思っている。何しろ今の自分を築き上げる上で根底を作ってくれた恩人なのだ。

全く会えなかったので、流石にもう忘れられてしまったのかもしれないと考えていたところにこの話しは、この上ない程の朗報であった。

 

「空いてる日を聞いて来たのだけれど……貴之はこの中で大丈夫な日はあるかしら?」

 

「どれどれ……ちょっと見せて貰っていいか?」

 

友希那が携帯電話で用意したメモを見せてくれるので、貴之は自分の予定と照らし合わせる。

ひと段落しているなら、そろそろ短期バイトはどうかと小百合に勧められたこともあり、早めに会うのが望ましいと考えていた。

 

「なら、この日かな……お前らは大丈夫そうか?」

 

「この日は空いているわ」

 

「アタシも大丈夫だよ♪じゃあ、連絡は貴之に任せちゃおっか」

 

今日は両親が出掛けてしまっていることから、リサも遠導家に泊まらせて貰っている。友希那は週末だったことから予めそうする予定を伝えてあった。

全員問題無しなので早速日程が決まり、連絡先を教えて貰った貴之が電話を掛ける。

二、三コール音が鳴った後、当時と然程変わらない声が聞こえた。

 

『もしもし、雨宮です』

 

「夜分遅くに失礼します。遠導ですが……」

 

『ああ、貴之か?五年とちょっとぶりだったな……元気にしてたか?と言うか、やっぱり声変わったな』

 

「そりゃもう……こちらこそ、お久しぶりです。流石に高校生ですからね……声も変わりますよ」

 

電話越しとは言え、久しぶりの再会を喜ぶ。耕史の方は貴之がここを離れる頃には高校生であった為、既に声変わりは終わっている。

時間的に夜も遅いので、一先ずどの日が大丈夫かを伝え、合う時間を友希那とリサにも確認を取って決めていく。

ちなみに電話している時の貴之は、兄と仲良く話しをしている弟のように見えた。

 

『さて、夜も遅いしここまでにするか。また会おう』

 

「はい。それじゃあまた」

 

──またファイトしましょう。その口約束を最後に、今度こそ電話を切った。

早速デッキを確認しようとして、友希那とリサが微笑ましいものを見ている目をこちらに向けていた。

 

「お、お前ら急にどうした?」

 

「いえ、貴之にもそう言う顔をする時があるんだと思って……」

 

「ホントにね。こう言うところ見れると、アタシたちと同い年だって改めて実感できるなぁ~♪」

 

貴之が普段頼りがいがあり、対人経験の影響で精神的にも一歩先を進んでいる面が強いため、時折彼が年上なのではないかと思うことは度々あった。

しかしながらこう言った面を見ると、やはり自分たちと同い年であることを再認識できる。これ以外にもヴァンガード関係のことをしている時や、友人たちや友希那と他愛のない話しをしている時も該当する。

 

「でもそうだな……耕史さんと話してるとさ、俺に兄さんがいたらあんな感じなのかなって思うことがあるんだ……」

 

──今となってはないものねだりだけどな。こちらを離れて久しく貴之はこの発言をした。

ちなみにこの発言をした時、拗ねることのあった相手が一人だけいる。

 

「前は私……その言葉聞いて凄いショックを受けてたなぁ……」

 

「俺もあの時、本当にどうしようと思ったからな……父さんと母さんがいなけりゃ危なかった」

 

それが小百合であり、自分は頼り無くてダメなのかとショックを受けていた。

当時上手く説明できなかった為、両親がフォローに回ってくれなければ、本当にどうしようも無かったのだ。

ただし、この経験とその後の姉弟関係の築きは無駄にはならず、最近では紗夜の悩みに答えることに一躍買っている。

 

「それはそうとして……何をしようとしてたの?」

 

「耕史さんとファイトする時、どういうデッキがいいかを考えようとしてた」

 

何しろ彼は自分のヴァンガードの道における起点を作ってくれた、最大の恩人である。それ故にどういう形で戦おうかを考えようとしていた。

案は二つあり、一つは初めてファイトした時のデッキを再現してファイトする。もう一つは次の自分が目指す場所に向けて作った今のデッキを用いてファイトするだった。

そこで一番大事になるのは『耕史がどちらを望むのか』にあり、過去彼とファイトをして交流を重ねた貴之は記憶を頼りに答えを導き出す。

 

「耕史さんのことだ……今のデッキで行った方が喜ぶな」

 

「なら、もう決まりね?」

 

「ああ。今の俺にできる最高のファイトをしに行くよ」

 

方針が決まったことで、気にすることは無くなった。

その後は当日に想いを馳せながら、また三人で他愛のない会話をした後に睡眠に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ、初めて会った時はどうだったの?」

 

「父さんと二人でファクトリーで『かげろう』のデッキを買った直後に、向こうから声を掛けられてな……。向こうは他の友人来るまで暇、俺はファイトしてみたいけど相手がいないってので、お互いに問題の解決になるから父さんが見てるのを条件にファイトしたんだ」

 

約束の日となった当日、気になったリサの問いかけに貴之が答える。

何しろ当時の貴之は小学生で、耕史は中学生だった。それは流石に貴之の父である孝一が目を利かせるのは仕方ないことであった。

貴之が誘いに乗ったからこそ今の縁があり、貴之のファイトスタイルがあり、引いてはヴァンガードの世界にのめり込む切っ掛けになり……と、何気に貴之のヴァンガードファイターとしての道ではこの上ないほど重要なターニングポイントであったりする。

また、これ以外にも貴之の打ち込むと言う決断が、友希那に貴之と互いに知りたいと思わせる切っ掛けになったり、俊哉や玲奈との縁の始まりが出来たり……と、これまた友人関係やその他諸々も関係しているので、耕史の存在は貴之に取って本当に大きな存在である。

 

「なるほど……そうなると、貴之に取っては広い意味で先導者なのね」

 

「ああ。でも……俺がこう言うことをしたいって意味ではやっぱり……」

 

──友希那、俺にとってはお前が先導者だ。それを聞いた友希那が嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にした。

ちなみに、リサは友希那の顔を覗くようにニヤニヤとした目線を送っていたので、それに気づいた友希那が慌てて止めようとする。ちなみに顔は赤いままだった。

 

「貴之、いつもよりソワソワしているわね?」

 

「そりゃ、俺の恩人と久々に顔を合わせるし、ファイトもするしな……こればっかりは落ち着かねぇよ」

 

完全に図星だったこともあり、貴之は照れた笑みをしながら頬を指でなぞる。

やはりそう言うところも貴之が同年代であることを思い出させてくれ、自分を赦すような優しい笑み以外にも少年相応の笑みが見れて友希那は嬉しくなる。

そうして惚気が始まりそうになると「ご馳走様です」と、両手を合わせるのはリサであり、リサの方に何か変化がない限りはこれがよくあるパターンになっていくのだろう。

 

「さて、着いたな」

 

「縁の始まりの場所ね」

 

「何というか、色んな人がここから結構な物をもらってるね」

 

待ち合わせ場所にしたのはファクトリーであり、ファイトもするのだからそれならここにしようと満場一致で決まった。

顔を合わせる相手が相手で、五年以上もあっていなかったのだからどうしても緊張してしまう。その為貴之は一度深呼吸して落ち着かせる。

緊張感をほぐした後は一度友希那とリサに大丈夫な旨を告げ、出入口のドアを開けた。

 

「いらっしゃい。って、遠導君?今日は講習会じゃないけど……」

 

「ああ、今日はここで人と会う約束してるんです。ファイトもですけどね」

 

昨日やったばかりなので思わず美穂が問いかけるも、そう言うことならと納得した。

店内を見渡して見るが、耕史の姿は見当たらない。

 

「ちょっと早かったか?なら、一旦場所だけ取って……」

 

「いや、そうでもないぞ」

 

待っていようと思った貴之の後ろから声が聞こえ、そちらに顔を向ける。

するとそこには耕史の姿があり、時間的には早過ぎず遅すぎずであったことを知らせられる。

 

「お久しぶりです。ようやくここまで来れました」

 

「久しぶり。それと優勝おめでとう」

 

互いに右手を出し合って握手を交わす。耕史も貴之も、互いの連絡先を知らないのでどうしているかは時折気になっていたのだ。

こうして二人が再会したのだから、野暮なことは言うまいと友希那とリサは見守る。

 

「二人とも本当に助かったよ。お陰で無事に今日を迎えられた」

 

「どういたしまして。アタシたちも、どうにかなって良かったです♪」

 

「気にかけていた人に会いたくなる気持ち、良く分かっていますから……」

 

この日を迎えることができたのは、友希那とリサが気づいてくれたからに他ならない。

二人も二人で貴之の恩人ならばと、手伝うのを惜しまなかった故にである。

 

「また会えた以上、話したいことは色々あるが……」

 

「その前に、一度ファイトしましょう。俺がどこまで進んだか、見せたくてしょうがないんで……」

 

「ああ。俺も見たくてしょうがなかったからな……そうしようか」

 

色々話すのはファイトが終わってから。意見の一致から空いてる台に移動して早速ファイトの準備を始める。

友希那とリサも見学させてもらうべくついて行き、友希那が貴之の。リサが耕史の隣りに座らせて貰う。

 

「(使い方は良く分かってねぇが……あれも使うつもりで行こう)」

 

自分が進んだものの全てを見せるべく、貴之は決勝の時に発言した能力の使用も試みる。

一真の言い分が正しければ、現状成立するのは『オーバーロード』である為、自分の三ターン目を意識しておく。

 

「よし。始めるか」

 

「はい。全力で行かせて貰います」

 

準備が終わった二人は互いに確認を済ませる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

互いに掛け声が始まり、友希那とリサに意識を向けさせる。

 

「ザ!」

 

実のところ、貴之も始めてのファイトの時だけはデフォルトの掛け声をしている。これは耕史から己のファイトスタイルを確立するに至る言葉を、まだ貰っていなかったからである。

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がカードを表返すことで、懐かしき組み合わせによるファイトが幕を開けた。




貴之が最も最初に戦った相手であり、恩人である耕史と再会することができました。

彼の容姿は『機動戦士ガンダムSEED』の『アスラン・ザラ』がベースで、これをある程度大人びたものになります。

次回はこの話しの後半で、貴之と耕史によるファイトを行います。


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ライド13 始まりから今、今からその先

後半のファイト展開になります。
これで本章が終了します。

ガルパの方でRASが遂に参戦することが決まりましたね。
確かに嬉しい情報なのですが、私はそれ以上に新しいチームの『Morfonica』に興味が向いているところです。
バンドリ初のヴァイオリンを使ったチームってのもそうなのですが、ましろちゃん可愛いのが最大の理由なんだ……(汗)。


「『ライド』!『リザードランナー アンドゥ』!」

 

「『ライド』!『ぐらいむ』!」

 

貴之はいつも通り『アンドゥ』に、耕史は『ぐらいむ』に『ライド』する。

これによって耕史の使う『クラン』が『ロイヤルパラディン』だと判明したが、貴之からすればそれ以上に大事なことがある。

 

「あの時と同じですね……ファーストヴァンガード」

 

「確かにそうだな。でも、あの頃は戸惑い気味だったお前が今は堂々としてるんだから、大分時間経ったよな」

 

このファーストヴァンガードの組み合わせは、貴之が初めてファイトした時と全く持って同じ組み合わせだった。

しかしながらデッキ構築は現在に合わせたものなので、そう言う意味でも互いに変化を感じることになるだろう。

また、当時はルールを教える意味合いもあって耕史の先攻でファイトが行われていたが──。

 

「俺が先攻で行きますね?」

 

「ああ。思いっきり来い」

 

今回は貴之の先攻でファイトが始まることになる。ここから早速、過去(むかし)現在(いま)の違いが出始める。

 

「『ライド』、『サーベル・ドラゴニュート』!スキルで一枚ドロー……」

 

貴之は昔と違い、『サーベル・ドラゴニュート』への『ライド』を選ぶ。

当時は『バー』に『ライド』していたのだが、実はデッキ変更を行った同日に変更できる点を見つけて『バー』は別ユニットと入れ替えている。

先攻である以上これ以上できることは無く、このままターンを終了することになる。

 

「『ライド』、『ナイトスクワイヤ・アレン』!スキルで一枚ドローし、『マロン』を『コール』!」

 

昔と違うユニットを選んだ貴之に対し、耕史は当時と同じく『アレン』に『ライド』する。

少しだけデッキ内容が変わっているのを表すかの如く、『マロン』は前列左側に『コール』される。

最初はどうして前列なのかと思った友希那とリサだが、少し考えると理由は出てきた。

 

「次のターンでほぼ確実に退却させられるわね……」

 

「そうなると攻撃回数が欲しくなるんだね」

 

貴之の『クラン』は『かげろう』であり、彼のデッキにあるグレード2は退却手段を持つユニットが多い。故にこの方法を取ったのだ。

無論、貴之は前列に出そうが後列に出そうが、次のターンでリアガードを一体退却に追い込むつもりでいたため、この戦法を取られる方が面倒に感じる。

耕史の選択は、全国大会決勝で貴之が取ったのとは少し違う『どうせこれをされるなら……』と言う開き直りに近いものだった。

 

「じゃあ、攻撃だ……『アレン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。どうぞ」

 

貴之の促しを受けて行った『ドライブチェック』はノートリガーで、二回目の攻撃が通る可能性が少し下がる。

イメージ内で『アレン』となった耕史の剣による斬撃が、『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之を捉える。

『ダメージチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、手札を確保するだけでなく、『マロン』の攻撃も不発となったので貴之側からすればこれ以上にない程最高の結果となった。

 

「潰されたか……。まあ簡単に決まるとは思って無かったけどな」

 

「俺も簡単に負けるつもりはありませんからね……」

 

耕史に対する貴之の返しは二重の意味があるのを、即座に気づけるのはリサだった。

一つ目は耕史と友希那のみならず、彼を知れば全員が気づける全国大会優勝の肩書きである。早い話が現王者としての意地になる。

もう一つは友希那がいるからと言う、想われている本人だと気づきにくい内容である為、これはやむなしなところがあった。

攻撃がヒットしなくなった以上、できることが無くなってしまった耕史はこのままターンを終了することになる。

 

「『ライド』、『ドラゴンフルアーマード・バスター』!二枚『ソウルブラスト』して『マロン』を退却させ、『オーバーロード』を手札に!」

 

「ほう……あの時の『オーバーロード』だな?」

 

耕史は貴之が手札に加えた『オーバーロード』のイラストを見て、即時に気づいた。

その『オーバーロード』は旧来のイラストであると同時に、最初期の頃……『ロイヤルパラディン』か『かげろう』しか選択肢が存在しなかった頃に生産されたカードであった。

カードの状態が10年近く経って尚最高に近い状態を保っていることから、貴之がどれだけそのユニットを大切にしているかが伺えた。

なお、当時貴之が『ライド』したグレード2は『ドラゴンナイト・ネハーレン』であり、そちらは今現在デッキから外れてしまっている。

 

「こいつは俺に始まりをくれたユニットですからね……そりゃ大事にしますよ」

 

「なら、俺もあれを持って来て良かったな……」

 

貴之が何かを問うて見たが、次の自分のターンで分かると言われたのでその追及はやめにした。

二人の楽しそうなやり取りを見て、見ていた友希那も自然と笑みがこぼれる。

 

「友希那、どうしたの?」

 

「もしもの話しだけれど、貴之から見る雨宮さんのような人が私にもいて、久しぶりに会えたのなら……きっと私もああなっていたかもしれないと思ったの」

 

「考えちゃう気持ち分かるなぁ~……♪アタシもああいう人がいたら貴之みたいになりそうだもん」

 

友希那とリサの場合、音楽を教えてくれたのは友治であり、友希那に至ってはほぼ毎日顔を合わせる為、こう言う機会には恵まれない。

それ以外にも、自分たちと友治の関係に比べ、貴之と耕史は年がかなり近いのも起因する。何しろ前者は30近い差があるのに対し、後者は僅かに5なので、ある程度距離感が近いのも大きい。

他にも家族か親戚なのに対し、少し年差がある友人か先輩後輩に近い関係である為、この辺りも影響しており、友希那がそう考えリサが同意する理由となった。

自分たちのないものねだりは仕方がないので、貴之には思いっきり楽しんで欲しい。それが二人して抱いた願いであった。

『メインフェイズ』で貴之は『ネオフレイム』を前列左側に、『ラオピア』を後列中央に『コール』する。

 

「攻撃行きます……!『ネオフレイム』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードで行こう。『ダメージチェック』……」

 

耕史が行った『ダメージチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、手札が一枚増える。

今回は先にリアガードで攻撃を行ったこと、ヴァンガードの後ろにリアガードが控えていることから、次の攻撃が通らないわけではない。

 

「次、『ラオピア』で『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうだな……ここはノーガードだ、来い!」

 

少々迷ったものの、貴之のイメージ力を考慮して防がないことにした。

案の定『ドライブチェック』で貴之は(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージを0に回復する。

イメージ内で『フルアーマード・バスター』となった貴之が、『アレン』となった耕史に剣で斬りつける。

耕史の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーで、攻撃が残ってない今は中々苦しい結果となった。

 

「今のだけ見ると、貴之が凄い有利だね……」

 

「それだけ、貴之が進んで来た結果なのかもしれないわね」

 

貴之目線で見ると、確かに進んで来ていると見ることができるが、もう一つの考え方を出せる人が一人いた。

 

「俺がファイターとしてはあまり進んでいない……ってのもあるかもな」

 

自嘲気味に言う耕史だが、これに関しては仕方ないところがある。

何しろ彼はもう大学生で、直前まで就活も行っていたのだ。ファイターとして歩みを進めるのであれば、そちらの進路へ舵を取らなければ不可能に等しいだろう。

そこに、「でも……」と声を出す人がいた。

 

「一歩も進めていない訳じゃない……。耕史さんは今日の為に……少しでもって勘を取り戻そうとしてましたよね?」

 

「確かにそうだが、お前よく分かったな?」

 

「ここを離れている時に得た副産物のおかげです」

 

貴之に問われた通り、耕史はようやく就活が終わったのもあってある程度ファイトを行って勘を取り戻そうとしていた。

それは全国大会優勝者の恩人と言う肩書きを得たことによる意地でもあれば、自分を尊敬してくれる人に挑まれたら無碍にはできないと言う心意気でもある。

そして何よりも、自分も戦うなら可能な限り万全な状態にしたいと言う、眠っていたヴァンガードファイターとしての熱が起き上がったのが大きい。

 

「こっちを持って来て正解だったな……五年の月日を経て、今こそ再び姿を現せ、我が分身!『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

耕史が『ライド』するのは『ブラスター・ブレード』。ここも当時の二ターン目と同じであった。

また、耕史の使用した『ブラスター・ブレード』に明確な違いが存在することに気づく。

 

「あのイラスト……普段のと違う?」

 

「よく気づいたな……これは昔のイラストなんだ」

 

「(貴之の為に持って来たのかしら?)」

 

この『ブラスター・ブレード』も貴之の『オーバーロード』と同じく最初期に生産されたものであり、こちらも貴之の『オーバーロード』に負けじとカードの状態が最高に近いものだった。

リサの疑問に答えた耕史の声を聞き、友希那が立てた推測は当たりで、耕史は彼と自分の縁の始まりの象徴としてこの『ブラスター・ブレード』の持ち込みを決心した。

その選択は功を奏し、貴之の『オーバーロード』と対面させることができる他、互いに思惑が一致していることも意味していた。

登場時のスキルで『ネオフレイム』を退却させてから、『メインフェイズ』で前列左側に『ギャラティン』、後列中央に『うぃんがる』、後列右側に『マロン』、前列右側に右手に剣、左手に盾を持ち、白を基調とした鎧を纏う『文武の巨人 ジャーロン』を『コール』する。この時『マロン』のスキルを発動し、手札の確保も忘れない。

 

「リアガードが四枚以上だから、『ブラスター・ブレード』のスキルが有効ね……」

 

「手札に『ゲンジョウ』はあるし……大丈夫かな?」

 

三回攻撃の内『ブラスター・ブレード』は(クリティカル)2で『うぃんがる』のスキルと『ブースト』込みな状況だが、『ゲンジョウ』のおかげで絶望的ではない。

ここまで流れを汲み取れるようになった二人の声を聞いて、貴之は教えてよかったと思えた。

 

「行くぞ……まずは『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードで行きます。『ダメージチェック』……」

 

次のターンを考えればこの攻撃は防がず、『カウンターブラスト』のコスト確保に利用したかった。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、再び貴之のダメージが1になる。

 

「行くぞ……『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ゲンジョウ』で『ガード』!」

 

最低限の数値ではあるが、ここで防げれば大きいと貴之は考えての選択だった。

『ドライブチェック』の結果はノートリガーだが、耕史としてはとにかく手札を使わせたいと考えていた為、最低限は達成している。

 

「最後に『マロン』の『ブースト』、『ジャーロン』でヴァンガードにアタック!『ジャーロン』がヴァンガードにアタックした時、自分のリアガードが三枚以上ならパワープラス5000!」

 

「あれを防げたから十分だな……ノーガード!」

 

「えっと、『マロン』もスキルでパワーが上がってるから……26000か」

 

「合計で8000増えていたのね」

 

上昇量としては十分なもので、グレード2とグレード1のユニットで、比較的簡単な条件の効果である為、ここまで増えれば得をしているようなものだった。

イメージ内で詠唱を終えて剣に雷を走らせた『ジャーロン』の剣を、『フルアーマード・バスター』となった貴之は真正面から受ける。

これによって起きる『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、互いのダメージが2の状態でターンが終わることになった。

 

「(……聞こえるか?俺は今日、自分の持っている全てを彼にぶつけたい。だから……)」

 

──無論、我らもそのつもりだ。貴之の呼びかけよりも早く、『オーバーロード(己の分身)』が答えた。

ならばと、貴之もすぐに決断をする。互いの意志が同じならば、もう迷うことなど無かった。

 

「(俺たちの歩みの……全てをぶつける……!)」

 

──それが俺にできる、最大の恩返しだ!心の中で決めきったと同時、貴之の視界には決勝の時と同じくガイドラインのようなものが映るようになった。

後でこの力を使ったことを問われたら正直に謝るとして、今は使うことに成功したので良しとする。イメージ内でも現実でも貴之の瞳が微かに光を宿しているのがその証であった。今回は耕史との対戦なので、これを使わない方が良くないと言う結論を下したことも力を使用する選択を強く推した。

また、ここで『俺たち』と出たのはヴァンガードの世界の根底にある、力を借りねば自分はただの弱い霊体だからに他ならない。

 

「(今の変化が何を起こしたのかは知らない。だが、あいつが全力をぶつけてくれるのなら……)」

 

──俺はそれを、真っ向から受け止めよう。どんな形であろうとも、貴之が自分の進んだ証を正しく見せようとするのならば何も問題は無い。故に耕史の決断も早かった。

一真とファイトしていた時は『バーサーク・ドラゴン』だったので分かりやすかったが、今回は『フルアーマード・バスター』だったので『ライド』するまでは見逃しやすい。

 

「昔も今も、そしてこの先も……俺の分身はこいつです!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之が、あの力を使った証拠である青い瞳を光らせ咆哮する。

今回のファイトでは『フォースⅠ』を選び、ヴァンガードサークルに設置する。『ネオフレイム』を明かしている以上、コンセプトを隠すような真似をする必要は無かった。

『メインフェイズ』では前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『エルモ』、後列右側に『ブルジュ』を『コール』する。

この時『ブルジュ』のスキルで『ギャラティン』を退却させ、『バーサーク・ドラゴン』のパワーを10000上昇させた。また、『オーバーロード』も『ソウルブラスト』を行いパワーを33000に引き上げる。

貴之が『ギャラティン』を退却させた理由が、『インターセプト』をさせづらくすると言うのは友希那とリサも見慣れているのですぐに気づけた。

なお、貴之がファイト時に今の掛け声になったのも『オーバーロード』に『ライド』する瞬間からであり、そこから今のファイトスタイルが確立されたのだ。

 

「では行きます……『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードで行こう。『ダメージチェック』……」

 

耕史の『ダメージチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、防ぐ際にある程度の余裕ができる結果となる。

ただそれでも、33000から更にトリガーでパワーが増えるだろう『オーバーロード』と、既に5000増えている『ラオピア』なので、最悪は『完全ガード』も視野に入れるべき状況であった。

 

「次、『オーバーロード』で『ジャーロン』を攻撃!」

 

「今防ぐわけにはいかない……ここはノーガードだ」

 

『ツインドライブ』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、『オーバーロード』のパワーが53000まで跳ね上がる。

当然、この上昇したパワーを使わない手は無く、貴之は『オーバーロード』を『スタンド』させる。

 

「更に、相手リアガードを退却させた時、自身を退却させることで『エルモ』のスキル発動!山札の上から一枚手札に加え、『カウンターチャージ』!」

 

「二枚捨てて一枚引く……その後もう一回『ドライブチェック』で加えるから、捨てた分が帰ってくる……」

 

「何というか、『ツインドライブ』で手にするユニットを入れ替えたようにも見えるわね?」

 

手札が最終的に『ツインドライブ』一回分の数を増やせたことになるので、そう見えるのかもしれない。

また、『エルモ』を退却させるものの、『カウンターブラスト』に使ったコストが戻ってくるので、後々役立つことになるだろう。

 

「もう一回……『ラオピア』の『ブースト』、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「その攻撃、真っ向から受け止めよう……ノーガード!」

 

「リサ、あの選択は……」

 

「多分、貴之の全力を受け止めたいんだと思う」

 

一瞬驚きこそしたものの、耕史の想いはよく理解できる。自分の教えを素直に聞いた人がここまで進んで来たのだから、受け止めたくなるのだ。

貴之の『ドライブチェック』はノートリガーで、このターンで勝利することは無くなったが、この後『グレート』も込みで自分の全てをぶつけるのなら、この方が良いだろう。

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之の猛攻を、『ブラスター・ブレード』となった耕史が捌いて行くものの、最後は勢いに負けて剣による斬撃を二回貰うこととなる。

この時の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、耕史のダメージが5になったところで貴之のターンが終了する。

 

「まだ見せ切って無いからって甘えたかな?だが……」

 

「見せ切らなきゃお前も消化不良だろ?だったらこれでいいさ」

 

「(私と貴之が根底の部分で通じ合うのなら……)」

 

──彼と貴之は、ファイターとしての魂で通じ合っているのね……。その様子を見た友希那は、自分以外にもそう言った人が嬉しいと思う反面、羨ましくも思った。

これは人数の差異というよりは、その当人との距離感によるものが大きい。Roseliaのメンバーがいる以上、人数だけで言えばこちらの方が多いのだが、それとこれとは話しが違ってくる。

 

「さあ……先攻後攻は反対になってるが、あの時と同じ顔合わせをしようか……『ライド』!『アルフレッド・アーリー』!スキルで『ソウル』から『ブラスター・ブレード』を『コール』!」

 

『ブラスター・ブレード』は前列右側にコールされ、『フォースⅠ』をヴァンガードに設置した。なお、この時『ブラスター・ブレード』のスキルは『メインフェイズ』の為に使わず温存しておく。

対峙する『オーバーロード』と『アルフレッド・アーリー』を見て、貴之は一つの懐かしき光景を思い浮かべる。

 

「(そうだ……これが、俺が『オーバーロード』に『ライド』した時の光景だったな)」

 

当時も『アーリー』となった耕史と『オーバーロード』となった自分が対峙しており、その時彼の隣りに『ブラスター・ブレード』がいたことも同じであった。

あの時は初心者の貴之と経験者である耕史。今は国内最強のファイターとなった貴之と進路が重なって思うようにファイターとして活動できなかった耕史と大分の差がつき、ファイターとしての力量関係も完全に逆転してしまっているが、それでも自分の全てをぶつけることだけは変わらなかった。

『メインフェイズ』で耕史は前列右側にやや白みがかった鎧を身に纏いレイピアに近い剣と、籠手を覆える盾を持った女性『集成の騎士 フィルノ』を『コール』する。

 

「二枚『カウンターブラスト』することで『フィルノ』のスキル発動、手札から一枚リアガードに『コール』し、このユニットと『コール』したユニットのパワーをプラス10000!俺が呼ぶのは『アレン』……お前だ!」

 

「そっか……『インターセプト』を減らすよりは、こっちの方が通しやすいもんね」

 

「貴之が全力を出しているように、彼もこのターンで全てをぶつけるつもりなのね」

 

耕史が『ブラスター・ブレード』を使わなかった理由はここにあり、どちらも『インターセプト』のパワーが低いことからこちらを選択した。

場の展開は完了したので、後は攻撃をするだけになる。

 

「行くぞ……まずは『マロン』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは受けます。『ダメージチェック』……」

 

『ツインドライブ』のことを考えたら防いだ方が次に備えやすいのだが、手札を多く使うのを避けたい故にこの選択を取った。

貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、何もないままダメージが3になる。

 

「これはどうする?『うぃんがる』の『ブースト』、『アーリー』でヴァンガードにアタック!」

 

「あなたが応えたように、俺も同じ形で応えます!ノーガード!」

 

「「(貴之まで……!?)」」

 

手札に『完全ガード』はあるのだが、どの道(クリティカル)を二枚引かれるとこちらもトリガー勝負になってしまうので、貴之は先に受けてしまえと開き直った選択をした。

『ツインドライブ』の一枚はノートリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーとなり、パワーは『フィルノ』、(クリティカル)はヴァンガードに回された。

イメージ内で『アーリー』となった耕史が、『オーバーロード』となった貴之に剣を用いた斬撃を二回浴びせ、それを受けた貴之が一歩後ろによろめく。

『ダメージチェック』の結果は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、パワーはヴァンガードに回す。

 

「最後、『アレン』の『ブースト』、『フィルノ』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

ここで取っておいた『バリィ』は惜しまずに使う。相手の合計パワーは51000なので、どの道二枚使うのならと開き直った選択をした。

他にも次のターンで絶対に決めると言う決心の現れでもあった。ならば次のターンにぶつけて来いと言いたげな様子を見せて、耕史はターン終了を宣言した。

そして貴之のターンに回り、本ファイトで四度目の『スタンド』アンド『ドロー』を行うのだが、この時貴之に最高の朗報が訪れる。

 

「(ガイドラインが残ってるってことは、『グレート』もその対象!)」

 

最後まで全ての力を発揮できると言うことは、耕史に恩を返しきれることも意味しており、貴之にはこれ以上なく有り難い話だった。

イメージ内でも『オーバーロード』となった貴之の瞳は青いままで、能力が発動中であることを意味していた。

 

「耕史さん、俺は絞りカスすら残さずこのターンで出し切ります」

 

「付き合うぜ。最後まで来い!」

 

「俺が今からその先へ進む為に選んだ選択、それを余すことなく見せる!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート』!」

 

『グレート』に『ライド』した際も、能力が発動中であることを示すように瞳は青くなっていた。この直後にスキルで『ネオフレイム』を前列右側に『コール』し、『フォースⅠ』も同じ場所に設置する。

この後『メインフェイズ』で後列左側に『サーベル・ドラゴニュート』、後列右側に『エルモ』を『コール』することで全ての用意が整った。

 

「このターンで決着を付ける……!まずは『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『うぃんがる』、お前に任せる!」

 

パワー18000の攻撃は合計パワー23000の前に阻まれ、ダメージは通らないが、残す攻撃はあと四回残っていた。

 

「次は『ネオフレイム』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ふろうがる』で『ガード』!」

 

幸いにも『ブースト』は使われなかったが、どの道ダメージが5である為防ぐことには変わりなかった。

 

「まだまだ……!『グレート』でヴァンガードにアタック!この時『ネオフレイム』のスキル発動!」

 

「それは『イゾルデ』で『完全ガード』だ!」

 

後々少しでも希望を残す為にも、ここは確実に防ぐ必要がある。故に惜しまず『イゾルデ』を選択する。

この時の『ツインドライブ』で貴之は二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を全てヴァンガードに宛がう。

『グレート』のスキルによる『スタンド』条件は『ソウル』が関係している為、このまま『ネオフレイム』も一緒に『スタンド』させた。

 

「最後の準備だ……『エルモ』の『ブースト』、『ネオフレイム』で『ブラスター・ブレード』に攻撃!」

 

「すまん、『ブラスター・ブレード』……ここはノーガードにする!」

 

手札を使おうが使うまいが、どの道『グレート』の攻撃を防げない状況に陥ってしまっているので、ここは防がず、次のターンが来ることに僅かな望みを賭けて手札を温存する。

相手リアガードを退却させたことで『エルモ』のスキルを発動し、『カウンターブラスト』に使えるカードが二枚に増える。

貴之の狙いはこの『カウンターチャージ』で再び『ネオフレイム』の(クリティカル)増加のスキル発動することにあり、確実に決めようとする気概が現れていた。

 

「行きます!『ラオピア』の『ブースト』、『グレート』でヴァンガードにアタック!再び『ネオフレイム』のスキル発動!」

 

「全て受け止めさせて貰う!来い!」

 

「今『グレート』の(クリティカル)は4、彼のダメージは5……」

 

「まだ(ヒール)トリガーは出てないけど……(クリティカル)引いたら貴之の勝ちだよね……。アタシ、気づいたんだけど」

 

「それは私もよ……」

 

──この状況、前にも見たことある……。防御側に博打以外許されない状況か、そもそも博打すら許さない状況なのかの二つしかないのは、以前貴之と弘人でファイトした時と同じ状況だった。

以前と違うのは、『デッキと新ルールを確かめながら戦った過程と結果』なのに対し、今回は『全力を出し切るからこそ、惜しむことなく手繰り寄せた結果』と言える。

そしてこの『ドライブチェック』一枚で決まる中、貴之(先導者)がやるべきことはただ一つである。

 

「俺のイメージを見せます!チェック・ザ・ドライブトリガー!」

 

普段ならば「見せてやる」と大々的に言うところ、「見せます」と敬意を込めた言い方に変わっているのは相手が耕史(恩人)であるからだと友希那とリサはすぐに気づけた。

その結果は(クリティカル)トリガーであり、効果を全てヴァンガードに割り振った結果、パワー71000、(クリティカル)5の『グレート』が現れた。

 

「(貴之、俺は……)」

 

──お前にヴァンガードを教えることができて、本当に良かった。自分の教えを最後まで守り抜き、更には自分の形に正しく昇華させて返してくれたことで、耕史は心の奥底から喜びを感じた。

イメージ内で『グレート』となった貴之は、『アーリー』となった耕史を拳で二回殴り付けてから蹴り上げ、上空に打ち上がった彼に追いすがった後剣による二撃を加えながら地面に着地し、自身の足を地面に引きずることで勢いを殺しきっていく。

完全に静止しきったところで『グレート』となった貴之の瞳が黄色に戻り、それと同時に『アーリー』となった耕史が光となって霧散するように消えていく。

 

「さて、『ダメージチェック』がある……最後まで付き合ってくれよ?」

 

「もちろんです。そうでなきゃ俺は恩を返しきれませんから」

 

勝敗は既に決しているが、相手の意思を無碍にすることはない。これも耕史が教えてくれたことであった。

もちろん、これに口出しすることは許されない。今戦っている二人が同意したことなのだから、それは野暮である。

早速一枚目の『ダメージチェック』で(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージが5でとどまる。

その後二枚目、三枚目と立て続けに耕史は(ヒール)トリガーを引き当てていく。これは貴之の師である故の意地が手繰り寄せるイメージの一環であった。

 

「「……」」

 

「確か、トリガーでは今の三枚まで引きましたよね?」

 

「ああ。先に言っておくと、手札に(ヒール)トリガーは無い……。だから、次で全部引ける可能性がある」

 

流石にこんな状況になれば友希那もリサも、緊張するあまり何も言えなくなる。

確認を終えた後、貴之がどうぞと促すことで四回目の『ダメージチェック』が始まる。

その結果は見事に四枚目の(ヒール)トリガーを引き当て、耕史が最後まで足搔き続けた足跡となった。

 

「じゃあ、最後に五枚目だな。『ダメージチェック』……」

 

もう(ヒール)トリガーは出ない。それでもなお行われる最後の『ダメージチェック』を、三人で見守る。

その結果はノートリガーだが、ユニットは『ブラスター・ブレード』。このユニットになったことは、貴之らにとっては因果関係を感じるものとなった。

 

「そう言えば、あの時もそうだったよな。俺が最後に『ダメージチェック』で引いたのは『ブラスター・ブレード』で……」

 

「その『ダメージチェック』をさせるに至った時の攻撃で、俺は(クリティカル)トリガーを三枚引いてましたね……」

 

「(凄い……運命の巡り合わせだ)」

 

「(過程と結果は同じだけれど、内容や状況はかなり異なるわね……)」

 

当時は耕史に促されるように引いたが、今回は自分の意志で引いたのが(クリティカル)トリガー。対象に当時は促した後の偶然だったが、今回は相手と自分の健闘を称えるかのようなタイミングであった。

先攻後攻が反対になっていたり、『オーバーロード』が『グレート』になっていたりと様々な差異は見つかるが、それでも変わらないことがある。

 

「耕史さん……俺にヴァンガードを教えてくれて、本当にありがとうございます」

 

「礼を言いたいのはこっちの方さ。だけど、俺もお前にヴァンガードを教えることができたのは、何よりも誇りに思う」

 

貴之が耕史に尊敬の念を抱き、耕史が貴之に期待の意を送る。それだけは変わらない。

他のファイターや友希那とはまた違う、この二人だけの絆がそこにはあった。

 

「最後に一個、言い忘れてましたね……」

 

「ああ。一番大事なことを忘れてたな」

 

「「ありがとうございました。いいファイトでした」」

 

互いに右手を出して、握手を交わしながらファイトの終わりを告げる。

その時貴之の目尻からは嬉しさによる涙が出ている理由を、友希那は理解した。ただ耕史とファイトできた嬉しさであるならば、こうはならない。もう一つの理由がそうさせるのだ。

 

「(貴之、もう一つの意味でおかえりなさい……)」

 

貴之はこの日、本当の意味で自分がヴァンガードに関わることとなった場所に帰ってくることができたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日はどうだったかしら?」

 

「すげぇいい一日だった。本当にありがとうな」

 

「それなら何よりだわ」

 

その日の夜。友希那の部屋でベッドの上に座って二人は今日のことを話していく。

ファイトが終わった後、夕食を外で四人して取っていた際に離れていた五年間何をしていたかだったり、戻ってきた後にどうしたか等を話していた。

優勝した際に貴之が受けたインタビューの記事に関して、耕史は「勝ち執念が勝った結果」だと理解していた。『ヌーベルバーグ』……引いてはグレード4のユニットが持っているリスクは耕史も知っていた。

幸いにも今回、貴之が次はどうしたいと言う想いが『グレート』で汲み取れているし、以前に散々絞られたことも聞いたので責めるような言い方はせず、次はそのやり方で勝つことを勧めるに留まった。

なお、『オーバーロード』に『ライド』した時から使っていた能力の存在は感づかれており、現在調査中の旨は伝えてある。これは分かり次第友希那とリサは『レーヴ』に案内し、耕史には連絡を送ることを約束した。

 

「あの二人、妙に波長が合ってたな……」

 

「多分、私たちを弄るものが見つかったからだと思うわ」

 

実のところ、貴之がヴァンガードに踏み込もうとしたきっかけをくれた友希那に気づいたことで、耕史は昔聞いた貴之の惚気話しをぶり返してやったのだ。

そこにリサも乗っかって友希那が恋していく様を話し、そこから今はどうしてる等のネタに発展していったので、貴之と友希那はその都度顔を赤くする羽目になっていた。

この他にもリサが話術(トークスキル)に優れ、耕史も同じく優れていたので初対面にして意外にも二人の会話は弾んでいた。

どちらかと言えばリサが話し上手、耕史は聞き上手と言ったところで、これが波長の合わさりにも繋がっていた。

 

「ともかく、振り返りができたなら……また進むのみね?」

 

「ああ。また俺は進んでいく……ゆっくりでもいいからな」

 

大事なことは最終的にその場所へ辿り着くことにあり、焦るのはいけない。

……と、ここまで纏めたのはいいのだが、貴之は一つのことに気が付いた。

 

「えっと……友希那?」

 

「何かしら?」

 

「その……今日のお前、やけに積極的だな」

 

振り返りのくだりからだが、友希那はこちらの左腕に両腕を組んでくるだけではなく、自身の胸の膨らみが変形するくらいまで押し当てて来ている。普段ならばこうする場合、膨らみは当たる程度までである。

更に言えば左肩に顎まで乗せてきているので、明らかに何かがあったことが分かり、その原因を考えて見る。

 

「……耕史さんか。ごめんな?当分会えなかったから……」

 

「それは分かっているからいいわ。ただ、羨ましかったの……。私は貴之に、あんな顔をさせられないから……」

 

できただろうけど今はしない。やってもいいかもしれないが今は後回し。割り切った考えを持って他人に羨望をあまり抱かない友希那が、珍しく明確に羨望したのだ。

友希那は貴之に、全てを赦すような優しい笑みや自分と共にいられて幸せであると告げる笑みをさせることはできても、ただひたすらにその時を楽しんでいる純粋な笑みをさせることはできていない。

故に抱いた情であり、どうしたものかと貴之は少し考え、答えを出した。

 

「今度、俺が友希那にそうさせて貰える場所を探そう。意外なところにあったりするかもしれないしな」

 

「なら、夏のどこかで探してみましょう。見つからなければ、次は冬に……。えっと、約束にしてもいいかしら?」

 

「いいぜ。お前がそうしたいなら」

 

束縛じみた言い方になってしまったものの、貴之がすぐに乗ってくれたので問題なく終わる。ただそれでも、あまりやり過ぎないようにしようと友希那は自分を戒めた。

貴之自身も約束自体はあまり嫌っておらず、理不尽なものでなければ基本的に好ましく思っている。

その後は近いうちに何かあるかを二人で確認したり、何気ない語らいをしていく中で、貴之が妙にソワソワしているので友希那が聞いてみる。

理由は先程からずっと友希那の膨らみを強く当てられていることと、友希那の耳元で囁くような声があまりにも心地よかったことにあり、普段と違う状況もあってどうしても意識してしまっていた。

言われた友希那は顔を赤くしながら慌てて謝り、いつも通りの密着具合に戻ろうとするが貴之が今日はこのままを望んだので、それに合わせることにした。

 

「と、ところで貴之。一つ聞きたいことがあるのだけど……」

 

「ん?どうした?」

 

聞こうとしている友希那が先程までの自分と同じようにソワソワしだし、僅かに体を動かすものだから貴之も意識しておかないと不味いことになりそうだった。

 

「貴之は、ああいう方面に……興味はあるの?」

 

「……!?」

 

──やっぱりかぁぁ!声にこそ出さなかったものの、今回の流れからしてこうなる可能性は十分にあり得ていた。

実際の話し、貴之は自身の財布にコッソリと()()()()()を隠しており、その財布を一応持って来てはいるのだが流石にこの流れが出来上がるまではまだ早いと想定していた為、予想以上に面食らって固まってしまう。

どうやって答えるべきか迷う貴之だが、これは沈黙すると却って良くないような気もしたので、長い時間は掛けないようにする。

 

「興味は……ないわけじゃない。でも、それをするのはちょっと早いのかなとも思ってる」

 

「早い……。でも、確かにそうかもしれないわね」

 

今すぐと言われたらそれもいいかと考えてしまっていたが、やはり過程を踏んで行きたいと友希那も考えていた。

その為落胆することはなく、同意の意を示した。

 

「どこか……節目のような時がいいのかしら?」

 

「確かに、その辺りが良さそうだな」

 

その節目がどこになるかは分からないが、目安の場所を決めるのはいいことだと言える。

話しが纏まった後、どうしてこんなことを話したと気恥ずかしくなり、少々ぎこちないおやすみを告げて二人は眠りにつくのだった。




これにて本章完結です。第一章に比べて短いですが、元々Roseliaシナリオ1章とガルパメインストーリーの間をやるつもりの話しであった為、この辺はやむなしです。

耕史のデッキはトライアルデッキ『先導アイチ』をブースターパック『結成!チームQ4』と『相克のPSYクオリア』に出てくるカードで編集した『ロイヤルパラディン』になります。彼のデッキも再現性を意識するなら、『ブラスター・ブレード』は『チームQ4』に収録されたOR(オリジンレア)の四枚積みをお勧めします。
これが貴之の『ロイヤルパラディン』と縁のある最大の理由で、『ブラスター・ブレード』は彼に取って始まりの象徴の一端となります。

次章はガルパメインストーリーの一章になると思います。内容はRoseliaが変化したことによる影響を中心に書いて行く為、彼女らが関与している場所を中心に書いていく形になると思います。
他のバンドリメンバーの誰か、ヴァンガードに触れさせることできないか……この辺も少しでも考えていきたいと思います。


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先導者とガールズバンド
パーティー1 先導者、CiRCLへ


本章からガルパメインストーリーの1章をやっていきます。
最初に前日談をやろうという予定だったのですが、予想以上に筆が乗り過ぎてオープニングの1~3まで書き進んでしまいました(笑)。元々オープニングが短かったのと、展開の都合でオープニング2が省かれることになった結果ですね。

また、このサブタイトルの『パーティー○○』は、『ガールズバンドパーティー』から取りました。本章でこれ以上に相応しいサブタイってあるのかな?


「短期バイト募集してる所、私が探し出して見たよ」

 

「助かるよユリ姉。そっちも試験終わったばっかりだってのに……」

 

「いいのいいの。たまにはお姉ちゃんに任せなさい♪」

 

耕史との再会を経て一週間。夏休みが日に日に近づいてくる中、遠導家では小百合が集めてくれた資料を見ながらバイト先を決めようとする先導者の姿があった。

小百合が見繕ってくれた候補は郵便局と羽沢珈琲店、やまぶきベーカリーとライブハウスの一つであるCiRCL(サークル)の四つだった。

互いに夏休みに補修を受けることが無くなったからこそ、こうしてのんびりと夏休みに備えることができている。そして、こんな時だからこそ小百合が己の頼り甲斐ある面を遺憾なく発揮していた。

募集要項に目を通して行く貴之は、一つずつメリットとデメリットを上げていく。

 

「(こっちは時間が縛られる……こっちは覚えるべきことが多い……)」

 

まず郵便局は時給が非常に高いが、自由にできる時間はほぼ無くなる。これはファイター生活を送る上では非常に致命的である。

羽沢珈琲店とやまぶきベーカリーは同じ接客業なので対人経験の多い貴之としては楽だが、雇い先が身内の中に行くので疎外感が強い。しかしながら、候補としては悪くない。

最後にCiRCL。ここは覚えるべきことこそ多いが、それを覚えれば貴之的には得できる要素が満載であった。

時間の確保は勿論、友希那とも時々会える可能性が高いし、それでいて彼女が咲き誇る舞台を知ることもできる。これ程好条件なものは無かった。

 

「CiRCL……行ってみるか」

 

「決まったの?履歴書はすぐに必要?」

 

「ちょっと待ってくれ。履歴書は……」

 

必要と言ったら取ってきてくれるのが分ったので、貴之はすぐに確認する。

すると履歴書自体は後日見せて貰うらしいので、今は不要となった。更に、ここは即日で面接を受けることが可能らしい。

 

「よし。じゃあちょっと行ってくる」

 

「行ってらっしゃい。上手く行くといいね」

 

小百合に見送られ、貴之はCiRCLへと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(ここへ来るのは……確か六度目だったな?)」

 

外に出てから40分強程で貴之はCiRCLに辿り着いた。

今まで来たのは友希那の歌を聴きに行く、燐子を友希那たちの下へ案内する、Roseliaのファーストライブ、スカウト案件の救援、リサが不在での様子見、そして今回で六度目であった。

基本的には友希那が絡んだ理由でここへ来ていたが、こうして個人の目的のみで来るのは初めてだった。

 

「(さて、何が聞かれるだろうな……?)」

 

面接の質問に備えて作った引き出しを、頭の中で確認する。

バイトする動機は当然ながら備えておき、そこから何を聞かれやすいかを導いて行けば、答えは複数用意できる。

シフトに入るのはどれくらいの頻度かを聞かれれば、過剰過ぎない範囲である程度多くする。趣味に関しては自分の名で気づかれる可能性が高い為、ここは出る可能性が高いだろう。

その他の引き出しも確認を終え、心の準備を済ませてから入り口のドアを開けた。

カウンターに誰か人はいないかと思ったが、タイミングが悪かったのか今は一人もいなかった。

 

「……?ちょっとタイミングが悪かったか?」

 

「ごめんね?もしかしてスタジオの予約に来たのかな?」

 

カウンター前で声を掛け、ダメなら一度時間を改めようと思った貴之だったが、後ろから若い女性の声がしたのでそちらへ振り向く。

そこには以前、リサが不在の際にカフェのカウンターにいた女性がおり、貴之は「まりなさん」とあこが呼んでいたことを思い出す。

 

「いえ、実は短期バイトの募集を見て面接を受けに来ました」

 

「なるほど……そう言うことならこの時間は人も少ないし、やっちゃおうか。こっちについて来て」

 

まりなに促され、貴之はスタッフが使う休憩室に案内される。もしかしたら、面接に使いやすい場所はここぐらいなのだろうか?そう貴之は考えた。

複数あるテーブルの内一つを挟むようにそれぞれの椅子に座り、貴之は履歴書関連のことを先に説明しておくと、了解の旨をもらえた。

 

「それじゃあ、面接を始めて行くけど……最初に通っている学校名と名前を教えてもらっていいかな?」

 

「はい。後江学園に通う二年生で、遠導貴之です」

 

やはりというか、この質問は完全に予想通りであった。この質問が来ない場所などは基本的に存在しない。名を知らねばどうしようもないし、学歴が少ないとそこで弾く必要が出てくるからだ。

CiRCLのバイト募集対象は高校生か大学生である為、貴之はそこをクリアできていることを確認された。

次にバイトをする目的だが、貴之は社会勉強と答える。友希那に会える確率が高いのはそうだが、第一の理由はやはりこれである。

第二の理由としては自分が使えるお金を働く形で増やすであり、両親の振り込みのお陰で不自由にはして無いが、いつまでも頼りっぱなしと言うのは良くないと感じていた。

基本的にバイトである為、余程酷い答え無しでしっかりと答えていれば基本的には採用されやすく、この段階で貴之はほぼほぼ問題なかったりする。機材関連のあれこれは働きながら覚えて貰う方針で、技術に左右されないことも起因する。

 

「あっ、そう言えば遠導君の名前ってどこかで聞いたことあるんだけど……何か習い事とかやってたりするのかな?」

 

「習い事は特にやって無いですね……。聞いたことがあるとすれば、趣味であり、打ち込んでやっているカードゲームのヴァンガードだと思います。今回の全国大会で無事優勝を果たせましたので」

 

貴之の回答にまりなは思い出したように納得する。聞き覚えがあったのは確かに、かの最も遊ばれているカードゲームでだった。

CiRCLは貴之が普段活動するファクトリーが最も近いカードショップであり、そのおかげで貴之の近況が伝わりやすいのも影響している。

更に言うと、時々Roseliaのメンバーから彼の名が上がる時があるので、聞く機会はいくらでもあるのだ。

 

「なるほどね……なら、次はどうするか決めているの?」

 

「次は……自分本来のやり方で優勝しようと思っています。もっと上の大会や、別の大きな大会があるならそっちでも勝ちたいです」

 

貴之は既に次の目標が決まっている人物であった。また、この回答から来る向上心は大変好ましい印象を与えた。

この他にも成績を聞いてみると、一部に得意項目があり、その他は平均的であるのを聞いた為、この点も問題無しであった。

今回は短期バイトなのであまり気にしないが、これは『バイトしていたら赤点取りました』となるのを避ける為の確認である。

また、ここがライブハウスであることからバンドに関する話しを持ち込んで見ると、貴之は分野違いながらある程度以上答えられると言う十分な知識量を見せた。

これは俊哉の入れ知恵と、幼馴染みの二人がRoseliaにいて、更にその片方が自分の恋人と言う、知る機会に恵まれているのも助けとなっていた。

 

「はい、これで面接は終了です。結果は後日……って言いたいところだけど、遠導君余りにも受け答えしっかりしてるからこの場で合格言い渡しちゃうね♪」

 

「えっ?あっ、はい……ありがとうございます」

 

そうしてその後も、面接を通して受け答えの様子を見ていたまりなは合格を貴之に通達した。

無事にバイト先が決まったのは嬉しいのだが、予想以上に良すぎる結果が来たので貴之は数瞬程内心で困惑していた。

──こんなにあっさり行くものなのか?面接の経験が浅かったので、貴之は自分の対人経験が活きていることに気付くのが遅れており、そこに気付くのは帰宅してからとなる。

 

「最初に来て欲しい日は後日連絡するから、その為に電話番号だけ教えてもらってもいいかな?」

 

「分かりました。携帯電話のになるんですけど……」

 

まりなに電話番号を教え、これからよろしくの旨を貰って今度こそ面接は終わり、貴之はCiRCLを後にする。

 

「(取り敢えず、バイト先は確保だな)」

 

──ユリ姉に話しておこう。帰りだすと同時に、貴之は姉へ電話を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「来てくれてありがとう。それじゃあ早速仕事を教えて行くね」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

そして数日後の放課後、貴之は早速CiRCLで仕事をしていくことになる。

最初は分からないことだらけだし、ミスしたら大変なものだって存在することから、メモとペンだけはしっかりと用意してから来ていた。

そうしてここから、貴之は仕事内容を覚えていく。

 

「機材は基本的にここにしまっておくんだよ。予備のコードとかもこの部屋に置いてあって……」

 

「機材がここで……予備のコードが……」

 

まずは機材の配置場所等を覚えて──。

 

「予約の時は予約する人の名前を聞いて、時間を聞いたら空いてるスタジオに入れるの。この表に書き込んでくれれば、後でこっちが機会で確定するよ」

 

「なるほど……空いて無かった場合は別の時間を聞けばいいんですか?」

 

「うん。そうしてくれると嬉しいな♪」

 

次に予約の方法を教わり──。

 

「あっ!そのコード抜いちゃうと全体に影響出るからダメだよ!」

 

「えっ……?おおっ、危ねぇ!?」

 

更にはライブ会場に使われる部屋のあれこれを学び──。

 

「すみませ~ん。次、この日のここに予約したいんですけど……」

 

「この時間ですね?はい。分かりました」

 

そうして数回重ねていく内に、貴之は問題なく業務をこなしていた。

仕事をしていく中で、ここは女子の利用客が多いと貴之は感じ取っている。

理由は花女と羽丘……二つも女子校が近くにあることが理由だろう。後江は共学だが、前二校のお陰で女子の比率がかなり高く、今予約に来た女子も羽丘に通う人だった。

 

「あの遠導君がバイトなんて意外だね……?」

 

「まあ、ひと段落着いたので社会勉強ってやつですよ」

 

やはりというか、自分がバイトをするのは意外に思われた。こればかりは普段からヴァンガードにのめり込んでいるので仕方ないだろう。

ちなみに今話しているこの女子生徒は友希那のクラスメイトであるらしく、こちらの事情は知っている。故にちょっとした会話であった。一応ここでは業務応対気味な対応を取る。ここに入って間もないからと言うのが大きい。

話しを済ませた女子生徒が立ち去るので、こちらも「ありがとうございました」と愛想よく返す。

 

「お疲れ様♪もうすっかり大丈夫だね?」

 

「いえいえ、これもまりなさんのおかげですよ」

 

先程の女子生徒の予約を聞いたタイミングで貴之の勤務時間が終わりとなり、まりなから労いの言葉が掛かる。

なお、最初の方こそ彼女のことを「月島さん」と名字呼びしていた貴之だが、呼び方に違和感を覚えているのを察したまりなから許しを貰って名呼びにさせて貰っている。

まりなの呼び方に関しては問題ないように思えるが、これは燐子に続いて貴之が『自らの課した条件以外で名呼びすることになった女性』であり、彼女もまた特例と呼べる人だった。

案の定、名呼びするのを始めて知った際に友希那がむすっとした顔を向けて来たが、自分も名字呼びをやってみたら違和感を覚えたのが理由で許された。

その日はお詫びとして思いっきり甘えさせていたのだが、今度は紗夜がこちらを見て何らかを考え込む様子が見え、彼女と俊哉も自分たちのことを言えなくなるだろうと予想している。

 

「そう言えば遠導君の知り合いにバンドをやっているところってあるかな?女子だけで集まったガールズバンドに限定してだけど……」

 

まりなが何故そんなことを聞いてきたかは分からないが、次の仕事に関して何かあるかも知れないので、真面目に答えることを選ぶ。

 

「俺の知り合い……Roseliaですね」

 

「なるほど~。Roseliaかぁ……って、えぇっ!?Roseliaと知り合い!?」

 

「ええ。実は『Legendary』ってファーストライブの時に出した曲があるんですけど、あれの曲作りにも協力してますよ」

 

更に告げられる衝撃の新事実にまりなが仰天する。あの曲のテーマはヴァンガードであり、それ故に貴之は掴みを得るために協力していたのだ。

──でも、どうして?気になったまりなが何故協力することになったのかを問う。

 

「Roseliaの内二人が幼馴染みでしてね……その内の一人に頼まれたんです」

 

「そんなに距離感近いんだ……。それにしても意外だね?男女の幼馴染みって疎縁しやすいって聞くから」

 

「ああ……そうなると俺は結構縁のいい方なんでしょうね」

 

聞いた話し、男女の幼馴染みと言うのは小学生の高学年に入る辺りで縁が無くなりやすいそうだ。貴之ら三人の場合はそんな予兆が微塵も無かった訳だが。

そして気になって幼馴染みが誰かを聞けば、今までのが軽いものだと思えるくらいの回答が飛んでくる。

 

「幼馴染みは友希那とリサの二人で、友希那とは最近付き合い始めました……」

 

「……え?えっ!?それ本当?」

 

「冗談でこんなこと言えませんよ……」

 

「やだもう……青春真っ只中じゃん!」

 

まりなが見てきた限りで、貴之は相当に充実した生活を送ることの出来ている人だった。

友人が多く、大切な人もいる。更には己の手で望んだ栄光まで掴んで見せているのだ。欲しいと思えるものは大体取れているだろう。

ただし、それは何も才があったのかと言われれば違い、努力して最後まで走り続けた過程と結果である。

 

「あっ、ごめん!すっかり話し込んじゃった……。伸びちゃった分は超勤扱いにしていいから」

 

「そりゃ有り難いんですけど……。話してるだけで何もしてませんよ?」

 

「いいのいいの。元々は仕事の話しをするつもりだったんだから……それじゃあ、話して置いてくれるかな?」

 

思ったより長くなってしまったので話しを切り上げ、本題を貴之に伝える。

まりなの頼みを承諾した貴之はイベントの為のカラー用紙を三枚貰い、最初にガールズバンドに絞って問うた意味合いを理解して、今日のバイトを終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そんな話しが持ちかけられてな……」

 

「なるほどねぇ~……ガールズバンドを応援する為のイベントかぁ」

 

その日のバイトから帰った夜。遠導家にて今日のバイトで頼まれたことを貴之は伝える。

湊家も今井家も家族全員が出かけてしまっているので、友希那とリサはこちらに上がらせて貰っている。ちなみに今日は小百合も友人の家へ出掛けているので、今家にいるのはこの三人だけだ。

 

「ただ、そのイベントの為に参加するバンドが一つも無いのは大変ね……」

 

「ああ。それが理由でまりなさんに頼まれたんだ」

 

問題は友希那が言った通り参加するバンドが一つもないのだ。せっかくガールズバンドを応援する為の企画だと言うのに、肝心なガールズバンドは参加ゼロ。このままだと企画が行き倒れになってしまう可能性が高い。

あこは真っ先にやりたいと言うかも知れないと思いながら、友希那はどうするか考え込む。

以前の……リサが一度バンドを辞めるまで自分なら「実力差があり過ぎると無意味だから」と即刻断ったかも知れないが、今は違う。考える余地はいくらでもあるのだ。

 

「参加する場所がどこもないってのが難しいよねぇ……」

 

「確かにそうね。私たちが先に参加を決めると、却って入ってこないまであるかも知れないわ」

 

「ああ……なるほど。ヴァンガードの店内大会に、今の俺が先に入っちゃうようなパターンか」

 

貴之の身に起こりうる可能性がある状況に置き換えるならまさにこれである。故にリサもすぐには頷けなかった。

しかしながら断るとは言っていない為、何も絶対にダメと言う訳では無い。まだ他の三人にも伝えられていないことから、友希那は次の結論を下す。

 

「私個人としては様子見……Roseliaとしては保留ね。ここで決めてしまったら、また以前の繰り返しだから……」

 

「アタシも友希那と同じだよ。誰かいたら参加してもいいとは思ったんだけどねぇ~……」

 

「分かった。無理強いはして無いから、聞いてくれるだけでも助かるよ」

 

特に友希那は以前のスカウト案件が記憶に新しい為、尚更選択の強要などできないし、貴之もするつもりは無い。

こうして今回は保留とした友希那だが、内心では()()()()になっている。

 

「(後から始める人に、先に進んでいた人たちが教えると言うのも……やってみていいのかもしれないわね)」

 

貴之(恋人)がそう言うことをやっている姿を目の当たりにしていたことが大きく、友希那は後進に教えることが、自分たちの成長の確認になるかもしれないと考えていた。

後は他の人たち次第ではあるが、少なくとも友希那は悪くないと考えている。

また、ガールズバンドを応援するのなら、新規で入って来るチームもそうだが、Roseliaのようにガールズバンド界の先導者と呼べる存在もまた必要であり、それらが揃うととてもありがたい話しである。

 

「このことは三人にも話しておくから、何か分かったら連絡貰ってもいいかしら?」

 

「分かった。その時はまた教えるよ」

 

現段階での話しは纏まり、三人は明日に備えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そう言うことがあったのだけれど、あなたたちはどうかしら?」

 

翌日、バンドの練習終わりに友希那はRoseliaで貴之から貰った話しを持ちかけた。

独断で決めず、こうして話しを持って来てくれたことはスカウト案件の繰り返しにならなかったことから、リサはもちろん、他の三人も非常に安心できた。

 

「ちなみに、私たちが参加したとして……参加しているチームはどのくらいになるのですか?」

 

「ああ……昨日聞いた段階のままなら、アタシたちだけっぽいよ?」

 

早速聞いてみた紗夜だが、それは企画倒れにならないかが不安になった。

自分たちが参加するだけで影響が大きいのは分かるし、Roseliaとしては貴之(恩人)のバイト先なので手伝ってやりたいと言う気持ちはあるのだが──。

 

「誰もいないと、あこたち入っていいか分かりませんね?」

 

「先に入ると怖がって来ないかも知れないね……」

 

流石にあこも無条件で賛成するのが難しかった。裏を返せば、それだけ慎重に決める必要があった。

せめてどこかで一チームでも入っていればまだやりやすかったのだが、このままではどうすることもできない。

 

「参ったなぁ~……余りにも判断材料が足りないや」

 

「そうね……せめてどこか、一チームだけでも決めてくれればいいのだけれど……あら?」

 

そうして考え込んでいる中、まるで競争でもしているかの如くCiRCLに入っていく五人組の姿をRoseliaは目撃するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし。これで今日の仕事は終わりだね」

 

「お疲れ様でした」

 

時間はほんの少し遡り、Roseliaがイベントのことを話し合う直前になる。貴之は今日も今日とてCiRCLでのバイトに勤しんでおり、それが丁度終わったタイミングとなる。

まりなとしては彼の参入は短期でありながらも非常に助かっており、イベントが無事始められるならもう大丈夫な程用意が進んでいる。

 

「そう言えば、イベントのことは話して見てくれた?」

 

「ええ。チームで話してないから、今は保留と言われましたが……」

 

──どこか他のチームが入ればあいつらも楽だろうな……。昨日の話しを貴之は思い返す。

確かに友希那の上げた危惧は問題であり、元々するつもりの無かった無理強いは余計にできないのだ。

ただし、それはそれでまりなとしては頭を抱えたくなる事態ではあるのだが。

 

「オーナーからは結構念押しで頼まれているんだけどねぇ……『ガールズバンドを応援する意味でも、頼んだよ』って」

 

「大分気合い入れてましたよね……」

 

オーナーとは、白い髪を持つが前髪の一部を複数の色でメッシュを掛けると言う非常に特徴的なスタイルをしている、老齢の女性である。

しかしながら未だに杖無しで歩けるし、声も良く通すことのできる、「やりきったかい?」と問いかけることの多い健康的な人でもあった。

ちなみに貴之のヴァンガードの経歴を噂程度で知っていたらしく、その時に問われた貴之は「やりきったけど納得し切れてはいないかも知れない」と言う回答をしており、その珍しい回答にオーナーが「年甲斐もなく笑った」とコメントしている。

 

「(俺のこと、『面白い目をしてる子だね』って言ってたけど……()()()()()()だ?)」

 

貴之の予想では目で自分の進んだ道を彼女に示していたからなのかと、決勝で目覚めたあの能力なのかの二つだが、あそこまで人生を積み重ねている人だと、両方の可能性もある。

その時は聞けずじまいであったので、結局その言葉の意味合いが分ってはいない。

分からないなら仕方ないが、自分も俊哉に聞いてバンドを探してみようかと考えていたところに、こんにちはと元気のいい挨拶が聞こえた。

 

「わっ!?だ、誰!?」

 

「(すげぇなこの子……何故か分からんが眩しいな)」

 

まりなが驚いてる最中、貴之は目の前の茶髪にアメジストの瞳を持った如何にも元気そうな少女から、それを感じ取る。

この直後にも四人の少女が入って来るが、その四人と比べて彼女はまだ磨き切れていない原石だと思え、それに懐かしさを感じた。

そこまで来ると、バンドの知識が浅い貴之でもその感じ取ったものから逆算して結論に辿り着ける。

 

「(この子、バンドを始めて間もないから色々輝いて見えるのか……)」

 

置き換えてしまえばヴァンガードを始めて間もない頃の自分であり、それが懐かしさを感じる理由だった。

それは見えるもの全てが輝いて見えて、眩しく思えるはずである。何せ自分もそうだったのだから。

 

「私、戸山(とやま)香澄(かすみ)ですっ!はじめまして!」

 

目の前の少女、戸山香澄が自分の名を名乗ったとほぼ同タイミングで、金色の髪をツインテールにし、同じ色の瞳を持った少女が肩で息をしながら香澄の左肩に自分の右手を置く。

その様子から、貴之は運動が苦手なのだろうと推測する。香澄は得意側だと判断した。

 

「やっと香澄に追いついた……まったく、ほんっとに言うこときかねーヤツだな……」

 

──ちょっとは人の言うこと聞けっての!そう指摘する少女だが、貴之とまりながいることに気づき、今のは失敗したかも知れないと我に帰る。

 

「あ……あはは~!す、すみません。この子が急にお邪魔しちゃって……すぐ帰りますから」

 

「いえ……」

 

彼女が謝り、まりながペースに呑まれている中、貴之は無理に猫を被らんでもいいのにと考えていた。

そのまま返す前に話すべきことを思い出し、まりなは香澄に問いかける。

また、そのタイミングで残った三人がやってきて、そのうち一人は貴之と知り合いだった。

 

「香澄ちゃんが背中に背負ってるのはギター……だよね?」

 

「はいっ!私、ここにいるみんなと『Poppin(ポッピン)'Party(パーティー)』って言うバンドをやってるんです!」

 

あまり聞いたことの無い名前だったので、貴之が後で俊哉に聞いてみようと思っている間に香澄がここに来た理由を告げる。

ちなみにこのチーム、花女の一年生五人で組んだチームらしく、チーム仲は非常に良好なようだ。

また、チームの略称は『ポピパ』であり、チーム特有の如何にも楽しんでバンドをしていると言う雰囲気が注目を集めだしており、今後の活動が期待されている。

 

「……というか、私たち自己紹介した方がいいんじゃ……って、あれ?貴之先輩ここでバイトしてたんですか?」

 

「ああ。つい最近からで、短期バイトだけどね」

 

沙綾が自分に気づいて聞いてきたので、貴之も簡単に事情を説明する。

また、沙綾からすればもう一つ言っておきたいことがあり、忘れずに伝えて置く。

 

「宣伝されたから雑誌買ったんですけど……全国大会優勝、おめでとうございます。決勝戦とんでもなかったって聞きましたよ?」

 

「どういたしまして。俺も一真も、あれは色んな意味でとんでもなかったな……」

 

決勝戦のファイトは今でも思い返せる。地方の趣旨返しになった6ダメージ目の(ヒール)トリガー、大会初のグレード4同士で正面衝突、更には自身に能力発現等……表向き的な意味でも裏事情的な意味でもとんでもなかった。

しかしながらこれ以上は話しが脱線してしまうので、自分の事情を話すのはまた今度とし、最後に「やまぶきベーカリーを今後もよろしくお願いします」と挨拶を受け取っておく。

香澄を追いかけ二番目に到着した少女は市ヶ谷(いちがや)有咲(ありさ)、グレーの髪を腰までおろした天然さを感じさせる少女は花園(はなぞの)たえ、黒い髪にルビー色の瞳を持った少々内気そうな少女は牛込(うしごめ)りみと言うそうだ。

ちなみにパートは名乗った順番からキーボード、リードギター、ベースだそうだ。香澄はボーカル&ベースギター、沙綾はドラムである。

その後まりなが自己紹介し、自分もイベント中のみのスタッフとして参加するので貴之も自己紹介すると、その名に反応する人が出てくる。

 

「はぁっ!?ちょっと待て沙綾、お前とんでもねー人と知り合いなのかよ!?」

 

「えっと……それってどういう意味で『とんでもねー』なの?」

 

何故か分からないが、貴之は嫌な予感がしていた。

ただし有咲の口からはその予感から外れたものが出てくる。

 

「だってさ……最近は色んな人が遊べるように教えてるって言うだろ?そんなすげぇ人と縁があるなんて始めて知ったわ……」

 

「言われて見ればそうだね……評判いいって聞いてるよ」

 

「そ、そんなに凄い人なんだ……」

 

こんなところにまで講習会の評価が届いていたことに貴之は驚き、予想以上にいいもので安堵する。

やはりというか、有咲が貴之のことを知っていたのは今大会の優勝者であるから故だったようで、今回の大会は一般の人にも伝わりやすかったようだ。

ただしかし、やはりというか事情を知らない人には『ヌーベルバーグ』の方が伝わりやすいようで、そこには少々寂しさを覚える。

 

「とまあ、俺の話しはまた今度の機会にするとして……もし良かったら、ここでやろうとしてるイベントの話しをさせて欲しいんだが、大丈夫?」

 

「……イベントですか?」

 

貴之の話しを聞いた香澄が参加を即決しそうだったので有咲が咎め、沙綾が彼に先を促す。

今現在、ガールズバンドの活動を応援する為に、ガールズバンドを集めて合同のライブを行うというイベントを企画していることと、その為のチームが一つも集まっていないことを話した。

 

「なるほど……。つまり?」

 

「お、お前なぁ……。よーするに、イベントやる為のチームがいなくて、出来ることなら私らに参加して欲しいんだよ」

 

完全に分かっていたような流れだったのにそんな反応をする香澄をみて、貴之も滑りそうになっていた。

有咲の説明を聞いた香澄は参加を決断、そのまま流れる形で全員が参加を決めた。

 

「ありがとう、とっても助かっちゃう♪」

 

それが聞けたまりなは本心から礼を言う。そこから一度、知っているガールズバンドがあったら教えて欲しいと言えば、真っ先に上がるのはGlitter(グリッター)*Green(グリーン)とRoseliaだった。

Glitter*Greenの略称は『グリグリ』であり、香澄がバンドを始める決意に決定打を与えたチームだとそうで、この時貴之は香澄を自分、グリグリを耕史に置き換えることで即時に理解する。

しかしながら、グリグリは受験を理由に活動休止を決めている為呼ぶことが出来ず、現段階ではRoseliaのみが候補となる。

 

「遠導君、今なら大丈夫かな?」

 

「一チーム来ましたからね……もう一回聞いてみようと思います。また用紙持って行きますね?」

 

他のチームを誘うことになった場合の為に、余分に30枚程その用紙を貰ってから貴之は退勤を済ませる。

 

「どこにいるか知ってるんですか?」

 

「ああ。待ち合わせしてるからな……一緒に来るか?」

 

たえの問いに答えながら、貴之はポピパの五人に確認を取る。

これは「参加するチームはこの人たち」と言うのを教える意味合いもあり、彼女らの判断を手伝う目的があった。

それに五人が頷いたことで、貴之を先頭にそちらへ移動を始める。

ただし距離は非常に短く、CiRCLを出てすぐのところにあるカフェだった。

 

「悪い。待たせたな」

 

「あら、お疲れ様。ところでその五人は?」

 

「昨日話したイベントの話しあるだろ?あれにたった今参加を決めてくれた……Poppin'Partyの五人だ。一チーム入ったから改めてどうかって言うのと、顔合わせも兼ねてな」

 

貴之の話しに友希那は納得する。彼女らから実力や方針を知れば、判断を付けやすくなるのでありがたい話しだった。

また、ポピパの五人は一人の存在に気付く。

 

「ひっ、氷川先輩!?」

 

「はい。お久しぶりです」

 

──何か、柔らかくなった?久しぶりに知った顔と話した香澄はそう思った。

実際紗夜の性格は大分軟化しており、つい最近では日菜と普通に話したり、俊哉を助けるべく手を差し伸べている。

最も前者は日菜から話しを聞ける友希那とリサしか知らないし、後者は俊哉から話しを聞いた貴之ら後江のヴァンガードファイターたちしかあずかり知らぬことである為、ここはやむなしである。

ただし、それでもいい思い出が無いのは感情のままギターを校門前で弾いてしまったことがあるのが原因だろう。最も、それを知っているのは紗夜と有咲だけだが。

 

「ああっ!じゃあ、この子が花女の後輩たちなんだ?後で紹介してもらってもいい?」

 

「分かりました。では、後で少し時間を頂いても構いませんか?」

 

紗夜の確認に、ポピパの五人は戸惑いながら肯定する。本当に何があった?変わった紗夜を見た五人の共通認識である。

また、燐子の姿を見た後、貴之のことを見た有咲は、少し不味い内容を思い出してしまった。

 

「(あ、アレ……?でもこの二人、どう見たって一友人みたいな感じしてるよな?)」

 

「有咲ちゃん、どうしたの?」

 

──いけね、顔に出てたわ……。りみに問われたことで自分の表情に気付く。

こうなるともう隠しづらいので、いっそのこと思いっきり聞いてみることを決断する。

 

「あの……大変失礼なことを聞くんですけど、遠導先輩が白金先輩を振ったとかって話し……アレって実際どうなんですか?」

 

「「「「えっ……?何それ?」」」」

 

「「私たちのクラスだけじゃない……?」」

 

後者の反応をしたのが紗夜と燐子、前者はその他四人である。

その反応をした直後、何かを思い出した貴之が頭を抱えてがっくりと項垂れる。

 

「何がどうなってんだよ……?後江じゃ当時、俺が振られたから燐子に走ったとか、実は好きな女の子が燐子だったとか疑惑掛けられたしさ……」

 

「私も当時付き合い始めたとか、そんな風に聞かれたけど……何で貴之君も似たようなことが起きてるの……?」

 

「そんなことが起きているだなんて、知らなかったわ……」

 

「羽丘だとそう言う話し聞きませんでしたよね?」

 

「あちゃ~……羽丘はまだしも、流石に花女はマークしきれなかったなぁ……」

 

「私も、配慮が足りてませんでしたね……」

 

「ああ……な、なんかその……ホントにすみません」

 

貴之が後江でネタにされがちな『白金さん案件』を思い出し、燐子も困惑する。

羽丘では付き合ってる当人である友希那と、その幼馴染みであるリサがいてくれたのが筆頭でどうにかなったが、花女は流石に限度があった。

このネタはRoseliaと貴之には禁句であることを認識した有紗は、謝りながら罪悪感を抱いた。知らなかったとは言え、こうなると流石に申し訳無かったのである。

また、貴之がそのショックから復帰した後に自分は友希那が好きであり、彼女とは付き合っていることを告げてポピパの五人が驚き、友希那は頬を朱色に染めながら肯定する。ちなみに沙綾だけ比較的反応が薄めであり、遠導姉弟からちょっとだけ話しを聞いていたおかげである。

少しだけ話しをした後、すっかりと脱線してしまっていたので紗夜が舵を話しの取って本題に戻す。今Roseliaが気になっているのは、彼女らの実力がどれ程のものかであった。

 

「確か……戸山さんが始めて数か月程でしたね?」

 

「あっ、はい!みんなと比べて、まだまだ初心者ですけど……」

 

──これから精一杯頑張りますっ!その曇りなき姿勢に、Roseliaの五人は懐かしきものを感じさせる。

それは先程貴之が感じたものと同じであり、恐らく経験を積むとこうなりやすいのだろう。

()()()()とは思った五人だが、もう一声欲しいと言う結論が出る。

 

「後もう何チームかいるといいわね……」

 

「今私たちが入っちゃうと、平均があやふやになっちゃいますからね……」

 

友希那と燐子が理由を説明したことで、ポピパの五人は「なるほど……」と思った。

 

「じゃあ、その何チームか集めたら入ってくれますか!?」

 

そこに希望を見出したかの如く、香澄の食いつくような問いに五人は数瞬顔を見合わせて──。

 

「ええ。それなら構わないわ」

 

「バンドをしている知人が少ないので、あまり手伝えないかも知れませんが……可能な限りは協力しますよ」

 

承諾を選んだ。何もしないのは気が引けるので、非力ながらも手伝うことを告げる。

 

「よし、じゃあ早速……」

 

「移動する前に、これを渡しておくぞ」

 

今回のイベントの話しをしやすいように、貴之はポピパの五人に用紙数枚ずつ渡す。

一枚だけにしないのは、持って行ってもいいかと聞かれた際に対応できるようにしてのことだ。

何事も無ければ早速探し始めることになるのだが、その前にRoseliaと貴之、ポピパは連絡先の交換を行っておく。

今度こそ前準備は終わり、ポピパの五人は早速移動を始めた。

 

「さて……私も一つやっておきましょう」

 

「どこかに宛があるの?」

 

「ええ、一チームだけですが」

 

友希那の問いに答えながら、紗夜はとある人物に電話を掛けるのだった。




オープニングまで終わりました。変更点は……

・オープニング1の最後が練習していくからRoselia勧誘をやってみるに変更したので、オープニング2の流れを全カット(やったとしても内容がまんまになってしまう)
・Roseliaは事前に貴之経由でイベントの話しを知っている
・イベントに関してRoseliaは乗り気かつ慎重路線
・オープニング3で話しの脱線要素が追加

主だった部分はこの辺りでしょうか。今後貴之が関わるのは全て共通なのでそこは省きます

ちなみに現段階でポピパの五人から見た貴之はこうです

香澄、たえ、りみ……CiRCLで短期バイトしていて、Roseliaと交友のある先輩。見た感じ一途な人。

沙綾……時々ベーカリーに来てくれる凄腕ヴァンガードファイター。恋愛沙汰に興味無さそうだと予想していたので、友希那が好きだと聞いた当時はビックリ。今は実際に知れて安心。

有咲……自分の腕を高めながら色んな人に教えたり、前代未聞ことを大会でやったり、白金先輩案件だったりと色んな意味でとんでもねー人。白金先輩案件はホントにすみませんでした……。

沙綾は実際に顔を合わせている、有咲は噂程度に知っていた、他の三人は今日が初対面かつ前情報無しで目線がフラットだったと言うのが理由でこんな感じです。

また、本章でバンドリメンバーにヴァンガードさせる可能性が高まるので、参考を取るべくアンケートをやってみます。今回は期間を長めに取るので、協力していただけると幸いです。

最後に、次回はメインストーリー1章の2話と4話でしょうか?Roseliaが関わらない所は内容が貴之がいる程度しか変わらないので、そこら辺のフォローも考えていきます。


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パーティー2 集まるガールズバンド

予告通りメインストーリーの2話と4話です。今回は結構独自要素多めとなりました。

最近、ガルパに実装されるカバー曲が私の好みに刺さるのばっかり来るので色々と大変なことになってきました(笑)。Morfonicaに実装された二曲は私がリアルタイムで見ていたアニメのものだったので、特に顕著です。
もちろん、Roseliaが『Bad Apple』やるってのにも歓喜しています(笑)。


「おねーちゃんから?どれどれ……」

 

リハーサルが終わって休憩時間。日菜は紗夜から掛かって来た電話に出る。

もしかしたらこの時間に電話するかも知れないと当日のスケジュールを教えていたのが幸いし、紗夜は丁度のタイミングで電話を掛けることができていた。

 

「もしもーし?」

 

『あ、日菜ね?今大丈夫なのよね?』

 

「うんっ!大丈夫だよ。どうしたの?」

 

紗夜が確認を取る言い分なのはスケジュールを教えて貰っているからで、日菜が肯定することで問題なく電話で話しを続けられることが分かった。

大丈夫ならと、紗夜は今日聞いたイベントの内容と参加条件、それから参加チームの状況を話していく。

自分に話しを持ち込んだ理由を日菜は理解して、一つ疑問に思ったことを聞く。

 

「おねーちゃんたちは出ないの?」

 

『出るつもりではいるけれど、この状況で入ってしまうと他のチームが遠慮してしまいそうで……。だから、後何チームか参加してくれれば参加する方針にしているわ』

 

「なるほど……」

 

確かに仕方ないと思った。自分は姉と一緒にできるで突っ走れるが、他の人はどうだろう?そう簡単に飛び込めないだろうなと日菜は考えた。

自分の知る中で、そう言った状況に飛び込めるのは紗夜()友希那とリサ(友人二人)と、貴之くらいだろう。実力差があり過ぎると遠慮してしまう人はいると言う貴之の談を、友希那とリサからの経由で聞いていた。

紗夜から『この電話を切ったら写真を送る』と言われたので、一旦ここで電話を切る。するとこの後一分もしないで件の写真が送られてきた。

 

「これが言ってたのだね?えーっと……」

 

「日菜ちゃん、何見てるの?」

 

「あ、(あや)ちゃん彩ちゃん、今おねーちゃんから送られて来たんだけどね……」

 

隣で休憩していた桜色の髪を持つ少女──丸山(まるやま)彩に問われたので、日菜は紗夜から送られた写真を見せながらどんな話しをしていたかを説明する。

バンドをするのが理由でこのチームに入ったのが日菜だが、彼女は反対にアイドルとして活動したくて待ち続けていたらこのチームの話しを持ちかけられた身である。

この二人が所属するチームのPastel*Palettes──略して『パスパレ』は各人入って来た経由がバラバラで、最初は非常に纏まりが無かったものだった。記念すべきファーストライブも音源で乗り切ると言われた際も二つに分裂している。

そうして問題を抱えたままライブ当日を迎え、まるで纏まらなかった報いかの如く機材トラブルでしっかり演奏していないことが明るみに出て、案の定炎上することとなった。一応言っておくと日菜は曲を完璧に演奏できる状況に仕上げているし、彩も日菜の手伝いあってギリギリ及第点と言うレベルまで持ち込んではいたが、流石にそうなると演奏する気力すら奪われた。

何もしなければこのまま解散の危機になっていたが、それを嫌だと思った彩と、紗夜と話しながら手伝うことを決めた日菜を中心に再起し、今は無事に活動を続けられている。

また、日菜が紗夜と話していた際、貴之が『ヌーベルバーグ』を再び使用した日に見出した紗夜の答えである『諦めるのは誰でも簡単にできるが、どうやって向き合うかの方が大事』を貰っており、日菜もいつかその言葉を自分のものにしたいと思った。

 

「色んなところと一緒にやれるって考えると面白そうだよねー?」

 

「確かに面白そう!でも、一回相談はしておかないとだね……」

 

自分たちはバンドチームでもあるが、同時にアイドルでもある為、そちらの方面でも仕事が回ってくることがあり、おいそれと独断で決めることはできない。

実際のところ二人はやってみたいと思っているので、後はチームの誰か一人でも賛成してくれれば話しを持ち込んでもいいはずである。

 

「二人とも、何の話しをしているの?」

 

「あっ、千聖(ちさと)ちゃん。日菜ちゃんのお姉さんからなんだけど……」

 

自分たちの話していることが気になったのか、長い金色の髪を持った少女──白鷺(しらさぎ)千聖が問いかけてくる。

彼女は天才子役としても名が知れており、パスパレの客引き要素として彼女の存在は最も貢献していたが、ファーストライブ前は他の仕事を優先して最も練習に関しては無頓着であった。これは彼女が元より多忙な身であったことも起因する。

ただし、機材トラブル直後は彼女が咄嗟の機転を利かせてくれなければ自分たちがどうなっていたか分からないので、その場慣れ具合は流石の一言に尽きた。

役者としては幼少の頃からやっている為、それに伴う一般の感性や楽しみに羨望や寂しさもあるが、今はどうにか隠しきっている。

しかしながら、そう遠くない未来にそれを隠し切れない日がやって来るのを、千聖はまだ知らない。

 

「なるほどね……確かにこれは相談しないといけないわね」

 

立場の関係上各々の……その中でも千聖のスケジュールは最も融通を利かせづらいものであり、最悪は調整する必要があるだろう。

それでもやると決まったらやるつもりではいる為、彼女としては他の人たちの意見が欲しいところだった。

 

「ジブンとしてはやってみたいところですね……イヴさんはどうですか?」

 

「私は是非ともやってみたいですよ、マヤさん!」

 

千聖が求めれば、肩にかかるかかからないかくらいの長さをした栗色の髪を持ち、赤いフレームのメガネをかけた少女の大和(やまと)麻弥(まや)と、銀色の髪と蒼い瞳を持った少女若宮(わかみや)イヴが賛成と答える。

麻弥は元々アイドルとしてでは無く、事務所の機械系に関わる担当でいたが、本人がドラムで非常に高い技量を誇ること、メガネを外した時のアイドルとして問題ない容姿からパスパレのドラムを担当することになった。

ちなみに、麻弥は時々「フヘヘ」と独自的な笑い方をするのだが、千聖は「アイドルとしてどうなのか」と疑問に思っているところである。この他にも女子らしいことをあまりしないので、いつか覚えてもらおうと画策している。

イヴはフィンランド人と日本人のハーフであり、パスパレの活動をするまではモデルをやっており、今でも時折やることがあるそうだ。

日本関係では『武士』と『武士道』を好んでいるらしく、そうでありたいとも思っている。

なお、このチームのパートは彩がボーカル、日菜がギター、千聖がベース、麻弥がドラム、イヴがキーボードである。

 

「なら、一度私が話してくるわね。日菜ちゃん、その写真送ってもらってもいい?」

 

「分かった!ちょっと待っててねー……」

 

「ありがとう、千聖ちゃん!お願いするね」

 

五人中四人が賛成したので千聖が事務所の人に話しを持ち掛け、二十分程で参加に関して承認をもらえる。

ただし、日程について関してはまだ調整が必要なので、そこは集まる日までには決めることとなった。

そこまで話しがまとまったので、日菜は紗夜に返しの電話を掛けて決まった内容を伝える。

 

「うんっ!じゃあタカ君によろしくね!」

 

『ええ。それじゃあまたね』

 

姉と話せるのが楽しくてご満悦な顔で電話を終えた日菜だが、千聖が何か言いたそうな目をこちらに向けているのに気付く。

 

「えっと……日菜ちゃん、その『タカ君』って誰のこと?」

 

「ん?ああ……これ見せながらの方が早いかな?」

 

彼女らの疑問に答えるべく、友希那とリサ、紗夜の三人に教えてもらって買った雑誌を鞄から取り出す。

それは全国大会の情報が載っているゲーム雑誌であり、氷川家はその時の雑誌を二冊持っている。

と言うのも、二冊あればどちらかが読み返したりする際に無いと言う事態を避けられるからと、日菜が後から買ったのである。

始めて開いた時に丸暗記したページまで捲り、そこを見せながら教える。

 

「タカ君って言うのは、こないだヴァンガードで優勝した遠導貴之君のこと!これはその時の使ったデッキとインタビュー記事が……」

 

「ひ、日菜ちゃん!?彼と関わりがあるの!?」

 

「えっ……?うん。と言っても、あたしの場合『幼馴染みの恋人』って距離感だから、そう言うことにはならないけど……どうしたの急に?」

 

こちらの両肩を掴んで必死の形相で問うてくる千聖を見て、日菜は首を傾げる。

──タカ君、何か悪いことしてたっけ?思い返して見るが、それらしいことは全くない。というか、一途に友希那を想い、共にいる少年に何の問題があるのだろうか?気になってしまった。

そんな様子の日菜に千聖が次のことを言った時、羽丘組と花女組で彼に対する認識の違いを日菜は思い出すことになる。

 

「だ、だって……一人の女の子と仲良くしてたら、あっさりと他の人に走っているのでしょう!?そのまま日菜ちゃんまで毒牙にかかったら……!」

 

「あ、ああー……おねーちゃんが言ってたこと、こう言うことだったんだ」

 

花女に広がった誤解は自分たちのクラスでは解いたが、他のクラスまでは分からないと紗夜は言っていたのだ。そして、目の前にいる千聖はその典型例だったようだ──と言いたいが、更に変な方向に解釈してしまっているので、日菜が知る限り一番引っ掛かっているかも知れない。

──これはタカ君も、花女に行きづらいよね……。リサが急遽バイトに行った日は羽丘で集合していたから荒波は立たなかったものの、花女だったらどうなっていただろうか?これは言わない方がいいと日菜は考える。

この時何かに気づいたのか、彩が「あれ?」と声を上げる。

 

「その話し、勘違いだって前に言ってたよ……?」

 

「あれ?彩ちゃん何で知ってるの?」

 

「私、その人と同じクラスだから、話しが聞こえて……」

 

意外なことに、花女でしっかりと情報を知っている人がいたので日菜は安心する。この時、盗み聞きは良くないと弄ったら彩が慌てたことを記しておく。

普段はあまり話さないが、貴之の話しは同じクラスである紗夜と燐子の口からある程度聞くことがあり、彩は『他人に勇気を与えられる凄い人』だと思っている。

彩と自分の発言が引っ掛かったのか、千聖は掴んでいた手を離しながら「どういうこと?」と問うてきた。

 

「タカ君って元々千聖ちゃんが言う他の人のことが好きであって、五年ぶりに再会してようやく付き合い始めたんだよね……。ちなみに、その一人の女の子とは一友人でお互いにそう言う気はないよ?」

 

「えっ……?全然違うの?」

 

「ああ……ジブンもちょっとだけ聞いたことありますよ。何でも、お互いに決めた目標の場所に辿り着いたから付き合い始めたんだとか」

 

「麻弥ちゃんの方にはちゃんと伝わってたんだ……!良かったぁ~」

 

パスパレは日菜と麻弥が羽丘、それ以外が花女となっているので、貴之の情報に関しては大幅に違いが出てしまっている。

麻弥は実際に自分でその光景を度々目撃することがあったのも助けとなり、最初からこの人はこうだと言う間違いない情報を得ていた。

一方で正確な情報を得られず、アイドルや役者の立場を持っている千聖は噂の先行が災いして変に警戒する事態になってしまった。

ちなみにイヴはあまり詳しいことを知らなかったので、日菜の言ったことが正しいんだろうと会話の様子で判断した。

 

「取り敢えず、タカ君とRoseliaの前でその話しはダメだよ?みんなして頭抱えてたから……」

 

「え、ええ……そうするわ。それとごめんなさい。肩大丈夫かしら?」

 

千聖の問いには何とも無いと返し、この問題の解決とする。

実際の話し、紗夜も「尾を引きすぎだと思うわ」と苦言しており、日菜もどうしてこうなったと思ったほどである。

この話しは一旦終わりとし、五人で日程の調整を始める。

 

「(遠導貴之君、ね……)」

 

本当はどんな人なのかと気になった千聖は、後で日菜に聞いてみることを決める。

そして、その時に自分の持っていた羨望と寂しさを隠せなくなる起点ができあがることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

紗夜が日菜と電話で確認を取り終えて数十分後。貴之は臨時の手伝いで参加チームの確認を行っていた。

 

「集まったのはポピパ。Aftergrow(アフターグロウ)。パスパレ。それからハロー、ハッピーワールド!の四チームか……」

 

──結構集まったな。一日で、しかも短時間でこれなら十分すぎる成果であった。

集まったチームの名前を教えることで俊哉から貰った大まかな情報に目を通し、貴之はそれぞれのチームの特徴を確認する。

ポピパは先程見た通り仲良し五人組で集まった新規バンドで、方針としては楽しさ重視。初心者チーム故に伸びしろに期待大。

Aftergrow──アフグロは幼馴染み五人で組んだバンドで、王道スタイルを行く方針。四チーム内では最も結成してからの時期が長い。

パスパレは様々な経緯を持つ五人が集まったアイドルバンドで、方針はアイドル要素の混ぜ込み。つい先日問題があったらしいが、無事に乗り切った。

ハロー、ハッピーワールド!──ハロハピは世界中を笑顔にするを目的として集まったバンドで、方針はパフォーマンス重視。現状唯一キーボードの代わりにDJがいる。

 

「一日でこれだけ集まるなんて……!これなら企画倒れはしないで済むね♪」

 

「どうにかなって良かったですよ」

 

これだけ集まれば最低限企画倒れは無くなるので、第一段階はクリアだった。後は如何に盛り上げられるか、ここが肝心となる。

 

「そう言えば、お前らはどうする?結構集まったけど、もう少し待つか?」

 

再三になるが、貴之はRoseliaの五人に話しを振ってみる。これでダメだった場合、今後は参加チームの状況だけ定期的に教える予定である。

問われた五人は早速話し合うが、もう問題ないと言う旨ばかり飛んできていた。

 

「これだけ集まったなら問題ないわ……。私たちRoseliaも参加よ」

 

「ホント!?ありがとう!これで五チームだね♪」

 

こうしてFWFに出る目的を持って集まり、実際に出場するほど高い技術力を持つ技術力特化のバンドであるRoseliaの参加が決まった。

貴之の手伝いも今日はこれで終わり、最後に各チームの名簿だけ見せて貰って上がるのだが、退勤を済ませた貴之は一つのことに気づいて冷や汗を掻く。

 

「貴之、どうしたの?」

 

「(答えたらどんな反応されるだろうな……)」

 

何せ内容が内容なので、話した後の反応が怖い。特に怖いのはリサである。

しかしながら、もう既に感づかれている以上、変に隠しても面倒ごとに発展する可能性があるので誤魔化すのは不可能に近い。

となれば話すしかないので、貴之は大人しく話すことを決める。

 

「最後、まりなさんに各チームの名簿見せてもらったんだけどさ……」

 

──一チーム一人、俺と会ったことある人の名前があるんだけど何で?恐ろしい程の因果を感じた貴之であった。

それを聞いた五人も五人で、何があったんだと首を傾げる。彼は現実(リアル)(ドロー)トリガーを数枚持っているのではないかと言う疑問すら出る。

 

「と言っても、どうやって顔を合わせたの?狙ってじゃないのは分かるんだけどさ……」

 

「狙ってできるのなら、それはそれで危ない気がするわ」

 

「狙ってないし、狙えたとしてもやらねぇよそんなこと……」

 

──俺が友希那に心を決めた時から、そんな選択肢は初めから無い。貴之が自信を持ってそう言えば、友希那が顔を真っ赤にする。

その堂々たる姿をみて五人は一安心し、ひとまず友希那を落ち着かせてから会った経緯を聞く。

ポピパにいる沙綾はやまぶきベーカリーへ買い物に行った時、アフグロのつぐみは俊哉らと羽沢珈琲店に行った時、パスパレの日菜は友希那たちと共にいたので、ハロハピの花音は自分がカードショップへの道を進んでいたら迷子になっている彼女と遭遇となる。

花音だけは何があったと思ったが、人助けならばやむなしで、それ以外も極めて至極全うな理由なので問題無しとなった。

 

「しかしながら、これだけ遭遇を繰り返してよく誤解が増えませんでしたね……」

 

「ホントだ……!全部噂とかが走っちゃったらひー、ふー、みー……。考えたくないや……」

 

「そうなったら、花女の方が収集つかなくなっちゃうよ……」

 

「お前らなぁ……一番考えたくねぇのは俺だよ」

 

実際にそうなったら花女も、花女生から見られる貴之も色んな意味で阿鼻叫喚である。

『白金さん案件』の地獄を抜けたとしても、貴之の先に待っていたのはまた地獄であった──。そんなフレーズが出てくる程に酷い状況と化していただろう。

ただし、そうならなかった故に『白金さん案件』が目立ってしまったのもあり、どの道貴之が面倒なことになるのは変わらなかったが、規模が小さいだけ明らかにマシである。

 

「私は信じているわよ?貴之は何があっても気持ちを変えないって……」

 

「ああ、それは当然だ……。あの日俺に全ての始まりをくれたのは、他ならない友希那なんだからな。それに……」

 

──友希那がいてくれたから、俺はここまでやれたんだ……他の人じゃ絶対にできねぇ。それは紛れもない本音であった。

遠回しではあるが、貴之からすると他の人と友希那を天秤で計った場合はどう考えても友希那が勝つ意味合いでもある。

それを聞けて安心して、嬉しくなった友希那がそのまま貴之に密着して少しだけ体を寄せたので、彼は優しく抱いてやる。

 

「まあ、それはそれで良しとして……後はこの先どうなるかですね」

 

「貴之のことだから、ちょっとした拍子で女の子引っ掛けちゃわないか、不安だよ……」

 

Roseliaの面々はその貴之が持つ精神や人となりに支えられたり、助けられているのであまり強く言えないが、ここが最大の不安要素であった。

四人がうんうんと悩み始めたところに、友希那があっけらかんとした様子でこんなことを言い放った。

 

「貴之が誰かに優しくするのは別に構わないわよ?私は貴之のそんなところが好きだから……」

 

『えっ!?』

 

──何を言っているのこの人!?全員して驚くが、友希那は気にせず貴之に問いかける。

 

「だって、私を置いていったりすることは無いのでしょう?」

 

「俺が友希那から離れると思うか?」

 

「ふふっ。そう言うことよ」

 

人目の付くところでここまで堂々とされたら、流石に四人も納得するしかなかった。

また、友希那自身は「自分の彼はここが良いんだ」と言うのを知ってほしいと思っているので、他の人に走ると言う真似さえしなければいいのだ。

それを見た紗夜は少しだけ考え込む。

 

「(私は彼のこと……どう思っているのかしら?)」

 

ここで言う彼とは俊哉のことであり、当分会えていないのが影響して全く答えが出てこないのだ。

──私たちが出ると知ったら、来てくれるのかしら?何故か分からないが、気になってはいる。この他にも、答えが決まったのかどうかも聞いてみたいところである。

そんなことを考えていたのがバレたのか、貴之が何やら含みを持った目で紗夜を見る。

 

「どうかしましたか?」

 

「紗夜の気になってる答えは知ってるけど、それはあいつから直接聞くことを勧めるぜ」

 

「え?ええ……。そうさせてもらいます」

 

──やはり分かっていたのね……。一瞬驚きはしたが、紗夜はすんなりと納得できた。

 

「?氷川さんに何かあったの?」

 

「まあ、本人たちの今後次第ってところだが……人のこと言えなくなるかもってところだな」

 

誰だ誰だと気になる面々だが、そう遠くない内に分かると貴之はあえて答えないことを選ぶ。大介と玲奈相手にもまだ早いとぼかしているので、今しばらくは隠していくつもりであり、明かすのは誰かが感づいた時だろう。

最後にこのイベントは自分たちが後発のチームを引っ張るだけでなく、他のチームの音からまた自分たちも学ぶつもりで行くことを示し合わせる。

集まる日はまた後日連絡が来るらしいので、一先ず解散した後はその日を待ちながら、自分たちにできることをしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど……あそこのイベントに出るのか』

 

「ええ。最初は参加チームが少ないのでやめようと考えていましたが……」

 

『その辺はしょうがないだろ。俺や貴之がヴァンガードの店内大会に参加を決めて、他のチーム人を遠慮させるようなもんだし』

 

同日の夜。気になった紗夜は俊哉に電話を掛けてみた。遠慮気味だった理由は俊哉も理解してくれた。

元々自分たちが出ると言ったら来てくれるかどうかが気になって掛けた電話だが、少しだけ躊躇いが生じる。

 

「(私……しつこい女だと思われないかしら?)」

 

言ってしまえば、紗夜は性格が大分変わっている為、事情を知らないと急にどうしたと思われてしまう可能性がある。

幸いにも今回はその変化の経緯を明確に知っている俊哉なので、そこまで心配する必要は無いのだが、よく話すことのある異性など自分の父親くらいなもので、強いて言えば貴之がいるという状況である為、この辺りはどうしても戸惑いが生じてしまっている。

 

『出るなら行きたいな……いつやるとか、その辺決まってるのか?』

 

「いえ、残念ながらまだ決まっていません。決まり次第また連絡しますね」

 

しかしながら、俊哉の方から聞いてきてくれたお陰で、それは杞憂に終わった。

もしかしたら貴之のように何かを感じ取ったのかも知れない。それはそれで嬉しくもあるが、やはり話したいとも思う。今まで色んなものを抑え込んだ反動なのかもと紗夜は考えた。

後に今の気持ちを俊哉に話してみるのだが、彼がとある玩具と同じ原理だろうと答えることになる。また、友希那が絶賛その状態であることもその時に知る。

 

「ところで、この前の時から答えは見つかりましたか?あれからずっと気になっていて……」

 

『ああ、そっちはバッチリとな。本当に助かったよ』

 

一番聞きたい答えが帰ってきて、紗夜は安心する。自分のことのように嬉しく思っていたのが何故かまでは分からなかったが。

俊哉は『焦りに駆られた自分』に勝ったと言える。これならまた大きな壁が現れない限り心配は要らないだろう。

 

『俺は答えを見つけた時の貴之(ダチ)程の勢いで突っ走ることはできない……。でも、焦らず少しずつ進んで行けば最後は追いつける。それに気づけたのはお前のおかげなんだ……。だから、本当にありがとう』

 

「そんな大袈裟な……!それに、私がやりたくてやったことですから……」

 

気にしなくてもいいのにと思う紗夜だが、一瞬だけ心臓が跳ねるような感覚を味わう。

自分はそれを感じたが、俊哉はどうだろうか?これは気になっても聞くことができなかった。

 

「では、そろそろ切りますね?時間も時間ですし……」

 

『そうだな。来週から合同練習だっけ?上手く行くといいな』

 

「ええ。それではまた」

 

電話を切ってから充電器を差し込み、そのままベッドに移動して横になる。

そうして寝る前に考えるのは次からの合同練習──もあるのだが、何故か俊哉の割合が大きくなり始めている自分がいることに気付く。

 

「(どうしてしまったのかしら?前までの自分が嘘みたい……)」

 

前の自分に戻りたいか?と問いかければ少し迷ってから首を振る自分がいるので、そう言うことなのだろう。

この気持ちを『らしくない』と言われる可能性は極めて高いが、それは関係ない。大事なのは自分がどう思うかだと紗夜は結論付ける。

今度詳しい人に聞いてみようと決めて、寝れなくなってしまう前にさっさと寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「遠導先輩、こんにちは!」

 

「こんにちは。戸山さん今日も元気だな……」

 

「貴之、すっかりと板について来たわね?」

 

「まりなさんには感謝しかねぇな」

 

合同練習の前に行う顔合わせの日がやってきて、貴之やポピパ、RoseliaはCiRCLへとやってきていた。ちなみにRoseliaは練習をした後、ある程度余裕を持って来ていた。

バイトとは言え貴之もこのイベント中はスタッフであり、尚且つ彼女らと最も年の近い人となる為、今回の顔合わせで名前だけ紹介するとまりなからは教えられている。

それ自体はいいのだが、一つだけ問題があると言えば貴之にはあるのだ。

 

「しかしまあ、女子25人の中に紛れる男一人って中々すげぇことになったな……」

 

「た、確かにそうね……その……大丈夫かしら?空間的な意味でだけれど」

 

「大丈夫って確証は入れづらいが、なるようにするしかねぇか……」

 

「……余り無茶はしないで頂戴ね?」

 

そう簡単にダメになることは無いと思うが、それでも今回ばかりは友希那も心配する。まりなを加えれば26対1ととんでもない人数比率になる。

幸いなのは、一チームに必ず一人は知人がいることだろう。それが貴之の気を少しだけ楽にしてくれた。

特にRoseliaとポピパは全員知っているので、この二チームが最もそれに貢献している。

 

「そっか……一人だけって大変だな」

 

「貴之君のバイタリティなら……大丈夫かなって思うんですけどね」

 

友希那と貴之の二人で話していたことを理解したが有咲が同情し、燐子は信じる旨を告げる。

貴之は以前も狭い空間で女子に囲まれた時間を送っている経験があるし、今回はその時より時間が短いから平気だと思っている。

問題なのは今回がその時よりも明らかに人数比率が凄まじいことになっていることで、まりなを含めれば26対1の黒一点と言う状況になる。これで音を上げたとしてもそれはそれで仕方がない。

ただそれでも、彼なら──と思ってしまうのはRoseliaの五人が共通していた。

 

「え、えっと……その……」

 

「私もみんなも……気にしてませんから、ね?」

 

自分の呟きを拾った相手が相手なので、どうしてもぎこちない反応になってしまう有咲だが、燐子の笑みは柔らかかった。

しかしながら、まだすぐには無理そうなので、早めに整理をつけることを宣言するに留まった。

 

「まあそれもそうだけど、アタシとしては別方面でやっちゃわないかが心配だなぁ……」

 

「……?別方面ですか?」

 

「だって貴之、人の知らないところで女の子に優しくしちゃうから……」

 

──友希那はいいって言ってたけど、やり過ぎはちゃんと咎めなきゃね。リサは一体何を止めるつもりなのかと沙綾は気になった。

今のところ危惧が杞憂に終わっているのでいいのだが、燐子の時だけは本当に肝を冷やしたので多発することだけは勘弁してほしいと願っている。

 

「あっ、遠導先輩お久しぶりです!」

 

「どうも。店のコーヒー、また飲みに行かせてもらうよ」

 

そんな風にリサが考えていた最中、早速貴之がCiRCLに来たつぐみと軽い挨拶を済ませる。

これ自体は彼女の家族が経営する店に度々行っている故の挨拶な為、特に言うことは無い。

 

「あっ、遠導君……。この前は本当にありがとう」

 

「いやいや、そっちも無事に到着できたようでなによりだ」

 

その後更に遅れて入って来た花音と挨拶を済ませる。

これもこれで助けて貰った側が礼を言い、それに返事しただけなので問題は無さそうであるが──。

 

「だ、大丈夫かな……?」

 

「リサ姉、気にし過ぎじゃない?」

 

現に貴之がある程度線引きをしているのはあこも知っている為、Roseliaメンバーの中ではそこまで心配していない。恐らく友希那の次に気にしていないだろう。

と言うのも、あこの場合は貴之が親しみある一人で収まっていることが大きく、Roseliaの五人では相対的に最も接点が浅い故の結果だった。と言っても、周りの人たちからすれば十分に深い接点なのだが。

 

「今来てるのは四チームですね?」

 

「うん。Pastel*Palettesが遅れそうかなってところだね……」

 

まりなと確認する貴之は流石はアイドルだなと思った。他のチームと比べて多忙故にここは仕方ないところである。

そんなことより、既に21対1の状況ができてしまっているので、この変な緊張を吹き飛ばす意味でも早く本題を始めて欲しいところであった。

この願いが叶わないのはパスパレがまだ来てないことにあり、彼女らの到着を祈るしか無かった。

 

「(部屋が広くても、結局スペースに余裕がないことはあの時と変わらねぇからな……)」

 

ある程度部屋が広くとも、結局空間に余裕がないことは変わりない。以前は友希那と共にいられたことが余裕を作っていたこともある。

そして今回はスタッフとしての立ち位置でいなければならない為、尚更余裕を無くさせてくれるのだ。

顔には出てないが、一旦換気したいと思うくらいには余裕がなくなってきている。そろそろ女子特有の甘い匂いやら何やらに耐えるのが限界に近づいてきている証拠だった。

 

「す、すみませんっ!遅くなりました……Pastel*Palettesですっ!」

 

「間に合ったみたいだね?良かった……」

 

彼女らが間に合ったことで、まりなもそうだが貴之が内心で最も安堵していた。

換気が出来て少し気が紛れるし、後は紹介された時に軽く話すだけなので、もう空間を気にしすぎる必要が無くなったのが何よりも大きい。

まりなが始めると一言言ってくれたので、貴之もそちらに思考を切り替えられた。

 

「みんな、今日は来てくれて本当にありがとう。イベントについてはもう説明を受けていると思うから、省略させてもらうね。私はこのライブハウスで働いている月島まりなって言います」

 

──よろしくね。とまりなが締めくくれば25人から「よろしくお願いします!」と返ってくる。

大勢から挨拶を貰って嬉しさを感じた後、貴之のことはこのイベント限りの臨時スタッフであることを説明する。この時貴之は自己紹介をして軽く頭を下げるだけで終わった。

貴之がここでバイトしている声に驚く人も確かにいるが、誰かが未然に防いでくれたか或いは自分に対しての認識がフラットなのか、貴之が危惧していたような目は無い。

その後は早速香澄から順番に自己紹介をしていき、友希那の番になる。

 

「私は湊友希那。Roseliaでボーカルをしているわ。 このイベントには他のチームを教え、他のチームから学ぶ為に参加させて貰うけれど、聞く時や話す時は遠慮しないで貰えるとありがたいわね。どうぞよろしく」

 

「教えて……学ぶ?」

 

友希那の紹介に疑問を持った少女──蘭が反応する。

黒い髪を短く整え、赤いメッシュを入れている彼女はアフグロのギター&ボーカルを担当しており、作詞も彼女が行う。

一見して不愛想な印象を持たれがちな彼女だが、実は弄られた反応の良さや、幽霊等への耐性が低かったりと意外な面を持っている。それを貴之らが知る機会があるかはまた別だが。

なお、彼女はつい最近までは父親とは非常に仲が悪かった。原因は華道を継がせたい故にバンドを否定的に見ていた父親と、幼馴染みたちが作ってくれた場所だからとそれに反発する蘭によるものである。

転校の都合で友希那と離れることになったが、また会えると信じて自分の道を進んだ貴之と、最初こそ敬愛する人を否定した者たち憎しで暴走したが、最後は皆のおかげで自分の在り方を引き戻した友希那はどちらとも父親との仲が悪くならなかった為、知った場合は明確的な対比点となるだろう。

 

「教えると言うのは、他のチームの技術力を向上させる為にアドバイスなどを送る……学ぶと言うのは、私たちがチームを組んでから日が短いので今後の為に他のチームが持つ音を知るになります。FWFに出たとは言え、私たちも知らないことは多いですから」

 

「(まあ、デカいフェスに出てるって言うし、()()()()()凄いんだろうな……)」

 

紗夜の説明を聞いた巴は、恐らくその肩書きがなかったらスイッチが入ってしまっただろうと考える。

何事も無ければ問題無いのだが、彼女は基本的に煽り耐性が低い。故に今回は紗夜の落ち着きある言動が助けとなった。

この後沙綾が一曲ずつ順番に演奏するのはどうかと提案が出て、それに全員が乗らせて貰った。

 

「なるほど……こう言う演り方もあるのね」

 

「このチームは……で、このチームが……ですか」

 

実際沙綾の提案はありがたく、友希那と紗夜は早速他のチームの音や方針を見ていく。

先に他のチームが演奏した後にRoseliaが演奏し、最後にポピパが演奏して一通り全チームの演奏が終わる。

 

「おお……っ!このチーム楽しそう……」

 

「だね~♪アタシも聞いてると思わず体を動かしたくなっちゃう」

 

「心が弾むような……いい音ですね♪」

 

この際にポピパの曲調を聞いたあことリサ、燐子の反応であった。友希那と紗夜もこのチームが「自分たちにないものを一番持っている」と感じ、期待を寄せた。

また、一通り演奏をした後に香澄が「ミニライブをやってみたい」と言い出したので、まりなは少し考える。

 

「そうだね。このイベントの宣伝にもなるしいいかも……。後でオーナーに掛け合ってみるね」

 

「(まりなさん、俺に気を遣ってくれたのか?)」

 

実際すぐに移動されようものなら、貴之はこの後何をするかわからないまま女子だらけの空間に取り残される為、例え友希那やリサに気を遣ってもらおうとも、心持ちが阿鼻叫喚になっていただろう()()()()()()

今後の予定はまず初めは二チームずつで合同練習を行い、互いを知っていく。その後はイベントに向けて練習をしながら何か試みができた場合はそれも並行して行う形となる。

ここまで方針が固まったところで話しは一度終わりとなり、まりながオーナーに相談している間、貴之は各チームの合同練習の割り当てを行っていく。

 

「や、やっと終わった……」

 

「一人に任せちゃってごめんね……。何か好きなの買って行っていいからね?」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

全員が去った後、突っ伏すのを我慢していた貴之はまりなから差し出された小銭を受け取る。丁度CiRCLで販売しているドリンク一つ分である。

退勤を済ませて一つ買ってからCiRCLを出ると、すぐ近くで待っているRoseliaの五人がいた。

 

「待ってたのか……。俺の為に」

 

「あはは~。まあ、あの状況に取り残されてるのは流石に放っておけないからね……」

 

「お疲れ様。どこか落ち着ける場所に行こうという話しになっているのだけど……あなたも来る?」

 

友希那の誘いには素直に乗らせて貰う。とにかく少しでも早く休みたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そうして辿り着いたのはファミレスであり、軽食と飲み物だけ頼んで注文が来るのを待つだけにする。ちなみに、CiRCLで買った飲み物は飲み干してしっかりとした場所に捨てておいた。

 

「何だったんだあの地獄絵図は……」

 

「いくら貴之君でも、最初は難しかったんだ……」

 

「貴之さん、ホントに大変そうだったもんね……」

 

待っている間、貴之が情けなく突っ伏すのも仕方がないだろう。Roselia五人と接しているだけならいつも通りだなで終わっていたのだが、今回は訳が違う。

まりなに説明を貰った後の合同練習における時間決めは、一人で複数人もの異性に業務応対でやらねばならなかったので気を回す場所が多すぎて大変で仕方がなかった。

そこから解放され、異性とはいえ全員がそれなりに気を許せる人だけの状況になったので、少しくらい脱力したっていいし、彼女らもそれを許す。

 

「こうしてみると、玲奈ってよく平気でいられるよね~……何でだろう?」

 

「昔からと言う慣れが大きそうね……」

 

「と言うよりも、今回は人数比率的に無理があったのでは無いでしょうか……?」

 

後日聞いてみたところ、玲奈はヴァンガードを始めた時点で紅一点の状況が多すぎた故の慣れだった。

その為、貴之も慣れれば行けるだろうと思われるが、玲奈のように3対1や5対1程度から少しずつではなく、いきなり26対1なのだから、いくら何でも無茶がある。

貴之が突っ伏すのをやめた直後に注文が届き、軽食を摘まんだり、飲み物を飲んだりしながら雑談をしていく。

 

「なるほど……あそこの五人か」

 

「あのチームからは、私たちに無い物をより多く得られそうだと思っているわ」

 

やはりここで上がってくるのは他のチーム内で、どこが印象に残ったかになる。

今のところ、今後に強く期待できるポピパと、分かりやすいスタイル故に伸ばす方針が付けやすいアフグロが二強であった。

 

「おねーちゃんたちのところ、Roseliaとは違うカッコよさがあったんだよねぇ~……」

 

「王道スタイルで分かりやすいロック系だから、映えるんだよねぇ~♪」

 

アフグロのスタイルは王道故の分かりやすさから受けが良く、万人受けしやすい。

その代わりに誤魔化しを利かせづらいと言う難点はあるが、自分たちの成長等は非常に分かりやすい。

 

「『かげろう』みたいな感じ……でいいのか?花形のスタイルって言うし」

 

「うん。丁度そんな感じかな……Roseliaは曲を考えると『シャドウパラディン』かも?」

 

「集まった経緯で考えると『ゴールドパラディン』とも捉えられますが……」

 

()()()()()()()()()()()()と思うわ。きっと、そう言うことだってできるはずだから……」

 

貴之の思いつきから始まった考え方は、友希那の考えに賛同する形で収まった。

そうして暫く雑談した後に解散となり、貴之は友希那とリサと共に三人で帰路に付く。

今後のことを話しながら歩く帰り道の途中で、誰かの携帯が着信音を鳴らす。

 

「……瑞希さんから?」

 

貴之の携帯からであり、まさかと思った貴之は一言だけ詫びを入れて電話に出る。

彼女のことを全く知らないリサは誰のことかを聞くと、友希那がかいつまんで答えた。由衣のことは知っていたので、そこまで問題にはならなかった。

 

「もしもし、遠導です」

 

『いきなりごめんなさいね?今大丈夫かしら?』

 

「大丈夫です。どうしました?」

 

少しだけ焦燥感のある声音が聞こえたので半ば反射的に答えてしまうが、実際帰るだけなので貴之はあまり問題なかった。

ならばと瑞希から告げられた言葉は、ある意味では一番待っていたものであった。

 

『この前言っていたあの力のこと、遂に調べが着いたわ』

 

「……!それ本当ですか!?」

 

これで今後どうするかは決めることができるので、非常にありがたいものだった。

日程を決めてからまた連絡すると伝えて、一度電話を切らせてもらう。

 

「二人とも、こないだ俺が耕史さんとファイトした時に使った力のこと……覚えてるか?」

 

「ええ。もしかしてだけれど、さっきの電話は……」

 

友希那の確認に貴之は肯定を返し、三人と俊哉の大丈夫な予定を確認する。ここで俊哉が入るのは、分かり次第伝えると約束しているからだ。

そして行くのは翌日となり、後は時を待つだけになった。




一先ず2話と4話が完了です。1話と3話が飛んだ理由は完全に原作ままにしかならないせいですね(汗)。

それはさておきとして、今回の変更点は……
・香澄たちが直接事務所に赴くのではなく、紗夜からの電話がイベントを知る起点
・リハーサル前なので少し時間をおくところだったのが、リハーサル後の空き時間故にすぐに決まる
・Roseliaが最初から出るのを確定させていて、友希那と紗夜が当たりの強い言い回しを避ける。
・↑に伴い、巴が煽りに乗っかるようなことが無くなり、沙綾の提案で一度演奏する形に
・まりながすぐオーナーに掛け合うのではなく、貴之に気を遣って話しを終えてから掛け合う
分かりやすい点としてはこの辺りでしょうか。

なお、Roseliaとポピパを省き、貴之と面識を持っている人から見る彼はこうなります

つぐみ……時々友人と一緒に店に来てくれる、優し気な雰囲気あるヴァンガードファイター。
話しを聞いた限りでは他人に気を回せたり、最近は友人と協力して他の人にヴァンガードを教えていたりと結構器用に見える。
また、ひまり経由で友希那との関係は聞いたことがあり、とても一途な人と捉えており、そんな彼と共にいられる友希那は幸せだろうと感じる。

日菜……自分の友人二人の幼馴染みにして、片方とは恋人である現在国内最強のヴァンガードファイターであり、何気に自分がいつか来ないかと待ち望んでいた『何か一つの分野でいいから、努力で全てに打ち勝った人』。結果として自分が姉と仲直りする機会を作ってくれた恩人でもある。
友希那から貴之を取るつもりなど更々ないが、友人も姉もやっているヴァンガードに興味はある為、今度教えてもらいたい。

花音……自分が迷子になった時に助けてくれた人。五年も離れているのに土地勘しっかりしているのは凄い。
『白金さん案件』は聞いたことがあるものの、少しだけ話した限りではそんなことをする人ではないと思う。同じバイト先の彩が知っているなら今度聞きたい。

この三人から見るとこんな感じです。これは貴之と対面次第、実際に話した印象を再び書いていきます。ちなみに、とある玩具とはゼンマイで動く車の玩具です。

次回は一旦貴之の能力に関する話しになると思います。


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パーティー3 超越者への祝福(ストライダー・ギフト)

予告通り貴之の能力が判明します。

ガルパの復刻ガチャで逃したリサの水着☆4と、Morfonicaピックアップガチャで☆4ましろが出たので歓喜です。

また、火曜日にやっていたヴァンガードchで『マジェスティ・ロード・ザ・ブラスター』のデッキが発売するのが決まって驚き、早速予約してきました。


「悪いな。急に呼んだのに」

 

「いや、俺も正直暇を持て余してたんだ……寧ろありがたい」

 

瑞希から電話のあった翌日の昼過ぎ、向かう先の都合もあり後江の校門前で四人は集合した。友希那とリサは練習があったので、リサはベースを背負ったままである。

現地集合でもいいかと思ったが、貴之以外は一回しか行ったことが無い、または一度も行ったことがないなのでそれはやめにした。

 

「意外に早かったのか?」

 

「多分な……何も知らないところからだったし、早いんだろうな」

 

貴之にその能力が発現してから約一ヶ月程であり、無から調べているのなら間違いなく早い。

当時『PSYクオリア』のことを教えて貰った際、瑞希が人を殺すことすら可能な分厚さを誇る本を一冊持っていたので、恐らくあの中から探しているのだろう。

ともあれ、自分の能力についてが分かり、今後どうするかの判断もできるのでありがたい知らせであった。

 

「そう言えばさ、これからどこに行こうとしてるの?」

 

「その……この前のこともあるから、あなたには凄く言いづらいのだけれど……」

 

──結衣のバイト先で、貴之が『ヌーベルバーグ』に慣れる為に通い詰めだったカードショップよ。思い切って告げた友希那だが、言わなければ良かったのではないかと思って来ている自分がいるのに気付く。

何しろリサの表情が笑みに変わるものの、目が笑っておらず、心なしか周りから熱が奪われているように感じる。

これ自体、事情さえ知っていれば何故そこに通い詰めだったのかはすぐわかるのだが、生憎リサは何も知らない人だったのだ。

 

「ねぇ貴之……何で?」

 

「今から行く場所は人が殆どいないし、結衣もファイターだったから、練習には絶好の場所だったんだよ……」

 

「まあそれなら仕方ないけど……」

 

──何で、そこでだったの?と聞こうとしたところで、結衣と顔を合わせた当時は復帰に向けて慣らしていたことを想いだす。

この後知ることになるが、貴之は結衣とファイトすることで『PSYクオリア』への対策を、結衣は貴之とファイトすることで錆びついた腕の取り戻しをできていたのだ。

全国大会当日までは持ちつ持たれつな状態だったが、二人とも得たものは大きかった。

 

「さて、着いたぞ。ここが今日の目的地だ」

 

「へぇ~……こんなところにカードショップがあったんだ?」

 

貴之は何度も世話になった、俊哉と友希那は二回目、リサは始めてとなる『レーヴ』へと到着した。

商店街から遠ざかるように進んでいく為、気づかれにくい場所である。

 

「それにしても、どうしてこんな場所にしたのかしら?」

 

「隠しているのがいいって言うのか?そう言う訳じゃない気もするけど……」

 

友希那の疑問に対する答えを、俊哉は持ち合わせていない。これは今答えなかった貴之も同様である。

貴之が前の場所で世話になった時もそうなのだが、何故かこの店は人目に付かないような場所で経営していた。

しかしながらそれが今回の心置きなく『ヌーベルバーグ』の練習に活用できたので、店事情はさておきとしても貴之と友希那の恋仲には大いに貢献している。

そんな店の中に、貴之の催促を受けてから入るのであった。

 

「あら、来たわね?」

 

「どうも。俺以外にも三人一緒してますけど……」

 

同行して来た三人に関しては事前に連絡を受けていた為、瑞希は特に何も言わない。その人らの性分的にはもうじき限界が来るだろうと感じていたからだ。

始めてここに来たリサは、ファクトリーとは違う雰囲気を感じながら辺りを見渡していると、一人見知った人物を見つける。

 

「あっ、ホントだ……!結衣って、ここでバイトしてたんだ」

 

「リサも一緒だったんだね。カードショップ『レーヴ』にようこそ」

 

思えば、結衣の私服はあまり見たことがなかったことをリサは思い出す。

これも結衣が普段からここで働き、リサたちはバンドとして活動しているからに他ならない。

 

「そう言えば、あの二人は今どうなの?」

 

「それがねぇ……絶賛熱愛中なんだよ!この間だってアタシたちがいるのに堂々と……」

 

「ま、待ってリサ!あまり人前で言われると……」

 

最初こそその場の勢いでやっていくことができたものの、こうして言われると恥ずかしさが大いに勝る。

そんなやり取りをみた貴之も、これはやり過ぎたかな?と、思いながら朱色になった頬を指でなぞった。

 

「話しが逸れちゃった……今日は姉さんが調べたのを聞きに来たんだったよね?」

 

「ああ。あれってどんなモノなんですか?」

 

「その話しは長くなるから、腰を下して楽にした方がいいわよ?」

 

カウンターが新設されており、横一列に椅子が並べてあった為そこに四人は座らせてもらう。

向かい側にいる瑞希から見て、左からリサ、友希那、貴之、俊哉の順に座る。この時リサが結衣以外の秋山姉妹とは初対面だったので自己紹介を互いに済ませておく。

 

「さて……長いこと待たせてしまったわね。これが貴之君の言ってた能力のことよ」

 

瑞希は持っていた分厚い本の、付箋ですぐに開けるようにしておいたページを開いて四人が見やすいようにする。

四人がそのページを注視すると、右上にその能力の名称が書かれてあった。

 

「『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』……?それが、俺が手にした力の名前ですか?」

 

「ええ。これは『苦難や高い壁を、本気で乗り越えようとする者にだけ与えられる、祝福の力』とされていて、貴之君の場合は複数の意味合いがあるわね」

 

超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』──それが、貴之の得た能力の名称であった。

この時瑞希が複数の意味合いと言ったので、各々が一度貴之の身にあった出来事をまとめていく。

 

「まずはやっぱり、長年の夢だった全国大会優勝でしょ?これがその『高い壁』になるよねぇ~……」

 

「次に分かりやすいのは『ヌーベルバーグ』の負担を乗り切ったことか。これが『苦難』になるんだろうな……。後は何がある?」

 

前者はリサ、後者は俊哉が挙げた。しかしながら、貴之のことなので自分たちがいない間にも何かやっていそうだと考える。

そこで気になった友希那が、一つ確認を取ることにする。今から聞くことも対象なのではないかと思ったからである。

 

「なら、貴之が『PSYクオリア』に勝つのを諦め無かったこともですか?」

 

「それも当てはまるはずよ。結果としてそれを使った結衣には勝ったし、一真君に勝つことだって、一度たりとも諦め無かったものね……」

 

この時『PSYクオリア』を唯一知らなかったリサが「何それ?」と言いたげな顔をしたので、それ以外の全員が気づいた。

また、『レーヴ』にいた──。つまるところ全員が知っているいるという認識もあって思わず口にしてしまった友希那が気づいて口元を抑えるが、どの道話す必要のある内容だった為お咎め無しとなった。と言うよりも、そうなってしまう話しだったので瑞希の方から配慮不足を謝った。

気を取り直して、リサに「ユニットの声が聞こえる話しを聞いたことがあるか」を問い、その後『PSYクオリア』に関してを大まかに説明する。

 

「ただこの話し、他の人には他言無用だから気をつけてね?今後のヴァンガードに大きく影響が出てしまうから……」

 

「わ、わかりました……。じゃあ、貴之が『ヌーベルバーグ』を使おうとしたのは……」

 

「『PSYクオリア』能力者は的確にトリガーを呼び寄せたりすることが可能だからな……。だったら、そのトリガー能力を無効化すればいいって考えになったんだ」

 

「だから、『ヌーベルバーグ』が必要と感じたのね?」

 

友希那の問いに貴之は頷く。もちろん心配させたのは分かっているが、それだけ自分も友希那との約束を意識していたのである。

なお、結衣とこの場にいない紗夜は、自身の苦悩を取り払った存在故に『ヌーベルバーグ』に関してそれなりに好印象だが、リサからすると貴之が無茶をした決定的証拠なのであまり好ましく思っていない。

 

「正解としては今上げた三つ全てが正解ね……ユニットの声を聞くことはできないけど、貴之君の得た『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』はユニットたちがファイターの意思を汲み取りつつ、それを貴之君が言っていたようにガイドライン等の形で補助してくれる……『PSYクオリア』とはまた違う、ユニットとの縁の証と言えるわね」

 

──と言っても、これはあくまでもヴァンガードにおける話しね。瑞希の言葉を疑問に思った四人に、何故そう言ったのかに対して瑠美が答える。

 

「一応この力、ヴァンガードファイト以外もきっかけに捉えてくれるみたいだから、もしかしたらファイター以外も……って言う可能性はあるみたいですよ?」

 

「ただ、ヴァンガードファイターが最も目覚めやすいとは言っても、現状その力に目覚めたのが後にも先にも()()()()()()()()から、確認のしようがないわね……」

 

「えっ……?俺一人だけ?」

 

誰か一人でもいるのではないかと思っていたが、予想以上に振りきれた答えに貴之は困惑する。

しかしながらその時間は短く、聞いておこうと思ったことを思いついた貴之はそれを聞いておくことにする。

 

「俺が『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を使った場合、何か問題になるようなことは……?」

 

「いえ、そう言うことは記載されていなかったわ……気を付けておくべきとすれば、力に依存しないようにすることだと思うわ。いつの時代も……唐突に力を得て調子づいてしまった人に、ろくな結末は訪れなかったのだから」

 

それはごもっともだと思った。一真と結衣が『PSYクオリア』を使いたがらなかったのも、その禁忌感によるものだった。

自分が持たざる者だったこと、力に関して主観的な考えをしていた故に彼らを救うには至らなかったのだろうと貴之は思い返す。

また、発動方法はユニットに対して心の中で呼びかけるようにするか、絶対に引けないと言う強い意志を持つことにあり、これを発動可能なユニットに『ライド』する直前で行えばいいことが判明する。

 

「と言うことは……貴之がそれを使っても平気なのね……」

 

「うん。だから後は本人がどうするかだけど……もう決まってるの?」

 

「一応な。現状使うなら全国大会みたいに大事でデカい大会か、一真と全力でぶつかる時だけにするつもりではいるんだ……ただ」

 

──これを知った人が使うことを望むなら、俺はそれに応えるつもりだ。貴之がこう言ったのは俊哉の存在が大きい。いなければこの付け加えは一切語らなかっただろう。

それを聞いた俊哉もどうするかは基本的に任せるとして、いつか大会以外の場所で『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を使った貴之に挑みたいと言う旨を告げた。

ならばと貴之が承諾したことで、二人の間での能力に関する取り決めは纏まった。

 

「私たちの方から聞いておきたいことがあるとすれば、貴之君が『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を使える状況を教えて欲しいわね」

 

「今使えるのが分かっているのは、『オーバーロード』、または『グレート』に『ライド』する直前から、別のユニットに『ライド』する直前までですね……『ヌーベルバーグ』に『ライド』する直前からは効力が切れてました」

 

──多分、あのユニットも使えるんだろうな……。貴之は一体のユニットを思い起こす。恐らくこれは友希那とリサ以外は全員が検討を付けているだろう。

また、条件を話した時に貴之は一つのことを思い出し、それを伝えることにする。

 

「俺がこれを手にする直前、どこだか分からない空間で『オーバーロード』と対面したんです。実際に」

 

『……えっ!?』

 

まさかの衝撃的な発言に全員が驚愕する。幻覚だろうと言いたいところだったが、能力発現者である貴之が言うのでそれはできなかった。

ただし貴之からすれば大事なのはこの先であり、ここが最後の分岐点だと思われる。

 

「俺は『オーバーロード(あいつ)』と手を取り合うことを選んだ……。そこが最後に力を得るかどうかの選択肢なんだと思うんです」

 

この時打ち明けたことで思い出した貴之は、一番大きかったのは『ヌーベルバーグ』への再挑戦だったことを告げる。恐らく貴之の場合は『苦難を乗り越える』方が強かったのだろう。

しかしながら、これは力を得る為の条件の内の一つであり、実際は全てが正解だろうと言える気がしていた。

 

「じゃあ、『最後は自分で選べ』……って言うことなのかな?」

 

「多分な……全てを乗り越えたのなら、この先どうするかは自由なんだと思う」

 

推測でしかないが、恐らくこれは『PSYクオリア』とは決定的な差異となるだろう。

一真も結衣も、二人とも突然使えるようになったので、選択の余地は無かったはずであり、そうなると条件が厳しい代わりに、『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』は選択の自由度が高いと言える。

 

「じゃあ、貴之さんの証言も含めて纏めて行きますね……」

 

瑠美が簡潔に纏めることで、『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』の現段階で分かる特徴が整理される。

これは『高い壁や苦難を本気で乗り越えようとする者』が力を得る対象であり、きっかけはヴァンガードファイト以外でもよく、誰でも得られる可能性が高いものの、現状はヴァンガードファイトが一番獲得しやすいと思われる。

力の使用による代償は無く、条件を満たした場合に取得するか否かは選択可能な為、『最初から最後まで自身が選ぶことに意味がある力』であると結論付けられる。

 

「『PSYクオリア』の時もそうだけど、この力も基本は口外無用でお願いね?理由ももちろん、『PSYクオリア』と同じくよ」

 

こうなることは予想出来ていたので誰も反論せず頷く。最後に伝えるべきなら誰かと考えるが、伝えられるにしても現段階では一人……或いは二人だろう。

 

「一真は気づいてたし、アイツには今度俺から伝えるか……」

 

「どうするかな……紗夜には言ってもいいのか?」

 

前者は一番最初に気づいていた人なので順当だが、後者の理由を知るのは貴之一人しかいない。

なので、疑問に思われた俊哉は自分の近況を正直に話し、目的としては自分の目指すべき場所が一つできたことの連絡であった。

それならばと納得してもらえたが、ここで逃れられぬ質問がやってきた。

 

「俊哉って、その時から紗夜のこと気にしてるの?」

 

「ん?まあ、そうだな……」

 

リサの問いに俊哉が歯切れ悪く返すのも、自分の気持ちが良く分かっていないからだった。

しかしながら前日の紗夜の様子と、今回見た俊哉の様子。何かありそうだと友希那とリサは思った。

時間の問題ではあったが、思ったより早かったなと貴之は感じた。

 

「さてと……現段階で分かっていることはここまでよ。あまり情報は多くないけど、少しでも助けになれば幸いね」

 

「初めての事例だったからまだまだ情報は残ってるかも知れないので、もう少し調べてみますね」

 

「また何か分かったら、こっちから伝えるね」

 

超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』に関する話しはここで終わりとなり、何事もなければそのまま解散となる。

そんな状況下で、貴之は一つのことを思いつき、結衣に一つ頼み込む。

 

「一回だけ『ロイヤルパラディン』のデッキを貸してくれるか?」

 

「いいけど……何をするの?」

 

「あのユニットならどうかなと思ってな……」

 

貴之の思惑は自分のデッキなら確かめられるのを知っていた結衣は承諾し、一度デッキを取り出して貴之に貸し出す。

この時の相手は瑞希がやってくれることになり、彼女は自身が本来使う『エンジェルフェザー』で相手をしてくれた。

確認だけ行う為、貴之の先攻でファイトを流すように行い、二ターン目まで持っていく。

 

「(俺が頼んだら、お前は力を貸してくれるか?)」

 

貴之はそのユニットに心の中で語りかけて見るが、特に変化は訪れることは無く、不発であることを知って方をすくめた。

 

「その様子だと、自分の分身以外ではダメそうね?」

 

「みたいです。もしかしたらと思ったんだけどな……」

 

落胆する貴之を見て、友希那は何をしたかったのかを問う。

彼から出た答えは、経歴を知る者なら確かにと納得しやすいものであった。

 

「俺にとっては何かと縁のあるこいつなら、『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』の対象だと思って試してみたんだ……ライド・ザ・ヴァンガード!『ブラスター・ブレード』!」

 

「そう言うことだったのね……」

 

耕史が使い、一真が使い、結衣が使い──と、何かと縁のある『ブラスター・ブレード』で実践して見たが、不発だったのだ。

この為、現段階では『オーバーロード』と名の付くユニット以外は使用不可能だと判明する。

『ブラスター・ブレード』ではダメと言うのさえ分かればいいので、後は素早くファイトを回し、終わった後は結衣にデッキを返した。

 

「今度こそ……だな?」

 

「ああ。使っても問題無いことが分かっただけでも十分だ」

 

万が一のことがあれば使うことを断念するつもりでいた貴之だが、その必要が無くなったことが何よりも大きかった。

──さっきのこと、忘れないでくれよ?俊哉の問いかけに貴之はしっかりと頷いた。

最後に挨拶を済ませてここを離れるのだが、リサがサラッと近い内に複数のガールズバンドが集まってライブを行うイベントがあることを伝える。

流石に全員が行くことはできないので、その時は結衣が行くことを決め、何か分かったら教えることが決まった。

 

「ようやく一段落だぜ……」

 

「使う本人が知らなかったし、ようやくだねぇ……」

 

「これで心配するべきことが無くなったのだから、安心して見ていることができるわ」

 

「本当に人の知らないところでとんでもないことするようになったよな……貴之」

 

貴之にそのつもりはなくとも、やはりそう見えるようなので可能な限り自粛しようかと考える。

恐らくもうここまでの無茶はしないと思いたいが、心構えは大事である。

 

「でも本当に、何も無いことが分かって良かったわ……」

 

「……悪い。待たせたな」

 

友希那が目尻に涙を浮かべていたので、貴之はそっと拭ってやる。

こうしていられるならもう平気だろう。見ていた俊哉とリサも信じたいと思った。

 

「さてさて……俊哉はそっち方面で答え出せるといいね?」

 

「俺のこともそうだが……お前は周り気にしすぎて行き遅れるなよ?」

 

「も、もう……!どうしてそう言うこと言うのさぁ!?」

 

他の人はわからないが、少なくとも俊哉はこう考えている。

何も事情を知らなければこう言った恋沙汰でリサを心配する必要は無いのだが、貴之と友希那の仲を見守ることが多いのを考えると、実はリサが一番危なかったりするのだ。

現に二人は人前でも堂々としていられる性分でもあるのだから、リサにはそっち方面で走る余裕を作ってもいいと俊哉は思っている。

 

「まあ、お互いこれからだな」

 

「そうだね……アタシもちょっと考えてみようかなぁ~?」

 

まだ自分の気持ちを自覚しきれない俊哉と、そもそもそう言った情を抱いた経験のないリサ。お互いに相手ができるまでは暫し時間がかかるだろう。

長い時間を掛けて終着点に辿り着いた貴之と友希那に対し、俊哉とリサはまだ振り出しに近い状態であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今まで心配かけちまったな……」

 

「全くよ……気がつかない内に誰も知らない場所へ行くんだもの」

 

その日の夜、貴之は自分の部屋にて友希那と二人で今日のことを振り返る。

友希那の指摘どおり、『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』と言う誰も踏み込んだことの無い領域へ踏み込んでいるのだから、咎められるのもやむなしである。

とは言えそれは自身が走り続けた故に辿り着いた境地でもある為、これ以上言いすぎるのも難ではあると友希那は考えている。

 

「前に一真が言ってた気持ちが……少しだけ分かった気がする」

 

「……と言うのは?」

 

──誰もいない場所ってのは、寂しいものなんだな……。知る限りでは人類初の『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』保有者となった貴之は、そう言った意味では当てはまってしまうのだ。

ここで一真を上げた理由としては『PSYクオリア』の存在があり、友希那もそれを知っている身だからこそであった。

 

「来れる人がいるかわからないのに、()()()()()()()()と願っちまう……。それが、『PSYクオリア』を手にして以来一真が抱いた願いだったんだ」

 

「誰かに来て欲しい、ね……」

 

──前の私も……そうだったのかしら?話しを聞いた友希那は、暴走時代とも言える頃の自分を振り返る。友治の音楽を認めさせるべく、相応の実力を持つ人を探し続けていた自分がきっとそうなのだと思えたのだ。

五年近く探しても全然見つからない中、初めて来てくれたのが紗夜であり、そこから自分に憧れたあこと復帰したリサ、更にあこから話しを聞き、貴之から勇気をもらった燐子と──最終的に、来てくれる人に四人も出会うことができた。

そう振り返ると、同じ『PSYクオリア』持ちとして結衣があり得たものの途中で辞めてしまった故に可能性が遠のいた一真。自分以外誰も持たない『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』保有者故にいつ誰が来てくれるかの保証すら無い貴之に比べ、自分は随分恵まれているなと思える。

しかしながら、今日の話しを振り返った友希那は何も絶望視をするには早いとも思っていた。

 

「私も、あなたと同じ場所に行けるかも知れないのよね……?」

 

「『PSYクオリア』と違って、ヴァンガードファイトだけじゃないってのが大きいな……」

 

もしかしたら友希那も行けるかも知れない。彼女の場合はバンドが関わってきそうだが、絶対とも限らない。

そこで気づいた貴之はハッとし、一つ友希那に聞いてみた。

 

「もしかしてだが、友希那は……」

 

「どうなるかはまだ分からない……けれど、もしそれを得ることが大切な人の為になるのなら……」

 

──私もあなたのように、得ることを選ぶと思うわ。友希那の見せる優し気な笑みは、こちらへの理解を多分に含んだ上で歩み寄ってくれるようなものだと貴之は思えた。

ただそれは今の貴之にとっては非常に有り難く、少しくらい迷うと思っていた自分が迷わなくていいと思えるようになっていた。

 

「なら俺は、誰かが来るのをのんびり気長に待つとするか」

 

「前に進みながら、でしょう?追いかける人も大変ね」

 

友希那の言う通り、自分を追う人は本当に大変である為、折れないかどうかも大事になってくる。

ただそれでも、誰か一人はいるだろうと思えて、そうなった時は得ることを選択すると言ってくれた人もいるのだから、もう一人で心配することはない。

 

「……貴之?」

 

「いきなりで悪いな……なんか今日は、無性にこうしたい気分なんだ」

 

「もう……前と立場が反対ね」

 

時間も時間なので灯りを消して寝るのだが、耕史と再会した日とは反対に今回は貴之が体を寄せてきていた。

前の礼も兼ねて相手がそう望むのならと友希那はそれを受け入れることを選び、彼に抱かれた後にこちらも抱き返す。

その影響で心臓が高鳴りし始めたので、極力意識しないようにして二人は眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

貴之と友希那が部屋で共にいるのとほぼ同刻、俊哉は紗夜と電話で今日あったことを話していた。

内容はやはり、貴之が会得した『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』のことになる。

 

『そんなことになっていただなんて……。ですが、私に教えても大丈夫だったのですか?』

 

「許可は貰って来たんだ。お前なら大丈夫だと思ったのもそうだし、俺が目指す場所が決まったからそれを伝えたいのもあったんだ」

 

『随分と買いかぶってくれますね?』

 

信じてくれるのは嬉しいのだが、こうして話し過ぎるのも大丈夫なのだろうかと心配になるが、紗夜自身はそんなことをしたくないので自分の時くらいは構わないのだが。

また、先を促すと俊哉はいつか貴之がそれを使わないと決めている場所で、力を使った彼と戦うことを目指すそうだ。

 

()()ではなく、()()……ですか?』

 

「無理してもいいことなんて何も無いからな……。多分、お前に言われるよりも前だったら勝つって言ってたと思う」

 

本当にあの時、紗夜に気づいてもらえて良かったと俊哉は思う。普段のペースを破って無理矢理倍速で走ろうとしていたのだから、もしやらかそうものなら友希那の二の舞を踏むことになっていただろう。

そうなると「それを見て知っていたのに、お前は一体何をやっていたんだ」と言われることは間違いなく、友希那を筆頭に過去を知る知人に何らかを言われるのは火を見るよりも明らかである。

故に俊哉からすると紗夜の存在は非常に大きく、不味い場所へ落ちそうになった自分をせき止めてくれたのだ。

 

「なんか……お前にはこの先もずっと礼を言ってそうな気がしてきた」

 

『そ、そうですか?私は気づいて聞いただけなのですが……』

 

「でも、それが俺を引き戻してくれたんだ……」

 

──だから、ありがとうな。早速礼を言っていることに二人が気づいて笑う。

本当にそうなったらそれはそれで面白いかも知れないと思いながら、話題が再び『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』のことに変わる。

 

『確かに、貴之君らしい力かも知れませんね……』

 

「ああ……そう言えばそうだな」

 

基本的に自分で選択し、それを最後までやり通す。彼に相応しい力だと言えるだろう。

その過程で貴之と彼に関わりのあったRoseliaメンバーが話しに出てくるが、ここで二人ともとある違和感を抱いた。

 

「……」

 

『どうかしましたか?』

 

「分かんないけど、貴之の話題が出た時に妙なモヤモヤを感じた……」

 

悪いことを言ってしまったかと思った俊哉だが、『あなたもですか?』という紗夜の言葉に驚かされることになる。

 

『実は私も、湊さんや今井さんが話題に出た時にもどかしさを感じたんです……』

 

「……マジで?」

 

『冗談でしたら、こんなことは言いませんよ』

 

何とも言えない気分にはなるが、親近感を得たのでそれはそれで良かったと俊哉は思う。

実は紗夜も同じだったらしく、自分一人だけではないと知れると安心するのだなと感じた。

それはさておきとして、二人とも気づいたことが一つあった。

 

「何というか俺たち、結構知らないことが多そうだな……?」

 

『……そのようですね』

 

何故そう感じたのかが分からない。それが共通点であった。

それをどうにかするべく、紗夜から一つの提案が上がる。

 

『でしたら今度、時間がある時に出かけてみますか?それを知る為にも……』

 

「いいけど、そっちは予定とか大丈夫なのか?」

 

『大丈夫です。その為の時間はいくらでも作れますから』

 

まさかの回答に俊哉は心臓が高鳴るのを感じた。恐らく驚きと嬉しさの入り混じりだろう。

一応イベントの合間に所々休日とする日は設けてあるので、そこは各々で有効活用していこうという認識合わせは済ませているようだ。

更に幸い二人とも予定がない日は殆ど自由に動ける為、やることが決まったミニライブ直後の休日にそうしてみることを決めた。

 

「予約しておいて正解だった……ミニライブの方も楽しみにしてるよ」

 

『本当ですか?なら、最高の演奏を準備して待っていますね』

 

紗夜のどこか弾んだような声を聞き、また心臓が暴れだすのを感じる。顔が赤くなっているのではないかと俊哉は思った。

そしていい時間になっていたので、ここで電話を終わらせ、灯りを消してから俊哉は布団に潜り込んだ。

今回のやり取りがあった為布団に入ってすぐに寝れる訳もなく、俊哉は落ち着かないなと思いながら思慮の時間に入る。

 

「(貴之も最初はああだったのか……?いや、あいつは友希那の歌ってる姿だから一瞬のような気も……)」

 

──今度また聞いてみるか?しかしながらそれも悪いような気がして俊哉は悩む。最近になってから紗夜のことを考える時間が増えてきたが、それはミニライブ直後の外出で二人一緒に考えるでもいいのだろう。

そうやって考えているといつの間に睡魔に負けたのか、俊哉は知らない内に意識を放り投げていた。




貴之の能力名はサブタイにもある通り『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』となります。
超越者(ストライダー)』は旧シリーズでGユニットに『ライド』する際の用語『超越(ストライド)』が、『祝福(ギフト)』は新シリーズにてグレード3以上にライドした際に祝福として与えられる『イマジナリーギフト』が名前の由来です。

この能力は大雑把に話すと『範囲が狭い代わりに、誰でも手にすることができる『PSYクオリア』とは違う力』になります。
一真がこれを得た場合は『ブラスター・ブレード』と、それをスキルで対象にしているユニットに限定され、貴之は『オーバーロード』と名の付いたユニットのみが対象です。

Roseliaメンバーだとシナリオ展開の都合上、友希那が一番得る確率の高いものとなっています。取るかどうかはまたその時……ですが(汗)。

前書きで触れていた『マジェスティ・ロード・ザ・ブラスター』ですが……

『マジェスティ・ロード・ザ・ブラスター』が新シリーズで使えるようになることを知る

Roseliaシナリオ2章のことを思い出す

閃いた!

となったので、コイツは必ず使う予定でいることをこの場で保証します。

次回はメインストーリーの6話を書いていきます。この辺りは原作ままだと省略する場面が増えるので、Roselia+他の人チームと言う形でやっていきたいと思います。


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パーティー4 蒼薔薇と夕焼けと先導者と

予告通りガルパメインストーリー6話です。原作を確認したら燐子のセリフ部分一つしか無く、口ごもっているようなセリフだったので「ああ……そう言えばこの時こっちはそうだよね」となってました。改めて比べるとこっちのRoselia結構変わったなと感じずにはいられませんでした……。

ヴァンガードZeroで『ドラゴニック・カイザー・ヴァーミリオン』目当てにガチャを60連してみたのですが、何故か『ブロンドエイゼル』が四枚も揃うと言う事態が発生しました……(笑)。『ゴールドパラディン』使えと言うことでしょうか?


「あっ、遠導君。今日もよろしくね♪」

 

「はい、よろしくお願いします。今日から合同練習でしたよね?」

 

超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』の話しを聞いた翌日。今日も貴之はCiRCLでのバイトに精を出す。

まりなに問うた通り、今日から各バンドによる二チームずつでの合同練習が始まる為、貴之はその様子を見てどんな感じかを教えて欲しいと言われている。

無論、自分がいるとあまり良く無さそうであるのなら、その場合は干渉せず静観に移行するのでそれを判断する目的も兼ねている。

 

「さて、今日の組み合わせはっと……」

 

「RoseliaとAftergrowだね。この二チームは他のチームと比べて我が強いから、衝突しないといいんだけど……」

 

「Roseliaが衝突する気満々な自己紹介はしてないですし、丸く収まるといいですね」

 

貴之が今日のシフト中に当たる場所はこの二チームが行う時間になっている。

まりなと貴之の認識の差は、Roseliaの接点の違いから起こっているものであるが、貴之もアフグロのことをよく知らないと言う問題があった。

その為友希那たちの対応と、アフグロのメンバーが必要以上に突っかかるようなことをしないのに祈るしかないのが現状である。

 

「うーん……遠導君的には、知り合いが多いから気が楽だと思ったんだけどなぁ」

 

こう言うことは年の離れた人だとバンド側がやりづらい為貴之が適任で、全員知人のチームがいる故に気が楽な状況から慣れて貰おうと思っていたのがまりなの考えだったのだが、いきなり難しい状況に当たってしまったのである。

しかしながら他の組み合わせの場合はポピパを入れた方がいいのは確かで、それでも接点の浅さから彼が変に気を遣ってしまうことになるだろう。それが更に頭を悩ませることになった。

 

「そうですね……取り敢えず様子を見て、俺がいたらダメそうならすぐ戻るにしてみますよ」

 

「いいの?なんかごめんね……」

 

彼女の気遣いに貴之は「大丈夫です」と答え、心の準備を済ませてから彼女らが練習している部屋の前まで足を運ぶ。

 

「(()()()1()0()()1()って思ってる辺り、一昨日ので感覚が麻痺してんのかもな……)」

 

まりなには言わなかったのだが、前回の狭い空間の地獄を抜けた後だったせいなのか、変な緊張が起こらない。

幸いにもまだ始める前であった為、ノックして事情を伝えると、邪魔にならない場所にいるならば問題無しとなった。

早速練習をするにあたって互いに自己紹介を済ませ、自分たちのバンドにおける特徴や組むまでの経歴等を話していく。

なお、自己紹介に関しては巴との縁でアフグロとの接点が強いあこのおかげでかなり円滑に進んだ。

 

「……前から気になってたんですけど、技術力のみって結構危なくないですか?」

 

ただし、バンドの方針もと言うわけにはいかず、蘭は自身が気になっていたことを聞いてみる。

これはアフグロがRoseliaとは結成理由が真逆に近しいのが大きく、どこか致命的なすれ違いを起こして分裂するのではないかという危惧からである。

幸いにもRoseliaは同じ場所を目指していく過程で絆は得ており、スカウト案件で起こりそうだったすれ違いは友希那が寸でのところで止めている為、今は平気である。

 

「ええ。自分たちが上に行くために技術力は大切だけれど……それだけでは足りないと思ったから、私たちは他のチームから学ぶのよ」

 

──もちろんタダで教わるつもりも無いから、私たちも技術を教え、互いの向上を目指すの。自分たちの方針は譲らず、かと言って彼女の危惧を切り捨てることもせず、友希那は答えた。

今のRoseliaが痛感しているのは意思疎通の不足であり、先日のリサが不在だった時のようなフォローを利かせられる程にはなっていないのだ。リサは好きでそうしてくれるが、頼りっぱなしは良くないからどうにかしよう──。そう決めていた矢先にアフグロとの合同練習である為、この上なく有り難い状況だった。

何しろ彼女らは長年の付き合いである幼馴染みのみで構成されたチームである為、万が一の時どうするかも固まっているのが予想できるからだ。

そして同時に、アフグロのバンドスタイルはRoseliaとしては最も教えやすいタイプである為、互いが得をしやすいだろうと思ったのだが──。

 

「別にいいですよ。あたしたちの音楽が一番なんで」

 

「えぇ~っ!?蘭ー……ちゃんと教えて貰おうって昨日決めたじゃん……」

 

まさかの幼馴染みが最後の最後で手のひら返しをしたせいで、ギリギリ肩に掛かるくらいの薄紅色の髪を持った少女──上原(うえはら)ひまりが抗議の声を上げる。

彼女はアフグロのベース担当であり、明るく元気があり、スイーツが好きと言う如何にも現代女子の持つ要素を詰め込んでいる人物と言えるだろう。このチームのリーダーは彼女であるらしい。

ただし彼女時々行う掛け声は毎回総スルーされてしまっており、彼女はこれを目の前の悩みとして後日貴之に相談するのだが、彼からも「みんなが乗ってくれるイメージを持って続けるしかない」と、力押ししか提案されなかった。これはチーム内での流れが出来ていると、貴之が空気を読み切っていることも起因する。

この他にも、彼女はスイーツを好む故に時折食べ過ぎて体重計と格闘する羽目になっているそうだ。これに関しては、人目つかないところで頑張る友希那の姿が好きな貴之は何も触れない方針で行くことにした。

それはさておきとして、蘭の言ったことは確かに問題であり、これではRoseliaは狙いが頓挫しかねないし、アフグロとしても初っ端から流れを崩すのはよろしくないところである。

 

「参ったわね……どうすれば、少しでも聞いてくれるようになるかしら?」

 

「どうするも何も、技術力だけのロックなんて……」

 

「ああ……もしかして実際に対面して嫌になっちまったか?」

 

落としどころを探そうとする友希那を拒否する蘭を見て、巴は大方の予想が付いた。

蘭は自分たちの音に誰よりも自信を持っていたが故に、昨日の話し合いでは一番最後まで教わるところは教わると言う提案を拒否していたのだ。

これは自棄になりかけていた自分を助けてくれた皆への恩義もあるし、教えを聞くのは自分たちが一番じゃないと言っているようで乗り気になれていなかったのである。

確かに昨日は渋々と納得したものの、実際にそうするとなればやはり嫌と言う感情が勝ると言う、仲間を大切にする情が裏目に出てしまった。

故にそれを察した巴は、気持ちはわかるが今は我慢しろという旨でどうにか抑えようとする。

 

「(この状況……俺も似たような事あったよな?)」

 

目の前で起きた状況を静観していた貴之は、遠征時代にあったことを思い出しながら解決策を練り始める。

この時、『かげろう』をバンドそのもの、『オーバーロード』を使う自分を友希那、『かげろう』に属するとあるユニットを使うファイターを蘭に置き換えることで、当時に何をやったかを明確に思い出していく。

出来事があった当日は貴之がファイトを終えた直後に、そのファイターが同じ『かげろう』使いと言うことでデッキコンセプトの議論を持ち掛けてきたことが、事の始まりであった。

互いが己の分身たるユニットと、戦い方に自信を持っている故に平行線が続いてしまい、キリが無いのでファイトして確かめようとなったが、最初は優劣を決めるような流れだったのに一戦終わるよりも前にその流れは変わっていた。

一戦目の段階で相手側の戦いを見て、両者とも自分と相手の強みと弱みの分析に移行しており、途中から「こんな戦い方もある」と細部の変更を加えたりして互いに試行錯誤をするかのように、何度もファイトを重ねていく内に意気投合していたのだ。

昼食を取る時間すら忘れてファイトを重ねた結果、両者の強みと弱みを完全に理解した上で自分たちはそのユニットを選び、そこに優劣は存在しないと言う結論に至る。

別れ際には「どちらが先に自分の分身を優勝させられるか」で競争を誓い合い、今回の優勝により貴之の勝ちで幕を閉じているが、相手側は「次は負けない」と恨み節では無く、別の形で再戦する旨をこちらに告げている。

 

「(あっ、そうすりゃいいのか……。ならタイミング見計らっておこう)」

 

貴之は一つの結論に辿り着いたので、後は無理せず様子を見計らって行く。

とは言え一番いいのは自分がやらずとも、誰かが気づいてくれるのが一番いいのは変わりない。

 

「こちらとしても強制はできませんし、嫌と言うなら……」

 

「蘭にここを出ろって言うなら話しは変わりますよ?」

 

「えっ?あの、そう言うつもりは()()()()のですが……」

 

今度は巴が早とちりしたことに紗夜が慌てる番となってしまった。

実際、紗夜としては「聞き流してもいいので」と言うつもりだったが、まさかそう捉えられるとは思ってもみなかったのだ。

 

「あの……宇田川さん、私は何か……言葉選びを間違えたのでしょうか?」

 

「うーん……間違えてないと思うんですけど……おねーちゃん、みんなを大切にしてるからそう言うのだって思ったら許せなくなっちゃうんですよ……」

 

「そ、そうだったんだ……なんかちょっと意外かも」

 

間が悪かったとしか言えない状況だった。相手に自由意志でいいと伝えようとした紗夜と、仲間想いに煽り耐性の低い巴が悪い方向で噛み合ってしまった結果である。

燐子としても、普段あこからは巴のいいところばかり聞いていた為、こう言う一面があるとは思っていなかった。

幸いにも焦った紗夜と困り顔のあこをみて落ち着けたが、余計にややこしいことにしてしまったのは事実である。

 

「これ、そろそろループ始まりそうですよね?」

 

「初っ端からこれ続くと、色々マズいね……」

 

最初はチーム内に合わせるつもりでいたリサとモカも、流れの不味さから動くことを視野に入れる。と言うよりも、リサは一つ提案を出すつもりでいた。

この提案は偶然にも貴之と同じ考えであり、あれよこれよと言い合うくらいなら余程建設的なものである。

 

「ああもう、一旦ストップストップ!アタシら言い合いしに来たんじゃなくて、合同練習をしに来たんでしょ?」

 

リサが両手で音を立てながら制止を掛けることで一旦流れが止まる。

 

「えっと……その……」

 

「大丈夫よ。美竹さんがチームを大切にしていること、それが十分に伝わったから……」

 

面倒ごとの発端になってしまった蘭は真っ先に謝ろうとするが、それよりも前に来た友希那の言葉に驚くこととなる。

何も知らないまま自分たちのことをなじるようであれば、間違いなく静かな怒りと言うものを見せていたと思う。

ただ、今回は蘭のチームに対する想いを知り、それ故の反発だと分かったので許せたのだ。これはRoselia全員が「スカウト案件の時にあった友希那の対応と似てる」と感じたことで、水に流す選択を取った。

Roseliaがいいと言ったので次はアフグロ面々に謝る蘭だが、こちらもいいと言ってくれたのでこの話しは終わりとなった。

 

「さてさて……落ち着いたところで一つ提案。話し合いしても平行線になっちゃうだろうし……お互いに演奏して、相手の良さを見つけて行く形にすればいいんじゃないかな?」

 

「なるほど……『勝手にやるから、勝手に学べ』の精神ね」

 

「(俺と同じこと考えてたな……)」

 

リサの提案を聞いて貴之は安心した。なるべく自分が口出しをするのではなく、彼女らにやってほしいと思っていたからである。

これに関しては先程の二の舞は御免だと思惑が完全に一致した為、早速双方が一曲ずつ演奏を行っていくことになるのだった。

 

「すごい……」

 

「うん、凄いとしか言えない……」

 

「向こうからは強い繋がりを感じたわ……」

 

「古くからの付き合いがある人たちでのチーム、元よりある縁が絆の強さになっているのでしょうね」

 

そうして一曲演った後、両チームとも相手の演奏を聞いたそれぞれの感想を抱く。

最初に出てくるのは、自分たちと比べた相手側の強み。Roseliaの場合はアフグロ側から繋がりの強さ、アフグロの場合はRoselia側から圧倒的な技術力をである。

そして、その強みを理解して自分たちのチームに組み込めるなら組み込む、組み込めなくとも知識として蓄える──。これを自分たちだけでなく、相手側にも促すのが友希那たちの狙いだった。

最初のトラブルで少々遅れてしまったが、一先ず第一歩は踏めたところで、ここから更に詰めたりしていくことになる。

 

「改めて聞くようになるけれど、私たちの演奏はどうだったかしら?」

 

「めっちゃかっこいーっすね~。ちょっと鳥肌たったかも……ねー、蘭?」

 

友希那の問いには促しのチャンスであると見たモカが反応を示し、そのまま蘭に振る。

こうすれば蘭も無言を貫くなどという真似はできず、何か答えるしかない。

 

「……まあ、悪くはない、かな」

 

「またまたぁ~……蘭はですね……」

 

──『サイコーでした!私、泣いちゃいそうです!』っていってまーす。と、モカが素直ではない蘭の代わりに称賛している旨を告げる。

誇張表現であったが故に蘭が食いつくことにはなるが、Roseliaの良さは認めているので強くは出ない。

 

「アハハ……蘭も素直じゃないなぁ~。少し前までの友希那みたいだね?」

 

「む、昔の話しはよして欲しいわ……」

 

当時なら洒落にならないが、今だからこそ笑い話で済ませられる。

この時貴之は以前に聞いた暴走時代なのだなと考えた。

 

「でも、Roseliaもしっかりとチームでの信頼とか見えたんで、そこは安心と言うか……」

 

Aftergrow(そちら)程ではないけれどもね……」

 

しかしながら、蘭としては自分の危惧した部分が無いと思えたのでそこは良かったと思う。

それと同時に、友希那の返しから彼女らが自分たちからどこを知りたいのか、その一つが分かった気もした。

 

「おねーちゃん、おねーちゃん!あこのドラムどうだった?」

 

「相変わらず凄かったよ。てか、また上手くなったんじゃないか?なんにせよ、流石はあこだな!」

 

「えへへ~……りんりんや皆のおかげだもんね~っ!」

 

そうして友希那と蘭が互いの思想などを改めて話し合う中で、あこと巴が互いにドラムのことで話し合う。

こちらは姉妹である故に他のどんな人たちよりも気心が知れいているので、最早日常の一環も同然に話しが進んでいく。

ここで燐子の話しが出たことで、巴が一つのことを思い出す。

 

「ああ、白金さんのことで思い出した……。あこが色々助けてもらってるって聞いてたんで一度お礼が言いたかったんですよ。いつも妹がお世話になってます」

 

「いえ、そんな……私も、あこちゃんには助けてもらってますし……」

 

妹のことを良くしてもらえているなら、それだけでも有り難い話ではある。

対する燐子も燐子で、あこがいなければそもそもRoseliaに加入するという行動すら起こさない可能性が高かったので、それを考えるとこれ以上に無く助けられている。

どうやら妹はいい人たちと巡り会えたらしい──。それを知れたので巴としては一安心である。

そんな姉妹のやり取りを見て、反応を示す人が一人いた。

 

「度々話しを聞くことがありましたが、彼女が宇田川さんのお姉さんですか……」

 

「あっ、はい!ホント、仲のいい姉妹なんですよ」

 

反応したのは紗夜であり、つぐみが言う通りその仲の良さが伺える。

紗夜は『姉』と言う立場上での理想像として、今までは小百合が上がっていたが、巴のあの姿もまた一つの理想形だと思えた。

 

「いいなあ……私、一人っ子なので『きょうだい』って羨ましくって……」

 

──巴ちゃんみたいなお姉さんがいたらなぁ……。つぐみの抱いているささやかな願いを聞き、紗夜は以前の自分とは正反対だなと思いながら、そんな考え方もあるのだなと感じた。

また、今も目の前で仲良くしているあこと巴を見て、自分と日菜はこの二人に近いのかも知れないと紗夜は思った。

 

「私たちは頂点を目指している。そして、その為には多方面から自分たちを知るべきだと思ったの」

 

「なるほど……じゃあ、あたしたちが一番ってことを知って行ってもらいますよ?」

 

「蘭-、また対抗心が表に出てるよー?Roseliaの音楽はかっこよかったじゃん。うちはうち、よそはよそだよー」

 

モカに窘められ、蘭は「あっ……」と自分がまたやってしまったことに気づいた声を出す。

互いが一曲終えて暫く話し合いが続いたところで、リサが一つのことに気づいた。

 

「なんか、やっぱりアタシたちのバンドって似てるね?」

 

「……そうですか?」

 

「自分たちの音楽が一番だって誇りを持ってる。それは……誰にも譲れないものってことでしょ?えっと……そういう信念、って言うの?」

 

──それを持って音楽をやってるところは、一緒じゃない?リサの問いかけに全員が納得する。

譲れないからつい言い合ってしまうのは、互いにそれを持っているから故であり、同時にそれは互いに良い刺激になると思える。

そんなこともあり、リサはこの合同練習をかなりいいものだと思っている。

 

「うんうんっ、そうですよね!」

 

リサの意見に対し真っ先に同意を示したのはつぐみで、彼女はRoseliaにとても刺激を受けた人であった。

蘭も彼女に負けじと刺激を受けており、ただ黙って聞いているのが難しくなっていた。

 

「みんな、もう一曲行こう」

 

アフグロ側は全員揃ってもう一曲演りたい衝動があったので、誰も反対せずに準備を始める。

 

「湊さん、アタシたちの持ち味……しっかりと受け止めて、持って帰って行って下さいね?」

 

「もちろんそのつもりよ。そちらが終わった後、私たちも持ち味を見せる……みんなもそれでいいかしら?」

 

巴の念押しに頷きながらの問いに、Roseliaの四人は頷き、全員が問題無いとなったところで、アフグロが二回目の演奏を始めた。

 

「うんうん。やっぱりアタシたちいい関係になれそうだね♪まあ、ケンカは避けたいけど」

 

「(どうにかなるかと思ったが、これなら問題なしだな……)」

 

リサが今後のチーム間での関係を考えて、貴之は合同練習が継続可能なことに安心する。

そしてアフグロとRoseliaが一曲ずつの演奏を終えた後、各パートごとにRoseliaがアフグロに技術を教え、アフグロがRoseliaに全体の繋がりや誰かが不在の時におけるフォローを教えと、本来狙っていた流れに引き寄せることができた。

教え教わりをやっている内に時間は進んで行き、スタジオを借りていられる時間の半分が経過しよう頃になっていたので、一度休憩を挟むことにした。

その時貴之は一度スタジオの電話を使い、まりなに現段階でどのような感じかを伝えておく。

 

『そっかぁ……それなら良かったよ。なら、残りの時間もそのまま見ててもらっても大丈夫かな?』

 

「はい。一昨日の空間と比べたら何ともないんで、大丈夫です」

 

『あ、あはは……一昨日と比べて、相手の人数が四割近くまで減ってるもんね』

 

まりなは貴之が異性のみの空間に一人残されて平気かを心配していたが、本人が予想以上に平然としているので困った笑みをすることになった。

実際貴之はかなり順応が早い人であり、今回もそれが表に出てきているのだろうと思えた。

後でまたどうだったかを教えて貰う旨をまりなから告げられた貴之は了解の意を返し、そこで電話を終えた。

 

「取り敢えず、今の調子のまま行けば……」

 

「あの……すみません」

 

──何も問題無いな……と、言いかけたところで声をかけられた貴之はそちらに振り向く。

声を掛けてきた主は蘭であり、何やら気まずそうな表情をしているので大体の事情をそこで察した。

 

「さっき自分から揉め事作ったこと……気にしてる?」

 

「その……ホントにすみません。巻き込んじゃって……」

 

案の定当たりであり、どうやら今回貴之が同じ部屋にいたので大分気にしていたようだ。

アフグロの面々はどこかしらの経由で全員が貴之と友希那の関係を知っており、目の前で恋人を悪いように言ったら……と言う面も大きかった。

これがつぐみのように貴之の人となりを知っているのであれば、ある程度は気を楽にできただろうが、蘭は今回が彼と初対面である為、気にしすぎるなと言う方が無理な話しだろう。

 

「俺からはあまり言えることは無いからな……友希那たちがいいって言うなら別にいいさ。あれも自分の仲間を想ってだったんだしさ……」

 

「えっ?あ、はい……」

 

しかしながら、貴之は相手の心情等を一早く理解できる人間であり、相手を尊重できる故に問題にならなかった。

まさかの事態に戸惑っている蘭に向けて、貴之は自分がバンドをしている10人の姿を見て思ったことを話すことにする。

 

「最初はヴァンガードとは全然違うんだろうと思ってたんだけどさ……。今日、こうして合同練習見てたら意外と似てるところあると思ったんだ」

 

「似てるところ……ですか?」

 

何も知らないと意外に思うだろう。だからこそ、貴之はどうして似てると思ったのか、その理由を上げていく。

 

「一人じゃ成立しない、みんなで力を合わせて事を成し遂げる、仲間との信頼関係は大切で、絆が深まれば更に先へ進める……その辺りが特に似てると思ったんだ」

 

「えっ?えっと……?」

 

混乱している様子の蘭を見て、貴之は彼女がヴァンガードのことを殆ど知らないことに気付く。そうなると自分の話しを一発で理解するのはほぼ不可能だと言える。

そこで貴之はヴァンガードの世界、ファイターとユニットたちの関係性を話してみるが、蘭は最初に言った『一人じゃ成立しない』を理解するにとどまった。

 

「気が向いたら触ってみるといいよ。俺の言ったことがきっとわかるはずだから……」

 

──意外に思うかもしれないけど、あの友希那と紗夜すら、触ったら理解できたんだぜ?貴之から告げられた真実に、蘭は思わず面食らった。

流石に今すぐやれるかと言われれば違うので、気が向いたら程度に留め、友希那とリサとは幼馴染みだと聞いていたことを話しに振ってみる。

 

「元々家も近いし、三人揃って同年代の子だからってのが面識の始まりだったか……」

 

家族ぐるみでの顔合わせだった為、当時は三家族で集まった。

この時一人は男子がいるかもと父に期待を持てる言葉をもらっていた貴之だが、()()()では自分だけが男子だったので、一瞬だけ何とも言えない顔をしていたそうだ。

なお、貴之以外にも男子は一人いたが、当時は赤ん坊だったのでその子が寂しがらないようにあやすことを教わったりしていた。

そこから数年後、友希那が歌に魅入られて打ち込みだし、その姿に貴之が惹かれたのが全ての始まりと言える。

 

「じゃあ、それを見て遠導さんが選んだのが……」

 

「ああ。ヴァンガードだ」

 

その後は互いに話し合い、友希那も自分の理解しようとする姿勢に惹かれと、徐々に距離を詰めて行ったところで引っ越しがあった。

五年の年月は掛かってしまったものの、二人はこうして晴れて結ばれている。これは別れ際に再会を約束し、貴之がいつか必ず戻ると決意していたのも大きい。

父親の都合だったとは言え、家族関係が今でも良好なのを聞いた蘭は、思わず自分の父親との関係を吐露していた。

 

「これは姉の受け売りだけど、『どんなことがあっても、大切な家族であることは変わらない』……その考え方を持っていれば、少しずつ治せると思う」

 

──大事なのは、どっちかでもいいから気づいた方が歩み寄って行くんだ。これを聞けた蘭は、もう少しだけ正直に話せそうな気がした。

そのことにお礼を言ったところで休憩が終わり、再び練習に戻っていく。

また、貴之と蘭が会話していた時、気になって仕方ない様子のリサに対し、友希那が涼しい表情で窘めていたことを記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの美竹さんが反発したのって、捉え方もあったと思うんだよな……」

 

「……捉え方ですか?」

 

練習が終わって昼食を取り終わった後、貴之はファクトリーにてRoseliaとアフグロのメンバーに先程蘭が反発した原因の推測を話す。

ここに来ているのはこの後貴之が講習会の講師側として参加するので、それを見ようと思ったことに起因する。

例え方はヴァンガードになってしまうことを告げながら、貴之は入れ替え用に持って来ているケースから複数のカードを取り出す。

今回は講習会に参加することから、『かげろう』以外にも必要になりそうなユニットは持ってきていた。

 

「まず初めに、アフグロのバンドスタイルを……この『ブラスター・ブレード』と仮定するぞ」

 

何故?とアフグロの面々は首を傾げる。ここで理解できる人がいるのは友希那とリサくらいだろう。

だからこそ、ここで皆が分かるように問いかける。

 

「貴之、自分と一番縁のあるユニットにしたね……」

 

「全国の決勝で戦った一真も、俺と一番最初にファイトした耕史さんも、この『ブラスター・ブレード』を使ってたからな……」

 

この答えによって、Roseliaのメンバーは理解できた。ちなみに、この『ブラスター・ブレード』は非常に例えがやりやすいのも起因していた。

 

「でだ。今回の合同練習でRoseliaはその『ブラスター・ブレード』を活かすべく、『アルフレッド・アーリー』や『うぃんがる』を組み合わせることをオススメするつもりだったんだが、美竹さんの場合は『ブラスター・ブレード』関係無しにこっち……『ソウルセイバー・ドラゴン』を勧められているように捉えちまったんだと思う」

 

『ブラスター・ブレード』を中心に見ていくと、『アルフレッド・アーリー』は『ブラスター・ブレード』を使い回す為のスキルを持ち、『うぃんがる』は『ブラスター・ブレード』を強化するスキルを持っている為相性が良く、反対に『ソウルセイバー・ドラゴン』と『ブラスター・ブレード』の組み合わせでは一方を使おうとすると、もう一方を遅れさせるまたは使えないになってしまい、相性が良くない。

結衣がその相性の悪い組み合わせでも大丈夫なのは、『ソウル』を継ぎ足せるユニットを多く入れていることと、『ブラスター・ブレード』の退却スキルは使っても大丈夫な時のみにとどめているからである。

しかしながら、この例えはヴァンガードのルールを知らないアフグロ側が理解できるかと言われればそうだとは言い切れず、ルールの一部を説明することでようやく理解を得てもらえた。

流石は全国大会優勝者と言うべきか、実際にやっている姿を見せずとも理解を得るのは見事と言えるだろう。

 

「ん?今日は人が多いな……。まあそれはさておきとしてだ。貴之、バイトお疲れ様」

 

「おう。ここにいるのは合同練習の後、俺の話しを聞いて見に来たんだ」

 

話し込んでいたら開始15分前になっており、大介と玲奈、そして俊哉と今日の講師メンバーがやってきた。

入ってすぐ、玲奈は見覚えある人物を見つけ、そちらに歩み寄って行く。

 

「おお、モカちゃん……つぐみちゃんも来てたの?」

 

「玲奈さんだー、こないだぶりでーす」

 

全員が困惑している中、リサはこの二人とバイト先が同じなのでそれを説明する。

と、ここまではいいのだが、この状況で玲奈が黙っているはずもなく──。

 

「それでそれで?みんなしてヴァンガードやりに来たの?もしかして今日初めて?だったらあたしと……」

 

「はいはい、お前はそうやってまくし立てない」

 

「ああっ!?せっかく女の子を勧誘するチャンスだったのにぃ~!」

 

「全くこいつは……女子を見たらすぐにこうだ」

 

案の定いつもの調子になったので、大介が玲奈の両肩を掴んで数歩引き離す。

そう言えばこれも久しぶりに見たなと、後江組と紗夜、友希那とリサは思った。それ以外の七人は完全に困った笑みを浮かべることになった。

 

「あいつ昔っからああなんだよ……」

 

「タイミング的な意味でも人選的な意味でも、しょうがないっちゃしょうがないんだけどな……」

 

Roseliaにヴァンガードを教えた時もなのだが、話しやすい、幼馴染み、時間が合っていた……と、大体貴之が最適だったのだ。

それが影響して、玲奈が嚙みついてくることになったのだが、こればかりは仕方が無いので互いが我慢するしかない。

 

「始めるけど、準備大丈夫?」

 

『大丈夫です』

 

美穂の問いに四人揃って頷き、早速初めて行くことになる。

最近は新しく始める人がいる場合は予め聞いておくことにしてあり、今日はその人がいない為、最初からファイトしていくことになる。というのも、当日多すぎると時間が押してしまい、普通にファイトしに来た人の時間が大幅に減ってしまうことがあったからだ。

まず初めに貴之と、彼と同じく『かげろう』を使う少年ファイターと一戦交えたのだが、一回終わった瞬間に貴之が違和感に気づいて彼のデッキを見せてもらった。

 

「えっと……『オーバーロード』と『ウォーターフォウル』……それから『ボーテックス・ドラゴン』に『ファイアレイジ・ドラゴン』……?一回聞くけど、グレード3は何枚入ってる?」

 

「グレード3は……16枚入ってます」

 

彼のデッキはグレード3が非常に多かった。貴之の場合ここに戻ってきてから全国大会まで、グレード3が10枚と少し多めな構成をしていたが、彼の場合はその比ではなかった。ちなみに市販されているデッキの場合はグレード3が8枚である。

何が問題かと言われると、これはトリガーユニットとファーストヴァンガードを省いた、残り33枚の内半数をグレード3に費やしているのも同義であり、非常に偏りができている。

もちろん、勝つためにこのデッキを組み替える提案をするのは簡単なので、貴之はこのデッキを組み替えずに勝つ方法を伝えることにする。

 

「まず、このデッキでの引き直しだけど……グレード1とグレード2以外は全て引き直しに回した方がいいな。これだけの枚数があるんだ……『ドライブチェック』も合わせれば嫌でもグレード3は引き当てられる」

 

グレード3は『シールドパワー』を持たないこともあり、手札に多くあっても守りは強くならないし、このデッキだとグレード3以外に17枚しか猶予がない為、『ライド』が安定しづらくなってしまう。

これを聞いた少年は、確かにグレード3がかなりの頻度で手札にやって来ることを思い出した。

 

「グレード2まで行けば後はほぼ確実に『ライド』できるだろうからそこはあまり気にしなくていいけど、グレード2からグレード3に『ライド』する場合、『オーバーロード』か『ファイアレイジ』に『ライド』するのがオススメだ。三ターン目だとダメージが溜まっていないし、『ソウル』にグレード3も無いだろうからな……どちらかと言えばヴァンガード時限定のスキルがある『オーバーロード』だな。ちなみにスキルに関してだけど……相手のユニットを退却させるなら『ファイアレイジ』を、相手にダメージを与えたり『ガード』で手札を使わせたいなら『オーバーロード』を優先だ。ただし、相手のリアガードが一枚もいないなら、(クリティカル)増加で心理的プレッシャーを掛けられる『ファイアレイジ』を勧めるぞ」

 

あまりにも慣れ過ぎている説明に啞然とするが、『かげろう』自体は貴之が使い込んでいるので領域(テリトリー)も同然なことを思い出し、Roseliaの五人は納得し、そのままアフグロの五人にも教える。

するとここで納得できたのはあこから話しを聞いていた巴と、珈琲店で時々話しを聞く機会があるつぐみだった。他の三人は相手の想いを台無しにしないようにしているのを理解するにとどまった。

ちなみに『ファイアレイジ』のスキルだが、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』を行うことで山札の上から一枚を『ドロップゾーン』に置き、そのユニットのグレードの数だけ相手のリアガードを退却させるスキルである。

このスキルで一体も退却させられない場合は(クリティカル)を1増やすので、リアガードがいない場合にスキル発動を推奨した理由である。

 

「『オーバーロード』か『ファイアレイジ』に『ライド』した後も決着がつかず、自分のターンが回ってきたなら『ウォーターフォウル』に『ライド』して決着をつけに行きたいな……。もし自分のダメージが5、そのターンで決着がつけられるなら初めてそこで『ボーテックス・ドラゴン』に『ライド』だ。ここまでくるとこっちは『ガード』がトリガーユニットだよりになっちまうから、ユニットが持っているパワーの高さで一気に勝負を掛けに行くしかないな」

 

「な、なるほど……」

 

納得しかけた少年に、貴之はあくまでも一例なので、参考にしながら最後は自分の戦い方を見つけて欲しいと告げた。

また、これで終わりかと思えばそうではなく、伝えるべきことは残っていた。

 

「もし、デッキを入れ替えることにする場合だけど……『ソウル』が足りないと感じたら『クルーエル・ドラゴン』や『ブルジュ』に入れ替えて『ソウル』を足していくのがいい。ただ、『ブルジュ』の場合は『カウンターブラスト』の使用が増えるから、それを補いたいなら『エルモ』もセットにするといいかな。逆に、『オーバーロード』や『ウォーターフォウル』での攻撃によるリターンを増やすなら、『ドラゴニック・ガイアース』が選択肢に入るな……ただ、こいつのスキルを使うとパワーを増やせないから、そこに注意だ」

 

──最後に、大事なのはイメージだ。そのデッキで勝つことをしっかりとイメージできれば、ユニットたちも答えてくれる。この言葉で貴之のアドバイスは締めくくられた。

ここまでのアドバイスを聞いた少年は次に別の人とファイトしてみたのだが、早速一勝を決めており、貴之の助言は大正解であったことを示した。勝因は貴之が教えた通り、完璧なタイミングで『ボーテックス・ドラゴン』のスキルを発動したことにある。

 

「この子も、この子も可愛いからって選んだんですけど、上手く行かなくて……」

 

「ああ……なるほど。好きな子を多めに入れた感じだね。別に好きで入れることは悪くないよ?偏っちゃってるから、枚数を変えて上げればいいの」

 

別の場所では、玲奈がまだ中学生にもなっていないであろう少女の相談に乗っている。

彼女が使用するのはスキルによる連携が強力なデッキなのだが、それを意識しすぎてデッキバランスが崩れてしまっているのだ。

貴之のようにそのデッキのまま勝つ方法を伝えるのもいいのだが、彼女の場合はその好きなユニットを入れ過ぎて困っている状況なので、今回は適切ではなく、枚数調整のアドバイスとなる。

参考を教えるべく、玲奈は少女が使いたいユニットの中でヴァンガード向きのユニットとリアガード向きのユニットを教え、『ライド』することからヴァンガード向きのユニットを少し多めにすることを勧めた。

 

「じゃあ、この子を二枚までに減らして……」

 

「その子が四枚入れば戦いやすくなると思うよ。それかこの子は三枚までにして、そっちの子を一枚増やすのもいいかも」

 

「あっ、これなら上手く行きそう!もう一回いいですか?」

 

「うん♪それじゃあやろっか」

 

組み替え後再びファイトするのだが、先程よりもずっと良い戦績になっており、教えて貰った少女はその結果に満足した。

 

「このデッキならこれを入れて見てもいいかもな……入れ替える場合は同じグレードの中で、効果を実感しづらいと思うユニットにするといい」

 

「そのユニットを使うなら、こいつを組み合わせるといいかもな……スキルの発動条件も満たしやすくなるし」

 

他の場所では大介が戦術的な視野を持って入れ替え候補を教えたり、俊哉がどうしても使いたいユニットを中心に相性の良いユニットを教えたりしており、教えを聞いた人たちは大体次のファイトで勝敗関係無しに上手く行っている。

なお、俊哉が変に貴之を意識せず自分のやり方を貫いていたので、紗夜としては一安心できる一幕だった。

 

「私、一個思ったんだけどさ……」

 

──Roseliaが私たちに技術を教えるのとあの講習会、同じような気がする。ひまりの得た所感にアフグロのメンバーは納得した。

相手側の意図を理解できたことにより、Roseliaとアフグロの距離を縮めることができたので、講習会終わりに改めて貴之に礼を言うのであった。




一先ずここまでで6話が終わりました。変更点としては……

・蘭の反発理由が『決めたけどやっぱり嫌』と言う形に変化
・友希那が相手の音楽を否定しないことは理解されているので、蘭の反発に譲歩を求める形に
・リサに止められた蘭の反応が反発の続きから、やってしまったことに気付く形に
・紗夜が宇田川姉妹のやり取りを見た反応が、それもまた理想形と捉えるものに

まだまだありますが、主だった変化はこの辺りでしょうか。

なお、アフグロメンバーから見た貴之はこうなります

蘭……心が広く、理解力に優れる人。この人じゃなかったら面倒ごとになっていたかも知れない。姉からの受け売りとは言え、貰った言葉は非常にありがたいので接し方を考えてみようと思う。
後、ヴァンガードを教える姿と実際にファイトしているところ……悪くなかったです。

モカ……同じバイト先の先輩の友人または幼馴染み。今回のおかげでリサからの評価は殆ど理解できた(ヘタレだけは分からなかったが、分からなくてもいいかなと思っている)。リサのあの様子を前にして堂々としているので、頑丈なメンタルが一番分かりやすかった。
今回の講習会を見た限り、教え上手なのかなと思った。

ひまり……羽丘に入るよりも前に友希那を射止めていた人で、国内最強となったヴァンガードファイター。友希那と頻繫に会う姿を見ていたので、行く末を追っていた。
顔がそれなりに良くて料理もできて、性格も優しいと彼と結ばれた友希那は女冥利に尽きると思う。また、講習会の姿を見た限りだと相手の意思を尊重できる人だと感じた。

巴……あこが読んでいるゲーム雑誌に時々出てくる人。燐子やRoseliaの次に世話になっていると聞いたので、ちょっとした恩人でもある。彼が弟と言われてすんなり頷ける人格をしていないので、あこから聞いた話しと照らし合わせて驚いた。
彼の姉に一度会ってみたいかも。

つぐみ……時々友人と一緒に店に来てくれる、優し気な雰囲気あるヴァンガードファイター。講習会の講師をしている姿を見て、改めて凄いファイターなのだと知った。
講習会をやっているファクトリーが家の珈琲店に近いから、ついでに紹介を頼んでも大丈夫かな?(主に新しいメニューを出した時に)

アフグロは全員が羽丘生である為基本的に変な噂が先行したりはしておらず、更には自分の知人が知っていたり、時折目撃したりをすることもあり、全体的に「改めて知った」と言うパターンが多めです。
前情報が極めて少ない蘭がフラットな目を持っていた形になります。

また、講習におけるアドバイスですが、貴之と玲奈には元ネタがあります。

貴之に戦い方を教わった少年の元ネタは『カードファイト!!ヴァンガードEX』のストーリーモード『櫂トシキ編』のラストで『森川カツミ』のデッキを見た際に櫂が伝えたそのデッキでの勝ち方。

玲奈に相談していた少女の元ネタは『ヴァンガードZero』のイベントシナリオ、『マイ&エミ 友情の協奏曲』にて『飛田マイ』のデッキ構成における悩みを聞き、『新田シン』が答えた枚数調整になります。

また、彼ら四人の方針としては以下の通りになります。

貴之……その人のデッキに込めた想いを汲み取り、そのままの構築で勝つ方法を伝えつつ、入れ替えをする場合の候補も教える。

俊哉……相手の一番使いたいユニットを教えてもらい、そのユニットの長所と短所に合わせた組み替え方と戦い方を教える。

大介……どうやってファイトしていきたいかを教えてもらい、それをやりやすいユニットを紹介しつつ、戦い方を教える。

玲奈……相手の方針を聞きながら柔軟に変えていく。三人の思想を足して割ったような感じ。

方針が明確な男三人と、切り替えの早い玲奈で分かれている形です。

アンケートのご協力ありがとうございます。
友希那が半数近くと圧倒的ですね……。最初を飾ったと言うのが大きいかなと個人的には思いました、反対に途中まで殆ど票が無かったリサは最後だったので新鮮味が少なめだったのと、一個前に色々と詰め込んだあこがいたのがありそうです(笑)。

次回はRoseliaとパスパレで絡ませる形になるかと思います。


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パーティー5 蒼薔薇とアイドルと先導者と

予告通りRoseliaとパスパレの合同練習を描きます。

私の仕事先も遂に緊急事態宣言が出たので、暫くは自宅待機となりました。
こうなると見据え遅れて購入したポケモン等もあるので、一先ず現在の投稿ペースを維持し、行けそうならペースアップをします。

アニメ11話でいい意味でとんでもない結果がやってきたので、残り2話が楽しみでなりません!ちなみに6話を見た直後との落差が大きく、それを表すとこんな感じになります。

6話視聴後の私「こんな一方的な結果……嬉しいのかよ……? 満足なのかよ!? 誰が、誰が喜ぶんだよ!うわぁーっ!(絶望)」

11話視聴後の私「行こう、このままの流れで最終話へ……(興奮)」

6話でこうなったのは、ラウクレみたいに熱いのを期待してたら、どう考えてもRASが勝つ流れに持ち込まれていたのが最大の原因だったりします。(次回予告が暗い部分ばかりだったのも尚更)

その為7話を見るまでとても心臓に悪い想いをしていました。Roseliaメンバーがそこまで引きづった様子が無かったのは、時間軸的に見てRoseliaからすれば三度目の転機だったからでしょう(一回目はRoselia1章のスカウト案件、二回目はRoselia2章の大失敗、三回目が6話による結果)。
紗夜は6話でチュチュに煽られていたので、無茶をしたのもやむなしですが……(汗)。

また、RASが7話開始段階で1位になっていたのに、9話の途中で2位に戻されていたのは花の寿命が関係しているかもしれませんね……(RASの本来の意味合いは『御簾を上げろ』と違う為、たえが最初に感づいたセリフを元にスイレンで仮定します)。

Roselia=薔薇……10年~20年
RAS=スイレン……3ヶ月

と、調べてみたらスイレン側の寿命が非常に短いんですよね。
これをアニメの流れで行くのなら、『6話でスイレンの花が咲き、9話で一度枯れてしまった』と見れるかなと思った次第です。手入れ次第で伸ばせるとは思いますが、スイレン側は非常に難しいのでしょうね……(薔薇も結構難しいそうですが)。


Roseliaとアフグロで合同練習を行った翌日。貴之は再び合同練習の様子見を任されており、その開始15分前になる頃にカウンターのところで少し考え事をしていた。

今回の合同練習はRoseliaとパスパレと言う、再び面識を持っている人が多くそれなりに気が楽な場所となっているのだが、一つだけ気になることがあった。

 

「(白鷺さん……どうして俺にあんな情を感じさせたんだ?)」

 

少し前にパスパレのメンバーと顔を合わせたのだが、その時千聖だけこちらに複雑な様子の目を向けていたのだ。

しかもその時に感じ取ったものが『警戒』と『羨望』、『嫉妬』と呼べるものが集まっていたのだ。

この内『警戒』は花女生故に例の案件だろうと済ませられるのだが、問題は残り二つであり、何故そんなものを感じ取ったのかが分からない。

 

「(全く分かんねぇな……話し掛けたことも、話しかけられたことだって一度もねぇし、互いに初対面だよな?)」

 

何故自分にそう感じさせたのかを割り当てるにしても、前以っての情報が少なすぎて今すぐには難しいだろう。

表向きの経歴からある程度想像することは可能でも、それが本当とは限らない為、何処かで探りを入れられればと思っている。

そう言うことの為に身内にお願いするつもり等は無いので、行けそうな時にやってみることにする。

 

「うだうだ考えてても仕方ねぇ……行くか」

 

「今から行くの?良かった……どうしたものかと思って様子見に来ちゃったよ」

 

「あ……それはその、ご心配をおかけしました」

 

流石に、まりなが戻って来てしまうことになるのは予想外だったが──。

気を取り直して二チームが練習に使う部屋のドアにノックをして、今回は友希那が開けてくれたので部屋に入れさせてもらう。

今回も10対1で、内5人がアイドルと言うアフグロの時よりもとんでもない状況なのだが、26対1を経験したせいなのか全然平気だった。

ちなみに、後日これを俊哉に話した時は、感覚狂わないようにと本気で心配され、玲奈には「アイドルに囲まれる空間は楽しかったか?」と煽り半分、試し半分で聞かれた。

貴之自身は「アイドルよりも友希那」と相変わらずのぞっこんを示したので、クラスの人に脱帽されている。

 

「貴之さん、今日もお勤めご苦労様ですっ!」

 

「おう。基本的に俺は昨日と同じ感じになると思うから、そのつもりで」

 

「ねぇタカ君、昨日と同じって?」

 

昨日の段階で何をしていたかはRoseliaしか把握していないので、貴之は合同練習の時間中自分がどうしているかを話す。

ただ見ているだけだろうと思うかもしれないが、今後合同練習を続けられるか否かの判断材料にもなる為、想像以上に重要な役割であることを理解してもらえた。

何をするかが話し終わるといい時間になっていたので、二チームの合同練習が始まっていくことになる。

Roseliaからは友希那、紗夜、リサの三人がそれぞれ日菜との姉妹、友人である為、そこは非常に楽に進む。

 

「私と二人って……同じクラスだったよね?」

 

「「あっ!そう言えば……!」」

 

彩の問いかけにより、紗夜と燐子が思い出す。普段あまり話しはしないが、クラスが同じ以上名を頻繫的に聞くことになるのだ。

それと同時に、彩が例の案件を聞かないので気を遣ってくれたのかなと思ったが、後々日菜が先回りして伝え、聞かないように根回ししていたことを知って紗夜が驚くことになる。

この他にも、羽丘生は全員が二年生で、クラスは友希那がA、リサと日菜がB、麻弥がCと全てのクラスが揃い踏み、あことイヴがチーム内で唯一年下だったりと意外な点が見つかってきた。

また、慣らしを終えたら早速演奏を一回ずつ行い、そこからパートごとに練習──と言う方針で行くことが決まり、早速その慣らしから練習が始まった。

 

「(流石にこんなすぐには分かんねぇか……)」

 

自分から仕掛けられるタイミングが無いので、千聖が向けた情はまだ分からない。

今しばらくは見える事など無いだろうから、練習の様子を見ていくことにした。

 

「何と言うか……私たちの音とRoseliaの音って、対極的な気がするわね」

 

「技術力を持って高みを目指す私たちと、ネームや容姿を活かして売り込んでいく……或いは来てくれた人を楽しませるあなたたち。そこが理由かしら」

 

千聖の感じたことを、友希那が表す。これ以外にも、結成した時の経歴等が違ってくるのもあるだろうと思える。

RoseliaはFWFに出ることを目的として、技術力を第一に集まった──目指す場所と最初に求めていたものが技術と共通していた。

反対にパスパレは事務所の命だったり、オーディションだったり、本来はサポートだったけおど──と言ったようにバラバラな集まり方をしている。

そんな色々と対比的な二チームなので、もしかしたら苦労するかも知れないと思いながら個別の練習を始めて行く。

 

「今覚えてるのがねー……」

 

「なるほど。それならこれからやってみましょう」

 

その中で最もスムーズに進むのは氷川姉妹の場所であり、姉妹なのは元よりなのだが紗夜の教えを日菜がすぐに飲み込むのでとんとん拍子に進んでいく。

ただし、スムーズに行くのはとある問題点にも繋がるのだが──。

 

「(だ、大丈夫かしら?練習時間の途中で教えることが無くなりそうだわ……)」

 

基礎技術を教えるだけだと、日菜の飲み込みの速さではすぐに終わってしまいそうなことであった。

一応大丈夫か否かを聞くのだが、日菜は全て大丈夫と返すし、誇張無しにものの二、三回程で飲み込んでいってしまう。

ならばと紗夜はいっそのこと教えられるだけ全て教え、あまりにも進むようなら日菜が演奏する曲を部分ごとに見ていくことを決める。

 

「実は、この部分が苦手で……」

 

「ああ~、そこかぁ……アタシも昔、上手くできるようになるまで時間かかったよ……」

 

反対にゆっくりやっていくのは千聖とリサの場所であり、ここは千聖がベース初心者である故に早すぎると殆ど飲み込めず仕舞いになることが危惧されていた。

教えを請う千聖の姿を見て、リサは過去の自分を懐かしみながら教えていく。それは貴之が自分たちにヴァンガードを教えた時もそうなのだろうと思いながら。

 

「すぐにはできないかもしれないけど、小さな積み重ねって大事なんだよ?今日はすぐそこに体現者がいるしね♪」

 

「遠導君、ね……」

 

すぐ近くに、自分の積み重ねをしっかりと見てくれる人がいる。千聖はそれがこの上ない程彼の幸運だと思っていた。

上手く行けば今回のように()()()()()()()声。失敗しても「次がある」と励ましや応援の言葉が来るのだから、それも彼の原動力だと思える。

それに対して自分は──と思うと、どうしても負の感情を持った目を向けてしまいそうになり、慌てて取り繕う。

 

「まあ、気になったら今度教えてあげるよ。友希那もそうだけど、アタシも貴之とは幼馴染みだからね♪」

 

「そうね……それなら、今度お願いしようかしら」

 

「(リサの言葉に反応したな……。今のは『嫉妬』の情だ)」

 

千聖が取り繕う頃には既に貴之が察知しており、引っ掛かりが掴めそうなところになる。

この時、リサが自分にけしかけない選択をしたのは千聖の経歴を鑑みてのことだろう。

早い話が「天才子役だから、その演技力で引っ張られたら目も当てられない」と言うちょっとした警戒心である。例え貴之が鋼の如き一途さを持っていても、ノーマークは速いと思ったのだ。

 

「届けたい人や、歌への情熱や想いを乗せて歌うようにすると、それだけでも結構変わってくるのよ?」

 

「な、なるほど……でも、届けたい人かぁ……」

 

「そうね……。丸山さんの場合、来てくれたお客さんが真っ先に出てくるのかしら?自分たちが演奏すると聞いて来てくれるのだから、その人たちへの感謝と言う意味合いもあるけれど……」

 

「お客さんを笑顔にしたい!って言う気持ちがあるから、それを乗せればいいんだ……!ありがとう友希那ちゃんっ!」

 

ボーカルは楽器ごとに演奏法を教えることが無く、歌い方と気持ち等の乗せ方が主になってくる。

その為、友希那は自分がどうしているかを彩に伝えた後は、彼女の意図を聞きながら細かに教えていく形となる。

また、彩の方はもうすでに友希那を名前呼びではあるが、友希那自身は相手が呼びたいようにすべきと考えているので、その辺はあまり気にしない。

 

「想いの乗せ方に関してはもう一人先導者がいるから、気になったら聞いてみるといいわ」

 

「先導者……遠導君のこと?」

 

彩の問いには素直に頷く。

この時大丈夫なのかと問われたが、友希那自身は彼の良さを知ってもらいたいと思っているので、寧ろ推奨した。

あまりにも堂々とした対応は、同時に貴之への強い信頼も表しているので、後で聞いてみようと彩は考える。

 

「いや~……こうして音を合わせていると、ついつい楽しくなっちゃうっスね♪」

 

「あこもあこも!なんかこう、光と影が一つとなり……アレが生まれて……って感じで!」

 

意外なところとしては、ドラムを担当しているあこと麻弥のところで、麻弥自身がかなりのやり手だったことから、二人でセッションと話し合いをしつつやっていく形になっていた。

これはあこが言葉で伝えるのが苦手な代わりに音や体での表現が得意であるのに対し、麻弥も一緒に音を合わせながらの方が楽しくていいと言った事で、思想が噛み合った故に実行できている。

ただし、ドラム自体は他のパートと比べて体力消耗が激しいので、後々通しの時に体力をなくさないようにだけ留意している。

また、あこ言い放った『光と影が一つとなり……』と言うフレーズが、後ほど友希那の方針を表す言葉になるのはこの時誰も予想できなかったことである。

 

「動くこと前提のキーボード……その場合だとこうすればいいのかな?」

 

「そんな感じですよ!こちらのキーボードだと……こうですか?」

 

「はい……今みたいに、立った状態でピアノを弾くようなイメージを持ってもらえれば」

 

ちょっと変わったところとすればキーボードの二人で、互いに使っているキーボードを使わせて貰って弾いて見ながら意見交換する形を選んだ。

技術力最優先なので、自分のパフォーマンスの発揮を重視する燐子と、アイドル故に動けることを条件に入れるイヴのスタイルが対極的に当たる為、互いを知る目的も入っている。

結果として互いの良さを知った後、自分たちに合うのは今使っている方のキーボードと結論を付け、今度は技術力と表現力の教え合いにシフトしていった。

 

「(前回がトラブル多めってところはあったけど、今回は何も問題なしだな……)」

 

──白鷺さんがどうしてあの情を向けたかはまだ分からんが……。一先ず練習自体は問題なしなので、今は置いておく。

程なくして前半の練習が終わったので、貴之は昨日と同じくまりなに電話で状況を伝えた。

 

「(正反対な組み合わせってのも、面白い結果を生むんだな……)」

 

片や全員が自分たちの意思で集まり、メジャーへの道すら目指さんとするRoselia。片や様々な形で集まり、最初からメジャー活動をする中で意思を一つにしていくパスパレ。一見すると合わなそうだと想う組み合わせでも、面白い結果を生むのだなと貴之は思った。

──残った二チームとRoseliaが合わさったらどうなるんだろうな?そう考えていたところに、自分に声を掛けてきた人がいる。

 

「いきなりごめんね。今大丈夫?」

 

「大丈夫だけど、どうした?」

 

声を掛けてきたのは彩であり、先程友希那に勧められたので実際に聞いてみようと思ったそうだ。

そう言うことならばと乗ることにした貴之は、先に聞くことだけ聞いてから答えることにする。

 

「参考までにだけど、俺のことはどの辺まで知ってる?」

 

「日菜ちゃんから教えてもらったのと、クラスで聞いた話しの範囲だけになるけど……」

 

Roseliaの内友希那とリサの二人とは幼馴染み、ヴァンガードでは『かげろう』の『ドラゴニック・オーバーロード』を欠かさず使うファイターとして名を馳せており、数年間ゲーム雑誌に名を残し続けた国内最強の『かげろう』使いとされている。

何度も惜敗を重ねてもなお立ち上がり、今回で栄光を掴み、大切な人と想いを通わせて大団円を迎えたのも知っており、花女では有名な案件も誤解であることを聞いた……と言う所まで知っているのを答えた。有名な案件の話しは避けた方がいいと言われていたが、自分の現状をしっかり伝えるべきと思って正直に話すことを選んだ。

最後の一つで大いに安堵した貴之は、自分が『オーバーロード』を使うと決めてからその後のことを話すのが良さそうだと思った。

 

「ファイトを重ねていくうちに『コイツで勝ちたい』とか、『コイツが強いことを証明したい』って言う想いが出てきてな……デッキの構築を考えたり、戦い方の工夫とかも色々やったよ。その想いを表に出して堂々と知らせたかったからさ」

 

「あっ、分かるかも……!私も『夢が叶ってアイドルになれたよ』とか、『見てくれる人に夢を与えたい』とか……そんな想いがあるんだ♪それを上手く乗せて歌えればいいんだけど、何かあるかな?」

 

乗せたい想いは明白だが、乗せ方が分からない彩はそこが悩みだった。友希那は無意識にできるようになってしまっていた身でもある為、そこの説明が上手く行かなかったらしい。

そこで白羽の矢が立ったのが貴之であり、彼の場合は常に意識を忘れないも同然なので打って付けであった。

彩の問いに貴之は、一つやりやすい方法があると前置きを作り、彼女がしっかり聞けるように意識を向けさせる。

 

「やるべきことはただ一つ、イメージするんだ」

 

「イメージ……想像?何をイメージするの?」

 

「今聞いた話しなら……丸山さんの場合は、『パスパレが奏でる音で、皆が笑顔や夢を得る姿』かな。自分たちの活動ならそれができる……そのイメージをしっかりとできれば大丈夫なはずだ」

 

「笑顔や夢……」

 

目を通して、彩は貴之が言った通りのことを想像(イメージ)してみる。

その光景が少しずつ明白に浮かんで来るに連れて、うんうんと頷き、それと同時に笑みが浮かんできた。

ものの数十秒程で完全に浮かび上がらせることができ、彩は一つの答えを出す。

 

「うんっ、何だかできる気がしてきたかも……♪」

 

実践した結果彩はそれを大いにアリだと受け入れ、その回答に貴之も何よりだと安心する。

 

「俺もそうやって『オーバーロード』を中心に集まった仲間たちと、並み居る強敵に打ち勝つイメージは忘れなかったんだ……」

 

「忘れないで今回の優勝なんだもん……努力が生み出した結晶だね♪」

 

「そう言う丸山さんだって、諦めずに色々やってアイドルになれたんだろ?だったらそれも、努力が生み出した結晶だな」

 

──確かにそうだねっ!『努力の末に夢を掴んだ者同士』と言う、思わぬ共通点を見出した二人は揃って笑う。

この直後友希那もそうだと話しが出て、それを拾ってこちらに来た友希那に事情を話せば理解してもらえ、今度は三人で揃って笑うことになった。

また、彩が自分の全国大会優勝のことを『努力の結晶』と称したことで、千聖から先程と同じく『嫉妬』の情を向けられたのに気づいた。

 

「(なるほど……こりゃ普通に話しててもある程度拾えそうだ)」

 

貴之からすれば千聖の抱いている情に気づけるチャンスでもあるし、二チームの親睦を深める起点を作るチャンスでもある為、逃さない手は無かった。

 

「私はテレビで見てたアイドルの姿に憧れて……そこから事務所に入って色々とやったんだ♪」

 

「なるほどね……私はお父さんがミュージシャンだったから、その憧れから始めたわ」

 

「俺はその友希那の歌う姿に惹かれて、色々探した結果辿り着いたのがヴァンガードだった……。だから俺にとって、ヴァンガードは初恋の象徴でもあるんだよな」

 

友希那と彩の場合はよくあるパターンなのですんなり納得できたが、貴之のは衝撃発言だったらしく、日菜を省くパスパレメンバー全員が驚いていた。

始めて聞いた時は自分もそうだったと、氷川姉妹とあこが言ってくれたことにより、驚いていた四人は安堵する。

また、貴之が堂々と言うものだから「一度言われたけど、やっぱり恥ずかしい」と顔を赤くした友希那が貴之の胸に顔をうずめた。

 

「ヴァンガード始めて……同じクラスのやつに教えてくれって頼まれたら、それを引き受けて……そんな感じで友好関係も増えて行ったな。内一人とは親友って呼び合える間柄にもなれたし」

 

「そう言うこともあるんだ……。友希那ちゃん凄いな」

 

「えっ?あ、ありがとう……けれど、私だけじゃないわ。貴之がヴァンガードの道を進むに当たって、これ以上ないくらいの恩人がいるのだから……」

 

「耕史さんには、頭を何回下げても足らないな……」

 

耕史とは誰かと聞かれれば、自分にヴァンガードのアレコレを教えてくれた人であり、今の自分のファイトスタイル確立に一躍買ってくれた人であると説明する。

貴之がよく言う『イメージは力になる』、『この世界ではどんな自分がいてもいい』は彼から教えて貰った言葉であり、貴之は受け売りだったのを正しく理解し、尚且つ自分のものにするまでやってのけて見せた。

そんな姿を見れれば師匠冥利に尽きるだろうと思えるし、実際にそうなっているのを友希那とリサは見ている。

 

「(ダメね……話しを聞けば聞くほど、彼が持っているものを知って、空虚感を煽られる)」

 

「(今度は『羨望』?だが、ここまで引っ張り出せれば判断材料には十分だ)」

 

千聖から向けられた情をもう一つ感知したことで、貴之は自分の経歴が関係していると推測を付けた。

ここまで気づけたところで休憩が終わり、また練習に戻っていく。

 

「さてと……俺の成分は取りきったか?」

 

「ええ。また行ってくるわ」

 

胸に顔をうずめてそのままだった友希那もご満悦だったようで、嬉々とした様子で戻っていく。

通しと聞き残しの確認を中心に後半は行っていき、この時に友希那は麻弥のドラムの腕前に驚いた。予想以上に技術力が高かったのである。

仮にあこよりも早く彼女と出会って引き入れたとしても、オーディションやコンテストの時に味わえた感覚を得られるかは分からないし、今後何があろうともRoseliaのドラムはあこで決まりなので今更考えようとはしない。

それでも評された麻弥は嬉しく思い、今度互いの息抜きとして音を合わせるのはどうかと誘い、友希那が受け入れたことでそれは成立した。

また、この時麻弥が「フヘヘ」と独自の笑いをして、千聖から怖い目線を貰ったのはここだけの話しであり、貴之もそれに圧倒されて何も言えなかった。

意外な収穫を発見しながら練習が終わった後、貴之は一つの話しを持ち掛けられる。

 

「実はもうじきこのイベントがあって、私がヴァンガードファイトをやるってことになったの」

 

「どれどれ……。って、何ぃっ!?当日リリースされるデッキでイベントファイトするのか!?」

 

彩に見せてもらった情報を見た貴之が面食らうが、彼女が抜擢された理由は何となく分かる。

このリリースされるデッキは『惑星クレイ』では『アイドル』の枠組みにいる『クラン』であり、現実でアイドルの彼女かパスパレの誰かがその繋がりで呼ばれる可能性はあり得た。

Roseliaの五人も見せてもらったが、見た目が可愛らしいユニットであること以外は詳しく書かれていなかったので、それ以外はよく分からなかった。

そしてもう一つ、この話しを自分に持ちかけたと言うことは──。

 

「なるほど……丸山さん、ヴァンガードに触れたことはなさそうだな?」

 

「そうなの。だから、もしよければ私に教えて欲しくて……」

 

「あっ、彩ちゃんの練習に付き合う担当になったから、あたしも教えて貰っていい?」

 

案の定予想通りであり、日菜が頼んできたのは周りの友人と身内が影響だろう。

また新しく自分と同じものに触れると宣言した日菜を見た紗夜だが、過去の自分からすれば信じられない程自分の反応に負の感情が無いことに気付く。

 

「(何があっても私は私……。だから、焦る必要なんて何もない。自分の道を進んで行きましょう)」

 

理由は価値観の変化と、自身も努力を重ねた結果チームの皆でFWFに行けたことが起因する。

これで終わりかと言われれば今回のイベントに参加した理由が否を告げており、まだまだ上を目指すつもりでいる。

なお、この時『レーヴ』を使えば自分が日菜に教えられるのを理解していた紗夜だが、自分に頼らず何かをしようと言うなら尊重しようと思い、敢えて何も言わなかった。

ただし、デッキ購入に関してはアイドルの立場上かなり目立ってしまうだろうから、自分が融通を利かせることを選んだ。

大丈夫なら来てほしい日がここであることを教えて貰った貴之は少し考え込み、一つ確認を取る。

 

「この話し持ち掛けなきゃいけない相手ができたから一旦連絡するんだが、時間は大丈夫か?」

 

「私たちは問題ないけど……何かあったの?」

 

パスパレは仕事の都合がある為あまり時間を取れないことがあり、一度確認したのだが、メンバー内で最も多忙であろう千聖から大丈夫と返ってきたので大丈夫なのだろう。と言っても、パスパレは午後のどこかに仕事がある都合上事務所に戻らねばならない為、時間の掛け過ぎも良くないのだ。

ただし、猜疑の目を向けられているので、そこは説明しなくてはならない。

 

「知り合いに一人、女子にヴァンガードを教えたいって毎度毎度言ってる女子ファイターがいてな……。そいつが大丈夫なら譲ろうかと思ったんだ」

 

『あっ、そう言うこと……』

 

これによって気づいたのがRoselia五人と日菜の六人だった。こんな話しを黙っていようものなら間違いなく玲奈に何かされるのは目に見えていた。

一先ず許可をもらえた貴之は携帯を素早く操作し、玲奈に連絡を取った。

 

『もしもし?』

 

「いきなりで悪い。貴之だけど、時間はあるか?」

 

『大丈夫だけど……どうしたの?』

 

貴之が自分に連絡を掛けてくることが珍しいので、玲奈は理由を問う。

──さて、吉と出るか凶と出るか……。貴之は今持ちかけられた話しを説明する。

 

『えっ!?本当!?あたしアイドルの女の子にヴァンガード教えられるの!?』

 

「ああ。予定が今言った日なんだけど、お前は行けそうか?」

 

『ちょっと待っててね~。予定確認するから……』

 

最初は弾んだ様子の玲奈だったのだが、段々と落ち着いていき、最終的に『ぐすっ……』と涙ぐんでいる声が聞こえて来た。

 

「ん……?おい玲奈?何かあったのか……?」

 

『そんなぁ……あたしこの日、一真君とお出掛けする予定入れちゃったよぉ……』

 

「う、うわぁ……なんつぅブッキング」

 

玲奈の予定はどう考えても外せない予定のそれであった。お出掛けと引き換えに自らの願望を切り捨てる──とても悲しい選択をするしかなかった。

 

「ならしょうがねぇか……取り敢えず、また今度な?」

 

『うん……今度感想よろしくね……』

 

終始悲しみを纏った声で話すので、貴之は途中から罪悪感で満たされる電話をようやく終えることができた。

 

「ダメみたいだったから俺が行くよ。と言っても、事務所の場所とか知らねぇが……」

 

「なら、当日あたしが案内するから、羽丘の校門前集合にしようよ!仮に一人で行けても、手続きがあるから誰かいないとだし」

 

「もしものことがあったら、ジブンが代役しますね」

 

花女だと用が無いのにどうして来た?になってしまうことになりかねないので、この選択となる。パスパレ内では唯一、日菜が今日よりも前に貴之と面識を持っていることが決め手となった。

話しが決まり、まだ連絡先を持っていないことに貴之が気づいたので、日菜と麻弥の二人と連絡先を交換しておく。

 

「あ、アイドルと連絡先を交換するとか夢にも思わなかった……」

 

こればっかりは流石に仕方ないだろう。予想しろと言われても無理があったし、友希那とリサも友人が、紗夜も妹がいきなりアイドルになったと言われた時は驚いたのだから、こう言うことも然りである。

それ故かお咎め無しで済んだらしく、今回リサから例の視線を感じることは無かった。

ただし、後程俊哉と大介を筆頭に男子たちに煽られそうなのが予想でき、そこで貴之が頭を抱えることとなった。

 

「ところで、玲奈はどうして来れなかったの?」

 

「デートだってさ……。そうなっちゃ流石にどうしようもない」

 

「玲奈がデート?なんか意外だね……」

 

知らない内に進展があったことは貴之としても驚きである。女子にヴァンガードを教える願望を満たせなければまだ先だろうと思っていたからだ。

と言ってもきっかけ自体は知っているにしろ、詳しい流れはあまり知らない以上今度聞くしか無かった。

 

「さっきのユニットたちって、どこかで見たような気がする……」

 

「ああ……ヴァンガード関連の日常系コミックだな。ちなみに昨日出た情報だけど、二巻目がもうじき出るぞ」

 

「出るの……?あっ、ホントだ。後で予約しなきゃ……」

 

そのコミックはノリと作風が少女漫画に近しいものなので、一部の本屋では少女漫画コーナーに放り込まれていることがあるらしく、そこを通っているファイターたちは購入時恐ろしい抵抗感を感じたそうだ。

幸いにもこの商店街にある本屋はしっかりとヴァンガードのコーナーに設置している為、そんなことにはならずに済んでいた。

また、燐子はコミック版のヴァンガードもすっかりと愛読しているらしく、主人公と兄貴分の関係が自分と貴之に近しかったことから一気にのめり込んで行ったそうだ。

 

「この人、貴之さんを荒っぽくしたらこんな感じだ……!って思える」

 

「ホントだ……確かにそんな感じだね♪」

 

「ここでもそうなったか……」

 

兄貴分となっている人物だが、主人公を導いていく姿と『ドラゴニック・オーバーロード』を相棒にしているところが貴之によく似ていた。

違いがあるとすれば、貴之が最初から『かげろう』を使っているのに対し、こちらの兄貴分は主人公に『ブラスター・ブレード』を譲るまでは『ロイヤルパラディン』を使っていたことにある。

『オーバーロード』が出たことで、貴之がヴァンガードを初めて以来一度もデッキから外していないことをカミングアウトすれば、イヴがとても感心した様子の目を向けてきた。

また、ここで自分に近しい人物の話題が出たため、それに関する話題を一つ持ち込む。

 

「そうそう。その俺とよく似た人物を主人公とした、コミック版の前日談を描くコミックが近日発売予定だから、気になったら調べてみるといいぞ?」

 

「お、お金が飛んじゃいそう……」

 

「白金さん、そんな無茶をしなくても……」

 

絶対に買うと言わんばかりな目をしている燐子を見て、紗夜は少し焦った。

友希那とリサは貴之が買うことを決めているなら、後で借りることを選択し、彼が承諾したことで成立となる。

と言うのも、コミック版の方を友希那は触り程度でしか読んでおらず、リサの場合は触れたことすらないのも大きい。

 

「じゃあ、当日だな」

 

「うんっ!またね~!」

 

話しもまとまり、キリが良くなったところで切り上げて別れることになる。

紗夜は日菜の為にデッキ選びの協力を決めたので、貴之は自身のデッキ調整をするならそれだけ済ませることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(今日の出迎えは大和さんか……)」

 

話しを持ちかけられて二日後の放課後。貴之は麻弥からの連絡を確認していた。

何でも、少しだけ部活の方に顔を出してから行くらしいので、代わりを頼んだそうだ。

 

「アイドル事務所へ正式に入り込む機会を得るって……お前とんでもないことしてるな」

 

「俺も流石に予想外だった……」

 

こればかりは周りのクラスメイトもそりゃそうだと同意するほか無かった。予想しろと言われても無理がある。

 

「貴之、アイドルの普段見れない顔とかあったらその時は教えてくれ……」

 

「もう既に一つだけ知ってるけど……」

 

──紗夜の前ではあまり話すなよ?貴之の釘刺しに俊哉は頷く。

俊哉自身こう言った人の意外な一面を知るのは好きなのだが、それの嬉しさのあまり紗夜に距離を置かれたら心に刺さるのは目に見えていた。

何故出てくると問わないのは、貴之相手にはお見通しであることと、自身が否定したくない二つの情の重なりである。

 

「大和さんは普段、眼鏡掛けてるぞ」

 

『……!』

 

まさしくアイドルの普段見れない顔なので、全員が反応した。

この後すぐ日菜はどうかと聞かれたが、大体普段からあの感じである為特になしだった。

結果としてあまり日菜のことを知らない人は肩を落としたが、知っている人はやっぱりそうかで終わる話しとなる。

 

「貴之、あたしたちそろそろ行った方がいいよ」

 

「そうだった……。悪い、先に行かせて貰うわ」

 

玲奈に促された通り、互いに予定がある為二人して先に教室を後にさせてもらった。

 

「貴之は分かるが……玲奈は何をするんだ?」

 

「今回ぼかされてるけど、少なくとも貴之とは別件だろうな」

 

俊哉と大介の二人で予想を立てて見るが、結局分からず終いであった。




一先ずパスパレとの合同練習を書ききりました。

ちなみにパスパレメンバーから見た貴之はたこうなります

彩……友希那共々、驚くくらい共通点のある人。やはりと言うか、頑張りを理解してくれる人がいるととても嬉しい。イメージに関してはこれから練習していくつもり。
ヴァンガードのレクチャー、よろしくね♪

日菜……何気に自分がいつか来ないかと待ち望んでいた『何か一つの分野でいいから、努力で全てに打ち勝った人』で、自分が姉と仲直りする機会を作ってくれた恩人。彩と話しているのを見て、理解力が非常に高い人だと思えた。とても良い人だと思うが、友希那から奪うつもりは一切なし。
彩ちゃん共々、ヴァンガードのレクチャーよろしくっ!

千聖……自分とはひたすらに正反対の経緯や目的で似たような道を進みながら、待っていた結果が真逆の人。学校や休日の過ごし方を聞く限り、改めてそれを感じさせるので意識せずにはいられない。
僅かとは言え、顔に出てしまったのは大丈夫かしら?

麻弥……心の奥底からヴァンガードを愛しているのが伺える人。今回はRoseliaと日菜と一緒に話している姿しか見れていないので、他の友人とはどうしているかが気になるところではある。
ジブンの笑い方に何も触れてないけど、大丈夫っスかね?

イヴ……複数の意味で一筋な人。『オーバーロード』との関係は家来を信じ切る将軍のようにも思えた。もしかしたら、自分の求める武士の姿がそこにあるかもしれないので、ヴァンガードをやる姿は見てみたいところ。

パスパレメンバーは日菜から貰った前情報と照らし合わせ、自分の答えを出した人が多めです。

前々から貴之の生き様は彩との相性が良くなりそうだと思っていたら案の定でした(笑)。その代わりに千聖に強い警戒を抱かれることに……(汗)。

ちなみに紗夜と日菜による姉妹でのファイトは、秋雨のイベントでやろうとしている為、今回は見送りです。

次回から二連続でファイトシーンを書いて行きます。先鋒をどっちにするかは迷っていますが……(笑)。


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パーティー6 舞い踊るアイドル

迷った結果彩の初ファイトから行くことにしました。

久しぶりのティーチングファイト、ルール変更後なのでその辺の差異点を描写、更に前置きの話しを作るなんてやっていたら26000文字と非常に多くなってしまいました……(汗)。

ちなみに前回触れたコミック版のヴァンガードですが、こちらはリアルでも存在するコミック版の『カードファイト!!ヴァンガード』のルールをこの世界に合わせたものとなっており、主人公の名前は『先導アイチ』兄貴分は『櫂トシキ』となっています。ここも原作ままですね。
また、前日談を描く話しのタイトルは『カードファイト!!ヴァンガードZero(ゼロ)』として発売される予定となっているところです。

そう言えばアニメ3期ですが、遂に香澄が言っていた『星の鼓動』についてが回収されてしまったので、これ以降アニメ化しなそうな気がしてきました……(汗)。
アニメの時間軸的に考えると、友希那たち高校3年組が卒業してしまうからかもしれませんね……。


「悪い、待たせた」

 

「大丈夫ですよ。自分たちも今来たところっスから」

 

羽丘の校門前で、友希那とリサと話しながらこちらを待っていた麻弥と合流する。

この時玲奈がいたことで何故かを問われた為、途中まで同じ行き先だったことを伝えた。

 

「じゃあ、今度感想よろしくね」

 

「分かった。お前は今日思いっきり楽しんできな」

 

「もちろん!うじうじしてて、愛想尽かされるのだけはごめんだからね」

 

後で聞けるならいいと割り切れたらしく、玲奈は目の前のことを楽しむ選択を取れていた。

待ち合わせに遅れる訳には行かないので、一足先に移動を始める玲奈を四人で手を振って見送る。

 

「そう言えばさ、玲奈のお相手って誰なの?」

 

「一真だよ。えっと……『ロイヤルパラディン』使ってる、金髪の宮地生」

 

「……ああ!あの王子様っぽい感じの……!」

 

──玲奈も隅に置けないなぁ~……。話しを聞いたリサがニヤニヤとした笑みを見せる。

ただしきっかけ自体は『PSYクオリア』が関わってしまっている為、無理に話すことはできなかった。

 

「紗夜に続いて玲奈も……。少しずつ増えていくわね?」

 

「俺たちが何らかの波になったかも知れねぇな……」

 

紗夜は実際に聞いていないから分からないが、どちらとも貴之が直接ないし間接的に関わっているし、友希那も同性の友人で恋人持ちと言うことで影響を与えている。

今後、自分たちを散々煽っていた人たちを煽り返す日が来るかもしれない──。そう考えると思わず吹き出しそうになった。

 

「お二人は今日練習でしたっけ?」

 

「ええ。今から行けば丁度いい時間になるわね」

 

「そうだね……じゃあ、そろそろ行こっか?」

 

Roseliaは練習をする為、そろそろ向かった方がいい時間になっていた。

なのでリサの促しに頷いて移動を始めるのだが、その前にと友希那は貴之の胸へ軽めに抱きつく。

 

「少しだけ、こうさせて?」

 

「ああ。少しの間な……」

 

少しの間他の女子に囲まれた空間へ向かうのもある為、貴之がぶれないことの確認も込められている。

友希那の誘いに対してすぐ乗っかる辺り、その心配は無さそうだ。

 

「ひょっとして、遠導さんは『甘えさせたい側』なんですかね……?」

 

「本当にダメな時は分からないけど、基本はそうだと思うよ」

 

リサの予想は当たりであり、貴之は自分が本当に甘えたいと思わない限りは相手を甘やかしたいと思っている。

対する友希那は普段こそ甘えたい側だが、相手が本当に甘えたくなったらその分甘えさせて上げたいと思っているので、両者ともいい具合に対比的となっていた。

 

「ありがとう。行ってくるわね」

 

「ああ。練習頑張ってな」

 

「大和さん、貴之のことお願いね?」

 

「はい。任されたっス」

 

十分に甘え終わったので、友希那がリサを促して移動を始め、それを残った貴之と麻弥が手を振って見送る。

見送るべき相手を見送ったので、貴之らも今度こそ移動を始める。

 

「そう言えば、一個聞こうと思ってたんですけど……」

 

「……どうした?」

 

移動中、麻弥が悩んでいる様子で話しを振ってきたので、貴之は乗る素振りを見せる。

大丈夫な旨を聞ければ麻弥としても助かり、自分の悩みを話していく。

内容は自分の笑い方があり、二日前の合同練習の時も千聖に圧を掛けられてしまったことで思い悩んでいた。

今すぐは無理でも直すべきなんだろうかと麻弥が問いかけると、貴之は大した時間も掛けずに答えを出す。

 

「『クレイ』では普段と違う自分がいてもいいし、不思議じゃない」

 

「……え?」

 

「俺にヴァンガードを教えてくれた人が言ってたことでな……。受け売りだったこれも、今は立派に自分の物にできた」

 

──で、そうして自分の言葉にできたからこそ思ったことがある……。その続きがあると示した言葉に、麻弥は耳を傾ける。

 

「それはヴァンガード以外でも言えることで、アイドルならそう言う特徴的な笑い方をするアイドルがいたっていいと思うんだ……」

 

「じ、じゃあ……このままでもいいんですか?」

 

「ああ……大丈夫だよ」

 

──少なくとも、俺のクラスにいた人たちはみんなその笑いかた好んでたし。それを聞けて、麻弥は肩が軽くなったような気がした。

元より癖になってしまっているので治すまでが大変なのもあるが、自分を肯定してくれる人が多くいると言う事実がとても嬉しいかったのだ。

ならばと麻弥は今後もこのまま行こうと決意する。後は千聖の圧に負けないかどうかが勝負である。

 

「ありがとうございます。おかげで楽になれたっスよ」

 

「俺の言葉で……誰かの助けになれるならそれでいいさ」

 

これにて麻弥の悩みは解決の糸口が出来上がり、後は揉め事にならないように進めて行くことになった。

今日であれば貴之もファイト中に援護射撃ができるかもしれないので、タイミングを見たらそこでねじ込もうと決める。

 

「さて、着きました……ここがパスパレのいる事務所っスよ。臨時の関係者として入るので、こっちで手続きを済ませちゃいましょう」

 

麻弥の案内に従い、入館の手続きを済ませて入館証を貰う。

そのまま付いて行って少しして辿り着いた部屋のドアに麻弥がノックをし、反応を聞いてからドアを開ける。

 

「あ、麻弥ちゃん。お疲れ様だね♪」

 

「お疲れ様です、彩さん。遠導さんもどうぞ」

 

「今日はよろしくお願いします」

 

部屋の中にはマネージャーらしき人がいたので、貴之は敬語を使いながら部屋に入った。

一応彼女らと面識がある人と言うことなので、問題が起こらない限りは大丈夫としてマネージャーらしき人は今日はよろしくと言う旨を告げて部屋を後にした。

 

「それが今回使う、『バミューダ(トライアングル)』のデッキだね?」

 

「うん。みんな可愛いよね♪」

 

彩が使うことになった『バミューダ(トライアングル)』は、海洋国家『メガラニカ』の深海で活動している、世界的に大人気のマーメイドアイドルグループであり、彼女たちの歌は一時的にでも争いを捨て去る力がある等、普段戦いに明け暮れる『クレイ』の住人とは一線を画す見た目になってユニットたちが多い。

今回使うデッキはコミックのキャラクターたちに合わせたものであり、深海のとある村に住んでいた少女たちが、アイドルの少女と共に過ごしていく中で『皆で共にいる』為、全員でアイドルなった後をテーマにされているデッキである。

一応そのコミック自体は二巻目で完結するので、先に顔ぶれを見せると言った形なのだろう。

ちなみに『クラン』の戦い方としては、本来なら少々特殊なスキル群を生かして上げにくいパワーを補うような戦い方をするのだが、今回使うデッキはメインとなる少女たちを揃えることでその可憐な容姿からは考えられない超パワーで正面突破するデッキとなっている。

 

「やっほーっ!お待たせ!」

 

デッキを見ていこうと思ったタイミングで日菜が到着したので、彼女も揃えてデッキを見ていく。

 

「ああ。これが新しいスキルだな……」

 

「これってどういうこと?」

 

今回使うデッキには一部スキルを共有し合うことが可能なユニットたちがおり、それが貴之も始めて見るスキルとなった。

その原理自体はそう難しいわけではなく、共有スキル持ちAと、共有スキル持ちBがいた場合、それぞれのユニットがAとBのスキルを両方持っている扱いとなるのだ。

これから使う彩が困惑しているものの、日菜が何となく分かった様子をしているので、もしかしたら彼女が感覚である程度補佐できるかもしれないと思えた。

 

「細かいところはファイトしながらやっていこうか」

 

「あ、はいっ!よろしくお願いします!」

 

「いい返事だ……それじゃあ丸山さん、良かったら他のみんなも一緒にイメージしてみよう」

 

その促しにより、パスパレの五人が目を閉じて想像(イメージ)しやすいようにする。

 

「今の俺たちは、地球によく似た惑星『クレイ』に現れたか弱い霊体だ」

 

この言葉で真っ先に正確なイメージに成功したのは日菜で、上手く言っていない四人を誘導してあげる。

日菜が成功したのは周りにヴァンガードをやっている人が多く、時々話しを聞くことがあったからというのが大きい。

 

「大丈夫になったな?説明に戻るけど、この世界で俺たちに与えられた能力は二つで、一つ目が『クレイ』住まう住人やモンスターたちを呼び寄せる『コール』!これで呼び寄せることができるのは契約した者たち……。つまり、互いのデッキに集められたカードたちなんだ」

 

彩の場合は『バミューダ△』の皆を呼ぶことになるんだと納得する。

場慣れしていることもあるが、ここまでの誘導力を持っている彼は簡単な役者ならできるかもしれないと千聖は思った。

 

「二つ目が霊体である自分を呼び寄せたモンスターらに憑依させる『ライド』!そして、『ライド』した俺たちのことを先導者……『ヴァンガード』と呼ぶんだ」

 

アイドルとは言え一般の女子高校人がいきなり騎士や竜になった姿を想像するのは難しいが、自分の見た目が余り変わらないで人魚になるであれば比較的容易だったらしく、彩は「なるほど……」と僅かな笑みを見せる。

ここまでは世界観の説明なので、実際にファイトの説明に入る。

 

「まずはデッキからファーストヴァンガードを一枚、裏向きで前列中央の『ヴァンガードサークル』に出そう。この時出せるのはグレード0のユニットだけだ」

 

「えっと……グレード?」

 

「彩ちゃん、左上に数字があるよ」

 

戸惑っているところに日菜が教えてくれたので、彩も無事にファーストヴァンガードを置くことができた。

 

「置くことができたら次はデッキをシャッフルして、その後上から五枚を手札として引こう」

 

貴之は既に使っているデッキだからいいのだが、彩のデッキが開けたばかりの構築済みデッキなので、複数のシャッフル法を教え、混ざりやすいように誘導する。

これでようやく始まり……ではなく、最後に一つだけやることが残っていた。

 

「ここで一回だけ、望む枚数分の引き直しができるんだ。その場合はデッキに戻したいカードを山札の下に置いた後、上から戻した枚数分だけ引き直して、もう一回デッキをシャッフルするんだ。オススメなのはグレード1からグレード3が一枚ずつ揃ってる状況だけど、そのデッキは見た限りグレード3が多いし、グレード1とグレード2を多めに持っておきたいかな……」

 

貴之のデッキは今グレード3が8枚と一般的な枚数なのだが、彩のデッキは目玉のユニットたちによる兼ね合いもあってグレード3が13枚とかなり多くなっている。

少し迷ったものの、仮にデッキに全てグレード3を戻したとしても、後で4分の1の確率で一枚引けるし、スキルで確保することも可能なので一度引き直すことにした。

 

「ここまでやったらいよいよ開始なんだが……掛け声は知ってるか?」

 

「あ、うんっ。それなら大丈夫だよ」

 

それならば問題なしなので、後は特殊な言い方をする人もいるが、無理はしなくていいと伝える。

 

「最後に、イメージは大切にして欲しい。何たって、ヴァンガードはイメージが力になるからな」

 

「イメージは力になる……」

 

彩が頷いたので、始めようと促してタイミングを合わせる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

開始の合図が始まったので、全員が注目をする。

 

「ザ!」

 

彩は始めてである以上、無理せずデフォルトで行くことにした。貴之が『ザ』をつけるのは周知の事実なので、特に気にすることは無い。

 

「「ヴァンガード!」」

 

そうして二人がファーストヴァンガードを表返すことで、ヴァンガードファイトが始まった。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「ら、『ライド』!『純朴な贈り物(ピュア・ギフター) アリーチェ』!」

 

貴之は毎度の如く『アンドゥー』に、彩はホワイトチョコやビターチョコに合わせた色合いが混ざったドレスを着たマーメイドの『アリーチェ』に『ライド』する。

イメージ内で自分が『アリーチェ』に合わせた格好になっていたので、彩はその姿を見て目を輝かせた。

 

「凄い……!ホントに姿が変わった!」

 

「上手く行ったみたいだな……。これで互いに先導者として、『惑星クレイ』に降り立ったことになる。んで、早速始めていくんだが……今回はルールを教えることもあるから、俺が先攻で行かせて貰うぞ?」

 

教えて貰う以上、彩は特に反対はしない。了承を得られたことで貴之は行動に移っていくことにした。

 

「ところで、どうして先攻を選ぶのですか?」

 

「先攻の方が先に動くから、実践しながら説明ができるってのがあるんだ。言葉だけよりも、見せて貰った方が分かりやすいと思ってね」

 

「なるほど……。そう言う事ならダイジョウブです!」

 

イヴの疑問を解いたので、今度こそ説明に入る。

 

「まずは『スタンド』アンド『ドロー』の説明だ。ここでは『レスト』……横向きになっているユニットを縦向きの『スタンド』にしてから、山札の上から一枚引く……『ドロー』を行っていくんだが、最初のターンはユニットが縦向きの『スタンド』になっているから、今回は『ドロー』だけ済ませるぞ」

 

説明の為に一回『レスト』の状態も説明しながら処理を行っていく。

『ドロー』はまだしも、『スタンド』が分かって貰えなかったので、これは次のターンだなと貴之は割り切った。

 

「これが終わったら次は『ライドフェイズ』……ここでは自分のヴァンガードから一つ上のグレードか、同じグレードのユニットに『ライド』することができるんだ。『ライド』する場合はヴァンガードの上にカードを重ねる……俺の場合はこの『リザードランナー アンドゥー』の上に重ねることになるんだ」

 

「じゃあ、私の場合は『純朴な贈り物(ピュア・ギフター) アリーチェ』の上なんだね?」

 

「分かってくれて何より。じゃあ実際に『ライド』するぞ……俺はグレード1の『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』だ」

 

そう言って貴之が実際に『ライド』を実践し、イメージ内で姿が変わったことに暫し呆然とする。

 

「彩ちゃんも……そうやって姿を変えるのよね?」

 

「ああ。『バミューダ△』自体人の顔が見えるユニットが多いから、竜が集まってる『かげろう』程大きく変化はしない筈だけどな」

 

──感覚が狂ったりしないのかしら……?心配になってしまった千聖だが、当の本人からはその様子を感じられないので平気なのだろう。

 

「さて、『ライド』されたから『アンドゥー』のスキルで一枚ドロー……。これは『アリーチェ』にもあるスキルだから、丸山さんも忘れないようにな?」

 

「あっ、ホントだ……。忘れないようにしなきゃ」

 

「(……ファーストヴァンガードにするユニットは大体持ってるのかな?)」

 

日菜も紗夜に頼んで購入して来てもらったデッキは同じスキルを持つユニットがいるので、予想を立てた。

実際は違うスキルを持っているのと、このスキルを持っているので二種類いるが、基本は『アンドゥー』と同じタイプがファーストヴァンガードに採用される。

 

「ちなみにヴァンガードの下に重なっているユニットたちは『ソウル』って呼ばれて、後でユニットのスキルにコストとして使うこともあるんだ」

 

「今の感じだと、重ねて行けば増えるんだね……」

 

先程デッキを見せてもらっていたので、最悪彩の方が一ターン目から使う可能性が見えていた為一足早くそれを伝える。

 

「じゃあ次は『メインフェイズ』だ。ここでは空いてる場所にヴァンガードと同じかそれより小さいグレードのユニットを『コール』したり、左右のユニット前後の移動を出来たりするぞ」

 

「……?真ん中はダメなんだ?」

 

「彩ちゃん、真ん中はヴァンガードがいるよ」

 

「あっ……」

 

──普通に考えれば気づけたのにぃ……。日菜の指摘を受けて恥ずかしくなった彩が顔を赤くした。始めてなので、そこは大目に見てあげることにした。

イヴが先導者は前で戦うことを義務付けられた武将や将軍なのかと問うてきたので、大体そんな感じと答える。

 

「気を取り直して……俺は『レッドダイブ・グリフォン』を『コール』するぞ」

 

後列中央に白い躰に虹色の模様がある、鳥類と四足歩行する獣が混ざったようなキメラの『レッドダイブ・グリフォン』が『コール』された。

本来は先攻側がこうしてむやみやたらに理由もなく『コール』するのは良くないのだが、今回は説明も兼ねて実践で見せる意味合いがある。

そこまでやった後、貴之は『サーベル・ドラゴニュート』のカードに手を置いて『レスト』した。

 

「アタック……」

 

「……!え、えっと……!」

 

「タカ君、彩ちゃんの反応見て楽しんでるでしょ~?」

 

「うんや、その反応見せようがそうじゃなかろうが、これはやるつもりだったぞ」

 

──俺としてはお約束だからな。とは言え、彩の反応が非常に素直で微笑ましいのは確かである。

これによって違うことに気付き、彩はきょとんとした表情を見せる。

 

「先攻は最初のターン、攻撃することを許されていないんだ……だから俺は、この後ある『バトルフェイズ』には移行できずここでターン終了だ」

 

「お、驚いたぁ……どうしようと思っちゃったよ」

 

覚えやすかったかと聞けば頷かれたので、貴之としては一安心だった。

 

「じゃあ次はそっちのターンだ。『バトルフェイズ』に関してはまた説明するから、一先ず『メインフェイズ』までやってみよう」

 

「うんっ!えっと……『スタンド』アンド『ドロー』だけど、最初は『スタンド』してるから『ドロー』だけ……。『ライド』は……よし、私は『過保護な寵児(フェイバード・チャイドル) エノ 』に『ライド』!」

 

彩は自身の髪とよく似た色を基調に、赤のチャームポイントが付いてる衣装に身を包んだマーメイドの『エノ』に『ライド』する。

 

「スキルで一枚『ドロー』して……『トップスター チェル』を『コール』!」

 

前列右側に『エノ』と似たような色合いで制服風に作られた衣装を着ている、銀色の髪を持った若干幼さあるマーメイドの『チェル』が『コール』された。

 

「さて、『チェル』が『ライド』とか『コール』した時が条件の……登場時のスキルを使う場合は早速『ソウル』を使うことになるけど、使うか?」

 

「ホントだ……。使って見るよ。この『ソウルブラスト』ってどうすればいいの?」

 

「その場合はヴァンガードのしたのに重なっているユニット……今回の場合は『アリーチェ』だな。それを山札の一つ下のゾーンにある『ドロップゾーン』へ移そう。使う『ソウル』の数はユニットのスキルごとによってバラバラだけど、『チェル』の場合は一枚だな。後は手札の中にあるグレード3のユニットをどれか一枚見せることができれば発動可能だけど……どうだろ?」

 

「グレード3は……大丈夫、ちゃんとあるよ。それなら『ソウルブラスト』と、この『カラフル・パストラーレ ソナタ』を公開してスキル発動!山札の上から七枚をみて……『旋律(メロディ)』を持つカードを一枚まで公開して手札に加えるよ♪今回は『カラフル・パストラーレ キャロ』を加えるね」

 

残ったユニットはデッキに戻してシャッフルを行う。このまま攻撃だろうかと思ったが、日菜が一つ気づいた。

 

「タカ君、これって『コール』できるよね?」

 

「本当は相手の手札見ちゃうのはヤバいが……どれどれ?」

 

レクチャーなので今回は例外として、その一枚だけ見せて貰うと、手札にある際のスキルのおかげで大丈夫なことが判明する。

 

「じゃあ……スキルでグレード1として、『甘美なる愛(ショコラヴ・ハート) リーゼロッテ』を『コール』!」

 

前列左側に、イチゴチョコに近しい色合い衣装を着たマーメイドの『リーゼロッテ』が『コール』される。

この際、同名のユニット含めて一ターンに一度しか使えない『リーゼロッテ』のスキルにより、山札の上から一枚見て、それを『コール』するか『ソウル』に置くかが選べるのだが、ここで一つ疑問が生じた。

 

「えっと……遠導君。今グレード3が出たんだけど、これって『コール』できないよね?」

 

「ああ……手札以外から特殊な条件で『コール』する場合、今回の『リーゼロッテ』とかが顕著だな……。その場合はヴァンガードよりグレードの大きいユニットも『コール』できるぞ。これは『S(スペリオル)コール』って言うんだ。ちなみに、特殊な条件で『ライド』する場合は『S(スペリオル)ライド』だ」

 

「大丈夫なんだ……じ、じゃあ『カラフル・パストラーレ セレナ』を『Sコール』!」

 

後列右側に水色の髪と、自身の髪と同じ色を基調としたマーメイドの『セレナ』が『コール』される。

このユニットは日常系コミックにおける主要人物の一人であり、知的で落ち着いた性格をしている。

 

「その位置なら、前後移動をやってみようか。スキルとグレード1の能力もあって、『チェル』は後ろにいたいしな」

 

「確かこれが後ろにいる時に使える能力だったと思うんだよね……」

 

「そうなの?じゃあ、『セレナ』と『チェル』の前後を交代して……これで『メインフェイズ』を終わりにするよ」

 

イメージ内で『セレナ』と『チェル』が互いを見て頷き、前後を交代し、その光景を見たパスパレの五人が彼女らが繋がっていることを理解する。

 

「じゃあ、今から『バトルフェイズ』の説明に入るぞ。攻撃の宣言を行えるのは前列にいるユニットたち……丸山さんの場で言えば『チェル』を省いた全てのユニットだな。そのユニットたちが攻撃可能なのは、相手前列に存在するユニット……今回の場合は『サーベル・ドラゴニュート』が対象になる。攻撃するときは『レスト』……ユニットを横向きにして『アタック』を宣言するんだ」

 

「なるほど……。あっ、後ろにいるユニットは何かできるの?」

 

「ユニット次第ではできるぞ。これがさっき『チェル』を後ろに下げさせた理由に繋がるんだけど……グレード1以下のユニットは自分と同じ縦列にいるユニットが攻撃する場合、『レスト』することで自分のパワーを足せるんだ……これを『ブースト』って言うぞ」

 

「攻撃する時に『レスト』すれば『ブースト』……。なるほど」

 

貴之の説明を一個ずつ、実際に宣言せずとも動かしながら彩は覚えていく。

 

「攻撃の成否は左下にあるパワーと、『ブースト』やスキルで増やした分の合計で比べ合うんだ。ちなみに同点だった場合は攻撃側の勝ちだ」

 

──攻撃側は負けてもペナルティは無いから、気兼ねなく攻撃して大丈夫だ。それを聞けた彩は非常に安心した。

そう言うことならばと彩は攻撃して見ることにする。

 

「じゃあまずは……『エノ』でヴァンガードにアタック!えっと……ヴァンガードにアタックしたから、スキルでパワープラス2000!」

 

「分かった。攻撃された場合、防御側は手札のユニットを『ガーディアンサークル』に『コール』することで『ガード』を宣言して、呼び寄せたユニットの『シールドパワー』分のパワーを増やせるんだが……今回はノーガードで行こう」

 

ここでの宣言はどの道残った二回の内どちらかで行う為、その時改めて話すことにする。

 

「今回はヴァンガードで攻撃したから、『ドライブチェック』を行うぞ。山札の上から一枚めくって、それを表向きで『トリガーチェックゾーン』に置くんだ」

 

「う、うん……『ドライブチェック』っと……」

 

「その際に右上にアイコンのあるユニットを引けた場合はその効果処理をするんだが……今回は何も無いから特に何もしないが、ヴァンガードで攻撃して特定のユニットを引いた場合は、その効果処理までやって始めてパワー比べが終了するんだ。ちなみに、『ドライブチェック』でめくったカードは手札に加えるんだ」

 

今回の結果がノートリガーなので、特に何かをすることなく終了する。

イメージ内で『エノ』となった彩の踊りを見て、『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之は戦意を削がれる。

 

「ヴァンガードが攻撃を受けたから、俺は『ダメージチェック』を行う。今回は1ダメージだから一回で、山札の上から一枚めくって『トリガーチェックゾーン』に置くところまでは『ドライブチェック』と同じだ」

 

貴之が行った『ダメージチェック』は、引と描かれているアイコン……すなわち(ドロー)トリガーが引き当てられた。

 

「今回はトリガーが引かれたな……今引いたのは(ドロー)トリガーって言って、山札の上から一枚『ドロー』して、ユニット一体のパワーをプラス10000できるんだ。今回はヴァンガードに回そうか……。そして、『ダメージチェック』で引いたカードは左側の『ダメージゾーン』に置くんだ。契約が解除され、ヴァンガードから離れていく形になる……。そして、こうやってダメージを受け続け、契約を解除された者が六体以上……ダメージ6になった時は全てのカードとの契約が解除され、霊体に戻って消滅する……つまりはそのプレイヤーの負けになる」

 

──丸山さんの場合は、『クレイ』でアイドルとしての活動が続けられなくなるってイメージするのが分かりやすいかな?そう考えると嫌なので、しっかり先導して上げたいと彩は思った。

 

「パワーが増えたなら、『リーゼロッテ』の攻撃は届きませんね……」

 

「そこは仕方ないところだな……でも、『セレナ』は『チェル』と一緒ならまだ届かせられるぞ」

 

『サーベル・ドラゴニュート』のパワーが18000になったので、パワー10000の『リーゼロッテ』では攻撃しても効果無しになってしまう。その為、このターンでの攻撃はあと一回となった。

 

「『ブースト』があるから届くんだ……じゃあ実際に体験!『チェル』の『ブースト』、『セレナ』でヴァンガードにアタック!」

 

「それならこっちはガードしようか。『希望の火 エルモ』で『ガード』!」

 

『ブースト』もあって『セレナ』のパワーが21000となっていたが、『エルモ』の『シールドパワー』を足してパワー28000になることで攻撃をヒットさせなくする。

 

「なるほど……。『ガード』する時はそこにおけばいいんだね」

 

「ああ。そして、『ガーディアン』として『コール』されたユニットは、『ガード』を終えたら退却……『ドロップゾーン』に置くんだ」

 

『ガード』の方法を覚えたところで、攻撃が出来なくなった彩はターンを終了させる。

 

「再び俺のターンだな……このターンなら、『カウンターブラスト』も紹介しておこうか。『ライド』!『バーサーク・ドラゴン』!」

 

「『カウンターブラスト』?」

 

「さっき『ダメージゾーン』に置いたカードがあるだろ?このカードを裏向きにすることで発動が可能なんだ」

 

──後で『カウンターブラスト』を使う為に敢えて攻撃を貰うってのも、選択肢の一つなんだ。彩はその考え方に納得する。

 

「まあこいつの場合は『ソウルブラスト』も同時にする必要があるんだが……。登場時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』でスキル発動!リアガード一体を退却させることができる……。グレード3を野放しにする気はないし、今回は『セレナ』を退却させようか……」

 

「えっ!?あっ……」

 

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之は二つの口から炎を吐き出すが、それは『セレナ』に直接ではなく、彼女の頭上を通り過ぎるように威嚇として放った。これはリサの時を鑑みての気遣いがあった。

それでも効果はあったらしく、危険を感じた『セレナ』は安全圏へと逃げる選択を取る形で退却していく。

また、この時『インターセプト』を持つ『リーゼロッテ』ではなく、『セレナ』を狙ったのはパワーの高いグレード3を序盤から場に残したく無かったのと、『チェル』のスキルが災いして攻撃で退却させることが出来なかったからにある。

 

「あ、あれ……?」

 

「とまあ、これが『カウンターブラスト』を使う一例だな……。今回はちょっと気を遣ってみた」

 

「ありがとう……。あの子に怪我が無くて良かったよ」

 

──やっぱりこれで正解か。普段なら間違いなくそのまま炎をぶつけることで退却に追い込んでいたが、今回はユニットの見た目故に躊躇いが生じた。

また、『かげろう』はこうやって敵を退却させる手段が少し多めなことを教えておくと、この時千聖が一つの推測を立てる。

 

「(彼にとって厄介なユニットを『壁』とすれば、退却と言う形で自ら乗り越えていく……)」

 

──見た目は合わないけど、気質はとても合っているわね……。千聖が立てた推測通り、貴之もこの厄介なユニットを追い払える能力は好ましく思っていた。

『ヴァンガードサークル』で発動した為一枚引いてから、『メインフェイズ』で彼は前列左側に『ネオフレイム』、後列左側に『ブルジュ』を『コール』した。

 

「さて、二ターン目だからここから俺も攻撃しよう……と、その前にグレード2の能力である『インターセプト』を教えておこう。これは前列のリアガードにいて、自分を攻撃していないならそこから『ガーディアン』として味方を守りに行ける能力だ。パワーの加算は通常の『ガード』と同じで『シールドパワー』を使うぞ」

 

「でも、今回届かなそうだね?」

 

せっかく説明してもらったのはいいのだが、『リーゼロッテ』の『シールドパワー』が5000で、『ブースト』をされたらその段階で届かないことに日菜が気付く。

ならば仕方ないと、彩は次のターンで使えそうなら使うことにした。

 

「まずは『ブルジュ』で『ブースト』、『ネオフレイム』でヴァンガードにアタック」

 

「えっと……ここは一回ノーガードかな」

 

さっき言われた『カウンターブラスト』確保を実践すべく、ここは一回受けることを選択する。

イメージ内で『ネオフレイム』が吹きつけた炎を、『エノ』となった彩が浴びた後に『ダメージチェック』が行われ、結果はノートリガーだった。

 

「次は『レッドダイブ・グリフォン』で『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ガーディアンサークル』に置くんだったよね……私は、『恋への憧れ(ラヴァーホープ) リーナ』で『ガード』!」

 

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の攻撃を当てるべく、『レッドダイブ・グリフォン』が布石を打つべく迫っているところに、ビターチョコとホワイトチョコを元にした色合いの衣装と金色の髪が目を引くマーメイドの『リーナ』が立ちふさがる。

 

「なるほど……なら、『ガーディアン』を『コール』するところまでは通そうか」

 

『……?』

 

貴之の言葉に全員が首を傾げる。これには『ガード』の仕組みが関係していた。

 

「『ガーディアン』を『コール』した後に『ガード』の宣言があるから、これら二つの行為って()()()()()()()んだ……。んで、ヴァンガードを『ブースト』してたなら、相手が『ガーディアン』を『コール』した時に『レッドダイブ・グリフォン』は割り込みが可能なスキルを持っているんだ……」

 

これが先程言ったことの理由であり、ここに一石を打てるのが『レッドダイブ・グリフォン』の強みになる。

 

「『ソウルブラスト』して『レッドダイブ・グリフォン』のスキル発動!相手の『ガーディアン』を一体退却させることができる!」

 

「えっ!?」

 

せっかく守る為に『コール』したと言うのに、退却させられるのは堪ったものではないだろう。

イメージ内で『レッドダイブ・グリフォン』が己の四つの足と翼を使い、『リーナ』を戦いの場から追い出した。

 

「ただ、このスキルはターンに一回しか使えないし、『完全ガード』持ちは場に出した段階でスキルを発動可能条件を満たすから、このスキルを使っても効果がないし、バトルが終わった後は退却するから無駄撃ちになっちまうんだ」

 

「な、なるほど……」

 

確かにこのスキルを何回も使えたらズルにも程があるだろう。とは言え、こう言った方面でも突破できる方法を得られることは相手に厳しい読み合いを仕掛けられるので、明白な強みと言えるだろう。

 

「一応丸山さんはまだ『ガーディアン』を『コール』しただけであって、『ガード』を宣言した訳じゃないから『ガーディアン』の『コール』をやり直せるけど……どうする?」

 

「うーん……防ぎたいけど、手札を使いすぎると大変だから……ノーガードで」

 

『レッドダイブ・グリフォン』の強みは相手の『ガード』したいと言う思惑を崩すのに一躍買えることであり、このスキルを使われてなお『ガード』する場合は必要以上に『ガード』する必要が出てくるのだ。

彩が防ぐのを諦めたので、貴之の『ドライブチェック』が行われる。

 

「……星のアイコン?」

 

「これは(クリティカル)トリガーだな……。ユニット一体が相手ヴァンガードに与えるダメージをプラス1と、パワープラス10000を与えるトリガーだ。ちなみに、この二つの効果は別々に与えることができるんだ」

 

──今回はもう攻撃が残ってないし、効果は全てヴァンガードに回そう。この場合、攻撃が残っていたらそのユニットに回すつもりだったんだと彩は考えた。

イメージ内で『バーサーク・ドラゴン』となった貴之の業火を二度浴びてから、彩は『ダメージチェック』を行う。

その結果一枚目が(ドロー)トリガーなのでパワーをヴァンガードに回し、二枚目は(ヒール)トリガーが出た。

 

「あっ、また違うアイコンだ……」

 

「おっ、(ヒール)トリガーが出たな……。それは自分のダメージを1枚回復して、ユニット一体のパワーをプラス10000するトリガーだ」

 

──ただし、ダメージを回復できるのは『自分と相手のダメージが同じ』か、『相手より自分のダメージが多い』場合だけで、それ以外の場合は回復できないからそこに注意だ。結構厳しいと思ったが、納得できる理由はあった。

ダメージが少ない方が回復し続けて、どう考えても勝ち目のないワンサイドゲームになることを防止する意味合いがある──と、考えれば納得できた。今回その気はないものの、貴之が一方的なワンサイドゲームを展開することも可能と言えば可能である。

と言っても、貴之自身はそう言うことをするような人間ではないし、退却や連続攻撃で何かと『カウンターブラスト』を使うことの多い『かげろう』でそれを実行することは不可能と言っていいだろう。

回復する場合は『ダメージゾーン』にあるカードの内一枚を『ドロップゾーン』に送ることを教えて貰い、彩は回復処理を行ってダメージが2で留まった。

これで攻撃が終わったので、貴之はターン終了を宣言する。

 

「あっ、ここで始めてユニットを『スタンド』させるんだね……」

 

「場合によっては先攻が二ターン目で『スタンド』させることはあるけど、基本的には後攻の方が先に『レスト』させることは多いね」

 

理由は大体が攻撃だろうと、流れを見れば五人とも理解できる内容だった。実際、貴之のデッキには『メインフェイズ』中に『レスト』してスキルを発動させるユニットは入っていない。

納得できたところで、彩は『スタンド』アンド『ドロー』を済ませる。

 

「さっきは『コール』だったけど……『リーゼロッテ』に『ライド』!スキルで一枚見て……『蒼銀(そうぎん)歌姫(うたひめ) ブリュム』を『コール』!」

 

『リーゼロッテ』のスキルはヴァンガードサークルでも発動可能であり、先程『バーサーク・ドラゴン』のスキルで空いてしまった前列右側に銀色の髪と、上から下に行くにつれ、白から蒼へとグラデーションされているかのような衣装を着るマーメイドの『ブリュム』が『コール』された。

更に『メインフェイズ』で後列中央に金色の髪をツインテールにし、白と黒の二色(モノトーン)な衣装を着るどこかふわふわした雰囲気あるマーメイドの『ふんわり不可思議 プルーネ』、後列左側に二体目の『チェル』を『コール』する。

 

「『ソナタ』を見せて……今回は『カラフル・パストラーレ フィナ』を手札に加えるね♪」

 

「なるほど……」

 

──仮に俺が勝つなら、次のターンで決めないとキツイな……。口にはしなかったが、『旋律(メロディ)』の効果を覚え、先程それぞれのユニットのスキルを見た貴之はそう判断した。

ここで『仮に』と出たのは、ヴァンガードを押している際のお約束のようなものであるが、それは相手がしっかりイメージできるかのチェックもある。

今回のようなファイトをしている貴之は、相手がギリギリ跳ね返せるくらいのイメージに抑えており、促したりすることで塗り替えさせるのだ。

また、『チェル』のスキルでデッキをシャッフルすることができたので、『プルーネ』のスキルが発動し、このターンパワーがプラス5000される。

 

「じゃあ二回目の攻撃……『チェル』で『ブースト』、『ブリュム』でヴァンガードにアタック!」

 

「一回ノーガードにするか。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『ブリュム』の歌を『バーサーク・ドラゴン』となった貴之が聴き入った後、『ダメージチェック』を行う。

結果はノートリガーで、ダメージが2に並ぶ。

 

「リアガードにいる『ブリュム』の攻撃がヴァンガードにヒットしたから、『カウンターブラスト』してスキル発動!一枚ドローするね」

 

これにより、彩は追加で一枚確保することができた。また、リアガードにいれば相手のターン中パワーがプラス5000されるので、場にとどまりやすい。

最悪今回のデッキでフルパワーを発揮出来ずとも、『ブリュム』を残しておけば何かと動きやすいはずだ。

 

「次はこっちがいいかな……?『プルーネ』の『ブースト』、『リーゼロッテ』でヴァンガードにアタック!」

 

「良い判断だな……。リアガードの内片方の攻撃を残しておけば、トリガーを引いた時そのパワーを回す方を選べる。ここはノーガードで行こう」

 

今の考え方は日菜も覚えておくべきだと考えた。何しろこの後自分もファイトをするのだから。

称賛された嬉しさを抱きながら行った『ドライブチェック』で、彩は(クリティカル)トリガーを引き当てた。

 

「別々でもいいんだったよね……じゃあ、パワーは攻撃していない『リーゼロッテ』に、(クリティカル)はヴァンガードに!」

 

「既に攻撃が届いているからリアガードにと……。これで次の攻撃も通りやすくなりましたね」

 

麻弥の気づきに貴之はご名答、と返した。貴之自身、この次は流石に防ぎたいのだが、消費する手札が多くなってしまうのだ。

イメージ内で『リーゼロッテ』となった彩の差し出しであるチョコを『バーサーク・ドラゴン』となった貴之が食べ、舌鼓を打ちながら恐ろしい速度で戦意がそがれていく。

そんな情けない光景を見て、千聖が呆然としている中で行われた『ダメージチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(ヒール)トリガーとなる。

この時駆けつけた『ゲンジョウ』も流石にキレたのか、杖で頭を殴って貴之に喝を入れると言う荒治療を行い、それを受けた貴之は『バーサーク・ドラゴン』となっている故に頭を抑えられず、苦悶の声を上げながら悶えた。

 

「い、イタそーです……」

 

これにはイヴも思わず顔を青くし、そのきっかけを作った彩も大丈夫だろうかと心配になった。

しかしながら、これは貴之が相手のイメージを尊重している結果であり、彼が率いる『かげろう』のメンバーも分かっていると言わんばかりに平気そうな様子をしている。

つまるところ、『ゲンジョウ』のあの行動は貴之の意図を理解した上で行っていたのだ。故にそこまでの心配にはならない。

それはさておきとして、ファイトの状況では一つ問題があった。

 

「これではヴァンガードに攻撃が届かないわね……」

 

せっかく上げたパワーを込みでも、『チェル』の『ブースト』を受けた『リーゼロッテ』の攻撃は28000。トリガー二枚でパワー30000まで上がった『バーサーク・ドラゴン』には届かないのだ。

ただ、何もできないわけではなく、貴之にとってはそこの説明をするいい機会となった。

 

「こう言う場合はリアガードに攻撃するのがオススメだ。攻撃側が勝っていれば、相手リアガードを退却させることができるぞ」

 

「そうなの?じゃあ、『チェル』の『ブースト』、『リーゼロッテ』で『ネオフレイム』にアタック!」

 

防いでも割に合わないので、貴之はそのまま受けることにした。

イメージ内で『リーゼロッテ』のチョコを貰い、その味に満足した『ネオフレイム』は悠々と戦線離脱する形で退却していき、それを確認して彩のターンが終わる。

現在のダメージは彩が2、貴之が3と言う形になった。

 

「その様子だと、楽しんでもらえてそうだな」

 

「うん♪難しそうだって思ってたけど、思ったほどじゃなくていつの間にか……」

 

他のカードゲームだと訳が分からないとなりやすいのだが、ヴァンガードは比較的分かりやすいルールをしており、入り込みやすいのも強みだった。

故に彩の中にあった不安も取り払われており、それを聞けた貴之も安心だった。

 

「さて、次がファイトの本番であるグレード3だ……ここまで言えば、もう分かる人は分かるな」

 

「おおっ!?目の前で見れるの!?」

 

貴之の前振りに日菜は瞳を輝かせるが、彩はかなり慌てた様子を見せる。

ここばかりは仕方ないだろう。何しろ全国大会優勝者が分身と称する程使い込んでいるユニットが現れるのだから。

例えそうでなくとも、今の貴之が使っているデッキの場合、三ターン目はそのユニットに『ライド』するのが最適解なのだ。

一先ず自分の見せるイメージを塗り替える練習だと思ってくれと彩を納得させ、『ライドフェイズ』に移る。

 

「紅蓮の炎で全てを焼き尽くせ……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

イメージ内で体格差もあって、『リーゼロッテ』となった彩はおっかなびっくりした様子で『オーバーロード』となった貴之を見る。

貴之が言うイメージを塗り替えると言うのは、ここを耐えきることにあるのだろうと彩は考え、気を引き締める。

 

「さて、グレード3に『ライド』した場合だが、一部のユニットは『ライド』したことへの祝福として『イマジナリーギフト』を獲得することができるんだ」

 

「『イマジナリーギフト』?」

 

「大まかな分類は『フォース』、『アクセル』、『プロテクト』の三つで、最近ルールの追加がされて、今はそれぞれの分類ごとに二種類ある『イマジナリーギフト』から選択するようになったんだ」

 

全国大会までの頃であれば最近……から後ろの下りは要らなかったのだが、今回からは必要となった。

また、この時一つ気づいたことがあったらしく、日菜が声を掛ける。

 

「一部ってどういうこと?」

 

「そこか……俺の全国大会で使った時のデッキに『ボーテックス・ドラゴン』がいるだろ?あのユニットは『イマジナリーギフト』を獲得できないんだ」

 

一応雑誌は持って来ており、暗記したページまでめくって確認すると、『ボーテックス・ドラゴン』だけグレードごとに有するユニットの能力の下に描かれている『フォース』のアイコンが存在しなかった。

これが『イマジナリーギフト』を獲得できない理由であり、貴之がここ一番でしか使えなかった理由である。

 

「ちなみに俺が使う『かげろう』と、丸山さんが使う『バミューダ△』が得られるのは『フォース』だ」

 

「あっ……同じなんだ」

 

彩は少しだけ気が楽になる。複数を纏めて聞いたら頭が混乱してしまいそうだったからだ。

 

「まずは、ルール追加よりも前からあった『フォースⅠ』。これは六つあるサークルのどれか一つに置いて、設置された場所は自分のターンの間パワーをプラス10000するぞ。『イマジナリーギフト』の獲得手段が多かったり、増えたパワーを有効活用しやすい……または、パワー依存の激しい『クラン』はこっちを使いたいかな」

 

──ちなみに、こっちは同じ場所に複数置くとその分だけ加算されるから、最終的にとんでもないパワーになったりするぞ。『オーバーロード』が何度も強化された姿を想像し、彩は絶句してしまった。

そこまで長引く場合は互いに決め手が欠けてしまっている状況なので、そのパワーを得るケースはかなり少なく、貴之も攻撃するよりも前にパワー70000超えを『オーバーロード』で果たしたことは未だに無い。

 

「次は、ルール追加で実装された『フォースⅡ』。こっちもどれか一つのサークルを選んで置くことまでは一緒だ。『フォースⅡ』はパワーが増えない代わりに、元々の(クリティカル)を2にする効果があるんだ。『増やす』じゃなくて『変える』だから、こっちは重ねておいても意味はない事に注意だ」

 

──『フォースⅡ』は簡単にパワーを上げられたり、何らかの方法で連続攻撃を狙いやすい『クラン』がオススメだ。そこまで聞いた彩は、貴之の場合どちらを選ぶのかが気になって聞いてみた。

これはいきなりどちらかを選ぶと言われても始めてではよく分からないので、参考が欲しいと思ったのである。

 

「基準としてはグレード3で自分が主力としているユニット……俺の場合は『オーバーロード』とその派生形のユニットだな。それと、それらをサポートするユニットを見て決めることが多いな。『オーバーロード』だけを見た場合は正直どっちでもいいんだけど、この先派生形のユニットとそいつのサポートユニットである『ネオフレイム』が二体揃って同時攻撃するのも考えると、俺は『フォースⅠ』を選ぶな……。今回はヴァンガードに設置して、パワーをプラス10000だ」

 

──これはあくまでも基本的な選び方であって、状況次第では『フォースⅡ』も考慮に入るんだ。と言ってもいきなりここまで深く考えろとは言わないので、あくまでも参考程度にしておいて欲しいと貴之は告げた。

これを聞いて、パスパレの五人は『かげろう』が自由度の高めな『クラン』ではないかと推測する。一番かと言われれば違うものの、比較的自由が利くと言われればそうであった。

『メインフェイズ』で前列右側に『フルアーマード・バスター』、後列中央に二枚目の『レッドダイブ・グリフォン』、後列右側に『エルモ』、前列左側に『バーサーク・ドラゴン』を『コール』し、『バーサーク・ドラゴン』の登場時スキルと、『ブルジュ』のスキルで左右の『チェル』を両方とも退却させる。なお、パワーの上昇は『バーサーク・ドラゴン』に宛がった。

 

「(今回も気を遣ってくれたのかな……?)」

 

──遠導君、色んな方向で優しいんだね……。そしてその優しさが燐子を勇気づけ、友希那と共にいることになったのなら、間違いなくいいことだと思えた。

しかしながら、ファイトでは手加減しているとは思うが割と容赦ない一面もあり、『ソウルブラスト』することで『オーバーロード』のパワーをプラス10000して来た。

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之の全身にみなぎった力が炎となって現れ、天へと向けて咆哮した。

 

「攻撃行くぞ……まずは『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック。リアガードにいる『バーサーク・ドラゴン』が攻撃した時、こちらのリアガードよりも相手リアガードが少ないなら、このバトル中パワープラス3000」

 

「えっと……『あなたに届け(ダイレクト・サイン) パーシュ』で『ガード』!」

 

先に防げるものは防いでしまえと考え、パワーの25000にしてパワー23000の攻撃を防いだ。

この考えになったのは、手札にデッキのキーとなるグレード3が密集しており、全てを防げないのが目に見えていたからだ。

 

「次は『ブルジュ』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック」

 

「……?じゃあ、ノーガードで」

 

先程自分を称賛した時とは全く違う方法で攻撃して来たので、戸惑いながらもノーガードにする。

イメージ内で『フルアーマード・バスター』が剣から炎を飛ばし、『リーゼロッテ』となった彩がそれを浴びて思わず両腕で顔を覆い隠す。

この時の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーだったので、僅かに余裕ができる。

 

「一旦こっちからだな……『オーバーロード』で『ブリュム』にアタック」

 

「リアガードに?うーん……ノーガード」

 

リアガードに来るのならこのターンで負けることは無いので、そのまま受けることにした。

宣言が終わったので『ドライブチェック』に入るのだが、ここで貴之から一つ説明が入る。

 

「グレード3の有する能力は『ツインドライブ』だけど、この言葉からは何を考えられる?」

 

「も、もしかして……『ドライブチェック』が二回できるとか?」

 

「そ、それはいくら何でも安直じゃないかしら……?」

 

「いや、丸山さんが当たりだ」

 

これには日菜以外が全員で驚く。その中でも最も驚いていたのが彩だった。

トリガーを引きやすくなり、トリガーが二枚引ける可能性もあり、手札が二枚も増えると言ういいことずくめな能力であり、多くのファイターたちがグレード3への『ライド』を急ぐ理由はここにあった。

 

「じゃあ、早速『ツインドライブ』だ……ファーストチェック……」

 

一枚目はノートリガーでホッとするが、まだ次があることを思い出す。

セカンドチェックの言葉と共に二回目の『ドライブチェック』が行われ、そこで(クリティカル)トリガーが引き当てられる。

 

「ゲット、(クリティカル)トリガー……。効果は全てヴァンガードに」

 

『(……?狙い通りな顔をしてる)』

 

やけに焦った様子もなく宣言する貴之を見て不思議に思うも、ヴァンガードに回したのはもう攻撃が残って無いからだと考える。

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之が、『ブリュム』の真横を通り過ぎるように業火を吐き出し、その熱量に恐怖した『ブリュム』がもう留まれないと判断してわき目も振らず逃げ出す形で退却する。

 

「『オーバーロード』の真骨頂はここからだ……!アタックがヒットした時、『カウンターブラスト』と手札二枚を捨ててスキル発動!ドライブをマイナス1する代わりに『スタンド』させる!」

 

「……もう一回攻撃できるんですか!?」

 

「ま、まるでムソーブショーみたいです……!」

 

彼のことを知っている身であれば一回目の攻撃で完全に止めてしまうか、敢えて一回目は攻撃させて二回目で防いで手札を消費することを狙おうとするが、始めて故に『オーバーロード』の能力に気づけなかった。

イヴの例えは一人で複数の相手を一人で行うことからだろう。と言ってもこれは『オーバーロード』を見ての所感である為、貴之自身を見てではないことが彼としては助かっている。

ヴァンガードの鉄則として、霊体である自分は一人だと何もできないであるので、先程の例えが自分を見てだった場合は訂正しなければならなくなっていたからだ。

 

「じゃあ次だ……『レッドダイブ・グリフォン』の『ブースト』、『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「えっと……これで足りるよね?『エノ』と『手作りの愛情(ハンドメイドラヴァー) エレナ』で『ガード』、それから『リーゼロッテ』で『インターセプト』!」

 

「(惜敗してもスキルで『スタンド』する形で何度でも立ち上がり、その連続攻撃で並み居る強敵に打ち勝っていく……)」

 

──まるで、彼の生き方を体現したみたい……。ここまで自分の方針に合うユニットを見つけられたのは、これ以上ない幸運だろうと千聖は思った。

彩が呼んだユニットの『シールドパワー』を合わせた合計パワーは55000、『レッドダイブ・グリフォン』の『ブースト』を貰った『オーバーロード』のパワーは53000であり、何事もなくトリガーさえ来なければ防げる数値だった。

 

「じゃあ、攻撃がヒットするかしないかを判別する時だ……チェック・ザ・ドライブトリガー……」

 

普段と違う言い回しで行われた『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーで、効果は全てヴァンガードに回された。

これによってパワー61000、(クリティカル)3の『オーバーロード』となり、攻撃が通ることになる。

イメージ内で彩を守る為に立ち塞がっていた『ガーディアン』たちを悠々と飛び越え、剣を用いた斬撃を『リーゼロッテ』となった彩に三度浴びせる。

 

「今ので3ダメージっスね……」

 

「でも、どこか一枚でも(ヒール)トリガーなら寧ろチャンスだよ?」

 

現在彩のダメージが3なので、(ヒール)トリガーを引けなければそこまでだが、幸いにも貴之のダメージも3であり、どこか一枚でも引けばいい状況だった。

ここで(ヒール)トリガーを引けた場合、貴之の手札が三枚しか残っていないので巻き返しなどいくらでも狙える状況だった。

 

「状況を作り出した俺が言うのもアレかも知れないけど、こう言う時こそイメージだ。しっかりとできていればユニットも応えてくれる……」

 

「イメージ……うんっ、やってみる」

 

意を決した彩が行う『ダメージチェック』は、一枚目と二枚目がノートリガー、三枚目で(ヒール)トリガーを引き当てて敗北を免れた。

これによって先程日菜が言った通り、彩には敗北の危機から一転してチャンスが訪れる。

 

「ほ、ホントに引けた……」

 

「君のイメージが形になった瞬間だな……これ以上できることは無いから俺はターン終了。次はそっちがイメージを持って、俺のイメージを塗り替える番だ」

 

「うん♪『スタンド』アンド『ドロー』……」

 

見事に引き当てたことが自身に繋がり、そのままの勢いで自分のターンを始める。

この『スタンド』アンド『ドロー』で、彩は自分の使っているデッキのキーカードが全て揃い、どれに『ライド』するべきかを考える。

少し悩んだものの、これになるべきだと思ってそれをヴァンガードサークルに重ねる。

 

「みんな、行くよーっ!『ライド』!『カラフル・パストラーレ ソナタ』!」

 

彩は緑の衣装を着たマーメイドの『ソナタ』に『ライド』する。

このユニットは日常系コミックにおける主要人物の一人であり、友達想いの優しい性格をしていて、物語では多くの場面で彼女が主人公として扱われている。

『メインフェイズ』で彩が使う『ソナタ』専用のスキルも相まって、その少女たちの中では最もヴァンガード向きのユニットでもある。

 

「私が選ぶのは……『イマジナリーギフト』、『フォースⅡ』!これを前列左側のリアガードサークルに置くね」

 

この選択は貴之の意見を参考にして、こちらはこの後スキルの影響で全ての攻撃がとてもヒットしやすくなる為、リターンの大きさを狙ったものだった。

貴之目線ではヴァンガードに設置されるのならばまだ良かったのだが、リアガードに置かれると非常に厳しい状況と化す。

 

「上手いな……。これで俺は非常に厄介な攻撃二つの内、どっちかは受けなきゃ行けなくなる……」

 

現在貴之のダメージは3で手札も3枚。内一枚が『完全ガード』である為、スキルによる超パワーが発揮される攻撃の内一つしか防げない状況に陥っていた。

この為『フォースⅡ』による確定二ダメージ以上を受けるか、『ツインドライブ』によるパワー無いし(クリティカル)上乗せ攻撃を受けるかの選択を強要され、最早トリガーお祈りしかできないも同然の状況まで追い込まれていた。

 

「あっ……彩ちゃん彩ちゃん、その子たちを出す場所なんだけどさ……」

 

「……えっ?や、やってみるよ……えっと……」

 

彩は日菜のガイド通り、前列左側に黒い髪とそれの色に合わせた衣装を着るマーメイドの『カラフル・パストラーレ カノン』、前列右側には二枚目の『セレナ』、後列右側に彩に近しい髪色とその色に合わせた衣装を着るマーメイドの『カラフル・パストラーレ フィナ』、後列左側にオレンジ色の髪とその色に合わせた衣装を着るマーメイドの『カラフル・パストラーレ キャロ』が『コール』される。

『フィナ』と『キャロ』は『ソナタ』と『セレナ』の二人と同じく村に住んでいた少女であり、『カノン』は唯一物語開始前まではアイドルとして活動していた都会暮らしの少女であり、とある状態で村にやって来て四人と出会ったのがコミックにおける物語の始まりであり、この五人が中心となって物語が広がっていく。

『カノン』は唯一都会住まいであったことからの戸惑いや、自分がアイドルである建前いつか戻らねばならない苦悩などがあり、『ソナタ』と並んで主人公として取り扱われることが多い。

『フィナ』は少々甘えん坊なところはあるが、料理やお菓子作り、裁縫などが得意な家庭的な少女。『キャロ』は皆が喜ぶことを考えることの多い、明るく元気のいい少女である。

──と、ここまでが主要人物五人の主だった特徴となるが、ファイトの流れは完全に彩のものになったと言える。

 

「だぁぁ……!お前、その配置は鬼だぜ……」

 

「あははっ!タカ君でもこれはキツイんだねぇー……」

 

「え?えっ!?な、なんでそうなるの!?」

 

五人全てが揃っている段階で相手するのが非常に苦しいのだ。これは『旋律(メロディ)』による共有するスキルが問題である。

まず、『ソナタ』は自分のターン中パワーがプラス5000。これだけでも攻撃をヒットさせる期待値が上がり、三体も上がるとかなりの効果となる。五人の中では一番腐りづらく、安定して強いスキルと言える。

『カノン』は登場時に『ソウルチャージ』のするしないを決められる。共有しないスキルは『セレナ』を省いて『ソウルブラスト』を使用するので、コストの補充に向いている。『セレナ』の専用スキルを考えると、あったらいいな程度でもあるのが玉に瑕だろう。

『セレナ』は手札が四枚以下の時に攻撃がヴァンガードヒットしたなら、一枚引くスキルを有している。これは手札をどうしても消費してしまいがちな、『カラフル・パストラーレ』を軸としたデッキの短所を補いやすいスキルである。

『フィナ』は『インターセプト』を獲得し、『インターセプト』した際の『シールドパワー』をプラス10000させるスキルで、これによりグレード3が増えてしまうことで薄くなる守りを、これでもかというくらいカバーできてしまう非常に強力なスキルだ。

最後に『キャロ』は『ブースト』を獲得し、『ブースト』した際のパワーをプラス5000するスキルを持っている。こちらもグレード3が多くなることで不足しがちな『ブースト』を補い、それ以上のリターンを与える強力なスキルだった。

これら全てを一体ずつが持っている状態だと話せば、最初に理解しきれなかった日菜以外の四人もようやくその恐ろしさに気づいてくれた。

 

「『フィナ』と『キャロ』が後ろってのがキツイんだ……!」

 

「後列だと攻撃できないもんねぇ……♪」

 

「そ、そう言えばそうだった……」

 

この五人の中で優先的に狙いたいのが『フィナ』と『キャロ』の二人で、この二人を場に残すと守りが頑強になるか、可憐な見た目とは裏腹にとんでもないパワーで攻撃されるか、或いはその両方かが待っている。

幸いにも貴之は退却手段が多く、連続攻撃もできる『かげろう』の『オーバーロード』軸なので、今回のようにならなければいくらでも対処可能なのだが、今回は手数が追いつかないのでほぼ不可能である。

後江組と宮地組を合わせた七人のファイターの中では崩す形で貴之が、耐える形で大介が、本領発揮前に止める形で竜馬が比較的このデッキに対して耐性がある。逆に一番厳しいのは手数もほぼ同等で、退却手段が乏しめな俊哉か、退却対象が限定的で痒い所に手が届かず、超パワーのゴリ押しが辛くなりがちな一真だろう。

これをしっかりと使いこなすことで、イベント当日に予想以上の連勝をして彩が困惑するのは少し先の話しとなる。

 

「み、見た目以上にキョーアクですね……!」

 

「これ、始めて見たら絶対焦りそうっスよ」

 

イヴと麻弥の感想を聞いた貴之は、心の中でそれに激しく同意した。デッキで見ていたとは言え、一回目でそう簡単に決まると思う方が難しい話しである。

とは言え、貴之自身もここぞとばかりにイメージ力で相手を正面突破しているので、自身に向けて「お前が言うな」と心の中で喝を入れて気を取り直す。

 

「ああ、後はこれも使った方がいいと思うよ。その方が『ブースト』でもっとパワー出せるし……」

 

「そうだった……!『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして『ソナタ』のスキル発動!山札の上から『旋律(メロディ)』を持つユニットが出るまで公開して……そのカードをリアガード『コール』するね♪今回出たのは、『カラフル・パストラーレ ソナタ』!」

 

「日菜ちゃん、もう教え要らないんじゃないかしら……?」

 

これによって、彩の場にいるユニット全てがパワー23000と言う恐ろしい数値を叩き出すものになった。

更に厄介なこととして、ここから『ブースト』した攻撃は『キャロ』のスキルも乗るので、パワー51000と言う最早トリガーが二枚と『ソウルブラスト』、或いはトリガー一枚と『ソウルブラスト』に『フォースⅠ』の効果を受けてからパワー8000のユニットに『ブースト』を貰った『オーバーロード』と同数値である。

この超パワーをトリガーも無しに放ってしまえるのだから、流れが完成したら止まらないデッキと言え、対処できないとそのままゲームセットまで持ち込まれてしまうだろう。

あまりにも的確な教えなので、千聖はこの後大丈夫かが不安になってしまった。現に計算を終わった日菜は爆笑しているし、それを知った彩は予想外過ぎて慌てている。

 

「さて……準備はできたようだし、そっちのイメージを俺にぶつけて来な!」

 

「うんっ!まずは『フィナ』の『ブースト』、『セレナ』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードだ。『ダメージチェック』……」

 

唯一『ドライブチェック』無しと1ダメージが揃っている攻撃なので、ここはトリガー狙いを行う。

その結果はノートリガーで、貴之はトリガー祈りが確定した状態で4ダメージ目となった。

また、この時彩の手札が4枚以下だったので『セレナ』のスキルで一枚確保する。

 

「次は……『キャロ』の『ブースト』、『カノン』でヴァンガードにアタック!」

 

「じゃあここで、俺が使おうとしている『完全ガード』を説明するぞ」

 

状況としても使うしかないので、ここでそれの案内を行うことにした。

 

「まずは『守護者(センチネル)』のスキルを持つユニットを『ガーディアン』として『コール』!『コール』した時に手札を一枚『ドロップゾーン』へ捨てることで、スキルを発動してその攻撃は何があってもヒットしなくなるんだ……これは絶対に攻撃を貰いたく無い時に使いたいかな」

 

「終わったら退却するんだよね?」

 

「そこは『ガード』と同じで、バトルが終わったら退却になる」

 

最低でも二枚手札から消えてしまうので、最後の手段だなと見ていた五人は考えた。現に貴之はもう、次の攻撃を防ぐ手立てが残っていない。

ここで防いだ理由は確率で2ダメージのヴァンガードよりも、確定で2ダメージのこちらを防ぐ選択である。

 

「じゃあ最後……『ソナタ』で『ブースト』、『ソナタ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。さあ、そっちも『ツインドライブ』だ」

 

貴之の促しに強く頷いて行われた『ツインドライブ』で、彩は見事に二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

 

「……!効果は全部ヴァンガードに!」

 

「お見事。ちゃんとイメージを塗り替えられたな……」

 

イメージ内で彩と『カラフル・パストラーレ』の五人が開くライブを見て、『オーバーロード』は周りの仲間がそれを見たくてしょうがないと言う衝動に駆られるのを感じる。

こちらとしても戦意喪失も同然であった為、手振りで行っていいことを告げ、その直後に『かげろう』の戦士たちがその会場に集まって歓声の声を上げる。

こうして彩は『バミューダ△』の少女たちと共に、争いを一つ鎮めて見せるのだった。

それが終わった後に行われる貴之の『ダメージチェック』は全てノートリガーで、ダメージが6になったので彩の勝利が決まった。

 

「ダメージが6になった俺は『かげろう』との契約が解除されて、霊体に戻るんだ……」

 

──耕史さん、また一人先導者が増えましたよ。イメージ内で、自分がしっかりとやれたことに満足しながら貴之は霧散して消えていく。

その姿を見送った彩は、自分のイメージを形どれた理由である『カラフル・パストラーレ』の五人の方へ振り向き、笑みと共に礼を言い、五人の少女も笑顔で返すのだった。

 

「とまあ、ここまでがヴァンガードファイトになる。どうだった?実際にやってみて」

 

「最初は覚えること多くて大変だな……って思ってたんだけど、意外に覚えやすかったし楽しかったよ♪後、イメージで動き方が変わっていくから驚いちゃった」

 

「今回のあれは相当特殊なケースだったからな……」

 

貴之も普段であれば退却させる際は相手に直接ぶつける形をとるし、ダメージを受ける際も攻撃を直に喰らっている。

故に今回のケースは非常にイレギュラーであった。

 

「ジブン、最後の方は彩さんとユニットたちの腕が筋肉ムキムキの状態を想像しちゃいました……」

 

「うわぁ~!アイドルでそれは色々と台無し……って言うか、私も一緒なの~!?」

 

──ま、まあそこはイメージだからある程度はな……。そうする人もいるにはいることを、貴之は暗に示していた。

実際のところ、筋肉ムキムキの美少女アイドルは想像が難しいところではあるが。

 

「さて、じゃあ次は日菜の番だな」

 

「はいはーいっ!それじゃあよろしくねっ!」

 

最後にありがとうございましたと挨拶をしてから、彩は場所を譲り、日菜とファイトする準備を始めるのだった。




彩のデッキはトライアルデッキ『Schokolade Melody』をブースターパック『Primary Melody』で編集した『バミューダ△』のデッキになります。
久し振りにこのパターンでファイトを書いたのもあって、凄い文字数となってしまったのは本当にすみません。そして、読んでくれた方には重ねて感謝の意を申し上げます。
『Sコール』、『Sライド』に関しては完全に言い方の区別忘れしてたせいで、今回で久々の言い回しになりました(汗)。
後、何気に忘れてましたが『レッドダイブ・グリフォン』がブースターパック『The Heroic Evolution』出身のカードです。

貴之がティーチングファイトする際は、基本的にチュートリアルモード的なレベルのイメージ力に調整しています。普段通りにやっていたらRPGのイベント戦闘のように理不尽なイメージ力差で全てを真正面から叩き潰してしまうので(汗)。

ちなみに、本小説の世界で市販されているスターターデッキの枚数比率ですが……
グレード0……17枚(トリガーとファーストヴァンガードで固定)
グレード1……14枚
グレード2……11枚
グレード3……8枚
となっており、リアルで販売されているトライアルデッキと同じ枚数比率になっています。本小説で彩が使ったデッキは例外で17、10、10、13の比率で非常にグレード3が多くなっています。

また、意外に思われるかもしれませんが、このデッキはリサに使わせようとしたデッキの没案の一つでもあります。彩に使わせた方が適任だろうなと言うのが最大の理由です。

最近になって、バンドリ3期が終わった後にそのまま『球詠(たまよみ)』という女の子たちが野球をやるアニメを立て続けで見るようになりました。私の地元である越谷の架空の学校が主人公たちの主な舞台と言うのが大きいですね。
他にも、女の子は肉がしっかり付いてる方が好みと言う方はオススメできると思います。

次回は日菜の初ファイトとなります。


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パーティー7 自由な自分(ライド)

予告通り日菜の初ファイトを行います。

バンドリ3期がとうとう終わってしまいましたね……(泣)。とても良い作品だったと思うからこそ、非常に寂しく思います。
まさかの続きが決定していて、二回目のFILM LIVEも決まっていてと……まだまだ続きがあるので楽しめそうです!

というか、私の予想外れ過ぎじゃないですかね……(汗)。今後私の予想が出たら外れると思った方がいいかもしれないです。木谷氏のツイートにて4期の制作が確定で度肝を抜かれました(笑)。

しかしながら、4期以降ってまた進学するんでしょうかね?3期は時間軸で見ると10月スタートの12月中旬以降ゴールでしたが……3年組が卒業する最後の三ヶ月を描くって言うのもあり得そうなところですよね。


「あった。『クラン』が載っているのはこのページからね……どれがいいか決めて行きましょう」

 

「うーん……そうだなぁ……」

 

時間は遡って貴之が彩と日菜のファイト相手を約束した日の夜。紗夜の部屋にて、資料集と公式サイトにて発売中のデッキを見ながら『クラン』選びを行っていた。

一先ず一通り聞いてから決めようと思った日菜は各『クラン』のことを聞き、紗夜は世界観による立ち位置とファイト時の特徴を教えて行く。

 

「これで『クラン』は全部ね……。方向性は決まったかしら?」

 

「あたしの場合、普通の戦い方だと退屈しそうだから、難しめのが使いたいな……」

 

──少なくとも、『ロイヤルパラディン』と『シャドウパラディン』、それから『かげろう』は外しかな?日菜がそう言った理由は理解できる。その三つは初心者に強くお勧めできる程戦い方が標準的で簡単であり、バランスのいい戦い方をするからだ。

ちなみに、紗夜が自分の使う『ゴールドパラディン』を勧めて見る。理由は一段飛ばしによる『ライド』とその為に使う手札の消費量による、押し引きの見分けが難しいと感じたからである。

 

「悪くないけど、なんか違う感じがするんだよね……。もっとこう、場を全部使う感じがいいのかな……?他の『クラン』だと全然使わない場所を使うとか」

 

「他の『クラン』だと使わない、ね……」

 

自分の知る限り、貴之が使った『ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート』が『ドロップゾーン』を活用したことがあるのを覚えているが、彼曰く『かげろう』だとあのユニット意外は滅多に使わないと言っていたし、日菜が『かげろう』を外しているのでこれは無しになる。

──待って。『ドロップゾーン』?そこを利用し続ける『クラン』が一つだけあったことを思い出し、紗夜はそれを進める。

 

「日菜、『グランブルー』ならどうかしら?『ドロップゾーン』をずっと使い続ける『クラン』はここくらいよ」

 

紗夜が提案した『グランブルー』は『メガラニカ』に属する海賊団であり、幽霊船に乗って『クレイ』の海を荒らし回っている。

幽霊船の名からある程度想像できるかもしれないが、団員の中には『ゾンビ』や『ゴースト』と言った不死者たちが中心になっており、各地で団員を増やしているそうだ。

ファイトでは紗夜が日菜に教えた通り『ドロップゾーン』の数で効果が変化したり、『ドロップゾーン』から『Sコール』したりする行動が多く、『死者』の怨念や蘇りにも見えるようなものが多く、癖の強い内容になっている。

そこまで確認した日菜は、うんうんと納得した様子で頷き、最後に他の『クラン』の特徴をもう一度だけ確認する。

 

「確かに、ここまで使い込むのはこれだけだね……。『グランブルー』のデッキってどれがあるの?」

 

「そうね……今のところはこれだけのようね」

 

いつかその時が来たらと練習していたお陰で、紗夜は慣れた手付きで絞り込みした画面を表示して日菜に見せる。

どれにするかは悩んだが、一番『クラン』の特徴を体感しやすいだろうと思えるデッキを見つけてそれを選ぶ。

 

「これね……。なら、明日買って来ましょう」

 

「やったーっ!おねーちゃん好きー!」

 

「ち、ちょっと……!何も抱きつかなくたって……」

 

相変わらず突発的だなと思いながらも、紗夜は抱きついて来た日菜をすぐに引き剝がすことはせず、少しの間受け止めてやる。

人としての好意を面と向かって向けられるのは悪くない。そんな気がしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ファーストヴァンガードを置いて、シャッフルしてから五枚引く。引き直しは……揃ってるからいいや」

 

「ここまでは完璧だな……」

 

そして今、日菜の初ファイトを行う直前まで来ていて、最初の準備はもう完璧だった。

ならば後は始めるだけとなり、掛け声に関しても彼女の感覚に任せようと思った。

 

「「スタンドアップ!」」

 

どうするだろうか?と気になる中開始の宣言が始まる。

 

「ザ!」

 

ここではまだ様子見なのか、日菜はデフォルトで行くようだ。しかしながら本人の気分や判断は大事なので、特に何も言ったりはしない。

 

「「ヴァンガード!」」

 

そして二人がファーストヴァンガードを表返すことで、ファイトが始まった。

 

「『ライド』、『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』!『案内するゾンビ』!」

 

貴之の方はいつも通りだが、日菜はややくたびれた色をした執事服を着て、ランタンを手に持つ『案内するゾンビ』に『ライド』する。

ただし、『ゾンビ』と言ってもこのユニットも人型のユニットである為、日菜の顔や手はしっかりと現在のままであり『案内するゾンビ』のように腐っている訳ではない。

いきなりそんな名前のユニットに『ライド』するものだから、パスパレメンバー全員がおっかなびっくりしていた。

 

「『グランブルー』を選んだか……また癖の強いところを」

 

「だって、『ドロップゾーン』を使うって面白そうじゃん?」

 

この二人だけで納得しても他四人がついていけないので、貴之は『グランブルー』の世界観と特徴を説明する。

海賊とは言ってしまえば犯罪者の立場であり、自分たちの環境上その面に反応する人はいる。

 

「こ、この世界とは言え日菜ちゃんがそんなところを選ぶなんて……」

 

「(おっと、こりゃチャンスだな……)」

 

その反応をした人が千聖であった為、狙える状況となったので伝えることにした。

 

「『クレイ』では普段と違う自分がいてもいいし、不思議じゃない……俺にヴァンガードを教えてくれた人が言ってたことで、今じゃ立派に自分の言葉だ」

 

「(あっ、さっき言ってくれたことだ……)」

 

全員が首を傾げる中、その言葉の真意に気づけたのは先程話してもらえた麻弥だった。

それだけだと分からないと言われるのは目に見えているので、貴之は「例えばの話しだが……」と前振りを出す。

 

「今だと俺は『オーバーロード』を使うことで有名だが、それに拘らず騎士が集まる『ロイヤルパラディン』を率いて戦ってもいいんだ……。それと同じで、日菜が現実(こっち)ではアイドルだけど『クレイ』では海賊ってのもアリだし、丸山さんみたいにどっちの世界でもアイドルってのもアリだ」

 

こうやって話せば納得してもらえるので、ここから本題に入っていく。

何しろこれは分かりやすい例であり、本当の目的は麻弥のフォローなのだから。

 

「それは現実でも言えることでな……。大和さんのあの独自の笑い方あるだろ?そう言うアイドルがいたっていいのさ……それに」

 

「「……それに?」」

 

ここで反応するのは二人だった。一人は波長が合いやすく今回も共感できるものがあった彩、もう一人は今自分の言葉を拾われた千聖である。

フォローの言葉は出したので、後はもう一つの方法を示すのである。

 

「例えそれは違うと言われても、自分の行動で証明すればいいのさ……。続けていく内に受け入れて貰えることだってあるだろ?」

 

パスパレで言えば自分たちの活動が認められたことだろう。音源のみが発覚して活動不能になりそうだったところを、自分たちの起点でどうにかすることができたのだ。

また、貴之は自分がグレード4を全国大会で使ったことによる流れを変えるべく進んでいることを話し、それを聞いた四人が驚く。日菜は紗夜から聞いていたし、既に応援の言葉を送っているので特に反応はしていない。

自分がそうするから相手も認める。そして更に進んで行く。相手の努力や意思を尊重できるからこそ、自分もその努力を報われるのだろうと千聖は思い、それは自分が彼を羨む最大の要因になっていたことに気付く。

また、ここで『羨望』と『寂しさ』の混じったものを千聖から感じ取れたことで、貴之は役者人生を歩んできたからこそ、自分のような一般慣性や生活に思うところがあることに気づいた。その上自分の頑張りを『天才』の二文字で片付けられたら尚更である。

 

「流石タカ君だね。やりきった人が言うと違うんだね」

 

「ちょっとだけ納得行ってないけどな……」

 

だからこそ、次の大会は自分本来の戦い方で勝つ。それが貴之の決意であった。

 

「そう言えば、『クレイ』はこれだけ色んな所があるなら、武士ってありますか?」

 

「武士か……」

 

イヴの問いを聞いた貴之は引き出しを探す。

──武士……あれ、無いな?騎士なら『パラディン』系の『クラン』で答えてしまえば終わりだったのだが、武士は確認した覚えがない。

一番近いのは『むらくも』だとは思うが、それも完全に武士というわけではないので、イヴの問いを考えると外れだろう。

 

「す、すまん……武士は無かったよ……。それに近いのはあるっちゃあるんだが、求めてる回答と言えば違うだろうし……」

 

「あうぅ……それはザンネンです」

 

噓を言った方が後で傷つくのは目に見えていたので、貴之は正直に話すことを選択する。

そう言われてしまえば仕方ないので、イヴもいつか来ることを信じて諦めをつけた。

 

「さて、話しがずれちまったな……これからファイトになるけど、先攻でやってみるか?お前ならルール完璧に覚えてるだろうし」

 

「いいの?じゃあ、先攻でやらせてもらおうかな」

 

それは一度頭の隅に置いてファイトの方に戻る。今回問いかけたのは、日菜ならデッキの確認だけでも大丈夫そうだったからである。

日菜が先攻を選んだ理由としては、『先にグレード3になれる』と言う点に強みを見いだしたからだ。

 

「まずは『伊達男 ロマリオ』に『ライド』!スキルで一枚ドローして……そのままターン終了かな。先攻じゃ攻撃できないし」

 

日菜は白いタキシードと手袋、赤の蝶ネクタイで身嗜みを整えて赤い薔薇を持ったゾンビの『ロマリオ』に『ライド』する。

こちらも人型である為に日菜の肌が腐ったり等はしておらず、普段のままなのでパスパレ四人を大いに安心させる。

 

「し、心臓に悪いです……」

 

「じゃあやって見よっかなぁ……?」

 

この時イヴの安堵の声を聞いた日菜が、冗談半分に言って全員を慌てさせた。

驚いてくれるだけでも満足だったが、それ以上の反応だったのでやらないことを宣言してから今度こそ貴之のターンになる。

また、貴之はこれに関しては口を挟むことはなく、本人の意思を尊重していることを記しておく。

 

「俺は今回も『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』。スキルで一枚ドローして『エルモ』を『コール』」

 

麻弥が『サーベル・ドラゴニュート』を選んだ理由を聞けば、貴之の使うデッキでは最もヴァンガード向きのグレード1であるからという理由が帰ってきた。

実際の話し、グレード1の中では唯一ヴァンガードで発動可能なスキルを保有している為、なるべくこちらに『ライド』したいのである。

『エルモ』を『コール』した場所は前列左側で、二回攻撃を狙っているのが伺えた。

 

「攻撃行こうか……『サーベル・ドラゴニュート』でヴァンガードにアタック」

 

「うーん……ノーガード」

 

日菜は手札を見た後、『ロマリオ』のことを見ながらノーガード宣言を行った。

──場までしっかり見てるのは広い目してるな。称賛しながら行われた『ドライブチェック』はノートリガーで、特に変化は起こらない。

イメージ内で『ロマリオ』となった日菜が、『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之の剣を受けて『ダメージチェック』が行われる。

その結果は(ドロー)トリガーで、パワーがヴァンガードに回されたことで貴之は攻撃が届かなくなってターン終了をすることになった。

 

「じゃあ……るん♪『ライド』!『ルイン・シェイド』!」

 

日菜は濃紺の海賊服を身に纏い、同じ色の帽子を被った幽霊剣士の『ルイン・シェイド』に『ライド』する。

元々『ルイン・シェイド』はゴースト故に顔が陰で覆われているような状態だが、今回も日菜が『憑依(ライド)』したことで彼女の顔がしっかりと見えている。

 

「この時『カウンターブラスト』と手札一枚を『ソウル』に置いて、『ライド』された『ロマリオ』のスキル発動!山札の上から三枚を『ドロップゾーン』に置いて、『ドロップゾーン』から一枚手札に戻すよっ!」

 

「さっき日菜が場を見た理由がコレだ……。良く気づいたよ」

 

場を見ながら宣言したことに疑問を持っている人がいるかもしれないので、貴之は彼女の意図を伝えておく。

皆が納得し、彩は自分なら絶対に気づかない場所を見ていた日菜が凄いと思い、麻弥はそれに気付く貴之の恐ろしい経験値を知る。

『グランブルー』はこうして『ドロップゾーン』にユニットを増やしていき、何らかの形で再利用したり、その数による追加効果を発動したりする戦い方が多くなってくる。

この後『メインフェイズ』では前列左側に金で塗装された銃を持ち、双肩のドクロが目を引く海賊服を着たヴァンパイアの『大幹部 ブルーブラッド』、後列中央には自分の意思を持って動く剣のような武器に見える幽霊の『ダンシング・カットラス』、後列左側には小さき体格に合わせた海賊服を着た金色の髪を持つ『お化けののーまん』が『コール』された。

 

「それから、『のーまん』の退却と山札の上から二枚を『ドロップゾーン』に置いて、『のーまん』スキル発動!ユニットのパワーをプラス10000するよ。今回は……『ルイン・シェイド』!」

 

イメージ内で『のーまん』が『ルイン・シェイド』となった日菜に助言を行い、その後準備の為にこの場を離れた。

これで『ドロップゾーン』は『のーまん』の退却分も合わせて5枚となり、まずまずのペースと言えた。

 

「用意ができたところで攻撃……先に『ブルーブラッド』でヴァンガードにアタック。この時、『ドロップゾーン』に『ブルーブラッド』があるならパワープラス4000!」

 

「そうだな……ここは『ラクシャ』で『ガード』」

 

実は『のーまん』のスキルを使ったタイミングで『ブルーブラッド』が『ドロップゾーン』に置かれており、これでパワーを増やせていた。

対する貴之は次の攻撃が防ぎづらいので、ここで一回防いでしまうことを選択した。

 

「次は『カットラス』の『ブースト』、『ルイン・シェイド』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードにアタックした時『ルイン・シェイド』のスキル発動!山札の上から二枚を『ドロップゾーン』に置いて、パワープラス4000!」

 

「さっき防いだし、ここはノーガードだ」

 

この『ドライブチェック』で日菜は(クリティカル)トリガーを引き当てて見せ、ダメージが1増えた。

イメージ内で『ルイン・シェイド』となった日菜は乗ってきていた海賊船から飛び出し、海賊流の剣術による二撃を『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之に浴びせる。

『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、手札補充等は無しにダメージが2となった。

 

「ヴァンガードの攻撃がヒットしたから、『ブルーブラッド』を退却させてスキルを使うね。山札の上から二枚引いて、一枚捨てたらターン終了っと……」

 

これによって更に『ドロップゾーン』が増え、9枚になったところで日菜のターンが終了する。

 

「『ライド』!『ドラゴンフルアーマード・バスター』!『ソウルブラスト』二枚でリアガードを一体退却させ、山札の上から七枚に『オーバーロード』と名の付くユニットがいれば、内一枚を手札に加える」

 

リアガードには『カットラス』しかいない為、自然とそれが対象になる。また、このスキルで手札に加えたのは『ドラゴニック・オーバーロード』だった。

ただし、この行為は日菜の『ドロップゾーン』を稼いでしまうので本当はあまり良くないのだが、貴之としては手札に『オーバーロード』が無かったこともあって効果の発動は必須だった。

『メインフェイズ』では前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列中央に『レッドダイブ・グリフォン』、後列左側に『エルモ』を『コール』する。

 

「こっちも攻撃……『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック」

 

「『ガード』を確認しとこうかな……『お化けのりっく』で『ガード』!」

 

合計パワー24000の攻撃を、合計パワー29000で防ぎきる。

イメージ内で煙幕用の筒を持った『お化けのりっく』が『バーサーク・ドラゴン』の注意を引き、煙で視界を覆うことで攻撃を外させた。

 

「次は『レッドダイブ・グリフォン』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「さっき防いだから……ノーガードで!」

 

宣言を聞いた後の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、効果は全てヴァンガードに回される。

イメージ内で『フルアーマード・バスター』となった貴之が、『ルイン・シェイド』となった日菜を炎を纏わせた剣で斬りつけた後、『ダメージチェック』が行われる。

その時の一枚が(ヒール)トリガー、二枚目がノートリガーだったのだが、一枚目で一つ問題が発生する。

 

「ああ……今回は回復できないな」

 

「えっと……回復の条件は『ダメージが同じ』、『相手よりダメージが多い』のどっちかが条件で……」

 

「今回の日菜さんは、遠導さんよりダメージが少ないと……」

 

「あちゃー……ダメージ与えすぎちゃったか」

 

今回は仕方ないので、次は気を付けようと切り替える。

日菜のダメージが3、貴之のダメージが2になったところでターンが終了する。

 

「ここから本番!だったよね……」

 

「ああ、ここからがヴァンガードの本格的な戦いになってくる。自分のイメージを出して、思いっきり体験して行こう」

 

「うんっ!じゃあ早速……るーん♪『ライド』!『魔の海域の王 バスカーク』!」

 

日菜が『ライド』したのは赤と金の二色が目を引く海賊のジャケットと、黒の海賊用パンツを着こなす背高の魚人『バスカーク』だった。

今回は『ギルマン』と言う魚人の部類である為、貴之が『オーバーロード』に『ライド』した時と同じようになっていた。

 

「『イマジナリーギフト』、『プロテクト』!ってなるんだけど……これも二種類だったよね」

 

「そう。『プロテクトⅠ』と『プロテクトⅡ』で大きく変わるから、そこはちゃんと教えとかないとな……」

 

『グランブルー』が取り扱う『イマジナリーギフト』は『プロテクト』であり、幽霊やゾンビはそう簡単に死なぬを意識したのだと思われる。

恐らく処理の説明で一番面倒なのは『プロテクト』だろうと思いながら、貴之はルール追加に合わせて説明を行う。

 

「まず、『プロテクトⅠ』の場合はそのまま手札に加える。これは相手に攻撃された時に『完全ガード』として使うことができるんだ。早い話し、デッキに四枚しか入らない『完全ガード』が増えるのは便利だよな。この他にも、手札を捨てるコストにも使える」

 

──一応スキルで使うコストとして捨てることもできるけど、その場合は『ドロップゾーン』には行かないで『消滅』……ゲームから除外する処理になるんだ。ここは気を付けておこうと日菜は思った。

何しろ『グランブルー』は『ドロップゾーン』を取り扱うので、規定数を満たしたと思ったら一枚『プロテクトⅠ』のせいで無効でした……は笑えない冗談である。

 

「次に『プロテクトⅡ』。こっちはリアガードサークルのどれか一つに設置することで、パワープラス5000と『インターセプト』した時『シールドパワー』プラス10000を与えるぞ」

 

──この効果は相手ターンにも適用されるから、思わぬところで助けになったりするぞ。そのケースを考えて一番に来るのは、こちらが『ダメージチェック』をしてトリガーを引いた時だろう。

相手がトリガーを引けなければ大体は届かないので、リアガードに攻撃したいのだが『ブースト』がないせいでこっちも届かない……と言う事態を作り出すことが可能となる。

 

「そうだな……この後を考えたらこっちだね♪『イマジナリーギフト』、『プロテクトⅡ』!これを前列左側に置くよ」

 

パワーで押し切ることができそうだと感じたので、こちらの選択を取る。

 

「これ使っちゃおう……『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして、『バスカーク』のスキル発動!『ドロップゾーン』から一体リアガードに『Sコール』して、そのユニットのグレードの数だけ『バスカーク』のパワーをプラス5000!今回来てもらうのは……『不死竜 スカルドラゴン』!」

 

前列右側に肉で覆われずにグレーの骨がむき出しになっており、本体と同じ色の剣を持った翼竜の『スカルドラゴン』が『コール』される。

このユニットがグレード3である為、『バスカーク』のパワーはプラス15000され、『ドロップゾーン』が10枚ある為、更にパワープラス5000と、(クリティカル)プラス1がされている。

また、ここで『スカルドラゴン』を『プロテクトⅡ』があるサークルに置かなかった理由は二つあり──。

 

「『スカルドラゴン』はスキルで『ドロップゾーン』の数だけパワーがプラス2000……今は11枚だから22000プラスだね♪」

 

一つ目は特に意識しなくてもパワーが確保できることにあった。もう一つは攻撃後にある為、そこはお楽しみだと貴之と日菜の二人して内緒にした。

この後は前列左側に『ルイン・シェイド』、後列中央に『のーまん』、後列左側に『ロマリオ』を『コール』する。

 

「『ドロップゾーン』にある他の『カットラス』を『バインド』して……。『バインド』ってどうするの?」

 

「『バインド』は『バインドゾーン』……山札の右隣に置こうか」

 

──と言っても、場所自体は明確に定義されてるわけじゃないから、除外されたカードと混合しないように出来れば大丈夫だ。今回は『プロテクトⅡ』なので問題ないが、『プロテクトⅠ』を使う時の為に日菜は頭の片隅に入れておく。

『バインド』の処理は聞くことができたので、やろうとしていた処理を再開する。

 

「『バインド』したら、『ドロップゾーン』から『カットラス』を『Sコール』!それから、『のーまん』のスキルを発動してパワーを『バスカーク』に!」

 

これによって『ドロップゾーン』が9枚になってしまっていたところを12枚に増やす。

『のーまん』のスキル効果を『バスカーク』に宛がうことで、『ブースト』が無くなる分のフォローに成功した。

また、『スカルドラゴン』のスキルは登場時のものではない為、この方が後でパワーを増やせる。

 

「準備できたし行こうかな……まずは『ロマリオ』の『ブースト』、『ルイン・シェイド』でヴァンガードにアタック!もちろん『ルイン・シェイド』のスキルは発動するし、この二体は『ドロップゾーン』が10枚以上ならそれぞれパワープラス4000!」

 

「さしずめ死者のオンネン……でしょうか?」

 

「大体10枚が本領発揮する目安なんスかね……」

 

イヴと麻弥の推測通り、10枚が基準となっているユニットはかなり多い。

今日菜の場にいる五体の内三体がそれに当て嵌っているので、その多さが伺えるだろう。

パワー29000となっていた攻撃は、『ゲンジョウ』を加勢させることでパワー30000にして防ぎきる。

 

「次はあたしが行っちゃうよー……『バスカーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは止めるか……『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

貴之のダメージは2だが、『バスカーク』の(クリティカル)は2なので保険として防いでおく。

パワー42000の『バスカーク』に対し、『バーサーク・ドラゴン』のパワーが10000しかないので、トリガーまで考えるとこれしか選択肢が無かった。

 

「ここからは『ツインドライブ』!ファーストチェック……」

 

一枚目の結果は早速(クリティカル)トリガーを引き当てる。

 

「攻撃残ってるし……効果は全部『スカルドラゴン』で。セカンドチェック……」

 

『完全ガード』を選択されているので止む得ず処理を行い、その後二枚目も(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

この結果により、貴之の掛けた保険が正解であることを証明した。

 

「だ、ダブル(クリティカル)……」

 

「今のを防がなかったら、最悪負けていたのね」

 

『スカルドラゴン』に(クリティカル)二つを加算しても3なのでダメージ2の貴之が負けることはないが、『バスカーク』に加算する場合は4なのでその場合はダメージが6となってしまう。

幸いにも、最初の一枚意外のどこかで(ヒール)トリガーを引けばいいのだが、確率的な問題もあるのでやはり確実性が欲しかった。

 

「じゃあこれは受けてもらおっか……♪『カットラス』の『ブースト』、『スカルドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石にノーガードだな……」

 

現在の『ドロップゾーン』は14枚で、更に(クリティカル)トリガー二枚も合わさり、『ブースト』込みで合計パワーが64000となっているので、流石に防がず受けることにした。

イメージ内で『スカルドラゴン』の剣による三振りが、『バーサーク・ドラゴン』となった貴之を切り刻む。

『ダメージチェック』の結果は一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで回復可能、三枚目がノートリガーとなってダメージが4になる。

彩とファイトしていた時と違い、『ゲンジョウ』は『オーバーロード』を見せるまで倒れられないだろうと、発破をかけながら治療をしてくれていた。

 

「さっきと全然違う……イメージでこんなに変わるんだ」

 

その光景は、先程のファイトを体験した彩だからこそ尚更感じるものであった。

また、この攻撃が終わったことで『スカルドラゴン』は退却することとなり、その処理を終えて日菜はターン終了を宣言する。

これが『スカルドラゴン』を『プロテクトⅡ』のところに置かなかったもう一つの理由であり、この後『プロテクトⅡ』を置いたサークルががら空きになってしまうからだった。

 

「じゃあ二度目のお披露目だな……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「おお!出た出たーっ!」

 

今回貴之は『フォースⅡ』をヴァンガードに与えた。これは『オーバーロード』で『フォースⅡ』を使った場合の紹介の意味合いが強い。

『メインフェイズ』では前列右側に『フルアーマード・バスター』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』し、『オーバーロード』を『ソウルブラスト』でパワープラス10000する。

 

「じゃあ攻撃……『エルモ』で『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック。リアガードの『バーサーク・ドラゴン』がヴァンガードにアタックした時、相手のリアガードがこっちより少ないならパワープラス3000」

 

「練習も兼ねてっと……『ルイン・シェイド』で『インターセプト』!」

 

合計パワー24000だった攻撃を、『プロテクトⅡ』の恩恵で27000となったパワーで防ぎきる。

パワーを補いながら守りも補強できるのが『プロテクトⅡ』の強みであり、『インターセプト』を最も活かしやすい『イマジナリーギフト』だと言える。

 

「なら次は『サーベル・ドラゴニュート』で『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガードで。『ダメージチェック』っと……」

 

この時の『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーを引き当てたので、パワーをヴァンガードに宛がう……と言うよりも、前列のリアガードがいないので選択肢が無かった。

 

「最後に『レッドダイブ・グリフォン』で『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「それ受けたら嫌だし、『リトリート・フランシーヌ』で『完全ガード』!」

 

現在日菜のダメージは4で、貴之は今回『フォースⅡ』を使用している。

更に彼のイメージ力まで考慮すると、例えレクチャーだとしても一枚は引いてきそうなのでこの選択を取った。

案の定『ツインドライブ』の二枚目で(クリティカル)トリガーを引いており、この判断が合っていたことを教えてくれる。

この処理が終わった後、日菜の『ドロップゾーン』は18枚になっていた。

 

「ターン終了。さて、もう一度そっちの番だ」

 

「うん。ああでも、その前に一つお願いがあるんだけど……」

 

「……どうした?」

 

頼めるのは今のうちだろうと思った日菜は、貴之に一度話しを持ち掛ける。

幸いにも貴之自身がどうしてもと言うものでさえなければ聞こうとしているので、思い切って言ってみることにする。

 

「このファイトが終わったら……全力のタカ君と戦いたい。いいかな?」

 

時々周りの友人や紗夜から話しを聞いていたので、実際にその強さを肌で感じたいと思っていた。

こう思ったのは貴之の経歴が関係しており、努力の果てに手にした、限界を超えた力を知りたいと願うことがあったのだ。

時間の都合があるかもしれないのでその時は諦めるが、何もしないよりは全然いいだろう。

 

「分かった。それならこの後やろうか」

 

「……!いいの!?」

 

「友希那よりもお前を見ろとかって話しじゃねぇし、大丈夫だ」

 

貴之が承諾したことでその願いは叶うことになる。

受け入れてもらえた嬉しさもあり、日菜は勢いもイメージに載せるつもりで自分のターンを始める。

 

「もう一回『バスカーク』にるーん♪っと『ライド』!」

 

『プロテクトⅡ』は前列右側に設置し、スキルで前列右側に『スカルドラゴン』を『コール』する。

『メインフェイズ』では後列中央に『ロマリオ』、前列左側にその服装と飄々とした雰囲気が海賊たちの船長だと感じさせる男性『キャプテン・ナイトミスト』を『コール』する。

 

「『カウンターブラスト』して『ナイトミスト』のスキル発動!『ドロップゾーン』にあるグレード1のユニットを『Sコール』できる!って言いたいけど……10枚以上あるからグレード関係無しに選べちゃうんだよね♪と言うことで船長、いきなりで悪いけどもう一体の『スカルドラゴン』とチェンジで!」

 

──あいよ、我が先導者(マイ・ヴァンガード)。日菜の無茶振りすら飄々とした態度を崩さず答え、去り際に『スカルドラゴン』を指笛で呼んだ。

すると『ナイトミスト』がいた場所に入れ替わる形で、二体目の『スカルドラゴン』が現れて咆哮を上げた。

 

「攻撃行くよー……『カットラス』の『ブースト』、『スカルドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「どうせダメならここで使っちまうか……『ター』と『ブルジュ』、『サーベル・ドラゴニュート』と『エルモ』で『ガード』!更に『フルアーマード・バスター』で『インターセプト』!」

 

『ドロップゾーン』が既に18枚もあり、スキルと『ブースト』込みで61000となっていた攻撃だが、63000でどうにか防ぎきる。

ただし、これ以降は数値が足りないので防ぐことができず、トリガー勝負となった。

 

「先にこっちで行こう……『ロマリオ』の『ブースト』、『バスカーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。来い……!ここで(クリティカル)を二枚引いた瞬間、お前の勝ちが決まるぞ!」

 

『……えっ!?』

 

全員が……というか日菜すら驚いたので、貴之は『ドロップゾーン』にある『ゲンジョウ』を見せて理由を教えることにした。

 

「こいつのテキストにある通り、(ヒール)トリガーはデッキに四枚までしか入らない。そして俺は二枚引いてしまっている状態でダメージが4。そして今攻撃した『バスカーク』の(クリティカル)は2で、(クリティカル)トリガーを二枚引いて効果を加えれば4になる。対するこっちは(ヒール)トリガーによる回復はできて二回……そんな時に4ダメージを受けたらどうなる?」

 

「ああっ!?最低でも2ダメージは受ける……!?」

 

日菜が貴之の言った理由に気付き、それを聞いて全員が納得した。

全員が状況を飲み込めたところで行った『ツインドライブ』は、二枚とも(クリティカル)トリガーであり、日菜の勝ちが決まった。

 

「引けた……!効果は全部ヴァンガードに!タカ君、この後お願いね?」

 

「ああ……お前が満足行くものを見せるよ」

 

そんな口約束の後、『バスカーク』となった日菜が右手に持つ指揮棒らしきものを振って地面から海魔らしきものを呼び出し、その海魔が伸ばした無数の腕が『オーバーロード』となった貴之を貫いた。

攻撃がヒットした後の『ダメージチェック』で最初の二枚がノートリガーであった為、ここで貴之のダメージが6となった。

 

「さて、これで一旦は終わりだが……どうだった?」

 

「予想よりも楽しかった!もっと早く知ってたらこっちをやってたかな?」

 

「……やり込んだお前が壁になるとか、ちょっと想像したくねぇな……」

 

下手をすれば一真の比じゃない程強大な壁になりそうな気がしていた。

ただ、もしそうだった場合は今以上にあれこれ手を打って勝つ為の工夫をするだろうとも思えるし、結局自分のやることは変わらなそうだと貴之は思い、日菜も貴之なら自分を同じ時期に乗り超えそうだとも思っていた。

また、貴之が自分とのことでリサに問い詰められそうで、ちょっと可哀想な状況も予想できた。

 

「で、もう一戦だったな?」

 

「うんっ!今度は全力でお願い!」

 

「分かった。ああ、そうそう……まだ教えられてないルールが少し残ってるから、そこもやっている最中に教えとかないとな……。丸山さん、他に分からない所があるなら遠慮なく聞いてくれ」

 

「ありがとう。日菜ちゃんとのファイトが終わった後、私ももう一回いいかな?」

 

ならばと貴之はその二戦を最後にやることを約束し、ファイトの準備に取り掛かった。

 

「これで最後の一撃……『レッドダイブ・グリフォン』の『ブースト』、『グレート』でヴァンガードにアタック!この時『ネオフレイム』のスキル発動!」

 

「まだ大丈夫……じゃなかった。ノーガード……」

 

日菜とのファイトは最後に『レッドダイブ・グリフォン』で『ガード』の選択肢を封じた攻撃を行い、そこで(クリティカル)トリガーを引いてパワー66000、(クリティカル)5の攻撃で決着を付けた。

流石に始めて一日で全国大会優勝者に勝つのは無理がある話しだが、今回は勝つのが目的ではないのでそこは大きな問題ではない。

 

「(諦めないで最後まで頑張って、行きたいところへ行けた人が手にする強さか……)」

 

──タカ君、ホントに頑張ったね……。本気で努力すれば才能すら超える。それを知ることができて、日菜は嬉しかった。

それと同時にいつかで構わないから、彼以外にもそのような人が、いつか自分の前に来ることを願うようになる。

自分の願いを叶える人は姉かもしれないし、それ以外の人かも知れない。早く来てくれるならそれだけいいと思う。

 

「あっ……!遠導君、グレード2に『ライド』できないんだけど……」

 

「それなら、一つ上のグレードに『ライド』できない事態に陥った時に使える、『アシスト』について教えて行くぞ。まずは……」

 

彩がその事態に陥ったことで『アシスト』を教えることができたので、その処理を教えた後は普通にファイトをこなす。

ファイトが終わった後に『クラン』の都合で教えられなかったトークンのことを教え、時間が来た貴之は退館を済ませる。

 

「今から帰るよ」

 

『お疲れ様。帰り、待っているわね』

 

退館を済ませたら友希那に一度電話を掛けておく。周りの女子が云々と聞かれないのは、信頼されている証拠でもあった。

実際貴之にそんなつもりは一切起きないので、無問題だと二人で認識してから電話を終える。

 

「それじゃあ、途中までは私が送って行くわね」

 

「おっ……?悪いな。助かるよ」

 

自分の見送りは行きの時とは違って千聖がやってくれるのだが、貴之はあまり考えすぎないで受け入れることにした。

 

「(本人から直接聞けるかもな……)」

 

帰り道の際に、サラッと聞き出せないかと貴之は算段を付け始めた。




日菜のデッキはブースターパック『アジアサーキットの覇者』に出てくるカードで構築したい『グランブルー』のデッキです。色々候補ありましたが、他の人ではやりづらそうな場所へ宛がうことにしました。

これ以外の候補に『ダークイレギュラーズ』や『ジェネシス』などもありましたが前者は既にあこに回している、後者は星関係ならこれ以上無い程適正なバンドメンバーがいるので保留。そうやって候補を消していく内に収まった形になります。

また、初ファイトとしては初めて教わる側が先攻でやってみました。日菜なら一回見れば大体覚えるだろうという信頼からです。

次回は千聖と一対一によるちょっとしたサブイベントに入ります。
早い話しがパーティー5の時から感じていたものの答え合わせ回です。


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パーティー8 持たざる者と持つ者

予告通り千聖とのサブイベント回です。

ガルパにて2周年以降ガチャで『ノーブル・ローズ -歌、至りて-』の時に追加された友希那を引き当てることでき、念願の衣装統一が可能になりました。これでも嬉しいのですが、この時のガチャが友希那含めて星4が五人出てきて、それらが全て取り逃がしてだったのでとんでもない大当たりをしていました……(笑)。
その反動か、今回のゴールデンウイークで追加された友希那が当たってないです……。


「でも、良かったのか?」

 

「良かったって……何が?」

 

千聖に送って貰っている最中、貴之は一度問いかけて見る。

流石にこの言い方だけではこう問い返されてもやむなしだなと思うが、一先ず話し出すきっかけを作れたから良しとした。

 

「日菜と丸山さんの練習時間確保するとは言っても、白鷺さんが俺を送っちゃってさ……。行きは大和さんだったわけだし」

 

「あら?私が送ると何か問題でもあるの?」

 

「い、いや……ないって訳じゃないが……」

 

「ならいいじゃない」

 

実際の話し送ってくれるなら、その人が誰だろうと特に問題はない。故に言い返せなかった貴之だが、言い知れぬ不安に駆られている。

──リサに察知されてなきゃいいんだけどな……。もし送ってくれる人が日菜か麻弥だった場合、こんな心配をしなくて良かったのだ。仮に彩とイヴでも何らかを言われそうではあるが、特に人気役者の千聖といる今回は間違いなく何か言われそうである。

場所が場所なので誰も見ていないことを祈っていると、千聖から「それに……」と前置きされた。

 

「日菜ちゃんに話しを聞いてから、あなたと話してみたいと思っていたの……」

 

「……俺と?そりゃまたどうして?」

 

自分の予想と照らし合わせが欲しいので、先を促すような問い返しをする。

日菜が話しているなら、紗夜から聞いた話しによって察する力も知っているかもしれないので、こうした方が素直に話してくれると思ったのだ。

 

「あなたは……私が欲しいと願っても得られなかったものを、全て手にしているから……」

 

「……そうか」

 

千聖の答えを聞いて、貴之は自分の予想が合っていたことを悟る。

自分はずっとそちら側ではないと思っていたからこそ、自覚した瞬間に気が重くなった。

 

「俺はもう十分に、『持つ者』の方に来ていたんだな……」

 

「……意外に思ったかしら?」

 

「いや、薄々と感じてはいたんだが……ここまでだとは思わなかった」

 

今の貴之は『持たざる者』ではなく、『持つ者』であったのだ。一番分かりやすい礼は俊哉との対比だろう。なお、何があっても折れぬ意志に関してはここを一度離れる前から『持つ者』であった。

貴之は優勝することで自らの努力が報われ、栄光と大切な人との時間も得られたが、俊哉はそれら全てがまだこれからなのだ。

今日この時言って貰うまで気づけなかったのは、貴之が千聖と自分を比べ、一般生活を送っている故に『持たざる者』だと考えていたせいである。

 

「一昨日は全然分かんなかったんだ……。小さい頃からあれだけ結果を出してる人が、今更どうして俺にそんな情を向けるんだ?って思ってた」

 

「……そうよね。普通の人ならそう思うはずよね……」

 

貴之の言い分は無理からぬことであり、千聖もそこは責めようとは思わない。

何しろ自分は小さい頃から結果を出したことで『天才子役』ともてはやされ、周りの人たちからは憧れや羨望、時に嫉妬の目を向けられることもあった。早い話し、自分の努力した跡など脇目も振られなかったのだ。

ではそんな千聖の前に、『努力の果ての栄光』と称えられ、周りの人からその努力が報われて喜ぶ声や称賛、やりきったことに於ける信頼の目を向けられる貴之が現れたらどうなるだろうか?

 

「でも、白鷺さんの目線で考えて見ればなるほどって思った……ずっとそんな目や声と向き合ってたら、俺にそんなものを向けたくなる」

 

「普段なら、そう思っていても隠せていたのに……ごめんなさい」

 

羨望や嫉妬の一つや二つが起こるのである。何故なら自分があれだけ努力しても得られなかったものを、全て持っているのだから。

なるべく表に出さぬようにはしていた千聖だが、ここまで自分がそう思う要素が揃ってしまうと限度があった。

普通の人ならなんだそりゃとなる可能性もあったが、目の前にいるのは人の情に対して鋭敏で、知人からは理解しようとする姿勢を評価される貴之だった故に問題はない。

 

「俺も白鷺さんの立場だったら、辛かったと思う……ここまで来たって言うのに、誰も見向きしてくれないんじゃな」

 

「(遠導君……相手の目線で見れる人なのね)」

 

そんなこともあって、千聖は少しだけ気が楽になったように感じた。今までだと誰にも話せなかったことも、この人になら話せるだろうと思ったのだ。

 

「私の家……役者の家系なのよ。小さい頃に親が役をやっているところを見せてもらって、自分もやりたいと思ったのが始まりだったの」

 

「となると、きっかけは親への憧れ……なのか?」

 

千聖が役者をやろうと思った理由はここにある。憧れて、子役が必要と言われてやりたいと願ったところが全ての始まりだったのだ。

貴之の確認が当たりだったので、それに対しては頷くことで肯定を返した。

稽古を付けて貰っている際に指摘を受けたりするのはいい。それは自分がしっかり役者を全うできるよう、教えてくれているのだから。問題は実際に役を全うして評価を得る時である。

 

「誰も彼も『天才』ともてはやし、努力の形跡は一切見られないか……」

 

「一度そう言われてしまったら、流れは簡単に変わらない……。その後期待に応えようとしたら、またそう言われて、同じ流れを繰り返すの……」

 

子供の身ながら、いきなり自分の頑張りを一言で斬り捨てられたら堪ったものでは無いだろう。それは貴之でも無理な話しである。子供の頃ではメンタルが鍛えられていないからだ。

ただ、全く経験していないと言われればそれは違い、貴之も昔経験したことがあったことを話す。

それは耕史に教わって少ししてから店内大会で初めて勝利を飾った直後のことで、同じく耕史に教えて貰ってから店内大会に望んだファイターがいた。

 

「ただ、そいつは途中で負けちまって、俺に才能があるって言ってきたけど……実際は違うと思うんだ」

 

「どうして……そう言いきれるの?」

 

「俺に才能があるんだったら……前回優勝した一真と比べて、倍近い時間も掛けて優勝にはならないだろうからさ」

 

千聖はそこで、貴之がどうして自分を『持たざる者』だと思っていたかを理解する。

彼は自分の意識していた相手が全て後発の人であり、一時的に抜かされたことがある悔しさが大きい──否、大きかったのだ。

貴之が千聖に言われて認識できるのは、俊哉から聞いた話しが大きく、もしかしたら自分がそうかもしれないと考えるようになっていたからだった。

 

「後から始めた人に先を越される……確かに、思うところが出るわね」

 

「けど、そのまま終わるつもりはないから対策を立てたり、別の戦い方を考えたりして……最後に勝った」

 

オーバーロード(己の分身)』を入れることだけは何度やっても変わらなかったが、他のユニットは何度も試行錯誤しているし、全国大会では今まで躊躇していた『ヌーベルバーグ』の使用すらしたほどだ。

抜かれても続ける場合は対抗心が出てくることが多くなるが、貴之がそれだけに囚われなかったのはそうなる頃にはもうメンタルが鍛えられていたことと、胸に残り続けている友希那との約束がある。

何も楽な道で無かっただろうことは察していたが、改めてその道筋を知ることはできた。

 

「ああ……話してる途中で、一個共通点は見つかったな」

 

「共通点って……私と遠導君の?」

 

「もちろん。俺たちは教えてくれた人の言葉を理解しようと努力して、理解した上で自分のものにできてるんだ……白鷺さんが役者を続けられているのも、俺がこうして友希那と一緒にいるのも、それができたからなんだ」

 

「言葉を……」

 

思い返されるのは、初めての舞台に出るべく稽古を付けて貰っている時に言われたことであり、その言葉と自分の演じてきた時を思い出してみる。

初めの方こそ意識しながら演じるので手一杯ではあったものの、役をこなす内に自然とできるようになっており、いつしか後追いの子役に勧めているほどだった。

──確かに、そうみたいね。対比的だと思っていた相手との共通点が見つかり、千聖は柔らかな笑みを浮かべる。

大体の異性ならそれだけでもドギマギする可能性が高かったが、そこはメンタルが頑丈で友希那と付き合っている貴之。全くもって平静を保っているので千聖は内心でイラっとする。

とは言え、こちらもこちらで面倒ごとになるのは御免なので、変な気を起こさないでいるだけ全然マシではあるのだが。

 

「後は、俺の一般慣性故に持たれた方か……」

 

「これは私がもてはやされたからこそ、感じたことなの」

 

貴之は確かに実力派のファイターではあるが、平時は一般男子の身であり、普通の人たちと同じように接されている故にそれなりに友人もいて、その他の交流もあった貴之は学校などでも問題なく過ごすことができていた。

例え転校してもお隣さんの裕子や、中学生時代に仲良くなった真司、一真を筆頭に遠征をしている際に知り合ったファイターたちのこともあり、彼の日常に寂しさというものは存在しなかったと言える。

ただし千聖の方は最初から役者として知られてしまっているので、有名人や高嶺の花として接されてしまい、周りが勝手に距離を置いてくることの請け合いであった。

更には進学していく内に、いつしか異性側からは抜け駆けがどうのこうのような気配も感じられるわ、同性側からはそうして周りから目を奪う自分に嫉妬の目を向けられることもあるわで気が滅入って行く。

そんな風に見られていれば考えるのも嫌になり、高校へ行くに当たってそういうことになりづらい花女への編入を決めるほどだったし、その後も普通に接する人は多くは無く、明白に友人と呼べる人は今やパスパレメンバーや一部の昔から交流のあった年の近い人くらいしかいないと言える程、彼女の日常には寂しさが付きまとっていたのだ。

 

「私だって……他の人たちと同じように、輪に入って話し合いとかしたかったのに……勝手に距離を置かれて、どうしようも無かったのよ……」

 

「悪い、何か……嫌なこと言わせちまったな」

 

いくらそうしたいと願っても、周りの空気がそれを奪い去る。願いを口に出来れば楽だったが、立ち位置もあって迂闊に言い出すのも難しい。

そんな二つの要素が千聖にとって望まぬ形で相乗効果を生んでしまい、気が付けば殆どの状況で気を許せない状況下が出来上がってしまった。

結果として、それがどことなく諦めの情を千聖に与えてしまい、以前パスパレの初ライブで音源のみがバレた際、ダメなら抜けると言う選択肢を真っ先に出してしまう事態を呼び起こしている。

役者をやりたいと望んだ後の因果が関係して、大事な場所が何も変わらずに突き進んで行き、自分とは対照に諦めの選択肢を真っ先に捨てる選択肢が取れる貴之を意識することに繋がっている。

また、貴之の場合は自分が望まずとも周りに人がやってきて、誰かが願うならと動く余裕すらあるのも今回情を抱くことに拍車を掛けた──と、思い返していたら目尻から涙が浮かんでいた。

 

「こんなこと初めてよ……。今まで誰にも言わなかったのに、何故か言えてしまうわ」

 

「俺が、そう言うこと聞くのに慣れてるから……なのかな?」

 

夢に向かって練習するが自信を持てなかった裕子。何かしなければ退屈と友人になっていた真司。自分の力で勝った気がせず思い悩んでいた一真と結衣。憧れと自分を見つめて考え込んだあこ。引っ込み思案が祟って行きたい場所へ行けなくなりそうだった燐子。才能の壁に絶望を感じ諦めそうになった紗夜。突き進む自分と比べて苦悩した俊哉。そして、道を踏み外したことに気づいて戻りたいと願った友希那。振り返ってみれば結構な人から話しを聞いていた。

貴之にとって、周りの人は基本的に友人や悪い意味はなく自分を探している人たちなどが多く、自然と話しを聞きやすい状況が整っていた。反対に、周りが変に線引きしたり良い感情を向けてこなかったりする千聖の場合はそうもいかず、孤立しやすい状況下になっていてそれが遠慮させていた。

そんな二人の経歴が重なったからなのか、気づけば自然と辛さを吐き出していたのだ。

 

「(やっぱり、聞いてみないと分かんねぇもんだよな……)」

 

スカウトを受けた友希那の悩みも、せっかくバンドに入れる機会を逃した燐子の後悔も、今回の千聖が持っていた羨望と嫉妬も。全て聞かなければ分からないことだった。

こうして話しを聞いた三人は今にも泣きそう──或いはもう泣いているだった。誰にも言えなかったところ、初めて自分に対して吐露したのも共通している。

そして、そうなった少女を前に見て見ぬふりを決め込める程貴之は無情ではない。寧ろ放っておけず、自分から踏み込んでいく性分だった。

 

「……その辛さ、俺に吐き出してみないか?誰かに聞いてもらうだけでも結構違ってくるんだぜ?」

 

「なっ……!?」

 

だからこそ、その人を助ける為に手を伸ばす──貴之とはそう言う人だった。

千聖はその判断が理解できなかった。何をどうしたら会って間もない人にそこまでできるのだろうか?

その疑問故に、千聖は一瞬固まることとなった。

 

「ど、どうして……?どうしてあなたはそこまでできるの……!?」

 

──私はあんな目を向けたのよ!?そう問いかけても、貴之は全くぶれる様子が無い。

来るだろうと予見していたのだろう、焦った形跡すら感じられない。まるで何度も見てきたと言わんばかりだった。

 

「誰かに言われたとか、そんなことは確かに無いさ……。けど、目の前で悩んだり、悲しそうな顔してる人は放っておけない……俺の性分なんだ」

 

「性……分……?」

 

「ああ。掛け値なしに言うなら……」

 

──俺が助けたいと思ったから助ける、ただそれだけだ。にべもなくそう告げられ、とうとう千聖の頬を涙が伝うことになった。

本当にいいのかと迷っていた千聖を前に、貴之は右手を左胸にあて、穏やかな笑みを見せる。

 

「どうだろう?無理にとは言わないさ……ただ、もしよかったら……」

 

「っ……」

 

貴之が言い終わるよりも前に、千聖は彼の右手を両手で取っていた。まさかここまでとは思ってもみなかったのか、貴之も一瞬だけ固まる。

彼女がこうなるのは無理もない話しで、何しろこうやって自分を一人の女子として接して来て、自分が困っている時に自ら歩み寄って来てくれた初めての異性だったのだから。

手を取ったのはいいものの、少しだけ遠慮が残ってしまっているので、千聖は最後の問いかけをする。

 

「ほ、本当に……話してもいいの?」

 

「いいさ。俺でよければ話しを聞くよ」

 

「……ありがとう。本当に……!」

 

そこから千聖は、胸の内に抱え込んでいたものを吐き出して行く。

自分の頑張りを二文字で片付けられてしまったこと。その評を得たことで親の期待が大きくなってしまい、自分の頑張りを褒めて欲しくても切り出せなくなってしまったこと。学校などで自分を見る目が完全に変わってしまったこと。パスパレの初ライブに置ける事件の直後、結果や売り込みを優先していたあまり自分は真っ先に抜ける選択肢を出してしまっていたこと。その他諸々全てを涙と嗚咽の声と共に、全て貴之に吐露していく。

今まで吐けなかったせいで八つ当たり気味な言い方になっても、貴之はうんざりした様子は見せずに同意したり先を促したりと、もっと来いと言わんばかりの対応をしてくれるので、千聖も遠慮せず溜めこんでいたものを涙と共に全て吐き出した。

 

「その……ごめんなさい。制服、シワだらけになってしまったわね」

 

吐き出している際、貴之の胸を借りっぱなしだったこともあり、彼の制服はシワができてしまっていた。おまけに自分の涙で濡れた跡すらある。

全てが終わって落ち着いたのでそこに気づけてしまい、恥ずかしさと申し訳なさが浮かび上がってくる。

 

「俺のことはいいさ……。それよりも、もう大丈夫?」

 

「お陰様でね。随分と気が楽になったわ。ただ、一つ言わせてもらうとすれば……」

 

──大切な人がいるなら、誰でも彼でも優しくしない方がいいわよ?人をその気にさせるから……。目の前の相手があまりにも自然にやるものだから、流石に釘を刺すことにした。

そこで貴之も気づいたらしく、もう暫くは治らなそうだなと感じた。

 

「でも、何もせず放って置いたら絶対に後悔するもんなぁ……」

 

「はぁ……それだとまた繰り返しそうね」

 

ただ、そう言う人が一人はいてもいいと千聖は思えた。それによって自分は今まで溜めこんでいたものを吐き出せたのだから。

とは言え、あまりやり過ぎるのも問題であり、その内今回のようなことでその気になっている人が現れそうなところである。というか、正直言うと自分も危なかった。

そんなこともあったので、もう一度だけ念押しで釘を刺しておく。流石に言われたばかりなのもあり、貴之は頷くしかなかった。

 

「……もうここまで来たか」

 

「後は大丈夫そうね?」

 

気が付けば花女と羽丘へいくための分かれ道の場所まで来ており、後は自力で帰れる場所に辿り着いていた。

後は軽く別れの挨拶だけ済ませて移動すればいいのだが、貴之としては何故だか妙にやりづらかった。

理由を探って見ると、千聖の方から『寂しさ』の情を感じ取れており、そうなった経緯は彼女の過去と自分の対応が関係していることに気付く。

 

「(どうするか……俺から切り出そうにも、さっき釘刺されたばっかりだし……)」

 

「(も、もしかして気づけたの?それで迷っているのね……)」

 

まさか気づかれるとは思ってもみなかったが、元々理解力に優れる貴之なのでおかしくないと納得はできた。

かく言う自分もいいのかどうかで迷ってしまっているが、動かなければ彼はずっとそのまま悩んでいる気がする。

実際のところ彼の善意は非常にありがたいし、こんな状態の彼を放っておこうと言う気にもなれない。

 

「え、遠導君っ!」

 

「……ん?どうした?」

 

なので、千聖自身が思い切って話しを切り出すことにする。

幸いにも貴之は聞く姿勢が出来ているようで、こちらにいつでもいいと言ってくれそうな雰囲気だった。

自分でも思いっきり過ぎたことが恥ずかしさを呼び起こし、思わず言い淀みそうになるが、それをどうにか堪えて頼もうと思っていたことを口にする。

 

「わ、私と……連絡先を交換してくれませんか?」

 

「あ、ああ。いいけど……何も敬語じゃなくたって俺は応じるのに」

 

「なっ……わ、悪かったわね!こう言うのは慣れてないのよ!」

 

──というか、どうして遠導君(この男)は全く持って動じないの!?いくらメンタルが頑丈だからといっても程がある。あまりにも変化の無い貴之を前に、まさかの自分が翻弄される事態になっていた。

幸いにも自分の話し自体は意図を理解した貴之のおかげで了承を得られたので、そこは良しとしてCordによる連絡先の交換を済ませる。

何気に旧来からの知人を省いて、仕事等関係無しに初めて連絡先を交換したことに気づき、千聖は嬉しさで満ちた笑みを浮かべる。これで自分の表情に何らか反応を示してくれればなお良かったのだが、これ以上は高望みなので割り切ることにした。

 

「また……何かあったら頼らせてもらうわね?」

 

「分かった。俺でよければ、また手伝うよ」

 

「……そう言うところなのに」

 

「?何か言ったか?」

 

できればそのままでいて欲しい願望の元、千聖は何でもないと答える。そうすれば貴之も気づいたようで、まあいいやと追及を辞める。

話しを聞いて貰ったことで結構時間を使ってしまっており、荷物も事務所に置きっぱなしなので千聖はそろそろ戻ることにする。

別れの挨拶を済ませて、貴之は彼女の姿が見えなくなるまでの間手を振って見送ってやるのだった。

 

「(これで一件落着……じゃない気がする)」

 

暫しの間静寂を楽しんでから帰ろうかと思ったが、言い知れぬ悪寒がしてその考えを捨てた。

直ちに悪寒がどこからやって来たのかを探り、どうするのが最適解なのかを必死に考えていく。

その結論は『何があったかを正直に落ち着いて話し、相手に納得してもらう』だったのだが、がしっと効果音が聞こえそうな勢いで自身の左肩に手を置かれたので思わずびくりと反応をしてしまった。

 

「ねぇ……貴之?」

 

「いぃ……っ!?り、リサ?」

 

ギギギ……と効果音が付きそうなくらいゆっくりと声がした方へ顔を向ければ、そこには顔は笑っているけど目が笑っていないリサと、そんな彼女をどうやって止めようかでオロオロしている友希那(愛しい人)がいた。

何故そんな表情をしているのか?理由を考えれば答えは直ぐに出てくる。

早い話し、貴之と千聖が二人して会話していたところ──それも何だか良さそうな空気が流れているタイミングをバッチリ見られていたのである。

 

「言いたいことは何かある……?」

 

「ま、待て!?話せば分かる!とにかくああなった経緯を聞いてくれ!」

 

「リサ、やり過ぎたら聞けるはずの話しだって……!」

 

問答無用と言わんばかりの様子を見た貴之は、落ち着いて話す余裕を無くして必死に許しを請うような構図を作ってしまった。

友希那もこのままでは不味いと思って引き留めようとする。

 

「友希那。ここで止めて置かないと、貴之はまたやらかすよ?止めてもそうなるかもしれないけどさ……」

 

「それはそうだけれど……私はいいと思っているし」

 

「(やらかすのはもう確定事項か……)」

 

とは言え、友希那も貴之と一緒にいる時間は多い方がいいのでリサの考えを通すことにした。

まるで信用が無い言い分に落胆しながら、貴之は観念して今回のことを話していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……昔から役者をやってる人って大変だね」

 

「意外だったわね……彼女がそんなことを抱えていただなんて」

 

「それを周りの様子で拾い上げる貴之も貴之だよ……何をしたらそんなことできるの?」

 

「何をしたらって言ってもなぁ……ヴァンガードファイトを重ねていたら、いつの間にかできるようになったとしか」

 

その日の夜。遠導家にて改めて小百合も交えて四人で今日あったことを話していた。

小百合としては『弟が有名女優と連絡先を交換した』と言う事実だけでも十分驚きだが、彼女にも抱え事があったのは驚きである。

察知できるようになったことは本当に理由が分からず、慣れによるものなのだろうとしか今は考えられなかった。

 

「貴之……後ろには気をつけてね?」

 

「ユリ姉、俺が刺される前提ってのは無いだろ……」

 

「私も、今回ばかりは少し心配だわ……」

 

「友希那もこう言ってるし……少しは気をつけてよね?」

 

友希那が不安げになりながら言うので、返す言葉に困った貴之は頭を掻く。

どの道知られたら面倒ごとになる可能性はあるが、早いか遅いかの違いだけなら話してしまった方がいいので、貴之は先に腹を括っておく。

こう言う決断ができたのも、自分が後江生であることが大きく、他の学校だったら何が何でも隠し通すつもりでいただろう。

 

「貴之。前にも言ったけれど、あなたが他の誰かに優しくすること自体はいいのよ?ただ、一つだけ改めてお願い……」

 

──私から離れて、どこかに行ったりはしないで……。友希那が体を寄せながら、縋るような声で頼んできた。

確かに普段からそれを推奨している友希那だが、流石に目の前でそこまで親密そうになっていたら不安の一つや二つは出てくるだろう。

それを察した貴之は性分とはいえ、やり過ぎたことを反省する。

 

「大丈夫。俺は離れないよ……でも、心配かけたな」

 

「貴之……」

 

貴之が優しく抱き返しながら、迷うことなく告げたことで友希那はようやく落ち着きを取り戻すことができた。

今なら頼めそうな状況で、個人的にももう一声欲しいと思った友希那は今回思い切って頼み込んでみることにする。

 

「なら、あなたの気持ちを教えて欲しいわ……」

 

「そう来たか……そうだな。今度どこか出掛けに行こうか。友希那が気に入りそうな場所、探しておくよ」

 

「本当?楽しみにしているわね」

 

友希那の為ならばエンヤコラ。そんな精神を持っている貴之は迷うことなく友希那の頼みを承諾する。

後でどの日に出掛けるかを決めることにして、貴之はどこがいいかの目星を考え始める。

 

「ねえリサちゃん……私たちなんだけど……」

 

「多分、暫く無理そうな気がします」

 

今回の件もあり、小百合とリサは二人して自分たちの春はまだ先になると考えた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『……あの白鷺さんと連絡先を交換した!?』

 

週明けになって話して見れば、男女問わずこの反応であった。何があっても不思議じゃないと考えていても、これは違ったらしい。

しかしながら、友希那との付き合いもあって貴之の方から迫った可能性は限りなく低いので、まずは理由をしっかりと聞いてくる。

ここで変に言い訳をしたら完全にアウトなので、貴之は包み隠さずにありのままを全て話していく──をすると流石に千聖の名誉も関わってくるので、大丈夫な範囲に納めて全て話していく。

 

「なんていうかお前……ここまで来ると人たらしの領域だな」

 

「というか、白鷺さんの素の笑顔!ありのままの笑顔なんだよ!?何で遠導君は動じないの!?」

 

「何でって……俺にとっては友希那の笑顔が一番魅力的だし」

 

『(そ……そうだったー!)』

 

そんな状況ですら全く動じない貴之は、とんでもないとしか言いようが無かった。いくらぞっこんとは言え、これは度が過ぎてるかも知れないが──。

こう言った風に自分を誰よりも見てくれる相手ができたらいいなと思う女子たちだが、余りにも動じないのはそれでどうなんだとも思った。

また、埋め合わせもそうだが元よりそうしたいと思っていたので友希那と近い内にどこか出掛ける予定を立てたのを知り、行動の速さに驚くこととなる。

 

「まあ……修羅場にならないだけマシか」

 

「そりゃそうだけどさ……リサに肩掴まれた時は本当に焦った」

 

「ならやるな……って言いたいが、そう言うわけにもいかない時だったな」

 

「いい意味での先導者ならまだしも、悪い意味で先導者になるのは勘弁だよ?」

 

実際のところ、貴之がここまでブレない人物で無ければ何かあったかもしれない。

何故問題無いように言いきれるかと言われれば、理由は貴之が当日貰った千聖からのメッセージにある。

内容としては当日の礼とちょっとした文句であり、その文句は自分の表情における貴之の変化度合いだった。

 

「白鷺さんの言い分としては、『あそこまで変化がないと、自分に興味なしと判断でいてマイナス』……と。ただ、これでプラス取ってたらヤバかったかもな……」

 

余りにも自分が無反応に近しいものだったので、千聖はそこでダメだったらしい。

本当にそれを送られた時は冷や汗もので、リサに正座させられる羽目になっていたことを記しておく。

その結果、辞めろとまでは行かないが控えろということで纏まった。

 

「俺、紗夜がどう思ってるのか気になってきた……」

 

「紗夜からねぇ……貴之はどう思う?」

 

「向こうから電話くれる段階で、少なくとも嫌われちゃいねぇだろうよ……」

 

「まあ、嫌われてたらそもそも無視を決め込まれたりするかも知れないしな……」

 

俊哉の悩みは少なくともまだ大丈夫となり、今のうちに出掛ける目処を立てるように勧めておく。

幸いにも日程は決めてあるらしいので、場所の候補に良さそうなところを探すべきとなった。

あれよこれよと口を出すのもいいが、恐らく俊哉が悩んだ上で決めたものが一番いいだろうという判断の元、今回は止めておいた。

 

「(俺は紗夜のことが好き……なのか?)」

 

──それを知るためにも、まずはここからってことか……。考えすぎて自滅するのは避け、俊哉は場所の候補を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まさかそんなことがあっただなんて……」

 

「私も、千聖ちゃんから聞いた時はビックリだったよ……」

 

「貴之君……本当に気を付けて欲しいな」

 

「ま、まあ……今回は私も私だったから、あまり責めないであげて欲しいわ」

 

同日の昼休み、空き教室にて紗夜と燐子、彩と千聖の四人で集まって昼食を取りながら話し合っていた。

せっかく合同練習の影響で交流を得たからという彩の思いつきが発端となり、全員が賛成したことで実現したことである。

この四人にとって共通する話しと言えばバンドか貴之絡みであり、今回はこの前のこともあって後者の話しを選ばれた。

そう簡単に友希那から貴之が離れることはないと思うが、略奪を図ろうとする人を作り出すことだけは勘弁してほしいとRoselia側の二人は願った。

ただ、千聖にも納得行かないことがあったらしく、それが今回は大丈夫だと二人に判断させる。

 

「それはそうとしてよ……どうして!私がありのままをさらけ出しているのに!彼は全く持って平常のままなの!?もう……いくら何でもあれは無いわよ」

 

千聖の言い分が完全に不平不満をぶちまけるそれであった。どうやらその部分が完全にアウトだったらしい。

裏を返せばあと一歩間違えたらその気になっていた可能性があるので、本当に冷や汗ものだった。

 

「(谷口君……どう思っているかしら?)」

 

そんな話しもあったので、紗夜は俊哉のことを考える。自分の提案を拒否しないので、嫌われていないとは思いたいが──。

ここで考えても仕方ないので一度その考えを隅に置き、一先ずどうにか千聖を窘め、話題を逸らせるものを探してみると、真っ先に思いつくのはヴァンガードだったので、それの話しをしてみる。

 

「カードパックで集める場合、昔は大変だったみたいですよ……?なんでも、『クラン』だけに絞りこまれたパックが無かったみたいなんです……」

 

「自分の使わない『クラン』のカードも出てくる中で、欲しい『クラン』のユニットを手にする必要があった……新しく入った私たちからすると、想像を絶する苦労ですね」

 

「す、凄いなぁ……昔からやってる人たち」

 

「ルールの覚えやすさがなかったら、今頃人気にはならなかったかも知れないわね……」

 

貴之曰く、『僅か二、三十パック程度で『グレート』が四枚揃った時は天の恵みを感じた』とのことである。それほど探すのに苦労するのだ。

まだパックを目にしたことが無い彩と千聖は想像をするしかないが、それでも非常に大変だったことは予想できる。

Roseliaの五人も時間に余裕ができて、金銭的にも余裕がある時に数パック購入して開けることはあるのだが、全員が自分の『クラン』に合わせたパックを購入しているのは言うまでもない。

ちなみに最初期の頃は『ロイヤルパラディン』と『かげろう』の二つが収録されているパックがあり、それぞれ別の『クラン』を使っている友人がいたら『クラン』が同じカードを友人側に譲るのはよくある光景だったそうだ。

この時貴之も耕史と二人でパックを開けた際はそう言う風にやっており、そのおかげで当時『かげろう』の最高戦力となるユニットを素早く手にすることが出来ている。

ヴァンガードの話しをしている最中に、千聖が貴之と電話していた玲奈のことを思い出す。

 

「そうですね……女子とヴァンガードの話しをできるたりすると弾みがちになりますが、少し明るめなこと以外はよくいる後江生……と言うのが私の見立てですね」

 

「私もあまり話したことが無いので氷川さんと同じです。青山さんのことは、私たちよりも友希那さんや今井さんの方が詳しいですよ」

 

何故その二人が出たんだと思って聞いてみると、その二人と玲奈は小学生時代からの付き合いだと言うので納得できた。

貴之からすれば、一真の件もあり気づけるのが非常に早い人も追加されるのだが、その発端は教えて貰えないだろう。

それならば仕方ないと割り切り、その他普段どうしているか等の会話に変わっていき、千聖は途中で貴之のことを思い出す。

自分の羨望や嫉妬を疑問だけで終わらせず、理解した上で聞いてくれ、そこから今までの鬱憤を吐かせてくれる人など今まで一人もいなかったのだ。間違いなくいい人だったと言えるが、一途過ぎる面は残念だった。

 

「(本当に、不思議な人だったわね……)」

 

──想われている友希那ちゃんは幸せ者だわ。三人と話しながら、千聖は二人の行く末に幸があることを願った。




そんなわけでサブイベント回でした。何気に千聖のフラグが立つ一歩手前だったので、貴之は今回が最も危ない綱渡りをしています(笑)。

今回この話しを作った意図としては、貴之の立ち位置がどうなったかの確認も兼ねています。とは言え、人間誰しもが『持たざる者』と『持つ者』の関係になりやすいのでですが、貴之は傍らから見ると後者になりやすい立ち位置に変わっています。今回のは『辿った道によって得られたもの』がキーとなり、千聖が前者、貴之は後者となりました。何も事情を知らないならどうやっても反対になりますが、事情を知る者同士ならこうなります。
全国大会優勝よりも前なら、どちらかと言えば前者寄りになりますね。

次回はRoseliaとハロハピを絡ませる予定です。


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パーティー9 蒼薔薇と笑顔と先導者と

予告通りRoseliaとハロハピが絡む回になります。

ガルパピコの大盛り、とんでもない入り方をしてきましたねぇ……というか、友希那がまた一話から「眩しいわね……」って言ってる(笑)。


千聖との案件があってから二日後。貴之は再び合同練習の様子を見ることになる。

今回はRoseliaとハロハピの二チームによる合同練習があったのだが、挨拶するよりも前にハロハピのメンバーたちから礼を言われたので驚いた。

 

「(やった側はそうでなくても……ってやつなのか?)」

 

理由は至って簡単。以前に迷子になった花音を道案内してくれたことだった。

どうやらあと少し遅かったら迎えに行くつもりだったようだが、貴之が道案内してくれたから平気になったらしい。

助けて貰った経緯もあって、ハロハピのメンバーは最初から敵意がゼロであり、貴之としては非常に気を楽にできることが予想できて有り難い話しである。

また、意外なところとしては千聖と幼少期から縁を持っている人がハロハピにいた事である。

 

「(まさかもうそこまで繋がってるとは思わねぇよ普通は……)」

 

その人はそっちの意味でも礼を言ってきたので、もうどこからどう返せばいいのやらになりかけた。

とは言え、向こう側の礼は礼なので、そこは素直に受け取っておく。

 

「今日もよろしくね♪」

 

「はい。行ってきます」

 

貴之の対人能力を期待してか、まりなは完全に安心した様子でこちらに声を掛ける。

ちなみに合同練習に関してだが、ハロハピが唯一キーボードの代わりにDJがいるチームなので、技術面で参考程度にしか教えられない燐子がどうしようかと困った笑みをしていたことを記しておく。

一応は互いに知識交換を考えているが、早い内に終わってしまうかもしれないことは十分に懸念されていた。

 

「もう何度も聞いてる人たちもいるけど、俺は見てるだけだから気にしすぎないでね」

 

こうして説明するのは慣れたもので、貴之は既に全く緊張していない。

大丈夫かと聞かれた為、貴之は毎度感じていることである「26対1よりは全然マシ」と答える。

ハロハピの数名が軽く引きつった笑みを見せるくらいで、他の人たちは大丈夫なら問題無いねと言いたげな顔をするか、あれは大変だったねと困った笑みを浮かべる人たちだった。

確認が終わったところで二チームが順に自己紹介を行っていく。今回Roseliaは自分たちとハロハピの方針は最も対極的なので、取り込める要素が少なそうだと予想していた。

その為、相手の方針とそれによって起こる空気等を参考にする気概でいるそうだ。

 

「もう知ってるかもだけど、うちの精肉店をよろしくね~!」

 

自己紹介しながらさらりと自分の店の紹介をするのは、オレンジ色のショートヘアーが目を引く明るい少女──北沢(きたざわ)はぐみだった。

ハロハピではベースを担当しており、とある少女を追っていた矢先に話しを聞いたのがチーム加入の発端であり、その少女との一件がチームに影響を与えることとなっている。

また、自分のことを『女の子らしくない』と感じて悩みを持っていたが、他のメンバーからすれば最も女子らしいと評されている。そんな話しを聞いた貴之が俊哉に持ち掛ければ、「その展開アニメで見たんだけど……?」と困った笑みを返されたことを記しておく。

なお、はぐみはソフトボールのチームにも所属しているらしく、そこでリーダーをやっているようだ。

貴之の預かり知らぬ所では小百合が彼女のいる精肉店にそれなりの頻度で寄っているが、名を知らないのが影響してお互いに気づかぬままであった。

 

「クラスも同じで、こっちでも同じになるなんてねぇ~……これも何かの縁だね♪」

 

「それは私も考えていたよ。世界は意外にも狭いようだね」

 

ハロハピ側にいる肩より少し下まで行くくらいだろう紫色の髪をポニーテールにし、やや細めの目つきで赤い瞳を持ち、その背丈から男子と見紛うこともある中性的な容姿を持った少女──瀬田(せた)(かおる)がリサに同意する。

彼女はハロハピのギター担当で、その背丈や容姿、運動神経からパフォーマーを務めることも多い。意外にもこのチームは彼女だけが羽丘に通っている。

演技的な発言を好んでいるらしく、女子のことは「子猫ちゃん」と呼んでいて容姿等も相俟って女子からかなりの人気を誇っている。貴之も後から知ることになるが、ポピパではりみが、アフグロではひまりが彼女のファンになっているそうだ。後日、この発言を聞いて本当に子猫がいると勘違いした友希那が本気で落ち込んでしまうことがあり、その時薫の意図を理解するに至った。

この他にも演劇部に所属しており、彼女の出る演目は人気が非常に高く、他校と合同も許可されていることもあり、千聖とペアで揃った場合は会場の席が生徒で埋まりきるほどである。

また、彼女が千聖とは幼少期から縁のある人物で、貴之に千聖のことで礼を言った人である。

彼女のクラスにリサがいたりと妙な縁を持っていることを互いに知り、もしかしたらどこかでまた共にするかもしれないと感じた。

 

「じゃあ美咲(みさき)、ミッシェルを呼んできて!」

 

「あー……。うん。ちょっと待ってて」

 

肩に掛かる程度の黒い髪を持った少女──奥沢(おくさわ)美咲が気だるげに答えて部屋を後にする。

ダウナー気味な性格以外は至って普通の少女であり、ミッシェルと言うのは、彼女が新しく受けたアルバイトでの着ぐるみのことである。

彼女がミッシェルの姿でアルバイトをしていた最中にメンバーの一部と遭遇しており、花音を省き他のメンバーは先にこの時の彼女を認識していたそうだ。

花音は『ミッシェル=美咲』の認識で見てくれるのだが、他の三人は『ミッシェル≠美咲』の認識である為、花音と同じ見方にならないだろうかと日頃の悩みにしている。

唯一ゴリ押しに近い勧誘を受けていたので最初は脱退を考えていたが、とある一件もあってそのまま続けることにした。

また、この時何か不安そうにしている花音と、微塵も疑っていない三人を見て、貴之は妙に意識のずれがあることに気付く。

 

「(でも……これ多分ダメだよな?)」

 

Roseliaの五人が首を傾げる程度の中で、貴之は問題点に気づいて頭を抱えた。

そのままだと確かに解決にはならないが、とある理由がチームの方針を本末転倒まで持って行き兼ねないことに気づいてしまったのだ。

後で今気づいた内容のことを聞かれるのだが、貴之は悩んでいる側に取って満足行く回答ができなかっただろうと確信することになる。

 

「みんなお待たせ~。ミッシェルだよ~」

 

「ミッシェル、待っていたわ!」

 

『(えっと……何故こうなるの?)』

 

着ぐるみを来た状態の美咲……もといミッシェルを長い金色の髪と同じ色の瞳を持つ少女、弦巻(つるまき)こころが歓迎する絵面を見てRoseliaは困惑する。

ハロハピの『世界中を笑顔にしたい』と言うのはこころの願いから出たものであり、バンドをやるようになったのはドラムを辞めようとしていた花音と、願いを叶えるべく散策していたこころが出会ったのがことの発端だったようだ。

また、彼女の家は弦巻財団と言う資産家である為に資金面でこれでもかと融通が利いており、彼女がこうしたいや、これが欲しいと言えば十分な資産と、側近である黒服の人たちの行動力と実行力で大体用意できてしまう程である。これを聞いた時金の力ってすげえなと全員が思った。

行動力と資産が両立していることもあり、身内の誕生日プレゼントが施設丸々一個と言うとんでもないことになったりもしたそうで、話しを聞けば聞くほど金銭感覚が麻痺しそうで怖いと貴之が真っ先に畏怖を示した。この反応はカード購入代やその他諸々ヴァンガード関係だとRoseliaの五人は見抜いている。

今回のイベントも笑顔にできる人を増やせるならと、いの一番に参加を言い出しており、その願いの強さは本物であることを示している。その願いの為に突き進むブレなさは貴之に似通ったものを思わせるが、友希那に近い危うさも時々見えるな……と後々リサは感じ取ることになる。

その状況が目の前、声がどう聞いたって美咲であるミッシェルを微塵も疑った様子が無いのが理由であり、後々一時期のリサのように不安を抱くだけならまだしも、そこより先に進んでしまわないか……そこが問題点となるだろう。

 

「(こりゃ……俺も判断に困るな)」

 

貴之もこの『ミッシェルと美咲』の状況には悩まされており、間違いなく美咲にとっては悩みの種であることは明らかだった。

ただし、それをやってしまうとハロハピの根本が崩れてしまうのではないかと言う致命的な危惧が存在している。

故に貴之は大丈夫な間、これをどう答えるべきかを考えておくことにした。ひょっとしたら今回が一番助けにならない回答しか出せない可能性が存在している。

 

「(ど、どっちで合わせるのがいいんだろう?)」

 

同じくして、この状況に悩まされることになったのが燐子であった。

彼女も美咲のことに関してであり、パートの関係上接することになるのだがハロハピ側の『ミッシェル≠美咲』が悩ませることになる。

自分だけでも気を遣ってあげるべきだろうか?それとも後で話せる人に話して見ると告げ、今は我慢してもらうべきだろうか?燐子としてもこんな所で悩むのは予想外であった。

少しだけ周りを見渡して見れば、Roseliaのメンバーは自分に任せると信じてくれている目を向けており、貴之はこの時だけは手伝えない申し訳なさと自分への信頼が混ざった目を向けていた。ならばと燐子は自分でどうにかすることを選び、一回演奏を見せてもらう時に考えることにする。

そうして一回互いの演奏が終わった後、パートごとに個別の練習となる。

 

「……と、言うこともあって色々考えているのよ!」

 

「そちらの方針は年齢層も問わないものね……であれば、誰もが目に付けやすい動きを使って勝負することを選ぶ訳だわ」

 

ボーカルに関しては友希那が技術を教えた後、こころから方針を決定した経歴等を教えてもらう。

こうなっているのは本来ハロハピが持つ強みである、パフォーマンスが練習の場では全く披露できないと言う致命的な問題点があったからである。

普段からハロハピはライブハウスを使うどころか、こころの計らいで用意できる施設を使えてしまうので、練習段階からかなり自由に練習で着たのだが、ここ来て場所の狭さが問題になってしまった。

とんでもない金持ちぶりに友希那は驚くこととなるが、こころとしてはそれが当たり前になってしまっているので、不思議そうにしていた。

 

「ところで、パフォーマンスの方は決まっているの?」

 

「まだよ。どれくらいまでが大丈夫かを確認してから決めるの!」

 

普段から思い切って行動できる人だと紗夜が言っていたのでどうかと思ったが、配慮等はしっかりしているので安心した。

今回は場所の都合上仕方ない面があるので、友希那は本番を楽しみにしている旨をこころに告げる。

 

「あら……思ったよりもできていますね」

 

「昔経験があっただけさ。褒められる程のものではないよ」

 

紗夜の方は予想よりも技術がある薫の腕前に関心を抱くことになる。彼女は以前経験があったのがここで役に立っていた。

確かに暫くやっていない所からの復帰だった薫だが、自分の腕が落ちていないことは彼女としても結構安心だったようである。

大丈夫だった理由が『自分は楽しみながら苦労したおかげだろう』と口にしたので、紗夜はすぐには分からず首を傾げることとなる。

 

「かのシェイクスピアはこう言ったんだ。『楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ』……とね。ギターの経験が嫌なものであったのなら、ここまで間をあけたら覚えているか怪しいものだ」

 

「楽しんで苦労する……なるほど。それなら納得です」

 

「分かってくれたようでなにより。つまり、そういうことさ」

 

薫が告げたシェイクスピアの格言の一つを、少し前までだったら理解できなかっただろうと紗夜は考える。

日菜との確執が強かった時期は苦痛でしかないので、苦労に楽しいもへったくれもなくただただ苦痛なだけだったが、今は焦らず一歩ずつ進んでいく方針と、自分を自分だと見てくれる人たちのおかげで目指す場所への苦労を楽しめる自分がいる。

思わぬ所でいい言葉をもらえた紗夜は、改めて薫に礼を告げるのであった。

 

「練習したらお客さんの笑顔を増やせる……て思ったら頑張れるよねぇ~♪」

 

「そうそうっ!だからはぐみも普段からそうするようにしてるの♪」

 

また、ベースの二人はお互いの波長が合うらしく練習の一個一個が問題なく進んでいく。

練習内容とは別の方面で話しが進んで行ってしまうので、リサとしては会話内容が無くなり過ぎて途中から無言……とならないように上手く話しを切り出すのが重要になりそうだった。

その一環として、貴之もよくやるイメージしてみることを勧めて見たものの、意外にも首を傾下られる事態になった。

 

「えっと……?」

 

「まあ要するに、想像するんだよ。上手く演奏できるようになって、みんなを笑顔にできる自分たちをね♪」

 

はぐみが感覚派であることに気づいてやってみたのだが、どうやらヴァンガードへの知識が浅すぎると効果が薄いらしく、言い直すことで理解を得られた。

また、今回のことでリサは自分が結構染まってきていることを自覚したので、少し気を付けることにした。

 

「えーっとね……ここをダダダって叩いて、そこから……。いや、この言い方何かダメな気が……」

 

「だ、大丈夫だよ……何となく分かるから。こう、だよね?」

 

一方で、あこは技術以外の難所に気づくこととなった。これは今回花音に教えることになったことで判明した点である。

あこ自身が感覚派の人間であり、教える時に上手く言語化できず、教えながらうんうんと悩むことになっていた。

巴は姉である為勝手が知れている。麻弥は元々かなりできる人間であった為、二人で音を合わせながら話すだけだったので問題点が浮き彫りにはならなかった。そういう風に先送りになる場面が多くて、今ままで気づけなかったのが仇となった。

幸いにも今回は手振りができる場面なので、花音も確認を込めて実践してそれが合っているので事なきを得た。

 

「あ、合ってる……良かった、ちゃんと通じてた」

 

「私も、上手くできてよかったよ……」

 

辛うじて花音は自分が……と言ったタイプなので良かったのだが、今のままでは後々苦労することをあこは考えられた。

──紗夜さんに頼んでみようかな?こう言った時に最も頼れそうな人を、あこの中で探して置くことにした。

 

「じゃあ、そう言うことで……」

 

「いや、何かすいませんホントに……」

 

一方で互いに意見交換のみで手一杯になることが分かっていた燐子とミッシェル──もとい美咲は、先に呼び方だけはそうすることを決めて置いた。

声からして明らかであるのはそうだが、恐らくハロハピの方針上今その呼び方をすると不味いので、その姿でいる場合はミッシェル呼びでいくことにする。

ただ、美咲としては『ミッシェル=自分』と言う認識を持っていることを先に教えてもらえているだけ、普段よりは気が楽であった。

 

「一チームだけDJって考えると、やっぱウチって変わってますね~……」

 

「でも、パフォーマンスとかチームの雰囲気を考えたら、キーボードは相性が悪いかも……」

 

恐らく、ハロハピの曲を聞いた限りではキーボードを入れ込むのは非常に難しいと思われた。

DJと言う立場は盛り上げを作る都合上、ハロハピには必要となり、外すのが難しいのも起因している。

また、思いっきりやる方が合いやすい曲調が多い為、キーボードで音を整えるとせっかくのところで……となりやすいと燐子は予想していた。

この一人だけパートが違うと言う点で、合同練習の際に苦労させてると感じていた美咲だったが、変えたら変えたでチームの音が崩れるならそれはダメだと割り切ることにする。

そもそも、いきなりパートを変えて曲も作り直すとなれば無理がある。身体面でもGOサインは出せないだろう。

 

『今回も心配無さそうで良かったよ……じゃあ、そのままお願いね?』

 

「はい。それじゃあまた」

 

──さて、今日は誰が声をかけてくるかな。予想しながら電話を終えたら案の定声を掛けられたのでそちらを振り向く。

声の主はこころであり、この流れだとポピパは戸山さんが来そうだなと貴之は考えた。

 

「弦巻さんだったね?どんな用かな?」

 

「一つ質問よ?世界中を笑顔にすると言う夢があった場合、あなたならどうするかしら?」

 

「……世界中を?そうだな……」

 

いきなり無理難題に近しい質問が来て、貴之は大いに頭を唸らせることになる。

まず夢の終着点が自分や友希那の比では無く、その為に必要なものがこれ一つというわけでもなく答えが多すぎるのが問題点だった。

更に言えば世界中と言うことは様々な人と関わってくる為、とある人にはウケたからこの人にも──とやったら外れる可能性だって高く、安易にそれを進めることはできない。

例えばの話し、自分はヴァンガードがあり、友希那といられればそれだけでも十分に笑顔でいられるのだが、他の人だとそれぞれが違って来たりするのだ。

 

「老若男女問わず……ってなると、具体的にこうするなんてこと言えねぇかな。そこは範囲が広すぎてどうしてもバラけてくる……確かにバンドとかそっちは色んな人が楽しめるから、やりやすい方だろうけど……」

 

「あら意外……あなた結構現実主義者(リアリスト)なのかしら?」

 

己の気に入ったユニットを入れ続けて戦うことから、こころは貴之を理想主義者(ロマンチスト)だと考えていた。

確かにその二つだけで言えば貴之はこころの予想通りに近い思想を持っているが、こころの持っているそれが流石にぶっ飛び過ぎている。

ただしこの心持ちは必要だと思い、それだけはこころに答えられると告げる。

 

「最後まで諦めない意志を持つ……物事をやりきるのにあたってこれはどんなことにも言えると思う」

 

「その通りね!諦めたらいつまで経ってもできないままだもの」

 

それがあったからこそ、貴之は何度負けても立ち上がって全国大会の優勝を果たし、友希那と想いを通わせることに成功している。

また、その意志を持った彼に影響を受けた人も多く、貴之が現在に至るきっかけを作った友希那の功績は計り知れないだろう。幼き日の歌は、それだけ貴之にとっては重大なターニングポイントとなっていた。

こころはその考え方を大いに納得し、これから活動を続ける際必要なものだと感じた。

 

「後は考える、やって大丈夫かを確かめる……所謂トライ&エラーだな。何でも一辺倒じゃそこで止まっちまう」

 

「まだまだ色々とありそうね……。でも、それが必要なことは分かるわ!」

 

実力云々が関係するなら、恐らく他のチーム程必要になる確率は低いが、目指す場所の道のりは自分が知る誰よりも大変だと感じた貴之は、その願いが叶うようにする為些細な補助をしようと思った。

貴之との話しから得たものを、こころは後ほどどこかで使えるかを皆で話し合うことになる。ここですぐに実行しないのは、世界中を笑顔には当然のことながらチームメンバーも入っているからだ。

また、そうして貴之がこころと話しているのを見ていたリサが、とあることに気づく。

 

「(……あれ?アタシ全く警戒してない?)」

 

普段ならハラハラしている状況なのだが、こころは無条件で『大丈夫』と太鼓判を押せてしまうのだった。

そう感じた理由は貴之側ではなくこころの方にあり、そっち方面に全く興味の無いような感じであったせいである。

実際こころは恋愛よりも自分の夢である為、今しがたそうなることは無いと断言できる状況であった。

 

「あら?今回はいいの?」

 

「えっ!?な、何で?」

 

「何故……と聞かれましても、ね?」

 

「リサ姉、普段からそうしてるのに……」

 

「今井さん、今までの分が……来ちゃってますね?」

 

そんなリサの様子を見抜いた友希那の問いかけを起点に、Roseliaのメンバーでリサを弄ろうか弄るまいかの流れが出来上がる。

普段貴之が毎度毎度リサの目を意識することになっていたが、その目を向けるリサを弄ったらどうなるだろう?そんな好奇心が湧き上がっていた。

 

「……?何かあったの?」

 

「普段ならこうならないから、珍しいかったのよ。実は……」

 

花音が実際に問いかけ、他の三人も興味ありな目を向けたので自分たちに起きたことを話していく。彼女が問いかけて来たことで方針が決定したのだ。

話しているとリサが顔を赤くしながら慌てて止めようとするが、四対一では止めることはできなかったようだ。

リサが貴之を意識しているのかと聞かれれば、幼馴染みや友人としてではそうだが、異性としては違うと答える。

ただし、リサの場合何か一つの要因が外れてもいたらどうなっていたか分からないと答えており、貴之の周りが奇跡の産物であることを知らされる。

 

「リサ……行き遅れはしないわよね?」

 

「ゆ、友希那ぁ~……。どうして俊哉と同じこと言うのさぁ~……」

 

「(少なくとも、今井さんとは互いにその気が無いみたいね)」

 

俊哉がリサに向けて煽ったことから、紗夜はそう判断して安心する。

仮に彼がリサを意識しており、そうかも知れないと貴之に相談した場合は「お気の毒に……」としか返せないだろう。

或いは、自分と俊哉のことを把握しきっているので愉悦を感じた表情を向けてくるかも知れない。そう考えると話しづらいと思えた。

 

「ところで、あれどうしようかしら?」

 

「アレか……そのままでいいと思ったけど、時間的に止めた方がいいな。練習するし」

 

話すことを話し終わったこころがそんな光景を目撃し、貴之はそうすることをこころに勧めた。

勧めるだけ何もしないのは、彼女たちが自主的にやるべきで自分は控えるべきと考えていたからである。

そんなこともあって、こころの促しで二チームは練習に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、貴之は大体こんな感じなんだ」

 

「なるほど……ともかく助かったよ。ありがとう」

 

その翌日の昼休み、薫はリサから貴之が普段ヴァンガードをやっているとどうなっているかの動画を貰った。

これに関しては本人承諾済みである為、後々問題になることは無い。この他、貴之以外の人は肖像権を配慮して顔を隠す等の編集をしてから確認をするそうだ。

きっかけはこころが『そこに笑顔はあるのか』が気になったが、その日は予定が入っていて行くことができなかったせいである。

 

「彼女のことだから、悪い使い方はしないのでしょうけれど……どうするのかしら?」

 

「貴之がヴァンガードをやっているところだから、ヴァンガードに関係すること……だよね?」

 

「二人の考えは間違いではないはずだ……。それは私が保証しよう」

 

こころは実際にヴァンガードをやってみようと言うわけではなく、それに関係することで更にみんなを笑顔にできないかと考えていた。

しかしながら、その行動をするには自分のヴァンガードに関する知識は無いし、様子も分からない為に見た感じでもいいので情報が必要だった。

そんなこともあって貴之と縁のある人に頼めたら頼もう、ということになって今に至っている。

 

「多分人に教えている時だから、一番参考にしやすいはずなんだよねぇ~……」

 

「あ、結衣ちゃん結衣ちゃん。これルール全部説明されてるよね?」

 

「うん。二つの動画で全部説明されてる……お手柄だね」

 

運よく『バインド』、『トークン』、『アシスト』が全て載っている動画を用意できた為、今回は非常にラッキーだったと言える。

これは『レーヴ』でバイトをしている結衣から見ても文句なしと言える内容であり、褒められたリサが照れた笑みを見せる。

 

「貴之、結構楽しみにしていたみたいだから、いいものができるといいわね?」

 

「そこは、こころの企画に乞うご期待……だね」

 

ここから更に楽しみが増えるなら願ったり。それが話しを聞いたときの貴之の言い分である。

その話しを聞いていた友希那の微笑みを含んだ問いかけに、薫も涼しい笑みと共に答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、これでお願いね!」

 

「かしこまりました。早速取り掛かります」

 

その日夜。バンドの練習がオフだったので、こころはこの時間まで薫から貰った情報を元に企画を練り込んでおり、たった今完成したのでそれを側近の黒服の女性に渡した。

弦巻家の黒服の人たちは先代の時から付き合いがよく、こころの両親が彼女を大切にしているのを理解していたのもあって何の迷いも無く話しを聞いてくれる。

両親の娘だから……と言う理由ではなく、こころも個人として信じてそのまま付いていくことを選んだ。

 

「ところで、テスターはどうなさいますか?」

 

「一人は決まっているけど、もう一人はまだなのよね……」

 

今回はヴァンガードに関係することなので、自分との知り合いでヴァンガードファイターの貴之は確定していた。

しかしもう一人は決まっておらず、どうしようかと悩んでいた。何しろ自分はヴァンガードに明るい人を余り知らないのだから。

──あ、そうすればいいじゃない。そこまで考えたらこころは一つのことに気づいた。

 

「なら、もう一人はその人に誰を相手にしたいか聞いてみましょう!いきなり頼むのだから、それくらいあってもいいはずだわ!」

 

「承知しました。ではそのように」

 

今度こそ決まった企画を伝えるべく側近の人が移動する。

彼女が去るのを見送ったこころは一仕事を終えた充足感を共に、椅子の背もたれに体を預ける。

──このサプライズで、笑顔が増えればいいわね。いつもと変わらぬ様子、変わらぬ笑みでこころは完成した時の反応を楽しみにするのだった。




一先ずRoseliaとハロハピの合同練習回が終了です。
こころが企画したのが完成するのは、本章のどこかか、次章辺りだと思います。

また、現在ハロハピのメンバーから見る貴之はこんな感じになります。

こころ……現実を見ながら理想を追いかけた人で、難しいなりにしっかりと答えを出せる人でもある。ヴァンガードある所に彼の笑顔アリと言えるので、そのことに関して心配はしていない。
サプライズ、楽しみにしていてね!

薫……同じクラスであるリサの幼馴染みで、幼少期からの縁のある千聖を案じてくれた優しき人。花音の事もあるので、恩を仇で返すような真似をしないようにしたいところ。
ところで、今度演劇に参加してみないかい?君の普段を見たら行けそうな気がするんだ。

はぐみ……噂を聞くことのあるヴァンガードファイター。花音の事もあるしそんなことは無いだろうと思ってたら本当にそんなこと無くて安心。
時々来る人とどこか似てる気がするのは気のせい?

花音……以前道案内してくれた優しい人。ただ、それで噂話になってしまうのはちょっと可哀想だと思うので、どうにかできないかと思ってもしまう。
前に進み続けられるって凄いなぁ……。

美咲……自分に気を遣ってくれた白金さんの恩人。花音から聞いた時は心配したが、他の三人が人を助けられるなら悪い人ではないと迷い無く言うので、馬鹿らしくなって疑うのは辞めた。その結果取り越し苦労で終わって安心。
後でミッシェルの件を相談して見たところ彼も非常に難しそうな顔をしていたので、ちょっと申し訳なくなった。

彼女らの場合は『花音を助けてくれた』おかげで、花女が多くても最初から偏見が殆ど無くこのような評価になりました。貴之の行動範囲の関係上、実はこのチームが一番接点の浅いチームでした。

次回はメインストーリーの9話……Roseliaとポピパの合同練習回をやっていきます。


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パーティー10 蒼薔薇と仲良しと先導者と

予告通りメインストーリー9話をやっていきます。


「この組み合わせが最後でしたっけ?」

 

「うん。その後は来週に向けて準備して行くよ」

 

再び合同練習の開始時間が近づいて来ているので、貴之はまりなと確認を行っていた。

五チームによる10通りの組み合わせで一番最後の組み合わせ、Roseliaとポピパの合同練習が今日行われることになっており、貴之にとっては全員顔合わせ経験があるので非常に楽である。

Roseliaが絡まない合同練習の状況も関わったことがある貴之だが、何だかんだでこの組み合わせを一番楽しみにしていた節がある。

その理由としては、一人の少女の存在が大きかった。

 

「(理由は戸山さんだな……。昨日友希那とも、彼女のことで少し話していたし)」

 

やはりというか、香澄の存在が影響していた。自分にとっても友希那にとっても、彼女は幼き頃の現身(うつしみ)のように見える。

貴之に至っては『人生に大きな影響を与える一件があった』、『様々なものを見て探し、やりたいことを見つける』、『そのやりたいことで自分に決定打を与えてくれた先導者がいる』と共通点が非常に多い。

今までの流れから、休憩時間中に声を掛けてくる事も十分予想出来ており、心の準備もしてあるのでそこは問題無いだろう。

 

「(何かと星を好んでたっけ……)」

 

香澄のことでどうしても逃れられない話題がヘアスタイルであり、これが猫好きの友希那には猫を意識していそうだと思えているようだ。

ここは幼少の頃からそうなので仕方ないと思っていた貴之だが、冷静に思い返せばそれは違うかもしれないと思える要素がある。

彼女が身につけるアクセサリー等は星を形どっているものが多く、ギターも『ランダムスター』と呼ばれるものを使っている。

ギターも『スター=星』となので、彼女は超が付くほど星好きであることが伺えるものを見せていた。

──なら、後で確かめて見るか。大丈夫そうなタイミングで貴之は踏み込んでみることを決めた。

 

「何かあったら連絡してね?」

 

「分かりました」

 

まりなと軽いやり取りの後、貴之は二チームがいる部屋に入る。

有咲が気まずそうな顔を見せたが、他の十人で気にするなという旨の表情を見せて納得させる。

もうやることが何か分かっているはずなので、貴之はいつも通りにしてるからと伝えた。

 

「感覚麻痺してるな俺……」

 

『やっぱり……?』

 

例え10対1の状況だとしても、もう既に貴之は全く緊張しなくなっていた。

せめて誰か年の近い同年代がいたらまた少し違ったかもしれないのだが、生憎そう言った人はいなかった。

後で話しをする時間は取れるので、二チームで改めて自己紹介をして練習を始めて行く。

Roseliaはポピパのことを『自分たちが持っていないものを多く持っている』と評し、ポピパもRoseliaを『自分たちにない高い技術を持っている』と評しており、互いが最も欲しいと思った要素を持っている相手だった。

そうすれば自然とやる気は増していくものであり、二チームが内心張り切っているのを貴之は感じ取る。

 

「うわぁ……凄い」

 

「ホントにな。なんつー技術力……」

 

一度演奏を見せてからになったようで、Roseliaが一曲通しで披露する所から始まる。

イベントの説明の時に一度演奏を聴かせてもらっていたが、やはりその高い技術力に圧倒される。

素人目線の貴之ですら一言で『凄い』と評せるので、知識を蓄えている彼女らなら更に理解できているだろうと貴之は考えながら、毎度近くで演奏を聴ける自分は相当恵まれていると思えた。

また、やはりというか毎度毎度間近で彼女らの演奏を聴けるのは専売特許とも言えるもので、俊哉に少し話したら『無性に羨ましい』とコメントを貰っている。

貴之が思い返しを終えて少しすると、Roseliaの一曲分の通しが終了し、少しの間沈黙が走る。

 

「どうだったかしら?」

 

「はいっ!もうとっても凄かったです!」

 

「だぁぁ、お前は少し落ち着け!気持ちはわかるけどさ……」

 

友希那が問いかければ真っ先に答えるのは香澄で、一曲聴いた時の余韻による興奮が抑えきれていない様子であった。

その様子もあってか、すぐに有咲が抑えに回るものの、自分も思わず呟くほど圧倒されていたので、無理もないと思っている。それほどRoseliaは何が凄いのかが分かりやすいのである。

また、こうして少しでも言葉を交わせば分かってくることもあり、有咲はそんな一面に気づく。

 

「(意外だ……Roseliaって結構こっちに歩み寄る感じしてんのな)」

 

表情から察し取れるのだが、演奏が終わった直後等は雰囲気が柔らかく、寄せ付けないことなど無いことが伺える。

元よりこちらのことを紗夜に聞こうとしたリサはそうだし、友希那も今回のように自ら歩み寄ってくる姿勢を見せるのは意外だった。

何やら香澄も友希那の歌を聴いて惹かれるものがあった様子なので、互いの性分が合うかも知れないと思うと安心できる。

 

「次、私たちだね」

 

「Roseliaの後って、めっちゃ緊張する……」

 

「大丈夫だよりみりん。落ち着いてやっていこう、ね?」

 

『(な、何か申し訳ない……)』

 

たえが促したらりみが緊張し、それを励ます沙綾を見て、Roseliaの五人は自分たちが後ろの方が良かったかも知れないと考える。

しかしながら演奏が始まればその問題は杞憂で終わる形となり、ポピパの五人は自然体で演奏を行えていた。

流石に後発組のバンドと言うこともあって、技術力が優れているとは言い難いが、素質があることは十分すぎるほど感じさせてくれる。

 

「(やはりね……。戸山さんが鍵になっているわ)」

 

ポピパの強みは仲の良い五人で集まったことによる一体感があり、その強みを盤石なものにしているのが香澄だった。

バンドを──演奏を純粋に楽しんで行う彼女たちを見て、参加して良かったと友希那は改めて思い、今後の伸びが楽しみになっている自分に気づく。

他の人たちはどうだろうかと思いながら辺りを見ようとすると、隣にいた紗夜と偶然目が合った。

 

「湊さんもですか?」

 

「と言うことはあなたもね?」

 

どうやら考えていることが互いに目で分かったらしく、柔らかさと強気が混ざった笑みを二人して浮かべる。

──今日は思いっきり行ってもいいかもしれない。演奏を聴きながら二人がそう考えたと同時に、ポピパの演奏が終わった。

やはりというか楽しんで演奏できた様子を見せており、その様子はとても微笑ましいものに見えた。

 

「どうでしたか?」

 

「悪くない。あなたたちが楽しんでいることが伝わってくる、いい曲だったわ」

 

「私も同感です。ここから伸ばせばどうなるか、楽しみになってきました」

 

演奏が終わった香澄が聞いて見たところ、友希那と紗夜が完全にスイッチの入った様子を見せたのでポピパの五人が数瞬固まる。

技術力を強みと認識しているチームの中で特に意識の高い二人だったので、厳しい評価が来るのかもと思っていたら予想以上に高評価だったことが理由であり、褒められたことは嬉しいが何をするんだろうと気にもなった。

その様子からあこと燐子、リサの三人も何が起きたかに気づいた。

 

「あの二人の様子……」

 

「あ~……ありゃスイッチ入ってるね」

 

「私たちも手伝いますから、頑張りましょう」

 

理解した三人もバンド同士で高め合えればと考えていたので、友希那と紗夜のスイッチが入ったのは渡りに船と言えた。

この後は今まで通りならパートごとに分かれて練習と行くのだが、今回は香澄とたえが筆頭に「チームの演奏で見てもらいたい」と頼んできたので、そちらに合わせることにする。

Roseliaは今回、自分の持っているパートを中心に見ていくことにする。また、友希那は全体も見て行く形になる。また、見て評価するだけで終わるわけにはいかないので、途中でRoseliaも演奏を行う形に決まった。

 

「いいわ。そちらのタイミングで始めて」

 

「じゃあ、私が合図出しますね」

 

沙綾のドラムスティックを使っての合図を行い、演奏を行ってどうだったかをRoselia側が伝えて行くことになる。

数回重ねて行うことになるのだが、流石にノンストップというわけにはいかないので、開始のタイミングはポピパ側に合わせる方向で進めている。

 

「全体的に見ると、ボーカルが走り気味で……」

 

「ベースはちょっとだけ遅れる時があるのかな……」

 

繰り返して演奏を行っていく内に、ポピパ側の現状に気づくことができた。

香澄がバンドの楽しさを持ってそのまま演奏するのが影響して、少々早めのタイミングで音を出すことがあるのと、りみが周りに合わせようと意識しているのでその分遅れが出てしまいがちなのが比較的目立ちやすかった。他の三人は経験が多めなおかげか、二人ほど目立つことは無い。

どちらか一人だけか、或いは走り気味と遅れ気味がどちらかだけになっていれば気になる確率は減るのだが、二つ出ているとズレが増えるので難しくなる。

 

「あ、あはは……やっぱり楽しいからつい……」

 

「気持ちは分かるけれど、注意ね」

 

「うぅ……ごめんなさい」

 

「ああ、いやいや!怒ってるわけじゃないから……この後も頑張ろうよ、ね?」

 

困ったような笑みを浮かべる香澄には友希那が窘める程度に注意を、落ち込むりみにはリサがやや慌て気味に弁明する。

何も怒る為に指摘を入れている訳では無く、ポピパに伸びてもらいたい為にそこを指摘したので、悪意を持っていないことを伝えたかったのだ。

指摘を受けた二人が納得してくれたところで、ポピパ側もRoselia側──その中でも最も縁のあった紗夜のギターを聴いて思ったことを伝える。

 

「紗夜先輩のギター、本当に凄い上手ですね……」

 

「私の物はまだまだだと思っていましたが……ありがとうございます」

 

中でもリードギターを担当していたたえは特にその技術力を感じ取っていた。

以前までならすんなり受け止めることはできなかったかも知れないが、今の紗夜は素直に受け入れられる。

 

「カワイイ後輩の言葉を素直に受け取るかぁ~……うんうん。紗夜が正直になったようでなによりだね♪」

 

「誰かが謙虚過ぎるので、自分を改めただけですよ」

 

「誰かって……誰の事?」

 

「あ、相変わらず自覚症状無しですか……」

 

リサの現状は紗夜が頭を抱えるだけで無く、Roseliaの全員と貴之が困った笑みを浮かべることになった。

つい先月に自分がどれだけ欠かせない存在感を教えてもらって、少しは改善するかと思ったら結局このままである。どうやって認識してもらおうかと紗夜は考え込みそうになる。

何があったのかと気にならない訳ではないが、色々と音楽に関してを教えてもらうチャンスである為、ポピパの五人は後で聞けたら聞こうと隅に置いておくことにした。

 

「ところで、紗夜先輩はどうやってそんなに上手くなったんですか?」

 

「私の場合は『技術が全て』……そう思ってやってきたからですね」

 

その時期があまりいい思い出を持っていないので苦い顔をしそうになったが、そこはどうにか抑える。

ただ才ある人と比べられる現実(苦痛)から逃れたい一心でやっていたのもあり、素直に喜ぶのは難しい。

とは言え、そのおかげで今の縁ができているので、必ずしも全部が悪いとは言えないのもまた事実だった。

 

「全て……ですか?」

 

「私たちは絶対的なものを信じるの。技術は、絶対的な評価の基準となるものだから……」

 

──だから、演奏技術を磨くのよ。この説明に約一名分からなそうにしている人がいたので、紗夜は補足説明を行うことにした。

 

「楽器の上手い下手は、音楽的な好みに左右されずに判断できますね?」

 

この前置きで頷いて貰った後、自分たちは誰が聞いても絶対的な技術力で圧倒させたいので、その為に技術の向上が欠かせないことを告げる。

彼女の言った通り、Roseliaの演奏は誰が聞いても凄い技術であることは分かるし、合理的な理由で納得の行くものだった。

そんな状況で異を唱えたのはたえだった。上手い下手関係なしに、『演奏したい』気持ちが動かしてくれるというのが彼女の言い分である。

 

「その考え方も間違ってはいないでしょう。ただ、私たちの目標の為に一番必要なのはそれでした」

 

無論、それを否定するつもりはない。自分たちには自分たちのやり方が。向こうには向こうのやり方があるだけだった。

そもそも紗夜の場合、ここで相手の方針を否定したら真正面からたえに近い思想で戦い続けて来た貴之に申し訳が無い。

 

「Roseliaの目標って何ですか?」

 

香澄の問いを聞いて、Roseliaの五人は一度互いを見合わせる。

無言ではあるが五人で意志を合わせて頷き合い、友希那が代表して答えることになる。

 

「目先ので言えば、FWFのメインステージにもう一度立つ……それも、今度は全て自分たちの力でね」

 

来年にはなってしまうが、そこが明白に見えている目標だった。

今回は友希那の一存でああなり、憧れの舞台で演奏できたのは嬉しいし、あの時納得の行く演奏を出来ていたのはそうだが、やはりどうしても『全ては用意できていなかった』という事実が心残りになっている。

だからこそ、まずはそこを目指して再び技術を磨くのである。

 

「そして、いつかは頂点に立つ……それが私たちRoseliaの目標よ」

 

「(凄く大きな目標だなぁ……)」

 

──いつか堂々と言えたらいいな……。不敵な笑みと共に告げる友希那を見て、香澄は敬意を抱いた。

また、自分たちに教えてくれる姿勢とその技術から、本当に音楽──特に歌が好きな人だと感じ取る。

その為に自分たちの足りない部分を知ろうとする姿勢を理解したところで、今度は燐子から問いかけがやって来る。

 

「Poppin'Partyはどんな目標を持っていますか?」

 

「実は、いつか演奏したい場所があるんですっ」

 

香澄の回答に同意の旨を示す反応をするのは沙綾だった。彼女だけでは無く、他の三人も同じように頷いて同意を示す。

──まだまだ初心者で、色々覚えなきゃ行けないこともいっぱいあるけど……いつかそこで演奏できるように頑張ります!自分の置かれている状況を理解しても尚、そこへ行きたい。香澄の純粋な願いと意志であった。

彼女たちの目標と意志を知ることができ、それが良いものだと理解できたRoseliaのメンバーからは正の感情を含む表情が見て取れた。

 

「演奏したい場所……私たちと近い目標を持っているのね」

 

「そちらの意志を確認できて良かったです」

 

目標も高めに設定されており、その為に上手くなりたいと願う。最も協力しやすいチームであったことを知って、友希那と紗夜(真面目な二人)から笑みがこぼれた。

この二人がいいと言う場合、Roseliaの五人が満場一致でいいと思っていることが殆どであり、今回も例外では無かった。

 

「ふっふっふ……永久(とこしえ)の闇を奏でる同胞よ、共に終着地への旅路を楽しもうぞ!……りんりん、ちゃんと決められたよっ!」

 

「うん♪カッコ良かったよ、あこちゃん」

 

あこの発言はその手を知らないと理解しづらいのもあり、りみがポカンとしてしまったが、彼女なりの良い意味での歓迎である。

後で聞かれた場合、貴之は『あこは今、無性に闇を好んだりするお年頃』とだけ答えることに決めた。

また、この時友希那は目標までの道筋を強制することは一切ない事を告げる。

 

「ただ、同じ目標を持っている者同士協力することはできるから、必要なら遠慮なく言ってくれていいわ」

 

「友希那、いいこと言うじゃん?完全に歩み寄る気満々っていうか……。もう少し前までは考えられないよ♪」

 

「こうできるのも、全てあなたたちのおかげよ」

 

──だから、本当にありがとう。彼女らのおかげで今の自分があるので、友希那としては今後何回言ってもいいと思える感謝の言葉である。

それを聞いたRoseliaのメンバーと貴之は笑みを浮かべ、リサに至っては目元が潤んでいた。

 

「えっ……ちょっとリサ?」

 

「ごめん……今までのことを思い返したらつい」

 

ポピパの五人は何があったと思うが、こればかりはおいそれと話すのは難しいので大丈夫になるまで待ってもらうことにした。

これは誰よりも一番近くに長い時間いたリサだからこそであり、万感の想いを抱いてしまうのはやむ無しであった。

また、友希那の宣言を思い出して、香澄が一つのことに喜ぶ。

 

「遠慮なくってことは、もっと演奏見てくれるんですよね!?やったー!」

 

「マジか……あのスパルタが続くってのか」

 

そのことに香澄が喜び、彼女の言葉で気づいた有咲がげんなりとする。確かに教えてもらうのはいいが、疲れやすいのである。

紗夜も紗夜で教えることを通して自分たちの糧にしていくつもりであり、完全に身が入っていた。友希那を筆頭に他の四人も同じだった。

 

「キーボード、一緒に頑張りましょう」

 

「あ、はい……」

 

──完全にやる流れなんだ……。燐子も止まる様子無しなので、有咲は流れに身を任せることにした。

やることが決まったから早速練習……と行きたいところだったが、一度沙綾が待ったを掛ける。

 

「一度休憩にしませんか?さっきまでずっと通してますし、私たちだけずっと見てもらっているのも……」

 

「あっ、ホントだ……アタシも全然気付かなかった!」

 

普段なら時間管理等をしっかりできるリサすら気づかなかったので、沙綾が言わなければ疲労を溜めこんだまま継続する羽目になっていただろう。

また、ずっと見ていたことで自分たちが少しの間音を出していないことに気づき、Roselia側もやってしまったことを反省し、ポピパ側もちょっと悪いことをしたと思う。

ただし、向上心があることはいいことである為、そこに文句は無い。休憩後は同時に練習して行く形に決定する。

 

「と言うわけで、全組み合わせ無事に終わりそうです」

 

『良かったぁ……じゃあ最後までよろしくね♪』

 

合同練習ではこれで最後になるまりなへの報告を終え、電話を終了する。

後は行く末を見守るだけだなと考えていたら、元気のいい声で名を呼ばれた。

──さて、今日は戸山さんかな?そんな風に考えながらそちらへ振り返ってみれば、案の定声の主は香澄であった。

 

「俺からは何が聞きたい?」

 

「友希那先輩から『好きを貫いて上に行った人』って聞いたから、ちょっとお話し聞かせてもらおうと思って!」

 

貴之自身が頼まれたら答えるつもりでいたので、いっそ最初から相手側を促すことにした。

友希那曰く、『貴之の思想はPoppin'PartyとRoseliaが混ざったもの』だそうで、『好きを貫く』が前者、『上に行く』が後者である。

これを言葉にすると、『『オーバーロード(己の分身)』を入れたまま全国大会優勝を果たした』であり、多くの出会いと恩師の出会いがくれた結果でもあった。

ただし、これが楽だったと言えば年月から察せる通り大変であり、どうしても問題点が出てくる。

 

「問題点……ですか?」

 

「やることが完全にバレてる状態から始まることが増える……早い話し、始める前から不利を背負いやすいんだ」

 

貴之の場合戦術が固定される為、何らかの方法で対処をされやすくなる。

経験値の浅い相手なら圧を掛けられるかも知れないが、貴之が目指す場所の相手は強豪揃いである為、『ここを乗り切れば勝ち』と言う指標にもされやすいのだ。

また、大会で名を上げているのもあって更に知れ渡りやすくなっており、拘ることは対策されやすくなるという大きな弱点を生み出すことにも繋がっている。

バンドなら凄さの証明になるので寧ろ有利になりやすいが、ヴァンガードはそうもいかないのである。

 

「それでも勝ったから……何か秘策があったんですよね?」

 

「一個は『相手が予想できない手を隠しておく』。もう一個は秘策って言うよりも、力押しだけど……『相手が対策してても勝てるくらい強くなる』だな」

 

後者は有咲が聞いたら何か言いそうと思いながら、香澄は貴之の考えは最もだと思った。

現に貴之は一真以外には全て後者の方法で勝利を納めており、血が滲むかのような努力が伺える。前者は本当にやむ無しな手段としてやったため、次は後者の方法のみで優勝するのが目標となっているのを告げる。

また、後者を実行できるようにするには『失敗を恐れない』、『何事も挑戦する』が大事であることを香澄に教えておく。

 

「後者は何か夢中になれるものをさがす時もこれは適用できるな……。俺もヴァンガードを探す時はそうだったし」

 

「私もですよっ!バンド見つけるまで色々やってみましたから!」

 

どうやら香澄はチャレンジ精神の塊だったらしく、問題はなさそうだった。

また、『オーバーロード』を選んだ経緯とその後も忘れずに話し、これによって貴之が何故友希那に評されたかが更に理解できることになる。

聞きたいことが全て聞けたので、今度は香澄から『星の鼓動』に関しての話しを聞かせてもらう。

 

「お……おぉい、香澄!?それいきなり話してもわかんね……」

 

「大丈夫大丈夫♪貴之ならそう言う難しい話しでも理解できるから」

 

有咲が制止をかけようとしたら、その前にリサが止めに入る。よくよく見たらRoselia側が全員みれば分かると言いたげにしているので、ポピパ側が首を傾げることになった。

 

「運命の転換ってところかな?」

 

「あー……多分、そんな感じですっ」

 

『(嘘……?本当に分かってる!?)』

 

貴之の導き出した答えに香澄が笑みを持って答え、その光景にポピパ側が絶句する。

最初にあった時の自分たちは『元気がある』とか、『ちょっと飛んでいる』とかの認識で手一杯だったところ、彼は初回にして理解して見せた。

香澄はその『星の鼓動』を感じたことをきっかけに、『キラキラドキドキ』を探し始め、一番これだと思ったのがバンドなのである。

 

「遠導先輩にもそう言うのはありませんか?」

 

「俺か……そうだな」

 

別に無理難題と言う訳ではない。というか、置き換えることができるので貴之にとってはかなり簡単な問いかけだった。

一つ気掛かりがあるとすれば、これを堂々と言って友希那が集中できない状況になったりしないかが問題ではある。

『キラキラドキドキ』の方はまだいいが、『星の鼓動』に関しては大胆な告白をもう一回やるようなものであった。

 

「(何だろう……?凄く気になる)」

 

「(この様子は答えないと後々響くな……)」

 

香澄の『期待している』オーラ全開のキラキラしている目を見て、貴之は腹を括ることにした。

 

「俺にとっての『星の鼓動』は友希那の歌……『キラキラドキドキ』はヴァンガードとそれによってできた縁かな。前者に至っては俺の初恋の始まりでもあるし」

 

「おお……!?そんなことがあったんですか!?」

 

「え、ええ……というかここでも堂々と言うのね……」

 

目を輝かせた香澄に期待の籠った目で見られ、友希那は両手で頬を抑えながら顔を赤くする。

正直なところ、特に技術とかを気にしない時期だったので拙いと思っているのだが、貴之にとっては自分の運命を変える程だったので今でも上位に食い込んでいる。

その恋が実るまでは実に10年近く掛かっているので、本当に良かったと思える。

 

「そう言えば、前々から気になってたんだけどさ……」

 

「……?えっと……?」

 

貴之が香澄の髪型を見て、その後服装等を確認したので首を傾げる。

これには友希那と話していたことを確認したいと言う意味合いがあり、その為に最後の確認をしていた。

──やっぱりそうだよな……。確信を抱いた貴之は彼女に問いかける。

 

「戸山さんの髪型……意識しているのは『星』で合ってる?」

 

『……ええっ!?』

 

貴之が問えば香澄を省いた全員が驚きの声を上げる。

Roselia側はまさかそうだとは思っていなかった。ポピパ側は何故気づけたかが分からなかったのが理由である。

 

「分かったんですか!?」

 

『あ……合ってる!?』

 

「細かいところに目を向ければ分かるもんだ」

 

確かに髪型だけ見たら分からないかも知れないが、細部までしっかりと見れば分かると言うのは貴之の談であり、話しを聞いた彼女らは「それでも限度がある」と返すのだった。

また、この時香澄が暫しの間硬直していたので貴之が声を掛けて見ると、満面の笑みを浮かべる。

 

「やった~っ!初めて一回で気づいてもらえたー!しかも他の所まで気づいてる!凄~いっ!」

 

「俺としては大したことじゃないが……まあ、喜んでもらえて何よりだな」

 

流石の理解力で終わるかと思ったが、今の状況を見過ごせないと思った人が二人いるらしい。

 

「た、貴之ぃ~!こないだ言ったばかりなのにまたぁ~!」

 

「おい香澄ぃっ!?相手がどういう状況か分かってるだろぉ!?」

 

リサと有咲(ブレーキ要員)の二人が引き剝がそうとするが、その前にチームメンバーが抑えに入った。

 

「大丈夫よリサ。貴之は離れないから……」

 

「リサ姉、ちょっとくらい許してあげようよ」

 

「な、え……?あこまで!?」

 

思うところがない訳ではないが、これ以上食い下がるのも難なのでリサは大人しく引くことにした。このままだと煽られそうだと思ったのも大きい。

 

「まあまあ、今回はしょうがないよ」

 

「香澄、凄く嬉しそう」

 

「ま、まあ確かにそうなんだが……」

 

──あの人、たらし寸前だな……。貴之の様子を見ながら有咲は彼の人となりを評価する。()()()()()()()()()『信頼できる人』と思える。

 

「まあ俺からはこんなところだな。後は大丈夫?」

 

「ありがとうございます!よーし、後半も頑張るぞーっ!」

 

そこから少しして二人の話しが終わったのを皮切りに、練習を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……君も同じ考えだったか」

 

「一度組み替えて終わりって訳じゃないからな……。問題点は洗い出しておきてぇんだ」

 

バイトが終わった後、貴之はファクトリーに赴いて偶然一真と顔を合わせたので一戦しようと言う流れになった。

目的は今のデッキにおける問題点の洗い出しであり、一真は全国大会以後まだ変更を行っていないので、変更点が多くなることを予想する。

 

「め、珍しい……宮地生のヴァンガードファイターだ」

 

「僕以外には、今のところ()()しか知らないから、珍しいのも無理ないかも知れないね」

 

今回はRoseliaとポピパの10人も見に来ている。練習終わりに貴之から話しを聞いたので、ちょっと立ち寄って見ようと思ったのだ。

後江生はあまり合流しないだけでそれなりに人数がいるのだが、宮地生は本当に少ない。実際店にパンを買いに来ることは多くても、そこからファクトリーに行く人は殆ど見ないので沙綾は思わず口から言葉が出た。

ただ、貴之としては一つ引っ掛かることがあり、それを確認してみることにした。

 

「一真、もう一人は今年受験生だっけか?」

 

「ああ。ただ……去年から進路の為に大会を控えていたから、今年の今後次第では何か動きを見せるかも知れないよ」

 

この時はまだ知らないが、貴之はその人に大きな選択を迫られることになる。仮に自分の意志に反するものであった場合、間違いなくそれぞれの主張をファイトでぶつけ合うことになるだろう。

心当たりはあるが、それを気にするのはまだ先でもいい為、今は置いておくことにした。

 

「ところで、二人はいつ頃に知り合ったの?」

 

「大体五年くらい前になるのか……?思ったより長いな」

 

「去年に僕がこっちへ来て、君が後を追うように今年に来る……物凄い偶然だね」

 

「あの時経験者と初心者だったのが、今やお互いに国内最高クラスか……とんでもねぇ縁だな」

 

友希那の問いに答えながら思い返すと、かなり奇妙な縁を作っていることに気付く。

今や良きライバル関係となっているなど、当時の自分たちに想像ができただろうか?考えてみるとお互いに難しいと結論付け、同時に笑う。

懐かしい頃の話しを程々に、二人はファイトを始めて行くことにする。

 

「その剣で光の道を斬り拓け、我が分身!『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

「我が分身は、全てを焼き尽くす紅蓮の炎!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

当然ながら、ファイトは互いに『PSYクオリア』と『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を使用して行っている。

超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』のことは一真も教えてもらっており、前よりも思いっきり『PSYクオリア』が使えると思うと気が楽になったと言っていた。

ポピパの五人はルールが分からないのでRoseliaの五人に教えて貰うが、彼ら二人が繰り広げるハイレベルな戦いを見て啞然とすることになる。

 

「(彼が行こうとする場所は、この二人と同じ場所……。でも)」

 

──焦らないで進めば、きっと大丈夫。紗夜は二人の勝負を見て、俊哉の方針を思い出す。

道のりの途中で迷ったり、悩んだりするかもしれないが、最後は進んで行けるはずだと信じてやることが自分にできることだと考えた。

 

「やはり、『エクスカルペイト』が動きを大きく縛ることになってしまっているな……。完全に外すとは行かないにしろ、これはオマケ程度にして他のユニットをメインにした方が良さそうだ」

 

「俺の場合は『レッドダイブ・グリフォン』と『ブルジュ』の組み合わせがミスマッチ気味だな……。不足しがちな『ソウル』を補えるタイミングが限定的だ」

 

一真の方は戦術が変わっていないことと一辺倒になりやすいデッキが災いし、貴之に終始対策された動きをされてしまっていたことに気づいた。

ただし、長期戦で条件さえ整えばケアは可能な為、貴之の『ヌーベルバーグ』を入れる入れない程極端な選択をしないで済むところは幸いであり、外すかどうかは最後に決めることができる。

一方で貴之は『フルアーマード・バスター』を採用したことによる難所に気づく。二ターン目で『ソウルブラスト』を多発する都合上『レッドダイブ・グリフォン』の使用が安定せず、『ブルジュ』も条件指定の影響で『ソウル』不足を補いづらかった。

これは『ソウルブラスト』の使用機会が増えているのが影響しており、『ソウル』確保を優先するなら他の方法を探ってもいいと思える。

 

「そっか……ああやって何度も考えて、やり直して……」

 

「ええ。貴之はそうやって上に進んで行くの……私たちと同じようにね」

 

どこでも上を目指す姿勢は同じ──。それを理解できる一日となった。




ここで9話……合同練習が全て終わった形になります。
変更点としては……

・会話をしているタイミングが休憩中では無く休憩前に
・Roselia側が明白に目標を伝えている
・紗夜の対応が全体的に丸くなる
・友希那がより強く歩み寄った姿勢を示す

主だった部分はこんな所でしょうか。友希那と紗夜が丸くなった結果、雰囲気が柔らかくなっていますね。

また、ポピパ側から見た貴之の印象はこのようになります

香澄……自分のヘアスタイルや方針も全て理解してくれる程の理解力を持り、己の好きを貫いて上を行った凄い人。友希那が技術で自分に憧れをくれたなら、彼は生き方で憧れをくれた。
ヴァンガードやってた先輩、すっごくキラキラしてましたよ!

たえ……ちゃんと話してはいないが、同じく幼馴染みがいる者同士。彼と友希那を見たおかげで、また会えると強く信じれるようになった。
レイ、元気にしてるかな?

りみ……とても前向きな人。自ら交流をどんどん作っていくのは自分にはできなそうなので凄いと思っている。また、同じく二つ上の姉がいるのでそれにはビックリ。
先輩のお姉さんってどんな人なんだろう?

沙綾……道を決めたらとことん突き進むことができ、迷っても折れはしない人。自分が友希那だったらきっと彼に甘えたくなるだろうと思う。
今後とも、やまぶきベーカリーをよろしくお願いします♪

有咲……恐ろしいまでの理解力を示す、相変わらずとんでもねー人。相手が嬉しくなるような言葉を掛けるのは無意識なんだろうけど、それはそれで凄い。
状況が状況とは言え、香澄がすいませんホントに……。

パーティー1では殆どフラットに等しい所から、更に彼の人となりを知った形になります。

次回はメインストーリー10話……ミニライブのところになります。


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パーティー11 ガールズバンドとミニライブ

予告通りメインストーリー10話です。
仕事の都合でちょっと駆け足気味になってしまったのが悔やまれるところです……。

来週からようやくヴァンガードの新作アニメがやるみたいなので、とても楽しみなところです。個人的に伊吹はどう動くんだろうかと気になっているところです。

それと、カードの方でとうとう『BanG Dream! FILM LIVE』が実装されるそうで……。
私はRoseliaで作るつもりです(鋼の意志)

後、『マジェスティ・ロード・ザ・ブラスター』のデッキを購入したので、この後ちょっと眺めて行こうと思います。


「後はこのケーブルを入れて……。よし、これで準備完了っと」

 

「おお~……話しは聞いてたけど、手際いいじゃん♪」

 

合同練習終了から一週間後、ミニライブ当日を迎えたCiRCLで貴之は今日の為に設備の準備をしていた。

その間参加するバンドメンバーたちは練習をしているのだが、貴之もまりなと共に同じ部屋で準備をしているので、その光景を目にすることができる。

全くの素人だった貴之がまりなに教わって少しでできるようになったので、やはり飲み込みが速いのだろう。

 

「覚えやすかった方だからな……。何というか、デッキ作り終わって整理するような感じだ」

 

「そ、それは楽なのかしら……?」

 

「要するに慣れ……と言うことね」

 

ファイトの風景を見てもデッキ調整の光景を見てはいない千聖と、どちらも見たことがある友希那。その二人の差が表れている状況だった。

また、それを見ていた紗夜も貴之は『どこか一つに集中すれば、ヴァンガードのように上に行ける人』なのだろうと改めて感じる。

実際貴之も他の事は基本的に人並みまで取るか捨てるの方針である為、きっとそう言うことなのだろう。

今回の場合は友希那やRoseliaの為と言うことで、取れるだけ取っておくになっている。

 

「あれならもう大丈夫……だよね?」

 

「湊さんの様子から見て、あれなら大丈夫でしょう」

 

「確か……バイト始めて一ヶ月近くだったっけ?飲み込み早いなぁ……」

 

「貴之君は、極めようと思えば何でもできそうですね」

 

千聖と友希那の間に禍根が無いのを見て安心するのは、花女に通う二年組であった。

ハロハピとRoseliaが合同練習を終えた後は昼休みに集まるのが五人にまで増え、全員が自分たちでは予想できない変化だったと笑いあったのは記憶に新しい。

こう言った縁はどのチームでも嬉しいことであり、今後も増やしていきたいと思う。

 

「うーん……!おねーちゃんやみんなとライブできるっていいなー♪」

 

「ま、まだ時間はあるのだから落ち着いて……」

 

気持ちが分からない訳ではないが、まだ早いだろうとも紗夜は思った。

仮に今会場しても自分たちの出番まで大分時間がある。一番早いアフグロですら今から一時間後である為、時間に余裕はあるのだ。

 

「お疲れ様♪これで開場できるね……みんな大丈夫そう?」

 

まりなが問いかければ全員が頷く。この後は開始の時間等を改めて説明し、開場するだけになる。

 

「まりなさんや遠導先輩忙しいだろうし、アタシらで開けましょうか?」

 

「いいの?助かっちゃうなぁ……♪じゃあ、遠導君は私と受付でスタンバイしよう」

 

「分かりました。悪いな巴さん」

 

貴之が巴にさんをつけるのはいつも通りの線引きと、あこという兄弟姉妹がいる為による妥協点のような状況だった。

巴自身は年下なのにさん付けされるのがむず痒い想いではあるのだが、貴之がそれをやるとギャルの方の幼馴染みが黙ってないから勘弁してくれと懇願したのでこちらも妥協した形になる。

そのネタを聞いたモカが来年までに相手ができなかったらどうしようかと考えているのは、本人のみぞが知る。

 

「お待たせいたしました。ライブハウスCiRCLの開場です♪」

 

接客に慣れていることもあって、つぐみが待っている人たちに開場を知らせてくれた。

そしてここから、貴之はまりなと共に受付での格闘を始めることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よし……買い出しはこれで十分か?流石によそのとこ行っても困惑されるだろうし」

 

「だと思うよ。あたしたちRoselia以外は殆ど接点無いもん」

 

場所は変わって会場した直後。後江と宮地のヴァンガードファイターたちは集まっていた。

理由は勿論ミニライブの参加であり、並ぶ時間を減らす為にこうして時間をずらしていたのである。

 

「つか……あいつバイトの一環でバンドの練習風景見れるとか、専売特許過ぎねぇか?」

 

「よそうぜ竜馬。それは俺も思ってたことなんだ……。てか、貴之はステージ裏で見るらしいんだよな」

 

やはりというか、貴之の状況には元よりバンドを見に行くことの多い俊哉と竜馬が羨む。

彼らの言う通り貴之は状況確認の意味合いも込めて様子を見ていたので、彼女らの練習風景は見放題も同然であった。

そんなこともあって先を越された様な感じがしており、そこでバイトするのも良かったかも知れないと考えることがあったのである。

また、ステージ裏=彼女らの感想や評価等を誰よりも早く話せるを意味するので、竜馬が「畜生ッ!専売特許の格が違い過ぎる!」と漫画等では悔し涙を流しそうな勢いになり、気持ちが理解できる俊哉を筆頭に同情するしかなかった。

 

「色気よりバンド……この二人らしいけくていいけどさ」

 

「流石に、色気を取ったら貴之の血管がやられてしまいそうだよ……」

 

一真の危惧通りだった場合、貴之はブチギレ必至だろう。この二人はそんな思考を持っていないのでいいのだが。

強いて言えば、俊哉が紗夜のことを気掛かりにしているくらいではあるが、それは宮地生にはまだ明かされていない。

まだ話すことができていないのが仕方ない所ではあるが、いつ話すかは俊哉に決めてもらうことにしている。

 

「よし、久しぶりに来たな」

 

「俺らはRoseliaのファーストライブ以来だっけ?大分時間経ったよな……」

 

程なくしてCiRCLに辿り着いた6人は二列に並んでいるのを見て、それに習う形で受付の列に入る。

並んでしばらくすると、店員の立ち位置上非常に愛想よく接する貴之と、その貴之より少し年上だろう若い女性──まりなの姿が見えた。

俊哉がバンドをやっているクラスメイトから聞いたところ、貴之は「歳も近いし、程よい距離で接してくれるから安心感がある」とのことだった。

 

「(あいつが上手くやれてるようで何よりだ)」

 

親友が問題なくやれているようで、俊哉は一安心する。元より接客に向いている素質と性格をしているが、結果は予想以上だった。

考えを纏め終わったところで自分の番が回ってきたので、チケットを貴之に渡す。

 

「チケットは問題無しと……ドリンク飲み放題ありますけど、いかがなさいますか?」

 

「いや、今回は大丈夫だ」

 

──実際に見ると大分様になってるな……。クラスメイトから聞いた評価は間違いで無かったことを確認する。

一応、友人間ならある程度砕けた口調でもいいらしいが、問う場面などはしっかりやるのが貴之のスタイルらしい。

 

「差し入れ渡す時ってどうすればいい?」

 

「それなら、向こうの係員に差し入れ渡す旨を伝えれば通して貰える」

 

「そりゃ助かった」

 

面倒な手続きが無いのは救いだった。持って行くと言った建て前渡せないとなったら笑えなかっただろう。

 

「僕が最後かい?」

 

「みたいだな……よし、じゃあ俺は一旦行ってくる」

 

「おう。場所取っておくからまた後でな」

 

一真が最後で受付を済ませたので、俊哉は一度集団を離れてRoseliaに差し入れを届けに行く。

貴之が言っていた通り差し入れの話しをすれば通してもらえ、そのまま説明されたRoseliaの控室に向かう。

ドアの前で一度深呼吸をしてからノックをし、そのままやって来る人を待つ。

 

「あら、谷口君……。差し入れですか?」

 

「ああ。五人分あるはずだけど一度確認は頼む」

 

迎えに来てくれたのは紗夜で、俊哉は彼女にペットボトルの入ったビニール袋を渡す。

確認すれば五本入っているので問題無いことが判明する。

 

「はい。人数分確認できました。ありがとうございます」

 

「それなら良かった……。じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。ライブ頑張ってな」

 

「ええ。満足の行くものをお見せしますね」

 

それじゃあ、とドアを閉めてから俊哉が来た道を戻り出す。

受付の人がいなくなってきたなと思いながら俊哉は会場に使われる部屋のドアを開き、中に入って辺りを見渡す。

少しの間そうしていると、何者かが自分の肩を小突いてきたのでそちらに振り向く。

 

「こっちだ。タイミング良かったな」

 

「助かる」

 

彼の案内によって時間を掛ける事なく合流することができ、後は時間が来るのを待つだけとなる。

その間、六人はどのバンドが楽しみだとかを話し合いながら待ち時間を過ごし、暫くした後に開演のブザー音を聞くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、最初はAftergrowのみんなから……よろしくね♪」

 

「は~い!それじゃあ行こっか♪」

 

「うん。『いつも通り』にやろう」

 

順番はアフグロ、ハロハピ、パスパレ、Roselia、ポピパの順番となっている。

実力派のRoseliaを後ろにすると言う案もあるにはあったが、最もガールズバンドらしいポピパを後ろにするのがいいと言う声の多さでこちらになった。

今回アフグロが一番手になった理由は『勢いを乗せやすいから』である。

彼女らは王道スタイルと言う、非常に分かりやすいバンドスタイルで通しているのと最も経歴の長いチームであることが重なり、最初の流れを作るのにはこの上なく最適であった。

そう言った信頼している旨を伝えれば反対されることは無く、アフグロの五人はステージへ移動していく。

 

「Aftergrowです!最初から飛ばして行くからよろしくっ!」

 

Aftergrowが歌うのは『Scarlet Sky』と言う曲で、バンド名を決めるきっかけとなった夕焼けと、幼少の頃から変わらず共にいる自分たちをテーマにした曲である。

最初から飛ばすと言う蘭の宣言を表すかの如く勢いあるアップテンポと、彼女の力強い歌声は勢い付けにはこの上なく向いていた。

事実として、今日来たヴァンガードファイターたちも早速熱が入っている。

 

「よっしゃー!一番からアフグロ聴けるのは最高だぁ!」

 

「竜馬……僕によく話していたからね。確かにいい曲だよ」

 

デビュー当時からアフグロを追っていた身である竜馬は特に喜んでいた。

しつこいかもしれないがアフグロのスタイルは万人受けしやすく、それは始めて聞いた弘人もすんなりと受け入れられる程である。

また、彼らだけで無く今日が始めてと言う人にもバンドがどういうものかを知って貰えたのもあり、出だしとしては最高の結果を残せたと言えるだろう。

アフグロの出番が終わる際、欄は自分が満足行く結果であった時口にする言葉である「悪くないね」を送っており、観客もそれが聞けて大喜びだった。

 

「じゃあ、次よろしく」

 

「任せて!」

 

蘭とこころの短いやり取りではあるが、互いに上手くやれると信じている旨が伝わってくるものだった。

入れ替わる形でハロハピのメンバーがステージに上がり、ここで俊哉と竜馬があることに気づいてファイターたちに声を掛ける。

 

「余裕があったらお前らもやってみるといいぜ」

 

「ハロハピには開始する時、ちょっとしたお約束があるんだ」

 

『……お約束?』

 

「次はハロー、ハッピーワールド!の時間よ!それじゃあみんな……早速行くわよー?」

 

四人が分からずじまいになっているが、こころが合図するので知っている二人は見て覚えてもらうことにした。

 

「ハッピー!」

 

『ラッキー!』

 

「スマイルー!」

 

『イェーイ!』

 

こころの掛け声に対し、俊哉と竜馬はノリノリで答える。

運悪く置いていかれてしまった四人が呆然としているが、これがハロハピのお約束であった。

次は置いていかれないようにする為、後で二人に教わろうと心に決める。

 

「それじゃあ、今日は笑顔になって行って頂戴ね!」

 

そんなこころの呼びかけの下に演奏される曲は『えがおのオーケストラ』と言う曲だった。

世界中を笑顔にしたいと言うハロハピの方針を、これでもかと言う程表している曲であり、笑顔を増やしていく過程や方法を歌に載せている曲と言える。

また、今回はCiRCLと言う会場を使うことで可能なパフォーマンスを準備しており、こころの手振りに合わせて光が線を引いたり、小さな星が飛んだりとCGであろうものが用意されていた。

今回は『自分たちの使える範囲で』、『比較的手軽にできて』、『来てくれた人を楽しませるもの』と言う三つの観点からこうなった。流石に観客席までダイブする等の技は使えなかったので、そこまで大きな動きをせずにできるものを目指した結果である。

 

「あれって自前だよな……?」

 

「多分な……どれくらい時間かけたんだ?」

 

自分たちから見ても、他の人から見ても視覚的に問題無いように作られているそれの完成度を見て、俊哉と竜馬が思わず口にする。彼らだけでなく、比較的落ち着いて見ている四人も思わず考え込んだ。

このパフォーマンスの為に用意したCGは黒服の人たちがやってくれたものであり、気になった貴之が彼女らに聞いたところ一晩であの完成度だったそうだ。

それを聞いた貴之は、俊哉と竜馬と共に三人で「それ聞いたことあるな……?」ととある漫画のネタを思い出していた。

 

「交代ね!」

 

「あぅ……緊張してきた」

 

「大丈夫だよ彩ちゃん。イメージ、イメージ……♪」

 

「(……リサ以上の速度で伝染しだしてねぇか?)」

 

日菜の励ましを聞いた貴之が思わずそう思ってしまった。リサも十分早かったのだが、彼女はそれ以上に感じる。

とは言え、そのおかげで彩も落ち着くことができているので、結果オーライと言ったところだろう。

次に来るのはアイドルと言う選出もあり、ステージに上がる歓声が更に大きくなったように思える。

 

「Pastel*Palettesですっ!今日は来てくれてありがとうございます!」

 

「やったぜ!ようやくアイドル生で見れたこの喜び!」

 

「ああ分かるぞ竜馬!こんな機会滅多に無いからな!」

 

「「(紗夜のこと……大丈夫なのか(だよね)?)」」

 

彼女らの登場に喜んだ人たちの中には当然俊哉と竜馬(オタク気質共)も含まれており、特に前者は大介と玲奈に不安がられる。

しかし気持ちが分からない訳では無く、この二人が言った通り滅多にない機会である為、喜ぶのはやむ無しだろう。

そんな歓迎ムードが包む中、パスパレが歌うのはデビュー曲となった『しゅわりん☆どり~みん』であった。

まるで氷で作られた原石(ダイヤ)のような見た目の良さと、ライブやステージで与えるバンドの熱──それらの相反する二つに、アイドルと言う甘さも合わせた独自の曲で盛り上げていく。

 

「アイドルとバンドが混ざっているのは、あれが初めてだっけ?」

 

「らしいぞ。こっからまたそう言うのが増えるかもな……」

 

アイドルバンドと言う、新しい分野の先駆者とも言えるパスパレの影響で今後何か影響が起こりそうなのは間違いないと見ていいだろう。

そんなこれからの期待も感じさせながら、パスパレの出番は終わることになった。

 

「何とかなったぁ……」

 

「お疲れ様。行ってくるわね」

 

「ああ。楽しみにしてるよ」

 

パスパレが戻ってきた後、入れ替わる形でRoseliaがステージに上がる。

その瞬間更に歓声が大きくなり、どれだけ彼女らを待ち遠しくしていたかが伺えるものだった。

 

「Roseliaです。早速、メンバー紹介行くわよ」

 

ファーストライブの時と同じ形でメンバー紹介を行い、『Legendary』で出だしを決めた。

今回この曲を最初に持って来た理由としては、自分たちが他のチームが上に行けるよう導く意思表示も込められている。

また、ライブをしている最中である友希那の表情を見て、後江組は大事なところに気が付いた。

 

「ねえ、友希那の表情に気づいてる?」

 

「ああ。あいつ笑ってるな……」

 

「貴之……お前はやっぱり、あいつに取って大切な存在だよ」

 

友希那の笑みは、音楽の楽しさや嬉しさを取り戻して来ている証でもあった。

自分たちではそれ以上進ませないようにするので手一杯だったが、貴之のおかげできっかけができ、リサたちのおかげで確実に戻って来れているのが見て取れる。

彼の存在はそれだけ大きく、誰よりも友希那の支えになっていた。

 

「ありがとう。()()()()()()だったわ」

 

以前の友希那からは考えられない締めの言葉と共に、Roseliaの出番は終了する。

 

「さあ、最後は任せたわよ?」

 

「はいっ!」

 

友希那に投げかけられて緊張した面持ちを見せるメンバーもいたが、香澄は至って平常運転だった。

ここまで来てしまえば、後はやるだけであり、楽しんだもの勝ちだとも言える。

また、そんな時に一人の来訪者がCiRCLにやって来る。

 

「す、すみません……!まだ入れますか?」

 

チケットを渡した一人の少女は無事に入れることが決まって安心し、恐る恐る会場に繋がるドアを開けてライブ会場に混ざる。

 

「それじゃあ、行くよーっ!」

 

「なあ竜馬、これ来るんじゃないか?」

 

「ああ。間違いなく来る……!」

 

彼女が会場に入った直後、ポピパがステージ裏で円陣を組んで最近できたお約束をやろうとしており、その声のおかげで合わせようとしていた人たちのおかげで会場が一瞬で静まり返る。

 

「ポピ」

 

『パ!』

 

「ピポ」

 

『パ!』

 

「ポピパパピポ」

 

『パ!』

 

その掛け声が終わったと同時に歓声を持ってステージに上がるポピパが歓迎される。

 

「こんにちは!私たち……」

 

『Poppin'Partyですっ!』

 

Roseliaが技術で圧倒した後、ポピパがバンドの楽しさを改めて伝える。この順番が功を奏したらしく、盛り上がりの勢いは衰えなかった。

そんな良い空気が流れている中で演奏された曲は『前にススメ!』と言う曲で、これは香澄の身にあったトラブルを乗り切ったことを元に作曲したものである。

 

「(やっぱり私、バンドやりたい……!東京(こっち)に来て、思いっきり!)」

 

「(そうだな……焦らなくてもいいから、ちょっとずつ進んで行こう)」

 

その演奏はわざわざ遠方から大慌てでやってきた少女に希望を抱かせ、俊哉に応援を送る形となった。

また、観客に楽しい雰囲気をお届けし、ガールズバンドに興味を沸かせると言う最高の形で全チームの演奏が終わり、観客が帰った後に後片付けを済ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……と言うこともあって、次のイベントはあの子たちに任せて見ようと思うんですけど、どうでしょう?この流れならあれこれ指示するよりもいい気がするんです」

 

「なるほどね……私も同感だよ。その方があの子たちもやり切れるはずだ」

 

ライブが終わった後、参加してくれたバンドたちの様子を見てまりなとオーナーが下した判断である。

ミニライブを通して五チーム全体のモチベーションが向上しているので、今ならその方がいいと言う考えに二人とも辿り着いた。

彼女たちが落ち着いた後に話して見ることになり、ひとまずはライブを終えた彼女らを労うべく打ち上げの準備を行うことになる。

 

「と言うことで、これを使って適当に買ってきて欲しいんだけど……」

 

「なるほど……分かりました。ちょっと行って来ますね」

 

──一個一個分量多いのは避けるべきかな……?頭の中で悩ませながら、貴之は飲み物や食べ物を買いにダッシュした。

そこから三十分程で帰って来て、そこから打ち上げが始まることとなる。

 

「ごめんね。わざわざ走って貰っちゃって……」

 

「大丈夫です。みんなの頑張りに比べれば……」

 

貴之はペース配分に気を付けて来たので、然程披露した様子は見せなかった。

オーナーと決めた内容を話して、その時彼女たちの手伝いを頼むかもとだけ伝えて彼も皆の中に混ざるようまりなは勧めた。

 

「貴之、お疲れ様」

 

「ああ。そっちもお疲れ様……いいライブだったよ」

 

友希那に出迎えて貰い、貴之もその打ち上げに混ざる。

と言っても自分は今回脇役もいい所である為、ある程度自粛して動くことに決めた。

 

「いや~……今日もすっごくドキドキするライブだったねっ!」

 

「お前はいつもそれじゃねぇか……」

 

ある所では、香澄の平常運転から拾って彩を中心に何人かが集まりだし──。

 

「う~ん……♪今日はるんっ♪って来たし、次もこうなるといいなー……」

 

「そう言えば、この前も日菜ちゃんそう言ってたわね?」

 

またある所では日菜の平常運転を中心に集まり……と、意外にも貴之は端っこで静かにしていられそうな状況になっていた。

 

「もういいのか?」

 

「話せることは話せたし、抜けても問題なさそうになったから……」

 

彼女らが談笑している光景を傍らから眺めていた貴之だが、友希那が来たので二人して話し合う方向にシフトする。

──これなら心配しなくてもいいか……。そう思いながら友希那と談笑していたところに、輪から外れてこっちに紗夜がやって来る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「構わないわ」

 

大方俊哉のことを聞きたいのだろうと察しを付けていたので、友希那は問題無い旨を告げる。

ならばと紗夜は一言礼を告げて、二人の輪に入れてもらうことにした。

俊哉を筆頭に、ヴァンガードファイターたちからは良い評価を貰っているのを貴之に教えて貰い、友希那と紗夜は安心することになる。

 

「俺としては、友希那が戻って来れてるようで何よりだったな……」

 

「そのきっかけをくれたのはあなたよ。だから、本当にありがとう」

 

どんな歩みも無駄にはならない──。満面の笑みで貴之と寄り添う友希那を見て、紗夜はそんな希望を見出した。

今の段階ではまだ分からないが、いつかそんなことができるだろうかと考える。

 

「ところで、紗夜が俊哉に気があるとして……距離の詰め方でいい方法はあるかしら?」

 

「紗夜の場合は口調と呼び方だけでも結構行けそうな気がするぞ?二人で出掛けている最中か、別れる直前に大丈夫と思ったら呼び方変えたり、砕けた話し方するだけでも距離感を伝えやすい」

 

「あ、あの……何故そこまで真剣になるのですか?私はまだ、気になるくらいなのですが……」

 

「「そこまで来ているから()」」

 

いつの間にか自分と俊哉の距離を縮めようと画策している貴之と友希那を見た紗夜だが、あまりにも堂々と言い返されて言葉を無くす。

ここまで来たならいっそのことと割り切り、紗夜は二人に話しを聞かせてもらうことにする。

話しが終わった頃には丁度いい時間になり、まりなに今後のことを教えてもらって今度こそ解散となった。




原作ではライブシーン丸々カットだったので、軽い描写を入れてみたメインストーリー10話です。

今回は内容が内容だったので変化はあまり多くなく、友希那の変化やライブ前の描写を盛り込んだくらいになります。

次回は俊哉と紗夜でデート回を予定しています。


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パーティー12 互いを知る

予告通り俊哉と紗夜のデート回になります。

ヴァンガードifの一話見ましたが、のっけからメタ発言にその他諸々……今回はかなりギャグ要素が強い感じがしますね。
次回予告における伊吹の愚痴はごもっともだと思いました(笑)。


「よし……とりあえずこれで準備完了だな」

 

『それなら何よりだ。こっちもあまり助けになれなかったし、少し不安だったけど良かったぜ……』

 

ミニライブが終わって数日後。紗夜と出掛ける約束の日の朝に、俊哉は貴之と電話しながら最後の確認をしていた。

貴之が助けになれなかったと言うのは、自分と友希那のデート等における経緯が慣れ親しみ切っている相手前提のことだったせいである。

俊哉と紗夜の場合はまだ会ってから半年もしていないし、二人だけで話す機会等も多くなかったので貴之らの方法で行った場合は逆効果になる可能性が示唆されていた。

そんなこともあって、俊哉は貴之の経験を「そう言うパターンもある」程度に留め、なるべく自分なりに考えて複数のパターンを準備して、紗夜が選んだ場所へ行く形となっている。

幸いにもミニライブが終わった翌日に行き先は決まったので、今日はそこへ出掛けることとなっている。

 

『ともあれ、俺ができるのはここまでだな……後は頑張れ』

 

「ああ。上手くやるよ」

 

電話を切った俊哉は家を出て合流場所へ足を進める。

もう真夏と言っていい気温になっているので、流石に上は半袖一枚……良くても薄い上着とで二枚になってしまい、こう言う時あまり飾れないのは男の寂しいところだなと俊哉は思った。

それでも無理に厚着をして汗だらだらになるよりはいいので、過ぎた事だと割り切る選択を取る。

今回の合流場所は商店街の入り口前である。駅前でも良かったが、こちらの方が合流しやすいのが理由で選ばれた。

 

「さて、着いた訳だが……」

 

「……あら?どうやら同じタイミングで来たようですね」

 

──ちょっと早かったか?と思いながら見渡そうとしたところで、横から声を掛けられて振り向けばそこに紗夜がいた。

 

「おはよう紗夜。ミニライブ、楽しかったよ」

 

「おはようございます。谷口君に楽しんでもらえたなら幸いです」

 

互いに挨拶を済ませた後、俊哉は紗夜の服装に注目する。

今回の紗夜が選んだ服装は水色の生地が薄いものの丈が膝よりやや下くらいまであるワンピースの上に、同じく生地が薄い白のカシュクールを組み合わせた、夏場に合わせて清涼感のある格好をしていた。

履いている底がやや低めのヒールもカシュクールの色合いに合わせて選んでおり、色合いにおける痛々しさは無い。

派手になり過ぎない色合いの選び方が紗夜らしさを思わせるが、普段とは違って自分に見てほしいと思わせるようなお洒落をしていきているのが見て取れる。

自分の為だけに──と考えると、俊哉は内心で嬉しくなった。

 

「どうでしょう?変じゃなければいいのですが……」

 

その目線に気づいた紗夜がワンピースの裾を軽く摘まみながら、少々気恥ずかしそうに俊哉へ問いかける。

普段は落ち着いていて、どちらかと言えばクールやビューティーの方が先に出てくるだろう紗夜が、少し自信なさげにしていると言うギャップを前に心臓が跳ねるのを感じながら、俊哉は顎へ手を当てながら少しの間だけ考える。

あまり長い時間見ていると、紗夜が恥ずかしさで更に顔を赤くしそうなのでもう少し見たいと言う思いはあれど、それをいきなりやるのは不味いと思うのでそんなことはせずに所感を伝える。

 

「涼しさも感じられるから、夏場には丁度良さそうだな……紗夜らしい落ち着いた感じと、服装による可愛らしさってのかな?それが合わさってるし、似合ってると思うよ」

 

「本当ですか?良かった……」

 

変だと言われなかったことに紗夜は安堵する。服装を選ぶ際は日菜に手伝ってもらっていたのだが、来てみれば自分を褒めるので参考にしづらいのがあったのだ。

と言っても、彼女が選んだ場合は大体自分に合わないのは持って来なかったし、彼女がダメ出しをしなかったと言うことはそう言うことなのだろう。

俊哉の服装を見ようにも、夏場故に白いシャツの上に青の薄いジャケットと黒のカジュアルスラックスである為、変じゃないならそれでいいと終わってしまうのだった。

 

「さて……時間まで余裕あるけど、もう行くか?」

 

「そうですね……では、行きましょうか」

 

早速移動を始めようとしたが、二人はとあることを切り出すべきか悩んで立ち止まる。

互いが歩き出そうとしないのでどうしたかを聞こうとするが、同じだった場合を考えると気恥ずかしさが湧いてくる。

しかしながら、このままでは無言で時間を過ごしてしまうのでそれは避けたいところであった。

 

「「なあ(あの)……」」

 

完全に同じタイミングで声を掛けてしまい、二人揃って暫しの沈黙を走らせることになってしまう。

二人揃って手を繋ごうと思っていたのだが、これを後で知ったらきっと笑うか余計に恥ずかしくなりそうなので、それは聞かないでおくことにした。

どちらから話すべきかで悩んだが、ここは男の意地が勝って俊哉が自分から切り出すことにする。

 

「そっちが良かったらだけど……手、繋いでみる?」

 

「(お、同じことを考えていたのね……)」

 

差し伸べられた左手を見て、紗夜は自分の頬が熱くなっていくのを感じる。

もし自分からそれを頼んだらどうだったのだろうか?と考えて見るが、嬉しさが勝って上手く考えが纏まらない。

そんなこともあり、思わず自分の右手を見つめてしまう紗夜だった。

 

「……どうだろう?」

 

「あ、すみません。実際に言われると色々考えてしまって……嫌ではないんです。そうさせてください」

 

──まだ早かったか?少し不安になった俊哉だったが、紗夜が返事と共に右手で取ったので安心した。

最初の出だしはどうにか順調と言える結果になり、二人はそのまま駅まで歩いて行く。

紗夜は元より、俊哉も貴之と同格くらいに見た目がいいので十分絵になる光景を作れている。

 

「一つ、気になることがあるのですが……」

 

「ん?どうした?」

 

相手との会話を弾ませる為に敢えて先を促すような反応をする俊哉だが、聞かれた理由は大体分かっている。

今回行く場所はゆっくりと見ていくことのできる水族館となっているが、そこで行われるイベントが問われた理由である。

ちなみに今回水族館に行くことになった理由として、そこができたばかりだからと言うのと、紗夜がたまには水生生物を見てみようと思ったからだった。

 

「こちらのイベントには参加するのですか?」

 

「ああ……これは今回見送りするつもりだよ」

 

その水族館がヴァンガードの専門店と近いかららしいが、そこで水中系の『クラン』に限定したファイトイベントをするらしい。

俊哉が見送る理由としては、自分の使用する本来の『クラン』が典型的な機械系のものである為、参加するに当たって本来のデッキが使えないことが致命的であった。

これ以外にもいきなりそのデッキを使おうにも、貴之程順応性が高いわけでは無いので痛い目を見るだろうと思っている。

 

「それに……ファイト自体はいつでもできるけど、紗夜と出掛けられる貴重な時間だからさ……俺としてはそっちを大事にしたい」

 

「わ、私と……?なら、そうしましょう」

 

自分を見てくれているのが伝わり、紗夜は硬直したのち笑みを浮かべる。

ただ見ているだけならガンガン進んで行ける人もいいかもしれないが、紗夜としては隣にいるなら俊哉のように自分を放って行くことなどせず、足を揃えようとしてくれる方が好ましいと考えている。

また、その笑みで俊哉の心臓が思わず跳ね上がったのは本人だけが知るのだが、もう一つのことは紗夜も知ることになる。

時間が空いたら見に行くくらいの方針になり、駅に着いたので改札口を渡って電車に乗る。

 

「空いてて良かったな」

 

「ええ。これなら疲れないですみそうです」

 

今回は少し早めの時間に出ているので、電車に乗っている人も少なく二人揃って座ることができていた。

ちなみにもし片方しか空いていなかった場合、恐らくは二人揃って立ったままだった可能性が高い。

と言うのも、二人して譲ろうと言う気質が強すぎてお互いに引かないだろうからである。

 

「どこから回るか……決めていますか?」

 

「順路次第ってところだけど、大雑把程度には」

 

と言っても、お互いのペースがある為そこはケースバイケースである。

形態を使ってマップを見ながら、どこを見ていこうかと決めている内に時間は過ぎていき、目的の駅に辿り着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより人がいないな……できたばかりだから様子見か?」

 

「ですが、これならゆっくり見て回れそうですね」

 

いざ目的地に辿り着いたが、予想よりも人が少なかった。

今回は新しい場所なので人気が無いと言うことは無いだろう。イベントのことも考えると後々人が増える可能性も示唆されるが、今しばらくは大丈夫だろう。

一先ず二人分のチケットを購入して、入場を済ませる。

 

「前からずっと気になっていたのですが、暗いのは雰囲気作りなのですか?」

 

「ああ……それもあるんだけど、調べたら他にも理由が出て来たぞ。俺たち人間が水生生物を見やすくするのと、水生生物からは俺たちを見づらくして変に警戒させない為ってのがある」

 

魚を始めとする水生生物は、本来は人間を見て生活することなど殆ど無い。つまりは人を『未知のモノ』として認識することが殆どで、深いところに棲む存在は更にそれが顕著となる。

その為こちらの存在を認識しやすい状況を作ると、臆病な彼らが逃げ出してしまい、せっかく見に来たのによく見えないと言う事態を生み出してしまうのでそれを避ける意味合いがある。

また、水槽のガラスは反射性に優れており、そのおかげでこちらの姿が見えづらくなっているらしく、警戒心を刺激しないように気を使っているそうだ。

ちなみに一層警戒心の強い魚がいる水槽には、マジックミラーを施して万全を期しているらしい。ありのままを出す為にかなり苦労しているのが伺える。

 

「で、俺たちがこうして近くに来ても平気なんだとさ……よくできてるよな」

 

「なるほど……そこまで考えられていたのですね」

 

──知識蓄えといて良かった……。答えることができた俊哉は内心で安堵する。

ここで答えられなかったら来るだけ来て盛り上がれず終わってしまった可能性もあるので、そう思うと一歩前進と見ていいだろう。

実際紗夜も、自分の為に行動してくれると思うと嬉しくなるし、悪いとは思わなかった。

台無しになるから言わないようにしていたが、常時波打つようにして天井が見えないようにもしているらしい。

時折餌やりを目の前で行う時もあるが、開場直後なので流石にまだやらないようだ。

 

「どっちからでも行けるっぽいけど……どうする?」

 

「そうですね……」

 

左回りでも右回りでもどちらからでも行けるので、俊哉は紗夜に振ってみる。

左回りの場合は先に浅瀬に住まう者たちが、右回りは先に深海に住まう者たちを見れると言う違いがあり、最終的にはどちらも見て行ける。

食堂やショーが行われる場所はどちらの道でも丁度半分辺りを進んだところにある通路からのみ行ける為、それを考えると先に行かなかった方は見るのが遅れがちになるだろう。

来たいと望んでいた紗夜に選んで欲しかったので、自ら決めなかったのである。

少し悩んだが、見たいものがあったので左回りで行くことを選んだ。

 

「なるほど……クラゲか」

 

「前に、知り合いから強く推されたので……」

 

紗夜にそれを推したのは花音であり、説明すれば俊哉も納得した。

クラゲと言うのは実際に触れようと思えば危険であるが、こうして安全な状態で見るのならその見た目から癒しを与えてくれる、浮遊生活している生物である。

花女二年組の五人で話している際に、紗夜からお勧めを聞いたところ物凄い勢いで推して来たので、そこまで言うなら必ず見ようと紗夜は心に決めていたのだ。

 

「……ふふっ。どうして彼女が推したのか、分かった気がします」

 

「っ……!」

 

紗夜がとても柔らかい純粋な笑みを浮かべたので、俊哉は思わず心臓が跳ね上がり、顔が赤くなる。

普段の彼女からは想像もつかないほど屈託ないものだったので、それに引き込まれた結果である。紗夜のような人はギャップが激しく見えるのだろうと俊哉は思った。

自分がその表情を見ていたいと言う想いから、俊哉は少しの間彼女の様子を眺める。

 

「あっ……!ごめんなさい。私だけでつい……」

 

「ああいや、大丈夫だ。つまらないって言われるよりはいいし、楽しんでもらえたようで何よりだ」

 

俊哉の視線に気づいた紗夜が少々気恥ずかしくするが、俊哉としては問題なかった。

丁度半分を差し掛かったところで昼時には丁度よさそうな時間になったので、一度食堂へ足を運ぶことにした。

 

「すみません……私ばかり楽しんでしまって」

 

「俺も俺で楽しんでるから、その辺は大丈夫だよ。つまらないって言われないで安心してる」

 

あまりこう言う場所に行こうとしないので思わず弾んでいたことに気づいた紗夜だが、俊哉がそう言うのだから一先ず大丈夫だと安心する。

寧ろ俊哉としては紗夜が普段見せない表情をしたりしてくれるので、願ったりな状況になっていた。

今回『互いのことを知る』為に来ているので、紗夜の知らない表情を見ることができた俊哉はある程度成功していると言えるだろう。

 

「そう言えば……谷口君は普段、ヴァンガード以外に何かしていることはありますか?」

 

「俺か?」

 

ただし紗夜の方からすれば俊哉のことをあまり知れていないので、まだ成功とは言えない。

後々のことを考えるとこのタイミングで聞いておかないと難しいと考え、ここで聞いておくことを選んだ。

当の俊哉は少し悩んだが、ここで引いたら今回の目的は成功と言えないと思えたので話すことにする。

 

「親父とお袋の趣味が影響してな……アニメ観たり、ヴァンガード以外のテレビゲームや携帯ゲームやったり……後はプラモ作ったりとまあ、典型的なオタク趣味をよくやってるな。後はライブ見に行ったり」

 

──こう言う話しって、口にすると無条件で『有り得ない』とか言い出す輩が出てくるから、気の合う人たち以外では遠慮するようにしてるんだ。俊哉の意図を紗夜は何となく理解する。

後江生なら全体的に相手を理解する力がある人たちばかりなので、俊哉も気兼ねなく時々話すことはできるだろうが、他の場所ではどうだろう?彼の危惧通りのことは極めて起こりやすいだろう。

そんなことになるくらいなら、宮地生のように勉学に精力を出して他は気にしないの方が遥かにマシだろう。俊哉も実際に話しを聞かせてもらったが、竜馬も「小説で時々みる描写になるよりは全然マシ」と答えている。

俊哉が悩んだ理由は紗夜がどんな反応をするか分からないことにあり、少々不安になっていたのだ。

しかしながら紗夜にそんな気は一切ないので、俊哉の危惧は杞憂に終わる。

 

「大丈夫です。私はそんなことを言いませんから、続けて下さい。それに……」

 

「……それに?」

 

「私はそう言う趣味を余り持っていないので、教えて欲しいんです」

 

「(こうして自分から頼み込んでくるの、紗夜が初めてかもな……)」

 

紗夜がこう言うのは、以前まで才覚の差を振り切りたい一心でギターにのめり込んでいたあまり、他のことをほぼ捨てていたのが起因する。

そのことは俊哉も教えて貰っているので、無下にすることはできないし、自分のことを教えるのならいい機会だとも考えた。

ちなみに貴之には自分から教え、竜馬は既にその道に入り込んでいる身である為、紗夜のようなパターンは初めてであったりする。そう考えると少し嬉しかった。

 

「そうだな……話したいことは色々あるけど、まずはその趣味を持つようになったきっかけからだな」

 

初めてアニメを見る切っ掛けとなったのは、父親と母親が保管していたDVDを一緒に見たことからだった。

その後は日曜の朝に放送するヒーローアニメ……俗に言う『ニチアサ』と呼ばれる枠組みと、ゴールデンタイムに放送されるアニメを観たり……と色々見ていく内に入り込んでいった。

また、それらのアニメのゲームが販売するとなり、貴之に会う少し前にゲームを買ってもらってからはそちらにもハマるようになり……と、少しずつではあるがオタクとしての道に踏み込み始めていた。ロボットものを見たのはこの時期が初で、プラモデルはヴァンガードを知ってから少し後に作るようになった。

貴之にヴァンガードを教えて貰った後もその趣味は続いており、古いものを両親に教えてもらって観てみたり、中学生に上がれば深夜系のものを録画して後日観たりすることも増えた。それらのゲームが出れば、お金やジャンルと相談して買うようにもなっている。

ライブは友希那と貴之の話しが影響しており、一時期は友希那のメンバー探しの手伝いも兼ねて見ていたことがあることも今回思い切って白状する。

 

「えっ?あの……もしかしてですけど、私のことは……」

 

「友希那と紗夜が会うよりも前に知ってたし、話しを持ち掛けてみたのも俺だよ」

 

「(私のこと……他の誰よりも速く知ってくれていたのね)」

 

意外なことに、目の前の人は家族を省いた知人の中で最も早くから自分のことを見てくれていた──。それを知れた紗夜はとても嬉しかった。

日菜を超えなければならないと焦っていたから気づけなかったのだろう。そう考えると少し恥ずかしかったが、今回は嬉しさが勝る。心なしか心臓の鼓動が一瞬だけ跳ね上がるのを感じる。

もう少し視野を広く持てたのなら、少し変わっていたのだろうか?俊哉の言葉を聞いて思わず考えてしまう。

 

「谷口君、私のことを湊さんと引き合わせてくれてありがとうございます」

 

「……えっ?どうした急に……」

 

「今の私があるのは、あなたのおかげだからお礼が言いたくて……ダメですか?」

 

「いやいや、そんなことは無い!つか、俺の一存でそうなれたなら何より……」

 

紗夜が急に礼を言ってきたこともそうだが、紗夜が微笑みと共に首を傾げる仕草があまりにも魅力的だったので俊哉は完全に慌ててしまう。

これで終わりかと思えばそうではないらしく、一つのことを思い出した紗夜が俊哉にこう告げる。

 

「私を変えるきっかけをくれたあなたは……無力なんかじゃないですよ?()()()

 

「……!?」

 

自分の目を見てきて、柔らかい笑みと初めての名呼びと共に自分を肯定する言葉を投げられた俊哉は紗夜に釘付けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「俊哉君、今日は連れて来てくれてありがとうございます」

 

「紗夜が楽しんでくれたなら、俺も嬉しいよ」

 

時刻は進んで夕方──。あの後ショーとイベントも見て、見てなかった場所も見て回って帰ろうとなった時にはこの時間だった。

ショーはイルカのものであり、できたばかりの出だしとしては最適だったと言える。

ちなみにファイトイベントの方は少人数の大会形式と言えど、基本的には記念に一戦と言う人たちだったので実力派のファイターがおらず、俊哉が参加していたら蹂躙になってしまっていた可能性すら考えられるものだった。

その為、俊哉と紗夜は二人して「見ているだけで正解だった」と言う答えを下していた。

 

「紗夜があの時止めてくれたから、この考えを持てたんだと思う……何度礼言っても足りないかもな」

 

「もう。大袈裟ですよ……」

 

こうして照れる紗夜だが、俊哉からすれば本当に彼女は恩人であり、あの時止めてくれなければ俊哉は堂々と参加して蹂躙を行っていた可能性があると考えると中々笑えない話しである。

紗夜はこの時当時のことを思い出し、ずっと気になっていたことを聞いてみる。

 

「ところで、前に言っていた模索の方は大丈夫ですか?」

 

「そりゃもうバッチリ。お前のお陰でな」

 

「……簡単に教えてもらっても?」

 

「ああ。答えとしては……」

 

紗夜にだけはいいと考え、俊哉はその内容を教える。

ここで勿体ぶる選択もアリではあったのだが、恩人相手にそれをできる気はしなかった。

 

「内緒にしといてくれよ?()()()()()()()のさ……」

 

「……っ!はい。約束します」

 

初めて見たかも知れない彼の得意気な笑みと、二人だけと言う甘美な響きが紗夜にそうさせ、心臓の鼓動を跳ね上がらせる。

また、後ほど紗夜はその笑みが瞳に焼き付いているのを自覚し、忘れさせてもらえなくなる。

 

「料理出来るようになろうかな……」

 

「……どうしたんですか?」

 

俊哉がこう考えた理由は二つある。

一つは以前、テストが終わった後に貴之が料理をしている姿を見ての事で、彼自身も「できるようになれば後々役に立つ」と述べていた。

 

「そうすればほら……その人の好きなものをいつでも作れる訳だし……」

 

「あっ……!」

 

二つ目は今日の昼食、紗夜がポテトを食べる度に幸せそうな笑みをしていたことにある。きっかけは一つ目だが、決定打はこちらである。

もう既に他の人にも知られているかもなので、いたずらに広めないようにして欲しいことだけ頼み、俊哉もそれを承諾する。

 

「なら、今度見てあげましょうか?」

 

「いいのか?それは助かる」

 

俊哉からすれば願ってもない事であり、それも紗夜と一緒にいられる機会が増えるなら二重の意味で嬉しい。

紗夜から見ても、俊哉といられる機会を増やすチャンスである為、逃したくは無かった。

これ以外にも俊哉の趣味を実際に見せる約束もできており、俊哉は言い知れぬ背徳感を感じていた。

恐らく、『気になる異性の相手と趣味で語り合える』可能性が生まれたからだろう。何なら自分で染めることもできてしまうので、尚更だった。

とは言え無理強いする訳でも無いので、あくまでも彼女がこちらへも進みたいのなら……に留まる。

 

「もうここまで来たか……」

 

「日も沈み掛けていて……あっという間でしたね」

 

商店街の入り口前まで戻って来たら、もう夜になりそうな時間だった。

もう少し共に居たい気持ちが互いにあるが、時間が時間で、これ以上の準備が出来ていないので今日はここで解散という形になる。

 

「それじゃあまたな、紗夜。今日は楽しかったよ」

 

「こちらこそ。また会いましょう、俊哉君」

 

互いを知る為の出掛けは、二人揃って成功と言う形で無事に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そんな感じになった」

 

「手応えアリって見て良さそうだな……」

 

休み明けの朝のHR。来週には終業式が迫ってきている時期に俊哉は今回の結果を話した。

貴之から見ても、今回の結果は成功と見れるものであり、今後に期待と言える。

 

「聞いてみれば紗夜の距離感って分かりやすいんだね……」

 

「苗字呼びだったところを名前呼び……後は誰にでも敬語がタメ口になれば、か。確かにそうだな……」

 

確かに話しを聞けば聞くほど紗夜の距離感と言うものは分かりやすい、名前呼びには貴之もそうなのだが、彼の場合は『互いに兄弟姉妹がいる』からややこしさを避ける意味合いが強く、それら抜きにしてだと俊哉一人である。

後は紗夜さえ良ければ呼び捨てやタメ口が飛んでくるはずなので、そこまで上手く繋げて行ければいいと考えられる。

 

「約束ごともできてるのは大きいな。これからいくらでもチャンスあるってことだし」

 

「当初の目的を成功してそれだもんな……。ちなみに今の心境はどうなんだ?」

 

「……ボーっとしてるといつの間にか意識してたりする。今はそんな感じだな」

 

「ほうほう……」

 

話しを聞いた瞬間に何やら玲奈が意味深な笑みを浮かべる。理由としては約束ごとの内容が大きい。

 

「ちなみに紗夜を染めるご予定は?」

 

「そこは本人次第だ」

 

玲奈としては染まった紗夜を見てみたい気もするが、まあそこは無理しないでもいいだろうとは思っている。

ただ、どちらにせよ俊哉としてはとある漫画で主人公の独自にあった『好きな子と推しで盛り上がれる』に近いことができるかも知れないので、それだけでも願ったりであろう。

間違い無く竜馬が聞いたら何か言いそうな案件だが、これは出だしに成功した俊哉の特権と言えるだろう。

 

「そう言えば、貴之も俊哉の入れ知恵でそっち方面はある程度行けるんだっけか?」

 

「ああ。と言っても、俺は無難なものしか行けないが……」

 

「でも、入りならその無難な方がいいんじゃない?聞いた感じそっち方面知識ゼロらしいし……」

 

「(紗夜、こっちでも楽しんでくれればいいけど……)」

 

そちら方面の話しが始まる中、俊哉は紗夜のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

同日の放課後、練習後にファミレスで反省会を行った後、紗夜は俊哉と出掛けた情報が回ったことで色々聞かれていた。

 

「貴之が言ってた、『紗夜は分かりやすい』ってこう言うことかぁ~……流石だね♪」

 

「なるほど……さあ、続けて?」

 

「あ、あの……どうしてそこまで食いつくのですか?」

 

──と言うか、白金さんと宇田川さんまで頷いて先を促し来るし……どうしてこうなっているのよ?正直自分の話しなどあまり面白くないだろうと思っていた紗夜だが、この食いつき具合に軽く困惑を覚えた。

日菜から友希那とリサへ……と言う流れが一番濃厚だが、それを考えている余裕があまりないのは目の前にある状況のせいだろう。

特に友希那からの「何が何でも聞き出す」と言う意志が凄まじく、妙な圧力を感じる。

 

「紗夜さんがそう言う方面に行くのって、意外じゃないですかっ!だからあこも気になって……」

 

「私も、友達や知り合いとそう言う話しをあまりしないので……」

 

この他にもあこと燐子もそう言った話しをしたのは貴之と友希那の話しだけだったので、二人目が出てきて興味が沸いている。

流石にこんな状況になってしまうと紗夜も断るに断れなくなり、流れに身を任せるしか無くなった。

 

「まあまあ、せっかくだしこう言う時こそね?」

 

「そ、そのこう言う時への執着が凄まじいのですが……」

 

「仕方ないわよ。この手の話しは……こうなるから」

 

どこか諦め半分な様子を見せる友希那を見て、紗夜は彼女が経験したことを悟ってしまった。

──ど、どうにか耐えきりましょう……。腹を括って一つ一つ答えていくのだが、紗夜は茹でたタコのように顔が赤くなっていく。

 

「(俊哉君も、今頃こんな風になっているのかしら?)」

 

そんな中でも、思わず俊哉のことを案じている自分に気付き、紗夜は更に問われることになるのだった。




無事にこの二人によるデート回が終わりました。ちょっと駆け足気味だったかもしれません……。
この二人によるメイン回はまたどこかでやるつもりです。流石に本章では難しいところですが……(汗)。

次回は貴之と友希那で放課後デート回をやり、その次からガルパ本編に戻っていくつもりです。


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パーティー13 気の許せる人

少し短めになりましたが、貴之と友希那のデート回になります。

ガルパでNFOイベント再び……一応配布の友希那まで獲得は終わりましたが、時間を確保できずストーリーを見れていないので、この後見てこようと思います。


「ところでさ……大介にはそう言うの無いけど、誰か気になる相手はいないの?」

 

「俺か?いないと言えばいないけど……お前に言われる日が来るとはな」

 

週末の昼休み。後江組は教室で恋愛の話しをしていた。

この四人の中で、大介だけはそう言うことが一切無いので玲奈に問われる羽目になった。

正直なところ、貴之も一真との邂逅を見なければ玲奈が一番遅いだろうと考えていたので、この結果は意外な形である。

以前クラスメイトにも聞いて見たところ玲奈が一番遅そうと答えが多かった辺り、如何に玲奈の周りが他の女子と比べて変わっているかが伺える。

 

「大介はまだデカいきっかけが無いからな……仕方ねぇところはあるんだが」

 

「そう言うの無いんだよな……」

 

俊哉と竜馬は趣味の関係上歩き回るのでもしかしたら……と言う確率は高いのだが、大介は彼ら程の行動範囲では無いので少し不利になる。

この他にも貴之と友希那のように昔から接点がある異性がいる訳でもない為、ここでも不利が着く。

そんなこともあって大介は出会いやきっかけを得るタイミングに乏しく、まだ先になるかも知れないと言う判断が下されがちになる。

 

「……待てよ?玲奈と俺って、どっちがそっち方面早いんだ?」

 

「俊哉がRoseliaのFWF出場後だろ?んで、玲奈が地方大会の後だから……玲奈が早いな」

 

「意外なことにあたしが二番目なんだよね~……♪」

 

──嘘だろお前……?俊哉が呆然とした瞬間である。貴之は小学生時代からなので、比べる必要性がない。

後ほどRoseliaに話しても玲奈が二番目は意外だったようで、それ程玲奈が早くないと予想されていた。

普段からそうだからとある程度納得できる玲奈だったが、皆して言われると流石にちょっとショックはあったらしい。

 

「けど、大介の趣味って読書とかそっちだし……一番無難な形で行ける気はするんだよな」

 

「確かにな……貴之は相手と打ち込み分野、俺は次がオタク方面だし」

 

「あたしもあたしで、結局ファイト重ねた後だもんなぁ……」

 

「……周りが全員参考にしづらいのばっかり」

 

目の前の状況に大介は一瞬だけ頭を抱えそうになった。先発組の状況が状況である。

貴之は言わずもがな、俊哉の場合は行けそうに見えて進み方次第でほぼ不可能、玲奈も相手が限定され過ぎ……と後発組の優位が全く生かせない有様である。

ほぼほぼ自力でやるしかないと言う少々面倒な状況の後発組となってしまった大介だが、気長に機が来るのを待とうと思った。

 

「(変に探そうとすると、却ってダメかも知れないしな……)」

 

俊哉から話しを聞いていることもあり、偶然それが来て、自分が望むなら逃さないようにする心構えだけ作っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「友希那はもうちょっとで来ると思うよ」

 

「なるほど……ちょっと早かったか」

 

その日の放課後、羽丘の校門前に来た貴之はリサに状況を教えて貰った。

待っている間暇であることもそうだが、一人にしておくと貴之が怪しまれる危険性を考え、暫くここで雑談することにする。

後で一緒に出掛ける予定らしく、日菜も一緒にいるので今は三人で会話する形になっている。

 

「あそこってそんなに時間かからないし……放課後ちょっと出掛けるなら丁度いい距離だね♪」

 

「ああ。結構助かるんだよ」

 

「ほうほう……あそこへ友希那ちゃんと行くんだ」

 

リサも日菜も、友希那がどんな反応をするかは大方分かっているらしい。そこは貴之もそうなので、反応を楽しみにしているくらいで終わる。

貴之の中で友希那がそこへ行ったらどんな反応をするか分からない身内と言えば、秋山姉妹や宮地組くらいだろう。結衣だけはこの二人に教えてもらっているかもしれないが。

 

「貴之、お待たせ」

 

「やっぱり慣れって早いね。貴之が私たちの誰かと話してる分には平気になってるし……」

 

少し話していたら友希那と結衣がやって来た。結衣も俊哉らとは別行動でだが、一人でミニライブに来ていた。最もそれを知るのは受付をやっていた貴之くらいなもので、三人も休み明けに言われるまで分からなかったそうだ。

結衣に言われて見渡して見るが、確かにこの四人、またはあこと瑠美の二人と話している場合の貴之は「時々あること」と受け入れられてきている。

 

「そろそろ行きましょうか?」

 

「そうだな……。じゃあ、俺たちは一足先に行くよ」

 

軽く手を振って別れを告げれば、「感想よろしく」と言った旨の言葉を貰う。

少し離れた場所へ行けるのは週末の特権とも言え、今回は商店街を抜けて少し先にあるとあるカフェへ向かうことになっている。

 

「あそこ、一人だと結構行きづらいのよね……」

 

「雰囲気とかがまぁ……ってところだしな」

 

──友希那の場合、歯止めが効かなくなるからかも知れねぇけど。今日行こうとしている場所に関して、貴之は大雑把に察しを付けている。

彼女が生粋にそれを好きなのが影響しており、下手をすれば6時間くらい潰してしまう可能性すらあり得るほどである。

また、今現在は友希那が貴之の左腕に、両腕を組んだ状態で歩いているのだが、二人でこうできる嬉しさから表情が笑みになっていた。

そんな彼女が愛おしくて、貴之は小さく笑った。

 

「……どうしたの?」

 

「いや、友希那が笑っていてくれるならいいんだ」

 

大切な人が笑ってくれているなら、それだけでも嬉しい。貴之が紛れもなく思っていることだった。

面と向かってそう言われた友希那も顔が赤くなるが、自分が嬉しくなる言葉をもらえたので良しとする。

貴之が数多くくれたきっかけが無ければ、こうすることも出来なかったと考えると友希那に取っては相当大きな存在となっている。

 

「私がこうしていられるのは、あなたのおかげだから……本当にありがとう」

 

「どういたしまして。俺でよければまた手伝うよ」

 

──きっと、こう言うやり取りが何度も続くんだろうな。二人して同じことを考えながら先を進んでいく。

他愛ない会話をしながら歩くこと数十分して、目的の場所まで辿り着いた。

 

「なるほど……ここは確かにお前一人じゃムズいな」

 

「ええ。一人だとどうなるか分からなくて……」

 

着た場所は猫と触れ合いが可能なカフェであり、ここに友希那が一人で来たらどうなるかなど容易に想像できた。

間違いなく夢中になり過ぎて気づけば日が沈んでいたり、店員に声を掛けられて慌てる友希那の姿が浮かび上がって貴之は思わず吹き出す。

 

「貴之……何か失礼なこと考えたでしょう?」

 

「ん?どうしてそう思った?」

 

友希那がむすっとした様子を見せるので、先を見たいと思った貴之はわざとらしく促す。

 

「だって、私の反応をみて笑ったじゃない」

 

「自覚があるってことはそう言うことだぜ?」

 

「なっ……!」

 

手玉に取られていたことを悟った友希那は顔を真っ赤にし、貴之の胸をポカポカと両手で叩いて来る。

それ自体は特に痛くは無いので軽く受け止めつつ、貴之は彼女を宥めることに移行した。

友希那の恥じらう姿が見れたので満足だし、これ以上弄ると面倒になるのが見えたからである。

 

「まあまあ、ちょっとだけ意識を向けられればいいのさ……今すぐじゃなくてもいい」

 

「そうするわ……恥ずかしかった」

 

友希那の紅潮する頬が収まったので、気を取り直して中に入る。

中に入ると若い女性の店員が迎えてくれ、個室にするかどうするかを問われる。

 

「……個室か」

 

「そうね……元々二人でだった訳だし、そうさせてもらいましょうか」

 

誰かに邪魔されるのも困るので、今回は個室を選ばせて貰う。

一人では選びづらいからせっかく……と言うのもあるし、今回は元々放課後に寄り道デートなのでなるべく二人でいられる時間は確保したいのが本音だった。

 

「注文が決まったら、席にあるボタンを押して下さい」

 

最後に説明をしてから店員がドアを閉め、少しの間だけ静寂が走る。

目の前の光景を見た友希那へ、貴之が掛ける言葉を見失ったとも言える状況だった。

 

「やだ……こんなにいるのね」

 

「(お隣の歌姫様が興奮してらっしゃる……)」

 

必死に我慢していたと言っていいだろう。友希那はこの部屋に入った段階から頬が再び紅潮していたのだから。

同じ部屋にいるのは気を許せる貴之と二人きりなので、ようやくありのままでいられるのが大きく、貴之も無理に止めようとは思わない。

 

「……んにゃ?」

 

「さあ、おいで……♪」

 

友希那がしゃがんで両腕を広げれば、数匹の子猫が友希那の元へ集まる。

人懐っこく時折鳴いたり、構ってほしくて尻尾を振ったりする姿は見ていて癒しになっている。

 

「にゃーん……♪ふふっ、可愛い」

 

「相変わらず大の猫好きだな……」

 

「だって、可愛いじゃない。愛らしい声に、クリクリした目に……」

 

「その気持ちは分かる」

 

貴之も犬か猫かと聞かれたら猫派の人間である。こう言ったところでもものの見事に一致するので、本当に運命の引き合わせのようなものを感じることがある。

──俺もそろそろ触れるかな……。もう何匹かを連れて奥の椅子に座った友希那を見やってから辺りを見渡すと、一匹だけ隅っこで貴之を見つめているのが一匹いた。

 

「来るか?」

 

貴之が歩み寄ってその猫に手を差し伸べながら声を掛ければ、少ししたのち貴之の手を伝って方の上に乗っかった。

器用なやつだなと思いながら、貴之は友希那の向かい側の椅子に腰を下ろす。

 

「あら?その子は?」

 

「部屋の隅っこで俺を見てたから、誘ってみた」

 

白い毛並みに金色の瞳と……どことなく友希那を彷彿させるその猫は大人しめで、貴之の方へ軽く体を寄せるくらいだった。

意外なのはその器用さにあり、貴之が肩を動かしても全くバランスを崩す様子が無い。

 

「大分好かれてるな」

 

「好きな人と好きなものに囲まれて、私は幸せだわ……」

 

友希那の表情がとろけた笑みになっており、今まで見なかったものであったことから貴之の心臓が早鐘を打つ。

彼女が言った通り、自分と猫に囲まれるのは至福の時であり、拒否もされないので思い切ってこうできる。

また、友希那は昔ならそのままにべも無くさらけ出すだろうが、今は少々恥ずかしさもあってそんなに知られたくないらしい。

ちなみに今年になってからそれを新たに知られたのは紗夜一人で、それ以外はリサが流したかそもそも聞く機会を逃しているのでまだ知られていない。

知られるのは時間の問題かも知れないが、それでも今しばらくは大丈夫だと言える。

 

「さてと……何にする?」

 

「あっ、そう言えば決めていなかったわね……」

 

複数の猫が集まってきている都合上、友希那が手を動かしづらいのでそこは貴之が融通を利かせる。

友希那の『頼りたい』と貴之の『頼られたい』が、見事に合致している一面であった。

程なくして注文するものを決め、ボタンを押して店員を呼ぶ。

 

「あら?お客様、珍しいですね……その子が肩に乗るなんて」

 

「えっと……隅っこにいたのよね?」

 

「ああ。人見知りなんですか?」

 

聞いてみればその通りだったらしく、数か月ぶりに人の肩に乗ったらしい。

貴之には相手を惹きつける何かがあるかもしれないと思いながら、注文を済ませる。

二人揃って飲み物と軽食なので、10分もしないで注文の品が来た。

 

「人見知りって言うと、昔の友希那とかそうだったな?」

 

「そうね……私、始めて顔を合わせた時なんてお父さんの後ろに隠れていたもの」

 

人見知りと言う単語から、二人して当時を思い出す。

始めて会った時は直ぐに人と接しようとするリサ、同年代が一人だけ男で微妙な顔をしそうになった貴之、そしてどうなるかが分からなくて友治の後ろに隠れがちな友希那と三者三様であった。

人懐っこいリサと相手に合わせようと努めた貴之はそれなりに早く打ち解けたが、友希那とは少し時間がかかっていた。

 

「ある程度してからだったわね……私が歌を始めたのは」

 

「その歌う姿に俺が見惚れて、その後……か」

 

友希那の歌を聞いて貴之がヴァンガードを始め、そこからが大きな転機であった。

貴之の周りは友人が増え、いつの間にか輪の中心になっていることもあったし、友希那に取って数少ない話し相手である貴之との会話が増えていく。

元より幼馴染みだったこともあってそれなりに話すことはあったが、貴之がヴァンガードを始めてからは友希那自身から歩み寄ったことで更に増えていった。

後ほど貴之が友希那のことを知りたい気持ちで歌のことを聞きたいと頼み、そこからは更に距離が縮まって行った。

 

「今思えば、貴之のおかげなのよね……私がリサやみんなと居られることも、道を踏み外さないでいられるのも……」

 

貴之の存在は非常に大きく、友希那にこれでもかと言うくらいに影響を与えていた。

ここを離れるよりも前は友希那が孤立する時間が減り、離れた後も最後の柱としてギリギリの所で踏みとどまらせることになっている。

更には戻ってきた時は悩みを打ち明けられる唯一の存在となり、彼を無くして今の自分は存在しないと豪語できる程の支えだった。

今に至る上で一番最初の影響は、やはり自分が好きな歌に関して興味を示してくれたことだろう。

 

「貴之は、誰よりも速く私に気づいてくれる……そう考えたら、とても嬉しかったの。周りが明るくなったようにも思えたわ」

 

「大袈裟な……って言いたいけど、あながち間違いでもねぇのか」

 

確かに、自分が歩み寄ってから友希那の笑う回数は分かりやすく増えていた。

貴之が知る由も無いが、離れた後も悲痛な様子を見せる機会が減っていたりと、彼女がそう言いたいくらいのものである。

しかしながら、何も貴之は与えてばかりな訳では無く、その前にとても大きなものを授かっている。

 

「でも、俺がそうできたのはあの日友希那の歌を聴いたからなんだ……。あれが無かったら、今頃俺の道は何の変哲もないものになってたと思うよ」

 

何も無ければ、全て平均からちょっと上くらいを目指して程々に頑張り、自然と忘れられるような存在になっていただろう。

貴之をそんな存在にしなかったのは友希那の歌があり、そのおかげで貴之は最高の師にも、かけがえない友人にも、唯一無二のライバルにも出会え、大切な人とも結ばれている。

己の道に、互いが無くてはならない存在──。貴之と友希那はそんな関係であることを改めて確認できた。

 

「友希那。これからもだけど……」

 

「それは寧ろ、私の方からお願いしたいくらいだわ」

 

──これからもよろしくね?貴之。友希那が見せる満面の笑みは、幸せを表すものだった。

彼女がこうして笑っていられる時間を、少しでも増やしてやりたいと……貴之の願いも強くなる。

 

「もし、友希那が猫だったら……こいつみたいになるのかな?」

 

「私が?あり得なくは無さそうね……」

 

その後は貴之の肩に乗り続けている猫の話しをしたり──。

 

「それ、どんな味かしら?」

 

「ああ……それならそっちも貰っていいか?」

 

互いが注文した軽食を一口ずつもらったりと、些細な幸せを二人して堪能した。

 

「あれ……?コイツまだ離れねぇ!?」

 

「カウンター前までついてきてしまっているわね……」

 

「お客様、余程気に入られたみたいですね?」

 

尚、会計する時まで貴之に誘われた猫は肩に乗ったままであり、流石にそのまま行くわけにもいかないのでどうにかして元の場所に戻って貰う。

そして貴之と友希那が店を後にしても、その猫は暫く貴之がいた方向を見つめていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「たまにはああ言う一日もいいわね」

 

「ああ……お互いの道に差し支え無い範囲でまたやっていきたいな」

 

今日の放課後デートは互いにいい感想を得て終わりとなった。

互いの勝手が知れているので、もう少し簡単な場所にしてもいいと言う意見も出るが、それはその時考えると言う方向で纏まる。

 

「そっちは明日から本番のイベントに向けて……だったな」

 

「ええ。Roseliaだけじゃない。五つのバンド全て……見てくれるお客さんが満足行くものにしたいわ」

 

少し前までだったらどう言っていただろう?そう考えながら、友希那は笑みで答える。

実際ミニライブが終わった後も、演奏する側として参加した25人で全員して言っていたことであった。

貴之もこの後は参加してくれる人たち中心でやると言う話しを聞いていたので、自分が後できることは開場を万全にしたり、時折話しを聞いてあげるくらいだろう。

 

「また何か、ヒントを貰いくるかもしれないわ」

 

「俺にできることは限られてるかも知れないけど、その時は答えるよ」

 

ここまで来ればできることは殆どない可能性の方が高いものの、それでもできる限りはする。それが貴之の方針だった。

友希那の近況と言える話しは終わり、次は貴之の近況になる。

 

「最近聞いた話しだけど、全国の高校で、ヴァンガード関係の何かがあるかもってのを聞いたんだ……」

 

「それが本当だったら、貴之も参加するの?」

 

友希那の問いには肯定で返す。全国の高校となれば、自分がより上に行くための鍵を掴めるかも知れないからだ。

正直なところ、現状では時間の猶予があり過ぎるので何かがある分には非常に有り難いのが本音だった。

 

「まだいいか……って何もしないで、成果を残せないってなるよりは全然いいからな」

 

「確かにそうね……。そうなるくらいなら時間を有効に使いたいわ」

 

貴之の悩みは友希那もよく分かる。明白な目標が無いと、どこかで甘えが出てしまいそうであったからだ。

こういう面でも自分たちがどことなく似通った面を持ち合わせていることに気づき、思わず二人して笑う。

 

「これからも、お互い頑張りましょう?」

 

「ああ。自分たちの満足行く場所に辿り着くその時まで……」

 

恐らくは互いの分野で頂点に立つことになるだろう。それは話さなくとも二人して理解している。

二人で軽く握手を交わすことで、更に意識の共有は楽になり、後はそこへ向けて進むだけとなった。

互いの満足する場所に来たらどうしようか?今はそれを考えないでおいた。




友希那の猫好き要素を使いたい……そんな気持ちで書いた回になります。なんか見たことある感じになってしまった気もしますが……(汗)。

次回はガルパメインストーリー11話に入ります。


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パーティー14 それぞれの考え方

メインストーリー11話が早く終わり過ぎてしまったので、12話の部分も入れる形になりました。

ヴァンガードifのOPやEDを見ていて思ったのですが、伊吹とスイコの背丈があまり変わっていないのはスイコが高いんでしょうかね?それとも伊吹が低いのか……(汗)。


時間は遡り、ミニライブが終わった直後に遡る。

今日のライブでどうだったかや、ここの人たちは似ていて、ここは違う等も気づけるところが増えてきた。

 

「真っ黒なのは、やはり闇に潜むためですかっ!?」

 

「えっ?いえ、そんなつもりはないんですが……」

 

「あれ、違うんだ?実際にそうだったらかっこいいのに」

 

「この衣装のコンセプトなんですけど……」

 

そんな後者である三人とされた燐子、イヴ、はぐみは三人でRoseliaの衣装について話していた。

実際の予想と違うのは少し残念だったが、細かいところに気を配っている事まで知れたのは話しを聞いた二人に取っても、理解してもらえた燐子に取っても収穫となったそうだ。

今回のライブを終えたたえが五バンドに関する評を下したことが、香澄にとある提案を呼び起こす。

 

「いろんな人たちがいて、いろんな音楽があって……まるで、()()()()()()()()()ーみたい」

 

「……それだ!それだよおたえっ!」

 

「うわぁっ!?おま……」

 

急に出てくるなと言う有咲のツッコミもよそに、香澄はみんなでパーティーをしようと提案を出した。

彼女がいきなりこう言った提案をするのはいつものことなので、沙綾はそこを気にせず先を促す。

 

「今日のライブをやってみてね……『合同ライブ』って言うにはなんかちょっと堅苦しいかな~って思ってたんだ」

 

それ故に香澄は今回のことは『合同ライブ』ではなく、『パーティー』の方が合っていると感じた。

香澄の言い分はよく理解できるので、有咲も同意を示し、りみはどうするのがいいかを問う。

 

「おお……それは丁度いいタイミングだね♪」

 

「まりなさん、何かあったんですか?」

 

「実はさっき、オーナーと話してたんだけどね……」

 

りみたちの話しを拾って、まりなは今後のことを話す。

ポピパの五人は元々そのつもり満々だったので、すぐに賛成してくれる。

 

「なるほど……面白そうじゃん」

 

「今なら、もっといいのができそーですね?」

 

周りの人たちも乗り気であり、反対の声が出ないでそのまま可決となった。

決まったところで日程を説明し、そこまでに完成させて欲しいと言うお願いは出るが、やる気となった25人の前には関係なかった。

 

「みんなっ!頑張ろ~っ!」

 

香澄の呼びかけに皆が「おおっ!」と同意の旨を返し、話しは締めくくられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて……行きましょうか」

 

「ああ。それじゃあ一足早く行ってくる」

 

「二人とも気を付けてね~」

 

放課後デートを終えた翌日。今日からイベントに向けた打ち合わせが始まるので、小百合に見送られながら玄関を出る。

貴之は彼女らが話し合う時間に講習会の講師としてファクトリーに赴くので、同時に出た形である。

ちなみに行き道が途中まで全く同じなので、リサもそこに混ざって三人で向かうことになった。

 

「話し聞いた時はビックリだったぜ……みんなに任せるって言うしな」

 

「私たち、かなり信じられているようね」

 

「それだからこそこれなんだし……上手くやって行きたいよねぇ~♪」

 

オーナーたちの選択はどうやら嬉しかったようで、二人のやる気が入っているのが見えた貴之は安心する。

イベント主催側が丸投げしてしまって大丈夫なのかと不安に思っていたが、この様子なら杞憂に終わってくれるだろう。

 

「このイベントが終わったらどうする?」

 

「そうね……」

 

リサの問いに、友希那は少し考え込む。

思い出を作るのも確かにいいが、自分たちは上を目指す為にも何かしたいと考えている。

前者に関してはあまり得意ではないので、そちらはリサやあこたちに任せた方がいいと判断し、友希那は後者の方で答えを出す。

 

「どこかで合宿する時間を作りたいわね……。夏休みになるのだから、その時は思い切ってできるはずよ」

 

「合宿かぁ~……うんっ、確かにいいね♪後でみんなと話してみようよ」

 

自分たちの技術を更に伸ばす為、やっておきたいことだった。

意外なことに、これは場所さえ良ければ思い出作りにも一躍買ってくれる可能性があるので、非常にいい選択と言える。

すぐには動かないが、賛成が得られ次第予定を組み立てて行くことにする。

 

「(俺もそう言うの探してみるか……何かあるはずだろうし)」

 

彼女らに負けじと自分が上に行くべく、貴之も考える。

店内大会に出ようものなら蹂躙になってしまうので、それは間違ってもできない以上他の方法を探すことになる。

どこかから声が掛かってくれれば楽なのだが、そんな都合よく行くわけないので地道に探していく方針にする。

 

「一旦ここまでだな……暫くここにいるから、何かあったらまた来てくれたら答えるよ」

 

「ええ。また会いましょう」

 

ファクトリー前に到着したので、貴之は店内に入っていく。

ここからは二人で移動し、暫くすると集合場所のファミレスに到着した。

 

「あっ、友希那さ~んっ!リサ姉~っ!」

 

「まるで示し合わせたかのように同時ですね?」

 

「後、私たちが最後みたいですね」

 

Roseliaの五人は同時に到着し、しかも自分たちが最後であることが判明する。

とは言え集合時間に遅れているわけではないので、そこは問題にならない。寧ろ全員しっかり時間通りに来たので喜ばしいことだった。

人の少ない時間にしたのは25人で話し合う以上どうしても場所が必要になってしまうこと、それから周りの人たちへの配慮である。

 

「えー……お集まりのみなさん!本日はお日柄もよく……」

 

「いや、そう言うのいーから。イベントの内容について話し合うんだろ?」

 

これをやっていたらキリがないので、有咲は香澄にさっさと先を促す。

最初に決めるのはイベント名で、これに関しては香澄が元々考えていた名前があるのでそこから入ってみる。

 

「イベントの名前なんだけど……『ガールズバンドパーティー』はどうかな?」

 

ミニライブの時に考えていた『合同バンドと言うよりはパーティーに近い』、『ガールズバンドだけで集まっている』。この二点から香澄はこの名前を思いついた。

また、この時紗夜からは『パーティー』の単語に置ける意味合いが補足説明され、その単語の最適具合が理解される。

この後押しが幸いして、イベント名は満場一致で賛成になる。

 

「やったあ!決まりっ!」

 

「それで、肝心の内容はどうするの?どんなパーティーにするのか考えないと」

 

香澄の喜んでいるところに蘭が問いかけた瞬間、Roseliaの五人は互いに顔を見合わせる。

どことなく冷や汗を浮かべている五人は、揃ってみんなもそうかと察してしまった。

 

「どうしよう……あこ、凄く嫌な予感がする」

 

「宇田川さんもでしたか……私もです」

 

「大丈夫かな……これ?」

 

「途中で……収集がつかなくなりそうですね」

 

「けれど……無言を貫くわけにもいかないから、話すべきところは話しましょう」

 

こんな時に貴之程鎮火剤として機能できる存在でないことを、五人は悔やんだ。

何しろ自分たちも意見を出す側であり、彼女らと同じく着火剤側の人間である。

──せめて、自分たちだけでも変に衝突しすぎないようにしよう。正直難しいところではあるが、そう決めずにはいられなかった。

 

「やっぱり、世界中を笑顔にするパーティー……これしか無いわねっ!」

 

「ブシドーパーティーはどうですか?例えば……」

 

『(……早速ズレたのが飛んできてる!?)』

 

イベント内容と言う名の闇鍋に、早速火種が二つも放り込まれたことでRoseliaの五人が内心で大慌てになる。

あまりにズレたのはダメだと言った方がいいのではないか?と考えていたところに、蘭が舵取りするかのように「音楽ライブパーティーでしょ?」と釘刺しをした。

もちろんそれだけでは終わらず、自分の意見も出す。

 

「他のバンドとセッションしてみたりしたい」

 

「セッションを通して何か掴めるかも知れないし、私は賛成よ」

 

蘭の提案は非常に賛成しやすいものであり、友希那のみならずRoseliaの五人はこの方向で舵取りしたいと考えた。

言い切った後の友希那が思いっきりありがとうと言いたげな目をしていたので、あなたもかと蘭は冷や汗を流す。

 

「あ、そっか……そうすればおねーちゃんと一緒に演奏できるんだ……!」

 

「それはいいけれど……あなたは『Pastel*Palettes』のみなさんと協調性をしっかり持つのよ?」

 

「大丈夫大丈夫♪それをやった上でだから」

 

──なら、いいけれど……。実際に普段どうしているかを見ていないから何とも言えないが、彩を助けたいと行動した以上それがないわけではない。

随分甘くなったなと紗夜は自分を振り返るが、俊哉にああ言った建て前、以前自分に戻ることはもうないと確信もしている。

この後ミュージカル風にと薫が提案を出すものの、あまりにも難易度が高すぎたりするのもあって反応は良くなかった。

結果として蘭の提案した方向で行くことが決まり、どのタイミングでやるべきか等に話しが移る。

 

「バンドの繋ぎ目にセッションをいれて、音楽を繋いで行くのがいいと思う」

 

「それぞれのバンドの曲を一曲ずつカバーしあうのはどうですか?」

 

蘭がセッションのタイミング、麻弥がみんなでライブをやるならと一つずつ提案を出す。

お互いのバンドをカバーするのも、複数のバンドで一つのバンドの曲をやるのも、どちらも悪くない、良い提案だと言える。

これなら一先ず大丈夫かな?と様子を見ていた香澄やRoseliaも安心していたが、ここに来て新しい火種が放り込まれる羽目になる。

 

「それもいいけど、私たちやライブハウスのことを知ってもらえるようにMCは入れた方がいいと思う」

 

MC──『master of ceremony(マスター・オブ・セレモニー)』とは、早い話が司会役のことであり、今回の場合は曲と曲の間で演奏者が話したりすることである。

これの導入はイベントの目的である『ガールズバンドの応援』を考えたら、確かに入れてもいいのかもしれない。

ただし、入れるにしても色々と難しいところがある為、無条件で全員が頷くわけではない。

 

「確かに、目的としては理解できますが……時間が足りないようにも思えますね。セッションをするのであればそれぞれのチームどうしで練習の時間も必要ですし、カバーを行うならそこでもまた練習の時間ができる……」

 

──そうなった場合、MCの確認や練習を行う分の時間を割ききれないのではないでしょうか?一番の懸念材料は、紗夜の言った通り時間にある。入れた方がいい理由は理解できても、実行できるかはまた別である。

この一声で面白そうだからやってみたいと考えていた人がもう一度考え直したのだから、紗夜の制止は全く無駄にはならない。

と言いたかったのだが、これまたもう一つ問題がやって来てしまう。しかも同じMCの下りでだ。

 

()()()()()()()()()()に、MCは必要不可欠なものだと思っているわ」

 

──お客さんを盛り上げる為にも、トークだって大切なバンドとしてのスキルよ。千聖の主張は一見正しいように見えるが、主語に大問題がある。

これが『私としては』や、『私は』と言ったように個人的な見解であればまだ落ち着いて考えることができただろうが、『アイドルバンド』と一括りにしてしまったことが不味かった。

25人もいるのだから、当然個人の主観が他の人と同じにはならない。全員の主観がバラバラだと言われた方がまだ納得できるくらいである。

 

「……それ言ったら、アイドルなのそっちだけですよ?」

 

そうなると一括りにされて不服な人もいるし、こうして面と向かって否定の意志を示してくる人もいる。

明らかに揉め事に行きそうな流れを見て、紗夜はとうとう両手で頭を抱えて顔を落とした。

 

「さ、紗夜?大丈夫かしら?」

 

「すみません湊さん……こうなるとは思っていませんでした」

 

一旦落ち着いて欲しいと願って意見を出したら、揉め事に発展しそうになっている。自分たちだけでも衝突しないように気を付けていたのに、結果として促すことになってしまったのでショックを受けていた。

あまりにもいたたまれないので、慰めの言葉を送りながらどうにかして紗夜を落ち着かせる。

 

「こ、こないだの打ち上げではあんなに楽しそうだったのにぃ~!?」

 

当然、この現状を見て司会をやっていた香澄も慌てる。音楽のことになったのでこだわりが強くなるのは仕方ないと思っていたが、ここまでくると予想外である。

話しを戻さないと収集が付かなそうなので、一先ずMCをどうするか確認するが、こころはどっちでもいいと言ってくれたが、残った人たちで賛成と反対が綺麗にすっぱり半分に分かれてしまった。

ここまで綺麗に賛否両論だと収集が付かなそうな気もしてくるが、今度はカバーをどうするか聞いてみるが──。

 

賛成(反対)!』

 

「う、うわぁ……これ悪化してねーか?」

 

最早抑えに回らないとどうにもならなそうだと有咲も判断し、どう声を掛けるかを考えてすぐにこう伝える。

 

「と、取り敢えず今回は保留にして、また今度話しませんか?このままだと平行線になるだけだし……」

 

『あっ……』

 

自分たちの現状がどんなものかに気づき、全員がやってしまったことに気付く。

ちなみにRoseliaも抑えに回ろうとしていた身だったので、有咲の起点にとても安堵していた。

有咲が止めた通り、今日中に決められそうにも無いので、今回はここで解散となる。

 

「ごめん、頭冷やしてくる……」

 

「ごめんなさい。私も仕事があるからこれで……」

 

「今日は終わりね?それなら行きましょうっ!」

 

平常運転が出来ている人は少なく、殆どの人が気まずさや罪悪感を感じて店を後にしていく。

 

「あ……あれ?Roseliaの五人、まだ残ってるよ?」

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 

「す、すみません。落ち着いたら私たちも上がりますので……」

 

「紗夜、抑えようとしたら結果として煽ったことに参っちゃってねぇ……」

 

まだRoseliaが帰らないのでどうしたものかと聞いてみたが、物凄く申し訳ない気持ちになる。

 

「う~ん、何かいいヒントがあればいいんですけどね……。なんかこう、バラバラなのが纏まる感じの」

 

「そうね……次の為に探しておきましょうか」

 

──貴之に聞いてみようかしら?そう考えたところで、友希那は思わず笑みがこぼれた。

 

「……?友希那さん、どうかしましたか?」

 

「どうやら、私も結構染まっているみたいだわ」

 

『……?』

 

その一言で思わず笑みを浮かべるRoseliaに対し、分からないポピパの五人は互いを見合わせて首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……それで俺のところに来たってわけか」

 

「ええ。何かあるかもしれないと思ったの」

 

場所は移ってカードファクトリーの店内。講習会を終えて間もない貴之に話しを持ちかけた。

正直なところ、貴之が口を挟んだら更にヒートアップしてしまいそうなので、今回は止めるで手一杯だったのだろうとも思える。

自分を頼ってきた理由は『それぞれの拘りが強いところ』を、『一つに上手く纏める手段』の一例があるかどうかであった。

 

「公式の大会だと使われねぇけど、一個だけならあるぞ」

 

「貴之……『エクストリームファイト』方式をやるのか?」

 

──何それ?この場で話しを聞きに来ていたRoseliaとポピパは首を傾げる。

 

「普段やってるファイトの場合って、一つ『クラン』のユニットでのみ構築したデッキで戦う『クランファイト』って方式なんだけど、今からやろうとするのは複数の『クラン』を使ってデッキを作ることが許されるんだ」

 

「複数の……じゃあ、『ブラスター・ブレード』と『ドラゴニック・オーバーロード』が同じデッキに入れられるってこと?」

 

リサの問いに、今日いる後江組の四人が全員して頷く。聞いたところ難しそうではあるが何だか楽しそうだとも思えた。

 

「楽しそうだけど……デッキ作るの大変じゃないですか?」

 

「あぁ……確かに難しいよ。組み合わせが自由な分、コンセプトがあやふやになったりもするし……」

 

玲奈もお遊びで組んで見たことはあるが、当時はあまりにもバランスが悪すぎて普段通りのデッキでやった方が全然動ける有様だった。

同じ時期に組んだ貴之も、『オーバーロード』という強力な起点が存在するが、決め手が存在しないと言うちぐはぐなデッキを作った経験がある。

このようにデッキを組むのは難儀するが、彼女らにヒントを与える意味では作って一度ファイトすべきだろうとも思えた。

 

「よし、『エクストリームファイト』用のデッキは俺が作ろうか。このルールでできそうな……それでいて今回の悩みにヒント出せそうなデッキは思い浮かんだ」

 

「早いな……ちなみにどんなコンセプトだ?」

 

俊哉の問いには見てからのお楽しみと返すが、まあ『エクストリームファイト』だからこそお楽しみだなと納得する。

何を作るのかと思うが、一つだけ分かっていることはあるのでそこだけ確認をする。

 

「使うのでしょう?『オーバーロード』」

 

「そりゃ勿論」

 

「……まあ、ここばっかりはネタバレしてもいいか」

 

他の人なら止めようとしたかもしれない大介だが、そこだけは別に問題ないとした。

というよりも、貴之が『オーバーロード』を使うことなど予想通り過ぎるので、勿体ぶる意味はないだろう。

 

「よし。これで出来上がりっと……」

 

それから三十分の時間を掛け、貴之のデッキは完成した。このデッキは今回の一戦の為に組んだ限定のデッキである為、ファイトが終わった後は解体予定となっている。

この他にも、このデッキの為のケースが用意できていないのも大きく、参考に写真を取るかデッキ内容のメモを取るかになるだろう。

 

「(このデッキが、何かのヒントになればいいんだが……)」

 

貴之がこの『クラン』を作るにあたって、三つの制約を自分に課せていた。

一つ目はバンドごとの拘りを表す為に『自分の意志を貫く』。これによって『オーバーロード』の使用は確定させている。

二つ目は五バンド存在することから『五つの『クラン』を使ってデッキを構築する』。ここは徹底するべく、多くても少なくてもいけないとかなり厳しめにしてある。

そして三つ目は『普段から自分が使うユニットはフィニッシャーとして採用しない』。五つのスタイルや音が合わさった結果、新しいモノが生まれる意味合いを込めたのだ。

今回の方針が彼女らのイベントを成功させるきっかけになることを、願わずにはいられない。

 

「あれって早い方なんですか?」

 

「普段の『クランファイト』用だったら『ちょっと早いかな?』くらいで済んだんだけど……『エクストリームファイト』用でその速度ってホント?」

 

沙綾の問いに、玲奈が少々困った笑みを返す。想定外だったようである。ちなみに『クランファイト』用でも五分で今のデッキの基盤を完成させる辺り、貴之はデッキ構築がかなり早い。

ちなみに貴之がここまで早く構築できたのは、耕史と『エクストリームファイト』ルールで時々遊んでいたことと、イメージ力トレーニングとして真司とも遊んだことがあるからだ。早い話が経験値である。

 

「さて、後はファイトして実践していくんだが……」

 

「あっ、それなら私が相手してもいいかな?」

 

貴之が声を掛けようとするよりも早く燐子から声が掛かる。

これもとあることを頼むのに、貴之が名乗り出たならそのまま乗っかってしまおうと考えた結果になる。

 

「燐子ちゃん、何かあったの?」

 

「実は前に、デッキを組み換えたんですけど、ファイトするタイミングが無かったので……」

 

練習とその他諸々もあって、タイミングを見失っていたのである。

そう言うことならと、貴之は一度入れ替え用のカードが入っているケースを片付けて反対側に座ることを促す。

この状況を見たポピパの五人は、大丈夫かと思いながら恐る恐る友希那の方を見るが──。

 

「ふふっ。そんなに心配しなくてもいいわよ?」

 

『全然平気……?』

 

──何をそんなに慌てているの?そう聞いてきそうなくらい友希那は平然としていた。寧ろハラハラした様子を見せるのはリサである。

実際、昨日も二人して放課後は出かけているし、元々10年近くの初恋が実ったのもある為、そんなすぐに離れることはないだろう。

 

「このままだと、今井さんが誤解を招く原因になるかもしれませんね?」

 

「確かに。そろそろこの行き遅れ予備軍を煽ってもいいかもな……」

 

「えっ……?二人ともどうしたの急に」

 

──後で釘を刺しておこう。二人して顔を見合わせて頷くと同時、貴之と燐子がファイトする準備を終えていた。




ここからは再び原作を複数話分入れていく形になるかもしれません。

今回の変更点としては……

・Roseliaの衣装に関して燐子がしっかり話すので、誤解したまま進んだりはしない
・蘭の出した意見に対して、友希那がほぼ無条件で賛成
・MC導入に対して、紗夜が理由を提示して遠慮の旨を示す
・有咲の一声で、多くの人がヒートアップしていたことに気付く。

こんなところでしょうか。今回の部分はかなり変化が少ないことになりました。

次回は『エクストリームファイト』用デッキという縛りプレイを行う貴之と、デッキを組み替えた燐子のファイトになります。
また、この時貴之のデッキは新シリーズのカードのみで構築されるものです。


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パーティー15 個性を束ねて

予告通り貴之と燐子の組み合わせでファイトです。

ガルパピコ大盛りで遂にモニカとRASが入って来たことが嬉しかったり、来週ヴァンガードで乙女なアサカが見れそうだったりで楽しみが増えて来ました。

なお、一昨日発売した銀華竜炎では『The X』が出なかったので、涙の三枚単品買いをすることになりました……(汗)。これだけで15000も飛ぶってマジですか?


「ごめんね?いきなり頼んじゃって……」

 

「いいさ。そっちだってバンドの練習もあるから時間取りづらいだろうし」

 

燐子に頼まれたこと自体は何も問題にはならないので、気にはしない。

寧ろ貴之自身がしっかり練り上げたとは言え、この不安定なデッキで戦えるかどうかが問題だった。

今回己に課せた三つの制約が重くのしかかっており、かなり運用難易度の高いデッキが完成している。

 

「見るたびに思うんだけど、一時期ああなってたの本当に気の毒だよね……」

 

「噂の先行があまりよく無いって言う典型例だったな」

 

貴之と燐子は一友人と言う関係を短時間で築き上げたものであり、別段恋人関係になっているわけではない。

互いにそんな気は無いのにああなったのだから、違うと判明した時の反応にも困ることが多かったそうで、要らぬ苦労を負う羽目になっていたそうだ。

 

「うーん……」

 

「リサ姉、どうしたの?」

 

「ちょっと考え事。もしもの話しだし、時期も過ぎちゃってるからあまり意味ないことだけど」

 

リサが考えていたのは、貴之の幼馴染みが自分たちではなく、燐子だったらと言うもしものことだった。

彼女も大人しめの性格で、幼少期からピアノをやっていたので、その場合貴之にヴァンガードを始める起点を作るのは彼女になっていたかもしれない。

また、その流れで進んだ場合は貴之の性格が燐子ハートに刺さる可能性が高いので、貴之と友希那のifとも言える関係を築いてたかも知れないと考えている。

 

「(ああ……結構あり得そう)」

 

ただしその場合、友希那の暴走を止める手段がバンドを組むまでほぼ不可能になるので複雑な所もある。

最悪友希那がスカウトを受け入れる可能性も考えたが、友希那の優しさを知っている身としては何らかの形で揺らぎ、最後はこちらに戻るとも思えた。

とは言え、今回とは違って自分や誰か……もしくはRoselia全員で呼びかけが必要になるかも知れないが。

 

「準備できたよ」

 

「よし。じゃあ始めるか」

 

互いに引き直しまで終わったので、ファーストヴァンガードに手を添える。

 

「どんなのが見れるんだろ?」

 

「この前の二人みたいなの……じゃないとは思うけど」

 

ポピパの五人が見たことがあるのは貴之が使う『かげろう』と、一真が使う『ロイヤルパラディン』のみなので、どうしてもそちら方面で考えてしまう。

その辺りはお楽しみにして欲しいので、他の人たちは敢えて何も言わないでおく。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がファーストヴァンガードを表返すことでファイトは始まる。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』!『ロゼンジ・メイガス』!」

 

燐子は以前と変わらず『ロゼンジ・メイガス』、貴之も普段と同じく『アンドゥー』に『ライド』する。ここは特殊な目的がない限りは変わらないという意味合いも込められていた。

そして、『ロゼンジ・メイガス』になった燐子を見たポピパの五人は、思わず食い入った。

 

「凄い……燐子先輩可愛いっ!」

 

「なんつーか、踊り子っぽい……でいいのかあの姿?」

 

「でも、めっちゃ似合ってるよ……♪」

 

「な、なんと言うか……こうして言われると照れますね」

 

新鮮さもあったが、明らかスタイルのいい人向けだったのもあって余計に良く見えており、面と向かって言われた燐子は頬を朱色にしながら、少し困ったような笑みを浮かべた。

──あっ、ちなみにですけど『メイガス』は魔術師って意味なんですよ?燐子の微笑みと共に投げられた豆知識に、皆が関心の目を向ける。

 

「最初にファイトした時もこの組み合わせだったな……さて、先攻はどうする?」

 

「じゃあ、今回は私がもらうね?『サークル・メイガス』に『ライド』!『ロゼンジ・メイガス』のスキルで一枚ドローします」

 

燐子が『ライド』したのは白と緑を基調とした、魔道着に身を包んだ魔術師の女性『サークル・メイガス』だった。

『メインフェイズ』では次に備えるべく、『クォーレ・メイガス』を後列中央に『コール』する。貴之が複合『クラン』のデッキ故に、退却手段が減っていることを読んで強気の行動だった。

とは言え、恐らく退却が待っていてもデッキトップを見て行動を決められるのは大きく、どの道こうしていただろう。

 

「ああいう『クラン』もあるなら、女の子も始めやすそう」

 

「あっ、興味持ってくれた?それなら……」

 

「はいはい、まだ決まった訳じゃないでしょ?」

 

たえの反応に玲奈が食いつくも、今回は近くにいるリサに止められた。

何事だと思ったポピパの五人に向け、大介が簡単に説明しながら詫びを入れ、この話しは終わりとなる。

 

「私が『オラクルシンクタンク』を選んだ理由はこれです……『クォーレ・メイガス』のスキルで山札の上から二枚を見て、望む順番で置かせて貰います」

 

燐子はデッキの上から二枚を右手で取った後、その二枚を右手で素早くシャッフルしながら考える。

──私の望む運命(イメージ)は……こっちだね。3秒程で思考を固め、望む順番に山札の上へ戻した。

 

「『オラクルシンクタンク』は運命を見通す『クラン』……数ある運命から、自分が望むものを選べる力を持つんだ」

 

大介の説明を聞いても、山札の上を確認した意味合いを理解しきれていないポピパの五人だが、そこは貴之のターンで分かると告げられた。

燐子はこのターンでやることを終えたので、貴之にターンを渡す。

 

「じゃあ俺のターンだな。早速サプライズだ……『ライド』!『スターティング・プレゼンター』!」

 

なんと、貴之のデッキから早速『ペイルムーン』のユニットがやってきた。

玲奈の時と同じように、彼も黒い衣装に杖、片目用の眼鏡を掛けているのだが、彼女の時と比べてどことなく自信家な雰囲気を思わせる。

スキルで『ソウルチャージ』と一枚ドローを済ませ、前列左側に『マロン』を『コール』する。

 

「『ペイルムーン』と『ロイヤルパラディン』……?貴之君、どれくらいの『クラン』を入れたの?」

 

「『クラン』の数で言えば5だな」

 

非常に多くの『クラン』を入れていることに驚くが、その数を聞いてとあることを感じる。

 

「5……?友希那先輩、この数に覚えがあるんですけど……」

 

「戸山さんも?と言うことはやはり、その数は『イベントに参加するバンド』が関係しているわね」

 

『クラン』の数で真っ先に気づけたのは香澄と友希那で、二人が口にしたことで全員が気付く。

また、その反応を見て貴之は口元を緩める。どうやら気づいてくれて喜んでいるようだ。

 

「今回の狙いは、バンドの数を『クラン』の数として、それぞれの特色を活かしてどうやって勝つのか……イベントで言えば成功させるかってところだな。それの実践をやるんだ」

 

「なるほど……『オーバーロード』を使ったのは貴之君自身の『拘り』。フィニッシャーにしないのは『他の個性』も使うから……」

 

「流石の練り込みだな……よく作られてる」

 

置き換えれば貴之の狙いがハッキリと理解できる。残りの2『クラン』が気になるところだが、それは次のターン辺りで判明するだろう。

 

「よし、それじゃあ攻撃だ……まずは『スターティング・プレゼンター』でヴァンガードにアタック」

 

「それはノーガードで」

 

相手のトリガーが出なければ御の字である為、燐子は防がない。

そんな状況で行われた『ドライブチェック』が、見ている人にちょっとした驚きを与える。

 

「貴之さんが(フロント)トリガーを使った……?」

 

「そっか……今回は『クラン』の縛りが無いもんね」

 

貴之が引き当てたのは(フロント)トリガーで、改めて『エクスリームファイト』をやっている光景を教えられる。

ポピパの五人はこれを始めてみるので、本来貴之が使う『かげろう』や燐子が使っている『オラクルシンクタンク』は(フロント)トリガーが使えないことを知らせておく。

燐子の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、彼女が何も迷うことなくノーガードをした理由が現れる。

 

「次、『マロン』でヴァンガードにアタック」

 

「これもノーガードかな?『ダメージチェック』……」

 

手札を確認してからノーガードを宣言し、その結果がノートリガーで燐子のダメージが2になったところで貴之のターンが終わる。

 

「ここは『プロミス・ドーター』に『ライド』!『サークル・メイガス』が『ライド』された時、『カウンターブラスト』することで一枚ドローします」

 

燐子は緑色のバトルスーツを着こなし、その上から白のアーマーを纏っている女性『プロミス・ドーター』に『ライド』する。

今回発動した『サークル・メイガス』のスキルは手札の確保がメインとなる。発動タイミングの都合上、山札を見てから選択が難しいのだ。

この後『メインフェイズ』では後列左側に二枚目の『サークル・メイガス』、前列左側には黒のタキシードと帽子を着こなしてサングラスを付けてはいるが首から上の大半を包帯で覆っている男性の幽霊と、銀色の露出の多いドレスと同じ色の髪をおろしている女性の幽霊が寄り添っている『サイレント・トム』が『コール』される。

『サイレント・トム』は男性の幽霊のことを指しており、女性はそのパートナーである。

 

「登場時、『カウンターブラスト』をすることで、このターンの間『サイレント・トム』のパワーはプラス6000。なのでこのターンは15000です」

 

「だから二回貰ったんだ……」

 

ここまでの動きを見れば、燐子の狙いは普段ヴァンガードに関わらないポピパの五人でも分かる。ダメージに余裕があったのも、手札を残したいのもそうだが、一番はここにあった。

『メインフェイズ』での動きは終わったので、ここから『バトルフェイズ』に移行する。

 

「それじゃあ私も攻撃……『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『プロミス・ドーター』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードに攻撃した時、手札が四枚以上なら『プロミス・ドーター』はパワープラス6000!」

 

「ノーガード。さあ来い!」

 

「うん、『ドライブチェック』……」

 

燐子の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、パワーは『サイレント・トム』に。(クリティカル)はヴァンガードに回される。

イメージ内で『プロミス・ドーター』となった燐子は、軽やかな動きで近寄り、『プレゼンター』となった貴之に強烈なミドルキックを決める。

大人しめな彼女が放つ攻撃にポピパの五人が啞然とする中、貴之の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、パワーはヴァンガードに回される。

 

「もう一回……『サークル・メイガス』の『ブースト』、『サイレント・トム』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードにアタックした時、『サイレント・トム』のスキルでこのバトル中、相手は手札から『ノーマルユニット』を『ガーディアン』として『コール』はできません!」

 

「なら、こっちは『エレイン』で『ガード』!」

 

パワー33000となった『トム』の攻撃はパワー38000でどうにか防ぎきる。

ここで燐子は攻撃ができなくなったので、ターン終了となった。

 

「このターンで入れた『クラン』は全部出せるな……」

 

「今出てるのは『かげろう』、『ペイルムーン』、それから『ロイヤルパラディン』の三つ……あれ?何か法則性がありそうな気が……」

 

「もう一個出れば分かるかもね……『ペイルムーン』って、あたしの要素強そうだし」

 

何か感づいたあこに、玲奈は概ね同意している。『ロイヤルパラディン』と『かげろう』だけなら取り分け縁の深いユニットがいる場所で終わったが、『ペイルムーン』も混ざれば違ってくる。

それ故に、あと一つの要素が見たいところで、そこまで来れば最後の一つとどんな要素を混ぜ合わせたかが分ってくる。

 

「その剣で闇を斬り裂け……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ブラスター・ブレード』!」

 

「やっぱり入ってた……!」

 

「『ロイヤルパラディン』が見えた段階でほぼ確定だったわね」

 

貴之の事情を知る人たちからすれば、これは最早お約束に近い。

スキルで『サイレント・トム』を退却させ、その後『プレゼンター』のスキルで『ソウルチャージ』し、後列左側に『マガツゲイル』を『コール』してスキルを発動させる。

『メインフェイズ』では初めに、『マロン』と『マガツゲイル』の前後を交代させる。

 

「四つ目は『ぬばたま』……?『ロイヤルパラディン』を省けば全て、後江組の皆さんが使っているものですね」

 

「なるほど。じゃあ、最後の一つは……」

 

「ああ。最後の一つは『ディメンジョンポリス』……つまり、後江四人と最も縁ある『クラン』での混ぜ合わせだ!」

 

バンドにそれぞれの個性があるように、ファイターの戦術や使用する『クラン』にもそれぞれの個性や特徴がある。

後でデッキのコンセプトを説明することになるが、『ぬばたま』と『ペイルムーン』は立ち回り補助の意味合いが強い。

というのも、『オーバーロード』を使う以上、その二つの『クラン』にいる主力ユニットとはどうしても相性が悪くなりがちだった故にやむを得ない所であった。

この後前列右側に『ダイドラゴン』、後列右側に『キリハゲ』、後列中央に『ガイアース』を『コール』し、場を全てユニットが埋めた。

 

「じゃあ攻撃……『ガイアース』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!スキルで(クリティカル)はプラス1だが……どうする?」

 

「ここはみんなを信じる……ノーガード!」

 

ダメージが2で、トリガー次第では一気に3ダメージも持っていかれる状況で燐子は堂々と宣言する。

博打にも等しい宣言に動揺する人は多いが、紗夜は以前燐子と話していたことから、この宣言を理解できる。

 

「(今の白金さんは、『オラクルシンクタンク』のユニットと一緒に戦っている……)」

 

一人ではダメでも、みんなとなら……燐子が言っていたその支えは今後も続いていくものだろう。これはバンドでも同じである。

紗夜が納得したタイミングで行われた『ドライブチェック』は(ヒール)トリガーで、貴之のダメージが1に回復するものの、燐子も『ダメージチェック』の一枚目が(ヒール)トリガー。二枚目がノートリガーでダメージが3に収まる。

 

「次は『キリハゲ』の『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『サイキック・バード』で『ガード』!」

 

パワー27000の攻撃はパワー34000の前に防がれる。

この時『サイキック・バード』が去り際に棒読みで貴之を煽っていたが、ユニットの日常茶飯事なので貴之は全く気にしていなかった。慣れ過ぎているのだろう。

始めての時は貴之イラつく反応をしていたし、実際やられたら怒りの感情を掻き立てられるのは間違いないだろう。

 

「最後、『マロン』の『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガードで。『ダメージチェック』……」

 

燐子の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが4となる。

攻撃後に『マガツゲイル』の『スキル』を使って『キリハゲ』を手札に戻し、貴之のターンが終了する。

 

「私たちの望む未来へ……『ライド』!『ヘキサゴナル・メイガス』!」

 

「うわぁ……あの姿の燐子先輩も可愛い」

 

今の燐子は『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』したことで青いドレスを着こなしており、どこかのお嬢様のようにも見える。

こうして持ち上げられることはあまりないので、燐子は再び照れた笑みを浮かべる。どうやら彼女の容姿は同性が羨みやすい傾向があるようだ。

また、燐子としても『ヘキサゴナル・メイガス』の姿が好きである為、尚更嬉しかった。

 

「『イマジナリーギフト』、『プロテクトⅡ』!これは前列左側に置きますね」

 

燐子はスキルの兼ね合いから『プロテクトⅡ』を選択する。手札も確保しやすい『オラクルシンクタンク』なら、『インターセプト』やパワーを補強する選択が取りやすいのだ。

『メインフェイズ』では前列左側に赤系統の色合いが目を引く魔道着を着こなし、先端がひし形の杖を持つ女性『ロンバス・メイガス』、後列右側に『ウィール・クレイン』、前列右側に『レクタングル・メイガス』を『コール』する。

『レクタングル・メイガス』のスキルで山札操作を行い、『ウィール・クレイン』のスキルでパワーを上げてから『バトルフェイズ』に入る。

 

「まずは『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「変に防いだら不味いか……?ここはノーガードにしよう」

 

燐子は『ツインドライブ』で一枚目が(ヒール)トリガーでダメージを2に回復、二枚目が(ドロー)トリガーで、次の守りがやりやすくなる。

パワーは前列リアガードに一回ずつ回し、貴之の『ダメージチェック』はノートリガーでダメージ2となり、ダメージが並ぶ。

 

「次は……『レクタングル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ならここは『エレイン』で『ガード』だ!」

 

パワー25000の攻撃はパワー30000で防ぎきる。

燐子が『メインフェイズ』でリアガードを呼び直さなかった理由として、次のターンで手札が足りなくなる可能性を危惧してだった。

 

「最後は『サークル・メイガス』の『ブースト』、『ロンバス・メイガス』でヴァンガードにアタック!リアガードの『ロンバス・メイガス』がアタックした時、『メイガス』と名の付くヴァンガードがいるならパワープラス5000し、そのユニットがグレード3なら『インターセプト』をできなくします」

 

「燐子のデッキ、『メイガス』のユニットが相当集まっているわね……」

 

「何ていうか……一つのチームみたいだよね?『クラン』も一つで固まってるし」

 

戦術の完成度の高さ、コンセプトの明確さ等からリサは一チームのように感じ取った。

対する貴之はコンセプトこそ明確だが戦術は即興のもので安定おらず、複数のチームが集まった直後のように思えた。

 

「これはノーガードにするか……『ダメージチェック』」

 

「遠導先輩は……今回の私たちが目指す場所?」

 

「バラバラの感性や個性をどうやって……か」

 

貴之の『ダメージチェック』がノートリガーでダメージが3になるところで、香澄がうっすらと貴之の意図を感じ取る。

もう少し見て行けば何かが分かるかも……と思ったところで燐子のターンが終了する。

 

「あの時の対面だな……」

 

「先攻と後攻が反対になったけどね……」

 

「(ああ……そう言えばりんりん、『オーバーロード』を乗り越えて自信持てたんだったよね)」

 

貴之の促しがあったと言えど、それが大きかったのをあこは教えて貰っている。

それが起点で紗夜も考え方を改め始めた辺り、貴之がRoseliaに与えた影響はかなり大きい。

 

「我が分身は、全てを焼き尽くす紅蓮の炎……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

貴之がお約束の如く『オーバーロード』に『ライド』するのはいいが、ここで気になったことが一つある紗夜は俊哉に問いかける。

 

「今回の場合、『イマジナリーギフト』はどうなるのですか?」

 

「最初に『イマジナリーギフト』を獲得できるユニットに『ライド』した時、そのユニットが有しているものを使うんだ……今回は『オーバーロード』に『ライド』したから『フォース』だな。他の『イマジナリーギフト』を持つユニットに『ライド』しても、そのファイト中に別の『イマジナリーギフト』は獲得できない」

 

例えばの話し、デッキに『ドラゴニック・オーバーロード』と『ヘキサゴナル・メイガス』が入っていたとして、先に『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』した場合はファイトが終わるまで『プロテクト』以外を獲得できなくなる。

この為、選んだ『イマジナリーギフト』次第で戦術が大きく変わってしまうことも示唆され、デッキ構築の難しさに拍車を掛ける。

次のターンでの狙いがある為、貴之は『フォースⅠ』をヴァンガードに設置し、『メインフェイズ』で前列左側にもう一度『マガツゲイル』、後列右側に二枚目の『プレゼンター』を『コール』し、『マガツゲイル』と『オーバーロード』のスキルを発動させる。

 

「行くぞ……まずは『オーバーロード』で『ロンバス・メイガス』にアタック!」

 

「ごめんね『ロンバス・メイガス』……ノーガードで」

 

次のターンで決める以上、手札の消費を抑えなければならない燐子は一度受けることにする。

貴之の『ツインドライブ』は一枚目目が(ドロー)トリガー、二枚目が(ヒール)トリガーでダメージが2に回復し、パワーを全て『オーバーロード』に回す。

まだデッキの全貌を見せ切っていないのでここで決めるのは良くないのだが、出し惜しみも良くないので『オーバーロード』は『スタンド』させる。

 

「次は『ガイアース』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら私は、『ウェザーフォーキャスター ミス・ミスト』で『完全ガード』!」

 

『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子の前に、緑色のドレスを着こなした女性『ミス・ミスト』が現れ、眼前に濃霧を発生させることで『オーバーロード』となった貴之の攻撃を外させる。

『ドライブチェック』では(クリティカル)トリガーを引き当て、パワーを『マガツゲイル』、(クリティカル)を『ダイドラゴン』に回す。

 

「こっちから行くか。『プレゼンター』の『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガードで」

 

燐子のダメージは2なので、ここで『カウンターブラスト』稼ぎとトリガー狙いに出る。

その結果は二枚目で(ドロー)トリガーを引き当て、パワーをヴァンガードに回す。

 

「そうだな……ここは『マロン』の『ブースト』、『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら、『オラクルガーディアン ニケ』で『ガード』!」

 

ここで受けても良かったが、(ヒール)トリガーのことを考えると少し余裕が欲しいので、防ぐ方向を選ぶ。

結果、燐子のダメージが4になり、『マガツゲイル』のスキルで『マロン』を手札に戻したところで貴之のターンが終わりとなった。

 

「(どうにかなってる……?前に進めてるのかな)」

 

以前貴之とファイトした時のことを思い出しながら、燐子は自分の状況を確認する。

確かに以前よりチームやクラス間で会話ができたり、大勢の前でも落ち着いていることからそれは十分にあり得る。

 

「流石の貴之でもいきなりあのデッキは難しいか……」

 

「凄く重い制約でデッキ作ったし……この後どうするかだね」

 

もう一つは貴之が作ったデッキの運用難易度が非常に高いことにある。これなら全国大会までにやっていたグレード3以上のユニットが複数入っているデッキの方がマシと言い切れるほどである。

まるで今日友希那から聞かせて貰った話しのような状況だが、これを上手く纏めて成功させることが指針を示すことになるので、弱音は吐かない。

燐子の選択した『イマジナリーギフト』は『プロテクトⅡ』、今まで見えたユニットの多くは『メイガス』の名が着くユニット──。この二つから、貴之は次に来るかもしれないユニットを警戒する。

 

「(あっ、来てくれた……)」

 

今しがた引き当てたユニットを見て、燐子は柔らかな笑みを浮かべる。ここから一気にダメージを6にできる可能性がある唯一のユニットだったからだ。

もう一つとしては、このユニットを出さないことによる不完全燃焼が無くなったことも大きい。

 

「それは望む運命(イメージ)へ導く光……『ライド』!『ペンタゴナル・メイガス』!」

 

「なるほど……あれが燐子の切り札だな」

 

燐子は桜、黒、白の三色を基軸に作られた露出の高めな衣装を着こなし、自分の身体を覆って動きを阻害しないようにアーマーを漂わせている魔術師の『ペンタゴナル・メイガス』に『ライド』する。

『プロテクトⅡ』を前列右側に設置し、『メインフェイズ』で前列左側に『ヘキサゴナル・メイガス』を、後列右側に白い魔道着を着こなし、ライトグリーンの色をした電子の魔導書と杖を持つ少女『テトラ・メイガス』を『コール』する。

 

「『テトラ・メイガス』がリアガードに登場した時、『カウンターブラスト』をすることでスキル発動!山札の上から一枚引いた後、(クリティカル)トリガーを公開して、それを山札の一番上に戻します」

 

「望む運命(イメージ)……確かに的を得てるな」

 

この後燐子が何をするかが分かっていて、それが実行可能なことも分かった大介は口元を緩める。

そのことは貴之も分かっているようで、燐子を来るように促す。

 

「そう言うことなら遠慮なく行くね……!『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『ペンタゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!攻撃した時、グレード3のユニットを『ソウルブラスト』して、手札を五枚捨てることでスキル発動!このバトルの『ドライブチェック』をプラス3します!」

 

「『ツインドライブ』が二回でしょ?そこに三回プラスするから……五回!?」

 

「こういう時は『フィフスドライブ』……とでも言うのかしら?」

 

この膨大な『ドライブチェック』数こそが、逆転の一手であった。

貴之も二枚までならまだいいが、三枚以上は『ペンタゴナル・メイガス』の持つもう一つのスキルが関係して流石に危険である。

ここまではいいが、何か一つ見落としをしているのではないかと気づいた声も出てくる。

 

「ちょっ……!よく見たら燐子先輩の手札、三枚しかねーぞ!?」

 

「ホントだ……確かに足りない」

 

「え、えぇっ!?それって使えないんじゃ……」

 

有咲が気づいたのを機に、たえ、りみと気づいて行ったポピパもそうだが、燐子を省いたRoselia四人も驚いた。

──数え間違えてる?そう思ったのだが、足りないけどスキルのおかげで大丈夫だと燐子が言うので首を傾げる。

 

「このスキルは、前列にいる『メイガス』と名の付いたユニットの数だけ、捨てる手札を一枚減らせて、前列にいる『メイガス』は二体……だから、私が捨てる手札は丁度三枚です」

 

燐子が『メイガス』と名の付くユニットをふんだんに入れた理由がこれである。条件を緩和することで発動しやすくさせたのである。

これならばスキルによって捨てた手札もお釣り付きで帰ってくるし、トリガーも引きやすいしでいいことづくめである。

 

「流石に通す訳には行かねぇな……『ダイヤモンド・エース』で『完全ガード』!」

 

「今、運命(イメージ)を形に……『フィフスドライブ』!」

 

これを素通ししてしまうと最悪そのまま負けてしまうし、トリガーが一枚確定しているので流石に完全ガードを選んだ。

燐子の『フィフスドライブ』は一枚目から早速(クリティカル)トリガーが引き当てられる。

 

「効果は全て『ヘキサゴナル・メイガス』に!『ペンタゴナル・メイガス』のスキルで、『ドライブチェック』で引いたトリガーのパワー追加効果は更にプラス5000されます!」

 

今回の場合、『ヘキサゴナル・メイガス』は自身のスキルも加味してパワーが20000も増加した形になる。

手札的に見て、後二枚引かれてその内一枚が(クリティカル)トリガーならば貴之は完全にトリガー祈り以外選択肢が消えることになる。

 

「セカンドチェック……!」

 

「ま、また(クリティカル)トリガーだ……!」

 

今度は効果を全て『レクタングル・メイガス』に回し、前列リアガードのパワーが双方25000──『プロテクトⅡ』込みで30000も増加した形になった。

三枚目こそノートリガーだったが、四枚目が(ドロー)トリガー、五枚目は(ヒール)トリガーとなり、パワーは再び双方に一回ずつ与えた。

双方のリアガードのパワーが55000も増えてしまった影響で、貴之は今の手札で防ぐことはできなくなった。

 

「仕方ねぇ……残りは両方ともノーガード!」

 

「なら、『レクタングル・メイガス』の方から、『テトラ・メイガス』の『ブースト』を受けてアタック!私の紡いだ運命(イメージ)が実現するか……」

 

「俺が燐子の紡いだ運命(イメージ)を覆すか……!」

 

まず初めに受けた攻撃の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、後は(ヒール)トリガーが出ることを信じるしか無い。

更に厳しい状況として、貴之は既に三枚も(ヒール)トリガーを引いてしまっているので、後一枚しかデッキに入っていないことにある。

そんな窮地とも言える状況で、『ヘキサゴナル・メイガス』が放った光の球が『オーバーロード』となった貴之に直撃する。

 

「……!倒れてない!?」

 

「どうにか俺が勝ったみてぇだな……」

 

今回の『ダメージチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(ヒール)トリガーと、奇跡的なトリガー引きをして耐えきって見せた。

目の前の状況に啞然する燐子だが、貴之のイメージ力ならできてもおかしくないと思えた。

と言うよりも、自分を導いてくれた彼ならやってくれると心のどこかで信じていた自分も自分だな、と思いながらターン終了を宣言した。

 

「よし、俺のターン……」

 

「次は何を使うのかな……?」

 

『オーバーロード』がフィニッシャーでない以上、何かに『ライド』するのは分かっているのだが何に『ライド』するかが気になるところである。

そんな状況下で貴之のターンが始まり、『スタンド』アンド『ドロー』まで行われる。

 

「『ライド』は……ここではしない。『メインフェイズ』」

 

「(ここではしない?てことはまさか……)」

 

思い当たる節のある俊哉は、そのままファイトを見て確認することにした。なお、この段階で大介と玲奈も思い当たる節ができる。

『メインフェイズ』では前列左側に『ありす』、後列左側に『マロン』を『コール』し、『オーバーロード』と『ダイドラゴン』で『ソウルブラスト』を行う。

 

「今回は『ありす』に『ライド』しても『イマジナリーギフト』は貰えない、か……」

 

『ありす』が持っている『イマジナリーギフト』は『アクセル』である為、『フォース』を得ている今回は『イマジナリーギフト』が獲得できない。

その為、貴之は『ありす』を『ソウル』を活かした連続攻撃要因として採用している。この後の狙いもあり、今回は『ソウル』が0になってしまっているし、その後の『ソウル』もスキルで『Sコール』できない『オーバーロード』のみなので、残念ながら不発となる。

スキル自体はあわよくば程度に考えているので、そこまでは気にしない。

 

「どっちが来るかをみよう……『オーバーロード』で『ヘキサゴナル・メイガス』にアタック!」

 

「……!ノーガードで。ごめんね」

 

ここで防いでもいいが、貴之があからさまに何かを狙っている状況であり、そんな時に後々防ぐ手立てが無くなってしまうのが厳しいので防がない。

『ツインドライブ』では二枚とも(フロント)トリガーを引き当て、貴之はどの道狙い通りのことができるようになる。

ここでそれを実行してもいいが、確実に決めるべく『オーバーロード』でもう一度攻撃してから行うことにした。

 

「『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ミス・ミスト』で『完全ガード』!」

 

今の燐子はダメージが4で、(クリティカル)トリガーを引かれた場合はそこでダメージが6になってしまうので、パワーも考えてこれで防ぐ。

『ドライブチェック』こそノートリガーだったものの、貴之自身は狙いが完成しているのでさして気にしない。

 

「ヴァンガードのアタックが終了時、この『ターン』に『ライド』せず、パワーが45000以上ならスキル発動!」

 

「45000以上……?俊哉君、これは……」

 

「『友情出演』ってところかな……粋な計らないしてくれるよ」

 

パワーの数値を聞いて俊哉は確信した。その行為が『お前は最高の友だ』と示してくれている。

紗夜が気づいたように、見たことがあるRoseliaのメンバーも少しずつ気づき始める。

 

「トランスディメンジョン!『究極次元ロボ グレートダイユーシャ』!」

 

ライドの掛け声すら俊哉と同じものを採用し、イメージ内でも『グレートダイユーシャ』のコックピットに乗り込む形の『ライド』となる。

この時『フォースⅠ』をヴァンガードに設置し、スキルで前列のユニットがパワープラス10000、『グレートダイユーシャ』は『Sライド』したことにより更にパワープラス10000される。

これによって『ありす』のパワーが42000、『ダイドラゴン』のパワーが40000、『グレートダイユーシャ』のパワーが53000となる。

 

「さっきからパワーが凄い……」

 

「私たちが目指すのって、遠導先輩の方だよね」

 

バラバラな集まりを一つにして、一つの物事を成功させる……。その意味では香澄も沙綾に同意だった。

 

「後三回で決める……まずは『マロン』の『ブースト』、『ありす』でヴァンガードにアタック!」

 

「『サイキック・バード』と『ニケ』で『ガード』!『レクタングル・メイガス』で『インターセプト』!」

 

パワー50000の攻撃はパワー57000で防ぎきる。燐子の手札は後二枚しか無いので、これ以降は防ぐのが厳しくなってくる。

 

「次、『プレゼンター』の『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

燐子の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが5になった。

これによって手札不足で『ガード』できない状況で『グレートダイユーシャ』の攻撃を迎えることになった。

 

「これで最後の攻撃だな……」

 

「大丈夫だよ、思いっきり来て?」

 

──燐子、強くなったな……。貴之はその前向きな姿勢を見て関心をする。

これならば自分があの時手を差し伸べた意味はあった。そう確信できる一幕だった。

 

「ならフィニッシュだ……!『ガイアース』の『ブースト』、『グレートダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!この時『ガイアース』のスキル発動!」

 

「もう防げないね……ノーガードで」

 

手札二枚で『完全ガード』が無い、更に(ヒール)トリガーがデッキに一枚しか無い時にダメージ2なので、燐子の敗北はこの段階で決定してしまう。

貴之が『ツインドライブ』の二枚目で(クリティカル)トリガーを引くが、そもそも回復が追いつかないので後の祭りである。

 

「(貴之君、流石だね……)」

 

「(後で話しを聞けば掴めそうかも……時間貰えるかな?)」

 

『ペンタゴナル・メイガス』となった燐子が祈るように目を閉じたところへ、『グレートダイユーシャ』に乗る貴之が急接近する。

身体を右に回転させながら手に持った剣を振るい、『ペンタゴナル・メイガス』となった燐子を斬りながら後ろへ通り抜ける。

その後は燐子が消えゆくのを表すかの如く、『ダメージチェック』はノートリガーで、燐子のダメージが6になる。

終わった後は互いに「ありがとうございました」と挨拶をする。

 

「そのデッキ……凄く難しそうだね?」

 

「『かげろう』と『ロイヤルパラディン』で動きの軸を作り、それを『ペイルムーン』と『ぬばたま』で補助。最後に『ディメンジョンポリス』で決めるってコンセプトなんだけど、完全には安定しなかった……」

 

これでも相当練り込んだ方なのだが、安定させるのには限度があった。

しかしながら、今回のように決まった時の爆発力はすさまじく、今回のように高パワーユニット三体で圧倒することができたのだ。

デッキの運用難易度には苦言を示しはしたが、「ただ……」と貴之は続ける。

 

「それでもヴァンガードの楽しさは変わらない……ここはハッキリと言えるよ」

 

「やっぱり貴之君はそうだよね……でも、私も楽しいって思う」

 

この男ならそう言うだろうと、見ていたみんなも納得する。

また、この時話しを聞こうと思っていた香澄はそこで一つのことに気付く。

 

「(ヴァンガードが楽しいって思うのは、普段やっている人たちもそうで遠導先輩との共通点になるし、普段やらない燐子先輩も楽しいっていうし……)」

 

──じゃあ、バンドでもそう言う共通点を探せばいいのかな?香澄の導き出した結論だった。

燐子のデッキが一つのバンドが成功させるとすれば、貴之が複数のバンドで集まって成功させると考えれば、引っ掛かりができた。

後日話しがしたいので、香澄はポピパとRoseliaの皆に声を掛ける。

 

「今度で良いんですけど、時間を貰えませんか?」

 

「なるほど……何か思いついたようね?」

 

イベントのことも考えると早い方がいいので、早めの日程を立てさせてもらう。

今日は時間が時間なので解散とし、後日話し合うこととなった。




燐子のデッキはトライアルデッキ『戸倉ミサキ』をブースターパック『宮地学園CF部』のカードで編集した『オラクルシンクタンク』。
貴之のデッキはトライアルデッキ『櫂トシキ』、『先導アイチ』、ブースターパック『結成!チームQ4』、『アジアサーキットの覇者』、『最強!チームAL4』、『宮地学園CF部』のカードで混ぜ合わせた『かげろう』、『ロイヤルパラディン』、『ディメンジョンポリス』、『ペイルムーン』、『ぬばたま』の混合デッキになります。

ちなみに今回リサの考え事とは違ってきますが、本小説はヒロインの候補が友希那以外に紗夜の選択肢があり、今回は貴之の設定を作った際に合う方を考えて友希那にしました。
紗夜を選んだ場合は貴之の人間関係が若干変化し、ところどころで本小説と差異点のある設定が用意されることになります。

もしかしたら番外編として書くかもしれませんが、その時は流石に全編書くと長すぎるので、数話分抜擢してこんな感じになっていたと言う感じで書くと思います。

最後に、次回はメインストーリー13話を書く予定です。


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パーティー16 見えて来た光

メインストーリー13話を予定していましたが、あまりにも短い過ぎるので14話も……それでもまだまだ短いので15話も入りました(笑)。
バンドストーリー単体と比べてどうしても短くなりがちな感じがしますね……。これでも今回のギリギリ7000文字行ってませんが。

ヴァンガードifで乙女なアサカが見れると思ったら一瞬だけだった……と呆然していたところにマスク・ザ・ダークさんが現れて、その後アサカが元に戻って一安心だったりしています。
ところでエミとマスク・ザ・ダークさんの立ち位置って、昔のアニメ……具体的には私の従姉が子供の頃くらいですけど、エミをセーラームーンとするなら、マスク・ザ・ダークさんはタキシード仮面とすれば良いんでしょうかね?(マスク・ザ・ダークさんにはエミへその気はないようですが)
後、前々から思ってましたが、伊吹がギャグ補正のせいで完全に中の人である宮野真守氏になってますねアレは……(笑)。

他にも、ガルパピコの8話はパワーの表記とか見るとヴァンガードなんですけど、ライフの存在とか減り方が遊戯王って……六花でなくとも『なんやこれ』になりますね(笑)。
しかも最後に日菜まで介入してくるし……お姉ちゃん大好き勢凄い……(呆然)。

リアルのヴァンガードで言えば、『The X』四枚目を入手したのでデッキを組んだところ、グレード3が11枚と言う重量級デッキが完成しました……。
これは拘りを捨てずに『オーバーロード』全種がデッキに入ってるせいなんですけどね(笑)。


貴之が『エクスリームファイト』と言う方法を用いて紹介した、複数を束ねる参考を得た翌日。友希那とリサ、あこの三人はCiRCLへ向かっている。

元々は合同練習の予定だったのだが、他のチームは全員が今行ったらまた衝突するのが見えていたのでキャンセルしたらしく、元々練習だった予定を変更して香澄が気づいたことを話して貰うことに決定した。

 

「それぞれの個性や拘りを、どううまく纏めて行くか、かぁ……」

 

「また難しいのが来たよね……。昨日の貴之がやったアレはあくまでも参考で、ちゃんとしたのにしたいよね」

 

「纏めて一つの形にするのは同じでも、私たちの場合は全員でやらねばいけないものね」

 

貴之は個人で行うのでその辺りはまだ良いが、こちらは25人で意思を合わせて上手くやっていくことになる。

その違いを埋め合わせるのは難しいところだが、何らかの形で貴之がヒントをくれただけでもありがたい話しなので、文句は無いし出させないつもりだ。

 

「昨日おねーちゃんと少し話してたんですけど、あまりいいの思いつかなかったんですよね……」

 

「あれだけの人数に、それぞれの主張があるのだからそこは仕方ないわよ。ひとまず今日の話し合いで、言い落しどころを見つけたいわ」

 

「だねぇ~……幸いにも香澄ちゃんが何か気づいたみたいだし、まずはそこに期待かな?」

 

どうしても人数の関係上難しい面が出てきてしまうので、案を出すのは難しい。友希那とリサも昨日二人でベランダ越しに話し合ってみたのだが、その時もいい案が浮かばず終いであった。

そんな状況下になってしまったからこそ、今は香澄が感じたことの話しが欲しいのだ。

 

「あっ、りんりん!紗夜さんっ!」

 

「ふふっ……丁度同じタイミングだね」

 

花女と羽丘か後江への分かれ道とも言える交差点で丁度五人が合流し、ここからは五人揃ってCiRCLへ足を運ぶ。

移動中に出てくる話しは、昨日のこともあって五バンドが納得できる案が何かであった。

 

「残念ながら、私たちの方もあまり良い案は出てきませんでした」

 

紗夜も紗夜で、少しだけ日菜と話してみたのだが良い案は出てこなかった。

自分たちだけを主観に見るのはダメだと分かっていたので、周りの皆も……と言う方向で考えたら行き詰っていたらしい。

 

「参考はあっても、難しいものは難しいですね……」

 

「ええ。戸山さんの考えを聞いてから、改めての方がいいかもしれません」

 

他力本願のようにも見えるが、考えが出ない以上は話しを聞くのが一番だった。

CiRCLに着いたら早速出入口のドアを開け、中に入る。

 

「おっ、揃って来たみたいだな……」

 

期末試験は終わり、終業式も近づいて来ている為学校が終わるのも早くなっており、貴之はこちらに一足早く来て昼食を済ませ、早速バイトを始めていた。

香澄たちはもう来て部屋の鍵を借りていることを教えて貰い、友希那たちはその部屋のドアをノックして中に入れてもらう。

 

「あっ、来てくれたんですね……わざわざありがとうございます」

 

「大丈夫だよ♪気にしないで」

 

沙綾に出迎えて貰って五人が中に入る。沙綾もRoseliaが来たと言おうとしたのだが、香澄が頭から煙を吹いているのが見えて言葉を失う。

 

「すまん沙綾!何か冷やせるもんが必要だ!おい香澄、しっかりしろ!」

 

「わ、分かった!私カウンター行ってくるから、香澄を休ませて!」

 

有咲の頼みを聞いたことでフリーズしていた思考が戻り、早速カウンターへダッシュする。

他の三人も香澄に軽く声をかけて見るが、反応は鈍い。

 

「えっ?えぇ……?どういうこと?」

 

「先に考えていた……のでしょうか?」

 

考えるのはいいが、一先ず沙綾が戻ってきた時の為に少し奥へ行って道履けだけはしておく。

沙綾は部屋を出てから三分で貴之を伴って戻ってきて、氷と水の入った袋を当ててやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あはは……すいません」

 

「急にああなるんだから、心臓に悪いっっての」

 

それから三十分後──。香澄は頭が冷えたことで落ち着き、普通に話せるレベルまで回復した。

Roselia側は何が何だかで分からないまま大慌てになっていたので、一大事にならないだけ一安心である。

 

「頭から煙吹いたって聞いて俺もすげぇ焦ったよ……何をやってたんだ?」

 

「実は……このイベントに参加する、みんなの共通点を考えてたんですけど……」

 

どうやら香澄は昨日から時間さえあれば考えていたようだが、それが全く思い浮かばないそうだ。

考えが纏まらず、今日も来るまでの間に考え込んでいたが、考えすぎてオーバーヒートしてしまい、今に至る。

 

「よ、よかったぁ……落ち込んでるわけじゃないんだね?」

 

「うん、それは大丈夫。ただ思い浮かばなくて……」

 

「先に考えていたのね……」

 

考えている方向性自体はいい所を行っているし、その考え方なら貴之も昨日のファイトを見せた甲斐があると言える。

 

「ただ、それで頭ん中パンクさせるのはちょっと勘弁願いたいな……ある意味では俺のせいでもあるが」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

だからといって頭をダメにするのは話しが別であり、そこだけは軽く釘を刺す。

 

「私たちも……少し考えていたんですけど、そこまでは考えられませんでした」

 

燐子が言った通り、Roselia側はどうやって25人で上手くやるかを題に上げはしたが、香澄のように共通点を割り出す考えには至らなかった。

香澄の考え方にはRoseliaも賛成なので、その方針で行くとして、早速大きな難点がやって来る。

 

「うーん……どのバンドも妥協しなさそうだよねぇ~……」

 

「そうですよね……かと言って妥協するのも良くないですし」

 

昨日の今日なのでやりづらいのもあるが、こだわりと妥協の落としどころである。この落としどころを見つけないとまた収拾が付かなくなる可能性が目に見えている。

そもそもこの話しをもう一回するだけでもまた繰り返しになりそうだ──。と、難しく考えていたところにたえから転機となる言葉が飛ぶ。

 

「妥協って……しないといけないのかな?」

 

「え……?」

 

「戸山さんは共通点を見つけたいと言っていたわね?ただそれは、()()()()()()()()()()()()()()……そうでしょう?花園さん」

 

友希那の問いに、たえは頷く形で肯定を示す。そこからたえは、始めてみんなで集まって演奏を聞いた日のことを話す。

 

「あの会場で、色んな音楽が響いてて……一つとして同じものが無くて凄く楽しかった」

 

──私は、どのバンドの音楽も好き。芯があるからこそ、好きなんだと思う。彼女の言ったことは真理だとも言える。

それぞれの芯があるからこそいい音が生まれ、その音が好きだと言える。それ故に何かを諦めろと言われたら嫌になるし、自分たちもそうしろと言われたら嫌だと返す。

 

「みんなが納得できるバンドにしたいから、個性や拘りは消したくない。かと言ってそうすると衝突する……」

 

「うわぁ……堂々巡り過ぎるよぉ~……」

 

決めるに当たってここさえ突発すればいいのだが、同時に一番の難所になっている。

ああすればこうなる。こうすればああなる。こうなると固より頭を使うのが苦手だった香澄が少しずつもやもやを増やして行くが、何かを思いついたようだ。

 

「あっ、そうか……!」

 

「……なんか、めっちゃヤな予感がする……」

 

頭を使うのを嫌い、そんな時に思いついたこと──。口にした沙綾でなくとも、数人はそう感じているだろう。

 

「頭を使うの、やーめたっ!」

 

『……え?』

 

「だって、考えても仕方ないんですよ!それなら行動するしかないじゃないですかっ!」

 

全員して思わず聞き返してしまうのは無理もないことだろう。しかしながら、香澄が言っていることも最もである。

具体的に何をするのか、とりみが聞いてみるものの、香澄は行動するのを決めてはいるが、そこから先は決まっていなかった。

 

「まあ、そんなことだろうと思ったよ……」

 

案の定だったので有咲はやれやれと言った様子で肩をすくめる。

しかしながら、何も悪い答えでは無かったので沙綾はそれを称賛する。とは言え、方法が何もないのは困るので何かが欲しいのだが──。

 

「あっ、演奏……」

 

「そ、そうそうっ!演奏してみようっ!……って、えっ?演奏するの?」

 

完全にテンパっていた香澄はたえの思いつきに対し、反射的に同意したので、改めて聞き返すことになる。

聞き間違いではなく、たえは「もう一度演奏しよう」と肯定の意を返した。

 

「みんなの音楽を聴いた時の気持ち、思い出そう」

 

「初心に帰る、ですか……」

 

「でも、おたえちゃんの言ってること分かりますよ」

 

始めて他のバンドと互いに演奏した時、それぞれの音があってそれぞれの良さがあることは共感している。

そしてそれは、自分たちがバンドを──音楽が好きだからこそである。全員が同じ考えに至ったことで反対意見は無かった。

 

「思い出すのを決めたのまでは良しとしよう……で、どうやって連れてくる?」

 

電話で──と言う方法は拒否されてしまうので得策ではないだろう。そこが懸念されているので有咲は確認を取る。

問われた香澄自身は既に考えを持っているらしく、後はそれを告げるだけだった。

なお、その答えはたえも同じだったらしく、その結果二人で同時に告げる形となる。

 

「「強制連行!」」

 

『……えぇっ!?』

 

いっそ清々しい程開き直った選択肢だと言える。それ故に驚く人もいた。

 

「確かに、穏便に済ませようとしても難しいのだからその方がいいわね」

 

「湊さん……?いえ、ここまで来たらその方が話し合いのテーブルに着かせることはできそうですね……」

 

一方で友希那は後々の流れを考えて同意するし、紗夜もそれに気づいて反対の意見を出そうとして取り消す。

やることは決まり、時間も惜しいので早速行動に出ようとなった。前は急げであった。

 

「とりあえずまりなさんには俺から話しておくから、行ってきな」

 

「ありがとうございますっ!鍵、預けておきますね」

 

こうなれば貴之は彼女らの背中を押すことにして、彼女らが動きやすいように鍵を預かっておく。

誰がどこに行くかを決め、早速十人は手分けして残りのチームを連れていく為に行動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「とまあ、そんなことがあって彼女らは今出回ってます」

 

「それホント?凄い行動的だね……」

 

ポピパとRoseliaが他のチームを強制連行すべく走っている間、貴之はまりなに事情説明をしておく。

正直に言えば、何も告げずに実行を勧めたのは不味いかもと考えていたが、そんなことにはならず一安心だった。

 

「昨日の今日だからね……確かにみんな来づらいか」

 

「ただ、そのままにしておくと手遅れになるかもしれない……。なら、『嫌な方はどっちだ?』ってことなんでしょうね」

 

あの10人はそのままにして手遅れになるかもしれないのを嫌った。だからこそ行動に出たのである。

一度いい流れが崩れてしまったが、これならまだ何とかなると希望は持てる。

ただし、何も全てが良いかと言えばそうでもなく、とある問題があった。

 

「あれ?遠導君、この後みんな来るんだっけ?」

 

「そうですね。半ば強引とは言え、全員来ますね」

 

「また……演奏するんだよね?」

 

「……そうなりますね」

 

部屋の広さも関係してくるので、そちらに合わせて準備が必要になるのだ。

今回どちらか1バンドだけが動いているならばまだ余裕はあったが、2バンドが一斉に行動しているので、その余裕は無く──。

 

「え、遠導君!機材の準備手伝って!」

 

「分かりました!」

 

こうなるとこちらも大急ぎで準備するしかなく、二人して慌ただしく動き始める。

元々彼女らが使っていた部屋の鍵を開け、必要な機材を皆で演奏しやすい場所に配置していく。

その後直ぐにコードの接続や音が問題なく出るかだけ確認を行い、それが終わった頃に丁度はぐみを連れて来た香澄が戻ってきた。

 

「……あれ?何かやってました?」

 

「き、機材の準備やってた……」

 

「大慌てだったから、間に合ってよかったよ……」

 

自分たちの為に用意してくれたことを理解した香澄は二人に感謝の意を告げる。

この時はぐみに何をするのかを問われたので答えようとしたところ、他の人たちが来たので後回しとなった。

 

「と、とりあえず中に入っちゃって。演奏できる準備はしておいたから、必要なら遠慮なく使ってね」

 

何もしないで困惑させっぱなしなのも悪いので、一先ず促す。

それならばと強制連行を行った10人が、他の人たちを言い聞かせながら中に入っていく。

 

「俺たちのできることはここまでですね……」

 

「うん。後はあの子たちがどうするかだよ」

 

その様子を見送った二人は、少し休憩した後に再び仕事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これで大丈夫ね?」

 

「はい!ありがとうございますっ!」

 

一先ず共犯を遂行して貰えたことに香澄は感謝の意を告げる。

はぐみやつぐみのように場所の近い人だったり、こころや日菜のようにそもそも話しをしたら協力してくれる人もいたおかげで、予想よりも早く人を集めることができた。

これも二バンドで素早く行動を始められたことにあり、思ったよりも早く集まれたと思う。

 

「あ、あの……私もう少しで仕事が」

 

「そもそも、いきなり連行して何をするの?」

 

強引に連れ出したこともあり、反応が悪い人も当然出てくる。

前者の千聖は多忙なのもお構いなしなので困っているし、蘭も強引にやられれば少々圧のある問いかけをする。

 

「えっと、その……急ですみません」

 

「無理矢理連れて来たことは、こちらが悪いんですけど……このまま何もしないと進めない気がしたので」

 

こうした以上は苦言を示す人たちが出るのは想像できていたので、燐子がりみのフォローを行う。

思い立ったが吉日かの如き行動に一先ず納得してもらえた為、今回のことを思いついた香澄に説明という名のバトンを回す。

 

「聞いてみたいことがあるんですけど、その前に一回みんなで演奏しましょうっ!フルじゃなくていいので!」

 

「えっ……?何で急に?」

 

問いかけには『私が聞こうとすることに対して明確に答えてもらうため』と告げ、納得させてから各バンドで一回ずつ演奏を行う。

 

「みなさん、演奏した今どんな気持ちでいますか?」

 

『えっ?』

 

「私は凄く楽しかったっ!」

 

この後はいつも通り『キラキラドキドキ』が入るのはお約束だが、彼女の言う『演奏して楽しくなる』と言う気持ちに共感する人たちが次々と出てくる。

 

「実は私、五つのバンドに『何か共通点はないか』って探していたんですけど、それがこの気持ちなんだと思うんです!」

 

「戸山さんの狙いは気持ちの共有よ。そして共有しようとしているそれは、Roselia(私たち)にとって他のバンドよりも足りなかったもの……」

 

香澄の共有しようとしたそれは、バンドをやるに当たっての初心であり、友希那のように技術優先で進むと忘れそうになる物である。

Roseliaは演奏を全く楽しんでいないかと言えば嘘になるが、友希那と紗夜は過去の経歴もあって、ミニライブで自覚するまでは少々不足気味であった。

実際に演奏して抱く気持ちが共通だったことで話しを聞いた全員が納得し、反応が良くなってくる。

──私たちの音楽はそれぞれ違います。と、香澄が言葉を続ける。

 

「でも、音楽をやってる時のこの気持ちって……みんなが一緒だと思う。だから、えっと……」

 

「この気持ちが一つなんだって思っていれば、きっと上手くいく……そうだろ?」

 

言葉が出てこず言い淀んだ香澄の想いに気づいた巴が確認を取れば、頷く形で肯定が返ってくる。

全員が気持ちを共有できるのはもちろんいいが、千聖からは更に来てくれるお客さんすら考慮した意見がやって来る。

 

「私たちばかりが楽しんでいても意味が無いから……この気持ちをお客様にも感じて貰える様なイベントにすればいいんじゃないかしら?」

 

「……なるほど!この気持ち、私たちだけのものにしておくにはちょっと勿体ないですしね」

 

自分たち以外にも来てくれた人すら共有できる内容……それが完成し、実現出来れば真のイベント成功と言えるだろう。

 

「笑顔の()()()()()と言うことね!いいアイディアだと思うわっ!」

 

千聖の言ったことを、こころは更に簡潔に一言で纏めてくれた。

こうしてやることが明確に見えて来た中で、紗夜が一つのことに気付く。

 

「こう言った考えがすぐ出てこない辺りは、私たちの方針の影響でしょうね……」

 

「まあまあ、今すぐは無理でも慣れて行けばいいじゃん……ね?」

 

技術力優先だった故に、柔軟な発想の乏しさはこう言う場面で目立ちやすい。

とは言え、いきなり普段からできる人たちと同じくらいできるようにしろと言われれば無理があるので、リサの励ましは素直に受け入れる。

 

「よかったぁ……みんなに伝わったよぉ~……」

 

「ほらほら、泣くのは後回しだ。大事なのはこの後だからな」

 

香澄の嬉しさによって涙を流したくなる気持ちは分かるが、今は我慢してもらう。

ここまで来たのなら、やるべきことは一つだった。

 

「このイベント、絶対に成功させるぞぉーっ!」

 

皆が「おおっ!」と答えたことで合意を得られた。これによって今回の目的は無事達成となる。

早速打ち合わせ……と行きたいが、流石に予定が間近に迫っている人もいるので無理せずに今日は解散となった。




展開ゆっくりめとかタグに出しておきながら一気に三話分も進んだ回になりました。
変更点としては……

・Roseliaは合同練習の休みを申告していない
・強制連行を行うメンバーが倍増
・友希那が香澄の説明を補足する
・紗夜が自分たちの弱みを自覚するし、拒否の意思を示さない

こんなところでしょうか。ここまでくると残りの部分はかなり変更点が少なくなって来ますね……。後、思ったよりも他のメンバーにヴァンガードを触れさせることができてませんが、最悪別の章で時間を設けられないか検討中です。

この章が終わった後は、Roseliaシナリオ2章へ行く前にRoseliaのメンバーでヴァンガードファイトイベント、イベントストーリー『Neo Fantasy Online -旅立ち-』、アニメ1期のOVAにあった海のイベントorイベントストーリー『夏にゆらめく水の国』を予定しているので、この辺りで挟めるかなと思います。
OVAの海イベントか『夏にゆらめく水の国』がいいかはまた次の話を書いたタイミングでアンケートを取りたいと思います。

没案読みたいかどうかのアンケートご協力ありがとうございました。
もう少し粘ってもいいかと考えていましたが、票数が圧倒的過ぎるのでここで集計終了とさせていただきます(笑)。

次回はメインストーリー16話……と行きたいところですが、あまりにも原作ままになるようなら17話から入ります。


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パーティー17 作られていく輪

今回はメインストーリーの16話~18話をお届けします。ちなみに喫茶店にてのメニュー会議は貴之もRoseliaもいないので省略となりました……やること原作そのままですし(汗)。

ガルパピコ……ヴァンガードと遊戯王が混ざった何かが終われば今度はぷよぷよですか……(笑)。元ネタと比べて難易度とんでもないことになってますが……。

ヴァンガードifはヴァンガードifで北斗の拳感出ているしで凄いことになっていましたね……。レンが自転車漕いで退場するシーンは滅茶苦茶シュールでした(笑)。レン様、あなたが乗る自転車のインチ足りてませんぜ……(汗)。


一先ず話しが決まって解散した後、ポピパの五人はまりなと貴之に今日の結果を教えた。

 

「そっかぁ……上手く行ったみたいで良かったよ」

 

「みんなの共通点を探してたんですけど、それを見つけて伝えたら……」

 

「演奏している時の楽しさはどこも一緒だったんです。無理矢理連れて来た意味もあったし、発想の勝利だったな……」

 

香澄の切り出しと有咲の説明には三人もうんうんと頷く。先程の帰りだす皆の様子を見た限りは成功と見ていいので、まずは一歩進めただろう。

それを聞けたまりなが、自分たちで活路を見出したことを満足そうに頷いている中、香澄は貴之に言うべきことを思い出した。

 

「昨日は本当にありがとうございますっ!あのファイトが凄くいいヒントになったんです」

 

「そうか……それなら、俺が見せた意味はちゃんとあったみてぇだな」

 

結果が出たことに貴之も安堵する。正直なところ即興のデッキだったので不安もあったが、彼女らの手伝いになったようなら何よりだった。

この後からは、その方針によってできた提案を尊重したイベントの内容を作っていくようだ。

方針が決まっているのはいいのだが、そこに一つだけ問題があるらしく、彼女らはそれを相談する。

 

「実は、最後の曲をどうするかが決まっていないんです……」

 

「みんなで同じ気持ちを持っているのが分かったから、それを大事にしたいんですけど……どこかのバンドの曲だとどうしても偏ってしまう感じがあるんです」

 

「来てくれたお客さんにも共感してもらいたいけど、あまりいい考えが出てこなくて……」

 

意志を合わせたのはいいが、その先が非常に難しいと言うのが現状だった。

特に沙綾が言った通り、どこかのバンドの曲でやった場合はそれが伝わらないどころか、一番がそこみたいな形になってしまう恐れもあるので最悪の手とも言えるだろう。

この時、『みんなで同じ』と言う言葉を拾った香澄が昨日のことを思い返してみる。内容としては貴之が用意した『エクスリームファイト』用のデッキの印象である。

 

「(複数を集めるのは一緒なんだけど……あれはなんて言うか、『一つの線』を引いてるような気がする)」

 

『オーバーロード』や『ブラスター・ブレード』から繋ぎ、最後は『グレートダイユーシャ』と言う一つの強固な線と言うイメージが強い。

ここで一つの線と感じたのは、ヴァンガードが個人競技に近しい面があるからであり、自分たちは団体でことを成し遂げるつもりなので、最後まで進んだら最初の場所まで結び切る必要がある。

つまるところ、五バンドで作るべきは線では無く、皆で手を繋ぎ合う『一つの輪』であると言える。

 

「なるほど……その事なんだけど、ちょっと無理難題を出すかも知れないけどいいかな?」

 

「(あっ、そっか……!そうすればいいんだ!)」

 

相談に乗ったまりなが五人に向けて前置きを作るのと、香澄が閃きを得るのは同時であり──。

 

「それだったら、五つのバンドの気持ちを合わせた曲を──」

 

「作っちゃえばいいんだっ!」

 

「(すげぇタイミング……殆ど同時だな)」

 

声を出すタイミングもまりなが説明している最中となる。

貴之が呆然とするのも無理は無く、それだけ香澄が完璧過ぎるタイミングであったのだ。

 

「わ、私が言うよりも早く答えを出した……。けど、大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。元より多少の無茶は承知の上でしたので」

 

問いかければたえがあっさりと答えてのける。思いついた香澄は元より、他の三人もそのつもりだったので一先ずこの五人は大丈夫となる。

これに関しては後で他のバンドにも聞くことが決まり、他の内容……ポスターや出店等の話しが出てきた。

 

「あっ、Aftergrowのモカちゃんのお母さんがデザイナーをしていたような……」

 

──頼んでみるのも手ですね。沙綾が思い出した内容にはまりなからも聞いてみて欲しいと頼み込む。

 

「それからね、隣のカフェでイベントの時にオリジナルのドリンクやスイーツを出してみようかと思っているんだけど、どうかな?」

 

この話しを聞いた時、りみから沙綾の家からパンを──自身が好むチョココロネやスイーツ系のパンを出せたら良さそうと声を出す。

一応確認すれば、まりなからは即時でOKが返ってくる。その為、彼女の両親に聞くことで話しが進んでいる。

 

「まりなさん……大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だよ。なんと言っても、オーナーからは基本的な方針は任されているしね♪」

 

貴之の器具は一瞬で吹き飛ぶことになった。

出店の話しになれば、たえからはつぐみの家がカフェをやっているからヒントを貰えそう。りみからは千聖と花音がカフェやスイーツを好んでいると言う情報が飛んでくる。

 

「あれっ!?みんな何時の間に!?」

 

「まあ……あの後色々話したしな。私は半ば強引だったが」

 

どうやらミニライブの後にやったイベントはかなり大きかったらしい。

また、この時彼女らの話し方からして、友希那は猫好きであることはどうにか隠れていることが判明する。

恐らくはリサが話さなかったのだろうと思える。気を遣ってもらえただけでもかなり有り難いと貴之は感じた。

 

「じゃあ、また色々と動いて行かないとね」

 

方針が決まったので、後は確認を取って大丈夫なら進む。そこまで決まって今日は解散することになった。

 

「(あれなら大丈夫そうだな……)」

 

勤務が終わって帰宅する際、ポピパの五人から輝きが増したようなものを感じた貴之はそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

翌日。作曲の協力を頼むべく、香澄は各バンドにお願いしに行った。

提案自体は即時に受け入れられ、アフグロ、パスパレ、ハロハピの三バンドは即決に近い形で承諾してくれたし、代表として各バンドのボーカルが作曲の参加を決めた。

非常に順調な進み方をしているところで、放課後になった今は残ったRoseliaにお願いするところになっている。

 

「なるほど……合同の曲を作るのね?」

 

「はいっ!みんなの気持ちが一つだってお客さんに伝えられる、一番いい方法だと思って……」

 

香澄の話しを聞かせて貰った友希那の反応は良好だった。

なお、この時思い浮かんだ経歴を話して見ると素直に称賛できるレベルに昇格する。

ただし、何もいいことばかりでは無く、大切な人が出したヒントを完全にものにして見せた香澄と、そうは出来なかった自分を比べるとどうしても理解力で負けたような気がしてしまうのも事実だった。

 

「……はぁ。私にも、戸山さんのような発想力があれば良かったのに……」

 

「あ、あれ?友希那先輩、どうしました?」

 

「あ、あはは……こればっかりはしょうがないよ友希那。アタシらは今までそっち方面捨て気味だったんだし」

 

「貴之君がくれたヒントでしたからね……。戸山さんが先に掴んだことが悔しかったんですよ」

 

こればかりは仕方ないところがあるし、香澄は何も悪いわけではない。故に香澄にはその辿り着いた答えは誇っていいことを伝える。

ただ、何もそれ一つで全て完敗と言うわけでもないし、気にし過ぎはダメだろうと気持ちを切り替えた友希那は香澄の提案に対しての答えを考え出す。

 

「一先ず全員に確認は取ってあるから、そこは問題ないけれど……」

 

何か提案を持ちかけられたら参加するかどうかは昨日の段階で話し合っており、Roseliaとしては『余程変なものではない限り参加で大丈夫』と答えを出していた。

今回はその変なものではないので、問題なしに参加できるのだが、一つだけ友希那には気掛かりがあった。

 

「本当に私でいいのかしら?こう言うコミュニケーションが必要な場面なら、リサが一番向いている気がするわ……」

 

「も~!この期に及んで何言ってんの?こう言う場面だからこそ、友希那が行くべきだよ。チームの代表なんだよ?と言うか、友希那も()()コミュ力あるでしょ」

 

「私たちRoseliaはみんな、友希那さんに惹かれて集まりましたからね……。やっぱりチームの先導者に行って貰いたいです」

 

今この場にいないあこはこの後リサや燐子と共に、他のチームにいる人たちと集まって皆で着ることができそうなシャツの考案に行くので参加できないことが決まっている。紗夜も紗夜で全ての分野が自分に不向きなことを理解しているので、本番に向けて自主練習をするか、チラシ配り等があるならそちらをすることにしている。

こんな二つの事情があることから、どの道友希那が行くしかないし、今いない二人に聞いても全く同じ回答が返ってくることだろう。つまるところ友希那は良くも悪くも『Roseliaの体現者』であるのだ。

八方塞がりとも言える場面だが、皆から信頼されていることに嬉しさを感じ、友希那は腹を括った。

 

「そう言うことなら私が行きましょう。待たせたわね」

 

「ありがとうございますっ!もうみんなCiRCLにいるんですけど……今からでも大丈夫ですか?」

 

「ええ。それじゃあ、Roseliaの代表として行ってくるわね」

 

リサと燐子に応援の言葉と共に送って貰いながら、友希那は香澄の案内でCiRCLへと足を運ぶ。

 

「なるほどぉ……友希那先輩のお父さんがですか」

 

「きっかけはどこにでもあるわ。貴之がヴァンガードを始めた理由が、全くの別分野で見たものだったようにね……」

 

移動中の間、香澄は友希那に音楽を始めたきっかけを聞いてみる。

自分の理由を答えた後に香澄がギターを始めた理由を教えてもらったが、理由自体は貴之と近しいものがあった。

香澄が星空を見て『星の鼓動』を感じる。貴之が友希那の歌に惹かれると言う違いはあるが、夢中になれるものを探す内に辿り着いたと言う点は共通している。

 

「戸山さん、結構貴之と似ているかも知れないわね?」

 

「……私がですか?」

 

ポピパは香澄の前向きさや純真さに感化されて組んでいる人が多く、何かと率先して自発的に行動することができる辺りが良く似ていた。この他にも自身を中心に周りも楽しそうにしている点が共通している。

特に後者の方は自分たちには無い絶対的な武器であり、それを知れたことは今回のイベントに参加したことによる一番大きな収穫だった。

 

「でも、私は友希那先輩の方が似てると思いますよ?」

 

「……えっ?」

 

「だって私、遠導先輩と違って一度決めたらほぼ立ち止まりませんし、感覚派過ぎて頭そんなに使えないですし……」

 

自分の力や存在が影響して人を自分が進んでいる道に招くことは、友希那と貴之だからこそできたと香澄は感じている。

さらに言えば、自分には貴之や友希那のように相手の意図を理解し、さらにそれを問いかけたり伝えたりすることはまだできない。

これ以外にも『上に行きたい』と言う点は共通しているものの、二人のように『とにかく高い場所』かと言われればそれは少し違うし、以前の話し合いに参加した友希那や、ミニライブ直前の合同練習で話した貴之は落ち着いて物事に当たっていたのも大きい。

以上の点を踏まえて香澄は友希那の方が貴之と似ていると感じている。それを伝えれば友希那は納得しながら、頬を朱色に染める。これは貴之と似ている点が多いと言われて嬉しかったんだろうと香澄も理解できた。

 

「いつか、二人みたいにそうやって人を惹きつけられるようになりたいなぁ……」

 

「なら、今後も精進あるのみね」

 

「はいっ!頑張りますっ!」

 

道標にしたいと思える人が二人もできた──。それが香澄にとっては一番嬉しいことだった。

CiRCLへ行く道の途中で十分に話し合うことができ、互いの見えない面を少しずつ知れたところでCiRCLの出入口まで辿り着く。

ドアを開けて中に入って見れば、カウンターには貴之が立っている。イベント当日が後二週間である為、この先ここにいる貴之を見なくなるかもしれないと思うと、友希那はどことなく寂しさを感じた。

 

「二人揃って来たな……三人はCスタジオにいるよ」

 

「ありがとう。それじゃあ……」

 

「詳しい話しは中で……ですね」

 

貴之の案内を受け、三人が待っている部屋のドアをノックしてから開けて入る。

 

「あっ、来たね……」

 

「友希那ちゃん……!」

 

「待っていたわよ!」

 

入ってみれば早速三人は歓迎ムードだった。自分たち全員が来ているから、来るのを信じていたのだろうとすら思える。

こうして来てみると、改めて自分が来て正解だったと友希那は思った。

 

「待たせてしまったわね……」

 

「あら?そもそも遅刻なんてしたかしら?」

 

自分を待ってくれていたのだから──と、友希那は一言詫び半分に告げるが、こころから意外な返答がやって来た。

その返答に彩が何故かと問いかければ、こころはにべもなく次のように言って見せた。

 

「だって、あたし達五人が揃わないと意味が無いんでしょ?それなら、揃ったことに遅いも早いも無いわ!」

 

ようこそ──と言うこころの歓迎に香澄が同意し、友希那は彼女らの暖かさを感じた。

 

「揃ったことだし、曲を作り始めようよ。どうせあたしたち、途中でぶつかるだろうし……」

 

ケンカ前提の考え方は良くないと彩は咎めるも、恐らくそうなるだろうことは友希那も危惧していたのでそうなりそうだとは告げて置く。

 

「え、ええ……?友希那先輩まで……!?」

 

「でも、バラバラだけどハートは一つ。だからそれでいいんじゃない?」

 

香澄も困惑しかけたが、衝突前提で考えていた蘭が香澄の言葉をしっかりと覚えていたので、ならば問題なしとなった。と言うよりも、今回はそうなるのが正解なのだろう。

 

「麻弥ちゃんがね、バラバラの感性がぶつかって音楽が生まれるからバンドは面白いって言ってたの。だからきっと私たち、いい曲が作れるんじゃないかな?」

 

彩が教えて貰った話しを皆に伝えれば香澄は同意し、友希那は蘭に期待を寄せた言葉を送る。

そうすると蘭はぎこちない礼を返し、こころは一つ提案を出す。

 

「こう言う時、みんなが笑顔になれる掛け声があるわよ!」

 

「……掛け声?」

 

「それって、ミニライブの時にやっていたものかしら?」

 

──あら?それなら話しが早いわね?友希那の問いは当たりだったらしく、こころの反応が良かった。

とは言え、分からないや覚えていない人もいるにはいるので、最初に一人でそれをやる。

 

「ハッピー!ラッキー!スマイルー!イェーイ!ね?いい掛け声でしょう?」

 

うんうんと直ぐに頷けるのが香澄と彩。少しだけ思い出す時間を使い、その後頷いたのが友希那。少々戸惑い気味だったのが蘭だった。

一般的な感性と思想が合わさっていれば、この反応で止まっている可能性はあったが、独特な感性と全員を笑顔にすると言う理想主義の思想を持つこころはここで止まらない。

 

「じゃあ、次はみんなで行くわよ?」

 

「ちょ、ちょっと待って……!」

 

「す、少しだけ心の準備をさせて貰えるかしら?」

 

完全について行けない蘭と、恥ずかしさが勝る友希那は一度ストップを掛ける。どの道やることはこころの中で決定事項と化したので、友希那は自分のタイミングで始められるように誘導したのだ。

そうして友希那が大丈夫なタイミングで告げると、改めてこころの合図で皆して掛け声をすることになる。

 

『…………』

 

暫し無言の状態で互いを見合わせた後、全員して吹き出して笑い、こころの掛け声が何も間違っていないことが証明された。

皆で笑い終わった後、今度こそこのイベントの為の作曲を始めるのであった。

 

「じゃあ……こういうのは?」

 

「うん。悪くない」

 

「(どうしようかしら?こう言う時の表現が思い浮かばないわね……)」

 

早速作り出していくのだが、友希那は頭を悩ませる。元々楽しさ重視の分野が不得意だったこともあり、表現をどうするか考えていたら他の四人は次々に出していた。

どうしたい、どうできる等は浮かんでくるのだが、肝心な表現で悩まされることとなった。

 

「……友希那先輩?何かと気になるところがありましたか?」

 

「えっ?あ、ごめんなさい。私は普段……こういう曲調のものを歌ったことが無いから、どういう風に表現すればいいか考えていたの……」

 

Roseliaの曲と言えば、ダークなものや、力強いもの等、雰囲気重視で明るめな曲は少ない。

チームの曲でなら『Re:birthday』がやや明るい曲だと言えるが、全体で見ればそこまで明るいわけではない。『再誕』の意味合いがある、穏やかながら力強い曲の部類になる。

過去の出来事もあって歌う曲調に偏りができて、今回作る『楽しさ』を前面に押し出す曲はあまり歌わなかった。

 

「この曲を楽しんで歌えばいいだけのことじゃない。それなら簡単よ?」

 

「こう言う時、『音楽が何よりも雄弁』……って、湊さんなら()()()()ですけどね?」

 

こころと蘭の言葉は最もであり、同時に今回はそこまで難しく考える必要も無さそうだと友希那は感じた。

音楽を通して感じる気持ちを、心のままに歌えばいい──。そう結論づければ後は簡単である。

 

「そうだったわね……。思い出させてくれてありがとう。曲作りを続けましょう」

 

「(友希那先輩は誰よりも音楽と真摯に向き合っている……だから、それだけ悩みもあるんだ。Roseliaのみなさんだけじゃなくて、私たちも力になれたらきっと……!)」

 

──最高の音楽が出来上がる!共に曲を作る最中、香澄はそんな確信を抱くに至った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「はいこれ、みんなで着るTシャツのデザイン考えてみたんだ♪」

 

「おおーっ!カッコイイ!」

 

「これ、リサ姉がデザインしたの?」

 

ボーカルメンバーが作曲を行っているのと同刻──。リサ、燐子、あこ、ひまり、イヴの五人はファミレスに集まってTシャツのデザインを確認する。

衣装ならば間違いなく燐子の方が適任だが、こう言った皆で着るものを考える方は、皆の意見を取り込む必要がある以上、コミュニケーション能力の高いリサに分があるのだ。

この為、提案自体は燐子、皆の意見を取り纏めて実行はリサと言う分業になった。

 

「全員お揃いのイクサショーゾクですね……シキが上がりますっ!」

 

「確かに、お揃いなんてテンション上がるよねぇ……」

 

──これも燐子が提案してくれたおかげだね♪リサの礼を燐子は素直に受け取る。

燐子も『この提案が何かいい方向に繋がれば……』と思っていたので、願った通りになって一安心だった。

リサが持ってきたデザインは原案である為、ここからどうするのが良いかを五人で煮詰めていくことになる。

 

「そう言えば、Roseliaの衣装はリンコさんが作っているんでしたね?凄いですっ!」

 

「うんっ!こんな豪華な衣装が作れるなんて……尊敬しちゃいます!」

 

この時Roseliaの衣装は燐子が作ると言う話しを思い出し、イヴとひまりがそんな燐子を称賛する。

パスパレは事務所で用意されている。アフグロは自前で衣装を作るが、燐子のように各人ごとに細かい差異点を作るには至っていない。

 

「だってさ、りんりん?」

 

「うん♪そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 

人に褒めてもらえると素直に嬉しい。そんな情が燐子に笑みを浮かべさせる。

 

「ウチの友希那と紗夜がTシャツ着てるところって、ちょっと想像(イメージ)できなくない?」

 

「あっ、確かに!どんな感じになるのかなあ……?」

 

話しを一度Tシャツの方に戻すと、友希那と紗夜がそんな格好をする姿の想像(イメージ)が難しかった。

リサの振りに同調したひまりは、燐子がTシャツを着る姿も予想が付かないと言うので、RoseliaのメンバーはTシャツと縁が遠そうである。

後々貴之にも聞いてみるのだが、彼もそれには同意しつつ、リサなら何着てもある程度以上は様になりそうとも言っていたので、リサは首を傾げることになった。

そう言われてどうなんだろうかと燐子が考えていたところに、イヴがモデルをしていた時の話しを切り出す。

モデルの仕事をしていると、自分が着たことのないデザインの服を何度も着ることになるので、着るまではどんな風になるか想像できない衣装もあったが、実際に着てしまえば新しい自分を見つけられた気がすると言うのが、彼女の言い分だった。

 

「この前見せて貰ったヴァンガードで言うなら、新しい自分に『変身(ライド)』する……がいいんでしょうか?だからきっと、リンコさんも新しい自分を見つけられると思います♪」

 

「新しい私か……確かにそうですね。あの時背中を押して貰って、こうしてヴァンガードの世界も知って、人前でも平気になった私がいますから」

 

イヴがヴァンガードを例題に挙げられたのは、燐子がヴァンガードに触れたことがあるのをミニライブ後の打ち上げで教えてもらっていたからだ。

なお、この時リサが当時における貴之の有罪(ギルティ)っぷりを思い出して妙な顔をするが、それはあこが止めることで治まる。

ひまりは何があったかが気になって首を傾げるものの、掘り出しては行けなさそうなのでその話しは触れないでおくことにした。

 

「なんか、話してたらライブが楽しみになって来た……!」

 

「そうだね。なら、成功させる為にもみんなが納得してくれそうなデザインにしよっか♪」

 

作曲をしている人たちも、こうしてTシャツのデザインを考えている人たちも、そして品物の考案やチラシ配りをしている人も、ライブを成功させたい気持ちは一緒だった。




16話~18話までが終わりました。メインストーリーの終わりまで後4話になりました。
変更点としては……

・香澄が曲を作る発想は貴之のヒントも元になる
・友希那が香澄の発想力に羨望を抱く
・こころの掛け声に対して、友希那の反応が良くなる
・イヴの話しを聞いた燐子が完全に同意できた様子を見せる

こんなところでしょうか。

以前アンケートを取った没案の紗夜をヒロインとした場合の話しですが、本章を書き終わった後に番外編で追加しようと考えています。

次回はメインストーリー19話からやっていきたいと思います。


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パーティー18 出来上がる歌詞

今回はメインストーリー19話~20話までになります。こちらでも引き続き原作と全く同じ展開になってしまうシーンは省略させて頂いています。
ここまで来るとかなり短くなってしまうので、後半にファイターたちの会話シーンを追加しました。

ガルパピコの10話は『主役(ドラム)は遅れてやって来る……のだが、来るのが遅すぎた』と言ったところでしょうか。悪気が無かったとは言え、完全にとばっちりでしたね(笑)。

ヴァンガードifはヴァンガードifで……スイコさん。リンゴを握り潰せるって女子高生がしていい握力じゃないですぜ……(汗)。
何がヤバイって、リンゴを握り潰すのに必要な握力は60~70㎏必要で、女子高生の平均握力はおよそ28㎏……ギャグ補正がかかってるだろうとは言え、スイコさんはあの場面で一時的に一般女子高生の役2~2.3倍程の握力を発揮していたことになるんですよね……おお、怖い

後、遅れましたが「Wahl」の生放送は、出掛けていた都合もあって途中から見ていました。声優さん方のおかげで非常に楽しい時間を遅れました。


「はいっ、これチラシだよっ!」

 

「よかったら来てねー!」

 

ボーカルメンバーが歌詞作り。リサたちがTシャツのデザイン。沙綾たちが品物の提案をやっている最中、有咲、紗夜、日菜、薫、はぐみの五人でチラシ配りを行っていた。

元々紗夜は先に自主練習をしておこうと考えていたのだが、有咲の『ストッパーが欲しい』と言う嘆きを見捨てられず、結果として参加することになった次第である。

なお、このチラシはモカが自作したものであり、相当な完成度を誇っていた。本人曰く『25人でやるのだから全て自分たちでやるべし』と言う母の言葉を貰い、真剣に取り組んだとのことだ。

日菜とはぐみを見ている限りは道行く人に声を掛け、大丈夫そうならチラシを渡すので特に問題ないのだが、薫が少々思い切りの良すぎる行動に出て──。

 

「そうだね……本当なら花束を渡したいところだが、代わりにこれを持って行って貰えないだろうか?」

 

まさかの女子高生であろう、彼女のファンである様子の少女に自分が持っていたチラシを全て渡していたのだ。

大胆だなーとはぐみは思っていたくらいなのだが、有咲が物凄く頭を抱えていた。

 

「な、何でそんなことをしたんだ……」

 

「(これは……彼女一人では辛いでしょうね)」

 

これは自分を加えたところで効力が薄いのではないか?と紗夜は疑問に思ってしまう。

とは言え、流石に一回聞けば分かるはずなので早々には諦めず、説明は入れることにする。

 

「瀬田さん。ファンを喜ばせる場合はそれでいいのですが……今回は多くの人に『イベントが開催すること』や、『その会場の場所』と『イベントが行われる時間』を知ってもらう為にチラシを配っているので、今回はサービスを控えて頂けると助かります」

 

「おっと……それは済まない。本来の目的から逸れた行動をしてしまったよ」

 

幸いにも薫には自覚があるからまだいいだろう。次も同じことをやったらその限りではないかも知れないが──。

 

「じゃあ、取り敢えずチラシの量を分け直して……そこからもう一回行こっか?」

 

「そうしましょう。はぁ~……ホント、紗夜先輩捕まえてよかった」

 

「い、市ヶ谷さん……どうか気を確かに……」

 

日菜の提案を呑みながら特大のため息をついた有咲を見て、紗夜は困った笑みをするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「うん、いいんじゃないかな?」

 

チラシ配りやデザイン決め等が進んでいく中、ボーカルメンバーも作曲の方を進めていた。

全員で意見を出し合った結果非常に納得の行くものができ、早く聴かせたいと思うほどである。

 

「でも、最後の歌詞が決まらないんだよね……」

 

彩が口にした悩みは最もであり、締めくくりが決まらないのは何とも言えないもどかしさがある。

せっかくいいところまで来ているのだが、その最後の部分が決まらなければ完成とは言えない。

 

「パーティーはたくさんの人が集まる……。けれど、私たちが作っているのは一つの共通する気持ちを込めたもの……。相反している二つをどう合わせようかしら?」

 

「そうかしら?みんなが同じパーティーに参加しているってことなら、意外に意味は似ているかも知れないわよ?」

 

当日自分たちと来てくれるお客さんは同じ場所にいる。そして、その自分たちとお客さんの同じ気持ちを伝えられる単語──。

言葉にするとこれ以上なく明白だが、それと同時にいい解答の範囲が狭くなる。それ故に五人は更に頭を悩ませることになる。

暫く考えていると、実際にやらないと分からないのではないか?と考えた香澄が思い切って提案を出す。

 

「最後の歌詞は……当日に決めるのはどうかな?」

 

「当日に?戸山さん。まさかだけれど……」

 

「はいっ、当日、感じた気持ちをそのまま歌詞にするんです!」

 

香澄に問いかけたら予想通りの言葉が返ってきた。相当難しいことを言っているが、気持ちが分からないわけではない。

また、友希那がその言葉に賛同をするが、これの理由は自分以外にも同意したこころが告げてくれる。

 

「起こっていないことを考えても分からないものね。だったらその方がいいわ!」

 

当日にならなければ分からないのだから、あれこれ考えるよりも気持ちに任せてしまうのがいい。そう考えた。

このように賛成の意見はあるが、同時に危惧する声もある。

 

「で、でも……もし決まらなかったら……」

 

「んー?その時はその時かな……」

 

あはは~、と香澄は笑うが彩の危惧通りになったら本当に笑えない話しである。

ただそれは、『ライブ当日に感じたことが自分たちと観客全員で同じ想いなら、どんな歌詞よりも共感できる』と言う蘭の意見が針を振り切り、賛成の方針へ向かわせた。

万が一のことを考えていた彩も振りきれたので、早速曲をみんなに聞いてもらおうという結論が出た。

 

「それじゃあ、早速スタジオに呼んじゃいましょうっ!」

 

善は急げ──。早速五人で手分けして皆に連絡を入れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて……今のところはこんなもんか?」

 

彼女らがそれぞれの方向で奮闘している中、貴之は設備の状況を確認していた。

一つ一つを細かく確認してチェックを入れていき、取り替えた方がよさそうな箇所があるなら備考欄に記入していく。

これを行うのも、彼女らが行うライブを台無しにしない為の事前準備であり、今貴之ができる最大の手伝いでもあった。

一先ず記入を終えた貴之はまりなに伝えるべくカウンターの方まで歩いて行くが、その途中でTシャツが入っているであろうダンボールを抱えたリサと、一緒にいた四人がCスタジオに入っていくのが見えた。

 

「(なるほど……あいつらも今丁度か)」

 

ここまで来れば自分が何か補佐をする必要もなさそうに感じながら、貴之はカウンター前まで戻る。

 

「ありがとう。あと少ししたら、一度中の様子を見ようと思うんだけど、遠導君も一緒に来る?」

 

「そうですね……そう言うことならご一緒させてもらいます」

 

自分がこうしてここにいるのも後わずかなこともあり、貴之はまりなの好意に甘えさせてもらうことにする。

少し話していたら、Tシャツを試着した数名がCスタジオに戻っていくタイミングになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、貴之が設備の確認をしている最中になる。

早速曲を仮完成までこぎ着けたので、来れる人に来てもらって出来上がったものを見てもらう。

曲を聴いて『早く練習したい』との声が満場一致であり、作曲自体は大成功と言える。

各パートの代表はボーカルは全バンドから、ギターが香澄と蘭、ベースははぐみ、ドラムが麻弥、キーボードがつぐみとなる。

これは『大勢の代表として動くのが得意』や、『バンドの楽しさを伝える演奏が得意』などを中心に決めた結果となっており、技術を最優先にしているわけではない。

故にRoselia以外からの抜擢が自然と多くなっており、Roselia側も『技術最優先でないなら、自分たちは不適任』だとも考えていた。

 

「あっ、ボーカルを省いたら麻弥ちゃんが最年長さんだね?」

 

「えっ……?ああっ!?ホントだ!ジブンが最年長じゃないですか!?」

 

ボーカルを省けば麻弥を省いた全員が高校一年生組であり、彼女以外に高校二年生組が存在しない。

しかしながら、何も自分が全部引っ張っていく必要は無く、皆で進んで行けばいいので大丈夫だと考えた。

あと少しだから頑張ろうと言う香澄の掛け声に乗っかった後、友希那がリサの持っているダンボールに気が付く。

 

「ところでリサ、そのダンボールはどうしたの?」

 

「ああ、これね?せっかくみんなで集まるっていうから、今日持って来たんだ♪」

 

──じゃーん♪お揃いのライブTだよ~!リサがダンボールの中から一枚のTシャツを取り出す。

そのTシャツのデザインは少女たちが着ることを踏まえた可愛さと、バンドで演奏している時のカッコよさを兼ね備えたものであった。

Tシャツを見た日菜が試着してもいいかを問い、リサがOKを出す。また、ついでにそのTシャツに似合うだろうからと、リサは日菜にショートパンツを貸す。

そこから一先ず何人かで着てみようと言う話しになり、日菜に続いて数人が更衣室へ移動した。

 

「じゃじゃーん!どうどう?」

 

「おおっ!ヒナさん、似合ってますね!」

 

そして試着した日菜たちが部屋に戻ってきたことで今に至る。

イヴに褒めてもらったこともそうだが、日菜にはもう一つ嬉しいことがある。

 

「こうしておねーちゃんと同じ服を着たのも久しぶりだなぁ……♪」

 

「お、お互いの好みもあるでしょうしね……」

 

同じ服を着ないようになってからどれくらいの時間がたっただろうか?正確にまでは覚えていないが、結構時間は経っている筈だと日菜は記憶している。

そんなこともあり、にべもなく嬉しそうに言う日菜を見て、紗夜は思わず言葉を詰まらせた。原因が自分である為、その時期の思い出はあまりいいものが無かった。

 

「それにしても、二人で同じ服を着ると双子って感じが強くなりますね?」

 

「確かに、普段以上に似てる感じがする……」

 

「そうですか?いえ、確かにそうかもしれませんね……」

 

紗夜が思い返すのはコンテストが終わった直後のことである。

あの時も日菜のファンである少女たちから、姉かどうかを問われているので、見た目でどことなく似ている面があるのだろうと考えた。

しかしながら、それと同時に日菜が自分のことを殆ど全部的確に話したからと言う可能性を否めないので、何とも言えない気持ちになる。

 

「作ってよかったね?」

 

「うん。喜んでもらえてよかったよ……」

 

皆の反応が良かったので、燐子としても嬉しかった。

この後、時間があるなら紗夜は当日の予定を決めていきたいことを告げ、そちらは全面的に賛成される。

また、メニューを考えている人たちは試作もあったりするので、一度解散してそれぞれのやるべきことをやるという意見も賛成され、練習をする人と残りの作業をする人、予定を決めていく人で分業されていく。

 

「お疲れ様~♪みんな仲良くやってる?」

 

「差し入れ持ってきたから、遠慮なく持って行ってくれ」

 

役割が決まったところにドアノックがされ、まりなと貴之が来たことを紗夜は好機と見た。

 

「まりなさん、貴之君。この後予定を決めて行きたいので、お時間頂けますか?」

 

「は、はい~!」

 

「俺にできることが残ってるのはそこくらいだしな」

 

紗夜の強い意思を持った目と共に出された問いには、それぞれの形で賛成した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じで大丈夫?」

 

「はい。付き合って頂きありがとうございます」

 

紗夜の頼みを聞いてから数十分後。スタジオを借りていられる時間ももう少しで終わろうかとしている頃に予定を決めきることができた。

途中で何度も他の人たちと連絡しあって確認しているので、全員が納得した形で決まっている。

聞いていたまりなも、手伝ってもらえた紗夜もそれぞれ満足行っている様子の笑みを浮かべており、貴之はそれを見て少々考え事をしていた。

 

「あれ?遠導君どうしたの?」

 

「いや、もうすぐここで働くのも終わるんだなって思ってしまって……」

 

貴之は元々このイベントが終わるまでの短期バイトである為、終われば今のところここで勤務することは無くなる。

短い間でも何気にここで働くのが楽しかったものもあり、少し寂しさを感じていた。こうなったのも、きっとまりなや友希那たちのおかげだろう。

とは言え、臨時を頼まれたら手伝おうとも考えているので、意外とここに関わる機会はまたあるかも知れないと思ってもいた。

 

「それなら契約期間伸ばしちゃう?」

 

「うーん……そうしたいところはあるんですけど、友人からこんなものを見せられてしまって……」

 

まりなの誘いに乗りたいけど乗れない理由は、携帯電話を操作して写真を見せる。

内容は全国の中高生ファイターが学校対抗で戦う団体戦……その名も『ヴァンガード甲子園』開催の知らせだった。

ヴァンガードの流行と、ヴァンガードファイトを行う部活として取り扱う学校も増えて来たことから実施が決定したらしい。

 

「時期もそんなに遠くないので、ちょっと見送りたいかなと思うんです」

 

「甲子園になっちゃった……ヴァンガードの流行って凄いね」

 

「それなら、迷うのもやむなしでしょうね」

 

二学期になってから部員を集めようという話しはしてあるので、それまでは夏休みを充実させながらファイターとしての腕を磨くつもりでいる。

最低五人集まればいいので、もう既に四人が固まっていて後一人だけ来ればいいと言う後江は比較的楽であった。

逆に、自分たちが知る限りで四人……その内一人が不確定枠なので、実質三人の宮地は大変だろう。後江と比べてファイターが少ないのは非常に痛手である。

 

「(一先ず、目先の目標はできたか……?)」

 

この知らせで嬉しかったのは、目標が無く路頭に迷う可能性が消えたことにある。

目標のことに関してで友希那を心配させる必要が無いことは、貴之にとってもかなり有り難い事である。

またお互い頑張れそうだと思っていたところに、彩が声を掛けてくる。

 

「延長しに来た?」

 

「うんっ。みんなまだ練習したいから……もちろん、私もだよ♪」

 

ならば手伝おう──。貴之は彩の申請を受け入れた。

そうして延長時間もあっという間に過ぎ、貴之も勤務時間が来たので退勤を済ませる。

退勤を済ませた後は友希那と二人して帰路に着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「と言うことで、当日はよろしくね」

 

「おう。同じファイター同士ってことでよろしくな」

 

友希那たちが練習をしていた最中、後江と宮地のファイターたち、そして結衣の7人は喫茶店に集まってイベント当日の為に顔合わせをしていた。

 

「え、えっと……私もいいの?」

 

「まあ、何かの縁ってことでここは一つ」

 

──と思ったが、ここには梨花もいて八人だった。Roseliaのファーストライブで同席した縁として俊哉と連絡先を持っており、玲奈が「たまには女子が複数人いるのもいいな」とコメントしたのを皮切りに誘う踏ん切りを付けた。

梨花が最初は遠慮した理由として、以前と同じく自分だけヴァンガードファイターでないので、妙に場違い感を感じてしまうことにある。

幸いにも今回はそもそも一人だけ学校の違う結衣がいるので、その抵抗感は薄れている。

 

「そう言うことだったら真崎さんもヴァンガードファイターになろうよ。大丈夫、分からないところはあたしが……」

 

「「こんなところでの勧誘はやめんか」」

 

「あぁっ!?またしても止めてくる~……」

 

「あはは……()()()()、相変わらずだね……」

 

玲奈の気持ちは分かるが、かと言ってここでの勧誘はどうかと思うので隣にいた俊哉と大介で肩を掴んで阻止に入る。

一真は二人で出掛けたのを機に呼び方を変えており、距離感が近づいてきていることが伺える。

ヴァンガードをやるなら気が向いたら程度で構わないとだけ告げておき、この話しは収集を着けることになった。

 

「あれ?貴之はまたステージ裏?」

 

「らしいな。あいつ当日最後のバイトだって言ってたし」

 

ここに貴之がいないのはその日もバイトを入れていたからである。ステージ裏の特権が忘れられなかったようだ。

二度目だから流石に竜馬もそれなら仕方ないで済んでおり、今度ステージ裏の話しを聞かせてもらおうと思っっている。

 

「さて……後は、各バンドのお約束みたいなものを覚えて行かねぇとな……」

 

「ああ。これ覚えとけばこないだみたいに困惑することは無くなるし」

 

「お約束って……ああ、この前の」

 

結衣もミニライブの際、完全に置いていかれてしまったので、知っている二人で知らない五人に教えていくこととなった。

そうして教え終わった後、食べるものを注文し、それを食べながら当日楽しもうと意識を共有してその日は分かれることとなった。

 

「貴之ぃ……!あたしの知らないところで女の子とファイトしているなんて……!」

 

「えっ?あれ?貴之って、友希那と……」

 

「玲奈、誤解を招くからやめろ」

 

なお、段取りを決め終わった後、結衣から話しを聞いた玲奈が恨みがましい声を上げたことを記しておく。




メインストーリー20話までが完了しました。
変更点としては……

・チラシ配りに紗夜も参加
・香澄の提案に友希那が薄っすら気づいた様子を見せる

こんなところでしょうか。ここまで来ると殆ど変更点が無くなって来ますね……。

また、イメージ19以来……一年以上越しに梨花が久しぶりの登場となりました。彼女を今後出せる機会はあるんだろうか……?その辺りは恐らく今後の展開次第なんでしょうね。

次回はメインストーリーの21話を予定しています。進み具合が良ければ次回で22話まで入りますが、完結までは今回を入れずに後二回必要だと思います。


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パーティー19 開催、ガールズバンドパーティー!

メインストーリー21話から22話の前半です。

ヴァンガードでのバンドリのパックは予約が間に合わず、次の入荷が分からないとのことだったので、Roseliaデッキを作るべくデッキに必要な50枚+αを魂のバラ買いしてきました(笑)。その結果16000吹っ飛びましたが、後悔はしていません。

それにしても、『FIRE BIRD』を使った際にグレード3の友希那が得られるスキルと『ドラゴニック・オーバーロード』のスキル……ブシロードさん狙いましたか!?
カード見た時物凄いビックリしてました(笑)。

ヴァンガードifでは久々にミサキとシンさんが出てきましたね……やせ細ったシンさんを滅茶苦茶心配しました(汗)。ミサキの『じゃまー』の文字の位置は完全に狙ってましたね……(笑)。

ガルパピコの11話は……気にしたら負けな内容でしたね(笑)。みんなあの後帰れるんだろうか……?

また、『Wahl』はフラゲで購入しました。『Song I am』を中島由紀氏の言いつけ通りに聴いてみたら「なるほど!」となったので、まだ聴いてない方はこの方法で聴くのをオススメします。


予定を決めてから数日間、五バンドは自分たちの演奏する曲と、最後に代表の人たちが集まる曲の練習をしていく。

全て順調に行けるかと言われれば、必ずしもそうなる訳ではなく、一つの問題が発生する。

 

「白鷺さんからで、急な仕事が入ってしまったそうです」

 

「『何事もなく』……は難しそうだな」

 

このタイミングで千聖に急遽仕事が入ってしまい、予定をある程度ずらす必要が出てきた。

幸いにもイベントに参加できないと言う事態は避けられているので、そこの心配はしないで良いのは救いである。

 

「だからこそ、私たちでサポートしていかなくちゃね」

 

まりなの声に貴之も頷く。イベントを成功させる為にも、できることはまだ残っていたのだ。

今回のイベントでは、ポピパ、パスパレ、アフグロ、ハロハピ、Roseliaの順で演奏を行った後、最後に代表の人たちによる曲を行う予定にしているが、千聖の仕事の都合上、パスパレとアフグロの順番を変更しようと言う提案を紗夜が出す。

前回のミニライブとは反対に、今回はガールズバンドらしさの強いポピパからのスタート、その後に話題性、勢い、パフォーマンス、技術力と緩急を付けたものにしているが、今回のずらし程度ならそこまで問題にはならないと判断された。

提案に対して賛成の旨を蘭が告げてくれたこと、アフグロとパスパレのメンバーが反対しないことからこの提案は可決される。

 

「紗夜先輩……凄い手馴れてますね」

 

「生徒会に入っている都合上、こう言うことは結構多かったものですから慣れました」

 

──そこでの経験が役に立ったのなら何よりです。この答えを聞いた巴はなるほどと納得した。

この後は時間もないので、リハーサルを順番に行って解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日は最後まで手伝ってくれてありがとうね」

 

「いえ、残すところ今日と明日だけでしたから、大丈夫ですよ」

 

五バンドが解散した後。最後の確認を済ませた貴之はまりなに礼を言われる。

正直なところ、非常に充実した時間を貰えているので寧ろ自分の方が礼を言いたいところだが、それは野暮なのだろう。

 

「どうだったか?今までやってみて」

 

「友希那やみんながどんな風にバンドをやっているか知りたい……そう思って最初はここを選んだんですけど、今なら選んで良かったって思えますよ」

 

選んで正解だったと言われるだけでも、まりなに取っては非常にありがたかった。ミニライブ前の合同練習では人数比率もあって、無理をしていないかが不安だったことも大きい。

しかしながら貴之自身は意外にも平気で、それどころか一部の人とは友好関係を気づいている程順応している。貴之の人格はこの職場での適性が高かったのだろう。

今回は『ヴァンガード甲子園』の開催が決定してしまったので断念されたが、それが無ければ続けてもいいと思っているのを見る限り、貴之も仕事が楽しかったと見ることができる。

 

「限られた時間をやりきって、次の目標も見つかる……。それならここに来た意味はあったようだね」

 

二人で少し話していたところに、オーナーがやってきて声を掛けてくる。

彼女の表情は確かに笑みだが、どこか疲れた様子が見えていた。

 

「オーナー……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ──。と胸張って言えたら良かったんだけど、そろそろ歳に勝つのが難しくなって来たね……」

 

今日まで杖を使わず歩いていられたオーナーだが、日に日にそれが厳しくなっており、限界が近づいていた。

こうして手ぶらで歩いて居られるのも今月──良くても来月までが限界であり、そこまで来たらここのオーナーも引退するつもりでいる。

しかしながら、ここまで健康体を保ってきたのも日頃の賜物で、オーナーが如何に健康的な生活を送ってきたかが伺える。

 

「場所……移しますか?」

 

「いや、いいさ。長い時間杖を使わないでいたいなら、健康に気を遣うんだよ?」

 

無理をさせるわけにもいかないと感じた貴之も提案を出すが、それを断ったオーナーからの言葉に頷く。

目の前の人が送る言葉は、長い道を歩んできた故の経験から出されるものであり、非常に助けになるのだ。

 

「そう言えば、俺のことを以前『面白い目をしてる』って言ってましたけど、あれって一体どういう意味ですか?」

 

「あれかい?アンタ、他の同年代と比べて思いっきり前に進める割には年相応かそれ以上に落ち着いてるからね……。それが目から伝わってきたから、そう評したんだよ」

 

それを聞いてなるほど……と言いかけた貴之だが、オーナーの目から『もう一つは聞けそうに無いから言わなかった』と言う旨を感じ取ったので、やはり気づいているんだなと悟る。

オーナーと一対一や、『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』のことを知っている人とだけならまだいいが、今回のように何も事情を知らないまりながいるような状況ではおいそれと話す訳には行かない。

そこから後は友希那との関係で若者の青春話しでオーナーが『そんな時期もあったね』と懐かしさを感じた後、今回見つけた貴之の目標に対して一言大事なことを告げる。

 

「今度は()()()()()()()()()やりきるんだよ。いいね?」

 

「……はい!必ずやり切ります」

 

貴之が瞳に強い意志を宿し直したのを見て、オーナーは満足げに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日は順番が少し変わるんだったよね?」

 

「アフグロとパスパレの順番が変更になるらしいぜ。多分急用が入り込んだな……」

 

やって来たイベント当日。受付の方でチケットの確認も済ませた八人は会場の中で今日のプログラムを確認する。

予想としては千聖の多忙さで、あまりバンド事情を知らなくとも大方察しできる内容であった。

建て直しが出来て暫くしたこのタイミングで演奏できずじまいになると最悪なのだが、ここは間に合うことを信じるしかないだろう。

 

「えっと……お約束が必要な順番は変わらないんだよね?」

 

「今回は変わらないぞ。そう言う意味では良かったのかもな」

 

ご定番のお約束が必要になるのはポピパとハロハピなのだが、幸いなことに両チームとも順番は変わっていない。

一応こんがらがってしまった時の為に催促をする準備をしていた俊哉だが、今回は念の為で済みそうだと分かって一安心だった。

彼らが確認している中、貴之はステージ裏で出だしが失敗しないように準備をしていた。

 

「……よし。これで問題無いな」

 

「うんうん。バッチリだね♪」

 

まりなからの太鼓判も貰い、今回も問題なくできたことに貴之は安心する。

ここまで来ると、貴之に残された仕事は最後の曲を行う際の再調整程度しか残っておらず、もうじき自分がここでバイトすることも終わりが近づいているのを意味している。

早かったな──と思い出にふけるのは後回しにし、時間も来たのでポピパの五人に一声掛けて開幕のブザーを鳴らした。

 

「この前も言ったけど、今回は最初から来るぞ」

 

「ポピパのお約束、覚えてるな?」

 

確認を取れば、全員が頷くのでその心配は無かった。

 

「ポピ」

 

『パ!』

 

「ピポ」

 

『パ!』

 

「ポピパパピポ」

 

『パ!』

 

以前は俊哉と竜馬以外は全員が乗り遅れてしまったが、今回は全く問題なしに乗っかることができた。

また、ライブが始まって少ししてから俊哉が全員して同じTシャツを着ていることに気付く。

 

「あれ、新しい衣装……とは違うよな?」

 

「今日の為に用意したとは思うけど……何だろう?」

 

梨花も何らかの意図があるだろうことは予想しており、次のチームが来れば分かるのではと結論を出す。

そうしてポピパの演奏が終わり、アフグロの番が来て五人が登場した時もポピパの五人と同じTシャツを着ていた。

 

「多分、今日の為に全員分同じのを作ったんだな……」

 

「異なるチームでも、バンドへの気持ちは同じ……なのかもしれないね」

 

竜馬がTシャツに関して確信し、一真が意図を考えるように、周りの人たちも少しずつ気付き始める。

ライブで伝わる熱も、それによって更に増すと言う相乗効果も起きており、観客側と演奏側の双方に楽しさとそこから来るドキドキを感じさせる。

イベントの熱が上がっていく中、早くも二バンド分の演奏が終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

時間は少々遡ってパスパレの出番まで15分前に遡る。ポピパの演奏が終わり、アフグロが演奏している最中で、かなりの盛り上がりを見せていたが、懸念していることが一つだけあった。

 

「千聖ちゃん……間に合うかな?」

 

花音が危惧している通り、この時間になってもまだ千聖がこちらに到着していないのだ。

まだギリギリ大丈夫な時間ではあるが、これ以上遅れると急遽順番変更が必要になるかもしれない可能性が出てきていた。

 

「一応もうすぐ着くって10分前には連絡来てるが……瀬田さん、どう思う?」

 

「その事なら心配はいらないさ。彼女は昔から、仕事に穴をあけるような人では無いからね……必ず間に合うさ」

 

ここで貴之が薫に確認を取ったのは、彼女と最も縁が深い人だからである。その薫が保証するのなら問題ないだろうと貴之は判断する。

以前話してもらったパスパレを抜けようとした選択肢も、仕事がもう来ない可能性があったからであり、来る以上はそこに穴をあけないそうだ。

 

「そう言えばさ、10分前に来た連絡って電車を降りてすぐ?」

 

「いや、駅を離れて商店街通りだったから、流石にもうそろそろ……」

 

「ごめんなさい。今到着したわ」

 

──来るはずだ、と言うよりも前に千聖の声が聞こえた。薫の言う通り、彼女は仕事に対して誠実であった。

 

「よかったぁ……間に合って」

 

「これで心置きなく演奏ができますねっ!」

 

当然、これから共に演奏するパスパレのメンバーは歓迎ムードだったし、彼女が間に合ったことで大きく安心する。

 

「安心するのはいいけど、一個忘れてたね……」

 

「そうでした……千聖さん。着替えたらすぐ本番になっちゃいますけど、大丈夫ですか?」

 

「ええ。その為にしっかりと練習しておいたから」

 

彼女だけ碌に最終確認をできないまま本番にいくこととなるので、そこの確認をしたが至って涼しい笑みと共に返ってきた言葉で安心する。

早速控室に向かって行き、五分程でTシャツへの着替えとベースの準備を完了させ、いつでも演奏が可能な状態となった。

そしてアフグロの演奏が終わったタイミングで無事交代し、そのままパスパレの演奏が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

こうして千聖が間に合ったことで無事時間通りにパスパレの演奏は行われ、アフグロとパスパレの演奏順が入れ替わったことに察しを付けていた人たちに最大の朗報と共に安心を与えた。

突然の予定変更も無いので演奏側も観客側の熱も冷めることは無く、更に増していく結果となり、千聖もしっかりと演奏を決めて見せた。本人が練習してきたと言った自信を伺わせる。

無事にパスパレの演奏も終わり、次はハロハピの番となる。

 

「次はまたお約束入るぞ」

 

「ハロハピのは、大丈夫だな?」

 

ポピパと同じくお約束が存在するチームなので、ここで確認を取るのは忘れない。

今回は全員が頷いているので、問題は無いだろう。

 

「ハッピー!」

 

『ラッキー!』

 

「スマイルー!」

 

『イェーイ!』

 

無事に全員で乗っかることもでき、ハロハピ側からは今回の為にまた新しいパフォーマンスが用意されていたりで大いに楽しませて貰うことになる。

ステージ上なら思いっきり動けることもあり、こころはパフォーマンスが許される範囲で可能な限り歌いながら動いて、来てくれた人を楽しませていたことを記しておく。これも彼女の信念と体力、そして意志がやり遂げさせたのだろう。

 

「おおっ!?友希那たちのTシャツ姿とか始めてみたかも……」

 

「確かに、知っている限りじゃ友希那は今日まともにその姿見たかもな……」

 

ハロハピの演奏が終わり、次はRoseliaの番になる。パスパレ以降もそうだが、全員が今回は同じTシャツを着ている。

これがバンドをしている時の楽しさや、イベントを成功させたい気持ちが皆一緒であることを示しており、全員が着ていれば十分に伝わる。

その抱いている気持ちは技術力最優先のRoseliaでも例外ではなく、自分たちの技術が生み出す音楽にその気持ちも乗せて歌うことで伝えに行く。

技術は元より持っている部分だが、楽しさとイベントに対する気持ちを乗せられるようになったのは、間違いなく他チームとの交流の賜物である。

今まではイベントに対する想いはあれど、それは『絶対に成功させる』と言う決意に近いものであり、『成功させたい』と言う気持ちとは異なってくるものである為、今自分たちが奏でている音は今までとは似ているようで違うものになっているはずだ。

 

「(ポピパの楽しさ、アフグロの勢い、パスパレのプロ意識、ハロハピのパフォーマンス、Roseliaの技術……)」

 

──それを全部合わせたら……こうなるよね?今日の締め括りに演奏される曲の歌詞を浮かび上がらせた香澄は一人、満足げな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「もう次が最後かぁ……」

 

「あっという間だったわね!」

 

最後の曲を演奏するために、一度楽屋に集まって話し合っていた。

いつも以上に一体感があった、来てくれた人たちは楽しんでいた等、ライブをする側ではよく話す内容から、互いの演奏はどうだったかと言ったこの時しか話せない内容までもある。

 

「ところでさ、最後の歌詞はどうするの?まだ決まっていないよね……?」

 

「ええ。これが一番大事な曲で、最後の締め括りになる歌詞は何よりも重要なもの……これを今日まで決めないでいたものね」

 

集まっていた一番の理由であり、最後で最大の問題点だった。

今回のライブを通して出てくる言葉は多いのだが、一言で表そうとするとかなり難しくなってしまう。それが難点だった。

 

「(うん、やっぱりこれだ!)」

 

香澄が確信を抱いた笑みをしながら頷いたのが見え、歌詞が思い浮かんだのかを問えば頷く形で肯定が返ってくる。

 

「最後の歌詞は──『ドキドキで楽しい』……これしかないと思うっ!」

 

特に難しかったり、捻った言い回しではなく、いっそ清々しいほどストレートな歌詞を香澄は選んだ。

 

「けれど、そのストレートすぎる歌詞が一番いいのかもしれないわね?」

 

「来てくれた人たちにも、私たちの気持ちが伝わりやすいと思うのでっ!」

 

この選択は悪いわけではない。それどころか、今回作った歌詞を考えると変に捻る方が合わないし、この歌詞が非常に合っているのだ。

 

「確かに、あれこれ変に考えるよりは全然いいね」

 

「しっかりと伝えられるならその方がいいわよっ!とてもいい歌詞ね!」

 

「作った曲の歌詞にもピッタリだし、いいと思うよ♪」

 

歌詞に関しては全員が満場一致で賛成になり、最後の曲を演奏する為に代表のメンバーがステージに上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、戻って来たぞ……」

 

「メンバーが結構特殊なのかな……?ボーカルの子は全員出てるね」

 

ステージに戻ってきたメンバーの構成を見て、何かがあることに気付く。

恐らくその何かをする為に適任とされた人たちなのだろう。ボーカルはチームの代表だとも推測できた。

 

「皆さん、今日は来てくれてありがとうございますっ!」

 

香澄の感謝の一言に、観客側たちは歓声でその旨を伝える。全員が楽しんでいることは紛れもない事実である。

全員が同じTシャツで一体感を表したり、それぞれのチームの音によるそれぞれの良さを知ったりと、楽しめる要素はどこにでも存在していた。

 

「残念ですが、次で最後の曲になります」

 

彩からの告知に「えぇ~っ!?」と残念がる声が出てくるが、これもお約束に近しいものである。どんなものでも、楽しい一時が終わるのは寂しいのだ。

 

「次の曲はバンドの垣根を超えて、私たちで作った新曲です」

 

友希那から曲の出来た経歴を聞いて「おぉっ!?」と声が上がる。今日着ているTシャツの意味合いの一つはこれでもあるので、それが知れると非常に嬉しかった。

 

「このパーティーに来てくれたお客さん、それからあたしたち……全員が同じ気持ちになってくれていればいいなと思って作りました」

 

──その想いが届いてくれたら、嬉しい。蘭の言葉が着火剤となり、話しを聞いている人たちがその曲を演奏してくれと言わんばかりに歓声を上げる。

 

「それじゃあ、行くわよーっ!」

 

来てくれている人たちが待ちきれないのを察していたこころが合図を行い、その曲の演奏が始まる。

曲名は『クインティプル☆すまいる』。今回のイベントの為に集まったバンドが気づいた、『演奏している時の共通した想い』を詰め込んだ曲である。

この曲は自分たちの想いを観客に届け、全員で共有する為に難しい言葉は使われておらず、ストレートな歌詞が揃っていたり、早すぎる曲調だと伝わりづらいので少しゆっくり目の曲調にされていたりと、至る所にまで工夫を凝らしていた。

難しい表現は必要ない。ただ、自分たちが演奏を通して感じたことを奏で、歌えばいい。

このパーティーを通して感じたこと、『ドキドキで楽しい』──それが伝わることこそ、一番の成功なのだから。

 

「(今なら心から歌うことができるわ……この曲を)」

 

もちろん、その中には少し前まで思いつめた様子が多く、音楽を素直に楽しめなかった友希那も含まれていて、歌っている彼女は笑っていた。

 

「ありがとうございましたーっ!」

 

曲が終わった後の挨拶を聞き、全員が一斉に歓声を上げる。今までで一番大きいと断言できる声量だった。

 

「おい俊哉、こうなったらやるしかねぇよな!?」

 

「当たり前だろ?んじゃ早速行くぞ!」

 

──何をやる気なんだ?見ていた六人は疑問に思ったが、それは直ぐに分かることだった。

 

「「アンコール!アンコール!」」

 

『アンコール!アンコール!』

 

俊哉と竜馬が出した声が皮切りにそこらで『アンコール!』の声が響き渡る。

 

「まあやっぱりやるよな……」

 

ステージ裏で見ていた貴之もこれに関しては予想しており、それだけ来てくれたみんなが楽しんでいたんだろうことを確信する。

どうするのだろうと思いながらステージ裏にいる25人を見れば、もう早速話し合っている様子が見えた。

 

「みんな、まだ行ける!?」

 

「勿論よ。それで順番はどうするの?」

 

話し合った結果、最初のチームが演奏する曲を決めてステージに上がり、それと同時にまた大きな歓声が聞こえる。

全チームが再び一曲ずつ演奏する形になり、今回のイベントは大成功と言う形で収まった。




大方本章の内容が終わって来ました。今回の変更点としては、最後の曲を演奏している際に、友希那の独自が追加されたのと、途中で貴之、まりな、オーナーの三人による会話シーンを差し込んだくらいですね。

今行っているアンケートは本章が終了するまで行うつもりでいます。

次回はメインストーリー22話の後半を書いて本章を完結させたいと思います。
その後に没案となった紗夜がヒロインだった場合の話しの一部抜擢を書き、書き終わったらRoseliaメンバーによるヴァンガードファイトイベント、イベントストーリー『Neo Fantasy Online -旅立ち-』、アニメ1期のOVAにあった海のイベントorイベントストーリー『夏にゆらめく水の国』と書く予定でしたが……。
先日に発売したバンドリのパックのこともあるので、本章を書き終わったら一回だけ番外編として、バンドリのデッキを使ったファイトの話しを書こうと思います。
この話しに関してはストーリーとは関係無しの、そのデッキを使ったファイトの様子を一つ書いていくつもりです。

メンバーは担当者は友希那と……ボーカルの誰かを予定しています。各チームのグレード3は全員ボーカルですしね。


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パーティー20 パーティーを終えて

これにてガルパメインストーリーが完結となります。思ったよりも早く終わりました。

今回は22話の入りきらなかった部分と+αです。

ガルパピコの新聞の記事は今まで放送されてた内容でしたね……。余談ですが、新聞紙で一般的なガラスを割る場合、880㎞/hで投げればいいらしいのですが……マシンとかでも無ければ厳しそうです(汗)。

ヴァンガードifも伊藤健太郎氏の乙女演技だったりで大変カオスなことになっていました……伊吹も久々にファイトが出来てご満悦で(笑)。とまあ、ギャグ面に触れても面白いのですが、アイチのことに触れだしたので話しが動きそうな予感もしてきました。


「よし。これで片付けも終わり、と……」

 

イベント終了からおよそ一時間程。まりなやその他スタッフの人と共に片付けを行い、完了させていた。

これで貴之のバイトとしての仕事も全て終了と行ってもいい状態になり、強いて言えば最後の打ち上げに参加するくらいだった。

とは言え、それはほぼ仕事の内に入らないものである為、そこまで気にする程のものではない。

 

「本当にお疲れ様。でも、これで遠導君が暫くここで働かないってなるとちょっと寂しいかな……」

 

まりなの言葉は本音であり、貴之の順応力にはかなり助けられている。

同年代と比べて対人経験が多いのも手伝い、接客が非常に得意だったことを表すかのごとく利用してくれる人からはいい声が多かったのだ。

貴之は殆ど出だししか助けていないと思っているかも知れないが、その出だしの補助が成功に大きく貢献している。何事も最初が肝心とはよく言ったものである。

 

「既に行く道を決めてる人に無理を言う訳には行かないんだけどね……こっちとしては助かるからいて欲しいし、何とかならないかなぁ……」

 

「『ヴァンガード甲子園』事態は冬間近に開催ですし、早めに来るとしても年末でしょうね……」

 

時期が時期である為、こちらで再び働くには暫く時間がいることになるだろう。

何しろ『ヴァンガード甲子園』の開催が決定したことにより、中間試験が終わって少しすると『ヴァンガード甲子園』、その後少しすると期末試験と言う恐ろしい日程が出来上がっているのだ。こうなると終わってすぐは無理がある。

そうなれば仕方ないので、貴之の選択に委ねることとした。

 

「どうするかは自由だけど……戻ってくるのなら、ちゃんとやりきってからにして欲しいね」

 

「……オーナー?」

 

「(まあそうなるよな……)」

 

こちとら目の前で宣言しているのだから、それは守る必要がある。

振り返ってみれば、オーナーは非常に上機嫌であることがわかるくらい、表情が緩んでいた。この表情を見れる辺り、今回は誰から見ても大成功で間違いない。

 

「いいもの見せてもらったよ。やっぱり、あの子たちに任せるのは正解だったね」

 

ミニライブ終了直後のまりなが出した考えは、オーナー自身も推しており、それが実を結んだことで大いに満足していた。

自分がオーナーとして活動できる時間も短くなっているので、なおさら嬉しいのだろう。ここまで素直に称賛されれば、まりなも照れた様子でそれを受け取る。

また、貴之が『ヴァンガード甲子園』に出るという話しを依然聞いていたので、オーナーは忘れずに一言告げて置くことにする。

 

「アンタにはこの先また、新しく壁がぶつかるかも知れない……それを乗り越える時は、ちゃんと自分が納得行く方法を見つけるんだよ?そうじゃないとやりきったと言えないからね」

 

「はい。俺の為にありがとうございます」

 

何も壁が無く超えられるなんてはずは無いので、今のうちに言ってもらえるのは非常にありがたいことだった。

『ヴァンガード甲子園』は団体戦である以上、自分だけが強くても意味はないのだ。だからこそ、そうなった時に納得できる形を探すことは大事である。

頼られたら迷わず手伝うし、自分を助けてくれる人がいるなら素直に頼る。どうなるかは分からないが、まずはそこからだろうと貴之は考えた。

 

「今日はよくやってくれたよ。後は無理しないでしっかりと休んで、明日以降に差し支えないようにね」

 

オーナーの労いの言葉に皆で返事を返し、お疲れ様と言葉を送り合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ライブ、大成功だったね♪」

 

片付けも終えた直後、今回のイベントで演奏を行った25人とまりな、貴之の27人で打ち上げを行うことになった。

演奏側も見ていた側も同じ考えであることから、今回は正真正銘の大成功で間違いなしだろう。

 

「いや~……蘭が楽しそうにやってて何よりだよ~」

 

「アタシもだよ。友希那があれだけ思いっきり笑っててさ……ホント一安心♪」

 

「こっちも、こころがちゃんとやってるんでホッとしましたよ……」

 

「彩ちゃんも慌てたりしなかったから、私も嬉しかったわ」

 

「何だろう……私が香澄に対して考えてたのと似たようなコメントがずらりだ」

 

様々なバンドに一部の人に対する保護者的な存在はいるようで、有咲は既視感(デジャヴ)を感じる。

これには沙綾も苦笑するしかなく、他のところでも出てきそうだと思った。

 

「そう言えば遠導君、今までやってきてどうだった?」

 

「今までですか……最初はほぼ30人を前に黒一点とか、大丈夫なのか?って不安になりはしましたけど……」

 

この切り出しに関しては問いかけたまりなも、話しを聞く皆もしょうがないと思った。自分が逆の立場だったら気が気でない可能性があるからだ。

 

「でも、実際にやって見ればそんな人数差なんて気になりませんでしたし、俺が気になってたバンドやライブの様子。それができるまでの過程だったり、演奏する側の想いだったりを身をもって知れたのは一番大きな収穫だったと思います」

 

ここに来て良かったと、貴之は心からそう思えた。この言葉には演奏していた25人も安心であり、貴之に自分たちの演奏が確かに届いていることを教えてもらえた。

 

「さてさて……遅くなりすぎると大変だし、始めちゃおっか♪」

 

「じゃあ、香澄にお任せかな?」

 

「うん。香澄の提案のおかげだし」

 

有咲とたえが勧めれば他の人もうんうんと頷くので、香澄は慌てる。彼女自身は自分よりもその発想の貢献をしてくれた貴之の方が合っていると思ったからだ。

 

「いや、サッカーでいう所のパスしかしてない俺が、ウイニングシュート決めた戸山さんより合ってるはないと思うぞ?」

 

「だ、だって!それが無かったらできなかったかも知れないんですよ!?」

 

「気持ちは分からないでもないが……そもそも俺は今回、戸山さんたち25人のヴァンガードを支えるリアガードだったんだから、それをやるのはお門違いなんだよな……」

 

貴之がこれをやってしまったら出張りすぎになってしまうので、それは避けたいところだった。

もう一つ言ってしまうと、貴之は提案を出せても実行ができないので彼一人ではそもそもが詰みなのである。

 

「それに、ヒントをものにしてここまで持ってきたのは戸山さんなのだから、誇ってもいいはずよ?」

 

友希那の言葉に全員が同調し、今度こそ香澄がやるべきであることを知らせる。

こうなれば流石に香澄も腹を括り、「あんまり上手いこと言えないけど……」と前置きを作る。

 

「ライブイベント、お疲れ様でしたっ!と言うことで、今回の成功を祝して乾杯ーっ!」

 

シンプルだが、言いたいことがちゃんと分かる内容に同意して皆で乾杯の声を上げる。

そこからは皆で用意された軽食を食べたり、雑談したりの時間になる。

 

「遠導君、今回は本当にお疲れ様。おかげで助かっちゃったよ♪」

 

「いえ、これもまりなさんたちが教えてくれたおかげです」

 

25人がいろんな人たちと話している中、貴之は少し外に外れてまりなと会話することになる。

お互いが呼ばれたら行こうかくらいの考え方であったことと、最初から混じるのはどうなんだという考えが一致していた結果である。

 

「全国からヴァンガードをやってる人が集まるんだよね……会場はどこだか出てるの?」

 

「まだ出てませんけど……多分どこかのドームとかアリーナになるんじゃないかと思います」

 

名前で野球の方と同じく広い会場を使わせてもらうのだろうことは予想出来ている。

大きな違いとしては、こちらは芝生を足場にした会場になりそうなことと、会場のど真ん中でファイトすることになりそうなことだった。

貴之もそうだが、大会に出るほどのファイターたちは基本的に会場慣れしている為、変に緊張する可能性は低い。その為仲間内でそれを心配することは無いだろう。

 

「会うとしても来年になりそうだった相手とまた会えるって考えると、早速楽しみになってる俺がいるんです……」

 

「そこはもうヴァンガードファイターとしての性分……なのかな?」

 

まりなの確認に、貴之は頷いて肯定を返した。

貴之は他の地方でも交流を重ねたファイターがいるので、彼らと再会できる可能性を考えると嬉しさが勝るのだ。

ここからは再びデッキの調整や、強そうなファイターがどれだけいるかを確認する必要があるだろう。

 

「何か目標は決まってるの?」

 

「あそこで今度はグレード4を使わずに勝つ……これだけは絶対にしてます。自分のやったことに責任を取るって感じにもなるんですけど……」

 

──俺が納得する形でやりきるには、それが必要ですから。この事で誰かと衝突したとしても、貴之はこの考えだけは譲らないだろうと確信している。

自分が長年勝ち悩んで『ヌーベルバーグ』を使った結果が、今の『勝ち抜くためにはグレード4が必須になるのではないか?』と言う空気を作ってしまっているので、その流れを止めたいことと、やはり『オーバーロード』を使って勝ちたいことが重なった。

一真のように一度優勝をしてからだった場合は『更なるステップアップを目指した』で終わったのだが、こうなった以上貴之は『勝ち抜くためにグレード4が必須ではない』ことを伝える必要がある。

 

「頑張るのはいいけど、それを重荷にしちゃダメだよ?」

 

「そうですね……結構難しいことをやろうとしてるんで、気を付けます」

 

始める前から己に制約を掛けているので、そこを心配されるのは止む無い事だろう。

故に貴之もそれは素直に受け止める。誰かが気に掛けてくれるのはそれだけありがたいのだ。

そうなれば貴之も焦らずに進んで行こうと思えるし、気持ちをリセットすることができる。

 

「貴之~、今いい?」

 

「……ん?」

 

リサに呼ばれたので見てみると、そこには友希那、リサ、たえと少し変わった組み合わせで集まっていた。

特に断る理由も無いので、まりなに一言入れてそちらに足を運んで行く。

 

「こりゃ一体どういう組み合わせだ?」

 

「貴之、私たちとあなたは一度別れて、その後再会したのは覚えているわね?」

 

友希那の問いかけには頷くことで肯定を示す。

何故そんな話しを?と疑問に思わないわけではないが、その話しが出たことである程度察しが付いた。

 

「花園さんも一緒に過ごしてた幼馴染みがいる……ってことか」

 

「はい。一人、同年代の女の子が」

 

彼女曰く、貴之の経歴を聞いてその人のことを思い出していたそうだ。

それ故にどうしていたかを友希那たちから聞いていたらしく、離れた側の貴之からも話しを聞きたいそうだ。

 

「私にできること……何かあるのかなと思って」

 

「……なるほどな。俺みたいに離れた側だったなら戻れる提案が来たら乗っかるがあるけど、残る側だったらか……」

 

これは友希那たちの方が経験しているが、貴之はそうでない為憶測の域をでない可能性が高くなってしまう。

ちなみに二人の場合は信じて待つと言うのが結論だったらしく、友希那はその時の為に歌の技術を磨いていた。

参考人である友希那の立場として考えて見るが、貴之も同じ答えが出ることになる。

 

「やっぱり、その人を信じて待つ……それしかできないけど、それが一番だな」

 

「それしかできないけど一番……?」

 

少々困惑した状態で考えるが、確かに残る側が探しに行っても見つけられる保証は無いし、信じて待っている方が離れた側が戻って来た時に喜びを多く与えられることに気付く。

矛盾を孕んでいるように見える貴之の発言は最も的を得た言葉であり、整理できたたえは納得して頷く。

 

「ありがとうございます。信じてみます」

 

「うん。それが一番だよ♪」

 

たえは納得できたらしく、頭を下げながら礼を言って自分たちのところを離れる。

 

「考えもしなかった共通点だな……」

 

「確かに、話してみると見つかるんだねぇ」

 

「私たちと話したことが、少しでも助けになればいいけれど……」

 

この後たえから聞いた話しを教えてもらったところ、どうやらその幼馴染みとは別れ際に『一緒にバンドをやろう』と約束していたらしい。

どれくらいの期間をやるまでは決めていなかったようなので、最低限一回でも出来ればいいのではないかと考えるが、そこは彼女らの匙加減が出てくるだろう。

また、その時考えられるのはたえがポピパとその幼馴染みのいるチーム、二つの内どちらかに決めなければならないタイミングが来る可能性があるので、その時は彼女の友人と幼馴染みの間にある信頼が試されそうだ。

 

「目先の目標、決まったのよね?」

 

「ああ。と言っても、メンバー探しが大変そうだが……」

 

「あはは……流石に、貴之たち程勝ち意識を強く持ってやってる人はそう多くないもんね」

 

見つかったのはいいが、早速最大の問題点が待っていた。

夏休みに入ってしまったので、実際のメンバー探しは休み明けからになるが、そもそも他の人たちに遠慮されそうな危惧が強い。

これは友希那たちがメンバー探しをしていた時と同じで、他の人たちが『足を引っ張りそうだから』と躊躇ってしまうのだ。この辺りが長年の努力を積み重ねた証拠と弊害だった。

 

「私たちの時とは違って、学校内で探すのだから手伝えないのよね……」

 

「そこだよねぇ~……アタシたちの時は他校の人も大丈夫だったし」

 

今回のメンバー探しはかなり難易度が高いことになるのが予想された。この時友希那とリサが歯がゆく感じたのは、以前にかなり手伝ってもらったからに他ならない。

片や相手側のチーム結成に関して大いに貢献したのだが、もう片方はチームメンバー集めの手伝いがほぼできない。それは結構辛いものがある。

 

「まあ、手伝えそうだったらでいいさ……運が良ければ何もせずに来てくれるかも知れねぇから」

 

先程遠慮する可能性があることを言ったが、それと同時に『一緒に戦いたい』と願ってくる可能性も考えられるのだ。

結局のところ天に身を任せながら自分たちも頑張って探すしかなく、場合によっては手伝いあるなしでもあまり変わらなそうでもある。

 

「後はデッキだな……『グレート』を軸のまま改良していくか、それとも別のを軸にするのか……」

 

「今、お取込み中かしら?」

 

思考の海に入りそうになっていた貴之は、声を掛けられたことでそれを脱して聞こえた方へ振り向く。

そこにいたのは千聖で、別に大丈夫なことを告げる。友希那も千聖と少し話してみたいと考えていたので、混ざってもいいかを考える。

──ねぇ、何ですぐにそうするの?と、リサが問いかけようとしたところに、誰かが彼女の肩を掴んだ。

 

「湊さん、貴之君。こちらの行き遅れ予備軍の方を連れて行きましょうか?」

 

「えっ?紗夜?ちょっと待って……行き遅れ予備軍って何!?」

 

その本人は紗夜で、どうやら千聖や貴之のことを気遣ってリサの引き剝がしを考えていたそうだ。

友希那は大丈夫だとしても、リサが毎回毎回貴之に例の目を向けていたら気が重くなってしまうので、たまには何も気にせず話すのもいいだろう──。と言うのが紗夜の考えである。

 

「そうね……私も彼女と話して見たかったし、お願いしてもいいかしら?」

 

「あ、あれ?友希那がすっごい乗り気なんだけど……?」

 

「では、決まりですね?」

 

──お二人もいいですか?紗夜が何で問いかけたのかと思えば、隣にあこと燐子(協力者二人)が控えていた。

部活ではダンス部とテニス部を掛け持ちしている建前、体力等にはそこそこ自信のあるリサだったが、流石に三人には勝てないだろうと考える。

 

「じゃあ、リサ姉はあこたちと向こうに行こーっ!」

 

「友希那さん、貴之君。白鷺さんとごゆっくり」

 

一先ず千聖ら三人が話し終えるまでの間リサを抑えられればいいので、その時が来れば彼女を解放する算段である。

こうしてリサが抗議の声を上げるも、成す術無く三人に連行されて引き離されていくのであった。

ちなみにこの後話している間も、リサがそちらの様子を気にする度に三人──中でも特に紗夜がその行動を取る度に行き遅れになりたいかを煽って止めにかかっていたことを記しておく。

 

「えっと……あれは放っておいて大丈夫なのかしら?」

 

「まあ、あれはリサもリサだし……大丈夫よ」

 

「(そういや、俊哉が紗夜と結託してたんだっけ……?)」

 

頼んだ身ではあるが、結構な強硬手段だったことに千聖も少々困惑気味である。

リサがああいう問いかけや目の向け方をするのが、最初の数回程であれば友希那も止めに入ったかも知れないが、貴之が事あるごとに何回も向けられている為に今回はスルーを選んだ。

また、貴之だけは俊哉から連絡でこれからそうするかも知れないと言う旨を聞いており、このまま玲奈が加わったら凄いことになりそうだとも思っていた。

 

「まああっちは暫く任せておくとして……どんな話しをしようとしてたんだ?」

 

「二人は幼馴染みだったのよね?昔と今で変わったところとか、少し聞いてみたかったの」

 

「なるほど……リサはあまり変わっていないけれど、私と貴之は結構変わったかしら?」

 

リサは出会った当時から明るめな性格は変っていないし、何かと気遣いできる優しさもそのままである。

対する友希那は内気だったのが収まり、大人しめながらも音楽には絶対の自信を持つ人になったし、貴之も特にこれと言った特徴もない普通の人から、諦めの二文字とはとことん無縁で非常に鋭敏な人になった。

また、貴之はヴァンガードを始めて以来、何かと頼られる機会が増えていったので、いい意味で最も変わったのは貴之だろう。変わり具合の多さなら、暴走時期から戻って来た友希那になる。

 

「ああ……最初の頃って言えば、友希那は結構……」

 

「だ、ダメっ!お願いだからその先は言わないで!」

 

「……それなら仕方ない。友希那がいいって言うまでお預けだな」

 

友治の陰に隠れることが多かったのを話そうとしたら、顔を真っ赤にしながら自分の方に両腕を伸ばして来るので流石にやめておいた。

何を言おうとしたのかが気にならないわけではない千聖だが、無理に聞けそうではないことを悟っているのでそれはしない。

 

「(彼……友希那ちゃんの慌て方を見てご満悦になっているわね)」

 

千聖は貴之の様子を見てそれを悟った。恐らく今後は狙ってやる可能性も出てくるだろう。

とは言え、友希那が気づかないか、気づいてもなおやり過ぎない範囲で赦すのなら構わないはずである。そう結論付け、深く追求しないことにした。

この話しを聞けない代わりか、貴之から『自分が先導者になる前』のことを教えてもらうことになった。

 

「俺は友希那の歌っていう先導が無ければ、そもそもヴァンガードを触れない可能性が極めて高かったんだ……。あそこが俺の人生で一番でけぇターニングポイントだったよ」

 

「……意外ね。遠導君のことだから、最初から自分で選んだのかと思っていたわ」

 

やはり昔を知っている身と知らない身では認識が変わるのだろう。今回は典型例だった。

それを知れて千聖は話して良かったと思えるが、昔話しは当然恥ずかしがる人も出てくるわけであり──。

 

「あの時の歌は大した技術も無いから、何度もぶり返されると恥ずかしいわ……」

 

「でも、それが無かったらこうしていることも無かったかも知れないし、この先何度も話すかもな……」

 

「それなら私もかしら?あなたが支えてくれたからこそ、こうしていられるのだから……」

 

「め、目の前で堂々とやるのね……?」

 

友希那が恥ずかしがったかと思えば、すぐ互いに惚気を出してきた。

だが、それだけ互いを大切に思っているし、ここまで長い年月を掛けたのならこっそりとしているのは性に合わなくなるのかもしれない。

いつか自分にもそんなが来るだろうか?そんなことを考えながら、千聖は自分の身の回りに幼少期と比べて結構変わった人がいることを思い出す。

 

「そう言えば薫も、昔はあんな感じじゃなくて、結構大人しかったわね……」

 

「本当?それは意外ね……」

 

「話すと分かることって、結構あるもんだな」

 

千聖曰く、幼少期の薫は今のように堂々としていなかったらしく、自分にちょっとした憧れを持っていたそうだ。

それと同時に、貴之は今でも彼女が千聖のことを信頼している様子を知っているので、それだけは忘れずに伝える。

どこで知ったかを聞けば、今日のパスパレの演奏開始前の時だったので、そこに居合わせた友希那も同じタイミングで知ったことを話す。

 

「ま、まさか……私がここへ急いでる間に……?」

 

その問いに頷くと、千聖が顔を真っ赤にして両手で覆うも、貴之は案の定全く動じなかった。

 

「あら、貴之は平気なのね?」

 

「俺にとっては友希那が一番だからな……友希那も、今の俺の立場だったらどうなると思う?」

 

「勿論、貴之と同じよ……私にとっても、あなたが一番だもの」

 

「(こ、この男……!本当にこれさえ無ければ良かったのに!)」

 

頭に血が上るのを感じながらも、自分がそうならないから彼もまた安全にいられると考えたら落ち着いた。

今、リサがこちらをかなり警戒しているからこそ、紗夜たちが引き離してくれたのだからこれ以上求めるのは高望みとも言える。

そもそも自分がそうなっていたら貴之は流石に拒否を示す可能性が高い。基本、日菜や巴のように兄弟姉妹がいなければ名前呼びをせず、更にはRoseliaと日菜を省いて全員にさん付け呼びなのも彼が『自分とそっちは距離がある』ことを教えようとしている証拠なのだから、その意志を無碍にするつもりにもなれない。

自分にとっての彼は、『時々話す異性の知人』でいい。しかもこちらの意志を尊重して話しをできる人なのだから、この距離感を続けられるだけ続ければ満足だった。

後はリサの警戒心を解けば友希那とも話せるのだろうか──?そんなことを考えながらちらりと貴之の方を見るが、非常に困った笑みと共に考える様子を見せる。どうやら彼でもまだ分からないらしい。

 

「ありがとう。色々話せて楽しかったわ」

 

「また今度、どこかで話せる時があるといいわね?」

 

そうして話し終えた後に別れると、ようやく解放されたのかリサが戻って来た。

 

「うぅ~……みんなして煽ってくる」

 

「まあ、半分は俺のせいでもあるんだが……」

 

「残り半分はリサ……あなたの自業自得ね」

 

確かに燐子の時だったり、冷たい当たり方をしない貴之は自覚をしていないわけではないが、リサも大分こちらに気を回しているのだ。これは仕方ないだろう。

 

「リサ、あなたも少し探してみたら?」

 

「そうだね……そうしようかな?うーん、でもなぁ~……」

 

「こりゃ、暫くダメそうだな」

 

変にこっちを気にするせいで紗夜たちが煽りに掛かったのだが、リサがこのままだとまだ続きそうであった。

 

「まあタイミング次第だし、変に考えすぎるのもいいわけじゃないんだけどな……」

 

「そうね。私たちの場合は本当に典型例だものね」

 

貴之と友希那の場合は本当に参考にならないだろう。ドラマの道なので本にしてみたらある程度読める内容になるかもしれないが、現実では参考にできる箇所が少なすぎる。

こうなるとリサも仕方ないと割り切り、タイミングがやってきたらその時と考えることにした。

 

「本当!?じゃあ、お姉さんにお礼言っておいてもらえる?」

 

「分かった。後で伝えておくよ」

 

その後ははぐみの家がやっている精肉店に小百合がよく寄っていることを話したり──。

 

「今思うと、気に掛けてくれる人って大事なんですね……」

 

「ええ。だから美竹さんも、いい友人たちを持ったと思うわ」

 

友希那と蘭が互いに身近な人の大切さを再確認したりして、打ち上げの時間を過ごしていく。

時間が来たら最後に皆で後片付けを済ませ、CiRCLを後にしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「終わってみればあっという間だったな……」

 

「次行く時からあなたがいないことを考えたら、寂しくなってくるわ」

 

その日の夜。もうすぐで日が変わろうかというタイミングで貴之と友希那は同じベッドで顔を見合わせながら横になっていた。今回は貴之の部屋で、既に消灯を済ませた状態である。

友希那は貴之が待っていると考えるだけで普段以上に頑張れることが多かったので、早めに矯正することを意識している。これで支障をきたしていたら中々笑えない話しだ。

自分だけではなく、貴之も貴之で合理的な理由で友希那に会う為の理由付けに使える手段が減ったので困りものである。

 

「けれど、お互いがやることをやって、また胸を張って会えるようにするだけ……そうでしょう?」

 

「ああ。そう言うことだからなおさらやりきって終わらせたいところだ」

 

結局自分たちはすぐにやることが決まり、思想も大体同じ──。それを再確認して二人で笑う。

何気ないことでも二人で話し、気持ちを共有できるのはとても幸せなこと。そんな日がいつまでも続けばいいなと思った。

互いの気持ちも、考え方も知り合ったことで、後はそこへ向けて進むだけであることを結論付けた。

 

「明日から……は、流石に休みか」

 

「ええ。だから、動き出すのはその次からね……」

 

思い切ってライブをした後なのだから、流石にインターバルは挟むようだ。

それは同時に、目指す場所へ進むのは一息で走ることだけではない。()()()()()()()()()と友希那が考えられるようになった証拠でもある。

この先もそうして進んで行けばいいと考えを纏めたところで、友希那が口元を抑えながら欠伸(あくび)をする。流石に疲れの影響による眠気が勝ったようだ。

 

「……そろそろ寝るか。こうして話すのだって、明日にもできるんだし」

 

「そうね。一度そうしましょうか」

 

最後にお休みと声を掛けてから二人は目を閉じ、暫しの眠りにつく。

バンドに掛ける想いや、それぞれのチームによる方針や演奏など、今回のイベントは双方にとって大きな収穫で終わるのだった。




以上で本章が完結です。もっと時間かかりそうだな?と思っていたらそんなにかかりませんでした……(笑)。

今回の変更点はほぼほぼ無く、貴之らの会話シーン追加くらいです。

ちなみに会話相手が全員幼馴染み持ちです。はぐみとは唯一幼馴染み関係の話しをしていませんが、小百合が普段立ち寄っている関係もあるので仕方ない面はあります。

アンケートの方ありがとうございました。最初はアニメOVAが圧勝気味でしたが、最終的にすっごい僅差に……OVAが優位に立ってたのは展開のおかげか、ポピパも出てくるからか……どっちかなんだと考えています。

ともあれこれで今後の予定が決まり……

バンドリパック発売記念のファイト回

没案になった紗夜がヒロインの話し数話分

Roseliaメンバーによるファイトイベント

アニメ1期OVAの海イベント

イベントストーリー『Neo Fantasy Online -旅立ち-』

の順番を予定しております。今後も楽しんで頂けたら幸いです。

次回はバンドリパック発売記念のファイト回を書く予定です。今後ともよろしくお願いいたします。


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先導者と蒼薔薇、夏の一時
サマー1 蒼薔薇の挑戦


俗に言う夏休み編に突入します。まずはRoseliaメンバーによるファイトイベント編を数話に掛けて書いていきます。

ガルパピコでまさかのガチホラーをやるとは思わなんだ……(汗)。きさらぎ駅……線路を歩いたら帰ってこない……前に聞いたことあるぞこれ!?と思ったのは私だけではないはず……。
ちなみにこのネタ、アニメだとガルパピコが初めて使ったアニメ作品になります。本当になにやってんだ……(汗)

ヴァンガードifは櫂の境遇が大分変っていましたね……。詳しくは後書きで記載します。

後、ガルパの☆4キャラ交換券獲得ガチャをまだ回していないので、後で回して来ようと思います。


ガールズバンドによる合同ライブイベント──『ガールズバンドパーティー』が終わってから三日程経ったある日のこと、Roseliaの五人はCiRCLで練習をしていた。

貴之がここでのバイトを終えたので、もうここにはいないことを思い出した友希那が一日目にショックを受けることはあったが、それ以外は特に問題なく普段通りの練習ができている。

最後の通しも行って今日の練習が終わりとなり、片付けと次の予約を済ませて一度出入口をくぐると、リサがとある話しを持ちかけてきた。

 

「週末なんだけど……これに出てみない?」

 

「借りるわね。内容は……『女性限定 ヴァンガード交流大会』……エントリー受付は当日なのね?」

 

鞄から一枚のポスターを取り出してくれたので、それを四人で見させてもらう。

この大会、女性以外は参加できないものの、観戦の都合から会場自体は男性でも入ることができるようだ。

リサはたまにの小休止と、ちょっと趣向を変えたRoseliaでの交流としてどうだろうかと考え、こうして誘ってみたのである。

 

「参加人数の都合でしょうか……?地方大会と比べて、会場が少々狭いようですね」

 

「女性ファイターは全体でも二割いるかどうか、ですから……」

 

会場の場所を調べて見た紗夜の声を聞き、燐子が女性ファイターの人数比を思い出す。

貴之らが講習会で講師をしている時にも参加する人たちの人数比を確認するのだが、大体女性ファイターは二割前後程になるのが殆どであった。

 

「ところでリサ姉、これどこで知ったの?」

 

「これ?実は、昨日のバイト終わりにねぇ~……」

 

あこに問われたので、リサは昨日の出来事を話していくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「リサ、今週の週末に女の子だけでの大会があるんだけど、Roseliaのみんなで出てみる?」

 

「へぇ~。そんなのあるんだ……」

 

時間は遡って昨日の昼頃。午前のバイトが終わったタイミングで玲奈から大会のポスターを見せて貰った。夏休みになったこともあり、彼女らは午前中からもバイトすることが可能となったのである。

これを悪くないと思ったリサは、明日皆に話して見ようと思った。

また、この大会は必ず年には一回行われるらしく、玲奈は昨日もクラスの女子たちにCordで連絡して確認を取っている。

連絡を取ったのはいいが、生憎貴之らのクラスにはヴァンガードファイターが少なく、殆ど人がいないという悲しき目に遭った。

 

「教えて欲しいことがあったら言ってね?あたしが無理でも、貴之たちはファクトリーにいるだろうからそっちでもいいし」

 

「ありがとう♪って……玲奈はいいの?なんか参加しなそうな言い方してるけど……」

 

「……うん。あたしは参加を見送るんだ……」

 

リサが聞いてみた理由は、こんな大会を玲奈が逃す訳ないと考えていたからだった。

そしてそれが不味かったのか、玲奈の表情が一気に沈んでいく。

参加しない理由を聞いてみたら、非常に悲しき答えが返って来ることになった。

 

「中学生の頃に一回参加したんだけどね?リサたちみたいに始めて間もない人が記念に……っていうのも多くてさ、全国大会狙って本気でやってる人があたしくらいで、ファイトの結果も一方的になりがちだったんだよ……対戦相手の子も呆然としちゃうパターンが多かったし、それを見た時決めたの」

 

──あたしのせいで女の子が引退するくらいなら、参加を我慢しようって……。涙目になった玲奈を見て、リサはどうやって声を掛けるかに戸惑うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……と、言うことがあったんだ」

 

「それはもう、玲奈が不憫でならないわね……」

 

あまりにも巡り合わせが悪すぎる──。リサの話しを聞いた友希那たちの結論であった。

しかしながら気軽に参加しやすいのは大きく、この日は元々休みにしていたので、選択の余地がある。

 

「そう言えばあこたち……教えてもらってから時々みんなでやることはあっても、大会には出たこと無いんだったね……。出てみようかな?」

 

「一回くらい、出てもいいかもね」

 

「合間の時間を使えば用意もできますし、大丈夫でしょう」

 

三人が出ると言うなら、友希那も出ようと言い、そのままリサも出ることを決めて結局全員が出ることになった。

と、こうして出ることを決めたのはいいが、一つ問題があった。

 

「燐子はこの前、私も貴之を手伝った時にデッキを組み替えているけれど……あなたたちはまだよね?」

 

『あっ……』

 

流石に大会へ出るのに購入したままのデッキでは厳しいだろう──と言うのが、友希那の考えである。

そうなるとデッキの構築を変えていく必要があるのだが、幸いにも伝手はあるのでこの点は相談がしやすいだろう。

 

「じゃあ、事情を話して聞いてみる?」

 

「それがいいと思います。一応、調べて実践することもできますが……」

 

──直接聞きながらの方が納得もしやすいでしょうし。紗夜の持論には、誰も反対しなかった。実際に一人でやってみて四苦八苦し、最後は貴之に教えてもらっていた友希那は顕著だった。

燐子自身は一人で最後までやっていた身だが、人とのコミュニケーションを取りやすいのがヴァンガードなのだから、この利点を逃す理由はないと後押しする。

一応、デッキの構築手順などが載っているサイト等も調べれば出てくるのだが、採用理由が一言だけで具体的なもので無かったり、構築の具体例が載っていなかったりと不便な物も多く、当たりを探すのに時間が掛かってしまったとは燐子の談である。

なお、調べている時にTubeで貴之らのデッキ構築の呟き見ていたのだが、一番アテにしていたのがこれであり、特に地方大会で採用していた貴之のデッキに至っては、そのバランスの悪さから本人自体が数個の改善案を出している程の徹底ぶりだった。

 

「貴之さん……どういう風に書いてたの?」

 

「具体例は……『クルーエル・ドラゴン』を使ってまで『ウォーターフォウル』の3ターン目『ライド』を狙ったり、二ターン目からグレード3を使った圧力を掛ける意義がない、『ボーテックス・ドラゴン』のデメリットを重く見るなら、それを外して他のグレードのユニットを増やす。手札の確保手段が欲しいなら『エルモ』や『サーベル・ドラゴニュート』を入れて、この時の入れ替え第一候補はスキル発動を狙いづらい『バー』……って感じに書かれてたよ。講習会で自分のデッキを例に上げるのを、文章にした感じかな?」

 

燐子の回答を聞いて、全員が一瞬だけ呆然とする。流石に熟練者は違うと全員して感じたのだ。

また、貴之の挙げていた地方大会のデッキに関しては俊哉たちからも結構ネタにされており、『熟練者が自分で使うこと前提に構築した故の、安易に真似しちゃいけないデッキ代表作』とされている。

この他にも大介のデッキは貴之のようなバランスの悪さはないが、軸が二つあると言う特殊なデッキなので『ヴァンガードに慣れ、変わった戦い方をしてみたい人の見本構築』となっており、これが可能な『クラン』を使うファイターたちからは素晴らしい参考資料として、今でも時々勧められることがある代物だった。

 

「確かに、当時の貴之君はかなり欲張りなデッキを使っていましたね……」

 

「それが今じゃ相当綺麗に整理されたデッキを使うんだから、イメージ力があっても難しいんじゃない?」

 

「ただ……状況次第では似たようなものを使いそうだけれどね」

 

貴之が使う今のデッキは明確にコンセプトを定めているのもあるが、やはり全国大会までのデッキは安定性が欠けてしまっているのは大きく、彼自身も「これをやり続けるのはよくない」と言っていた。

友希那が状況次第と考えたのは、オーナーとの話し合いの下、『自分がやりきったと胸を張って言える』を満たす為にやるかも知れないと言うところからきている。

話している最中に思い出した友希那がCordで貴之にチャットを送り、これからファクトリーに向かうことを返してもらった。

 

「私は行くけど……皆は?」

 

友希那が確認をしたところ全員で行くことになり、昼を取ってから向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……あれに出るのか」

 

およそ一時間後、ファクトリーに着いたRoseliaの事情を聞いた貴之は納得した。確かにファイトの方法は教えたが、デッキの組み方は教えていなかったのだ。

今日いるファイターたちは貴之、俊哉、玲奈、一真の四人であり、残った三人は共に出掛ける予定があったので今日は不参加である。

 

「……あれ?こう言う大会なら逃さないと思うんだけど、玲奈さんは出ないのかい?」

 

「一回参加したことはあるんだけどさ……あたしたちみたいな人が出ていい実力じゃないんだよ……」

 

「なんて言うか……毎度の如く巡り合わせが悪いんだよなこいつ」

 

事情を知らなかったので、一真は気の毒にと思った。こうして玲奈が望みを叶える瞬間はまた一つ潰えるのである。

 

「じゃあそうだな……このデッキから構築を変えていく一例を見せて行くか」

 

ここで貴之が取り出したのは普段使う『かげろう』ではなく、『ロイヤルパラディン』のデッキであった。

それを意外に思う五人ではあったが、今までの彼からして何か明白な理由があることは察している。

 

「俺のデッキの場合、構築済みデッキから見ると『オーバーロード』以外は全部入れ替えたやつだからな……例には上げにくいんだ」

 

残しやすいユニットが存在しないのが例題に上げづらいと判断され、今回は『ロイヤルパラディン』となった。

このデッキの選択自体は四人で審議した結果であり、全員が納得行ったものである為細かい点での心配は必要ない。

また、今回教えるのが一真ではなく貴之であるのは彼も『ロイヤルパラディン』に慣れていることと、Roseliaメンバーとの接点の深さを考えると、貴之が最も適任であったからだ。

実際に編集をする時は皆で教えるが、まずは貴之が一例を……と言う感じである。

 

「まずはこのデッキの内容が分かりやすいように、ユニットごとで分けてっと……」

 

貴之はデッキを開封し、ユニットごとに分けてテーブルの上に置いていく。

これはこのデッキにどのユニットが何枚入っているかを分かりやすくする行為であり、デッキ編集を行う時は必ずこの状態にしてから始めている。

 

「さて、早速問題だが……このデッキで中心になるユニットは何だと思う?」

 

『……『ブラスター・ブレード』?』

 

『ロイヤルパラディン』が選ばれた理由として、いっそ清々しいほど分かりやすいデッキの中心たるユニットがいるからだ。

貴之が何かと『ブラスター・ブレード』と縁が深かった理由として、大きな転換を与えてくれたファイターたちの使っているユニットだったことが一番だが、『ブラスター・ブレード』の採用率が非常に高いことも起因する。

そのユニットを見れば彼女らも何となく察するので、このデッキを選んだのは正解だったと改めて感じる。

 

「そう。次にこのデッキで『ブラスター・ブレード』と組み合わせやすいユニット……『アルフレッド・アーリー』と『うぃんがる』だな。こいつらは『ブラスター・ブレード』と一緒に入れやすいユニットになる」

 

「そっか……『うぃんがる』が『ブラスター・ブレード』のパワーを上げるもんね」

 

「『アルフレッド・アーリー』の方は『ブラスター・ブレード』を呼び、それのパワーを上げる……共に使うことで効果を発揮するから残しやすいのね」

 

分かりやすい例題であるし、前にも一度聞いたことがあったのでおさらいの意味合いも取れることで、彼女らに取っては非常に覚えやすいものだった。

一応、『アルフレッド・アーリー』はファイターの意向次第で別のユニットが入るようになったり、『うぃんがる』は有用なサポートユニットを入れる都合でデッキに残せなくなったりすることもあるが、まずはこの三種類のユニットを軸に考えていいだろうと言える。

ここまでがデッキ編集をする段階で残しておきたいユニットを纏めるところであり、ここから入れ替えを行っていく。

 

「まず最初に自分が使いたいユニットを決めて、入れ替えやすいと思ったユニットと入れ替える形を取っていくのがやりやすいかな……」

 

流石に例がと分かりづらいので、貴之は二種類のユニットを四枚ずつテーブルの上に置いた。

今回は友希那から話しを聞いたので入れ替え用のカードを大量に持って来ており、準備は万端である。

この時に選んだ二種類のユニットは『騎士王 アルフレッド』と、『ソウルセイバー・ドラゴン』の二種類だった。

 

「『ソウルセイバー』の方はもう一個のパターンとして紹介するから後回しにして……今回は『アルフレッド』を使いたいって体で行かせて貰うぜ?」

 

確認を取れば全員が頷いてくれたので、貴之は先に進む。

 

「入れ替える時なんだが、基本的には『使いたいユニットと同じグレードのユニット』がデッキバランスも崩さないで済むからやりやすいな。今回の場合は『アルフレッド・アーリー』と『スタードライブ・ドラゴン』だな」

 

その二種類のユニットを見せてもらったが、先程までの流れからして『スタードライブ』が入れ替え候補なのだろうと察しが付く。

確認して見れば当たりであり、理由は『アルフレッド・アーリー』とは違って『ブラスター・ブレード』と組み合わせることで効果を発揮するユニットでは無いし、『アルフレッド・アーリー』と比べてスキルがリアガードでしか使えないことがマイナスであった。

ちなみに『スタードライブ』のスキルは、リアガードにいるこのユニットが相手ヴァンガードにアタックした時、自分のリアガードが三枚以上ならそのバトル中はパワープラス5000と言うスキルであり、グレード3のユニットにしては物寂しい効果であった。

 

「デッキ変えたことのある二人は、自分がどうして使いたいユニットと『スタードライブ(こいつ)』のポジションにいるユニットを入れ替えたかは覚えてるか?」

 

「うん。私の場合は『メイガス』の名前が付いていないからで……」

 

「私の場合は……今入れ替えられた『スタードライブ』と大体同じ理由だったわ」

 

だから『スタードライブ』を全く見かけないのだろうと、友希那は改めて実感した。

ちなみに友希那の持っている『シャドウパラディン』のデッキで最初に入っていたユニットは、『ディクテイター』以外には『撃砕の騎士 ダマン』が存在していた。

悲しいことにこの『ダマン』も『スタードライブ』と全く同じスキルを持っており、基本的に『ライド』することになるグレード3がリアガード用のスキルしか無いのはどうなんだとなり、外すことになっている。

 

「ちなみに俺が当時購入したデッキにも、『スタードライブ』と同じポジションに『クレステッド・ドラゴン』がいたんだが……当時は切り札になる『ウォーターフォウル』と入れ替えになった」

 

同じポジション……と聞くだけでも非常に悲しい存在であることを察してしまった。貴之が何度探しても大会での歴代採用者数がたった一人で、しかもデッキにたったの一枚しか入っていないのが涙を誘う。

しかもこのユニットを採用していたのは本当に初期の頃であり、まだユニットの揃いも良くない頃だったので、今このご時世ではもう採用するのはほぼ不可能だろう。

ちなみに『クレステッド』のスキルは『スタードライブ』のスキルとほぼ同じで、条件が自分のリアガードではなく相手のリアガードになり、三枚以下の時に発動できる。

 

「一先ずグレード3に関してはこれでいいとなれば、次はその他のグレードになるんだが……俺はまずここを入れ替えたいな」

 

「えっと、『堅強の騎士 ルノリア』……?これ『守護者(センチネル)』なのに……って、あれ?確か、貴之さんが使ってる『バリィ』って……」

 

「察しがいいな……あれは(ドロー)トリガーを持つユニットだからな……(ドロー)トリガーを持つ『まぁるがる』も一緒に入れ替えだ」

 

あこが気づいた通り、四人は(ドロー)トリガーのユニットを『守護者(センチネル)』としても採用していた。

これを行う最大の理由は、(ドロー)トリガーを素で引いてしまった時の痛手を解消することと、場に出しやすい『ノーマルユニット』の数を増やし、選択肢を増やす目的がある。

なお、一部のデッキはいっそ清々しい構築の都合上、グレード1に『守護者(センチネル)』を()()()()()()()()()()と言う事態も以前はあったが、最近はそれも解消されおり、依然としてグレード1に『守護者(センチネル)』を宛がう必要性は薄れている。

 

「今回新しく入れる(ドロー)トリガーは『イゾルテ』。グレード1は……このデッキなら場にユニットを出しやすいし『ライオンメイン・スタリオン』を入れてみるか」

 

「あら?このユニットって、確か『アルフレッド』の……」

 

「ああ。彼の愛馬だよ」

 

『アルフレッド』がこのユニットに乗っているようなユニットだったのを思い出した友希那が聞いてみると、やはり正解であった。

ちなみにこのユニットのスキルは自分のリアガードが四枚以上なら、パワープラス3000と言うシンプルながらも『ロイヤルパラディン』の特色をよく表しているユニットでもあった。

 

「後は、『スタリオン』のことを考えるとユニット展開を補助できるのが欲しいな。丁度そのスキルを持っている『アレン』はそのまま残すとして、後変えるならグレード2の『ギャラティン』と『文武の賢者 ジャーロン』、グレード1の『オースピス・ファルコン』だろうな……」

 

「その中だと、『ギャラティン』は比較的悩ましいわね……」

 

『ギャラティン』はスキルを持たない代わりに、グレード2では貴重な『シールドパワー』10000を持つユニットであった為、ここは最も好みが出るところである。

何しろあの一真ですら『ギャラティン』を残す選択を取っていたのだから、その悩ましさが表れている。

一方で『オースピス・ファルコン』の方は、スキルでリアガード二体のパワーをプラス5000できるのは魅力だが、これの発動条件に自身を『レスト』することと、『カウンターブラスト』が必要なので非常に扱いづらいユニットとなっている。この為このユニットは扱いづらさから入れ替え候補としてよく上がっているらしい。

また、『ジャーロン』のスキルは『スタードライブ』のものと全く同じではあるが、こちらはグレード2なのでまだ残しやすい。

 

「デッキのことを考えると、ヴァンガードにいる『ブラスター・ブレード』のスキル発動や、『スタリオン』のスキル発動を狙いやすくなる『ミスリルの召喚術士』なんかは入れやすいな……。今回はユニットのスキルによる連携を狙いたいから『ジャーロン』を残して『ギャラティン』を入れ替えるぞ」

 

貴之自身も全国大会まではその『シールドパワー』で強気に『インターセプト』をしやすいことから、『ギャラティン』と同じ立ち位置の『ラーム』を採用していたが、『グレート』を使う決断をした時はスキルの組み合わせを重視して外している。

ここまで変更を加えれば、後は思いつき次第微調整になり、一先ずのデッキは完成となった。

 

「とまあ、こんな感じでデッキは完成だ。細かいところまで行くと各トリガーをどれだけ入れるかになるけど……これは『ゴールドパラディン』を使う紗夜が一番意識しておいて欲しいところだな」

 

「……私ですか?」

 

紗夜が使う『ゴールドパラディン』は、五人の中では唯一(フロント)トリガーが使用可能な『クラン』であり、これによって非常に自由度の高いトリガー配分が用意できるのだ。

ダメな例の典型ではあるが、(クリティカル)トリガーと(フロント)トリガーを八枚ずつ入れると言う、極限までの攻撃重視な構成すら可能である。

 

「……流石にそれは、リスクが大きすぎるのでやりませんよ?」

 

「紗夜さんも、(ヒール)トリガー無いのは怖いですよね……」

 

(ヒール)トリガーが無いと言うのは、ダメージを余り貰いにいけないことも意味しており、戦い方が非常に窮屈になってしまう危険性も孕んでいる。

こんな大きすぎるデメリットから、(ヒール)トリガー無しで戦うファイターは誰一人として存在せず、その能力の強さからデッキに四枚までしか入れることを許されないのにも納得できた。

 

「まあ基本はこんな感じだ。んで、後は『ソウルセイバー』を使う場合のパターンなんだけど、この場合は『ブラスター・ブレード』の重要性が下がるデッキになるから、この場合は『ソウルセイバー』を中心に考えて行くといいな……『ソウルチャージ』をしやすい『ぽーんがる』や『ふぁねるがる』を増やしていって、余裕があるかどうしても入れたいなら初めて『ブラスター・ブレード』を入れる形になる……」

 

「お互い相性が悪いもんね~……結衣も結構無茶やってるって言ってたし」

 

『ブラスター・ブレード』の能力自体は高いので、結衣のように軸の中心にならずとも入れると言う人は出てくる。要はそれ程使い勝手のいいユニットと言う証拠でもある。

貴之も一度『ブラスター・ブレード』を残す前提で組んで見るが、先程とはガラリとデッキ内容が変わり、『アルフレッド・アーリー』と『うぃんがる』が外れていた。

自分たちは最初に作った『ブラスター・ブレード』を主軸に添えたパターンのデッキに近い思想で組んでいくことになるが、『ソウルセイバー』を軸に組んだデッキもあることを頭の隅に入れていおく。

 

「何か分からないことがあったら教えるから、遠慮なく聞いてくれ。それから……」

 

──三人にはこいつもプレゼントだ。そう言って貴之は入れ替え用のカードを入れている場所から、各人の『クラン』に合わせたユニットのカードを差し出した。

貰ってもいいのだろうかとも思ったが、理由としてはいきなり一人でやろうとすると金銭的な面と時間的な面で難しいのがあるし、これらのユニットが自分よりも彼女らの手元にあるべきと判断したことが大きい。

 

「……あれ?アタシのは枚数少なめだね?」

 

「ああ……リサが勝った『ネオネクタール』のデッキは他のより少し新しいやつでな……ちょっとだけいいユニットが最初から使われてるんだよ」

 

つまるところ、リサは他の四人より若干の得をしていたのである。

デッキ構築の楽しみが減ってしまう可能性があるのは寂しいところだが、悩み過ぎないでいいのはちょっと嬉しいところでもあった。

今度作りたい構築が見つかったら自分でやってみよう──。そう思いながら、デッキ構築が始まっていく。

 

「なるほど……この組み合わせなら、手段が増えますね」

 

「やっぱりそのユニットを使う以上は狙いたいもんねぇ……。方法が増えるだけでも狙いやすくなるよ」

 

紗夜は自分の主軸が登場させる流れに持っていける手段を増やす方向を選んだ。今回彼女を玲奈が見ているのは、同じ『アクセル』を持つ『クラン』を使用しているのが大きい。

 

「最初は全てが四枚ずつでしたね……ただ、この構築では、(クリティカル)トリガーを効果的に使うのが難しく思えます……」

 

「『ゴールドパラディン』は一気に展開していくタイプだし、そう言うことなら(フロント)トリガーを増やしていいかもね。それか、手札消費の激しさを無視できないなら(ドロー)トリガーを増やすかな」

 

『ペイルムーン』は確かに手札を使う方ではあるが、流石に『ゴールドパラディン』や『ノヴァグラップラー』程急速に使って行くわけでもないので、ある程度は平気である。

また、何も使わないなら一気に減らす必要もなく、どこかが六枚に増える代わりに、減らした場所が二枚になっててもいいことは忘れずに伝えた。

それを聞いてトリガー枚数を試行錯誤してみるが、流石にこんな短時間で上手く行くものでも無かった。

 

「こう言う場合はファイトしながら……がいいのでしょうか?」

 

「そうだね。取り敢えず今はこれだけ使いたいかな?って思うトリガー配分にして、ファイトを何回かやって試行錯誤して行こう」

 

試行錯誤した結果、様々なトリガー配分が生まれる。現在は貴之と一真が二人して同じ配分であることから、『アクセル』の『クラン』以外は(クリティカル)トリガー八枚、(ドロー)トリガー四枚、(ヒール)トリガー四枚の組み合わせで戦う人が多いものの、この(クリティカル)(ドロー)の配分が反対になっていたり、均等にしている人だっている。

だからこそ、ここは紗夜もファイトをしながら考えて言ってほしいところであり、それを承知してもらえたことで紗夜は現段階でのデッキを完成させた。

 

「効果的に狙いたいからその準備をしやくしたのはいいけど……むぅ~。どっちにするか迷っちゃうなぁ」

 

「フィニッシャーとして使う時、どっちの方法がいいかで選ぶといいかな……どっちを選んでもそのユニットのスキルによる恩恵は貰えるしね」

 

あこの方は使いたいユニットが固まっていたので、準備や連携を行いやすいユニットを中心に構築していけば残りはフィニッシャー選択だけになっていた。

一真は今自分が勧めた方法以外にも、双方を数枚ずつ入れて、使い分けられるようにする方法もあることを教える。

なお、あこの担当が一真になったのは消去法の結果であり、一真自身が彼女ら五人と一番縁が浅いので自分が変に決めるよりはと思っていたので、問題にはなっていない。

 

「ただその場合、どこかのグレードにいるユニットを一枚減らす必要があるかな……一番支障をきたさないようにするなら、このユニットを一枚減らして、それで残りはその二種類を入れれば大丈夫だと思う」

 

「そっか……!パワーはある程度なら無理矢理補えるし……ありがとうございますっ!」

 

こうしてあこのデッキは無事完成となり、後はファイトして確かめていく形になるだろう。

 

「トリガー配分での長所と短所が変わってくると思うんですけど、一例を聞いてもいいですか?」

 

「なるほど……まずは構築済みデッキで使われているトリガー配分をなんだけど」

 

あこたちの向かい側でトリガー配分を変えようかと考えていた燐子から質問が来たので、一真は答えていく。

構築済みデッキで使われているトリガー配分は打点重視とも言えるタイプのトリガー配分であり、相手にダメージを与える量を増やしやすいのが長所であるが、手札補充は少しだけ遅れやすいのが短所であった。

ただ、元々ヴァンガードと言うゲーム自体が『ドライブチェック』によって手札補充を狙いやすいので、実質的にバランス型と言えるこのトリガー配分は、特にこれと言った配分を決めていない場合や、パワーを稼ぎにくいから(クリティカル)でリターンを増やしておきたいと言うデッキで使いやすくなる。

 

「白金さんが使ってる『オラクルシンクタンク』も、軸次第では後者の理由でこの配分を使いたくなる『クラン』ではあるんだ……後は、山札の確認でトリガーを狙いやすい都合上、(クリティカル)トリガーでのリターンを狙いやすいから、このトリガー配分はかなり使いやすいと思う」

 

「確かに……言われてみればそうですね。」

 

ちなみに、燐子は(クリティカル)トリガーと(ドロー)トリガーを六枚ずつにしようかと悩んでいたので、それの特徴を聞いてみる。

こちらは(フロント)トリガーを使えない『クラン』の中ではバランス型のトリガー配分であり、打点と手札補充のバランスの良さが長所になるが、これと言った強みが無いのが短所となる。

このトリガー配分は、俊哉が使う『ディメンジョンポリス』のようにスキルで打点が稼げる分少し手札補充に回したい場合や、貴之が使う『ドラゴニック・オーバーロード』のようにスキルで手札を消費してしまう分を少し補いたい場合に採用されやすい。

 

「中には(クリティカル)トリガー12枚とかいう極端なトリガー配分もあるけど、それは手札が何枚以下ってスキルを使うから()()()()()()()()()()デッキにした人がやる配分になる」

 

「そうなんだ……なら、今はこのままで良さそう。ありがとうございます」

 

自分がデッキを組み替える時は、新しい軸を使いたくなった時だろうと燐子は思った。

 

「貴之がやってた『ボーテックス』を一枚だけ入れるってやり方……結構難しいよね?」

 

「ファーストヴァンガードを省いたら引ける確率49分の1ってのがな……けど、引けたらラッキーくらいで行くなら全然アリだ」

 

リサが悩んでいるのはとあるユニットを入れたいが、そんなに多く入れたい訳ではないが使えたら嬉しいので一枚だけ入れようかと考えていたが、それはそれで引ける確率が落ちてしまうことだった。

引けないと困るので最低限で二枚入れたいと言う考えもあるが、『ボーテックス』のように多めに入れるとデメリットが大きいから一枚と言う選択も出てくる。

しかしながら、リサが入れようとしているのは『ボーテックス』のように大きなデメリットやリスクがあるわけでもないので、二枚は入れてもいいだろうと言える。

ちなみにリサのことを俊哉が見ているのは、一真程ではないが消去法で辿り着いた結果である。貴之が友希那を見るのは確定的で、紗夜のことを見るのは『クラン』的に玲奈が向いていた。

 

「グレードのバランスもあるし、一枚だけならその二つのユニットの内どっちかを三枚に減らす。二枚入れるなら他のグレードのユニット一つを追加で一枚減らす……そうすればそのユニットは入るよ」

 

「なるほど……いきなりバランス変えるのも危なそうだし、まずは一枚にしてみようかな……ありがとね♪」

 

こうしてリサも方針が決まって組み替えが終わる。トリガーに関しては『プラント・トークン』による展開力もあるのでこのままで行く方向にした。

 

「今の私は、前の私と比べてかなり変わったと思うから……少し悩んでいたの」

 

「なるほど……確かに、今のお前だとこっちの方が合ってる可能性は出てくるな」

 

友希那は貴之に付き添って貰う形でもう一度デッキが売ってある場所を見ていた。

この時に目を付けているのが『ロイヤルパラディン』のデッキで、仲間内を大切にするようになった自分と、この『クラン』の仲間と共に戦う方針が合っているように思えている。

使うのであれば『ブラスター・ダーク』に近しい『ブラスター・ブレード』のデッキを考えているが、もう一つ考えていることがある。

 

「けれど……『シャドウパラディン』の彼らを見捨てるかと言われれば、それも違う……そうしたく無いと思っている自分がいるわ」

 

「確かに、そう言う考え方も大切だ。今回はそれができないから使い分けるっていう方法で二つのデッキを使いっていくことになるけど、一緒に使える方が友希那の悩みは解決できる」

 

これは一真が抱いていた『PSYクオリア』に近しいものがある。友希那のは対象がユニットだけなので、そこまで思いつめなくていいことは幸いである。

友希那がこのような悩みを抱けている理由が分かっている貴之は、彼女がそう言う人で良かったと思わず頭を撫でていた。

 

「……貴之?」

 

「ああ、悪い悪い。その悩みを抱けるのは、友希那が優しい子だって言う証拠だから忘れないで欲しい」

 

「もう……おだてたって何も出ないわよ?」

 

貴之から優しい言葉を──それも褒め言葉だと嬉しくなって照れた笑みを浮かべる。

流石に『クラン』を変えてもすぐに使いこなせるとは思えないので、使ってみるのは今回参加する大会が終わってからにして、一先ず今使っているデッキを調整してから大会に望むことを選んだ。

 

「さて、一番は『ファントム・ブラスター・ドラゴン』をどうするかだろうな……使わないならこっちが選択肢に出てくるが……」

 

「そうね……もう少し使って見ようと思うわ。一回で諦めるのは早すぎるから……」

 

貴之は友希那が『ファントム・ブラスター・ドラゴン』を使った時のことを知っているので、使わないならと言う選択肢も紹介した。

しかしながら、友希那が使う選択を取ったので今回は無しとなり、それに合わせたデッキ構築を行う。友希那は明確にトリガー配分を変えようとは思っていなかったので、一先ずはこのままにしておく。

こうして一先ず全員のデッキが組み上がったので、これにてデッキ構築の講義は終了となり、後は皆してファイトしながら確かめていく形になる。

 

「俊哉君、相手をお願いしてもいいですか?」

 

「分かった。そう言うことなら手伝うよ」

 

五人である以上一人が空いてしまう。そんなこともあって、紗夜の頼みを承諾する。

そうと決まれば早速ファイトの準備を始めるのであった。




Q.どうして玲奈は参加させないの?
A.メタなことを言うと、彼女が出たら優勝が丸わかりになるんでダメです(無慈悲)

そんなわけで玲奈はまたもや女の子とのファイトが出来ずじまいになります……

Q.リサのデッキに後発デッキの設定があるのは何で?
A.Vシリーズでは『ネオネクタール』のカードは『ULTRARARE MIRACLE COLLECTION』から出始めたのだが、先導アイチ編の『ネオネクタール』がここしかないと言う事実があったから。

次のパックへ行こうとするともう新右衛門編なのですが、そっちで行こうとすると一人だけ総入れ替えに近いレベルでデッキ編集するから、まだ初心者のリサがやるのは早いだろうと感じました。

貴之は今回、トライアルデッキ『先導アイチ』を、ブースターパック『結成!チームQ4』に出てくる『ロイヤルパラディン』のカードで編集することで実践してみせました。

ヴァンガードifにおける櫂の境遇ですが、これを整理すると……
・アイチと出会っていない+シュカちゃんが『ブラスター・ブレード』を持って行ってしまっている(アイチの記憶に関しては封じられている可能性有り?)
・両親と共に暮らしており、非常に多趣味になっている面があり、性格が小学生時代の明るさを持ってそのまま成長する
・使用している『クラン』は小学生時代から引き続き『ロイヤルパラディン』だが、同時にファイターとしての性分が薄れている
・↑ファイターの性分が薄れ、明るい性格となった理由として、本来は『両親が自分を置いて金を盗ってそのまま逃げる』のが無くなり、代わりに『親が社長になっている』=櫂は『他にもやりたいことがあるなら、やらせて貰えるだけの余裕がある』。

この為、ギターやアメフトをやっていたらヴァンガードのことを忘れかけていた……と言うことになるのでしょう。こうなるとレンやテツとも出会わない世界線にもなりますし、櫂が『かげろう』を使う理由も無くなりますね。彼の両親がクソッタレなことをしなかったのがここまで響くとは……。
にしても櫂が無茶苦茶爽やかでビックリしましたよ……(笑)。ついでに言えば、『デスアーミー・ガイ』だろうユニットを妨害する理由がただのイケメンと化していましたね

次回は俊哉と紗夜で編集したデッキ同士のファイトになります。


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サマー2 再起動の勇者(リ・ブート・ヒーロー)

予告通り俊哉と紗夜でのファイト回です。

ガルパピコは今回それなりにめでたしって言える終わり方をしましたね……ひまりの乗り物酔いに関してですが、あれはダメな人はとことんダメなやつなので、仕方ないでしょう。

ヴァンガードifでは久々に聞けましたね……佐藤拓也氏による『ライド・ザ・ヴァンガード』!もうこれだけでも満足なところはありますが、伊吹は一体どうなった!?またもや続きが気になるものとなってきました……。

また、バンドリパックの再販があったので3箱ほど買ったところ、香澄のサイン入りが当たりました!セリフが入ってない、キャラ名のみの方でしたが、3箱でなら儲けものでしょう。
サイン入りが出た+比較的揃いがいいこともあったので、ポピパのデッキも作ろうかと思います。


「(そういや、結局このデッキを使ってファイトするのは結構時間が経ってからだったんだよな……)」

 

ファイトの準備中に、俊哉は少し前のことを思い出していた。

組み終えてすぐファイト……に行こうとしたが、その日は紗夜とばったり出くわし、話しをして一度見送りにしたので、貴之が耕史とファイトするよりも後にこのデッキで初めてファイトしたのだ。

この時は答えを得た後だったので、特に問題なくファイト出来ていたことはよく覚えている。

 

「……?どうかしましたか?」

 

「ちょっとこの前のことを思い出してた……。あの時は助かったよ」

 

「もう……まだ続いているんですか?」

 

──私は構わないのですが……。結局自分もそれを好んでいることに気づき、紗夜は柔らかい笑みを浮かべる。

気を取り直して準備をする俊哉を見て、今なら何があっても心配無いだろうと紗夜は感じた。

 

「あの二人……何かあったのかい?」

 

「ああ……それはまた後で教えるよ。これを話すとちょっと長くなっちゃうんだ」

 

見ていた三人の中で唯一事情を知らない一真が問うのは分かるものの、本人たちの前で話すのもどうかと思い少し待ってもらうことにした。

 

「じゃあ……」

 

「ええ。始めましょう」

 

準備ができたので、互いのファーストヴァンガードに手を添えた。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

俊哉が『ゴーユーシャ』、紗夜が『キルフ』に『ライド』するのはこれまで通りの流れであった。

ファイトの方は紗夜が先攻を望んだ為、彼女の先攻で始まることになる。

 

「私は『ウェイピング・オウル』に『ライド』!スキルで一枚『ドロー』して、ターンを終了します」

 

先攻では攻撃ができないので、攻撃をヒットさせづらい手段を取ってターンを回す。

この方法はこの手合いのユニットを使う時のオススメとして玲奈が紹介しており、紗夜が早速実践したのである。

 

「さて……取り敢えずここからだな。『次元ロボ ダイブレイブ』に『ライド』!『スキル』で一枚『ドロー』……」

 

俊哉は白を基調とした人型ロボット『ダイブレイブ』に『ライド』する。

何事もなければこのまま攻撃するか、前列リアガードを一枚置いて攻撃を考えたのだが、今回はヴァンガードが『ウェイピング』なので、後列中央に『ダイランダー』を『コール』する。

『ゴールドパラディン』は退却手段に乏しい為、こうしてある程度強気にリアガードを展開できるのは助かっている。

なお、『ダイブレイブ』は『メインフェイズ』で『ソウルブラスト』をすることによってパワーをプラス5000できるが、ここで使うのは早すぎると判断した。

 

「攻撃行くぞ……『ダイランダー』の『ブースト』、『ダイブレイブ』でヴァンガードにアタック!」

 

「まずはノーガードで……どうぞ」

 

俊哉の『ドライブチェック』はノートリガーだが、序盤も序盤なのでトリガーが出たらラッキー程度な以上、特に気にはしない。

イメージ内で俊哉の乗る『ダイブレイブ』が右腕のブレードで『ウェイピング』となった紗夜に斬撃を与える。

この時の『ダメージチェック』はノートリガーで、余り動かないまま互いの一ターン目が終了する。

 

「(こうして落ち着いてる以上、やっぱこれで良かったんだろうな……)」

 

俊哉は自分の落ち着き具合で確信した。そう考えると、再び紗夜には感謝の念を抱く所へ帰って来る。

もしかしたらそうかもしれない──と言う考えは出てくるが、考えるのはファイトが終わった後ですることにした。

 

「では行きます……『風炎の獅子 ワンダーエイゼル』に『ライド』!更に、『紅の獅子獣 ハウエル』を『コール』します」

 

紗夜が金の鎧を纏い、若干暗い水色が混ざった剣を持った戦士『ワンダーエイゼル』に『ライド』し、金と赤で彩られた鎧に、腕に嵌め込む鎧と同色の鉤爪を持った戦士『ハウエル』が後列中央に『コール』される。

 

「その並びは……来るか」

 

「はい。『ソウルブラスト』と、リアガードにいる『ハウエル』を退却させることで『ワンダーエイゼル』のスキル発動!山札から『ブロンドエイゼル』を探し、それを『スタンド』状態で『S・ライド』します!」

 

紗夜のデッキにおける一番の変更点であり、彼女は素早くグレード3に『ライド』できる強みを活かすべく、『ブロンドエイゼル』に『ライド』できる道のりを増やしたのである。

また、この方法でも『イマジナリーギフト』の獲得条件を満たしており、紗夜はどちらかの『ギフト』を選択することになるのだが──。

 

「『イマジナリーギフト』、『アクセルⅡ』!……まさか、二ターン目の先攻で獲得できるとは思いませんでした」

 

「まあ、そこが『ゴールドパラディン』最大の強みってところだよ」

 

やはりと言うか、手札の消費具合からもう一択も同然であった。

今回の流れに紗夜は驚いているが、その内慣れるだろうとは見ている三人と俊哉は全員して確信する。

 

「なるほど……紗夜は『ブロンドエイゼル』に重点を置いたのか」

 

「うん。やっぱりあのユニットの強みはこれだからね」

 

やりたいこと自体はよく分かるもので、これができることは『ゴールドパラディン』最大の強みでもある為、なるべく狙って行きたいのである。

この代償が凄まじい速度で減っていく手札であり、ここを補う為にも『イマジナリーギフト』は『アクセルⅡ』一択になると思われた。

そこから更に、紗夜は前列左側と『アクセルサークル』に『ボーマン』を、前列右側には銀の鎧と蒼い髪が目を惹く、ヴァイオリンを持った女性『聖弓の奏者 ヴィヴィアン』を『コール』する。

 

「登場した時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』で『ヴィヴィアン』のスキル発動。山札の上から三枚を見て、一枚をリアガードに『S・コール』、残りは山札の下に望む順で置き、このユニットのパワーをプラス3000します。今回呼ぶのは……『美技の騎士 ガレス』!」

 

今回はスキルが使えなくなってしまうが、そこは仕方ないところである。ただ、後列右側に置いたことでヴィヴィアンとの合計パワーが20000となり、攻撃は通しやすくなった。

 

「では、攻撃に入ります。まずは『ブロンドエイゼル』でヴァンガードにアタック!攻撃時のスキルの発動を……今回は見送りましょう」

 

「まあノーガードだな……」

 

あまりにも手札が心許ない数にまでなっているので、相手のターンを考えると見送りたいところである。

また、初めてファイトした時は貴之が既に『オーバーロード』だったので良かったのだが、今回は問題が一つあった。

 

「今回は相手のグレードが2以下なので、『ツインドライブ』は使えません。なので、『ドライブチェック』……」

 

今回俊哉のヴァンガードがグレード1の『ダイブレイブ』なので、ドライブがマイナス1されてしまっている。

そこに愚直を言ってても仕方ないので行った『ドライブチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、パワーは『アクセルサークル』にいる『ボーマン』に回した。

イメージ内で『ブロンドエイゼル』となった紗夜が、俊哉の乗る『ダイブレイブ』に二刀流で舞うような斬撃を加えた所で『ダメージチェック』が行われる。

その結果は(ドロー)トリガーで、攻撃を受ける回数が多くて二回までに減った。

 

「次は『ガレス』の『ブースト』、『ヴィヴィアン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

二回目の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーで、これにより紗夜の攻撃はもう届かなくなった。

やむを得ない事態になったので、ここで紗夜の攻撃は終了となる。

 

「『ダイドラゴン』に『ライド』!それから……『マジカルポリス・キルト』を『コール』!」

 

『ライド』するのはいつも通り『ダイドラゴン』だが、後列中央にどことなく魔法少女っぽさがある人物『キルト』が『コール』される。

そんなユニットがいるのかと紗夜は意外に思ったが、このユニットがルールを重んじるタイプであることを俊哉が伝えればすんなり納得できた。

 

「登場時、手札を一枚捨てて『キルト』のスキル発動!このターンの間、ヴァンガードのパワーをプラス10000!」

 

この段階で『ダイドラゴン』のパワーは既に20000となり、更に『ソウルブラスト』をすることで簡単に25000まで上昇する。

更に『メインフェイズ』で前列左側に『コスモビーク』を『コール』し、『カウンターブラスト』も発動した。

この他にも後列右側に『ダイランダー』、後列左側に『ローレル』、前列右側には所々に蒼いラインが入っている白金(プラチナ)の戦士『プラチナム・エース』が『コール』された。

『プラチナム』はヴァンガードにいる場合は自分のターンの間パワーがプラス5000されるが、今回は次のターンであわよくば狙いたいスキルがあり、手数を増やしたい故にこのターンにリアガードとして『コール』を選ぶ。

 

「『メインフェイズ』はここまでだな……まずは『キルト』の『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードがアタックした時、合計パワーが30000以上なら『カウンターブラスト』して『キルト』のスキル発動!山札の上から一枚『ドロー』できる」

 

「なるほど……後から補填ができるのは便利ですね。私はノーガードにします」

 

『カウンターブラスト』と言う代償はあるが、それでも手札の足し引きが元に戻せるのは大きい。

俊哉が『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当て、(クリティカル)はヴァンガード、パワーは『プラチナム』に回された。

『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー。二枚目が(クリティカル)トリガーで、次の攻撃がやり過ごしやすくなる。

 

「次は『ローレル』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「もう一度ノーガードで。『ダメージチェック』……」

 

ここで紗夜は(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージが3でとどまる。

これ以外にもヴァンガードへはこれ以上攻撃が通らなくなったことは大きく、俊哉はリアガードへ攻撃せざるを得ない。

 

「(けど、ここで急ぐことはない。焦ったら元も子もないんだからな……)」

 

気持ちを落ち着かせた俊哉は、『ダイランダー』に『ブースト』させた『プラチナム』で『アクセルサークル』にいる『ボーマン』へアタックするが、それは紗夜が『ガレス』に防がせたことで通らなかった。

攻撃も全て終わったので、俊哉はこれでターンを終わりにする。

 

「大丈夫そうですね?」

 

「ああ。そっちの伸びが早くてビックリしてるところはあるけど」

 

玲奈が教えた部分もあるはずだが、それでも相当に吞み込みが早い。紗夜がヴァンガード一辺倒に進んでいたらどうなっていたか分からないだろう。

紗夜も紗夜で、俊哉が問題ないようで安心した。こうして言われる辺り、自分は他の人より順応が早い方なのだろうと考えられる。

 

「恐らく……このターンに決められるかどうかが勝負でしょうから、今の私の全力……受け止めてくれますか?」

 

「分かった。遠慮せず来てくれ」

 

それを受けるのは自身に取っては恩返しの一環でもある俊哉は迷わず受け入れることを選んだ。

俊哉の答えに「ありがとうございます」と返してから、紗夜は『スタンド』アンド『ドロー』を始める。

 

「さっきのターンで出来ればお見せしたかったところですが……今この場で見せましょう。『ライド』!『レーブンヘアードエイゼル』!」

 

「(あいつに『ライド』できてたらさっきのターンから『ツインドライブ』が来てたな……)」

 

紗夜は赤銅の鎧と黒のマントを身につけた戦士『レーブンヘアード』に『ライド』する。

このユニットにまで繋ぐ速攻性の高さは、本番に入るまで時間が掛かりがちな『クラン』に取っては厳しいものがあり、『グレート』になるまで四ターンも掛かる貴之、同じく『グレートダイユーシャ』を狙うのに四ターン掛かる俊哉からすれば面倒な請け合いである。

『アクセルⅡ』をもう一枚設置した後、『メインフェイズ』で後列中央に『ハウエル』、右側の『アクセルサークル』には『ワンダーエイゼル』を『コール』する。

 

「リアガードに『ワンダーエイゼル』が登場した時、スキルで手札から一枚ユニットが『コール』できる。今回は『ちゃーじがる』を『S・コール』します。このユニットが手札から登場した時、このターンはパワープラス5000します!」

 

後列左側に、緑の鬣を持ち、柄の両端に刃のある武器を加えた犬型モンスター『ちゃーじがる』を『コール』した。

 

「これで手札は『ツインドライブ』を入れたら後三枚……『インターセプト』がある分は救いかな?」

 

「攻撃回数は最大で六回……けど、トリガー次第では五回だから、さっき言った通りここが彼女にとっての正念場だね」

 

「(俊哉……お前なら大丈夫だ。落ち着いて行けよ)」

 

紗夜の状況を見て、三人はそれぞれの呟きと思考を出す。

これで全ての用意が整ったので、後は攻撃していくだけだった。

 

「行きます……!まずは『ワンダーエイゼル』でヴァンガードにアタック!」

 

「まずはノーガード。『ダメージチェック』……」

 

後々のことを考えるとトリガーが欲しいのでそのまま攻撃を受け、その結果は(クリティカル)トリガーだった。

 

「ここでここで決まれば……『ハウエル』の『ブースト』、『レーブンヘアード』でヴァンガードにアタック!攻撃時、『ソウル』に『ブロンドエイゼル』があるなら『カウンターブラスト』することでスキル発動!このバトル中、パワープラス15000と(クリティカル)プラス1……更に、『守護者(センチネル)』の『コール』を封じます!」

 

「こりゃ流石にヤバイな……」

 

今現在俊哉のダメージが3で、手札が残り四枚の内一枚が『完全ガード』なので、ここで変に防ぐ方が危険だと思えた。

仮に防ごうとしても(クリティカル)トリガーが出たり、トリガー二枚を引かれてそのまま貫通から(ヒール)トリガーを引いても耐えれず負けが一番危険だと感じ、『ガード』はしづらい。

そうなると、俊哉にできることは一つだけであった。

 

「なら、俺はこいつらを信じよう……ノーガードだ!」

 

「分かりました。勝負です……『ツインドライブ』!」

 

紗夜の『ツインドライブ』は一枚目が(フロント)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーとなった。

 

「パワーは前列右側の『ボーマン』に、(クリティカル)はヴァンガードに!」

 

「(さあ……どうなる?)」

 

イメージ内で『レーブンヘアード』となった紗夜が、鎧の両腕側に着いている刃を伸ばして俊哉の乗る『ダイドラゴン』を貫くが、爆散することはなかった。

どうしたものかと紗夜が思う中、『ダメージチェック』を進めていくと一枚目はノートリガーだが、二枚目は(ドロー)トリガー。三枚目が(ヒール)トリガーであり、俊哉のダメージが5でとどまる。

 

「ふぅ……ヒヤッとしたけど、賭けには勝てたな」

 

「俊哉君……お見事です」

 

彼を称賛する声と、柔らかい笑みは後から聞いても信じられないと言いたいくらい自然に出来ていた。好きかどうかはさておきにしろ、自分が良い感情を持って意識していることは明らかである。

パワーを全てヴァンガードに回されたことにより、これ以降ヴァンガードに通せる攻撃は限られてくる。

紗夜の攻撃は後三回残っているが、その内ヴァンガードに通るのは後二回になっていた。

 

「できること全てをやり切りましょう……『ちゃーじがる』の『ブースト』、『ボーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ギリギリ届いてるもんな……手札の『ダイドラゴン』でガード!」

 

現在の『ダイドラゴン』はパワーが30000丁度。対する『ちゃーじがる』の『ブースト』を得た『ボーマン』は(フロント)トリガーの恩恵もあり31000だった。

ここで出来たチャンスを無駄にしない為にも、俊哉は絶対に防ぐ道を選ぶ。

 

「もう一度……『ガレス』の『ブースト』、『ボーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは『ダイヤモンド・エース』で『ガード』!」

 

合計パワーが37000だが、手札が手札だったので、ここは『ダイヤモンド・エース』を切る。

残った攻撃は『アクセルサークル』の『ボーマン』一体で、合計パワーも24000とヴァンガードに届かない状況だが、ここで紗夜は一つの点に気が付いた。

 

「(『コスモビーク』は無視してもいいけれど、『プラチナム・エース』のスキルは何かしら……?)」

 

「(『コスモビーク』だったらノーガードでいいが、『プラチナム』を狙われたら守る。こいつは俺に残された勝ち筋の一つだからな)」

 

『プラチナム』だけ残したら危険かも知れないと言う考えだった。これは地方大会で彼のデッキを覚えていたことも大きい。

『ダイドラゴン』と『コスモビーク』はパワー増強だが、それを活かすユニットがいてもおかしく無いと言う考えが、紗夜に次の選択肢を与えた。

 

「最後は『ボーマン』で、『プラチナム・エース』にアタック!」

 

「こっちに来たなら『ゴーレスキュー』で『ガード』だ!」

 

──やはり正解!俊哉の行動を見た紗夜が確信したところで、彼女のターンが終了する。

持ちこたえられたことで後が無い紗夜だが、俊哉も俊哉でギリギリであった。

何しろ相手が『完全ガード』持ちなので、ここで物凄い運が試される状況となってしまっている。

 

「(まあ、こんな時こそイメージだな)」

 

だからこそ、ここで一旦自分を落ち着かせ、万全の状態にする。今焦ったら何のために紗夜が止めてくれたのかが分かったものじゃない。

 

「紗夜がここまでやってくれたんだ……こっちも全力で答えなきゃ失礼ってもんだ」

 

「ええ。どうぞお構いなく」

 

大事な人の為なら、いくらでも立ち上がれる──。自分と貴之(親友)のことを振り返った俊哉が感じたことであった。

 

「もしもう一ターンあるなら、何がしたかったかまでは見せられそうだな……『ライド』!」

 

イメージ内で『クレイ』の荒野にどこからともなく『ダイドラゴン』に乗る俊哉がいる場所を通る線路が現れたと思ったら、その道を辿って『ダイドラゴン』の後ろから超速で疾走してくる新幹線が見えてきた。

その新幹線が見えるや否、俊哉は傷ついた『ダイドラゴン』から脱出し、その新幹線に乗り込む。

新幹線に乗り込んでからすぐに何かの操作を行い、その新幹線が少しずつ変形していく。

 

「『超次元ロボ ダイライナー』!」

 

新幹線の正体は何と巨大ロボット型のユニットであり、今回俊哉が新しく組み込んだグレード3のユニットであった。

やはりと言うか、今回も俊哉は当たり前かのごとく『フォースⅠ』を選び、ヴァンガードに設置した。これから察するに、『ディメンジョンポリス』は本当に『フォースⅡ』が選択肢に存在しない程合わないのだろうと紗夜は理解する。

『メインフェイズ』では前列左側にいる『コスモビーク』を退却させてから、新しく『コスモビーク』を『コール』し直してスキルを発動する。

本来ならばあまりやりたくない手段ではあるが、このターンで決めなければ負けなので、やるしかないのが本音である。

 

「『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をすることで、『ダイライナー』のスキル発動!山札の上から七枚見て、その内一枚を公開して手札に加える……今回は『グレートダイユーシャ』!一応『ダイユーシャ』も候補にはあるが、万が一を考えたらこっち一択だな」

 

「と言うことは、私が選んだ方法と近い……のでしょうか?」

 

「確かに、『S・ライド』の手段を増やすって目線で見れば近いかな」

 

俊哉は『グレートダイユーシャ』への道筋を増やすべくこのユニットの採用に至っている。その効果は確かにあったと思うが、今回は状況が状況なので完全には発揮しきれないでいる。

手札に加えて終わりという訳では無く、この後追加効果が存在している。

 

「手札に加えたのがグレード3だった時、『ダイライナー』はこのターンパワープラス20000、(クリティカル)プラス1だ!」

 

「『フォースⅠ』と、後列の『ブースト』をもらえば『グレートダイユーシャ』に『S・ライド』する条件は満たせる……俊哉、良い目の付け所だね」

 

『フォースⅠ』が乗っているおかげで、もう既に43000のパワーを有している。この為手札に『グレートダイユーシャ』があり、このターンにまだ『ライド』をしていなかった場合、後列中央のユニットに『ブースト』させるだけで『グレートダイユーシャ』の『S・ライド』条件をあっさりと満たせるのだ。

これを教えてもらえば、紗夜も俊哉がこのユニットを採用した理由を大いに納得する。

 

「じゃあ行くぞ……!『キルト』の『ブースト』、『ダイライナー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここを貰うのはよくない……『光輪の盾 マルク』で『完全ガード』します!」

 

イメージ内で『レーブンヘアード』となった紗夜の前に赤い鎧を身に纏い、金の盾を持った戦士『マルク』が現れ、盾を構えてその眼前に光の方陣を作り出す。

その方陣によって俊哉が乗る『ダイライナー』の右腕によるストレートが防がれる中、『ツインドライブ』が行われる。

結果は二枚とも(クリティカルトリガー)で、パワーが二回とも『プラチナム』に、(クリティカル)は『プラチナム』と『コスモビーク』にそれぞれ一回ずつ渡された。

 

「(やはり、あのユニットには何かある……!と言うことは、『コスモビーク』の攻撃は一度貰ってしまいたいわね)」

 

トリガーが出てしまえば簡単に防げることから紗夜は先に『コスモビーク』で攻撃して欲しいが、俊哉もまた、先に『コスモビーク』で攻撃したい理由があった。

 

「(先に『プラチナム』を通しても、(ヒール)トリガーを引かれたらそこで終わり……なら、先に『コスモビーク』でやるしかない!)」

 

俊哉の狙いは『コスモビーク』の攻撃でトリガーが引かれなかった場合のオーバーキルであり、(ヒール)トリガー事故に勝てる道を選びたいところであった。

もちろん上から三枚が全てノートリガーならそれでいいのだが、必ずしもそうとは限らないので、非常に危険な橋渡でもあった。

当然、見ていた三人もそれには気づいており、自分たちなら俊哉と同じ思考をするだろうことも察していた。

 

「いや、ここはハイリスクハイリターンだ!『ローレル』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード!『ダメージチェック』……」

 

紗夜の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーでダメージが5になり、この賭けは俊哉の勝ちになった。

 

「じゃあ、これで決まるな……」

 

「ええ。行きましょう」

 

今の紗夜は手札と『インターセプト』を全て使うことで、『ブロンドエイゼル』の合計パワーは47000まで持って行くことができる。

パッと見ただけでは『ダイランダー』の『ブースト』を得た『プラチナム』の合計パワーは38000まで上げられるので、防げることはできるだろうが、嫌な予感しかしていない。

 

「ラストだ……『ダイランダー』の『ブースト』、『プラチナム・エース』でヴァンガードにアタック!にアタック!『プラチナム・エース』がアタックした時、グレード3以上のヴァンガードのパワーが30000以上なら『ソウルブラスト』することでスキル発動!このターン『プラチナム・エース』のパワーをプラス10000!(クリティカル)プラス1だ!」

 

「……!?これでは防げない……!」

 

このスキルにより攻撃がギリギリで届く為、紗夜はノーガード以外の選択肢が無くなった。

イメージ内で『プラチナム・エース』の振り抜いた拳が『ブロンドエイゼル』となった紗夜を貫き、この攻撃がトドメとなった現れの如く『ブロンドエイゼル』となった紗夜は光となって消滅する。

『ダメージチェック』は一枚目が(ヒール)トリガー、二枚目がノートリガーだったので、先程の選択が大正解だったことの証明となった。

 

「『コスモビーク』を防いでいればギリギリでしたか……」

 

「あそこは択だから、仕方ないところはあるよ……にしても本当に伸びが早い」

 

俊哉は先に『コスモビーク』で攻撃し、紗夜はトリガー狙いでそれを防がなかった。故にここは仕方ない所ではある。

ただ、このファイトを通して紗夜に対して感じたことは伝えておこうと俊哉は思った。

 

「今みたいにファイトできれば大会も大丈夫。自信もっていいと思う」

 

「本当ですか?ありがとうございます」

 

デッキを変えて間もないことも不安だったが、俊哉からの太鼓判のおかげで紗夜は安心できた。

顔が赤くなっていないかは気になるが、それを無理矢理誤魔化す目的も兼ねて俊哉に何も心配ないファイトが見れて良かったことを伝える。

 

「あれ?あの二人どうしたの?」

 

「ああ……あれはお取込み中だ」

 

リサたちもファイトを終えたらしく、俊哉と紗夜の様子を見て少しだけ固まっていた。

 

「なら、あの二人は仕方ないとして……組み合わせを変えましょうか?」

 

「あっ、それなら友希那さんっ!次はあことやりましょうっ!」

 

「なら……今井さんは、私とファイトしましょう」

 

邪魔するのは野暮だなと感じ、一度四人でローテーションを組むことにする。

 

「「「「スタンドアップ!」」」」

 

「ザ!」

 

「「「「ヴァンガード!」」」」

 

そうなれば話しが早く、早速四人は準備をしてファイトを始めた。

また後で様子を見に来ると思うが、タイミングが悪くなりそうな予感はある。

 

「紗夜は……あたしたちで見る?」

 

「それが良さそうだね。こうなると全員が終わってからでは、四人が待つ時間も増えてしまうし……」

 

「何か聞かれたら、誰か一人がそっちに移ればいいだろうしな」

 

三人も方針が決まり、紗夜と俊哉の話し込みが終わったタイミングで次は玲奈が相手を担当することになった。

夕方になるを目途にファイトを切り上げて解散とし、またデッキの確認やファイトを重ねることで大会当日を迎えるのであった。




俊哉のデッキはブースターパック『アジアサーキットの覇者』と、ブースターパック『My Glorious Justice』に出てくるカードで編集した『ディメンジョンポリス』のデッキ。
紗夜のデッキはブースターパック『ULTRARARE MIRACLE COLLECTION』と、ブースターパック『宮地学園CF部』に出てくるカードで編集した『ゴールドパラディン』のデッキとなります。

エイゼル系を使ってファイト描写をした感想ですが……展開が速い!これに尽きます。
何故かと言えば、一段飛ばしの『ライド』が可能なことにあり、これが展開の高速化を促しています。このせいで二ターン目から『レーブンヘアード』への『S・ライド』を決めようものなら展開の幅を減らしかねないので、そこが怖いところです。

次回は大会の導入編に入るかと思います。


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サマー3 大会の始まり

大会の冒頭部分に入ります。

ガルパピコは完全に見事な一人劇場かましてんな……と思ったら分身してる!?
最後にチケット渡されたりみとひまりはエンドレスにならんか心配です……。

ヴァンガードifは元の世界と歪んだ世界で記憶やその他がごちゃ混ぜになっているのが伺えますね……。シンさんの『コロッケ焼いてた気がする』と『かげろうを選ぶと思ってた』は典型例でしょう。


何度かファイトを重ねて迎えた大会当日。Roseliaの五人と貴之、俊哉と玲奈の計八人は駅で集合することにしていた。

ファイター組の三人と一緒にデッキ構築から見ていた一真は、本日大学のオープンキャンパスへ行く為、残念ながら不参加である。

大介も家族での外出、竜馬はパスパレのライブイベント、弘人は親戚が家に来る、結衣は店の手伝いで不参加となっている。

なお、大会のことを聞いた日菜は今度は予定と被らない日にやって欲しいと愚痴を零していた。

 

「リサと玲奈がまだか……」

 

「湊さん、今井さんは別行動ですか?」

 

「ええ。玲奈と一緒に見学したいと言ってる人を迎えに行ってるわ」

 

その八人の中で集合しているのは現在六人。いない二人の現状は友希那の口から語られる。

昨日リサから連絡を貰っていた為、友希那は事前に知っており、貴之はその友希那から今日教えられたことで把握していた。

 

「いきなりこのメンバーに混ざるの……大丈夫かな?」

 

「うーん……この前のイベントの人たちだったらまだ何とかなるかな……?ただ、そんなすぐには……」

 

「そんなすぐに……どうしたの?」

 

まだ見ぬ見学者を案じていたところに、聞き覚えのある声が飛んでくる。

 

「皆お待たせ♪見学者二人を連れて来たよ」

 

「見学に来ました~」

 

「青葉さんはバイト仲間だから、まあ予想はできてた。美竹さんは……鉢合わせ?」

 

貴之はリサと玲奈が連れて来た見学者二人の理由を大雑把に予想すると、蘭が頷いたことで当たりを示された。

経緯として、蘭が偶然モカと鉢合わせて話しを聞かせて貰い、特に予定も無かったので同行していいかの確認を頼んだそうだ。

そしてリサと玲奈が二つ返事でOKを出し、モカに着いて行ったことで現在に至る。

なお、彼女らと同チームのひまりは外出、巴は夏祭りに向けた太鼓の稽古、つぐみは両親が経営している店の手伝いで今回は欠席している。

 

「ところで、女性だけの大会なのにどうしてお二人が……?」

 

「俺らは付き添い人だよ」

 

「参加はできないけど、見ること自体は問題ないからな」

 

蘭が気になった疑問はここで解決しておく。モカも同じ疑問を持っていたようで、蘭が先に聞いてくれたことが助かっている。

 

「ちょっと早いけど、そろそろ移動するか」

 

「先に行けばいい場所も確保できるだろうからな……そうしよう」

 

決まるが早いか、全員で電車に乗って会場へ移動を始めた。

およそ10分程の時間が経って、会場の最寄り駅に到着したのでここからは歩きで移動する。

 

「うわ……ホントに男子が少ない」

 

「今回は俺らみたいに付き添い人くらいしか来ないよ。一人で見に行くのも空気的に気が引けるし……」

 

地方大会の時との人数比の違いをみたリサが思わず呟く。初めて来た蘭とモカはあまり実感を感じられないが、Roseliaの四人はリサの声に同意する。

 

「この大会は地方の時とは違って、県ごとに開かれて、そこだけで終わる大会でな……これが理由で普段は大会に出ない人も参加するから、玲奈が出づらい理由に繋がるんだ」

 

「ホントに……女の子とファイトし放題!って思った矢先にこれは辛かったよぉ……」

 

「「(玲奈……本当に可哀想)」」

 

玲奈が出ようものなら蹂躙と呼べる展開になるもなり兼ねないので、遠慮するほかなかった。

モカはこの話しを聞いていたので蘭に教えると、そりゃあれだけ女子とファイトしたがるんだなと納得する。

 

「あっ、少し早かったんだ……」

 

「集合時間より少し早めに移動しましたし、余裕ができましたね」

 

本来ならば受付開始15分前を目安に着く予定だったが、早めに出たこともあり、まだ30分も猶予があった。

その為集まっている人数は自分たちの想定よりも少なめになっている。

 

「まあこう言う時は待つしかないかぁ……」

 

「早く出た以上は仕方ないわね……美竹さんたちは大丈夫ね?」

 

「まあ……はい。今のところは」

 

「あたしもだいじょ~ぶで~す」

 

初めての場所で勝手も分からないのに待たされると言うのは辛そうだと友希那が案じれば、蘭とモカは思いの丈を伝えてくれる。

特にモカの方は全く問題なさそうであり、聞いた友希那としても一安心である。

 

「今回は付き添いの人たちが少なそうだね?」

 

「そっか……やっぱこっちでも少な目だったんだな……」

 

貴之は今までが別地方で裕子の様子を見ていた身である為、そちらの基準で考えていた。

そうして辺りを見回していると、短く整えているやや薄い茶髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ明るそうな雰囲気を持った少女が自分を見つけて喜び、こちらに小走りでやって来た。

 

「あ、あのっ!遠導貴之さんですか!?」

 

「(紗夜、俺たちでリサを……)」

 

「(もちろんそのつもりです。反対側をお願いできますか?)」

 

まるで憧れの人を見つけて喜んでいる様子の少女と、彼女を見て思いっきり警戒の色を露わにしたリサを確認し、俊哉と紗夜はすぐさま左右からリサを抑え込んだ。

──この前もあったけど……何あれ?と、困惑している蘭に、モカとあこ、燐子の三人で事情を説明する最中、貴之と友希那でその少女と対峙することになる。

 

「そうだけど……君は?」

 

「私、今日この大会に参加する井口(いぐち)春香(はるか)ですっ!雑誌で一番最初にあなたのデッキとコメントを取り上げられた時からのファンですっ!」

 

「俺の……?ホントか!?」

 

「あら?貴之、よかったじゃない」

 

かなり前からの時期からと言われれば驚きはさらに増す。これには友希那も素直に喜んでおり、貴之の走った道が繋がっているのを改めて感じられた。

一ファンだと言うなら尚更邪魔はさせまいと、リサが何かを言う前に俊哉と紗夜は煽る形を持って全力で食い止めているので、今なら存分に話せるだろう。

 

「今年からこっちの地方出身になるし、もしかしたらって思ってたんですっ!お会いできて本当に嬉しいですっ!」

 

「ああ……俺の名が目立つようになったの、向こう行ってからだったんだよな……」

 

「なるほど……五年前まではこちらにいたと言うことを、知らない人がいてもおかしくはないわね」

 

友希那の言葉を聞いた春香が「え……?」と間抜けた声を出してしまうのも、その表れであった。

貴之と友希那は元々家が向かい側どうしであることを教え、彼女に教える。

これは何も「自分は彼のことをもっと知っている」と土俵(マウント)を取るわけでは無く、貴之のファンだと言う彼女に「今後話せる裏話の知識として教えてあげたい」と言う純粋な親切心からであった。

 

「あれ?貴之さんの昔を知っているってことは……」

 

「ええ。私は湊友希那……貴之の幼馴染みで、今日の大会に参加予定よ」

 

「え……?あのRoseliaのっ!?私も参加予定なので、当たった時はよろしくお願いしますっ!」

 

彼女の反応からして、自分たちの名が通っていることが分かり、恐らくそちらの道にも興味を示しているかもしれないことが推測できる。

今日はお互いがファイターとして来ていることが分かったので握手を交わし、互いに応援の旨を送る。

 

「他の四人とも当たるかも知れないから、覚えておいて欲しいわ」

 

「分かりましたっ!その時は全力で行きますね♪」

 

春香は楽しみが増えてご満悦となる。全員と当たるのは難しいので仕方ないところだが、せめて誰か一人とは当たりたいと考えた。

話したいことはまだあるが、それは今すぐ話したい訳でも無いので、ひとまずはここまでとして最後に一つだけ頼み込むことにする。

 

「貴之さんに、その……握手をお願いしてもいいですか?」

 

一瞬友希那と顔を見合わせた貴之だが、彼女が「もう決まっているのでしょう?」と言いたげな表情をしているのを見て、考えを決めた。

 

「お安い御用だ。大会頑張ってな、井口さん」

 

「っ……!はいっ!ありがとうございます♪」

 

迷わず貴之が右腕を差し出してくれた光景がこの上なく嬉しくて、春香は思わず両手でそれを取ってしまうくらいには喜んでいた。

少しの間両手で右手を握られっぱなしだった貴之が声を掛けると、固まってしまっていた春香が我に返り、慌てて手を離した。

 

「本当にありがとうございましたっ!改めて、今日はよろしくお願いしますっ!」

 

「ええ。こちらこそ、当たった時はよろしくね」

 

春香の綺麗な礼に対し、友希那も笑みで答え、その答えを嬉しく思った春香が幸せそうな表情で離れていく。恐らくは、前の方に行って早く受付を済ませたいのだろう。

彼女との会話を通した貴之は今回の出来事で感じるものがあり、己の右手を暫し見つめていた。

 

「貴之、嬉しいのよね?」

 

「……ああ。俺のファンだって、面と向かって言ってくれる初めての相手だったんだ……」

 

──そんな風に言われたら、嬉しくない訳がねぇ……。自分の歩んだ道は無駄じゃないことが改めて分かり、貴之がその喜びを嚙み締める。

友希那が貴之の抱いた情をすぐに気づけたのは、Roseliaを結成して以降の話し、クラスメイトや同じ日にライブハウスで練習していた人からそう言われることがあったからだ。

だからこそ、春香の想いを尊重しつつ、自分も入り込む道を選んでおり、結果として彼女とは仲良くなれるかも知れないと希望を抱けたのだ。

 

「(どうにか終わったな……全く、お前がそう言う目を向けたら貴之もあの子もいたたまれないだろ?)」

 

「(それに、今井さんのそれが理由で事態をややこしくする可能性も否めないので、今後はやらないことをお勧めしますよ)」

 

「(うぅ……でも、まだそんなに日が経ってないんだよ?)」

 

「「(お前(あなた)の予想よりも時間は経ってるんだ(います)よ)」」

 

付き合い始めて二ヶ月近くが経過した今、そろそろ熱のあった話しも落ち着き、新しい噂が流れていてもおかしくはないのだ。

だからこそ、『エクスリームファイト』を貴之が実演したあの日から俊哉と紗夜は結託し、同じ友の為にせき止めようと決めている。

こう言う決断もあり、リサのそう言う目は「貴之が動きづらいだけだからやめておけ」と直前で釘刺しができるようになっていたが、早くこんなことをしなくていい日が来ることを願っているのは内緒である。

 

「凄い……息ピッタリ」

 

「以心伝心ってやつですな~……。まあ、あんまり多いのも嫌そうだけど」

 

「りんりん、この前紗夜さんが言ってたよね?リサ姉の気持ちはわかるけどって……」

 

「貴之君のことだから、友希那さんから気持ちが傾かないと思うんだけどね……」

 

呆然する蘭と、俊哉と紗夜を見て予想するモカ。そして紗夜の愚痴を思い出したあこと、貴之の心境を考える燐子と反応はそれぞれだった。

ただ、先程の貴之の心から喜んだ表情を見て、蘭は一つだけ言えることがあるのを確信する。

 

「(嬉しいことがあれば、誰だって笑う……あたしも、湊さんも。遠導さんも変わらない……きっと、当たり前のことなんだ)」

 

蘭がそう認識したところで受付開始のアナウンスが聞こえ、移動を始めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「受付は私が最後……ですよね?」

 

会場に入った後は俊哉と玲奈が蘭とモカを連れて席の確保。貴之がRoselia五人に付き添って受付の説明と見守りを担当していた。

燐子が受付を終えて確認をしたところ、全員が肯定したので問題ないことを共有する。それが分かった貴之は一度俊哉に連絡を取り、どこで確保したかを教えて貰う。

以前の地方大会の時と同じく全体の見通しがいい場所を確保してもらえ、非常にありがたいところだった。

 

「やっぱ、こう言うのは俊哉に任せるのが正解だな。助かるぜ」

 

「いいってことさ。ちょこちょこライブも行ってたおかげで慣れてるんだ」

 

「(こう言う所はきっと、私たちにもあるはずよね?日菜……)」

 

場所取り等に関しては貴之の経験不足も祟って俊哉の完勝……と言う、珍しい光景が見えている。

紗夜はこうして二人を見ていると、自分たちにも適材適所と言うべき差異点があるのだろうと改めて感じられた。

 

「用紙に関してはもう少ししたら取りに行く時間ができる……んで、その時は参加者の都合で俺と貴之は行けないからこっちで待機になる」

 

「その代わりにあたしは降りられるから、五人とも着いてきてね」

 

女性だけの大会と言うことも相まって、貴之と俊哉がその担当はできない。

しかしながら玲奈はそれが可能な為、今回は彼女が担当することになる。

容姿自体は貴之らも現場調査として欲しいところなので、恐らくは八枚分取ることになるだろうと考えている。

 

「あっ……そういや今年からこの大会も大型大会方式が採用されんのか。まあ、裕子(先生)の方はアイツが見てくれるし、後で結果だけ聞くか」

 

「大型大会……あっ、地方大会とかのこと?」

 

貴之の呟きを拾った燐子の問いに、ファイターたち三人が頷く。

大型大会方式と言うものが知らない蘭とモカの為に、ここで玲奈が簡単に説明を入れておく。

 

「大事な試合が続くから、そこから先は全部順番に観ていく……ってことですか」

 

「うん、そんな感じ。見に来てる人たちの参考になれば……って理由で採用され始めた方式なんだ」

 

「そこまで行った人たち、そんなに気になるんだ~……あっ、と言うことは玲奈先輩も?」

 

モカの問いに玲奈は肯定する。実際これに関しては三人とも助かっていることだった。

特に貴之に至っては優勝まで手にしているのだから、それの大きさが伺える。

と、ここまでなら良かったのだが、リサは一つだけ気になったことがあった。

 

「……貴之?先生って一体誰のこと?」

 

「ん?ああ……前の癖でつい言っちまった」

 

──何がおかしいんだ?と最初は思っていたが、始めて聞いた人にこの呼び方が通じる訳があるかとツッコミを入れてその理由に気付く。

これに関しては友希那が先に教えて貰っているので、それをリサに話した。

 

「ここを離れている時の、貴之のお隣さんだった女子みたいよ?確か、内面を考えたら燐子に近いとも言っていたわね……。貴之が先生って呼んでるのは、料理を教えてもらったからなの」

 

「へぇ~……まあ、お隣さんなら大事にしないとだよね……」

 

「あっ、リサ姉もあれは大丈夫なんだ……?」

 

あこの声に出した反応は全員で思っていることだった。Roseliaと玲奈、それから由衣と小百合を省いた異性相手と仲良くしていると険しい目を向けるリサにしては珍しい反応であった。

 

「全国大会の時に弁当を食わせてもらったんだが……あの味はリサを超えてると思う」

 

『……えぇっ!?』

 

リサの料理に於ける腕前を知っている全員が驚愕することだった。彼女の腕前は知人の中でも間違いなくトップと言えるからだ。

その彼女より上と断言できる理由として、二人の味を知っているからは当然として、貴之は裕子の腕前がリサに勝てる絶対的な理由を知っている。

 

「あいつは調理師になる夢を持ってるからな……料理に関しては研究に余念がねぇんだ」

 

「あぁ~……それならアタシも負けるわ」

 

志が違うのだからこれ自体は仕方ないと、リサは素直に割り切れた。

俊哉と玲奈は話しだけ聞いていたが、どれくらいの上手さかは知らないのでこの驚きになった。

この後用紙を配る時間が来たので、玲奈が五人を引き連れて下に降りて行く。

 

「玲奈さん……本当に楽しそうですよね?」

 

「まあ、あいつにとっちゃ今日は楽園みてぇなもんだしな」

 

数少ない多くの女性ファイターと交流できる場であり、本人に取っては夢のような場所でもある。

現に用紙を取りに行った玲奈は、行った先の女子と会話を弾ませており、彼女の充足ぶりが伺えた。

 

「あの人……Roseliaには教えてないんですか?」

 

「何度か現場には居合わせたんだけど。Roseliaに教えたの、全部貴之(コイツ)なんだよ」

 

貴之が頭を抱えながら申し訳なさそうにしているのを見た蘭は、絶対に不味いことを聞いたなと感じた。

実際、巡り合わせが悪かったので、貴之自身も次に女子が始めようと言うなら玲奈に譲ろうと考えていることから、大分気を遣っているのが見て取れる。

ただ、そうしようとした矢先、彩と日菜に教える時は玲奈に予定があったので譲れなかったと言う事態もあり、本当に難しいことを教えてくれた。

 

「お待たせ二人とも。これが用紙だよ」

 

玲奈たちが戻ってきたので、早速トーナメントの構図を見せて貰う。今回の参加は128人らしい。

左側にいるのが友希那とリサ。右側にいるのがあこと燐子、紗夜の三人だった。勝って行けば友希那とリサは準決勝で、紗夜とあこが一台展開になる直前の三回戦、二人の内勝ったどちらかと燐子が準決勝、そして両サイドの最後まで勝った者同士が決勝で当たる構図となっていた。

また、これ以外にも一つ気が付いたことがある。

 

「貴之、ここだけれど……」

 

「井口さんと二回戦で当たるんだな……」

 

貴之からすれば恋人とファン第一号が当たるので、興味を惹かれないはずが無かった。

 

「彼女……どの『クラン』で来ると思う?」

 

「難しいな……有力候補は今のところ二つだけど、どっちもあり得るんだ」

 

選ぶ理由は違うかも知れないが、恐らくはそうだろうと感じている。

もしそれが当たっているなら、片や貴之としても嬉しいことで、片や貴之からすれば因果を感じるものとなる。共通しているのは、彼の読みの正しさだろう。

そして少しした後に開催の宣言がされ、左上から順次試合を始めて行くこととなった。

 

「行ってくるわね」

 

「ああ。いいファイトを」

 

実は友希那が一番左上にいるので、自然と彼女から始めることになる。

その後順次呼ばれて行き、彼女らの一回戦が始まる。

 

「手札を一枚捨てて『ブラスター・ダーク』のスキル発動!このターンのドライブをプラス1するわ」

 

「『ソウルブラスト』して『トレイリングローズ』のスキル発動♪このターン『プラント・トークン』三枚のパワーをプラス5000!」

 

「私の場に『ガレス』と『ボーマン』がいるので、『キルフ』を『ソウルブラスト』して『ブロンドエイゼル』をスキルで『S・ライド』!」

 

「時は満ちた……!『デスアンカー』のアタック終了時、『ソウル』が13枚以上なら『カウンターブラスト』と、手札を一枚、リアガード三枚を『ソウル』に置いてスキル発動!」

 

「私が望んだ運命(イメージ)はこれです……『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

一回戦の結果は個々の力を発揮したことにより、全員が無事に突破していた。

その際に全員が心配ない動きをしていたので安心したと言う旨を、ファイター三人が伝えている。

また、蘭とモカがあまり詳しいことを知らないので、見ている時は詳しい解説をすることも忘れていない。

 

「もうこの時が来てしまったわね……」

 

「あははっ……そうみたいですね」

 

早速二回戦で当たることになった友希那と春香だが、これを悪いとは思わない。

寧ろそれぞれが違う方向で貴之を強く想う者どうしである為、当たれないよりはずっとよかった。

 

「では、お互いに……」

 

「はいっ!思いっきりやりましょうっ!」

 

互いに意思疎通が出来たところで、早速準備を始める。

 

「(さて、どうなるかな……)」

 

その二人の様子を、貴之(先導者)は静かに見守る。

女性だけで集まった大会は、まだ始まったばかりであった。




そんな訳で冒頭部が終わりました。今回の話しとして、ゲストに蘭とモカを招き入れです。
招き入れた理由としては、Roseliaメンバーが基本はファイトをするので、間に会話をできるメンバーが欲しかったことにあります。

今回貴之のファンとして春香を登場させました。
彼女の容姿は『ロックマンZX(ゼクス)』より『エール』がベースとなっており、バンドリ世界の作風に近づけ、耳当てを外した状態を考えています。
元ネタの容姿を探すと大人びてる姿を見ることもありますが、そちらは続編である『ロックマンZX(ゼクス)A(アドベント)』の時の容姿である為、お間違えの無いように。

次回は友希那と春香でのファイトになります。


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サマー4 想いを汲み取って

友希那と春香によるファイトを行います。

ガルパピコは異常気象のせいで蔵が迷路になると言うトンデモが……(汗)。切っても切っても何度も生えて来るのを見た感じ、あの話の世界線では終わらないでしょうね……ってか、捕まったチュチュとパレオはあの後助けてもらえたんだろうか……?

ヴァンガードifも少しずつですが、物語の核心に近づきつつありますね。しかしながら、伊吹は無事なのだろうか……?今回も音沙汰無しでしたね……。

他にも、バンドリ1期の再放送が来ましたね。セル画を見て非常に懐かしい想いをしました。バンドリ再放送を見た後、続けて『ひぐらしのなく頃に』もみることにしたのですが、これ癒しを貰った後に恐怖を貰いに行くとか言う結構アホなことかましているなと感じました……(笑)。まあそれでも見たいから見るのですが。


二回戦の左側から再び試合が始まり、今は順番の都合で友希那とリサが下に降りている。

展開速度次第では紗夜とあこも下に降りる可能性があり、最後まで見れる確率が高いのは燐子くらいだろう。

 

「では……始めましょう」

 

「はいっ!よろしくお願いしますっ!」

 

この二人はまず初めに、互いと当たることを第一目標としていたので、この組み合わせは願ったりであった。

静かな笑みと共に促す友希那と、満面の笑みで答える春香。どちらも喜んでいることは変わらないことが伺える。

 

「(さて、井口さんは何を使うかな……)」

 

「遠導先輩……凄く楽しそうですね~」

 

「まあ、友希那(恋人)井口さん(ファン一号)だからねぇ……楽しいはずだよ」

 

あまり彼と接することのないモカが見ても分かるくらい、貴之は楽しそうな目をしていた。

これに関しては簡単に予想ができており、自分が彼ならばそうなるだろうと思える。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

二人がファーストヴァンガードを表に返すことでファイトが始まる。

 

「『ライド』!『フルバウ』!」

 

「『ライド』!『ぐらいむ』!」

 

友希那が『フルバウ』に『ライド』したのはいつも通りなので、蘭とモカに『シャドウパラディン』のユニットであることと、『クラン』の特徴を教える。

 

「(それ……今の湊さんに合ってるのかな?)」

 

『シャドウパラディン』の説明を聞いて違和感を持った蘭は、後で訊いてみようと思った。

 

「意外ですね……?『シャドウパラディン』を使うとは思いませんでした」

 

「始めた時の自分に合わせたの……意外に思われるかも知れないと思ってはいたけど、早速来たわね」

 

この大会が終わったら『シャドウパラディン』以外も触れてみる予定なので、本当に自分が望む形を見つけようと決心していた。

一方で貴之は春香の使う『クラン』を見て、思わずニヤリと笑みを浮かべる。

 

「なるほど……井口さんは『ロイヤルパラディン』だったか」

 

──こうなると、アイツも入ってそうだな……。貴之の予想は彼女の二ターン目に分かることなので、気長に待つ事にした。

 

「井口さんが『ロイヤルパラディン』なら……入ってそうね」

 

「……?何がですか?」

 

「そのユニットを出したらその時、出なかったらファイトが終わった時に答えるわ」

 

答えてくれるならまあ良いだろうと考え、春香は深く追求しない事にした。

ファイトは友希那の先攻からで始まり、早速『スタンド』アンド『ドロー』が行われる。

 

「『ブラスター・ジャベリン』に『ライド』!スキルで一枚ドローして、ターンを終了するわ」

 

先攻で最初のターンの場合は特にできることが無いので、このまま春香へターンを回す。

 

「『ライド』、『ナイトスクワイヤ・アレン』!スキルで一枚ドローして、このままヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。続けて」

 

春香の『ドライブチェック』、友希那の『ダメージチェック』は両方ともノートリガーで、特に大きな影響も無く最初のターンが終了する。

 

「影の剣は覚悟の意志……『ライド』!『ブラスター・ダーク』!」

 

「(なるほど……そう言うことなら乗らない訳には行かないね)」

 

『ブラスター・ダーク』を見た春香は笑みを浮かべた。すぐ知ることになるが、この笑みは彼女がとあるユニットを持っている証拠であった。

この後『メインフェイズ』では後列中央に露出の高めな黒い魔導服を着た魔女『髑髏の魔女 ネヴァン』が『コール』される。

 

「『ネヴァン』を『レスト』することでスキル発動。山札からパワー5000のユニットを一枚まで探して、『レスト』した状態で『S・コール』するわ。今回呼ぶのは、『黒翼のソードブレイカー』!」

 

イメージ内で『ネヴァン』が自身のどこかに保管(ストック)していた髑髏を取り出し、そこに電流のように見える魔力を注ぎ込む。

これによってその髑髏に肉体と魂が入り込み、金色の髪に黒い戦闘服、そして単剣を手に持った少女『ソードブレイカー』が後列左側に蘇ったかのように参列する。

 

「あ、あの……髑髏からユニットが……」

 

「あれも『シャドウパラディン』の特徴の一個なんだ。こう言う危なっかしいことをするのも多いから、『ロイヤルパラディン』の部隊から外されたりもする……」

 

「じゃあ、一時期の湊さんも……?」

 

蘭の問いには渋面を作りながら、貴之が肯定を返す。友希那はその時の自分を大いに反省している為、もう繰り返したりはしないだろうが、確かにそうしていたことはあったのだ。

それ故に友希那が他人に同じ経験をさせまいとしている意思を教えて貰い、蘭は友希那の願いを無駄にしたくないと思った。

また、これ以外にも前列左側に黒を基調とした服にトランペットを持った、少女のように見える天使『ダークボンド・トランぺッター』が『コール』される。

 

「『ダークボンド』が登場した時、『カウンターブラスト』することでスキル発動!山札からパワー5000のユニットを一枚まで探して、『レスト』状態で『S・コール』するわ」

 

これによって二体目の『ネヴァン』を後列右側に『コール』し、『ダークボンド』はもう一つのスキルでパワーがプラス3000される。これはパワー5000のユニットをリアガードへ『コール』した時に発動するスキルであり、『ネヴァン』の存在が使い勝手向上に働いている。

さらに相手のリアガードがいないので、手札を一枚捨て、『ブラスター・ダーク』のスキルを発動させた。

 

「攻撃に入るわ……『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだダメージ受けてないし……ノーガードかな」

 

流石に(クリティカル)を二枚も引かれるのが確定しているなら話しは違うが、今回はそんなことはないので防ぐことはしない。

『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目は(ドロー)トリガーとなり、パワーは『ダークボンド』に回される。

対する春香の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーが出て、『ガード』がしやすくなった。

 

「次、『ダークボンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「うーん、パワーが勿体無いけど……ノーガード!」

 

ここでの『ダメージチェック』はノートリガーで、春香のダメージが2となったところでターンが終わる。

 

「光の剣は勇気の象徴……『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

「やっぱり持ってたな……『ブラスター・ブレード』」

 

「ああ……予感はしてたけど、俺はどれだけあのユニットと縁があるんだか」

 

耕史(師匠)一真(ライバル)結衣(友人)、そして春香(ファン)──と、とことん『ブラスター・ブレード』との強い縁を貴之は再認識する。

また、彼女があのユニットを採用するに至った理由は、貴之のヴァンガードに対する想いを汲み取っているのだろうと友希那は思えた。

 

「私たち先導者(ヴァンガード)とユニットは協力し合うもの……だからこそ、井口さんは『ロイヤルパラディン』を選んだのね?」

 

「はい。貴之さんのコメント見た後から始めたんですけど、その時一番ピンと来たんです」

 

確かに、ユニットと言う仲間内を大切にするのなら、『ロイヤルパラディン』はその体現者のような存在だと言える。

これに関してはどこもおかしくはないと感じたし、聞いていた貴之も実践してくれる人が目の前にいるのが分かって嬉しかった。

 

「貴之は『ブラスター・ブレード』と縁が多いから、もしかしたらと思っていたけれど……」

 

「……そうだったんですか?後で聞いてみようかな」

 

スキルで『ダークボンド』を退却させた後、『メインフェイズ』では後列中央に『うぃんがる』、後列左側に翡翠色のマントが付いた鉄色の鎧を身に纏った騎士『友誼(ゆうぎ)の騎士 ケイ』が『コール』される。

 

「『ケイ』が手札から登場した時、『カウンターブラスト』をすることでスキル発動!山札から『忠義の騎士 ベディヴィア』を一枚まで探して『S・コール』します!」

 

『ケイ』の目の前……前列左側に橙色のマントが付いた鉄色の鎧を身に纏った騎士『ベディヴィア』が現れ、彼に「待たせたな」と声を掛けた。

彼らは互いを明確に友と思っており、強い信頼関係で結ばれている存在であった。

春香はこのままもう一体のユニットを『コール』して、『ブラスター・ブレード』のスキルを狙うのもアリだと考えたが、『シャドウパラディン』の選択肢の多さを考えると迂闊な行動は控えるべきと考え、ここで一旦打ち止めとした。

 

「そう言えば玲奈さん、さっきから二人が言ってる前口上みたいなのって何ですか?」

 

「あれはユニットの背景に合わせた物言いなんだけど……ざっくり言っちゃうとファイターがイメージを強くする為の行為でもあるんだ。貴之が『オーバーロード』に『ライド』する前にやってるのと一緒だね」

 

玲奈の説明でモカは何となく必要であることは理解した。何故そうするのかはファイトをしなければ難しいかも知れないので、少し検討を始めた。

 

「ここから攻撃……『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうね……ここはノーガードにするわ」

 

今回『ブラスター・ブレード』はスキルを発動していない為、(クリティカル)は1のままである。故に友希那は見えない(クリティカル)トリガーに怯える真似はしなかった。

春香が行った『ドライブチェック』は(ヒール)トリガーだったのでダメージが1回復し、パワーを『ベディヴィア』に回した。

『ダメージチェック』では友希那が(クリティカル)トリガーを引き当て、パワーをヴァンガードに回した。

 

「次、『ケイ』の『ブースト』、『ベディヴィア』でヴァンガードにアタック!『ケイ』は『ベディヴィア』を『ブースト』した時、このバトル中パワープラス3000、『ベディヴィア』は『ケイ』に『ブースト』された時、このバトル中パワープラス3000!」

 

「じゃあ、合計でプラス6000……一緒に戦うことが前提なんだ」

 

「あの二人は長きに渡る友だからね……強固な絆が助けになってるんだよ」

 

──あっ、長きに渡る友って言えば、モカちゃんと美竹さんたちアフグロみたいだよね?玲奈がそう問いかければ蘭は顔を真っ赤にし、モカはニンマリと笑った。

この辺が二人の性格に繋がるのだろう。特に蘭が恥ずかしがり屋であることが伺える一面であった。

最も身近でいる人のことを考えると友希那とリサ、または貴之と俊哉が近しいと思われるが、共に戦うことを考えたら前者の方がより近い。

 

「ここはノーガードかしら。『ダメージチェック』……」

 

ここでは(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージが1回復し2でとどまる。

これによって両者のダメージが2になったところで互いの二ターンが終了する。

 

「あっ、呼ばれたみたいですね……行ってきますね」

 

「ああ。頑張ってな」

 

ここで紗夜が呼ばれたので、下に降りてファイトをしに行った。

この直後にあこも呼ばれ、二人が降りていくことになる。

 

「(さて、あのスキルでどうなるかね……)」

 

今から『ライド』しようとするユニットが、友希那に『シャドウパラディン』が合わないかもと感じさせる最大の原因となっているが、そんなすぐに諦めようとは思わないからデッキに入っている。

ただ、これは友希那が選んだ貴之の想いを汲み取る形である為、まだ粘る選択肢は取るべきと考えている。

 

「やれるだけのことはやりましょう……『ライド』!『ファントム・ブラスター・ドラゴン』!『イマジナリーギフト』、『フォースⅠ』!ヴァンガードのパワーをプラス10000!」

 

「(『ファントム・ブラスター・ドラゴン』……間違いなく、何かがある)」

 

そのユニットは貴之の想いを考えるのなら、最も合わないと考えられるユニットである。

恐らく友希那もそれを承知しているはずなので、春香はどうにかして意図を探ろうと試みた。

『メインフェイズ』で前列左側に『マーハ』を『コール』し、スキルで後列右側に『ジャベリン』を『S・コール』した後、後列リアガード全てを退却させることでリアガード三枚の退却条件を満たし、『ファントム・ブラスター』の『カウンターブラスト』を発動させる。

 

「(ごめんなさい。あなたたちの犠牲を無駄にはしないわ……)」

 

「っ!あの反応……経験したことがあるんだ」

 

友希那が申し訳なさそうにしていること、対象に選ばれたユニットが驚いてから覚悟を決めて身を差し出したことを見て、春香は友希那の経験に気づいた。

『シャドウパラディン』が友希那に合っていないだろうことは春香も感じ出しているし、見ていた蘭もほぼ確実に合わないだろうと思っていた。

 

「(湊さん……無理してないかな?でも、遠導さんは止めなかった……どうして?)」

 

理由を聞いてみようにも、当の貴之は静かに彼女のファイトを見守っているので聞けそうに無かった。

貴之自身は友希那の意思を尊重した故の行動を取っているので、聞かれれば説明するつもりでいる。

 

「行くわ……『ファントム・ブラスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「これは流石に防ごうかな……『閃光の盾 イゾルデ』で『完全ガード』!」

 

現在『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のパワーが38000、(クリティカル)が2である為、ここは確実に防ぐ道を選んだ。

『ツインドライブ』では一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーであり、効果が全て『マーハ』に回される。

 

「次、『マーハ』でヴァンガードにアタック!」

 

「これは貰っちゃおう……ノーガード!」

 

春香はダメージが2である為、次のターンに向けて『カウンターブラスト』確保に走った。

『ダメージチェック』の結果は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、手札の確保に成功する。

ここで友希那のターンが終了し、現在友希那のダメージが2、春香のダメージが4とここからの展開でどうとでもなりそうな状況であった。

 

「じゃあこっちも、本番の領域に……『ライド』!『モナークサンクチュアリ・アルフレッド』!」

 

「(別の『アルフレッド』……『オーバーロード』と同じ、このユニットにも複数の種類があるのを改めて実感するわ)」

 

春香が非常に重装備な鎧を纏った『アルフレッド』である『モナーク』になったのを見て、友希那が『オーバーロード』を思い出したのは貴之の影響である。

また、ここで『モナーク』を出したと言うことは、『完全ガード』を使った時に『ブラスター・ブレード』を『ドロップゾーン』に送ったことをファイター三人が推測した。

 

「登場時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をしてスキル発動っ!『ドロップゾーン』から『ブラスター・ブレード』を一枚まで手札に戻して、このターン『モナーク』のパワーをプラス15000!」

 

この時『ソウル』に『アルフレッド』を含むユニットがあった場合は(クリティカル)もプラス1できたが、今回はいないので不成立であった。

 

「『イマジナリーギフト』、『フォースⅡ』!私は前列右側にしますっ!」

 

『メインフェイズ』では後列左側に『ケイ』を『コール』し、スキルでデッキから『ベディヴィア』を前列左側に『S・コール』する。

その後手札に戻した『ブラスター・ブレード』を前列右側、『うぃんがる』を後列右側、最後に『スタリオン』を後列中央に『コール』し、『メインフェイズ』の準備を終えた。

 

「攻撃行きますね……『スタリオン』の『ブースト』、『モナーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「防いでおきましょう……『マクリール』で『完全ガード』!」

 

まだダメージは2だが、嫌な予感がしたので防いで置くことを選んだ。

案の定、『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当てており、二回とも効果を全て『ブラスター・ブレード』に回された。

 

「これは決めに来たね……」

 

「今、『ブラスター・ブレード』の(クリティカル)は4でしたっけ?丁度6になっちゃうからか~」

 

「それ以外にも、『モナーク』がいればリアガード、またはガーディアンの『ブラスター・ブレード』はパワープラス10000。『シールドパワー』プラス5000を得るから、後ろに『ブースト』できるユニットさえいれば、『ケイ』と『ベディヴィア』の合計パワーを簡単に超えられるんだ……」

 

実際のところ、これによって友希那はかなり痛い状況に追い込まれていた。

まだダメージは2であったものの、この『完全ガード』によって、このままだと『ブラスター・ブレード』の攻撃を止められない状況が完成している。

幸いこちらのダメージが少ないから望みはあるが、どの道『ブラスター・ブレード』の攻撃は素通しする必要があり、その上でトリガー次第とかなり分の悪い掛けになっていた。

 

「(大丈夫。焦らず信じてイメージすること……それが一番大切なことだから)」

 

ここでボロを出すのが一番よくないのを教わっている友希那は、自分に言い聞かせて冷静さを保つ。

幸い、『ケイ』の『ブースト』を加えた『ベディヴィア』の攻撃は防げるので、攻撃してくるなら必ず防ぐことを決めた。

 

「どうせトリガー引かれたら通らないし……『ケイ』の『ブースト』、『ベディヴィア』でヴァンガードにアタック!」

 

「ならここは、『ダークサイド・トランぺッター』で『ガード』!」

 

合計パワー24000の攻撃を、合計パワー28000でどうにかやり過ごす。

ここまではいいが、勝負は次である。

 

「行きますっ!『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「受けて立つわ……ノーガード!」

 

──どうして防がないの?と、一瞬疑問に思った蘭だが、一つだけ予想できた。

 

「もしかして……防げないとか?」

 

「多分。『ベディヴィア』の攻撃を防いだし、あたしはそうなんだと思うよ」

 

玲奈も防げないと分かった段階で二次被害を抑える行動に出る為、恐らくはと予想する。

イメージ内で『ブラスター・ブレード』が『ファントム・ブラスター』となった友希那に三回の斬撃と一回の突きを見舞い、それを受けた彼女が苦悶の声を上げる。

ただし、そのまま消える様子は無く、持っていた槍を地面に突き刺して肩で息をしている様子を見せた。

 

「(……消えない?じゃあ、まさか……!)」

 

「(大丈夫……そのままイメージを持ち続けて)」

 

『ダメージチェック』の一枚目と二枚目がノートリガー、三枚目が(ドロー)トリガーと続き、最後の四枚目で(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージ5で持ちこたえた。

 

「(いいイメージだ。ちゃんと飲み込んでくれて嬉しいぜ)」

 

その光景を見ていた貴之が満足する。春香も攻撃手段が無くなったことでターン終了を宣言する。

 

「井口さんは、私に『シャドウパラディン』が合わないと思う?」

 

「……え?うーん……」

 

友希那がターンを開始する際に投げかけた質問に困惑した春香だが、少し考えてから「確かに合わないんじゃないかと考えている」旨を返す。

ただ、これだけで終わりではなく、何となく感じていることを話してみることにした。

 

「何て言うか、()()()()()使()()()()()ようにも見えるんです……どうしてなんですか?」

 

「なるほど……そう感じていたのね。実際、私も本当は合わないんじゃないかと思って、一度『クラン』を変えようとも思ったわ」

 

「(ああ……この前貴之とデッキ見てたのはそう言うことか)」

 

友希那の話しを聞いた俊哉が、この前の光景を思い出す。

ただそれでも、使うことを決めたことには理由があるので、それを聞こうと思った。

 

「けれど、合わないからと言ってすぐに他の『クラン(仲間)』を選んで、元いた彼らに目をくれなくなるのは違うと思ったの」

 

──せっかく手を取り合えたのに、すぐに切られてしまったら彼らも辛いから……。友希那の今使っている『シャドウパラディン』のユニットを想う心は、春香に一つの確信を与える。

自分は仲間を強く意識した戦い方や、デッキの組み方で貴之がヴァンガードに懸けている想いを汲み取っていたが、それ以外にも汲み取り方があるのだ。

 

「湊さんは……私とは違うやり方で、貴之さんの想いを汲み取ったんですね」

 

「ええ。これは、貴之が一度も『オーバーロード』を外さなかったところからも考えていたの」

 

過去の後悔ももちろんあるが、ヴァンガードに関して最も大きな理由はこれである。

 

「(そっか……ああいう考え方もあるんだ)」

 

蘭は知らない内に友希那の話しを聞き入っていた。これには大いに納得できる理由もある。

これは置き換える方法であるのだが、クラスが自分だけ違うことで悩んでいた自分を『シャドウパラディン』とするなら、これを解決済するべくバンドを組もうと言い出したつぐみと、それに賛成した三人が友希那である。

そうやって考えると心が温まるのを感じ、四人に報いる為にもチームを前に進めて行きたいと願った。

 

「あれ~?蘭~?湊さんの声に感動しちゃった?これは後で教えないとな~……」

 

「えっ!?そ、そんなことないから……!身も蓋もない事言わないで!」

 

「(おお……弄った反応が可愛いと言ってたのはこの事だったんだ……)」

 

モカが弄ったことによって始まったやり取りをみて、玲奈はムフフと言いたげな笑みを浮かべる。

一方で、友希那の言葉に納得して春香が礼を言ったことで彼女らはファイトに戻った。

 

「例え、この力が更なる暴力だとしても……私は拒絶しない!『ライド』!『ガスト・ブラスター・ドラゴン』!」

 

友希那は『ファントム・ブラスター』に似た漆黒の躰を持った巨竜『ガスト・ブラスター』に『ライド』する。

この時に獲得する『フォースⅠ』は再びヴァンガードに設置し、『メインフェイズ』で『ソードブレイカー』を後列左側に『コール』し、『カウンターブラスト』をすることでスキルを発動する。

 

「(これで今回『ソードブレイカー』のパワーは10000……この終盤でこの追い込み方はキツイなぁ)」

 

今回『ソードブレイカー』は手札から登場した為、スキルを発動した際に追加効果でパワープラス5000を得ている。

これによって現在マーハと共に攻撃した場合はパワーが20000なので、『ブラスター・ブレード』に防いでもらうことを考える。

更には前列右側に『ブラスター・ダーク』、後列右側に『ジャベリン』が『コール』され、『ブラスター・ダーク』のスキルで一体リアガードの退却を強要される。

 

「なら、今回は『スタリオン』を退却させます……!」

 

他の四枚と比べ、『スタリオン』はスキルの発動条件の容易さと、効果の弱さから今回の退却対象に選んだ。

更にダメ出しと言わんばかりに後列中央に『ネヴァン』を『コール』するが、あることを狙って友希那はもう一つの手を打った。

 

「前列左側にいる『マーハ』を退却させて、もう一体『ブラスター・ダーク』を『コール』!登場時のスキルも発動するわ」

 

「……!『ケイ』、ごめんね」

 

「(なるほど……狙うは一撃必殺(ワンショット・キル)か)」

 

友希那のデッキ構築の際に運用法も教えていた貴之は、すぐその意図に気づいた。

見ていた蘭とモカ、そして自分の番を待っていた燐子も疑問に思っていたが、玲奈に見れば分かると言われたので友希那の動向に注視する。

 

「こちらのリアガードが退却した時、『ソウル』に『ブラスター』と名の付く()()()()3()()()()()()がいるなら、『ガスト・ブラスター』は(クリティカル)プラス1!」

 

「あっ……だからそうしたんだ。それに、『ブラスター・ダーク』を出したのも……」

 

『ガスト・ブラスター』のスキルと一緒に、守りを減らそうとした狙いに燐子は気付くことができた。

 

「戻ったよ。他のみんなは?」

 

「紗夜とあこが降りてファイト中、友希那はこのターンが恐らく最後。燐子は……」

 

「あっ……今呼ばれたから、行ってくるね」

 

「行ってらっしゃい♪頑張れー、燐子!」

 

燐子と入れ替わるタイミングでリサが戻ってきたので、最後の攻撃をみんなで見ていくことになる。

ちなみに、リサは無事に二回戦を突破しており、決め手は『セシリア』に『ライド』してから展開とパワー増加のコンボによる押し切りであった。

 

「まずは守りを弱らせる……『ジャベリン』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』で『ベディヴィア』を攻撃!」

 

「ごめん、『ベディヴィア』……ノーガード」

 

ここで無駄に消耗した場合、仮に凌げた後に立て直しが効かなくなってしまうので、春香はヴァンガードへの攻撃以外は全て通す選択を取った。

また、今回はこちらが友希那の時のように『ガスト・ブラスター』を素通しする羽目になってしまっており、非常に苦しい状況である。

更に言えば向こうのダメージが5である為、ダメージ次第ではどうやっても敗北を免れない状況まで追い込み切られているのだ。

 

「次は……パワー的にこっちの方がいいかしら?『ソードブレイカー』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ブラスター・ブレード』で『インターセプト』!」

 

イメージ内で『ブラスター・ブレード』が『モナーク』へ迫る『ブラスター・ダーク』の前に立ちはだかる。

数秒間互いの剣による応酬を行った後、『ブラスター・ダーク』が身を引いたことで『ブラスター・ブレード』もその場を去る。

 

「最後……『ネヴァン』の『ブースト』、『ガスト・ブラスター』でヴァンガードにアタック!攻撃した時、『カウンターブラスト』とリアガードを二体退却させて『ガスト・ブラスター』のスキル発動!相手が自分のリアガードを一枚まで選んで退却させ、『ガスト・ブラスター』のパワーをプラス10000!更に、こちらのリアガードが二体退却したことで(クリティカル)をプラス2するわ!」

 

「ちなみにあの『ガスト・ブラスター』のスキル発動は退却したリアガード一体ごとに発動する、俺が前に使ってた『ラオピア』と同じ判定をするんだ。んで、友希那はこの前に一回『メインフェイズ』で『マーハ』を退却させてるから、このターンは合計三体退却させてる。後、ギフトは『フォースⅠ』だ」

 

「『フォースⅠ』はパワーを上げるタイプだから……この段階で(クリティカル)4?うひゃ~……凄い数値だね」

 

聞いたら思わず『完全ガード』をしたくなる数値にリサは呆然とする。実際、始めてみた蘭とモカもビックリな(クリティカル)上昇値である為、初見のインパクトは凄まじいのだろうと貴之たちは感じた。

 

「『うぃんがる』を退却させて……仕方ない、ノーガード!」

 

素通しするしか無かったので、後はトリガー勝負に身を任せるだけだった。

そして命運を分ける『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、効果を全てヴァンガードに宛がった。

 

「えっと……一応確認ですけど、『ガスト・ブラスター』のパワーと(クリティカル)って……」

 

「ええ……今の『ガスト・ブラスター』はパワー68000、(クリティカル)は6よ」

 

「「(あっ、これ前に見たことある……)」」

 

春香と友希那のやり取りを聞いた際、俊哉と玲奈は貴之が『グレート』を使った時のことを思い出していた。

現にリサも思い出しており、自分もやらなきゃいけないのだろうかと貴之に思わず確認を取ってしまった程である。

 

「まあ、今度やり方探して見るか……実用性があるなら行けそうな時に狙うくらいで」

 

「あはは……なんかごめんね?」

 

一先ずそんな約束をしたことで、一旦は収束を見せた。

 

「(湊さん、ありがとうございます。私は……)」

 

「(井口さん、ありがとう。私は……)」

 

──あなたとファイトできて良かった。二人が考えることは偶然にも一致していた。

イメージ内では『ガスト・ブラスター』となった友希那が『ソードブレイカー』と『ジャベリン』から力をもらいながら、『モナーク』となった春香に肉薄する。

この時退却対象となった二体は「あなたの胸の中で共に戦う」と言う、明白に彼女へ託す意思を見せていた。

その後は両手の鋭利な爪で四回程切り裂いてから地面に叩き付け、右腕で胴に抜手をすると言う暴力的な攻撃を行い、耐えきれなくなった春香が光となって消滅する。

起きた光景を表すが如く、『ダメージチェック』は全てノートリガーで、友希那の勝利が決まった。

 

「お互いに、いいものを得られたわね?」

 

「はいっ!とても参考になりましたっ!」

 

決着がつく瞬間にお互いに取ってとてもいいものになっていたことを確信しており、二人してそれを共有できた。

握手と共に挨拶を済ませた後、春香が友希那たちの近くに移動してもいいかを聞き、友希那が快諾する。

その為一度春香と一緒に荷物を取りに行ってから、友希那は貴之らのところに戻ってきた。

 

「二人ともお疲れ様。いいファイトだったぜ」

 

「「……!」」

 

戻って来るや否、貴之から惜しみ無い賛辞を貰った二人は顔を見合わせて満面の笑みを見せあうのだった。

 

「なるほど……こうして付き添い人側に回ってる理由はそうだったんですね。ファイトしたかったなぁ……」

 

「なら、今度ファクトリーにおいでよ。空いてる日なら貴之たちに連絡貰って飛んでいくから♪」

 

「ねえ友希那。玲奈が……」

 

「ええ。欲を抑えられなくなっているわね……」

 

その後玲奈と春香が話している様子を見て、友希那とリサは確信した。

 

「えっと……あれ何?」

 

「一応、玲奈さんの悪い癖……って、リサさんから聞いてるよ~?」

 

実際に見たのは二度目とも言える状況なので、モカもそこまで詳しいことは把握していない。

あまりにも機会に恵まれないから逃すまいと行動し、それを見てやり過ぎだと他の人に止められる……要は間が悪いの一言に尽きるのだろうとモカは確信していた。

後でリサに確認してみた時もそうだったので、Roseliaを教えたのが全部貴之だった時に若干荒れたのも理解は行った。

 

「まあでも、今のあいつは女性ファイターに取っては希望の星みてぇな存在にはなっているし、見てもらう分にはいいんだろうけど……」

 

「そのせいで今日みたいな日を我慢するから、一長一短だよな……」

 

これに関してはどうすることもできないので、これ以上はやめだと貴之と俊哉は困った笑みを見せあって話しを切り上げる。




友希那のデッキはトライアルデッキ『雀ヶ森レン』をブースターパック『最強!チームAL4』とブースターパック『最凶!根絶者(デリーター)』に出てくるカードで編集した『シャドウパラディン』のデッキ。
春香のデッキはトライアルデッキ『先導アイチ』をブースターパック『結成!チームQ4』とブースターパック『宮地学園CF部』に出てくるカードで編集した『ロイヤルパラディン』のデッキになります。

Q.モナークを春香に使わせた理由は?

A.本章で一真にしかできないことをやらせるので、負担軽減も加味して春香に紹介役を頼みました。

本小説(クリティカル)6フィニッシュを決めた二人目は、何と友希那になりました。テストファイトをした時に余りにも綺麗に決まったので採用した形です。

次回は紗夜とあこによるファイトになると思います。


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サマー5 変わった思想、揺るがぬ意志

今回は紗夜とあこでのファイトになります。

ガルパピコでは彩が動画やってるのはいいけど、余り上手く行ってないような感じがありましたね。見守る千聖は完全に保護者と化してる……(笑)。

ヴァンガードifでは着実にに記憶を取り戻す人たちが増えて来ていますね。伊吹はどうやら単身別の場所で重要な役割をこなす必要があるようで……。

ガルパでアフグロの三章が来ましたね……私は外出で疲労してたので、余力があったら少し走りますが、無理そうなら寝てから走ろうかと思います。


「どうにかなったわ……」

 

「お疲れ様。上手く使えてたな」

 

時間は更に進んで三回戦が進行している。これが終われば前半の部は終了となり、昼食休憩後一台展開の進行が始まることになる。

その中で最も早い順番で試合が回ってきた友希那は一番最初に降りて、丁度ファイトを終えて上がってきたのである。

貴之が述べた「上手く使えてた」と言うのは『ファントム・ブラスター・ドラゴン』や『ガスト・ブラスター・ドラゴン』を始めとする、『シャドウパラディン』の特徴を強く表すユニットたちのことであり、見ていて全く心配のないくらい綺麗に運用できていた。

 

「井口さんとファイトしたおかげなのかしら?あのユニットたちを使っても自然な形で戦えていたわ」

 

「そんなにですか?」

 

気になった春香が問いかけ、友希那がそれに頷いて肯定の胸を返すと彼女は満面の笑みを浮かべて喜びを表した。

こうして二人が仲良くなっていくのは、貴之としても非常に嬉しいものである。ただでさえ春香が憧れと理解の違いを解っているのも有り難いのに、ここまで来れば感激である。

 

「あっ、リサさん勝てそう……」

 

「ホントだ。あれなら心配なさそうだね♪」

 

「それなら、後はあの二人と白金さんか」

 

モカが指さした通り、リサは勝利に王手(チェック)を掛けているので、他を見ていくことにした。

対戦が減ってきた都合上、燐子は上には戻ってこないで、そのままファイトする為に移動を始めている。

 

「正直なことを言いますと、宇田川さんと当たれたのは幸運だったのではないかと思うんです」

 

「ほえ?あこと当たって幸運……ですか?」

 

予想外の一言に、あこは呆けた声を出す。少なくとも弱いからとかそう言うことはないのだが、一回ですぐには分からなかった。

その為理由を訊いてみれば、こちらを称賛する答えが返ってきた。

 

「宇田川さんはRoseliaの五人で、貴之君の教えを()()()()()()()()()()人ですから。あなたを通して、何かを掴めるのではと……そう感じられるんです」

 

「ああ~……そう言えばあこ、そんなに深く意識して無いんだった……」

 

あこは唯一、実践している最中に自分のイメージを確立させている。

一人だけ最初から独自の言い回しに挑戦し、成功させているのは伊達では無く、『クレイ』にいる時の自分はこれを作り上げていた辺り、自然体で教えを体現できるのは圧倒的な強みと言える。

それからは楽であり、確立させたイメージを忘れずにファイトを反省していくだけであったので、あこは結構余裕を持って練習ができていた。

 

「紗夜さん、一個提案なんですけど……」

 

「提案ですか……?どうぞ。まずは話しを聞きましょう」

 

この大会に来る前、「Roselia全員で一台展開まで行きたいね」と話していたのだが、この組み合わせによって残念ながら頓挫することが確定してしまっていたのだ。

恐らくあこの提案は代案に近いものだろうと考えながら、紗夜は先を促す。

 

「このファイト、勝った方がRoseliaの誰かと当たるまで負けない……って言うのはどうですか?もしかしたら、優勝するまでファイトすることになるかもですけど……」

 

「確かに、ハードルが高くなってしまいますが……いいでしょう。その提案受けましょう」

 

あこの提案を紗夜は受け入れることにし、それを聞いたあこは素直に礼を告げる。

この直後に「前までなら断られそうだったけど、今なら平気そうだから言ってみた」と教えられ、非常に複雑な想いを抱いたのは内緒にしている。

約束事もして、準備も終えたので、早速ファイトを始めることになる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

ファーストヴァンガードは紗夜が『キルフ』、あこが『ゲートキーパー』とここは変わらずであった。

二人が使う『クラン』のことは忘れずに話しておき、『ダークイレギュラーズ』の話しを聞いた二人は、そちらの趣味を持ってからのあこらしいと感じるに至った。

 

「……紗夜が攻め切れるか、かしら?」

 

「そうだな。後は、あこが耐えきった場合に反撃できるかもあるな……」

 

やはりというか、『ゴールドパラディン』のように速攻性の強い『クラン』が関わると短期決戦になりがちである。その為、一回の攻防が非常に重要となるだろう。

練習を重ねたおかげで友希那もこう言う時はこうなのだろうと、少しずつ感じ取れるようになってきており、互いの道を知れてきていることが伺えた。

 

「『ウェイピング・オウル』に『ライド』!スキルで一枚ドローして、ターン終了です」

 

「まずは封じられし力を解き放つ為の前奏から……『ライド』!『プリズナー・ビースト』!『ソウルチャージ』した後スキルで一枚ドロー……」

 

ファイトは紗夜の先攻で始まり、彼女は先攻一ターン目で安定しやすい動きを選んだ。

あこは今回、先に『ソウルチャージ』をする処理を選ぶ。これ自体は直感に近いのだが、あこの直感は当たりやすい傾向がある為、今回はそれに従ったのだと思われる。

『メインフェイズ』で後列中央に二体目の『プリズナー』を『コール』し、『ソウルチャージ』を行う。

 

「此度はここまで、挨拶代わりに攻撃……リアガード(我が僕)の『プリズナー』で『ブースト』、『プリズナー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここはノーガードにします。どうぞ」

 

変に尻込みした動きは危険と判断した紗夜は、いつも通りの動きを徹することにした。

あこの『ドライブチェック』が(ドロー)トリガー、紗夜の『ダメージチェック』は(クリティカル)トリガーと、あこが有利な状況で一ターン目が終わる。

 

「『ボーマン』に『ライド』!スキルの発動は……見送りましょう」

 

このターンに『S・ライド』が実現可能なら強引にでも狙ったのだが、できないのならいたずらに手札消費をすべきではないと判断した。

『メインフェイズ』では『ウェイピング』を後列中央に、『ヴィヴィアン』を前列左側に『コール』し、スキルで『ガレス』を後列左側に『S・コール』する。

 

「では、こちらからも行きます。『ウェイピング』の『ブースト』、『ボーマン』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ焦る時では無い……ノーガードで受けて立とう!」

 

『カウンターブラスト』を確保したいのもあるが、あこのイメージは「敢えて受けることで余裕を見せるべし」となっており、それに従った結果でもある。

紗夜の『ドライブチェック』は(ヒール)トリガーで、先程受けたダメージが回復することになった。

対するあこの『ダメージチェック』はノートリガーで、これによりダメージが逆転する。

 

「次、『ガレス』の『ブースト』、『ヴィヴィアン』でヴァンガードにアタック!」

 

「我を恐れぬ担力……良かろう。ここもノーガード」

 

ここも受けることを選択し、あこの『ダメージチェック』がノートリガーで、ダメージが2になったところで紗夜のターンが終わる。

 

「あら?紗夜の方は意外に不味そうね……」

 

「あっ、友希那も気づけたみたいだね」

 

傍らから見ると非常に順調に進んでいるのが見えているので、蘭とモカが困惑する。

先程負ってしまったダメージも(ヒール)トリガーで回復していて、余裕があるにも関わらずどうしてなのだろうか?それが二人の考えであった。

 

「ここで『ゴールドパラディン』の特徴を思い出してみよう。あの『クラン』……と言うよりも、紗夜の使っているデッキはこのターンでグレード3になることができたんだけど、今回はそれに失敗しちゃってるんだよね……」

 

「あっ……強みが一個台無しになってる?」

 

「それと……あこちんの方は準備をしてからが本番だから~……あこちんちょっと有利ですか?」

 

玲奈の説明によって二人は気付くことができ、何故友希那が紗夜を有利と言わなかったのかを理解する。

 

「このターン、紗夜は最後まで繋げていれば『ツインドライブ』を使って一気に攻め立てることができたから、これが後々響きそうだな……」

 

長い目で見ると相当不味いと感じたのは俊哉である。紗夜が使うデッキは、下手すると竜馬のデッキ以上に二ターン目が大きく響いてしまうデッキであり、ここでの失敗がかなり痛いかも知れないのだ。

 

「召喚の儀式は加速する……!『ライド』!『ヴェアヴォルフ・ズィーガー』!」

 

『メインフェイズ』では後列左側に『ドリーン』、前列左側に『グヴィン』を『コール』し、『ソウルチャージ』を済ませる。

更にこれだけで終わりでは無く、とあるスキルを発動する。

 

「『カウンターブラスト』と『ソウル』にいる自身をデッキの下に置くことで『ディメンジョン・クリーパー』のスキル発動!三枚『ソウルチャージ』!」

 

イメージ内で『ディメンジョン・クリーパー』がゲル状のような体を駆使し、どこからともなく力の根源となるであろう光の球を集め、『ズィーガー』となったあこに差し出す。

受け取ったあこはそれを自身の体内に取り込み、力が湧き上がるのを感じる。

 

「このスキルは一ターンに一度と言う制限は無く、今のスキルで『クリーパー』が『ソウル』に宿った……」

 

「宇田川さんが『ダメージゾーン』で裏返しにしていないカードも残っている……と言うことは!」

 

「如何にも!第二幕の開演であるぞっ!『クリーパー』よっ!再び根源を持って参れ!」

 

魔界の女王たるもの、配下のものを丁重に、そして有効に扱う。これがあこのイメージであった。

これにより『ソウル』が既に9枚となっており、このまま行けば次のターンであっさりとコンボが完成する段階まで辿り着いている。

 

「見るがいいっ!根源を集め、長大な刃となった『ドリーン』の魔爪をっ!」

 

『ドリーン』が場に出てから計7枚の『ソウルチャージ』が行われており、何とパワーが35000もプラスされている。

パッと見もう持ち上げることすら辛そうなくらい長く伸びているが、『ドリーン』は全く問題なさそうにしていた。

 

「おお……言い方が安定したな」

 

「あの子、珍しいタイプだなぁ……」

 

初めての時と比べて言い回しが変わったことに気づき、イメージを更に安定させたことを貴之は確信した。

あこのような言い回しは非常に独自のタイプであり、春香もそうだが、大会に出続ける貴之らですら余り見かけることはないタイプである。

 

「儀式の行進まだ終わらぬ……!『プリズナー』の『ブースト』、『ヴェアヴォルフ』でヴァンガードにアタック!攻撃時、『ヴェアヴォルフ』のスキルで二枚『ソウルチャージ』!」

 

「ダメージは0だから……ノーガード」

 

先程の(ヒール)トリガーのおかげでダメージに余裕は出来ている。故に防ぐ意義は感じなかった。

あこの『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、パワーは『グヴィン』、(クリティカル)はヴァンガードに回す。

イメージ内で『ヴェアヴォルフ』となったあこが、『ボーマン』となった紗夜に爪で二回ほどの斬撃を見舞う。

この時の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(フロント)トリガーとなるが、次の攻撃のパワー差が大きすぎて、防ぐ気力が起こらないものであるのが少々問題か。

 

「極限まで鋭く、そして長大となった『ドリーン』の魔爪を受けよっ!『ドリーン』の『ブースト』、『グヴィン』でヴァンガードにアタック!」

 

「防いでも割に合わない……ノーガードで行きます」

 

流石に合計パワー70000、(クリティカル)1の攻撃の為に防ぐ理由などないので、大人しく受けることにした。

『ダメージチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、ダメージの増加は防がれる。

これにより、互いのダメージが2になったところであこのターンが終了する。

 

「友希那~!アタシも勝ち残りできたよ~♪」

 

「お疲れ様。これで二人目ね」

 

この直後、リサが吉報と共に戻って来たことで全員が安堵する。焦ることなく丁寧に詰めていった結果の順当な勝利である。

 

「(ここが勝負になるな……)」

 

恐らくあこは既に『デスアンカー』を握っている為、このターンで決めなければ負けとなってしまうだろう未来が見えていた。

その為、紗夜はこのターンで守りを完全に捨てるつもりで行動することを決める。

 

「『ブロンドエイゼル』に『ライド』!『イマジナリーギフト』、『アクセルⅡ』!更に手札にある時『カウンターブラスト』をして『レーブンヘアード』に『S・ライド』!」

 

「ほう……運命を強いる騎士か。その力が我に届くか、試すがいいっ!」

 

「あ、あこが凄い堂々としてる……」

 

「こうまでイメージが強いと、相手する時が怖いわね」

 

現状だと耐えきってしまえばそのまま詰み(チェックメイト)まで行ける為、あこが大分優勢ではある。

ただし、紗夜もここから捲り返すことができるので、油断はできない……と言った状況である。

『メインフェイズ』では左の『アクセルサークル』に『ワンダーエイゼル』を『コール』し、スキルで『ボーマン』右の『アクセルサークル』に『S・コール』する。

これは手札からの『コール』である為、『ボーマン』のスキルは発動可能であり、それによって『ガレス』を前列右側に『S・コール』し、その後『ちゃーじがる』を後列右側に『コール』した。

 

「行きます!『ウェイピング』の『ブースト』、『レーブンヘアード』でヴァンガードにアタック!この時『カウンターブラスト』してスキル発動!」

 

「我は魔界の女王。『完全ガード』を封じられても引きはせぬ……ノーガード!」

 

相手はスキル(クリティカル)が2になっているが、それでもあこは強気に動く。

この行動自体理由はあり、『アクセルサークル』持ちの『クラン』は(クリティカル)トリガーの採用枚数が少なくなりがちだからである。

現に紗夜のデッキも四枚しか入っておらず、まだ一枚しか出てないとは言え、本当に出てくるかの保証はない。

 

「あ、あんなに堂々と……」

 

「あそこまでスイッチが入ったあこは強いからな……」

 

現に貴之も、『オーバーロード』と一緒にちょっと脅してやろうと思ったら失敗した経歴があり、ファイト一辺倒で進んでいたら凄いことになっていただろうと確信している。

そのイメージが通じたのか、紗夜の『ツインドライブ』は二枚とも(ドロー)トリガーと言う、少々判断に困る結果となった。次のターンも望みがあると考えればいいのだが、決めきれないと考えると少々面倒である。パワーは『ワンダーエイゼル』と、前列右側にいる『ガレス』に回しておく。

あこの『ダメージチェック』も一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、このままだとヴァンガードに攻撃が届かなそうであることが懸念された。

 

「次は……『ワンダーエイゼル』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ブリッツ』よ!この場は任せるぞ!」

 

ヴァンガードに攻撃が届くのは後二回なので、片方だけ防いで安全を確保しておく算段であった。

 

「これはどうするかしら……?『ちゃーじがる』の『ブースト』、『ガレス』でヴァンガードにアタック!」

 

「最後の調印を済ませよう……ノーガード」

 

「え、えっと……どういう事ですか?」

 

「まあ、有り体に言うと最後の準備だな」

 

あこの言い回しが理解できずに混乱していた蘭へ、俊哉がさりげなく助け舟を出す。

これに関しては分からない人は本当にそのままだから仕方ないと割り切り、あこの『ダメージチェック』を確認する。

結果は再び(ドロー)トリガーであり、これでヴァンガードへは攻撃が届かなくなった。

仕方がないので、紗夜は『ボーマン』で『グヴィン』に攻撃し、あこがノーガードで退却させたところでターンを終了させる。

 

「あれ、イメージで乗り切っちゃってますね……」

 

「元々あこはそっち方面で強くて、紗夜は苦手。ファイターとしての相性差が出てる感じがあるな……」

 

更に言えばあこは乗っかれるかどうかの二択を迫れるくらいに、はっきりとした空間(イメージ)を描いているので、この手に不慣れな紗夜は大分悩まされる。

これに関しては少しでもヴァンガードファイトを経験すればすぐに分かることである為、蘭とモカ以外の全員は完全に理解できている。二人も二人で話しを聞いてきたおかげで薄っすらとだが理解できている段階である。

 

「(『完全ガード』が二枚あるとは言え、乗り切れるかしら……?)」

 

紗夜からしても、この状況は非常に苦しいものであり、あこのユニットのことを考えるとどうしても怪しいところが出てくる。

現にあこは『スタンド』アンド『ドロー』を済ませた後、得意げな笑みをみせている。

 

「ふっふっふっ……時は満ちた!今こそ、我が分身による凱旋の時であるっ!ライド・ザ・ヴァンガード!『ノーライフキング・デスアンカー』!」

 

登場時に『ソウルチャージ』されたことで丁度13枚になり、全ての用意が整う。

『イマジナリーギフト』は『プロテクトⅠ』を選択する。決めきれないと判断した際に、すぐ『完全ガード』で凌ぎ切る選択を取れるように保険である。

『メインフェイズ』では前列右側に『ヴェアヴォルフ』、後列右側に『クリーパー』、そして前列左側に全身が石に近い緑色をした体をもつ吸血鬼『ブラッドサクリファイス ルスベン』を『コール』する。

 

「登場時、『ルスベン』のスキルで『ダメージゾーン』、または『ドロップゾーン』のユニット一体を『ソウル』に置くことができる!我に力を分けたまえ!」

 

あこは今回『ドロップゾーン』から一枚『ソウル』に持ってくることを選んだ。これ以外にもとあるユニットがいれば追加効果で『カウンターチャージ』が可能だったが、それを使うつもりがなかったあこは採用をしていない。

これで全ての用意が整った為、あこは攻撃を始める。

 

「今こそ総攻撃の時!我らの闇と言う波に飲まれ、消えゆくがいい……!『クリーパー』の『ブースト』、『グヴィン』で『ヴィヴィアン』を攻撃!」

 

「……?ノーガードで行きます」

 

全てヴァンガードに来るかと思って身構えていたが、ダメージを受けないのならばと紗夜は流すことにした。

 

「次は『ドリーン』の『ブースト』、『ルスベン』で『ワンダーエイゼル』を攻撃!」

 

「そちらもノーガードにします」

 

『完全ガード』が二枚も見えているからの警戒だろうと思いながら、紗夜はそのまま攻撃を受けて『インターセプト』を捨てるに至る。

 

「ここからが本番……『プリズナー』の『ブースト』、『デスアンカー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『マルク』で『完全ガード』します!」

 

流石に合計パワー44000もの攻撃を、『ツインドライブ』も控えている状況で素通しする訳にも行かず、紗夜はここで一回目の『完全ガード』を使うことにした。

『ツインドライブ』では一枚目こそノートリガーだが、二枚目は(クリティカル)トリガーであり、効果が全て『ルスベン』に回される。

 

「攻撃終了時、『デスアンカー』のスキル発動!此度呼び覚ますのは、五大の元素を支配する精霊の王……『S・ライド』!『五大元素の支配者(マスター・オブ・フィフスエレメント)』!『プロテクトⅠ』を獲得したのち、そのままヴァンガードにアタック!」

 

『ツインドライブ』で(クリティカル)トリガーを二枚引かれたらどの道負けなので、ここで防ごうか考える。

あこからすればここで『完全ガード』を使ってもらえた方が有り難いが、どの道使うとが勝利に必須なので、最後の一手を行使する。

 

「『五大元素(フィフスエレメント)』が攻撃した時、『ソウル』が15枚以上あるならば、『ソウル』と手札を全て『ドロップゾーン』に送ることで、我が軍勢は全て『スタンド』……再動の時を得る!」

 

「なっ……!?もう一度『マルク』で『完全ガード』!」

 

その効果に驚いた紗夜だが、どの道二回攻撃が来るのだから先に防いでしまい、後はトリガーが来ないことを祈る方向に変えた。

『ツインドライブ』では一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで効果を全て『グヴィン』に回される。

この方法は最後の詰めとして全ての攻撃に『ガード』を強要する為の方法であり、紗夜からすると一枚でも(クリティカル)が引かれたら危険なこの時にそれをされるのがとても苦しいものとなる。

 

「き、決めに行ってる……」

 

「あれは……見慣れて無くても嫌だって思うよね~……」

 

普段のなりとは裏腹に中々えげつない詰め方をするあこをみて、蘭とモカが呆然とする。これ自体あこは自分のイメージに従っているだけなので、彼女からすればそのままやったら完成してると言うのが尚更質の悪いことになる。

全てのユニットが(クリティカル)2の状態で一回ずつ攻撃を残している。まだ『ツインドライブ』が残っている。これは紗夜で無くても対面したくない状況である。

 

「耐えて見せよ……我らの栄光を掴む闇の奔流をっ!『ルスベン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『フレイム・オブ・ビクトリー』で『ガード』します!」

 

パワー19000の攻撃は、合計パワー27000でどうにか防ぎきる。

 

「次、『グヴィン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは……ノーガード!」

 

仮に(クリティカル)トリガーを二枚引かれた場合、どの道トリガー祈りをすることになってしまうので、一度攻撃を受けることにする。

『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーになり、次の攻撃が通るとトリガー祈りをすることになる。

 

「決めるのはこの我……!『五大元素(フィフスエレメント)』でヴァンガードにアタック!」

 

「懸けるしかなさそうね……『エリクサー・ソムリエ』で『ガード』!」

 

紗夜はもう手札がこれしか残っていないので、あこがトリガーを二枚引かないことと、仮に引かれても(ヒール)トリガーが引けることに懸ける他なかった。

命運を分ける『ツインドライブ』はあこが見事に二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当てて見せ、紗夜のデッキに残っている(ヒール)トリガーの都合上、あこの勝利が確定する。

イメージ内では『五大元素(フィフスエレメント)』となったあこが、持っていた五つの試験管の液体を混ぜ合わせることで特殊な空間を作り出し、それを『レーブンヘアード』となった紗夜に押し当てる。

その空間に飲まれた際に生じた激痛に耐えられなくなった紗夜は膝を着き、そのまま光となって消滅する。

『ダメージチェック』もそれを表すかの如く最初の二枚がノートリガーで、ダメージが6となり決着が着いた。

 

「自分でもビックリするくらいに上手く行った……」

 

「お見事です。やはり宇田川さんは、イメージが綺麗に作られていますね」

 

正直に言えば、紗夜は大分彼女のイメージが作るペースに引っ張られて行ってしまっているのを感じた。得手不得手は当然あるものの、彼女のような領域に行くまでは今しばらく時間が必要だろう。

最後にファイトが終わった挨拶を済ませて戻りに上に戻る最中、丁度ファイトが終わった燐子と合流した。

 

「あっ、りんりん!どうだった?」

 

「三回戦突破できたよ」

 

「おおっ!さっすがぁ~」

 

お互いに勝ち上がれたのを喜ぶ二人だが、一つ大事なことを忘れていたことに気付く。

ハッとして紗夜の方へ顔を向けると、彼女が思いっきり落ち込んだ様子を見せていた。

 

「お二人とも、本当に良かったですね……」

 

「「あっ……すみません」」

 

紗夜はあこと当たって負けているので、一人だけ苦い思いをすることになる。

しかしながら全力で当たった結果なのでこれは仕方ないと受け入れ、彼女らに応援の旨を送るのであった。

 

「売店あるのか。そこで弁当とか売ってるらしいぜ」

 

「おっ、それは有り難いな……じゃあそっちへ行くか?」

 

これに関しては満場一致で賛成。戻って来た三人も賛成したので、そのまま売店へと足を運ぶのであった。




あこのデッキはブースターパック『最強!チームAL4』と、ブースターパック『最凶!根絶者』に出てくるカードで編集した『ダークイレギュラーズ』のデッキとなります。

本小説で『アクセルサークル』持ちの勝率がかなり低いことになってますが、別にこれらの『クラン』が嫌いって訳ではありません。プロットを組んだらまた負けてる……と言うことが多くなってしまっているだけです(汗)。

次回は友希那とリサでのファイトになります。


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サマー6 親友同士、遠慮なく

予告通り友希那とリサでのファイトになります。

ガルパピコの現状を考えると、花音は誰かと一緒にいた方がいいんじゃないでしょうか……?今回も千聖の近くに薫がいなければ合流出来ず終いになっていたでしょうし……。

ヴァンガードifは伊吹が復活するのはいいけど、お前早速洗脳されるんかい!と、言うツッコミはさておきとして、スイコのことを何かと意識している様子があったので、もしかすると今後何かあるかもしれませんね。

また、録画してたきり見ていなかった『アサルトリリィ』を随時見ていくようになりました。バンドリの再放送と時間が被って、録画を選んだの忘れていたんですよね……(笑)。
武器と敵の設定を考えると、『GOD EATER』シリーズの『アラガミ』と『神機』の関係性っぽいなぁ……と思ってたりしています。

アフグロ三章はまた外出してたり、仕事長引いたりで結局やれていません……(汗)。二大巨頭の原因はポケモンのDLCが近いから準備しているのと、復帰したアークス家業で思いっ切り時間食ったせいですが。


『裕子の方はそんな感じだ。今回は練習時間が確保できたから、結構勝ち上がれてる』

 

「なるほどな……そりゃいいことを聞いたぜ」

 

場所を移して昼食を取っている最中に、貴之は真司からかけてきた電話に応じていた。

内容としては互いに見ている相手がどこまで進んでいるかの確認であり、トーナメントの定めである紗夜は仕方ないとして、残りは全員勝ち上がれていると言う朗報である。

裕子は基本的にこの大会に出ても一台展開まで勝ち上がることはできなかったのだが、今回は無事に勝ち上がれているようで、貴之はそっちも同時に見れたらよかったのにと欲張りな考えがよぎる。

 

「ここまで来ると、この後が楽しみだな?」

 

『ああ。僕としても、どこまで行けるかが気になってる』

 

こうして二人して話していると、真司の方から裕子以外の女子の声で真司を呼ぶのが聞こえ、貴之は裕子の友達だろうかと考えて問うてみる。

案の定そうであったらしく、裕子の高校でのチームメイトでもあり、友人でもある二人も彼女の誘いで見に来ているそうだ。

その二人はヴァンガードの知識があまりないのだが、幸いにも貴之と何度も遠征に行ったことで知識がバッチリな真司も一緒だったことで、色々教えてもらっているらしい。

 

『そう言うことだから、僕はそろそろ教えに戻るよ』

 

「おう。じゃあ続きは大会が終わった後でだな」

 

段取りを決めたので一度電話を切り、貴之は電話を切る。

携帯電話をしまって周りを見渡して見ると、全員が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

「俺……何か変なことでもしたか?」

 

「いや、してないっちゃしてないけど……」

 

「いきなりあたしと俊哉しか知らない女の子の名前出したら……ねぇ?釣られて固まっちゃうと言うか」

 

完全に貴之の配慮不足であることが証明された瞬間である。隣りに友希那(彼女)がいると言うのに、その人が知らない女子の名を出せばこうもなる。

そこまで整理した貴之は両手を上げ、自分が悪かったことを認める旨のジェスチャーを出す。

勿論それだけで言い訳はないのは目に見えていたので、これに関しての説明も行うことを決める。

 

「今のは向こうにいた時の友人から、今日別の場所で大会に参加してる友人のことを教えてもらってたんだ。ああ、裕子ってのがその友人で、俺がちょこちょこ『先生』って言ってた人に当たる」

 

「……先生?」

 

「あっ、そう言えば井口さんは聞いて無いんだっけ……?」

 

リサが大会開始前に話していたことを春香に教え、理解を得ることに成功する。

それはそれとして、一先ずタイミングが悪かったこと、そういう時は場所に気を付けようは全員の共通認識となった。

 

「そう言えば、あいつって三年近くであそこまで持って行ったんだよな?」

 

「あいつの頼みを聞いて、遠征連れまわしながら教えて行ったらあそこまで行けたんだ。短時間で物凄い経験値を濃縮させたけど、あいつは吞み込みがいいから、寧ろこれが正解だった」

 

「(す、凄い肉体派……)」

 

俊哉の問いへの回答を聞き、蘭は呆然とする。初めて現場を見た時はあれだけ膨大な知識を持って教えていたのに、そんな時期があったのかと思った。

この二人のやり取りを見た玲奈が、真司がそんな短期間で全国大会に出れるまでのし上がったことを教えれば、貴之が彼に最適な師事をできていたのだろうと考える。

 

「一真君は……時々なんだっけ?」

 

「ああ。あいつには遠征やってることは教えて、俺に習ってやりだして以来度々合流してファイト……って感じでやってた」

 

最初の頃こそ自分が上であったが、途中から『PSYクオリア』の力もあって逆転し、最後に『超越者の祝福(ストライダー・ギフト)』で再び巻き返した。この力関係は今でも奇妙なものだと断言できる。

当然この力は表向きに話すことはできないが、玲奈は何となく察してくれるだろう。一真が絡んでいるのはそう言うことである。

ただし、自分の力の方はまだ話していないが、ヴァンガード甲子園へ出るに当たって、チームメンバーに話す可能性は高いだろうと思えた。

 

「……あら?貴之、確か秋津君って……」

 

「ああ。友希那は気づいたか……こないだ玲奈が日菜たちにヴァンガード教えられなかった理由だよ」

 

「あっ、ちょ……!」

 

リサもそうだが、友希那は放課後デートへ出向いた日に玲奈が一人で商店街へ向かった理由を知っている。

この二人のやり取りを聞いた瞬間に玲奈は頬を朱色にしながら制止の声を掛けるも、もう既に遅かった。

 

「そう言えば、貴之君は電話をしてまで確認を取ってたよね?」

 

「ありましたね。そんな話し……何というか、青山さんは本当に巡り合わせが……」

 

「このままだと……あこ、玲奈さんがいつまでたっても夢を叶えられない気がする……」

 

「えっ?えっ?」

 

玲奈は知らないが、Roseliaの全員は事情を知っていた。この認識の違いが玲奈を困惑させる。

ちなみに俊哉はあの後貴之からそんな話しがあったことを教えてもらっていたので、「一真と何があったんだ……?」と当時は少々戸惑っていた。

 

「うーん……ごめん玲奈っ、フォローできない」

 

「あれだけ女子とファイト……って言ってんのに、お前いつの間にか……」

 

「わ、わぁーっ!それ以上言わないでぇ!」

 

俊哉が本当に不味いことを言いかねないと判断した玲奈が、その口元を防ぐ。

一方でこの状況についていけない三人がいることを貴之は思い出し、そちらに顔を向ける。

 

「あれ……どーしたんですか?」

 

「あたしたち、完全に置いてけぼりで……」

 

「そうだな……三人とも、秋津一真っつったら誰だか分かる?」

 

「あっ、その人なら知ってますよっ!前回の優勝者ですし」

 

一真のことは春香と一緒に教えた後、玲奈と一真の関係をひっそりと話していく。

そして丁度話し終えた後、おちょくられ続けた玲奈は顔を真っ赤にして机に突っ伏していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

昼食も取り終えて午後になり、残った四人が更に大会を勝ち上がって準決勝まで全員で残りきって見せた。

 

「完全に身内戦だなこれ……」

 

「本当にRoseliaでベスト4埋めきったな……」

 

「いやぁ……これは快挙だね」

 

そのトーナメントが最早貴之が言った通り身内戦に成り代わったのを見て、三人して苦笑する。ちなみに勝ち上がったRoseliaの四人はご満悦であった。

また、これを見て紗夜が少々落ち込んでいたので、俊哉をけしかけてフォローはしてある。

そして準決勝の一回目は友希那とリサ──幼馴染みで親友同士の組み合わせであった。

 

「リサ、分かっているとは思うけれど……」

 

「勿論!手加減も恨み事も無し、だもんね♪」

 

お互いに意志疎通は問題ないようなので、後は応援の旨を送ってファイトを見守るだけだった。

 

「じゃあ、遠慮なく……」

 

「ええ。始めましょう」

 

準備も終わり、もう始める直前になった二人の考えることは一緒だった。

──相手が親友だからこそ、悔いの無い戦い方を……。口には出していないが、相手も同じことを考えていると言う確信を持って決意をした。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

友希那は先程と同じく『フルバウ』に、リサは『キーラ』に『ライド』する。

『ネオネクタール』の背景とリサの性格を考えたら、友希那の方と比べてすぐに合っているなと蘭とモカは感じることができた。

ファイトはリサの先攻で始まり、早速『スタンド』アンド『ドロー』が終了する。

 

「まずは『キーラ』に『ライド』!登場時に『ソウルブラスト』して、『プラント・トークン』を一体『S・コール』!」

 

今回『プラント・トークン』は後列右側に『コール』される。イメージ内で『プラント・トークン』をリサが歓迎するのも相変わらずであった。

『メインフェイズ』でやることは特に無いので、スキルでのドロー処理を済ませてターンを終える。

 

「そう言えば、大体の人は先攻の最初をああやって終わらせちゃうんですけど、どうしてですか?」

 

「理由を上げれば複数ありますよ。まずは手札の消費を抑えたいのがあって……」

 

「限定的な状況だけど、スキルで退却させられるのを防ぎたいのもあるな……」

 

「他にも、ユニットをむやみやたらに見せないことで、自分の戦い方を明かさないって言うのがあるよ。まあ、貴之みたいに軸を一貫して名を上げちゃうと効果薄いけど……」

 

蘭の疑問には春香、俊哉、玲奈の順番で答える。玲奈が言ったことは貴之のやり方で、同じレベルまで行くと本当に意味がない領域に至る。

 

「『ブラスター・ジャベリン』に『ライド』。スキルで一枚ドローして、そのままヴァンガードにアタックするわ!」

 

リサはまだ防ぐ必要を感じないので、ノーガードを宣言する。

友希那の『ドライブチェック』も、リサの『ダメージチェック』もノートリガーで、リサのダメージが1になったところでターンが終了する。

 

「よし……アタシは『シルヴィア』に『ライド』!スキルで『プラント・トークン』を『コール』!」

 

今回の『プラント・トークン』は後列左側に『コール』される。

『メインフェイズ』で前列左側に鈴蘭をモチーフとした女性の銃士『鈴蘭の銃士 レベッカ』、後列中央に『クレイグ』、前列右側に『イルミンスール』が『コール』される。

『イルミンスール』、『クレイグ』のスキルは共に発動し、後列左側の『プラント・トークン』はパワープラス5000、後列右側の『プラント・トークン』はパワープラス10000された。

 

「何とな~くですけど……便利ですよね?『プラント・トークン』でユニット揃えるの」

 

「あれは『ネオネクタール』が持っている強みだな。展開だけじゃない……そこからのパワー強化による押込みもそうだ」

 

見ている内に、普段ファイトをしないモカも何となくで分かるようになってきていた。

『プラント・トークン』を絡めた戦術は『ネオネクタール』の専売特許であり、これが手札と手数で大きな助けになる。

 

「じゃあここから攻撃……まずは『クレイグ』の『ブースト』、『シルヴィア』でヴァンガードにアタック!」

 

「まずはノーガード。続けて、リサ」

 

友希那はファイトを重ねていく中で、『最初の一回は基本的に攻撃を通してしまう』と言う考えを持ち始めていた。

これは『カウンターブラスト』を狙うのもそうだが、手札の温存も兼ねている。

リサの『ドライブチェック』、友希那の『ダメージチェック』は共にノートリガーで、特に変化がないままダメージが1増える。

 

「次は……『プラント・トークン』の『ブースト』、『レベッカ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここもノーガードで行きましょう。『ダメージチェック』……」

 

『ダメージチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、手札の確保とパワーの増加ができた。

 

「まだ通るのが救いかなぁ~……?『プラント・トークン』の『ブースト』、『イルミンスール』でヴァンガードにアタック!」

 

「迷うけれど……受けてしまいましょう。ノーガード」

 

三回目の『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーで、ダメージ増加を免れることができた。

友希那の堂々さが呼んだ結果を見ながら、リサの攻撃が終わる。

 

「こうなったらしょうがない……ターン終了時、『ソウルブラスト』と『プラント・トークン』を一体退却させて、『レベッカ』のスキルで自身を手札に戻すよ」

 

イメージ内で、『レベッカ』が後列左側の『プラント・トークン』を安全な場所へ逃がす形で一時期に戦線を離れる。

 

「影の剣は覚悟の意志……『ライド』!『ブラスター・ダーク』!」

 

『ブラスター・ダーク』の登場時スキルを発動させ、リサはスキルの効力が切れたことで、パワーの低い効果なしユニットとなってしまった『クレイグ』を退却させる。

『メインフェイズ』では前列左側に『ダークボンド』を『コール』し、スキルを使って後列左側に『ソードブレイカー』を『S・コール』する。

これで終わりでは無く、その後後列中央に『ネヴァン』を『コール』し、スキルで後列右側にも『S・コール』した。

 

「二ターン目はこの動きが安定して来ましたね……」

 

「そう言えば、友希那さんさっきのファイトも二ターン目はこの動きしてましたよね?」

 

時間に余裕がある時はファイトを見ているのだが、紗夜たちが見ている時も友希那はこの動きを安定させてきている。

春香とファイトをした後から大幅に安定性が上がっており、今のデッキでは鉄板に近い動きと化していた。

 

「行くわよ……まずは『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは……ノーガードかな」

 

少し迷うところだが、先に貰ってしまうことを選んだ。

この時の『ドライブチェック』が(クリティカル)トリガーで、パワーは『ダークボンド』に、(クリティカル)はヴァンガードに回された。

対するリサの『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、一気にダメージが3になった。

 

「次は『ダークボンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『レベッカ』と『バスケットエルフ』で『ガード』!」

 

合計パワー28000の攻撃は、合計パワー30000の前に防がれる。

 

「なるほどぉ~……手札の有効活用だ」

 

自分のターンで攻めに使い、相手のターンでは守りに使う。これが『レベッカ』の便利性であった。

友希那にできることは無くなったので、これでターンを終了する。

 

「なんか、貴之たちの気持ちが分ってきたよ……」

 

「あら、リサもそうだったのね?」

 

こう言った場で、友人とファイトをするのは新鮮で、とても楽しい。これが二人して共に感じたことであった。

だからこそ、ここからも出し惜しみせず思いっきりファイトをする。

 

「『ライド』、『メイデン・オブ・トレイリングローズ』!スキルで『プラント・トークン』を二体『S・コール』!」

 

後列左側と後列中央に『プラント・トークン』を『S・コール』した後、リサは『フォースⅡ』を選択して前列左側に設置する。

『メインフェイズ』で『シルヴィア』を前列左側に『コール』し、既に場は埋まっているし、『トレイリングローズ』のスキルを最大限使える状態になっているので、スキルの発動はしなかった。

最後に後列にいる『プラント・トークン』全てのパワーをプラス5000して、『メインフェイズ』を終わりにする。

 

「よし……じゃあここから攻撃。『プラント・トークン』の『ブースト』、『トレイリングローズ』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうね……ここはノーガードにするわ」

 

まだダメージが2なので、ここで(クリティカル)トリガーが二枚引かれてもやられない故に、友希那は強気な選択肢を取る。

リサの『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、パワーは『シルヴィア』、(クリティカル)はヴァンガードに回される。

対する友希那の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、このままダメージが4になってしまうが、元々トリガーを何枚引かれるかを見てから考える予定だった為、然程問題にはならない。

 

「次、『プラント・トークン』の『ブースト』、『イルミンスール』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

今回の『ダメージチェック』もノートリガーで、友希那のダメージが5になった。

 

「まあ絶対に防ぐと思うけど……『プラント・トークン』の『ブースト』、『シルヴィア』でヴァンガードにアタック!」

 

「どの道二枚使わされるならこうね……『マクリール』で『完全ガード』!」

 

防がない理由が存在しない為、友希那は迷わず防ぐことを選び、攻撃が全て終わったリサはターンを終了する。

 

「邪悪な力も、使い方次第で希望に変わる……『ライド』!『ファントム・ブラスター・ドラゴン』!」

 

『イマジナリーギフト』は『フォースⅠ』を選択して、『メインフェイズ』で後列右側にいる『ネヴァン』スキルを使い、『ソードブレイカー』を前列右側に『S・コール』して『カウンターブラスト』を発動させる。

 

「あなたたちの力を借りるわ……『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のスキル発動!」

 

「(……!ユニットの様子が……)」

 

イメージ内で『ファントム・ブラスター』となった友希那が、味方の方へ振り返った時の反応を正面から見れるリサは真っ先に気付くことができた。

今回選ばれたのは二体の『ソードブレイカー』と、スキルを使って『レスト』した、後列右側の『ネヴァン』だが、彼女らは後を託す旨を告げながら、惜しむこと無く自分の身を差し出す。

イメージの影響なのだろうか?とリサや見ていた全員は考えていたが、貴之だけは唯一違う答えを持っていた。

 

「結局は使い手次第なんだ。あのスキルを使った時のユニットがどんな反応をするのかは……始めて友希那が使った頃、ユニットたちはどうしてスキルによってそんなことをされるか分からない顔をしてたし」

 

「友希那さんは、いつ頃から使っていたの?」

 

燐子の問いには『ヌーベルバーグ』に慣れることに付き合って貰った時からと答える。

──おめでとう友希那……。お前は『シャドウパラディン』と強い信頼関係を結べたんだ。そうして貴之が感慨深げになっていたところで、誰かが肩に手を置いてきた。

誰かと思えば蘭であり、どうやらグレード4に『ライド』する代償を春香から聞いたらしい。

 

「あんまり上手いこと言えないですけど、身近な人を心配させるようなこと、やめません?」

 

「完全にやめるっつう保証はできねぇけど……まあ、なるべく控えるよ」

 

自分がそうだったから故に声を掛けた蘭も、それが聞ければよしと追及をやめる。

──リサのアレよりは気が楽だな。と、本人が聞いたら面倒になりそうなことを考えながらファイトを見に戻れば、友希那が前列右側に『ブラスター・ダーク』、後列左側に『ジャベリン』、そして後列右側に三体目の『ネヴァン』を『コール』していた。

なお、『ブラスター・ダーク』を『コール』した時、スキルで『イルミンスール』を退却させている。

 

「さて、ここから攻撃ね……『ネヴァン』の『ブースト』、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石にこうかな……『メイデン・オブ・ブロッサムレイン』で『完全ガード』!」

 

リサが呼んだのは薄紅色の髪を持つ、白を基調としたドレスのような服を着た少女であった。

このユニットの愛らしい見た目を見た時、リサは改めて『ネオネクタール』を選んでよかったと述べていた。

この時の『ツインドライブ』は(ヒール)トリガーと(ドロー)トリガーが一枚ずつ引き当てられ、パワーを前列リアガードに一回ずつ回す。

リサはまだダメージが3であること、残った攻撃二回を受けても負けないので、両方とも受けてしまうことを決める。

 

「次、『ネヴァン』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

本来ならばリアガードを攻撃してしまうのも手だが、『プラント・トークン』が退却させたユニットと同等のパワーまで強化されてしまうことも多く、友希那は余り得策だと思えなかった。

結果はノートリガーで、ダメージが4になる。

 

「最後、『ジャベリン』の『ブースト』、『ダークボンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「トリガー出てくれないかな~……ノーガード!」

 

お祈り半分に『ダメージチェック』をした結果、(ドロー)トリガーを引き当て、手札を一枚確保する。

これによって友希那はダメージ4、リサはダメージ5の状態で互いの三ターン目が終わる。

 

「このターンですね……」

 

「今井さんが決めれば勝ち、そうじゃなければ友希那さんが有利……」

 

「友希那さんはさっきのトリガーもあるから……リサ姉がちょっと辛そう」

 

トリガーの都合上、どちらかと言えば友希那が若干の有利を持っているが、それも気休め程度である。

ここで友希那の方を勝ちと言い切れないのは、リサが必要以上に手札を消費しないデッキ故に、防御へ回す余裕が大きいからだ。

 

「じゃあ、行くよ?」

 

「ええ。いつでもいいわ」

 

確認を取る必要は無かったとは思うが、リサとしては宣言として言っておきたかった。友希那もそれを理解していたので、特に問題はなかった。

 

「よし……!『ライド』、『メイデン・オブ・ピュアスプラッシュ』!」

 

リサは銃口に蒲公英(タンポポ)のような花が付いてる、特殊な水鉄砲を持ったオレンジ色の髪を持つ女性『ピュアスプラッシュ』に『ライド』する。

 

「俊哉君、あのユニットはもしかしてですが……」

 

「あれも貴之が使ってた『ボーテックス』と同じで、『イマジナリーギフト』を持たないユニットだよ」

 

こう言ったユニットに『ライド』するということは、状況が完成した。またはそうしなければならないの二つではあるが、貴之の『ボーテックス』は前者以外で絶対に使わなかったが、リサはどうしたかが気になるところではある。

 

「登場時、三枚『カウンターブラスト』してスキル発動!ユニットのいない場所に、『プラント・トークン』を五枚まで選んで『S・コール』!『プラント・トークン』はパワー5000のユニット一体につき、このターンパワープラス5000!」

 

「えっと……『プラント・トークン』は四体ですよね?」

 

「うん。だから『プラント・トークン』は四体だから、それら全てがパワープラス20000。そして元々のパワーを5000足すと……」

 

「おお~……パワー25000だぁ~」

 

それが四体もいるのは中々の威力である。ただし、友希那の『完全ガード』の存在を見てすらこれである為、リサの選択は後者……こうせざるを得ないのが伺えた。

また、『メインフェイズ』でも場を埋めきっているのでやることは無く、残りは攻撃するだけであった。

 

「じゃあ、行くよ……!まずは『プラント・トークン』の『ブースト』、『プラント・トークン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは受けてしまいましょう……ノーガード!」

 

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、ダメージが5になる。

 

「次はこっち……!『プラント・トークン』の『ブースト』、『ピュアスプラッシュ』でヴァンガードにアタック!」

 

「『マクリール』で『完全ガード』!」

 

『ツインドライブ』のこともあるので、確実に防ぐならばこれが最適だった。

この時リサの『ツインドライブ』は二枚ともノートリガーで、最後の詰めを強化できない大きな痛手となる。

 

「まだまだ……!『プラント・トークン』の『ブースト』、『シルヴィア』でヴァンガードにアタック!」

 

「ならこちらは、『アビス・ヒーラー』と『ダークサイド・トランぺッター』で『ガード』!」

 

相手のパワーが35000に収まっていたことで、パワー38000というギリギリの数値で止めることができた。

正直なところ、友希那としては賭けに勝てて一安心と言う場面であり、確実に詰める為にもこれ以上の手札消費を避けたかったのである。

悔しいところがないわけではないが、出し切ってこれならと納得したリサはターン終了を宣言する。

 

「あなたがそうしてくれたのだから、私も答えるわ……『ライド』!『ガスト・ブラスター・ドラゴン』!」

 

『フォースⅠ』をヴァンガードにもう一度設置した後は、『メインフェイズ』でやるべきことがないのでそのまま『バトルフェイズ』に移動する。

 

「まずは『ジャベリン』の『ブースト』、『ダークボンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ダンガン・マロン』で『ガード』!」

 

スキルによるパワー増加を受けてない為、パワー17000となっていた攻撃は止められる。

 

「次、『ネヴァン』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『シルヴィア』で『インターセプト』!」

 

『ピュアスプラッシュ』のパワーが13000、『ネヴァン』の『ブースト』を受けた『ブラスター・ダーク』のパワーが15000である為、最低限の数値で受けることができた。

ここまではいいが、攻撃に参加した『シャドウパラディン』のユニット全てが『ガスト・ブラスター』となっている友希那の方へ顔を向けてから強く頷く様子を見せる。

 

「(信じ切ってる……自分がさっきみたいになるかも知れないのに……)」

 

つまり、勝利の為に我が身を投げ出す意味があると、『シャドウパラディン』のユニットが()()()()()()証でもあるのだ。

それは友希那が使いこなそうとするのを諦めなかった証でもあり、努力の証明として形になっている。それをリサは強く認識した。

 

「行くわよ……『ネヴァン』の『ブースト』、『ガスト・ブラスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!この時、『カウンターブラスト』とユニット二体を退却させてスキル発動!」

 

「これしかない……!『月下美人の銃士 ダニエル』と『ウォータリング・エルフ』、『シルヴィア』と『サリックス』で『ガード』!」

 

現在『ガスト・ブラスター』のパワーは48000。トリガー二枚で68000となるパワーなのだが、リサは手札の都合上合計パワー63000で対抗するしかなかった。

命運を分ける『ツインドライブ』で、友希那は見事に二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当て、リサのダメージが5の時に、(クリティカル)5の攻撃を通してヒットさせると言う確定勝利を掴み取る。

今回退却に選んだのは『ソードブレイカー』と後列右側にいる『ネヴァン』であり、『ファントム・ブラスター』の時のように何らかの形で激励を送って消滅していく。

イメージ内で『ガスト・ブラスター』となった友希那は、『ピュアスプラッシュ』となったリサを両腕で捕まえて空中に放り投げた後、跳躍して追いかけ、右腕の爪で一閃する形で切り裂き、それに耐えられなくなったリサが光となって消滅する。

『ダメージチェック』は一枚目がノートリガーなので、リサのダメージが6になってファイトが終わる。

 

「あはは……綺麗にやられました」

 

「全部が上手く行ったわけでは無いわ。あそこで決めれなければ本当にやられていたもの……」

 

どちらも悪い戦い方はしていなかった。最後に決めきれたかどうかがカギだったと言える。

仮にリサが『ピュアスプラッシュ』の『ツインドライブ』で(クリティカル)トリガーを引いていた場合は彼女の勝ちだっただろう。

今回はそれが起こらず、友希那が『ツインドライブ』で二枚ともトリガーを引いた故の勝利であった。

 

「さて、忘れないように最後まで済ませよっか♪」

 

「ええ。もちろんよ」

 

──ありがとうございました。いいファイトでした。二人の交わした握手によって、この試合の終わりを告げた。




リサのデッキはブースターパック『ULTRARARE MIRACLE COLLECTION』に出てくる『ネオネクタール』のカードで編集したデッキになります。

イメージ22でRoseliaのイメージ力を出した際、リサの方が友希那より高いと示していますが、今回は友希那がファイトの経験値と、『ファントム・ブラスター』での一件以来イメージ力を鍛えていたことが功を奏した部分があります。

次回はあこと燐子でのファイトか……もしくは投稿日を一日ずらして友希那の誕生日会になると思います。


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サマー7 戦術を読み取る(イメージ・リーディング)

予告通りあこと燐子でのファイトになります。

ガルパピコが遂に終わりましたね……一言での感想は26話分、実に楽しかったなと言うものが真っ先に出てきます。ギャグアニメ故の遠慮しない描写がプラスだったんだなと思います。

ヴァンガードifではスイコが旧アニメシリーズの記憶を発見する等、かなり面白い描写が出てきましたね……。それはそうと、櫂がアイチに『ブラスター・ブレード』を渡すのを妨害する壁が残っているのは、一体何が原因なんでしょうかね?

D4DJもアニメが始まり、こちらも今後に期待ですね!
ポケモンの準備を進める中、ようやくグルミクの方にも手を出すことが出来ました……(笑)。かなり難易度が高く、結構難儀しています……(汗)。
なお、現段階で私は響子が推しです。DJと言うカッコよさに、女子高校と言う大人に近づいてきた証拠である綺麗さある見た目に、まだ少女であることを表す可愛げある一面も全て揃っているのは個人的にポイント高いです。見た目とは裏腹にジャンクフードであるハンバーガーを好むギャップまで備えてるのは尚いいです。

カバー曲にある『JUST COMMUNICATION』と『Daybreak's Bell』は双方ガンダムシリーズの曲であり、その中でも非常に思い入れの深い曲が来てくれたので喜ばしい限りです。
ここで話すと長くなってしまうので、後書きで話したいと思います。


友希那とリサのファイトが終わり、次はあこと燐子での準決勝が始まる。

呼ばれた二人は既に下へ降りていて、友希那は決勝の時すぐに行けるようにと下で待機。リサは丁度戻ってきたところである。

 

「行けると思ったんだけどなぁ~……」

 

「惜しかったですね……ともあれ、お疲れ様です。今井さん」

 

紗夜たちから労いの言葉を貰った後、貴之から改善点等を訊いてみるが、やはり最後に決めきれなかったことが痛手であり、次この場面に直面したら決めきる意志とイメージを持って望むべしと心構えを教わった。

それ以外は殆ど悪いところは無く、『ネオネクタール』らしいいい戦い方ができたと言える。

 

「さて、元々ゲーム慣れしている二人の対決だが……」

 

「うーん……どうしてもあこちゃんが有利に見えちゃうんだよねぇ……。あのイメージの押し付け方だし」

 

玲奈もそうだが、前評判は今までの戦いが全て『自分のイメージ力を持って強みを押し付ける』戦法で勝って来たあこに軍配が上がりがちである。

これは早い話、普段の貴之もやっている方法であり、分かり易い故に評価もしやすいことから来ている。

貴之も確かにと同意してもよかったのだが、この組み合わせは唯一そうでもないかも知れないと評価を下せる。

 

「あこの戦い方の難点って、俺と近い気がするんだ……」

 

「……?貴之さんに近い難点ですか?」

 

自分の前置きに春香が確認してきたので、「ああ」と肯定を返す。

貴之は『オーバーロード』を使い続けてきた身であり、長い時間使い続けて来た結果の強いイメージ力と、それを中心にした戦術で戦う傾向がある。

安定して強い戦い方ができると言うことは決して悪い事ではないのだが、同時に読まれやすくもあり、そこをどうやって対策するか、またはそれすらも正面から乗り切っていくかが鍵になる。

確かにあこは元々早い段階でイメージを確立させ、そこから自分の勝ちに行く方法を大雑把ながらも決めていたが、これを読まれたパターンがまだないので、直面した際にどうするかで決まってくる。

 

「んで、次戦う燐子はこの中じゃ誰よりもあこのことを理解しているし、一台展開だったから戦い方も覚える余裕もあった……だから、燐子の対応次第で決まると思うんだ」

 

「なるほど……」

 

確かに、それなら勝てる見込みは十分にあると思えた。後はファイトを見て行けば分かるとなり、実際に見ていくことにする。

 

「あこたち、一緒に戦うことはあっても、勝負したことってあんまりないよね」

 

「あっ……そう言えばそうだね。ヴァンガードが初めてだったかな?」

 

バンドやNFOでは一緒に同じものへ挑みに行くが、こうして二人して力比べみたいなことをするのはヴァンガードが初めてだった。

そう考えると少し新鮮な気分が味わえ、これをとうして縁も深くなればと考えた。

 

「りんりん、もう大丈夫?」

 

「大丈夫。思いっ切りやろうね」

 

あこの呼びかけに燐子が頷き、後は開始の宣言をするだけであった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

あこは『ゲートキーパー』に、燐子は『ロゼンジ・メイガス』に『ライド』する。

前者はともかくとして、後者の見た目が見た目なので、どうなんだと気になったモカが貴之と俊哉(男子二人組)を見てみるが、反応がかなり薄かった。

 

「あれ~?玲奈さん、あの二人反応薄いのって、見慣れてるからですか?」

 

「あぁ……あれか。まあそんなところだよ」

 

モカが大事なことは口を固くしてくれることは分かっているが、当の紗夜に聞かれる可能性もあったので、ここではぼかしておいた。

玲奈に聞いたモカもそうだが、女子全員が『男は体格や露出だけを意識しているわけじゃない』を認識した、或いは再確認した瞬間である。

ファイトは燐子の先攻から始まり、『スタンド』アンド『ドロー』まで完了する。

 

「『サークル・メイガス』に『ライド』!スキルで一枚『ドロー』して、『クォーレ・メイガス』を『コール』!」

 

後列左側に『コール』した『クォーレ・メイガス』のスキルで山札操作を行った後、燐子はターンを終える。

 

「あれってどんな意味があるんですか?」

 

「『ドライブチェック』や『ダメージチェック』の時に引きたいカードを調整するんだよ。次にあこちゃんが攻撃する時が一番分かり易いかな」

 

実際に見てもらった方が分かり易いので、蘭の疑問には至って簡潔に答える。

 

「我らの行進の為、その鎖を解き放て!『ライド』!『プリズナー・ビースト』!」

 

登場時の『ソウルチャージ』は忘れずに行い、『メインフェイズ』で後列中央に『ブライビリガー』を『コール』し、スキルで『ソウルチャージ』も行う。

この段階で既に『ソウル』が4であり、非常に速い進行速度であった。

 

「では、早速行くぞ……!『プリズナー・ビースト』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。いいよ、あこちゃん」

 

「(やはり、燐子はトリガーを仕込んでいるわね……)」

 

ここでのノータイム宣言は、『オラクルシンクタンク』を理解していれば意図が読める。

これ以外にも『カウンターブラスト』のことを考えれば妥当だろうなと考えられる辺り、友希那も大分分かって来ていることを確信する。

あこの『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーを引き当て、ダメージが上昇する。

対する燐子の『ダメージチェック』の内一枚目は(ドロー)トリガーであり、燐子は手札の確保に成功する。

 

「あれが燐子ちゃんの狙いなんだよ。山札を確認して、確実にトリガーを引く……これが強みなんだ」

 

「なるほど~……」

 

確かに聞いてみれば非常に強力だと感じた。トリガーの有無で状況が左右されやすいヴァンガードにおいて、これは分かりやすく強い能力だった。

二枚目がノートリガーであったことを確認して、あこのターンが終わる。

 

「(ここは……そこまで無理しなくていいかな)」

 

『スタンド』アンド『ドロー』を済ませながら、燐子はあこの動向を見ながら動きを決めた。

 

「『プロミス・ドーター』に『ライド』!『レクタングル・メイガス』を『コール』して、スキル発動!」

 

『レクタングル・メイガス』は前列左側に『コール』し、スキル処理を行った後は特に何もせずそのまま攻撃をすることに決める。

この動き方は自分がグレード3になるまで待つ動きであることを予想できるが、貴之は一つの推測を立てる。

 

「(さっき俺に確認したこと、実践してるのかもな……)」

 

貴之は燐子に、『イメージを逆手に取った戦いは可能か』を聞かれており、それは可能だと答えている。

恐らくはあこの戦い方を如何に読み切れるかがカギだと考えていたのだろう。貴之としては非常にいい問いかけだったと感じていた。

 

「攻撃……まずは『プロミス・ドーター』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ余裕はある……ノーガード!」

 

トリガー操作と言う無言の圧は存在するが、やはり『カウンターブラスト』が使いたく、ダメージが0であることから強気の選択が生まれる。

燐子の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、パワーは『レクタングル・メイガス』に、(クリティカル)はヴァンガードに回される。

また、あこの『ドライブチェック』は二枚ともノートリガーで、少々手痛い結果となる。

 

「次、『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『レクタングル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは度胸よ……ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

その度胸にユニットが答えた形が出て、(ヒール)トリガーを引き当てダメージ増加が収まる。

互いのダメージが2になったところで燐子のターンが終わる。

 

「いいのかな?結構ゆっくりやってるけど……」

 

「いや……あこが相手の場合、ペースに合わせる方が危険だからこの方がいいはずだ」

 

貴之がこうやって判断を下すのは、ティーチングであこと一度ファイトを行い、他の人ともファイトしている光景を見て感じたことが影響している。

自分のイメージで相手を巻き込み、そのまま圧倒していくパターンがあこは多く、今のところこの大会であこのペースにある程度抗えていたのは紗夜くらいであり、他の人は殆どそのまま流され切っている。

なら、あこの流れに付き合わず、自分のペースを徹底したらどうなるか?それが燐子の戦いになる。

 

「では、加速させる時!『ライド』、『ヴェアヴォルフ・ズィーガー』!」

 

『メインフェイズ』で後列左側に『ドリーン』を『コール』し、『ソウル』にいる『クリーパー』のスキルを発動し、この際『ソウル』に『クリーパー』がやって来たので、もう一度スキルを発動する。

その後は前列左側に『グヴィン』、後列中央に『プリズナー・ビースト』を『コール』し、両者とも『ソウルチャージ』を忘れない。

 

「次のターンどころか、このターンで確定ラインに入ったな……」

 

「今、『ソウル』は11枚でしたよね?と言うことは……」

 

──『ヴェアヴォルフ』の攻撃で、13枚になる。これは『デスアンカー』さえいれば確実にスキルが発動可能な限り証でもあり、紗夜の時よりも更に速いことが伺えた。

ただ、それでも燐子に焦った様子は無く、至って平静を保っている。

 

「用意はここまで……『プリズナー』の『ブースト』、『ヴェアヴォルフ・ズィーガー』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ使っちゃダメ……ノーガード」

 

次が防いでも割に合わないのでここで防ぐのもアリだが、燐子は我慢を選ぶ。

あこの『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、手札は増えるものの、ダメージは1なのが幸いである。

燐子の『ダメージチェック』はノートリガーで、特に大きな変化もないままダメージが3になる。

 

「次、『ドリーン』の『ブースト』、『グヴィン』でヴァンガードにアタック!」

 

「これもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

ここでは(ヒール)トリガーを引き当て、ダメージ増加が抑えられる。

燐子のダメージが3、あこのダメージが2となった状況でターンが終わるが、ここであこが一つの点に気付くこととなる。

 

「(むむ……りんりんの手札があんまり減ってない)」

 

思えば先程から燐子は手札を温存する動きをしており、ここから何かがあるかも知れないと考えた。

これには他に見ていた人たちも気づいており、手札を使わなかった燐子はかなり余裕がある状態でターンを迎えている。

 

「りんりん、何か狙ってるね?」

 

「さあ……どうかな?」

 

一瞬だけスイッチを切って問いかけるが、まあこう答えるだろうと納得したあこはスイッチを入れ直す。

狙っていようとそうでなかろうと、ここで決めないと後が無いのは同じである。

 

「(あの戦い方……あこを理解してやっているわね)」

 

「(ここで少しだけ攻めて、次を凌いだら決めに行こう……!)」

 

あこのデッキの性質上、チャンスは少ない。故に燐子はそれをものにする為の前準備を進める。

 

「私が望む未来(イメージ)への第一歩……『ライド』!『ヘキサゴナル・メイガス』!」

 

ここで燐子が『ヘキサゴナル・メイガス』に『ライド』することは予想通りだったので問題ない。スキルで山札確認をするのも想定済み。問題は次である。

 

「『イマジナリーギフト』、『プロテクトⅠ』!」

 

「えっ……?りんりんが『プロテクトⅠ』を選んだ?」

 

あことしては普段『プロテクトⅡ』を選ぶ燐子が意外な選択をしたと感じた。

何しろここからはトリガーを引き当てればパワーを5000増やせるユニットたちを並べ、不足しがちなパワーを山札操作による安定したトリガー率で補って攻撃を通していくスタイルを取るのだから。

また、燐子からすればこれが一番の揺さぶりであり、これに乗っかってくれれば御の字である。

 

「あっ……これ燐子誘ってるよね?」

 

「リサもそう思う?さっきからの手札温存と、『プロテクトⅠ』だもんねぇ……」

 

ここまで来れば見ていた人たちも燐子の意図を薄っすらと感じ始めていた。

『メインフェイズ』では前列右側に『ロンバス・メイガス』、後列右側に『テトラ・メイガス』を『コール』し、『テトラ・メイガス』は『カウンターブラスト』によるスキルも発動する。

 

「じゃあ行くよ……『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ倒れぬのなら……ノーガード!」

 

現在のダメージが2である為、あこは強気な選択が可能だった。

この時の『ツインドライブ』は(クリティカル)トリガーと(ドロー)トリガーであり、燐子が望んだ未来(イメージ)を再現したことが伺える。

パワーを全て『ロンバス・メイガス』、(クリティカル)をヴァンガードに回した後に行われた、あこの『ダメージチェック』も(クリティカル)トリガーと(ドロー)トリガーであり、奇妙な縁ながらも『レクタングル・メイガス』の攻撃がヴァンガードにヒットしないことが決まる。

 

「あこちゃん、どっちにするかな……『テトラ・メイガス』の『ブースト』、『ロンバス・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここで退くのは勝機を逃す……故にノーガード!」

 

あこは敢えて受けることを選ぶ──と言うよりも、これ以上手札の消費が危険だったので、使いたくなかったのが本音である。

『ダメージチェック』はノートリガーで、これによってダメージ5と後がない状況になった。

 

「最後……『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『レクタングル・メイガス』で『グヴィン』を攻撃!」

 

「ノーガード……ついてきた戦士の無念、必ず晴らそう!」

 

イメージ内では『レクタングル・メイガス』の攻撃を受けた『グヴィン』が、「面目ない……」と、自分たちの先導者であるあこに詫びながら退却していく。

これによって全ての攻撃が終わった燐子はターン終了を宣言する。

 

「(『プロテクトⅠ(このギフト)』をみて、あこちゃんが乗ってくれるかな……?一応、どっちでも対応できるようにはしておいてるけど)」

 

「(流石にこっちをやっても防ぎきられちゃうなぁ……そうなるとこっちかな?)」

 

あこは己の直感で、このターンに決めないと燐子の返しを耐えられないと感じる。

故にどちらが最適化を考え、連続攻撃での後続に出すユニットを判断した。

 

「全てを闇で呑み込め、我が分身!『ライド』!『ノーライフキング・デスアンカー』!」

 

あこは『ソウルチャージ』を済ませ、『プロテクトⅠ』を獲得する。

万が一の保険も意味しているが、基本的には手札コストとして使うべきとなった時の為に選んだものである。

『メインフェイズ』では後列右側に『ドリーン』、前列右側に『ルスペン』、前列左側に『グヴィン』を『コール』する。

この時『グヴィン』のスキルで『レクタングル・メイガス』を退却させ、少しでも攻撃を通りやすくした。

 

「我が軍勢の総攻撃、止められるものなら止めてみよ!『ドリーン』の『ブースト』、『グヴィン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

この『ダメージチェック』がノートリガーで、燐子のダメージが4になる。

欲を言えばトリガーが欲しいところだが、この後あこのトリガー次第ではトリガー狙いをできない為、場合によってはこれでいい可能性がある。

 

「第一の審判を行う……!『プリズナー』の『ブースト』、『デスアンカー』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ミス・ミスト』で『完全ガード』!」

 

──もしかしてだけど、あこちゃんが乗ってくれたのかも……。攻撃順番を見た燐子が期待を寄せる。

あこの『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、効果を全て『ルスペン』に回した。

 

「攻撃が終了した時、『カウンターブラスト』と手札一枚、更にリアガード三枚を『ソウル』に置いて『デスアンカー』のスキル発動!全てを喰らい尽くし、覇道の道を広げよ……『デーモンイーター』に『S・ライド』!」

 

「(……!やっぱり、乗ってくれた!)」

 

『完全ガード』を所持していれば、状況次第で『五大元素(フィフスエレメント)』が全く通らなくなるので、こうするしかなくなってくる。

ただし、燐子はそれを防ぎきる準備もできていて、切り返せるだけの余裕も作っていたので何も問題は無かった。

 

「この一撃で勝負に出る……!『デーモンイーター』でヴァンガードにアタック!この時10枚『ソウルブラスト』してスキル発動!」

 

「『オラクルガーディアン ニケ』と、『サイキック・バード』、更に『クォーレ・メイガス』で『ガード』!」

 

相手のパワーが22000で『ツインドライブ』なら、こちらはそれを上回るパワー52000で止める。しっかりと準備が出来ていた燐子は迷わずにそれを実行する。

あこの『ツインドライブ』は先程と同じく一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、効果も全て『ルスペン』に回す。

 

「やむを得ん……『ドリーン』の『ブースト』、『ルスペン』でヴァンガードにアタック!」

 

「こっちなら大丈夫……『イマジナリーギフト』、『プロテクトⅠ』を発動!」

 

あこの攻撃を全て計画通りに耐えきり、再び燐子のターンが回ってくる。

 

「魔界の女王に勝つ運命(イメージ)をこの手に……『ライド』!『ペンタゴナル・メイガス』!」

 

二枚目の『プロテクトⅠ』を獲得した後、『メインフェイズ』で前列左側に『レクタングル・メイガス』、後列中央に『クォーレ・メイガス』を『コール』し、両者のスキルを発動させる。

場のユニットが揃ったからここから攻撃……ではなく、燐子はもう一つだけやることがあった。

 

「『ロンバス・メイガス』を退却させて、『ヘキサゴナル・メイガス』を『コール』!」

 

『ヘキサゴナル・メイガス』のトリガーを引いたらパワーが上がるスキルは、リアガードでも発動可能であり、燐子は少しでも攻撃を通しやすくする手段を選んだのだ。

あこからしても、手札が心許ない状況でこれをされるのは相当苦しいものがあり、燐子のトリガー次第では間に合わない可能性が見えた。

 

「紡いできた運命を……ここで未来に繋ぐ!『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『ペンタゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!この時、グレード3のユニットを『ソウルブラスト』、手札を三枚捨ててスキル発動!」

 

「ならば、その未来を覚めぬ夢に変えるまで!『悪夢の国のマーチラビット』で『完全ガード』!」

 

イメージ内で『デーモンイーター』となったあこの前に、長身で執事服を着たその服装らしい佇まいをする兎の『マーチラビット』が現れる。

燐子の『フィフスドライブ』は一枚目が(クリティカル)トリガーで、効果を全て『レクタングル・メイガス』へ回す。

二枚目と三枚目は(ヒール)トリガーで、リアガード双方にパワーを一回ずつ回す。回復こそできないものの、燐子に取ってはパワーが得られる方が大きい。

四枚目は(ドロー)トリガーで、パワーを『ヘキサゴナル・メイガス』へ回す。この段階でリアガード二体のパワーが40000も増えており、あこは手札の都合上『完全ガード』を強要されるラインまで来ていた。

そして最後の五枚目で、燐子は(クリティカル)トリガーを引き当てて見せた。

 

「効果は全て『ヘキサゴナル・メイガス』に!」

 

「な、なんと……!?」

 

見事に全てトリガーを引かれたことで、流石にあこも絶句の様子を見せた。

ここで一番辛いのは、ダメージが5で、『完全ガード』が『プロテクトⅠ』一枚しかなく、50000以上の高パワーで(クリティカル)2の攻撃が二回も残っていることが最もな痛手であった。

それでも諦めては魔界の女王を称せないので、あこは意地でも耐える決意をする。

 

「次、『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『レクタングル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「それを『プロテクトⅠ』で『完全ガード』!」

 

先か後か。この二択で、(ヒール)トリガーで持ちこたえれば終わりになるのであこは先を選んだ。

 

「勝負だよ、あこちゃん……ううん、魔界の女王様!『テトラ・メイガス』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「受けて立とう、運命を紡ぐ魔術師よ!ノーガード!」

 

イメージ内で『ヘキサゴナル・メイガス』が『デーモンイーター』となったあこに向けて光の球を放ち、呑み込まれた彼女は攻撃に耐えきれず光となって消滅した。

対するあこの『ダメージチェック』は一枚目が(ヒール)トリガーだが、二枚目は(クリティカル)トリガーで、残念ながらダメージが6となって燐子の勝ちが決まる。

 

「うあぁ~……誘い出されたぁ~」

 

「上手く決まって良かったよ……」

 

ファイトが終わり、スイッチを解いたあこは項垂れ、燐子は安堵する。

このファイトは如何に対策をしっかり出来ているかを問いかけるものとなり、見ていた人たちが全員で再確認できる内容であった。

 

「りんりん、決勝頑張ってね?」

 

「もちろんだよ。見ててね、あこちゃん」

 

残すのは決勝だけで、必然と勝ち上がってきた友希那と燐子でぶつかることになる。

恐らくはあこも、Roseliaのみんなも、そして貴之らも全員がノーサイド精神で見てくれるだろう。ならば、自分は全力で戦うだけだと燐子は心に決めた。

 

「あっ、最後にやっておかないとだね?」

 

「うん。それじゃあ……」

 

二人して挨拶と共に握手を交わし、ファイトの終わりが正式に宣言される。

決勝戦は今から20分後に開始することとなり、これから戦う二人に暫しの休息が与えられた。




燐子のデッキはトライアルデッキ『戸倉ミサキ』をブースターパック『結成!チームQ4』と、ブースターパック『宮地学園CF部』に出てくるカードで編集した『オラクルシンクタンク』のデッキになり、まだ出せていないカードが一部残っています。

ぶっちゃけた話し、燐子があこの対策をできなかった場合、ほぼほぼあこの勝ちが決まりそうなくらいの勢いでした……(笑)。燐子と相手をさせたのは親友同士であることもそうですが、こうしないとあこが基本有利のワンサイドゲームになりかねなかったのがあります。

前書きに書いたカバー曲の『JUST COMMUNICATION』は私が親父が録画したのを一緒に見たことでガンダムを知るきっかけとなった『新機動戦記ガンダムW(ウイング)』。『Daybreak's Bell』は貴之の容姿の元ネタ人物が登場し、私が本格的にこのシリーズを見るようになった『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』からの曲になります。
グルミクを通して興味を抱いた方は一度見てみるのもいいかと思います。ただし、総合的な話数がかなり多く、『ガンダムW』は後日談も含めて全52話。『ガンダム00』は全50話+劇場版となっており、見る場合はヴァンガード(2018版)を休憩等を挟みながらじっくり見ていく気持ちで触れてみるのをお勧めします。

次回が友希那と燐子でファイトを行い、これで一旦ファイトイベントが終了になります。


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サマー8 支えが変えたモノ

Roseliaファイトイベント最終回です。

ヴァンガードifはエミがこのままの歴史でもいいかと考えるシーンや、サンクチュアリができたきっかけが判明したりと、ますます見逃せない展開になって来ましたね……。

D4DJのアニメの方、前回の次回予告を見て響子たちがりんくたちと関わると勘違いしてたみたいですね……(汗)。私の節穴目に惑わされた人は本当に申し訳ございません。


「うへぇ~……誘い出されちゃったよぉ~」

 

「お疲れ、あこ。あれは辛かったねぇ……」

 

準決勝終了後、あこは見ていた皆がいる所まで戻ってきていた。何が原因だったかは十分に理解しているので、そこは反省して対策を積んで行くことが大事と結論づいた。

あこのファイトスタイルを踏まえて、後日貴之が自分がやっている対策法を紹介することが決まり、そのことにあこが深く感謝することになる。

 

「あこちんの戦い方って、何か弱みがあるんですか?」

 

「一番分かり易いのは、『どうしても手札を使っちゃう』ことかな……。『ダークイレギュラーズ』は『ソウル』を集めて置きたいんだけど、それをやるにはユニットを出さなきゃ行けないから、そこが動きを縛ることになっちゃうんだ……」

 

「そう言えば、白金さんは結構手札に余裕を残してましたね……。勿論、意図的に抑えてはいたんでしょうけど」

 

「白金さんの使う『オラクルシンクタンク』は、手札を使ってもある程度は補充する手段があるから、そこの差が出てきたんですよ。山札操作以外は無理に手札を使わなくてもいいですしね」

 

こうしてみると、戦い方にかなりの差があることを伺える。同じ高パワーで圧倒するスタイルでも、貴之の使う『かげろう』は基本『オーバーロード』に宛がったパワーで連続攻撃。俊哉の使う『ディメンションポリス』は『グレートダイユーシャ』のスキルで上がったパワーを使った一斉攻撃か、『ダイユーシャ』か『ダイライナー』のスキルで一撃必殺を狙う為、いい例である。

次の決勝戦は比較的バランス型ではあるが、『味方を犠牲にし、恩恵を得る』と言う少々諸刃の剣な要素がある『シャドウパラディン』と、山札操作でトリガーを安定させ、『不足しがちな打点を補いながら、粘り強く戦う』傾向がある『オラクルシンクタンク』の戦いであり、これは恐らく『シャドウパラディン』側のアプローチが重要になってくると推測される。

スキルの使いどころを間違えると無駄にユニットを退却させてしまうことになる為、ある程度慎重に対応する必要があるだろう。

 

「白金さんがどちらの『イマジナリーギフト』を使うか。そちらでも左右されそうですね?」

 

「安全にやり過ごす為の『プロテクトⅠ』か、切り返しを強力にする『プロテクトⅡ』か……ここでも結構変わってくるな」

 

友希那はユニットとの相性の都合で『フォースⅠ』を基本形にしているが、燐子はあくまでも『プロテクトⅡ』がトリガー効果も相まってシナジーがあると判断して選んでいるので、場合によっては『プロテクトⅠ』を選んでくることが示唆される。

選択の基準としては、『速攻性の強いデッキなのか』、『パワーで圧倒するユニットがいるのか』。この二点が主だと考えられる。あこのデッキでは、どちらかというと前者が当てはまるだろう。彼女は自分の三ターン目に決めに行けるように調整しているデッキだからだ。

こうして色々考えている最中、俊哉はとあることに気が付く。

 

「……貴之は下に降りたか?」

 

「はい。さっき飲み物買って来るって言ってましたよ」

 

春香は貴之が財布を取り出したタイミングで確認していたので、そこで把握できていた。

それを聞いた俊哉もそんなに時間かけず戻ってくるだろうと判断し、これ以上は気にしないことにする。

 

「緊張している……貴之が初めて決勝に進んだ時は、こんな気持ちだったのかしら……?」

 

「やっぱり……初めてのことだと、そうなっちゃいますよね……」

 

その一方、会場フロアから出てすぐのベンチに腰をかけ、友希那と燐子は少し話し合っていた。

互いに緊張してしまっているのを確認し、少しだけ安心する。どちらかだけが緊張していた場合、もう片方が引きづられるか、緊張していた方が更に緊張を……と悪循環に陥りそうなので、これは幸運であったと言える。

 

「(あの様子なら……そうだな)」

 

その光景を偶然見かけた貴之は、予定を変更し、本来のやろうとしていたことの前に一つ行動を挟み込むことにする。

無難にスポーツドリンクを二本買い、彼女らの下に歩みを進める。

 

「ピアノ時は、一回弾いてしまえば後はそのまま進めるんですけど……こっちだと、どうするのがいいんでしょうね?」

 

「悩みどころね……ライブする前は、今までやって来たを信じて落ち着かせていたけれど……」

 

「俺も最初の頃は分かんなかったけど、友希那が言ったそれをヴァンガードの方法に落とし込むのが一つだと思うぜ」

 

「「えっ……!?」」

 

彼女らはいきなり自分たち以外の声が聞こえたことで、思わず彼の方へ顔を向ける。

反応してもらえた貴之は差し入れであることを伝え、友希那と燐子は有難く頂戴して一口つけた。

 

「ところで貴之。私が言ったことをヴァンガードに落とし込むって言ってたけれど……」

 

「ああ、それか……。まあ早い話し、編集したデッキとファイトで得た経験、そしてここまで勝ち上がって来た自分を信じるんだ」

 

──勿論、自分が最後も勝利するイメージをセットでな。そう言われれば非常に納得であり、友希那と燐子は公明が見えたのを確信する。

 

「そっか……じゃあ、私がオーディションをお願いしに行った時みたいにすればいいんだね?」

 

「ああ。それを自分なりに、ヴァンガードに上手く落とし込む。そうすれば大丈夫だ」

 

燐子はあの時踏み出すことができたことが功を奏したのと感じており、それを肯定してもらえたおかげで更に安心できた。やはりと言うか、大きなきっかけを認めてくれることは非常に嬉しいことである。

 

「ありがとう、貴之君。大丈夫な気がしてきたよ……」

 

「私からもお礼を言わせて。どうすればいいかが分かったから」

 

「その様子なら心配無さそうだな……じゃあ、決勝頑張れよ」

 

彼女らの様子を見て確信を得た貴之は、応援の言葉を送ってから上に戻る。

そこから少ししたタイミングで休憩時間が終わり、二人は会場に上がる。

 

「いや悪い。ちょっと二人と話し込んでたら遅くなった」

 

「まあ、お前ならそんなところだろうとは思ってた」

 

何しろあの二人は貴之の支えが影響して最も大きく変わったのだから、俊哉としても大いに理解できる。

慣れない場所で、しかもいきなり決勝なら緊張もするだろう。それを見かけた貴之がフォローに走るのも納得であった。

 

「まあ正直なこと言うと、五人の中で一番そう言うフォローが必要になるのはリサかも知れねぇけどな……」

 

「……リサが?ああ、いや。そう言えばそうだったっけ?」

 

「紗夜、リサはコンテストの時に緊張していたか?」

 

「ええ。自分に言い聞かせて落ち着かせようとするくらいには……」

 

「リサ姉、大丈夫そうに見えて結構緊張に弱いみたいなんです……」

 

五人にここまで言われたリサは恥ずかしかったのか、顔を赤くして下に向ける。

これに関して蘭とモカ、春香の三人は意外だと思った。

 

「友希那さん、行けそうですか?」

 

「ええ。そちらも問題なさそうね?」

 

二人ともデッキをシャッフルし、引き直しまで完了しているので後は開始するだけであった。

ならばと、二人は呼吸を合わせ──。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

ファーストヴァンガードを表返してファイトの開始を宣言した。

友希那が『フルバウ』、燐子が『ロゼンジ・メイガス』に『ライド』するところまではもう承知の上であり、大事なのはこの先の動き方にある。

ファイトは友希那の先攻で始まり、このターンは『ブラスター・ジャベリン』にライドするだけにとどめる。

 

「『サークル・メイガス』に『ライド』!スキルで一枚『ドロー』して、『クォーレ・メイガス』を『コール』して、スキルも発動します」

 

上から二枚を確認し、自身の望む運命(イメージ)に合わせる。

これ以上はあまり無駄に行動する気にもなれないので、一先ず攻撃へ移行する。

 

「行きますよ……『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『サークル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうね……ここはノーガードで行きましょう」

 

燐子がどのトリガーを仕込んだかは分からないが、仮にトリガーが来るようにしていた場合は防いでも割に合わないので、まずは割り切って行動する。

そして燐子の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーであり、本当に防がなくて良かったと友希那は安堵する。

ただし、友希那の『ダメージチェック』も一枚目がノートリガー。二枚目が(ヒール)トリガーであり、ダメージを抑えられて良い結果となった。

今回は攻撃が一回だけなので、ここで燐子のターンが終わる。

 

「二人とも、いいイメージをしてますね?」

 

「ああ……さっき話しできて良かったよ」

 

最初から強いイメージを持って行動している二人を見て、貴之は一安心だった。

後々春香からどうやって教えているかが知りたいと言われたので、連絡先の交換と、ファクトリーにおける講習会の予定が決まり次第連絡することを約束する。

最初から比較的動きがある中、友希那の二ターン目が始まる。

 

「影の剣は覚悟の意志……『ライド』!『ブラスター・ダーク』!」

 

スキルを発動して『クォーレ・メイガス』を退却させ、『メインフェイズ』で前列左側に『ダークボンド』、後列中央に『ネヴァン』を『コール』し、スキルで『ソードブレイカー』を『コール』する。

その後は『ブラスター・ダーク』のスキルを発動し、『ツインドライブ』を狙えるようにする。

 

「では、こちらも攻撃……!『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ大丈夫……ノーガードで行きます!」

 

『ツインドライブ』の結果は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーであり、大きなアドバンテージを得る。

対する燐子の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

 

「次は『ダークボンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうですね……これもノーガードで行きます。『ダメージチェック』……」

 

次の『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーでダメージ増加を免れる。

これにより友希那のダメージが1。燐子のダメージが2になって友希那のターンが終わる。

 

「『プロミス・ドーター』に『ライド』!この時、『サークル・メイガス』のスキルを発動します」

 

『メインフェイズ』では前列左側に『レクタングル・メイガス』、後列左側に『クォーレ・メイガス』を『コール』する。

この時『レクタングル・メイガス』のスキルを発動し、トリガーで引きたい方を下に置き、そうでない方を手札に加えた。

 

「ここまでかな……『プロミス・ドーター』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ余裕があるわね……ノーガードにするわ」

 

ダメージが1で攻撃は二回まで。更に『ツインドライブ』も無し。ここまで考えれば素通しの方がいいと思えた。

燐子の『ドライブチェック』、友希那の『ダメージチェック』は共にノートリガーで、特に大きな変化は起こらない。

 

「次は『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『レクタングル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここもノーガードで行くわ。『ダメージチェック』……」

 

『カウンターブラスト』のコスト稼ぎに選んだ行動は功を奏し、『ダメージチェック』では(ドロー)トリガーが引き当てられる。

ダメージ量だけで見れば燐子が優勢だが、トリガーの引き具合では友希那が有利な為、まだ何とも言えないところである。

 

「(ファイトを通して燐子の想いが伝わってくる……これは恐らく、私に近いもの)」

 

「(伝わってくるのは……友希那さんの?私に近いから、多分きっと……)」

 

片や自身が行き道を踏み外し、必死に戻ろうとしていたところを。片や踏み出すことができず、そのまま諦めそうになっていたところを。それぞれが先導者(貴之)に支えて貰ったことで大きな転換を迎えられた者同士である。

そんな彼の支えに恩義を感じている二人は、このファイトを全力でやりきることを恩返しと定義しており、偶然それが重なったのだ。

伝わった想いに関しては両者とも非常に共感できるものであり、同時にこちらも負けられないと火をつけることになった。

 

「(俺が助けたことが、ここまで繋がってくれるとは……)」

 

──歩き続けて良かったな……。笑みを浮かべる貴之の瞳は潤んでおり、それに気づく。

 

「えっ?えっと……遠導さん?」

 

「何かありました~?」

 

「いや、ちょっと最近のことを思い返してた……」

 

「(そっか……貴之さん、嬉しいんだ)」

 

蘭とモカは事情を知らないから仕方ないところはある。ただ、それだけ貴之が感銘を受けた証拠でもある。

春香も友希那と話したことで貴之の方針については更に理解を深めており、自分が彼ならそうなるだろうと思えた。

 

「同じもの……なのかしらね?」

 

「きっとそうだと思います。そして、それを感じ取ったなら……」

 

──尚更、全力で戦うだけ。友希那と燐子が考えたことは全く同じであった。

こうなればもう何も気にすることは無いので、このままファイトを継続していく。

 

「呪われし竜の力……今、解き放つ!『ライド』!『ファントム・ブラスター・ドラゴン』!」

 

『イマジナリーギフト』は『フォースⅠ』を選択し、ヴァンガードに設置する。

『メインフェイズ』で『マーハ』を『コール』し、スキルで『ジャベリン』を『コール』した後、一度『ファントム・ブラスター』のスキル使用の判断で手を止める。

現状手札に余裕が残っていることと、燐子の『ペンタゴナル・メイガス』を考えると、ある程度強引に手札を使う機会を作らせたいところであった。

 

「ここは強気に行きましょう……『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のスキル発動!」

 

「……!リアガードは揃っていないのにってことは……」

 

友希那の選択肢に、燐子も感じることがあって気づいた。間違いなく自分の行動を警戒していると。

あまりにも攻撃を受けすぎるのは不味いので、燐子はある程度防ぐことも考えた。

このスキルで退却させたのは『マーハ』、『ソードブレイカー』、『ジャベリン』の三体であり、これによって燐子のリアガードは一度全滅する。

また、友希那はネヴァンのスキルを発動させ、後列左側に二体目の『ネヴァン』を『コール』している。

 

「さて……『ファントム・ブラスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「うーん……ここはノーガードで行きます」

 

防いだ方がいいかも知れないが、ここで使ってしまうのが一番危険な気がしたので、我慢を選択した。

友希那の『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーを引き当て、この後に備えられるようになった。

対する燐子の『ダメージチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目がノートリガーであり、パワーの差はどうにか補える。

 

「どっちにするのかしら?『ダークボンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『クレセント・メイガス』で『ガード』!」

 

イメージ内で『プロミス・ドーター』となった燐子の前に金色の鎧に覆われた、月を元とした杖を持つ魔術師の女性『クレセント・メイガス』が立ちふさがる。

このユニットは『カウンターブラスト』を多発した時の為に採用しており、そのスキルは『クレセント・メイガス』が『トリガーチェックゾーン』に置かれた時、自分のヴァンガードのグレードが3以上なら『ソウルブラスト』することで『カウンターチャージ』をするものであった。

友希那としては手札を補充されてしまったものの、手札の差をつけられたので、燐子としては手札を使ってしまったものの、トリガーで被害を抑えられたので、そこは良しとなった。

攻撃が終了したので、友希那ターンも終わりとなり、燐子にターンが回ってくる。

 

「私の望む運命(イメージ)を紡いで行く……『ライド』!『ヘキサゴナル・メイガス』!」

 

スキルで山札を操作した後、『プロテクトⅡ』を前列左側に設置する。

 

「最後の詰めを優先……でしょうか?」

 

「ギリギリ耐えきれるって考えたからかもな……」

 

『ガスト・ブラスター』を確実に耐えるのなら『プロテクトⅠ』もあったが、今回は耐えた後の反撃まで考えた結果になる。

『メインフェイズ』で前列左側に『レクタングル・メイガス』を『コール』し、スキルで山札操作をした後、前列右側に『ロンバス・メイガス』、後列左側と後列右側に『テトラ・メイガス』を『コール』する。

今回はトリガーが望む順番で来てくれていたので、『テトラ・メイガス』のスキルは使わずそのまま攻撃へ移る。

 

「行きます……!『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『マクリール』で『完全ガード』!」

 

現在のダメージが3なので、万が一を考えて防いでおく。

燐子の『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、友希那の予感が当たっていたことを示す。

ただ、防がれてしまった場合も燐子は想定しており、今回はリアガード二体にそれぞれ一回ずつ効果を回して圧を掛ける選択を取った。

 

「次は『テトラ・メイガス』の『ブースト』、『レクタングル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「……!そっちはノーガード!」

 

『レクタングル・メイガス』はスキルで更にパワーを上げていた為、こちらを防ぐことにした。

『ダメージチェック』の結果は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージ増加の減少と、パワーを確保できた。

 

「このターン最後の攻撃です……『テトラ・メイガス』の『ブースト』、『ロンバス・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『デスフェザー・イーグル』で『ガード』!」

 

合計パワー32000の攻撃を合計パワー38000で防ぎきる。

これによって、現在のダメージは互いが4になった状態で燐子のターンが終わる。

 

「(恐らく、勝負は殆どこのターンで決まる……)」

 

「(結構ギリギリになっちゃったけど、これを耐えきれば……!)」

 

状況が状況なので、お互いに考えていることが似通ったものになる。

ここで『プロテクトⅠ』を選んでいれば燐子はまだまだ余裕のある対応をできたが、それだと友希那の余裕ある手札を崩せない可能性が上がるので、今回はこうするしかなかったのである。

また、友希那もそれを逃す手は無く、ここで勝負に出ることを選ぶ。

 

「暴虐の力も、正しき力に……『ライド』!『ガスト・ブラスター・ドラゴン』!」

 

再び『フォースⅠ』をヴァンガードに設置し、『メインフェイズ』に前列右側に『ブラスター・ダーク』、後列右側に『ジャベリン』を『コール』し、両者ともスキルを発動する。

この時燐子は後列右側にいる『テトラ・メイガス』の退却を選択し、防ぐ手段を減らさないようにした。

 

「燐子、行くわよ……!」

 

「ええ、どうぞ……!」

 

ここで決まるからこそ、友希那は一回声をかけるし、燐子も答える。

 

「まずは……『ネヴァン』の『ブースト』、『ダークボンド』で『レクタングル・メイガス』を攻撃!」

 

「『ロンバス・メイガス』で『インターセプト』!」

 

『プロテクトⅡ』の効果を使えるのは『レクタングル・メイガス』である為、ここは守っておきたかった。

 

「次、『ジャベリン』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「『サークル・メイガス』で『ガード』!」

 

スキルの都合上、リアガードから先に攻撃してくるのが分かっていたので、ここまでは自分が決めておいたパターンに従って止める。

 

「これで決めるわ……『ネヴァン』の『ブースト』、『ガスト・ブラスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!この時、『ガスト・ブラスター・ドラゴン』のスキル発動!」

 

「ここは『テトラ・メイガス』を退却させます……攻撃は、『サイキック・バード』と『オラクルガーディアン ニケ』で『ガード』!更に『レクタングル・メイガス』で『インターセプト』!」

 

この後の切り返しも考えるとここがギリギリの手札使用になり、これ以上は防ぎたくても防ぐ為に使えないのが現状だった。

現在、『ガスト・ブラスター・ドラゴン』のパワーが合計48000。『ヘキサゴナル・メイガス』のパワーが合計57000なので、トリガーが一枚でもくるとそこで突破されることが決まっている。

正念場となった『ツインドライブ』は、一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、友希那の攻撃が通ることになる。

 

「((ヒール)トリガーはまだ残ってて、ダメージは4……後は私がどれだけイメージできるか!)」

 

貴之に促された時のことを思い出しながら、燐子は自分を落ち着かせてイメージに集中する。

イメージ内で『ガスト・ブラスター・ドラゴン』となった友希那から、『ヘキサゴナル・メイガス』となった燐子は連続攻撃を貰うが、消滅することは無く、どうにか踏みとどまっていた。

『ダメージチェック』の内、一枚目は(ヒール)トリガーで、今回はダメージが互に4なので有効となり、ダメージ増加を抑えられた。

二枚目が(ドロー)トリガーで、最後に詰められない可能性が大きく下がる。

 

「つ、次が最後の『ダメージチェック』……」

 

状況で見れば友希那が有利だが、先程見えたイメージではそうとも言い切れない。

誰もが静かに見守る中、燐子は「行きます」と宣言して三枚目の『ダメージチェック』を行う。

その結果は(ヒール)トリガーで、どうにかダメージ5で踏みとどまることに成功した。

 

「あなたのイメージが上だったみたいね……」

 

「そんなことないですよ……私は、イメージすることで精一杯でしたから」

 

本当にギリギリだったと燐子は思う。後少しでもずれていれば、この結果は起こらなかっただろう。

正にイメージが呼び出した奇跡を目の当たりにして、友希那のターンが終わる。

 

「私の望んだ未来(イメージ)へ……この光を繋ぐ!『ライド』!『ペンタゴナル・メイガス』!」

 

二回目の『プロテクトⅡ』は前列右側に設置し、残った手札六枚で……『ペンタゴナル・メイガス』のことを考えれば実質的に残り三枚でこのターンにできる最後の準備をする。

その状況下での『メインフェイズ』で、前列右側に『ヘキサゴナル・メイガス』、後列右側に『クォーレ・メイガス』を『コール』し、ここで一度山札の確認を行う。

 

「(……!これならどうにかなるかも)」

 

上二枚が分かったので、前列左側に『レクタングル・メイガス』を『コール』して自分が望む順番に整理した後一枚を引き、その一枚であった『クォーレ・メイガス』を後列左側に『コール』する。

最後の山札操作を行い、手札が残り三枚になったところで燐子の『メインフェイズ』は終了を迎える。

 

「では、行きます……!『ペンタゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『マクリール』で『完全ガード』!」

 

『フィフスドライブ』が待っているのに防がない理由はない。ここのトリガー次第では耐える余地が残っているので、まずは防ぐことから始める。

友希那の宣言を聞き届けて始まる『フィフスドライブ』は、一枚目と二枚目が(クリティカル)トリガー、三枚目がノートリガーと続き、効果は前列のリアガードに一回ずつ回す。

四枚目も(クリティカル)トリガーを引き、効果は『レクタングル・メイガス』に回す。ここまで引かれてしまうと片方をもう一度『マクリール』で防ぎ、残った片方をどうにか防ぐしかないのだが、もう一枚引かれるとトリガー勝負になる。

と、泣いても笑ってもここで最後のような状況下で、五枚目の『トリガーチェック』が行われる。

 

『……!』

 

(クリティカル)トリガー……。効果は全て、『ヘキサゴナル・メイガス』に!」

 

「なっ……!?」

 

引かれてもおかしくはないと考えていたが、本当に引いてきて、それも(クリティカル)トリガーと言うこの状況で最も効果の強いものが引かれたことに、友希那は驚きを隠せなかった。

仕方が無いので、片方は防ぎ、もう片方は素通ししてトリガー勝負へ出ることにした。

先に『クォーレ・メイガス』の『ブースト』が乗った『レクタングル・メイガス』での攻撃が来たので、こちらを『マクリール』で防ぐ。

 

「勝負です……!『クォーレ・メイガス』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「望むところよ……!ノーガード!」

 

イメージ内で『ヘキサゴナル・メイガス』が、『ガスト・ブラスター』となった友希那へ巨大な光の球を飛ばし、『ガスト・ブラスター』となった友希那はそれに飲み込まれることになる。

球が持っている光の奔流に耐え切れなくなり、やがて『ガスト・ブラスター』となった友希那は、光となって風に吹かれるかのように消滅していった。

『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーでギリギリダメージ6になることを免れる。

どうなるかが分からない。そんな状況で行われた三枚目は『ブラスター・ダーク』……つまりはノートリガーが出てきて、ダメージが6になって勝敗が決まった。

 

「あと一歩……届かなかったわね」

 

「そんなことないですよ。私があの時踏みとどまれなかったら、こうはできませんでした」

 

咄嗟に燐子がイメージできたかどうか。それが全ての分かれ目だった──。全力で戦う最中に生まれた一つの閃きが、燐子を勝利へと導いたのである。

負けて悔しい想いは確かにあるが、お互いが最後まで全力で、持てる力全てを使ってファイトをしたので後悔は無い。

 

「……次は負けないわよ?」

 

「はい。またこうやって、思いっ切りファイトしましょう♪」

 

──ありがとうございました。二人が握手を交わしたの合図に周りから拍手が送られ、大会の終わりが告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうだった?今日思いっ切りファイトしてみて」

 

「やっぱり、最後の詰めをもう少し上手くやりたかったかな……あそこ、本当にやるしかないって感じで選んじゃったし」

 

「私は……イメージの練習かしら?もう少し強く描けていれば、燐子にトリガーを許さず押し切れていたかもしれないから」

 

「そうだな。それは今度練習して、次に活かせるようにしよう」

 

その日の解散した後の夜──。テスト勉強をやった日のように友希那とリサ、貴之の三人は遠導家の同じ部屋に集まっていた。

明白に反省点を挙げられるのはしっかりとファイトをした証拠であり、これは特に心配ないと思えて貴之は一安心する。

ただ、もう一つ聞きたい言葉があるので、そちらを引き出しに掛かる。

 

「もう一つ聞くが……大会って場所で緊張してたかも知れねぇけど、楽しめてたか?」

 

「「ええ(うん)。それは勿論」」

 

ならよかったと、貴之は今度こそ満足する。こう言ってもらえればまた教えてやりたいと思えるのだ。

その後少し話していると誰かが欠伸をした。時間を確認すれば、もうすぐで日が回ろうかと言う時間である。

 

「大会の後だからな……早いところ休むか?」

 

「あはは……みんな電車で結構疲れた様子してたしね……」

 

「話すことは明日でもできるのだから、今は休みましょう」

 

示し合わせてから消灯を済ませ、三人は眠りにつく。並びは左からリサ、友希那、貴之で、これもテスト勉強をした時と同じである。

こうして大会は終わり、その長いようで短かった一日は静かに終わりを告げるのであった。




一先ずファイトイベント完走です。長かった……

燐子に軍配を上げる決めてとなったのは、『貴之の支えにより、短期間で変わった度合いの大きさ』でした。長期的に見れば友希那なのですが、メンバー探しの時、最も大きく前に進めたのが燐子だったと言うことで、今回この様な形になりました。

次回からはアニメ1期のOVAでやった海イベントへ突入します。


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サマー9 予想外の遭遇(バッティング)

今回からアニメOVA1期の海イベントになります。まずは前日談的なもので、本格的に入るのは次回からです。

ヴァンガードifはアイチを元に戻して一件落着……じゃねぇ!?何か目がヤバいことになってる……。


「交流会参加のお願い……ですか?」

 

「はい。サプライズゲストとしてお願いしたいんですが……いかがでしょうか?」

 

時は遡り、Roseliaが出場した女性限定大会が始まる五日前の昼頃──。貴之は一人の男性と羽沢珈琲店で話をしていた。

彼が持ち出して来た話しとしては頼み事であり、とある海にある場所でヴァンガードの交流会をやるので、そこにサプライズゲストとして出てほしいとのことである。

一応宿泊費等はわざわざお願いする都合上こちらで受け持つと言う破格の待遇であり、その他必要なもの以外に経費が掛からないのは非常に有り難い話しであった。

どうやら対象は現地の人と、近場へ旅行ついでに楽しみに来た人たちを想定しているらしく、当日受付制にしており、開催の時に貴之に顔出しして欲しいそうだ。

 

「予定的には大丈夫です。一旦家族に話しだけはしたいので、回答を少しだけ待ってもらうことはできますか?」

 

「はい、それは構いません。他にも、どなたか参加可能な方がいるなら声を掛けて頂く事はできますか?今回の全国大会での上位戦績者が望ましいですが……」

 

──お返事については、遠導さんが纏めて返してくれる形でも結構です。男性の受け答えを聞いた貴之は、ならばと自分が返すことを決めた。

 

「(上位戦績って言うと……一台展開以降が望ましいか。そうなると俊哉、一真、玲奈、それと竜馬の四人だな……)」

 

弘人と大介も有数の実力を有しているが、それぞれが自分と一真に地方で敗北している為、今回は呼ぶことができない。

それを考えると、竜馬は呼べるにしても呼びづらいだろう。その為彼を選択肢から外すと残り三人に声を掛けることになるだろう。

男性から必要経費として注文してもらったケーキを完食し、ホットコーヒーを飲み終わると同時に貴之は判断を纏め終え、連絡先を貰う。

 

「ご馳走様です。連絡はいつまでにすればいいですか?」

 

「そうですね……今から一週間後までにお願いできますか?開催日は今日から二週間後なので、一週間前にはゲストに誰が来るかを把握しておきたいので」

 

その事情は貴之も理解できるので、それを承諾したことで話しは終わりになり、家に帰った後小百合に話して許可を得る。

 

「海って言うから念の為に水着も必要だよね……残ってたっけ?」

 

「まあ去年のはあるが……一応後で買っておくか」

 

男子はそこまで気にしなくてもいいと言うのはあるかも知れないが、年頃なので流石に意識した方がいいと貴之は考えた。

これに関しては参加確認を取ってからでもいいだろうと感じ、まずは連絡を取ることにした。

その結果三人は無事に参加可能らしく、そのまま回答を伝え、その翌日四人で一回集まることになる。

 

「わざわざ助かったぜ……」

 

「圧倒的削減された経費で海に行けるって言われればそれはね……」

 

「とは言うけど玲奈、本音は?」

 

「女の子とファイトできる可能性を信じて!」

 

「ああ。玲奈さんはそう言うと思ったよ……」

 

そして玲奈の理由を聞くと、流石に一真も慣れた様子を見せた。

一先ず日程を教え、念の為水着は必要だろうという考えは皆共通である。

 

「俺は流石に買わないとな……最後に行ったの小学生だし」

 

「サイズも変わるだろうしな……」

 

少なくとも俊哉は購入確定だろう。後は玲奈も意識的に買うらしい。

そうなると流れ的に貴之と一真も買うことを決め、一先ず買い物へいくことを決めた。

 

「あ、あのさ……一真君はあたしの水着……気になる?」

 

「えっ!?い、いや……それは、気になるけども……」

 

少々頬を朱色に染めながら玲奈が問いかけると、一真も頬を朱色に染めて慌てた様子を見せる。

それを聞けて満足する玲奈を見つつ、貴之は俊哉にこれから頑張れと応援の旨を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……貴之たちも行くのね?」

 

「ああ。そっちも合宿だったよな?」

 

その日の夜。友希那の家に泊まらせて貰っていた貴之は友希那の部屋にて、彼女と二人きりでの会話を楽しむ。

どうやら両者とも仲間と共に同じ日に同じ宿泊数で出掛けることになったらしく、偶然もある物だと二人して笑う。

 

「そう言えば、貴之はどこへいくの?」

 

「ああ、俺たちは……」

 

ここまでは良かったのだが、友希那の問いに答えたことで流れが一転する。

自分の回答に「同じ場所……?」と、彼女が驚いたことで、貴之はまさかと思い、一度問いかける。

 

「もしかしてだが、友希那たちも……?」

 

「え、ええ……私たちもそこで合宿をすることになっているの」

 

極めつけには宿泊先まで同じというおまけ付きでもあり、二人揃って驚きが隠せないでいた。

偶然にしても程が無いだろうか──?想わず二人して笑ってしまうのである。

 

「これ……どうしましょうか?」

 

「話すかどうするかは任せるよ。俺もそっち次第で決めるさ」

 

こうなれば意志合わせ。そうして二人の思考は一致した。

その為、前日までにどちらかが話せば全員に話す。どちらも話さなかったらサプライズ的な想いを込めて言わないに決まる。

話し合いが済んだところで丁度日が回ったので、そろそろ休むことにする。

 

「さて、そろそろ休みましょうか……お休みなさい、貴之」

 

「ああ。お休み、友希那」

 

二人は瞳を閉じて、暫しの眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?どうして玲奈たちがここにいるの?」

 

「あたしたちは明後日開く交流会に向けて現地に行くんだけど……そっちは合宿?」

 

そして時は進んで交流会の二日前。昼前の電車に乗ろうとしていた友希那を省くRoselia四人と、玲奈と一真、そして俊哉の三人が鉢合わせをしていた。

ここにいた七人は揃って、どうしてこの人らもいるんだ?と困惑しているのである。たまたま電車に乗る時間が同じなだけだろうか?真っ先に考えられることとすればこれである。

 

「おっ、皆揃ってる見てぇだな?」

 

「やはり、みんなしてそんな顔しているわね?」

 

少しすると貴之と友希那が揃ってやってきて、この二人だけ分かっている様子だった。

この様子を見て、他の人は二人が分かっていることを感じ取る。

 

「で?俺たちが集まってる理由は?」

 

「俺らの交流会と、Roseliaの合宿での行き先と、到着予定の時間が同じだったんだ」

 

「言おうか言わないかで迷って、結局言わないことにしたの……そこはごめんなさい」

 

二人からの回答で全員が納得した。驚いて欲しかったんだろうなと、表情で感じ取れた。

それはさておきとして、全員揃うことができたので移動を始めた。

 

「ところで、俊哉君たちはどうして前日からなのですか?」

 

「現地で準備期間を一日だけ貰えるんだとさ。だから、そこで交流会用にデッキを変えることだってできるんだ」

 

現に俊哉もどうしようか迷っているところであり、この一日の期間が有り難いところである。

この猶予を使ってどうするかが考えられるので、四人の内誰かが思いっ切りデッキを変更する可能性は十分に考えられた。

ちなみに今日一日は楽器の移動等もあり、Roseliaもすぐに練習できるわけではないそうだ。

 

「じゃあ、一日目はみんなして宿泊先確認かぁ~……」

 

「明日から合宿だし、今日はみんなでゆっくり休むのも良さそうだね?」

 

リサとあこの会話に反対意見はでない。最も、今回に関しては変わる前の友希那と紗夜ですら反対しない可能性は高い。

明日の為に休んで体調管理と捉えれば、そのまま肯定している姿が目に見えているのだ。ただ、それはそれで少し寂しい返し方なのだろうとも思えた。

 

「移動が多いから、どうしても疲れちゃいますね……」

 

「確かにそうだね。貴之は余裕そうだけど……」

 

着替え等の荷物を持ったまま移動するので、どうしても腕や肩の疲れが出てくるが、貴之は全くもって平気そうである。

その次に余裕そうなのは俊哉であり、こちらは小休止として飲み物を買っていたくらいだ。

 

「(な、何故か僕だけ『体力のない情けない奴』みたいになってしまいそうだ……)」

 

一真の不安に関しては、『貴之らは無駄に鍛えている』ことをこの場にいる全員が知っている為、彼のフォローに回る。

別段悪いことはしていないと安堵すると同時、一真もやってみようかと一瞬考えるのであった。

 

「俊哉も鍛えて役に立ったのって、日常生活か?」

 

「ああ。ファイトじゃあんまり効果出なかったんだよな……」

 

こんな理由で大真面目に体を鍛えているのだから、動機に関しては笑えてしまうが、実際役に立つ場面がある以上全く無駄では無いだろう。

特に貴之に至っては、引っ越した時に真司と裕子、そして自分の三人でプールへ行ったことがあるのだが、この時は貴之の鍛えた体が功を奏して裕子にナンパの被害を一度も出さなかった。

これと日常生活で役に立つのを見て、真司も貴之に教わって自分の体を鍛えたので、鍛えることが何も悪くないことは既に証明されていた。

一先ず昼を取った後は再び移動を始め、宿泊先の最寄り駅に到着するのは夕方より少し前くらいであった。

 

「おっと。両方とも揃って来たみたいだね……明日からよろしくね」

 

『よろしくお願いします』

 

速く着いたのならお世話になる場所へ挨拶へ行こうと話しが上がり、Roseliaの合宿、貴之らの準備場所として提供してくれた宿主へ顔を見せに行く。

必要な楽器が届く時間と、明日に交流会のスケジュール連絡をすることを教えてもらい、今日のやるべきことは一応終わりを迎える。

 

「で、部屋も隣同士で用意されてると……」

 

「これ、あたしそっちに混ざっても違和感ないよね?」

 

女子と男子で分かれると考えればそんなに違和感はないので、まだ何とでもなりそうである。一先ず人数問題に気づかれなければではあるが。

一先ず人選が人選なのでそんなに問題無さそうではあるが、一人部屋異性に混じって部屋にいる玲奈は色々気を遣わねばならないだろう。

 

「そっちから上がってくる分にはいいが、俺らは玲奈経由した方がいいな……」

 

「流石に堂々と行くのはな……」

 

貴之は女子に囲まれた空間に慣れてはいるものの、こう言う時に堂々と上がり込むのは少し訳が違ってくる。

そうなると向こうが来てくれるのがいいだろう。こうして判断が落ち着くことになる。

 

「取り敢えず荷物をおこうかな……持ってきたカードも確認しないといけないし」

 

「そうだね……それで作れるデッキも変わるもんね」

 

一応自分が使う『クラン』のカードは全て持って来ているので、後はどうやって選ぶかがカギになるだろう。

全員が荷物を置いた後、一先ず部屋の確認をし、夕食の時間までは休んでおくことにした。

 

「海が近いからってことで、お刺身が出るんだってさ……場所に合わせてくれるっていいよねぇ~♪」

 

「雰囲気も出ますし、いいですよね」

 

今回の夕食には全員満足気である。二日目、三日目には何が出るかは分からないが、まず一日目は当たりであった。

ただ、分量的な問題では若干怪しいところが出てきてはいるようであり……。

 

『(ちょっと余るかも……?)』

 

「「(若干足りない……?)」」

 

Roselia的には少し余りそうで、貴之と俊哉は若干不足しそうだった。

こう言う時に隣りの部屋同士であることが幸いし、互いに連絡を取り、Roselia側からヴァンガードファイター側に赴いて分けてくれるそうだ。

 

「これくらいで大丈夫?」

 

「うん。これだけあれば足りるよ……ありがとうね」

 

リサが持ってきたものを玲奈が受け取る形で、一先ず量の解決は終わった。

ちなみに、友希那が来た場合は貴之。紗夜が来た場合は俊哉が出るつもりで、その他は全て玲奈が出るで決めていた。

なお、一真は接点の浅さから遠慮している。と言うよりも、一真が女子と親しくすると、玲奈が貴之と心を繋げる前の友希那が彼を見る時と似たような目で見ることがあるので、貴之から少し気を回させている。

ただし、リサみたいにやり過ぎると後々面倒なのは知っているので、余り強く言ってはいない。

 

「さて、デッキコンセプトはある程度決めとく必要があるな……」

 

交流会だけでの一発芸も可能ではある為、ここはしっかりと考えていきたい。

俊哉はデッキを変えてからそこまで日が経っていないので、微調整程度に済ませるようだ。

 

「うーん……あたしはこの交流会でどうするか決めようかな?時期的にそろそろ変えて慣らさないといけないし……」

 

今年の秋には『ヴァンガード甲子園』が待っている為、玲奈は慎重に、なおかつ真剣に考える。

貴之も『オーバーロード』を軸にすることは変わらないが、派生する方を『グレート』では無い、もう片方にしようかを検討中であった。

 

「僕は、この交流会だからこそできるデッキをやってみようと思うんだ。ただ、想像以上に難しいだろうから、手伝ってもらうことになりそうだけどね……」

 

一真が見せたユニットを三人で確認する。そのユニットはグレード3なので負担の心配はないが、そもそも運用難易度が尋常では無く、一真でも楽には行かないだろう。

ただそれでも、こう言う時に使いこなせれば盛り上がることは間違いなしであり、この選択を悪いとは思わない。

 

「なら、手伝うよ。余りデッキ弄る気ないから、その分協力できるはずだ」

 

「勿論、あたしたちも手伝うから、遠慮なく言ってね?」

 

「絶対に成功させようぜ?決まれば最高だからな」

 

三人の協力を惜しまぬ姿を見て、一真は温かな気持ちを抱き「ありがとう」と礼を告げる。

また、Roseliaの方も合宿における目的を確認していた。

 

「基準となるメニューは用意しましたが、状況に応じて切り替えつつ、実力の向上を目指します」

 

「ここは私が主導になるけれど、曲も一つ完成させるつもりでいるわ」

 

完成した曲自体は最終日で宿主に披露する予定である為、ここの練習はとても大事になる。

また、遅すぎても良くないので、完成自体は速めが望ましい。

 

「明日は朝から楽器が揃うの?」

 

「先程確認しましたが、もう届いているので、午前中から始めることは可能です」

 

「良かったぁ~……届かなかったら、あこたちだけ少しの間何もできないなんてあったかもしれないし……」

 

「そうなると、時間も移さないと行けないもんね……」

 

危惧した事態は起こらなかったので、そこは一安心である。

明日から頑張ろう。そう意気込んだ後、後は入浴を済ませれば自由時間を過ごして寝るだけとなった。

ヴァンガードファイター組もデッキ構築の案だけ練り込んだら終わりで、後はRoseliaと同じになっている。

 

「一緒に帰る……と言うのは流石に難しそうね?」

 

「まあ、日程が日程だしな……」

 

貴之たちは三泊四日。友希那たちは一週間前を予定していた為、どうしてもずれは発生する。

そこは仕方ないので、受け入れて互いが頑張るだけと結論付けた。

 

「じゃあ、お互いに頑張ろうぜ」

 

「ええ。上手くやりましょう」

 

どうするかが決まれば話しは早く、二人して激励と宣誓の握手を交わすのであった。

お互いにこの形で応援を送った後は少しの談笑を済ませ、互いが用意されている部屋に戻っていく。

 

「(今度、その曲を聞きに行きてぇな……)」

 

「(明後日、変えたデッキを見れるのかしら?)」

 

時間が来たので眠りにつく際、二人は相手のことを考えていた。




前日段はちょっと短めになりました。ポピパの五人が関わるのも、次回以降からになりますね。

ちなみに今回上げた筋肉量の話しですが、男子陣は以下の通りになります。

貴之……ジムにガッツリ通っていた経験から、並みの運動部男子より多い。荷物持ちを頼まれても予想以上に対応できる。

俊哉……貴之程ではないが、ジム通いの経験があり、運動部男子と同等か、やや少ないくらい。貴之がヴァンガードファイターにしてはやり過ぎているだけであり、十分ある方。

一真……特にトレーニングしてない一般男子より少しだけあるくらい。

Roseliaメンバーは貴之が鍛えている旨を知っているので、一真が悲しき目に遭うことはありませんでした。

次回はこのまま続きを書いていきます。


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サマー10 合宿初日

少し短めになりましたが、合宿初日の話です。

ヴァンガードifは恐らく次回で完結……でいいのかな?面白かったのが終わるのは寂しいものです。伊吹が『マジェスティ』に『ライド』しましたが、あの流れなら納得できましたし、彼も今回の騒動で変われたんだなと思いました。


「うん、俺はこれでいいかな。あんまり弄るところないし……」

 

「もうちょっと考えて来れば良かったかな?うーん……どうしようかな?」

 

「(コンセプトは確定したから残りは補助だ……こいつらをどれくらい入れるか、それが大事になる)」

 

「(キーとなるユニットは全て網羅。残りはバランスを見つつ枚数を埋めていくんだけど……グレード3以上はいっそこれ一種類に絞るべきだろうか?)」

 

迎えた合宿所日と交流会前日。貴之らの方はデッキの準備を始めていた。予定としては午前中に一度組み上げ、午後からはファイトしながら調整していくものになっている。

この中では俊哉が既に組み上げを終えており、手が空いてしまったので三人の為に飲み物の買い出しへ向かった。

また、最も意識を集中させているのは一真で、交流会で成功させる為に何としても……と言う意志が伝わる。

 

「それぞれのパートに合わせた用紙は回りましたか?」

 

「はいっ!まずはこれからやっていくんですよね?」

 

「曲が完成した場合はその練習に移るから、それまでに達成させる……でしたね」

 

「で、友希那はこれにプラスで作曲と……大丈夫?」

 

「大丈夫かどうかではなくて、やるかやらないか……でしょう?」

 

Roseliaの方は最初に、紗夜が作ったどうやって練習するかを纏めた用紙を全員に渡して確認をする。

作曲もある都合上、友希那の分の難易度が上がってしまうが、本人はなんのそのと言いたげであり、心配は要らなそうであった。

 

「(向こうはこれからか……)」

 

開始の宣言と返事、そこから楽器を準備する音は、偶然部屋の前を通りかかった俊哉の耳に届く。

──向こうの分も追加するか?それなら近場のコンビニまで行った方がいいな……。残り三人のデッキ調整に時間が掛かりそうなことを確信している俊哉は、予定を変更して足を進めた。

これに関して、八人から代金を貰うつもりは特にない。あくまでも自分が好き好んでお節介をするだけである。

 

「(午前が半分回ったな……)」

 

デッキの調整をしていた時間もあり、宿へ戻って時間を確認すれば予想よりも進んでいた。これを考えると、飲み物を買ってきたのは正解だったと言える。

一先ずRoseliaのところに顔を出してから戻ろうと思ったら、丁度彼女らがいる部屋のドアが開かれるのが見えた。

 

「俊哉君……?そのビニールにあるのは……」

 

「早く組み終わったから買いに行ってた。紗夜たちの分もあるから、持って行ってくれ」

 

一番最初に出てきたのが紗夜であり、タイミングが良かった俊哉はそのまま彼女らの分を渡すことにする。

俊哉の気回しに紗夜が礼を言った後四人に声を掛け、受け取りながら他の四人からも礼の言葉を貰う。

 

「わざわざありがとうございます。本当に助かりました」

 

「いやいや、これくらいならお安い御用だよ。あっ、まだあいつらに渡してないんだった……」

 

渡してやらないと……。と、思った矢先に「その必要はないぜ」と声が聞こえたので、そちらを振り向けば貴之がいた。

 

「お前、組み終わったのか?」

 

「今丁度な……残りの二人はもう少しかかると思う」

 

元々デッキの組み替え自体には慣れている貴之が、二人より早く終わったらしい。

俊哉が持っているビニール袋に、人数分の飲み物があることを察した貴之はそのビニール袋を手に取り、その中に残っている四本の内一本を俊哉に渡して残りは袋ごと預かる。

 

「(袋の処理とかは俺がやっとくから、お前は楽しんできな?)」

 

「(えっ?お前いきなり何言ってんだ……!?)」

 

理由自体は大体わかるが、そこで言うのか?と抱いた疑問を口にするよりも早く、貴之が「お邪魔虫は退散する」と言いながら部屋に戻っていってしまった。

そうして俊哉と紗夜が、二人きりで空間に取り残されることになる。

 

「暫くは俺がああやられる側か……」

 

「?暫くは……ですか?」

 

以前は貴之に自分らがやっていたことを話すと、紗夜も察しが付いた。要するに、貴之と友希那の時のように、こちらに根回しをしてきているのである。

 

「ということは、私も……」

 

「うん。暫くは、ね」

 

どういう組み合わせでそうされるかが改めて分かり、二人して頬を朱色に染めながら気恥ずかしい空気を作る。

こうなると気になることが一つあり、それは聞いてみるとにする。

 

「えっと……その、俊哉君に、す……好きな人は……いるのですか?」

 

「お、俺か……?好きな人って言われると違うけど、気になる人なら……一人いるよ」

 

まだ確証を得られない俊哉はこの回答を返す。こんな状況だからバレているかも知れないが、流石に堂々と言うのもどうかと思うのがあった。

 

「そう言う紗夜はいるのか……?その、好きな人か、気になる人かが……」

 

「え、ええ。私も……気になる人が一人……」

 

紗夜もまだ確証を得られずにこの回答となる。まだこの気持ちに答えは出せないが、そう遠くない未来で出せるだろうと紗夜は思っていた。

 

「なら、その気持ちがどうなのか……今度二人で確かめに行ってもよさそうだな?」

 

「そうですね。今度、どこかで時間を取りましょう」

 

合宿が終わった後に予定を確認することで話しが決まり、そのタイミングを見計らったのか知らずか、あこが練習を再開する旨を伝えてきた。

それを皮切りに話しを切り上げ、互いの用意された部屋に戻ってやるべきことを始める。

 

「じゃあ、俺たちは先にファイトするか?」

 

「そうだな。ちょっと頼んでいいか?」

 

部屋に戻るや否、先にデッキを組み終えた貴之と俊哉でファイトすることが決まる。

慣れた手つきで引き直しまで済ませ、後は開始の宣言をするだけであった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

──さて、どこまでやれるかな……。開始宣言をした俊哉は、己の現状の再確認も兼ねてファイトに望むことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうにか完成だ……」

 

「あたしもどうにか……」

 

時間は更に進んで昼頃。一真と玲奈もどうにかデッキが完成し、キリがいいので一度昼食を取って、そこからファイトしながら微調整を重ねていこうと言う話になった。

話しが決まって早速部屋を出ると、丁度Roselia側も昼を取ることにしたようで、ドアを開けるタイミングが見事に同じであった。

 

「全体から見て五分の一、本日分は半分……予定通りに進められていると見ていいでしょう」

 

「ええ。これなら、明日から曲を作り出すこともできそうだわ」

 

昼食を取る際にも午前の確認は簡単に行う。現状、Roselia側は順調であるらしく、あまり心配はない様子だった。

練習メニューよりも、曲の方が無事に完成するかどうかであり、行き詰った時の案は用意しておくべきだろうと五人揃って意見が出ている。

 

「あっ……友希那。今日の分が終わったらだけど、糖分を取れるもの買っておく?」

 

「そうね……飴を買っておこうかしら?」

 

作曲で頭を回すのに必要だろうと、友希那が時折甘いものを含んで糖分を補充しながら作曲することがあるのを知っているので、リサが確認を取る。

この宿は空調が効いているとは言え、夏の暑さもあるので間違いなく要るだろうと思った友希那は、その提案を飲み込む。

 

「体力強化は余裕がある時……行き詰った時とかかな?」

 

「動けば変わるかもしれないから、それがいいんじゃないかな?」

 

あこにはドラムを叩き続ける為の体力強化もメニューにあるが、場所が場所なので、今回はそこまで重要視されていない……と言うよりも、できない。

なので、最悪できなくても特に文句を言うことは無いし、出来たらできたでラッキーである。

 

「グレード2以上はすぐに決まるけど、後はグレード1とトリガー配分だな……今回は最悪(ドロー)トリガー無しになるんじゃねぇか?コレ……」

 

「俺はグレード2以下を微調整かな?ここは個人差でのアクセント付けれるし……」

 

また、一方でファイトをしていた貴之らは自分たちのデッキの状況を確認する。貴之はコンセプトがハッキリしている故に割り切った調整も視野に入っていた。

一真と玲奈はこれからファイトを重ねていく為、今日の午後が大事になるだろう。

 

「そもそも、僕にあれを扱いきれるかの問題があるけど……」

 

「大丈夫だよ♪それを使いこなせるようにあたしたちが手伝うんだし、ね?」

 

「そうだったね……。ありがとう、午後からはよろしく頼むよ」

 

数瞬程考えていた一真だが、玲奈のおかげで問題ない様子に戻る。

その時に若干照れた顔を一真が見せたので、もしかすると……と、リサは考えた。

 

「(友希那と貴之は知っての通り、紗夜と俊哉もそんな感じだし……)」

 

──今後はもっと増えるかも……?知らぬうちに関係が増えていくのを見たリサは、そんな予見を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行くぞ?ヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

時間は更に進んで午後。本格的にファイトで慣らしていくことになり、今は俊哉と一真のファイトが終わりそうなところであった。

俊哉の攻撃を素通しにし、一真が行った『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、今回は俊哉の勝ちでファイトが終わる。

ファイトが終わったので一先ず挨拶を済ませ、今回のファイトを振り返る。

 

「感じは掴めてきたけど、まだ安定はしないかな……」

 

「どうしても条件が厳しいからな……そこは仕方ない」

 

やはりと言うか、簡単には行かないようであり、一真もここまで何度かファイトを重ねるがまだ安定には程遠い状態であった。

最悪は明日の朝も使って練習することはできるが、出来る事なら今日中に完成させておきたいところではある。

 

「デッキの内容自体は大丈夫そうだよな……」

 

「と言うか、このユニットを使うなら自然と落ち着いちゃうよね……」

 

デッキの再構築──と考えはしたが、そもそも一真の使おうとしているユニットは構築を強烈に縛りつけるので、早々弄る必要性は無くなる。

そうなると残りは戦い方とイメージになり、ここは慣らしていくしかないのが結論として上がった。

 

「ここはよし……で、ここも今大丈夫になった……」

 

「そろそろ、みんなで音を合わせてみませんか?全員で確認もできますしっ!」

 

「そうですね……全体で合わせれば、個人では見えなかった部分も見えるでしょうから」

 

「私も賛成です。いつでも行けますよ?」

 

「なら、一度合わせる形で行きましょう。三分後に開始でいいかしら?」

 

Roselia側も個人で確認するのが難しくなってきたので、一度全体の通しで確認を行うことにした。

この時に選んだ曲は『BLACK SHOUT』。自分たちを代表するこの曲だからこそ、今どこまで進めているかが分かりやすいとの判断である。

 

「今日のメニュー内容で見れば全員合格ね。後は、個人で気になったところがあるかだけれど……どうかしら?」

 

今日の分は全員問題なしなので、後は気になった部分の解消へ向かうこととなる。

また、それならば友希那は曲の作成に入り始めてもいいはずだと言うことになり、予定を前倒しして買い物へ向かうことにした。

 

「あら、貴之?」

 

「おっ、友希那か……」

 

午前とは違い、部屋のドアを開けたタイミングで貴之と友希那の二人で鉢合わせになる。

二人揃って買い出しに向かう予定だったので、全員の分を纏めて買いに行ってしまおうと言う話しが決まった。

 

「綺麗ね……夕方の海だなんて、久しぶりに見たわ」

 

海に面した場所である為、歩きながら海を眺めることができる。

そんなこともあって久しぶりに見た友希那の感想であり、貴之は優し気な微笑みを浮かべる彼女にこんな感想を述べる。

 

「海も綺麗だけど、それを見ながら笑ってる友希那はもっと綺麗だな……夕焼けに照らされたおかげで効果倍増かもな」

 

「なっ……!もう、そうやっておだてても、何も出ないわよ?」

 

貴之は至って真面目に述べており、それが伝わったから友希那は顔を赤くしながら照れた笑みに表情が変わる。

顔が赤くなったのは夕焼けに照らされている影響で分かりづらいが、そうなっているだろうことは返事と声音で分かった。

 

「さて、後はあいつがどこまで使いこなせるかだな……」

 

「そんなに大変なユニットなの?」

 

「あれは構築と戦い方を大きく縛られる……そう言う意味じゃ『ヌーベルバーグ』の比じゃねぇだろうよ」

 

「そ、そこまで行くのかしら?」

 

想像がつかなくて友希那が一瞬呆然し掛けたが、それだけ一真が本気であることが伺えた。

それだけ決めているのなら、後は頑張るだけだろうと二人は考え、一真を支えると応援するに決める。

 

「やっと着いたぁ~っ!」

 

「「……?」」

 

買うものを買って戻っている最中、聞き覚えのある声が聞こえ、そちらを見ると見覚えのある五人の姿が見えた。

誰かと思えばポピパの五人であり、『ガールズバンドパーティー』以来ひさしぶりに顔を見ることになる。

なお、こちらまで移動してくる際にトラブルでもあったのか、有咲の瞳に光が無く、非常に脱力した様子が見えていた。

あまり触れないで上げる……と言うよりも、こちらもこちらでまだ合宿初日が終わっていないので、声を掛けるのは一度断念する。

 

「もしかしたら、明日には顔を合わせるかも知れないわね?」

 

「或いは、今日の夜とかかもな?」

 

宿泊先が同じだったら……ではあるが、そう言う可能性も捨てきれない。故にその考えも頭の隅に残しておいた。

 

「あっ。二人とも戻ってきた……」

 

「ちょっとタイミングが悪かったな……?」

 

「「(終わった直後じゃない(ねぇか)……)」」

 

二人が戻ってくる頃には丁度終了の時間が来てしまっており、何とも言えない終わり方をしてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そこは意地が勝った……ってところか?」

 

「ああ。アレは本番まで取っておきたかったんだ……。そこは彼らにも了承してもらってる」

 

その日の夜。貴之は一真から今日の慣らし方を教えて貰っていた。

基本的に今回限りではあるが、後々のことを考えると、『PSYクオリア』無しで慣らしに臨んでいたのである。

流石に当日は四の五も言っていられないので使うことは決めているが、ギリギリまで素の状態で調整するつもりらしい。

 

「分かった。そういうことなら、やれるところまでやろうか。そのままの状態で成功させれば、確実なものになるだろうし」

 

「そうだね。もう少しの間、頼らせて貰うよ」

 

話しが纏まり、明日は追い込みを行うことが決まった。

 

「あれ?二人で何を話してたの?」

 

後は無理せず休む……と言うところに、聞き慣れている声が届いたのでそちらを振り向けば、玲奈と友希那がいた。

どうやら二人揃って少し長風呂をしていたらしく、休憩していた貴之らと鉢合わせすることになったようである。

幸いにも貴之らが休んでいた場所は2対2で座れる場所であった為、貴之の隣りに友希那が、一真の隣りに玲奈が座らせて貰う。

 

「なるほど……確かに、最初から頼るのは良くないのかもね」

 

「ただ、そうなると一度はそのままで成功させるしか無さそうだわ」

 

この話しをするにあたって、ここの四人が全員『PSYクオリア』を知っていることは共有してある。今現在人がいなかったからできた話しであり、本来ならば部屋に移動してから話していただろう。

 

「後は間に合わせられるか、だね……感じは掴めて来ているんだけど」

 

「明日の昼過ぎ開始だったよね?」

 

「そこまで残っていないのね……」

 

「確かに時間は短いが……まあ、そこはやっていくしかないだろうな」

 

こうして話しが纏まった後は今日の成果はどうだった?明日はどうするのか?と言う話しにシフトしていく。

途中で友希那が貴之の腕に両腕を組んだのを見てか、その後玲奈も一真の腕に自分の両腕を組んだ。

 

「えっと……玲奈さん?」

 

「……ダメ?」

 

「いや、ダメじゃないけど……」

 

そんな二人のやり取りを見て、今後何かがあるかも知れないと、リサに続いて二人もそう思うのであった。




ちょっと短くなったし、ポピパメンバーは顔出しだけになってしまいました……(汗)。本格的な絡みは次回からになりますね。

次回はこのまま続きを書いていきます。


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サマー11 夏の宴

ヴァンガードifも等々終わりを迎えてしまいましたね……。個人的には最後まで楽しめた作品でした。伊吹とスイコの関係はまた何か進展があったりするんでしょうか……?続きがあるのならそこに期待ですね。
また、ファイトの内容が大まかに見るとアニメ(2018版)2話のオマージュだったり、元の世界に戻った後で記憶を持たないとは言え、シュカちゃんにまた会えたのはエミに取って救いなのかも知れません。


合宿初日が終わった翌日の朝──。今日の空は立派に青空が広がっており、とても良い交流会日和だと言える。

 

「一足先に行ってくる!」

 

「最初から中に着てたのか!?」

 

「よぉし、私もっ!」

 

「ま、待った待った!」

 

「香澄ちゃん、おたえちゃんみたいに準備していないよね!?」

 

ポピパの五人も海に来ており、たえが思いっ切り人前で服を脱ぐから大慌てしたが、事前に水着を着用していたらしいので、想像していたことにはならなかったようである。

それを見て香澄も勢いで──となった時、咄嗟に沙綾が抑えたことで最悪の事態が避けられた。

 

「さて、これで午前の前半が終わりましたが……」

 

その一方で、昨日から来ている九人はそれぞれの準備を行っている。

Roseliaの方は友希那が紗夜程の技量はないが、弾けるのでギターを手に持って今日から本格的に作曲を始めているのだが、現在はかなり難航していた。

テーマは『Roseliaでできる夏を意識した曲』なのだが、これが思いの外難しくて難儀しているのだ。

現に、今日の午前中の前半全てを使っても一向に進む様子が無く、それぞれの練習をしていた四人が様子を見れば、彼女が難しそうな顔をしているのが見える。

このまま練習するのもいいが、そのままでは難儀する友希那を中心に空気が重くなってやりづらい状況もできそうであり、リサが少し考えてから提案を出す。

 

「そうだっ!今日は予定変更して、海に行かない?」

 

「海……ですか?」

 

余裕が出来たらそちらへ行く時間も入れていいだろうと考えていたので、紗夜もそこまで反対はしないが、理由は聞いておきたいと思った。

そこでリサは『夏と言えば真っ先に出るのは海なので、友希那の作曲にヒントを掴めるかも知れない』。『一人で行くよりも、全員で行った方が心置きなくいられる』。『今日はファイター四人が参加する交流会もあるので、休憩も兼ねてそちらを見に行ってしまうのもいい』──と、三つの理由を出した。

全てが納得できる理由であり、紗夜も「なるほど……」と、多少乗り気な様子が見られる。

 

「そうなると、少し窮屈な予定になってしまいますが……行くこと自体は可能ですね。どうしますか?」

 

「詰まっちゃうくらいなら、いいんじゃないですか?気分転換もできますし……」

 

「後、せっかく海に近い場所来てるし、やっぱり行きたいですからっ!」

 

確認を取れば、燐子とあこは賛成を出してくれたので、多数決的にこれは行くでいいだろうと紗夜は考えた。こう言う時に奇数なら簡単に決まるので助かる。

 

「友希那~。みんなで海に行くって話しになったんだけど、来る?」

 

「海に……?構わないけれど、今日の練習はいいの?」

 

気になった友希那が確認するも、紗夜はリサが出してくれた理由を説明し、予定を変更しても大丈夫と判断したので自分たちもことを話せば、友希那も同行する旨を返した。

 

「お?今日は結構素直だね?」

 

「私一人だけ行かないと言うのはどうかと思うもの。それに……」

 

──少し、動かなければいけないわ……。一ヶ所に包み紙が纏められているのが証明している通り、友希那はかなりの数の飴を舐めて糖分を補給していたので、その分動いておきたかった。

幸い、普段からある程度甘いものを取り過ぎたら動くを守っている為、腹が出てしまっていると言う事は無い。これは貴之への恋心を抱いて以来ずっと守っている事なので、苦にはなっていないし、やってよかったと胸を張って言える。

そう言うことなら着替えに行こうと話しが出て、荷物を持って部屋のドアを開けると、同じタイミングでドアを開けた玲奈と鉢合わせになる。

 

「あっ、玲奈たちはそろそろだっけ?」

 

「うん。一真君も無事にあのユニット使いこなせるようになったし、ちょっと早いけど現地に行こうって話しになったの」

 

現に部屋を覗かせて貰うと、一真と貴之でファイトをしている様子が見え、一真が最後の攻撃に出ようとしていた。

 

「条件は全て整った……これでヴァンガードにアタック!」

 

「これ防ぎようがねぇな……ノーガード。んで、(ヒール)トリガー全部引いちまってるから……俺の負けだな」

 

「もう大丈夫だな。後は本番でやれるかどうかだけど……まあ心配ないか」

 

貴之相手にも一回勝利を取れており、使いこなしたの一言は証明されていた。

 

「おお……ホントに大丈夫そう」

 

「まあそんなこともあって、そろそろ行こうってことになったの」

 

話しが決まれば全員で着替えと、ファイター四人はデッキも手に取って更衣室へ向かう。

 

「(あっ、一真君大丈夫かな……?)」

 

着替えている際、玲奈は男子更衣室にいる一真の身を案じた。何しろ残り二人は体を鍛えているので、筋肉量格差がもう始まっているはずだからだ。

それを気にしていても仕方ない面はあるが、こちらもこちらで格差が始まりそうであった。

 

「りんりん……あこ、凄く肩身が狭い……」

 

「えっ?だ、大丈夫だよあこちゃん……まだ全部決まったわけじゃないよ?まだ……」

 

胸回りで言えば、この六人は間違い無く燐子がトップ。あこが最下位になるだろう。

時期が時期なので、流石に燐子もフォローするのが難しいのか、言葉も自身が無さそうなものになっている。

 

「う~ん……男の人って、そんなに胸ばっかりで決めない気がするんだよねぇ~。ほら、貴之なんてその代表じゃん?」

 

「後は、俊哉もそうかもしれないわね?」

 

「あ、あの……どうして私を見るのですか?」

 

完全に含んだ目で友希那がこちらを見るので、紗夜は一瞬だけ言葉が詰まりかけた。

しかしながら、自分も彼のことはそうであって欲しいとは思うので、反対はしない。

 

「で、全員揃って上着は用意してきていると……」

 

「何もないと日差しに当たり過ぎて痛くなるしな……」

 

合流するや否、俊哉の言い分には大いに納得できた。夏の日差しを直に浴びすぎると痛みに苦悩させられる羽目になるので、対策はしておきたいのである。

これ以外にも、お互いにそれぞれの理由で上着は購入していた。

 

「交流会の時に上着を脱ぎ捨てりゃ、ちょっとしたパフォーマンスになりそうだしな」

 

「なるほど……井口さんみたいな人がいたらファンサービスできるし、それは面白そうだ」

 

「それを堂々とできるのは、やっぱり羨ましいよ……」

 

貴之は自分が述べた通りちょっとしたパフォーマンス用としても考えていた。これは鍛え抜いた体があるからこそできる芸当である。

俊哉は単純に日焼け防止だが、暑くなり過ぎたら脱ぐつもりでいる。結果として二人と比べて真ん中に位置する決断になっていた。

一真の場合は二人の筋肉量を見て、隠したくなったと言う少々後ろ向きな考えもあるが、やはり基本は日焼け防止である。

 

「後江の制服を見ていた時もそうだけれど、貴之は青も十分に合うわね?」

 

「ならよかった。友希那が選んだのも、お前くらい顔と体格を揃えると更に似合うんだな……」

 

友希那は貴之と共に互いの格好を褒め合う。ちなみに男子陣は全員膝の近くまであるパンツに上着のセットで、上着が被り物付きなのか、胸や腹を隠しているのか、或いはそのどちらでもないの三つであり、前から順に一真、貴之、俊哉であった。

対する友希那は黒のビキニと非常にシンプルなものを選んでおり、彼からすれば絶賛物であった。これには時折運動していたことも功を奏している。

ちなみに貴之はこの時、パフォーマンスをやれるかどうかを考えていることを明かした。

 

「えっと……それやった場合って……」

 

「ダメだよ貴之!それやったらあたしにファイトを申し込む女の子が減っちゃうよ!」

 

──えっ?そっち?と疑問に思ったリサだが、玲奈のことを考えたらその危惧が出るのは仕方ない。

まあファイトをしに来ている女子は、寧ろ同じ女子ファイターであり、その中でも国内最強の玲奈に行きたくなるのは道理だった。

最悪、貴之に行き過ぎたらそんなことがあったと言えばいい程度に考え、これ以上は深く考えないようにしている。

 

「えぇ……?ダメったって、やるタイミングそこくらいしかねぇんだけど……?」

 

──つか、まだ女子がどれくらいいるか分かんねぇだろ?そう突っ込みたかった貴之だが、これで玲奈が止まるわけがないと分かっているので、それは断念した。

 

「まあ、余程のことさえ無ければわざわざこっちに来てくれた玲奈とのファイトを逃す考え何て無いだろうし、気にし過ぎじゃないか?」

 

「そ、そう言えばそうだね……」

 

──貴之がそれやって食いつくのは肉体美を気にする人たちだった……とは思っても口に出さない。面倒ごとになる予感がしたからだ。

それを考えると俊哉も中々……否、付き合っている相手がいないので下手をすれば貴之よりも可能性があった。

 

「(ちょっと紗夜に促そうかな?)」

 

貴之のことを考えれば全く気にする必要が無いので、後々リサにも手伝って貰おうかと考えた。

 

「うーん……これは赤のカラコン買って、右目に付けるのもアリかな……」

 

「……?何故カラコンなのですか?」

 

これに関して、俊哉はとあるゲームにいる人物の真似事やれるのに気づいたからであり、気になるなら今度その元ネタを教えるどころか、家に招いて体験するのもいいと答えた。

その提案に紗夜は少し考え、お互いに大丈夫な時に頼む旨を返し、また一つ進めるだろう様子が見えた。

 

「(ぱ、パーカーで隠すのは目を引くな……)」

 

「(ほ、本当に私を見てる……貴之君の入れ知恵は本当だったのね)」

 

俊哉が顔を赤くしながら紗夜の格好を見ているので、紗夜は信じて良かったと思う。他の女子も水着姿になっているのだが、紗夜はそれをパーカーで隠しているので、どんな水着を隠しているのかが分からない。

強いて言えば、玲奈がカットパンツを重ね着しているが、泳がないことを前提にしているからである。

中で話しているのも難だと思い、一先ず外に出て、片や海を満喫しつつ作曲のヒント獲得。片や海を満喫しつつ交流会の前準備から参加になる。

 

「あっ!ポピパのみんなも来てたのっ!?」

 

「おおっ!あこに燐子先輩だっ!ひょっとして、Roseliaのみんなも来てるの!?」

 

「元々は合宿として来ているんですけど、友希那さんが作曲のヒントを得るのも兼ねて小休止です」

 

ポピパの方は夏の思い出作りとして来ているらしく、これも何かの巡り合わせだと思えた。

また、夕方にはポピパがここでライブすることを決めたらしいので、友希那は彼女らから何かを掴めればと考える。

 

「そう言えば、あの四人はどうして裏側に行ったんですか?」

 

「今日はあそこでヴァンガードの交流会やるんだって。秋津君が今日の為にって凄い頑張ってたよ♪」

 

ちなみに、話しが終わればすぐに戻ってくるらしいので、あまり移動しすぎないようにした。

やるなら覗きに行こうかと話しが出たところで、貴之らも戻ってきた。時間にして十分程度だろう。

 

「待たせたな。俺らは時間猶予としては一時間くらいだな……まあ、飯を食う時間も考慮してってことにはなるが」

 

「それくらいあるなら十分じゃないかしら?」

 

開始が午後一である為、確かに幾分か程余裕がある状況だった。

そうと決まれば少しの間皆で遊ぼうと言う話しが出るわけで、紗夜と友希那、玲奈の三人を省いた女子陣営は早速海辺まで走って行った。

残った三人はそれぞれ意識している相手が残るから一緒にいたいと言うのもあるが、移動の時に先に集まっていれば苦労しないと言う考えもあった。

 

「どうしたよ?そんなに脇腹つついて……」

 

「だって、この後それの全貌が見えるのよ?知っている身としては、周りの反応が楽しみなの。特に、Poppin'Partyの五人が」

 

友希那は貴之の左腕に両腕を組んだ後、左の人差し指で脇腹を何度かつついていた。この時少々愉悦を含んだ笑みになっているのは、今後を想像してのものだった。

 

「貴之には是非とも成功してもらいたいところだよ……。引き立てとしてもコレ選んだしな」

 

「友人の為、ですか……いいと思いますよ。私にはそう言う機会、あまりありませんでしたから……」

 

自分が投げ出してしまったのが原因とは言え、そう言う機会が殆ど無かったからこそ、紗夜はその機会を大事にして欲しいと思った。

俊哉もそれには頷いて答え、これからもできるときはやっていこうと思ったのである。

 

「(そう言えばさ、一真君は今日アレを使うの?)」

 

「(使うつもりでいるよ。彼らと約束したからね……)」

 

ここで言う彼らとは『ロイヤルパラディン』のユニットたちである。元より、『PSYクオリア』の補助なしで一回は使えるようにするだけであり、ファイトの時にどうするかはあまり決めてなかった。

途中から使うことを誓い現在に至っているので、今回は出し惜しみ無しの全力状態である。

当然ながら声を大にして話せる内容じゃないので、囁くような声量で話していた。

 

「きゃっ……!あこ、やったなぁ~!」

 

「わぁ~!リサ姉が来る~っ!」

 

「い、今井さん……!私にも来てますよ……!」

 

近くではRoseliaの三人が海水の掛け合いに興じていたり──。

 

「あ~り~さぁ~っ!」

 

「なっ……おわぁっ!」

 

他には、海面に忍んでいた香澄が、背後から有咲に抱きついたりしていた。

なお、この瞬間に有咲がバランスを崩して尻餅を着いた後、起き上がろうとしたらたえに出鼻をくじかれて再び尻餅を着き、こうなったらと香澄とたえに一回ずつやり返す姿が見えた。

 

「……後で混ざろうかしら?」

 

「もうすぐ時間ですし、また後でですね……」

 

もう時期昼食を取るべき時間になるので、少し遅かったのだろうと言える。

 

「いやぁ~……動いた動いた。ちょっと思い切ってはしゃぎすぎちゃったかな?あはは……」

 

「こう言う場所ですから、いいんじゃないですか?ってか、有咲大丈夫?」

 

「大分振り回されてたよね……香澄ちゃんとおたえちゃんに……」

 

歩いている人数比率が11対3でかなりの差があるものの、これくらいなら男子陣がそこまで大変な想いをすることは無い。一真が少し不慣れそうにしているくらいであり、これくらいなら問題にはならないだろう。

また、ここまでで有咲がかなり翻弄されていたらしく、沙綾に少し支えてもらっている。

 

「な、何とか……お前ら覚えてろよ……!」

 

「えっ?覚えてた方がいいの?」

 

「だぁぁっ、何でそんな普通にしてるんだぁ~っ!」

 

また、こうしてケロっとしているたえを見て、有咲が唸ったのは無理もないだろう。

 

「玲奈はもう決まってるだろうけど、この挨拶どうすっかな……」

 

「えっ?何で分かるの?」

 

『だって、女子の勧誘をするんでしょ?』

 

もう全員に確認されてしまうくらいにはバレバレであった。

そんなこともあって少ししょぼくれる玲奈だが、そこまであからさまにやっていると分かるので、慰める者はいない。

 

「あっ、一真。今日はお前に前振りやってもいいか?」

 

「なるほど……そう言うことなら構わないよ」

 

交渉成立したので貴之から主催者に話しを通しておくことになった。

そうなると一真は最後に回して貰うことにして、俊哉と玲奈が先に挨拶をすれば良いだろうと話しが上がる。

 

「パフォーマンスをするのはいいけれど、終わった後はどうするの?」

 

「そうだな……。コレ、誰かにプレゼントしてもいいかって考えてるけど、この中でいる人は……」

 

いないよな──?と確認たら案の定だったので、誰かの手に渡ったらその時とした。

サインやその他諸々のことは後で考えるとして、気分でそっちに投げるかも知れない為、一先ず観るのなら十人に固まって貰い、手を振るなりして位置を教えて貰うことにした。

こうして話しも纏まったので、後は談笑しながら昼食を済ませ、ファイターたちは指定されている場所へ、残りの十人は近くで見れる位置に移動を始める。

 

「昨日一日で大急ぎに練習するくらいだし、どれくらい大変なんだろ?」

 

「貴之から聞いた話しだと、動きと構築をかなり縛る必要があるらしいわ」

 

これは後で教えてもらうのだが、一真は軸としたユニット以外はグレード3が存在しないと言う非常に潔いデッキを構築している。

その思い切った構成には全員して啞然したが、貴之らファイターたちは『特化させようとした結果でこう言うことはよくある』と教えてくれた。

 

「うわ……割合的にも考えたくねぇ事故率……」

 

デッキからそのユニットが引ける確率は12分1以下なので、非常に低いし、『ダメージチェック』の時に引き当ててしまったら目も当てられないことになる。故に有咲が苦い顔をした。

実際、一真は一度だけそんなことが起きて、グレード3に『ライド』出来ずに大失敗を練習中に起こしているので、どれだけ大変な事かは容易に想像できる。

ちなみに、他の人のデッキはちらほら内容が出てくるものの、貴之の方は全く出てこない。

 

「えっと……遠導先輩のは……いいんですか?」

 

「いいのって言われても……貴之さんのって、『オーバーロード』があるのは決定事項だし」

 

聞いてみたりみも、ここまで丸わかりじゃ話さないはずだと納得できた。

故に、話すとしても中身と切り札たる存在が何かと言うくらいにしかならず、貴之のデッキは話題性が少し弱い面がある。

 

『さて、参加してくれた皆さん。お待たせしました。これよりヴァンガードの交流会を始めたいと思います』

 

皆に聞こえるようにマイクで宣言するのと同時、参加者と周りの人から拍手を送られる。

開始の前に本日の回し方を教える。内容としては二時間程の時間を使って様々な人とファイトしていくと言う非常にシンプルなものである。

 

『では早速開始……の前に、本日のスペシャルゲストをご紹介しましょう。皆さん、よろしくお願いします』

 

そうして四人が入ってきた瞬間に、参加者のファイターたちは驚きながらも大喜びであった。

自己紹介のお願いをされる際、前もって話し合っていたように俊哉から自己紹介を始める。

 

『今日は色んな人とファイト出来ればと思っているので、遠慮なく声を掛けてくれると嬉しいです』

 

こうなったのも、貴之が一真のことを振る、玲奈が女子の歓迎と目立つことをするし、一真は流れ的に最後にすることを決めていたから消去法である。

俊哉の紹介が終わったので、次は玲奈へと回す。彼女はゲストの中でも紅一点であることから、最初の段階で複数の意味を持って注目を集めている。

 

『女の子とファイトできると更に嬉しいから、是非是非声を掛けて下さいね♪』

 

──言うと思った。参加者の中に二割程いる女子の中でもそうしたい人は結構多いらしく、玲奈の言葉には喜んでいた。

気になって見ていた人たちも、同胞がいればそうなるかと大体の人が納得していた。

 

『デッキ新しく弄って来たんで、みんなとファイトを楽しみながら確認していきたいと思います』

 

ファイトを楽しむ方が本音──と言うのは、貴之の方針を知っていればそうなることは分かっており、誰も文句を言う事は無い。ここでも名が通っていることが追い風になっている。

ここで終わりかと思えば違い、予定通り一つ催促をする。

 

『今日の為に一真がいいもの用意してるんで、期待してください』

 

その振り方による盛り上がり具合に、一真は思わず「うげっ」と言いたそうな顔になる。貴之が前振りしたのもあるが、予想以上だった。

 

『貴之が言った通り、今日の為に練習していたので、この場で成功させたいと思います』

 

全員が概ね好評な状態で自己紹介を終えたので、ここからは場所を割り振ってファイトを始めていく。

ちなみに今回ゲストとして来た四人は固定の位置として、予め用意されている四ヶ所に、それぞれが話し合って陣取る。

この時貴之がポピパとRoselia十人の近く、玲奈が女子ファイターの集まっていた場所の近くに移動していた。貴之の所はアドリブだが、玲奈の場所は最初から決めていた。

 

「あっ、俺とファイトいい?」

 

「よし。自己主張早かったからやろうか」

 

開始宣言された直後、貴之は自分と同年代だろう明るめな印象を持つ少年とファイトすることを決めた。




Roselia側メインの視点でやると、どうしてもポピパ側の描写が減りがちになってしまうなと感じたこの頃です……。

本編からの変更点はRoselia陣が海へ行くときの反応が、友希那と紗夜も乗り気だったことが大きいでしょう。自らが体格を気にしているので、リサに弄られて半ば諦め半分でないこともあります。

次回は貴之のファイト回かと思います。


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サマー12 更なる高みを目指す暴竜(オーバーロード)

友人と外出してたので少し遅れました。その為、最後の方がちょっと急ぎ足感あるかも知れません。


「……そう言えばだが」

 

「ん……?どうした?」

 

ファイトの準備に取り掛かる直前の貴之だが、目の前の少年を見て一つ気が付いたことがある。

水髪の癖っ毛に青い瞳を持った彼をよくよく見ると、その風貌に見覚えがあるのだ。

 

「お前……俺と同じで後江にいるよな?」

 

「そっちとは隣りのクラスだけど、顔を覚えてくれてるのはありがたいぜ」

 

時々廊下ですれ違う上、その頻度も高めだったので、貴之はその顔だけは覚えていたのだ。

向こうは大会の実績や友希那との関係もあって、こちらのことはハッキリと覚えているらしい。

──俺、大分目立ってたんだな……。彼から話しを聞いた貴之は改めてそれを実感する。

 

「おっと……。自己紹介を忘れちゃいけないな。俺は藤木(ふじき)明人(あきと)。今日はよろしくな?」

 

「ああ。いいファイトにしようぜ」

 

明人と握手を交わした貴之は今度こそ準備──と言いたいが、その前に一つだけやっておくことがある。

 

「……藤木は割と多趣味な方か?」

 

「そうだな……体力作りのランニングにヴァンガード。後はボードゲーム全般……ああ、最近は筋トレも始めたか」

 

「なるほど……」

 

──だから、体がしっかりしてる訳だ。明人にある程度の筋肉量があったので、問いかけてみれば案の定であった。

何でその話しを?と思いながら二人の話しを聞いている人が大半の中、他の場所でも似たような話しが上がる。

 

「もしかして、筋トレ趣味を持ってたりしますか?」

 

「うーん……趣味って言うよりは、ちょっとした検証を目的にやってたんだよ。まあ、結果は予想と違う場所で効果を出したんだけど」

 

俊哉とファイトの準備を進めていた、中学生位の少年が、彼の筋肉量を見て問いかけていた。

これを皮切りに少しずつ男子陣の筋肉量を見る人が増え始めており、貴之のやろうとしていることを実行するにはいい具合の注目度になってきている。

何しろ、今回は一人だけ上半身を隠しているので、パッと見て貴之の筋肉量が全く分からないのだ。

 

『(あっ、狙ってる……)』

 

この状況で貴之がどうするかなど、Roseliaの五人には目に見えており、俊哉共々周りの反応が楽しみだった。

一方でポピパの五人は事情を知らないので、何故そんな目をしているのかは分からなかった。

 

「筋トレに興味あるならやってみるか?最近行くようになったジムの紹介はできるし」

 

「ああ、いや。実は俺も筋トレはやってたんだよ……自分の体を強くしたら、イメージはしやすくなるのかを確かめたくてな……。実際は日常生活ばっかりで役に立ったが、まあ無駄にはならなかった」

 

「やってたのか……ちなみに、どのくらいついたんだ?」

 

「おっと。そりゃ見せなきゃならねぇな……俺はその動機で筋トレやった結果……」

 

問われたことに回答しながら、貴之は着ていた上着を脱ぎ捨てる。

貴之は最初からポピパの五人がいる方へ放り投げることを決めており、そちらの方角へ狂うことなく上着が放物線を描いて飛んでいく。

その上着が落ちた先は沙綾の真ん前であり、地面に落ちる前に沙綾がキャッチした後、ポピパの五人が貴之のいる方へ顔を戻すと──。

 

「これだけの量をつけられた」

 

『ええええぇぇっ!?』

 

貴之の筋肉量に驚くことになった。実際、真正面から見た明人としても、予想以上の鍛え具合に脱帽ものであった。

これには回りで見ていた人たちも大いに驚いており、ヴァンガードファイターはこう言うこととは無縁だと思っていた一部の考えを払拭する。

 

「あっ、それ持って帰るなら持って帰ってもいいよ?」

 

「えっ!?ちょ、ちょっとの間考える時間下さい!」

 

貴之が思い出したかのように声を掛けて来たので、沙綾も慌てた口調で返すことしかできなかった。

これを見て友希那がどうするのかが気になってしまい、いい回答が出なかったのである。

 

「あら?要らないのかしら?」

 

「(……この人は何で普通に問いかけてるの!?)」

 

友希那の至って心配してい無さそうな様子に沙綾がまた驚くことになる。

自分含めたポピパの五人は慌てている様子だが、Roselia五人は慣れ切っている様子を見せており、判断に困る状況だった。

 

「いやぁ……お見事。だから上着で隠してたのか」

 

「ここが屋根の下だったから、途中まで日焼け防止用に使わせて貰ってもいたけどな」

 

これには明人も脱帽ものであり、それだけ貴之の成果を伺える。

また、ここで貴之と友希那の恋の道を思い出したので、それも聞いてみる。

 

「勝負の決め手はその筋肉量……じゃないよな?」

 

「これをやる前に、俺が理解しようとする心で決めたから、そうじゃないな」

 

──そうなの?と確認してみれば、友希那が恥ずかしそうな笑みと共に頷いたので、もうこれは確定事項だろう。

確認できたことに満足し、今度こそファイトの準備を始め、引き直しまで終わらせる。

こうなれば後は開始するだけであり、両者とも目を合わせてから頷く。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がファーストヴァンガードを表返すことで、ファイトが始まりを迎えた。

 

「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』、『メカ・トレーナー!』」

 

貴之はいつも通り、明人は試合の審判でもやるかのような格好をした人型ロボット『メカ・トレーナー』に『ライド』する。

 

「まあ、貴之が『かげろう』を使うのは分かってたし……」

 

「『アンドゥー』がいつも通りなのは分かっているのはいいとして、大事なのは藤木君が使っている『クラン』ね……」

 

「あれ……『スパイクブラザーズ』ですね?」

 

「確か、暗黒国家『ダークゾーン』に拠点を置いている、武器や魔法など、あらゆる暴力が認められる過激なスポーツ『ギャロウズボール』で名を挙げている強豪チーム……でしたね」

 

「あっ、『ダークゾーン』って言えば、あこが使う『ダークイレギュラーズ』と同じ場所ですねっ」

 

『(な、何を言っているかがさっぱり分からない……)』

 

状況を把握して的確に纏めて行くRoseliaに対して、ポピパはほぼ置いてけぼりな状況となっていた。

ファイトに関しては貴之が先攻になり、最初のターンは『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』して終了する。

 

「『ライド』、『ジャイロスリンガー』!」

 

明人は銀色の鎧に身を包んだラグビー選手だろうと思われる『ジャイロスリンガー』に『ライド』した。

 

「スキルで一枚『ドロー』を先にやってと……登場時、手札を一枚『ソウル』に置いて『ジャイロスリンガー』のスキル発動!山札の上から自分のヴァンガードのグレードと同じ枚数を見て、その内一枚を『S・コール』できる……。早速運試しと行くぜ?」

 

「いいぜ。早速やってみようか」

 

『ジャイロスリンガー』のスキルは選ばなかったカードは山札の一番下に順番を決めて置くことになるが、今回は気にしないでいい。

なお、このスキルで場に登場したユニットはパワーがプラス5000されるので、例え『トリガーユニット』だろうと、序盤では有効打となる。とは言え、それはトリガーを一枚減らすも同然なので、実は望ましい事ではないのだが。

 

「今回はこいつだ!『ジャガーノート・マキシマム』!」

 

「いきなり大当たり(ジャックポット)か……」

 

前列左側に現れた紫色の巨人をみた貴之がぼやく。何故かと言われれば、このユニットはグレード3のユニットであり、登場時スキルでターンが終わるまでパワープラス10000にできるからだ。

更に厄介なこととして、このユニットはターンが終わっても場に残り続けるので、構築次第ではそのまま押し切られかねない程の圧力と化す。

現在のパワーで見ると、ほぼほぼ二回攻撃を通すことは確定したと見ていいだろう。

 

「じゃあ攻撃だ。『ジャイロスリンガー』でヴァンガードにアタック!」

 

「まずはノーガード。続けてくれ」

 

攻撃が通る通らないに関わらず、(クリティカル)トリガーを引かれてもこのターンに攻撃を防ぐつもりはない。

何しろ『ジャガーノート』のパワーが現在既に28000もあるので、防いだところで多大な消耗を強いられてしまうのだ。

明人の『ドライブチェック』がノートリガー、貴之の『ダメージチェック』が(ドロー)トリガーである為、手札の確保ができた。

 

「さ、最初からグレード3が出るとこうなるんだ……」

 

考えることが苦手な香澄も、この凄まじい光景はすぐに理解できた。既に貴之からのイメージを通して、その威圧感を肌で感じ取っていた。

 

「(ありゃすげぇな……その気になれば何にでもなれたんじゃねぇか?)」

 

この凄まじい才覚を感じ取った貴之も、香澄が持つ無限とも言える可能性に驚く。

努力が必要なことは当然ながら同じだろうが、恐らく吸収できる量に差が出てくるだろうと予想はできた。

 

「次行くぞ?『ジャガーノート』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

イメージ内で『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之は『ジャガーノート』が持つ巨躯から起こる、凄まじい威力のタックルをまともに受け、大きく吹っ飛ぶことになる。

幸いにも『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーで、ダメージ増加が抑えられてターンが終わることになる。

 

「そいつを残す理由はねぇ……『ライド』、『バーサーク・ドラゴン』!スキルで『ジャガーノート』を退却!」

 

「まあそうなるよな……」

 

『かげろう』を使ってて『ジャガーノート』を残すのは、余程の豪胆さか手札が揃ってない。或いはデッキ単位で退却を度外視してるかである。

貴之の場合はデッキコンセプト上そんな確率が極めて低いので、案の定であった。

『メインフェイズ』では前列左側に『フルアーマード・バスター』を『コール』するに留め、すぐに攻撃を始めることにした。

 

「だって、そいつ残してたらスキルでまた呼び直してパワープラス10000だろ?それを攻撃しないで退かせるんなら、そうしたいだろうよ」

 

スキルとしては『メインフェイズ』開始時、『ソウル』に置くことでデッキ内から『ジャガーノート』を探して『S・コール』するものであり、登場時スキルも発動可能と言う代物だった。

それを許すならばパワーが増えたグレード3がいつまでたっても場に出続け、そのパワーが生み出す圧力と手札消費の選択肢を強要される悪循環が続くので、速い内に止めたいものである。

幸いにも、『かげろう』はその手段に恵まれて比較的咄嗟に実行可能であるし、それを逃す理由も無かった。

 

「他の『クラン』だと面倒なことになりそうね……」

 

今回は『かげろう』を使う貴之なので至って楽に対応できたが、問題は他の……特に退却を苦手とする『クラン』の場合である。

この場合は攻撃に使いたいはずの手数を持って行かれるか、そもそもそのターン以内に退却が望めず、二回も超パワー差を押し付けられることになる。

早期にこれを避けられるだけでも、大分気が楽になる請け合いであり、退却させられるならそうしたいとRoseliaの五人は考えた。

 

「よし、攻撃行くぜ……『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「最初だし……ノーガード」

 

やはりと言うか、最初の攻撃を素通しするのは殆どのファイターが通る道だと言える。

『ドライブチェック』で貴之は(クリティカル)トリガーを引き当て、ダメージの増加に成功する。

対する明人の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー。二枚目が(クリティカル)トリガーで、パワーをヴァンガードに宛がう。

 

「次、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「これは通しちまうかな……ノーガードだ。『ダメージチェック』……」

 

後々攻め込む為の手札を残すべく、ここは通すことにした。

『ダメージチェック』はノートリガーで、貴之のダメージが1、明人のダメージが3でターンが終了する。

 

「『ライド』、『スパイクバウンサー』!登場時、『ソウルブラスト』と『カウンターブラスト』をしてスキル発動!やることは『ジャイロスリンガー』と同じだから、説明は省かせて貰うぜ?今回は『至宝(しほう) ブラックパンサー』を『S・コール』!」

 

今回はグレード2なので、山札の上から二枚見て決めることになり、残りの一枚は山札の下に送られる。

鎧を身に纏った黒豹の『ブラックパンサー』は前列左側に呼ばれ、いつでも戦える姿勢を見せていた。

更に『メインフェイズ』では前列右側に夜を連想させる色合いをした二足歩行するウサギの『ハイスピード・ブラッキー』、後列左側にはスポーツ用の眼鏡をかけた、監督と思われる鬼の『ゲイリー・ギャノン』が『コール』される。

 

「うーん……あれは何か違う」

 

『ブラッキー』を見た時、ウサギを飼っている身であるたえが反応を示すものの、どうやらお気に召さなかったらしい。

これに関しては現実のウサギと大分相違点があるので、仕方ないところがある。

また、『ブラッキー』も『ジャガーノート』と全く同じスキルを保有しており、このユニットも継続して高パワーで攻撃し続けるのを得意とするユニットである。

 

「ここまでかな……『スパイクバウンサー』でヴァンガードにアタック!」

 

「さっき(ヒール)でダメージを減らせたしな……ここはノーガードだ」

 

先程のトリガーで余裕が出来ている為、ここは防がずにいくことを決める。

ここで明人は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当て、パワーは『ブラッキー』に回すことを選んだ。

貴之の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー。二枚目が(ドロー)トリガーで手札の確保に成功する。

 

「次はこっちからかな……『ブラックパンサー』でヴァンガードにアタック!アタックした時、『ソウルブラスト』してスキル発動!パワーをプラス5000するか15000するかだが……デメリット承知の上だな。今回はプラス15000!」

 

「一旦様子見するか……ノーガード」

 

そもそもプラス5000ではヴァンガードに攻撃が届かないし、リアガードに攻撃するならこのスキル自体無駄になるので、これ以外に選択肢はない。

貴之も(ヒール)トリガーの有無で次を防ぐか否かを決めることにし、今回は(ヒール)トリガーを引き当てたので、次は素通しすることに決める。

 

「最後、『ゲイリー・ギャノン』の『ブースト』、『ブラッキー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

今回はノートリガーになり、貴之のダメージが4。明人のダメージが3の状況になる。

 

「『ゲイリー・ギャノン』が『ブースト』したアタックがヒットした時、『ソウル』に置くことでスキル発動。山札の上から二枚引いて、その後自分の手札一枚を山札の下においてターン終了」

 

これで防ぐ分、または次のターンに動く分を一枚確保した状態でターンを終わることができるので、使いやすく便利なスキルである。

 

「さて、じゃあ行くか……!」

 

「三ターン目だし、もう来ますね」

 

楽しみにしている様子の燐子を見て、どうしてと聞こうとしたが、すぐに分かったのでそれはやめた。

対戦相手の明人としても、貴之の使うあのユニットとは一度戦って見たかったので、これは願ったりである。

 

「我が分身は、全てを焼き尽くす紅蓮の炎……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

この『オーバーロード』を実際に見ることが出来て、周りの反応が喜びに近いもので溢れかえった。

貴之が今回選んだ『イマジナリーギフト』は『フォースⅡ』で、前列右側に設置する。

『メインフェイズ』では前列右側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『エルモ』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』、そして後列中央にはやや薄めな赤紫(マゼンタ)色の翼竜『カラミティタワー・ワイバーン』が『コール』された。

 

「『ソウルブラスト』と、自身の退却で『カラミティタワー』のスキル発動!このターンの間ヴァンガードのパワーをプラス15000!」

 

「何ぃ!?」

 

速い話し、『オーバーロード』を高パワー二することで安定して二回攻撃を遂行しやすくするのである。

このパワー増加は『カラミティタワー』の退却を含んでも釣りが来る量である。

 

「行くぞ……!『エルモ』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

一度様子見として攻撃を通し、『ダメージチェック』で(ヒール)トリガーを引けたので結果オーライである。

 

「次、『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「手札がヤバいか……ノーガード!」

 

ここで防ぐと明人は手札の都合上、次のターンで攻め返すことができないので、ここは敢えて素通しを選んだ。

『ダメージチェック』は一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目がノートリガーでダメージが5となり、後がない状況を作り出される。

 

「まだまだあるぜ……!『ドラゴニック・オーバーロード』で『ブラッキー』に攻撃!」

 

「ここもノーガード……!」

 

なるべくなら連続でパワー増加攻撃を狙いたいが、そんなことも言ってられないのでここも素通しを選ぶ。

貴之の『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー。二枚目が(クリティカル)トリガーで、これを防がないとオーバーキルの危険性が増えた。

手札が若干危うい状況にもなってきているが、貴之は狙いがあるので迷わず『オーバーロード』を『スタンド』させた。

 

「さあ、手札を削って貰うぜ……!『ドラゴニック・オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「くそっ!こうなったらしょうがない……『チアガール マリリン』で『完全ガード』!」

 

イメージ内では紅い髪を持つ小悪魔(サキュバス)が応援することで、想像を絶するパワーを得た『スパイクバウンサー』となった明人が『オーバーロード』となった貴之の猛攻を防ぎきる絵面が出てくる。

これに関してはポピパの五人のみならず、Roseliaの五人すら「えぇ……?」と初見故に困惑してしまう光景であったが、これもイメージが表した世界と言うことで受け入れることにした。

ちなみに、ここでの『ドライブチェック』は(ヒール)トリガーであり、回復分が無駄になったところで貴之のターンが終了した。

 

「……?この場面、貴之君からすれば(ヒール)トリガーを引けたこと方がいいんじゃないですか?」

 

燐子が違和感を持った呟きをして、考えられることがあれば『シールドパワー』だと結論が出る。

結果がどうなるかは次のターンに出るので、静かに見守っていくことにする。

 

「キツイけど勝負に出るしかねぇよな……『ライド』!『将軍 ザイフリート』!」

 

白、青、赤の三色(トリコロール)にその他複数の色合いと言う派手な色をした将軍を思わせる悪魔、『ザイフリート』が現れ、『イマジナリーギフト』は『フォースⅠ』がヴァンガードに設置される。

『メインフェイズ』で前列左側に『スパイクバウンサー』を『コール』し、スキルで前列右側に『ジャガーノート』を『S・コール』する。

 

「『カウンターブラスト』と、リアガードを一枚『ソウル』に置いて『ザイフリート』のスキル発動!『ソウル』に置いたユニットを山札から一枚探して『S・コール』して、そのユニットはターン終了までパワープラス10000。今回選ぶのは『ジャガーノート』だ!」

 

これにより、『ジャガーノート』のパワーが33000まで跳ね上がった状況になる。

更にこの後、後列左側に二回目の『ゲイリー・ギャノン』、後列右側にアメフト系選手の一人であろう『ワンダー・ボーイ』が『コール』される。

 

「登場時、『ドロップゾーン』からグレード1以外のユニットを一枚山札の下に置くことでスキル発動!ターン終了までパワープラス5000!」

 

このスキルのおかげで、山札から『S・コール』する行動を狙いやすくなるメリットがあり、『スパイクブラザーズ』が得意な高パワーでの押込みを後押しする。

 

「やるしかない……『ワンダー・ボーイ』の『ブースト』、『ジャガーノート』でヴァンガードにアタック!」

 

「これはそうだな……『ター』と『ゲンジョウ』で『ガード』!」

 

合計パワー46000ある攻撃を、合計パワー48000で止める。

このパワーでダメージ1なら素通しも考えたが、貴之は手札管理の都合上こちらを防ぐことを選ぶ。

 

「どうする……?『将軍 ザイフリート』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

この攻撃を通した場合、明人のリアガードが一枚『スタンド』し、貴之のリアガードが退却させられてしまうのでシャレにならない事態が待ち受けることになる。

また、ここでの『ツインドライブ』は二枚ともノートリガーで、貴之はこのターンで負けはしないものの、もう一つの問題が待ち受ける事になる。

 

「あれ?『完全ガード』二枚って……」

 

「『グレート』でも防がれるわね……」

 

今度は明人に次のターンを耐え凌がれる可能性が出てきた。トリガー次第では決めきれず、その次のターンに切り返される恐れがある。

そう考えると、デッキ次第では貴之の方が危険な状況となった。

 

「流石にこれは通してくれるだろ……『ゲイリー・ギャノン』の『ブースト』、『ブラッキー』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが5になった後、『ゲイリー・ギャノン』スキルを発動したところでターンが終了した。

 

「そっちの手札は七枚で、内『完全ガード』が二枚か……」

 

「こんな状況でも結構不安なんだぞ?何しろ相手がお前だからな……」

 

事実、貴之も後一枚が揃えば突破可能である為、明人の危惧は正しい。

そして、その『スタンド』アンド『ドロー』で、貴之が求めたユニットは揃うことになる。

 

「このターンで決着付けるぜ……!探求の果てに辿り着いた新たなる姿……ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

イメージ内の貴之は四本腕の内下側二つに片腕で扱える剣。上側二つにこれまた片腕で扱える拳銃。そして背中には炎のような翼を持つ、武者の鎧を着込んだかのような『オーバーロード』に酷似した外見をした火竜の姿となっていた。

 

「『ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド』!」

 

その名は『ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド』。貴之が愛用する『オーバーロード』の派生系のユニットの一つであった。

 

「……何か武士っぽい?」

 

「武器とか鎧とかのせいなんじゃねぇの?」

 

香澄の言いたいことは有咲も分かる。『オーバーロード』は正しく竜だったが、こちらはそれに武士らしい要素が混ざり込んでいる。

『フォースⅡ』をヴァンガードに設置した後、貴之は最後の準備として『メインフェイズ』で後列中央に炎を連想させる色合いの翼竜『ワイバーンストライク デカット』を『コール』する。

 

「『カウンターブラスト』と、自身を『ソウル』に置くことで『デカット』のスキル発動!『ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド』を一枚『』選んで、このターンにそのユニットがアタックしたバトルでは、相手が手札から『ガーディアン』を『コール』する場合、二枚以上でしかできないようになる!」

 

「うげ……」

 

これによって、『完全ガード』を使うと余計に手札を一枚使わされるので、貴之のトリガー次第では防げずにオーバーキルまっしぐらの未来が待っていた。

なお、貴之は今回のこれで手札が丁度無くなっているので、後は攻撃するだけであった。

 

「決着着けようぜ……!『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ゲイリー・ギャノン』で『ガード』!それから『マリリン』で『完全ガード』!」

 

ここで早速痛い点の一つ目がやって来る。本来ならトリガー次第では残りの手札で防げたのだが、今回はこれのせいで少なくともリアガードの攻撃を素通ししなければならないことが決まっている。

『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、効果を全てヴァンガードに回す。

 

「アタック終了時、『ジ・エンド』は二つのスキルの内一つを選んで発動する……」

 

『ジ・エンド』のスキルは強制発動系の一つであり、可能な限りそのスキルの発動を強いられる。

その為、発動できない方を選択してスキル発動を無理矢理中断する判断も存在するものの、基本は悪手である為、大体は両方のスキルを発動可能な状態にしてから実行する。

 

「今回は手札が四枚以下の場合、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をすることで、ドライブをマイナス1する代わりに『スタンド』するぜ!」

 

ここで先程『ソウル』に置いた『デカット』が活きる場面であり、貴之は迷わずそれを『ソウルブラスト』のコストに選択した。

 

「もう一回……『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ザイフリート』で『ガード』!それからもう一回『マリリン』で『完全ガード』!」

 

もうこの段階でトリガーを引かれた瞬間に防げないことがほぼ確定しているので、それだけ苦しい状況に追い込まれていた。

貴之の『ドライブチェック』は再び(トリガー)が引き当てられ、ここで効果をヴァンガードに回した。

 

「……あれ?これって、三回目あるんじゃ……」

 

「ヴァンガードに回したのだから、あり得るわね……」

 

あこの直感に対して、貴之の動向を見ていた友希那が真っ先に同意を示す。

そしてそれは、予想通り大当たりを示すことになる──。

 

「『ソウル』に『オーバーロード』と名のついたユニットが存在する時、手札を三枚捨てることで、ドライブをマイナス1する代わりに、『ジ・エンド』は()()()()()()1()0()0()0()0()()()『スタンド』する!」

 

『……えぇっ!?』

 

まさかの追加効果付きで、十人揃って驚くことになった。

これと同時に、『ジ・エンド』は『グレート』と違い、短期決戦向きの進化を求めた『オーバーロード』なのだとRoseliaの五人が察した。

 

「これでトドメだ!『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「いやー……こりゃどうしようもないな」

 

明人は大人しくノーガード宣言をする。手札が一枚で、『インターセプト』も余裕で貫通する高パワーなのだから、どうしようもないのである。

イメージ内では『ジ・エンド』となった貴之が、『ザイフリート』となった明人に対し、剣による斬撃から拳銃による追撃を二セット。二つの剣を突き刺してから拳銃二つと口から吐き出す業火によるダメ出し。蹴り飛ばしながら剣を引き抜き、その剣に炎を纏わせてから交差切りの連撃を浴びせる。

そんな攻撃を喰らえばひとたまりもないと言わんばかりに光となって消滅し、『ダメージチェック』はノートリガーで、これにてファイトが決着となった。

 

「すごいな……どれだけやり込んでたかが分かる。お前とファイト出来て良かったぜ」

 

「お前もいいファイターだったよ。どう転んでも決着が着いちまうその時まで諦めないってのは、何よりも大事だからな……」

 

互いを称えた後、「ありがとうございました」と言う挨拶と共に握手を交わし、貴之の一回目のファイトが終わりをつげた。




貴之のデッキはトライアルデッキ『櫂トシキ』を、ブースターパック『結成!チームQ4』とブースターパック『救世の光、破滅の理』、そしてブースターパック『The Heroic Evolution』に登場するカードで編集した『かげろう』のデッキになります。
一先ず先導アイチ編で出てくる『オーバーロード』シリーズはこれでコンプリートとなりました。

次回は一真のファイトを書くことになります。


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サマー13 救世の騎士

友人と出かけていたので、少し駆け足気味です。

ちなみに、前回明人の使っていたデッキはブースターパック『The Destructive Roar』に出てくるカードで編集した『スパイクブラザーズ』のデッキです。


「まあ、そう言うことなら仕方ねぇか……」

 

「悪いな。俺も結構バタバタするだろうから」

 

ファイトが終わった後、貴之は明人に『ヴァンガード甲子園』の話を持ち掛けて見たのだが、彼は家庭の事情で参加が厳しいとのことで、残念ながら流すことになった。

それならばまた今度探す必要があると割り切り、ここでは今回のファイトのことを少し話していく。

まず初めに出るのは今回『ジ・エンド』を採用したことから。これに関しては『オーバーロード』を使用するにあたってどうするかの選択をしている最中であるからだった。

ここからファイトを重ねて行きながらデッキを編集し、『ヴァンガード甲子園』が始まる前には完成させる段取りである。

 

「一応今回は(ドロー)トリガーが活きたが、このデッキだと(クリティカル)12枚も視野だな……」

 

「でもその場合、今回よりファイトの時に余裕が無くなるよな……」

 

これは手札的な都合が影響しており、ある程度は仕方ない所があり、そこの取捨選択である。

貴之は今回、(ドロー)トリガーを四枚入れており、『ジ・エンド』を使う場合を考えると少々防御的でもあると言えた。

ユニットの入れ方や、この安定重視なトリガー配分がどう影響するか、それを今日のファイトで確かめられればと貴之は考えを纏める。

 

「話し聞けて良かったぜ。俺はそろそろ他の人とファイトして来る」

 

「分かった。それじゃあまたな……次やる人どうする?」

 

貴之が声をかければ一人、二人と手が上がるので、貴之はその中から一人を選んでいく。

 

「今回はかなり偏った『オーバーロード』だったねぇ……」

 

「決めれば勝ち。そうでなければ負けが、顕著になっていましたね」

 

攻撃回数が増える分、手札の制限はあるし『ドライブチェック』での手札増加が無かったことになる等、予想よりも難しい要素が多かった。

こう考えると、今まで見た『オーバーロード』の中で最も扱いが難しいのだろうと思える。

ここまで纏め終えると、もう一つの方で盛り上がりの声が聞こえたので、そちらに顔を向けて見る。

 

「(よし。上手く行っているな……)」

 

「あっ、この前の……」

 

中心にいたのは一真で、どうやら新しいデッキでの動きが上手く行ったらしい。

貴之があれだけ前置きしたこともあり一番人が集まっているので、一度見に行って見ようという話に決まり、一度場所を移動した。

そちらでは一人の気さくそうな少年と戦うことになるらしく、もう準備も終わっているようだ。

 

「じゃあ、よろしくな」

 

「こちらこそよろしく。いいファイトにしよう」

 

挨拶も程々に済ませ、ファイトの開始をすることにした。

 

「(行けるかい?)」

 

《問題ない。いつでも行けるぞ》

 

──なら、頼むよ。ユニットとの会話を済ませ、一真は『PSYクオリア』の発動をする。

今回は扱う

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

一真が『ぐらいむ』に『ライド』するのはいつも通り、対戦相手は殻から出たばかりの雛竜である『ドラゴンエッグ』に『ライド』する。

 

「なるほど……君は『たちかぜ』使いだったのか」

 

「『たちかぜ』……?種類が多すぎて分かんなくなる……」

 

「何か、『かげろう』と似てる……?」

 

『ドラゴンエッグ』を見たときに、まず思ったのはそこであり、理由は所属が同じ『ドラゴンエインパイア』に属していることにあった。

最大の違いは『フレイムドラゴン』と『ディノドラゴン』であり、過去はこの『ディノドラゴン』が最も数が多かったらしいが、とある事件で急速に数を減らしてしまったそうである。

それに伴って勢力としての力も減衰してしまい、勢力の立て直しをするよりも前に同じ場所にいる勢力に力で支配を強制されてしまっている。

現在は『ドラゴンエインパイア』に属する陸上強襲部隊であるが、もしかしたら今よりも勢力の強い場所になっていた可能性はある。

 

「……これ、テーマは恐竜か?」

 

「そうですね。過去に最も数を伸ばしていて、ある出来事を境に数を減らす……更に地上にいたとなれば恐竜で間違いないでしょうね」

 

地球上の歴史に関係する話しなので、比較的出所が分かりやすい。実際他のドラゴンやら騎士やら言われるより、全然想像もできるのだ。

ファイトとしては『武装ゲージ』という特殊な物を使用し、それによる強化を活かして、複数のユニットで一気に攻め立てるような傾向がある。

ファイトは少年側からの先攻で始まり、『スタンド』アンド『ドロー』を済ませ、オレンジの身体を持った四足歩行の竜『ソニックノア』に『ライド』し、スキルで一枚『ドロー』してターンを終了する。

 

《ここは様子見でいいだろう》

 

「それもそうだね……『アレン』に『ライド』!スキルで一枚『ドロー』……」

 

『アレン』はコンセプトとしているユニットの消耗を避ける事と、『ライド』時のイメージのしやすさから続投とした。

『メインフェイズ』では特にやることが無いので、そのまま攻撃に移ることを決める。

 

「まずは一回行こう……『アレン』でヴァンガードにアタック!」

 

「うーん……とりあえずノーガードで行こうか」

 

一真の『ドライブチェック』はノートリガーで、特に変化は起こらない。

対する相手側の『ダメージチェック』もノートリガーで、大きな変化は起こらないままダメージが1となり、一真のターンは終了した。

 

「『ライド』!『餓竜(がりゅう) メガレックス』!」

 

対戦相手は両手に武器を持った二足歩行の肉食竜『メガレックス』に『ライド』する。

この後の『メインフェイズ』では、前列左側に二枚目の『メガレックス』、後列左側に武装したプテラノドンを思わせる翼竜『翼竜 スカイプテラ』、後列中央には非常に鋭く伸びた爪がある二足歩行の竜『烈爪竜(れっそうりゅう) ラサレイトレックス』が『コール』された。

 

「登場時、ラサレイトレックスはスキルで山札の上から一枚、『武装ゲージ』をこのユニットに置くことができる!」

 

「……装備とか、そんな感じっぽいよね?」

 

「確かにそうかも……真っ先に思いつくの、やっぱりその辺りだよね」

 

ゲームをよくやるあこと燐子は真っ先にそれが思いついた。これはユニットごとに様々な効果を発揮するが、それはこの後見ていくことになる。

少年側の『メインフェイズ』はこれで終わりとし、攻撃に移る。

 

「じゃあ、『ラサレイトレックス』の『ブースト』、『メガレックス』でヴァンガードにアタック!」

 

《直ぐに救援が来る。落ち着いて行こう》

 

「なら、ノーガードにしよう」

 

対戦相手の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、ダメージの増加に成功する。

対する一真の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー。二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージの増加が抑えられる。

 

「次、『スカイプテラ』の『ブースト』、『メガレックス』でヴァンガードにアタック!アタック時、『カウンターブラスト』とリアガード一体退却で『メガレックス』のスキル発動!『武装ゲージ』を一枚自分の場所に置き、更にリアガードに『メガレックス』がいるなら、このターンが終わるまで、『武装ゲージ』の数だけパワープラス5000!」

 

今回は『ラサレイトレックス』が退却対象に選ばれ、イメージ内では『ラサレイトレックス』を巻き込みながら『メガレックス』が進撃する一面が見られた。

なお、『ラサレイトレックス』は退却する際に『ソウルブラスト』をすることでスキルを発動し、『武装ゲージ』の内一枚を手札に戻していた。

 

「うわぁ~……弱肉強食だぁ……」

 

自然の摂理だなぁ……と思いながらも、リサは容赦なく巻き込む姿に若干の抵抗を覚えた。『ネオネクタール』が『プラント・トークン』を集め、一緒に戦うという真逆の性質も影響しているだろう。

 

《無理に対抗する必要はない》

 

「そうだね。ならば、ここもノーガード」

 

一真の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが2になってターンが終わる。

 

《再び我が剣を手に……》

 

「無論、そのつもりだとも……その剣で光の道を切り拓け!『ライド』、『ブラスター・ブレード』!」

 

この時、余裕があるのでスキルを使ってリアガードの『メガレックス』を退却させておく。

『メインフェイズ』では前列左側に『ブラスター・レイピア』、後列中央に『ブラスター・ダガー』、後列左側に『ブラスター・ジャベリン』が『コール』された。

 

「……あら?あの三体は『シャドウパラディン』側にいたはず……」

 

ここで真っ先に気づいたのは友希那で、自分が使う時と比べ、鎧や武器が白を基調とし、青のラインが入っているものになっていた。これは『ロイヤルパラディン』側に合わせたものとなっているのだろう。

後で資料集を引っ張り出して気付くことになるのだが、『クレイ』の危機に乗じて『ロイヤルパラディン』へ助太刀する際に格好を統一させもらったそうだ。

もう一体を出せばスキルで『ブラスター・ブレード』の(クリティカル)を2にすることが可能だが、ここは無理せず『メインフェイズ』を終わりにした。

 

《まずは確認からするといいだろう……》

 

「ならば、まずは『ブラスター・ジャベリン』の『ブースト』、『ブラスター・レイピア』でヴァンガードにアタック!アタック時、こちらのヴァンガードに『ブラスター』、または『アークセイバー』の名が付いているのなら、『ブラスター・レイピア』のスキルで山札の上から一枚を確認し、山札の一番上か下か、どちらかに置くことができる」

 

「……ノーガードにするか」

 

このスキルを聞いた時、どこか『オラクルシンクタンク』っぽいと思ったのは分かる話しであり、今回一真は一番下を選んだ。

なお、この時『ブラスター・レイピア』と同じ条件で『ブラスター・ジャベリン』はパワーをプラス2000しており、痒い所に手が届く様な状態でもあった。

対戦相手の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

 

 

「この剣に、保険はかけるか?『ブラスター・ダガー』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「パワーは足りてるんだよな……だったらノーガード」

 

現在『メガレックス』のパワーは19000、『ブラスター・ダガー』の『ブースト』を得た『ブラスター・ブレード』のパワーは18000で、トリガーが引けないと足りない状況にあった。

そんな時に行った『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、山札操作が功を奏した。

一方で相手側の『ダメージチェック』も(ドロー)トリガーで、二枚目の手札確保を済ませて一真のターンが終わりとなった。

現在一真ダメージが2、対戦相手のダメージが3であり、この対戦相手スピードを考えると、次のターンで大きく動きそうな予感が出てくる。

 

「やるっきゃないか……『ライド』、『餓竜 ギガレックス』!」

 

対戦相手は赤、橙と言った暖色系の色の身体を持った複数の武装を持つ竜『ギガレックス』に『ライド』する。

『たちかぜ』が持つ『イマジナリーギフト』は『アクセル』で、彼は今回『アクセルⅠ』を選択した。

 

「手札確保を捨てたのは……後が無いのかな?」

 

「ある程度は強引に手札を保てるのもありそうだよね……」

 

「……?ⅠとⅡは何が違うんですか?」

 

貴之と燐子がファイトした時に『アクセル』は使われなかったので、香澄は一回聞いてみることにした。

違いはパワー増加が大きいのか、パワー増加が小さい代わりに手札の一枚ドローがあるのか。共通はサークルが一つ増え、攻撃回数も増やせることにある。

これだけ聞くとどう考えても『アクセルⅡ』の方がいいのではないかと思うが、今回相手はやるしかないと言っており、そこが『アクセルⅠ』を選ばせた理由にあるのだろうと推測できた。

『メインフェイズ』では前列右側に少々機械的な印象のあるマンモス『アンテプトマンモス』、後列中央に『ラサレイトレックス』、後列右側に『ソニックノア』、そして『アクセルサークル』に黒い身体を持つ巨大な肉食竜『暴君 デスレックス』が『コール』される。

本来、『ギガレックス』は『メインフェイズ』時に『カウンターブラスト』と『武装ゲージ』を五枚使うことで前列リアガード三枚のパワーをプラス5000し、相手のダメージが4以下なら1ダメージを与えることができたのだが、これは一真が上手く退却させて行ったことで阻止している。

 

「……乗り切る準備は?」

 

《既に出来ている。後は切り返すぞ》

 

相手が攻撃して来るよりも前に、一真はユニットに確認を取っておく。これならば心配無いので、後はしっかりと凌ぐだけである。

 

「まずは『ラサレイトレックス』の『ブースト』、『ギガレックス』でヴァンガードにアタック!この時、『ギガレックス』のスキルでリアガード全てに『武装ゲージ』を一枚追加し、このバトル中『ギガレックス』のパワーをプラス5000!」

 

《まだ慌てる時ではない……》

 

「ならば、ここはノーガードで行こう」

 

──さあ、貴方のイメージを見せてくれ。口には出さないものの、一真は相手の動きを注視する。

相手の『ドライブチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、パワーは『メガレックス』、(クリティカル)はヴァンガードに回された。

イメージ内では、『ギガレックス』が『ブラスター・ブレード』となった一真に肉薄し、背にある武装群を押し付けながら通り抜けていく、言わば通り魔とも言える行動を二回行う。

 

「め、めっちゃ痛そう……」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

声を出したりみと香澄を筆頭に、ポピパの五人が心配した様子を見せる。確かに、あれだけの質量にぶつかられたらひとたまりも無いので、その気持ちは大いに理解できるし、Roseliaの五人もそうなる自分を想像(イメージ)するのは少し気が引けた。

一方で、一真の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーである為、一先ずやり過ごすこと自体は可能になったと言える。

 

「こっちは届かないから……『ソニックノア』の『ブースト』、『アンテプトマンモス』で『ブラスター・レイピア』にアタック!」

 

「頼むぞ!『エポナ』、『うぃんがる』」

 

『ブラスター・レイピア』は次のターンで決めるのに必須な為、意地でも防ぐことを選んだ。

なお、『ソニックノア』は『ブースト』した時にスキルを発動しており、『アンテプトマンモス』の『武装ゲージ』を一枚増やしている。

 

「『アンテプトマンモス』はスキルで自分の『武装ゲージ』を一枚捨てる……これは付け焼き刃だけどな」

 

なお、これを行わない場合は退却する羽目になるので、ここはやっておきたい場面である。

『ソニックノア』を後ろに置いた理由もこれにあり、相性の良さを物語っている。

 

「次は『スカイプテラ』の『ブースト』、『メガレックス』でヴァンガードにアタック!この時、『メガレックス』のスキル発動!」

 

退却対象は再び『ラサレイトレックス』で、『ラサレイトレックス』も退却時のスキルを発動する。

この行動に対して一真はノーガードを選び、『ダメージチェック』がノートリガーで、ダメージが5になった。

 

「最後は『デスレックス』でヴァンガードにアタック!ヴァンガードにアタックした時、『ソウルブラスト』と自分のリアガードを一体退却して『デスレックス』のスキル発動!退却させたリアガードが持つ『武装ゲージ』一枚につき、パワーをプラス10000!」

 

「ここは『イゾルデ』で『完全ガード』!」

 

この時、『スカイプテラ』を対象に選んでおり、退却した『スカイプテラ』は『カウンターブラスト』をすることで退却の代わりに手札へ戻っていった。

ここを防ぐことで攻撃は終わり、少年側のターンの終了を意味し、この時少年は如何にもやらかしたと言わんばかりの表情をしていた。

 

「……それだけ凄いのかな?」

 

「今日の朝まで練習をしていたくらいだから、それはありえそうね……」

 

恐らく労力を出した意味があるものになることは間違いない。大事なのは、それがもたらす周りの反応であろう。

 

《全ての用意は整った……後は行くのみ!》

 

「この戦いに終止符を打つは、『クレイ』の大地へ救世を行う光の騎士……!『ライド』!」

 

イメージ内で一真が白を基調とし、青のラインが入っている鎧を身に纏う、青い光が刃となった剣と頭頂部から髪のように伸びた炎のを宿す兜を被った騎士になる。

このユニットこそ、彼が丸一日と今日の朝を掛けて必死に使いこなせるように練習していた存在である。

 

「『メサイアニック・ロード・ブラスター』!」

 

その名は『メサイアニック・ロード・ブラスター』。『クレイ』の危機が迫った時に現れる、救世の騎士である。

 

「(来たか……!)」

 

「『イマジナリーギフト』、『フォースⅠ』!」

 

対戦相手が気を引き締める中、一真は『フォースⅠ』をヴァンガードに設置することを選ぶ。これは『メサイアニック』のスキルが関係しており、これ以外選びようが無いのも影響している。

『メインフェイズ』では前列右側に『ブラスター・ブレード』、後列右側に『ブラスター・ダガー』、そして後列中央には白と青の二色を基調とした鎧を身に纏う弓兵『ブラスター・アロー』が『コール』された。この時、『ブラスター・ブレード』のスキルで『メガレックス』を退却させることも忘れない。

今回『コール』した三体と『メサイアニック』、『ブラスター・ジャベリン』、『ブラスター・レイピア』の計六種類の『ブラスター』の名を含むユニットが揃ったことにより、『メサイアニック』の真の力が発揮されることになる。

 

「自分の場に『ブラスター』の名を含むユニットが六種類いる時、『メサイアニック』はスキルでリアガード全てが持つ元々のパワーと(クリティカル)を得る!」

 

「(蓄積、もう既に揃ってやがったか……!)」

 

もう既に完成していたことで、対戦相手は額から嫌な汗を流し、周りの人たちは歓声を上げる。もしこれで『完全ガード』を持っていない場合、これだけで勝負が決ってしまうような状況であった。

 

「えっと……パワー10000が三体、パワー8000が二体。それから(クリティカル)は全員1。更に『フォースⅠ』があって、これの合計を『メサイアニック』に与えるから……」

 

リサが確認も兼ねて呟きながら計算し、その結論が出たのか表情が固まったので皆で計算してみると、恐ろしい数値になっていることが確認できた。

 

「ぱ、パワーが69000で……(クリティカル)が6だ……」

 

もうこの段階で攻撃を当て、(ヒール)トリガーを引かなければルールの都合上勝ちが確定している状況であり、これだけでも尋常じゃないのに、更なる死刑宣告が待っていた。

 

「えっと……他にも六種類揃ってるとスキルを発動するのがいるよな?」

 

「ああ。『ブラスター・レイピア』は自分のパワーをプラス15000。『ブラスター・アロー』は『ブラスター』の名を含むユニットが相手の効果による対象に選ばれない。そして……『ブラスター・ダガー』は、『ブラスター』の名を含むユニット全てに『ブースト』を与える」

 

つまり、『メサイアニック』の攻撃には『ブラスター・アロー』の『ブースト』も乗ることになるのだ。もう何がどうなっているんだといいたくなるが、そもそも条件が厳しすぎるので、これくらい無ければ使う視野に入れられないだろう。

 

「この後、『ツインドライブ』もありますよね?これが二枚とも(クリティカル)トリガーだった場合……」

 

「パワー99000。そして(クリティカル)が8ね……」

 

──流石にやり過ぎじゃないかしら?そう思ってしまう友希那だが、これは労力に会う成果だろうと思えた。

 

「では、救世の一振りを見せよう……『ブラスター・アロー』の『ブースト』、『メサイアニック・ロード・ブラスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「だ、ダメだ……このまま受けるしかない!」

 

どうやら『完全ガード』を持っていなかったらしく、攻撃がそのまま通されることになった。

そして、今回の『ツインドライブ』でものの見事に二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当て、効果を全てヴァンガードに宛がった。

イメージ内で『メサイアニック』となった一真は剣を頭上に掲げてから光の刃を巨大化させ、それを上から下へ真っ直ぐに振り下ろす。

それは『ギガレックス』となった対戦相手に直撃し、光となって消滅させる。

『ダメージチェック』の結果はそれを表すかの如く全てノートリガーで、ダメージが6になったことで一真の勝ちを示した。

 

「あ、あれはもう受けたらどうしようもないな……」

 

(ヒール)トリガー四枚引いても、最低4ダメージだからね……いや、今回も無事に決められて良かったよ」

 

二回連続で成功させることができたのだから、ほぼ間違いないと見ていいだろう。今回の練習は大成功で収められたと言える。

対戦が終わったので、「ありがとうございました」と挨拶をしながら握手を交わし、今度こそ対戦を終わりとした。

その後も何度かファイトを重ね、時間になったのでこれで交流会が終わりになる。

 

『ではこれにて交流会を終わりにします。ゲストの皆さんも、ありがとうございました』

 

この直後拍手が幾つも飛んできたことから、この交流会は成功とみて間違いないだろう。




一真が使ったのはトライアルデッキ『先導アイチ』をブースターパック『救世の光 破滅の理』で編集した『ロイヤルパラディン』のデッキ。
対戦相手はブースターパック『The Destructive Roar』に出てくるカードで編集した『たちかぜ』のデッキです。

次回はこのまま続きを書いていき、海のイベントが終わると思います。


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サマー14 続いていく夏

パスパレ3章を全く走れないまま今日を迎えてしまいました……(泣)


「じゃあ一先ず、交流会お疲れ様」

 

「「「お疲れ様ー」」」

 

交流会が終わって少しした後、ヴァンガードファイターの四人は人が少なくなってくつろげる時間になっていた食堂で休んでいた。ここにはRoseliaとポピパの十人も一緒にいる。

各々で飲み物を一個注文し、それを飲みながら今回の感想を話し合う。

 

「一真君、大成功だったね?」

 

「みんなのおかげだよ。本当にありがとう」

 

一真は今回の交流会で、全て『メサイアニック』での行動を完全に成功させていた。これによって会場は大いに盛り上がり、今回一番の見せ場になったと言える。

当然この成功は一真一人ではなく、協力してくれた三人もいてこそのものであるため、それには深く感謝している。

なお、『メサイアニック』を軸としたデッキはあくまでも今回のサプライズを主に狙っていた為、流石に『ヴァンガード甲子園』では別のデッキを組む予定でいるようだ。

 

「お前に『オーバーロード』が定着してるのは分かってたけど……今回ので更に固まったんじゃないか?」

 

「多分な。優勝した時がした時だから『ヌーベルバーグ』にイメージを持つ人もいたんだが、まだまだ『オーバーロード』の方が圧倒的に多かったし、今回でまた増やせたな」

 

今回『ジ・エンド』を投入したのは正解だったと言える結果になった。元より、貴之には超強力な単発攻撃よりも、強力な連続攻撃が性に合っている。

この交流会では終始『フォースⅡ』を使っていたが、『デカット』もセットで入れていたことから、パワー的に『完全ガード』を誘発させやすい『フォースⅠ』もありだと考えた。

『ヌーベルバーグ』自体は『ヴァンガード甲子園』が終わるまでは使わないし、終わった後も『オーバーロード』が自分に合うし使いたいから、今後も使わないかも知れないと言う旨は伝えられてある。

ここを中心に、少しずつ完全に『オーバーロード』へと足取りを戻せて行ければと思っている。

 

「あっ、さーや。それどうするの?」

 

「……ん?ああ、そういや預りっぱなしじゃねぇか」

 

香澄が思い出したことにより、ポピパの五人が全員して思い出す。貴之が放り投げた後、沙綾が預りっぱなしのままであった。

貴之も自分が預けていたから上着を着ていないことを思い出し、改めて彼女に確認を取る。

 

「うわぁ……あれ楽しんでるね?」

 

「今井さんがそうしていれば、貴之君もああする余裕ができますね」

 

リサの率直な感想に対して、紗夜は今の状況を鑑みた感想を述べる。

今までが今までだったのでそう言われるとリサも弱く、あまり強く言い返すことはできない。実際、女子だけの大会で春香の件があってから控えることを始めている。

この一方で、友希那はそんなことを気にせず貴之の二の腕辺りの筋肉に触りながらご満悦していたので、彼女に判断を委ねることはほぼ不可能と見ていい。

と言うか、彼女自身が沙綾本人にお任せみたいな旨を告げているので、あまり気にする必要もないのだろうと思えた。

 

「そ、その……これ貰って日焼けさせちゃうのもあれなんで、お返ししますね」

 

「いいのか?じゃあ、今回は返却ってことで……」

 

沙綾から返して貰った上着を着るので、友希那に一旦離れて貰ってからそれを着る。

上着を着た彼を見てあの筋肉が隠れていたのを考えると、これはよく隠しきったなと思えた。

こうして交流会の話しは終わり、今度はRoseliaの合宿に関する話しが始まる。

 

「体力は付けられる時にって話しだったけど、何かあるかな……?」

 

体力関連は特にドラムをやるあこが必要としているものであり、やれるならやっておきたいものであった。

その話しを聞いたたえは、先ほど違う人たちがバレーボールを借り、ビーチバレーができるコートへ走って言ってたのを思い出す。

 

「ビーチバレーなら、できるかも」

 

──ほら、あそこ。そう言ってたえが指さす場所には、確かにビーチバレーができるコートがあった。

 

「そういや俊哉。ビーチバレーってバレーボールと何か違うところあるっけ?」

 

「自分たち側が触っていいのが三回までで、その三回以内に相手コートへボールを送らなきゃ行けないこと、ボールを落としたり、相手側へ送るはずのボールがコートラインを超えたり、ネットに掛かって自分側に落ちたらアウトっていうところは同じだな……。本来のバレーボールと違って砂に足を取られやすいことに注意するのは、こっち独自の要素になる」

 

貴之はここが雑学に強い俊哉が、紗夜へさりげなく男を見せる場面として振ってみた。

案の定すらすらと答える上に「後、それから……」と、次の付け足しを行う。

 

「バレーボールでできたフェイントをビーチバレーでやった場合、その場ですぐに相手の得点扱い。触っていい三回の内、バレーボールはブロックを含まないんだけど、ビーチバレーはブロックも含まれるのが注意点だな」

 

「えっ、そんなに違うんだ?」

 

俊哉の話しを聞いてた全員は、大体が今反応を見せたリサのような感想を抱いた。大方海でやるバレーボールだと言う認識でいたのが理由である。

そこまで分かれば、後は時々俊哉に教えて貰えば出来そうだと判断の下やろうと言う話しになり、彼が教えに回るのも考慮してポピパとRoseliaの二チームでやろうと話しが決まる。

 

「楽しく体力強化をやるって意味でもいいんじゃない?」

 

「あっ、そっか!」

 

場所が場所なので諦め半分だった体力強化もできることを思い出したあこにとって、これは願ってもないことだった。

確かにランニングとかその辺りが出来ればいいなとは考えていたが、普段滅多にできないことで一緒にできるのは僥倖である。

今回の場合は普段と違う景色を見ながらランニングと言うのもアリだなと思っていたところにこれなので、食いつかない理由は無かった。

ちなみに普段と代わり映えの無い場所でランニングをした場合、時折苦痛を感じることがあったのでそれはちょっと嫌な思い出だ。

 

「ところで、紗夜はどうするの?その格好だと動きづらいでしょうし……」

 

「そうですね……一度着替えて来ますので、場所だけ取って置いてもらえますか?」

 

友希那の問いに対する紗夜の回答を聞いた時、貴之と俊哉はすぐさま辺りを目だけで確認する。

今のところ大丈夫そうには見えるが、こう言う場所でナンパ関連の面倒なことが起こる可能性は捨てきれない。

何しろ男子三人を囲む美少女が11人。そこから抜け出したら変な勘繰りをされる未来が十分に見えたのだ。

そこで二人して頷き合い、俊哉がその行動に出る。

 

「なら、俺もこれを置いて来るか……」

 

俊哉の行動は理由を付けて紗夜を一人にしないであった。実際、上着はもういいかなと考えていたので、置きに行きたかったのも事実である。

そう言うことなら行っておいでと促し、二人が戻って来た時の為に貴之と友希那で待っておくことにした。

 

「あの二人……何かに気づいてたのかな?」

 

「さっき、二人で目配せしてたよね」

 

あの二人のことだから、絶対に悪いことを考えてはいないと断言できるので、信じて待つのが一番だろうと判断する。

一先ずボールを一つ借りることができたのので、先にコートへ移動し、どうするかを話しておく。

 

「これ……五人だと狭すぎるかな?」

 

最初に出たのは、りみが気づいた通り五人では殆ど動けないコートサイズだったことである。

実際の話し、バレーボールが9×9だったのに対してビーチバレーは8×8の為、五人だと少々窮屈になってしまうのだ。

その為、五人一斉に入るのではなく、四人がコートへ入ることにしようと言う話しに纏まった。

 

「あっ、入んなくていいなら私パス」

 

「ああ……やっぱり?」

 

ここで真っ先に食いついたのは有咲で、運動が大の苦手な彼女はどうにかして動き回る事態を避けたかったのである。

ならポピパは有咲を抜いた四人で入り、後で必要なら交代と言う方針を確定する。

Roseliaはまだ人数が揃っていないので、戻って来た時二人に伝えてから決定することにした。

 

「俊哉君、一ついいですか?」

 

「ん?どうした?」

 

「先ほど、何かに気づいていたようですが……それを聞いてもいいですか?」

 

また、ビーチバレーのことを話している際に、移動していた紗夜は俊哉らが何らかの意図を持って動いたことに気づいていた。

別段隠す必要もないと感じていた俊哉は、その理由を教えることにする。

 

「まあ確かに、これを置きに行きたかったのは本音なんだ。ただ、ああやって集団の中から一人女子が抜けると……」

 

「……?」

 

俊哉が顔を向けた方を見てみると、何やら諦めがついた様子の男子二人組が踵を返すのが見えた。

これによりどういう理由があったかを悟り、俊哉の方へ顔を向けてみる。

 

「まあ、そう言うことだよ」

 

「ふふっ……ありがとうございます」

 

要は万が一の事態に備え、自分の隣りにいてくれたのである。

流石に二人掛かりだと何があるか分からないので、こうして事態を避けられただけでも俊哉の行動に意味はある。

自分のことを想ってくれる人がいるのは、こんなにも嬉しい事なんだと分かった紗夜は、胸の奥が暖かくなるのを感じた。

 

「そう言うことでしたら、その……こうしてみてもいいですか?」

 

「……!お、おお。俺でよければ……」

 

いきなり両腕を絡ませて来るものだから、俊哉は若干押され気味な反応を見せることになってしまった。

嫌いかと言われればそんなことは無い。寧ろ嬉しいことである。

 

「(こ、これはこれで嬉しいんだが……その、大胆すぎやしないか……?これ、紗夜が鍵掛けて抑え込んでいたのを開けたとか、そんなのでいいのか?)」

 

「(だ、大丈夫よね……?こんなことして今更だけれど、へ、変に思われていないわよね?)」

 

そして、普段の自分たちからして想像できない事態に陥った余り、二人は内心で混乱していた。

どうにか表情には出ていないが、それでも顔は赤くなっているし、胸の鼓動は暴れだしているしでもう気が気ではない。

そんな気恥ずかしい空気の中更衣室に辿り着き、お互いに準備を済ませたら再集合と言う形で一度分かれる。

一先ず落ち着いたので、上着をロッカーの中に入れた俊哉は紗夜が戻ってくるのを待つことにした。

 

「お待たせしました」

 

「おっ、戻って来た……か……」

 

反応しながら振り向いた俊哉は、紗夜の姿に目と一緒に心を奪われた。

紗夜の水着姿は彼女の瞳の色に近い、青みがかった緑色のビキニスタイルで、今回は髪型をポニーテールに変えている。

こんな姿を一足早く見れたのだから、俊哉は一緒に行って良かったと思えた。

 

「そうですか?もう、褒めても何も出せませんよ?」

 

「いいんだ。俺が言いたくて言ってるんだからさ」

 

「……それ、他の人に軽々しく言わないで下さいね?」

 

「……そうだな。うん、気を付けるよ」

 

紗夜が照れながら頼んで来るのは新鮮でいいなと思いながら、俊哉は真剣に考えてそれを受け入れる。

その反応を見た紗夜も紗夜で、自分のことを意識してくれているのが分かり、嬉しくなった。

 

「さて、そろそろ戻りましょう。他の人を待たせていますし」

 

「ああ。そうしよう」

 

ちなみにこの時、二人して手をつないで戻っていたので、戻ってきたときに貴之と友希那の二人におちょくられたことを記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、順番はこれでいいかしら?」

 

人が揃ったので始めていくことになるビーチバレーだが、ポピパ側は有咲が休み、Roselia側は燐子が休みと言うことで始めることにした。

片ややりたくない、片や自分が比較的体力を必要としないので譲るが理由ではあるが、素早く決まるのはいいことである為、それ以上の追及はしない。

 

「あっ、ボールを触るのは手だけだっけ?」

 

「いや、足でも大丈夫。ただ……裸足でバレーボールを触るのはお勧めしないぞ?」

 

俊哉に確認を取ったリサも、「ですよねぇ~……」と諦めの様子を見せる。これで爪が割れ、そこから怪我に繋がるのは御免だった。

それどころか足の突き指等も考えられるので、足で触ることはなるべく避ける方向を固めた。

また、バレーの経験がないことから、一先ず打ち方の確認だけし、それを終えてから今度こそ開始になる。

 

「いいじゃん、有咲もやろーよっ!」

 

「い~や~だ~!私はやらねぇ~!」

 

なお、この時香澄の誘いを、有咲が必死に拒否していたことを記しておく。どうやら本当に運動が大の嫌いらしい。

 

「よし。それじゃあ、Poppin'Party対Roseliaの試合を始めて下さい」

 

「行っくよ~っ!」

 

俊哉の号令を聞き、香澄がサーブを打つ。先にポピパ側がサーブを打っているのは、じゃんけんで勝ったのでサーブを取らせて貰っていた。

下から打ち上げられる形でそのボールが放物線を描いてRoselia側のコートへ飛んできたので、四人で顔を合わせると一つの問題が現れた。

 

『(ど、どうするべきかを決めていない……!)』

 

四人で変に皆の様子を伺ってしまっているので、動けないでいた。

どうするどうすると考えていても、そのままボールが落ちてくるのが見えているので──。

 

「と、取り敢えずアタシ触るね?」

 

リサが自発的に動いてレシーブをする。これでどうにか何もせずに失点と言う情けない末路は避けられた。

 

「これ、私が上げたほうがいいかしら?」

 

「そうですね……お願いできますか?」

 

リサのレシーブが前にいる友希那と紗夜の方へ飛んできたので、話し合って友希那がトス、紗夜がスパイクを担当することにした。

友希那が打ちやすいように上げ、タイミングを見計らってジャンプをし、紗夜が右手でボールを叩くのだが、ジャンプの際に足を取られ、ほんの少しだけ飛ぶ量が足りない事態に陥る。

 

「(触りが弱くなるけど……打つしかできないわね)」

 

これがバレーボールならフェイントが許されたのだが、今回は生憎ビーチバレーなのでそれが許されない。

故にその不安定なままスパイクを打つしかなくなり、想像よりも弱くなってしまったボールがポピパ側に送られる。

 

「じゃあそれ、私が取るね」

 

不十分な威力だったことが災いし、沙綾があっさりとレシーブで拾い、ボールが再び打ちあがる。

 

「おたえちゃん、トスはいる?」

 

「うーん……いや、このまま行っちゃう」

 

結構いい位置にボールが着ていたので、りみに答えたたえはそのままタイミングをジャンプし、そのまま勢いのあるスパイクを打つ。

 

「わっ、早……!」

 

スパイクを打たれた際に反応できたあこだが、伸ばした腕にボールは当たってくれず、最初の一球目はポピパの得点となった。

 

『やった~!』

 

「あ、あこ……大丈夫?」

 

「大丈夫っ!と言うか、向こうが上手い……」

 

「確かに、やるわね……」

 

得点を得られて素直に喜ぶポピパと、こちらも負けていられないと火を燃やすRoseliaと、対比的な関係になる。

 

「うぅ……五人で入れるくらい広ければ良かったのに」

 

「わ、私は嫌ですよ……?」

 

燐子はあの場にいられなかったことが悔しく思い、有咲は自分の体力のなさが露呈するので嫌がると言う、こちらも対比的な反応を見せた。

 

「受けてみよ!我が渾身の一撃、ブレイクダウン・デスプレスをっ!」

 

「えっ!?なんか強そう!」

 

次にRoselia側のサーブになり、この時担当することになったあこが如何にも染まったような言い方をしながらサーブを打ったものの、ネットに掛かって失点と言う悲しき結果に終わった。

 

「あぅ……やっちゃった」

 

「だ、大丈夫よ……慣れていないのだから」

 

「と、取り敢えず普通に行きましょう?宇田川さん」

 

なお、この時皆の暖かさが身に染みて、嬉しかったというのはあこの談である。

その後、Roseliaはメンバーでローテーションしながら、ポピパは終始最初の四人でビーチバレーの試合を思いっきり楽しんだ。

試合を終えた後はポピパ側がライブをする時間が迫ってきていたので、休憩した後は着替えてポピパがライブの準備、その他はライブを見れるように場所取りへ赴く。

 

「今日が作曲に行き詰ったのは、よかったのかもしれないわ」

 

「まあ、結構色々あったからな……」

 

ポピパと会って一緒に遊び、交流会を見て──と、今日の行き詰まりが結果として一日の充足を呼び起こしていた。

友希那も今日一日で引っ掛かりは掴めており、後はポピパのライブが後押ししてくれそうな予感がしている。

 

「貴之はあのデッキで挑むの?」

 

「軸はあのままかも知れないけど、細かいところはまだまだ弄ると思う」

 

最終的にどうなるかはまだ分からないので、ここからファイトを重ねて変えていくことになるのは見えている。

だからこそ、ここは正直な旨を伝えた。

 

「これからも進んで行きましょう?私たち、それぞれのやり方で」

 

「ああ。勿論だとも」

 

話しが纏まったところで丁度ポピパが演奏を始める宣言と共に、『八月のIF』と言う曲の演奏を始める。

八月と言えば夏休みの時期であり、その時に起こる『もしも……』を題材としているゆっくり目な曲調は夕方になって落ち着いてきている時間にピッタリな曲であった。

 

「(なるほど……私たちの場合はこうかしら?)」

 

──忘れない内に整理しておきましょう。この浮かんで来た曲を……。満足気な笑みを浮かべ、友希那は彼女らの演奏を楽しんだ。

この後日、『熱色スターマイン』と言う新たな曲が完成し、これをお礼の形として演奏して彼女らの合宿は無事成功に終わるのであった。




一先ずこれでOVAの海イベントが終わりになります。

次回からはイベントストーリー『Neo Fantasy Online -旅立ち-』をやっていく予定です。


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サマー15 いつもと違う場所への旅立ち

イベントストーリー『Neo Fantasy Online -旅立ち-』の序章と1話部分をやっていく、今年最後の投稿になります。


夏の合宿が終わった三日後の夜──傍らから見るとかなり珍しい組み合わせで、同じものに入り込んでいる姿が見られた。

 

「よ~し……これで貴之さんのレベルが追いついたねっ」

 

『これで、今回のイベントから走りやすくなるよ』

 

『助かるぜ。正直全くやれてなかったからな……』

 

あこと燐子がこれをやっているのはよくあることなのだが、もう一人はあの国内最強のファイターと言う名を勝ち取った少年、遠導貴之であった。

この三人がやっているゲームは国内で最もプレイされているオンラインゲームは『Neo Fantasy Online』と言うタイトルで、『NFO』と訳される『MMORPG』と言うジャンルに分けられているゲームである。

何故三人が集まっていたのかと言うと、再びやって来るヴァンガード関連のコラボイベント、そしてそれと同時に実施される新規勧誘キャンペーンイベントに於ける準備が理由である。

普段からプレイしているあこと燐子は元よりレベルが高かったのだが、普段はヴァンガードに明け暮れ、このゲームもヴァンガードのイベントが来るから程度でやっていた貴之はそうもいかず、今回の為に三人で行動してレベルを上げようと言う考えに至った。

レベルの高い二人が補助することで、貴之は普段より強い相手と戦うことができ、敵の強さが理由で経験値も多くもらうことができ、その結果急速的なキャラクターのレベルアップができたのである。

また、三人はCordのグループボイスチャットを利用して通話中であり、これは身内とだけやる状況で、なおかつ全員がそれをできる環境下にあるからこそ実現できている。

 

「新規プレイヤー……友希那さんたちを誘ってみる?」

 

『貴之君を引き合いに出せば友希那さんは乗ってくれると思うし、いいんじゃないかな?』

 

『そうなると、俺と予定を合わせるのがいいのか?』

 

「あっ、その方がいいかも……!次空いてる日っていつ頃ですかっ?」

 

あこの確認を聞いた貴之は、予定表を見ながら空いてる日を伝える。そうすればあこは欲しい武器が手に入る、貴之は友希那と一緒に同じゲームで遊べる。その他もその他でRoseliaで思い出が作れると至れり尽くせりだ。

それなら練習の終わりに三人を誘い、大丈夫ならネットカフェで合流する流れに決まった。

 

『あっ、そうだ……。貴之君、その格好をしてる貴之君に当日、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……いいかな?』

 

『ん?いいけど、どんなことするんだ?』

 

燐子の提案は思い切ってロールプレイをしてからネタバレをしよう──。と言うものであり、貴之のキャラクターの装備によって出来上がる格好が最適だったのである。

この場合、あこは近くで見ていることになる為、そのサプライズが悟られないように自然体を装うことになった。

 

「流れはりんりんが呼んだふりをして、それに貴之さんが答える感じ……かな?」

 

『そうなるのかな……となると、タイピングの練習か……』

 

『ふふっ、今日から練習だね?』

 

一瞬だけ気が遠くなったものの、燐子が見てくれる中で貴之はちょくちょくタイプ練習をしていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はここまでにしましょうか」

 

それから二日後の昼頃──。Roseliaの練習は最後の通しを経て終わりとなり、片づけを終えた後、全員揃ってファミレスで昼食をとる予定となっている。

 

「(じゃあ、りんりん……)」

 

「(うん。話し合いが終わった後、ちゃんと聞こうね)」

 

二人で簡単に耳打ちを済ませてから片づけを済ませ、ファミレスで今日の総括を終え、友希那に何かあるかを問われたタイミングであこがそこに乗っかる。

 

「あら、珍しいわね?どうかしたの?」

 

「みんなに聞きたいんですけど、この後時間は空いてますか?」

 

幸いにも全員時間が空いているので、先を促すことにする。

 

「実は、私とあこちゃんの遊んでいるゲームで、ちょっと手伝って欲しいことがあるんです」

 

「ゲームって……よく二人が話してる『NFO』ってやつだっけ?」

 

──それ、始めたての人で大丈夫なの?リサの問いには友希那と紗夜も頷く。普段からやっている身の彼女らに対し、今から始めて追いつこうとしたら途方もない時間を使うことになるし、今日中では間に合わないだろうと思えた。

 

「その点に関しては心配ありません。寧ろ、友希那さんたちみたいに()()()()()()()()()()()()()()()なんです」

 

「始めての人しか手伝えない……ですか?」

 

「実はあこ、欲しい武器があるんですけど、それは新規プレイヤー勧誘キャンペーンのボーナスアイテムだから、始めて『NFO』を始める人と一緒じゃないとダメなんです……」

 

誘った理由に関しては理解できたので問題は無い。ただ、それでも解決が難しいものがあった。

 

「けど、あれってパソコンがないと出来ないんだよね?」

 

環境に関してはどうしようもない。これがないと始めることすらままならないのだ。

 

「みんなでパソコンを使えるネットカフェに行くつもりなので、心配しなくても大丈夫ですよ」

 

ただ、それに関しても対抗策が用意されているので、教えて貰ったリサもうんうんと納得したように頷いている。

 

「それならアタシはやってみてもいいかな~……二人が話してるの聞いてて楽しそうだとは思ってたし、それを知れるならいいのかも」

 

「ホントっ!?やったぁ~っ!それなら、貴之さんにも連絡入れとくね♪」

 

こうして一人は来てくれることが決まったので、これで彼を呼べることは決まった。

その為、一先ずCordを使い『人確保できたので、午後一ちょっと過ぎ辺りで集合しましょうっ!』と言う旨のメッセージを送っておく。これは『NFO』を遊ぶ時の為に作られた三人のグループであり、他の人に分からない話しを振るのはどうなんだと言う判断の下生まれたグループだった。

また、やはりというかこの人を題材に出すと必ず食いつく人が存在する。

 

「……貴之に?」

 

「実は、今日皆さんを呼ぶことができるなら、貴之君も合流してくれるんです」

 

その食いついた本人である友希那からすれば、これ以上にない程眉唾物の話である。貴之とは心で通じ合ってこそいるものの、同じ物事をやっている時間はかなり限られていたからだ。

お互いが別分野で進み続けるからどうしてもと言う部分はあったのだが、それでも時々寂しさを感じることはあった。

二人の誘いに乗れば、その埋め合わせに近いことも今日は出来そうだと考えれば、それはそれでいいと思える。

 

「そうね……。貴之がいると言うのもあるけれど、あなたたちのことを知るまたとないチャンスでもあるから、私も行こうかしら?今後Roseliaが活動する上で、何かを掴める可能性もあるでしょうし」

 

「ありがとうございます。氷川さんはどうしますか?」

 

「流石にここで一人だけ帰るなんて言うのも何ですから、私も行きましょう」

 

──その『NFO』がどんなゲームなのかも知りたいですし。これで全員が参加してくれるので、あこは追加で三人とも来る旨を貴之に伝えておく。

 

「(今回は、どんな世界が待っているのかしら……?)」

 

移動を始めている最中、紗夜はこれからやろうとしている『NFO』の世界に関心を寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「んで、紗夜にこの前話してたのがこれだな……説明書だけじゃ覚えきれないだろうし、チュートリアルとチャレンジモードやりながら覚えようか」

 

「そ、そこまで難しいのですか……?」

 

時間は遡って昨日の午後──。Roseliaは練習を休みにして、ファイターたちも講習会を開いていないので、俊哉と紗夜は海で話していた時のことを実行することにした。

場所は俊哉の家にある彼の部屋で、異性の──それもかなり容姿のいい紗夜を連れて来たことに、俊哉の母親はかなり驚いていたようで、紗夜は自分の感性がかなり歪んでしまっていたことを自覚するに至る。

ちなみに、今からやろうとしているのは敷居の高さから新規層の獲得が非常に難しく、しかしながら奥深くてその味を占められると楽しいの典型例なジャンルのゲームであった。

事実、俊哉が何の躊躇いも無く頷いた以上間違いないと思われるので、紗夜は一先ず俊哉のガイドに従って遊び方を覚えていくことに決める。

 

「残り体力が多ければと言うのは……実数値ですか?」

 

「いや、これに関しては割合なんだ……キャラごとの体力値と戦い方なんだけど……」

 

今日の為にと言わんばかりに、俊哉はパソコンで表を作れるOffice機能を使って作成した表を紗夜に見せてくれた。

しかもご丁寧にソート機能まで準備してくれてあり、初心者の紗夜にも分かりやすいものになっている。

更にありがたいのは、各キャラクターごとの備考欄に簡潔なコメントと対戦における設定の推測まで用意されているし、読み切れなくても今度また必要なら見せるとまで言ってくれるありがたさまであった。

なお、このジャンルには攻撃を一回一回丁寧に当て、勝ち急がない戦い方が主流になる『差し合い』のタイプと、攻撃を当てた後に連続で攻撃を繋いで行き、逆転性が高いので強気な動きを混ぜ込んでいく必要のある『コンボ系』のタイプがあり、今回は後者の方になっている。

最近は後者のシリーズが多いらしく、理由は連続攻撃が見栄えの良さに繋がること、前者の方では息の長いシリーズが定着しすぎているのが理由でもあった。

 

「……?これ、出しやすい方法はありますか?」

 

「そうだな……前移動を入力しながら、残ったコマンドを入力するのがいいな」

 

一先ず移動と簡単な攻撃を覚えて行った紗夜は、コマンド攻撃技で一度躓くことになる。

これには過去にやった解決方法をそのまま教え、それを実践させて見ることにした。

そうすれば紗夜もそれを出すことができ、頬を若干赤らめて喜びを見せていた。

 

「難しい技を出せて嬉しいって気持ち、忘れないでくれよ?そう言った気持ちの一つ一つが、継続に繋がるからさ」

 

「確かに……私で言えば、ギターになるのでしょうね」

 

確かにこの達成感が嬉しさに繋がり、もっと先に進みたいと言う気持ちにさせてくれる。

そうして一先ず基本的な操作を覚えるのはおよそ二時間程で終わり、この後は使いたいと思ったキャラクターのコンボ練習をした後、余裕があれば一先ずCPU戦を一回走り切ることを目標とした。

 

「ちなみにこの作品、シリーズもので続いてるから……」

 

時間がかなり経ってしまったので、帰る前に俊哉は引き出しから何かを取り出していく。

どさり、と音がしたので何事かと思えば漫画に小説、更に旧シリーズのパッケージ──。今回遊ばせて貰ったもののシリーズにおける物語を楽しむ為のものが揃い踏みだった。

 

「興味があったら持ってってくれていいぞ?と言っても、ゲームソフトだけ持っていくのはあれかも知れないけど……」

 

「た、確かにそうですね……」

 

分からなければ全て俊哉が教えてくれるとのこともあり、それならば小説から借りて見ようと考えた。

ただし、どれから読めばいいかが全く分からないので、それは教えて貰うことにする。

 

「取り敢えず、最初は本編を小説化したこっちの四つをこの順番で読むことからかな……。こっちは過去の話しになるから、ちょっと後回し。で、こっちはもう一つの物語って言える存在だから、気が向いたらでいいかな……」

 

「一辺に借りても読み切れないですし、まずは本編の方から借りてもいいですか?」

 

そう言うことならと、俊哉は部屋にため込んでいたビニール袋を取り出し、それの中に四冊を入れて紗夜に渡した。

俊哉はこう言う時の為に袋を余分に残しており、実際それは今回のような形で何度も役に立っている。

帰りは商店街を抜ける所まで送っていくことになり、そこまでは二人で並んで歩いた。

 

「次来るときに返してくれればいいよ」

 

「ありがとうございます。その時までに読ませて貰いますね」

 

後はこのまま別れの挨拶を済ませて……となるのだが、ここで一つ考えていたことを話して見ることにした。

 

「も、もう少し……近づいた口調でもいいのでしょうか?」

 

「……!俺としては全然構わない……と言うよりも、お願いしたいかな」

 

ずっと考えていたことであり、そろそろいいのだろうと考えていたことと、そうした方が俊哉と近づけるのかもしれないと考えたのだ。

それは承諾されたので、紗夜は「では……」と前置きをし、続きの言葉を紡ぐことにした。

 

「また会う時を楽しみにしているわ。俊哉君」

 

「ああ……またな、紗夜」

 

こうして、紗夜がゲームやその他の分野に初めて触れ、俊哉と距離を縮める一日は終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「上手く行ったみてぇだな?」

 

「はいっ!話したら乗ってもらえました!」

 

「今日はよろしくね?貴之君」

 

そして午後一をちょっと過ぎた頃。Roselia五人と貴之の六人でネットカフェの前に集まることができた。

こう言う場所に女子に囲まれた男子が一人と言う状況で入る都合上、貴之は一種の不安を感じるが、後はなるようになれとしか言えないだろう。

 

「いらっしゃいませ……って、貴之か?」

 

「俊哉か……?お前こっちでバイトしてたのか?」

 

「お前と同じく短期バイトだよ。夏休み中限定でな」

 

そんな不安も、まさかの店員が親友だったことで杞憂に終わる。

店員が顔見知り、こう言った場所に来た経験のあるあこと燐子がいることで思ったより早く受付が完了した。

仕方が無いこととしては、流石に六人並んで座ると言うのは無理があるので、二人で並んで座るを三組決めて、それぞれ座ると言う方向で固まっていく。

 

「取り敢えず、こうかな?」

 

「うん。あこもこれがいいと思うよ」

 

組み合わせは貴之と友希那、燐子と紗夜、そしてあことリサの組み合わせになった。

これは『NFO』をやっている人とやっていない人を必ず組み合わせる、俊哉と紗夜の距離を考え、貴之と紗夜の組み合わせは()()()()()()()と言う二つの条件を前提として組んだ結果である。

一先ず三人にはゲームを起動して新規キャラクターメイキングまでを完了して貰うことにし、そこまでの道のりは経験者側がサポートしていく形を取る。

 

「……思ったより長いわね?」

 

「この二席じゃ暫く『NFO』をプレイしてないみてぇだな……その分のアップデートが溜まり込んでる」

 

どうやら貴之と友希那の席は運が悪かったようで、暫く暇な時間ができてしまうので、それまでは飲み物を用意してから談笑をして時間を潰した。

アップデートが無事に完了した後、友希那のキャラクターメイキングを見てあげながら、貴之は燐子とチャットを使って今日やる演技の最終確認を済ませていく。

 

《そっちのチャットを合図に飛んでいくよ》

 

《うん。お願いするよ(^^♪》

 

「……これでいいのかしら?」

 

「ああ。それで大丈夫」

 

ちなみに今回、三人がゲームそのものが初心者である為、各人の気質とパーティーバランスも考慮した職業を進めさせて貰った。

友希那は歌うことでパーティーメンバーを補助する『吟遊詩人(ぎんゆうしじん)』、紗夜は盾を使って仲間を守る『タンク』、リサは回復魔法で皆を癒す『ヒーラー』になった。

ここに相手を弱体化させたり、操ったりすることで優位に戦える『ネクロマンサー』のあこ、多彩な攻撃魔法を使うことでダメージディーラーを担いながら、補助魔法でサポートも可能な『ウィザード』、そして貴之は武器による近距離戦を得意としながら、魔法で自身を強化しながら戦える『ブレイバー』が加わった六人で今日は冒険していくことになる。

 

《リサ姉の準備終わったよ~っ!》

 

《氷川さんも準備終わりました(*^^*)》

 

《友希那も準備終わったぞ。これでいよいよか……》

 

確認すれば全員が準備を済ませたらしいので、後は燐子とあこが迎えに行き、説明の途中で貴之が入る形になる。

 

「あっ、貴之……」

 

「……?どうした?」

 

何かやっていた時に気づいたらしく、友希那が助けを求める声音で自分の名を呼ぶ。

彼女の力になるなら何としても……と言うところがあるので、貴之は彼女の声に耳を傾ける。

 

「チャットで日本語は……どうすれば話せるの?」

 

「ああ……なるほど。まずは……」

 

後々可哀想な目に遭わないように、貴之は日本語への切り替え方法を教え、慈悲を与えることにする。

この危機を回避できた際、友希那が見せた花の咲いた瞬間のような笑顔を、貴之は忘れやしないだろうと確信していた。

 

《なるほど……?ここが『NFO』の世界……で、いいのかな?》

 

《何と言うか、自然が多い場所ね》

 

《そのことに関しては、白金さんたちから説明を頂けると思うのですが……》

 

一先ずゲームのスタート地点となる旅立ちの村に訪れた三人は、軽くチャットを使って会話をする。

三人のプレイヤーネームはそれぞれ『ユキナ』、『サヨ』、『リサ』と本名をカタカナに変えただけのものになる。特に思いつかなかったのもそうだが、ネット系初心者あるあるを見事にやっていたのはついぞや気づかないままとなる。

なお、リサだけは完全に本名そのままとなっているが、これはもう気にしない方がいいだろう。

 

「(俊哉君の家で遊ばせて貰ったのは、反射神経と考えの読み合い……そして操作精度が求められるものだったけれど、こちらはコミュニケーションが優先されるのかしら?)」

 

やはり初めて触れることになるものの影響は大きいらしく、紗夜はどうしてもそちらで比較してしまっていた。恐らくこれはゲームと言うジャンル単位で初心者であることが影響しており、そこを脱却出来れば落ち着くのだろうと紗夜は考えた。

 

《あっ、あこちゃん。三人ともいたよ》

 

《ホントだ!おーい!》

 

自分たちを知って声を掛けたと言うことで、こちらにやってきた人物はあこと燐子の二人だった。

ネームが『聖堕天使あこ姫』と『RinRin』であることから、二人が自分の本名を元に決めたネームであることも推測できる。

リサがあこの自己紹介を聞いて褒め、それにあこが喜ぶと言う恒例事項に近しいことをした後、少し気になったことがあるので一度確認をする。

 

《ところで、貴之はまだなのかしら?》

 

《あっ、貴之さんはちょっと準備中だから、ちょっと遅れるみたいです》

 

《なので、その間に今いる場所がどこで、私たちが何をするかを説明しますね(`・ω・´)ゞ》

 

説明を入れることに関しては本当だが、貴之は今最終確認を済ませ、後は燐子の合図を待つだけな為建前である。

 

《ここは旅立ちの村といって、Neo Fantasy Onlineの始まりの場所で小さな村なんですけど……》

 

ここで一回区切りとしてチャットを送り、燐子はまたすぐに新しくチャットを打ってそれを送る。ゲームをやるうちに磨き上げられたタイピング速度のお披露目である。

 

《初めてゲームをする人が絶対に通る思い出の詰まった場所で、この大陸……あ、フライクベルト大陸っていうんですけど、その最東端に位置するので通称最果ての村とも呼ばれている所です('ω'*)》

 

ここから更に、このフライクベルト大陸が大陸中央でいつも戦争をしており、そこに近づくほど危険だが、旅立ちの村はゲーム内でも一番安全な憩いの場所とも言える場所であること。

旅立ちの村は外に出ても危険なモンスターがいない都合上クエスト……仕事のようなものも安全な物が多い為、ゲームをあまりやったことがない人でもNFOの世界を楽しめるように設計されていること。

また、この村の村長であるダンケインと言う人物は元々この世界で超が付くほど有名な一騎当千の勇者だったのだが、モンスターと戦ううちに大陸の至る所で発生した人間同士の争いに巻き込まれて負傷。それが原因で戦えなくなってしまったこと。

戦えなくなってしまってもモンスターのいない平和な世界を作ろうと、この小さな村から自分たちのような冒険者を何千、何万人と支援をしていること。

今回自分たちはそのダンケインの屋敷で下働きをしているジェイクと言う人から手紙を預かり、この村から西に少し進んだロゴロ鉱山にいるリンダへ届けるのが目的となっていることを燐子は持ち前の高速タイピングで伝えてくれた。

 

《奥にはちょっと危ないモンスターもいたりなんかするのでちょっとだけ気を付けつつ、みんなで頑張りましょうね(oゝ`д・´o)ノ》

 

あこから燐子はこう言うことが得意だと教えてもらい、称えられた彼女は練習の賜物と答えるが、あまりのチャット速度に三人は啞然としてしまった。

 

《ってことは、そのリンダさんって言う人に手紙を届ければいいんだね?》

 

《はい。ジェイクさんから手紙を預かって、ロゴロ鉱山のリンダさんへ届けに行きましょう》

 

でも、その前に──。と、燐子が前置きを作ったので四人が注目する。

 

《今日は心強い味方を呼びましょう》

 

《おお!りんりんアレをやるんだね?》

 

何をやるのかと友希那に問われた燐子は見ていて欲しいと返してから、貴之にチャットを送った。

 

《私が呼んだら、演出付きでステルスを解いてね?》

 

《了解。タイミングは任せる》

 

このチャットは当人たち以外は見れない専用のチャットを用いて行っているので、他の人に知られる心配は無い。

 

《その剣で光ある道へ導け……!『コール』!『ブラスター・ブレード』!》

 

燐子が予め用意していたショートカットチャットと、演出用のアクションコマンドを使用して如何にもそれらしく演技を行い、そのタイミングに合わせて貴之も演出用の登場アクションコマンドを使用し、燐子の真正面から光の柱が現れる演出を作る。

その光が収まると、まんま『ブラスター・ブレード』の姿をしたキャラクターが現れる。これが今回貴之が操っている操作キャラクターである。

 

《……え?えぇ!?》

 

《ほ、本当に『ブラスター・ブレード』が……!?》

 

「(……?貴之が何か忙しそうにしている?)」

 

事情を知らない紗夜とリサが素直な反応をする中、隣からタイピング音がした友希那はそちらが気になっていた。

聞き逃すと後々面倒になるかもしれないので、一度画面の方に顔を向けた。

 

《我が名は『ブラスター・ブレード』……私を求めたのは、()()か?》

 

「(二人称をりんりんに合わせて変える辺り、貴之さんもノリノリだなぁ~……)」

 

貴之の問いかけを見たあこは、彼がなんだかんだ楽しんでいる様子を確信した。

後ほど個別で友希那に話しするとは思うが、万が一の埋め合わせはどうするのかが気になるところではある。

 

《貴方を呼んだのは私です。力を貸してくれますか?『ブラスター・ブレード』……》

 

問題ない(ノー・プロブレム)。この剣で、我が先導者(マイ・ヴァンガード)の道を切り拓こう》

 

燐子が差し出した右手を、『ブラスター・ブレード』が剣を左手に持ち替えてから右手で取ると言う演技で答える。

 

《すっご~い!二人とも完璧っ!》

 

いつまでも固まらせるわけにはいかないので、終わったタイミングに合わせてあこが種明かしの前振りを行う。

すると、ここで一番先に反応するのは友希那だった。

 

《もしかしてだけれど、貴之がさっきから忙しそうにしていたのは……》

 

《ああ。こっちの俺は『ブラスター・ブレード』の格好をしているからな……それを活かしてこう言ったサプライズをやってみようってなったんだ》

 

先ほどはインパクトのせいで気づかなかったが、確かにチャットを打っていたプレイヤーネームは『タカ』と記載されており、貴之が自分の名前から取ったのを示していた。

また、これは貴之が始めた時期にやっていたヴァンガードとのコラボ装備であり、友希那たちを誘うきっかけとなった応援キャンペーンと同時に、ヴァンガードコラボイベントの第二回が来ていることを教える。

貴之が装備している『ブラスター・ブレード』の装備は今回でも入手することが可能なだけでなく、既に入手している人は今回のコラボで手にすることのできるアイテムで強化も可能らしい。

種明かしと装備の話しも終わったところで、今度こそ移動を始めることにした。

 

「その四つのキーを使って移動するんだ。ちなみにそこのキーはオートランっていう勝手に移動する状態のオン・オフを切り替えるキーだから、基本は押さない。押しちゃったらすぐにもう一回押しなおすを意識しておけば大丈夫」

 

「ありがとう……私、貴之が隣でよかったわ……」

 

「また何かわからないところがあったら、すぐに答えるからな」

 

その際、貴之は友希那が困っていたところをまた一つ助け、二人だけの間で些細なトラブルを解決していた。




今年の投稿はここまでになります。

今回の変更点は……

・あこは練習をしっかりとやった上で話しを持ち掛けた
・NFOをやってほしいという頼みに反対者がいない
・ヴァンガードとのコラボイベントがあった影響で、専用装備が存在している
・貴之も仲間入りし、六人でゲームを遊ぶことに

この辺りかと思います。ちなみに貴之の職である『ブレイバー』は原作では名が上がっていないので、ここが独自設定部分になるかもしれないです。

なお、俊哉の家で遊んでいたゲームは、彼の容姿の元ネタがヒントになります。

次回はこのまま続きを書いていく予定です。


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サマー16 普段と違う冒険

今年初の投稿で、話数としては1~2話になります。

今回、バンドリTVの翌日が仕事になっているので、リアルタイムは断念します……。


《ヴァンガードのイベントの時ってどうなってたの?》

 

《その時はイベント期間限定で、色んな場所に低確率で『ドラゴニック・オーバーロード』が出現するようになってたよ!一応、場所ごとに強さが変わってたから、『オーバーロード』と遭遇して詰んじゃうってことは無かったよ》

 

──倒せばボーナスとして、専用アイテムがほかの敵よりもドロップしやすくて多く貰えるし、結構いい調整だったんだよ。移動している最中、ヴァンガードのイベントに関する話しをリサに聞かれたので、あこが答えていく。

ちなみに、序盤の場所だと更に確率が下がるらしく、『NFO』の世界を体験してほしいのだろうと言う意図を感じられた。

 

《その時に必要な物……当時だと『ブラスター・ブレード』の装備を作る為のアイテムとかになるのよね?》

 

《あ……もしかしてですが、貴之君は……》

 

《ああ。泣く泣く『オーバーロード』を討伐していったよ……どうして現実(リアル)の分身を討たなきゃならねぇんだ……》

 

《た、確かに……貴之君には苦痛だったよね(-_-;)》

 

当然のことだが、貴之には精神的苦痛を伴う要素であり、倒す度に何度も心の中で詫びていた。幸いにも今回は相手が違うらしいので、そんな心配はしないで済むだろう。

チャットしながら進んでいる内に、今回の目的であるジェイクの前にたどり着いたので、一先ず三人に話し掛ける方法を伝えた。

 

《よく来てくれました……旅の方。実は、折り入ってお願いしたいことがあるのです。この手紙を、鉱山のリンダに届けて貰えませんか?》

 

この人がジェイクであるかと言うリサの確認に、あこが肯定を返し、燐子が彼はこの場所からリンダに何万通も手紙を出し続けていることを説明する。

 

《えっと……全く同じ内容のものを、よね?どうしてそんなに……》

 

《冒険者の数だけ必要だから、仕方がないんですよ( ・ω・ )》

 

「(友希那……思い切ったところ聞くなぁ……)」

 

後日、紗夜は俊哉にこれがメタ発言であることを教わることになり、また別方面での知識を学ぶのであった。

ジェイクであることが分かったので、今度は手紙の受け取り方を聞いていく。

 

《クエストの受注ボタンを押してくださいっ》

 

この『手紙をリンダに届ける』がそれであることを教えてもらい、三人がそれを押す。

 

《本当ですか!?ありがとうございます!リンダは村を出て西に進んだ先の鉱山にいるはずです。どうかよろしくお願いします……》

 

《よし、これでオッケーだね♪》

 

《それにしても……目的地が村を出て西に進んだ先だなんて随分と曖昧なんですね》

 

もう少し詳しい話しを聞けないかと思い、紗夜はジェイクに話しかけるが、返ってくる言葉はクエストを受注した時と全く同じ内容であった。

不思議に感じてもう一度声をかけるが、結果は全く同じである。

 

《……どうしてこの人は同じことしか言わないの?》

 

《NPCは同じことしか喋らないですよ?》

 

《NPC……?》

 

あこが言ったNPCを、既にこのゲームで遊んでいる三人は知っているので当たり前なのだが、今日から始めた三人はそんなことを知らないので、全く分からない単語となっている。

 

《人が操作していないゲームの登場人物のことです》

 

《正式名称はNONE(ノン) PLAYER(プレイヤー) CHARACTER(キャラクター)……NPCはここの頭文字から取られてて、彼らが同じことしか言わないのはプログラムの都合上、そう言うセリフしか用意されていないのと、どこに行けばいいかがわからないで詰むなんてことを避ける為の措置なんだ》

 

これで一先ずNPCの定義は納得ができた。一先ず道案内は経験者側がしてくれるので、初心者側はついていくことで話しが決まった。

 

《ここから鉱山まではどのくらいでつくのかしら?》

 

《すぐそこですよっ!》

 

最初のダンジョンであるのもあり、そこまで遠くは無いのが幸いであった。

また、移動している際に、リサが光っている草を見つけた。

 

《これは薬草ですね》

 

《ってことは、薬になるの?》

 

名前の響きから予想がしやすく、燐子はリサの問いに肯定しながら調合の実践を行う。

 

《わっ!》

 

《出来ました。HP回復ポットです(・ω・ )》

 

これを使用することでHPの回復が可能であり、序盤では欠かせない便利アイテムの一つであった。

 

《これはタンクの氷川さんに渡しておきますね、もしHPが減ったら使ってください》

 

《あの……HPというのは?》

 

《生命力のことですよね。モンスターから攻撃を受けたりすると減っちゃうので(-ω-;)》

 

《別の言い方をすると体力だな……HPって言わない時はこっちが多い。他にもライフとかあるけど……全部はキリがねぇな》

 

ちなみに紗夜が一番ピンときたのは体力だったらしい。

 

《ねえねえ、そのHP回復ポットってアタシでも作れるの?》

 

《一番簡単なものなら大丈夫ですよ。やってみます?》

 

リサがやってみたいと言うので、燐子が薬草を渡し、調合を押すだけでいいことを伝える。

 

《おおーできた~♪》

 

リサが初めての成功に喜び、そのまま何個か作っていく。

 

《取り敢えず、初心者組が五つずつ持ってりゃいいかな?気持ち多めにではあるが……》

 

《あれ?貴之たちは要らないの?》

 

《あこたちはレベルの都合で、殆どダメージ受けないし……》

 

「(貴之君、ナイスアシスト……)」

 

ちなみに、レベルが高いのはあこと燐子だが、職業の都合で一番頑丈なのは貴之だったりする。

それならばとリサは納得し、一先ず自分と残り二人の分を作って分けた。

 

《これが必要になる場所に行くのね……》

 

《モンスター自体はそこまで強くないけど、時々ギミックでダメージを受けちゃうんですよっ》

 

《老朽化が影響してるのか、時々天井が崩落することがあるんです》

 

《そんなところに、一人で行くことになったリンダさんは大変そうですね……》

 

恐らくジェイクは行けなかったのだろうなと考えながら、紗夜はリンダに同情する。

思いの外憤慨の意を抱けなかったのは、俊哉から借りていた小説で、主人公が過去、宿敵らから受けた仕打ちがあんまりにもあんまりだったせいだろう。

何しろ育ての親は殺され、妹は宿敵らの陰謀で連れていかれ、弟はその宿敵らが用意した危険物を手に取らされて暴走。その暴走させられた弟により、自身は右腕を切られている。

妹が連れていかれ、弟をいいように利用された身と言うところに紗夜は深い同情を抱き、同時に世界を敵に回してでも妹を助け出す方針は自分も日菜が連れていかれたらそうするだろうなとは考えていた。

 

《そう言えばあこちゃん。あそこキラぽん出るみたいだよ》

 

《えっ!?それ本当!?》

 

《……キラぽん?それに何かあるのかしら?》

 

キラぽんと言うモンスターは、あこが探し続けているレアモンスターであり、倒せるとレアアイテムをドロップするらしい。

ただし、すぐに逃げ出すうえ、その足もすばしっこいので倒すのは至難の業であるようだ。

 

《後、低確率でヴァンガードイベント第二弾のエネミーも出るっぽいな》

 

《へぇ?今度は何が出るの?》

 

貴之の補足を聞いたリサが聞いてみるものの、残念ながら敵が出てくると言うだけで詳細までは分からないようだ。

 

《確か、幸運が高いと出てくるんでしたよね?あこは幸運低めの『ネクロマンサー』だから、このダンジョンで会える気はしないけど……》

 

《大丈夫だよ。今日は『ブレイバー』で幸運高い貴之君がいるから(*´ω`)》

 

幸運と言うのは、『クリティカルが出て普段以上のダメージが出せる』だったり、『自分は状態異常になりづらく、相手を状態異常にさせやすい』などといったように、『自分にとって有利な条件や状況の取りやすさ』を表すものになる。

『ネクロマンサー』のあこが低めなのは、『死霊を操る分、祟られる』、『ブレイバー』の貴之が高めなのは、『勇気ある姿勢が、勝利に繋がる』からだろうと推測できる。

ちなみに、これ以外にも『吟遊詩人』の友希那も幸運は最高クラスに高くなる職業であり、理由は『音楽で仲間に幸運を与える分、自分に返ってくる』だと思われる。

 

《じゃあ、今日はそのキラぽんってのと、何かのユニットも探しながら……なのかな?》

 

《うん。そんな感じっ》

 

《何が出るか分からない……それもまた楽しみなのでしょうね》

 

少しずつではあるが、紗夜がゲームの面白みに順応して行っているのが見える。

この様子から、貴之は俊哉の計らいがあったのだろうことを推測するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

《さて、ロゴロ鉱山に着いたぞ》

 

《な、なんか……うす暗い場所だね?》

 

移動しておよそ数分。パーティー一行で無事ロゴロ鉱山にたどり着いた。

リサが言った通りうす暗い場所であり、これは周囲に用意されている灯りが弱くなっているのが起因している。恐らくそう遠くない内にその灯りも少しずつ失っていく未来が予見できる。

今回はここにいるリンダへ手紙を渡すので、早速探して行こうとするのだが、暗くなった影響で見づらくなっている前方から突如として何かが飛び出してきた。

 

《えっ?な、なんかこっちに来る!?》

 

《おっと危ない》

 

リサが慌てて逃げようとしたが、何者かの攻撃は貴之が剣で防いだので阻まれ、リサがその光景を見て足を止めた。

そのまま動きが止まっている不届き者を、あこが横から鎌で切り裂き、それが動きを止め霧散するように消滅していく。

 

《あっ、もう一体来た……》

 

遅れざまに出てきた存在は、燐子が杖をそちらに向けてから放った火球であっさりと撃ち落とすことで解決する。

今のは『ウィザード』が序盤から使える攻撃魔法の一つであり、序盤の相手なら、今の燐子はこれだけでも一撃で倒すことが可能だった。

 

《今のは何があったの?》

 

《ダンジョンだと、時々弱いモンスターが襲い掛かって来るんです》

 

友希那の問いに答えるあこは、今回は運悪く立て続けだったことを話す。そればかりは仕方ないので、割り切っておくことにした。

攻撃自体はそんなに強くないのだが、友希那とリサは職業の都合で思いの外ダメージを受けてしまうので気をつけて行こうと言う形で話しが纏まる。

また、万が一初心者組がダメージを受けてしまった場合は、なるべく回復するように意識をするように促しておく。

これに関しては紗夜がある程度ダメージを受けづらい職業なので、彼女は他二人と同じペースで使わない可能性が高いことを伝える。

 

《えっと……氷川さん、どうして盾を(?_?)》

 

《いえ、また来るのではないかと思って……》

 

今しばらくは来ないから、またその時に構えて欲しいことを伝えて構えを解いてもらう。

モンスターの襲撃に対応できるように、レベルが高い三人を外側、レベルの低い初心者組を内側と言う並びで進んでいくことにした。

本来ならば防御力が高い職業である紗夜は貴之のように外側にいるのだが、今回は初めてたてだから無理は言えない。

そんな風に方針を決めた時、友希那がいきなり走ったと思ったらすぐに止まった。

 

《ごめんなさい。うっかりオートランを押してしまったわ》

 

《止め方教えといてよかったわ……》

 

隣で顔を真っ赤にして友希那が可愛いと思いながらも、一先ずどうにか窘めて先に進むことにする。

そして進んでいる内に、人に近いシルエットをした存在を目撃した。

 

《あれ、ヘルスケルトンソルジャーだ……》

 

《ホントだ……厄介なのに出会ったね》

 

人型の骸骨は経験者なら誰もが通った初見殺しの代表格であり、『一人で始めた初心者が最初に倒されるのはだいたいコイツ』と言われる程である。

 

《……そんなに危険なの?》

 

《ああ。まず、序盤の敵とは思えない位に攻撃力とHPを持ってる》

 

《私たちは平気ですけど、皆さんだと一撃で倒されちゃいます(ノ∀ノ)》

 

まず普通に戦えば間違いなく負ける。その信じられない基礎ステータスが原因である。

故に『NFO』最初の初見殺し要素であり、何度も同じ轍を踏まぬよう負けてしまった場合は戦わない方法を教える仕様が用意されている。

 

《どうすればいいのかしら?》

 

《こいつは視界に入らなければ襲って来ない……幸いにも見つからなければ動きは遅いから、見られないように動くんだ》

 

これが明確な対処法であり、慣れない内はこの手に限る。

一先ずこの場は逃げる移動してやり過ごしていくことにした。

 

「前回が『オーバーロード』だったのなら、今回もまた大型のユニットなのかしら?」

 

「その可能性は大いにあるな……」

 

移動中、貴之と友希那は二人で今回のイベントで出てくるユニットを考えていた。




原作が短かった都合上、今回はかなり短いです。

変更点としては……

・リサがHP回復ポットを作りすぎていない。
・友希那が意図せぬオートランを自分でキャンセル。
・襲撃してきたモンスターが二体。

この辺りでしょうか。
次回もこのまま続きを書いていきます。


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サマー17 二つの遭遇(デュアル・エンゲージ)

今回は3~5話と言える感じになりました。短めだったのが影響したと思います。


《ここまで来ればもう少しですよっ》

 

《もうそんなに進んでいるのね……?》

 

さらに進んでいったので、もう少しでリンダのところに着きそうなところまで来ていた。

この間にモンスターと戦闘しながら進んでいったのだが、このゲームの特徴を体感して貰うべく経験者側は遠慮気味に戦闘していた。

 

《ここまで来たら、一旦ヒールが必要だったりするかな?》

 

《このゲームにスタミナとかそう言ったのは無いから、今使っても無駄打ちになっちまうな……》

 

《え~?そうなの?》

 

現実の意味である体力は貴之が言ったような単語で扱われることが多いので、基本的にヒールの回復対象外となってしまう。

後は何事も無ければ……と思った矢先に、何やら分かりやすいくらいにヤバいのが来ていますよとアピールする震音が聞こえてきた。

その音がする方を確認してみると──。

 

《あっ……》

 

経験者側三人はすぐに気づいた。このモンスターはフィールドボスであることに。

元々こう言う敵はレベルを上げて挑むものであり、現状では戦闘を避けた方が得策である。

 

《どのようにすればいいのですか?》

 

《見つからないように、足元を通ってください。見つかるととても強い攻撃をしてくるので、今の氷川さんたちが当たると一撃でやられちゃいます(ノωノ)》

 

《わ、分かりました……灯台下暗し、ですね》

 

一応、紗夜だけはある程度レベルを上げれば耐えられるが、元々今回はそれを予定に入れていないし、回避手段はあるから無視前提で進めていた。

万が一のフォローができるようにと、今回はあこ、リサ、紗夜、燐子、友希那、貴之の順番でボスの足元をくぐっていく。

 

《大丈夫大丈夫。バレないように動けば戦わないで済むよっ》

 

《うわぁ~……めっちゃ手汗が出てくるんですけど!?》

 

実際、今回はリサが一番戦闘力皆無と言える状態なので、その緊張感は間違っていない。仮に見つかった場合とても危険なので、尚更であった。

 

《お、思ったよりもいきなりな要素が多いですね……》

 

《レベルを上げれば挑めますから……》

 

この前のゲームよりも覚える要素が一気に出てこない分、紗夜は幾分か気が楽であった。流石に覚えることが多すぎるゲームと俊哉が言っていただけのことはある。

盾を構えても意味がないだろうと感じていたので、そのまま進んでいく。

 

《ま、また押さないようにしないと……》

 

《万が一そうなってもリカバリーは効くからさ》

 

今回はこのような並びになったのは、発見された時の対処法で三段構えを取っていたからだ。

あこが近い状態で発見された場合は、その人を巻き込んで死んだふりのスキルを発動し、一時的に攻撃対象外の存在となる。燐子が近くで発見された場合は敵から見えなくなるスキルを使って、時間以内に視界外へ逃れる。貴之が近くで発見された場合は強化スキルを使った攻撃で撃退になる。

ただし、貴之の段階は本当に緊急手段なので、出来ればやりたくないのが本音である。

今回はオートラン事故も無いので、一先ず無事に通過ができた。

 

《ここを抜けたので、後は奥まで進めばリンダさんのところに着きます》

 

《おっ、ゴールも見えて来たんだ……》

 

奥にいるリンダへ手紙を渡せばいいので、後は運の悪い遭遇さえしなければ問題ないと、少し気を抜ける段階になってきた。

 

《あの人かしら》

 

《そうですよ。後は、この人に手紙を渡せばオッケーですっ》

 

進んだ先に女性がいたので確認し、あこがそれに返してくれたので、一先ず手紙を渡すことにした。

するとジェイクの時のように、リンダからメッセージが返ってくる。

 

《あなた達は……?え?ジェイクから手紙……?まぁ……ありがとう、そうだちょっと待って》

 

何やら頼みたいことがあるらしく、こちらに何かを渡してきた。

 

《申し訳ないのだけれど、この手紙をジェイクに渡してほしいの。私は……まだ帰れないから……よろしくね》

 

そうして渡された手紙を持って帰るのだろうと言うのは、流石に予想はできた。

また、この手紙を見たときに同時に感じたことがある。

 

《まるで伝書バトですね……》

 

紗夜が言った通り、やっていることがこんな感じになっているのだ。もう少し進めばクエストにも様々なものが出てくるのだが、操作に慣れる為の要素もある為、序盤は仕方が無い。

この他にも、気になった場所があるらしく、今度はリサから問いがやって来る。

 

《そう言えば、どうしてこんな近くなのに手紙で文通やってるの?》

 

《さっきリンダさんが言った通り、「まだ帰れない」ってのが原因なんだ》

 

《確かに、そう言ってたわね……けれど、どうして?》

 

これを語られるのはストーリー上もう少し後になってしまうが、気になるのなら先に答えてしまおうと言う判断が経験者側に降りた。

 

《リンダさんは、ここにいる強いモンスターを封印する為に来ているんだっ!本当ならジェイクさんも会いに行きたいんだと思うけど、村のしきたり?っていうのがあって、こっちに来れないんだ……》

 

《そんなこともあって、この二人は会えないまま、こうして何万回も手紙でやり取りをすることになっているんです……(TдT;)》

 

この手の道を知る人たちで言うところの『メタ』が悲しい程に出ている場面であった。

流石に運営や開発陣でもない以上、プレイヤーである自分たちにはどうすることもできない。

 

《そう言うの、なんか寂しいね……》

 

《せめて、どこかのタイミングで顔を合わせて話せればいいのでしょうけど》

 

このゲームでは当分叶わないのだろうと、悲しい結論を出すしかなかった。

それならば、せめてこの手紙だけはしっかり届けてあげようと思考を切り替え、元の道を戻り出すことにした。

 

《欲張ってはいたけど、今回キラぽんもユニットの敵も出てこねぇな……》

 

《あっ、そう言えば確かにΣ(゚д゚lll)》

 

《ま、まあ……今日は運が悪かったってことで……》

 

おまけ程度の探しなのでそこまで気にしていないが、経験者側は出来れば来て欲しいと願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

《もうちょっとで終わるんだ……意外に簡単だったね?》

 

《最初のクエストだし、経験者三人もいるからねっ!》

 

リンダから手紙も預かって戻っている最中なので、パーティーの空気が感想会になり始めている。

実際、今回のクエストは移動と会話が主で、戦闘は道中遭遇したらやる程度なので、実質的にはお使いとも言える様な内容だったからだ。

 

《今回はモンスターが少なかったので、少し楽ができましたね》

 

《流石に、先程出てきた大きなモンスターには驚きましたが……》

 

途中のヘルスケルトンソルジャーとフィールドボスに遭遇は事故(アクシデント)であったが、今回は比較的楽な道であったと言える。

そんなことを話しながら進んでいると、何やらまた光っているものを見つける。

 

《あれ、何かを光っていないかしら?》

 

《んー?また薬草とかなんじゃない?》

 

《……ちょっと待て?この場所で光ってるってことは……》

 

リサの考えへ即座に頷かなかった貴之は、もう一つの考えが出てくる。

それは経験者側も考えていたようで、そっと近づいて行くと──。

 

《……!》

 

《き、キラぽんだぁーっ!?》

 

《ま、マジだ……なんつー巡り合わせの良さ》

 

何故かキラキラと光を放っているウサギみたいな存在は、丁度あこが探していたモンスターであった。

 

《へぇ~?あれが?》

 

《そうだよっ。あっ、キラぽん倒す時はコッソリ後ろから近づかないといけないんだった……》

 

《あこちゃん、ファイトだよ( `ー´)ノ》

 

どうやら非常に臆病で、周囲に敏感な存在らしく、見られるとすぐに逃げるらしい。

その為、なるべく音が出ないような移動方法を取り、上手く後ろから近づいて行く。

 

《よし、ここまで来れば……ってあれ?》

 

あこはそのまま攻撃しようとしたが、キラぽんはあこの()()()()()()()逃げていく。

──変だな?と感じたのは経験者側三人で、少し考える必要が出てきた。基本的に、キラぽんは危険を察知した相手から離れるように逃げるので、今回はあこがその対象ではないのだ。

 

《……他のプレイヤーが来てるのかな?》

 

《でも、来てたとしてもキラぽんの感知距離には入って無いよ?》

 

《となると、ヘルスケルトンソルジャーか、或いは……》

 

──フィールドボスだな?と、あこと燐子の証言から消去法を叩き出した貴之だが、その予想が見事に当たる形となる。

何しろ、大きな足音と共に、物陰からそれが現れたのだから──。

 

《ま、まだバレ無いよね!?》

 

《まだ大丈夫です。一先ず、物陰に隠れて通り過ぎるのを待ちましょう!》

 

入口の方からフィールドボスが来てしまっているので、今回はこのような形でやり過ごす必要が出て来た。

フィールドボスの移動先は隠れている場所から見ると、キラぽんが逃げた方向と一致してしまうのだが、一応別れ道があるのでそこまで被っていないことを祈るしかない。

 

《ちなみに、逃げ道まで被っていた場合はどうなるのですか?》

 

《プレイヤーが追いかけられない、狭い道に逃げちゃうんです……》

 

せっかく見つけたと言うのに、これは少し可哀想だなとあこのしょんぼりした様子が伝わった紗夜は考えた。

また低確率との勝負をするのか──。と絶望ししていたところに、僅かな光が差す。

 

《……ありゃ?今度は入口方面に逃げてったぞ?》

 

《と言うことは……》

 

キラぽんの逃げ道と、フィールドボスの移動先が被らなかった──。偶然が起こした奇跡の証である。

 

《行けそうですか?》

 

《逃げた後は背中を向けてるから、見つけさえすれば……》

 

何とかなるのが分かったので、それならばと急いでキラぽんを追いかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これ、どっちに進めばいいかしら……?」

 

「取り敢えず、右から行ってみて、ダメなら左を見てみようか」

 

キラぽんの追いかけは、相手自体が攻撃をしない為、二人一組に分かれて捜索を開始した。今回は隣りにいる人同士で会話できるようにペアを組んでおり、何かあったときすぐに話し合える状態を作っている。

幸いにもペアの組み合わせ自体そこまでバランスが悪いわけでもなく、それなりに対応は取りやすい状況だった。

ちなみに貴之が出したこの発案は、何となく困ったら左が危険だと感じていたからだけに過ぎない。

 

「ただ、俺たちが一番キラぽん倒しづらいのだけは気をつけねぇとな……」

 

「……そうなの?」

 

実のところ、友希那が戦闘力低い貴之が攻撃範囲狭いでこの二人が一番キラぽん倒しが難しい組み合わせだったりする。

友希那は攻撃こそ届くものの、攻撃力が低いのでクリティカル祈り、貴之は当てれば一撃だが、そもそもバレずに攻撃するのがかなり難しい。

そんなこともあり、最悪お祈り勝負に持っていくしかないので、出来れば自分たちのところは外れてほしいのが本音であった。

なお、他の組み合わせの場合、適正位置で魔法を放てば最も楽に倒せる燐子、程よい距離で攻撃できるあこがいるのでまだやりやすい分、初心者二人は見つけるので手一杯になりそうな可能性が友希那以上に高いが、経験者側が強いのでこちらよりは全然いいと言える。

 

「「あっ……」」

 

そんなことを考えていたら、こちらでキラぽんを見つけた。こうなるともうやるしかないので、どちらで攻撃するべきかを考える。

 

「(友希那はここからでも攻撃ができるが、クリティカルが出るかどうかの確率勝負……そして俺は、そもそも攻撃できずに逃げられる可能性が高い……)」

 

正直に言えば、自分たちが見つけないのが一番良かったのだが、もうすぐキラぽんが完全に逃走してしまう時間が近づいてきているので、四の五の言ってられない状況である。

どの道失敗する可能性が高いと言う非常に分の悪い賭けであり、しかもこの失敗が自分だけでなく、キラぽんを追い求めていたあこにも響くことを考えると、さらにプレッシャーが掛かる。

ある意味で救いだったのは、友希那が初心者組の中で唯一有効な攻撃手段を持っていたことであり、貴之が他の二人どちらかと組んでいた場合は貴之がかなりシビアな操作を要求されていた。

 

「貴之……」

 

「……ん?」

 

「その、私が攻撃しようと思うのだけれど……」

 

──ダメ、かしら?貴之が悩みこんでいる時に出した友希那の問いは、決断を促すのに十分な材料となる。

一か八かでもいいからあこの助けをしてあげたいと言う意思を感じるその目を見て、貴之が選ぶ判断は絞られた。

 

「そうだな……そうしよう。ダメだったらその時だ」

 

「ありがとう。えっと……どうすればいいかしら?」

 

「よしよし。じゃあ、俺と一緒にやっていこうか」

 

貴之は一度席を立ち、友希那の真後ろに陣取る。これは友希那の視点で話しながら進められるからである。

また、やるといったものの不安そうにしている友希那がいたので、彼女がマウスを持っている右手に、自分の右手を添える。

 

「大丈夫そうか?」

 

「ええ……これなら大丈夫」

 

これで落ち着きを取り戻してくれるなら万々歳であり、そのままやることを進めていく。

まずは攻撃可能な距離への接近。これは急いで移動すると発見されて逃げられるので、焦る気持ちを抑え、ゆっくりと歩を進める。

次に有効打の確認。友希那は現状一つしかないので、それを間違えずに撃つことになる。

 

「じゃあ、後はこれを使うのね?」

 

「ああ。そしたら後はクリティカルが出るかどうかだ……」

 

現状友希那の攻撃力ではギリギリ確定一発を取れていないが、クリティカルが出れば丁度届くと言った具合である。

本当に運任せになってしまうのは悪いとは思うが、今の自分たちにできる最善手でもあった。

一度深呼吸をした後、その有効打を二人して入力することで発動し、その攻撃がキラぽんに届く。

 

「おっ……」

 

「これって……」

 

何やら強力な攻撃が当たったようなエフェクト共に、キラぽんが倒れ、光となって消滅するのが見える。

つまりこれは、キラぽんが倒せたと言う証拠であり、友希那の攻撃がクリティカルヒットした証拠でもある。

 

「やったな」

 

「ええ、本当によかった……あら?」

 

倒した喜びも束の間、何やらインフォメーションが出ていたらしく、それを確認する。

そうすると、どうやらあこが求めていたアイテムすら手に入れていたようで、究極の現実幸運(リアルラック)を目の当たりにした。

 

「これで一安心……かしら?」

 

「ああ。いい収穫だったぜ」

 

上手く行ったので、一先ずチャットして合流する旨を伝えて移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

《これはあこにあげるわ。欲しかったのでしょう?》

 

《うぇぇっ!?い、いいんですかっ!?》

 

まさかそこまで上手く行っているとは思わなかったし、くれると言うのはこの上なくありがたい話しであった。

ただ、遭遇率や入手率の関係から、あまりにも友希那の負うデメリットが大きすぎる為、あこがどうするか迷ってしまう。

 

《いいのよ。今回のお礼だと思って?結構楽しい場所だと思ったから……》

 

《ゆ、友希那さ~んっ!》

 

そう言うことならと、あこは友希那からのプレゼントを貰うことにした。

 

《友希那さんのクリティカルを狙う方を選んだことに、ちょっと驚きだったよ……(・∀・;)》

 

《貴之君の勝負運に任せたのですか?》

 

聞いてみれば友希那からの進言で決めたので、そこには少し驚いた。

ただ今回、貴之が持っている手札が非常に厳しかったので、一言入れてもらえるだけでも違うのだろう。

 

《まあ、どの道分の悪い賭けだったのは変わりねぇんだけどな》

 

《そこで勝てる辺り流石だと思うんだけどなぁ~……》

 

リサがジト目で見てくるような気もしたが、そんなことは気にしない。

後は手紙を渡すべく旅立ちの村に戻るのだが、一先ずフィールドボスの移動範囲外までは慎重に動くことにした。

そしてもうすぐ出入口──と言うところまで来た時に、何やら自分たちが進む先の地面から紫の魔法陣が現れ、その中から何やら武器を黒い巨竜が現れる。

 

《えっ!?このタイミングで!?》

 

《た、貴之君。これって……(゚Д゚;)》

 

《やぱっりそうだよな?こいつは……》

 

出て来た存在には、初心者組三人、中でも友希那は大会で自分が使っていたので特に覚えがあった。

深紅の瞳と、緑色のラインが入った黒い巨竜。間違いようも無かったのである。

 

《『ファントム・ブラスター・ドラゴン』!?》

 

今回のヴァンガードイベントで出て来たユニットは、『シャドウパラディン』の盟主と言える存在であった。




比較的短かったので、次回で終わるのが確定しました。

主な変更点は……

・あこがカッコいいを我慢してキラぽんへ攻撃を選択
・キラぽんが想定外の逃げ方をする
・フィールドボスの遭遇タイミングが異なり、止む無く逃走もしていない
・キラぽんを倒す場面に、貴之も混ざる
・最後の最後で『ファントム・ブラスター・ドラゴン』が出現

この辺りでしょうか。

次回は『ファントム・ブラスター・ドラゴン』討伐戦をこなし、エンディングを書いてこのストーリーが完結となります。


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サマー18 対決と旅の終わり

これでイベントストーリーが完走になります。


《これ、どうしよ……?》

 

《一旦、貴之君が攻撃をして、相手の強さを確かめるのがいいかも……"(-""-)"》

 

まさかの『ファントム・ブラスター・ドラゴン』と対面したので、真っ先に思い浮かぶのがそれだった。

これ自体、貴之なら全く問題ないのだが、他の三人は少し気になることがあった。

 

《確かめる必要があるのですか?》

 

《前の時にそうだったんですけど、イベント専用の敵って、幸運次第でレアアイテムを落としやすい分、強い敵が出てくることがあるんですっ》

 

《万が一敵が強かった場合、私でも攻撃を二回貰ったらやられちゃうかもしれないので……(ノдノ)》

 

《り、燐子すら二回で!?》

 

《一応聞くけれど、わざと攻撃を受けに行ってしまった場合は……》

 

《今のメンバーだと、俺以外が攻撃を受けると立て直しが相当厳しくなる……》

 

そもそもレベルが高い場合は初心者組は何をもらっても確定一発になっているので、彼女らがほぼほぼ何も出来ない状況に陥ることになる。

逆に、レベルが低い場合は紗夜が盾による受けを一回だけ成立させることができるので、リサの回復と友希那のバフがあれば、初心者組も何とかできる可能性が高まる。

そんなこともあるので、まずは貴之が一回通常攻撃をしてみる。

 

「(おっ、HPが5分も減ったぞ……?)」

 

思ったよりも減っていたことに驚きを示し、その直後に来た武器による反撃を、様子見も兼ねて通常ガードで受け止める。

このダメージ量が判断材料にできるので、一度皆がいる場所へ戻る。

 

《まだレベル低い方だな……》

 

《この感じ、いくつかクエストをこなした後に合わせた強さだね》

 

幸いにもそんなに強い方の敵ではなかった。これならば初心者組もしっかり動けるように促すことで抗うことも可能だろう。

一度貴之が攻撃圏外に離れたことで、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』は静かにこちらを見たまま待機している為、このまま作戦会議に移る。

 

《あっ、ヒールいる?》

 

《いや、それはもうちょっと待とう。削りダメージが一桁だったんだ……》

 

貴之のレベルが高い、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のレベルが低い、そして通常ガードの削りダメージだったので、殆どダメージになっていなかった。

それも踏まえて、経験者側で行動を考えあう。

 

《そう言えば、今の貴之さんならユニット系の敵相手に特効持ちの攻撃ができますよね?》

 

《ああ。『バーストバスター』をぶつければかなりのダメージは入るはずだ》

 

《なら、貴之君がそれを決める方向で行こうかな》

 

とにかく貴之の攻撃さえ入れれば勝てる。後はそれをどうやって、()()()()()()()決めるが大事であった。

誰一人欠けさせないで戦うなら、今回は貴之が受けに専念すればいいが、燐子たちの攻撃では時間がかかってしまう。しかしながら、今回は『ファントム・ブラスター・ドラゴン』が低レベルだからできることがあった。

 

《氷川さんは友希那さんからバフをかけて貰えば一発耐えられる……今のHPなら、今井さんのヒールで全回復もできる……》

 

《てことは、挑む前にバフ掛けしてからになるか》

 

《でも、それなら貴之さんも攻撃を打てるし、何よりもみんなで勝った感じになるしいいと思うっ!》

 

あこの後押しは最も大事な意見で、そう言うことならばと方針を確定した。

 

《今回はちょっと変則的な陣形で、本来このパーティーだと一番頑丈な貴之君は、パワーを出すためにギリギリまで後ろに留まります》

 

《こうなると盾役を交代する必要があるんだけど、あことりんりんは足止めだったり、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』から意識を逸らすようにしたりでちょっとその時間を使えないんだ……》

 

《あの、さっき私なら耐えられると言っていたのは……》

 

《はい。今回は友希那さんから強化を貰った氷川さんに盾役をお願いすることになります。いきなりで大変かも知れないですけど……(-_-;)》

 

流石にレベルが上がっていないので、二発目を貰えば確実にやられてしまう。

その為燐子とあこの二人で時間を作り、その間にリサが紗夜を回復させる作戦である。友希那には限界まで紗夜の防御力を強化し続けてもらい、貴之が攻撃するまでの時間稼ぎを行うのである。

 

《私がこれを使えばいいのね?》

 

《そうですっ。それの効果を切らさないようにすれば、紗夜さんはやられないですし、リサ姉の回復も間に合うのでっ!》

 

《アタシまだそんなにヒール打てないけど、大丈夫かな……?》

 

《少なくとも、リサがヒールを使い切る頃にはこっちも準備終わってるだろうから、それまでの辛抱だ》

 

貴之は紗夜が耐えている間、ひたすら自分にバフを掛け、一撃必殺を狙うつもりでいる。

その準備はリサのヒールが打てなくなる頃には流石に終わっているので、そこまで心配する必要はない。

さらに言えば、その回復が確実に間に合うように、あこも死霊呼び出しで『タゲ散らし』と呼ばれる、一方に狙いをつけさせない措置をするし、それがダメなら燐子がフィールドボスから逃げる時に用意しているプランを応用して安全圏に逃がす算段である。

また、あこは相手の動きを止めることで、一時的に攻撃を遅れさせることも可能なので、死霊呼び出しすらダメならそれも掛け合わせるつもりである。

 

《よし。ここで紗夜に強化支援をかけよう》

 

《強化支援が掛かったら、氷川さんを先頭に『ファントム・ブラスター・ドラゴン』の認識距離に入ります。氷川さんが『ファントム・ブラスター・ドラゴン』の認識距離まで入ったら、始めます》

 

《危なくなったらあことりんりんでフォローするから、三人は自分のやることに集中してくれて大丈夫ですっ》

 

あと一歩で『ファントム・ブラスター・ドラゴン』の認識距離まで来たので、一度アナウンスを掛ける。

この時、一度経験者側が全員足を止めたことによって、それに習った初心者側三人が『ファントム・ブラスター・ドラゴン』の認識距離に入ることはなかった。

 

《じゃあ、紗夜に『活気の歌』を届けるわ》

 

友希那が紗夜に向けて橙色の音符を飛ばし、それは紗夜に当たった途端に消え、代わりに彼女の体が一瞬だけ光った。

 

《あっ、紗夜が一瞬光った!》

 

《HPなどのゲージの上にアイコンが付いた……?これが強化された証になるのですね?》

 

《はい。効果時間は大体40秒程なので、友希那さんは効果が切れる前に掛け直しをしてあげてください。そうしないと氷川さんがジャストガードでしか耐えられなくなるので……(;・∀・)》

 

もちろん、リサと同じく回数切れまでには間に合わせるので、そこは心配ないことを伝えておく。

ジャストガードとはタイミングよくガードすることで起こる、削りダメージを受けない防御法なのだが、タイミングが攻撃を受ける直前にガードなので、慣れていない初心者にはあまり優しくない仕様である。

 

《では、入ります!》

 

紗夜が踏み込んだことで戦いが始まる。

この後はとにかく自分のやることを守ることが大事である為、後は味方を信じて徹底するだけであった。

 

《しかし、ユニットの……それもグレード3の攻撃を生身で受けると言うのは想像すると恐ろしいものですね……!》

 

《紗夜、ヒール掛けるよっ!》

 

《そろそろ効果時間が切れるから、『活気の歌』も届けるわね》

 

紗夜が『ファントム・ブラスター・ドラゴン』の槍による一撃を盾でガードすると、貴之の時とは違って友希那のバフ込みでも7割近くの体力が持っていかれてしまっていた。

幸いにもリサのヒールで紗夜のHPは全快するので、友希那の強化支援を切らさなければ耐え続けることは可能だった。

最悪紗夜だけは薬草を使ってもらうことになるが、そうなる前には決まると思える。

 

《タゲ散らしておきますねっ!地に眠る魂よ……我らに力を貸し給え!》

 

「(思ったより攻撃ペースが早い……このままだとヒールを使い切っちゃうかも)」

 

リサのヒールが切れたら三人は離脱させて上げようと燐子は考えた。

その戦況が見える中、貴之は皆を信じて自分にバフを掛け続ける。

 

「(頑張れよ……あと少し!)」

 

幸いにも『ファントム・ブラスター・ドラゴン』のレベルが低いので、そこまでのバフ量は必要にならない。

しかしながら、スキルの再現がどうなっているかを考えると、少し急ぎたい考えもあった。

あこもそこを危惧しているらしく、死霊は呼んでも二体までに留めている。

 

《っ……!攻撃が重い……!》

 

《もう一回、ヒールを掛けるよっ!》

 

《私も、『活気の歌』を届けるわ!》

 

何度目かの攻防が続き、そろそろリサたちの魔法と歌の使用回数が危うくなってきた頃になる。

あこも死霊を二体ずつ呼んでいる都合上、予想よりも消耗が早く、拘束用の魔法が使えるかが不安なので、最悪燐子に視界外に逃れる魔法を頼むことになると考えた。

 

《よし、準備できたぞ!》

 

《りんりん!》

 

《うん!私が魔法を使ったら、貴之君の後ろまで逃げてください!》

 

三人がそれぞれ了解の旨を出したタイミングであこが死霊をもう一度呼び出し、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』から注意を逸らす。

そのタイミングを逃さずに燐子が『ブラインドカーテン』と言う、一時的にモンスターの視界外となる魔法を掛け、全員でその効果時間中に貴之の後ろへと走った。

全員が下がったのをみた貴之は一歩踏み込み、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』の認識距離に入る。

 

《な、なんか剣がバチバチと青い電気を出してるんですけど……》

 

《それ……まさかだけれど》

 

《ああ。この装備をしている時だけに使える技を使うんだ》

 

もう何をしたいのかに察しが付いてしまったのだが、それは見ていくことにした。

電撃を放つ剣を牙突の姿勢で構えると、剣の一部がスライドし、何かを打ち出せる状態になる。

 

《幻影の竜よ!光の剣を受けるがいいっ!『バーストバスター』!》

 

そのまま正面に向かって突きをする形で腕を伸ばし、剣からビームのように電撃を飛ばす。

それが『ファントム・ブラスター・ドラゴン』に直撃し、致命的な一撃となったらしく『ファントム・ブラスター・ドラゴン』が絶叫を上げ、そのまま光となって消滅していく。

 

《何となく予想はできてたけど、一撃で終わっちゃった……》

 

《流石特効補正……ものすげぇ威力出たわ》

 

燐子と一緒にレベルを上げていたあこは予想できていたが、それでもとんでもない威力だと断言できる。

ボスはHPが多めに設定されている都合からレベル差があっても一撃で倒すことは難しいのだが、特効補正がそれを覆して見せた。

また、この時初心者組三人が『活気の歌』をもらった時とは違う光を発していた。

 

《えっ?今の光って何?》

 

《おめでとうございます。三人ともレベルアップしたんですね(^_^♪》

 

《強くなった……と言うことでいいのかしら?》

 

《はい。レベルごとに決められた経験値を獲得するとレベルが上がって、HPや攻撃力と言った様々な能力が上昇するんです》

 

職業ごとに各項目の上昇する割合は違ってくるのだが、今は意識しなくて良いだろう。

これを何回も重ねて行くとあこや燐子のようになるので、興味を持った人は頑張ってほしいと思う。

 

《ところで、HPが全快してるのですが……これは?》

 

《それはレベルアップの時のおまけ要素だな。他の二人も、使い過ぎた魔力とかが戻ってるはずだ》

 

確認してみれば友希那とリサも自分が魔法や歌を使った時に使用していたゲージが満タンに戻っている。

そう言うことならヒールをしようと思ったリサだが、やっても貴之への一回しか意味がないことに気付く。

 

《三人とも、ダメージ受けてない……》

 

《まあ、あこたちはレベルが高いからね》

 

《それに、攻撃を受けてくれたのは殆ど氷川さんですから……》

 

そう言えばそう言う役割分担だったなと思い出し、今後遊ぶ場合は薬草の節約ができるので紗夜にヒールを掛けてあげた。

後は帰るだけだが、まだモンスターに襲撃される可能性があるので、保険も込みになっている。

 

《いやぁ~……何というか、皆で戦った感じがするね?》

 

《そうですね。湊さんと今井さんのおかげで、私は『ファントム・ブラスター・ドラゴン』からの攻撃を耐え続けられて……》

 

《紗夜が耐えられるから、三人は自分の役割に徹することができた……そうよね?》

 

そこに気づけたことで、自分たちも頑張れた。あの強敵を倒す手助けができたと実感し、喜びの情を抱く。

こう言うことが味わえるなら、まだまだやれそうな気もするが、流石に今日は時間もあるし、慣れないことで疲れてきているので、取り敢えず旅立ちの村に戻ることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

《戻ってきたから、ジェイクさんに報告しに行こうっ!》

 

《それが終わればこのクエストは完了して、あこちゃんは欲しい装備が手に入るので、二重の意味で目的達成です(#^.^#)》

 

旅立ちの村に戻った後、一行はリンダから貰った手紙をジェイクに渡した。

これで残りは彼からの反応を聞き、それが終わるとあこが欲しかったアイテムを入手できる。

 

《これは……リンダからの手紙……?ありがとう旅の人、本当にありがとう……》

 

《こうやって何度も手紙を受け取ってるんだよね……それでも会えない二人かぁ》

 

──なんか、ほんと切ないお話しだね……。恋愛小説を読むことの多いリサからすると、何とも言えない気持ちになる事案だった。

一方で、貴之と友希那は自分たちがまた会えて良かったと喜びを確かめあっていた。

 

《お礼といっては何ですが、これを差し上げます。どうかこの先もお気を付けて》

 

このメッセージが終わったと同時に、あこが欲しかった武器が手に入る。

その武器の名前は『リンダのサイス』であり、先程手紙を届けに言った人の武器である。

 

《サイス……確か、大きな鎌のことだったかしら》

 

《そうですっ!あこ、ネクロマンサーだからこの武器がどうしてもほしくて……っ!》

 

職業のイメージに合わせたいのがあった為、あこからすると今日一番の収穫である。

ここまではいいのだが、一つ気になったことがある。

 

《でも、なんで『リンダのサイス』なの?》

 

引っ掛かるのはリンダの名称が入っていることだろう。

これについて知るのは暫く先の話しになってしまうが、疑問解決としてここは答えておくことにした。

 

《実は……この物語を進めると、リンダさんは鉱山のモンスターに体を乗っ取られて魔女になってしまうんです……》

 

《つまり……あの人自身がモンスターになってしまうと言うこと?》

 

友希那の問いに、燐子は《はい》と、肯定を返す。

 

《それで、この村が襲われることになるんですけど、その時にリンダさんの持っている武器が、その『リンダのサイス』なんです》

 

《う、うわー……なんか切ないと思ってたけど、それを通り越してめっちゃへこむ話しだね……》

 

《それなら、リンダさんを無理にでも村に連れ帰ってこなければ行けなかったのではないですか?》

 

乗っ取られてしまうならそうするしかないと考えた紗夜だが、あこも『ゲームだからその選択肢が与えられないと無理』と諦めの旨を返した。

 

《それに、あそこにいないとモンスターの封印をする人がいなくなっちまうから、どの道リンダさんは詰んでたことになる……》

 

《本当に八方塞がりですよね……あれ》

 

《そうなんですね……》

 

貴之ですら打開策ゼロであり、あこも大いに同意した。

こう言うのをどうにかするには、二次創作系のものでリンダにテコ入れをすること以外解決は難しく、そうした場合リンダはずっと鉱山に残されっぱなしである可能性が高い。

流石に創作物の物語に介入は先導者でも出来ない。とは言え、こればかりはゲームの仕様なのだから仕方ない。

 

《まぁでも、あこが欲しかった武器が手に入ってよかったじゃん♪》

 

《うんっ!ほんっとにみんなありがとーございましたっ!》

 

燐子とは今度この武器を持って一緒に行こうと言う話しをし、貴之は余裕があったら参加の旨を告げる。

何しろ彼は『ヴァンガード甲子園』も近づきつつある身。あまり現を抜かしすぎるのもよくないのだ。

 

《あっ、そう言えばこのゲームやってみてどうでしたか?》

 

誘った身としては聞いておきたかったことであり、その反応で次こう言うことがあったら誘うかどうかの判断材料にしておきたかったのだ。

ゲームそのものに不慣れな三人だが、不思議と内容は殆ど同じだった。

 

《やはり、慣れていないのもあるから()()()……と言うのが最初に出て来たわね。けれど、つまらないかと言われればそれは違うわ》

 

()()()|と言うのは私も感じました。ですが、これは楽しめるタイプの難しさだと思いました》

 

《大体二人と同じかな……()()()|けど楽しかったし、またやってみたいなーって……》

 

三人難しいと感じたのは、普段からゲームをやらないので仕方ないところではある。ヴァンガードはまだ手元で複雑な操作をするわけでも無かったから対応が十分に可能だった。

一番楽しいと思えた瞬間と言えば、三人そろって『ファントム・ブラスター・ドラゴン』と戦った時だと言うのは、自分たちも役割を持って参加できたことが大きいだろう。

 

《よかったね、あこちゃん(^^♪》

 

《うんっ!またこう言うことがあったら声掛けますねっ!》

 

今日は練習も終わっているので、後は別れ道に来たら解散という流れになった。

帰り道では、紗夜が前日に俊哉の家に上がって別ゲームをやらせて貰い、その小説も借りていることが判明している。

 

「俊哉すげぇ楽しそうにしてたよ……そのシリーズを話し合える人は少ないからって」

 

「そうなの?なら、結構行けそうじゃないかしら?」

 

「あ、あの……そう言ってくれるのはありがたいのですが……」

 

──流石に恥ずかしいです……。嬉しさよりも恥ずかしさが勝った紗夜は顔を真っ赤にした。

 

 

 

また一つと思い出や経験を経て、夏の時間は進んでいくのであった。




イベントストーリー『Neo Fantasy Online -旅立ち-』もこれにて終了です。

変化点があるのは、『ファントム・ブラスター・ドラゴン』相手に戦闘を行ったくらいになると思います。


次回は一旦とあるデッキを使ったファイトを書いて行こうかと思います。


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サマー19 未知の領域へ

アサルトリリィのラスバレやってたり、ポケモンのランクマで禁止伝説使えるようになったりで大慌てだったので、少し慌ただしい展開になりました。

ちなみにラスバレ初期選択は夢結お姉さまにしました

追記……ヴァンガードはライドデッキやら(オーバー)トリガーやらでまた新しい戦い方になりそうですね。


時は進み、夏も後半となってきたある日──。普段自力で起きるのならほんの少し遅めだろう時間に携帯電話の着信音が聞こえたので、貴之はそれを手に取って電話に出る。

 

「……もしもし?」

 

『朝早くからごめんなさい。瑞樹だけど、この後時間空いてるかしら?』

 

「ええ。空いてますよ」

 

電話の主は瑞樹であり、電話越しにやや真剣そうな声が聞こえた。

その為貴之も至って真面目に答え、先を促す。

 

『実は、とあるデッキ……正確にはそのデッキに存在する一つのユニットと言った方が合ってるわね……。それの検証に協力して欲しいの』

 

「検証……?いいですけど、取り敢えずそのユニットを見せてもらってから決めてもいいですか?」

 

『大丈夫よ。そう言うことなら、どこかのお店で集合しましょうか。頼み込む以上、『レーヴ』に来いは言いづらいから……』

 

瑞樹の提案には了解の旨を伝えて、集合場所を決めてから電話を切る。そうと決まれば選択は早く、顔を洗って朝食を済ませ、そこから歯を磨いてから着替えて家を出る。

今から行けば集合場所が開店するタイミングで合流できる為、人が集まり過ぎないタイミングで話し合いを始められるだろう。

 

「(……と言っても、どんなユニットなんだ?)」

 

題に上げていたユニットを意識しながら、貴之は歩を進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「大丈夫よ。今来たばかりだから……」

 

家を出てからものの三十分後に二人は店前で合流し、早速中に入った。

普段からよく行く羽沢珈琲店は自分と友希那のことを知っている人が多くて選べなかったので、別の喫茶店にしている。

 

「ここにはよく来るの?」

 

「いえ、普段は別の場所です」

 

こう言うことは素直に答えておく、自分と瑞樹の関係を知る人は少ないので、考えなしに選ぶと面倒ごとが起こりそうだったのだから。

それならばと瑞樹も責めることは無く、寧ろその選択をしてくれたらことに安心する。

 

「今回、私が検証を頼もうとしたのはこのユニットよ」

 

「このユニットですか……って、こいつは……!?」

 

貴之はそのユニットの特徴に驚愕する。あまりにも分かりやすすぎる程の未知がそこにあった。

そして、これを確かめるのに自分が選ばれた理由は何となく分かっている……というよりも、消去法で自分以外選べないが正確だった。

 

「厳しいとは思うでしょうけれど、これが使えると分かれば……」

 

「新しい選択肢が生まれる、か……」

 

新しい選択肢が生まれることは、コンテンツとしての寿命が伸びることも意味することがあるので、これは是非ともやっておきたいと思った貴之は引き受けることにした。

こうして交渉が成立し、それならばと早速『レーヴ』へ向かうことにした──。

 

「……貴之君?」

 

「あら……」

 

「……ああ、分かった。取り敢えず話しをしようか」

 

まさかの瑞樹と面識のない燐子と鉢合わせすることになり、誤解を避ける為にも事情説明をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……これを使うの?」

 

「まあ、何が起きるか分からねぇままだけど……」

 

事情を聞いた後『レーヴ』で件のユニットを見せてもらった燐子が啞然とした。

実際、貴之も正気を疑ってしまったが、これを使った時にどうなるかは間違いなく意識しておく必要のあることだった。

どうしてこれを貴之に頼み込んだかと言われれば、瑞樹の知る限りでは彼しかグレード4を自力制御できるファイターがおらず、他のファイターに頼むのは不安要素が大きすぎたのである。

強いて言えば一真も行ける可能性はあるが、今回は自然な対応ができる貴之の方が適任であった。

 

「えっと……貴之君、一つだけいい?」

 

「な、何を……?」

 

燐子に声を掛けられるのはいいが、何やら凄みを感じた笑みだったので、貴之は引きつった笑みを返してしまった。

 

「友希那さんには……話したの?」

 

「い、いや……話せてない……」

 

自分があの表情を見せた段階でもうボロが出ているし、噓をついても反感を買うしかないので、ここは正直に話す。

ただし、今回はどちらもいい回答でないことには変わりなく、燐子はこんなことを言ってきた。

 

「少なくともこう言うことは……友希那さんに話そう?ね?」

 

「はい。そうします……」

 

何だかリサのような圧を感じ、素直に従うしかなかった。

また、この直後燐子はお騒がせしましたと秋山姉妹に詫びているが、こちらも急な頼みだったのでと余り気にしていない。

 

「貴之って、他にも女の子と交流があったりするの?」

 

「まだ何人か……こっちに戻ってきてから、増えすぎたと言ってましたけど……」

 

正直なところ、十数人増えた人間関係で、半数以上が女子だと言うことを考えればその範囲は圧倒的すぎる。

先が思いやられるのかと考えたが、結局友希那のことを考えたらそんなことはないだろうと結衣はそれ以上考えないことにした。

 

「じゃあ、準備はいいですか?」

 

「ああ。今日はよろしくな」

 

今日の対戦相手は留美で、貴之は彼女と指定されたデッキを使用してのファイトとなる。

 

「(こいつを使用した時にどうなるか……それが問題だな)」

 

──あの負担が来なけりゃいいが……。そんな不安を感じながら、貴之は準備を終える。

終えたタイミングでは留美も準備を済ませていたので、後はこのままファイト開始となる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之は笛を持った和服の少年である『新風のパーン』に、留美は帽子を被ってメガネを付けたどことなく教授を思わせるオウムである『ブラックボード・オーム』に『ライド』した。

 

「あのデッキ……『ジェネシス』ですか?」

 

「うん。貴之に頼んだユニットは、『ジェネシス』にいるとあるユニットじゃないと使えないから……」

 

貴之が今回使うのは、『ユナイテッドサンクチュアリ』に所属する、『オラクルシンクタンク』が予知した予知された絶望的な未来を塗り替えるために創設した複合企業体である。

ファイトとしては『ソウル』を多く活用する『クラン』の一つであり、『ペインムーン』のように展開するタイプでも、『ダークイレギュラーズ』のように溜め込んでから一気に爆発させるタイプでもなく、何らかの形でアドバンテージを取っていくタイプである。

 

「留美は『グレートネイチャー』のままか」

 

「まあ、変に変えるよりはこっちの方がいいと思うので」

 

──使い慣れてると安心しますよね?留美の問いかけに貴之も肯定を示す。

留美が使う『グレートネイチャー』は『ズー』にある動物たちの総合大学である。

ファイトとしては山札の残量を減らすディスアドバンテージの代わりにパワーや追加効果でアドバンテージを得るという、リスクリターンの考慮して戦うものになる。

 

「じゃあ私から……『ライド』、『モノキュラス・タイガー』!」

 

留美の先攻でファイトが始まり、彼女は右目にレンズのようなものを掛けた虎の『モノキュラス』に『ライド』してターンを終える。

 

「『ライド』!『天球のアトラス』!ヴァンガードに登場時、スキルで『ソウルチャージ』」

 

貴之は二つの球体を持った和服姿の青年『アトラス』になる。

ここではもうやることが無いので、そのまま攻撃へ移ることにした。

 

「一旦攻撃……『アトラス』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガードで」

 

流石にここで防ぐのは早すぎと言う判断で素通しに決めた。

貴之の『ドライブチェック』、留美の『ダメージチェック』は共にノートリガーで、大きな変化がないまま互いの一ターンが終わる。

 

「じゃあ、行きますね?『パイナキュラス・タイガー』に『ライド』!」

 

留美は背中に巨大な双眼鏡をつけた虎の『パイナキュラス』に『ライド』した。

『メインフェイズ』では前列左側に鉛筆風の武器を持った、二足歩行するハムスター型の戦士『鉛筆騎士(ペンシル・ナイト) はむすけ』、後列中央に砲術士だろう格好をするネズミの『タンク・マウス』、後列左側には戦いの為に必要な鎧を身につけた狼の『シルバーウルフ』が『コール』された。

 

「うーん……『鉛筆騎士(ペンシル・ナイト)』はちゃんとコンボで使いたかったんだけどなぁ……」

 

「あっ……確か今回って、ヴァンガードも対象のユニットじゃないですね」

 

「うん。『ソウル』にも対象のユニットがいないし、『ソウルチャージ』も間に合わないから、今回は効果なしでの運用になっちゃったんだ」

 

──いくら普段使わないデッキだと言っても、貴之相手だもんね……。留美の悩みはよく理解でき、結衣も彼女の立場に立って考えた。

ヴァンガードで活用しようにも『ソウル』に対象ユニットがおらずに断念、リアガードのスキルを得るにはまだ対象のユニットに『ライド』できるターンじゃない。そうなると後者の運用ができるように賭けるしかないのである。

ただ、そのユニット自体はサブプランに近いので、本当に最終手段だと留めて留美は攻撃に移る。

 

「じゃあ行きますね……『タンク・マウス』の『ブースト』、『パイナキュラス』でヴァンガードにアタック!この時、『カウンターブラスト』して『パイナキュラス』のスキル発動!山札の上から一枚を『ドロップゾーン』に置きますね」

 

「あっ、これがさっき言ってた……」

 

「ええ。『グレートネイチャー』の持ち味よ」

 

この後、出て来たユニットの種類に応じてスキルが選択され、留美はそれに合わせた動きを、貴之は対応を求められることになる。

今回はトリガーではなく、『ノーマルユニット』が引き当てられた。

 

「『ノーマルユニット』が出たので、山札から一枚引きますね。更に、一ターンに一度、山札から『ドロップゾーン』に置かれた時、『タンク・マウス』のスキルでそれを手札に加えます!」

 

「あっ、補填手段もあるんだ……」

 

仮にこれで『トリガーユニット』を落とした場合、強力なスキルを得ながら、『タンク・マウス』のスキルで防御手段確保にも繋がるのである。これは中々便利だなと燐子は思った。

貴之は今回ノーガードを選択し、『ドライブチェック』を促すと、留美は(クリティカル)トリガーを引き当て、ダメージを増加させる。

対する貴之は一枚目がノートリガー。二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージは1に抑えられた。

 

「次は『シルバー・ウルフ』の『ブースト』、『鉛筆騎士(ペンシル・ナイト)でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードで行くか。『ダメージチェック』……」

 

留美が『はむすけ』と言う呼称で略さないのは、その名を持ったユニットが複数種類いるのが影響している。

イメージ内で鉛筆の見た目をした爆薬入り弾丸と言う、奇妙なものを受けた後に行われた『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、貴之のダメージは2になった。

 

「流石に使えるのは四ターン目からかしら?」

 

「いや……これやろうと思えば三ターン目で使えそうです」

 

返ってきた回答に瑞樹は「あら……」と思わず声を出した。どうやら手札の揃いがかなりいいらしい。

 

「『ライド』!『白妙の魔術師 コルツ』!」

 

貴之が『ライド』したのは、白の道義と帽子に、黒の上着を来た男性魔術師だった。

『メインフェイズ』では前列左側に和服を着る青髪の男性『舞灯のプロメテウス』、後列左側に月を思わせる金色の髪が目を引く和服の女性『月光のダイアナ』が『コール』される。

 

「登場時、『プロメテウス』のスキルで山札の上から二枚を見て、一枚を『ソウル』に、もう一枚を山札の上に置くことができる……」

 

どことなく『オラクルシンクタンク』に近いスキルであり、燐子はデッキの軸に合わせて決めればいいんだろうなと察する。

この辺りは山札操作を経験している都合から、非常に素早く理解に及ぶことが出来ている証拠であった。

 

「よし。『コルツ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードで」

 

ダメージが1なので、まだ余裕を持っていいと言う判断だった。

ただ、この思惑は貴之の『ドライブチェック』が(ドロー)トリガー、留美の『ダメージチェック』がノートリガーだったことで、留美は非常に悩ましい状況に置かれた。

 

「通してくれるか……?『ダイアナ』の『ブースト』、『プロメテウス』でヴァンガードにアタック!」

 

「相手のターンに発揮できるものじゃないし……ノーガード!」

 

次のターンで決着を着ける気持ちで留美は割り切った判断をする。

この時の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、手札を一枚確保すると同時にダメージが合計3になった。

 

「『ブースト』した攻撃がヒットした時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』で『ダイアナ』のスキル発動!『イマジナリーギフト』、『フォース』を『ヴァンガードサークル』に設置できる!今回選ぶのは、『フォースⅠ』!」

 

「速い……!二ターン目から『イマジナリーギフト』が使えるなんて……」

 

このデッキ以外にできるのは紗夜が使っている『ブロンドエイゼル』を組み込んだ『ゴールドパラディン』のデッキだが、攻撃ヒット依存などがあるので、安定性まで求めたら『エイゼル』系のデッキ以外不可能だろう。

また、この時『フォースⅠ』を選んだのは、デッキコンセプト上、こちらを選ばないと有効活用ができないという問題点が存在していた。

それに歯がゆさを感じながら、貴之はターンを終えるのであった。

 

「……どうですか?まだ本領にはなってないけど、一応確認です」

 

「取り敢えずここまでは何も問題ないぞ。後は、この後どうなるかだな……」

 

現状、まだ本気のユニットが出せていないので、大した変化はないに越したことはない。

留美からすると、ファイト的に勝つならこのターンしかないが、ここで決めてしまってやり直しはちょっと貴之に申し訳ないと一瞬考え──それをすぐに否定する。

何故なら貴之は全力のファイトを望んでおり、手加減する方が失礼に当たる行動だからである。

 

「じゃあ、行きますよっ!『ライド』!『学園の狩人 レオパルド』!」

 

留美は口と背に斬撃用の武器を携えている豹の『レオパルド』に『ライド』した。

このユニットは登場時にスキルを発動し、山札の上から一枚を『ドロップゾーン』に送る。

その結果は『トリガーユニット』で、こちらを引き当てた時の効果が発動される。

 

「『トリガーユニット』を引いたので、このターンの間『レオパルド』はパワープラス15000に(クリティカル)プラス1!」

 

なお、『ノーマルユニット』を引いた場合は、山札の上から四枚を見て、グレード2以下のユニットを二枚まで『コール』してから山札をシャッフルするものになっている。

つまり今回は、かなり攻撃に寄ったスキルを発動したことになる。また、この時『タンク・マウス』のスキルを使うことも忘れない。

 

「『イマジナリーギフト』、『アクセルⅠ』!」

 

『グレートネイチャー』の『イマジナリーギフト』は『アクセル』で、Ⅰを選んだのは『タンク・マウス』で『ドロップゾーン』に落とす分を補えるからであった。

『メインフェイズ』では前列右側に二体目の『パイナキュラス』、後列右側にこれまた二体目の『モノキュラス』、そして『アクセルサークル』には地球儀を思わせる球体で寝そべるようにしているパンダ『ジオグラフ・ジャイアント』が『コール』された。

『ジオグラフ』は追加された『リアガードサークル』──早い話が『アクセルサークル』にいるとパワーがプラス8000される。

 

「行きます!『モノキュラス』の『ブースト』、『パイナキュラス』でヴァンガードにアタック!この時、『モノキュラス』と『パイナキュラス』のスキル発動!」

 

それぞれ山札から一枚を『ドロップゾーン』に置き、『モノキュラス』は『ノーマルユニット』、『パイナキュラス』は『トリガーユニット』だった。

『モノキュラス』はこのバトル中、相手に『守護者(センチネル)』を『コール』させない能力を得て、『パイナキュラス』は相手のユニット一体を退却させ、前列にいる『パイナキュラス』以外をパワープラス5000した。

この時、退却させたのは『プロメテウス』で、『インターセプト』封じを優先した。

貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが3になる。

 

「次は『タンク・マウス』の『ブースト』、『レオパルド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『希望の管理人 パンドラ』で『完全ガード』!」

 

ここのトリガー次第で防ぐ必要が無くなる為、貴之は『完全ガード』しつつ様子見にする。

『ツインドライブ』の結果は二枚とも(フロント)トリガーだったので貴之は残りを素通しすることにした。

その後の『ダメージチェック』の結果はそれぞれノートリガーで、ダメージが5になってターンが終わる。

 

「よし、じゃあ行くぞ……ライド・ザ・ヴァンガード!『煌天神 ウラヌス』!」

 

貴之は和服と背まで伸ばした髪が特徴的な男性になる。

ここでも『フォースⅠ』をヴァンガードに設置するのだが、もう一つ追加で設置できるスキルがある。

 

「登場時、二枚『ソウルブラスト』することで、『フォースⅠ』をヴァンガードに!」

 

これにより、『フォースⅠ』が合計三枚となり、後二枚で完成となる。

更に『メインフェイズ』では前列左側に『プロメテウス』、前列右側にはメガネを掛けた黒髪の女性『詩聖のパルテノス』、そして後列左側と後列右側に『アトラス』が『コール』される。

 

「『カウンターブラスト』と自身を『ソウル』に置くことで『アトラス』のスキル発動!ヴァンガードの種族に星詠があるなら、『フォースⅠ』をヴァンガードに!」

 

これを双方共に行うことで、『フォースⅠ』がヴァンガードに五枚も設置され、時が満ちる。

 

「ヴァンガードに『フォース』が五枚ある時、『ウラヌス』のスキル発動!後列中央は『星域(せいいき)』になる!」

 

「驚いたわ……まさか本当に成功させるなんて」

 

基本的に四ターンかけなければ難しいのだが、貴之は三ターン目に実践して見せたのである。

そして、その状況になって現れるユニットは、今回の議案となったユニットである。

 

「コール・ザ・リアガード!現れよ、グレード5!『絶界巨神 ヴァルケリオン』!」

 

後列中央の空間が変わった直後、黒い身体を持った巨神が現れる。

これが議案のユニットであり、ヴァンガードに『ライド』しないとはいえ、グレード5であることから危険材料だらけでリリース可否の判断が不可能だったのだ。

 

「(何だ……?背中に物凄い存在感を感じる……)」

 

「た、貴之……!大丈夫!?」

 

「大丈夫だ!ただ、なんていうか……背中に感じる存在感がデカすぎて……」

 

速い話が、貴之は集中力を削がれかけている状態であり、なれさえすれば全く問題ないだろう様子が見えた。

ただこれは、他の人も無事ならばリリースが可能になる判断材料になったので、結果オーライと言える。

 

「『ヴァルケリオン』が手札から登場した時スキル発動!山札の上から五枚を見て、一枚を『ドロップゾーン』に置くことで、このターンの『ドライブチェック』はそのユニットのグレードと同じ数になる!」

 

今回選んだのは『ウラヌス』で、『ヴァルケリオン』は『トリプルドライブ』を獲得する。

この後残りの後列に『ダイアナ』を『コール』して攻撃に移る。

 

「ここまで来たらゴリ押しだな……『ウラヌス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ケーブル・シープ』で『完全ガード』!」

 

貴之の『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、効果を全て『ヴァルケリオン』に回す。

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

「えっと……『ヴァルケリオン』は元々パワー70000でしたよね?」

 

「うん。そこにトリガー二枚でパワーがプラス20000、更に(クリティカル)が3の『トリプルドライブ』……」

 

これが後列からも飛んで来るのだから、考えたくもない数値であった。『星域』の影響でこれが後列から飛んで来るというのも、前代未聞と言えた。

ここで留美が焦っていたのは、貴之の『完全ガード』がもうない一点読みが刺さってしまったからである。

 

「これで決着だ!『ヴァルケリオン』でヴァンガードにアタック!」

 

留美が素通しをした後『トリプルドライブ』は三枚目だけ(クリティカル)トリガーで、残りはノートリガーになる。

パワー100000という暴力的な数値から、イメージ内では『ヴァルケリオン』の周囲に漂う球体から無数のレーザーが発射された。

それをまともに受けた『レオパルド』となった留美が消滅したのを表すように、『ダメージチェック』は全てノートリガーで、ここでダメージが6となって決着が付いた。

 

「どうですか?何か反動はあったり……」

 

「いや、こいつは何も無い……ヴァンガードとして使わねぇからか?」

 

ただ、妙な存在感が後ろにちらつくので、やりづらいと感じたのは本音であるので、忘れずに伝える。

それを聞いて、後は他の人次第でという判断が付いた。

 

「それが聞けて安心したわ……『ヌーベルバーグ』みたいなことになったら、流石に見送りだもの」

 

「ですよね……」

 

一先ず詳しい話しは挨拶をしてからということで、まずはファイト終了の挨拶を済ませる。

 

「宛は誰かいるかしら?」

 

「まずは一真からじゃないかと考えてます。あいつも大丈夫なら他の人って感じで……あっ、結衣はもうやったのか?」

 

「私はまだだよ。でも、そっか……一応私でもいいんだ」

 

貴之の考え方を察した結衣は結論に至る。もちろん無理強いはしないだろうが、それでもやってみる価値はあると思えた。

ならば次は結衣がやることに決まり、早速ファイトをしてみる。

 

「うん……やっぱり私も貴之と同じ。妙だけど危険じゃないね」

 

危険性がないだけでも大助かりなので、後は人伝を探っていくことになる。

 

「えっと、私も……一回いいですか?」

 

『……!?』

 

燐子も手伝えるならと申し出てくれ、一度本当にいいのかは確認を取る。

すると燐子は「それが助けになるなら」と献身的な姿勢を見せてくれ、ならばと託すことにした。

 

「うぅ……ずっと見られてる感じがする……」

 

「や、やっぱりそうなるよな……」

 

気恥ずかしい様子を見せるだけで済んでいる為、これならば問題ないことが判明した。

後は資料を纏めて提出するだけらしいので、貴之らは上がることにする。

 

 

 

 

そして、『ヴァンガード甲子園』が終わった辺りで正式にリリースされることが決定し、後に挑戦するファイターたちがちらちら現れていたというらしい。




貴之が使用したのはトライアルデッキ『新田新右衛門』。留美が使ったのはブースターパック『The Answer of Truth』にあるカードで編集した『グレートネイチャー』のデッキになります。

グレード5への回答という狙いになります。

以前の感想返信ではグレード4よりヤバいと答えていましたが、それはヴァンガード前提で考えてしまっていたので、リアガードだとこんな感じという形に収まりました。

次回に一話だけファイト展開を挟んでこの夏休み編を終了とし、新章に突入します。


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サマー20 夢と希望の一歩

今回で夏休み編が終了です。

D4DJの最終回が終わった寂しさを紛らわす為にモンハンコラボガチャ回したら、カイザー装備の響子が来たので、そこは救いでした。


「……それ、本当か?」

 

「ええ。瀬田さんから私に回ってきたわ」

 

夏休みが後半に入った夜。貴之は友希那から驚きの情報を貰った。

何でもヴァンガードをより楽しめる為の試作品が完成したらしく、そのテストに参加要請を送って来たのだ。

友希那経由になったのは、当の弦巻財団の令嬢でもあるこころが、貴之の連絡先を持っていない故に横の繋がりを使った結果である。

一応日付は今週から来週のどこかでとなっており、こちらの都合に合わせていいそうだ。

 

「ちなみだが、明日は行けそうか?」

 

「ええ、明日は大丈夫よ。他の人にも聞いてみましょうか」

 

貴之が俊哉、友希那がリサから順番に電話で確認を取ってみる。

何人かに聞いてみた結果、明日大丈夫なのはリサだけになり、一先ず予定を伝える。

それをリサが承諾したので、友希那から薫に電話を掛け、彼女経由でこころに返事を伝え、今度は反対の流れで明日の午後一に迎えに行く旨を伝えられた。

 

「明日は両方持ってくのか?」

 

「ええ。そうするわ」

 

友希那は大会を終えて暫くした後、もう一つのデッキを使い始めており、自分がどうしたいかを考えている最中だった。

というのも、今までと現在での音楽に関する心境が変わったように、ファイトスタイルも自分は他の『クラン』が選択肢に入るのではと考えている。

 

「自分の中にある答え、見つかるといいな」

 

「ええ。今すぐでなくともいいから……」

 

出来れば今年中で見つかれば──。そう考えながら、友希那は貴之の言葉に頷く。

そろそろ日が変わる時間になるので、一度睡眠を取って明日に備えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日──。三人は貴之の家の前に集まって待っており、少し談笑している間に一台の黒いリムジンがやってきた。

 

「おお……リムジンだ」

 

「うひゃ~……お金持ちだね」

 

「実物は初めて見たけれど、長いわね……」

 

三者三様それぞれの反応を示した直後、自分たちから見て一番近いドアが開けられる。

 

「待たせたわねっ!さあ、乗ってちょうだい!」

 

ドアを開ければこころが迎えに来てくれているので、有難く乗せてもらう。

 

「えっ!?広っ!」

 

「なんつースペースの広さ……」

 

「最早一つの部屋ね……」

 

中に入ってみれば二列で向かい合ってるソファに小さな固定テーブルまであるのだから、普通の来るまでは考えられない広さであった。

一般の人はこうなんだというのを、こころはハロハピを通じて知っているので深く追及はせず、そのまま車を進めるように言う。

 

「今日はこのまま私のお屋敷まで行ってそこでテストするわよっ!」

 

ハロハピが会議をする際にも使われる弦巻家はそのスペースの広さが重宝されており、パフォーマンスの練習にも持って来いらしい。

そんな場所でテストをするのだから、大会等に向けたタイプのものになっているのかもしれないと言う予想が出てきた。

 

「結局俺のクラスは全員外れだったんだよな……」

 

「貴之のクラス、思ったよりもファイター少ないよね?」

 

あの後も四人で勧誘をやっていたのだが、全てが不発に終わってしまっていた。この為、また新学期に別のクラスや後輩も探しにいかねばならない。

何か手伝えればと友希那たちも考えるが、そもそも後江以外はダメというのがまた難しいところである。

 

「さあ、ここがお屋敷よっ!」

 

「で、でけぇ……」

 

──自分の家の何倍あるんだ?弦巻家に辿り着き、まず感じたことはそこであった。広さが段違いである。

こころの案内で家に入った後は接客室で少し休憩と話しをした後、題に上げていたものを用意してある部屋に移動した。

 

「お待ちしておりました。こちらが用意したものになります」

 

黒服にサングラスを掛けた女性が出迎えてくれ、そこにあるものを見せる。

台が二つと、その上にグローブが置かれてあり、どうやらセットで使うものらしい。

 

「こちら、グローブを介してイメージをダイレクトに反映することが可能なファイト台になります」

 

「イメージをダイレクトにだって!?」

 

遂にそんな時代が来たのかと、貴之は大喜びであった。

更にありがたいこととして、ユニットは自分の隣や後ろに現れると言う、ヴァンガードは自分であることを示すようなこだわりっぷりが伺える内容である。

この他にも、ダイレクトに反映されたイメージは近くの人にも視覚化されるらしく、大会でも使えそうな代物であった。

 

「こんなの見せられたら、早速ファイトしてみるっきゃねぇな……」

 

「なら、私が相手をするわ」

 

「二人とも早いなぁ~……じゃあ、アタシは二人が終わった後だね」

 

順番が決まるや否、二人して早速グローブを両手に付け、デッキを取り出してファイトの準備を進める。

一応このグローブはマジックテープで巻きつける式なので、多少サイズがずれていもどうにかなる。

 

「(さて、どんな反応をしてくれるかしら?)」

 

「これつけながらファイトって不思議な感じだな……」

 

「初めてだけれど、いつものようにリラックスしていけばよさそうね」

 

普段付けないものをつけてる都合上、どうしてもそちらに目が行くのだが、ファイトすれば忘れていると考えに辿り着き、深く考えるのは止めた。

グローブをつけた後、デッキを置く場所が僅かに光出したので、そこにデッキを置いてくれと言うことを察する。

デッキを置いた後は引き直しまで済ませ、後は始めるだけとなる。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がカードを表に返すところで、ファイトが始まった。

貴之が『アンドゥー』になるのはいつも通りだが、友希那は違った。

 

「『ライド』、『ぐらいむ』!」

 

友希那が自分は『ロイヤルパラディン』を使用したことを示す。

Roseliaで活動する最中、共にいる仲間を大切に感じた彼女が『今の自分ならこっちの方が合っているかもしれない』……と、感じたのが事の発端で、そこから『シャドウパラディン』と並行して使っていくことに決めていた。

ただし、まだ使って間もないのもあり、デッキの方向性はそこまで固まっていない、一先ず簡単な編集を済ませた状態である。

 

「おおっ!『クレイ』の大地まで再現されてる!?」

 

「本当に、この世界へ入り込んだみたいだわ……」

 

見事に大地が再現されているのもあり、二人して驚く。

ちなみに、この光景はしっかりリサたちにも見えており、こころたち開発者にとって最初の目論見は成功と言える。

 

「そう言えば、ルールとかは大丈夫?」

 

「ええ、そこは大丈夫よ!」

 

どうやらこころは前もって様々なヴァンガード関連の動画や資料を見てルールを学んでいたらしく、説明は不要となった。

恐らく、テストの様子を見る為に必要だったのだろう。

 

「『ライド』、『ナイトスクワイヤ・アレン』!」

 

ファイトは友希那の先攻で始まり、『アレン』になると同時に彼女の姿が変わるイメージも反映される。

『メインフェイズ』ではやることが無いので、このままターンを終える。

 

「『ライド』、『サーベル・ドラゴニュート』!」

 

こちらも『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』した後、『メインフェイズ』は飛ばしてそのまま攻撃に移る。

友希那がノーガードを選択した後、貴之の『ドライブチェック』、友希那の『ダメージチェック』は共にノートリガーで、大きな変化がないままターンが終わる。

 

「すご……攻撃する時までバッチリ」

 

「ここまでは上手く行ってるみたいねっ!」

 

攻撃の際もイメージに従った動きを見せていたので、一通りの動きは全部成功しているらしい。

 

「光の剣は勇気の象徴……『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

「(姿が似てるとはいえ、やっぱり『ブラスター・ダーク』の時を思い出しちまうな……)」

 

友希那がなったのは、『ブラスター・ダーク』とは対になる光の剣士だった。

『メインフェイズ』では前列右側に『ミスリル』を『コール』し、スキルで前列左側に『ギャラティン』を呼ぶ。

その後後列左側に『アレン』を置いてから攻撃に移る。

 

「攻撃……『ミスリル』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ター』で『ガード』!」

 

『ドライブチェック』も来ないので先に防いでしまうことにした。

先に防いでしまった以上、残った二つは受けるつもりである。

 

「次は、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

友希那の『ドライブチェック』はノートリガーで、大きな変化は起こらない。

イメージ内で『ブラスター・ブレード』となった友希那が、『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之を剣で斬りつける。

それを受けた貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、お互いのダメージが1で並ぶ。

 

「最後は『アレン』の『ブースト』、『ギャラティン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

『ダメージチェック』の結果がノートリガーで、貴之のダメージが2になったところでターンが終わる。

 

「『ライド』、『ドラゴンフルアーマード・バスター』!」

 

『ギャラティン』を退却させながら『オーバーロード』を手札に加え、『メインフェイズ』で前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『エルモ』を『コール』する。

 

「よし……『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうね……ここはノーガードにするわ」

 

貴之の『ドライブチェック』が(クリティカル)トリガーで、ダメージの増加が取れた。

対する友希那の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、痛手を受けたままダメージが3になった。

 

「次は『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『エポナ』と『アレン』で『ガード』!」

 

次のターンで決められる可能性を下げる為に友希那が防いだところで、このターンは終了する。

 

「貴之、楽しそうね?」

 

「実際に『クレイ』の大地を踏んでる……っていう臨場感が影響してるかも知れねぇな」

 

友希那が感じ取った通り、貴之はこのファイト中、終始笑っていたのだ。

普段は想像(イメージ)するしかない大地や、仲間(ユニット)が視覚化されるのだから、これがいい方向へ影響しないはずがないのだ。

 

「なら、ここからは……」

 

「ああ、そうだな……」

 

──更に楽しくなる場所へ。それが二人の共通認識であった。

 

「『ライド』!『騎士王 アルフレッド』!」

 

『イマジナリーギフト』は『フォースⅡ』を前列左側に置いた後『メインフェイズ』に入り、まずはスキルで『ブラスター・ブレード』を『コール』する。

その後は後列右側と後列中央に『アレン』を『コール』し、後列右側の『アレン』を退却させる代わりに『うぃんがる』を『コール』した。

 

「行くわよ……『アレン』の『ブースト』、『ミスリル』でヴァンガードにアタック!」

 

「そいつは『ラクシャ』で『ガード』!」

 

確実に防げる攻撃はこれなので防ぐことにする。

攻撃を選んだ友希那自身もこれは想定の範囲内であるため、これは問題ない。

 

「次はこっちね……『アレン』の『ブースト』、『アルフレッド』でヴァンガードにアタック!」

 

「よし……これはノーガードだ」

 

まだダメージが2なので、ここは強気の選択を取る。

友希那の『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、受けるダメージが3になった。

対する貴之の『ダメージチェック』は三枚とも全てノートリガーで、後がない状況に持っていかれた。

 

「最後は『うぃんがる』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』で『完全ガード』!」

 

防がないと(ヒール)トリガーのお祈りが始まってしまう為、それは避けることにした。

現状友希那のダメージが3、貴之のダメージが5の状態でターンが終わり、良くも悪くも次のターンで全てが決まる予感がしていた。

 

「やっぱこいつを出さねぇとな……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「おぉ……やっぱ大分大きいね」

 

「その様子だと、サイズ差も大丈夫かしら?」

 

再現性と言う観点から、問題ないかをこころが問えば、リサからは大丈夫の旨が返ってくる。

『フォースⅡ』を前列左側に設置した後、『メインフェイズ』では前列右側に『フルアーマード・バスター』、後列中央に『エルモ』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』し、『オーバーロード』は『ソウルブラスト』を行う。

 

「よし……早速『オーバーロード』で『ブラスター・ブレード』を攻撃!」

 

「!?ここはノーガードで行くわ……!」

 

いきなりオーバーロードで攻撃したことに驚きながらも、一度素通しを選ぶ。

貴之がこうした理由としては相手の手札が残り僅かなので、『フォースⅡ』による圧力と、安定した二回攻撃を狙いに言ったのである。

『ツインドライブ』の結果は二枚とも(クリティカル)トリガーで、効果を全てヴァンガードと『バーサーク・ドラゴン』に二つの効果を一つずつ回してから『オーバーロード』を『スタンド』させる。

 

「次は『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『イゾルデ』で『完全ガード』するわ!」

 

次に(クリティカル)トリガーを引かれたらどの道トリガー勝負になるので、先に使ってしまう。

 

「まだまだ……!『エルモ』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは……ノーガードね」

 

ここで(クリティカル)トリガーを引かれた場合はお祈りになるが、パワー差の都合上仕方ない。

『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーで、効果がヴァンガードに回された。

イメージ内で『オーバーロード』となった貴之の斬撃を、『アルフレッド』となった友希那がまともに受ける。

この時の『ダメージチェック』が全てノートリガーで、ダメージが6になった彼女が光となって消えることでファイトの終了が示された。

 

「いや……まさかここまで作り込まれてるなんてな……」

 

「本当に、あの世界へ入り込んでいるみたいだったわね」

 

もう少し上手く使えれば──。等の考えも出ては来るが、それ以上に今回見ていた景色の余韻が大きく残っていた。

そんなこともあって終了の挨拶が遅れてしまい、慌ててそれを済ませる。

 

「どうだったかかしら?何か足りないところがあったら教えて頂戴っ!」

 

「ファイト中は特に問題なかったな……ルールが増えたりしたら、そこの機能に対応するくらいで大丈夫だと思う」

 

「試して欲しいところがあるとすれば……ファイト前と終わった後かしら?そこに電子音声でもいいから、何らかのアナウンスがあったらどうなるかが気になるわ」

 

「なるほど……伝えておくわねっ!」

 

見た感じ殆どが完璧だったと言える為、今回のテストは成功に近い収まり方をしている。

 

「後は一応、総当たりになるようにローテする?」

 

「見る側とファイトする側で観点も変わるでしょうし、そうしましょう」

 

「順番は任せるぜ。思いっきりやろう」

 

その後総当たりでファイトを行い、その時に感じたことをこころに伝えた。

三人がいる間にできること全てを完了した後は、再びリムジンでの送迎が行われ、道中何も問題が無く終わるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「弦巻さんから、『またよろしく』──だそうよ」

 

「そうなの?あんな感じでいいなら、また手伝うよ♪」

 

「こっちもいい体験させてもらったし、いいこと尽くめだったな」

 

その日の夜──久々に三人で遠導家で過ごすことになり、今日のことを振り返っていた。

お互いに必要なものを与え合うことができたので、今回はいい結果で終わって一安心である。

 

「一応、あれは大会前提の大型だったし、今後小型化とかに成功したら凄いことになりそうだな……」

 

「その時は学校のイベントで使ったりするのかな?」

 

「近くでやるなら後江じゃないかしら?ファイターもそれなりにいるでしょうし」

 

羽丘と花女はそこまでファイターがいないので、イベント使用は難しいと考えられた。それ故に『ヴァンガード甲子園』も出るかは怪しい。

一応、羽丘には結衣がいるものの、彼女は店の手伝いもあって非常に厳しいだろう。

 

「メンバーの方、大丈夫そう?」

 

「誰か見つかるといいんだがな……」

 

「前途多難そうね……」

 

残念ながらメンバーは未だに見つかっていないらしく、秋が勝負になるようだ。

手伝ってやりたいところではあるが、彼女たちも次に出るライブが大きなものになりそうなので、一旦は保留しておく。

 

「じゃあ、落ち着いた時当たりにでも頼むかな……」

 

この後は友希那から『ロイヤルパラディン』と『シャドウパラディン』が決めきれない旨を聞き、焦らなくていいことを伝える。

それを聞いて納得したところで日が回ったので、消灯して眠りに就くのであった。

 

 

 

様々な出来事のあった夏も、もうじき終わりを告げようとしていた──。




友希那が使ったデッキはトライアルデッキ『先導アイチ』を、ブースターパック『結成!チームQ4』で編集した『ロイヤルパラディン』のデッキです。方針が固まってない故の簡易編集デッキになります。

次回からRoseliaシナリオ2章に入るので、プロット整理を行う都合上来週は一旦お休みします。

最後に、残念なお知らせですが、人気上昇の低迷から本小説は次章と後日談で終了とさせて頂きます。本当に申し訳ございません。

ただ、最後まで書ききるつもりでいるので、そこまでお付き合い頂ければ幸いです。


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先導者と歌姫、更なる場所へ
ネクスト1 幕開けの兆し


今回から新章突入です。

Roselia2章の1~2話はほぼ変わらないので、こちらでは大雑把に進んでいきます。

まずは導入部分です。


夏休み最後の夜──。とある家族が引っ越して来てから一週間経っていた。

 

「(後江の制服は問題なし。デッキもある……後は、明日を待つだけ……)」

 

その家族の一人娘は、明日から向かう学校と開催が近い『ヴァンガード甲子園』の準備を始めていた。

自身が引っ越す前はここにいたので、およそ7年ぶりにここへ戻っている彼女は、新しい場所に来た実感が無い。

彼女がヴァンガードを始めたきっかけをくれた人は、自分が最後に見た限りではここにいて、雑誌でもこちら側にいたことを知っている。

自分がクラス替えの直後に早速風邪で休んでしまい、友達作りのチャンスを失って途方に暮れているところを誘い出してくれたので、その温かさは今でも覚えている。

好きかどうかと聞かれれば人としてなので、最悪のことは起こらない。同じ学校、同じクラスになったのなら、あの後どうなったのかを聞いてみようと思った。

 

「みんな、元気にしてるかな……?」

 

答えてくれる人がいなくとも、少女はその疑問を口にせずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、人が揃ったら言うよ」

 

「ええ。その時は後で話しを聞かせて頂戴ね?」

 

翌日──。新学期が始まった朝に、羽丘の校門前で貴之と友希那は今日この後のことを話していた。

今日から本格的に『ヴァンガード甲子園』のメンバー探しで、学校中を探し回ることになり、メンバーが集まればその段階で部活動としてカードファイト部を申請──通ったらそのまま部活動スタート。今日中に申請が通らなくとも、ファイト練習は怠らないとなる手立てである。

そんなこともあり、貴之はメンバーが揃ったら一度連絡を入れることを約束している。

 

「それじゃあ、またね」

 

「ああ、またな」

 

別れた直後に友希那が弄られる声が聞こえたものの、構っていたら遅れてしまうので今回は救助を諦める。

そして貴之が教室に着いた直後、自分が座る席の一つ後ろに空席があることに気づいた。

 

「……誰か来るのか?」

 

「らしいな。誰かまではまだ見てないけど」

 

──来るのは男子か女子か。異性がくるかもしれないとなれば楽しみになるのは、思春期の(さが)なのだろう。

そして、この現象を楽しいと思わなくなった貴之は自分の環境が変わったことを実感し──。

 

「出来ればヴァンガードファイターの女の子来ないかな?『ヴァンガード甲子園』に誘えるかもしれないし、何よりもファイトできるし……」

 

「本当、玲奈(こいつ)はブレないな……」

 

──呟いた大介共々、玲奈の感性の変わりっぷりに頭を抱えた。

転校生がこちらに来るのが決まって楽しみにしていると、担任である長谷川が入って来て、朝のSHRが始まる。

 

「気づいているかもしれないが、今日は転校生の紹介をするぞ。入って来てくれ」

 

「「「(ん……?あの子、見覚えがある)」」」

 

長谷川の声を聞いて入ってきた、後江の制服を着た少女に対し、貴之と俊哉、そして玲奈は見覚えがあった。

 

「えっと……この度転校してきました。刻風(ときかぜ)詩織(しおり)です。今日からよろしくお願いします」

 

やや青みがかった銀髪のショートヘアーに紅い瞳を持つ大人しめな少女──詩織が軽く一例した後、自分の席になる場所へ移動を始める。

 

「あっ……貴之……それに二人も……」

 

「おう、久しぶり」

 

「大体7年か……結構経ったよな」

 

「詩織、元気にしてた?」

 

再び俊哉と玲奈がしる人物であることに因果を感じながら、長谷川は詩織を手助けしてあげるように促す。

SHRが終わった後、詩織がクラスの──特に男子から質問攻めに遭ったのは最早予想通りである。

 

「そっか……二人ともお疲れ様だね」

 

質問攻めから午前の授業をこなした後、詩織はすっかり貴之らと同じ輪に入り込むんでいた。

やはり気になったのは貴之と友希那の関係で、こちらが大成功で終わっているのはいいことだった。

 

「さてと。詩織にも確認したいことがあるし、そろそろこの話ししちゃおっか」

 

「……話し?」

 

玲奈切り出しに、詩織以外の全員がうなずく。もし詩織さえよければ、ここで人数が揃うのである。

 

「詩織、『ヴァンガード甲子園』……出てみる気はある?」

 

「……!いいの?」

 

詩織からすれば目から鱗な話しであった。

自分は転校してしまう都合上、前の学校にいたファイターたちには一緒に出れないことを残念がられていた。

幸いにも向こうは人数が多いし、こちらで出れさえすれば会うことも可能だとは思える。

唯一気掛かりなのは、実力が分からない大介を省くとファイターとしては間違いない自分が最弱なので、足を引っ張らないかが不安なところである。

 

「寧ろお願いしたいな……今、俺たち四人だけだから、人が足りないんだ」

 

「なるほど……」

 

大介の回答で、大体の人から遠慮されてしまったことを感じ取り、それなら足を引っ張る以前の問題であった。

そもそも自分が謙虚過ぎるだけなところもあるので、気にするのはほどほどに参加することを宣言した。

 

「じゃあ、それなら今日の放課後、部活の申請書作っちゃおう」

 

「そうなると部室探しもか……後で宛を聞いてみるか」

 

運よく人数が揃ったので、早速放課後の話しを詰め始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『そういうことなら、また後で会いましょう。詩織にはよろしくと伝えておいて』

 

「ああ。それじゃあまたな」

 

そして迎えた放課後。友希那に事情を伝え、電話を終えた貴之は早速四人と部活のことについて話し合う。

彼女らも彼女らで次に出るステージがあるので、そちらの練習に尽力するらしい。

後江は部活を生徒間で設立する条件があり、最低五人が集まっていれば生徒会に申請し、そちらの意向で決定される。

 

「さて、まずは部活名だけど……」

 

「まあ、難しく考えずに『カードファイト部』でいいんじゃないか?」

 

そして承認をしてもらうべく、名称から決める。部活の名前自体は至って分かりやすい名前に決定する。

次に部長と副部長を決めるのだが、最も学校間で素行が良いとされる人にするべきだと最初は考えていた。

 

「これ、貴之にしない?」

 

「えっ?俺か……?」

 

「確かにヴァンガードへの熱を考えたら、こいつが一番だな」

 

──が、今回目指すのは『ヴァンガード甲子園』。ここはヴァンガードの熱意も考えると彼に白羽の矢が立つ。

ただし、彼は熱で引っぱっていく担当になるので、副部長は素行や落ち着き重視で玲奈が選ばれる。

 

「えっと……顧問の先生はどうする?」

 

「いてもいいけど、俺たち結構自分で思い思いに組むから余りアドバイスできる人いなそうじゃないか?」

 

「いないと思うけど……取り敢えず探して見るね」

 

自分たち──特に貴之はアドバイスが必要ない強さや発想力を持っているし、その実績も持っているので顧問の先生は全くもって本分を発揮できないだろうことが予想された。

いざという時、学校でまず頼れるのは担任の先生──と言うことで、まずは長谷川に当たって見て、そのままヴァンガードに詳しい先生がいるかを聞いてみることにした。

 

「確かに後江は色んな先生いるけど、俺含め、ヴァンガードに見識の深い人はいなかったな……」

 

「そうでしたか……」

 

「『ヴァンガード甲子園』に関しては特例で顧問の先生なしが許されてるから、無理しなくてもいいんじゃないか?」

 

長谷川曰く、ヴァンガードに関しては元々学生たちのみでの大会を開かれることは想定されておらず、今から先生方が知識を得ようにも間に合わず、生徒たちが自主的に動けるので顧問があれこれ言おうにも邪魔になってしまうことを危惧したからそうである。

この他にも、大会当日の宿泊費以外は一切必要なく、カードの購入は生徒間の自腹となるので、学校で管理すべき費用が殆どないのも拍車をかけていた。

後で見つかったら頼もうかと考え、このまま生徒会へ申請をしに行くことにした。

 

「『ヴァンガード甲子園』を目指しての活動……か、了解したよ。結果は明日の放課後に、担任の先生を通じて伝えるよ」

 

「よろしくお願いします」

 

生徒会長に申請書を渡したので、残りは結果待ちとなった。

今日はできることが終わったので、後はファクトリーでファイトをし、夜はその後決めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、俺たちも探していく訳だが……」

 

「僕たち以外、この宮地にいるのかな?」

 

詩織が来てくれたことにより順調な後江に対して、宮地側はかなり難儀していた。

何しろそれなりにファイターがいる向こうに対し、こちらはそれらしい人が殆どいないのである。

 

「一先ず、呼びかけるか、募集の貼り紙を出して見ないかい?何もしないよりはいいだろうし……」

 

「そうだな。取り敢えずやってみるか」

 

手っ取り早いのは呼びかける方向である為、まずはそちらでやってみることにした。

殆ど目をむけられない可能性はあるが、それでもやらないよりはマシだろう。

 

「(……ん?ヴァンガードをやっている人がいる?)」

 

そんな彼らの声を偶然聞いた、黒髪を持った少年がそちらに目を向ける。

彼の名は盛谷(もりや)颯樹(さつき)。詩織と同時期に宮地へ転入してきた男子生徒である。

学年は同じだがクラスは三人の全員とも違い、ヴァンガードの話しなど微塵も出る気配が無かったので、宮地でヴァンガードをやっている人は自分だけだと思っていたので少々気が楽になった。

何やら彼らも彼らで仲間探しに困っている様子なので、一先ず声を掛けに行こうと決めた。

 

「あの……ちょっといい?」

 

「「「……!?」」」

 

自分が声を掛けた瞬間、三人が驚いたようにそちらを振り向き、いきなりの反応だったので颯樹は一瞬だけひきつった顔になる。

いきなりこんな顔をしたらそりゃそうかと三人も気を取り直し、改めて要件を聞く。

 

「『ヴァンガード甲子園』に出るための人集めって聞いたから、僕が入ってもいいかなって……」

 

「と言うことは、君もファイターだね?」

 

一真の確認に颯樹は首を縦に振る。彼自身、元々ファイターが恐ろしいほど少ない学校にいたため、この転校を機に人を見つけられないかと躍起になっていた節はある。

それも伝えて見ると、尚更三人に──特に近寄りがたい第一印象のあった龍馬から特に大歓迎された。

 

「そういうことなら今日からよろしくな。んで、早速お互いを知るんだが……」

 

「まずは近くで寄り道できる場所を教えて、そこから『ルジストル』に行こう。盛谷君もそれでいい?」

 

「ありがとう。僕もここは来たばかりで、分からないことだらけだから助かるよ」

 

一先ず一人でも見つかっただけでも大きな前進──そう結論付け、今日は颯樹の歓迎会へと方針をシフトさせ、四人で学校を後にしていくのであった。

 

「(『ヴァンガード甲子園』……私はもう部活を続けられない身ですが……)」

 

──後で相談してみましょう。そんな四人を、陰から見る人影が一人いたが、その人が合流するのはまた別の日になる。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あっ!ホントだ!ホントに詩織が帰って来てる!」

 

「久しぶりね。詩織」

 

「リサ?それに友希那も……久しぶり」

 

Roseliaが次に出る大きなステージのSWEET MUSIC SHOWER──通称『SMS』へ向けた練習をした帰り、詩織と小学が同じだった三人は、彼女が帰って来たので友希那たちに顔合わせを手伝う。

そのステージはFWFに勝るとも劣らないらしく、選考を突破した人たちも普通に出るほどらしい。

この情勢で久しぶりに再会した人がいるとなれば、俄然やる気が出てくるものであった。

 

「小学生時代からヴァンガード続けてるのは全員揃ったかな」

 

貴之と同じ小学にいて、貴之が転校するまでヴァンガードを続けていた四人は全員揃ったのである。

残りの人は資金的な都合で辛くなった人や、他にやりたいことが見つかったから手を引いた人たちであり、それを責めるようなことはしなかった。

 

「そう言えば、二人は……」

 

「そのことならねぇ……」

 

貴之と友希那が楽しそうに話し、途中貴之が優しく彼女を抱いたのが見えたので、リサは「この通りだよ♪」と一言で説明した。

 

「それならよかった……」

 

「と言うか、詩織も詩織でよく覚えてたね?」

 

「貴之が始めた理由、覚えやすかったから……」

 

あんなに楽しそうに言われるとね──。よくもまあ、当時の彼はにべもなく言えたものだと詩織は感じていた。

ただ、その思いを忘れずに走り続け、今はこうなっているのだから、やりきる姿勢は立派なものだと断言できる。

何か大きなことをやり遂げる人たちは、大体こうなのだろうかと詩織は少し考えたが、それは少し早計かもしれないとも考えられる。

 

「(私、帰って来たんだね……)」

 

──大丈夫、私は……寂しくないよ。元の学校で気にかけてるかもしれない人たちへ向けて、詩織は心の中で温かさを呟いた。




今回新しく登場した二人の内、颯樹は咲野 皐月様からご提案頂いた人物となります。

提案頂いたのはもう一人いますが、それはまた次の時に……

容姿のベースは以下の通りです。

刻風詩織……『ボーダーブレイク(PS4版)』より『クユラ』。アーケード版では女性の『ドライ』タイプの容姿ベースになった人物で、彼女を穏やかな印象に変えたもの。

盛谷颯樹……『異世界はスマートフォンとともに』より『望月冬夜』とのこと。

次回は後江の『カードファイト部』がどうなったのかと、Roselia2章の2話を大雑把にやりつつ、3話の冒頭に入ると思います。


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ネクスト2 迫る時

緊急の仕事に対応していたのでかなり短くなってしまいました……。


「と、言うことで無事に承認されたよ。部室として使える場所は三階の空き教室があるから、そこを部室として使って欲しい」

 

──ちなみに、これが空き教室の鍵だ。次以降は職員室で借り返しを行うように催促されながら、玲奈が代表してそれを受け取る。

教室を開けて見て、中の様子を確認すると、部屋の真ん中に長机が二つ重ねられて並んでおり、それをパイプ椅子六つで囲んでいる。

長机は三人でファイトをする余裕があるくらいにスペースが確保されているので、簡素ながらも非常に活動しやすい環境下が確保されていた。

 

「空き教室っつうし……清掃用具あるか?一旦掃除しちまおう」

 

「そうだね。これからお世話になる場所だし、一回綺麗にしちゃおっか」

 

暫く放置されていたことを想定したのと、礼儀的な意味が重なり、満場一致で清掃から始めることにした。

一先ず全員が汚れてもいいように体育着姿に着換え、そこから水拭きや箒による掃きをやっていく。

 

「これで全部か?」

 

「後は……片付けるだけだね」

 

一通り清掃と片付けを終えた後は制服姿に戻り、今後の指針を話し合うことから始める。

 

「第一目標は『ヴァンガード甲子園』に出て優勝。ここまでは全員共通だよな?」

 

大介の確認には全員で頷いて肯定を返す。

速い話し、ここはもう話す必要が無いから、他のことを考えてしまおうと言うものであった。

 

「ヴァンガードの楽しさを、この部活を中心に広げて行きたいな……」

 

「そう言うことなら……初心者も歓迎、だね」

 

「ここを中心にレベルアップもできるから、それはいいと思う。『ヴァンガード甲子園』のこともあるから、来る分には誰でも歓迎になるな」

 

「一応、危惧するのは俺たちが考えたペースでやりすぎな速度になってないかだな……そこを怠ると、今あげた二つは達成できなくなる」

 

「それを避けるためには、相手にペースがどれくらいかを……聞いてみるのもいいかもね」

 

「後は、分かりづらかったところはまた次の日に教える……っていうのも忘れないようにしたいな」

 

そうなると出てくるのは、ヴァンガードを通してどうしたいかになり、それぞれの意見が飛び交う。

貴之と玲奈が明確な行き先、俊哉と詩織がそれを行う際に気を付けるべきこと、そうならないようにする為の方法を出していき、大介はそこに合わせて必要そうなことを補足していく。

 

「うん。取り敢えずこんなところかな」

 

一通り出た案がまとまったので、玲奈がメモに書き残して全員で確認する。

出たものは『ヴァンガード甲子園』で優勝。初心者も経験者も歓迎。部員確保。それぞれのレベルに合わせたファイター育成──。この四つが主になった。

今この時期から部員が増えるのはほぼ見込めないので後ろ三つは後回しに、今は『ヴァンガード甲子園』に向けた準備を始めることにする。

 

「そうなるとデッキの組み換えになるんだが……」

 

──今日はどうなるかわかんなかったから、予備のカード持って来てないんだよな……。俊哉のぼやきは全員が同意した。何しろまだどうなるかが分からないのに、持ってくるのは早計過ぎるからだ。

こうなると一先ず警戒しておくべきファイターが誰かを探した方がいいとなり、早速その人を出していく。

 

「俺が前までいた地方だと、真司と……後はもう一人『かげろう』使いがいるからそいつかな……。同じ学校かどうかまでは把握できてねぇけど」

 

貴之から筆頭で出せるのはこの二人だった。正直言ってしまうと、自分たちの地方が激戦区である為、そこに並べるファイターが足りずに名を上げにくいのだ。

その為、こちらの地方でのファイターが多く、特に宮地の三人は筆頭になる。

地元のファイターを洗った後は、最近のファイターで中高生の人たちを探しだし、そのファイターの使用『クラン』と、主な戦い方を纏めておく。

──後は、羽丘で結衣たちが来るかだが……。と、言いたいところだったが、彼女は店の手伝いが、Roseliaの三人もバンド活動が……となるので、参加はままならないだろうことが予想できた。

ここまで纏めれば、後は各自解散してデッキ調整の開始となった。

 

「(さて、ここからだな……)」

 

グレード4封印縛りをやることは確定している貴之は、そこも忘れずにデッキをどうするか考え出した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日はここまでね」

 

貴之らが部活の方針を決め切ったのとほぼ同時刻。友希那たちRoseliaもSMSに向けた練習を終わりにしていた。

向こうで演奏できる曲は三曲しか存在せず、一気に駆け抜けることを考えた三曲を選んでいる。

今回行ったことは改善点探し、それを見つけた時の改善といった、全体的なブラッシュアップである。

来週に週末にステージが控えているので、綿密な打ち合わせをしつつ練習しているのだが、結成直後と比べて温かい空気が包んでいるのを感じている。

 

「あっ、りんりん~……この後NFOのクエスト手伝って貰っていい?」

 

「今日までだもんね……いいよ。後どれくらい残ってるの?」

 

燐子の問いに、あこは「あと三つくらい……」と答える。意外に残ってしまっているようである。

 

「……あ、あれだけ練習したのに、ゲームをやる体力が残っているだなんて……」

 

特にあこはドラムを全力で叩き続けていたので、底なしのように感じる体力に紗夜は驚きだった。

紗夜もあれ以来時々NFOをやるようになったが、今日は気になったところを少しだけ練習したいので、やるにしてもそれが終わってからである。

果たして自分の練習が終わる前にあこと燐子がまだ遊んでいるかどうか……それが肝になるかもしれない。

 

「なんていうか……こうやってSMSに向けて練習してると、自分たちが伸びて来たって感じるよ」

 

「確かにそうね……けれど、勿論ここで終わるわけじゃないわよ?」

 

行くべき道は更に先である為、ここで満足するつもりはない。

だからこそ、今はSMS──最終的には更に先を目指して、今を頑張るのである。

ただし、休まずに突き進めるかと言えばそう言う訳ではなく、途中で休息も必要で、リサはこのSMSが終わったら紗夜と一緒にクッキーを作ってRoselia皆にプレゼント予定である。

 

「あっ、一応言っておくと、紗夜さんあこたちとフレンドだから、どれくらいにログインしたかはわかりますよ」

 

「えっ?そうなのですか?」

 

「フレンドリストで見ることができるので、今度目を通してみるといいですよ」

 

ちなみに、こういうことができるのは協力系のゲームが殆どで、俊哉にやらせて貰ったゲームはそんな機能を持たない。

通常なら一応の豆知識程度なので、余程本気でやりこまない限りは気にする程のものではないのだ。

 

「あら、もう別れ道ね……」

 

「今日はお疲れ~♪また明日も頑張ろうね」

 

──SMSでの経験を積み、更に上を目指す。五人が考えていることは共通していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(……変えると踏んだのはいいが、俺は『オーバーロード』が一番なのは変わんねぇな……)」

 

組み換えをすると決めてから数日──。貴之はデッキを対して変更できないまま週末を迎えようとしていた。

ただ、明日は『レーヴ』に赴いてファイトしたいと願った人とファイトする予定がある為、下手なことをするよりはいいと思っている。

 

「(しかしまぁ……俺と一真、そして俺が教えた人以外であの店知ってる人か……)」

 

誰も会ったことが無いので確認しようが無いのは事実で、詳しいことを知るのは明日になるだろう。

今日は翌日がSMSだと言うことなので、友希那と同じ部屋にいるわけではない。それは翌日に──と言うことにしている。

誰と戦うんだと予想してみるが、考えられるのは一真が話していた上級生の可能性が出てきている。

 

「(だとしたら……どうしてわざわざこんな形で?)」

 

あくまで憶測でしかないが、普通にファイトしたいなら『ファクトリー』側に来てくれればいいのだが、言いづらい事情があるのだろうと考えるしかない。

また、憶測である以上これ以上は考えようが無いので、全ては明日に分かると割り切って最後の確認を済ませてしまうことを決めた。

 

「(とにかく、俺にできる最高のファイトを続けよう)」

 

最後にたどり着く結論は、いつも通り自分の意思を貫くものだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、また後で会おう」

 

「ええ。それじゃあまたね」

 

そして迎えたSMS当日──貴之は友希那を駅前まで送って予定通り『レーヴ』へ向かうことにしていたのだが、問題が発生した。

 

「(ちょっと早すぎたな……)」

 

友希那を送るために出たら少々早すぎたので、まだ一時間半も余裕がある。

その為少し羽沢珈琲店で休憩を取ってから向かうことにした。

 

「また来て下さいねっ」

 

「おう。また来るよ」

 

その日いたつぐみに挨拶を済ませて今度こそ『レーヴ』へと足を運んだ。

 

「あら、いらっしゃい。もう来てるわよ」

 

──早いな。と、瑞希の声を聞きながら店の中を見ると、そこには桜色の髪をポニーテールにしている少女がいた。

紗夜と背丈が同等くらいと考えられる少女は、瑞希に貴之が来たことを教えてもらうとこちらにやや吊り上がっている目を持つ顔を向けた。

 

「あなた……もしかしてだけど」

 

「こうして顔を合わせるのは始めてですね……私は羽月(はづき)瑚愛(このみ)です。受験も済ませたので、あなたと手合わせをしたいと思って瑞希さんに引き合いを頼みました」

 

「もう終わっているとは……早いですね」

 

貴之とこの場でファイトを願った少女──瑚愛は宮地高校に所属する三年生の女子生徒である。

一昨年までは一真と同格クラスに警戒対象として貴之は見ていたが、去年と今年は受験に専念していたらしく、全国大会には出場していなかった。

そしていよいよ夏休み中に受験も終わり、後は成績を落とし過ぎないようにして卒業するだけと言う、ほぼ完璧な学校生活を送っているらしい。

ただ、そうなると今度は学校へ来る意味合いが非常に薄れてしまうのを懸念しており、部活動を短期間だけ出来ないかの打診を最近行っているのは本人だけの話しである。

 

「分かりました。ファイトの頼み、引き受けます」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

貴之は相手が年上なので当然、瑚愛は学校生活で身についた癖で互いが敬語を使って話す。

 

「(この人、戦い方とかは変わってんのか……?二年近く見てねぇから、ちゃんと様子みないとな……)」

 

「(最近、『ヌーベルバーグ』を使いこなしたと聞いていますが、今はどうしているのでしょう?)」

 

思考の差異はあれど、二人が互いを意識しているのは同じだった。

 

「「スタンドアップ・ザ・ヴァンガード!」」

 

二人の掛け声は全く同じ方向性であり、互いがカードを表返すことでファイトが始まる。

 

「(さて、どう動くかな……)」

 

──いつも通り行けば、いいファイトはできる。そう信じて貴之はターンを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……凄い盛り上がりだね」

 

「さっきから、ずっと声が聞こえてるもんね……」

 

貴之がファイトを始める直前──。RoseliaもSMSで演奏の時間が迫ってきていた。

 

「こうしてみると、改めて大きなステージだって実感できますね……」

 

「そうですね。そして……こんな場所だからこそ、自分にできること全てをやっていきましょう」

 

「そして、最高の演奏を届けるわよ」

 

そんな状況でもやることは一緒──。それが分かれば問題無かった。

係員にスタンバイを頼む旨を伝えられ、ステージに上がれば大きな歓声が聞こえる。

全員の準備ができたところで挨拶とメンバー紹介を済ませ、早速演奏を始める手前まで持っていく。

 

「(いつもの通り、全力で……)」

 

──来てくれた人を惹きつける。そう思いながら一曲目を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も上手く行く──。この時はまだ、そう思っていた。




今回登場した瑚愛は咲野 皐月様からご提案頂いた人物となります。
私がこの章までやると決めた理由は、この二人の提案を頂いた以上、出すのが筋だと考えたのがその内の一つです。

次回は貴之と瑚愛のファイトと、Roseliaシナリオ2章の3話をやると思います。

その後は恐らく4話以降が10話近くになるまで展開が異なるってくるので、原作から少し逸れる形になります。


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ネクスト3 転換の始まり

最近緊急の仕事に対応してた影響で、思ったより細かい書き方が出来ていないように見える場面が増えてしまいました……。


「『ライド』!『リザードランナー アンドゥー』!」

 

貴之が『ライド』したのはいつも通りであることはいい。問題はこの先である。

 

「『ライド』。『プライモディアル・ドラコキッド』」

 

瑚愛が『ライド』した機械のような体を持つ小さき竜……この存在が大きな問題を呼んでいた。

 

「なっ……『ギアクロニクル』!?オイオイオイオイ……まさかこのご時世本気で使ってるのか?」

 

「やはり、疑われてしまうのは仕方ありませんか……」

 

『ギアクロニクル』は『ダークゾーン』にて発掘された謎の門『時空ゲート』から突如現れた軍勢であり、今でも様々な時代を旅しているらしい。

と、ここまではいいのだがファイトではグレード4を多用するデッキである為、今貴之が驚愕した理由に繋がっている。

これ自体は瑚愛も把握していることであったので、こうなってしまうのはそこまで気にしていない。

 

「(どうしてだろう?何か、嫌な予感がする……)」

 

ファイトは貴之の先攻で始まるのだが、結衣はファイトが始まってから胸騒ぎを覚えていた。

 

「『ライド』、『サーベル・ドラゴニュート』!」

 

「(なるほど……まず一枚目はそれですか)」

 

先攻は最初のターンに攻撃できない為、これ以上は何もせずにターンを終える。

 

「『ライド』、『ウェッジムーブ・ドラゴン』。スキルで一枚『ドロー』します」

 

武器を持ち、鎧を身に纏った竜になった後、『メインフェイズ』では特に大きな動きは見せず、攻撃へ移ることにした。

 

「では、『ウェッジムーブ・ドラゴン』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード。どうぞ」

 

貴之に催促された『ドライブチェック』で、瑚愛は(クリティカル)トリガーを引き当て、ダメージを増加させる。

対する貴之の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージは1で済んだ。

 

「ヴァンガードにいる『ウェッジムーブ』の攻撃がヒットした時、手札一枚を『バインド』することで、一枚引くことができます」

 

当然、この時瑚愛は自分にとって有利になるものを選ぶのだが、その時に見えたユニットが、貴之に事実を伝えた。

 

「……なるほど。どうやら本気らしいですね」

 

「分かってもらえて何よりです」

 

これは油断ができない──。貴之がそう認識したところで、彼女のターンが終わった。

 

「『ライド』、『ドラゴンフルアーマード・バスター』!」

 

ここでは既に欲しいカードが揃っているのでスキルの発動は見送り、『メインフェイズ』で前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『エルモ』を『コール』した。

 

「こっちからも……『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。どうぞ」

 

定番と言っても過言ではない最初のノーガード宣言の後、『ドライブチェック』では(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

対する『ダメージチェック』はノートリガーでお互いのダメージが1で並ぶ。

 

「次は『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「(『フルアーマード・バスター』の存在から、『オーバーロード』は確定と見ていい……後は、サポートユニットがどうなっているかですね)」

 

デッキバランスを考えると片方しか入らないだろうと推測しながら、ノーガード宣言をする。

その結果は(ヒール)トリガーで、お互いのダメージが1で並んだまま貴之のターンが終わる。

 

「(なんだ……?さっきからずっと奥底を見られてるような感じがする……)」

 

そして、貴之が妙な違和感を覚えたのも、丁度このタイミングであった。

 

「行きます……『ライド』、『ロストブレイク・ドラゴン』。手札から登場した時、一枚を『バインド』することで一枚引きます」

 

「(またその手のユニット……二枚目まで見れば、いよいよ疑念は持てないわね)」

 

二回もそうされてしまえば、誰から見ても明らかだと瑞希も悟った。

『メインフェイズ』では前列左側に二枚目の『ロストブレイク』、後列左側には二枚目の『ウェッジムーブ』が『コール』された。

当然、『ロストブレイク』のスキルは発動されている。

 

「では、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「……ノーガード」

 

違和感を感じつつも、今はできることが無いのでこの選択を取る。

瑚愛の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功し、対する貴之の『ダメージチェック』はノートリガーだった。

 

「次。『ウェッジムーブ』の『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「それもノーガードで行くか……『ダメージチェック』」

 

一瞬迷ったが、自分の動きを崩して思う壺は良くないのでこのまま受けることにした。

その結果はノートリガーで、貴之のダメージが3になったところで早くも二ターンが終了した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(いつも通り、問題なく皆が演奏出来ている。けれど……)」

 

──この違和感は……何?SMSで一曲目の演奏を終え、二曲目の演奏を始める友希那は妙な胸騒ぎを感じていた。

その理由は歓声の量であり、最初と比べてかなり小さくなっている。これは、間違いなく何かが足りないと感じさせるには十分過ぎるものだと断言できる。

 

「(勢い余った……と言うのが正解。と、言いたいけど……)」

 

──変化したものをそのままにしてしまっているかな……。なぜこうなっているかに気づいたオーディエンスの女性は、勿体無いことをしたなと考えた。

FWFの選考を通過した故に、気づけなかった……否。結成してから間もない以上、いつかはこの様な形で露呈する確率は非常に高かったので、どのみち仕方ないことだと言える。

 

「(さて、どの様にして伝えよう……)」

 

機会は伺えないものかと、また一人とオーディエンスが減っていく最中に彼女は考えを巡らせながら次の演奏も聞いていく。

 

「(だけど、この経験は……彼女たちが進む上で、とても大切なものになる……)」

 

どうか折れないで──。と、今は祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「行くか……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!『イマジナリーギフト』、『フォースⅡ』!」

 

「なるほど……来ましたね」

 

貴之の愛用ユニットともなれば、流石に瑚愛も身構える。

『フォースⅡ』は前列左側に設置して、『メインフェイズ』で前列右側に『バーサーク・ドラゴン』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』する。

『バーサーク・ドラゴン』のスキルで『ウェッジムーブ』を退却させ、『オーバーロード』は『ソウルブラスト』をする。

 

「よし……まずは『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうですね……ここは『リンリン・ワーカー』で『ガード』」

 

一番防ぎやすい攻撃なので、ここは防いでしまう。

 

「次は『オーバーロード』で『ロストブレイク』に攻撃」

 

「これは仕方ありませんね……ノーガード」

 

無理に防ごうものなら余分な手札消耗をするので、防ぐのは諦める。

案の定貴之は『ツインドライブ』で(クリティカル)トリガーと(ヒール)トリガーを引き当てており、回復と次のダメージ増加を獲得できた。

なお、パワーや(クリティカル)は全てヴァンガードに回された。

 

「もう一度、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「ならば、私は『スチームガード カシュテリア』で『完全ガード』!」

 

貴之の『ドライブチェック』はここでも(クリティカル)トリガーで、効果はすべて『バーサーク・ドラゴン』に回された。

次の攻撃を、瑚愛はノーガードで通し、一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガー、そして三枚目が(ヒール)トリガーで、お互いのダメージが3になったところでターンを終えた。

 

「では、私もお見せしましょう……喪われた伝説を、この地に呼び覚ませ……ライド・ザ・ヴァンガード!『時空竜騎 ロストレジェンド』!『イマジナリーギフト』、『フォースⅠ』!」

 

ヴァンガードに『フォースⅠ』を設置した後、『メインフェイズ』で前列左側に三枚目の『ロストブレイク』の『コール』と同時に、スキルの発動を行う。

更に後列左側に機械の体を持つ小さき奉仕人の『テキパキ・ワーカー』が『コール』される。

 

「手札から登場した時、『テキパキ・ワーカー』のスキルで『ドロップゾーン』から一枚を山札の下に戻します」

 

このスキルはグレード3以上を対象にした場合は別のスキルを使用できたが、今回は狙いがあることからそれを選ばなかった。

 

「『ロストレジェンド』のスキル発動!手札から合計グレードが3以上になるように捨てることで、山札からグレード4のユニットを一枚まで探し『スタンド状態』で『S・ライド』します。私が選ぶのは……『時空竜 イディアライズ・ドラゴン』!」

 

「来やがったか……!」

 

彼女がなったのは、グレード4のユニットの内一体である。

ちなみに、この時『ライド』した時の代償が何も起こっていないことから克服済みであることが確定した。

なお、今回コストでは『ウェッジムーブ』を選んでおり、『ウェッジムーブ』は手札からからコストとして捨てる際、グレード3として扱うことができるのだ。

 

「『イディアライズ』が登場した時、こちらの『バインドゾーン』にあるユニットの合計グレードで発動するスキルが増えます……」

 

1以上ならば相手がリアガードを一枚選んで山札の下に置く。5以上ならば、自分の山札の上から一枚リアガードに『S・コール』。そして、11以上ならば『ドロップゾーン』から二枚をリアガードに『S・コール』できる。

 

「今回の合計グレードは15……よって、全てのスキルを発動します!」

 

「何……!?もう15だと……?」

 

これは貴之からすれば非常に不味く、次のターンで決めないと最悪速攻で負けの未来がやってきていた。

退却させるのは前列左側の『バーサーク・ドラゴン』で、瑚愛は山札の上から出た機械を思わせる学生服を来た少年『スチームスカラー カライン』を後列中央に、そして『ドロップゾーン』からは『ロストブレイク』を前列右側に、『ウェッジムーブ』を後列右側に『コール』した。

 

「では行きます……『テキパキ・ワーカー』の『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「それは『ター』で『ガード』!」

 

「ならば『カライン』の『ブースト』、『イディアライズ』でヴァンガードにアタック。『ブースト』した時、『ソウルブラスト』して『カライン』のスキル発動。このバトル中、相手は『インターセプト』が出来ず、『ガーディアン』は三枚までしか『コール』できない」

 

「頼む、『ワイバーンガード バリィ』!」

 

『ドライブチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーだった。

なお、この攻撃が終わった後、『カライン』はスキルで『バインド』される。

 

「最後、『ウェッジムーブ』で『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「仕方ねぇ……ノーガード!」

 

『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、ダメージが5となり後がない状態になってターンが終わった。

なお、この時『ロストレジェンド』のスキルで『イディアライズ』は退却し、『ソウル』にいる『ロストレジェンド』へ『S・ライド』。『フォースⅠ』がヴァンガードに回されている。

 

「全国大会が終わった後から、デッキ内約が大きく変わっていますね……」

 

「ええ。俺はこっちの方が性に合ってるんで」

 

──どうしてこのタイミングなんだ?と疑問には思ったが、一先ずそれは答える。

グレード4を向こうは使っているので、それ故の問いかけかもしれない。

それを聞いた彼女は「引き留めてすみません」と話しを切り上げたので、このまま貴之はターンを始める。

 

「この戦いに終止符を打つ……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド』!」

 

『フォースⅡ』はヴァンガードに設置した後、『メインフェイズ』で後列中央に『ガイアース』、前列左側に『デカット』を『コール』する。

『デカット』のスキルを発動した後、前列左側に三枚目の『バーサーク・ドラゴン』を『コール』し、スキルで前列左側にいる『ロストブレイク』を退却させた。

 

「勝負に出るしかねぇか……!『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『リンリン・ワーカー』で『ガード』します」

 

「次は『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードで行きます」

 

『ダメージチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、瑚愛のダメージが4になる。

 

「行くぞ……『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうですね……ここは『カライン』と『テキパキ・ワーカー』で『ガード』」

 

『ツインドライブ』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目はノートリガーで、残念ながら突破は叶わなかった。

スキルでは『ソウル』に『オーバーロード』が存在する場合のスキルを発動し、『スタンド』させる。

 

「もう一度、『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「では、『スチームガード カシュテリア』で『完全ガード』!」

 

『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、ダメージが回復して4で並ぶ。

 

「最後……『ガイアース』の『ブースト』、『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!この時、『ガイアース』のスキル発動!」

 

「もう一度、では、『スチームガード カシュテリア』で『完全ガード』!」

 

(ドロー)トリガーを四枚よりも更に積んでいるらしく、防ぐ手だてが間に合ってターン終了となる。

 

「では、私のターンですね……もう一度、『ロストレジェンド』に『ライド』!」

 

『メインフェイズ』では空いてしまった前列左側に四枚目の『ロストブレイク』を『コール』し、スキルでグレード4の『イディアライズ』を『バインド』した。

 

「グレード3以上になるように手札を捨て、『ロストレジェンド』のスキル発動!時空を超えて、未知なる世界へと飛び立て……ライド・ザ・ヴァンガード!『時空竜 ミステリーフレア・ドラゴン』!」

 

「(出やがった……!)」

 

機械の鎧に身を包み、巨大な槍を持った竜を見て、貴之は焦る。

このユニットを出されたく無い故に全力攻勢に出たのだが、それを阻止された結果がこれなのである。

『イディアライズ』と同じく、『ミステリーフレア』にも『バインド』しているグレードの合計数に合わせて発動するスキルが存在している。

まず、グレード3以上でこのターン中自身のドライブがプラス1。グレード7以上でこのターン中自身の(クリティカル)プラス1。グレード13以上でユニットを六枚まで選び、そのユニットのパワーをプラス10000。そして──。

 

「グレード19以上で、このターン終了時、手札を全て捨てることで追加ターンを得ることができます」

 

「(せめて13以上ならまだやりようはあったんだがな……)」

 

いくら『ロストレジェンド』に戻り、追加ターンで『ライド』できないと言う代償があるにしろ、この段階で相当厳しい。

この後後列中央に『ウェッジムーブ』が『コール』された後、攻撃に移る。

 

「まずは『テキパキ・ワーカー』の『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

どのみちここ以外は『完全ガード』以外厳しいので、受けてしまうことにする。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、いよいよ追い込まれてしまった。

 

「行きます。『ウェッジムーブ』の『ブースト』、『ミステリーフレア』でヴァンガードにアタック」

 

「『バリィ』で『完全ガード』!」

 

『トリプルドライブ』の結果は全て(クリティカル)トリガーで、効果は全て攻撃が残っている『ロストブレイク』に回される。

 

「では、『ウェッジムーブ』の『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「もう一回『完全ガード』!」

 

ただし、貴之もこれで手札が尽きてしまい、相手のトリガーと(ヒール)トリガー次第では負けが決まってしまう状況が出来上がった。

当然の如く、彼女も追加ターンを獲得し、そのまま攻撃に移る。

 

「決めます。『ロストレジェンド』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード……!」

 

瑚愛の『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーが引き当てられ、効果は全てヴァンガードに回された。

 

「(ここまでか……!)」

 

それは貴之の敗北を決定づけるものであり、『ダメージチェック』でも最初の二枚が(ヒール)トリガーだったものの、ここで(ヒール)トリガーはデッキからなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

『……』

 

貴之と瑚愛のファイトが終わるのとほぼ同時刻、演奏を終えたRoseliaはいつの間にか減っていた観客(オーディエンス)の数に呆然とする。

今まで圧倒的な技術力で魅了し続けてきた自分たちの音楽が、初めて全く通じなかったのだから、無理もないだろう。

何故だと考えるのはステージ裏に戻ってからだと判断し、一先ず定型的な形で礼を告げる友瑚愛の希那だが、その声は震えており、非常にぎこちなかった。

ステージから降りた後は、つらいだろうけど一先ず反省会は開く旨を伝え、着替えたら急いで会場を後にすることを選ぶ。

 

「湊さん……でいいよね?少しいいかな?」

 

早速行動に移そうとしたところで、一人の女性が「手短に終わらせる」と声を掛けて来たので、皆に無理はさせないように友希那だけが話しに応じることを選んだ。




瑚愛の使ったデッキは『The Answer of Truth』に登場するカードで組んだ『ギアクロニクル』のデッキになります。

Roselia側のシナリオはここから途中までは独自展開を進んでいくことになります。

次回はこの二つの舞台が終わった後の話しになりますが、緊急の仕事に対応して書く時間が保てなかった場合は来週お休みすることになると思います……


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ネクスト4 今、周り始める運命

日常会だからか、結構文字数が短くなりました。


ファイトが終わり、まずはありがとうございましたと終了の挨拶を済ませる。

 

「いやはや、お見事です。油断してたつもりは無かったんですが……」

 

「いえ、そちらも流石の腕前です」

 

最初はお互いの賛辞から始まるが、二人の考えが双方違うことがもう間もなく現れる。

 

「ところで、『ヌーベルバーグ』を使用しなくなったのは……本当に自分の性分ですか?」

 

「ええ、そりゃもちろん。まあ、今使い続けるとファイターたちに悪い流れができるのもあるんですけど……」

 

──こっちは建前です。貴之は噓偽りなく答える。もとより自分はそう言う考えなのだから。

ただ、瑚愛の方はそうでも無かったらしく、彼女の答えを貴之に示す。

 

「私は思い切って使った方がいいと思いますよ。せっかく使えるようにしたのでしょう?」

 

『……!』

 

自分の考えとは真逆なことに貴之はそうだが、今回の全国大会で起きた状況が分かった上で言っていることに秋山姉妹も驚きを隠せなかった。

 

「ほ、本気で言ってるんですか……?」

 

「周りに流されてそれを使わずに燻るよりは、自分の意志で使い続けた方がより伸びるはずです」

 

「あ、()()()……!」

 

瑚愛の考え方が広がったらどうなるか──。それを分かっている貴之は思わず敬意を投げ捨てた。

ヴァンガードを愛し、他の人にもその楽しさを知ってほしいと願って行動している身だからこそ、許せないのである。

 

「俺がそれをやったらどうなるか、ホントに分かってんのか!?」

 

「ですが、誰かがやらねば先へは進めませんよ?」

 

「アンタはそれでいいかも知れねぇが、他のファイターは俺たちのようには行かねぇんだぞ!」

 

正直に言うとあれは一真に勝つためだけに採用したのであり、これ以降使うつもりは暫くない。

片や自分の好きを使い、皆と共に進もうとする貴之。片や自ら高みに進むことで、全体のレベルアップを図る瑚愛。二人の主張は悲しい程にすれ違ってしまっていた。

 

「アンタは……!アンタはヴァンガードの世界が終わってもいいって言うのか!?」

 

流石に全世界とまではいかないが、少なくとも日本国内は非常に不味いことになる。人口が急激に減少してしまうと取り返しが効かないのである。

故に貴之が使うわけには行かない理由となっていた。『オーバーロード』で勝ちたい気持ちに噓偽りはないが、これを厳守しないと本当に取り返しが付かなくなってしまう。

 

「終わるかどうかはまだ分かりませんよ?ですが、このままでは平行線……」

 

ならばと、瑚愛は貴之に自分も『ヴァンガード甲子園』に出る可能性が高い旨を伝える。

 

「もし、互いに出るのなら……決着はそこで付けることにしましょう」

 

「いいぜ……その時が来たら、俺は『オーバーロード』でアンタを倒す!」

 

この上なく怒りに満ちた目を持って貴之が答えたのに満足した瑚愛は、最後に秋山姉妹に礼を告げてから店を後にした。

 

「貴之……大丈夫?」

 

「ああ……悪い、すげぇ取り乱した」

 

普段からすれば想像もできない程の怒りっぷりを見せてしまい、少し申し訳ない気持ちになる。

ただ、こうなればいよいよ後がない状況であり、休み明けに絶対伝えなければならない事項となった。

 

「『ヴァンガード甲子園』……初回からかなり荒れそうね」

 

「ええ。ただ、最悪の事態は何としても俺が止めます」

 

その為には早速デッキ作り──。となるのだが、そこに一度留美が待ったを掛ける。

 

「一回休んでからの方がいいですよ?今のままやろうとしたら……」

 

「そうだよな……。うん、一旦そうするか」

 

彼女の進言は最もなので、一旦家に帰って頭を整理してからに決まった。

ただ、そのまますぐに帰る気にはなれず、少し寄り道して落ち着かせることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

貴之が落ち着かせる為に寄り道してから少しした後──。Roseliaの五人はSMS会場の最寄り駅にあったレストランで夕食を取りながら、今回の反省会を開いていた。

真っ先に考えられたのは練習不足だが、それはまずないと否定できる案件だったのでここは無しになる。

 

「その……さっき、オーディエンスの一人に言われたことなのだけれど……」

 

『……?』

 

気になった様子を見せる四人に、友希那はその人自身は自分個人の意見であると言っていたことは伝えておく。

これが絶対にそうだとは言わないが、参考にできることは間違い無いとなったので、リサが友希那に続きを促した。

 

「私たちは確かに変わった……けれど、変わったなら変わったなりに直さなければならないところをおざなりにしていた……らしいわ」

 

「変わった部分を……そのままに?」

 

変わったと一言に言っても、細かい部分まで見ると結構あるのですぐに出るものではないが、すぐに言える部分は案外見つかる。

 

「間違いなく、その『変わった』と言う部分は……私と湊さんが筆頭格ですね」

 

「その次は……私でしょうか?」

 

「うーん……燐子の場合、ライブに出る前だからなぁ~」

 

「そうなるとりんりんはいい意味で一番変わってない……?」

 

友希那と紗夜はバンド結成時からFWFの短期間でかなり変わっているので、最早疑いようもない事実である。

ただ、考えれば考える程どこが問題だったかを探す必要がある為、もう少し何かないかを確認してみる。

 

「(大丈夫、もう少し……もう少しだから……)」

 

今回の失敗を予想以上に引きづっていたのに気づいた友希那は、どうにかその悔しさから来る辛い気持ちを抑え込みながら答えていく。

そして出てきた内容は、演奏中における自分たちの見え方があり、ここをどうするかが今後の大きな課題だと言える。

ただし、これは元々楽しさを載せながら演奏していたリサ、あこ、燐子の三名よりは、当初それの薄かった友希那と紗夜の課題に近しいものといえるが、意識的なものを持つのは全員が共通することだろう。

 

「今すぐでなくともいいわ……ただ、少しの間練習を落ち着かせている今のうちに決めましょう」

 

「練習しながらでも構いません。自分たちの納得できる道、それを探していきましょう」

 

それが出来ない限り、Roseliaは先に進めない──。それは、五人全員の明らかなる共通認識であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そっか……そっちも大変だったな」

 

「ええ……」

 

その日の夜──。貴之の部屋で集まった二人は普段と比べてかなり重くなってしまった空気にもどかしさを感じる。

本当ならば何事もなく終わり、楽しく談笑して終わるはずだったのだが、双方が双方でかなり追い込まれてしまったのである。

友希那からすれば貴之が怒りを爆発させたことには驚きであり、それ程許せない事態だったことがうかがえた。

 

「方向をはっきりさせるのなら、楽しさか技術力のどちらかを追えばいい。けれど、それは……」

 

「……ああ。片や停滞、片や退化……どっちにしろ地獄だな」

 

オーディエンスの人たちは後者の方を目当てに来ていたので、合わせるならそちらになるが恐らくは無理だろう。

かと言って、もう片方だけを取るのは自分も他の四人も望まないし、今まで来ていた人たちもそれは違うと言うのが見えている。

このままでは八方塞がりね──。思考がぐちゃぐちゃになってきていたところの友希那に、貴之がちょっとした例え話を投げる。

 

「楽しさとかを『ブラスター・ブレード』や『ロイヤルパラディン』。技術力とかを『ブラスター・ダーク』や『シャドウパラディン』って仮定するんだが……。ヴァンガードの場合って、どっちかのユニット、どっちかの『クラン』にしなきゃなんないってなるだろ?」

 

「確かにそうね……けれど、それがどうかしたの?」

 

「本題はここからなんだけど……バンドの場合ってさ」

 

──どっちかにしなきゃならない必要って、本当にあるのか?貴之は何気ない問いかけだったが、今の友希那からすれば思いがけない考え方でもあった。

選ぶと言う言葉がどちらかの二極化に近しいものに変えてしまっていたのだが、そんなことは無いと気づかされた瞬間である。

 

「そうだったわね……そんなことすら忘れていただなんて、相当引きづってしまっているわ」

 

「仕方ねぇよ。いきなりこんなことが起きちまったんだから……」

 

デビュー当時から圧倒的な実力でファンを獲得し、その勢いのままFWFに出場した後これなのだから、そのショックは相当である。貴之自身、自分もこんな滑り方をしたら迷いの袋小路に落とされていただろう。

貴之が躓いてもある程度持ち直せるのは、少し登ったら滑るを繰り返して耐性が付いているからであり、それだけ優勝まで努力してきた証拠でもあるのだ。

 

「大丈夫。一回失敗したくらいで全部が終わるわけじゃない……俺たちにはまだ次があるんだから」

 

「そう……そうよね……っ」

 

赦すように気づかせてもらえたことで、友希那は自分の考え方が極端になりかけていたことと、失敗したことで抱え込んでいた悔しさと情けなく感じていたこと、それらに気づいたことで涙があふれ出して来ていた。

 

「そうじゃない方法もあるのに……っ……私……私は……っ!」

 

「ずっと正解を出し続けられる奴なんて運がいいだけのやつしかいねぇよ……。大丈夫、気づけたなら変われるし、やり直せる……俺と再会した時から、FWFのコンテストに出る直前の時までだってそうだったろ?」

 

貴之の言葉が引き金になり、友希那は声を出しながら泣き、貴之は涙と共に吐き出す彼女の辛さを受け止めてあげた。

 

「ごめんなさい……毎回付き合わせてしまって……」

 

「いいんだ。俺が友希那の助けになるなら、それでいいんだ……」

 

彼の言葉に温かさを感じ、友希那は素直に礼を言う。

 

「お互い、ちゃんと決めて行こう」

 

「ええ。何かあったら、私にも手伝わせて?」

 

特に貴之は双肩に掛かったものが今までにない程重いのだから、尚更抱え込まないで欲しいと言う願いと心配があった。

 

「分かった。俺もそうするよ」

 

「今度こそ、力になるから……」

 

意外に貴之は一人で突き進んでいることが多いので、もし行き止まりに来た時は……と考えずにはいられなかった。

時間も時間になったこと、どうするかも決まったことから、消灯して眠りに着くことにする。

その日の夜は、いつもより互いを近くに感じていた──。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあって、ちょっとヤバい事態になってきた……」

 

「まさか、知らない内にそれをモノにしてたなんてな……」

 

休み明けの放課後──。貴之は四人に瑚愛のことを情報共有した。

受験で休む前までは別の『クラン』を使っていたのだが、グレード4を使いこなしたことを気に完全な乗り換えを行ったのが彼女である。

例え貴之や一真のように、『たまたまグレード4が使える勢力』だったとしても、彼女は己が進む為に『ギアクロニクル』へ変えるのは予想ができた。

 

「でも意外だね?あの人、学校だと平等な接し方してるらしいから、そんなこと無いと思ってたんだけど……」

 

宮地(向こう)後江(こっち)と違ってファイターの人口が極端に少ないから、そう言う部分が分からなくなるのかもな」

 

「そっか……こっちはまだ多いんだね」

 

彼女自身、学校では模範生として非常に評価が高く、生徒間でも信頼が寄せられている為、ファイターが少ない都合も相俟って貴之のようにファイトに対するストイックさを知らない人は多くなる──。というか、殆どであった。

ただ、これが判明したことで貴之のように中では一大事であることが判明し、今回の戦いがかなり緊迫しそうになっていたのである。

 

「ただ、何も言わないよりは全然いいな……これなら俺たちも、貴之のことをある程度手伝える」

 

「ファイトなら、いくらでも付き合うから……」

 

「デッキで行き詰るならあたしたちなりに力を貸すよ?」

 

「俺たちはお前に希望や努力の結晶を見せてもらった……。だから、今度は俺たちが返すんだ。いいだろ?」

 

自分のやって来たことは無駄ではない──。それが四人のおかげで分かった。

ならば貴之が迷う理由はなく、選ぶ行動はすぐに決まる。

 

「ありがとうな。今回は目一杯頼らせてもらうぜ」

 

差し伸べられた手を、貴之はすぐさま取るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「始める前に……あれから休めているわね?」

 

練習前の確認に、全員が頷く。自分たちがどうするかはこれから考えて行くので、今はそれが纏まっていることよりも、体が休まっていることの方が大事であった。

今回の事を経て、自分たちの見直しが必要なのは当然感じてはいるが、何も練習を厳しくすると言うことは無い。いきなりそれをやったところで()()()()()()()()()()()()()()()だ。

これから暫くは色々と考えながら練習をすることになるので、あまりにも集中するのが大変な状況になるなら普段より早く、場合によっては多く休憩を挟むつもりでいる。

 

「今日感じたことや、思いついたことは積極的に話していきましょう。何か手がかりになるかも知れませんから」

 

「そうだね……今日はどんどん話しちゃおう」

 

「だ、ダメそうになったらすぐ言いますね……」

 

「急ぐ必要は無いから、落ち着いて行こう。ね?」

 

紗夜の言ったこともそうだが、燐子があこに安心させるべく言ったことも大事である。焦ってもいいことは無いのだから。

特に紗夜は俊哉に自分から述べた身である以上、自分が変に突っ走る訳には行かない。

 

「私からも聞いていくから、何かあったらすぐに言い合いましょう」

 

──それじゃあ、始めるわよ。自分たちがどうするかを探す為の道は、今歩き出した。




友希那が一人でさっさと帰らなかった。これが大きな違いとなります。

次回はそれぞれの自分探しを書いて行くことになります。


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ネクスト5 再始動(リ・スタート)

予告通りそれぞれの自分探し回です。


「さて、手伝う前に貴之のデッキを見直さないとね」

 

「そうだな。『グレート』と『ジ・エンド』、どっちで組むか……」

 

後江でまず最初にやることは、貴之のデッキ見直しから始まった。軸を決めたらサポートを一緒に変えるだけなので、大幅な変更はしないで済む。

ただ、ここは何回も試行錯誤していくので、いつでも変えられるような準備は必要だった。

 

「お前どうする?デッキの見直ししておくか?」

 

「トリガー配分迷っててな……ちょっと力貸してくれるか?」

 

「私でいいなら、手伝うよ」

 

その一方で、俊哉もトリガー配分の確認だけしておくことにした。

現在は(クリティカル)8、(ドロー)4、(ヒール)4の標準的な構築だが、妙に打点偏重な気がしていたのだ。

その為、ある程度(クリティカル)を減らし、その分を(ドロー)トリガーに回すつもりでいる。

 

「確かに。お前のデッキで(クリティカル)8はちょっと過剰気味だな……もう少しだけ手札確保に割いてもよさそうに見える」

 

「多めに変えるなら(ドロー)8だけど……流石に、『ディメンジョンポリス』の強みを無くしちゃうかな?」

 

「そうなると7から5のどこかかになるか……ちょっと入れ替えながらやってみるか」

 

一先ず、俊哉と二人で先にファイトしながら確認を始めた。

ここさえ決まれば、後は細かい微調整を重ねるだけで俊哉のデッキは必ず完成することになる。

 

「流石に(クリティカル)7じゃ、手札確保を補い切れてないな……」

 

「じゃあ、次だね」

 

通しでやってみたところ、流石に(クリティカル)7は多すぎたようである。

 

(クリティカル)5は俺から見ても少し減らしすぎな気がしてきたな……」

 

「なら、後は6枚構築だな」

 

その結果、俊哉は両方六枚の構築で進んでいくことを決めた。

 

「よし、まずは『グレート』から行こう」

 

「ここからはあたしもファイトを手伝うよ」

 

今度は貴之の調整が始まり、まずは『グレート』軸のデッキを動かして見る。

この場合は『ジ・エンド』と比べて安定感が高く、トリガー配分に自由が効きやすいところが利点だと言えた。

 

「次は『ジ・エンド』だな……」

 

「まだ時間はあるし、今日決めきれなくても落ち着いて行こう」

 

次に動かした『ジ・エンド』軸は、『グレート』と比べて爆発力が高く、方針を明確にしやすいのが利点だと再確認する。

 

「後は、サポートユニットはこれでいいとして……グレード1のところが調整の余地あり。ってところか」

 

まだ時間がある為、完全な決定はまだしないが、偏らせる場合に何ができるかだけは纏め上げておく。

今日は時間が来たので、各自解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「アタシたちの演奏って、方向性は揃えた方がいいのかな?」

 

「それもいいとは思うのですが……私たちが音楽への楽しさを忘れていないと言う意味では、今井さんたちにはそちらを残しておいてもらった方がいいように感じます」

 

貴之らがデッキの調整をしている頃、友希那たちRoseliaも方針をはっきりさせるべく練習しながら話し合っていた。

リサの提案は結成当時からそうしていたなら思い切って踏み切れただろうが、今から変えるのは難しすぎるので無しになった。

 

「いっそのことあこたちの方に寄せる……は、思い切らないとダメだよね」

 

「そうなると、改めて一からになるし……もうちょっと待ちたいね」

 

あこの提案は本当に最終手段として残しておき、その方向は最後まで選ばないことになる。

ただそれでも、毎回直感で当たりを引いたり、いいところまで行ったり、今回のように保険を残したりできるあこの直感は流石の一言で、大事にして欲しいと皆で頼み込んだ。

 

「(一見相反しているような二つだけれど、貴之のように合わせて進むことだってできるはず……)」

 

──そんな方法が、どこかで見つかるといいのだけれど。皆の話しを聞いて、友希那が感じたことがこれである。

幾つかの方向が出てくるが、まだ「これ」と言ったものが出てこない。もうしばらく時間が必要だろう。

 

「紗夜。今のところだけれど……」

 

「なるほど……。少しやってみますね」

 

ただ、練習を疎かにするつもりは無いので、元の練習で思いついたことがあったら実践もしていく。

そうすることで、少しずつ自分たちがどうすればいいのかを探していくのである。

 

「さて、と……一先ず出たのはこんなところね」

 

今回の話しで出たのは──『技術力を求めるのは優先するが、音楽の楽しさも忘れない方向を取りたい』、『技術力最優先で行くのは進みたい道に必要なものがあるので合致するが、空気は悪くなるのが目に見えている』、『楽しさ重視は空気が良くなるが、自分たちが目指したい場所への道は一気に遠のくので、最終手段に近しい』となった。

決めるのはまだしも、どうしたいかの候補を出せただけでも上出来と言えた。

 

「じゃあ、アタシたちはこっちだから……またね」

 

「はい。それじゃあ、また明日」

 

別れ道が来てしまったので三人と別れたが、この時リサは一つのことに気づいた。

 

「あぁ……アタシ、ちょっと今日は固かったなぁ」

 

「仕方ないわよ。状況が状況だもの」

 

いつものような返しが出来ていなかったのだが、理由が分からないわけではないのでそこは許した。

元より自分を中心とした変化が生んだ結果なので、責めるつもりは無い。

 

「ただ、決めなければ先には進めない……早いに越したことはないけれど、使う時間は全て使い切りましょう」

 

「……うん。そうだね」

 

──今の自分たちにできること。帰り道の最中でも、それを考えられずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

眠りに着いた後、目を覚ました友希那は見知らぬ空間にいた。

うす暗くて周囲に誰もいないと言う、妙に恐怖を煽られる場所から抜け出すべく当たりを見回して見ると、何やら白と黒の影が対峙しているのが見えた。

 

「えっ……?あれって……」

 

そこにいたのは『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』で、今の友希那がヴァンガードで使っている『クラン』の代表ユニットたちであった。

──なぜこんなところに?と、複数の意味で考える友希那だが、彼らの至って真剣な話しを聞くことでその思考が隅に追いやられる。

 

我らの先導者(マイ・ヴァンガード)がどの道を選ぶか……それは、我々『シャドウパラディン』とお前たち『ロイヤルパラディン』……この二つの内片方を選ぶも同義といえるのだろうか」

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。我らの先導者(マイ・ヴァンガード)の行く道は、こちらとは違って単一になるとは限らないのだ」

 

自分の行く末が、自分たちにも影響することが間違い無い故の話しであった為、思わず友希那も聞き入ってしまう。

彼らもまた、自分の選択で影響を受ける者同士なのである。

 

「我らは自分たちこそ必要だと思う。だが……」

 

「そうだな。お前たちを不要だと断じることはできない」

 

『ブラスター・ダーク』の主張を察し、『ブラスター・ブレード』が同意する。どちらも彼女が必要と感じたからこそ、共にいるのだから。

いずれにせよ結論が出る日は来るだろうが、今しばらくそれが来るとは思わない。だが、動かない話さないはもどかしい。

故にこの二人は、何らかの形で語り合うことを望む。そしてそれは、次の段階へ進ませることになる。

 

「話すのはいいが、まだ根本的な解決には遠いか……」

 

「お前の言う通りだ。そして、こう言う時に我らが取れる行動は……」

 

──剣で語ること。双方見出された時期と求められたものが違う為、ぶつかり合うことで直接感じるのが一番早いと結論が出ていた。

何も事情が分からなければ止めに入ったかもしれないが、友希那は理由が分かる為見ることにする。

二人は少しだけ距離を取ってから剣を構え、しばしの間沈黙が走る。

 

「……」

 

「では……」

 

「ああ、行くぞ!」

 

同意の下二人が同時に踏み込み、全く同じ動きで振るい合った剣がぶつかり合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

そして彼らが剣をぶつけ合った瞬間、意識が現実に帰った友希那は慌てて体を起こす。

時間を見れば日が回って6時頃。普段より少し早い時間に起きてしまったが、二度寝するにはもう遅い時間であった。

ならば今日は少し早めに身支度を済ませようと考えてベッドから出たところで、机の上に置かれた二つのデッキケースが目に入り、それを手に取る。

 

「(あの二人も、私のことで悩んでくれて、ああしてくれている……)」

 

どちらかしか残れないかもしれないと言う不安を抱きながらも、それでも自分の為にと剣を交える道を選んだ彼らのことを思い出し、自分を想ってくれる存在の温かさを改めて実感する。

それと同時に、必ずしも一方で進むのは難しいだろうと言う考えが出始めてきていた。どちらかを選べばもう片方が恋しくなり、結局どっちも取れず本末転倒になるという考えである。

ならばと、友希那はこんな考えが浮かび上がってくる。

 

「(音楽なら両方選ぶこともできるように、彼らのことも……)」

 

──どちらかだけでなく、両方を選べればいいのに。共存する道があることを友希那は考えられずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

更に時は進み、貴之とRoseliaが再始動してから一週間が経とうとしていた。

 

「ありゃ?息抜きに散歩してたらこんなところに来ちまった……」

 

その週末に、貴之は『CiRCL』の前まで来ていた。無意識化で友希那の歌を求めてしまっていたのかもしれないが、暫くは待つ必要があるだろう。

デッキの方向性はもう少し変更の余地がある為、まだ確定させてはいない。もしかしたら『ウォーターフォウル』等を混ぜ込めるかもしれないが、あまりにもバランスが悪すぎるので、グレード3は『オーバーロード』系のみで確定だろう。

 

「おや?久しぶりに見る顔だね」

 

「お久しぶりです。オーナー」

 

──もうあたしはオーナーじゃないよ。と、返して来た女性は間違いなく、『CiRCL』の前オーナーであった。

彼女は外側からちらりと様子見だけしに来たらしく、それが偶然鉢合わせをしたようだ。

 

「アンタ……どうやら早速壁にぶつかった感じだね」

 

「ええ。今は、納得できる乗り越え方を探してるところです」

 

オーナーからしても、このぶつかり方はかなり早い方らしく、もう少し後だと思われていたようである。

ただ、貴之からするとぶつかった壁が壁なので、早くて助かったとも考えていた。

 

「分かってるならいいさ。まだ袋小路に嵌った訳じゃないんだ。焦らず、ちゃんと考えるんだよ。いいね?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

オーナーからの応援に安堵を覚えた貴之は頭を下げて礼を述べ、この場を後にした。

 

「(まだ二か月ある……テスト期間が終わったら本格的に微調整になるから、残り一か月って考えると随分と余裕があるな……)」

 

──なら、慌てなくていい……。落ち着かせることができただけでも、貴之には大きな収穫であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「もし、何かに集中したい人がいるなら時間を使ってくれて構わないわ」

 

貴之がオーナーと話してから少しした後、Roseliaの状況も一転を迎えようとしていた。

答えらしい答えがまだ出ていないので、今のうちにチームとしてできることをするのなら、練習時間をそちらに回すのも一つの手だと言う結論が出た。

実際の話し、色々考えるのはいいが練習の内容が充実し切れない場合が増えて来たので、メリハリを付ける意味でもこの選択は選べるのである。

 

「それなら……衣装の制作に時間を使ってもいいですか?」

 

「あっ、それあこも手伝おっか?」

 

「うん。お願いするね」

 

それならばと、燐子は以前から考えていた衣装のデザインを始めてしまうことを選んだ。

合間合間に練習を挟むことにはなるが、自分たちの進み方を決めたタイミングで用意できれば非常に良いと考えている。

 

「私たちは……タイミング合わせた方がいいからまだですね」

 

「そうだね……今の段階だと、少なくとも衣装ができるまでは取り掛かれないかな」

 

リサたちがやろうとしていることは、時間を掛け過ぎると良くないので、もう少し待っておく必要がある。

後は友希那がどうするかだが、彼女も彼女でそろそろ新しい曲を用意した方がいいと考えていたので、準備を始めたいとのことだった。

こうなるといつでも練習できるのは紗夜とリサの二人しかいないので、明日からは揃って練習するのを一時的に中断し、それぞれの時間に使う方向が固まった。

 

「じゃあ、皆で答えを持ち合わせてまた会いましょう」

 

そうして今日は解散し、再び友希那とリサが二人で並んで歩く。

この先どうなるかが分からなくて不安な気持ちはあるが、友希那の胸の中にあるのはそれだけでは無かった。

 

「(私は一人じゃない……それは、こんなにも暖かいのね……)」

 

それは皆がいることへの安堵であり、一人で暴走しない支えになってくれているものだった。




友希那が荒れていないので、チーム内にあった問題の一番デカい部分が消滅しており、衝突が起こらないまま皆でやるべきことをやる方向へのシフトになりました。
本小説の性格変更で最もいい影響を受けた場面でもあり、これのせいで見所が減ってしまった原因でもあります。

次回は一旦本編に戻り、Roselia2章の10話部分をやることになるかと思います。


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ネクスト6 見えてきた光の道

「どうやら、難儀しているのはお互い様のようね……」

 

「ああ。状況が状況だからな……お互い大事に決めねぇと」

 

それから更に一週間と二日後──。貴之と友希那はお互いの近況を話しながら、商店街の近くを歩いていた。

貴之はデッキ選びで、友希那は方針決めと曲作成で悩んでおり、そこから抜け出せないまま、二週間以上が経ってしまっている。

ただ、思い詰めたまま動き続けるのも良くないので、今日は息抜きや気分転換も兼ねて二人でちょっとした散歩をしているのであった。

 

「どういうことかは分からないけれど、他のチームは何らかが原因で衝突が起きたらしいわ」

 

「……と言うことは、他の皆も試練の時ってやつか」

 

原因は様々だが、Roseliaを省いた『ガールズバンドパーティー』に参加したメンバー20人は、チーム間で衝突してしまったらしい。

Roselia側は精神的支柱とも言える友希那が、ギリギリのところで踏みとどまったのでこうはならずに済んでいるが、もしそうなっていた時を考えると少しだけ体が震えた。

 

「でも、何か手がかりを掴んで乗り越える……理由は上手く言えねぇけど、俺はそう思う」

 

「ええ。そうよね……」

 

──私たちにも、その時はきっと来る。そう思えれば少しは気が楽になった。

 

「あっ……!」

 

「「……戸山さん?」」

 

後は折れずに進んでいくだけだと二人が結論を出したところ、偶然にも香澄と顔を合わせることになった。

最近になって彼女らのチームであるポピパも衝突を起こしてしまったと言う話しを聞いていたのだが、そんなことはもう終わったと言わんばかりに彼女の表情は明るい。

──が、何かに気づいたらしく、少し慌てた様子になる。

 

「もしかして、お邪魔でしたか……?」

 

「いや?そんなことはねぇけど……」

 

「私も大丈夫よ」

 

どうやらデートの邪魔かと考えていたらしく、それが慌てた原因だったようだ。その為、ここは特に問題ないことを伝えておく。

 

「実は私たち、週末で久しぶりにライブをやるから、余ったチケットを知り合いに渡そうかと思ってたんですけど……」

 

──一枚しか残ってなくて……。困った笑みを浮かべた香澄を見てどうするかを考える。

彼女的にはこの話しをしたら無かったことにするのは難しいが、一人だけはどうなんだと迷うだろう。故に、こちらから決めて上げれば少しは助けになれることも意味していた。

 

「なら、それは私が貰ってもいいかしら?」

 

「はい。大丈夫ですっ。でも、どうして?」

 

友希那は彼女らの演奏で何かヒントが貰えるかも知れないと考え、それを貰うことにした。

ならばと香澄は彼女にチケットを渡し、当日待っている旨を伝えて移動を始めた。

 

「もしかしたら、戸山さんたちの演奏に……私の求めるものがあるかもしれないわ」

 

「そうだったら本当にいいな……」

 

友希那の予感が当たることを、貴之は願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ところで友希那。この先は大丈夫そうか?」

 

「まだ分からない……この先の私たち次第だと思うわ」

 

そして迎えたライブ当日。家から会場へ向かおうとしていた友希那は友治に呼び止められた。

友希那は彼にもSMS当日に起きたことと近況を話しており、そのことで気になっていたらしい。

ただ、すぐに答えられるかと言われればそうではなく、今日のライブでヒントを得られるかどうか、他の四人はどのように答えを出すのか。それが肝になってくるだろう。

 

「そうか……俺でよければ相談には乗るから」

 

「ありがとう。それじゃあ、そろそろ行ってくるわね」

 

身近な人が支えになってくれる宣言はそれだけでも暖かく、安心感を与える。

歩きながら、彼女らは今日が久しぶりのライブであるというポピパの近況を思い出す。どうやら衝突してから関係の修復に成功してからの初ライブ──と、いうことらしい。

これは後で知ることになるのだが、ポピパは衝突も立ち直りも一番早いチームだったらしく、特に立ち直りの速さは仲のいい彼女ららしいと感じられた。

 

「(差し入れ、持って行った方が良さそうね……)」

 

商店街でスーパーを目にしたので、友希那は立ち寄って彼女ら分の飲み物を購入する。

これは自分たちのライブの時、大丈夫な時は毎回貴之や俊哉が用意していたのを思い出し、それがとても助かっていたことを覚えていた故の行動である。

以前から貰っていた恩義を、他の人に行う形で返す──。少々ずれているかもしれないが、今はこれが正解だと友希那は考えた。

 

「(さて、ここだったわね……)」

 

楽屋の前まで来たので早速ドアをノックすると、「今行きま~す」と元気のいい声が聞こえた。恐らくは香澄だろうと思いながら待っていると、案の定開いたドアからは香澄の顔が現れた。

 

「あっ、来てくれたんですね?」

 

「ええ。それからこれ、あなたたちに差し入れよ」

 

「ホントですかっ!?ありがとうございますっ!」

 

キラキラした目で如何にも喜んでいることを表した香澄は友希那からその袋を受け取り、中にいる誰かに預けた。

大雑把にここまでの経緯を話してくれたので、友希那はその礼に近況を伝える。理由はもう既に話してあるので、そこは再確認程度だ。

 

「友希那先輩ならきっと掴めますよっ!」

 

「嬉しいことを言ってくれるわね……ありがとう。必ず掴んで見せるわ」

 

もうじきライブの開演時間となるので、友希那も会場の部屋へ移動を始める。

入った直後はこちらに注目が入るも、ポピパのライブへ来る人たちは「見るならみんなで」と言う思想が強いらしく、友希那歓迎する空気を見せながらポピパの登場を待つ。

 

「(新しい道が見えた戸山さんたちは、どんな演奏をするのかしら?)」

 

久しぶりに純粋な楽しみの情を出しているのに気づいたと同時、開演の知らせを告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(なるほど。この五人は自分たちの良さを更に伸ばしただけではなく、技術力も伸ばしているのね……)」

 

ポピパの演奏が続いていく中で、友希那は彼女たちの成長と、選んだ方針を感じ取る。

やるべきこともやりたいことも全力でやり、思い切って楽しむ。これが彼女らの中で出た結論とも言えるものであり、その方向性がライブでもはっきり見て取れた。

この他にも、ライブ終わった後に香澄の唐突な問いに有咲がツッコミを入れることがあるのも、また彼女たちらしいと思えたし、香澄の問いを理解できれば自分も感じ取る力が貴之の仲間入りなのだろうかとも考えた。

 

「(一度こうなれば彼女たちは大丈夫。何の気兼ねも無く演奏を聴いていられるわね)」

 

一回成功してしまえば、後はそのままの流れで行けるのはポピパの強みであり、そこから来る信頼も出てきた。

その勢いに乗せたまま演奏は続いて行き、残りはいよいよラストの曲が来てしまったようで、それに対して「ええ~っ!?」と観客が声を上げるのも、最早定番となりつつある。

 

「それでは聴いてください。『二重の虹(ダブルレインボウ)』」

 

この曲は今回のライブが初披露で、天気雨のような衝突を乗り越えた後に見えた自分たちの形を『虹』だと評したのが始まりらしい。

『前へススメ』などの時によく見られる明るさではなく、『ティアドロップ』のように珍しい方向性ではあるがダークと言うわけでもない。また新しいタイプの曲調であり、彼女たちが苦難を乗り越えた証でもあった。

普段とはまた違った良さを目の当たりにし、観客たちもその曲の空気に合わせた盛り上がり方をする。

 

「(彼女たちはバンドの楽しさが表に出ているけれど、両方とも取れている……。私たちの場合は表に出るのが反対になるかもしれないけれど、全員で意識を合わせられるのなら出来ないわけでじゃない……)」

 

──きっとあれは五人が望んだ形で、自分たちもこう言った取り方はできる。どちらかだけしか本当に選べないのかと疑問に思っていた身である友希那からすれば、これ以上ないほど嬉しい出来事だった。

このライブが終わって時間ができたタイミングで友希那は彼女たちに礼を告げ、とても満足した表情で帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(ここは……この間と同じ場所ね)」

 

その日帰ってから眠りに着いた後──。友希那は再びあのうす暗い空間にいた。

ここに来たということは何かがあるかも知れないと考え、まずは『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』を探すことにする。

この前の一回で慣れてしまったのか、何となくどっちへ行けばいいかが分かっているので、それに従って進んでいくと、丁度剣による語り合いが終わったら二人が互いを見据えていた。

 

「やはり……我らの先導者(マイ・ヴァンガード)にとって、我らはどちらも必要だ」

 

「ああ。それは間違いないだろう」

 

真っ先に見えたものとして、片方を不要という考え方をする必要はないことであり、考え方を変える必要が出てきた。

ならば、次はよりどちらが必要となるのか──。二人はこの方向で話しを進めていく。

 

「目指すものを考えれば『シャドウパラディン(そちら側)』であるとは思うが……」

 

「日常やその他全てまで考慮するならば、『ロイヤルパラディン(お前たち)』の方が適任だな」

 

「(どうしても、『クラン』の枠組みが枷になってしまうのかしら……?)」

 

ルール上別の『クラン』で組むことができないように、彼らは共に行くことができないような考え方になっているのに友希那は気づいた。

この状況を打破するのなら、自分から声を掛けるのが一番楽と言える場面であるので、一度思い切って話しに入ってみる。

 

「一つ聞くけれど……あなたたちが共に行く──と言うのはできないのかしら?」

 

「「……我らが共に?」」

 

友希那の問いに両者が互いを見合わせて考える。

流石に両方を全て持っていくのは難しいかも知れないが、どちらかが主体であればできないことは無いと考えられた。

であればどちらが主体になるのか──。だが、真っ先に『ブラスター・ダーク』が自らの剣を地面に突き立てる。

 

「私が『()』、お前が『日常(本体)』だ。我らの先導者(マイ・ヴァンガード)の原点と大部分はお前が担っている」

 

自分は時が来れば誰かに受け継いで貰うくらいしか出来なくなるが、向こうはまだ残り続けるものである。

戦士がいつか剣や盾を手放すように、自分もいつかそうなる時が来る。それを覚悟の上で『ブラスター・ダーク』は選んでいた。

最初は迷った『ブラスター・ブレード』だが、友希那は『ブラスター・ダーク』の意思を無駄にしたいと思わない。

 

「気を遣わせてしまったわね……」

 

問題ない(ノー・プロブレム)。我が剣は、貴女と共にある」

 

それが必要とする限りと言うのは付いてしまっても、それでもありがたかった。

変わると言うのはそういうこと──。それを『ブラスター・ダーク』は分かっていたのだろう。だからこそ、『ブラスター・ブレード』よりも早く動いていた。

少ししてようやく決心が着いた『ブラスター・ブレード』も左手で彼の剣を受け取り、右手に持っている自身の剣と合わせて二刀流の状態になる。

 

「なるほど……確かにこれなら、私が表に出てもそちらが消えることは無い」

 

我らの先導者(マイ・ヴァンガード)が道を選んだことで、我らにも新たな道ができる……」

 

二人が呟いた後、二人が突如として光だし、友希那の視界を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

翌朝。結局最後の瞬間を見終えることができないまま友希那は目を覚ますことになった。

確かにそれは残念なことではあるが、それ以上に嬉しい収穫があったので、そんなに気にしていない。

 

「(もう殆ど答えのところまで来ている……だから、後はあの姿が何なのかを知れれば大丈夫)」

 

ポピパの演奏と夢の内容のおかげで、友希那は一気に答えの手前までたどり着いており、後ちょっとと言ったところだった。

髪の手入れや顔洗い等、朝の行動を一通り終えて最後の引っ掛かりをどうやって掴むかを考えていたところで、一通の電話が来たのでそれに出る。

 

「……もしもし?」

 

『いきなりごめんね?結衣だけど、今時間ある?』

 

電話の主は結衣で、休日のこの時間から電話が来るのは珍しいことだった。

時間自体は考え込む時間に回している分、個人の時間を考えなければ有り余っているので先を促す。

 

『ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、今から店にくることはできる?』

 

「大丈夫よ。準備したら行くわね」

 

以前結衣にはRoseliaの──。と言うよりは、個人の選択による悩みを話していたので、それの答えを掴む糸口を探してくれていたのかもしれない。

そう考えると嬉しさが出てきて、善は急げで『レーヴ』へ足を運ぶのであった。

 

「あら、いらっしゃい。今日は一人なのね?」

 

「はい。結衣、待たせたかしら?」

 

「ううん。今準備できたから、大丈夫」

 

何度かそこへ行けば慣れるもので、少しだけ早めに歩けばその分早く着く。

軽いやり取りの後に結衣が「これを見て」と渡してきたのは一つのデッキだった。

 

「……あら?見たことのないカードがあるわね」

 

「これ、『ヴァンガード甲子園』が終わった後にリリースが決まったデッキなんだけど、その時にまたルールが追加されるんだって」

 

この情報がまだ出回っていないのは、世間が『ヴァンガード甲子園』に熱を出しているので、それに集中してほしいと言う願いがあるようだ。

ただ、これだけ確かめて欲しいのなら自分が選ばれるわけでは無いので、他に理由があることを予想する。

 

「このユニットを見て欲しいんだけど……」

 

「始めて見るユニット……」

 

そのユニットをよく見ると『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』が混ざったような見た目をしていると思ってテキストを見ると、驚きの内容があったので慌ててデッキの内約を確認する。

確認を終えた時、どうして自分を呼んだのか。それが全て分かった。

 

「結衣……このデッキ……」

 

「うん。今の友希那が欲しい形って、これだと思ったから……」

 

ファイターに戻ったものの、結局は店員の立ち位置に従事していることの多かった結衣は、今日この時程この在り方で良かったと感じていた。

暫しデッキを見つめていた友希那は、笑みと共に涙を浮かべていた。嬉し涙で間違いは無い。

 

「ありがとう、結衣……」

 

──私の望んだ形、ここにあったわ。その笑顔は結衣の選択が間違っていなかった証拠である。

 

「(これなら……今度は私が、貴之を助けられる)」

 

一通り新しいルールの確認を終えた友希那は、確認するべく貴之に連絡を取った。




やはりと言うか、この辺りから変更点がどんどん減って来ます……(汗)。

次回は一度貴之と友希那でファイト回になります。


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ネクスト7 本当に望んだ形

この話では、分かる人には分かるようなバレバレな奴を使いたかった理由があります。


「(友希那が嬉しそうにしてた……ってことは、もう答えが見つかったのか?)」

 

友希那から電話を貰った貴之はすぐに『レーヴ』へと足を運んでいく。

デッキ構築は現状巨人への逆襲(ジャイアント・キリング)が可能な『ジ・エンド』をメインにしたデッキにしているが、まだ完全に確定はしていない。

もう少し捻りを出せないかと考えていたが、バランスやその他諸々まで考えるとどうしても一部の思考を阻害される状態になり、まだ決め切れていないのである。

 

「(……たまには甘えさせて貰うのもいいかもな)」

 

普段あまり人に頼ることをしないので、たまにはいいかもしれないと考えながら歩を進めていくと、店の前に辿り着く。

入り口のドアを開ければ、そこには秋山姉妹と友希那がいた。

 

「あっ、貴之さん。早かったですね?」

 

「そりゃ友希那が絡んでるからな……んで、俺はどうすればいいんだ?」

 

「それをする前に、これを一度確認してくれるかしら?」

 

瑞希に渡されたガイドブックを手に取り、手早く読み進めていく。

そこには『ヴァンガード甲子園』が終わった後に実装されるルールが記載されており、友希那が貰ったデッキにはその要素が入り込んでいるらしい。

一通り読み終わって話しも聞いた貴之は「なるほど……」と、納得した声を上げる。

 

「俺が納得いく方法で勝てば、その未来は絶対に来るわけだ」

 

「貴之……あまり無理しちゃダメだよ?」

 

結衣の釘刺しには、もちろんだと返し、友希那がファイトで何かを気づかせようとしているのを汲み取って誘いを受けることにした。

 

「それじゃあ、貴之……」

 

「ああ。始めよう」

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

準備を終えた二人は、早速ファイトを始める。

 

「『ライド』、『リザードランナー アンドゥー』!」

 

「『ライド』、『ばーくがる』!」

 

貴之が『ライド』するのはいつも通りだが、友希那は違った。

その口に剣を加えた獅子を見て、貴之は彼女が使っているものを悟る。

 

「それ……『ロイヤルパラディン』か?」

 

「ええ……けれど、本番はこの先よ?」

 

まあそうだろうなと納得し、貴之の先攻で始まる。

最初のターンは『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』し、一枚引いたところでターンを終える。

 

「まずは……『ライド』、『うぃんがる・ぶれいぶ』」

 

友希那は青い身体を持ち、口に剣を加えた犬型のユニットになる。

 

「スキルで一枚ドローして……相手のグレードが1以上なら、『クイックシールド』を手札に加えるわ」

 

「早速新しい要素のお出ましか……」

 

あれがあれば、戦術も広がるだろうなと貴之は予想した。『メインフェイズ』では特に追加で行動はせず、そのまま攻撃に入る。

 

「それじゃあ、『うぃんがる・ぶれいぶ』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード」

 

友希那は『ドライブチェック』で(クリティカル)トリガーを引き当て、ダメージを1増やすことに成功する。

イメージ内で『うぃんがる・ぶれいぶ』となった友希那の剣による二連撃が、『サーベル・ドラゴニュート』となった貴之の身体を切り裂く。

対する貴之の『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、手痛いダメージを貰った。

 

「『うぃんがる・ぶれいぶ』のアタック、または『ブースト』したアタックがヒットした時、スキルで山札の上から七枚まで確認して、『ブラスター』と名の付くユニットを一体手札に加えられるわ」

 

「(ってことは、『ブラスター・ブレード』か?)」

 

──俺はいつも『ブラスター・ブレード』と縁があるな……。そう思っていた貴之に、横殴りされたかのような言葉が告げられる。

 

「私が加えるのは、『ブラスター・ダーク』よ!」

 

「……何ぃっ!?」

 

友希那が告げたのは『シャドウパラディン』に属しているユニットだったので、貴之もこの反応を示した。

しかしながら、このデッキのリリースと新ルールが適用されるのと一緒に、『ブラスター・ダーク』は『ロイヤルパラディン』の陣営に参加することが認められるようになっている。

その理由が友希那が使っているデッキの主軸に関係しているのだが、それを知るのはこのファイトの終盤である。

 

「友希那……もしかしてだけど、お前……」

 

「ええ。私……いいえ、私たちには両方とも必要だったの」

 

その言葉で『ブラスター・ブレード』がいることも確定となり、自分が以前友希那に例え話しで上げたものを、友希那は本当に両方とも取り入れたいと願ったことが伺えた。

攻撃も終わったので、友希那のターンは終わりとなる。

 

「『ライド』!『ドラゴンフルアーマード・バスター』!」

 

スキルで『オーバーロード』で手札に加え、『メインフェイズ』で前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』する殆どいつも通りなパターンを展開する。

 

「次はこっちの番だな……『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「そうね……まずはノーガードで行くわ」

 

貴之の『ドライブチェック』は星《クリティカル》トリガーで、ダメージを増やすことに成功した。

対する友希那の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、手札の確保とパワーの拮抗化に成功する。

 

「次は『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「なら、ここはノーガードにするわ。『ダメージチェック』……」

 

友希那の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが3になったところでターンが終わる。

 

「(さて、次の動き方は……)」

 

――我らの先導者(マイ・ヴァンガード)……。大体動きを決めている友希那が早速行動しようとした時、何者かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは……あの時の?けれど……」

 

──それにしては、明るすぎるわね?最近見るようになっていた夢の空間はうす暗いかったのだが、今度は打って変わって真っ白に見えるくらいに明るい場所にいる友希那は辺りを見回す。

少しすると自分の目の前に『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』が現れ、彼らの間には今まで見たことのない、結晶でできたかのような刃を持つ大剣があった。

その剣の柄は鉄灰色(てっかいしょく)を基調にし、暗い青のサブカラーが入っている、まるで二人の色が混ざって一つになったかのようなものだった。

 

「これは、私の持つ勇気の剣と……」

 

「私が持つ、覚悟の剣が合わさった姿だ」

 

「勇気と覚悟……」

 

これを自分が行くバンドに例えるなら『仲間(勇気)』と『技術(覚悟)』であり、自分の欲しかったものが全て交わった形として現れた。

地面に突き立てられている剣を手に取って、二人にいいのかをアイコンタクトで確認すると、双方何も迷わずに頷いた。

 

「これが、私の為に出してくれた……あなたたちの答えなのね」

 

「ああ……そして、その剣の存在は」

 

「我らに新たな姿を示す道標となる」

 

友希那がその剣を引き抜いた瞬間、視界を眩い光が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「!この感じ……まさか!?」

 

「(見えるのは光……?そう、これが貴之の言っていた……)」

 

現実時間で十秒ほど微動だにしない友希那が動き出した時に感じ取ったものに、貴之は覚えがあった。

友希那の目には、呼ぶべきユニットの外側が光っており、それは自身の瞳に合わさったのか金色で示されている。

 

「貴之……どうやら私、あなたと同じ場所に来たみたい」

 

「……そうか」

 

──これでもう、俺は独りじゃないんだな……。その声には安堵の色が入っており、短いようで意外に長く感じた孤独とさよならする時が来た証拠である。

 

「影の剣は覚悟の証……『ライド』、『ブラスター・ダーク』!」

 

登場時、スキルを発動して貴之に『サーベル・ドラゴニュート』の退却を選ばせる。後々手札を多く消費してもらう狙いであった。

 

「『オーダーカード』、『光と影、交わる刻』を発動するわ!」

 

「そっちが新しいカードか……」

 

貴之はこれでもう一つの新要素を確認することができた。

このカードは他のカードゲームで言えば『呪文』や『魔法(マジック)』と言うべきカードであり、戦術に新しい方針を見出すことを狙っているものである。

 

「そのカードの効果は、『ヴァンガードサークル』と『リアガードサークル』を参照してそれぞれの効果を得るんですよ」

 

「『ブラスター・ブレード』がいる場合、『ブラスター・ダーク』がいる場合、または両方がいる場合の三つね」

 

「今回は『ブラスター・ダーク』しかいないから、一つしか選べないけど……それを選べればいいよね?友希那」

 

「ええ……『ブラスター・ダーク』がいるなら、山札から『ブラスター・ブレード』を手札に加えることができるわ……。力を貸して、『ブラスター・ブレード』!」

 

前列左側に呼んだ『ブラスター・ブレード』もスキルを発動し、残っている『バーサーク・ドラゴン』も退却させる。

更に後列左側に『うぃんがる・ぶれいぶ』を『コール』した後、手札を一枚捨てることで、『ブラスター・ダーク』に『ツインドライブ』を与える。

 

「それじゃあ……『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ慌てる時じゃない……ノーガードだ」

 

友希那の『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーとなり、ダメージが増加する。

対する貴之の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーとなり、ダメージ増加は抑えられる。

 

「凄いわね……いつもより二人の差が少ない」

 

貴之が『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を使っていないのもあるが、それでも両者の差を全く感じられない。

これにはもう一つ理由があり、それは得た力を知ることと、貴之にファイトを通して伝えることに集中している友希那以外全員が気づいている。

 

「(答えを得た友希那と、まだ迷っている貴之……この差は、勝敗を決めかねない)」

 

この差が非常に大きく、一真の場合はこれを解決した後は更に戦えるようになっており、今ではお互いが能力の有り無しを合わせれば貴之と対等に戦える程である。

しかしながら、貴之も貴之で友希那の答えを聞くべく、それを跳ね返してしまいかねない『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を使いたくないだろうというのも考えられた。

 

「次、『うぃんがる・ぶれいぶ』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「それやると『ブラスター』系のユニットが来るんだったな……『ラクシャ』で『ガード』!」

 

これにより、両者のダメージが3の状態でターンが終わりを迎えた。

 

「行くぜ……ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

『フォースⅡ』をヴァンガードに設置した後、『メインフェイズ』に入って早速『ソウルブラスト』を使う。

その後は前列左側にもう一度『バーサーク・ドラゴン』、前列右側に『フルアーマード・バスター』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』、後列左側に『エルモ』、そして後列中央に『ガイアース』を『コール』した。

 

「まずは、『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

友希那の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

 

「……ここは勝負に出るかな。『オーバーロード』で『ブラスター・ブレード』に攻撃!」

 

「……今はごめんなさい。ノーガード」

 

自分に攻撃が飛んで来たら防いでいたが、流石に自身への攻撃を防げないくらい手札を使うわけにもいかないので、彼を守ることは諦めた。

『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、その考えが正解だったことを示していた。更にスキルで手札を捨てることにより、『オーバーロード』が『スタンド』する。

更にこの時、スキルで『サーベル・ドラゴニュート』を退却させ、手札の確保もしておく。

 

「次、『ガイアース』の『ブースト』、『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!この時、『ガイアース』のスキル発動!」

 

「お願いね……『イゾルデ』で『完全ガード』!」

 

貴之の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、効果が全て『バーサーク・ドラゴン』に回される。

 

「最後、『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『ふろうがる』で『ガード』、それから『クイックシールド』も発動よ!」

 

『ふろうがる』だけだった場合は合計パワー35000で、合計パワー37000の前に敗れ去るが、『クイックシールド』でユニットのパワーをプラス5000したことにより、合計パワー40000となって防ぎきれたのだ。

友希那のダメージが4、貴之のダメージが3になったところで、このターンが終わりを迎えた。

 

「あなたたち、お願いね?」

 

友希那の問いかけに、二者ともう一人が『任せてくれ』と答えた気がした。

別のユニットに『ライド』するのが分かっているが、友希那の『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』が終わる気配は無い。

 

「光と影は一つとなり、そして……真の力が生まれる!『ライド』!」

 

友希那が白と黒の光に包まれ、それが広がった後に灰色の鎧に暗い蒼のラインが入った騎士が姿を現していた。

 

「『マジェスティ・ロードブラスター』!」

 

そのユニットこそ、友希那が得た答えを表す存在であり、貴之も感じるものがあった。

『フォースⅠ』をヴァンガードに設置した後、後列右側に白い鎧を身に纏い、琴と細剣を持った騎士『竪琴の騎士 トリスタン』、後列中央にトランペットを持った少女の姿をした天使『スターコール・トランぺッター』、そして前列右側に『ブラスター・ダーク』を『コール』する。

 

「登場時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をすることで『スターコール』のスキル発動。『ドロップゾーン』から『ブラスター』の名の付くカードと、『光と影、交わる刻』を一枚ずつ手札に戻せるわ」

 

その後前列左側に『ブラスター・ブレード』を『コール』し、スキルで『バーサーク・ドラゴン』を退却させて『メインフェイズ』を終了する。

 

「では攻撃よ……『トリスタン』の『ブースト』、『ブラスター・ダーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、貴之のダメージは4になった。

 

「次、『うぃんがる・ぶれいぶ』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ター』で『ガード』!」

 

これ以上はあまりくらいたくないので、防ぐことを決める。

 

「最後よ……『スターコール』の『ブースト』、『マジェスティ・ロードブラスター』でヴァンガードにアタック!この時、リアガード二枚を『ソウル』に置くことで『フォース』を二枚獲得するわ」

 

『スターコール』はグレード2のユニットなのだが、ヴァンガードが『ブラスター』と名の付くユニットであれば『ブースト』をすることができる。

この時、『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』を『ソウル』に置くことで、更なる効果の発動を狙う。

 

「『マジェスティ・ロードブラスター』は『ソウル』に『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』がある時、(クリティカル)プラス1、更にヴァンガードにいるならパワープラス5000とドライブプラス1を得るわ!」

 

「これは流石にどうしようもねぇか……ノーガード。お前のイメージを見せてくれ」

 

「ええ。私のイメージをあなたに見せるわ……『トリプルドライブ』!」

 

友希那は『トリプルドライブ』で三枚とも全て(クリティカル)トリガーを引き当ててみせた。

イメージ内で『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』が天に向けて剣を伸ばし、それぞれの色に合わせた光を『マジェスティ』となった友希那の剣に送り届ける。

それによって強い光を放つ剣を手にしたまま、『オーバーロード』となった貴之に肉薄し、一刀の下に切り捨てた。

 

「(そうか……必ずしも一個が正解って訳じゃねぇんだな……)」

 

以前自分が友希那に出した例え話と似たようなことが起きたのを感じながら、大いに納得した。

その『ダメージチェック』が全てノートリガーで、貴之のダメージが6になって決着が着く。

終わるや否、早速終了の挨拶を済ませ、今回の本題に入る。

 

「色んな意味でありがとうな。お陰でどうしたいかが見えて来た……」

 

「本当?それならよかったわ……」

 

『ブラスター・ブレード』と『ブラスター・ダーク』が共存する道……それと同じように、かなり無茶だが自分の望んだ形にはどんな道があるのかに気づけた。

確かに『オーバーロード』で勝つのは絶対としていたが、友希那の悩みと同じで、必ずしもどちらかに絞り込む必要はないのだ。

 

「もう大丈夫そうね?」

 

「はい。後はデッキ組んで進むだけです」

 

「出来上がるデッキ、楽しみにしてますね」

 

「友希那もお疲れ様。また何かあったら、その時は手伝うよ」

 

「ええ。その時はまた言うわ」

 

最後に手短な挨拶を済ませて貴之と友希那は店を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……いっそのこと、『グレート』も『ジ・エンド』も入れちまおうと思う」

 

「あら。大分思い切ったわね?」

 

その翌日の放課後。二人は早速貴之の部屋に集まってそれぞれの準備を始めた。

隣り合ってやると集中できないのではないかと言う疑問はあるかも知れないが、この二人でそんなにことは起こらない。

貴之はバランスを度外視した『オーバーロード』てんこ盛りデッキで戦うことを決意し、それに合わせた調整。友希那は新曲作りに取り掛かっている。

この選択は友希那の選択を見て、自分の望んだ形に気づいたからこそであり、彼女がいなければ成り立たない選択だった。

また、昨日の段階で友希那は、『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』はファイターとしての経験が浅い為、大会等の『勿体ぶって負けるのはあまりにも情けない』場面でもない限り、己の腕が追いつくまで封印を決断している。

 

「(思い起こされるのは、あの時のこと……それを曲に表すのなら)」

 

SMSの日にあったことを思い起こしながら作っていくので、もう少し考えながらでもいいかもしれないが、歌詞は恐ろしい速度で浮かび上がって来て、それを書き綴っていく。

こうなると問題は曲調なのだが、ここで上手く合わせていく必要があるだろう。

 

「(貴之の助けになれたあの日……今まで貰ってばかりだった私が、始めて何かを与えられた。そんな気がするわ)」

 

「(友希那が()()()()|に来てくれたことで、本当に独りじゃなくなった……。それだけでもすげぇ安心できる)」

 

より深く交わることのできた二人は、傍にいるだけでも更なる充足を感じていた。




友希那が使用したデッキはスペシャルデッキセット『マジェスティ・ロードブラスター』です。展開の段階でバレバレだと思ってます(笑)。

次回は一旦俊哉と颯樹でのファイトを予定しています。


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ネクスト8 禁忌の力

色々バタついていたので、ヴァンガードの新アニメは後ほど見ようと思います。


「(そう言えば、この商店街は久しぶりに来るなぁ……)」

 

先導者と歌姫が本当に望んだ形をそれぞれに表すべく動き出した翌日の放課後。颯樹は商店街に足を運んでいた。

こうしている理由は、昨日の部活動を終えた後、今日は他の人が用事で来れないので一人で行動することになるのが分かった時、龍馬から商店街にもカードショップがあることを教えて貰ったからである。

転校してから寄り道できる場所と紹介されてはいたが、結局ファイトやら勉強やらをやって行くのを忘れてしまっていた故に、来ること自体は久しぶりなのだ。

後で安売りしている場所も調べておこうと考えながら歩いていると、今日の目的地にたどり着いた。

 

「(ここが『カードファクトリー』……この前三人が揃って言ってた場所だね)」

 

今日はここでファイトができればラッキーと言う考えで来ているので、そこまで欲張るつもりは無い。

他の場所は帰りながら確認しようと頭の隅に入れておき、店の中に入った。

 

「(こっちは結構な人がファイトしてるんだ……)」

 

小休止を挟んでいる人たちは自分が宮地生だった故に珍しそうに見ている人もいるが、結局そこまでであるのはファイターに所属は関係ないようだ。

普段入店している『ルジストル』は対戦派と呼ばれる人が少ないので、対戦とそれ以外の人数比に少し驚く。

とは言え、この店はこの店。それをとやかく言うことはせずに誰か手すきの人がいないかを探していく。

するとそこに一人後江の制服を着る少年がいたので、声を掛ける。ファイトを受けてくれないか?と言う旨を自己紹介と共にしてみると──。

 

「ああ、俺でよければいいぞ。丁度俺も身内が全員取り込み中で来れないから、暇を持て余しててな……」

 

「あはは……それは災難だったね」

 

ファイトを承諾してくれた少年──。俊哉の向かい側に座り、一先ず一戦ファイトをするべく準備をした。

 

「「スタンドアップ!」」

 

準備が済み次第、早速開始の合図を出す。

 

「ザ!」

 

颯樹の持つ掛け声のスタイルが、この段階で貴之に近しいものだと俊哉に確信させる。

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人がカードを表返すことで、ファイトが始まりを告げる。

 

「『ライド』、『次元ロボ ゴーユーシャ』!」

 

「『ライド』、『発芽する根絶者(スプライト・デリーター) ルチ』」

 

颯樹がなった、紫色のまるで芽を思わせる異形の存在を見て、俊哉は驚いた。

根絶者(デリーター)』と言う名の通り、芽で言う根っこであろう部分の先端が(あか)く尖っているので、それが何らかの影響を与えそうに思える。

 

「そのユニット……始めて見るな。『リンクジョーカー』ってのも、今まで見たことないけど……」

 

「僕は始めた時から使ってるけど……確かに、この『クラン』を使ってる人、僕以外に見たことは無いかな」

 

『リンクジョーカー』は『スターゲート』に属している……のだが、さらにそこから三つの勢力に分裂しているらしい。

颯樹が使う『根絶者(デリーター)』は遊星『ブラント』に属する異形の存在たちの集まりで、ファイターとユニットの繋がりを断つことによる効果的な妨害を得意とする。

 

「(……こいつ、何か抱え込んでる?)」

 

恐らくはそのデッキを使い続けて何かがあったのだろうと考えた俊哉は、それを探るべくもファイトは継続を選ぶ。

俊哉の先攻からファイトは始まり、まずは『ダイブレイブ』に『ライド』してターンを終える。

そして颯樹のターンになり、『スタンド』アンド『ドロー』を行う。

 

「『ライド』、『醗酵する根絶者(ファーメント・デリーター) ガヰアン 』」

 

更に巨大な異形の存在になった後、スキル一枚引いてからすぐ攻撃に入る。

 

「じゃあ、『ガヰアン』でヴァンガードにアタック」

 

「……ノーガード」

 

彼のファイとしている様子自体は普通なのだが、妙な圧力を感じるのが俊哉の所感だった。

颯樹の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、ダメージの増加が起きる。

対する俊哉の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー。二枚目が(ドロー)トリガーとなり、手札の確保に成功してターンが終わった。

 

「『ライド』!『ダイドラゴン』!」

 

『メインフェイズ』では前列左側に『コスモビーク』、後列左側に『ダイランダー』を『コール』した後、『ダイドラゴン』と『コスモビーク』のスキルを発動しておく。

 

「よし、まずは『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「パワー差が大きいし……ノーガードかな」

 

未知の相手でも『ディメンジョンポリス』の大パワーに真正面から対抗するのは厳しく、避ける道を取りたがった。

『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、ダメージが回復する。

対する颯樹の『ダメージチェック』はノートリガーで、お互いのダメージが1で並ぶ。

 

「次、『ダイランダー』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果は(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功してターンが終わる。

 

「『ライド』、『迅速な根絶者(スイフト・デリーター) ギアリ』」

 

「(また異形か……それと、ちょっとずつ『クレイ』の世界が重苦しくなってきてるのは、あいつらが……?)」

 

足のない異形となった颯樹をイメージ内で見ながら、周りの空気が重く、空が赤い曇で覆われた『クレイ』の大地に俊哉は違和感を覚える。

現実では同じファイターだというのに、他の人と共に見る空間とは明らかに異質な空間であった。

『メインフェイズ』では前列左側に右腕の存在しない上半身だけの異形『呼応する根絶者(ヘイリング・デリーター) エルロ』、前列右側にその『エルロ』と対の存在であろう、左腕の存在しない上半身だけの異形『呼応する根絶者(ヘイリング・デリーター) アルバ』、更に後列左側に白を基調としたバトルスーツを着込む妖精の『黒門を開く者』、後列右側に『ガヰアン』が『コール』された。

 

「攻撃するよ……『ギアリ』でヴァンガードにアタック。『ギアリ』が攻撃した時、『ソウルブラスト』することで相手リアガードを一体裏向きで『バインド』する……次元の狭間を彷徨え、『コスモビーク』」

 

「……取り敢えずノーガードだな」

 

焦ってはいけないと俊哉は自分を抑えることで冷静さを保つ。

颯樹の『ドライブチェック』、俊哉の『ダメージチェック』は双方ノートリガーで、ダメージが2で並ぶ。

 

「次は『ガヰアン』の『ブースト』、『アルバ』でヴァンガードにアタック」

 

「そいつもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

『アルバ』は『エルロ』がいることでパワーが上昇している為、一度様子見のノーガードを選ぶ。

『ダメージチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、ダメージ増加は抑えられた。

 

「じゃあ最後に一回……『黒門を開く者』で『ブースト』、『エルロ』でヴァンガードにアタック」

 

「よし。それもノーガードだ」

 

一度余裕が出たのでそのまま攻撃を貰う。

イメージ内では先程から、攻撃を受ける度に無理矢理ユニットと自分が引き剝がされそうな感じに襲われているが、その正体を掴むまではおろか、ファイトが終わるまで投げ出すつもりは無い。

『ダメージチェック』は再びノートリガーで、ダメージが3になってターンが終わりを迎えた。

 

「凄いね……これだけの時間を『リンクジョーカー(こいつら)』と戦っていても平気にしてられる人。同じ学校以外じゃ君が初めてだ」

 

「結構一杯一杯だけどな……。けど、別に危険ってわけでもないんだな?『ヌーベルバーグ』とかとは違って、特有の代償はまだ見えないし」

 

「まあ、実害自体はないと言えばないんだけどね……」

 

何とも言い難い表情になった颯樹を見て、俊哉は違和感を覚える。何かのSOS信号だろうか?

今はまだ分からないので、これを探る必要はあるだろう。

 

「キツイようなら無理はオススメしないけど……」

 

「その心配は要らないぞ?俺はまだやれる」

 

颯樹は今までの経験から投げたが、俊哉はあっさりとそれを蹴る。

元より皆で『ヴァンガード甲子園』に行くのだから、怖気づいて動けないのはよろしくないのだ。

 

「そう言うわけだから続行の証として、『スタンド』アンド『ドロー』……トランスディメンジョン!『超次元ロボ ダイユーシャ』!」

 

『フォースⅠ』はいつも通りヴァンガードに設置し、『メインフェイズ』へ突入する。

前列左側に『ダイドラゴン』、前列右側に『コスモビーク』、後列中央に『キルト』、後列右側に『ダイマリナー』を『コール』する。

当然、スキルの発動も忘れずに行い、そのまま『バトルフェイズ』に移行する。

 

「いきなりぶつけるのもアリか……『キルト』の『ブースト』、『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「危険な橋を渡りたくは無いかな……『真空に咲く花 コスモリース』、『完全ガード』だ!それから、『アルバ』も手札から出そう」

 

三枚を消費してでも防ぎたい攻撃であることは疑いようも無く、俊哉もそこは割り切っている。

『ドライブチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーだったので、前列リアガードの双方にパワーを回し、『ダイドラゴン』に(クリティカル)を回した。

その後の攻撃は『コスモビーク』を防ぎ、『ダイドラゴン』は受けるを選択した。

この時の『ダメージチェック』が二枚ともノートリガーで、好転する状況が得られずダメージが4になってターンが終わる。

 

「(さて、問題は次に来るやつなんだが……)」

 

──どんどん重くなってるな。ファイト中に感じてる重苦しさが増しているので、俊哉はどうしたものかと考える。

先程いった建前、流石にファイトを中断するのは有り得ないので、ともかく様子を見ながらどんなものがあるかを考えるしかない。

 

「そんなに気になるなら見せてあげるよ……異星より現れし怪物は、繋がりを消し去る!ライド・ザ・ヴァンガード!」

 

「なんだ……!?」

 

イメージ内で光に包まれた後、現れる巨人と更に重さを増した空気に俊哉は絶句する。

まるで侵略者や悪魔を思わせるその存在は、この空気の元凶の一つだと確信もしていた。

 

「『絆の根絶者(ドッキング・デリーター) グレイヲン』……!『イマジナリーギフト』、『フォースⅠ』」

 

それが、この空気を作っていたユニットの名であった。

『リンクジョーカー』の『イマジナリーギフト』は『フォース』で、今回はヴァンガードに設置される。

この後『メインフェイズ』で後列中央に骸骨を思わせる異形『悪運の根絶者(イルフェリト・デリーター) ドロヲン』を『コール』した後、『グレイヲン』が動き出す。

 

「二枚『カウンターブラスト』することで、『グレイヲン』のスキル発動……刹那の力を奪い取れ、『絆の分断(ドッキング・リリース)』……」

 

「っ……なんだ……!?」

 

イメージ内で『グレイヲン』となった颯樹が、俊哉の乗る『ダイユーシャ』を掴んだ瞬間、俊哉はそのコクピットから無理矢理降ろされ、『クレイ』の大地に足を付ける。

その後、『グレイヲン』が『ダイユーシャ』を握り潰すと、紫色の霧となって『ダイユーシャ』が霧散して行った。

 

「『ダイユーシャ』が……?」

 

「これが『グレイヲン』の力でね……こうして『デリート』された君は、一時的にただのか弱い霊体……つまり、パワーとスキルを持たない貧弱な存在になり下がるんだ」

 

「おいおい冗談だろ……?」

 

──とんでもない奴だなこれは……。どうして今まで全く姿を見なかったのかは分からないが、それでも恐ろしい力を持つことだけは分かった。

気休め程度ではあるが、グレードはそのまま換算されるので、グレード0から『ライド』のやり直しは無いことを教えられるが、本当に気休めで、次にどうするかを考えるしかないだろう。

 

「じゃあ行くよ……『黒門を開く者』で『ブースト』、『エルロ』でヴァンガードにアタック」

 

「『ジャスティス・コバルト』で『ガード』、『コスモビーク』で『インターセプト』!」

 

自身のパワーが失われている都合上、通常より多くのパワーを割かねばならないのが大きな痛手であった。

 

「次、『ガヰアン』の『ブースト』、『アルバ』でヴァンガードにアタック」

 

「『ゴーレスキュー』で『ガード』、『ダイドラゴン』で『インターセプト』!」

 

こちらは『アルバ』が自身のスキルでパワーを4000増やしている為、更に多くの『シールドパワー』が奪われた。

残りの攻撃は一つなのだが、ここに来て『完全ガード』無し、パワー0で『ツインドライブ』と言う最悪の運試しが待っていた。

 

「じゃあ最後に、『ドロヲン』の『ブースト』、『グレイヲン』でヴァンガードにアタック」

 

「後がないからな……ノーガードだ」

 

本来、『ドロヲン』は相手ヴァンガードを『デリート』した時に発動可能なスキルを持っていたが、颯樹はそれすら必要ないと判断していた。

『ツインドライブ』は見事に二枚とも(クリティカル)トリガーを引き当て、俊哉は二枚目以降のどちらかに(ヒール)トリガーを引かねばならない状況に追い込まれた。

 

「これでまた一つ、『クレイ』から霊体が消え去る……『消えて終わりだ(デリート・エンド)』」

 

「(さっきのあの顔……原因は何だったんだ?)」

 

イメージ内で『グレイヲン』となった颯樹の右腕に胸を貫かれながら、俊哉は先程のことを考えていた。

『ダメージチェック』は全てノートリガーで、ダメージが6になって俊哉の敗北が決定した。

 

「……?何ともない?」

 

ファイトが終わった直後、俊哉は真っ先に自分の状態を確認する。今回は未知の事象が多かったので、自身の影響を知っておきたかったのだ。

一先ず問題ないと分かって、颯樹に声をかけようとしたら、彼は「今回は僕の勝ちだね」と言いながらもう帰れる準備が終わっている。

 

「ファイトしてくれてありがとう。楽しかったよ」

 

「あっ、おい……」

 

俊哉の返しの言葉を待たずに去っていくものだから、呼び留めようとしても間に合わなかった。

自分の行動に何かミスがあったかもしれないが、どうも何かを諦めてしまった様子が見えていることが、俊哉に思考を巡らせる。

 

「(取り敢えず、帰って考えて見るか……)」

 

今すぐに答えが出ないし、ファイトスペースで思考を続けるのは営業妨害になってしまうので、俊哉は帰りながら頭の中を整理することにした。




颯樹が使っていたのは、トライアルデッキ『伊吹コウジ』をブースターパック『最凶!根絶者』に出てくるカードで編集した『リンクジョーカー』のデッキになります。

次回はRoseliaシナリオ2章の11話~12話に入ります。


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ネクスト9 合流、再動

11~12話と言っていましたが、思ったよりも進んだので13話分まで行きました。


「(今回は流石にやってしまったな……)」

 

俊哉とファイトを終えた日の夜──。颯樹は自らの行動を反省していた。

『リンクジョーカー』を使い続けて随分と時間は経つが、他のファイター間でよく言う「またファイトしよう」と言う、当たり前とも言える言葉は今までこちらに返って来なかった。

薄々と感じていることとしては『根絶者(デリーター)』の与える印象や、持っているスキルによる力が何らかの心理的圧力を掛けていることである。

今回もまた同じなのだろうと思い込み、俊哉からの返事は待たずに帰ってしまったのである。

 

「(こんなことをしてしまったら、もうそんな言葉は来ないんだろうか……?)」

 

慣れている宮地生の同級生三人と、三年生でありながら学業が完璧なことから特例として参加を認められた瑚愛は望んだ言葉を掛けてくれたことはあるが、立ち位置上当然と言う感じが近かったのであまり胸に響いていない。

そうなると答えを聞かずに去ってしまった俊哉が望みのある相手だが、自分がああしてしまったのは中々に問題である。

──前途多難だなぁ……ぼやきながら颯樹はデッキから『グレイヲン』のカードを一枚取り出す。

 

「ごめん。君たちを受け入れて貰うには、まだ時間がかかりそうだ……」

 

『リンクジョーカー』の存在を受け入れて欲しいと言う、ユニットと共に持っている願いの実現は、まだ始まりの兆しが見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そんなことがあったんだ……」

 

『確かに、それは私も始めて聞いたわ』

 

一方で同じくらいの時刻で、俊哉は紗夜と電話を通して今日の出来事を話していた。

間違いなく何か抱え込んでいると言うのが俊哉の見解であり、紗夜もそう考えている。

 

『戦い方が悪影響を及ぼす……なんてことは無いのでしょう?』

 

「ああ。俺もあいつも五体満足。その辺は特に問題ないはずだ」

 

自身に直接負担がかかるのは貴之が以前まで使っていた『ヌーベルバーグ』だが、両者共にそんなものは取り込んでいない。

となれば、何かを忘れているか、何らかの陰謀がきてしまったかに移る。

 

『それも無いというのなら……私のように、過去の出来事が関係しているかも』

 

「ああ……今度はそう来たか」

 

紗夜が辿り着いたのは、自分がそうだったからこその思い当たるものだった。

確かに、俊哉も残すとすればそれしかないと考えていたので、そちらに考えを回す。

そして、今日の出来事を考えるならこれだと言えるものがあり、それを近藤伝えるべき時に伝えてやることが結論となった。

 

『そう言うことなら、後は大丈夫ね?』

 

「ああ。わざわざありがとうな。こんな時につき合わせて……」

 

『いいのよ。上手く行くといいわね?』

 

紗夜の問いかけには素直にうなずく。後は時が来るまで自分にできることをやっていくだけであった。

 

『明日も学校があるから、そろそろ切るわね?』

 

「分かった。そっちも頑張ってな」

 

『ええ。それじゃあまたね』

 

電話を切った後、残りは消灯して寝るだけの俊哉は灯りを消した後ベッドで横になる。

 

「(紗夜が俺にしてくれたように、今度は俺があいつを助ける番……)」

 

──受け継がれるって、こういう事を言うのか?眠りにつく直前、俊哉の持っていた疑問であった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきま~すっ!」

 

「気を付けて帰ってくるんだよ!」

 

それから時は進んで週末の昼下がり──。あこは母親に見送られて家を後にした。

向かう場所は燐子の家で、今日から本格的な衣装作成の会議を始めることになっている。あこは彼女と共にデザインの意見交換をするのと、製作時に可能な範囲での手伝いを担うことになる。

それまでは何もしていないのかと言えばそう言うことではなく、今日の為に練習も挟みながら衣装のデザインをどうしようか考えていたのだ。

 

「(おねーちゃんのことが気にならない訳じゃないけど……あこたちの行動で、何か動かせたらいいよね?)」

 

姉の巴たちに何かがあったのは気掛かりだが、この手の問題は自分たちで解決すべきことなので、無理に自分から関与するべきではない。

だからこそ、手伝うのであればこれが最善で精一杯である。と考えていたら目的地に辿り着いたので、インターホンを鳴らして来るのを待つ。

 

「あこちゃん、いらっしゃい♪」

 

「うんっ!お邪魔しま~す♪」

 

出迎えて来てくれたのは燐子で、早速中に上がらせて貰い、彼女の部屋に案内してもらう。

その直後、燐子の母親が飲み物を持って来てくれたので、水分補給を忘れないようにしながら衣装に関する話し合いが始まった。

 

「Roseliaは『青の薔薇』が名前の由来になってるから、それに合わせようと思ったの」

 

「あこは、最初に作った衣装が黒だったから、再出発って意味でこっちがいいと思ったんだ~」

 

最初に出すのはコンセプトの形。これが決まらなければ必要な材料であったり、元の形を決めることができない。

故にこうしてコンセプトの提案から始まるのだが、これが二人揃っていいものを持ってこれたので、二人して悩む。

 

「あっ……りんりん、これ上手く組み合わせられないかな?」

 

「組み合わせる……ちょっと待ってね」

 

あこの発想を思い描きながら、燐子はスケッチブックに描いて形を作っていく。

書き始めてから10分程して、簡単なラフデザインが出来上がった。

 

「……こうかな?」

 

「あっ……うんうんっ!そんな感じ!後はもう少しRoseliaっぽさを盛り込んで……」

 

話しながら手掛けて行くことで、家に集まってから1時間程したところでデザインの絵が完成し、一度どれだけの材料が必要かを確認する。

そこまで決まると買い出しに行くかいかないかだが、これは燐子とあこの二人で持ち帰れる量なのかが肝心になるが──。

 

「「無理……だよね」」

 

流石に無理だったので、明日から作業できるようにする方針で今日は休息の時間を満喫した後解散となった。

 

「じゃあ、やっていこう」

 

「必要なところがあったら言ってねっ!」

 

その翌日から衣装の制作が始まる。燐子が手動で作っていき、要所要所であこが手伝っていくことになる。

これを五人分行い、所々サブテーマによって変更点があるのも忘れずに取り入れる。

 

「あこちゃん、ここ抑えて貰ってもいい?」

 

「任せてっ!」

 

一人では難しいところも、二人なら乗り越えられるいい例であり、こうして度々あこに助けてもらいながら衣装を作りあげていく。

 

「じゃあ、まずは一人分かな……」

 

「ちょっと着替えるね?」

 

あこの分が完成したので、試しに試着をしてもらう。

 

「おお~っ!ちょ~いい感じだよっ!」

 

「本当?よかった……」

 

あこから文句無しの絶賛がもらえたので、これで一人分が完成する。

今日はいい時間になってしまったので、明日からまた二人目以降を制作していくことになった。

 

「じゃあ、またね~っ!」

 

「うん。またね」

 

あこを見送った後、燐子は夕飯の時間が来ていたので一先ず手を洗って夕食を済ませる。

 

「(他のみんなも喜んでくれるといいな……)」

 

衣装を見て喜ぶ皆の笑顔を考えながら、燐子はまた明日もと意気込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「やっほ~。来たよ♪」

 

「待っていましたよ。今井さん」

 

時は更に進んで休日。氷川家にて、リサは紗夜に迎えられて家に上がる。

燐子とあこの方でそろそろ衣装が全員分出来上がる、友希那も曲の完成が間近と言う話しを貰ったので、頃合いになったと見てクッキー作りの始まりを決めたのだ。

今回氷川家を選んだ理由としては、リサの家だと友希那に何をしているかがすぐにバレてしまう為、こちらを選ぶしか無かったのが大きい。

リサとしても、日菜のことが気がかりだったのもそうだが、やはりサプライズ的な意味でも友希那が近くにいると意味合いが無くなるのを避けた。

 

「日菜、結構参ってたみたいです。自分の悪い癖が出てしまったって……」

 

「そっか……最近はそうならないことやってたもんね」

 

クッキーを作りながら、紗夜はリサが気になっている情報を教える。

どうやら彩と千里が別の仕事にそれぞれ単独で参加することになり、暫くパスパレとしての活動が出来なくなる事実が伝えられ、そこで日菜が不満を爆発させたらしい。

パスパレは日菜が夢中になっていられる空間の一つであり、今までそう言うものが得られず、今回のように取られるとなれば我慢できなかったのだろう。

確かに最初は落ち着かなかったが、日が変わればすぐに反省した辺り、その居場所を日菜は気に入っていたようだ。

 

「でも、そう考えるとよかったのかもしれないね?」

 

「ええ。そうですね」

 

紗夜としても、日菜がいつまで経ってもやりたいことが見つからずに燻っているのをどうにかしたかったので、その場所になってくれた四人には感謝している。

今はもう平気なら、後は気にすることなく生地を作っていく。ある程度生地がまとまってきたら、そこから型をくりぬいて焼く準備をしていく。

 

「そう言えば、今井さん。一つ聞いておきたいことがあるのですが……」

 

「……ん?どうしたの?」

 

準備が出来て焼いている間は空き時間になるので、紗夜は今のうちに俊哉から聞いた『リンクジョーカー』のことを聞いてみる。

あの後俊哉も後江の四人に聞いたのだが、どうやら誰一人として知らなかったらしい。故に空振りするだろうと思うが、一応確認だけ取ってみるのだ。

その結果リサは知らないとのことで、本当に当人しか知らないものだったことが伺える。

 

「でも、そんなに抱えてはいないんだ?だったら、後はどうにかできるよ」

 

「ええ。そうですね」

 

幸いにも、俊哉の周りには人がいる。道に迷っても人に聞いてヒントを得て、そこから解決するのは苦じゃない。

そのことを思い出し、紗夜は安心した。

 

「ところでだけど、いつから呼び捨てにしてるの?」

 

「私がですか……?あっ……」

 

そう言えば、彼の前以外でそうしたことが無いのを紗夜は思い出した。それと同時にリサが非常にいい笑顔を見せる。

これは今度何かある……。紗夜はこの時確信した。

 

「もう……知らない内にそこまで進展しちゃってぇ~。こう言うお知らせあると嬉しいよ」

 

「なら、今井さんも早くそう言った人を見つけるべきですね?」

 

「なっ……!今それは関係ないよね!?」

 

「そうですか?Roseliaが集まった時にこの話しをしたら、こうなっていると思いますが……」

 

なので、リサに反撃できるネタがあったらそれを返すことでよけることを選ぶ。

彼女は見た目の割にこの手の話しへの反応が純粋(ピュア)なところがあるので、流れの主導権を取り返しやすい。

更に言うと、リサは紗夜と俊哉に以前煽られたネタもあるので、あまり強く出られないのも大きい。

そんなことをしている内に焼き上がったことを告げる音がオーブンから聞こえたので、手で触れられるくらいまで冷めてから袋詰めをしていく。

 

「よし……これで出来上がりだね♪」

 

「ええ。後は、来る時を待ちましょう」

 

来る時と言うのは、全ての準備が終わり、再び全員で練習を始める時である。

活動再開してから初ライブまでの間、休みなく練習することになるとは思うが、そんな些細なことは気にしないだろう。

 

「それじゃあ、またその時に会おうね♪」

 

「ええ。またその時に」

 

袋詰めが終わったら程よい時間となったので、今日は解散となった。

信じられる人がいる頼もしさ。二人に取って、それを改めて胸に感じる一日となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、友希那ちゃん久しぶり……!練習に来たの?」

 

「ええ。ようやく準備が終わったので……」

 

紗夜たちが話していたその時と言うのは思いの外早かった。クッキーを作り終わった翌日の昼下がり──友希那はライブハウスに来ていた。

迎え入れてくれたのはまりなで、暫くRoseliaが顔を出さないものだから少し不安に思っていたようだ。

そんな彼女も友希那の顔を見れて一安心したらしく、柔らかな笑みが見えた。

 

「(さて、少しの間一人で練習してましょうか……)」

 

一先ず『今日から練習をするから、来れる人から遠慮なく来て』と言う旨の連絡を送っているので、大丈夫だろう。

来なければその時……と考えていたところでドアノックの音が聞こえ、友希那はそのドアを開ける。

 

「……!揃って来たのね」

 

「やっほ~♪こう言う場所では久しぶり」

 

リサは学校に行く時に顔を合わせているが、それ以外はお互いがやるべきことを……となっていたので普段と比べればあまり顔を合わせていない。

そして五人が揃ったところで、早速見せるべきもの、渡すものがあるからと四人は早速準備を始める。

 

「私たちの方からは、この衣装です」

 

「じゃじゃ~んっ!」

 

まず最初に、あこのバージョンであるステージ衣装が披露される。

初めて作った衣装に立ち返って黒を基調とし、より薔薇を意識したチームらしさも感じられるドレス風のものが完成していた。

 

「じゃあ、アタシたちからはクッキーの詰め合わせをプレゼントだよ♪」

 

「休憩時間の時にどうぞ」

 

一度あこが着替えて戻ってきた後、リサと紗夜が二人で作り上げたクッキーの袋詰めを人数分渡す。

みんながみんな、待っている間にここまでしてくれていたことに、友希那は胸が暖かくなるのを感じた。

 

「ありがとう。みんな……私からはこれよ」

 

友希那からは各パートごとに準備した新曲の楽譜だった。

少し多忙になってしまうが、二週間でものにして見せ、復帰ライブを開きたいと話せばみんなして迷わずに頷いてくれた。

 

「またここから、みんなでやっていきましょう」

 

今日この日、Roseliaは活動を再開するのであった。




やはりと言うか、分裂していないので結構あっさり目です。

次回は14話部分とその他おまけになると思います。


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ネクスト10 新しく進む道

ここまで来ると書ける内容がどんどん減って来るので、一辺にやった方が良かったと軽く後悔してます。


「皆の腕が落ちていないようで安心したわ」

 

練習を始めて最初の休憩時間。友希那の一言に皆で一安心だった。

特に燐子とあこは、衣装制作をしていた時は本当に最低限しか練習できていなかったので、少し心配していたのだ。

 

「最初あの歌詞を見た時なんだけどさ、凄い納得行くところがあったんだよねぇ~……」

 

「確かに、私たちは今まで()()()()()()()()()()()()から、尚更ですね」

 

FWFの出演からSMSの誘いまで、大きな失敗も無く進んでいたからこそ、今回の滑り落ちがかなり効いたし、そこからこの歌詞になるのも、自分たちには思い当たる節があった。

それほどあの日はRoseliaにとっても大きな転換となったのである。

 

「あの時の空気、もう一回は嫌だなぁ……皆して落ち込んでさ」

 

「ライブ終わった時も……ね」

 

あの時の光景は今でも思い出せる程衝撃的だったので、繰り返さぬようにと自分たちの中にある戒めとなっている。

友希那に声を掛けた人がいなければどうなっていたか、それは誰にも分からないし、今は考えたいとは思わない。

 

「ライブが来週の週末で、それが終わるとテスト一週間前……んん?」

 

「あこ、その状況前にも見たことある……」

 

「何かの偶然……かな?私も見覚えがあるよ」

 

「三人がそろって言うなら、間違い無いでしょう。私もそう思っていますから……」

 

「私も狙ったつもりはないけれど……ファーストライブの時と、似たようなことになってしまったわ……」

 

何故そんなところが被ったんだと言いたくなりはしたが、考えすぎても仕方ないのでそれは割り切った。

新学期から今日まで三週間以上使っているのだから、こうなるのも仕方ないところがあった。

 

「ん~……アタシ、後で貴之に頼んでおこっか?」

 

「それはお願いするわ。さて、今はそれよりも……」

 

「この時間を有効活用しましょう」

 

練習は練習で集中してやり、それ以外の時間は気になる所の疑問解消以外は思いっきり羽を伸ばして次の日の英気を養う。

楽しさと技術力。どちらも取るのであれば、メリハリを強くして動くようにしようと言う判断に至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「よし……デッキの基盤はこれで完成だ」

 

「貴之……今日は絶好調だね?」

 

一方で、後江のカードファイト部でも貴之がいつも以上の飛ばしぶりを見せており、今日の回しで行ったファイトの殆ど全てが快勝であった。

デッキ基盤と言うのは、友希那が使った『マジェスティ』をヒントにした『オーバーロード』全部乗せデッキであり、『グレート』と『ジ・エンド』が共にいるものであった。

 

「後はどこか変える場所はあるのか?」

 

「まあ、サポートユニットの調整くらいだな……特に、『デカット』と『ネオフレイム』の配分をどうするか」

 

「そこさえ決まっちゃえば……か。でも、そこまで来ればもう少しだね」

 

この二体は早い話がどちらをどれくらいの優先度で使うかになる。

『グレート』を優先するなら『ネオフレイム』、『ジ・エンド』を使うなら『デカット』と言った具合である。

また、『フルアーマード・バスター』と『バーサーク・ドラゴン』の配分だが、今回は『オーバーロード』がデッキ内約の20パーセント──要するに五分の一を占める為、『フルアーマード・バスター』が限界まで入れられ、『バーサーク・ドラゴン』はサポートユニットとグレード1のユニットが不足しないよう、三枚に抑えられている。

それとグレード1のユニットたちの取捨選択を行えば今度こそデッキは完成となる。

 

「もう少しだけファイトして決めてぇところだな……ちょっと付き合ってくれるか?」

 

「ああ。そう言うことなら俺が手伝うよ」

 

俊哉が名乗り出てくれたので、素直に頼ることにした。

颯樹の件は全員が聞いているが、そこまで進んだら俊哉が何とかしてやるのが一番となり、話しは聞きつつ基本は彼に任せる方向性で固まっている。

 

「じゃあ行くぜ?」

 

「いつでもいいぞ」

 

どうにかしたいもの同士、ファイトの準備は早く後は始めるだけになった。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

肩や、自身が使う『クラン』で悩んでいる人に声を掛ける。肩や、一度戦った強敵に勝利してヴァンガードの世界を続けさせる。

確固たる意思を持った二人の、来るべき時に備えた準備が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「助かったぜ俊哉。おかげでデッキが完成だ」

 

「どういたしまして。まさか俺がお前の助けをするとは思わなかったぞ……」

 

部活の終了時間になって、貴之のデッキは遂に完成を迎えた。

サポートユニットとグレード1のユニット配分も無事に完了し、違和感さえ持たなければ『ヴァンガード甲子園』まではこのまま走り続けることが可能だった。

一方で俊哉もデッキの再調整が完了し、残りは皆で勝つためにファイトを重ね、改善点を見つけて行くだけである。

 

「じゃあ俺、友希那と待ち合わせてるから行くわ」

 

「おう。それじゃあまたな」

 

俊哉は明日紗夜と一息つく約束らしいので、今日は別行動となる。

他の人と別れ、商店街へ進む貴之の足取りは軽く、戦う準備において最大の問題点を突破した証拠であった。

──これでオーナーにどやされないで済むな……。と、考えながら歩いていくと、もうライブハウスへ続く曲道まで来ていた。

 

「(友希那たち、上手くいってるよな……)」

 

そこが気がかりではあるが、そこは問題ないだろうとも考えている。

 

「あら、貴之も終わったの?」

 

「おう。そっちは……問題なさそうだな」

 

顔を合わせるや否、問題ないことが分かって笑みを浮かべた。

これでようやく、お互いに一息付ける状態になったので、一度二人で帰路に着くことにした。

他の四人は気を遣って別行動を取っており、素敵な友人兼仲間たちに友希那は心から感謝した。

 

「あの時嬉しかったの。私が貴之の助けになれたから……」

 

「ああ。あの時は本当に助かった……あれがあったからこそ、俺もようやく答えを出せた」

 

普段と比べ、助ける助けられるが反対になったが、恩返しの一環と考えれば非常に納得が行った。

友希那の暴走の緩和から最後に得た選択まで、貴之には大きく助けられていた友希那はずっと、いつかこの恩を返したいと考えており、それが今回のデッキ構築へのヒントで恩返しとなったのである。

貴之も『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』と言う、手に入れた力(一人ぼっちの証)に悩まされていたところに彼女が来てくれたので、もうこのことに悩む必要はない。

 

「当日、また差し入れ持っていこうか?」

 

「助かるわ。お願いしてもいいかしら?」

 

これもファーストライブの時と同じになるが、それはそれでいいだろう。と言うか、寧ろこの方が皆もより意気込みが出ると考えた。

後は何人が来るかであるが、そこは皆で話しておけばいいだろう。

ちなみに、今日は久しぶりの友希那が遠導家へ泊まり込みをするので、お互い我慢した分を一旦発散する予定となっている。

 

「今日はいつもより大胆だな……」

 

「だって……それまで我慢してたのだから、少しくらいいいでしょう?」

 

その日の夜は、いつもより密着したものであったことは二人が自覚するくらいであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまあ、こうして俺にしかできない事ってできると今一実感湧かないな……」

 

「そうね……けれど、私が貴之君の立場だったとしても、きっと同じことを言っていたと思うわ」

 

翌日の放課後──二人は羽沢珈琲店に赴いて一息ついていた。

最初にちょっとだけ話しているのは颯樹のことで、俊哉としてはこんなことになるのは始めてのことで、少々戸惑い気味であった。

 

「でも、あなたにしかできないってことは、信じて貰えている証拠でもあるのよ?」

 

「確かに……なら、やれることをやっていくか」

 

貴之も言っていたが、「そうなったらもうお前を信じるのが一番だし、それしかない」と述べていた辺り、紗夜が言っていることは本当なのだろう。

そうなれば、後はファイトを終えた後すぐ言えるようになれば大丈夫だろう。

 

「Roseliaは意外と平穏に事が済んだのかな?」

 

「ええ。他のチームは大分揉めたみたいだから」

 

時期も終わるタイミングも真ん中辺りだったらしいRoseliaは、チームの支柱たる友希那が安定を保っていたお陰で荒れることは無かった。

その裏には貴之の存在こそあったものの、それでチームの解散や分裂の危機にならないだけ全然いいと言える。

早い話、友希那が外的要因で視野を広く持てている証拠であり、これが自分たちなりに考えながら衝突せずに進んでいけた結果なのだろう。

 

「こうしてお互いにあったことを話して思ったけど、進み方は人それぞれで、そこには誰かが一緒にいるんだろうな」

 

「ええ。そして、その誰かが自分の進むべき道にヒントをくれる……きっとそうね」

 

友希那は自分の父親を見て音楽の道を志し、そんな彼女への初恋が貴之をヴァンガードの道へ(いざな)う。

その道を迷いなく進んだ彼が紗夜に努力の可能性を教え、教わって落ち着きを取り戻した紗夜は俊哉の焦りを止める。

この因果が巡り、今は俊哉が颯樹の抱え事を無くしてやろうとする。一番大きなことを纏めるとこうだが、そうなる過程には必ず何かがあるのだ。

後はなるようになれなので、ファイトが問題なくできるようにするだけである。

 

「そう言えば……これ、読み終わったから返すわね」

 

「おっ、読み終わったか……話し難しかっただろうけど、大丈夫だった?」

 

正直なことを言うと、あこのカッコイイが理解できてないと頭の中にクエスチョンマークが浮かび上がりかねないノリと、一発で覚えづらい常用外単語がどんどん飛んでくるので、そこを俊哉は懸念していた。

それに関して紗夜は自分が分かりやすい形に置き換えながら覚えていく、貴之が相手を理解する時によくやる方法を真似しながら読み解いて行ったらしく、着いて行くこと自体は出来ているらしい。

 

「気になったことを聞くけれど……」

 

「ああ……そこは……」

 

紗夜が気になった箇所を、俊哉はなるべく伝わるように考えながら教えていく。

この手の話だけでもかなり時間を使える辺り、貸した本の知るべき内容が多く、濃密であることが伺える。

本編の続きは小説化されていないので、ここは今度俊哉の家で辿って行くべきになるので、後は外伝の話しを読むなら読んでいく形になる。

 

「じゃあ、また落ち着いた時に持っていくよ」

 

「ええ。お願いするわ」

 

──他のも興味出したら、その時教えるかな。紗夜に素質を見出した俊哉はそんなことを考えながら紗夜と約束する。

あわよくば、二人でその手のイベントに行けるようになるとそれはそれで思い出になるのだが、そこは本人の意向に合わせるのがいいだろう。

 

「また何かあったら、その時は手伝うわね」

 

「ああ。いつも助かるよ」

 

どこかで自分も、紗夜のことを助けられたらと思いながら今日は時間になったのでお別れとなる。

さて、後はやることをやるだけだな──。紗夜との時間を経てより地盤を固めた俊哉はまた一歩を踏み出した。




次回がRoseliaシナリオ2章の15話で、それが終わった後はヴァンガード甲子園の話しを書いて完結へ走る形になります。

残り短い期間になって来ましたが、お付き合い頂ければ幸いです。


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ネクスト11 蒼薔薇は再び咲き誇る

今回でRoseliaシナリオ2章は完結です。


「んで、今日はまさかの9人行動だと……」

 

「まあ、それだけみんな楽しみにしてたってことだよね」

 

そして迎えたRoseliaのライブ当日。商店街にて後江組五人と、宮地の三人、そして颯樹の九人が合流して集まっていた。

颯樹は竜馬たちに誘われて来てみたところ、まさかファイターだらけの集まりになるのは予想していなかった。

 

「(ま、まさかこんなに早く再会するなんて……)」

 

「(そっか……あいつは宮地にいたんだな)」

 

少々気まずい感じがする颯樹に対し、俊哉は結構近くにいたことへ驚くくらいだった。

一先ず差し入れの飲み物を買い終えてからライブハウスへ向かい、いつも通り貴之がそれを届けに行く。

 

「さて、俺たちはあっちだ。場所取りに行こう」

 

「早めに来たの……その為だもんね」

 

大丈夫かと心配になった颯樹を促しながら、一先ず全員で場所取りに行く。

その一方で貴之は友希那に出迎えられ、差し入れを渡した。

 

「じゃあ、そろそろ戻るよ」

 

「ええ。楽しみにしてて」

 

簡単なやり取りの後、貴之も皆がいるところに戻る。

 

「(今日はどんな演奏が聴けるだろうな……)」

 

戻る際、貴之は楽しみな感情を抱いていた。

 

「この前は、その……」

 

「ああ。あれか……何かあったんだろうなってのは察してから大丈夫。言いづらいなら無理には聞かないよ」

 

開始より少し前、互いに飲み物を買いに行きたかった俊哉と颯樹が皆から離れた場所で少し話し合っていた。

颯樹は結構悩んでいたらしいが、俊哉は紗夜と話してからやることを決めていたので、全く気にしていない。

 

「次戦うのは速くて『ヴァンガード甲子園』だろうけど、俺はまた挑みに行くよ」

 

「……えっ?でも……」

 

「なに、一回やったらそこで終わりって訳じゃないからな」

 

一人だと分からなかったが、誰かの支えがあれば大丈夫。それが俊哉を変えた要因である。

それを理解するのはまだ先だが、まだ望みはあると颯樹は一安心できた。

 

「よし、そろそろ戻るか。ライブ始まるし」

 

話し込んでしまっていたので、人だかりで戻れなくなる前に移動を始めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「さて……大丈夫ね?」

 

「いつでもっ!」

 

「後は……やるだけです」

 

「二人と同意見です。今井さんは?」

 

「ん……?アタシは問題ないよ♪」

 

久しぶりだと言うのに、緊張で固まっていると言うことが起こりはしなかった。

ここまで来たら後はやるだけ──。それがこの五人をリラックスさせてくれている。

ブザーと案内役からの促しをもらった直後に新しい衣装で壇上へ上がり、観客は久しぶりの登場と新しい衣装の二つによる相乗効果でいつも以上に歓迎の歓声で出迎えてくれた。

 

「Roseliaです。久しぶりのライブだと言うのに、来てくれてありがとう」

 

友希那の感謝の意に対し、「久しぶりなら尚更来る」と言ってくれる人もいて、それだけ待たせてしまったことを感じた。

今まで今日の為に様々な準備をしてきたので、思い切りそれをぶつけて答えようと五人が決意する。

 

「嬉しい言葉も聞けたところで……メンバー紹介行くわよ?」

 

「(早い……言葉がすぐに出てる……)」

 

詩織は友希那の即応性(アドリブ)に感嘆した。

これは彼女自身の経験もそうだが、心に余裕ができた──正確には余裕を取り戻したことも起因している。

 

「以前参加したSMSにおける悔しい結果から、今日までに考え抜いた答えを……演奏で伝えて行こうと思うわ」

 

そして、その宣言と共に始まったのは『BLACK SHOUT』。Roseliaの始まりを告げる曲の片割れであり、元より友希那が自力で作曲していた『全ての原点』と言える曲である。

最初に出て来た理由はデビューライブの当時、SMSから答えを出した自分たちを分かりやすく伝えたいと言うのがあった。

 

「……」

 

「す、凄い……」

 

初めて来た詩織と颯樹は彼女らの持つ技術力に早速圧倒された。

ライブを開始してから間もなく人を惹きつけることができるのは、それだけの実力を得ている証拠でもある。

 

「まだ終わらないわ……このまま次に行くけれど、着いて来れるわね?」

 

友希那の問いに歓声が返ってきて、それはOKの合図を表していた。

その反応へ満足に頷き、鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに『Louder』で更に勢いを付けていく。

いつもと変わらないのは圧倒的な実力から来る演奏と歌。変わったのはRoseliaは更に五人が纏まったものになったこと。

後者はまだ少しずつではあるが、最後の曲で一気に伝わるのだから、今はまだ大丈夫である。

 

「知っている人が久しぶりに歌うのを見て、惹き込まれる……そんなこと、本当にあるんだね」

 

「ああ。お前もそうなったのか」

 

詩織の言い分は、貴之にはよく分かった。

貴之も五年ぶりに友希那の歌を聞き、あの日程自分が帰ってきて良かったと思っている日は無いだろう。

その後も次の曲、また次の曲と演奏していき、盛り上がりは更に進んでいく。

 

「次の曲が、今日最後の演奏になります」

 

その告げられた言葉を聞き、とうとう来てしまったか……と会場にいる全員が残念そうにした。

皆が楽しみにして、終わりの時間を惜しんでいるからこそ、最高の歌を届けたい。

 

「私たちが答えを出して、それを形にしたものになります。聴いて下さい『Neo-Aspect』」

 

演奏して来た曲たちからすると比較的静かな出だしで、そこから紡がれるのは失敗の経験と、そこから悩んで来た自分たちの道──。そして、踏みとどまれなかった際に想像できるもう一つの道筋。

それぞれの形で一度離れ離れになり、一度絆と言う名の手が離れてもう一度繋ぎ直し、見せるのはそこから生まれる自分たちの新しい姿。

 

「(以前までは両方を取ろうにも、そのやり方が全然分かって無かった。でも、今は違う……)」

 

「(今やるべきことは何で、その為にはどうすればいいかをハッキリさせれば問題無し♪今はアタシたちにできる最高の演奏を届ける)」

 

「(そうやって、進むべき道を進んで行けば……)」

 

「(カッコイイのも、楽しいのも、ちゃんとどっちも取れて最高になるっ!)」

 

「(私たちが選んだこの答えを、また大きな場所でも伝える……これは、その為第一歩よ)」

 

──さあ、次はあなたの番よ。この曲を聴いていた貴之は、友希那の歌を通してそう言われたように感じた。

実際、彼女の歌を聴いたら次は自分のファイトである為、周りの歓声が聞こえる中、貴之も決意を新たにする。

 

「最後まで聴いてくれてありがとう。これからも進んでいく私たちRoseliaに、全てを懸ける覚悟はあるかしら?」

 

友希那の問いには、今日一番大きな歓声で返ってきて、今日のライブが答えるに値するものだったことが伺える。

最後の挨拶も済ませた後、彼女らは満足いく笑顔でステージから降りて行った。

 

「(これだけいいもの見せられたら、俺も答えるしかねぇな……)」

 

そして、このライブによる熱を貰った貴之は、瞳の奥に燃え盛る闘志を宿していた。

このライブが終わると中間テスト。そして、それが終われば『ヴァンガード甲子園』はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうな。いいもの見せて貰った」

 

「どういたしまして。けれど、これは私一人じゃない。リサを始めとしたRoseliaのみんな……そして貴之。貴方がいてくれたお陰よ?」

 

「うんうん♪これでアタシたちも、貴之から借りっぱなしのものを返せたかな?」

 

ライブが終わった後、久しぶりに三人で同じ屋根の下にいた。

今回のライブは今まで貴之から貰ったものを、違う形で返すのもできており、貴之はリサの問いに頷いた。

貴之からすれば、彼女らの演奏はこれ以上ない贈り物であり、『ヴァンガード甲子園』の活力になっている。

 

「だからこそ、今度は俺の番だ……全力で戦って、ヴァンガードの世界を守ってくる」

 

「何か必要だったら準備するから、その時は教えてね?」

 

「あなたがヴァンガードの世界を守る……私は……いえ、私たちは信じているわ」

 

信じあえるのは素晴らしいこと。それをこの三人は改めて実感した。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「昨日のライブを聴かせて貰ったけど、お見事だったよ。よくこの短期間で纏めきれたね」

 

「ありがとうございます」

 

それから時が経ち、テスト明け最初の休日──。貴之らが『ヴァンガード甲子園』に向けて最後の確認をしている最中、友希那は自分たちの問題点を教えてくれたオーディエンスの女性と、ライブハウスのカフェで話しをしていた。

皆で話し合って決めたことなので、全員が納得して進んでいけているのも非常にいい点だった。

 

「実力を持った人たち同士のチームでああいう状況になると、どうしても合わせきれずに分裂してしまうチームが結構あってね……声かけが間に合って良かったよ」

 

「あの時は助かりました。お陰で皆と話すことができて、落ち着いて選んでいくことができました」

 

友希那たちは自分の進みたい道を掴み取り、彼女は危険な状況にいるチームを救えてお互いが得をしていた。

これで前置きの話しは終わりらしく、彼女は一つの封筒を差し出した。

 

「……これは?」

 

「もう少し先の話しになってしまうんだけどね……私がいる事務所に所属してみる気は無いかと思ってね。他のところが目をつける前に、先手を打ちたかったのさ」

 

「なるほど……」

 

彼女の言いたいことに納得しつつ、少し考えてみる。

 

「申し出は嬉しいのですが、少なくとも来年が終わるまでは難しいと思います」

 

「そうだね……学生としての時期が残ってるからね」

 

「それと、メンバーの内一人が年下で……」

 

「おっと……いや、済まない。それは盲点だったよ」

 

意外と難しいのがあこが唯一年下である点だった。流石に自分たちの都合だけで、彼女がまともに学業ができなくなってしまうのは避けたい。

メンバーを作る際は同い年が多いので気にしないでいいと女性は考えていた為、思わぬところで落とし穴に掛かったのである。

 

「ですが、あなたたちのところを無条件で拒否するかと言えば、そんなつもりもありません。一応確認ですけど、スカウトの対象は……」

 

「ああ。大丈夫。五人全員に決まってるじゃないか。でも、どうしてそんなことを?」

 

「実は、FWFの選考コンテストに出る直前にスカウトされたことがあって……その時は私一人だけを対象にしていたんです」

 

「そっか……その時は、君以外はまだ名前が出てこない時期だったか……」

 

五人で作った時間が無くなるなら行く意味は無い。それが友希那の判断基準にある絶対の内の一つであった。

このことには女性も納得しており、友希那が嫌がるような内容は確実に避けて書類を作成している。

 

「では、このことはRoseliaのみんなに話しを持ち掛けておきます」

 

「うん。よろしく頼むよ」

 

──少し考えることが増えたけれど、それも経験ね。この誘いを、友希那は前向きに捉えていた。




ちょっと早い段階でスカウトが飛んできました。

次回以降は『ヴァンガード甲子園』編になります。

本小説のレギュレーションの都合上、もうリアルでは参考にならないので若干巻き気味になってしまう可能性がありますが、最後まで付き合って頂ければ幸いです。


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ネクスト12 開幕、ヴァンガード甲子園

ヴァンガード甲子園の冒頭部なので、本格的なファイト回は次回以降です。


「さて、この二部屋だな……」

 

「明日はブロックリーグ戦。明後日が準決勝と決勝……こうして見ると、結構短いよね」

 

テストも終わり、更に日が進んで遂に『ヴァンガード甲子園』の前日を迎えた日──。貴之ら後江のカードファイト部は予約していたホテルに来て、割り当てられた部屋の前にいた。

三人部屋を二部屋にされており、部屋割りは男子と女子と言う形に決めてある。

 

「荷物置いたら、一旦明日からの作戦決めしよっか」

 

「ああ。行き当たりばったりよりは全然いい」

 

一度荷物を置いた後、会議に使えるレクリエーションルームを一部屋借りて話し合いを始めることにした。

今回の議案は、明日以降どのような順番で試合に臨むかである。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順に戦っていくことになるので、ここをどうするかが重要になる。

 

「誰がどこの方がいいっていうのがあれば、先にそっちを決めちまうのもいいかもな」

 

「確かに。そこを先に決めれば、後は合わせるだけになるもんな」

 

貴之の案に最も早く賛成を示したのは俊哉で、確認を取ってみたが特に順番がここじゃないと嫌と言う人はいないので、柔軟に切り替えて行くことになる。

とは言え、基礎的な方向性は欲しいので、そこだけは決めておきたい。

 

「貴之を前に出して確実に一本取る……は、読まれやすいか?」

 

「真ん中辺りに置いて絶対にストレートはさせない、または一個でも取らないとストレートにするって圧掛けがいいかも」

 

特にこの場所がいい等が無いのなら、確実に自分たちのエースと化す貴之をどこに置くのかが題に上がる。ブロックのリーグ戦は勝ち数が過半数を超えれば即終了なので、後ろに置いて腐らせるのは勿体ないところである。

戦闘は確実性に優れるが、読まれやすい。真ん中は確実性を薄めるが、先頭ほど読まれはしない。この為、置くならこの辺りが大事になる。

 

「なら……試合ごとに切り替えるのは?そうすれば、避けられること、減ると思うから」

 

「準決勝まで行けば、場合によっちゃ相手のエースに被せる方法もあるし、そこは切り替えか」

 

貴之はエースであると同時に、日本全国ぶっちぎりで相手のエース潰しも狙えるファイターである。

この結論が出たのも、テスト明けに貴之が『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』の存在を話し、それを考慮に入れられるからである。

元より、殆どの人が貴之の努力を微塵も疑っていないので、頑張った彼へのご褒美程度の認識で受け入れられた。

 

「後は誰かがエースをわざと引き受けて、他の皆で倒しに掛かる……って言いたかったけど」

 

「まあ、大体が勝てる腕持ってるし、強気に進んでもいいだろうな」

 

実際の話し、後江の五人からすれば、如何にして貴之で圧を掛けるかが大事なこと以外はそこまで気にする内容が無かった。

貴之の圧掛け以外は臨機応変──と言う少々雑な結果になったが、夕食前には会議が完了していた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「順番ですが、私は全て大将にしてしまって構いません」

 

「全て……ですか?」

 

一方で、宮地の順番決めでは瑚愛が真っ先にこれを告げた。

流石に理由の説明は欲しいので、確認を取ることにする。

 

「私にはもう次はありませんが、あなたたちには次がある……であれば、私が前に出て、あなたたちが経験を得る機会を増やした方が建設的です」

 

「まあ確かに、先輩が出過ぎて疑問に思われるよりは、こっちの方がいいですね」

 

真っ先に納得したのは竜馬で、自分らが経験を得るのは大事なのも理解できている。

ならば彼女は一番後ろにして、残りで決めることにする。

 

「とは言うけど……前に出た方が戦い方やすいの人を先鋒、次鋒。それ以外を中堅、副将に入れ込むくらいかな。どっちでもって人が、変わってもらいたい人が出た時変わって貰う感じで」

 

「なら、僕は後ろに回ろうか。前は余り好きじゃなくてね……」

 

「できれば僕は前の方がいいかな。後ろの方がプレッシャーを感じちゃって……」

 

個人の要望により、颯樹は前、一真は後ろになる。竜馬と弘人は正直どちらでも構わないので、どちらが良さそうかを直前に話す形になる。

 

「よし。こんなところかな……後は決めた通りが基本だけど、どうしてもがあったらその時に調整していこう」

 

「じゃあ、後はファイトの確認に行きますか」

 

そこまできめ細かくしてはいないが、後江ほど大雑把にはならず、ある程度纏まった形に宮地は落ち着いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた週末の祝日──。『ヴァンガード甲子園』当日となった日に、Roseliaの五人は会場に早めの時間で到着していた。

狙いは席の確保であり、立ちっぱなしで見続けるのは辛いのが早々に予見できた故の行動である。

 

「まだ人が少ない時間で良かったわ……」

 

「多分、後30分遅く来たら渋滞みたいなことになってたかもね……」

 

幸いにも、早い時間帯に来るにしても更に少しだけ早い時間に来ていたので、そのような心配事は起きなかった。

実際、リサの言った通り30分が経過したころにはもう後ろ側に凄い人混みができていたので、早めに来て正解だったことが伺える。

 

「あっ、あっちの席ならモニターでも直でも見やすそう……!」

 

「それなら、なるべくそっちを取るようにしたいね?」

 

あこの直感は殆どの場面で大当たりすると言う信頼もあるので、言葉にした燐子のみならず、全員が賛成した。

 

「なるほど……これはいい位置ですね」

 

モニターはほぼ真正面、少し顔を下に向ければ下のフロアでファイターたちがファイトをする様子が直に……と、間違いなく最高格と言える絶好のポジションであり、これからの場所選びはあこにお任せの流れが確定しつつあった。

参加校のファイターたちは専用の控室が用意されており、そこで待機になる故に、彼らと場所の取り合いを心配する必要もない。

 

「飲み物を買って来るなら今のうちね……」

 

「あっ、アタシ手伝うよ」

 

今のうちである以上、全員が欲しいとなるはずで、全員で行くと場所の横取りや盗難の危険性がある。かと言って一人で人数分を持っていける保証は無い。

ここまでの条件が揃った為、リサが友希那を手伝い、残りの三人が待機になった。

 

「貴之、年末年始は空いてるか?ひと段落つくから、僕たちは顔を合わせに行くよ」

 

「今のところは空いてる。……一応聞くが、予定がブッキングしたら巻き込む可能性あるけどいいか?」

 

二人が移動している最中、貴之ともう一人、聞きなれない少年の声が聞こえた。

どの道自分たちが移動する方向だったので向かって見ると、メガネを掛けた紫色の髪を持つ少年──真司がそこにいた。

 

「あれ?お前らも買いに来たのか?」

 

貴之が自販機を指さしながら問うので、それには肯定の旨を返す。

その代わりに真司のことを聞いてみると、離れていた時の友人と教えて貰い、貴之が教えて全国出場レベルまで鍛えあがったファイターであることも判明する。

 

「そう言えば、その制服どこの?」

 

「これは福原(ふくはら)高校のものだよ」

 

真司が来ている制服は白の上着とズボン、黒のインナーシャツに赤のネクタイで構成されているものだった。

学校としては宮地に負けず劣らずの進学校であり、そこまで本気で勉強していない貴之と、夢があって別の場所に向かった裕子は選ばなかった場所である。

 

「ああそうだった。貴之にあいつから伝言だ……『かげろう』対決を待っているってさ」

 

「あいつも福原だったのか……分かった。なら、受けて立つって返しておいてくれるか?」

 

真司の伝言は誰が送り主かがすぐ分かったので、貴之も即答に近い形で頼んでおいた。

そうして話し込んでいると、これまた友希那とリサには聞き覚えのない少女の声が聞こえた。

 

「おっと……裕子も無事に来たみたいだね」

 

「無事到着して何より……この時間だし、結構混んでたろ?」

 

「準備の時間を考えると本当にギリギリになっちゃった……」

 

声の主は裕子で、彼女も離れている時にできた貴之の友人であり、お隣さんであった。

お隣さんの同年代で、お年頃になっていく普通に可愛い女の子がいたのに、よくもまあ五年間ブレないで済んだなとリサは貴之の一筋具合に驚くことになった。

一方で友希那も、貴之が五年間を豊かに過ごせていたようで安心した。

 

「そうそう……二人にこれを差し入れ。お昼にどうぞ♪」

 

「「ありがとうございます」」

 

裕子が二人に差し出したのはおにぎりの入った袋であり、感謝の言葉を告げて素直に受け取った。

 

「よし、じゃあ僕たちは行こうか」

 

「そうだな。友希那、行ってくる」

 

「ええ。頑張って」

 

これから戦いに行く二人を見送った後、早速一つのことに気づいた。

 

「席、一つ空いてるかな?」

 

「空いていればいいわね。あなたも来る?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

初対面の自分に対する善意に、裕子は素直に甘えさせて貰った。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「これでトドメだ!『ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「正義の剣が悪を断つ……!『グレートダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「さて、本日のショーは銀の茨と竜によって閉幕としましょう……『銀の茨の竜使い(シルバーソーン・ドラゴンテイマー) ルキエ』でヴァンガードにアタック!」

 

「さあ、これで修羅場は出来た……『修羅忍竜 ジャミョウコンゴウ』でヴァンガードにアタック!」

 

「今、あなたの中にある暗黒を消し去る……『満月の女神 ツクヨミ』でヴァンガードにアタック!」

 

そして開会式の後に始まったヴァンガード甲子園の予選にて、後江組は貴之の『オーバーロード』全部乗せ戦術の引っ搔き回しで圧を掛けながら、他の全員も負けじと地の力で押し込んでいくスタンダードに強いスタンスで真正面から突破していく展開を見せていた。

 

「うわっ……先鋒から出てきてる!?」

 

「今度は中堅……!?」

 

やはりと言うか、貴之を前側三つのどこかで出して圧を掛ける方法は心理的に相当有利で、これに乗っかって他の四人も取って行く形で一気に追い上げて行く。

 

「へぇ~……詩織は『オラクルシンクタンク』だったんだ」

 

「『ツクヨミ』って、りんりんが使ってる『メイガス』とどう違うんだっけ?」

 

「えっと……『ライドフェイズ』に使えるスキルのお陰でコンセプト通りに動きやすいのは、『ツクヨミ』側の明確な強みだね。ただ、山札操作のタイミングが遅れちゃうから、トリガー管理の安定感は『メイガス』に軍配が上がるかな」

 

詩織が使うのは『オラクルシンクタンク』なので、ある程度燐子のデッキに似ていると分かりやすかった。

 

「この戦いに終止符を打つ……!『孤高の騎士 ガンスロッド』でヴァンガードにアタック!」

 

「ダウンの時間だぜ?『獣神 アズール・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「暴虐の波は全てを飲み込む……『蒼嵐覇竜 グローリー・メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

消えて終わりだ(デリート・エンド)……『絆の根絶者 グレイヲン』でヴァンガードにアタック」

 

「ここまでです。『ミステリーフレア・ドラゴン』でヴァンガードにアタック」

 

宮地も負けじと快進撃を進めていく。こちらの場合は明確に順番を決めているので大丈夫かと思ったが、一つ問題があった。

 

「ど、どうすればいいんだ……?」

 

強い相手はわざと避け、他で取る等も考えていたのだが、そもそも相手全員が強いのでそれができずに悩まされることになっていた。

 

「あれが『リンクジョーカー』ですか……確かに、妙な圧力がありますね」

 

「確か、貴之すら知らないと言っていたわ……そんなに出回っていないのかしら?」

 

「私も時々遠征に着いて行くことはあったけど、一回も見なかったな……」

 

彼女らが示した通り、『リンクジョーカー』の知名度は非常に低く、今日初めて見たという人も多い。

また、これ以外にも宮地の戦いには一つ大きな問題があった。

 

「お、おい……あれどうやって勝つんだよ?」

 

「こっから先グレード4主体になったら、俺は着いて行けないや」

 

瑚愛のグレード4を使った圧倒的パワーを活かした戦いを前に、心折れたような声もちらほらと聞こえ出して来たのだ。

これを聞いていた一真も流石に危険だと感じているが、同じチームにいる以上今回自分にできることはほぼなく、後悔しないように全力でファイトをするだけだった。

 

「(貴之……君に全てを懸けるよ)」

 

この世界のこと、頼んだよ──。荷が重いかも知れないが、せめてものとして祈るくらいは出来た。

 

「決める……!『抹消者(イレイザー) ガントレッドバスター・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

また、真司がいる福原も順当に勝ち進んでおり、翌日の準決勝と決勝に参加可能となった。

 

《本日の予選は全て終了しました。明日は準決勝と決勝を行います》

 

今回、後江と宮地、福原の三校は全てが予選を突破し、明日に備えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、こう言った空気出てきちまうよな……」

 

「貴之の危惧は当たってたな……竜馬たちには悪いけど、尚更宮地(あっち)に優勝させる訳には行かないな……」

 

その日の夜──。貴之らは俊哉の携帯で『tube』の呟きを確認し、グレード4の影響で悪い空気が出ているのを改めて確認する。

貴之は先に一真とのグレード4対決を演じた経験もあり、早い段階で気づくことが出来ていたが、恐らく瑚愛は経験が無かった故に、それに気づけなかったのだろう。

──と、考えたが、貴之とのファイトを考えると恐らく知っててもなお使っていただろうと予想できる。

 

「後は隠し玉とその他でどこまで覆せるかだな……」

 

「ヴァンガードの世界が掛かっている以上、遠慮は出来ねぇ……」

 

この大会でも一真共々貴之は一切合切の遠慮なしで能力を行使しているが、瑚愛相手は尚更躊躇する必要が無かった。

 

「そうなると貴之は今回一番後ろだね……他の四人で、何としても後ろにつなげよう」

 

「貴之、あの人のことは任せたよ」

 

全ては翌日の準決勝と決勝──そのどちらかでぶつかるだろう瑚愛のグレード4を、貴之は『オーバーロード』で打ち勝つ必要があった。

苦行と言われるかも知れないが、それでもやる意味はある──と言うよりも、やる意味しかなかった。

 

「(羽月さん……アンタが何を考えてるか知らねぇが)」

 

──この世界、潰さねぇからな。全てはここにあり、今回どうしても止めねばならないものだった。

順番を決めた後、後は明日に備えるのであった。




正直言って、今回のようになったのはアニメ(2018版)の『続・高校生編』を意識したのもありますが、もうこのルールを使った描写が時代遅れになりつつあるのも一番大きかったりしています。

次回以降はファイト展開が連続します。

その後はちょっとだけエピローグを混ぜて終了になりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。


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ネクスト13 雌雄を決する時

そして迎えた翌日の決勝トーナメント。まずは準決勝から始まり、後江と福原がここで当たることになった。

ドーム状の会場のど真ん中にあるファイト台を挟んで後江の五人と福原の五人が並んだ後、どの様な順番で当たるかが判明する。

 

「真司と当たるのは詩織か……」

 

「貴之は、ちゃんと決着つけて来るんだよ?」

 

今回真司と当たるのは中堅を任された詩織。貴之は先鋒として『かげろう』対決を制しに行く形である。

 

「あの二人以外、もう『かげろう』を使うファイターは残っていないみたいよ……」

 

「あの四校にはもういないんだ……」

 

友希那は昨日の段階で貴之に教えて貰っており、自分ともう一人を省いた『かげろう』使いは全滅していた。

これ以外にも、俊哉以外に『ディメンジョンポリス』を使うファイターの全滅も確認しており、この段階で俊哉は国内最強の『ディメンジョンポリス』使いとなっている。

 

「ここまで来ると、全国大会とほぼ変わらない状況になるのでしょうか……?」

 

「相手が強い意味では、一緒だと思います」

 

「でも、ファイトが楽しいことも一緒だと思いますよっ」

 

参加する全員がファイトを楽しんでいる。それは本当であることは信じたかった。

早速先鋒同士の対決となり、貴之ともう一人がファイト台に上がる。

 

「とうとうこの時が来たな(はじめ)……この大舞台で俺とお前、どっちが最高の『かげろう』使いとなるかを決める戦いが……!」

 

「ああ……全国の時はその機会を逃したからな……今回こそ雌雄を決そうじゃないか!」

 

貴之と対戦相手である、赤い髪と瞳を持った少年──(いずみ)肇が互いに好戦的な笑みを浮かべる。

やることは非常に明白である為、素早く準備を終わらせ、早速ファイトを始めることにした。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

貴之は『アンドゥー』、肇はまだ子供だと思われる赤い体を持った小さき翼竜『ワイバーンキッド ラグラー』に『ライド』する。

これが『かげろう』同士の頂上決戦になるのを感じさせながら、ファイトは肇の先攻で始まる。

最初のターンは『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』するだけでターンが終わる。

対する貴之も、最初のターンは『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』した後、特に『メインフェイズ』で何かすることもなく攻撃に移ろうとしていた。

 

「あのユニット、『かげろう』で組める大体のデッキに入りそうね……」

 

「殆どの人が使いやすいって言ってたから……あの二人もそうなんだと思う」

 

度々デッキを変える場面を見せてもらっていた裕子は、貴之も拘りが無かったり、特に明確な理由がないなら取り敢えず入れてもいいと言ってたのを思い出す。

それくらい、『サーベル・ドラゴニュート』は非常に便利な存在であるのだ。

 

「じゃあ、一旦攻撃……『サーベル・ドラゴニュート』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

いきなり防ぐのなら、それ相応の理由が必要であり、それがない以上素通しした方が安定である。

『ドライブチェック』、『ダメージチェック』は共に1で、特に大きな影響が起こらないままターンが終わる。

 

「『ライド』、『バーサーク・ドラゴン』!スキルは発動せず、『ワイバーンストライク ドーハ』を『コール』!」

 

見慣れた存在と共に、前列左側に現れたのは赤い体を持ったワイバーンであった。

 

「あっちも『バーサーク・ドラゴン』……やっぱり使いやすいんだ」

 

「あの人の方……『フルアーマード・バスター』が無いのかな?」

 

『フルアーマード・バスター』があるならもう確定と見て良かったが、出てこない以上まだ『オーバーロード』軸で被っていると断言することはできない。肇のデッキに関してはもう少し見ていく必要があるだろう。

また、この時に手札から登場したので『ドーハ』のスキルを使い、後列左側に右翼は青、左翼は赤の翼竜『ワイバーンストライク ギャラン』が『コール』された。

 

「よし、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

肇の『ドライブチェック』は(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

対する貴之の『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが1で並ぶ。

 

「次、『ギャラン』の『ブースト』、『ドーハ』でヴァンガードにアタック!相手のリアガードが存在しない場合、『ドーハ』のスキルで相手はガードする時、『ノーマルユニット』を『コール』できない!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

ちなみに、『ギャラン』も相手のリアガードが存在しないときはパワーがプラス5000される。

二枚目の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、手札の増加が起きた状態でダメージが2になってターンが終わる。

 

「『ライド』!『ドラゴンフルアーマード・バスター』!スキルで『ドーハ』を退却させて、『ドラゴニック・オーバーロード』を手札に加える!」

 

これではまだどちらをフィニッシャーにするかが分からないが、旧来のイラストではなく、現在のイラストのものを採用されている。これは未来へ進む為の意思も込められている。

『メインフェイズ』では前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側に『エルモ』を『コール』し、どちらを使うかを悟らせないようにしている。

 

「行くぜ……『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

貴之の『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、ダメージが増える。

対する肇の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージが2に抑えられる。

 

「次は『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『ター』で『ガード』!」

 

このターンの段階で、両者のダメージが2でターンが終わることになる。

 

「ここまで全く互角……次からどうなるか、かぁ……。アタシ、凄いハラハラして来た」

 

「ところで、向こうの彼はどう動くか分かる?」

 

「次は最後の準備になるかな……彼のデッキ、貴之君の『オーバーロード』以上に立ち上がりの遅いデッキだから……」

 

『かげろう』は全体的に立ち上がりの遅い構築になりやすいが、三ターン目すら準備期間になりやすい肇のデッキは特に遅い方であった。

貴之が使う『オーバーロード』が三ターン目から圧を掛け始め、その次のターンで決めに行くと考えると、尚更そう感じるのである。

 

「『ライド』!『シャインバルディッシュ・ドラゴン』!」

 

肇がなったのは、槍を持つ赤い巨竜だった。グレード3のユニットではあるが、彼の本領までの繋ぎになっている。

 

「登場時、『ソウルブラスト』することで山札の上から七枚までを確認し、『ドラゴニック・ブレードマスター』があるならそれを公開し、手札に加えることができ、このターンパワープラス5000!」

 

「引き当てたな……」

 

今引いたユニットが本領であり、スキルの都合上からいきなり三ターン目に出すのは望ましくないユニットでもある。

『イマジナリーギフト』は『フォースⅠ』を選択し、ヴァンガードサークルに設置する。

『メインフェイズ』で前列右側に黒い体を持った翼竜の『ドラゴニック・バーンアウト』、前列左側にもう一体『ドーハ』を『コール』する。

 

「『カウンターブラスト』と、『ドロップゾーン』にあるグレード2以上のユニットを一枚目山札の下に置くことで、『バーンアウト』のスキルでリアガードを一体退却させる」

 

『バーサーク・ドラゴン』が退却された後、後列中央に『サーベル・ドラゴニュート』が『コール』される。

 

「よし、『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

その結果は(ヒール)トリガーで、ダメージが2で留まる。

 

「次は『シャインバルディッシュ』でヴァンガードにアタック!」

 

「まだ大丈夫……ノーガード」

 

先程のトリガーが、その選択肢を促してくれた。

『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、無事にダメージが通ることになった。

対する『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、貴之の方に前列リアガードもいない以上ここで攻撃を終了することになった。

 

「(行くぜ……お前ら!)」

 

──いつでも行ける。と声を聞いたと同時、貴之は『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』を発動した。大会に出る以上、使うと決めていたのだから、迷うことは無い。

 

「じゃあ、一足先になるからな……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

「来たか……なら、後はどっちだ?」

 

『フォースⅠ』をヴァンガードに置いた後、『メインフェイズ』で前列左側に『バーサーク・ドラゴン』、前列右側に『ネオフレイム』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』する。

この時『オーバーロード』のスキルは忘れずに発動する。

 

「じゃあ行くか……『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『ネオフレイム』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、肇のダメージが3になる。

 

「次は『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『ゲンジョウ』で『ガード』!」

 

次のターンまで考えると、これ以上貰うのは危険だと判断して防ぐことにした。

 

「追い払うべきはそっち……『オーバーロード』で『ドーハ』にアタック!」

 

「これなら大丈夫だ……ノーガード!」

 

貴之の『ツインドライブ』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、効果は全てヴァンガードに回される。

当然『スタンド』させて二連続で攻撃が行われるも、それは『完全ガード』で防がれ、その時の『ドライブチェック』では(ヒール)トリガーが引き当てられ、ダメージがお互い3になった。

また、退却させた時に『サーベル・ドラゴニュート』と『エルモ』のスキルも使用しており、次の為に身構えているのが伺える。

 

「ああ……俺も貴之ならそうしてるかな」

 

「今回はデッキがデッキだから……って訳じゃなくて、本気で狙ってるよね」

 

相手の次が関係しているので、立て直しが楽になる意味でも、俊哉なら貴之と同意見の行動を取っていただろう。

今回使っているデッキならば『グレート』を意識させておいて『ジ・エンド』を狙うのも可能だが、相手が相手なので正直に動いていい──と言うよりは、そうしないと負担が大きい。

 

「さあ、対峙の時だ……!『ライド』!『ドラゴニック・ブレードマスター』!」

 

現れたのは、金色の鎧に炎の剣を持つ翼竜だった。このユニットこそ彼が選んだユニットであり、このユニットで勝つことを信念にしていた為、似通った部分のある貴之とは度々議論を交わしていた。

『フォースⅠ』をヴァンガードに重ね掛けした後、前列左側に三枚目の『ドーハ』、後列中央に『エルモ』を『コール』する。

 

「リアガードに『ドーハ』と『ギャラン』がいるなら、グレード3のユニットを『ソウルブラスト』、更に手札を二枚捨てることで『ブレードマスター』のスキル発動!相手リアガードを()()退却させ、『幻焔(ヴィジョン)・トークン』を『S・コール』する!」

 

イメージ内で炎の剣による薙ぎ払いで味方が全て焼き払われ、貴之は思わず顔を覆う。

 

「全部退却……ですか?先払いは大きいですが」

 

「あのトークン、グレード3扱いみたいですよ?」

 

「代償を補う何かを、持ってるかも知れないね」

 

リアガード指定、『ソウルブラスト』指定がある等非常に重い制約があるので、その分の見返りは十分に考えられた。

 

「行くぞ……!まずは『ギャラン』の『ブースト』、『ドーハ』でヴァンガードにアタック!」

 

「楽に防げるのはこっちだな……『ゲンジョウ』で『ガード』!」

 

後々の二体はトリガー勝負が待っているので、楽に防げる方を選んだ。

 

「よし、次は『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『幻焔(ヴィジョン)・トークン』でヴァンガードにアタック!こいつはリアガードにいながら『ツインドライブ』ができる!」

 

ここで、『ブレードマスター』を見慣れない人はこれが手札の補填手段なのだと理解する。

その結果は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、ダメージが増加する。

貴之の『ダメージチェック』も二枚ともノートリガーで、ダメージが5であり、もう一回『ツインドライブ』が来る以上、次の攻撃は『完全ガード』を切るしかない。

 

「せめて使わせる……!『エルモ』の『ブースト』、『ブレードマスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』!『完全ガード』だ!」

 

窮地を脱したが、貴之のリアガードはゼロとかなり厳しそうに見える状況下になっていた。

 

「(と言っても、これで一切安心できないのがな……)」

 

基本的にこんな状況でも逆転勝ちの可能性があるから油断できないのだが、貴之の場合は更に顕著である。

正直に言ってしまえば、先程のターンで決めたかったくらいには自分たちのファイトはギリギリから逆転が多いのだ。

 

「じゃあ、今度はこっちの番だ……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード・ザ・グレート』!」

 

前列左側に『ドロップゾーン』にいる『ネオフレイム』を『S・コール』した後、『フォースⅠ』を前列左側に設置する。

『メインフェイズ』では前列右側に『バーサーク・ドラゴン』、後列左側と後列中央に『エルモ』、後列右側に『ガイアース』が『コール』される。

スキルの都合上、『バーサーク・ドラゴン』のスキルは断念している。

 

「残りの手札……さっき引いたトリガーだけなのかしら?」

 

「多分。結構ギリギリだったね……」

 

とは言え、攻撃の準備は出来たので、後は勝負に出るだけだった。

まず最初に『ネオフレイム』で『ドーハ』を攻撃し、素通しされたことで『ドーハ』の退却に成功する。

 

「次、『ガイアース』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、肇のダメージが4になる。

 

「まずは吐き出させる……!『グレート』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード バリィ』、『完全ガード』!」

 

この攻撃では『ネオフレイム』のスキルで(クリティカル)が増えているので、こうする必要がある。

『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、ヴァンガードと『ネオフレイム』に双方の効果を一つずつ宛がわれた後、両者を『スタンド』させる。

次の『ネオフレイム』の攻撃は『ター』と『サーベル・ドラゴニュート』で防ぐ。

 

「これで決める……!『エルモ』の『ブースト』、『グレート』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーで、ダメージが更に増加する。

イメージ内で『ブレードマスター』となった肇の剣と、『グレート』となった貴之の剣が何度もぶつかり合った後、貴之が本体に攻撃を届かせ、ダメ出しに炎を纏わせた拳でダブルブローを決めた。

『ダメージチェック』は全てノートリガーで、勝負が着いたのを証明するように、イメージ内の『ブレードマスター』となった肇が光となって消滅する。

 

「ダメージ6……ってことは……」

 

「ええ。貴之君が、『かげろう』使いの頂点になりましたね」

 

その問答がきっかけとなり、『かげろう』使い同士の対決を見ていた人たちの歓声が聞こえる。

聞こえているかどうかは解らないが、一先ず終了の挨拶を交わす。

 

「全く……お前はどこまで強くなれば気が済むんだ?」

 

「どこまでも……ってのが本音だな。まあ、時が来るまではこうだし、お前もそうなんだろ?」

 

貴之の問いに肇も頷き、また挑む旨を告げ、貴之もいつでも待っていると答えながら握手を交わし、一戦目の終わりを告げた。

後江からすると、最高の滑り出しでのスタートとなった。




肇のデッキはブースターパック『The Heroic Evolution』と『救世の光 破滅の理』、『結成!チームQ4』で出て来るカードで編集した『かげろう』デッキです。

次回は詩織と真司でのファイトです。


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ネクスト14 再会と真剣勝負

Roseliaの映画をようやく見れました……。
地元の映画館は来週からガンダム閃光のハサウェイと入れ替わりだから、ギリギリセーフです(笑)。


「こいつで決まりだ……!『グレートダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

『かげろう』使いの頂点が決まる戦いが終わった後に行われた次鋒戦は、俊哉の勝利で幕を卸し、これで二本選手と言う最高の結果で詩織に番を回せた。

 

「お疲れ、俊哉。こりゃ次の全国で一番警戒しなきゃなんねぇの、お前かもな……」

 

「……お前それ本気で言ってるのか?」

 

何度もぶつかり合った一真でもなく、来年から大会に復帰できる瑚愛でもなく、何故自分なんだ?と、俊哉は疑問に思った。

貴之曰く、その二人は誰も彼もが周知の上だから警戒されて当たり前。いい具合に隠れてる中で一番強いのが俊哉だからこそ、やりたい放題されないようにする必要があるとのことである。

 

「ありがとうな。ちょっと土産話ができた」

 

「おう。この後も勝って、ちゃんと伝えて来い」

 

昨夜後江の五人は俊哉と何があったかを共有しており、自分たち、俊哉、そして不特定多数のファイターたちの為にと三重の意味で勝ちに行っている。

二つ目は少々場違いなところがあるかもしれないが、理由があるのはいいことである。

そんな状況下で迎えた中堅戦は、詩織と真司によるファイトとなっていた。

 

「ここまで二本取れてるから、気負わなくて大丈夫だ」

 

「何なら、あたしたちの出番は気にせず勝ってきちゃっていいからね」

 

「うん。ちょっと、行ってくるね」

 

詩織が台の前に立つ頃には真司も台の前に立っており、二人して準備を始める。

 

「大体三ヶ月ぶり……だよね?」

 

「夏休みの終わり頃以来か……」

 

このヴァンガード甲子園に出るときは対戦相手になってしまう旨は話しが出た段階で伝わっているので、特に問題にはならない。

それ以上に、こうして無事再開してファイトで戦えることが何よりも安心できることだった。

 

「それじゃあ、ここまで来たら……」

 

「そうだね。後は、思いっきり……後悔なく」

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

考えることは二人揃って同じで、開始宣言とともにファーストヴァンガードを表返す。

真司は『スパークキッド・ドラグーン』、詩織は蒼い体を持った大鷹の『神鷹(しんよう) 一拍子(いちびょうし)』に『ライド』する。

ファイトは真司の先攻から始まり、『デモリッション』に『ライド』してターンが終わる。

 

「『ライド』。『三日月の女神 ツクヨミ』」

 

詩織が三日月を彷彿とさせる冠を被った小さき女神になった後、スキルで一枚手札に加え、そのままヴァンガードにアタックする。

対する真司の選択はノーガードで、『ドライブチェック』、『ダメージチェック』ともにノートリガーでターンが終わる。

 

「『ライド』!『妖剣(ようけん)抹消者(イレイザー) チョウオウ』!」

 

妖な剣を持った存在になった後、『メインフェイズ』では前列左側に『レックレスネス』、後列左側に『デモリッション』を『コール』する。

 

「よし、『チョウオウ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

真司の『ドライブチェック』が(クリティカル)トリガーで、ダメージが1増加する。

詩織の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

 

「次、『デモリッション』の『ブースト』、『レックレスネス』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、ダメージが一気に3になったところでターンが終了する。

 

「『ライドフェイズ』時、『ソウル』に『神鷹 一拍子』があるなら、『ツクヨミ』のスキル発動。山札の上から五枚を見て、一枚を手札に加えて残りを山札の下に、自分の望む順番で置き、手札を一枚捨てる……」

 

「……?なんかちょっと変わった山札操作だね?」

 

「一枚捨てるって……なんか引っ掛かるね」

 

詩織の行動は『オラクルシンクタンク』が得意な山札操作かと思えば、妙に引っ掛かる要素が出て来た。

 

「そして、捨てたユニットが『半月の女神 ツクヨミ』なら、それに『S・ライド』する!」

 

この代わり、『ライド』は出来なくなるが、そもそも確実にコンセプトを徹底しやすいのがこの『ツクヨミ』系列の強みであった。

『メインフェイズ』では前列左側に『レクタングル・メイガス』、後列左側に『オラクルガーディアン ジェミニ』が『コール』された。

 

「攻撃行くよ……『ツクヨミ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

『ドライブチェック』は(クリティカル)トリガーで、ダメージが増加する。

対する『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、ダメージが3になる。

 

「まだ大丈夫……『ジェミニ』の『ブースト』、『レクタングル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「……それもノーガード。『ダメージチェック』」

 

その結果はノートリガーで、詩織のダメージが3、真司のダメージが4になってターンが終わった。

 

「おお……大体互角だね」

 

「昨日も見ていたけれど、詩織もみんなに負けない強さを持っているわね」

 

真司の実力の伸びも凄まじいのだが、詩織も決して弱い訳では無い。

今回の全国大会は地方の段階で急用ができてしまった故に断念していただけであり、戦える強さはあるのだ。

 

「よし、これで決めるぞ……『ライド』!『抹消者(イレイザー) ガントレッドバスター・ドラゴン』!」

 

赤き体を持った雷竜になり、『アクセルⅡ』を設置して手札の確保も行う。

『メインフェイズ』では前列右側に『チョウオウ』、アクセルサークルに『レックレスネス』、後列右側に三体目の『デモリッション』が『コール』される。

 

「『チョウオウ』は登場時、『カウンターブラスト』をすることでスキル発動!前列リアガードを一体『バインド』して、同じ列の後列にいるユニットを前列に移動させる!」

 

「(始まった……)」

 

ここを耐え凌がないと負ける──。詩織はそれを確信していた。

これで全てが終わりかと言えばそんなことはなく、まだもう一手残されていた。

 

「『カウンターブラスト』と手札を一枚捨てることで『ガントレッドバスター』のスキル発動!前列リアガードを全て『バインド』し、後列にいるリアガードは全て前列に移動させる」

 

「『ガントレッドバスター』は前列リアガードがいない場所一つにつき、パワープラス5000、(クリティカル)プラス1……絶対に防がされるね」

 

「大丈夫かな……?」

 

詩織が先程のターンであれ以上の展開を避けたのはここにあり、少しでも逆転の芽を増やす為だった。

 

「更に『ドロップゾーン』にいる『ライジング・フェニックス』のスキル発動!相手リアガードを『バインド』したなら、『S・コール』してパワープラス3000できる!」

 

空いていた後列中央に電気を纏った鳥が現れ、これで準備完了となった。

 

「よし、まずは『チョウオウ』でヴァンガードにアタック!」

 

「っ……ノーガード。『ダメージチェック』」

 

その結果はノートリガーで、恩恵がないままダメージが4になってしまった。

 

「次は『ライジング・フェニックス』の『ブースト』、『ガントレッドバスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ミス・ミスト』で『完全ガード』!」

 

『ツインドライブ』は二枚とも(フロント)トリガーで、受けられるダメージが少ない今、こちらの方が辛い状況になった。

更に『チョウオウ』がスキルで『スタンド』し、後三回も攻撃が飛んできてしまう。

 

「次は『レックレスネス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『サイキック・バード』二枚で『ガード』!」

 

「次は『デモリッション』の『ブースト』、『チョウオウ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

ここで幸いだったのは(ドロー)トリガーを引けたことで、ここから後が少し楽になる。

 

「最後は『デモリッション』の『ブースト』、『レックレスネス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『オラクルガーディアン ニケ』、『スフィア・メイガス』で『ガード』!」

 

どうにかダメージ5でやり過ごし、真司のターンを終わらせることができた。

 

「(大丈夫……まだ、ここからでもチャンスはある)」

 

勝てばストレート、負ければストレートを取れなかったことでの圧力が掛かってしまう状況、しかもダメージ5で後がないのだが、詩織は比較的落ち着いていた。

恐らく、決めきれなかったことで一番つらくなるのは真司であり、トリガー操作が狙える『オラクルシンクタンク』を使う以上詩織は十分に勝機を見いだせている。

 

「ここが勝負……ですか」

 

「もう一回同じ『ライド』ができるのかな?それなら、スキル次第でいくらでも行けそうですよね?」

 

「確か、そう言うのがあったから、デッキトップ次第だと思う……」

 

「『ライドフェイズ』時、『半月の女神 ツクヨミ』のスキル発動!山札の上から五枚を見て、一枚を手札に加えて残りを山札の下に、自分の望む順番で置き、手札を一枚捨てる……」

 

ここまでは同じだが、ここからが唯一の違う点である。

 

「そして、捨てたユニットが『半月の女神 ツクヨミ』なら、それに『S・ライド』する!」

 

──現れよ、大地を優しく照らす女神よ!『イマジナリーギフト』は『プロテクトⅡ』を前列左側に設置し、『メインフェイズ』に移る。

 

「『カウンターブラスト』と、手札を一枚捨てることで『満月の女神 ツクヨミ』のスキル発動!『ソウル』から『ツクヨミ』の名をもつユニットを三枚まで選んで、選んだ枚数だけ引く……」

 

三枚あれば追加効果が使えたのだが、今回は二枚までなのでこれ以上は実行できない。後はトリガーが来てくれるかどうかである。

その後、前列の二つには『ヘキサゴナル・メイガス』、後列中央に白い兎である『稲葉の白兎』、後列左側に『ジェミニ』、後列右側に『三日月の女神 ツクヨミ』が『コール』される。

 

「それじゃあ、行くよ……『白兎』の『ブースト』、『ツクヨミ』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ワイバーンガード ガルド』、『完全ガード』だ!」

 

正直なところ、これを防いでもトリガー次第では確実に一回通す羽目になってしまうが、やるしかなかった。

『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、双方の『ヘキサゴナル・メイガス』に回される。

 

「このターン『ツインドライブ』で(クリティカル)トリガーを二枚以上引けたなら、『ツクヨミ』のスキルで、前列のユニット三枚までがパワープラス10000!」

 

これにより、双方の『ヘキサゴナル・メイガス』がパワープラス30000と言う巨大な数値を引っ提げた状態となった。

 

「次、『ジェミニ』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「『呪禁道士(じゅごんどうし) リンリン』で『ガード』!さらに『チョウオウ』とアクセルサークルの『レックレスネス』で『インターセプト』!」

 

ここまでは防げるが、同時にここまでが限界であった。もう防げる手段がないのである。

 

「勝負だよ……『ツクヨミ』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここまで来たらやるしかないか……ノーガード!」

 

その結果は二枚ともノートリガーで、ダメージが6になったのでファイトの終わりを告げることになった。

 

「あそこで決めきれなかったのが敗因か……」

 

「本当に危なかった……けど、私も負けたく無かったから」

 

詩織は自分を迎えてくれた皆に恩を返したい──。その一心でこの試合をストレート勝ちに繋げたのである。

ファイト後の挨拶を済ませた後、消化試合として残った副将戦と大将戦が行われ、今度こそ後江と福原の戦いは終わったのだった。

 

「私、みんなとまた会えて……こうしてファイトできて、嬉しかったよ」

 

そのファイトが終わった後、詩織は福原のファイターたちに正直な想いと、また会おうと言う旨を話すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「(あっちの戦いは宮地の勝ちか……ヴァンガードの未来を憂いてる今、落ちてくれた方が楽だったが……)」

 

──それはそれで消化不良だよな……。ファイトの後、準決勝二回戦を見終えた貴之はそんなことを考えながら、自販機近くのベンチに腰を下していた。

さっきの肇との戦いはお互いの決着をつけるだけなので純粋に楽しむことはできたが、次はただ楽しむだけではやれない。

 

「けど、ここまで来たら後は……」

 

「できることを全てやって勝つ……そうでしょう?」

 

自分の言葉は友希那が途中から繋げる。

肯定しながら立ち上がって彼女の方に顔を向けると、よく見るようになった柔らかな笑みだが、少しだけ違うように見えていた。

 

「その……重荷になってしまわないかが不安なのだけれど、一つだけ渡しておきたいものがあったから……」

 

「大丈夫だ。それで、渡したいものって……!?」

 

貴之の言葉を待たずに、友希那は貴之の左頬に口付けをした。

あまりにもいきなりなことだったので、貴之は友希那が離れた後も少しだけ固まっていた。

 

「これって……」

 

「ちょっとした先払いよ。続きは、ファイトに勝った後にしましょう?」

 

友希那の先払いは重荷などではなく、貴之の思考を『勝たねば』から『勝ちたい』に変えることに成功した。

その最高のプレゼントを貰った貴之は、彼女にありがとうと礼を告げる。

 

「それじゃあ、行って勝ってくるよ」

 

「ええ。行ってらっしゃい」

 

貴之は迷うことなく会場へと向かった。




詩織は『ツクヨミ』軸、真司は『ガントレッドバスター』軸となります。

次回から決勝戦を行って行きますが、来週は仕事の都合で一回お休みとします。


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ネクスト15 届かせるその手

今日から決勝戦です。最後までお付き合い頂ければ幸いです。


「あっ……もう『かげろう』対決の決着が出てる……」

 

「ホントだ……貴之さん絡みもあって、出回り早いね」

 

決勝が始まる少し前──。友希那を省くRoseliaのメンバーと裕子で、燐子の携帯電話を使って『tube』で呟きを探って見ていた。

全国大会の時と同じく『ヴァンガード甲子園』のネタで昨日から大盛況しており、『かげろう』対決の話ももう出てきている。

 

「……宮地の人たちは大変ですね」

 

「だね。あの『リンクジョーカー』の評価は賛否両論……それ以外にも、グレード4に関しては否定的な感じ多いね」

 

あまりにも出回りが少なすぎる……と言うか、颯樹の影響で初めて目にした人の多い『リンクジョーカー』はその隠蔽性の高さでかなり荒れた評価となっている。

一応、存在しない違反『クラン』ではないかと言う疑惑は公式が直々に確認して存在するものとなっているので、そこは時間の流れで解決するが、すぐには収まらないだろう。

とまあ、『リンクジョーカー』の方は一時的なものなのでいいが、グレード4に関してはかなり問題であり、瑚愛の作り出した波に乗れるものは全くもって現れず、ついていけない旨を呟いている人たちが非常に多かった。

やってみればいいんじゃないかと言う声も出てきてはいるが、貴之の「全国大会のようにどうしても勝ちたい理由が無ければ、あんなことはしなかったし、必ずしも使う必要はないことを証明する」と言う、全国大会優勝者すら使用を躊躇う程の代物であることが諦めに拍車を掛けている。

 

「貴之君たちが……最後の希望みたいになっちゃってる」

 

本当はそんなこと気にせず戦いたかっただろうが、そうも言っていられない事実を目の当たりに、裕子も胸が苦しくなる感覚がした。

一番最初にグレード4を使用した一真も「自分で蒔いた種を他人に刈るのを託すしかできないことが、本当に悔しい」と言っているので、本当に想定外の事態に動いていることが伺える。

ここまでの確認ができたと同時、決勝の開始が告げられたので、調べを終えて試合を見ていくことに集中する。

まず最初に挨拶と同時にオーダーが発表されるのだが、その結果が次の通りになった。

 

先鋒 谷口俊哉VS盛谷颯樹

 

次鋒 刻風詩織VS篠崎弘人

 

中堅 大神大介VS神上竜馬

 

副将 青山玲奈VS秋津一真

 

大将 遠導貴之VS羽月瑚愛

 

「よし……これは大方狙い通りだな」

 

大介の言った通り後江の狙いはこの段階で殆ど達成できているので、後は各々がやりきるだけである。

貴之を瑚愛にぶつけ、彼が打ち倒すことで希望の未来へ進みだす──。これを絶対条件に、俊哉個人として用のあった颯樹に当たらせる。この二つを両立できた段階で、大当たりを引けている。

今回一番の鬼門は副将戦である為、なるべく玲奈の負担を減らして上げたいところであり、一番の課題になっている。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「おう。思いっきり決めて来い」

 

「いつも通りやれば大丈夫♪焦らないでね」

 

「勝って、兜の緒を……締めに行こう」

 

見送られた俊哉と、対戦相手の颯樹がファイト台を挟んで立ち会った。

 

「また会えたな」

 

「……まさか、そこまで歓迎されるとは思ってもみなかったよ」

 

もう気にしていないと言いたげな俊哉の表情を見て、颯樹はあれこれ悩むのは無しにした。

こうして挑んでくるのならば、どう乗り越えるのか。そして、自分に何を伝えたいのか──それに注目しながら戦うことを決めた。

 

「「スタンドアップ!」」

 

「ザ!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

二人の宣言が、ヴァンガード甲子園決勝の始まりを告げる合図になった。

出て来るのは『ゴーユーシャ』と『ルチ』。ここまでは今までの流れからして当然であった。

 

「僕の先攻……」

 

颯樹は最初のターン、『ガヰアン』に『ライド』してターンを終わらせる。

後攻になった俊哉も、最初は『ダイブレイヴ』に『ライド』した後はそのまま攻撃を行う。

攻撃に対して颯樹はノーガードを選択し、『ドライブチェック』と『ダメージチェック』は双方ノートリガーで、颯樹のダメージが1になってターンが終わった。

 

「(ここまでは大体殆どのファイターと同じ。後はここからどうなるかだ)」

 

「(二回目をする相手は殆どいなかったけど、ここまで前向きに再戦しているのは彼が初めてだな……)」

 

『ギアリ』に『ライド』しながら、颯樹は俊哉が他人と全く違う様子を見せていることに気付く。

大体のファイターは上昇思考が強くない限り次は拒否されてしまうし、その拒否しないファイターも出来ればやりたくない顔ばかりするのだ。

俊哉もそうなのかと言えば違い、あの再戦を待っていた顔である。今までのこともあり、困惑してしまったのが少し申し訳なかった。

『メインフェイズ』で前列左側に『エルロ』、後列左側に『ジャヱーガ』を『コール』し、攻撃に移る。

 

「じゃあ、『ギアリ』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード。さあ来い」

 

「(大丈夫。あなたならきっと勝てるわ……)」

 

この試合で、誰よりも勝ちを信じると同時に、それを願っているのは紗夜だった。

大会一日目の前夜に、「全勝で優勝出来たら話したいことがある」と告げられており、それをとても楽しみにしている。

颯樹の『ドライブチェック』はノートリガー、俊哉の『ダメージチェック』は(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

 

「次、『ジャヱーガ』の『ブースト』、『エルロ』でヴァンガードにアタック」

 

「それも一旦ノーガードだな。『ダメージチェック』……」

 

その結果はノートリガーで、俊哉のダメージが2になってターンが終わる。

 

「俺は『ダイドラゴン』に『ライド』だ」

 

『メインフェイズ』で前列左側に『コスモビーク』、後列左側に『ダイブレイヴ』を『コール』し、『コスモビーク』と『ダイドラゴン』のスキルを発動させる。

この鉄板的な行動を取った後、俊哉は攻撃に移る。

 

「じゃあ行くぞ……『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「うん……ノーガード」

 

それ故に、ファイトしている颯樹も久しぶりに自然な笑みが出た。

『ドライブチェック』が(ヒール)トリガー、『ダメージチェック』がノートリガーで、ダメージが逆転する。

 

「次は『ダイブレイヴ』の『ブースト』、『コスモビーク』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

その結果は(ヒール)トリガーで、ダメージが2に抑えられたままターンが終わる。

 

「今回は大人しめね……」

 

「確かに。ちょっとダメージ抑え目だよね」

 

この大会の中でもかなりダメージが少ない終わり方をしている為、次のターンは少し大人しめの動きをすることになるだろう。

だが、問題はこの次が対戦した殆どのファイターが圧された相手であり、俊哉がどうするかである。

 

「分かってると思うけど……」

 

「二回目立ってる俺が怖気づくと思うか?」

 

「なら、心配はいらないか……」

 

俊哉の意思を確認した颯樹は、そのまま自分のターンを始める。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード……『絆の根絶者(ドッキング・デリーター) グレイヲン』」

 

『グレイヲン』が呼び出された瞬間、会場にどよめきの声がちらほらと聞こえる。

それだけこのユニットが警戒され、恐れられている証拠でもあった。

 

「昨日も見ていたけれど、あの『デリート』のせいね……」

 

一番警戒されている理由はこれであり、いきなりヴァンガードの能力をゼロにされるのはこの上なく恐ろしい力であった。

ただ、俊哉が他の人と明確に違うのは宮地以外で唯一一度対戦経験があり、それ故に耐性が付いていることである。

 

「(さあ、どうやって攻略するかな……)」

 

「大丈夫だ。俊哉は目の前にちゃんと集中できてる……」

 

肝心の俊哉が問題なく対面できているので、そこに貴之は安堵する。

『フォースⅠ』をヴァンガードに設置した後、『メインフェイズ』では前列右側に『アルバ』、後列右側に『黒門を開く者』を『コール』し、『黒門を開く者』は登場時、相手リアガードが二枚以下なので『ソウルブラスト』をすることでスキルを発動し、山札の上から二枚を確認する。

その内の一枚である、ヴァンガードのグレード以下を持つユニットの『ドロヲン』を後列中央に『S・コール』する。

 

「さて、君にはこれで二度目だね……奪い取れ『グレイヲン』」

 

「(幸いにもグレードは保持される。ダメージも少ない……防ぐ場所さえ間違えなければいい)」

 

少なくとも全てノーガードで、(クリティカル)が二枚引かれて、最初の一回以外のどこかで(ヒール)トリガーが引けない──と言う余程の極端なことが無い限りこのターンで負けることは無い。これらの要素が俊哉を落ち着かせる。

この直後、『ドロヲン』がスキルで『ソウル』に置かれる代わりに、ユニットを一体──今回は『コスモビーク』を『バインド』された。

 

「じゃあ早速、『グレイヲン』でヴァンガードにアタック」

 

「いきなり来るならそれでいいか……ノーガード!」

 

後列のリアガードがいない今、素のパワーは『ブースト』込みで『グレイヲン』が一番下となる。

『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーとなり、このターンでは少なくとも負けないことが判明する。

対する俊哉の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーとなり、手札に余裕ができた。

その後トリガー効果のパワーを回された『アルバ』の攻撃はそのまま受け、この時はノートリガーだった。『エルロ』の攻撃は手札にある『ジャスティス・コバルト』を使うことで防ぎ切ったところで颯樹のターンが終わる。

 

「あそこまで冷静に対応している……。慣れているのか?」

 

俊哉の落ち着きぶりを見た宮地のメンバーは予想外であることを示していた。

本人が後ろを嫌がったのもそうだが、『リンクジョーカー』と言う希少性と根絶者(デリーター)の圧を活かした初見殺しの効果が非常に薄いのである。

とは言え、ここで決められなければ次もあるので、果たしてそこまで俊哉に耐性があるかどうか──と言ったところであった。

 

「トランスディメンジョン!『ダイユーシャ』!」

 

『フォースⅠ』をヴァンガードに設置した後、前列左側に『コスモビーク』、前列右側に『ダイドラゴン』、後列右側に『ダイランダー』後列中央に『キルト』が『コール』される。

この時、『キルト』のスキルで手札の一枚を捨てることで『ダイユーシャ』のパワーが10000プラスされる。

 

「(……!『アーミー・ペンギン』!?)」

 

手札から切ったユニットを見て、颯樹は俊哉のデッキに(ドロー)トリガーが五枚以上存在することを確信する。

あの選択は手札を捨てる必要がある場合、迷わず選べるからと言うことも意味している。

 

「よし、先ずは『ダイランダー』の『ブースト』、『ダイドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「それはノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、颯樹のダメージが3になる。

 

「じゃあここで一旦……『キルト』の『ブースト』、『ダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石にそれは拒否しよう……『コスモリース』で『完全ガード』!」

 

『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーだったので、スキルも込みでノーガードだとトリガー勝負になっていたことを示される。

その後の『コスモビーク』の攻撃は貰い、『ダメージチェック』では(ドロー)トリガーが出て、ダメージが4になったことで俊哉のターンが終了する。

 

「なんて言うか、あの並びアニメみたい……」

 

鋼鉄の勇者と異星から来た存在──。その並びがあこに連想させた。

状況としては互角で、次のターンが大きな転換になりそうである。

 

「これを見せるのは初めてだね……これを見てもまだ、君は平気でいられるかな?」

 

「……まだ先があるってことか」

 

まだ新しい根絶者(デリーター)がいることに、周囲が戦慄する。

颯樹の試合は全体的に早く、大抵『グレイヲン』を出せば勝ちの段階に持って行っていたせいでもう一体がいるなんて考えられないのである。

 

「刹那の力を奪うもう一つの存在……ライド・ザ・ヴァンガード!『波動する根絶者(ウェイビング・デリーター) グレイドール』!」

 

青と白の体を持った存在は、『グレイヲン』と同等かそれ以上だろう力を持っていることを予想させた。

これには俊哉も確かに圧を感じるが、まだ平気だと言えた。

 

「(一回目の効果が出てるな……他の人よりも動ける!)」

 

「俊哉……大丈夫かな?」

 

「大丈夫……だと思うのですが……」

 

リサの疑問に、紗夜は明確に答えられない。故に信じるしかなかった。

 

「登場時、『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして、『グレイドール』のスキル発動!相手リアガードを一枚『バインド』。更に、グレード3から『ライド』しているのなら、相手ヴァンガードを『デリート』する!」

 

──鋼鉄の竜を縛り、鋼鉄の勇者を消し去れ!このスキルで『ダイドラゴン』が『バインド』、俊哉が乗っていた『ダイユーシャ』は『デリート』されると言う非常に危険な状態となる。

『フォースⅠ』はヴァンガードに重ね掛けされ、後列中央に『ガヰアン』が『コール』されると言う万全の状態になる。

 

「さあ、決着を付けよう。『黒門を開く者』の『ブースト』、『アルバ』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果は(ドロー)トリガーで、僅かな気休めとなる。

 

「先にこうしてしまえば、後が無くなる……『ガヰアン』の『ブースト』、『グレイドール』でヴァンガードにアタック」

 

「なら仕方ない……『ダイヤモンド・エース』で『完全ガード』!」

 

『ツインドライブ』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、ダメージが5の時にオーバーキルを狙われる非常に危険な状況となった。

更に言うと、颯樹に『完全ガード』がある以上ここで防いでしまってはもう次が無いので、ここを素通しするしかないのである。

 

「最後だ……『ジャヱーガ』、『エルロ』。我が前に挑戦者を差し出せ」

 

「一か八か勝負だ……。頼むぞみんな!ノーガード!」

 

「何っ!?これを素通しだって!?」

 

その選択には対戦相手の颯樹ですら動揺した様子が見えていた。

 

「いや、そうか。ここから勝つには、これ以上手札を削れないんだ……」

 

「パワーを出すためにはこれしかない、か……」

 

俊哉ができる唯一勝ち筋に気付いている後江側は、これでダメだったら仕方ないと考えていた。

この選択には一真や瑚愛もまさかなと考え始めていた。『ディメンジョンポリス』側の勝ち筋と言えば、もうそれしか残っていないのだから。

イメージ内で『ジャヱーガ』と『エルロ』に連行された俊哉が、『グレイドール』となった颯樹の右腕に貫かれると言う光景が映され、一部の人がゾッとした様子を見せる。

 

「これで、君も消えて……」

 

「終わりって言いたいのか?」

 

遮られてどうしたのだと思えば、イメージ内では二体の『ゴーレスキュー』が俊哉を連行した輩を突き飛ばすと同時に、颯樹の魔の手から引き剝がし、早急かつ正確な応急処置で治療して見せたのである。

その結果を表すかの如く、二枚とも(ヒール)トリガーが引かれており、彼は見事賭けに勝ったことを示していた。

 

「お見事。凄い勝ち意識だ……だけど、君の愛用していた勇者は形なしになってしまっている今、どうするんだい?」

 

「そうだな……一つ質問するけど、お前に取って、勇者はどんな存在だ?」

 

「……えっ?」

 

この問いに、颯樹はすぐに答えを返せなかった。

これには殆どの人が考え込むが、ここで問いかけた俊哉と同じくそんな様子を見せないのは貴之と紗夜の二人だった。

 

「俊哉、お前の答えを教えてやれ……」

 

「あなたの出した答えで、今度こそ助けて上げて……」

 

「俺の場合、勇者は『絶対に勝利する存在』でも、『何があっても負けない存在』でもない。時に理不尽に遭って、心が折れそうになることだってある……」

 

そんな二人が祈る中、俊哉が颯樹の答えを待たずに話し出す。

俊哉からすれば自分が否定した二つは勇者ではなく、『英雄』であり、彼らは負けると同時に歴史から消えることがザラなので、颯樹が自分に投げかけたものはこちらが近いと考えている。

 

「俺が思う勇者ってのは、そうやって理不尽な目に遭って、心が折れそうなことがあっても諦めずに立ち上がって、最後に勝ち切って世界や誰かを救う……そんな人だと思ってる」

 

「それが勇者だと言うなら……君は、ここから折れずに勝つって言うんだね?」

 

「ああ。最後の手だてがある以上、俺が諦める理由にはならない……!」

 

その宣言から俊哉のターンが始まるが、『ライドフェイズ』のスキップ宣言がされ、後江のファイター以外全員が動揺した。

 

「いいぞ!そのまま進め、俊哉!」

 

「どの道勝つにはそれしかない!行け!」

 

何を考えてるんだと言う不特定多数の考えも、信頼できる人の考えが後押しするなら迷わず進める。

『メインフェイズ』では前列右側に『ダイドラゴン』を『コール』した後、『ダイドラゴン』と『キルト』のスキルを発動させて『メインフェイズ』を終わらせる。

これで直接アタックすればパワー25000とギリギリではあるが、要求数値は満たしていた。

 

「じゃあ行くぜ……!俺自身でヴァンガードにアタック!」

 

「っ……!?『コスモリース』で『完全ガード』!」

 

──気圧された!?自分の選択を宣言した時、颯樹は俊哉から得体の知れないものを感じていた。それがこの選択を強要したのだろう。

『ツインドライブ』では案の定二枚とも(クリティカル)トリガーであり、この選択をしなければトリガーが勝負待ったなしになっていたのである。

 

「今この瞬間、勇者は再び立ち上がる!トランスディメンジョン!『究極次元ロボ グレートダイユーシャ』!」

 

先程消し去った(デリートした)はずの勇者が新しい姿になり、俊哉がそれに乗り込むイメージが浮かび上がる。

『フォースⅠ』はヴァンガードに重ね掛けされ、万全な状態で後三回の攻撃が残っていた。

 

「(まさか、こんな形で逆転されるとは……!)」

 

『コスモビーク』、『ダイドラゴン』の攻撃は残された手札と『インターセプト』を使って防ぎきるものの、これで『グレートダイユーシャ』の攻撃は素通しする羽目になってしまった。

 

「決めるぞ……!『キルト』の『ブースト』、『グレートダイユーシャ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。さあ、勝負!」

 

『ツインドライブ』は見事に二枚とも(クリティカル)トリガーで、オーバーキルに突入した。

イメージ内では俊哉の操縦する『グレートダイユーシャ』が『グレイドール』となった颯樹に目掛けて真っ直ぐに突撃し、そのまま両手で持った剣で胸を深く貫いた。

 

「(ありがとう。この僕と二回も、それも自分からファイトを挑んでくれて……)」

 

──そんなのは君が初めてだ。無意識化で伸ばした左手が『グレートダイユーシャ』の右肩に届き、それに満足するように光となって消滅する。

『ダメージチェック』は最初二枚こそ(ヒール)トリガーだったが、最後の一枚は『グレイヲン』──つまりはノートリガーだったので、これで決着となった。

 

「『グレートダイユーシャ』……あの時のノーガードは、それが理由だね」

 

「『完全ガード』が見えたらあれしかなかった……けど、信じて良かった」

 

やったことは全て無駄ではなかったことが証明され、颯樹は素直に完敗の旨を告げる。

 

「けどまあ、それはまた後でとして、言いたいことが一個あるんだ……」

 

「……言いたいこと?」

 

──どんなことだろう?と、気にしていたところに俊哉から右手が差し出される。

颯樹を救い出す為に必要で、それでいて最も簡単な言葉──。

 

「楽しいファイトだった。()()()()()()。『リンクジョーカー』だって『クレイ』の住人なんだ。未知の存在だの言って恐れる必要は無かったんだ」

 

「……」

 

それは相手側から再戦の促し。ただそれだけだが、これが一番大事である。更には『リンクジョーカー』を認めた旨は大きく、それは他のファイターたちが考え出す等の認識を改める促しとなった。

この行動に颯樹は胸の中にある引っ掛かりが取れたように感じ、それを迷わず右手で取った。

早い話、互いが敬意を示す握手である。

 

「こちらこそ、またファイトしよう。宣言通り誰かを救える勇者さん」

 

「……ん?どういうことだ?」

 

「いや、気にしないで」

 

こうして決勝戦の先鋒は俊哉の勝ちに終わり、颯樹の抱え事が解決されることになる。

 

「全勝お疲れ様。行ってくるね」

 

「ああ。詩織も頑張れ」

 

それは俊哉が見事に全勝したことにも繋がり、紗夜との約束を果たしたことにもなった。

 

「俊哉君……本当に良かった」

 

俊哉の促しを見た颯樹の変化を感じ、彼が見事にやりきったのを確信した紗夜は、安堵して目尻に涙が浮かんでいた。

彼と何かあったことは察せるが、それ以外は詳しく知らないので、一先ず次の試合が始まるので落ち着くようにRoseliaと裕子は促した。

 

「(紗夜、もう少しだけ待っててくれよ……)」

 

憂いが無くなった俊哉は、後は全員の勝利を祈るのだった。




この決勝戦が終わった後、後日談で何が見たいかのアンケートを取ります。
期限は副将戦を投稿するまでとします。


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ネクスト16 月詠と蒼き竜

今回は結構短いです。


「ごめん。落としちゃって……」

 

「いや、大丈夫だよ。僕が取り返して来る」

 

後江が全勝に成功した俊哉を迎える時、宮地はどこか引っ掛かりの取れた颯樹に追及はせずに労い、そのまま弘人が交代して台へ向かっていった。

 

「なあ一真。俊哉のことをどう思う?」

 

「あの伸び方、悩みを解決した直後の僕に似ている……」

 

──次の全国大会、思わぬところで喰われそうだ。一真の評価に竜馬は驚くも、同時に納得した。

何しろ伸びの勢いが凄まじいのだ。貴之ばかりに気を取られていると、足元を掬われかねない。

 

「(やるじゃねぇか。こんだけ評価されてよ……)」

 

特に事情を知っているわけではない竜馬だが、これだけ評価されるようになった俊哉を素直に称賛する。

それと同時に、ファイターでいられる内にできることを全てやり、納得できる形で終わりたいとも思っていた。

 

「さて、それじゃあ始めるよ?」

 

「うん。よろしく……」

 

今日が初対面となる二人だが、ここまで来たら後はファイトするだけなので、余計な気遣いは不要だった。

後江側は出来れば詩織と大介のどっちかが取り、玲奈を楽にしてやりたいところ。宮地は弘人と竜馬が二人ともとって、一真で一気に決めたいと言うのがチームとしての本音である。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

二人がファーストヴァンガードを表替えすことでファイトは始まる。

詩織は準決勝と同じく『神鷹 一拍子』弘人は海中での活動に適応した子供の竜『ブローバブル・ドラコキッド 』に『ライド』した。

ファイトは詩織が先攻で、『三日月の女神 ツクヨミ』に『ライド』してターンを終える。

 

「『ライド』、『ストームライダー ニコロス』!登場時、山札の上から七枚見て、『潮騒の水将 アルゴス』があるならそれを公開して手札に加えられる。そして、このターンの間、『ニコロス』はパワープラス3000!」

 

手始めに弘人は自分の動きができる準備を進める。

白の海兵服を着た姿は、もはやお約束と言ってもいいのだろう。

 

「では、『ニコロス』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

相手のパワーが増えたことでますます割に合わないので、ここは素通しにした。

『ドライブチェック』、『ダメージチェック』は共にノートリガーで、詩織のダメージが1になってターンが終わる。

 

「『ライドフェイズ』時、スキル発動!」

 

対象のユニットである『半月の女神 ツクヨミ』がいたので、それに『S・ライド』する。

『メインフェイズ』では前列左側に白い服装と紫の髪が目を引く魔導士『ラビリオ・メイガス』、後列左側に『ジェミニ』が『コール』される。

 

「攻撃……『ツクヨミ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーで、ダメージが増加する。

対する『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで、ダメージは1で収まる。

 

「次は『ジェミニ』の『ブースト』、『ラビリオ・メイガス』でヴァンガードにアタック!『ラビリオ・メイガス』はトリガーを引いた時、一ターンに一回だけ……パワープラス10000」

 

「流石にノーガードかな……『ダメージチェック』」

 

その結果はノートリガーで、ダメージが2になってターンが終わる。

 

「さて、少し早めに行こうか……『アルゴス』に『ライド』!」

 

前列左側に『タイダル・アサルト』、後列左側に『テオ』、前列右側に水上ボードに乗った兵士の『コーラル・アサルト』、後列右側に『ニコロス』が『コール』された。

この時、『ニコロス』のスキルで『アルゴス』を加えることも忘れない。

 

「ここで五回攻撃……あいつ、手札を使わせる気だな……」

 

「ここで攻めないと、後が辛いのかも……」

 

最大で五回攻撃できる現状で、後江側もそうやって予想を立てることができた。

 

「まずは『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、ダメージが2になる。

この後『タイダル・アサルト』が『ソウルブラスト』を代償に『スタンド』する為、攻撃はまだ残っている。

 

「次は『ニコロス』の『ブースト』、『コーラル・アサルト』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

この結果もノートリガーで、ダメージが3になる。

 

「こっちは先に攻撃してしまおう……『テオ』の『ブースト』、『タイダル・アサルト』でヴァンガードにアタック!『テオ』のスキルは『コーラル』に!」

 

「それなら……『ラビリオ・メイガス』で『インターセプト』!」

 

敢えて『タイダル・アサルト』に割り振らないことで、『コーラル』を確実に通そうと言う算段であった。

実際、『コーラル』の攻撃を防ぎたいと思わない詩織としても、次に(クリティカル)トリガーが出ると非常に危険である。

 

「よし、『アルゴス』でヴァンガードにアタック!」

 

「流石に防ぎたい……『ニケ』で『ガード』!」

 

『ドライブチェック』の結果はノートリガーで、どうにか次は1ダメージで済みそうだった。

 

「最後に、『コーラル』でヴァンガードにアタック!『コーラル』が攻撃した時、『レスト』した他のユニットが四枚以上なら、パワープラス15000!」

 

弘人の狙いはこれであり、合計23000も増えた34000のパワーで無理やり一回攻撃を通そうと言う魂胆である。

実際、詩織もこれを防ぐ気は無く、『ダメージチェック』で(ドロー)トリガーが引けただけマシだと思いながらターンが終わった。

 

「(これは……このターンで決めないと、後がない……)」

 

「(ここまではいいペース。問題は次のターンをどうするか……)」

 

弘人が速攻を吹っ掛けたことにより、ここで一気に詩織が追い込まれる形になった。

その為、自分の四ターン目にトリガーを合わせてパワーも上げて一気に巻き返す先方はもう叶わない。

 

「『S・ライド』!『満月の女神 ツクヨミ』!」

 

だからこそ、もうここで勝負に出るしか無く、その意思の現れとして『プロテクトⅡ』が前列左側にセットされた。

『メインフェイズ』で前列左側と前列右側に『ヘキサゴナル・メイガス』、後列中央に『白兎』、後列右側に『三日月の女神 ツクヨミ』が『コール』された。

スキルで山札操作も行い、正真正銘のできること精一杯であった。

 

「詩織、凄く大変そう……」

 

誰の目にも明らかなくらい、『クラン』としての相性差が出てしまっているファイトでもあり、自分が詩織の立場なら非常に苦しい展開なのは間違いない。

ただそれでも、詩織はできることを全てやりきるつもりであり、それが自分を招き入れてくれた皆への恩返しだと信じている。

 

「行くよ……『白兎』の『ブースト』、『ツクヨミ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここは平気だね……ノーガード」

 

ダメージが2である以上、どの道ここで負けることはない。強いて言えば手札を消費が面倒になることだけは避けたいか。

『ツインドライブ』の一枚目は(ドロー)トリガー、二枚目は(クリティカル)トリガーを引き当て、ダメージの増加が起きる。

『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

 

「次は『ジェミニ』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここをノーガードで行こう。『ダメージチェック』……」

 

その結果はノートリガーで、弘人のダメージが5になる。

 

「最後に『ツクヨミ』の『ブースト』、『ヘキサゴナル・メイガス』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは『インテリジェンス』と『医療士官』で『ガード』!」

 

最後の攻撃は防がれてしまい、これで詩織のターンは終わりとなる。

 

「これ……パターンに入っちゃったかな」

 

「この後、彼が取る行動は……」

 

弘人が勝っている試合は全て流れに乗っかってそのままの勢いで押し通しているので、恐らく今回もそうなることが予見できる。

昨日、今日と後江の試合以外にも宮地の試合を追っていた為、Roseliaの五人と裕子は予想を立てられるのである。

 

「蒼き覇竜が嵐を巻き起こす……!『ライド』!『蒼嵐覇竜 グローリー・メイルストローム』!」

 

現在使っている弘人の切り札がこのユニットであり、詩織からすれば今出されると最も辛いユニットである。

『アクセルⅡ』を選んだ後、後列中央に『テオ』、アクセルサークルには蒼い竜を模した潜水兵器の『リップタイド・ドラゴン』が『コール』される。

 

「まさか、ここに来て『リップタイド』なんて……」

 

これに対し詩織は思わず歯嚙みしてしまう。それくらい最悪なタイミングで出されたユニットだからである。

このユニット()()を出されたのならまだいいのだが、今回はそうもいかない。

 

「『カウンターブラスト』することで、『グローリー・メイルストローム』のスキル発動!このターン中、相手は、インターセプトできず、各バトルで手札からガーディアンを1枚までしかコールできない!」

 

このスキルを組み合わせることにより、『リップタイド』が放つ最後の一撃がほぼ確実に入ってしまうことが一番の問題であった。

これ故に詩織は先程のターンで決めたかったのだが、ダメージ的にそれが叶わなかったのだ。

 

「『ソウル』に『メイルストローム』がいなかったことが救いでしょうか……」

 

「あったら、前列のリアガード全てがパワープラス10000でしたからね……」

 

「ハマった時の勢いが凄いなぁ……」

 

このように、一気に攻め立てていくのは『アクアフォース』が持つ明確な強みであった。

 

「では、行こう……『テオ』の『ブースト』、『グローリー・メイルストローム』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ミス・ミスト』で『完全ガード』!」

 

トリガーまで考えると、どの道これで防ぐしかないし、『リップタイド』に(クリティカル)トリガーが回ってしまえばもうトリガー勝負である。

そんな危険な状況での『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで効果が全て『リップタイド』に回された。

 

「次は『タイダル・アサルト』、『テオ』と共に敵を撃て!」

 

「『スフィア・メイガス』で『ガード』!」

 

パワーの都合上ダメージを出せないが、『コーラル』のスキルを発動させるべく『タイダル・アサルト』を『スタンド』させ、ダメージの入らない単体攻撃を敢行する。

これに関してはどのユニットにもパワー勝ちできないので、詩織は素通しする。

 

「次は『ニコロス』の『ブースト』、『コーラル』でヴァンガードにアタック!」

 

「っ……ノーガード」

 

これが丁度四回目の攻撃であり、ユニットも四体『レスト』しているので、丁度効果を発揮できた形になる。

対する詩織の『ダメージチェック』はノートリガーで、これで完全にトリガー勝負となってしまった。

 

「では、四回目以降しか攻撃できないが、その分攻撃時にパワーが20000増える『リップタイド』の一撃を受けてもらおう!」

 

「『完全ガード』はもうなくなってる……ノーガード」

 

先程『グローリー・メイルストローム』に使ったものしか残っておらず、こうなってしまえば仕方なかった。

イメージ内で『リップタイド』が機体に内蔵されているあらゆる火器を斉射し、それらが『ツクヨミ』となった詩織に群がり爆炎を広げる。

爆発が炎から煙となり、煙が晴れるとそこに詩織の姿は無く、『ダメージチェック』は一枚目こそ(ヒール)トリガーだったが、二枚目はノートリガーで、ダメージが6になってしまった。

 

「こうなるのがわかってたから、防ぎたかったんだけどね……」

 

「先に流れを作って正解だったよ……。後は、『イマジナリーギフト』の特性に救われたかな」

 

もし『オラクルシンクタンク』が『フォース』を持っていた場合、無駄に手札を切らされるので、それは嫌だったのである。

ともあれ、最後まで抗った詩織も、迷うことなく決め切った弘人もできることは全てやった結果である為、互いに挨拶と同時に握手を交わしてから、仲間の待つ場所に戻っていく。

 

「ごめん。取れ無かったよ……」

 

「あんな不利な状況からよく抗ったよ……まだ1対1だし、そんなに気を落とさなくていいさ」

 

詩織と入れ替わる形で、大介がファイト台に上がっていく。

まだ一回までは落とせるが、副将戦の一真が鬼門である為、出来ればここを落としたくないところである。

 

「……どちらかと言えば、後江が少し不利かしら?」

 

ここまでの状況を鑑みた友希那の推測は、間違っていなかった。




そう言えば、弘人が勝った試合あったか?

一回もない

流石に全敗で終わらせるのはちょっと……

今回はこう言う葛藤のもと起きた結果です。


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ネクスト17 獣神と忍

この調子だと貴之と瑚愛が戦う話しを描き切ってそのままRoseliaの映画に行きそうです


「(さて、俺が竜馬相手にどうやって戦うか……)」

 

ファイト台に立った大介は思考を働かせる。

勝数だけで見れば同等なのだが、副将戦を考えると厳しいのはこちらである。

一真相手に決して勝てないということはないだろうが、それでも厳しいことには変わりないので、どうにか勝って玲奈に少し楽をさせてあげたいところだ。

 

「まあ、事情が事情なのはそうだけどよ……ファイトで手ぇ抜いちまったら流石に俺もお前も納得行かないよな……」

 

「そうだな……気難しいところではあるけど」

 

未来のことも目前に迫ってしまっているので、自分が譲ればいいのかと言えばそれは違う。

そんなことをしてしまえば相手に失礼だし、自分に噓をつくも同義なので、悔いても悔い切れない状態になってしまう為、それは絶対にやってはいけない。

全力で戦い、負けたらその時──。二人の考えはこうしてまとまった。

 

「(歯がゆいな……こうやって見てることしかできねぇのは……)」

 

最後に構えている以上、ファイトの行方は皆を信じるしかない為、貴之はそう感じていた。

自分が瑚愛に勝って終わらねばならない為、当たらないまま終わるのは今できた状況を全く覆せない為、時の運と勝利の女神を信じるしかなかった。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

準備が完了し、二人がカードを表替えすことでファイトが始まる。

大介は今までと変わらず『マガツウインド』、竜馬は白い虎を彷彿させる二足歩行の獣『獣神 ホワイト・タイガー』に『ライド』する。

ファイトは大介の先攻から始まり、まずは『ドレッドマスター』に『ライド』してターンが終わった。

対する竜馬は『ライザーカスタム』に『ライド』し、そのまま攻撃を行う。

 

「それはノーガードで行くか……」

 

『ドライブチェック』はノートリガー、『ダメージチェック』は(ドロー)トリガー、で手札を確保した状態で一ターンが終わる。

 

「(ただ、『完全ガード』が落ちるのはちょっとよくないな……)」

 

へっぴり腰になったら負ける相手ではあるが、決めきれなかった時の保険が効かないのでここが困ったところである。

その為、大介はこの失った『完全ガード』一枚を考慮して戦うことになった。

 

「やるしかないか……『マガツゲイル』に『ライド』!リアガードにも一枚『コール』だ!」

 

リアガードの『コール』先は前列左側で、後列左側に『ドレッドマスター』も『コール』する。

この時、『マガツゲイル』のスキルはリアガード側だけ発動させる。トリガーが出れば竜馬のスタイルの都合上、確実に通せるからだ。

 

「これで攻撃だ……『マガツゲイル』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード……来い!」

 

竜馬は基本的にいつも通りの対応を貫くつもりでいた。そうしなければ負けるのはこちらだからだ。

『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、ダメージが0になる。

対する竜馬の『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、手札の確保に成功する。

次の攻撃も竜馬はノーガードで通し、『ダメージチェック』がノートリガーだったので、ダメージが3になってターンが終わった。

 

「こんなダメージは先払いみたいなもんだ……!『ライド』!『ジェノサイド・ジャック』!」

 

狂戦士を思わせる黒い鋼鉄戦士になった後、『メインフェイズ』で前列左側に武器を持った重装備の黒い獣神『獣神 ブラック・トータス』を『コール』する。

 

「『カウンターブラスト』と『ソウルブラスト』をして、『ブラック・トータス』のスキル発動!相手ヴァンガードにアタックできる!」

 

「……!ノーガードで行くか……」

 

竜馬の持っているユニット次第では攻撃回数が一回増えるので警戒していたが、『カウンターブラスト』のことを考えたら貰っておきたいので、受けることにした。

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、ダメージが再び1になる。

この攻撃が通らなかった場合は『スタンド』するのだが、今回は通ったので『レスト』状態になる。

 

「でも……何か『スタンド』させる手段を持ってそうだよね?」

 

「うん……じゃないと、大介が嫌そうな顔しないだろうし」

 

試合を見ている都合上、Roseliaの五人と裕子もデッキの内約はある程度把握できているので、竜馬が持っているなら使うだろうと考えていた。

『メインフェイズ』は終わらず、前列右側に『ジェノサイド・ジャック』後列左側に鳥をモチーフとした獣神『獣神 ヴァーミリオン・バード』が『コール』される。

 

「『メインフェイズ』に登場時、『ソウルブラスト』することで、味方ユニットを全て『スタンド』!」

 

「なるほど……だからあんな強気に行動していたのね」

 

「これで攻撃回数はあと三回……後江の彼、結構大変そうだね」

 

このスキルは二枚以上の『スタンド』と『ソウル』に『獣神 ホワイト・タイガー』が入れば追加効果が発動するが、今回はどちらも満たしていないのでそれは叶わない。

ファイターが使用する『クラン』の都合上、後江が守り重視のバランス型、宮地がバランス寄りの攻撃型である為、この辺りでも少し不利が付いてしまっている。

 

「よし、ヴァンガードの『ジェノサイド・ジャック』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードで行くか……」

 

『ジェノサイド・ジャック』は自分のターンの際はパワープラス10000される為、防ぐのが割に合わない。

『ドライブチェック』の結果は(フロント)トリガーで、前列全てのパワーが上昇する。

残った二回の攻撃は次に決める為、決めきれなかった時に望みを残す為にノーガードとし、その結果は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(ヒール)トリガーで、どうにかダメージが3に収まってターンが終わる。

 

「(さぁて……後はここで変な消耗をしないようにしないとな)」

 

「(動きからして明らかに別軸のデッキ……!『パーフェクト・ライザー』軸だったら少し消耗させるだけでもまだ良かったんだが)」

 

これまた後江側が非常に厳しい展開となっており、次のことを考えると大介は今までにないプレッシャーを感じた。

何しろ、自分が落とすと貴之まで番を回しきれない危険性が跳ね上がるからであり、何としても取りたいところである。

対する竜馬も、自分が落とした時のデメリットは少ないが、かと言って手を抜くのは大介に失礼だし、一真たちに甘えるのも違うので、気を抜くことはしない。

 

「(今までの傾向からして、相手の手札を無理矢理使わせにくることは確実……ならば、後はどれだけ残せるか。そこでこちらの勝機が決まりますね)」

 

瑚愛も戦況を把握して竜馬がどういう状況に持ち込めば勝ちかまでも見抜いていた。

 

「このままだと、かなり不味い空気になりかねませんね……」

 

「そうだね……秋津君も、貴之君に負けず強いから」

 

紗夜の危惧は裕子が誰よりも理解できていた。

貴之と真司の遠征を見に行ったことがあるからこそ、一真の強くなっていく瞬間も間近で見ている。

実際、一真も貴之と俊哉の二人と同じく全勝組の一人で、この勝率が後江側に圧を、見ている人たちに不安を与えている。

不安があるのは瑚愛の作り上げた波が原因であり、これが無ければ今回は宮地の勝ちかも知れないで終わっていた。

 

「このターンに掛けるしかない……!『修羅忍竜 ジャミョウコンゴウ』に『ライド』!」

 

紫色の体を持つ、翼がマントに見える忍者を彷彿とさせる竜になった。

 

「登場時かターン終了時、『ジャミョウコンゴウ』のスキルで相手は自分の手札を6枚まで選んで、残りを捨てて貰うぞ」

 

「6枚か……ならこうだな」

 

竜馬が選んだ後、『プロテクトⅡ』を前列左側に置く。

『メインフェイズ』で前列右側に忍びの装束をまとった獣『忍獣 タマハガネ』、後列中央と後列右側に『フウキ』を『コール』する。

 

「登場時、『ソウルブラスト』することで『タマハガネ』のスキル発動!相手のリアガードを一体退却させて、その後手札を一枚選んで捨てて貰うぞ!」

 

今回は『ブラック・トータス』を選んで退却させる。残りは登場時スキルの存在と、デメリットスキルから放置に決めた。

 

「後はやるだけのことをやるしかない……『フウキ』の『ブースト』、『ジャミョウコンゴウ』でヴァンガードにアタック!」

 

「ここ勝負に出るしかないか……ノーガード!」

 

竜馬も竜馬で、大介に手札を削られたことが災いし、防ぐ余裕がなくなっていた。

その為、ここで(クリティカル)トリガーを二枚引いてしまえばトリガー勝負に持っていけるし、例え引けなくても竜馬の手数を減らして窮屈にさせることは可能だ。

『ツインドライブ』の結果は一枚目が(クリティカル)トリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、ここで勝負は決めきれない可能性が出てきた。

対する竜馬の『ダメージチェック』は一枚目が(ドロー)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、ダメージが4に収まっただけでなく、ヴァンガードにダメージを通しづらくなってしまった。

 

「これはもうやむを得ないな……『ドレッドマスター』の『ブースト』、『マガツゲイル』で『ジェノサイド・ジャック』を攻撃!」

 

「これも仕方ないからノーガードだな」

 

この後、『マガツゲイル』のスキルで『ドレッドマスター』は手札に戻しておく。少しでも手札を確保しておくためである。

最後にダメ出しでヴァンガードにアタックするが、これは『シャイニング・レディ』で防がれてターンが終わる。

ターンの終わり際に『ジャミョウコンゴウ』のスキルを使いたかったが、竜馬の手札が丁度6枚なので意味をなさないから使えない。

 

「(玲奈に楽をさせるには、ここを耐えるしかない)」

 

「(決めないと負けるから、決めに行くぞ……!)」

 

間違いなく勝負を決めるのはこのターンであり、このターン次第で次以降が一気に変わるのである。

今を取り巻く事情を緊張感、後続の仲間のことを考えると、どちらかと言えば大介の方が荷が重い状態になってしまっているが、竜馬も竜馬で自分を信じて戦う胆力が求められていた。

 

「じゃあ、行くか……!『ライド』!『獣神 アズール・ドラゴン』!」

 

蒼い竜は、これが竜馬のデッキコンセプトであることを示しており、これで無ければまだ楽だったと大介に思わせる。

 

「登場時、『カウンターブラスト』してスキル発動!一枚引いて、手札を一枚『S・コール』してそのユニットでヴァンガードにアタックできる!今回は『ジェノサイド・ジャック』だ!」

 

「そいつのスキルを考えたらノーガード!」

 

前列左側に『S・コール』した後の攻撃による『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、ダメージが4になる。

このユニットの攻撃が通らない場合は『スタンド』するのだが、どの道『ジェノサイド・ジャック』は無理矢理スキルで『スタンド』させられるので、ここは諦めるしかない。

『アクセルⅡ』を設置した後、前列右側に燃料を補給するための装置を付けたロボット『リフィリングライザー』、後列中央に金色の体を持つ修復用ロボット『ドグー・メカニック』を『コール』した後、一度『ジェノサイド・ジャック』をスキルで『スタンド』させる。

その後後列右側に『ヴァーミリオン・バード』を『コール』してユニットを全て『スタンド』させ、『アクセルサークル』に『ブラック・トータス』を『コール』してスキルで攻撃したところ、大介に『タマハガネ』の『インターセプト』で防がれて『スタンド』する。

 

「よし、総攻撃と行くぜ……!『ジェノサイド・ジャック』でヴァンガードにアタック!」

 

「『ドレッドマスター』で『ガード』!」

 

少しでも食らうとそのあとが苦しいので、ここは防ぐ。

 

「次、『ブラック・トータス』でヴァンガードにアタック!」

 

「それは……ノーガード」

 

『ダメージチェック』の結果はノートリガーで、後がない状況のダメージ5となってしまった。

ここから残り3回も攻撃が飛んでくるので、展開としては依然として苦しいままである。

 

「『ドグー』の『ブースト』、『アズール・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!この時、『カウンターブラスト』して『アズール・ドラゴン』のスキル発動!リアガード一体を『スタンド』!」

 

ここで選ぶのが先程『ブースト』無しで攻撃した『ジェノサイド・ジャック』であり、万全の状態で二回攻撃を残せている。

大介が苦し紛れに『完全ガード』をした後、『ツインドライブ』に入る。

結果は一枚目が(フロント)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、二枚目の効果は全て『ジェノサイド・ジャック』に回された。

 

「このまま行くぜ……!『ヴァーミリオン・バード』の『ブースト』、『リフィリングライザー』でヴァンガードにアタック!この時『リフィリングライザー』のスキルで、『ジェノサイド・ジャック』のパワーをプラス3000!」

 

ちなみに、『ジェノサイド・ジャック』が『レスト』していた場合は3000でなく、5000もプラスされていた。

この攻撃は『クロガネ』と『タマハガネ』で防ぐが、次の攻撃をもう防げない状態に陥った。

 

「フィニッシュだ!『ジェノサイド・ジャック』でヴァンガードにアタック!」

 

「これまでか……ノーガード」

 

イメージ内で『ジェノサイド・ジャック』に両手で貫手をくらい、『ジャミョウコンゴウ』となった大介は光となって消滅する。

『ダメージチェック』は一枚目が(ヒール)トリガーだったが、二枚目はノートリガーで、ダメージが6になってしまった。

 

「ダメだったか……」

 

「俺も俺で実はギリギリだったぞ……」

 

あと二枚減らされていたら、この総攻撃は叶わなかったと断言できる。

そんなこともあり、竜馬自身もかなり追い込まれており、大介が最後の一歩を踏み込み切れた場合、竜馬は手数不足で負けていたのだ。

このファイトは手を抜かなかった竜馬は後悔していないし、大介も勝ちたかったのが本音だが、やりきってこれなのだから、後は仲間を信じることにした。

終了の挨拶をした後、二人はそれぞれ仲間のところに戻っていく。

 

「すまん玲奈……お前の負担が凄いことになった」

 

「大丈夫。後は任せて」

 

大介の前では安心させるべく自然な笑みを出せていた玲奈だが、その心中は大分焦っていた。

宮地と戦う際、瑚愛は貴之が何としても取る為、ここまでに2対2へ持っていけばいいのが後江側の考えだった。

その際の鬼門が一真と颯樹で、この二人の内、颯樹は『リンクジョーカー』へ唯一耐性を手にし、個人的にも用を持っていた俊哉をぶつけることで一本取れたのでいい。問題は一真の方である。

彼は後江ですら貴之以外対抗が厳しい状況である為、一真と戦う前に二本取られないようにするのが望ましかったのだが、それが今回叶わなかったのである。

 

「(貴之までに繋げられないと、終わっちゃう……!)」

 

この試合がどころではない。最悪瑚愛の作った波でヴァンガードの世界が国内で終焉に走りかねないのだ。だからこそ、玲奈は双肩にこれ以上無い重さを感じた。

 

「『ペイルムーン』の……それどころか、『クレイ』にいるみんな……貴之だけじゃない。あたしたちはもっとみんなと一緒に戦いたい。だから……」

 

──あなたたちの心が同じなら、どうかあたしの声に耳を傾けて下さい。玲奈の祈りが届いたかは、まだ誰も知らない。



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ネクスト18 やって来た世界

普段より少し長くなったと思います。


「(まさか、こんな形で玲奈さんとファイトする形になってしまうなんてね……)」

 

玲奈が祈りながら台に上がると同刻、ファイト台に上がる一真も心穏やかとは言えなかった。

本当ならばこんな重荷を背負わない状態でファイトして欲しかったのだが、今回は状況が状況になってしまったのである。

 

「(ただ、こうなってしまったら仕方ないか……)」

 

──僕が終焉の引き金を引くかも知れないなんて、ちょっと嫌だな……。彼もまた貴之との関わりでヴァンガードの世界へ踏み込んだ身である為、そこに躊躇いが生じる。

何なら、自分が今回の案件のきっかけを作ってしまったので、これをどうにかしなければならないのは自分のはずだったのである。

だが、今回自分は止めることのできない立場であり、今回ばかりは玲奈が全力の自分を突破して打ち勝つことを信じるしかない。

 

「(けどこれも、僕の中にある責任だ……多少のことは受け入れないと)」

 

貴之と瑚愛がグレード4の使用に目を持っていかれることが多いが、全ての発端は自分であり、自分があの時地方で使わなければこうはなっていない。

なのに自分へとやかくいう声は何もなく、あの二人だけに声が言ってしまうのは一真としては何とも言えない状態であり、自分に向いていれば仕方ないで済んでいた。

 

「すまないね……こんなことに巻き込んでしまって」

 

「大丈夫だよ。一真君も、遠慮しないで?」

 

一真はこの段階で気づけていないが、どちらもそれぞれ一つの恐怖を抱きながらファイトの準備を進める。

引き直しまで完了させることで、ファイトという名の審判を開始する準備が整った。

 

「玲奈……負けないで」

 

「貴之まで繋いで……!」

 

誰が見ても、後江側の状況は絶望的で、ヴァンガードの世界を続ける為にも玲奈が何としても勝たなければならない。

更には相手が一真なので、Roseliaと裕子を含む後江側を応援、または信じている人たちはこうして祈るばかりである。

 

《……いいのだな?》

 

「(ああ。こんな状況であろうと、手を抜くわけには行かない……それに)」

 

──共に戦うと決めたのは僕だ。一真の決意を聞いたユニットはそれ以上問うことはせず、「世話を掛ける」と返して補佐を決める。

貴之と同じく、一真も大会で『PSYクオリア』を使用することを躊躇わない。

 

「「スタンドアップ・ヴァンガード!」」

 

一真はいつも通り『ぐらいむ』に、玲奈は小人の少女『銀の茨のお手伝い(シルバーソーン・アシスタント) イオネラ』に『ライド』する。

ファイト自体は一真の先攻で始まり、一ターン目は『アレン』に『ライド』してターンが終わる。

 

「『ライド』、『銀の茨のお手伝い(シルバーソーン・アシスタント) イリナ』!」

 

狐を思わせる獣人になり、それを前列左側にも『コール』する。

 

「手札から登場した時、『イリナ』のスキルを発動。山札を上から2枚見て、1枚をソウルに置き、1枚を山札の下に置く……。さあ、準備の始まりです」

 

少しでも希望を残す為にも、玲奈は奮い立てるかのようにスイッチを早めに入れる。

後江側も無理はするなと言える訳もなく、ただ見守ることになる。

攻撃はノーガードで通され、『ドライブチェック』が(ドロー)トリガー。『ダメージチェック』がノートリガーで、一真のダメージが1になる。

次の攻撃もノーガードだが、『ダメージチェック』は(ヒール)トリガーで、ダメージが1のままターンが終わる。

 

「見てて思うんだけどさ……二人とも辛そうだね」

 

「こんな形でファイトするなんて、考えたく無かったよね……」

 

片や負けたら全てが終わり、片や勝てば全てが終わり──。そんなことを意識しながらファイトすれば、どうしても辛くなるのである。

故に彼らの表情に気づいたリサも、裕子も、もどかしさを覚えた。

ただ、そうだからと言ってファイトを終わらせることはできないし、二人もどちらかが降参(サレンダー)するなど望まない。複数の意味で八方塞がりと言えた。

 

《では行くぞ……!》

 

「勿論。その剣で闇を斬り裂け……!『ライド』!『ブラスター・ブレード』!」

 

スキルでリアガードの『イリナ』を退却させ、『メインフェイズ』で前列左側に鉄色の鎧と光の剣を持つ騎士『忠義の騎士 ベディヴィア』を『コール』する。

 

「手札から登場した時、スキルで手札から『友誼(ゆうぎ)の騎士 ケイ 』を『S・コール』し、その後一枚引く」

 

後列左側に弓を携えた鉄の鎧を待とう騎士『ケイ』が現れる。

 

「攻撃……『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。どうぞ?」

 

「(それはそうだ……あれだけのプレッシャーを貰ってしまえば、誰だろうとそうなる)」

 

余裕そうな表情を見せる玲奈だが、一真からは嫌な汗が一筋見える。

その理由も無理からぬものであり、玲奈の立場になってしまえば間違いなく自分もこうなると確信している。

『ドライブチェック』の結果は(クリティカル)トリガーで、ダメージが増える。

 

「私も手を抜けぬ身なのでね……!」

 

「構いません。そんなことをされたら、私はファイターとしてあなたとショーを作ることは叶わないでしょうから……」

 

どちらも苦し紛れ。そんな状況が見て取れた。

『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、ダメージが2になる。

 

「「(面倒を掛けるな……)」」

 

その状況を作ることになった大介と竜馬は、心の中で二人に詫びる。

後悔の無いファイトをしたのはいいが、その結果二人にしわ寄せが来ているのだ。

 

「次は『ケイ』の『ブースト』、『ベディヴィア』でヴァンガードにアタック!『ケイ』が『ベディヴィア』を『ブースト』した時、『ベディヴィア』が『ケイ』に『ブースト』された時、両者はスキルでパワープラス3000!」

 

「トリガーも合わせて16000増加……ノーガードにしましょう。『ダメージチェック』……」

 

その結果もノートリガーで、一気にダメージが3になってターンが終わる。

 

「さて、本日も……お付き合い頂けますか?」

 

「構わない。さあ、魅せてくれ……」

 

「では……『ライド』!『銀の茨の操り人形(シルバーソーン・マリオネット) りりあん』!」

 

玲奈が銀の茨に手足を繋がれ、操り人形と化している人形になる。

 

「手札から登場した時、『カウンターブラスト』をしてスキル発動。山札から『銀の茨(シルバーソーン)』と名のついたユニットを一枚選び『ソウル』に置くことができる……」

 

──茨に匿うのは共演者の黒竜……『銀の茨(シルバーソーン) ライジング・ドラゴン』。ピエロの如くボールの上に乗って、それを器用に転がしながら進む竜が『りりあん』となった玲奈の後ろに控える。

『メインフェイズ』では前列左側に二枚目の『りりあん』、後列左側に二枚目の『イリナ』、そして後列右側に赤紫の髪をもつ手品師『銀の茨の手品師(シルバーソーン・コンジュラー) ロミー』が『コール』される。

当然のように『りりあん』と『イリナ』もスキルを発動し、『ソウル』にカードを集めていく。

 

「自分を『レスト』、『ソウル』に置くことで『ロミー』のスキル発動。山札の上から三枚見て、『銀の茨(シルバーソーン)』と名のついたユニットを望む枚数『ソウル』に置き、選ばなかったカードは山札の下に望む順番で置く……」

 

──さあ、最後の前置きです。イメージ内で『ロミー』がハットトリックを決めると同時に、玲奈の準備は全てが完了した。

後は次の攻撃を生き残るだけであり、ここで少しでも楽になりたいのが本音である。

 

「攻撃……『りりあん』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード」

 

『ドライブチェック』では(クリティカル)トリガーが引き当てられ、これでダメージレースが少し楽になる。

対する『ダメージチェック』は一枚目がノートリガー、二枚目が(ドロー)トリガーで、ダメージが2になった。

 

「次は『イリナ』の『ブースト』、『りりあん』でヴァンガードにアタック!リアガードの『りりあん』がヴァンガードにアタックした時、『ソウル』に『銀の茨(シルバーソーン)』と名の付くユニットが四枚以上なら、バトル中はパワープラス10000!」

 

「ならば、それもノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、ダメージが3に並んでターンが終わる。

 

「(出来ればもう少しだけ余裕が欲しかったかな……)」

 

「(玲奈さんのデッキは次からが一気に加速する……ここで決めれなかった場合、後はズルズルと負けに持っていかれるだけ……)」

 

玲奈はこのファイトが始まってからずっと嫌な汗が止まらない。だが、彼女のデッキを考えると、一真もそこまで余裕があるわけじゃない。

一真デッキの都合上、どうしても使えないスキルが出ているので、有利を取れているとは感じていない。

まだ希望の見えるファイトではあるが、一歩間違えればここで全てが終わってしまいかねない状況である。

 

「ダメージが2ならある程度余裕はありましたが、これは……」

 

「次のターンって……確か、この大会でよくやる戦い方でしたよね?」

 

一真の戦い方の都合上、このターンを乗り切らないと玲奈が負け、取り返しのつかないことになってしまう。

だからと言って一真に手を抜けということも出来ず、こうなると玲奈が耐えきるのを信じるしかない。

 

「これから行動を起こす僕が言うのも変かも知れないけど、是非とも防ぎ切って欲しい」

 

「それは勿論……手加減しないでよ?」

 

ファイトを全力でやるのとヴァンガードの世界が終わるのは別定義で、一真の願いがそれを物語っている。

それを分かっているからこそ、玲奈も迷わず返事を返すが、気持ちは一杯一杯である。

 

《用意は整った……!参る!》

 

「天へと掛ける騎士を見よ……!『ライド』!『孤高の騎士 ガンスロッド』!」

 

ペガサスと思われる馬に跨った騎士になった後『フォースⅡ』が前列右側に置かれる。

『メインフェイズ』で前列右側に『ブラスター・ブレード』、後列中央に『アレン』を『コール』し、スキルで後列右側に銀の鎧を纏い、光の細剣(レイピア)を持った騎士『真理の騎士 ゴードン』が『コール』される。

なお、『ブラスター・ブレード』のスキルにより、リアガードにいる『りりあん』は退却させられている。

 

《決めに行こう、我が先導者(マイ・ヴァンガード)

 

「ああ……まずは『ケイ』の『ブースト』、『ベディヴィア』でヴァンガードにアタック!」

 

「『銀の茨(シルバーソーン) バーキング・ドラゴン』で『ガード』!」

 

少しでもダメージを受けたくない為、ここは迷わず防ぐ。

 

「この一撃が運命を決める……!『アレン』の『ブースト』、『ガンスロッド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『冥界の催眠術師』で『完全ガード』!」

 

『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、効果が攻撃していない『ブラスター・ブレード』に全て回された。

 

「『ゴードン』は『ブラスター・ブレード』と同じ縦列にいるなら、『ブースト』を得る……!よって、『ゴードン』の『ブースト』、『ブラスター・ブレード』でヴァンガードにアタック!」

 

『ゴードン』はグレード2なので、本来は『インターセプト』持ちなのだが、今回は例外の条件を満たしている。

 

「『ゴードン』ってスキルで『ブラスター・ブレード』のパワーをプラス5000しますよねっ?」

 

「ええ。更に『ガンスロッド』が『ブラスター・ブレード』のパワーをプラス10000するから、この段階で合計パワーが25000……」

 

「そこからトリガー二枚分入ってパワー45000……(クリティカル)3でしょ……?」

 

「更に、『ゴードン』の『ブースト』も入るから……パワーは55000ですね……」

 

「最後に、『フォースⅡ』も追加されて(クリティカル)が4……」

 

「今回は違いますが、玲奈さんのヴァンガードがグレード3だった場合、『ブラスター・ブレード』は()()()()()()()()()()()()()……コンセプトが明確かつ強力ですね」

 

早い話が『ガンスロッド』で強化して『ブラスター・ブレード』で決めるデッキであり、やることは非常にハッキリしている。

尚且つ強力なのは、『ロイヤルパラディン』が非常に扱い易い『クラン』故なのだろう。

 

我が先導者(マイ・ヴァンガード)……ここは任せて》

 

「(声!?どこから……?)」

 

どこからか声が聞こえたが、場所が分からない。故に疑問を抱くが、この状況では防ぐ手立てがない以上、懸けるしかないのはまた事実である。

宣言する直前、更にもう一声が掛かる。

 

《我らの願いは貴女と同じ……さあ、宣言を》

 

「なら、信じるよ……ノーガード!」

 

その瞬間、玲奈の瞳の内側に何かが渦巻いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?ここどこ?」

 

いきなり視界が白く覆われたと思えば全然違う場所にいた玲奈は慌てて辺りを見渡す。

わけがわからないと思いながら暫くそうしていると、目の前から誰かが歩いて来るのが見えた。

黒いサーカス用の衣服を着こなし、片眼用の眼鏡を掛けた右側が赤、左側が黒の瞳(オッドアイ)を持つ女性で、玲奈はその人物に見覚えがある。

 

「あれって『ルキエ』?ってことは、ここ惑星『クレイ』!?」

 

──何がどういうこと!?いきなり異世界にすっ飛ばされたとなれば流石に動揺も隠せない。

それ以外にも、もう一つ驚きがある。

 

「(じゃあ、『クレイ』って()()()()()……?)」

 

小学生時代の時、貴之も「無いだろうけど、本当にあったら面白そうだよな」と冗談半分に言っていた想像が、まさか実際にあるとは誰が考えただろうか?恐らくは少年時代の想像でとどまってしまうだろう。

大分混乱した状態の玲奈に向けて、『銀の茨の竜使い(シルバーソーン・ドラゴンテイマー) ルキエ』が「我が先導者(マイ・ヴァンガード)」と声を掛け、玲奈が若干上ずった様子で反射的に返事する。

 

《貴女の願い、確かに聞こえました……》

 

「願いって……あの時の!?」

 

ちょっと恥ずかしいと感じもしたが、それ以上に嬉しかったのが玲奈の本音だ。

それは彼女らと自分の想いが一緒であることの証拠であり、それに呼応してくれたことになる。

 

「って、そうだ!ここどこ?まさかあたし、『クレイ』に飛んできちゃった?」

 

《いえ、実際に来てはいませんよ。貴女の体は地球にありあます。意識は一時的にやって来ていますが……》

 

「あっ、そうなの?じゃあ、どうやったら戻れるの?」

 

方法自体は簡単で、今回自分に何が起きたかを聞いてほしいだけだった。更に、こちらに意識がやって来た5秒後の時間に戻れるらしいので、大したことにはならないなら問題ない。

それならと話しを促せば、『ルキエ』は玲奈自身がユニットと絆を結んだ結果、共感覚が鋭敏化したらしい。

 

「もしかしてだけどそれ、あたしたちのところで言う『PSYクオリア』?」

 

《はい。使うか使わないか、選択自体は貴女の自由……無論、私たちは共に戦える日を待ちます》

 

「それは色々決めなきゃだけど……とりあえず言えることは……」

 

──このファイト、一緒に勝とう。玲奈は迷うことなくとりあえずの決断を出した。

理由自体は一真のことを理解しようとしたら、いつの間にかユニットとの絆をより強く意識していたので、気にすることはなかった。

玲奈の決断に『ルキエ』が快諾すると、再び景色が変わり、これで戻れることになる──。

 

「あれ?」

 

「すまないね。まさかと思ったから、一度呼び留めたんだ……」

 

──と、その前にファイト台に立つ自分の隣りの前で止まり、一真も同じようにファイト台に立つ自分の隣りに立っていた。

一真は以前瑞希に『PSYクオリア』能力者同士は片方からの呼び掛けにより、こうして精神世界で話し合うことができることを教えて貰っている。

本当かどうかは実際に結衣と共に実証済みであり、自分の方から違和感に気づいて一か八かで実行したのだ。

 

「そっか……ここ、あたしたちしか来れないんだ」

 

「ああ。長い間僕一人だけがここに来て、他の人は来ない……あの貴之ですら、来ることは叶わなかった場所なんだ」

 

貴之自身別の力を手にした為、ここへ来ることは今後絶対ない。それを改めて理解した時、一真は妙な空虚感を感じていた。結衣がファイターとして引退していたと認識していた時期であった為、尚更である。

その空虚感を少しずつ埋めていったのが玲奈で、ついにはこちらに踏み込んで来た。これを喜ばないはずがない。

 

「その寂しさも、今日で終わる……だから、お礼が言いたかったんだ」

 

「もう……わざわざファイト前に来るなんて、一真君も急ぎ足だね?」

 

「あはは……でも、嬉しかったから」

 

照れる一真を見て、玲奈は貴之より何倍もその経験をしたから仕方ないとも思えた。

そう言うこともあって素直に受け取った後、続きは大会が終わった後でになった。

 

「じゃあ、最後まで戦い切ろう……」

 

「うん。あたしたちの未来、守ってみせるね」

 

互いに握手を交わしたあと、意識が現実に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

「貴之、どうした?」

 

「大会終わった後だけど、玲奈に確認することができたかも知れねぇ……」

 

玲奈のノーガード宣言の際、一真以外で真っ先にその正体を感じ取っていたのが貴之であった。

尋ねた俊哉から見て、貴之の表情に絶望がない為、全然希望のある話だと考えることができる。

 

《では、行きましょう……》

 

「うん。『ダメージチェック』……」

 

結果は一枚目が(ヒール)トリガーでダメージ回復、二枚目が(ドロー)トリガー、三枚目がノートリガーで、ダメージが5になる。

 

「玲奈さん……何か落ち着いてる?」

 

「確かに、さっきより無理してる感じしないね……?」

 

「(気のせいかしら?誰かと話しているようにも見えるわ……)」

 

Roselia側でも直感の強いあこ、玲奈を小学生時代から知る友希那とリサの三人が変化を感じ取っていた。

そして、四枚目の『ダメージチェック』が(ヒール)トリガーで、見事にダメージが5でとどまる。

 

「見事。よく我らの攻撃を耐えた……」

 

「この大舞台で、『ペイルムーン』のショーを見せないわけにはいきませんので……」

 

正に女の意地とも見れる光景に、ファイト終了時以上の歓声が聞こえる。

まだ未来は終わらない──。それが分かっただけでも大歓迎なのだ。

 

《いつでも。見せに行きましょう》

 

「勿論。さあ、本日は銀の茨による演舞をお見せしましょう……!『ライド』!『銀の茨の竜使い(シルバーソーン・ドラゴンテイマー) ルキエ』!」

 

『アクセルⅡ』を設置した後、『メインフェイズ』で『アクセルサークル』に銀の茨でできた鞭を持つ女性『銀の茨の獣使い(シルバーソーン・ビーストテイマー) ドリアーヌ』を『コール』した後、早速行動を起こす。

 

「『カウンターブラスト』二枚、手札から『銀の茨(シルバーソーン)』と名のついたユニットを一枚捨て、『ルキエ』のスキルを発動!『ソウル』から『銀の茨(シルバーソーン)』と名のついたユニットを望む枚数だけ『S・コール』できます。さあ、本日演舞に来てくれた仲間をご紹介です!」

 

前列左側に『りりあん』、前列右側に『ライジング・ドラゴン』、後列中央に『ロミー』、後列右側に『銀の茨(シルバーソーン) ブリージング・ドラゴン』が『S・コール』された。

このスキルを発動した場合、前列リアガード全てがパワープラス3000、『ソウル』から二枚以上『S・コール』されているので、『ルキエ』のパワーがプラス10000される。

 

《さあ、後は仕上げです》

 

「では、参りましょう!先陣を切るのは、『ロミー』と『ルキエ』です!」

 

《我らは間に合わない。ここで全てが決まるぞ……!》

 

「やるしかないか……ノーガード!」

 

『ツインドライブ』は一枚目が(フロント)トリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、決着に王手を掛ける一撃に変わる。

対する一真の『ダメージチェック』はノートリガーで、玲奈が大幅に有利な状況となる。

 

「次は『ドリアーヌ』が盛り上げの一助に行きます!」

 

「『エポナ』、『ベディヴィア』、頼んだ!」

 

できる限りギリギリの数値で耐えるが、最後の一撃をもらわなければならないことは確定してた。

 

「まだまだ行きます、次は『りりあん』と『イリナ』です!」

 

「くっ……!『ふろうがる』、『エレイン』で『ガード』!」

 

これで手札が減り、『インターセプト』に参加できるのは『ブラスター・ブレード』のみで、防ぎきれないことが確定する。

 

「では締めくくりです、『ブリージング・ドラゴン』の『ブースト』、『ライジング・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「……ノーガード」

 

最後の『ダメージチェック』は『ブラスター・ブレード』。つまりはノートリガーで、ダメージが6になってファイトが終わった。

 

「いや、まさかあそこを耐えられるとはね……」

 

「あはは、正直一杯一杯だったよ……」

 

状況が状況だったので、玲奈は脱力した状態である。

それを理解している為、一真もあまり長引かせないことに決めた。

 

「大舞台でのファイトなのに、どこか安心してしまったよ……。貴之によろしく伝えておいてくれるかい?」

 

「うん。ここまで来れば、後は貴之が勝てるかどうかだね……」

 

本来、一真は応援していい立場にはいないのだが、ファイターとしての魂がそうさせている。

最後に挨拶と握手を済ませた後、玲奈が一言観客に伝える。

 

「皆さん、本日はこの大舞台で『ペイルムーン』のサーカスをご覧いただき、ありがとうございました」

 

この挨拶に拍手が送られたあと、今度こそ二人は戻っていく。

一真は平常を保ったまま、玲奈は緊張と恐怖の解放から少々ゆっくりだったが、今すぐ倒れる事は無い。

 

「サンキュー玲奈。後は任せてくれ」

 

「ここまでやったんだから、絶対に勝ってよね?」

 

上がってくる貴之と握手した後、玲奈は仲間内の所に戻ったと同時、その場にへたり込む。

 

「っはぁー……今日みたいな空気でのファイトはもうしたくないよ……」

 

「お疲れ、正直助かったよ……」

 

「大丈夫?手、貸すよ」

 

「ちょっと温めのスポーツドリンクいるか?」

 

大介の労いの言葉と、俊哉からの差し入れを貰い、詩織の手を借りてベンチまで戻る。

ファイト台の方を見ると、貴之と瑚愛がファイトの準備を始めようとしているところであった。

 

「(貴之、後は頼んだよ……)」

 

「(私は信じているわよ。貴之)」

 

最後の望みを繋ぎ切った玲奈と、贈り物をした友希那は、貴之の勝利を祈るのだった。




玲奈がPSYクオリア得たのはちょっと急ぎ足かも知れない……。

投票の方ありがとうございました。
エピローグまで走りきり次第、10年後の物語を書いていきます。


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ネクスト19 世界を止めないで

本日決勝戦です。

睡眠取った後、Roseliaの映画見に行こうと思います。


「お疲れ。これ差し入れな?」

 

「助かるよ……荷が軽くなった気分だ……」

 

宮地側に戻った後、一真は盛大に溜息をつく。

これに関しては宮地側の男子陣は全員事情を聞いている為、仕方ないと割り切れいている。

 

「後は、彼がどうやって戦うか、だね……」

 

「正直なところ、僕らはどっちに転んでも何とも言えないのは辛いね……」

 

宮地側の問題点はここにあり、どうしても気難しい状況ができ上がってしまう。

そう言うことなら貴之に勝ってもらうのが一番だが、そう上手くいくとは限らないし、それでも信じるしかないのも事実だった。

 

「遠導君。あなたは本当にそれでいいのですか?」

 

「ええ。俺にはこれが一番です」

 

彼女は知らないが、貴之は『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』の恩恵もあって尚更『ヌーベルバーグ』が合わなくなってしまったのである。

それどころか、瑚愛が作り出してしまったこの流れを食い止める為にも、尚更使う訳には行かない。

 

「あなたなら分かってくれると思っていましたが……」

 

「生憎、俺は大人数の道を切り落とす選択ができる外道になっちゃいませんよ……」

 

そもそもの価値観が違いすぎるせいで、このように平行線となってしまう。

これが理由で、両者はファイトで決着をつけるしかないと結論に至った。

 

「「スタンドアップ・ザ・ヴァンガード!」」

 

二人がなるファーストヴァンガードは以前と全く組み合わせだが、ターン自体は瑚愛が先攻で、そこは反対になる。

瑚愛は『ウェッジムーブ』に『ライド』してターンを終える。

対する貴之は『サーベル・ドラゴニュート』に『ライド』し、前列左側に『ガイアース』の『コール』も行う。

 

「貴之、速攻を狙いに行ってるのか……?」

 

「相手が相手だしな……一真の時と同じだろう」

 

前回は成功しなかったが、やる意味はある。

仮に手札を消費しても、『サーベル・ドラゴニュート』で手札差を作ることはできるので、必要なら狙うでもいいのだろう。

 

「よし、『サーベル・ドラゴニュート』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード、どうぞ」

 

『ドライブチェック』の結果は(ドロー)トリガーで、後々で助かるものが得られた。

対する『ダメージチェック』はノートリガーで、ダメージが1になる。

スキルで手札を一枚加え、これでかなり有利な手札を確保できた。

 

「もういっちょ……!『ガイアース』でヴァンガードにアタック!」

 

「それもノーガードにします。『ダメージチェック』……」

 

その結果は(ドロー)トリガーで、手札を確保しつつダメージが2になってターンが終わる。

 

「(グレード1だけ見ると特に変わっていない……ただ、速攻だけは止める必要がありますね)」

 

「(見た感じ攻め込めそうだが……後は流れ次第だな)」

 

僅かに貴之が有利を取れているが、油断はできない。

 

「『ライド』、『ロストブレイク・ドラゴン』。リアガードにも一枚『コール』します」

 

「(『バインド』稼ぎに来たな……さて、どれくらい貯まる?)」

 

前列左側にも『コール』され、『バインド』コストは合計6となった。

比較的少なめと言える進行状況であり、余程極端な出さえ無ければエクストラターンを決められることは無いだろう。

 

「(先攻である以上、変にこだわってはいけませんね……)」

 

そんな貴之の予想通り瑚愛はエクストラターン獲得を選択肢から捨て、後列左側に『カライン』を『コール』して攻撃に入る。

 

「では、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「一旦ノーガード。どうぞ」

 

『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーで、ダメージが回復する。

対する『ダメージチェック』はノートリガーだったので、これでダメージが並ぶことになる。

 

「こうなると、狙っていた速攻は無理そうですね……」

 

「そうなると、貴之君は切り替える……どっちで詰めるのがいいんだろう?」

 

『ザ・グレート』か『ジ・エンド』かだが、四ターン目に決めきれない前提なら前者、そうでないなら後者になるだろう。

次の攻撃もノーガードし、結果はノートリガーで、ダメージが2になってターンが終わった。

 

「『ライド』!『ドラゴンフルアーマード・バスター』!」

 

スキルで『ロストブレイク』を退却させ、手札に『オーバーロード』を加える。

『メインフェイズ』で後列左側に『バーサーク・ドラゴン』を『コール』し、『ガイアース』と前後を入れ替える。

 

「行くぞ……『フルアーマード・バスター』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガードにします」

 

『ドライブチェック』の結果は(ヒール)トリガーでダメージが0になる。

対する『ダメージチェック』はノートリガーで、大きな変化なく、瑚愛のダメージが2になった。

 

「次は『ガイアース』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「少し余裕を持っておきましょう……『スチームドクター マルターシュ』で『ガード』」

 

『オーバーロード』の爆発力を警戒してか、ここで一度防ぐことを選んだ。

これによってダメージが通らない為、ここで貴之のターンが終わる。

 

「……貴之、ダメージを浮かせすぎたかしら?」

 

「確かに、相手の動き次第だと『オーバーロード』のスキルが発動できない……」

 

ここから来るグレード4ラッシュを考えると幾分か楽と言いたかったが、ダメージ0は相手の戦術が変わりかねない為、それはそれで危険である。

ただ、『ドライブ』のことを考えるとどの道攻撃は来ると考え、余裕ができたと言う考え方もできる以上、瑚愛の判断次第だろう。

 

「私は、あなたが否定した力で更なる道を作りましょう……」

 

「この期に及んでまだ言うか……行き過ぎた力の行使は、悪影響を及ぼしますよ」

 

瑚愛の考え方と貴之の考え方はやはりお互いが相容れない。

どうやらファイトで決着をつけるしかないようだ。

 

「ならば、私の道が正解であることを証明するまで……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ロストレジェンド』!」

 

『フォースⅠ』をヴァンガードに設置した後、『メインフェイズ』で前列右側に『ロストブレイク』、後列右側に『ウェッジムーブ』を『コール』する。

ここから『ロストブレイク』のスキルを発動した後、『ロストレジェンド』のスキルで『イディアライズ』に『S・ライド』する。

 

「今回の『バインド』コストは10……よって、それに合わせたスキルを発動します」

 

この為、貴之は『ガイアース』を山札の下に戻し瑚愛は山札の上にいた『カライン』を『S・コール』する。

 

「いきます。『カライン』の『ブースト』、『イディアライズ』でヴァンガードにアタック。この時、『カライン』はスキルを発動します」

 

「ここは無視していい……ノーガード」

 

『ツインドライブ』は一枚目がノートリガー、二枚目が(クリティカル)トリガーで、ダメージが1増加する。

対する『ダメージチェック』は二枚ともノートリガーで、一気にダメージが2になる。

この攻撃が終わった後、『カライン』はスキルで『バインド』される。

 

「次は『ウェッジムーブ』の『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

その結果はノートリガーで、ダメージが3になる。

 

「最後。『カライン』の『ブースト』、『ロストブレイク』でヴァンガードにアタック」

 

「それは『ラクシャ』で『ガード』!」

 

最後の攻撃は防ぎ、これで瑚愛のダメージが2、貴之のダメージが3の状況でターンが終わる。

この時『イディアライズ』は退却し、『ロストレジェンド』に『S・ライド』して『フォースⅠ』がもう一枚ヴァンガードに置かれる。

 

「(よし、行くぜ……!)」

 

ここからは『超越者への祝福(ストライダー・ギフト)』も使える段階になったため、迷わずそれを使う。

前回のファイトから使わねば止められないと感じてはいたし、何よりも大会では使うと決めていたのもあって躊躇う理由がない。

 

「ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード』!」

 

『フォースⅡ』を前列左側に設置し、『メインフェイズ』で後列左側に『エルモ』、後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』、後列右側に『バーサーク・ドラゴン』を『コール』し、『オーバーロード』のスキルも発動させる。

 

「さて……まずは『サーベル・ドラゴニュート』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「ノーガード。『ダメージチェック』……」

 

結果はノートリガーで、ダメージが3になって並ぶ。

 

「一旦退却狙うか……『オーバーロード』で右の『ロストブレイク』に攻撃だ!」

 

「いいでしょう。ノーガードです」

 

『ツインドライブ』で二枚とも(クリティカル)トリガーが出たので、これが大きな圧力と化す。

素通ししてもらえたことで、ここは一度『スタンド』させてもらうと同時、『サーベル・ドラゴニュート』を退却させて手札を確保する。

 

「次は『オーバーロード』でヴァンガードにアタック!」

 

「もらう訳にはいきません……『カシュテリア』で『完全ガード』」

 

防がれたものの、『ドライブチェック』が(クリティカル)トリガーだった為、もう一度『ガード』かトリガー勝負の二択を迫れる展開になる。

 

「最後に『エルモ』の『ブースト』、『バーサーク・ドラゴン』でヴァンガードにアタック!」

 

「『リンリン・ワーカー』二枚で『ガード』します」

 

瑚愛は安全を意識するようで、ここは防いだ。

これにより、ダメージが3のままターンが終わる。

 

「(防がれた分は仕方ねぇ……エクストラターンを阻止できる見込みができただけよしだ)」

 

これならばまだ大丈夫と貴之は考えることが出来ている辺り、以前と比べて余裕がある。

ただ、それでも油断できないのは単純に『ミステリーフレア』の性能が問題だろう。

 

「次、ですよね……」

 

「幸いにも、今の『バインド』コストは10……流石にここから19は厳しいでしょう」

 

ただ、全ユニットのパワープラス10000は狙えるので、そこをどうにかしたいところである。

ドライブも(クリティカル)もプラス1される以上、『ミステリーフレア』に『完全ガード』を強要されるのはもうやむを得ないだろう。

 

「けれど、それは同時に、そこさえ乗り切れば貴之の勝ちだと教えてくれているわ……」

 

「『オーバーロード』系とサポートユニットまで考えると……後二枚まで残るのが理想だね」

 

そこまで確保出来れば、後は貴之が流れで全て巻き返せるのだから、正にここが正念場である。

 

「うひゃ~……整理したらアタシまで緊張してきちゃった……」

 

「あはは……実は、私もです」

 

ヴァンガードの世界の存続すら関わってしまっている今、貴之の状況は全く他人事と言えない状態になってしまっている。

故に、貴之の勝利を願う人は非常に多い──どころか、瑚愛の勝利を願う人がいないと言っても過言ではない程である。

 

「(貴之、空気は貴之の味方だよ……だから、後は向こうの流れに乗らないで)」

 

『PSYクオリア』に目覚めた影響か、玲奈は周りの空気に関して鋭敏になってきていた。

誰もが瑚愛の作る道を歩みたがらないその空気を、より直で感じているのである。

 

「……?先攻とは言え、予想より進みが悪い……」

 

「勝ちを確信しているわけじゃないけど、あなたの行こうとしている道が歓迎されてないってことでしょうね……」

 

下手をするとユニットにすらと感じているが、それをファイト中にいうわけにも行かないので、そこは話さないでおく。

 

「そうですか……しかし、そうだとしても止まる意味は見出せませんね」

 

「(こりゃ、一回打ち負かさないと気づいてもらえねぇな……)」

 

『メインフェイズ』宣言を聞きながら、貴之は自身がどうするべきかを再確認する。

前列右側に再三『ロストブレイク』が『コール』され、スキルが発動した後『ロストレジェンド』のスキルで『ミステリーフレア』に『S・ライド』する。

 

「今回の『バインド』は14……どうにかエクストラターンは来ないで済んだな」

 

「後は、トリガーがどうなるかだね……」

 

「では、『カライン』の『ブースト』、『ミステリーフレア』でヴァンガードにアタック」

 

「『ワイバーンガード バリィ』、『完全ガード』だ!」

 

この『トリプルドライブ』は一枚目と二枚目が(クリティカル)トリガー、三枚目が(ドロー)トリガーで、効果が全て左側の『ロストブレイク』に回される。

次の『ウェッジムーブ』の『ブースト』した『ロストブレイク』の攻撃は『ゲンジョウ』と『ター』で防ぎ、ダメージを免れる。

最後の一発はパワーが大きすぎる為、ここはトリガー勝負に出るしかなかった。

 

「さあ、これで最後です……!」

 

「そうとは限らないですよ……?『ダメージチェック』……」

 

一枚目と二枚目はノートリガーだが、三枚目が(ヒール)トリガーで、貴之のダメージが5で留まり生き残った。

 

「なっ……!?」

 

「俺自身、諦めの悪いやつだって自覚はありますけど……」

 

──今回ばかりは、ここにいる殆どの人がそうなったかもしれませんね。その瞬間、玲奈が一真に勝った時以上の歓声が聞こえる。

このターンはもう何もできない瑚愛はターン終了の宣言をするしかなく、貴之はこれで気が楽になると認識するのと同時、自分がそこまで緊張していないことに気付く。

 

「(多分、友希那のおかげだな……)」

 

決勝に出る直前の貰い物が関わっていると予想でき、これで平常心を保てていたことを確信する。

きっと友希那はいつものお礼と言うだろうが、これは間違いなく返そうにも返しきれない礼になる。

 

「羽月さん。あなたに教えてやるぞ……。俺の……いや、この国全てのファイターたちの想いと願いを!」

 

「想いと願い……?」

 

瑚愛の問いには、このターンで刮目しろと言わんばかりに『スタンド』アンド『ドロー』を始める。

 

「間違った進み方を、文字通りジ・エンドにする……!ライド・ザ・ヴァンガード!『ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド』!」

 

『フォースⅡ』をヴァンガードに設置した後、後列中央に『カラミティタワー・ワイバーン』、後列右側に『デカット』を『コール』し、『デカット』のスキルを発動した後、空いた後列右側に『サーベル・ドラゴニュート』を『コール』する。

また、『カラミティタワー』のスキルも発動し、『ジ・エンド』のパワーをプラス15000しておき、空いた後列中央に『エルモ』を『コール』する。

 

「まずは前列リアガードを全滅させる……!」

 

貴之はリアガードの攻撃を全て前列リアガードを退却させることに回した。

これで残りはヴァンガード同士の真っ向勝負になる。

 

「まず一回目……『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『カシュテリア』で『完全ガード』。共に『コール』するのは『ナブー』です」

 

『ツインドライブ』は二枚とも(クリティカル)トリガーで、その後『ソウル』に『オーバーロード』と名のあるユニットが存在する場合のスキルを発動し、パワープラス10000と共に『スタンド』する。

この段階で、(クリティカル)トリガーを二枚も引けたのは非常に大きく、瑚愛の表情が僅かに動く。

 

「相手は(ヒール)トリガーを一枚出してて、貴之のダメージが5の段階でダメージ3、『完全ガード』は使えても後一枚だっ……!」

 

「なら、貴之がもう一回(クリティカル)トリガーを引いて、それを通しちまえば相手は三枚目以降全部(ヒール)トリガーを引かなきゃいけない勝負に持っていける……!うんうん、全然勝ちが見える!」

 

瑚愛の手札は『完全ガード』を二回も出すことができず、『カラミティタワー』のおかげでオーバーパワーを得ることに成功している。

これならば次にトリガーを引こうと引くまいと三回目の攻撃は確実に通るし、更に(クリティカル)トリガーを引いてしまえば勝ちすら確定しかけてしまう場面になったのである。

 

「もう一度……『ジ・エンド』でヴァンガードにアタック!」

 

「『カシュテリア』で『完全ガード』。共にコールするのは……『マルターシュ』です」

 

「……!二枚目が出た!?」

 

「じゃあ、ここで……(クリティカル)トリガーを引いちゃえば……!」

 

そこで貴之の勝ちが確定する──。そんな状況下で貴之が『ドライブチェック』を行う。

 

「ゲット!(クリティカル)トリガー!効果は全てヴァンガードに!」

 

「今引けたと言うことは……!」

 

「これで、貴之の勝ちね……」

 

自分たちを助けてくれた先導者の道は繋がる。それだけでも大いに安心できる内容だった。

 

「あいつこの場で引いてきた……!」

 

「貴之……見事だ!」

 

「これでヴァンガードの世界は続いていく……」

 

「そう言うことなら、また彼とも戦えるんだ……」

 

宮地側ではこの土壇場で勝ってみせた貴之を称賛する一真と竜馬、この結果に安心する弘人と颯樹がいた。

 

「よっしゃ引いた!」

 

「もう相手は防ぐことすら叶わない……!」

 

「だから……後は、攻撃するだけ!」

 

「貴之、迷うことは無いよ!」

 

「『エルモ』!『ジ・エンド』!俺たちの全てをぶつけて!この世界が続く道を切り開いてくれぇ!」

 

イメージ内で、『ジ・エンド』となった貴之が『ロストレジェンド』となった瑚愛に肉薄する。

最初から容赦せず両手の剣で突き刺し、そのまま二つの銃を何度も接射で浴びせたあと、空に放り投げる。

飛んで行った『ロストレジェンド』となった瑚愛に、今度は口から吐き出す炎と二つの銃で追い打ちをかけながら追いすがり、かかと落としで地面に叩き落す。

最後に炎を纏わせた二つの剣をX字に振るって切り裂くと、『ロストレジェンド』なった瑚愛は光となって消滅する。

その証拠に『ダメージチェック』では見事に三枚連続のノートリガーで、ダメージが6となってファイトが終わりを迎えた。

 

「まさか……こんなことが起こるなんて。ですが、お見事です」

 

「やっぱり、俺にはこっちの方が合ってました。『ヌーベルバーグ』を止めた時からより型に嵌った感じしてましたし」

 

想定外ながら貴之を称賛する瑚愛と、自分の性分を再確認する貴之。

お互いにファイトを経験して改善を試みるところは、きっと同じなのだろう。

 

「ところで、あなたの言っていた想いと願いというのは……」

 

「ああ、それですか……まあ、早い話になると、この国にいるファイターも、『クレイ』にいるユニットたちも、もっと長い時間戦いたかったんですよ」

 

「……そうですか。それは、他のファイターを考慮できなかった私の落ち度ですね」

 

しかしながら、これでグレード4は使いたい人だけが使えばいいことを貴之が証明してくれたので、少なくとも使って圧勝すると絶望を与えるなんてことは無くなる。それだけでも瑚愛には気が楽になることだろう。

この後は以前ファイトした時のお互いの主張が強すぎたことを詫びあい、再戦の約束もして挨拶を済ませ、両者に拍手が送られる。

 

「ふぅ……やっと終わった」

 

「……遠導君?」

 

ファイト台寄りかかりながら、貴之はヴァンガードの未来を思って考え詰めている日々だったので、ようやく休憩できる旨を素直に話した。

これに関して、瑚愛は大分無理させてしまったが、それすら乗り越えた彼は見事だと感じる。

 

「よし。表彰式あるし、俺はこれで失礼します」

 

「ええ。またどこかで」

 

互いにファイト台から立ち去った瞬間、貴之の方に後江のファイターたちが駆け寄って来ていた。そして──。

 

「……うおぉぉぉおお!?」

 

全員で抱きよりに来た為、勢いに負けた貴之は芝生に背中をぶつけることになる。

 

「やったな貴之!お前よくやったよ!」

 

「流石の度胸とファイトだったぞ!」

 

「ありがとう!最後勝ってくれて!」

 

「貴之……本当にありがとう!」

 

「お前らなぁ……礼を言いたいのはこっちだぜ」

 

嬉しさの余り顔を赤くしながらの笑みを見た貴之は、目元を潤ませながらの笑みを返した。

その姿勢のまま歓声が止まない会場内で友希那のことを探しだし、見つけ出すや否、そちらの方に左手で笑みと共にサムズアップを見せる。左手なのは、左側にいたからだ。

 

「(貴之、本当にお疲れ様)」

 

それをみた友希那も、彼に笑みとサムズアップを返すのであった。




長々と続いたファイト展開にお付き合いいただきありがとうございました。

後はエピローグとアンケート頂いた後日談を書くので、最後までお付き合いいただけると幸いです。


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ネクスト20 続いていく未来

予定していた話しはここまでです。


『ヴァンガード甲子園』が終わった直後、様々な場所でその話しが持ちきりだった。

まずは『グレード4なぞ使わなくても勝てる』ことが貴之によって証明され、絶望の空気が一瞬にして切り裂かれる。

これにより、ヴァンガードは自分の好きで強くなるのが一番とされ、瑚愛の作り上げた流れは完全に断ち切られた。

この他にも決勝戦に出たチームはインタビューが行われたのだが、学校ごとに一斉らしく、皆でそれぞれの想いを語った。

また、大型大会故にデッキ公開がされるのだが、瑚愛は「自分のデッキを無理に真似する必要は一切ない」と注意書きを強く頼んだことを記しておく。

元々自分が先導しはするも、強制するつもりは無かったからである。

 

「はい。と言う訳で、第一回『ヴァンガード甲子園』お疲れ様でしたー」

 

『お疲れ様でしたー』

 

そしてこの日の夜──。後江組は優勝記念として、ファミリーレストランで思いっきり食べることにした。

宮地組は瑚愛が遠慮したため、男子陣で別場所へ行くことになったらしい。流石に女子一人は難しいのだろう。

玲奈の音頭と共に祝勝会は開始され、各々今回のことを振り返りあう。

 

「俊哉は全勝成功で目標達成。俺も羽月さんに勝って道を繋いで、全員で目指した優勝も取れた……。結果としては最高になったな」

 

結果を纏めれば取るべきもの、取りたいもの全てが取れているので、非常に嬉しい結果だと言える。

一番最初は俊哉の未来にもかかわっていたので、かなり美味しい。

 

「今回貴之を全部前の方に送り込んでたけど、後ろの方が得意だったとかあるか?」

 

「いや、余計なこと考えないでいいから前の方が楽だったぞ」

 

圧力重視で前を頼んでいたが、本人が望んだ位置なら問題は無かった。

終わってみれば全ての問題解決が出来て、戦術上も皆で納得が行ってるのは何よりである。

 

「俺、決勝の時だったんだけどさ……最初に終わってからずっと見守るの、滅茶苦茶緊張してた……」

 

「あたしも……2-1で自分の番来た時がもうね……」

 

「そ、そう……だよね」

 

「ああ、それに関しては本当に悪かった……」

 

「何なら俺も何も出来なくて不甲斐なかったわ……」

 

決勝の途中までが一番地獄だったのは、ここだけの話しである。

特に玲奈は一番苦痛の時間であった為、彼女は今日、優先的に休ませてやる。

 

「んで、俊哉がこの後で、玲奈は……明日辺りか?」

 

「ううん。あたしも時間合わせてだよ」

 

どうやら二人そろってこの後予定があるらしい。そう言うことなら結果を楽しみにする方針で話しがまとまる。

 

「じゃあ、また週明け……だね」

 

「だな。結果はその時言うよ」

 

そして上がって商店街まで戻った後、今日は現地で解散となる。

その際に貴之が一個言い忘れていたことがあると言い、皆が耳を傾ける。

 

「また、ファイトやろうぜ」

 

その言葉は誰も反対しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。待たせたか?」

 

「いいえ、そんなことないわ」

 

商店街を出て少ししたところで、俊哉と紗夜が顔を合わせていた。

『ヴァンガード甲子園』で優勝し、尚且つ俊哉の出る場所は全勝と言う相当ハードルの高い約束事を見事に果たし、伝えたいことを伝える時が来たのである。

 

「紗夜が俺を気にかけてくれた時のこと、覚えてるか?」

 

「……ええ。取り返しのつかないことをしそうだったから……」

 

思えば、あの日が本当の意味での出会いだったのだろうと俊哉は考える。何しろ、友希那と引き合わせた日の紗夜は、彼女との初対面だったのだから。

何か理由があるのだろうと考えた紗夜は、話しの続きを促す。

 

「あの日からずっと紗夜のこと意識しててさ……一緒に出かけたり、家に上がって貰ったりしたら、それどころじゃない所まで来てたんだ……」

 

「……えっ?と言うことは、あなた……」

 

「ああ。俺は紗夜のことが好きだ……一人の異性として、な」

 

俊哉の言い分で察しのついた紗夜が聞けば、俊哉は隠さずに答えた。

その時紗夜は胸が温かく、そしてこの上なく掴まれたような感覚を覚える。

これは自分がそれを受け入れたいと思っている証拠であり、今の彼女にそれを拒否する理由など無かった。

 

「もし良かったら、俺と付き合って欲しいんだ……」

 

「喜んで。私も、俊哉君と同じ……異性としてあなたが好きよ」

 

二人して気持ちが繋がったことを確認すると、後は少しだけ今後のことを話す。

その結果、紗夜はまたFWFに出るのが目先の目標で、俊哉は地方ないし全国のどちらかで貴之に勝つことが目先の目標となった。

二人の間柄でいうと紗夜が俊哉を呼び捨てにできる日を楽しみにすることとなり、今は焦らなくていいことが決まる。

 

「それじゃあまたな。それと、これからもよろしく」

 

「ええ。それではまた」

 

二人は幸せを胸に抱いて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日からまたよろしくね?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

そして週明けの放課後──。期末試験も近づく中、貴之はCiRCLに赴き、再びまりなに世話になる旨を伝えた。

彼女からしても彼が戻ってきてくれることは歓迎であり、スタッフ共々久しぶりだと彼を迎えてくれた。

こうして貴之が歓迎され、仕事内容の復習を始めようとしたところで人が入ってくる。誰かと思えばオーナーであり、久しぶりに様子を見に来たようである。

 

「その様子、やりきったようだね?」

 

「ええ。俺にできること、全部やりきりました……」

 

「よろしい……だけで済ませたかったが、一つ説教だ」

 

オーナーの言葉に貴之含む、全員が頭にクエスチョンを浮かべるがその理由は意外にも簡単だった。

 

「20にも満たないガキが、世界の命運を背負うんじゃないよ」

 

「いでっ……!?」

 

拳骨と共に送られた言葉はごもっともでしかなかった。他にできる人がいなかったとは言え、一高校生が背負っていい規模ではないのだ。

とは言え、状況が状況で行くしかなかったのもまた事実である為、オーナーはそれ以上責めることはしない。

 

「まあ、これから少しの間、そんなことしないでいいようにするんだ……いいね?」

 

「はい。そうします……」

 

これに満足したオーナーも、「次のことがあったらまたやりきりな」と残し、スタッフ一同にも激励を送ってこの場を離れた。

今度こそ業務が開始され、貴之は再びそれに従事していく。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「次の予約、ここにしたいんだけど……」

 

「その日は……ここが空いてますね」

 

少し時間が進んでRoseliaが次の練習を予約するので、貴之はそれに対応する。

今日の業務はこれで終わりであり、後は皆で共に帰路に着くだけである。

 

「そっちは年末クリスマスライブやるんだっけ?」

 

「ええ。前までは他の人の時間も考えてやらないようにしていたけれど、みんなしてやりたいのなら、悩まなくていいから……」

 

以前までの一時的に組んでいたバンドではそれぞれ身近な人との時間を優先としていたが、Roseliaはライブの意欲が非常に高い為、決行を決めた。

今回はその為の練習をしており、また近いうちに公演されることも決まっている。

 

「そう言う貴之は、前日に挑戦会だったわよね?」

 

「ああ。俺らに勝てたファイターたちは店から割引券をプレゼントだ」

 

クリスマスライブの前日に、貴之らもファクトリーにて挑戦会を企画している。

内容は第一回『ヴァンガード甲子園』に参加し、決勝戦に出たメンバーに参加者が挑戦するものであり、勝ったらファクトリー側から1500円分使える割引券をプレゼントされる。

割引券は一応50人分用意されているが、恐らくは余ることを想定されているのは、単に貴之ら出場ファイターが強いからだろう。

 

「まあその為に、今日は出れるメンバーで練習だ。俊哉もいるし、見に来るか?」

 

「ええ。それはもう」

 

そのまま帰ってもいいのだが、紗夜は今回立ち寄るつもりでいた。

この振り方をした理由は、貴之も俊哉から事情を聞いていたからであり、即日成功だった故に皆で喜んだ次第である。

 

「よう。来たぜ」

 

「おっ、来たか……紗夜たちもお疲れ」

 

ファクトリーに着くと早速俊哉から歓迎の声が掛かる。

 

「俺らの知らない間にこうなってたのか……」

 

「関わり初め自体は五か月くらい前らしいぞ」

 

後江組は把握しているものの、宮地組はそれを知らなかった為、意外に思われていた。

 

「そっちの四人は……話しを聞いてたみたいだね」

 

「アタシたちは根掘り葉掘り聞いてたから……」

 

「だから、あこたちはそこまで驚かなかったけど、一番驚いたのはやっぱり……」

 

「そっち……だよね」

 

事あるごとに聞いていたRoseliaの五人からすれば、寧ろ一真の片腕に両腕を組んでいる玲奈の姿に驚きである。

 

「あたしがこうしてるの、そんなに変かな?」

 

『今までの行動を振り返って?』

 

Roseliaの五人どころか、一真含む店内全員に問われる羽目になり、彼女は何も言い返せなかった。

この二人も『ヴァンガード甲子園』が終わってから付き合い始めることになり、まだまだこれからである。

 

「あっ、そうそう。羽月さんは今日来ないってさ。多分、こっちに来づらいんだろうけど……」

 

「自分のやったことの影響もあるからな……まあ、時間が経てば落ち着くし、そのうち来るだろ」

 

颯樹の予想も大方当たっているし、貴之は自分が解決の糸口を作った以上は全く気にしていない。

後は少しずつ時間の流れによってそんなこともあったと笑い話で終わるし、グレード4使用経験者にグレード4を使わずに誰かが勝てば、この話しは完全に気にすることのないものになる。

 

「よし。じゃあ俺たちもそろそろ始めるか……」

 

「試験もあるし、早めにやっちゃおうか」

 

それぞれ誰とファイトするかを打ち合わせ、準備を進めていく。

 

「甲子園の時は戦えなかったから、今日はお願いするよ」

 

「いいぜ。やろうか……」

 

貴之は久しぶりに一真と戦うことになり、思い切って戦えるこの日を待ちわびていた。

 

『スタンドアップ!』

 

「ザ!」

 

『ヴァンガード!』

 

こうして、年末挑戦会に向けた練習ファイトが始まる。

 

「(未来は続いていく……きっとこれからも)」

 

この光景は間違いなく、先導者たちが護りきった世界のものであった。

 

 

 

 

先導者と歌姫──この二人が高みを目指す道はまだ続いていく。

いつか、目指す高みが無くなるその時まで──。




後は後日談を書いて終わりですが、一番多かったので10年後の話しを書いて終わりにします。


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アフター 次代の鼓動

気が付いたら二年半以上もこの小説書いてたんですね私……


第一回『ヴァンガード甲子園』が終わってからと言うものの、様々なことを経験してもうあっという間に10年の月日が経過していた。

 

「(こうして振り返ると、時の流れは早いな……)」

 

ヴァンガード甲子園が終わった直後から俊哉と紗夜が付き合い始め、年末から大介と燐子が読書関連で交流を持ち始め、玲奈と一真も僅かに遅れて付き合い始めている。

また、これの直後に颯樹がどうやら千里と薫とは幼なじみだったそうなので、貴之が取り急ぎ千里に許可を取って連絡先を教えた次第である。その後は薫とはすぐに顔を合わせられたものの、千里は立場の関係上、少し時間を要したようである。

進級した後に行われた全国大会は貴之が二連覇を達成しているが、この途中の地区大会では俊哉が決勝戦で貴之に打ち勝ち、努力の結晶とも呼べる大番狂わせを起こした。

これにより、貴之が作った『グレード4は使わなくても勝てる』に拍車を掛ける事態となり、グレード4は使いたい人だけが使う形で話題から一気に消えていくこととなる。

それどころか『勝てるなら自分の好きを貫くべし』、または『好きなものを使ってこそ勝ちの意味がある』とすら言われる程になり、よりファイターの自由が尊重される空気が確立された。

この年は全国大会が終わった後にアジア大会があり、貴之と俊哉、一真と瑚愛の上位四名が代表として招待を送られて、その大会でも貴之は優勝を飾っている。

なお、アジア大会は冬が始まり掛けている時に行なわれていたので、大会中ははRoseliaが『FWF』の選考コンテストを二連続の優勝で突破して演奏したり、上位二位のチームが武道館で演奏できる長期間コンテスト『BanG Dream!(バンドリ)』なども存在していた。

アジア大会を終えて戻って来る頃にはそのバンドリ選考終了まで残り僅かになっていたりもしたが、貴之は友希那を、友希那は貴之を微塵も心配していなかった。

 

「(この間に出来たのが、新しいチームだったな)」

 

バンドリのイベントが始まる前にデビューを始めたチーム『RASE A SUILEN』──縮めてRASが現れている。

このチームは母親が音楽家として有名な少女の珠出(たまで)ちゆ──バンドでのネームはチュチュが集めたメンバーで構成されており、友希那もスカウトを受けたが断っている。

ただ、友希那が認められない側の想いを遠回しながら理解しているので、ただ拒否するだけでは終わらず、彼女が歌ってほしいと思っていた曲を聴き、それを評価することを一度引き受けていた。

これにより向こうから剝き出しの対抗心をぶつけられる──なんてことは起こらず、何をやっていた。または気になっているチームや人はどこだ等を会った時に余裕があったら話すくらいには友好的になっていた。

友好関係を築き上げるのは大きく、バンドリのイベントでチュチュ側から対バンを提案された時も、とにかく全力でやる純粋な真剣勝負になっており、来てくれた人たちの投票で勝敗を分けるルールで行った結果は引き分けになっている。

その当時貴之も俊哉らと共に現場に赴いていたが、有利な条件で迎えられたのに同点までしか持っていけなかったチュチュから悔しさの吐露。不利な条件と言えども勝ち切れなかったことの悔しさを持つ友希那。この二人が表すチームの向上心から両チームが分かり合うことに至り、互いが選考を勝ち抜くことを応援する旨を送りながら握手を交わすと言うこれ以上無く綺麗な形で勝負が終わっている。

RoseliaとRASの二強で終わるかと思えば、ポピパが滑り込みで間に合い、結果三チームが武道館で演奏することになった。

 

「(これが終わって俺や一真が大学、あこを省いたRoseliaは短大──。これらの学業を兼ねながらファイターやバンドを続けて行ったんだったな……)」

 

高校が終わるのは進路を決めることも意味しており、それぞれの道に進むことになる。

その中で貴之は自分がファイターを辞めるに至った後のことを考えて、商業系のことを大学で学んでいた。

Roseliaはプロ入りを決めたが、あこの高校卒業までは待ってくれと宇田川家の両親に頼まれたので、それまでの間に学業を積んでおくことにしたそうである。

学業の最中、進路に集中すべくファイターを降りる人たちも現れ、寂しい想いをしながらも進んでいくことになる。

友希那たちがプロ入りする頃には、貴之も世界大会に挑戦するのも視野に入っており、貴之が世界大会優勝、Roseliaが世界一を取れたら結婚する約束をしたのも今では懐かしい記憶である。

その約束をした後、貴之は進路に専念しなければならない直前である大学三年の前半に世界大会優勝を掴み、友希那たちRoseliaはそこから三年後に世界一を取るに至った。

世界大会を優勝する頃には同期のファイターも残っておらず、貴之はファイターとしての志を伝えるだけ伝えてからファイターの道にピリオドを打ち、友希那たちもやりきるべきことを全てやりきった後、自分たちの熱が落ち着いて来たのを確認してバンド活動の道にピリオドを打った。

この約束が果たされ、お互いが落ち着いた後は身内間で最も速い結婚を果たし、今に至っている。

 

「(時間ちょうど。もうみんなも待ってるか……)」

 

こうして思い返しながら準備を済ませた貴之は、自動ドアを動くようにし、外に出る。

すると待っていた人たちが「もう大丈夫なのか」と聞きたそうな顔をしていたので、柔らかな笑みとともにこう答える。

 

「お待たせしました。『カードファクトリー』、本日も開店です」

 

ヴァンガード甲子園から10年経った今、貴之は商店街のファクトリーを引き継いで店長をやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「息子が始めようとしているんだけど、初心者にオススメって無いかな?」

 

「なるほど……初心者によくオススメされるのは『ロイヤルパラディン』と『シャドウパラディン』、それから『かげろう』の三つになりますね。私個人としても、特に使いたいのがないならこの三つから選んで始めるのがいいと思います」

 

「てんちょ~。ファイト付き合ってくれる~?」

 

「少しだけ待ってて下さいね。美穂さん、お願いしてもいいですか?」

 

「はーい。じゃあそれ終わったら変わろうか」

 

対応の最中、ファイトを子供に頼まれたので、美穂にお願いしてそちらに向かう。

彼女は大学を終えてからこの『ファクトリー』の正社員になっており、何事も無ければ彼女が店長になっていたのだが、貴之を強く推薦したことで今に至る。

美穂自身は二年ほど前に出産を済ませたようで、もう少ししたら退職もするべきになりそうだと言っていた。今日は居ないが、友希那も来週から少しずつ店の手伝いへ復帰できる為、そこまで待ってもらえれば十分である。

ただそれでも、この店は貴之が店長になって以来来る人の数が増えているので、店員の休憩時間まで考えると、やはり人手が欲しいところではある。

ちなみに、子供とファイトをやるときの貴之だが、「自分がもうファイターでは無くなった」と言うことを景気に、余程の大事なファイトでも無い限りはデフォルトの掛け声にシフトしていた。

これには自分がそのままだと、全員が無理して真似しなきゃダメなのかもと危惧されかねないのを予見してのことであり、実際、そのままだったらどうしようかと考えていた親御さんや初心者のファイターたちもいたので、この考えは正解だった。

なお、ヴァンガード甲子園の開始が決まるまで定期的に行っていた講習会は、参加できるファイターの減少を理由に終了し、今は次代の出現を待つことになっている。

 

「一回目みたいな何個も勝ち方があるデッキって、どうやったらいいのかな?」

 

「できるだけ、目的に合わせてユニットを絞り込むことと、慣れないうちはどの勝ち方を優先させるかを決めて、ユニットの数を変えるといいですね……」

 

ここで上げる例題としては、『ジ・エンド』で勝つことをメインにして、『グレート』がサブなら、『グレート』は二枚までに減らし、『グレート』に関係する『ネオフレイム』は二枚以下に抑える。

その代わり『ジ・エンド』を四枚まで入れ、『ジ・エンド』に関係する『デカット』を増やすと言った具合である。

 

「慣れてくると余裕ができて来るので、偏らせると不安だと思った時に私と同じようにするといいですよ」

 

「なるほど……じゃあ、今はこっちを優先させようかな」

 

そのアドバイスを受けた少年は、いつか完全な共存を目指して今は優先順位を付けたデッキを作ることにした。

貴之の第一回ヴァンガード甲子園で使ったデッキは、『簡単に見えて実は運用難度の高いデッキ』の代表格となっており、慣れているファイターでも中々真似したがらないデッキに仕上がっている。

反して、アジア大会以降に使用したデッキはある程度整理された状態で完成されており、こちらは『誰が真似しても大丈夫な無難に強いデッキ』とされている。

そのデッキは今でもサンプルとして飾られており、デッキ構築の段取りを載せた簡易解説用紙と共にある。

 

「久しぶりに顔出して見たけど、相変わらず大盛況だな」

 

「いやもう、こんな人数が毎日来てくれるとは思いませんでしたよ……」

 

時間も昼を過ぎ、ある程度落ち着いた時間に聞き慣れた声が聞こえたかと思えば、俊哉が顔を出しに来ていた。

もう既にファイターを引退した身である彼だが、子を持った時遊び相手となる為に、情報収集とデッキの更新自体は忘れずに続けていた。

そんな彼も紗夜と結婚を果たしており、半年程前に彼女の腹の中に子を宿している。

どうやら子に世代を超えて伝えるべく、二人で集めたサブカルチャーの内、子に見せても大丈夫なものは残し、そうでないものは処分をしたようだ。

なお、貴之は店員としての時間さえ終わればいいのだが、業務中は基本的に対応を全うしている。

 

「……何か見ていきます?」

 

「そうだな……ちょっと見ていくか」

 

促したところ、俊哉が使えそうなカードがないかを探していき、必要なものを見つけたのでそれを購入する。

 

「(この景色を今のファイターたちに見せられるのなら、俺があの時頑張ったことに意味はあったな……)」

 

この店での空気もヴァンガード甲子園に貴之らが優勝したからであり、十年経った今も時々振り返って実感するのである。

ちなみにこの知らせを聞いたオーナーからは、やりきったのはいいが拳骨を貰っている。

その理由は『二十にもなってないガキが、世界の未来なんぞ背負うもんじゃない』とのことで、自分からやってやりきりたいことを、やらなきゃいけないことにしてしまったことへの指摘であった。

これには貴之も深く反省し、それ以来このようなことは一度も繰り返さなかった。

 

「じゃあ、俺は行くから終わった時連絡してくれ」

 

「ええ。また来て下さいね」

 

今日は業務後に合流予定なので、このようなやりとりで一度別れる。

店自体は大体商店街の店が終わる時間帯と同じタイミングで閉店するのだが、今回は事情が事情なので、かなり早い時間に切り上げとなる。

 

「てんちょー。また来るね~」

 

「はい。また来て下さいね」

 

そして夕方の五時頃。貴之の業務は普段より早めに終了するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「用具変えておいて良かった……」

 

家に帰ってきて人が集まった様子を見て、貴之は改めてそう実感した。

店員になって以来、稼ぎの量が凄まじいことになっていたので、一度テーブルやソファを多人数が来てもいいように買い替えていたのである。

その結果、今日は13人と言うある種の大御所状態になっているが、ギリギリどうにかなっている状態だった。

貴之が10年前から同じ家に残っているのは、店の都合もあるが姉の小百合が結婚を機に、自分の旦那と共に両親のいる場所に移動したからでもあった。

 

「いやぁ~……ホントに助かっちゃったよ。前はこの人数だとちょっと厳しかったもんね」

 

以前集まろとすると人数制限が掛かってしまうことを思い出しながら、リサが貴之に礼を言う。

彼女は高校三年の途中から弘人と関わりを持って付き合い始め、最近になって結婚を果たしている。

それまで暫くは友希那と紗夜、そして燐子にすら煽られていたので、関わりを持ち出してからはかなり早かった二人である。

 

「後から聞いた時はビックリだったよ……僕、リサがそうなってるなんて知らなかったからさ……」

 

「まあ、あれはさんざんっぱら俺や友希那を煽った報いみたいなもんだ」

 

こうしてリサと席を入れた弘人だが、この二人は一番『普通の家系』に近しい組み合わせとされていた。

弘人の趣味がガーデニングと植物鑑賞である為、一般的には異性に納得されやすい趣味であったからだ。

今ではダントツの一番とまでは行かないが、それでも十分すぎる程普通の趣味を持った親になる未来は見えている。

 

「逆に、子供の育成方針決めやすそうなのはそっちか……」

 

「……それは、言葉通りの意味ですか?」

 

大介がちらりと見た先にいるのは、子を宿している都合上、腹を大きくした紗夜であった。

彼女があからさまな反応をしたので俊哉に聞こうと思ったが、彼も彼であからさまな反応をしたのでそれは諦める。

大介は今、燐子と結婚を済ませており、そろそろ子を持とうかと言う話しが出てきている段階になっている。

 

「紗夜さん、もう半年でしたっけ?」

 

「ええ。燐子さんも、この時期が大変だから気を付けて下さいね」

 

そんなこともあって、燐子は少しだけ紗夜に確認を取る。

紗夜は紗夜でRoseliaとして活動をしている途中から、将来のことを見据えてファーストネーム呼びに改めた。

ただ、相手に敬称をつけることを忘れない辺り、真面目な彼女らしさが残っている。

 

「ってことは、あたしも身構えとかないと……」

 

「辛かったら言ってね。僕も手伝うから」

 

彼女らと少し遅れて、腹に子を宿すことになったのは玲奈で、一真との子を宿してから一か月程になる。

付き合い始めた時期は、俊哉と紗夜の二人と大体同時期だが、仕事が落ち着くのが遅かった故に、結婚等が少し遅れた結果になる。

やはりというか何と言うか、玲奈が付き合い始めた直後、後江では天変地異の出来事が起きたと阿鼻叫喚になっており、それに対して玲奈が「あたしを何だと思ってるの!?」と返しているが、お前の今までを思い返せと返されたことを記しておく。

 

「結婚……向こうが切り出してくれるかな?」

 

「あこちゃんも、もう少しだよね?」

 

「うん。切り出してくれたら、()はいつでもいいんだけどねー……」

 

10年も経てば、流石にあこもあの一人称は子供っぽいからと変え、時折していたカッコイイ発言も落ち着いた。

あこはRoseliaの四人が高校を卒業し、短大に入って間もないタイミングで付き合い出しているが、これに関しては煽られることはなく、寧ろその速さに皆が驚いた。

何しろ人生換算で言えば友希那よりも時期が早いことになり、先に付き合いだした男子陣すら「こりゃ凄い」と素直に称賛した。

とは言え、その相手は今日は重大な仕事が入ってしまい、残念ながら顔合わせには来れていない。

なお、あこは高校を卒業するに当たり、ツインテールを終了し、ヘアスタイルは肩に掛かるくらいまでの長さでウェーブを掛けたものにしている。

 

「相手が忙しいと、こう言う時にね……」

 

「そうなんですよ……頑張ってるのは分かるんですけどね……」

 

それに同意するのは、多忙な旦那を持つ詩織で、彼女の旦那も今日は仕事の都合で欠席だった。

結婚のタイミングも、付き合い出したタイミングもリサとほぼ同じだが、相手側の多忙さが段違いで、その分ともに居られる時間は大切にしている。

 

「意外なところは竜馬……いや、お前もある意味順当か?」

 

「いや、俺と令王那(れおな)も割と特殊だと思うぞ?」

 

「趣味があった……と言われれば確かに普通なんですけどね」

 

黒いを伸ばし、メガネを掛けた女性──鳰原(にゅうばら)令王那は、少し困った笑みを見せる。

この二人の出会いはパスパレのライブがきっかけであり、偶然場所が隣同士、休憩時間が来た時による竜馬の気遣いが話しの糸口となった。

令王那が竜馬と初対面した頃はRASで活動していた時のように明るさを感じさせる声音をしていたのだが、本来はこのように落ち着きのある人物である。

竜馬にこの素性を打ち明けるのは反応が分からない故に怖く、かなり勇気のいる行動だったが、その行動を踏み出した結果竜馬は素の状態を知れて喜び、結果付き合うきっかけになった。

この二人はまだ新婚であり、家でどうするかのあれこれも一つずつ決めていく時期である。

なお、竜馬は唯一年の差がある付き合いである為、色々難しいだろうことをかなり心配されていたりもするが、無事に乗り越えて今がある。

 

「よし……これで温め大体終わりか?」

 

「うん。これでもう終わりだよ♪」

 

こうして大人数で集まった場合は、何らかの温めればすぐに食べられるものと、いくつか飲み物を用意しておき、みんなで食べ飲みしながら雑談をするのが主となっている。

普段ならここには友希那もいるのだが、出産直前で病院にいるため、今回はやむなしである。

 

「今週中って話しだっけ?」

 

「ああ。もしかしたら今日になってもおかしくはないな……」

 

今週が40週経過した状態なので、ここが標準的な出産タイミングである。

その為、友希那も腹から来る痛みと戦う日々に終わりを迎えようとしているのだ。

 

「名前の方は考えてあるのか?」

 

「一応何個か候補は出しておいてるんだ。女の子だって言うから、そっちらしさ優先してるけど……」

 

生まれて来るのは女の子になると聞いているので、そちらに合わせた名前を考えてある。

男の子が来た時も考えていない訳ではないが、あくまでも優先は女の子側だ。

 

「おっと……電話が来たからちょっと席外すよ」

 

丁度夕食を食べ終わったタイミングだったので、貴之は物は後で片付ける旨を伝えてから席を外し、電話に出る。

その表情は穏やかさと嬉しさを兼ね備えたものであり、電話が終わった後もそれが維持されている。

 

「……何かありましたか?」

 

「ああ、子が生まれたから行ってくるよ」

 

弁当殻を片付け、携帯や財布等必要最低限の準備を済ませ、皆に見送られながら貴之は車を出して病院に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。頑張りましたね」

 

「ありがとうございます。ようやく会えたわね……」

 

貴之が電話を終えた直後、病院にて友希那は腹を痛めて産んだ我が子を抱いた。

普段は貴之の店の手伝いをしているのだが、子の都合もあり暫くの間休んでいた。

この後は子がある程度大きくなるまでは、貴之と交代しながら育児と業務をこなしていく。

産声を上げた後、母となった自分の腕に抱かれて眠るその子は安心した様子をみせている。

どうやって育てていこうか考えていると、ノック音が聞こえたので、看護婦にドアを開けてもらう。

 

「ごめん。遅くなった」

 

「大丈夫よ。それより、あなたも抱いてあげて?」

 

友希那に勧められ、貴之もその子を抱く。

一応どのような抱き方がいいかは事前に確認と教えがあった為、その通りにしてみる。

 

「ようこそ。それと、生まれて来てくれてありがとう……」

 

自分が生まれた頃、両親もこんな気持ちだったんだろうな……と、思いながら、その子を抱いて表情の柔らかさが続く。

 

「名前……どうしましょうか?私は、こんな名前を考えているけれど……」

 

「なるほど……俺はこの辺りを考えた」

 

二人で考えた名前を並べ、一緒に悩む。

この時間を親になったんだなと思いながら悩み、最後にこの名前に決まった。

 

未幸(みゆき)……これから、俺たちと一緒に過ごそうな」

 

二人の間に生まれた女の子の名は遠導未幸──まだ見ぬ『未』来にある『幸』運を得てほしい願いを込められたものに決まった。




これにて本小説は終わりになります。

この10年間に何があったか、その他明かせなかった一部を補足していきますが、今回も長いので、読まなくて言い方は下まで飛ばしてしまって構いません。


ファイターたちの戦いの道
・ヴァンガード甲子園終了から二年後、瑚愛は進路の都合でファイターの道を終了。
(最高戦績はアジアベスト8。ここで一真に敗退)

・そこから一年間の間に、進路の都合で大介、弘人、詩織、竜馬、颯樹、一真、玲奈、俊哉の順で順にファイターの道を終える。
(俊哉がアジアベスト4、一真がアジア準優勝が最高戦績。その他は全国大会敗退)

・貴之は世界大会優勝後、後進にアドバイスしてから店員に。
(ヴァンガードが関わる仕事をしているのは貴之だけ)


その他バンドに関して
・ポピパはRoseliaとほぼ同時期にプロの道へ。メンバー感が非常に友好的な所から来る、バンドとしては珍しい陣形による演奏や、その空気で国内の人気を勝ち取る。貴之が世界を取ったのと同じ辺りで活動を終了し、それぞれの未来へ。

・アフグロは蘭の家庭の都合もあり、プロではなく、自分たちが活動できる期間を精一杯活動する方針へ。活動可能期間が終了すると同時に解散、以後はポピパと同じく自分たちの未来へ。活動期間はRoseliaが世界を取るまで。

・パスパレは途中に個人の仕事が入ったりはするも、自分たちがやりきったと確信するまで活動を続ける。活動終了後は一般人に戻り、それぞれの未来へ。活動期間はRoselia解散まで。

・ハロハピは世界中を巡り、それぞれの場所で一回笑顔を届け切った事で目標達成とし、活動を終了。活動期間は貴之と友希那が結婚する直前辺りまで。

・RASもRoseliaに遅れてプロ入り。少し遅れて世界を取る。その後は半年程でやりきったと感じて解散。パレオは竜馬と共にいることを選び、チュチュは音楽の世界に残り、新しいチームの育成を始める。残り三人もそれぞれの未来へ。

・Morfonicaは概ね原作通りの行動。ポピパより一年後にプロ入り。現在引退間近。


RASのチーム結成経歴とそこからの差異
・レイヤ、マスキング、パレオの三人は原作通りの経歴。

・たえが一時的に加入するのは共通だが、ファーストライブの日が違い、文化祭にてポピパ一周年記念のライブは実演できている。
(原作でたえがRASを抜ける日がファーストライブに)

・六花はたえが誘い、そこからオーディションの合格を勝ち取り、その後のライブで正式にメンバー交代。(アニメ2期と、アニメ3期の空白期間になる夏で交代)

・アニメ3期の8話にて、温泉旅行に急遽行くことになった際、パレオとチュチュは予定を空けて大急ぎで合流。その結果全員で集まることになった。(チュチュは風呂を苦手としていたが、克服も兼ねて赴いた)


後江、宮地のクラス替えと学校生活
・後江、宮地共にファイターたちは全員同じクラスで揃っていた。

・後江では玲奈が生徒会長となっており、日菜の発案した合同文化祭に参加している。


合同文化祭のライブイベントにて
・Roseliaは最初から参加を表明。ポピパも先頭で一周年記念ライブを実演成功。

・Roseliaはこの日限定の曲として『Destiny Calls』を演奏している。


遠導未幸に関して
・容姿は友希那にそっくりで、髪の色と瞳の色は貴之と同じ。

・成長した後は歌も好きで歌えるがヴァンガードの道を走る少女となる。とは言え、一般的な女子でもある為、オシャレも大事にするし、ガールズトークだってできる。
(同年代との交流は両親よりも上だったりする)

・使用『クラン』は『ロイヤルパラディン』で、『ブラスター・ブレード』を軸にしたデッキ。この為、貴之の持つ『ブラスター・ブレード』との縁は遂に娘にまでも及ぶこととなった。


と、以上になります。裏設定考えてもそれを公開できるタイミングないって結構寂しいものがあったりします。


長い間本小説を読んで頂きありがとうございました。
今回は打ち切りに近い形を取ってしまったので、次書く時は予定通りの完結をしたいところです。

次回また小説を書くことがあったら、またよろしくお願いいたします。


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