Vinculum semper vivat (天澄)
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序章:Omne initium est difficile.(すべての始まりは困難である。)
一頁目.憧れた背中があった


今日から勇者御記なるものを書けと言われた。

勇者ではないが、勇者の傍にいるからだそうだ。

けれど、いきなり過ぎて

何を書いたらいいのかが分からない。

日記感覚でいいそうだが……。

……そうだな、印章的だった

彼女との出会いについてでも書いておこうか。

あの日の出会いは、何度も夢に見る。

颯爽と現れて、俺を助けてくれたあの後ろ姿。

彼女――■■■はあの瞬間間違いなく、自分にとっては勇者でヒーローだった。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

少年は、ヒーローに憧れていた。

 

 今よりもっと幼い頃、テレビで見た特撮ヒーローが始まりだった。

 仮面ライダー、戦隊シリーズ、ウルトラマン―――そういったテレビの向こうのヒーローたちに憧れて、自分もそうありたいと願った。

 それは男の子であれば、通ることも多い道で。そして少年は幾分か同年代よりも聡明であったために、現実では彼らのようになれないと理解するのも早かった。

 ヒーローに憧れて。現実に悪の組織はなく。自分は特別な英雄とはなれない。そんな多くの人が経験した幼少期。けれど少年はそこで終わらなかった。

 少年は理解していたからだ、ヒーローは悪と戦うからヒーローではないのだと。少年が憧れたのは、誰かの笑顔のために戦える、そんなヒーローたちなのだから。

 

 ならばなろう、ヒーローに。テレビの向こうのヒーローにはなれなくても、自分なりのヒーローに。

 

 そんな小さな少年の、小さな決意。

 

 

 

 

 少年――白芥子(しらげし)長久(ながひさ)は田舎道を一人歩く。

 周囲に広がるのは田んぼや畑。民家は数えられる程度しかなく、道は舗装されていないが人々が幾度となく踏みしめてきたことで固まり、しっかりとした足場となっている。

 遠くに連なる山々を見ながら、長久は随分と辺境に来てしまったものだ、と溜息を吐く。

 

 二〇十九年七月。最近頻発する地震などの災害のせいで父親の仕事場が潰れてしまい、地方へと転勤となってしまった。それについて行く形で長久もまた、父と共に家族揃ってこの田舎へと引っ越してきていた。

 

「……つっても、こんな田舎だとは思ってなかったけど」

 

 地方、とは聞いていたけれどもまさかここまで田舎だったのは長久には予想外だった。引っ越し先の下調べも両親がやっていたし、中学三年生である長久では個人的に下見をする機会もない。結果、この日初めてこれから自分が住むことになる町を見て回れたのだった。

 今は両親は新しい家で荷解きをしている。午前中は長久も手伝っていたが、休憩も兼ねて散歩に行くように言われこうしてふらふらと、宛てもなく町を見て回っていた。

 

 とは言っても、やはりどうしようもない程に田舎。商店街や、以降自分が通うこととなる中学校を一度見てしまえば、他に見に行くものもさしてない。これからどうしようか、と思わず長久は空を仰ぐ。

 雲一つない、どこまでも澄んだ青い空。今まで住んでいた地域よりも空気が綺麗なのか、長久には以前見た時よりも美しく見えた気がした。

 

「……んあ?」

 

 ふと、空を見上げていた長久の耳に何か聞こえたような気がして、思わず辺りを見回す。辺りは田んぼと畑ばかり、視界を遮るようなものは少ない。必然として、長久に聞こえた音の源はすぐに見つけることができた。

 長久がいる道から少し離れた、今は使われていない元畑であろう土地。そこで子供たちが鬼ごっこをしているようだった。歳の頃は長久よりも下、小学二年生か三年生あたりに見える。

 しばし、その光景を微笑ましく見ていた長久だったが、ある時その光景に違和感を覚える。どうやら足が遅い子が一人いるのか、その子がずっと鬼になってしまっているようだった。

 誰も悪意があるわけではなく、珍しくもない光景。けれど鬼の少年は、どこか無理をして笑みを浮かべているように、長久には見えた。

 

 どうしたもんか、と長久は思わず頭を掻く。言ってしまえば、長久には何の関係もないことだ。下手に手を出してしまえば、引っ越してきたばかりだというのに何か問題に繋がってしまうかもしれない。残念ながら、長久はここで反射的に動けるほど、正義感に溢れた少年ではなかったのだ。

 だけど同時に、ここで悩んでしまう程度には良心があった。問題になるかもしれない。助ける義理もない。そもそも長久に利点がない。

 

 そこまで考えた上で――長久は少年たちへと歩み寄った。

 

 どれだけ利点がなくたって、長久は関与することを決めた。それは偏に、長久が憧れたテレビの向こうのヒーローたちであればそれを放ってはおかないだろうと思ったからだった。

 長久は咄嗟に誰かを助けにいける程の善人ではなくとも、悩んだ上でならば助けにいける程度の善人ではあったのだ。

 

「――よっす、坊主ども!」

 

「うわぁああ!?」

 

 少年らに見つからないように接近した長久が突如声をかければ、鬼ごっこに集中していたのか気づいていなかったらしい少年らが揃って叫び声をあげる。

 初手のインパクトとしては充分か、と内心でほくそ笑みつつ鬼ごっこで逃げる側だった少年の一人と、長久は肩を組む。

 

「よぉ、楽しそうに遊んでんじゃねぇか?」

 

「だ、誰だよ兄ちゃん!?」

 

「俺か?今日ここに引っ越してきたばかりの兄ちゃんだよ。多分今度から一緒の学校に通うことになると思うぜ」

 

 このあたりは人口が少なく、小学校中学校が同じ校舎を利用しているため、同じ校舎に通うことになるだろうと思い言ってみれば、それがいい情報だったのか少年たちは若干であるが警戒を解いたように見える。

 よしよし、いい流れだ――そう思いながら、長久は気軽に少年らへと提案を投げかける。

 

「なぁ、俺も鬼ごっこに混ぜてくれないか?」

 

「えぇ……兄ちゃん年上だろ?そっちの方が足早いから嫌だよ」

 

「まーまー、そう言うなって。大人しく混ぜてくれないやつは――」

 

 そこで一度溜めを作った長久は、次の瞬間突如として肩を組んでいた少年の腋へとその手を伸ばした。

 

「――こうだ!」

 

「わひゃっ!?あひっ、あはははは!!」

 

「うわっ、いきなりくすぐりだしたぞこの兄ちゃん!?」

 

「ふははは!次はお前たちの番だぞぅ!」

 

 長久は今までくすぐっていた少年を解放すると、残りの少年らに向き直り手を広げ、指をそれぞれ独立させながらわしゃわしゃと動かして威圧する。

 それを見た少年らは、わー、と叫び声を上げながら散り散りに逃げていく。その中には先ほどまでずっと鬼をやらされていた少年も混じっている。

 そして長久のノリから少年らもあくまでおふざけだと察しているのか、その顔には笑顔が浮かんでいる。それを見て長久は、適度に手を抜いて少年らを捕まえたり逃がしたりしながら、やっぱり皆笑顔なのが一番だよなと内心思ったのだった。

 

 

 

 

「じゃーねー長久兄ちゃん!!」

 

「おーう、また学校で会おうなー!」

 

 長久も今日が特別暇というわけではない。あくまで休憩として外出していただけであり、まだ荷解きの作業は残っている。親からは夜までに帰ってくればいいと言われていたためまだ時間的には問題ないが、あまり遅くなるのも良くない。

 名残惜しいながらも長久は少年らに別れを告げて、新しい家へと帰ることにする。既に時刻は夕暮れ時。ちょっと遊び過ぎたか、と長久は家へと向かい走り出す。

 

 ――そして突如、世界が揺れた。

 

「おわっとぉ!?」

 

 突然の地震に、多少体勢を崩しつつも長久は慌てることなくその場へとしゃがみ込む。いくら突然であっても、ここ最近高い頻度で起きていれば話は別。慣れたもので長久は慌てることなく、地震が終わるのを待つ。

 そんな長久の脳裏に浮かぶのは、この後どうしようかという悩みだ。引っ越してきたばかりで荷物が多いため、自宅にいる両親も長久は心配だった。けれど同時に先ほど別れたばかりの少年らも、長久には気掛かりだった。

 状況的に不安な両親か。それとも年齢的に心配な少年たちか。しばし悩んだ長久は……地震が止んだ直後、その場で立ち上がり家とは反対方向へと走り始めた。

 

 決断は意外と簡単だった。両親は無論心配であったが、あの二人なら大丈夫だろうという信頼が長久にはあった。両親は二人ともそこそこ鍛えていてタフなのだ。ちょっとやそっとや死にやしないと長久は信じていた。

 そして同時に、この状況で両親の方を選べばそのことを両親は多少喜ぶだろうが、それでも両親からは少年らの方に行くべきだったと言われるであろうという確信が長久にはあった。両親はヒーローに憧れた長久を肯定し、いつも背中を押してくれる二人なのだ。だから、長久はすぐに少年らを探しに行くという決断を下していた。

 

 そうして探し回ること数十分。鬼ごっこをして遊んだ場所周辺を探したが、少年らの姿は見当たらない。見つからないのが無事に帰れたからだといいのだが、と思いつつ長久は一度自宅へ帰るべきかと思案する。

 

「あっ、長久兄ちゃーん!!」

 

 そんな風に長久が悩んでいると、少し遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。反射的に声がした方へ視線を向ければ、高く生い茂る草々の向こうから、少年らのうちの一人が飛び跳ねながら手を振っているのが長久の目に映った。どうやら背の高い雑草のせいで、少年らが隠れてしまっていたために見つけられなかったらしい。

 ほっ、と長久は思わず安堵の溜息を吐きつつ、少年らのほうへ向かって長久は雑草をかき分けながら進んでいく。都会育ちの長久には生い茂る雑草たちの元へ突っ込むのは少々怖かったが、そうも言っていられない状況のために突き進んでいく。

 

「そんなところでどうしたんだ、お前ら。地震もあったし早く帰ったほうが……」

 

「それが友達の一人がさっきので腰ぬかしちまってよぅ……」

 

 先ほどの地震が本震だとして、まだ余震が起きる可能性がある。特に最近の地震は連続して起きることが多いのだ、早いところ親御さんと合流させるべきだと思いつつ長久が声をかけると、少年から返ってきたのはそんな言葉。

 それは仕方ないな、と思わず長久は苦笑しながらそういうことであれば自分が運ぶしかないと歩調を強める。身体に当たってくる雑草を鬱陶し気に払いながら、少年との距離が数メートルまで詰まった頃。

 こっちだよ、と言いながら少年が腰を抜かした子がいる方へと走っていく。それに慌てるなよ、と声をかけつつその姿を追いかけようとして。

 

 ――長久の視界に、世界に何かが流れるのが見えた気がした。

 

 直後、地震。それも先ほどよりも圧倒的に大きい。これは大分マズくないか、と慌てて少年らに向けて声をかけつつ長久はしゃがみ込む。

 一秒、二秒、三秒……地震はその大きさに比例してか、先ほどよりも長く十数秒間揺れたかと思うと、次第に収まっていく。

 ここ最近では一番じゃないか、と長久が思っていると、ふと視界に白いものが映った気がした。鳥にしては些か大きく、見慣れぬ形状をしたそれ。

 一瞬だけ見えたそれに、何か無性に嫌な予感を覚え思わず立ち上がった直後のこと。

 

「に、兄ちゃん助け――」

 

「――あ」

 

 少年の、上半身が消えた。

 

 先ほどまで突然の状況に戸惑いながらも、友達のために大きな声を放っていた少年。その少年の上半身が丸々消え、今は下半身しか残っていない。辺りに赤い飛沫が撒き散らされ、白い異形の生物に赤色の斑点が刻まれる。

 

「っうぇ――」

 

 胃から何かが逆流してくる感覚に逆らうことなく、長久は吐瀉物をばら撒く。そもそも抑えようという気が起きない。目の前で起きた信じたくない事実に、長久の思考は完全にフリーズしていた。

 脳裏に浮かぶ、少年らと鬼ごっこで遊んだ光景。それと入れ替わるように蘇るのは、白い異形の生物によって少年の上半身が齧られる光景。交互に思い出される光景に、長久の感じる気持ち悪さは加速していく。

 

「っ、ぁ、が……」

 

 胃に存在していたものを吐き出し切ってしまったのか、ただ息が擦れながら吐き出されるだけになった頃。ふと長久は顔を上げる。

 

「――――――」

 

 そこにはいつの間にか増えていた白い異形の生物に追いかけられる残りの少年らと、目の前でケラケラと笑うかのように体を揺らす白地に赤い斑模様の異形の生物がいた。

 

「――う、あああぁぁぁあああ!?」

 

 直後、長久は駆け出していた。残りの少年らのことなど欠片も頭にない。ただただ目の前の恐怖の象徴から逃げようと、全力で走る。

 

死にたくない。

 

死にたくない。

 

死にたくない!!

 

 頭の中がたった一つの思考で埋め尽くされる。気づけば辺りは白い異形の生物でいっぱいであり、もはやただ必死で脅威のより少ない方へと隙間を縫って逃げるしかなかった。

 

 道中、倒れ伏して手を伸ばす男性がいた。

 

 構っている暇はないと無視した。

 

 恐怖に竦みながらも、我が子を守ろうとする女性がいた。

 

 巻き込まれたくないと無視した。

 

 痛い、嫌だ、死にたくないと叫ぶ少年がいた。

 

 自分だって死にたくないと無視した。

 

 青年、子供、老人――無視して、無視して、無視した。

 

 そうして、あらゆる救いを求める人々を無視して逃げ続けた長久は。

 

「ぐぁっ」

 

 逃げた先の山中で、木の根に躓き地に倒れ伏していた。その際に足をひねったのか、痛みですぐに立ち上がることができない。

 寝返りを打つようにして仰向けになれば、迫りくる数体の白い異形の生物が見える。死にたくない、と心が叫び。どこか冷静な思考がもう助からないと諦めた。

 それでもただ死にたくない一心で辺りに落ちている木の枝や石を投げつける。しかし異形の生物たちは怯む様子も見せない。

 もう助からない、そんなことは分かっている。それでもまだ長久にはやりたいことがあった。

 

 もっと家族と過ごしたかった。

 

 新しい土地で新しい友達を作りたかった。

 

 元々住んでいた土地の友達ともまた遊びたかった。

 

 テレビの向こうのヒーローたちのような男になりたかった。

 

 そしてふと、長久は気づいてしまった。自分が無視してきた人々も、きっとそんな気持ちだったのだろうと。そしてそんな願いを、長久は無視してきたのだと。

 長久はそこで、自分の命をかけてまで誰かを助けられるほど、自らが突き抜けた善人ではないことを自覚した。それは一般的なことであり、誰かに責められなければならないことでもない。

 きっと悪いことではないのだろう。だけどこの瞬間、長久は自らが憧れたヒーローになれなかったことを自覚してしまったのだ。

 

「は、はは……」

 

 長久の口から渇いた笑いが漏れる。自分への失望で、もはや何もかもがどうでもよくなってしまっていた。

 ヒーローになりたいと願いながら、躊躇いもなく他者を見捨てられた自分に生き残る価値はないと、そう思った。

 さきほどまであった死にたくないという渇望が、一瞬で無くなってしまっていた。

 

 そんな長久の様子も気にした様子もなく、異形の生物たちが徐々に寄ってくる。何の因果か、一番前にいるのは少年を喰ったであろう、返り血のある赤い斑模様のある個体だった。

 

「ああ、いや、他の人間を喰ったやつかもしれないか……」

 

 もしかしたら長久が見捨ててきた人間を喰った個体のどれかなのかもしれない。どちらにしても、自らにお似合いの結末だろうと長久は死を受け入れ。大きく開かれた異形の生物の口によって――

 

 刹那、銀閃が奔った。

 

 身体の半ばから真っ二つになる異形の生物たち。気づけば異形の生物と長久の間に一人の少女が立っていた。

 

「君は……」

 

 月光を反射しながら風に靡く美しい黒髪。その手には大振りな鎌を握り、どこか死神とも思えるような後ろ姿。

 けれどその姿に不思議と恐怖はなく。自分を助けてくれた勇ましきその背中に、長久は憧れたヒーローたちの背中を幻視した。




そんなわけでゆゆゆですぜ。今回は軽めの導入。
ぶっちゃけゆゆゆ原作トップ二作に多大な影響を受けてるので、しっかり差別化できてるかが不安よなぁ……。

あとタグにある通り年代は微妙にズラしてます。
いやまぁ、ぶっちゃけ誤差だし、理由も大したことないんだけど。


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二頁目.俺のヒーロー

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大赦書史部・巫女様
勇者御記 ■■■■■■■

 検 閲 済
■■■■

 


 

「……あなた、両親のところにいなくていいの?」

 

「あー……うん、まぁ今はちょっと、ね」

 

 はぁ、と長久は溜息を吐く。視線の先には長久のことを心配そうに見つめる両親の姿があったが、今だけは両親や他の人に近づくのも憚られるような気がした。

 

 ここはとある神社の本殿。長久や無事だった町の人々は、長久の母親主導のもとこの場所へと案内され、あの白い異形の生物たちから隠れるように潜んでいた。

 この場所には何故か白い異形の生物が入ってくることもなく、今のところは誰もが安全に過ごせている。それでも絶対に安全だという確信は誰にもないし、隣人が目の前で殺された人だっているのだ。今この場所の空気は実に重苦しいものだった。

 それに、と長久はチラリと隣に座る少女を見やる。

 

 白い異形の生物に殺されそうになった長久を間一髪のところで助けてくれた少女。年の頃は、見たところ長久と同じ程度だろうか。町の人々を見つめる瞳はどこか無機質で、冷たさと諦観を感じさせる。

 そしてそんな少女の手元には折り畳まれているとはいえ、簡単に人を殺せそうな大鎌が一振り。そのせいか、どうにも町の人々は長久の隣にいる少女を避けているように見えて。その避けようから、ただそれだけが理由ではないようにも思えた。

 

「……何?」

 

 見つめ過ぎたのか、視線を向けて素っ気なく問いかけてきた少女にに対して長久はああその、と言い淀む。しかしそこから何でもないよと言葉を濁した。今の自分に彼女の事情に首を突っ込む資格はない……そんな考えが、長久の中にはあった。

 そんな長久に少女は何を思ったのかわからないが、そう、とだけ端的に返して視線を外されてしまう。やはり素っ気ない、と長久は苦笑しながらもどうしようか、と思案する。

 

 正直なことを言えば、長久は今、この隣にいる少女以外の人と話せる気がしなかった。

 今までヒーローを目指しておきながら、いざピンチになれば自分のことばかり。あの時助けることもせず、自分が見捨ててきた人の家族がこの場にどれだけいるのか――それを考えると、長久は自身にここに避難してきた人々へ話しかける資格がないように思えた。

 両親にしたって、今まで応援してきてくれていたヒーローという夢を台無しにしてしまった負い目があって、今はあまり話したくない。

 そんな中、唯一まともに長久が話せそうなのは、長久にとってのヒーローである少女ぐらいであった。

 長久がここにいる人々と話す資格がないと思っているのは、彼らの家族を救えなかったから。長久が少女とだけは話せるのは、彼女が長久を救ってくれたから。

 少なくとも長久の主観では、少女だけは救う側と救われる側が逆の存在だった。故に、唯一少女とだけは、長久は気負わず話すことができる。

 

「あー……っと、そうだ、とりあえず礼を言ってなかったな。さっきは助けてくれてありがとう」

 

「別に、助けるつもりはなかったわ。放っておけば、次は近くにいた私が狙われる。だから斬っただけ」

 

「それでも、助かったのは事実だから。ありがとう」

 

「……そう」

 

 リアクションとしては素っ気ない。しかし頬を染めている辺りは、何も思っていないわけではないようだった。口下手なのか、はたまた人間嫌いなのか。そこら辺はよく分からないが、話すなら好意で押し込む方がいいだろうと判断する。

 

 ……そうやって、打算で好意を向けようとして、罪悪感に胸が痛む。やっぱり自分はそんな人間だったのかという納得と、そんな自分への嫌悪感。

 それが表に出ないように心のうちにしまって、長久は笑顔を取り繕って少女へと話しかける。

 

「でも……君は何であんな山中に?」

 

 長久が化物に追われて逃げていた山は、あまり人が寄り着くような場所には思えない場所だ。必死だったためにはっきりと道を覚えているわけではないが……それでも、それなりの距離を走ったように思う。

 そんな場所に、同じ年頃の少女が一人でいた。偶然いた、とは思い難いところだった。

 

「……呼ばれた、気がするのよ」

 

 自分でもよくわかっていない、そんな戸惑いを孕んだ表情で少女が呟くように言う。

 

「何にかは分からない。ただ……何かが私を呼んでいて、それに従ったらこれがあった」

 

 そう言って、少女が化物を切り捨てた大鎌を宙にかざす。……そんな少女に、人々が何かを恐れたように、顔を強張らせて後退った。それを見た少女が悲しみからか顔を歪める。

 しかしそんなことよりも、長久には気になることがあった。ずっと、気になっていたことではある。だが少女の話で少しだけ、納得のいった部分があった。

 

「ああ、そうか。だからその光が君と繋がってるんだ」

 

「光?」

 

「ん? そう、光。君と、その鎌を包む光」

 

 それ、と長久が指をさし。どれ、と少女が首を傾げる。あれ、と長久も首を傾げた。

 

「もしかして、君にはその光が見えてない?」

 

「……見えてない、というか。そもそも本当に光なんて見えてるの、って疑ってるわね」

 

 マジかぁ、と長久は頭を抑える。化け物に追われる恐怖か何かで、おかしくなってしまったのだろうか。

 しかし、長久にはどうにもその光がただの幻覚とは思えなかった。

 大鎌を包み込むように存在し、そこから少女と繋がるように伸びる光。それはどこか、優しさや慈しみを感じさせる……温かな光だった。

 

「俺にだけ見える、存在も不確かな温かい光……」

 

 少女に許可をとって、大鎌を触らせてもらう。じんわりと、染み渡っていくような温かさ。

 大鎌自体は金属であり、命を刈り取るが故の冷酷さを表したかのように冷たい。しかしそれでもなお、包み込むような温かさを長久は感じていた。

 

「この光が君を導いて、俺を助けてくれた。ただの妄想かもしれないけど、そうだったらいいな、なんて思うんだ」

 

「……なんというか、ロマンチストみたいなことを言うのね」

 

「ん、む……あれ、今俺、結構小恥ずかしいこと言った?」

 

「言ったんじゃないかしら」

 

 ぐおおぉぉ、と長久が頭を抱える。それを、少女は呆れたような目で見て、溜息を吐く。なんというか、毒気を抜かれたというような態度だった。

 そんな少女のリアクションに、長久は若干のいたたまれなさを感じて、慌てて別の話題を探す。

 

「……っと、そうだ。君の名前、まだ聞いてなかったよな」

 

 何か手ごろな話題を、と考えた長久は未だに少女の名前すら知らないことに気づく。

 単純に恩人の名前を知りたいと思ったというのもある。けれどそれ以上に、長久は彼女と友達になりたかったのだ。

 こんな温かい光に導かれるような少女であるならば。きっとその心は温かいのであろうと、そんな少女と長久は友達になりたかった。

 だから長久は、己の名を告げると共に、その右手を少女へ向けて差し出した。

 

「俺は白芥子長久。君の名前を、教えてほしい」

 

 そんな長久の手を、掴むべきか掴まざるべきか……少女はしばし悩んだ様子を見せる。何かを恐れるように手を伸ばしかけては引っ込めることを繰り返す少女を、長久はただじっと待ち続ける。

 そうしてしばし悩んだ少女は、長久の手を掴む直前で一度止め、口を開く。

 

「あなたは……どうして私と友達になりたいの?」

 

 ふむ、と長久は悩む。友達になりたいという思いに具体的な理由などない……と、長久としては言いたいところなのだが。

 少女は明確な答えを求めているのだ、と少女の揺れる瞳を見て長久は悟る。ならばあえてこの思いを言語化するならば、と長久は一度目を閉じ、己の心と向き合う。

 

 自分なんかが彼女の友になる資格があるのか、という迷いがあった。

 自分は彼女のようなヒーローではない、という劣等感があった。

 それでも友達になりたいという、大きな想いがあった。

 

 ならばその想いがどこからくるのかと、長久は自らの心を見つめる。

 

「……温かい光。それに導かれた君はきっと、その光のように温かい人で」

 

 長久は少女に助けられた時のことを思い出す。

 

「俺を助けてくれた時の背中が、忘れられない。あの瞬間、間違いなく君は俺のヒーローだった」

 

 差し出した手を、一度己の胸に当てる。

 

「過去に君に何かあったんだろう、とは周りの人の様子を見てて思った。君が避けられている、というのも察してはいた」

 

 それでも。その上で。そうして自分の中の想いを見つめ直した上で、長久はもう一度、改めてその手を差し出す。

 

「俺を助けてくれたヒーローのことをもっと知りたい。君のようなヒーローになりたかった。憧れたんだ、俺は。君に」

 

 もう、ヒーローになる資格など自分にはないけれど。せめてヒーローの傍にいて支え続けることぐらいは。それが自分にできる、精一杯の罪滅ぼしだから。

 だから友達になってくれ、と長久は少女の目を見て、その手を差し出すのだ。その目を見てれば、まだ自分も進める気がしたから。

 

「……私は、きっとヒーローなんてそんな立派な人間じゃない」

 

 少女は長久の言葉に首を振る。少女は何よりも自分を信じられなかったから。自分で自分の価値を認められなかったから。

 けれど長久が少女のことをヒーローだと言ってくれるのなら。もしかしたらヒーローという価値ある自分になれるかもしれないなら。

 

「だけど、それでもあなたが私をヒーローだって言ってくれるなら。私はそれを……信じてみたい」

 

 少しだけ、少しだけではあるけども。長久の言葉に、少女は自分のことも長久のことも信じたいという気持ちになっていた。

 

「……郡、千景。その……よ、よろしく」

 

 少女――千景が長久の手を、そっと握り返す。 

 それは、顔を逸らしながらですぐに放されてしまったが、少し紅潮した頬と照れ臭そうな仕草が決して嫌だったわけではないことを示していて。恥ずかしがり屋なのだろう、と嬉しさとおかしさから長久はつい笑みを浮かべていた。

 

「私に何か、おかしいところでもあった?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないよ」

 

 そういうわけでもあったのだけれど。長久はちょっとだけ嘘をついて誤魔化す。

 千景はそれをしばし疑う様子を見せていたが、流石に少し話しただけの相手の嘘を簡単には見抜けない。長久が言ったことが本当なのか、結局分からず、千景は仕方なしに諦めるしかなかった。

 

「……それで。と、友達になったはいいけど、どうしたらいいの?」

 

「え?うーん……そうだな」

 

 はて、と長久は首を傾げる。友達になって最初にすべきこと。長久は今までの人生で大体勢いで友達を作ってきたために、こうして改まった形で友達になるなど初めてのことだ。長久自身、具体的なことが思い浮かばない。

 何度か首を傾げながら、どうにか捻り出そうとするも出てくるのは当たり障りのないアイデアばかり。それでも言わないよりはマシか、と一応口には出してみることにする。

 

「自己紹介してみるとか……?」

 

「面白味のない答えね」

 

「うるせー!俺だってこうやって友達になろう、って言って友達になるのは初めてなんだよ……!」

 

 仕方ないだろ、とちょっと拗ねながら長久が言えば、まぁ仕方ないわね、と言って千景が呆れた顔をする。

 しかし呆れた顔ながらも、千景は長久の提案に乗ってくれるようで、言葉をまとめるためかゆっくりと言葉を発していく。

 

「改めて……郡千景、です。えーと、十四歳の中学三年生。趣味はゲーム。……あとは何を話したらいいのかしら?」

 

 そこで早くも自己紹介に詰まる千景に、長久はさてはこいつ結構やべー人生送ってるな、と察しつつ、ならばこちらで話を広げるしかないかと、今の自己紹介で気になったことに触れることにする。

 

「ゲームっていうと……何やってたりするんだ?」

 

「色々よ。有名なのだとモンハンとかね」

 

「お、モンハンか。俺もやってるなぁ」

 

「といってもモンハンはあんまり本気でやってないわよ。最近環境生物のコンプ終わったばかりだし……」

 

「いやそれ結構やってない?」

 

 長久がゲーマーと一般人の尺度の違いに慄きつつも、ゲームであればある程度触れたことがあるために長久と千景の話題はそこそこ弾む。千景が他人と話し慣れていないために、時々会話が詰まることはあったが、それでも長久がフォローを入れてそれなりには話せた。

 そうして一つの話題で盛り上がり会話に慣れてくれば、自然と他の話題も会話で出てくるようになる。状況的に神社の本殿から出ることもできず、長久は負い目から。千景はその生い立ちから、他の人と話すことも少なく。二人だけで話す日々を数日過ごしていたある日。

 

 ――世界に、巨大な樹が現れた。




そんなわけでこの作品でも年齢弄ってます。
私小学生中学生らしい思考が書けなくて、年齢のわりに思考が大人びてしまうので……。


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三頁目.勇者たちと俺

何故か丸亀城に招かれた。

なにやら自分には特殊な力があるらしい。

それを活かして研究に協力しろとのことだ。

若干、■■■■■■な扱いもあるようだが……。

それでも何かやることがあるというだけでありがたい。

何もしていないと……■■■■■■なってしまうから。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 なんというか。

 

「……あー、えっと」

 

 空気が悪い、というか。重苦しい、というか。

 大人たちによって長久たちが集められた、香川県に存在する丸亀城の空気は控えめに言ってもあまりよろしいものではなかった。

 初対面であれば多少空気が重くなるのはわかる。ただどうにも、面子が悪かったというか。

 

 如何にも生真面目そうというか、場が場であるからかやけに畏まった少女。

 人見知りなのか、小柄の少女に後ろに若干隠れるようにしている少女。

 そして興味がないと言わんばかりに、わざわざ配給してもらった携帯ゲームで遊ぶ郡千景。

 

 思わず長久は溜息を吐き、全く同じタイミングで同じく溜息を吐いた黒髪が美しい、リボンが特徴的な少女と苦笑し合った。

 

「それでは……何はともあれ、自己紹介から始めましょうか」

 

「ま、コミュニケーションの基本だよな。誰から行く?」

 

 黒髪リボンの少女の言葉に、長久が追従する。恐らく、こういう場において場を動かす司会の適性があるのは長久か黒髪リボンの少女のみ。

 他の人物は立ち振る舞いなど細かな仕草からの想像でしかないが、そういった適性はないだろう。リーダーやムードメーカーなどの別の適性ならあるかもしれないが。

 その点、黒髪リボンの少女はこの状況で真っ先に話題を提供し始めた辺り信頼できそうだった。

 

 まぁとりあえず彼女の作ろうとしている流れを支えるか、と判断して開幕自己紹介する人がいなければ自分がやろうと長久は考え。

 はーい、と元気よく手を挙げた少女がいたために、大人しくそちらに譲るため声をかけることにした。

 

「元気だなぁ……。とはいえやりたいなら、頼むよ」

 

「それじゃあ自己紹介、いきます!」

 

 ふんす、と体の前で両手で握り拳を作る少女は、長久がその立ち姿からムードメーカーが向いていそう、と思った少女だ。

 赤みのある明るい髪色に、肩ほどまで伸びるサイドポニー。明るく可愛らしい外見とは裏腹に、腕や足はただ細いのではなく引き締まった健康的なものなのが印象的な少女だった。

 

「はじめまして、高嶋友奈です! 奈良県出身でなんか勇者に選ばれました! 皆と仲良くやっていけたら嬉しいです!!」

 

 明るくそう言い切った少女の笑顔は、見ていた長久まで笑顔になれそうで。なんとも見ていて気持ちのいい笑顔だった。

 少し自己紹介としては情報が少ないようにも思うが、これから他にも自己紹介することを考慮すれば丁度いい範囲だろう。

 

 そうして基準とでもいうべきものが出来上がったことで、自己紹介のハードルが下がる。結果として続々と気軽に自己紹介が始まっていく。

 

 一番小柄な少女の土居球子。その後ろに隠れるようにしている伊予島杏。

 最初に話を切り出した少女が、上里ひなたというようだった。そしてそれに続く形で長久も自己紹介にすることにする。

 

「俺は白芥子長久。まー、女所帯の中に一人男がいる段階で察してると思うけど、特殊事例ってやつだ。細かい話をすると面倒だからそこら辺は後回しだな」

 

 肩を竦めて長久が言えば、あえて先延ばしにしたからか興味をそそられたようで、何人かが不満げな顔をする。これなら後々の話題に使えそうだな、と次のコミュニケーションの布石を用意しつつ、長久は話は長くならないように気を付けながら、言葉を紡いでいく。

 

「基本的に何でもやる器用貧乏だ。鍛錬以外では一緒になるっぽいからよろしくな」

 

 ここに集まったメンバーの中で唯一理由が違うのが長久だ。そもそもある種、この場にいるのが異端とも言える立場になる。

 故に彼女らが必要とする、合同鍛錬などには長久は非参加となっていた。

 

 そうして長久が自己紹介を済ませた後。いい加減話せよ、と長久は隣に居る千景の脇を肘で突っつく。それに千景は鬱陶しそうな顔をしながらも、仕方ないとゲームを一旦中断し、この場に来てから初めて声を発する。

 

「……郡千景。必要最低限の応対ならするけど、特に仲良くする気はないわ」

 

 その千景の言葉に、高嶋が困ったように笑い、上里があらあらと笑い。土井がなんだこいつと呟いて、伊予島は少し怯えたような顔をする。

 そして自己紹介がまだな最後の一人が眉根を寄せて、長久は思わず頭を抱えた。

 これ後でフォローしなきゃいけないやつだな、と理解すると同時に今後もこうやってフォローに走る羽目になるかもしれないと思うと、長久は少し頭痛がした。

 

 そんな一人苦悩する長久を横目にして、最後の一人が堂々とした振る舞いで自己紹介を始める。

 

「乃木若葉だ。この度生大刀に選ばれ勇者となった。昔から居合を修めているため、刀の扱いには慣れているから戦力として期待してくれていい」

 

 そこまで目を伏せながら言った乃木は、深く長く、一度息を吐き出す。

 そして次の瞬間開かれたその瞳には、強烈な意思の光が宿っていた。

 

「あの化物どもに、必ずや報いを。……それが私の戦う理由だ」

 

 乃木の覚悟に、飲み込まれたように誰もが言葉を失う。そうして訪れた静寂の中、長久は乃木の言葉をゆっくりと噛み砕いていく。

 

 ――戦う。そう、この場に集った少女たちは、あの化物たちと戦うために集められたのだ。

 

 勇者、と呼ばれる特別な存在。神話の時代の武具に選ばれ、通常兵器の一切効かないらしい化物たちと戦う力を得た少女たち。

 ……そして何より、いきなり勇者として選ばれてなお、あの危険な化物たちと誰かの為に戦うことを選び取れる少女たち。

 それは長久にはできなかったことであり。ヒーローという、長久の憧れた在り方であった。

 この場にいるだけで長久は劣等感を刺激され、しかし同時に自分がヒーローになれなくてもヒーローはいたのだと安心できる。そしてそんな自分を嫌悪するのだ。

 

「……若葉ちゃん。確かに今日は勇者同士の初対面で気合が入るのも意気込みを言うのも分かりますが」

 

 そんな風に長久が自己嫌悪していると、呆れたような声で上里からそんな言葉が発せられる。

 それに長久の意識が引き戻され、声がした方を見れば溜息を吐いた上里と、困ったような顔をする乃木の姿があった。

 

「どちらかと言えば今回は今後連携をとることになる相手と、ある程度親交を築いておこうというのが目的なんですよ?」

 

「む……」

 

「ですからもう少し親しみやすい自己紹介をすべきで……ああ、いえ。人前でする話ではなかったですね」

 

 なんというか。君は乃木さんのお母さんか何かなのか、なんて長久は思いつつ。

 これお前にも刺さるやろ、と再び肘で千景の腋を突っつく。千景はばつの悪そうな顔をしてこそいるが、反省はしてないんだろうな、と短い付き合いながらも長久は察せるようになっていた。

 

「つってもまぁ、こうして集められたと言えど、いきなり過ぎて何話せばいいのかってところはあるだろ」

 

「確かにそれもそうですね……。自己紹介をしても趣味が合わなければ話題が広がらない場合もありますからね」

 

 となると、どうやって共通の話題を作るか、という話になるのだが。出身地はバラバラ。簡易的な自己紹介で現状では共通の趣味嗜好があるのかもわからない。

 一番手っ取り早いのは何か共通の話題を作ってしまうことなのだが。

 

「……あ」

 

 そう考えた長久に天啓が下った。

 

 とりあえずまずは香川県出身であると言っていた上里。そしてその彼女と親しいらしい、恐らく香川県民であろう乃木を長久は呼び寄せる。

 そこから小声で、長久が閃いたアイデアを話せば、名案と言わんばかりに二人が頷く。

 流石、香川県民。長久も引っ越す前は香川で過ごしていたために、この点に関しての意思疎通は完璧であった。

 

 一先ず、乃木と上里に他のメンバーへの説明を任せ、長久は大人たちへと許可を取りに行くことにする。

 この場に長久たちを集めた大人曰く、勇者という存在は今かなり重要らしい。そのため、ただ仲良くなるための行動にも許可が必要となるのだった。

 

「――反吐が出るな」

 

 長久は一人、廊下を歩きながら自らの思考に対しそう呟く。何が仲良くなるだ、ふざけるなと。

 人々を見捨てて醜く生き延びた自分が、世界を救うかもしれない勇者たちと仲良くなろうなど烏滸がましいにも程がある。

 自分のようなクソみたいな人間と、彼女たちのような勇者という上等な人間が関わるなど許されるわけがない。それが、長久の考えだった。

 

 そもそも、長久が彼女らと仲良くなろうとしている根底にあるのは、勇者である彼女らと関わっていれば自分も上等な人間になれるような気がしたからだ。

 千景と友達になったのだって、そんな思考があったからこそだと長久は思っている。故に、そんな理由で彼女らと関わろうとしている自分が、長久は反吐が出るほど嫌いだった。

 

「……あ、すいません。ちょっと外出したいんですけど」

 

 とはいえ、それを表に出すことだけはしない。もしこれを他者に、特に勇者に話せば()()()()()()()ことを長久は理解していた。

 究極的に、長久のそれは自分で自分が許せないだけの話でしかない。長久に怒りを向ける人がいるとしたら、長久が見捨てた人々の遺族ぐらいであり、多くの人が仕方なかったというだろう。

 生き延びた人に、長久と同じように他者を見捨ててきた人がどれだけいるのか。誰だって死にたくないのは当然なのだ。

 だから少しだけ話しただけでもわかる、性根が優しい勇者たちがこれを聞けば長久は間違いなく許されるのだろう。仕方がなかった、と。

 

 ――そんなわけがあるか。

 

 仕方なかったで済ませられるわけがない。人の命は、そんなに軽くない。

 見捨てたのだ、殺したも同然なのだ。それは、長久にとって背負わなければならないものだった。

 だから絶対に長久は許されてはいけない。そう決めていた。それが長久にとっての当然だった。

 

「とりあえず、上の方にかけあってみたら大丈夫だって。流石にすぐには無理で、数日後になっちゃうけど大丈夫?」

 

「……ああ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 事情を話し、お偉いさんにかけあってくれた大人に対して、一度思考を振り払ってから長久は礼を言う。

 どうにも、一人になると悪い方向にばかり思考がいってしまう。

 自省は大事だ。自分はこうして常に責められ続けなければいけないとは思う。

 とはいえそれでパフォーマンスを落とし、問題が生じてはマズい。芋づる式に悪い方向へと転がすわけにはいかない。

 

 簡単に振り払えるものではないが、思考の片隅に押し退けることで一度思考をリセットし、もう一度お辞儀をしてから勇者たちの元へと戻ることにする。

 とりあえず丸亀城周辺の地図はある程度長久の頭に入っているために、周辺で丁度いい店をピックアップしていく。

 あとは上里と乃木にも確認をとって――そうやって、思考を別の方へ働かせることで、自己嫌悪を一時的に抑えつけておく。

 

 この後のことは、長久にとっても中々に楽しみなことだ。それを楽しむ資格が自分にあるのかという疑問はあれど、そういった息抜きがなければ擦り潰されてしまう自覚が長久にはある。

 故に自責の念に擦り潰されてしまうのもいいか、なんて思考を、まだ自分には割り振られた役目があると言い聞かせ抑えつつ、長久は勇者たちの元へと戻っていった。




なんだこの主人公、めんどくせぇな?

そんなわけで次回、香川県民による洗脳開始。
なお作者は別に香川のうどんを食べたことがない模様。
そんなに美味いのん??


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四頁目.コミュニケーション:勇者

うどん――そう、それは最強の食べ物。

うどんは美味しくて大抵のことに役立つ。

コミュニケーションだってうどんがあれば完璧だ。

うどんにできないことはきっと何もない。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「――っ!?」

 

 予想外の衝撃に思わず、と言わんばかりに隣に座った千景が目を見開く。そんな千景を見て長久はほくそ笑みながら、長久はついに店員によって目の前に置かれたうどんに対して手を合わせ、いただきます、と小声で呟く。

 うどんに対しては最大限の礼儀を尽くさなければならない――故に、このうどんを作った料理人はもちろん、小麦粉を栽培してくれた農家や、だしの材料を獲ってくれた漁師への感謝も忘れない。無論、食材自体にもだ。

 

 そうして感謝を捧げ終えたら、次は箸を手に取り、うどんの見た目を楽しむ時間になる。

 柔らかな印象を与える、淡いクリーム色。艶のある、触れずとも弾力があると分かる麺が薄い黄金色のつゆに映える。

 ごくり、と思わず生唾を飲み込みながら、ゆっくりと箸でうどんを持ち上げる。弾力がありながらもなめらかなうどんは、ともすれば箸から滑って逃げてしまいそうで。しかしそこは長久も元香川県民。切れてしまわないよう、適切な力でしっかりと挟み込む。

 

 静かに口元まで運べば、つゆから発せられる魚介系の匂いに紛れて、仄かにかおる小麦の匂いが鼻孔を刺激する。

 これは美味いという確信――しかしそれに焦ることなく、あくまで丁寧にうどんを口に含む。

 

「ん……」

 

 ずず、と軽く音を立てながらうどんをすする。日本の麺料理は音を立ててすするのが粋ではあるが。それでもある程度、周りに配慮して抑えめにするのが基本だ。

 しかしこのうどんはそんな配慮をするまでもなく、そのなめらかさ故に軽い力ですするだけであっさりと口の中へと飛び込んでくる。

 

 適度な余裕を持って口に含まれるうどんを、長久はゆっくりと咀嚼していく。つゆの風味が口の中に広がる中、柔らかくしなやかな弾力があるうどんへと長久の歯が食い込み、そして硬めの芯をちょっとだけ力を入れて噛み切る。

 長久はそんなうどんのコシを楽しみながら、噛み切ったことでつゆの味と共にほんのりとした甘みが広がっていくのを感じる。そしてその甘みが味に更なる厚みを持たせ、口の中へと広がっていく感覚に長久は自らの口元が弧を描くのを自覚した。

 

 しかしうどんとは放っておけばのびてしまうもの。故に長久は手早く、しかし確かにうどんを味わいながら咀嚼していく。

 噛み砕くのは控えめ、少し形が残る程度でうどんを飲み込めば、喉の粘膜を刺激しながらうどんが食道を通っていく。しかしうどんが持つなめらかさ故、それが不快に感じることもなく、適度な刺激となり長久の眉尻は自然と下がっていた。

 

「はふぅ……」

 

 長久は目を閉じ、天を仰いで余韻に浸る。約一ヶ月ぶりとなる故郷の味に、長久は感動のようなものすら覚えていた。

 やっぱこれだよこれ、と余韻から帰ってきた長久はうどんがのびないように手早く食べよう、とうどんと向き合い。

 

「あれ、どうした?」

 

 そしてやけに自らに向けられる視線に気づいた。

 思わず長久がそれに首を傾げていると、ゴクリ、と何故か揃って喉を鳴らした勇者の面々ががっつくようにしてうどんを食べていく。

 突然の事態についていけず、何事かと若干呆けながらも長久もうどんを食べていく。

 

 そんな長久を見かねたのか、香川県民であり比較的うどんの美味しさに慣れている様子の上里が苦笑しながら話しかけてきた。

 

「白芥子さんがあまりに美味しそうに食べるからですよ」

 

「うん?」

 

「白芥子さんが美味しそうに食べるものだから、皆さん食べたくなってしまったんだと思います」

 

 そこまで美味しそうに食べてただろうか、と長久は首を傾げ。まぁ皆がうどんを食べるなら何でもいいかと長久は納得した。

 究極的にはうどんが普及すればそれでいいのだ、と長久は自分の分のうどんを食べてしまうことにする。

 

 久々だったが故にうどんの味をより楽しめるようにとシンプルなぶっかけうどんにしたが、些か物足りなかったかもしれない――なんてことを思いながらうどんをすすっていると、乃木がそういえば、と話しかけてくる。

 

「しかし白芥子さんも香川出身だったんですね。郡さんと共に高知から来たと聞いていましたが」

 

「ああ、元々は香川出身だよ。高知の方には引っ越しただけ」

 

 まぁ高知についてはほとんど神社の中で過ごしてたからよく知らないんだけど、と長久が付け加える。それに乃木と上里はなるほど、と納得の声を漏らす。

 

「ですがそういうことでしたらかなり大変だったんじゃないですか? 引っ越してすぐまた引っ越すことになったわけですし」

 

「あー……それがなぁ。結構複雑な事情があるんだわこれが」

 

 上里からの疑問に、長久は思わず頭を掻く。言っていいのかこれ、と一瞬疑問に思うも、そもそも長久や千景には知らされている情報故に、まぁ勇者相手なら言っていいだろう、と判断して語ることにする。

 

「上里は巫女だったよな? だったら俺と同じ苗字の巫女いるの知ってるだろ?」

 

「ええ、巫女内ではかなり高位の方ですが……まさか親族の方なんですか?」

 

「あれ、母親」

 

「えっ」

 

 思っていた以上に近い血縁関係に上里が固まる。まぁそれも当然かな。長久の母は巫女として最上位の力を持つ存在だ。歳であるためにその力こそ衰えており、一般的な巫女と同じ程度になってしまっているが、それでもその扱いは特別なものだ。

 そもそも。基本的に神に好まれるのは若く清らかな乙女だ。それが子供を産み、妙齢となった上でなお他の巫女と同等の力を持つなど、巫女としての適性が高過ぎるのが長久の母だった。

 

「それでまぁ、高知には勇者や住民を安全な地まで案内できる巫女適性がある人間がいないってことになったらしくてな。うちの母親が派遣されることになったらしい」

 

「そういうことでしたか……」

 

「……いや、だが待て。つまりそれは、大社は()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 乃木の呟きに、そういうことだなと長久は頷いて返す。

 元々、長久たちを丸亀城へと集めた大社という組織は、この化物たちに襲われるという事態を予期していた。長久の母が過去に神託を受けていたらしいのだ。

 

「あの……そういうことでしたら、周知しておくことでもっと被害は抑えられたのではないでしょうか……?」

 

 うどんを食べ終えたらしい伊予島が、おずおずとそう言葉を放つ。確かに伊予島の言う通り、もっと襲撃の話を周知しておくのが理想形だったのだろう。しかしである。

 

「いきなり化物が襲ってくると言われて信じる人間がどれだけいる?周知しても、それが信じられないんじゃどうしようもない」

 

 だから次善の策として、事が起きてから対応できるよう人員を配備するしかなかったのだ、と長久は口にする。

 長久の言葉に、実際自身が言われても信じなかっただろうことが想像できたからか、それに反論する者は誰もいなかった。

 

「……確かに、大社自体も日本全体に力が及んでるわけではないようだし。偽の情報で予め避難させておくのも難しかったでしょうね」

 

「まぁそんなわけで。白芥子一家は高知に引っ越したのです、っと」

 

 千景の言葉に追従してちょっとだけ茶化して言う長久であったが。それでも重くなった空気は改善しない。これは話題選びに失敗したな、なんて思いながら長久は頭を掻く。

 どうしたもんかと、知り合って間もないために具体的なフォローも思いつかず、長久が困っていると、でもさ、と一人の少女が声を上げた。

 

「理想的じゃなくても、何もしないよりは助かった人は多いんでしょ? だったら今はそれを喜ぼうよ!」

 

 そう言った少女、高嶋は心からそう思っていることが伝わってくる笑顔で言い切る。

 

「それに大社のおかげでこうして皆と会えたわけだしね!」

 

「……俺たち、それを喜べるほどまだ仲良くなってないぜ?」

 

「えー!? 仲良くはなくても新しい友達が増えるのは嬉しくない!?」

 

 それは確かに違いない、と長久はくつくつと笑いながら呟く。実に底抜けに明るい少女だ、と長久は高嶋のことをそう評する。

 ムードメーカーとして、いつかこのメンバーに欠かせない人間になるだろう。長久自身、この短いやり取りだけで彼女のことを好ましく思っていた。

 

「それじゃあ仲良くなるためにもう少し俺の話でもしようか」

 

「聞きたい聞きたい!」

 

「そういえば、なんで白芥子さんが丸亀城に呼ばれたのか聞いてませんでしたね」

 

「それはタマも気になるぞ」

 

 あ、これちょっと気分いい。

 

 続々と上がる聞きたいという声に、長久はそんな感想を抱きつつならばどこから話すかと思案する。

 

「さっき、俺の母親が巫女として破格の力を持っているって話はしただろ?」

 

 立てた右手の人差し指をユラユラしながらそう問えば、千景以外の誰もがうんうんと頷く。千景に関しては既に知っている内容故に暇だろうが、我慢してもらうしかない。

 

「まぁそれが息子の俺にも影響を及ぼしてて。特異な力が発現してるらしい」

 

「特異な力……ですか」

 

 乃木の言葉におう、と肯定の言葉を返す。ただここからがどうにも説明が難しいところになる。何と言っても、証明が難しい力であることが問題になる。

 

「巫女の力って、基本的に神からの声を聞く力……って認識で間違ってないよな上里?」

 

「そうですね、大まかにはその理解で間違ってません」

 

「ただその力は男には発現しないものだ。神託を正しく受け取れるのは無垢な少女しかいない」

 

 それは神々が無垢な少女を好むがために、どうしようもない点である。あとはまぁ、他にも条件はあるようだがここでは必要ない情報であるために長久はその説明を割愛する。

 

「それでもなお、男である俺に遺伝してしまう程に母さんの力は強かった」

 

「……なるほど、男の白芥子さんに巫女の力が無理矢理受け継がれた結果、それが歪んで特殊な能力になったと。そういうことでしょうか」

 

「凄いな上里。正解だ」

 

 上里の言葉に肯定を返した長久は、トントン、と自分の頬骨の辺りを指先で軽く叩く。

 

「見えるようになったらしいんだよな」

 

「見える?」

 

「神様の力ってやつ」

 

 謎の光が見える、と両親に相談したところ、発覚したのがその力だった。

 曰く本来は神々の力は純粋なエネルギーであり、目には見えない力らしい。それが見える、というのは不明な点が多かった神々の力を解明する足掛かりになるかもしれないようで、研究に協力して欲しいということで長久は丸亀城へと呼ばれていた。

 

「ですけど、何で丸亀城に? 研究でしたら大社本部の方でもできるはずですし……」

 

「勇者の方の分析にも俺の力を使いたいらしいなぁ……」

 

 肩を竦めてそう言った長久に、問うた伊予島が納得の表情を見せる。

 大社が研究したいのは神々の力であり、それはその力を扱う勇者も例外ではない。故に、研究対象は全て一纏めにしてしまおう、という判断があったと、長久は聞いていた。

 

 そんなことを漠然と思い出す長久は、しかし。いい加減視界に映るものが気になって仕方なくなってくる。

 誰も触れないがために放置していたが、いい加減我慢が効かず、思わず長久の口から疑問が漏れた。

 

「……それで、そろそろそいつらについて触れていいか?」

 

「……うぅん……」

 

 長久が顎でうなり声がする方を示し、それに上里や伊予島、乃木が揃って苦笑しながら示された方へ顔を向ける。

 そこには話の途中から頭を抱えてただ呻き始めた土居と高嶋の姿があった。

 

「タマには難しい話はわからないぞ……」

 

「うーん……うーん? つまり長久くんには巫女の力があって? 巫女さんは女の子限定で? でも長久くんは男の子だよね……???」

 

 なるほど、土居と高嶋はあまり頭がよろしくないのだな? と仲間たちの理解への深めつつ、長久は溜息を吐く。

 そしてならば彼女らにも分かるように噛み砕いて言うならばどうすればいいのか思案し、いいか、と前置きしてしっかりと二人を見据えて口を開く。

 

「俺には君たちが戦う時に使う不思議パゥワッを見る力があるんだ。オーケー?」

 

「っ、なるほど!」

 

「オッケイ!!」

 

「頭悪過ぎじゃない?」

 

 千景から辛辣なお言葉が飛んでくるが、まぁ実際頭が悪いので長久には否定ができない。流石に長久自身ちょっと知能を落とし過ぎた気もするが、まぁ理解してもらうためだから仕方ないと納得することにした。

 

「ま、そんなわけで皆が戦闘訓練やってる時、俺は研究に協力する感じで、あとは大体皆と一緒に行動する感じだな」

 

「そっか、よろしくね長久くん!」

 

 高嶋から差し出される右手。まぁ何ともフレンドリーな少女だと苦笑する。

 けれどこの感じなら今後も仲良くやれそうだ、と長久は同じく笑顔で差し出された右手を握るのだった。




なんで俺、うどんについて調べなきゃならないのん??
そんなわけでそれなりにうどんについて調べながら書いてた今回です。
今回のお話、かなり知能が落ちてた気がするぜ……。


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五頁目.コミュニケーション:乃木若葉

白芥子長久。

友人として、比較的好ましく思う相手。

しかしどうにも、心配な相手でもある。

時々見せる、思いつめたような表情。

彼がよく間食をとっているのも、

ストレスからなのかもしれない。

けれど、それについて踏み込める程、

まだ私たちは親しくない。

丸亀城に来る以前からの友人らしい、

さんであれば何か知っているかもしれないが……。

彼女も彼女で、問題を抱えているようだし、

人間関係、というものはどうにも難しいものである。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年十月

 検 閲 済
乃木若葉記

 


 

 大手門を潜り抜ける。

 基本的に、勇者及び長久は丸亀城内でのみ過ごすことが許される。化物が現れ、それを打破する可能性がある人間を保護しておきたい、というのは当然の思考故、長久自身それに文句を言う気はない。

 しかし、いくら丸亀城の土地には芝生広場や林があると言っても、それでも閉塞感があるのは否めない。

 単純にずっと同じ光景ばかり見ているのは気が滅入ってしまう、という話だ。

 

 そのため長久は、一週間か二週間に一度ほど、外出の機会を設けている。大体は食べ歩きであり、偶にバスでちょっと移動して昔住んでた地域の友人たちと遊ぶ。

 息抜きが必要、というのは大社側も理解してくれており、また度が過ぎれば監禁と変わらないとも分かっているらしく、そこら辺簡単に許可はおりるのだった。

 

 そんなことを思いながら、長久は買ってきたどら焼きの最後の一口をいただく。長久が外出する時は、基本的に買い食いがメインだ。長久はうどんに限らず、美味しいものを食べること自体がそもそも好きだった。

 無論、自分だけで楽しむわけではなく、お土産だって買ってきてある。そこら辺、長久には研究協力の報酬としてお金が入っているために余裕があるのだった。

 

「……お、あれは」

 

 時刻は現在三時頃。芝生広場に誰かいるかもしれないし、いたらその人としばらく喋ろうかな、なんて長久が思っていたところ。

 大社から支給されたトレーニングウェアを着て、髪を揺らしながら刀を振るう少女の姿を見つける。

 

 細く、鋭く息を吐き――抜刀。宙に斬閃が走り、そこから二の太刀、三の太刀と斬撃が紡がれていく。

 その技術は素人である長久には分からないものであったが。努力の積み重ねによって洗練された美しさがあることだけは分かり、気づけば自然と長久は拍手をしていた。

 

「っ、む……白芥子さん、でしたか。急に音が聞こえてきたものですから、驚きました」

 

「ああ、ごめんごめん。あまりにも綺麗な動きでつい、な」

 

 肩をビクつかせて振り向いた乃木に、流石に申し訳なさを感じて長久は謝罪する。

 そんな長久に気をつかったのか、はたまた元々その予定だったのか。乃木は木陰を指さし、休憩がてら話し相手になって欲しいと提案してくる。

 それに対し長久は快諾。元々、人がいれば話そうと思っていたために、断る理由がなかった。

 

「はいこれ」

 

「これは……六万石(ろくまんごく)?」

 

「お、知ってる? 今日は寶月堂(ほうげつどう)ってところ行ってきたんだー」

 

 あむ、と乃木にも渡した六万石というお菓子を齧る。もなか種のサクッとした食感があったかと思えば、次の瞬間には求肥(ぎゅうひ)の柔らかさととあんこの甘さが口内に広がる。

 最近、長久は出かける度にこうしてお菓子を買って食べていたが、これは中々に好みの味で上位に入るだろう。

 そんなことを思いながら食べていると、乃木がじっと見つめてくるので、長久は食べながらつい首を傾げる。それに対し乃木は、見つめていることがバレたのが気まずいのか、ああいえ、と言葉を漏らしたあと、おずおずと思っていたことを口に出す。

 

「その、白芥子さんは何かを食べている姿が印象的だな、と思いまして……」

 

「ああ、まぁ最近俺自身、よく食べてる気はするなぁ……」

 

 特別腹が減っているわけではないのだが、と自らのことながら長久はどうしてだろうと疑問を覚える。

 しかし結局、明確な答えが出ないためにまぁいっかと思考を投げ捨てた。

 

「美味いもんは美味い。だから食べたい。そんなもんでいいんじゃないの?」

 

「……それもそうですね」

 

 苦笑する乃木に、さてはこれあんまり同意を得られてないな? と何となく察しながらも長久はそこら辺は個人の自由ということで気にしないことにした。

 説得が面倒だったのもあるし、今はとりあえず美味しいものを食べるのが優先だった、というのもある。

 しかしそれ以上に、どうにも以前から気になっていたことがあるために、今はそれを優先したかったことがあったのが大きかった。

 

「なぁ乃木。その……さ。できれば敬語、やめてもらえないか?」

 

「え?」

 

「ああ、いや。お前がそれが一番話しやすいとか、歳上にため口とか無理っていうなら別にいいんだけどさ」

 

 長久もまだまだ思春期。歳の近い女の子、それもかなりの美少女にもっと親しく接してくれ、と言うのは些か気恥ずかしかったが、それでもそれ以上に引っかかる部分が大きかったために、照れながらもそう頼み込む。ついつい、照れ隠しで言い訳がついてきてしまったのはご愛敬というところだろうか。

 そんな長久の照れに気づいているのかいないのか。乃木はしばし思案したのち、眉根を寄せて困った様子でその口を開く。

 

「別に、敬語を外すの自体は構いませんが……どうしてまた、そんなことを?」

 

 その問いに、長久は即座に答えられない。頼みが照れ臭ければ、その理由もまた照れ臭いものだった。

 それ故に中々理由を言い出せず、けれど乃木が真っ直ぐに見つめてきて言い逃れもできないような気がして。結果としてしばしあー、うー、と唸るだけであったが、やがて観念して仕方なしにその理由を喋ることにする。

 

「まぁ……なんだ。俺と、千景以外は皆同じ歳で、大体ため口だろ?」

 

 上里みたいにそれが普段の口調とかじゃない限りさ、と頬をかきながら長久は乃木から視線を逸らす。これから言うことを真正面から言えるほど、長久の精神は成熟しておらず、また開き直ることもできていなかった。

 

「だから、えー……。その、寂しくてな。なんだか仲間外れみたいでさ」

 

 結局、最後まで正面から見ることはできなくて。けれどついリアクションが気になって長久はチラっと横目で乃木を見る。

 それはもしかして軽くでも笑われているんじゃないか、という思いからで。そんな考えに反して、乃木は至って真剣な顔で考え込んでいた。

 そして思案から返ってきた乃木は、そういうことなら、と前置きして一つの提案をしてきた。

 

「今後は敬語をやめるの自体は構いません。ですが……私たちのことを仲間だと言ってもらえるのであれば。私のことは乃木ではなく若葉、と」

 

 それはつまり、女の子を下の名前で呼べ、ということで。千景の時のように勢いで呼ぶならともかく、こうして改まって下の名前で呼ぶというのは思春期の少年にはハードルが高かった。

 しかしそんな長久に対し、乃木は当然のように長久が下の名前で呼んでくれると信じて真っ直ぐに見つめてきている。

 その自信がどこから来るのか、と一瞬思うも、その視線からただただ長久への信頼だけで自信を持っているのが分かってしまう。そしてそこまで信頼を向けられてしまえば、流石に長久も照れてしまって応えられない、なんて情けないことはできない。

 

「ん、じゃあまぁ……改めて。よろしく……若葉」

 

「うむ。よろしく、長久」

 

 なんだこのイケメン。

 

 当然のように爽やかな笑みを浮かべて下の名前で呼んでくる。本当に自分よりも歳下? もし女だったらうっかり惚れてたわ……。

 

 長久にはあった照れが欠片も見られない乃木改め若葉の様子に、長久は軽度のパニックへと陥っていた。

 同時、あまりのイケメンっぷりに、長久の方が男であるはずなのにイケメン度で負けているという事実に打ちのめされる。

 改めて名前を呼び合い、友達としてやっていこうという中、長久の頭の中はかなり残念なことになっていた。

 

「ところで長久。郡さんにも同じように、もっと親しげに話した方がいいのだろうか」

 

「え。……あ、ええと、そうだな……」

 

 若葉からの問いに、若干呆けていた長久は我に返る。それから、改めて若葉の質問を吟味し。あー、と思わず困った声を漏らした。

 

「うーん……あいつ大分気難しいというか、あれだからなー……」

 

 仮に若葉が千景に親しげに話しかけたとして。千景の方が真っ当に受け止めるかどうかを考えると、まず捻くれた答えを出すだろうと長久は予想する。

 特に千景は何やら若葉に対して苦手意識を持っているようであるし、不用意に踏み込むと拗れる予感しかしない。

 

「まぁ……千景の方は、もう少し待ってやってくれ。あいつ自身が望まない限り、ゆっくりと距離を縮めていった方がいいと思う」

 

「そうか……彼女の友人である長久が言うならば、それを信じるとしよう」

 

 美少女にさらりと呼ばれる下の名前に、やはり照れを抱きながらも、長久はちゃんと若葉へ頷きを返す。

 あれ、これこのままだと割と真面目に若葉に攻略されない? と長久は若干の危機感を抱きながらも、折角の機会なので長久はそのまま、若葉とコミュニケーションをとっていく。

 

「そういやさ、あー……若葉って、居合道だっけ? を昔からやってるんだったよな?」

 

「ああ、そうだな」

 

「居合道ってさ、実際剣術とかとはどう違うものなんだ?」

 

 若葉の名前を呼ぶのを若干つまりつつも、長久は以前から気になっていたことを聞くことにする。

 長久は親に言われて最低限の運動はしていたが、それだけだ。運動能力はそれなりにあっても、それを活かすためのスポーツについての知識は乏しい。

 特に学校の授業で触れることのない、剣術や居合といったものに関しての知識はからっきしであった。

 

 そのため、若葉には彼女がやっているという居合について常々聞きたいと思っていた。

 だってそこら辺長久も男の子。刀というロマンには憧れがあるのだった。

 

「うーむ……そこら辺、居合というものも説明が難しいが」

 

 悩むように、しばし宙に視線を彷徨わせた若葉は、やがて彼女の中で言葉がまとまったのか、簡単に言うとだな、と話を切り出す。

 

「居合、というのは後の先をとる技術、とでも言えばいいだろうか」

 

「後の先?」

 

「元々、居合は座った状態から、先に短刀などで斬りかかってきた相手に、長刀で対応するための技術、と言われている。所説はあるがな」

 

 ふむ、と長久は言われたことをイメージする。短刀の間合いから、後から動いて先に斬りかかる。

 ……あれ、不可能じゃない? と長久は首を傾げた。

 そんな長久に、若葉は苦笑しながら補足説明を加えていく。

 

「まぁ今、長久が疑問に思ったであろう、後から動いて先に斬る、というのは理想形ではあるが実際難しい。動作の最適化による無駄のなさ、純粋な瞬発力――それを為すには求められるものが多い」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「後の先、というのは相手の攻撃を一度受け流したり、避けたりしてから応じ手を叩き込む。カウンター、といえば分かりやすいか」

 

 なるほど、と長久は思わず呟いた。それなら長久にも理解できる。

 居合については納刀状態からただ抜刀して斬る技術、とだけ漠然と認識していたが、こうして聞いてみると中々に奥が深い。

 そこまで考えていや、まぁ武道なのだから奥が深いのは当然か、と思い直す。

 

「ふーむ……なぁ若葉。それって俺にも教えてもらうことってできるか?」

 

「居合道をか? まぁ構いはしないが……」

 

 そう言って、若葉から木刀が長久に渡される。いきなり初心者に刀を渡すことはできない、ということらしい。

 それもそうか、と長久は納得し、そしてそこからどうしたらいいのかと若葉へと問う。

 

「まずは正眼に構えてみろ。……と、言っても分からないか」

 

 そこから若葉から具体的な指示が飛んでくる。

 木刀の柄を、上から握る。木刀を支えるのは左手の小指や薬指、中指が主であり、他の握りは軽く。肩の力は抜き、リラックスした状態に。けれど背筋はピンと張ること。

 

「居合をやるにしてもまずは刀を振るえなければどうしようもない。だからまずは刀の振り方と、それに必要な筋力をつけることから始めるぞ」

 

「う、うっす……!」

 

 あ、これ思ってたりよりキツイ。そんな風に思った頃には時すでに遅し。

 既に教官モードに入ったらしい若葉が、鋭い眼光で長久のことを見つめている。手を抜いたり、弱音を吐いたりしようものなら檄が飛んできそうな様子だった。

 木刀を主に支える左手をはじめとして、多くの普段使わない筋肉にかかる負荷に内心で悲鳴を上げながらも、言いだしっぺは自分。

 ただでさえイケメン力で若葉に負けているのだから、一度言い出したことを曲げるなど男の子としてできないと、長久は腹を括った。

 

 そこから数日間、筋肉痛で地獄を味わったのは当然のオチである。




知り合いの乃木若葉限界オタクにツッコミ入れられたら修正入るかも。
乃木若葉は扱いがデリケートなのだ……。


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六頁目.日々の暮らし:授業

神樹、勇者、バーテックス。

こうなる前だったら存在自体信じなかったもの。

それを今は真面目に考えなければならないのだから、

世の中何が起きるかわからない。

特に、自分の場合はそれを研究しなければならないのだ。

何ともまぁ、不思議な感覚である。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年十二月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「――あの日、突如現れた化け物を、大社はバーテックスと呼称することに決めました」

 

 丸亀城内の一室。元は用途が違うそれを改造し、机等を運び込み教室とした部屋。

 そこで長久や勇者たちは自席に座り、教壇に立つ大社職員の話を聞く。

 

「バーテックスは前触れもなく世界各地に出現して以降、そのまま各地を襲撃し続けているとされています。報告によると既に陥落してしまった土地もあると……そう、言われています」

 

 長久は配布された資料へと目をやる。そこには簡易的な日本の現状が図で示されており、既に何県かが赤色で示されている。

 それはつまり、その県が既にバーテックスとやらに滅ぼされたということを確認したということであり。通信システムもやられてしまっている今、実際のところはもっと滅んだ場所は多いのではないか、と言われていた。

 

「その資料には載せていませんが、海外も似たような状態であると言われています。海外に関しては日本国内よりも連絡をとるのが難しいこともあって情報が少なく、詳細については不明ですが……。この四国同様、結界により安全を確保するのに成功したという話もあります」

 

 バーテックスによる襲来を受けたのは何も日本だけではない。世界各地が襲撃され……互いの現状すら、把握するのが難しいようになってしまった。

 日本国内ですら、連絡をとるのが難しいのだ。それが海を挟んだ遠い地となど、安定して通信できるわけがなかった。むしろ、こうして他の地のことを気にしている余裕のあるこの四国がおかしいのだ。

 

「そんな中でこうして平和を保っている四国は特別です。あなた達勇者に、結界を張っている神樹様。特に神樹様の力がなければ、例え勇者がいてもこの地は滅んでいたでしょう」

 

 神樹様。バーテックスが現れてからしばらく。突如として四国に現れた存在。

 資料によれば、土地神が人類を守るため集まり、元々神木と扱われていた木に宿ったものであるらしい。そして平時は宿主である神木の姿をしており、その存在は目視できないとされている。

 些かそれが事実なのか疑わしいところはあったが、如何せん長久は千景と共に神樹が四国に現れた瞬間を見ている。あれは神樹が生まれた瞬間のみ、特別に見えただけらしいが、それでも長久はそれを見たのだ。

 そしてその時、それを構成していた光と、世界に漂い、また千景たちの武器を包み込んでいる光が同一であることを理解してしまっていた。

 それ故、長久は神樹の存在と、その恩恵を信じるしかない。

 

「神樹様はこの四国を囲うように結界を構築し、また不足している資源を補ってくださっています。今四国が健在なのは、全て神樹様のおかげなのです」

 

 それは逆に言えば、神樹様ですら四国を守るのに精一杯ということになる。多数の土地神が集まってなお、四国を保護し、物資を供給するのが限界なのだ。

 

「……そろそろ時間ですね。授業はこれで終わりとします」

 

「俺たちはいったい、何を敵に回したのか……」

 

「長久?」

 

 授業が終わり、思わず思考から漏れ出た言葉を若葉が拾い、首を傾げる。それに対し、話すべきか否か、しばし思案する。

 とはいえいつか直接的に戦うことになるのは彼女たちなのだ。ならば彼女たちはそれを一度は考えておくべきだろう。

 そう思い、他人に戦いを頼ることしかない情けなさと、そこから連鎖的に思い出したバーテックス襲来の日の記憶による胸の痛みを堪えながら長久は何を考えていたのかを口にする。

 

「神樹様って神々の集合体なんだろ?その神樹様ですら四国しか守れないって、どれだけ強大な敵なのかなってさ」

 

「それは……」

 

「人類に、勝ち目はあるのかね」

 

 正直に言えば、長久は研究職という立場故に、幾らか資料を閲覧する機会があり、そこから敵は若葉たちのような少女が戦える相手じゃないと予測している。それは、長久にとってのヒーローである千景すらだ。

 けれど長久は、世界はそれでも少女たちにいつか頼らなければならない時がくる。その事実に吐き気を覚えながらも、長久は彼女たちを戦わせるための研究をしなければいけないのだ。

 

 そんな思考から放たれた重苦しい長久の言葉につられて、若葉たちの表情が暗くなる。自分たちが何と戦っているのか。勝ち目があるのか。それが明確でないというのは精神的な負荷となってしまっていた。

 

「――例え勝ち目がなくても。奴らには報いを与えなければならないのだ」

 

「そうだよ、私たちが戦わなくちゃ。大丈夫! 私たちなら勝てるよ!」

 

 けれど長久のマイナス思考を吹き飛ばすように。若葉と高嶋が勇ましく声を上げる。そしてそれによって、勇者たちの顔には覇気が戻る。

 若葉が先導して、高嶋が背中を押す。そうして全員の士気が上がるこの形が、五人の理想的な流れなのだろう。

 そしてそうしてまた立ち上がれるから、きっと勇者なのだろうと、あの日からずっと折れたままの長久には、彼女たちが眩しく映った。

 

「……っと、もう次の授業か」

 

 そんな風に話していれば。真面目な話だったからか、時間のことを忘れて話してしまっていたために次の授業が始まってしまう。

 誰もが次の準備をしておらず慌てて荷物からノートなどを取り出していく。そしてそれは長久も例外ではなく。けれど取り出すものは一人だけ違った。

 

「……長久?」

 

 皆が自席で授業の準備をする中、長久だけは取り出したものを持って立ち上がる。それに皆が疑問を持つ中、長久が向かったのは――教壇。

 教壇に長久が当然のように立ち、何やら紙を取り出したと思ったらそれをそれぞれに配っていく。その行動から誰もが何となく、長久が何をしようとしているかを察し始めるが、しかしその理由までは見えず首を傾げるばかり。

 そんなクラスメイトたちを無視して、長久はついにはプロジェクターとスクリーンまで用意し始め、そして何故かメガネをかけた。

 

「メガネ……?」

 

「いや、授業の準備してるのも謎だけどそれ以上に何故メガネ……?」

 

「え? それっぽいじゃん?」

 

 こいつ、意外とバカだな? と皆の心が一致した頃。ここまで準備に徹していた長久が、ようやく説明のために口を開く。

 

「はい、つーわけで今回は特別に俺が教師だ。よろしく!」

 

「いえ、それは何となく準備を見てたのでわかりますが……どうして白芥子さんが授業を?」

 

「あー……それはだな。高嶋、本来この時間の教科は?」

 

「えっと、戦闘に関する座学だよね……?」

 

「そう。んで、その先生なんだけど」

 

 右手の人差し指だけを立てて、宙でくるくる。長久は自らの中から、事前にまとめておいた言葉を引っ張りだしていく。

 

「ちっと勇者関係の研究が大詰めでだな。忙しくて来れないと」

 

「なら自習になるんじゃないのか?」

 

 土居からの至極当然である質問に、長久は揺らしていた人差し指をビシッ、と土居に向けながら、普段だったらそうなんだけどな、と言う。

 

「今回はその大詰めである研究関係で説明しなきゃいけないことがあってな。ちょうど他の授業があってこっちにいるし、ってことで俺が説明することになったんだ」

 

 そう言って長久は手元の端末を操作し、スクリーンに投影しているスライドを切り替える。そこにでかでかと書かれている文言は『勇者システム』。

 乃木を始めとした長久以外は、勇者は分かるがシステムとは、と疑問を覚える。それに長久はまぁ話すから待て、とスライドを次のものへと切り替えた。

 そこに写っているのは、勇者という文字と、二頭身にデフォルメされたような、刀を掲げる若葉だ。

 

「さて、伊予島。勇者とは何か。簡単に説明してみてくれ」

 

「えっと、神の力を宿す、特別な武具に選ばれた者たち……でしょうか」

 

「そうだな、その認識で間違ってない」

 

 続いて長久がスライドを切り替えると、今度はデフォルメされた千景が同じくデフォルメされたバーテックスを倒しているかのようなイラストとなる。そしてその隣には、二頭身の男が銃でバーテックスを倒そうとしていて、その上に大きなバツ印がつけられたイラストもあった。

 

「現状、このイラストの通り、勇者だけがバーテックスを倒すことができる。これは神の力しかバーテックスには効果がないから、ってのはこれまでの授業で習ったな」

 

 長久の言葉に、上里や伊予島、千景と若葉が頷きを返す。土井と高嶋だけは皆が頷いてるから頷いた、みたいな曖昧な挙動であったが、まぁ今こうして改めて言ったのだから問題ないだろうと長久は判断する。

 

 もしまた忘れたら? それは長久の知ったことではない。

 

「だけど現状、それを役立てられるのは攻撃だけなんだ」

 

「それは……どういう?」

 

 千景から投げかけた問いに、伝わり辛かったか、と長久は頬をかく。長久にとって、他人にこうして授業を行うなど初めての経験だ。だから思っていた以上の言葉選びの難しさに苦戦しながら、先ほど伝えようとしていたことを伝えようと試行錯誤する。

 

「あー……今は神の力はそれぞれの武具にしか宿っていない状態だろ? だから、バーテックスに対して攻撃することはできる。ここまではいいな?」

 

「そうですね。それは私たちも理解しています」

 

「だけどもし、バーテックスに噛みつかれたら? そうでなくても、バーテックスがジャンプしても届かない位置を漂っていたら?」

 

 その言葉に、若葉を始めとする察しのいい人が長久が言わんとしていることを理解し、盲点だったと驚いた顔をする。しかしそれでも、まだ気づいていない人がいるために、長久は結論を口にした。

 

「――人間なんだよ。勇者はあくまで神の力を宿す武器を振るえるだけで、それ以外は一般人と何も変わらないんだ。だから……」

 

「……だから。もし反撃を受けたら、それだけで死にかねない。そういうことですね」

 

 言わんとしたことを代弁してくれた伊予島に、長久はああ、と肯定を返す。そしてそれで全員が正しく長久の言っていることの意味を理解したのか、恐怖からか全員の顔が強張る。

 

「いくら多少の能力向上があっても、飛ぶ相手に生身の人間じゃ対応するのが難しいってのもある。そしてそういうもんを解決するために開発されたのが、勇者システムってわけだ」

 

「なるほど……」

 

「そしてそれこそが今、大詰めを迎えているものであり、俺がお前たちに説明しなきゃいけないものになる」

 

 そう言いながら長久が切り替えた次のスライドに写っていたのは、伊予島がバーテックスに噛まれているイラストだ。

 

「まず、防御面。勇者は現段階ではたった五人しか確認されてないんだ。死なせちゃならんと、大社研究部は頭を捻った。どうしたもんかと俺らは悩んだのだ」

 

 長久がスライドをまた切り替える。今度は伊予島は無事であり、バーテックスとの間に薄い膜が描かれていた。そしてそこには神の力、と書かれている。

 

「さっき言ったように、バーテックスに対抗できるのは神の力だけだ。なら、神の力であればバーテックスからの攻撃も防御することができるんじゃないか? 俺たちはそう考えた」

 

 実際、勇者が振るう武器の素材自体は何ら特別なものではないのだ。それがバーテックスを攻撃してなお、その形を保っている以上、神の力には硬さを増す力か、バーテックスの力をレジストする力が存在しているはずなのだ。

 

「だからどうにかして、それを身に纏う方法はないか、次に俺たちが悩んだのはそこになる」

 

「身に纏う……」

 

「人間には神の力を制御下におく能力はないからな。どうやって神の力を勇者の周囲で安定させるか……そうして出来上がったのが、これだ」

 

 スライドが切り替わる。今度のイラストは、土居。左側には制服姿の土居が描かれており、その隣には間に右方向への矢印を挟んで、衣装の変わった土居が存在していた。そして矢印の上には強調するように、荒っぽいフォントで大きく『変身!』と文字が刻まれていた。

 

「そう! 神の力を閉じ込めた衣装を作成! そして勇者システムを介することでその衣装に即座に変身できるようにしたのだ……!!」

 

「へ、変身!?」

 

「かっこいい……!!」

 

 土居と高嶋からの声にそうだろうそうだろうと、長久は腕を組んで頷く。この二人とは実に趣味が合う、と思いながら難しい顔をしている残りのメンバーへと長久は視線を向けて、問いを投げる。

 

「どうした、何か疑問があるのか?」

 

「ああ、いや……その、変身する意味はあるのか、と……」

 

「……その衣装に着替えるだけじゃダメなのかしら。あるいは、普段着ている制服自体に神の力を閉じ込める、とか」

 

 ノンノン、と長久は顔と右手の人差し指を横に振る。分かってないなぁ、と。ちゃんと理由があるのだ、と。

 千景が言った手法も一度候補に挙がったのだが、それが採用されなかった理由がちゃんとあった。

 

「まず襲撃の度に着替えるんじゃ手間がかかり過ぎる。今後どんな形で戦うことになるかわからないが、即座に対応できた方がいいだろうってことだ」

 

「じゃあ制服に神の力を込めるのは?」

 

「そこまで数が用意できないんだ。神の力を逃がさない、専用の呪術を込めた繊維がいるからな。用意できたとしてそれぞれ一着。それじゃあ洗濯もできないだろ?」

 

「そう、ね……洗濯できないのは、辛いわ」

 

「他にもアイデアはあったけど、ちゃんと理由があってこの手法になってるんだよ。あとはなにより……」

 

「……なにより?」

 

ロマンに溢れてるからな!!

 

「た、大社の研究部はどうなってるんだ……」

 

「皆頭おかしいんじゃない?」

 

 サムズアップと共に真理を語ったら、何故か若葉が頭を抱え始め、千景が冷たい目になった。伊予島や上里は苦笑しているし、長久の仲間は分かる、と大きく頷く土居と高嶋だけだった。

 おかしいなぁ、と首を傾げながら、何はともあれ、今の優先事項はロマンの布教ではないため、長久は一回ツッコミを中断。残りの連絡事項を伝えていく。

 

「まぁこういう風に身に纏う形式にしたおかげで、神の力による動作補助である程度の身体能力向上も予定してる。あとは実物の開発をしながらだから明確なことは言えないが……」

 

「実物自体はまだできてないんだ?」

 

「ああ、皆の身体に合わせないといけないからな。多分、近々身体測定とかをすることになるってさ」

 

 そうやって多少のツッコミは飛んできながらも、勇者システムの簡単な説明は進んでいく。

 テンションが上がったり。呆れたり。まぁ実用的なら……。変身とか楽しそう!

 そんな各々、様々な反応を見せながらではあるが、こうして一先ず勇者システムは勇者たちに受け入れられたのだった。




原作で言及されてないところを練り練り……。
こういうのって楽しいよね、ってことで勇者システムのお話でした。
しばらくはコミュ回と、日常回を交互くらいで平穏な日々の予定。


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七頁目.コミュニケーション:高嶋友奈

今日は偶然だけど、

長久くんと二人でご飯を食べる機会があった。

長久くんとは特別仲がいいわけじゃない。

趣味が合うだけで、あんまり話したことはなかった。

だけど今日こうして仲良くなれたし、

折角なんだから今度からはもっとお話しようと思う。

そしたら長久くんと仲のいい、

■■ちゃんと話す機会も増えるだろうし。

何となくだけど、長久くんに関しては

ちょっと心配なところもある。

……うん! やっぱり私は皆と仲良くしたいな!

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇十九年十二月

 検 閲 済
高嶋友奈記

 


 

「「うん、美味しい!」」

 

 長久にとって、最も接しやすい相手は誰か。

 千景はあくまで最も親しい相手。若葉は最も信頼できる相手。

 となると最も接しやすい相手は、となると。そこら辺、この目の前にいる高嶋友奈、という少女になるのであろう。

 

「やっぱりおうどんは美味しいね!」

 

「香川のうどんこそ至高……。うどんさえあれば世界も救えるのでは……?」

 

「美味しいもの食べてる時は幸せだよねー……」

 

 ズズ、と高嶋と二人、うどんをすする。

 今日は以前言っていた身体測定があった。目的が目的であるが、ついでということで長久も受けたそれであるが、一人だけ男ということもあって別部屋で実施、そして早く終わってしまったパターン。

 そして高嶋が女子陣では一番最初に終わったことで、こうして二人だけでの食事が発生していた。基本的にご飯は皆で食べる長久たちであるが、流石にこういう時に融通が利かないほどではなかった。

 

「それにしても変身できるんだよねー。楽しみだな」

 

「まぁ完璧に、とはいかないけどある程度デザインの要望も通せる。楽しみにしててくれよ」

 

 長久は高嶋とは特別親しいわけではない。しかし話題がある程度合い、かつ互いにそこそこフレンドリーであるために多少性差を気にしなくていい。

 その感覚は同年代が女性ばかりであるこの丸亀城では、かなりありがたいところであった。実際、長久は休日などに過去の友人に会いに行く程度には、長久は現在の空間に息苦しさは感じていた。

 

「高嶋は確か、格闘が基本だっけ?」

 

「そうだね、私は格闘技が趣味だし、それもあって武器も籠手になったのかなぁ……」

 

 そういったどんな基準で武器が選ばれたのかなどは、流石に大社の研究部も把握し切れていない。そもそも長久が研究部の中でも末端というのもあるだろうが、神樹に関しては不明なところが多いのだ。

 大社自身、状況を完璧に把握しているわけではない――とはいえ、それは勇者たちに不安を与える可能性があるため、伝えられてはいない。長久もまた、大社からそんな内容の指示は受けているために、日頃から発言に気をつかっている節はあった。

 

「まぁある程度、勇者に合わせてる……か、武器に合わせた勇者が選ばれてる、とは言われてるな」

 

「へぇー……でも確かに、若葉ちゃんとかは居合できるもんね」

 

「偶然にしちゃ出来過ぎてる、ってことで研究部の方も判断してる」

 

 そう言い終えてから、長久はズル、とうどん最後の一口をすする。しかし長久は育ち盛りの男の子。最近は若葉に師事し、運動も増えたために食事の量も増えている。

 物足りなかったな、と席を立って追加で何か注文に行こうとすると、丁度二人席の対面に座っていた高嶋も立ち上がった。

 

「……高嶋も、追加で注文?」

 

「えへへ……お恥ずかしながら。よく動くからか、お腹は減るし美味しいからついつい食べ過ぎちゃって……」

 

 うんうん、と長久は大きく頷く。最近、食道楽と化してきている長久には、高嶋の気持ちがよくわかった。

 しかし若干照れ臭げな高嶋を見て、長久はやっぱり女の子的にはそこら辺、恥ずかしいのだろうかと内心首を傾げる。

 だが長久には女の子と付き合った経験があるわけではない。何とはなしにそこら辺の感情の機微を察することはできても、どんな言葉をかけるのかが適切なのかが分からない。

 

 こういう気遣いも考えないといけないから、丸亀城での暮らしは大変なんだよな、と長久は心のうちで溜息を吐く。

 それから長久はこういう場合は、下手なことを言うよりも触れない方がよっぽどいいと、カウンターの方を指さし、それなら一緒に行こうぜ、と高嶋へと声をかけた。

 

「高嶋は何食べる? 俺、どれだけ追加で食べるか悩んでてさー」

 

「……うーん、何気に大社の食堂って美味しいから、何を食べるかで毎回悩むんだよね」

 

 それは分かる。長久は大きく頷いた。

 なんやかんやでついついうどんを選びがちだが、大社は色んな県の人間がいることもあり、意外とその食堂はご当地メニューも用意されている。

 それらを食べてみるのも、密かな長久の楽しみだった。

 

「そういや高嶋はどこ出身だっけ?」

 

「奈良県だよ」

 

「郷土料理とかある?」

 

「んー……柿の葉寿司とか飛鳥鍋かな? あ、あとは茶粥なんかもあるね」

 

「お、茶粥は追加で食べるには丁度よさげ。それにしよ」

 

 大社の食堂はシンプルな食券式だ。券売機で食券を発券して、カウンターで注文する。

 特殊なのは大社職員や勇者たちはそこで支払いをする必要がないこと。給料などから既にその分は差し引かれているらしい。

 ちなみに差し引かれる額は基本的に一律。だからその分食べなければ勿体ないだろう、というのが長久のスタンスだった。

 

「そしたら私は長久くんの地元の料理にしよっかな……」

 

「以前言ったかもしれんが俺の出身は香川だぞ」

 

「えっ、私、またうどん食べるの……?」

 

ハァイ、ユーナァ……うどんはいいぞぉ……

 

 去年流行った小ネタを挟みつつ、長久は友奈へとうどんを布教する。香川県民としてうどん洗脳は日課であるために仕方がない。

 と、言いつつも流石にあんまりうどんを食べさせ過ぎて飽きさせてもいけない。そこら辺、長久は他者への洗脳慣れしている玄人香川県民である。

 とりあえず一旦、うどん休みとしてしょうゆ豆辺りでも勧めておく。別に焦る必要はないのだ、ゆっくりと、じっくりとうどんは勇者たちに布教すればいいのだ、と長久は一人頷いていた。

 

「しょうゆ豆……食べてみようかな」

 

「うーん、つってもあれは好き嫌い結構あるみたいだし、気を付けてな? 俺はまぁ好きだから、ダメだったら俺が食ってもいいし」

 

「それならその時はお願いしようかな……。ありがとうね!」

 

 気にすんな、と片手を振りつつ食券をカウンターへと出す。勧めた以上、その責任を取るのは当然であるため、それくらいであれば当然であるという感覚が長久にはあった。

 しかしそれでも礼を言われれば気分もいいというもの。誰かが誰かのために動く。そしてお礼を言われて嬉しくなり、また誰かを助けようと思う。それはきっと素敵なサイクルで。

 ――そんな綺麗事を考えた自分に、長久は吐き気を覚えた。あの時人々を見捨てた人間に、そんな綺麗事を言う資格はないと長久は自己嫌悪に陥る。

 けれどそれを表に出さないようにしながら、長久は注文した茶粥を待っていたところ。突然、高嶋が長久の顔を覗き込んできて、思わず長久は若干仰け反る。

 

「な、なんだよ高嶋?」

 

「……なんだか、難しい顔してたから」

 

「俺、そんな顔してたか?」

 

「んー、難しい顔はしてないけど、心はしてそうだった? あれ、それじゃ顔じゃなくない……?」

 

 そういって自分で言ったことに首を傾げている高嶋を見て苦笑しながら、長久は内心ではヒヤリとしていた。

 一番安心できるかもしれないと思っていたが、長久は高嶋を侮っていたらしい。誰かの心を、痛みを察する……高嶋はそういう能力に長けているのかもしれない。

 ならば自分は高嶋の前で気を抜くことはできない、と長久は警戒を強める。自分は決して許されてはならない人間である。それが長久の自身への認識だ。

 バレれば許されてしまう、という確信が長久にはあるために、常に勇者と話す時は警戒をしている。それもまた、長久自身自覚していないストレスの原因の一つだった。

 

「ま、実際のところ特に何も考えてなかったから、高嶋の勘違いだよ」

 

「うーん……そうなのかなぁ……?」

 

 首を傾げる高嶋を無視して、出てきた料理を職員に礼を言いつつ受けとる。漂ってくるほうじ茶の香りを楽しみながら、長久は一旦、高嶋よりも先に席へと戻ることにした。一度、自己嫌悪を抑えるための時間が欲しかった。

 そんな長久の意を神樹が拾ってくれたのか否か。運よくしょうゆ豆が用意されるまで時間がかかったらしく、高嶋が席に戻ってくる頃には長久は平常通りの精神状態へと戻っていた。

 

「あれー……? やっぱり気のせいだったのかな……」

 

「高嶋の気のせいだったんだって。俺、日頃からそんな難しいこと考えてるわけじゃねーもん」

 

「そうだったのかなぁ。んー……でも!」

 

 突然、高嶋の声量が上がる。そして同時に突き付けられた高嶋の人差し指に思わず長久はビクリ、と目を見開いて座った椅子ごと後退った。

 

「高嶋、って苗字で呼ぶの禁止。友奈って下の名前で呼んでよ」

 

「……え? 名前?」

 

 意外な内容に、長久はついつい目を瞬かせる。てっきり隠し事はなし、なんて方向性の言葉がくると思っていたために、長久は拍子抜けしていた。

 そんな長久のリアクションを高嶋はどう受け取ったのか、知ってるんだよ、と言いながらちょっと怒ってます、といったように高嶋は目を閉じて腕を組む。

 

「若葉ちゃんに居合を教わるようになった辺りから、若葉ちゃんのこと下の名前で呼んでるでしょ」

 

「それは、まぁ……」

 

「私たちだってもう友達でしょ? だったら、名前で呼んで欲しいな」

 

「む……」

 

 予想外の展開に、長久は言葉に詰まる。しかし、若干頬を膨らませつつ不満そうに見てくる高嶋の姿を見ると、呼ばないのも申し訳なく思える。

 それに何より、長久自身が丸亀城での日々や今日のやり取りで高嶋のことを既に友人だと感じていた。だからその言葉は、若葉の時と比べて自然と出てきた。

 

「――わかったよ、友奈。これからは名前で呼ぶ……友達、だからな」

 

「やった! もし今後苗字で呼んだら怒るからね!」

 

 無邪気に喜ぶ姿に、長久は頬が緩むのを自覚する。長久にとって友奈は最も接しやすい相手であり――その結果として、本心が口から漏れてしまいそうな相手だった。

 一番気楽だけれど、気楽ではない相手。今の長久にとって、友奈は厄介極まりない少女だった。

 

「そうだ、折角だから明確に友達になった記念に、格闘技教えてあげるよ!」

 

「え、マジで?」

 

 予想外の提案に、思わず二つ返事で了承しようとして。長久はそこでふと、踏みとどまる。

 長久は若葉から既に居合を習っている。その上で友奈から格闘技を教わるなんて、それは実質浮気ではないのか。

 だがしかし、男の子的に格闘技に憧れるのも事実。特に長久が好きな特撮ヒーローは基本の戦闘方法が格闘の場合も多い。

 

 悩んだ末に……長久は、格闘技を教わることに決める。元々居合は週に二回か三回であるし、研究だって勇者が授業として鍛錬する時間に長久はやっている。

 放課後を鍛錬の時間にあて、夕食後に研究やって……。そう長久は予定を立てつつ、浮気じゃない……浮気じゃないから……と自らに言い聞かせつつ、友奈にお願いします、と頭を下げた。

 

「お願いされました! でも私から誘っといてあれだけど、長久くんって居合も格闘技も、ってそんなに強くなりたかったの?」

 

「あー……まぁ、そうなぁ……」

 

 強くなりたかったのか、と問われると。長久はなりたかった、と過去形で答えるしかない。

 友奈たち勇者のように。テレビの中のヒーローたちのように。誰かを助けられるような、心と体、両方の強さが欲しかったのだ。

 けれどあの日、長久は自身にそんな心の強さが全くないことを知ってしまった。人々を見捨てた自分には、そんな資格がないと思ってしまったのだ。

 

 だから今、強くなろうとしているのは。

 

「……俺も男の子だからな。格好いいものに憧れたのさ」

 

 きっと、憧れへの未練でしかない。




こいつまた食べ物の話してる……。
ゆゆゆ書くのにご当地グルメの情報が必要になるとは、この天澄の目をもってしても見抜けなかった……。

しかし特殊タグがバリバリ増えて我ニッコリ。
頑張って練習して演出に組み込むね……。


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八頁目.日々の暮らし:勇者システム

ついに勇者システムが完成した。

これは俺自身を含めた、研究部の皆の努力の結晶だ。

失敗は許されない。

これは勇者たちを守るためのものだ。

失敗して、勇者たちを逆に傷つけてしまいました、

なんてことがあっていいわけがない。

初起動の日が来るのが怖くて……だけど楽しみでもある。

やっと俺みたいな人間でも、

勇者たちの、■■の役に立つことができる。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年一月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 

 丸亀城の、芝生広場。そこに勇者たちと、長久。それから数人の大人が集まっている。

 周囲には科学的、呪術的な機器が用意され、非常時に対応できるようにされている。

 

 これより行われるは勇者システム、初起動――

 

「見てろよ杏! タマが一番格好良く変身してやるからな!」

 

「あはは……期待してるね、タマっち先輩」

 

「どんな感じの変身なのかな、楽しみだね若葉ちゃん!」

 

「む……私は変身自体には興味はないのだがな……」

 

「それはそれとして、若葉ちゃんはどのくらい身体能力が上がるのかには興味があるみたいですけどね」

 

「おい、千景。お前いつまでゲームやってんだよ」

 

「待ちなさい、今回はハイスコア出せそうなのよ……」

 

 まぁ欠片も緊張感などなかったのだが。

 

 とはいえ、長久自身はそれでいいと思っている。

 今回、気を張っていなければいけないのは研究部の面々だ。データ収集はもちろん、常にシステムの挙動を確認し、微細なエラーも見逃さないようにしないといけない。

 なにせ扱うのが神の力だ。人間よりも高次元のものとされる力。扱いを間違えれば、勇者が死ぬだけでは済まない可能性だってある。

 下手なことはできない……常に警戒するのが研究部の仕事。

 

「――準備、できました!」

 

「了解です! ……さて、そんなわけで勇者システムの実験を始めるぞ」

 

 けれど研究部に対し、変身する当事者である勇者たちは、そこまで気を張る必要はない。緊張によって、何か操作ミスをされても困るし、精神状態が変身に何らかの影響を及ぼす可能性もあるからだ。

 それ故、長久に求められる役割は比較的難しいものになる。研究部として、決して気を抜いてはならない。しかしその警戒は胸の内に秘め、勇者たちには緊張が伝わらないように、気軽に振る舞わなければならない。

 中々、面倒な役回り。しかし、日頃から誰にも明かさぬ罪悪感を抱え続ける長久にとっては、慣れた作業でもある。

 

「それじゃあ、実際に変身してみる前に、改めて勇者システムの説明をするぞ」

 

 一度声をかけて集まってきた勇者たちを前に、長久は足元のジュラルミンケースから携帯端末を取り出して、全員に見えるように掲げてみせる。

 

「勇者システム、正式名称『BraveSystem』は、こいつの中に入ってる」

 

「でもそれ……スマートフォン、だよね?」

 

 友奈の確認に、長久はおう、と頷いて肯定を返す。長久が手に持っている端末はパッと見、ただのスマートフォンにしか見えない。そして実際、その機能は市販のスマートフォンとほとんど変わらないものになっている。

 ではこれの何が勇者システムに関わってくるのか。それは、先ほど長久が言った通りでしかない。

 

「このスマートフォンは専用の調整を施してあって、中にはアプリケーションとして勇者システムがインストールしてあるんだ」

 

 これな、と言って長久は勇者たちそれぞれにスマートフォンのホーム画面を見せていく。そこには〝BS〟の文字が刻まれたアプリケーションのアイコンが存在していた。

 

「こいつをタップすると、蕾が表示されて変身待機状態。んで、さらに蕾をタップすると花開いて変身、って流れになってる」

 

 とはいえ、これは勇者本人じゃないとできないから実演は無理なんだけどな、と長久は勇者システムのアイコンをタップしてみせるが、アプリケーションは反応を見せない。

 これは呪術的に神樹の力を感知することで動作するセキュリティで、勇者システムが他人の手に渡っても動作してしまわないように。また不慮の事故で一般人がシステムを起動してしまい、神樹の力を取り込んでしまわないようにという二つの警戒から生まれたセキュリティだった。

 

「まず最初に、注意点だ。神樹様の力なんてものは、人間より遥かに高位の存在の力だ。力が強過ぎて人体には毒の可能性だってある」

 

 薬ですら過剰摂取すれば死に繋がるように。強過ぎる力は、取り込めば人体では耐えられない可能性はある。むしろ高いと言ってもいい。

 実際、勇者たちは武器を手に取った時に、肉体を作り変えられるような感覚を味わったと聞いている。研究部はそれを、神樹の力に人体を適応させたと判断しており、神樹の力は本来であれば人間の手に余るものだと考えていた。

 そのため、勇者たちの防御力を上げるために選んだのが直接神樹の力を体内に留める形式ではなく、衣装の方に留める方向性になったのだ。

 

「このアプリケーションは、まだ完成したばかりだ。何かの拍子にその力が肉体に流れ込んでしまう可能性もある。違和感を覚えたら、即座に申し出るように」

 

 緊張感を持たせないように、とは思っている。しかしこの忠告だけはしておかなければならない、というのは長久含め研究部の総意だ。

 無論、そこには貴重な勇者を失ってはならないという意図もある。しかしそれ以上に、研究部の面々は責任感からこの発言をしていた。

 研究部である長久や大人たちは、未だ少女と呼ぶべき年頃の少女たちを戦わせなければならないことに、悔しさを覚えている。代われるものなら代わりたい。けれどそれは決して叶わない。

 

 ならばせめて。せめて自分たちにできる精一杯を。

 

 自分たちの精一杯を以って、彼女たちを守ろう。そんな想いが研究部の面々にはあり。

 システムが生まれた切っ掛けが、勇者の防御能力の向上を考えたことからであった、という点にもそれは表れていた。

 

「それじゃあ、一応変身の原理も説明しとくぞ」

 

 しかしそれでも、試作段階故に絶対に安全ということはない。そのため研究部の誰もが緊張と恐怖に襲われていた。

 長久もまた、説明のためにスマートフォンを持つ手は若干震えており、こうして説明を挟んでいるのも、長久自身が覚悟を決めるための時間稼ぎでしかなかった。

 

「この変身のシステムは、呪術における人形(ひとかた)形代(かたしろ)と呼ばれる技術を元に作られてる。対象と人形をリンクさせて――」

 

「ひ、ひとかた?かたしろ……?」

 

「ま、待ちタマえ。タマにかかればこの程度理解するのは簡単……。簡単、だからもうちょっとゆっくり……」

 

 そんな風に。頭を抱える友奈と土居の二人に、長久は毒気を抜かれるようにして、大きな溜息を吐く。

 どうやら気を張り過ぎていたらしい――長久は適度に力が抜け、思考がクリアになるのを自覚しながら、二人にも分かるように、もっと噛み砕いた説明をすることにする。

 

「皆、丑の刻参りって知ってるか?」

 

「丑の刻参り……というとあの、藁人形に釘を打ち付ける、という呪いでしょうか?」

 

「その通り! その程度だったら、皆知ってるんじゃないか?」

 

 上里の答えに、パチンと指を鳴らす。丑の刻参りとは上里が言った通り、厳密なルールを省けば、藁人形を憎い相手に見立て釘を打ち付けることで、相手を呪う儀式のことになる。

 そしてそれは怪談にも出てくることがある話で、勇者の面々もその話なら知っていたらしく、長久の問いには頷きが返ってきた。

 

「んで、この藁人形の他にも、人間を人形とかに見立てるものもある。こう、映画とかドラマで、陰陽師が人の形をした紙を使うの見たことない?」

 

「あ、小説なんかでもそういうのは読んだことあります」

 

「それがさっき言った、人形(ひとかた)や形代ってやつで、人の形……故に、人の身代わりなんかで使われたりするんだ」

 

 実際、形代なんかは創作以外でも、お祓いなどで利用されている。

 そんな風に人形などを誰かに見立てて、というのは呪術では割とメジャーだったりする技なのだ。

 

「そして今回は、それをこの勇者システムに利用した」

 

 お願いします、と長久が研究部の仲間に声をかける。それに研究部の人間は、頷きつつノートパソコンの画面を見せることで応じた。

 見せられたノートパソコンの画面を覗き込む勇者の面々。そこには3Dモデルが用意されており。

 

「なんだかこれ……若葉ちゃんに似てる?」

 

「いや、似てるというか……私そのものではないか、これは?」

 

「ご明察、その3Dモデルは若葉だ」

 

 3D技術はかなりレベルの高いところまで来ている。それは個人ですら、クオリティの高い3Dモデルを作れるレベルに。

 そしてそのノウハウは世界がバーテックスに襲われたからといって消えるものではなく。こうして、今現在勇者システムへと利用されていた。

 

「先月の身体測定で得た各々のデータを元に、スケールを調整して忠実に3Dモデルで再現。更にそこに同じく身体測定時に取らせてもらったDNAを電子化、3Dモデルに組み込むことで限りなく本物に近い、3Dモデルを用意した」

 

「な、なんか凄そう!」

 

「まぁやっていることは理解したけれど……」

 

 純粋に驚く友奈などとは違い、理解したがそれがどうしたのか、と千景などは目線で問うてくる。

 それに対し、長久は人差し指を立ててここで先ほどの話を思い出して欲しい、と言う。

 

「決して似ているとは言えない藁人形や形代。それでさえ対象とリンクさせて呪ったり、穢れの肩代わりをさせたりができるんだ。じゃあ、データ化したとはいえ遺伝子まで組み込んだ、本人とよく似た3Dモデルとであれば……?」

 

「……その繋がりはより強固になる……?」

 

 察しのいい伊予島に、長久は思わず正解、と声を上げる。ここら辺の理解の早さ、伊予島は研究職に向いているかもしれないと長久はそんなことを思う。

 しかしそうやって察せたのは伊予島や元々巫女という立場から呪術への理解がある上里程度であるため、長久はより詳しく説明をしていく。

 

「今伊予島が言ったように、3Dモデルは限りなく勇者の皆に似せたことで呪術的に強力な繋がりが作られている。それは、3Dモデルに何かあれば、本人に影響が出る程に」

 

 それは既に、研究職の面々で実験して確認したことである。DNAのデータを組み込んだ3Dモデルは、内容にもよるが本人に影響を及ぼすことができる。

 それは動きを強制できるほどではないが、3Dモデルが傷を負えば、本人が痛みを感じた気がする程度には。

 そしてここに神樹の力が加わった場合、その影響は大きくなる。

 

「そう、衣服を強制的に切り替える程度には、だ」

 

「……なるほどね、それで変身というわけ」

 

 普通の衣服であればこうはいかない。神樹の力を含み、対象が勇者であるからこそ、神樹の力が呼応し3Dモデルが勇者の衣装に切り替わることで、勇者本人も変身できる。

 それをタップだけで自動的にスマートフォン内部で処理を行ってくれる、それが研究部の開発した勇者システムだった。

 

「……と、いうわけだ。説明はこれで大丈夫か?」

 

「えーと……わかったような、わからないような?」

 

「た、タマはわかったぞ! ただちょっと整理する時間をくれ!」

 

「……ああ、うん。俺が悪かった。とりあえず、アプリケーションをタップするだけで変身できることさえ覚えていてくれたらいいから……」

 

 思わず長久は頭を抱えつつ、そんなことを言う。とはいえ、実際のところ本当に理屈を理解している必要はなかったりするのだ。

 例えばスマートフォン。これが動く原理を理解して使っている人がどれだけいる? 理解していなくても、使えるものは使える。それが長久たちが生み出すべきものだ。

 だから存外、友奈と土居の分からない、というのは正常な反応でもあり、そんな人々に正しくシステムを使わせることができて初めて長久たちは成功した、と言えるのだった。

 

「……そしたら前置きが長くなったけど、スマートフォンを配布する」

 

 各々が一応の納得を見せたところで、長久はジュラルミンケースからスマートフォンをそれぞれへと配布していく。

 新しく用意したスマートフォンは、基本的にカラーリングなどのデザインを現在それぞれが使っている端末に似せたため、間違えて配布されることもない。

 

「おし、全員、スマートフォンは持ったな? それじゃあ……皆、変身してみてくれ」

 

 その長久の言葉に一番最初に応じたのは――若葉だった。

 やはり、勇者たちを先導するのは彼女なのだな、と長久は思いつつ、大きく息を吐く若葉を見つめる。

 

 若葉は一度、アイコンタクトで他の勇者たちを下がらせたあと、スマートフォンの画面を見つめ……ゆっくりと、その画面をタップした。

 

 

 

 

 

――そして、桔梗の花は咲く――

 

 

 

 

 

 若葉が光に包まれたかと思えば、次の瞬間には鮮やかな青色の衣服にその姿を変えていた。

 そしてそれに続くように、若葉同様、光に包まれたかと思えば衣服を変えていく勇者の面々。

 長久は思わず、勇者それぞれを観測している研究部の面々の方へと振り返るが、そこに慌てた様子の者は一人もおらず。返ってくるのは一様にサムズアップばかり。

 それはつまり、無事に勇者システムが動作したということであり。長久は安堵から、自然と青空を仰いでいた。




今回の話に一体どれだけ需要があるのか。
と、いうわけで作者なりに解釈した勇者システムの変身原理。
呪術とかについて調べて一応それっぽくしたけど、詳しい人からはツッコミがきそうな気もする。

ちなみに一応参考文献とか。
https://yushimai.net/209.html
https://ranpo.co/article/6025226655419600897
https://japanese.engadget.com/2016/04/05/dna-mit/
あとはそれ関係のWikipediaとかも確認してた。
DNAのやつなんかはこれだけできるならデータ化もできるじゃろ、程度ですけど。

そんなわけでまだまだ彼ら彼女らの日常は続く。


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九頁目.コミュニケーション:伊予島杏

長久さんのことは、ちょっと苦手だった。

年上で、男の人。

私の引っ込み思案を差し引いても、

単純に今まで縁のなかったタイプだから。

だけど今日、初めてちゃんと話してみて。

勝手な苦手意識だったっていうのが分かった。

全く話が合わないなんてこともないみたいだし、

貴重な読書仲間になってくれるといいな。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年一月

 検 閲 済
伊予島杏記

 


 

 柔らかい、仄かに温かい醤油餅を噛み切る。最初から醤油や砂糖が練り込まれたそれは、生姜の風味も存在しており、砂糖醤油をつけて焼く磯辺焼きとはまた違った味わいを見せる。

 何やらあんこ入りのものもあるそうだし、大社の食堂にはそれが売られているのも確認した。今度はそっちも食べてみよう――と思いつつ、長久は醤油餅最後の一口を口に運ぶ。

 

「ちわーっす」

 

「あら白芥子くん。今日もいらっしゃい」

 

 そのまま、長久はとある部屋へと入る。そこは資料室、と名付けられた部屋で、多くの蔵書が眠っている部屋だ。

 しかし資料室、と大仰な名前こそ付けられているが、その実態は学校の図書室のようなものである。

 大社の性質から資料などが多いのも事実だが、文庫本なども存在している。そのため、大社職員が休憩時間に読書に利用するようなこともあるようだった。

 ちなみに無論、飲食禁止の部屋であり、長久が醤油餅を先ほど食べ終えたのもそれが理由になる。

 

「それじゃあいつも通り、適当に資料漁らせてもらいますね」

 

「どうぞー」

 

 資料室の受付の職員に声をかけて、長久は奥へと進む。長久は研究部の一員として、こうして資料を探すことも多かった。

 特に呪術系統はネット上の情報よりも、こうした古い書物の方がより情報が手に入りやすい。

 古過ぎて現代式の呪術へのアップデートが必要な場合もあるが、そこはもはや手慣れたもの。何度かそうやってアップデート作業を繰り返していたら嫌でも慣れるのだ。

 

 そこから数時間、長久は資料探しに時間を使う。本日は日曜日であり、若葉も友奈も共に何やら用事があるようで、珍しく鍛錬も何もない長久にとって暇な日だった。

 基本的に、長久は趣味と言える趣味はない。元々は友人と遊ぶのが長久の余暇の過ごし方であり、鍛錬などは趣味と呼ぶには少し違う。

 最近は食べ歩きなどは長久の趣味になっていたが、それも一週間か二週間に一度しか外出が許されない以上、気楽にはできない。

 加えて長久は勇者に比べれば外出の条件は緩いため、あんまり出かけるのも申し訳なさがある。

 だから暇潰しと勉強を兼ねて、長久はちょくちょくこの資料室に訪れていた。

 

 けれどそれも本質は勉強。あまり長時間集中できるようなものでもない。

 呪術やプログラム、そういった新たな知識を得ること自体は比較的楽しめる長久ではあったが、それでもずっと集中し続けることなどできはしない。

 一度休憩をとるか、と長久は資料室の呪術関連の文献が存在する棚から離れ、資料室入り口の方へと戻っていく。

 

 長久がいた場所は、資料室の中でも奥まった場所になる。あまり一般職員には需要がない本であるためだ。

 それこそ長久のような研究でもしていなければ使うこともないそれ。故に人目につかない場所に置かれてしまうのは必然だった。

 だからこそ、棚の前を数時間占拠する暴挙が許されたわけではあるが。

 

 そんなことを思いながら長久が入り口の方へと戻ってくると、ちょうど見覚えがある少女が資料室に入ってくるのが見えて、思わず長久は声を漏らす。

 

「……お、伊予島」

 

「あれ、白芥子さん?」

 

 珍しい、と長久と伊予島は互いに思った。

 長久は資料を求めてよくここに来る。伊予島は小説好き故によくここに来る。

 けれど長久は資料室の奥にいて。伊予島は手前の棚の文庫本を漁るために、二人が資料室で出会うのはこれが初めてだった。

 

 えっと、と互いに戸惑う。

 長久と伊予島は今まで二人だけで話す機会はなかった。それは単純に、長久の傍にはよく千景や若葉といった友人がいたのもあるし、伊予島の傍にはよく土居がいたのもある。

 あとは何より、一番共通の話題がなかった、というのが大きかった。

 

「……あの、白芥子さんはよく資料室には来るんですか?」

 

「あー、まぁそこそこな。最近は鍛錬もあるし、目的の本の多くを読んじゃったから頻度は落ちてきてたけど」

 

 探り探り。互いに距離感を測りつつ、何とか会話を繋げていく。

 長久は友達と外で遊ぶタイプで、伊予島は一人で本を読むタイプ。

 伊予島は可愛らしいものが好きで、長久は格好いいものが好き。

 

「伊予島は? 今まで見かけなかったけど、資料室にはよく来るのか?」

 

「私は……それなりに来る方だと思います。今まで白芥子さんを見なかったのが不思議なくらい」

 

 けれど互いに、自分の趣味ではないものに理解がないわけではなく。自然と相手の好きなものを理解しようとできるタイプであるために、時間をかければ会話は自然なものになっていく。

 

「うーん……じゃああれかな、俺が奥の方にずっと籠ってるから、互いに気づかなかった、とか」

 

「あ、そうかもしれません。私はそこら辺……手前の方の棚によくいますし、借りたい本を見繕ったらすぐに借りて出ていってしまいますから」

 

「そこら辺っていうと……文庫本を取り揃えてる辺りか」

 

 移動して、適当に長久は本を手に取る。長久は外で遊ぶのが好きだけれど、本を読むのが嫌いなわけではない。それは、自主的な勉強として資料を漁っていることからわかる。

 

「白芥子さんは奥の方にいるって言ってましたけど、そっちの方の棚は……古書とか資料、でしたっけ?」

 

「おう。研究に使うからな」

 

 先ほどの長久のように、移動した伊予島が適当に一冊資料本を手に取る。伊予島は物語の世界に浸るのが好きだったが、知識を得るのが嫌いなわけではない。それは、日頃から色んなジャンルの本を漁っていることからわかる。

 

「そうだ、おすすめの小説とかってあるか?」

「あ、良ければ今度、呪術について教えてもらえませんか?」

 

 だからお互い、その言葉は当然のように出てきて。

 

「……ははっ」

「……ふふっ」

 

 気づけば二人は笑いあっていた。

 

「なんだ、もっと早くこうして話してればよかったな」

 

「ですね。白芥子さんはいつも何か努力してるイメージだったから、遠慮しちゃってました」

 

 俺、そんなイメージあるか? と長久は肩を竦める。それに伊予島が苦笑で応じる。

 そこにはもう、最初のような堅苦しさはない。

 

「あー、でも最近は意外と忙しいかも」

 

「若葉さんや友奈さんとよくトレーニングをしてますもんね」

 

 実際、一週間のスケジュールを長久は整理してみる。平日は授業をやって、放課後は鍛錬。食後に研究の続きをして就寝。休日は鍛錬と、暇な時間に資料漁り。資料が十分であれば、研究に反映。外出許可が下りた日だけ外に遊びに行く。

 そうやって自らの生活を振り返って長久はうむ、と声を漏らし。

 

「……あれ、俺の生活、遊びがなくない??」

 

「思っていたより、ストイックな生活を送ってたんですね……」

 

「ま、待て……ちゃんと娯楽はあるし……飯は楽しんでるし……」

 

 伊予島に哀れみの目を向けられ、流石にいたたまれなくなって弁明するが、改善の兆しは見られない。流石にちょっとストイック過ぎたか、と長久はもう少し遊びを取り入れることを誓う。

 

「そしたらそれこそ、おすすめの小説教えてくれ。生活に読書の時間を組み込んでみる」

 

「うーん……ジャンルとか、希望ありますか?」

 

 ジャンル、と長久は呟く。あまり長久は小説に興味を持ってこなかったために、そこら辺詳しくない。

 厳密な分類が長久にはわからなかったが、とりあえず聞いたことがある範囲で興味がありそうなジャンルを言ってみることにする。

 

「ミステリー、とかか?」

 

「ミステリーですね。そしたら……」

 

 長久が言ったことが間違っていなかったのか。それとも長久の大雑把なジャンル分けでも対応できる伊予島が凄いのか。

 それは長久には判断がつかなかったが、とりあえずおすすめの小説を選んでくれるならいいだろう、と長久は深く考えないことにした。

 

「長久さんはあまり小説は読まないんですよね?」

 

「あまり、というかろくに読んだことないな。小学校の時の、読書の時間くらいか?」

 

「それでしたら、これと……あとこれなんかも……」

 

 ざっと三冊。伊予島が棚から本を取り出す。その動きには迷いがなく、この周辺の棚に何の本がどの位置にしまわれているのか正しく把握しているようだった。

 本当にこの資料室によく来てたんだな、なんて何とはなしに思いながら長久は差し出された本を受け取り、その三冊のタイトルを確認する。

 

「えーと、『京都なぞとき四季報』と『氷菓』、あとこれは……なんて読むんだ……?」

 

「『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』、ですね。それぞれおすすめした理由をお話ししましょうか」

 

 そう言って伊予島が資料室入り口近くにある、机の辺りを指さす。確かに、いつものように他に人が来ない場所で話し続けるならともかく、小説のようなよく人が来る棚の前にいるのはマズいだろう。

 長久は伊予島の意図を察し、二人隣り合って壁際の席へと座る。

 

「まず『京都なぞとき四季報』これはミステリーではあります。けれどそれは日常にある、小さな謎で……誰かが死んだ、とかそういうものではないです」

 

 ふむ、と頷く。それから比較的ライトなミステリーものなのだろうか、と長久は問う。

 

「そうですね。一冊の中に五つのお話があり、それぞれが短いために読みやすいお話です。大学生の平凡な青年が、大学構内にある不思議なバーへと謎を持ち込み、カクテルを飲みながらバーのマスターと話し、謎を解く――と、そんな物語ですね。難点はついつい、登場するカクテルの味が気になってしまうことですかね」

 

 それは困るな、と長久が苦笑し、困るんです、と伊予島がそれに答える。流石に二人とも、そう簡単に法を破ることはできない。特に、大社の庇護下にある今は。

 とはいえそれはそれとして、長久は十分興味がわいたため、『京都なぞとき四季報』を借りる本に分類する。最近食に興味津々の長久には、飲料であるカクテルが関わってくる、というのが大きかった。

 

「次は『氷菓』ですね。これは『古典部』シリーズの一冊目であり、数年前にアニメ化もされた作品です」

 

 なるほど、アニメ化。それならばまず面白くない、ということはないだろうし、比較的取っつきやすい作品なのだろうと長久は理解する。

 

「実写映画もやっていたりして、メディアミックスが活発な作品です。これも先ほど同様、日常の謎を解いていく物語で、また文章も高校生の一人称、ということもあって読みやすいと思いますよ。何分読んだのが大分前で少し曖昧ですが……内容としては、姉の勧めで古典部に入部した主人公が、ヒロインの好奇心に振り回されながら謎を解いていく、といったところでしょうか。『氷菓』では、主人公の所属することになった古典部自体の謎についてだったと思います」

 

 読みやすさ、というのは大事だ。特に小説を読むことに慣れていない長久にとっては。それに加えて内容が面白そうならばなおよし。一般的な感性とやけにズレているわけでもなし、メディアミックス済みの作品なら間違いはないだろうと長久は先ほど同様、借りる本に分類した。

 

「最後は……これは、おすすめするか迷ったんですけど。『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』、刀城(とうじょう)言耶(げんや)シリーズの一冊目です」

 

 それは、前二冊とは毛色の違う本だった。まず厚みが違う。先ほどの二冊合わせても、まだその小説の方が少し厚いほどだ。

 加えて、表紙も白塗りの女性が描かれており、どちらかと言えばホラーの印象を受ける。

 思わず長久がミステリー? と問いかければ、ミステリー、と伊予島からは返事が返ってきた。

 

「厳密に言えばホラーミステリー、ですね。だから長久さんの疑問もあながち間違ってはいません。舞台は昭和、神隠しもあるような、不可思議な地域。そこにある神々櫛(かがぐし)村に訪れる主人公……。大雑把に言えばそんな設定のお話なんですが、おすすめできるか、というと少し微妙でして」

 

 手前二つと毛色が違う、というだけである程度興味がそそられていた長久であったが。しかし伊予島の言う微妙という言葉に首を傾げる。

 

「その、少し読むのが難しいと言いましょうか。他二つの作品よりも難解な言い回しがありますし、三つの視点から描かれるお話なので、しっかり頭で整理できないと読めないと思います」

 

 確かにそれならば伊予島の言った微妙、というのにも納得がいく。初心者向けではないとなれば、今回選ばれるには不適切になるのだろう。

 しかしだからこそ、伊予島がこうして選んだ理由が気になる。それ故、長久は解説の続きを伊予島に促す。

 

「ええと、まずホラーとミステリーが高いレベルで組み合わされています。そもそも『最後まで読まなければホラーなのかミステリなのかわからない小説は書けないだろうか』という考えのもと書かれたそうですし、恐怖を感じながらも、怖いもの見たさで読み進めれば待っているのは謎解きによる事件の真相……そこに、個人的には面白さがあるかと。そしてこの作品は怪異を扱っており、それは作者自身の民俗学の知識に基づいたものである、とされています。なので呪術を扱う白芥子さんにちょうどいいかと思いまして……。それに、日頃から古い資料まで読み解いている白芥子さんであれば、難しい文章でも読めるでしょうし」

 

 ほうほう、と長久は頷きながらまた借りる本に『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』を分類する。きっと彼ならば読めるだろう、なんて信頼を向けられて読まないという選択肢は長久にはなかった。

 

 そんなわけで結局。長久はおすすめ本を全て借りることにした。

 

「えっと、私がおすすめしたからと無理に読む必要はないんですよ?」

 

「無理にじゃないぞ。あれだけ一冊一冊について話せる、そんな人間が選ぶ本が面白くないわけがないと思ったから借りることにしたんだよ」

 

「そ、そう言われると照れますね……。読み終わったら是非、感想を聞かせてください長久さん」

 

「もちろん、いの一番に杏に言いに行くよ」

 

 そして気づけば自然と互いに名前を呼ぶようになっていて。

 長久は小説という新たな世界に触れることに。杏は読書仲間が増えるということに。

 共に嬉しさを覚えながら資料室を後にするのだった。




今回挙げた小説は実際にある小説です。
『氷菓』なんかは知ってる人も多いだろうし、『京都なぞとき四季報』は読みやすいから手を出してみてもいいかもね。
……『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』?
タイトルで察してくれ、面白いけど普通に読むの大変だぞ。

そんなわけで杏回。これでコミュ回も三人分、半分行ったね。


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十頁目.勇者たちの戦い:試運転

いよいよ明日は勇者システムの試験運用だ。

俺たちが生み出した勇者システムは、

彼女たちの力になってくれるのだろうか。

もし、勇者システムが正しく機能してくれたら。

あれが彼女たちを守ってくれたなら。

俺は自分を……少しだけ誇ってもいいのだろうか。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年三月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 

「さて、改めて確認するぞ」

 

 瀬戸大橋の上で、長久は勇者の面々に向けて声をかける。見れば誰もが固い表情で、長久もまた、彼女らと同様に固い表情をしているのだろうと頭の片隅で考える。

 

「今回の目的は、勇者システムの試運転だ」

 

 完成から約一か月。幾度かの起動実験を経て、起動及び起動状態で勇者たちが動き回れることまで確認された勇者システムは、更なる実験に入ろうとしていた。

 

「これから皆には結界の外に出て、バーテックスと戦ってもらう」

 

 長久は視線を四国の外へと向ける。何の変哲もない、真っ直ぐと続く瀬戸大橋。しかし長久はそれが偽りであることを知っていた。

 この先に存在するのは、バーテックスによって破壊された世界。見えているのはあくまで神樹の力により、一般人を安心させるために用意された幻影でしかない。

 結界を超えれば、そこはもうバーテックスの蔓延る危険な世界。そんな場所に、長久は今から友人である勇者たちを送らなければならなかった。

 

「……巫女の神託によれば。一年か、二年後。四国はバーテックスの襲撃を受ける」

 

 いつになるかだけは確実ではないが、襲撃だけは絶対にあるとされている。それは襲来当初に人々を襲ったバーテックスが、人々が生き延びている四国を襲わないわけがないと、神託を抜きにしても予想されていることになる。

 そしてその時、戦うことになるのは長久の前にいる勇者たちだ。彼女たちだけが、バーテックスに対抗できる力になる。

 

「もし、その時が来たとして……初めて戦うなんていうのは無茶だ。いくら初回の襲撃で戦ったことがあるといっても、それは勇者システムを利用したものじゃない」

 

 勇者たちには戦闘経験がない者もいるし、あったとしても一度だけだ。それを〝戦いを経験したことがある〟として扱うのは見込みが甘すぎる。

 

「大社の中には、貴重な存在である勇者をわざわざ危険に晒すべきではないという意見もあったが……。最終的には、より危険が少ない状況で試しておくべきだということになった」

 

 長久は反吐が出そうになるのを、すんでのところで堪える。どちらを選んでも勇者たちを危険に晒すのには変わりがないのだ。

 そもそもその二つを比べようが、どちらも大社の都合でしかない。人ではなく、道具のように考えるやり方に、そしてそれに加担する自身に長久は不快感しかなかった。

 

「今回、バーテックスを倒すこと自体は目的じゃない。あくまで、問題なく勇者システムが動くかどうかの確認だ。バーテックスと戦う時は……無茶せず、できるだけ少数の集団と戦うように」

 

 だからこれから長久が口にするのは、あくまで個人的な願い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思う、そんな少女たちへ向けて、長久は請うように言葉を発した。

 

「……安心しろ、必ず生きて帰ってくる」

 

 そんな長久の言葉に、若葉が力強い言葉で応じる。長久の自分に彼女たちの無事を祈る権利はないという思いから、あくまで大社からの指示という体で発せられた言葉に、若葉はその大本を察せずとも込められた願いだけは確かに気づいていた。

 

「……皆、これを」

 

 若葉の言葉に感じた安堵を心の内に押し込め、長久は勇者それぞれにある物を配る。手の平に乗せられたそれは、小型のインカムだ。

 

「基本的にはこれで俺と連絡がとれる。時々指示を飛ばすし、カメラを内蔵しているからこちらで何か発見した場合も逐次報告をしていく。逆に、気づいたことがあればそちらからも連絡をくれ」

 

 それぞれが耳にインカムをしていくのを確認しながら、長久は手元の端末へと目を向ける。インカムの接続状況、勇者システムの稼働状態などが表示されているそれは、全て正常を示している。

 一先ずは問題なし――けれど重要なのはこれからだ、と長久は気合を入れる。むしろ、現状でエラーがあった方が彼女らを四国の外へ送り出すことができなくなるため、好都合ではあったのだが。

 そんな思考を長久は振り払いつつ、それじゃあ、と勇者たちへ指示を飛ばす。

 

「これより、勇者システムの試運転を始める。各勇者は変身後、結界外へと出撃。バーテックスと交戦し、勇者システムに問題がないことを確認し次第帰還するように」

 

 それに応じるように、勇者たちが変身の光に包まれる。勇者システムにより発生したその光は、勇者たちを包み込みその輪郭を変えていく。

 そしてその光は徐々に晴れていき――そこで、異常が発生した。

 

「……あ、あれ?」

 

 光が晴れた時、勇者たちはほとんどがその姿を変えていた。しかし杏のみ、その姿が変わらない。制服のままであるという事実に、戸惑ったように首を傾げた杏が再度勇者システムを起動しようとするが、今度は光すら発することはなかった。

 どういうことか、慌てて長久は手元の端末をチェックするが、システム的なエラーは発生していない。3Dモデル側は、正常にその姿を変えている。ならば問題があるとすれば、3Dモデルと本人のリンク。

 

 長久は目を凝らし杏を見つめる。検証の末、長久は神樹の力を見る能力にオンオフが効くようになっている。平時まで神樹の力が見えていると多くの物が神樹の力で賄われている四国では他の物が認識しづらくなる、とオフにしてた能力を使うと、長久の目に杏が変身できない原因が映った。

 

「神樹の力が安定してない……?」

 

 一瞬神樹の力が杏に纏わりついては、次の瞬間には霧散する。そんなことを繰り返す光が、長久だけには見える。

 基本的に、勇者システムでの変身は3Dモデルから発せられた呪術的な繋がりを、勇者側から発せられた神樹の力で補足、リンクを固定。そのリンクから得た勇者服の情報を利用し、神樹の力で勇者服を形成するのが変身のシークエンスになる。

 それ故に、そもそも神樹の力が安定しなければ変身することができない。現在杏が変身できないのは、それが原因なのは長久にも分かった。

 しかし、である。そもそも何故神樹の力が安定しないのか。その部分については長久にも理解ができない。

 特にシステム側には前回成功時から手を加えていない。またエラーが発生しているわけでもないので恐らくそれ以外の要因なのだろうと、そこまでしか長久にはあたりをつけることができなかった。

 

「……どうする長久。杏が変身できないのであれば、結界の外に行くのは危険になるが」

 

 若葉からの問い。長久は思案する。変身できていないのは杏だけ。他の四人が変身できているため、予定通り試運転に入ること自体は可能だろう。

 そうなると長久を悩ませる問題は、この杏に起きた現象が他の四人にも発生しないかどうかになる。

 杏の場合は幸いにも結界の外に出る前に起きたために何の問題もなかったが、これが結界外。特に戦闘中に起きれば命に関わってくる。

 このまま送り出すのはリスクが大きい――

 

「……杏を除いた四人で、このまま続行する」

 

 しかし長久はリスクを承知した上で、続行する決断をした。研究部の上司に確認を取れば、上司も同じ方針であるという。

 確かにこのまま試運転を続行するのは危険だ。けれど、この勇者システムが起動しないという問題を放っておくのもまた、後々の危険に繋がる。

 原因を特定するためにも、今までと変化がある状態で運用はしておくべきだと、長久も上司も判断していた。

 

 けれどあくまでそれは勇者システムの完成のための判断。友人たちを更なる危険に晒さなければならないと思うと、長久は心臓が痛むような苦しさを覚えた。

 常に感じている自己嫌悪。それが増していくのを自覚しながら、それを長久は噛み潰し、平常を装って長久は杏を除いた四人へと声をかける。

 

「杏に起きた問題の原因を把握するためにも、このまま杏以外の皆には結界外へと出てもらう。……無論、予定よりも更に危険がある状況だ。常に全員が他のメンバーのフォローに入れるように意識しておいてくれ」

 

 長久の言葉に、若葉たちが揃って神妙に頷く。一人残されることになってしまった杏は不安そうでこそあったが、今の自分では足手まといにしかならないことを理解しているのか文句を言うこともない。

 故に長久が研究部と共にシステムの監視体制に入り、若葉たちが結界外へと出撃していき――しばらく。

 

「……言葉がない、とはこのことを言うのだろうな」

 

 ポツリ、と若葉が思わずといったように呟く。それに対する明確な反応は、他の勇者たちからは返ってこない。

 若葉が漏らしたように、誰もが言葉を失っている状態だった。それだけ、結界の外は悲惨な状態だった。

 

 かつて人々が生活していた様子は、もはや痕跡としてしか残っていない。住居も、車も。()()()()()()()()()()()()()()()()()、あらゆるものが破壊されていた。

 若葉たちは結界外がろくな状態ではないとは覚悟していたものの、その予想以上に酷い状態に誰もが何を言ったらいいかすらわからなくなってしまっていた。

 

「なぁ……結界の外は、どこもこんな状態なのか?」

 

「わからないよ……遠くの方は全然、調べられてないらしいから」

 

 無言で結界の周囲を探索し続ける中、若葉から放たれた言葉をきっかけにして球子、友奈とぽつぽつと言葉がこぼれ始める。しかしそのどれもがどこか暗いものであり、彼女らがまだ平常心を取り戻せていない証拠だった。

 またそれを聞く若葉は拳を強く握りしめ、千景も眉間にしわを寄せ険しい顔をしている。勇者の誰もがこの景色に怒りや恐怖、そして絶望という感情を覚えていた。

 

「――ッ、止まれ」

 

 そんな中、若葉の小声ながら鋭い一声が響く。何事か、他三人は思わず一度若葉の方を見てから、その視線を辿り彼女が何を見たのかを確認する。

 ……そこにいたのは、白い異形。ここにいる誰もに見覚えがある、バーテックスだった。

 距離はさほど、近くはない。バーテックスは勇者たちを発見しておらず、また隠れて監視するだけならばさして問題のない距離。

 慎重に。勇者システムの謎の動作不良。また初の本格的な戦闘という緊張感。それらから勇者たちはまず、隠れて様子を伺うべきだと判断を下す。

 

 四人集まり草陰で背中合わせになる。全方向を監視できる体勢で、若葉が発見したバーテックスを注視する。

 バーテックスは何かを求めるかのように、周囲を見回しながらフラフラと漂っている。特にそれ以外にすることもなく、また周囲に別の個体の姿もない。

 おそらく、バーテックスはこうして少数の個体で人を探し、発見した場合何らかの方法で周囲のバーテックスを呼び込むのだろう、と若葉は予想する。

 

 バーテックス側に発見される前に、こちらがバーテックスを見つけることができてよかった、と若葉は内心だけで安堵した。こうして冷静に思考する時間ができたのはありがたい、と手元の刀――生太刀(いくたち)の柄を握りながら若葉は思う。

 しばしそうやって、勇者たちはバーテックスを監視するが、バーテックスが他の個体と合流する様子はない。やはり単独行動している個体。その確信を得た勇者たちは一度頷き合い、またインカムで長久からも許可をとれたため、あのバーテックスを相手に初の戦闘を試みることを決める。

 

 球子、千景、友奈の三人が周辺警戒と共に待機。若葉が生太刀を構え、バーテックスに駆け寄る体勢になる。

 目配せ――そして若葉の覚悟が決まると同時、ダッシュ。勇者システムの補助に上がった脚力を以って、数十メートルを一息で詰める。

 その素早い動きに、バーテックスは反応し切れていない。

 斬れる。その確信と共に、若葉は鞘から生太刀を抜き放ち、一閃。宙を奔る刃がバーテックスへと食い込む。

 

 ――感触が、軽い!

 

 若葉は己の失態に気づいた。平時と比べてパワーの上がる勇者システム。初戦闘による緊張。それらが相まって、若葉は距離を見誤った。

 想定よりも早く振るわれた若葉の一撃は、間合いを詰め切る前にバーテックスへと到達。真っ二つにするつもりで放った一撃は結果として、バーテックスの肉体の半ばまで切れ目を入れるだけに終わった。

 恐らく、数瞬もあればバーテックスであろうと死ぬであろう一撃。しかしその数瞬が今回の場合、致命的であった。

 

ホロビヨ……! ホロビヨ……!!

 

 バーテックスの口から、擦れた音のような何かが響く。人間には正確に聞き取れないそれは、若葉たちでは意味を理解することはできなかったが、これから何が起こるからだけは理解できた。

 

『若葉ッ!!』

 

「わかっている!!」

 

 長久の声に反応してその場を飛び退る若葉。勇者システムの力によって瞬間的に離れることに成功した若葉は、先ほどまでいた場所へと大きな口で食らいつくバーテックスの別個体を目撃することとなった。

 

「案の定か……!」

 

 噛みつきが宙を空ぶったバーテックスは、即座に若葉の位置を捉えると、知性がないのか真っすぐに若葉に向かって襲い掛かってくる。

 しかし若葉にとって不意打ちならともかく、真正面からくる敵など恐れるものではない。先ほど生太刀を振るった感触から修正、向かってくる敵に合わせて――()()()()()

 抜刀の勢いと、バーテックス自身が突っ込んでくる速度を利用し、横一文字にバーテックスを両断する。やはり、この白く人間ほどの大きさのバーテックスであれば勇者システムもあって厄介な敵ではない。そう思いながら若葉は一度、鞘へと刀を納める。

 

「――若葉ちゃん!!」

 

 刹那、響いた友奈の鋭い声に反射的に若葉が振り向けば、そこには大口を開けるバーテックス。

 そしてそれに向かって大跳躍で接近し、拳を振りかぶる友奈の姿。

 

「でやぁッ!!」

 

 天ノ逆手(あまのさかて)と呼ばれる手甲。それを両拳に纏った友奈は、右拳を全力でバーテックスへと叩き込む。

 あまりのインパクトに、吹き飛ばされる暇もなく砕け散るバーテックス。そんな光景に、若葉は思わず数瞬絶句してしまった。

 

「……た、助かった、友奈」

 

「ふぅ……若葉ちゃんが無事でよかった」

 

 やや間をおいて礼を口にする若葉に、友奈は笑顔で応じる。しかしその顔はすぐさま険しいものへとなり、視線が周辺へと走る。

 

「でも、これはちょっとマズそうかな……」

 

「ああ……すまない、失敗した」

 

 友奈と同じく、若葉も周囲を見る。そこにはどこから現れたのか、先ほどまでいなかったはずのバーテックスがわらわらと集まってきていた。

 加えて。最初に見つけた個体に接近した若葉と、それを助けに来た友奈は残りの二人と距離が少しばかり距離が離れてしまっている。間にいるバーテックスの数は多くはないが、それでも合流のためにそこの突破にだけ集中するには、些かリスクが高過ぎる程度には、周囲にバーテックスが集まってきていた。

 

「どうしよう……若葉ちゃん」

 

『理想形は四人合流して、結界内まで逃げ込むことだが……』

 

「そうも言ってられん、なッ!!」

 

 一閃、若葉は不用意に近づいてきたバーテックスを、鞘から抜き放った生太刀で両断する。下手に会話に集中することもできない状況、不用意に敵に背を向けるわけにもいかない。

 若葉と友奈、二人背中合わせで向かってくるバーテックスを迎撃しながらどうしたものかと思案する。

 

『……仕方ない、このまま二人組で互いの死角をカバーしながら戦闘。合流の隙ができるまで耐えるしかないか』

 

「敵の数がわからない以上、下手に突っ込んで消耗するのは避けたいところだな!」

 

「わかった、とりあえず近づいてきた敵を倒すだけでいいんだね!」

 

 それぞれ斬る、または殴りバーテックスを処理しながら言葉を交わす。

 未だ周囲には大量のバーテックス。迎撃しながらでは、もう二人の様子はバーテックスたちの隙間からチラチラと見える程度であり、どうなっているか正確に把握することはできない。

 無事でいてくれ、若葉と友奈は二人揃ってそう願いながら、目の前の敵へと武器を振るった。




戦闘関係とか、設定周りの話になると文字数が嵩むのはいつものこと。
そんなわけで次話も戦闘です。まぁ日常段階にしても、盛り上がりどころは欲しいということで。


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十頁目.勇者たちの戦い:試運転Ⅱ

 大きく、千景は一度息を吐く。それから鎌を握る手が震えているのを自覚し、傍から見れば球子と死角を補うように。実際は自身の震える手を隠すために球子へ背を向けた。

 

 大きく、球子は一度息を吐く。緊張はない。自分は杏を守るのだ――その意思がある限り、球子が戦いに恐怖を覚えることはない。とはいえ、少しばかり今回は骨が折れそうだとは思う。

 

 球子と千景の周囲には、多くのバーテックスの姿がある。そのせいで仲間の若葉と友奈の姿を確認することはできない。また間を縫って合流を目指すのは難しいことも、千景はゲームでの経験から。球子は直感的に理解していた。

 必要なのはどうにか敵の数を減らし、合流への道を作ること。また可能な限り被弾しないことも、条件の一つとなる。

 防御力を高めたため、一撃程度であれば耐えられるだろうと長久は言っていた。しかし敵のこの数、一撃でもくらえばそれにより動きが一瞬鈍り、敵にたかられてしまうのは球子も千景も目に見えていた。

 

 だから基本は専守防衛――しかしその戦術が頭に浮かびつつも、球子は性に合わないと大きく一歩を踏み出した。

 

「くらえぇ!!」

 

 球子の武器は、神屋楯比売(かむやたてのひめみこと)。旋刃盤としての形をとったそれは投げれば敵を切り刻み、腕と旋刃盤はワイヤーで繋がっているため引っ張れば球子の元へと戻ってきてくれる。

 故に球子は踏み出した勢いも利用して、全力で旋刃盤を敵の群れへと投げ込み、そして大きく腕を横に振るうことで旋刃盤で敵を一気に薙ぎ払った。

 

「ふん、大群ならタマは得意なんだ。タマに任せタマえ、ってな!」

 

 一度戻した旋刃盤を再度投擲、腕とワイヤーで繋がっていることを利用し、腕の動きから旋刃盤を縦横無尽に駆けさせる。

 しかしそれでもバーテックスはその数を減らさない。いいや、減らしてこそいるのだが、周囲にいた数が多過ぎるのか、常に補充されて行ってしまう。

 もし抵抗しなければ、これ以上の数が一気に自分たちの元へ押し寄せてきていたのかと思うと、球子は背筋が凍る思いだった。

 

 これでは自分一人では他二人と合流するのも難しい。そう判断した球子は、いけ好かない相手ではあるがこの際気にしてはいられないと、千景の方へと視線を向ける。

 

「――何やってんだよ、あんた!!」

 

 そして思わず。普段はつけている敬語もかなぐり捨てて、球子は叫んでいた。

 千景は寄ってきたバーテックスの隙だらけな噛み付きを、カウンターで斬り裂くこともなく飛び退って避けるだけ。それどころか、避ける動作すらどこか覚束ないように球子には見えた。

 戦う気がないようにも見え、一瞬球子は千景が裏切ったのではないかと思うも、ならばそもそも勇者として選ばれないはずだと頭を横に振る。

 その間にも球子自身にもバーテックスは襲い掛かってきており、千景を気にしている場合ではないと、球子は再びバーテックスへと旋刃盤を投げた。

 

 そんな球子の叫びを聞いて。それでもなお、千景はバーテックスと戦うことができなかった。

 戦わないのではない。戦えないのだ。恐怖で身体が思うように動かないという状態を、千景は初めて味わっていた。

 

 長久を助けた時は、目の前で襲われている人がいて、考える間もなく動いたために。不思議な力を手に入れ若干舞い上がっていたり、敵がそもそも少なかったというのもあって攻撃することができた。

 しかしこうして、敵が大量にいて。しかもそれらが自分へと殺意を向けてくる状況に、千景は完全に委縮してしまっていた。むしろここまで幾度かの攻撃を避けれていたというのが奇跡だった。

 

「あっ……」

 

 事実、委縮した身体は千景の意思が完全に反映されることはなく。敵の攻撃から飛び退いた先で、自らの片足にもう片足が引っかかり後ろへと倒れ込んでしまった。

 そして同時。光を放ち、千景の身体を包んでいた勇者装束が消えて普段の制服姿へと戻されてしまう。

 それは突然の事態ではあったが、しかし。千景自身は不思議に思うことも驚くこともなかった。

 防御能力を失い、敵に簡単に殺される可能性もある現状。そんな状態だからこそ、千景は奇妙な冷静さを抱いていた。

 

 勇者とはすなわち、勇ましき者。勇気を持たぬものに神樹は力を貸してくれないのだろう。

 つまり自分は見限られたのだ、そう倒れ込んだまま千景は自嘲した。

 

 そんな逃げる素振りも見せない千景をバーテックスが放っておくわけもなく。一度光に包まれたところで怯んでこそいたものの、それが収まってしまえば知性の低いバーテックスでは躊躇う理由もない。

 周囲を取り囲むように存在していた一体のバーテックスが大口を開けて飛びかかっていったのを皮切りに、一気にバーテックスたちが千景へと襲い掛かっていく。

 それを見て千景は、諦めたように目を閉じ、ふと大勢でなくてもいいからせめて誰かに自らの存在を肯定して欲しかったと、そんな願いを自覚して――

 

「――どぉおおりゃぁぁ!!」

 

 噛み砕かれる痛みの代わりに、鼓膜が破れそうな大音量による痛みを味わった。

 

「何諦めてるんだ!! いつものスカした態度はどうしたんだよ!!」

 

「……ッ……」

 

 球子が叱咤と共に、千景へと襲い掛かってきたバーテックスを蹴り飛ばす。そこから更に旋刃盤を飛ばし、周囲のバーテックスを蹴散らしていく。

 そんな千景を守るように戦う球子を見ながらも、それでも千景は戦う勇気を持てなかった。

 

 普段、千景は球子たちを無視することが多い。それは単純に普段のノリが合わないというのもあるし、そもそも千景が他人とコミュニケーションをとるのが苦手というのもあった。

 同時に、バーテックス襲撃の日に球子に守られたという杏などに対しては、自分は長久を守った側であったという自信から見下しているところもあった。

 それが実際はこうして戦うこともできずに、変身すら維持できなくなってしまった。そして挙句の果てには逆に守られる始末。

 情けなさから。そして何よりも自分がかつて村の人間に言われてきた言葉が間違っていなかったかのようで、もはや自分に生きる価値もないように思えてきてしまっていた。

 故に千景には立ち上がる気力がない。守ってくれている球子にすら、普段球子のことを邪険に扱っていた自分など放っておけばいいのにという思いすら抱いていた。

 

「しっかりしてくれよ、先輩だろあんた!!」

 

 けれど球子にとってはそうではなく。例えそりが合わない千景であっても、球子にとっては勇者という仲間であり、杏ほどではないにしても守るべき存在であった。

 盾にもなる旋刃盤が武器となったことに表れているように、誰かを守ることに命を懸けられる。それが土居球子の在り方だった。

 そのため、本来無辜の人々を守るべき存在である勇者の千景が、生きることを諦めているのが球子には気に食わない。

 今までの態度は、自分のように騒がしいタイプの人間が苦手な人もいるだろうと、気に食わないが許容してはいた。

 しかしこれだけは、生きることを諦めるのだけは球子は許せなかった。

 

「なんで勇者のあんたが諦めてるんだ!!」

 

 球子は許せない。長久を始めとして、勇者ではない人も、勇者を守るために全力を尽くしているのを知っていた。

 そこに球子の理解できない技術が使われていても、理解できないからこそ、自分にはできないからこそ球子は尊敬の念を抱いていた。

 だからそれを無為にするかのように、生きることを諦めている千景が許せなかった。

 

 そして何よりも。

 

「あんたは長久のヒーローなんだろ!? そんなあんたが何で今、戦うことを諦めてるんだ!!」

 

 球子は知っていた。以前、球子がつい千景のいない場で千景に文句を言った時に、千景を庇うようにしてその出会いを語った長久を。

 何でもないことのように語っていた長久だったが、それでも球子には分かったのだ。長久にとっての千景と、杏にとっての球子が同じだということが。

 長久と千景の関係性に、球子は杏と自らの関係性を重ねていた。だから守る側である千景が諦めていることが尚更許せない。

 

「守るべき奴がいるのに諦めてるんじゃねぇ!!」

 

「――――――」

 

 年上相手に口が悪くなっているのを自覚しながらも全力で思うことを吐き出して。球子は体当たりしてきたバーテックスを、千景を守るために旋刃盤で防ぐ。

 そして次の瞬間、自身の周囲が暗くなったことから直上にバーテックスが来ており、追い込まれていることを自覚した。

 

「だぁッ! クソ――」

 

 慌てて正面のバーテックスを力技で弾き飛ばして、何とか直上のバーテックスへの対応が間に合うかと行動を起こそうとし――

 

 一気に周囲数体のバーテックスが、両断された。

 

「……ごちゃごちゃと、うるさいのよ」

 

 千景が大鎌を振り終えた体勢から、軽く手元で回してから肩へと担ぐ。そこにはもう、先ほどまでの情けない姿はない。球子のよく知っている、ムカつく先輩の姿がそこにはあった。

 

「……遅いっすよ、先輩」

 

「ちょっと調子が悪かっただけ。もう問題ないわ」

 

 そう言って、軽く敵を斬り裂いた千景が、今度こそ正しく球子と背中合わせに立つ。それに今なら背中を預けられると、球子も信頼して後ろは振り返らないことを決めた。

 

「あと、もう敬語はいらないわ」

 

「それはタマとしてはありがたいけど……どうしたんだ?」

 

「あそこまで色々言われた相手に、今更敬語を使われても気持ち悪いのよ」

 

 ハッ、と球子は笑った。ふっ、と千景は笑みを零した。互いに相手のことは気に食わないが、嫌いではないかもしれないと、少しだけ思った。

 

「……何とかして合流する道を作る、なんてまどろこっしいことは言わないわ」

 

 先ほどまでの様子が嘘のように不敵な笑みを浮かべた千景が言う。

 

「私たちで、全部蹴散らすわよ」

 

「オッケー、タマ好みだ!!」

 

 それに力強く球子が頷き、二人同時、弾かれるようにして飛び出す。

 そのまま千景は大鎌を一閃、球子は旋刃盤の刃をバーテックスへと叩きつける。互いに一体仕留めたのを合図に、戦闘が再開。

 千景はもはや恐怖などないと言わんばかりに勇猛果敢に敵へと踏み込み、大鎌を扱っているとは思えない速さで敵を斬り裂いていく。

 縦振り、そこから身を捻って横一閃。手元で大鎌を回転させ、近くにいたバーテックスに斬撃を浴びせながら後ろへと宙返りと同時に斬り上げ。

 

「郡センパイ!」

 

「敬称も、いらないわよ!」

 

 球子によって蹴り飛ばされてきたバーテックスを、身を捻って躱すと共にすれ違いざまに斬り捨てる。

 そしてお返しと言わんばかりに大鎌を振り回して、刃に限らず柄に引っかかったバーテックスをまとめて球子の方へと放り投げた。

 

「全部、まとめてぇ!!」

 

 そうしてまとめられた敵を、球子が旋刃盤を振り回して一気に蹴散らす。それによってそれなりに数は減ったが、それでもまだ若葉や友奈に合流するには敵が多い。

 しかし流れが千景たちの方へと傾いてきているのも事実。故に千景は球子の方へと駆け寄りながら、声を上げる。

 

「いくわよ、土居さん!」

 

「タマに任せタマえ、ってね!!」

 

 跳躍。叩きつけるようにして宙のバーテックスを両断しながら、千景が大鎌を地面へと振り下ろす。そして着地した千景の頭上を通すようにして、周囲のバーテックスを薙ぎ払うように球子の旋刃盤が振るわれる。

 そこから再び千景が飛びあがり、空中に浮かぶバーテックスを斬り裂き、地面近くにいるバーテックスを球子が旋刃盤で倒していく。それはそれなりのペースでバーテックスを倒していく。

 だがそれなりのペースでは、周囲のバーテックス全てを殲滅するには些か時間がかかる。故に、千景と球子は荒業に出る。

 千景が旋刃盤の刃のない部分を掴み、その状態で千景を振り回すように球子が回転を始める。それは徐々に回転のペースを上げていき、千景の大鎌と球子の旋刃盤で多くの敵を斬り裂いていく。

 

「土居さん!」

 

「よっし、フィニッシュだ!」

 

 そして千景の掛け声に応じて、球子が今までの勢いを乗せて千景を上空へと放り投げる。勢いもあり、高く飛び上がった千景は上空にいたバーテックスをも追い抜き、宙へと上がり。そこから逆に速度を出して地上に向けて落下していく。

 その途中、千景は縦回転することでバーテックスを巻き込みながら落下していき……千景はとある確信と共にそのまま全力で地面へと大鎌を叩きつけた。

 それと同時、千景が地面に大鎌を叩き付けた衝撃が広がると共に――神樹の力が、炸裂するようにして辺りへと広がった。

 バーテックスたちを倒すために武器に宿った神樹の力。それが辺りに勢いよく広がったことで、周囲にいたバーテックスは神樹の力を叩きつけられる形となり、衝撃で絶命していく。

 その勢いは先ほどまでの殲滅速度の比ではなく、大規模な範囲攻撃で残っていたほとんどのバーテックスを倒していた。

 

「よっしゃぁ!!」

 

「……ん」

 

 そんな光景に、球子は元気よくガッツポーズをし、千景へ向けてハイタッチをしようとし。

 千景は澄ました顔で、しかし少しだけ照れ臭そうに応じるのだった。




やっぱ戦闘描写は楽しい。

今回の戦闘では、キングダムハーツ2の連携技を参考にして書いてました。
BGMもそれに合わせて、書く時聞いてたのは『Tension Rising』。
それっぽくできてたらいいなぁ、と思いつつ次回は戦闘後のお話。


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十一頁目.日々の暮らし:星空の下

 ――声がする。

 

 頭に響く誰かの声が俺を呼んでいた。何だ、誰だと問うも明瞭な答えは返ってこない。

 そもそも自らの声が聞こえてこなかった。確かに喉から声を出したはずであるのに、まるで音が伝わるための空気が存在しないかのようにその世界は無音であった。

 

 そこで初めて辺りを見回してみる。

 周りは暗く、果てはなく。地面は確かな踏み締める感触を返してくるのだが、その材質は淡く発光する白い何かとしか言えず、明確に何かを判別することはできない。

 地面は延々と続いているわけではなく、どうやら円形となっているらしい。試しに端まで行って下を覗き込んでみれば自分がどこか、円柱のようなものの上にいることが分かった。

 しかし円柱より外は下も見えず、落ちたらどうなるかすら分からなかった。

 

 結局。今自分がどこにいるのか、そしてそれまで何をしていたかすら俺には思い出すことができなかった。

 名前も、何をしていたのかも。何もかもわからずただ途方に暮れるしかない状態。

 どうしたものか、何とはなしに白い地面の中心部へと行ってみる。

 

 何かに惹かれるように、実際よく目を凝らしてみればそこには細く弱いながらも光が差し込んでおり。

 それに気づいた時、確かに何かを心に感じながらゆっくりと歩を進めていく。

 そうして俺は光の元へと辿り着き。ただ暗い空を見上げてみれば、遠く……ただ遠くに光る何かを見つけ。自然とそれに向けて右手が伸びていき――

 

 ――っ!?

 

 突然、足場が失われた。

 

 泥に足を取られたかのように。底なし沼に沈んでいくかのように。

 何かに引き込まれるようにして下へ下へと体が沈んでいく。

 見れば自分が立っていた場所から黒い何か――闇が白を侵食するかのように広がっていっている。そして白が闇によって汚されていくのと同じように、俺の身体はどんどん闇へと飲み込まれていく。

 思わず恐怖から助けてくれ、と叫び声を上げるも、誰も助けてくれることはない。そもそもどこにも自分以外は存在しない。

 

 どうして俺がこんな目に、そんな思考が頭を過ぎる中、再び頭に声が響く。けれど今度は先ほどよりももっと明確だ。

 もがき苦しみながらも、自然と導かれるようにその声へと自分の意識が傾ていく。

 聞こえてくるのは、そう……助けて、痛い、苦しい。そんな今の自分が抱く思いと同じもの。

 同じくこんな状況に追い込まれた仲間がいる。その事実に、飲み込まれてから閉じていた目を開いて辺りを見ようとする。

 

 そこにいたのは――俺を闇へと引きずり込もうとする人間たちだった。

 

 相手は闇が辛うじて形を成したものであり、顔も見えない無貌の化物であるはずなのに。けれど分かる。俺にはそれが誰だかわかってしまう。

 

 俺の足を掴むのは、あの時足を怪我し、逃げることもできなくなって俺に助けを求めていた男。

 

 俺の腕を掴むのは、あの時我が子を守ろうと、一人化け物を睨んでいた母親。

 

 俺の腹を掴むのは、あの時死にたくないと叫び、抗っていた少年。

 

 そして俺の首を掴むのは……あの日、俺の目の前で化け物に上半身を食われた少年。

 

 闇の中にいるのは全て、あの日俺が見捨ててきた人間だ。一度だって忘れたことはない。

 ああ、そうだ。俺はあの日、バーテックスが現れた日。ヒーローに憧れておきながら多くの人を見捨てて、無様にも生き延びてしまった。

 

 ――どうしてお前が生きている。

 

 そうだ、俺は生きているべきではなかった。

 

 ――どうしてお前が幸せを享受している。

 

 そうだ、俺は幸せになっちゃいけない。

 

 ――どうしてお前が勇者たちの傍にいる。

 

 そうだ、俺に彼女たちの傍にいる資格は――

 

 


 

毎日夢を見る。

俺が見捨ててきた人々が

俺を責め立てる夢。

それに文句はない。

それが俺の生み出した幻影であれ何であれ、

俺を責めるのは、彼らが持つ当然の権利だ。

そう……忘れちゃいけない。

俺は、許されちゃいけないんだ。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年三月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 

「――っ、はぁっ……はぁ……」

 

 跳ね上がるようにして長久は上半身を起こす。全身汗だらけで気持ちが悪い。寝巻が肌に張り付き、シーツもびしゃびしゃだ。

 風邪をひくどころか、水分不足で死んでしまいそうだと、そうどこか他人事のように長久は思う。同時に、それで死んでしまった方がマシなのではないかとも。

 けれどまだ自分にはやれることがあると、長久は首を横に振る。死ぬにしても、せめて誰かの役に立ってから。そうでなければ贖罪にならないと、長久はベッドの横に置いておいたスポーツドリンクを飲む。

 冷たくはない。だが今は飲みやすくてそちらの方が都合がいい。長久は一気にペットボトルの半分ほどを飲み干していく。

 ぷはぁ、と一息。多少頭は落ち着いた。一先ずはシャワーでも浴びて、それからシーツを交換して、と長久は脳内で予定を組み立てていく。

 

「……随分と、魘されてたわね」

 

 突如響いた声に、長久は弾かれるようにして顔を上げる。自室の入り口の方を見れば、黒髪と黒いジャージのせいで分かりづらかったが、壁に肩から寄りかかるようにして千景が長久のことを見つめていた。

 見られた、その事実にどうしようかと悩んで、それから長久は困ったように笑う。千景の口振りから、言い逃れできない程にはっきり見られたのだろうということを気づいたからだ。

 千景は勇者だ、だからその性根は優しい。一度見られてしまったからには放っておいてくれないだろう。ならばむしろ一度説明をしてしまったほうがいいだろうと、少し手で待つように示してから長久はスポーツドリンクを何度かに分けて飲み切ってしまう。

 それから、汗のかき過ぎで体が冷えそうなことを自覚して、このままではかなり千景を待たせてしまうと気づいて先に声をかけることにする。

 

「千景、一旦部屋に戻っておいてくれないか?」

 

「……いいけれど、後で話は聞かせてもらうわよ」

 

 それにわかってるって、苦笑しながら後で部屋まで呼びにいくと約束して、一旦千景を部屋へと戻らせる。

 長久はシャワーを浴びて着替える。その時服は少し、厚着にしておく。風呂上がりで話をするなら、体が冷えないようにしなければいけないだろう、という判断だった。

 長久は予備の寝間着に上着を羽織りちょっとだけ荷物を持って、千景の部屋まで行きドアをノックする。時間が時間であるためにノックは控えめだ。

 もし千景が寝てしまっていたら気づかない音量だ、もしかしたら千景から反応が返ってこないかもしれない……しかしそんな長久の心配は杞憂だったらしい。

 ドアを開けて顔を覗かせた千景に思わずがっかりして、そこで反応がなく話さなくて済むことを少しだけ期待していたことを自覚する。そんな自分を嫌悪しながら、長久は千景を外で話そうと誘う。

 それに応じた千景が一度部屋に戻り、上着を羽織ってきたことを確認してから長久先導のもと、目的地へ向けて移動し始める。

 その道中は、ひたすらに無言であった。長久は話すとしたら腰を落ち着けてからだと思っていたし、千景は長久が話す気がないことを察していたため、どちらからも言葉を発することはなかった。

 

「ここで話そうぜ」

 

「ここ……屋根の上?」

 

 千景の言うと通り、長久が話の場として選んだのは丸亀城の屋根の上だった。丸亀城の屋根の上は、意外と簡単に行くことができる。

 実際、勇者たちの何人かは屋根の上に何度か行ったこともあるらしい。ただ長久に関しては勇者と違い、もし落ちた時が危険だからとあまり推奨されていなかった。

 けれど今回は少し話すだけであるし、何かあっても千景が助けてくれるだろうという信頼が長久にはあったため、長久はこの場所を選んでいた。

 

 未だ三月末。警戒して多少着込んできたとはいえ、やはり少し肌寒いと長久は自らの肩を擦る。だがだからこそ先程の夢で妙な熱を持ってしまった頭を冷やすにはちょうどいい。

 風呂上がりだということもあって、冷たい風が長久には心地よかった。とはいえ、それは長久だけの話。千景は身体が温まっているわけではない。見れば寒そうに、少しだけ震えているようだった。

 だから長久は街の電灯などが美しく見える位置に座ると、千景を近くまで呼び寄せ自身と千景を包むようにブランケットをかける。

 人肌の温もりというのは落ち着くものだ、長久は自覚がなかったが、その心の奥底では嫌な夢を見た辛さを癒やすために人肌の温もりを欲していたところがあった。

 

「……それで、話してくれるんでしょう?」

 

「そうだな……」

 

 どこから、どこまで話したものか。少しだけ考えて、それから長久は心の赴くままに話すことを決める。

 長久にとって、千景だけは特別であったから。ヒーローとしての千景ではなく、対等な友達の千景にならいくらでも話せる気がした。

 だから長久は星空を見上げながら、ぽつりぽつりと話していく。

 

「毎日夢を見るんだ。同じ夢を」

 

 見捨ててきた人々に、責められる夢。どことも知れない場所で、ずっと責められ続けるそれは、負い目もあって否定もできず聞き続けるしかない夢。

 そして長久は、千景へとずっと抱えていた罪悪感も話していく。千景と出会う前。何があったのかも。

 

「俺は……俺はきっと、生きているべきじゃないと思ってる」

 

 そう、長久は自分語りを締めくくる。千景がどんな表情をしているのか、それが怖くはあったが気になった長久がチラリと千景の様子を伺う。

 それに対し千景は、なんと言うべきなのか困っていた。千景自身、恵まれた人生を送ってきたわけではない。どちらかといえば、千景は救われなければならない側の人間だった。

 だけどそんな千景を見て、悲しげにごめんと言う長久に。千景は友達に何もできないのが嫌で、せめてと自分なりの言葉を口にする。

 

「……気軽にあなたは生きているべきだなんてことは、言えない」

 

 千景には死人の想いなどわからない。あの日死んでしまった人々が長久を恨んでいるかどうかなどわからなかった。

 だから決して、長久が生きることを肯定などできない。例え千景がそれを肯定したとしても、長久は納得しないであろうこともわかっていた。

 

「だけど私は」

 

 けれど千景だからこそわかることもあった。

 

「私は……私の友達に、生きていて欲しい」

 

 千景はあの日長久にヒーローだと存在を肯定されたことが嬉しかった。今日だって自分は長久のヒーローであるという自負が支えになった。

 だから千景は、今度は自分が長久を肯定して、その支えになりたいと願う。

 

「自分を許せなくても、信じられなくてもいいから……この先も生きて一緒にいて欲しい」

 

「………………」

 

 そんな千景の思いを。けれど長久は素直に受け取ることができない。

 長久にとってやっぱり自分は死ぬべき存在で、自分にできることを成したらそこで死ぬことで初めて贖罪が完遂できると思っている。そうでなくては、釣り合いがとれないと。

 同時に、自分よりよっぽど生きるべきヒーローである千景を、自分ごときののことで悲しませたくないとも長久は思う。

 相反することでありながら、どちらも長久の自己嫌悪からくる思いだった。そしてそれは、どちらも長久の正直な心であった。

 

「……じゃあ、さ」

 

 今の長久には、どちらも選ぶことができない。どちらを選んでも、もう片方を選ばなかったことが許されるとは長久には思えなかったから。

 

「今、あの空はさ。神樹様が見せてる幻で、本物じゃないんだってさ。……本物の空は、もう見えないらしい」

 

 千景はそれを自分の目で確かめていた。確かに、結界の外で見た空はもはやかつて見た空ではなくなっていた。

 まるで自分たちから空が奪われたようであったと、千景は振り返る。

 

「だからいつか。本物の空を取り戻した時。その時……もし俺が誇れる自分自身になれてたら。その時は、生きてみようと思う」

 

 長久が夜空へと向けて手を伸ばす。今はまだ、どうしようもない程に自分が嫌いだけど。もしも……もしも未来の自分が誇れるような人間だったら。

 千景と……いいや、勇者の皆と生きてみたいと初めて思える、そう長久は未来の自分へと願いを託す。

 

「とりあえずは、今回発覚した勇者システム強制解除の問題から手を付けてみるよ」

 

「……それについてなら、少し気になったこともあるから明日にでも話すわ」

 

 それに何で明日、と首を傾げた長久に千景は苦笑してみせる。どうにもこの友人は視野が狭すぎるところがある、そんなことを千景は思う。同時に、視野の狭さは自分も大概であると自嘲しながら。

 

「折角なんだから、もう少し夜景を楽しみましょう?」

 

 こんな時間に屋根の上に来るなんて滅多にないし、と千景が言えばそれもそうかと長久が息を吐く。

 それから長久はじゃあ、と手を伸ばし星空を指さす。

 

「冬の大三角でも探してみるか?」

 

「流石にそれは簡単に見つけられるでしょ……」

 

 ほらあそこ、と千景が指を指して、長久があそこか、と目を細める。街が明るいのもあって星は見えづらかったが、何とか冬の大三角程度なら長久でも見つけることができた。

 こういう時、勇者は視力も上がっていて便利だな、と千景は何となく思いながらふと、疑問に思ったことを長久に問う。

 冬の大三角のシリウスって何座の星だっけ、と千景。それにおおいぬ座じゃなかったっけ、と長久が答える。それから、おおいぬ座の他の光が弱い星は見えないなと呟いた。

 そうやって二人、寄り添いながら静かに夜景を楽しむ。そんな平和な時間はただ静かに過ぎ去っていく。




友と絆を築き、トラウマを乗り越えていく。

タイトルは結構意訳いるんだけども、直訳でも絆って単語は出てくる程度には絆がテーマだったりするのだ。
だからまぁ、こういう平和な日常でのコミュ回は重要だったりするのでもうしばらく付き合ってもらえればと。


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十二頁目.コミュニケーション:土居球子

初めて、長久と長い時間一緒にいた。

長久はいつも小難しい本を読んでいたり、

若葉や友奈と鍛錬してたりで、なんというか……。

そう、クソ真面目って言葉がピッタリなやつだと思う。

タマとはちょっと、縁がないタイプだと思ってた。

だけど深く関わってると……なんか、こう、心配?

みたいな気持ちが生まれてきた。

これが何でなのかはいまいち自分でもわからないけど、

タマは難しいことを考えるのは苦手だし、どうでもいい。

心配なら気にかければいいだけだ。

とりあえずタマに任せタマえ!

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年四月

 検 閲 済
土居球子記

 


 

 ――杏が変身できなかった理由や、千景の変身が一度解除された原因らしきものに予想が立った。

 

 勇者とはすなわち、勇ましき者。戦う意思を示せない者に神樹は力を貸してくれないらしい。

 それはシステム的な問題ではなく、長久ではどうにもできない部分であった。

 杏も、千景も変身できなかった瞬間、戦うことに対して恐怖があったという。他の人に迷惑はかけられないからと現場では黙っていたそうだが、後々長久が個別で聞くことでそれが判明した。

 

「とはいえ放っておくには致命的な欠陥だよな……」

 

 変身のシステムは実物の勇者衣装に着替えているのではなく、神樹の力によって擬似的に着替えているだけだ。言い換えれば、上から勇者衣装のテクスチャを貼り付けていると言ってもいい。

 そうなったのは大社の技術では勇者服の瞬間展開を実装できなかったからであり、技術的に不可能な部分は神樹の力に頼りきっている。

 そのため神樹の意思が勇者システムに影響を及ぼし過ぎるという難点が、現状の勇者システムには存在していた。それこそ、今回の一件がいい例である。

 とはいえ、それ自体の対策の構想は既に長久の中にあった。何らかの形で外部に神樹の力をストックしてしまえばいいのだ。

 勇者服を生み出すために、神樹の力を留まらせる技術が必要となったため、それ自体はある。それを応用するだけで、あとは入れ物を用意できればどうにかなると長久は考えていた。

 だから、現在長久の頭を悩ませているのは別の問題だった。

 

「土居、ちょっとこないだの戦闘について聞きたいことがあるんだけど」

「前から気になってたけど、タマのことは名字じゃなくていいぞ」

「あ、そう? ならお言葉に甘えて……まぁ、シンプルに下の名前で呼ぶよ」

 

 長久の個室にて。長久はとりあえず研究のためにと招いた球子の呼び方を定める。それからそれでだな、と後頭部をかきながら言葉を置いてから改めて本題へと入る。

 

「こないだ、千景と二人一緒に戦った時。妙な力を感じなかったか?」

「妙な力……? うーん……なんか覚えがあるような……?」

「あの時の戦闘、今後のためにデータ収集もしてたんだが、ログを確認したらお前と千景が異常な数値を出してたんだ。以前、実験の一環で最大出力の計測をしただろ? あの時の倍近い数値が計測されてて、加えて言うなら設計的にもそれだけの出力が出るはずがないんだ。勇者システムでの能力向上はあくまで神樹の力の循環を――」

「あ、うん?? 待て、タマなら大丈夫だから、一旦待つのだ」

「ごめん、完全に研究部の人らと話す時の感覚だった」

 

 長久は自らの眉間を揉みながら、球子の方へ手を翳し一度ストップをかける。それから長久は一度、自分の思考を整理することにする。

 長久が研究部に所属しているのは、腕を見込まれてではない。勇者と同年代がいれば、システムの説明や使用感のフィードバックなどがしやすいため、長久は研究部に所属することになったのだ。

 全く技術がないわけではないし、現在進行形で学んでこそいるが、一番の目的はそこにある。

 故に、長久は専門的な内容を噛み砕いて、知識がない人に伝える技術を学んでいた。そしてそれを利用し、長久は球子でもわかるような説明をしようと頭を捻る。

 計器の計測結果や、そもそもの勇者システムの仕様についての話はいらない。そこは勇者たち自身が把握する必要がある部分ではないと、長久は情報を削っていく。

 

「そうだな……球子は、千景と一緒に戦っている時にこう、不思議と力が湧いてくるみたいな感覚はなかったか?」

「ああ、それならタマも覚えがあるぞ。あの戦いの時は、千景と一緒に戦い始めてからは何ていうか……こう、なんか行けそうな気がした」

「曖昧が過ぎる……」

 

 とはいえ、である。球子の曖昧な言葉であっても、長久にとっては十分な収穫であった。

 球子の言葉は感覚的であったが、それはつまり()()()()()()()()()、明確に勇者システムの出力が上がっていたということだ。そしてそれは、千景と二人で戦い始めてからだという確認も取れた。

 

「その時、何を考えてたとかはあるか?」

「うーん……確か、敵を倒そうってくらいだったかなぁ? あとは……まぁ、その」

 

 基本的にはっきりと喋る球子が珍しく言葉に詰まる。そっぽを向いて頬をかく姿はわかりやすく照れてる姿であり、あまり球子が見せる姿ではない。

 珍しいものを見た、内心長久は驚きながらも続く言葉を待つ。こういうのは急かしたりすると、照れからやっぱりやめたなどと言って話を切り上げてしまうことがあるのを、長久は経験則で知っていた。

 

「……千景がいるからか、負ける気がしなかったっていうのは、ちょっとあった」

 

 ちょっと、ちょっとだぞ、と付け足す球子を見ながら、長久は意外だなと内心だけで思う。球子と千景は、正直仲が一番悪いと長久は思っていた。試運転の際に分断された時など、通信での会話を聞きながら冷や汗をかいたものだった。

 それが言い争っていたと思えば、いきなり出力が上がって連携をし始めたのだ。長久としては戸惑うしかなかった。

 とはいえ、安心も長久にはある。千景はどうにも人と距離をとっていたから、これを機会にせめて勇者の仲間とは関わっていって欲しいと長久は願う。

 

「他には? 何か感じたこと、思ってたこととかはないか?」

「そうだなー……こいつの前で無様な姿は見せたくないとか、対抗心みたいなのがあったくらいか?」

 

 球子の話から推察できるのは意思の統一、信頼、対抗心程度だろうか、と長久はあたりをつける。

 長久は恐らく今回の出力上昇は勇者システムの共鳴だと考えている。故に求めているのはその共鳴のトリガーであり、球子の感覚的な話であっても、情報としてはかなり有用であった。

 あとは千景の方にも確認を取り、二人の意見を照らし合わせて再現性があるか確認し、そこから条件を割り出して――そう、ぶつぶつと呟きながら長久が今後の予定を組み立てていると、ふと、球子が長久のこと見つめているのに気づく。

 

 球子はその男勝りな性格で忘れがちだが、顔立ちも整った可愛らしい女の子である。年頃の長久も内心、まとめている髪を下ろしたら可愛いだろうな、なんて思ったこともある。

 そんな女の子に見つめられては、流石の長久も気恥ずかしい。自己評価の低さから決して恋愛に結びつけることはないが、流石に長久にも照れはあるのだ。

 

「……どうしたんだよ?」

「いや……なんというか」

 

 じっくりと。球子が目を細めて長久の顔を見る。それはもはや睨むのに近く、しばらくすると長久の周囲をぐるぐると回り出してやけに長久のことを観察してくる。

 意図が読めない長久としては戸惑うしかなく、しばらくの間、観察されるのを受け入れる。ただそのまま何もしないのもむず痒いので、とりあえず天井を仰いで染み数えでもしてみることにした。

 

「うーん……長久さ、最近外で運動したか?」

「運動? それなら若葉や友奈と一緒に鍛錬やってるけど」

 

 球子は観察して何を言うのかと思えば、投げかけられた問いは長久からすれば実に拍子抜けなもの。そこにどんな意図があるのかいまいち掴みきれずに答えを返せば、そういうことじゃなくて、と球子は頭をかく。

 

「外で息抜きとかしてるかってこと。長久はいっつも研究してるか、鍛錬してるかだろ?」

「息抜きなら読書とかしてるし大丈夫だぞ。確かにちょっとタスクに追われてはいるけど、ちゃんと適度な運動と休息は挟んでる」

「あー、だからそういうことじゃなくって!」

 

 頭を抱えて首を振る球子に対し、長久としてはやはり戸惑うしかない。何が言いたいのか、いまいちピンと来なかった。

 そんな長久に業を煮やしたのか、あーもうっ、と声を上げた球子はビシリと音が聞こえてきそうなほどにまっすぐと長久に右手の人差し指を突きつけて言う。

 

「お前! 頭使いすぎ!!」

「えぇ……?」

「真面目過ぎるんだよ! もっと頭空っぽにしろ!!」

 

 よくわからないが、何かとんでもないことを言われているのだけは長久にもわかった。いや、やっぱりよくわからない。

 頭使いすぎとは、と長久は自らの生活を振り返る。

 基本的に日々やることはまず授業。これはまぁ、確かに頭を使っている。とはいえ勉学なのだから仕方ない。

 続いて研究。これも毎日やっていることではあるが、仕事なのだからこれもまた仕方ないだろう。

 しかし、頭を使っているのはこの程度だろうと長久は頭を横に振る。それから例えばだ、と適当に頭を使っていない日課を考える。

 例えば、週に四、五回程度やっている居合や格闘の鍛錬。あれは頭を……。そこまで考えて長久はそういや身体の動きを意識したりで、あれも頭を使っていたなと自覚した。

 いやいや、と長久は再び頭を横に振る。他にも何かあるはずだ、と。

 そう、杏から勧められて始めた読書という趣味があるじゃないか、と長久は思わず手を叩く。あれは頭を使って……使って……?

 長久は気づく。文字から情景をイメージするなど、読解力なんて言葉もあるくらいなのだし読書も頭は使うのでは、と。

 そしてなんなら長久は食事中なども、一人の時は研究関連のことを考えていた。

 

 つまりもしかして、脳を休ませているのは寝てる時のみなのでは?

 

 ここに来て初めて長久は自分の脳の酷使っぷりを自覚した。

 

「ま、待て……そんなはずはない……ないと言ってくれ……」

「長久って結構研究バカだよな」

 う゛ っ 

 

 球子の正直な感想が長久の心を抉る。そんな思わず床へと倒れ伏した長久をつんつん指先で突っつきながら、球子は大きく溜息を吐いた。

 その溜息が本当に自覚していなかったのかと呆れているようで、長久の心は更にダメージを負っていく。

 

「しょーがないなぁ……タマに任せタマえよ」

 

 そう言って立ち上がった球子を、長久は床に伏したまま視線だけで追う。見れば何やら肩をぐるぐると回しており、明らかに何かの準備をしているようであった。

 その光景に長久が思わず首を傾げていると、再び球子が呆れたように溜息を吐いて、それに長久の心が抉られる。

 

「何やってんだ、早く運動着に着替えて外行くぞ」

「……へ?」

 

 説明されても、やっぱり長久には状況が理解できなかった。

 ――そして言われるがまま、連れ出された丸亀城の芝生広場にて。長久は恐怖を味わうことになった。

 

「いくぞ長久!!」

「ぬおおおおぉぉぉぉ!?」

 

 突如迫りくる豪速球!!

 使い慣れぬ野球グローブ!!

 バシィィンと響くボールを捕球したとは思えない音!!

 

 長久は左手を軽く振って痺れを払いながら、目の前で軽く肩を回して調子が悪いなどと宣う少女に恐れ慄いた。

 突然連れ出されたと思えば、球子から渡されたのは野球グローブ。軽い運動ということでキャッチボールをしよう、という話だったので気軽に受けたのが運の尽き。

 オメー勇者の力まで使ってない?? と疑問に思うほどの豪速球が当たり前のように投げられて、長久としては信じられないものを見るかのような目を球子に向けるしかなかった。

 とはいえ幸いなのは、旋刃盤という投擲武器を使っているからか、はたまた単純な運動神経の良さか。球子のコントロールが抜群に良く、グローブを一箇所に留めるだけでボールの方から飛び込んできてくれるのだけは長久としては助かっていた。

 

「あ」

 

 まぁどうにもグローブを使うのに慣れなくて、ボールを受け止めることはできても、ポロリと落としてしまうことが多々あったのだが。

 

「はぁー……まったく、情けないぞ長久!」

「いや、そんなこと言われても初めてだし……」

「仕方ない、今日はタマの投げたボールを確実に取れるようになるまでやるぞ!

「……えっ?」

 

 以降、キャッチボールに限らず、長久はちょいちょい球子に連れ出されて運動に付き合わされようになった。毎度球子の全力に長久が振り回されているのは言うまでもないことである。




息抜き回。戦闘があったからしばらくはゆったりと日常パートよ。

あとちょっと確認したいことあるんで、アンケートに答えてもらえると助かります。


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十三頁目.日々の暮らし:戦う理由

怖くても、誰かの為に立ち上がれる。

譲れないものの為に立ち上がれる。

それがきっと勇者なんだろう。

それが俺が知っているヒーローの在り方だ。

俺がなりたかったもの。

俺がなれなかったもの。

だから彼女たちには、

その在り方を貫いてほしいと思う。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年五月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 それは何でもない、よく晴れた日の出来事だった。

 

「――杏がいない?」

 

 長久の口から出たのは、そんな言葉だった。

 長久が自室で研究を進めていたところ、突然球子が入ってきたと思えば開口一番に杏の姿が見当たらないとのこと。

 最初は長久も年齢的に見当たらない程度でそこまで気にすることはないだろうと思っていたが、よくよく考えてみれば球子が知らないというのは珍しい事態だ。

 基本的に杏は球子と行動を共にしており、別行動するにしても球子にちゃんと何をするのか告げてから行動するのがほとんどだ。それがこうして、球子が慌てているということは連絡も全くなかったということ。

 更に詳しく話を聞いていけば、今朝からその姿が見えないということだ。長久が時計を見てみれば、既に時刻は十七時。時期的に日の出ている時間が長くなっているとはいえ、心配にもなる時間である。

 加えて、長久たちが過ごす丸亀城内の寮にも帰宅時間がある。その時間まで一時間程度なのに帰ってきていないという事実も、どうにも長久たちの不安を煽った。

 

 なるほど、そういうことであれば――長久も心配になって杏を探すことにする。過保護もよくないとは思うが、なにせ杏は勇者の一人。貴重な人材だ。

 それに長久自身の友人でもある。打算と純粋な心配。両方を抱えて長久は球子からまだ探してない場所を聞き出す。その際に打算が交じることに自己嫌悪したが、今はそれには目を瞑ることにした。

 

 球子が他の勇者たちに声をかけに行くのを見送って、長久も杏捜索へと乗り出す。球子曰く、丸亀城内はほぼほぼ探したらしい。

 となれば探すべきは丸亀城の外か、と長久は外へと向かう。球子が入れ違っただけで、丸亀城内にいるという可能性はあるが、それは千景などのインドア派に捜索を任せるべきだと長久は判断していた。

 まず探すならば杏がいそうな図書館か? と一瞬考え長久は頭を振る。図書館は既に閉館時間を迎えている。既に追い出されているだろうと、長久は町中を駆けながら同時に思案する。

 ならば本屋か、道中で見かけた書店に一瞬そう思うも、そこまで長い時間店舗内にいたら店員から注意されるだろうと、長久はその発想も振り払った。

 

 そこで長久はそもそも、と思考を切り替える。今回は基本的に真面目な杏が帰ってこないという異常事態だ。ならば平時の杏がいそうな場所を探しても意味がないのではないだろうか、と長久は思いつく。

 しかしそれでは余計に捜索範囲が広がるだけである。ならば一度状況を整理して、ある程度予測を立てて行動しなければならない。

 

 長久は近場のコンビニエンスストアへと入る。悠長に買い物してる場合ではない――とは長久自身理解していたが、頭を使うのであれば一度クールダウンを挟みたいというのが正直なところであった。

 五月とはいえ人を探して走り回れば当然ながら汗もかく。火照った身体に冷房が当たることに心地よさを感じながら、適当にアイスを一つ買っていくことにする。

 お気に入りのアイスがあったことを内心少し喜びながら支払いを済ませて、店外へと出る。

 

 それから長久は一度、軽く思案してから近場の公園へ向かうことにした。落ち着いてアイスを食べる場が欲しかったというのもある。

 公園であれば時間的に人がおらず、考え事もしやすいというのもあった。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが大きかった。

 

 わざわざ誰にも告げず出かけたのだ、ならば少なくとも一人になりたいという意思があったのだろうというのは、長久にもすぐに思いついたことだった。

 とはいえ朝から夕方まで、ずっと一人で考え事をし続けていたのかとなると、正直怪しいところもある。そこら辺も含めて長久としては一度しっかり予想を立てたかったのだが。

 

「……いたよ」

 

 まさかの一発で発見である。なんだか拍子抜けしてしまい、思わず長久は溜息を吐いてしまう。

 とはいえ発見は発見だ、と長久は球子を始めとした仲間たちへ連絡を取ろうとして。

 

「………………」

 

 杏を見つけた、とのみ伝えるに留めた。球子の心配具合から、きっと場所を伝えればすぐにでも迎えに来るだろう。けれどそれでは杏が抱えていたものは解決しないと、長久は思う。

 今日、こうして一人になるということは、今杏が抱えている悩みは球子に相談できないものなのだろう。そしてその悩みが解決していないからこそ、こうして帰宅時間の規則を破ってまで外にいる。

 長久はそこまで考えたが故に、発見報告に留め、そしてそれだけだと帰るのが遅くなれば自分まで心配されてしまうと追加で少し話してから帰る、とメールを送った。

 

 それから長久が杏に歩いて近寄れば、杏は夜空を見上げながら呆けてばかりで長久に気づくこともない。これは重症だな、長久は苦笑しながらアイスを杏の頬へと押し付けた。

 

「――わひゃあ!?」

「マジで気づいてなかったのかこいつ……」

「え? へ? ……あっ」

 

 何事かと慌てて周囲を見回していた杏は、長久と目が合うと小さく声を漏らした後、赤くなって縮こまってしまう。

 どうやらそれなりに恥ずかしかったらしい――その姿に長久はまた苦笑し、ちょっとだけ追い打ちをかけたら面白いかもしれないと思った。

 しかしそれでは無駄な時間がかかってしまう。杏の可愛らしい姿をもう少し見たいという欲を振り払い、長久は杏の隣へとベンチに腰掛ける。

 

 何してたんだよ、と長久。けれど杏からは明確な返事が得られない。続けて長久がみんな心配してたぞ、と言えばかろうじてごめんなさい、とだけ小さな声で返ってきた。

 思わず長久は後頭部をかく。それから仕方ないと、長久は棒アイスを半分に割って、片方を杏へと差し出した。

 本当なら贅沢に二人で分けられるアイスを、二つに分けずに一人で食べるつもりだったんだがな、と長久は思いながら一口、シャクっと音を鳴らしながらアイスを齧る。

 

「うまい……けど、ちょっと寒いな」

「そう、ですね……」

 

 いくら長久は走り回った後だと言っても、五月の夜。それに杏に関してはそもそも運動した後ですらない。

 外で食べるには些か冷える。それでも長久と杏は、互いに無言でアイスを齧る。

 そんな中、口火を切ったのは――やはり、長久だった。

 

「……まだ、戦うのは怖いか?」

「ッ、それは……」

 

 その杏の反応に、やっぱりかと長久は溜息を吐いた。一応、悩みがあって帰ってこなかったのであれば、と長久は予想を立てており、それが当たった形だった。

 あれから何度か勇者システムの動作確認のために、勇者たちを結界外へと送り出しているがしかし。杏だけは未だにそれに参加したことはなかった。

 理由は至極簡単。杏が変身できないから。未だに杏は戦うことを恐れ、結界外に出る際に勇者への変身をすることができなかった。

 それどころか、戦闘もしないただのシステムチェックでの変身すら、杏はできなくなってしまっていた。

 戦うという意思さえ取り戻せれば変身できるのか。はたまた神樹に勇者として認められなくなってしまいもう二度と変身できなくなってしまったのか。

 そういった部分すらはっきりせず、長久としては技術的にどう手を付けたものかわからず困ってしまっていた。

 

「……つっても、正直俺は戦いたくないなら戦わなくていいと思うけどな」

 

 その長久の言葉に、杏が驚いたような顔をする。とはいえ、こんなこと誰も言ってこなかっただろうから、当然の反応だと長久は思った。

 だが、だからと言って戦わなくていいと思っているのは長久だけではないことを、長久は知っている。

 

「俺たちはさ、思うわけだ。何でたった五人の女の子に、世界の命運を背負わせなきゃいけないのかって」

 

 それは、少なくとも技術班の総意であった。たった五人しかいない女の子に、全てを背負わせなくてはいけない。

 自分たちは大人なのに、そう呟く技術班の人々を長久は見てきた。そして長久自身、人々の命を背負える程上等な人間じゃないから肩代わりしたいとは思わなくても、もっと自分を上手くリソースとして利用できたら良かったのにと思うことは多かった。

 

「……だけど、神樹は俺たちを選ばなかった。力を得たのは、杏たち勇者だけだった」

 

 ならば自分たちにできることは。選ばれなかった以上は、自分たちにできることをやるしかない。

 だから技術班は彼女たちが死なないように、精一杯彼女たちを守れる技術を生み出そうとするのだ。

 そうやって戦えないなら戦えないなりに、別の戦い方をするしかない。

 

「技術班は杏たち勇者だけに全部丸投げするのが嫌で、自分たちにできることをやってる。……なぁ杏。お前は何のために戦う――いや、何のために()()()()()()……?」

 

 戦えない自分に悩むというのであれば。少なくとも戦いたいという意思はあるということ。

 長久としては杏は戦わなくてもいいと思うし、それは勇者たち全員に言えることだ。勝手に選ばれただけなんだから、勝手にやめたっていいのだと長久は思う。

 けれど、自分から戦いたいと思うのであれば。長久は背中を押したいとも思った。彼女らを戦わせるなど無論、やりたくはないが。

 それでも、それは長久自身があの日選べなかった選択肢であり。だからこそ美しく尊い意志だと感じたから、長久は彼女らの在り方を肯定したかった。

 

「私が、戦いたいと思う理由……」

「若葉なら、きっと報いを与えるため。球子あたりなら、杏を守るためとか言うだろうな」

 

 普段の言動からの予想を長久が言えば、杏は目を瞑り、胸に手を当て考え込む。

 それを見つめながら、長久は眩しいものを見るようにして目を細めた。

 恐怖を前にしてそれでもなお、戦いたいと思える意思の強さ。長久の中で、どこかで感じていた杏に対する親近感が打ち消されていく。

 

 ――やはり彼女もまた、勇者である。

 

 そんな当然の事実が長久にはどうしようもなく眩しい。

 

「私は……私も、タマっち先輩を守りたい。ううん、私はタマっち先輩や皆で過ごす日々を守りたいんだ」

 

 そう伏し目がちに呟かれた言葉はしかし、その姿に反し強い意志を感じさせるものだった。

 自分の為にではなく、誰かの為に。そうやって立ち上がれる人間が、長久にはどこまでも美しく、そして眩しく見える。

 

「今過ごす毎日が、私はとっても幸せだから」

「……それなら。いつか立ち上がれるはずさ」

 

 自分とは違って、と内心だけで呟いて長久はベンチから立ち上がる。

 溶けかけていたアイスの最後の一口を齧って、棒をゴミ箱に投げ入れながら、半分だけ振り返って長久は自分が思ったままに、杏へと言葉をかけた。

 

「恐怖ってのは行き過ぎなければ、危険を察知する力になる。杏のそれは、武器にもなるはずだ」

「長久さん……」

「だからすぐには戦えなくてもいい。守りたいものがあって。その為に戦いたいと思えるなら、必ず杏は戦える」

 

 その心は間違いなく勇者だったから。今日の会話を通して長久は杏が自分とは違って確かな勇者であると確信した。

 だから長久は手を差し出す。杏が幸せだと言った日常に帰るため。

 そしてそれを、杏はゆっくりと握り返す。

 

 

――紫羅欄花(あらせいとう)が咲く日は近い――




そんなわけで原作にもあった杏ちゃん行方不明事件。理由とか杏発見の流れとかは弄ったけどもね。
とりあえず予定としては、オリジナルイベントや原作イベントを挟みつつ一年間を描いて、もう一年はスキップ。そしてようやくのわゆ本編という流れ。

ちなみにまだアンケート投げてます。十四頁目投稿後の結果に応じて、十五頁目から反映予定。

それでは平成お疲れ様でした。次は令和で。


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十四頁目.コミュニケーション:上里ひなた

大社からの呼び出し。

呼び出されたのは、私と長久さん。

珍しい、長久さんと二人だけで話す機会だ。

ずっと、気になっていたことがある。

けれどそれを聞くべきかどうかが、未だにわからない。

それを聞いたとして、いい方向に事態が動くのか。

私の選択は正しいものなのだろうか。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年五月

 検 閲 済
上里ひなた記

 


 

 正直な話をすれば気まずい。それが長久の胸中を占める思いだった。

 

 外を見れば流れていく街並み。長閑なそれは、意識を逸らすにしても、すぐに飽きてしまうようなもの。

 かと言って現代っ子らしくスマートフォンを弄り出すというのも失礼なように思えて、長久にはできなかった。

 どうしたものかな、と後頭部をかきながら長久はちらりと、隣に座る少女を見る。

 美しい黒髪に、赤い大きなリボン。赤銅色の瞳には、一体何が映っているのか。

 少女――上里ひなたは、長久にとっては友達の友達だった。

 

 上里ひなたという少女と、長久は微妙な関係性であると言える。

 クラスメイトとして、そして若葉の友人として。二人は全く話さないわけではない。授業でわからないことを教え合ったり、互いに勇者ではないという立場上、二人きりになるということだってある。

 今回だって、巫女である上里と、異端ではあるが巫女の資質を持つ長久に用があるということで、二人揃って丸亀城から神樹が存在する大社本部へと移動していた。

 けれど今までと今回では、一つ違う点があった。今までは二人きりになる時は、勇者が別行動しているだけで、仕事や授業があった。だから話題自体は状況的に存在していたのだ。

 しかし今回に関しては、移動中の車の中という二人きりでありながら、その場でネタにできる話題が存在しない。

 普段、能動的にコミュニケーションを取っていない相手に、長久はどう話したものか、すっかり困ってしまっていた。

 

 はぁ、と小さく溜息。助けを求めるように運転手へと視線を向けるが、残念ながら反応はなし。

 長久は技術班の大人とは親しかったが、流石に大社の職員全員と親しいわけではなかった。

 今回は巫女関係の部署の職員。長久とは面識がなく、また気さくな相手でも無いようだった。

 

 別に、長久はひなたと話さなければいけないわけではない。別にこのまま無言でも問題はないのだ。

 しかし親しい相手ならばともかく、微妙な距離感の相手と無言になってしまうと気まずさを感じてしまう。長久はそんなタイプだった。

 そのためどうにも、今の空間は居心地が悪い。一応、共通の話題としては若葉が存在するが、基本的に長久が若葉に会う時は上里もセットだ。今更、話すような内容も思いつかなかった。

 

 そんな風に長久が頭を悩ませていると、くすりと上里が笑い声を漏らす。え、と思わず長久が上里の方を見れば、いえ、と上里が口を開いた。

 

「ごめんなさい。悩んでるのがわかりやすくて、つい」

「えっと……そんなに、わかりやすかった?」

「はい、とても」

 

 それは恥ずかしいと長久は頬をかく。勝手に考え込んでいるのがバレていたのだ。相手からはわからないと思っていたために、そこそこ恥ずかしい。

 とはいえ、悩んでいるのがバレてしまったのなら、もはや変に隠す意味もないか、といっそのこと正直に話してそれ自体を話題にしてしまおうと判断する。

 

「まぁ……なんだ。上里とこうして二人きりで話すことってなかっただろ? だから何を話したもんかなーってさ」

「言われてみれば……。確かに、お話する時は若葉ちゃんがいる時か、授業のことが多かったですね……」

 

 なるほど、と納得した様子の上里はそしたらですね、と指を一本立てて長久に提案してくる。

 

「まずは私のことを名前で呼んでください」

「名前で?」

「はい。下の名前で呼んだ方が友達感が出るでしょう? まずは形から、友達らしい距離感にしてみましょう」

「一理ある」

 

 上里の提案に大きく頷く長久。確かに今日まで、勇者たちと距離を詰める時も名前を呼んできた。

 こうして改めて呼び名を変えるというのは些か恥ずかしさのあるものだったが、いい加減長久も慣れたもの。それじゃあ、と比較的スムーズに口火を切る。

 

「ひなた」

「はい、長久さん。……と、言っても特別話題は生まれませんけどね」

「……だろうね」

 

 名前を呼んだ程度で話題が生まれるわけがない。オチがわかっていたとはいえど、長久とひなたは苦笑するしかなかった。

 とはいえ、少し空気が変わったのは事実。柔らかくなった空間であれば、自然と話題も出てくる。

 

「そういえば、ひなたはよく写真撮ってるよな? 趣味なのか?」

「若葉ちゃんの写真を撮るのはライフワークですから」

「お、おう。……他の皆の写真は、撮ってないのか?」

「それも撮ってますね。写真は、思い出を形として残せますから」

 

 そんな風に他愛もない話が一度始まれば、そこからはもう自然と話題は広がっていく。

 何でもないようなことを、友達として楽しく話していれば目的地までの移動などすぐである。車から降りて、二人は職員に案内されるがままに、大社本部の廊下を歩いていく。

 

「……すげー今更なんだけどさ、ひなたは今日何やるために呼ばれたのか聞いてる?」

「私も簡単にしか。私達の巫女としての能力を測るということでしたけど……」

「具体的には何も聞かされてないんだよなぁ。能力の計測なら、結構前に済ませてたはずなんだけど」

 

 二人は既に、その適性を見出された段階である程度の能力の計測を済ませている。

 ひなたであればどれだけの精度で神託を受けられるか、長久であれば神樹の力が見えるというのはどこまで明確なのか。

 そういったものの計測は済ませているために、今回の呼び出しに関しては情報が与えられていないというのもあって、二人共何をするのかという部分を把握していなかった。

 

「それでは、しばらくこの部屋でお待ちください」

「あ、りょーかいです」

「どれくらい待てばいいのでしょうか?」

「予定より早く着いてしまったために、まだ準備が整っていない状態です。準備ができ次第、こちらから声をかけますのでそれまで辛抱いただければと」

 

 それでは、と去っていく大社職員を長久とひなたは見送る。

 どうにも事務的な人だったなぁと思いながら、あてがわれた部屋に障子をを開けて長久は日向と共に入室する。

 六畳ほどのその部屋は、中心に長いローテーブルが存在しているだけで何の変哲のないものだ。あとはテーブルの上に湯呑みや急須、電気ポットがある程度だろうか。

 

「長久さん、お茶飲みますか?」

「あ、うん、淹れてもらえるなら嬉しい」

 

 ひなたが淹れたお茶を、ありがとうと礼を言いながら受け取る。しかし、長久は若干の猫舌であるためにすぐに飲むことはできない。

 両手で持ちながら息を吹きかけていれば、くすりとひなたが笑みを浮かべた。

 

「……なんだよ」

「いえ、可愛らしいなぁと」

「しょーがないだろ、猫舌なんだから」

 

 ぷい、と拗ねて長久がそっぽを向けば、微笑ましいものを見るようにひなたが笑う。

 本当にひなたってひとつ下なのか、と若干失礼なことを長久が考えていると、そういえば、とひなたがふと口を開く。

 

「長久さんに以前から聞きたかったことがあるんですが」

「ん? 何?」

 

 いえ、とひなたが目を逸らして言葉を濁す。何か聞きづらいことなのだろうか、疑問に長久は思うが、そういったものをあとに残しておくのも面倒事の元になる。

 だから気軽に遠慮なく言ってくれ、とひなたへと告げる。

 

「そういうことでしたら――」

 

 ――どうして長久さんは、他の皆さんと距離を取っているんですか?

 

「……へ?」

 

 予想外の質問に、長久の思考が止まる。しかしそれも一瞬のことで、すぐに平静を取り戻し、そしてひなたは一体何を言っているのだろうと首を傾げる。

 無自覚のうちに背筋に走る悪寒から目を背けるようにして取ったその行動だったが、ひなたは言い逃れはさせないと真っ直ぐな瞳で長久を見つめながら更に言葉を続けていく。

 

「何を、言ってるんだ?」

「私からは長久さんは他人と一定の距離を取っているように見えるんです。例外は、千景さんくらいでしょうか」

「いやいや、俺ちゃんと皆と仲良くやってるだろ? 別に距離なんかとってないぜ?」

「確かに仲良くはしているのでしょう。ですが……最初に距離が縮まった時以降は、一度もその距離を詰めさせてないんじゃないですか?」

「それ、は……」

 

 距離を取っていたつもりなど、長久には一切ない。皆と親しくするのは、仕事をこなす上で必要だ。

 だから機会があれば必ず、その距離を詰めるように長久は意識してきた。

 強いて言うなら、バーテックス襲来の日のことなど、踏み込まれたくない部分だけには触れさせないようにしてきたが、長久が自覚しているのはそれくらいだった。

 しかし、ひなたはそれだけではないと首を振る。

 

「最初に親しくなった時に、明確に線引きをする。あえて一度踏み込ませることで距離が縮まったと思わせて、けれど実際は深いところには踏み込ませない……違いますか?」

「……誰だって、触れて欲しくないところはあるだろ」

「そうですね、それは否定しません。ですが長久さんの場合は……何かを恐れているかのような、そんなものを感じるんです」

「……っ」

 

 ひなたの言葉を否定しようとして、けれど長久は言葉を紡ぐことができない。確信を持って告げられるひなたの言葉に、長久は心当たりを見つけてしまった。

 あの日からずっと心に巣食うもの。一度たりとも忘れたことがないもの。

 

 ――劣等感。

 

 誰かを救えるヒーローである勇者。それに対し、自分は自分のために逃げ出したという事実が、長久の中には劣等感として残り続けている。

 もし、その劣等感のせいで気づかぬうちに勇者たちと距離を置いていたのなら。近くにいると惨めだからと、そんな理由で無自覚に距離をとっていたのなら。

 それはなんとも……情けない話になる。けれど同時に、納得感もあって。

 事実、勇者の面々の近くにいると、その輝きに押し潰されそうな感覚を覚えることはあった。

 だから長久は、ひなたの言葉を否定することはできなかった。

 

「……ごめんなさい、私は大社から、バーテックスが現れた日にあなたに何があったのか聞いてるんです」

「それは……」

「その時、あなたが何を思ったのかは、私には想像することができませんが……。いつか、若葉ちゃん達には話してあげてください」

「………………」

「全力を尽くしてくれてる研究部や、あなたには若葉ちゃん達も感謝してるんです。だから困っているなら、力になりたいと思ってるはずです」

 

 伏し目がちにひなたはそんなことを言う。そしてそれは長久も気づいていることだった。

 助けて、助けられて。それがきっと、長久や勇者たちの正しい関係性。仲間というもの。

 けれど長久は仲間にはなれない。なれるわけがない。なってはいけないと、長久は戒めている。

 長久が本音を言えるのは、同類である千景だけ。

 

「だからいつか、頼ってあげてください」

 

 そのひなたの願いに、長久は返す言葉を持たない。




ちょっとは改善の兆しは見えたけど、まだまだ歪んでる長久くん。
そりゃまぁトラウマが一年も経たないうちに治るわけないよね、というお話。

それはそれとして作者はウルトラマンジードを見て死んでました。
好きが過ぎた、キモオタになっちゃう……。
とりあえず読者は、作者がキングダムハーツとかウルトラマンジードが好きというのを覚えておくといいと思う。何がどうとは言わないけど。

あ、あとアンケート今回の更新で最後です。
次話からアンケ結果反映されるので、ご協力お願いします。


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十五頁目.日々の暮らし:気分転換

あれからずっと、悩み続けてる。

俺はどうすればいいのだろう。

劣等感を堪えて笑えばいいのか?

歪な俺が彼女たちの傍にいていいのか?

分からない。

何がしたいのか、どうすべきなのか。

答えが見つからない。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年六月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 なんとはなしに窓の外を見つめる。しかし曇天と降り注ぐ雨のせいで景色を見ることは叶わない。

 それでも長久は窓の外を見つめ続けた。目的は外の景色を見ることにない。

 ただ宛もなく視線を飛ばすのに、そこが都合がよかっただけ。

 長久の頭を占めるのは先月にひなたから言われた言葉だった。

 

 ――他人と一定の距離を取っているように見えるんです。

 

 ――明確に線引きをする。

 

 ――何かを恐れているかのような、そんなものを感じるんです。

 

 ひなたの言葉が脳内で幾度となく再生される。自分で自覚のなかった……いや、目を逸らしていた部分。

 どうしたらいいのだろう、と長久は考える。自分が勇者たちとは違う情けない人間だというのは、どう足掻いたって変わりはしない。

 だからできるとしたら、劣等感を堪えること。彼女たちが求める関係性を目指すのであれば、長久はそうするしかない。

 けれどそもそも、自分に彼女たちに近づく資格があるのだろうかと長久は思案する。

 自分は、どうしようもない臆病者。不相応な夢であることに気づかず追い続けていた道化。

 長久の中にはそんな認識があって、そんな人間が美しい心を持つ勇者たちに近づいていいわけがないという思考がある。

 でも同時に、そんな勇者たちが望むものを、こんな自分でも与えられるならなんて思いもあって。

 思考に雁字搦めになって、長久は身動きが取れなくなってしまっていた。

 

 今だってそう。勇者たちとどう接していいのかわからなくなってしまって、放課後の教室で一人、雨の降る外を見続けている。

 部屋にいれば、誰かに簡単に見つかってしまう。特に今日は雨だから、勇者たちも自室にいることが多く、アグレッシブな球子なんかは他人の部屋に遊びに行くことも多かった。

 だから長久は一人になれる場所を求めてここにいた。天気が良ければ、屋根の上にでもいったのにななんて思いながら変わらず外を見つめ続ける。

 

「――おっ、いたいた」

 

 そんな静寂を破る声が、教室に響く。

 億劫そうに長久が入り口の方を振り返れば、そこにいたのは快活な笑みを浮かべる球子。長久にとって、今会いたくない人間の一人だった。

 球子は意図してか知らないが、遠慮なく踏み込んでくる。その無遠慮さは悩みによっては救いになるかもしれないが、少なくとも今の長久では迷惑でしかなかった。

 他には千景あたりであれば問題ない。元々彼女にだけは長久は寄りかかることができるから。

 杏やひなた、若葉もいい。彼女たちは察してか一旦距離を置いてくれるから。

 ただ友奈に関しては、球子以上に長久は会いたくなかった。彼女はなんとなくで察した上で、何とかしようと踏み込んでくる。

 それは勇者らしい他者への思いやりからくるものだと知っているから、長久には振り払うのも難しく、曖昧に対応するしかないのが辛かった。

 だからまだ、球子であっただけいいと自分に言い聞かせながら、長久はどうした、と球子へ声をかける。

 

「どうした、はこっちのセリフだぞ。雨が降ってる外なんて見つめて、どうしたんだ。どしゃ降りで景色も見えないだろ?」

 

「そうだなぁ……何、やってるんだろうな」

 

 球子の問いに、長久は明確な答えを持たない。自分が今何をしているのか、どうすべきなのかが見えない。

 千景に、生きて欲しいと願われた。ひなたに、歩み寄って欲しいと願われた。

 こんな自分が、と思う。でも勇者である彼女たちが、とも思う。

 優しい彼女たちの願いを叶えたくて。でもそんな資格があるようには自分には思えない。

 

「……暇なのか?」

 

「暇……暇、なのかなぁ」

 

 そんな長久の悩みを叩き切るように、遠慮なく問いかけてくる球子に、思わず長久は苦笑する。

 実際のところ、長久には研究の仕事もあった。勇者システムの試運転を通して、球子と千景の出力上昇の件も予測ができてきている。

 そういったデータをまとめる仕事もあったが、しかし長久は今の精神状態もあって仕事が捗らない状態だった。

 それでも仕事だからと無理矢理作業していたら、見かねた研究部の職員に休めと指示され、することがなくなってしまった。だから暇というのも、あながち間違いではない。

 

「暇ならちょっとタマに付き合ってくれ。千景の部屋でゲームやるからさ」

 

「ゲーム? いや、俺は……」

 

 一度断ろうとして、そこで長久は悩む。断れば、球子は何かあるだろうと勘ぐるだろう。それは、今後余計に球子が関わってくるようになりそうで、長久としては望むところではない。

 実際やることもなく、このまま過ごしていれば思考がループするだけ。ならば気分転換にゲームに参加するのも一興かもしれない。

 少なくとも、外を見続けているよりかは生産的だろう。そう判断して、参加すると球子に告げる。

 

「お、ほんとか?いやぁ、正直千景と二人だとすぐ喧嘩しちゃうからさ、いてくれると助かるんだ」

 

 千景の部屋へ向かう球子の背を追いかけながら長久は思う。なんやかんやあの結界外での一件以降、千景と球子は仲がよくなったと。

 教室では話す姿を見かけるし、こうして共にゲームをやるという話もよく聞いた。実際、長久も混ぜてもらったこともある。

 かと言って、劇的に相性がよくなったわけではなく、この二人はよく喧嘩もする。本人たちは否定するかもしれないが、考え方を変えれば喧嘩友達であり相性は悪くないのかもしれない。

 

 千景、と声をかけながら部屋に入っていく球子を見ながら、そんな思考と同時に長久はまた劣等感を抱く。

 千景は最初、同族意識があった長久以外とは誰とも深く関わろうとしなかった。それが今は球子とこうして仲良くなっている。

 千景は、確かに前に進んでいるのだ。それに比べて自分はあの日から未だに――

 

「長久ー? 何やってんだ?」

 

「ドアを閉めたいから早く入ってきてちょうだい」

 

「ん……ああ、ごめん」

 

 また思考の渦に飲み込まれそうになっていた長久の意識が、球子と千景の声によって引き戻される。不安定過ぎる、そう自嘲するも改善するわけではない。

 結局ゲームにも集中できず、気分転換にすらならないのではないかと思いながら長久は千景の部屋へと入る。

 座布団に座る球子を見つつ、長久はベッドに座る千景の隣へと座る。もう何度も千景の部屋には遊びに来ている。どこに座ればいいか聞くまでもなく、長久は定位置へと座っていた。

 

「……それで? 今日は何をやるんだ?」

 

「スマブラはこないだやったしなー。千景、他に数人でできるゲームってあるか?」

 

「ん……そうね、確かマリオカートがあったはず」

 

 そう言って千景がゲーム機のカセットを替えるために立ち上がり、球子がコントローラを渡してきたのを長久が受け取る。

 元々、千景の部屋にはコントローラは二つしかなかった。その理由が、ニキャラ同時に自分で動かすためなのだから笑うしかない。

 しかし今は球子や長久が遊びに来るために、コントローラはその数を増やしていた。長久がゲームをやる時はほとんど千景と二人でプレイする時だったために、最初から千景の部屋に置いておくことにしたのだ。

 それが今では球子まで来るようになって、このまま増えていったらコントローラを買わなくてはいけなくなりそうだな、と長久は呆れる。

 

「うーん……マリオカートって確か三人だと画面は四分割だよな?」

 

「そうじゃなかったかしら。私一人でやるからよく知らないけれど」

 

「千景……」

 

「ブレないなぁ、千景は」

 

 千景の言葉に呆れながら、それで、と長久は球子に何を言いたかったのか続きを促す。

 同じく千景に呆れていた球子であったが、長久の言葉を受けてああ、それでな、と続きを話始めた。

 

「一箇所空くのはもったいないし、誰か呼ばないか?」

 

「あー……なら、杏でも呼んでみる?」

 

「……伊予島さんは、私のことが苦手なようだからどうかしら」

 

「あー……実際、この手のゲームって杏どうなんだ……?」

 

「少なくともタマもやってるところ見たこと無いぞ……」

 

 杏はやめとこっか、とポツリと長久が言えば、そうね、と千景が続く。それに球子も大きく頷いて追従した。

 今度この手のゲーム興味あるか聞いておく、と言う球子に頼むと頷けば、続けて球子が身体を左右に揺らしながら言葉を発する。

 

「それなら誰呼ぶべきだー?」

 

「もう三人でいいんじゃないか?」

 

「んー……タマはこういうの、できるだけ大人数でやりたいんだよな……」

 

「……高嶋さん、とかはどうかしら」

 

 その千景の言葉に、長久と球子の反応は真逆のものだった。

 長久はつい顔を顰め、球子は妙案だと言わんばかりに顔を輝かせる。それから長久だけは慌てて自らの表情を取り繕った。

 別に長久は友奈と仲が悪いわけではないのだ。下手に嫌そうな顔を見せてしまえば、千景たちに勘繰られてしまうかもしれない。

 確かに球子の表情から分かる通り、悪い提案ではないのだ。否定する動きを見せるべきではないだろう。

 そう思いつつ、長久は気になったところがあったために、つい口を開く。

 

「……千景から他の人を呼ぼうとするなんてどういう風の吹き回しだ?」

 

「別に……どうせもう土居さんが勝手に来てるし、一人増えたところで変わらないでしょ」

 

 ぷい、とそっぽ向く千景だったが、長久は見逃さなかった。声に出したかも定かではないが、確かに『それに楽しいから』と千景の口が動いたことを。

 そしてそれが、千景の変化をまざまざと見せつけられているかのようで、どうしようもなく長久の劣等感を煽る。

 思わず顔を顰めそうになるのを必死で堪えながら、長久はじゃあ友奈を呼んでみるか、と提案する。

 

「じゃあタマが電話してみるな」

 

「頼むわ。その間……俺ら暇だな」

 

「もうコントローラの設定は済ませてあるしね。まぁ適当に話して待っているしかないでしょう」

 

 友奈に予定があることを祈りながら長久は千景と話を続けるが、どうにも球子の様子を見る限りそうではないらしい。

 球子が通話を終えれば、自室にいたらしくすぐに友奈が千景の部屋にやってくる。まぁ雨が降っているのだから、予定がある方が珍しいよな、と長久は内心で溜息を吐いた。

 

「ぐんちゃああああん!!」

 

「えっ、わっ、高嶋さん!?」

 

 部屋に入ってきた友奈はいきなり千景へと抱き着く。その勢いに負けて、千景はベッドへと倒れ込んだ。

 いきなりのことに球子と長久、二人して驚いていると、何とか友奈ごと身体を少しだけ起き上がらせた千景が眉を引くつかせながら口を開く。

 

「高嶋さん……? いきなり何をするのかしら……?」

 

「ごめんごめん。でもタマちゃんから、ぐんちゃんが私を呼んでくれたって聞いて嬉しさでつい……」

 

「土居さん……」

 

「なんのことやらー」

 

 千景が球子のことを睨みつけるが、球子は音のしない口笛を吹いて誤魔化す。それに呆れたように溜息を吐いた千景は、友奈をどかしてコントローラを渡す。

 

「とりあえず、やるなら早く始めるわよ。あと高嶋さん、私の苗字は『ぐん』じゃなくて『こおり』」

 

「えっ」

 

「まぁもう別にその呼び名でもいいけれど」

 

 ほら、始めるわよ、と言って千景が友奈を座布団に座らせ、ゲームを操作し始める。

 それに合わせて全員がモニターの方へ向き直り、ゲームができる態勢を整えた。唯一、友奈だけは千景の苗字を間違えていたことに戸惑っていたが。

 

 ――それから約二時間ほど。夕食の時間というのもあって、ゲームが一度中断される。

 

「やっぱ千景強過ぎないか……?」

 

「別に、オンラインでやるんだったらこれくらいは普通よ」

 

「あははは……でも長久くんも結構上手かったよね! ステージによってはぐんちゃんと接戦だったし」

 

「ん……まぁ、千景と以前からマリオカートでは対戦してたし」

 

 結局千景の呼び方をぐんちゃんで固定したらしい友奈にそう告げつつ、長久は一つ、息を吐く。

 なんだかんだで長久は今回のゲームに熱中していた。それは以前から千景と共にゲームやるのが日常だったからだ。

 日常で行われる当たり前のこと故に、簡単に没入できる。それが意外と、意識のリセットに役立っていた。

 けれどだからといって悩み自体がなくなったわけではない。ゲームを終え、再び悩みの存在を意識してしまえば長久は無意識のうちに眉間に皺を寄せていた。

 

「うーん……やっぱダメだったか」

 

 そんな長久を見た球子がそんなことを呟く。思わず長久がえ、と問い返せば、球子がどんな意味を込めてその言葉を言ったのか説明し始めた。

 

「最近長久がなんか悩んでるみたいだったからさ、千景に話して気分転換してもらおうと思ったんだけど……」

 

「まぁ案の定、ゲームが終わってしまえばまた険しい顔になったわね」

 

 それはつまり、球子や千景が気を遣ってくれていたということ。察しているとは思っていたが、まさかこうしてわざわざ気分転換の場を用意してくれるとは思っていなかった長久としては驚くしかない。

 

「タマちゃんとぐんちゃんも気づいてたんだ。私も気づいてたんだけど、どうしよっかなーって悩んでたんだよねー」

 

「高嶋さんの場合はぐいぐい行き過ぎて、長久も迷惑してそうだったけれど」

 

「えっ」

 

「……まぁ、そんなわけでさ、タマたちも結構心配なんだ。なんか協力できることがあったら言ってくれよ」

 

 球子が微笑みながらそう言う。友奈が両手で小さくガッツポーズを取る。千景が片目を瞑りながら、肩を竦めた。

 長久の背を押すように、励ますように三人が長久のことを見ている。けれど長久は彼女たちのその輝きが眩しくて、目を逸らすことしかできなかった。




ネガティブ! ネガティブ!
長久くん、完全にお悩み中。
とはいえあんまり長々とネガティブ思考しててもうざったくなってくるので、近々状況を動かす予定。

それとアンケの結果出たので、作品の方に反映させてます。
十二、十三、十四頁目の方も随時修正していく予定です。


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十六頁目.コミュニケーション:先輩

2020年6月

最近ずっと後輩の一人が悩んでいる。

どうやらそれは研究部の仕事としてではないらしい。

だからか一人で考え込んでいるようだった。

……その姿にはどうにも覚えがある。

それもあって、先輩としては放っておけないところだ。

近々この先輩様が声をかけてやるとしよう。

まったく、世話の焼ける後輩だなぁ!

 

――とある職員の日記より抜粋。

 


 

 はぁ、と溜息を吐く。作業に身が入らない。しかし仕事である以上、そこまで長期間休めるわけではない。

 そもそも最近まで休めていたのはあくまで研究部の仲間たちの厚意によるものだ。休んでいる間のタスクは他の職員たちが処理することになる。

 自分の事情で他人に作業を回してしまうのが長久は苦手だったし、作業の効率はともかく、何かしていた方が気が紛れるというのもある。

 そのため研究部の面々には心配されていたが、長久は仕事に復帰していた。

 

「んー……」

 

 データを比較する。画面上に大きく表示されているのは、以前結界外で行った試験運用の際に採取した球子と千景のデータだ。これだけ他のデータと比較してやはり値が飛び抜けて大きい。

 他に表示されているのは、どれも値に大きな違いの存在しないデータ群。それらはどれも試験運用時に起きた大きな出力の上昇を再現しようとして失敗したデータだった。

 

「……ダメだな、再現性がない」

 

 条件は簡単に揃えられる部分は揃えている。ペアでの戦闘であること。連携を主体とすること。多対二であること。

 バーテックスが相手であることも条件なのかと、結界外での実験も何度か行ったが、それでもやはりあの出力上昇を再現することはできなかった。

 

「そもそも結界外での実験だと採取できるデータの精度が落ちるんだよな……」

 

 すぐ傍で機器を用いてデータを採取できる結界内での計測に対し、結界外での計測となると各勇者の端末を通した遠隔でやるしかなくなる。

 命の危険がある実戦で、勇者たちの身体に計器を付けるなんてことができるわけがない。だからどうしても残っている出力増大時のデータは、精度が低く分析し辛いところがある。

 

「あとは条件としてありそうなのは、勇者たちの精神面なんだけど」

 

 というか長久としてはその線が濃厚だと思っている。だがもしそれが事実だとしたら、条件を満たすのがかなり厄介になってしまう。

 感情なんてそうそうコントロールできるものではないのだ。少しのことで簡単に揺らいでしまう。

 変身解除の条件然り、危険性という面から精神状態という不確定要素での出力の変化はあまり開発者としては認めたくないものだ。

 だからこそ、それを否定するために他の条件を模索していたわけなのだが。

 

「やっぱ精神状態依存なのが濃厚なんだよなー」

 

 椅子の背もたれに寄りかかって宙を仰ぐ。視界に映る天井を見ながら、あー、と意味のない声を漏らす。

 研究は思い通りにいかないし、人間関係というか自分の精神状態はよろしくないし、やってらんねーと長久は大きく伸びをしてから机へと突っ伏した。

 

「おーう、長久疲れてんなァ」

 

「んあ……先輩?」

 

 名前を呼ばれ顔を上げれば、一人の青年が苦笑しながら長久のことを見ていた。

 ボサついた黒髪にメガネをかけたその男は、手に持った大きな袋を机の上に置きながら、長久の隣の席へと座る。

 

「相変わらず長久はこんな感じー?」

 

「まぁ朝からそんな感じっすねぇ」

 

「いや正直オレらも嘆きたいんですが」

 

「ほんそれ。検証すればするほど精神状態依存という可能性が濃厚になっていく絶望感よ」

 

「あっはっは、そっちの担当は大変そうだなぁ!」

 

「お前!! 自分の担当が楽だからって!!」

 

 胸ぐらをつかみ合う同僚を見ながら、相変わらず騒がしい職場だと長久は呆れの溜息を吐く。

 基本的に研究部は愉快な人間が多い。こうしてふざけて喧嘩し出すのはよくある話だった。

 今だって胸ぐらをつかみ合った二人がくるくる回りながら部屋からフェードアウトしていく。何やってんだあの人ら。

 そんな感想を長久が抱いていると、ほい、と隣の席に座った先輩が何かを差し出してくる。咄嗟にそれを長久が受け取れば、それはなんてことはない棒アイスだった。

 

「最近暑くなってきたからな。息抜きに食えよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「あー! 長久だけずりぃぞ!!」

 

「そうだそうだ、後輩贔屓だー!!」

 

「うっさい、お前らの分もあるわ!」

 

 ほれ持ってけ、と他の研究部の面々にアイスが配られていく。ぱっと見、他人を押しのけて奪い合っているように見えるが、よく見ると全員わざとであり、ちゃんと一人一つずつその手にアイスが握られているのが分かる。

 そして先程部屋を出ていった二人が胸ぐらをつかみ合ったまま、再び回りながらフェードインしてきて、アイスに群がっていた人々を蹴散らしてアイスを確保していた。

 ちゃんと全員がアイスを手にしたタイミングで蹴散らしたあたり、無駄に細かい芸風だった。

 

「愉快度が高すぎる……」

 

「長久もその仲間なんだぞ」

 

「ぐはぁっ」

 

 気づかないふりをしていた事実を叩きつけられて、思わずうめき声を上げながら長久は机へと倒れ伏す。そのままシャク、と音を立てながらアイスを齧れば行儀が悪いぞ、と背を叩かれる。

 

「疲れてんすよ、勘弁してください」

 

「疲れてんのは見りゃ分かる。隈ひでーぞ」

 

「マジです?」

 

 言われてスマートフォンのカメラをインカメラに切り替えて自らの顔を見れば、なるほど確かに酷いと長久は自覚する。

 隈ができて久しく、もはや自覚できないほどに見慣れてしまったらしい。とはいえ不眠症は簡単に解決できるものではない。

 これを勇者たちにも見られてたのか、長久はそりゃ色々心配もされると溜息を吐いた。

 

「寝れないのか?」

 

「……まぁ、そうですね」

 

 比較的、ではあるが。勇者たちと比べればまだ研究部の仲間には現状の立場が近いため正直になれるところはある。

 本音までは話せないが、聞かれたことに素直に応じることができる程度には楽な相手であった。

 

「無理に寝ろ、とは言わんけどな。寝てた方がパフォーマンスが上がるのは事実だからな」

 

「うっす……」

 

「何より惰眠をむさぼるのは気持ちいいぞう!」

 

 特にこの先輩に対しては、長久は千景の次に心を開いていた。研究部に配属されて以降世話を焼いてくれている先輩であり、また長久同様自分が戦えないことを嘆いている人間であること。

 その上でこうして長久を気遣い、そして少しふざけたりして空気を柔らかくしてくれたりするところなどが、長久にとって尊敬すべき相手として認識させていた。

 

「相変わらず小難しいこと考えてんのか?」

 

「あー……まぁ小難しいというか、何と言うか」

 

 長久からすれば真面目な話だ。だから小難しい話、というのもあながち間違いではないように思う。

 ただそういう言い方をされると、長久としては苦笑するしかなかった。

 

「何悩んでるか、話す気ある?」

 

「……先輩なら、話せる……かな」

 

 長久は先輩へと事情をかいつまんで説明する。無論、劣等感の原因など一部の部分は伏せてになる。

 無力感については研究部のメンバーの多くに共通する感覚ではある。だが長久が持つ劣等感は、根本的に長久しか持ち得ぬものだ。

 勇者の在り方はかつて長久が目指したものであり、だからこそ長久は自分と勇者たちを比較しやすい。だから違いが、劣っている部分が鮮明に見えてしまう。だからそれは長久だけに見えてしまう劣等感だ。

 加えて単純に長久にとって全ての元凶であるあの日は人に話したいと思えるようなものではない。

 そのため長久は勇者たちに近づけば近づくほど、劣等感を感じてしまうということだけ話す。

 

「劣っている自分が惨めで、そんなことを考えてしまう汚い人間が勇者たちの傍にいる資格があるのかって思えて……」

 

「ほーん……」

 

 話を一通り聞いた先輩が、適当な返事をしてから自分のアイスを一口齧る。それから、そうだなぁと呟いてから、棒アイスでくるくると円を描きながら思案し始める。

 それから一つ頷いた先輩は、もう一口アイスを齧ってから再度口を開いた。

 

「まぁそれでええんちゃう?」

 

「それでいい、とは?」

 

 こちらの問い返しに対し、先輩は持論だけどな、と前置きを挟む。それからアイスの最後の一口を食べ終え、棒を咥えたまま喋りだす。

 

「友達とかに資格もクソもないんじゃないかなって。友達って結局は当人がどう思ってるかだろ?」

 

 ……それは、ありきたりな考え方だ。確かに長久自身、そもそもそうやって資格云々で考えるのが間違っているのはないかとは思った。

 しかし、結局長久は自分自身を認められなかった。どう足掻いても自分が彼女たちの傍にいていい人間であるとは思えなかったのだ。

 だから先輩の言ったことは、結局慰めにすらならないと思って。

 

「だからお前が彼女たちの傍にいるべきじゃない、って思ってるならそれでいいんだよ」

 

 続いた言葉に目を見開いた。

 

「……え?」

 

「友達になるべきじゃないって思うなら、それは一つの答えだ。別にそれで何の問題もないさ」

 

「だ、だけど彼女たちは俺とちゃんと友達になろうとしてて、それを俺如きが無下にすべきじゃないって思考もあって……」

 

 予想外の言葉に思わずしどろもどろになる。否定されるならともかく、この考え方を肯定されるなど欠片も思っていなかった。

 だから思わず言っていなかったことも一つ、漏らしてしまう。

 

「じゃあいつか友達になればいい。彼女たちはそこで待ってくれないような人間じゃないだろう?」

 

「でも……そんなの、いつになるかわからない。一生なれないかもしれない。なのに俺如きが彼女たちを待たせろっていうんですか……?」

 

「おう、待たせろ」

 

 弱音が漏れる。伏せていた想いが漏れる。

 否定して欲しかったものが肯定されて、戸惑いから長久の心の中だけに留めていたものがどんどん流れ出ていく。そしてそれすらも肯定されてしまう。

 

「友達になりたい、仲間でありたいっていうのは彼女たちの方なんだろ? だけどお前の方はそれでいいのかって悩んでる。じゃあその思いは現状一方通行でしかないんだ、勝手にそう望んでる連中が待たされるのは別におかしくないだろ」

 

「……それは……そう、なんですかね」

 

「そんで最終的にお前がちゃんとした友達になりたいって思ったなら友達に、そうじゃなかったなら今回はご縁がなかったということで、って言ってお終いよ」

 

「……ははっ、就職かなんかですか、その断り文句」

 

 くだらないネタに、長久は少しだけ自然に笑みが浮かぶ。

 結局、先輩の話を聞いても長久は答えを出せない、そこは変わらない。それでも、悩む時の心持ちは変わっていた。

 考えすぎだとか、友達に資格なんか関係ないなんて言われるよりも、悩んでいてもいいと肯定してもらえたのは長久にとっては大きかったのだ。

 悩んで、悩んで。いつか必ず答えを出そうと長久は決めた。

 

「長久、自分がやりたいようにやれ。友達であることに資格を求めるのだってお前の自由だ。……その代わり、後悔しないような選択をしろよ」

 

「わぷっ、ちょっ、先輩!? もう頭撫でられるような歳でも背でもないんですけど!?」

 

「あっはっはっは」

 

「先輩!? 話聞いてます!?」

 

 だから長久は感謝する代わりに、意味有りげな呟きを聞かなかったふりをして、今は先輩のおふざけに乗ってあげることにした。




トラウマに起因する悩みがそう簡単に解決するわけないだろ、いい加減にしろ!!
そんなわけで悩みは続くよどこまでも。だけどそうやって悩むことは間違いじゃないよ、というとても簡単なことに気付かされるだけのお話。

最近は他所様とのコラボを企画してるせいで大変更新が遅れてるよ! ごめんね!!


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十七頁目.日々の暮らし:夏に向けて

夏が来る。

夏休みだ。

……まぁ俺の場合は研究部での仕事があるのだが。

それでも皆で過ごせる、長期休暇だ。

悩みは消えない。

だけどその答えを見つけるために。

俺は彼女たちと共にある時間を過ごそう。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年七月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「何かして! 遊びたい!!」

 

 突然教壇に立って叫び出した球子に一瞬、注目が集まる。それからすぐに皆の視線が外れて各々の作業に戻る。

 

 なんだまた球子か。

 

 皆の意識が一致した瞬間だった。

 

「待て待て待て待て! 何だか皆最近タマに冷たくないか!?」

 

「だって土居さんだし」

「まぁタマっち先輩だしね……」

「流石に私ももう慣れたぞ」

「このパターン、何回かやってますしね……」

「うーん……楽しいとは思うんだけどね」

「だってよ、可哀想な球子……」

 

「なかなかに酷いなお前たち!?」

 

 球子がそれ以外の六人の連携にツッコミを入れる。なんやかんやでこのメンバーが揃ってから一年ほどだ。

 長久は未だ彼女たちの友となるのか決めかねているが、それでもそれを決めるために一先ずはそれなりの距離を保ち続けることを決めた。

 だから今はこうして全員が自然な距離感でコミュニケーションをとることができる。

 そしてそうしてコミュニケーションを繰り返していれば、一定のノリも出来上がるというものである。

 

「それで、タマっち先輩は今回は何が言いたいの?」

 

 最後にこうして杏が球子にちゃんと真意を問うまでがワンセット。球子が何か言い出した時はこれが基本だった。

 

「や、もうすぐ夏休みだろ? どうせなら皆で何かやって遊びたいよなーって」

 

「それは私も思ってた!」

 

 球子の発案に友奈が元気よく手を上げて同調する。まぁ友奈ならそうだろうな、と長久は他のメンバーと顔を見合わせて苦笑した。

 とはいえその発案自体を否定する気はない。友奈らしいな、と思っただけの話。

 千景を除けば、長久を含め全体的に夏休みに何かやろう、というのは乗り気だった。

 

「とりあえずまずは皆の予定を確認しないといけませんね」

 

「タマは夏休みどの日も遊べるぞ!」

 

「いや、お前勇者システムのテストとかはあるからな?」

 

「えっ」

 

「あとは……若葉、勇者組は鍛錬の予定もあったよな?」

 

「そうだな、週に一回程度、合同での鍛錬を計画している」

 

「……えっ」

 

「さては球子、お前忘れてたな?」

 

 長久の指摘に、球子が口笛を吹こうとして、失敗してただ音のしない息を吐き出すだけに終わる。

 こいつ、と呆れながら長久は罰として球子のこめかみに拳を当てて力を込めた。

 そしてその後ろでは愕然とした顔の友奈が、千景に呆れた顔で溜息を吐かれていた。

 予定くらいはちゃんと把握しておいて欲しいと長久は大きく溜息を吐きながら、手帳を取り出し予定を確認する。長久は研究部の仕事と勇者のお付き、二つの仕事があるからその予定は結構詰まっている。

 

「俺の方は……まぁ学生、ってことを考慮してもらって基本的に土日は休みだから、そこに遊ぶしかないか」

 

「ああ、研究部の方には夏休みがないのね」

 

「あってお盆休みくらい。あとはまぁいつも通り作業かな」

 

 好意的な職場ではあるため申請すれば休みになるだろうが、長久自身研究部での仕事はそれなりに気に入っている。だからそれこそ、他の全員の暇な日が一日しかない、みたいな場合で無い限り休みを取ることはないだろう。

 趣味の一環のようなもの、みたいな感覚が長久にはあった。それを言ったら先輩たちには社畜と言われたのだが。

 

「それなら皆さんの予定を一度すり合わせましょうか。あ、若葉ちゃんの予定は大体把握してるので、若葉ちゃんは何も言わなくて大丈夫ですよ」

 

「ひなた!?」

 

 冗談です、とおちゃめに笑うひなたに若葉は安堵の溜息を吐く。何が質が悪いってあながち冗談に思えないことだった。

 実は若葉に黙っているだけで本当は若葉のスケジュール全把握してるのでは……? そんな密かな疑念を長久は抱きながら、とりあえず代表して全員の予定を手帳にまとめていく。

 というか、手帳なんてものを持っているのが少数だったために選択肢が長久くらいしかなかったとも言う。

 

「うーん、こうして見ると意外と遊べる日が少ないですねぇ」

 

「俺が平日全部潰れちゃってるのがな……」

 

「しょ、しょうがないですよ、仕事ならどうしようもないですし……」

 

「……予定合わせるの大変そうだし、もう皆で遊ぶとかやらなくていいんじゃない?」

 

 千景の提案に、残りの全員揃ってそれはない、と断言する。それにちょっとがっかりした感じでそう……と小さく呟いて千景が肩を落とす。

 千景自身、こうなるのはわかったいたようなので酷く落胆した様子ではないが、それでもやっぱり残念さはあるらしい。

 コミュニケーションは取るようになったが、それでもあまり能動的でないのは変わらないらしい。まぁそこら辺は性根の問題だろう、と長久は苦笑する。

 

「まぁでもそれでも機会だけで言えば土日で約十日、加えて祝日もあるから夏休みって期間から考えると少ないかもしれないけど、そこそこあるんじゃないか?」

 

「それなら全員揃って遊ぶ日だけは決めようよ! あとどこ行くか、とかさ!」

 

「それがいいと私も思う。予定は余裕をもって立てておくべきだろう」

 

 それなら、と長久は手帳のとある箇所を指差して皆に見せる。

 

「ここ、二十三日から二十六日。祝日を合わせると四連休だしいいんじゃない?」

 

「四連休か! いいないいな、四日とも皆で遊ぼう!!」

 

「ちょっと待って。流石に四日間も拘束されるのは――」

 

「えー、私ぐんちゃんと一緒に遊びたいな!」

 

「――う、ぐぅッ……。高嶋さんが言うなら、仕方ないわね……!」

 

 こいつ……チョロいな……?。

 

 友奈に抱きつかれそう言われただけで手のひらを返した千景を見て、残りの全員の心の内が揃う。

 これからは千景を説得する時は友奈を使おう。ちょっと黒い部分がある人間は内心だけでそう判断し、改めて全員の同意が取れた段階で相談へと戻る。

 

「そしたら次はどこに行くか、だな」

 

「山! タマは山に行きたいぞ!!」

 

「タマっち先輩が山なら私も山かな」

 

「私は海がいいですねぇ。あ、若葉ちゃん、海水浴場によっては海の家に骨付き鳥があるらしいですよ?」

 

「ん、む……ならば私も海に一票だな」

 

 とりあえず山二票と海二票を手帳のメモ欄に記載する。

 この場にいるのは総計七人だ。同数票で結論が出ない、ということはない。

 だから何となく、オチが見えたなぁと思いながら長久は議論の行く末を見守る。

 

「私は……どうしてもどちらかに行く、というなら海は嫌よ。山にして」

 

「うーん……私は海かなぁ」

 

 千景と友奈が追加で答えて、三対三の同数。次の瞬間向けられる、それで長久は? という視線にそうなるよなぁと長久は溜息を吐く。

 それから長久はどちらの方がいいだろう、と思案する。それからふむ、と一つのことに気づく。

 

「……どっちも行けばいいのでは?」

 

 長久がポツリと言った言葉に他の全員が怪訝な顔をする。それに長久はいやさ、と自分の思いつきを語っていく。

 

「まず七月の四連休でどっちか行くじゃん? そんで、八月の三連休かお盆休みでもう片方行けば万事解決では?」

 

 長久のそのアイデアにおぉ、と球子と友奈が声を漏らす。しかしそんな二人に対し、苦い顔をしたのは残りのメンバーだ。

 

「しかしな……二箇所も行くとなると流石にお金が……」

 

「勇者や巫女と言っても、特別大きな額を貰っているわけではありませんし」

 

 そんなことを言うのは若葉とひなただ。発言こそしなかったが、杏も同意見であり、最初は賛同していた球子と友奈も言われてみれば、という顔をしていた。

 なんやかんやで仕事がある長久以外は全員ただの高校生だ。一応バイトができない代わりに勇者という立場でお金は貰っているそうだが、それも一般的な高校生レベルでしかないらしい。

 だから流石に連休に何度も遠出となるとお金が底をついてしまう。とはいえ、その辺りは長久も把握しているところ。無論、解決策だってある。

 

「お金に関しては大社を叩けば出てくるから問題ないよ」

 

「叩けば出てくる!?」

 

 驚いた様子の長久以外だが、茶化してこそいるが実際ちょっとお願いすればお金はいくらでも出てくるのだ。

 そもそも大社の中には年頃の少女に重い使命を課していることを悔いている人間が一定数いる。だから勇者たちが望むならある程度は無茶もしてくれるのだ。

 長久に関しては大社と勇者、両者に半々で足を突っ込んでいるので、勇者たちが納得し、かつ大社が対応可能な範囲を理解している。

 そのため、今回の件に関しては大社は普通に対応してくれるであろうし、勇者たちも説得すれば簡単に納得してくれるだろうという理解があった。

 

「皆の給料が今の額なのは、学生のうちにあんまり高額持たせて金銭感覚が狂わないように、ってのがあるんだってさ」

 

 だから大社が実際払うべきだとしている額は違ってな、と長久は肩を竦めながら言葉を続ける。

 

「ちょっと旅行費用とかぐらいなら頼めば、本来支払うべき額の分ってことで出してくれるんだよ」

 

 それならまぁ、とそこら辺真面目な勇者たちも納得を見せる。

 なおちなみにの話であるが、本来払うべき額と現在払われている額の差分は成人してから支払われる予定である。

 そしてこれに関しては完全に勇者には伏せられている情報である。成人したら勝手に口座に振り込む予定だそう。

 

「まぁそんなわけで費用面に関してはあんまり気にしなくていいぞ。なんなら連休丸々、三泊四日で行ける」

 

「うーん、そこまでとなると申し訳なさ感じちゃうかなー……」

 

「……ふむ。まぁ私もあまり頼り過ぎるのは気になるが、実際に職員の方に相談してから判断すればいいだろう」

 

「そうですね、長久さんも大丈夫だろうってまだ想定の段階ですよね?」

 

「ああ、だから実際どれだけの期間になるかは職員も交えて話し合ってからになると思う」

 

 まぁまず連休全部になるとは思う、というのは内心だけに留める長久。

 大社全体として見れば勇者が貴重な戦力であるために、機嫌を損ねたくないという打算もある。

 そのため、大社の一部の申し訳なさを感じている職員と、仕事に忠実な職員の利害は今回に関しては合致するのだ。だから間違いなく大社は機嫌を取りにくると長久は読んでいた。

 

「とはいえ申請を出すにしても、最低限どこに行きたいかくらいは決めといた方がいいと思う」

 

「山と海、それぞれどこに行くか、ですか……」

 

「そもそも、山と一概に言っても登山なのかキャンプなのか、色々あるだろう。どうするんだ?」

 

「タマはキャンプだ! キャンプがいい!」

 

「私はタマっち先輩の希望通りでいい、かな。特に山でやりたいっていうのがあるわけじゃないし……」

 

「私もタマちゃんの希望に合わせていいよ!」

 

 長久の意見を受けて、皆が行き先についての議論を始める。しかしその中に千景は存在しない。

 千景は一人、少し離れた地点でしかめっ面をして立っている。

 今回の一件、千景の意見はほとんど無視されたようなものだ。

 最初のそもそも行きたくない、という意見。山と海ならどっち、という問いに対しても千景の場合はどちらかを選ぶなら、というよりは海は嫌だ、といった感じだったように長久は思う。

 だから千景の意見は今回の遊びに行く、というアイデアにほとんど反映されてないと言える。しかめっ面になるのも、わからなくはない話だった。

 

「……不満か?」

 

「それは、ね。山には虫がいるだろうし、海だと日差しはキツイだろうし……」

 

 そもそもゲームができないし、とげんなりしながら言う千景。長久は最後のが一番大きい要因だろうな、と思いながら同時に何となくそれだけでないというのも察する。

 今言った理由だけでは海だけやけに拒否した理由が見えない。両方とも平等に嫌な理由を上げただけだ。

 だがそれを指摘するという選択を長久は取らなかった。言いたくないなら言わなくていい。色々黙っていることのある長久からするとそれは当然の判断だった。

 代わりに、長久は適当な提案をして話題を変えることにする。

 

「それならまぁ、いっそのこと海には行かず、宿で過ごしてみるか?」

 

「……無理ね、多分高嶋さんに引きずり出されるわ」

 

 それは確かに、と長久は諦めたように溜息を吐く千景を見て苦笑する。

 だけど千景の口には笑みも浮かんでいることに気づいて、懸念があるだけで皆で過ごすの自体は嫌ではないのだろう、と理解する。

 かく言う長久だって、悩みを抱えたままでも楽しみなものは楽しみだ。

 皆で過ごす夏休みが、すぐそこまでやってきていた。




月に二回は更新したいのです、というわけで更新。
最近はコラボに向けての作業とか、提出用の原稿用意したり、仮面ライダー見たりと忙しかったのでギリギリでの更新よ。
クウガ、いいよね……。今オーズ見てるわ。

そんなわけでコラボ企画がちびちび進行中です。とはいえ本編の進行度の関係上、詳細はもっと後かなぁ……と。
夏休みの話してからもまだまだ書くことあるからね。いや、だってまだ原作の時系列入ってないし……。


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十八頁目.日々の暮らし:海水浴

海水浴。

俺にしては珍しく楽しめた。

まぁ正直、男一人なのは辛かったが……。

それでも悩みを一時とはいえ忘れられた。

俺がこんなに楽しんでいいのか。

そんな迷いはあるけれど……。

それでも、俺は皆で過ごせる時間が好きだった。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年七月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 長久は困っていた。それもう、大変困っていた。

 正面には見渡す限りの海。夏の連休、ということもあって人々で賑わっている。

 無論、長久も水着を着て、現在は一応上にパーカーを羽織っている。

 夏休み何をするかの相談後しばらく。結局先に海に行って、後々の連休で山に遊びに行くことになったのだが。

 こうして実際に海に来てようやく長久は気づいたことがあった。

 

 ――俺以外皆女子しかいねぇ。

 

 あまりにも今更な事実だった。

 しかし長久としては日頃から関わる相手が同年代では勇者たちだけであり、クラスメイト、友達としての認識が強すぎるために異性としてはあまり気にしていなかったのだ。

 こうして水着で他の皆が来る、という段階になってようやく長久は勇者の面々を異性として意識したのだった。

 皆が来たら似合ってるくらい言った方がいいのか……? いやしかし今更俺が言っても……? 長久の頭の中は軽いパニック状態である。

 

 だがそんな風に悩んでいる間にも時間は進む。

 

「ひゃっほーーー!!」

 

 何かが長久の隣を勢いよく駆け抜けて行く。その何かはそのまま勢いで海へと飛び込み、直後に気持ちいいぞー、と声を上げながら海から顔を出した。

 

「ん? あ、長久ー!」

 

 海に飛び込んだ少女――球子は大きく長久に向けて手を振ってくる。

 セパレートタイプの、上はオレンジ系の装飾が少ない胸下までのショートタンクトップ型、下は同色のショートパンツ型という球子らしいスポーティな水着になっている。

 それを見て長久は大きく安堵の溜息を吐く。ボーイッシュな球子は女性としてあまり意識しなくて済む。長久としてはありがたい限りだ。

 

 あと何より胸が平原なのが大きい。悲しいくらいの平原だから意識しなくて済む。

 

 だが問題は、と長久はこの後のことを考えて思わず顔を覆う。

 

「もう……タマっち先輩は相変わらずなんだから……」

 

 来た、と長久はついビクつく。一番見たくて見たくない相手だ。球子が来た以上は次に来るとは思っていたが、覚悟を決めるには時間が足りなかった。

 

「あ、長久さん」

 

 声をかけられたなら振り返らなければならない。視線を海から更衣室の方向へと向ける。

 

「……ッ」

 

 声音からわかってはいたが、そこにいたのは杏だった。……杏だった、のだが。

 長久は声を出すことができなかった。

 

「長久さん?」

 

「こんなのってねぇよ……!」

 

 そこにあったのは圧倒的暴力だった。ホルターネックタイプに、下はパレオと正面からのパッと見の露出度は高くない。

 しかしその胸部は圧倒的な大きさを誇っており、水着になったことでもはやそれは視界への暴力と化していた。

 その圧倒的な力に長久は女性として意識する云々以前に、杏と最も仲がいい球子の平原と比較してしまい……気づけば涙を流してしまっていた。

 

「え、あの……長久さん……?」

 

「神樹様も惨いことをしやがるッ……!!」

 

「何してるのよ……」

 

 涙を流しながら青空を仰いでいると、長久にとって聞き慣れた呆れた声がかけられる。

 残りのやつらも来たのか、そう思って長久は声の方に視線を向け――そして再び、この世の残酷さに直面した。

 

 続いてやってきたのは千景とひなたの二人。どちらも可愛らしくよく似合った水着を着ているのだが……しかし長久の意識はそこではなく、ある一点へと集中していた。

 そう、再び現れた平原と山脈。あまりにも悲しすぎる現実。ここに年齢のことも加味すると目も当てられない。

 そっと長久は千景の肩へと手を置いて笑みを浮かべた。

 

「……何そのアルカイックスマイル。よくわからないけどムカつくわね」

 

「長久さん、女性の身体的特徴をネタにするのは最低ですよ」

 

「うっ!?」

 

 至極真っ当なひなたのツッコミに長久は胸を抑えて崩れ去る。反論の余地がない、完全に長久が悪だった。

 とはいえ長久としてはこうして茶化していないと気恥ずかしいのだ。ネタにしなければやってられない。

 今まで普通の友人だったのがいきなり異性と意識させられれば当然という話だった。

 

 しかしそれはあくまで長久からの視点の話。それでネタにされた側はたまったものではない。

 そしてそれは長久も理解しているところ。これ以上やるのは流石によくないよな、と大きく一つ溜息を吐く。

 何、簡単な話である。ただ長久が全部表面に出さなければ済むことだ。

 

「……何故長久は崩れ落ちてるんだ?」

 

「砂浜熱くない?」

 

「実はバリあちぃ」

 

 長久は立ち上がりながら膝に付いた砂を払う。ビーチサンダルを履いていたせいで気づかなかったが、当然ながら砂浜は素肌で触れるには熱すぎた。

 いや、マジで熱かったな……。長久はそう独りごちながら最後にやってきた若葉と友奈の方へと視線を向ける。

 若葉はまぁ球子同様スポーティなタイプの水着だろうな、なんて長久は油断していたが、ところがどっこい。

 藍色ベースのフリルがあしらわれたビキニタイプだった。あ、これひなたが着せたやつだな? となんとなく察しながらどことなく恥ずかしそうにする若葉に長久は思わず顔を覆う。

 そういうギャップはよくない。なまじ日頃の鍛錬のおかげで引き締まった美しい身体が白日の下に晒されているので大変よろしくない。

 

 長久は若葉から視線を逃がすようにして友奈の方へと視線を泳がせる。しかし残念ながらそれも悪手。

 友奈の水着は、他の面々に比べれば比較的露出が少ない。ビキニタイプでこそあるが、面積は大きめ、かつ下はスカートタイプだ。

 ピンクという色も相まって、女の子らしい可愛らしさが前面に押し出された水着である。正直、長久としては肌が見えるよりこういうタイプの方が弱い。

 

「くっ、もはや一種の地獄ッ……!!」

 

 いや、男の子的には天国ではあるのだが。実際状況的にはハーレムみたいなものなのだ。まぁ状況だけで恋愛感情は互いに一切存在してないのだが。

 というかもし仮に誰かとそんな関係になった場合、長久の精神は死ぬ。自己評価極低の長久が勇者と恋仲になることを許容できるわけがなかった。

 しかしそんな長久自身の思考と、男としての欲求は話が別である。それはそれとして可愛い、あるいは美しいものには男として反応せざるを得ないのだ。

 

「……俺、ちょっと浮いてくるわ」

 

「浮いてくる?」

 

「なんか……こう、一回空っぽになりたい」

 

「あ、うん……うん? 沖に流されないように気をつけてね?」

 

 長久の言ってることをひたすら疑問に思いながらも心配してくれる友奈に、長久は軽く手を上げて大丈夫と伝えながらパーカーとビーチサンダルを脱いでから海へと足を漬けていく。

 冷たい海水が火照った身体に心地よい。苦悩まで海水に流されていってしまう、なんて言えるほど簡単な思考をしていない長久だが、それでもいつもと比べればその心は比較的穏やかである。

 そのままある程度の深さがあるところまでついたら、あとは身体を浮かせて、目を瞑って……波に流されるまま――

 

 日差しが強いから時々潜ったりしながら過ごすことしばらく。海流で沖に流されるのだけは洒落にならないのでそこだけ注意しながら、ある程度落ち着くまで過ごした長久は一度浜の方へ戻ることにする。

 海から上がり、パラソルが刺された場所へと向かう。荷物もそこにあるため、誰か荷物番もいるだろうと思いながら行けばそこには見慣れた人物が一人。

 パラソルが作り出した日陰で携帯ゲームで遊ぶのは千景だ。海まで来てこいつ、と思い呆れ顔になるも、だからこそ千景らしいとも言える。

 だから特に何か言うこともなく、仕方ないと苦笑しながら長久は千景の隣へと腰を下ろした。

 

「もう浮くのはいいの?」

 

「十分浮いたよ。……ていうか多分、あんまり続けると体の前だけ焼けちゃうから……」

 

「……ちょっと見たいわね」

 

 勘弁しろ、と宙で腕を振りながらもう片方の腕で置いてあるミネラルウォーターを取る。新品のそれをピキピキと音を鳴らしながら開けて一口。

 冷たい水で水分補給をしながら長久は一息吐く。浮いてるだけ、とは言ったが沖に流されそうになったら泳いで戻ったりもしてたので体力はそこそこ使っている。

 だからこうしてゆっくりと休むのもまた、心地がいい。

 

「そういや千景、他の皆は?」

 

「土居さんは高嶋さんを連れて遊びに、伊予島さんが休憩がてらアイスを買いに行って、乃木さんは……」

 

 ああ、あそこよ、と千景によって指さされた先を長久は見る。大きく身体を伸ばす若葉の姿。

 どうやら泳ぐにあたり準備運動をしているらしい。美少女故、周囲から注目を集めているが……準備運動に集中しているらしく若葉自身は気づいていないようだった。

 

「……あれ、ひなたは?」

 

「よく見てみなさい」

 

 若葉がいるなら近くにひなたもいそうなものだが。ましてや珍しい水着姿の若葉だ。ひなたが放っておくとは思えず、長久が千景に問えば返ってきたのは変わらず若葉の方を指さしての言葉。

 どういうことだ、そう思いながら目を凝らして改めて若葉周辺を見て――気づく。

 

「あー……そういう、ね」

 

 若葉よりも遠く。岩場の方からキラリと光が見えたと集中して見てみれば、カメラを構えたひなたの姿。

 なるほど、より自然体の若葉を撮影するために盗撮することにしたのか。

 ……そう一瞬ナチュラルに納得しかけて、いや盗撮はマズいだろうと思い直す。

 現に今、この海岸の監視員に注意されて……そこから更に大社の職員がやってきて何かを監視員に渡したかと思えばひなたを残して大社職員と監視員が歩き去っていった。

 

「ふ、不正の現場を見てしまった……!」

 

「今見たものは全て忘れるのがきっと賢い生き方よ」

 

 落ち着いた様子でゲームをプレイし続ける千景に言われた言葉に、一応頷いておく。

 犯罪を見逃していいのか、と良心が長久自身に問うてくるが、まぁひなたと若葉だしなと長久は己を納得させた。

 

「しかし、まぁ」

 

 結局この二人か、と言葉にするのを長久はやめた。

 なんやかんや、長久は全員と仲良くなった。千景もまた、当初の様子から考えると意外なほど仲間たちと仲良くなっただろう。

 だけど落ち着く時間、となるとこうして二人でゆっくりと時間を過ごす時なのだろう。

 ひたすら千景がゲームをやって、偶にその画面をのぞき込んだ長久が茶々を入れる。

 そうやって海辺で二人で過ごしながらふと、長久は一つ伝えそびれていたことを思い出す。

 

「ああ、そうだ千景」

 

 それは千景の生い立ちをなんとなくとはいえ把握しているだから言わなければならないこと。

 

「水着、よく似合ってるぞ」

 

 君の水着姿には何もおかしなところはないと、長久はそうはっきりと千景に伝えておかねばならなかった。

 女の子に対してこんなことを言うのは些か気恥ずかしかったが、それでも長久はそれを千景へと伝えたのだった。

 

「ん……そう」

 

 言葉だけならあまりにも素っ気ない言葉。だが千景の耳や頬は赤らんでいて照れているだけだと長久には分かる。

 ちゃん長久の意図は伝わっている。それがわかった長久は照れ臭さと、千景が落ち着く時間を作るために立ち上がって一つ伸びをしてから言う。

 

「そしたら俺、ちょっと杏探してくるわ。俺が来るより前に買い物に行ったわりには戻ってくるの遅いし、俺もアイス欲しいし」

 

「……そ、いってらっしゃい」

 

 変わらず素っ気ない千景に苦笑しながら長久はパーカーを羽織り、杏を探して歩き始めた。




正直大学生パロの方に引っ張られた。
そんなわけで水着回にして、長久が割合はっちゃけてる回。
もう一話海水浴回やし、しばらくは夏休みで遊ぶお話やね。
しかし何でこいつ生意気にも水着姿の美少女に囲まれてるの??


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十八頁目.日々の暮らし:海水浴Ⅱ

 杏を探してしばらく。後から動いているために軽く駆け足気味で移動をする。

 売店、所謂海の家の場所ならなんとなくではあるが把握している。人混みではあるが、迷うこともないだろう。

 故にだからこそ杏が戻ってくるのが遅いという事実が長久には気になったわけだが。海の家が混んでいたという可能性だってあるので、ただの杞憂かもしれない。

 

 戻ってくる杏とすれ違ってしまう可能性も考慮しながら周囲に注意を払いながら歩く。人が多いと言えど、杏は見慣れた相手。

 ……なんて思っていたわけだが。海の家近くになっても杏の姿が見えないために少しばかり長久は不安を抱く。

 実はうっかり見落としているのでは。若干の恐怖を抱いていると、ふと長久は視界に見覚えのあるクリーム色の色合いを見かける。

 

「……あれ」

 

 あの髪色は杏、と一瞬思うも見覚えのない男たちと会話しているのを見て、それが本当に杏なのか自信を失う。

 杏はどちらかと言えば控えめな性格だ。コミュニケーション能力に難がある、というほどではないがそれでも初対面の人、それも男性相手に話すだろうかと疑問に思う。

 あるいは丸亀城に来る以前の知り合いというならばまだ納得がいく。そんなことを思いながら、とりあえず何にせよ戻ってくるのが遅いのが心配だったのだ。間に入るぐらい許されるだろう、と声をかけるため長久は近づく。

 

「――頼むよ、少しの間でいいからさ。ね?」

 

「え、と……その」

 

 ん? と長久は首を傾げる。近づくにつれ会話の内容に違和感を覚えたからだ。

 両者の様子から知り合いという感じはあまりしない。むしろ杏の方は迷惑そう……とまでも言わないまでも、少し困った様子ではある。

 もしかしてこれは所謂ナンパというやつでは? 何となく状況を察した長久は杏に声をかける。

 

「杏、何してるんだ?」

 

「あ、長久さん」

 

「ん、え、もしかして彼氏?」

 

 片手を上げつつ声をかければ、長久に気づいた杏が声をあげる。同時、杏に声をかけていた男も声をあげる。

 しかしその内容は予想外なものであり、杏と長久は一瞬きょとんとした後、揃って苦笑する。海辺で男女の組み合わせ、となるとやはりそういうのを連想してしまうのだろうか。

 あるいは自分がナンパをしているから、そういう発想に至ったのだろうか。まぁどちらにしても、長久としては返す言葉は決まっている。

 

「恋人がいたなら申し訳ないことをした。それなら――」

 

「待て待て。別に恋人じゃないですよ」

 

「……え、あれ違うの?」

 

 首を傾げる男性に、違う違うと杏と二人否定する。それからあくまで一グループとして来てるだけであると、軽く説明する。

 その際、長久は自分以外は女性であることは黙っておいた。ナンパに踏み切るような相手だ、嫉妬される可能性もあったからだ。一応、傍から見れば恵まれた環境だという自覚は長久にもあった。

 

「グループか……」

 

「そうそう、この子……杏も一人ってわけじゃないし、できれば諦めてくれると助かるんですけど……」

 

 説得のため長久がそう言うが、しかし男性いや待て、と言葉を置く。

 それから首を何度か首を傾げたあと、一人勝手に納得したのかうんうんと頷いてみせる。

 

「じゃあうちのグループとそっちのグループで混ざって遊ぼう!」

 

「うん……うん?」

 

 思ってたのと違う。長久が杏と顔を見合わせている間も男は妙案と言わんばかりに目を輝かせて言う。

 

「なぁ頼むよ。俺らのグループ男しかいないんだ。花が、見目麗しい花が欲しいんだよ……!」

 

 馬鹿正直か、と思うと同時に長久は今まで杏がこの男の頼みを断り切れなかった理由を理解する。

 余りにも必死で……正直、哀れなのだ。よく漫画などで見るような軽かったり高圧的なものではなく、低姿勢で必死な頼みよう。

 どうにも可哀想に思えて……また、どこか憎めない彼の姿に強く出られなかったのだろう。実際長久も、無理と断ずるのは些か躊躇われた。

 

「あの……長久さん。私は少しだけなら付き合ってあげてもいいかなって……」

 

「だけど……皆から同意取れるかわからないぞ。俺たちだけで判断するわけには……」

 

「確かに……」

 

 どうしようか、と長久と杏が話し合う。そこから漏れ聞こえてくる内容を聞いて、男性はわかりやすく表情で一喜一憂を示していた。

 その姿はコミカルで、どうにも長久と杏には彼が悪い人間には思えない。だがそれが絶対という保証もないし、と判断に迷っていたところ。

 

「長久まで戻ってくるのが遅いと聞いて様子を見に来たが……どういう状態だ?」

 

 呆れの溜息と共にそんな言葉が放たれる。視線をやれば、そこには若葉がいた。

 確かに結構な時間長久たちはここにいる。長久が来る前から、ということを考慮すれば杏は特にだ。

 そりゃ心配もされる、と思いながら長久と杏は掻い摘んで若葉に事情を説明する。

 

「なるほどな……」

 

「実際、どうしようかね。若葉としてはどうだ?」

 

「……まぁいいんじゃないか? 私にも悪い人間には見えないしな」

 

 球子あたりは気にしないだろう、と続いた言葉に長久はなるほど、と納得する。

 それなら互いのグループから遊びたい人だけ遊ぶ、という形だろうか。そう長久が全員に確認を取れば返ってくるのは肯定の返事。……と歓喜の声。

 それを見てあはは、と呆れを滲ませながら杏が他の面々に知らせに行く、とその場を離れる。

 

「で? 実際問題何をして遊ぶんですか?」

 

 長久の問いに男性がうーん、と言って悩みだす。この場に残ったのは長久と若葉だ。できれば人数的に困らないものがいいのだが、と思っていると男性が何かに気づいたようで突然手を上げて声を出す。

 

「あ、悠一(ゆういち)!」

 

 どうやら誰かを、おそらく同じグループだという人間に声をかけたらしい。男性の視線を追えば、悠一と呼ばれた男性がこちらに気づいたような仕草を見せたあと、明らかにドン引いた表情を見せた。

 それから避けるようにそそくさと去ろうとするが、それを見抜いた呼びかけた側の男性が即座に近づいて腕を掴んでこちらへと強制連行してくる。

 

「お前……流石に彼氏持ちをナンパするのはどうかと思うわ……」

 

「流石の俺もそんなことはしねぇよ!?」

 

 開口一番に放たれた悠一の言葉に、なるほどだからあんなに引いていたのかと長久と若葉は事情を理解する。

 

「流石に分別くらいは付くと思ってたんだがな……」

 

「おっと? さては俺の話を聞いてないな?」

 

 目の前で繰り広げられるコント染みたやり取りに、長久は既視感を得る。ああ、ノリが研究部の人たちと似ているのだ。長久はなんとなく彼らがどういう人間か察してしまった。

 

「と、まぁ冗談はここまでにして。そういや名乗ってなかったし、自己紹介でもするか」

 

 そう言って、まず最初に杏に声をかけていた男性が軽く片手を上げつつ名乗る。

 

「俺は(いぬい)翔馬(しょうま)、二十歳の大学生だ。よろしくな。んでそっちが」

 

藍葉(あいば)悠一(ゆういち)だ。同じく二十歳の大学生な。……で、翔馬のやつが迷惑かけてないか?」

 

「いの一番にその確認かよ」

 

 悠一の問いに長久は別に迷惑はかけられていないと答えようとして、よくよく考えてみたらこの状況が既に迷惑なのでは……? と思わず首を傾げる。

 それを確認した悠一はジト目で翔馬を見る。そして翔馬の方は迷惑だった!? と慌て始めた。

 愉快な人らだな、と長久は苦笑しつつ、悠一たち側のグループは二人だけなのか、と問う。

 

「ああ、俺達はあと一人後輩がいるんだけど……。あいつはパラソルの下で休んでるとか言いそうなんだよな」

 

 ちょっと連絡取ってみる、と電話をかけ始める悠一を見つつ、暇だったのか翔馬の方がそもそもどうしてこうして海に遊びに来ているのか、ナンパなんて始めたのかを説明し始める。

 曰く、暇だったから大学の知り合いで勢いだけで遊びに来たそうだ。そして来たはいいけど、カップルを見かける度に男所帯であることに絶望した結果らしい。しばらくの間彼女がいないから余計に、だそうだ。

 

「……お待たせ、案の定だったよ。もう一人は面倒だからパスだってさ」

 

「それならどうします? うちのメンツが誰か来るまで待ちますか?」

 

 長久の問いにどうしようか、と翔馬以外が翔馬へと視線を向けるが、翔馬は首を傾げるだけ。どうやら翔馬は一緒に遊ぼうとノリで言っただけで具体的な考えは一切なかったらしい。

 仕方ない、と全員で何かないか考え始めるが、特にいい案は思いつかない。海入って水掛けあってもすぐに飽きるしなぁ、と長久が思っているとあ、と若葉が声を漏らす。

 

「ビーチバレー、はどうだろうか」

 

 ふむ、と長久は考える。四人なら偶数だから綺麗にチームは分けられるし、ボールも海の家が傍にあるので買えるだろう。場所さえ確保できれば悪い案ではないかもしれない。

 そう思ったのは長久だけではないようで、残りの二人も頷いて肯定の意を見せる。ならルールの緩い、お遊びビーチバレーで決定だろうと四人で場所を探して歩き出す。

 その間にチーム分けも決めてしまうことにする。とりあえず最初のチームは連携の取りやすさも考慮して長久と若葉、悠一と翔馬にすることになる。

 そうしてチーム分けを話し合っている間に、ビーチボールも買え、都合よく人がいない場所を見つけ簡単に線を引いてビーチバレーの準備が整う。

 

 ……そこまで来て長久はふと一つのことに気づいた。相手は男子大学生、体格で言えば女子がいる上に年下であるこちらが不利である。

 しかしよくよく考えてみると、若葉は勇者として鍛えているし、長久はそれに付き合っているのだ。

 更に言えば、変身の影響で神樹の力が若葉たちには残留しており、素の身体スペックが高めになっている。これ、ゲームバランス崩壊するのでは……?

 

 そんなことを思っている間にも試合は始まってしまう。高々とボールを宙へと放る若葉。そこから美しいモーションで飛び上がったと思えば、次の瞬間バゴンッ、とビーチボール相手に出す音ではない音を響かせて相手コートにボールがめり込んだ。

 

「……え?」

 

「ん? ……んん??」

 

「む、加減を間違えたか?」

 

「あー……」

 

 まぁこうなるよね、と長久は苦笑する。勇者相手じゃ仕方ない。

 ルール的にはあれだが、お遊びなのでサーブを替わって加減すべきかな、と思い長久は悠一たちの方を見る。

 

「……っしゃ」

 

「ちょっと真面目にやるかぁ!」

 

 しかしそこにいたのは既に驚きから立ち直り、やる気で満ちた様子の二人。今のを見てやる気なのか、と少々長久は驚きつつもそういうことならと長久も本腰を入れることにする。

 ――続いて、若葉のサーブ二本目。威力は変わらず、ジャンピングサーブから放たれた一撃。しかし今度はそれを辛うじて悠一が拾う。それに長久は驚きながらも、ボールが返ってくることを警戒する。

 翔馬のトス、そこから悠一がスパイクを決めようとするが、砂浜であるからか思ったように跳べなかったらしく軽いボールが長久のもとへと飛んでくる。

 これなら簡単に拾える、安定してレシーブ。そこから長久が打ちやすい位置へと綺麗に若葉がトスを上げ、それに合わせて長久が跳躍。

 

「あー……一応、ごめんなさい」

 

 やる気があるなら本気でやらなければ失礼だろうと、謝りつつも長久は全力でスパイクを叩き込む。

 それを拾おうとした翔馬であったが、速度に対応できず完璧に拾うことができずボールが外へと零れていった。伊達に勇者と共に鍛錬していない、ということだ。

 これで長久・若葉チームが二点。このままワンサイドゲームで終わる――そう思われたがしかし。

 

「……うし、大体掴んだ」

 

「お、悠一も? よっしゃ、じゃあやるか!」

 

 長久・若葉チームが十点ほど先取したところでそんなことを悠一たちが言い始める。掴んだ、とはどういうことだろうかと長久たちは首を傾げる。

 しかしやることは変わらないと若葉がサーブを放つ。威力が落ちることはなく、むしろ砂浜での動きに慣れてきたのかその威力は上がっている。

 だが次の瞬間、悠一がステップからの位置調整でボールの落下地点へと陣取り、綺麗にボールを上へとレシーブする。

 そこから翔馬がトスで繋ぎ――悠一が跳躍。バシッ、と長久や若葉よりも弱いがそれでも強力なスパイクを決める。

 狙いは……コートの線ギリギリ、ちょうど若葉と長久から同じ距離ほど離れた位置だ。それに一瞬、若葉と長久はどちらが行くべきか躊躇い、結果的に動き出しが遅れたことでボールが砂浜へと落ちてしまう。

 

「おっしゃあ!」

 

「マジかよ……」

 

「これは……やられたな」

 

 身体能力では若葉と長久が圧倒的に上。しかしどうやらボールコントロール、判断力は向こうが上だったらしい。

 ならば何故、今までそれをやらなかったのか……。掴んだ、という言葉から想像するにおそらく砂浜での動き方を掴んだことで、コントロールを発揮できるようになったのだろう。

 これは思ったよりも楽しい試合になるかもしれない。思わず若葉と長久は顔を見合わせて笑みを浮かべたのだった。




 作者は本編では苦労してたりするキャラが、何事もなく呑気に人生を楽しんでるIFとかが好きです。誰がどうとは言わないけど。

 そんなわけで水着回パート2。多分もう1パート書く。
 基本的に同日だったりすると冒頭の勇者御記はカットです。


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十八頁目.日々の暮らし:海水浴Ⅲ

 結局。あの後ビーチバレーは接戦ながらも長久・若葉チームが勝利した。正直勇者相手に接戦するとかあいつら何なんだ、みたいに長久は思ったが、それはそれとして楽しかったので気にしない。

 そのあとは合流した球子も参戦、チームメンバーを入れ替えつつ何度か試合を行った。その結果、試合が凄すぎて観客ができ始め、他にも色んな人が参加し出す一大イベントと化したがそれもまた面白かったのでよし。

 夕暮れ頃、解散の流れができ始めた時に長久たちは共に遊んだ人たちとハイタッチしたり、悠一たちとは連絡先を交換したりしながら帰路へとつく。

 

「あー、遊んだ遊んだ!」

 

「タマっち先輩、凄い楽しそうだったね」

 

「おう、楽しかったぞ!」

 

 大社職員の用意した車との合流地点へと向かう道を歩く先頭で、球子と杏がそんな会話している。確かに球子は運動好きでコミュニケーション能力が高いこともあり、このメンバーの中では特に今回のビーチバレーを楽しんでいたように長久は思う。

 無論長久も楽しんではいたが……それでも、球子に比べればまだまだだと思えた。

 

「……あれだけ試合をやってよく元気が残ってるわね……」

 

 逆に一番参加率が低かったのは、最後尾で友奈、長久と共に歩く千景だ。彼女はそもそもインドア派であるし、見知らぬ人と積極的にコミュニケーションを取るタイプでもない。

 一応、友奈に連れられてビーチバレーには何回か参加していたが……それだけでもう、千景はどっと疲れていたようだった。

 

「まぁでも、俺と組んで若葉と友奈チームと戦った時は割と本気だったからな……。疲れるのもわからなくもない」

 

 実際、長久としてもその試合はかなり疲労が凄かった。千景がやけに気合が入っていたのもあって、引きずられるように気づけば長久も本気で参加していた。

 いくら鍛錬していると言っても、長久はあくまで一般人で勇者ではない。他三人は全員勇者、というのは基礎能力の段階で差があり長久としてはかなり辛い状況だった。

 

「確かにあの試合は一番盛り上がりましたねぇ」

 

「そういうひなたは試合には一切参加していなかったようだが、どこにいたんだ……?」

 

「ふっふっふっふ……」

 

 長久は知っている。休憩中に偶然見かけただけだが、人と人の間を素早い動きで通り抜けながら試合をする若葉を激写していたひなたの姿を。

 なんやかんやでひなたもかなり突き抜けてるよなぁ、と長久は前を歩く若葉とひなたを呆れた目で見つめた。

 

「あ、そういえば長久くん」

 

「ん?」

 

「今日泊まる予定のところってどうなってるの?」

 

 あー、と長久は声を漏らす。実は長久も宿泊先を知らないのだ。

 大社からは車で連れて行くから気にしなくていいと言われており、また今日までに調べる時間も確保できなかった。

 だから長久もどんなところ……とは説明できないのだが。しかし長久だから予測できることはあった。

 

「なんていうか……まぁ、覚悟しておいた方がいいと思うぞ」

 

「覚悟……?」

 

 長久の言うことにいまいちピンと来なかったのか首を傾げる千景とひなた以外の皆。それに対しどうやら千景とひなたは察したらしく、あぁ……と声を漏らす。

 長久は研究部に所属しているために大社という組織にどのような人間が多いかをある程度把握している。そしてそれは普段からよく話す千景と、巫女という立場から大社職員と接することの多いひなたには伝わっていた。

 だからだろう、長久の忠告をこの場で理解できた人間は千景とひなただけであり、また長久も確証があるわけではないので全てを語ることはしなかった。

 

「……と、待ち合わせはここか」

 

 既に迎えは来ているのかと周囲を見渡せば、お待ちしていましたと声がかけられる。長久たちも見かけたことがある大社の職員だ。以前、長久とひなたが大社本部へと向かう時に運転していた人でもある。

 この人であれば案内人を騙る偽物ではないことも分かる。車には出発前に用意していた宿泊用の荷物もちゃんと積まれていることだし、間違いないだろう。長久たちは大型車へと乗り込み、車に揺られながら宿泊先へと進んでいく。

 道中、長久は端末でマップを起動して向かう方向からなんとなく目的地のあたりを付ける。それから思わず、あ、ふーん……と真顔になった。

 

「……ん?」

 

 そしてしばらく経てば、目的地も見えてきて他の面々も一体自分たちがどんなところに宿泊することになるのか理解し始める。

 

「見えてきました、あちらが今回勇者の皆様の宿泊先になります」

 

「ねぇ……気のせいじゃなければあれ……」

 

「なんか……こう……景観が良さそうな建物ですね……」

 

「おう、オメーら現実見ような」

 

 必死で視線を逸らす何名かにツッコミを入れつつ、長久は若干死んだ目で運転手が示した建物を見る。

 山の緩い傾斜面に建てられた白く綺麗な建物。言うまでもなく、ホテルである。

 車はその建物が存在する山を登りはじめてしまったので、もう勘違いでも何でもない。

 

「泊まるなら民宿だと思っていたんだがな……」

 

「大社はそこら辺頭悪いぞ」

 

 長久はどうせいいところの旅館かホテルだとは思っていた。そのため他の面々に比べれば驚きは少ない。

 ……決して長久は値段とか見ていない。一人あたり最低二万から三万後半だとか見ていない。

 社会人ならともかく、学生には高すぎる値段だったとかいう事実はないのだ。

 

 ちなみに実は勇者陣の給料から考えるとそこまで高い値段ではなかったりする。

 

 それでも少し前までは普通の学生であったために、そこまで金銭感覚が狂った人間はこの場にはいなかった。だからどれだけ給料がよくても皆高いものは高いと感じてしまう。

 

「正直気後れしちゃって休むどころじゃなくなっちゃいそうです……」

 

「まぁ……でも皆で遊んで疲れてるし、すぐに寝ちゃいそうだよね」

 

「それは、そうかもな」

 

 長久は来る以前は宿泊先でゆっくり休めるか不安であったが、実際のところは思ったより身体に疲れが残っているため自然と休むことにはなりそうではある。

 今だって車での移動中に若干の眠気が来ている。しばらく過ごせば慣れてくるだろう、と長久は諦めることにした。

 そんな風に休めるかどうかを話しているうちに、長久たちの乗った車はホテルの前へと辿り着く。

 

「……前言撤回かな。実際に目の前にしたら私も緊張してきちゃった」

 

「俺もだわ。外観もそうだけど、少しだけ見えるロビーが……」

 

 幾つも見える質の良さげなソファに、根本だけ見えるあれは何かの樹木だろうか。見える限りは背丈も高そうな樹木だ、ロビーは吹き抜けになっているのだろう。

 

「では受付に行ってきます。皆様はしばしお待ちを」

 

「しばしお待ちを、と言われてもな……」

 

 苦笑する若葉に、皆が同調する。一応、立っているのも疲れるのでソファに座ったのだが、どうにも落ち着かない。場違いではないか、という意識がどうにも抜けなかった。

 しかしここでふと、球子が何かに気づいたようでハッとした顔をする。それから真剣な顔で口を開く。

 

「よくよく考えてみたら、タマたちはお城に住んでるんだし、それに比べたら大したことないのでは……?」

 

 その言葉に全員が揃って確かに、と納得を示す。ホテルとお城、どう考えてもお城に住んでる方がよっぽど豪勢だった。

 個室単位ではあまり豪華なわけではないが、それでもお城に住んでいるという段階で豪華な感じがする。日々を過ごす中で完全に慣れてしまって忘れていた。

 

「タマたちはここに宿泊してる人たちより良い生活してるのか……。つまりタマたちの方が圧倒的勝ち組

 

「た、タマっち先輩!」

 

「マウント取るのやめーや」

 

 へっ、と鼻で笑う球子を杏と二人がかりで長久は諌める。幸い、球子の言ったことは周囲の人間には聞こえていないらしい。慌てて周囲の様子を確認してしまったが、一先ず安心。

 とはいえ球子が言っていたこともあながち間違いではなく、建物だけで見れば確かに自分たちの方が勝っているのだろう。

 その事実に気づいたからか、長久たちは先程までに比べてある程度の落ち着きを得ることができた。

 

「土居さんの言うことにはあまり賛成できないけれど。マシにはなった、のかしらね」

 

「あはは……まだ夕食や部屋自体のことを考えると緊張しますけどね」

 

 千景と杏の会話を聞きながらふと、長久はそういえば部屋はどうなっているのだろう、と疑問に思う。

 今更ではあるが長久は男で、他は女性ばかりだ。普段何気なく一緒に生活してるために、また長久自身が自らを抑制しているため忘れがちであるが、勇者たちは長久にとって異性である。

 となれば流石に部屋自体は別で大社も用意しているだろう。しかしその場合、自分は一人部屋になるのだろうか。それともまさか、運転手だった大社の職員と同室? 流石にそれは勘弁して欲しい、と長久は密かに苦笑を浮かべた。

 かと言って一人部屋、というのも些か寂しい。流石に部屋は別でいいので、せめて食事くらいは一緒がいいななどと長久が思っていると、部屋のキーを持った大社の職員が受付から戻ってくる。

 

「勇者様方はこちら、長久さんの鍵はこちらになります」

 

「ん? 長久だけ別部屋なのか?」

 

「いや、長久は男なんだから当然だろう……」

 

 若葉のツッコミに、あ、そっか、と球子が盲点だったという顔をする。そもそも長久としては勇者たちと恋愛関係になるべきではない、と考えているが、それにしてもここまで男として見られていないと流石に引っかかるものがあった。

 とはいえそれで怒ることでもない。呆れ顔で球子を見ながらも、まだ何か言うべきことがある様子の大社職員の言葉を待つ。

 

「それから荷物に関しては大社の者がお部屋まで運び、お食事に関しては勇者様と同じ部屋で長久さんも食べる手筈となっています」

 

「お、流石にぼっち飯ではないのか」

 

「よかった、ご飯は皆で食べた方が美味しいもんね!」

 

 そう言って微笑みを浮かべる友奈。この子、普通の学校に通ってたら多感な年頃の男子を大量に勘違いさせてそうだよな……なんて長久は他人事のように思う。

 

「また大社職員も数人、ここに宿泊しておりますので何かあればそちらにお伝えしていただければ、と」

 

 それでは失礼します、と去っていく大社職員を見送りながら、長久は事務的だなぁと若干の呆れ顔になる。

 どちらかと言えば勇者に対しては今の職員の方が一般的なのだが、普段接している研究部のせいで長久の中での大社職員のイメージは若干おかしくなっていた。

 

 その後、一先ず食事の時間までは自由行動となり、長久は割り当てられた部屋へと向かうことにする。

 鍵を開け、部屋に入ればそこには広い和室、十二畳ほどだろうか。視線を置くに向ければ開放感がある大きな窓から街の夜景が見渡せる。

 ……どう考えても一人用の部屋ではない。手元の端末で調べてみればどうやら一人か二人で宿泊できる部屋、ということらしかった。そりゃ広いわけである。

 

「うーん……落ち着かないな」

 

 座椅子に座りながら長久は独りごちる。二人で過ごすことを想定した十二畳、それも家具のほとんどない十二畳だ。一人で過ごすには余りにも広すぎる。

 意味もなく畳の上をごろごろしてみたりもしたが、やはり落ち着かない。

 そもそも長久については日頃が仕事やら鍛錬やらで何かをしているためにこうして休息をとる、というのに慣れていないというのもあるのだが。本人には自覚がなかった。

 そして加えて。

 

「………………」

 

 長久は今日一日を思い出す。海辺に着いてから、海に浮いてゆっくりして、ビーチバレーで大騒ぎして。なんやかんやで全力で遊んでいたように思う。

 意外と自分も全力で遊べるんだな、とか。自分がのうのうと遊んでいていいのか、なんてことも思ったりはするわけだが。しかしそれ以上にである。

 

「ッッッはぁぁぁぁー……」

 

 長久は思いっきり息を吐き出す。部屋で一人になってしばらく。ようやく落ち着いてきたからこそというか、やっと気が抜けるというか。

 長久の気が緩んだことでポロリと本音が口から漏れる。

 

「みんな女の子だった……!!」

 

 思春期男子の苦悩だった。

 

 球子ほどではないが、勇者たちを努めて女子として意識しないことで長久は普段の女子に囲まれた生活を乗り切っているところはある。そしてそれが無意識にできる程度には、もう慣れた。

 しかしそこで水着姿なんてものを放り込まれればいくら長久でも異性として意識しないわけがない。

 若葉や友奈、球子は運動することもあって健康的な美しさがあったし、杏やひなたは女性的な体つきで余りにも暴力的だった。引きこもり気味の千景ですら、色白だしモデル体型だしで長久としてはたまったものではない。

 皆がいた手前、見た時は茶化して誤魔化したが一人になれば思い出してしまってダメだった。

 

 しかしこの後食事の際に顔を合わせることを考えると、今のうちにいつも通りの意識に戻しておかねばならない。

 あまり気は進まないが長久は自分がどういう人間なのかを改めて反芻し、どうにかこうにか一旦煩悩を追い出すことに成功したのだった。

 

 ……ちなみに。食事のために他の面々と顔を合わせた際の長久は、明らかな低テンションであり皆に心配されてしまった。




長久くんも男の子。そんなわけで海水浴編終了です。
正直日常パートくっそ書きづらいわ……ヨゴレキャラがいないから……。
現状一番書きやすいのは研究部の面々。


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十九頁目.日々の暮らし:山遊び

ずっと彼女たちを勇者として見てきた。

俺にとって彼女たちはヒーローだった。

けれど、本当は。

彼女たちはもしかしたら。

もしそうだとしたら。

俺は彼女たちと

どう向き合うのが正しいのだろう。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年八月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

「キャーンープーだー!!」

 

 山中に球子の叫び声が響き渡る。杏、ひなた、長久が辺りにいる他の人に謝る。千景が球子を小突き、若葉が球子を諌める。

 そうして、勇者たちの夏休み旅行第二弾、山でのキャンプイベントは始まった。

 始めに長久たちは宿泊先になるコテージへ荷物を持って向かう。今回は遊び場と宿泊先が近いため、先に荷物を置いてしまおうという話だった。

 ただ長久にとって意外だったのはコテージに泊まることになったことだった。

 今回の宿泊先やキャンプ場の選定に関しては球子に一任している。加えてキャンプという言葉のイメージから長久としてはテントで寝泊まりするものだと思っていたのだが。

 実際はこうしてコテージに泊まることになっている。純粋に疑問だったために長久が球子にその旨の質問をしてみれば、返ってきたのはこんな答え。

 

「キャンプというか山で遊ぶのに慣れてるのなんかタマくらいだろ? 山での活動ってかなり疲労が溜まるし、最初のうちはテントとかじゃなくてちゃんとした場所で休んだ方がいいんだ」

 

 なるほど、と長久は思わず声を漏らす。言われてみれば確かに、長久も運動はしていてもそれは整備された土地での経験であり、山の中での活動経験となると幼少期遊んだ程度のものだ。

 今回はあくまでキャンプをやろう、という目的ではなく山で遊ぼうというものであることも加味すると、確かに球子の主張はよくわかる話だった。

 ただ球子がよく考えられたことを言っているのが長久には意外で仕方がなかった。失礼な話だが、球子相手では仕方ない。

 とはいえこうしたところから球子の山での活動に関する知識が信頼に値することは分かる。そのため今回の山遊びで実際に何をして遊ぶのかということもまた、球子に任せられていた。

 

 荷物をコテージへと置いた長久たちは、球子の指示のもと動きやすい服装となって外へ出る。誰もが互いに見慣れたトレーニングウェアだ。

 新鮮なのは巫女であるために鍛錬には参加しないひなたと、山での活動用にいつもとは違う運動着を着ている球子ぐらいなものだろうか。

 

「よっし、じゃあみんな準備運動からな!」

 

「………………」

 

「……千景、そろそろ大人しく諦めろ」

 

 七人揃って軽く準備運動。長久は渋い顔をずっとしている千景を何度か宥めながら自らの身体を解していく。柔軟などを女子とやるのも日頃の個人鍛錬で慣れたもの。

 手早く準備運動を終え、ちょっと千景を手伝ったりしながら全員が準備運動を終えるのを待つ。とはいえやはり勇者たちというか、そこら辺日々の授業に組み込まれる鍛錬で慣れているらしい。

 時間がかかってるのは巫女で運動する機会が少ないひなただけ。となればちょっとだけ注意しとくかな、と長久は幾らか意識をひなたへと向けて注意しておく。とはいえ若葉もいるので大丈夫だとは思うが。

 

「ん、皆準備はいいかー? そしたら最初は山登りからだ!」

 

「……帰っていいかしら」

 

「千景」

 

「……冗談よ」

 

 嘘つけ、と千景を小突く。絶対迂闊なことを言えばこいつは帰っていた、と長久は確信と共に千景を睨む。

 千景は流石に睨まれればバツが悪いのか、スタスタと球子に続いて二番目に山を登り始めてしまった。

 はぁ、と長久は溜息一つ。面倒なやつと若干呆れながら長久も山を登り始める。

 

 ――とはいえ。山、と言っても本格的なものではなく、ある程度整備された道を登るだけのハイキングというやつである。

 日頃から鍛えてれば大したこともない……なんて長久は思っていたのだが。

 

「……ふぅー……」

 

 なるほど、これは中々に疲れる。長久は球子が言っていた意味をようやく正しく理解した。

 平地で行う鍛錬や走り込みとは些か違う筋肉を使う。整備されているとはいえ、階段状になっているわけではないので角度のついた不安定な地面で踏ん張らなければならない。

 これは今後のトレーニングの一環に山での走り込みもいいかもしれない。そんなことを思いながら、軽く息を整えながら前を見る。

 

「うーん、やっぱり気分がいいなー!」

 

 ぴょん、ぴょん、と軽快に山を登っていくのは企画者の球子。山での活動に慣れているというだけあって、余裕に溢れている。

 他には人はおらず、大自然がよく見える。背の高い植物が少ないので目に優しい緑が大きく詩歌に広がっていた。

 

「ッ、はぁ……はぁ……」

 

「ぐ、ぐんちゃん大丈夫……?」

 

 聞こえてきた声に長久が振り返れば、そこにいるのは二番目に登りだしておきながら盛大に息を切らした千景と、そんな千景を心配するまだ余裕がありそうな友奈だ。

 まぁそうなるだろうな、と長久は気づいていたのでさして驚きもない。友奈は鍛えてる期間が長久よりも長いために多分、球子についていくこともできるのだろうが、千景を心配して近くにいてあげるあたり優しいと思う。

 

「ぐんちゃんのペースで大丈夫だからね」

 

「……た、高嶋さんは……先に行ってて大丈夫だから。私に合わせてもらうのは申し訳ないわ……」

 

「大丈夫! 私、ぐんちゃんと一緒で楽しいよ?」

 

「え、ん……あ、ありがとう……」

 

 ちょろい。相変わらず千景は友奈に弱いな、なんて感想抱きながら長久は更に千景たちよりも後ろに目を向ける。

 後ろにいるのは若葉、ひなた、杏の三人。ひなたは予想通り体力的に辛そうだが、若葉がついているためそこまで心配はない。合間合間に休憩を挟み、彼女たちなりのペースで進むだろう。

 だから心配なのは残った杏になる。

 

「ふぅ……」

 

 立ち止まり、息を整える杏。彼女も千景と同じで、基本インドアであるために山道という普段触れることのない環境を歩くのが辛いらしい。

 普段であればこういう時は球子が杏をフォローするのだが、今回は球子が好きなアウトドア活動、それもキャンプだ。球子には純粋に楽しんで欲しい。

 そんな思いから長久はペースを落とし、杏の横へと並ぶ。そんな長久に気づいた杏があれ、と声を漏らしたのを聞いて長久は苦笑しながら口を開いた。

 

「大丈夫か、杏」

 

「あ、えっと……大丈夫です。慣れないので少し大変ですけどこれくらいなら……」

 

 これでも勇者として鍛えてますから、と可愛らしく力こぶを作ってみせる杏に、長久は笑みを浮かべる。

 普段の本好きの姿を見ていると忘れがちだが、彼女も勇者なんだよなと改めて理解し、同時に杏を普通の少女として見ていた自分に驚く。

 

「長久さん?」

 

 ふと動きを止めた長久の顔を覗き込むようにして見てくる杏も、他の皆も。確かに勇者、長久がかつて憧れたヒーローとでも言うべきものなのだろう。

 だけどそれ以前にきっと彼女たちは普通の少女で。唯一、勇者でも何でもない友として傍にいることができる自分がすべきことは――

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

「……ん、ああ、気にしなくていい。大したことじゃない」

 

 ひらひらと軽く手を振ってみせる。実際、これはきっと長久自身の考え方が少し変わるかどうかだけの話でしかない。だから本当に大したことではない。

 そうやって杏の問いをあしらう長久に呆れたのか、諦めたのか。杏は大きく溜息を吐いてから、代わりに別の質問を飛ばしてくる。

 

「それにしても長久さんはどうして後ろの方に? さっきまでペースよく登ってたのに……」

 

 その問いに、長久はああ、それはなと言いながら進行方向、それもそこそこ先を指差す。そこには上機嫌で山道を進む球子の姿がある。

 

「あいつに限った話ではないんだけど。折角こうして好きなことできるんだし、気兼ねなく遊ばせてやりたいだろ?」

 

 だからちょっと辛そうなやつのフォローは俺とか余裕があるやつがやった方がいいと思ってな、と長久は答える。

 実際、そういった気配りも球子は開始前にしているようで、宿泊先をコテージにしたのも、今回のハイキングのルートを選んだのもそういった基準らしい。

 となれば、当日にまで気を張らせるのも申し訳ない。代われることがあるなら代わってやりたい。そんな考えから長久は杏のフォローへと入っていた。

 

「そう……ですね。私もタマっち先輩には思いっきり遊んで欲しいかな」

 

「だろ? 多分、あのままだったら杏のところに来てたと思うんだよなぁ。球子は杏に甘いし」

 

 実際今、球子がチラリとこちらの方を見て、安堵の溜息を吐いている。責任者として、というのもあるだろうし、単純に杏が心配というのもあるのだろう。

 まぁ気持ちは分からなくもない。だからこそ自分が杏の面倒は見てしまいたい。……と、長久は思っていたのだが。

 

「……だからこそ、長久さんはタマっち先輩の方に行ってください」

 

 杏からすると違ったらしい。意図が読めず、視線でどういうことかと問いかければ杏は苦笑しながら答える。

 

「どうせ遊ぶなら一人じゃなくて誰かと一緒に遊びたいと思うんです。だから……」

 

 長久さんが、と言ってくる杏に長久はなるほどな、と返す。しかしその理屈でいくならより仲の良い杏が球子と一緒に行動した方がいいはずだ。

 その旨を杏に伝えるとそれは確かにそうなんですけど、と眉尻を下げながら理由を語る。

 

「私じゃ体力的についていけないので……」

 

 あー、と思わず長久は納得する。確かにこうしてハイキングの段階でついていけてない段階で、球子が全力で楽しむには杏では追い付けないというのは分かる。

 しかしそれを言うのであれば、である。

 

「球子には俺もついていけないぞ……」

 

 こと山での活動について言うのであれば球子に敵う人間はこのメンバーの中にいない。慣れの関係上、最も山という環境で体力に無駄なく動けるのが球子なのだ。

 若葉、友奈でさえ山では全力の球子に追い付くのは無理だろう。そんな中二人より劣る長久が球子についていくのは至難の業だ。

 

「……けど、まぁ」

 

 その上で、である。

 

「杏がそう言うなら、そうするよ」

 

 球子の一番の理解者である杏がそう言うのであれば、そうすべきなのだろうと。長久は杏の面倒を若葉や友奈に任せて山道を駆け上がる。

 全員の様子を確認して問題ないと判断したのか球子をかなり先まで登っている。追い付こうとするならそれなりの速度で登らなければならなかった。

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜェ……うぇっ……おぉ……」

 

 球子には勝てなかったよ……。

 

 無茶し過ぎた。追い付こうとするだけでかなりの体力を消費してしまい、長久は頂上のベンチに倒れ伏していた。虫の息である。

 そんな長久を見て球子は笑い転げ、後から登ってきた何人かは呆れたように苦笑していた。まぁ長久自身としてもバカだったな、とは思うので笑われても仕方ないとは思う。

 

「まぁなんか一人やけに無茶してたけど、大体皆の体力は分かった!」

 

 全員揃い、長久以外の息が整った段階で球子がそう切り出す。しかしそこにどういう意図があるのか読めない面々が揃って首を傾げたのを見て、球子が言葉を続ける。

 

「皆の体力の感じ、次やろうと思ってたことは問題なさそうだなって話だ!」

 

 なるほど、と全員が納得を示す。まぁ球子がそんな風に体力を加味して判断するなんてまともなことができるということに全員違和感を抱いたのだが。

 球子はおバカキャラとして浸透してしまっているから仕方ない。

 

「つっても……何やるんだ?」

 

 ふぅ、と大きく息を吐きながら放たれた長久の問いに、球子がふっふっふっ、と不敵に笑う。

 そして自信満々にビシッ、と効果音が付きそうな動きで虚空を指差しながら、球子は言った。

 

「――水鉄砲を使ったサバゲーだ!!」




 球子がやっぱ一番扱いやすい。
 そんなわけで夏休み回第二弾、山遊び編です。
 つっても多分次回、長くても次々回で終わる。
 そんでその後からそろそろお話を進める感じかなぁ……。


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十九頁目.日々の暮らし:山遊びⅡ

「よし、それじゃあサバゲーやるぞ!」

 

 午前中の宣言の後、登ってきた山道を戻り、昼食を食べてからしばらく。各々軽く運動ができる程度には時間が経った頃、球子がそう切り出した。

 それに千景が非常に嫌そうに球子を見る。多分、これ以上動きたくないのだろう。が、そんな千景をガン無視して球子は言葉を続ける。

 

「まずは準備として着替えからだな」

 

 そう言って、シンプルな白いTシャツが各々に配られる。どうやら水鉄砲を利用するため、濡れたことがわかりやすいようにらしい。

 ……ちなみに。女子陣は全員、ちゃんとキャミソールなどを中に着ていた。黒のもの着ている人なんかは、濡れる前から色の関係上見えていたため気づけた事実である。

 濡れ透けなんてない、現実はこんなもんである。

 

 それから改めてコテージの外に集まった長久たちは、球子主導のもと、試合の準備を進めていく。

 

「そしたら次はチーム分けだな。今回は七人だから、申し訳ないけどひなたには審判を頼む」

 

 わかりました、とひなたが頷く。まぁひなたに関しては巫女であり、長久のように個人で鍛えているわけでもない。実際、午前中の山登りだけで疲労が溜まっているようだし妥当な判断だろう。

 

「まぁ山がフィールドになるし、水鉄砲を使う以上は当たったかどうかもわかるだろうけど……念のためだな」

 

 審判、と言っても大した仕事ではないと球子は言う。どちらかと言えば、脱落者の回収や非常時の救護が仕事になるらしい。

 そういうことならと用意してあったらしい救急箱を取りに行くひなたを見送ってから、球子は更に説明を重ねていく。

 

「今回はチーム戦にしようと思う。そのあと時間あったら個人戦な」

 

「チーム戦と言うと……どうチーム分けするつもりなんだ?」

 

 若葉の質問に、うむ、と頷いた球子は右手の人差し指を宙で回しながら、当初の予定では、と自らを指さす。

 

「タマが勝手に決めようと思ったんだがな」

 

 そこまで言った球子は苦笑しながら肩を竦めた。流石にそれは独断が過ぎるからやめた、という球子の意見には長久も賛成だった。

 それに、主催者として行うチーム分けというものは存外難しいと長久は思う。これが、球子は主催だけであり、参加しないというなら話は別だ。

 だが同時に参加者である以上、どうしても自チームへ贔屓をしたくなるものだ。球子に関しては、そこら辺、苦悩してしまうタイプだと思っている。

 

「だからリーダーを一人決めて、指名式で決めて行こうと思う」

 

 まぁそのあたりが妥当か。長久はリーダーとなるなら主催者の球子と、平時から勇者内でのリーダーである若葉あたりがリーダーだろうか、とあたりを付ける。

 次点でコミュニケーション能力の高い友奈か、参謀としての能力が高い伊予島か。そんな風に考えていると、まず、と球子が自分自身を指さしながら言う。

 

「今回企画したのはタマだからな、タマがリーダーをやろうと思う。それでもう一人は……」

 

 予想通り、それならもう一人の予想も当たるだろうかと長久が次に指名されるのは誰か呑気に考えていると……。

 

「長久だ」

 

「……えっ」

 

 球子が次に指さしたのは長久だった。

 思わず確認のために長久が首を傾げながら自らを指さすと、球子から返ってくるのは大きな頷き。

 嘘だろ、と思わず呟く長久に対し、他の面々は特に異論もないようで頷いたり納得の表情を見せている。

 完全に予想外なその状況に、長久は思わず待て待て、と声を上げながら確認のため球子へと問いかける。

 

「なんで俺……?」

 

「ん? そりゃ長久は勇者システムの実験とかでタマたちの動きはよく見てるだろ?」

 

 だから全員の能力を正しく把握してるかなーって。そう続けられる球子の言葉に、長久は思わずなるほどと声を漏らす。

 リーダーシップがあるなどではなく、全員の能力を分析した経験があるから、というのは流石に長久も納得がいく発想だ。

 勇者たちを指揮するなど、自分にその資格はないと騒ぐ自分もいるが……。所詮は遊びだ、ここで抵抗してその思考が勇者たちに露呈する方がマズいと、長久はリーダーをやることを仕方なしに受け入れた。

 

 そうしてリーダーが決まったことで、今度はチームメンバーをどちらが先に指名するかを決めることになる。

 決める方法はじゃんけん。子供でも分かる、シンプルな勝負だ。……しかしここでの勝ち負けに関しては、長久の読みが正しければそこまでこだわるところではない。

 球子と二人、声を揃える。ぽん、という声と共に出された手は、球子がグー。長久がチョキだ。

 

 じゃあタマからだな、そう言って球子は特に迷うこともなく、一人の人間を指さす。

 

「杏! 杏はタマのチームだ!」

 

 だろうな、と長久は苦笑する。球子がリーダーの段階で、最初に指名するのは杏だと思っていた。戦力は度外視で、単純に一番の友人として選ぶだろうと。

 杏は勇者の中でも貴重な頭脳派だ。それは別に他の面々が脳筋というわけではない。

 しかし杏は単純な読書量からくる知識の多さ。加えて臆病さ故の状況分析力といったところから参謀としての能力が高い。

 あまり敵に回って欲しい相手ではない、そういう意味ではとられたくなかった人材ではあった。

 

 だがまぁ、大きな問題ではない。長久は球子同様、最初から決めていた人間を指さし指名する。

 

「千景。お前だ」

 

「……私?」

 

「おう」

 

 自分が指名されるとは思ってなかったのか、首を傾げる千景に対し、早く来いと手招きする。

 それに対し千景は訝し気な顔のまま、長久の方へと歩み寄っていく。

 隣に来ても未だ納得できないらしい千景が視線で問いかけてくるが、まぁ面倒なのでスルー。とりあえず、そこら辺の説明はチームが決まってから作戦会議を兼ねてになる。

 

 この段階で残っているのは若葉と友奈。戦力的な話をするのであれば、どちらであっても大差はないと長久は思っている。

 しかし千景のモチベーションという点において、できれば若葉よりも友奈を味方に引き入れたいところではあるが。

 その長久の願いに神樹が応えたのか、次に球子が指定したのは若葉。必然的に長久のチームには友奈が加わることになる。

 

 構成としては、長久・千景・友奈に対し、球子・杏・若葉の図。

 長久の見立てでは……自チームが不利だろうか。そもそも、球子と敵対した段階で不利なのは確定だ。

 故に、今回はそこからどう差を覆すかが重要になる。

 

 球子に案内され、フィールドの範囲を確認する。レジャー用にか、ある程度木を間引いて走れるように、けれど多少の障害物は残しつつと言った風に整備された場所が今回のフィールドらしい。

 それから互いの初期位置は公開情報。ただしその場所自体は木々に隠れており、距離もあって直接見ることはできない。初動に関しては隠すことができるというわけだ。

 また、高さも極力近くしているようで、高低差による有利不利も発生しないようになっている。球子が考えたにしては、思っていたよりもしっかりしているようだった。

 球子は意外とおバカな子ではない……? 長久は予想外の事実に戸惑いつつも、まずは試合開始前に用意された十分間で作戦会議を行うことにする。

 

「とりあえず、現状確認だ。まず初期位置における有利不利はなし。戦力的には拮抗、ただし球子が得意とする山という地形を加味すると俺達が若干不利ってところだ」

 

 ここまでは大丈夫か確認を取れば、千景、友奈共に頷きが返ってくる。若干おバカの入っている友奈も理解できているようなので、今度はここからそれを踏まえてどう動くかの話に入っていく。

 

「さて、正直なところ。そもそも球子が敵に回った段階で結構厳しいものがあるんだが……」

 

 何かアイデアはあるか、長久のその問いかけに、千景がその前に少し、と言いながら小さく挙手をする。

 まぁなんとなく、言いたいことは分かる。千景は現在関係が近い人間の中で、唯一長久とその性質や精神状態が近いと言える人間だ。

 だからなんとなくにはなるが、長久は千景が言わんとすることを察し、答えを用意しながら千景に言葉の続きを促す。

 

「……チーム分けの時、何で最初に私を選んだの?」

 

 やはりそれか、と長久は苦笑する。千景は、基本的に自己評価が低い。それが触りだけ聞いている、彼女の生い立ちが原因なのは長久も理解しているため仕方ないとは思うのだが。

 それでも、彼女には胸を張って欲しいというのが長久の願いだった。なぜなら彼女のそれは環境のせいであり、彼女自身が悪いわけではないのだから。

 

 ――そう、自分とは違って。

 

 だから長久は千景の背を押すために、彼女を選んだ理由をはっきりと告げる。

 

「千景には、参謀をやってもらいたいんだ」

 

「参謀……?」

 

 確認をするように首を傾げる千景に、ああ、と一つ頷いて返してみせる。それから、そう難しい話ではないと、千景を選んだ理由を具体的に話していく。

 

「今回のこれは、水鉄砲を利用してるだけでベースはサバゲーだろ? だからFPSとか、そういうゲームに精通してる千景の知識は重要だと思ってな」

 

「それは……」

 

 必要なのは明確な理由だ。彼女が自らの意思で身につけた技術を具体的に肯定する、それを繰り返すことで彼女自身がそれを肯定できるようにしてやる。

 彼女の自己否定感が他人が原因であるならば、肯定感を生み出してやれるのもきっと他者だけだ。

 だから彼女の背を押し続けなければいけない。……彼女は、自分と同じ場所にいていい人間ではないのだから。

 それが長久の考えであり、千景への願いだった。

 

「まぁ現実での戦いにどこまで利用できるのかって話ではあるんだけど……。それでもあるとないとじゃ違う。千景の力を貸して欲しい」

 

 真っ直ぐに、千景の目を見て断言する。

 そんな長久の視線を向けられた千景は、不安そうに視線を揺らす。けれど、おずおずとではあるが長久の頼みに頷いてみせる。

 

「……そこまで言うなら、やってみるわ」

 

 まだ千景の瞳には迷いがある。けれどこうして、周りの人間が肯定し続けてあげれば、きっと。

 そう思いながら長久は笑みを浮かべて、頼んだぞ、と千景に返した。

 

「ねぇねぇ長久くん、私は頼りにしてないの?」

 

「友奈は……ちょっと頭が残念なので……」

 

 酷い、と大げさに驚いてみせる友奈。けれど話が一段落したところで話し始めたあたり、多分、空気を軽くするためなのだと思う。

 勉強はともかく、そういうところを察して動ける彼女はきっと本当は常日頃から色々考えているのだろう。本当の意味で、頭が悪いわけではきっとない。

 だけど、それを察しつつも長久は友奈に憐れみの目を向けた。友奈が作った空気に乗ったのだ。……でもちょっとだけ、勉強に関してだが本音は混じっていた。

 

「よし、それじゃあ本格的に作戦を立てていこうか!」

 

 パン、と手を打ち合わせて一鳴らし。友奈が作った少し軽くなった空気を利用して、完全に一度雰囲気を切り替える。

 ここからは真面目な作戦会議だ。遊びであっても、こういうことは本気でやるから楽しめると長久は思っている。

 折角球子が皆が楽しめるように、と企画したのだ。ならばそれをちゃんと成功させるのが自分の役目だろうと長久は定めていた。

 

「じゃあまずは千景、ゲームとかでこういう地形でのセオリーは?」

 

「高所を取ること……かしらね」

 

 視界の広さ、回避のしやすさ……諸々、有利になる点が多いと千景は言う。あくまで理論上ではあるが、と付け加えてはいたが納得のいく部分も多いためわかる話ではあった。

 

「特に今回は水鉄砲を使う分、高所からだと射程の差が生まれると思う。だからできれば高所をとりたいのだけれど……」

 

 そこで言い淀む千景。それに友奈は首を傾げるが、長久はすぐに千景が詰まった理由を察した。

 故にそうか、と呟いてから確認のために言葉にする。

 

「……球子、だな?」

 

「ええ」

 

 苦々しい顔で肯定する千景に、気持ちはわかると長久は思わず苦笑した。

 今回のフィールドである山は、言ってしまえば球子のフィールドだ。慣れが重要というのは前回の海でのビーチバレーで長久にもよくわかっていた。

 その足場に慣れてるかどうかで、人の動きは数段変わる。そのため今回の試合、初動の早さでは間違いなく相手チームに負けてしまう。つまり、である。

 

「高所有利は相手も同じ。その状況で球子が敵にいる以上……」

 

「機動力で負けて、上から撃たれるのは目に見えてるわね」

 

 だよなぁ、と大きく溜息を吐く。やはり、敵に球子がいるというのが厄介だった。

 加えて、相手には杏もいるため、ある程度こちらの作戦は見抜かれるだろう、というのも考慮しなければならない。

 そうなれば初動で高所を取りに行く、というのはかなり危険な賭けに思えた。

 

「一応、高所の相手に勝つ術がないわけじゃないけれど……。元戦力で負けてる以上、かなり難しい話になるわね」

 

 こうまで言われれば、流石に初動高所取りは諦めざるを得ない。かと言って現状では代案も思いつかない。

 どうしたものか、長久はしばし考え……そしてふと、思いついたことを千景に問う。

 

「だったら……こういう場所でのセオリーじゃなくて、自分たちより強い相手と戦う時のセオリーってあるか?」

 

 それを聞いてハッとした顔の後、考え込む千景。行き詰まった時、考え方を変えるのは大事だ。

 何か、強者を相手にするにあたってのセオリーがあれば、作戦も思いつくかもしれない。

 長久は千景が可能性を提示してくれるのを期待しながら、考え込む彼女を見つめた。

 

「セオリーというか、当たり前の話になるけど……大丈夫かしら?」

 

 充分である。今は何もヒントがない状況だ。少しでも新しいアイデアが欲しい。

 長久は構わない、そう告げて千景に続きを促す。

 

「格上相手だと、どう足掻いても正攻法で戦っても勝てないわ。だから、方法は二つ」

 

 指を立てて示されたのは二という数字。一つでもあれば御の字という状況だったのだ。二つもあるならありがたい。

 一つは、そう言って今度は人差し指だけ立てた千景が言う。

 

「奇策を使う。予想外の状況に追い込んで、相手が戸惑っているうちに倒す」

 

 なるほど、と長久と友奈が頷く。そもそも相手が実力を発揮する前に倒すということか。

 それならば確かに戦力差はひっくり返せる。ただそもそもそんな簡単に奇策が思いつくか、本当にその相手が驚いている間に倒し切れるか、様々な問題がある。

 即断でそれを採用できるほどの案ではない。故に長久はもう一つの方法について問う。

 

「もう一つは……所謂ハメ技を使うこと」

 

 ハメ技、それは一撃入れば相手の体力がなくなるまで無限にコンボを続けられる技などを指す言葉だ。

 確かにそれなら一撃でもいれればいいのだから、格上にも勝てるだろう。しかし今回はそもそも一撃で脱落になるルールだ、不利なフィールドで使えるハメ技など、現実に都合よくあるだろうか……?

 

 長久は少しだけ、考え込む。作戦会議に使える時間は限られている、あまり長い間それに費やすことはできない。

 このチームのリーダーは長久だ。作戦は長久が決めなければならない。

 友奈は作戦立案という点ではあまり期待できないし、千景は参謀とは言ったものの、人を動かす能力が高いわけじゃない。

 このメンバーで最終的な作戦を定めるのは、長久にしかできないのだ。

 

 ……だから、思索から帰ってきた長久は、少しだけ迷いながら二人へと告げた。




そんなわけで結局山遊び編三話構成になりました、夏休み回が長引いてるが許せ。

最近、コラボ先が連載中の二作のうちコラボに関係ない方を完結させて、コラボする方の作品に注力し始めたので、ちょっと焦りを覚えてます。
更新……更新しなきゃ……。


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十九頁目.日々の暮らし:山遊びⅢ

「ふぅ……」

 

 振り分けられたコテージの部屋で一息つく。海に続いて、今日は実に疲れる一日だったと長久は振り返った。

 

 結局、試合自体は敗北で終わっていた。千景を木の上に待機させ、長久と友奈で囮。頭上からの奇襲をすることで打開を図ったのだが……長久たちは球子を警戒し過ぎていたのだ。

 奇襲から三人で球子に集中攻撃したまでは良かったが、それを利用され残った若葉と杏に隙を突かれて負けてしまった。どうやら元々、あえて球子を囮に使う作戦だったらしい。まんまと引っかかってしまった長久たちだった。

 

「でも……まぁ、楽しかった」

 

 最初の試合も、その後メンバーを入れ替えてやった試合も。午前中の山登りだって、全部含めて……長久は楽しかったという感想を抱いていた。

 ……そして、自然とそんな感想を抱いていた自分に愕然とした。

 

 ――楽しんでいた? 自分が?

 

 長久は驚きのあまり、固まっていた。長久にとって自分は生きている価値のない人間だ。だが何も成さずに死ぬなど、生き延びた以上許されないから生きているだけなのだ。

 だから、長久は自らが何かを楽しむなどあってはならないと常日頃から思っており……けれど、最近はそれを忘れていることが多かった。

 思い返してみればどうだ、日々を楽しむなど許されない、そう自制していた時がどれだけあった? 長久は自らへと問いかける。

 勇者たちと対等に楽しむなど許されない、そう思いながらも……長久は、最近勇者たちと過ごす時間はほとんど、その時間を楽しんでいたように思う。

 

「……クソが」

 

 思わず、悪態が口から漏れる。長久は苛立ちから頭痛がしだし……吐き気すら覚え始めていた。

 いつからだろうか、自制を忘れしまったのは。……いいや、そもそも自制が必要な段階でダメなのだ。自制がいるということは、楽しみそうになっているのだから。

 何故そんなことになってしまったのか。長久は勇者たちと過ごしてきた日々を振り返り……ふと、気づいた。

 

「……は、はは……」

 

 それは、簡単な話だった。長久は勇者と対等に日々を過ごし、それを楽しむなど許されないとそう意識してきた。

 けれど勇者たちと共に過ごし、時間を重ねる中で……長久は自覚せずに勇者たちへ向ける目が変わってしまっていたのだ。

 勇者ではなく、普通の少女として。気づけば彼女たちのことをそんな風に見ていたのだ。

 

「マジかよ……」

 

 自覚してなかった予想外の事実に、長久は頭を抱える。勇者たちをただの少女として見るなんて。

 そんなの許されない、許されるわけがない。お前は何様だ――そう、長久は自らを罵ろうとして。

 だけどそれが本当に正しいのかと、頭の冷静な部分が囁いた。

 

 普通の少女のように見えたというのなら、それは彼女たち自身がそうありたいと望んだからではないかと、長久はそんな疑問を抱いたのだ。

 ならば普通の少女として彼女たちを見るのがきっと正しいことで。だけど、自分なんかが彼女たちを勇者としてではなく、普通の少女として見ていいのかと――

 

 ……ふらりと、長久はベランダへと出る。ヒートアップしていき、複雑化していく思考。

 一度頭を冷やすべきだと、長久は夜風を身体に浴びる。そのまま、満天の星空を見上げた。

 それから、今度はゆっくりと。思考が絡まらないように、過去の記憶を漁っていく。

 

 今日の試合中……いいや、もっと前。山登りの時。海に行った時も、彼女たちは笑顔だった。

 皆楽しそうに……まるで普通の女の子のように、毎日を全力で楽しんでいた。

 

「いいや、そうじゃない」

 

 首を振る。まるでじゃないのだ。それは今まで気づいていなかっただけ。あるいは、見ないようにしていたこと。

 

「皆……皆、普通の子なんだ」

 

 確かめるように、刻むように、呟く。決して忘れてはいけないことだから。目を逸らしちゃいけないことだから。

 勇者は、ヒーローはいる。だけどそれはただ選ばれてしまっただけで……決して彼女たち自身が選んだ道じゃない。

 その上で勇者であることを受け入れた彼女たちはきっと美しい心の持ち主なのだろう。

 だけど。だからこそ。忘れてはいけないのだ、彼女たちが普通の少女であることを。

 

 ――なら、そんな彼女たちに全てを押し付けた大社は? そして自分は? それは、本当に正しい行いなのか……?

 

 彼女たちに頼らなければ、人々は滅ぶ。だからそれは、仕方のないことなのかもしれない。

 本当に? 仕方のないことで済ませていいのか?

 いいわけがない。それでいいわけがないのだ。だけど、現実としてそれを受け入れなければならない。

 人々が生き延びるために、彼女たちを少女ではなく……勇者として、定めなければならない。

 

「あ、長久くん!」

 

 一人、長久が思いに耽っていると隣のベランダから声がかけられる。声がした方に目を向ければ、手を振る友奈とそれに連れられるようにベランダへ出てきた千景の姿があった。

 先ほどまで考えていたことがことなため、長久は一瞬言葉に詰まってしまう。けれどそれから慌てて取り繕うように、よう、と簡素な言葉を返した。

 

「長久くんも星を見に?」

 

「あー……まぁそんなとこ」

 

 苦笑いしながら、肩を竦める。星を見ながら物思いに耽っていたのだから嘘は言っていない。

 ……正直な話をすれば、長久は友奈たちにどう接すればいいのかがわからなくなっていた。

 勇者として彼女たちを見ればいいのか、同年代の少女として見ればいいのか。

 どちらにしたって彼女たちへの対応が変わるわけじゃない。勇者であっても、普通の少女であっても、自分のような存在が触れていいとは思えないからだ。

 だけど自分は彼女たちの力にならなければならない。あの日、千景と約束したから。誇れる自分になるために、今の自分ができることはきっと彼女たちの力になることだから。

 償って、そしていつか胸を張れるようになるために。自分自身を信じることはできないけど、千景との約束のためになら。

 だけど、どうやって力になればいいのか。それは、彼女たちがどうありたいかがわからなければ、きっと見出すことができない。

 

「……なぁ、二人はさ、怖くないのか?」

 

 だから長久は二人へと問いかける。勇者たちをどう見ればいいのか、自分では正しい答えを見出せるとは思えない。

 だったら、彼女たちに聞いてしまえばいい。彼女たちは、勇者として立ち向かっているのか。それとも。

 

「大社に言われて、勇者になって。化物と戦うことになって……それで、二人は怖くないのか? どうして戦えるんだ?」

 

「えっと……」

 

 いきなりの問いに、友奈と千景が戸惑ったように顔を見合わせる。一瞬、その姿を見てなんでもないと誤魔化そうとしたが、それでは意味がないと長久は思いとどまった。

 それから、長久は真剣な眼差しで二人を見る。そんな長久の姿に二人もそれが大事な質問だと分かったのか、悩む仕草を見せた。

 ……時間にして、数秒ほど。自分の中で言葉がまとまっていないのか、友奈が喋りながら手探りで言葉を選ぶように喋る。

 

「……私は、怖いかな」

 

 ああ、やはりそうなのだと。長久はそんな答えが返ってくると、どこか察していた。だから違和感なく、友奈の言葉を受け入れていく。

 

「本当は戦いたくなんてない。誰かが傷つく姿なんて、見たくないから」

 

 そこで目を伏せた友奈は、だけど、と言って首を振る。そして次に長久へと向けられた瞳には、確かな強い意志が宿っていた。

 

「だけどそれ以上に、皆で過ごす日常を失ってしまうのが怖いから。大切な今を失くしたくないから……私は戦うって、決めたんだ」

 

 真っ直ぐと、そう言い切る友奈。その答えは勇者らしいものじゃない。世界のためなんて高尚なものじゃない。

 

「……そう、ね。私も、高嶋さんとこうして過ごす日常を失うのは怖いわ」

 

 照れ臭そうにそう言った千景に、友奈が嬉しそうに抱き着く。やっぱり、そんな姿はどこまでも年頃の少女らしいもので。

 彼女たちは、決して勇者として戦っているわけではないのだと、長久は理解した。

 

 誰かを守りたい、誰にも死んでほしくない。そんな想いがないわけではないのだろう。けれど、彼女たちにとって一番大切なのはそこではなくて。

 きっと、身近にある自分たちの日常、それがとても幸せで、大切で。かけがえのないものだから失いたくないと、そう思っていて。

 だからこそ、きっと誰もが大切な日常を失いたくないであろうと分かるから、彼女たちは戦うことを選んだのだろう。

 それは、多分誰もを救おうとするヒーローの在り方なんかじゃなくて。ただ、ささやかな幸せを尊いと思える、心優しい少女たちの暖かな願い。

 

「……そっか」

 

 ならば、答えは出た。彼女たちが少女として戦うのであれば。長久だけは彼女たちが普通の少女だったということを覚えておこう。

 例え大社や世間が彼女たちを勇者として崇めようとも、自分だけは彼女たちを普通の少女として見つめ続けよう。

 それがきっと、約束を果たすために今、自分自身が許せる範囲での精一杯。

 だから覚えていよう、彼女たちが笑っている今を。きっとそれが、自分が今も無様に生き続けている意味だ。

 

「長久くん?」

 

「……なんでもないよ」

 

 どうかしたのかと、顔を覗き込んでくる友奈に首を振って答える。それから話を逸らすように、長久はそっと星空を見上げながら口を開いた。

 

「前にさ、千景と話をしたんだ」

 

 長久が思い出すのは千景に自らの歪みを打ち明けたあの日。あの日もこうして星空を見上げながら、約束をしたのだ。

 

「この星空は神樹様が作り出したもので本物じゃない」

 

 だからさ、約束をしようと、長久は言う。千景と星空の下、約束をしたように。今度は千景と友奈に、長久は約束しようとしていた。

 それは彼女たちを普通の少女であったことを忘れないように、約束という形で自らに刻もうとした選択だった。

 

「……全部終わったら、皆で星を見よう。偽物じゃない、本物の星空を」

 

 それはありふれた日常の形。さして珍しくもない、普通の少年少女が過ごすような日常。

 それをいつか、本物の空を取り戻して、胸を張れるような自分になれたら。普通の友達として、一緒の思い出を作ろうと長久は言う。

 

「……うん、いいね! きっと素敵な思い出になるよ!」

 

「あまり星に興味はないけれど。……でも、そうね。きっと偶にはそういうのも素敵だと思うわ」

 

 こうして約束は結ばれた。全員生き延びた平和な世界で。何のしがらみもなく、皆笑っていられる普通の日常を望んで。

 そんなものを望む資格が自分にあるのかと長久は思う。だけど、彼女たちとの約束のためだったら許される気がした。

 だから長久は今、自分にできる精一杯を自らに誓うのだった。




まぁなんやかんやで日々を重ねる中で長久くんも変わっていってるのよね。
徐々にとはいえ改善はしてる。

そんなわけでいつもより早めの更新です。
現状のコラボ先の更新ペースを考えると、とりあえず今は週一ぐらいで更新しとりゃどうにかなるやろみたいな気分。


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二十頁目.日々の暮らし:目指すもの

俺だけじゃなかった。

彼女たちをちゃんと見ている人はいる。

仲間はいたんだ。

だから俺も頑張ろう。

彼のようになれるように。

……初めて、他になりたい姿を

見つけられたかもしれない。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

うおおおおぉぉぉぉ! 俺の夏休みはどこだァ!!

 

悲しいね、俺たちに夏休みなんかないよ……

 

おかしい……お盆休みすらなく気づけば九月なのは何故……?

 

 今日はまた、一段と騒がしい。

 九月頭、今月最初の研究部への出勤早々に長久は呆れの溜息を吐いた。どうやら、長久以外の研究部の面々にはお盆休みすらなかったらしい。

 ……これ、下手に口を挟むと休みのあった自分は変に絡まれるな。そう察した長久はなるべく気配を消して、自分のデスクへと向かう。

 

「お、長久おはよう」

 

「おはようございます、先輩」

 

 デスクに着くと同時、隣のデスクの先輩に挨拶され、条件反射で挨拶を返す。それから休み関係で文句を言われるのでは、と一瞬ビクついて、実際は先輩は呆れた目で騒ぐ連中を見ていたため長久は安堵の溜息を吐いた。

 

「知ってるか? あそこで騒いでるあいつら、ノルマ達成出来てないから休みなかったんだぜ」

 

「ああ、そういう……」

 

 要するに自業自得である。長久はじゃあ罪悪感も何もないな、と騒いでる研究部の一部面々を冷めた目で見た。

 そんな長久の視線に気づいてしまったのか、休み無し組がグリンと音を立てて長久の方を見る。

 あまりの恐怖映像にひぇっ、と声を漏らして硬直したのがいけなかった。その一瞬で休み無し組は長久との距離を詰めていた。なんだその早さ。

 

長久はいいよなぁ……女の子と海に山遊び……?

 

神樹様は不公平だ……クソ……クソ神樹……

 

どうじでなんだよおおぉお!!

 

 怨嗟が凄い。神樹に対してまで文句を言い始めたあたり末期なのが長久にも分かった。やっぱり自業自得なので可哀想とは思わなかったが。

 幽鬼のような足取りで去っていく休み無し組に若干恐怖の目を向けながら見送る。それから、そこまで絡まれずに済んだことに一息吐いてから、隣の先輩に気になったことを長久は問う。

 

「……にしても、ここの人達って良くも悪くも大社の人間らしくないですよね」

 

「ん?」

 

 長久のその言葉だけでは意味を拾いきれなかったのか、先輩が視線でもう少し詳しくと問いかけてくる。

 それに長久はいや、とひとつ言葉を置いてから何を思ってその言葉を口にしたのか話す。

 

「なんて言うか、神樹様への信仰の仕方が独特というか。他の部署の人達とは全然違うよなー、と」

 

 ああ、そういうことか、そう言って先輩は泣きながらデスクに着く休み無し組を見る。

 まぁ確かに、長久がそんな疑問を抱いたのは彼らが原因だ。なんというか……他の大社職員が堅苦しいのに対し、ここの人達は緩すぎるというか。いまいち、神樹への信仰が感じ取れない……というのが長久の感想だった。

 

「まぁそうだな……そもそも、この研究部に関しちゃ大社内でも成り立ちが特殊でな」

 

 そう言って椅子へと寄りかかりながら、先輩はざっとこの研究部の成り立ちについて話し出す。

 

「元々、大社って組織は存在してたんだよ。そんで、ある時巫女さんが神託を得たことで、今の大社へと変化してった」

 

「おう、オメーここでタバコ吸おうとすんじゃねぇよ」

 

「っと、こいつぁ失礼。手癖でついな」

 

 説明しながら自然とタバコを吸おうとした先輩を、偶然通りがかった同僚が頭を引っぱたいて止める。

 止められた先輩はそれでも口元が寂しいのか、カラカラと笑いながらタバコの代わりに棒付き飴を口に入れて、話を続ける。

 

「その流れの中で、大社は化け物どもへ対抗する力として勇者が現れたのを知る」

 

 まぁ長久たちが保護された日の話だな、と先輩が長久の頭を撫でててくる。

 この歳にもなると気恥ずかしくてつい、長久はその手を払ったが……まぁ、実は悪い気分ではなかった。

 長久自身の負い目もあって、丸亀城に来てから両親とはほとんど顔を合わせていない。そのため寂しさもあったのかもしれない。

 近々、会いに行こうか。そんなことを思いながら長久は先輩の言葉に耳を傾ける。

 

「ただ如何せん、勇者の数が少な過ぎた。これじゃあ戦力的に心許ない。そんなわけで立ち上げられたのがこの部署だ」

 

 とんとん、と先輩がデスクを指先で叩く。長久はなるほど、この部署は最近できたばっかりだったのか、と納得する反面、その話がどう長久の疑問に繋がるのかが分からない。

 そんな長久の姿から思っていることを察したのか、まぁ焦るなと先輩が制してくる。

 

「この部署を立ち上げるにあたって、必要になったのは呪術と科学のノウハウだった。最初は呪術だけでやろうとしたが、足りんかったらしくてな」

 

 その話は長久も知っている。勇者システムの開発に関わった際に、データは全てに一度目を通している。

 その際に呪術のみで研究してた時のデータは閲覧していた。……とはいえ、機械を用いていないため曖昧なところの多いデータではあったが。

 

「それで、外部から科学者を招いたわけだ。ついでに、大社内の人間だけじゃキツかったから外部の呪術の専門家もな」

 

 そこまで説明されて、長久はようやく話の意図が見えてきた。

 つまり、長久はそう言葉を置いてから先輩が言おうとしていたことを先取りする。

 

「外部から招いた人がほとんどだから、神樹様への信仰が根付いてない?」

 

「That's Right! 研究部には元々大社にいたやつはほんの数人しかいないんだわ」

 

 パチンと指を鳴らして先輩は長久の言葉を肯定する。

 

「神樹サマがオレ達を助けてくれているのは分かるし、その力が大きいのも理解している」

 

 けれど。先輩は神樹の偉大さを表現するように大きな身振り手振りで言うが、直後、自分のことを指差す。

 

「それはいつか、オレ達が解決してみせる。食料も、空気も。全部オレ達がどうにかしてやる」

 

 つまり。今は信仰が必要だから研究部の面々はそうしているだけ、という話だ。

 必要でなくなれば信仰はしないし、むしろ自分たちが必要なくしてやる。それが科学者、ということらしい。

 

「そうさ、いつだって科学によって神秘は現象へと引きずり下ろされてきた。今回だって変わらない」

 

 人間は人間だけで生きていけるのだと、先輩は拳を握る。その横顔は一瞬、息を呑んでしまうほどに真剣だった。

 そしてそれは……長久には少し、眩しかった。ひたむきな思い。それは悩みながら一歩ずつ進む、今の長久には存在しないものだ。

 だから先輩は長久には眩しくて…だからこそ、とても憧れた。

 その考え方にではなく。そう思える、心の在り方にどうしようもなく、憧れたのだ。

 

「……ま、ってなわけで、オレみたいなのが多くてな。研究部の連中は神樹サマへの信仰がちょいと変わってるのさ」

 

 ぱっ、と擬音が付きそうなほどに、瞬時に先輩の表情が切り替わる。真剣なものから、いつものちょっとやる気のなさそうな顔へ。

 さっきまでのそれは幻だったのではないか。そう疑ってしまいそうな程の早変わりであったが、脳裏に焼き付いた情景が事実だと告げている。

 きっと、この人は自分が思っているよりも色々考えてる、長久はそう先輩への認識を新たにした。

 

「呪術師出身も、それはそれで神様やら呪術に関して詳しすぎるらしくてなぁ。素直に信仰するのは嫌なんだと」

 

 はぁ、と肩を竦める先輩に応じて、チラリと呪術方面出身の女性職員を見る。

 折り紙の動物たちを机の上で踊らせていた。ふふふ、と暗い目をしながら笑っている。

 ……見なかったことにしよう。

 

「……さって! 神樹サマへの信仰についてはわかったか?」

 

「まぁ……」

 

「それじゃあ今日の業務に入ろうか!」

 

 そう言って立ち上がる先輩に、思わずえっ、と声を漏らす。

 研究部では長久は基本的に自由に仕事をやっている。期日中にタスクを消化さえすれば、手を付ける順番も、個人的なことをしていようと許される。

 長久がまだまだこの分野では素人であり、学生だからこその扱いだ。要するに勉強する時間を貰っているのである。

 

「何だ、予定でもあったのか?」

 

 ただ今回はそれが仇になった。長久は今日、完全に個人的な作業をするつもりだった。

 とはいえ優先順位は当然、仕事だ。特にわざわざ先輩付き添いでご指名が入ったのであれば、個人的な作業など後回しにせざるを得ない。

 いえ、別日に回せますよ。そう言って長久は先輩に倣い、席を立つ。

 

「ま、悪いけどそうしてくれ」

 

 そして先輩も仕事が最優先と分かっているので、長久に気を使うことはない。立ち上がった長久を確認し、移動を開始する。

 どこへ行くのだろう、長久は首を傾げる。基本的に、研究部において長久の担当はソフト側だ。ハードに関して関わることは少ない。

 今手を付けてる案件では、まだハード面と関わる段階ではないというのが長久の見解であり、移動しての仕事となると何をやらされるのか全く見当がつかない状態だった。

 そんな長久の疑問を様子からくみ取ったのか、はたまたただタイミング良かっただけか。ともあれ、先輩がこれから向かう先と、目的について話し出す。

 

「実は四国以外の生存エリアを発見してな」

 

 それは……。長久は言い淀む。もし事実だとしたら大きい情報だ。何か別の、抗う術に期待できる。

 しかし同時、長久はそれを信じることができないでいた。長久は直接ではないが結界の外を見ている。

 あの時見た滅びた世界。跋扈する化物たち。本当に人間が生きているのか、生きていられる世界なのか。

 

「短い時間だが通信が繋がったんだ、確かに言葉を交わした記録が残ってる」

 

 険しい顔をする長久に対し、先輩はより詳しい情報を伝えてくる。それなら、まぁ。長久は一応信頼することにした。

 

「連絡が取れたのは三箇所。一つは長野。ここは距離もあってかそれなりにやり取りができた」

 

 長野。県単位での生存。四国は神樹という存在によって生存していることを考慮すると、確かにありえそうな話ではある。

 神樹のような存在がそうそういるわけもなし。人数が四国ほどじゃないのであれば、何らかの手法で生き延びているのもまぁ不思議ではないだろうと長久は納得を示す。

 

「それから北海道と沖縄。ただこの二箇所に関しては、一瞬繋がるのが何度かあっただけで、明確に言葉は交わせてない」

 

 生存者がそれなりにいる、というのは分かったんだが。先輩が続けた言葉に、あくまで偶然連絡が取れたというだけなのだと理解する。

 とはいえ、どちらもどういう手段を以て生き延びているのかは気になるところだ。できることならどうにか通信を安定させ、生存できた理由など情報交換したいところであるが。

 そこまで考えて長久は今回の仕事の内容を察した。わざわざ移動し始めた時にこの話をし出した、ということは無関係のわけがないのだ。つまり、である。

 

「今回の仕事って、通信環境の整備ってことです?」

 

「正解。どんなもんを作るか、オレたちの方にはどんな作業があるのか……ま、要するに仕様を決めようって話だ」

 

 なるほど、先輩の言葉から状況を理解した長久であったが、けれど同時に長久は首を傾げる。

 今まで長久はそういう場に呼ばれることはなかった。研究部の中では最も知識が少ないのが長久だ、その扱いは当然と言えた。

 だからこそ、ここに来て急に呼ばれるというのは何事か。長久は先輩へと目線で問いかける。

 

「別に、大した話じゃないぞ。いつかお前もやることになるんだから、経験としてあった方がいいって話」

 

 このまま研究部にいれば、そういう仕事も任される。そう言う先輩は笑みを浮かべて長久を見る。

 期待されている……ということでいいのだろうか。長久は自信のなさから、少し、その言葉の意図を素直に捉えることができなかった。

 それに先輩は特に言葉を返すことはなく、けれど苦笑しながら長久の頭を軽く撫でる。

 ……やっぱり気恥ずかしい。長久は条件反射でその手を払った。

 

「……あ、そういえば先輩、一つ相談なんですけど」

 

 若干の気まずさから話を逸らすように、長久は先輩へと相談を持ち掛ける。

 先輩は歩く速度を調整して、長久の横へと並びながら視線で続きを促してくる。

 

「えっと、今こういうの作ろうと思ってるんですけど」

 

「――――――」

 

 構想段階でしかない、未だメモとしか言えないそれをスマートフォンの画面に表示して先輩に見せる。

 軽い気持ちで見せたそれ。実現可能かどうか、何かアドバイスはないか。その程度の気持ちで見せたものだったが。

 予想外なことに先輩はそれを見た途端、目を見開いて動きを止めてしまう。

 

「先輩……?」

 

 訝し気に先輩の顔を覗き込む長久。それに対し先輩は何かを思案するように目を細めた後、腕時計で時間を確認してから、こっちへ来いと長久を引っ張っていく。

 ……そうして辿り着いた先は休憩所。喫煙所も兼ねたそこで煙草を吸いだした先輩は、ふぅと大きく煙を吐き出した後、こいつを見ろと長久に言ってくる。

 こいつ、とはどれのことか。長久が戸惑っていると、ポン、とスマートフォンに通知が届く。確認してみれば、それは先輩から送信された何かのファイルだった。

 

「……!」

 

 何事だろうか、疑問に思いながらファイルを開き……長久は驚いた。

 それは、設計図だった。そう、先ほど先輩にも見せた、()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 細部は……違う。そも、長久はまだ設計の段階にも至っていないので比べるのも間違いだとは思うのだが。その上で長久が予定しているものと比較して、細かい設計は違っている。

 しかしその目的は間違いなく合致している。そうだ、これは――。

 

「それは、オレを含めた研究部の一部連中で設計したものだ」

 

 長久は首を傾げる。こんなもの、研究部の仕事にはなかったはずだ。

 ならば、勝手に作っているということだろうか。それも研究部のメンバー複数人で?

 

「……長久はどうも、勇者に対して信仰みたいなもんがありそうだし、あんまり巻き込みたくないから黙ってたんだがな」

 

「それは……」

 

 ……否定しきれない、事実だった。あの日、彼女たちもまた普通の少女であると理解し受け入れるまで、確かに長久は勇者という存在を神聖視していたところはあっただろう。

 だから、少し前の自分だったらこんなものは考えもしなかっただろう。先輩の言ってることは、間違ってない。

 

「だけどまぁ……お前自身、作ろうとしてたなら話は別だ」

 

 興味深いアイデアもあったしな、そう言って先輩は天井見上げる。

 それから、何かを思案するようにしばらく黙った先輩は、ぽつりと、言葉を漏らす。

 

「……オレはまだ、納得してない」

 

 長久に対して語っているわけではない。自分の中で言葉を整理するように、先輩は言葉を発していく。

 

「ガキどもに世界の命運任せて、オレたち大人が安全な場所で見てるだけだなんて……ンなもん絶対に納得なんてしねェ」

 

 それは、彼の在り方。大人としての、内に秘めていた激情。

 

「仕方ないじゃねェンだ。そうするしかない。分かるさ、他に手はないのは」

 

 だけど、だけどだ。拳を握り締め、溜まっていたものを吐き出すように言う。

 

「諦めていいわけじゃねェ。オレたちは技術者だ。どうにかするのが、オレたちの仕事だ。だから」

 

 だから――。先輩は真っ直ぐに、力強く長久を見て。覚悟を以てそれを口にする。

 

「オレたちで作るぞ、長久。勇者以外でも使える、勇者システムを――」




クロスレイズ買って、ライブ行って、研究やってしてたら一ヶ月経ってたよ。
ちなみにコミケ行ったりしてるから年内最後の更新だよ。

そんなわけで実は内容は先月の段階でほとんど決まっていた大社の研究部のお話。アウトプットをやらなかっただけ。
作者は諸事情で格好いい大人が大好物です。

次の更新は多分来年なので、皆様よいお年を。


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二十一頁目.日々の暮らし:神樹の力を見る目

神樹の力を見ることができた。

痛みもなく、だ。

さらにひなたとも改めて仲良くなれた。

良いこと尽くめの日だった。

日だった、はずなのに。

どうにも釈然としない。

釈然としないのだ……!

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年九月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 丸亀城敷地内。芝生の上で長久は横になり、空を見上げながらうめき声を上げていた。

 

「うーん……うーん?」

 

 なるほど、分からん。そして長久は大きく頷いた。

 

 先輩たちと一般人でも使える勇者システム――仮称、擬似勇者システムを作ることになってしばらく。長久は自らの担当の部分で躓いていた。

 長久の担当。それは長久が作ろうとしていた擬似勇者システムと、先輩たちが作ろうとしていた擬似勇者システムの違いが由来だった。

 

 先輩たちが想定していたのは、ある程度神樹の力をコントロールできる勇者たちに力を供給してもらい、最終的に勇者たちには供給だけを担当させ、前線に立つのは擬似勇者システムの使い手だけにするというもの。

 とはいえ、この手法では戦闘中に神樹の力が切れた際にも補給するために、勇者たちも戦場に出さなければならない。

 神樹の力は敵にダメージを通すために必須のため、どうしても勇者の協力は必要だから先輩たちが出した苦肉の策だそうだ。本当は高校生のガキ共なんか戦いに一切関わらせたくないんだが、とは先輩の談。

 

 それに対し、長久が想定していたのは神樹の力をケースに収めそれを消費することで自力で力を供給するという形。これなら、一々現場で勇者たちに供給してもらうことなく、ストックがある限りは使用者が自由に力を使うことが出来る。

 まず、神樹の力をキープする術に関しては勇者システムを作成する際に、その服の作成である程度技術が確立している。あとはそれを応用するだけだ。

 そうなると問題はどうやってそもそも神樹の力を集めるかだ。あとはケースから解放した神樹の力をどうやって使用可能な状態にするか、である。

 いずれにしても、神樹の力をコントロールする方法が必要になってくる。

 

 ケースから解放した神樹の力をロスなく使用する方法に関しては……おそらくどうにかできると長久は考えている。

 勇者たちの戦闘服は神樹の力を常に循環させることで霧散させずにキープし、勇者たちの体内に取り込ませずに防御力を生み出している。

 神樹の力を通しやすい素材はわかっているのだ。だから神樹の力を通し難い素材で囲み、一箇所だけ通しやすい素材で逃げ道を作ってやれば……。

 と、長久は考えているが実際に実験をしてみなければどうなるかはわからない。一応、研究部の人たちからもそれならいけるかもしれない、と言われてはいるので大丈夫だとは思うのだが。

 

 だからまぁ、今一番の問題はそもそもどうやってケースの中に神樹の力を集めるかになる。勇者たちに集めてもらうのでもいいのだが、それができない状況も想定してやはりどうにか勇者なしで集める方法も確立しておきたい。

 おそらく、人の手で集めることは難しい。勇者ですらその武器を媒介にしてどうにか神樹の力をある程度コントロールしている状態だ、普通の人間がどうにかできるとは思わない方がいい。

 

「……となると、自然に神樹の力を集めるものを探さなきゃいけない、か」

 

 長久は目を閉じ、そっと自らの瞼に触れる。

 普段は使っていないが、長久は神樹の力を視覚的に捉えることができる。四国が神樹によって守られ、世界中が神樹の力で満たされるようになってからは負荷が強くて使っていない力だ。

 情報量が多すぎるのだ、世界のほとんどに干渉している力が見えるとか、見えたとしても処理できるわけがない。

 

 ……しかし、である。神樹の力を自然に集める物、なんて探すのであればその力を使わなければ不可能だ。

 いいや、一応、他に手段はある。それ用の計器を用いればいいのだ。勇者の衣装を作った際に使ったそれは、研究部の備品として存在している。

 だがこれはあくまで研究部の一部の人間が勝手にやっていることである。何か適当な理由を付けて借りるとしても……そう長時間は使えないだろう。

 検討もついてない現状では虱潰しに調べてみるしかなく、長時間借りられない今だとそれはできない。ある程度候補を絞り込むことは必須だった。

 

「目も、頭も痛いから嫌なんだけどなぁ……」

 

 そもそも。長久のその能力は母親が高すぎる巫女としての才能を持っていたために、勇者や覡としての才能を一切持たないはずの長久に無理矢理遺伝してしまった結果発生した力だ。

 歪んで遺伝した適性もない力を使ったとして、その人間に反動がないわけがない。むしろ、まだ世界に存在する神樹の力が少ない段階とはいえ、普通に観測できた時期のある長久がおかしいのだ。

 

 精度を調整して、低感度で見れば大丈夫か……? 長久はそう思うも、それでは大まかにしか力の流れを観測できず、何が神樹の力を集めているかまでは判断することができないと首を振る。

 目的を達成するためには感度を高め、力の流れをはっきりと観測しなければならない。痛むのを覚悟で、数秒だけ見る――それで確認しきれるかどうかは怪しいが、長時間の観測が不可能な以上、そうするしかない。

 

 無理にこの仕様を擬似勇者システムに積む必要はない。なしでも運用はできるのだ。

 しかしこれが実装できれば勇者に一切依存しないシステムが作れるかもしれないのだ。長久のアイデアを聞き、実装可能かを検討した先輩がそう言っていたのを覚えている。

 勇者に依存しない、というのは長久としても実現したい要項だ。多少の無理はしてでも実現は目指したい。

 

 はぁ、と溜息を一つ。自分が無茶すればどうにかなるのだ、痛いのは嫌だが死ぬわけでもなし――長久は自らをそう言いくるめ、覚悟を決める。

 そうして、神樹の力を見るために、その普段意識的にかけているフィルターを緩めようとし――

 

「あら、長久さん?」

 

「へぁっ?」

 

 突然後ろからかけられた声に、気の抜けた声が漏れた。

 

「……えっと、こんなところで何を?」

 

 声音から誰かを察しつつも、身体を起こして後ろを振り返る。明らかに気を使って、変な声には触れず話しかけてきたのは……ひなただ。

 思わず、長久は顔を顰める。恥ずかしいところを見せてしまった――それだけでは、ない。

 

「まぁ……ちょっと、悩みごと」

 

 ひなたに背を向けつつ、答える。それは若干赤くなった顔を隠すためでもあり、同時にやんわりと拒絶の意思を示すためだった。

 そんな長久の意図を知ってから知らずか。いや、ひなたの場合理解した上でやっているのだろう。そう思いながら長久は隣へと座ってきたひなたをジト目で見る。

 

「どうかしましたか?」

 

「……いや、別に」

 

 言わないならばいい。問い詰めたところで無駄だろうと、長久は溜息を一つ吐いてからひなたから視線を外した。

 

「溜息を吐いてると幸せが逃げちゃいますよ?」

 

 余計なお世話だ、長久は一瞬そう言いかけて、慌てて口を噤んだ。流石にこれは口が悪い。

 別に長久はひなたのことが嫌いなわけではないのだ。友人としては、普通に好きではある。

 ただどうにも、こうして二人きりになると以前のことを思い出してしまい、苦手意識が中々なくならないのだ。

 

 はぁ、と自己嫌悪からまた溜息一つ。こりゃひなたに注意されても仕方ないと苦笑する。

 実際、人と会って溜息ばっかりなのは失礼だろう。そう思って表情をほぐすように、長久は自らの頬をむにむにと揉む。

 そんな長久の様子を見てクスリ、と笑ったひなたは、ふと思いついたように口を開く。

 

「んー……それなら、長久さん。悩みごととやらを私に相談してみる気はありませんか?」

 

 以前のお詫び、というわけではないですけれど。そう言って苦笑するひなた。

 それは多分、歩み寄りなのだろう。以前の一件は勝手にダメージを受けたこっちが悪いと長久は思っているわけだが。

 ここでこの歩み寄りまで拒否したら、流石に悪過ぎる。別にひなたが嫌いというわけではないし、自分が悪いからと意地を張っても意味がない。

 この場合重要なのは、お詫びが必要かどうかなどではなく、相談しながら事に当たり、それを通して親交を深めることだろう。

 

 そういうことであれば、長久は頷いてみせ、ひなたへと自分の悩み事を告げる。

 とはいえ、研究部の一部メンバーが勝手にやろうとしていることである。あまり大々的に話を広げることはしたくなかった長久は、個人的な悩みのみに絞ってひなたに話をする。

 研究関係で自然に神樹の力を集める物を見つける必要があること。それ用の機材は使用に制限があること。それを発見するために自分の力を使おうとしていること。その際の負荷が大きいこと。

 それらをかいつまんで、言葉をまとめながらのために若干たどたどしくなりながらもひなたへと説明する。

 

 それを聞いたひなたはなるほど、と呟いたのち顎に手をあてて考え込む。

 まぁ長久としては自分の能力を使うのは確定なのだ。あとは痛みに耐える覚悟をするだけ。

 だからひなたとの会話でその覚悟ができればいい、とだけ思っていたのだが。しかしひなたの口から紡がれた言葉は、予想外の言葉だった。

 

「……もしかしたら、長久さんの負荷を軽減できるかもしれません」

 

 確証はないんですけど、自信なさげにそう言うひなたに、長久は驚きから一瞬言葉に詰まる。

 

「っ、本当か? 何かアイデアがあるなら、是非とも教えて欲しいんだが!」

 

 しかし何を言ってるかを咀嚼し終えれば、その有用性から思わず詰め寄るように問いかけてしまう。

 仮に長久の力の負荷を軽減できるのであれば、長久は自由に力を使えるようになる。そうなれば、神樹の力を扱う研究部の仕事の一部は一気に捗ることになるだろう。

 今まで大仰な機械を使っていた作業が、たった一人で済むようになるかもしれないのだ。実現できるならば、是非とも実現したい。

 

 その熱意が伝わったからこそか。ひなたは本当に思いつきでしかないんですけど、と申し訳なさそうに言う。

 しかし長久としてはそれでも充分だ。些細な思いつきが、応用することで別のことに使えることだってある。

 言うだけならタダだから、とひなたを促す。

 

「長久さんの力は、神樹の力を見るものなんですよね?」

 

 そう確認してきたひなたに長久は頷いて返す。そこからしばらく続くのは、長久の能力についての確認だ。

 母親の巫女の才が遺伝して発現したこと。情報量が多いため、目と頭が痛むとされていること。長久自身に巫覡としての才はないこと。過去に症例がないため、原理については全て推察でしかないこと。

 それらの問いに全て長久が頷いて返すと、ひなたはそれなら、と言って自分の考えについて話してくれる。

 

「これは、そもそも大社が出した原理に関する推察が間違いだと仮定したものです。とはいえ、大社側も持っている情報が少ない状況での推察のため、間違っているというのは全くありえないわけではないと思います」

 

 それには長久も同意できる。実際、長久のその能力を測るにあたって、大社の職員たちもかなり困っていたのを覚えている。

 当時は神樹の力を測る計器も、開発段階であったためにかなり苦労していた。

 

「私が立てた仮定はこうです。長久さん自身には神樹の力を受け止める力はない。けれど神樹の力を受け取る巫女としての力が歪んで発現し、見る力が発生している。このことから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないでしょうか?」

 

 受け入れられない力が入ってくることで痛みが発生しているのでは、そうひなたは言葉を続ける。

 それを聞いた長久は、少しの間吟味した後、思わずなるほど、と呟いた。

 

 確かにありえない話ではない。目から意図せずして神樹の力を受信し、その拒絶反応が痛みとなって出ている可能性はある。

 原理としてはありえなくはない話だ。……けれど。

 長久はひなたを見て、疑問を口にする。

 

「それがどう、負荷を軽減することに繋がるんだ?」

 

 そう、そこが分からない。結局は神樹の力という、長久たちにはまだ解明し切れていない力であることに変わりはない。

 痛みを感じるメカニズムの推察が間違っていたとして、何が変わるというのか。長久はひなたへ疑わし気な目線を向けた。

 しかしそれに対し、ひなた胸を張って、自信ありげに言葉を返してくる。

 

「私は巫女です。その役割は神託を受け取ること、すなわち神樹の力を受信することです。だから、長久さんに流れ込んでしまった神樹の力を、私の方に流してしまえばいいんですよ」

 

「……なるほど。で、具体的な手法は?

 

「……それは、まだ思いついてないです……」

 

 なるほど、なるほど。長久は数度頷いたあと、大きく、それは大きく溜息を吐いた。

 何ともまぁ、本当に思いつきだったのだな、と長久はひなたへ向けていた視線を呆れのものへと変えた。

 同時に、こんな人に苦手意識を持っていたのか、と自分にも呆れていた。

 長久は以前突然核心を突かれたため、あっさりと人の心を見透かしてきそうで怖い、なんて思っていたのだが。実際は勢いでアイデアを言う面もある、普通の女の子といった感じだと長久は考え直した。

 

 まぁひなたについてはともかく。ひなたのアイデアに関しては手法が欠けているのが問題なだけで、決して悪いものではない。

 仮定だらけのアイデアではあるが、試してみる価値はあるか――長久がそう考えていると、そんな長久に何を思ったか、慌てたようにひなたが長久の手を掴んでくる。

 

「た、例えばですよ? こうして巫女の私が長久さんの身体に触れた状態でですね。長久さんが力を使うと……」

 

 そんな簡単にできるわけないだろ、一瞬長久はそう思う。しかし何事も実験か、とそう思い直して、一度ひなたに胡乱な目線を向けつつも、その後空へと視線を向ける。

 それから、意識的に普段はかけているフィルターを薄めていき、徐々にその視界が光に満ちていき――

 

「あ、痛くない」

 

「え、嘘でしょう??」

 

 ……と、まぁ何とも締まらない形ではあるが。長久はノーリスクで神樹の力を見れるようになったのだった。




そんなわけで読者には忘れられてそうな長久の能力の話。
まぁ更新遅いし活躍の場がなかったからね、仕方ないね。
ちなみに簡易的にまとめると、

・神樹の力を光として視覚的に捉えられる
・巫覡としての才がないはずの長久に、母親の巫女の能力が歪んで遺伝した結果
・見れるだけで、神樹の力を操るような能力は一切ない
・この力を使うと、目と頭が痛む
・痛む原因は、神樹の力が目から体内に流入しているため(今回のお話)

と、ぐらいかな、重要なのは?

あと現在卒論やってるんで執筆の時間が普通にないです。割とガチめに時間がないです。
卒論終わるんが二月半ばの予定なんで、そこから更新頑張るから許して……。


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二十二頁目.日々の暮らし:模擬戦

どれだけ強くなろうとも。

俺なんかに彼女たちと並び立つ資格などない。

 

大赦書史部・巫女様
勇者御記 二〇二〇年十月

 検 閲 済
白芥子長久記

 


 

 開いた左手を正面へ。腰を落とし、右半身を少し後ろに下げる。模造刀を握った右手は力を抜き、切っ先は地面へ。視線はブレることなく正面の相手――若葉へと。

 ひと呼吸。心を落ち着かせ、集中。意識を切り替える。

 

 ――先に動くのは、長久。

 

 構えたまま、重心を前へ。倒れ込むようにして、しかしその前に一歩を踏み出し前へと進む。

 縮地、そう呼ばれる技術をもって、瞬間的な加速でその間合いを詰める。

 

 刹那、剣閃が走る。

 

 若葉が放った居合の一撃。圧倒的な鋭さを持ったそれを、長久が目で追うことは能わず――。

 しかし、来ると予想することならばできた。若葉なら長久の接近を抑えるための一撃を放つと。

 若葉であれば、簡単には拳の間合いに入らせない。それは若葉の実力に対する信頼故の予想。

 

 だから長久は跳ぶ。一閃が放たれるよりも早く、長久は跳躍し、捻転。横薙ぎのその一撃を長久は身体を捻りながら避ける。

 そこからその捻りを加えた右足での蹴り。不発、鞘で防がれる。しかし長久からすれば上等。

 居合術とはすなわち、抜刀術。鞘から抜き打ちで放たれる、後の先で斬りつける技術である。

 無論、それだけの単純な技術ではないし、若葉もそれだけを極めているわけではない。

 しかし、最も脅威となる長久が対応できない速度の一撃。納刀というアクションを抑えたことで、これを防げたのは大きかった。

 

 防がれた蹴り。反撃しようと刀の握られた若葉の右腕が動こうとする。けれどそれより早く、長久は若葉の防御につま先を引っ掛けるようにして自らの身体を若葉へと寄せる。

 蹴りの間合いから、拳の間合いへ。この距離では若葉は十全に刀を振るうことはできない。対し、長久の武器は模造刀のみではない。

 自らの身体を引き寄せた勢いのまま、長久は左拳を叩きつけるようとする。

 

 だが若葉も居合術を修めた身。刀の間合いを外れた場合の対応を学んでいないわけがない。

 ステップ、長久が引っ掛けたつま先を外すようにして回転。若干後ろへと下がりつつ、更に身を屈めることで高低差を発生させる。

 そうして生まれるのは……上下を利用した擬似的な刀の距離。回転の勢いのまま、下から長久に向けて刀が迫る。

 

 長久は先程回避のために跳躍し、宙にいる。今度は足を引っ掛ける場も無し。回避は容易ではなく――けれど、不可能でもない。

 咄嗟に、長久は迫りくる刀へと左足を下ろす。そうして相手の振るった刀を足場に、若葉を跳び越えるようにしてその一撃を回避した。

 真剣だったらつま先がスパッといってたな――長久は内心冷や汗をかいた。これが模擬戦で、若葉の武器が模造刀だとわかっているからこその無茶な回避法である。

 

 素早く振り返り、再度相対。しかしその頃には若葉は納刀を済ませている。

 上手くやられたな、思わず顔を顰めつつも、長久はどうしたものかと思案する。

 

 くるくると長久は手元で模造刀を回す。

 そうだな――ポツリと、そう呟いた長久は次の瞬間、長久は模造刀を若葉へと投げつけた。

 

 突然の事態に驚く若葉。けれど対応は遅れない。

 即座に刀を抜き放ち、鞘で飛んできた模造刀を弾く。

 刀は繊細な武器である。基本的に打ち合う前提でできてはいない――それは若葉も、そして長久も理解していた。

 だから若葉は一度抜刀した後、鞘で防ぐだろうと長久は確信していた。

 若葉は長久よりのよっぽど長い間鍛錬を重ね、己の得物についてよく理解している。だからこそ、咄嗟に出る防御は刀の耐久性を考慮したものであると長久は踏んでいた。

 

 そして実際、それは長久の読み通りだった。故に、畳み掛けるように、模造刀に続いて今度は長久自身が殴りかかる。

 それに対応して続けざまに鞘で防御体勢に入る若葉。とはいえ、鞘自体も防御に使われる前提で作られてはいない。

 若葉の扱うそれは、本人のスタイルもあって一般的な物よりも多少固めに作られているが、それでもいつまでも持つようなものではない。

 そのため若葉は長久の二撃目からを受け流し始める。鞘で、刀で長久からの攻撃を受け流してみせる。

 下手をすれば余計に負荷がかかるはずだが、そこは若葉だ、論じるまでもない。

 

 一撃、二撃、三撃――長久の放つ攻撃どれもが若葉によって受け流される。むしろ、攻撃を重ねれば重ねるほど精度が上がっているぐらいだ。

 長久の格闘術は友奈から教わったものだ、普段友奈と鍛錬をしている若葉からすれば、リーチの違いこそあれど、基本のリズムを知っているために対処しやすいのだろう。

 このままであれば間違いなく、主導権を奪われる。それを理解した長久は次の手に移る。

 

 左拳は牽制、本命は右での一撃。カウンターが来そうになれば、ステップと共にスイッチ。

 今度は右が牽制、左――はフェイントとして、本命は蹴り。

 リズムを幾度となく切り替え、ペースを奪われないようにしながら位置を調整。

 

 主導権の奪い合いを繰り広げながら長久は待ち続け……目標地点に着いた瞬間、踏み込み。

 渾身の右ストレート。しかしそれは若葉がバックステップしたことで躱される。けれど問題ない。()()()()()()()()()

 

 踏み込みの瞬間、掠めるようにしたことで弾きあげられたそれ――先ほど投げつけた後、地面に転がっていた模造刀を左手でキャッチする。

 そしてそのまま、キャッチした模造刀を振り下ろす。

 

 キィン、と甲高い音が鳴る。

 長久が振り下ろした模造刀を、若葉が咄嗟に模造刀で受け止めた音だ。

 若葉が顔を顰める。本当はそんなことはしたくなかったが、咄嗟にできた防御がそれだけだった、という話だろう。

 よし、と長久は心の内で呟く。若葉へと精神的な圧をかけられている。それは長久が戦う上で重要な要素だ。

 

 だから鍔迫り合いから長久は、蹴りを入れて若葉と距離をとる。

 それと同時、右腕を軽く振るう。キラリ、と握り込んだ長久の右拳の隙間から光が反射する。

 若葉が思わず目を細めた次の瞬間、気づけば長久から四枚のコインが若葉に向かって飛んできていた。

 長久は杏や球子から狙いを定める技術を習っている。故に四枚のコインは問答無用で目というコイン程度でも確実にダメージを与えられる場所へと飛んできている。

 

 ……ギリギリ、といったところで若葉が首を捻ってコインを回避する。しかし、その瞬間には右手に模造刀を握り直した長久が迫ってきている。

 コインを回避した際に、若干ながら若葉は軸がブレている。このままのリズムでいけば、間違いなく長久に押し切られてしまうだろう。

 

 ――だから若葉は、ギアを一つ上げた。

 

 納刀は間に合わない。代わりに刀を腰だめに。抜刀ではないけれど、疑似的に抜刀と同じモーションを再現する。

 居合道は後の先をとる技術。この状況からでも長久を斬り伏せる技術が若葉にはあった。

 振り下ろされる長久の刀。それを若葉は抜き放った刀で流し、弾き上げ、返す刀で長久へと斬りつける。

 

 そして、そう来るだろうと長久は読んでいた。

 

 いいや、正確には読んでいたわけではない。そもそも、この模擬戦では若葉は本気を出さないと定めていたのだ。

 だから今の一撃を返される程の対応が返ってくることはないだろうと睨んでいた。

 けれど、もしかしたら。絶対はないと、長久は念の為一つだけ仕込みがあった。

 

 刀を振り下ろすと同時、長久は左腕を振るっていた。その結果、袖から何かが飛び出す。

 飛び出した勢いを受け、展開されたそれは……小型の折り畳み式の鎌だ。

 戦闘前から仕込んであった鎌。右手の刀が弾きあげられながらも、それを左手で逆手に握った長久は、若葉目がけて鎌を振るい――

 

「――そこまでッ!」

 

 友奈の鋭い声が響く。それを聞いて長久と若葉は互いの首に突き付けた武器を下ろした。

 

「っ、ふぅー……」

 

 大きく息を吐きながら長久は地面に大の字で倒れ込む。終始主導権を掴むようにと意識し続けなければならない格上との戦いは、かなりの消耗を長久に強いていた。

 対し、若葉は軽く息を吐くだけで、そこまで疲労はない。当然と言えば当然、若葉と長久ではあまりにも鍛錬にかけた時間と経験が違う。長久程度で若葉を追い込めるはずもないという話だ。

 

「あー! やっぱ若葉強いわー!」

 

「流石にまだ、負けはしない」

 

 苦笑する若葉はやっぱり余裕そうで、割と本気だった長久としてはちょっとだけ、引っかかるものがある。

 自分なんかが簡単に勇者である若葉に勝てるとは思ってはいないが、それはそれ。男の子として、少しだけプライドあったりもするのだ。

 

「……まぁでも。正直驚きはしたな」

 

「うん、私もびっくりしちゃった!」

 

 そんな長久を見かねたのか、若葉はフォローするかのようなことを言ってくる。そしてそれに同調するように、離れたところで審判をやっていた友奈が近づいてきながら声を上げた。

 しかし長久としては特におかしなことをした記憶もないので、軽く首を傾げてみせると、気づいていないのかと若葉は一つ、溜息を吐いた。

 

「長久、鍛錬を初めてからどれくらいになるか覚えているか?」

 

 若葉からの問いに、長久は指折り数えてみる。始まりが去年の十月だから……。

 

「……大体一年くらい?」

 

「そうだな、一年だ」

 

 もうそんなになるのか、と長久は少しばかり驚く。体感ではもっと短いと思っていたが、実際は意外と経っているものだな、なんて思っていたのだが。

 

「まだたった一年なんだ」

 

 若葉から告げられたのは、そんな長久の考えとは真逆のものだった。あれ、と長久は声を零すが、しかし友奈は若葉に同調するように頷いている。

 これは自分の感覚がおかしいのだろうか、と長久が悩んでいると、いいか、と若葉が前置きをして話し始める。

 

「普通、一年練習した程度で私と戦えるようにはならん」

 

「それができたら誰も苦労しないよねー」

 

「まぁ長久には武術の才があったのだろうな」

 

 才能、か。長久は吐き出しそうになる苦悩を飲み込んで、代わりに苦笑を浮かべてみせた。

 長久が欲しかったものはそんなものではない。あって損はないだろうとは思うが、そんなものよりもっと欲しいものがあった。

 ……必要な時に踏み出せる、そんな少しの勇気さえあればよかったのだ。それがなかったから、長久は自分が許せないのだ。

 

「……折角才能があるなら、しっかり頑張らないとな」

 

 だけどそれを吐き出すようなことはしたくなかったから、長久はそう言って誤魔化した。

 そんな長久に気づいているのかいないのか、若葉と友奈は表面上は長久の言葉を素直に受け取ったように見えた。

 それに長久が一先ず安堵していると、遠くから男性の声が響いてくる。

 

「おーい、長久。時間だぞ」

 

 声に釣られて三人が目を向けると、そこにいたのは長久の研究部の先輩だ。慌てて備え付けの時計を見れば、予定していた終了時間を過ぎてしまっていた。

 どうやら長久は若葉との戦いに熱中し過ぎてしまったらしい。長久の予定としては、この後研究部の仕事をこなすことになっていたのだ。

 先輩と共に進める必要がある案件だったため、先輩を待たせてしまった。流石に申し訳なく思い、長久は若葉と友奈に別れを告げて、先輩の元へと駆け寄る。

 

「す、すいません! 迎えにまで来てもらって……」

 

 長久が先輩に頭を下げて謝ると、気にするなと先輩は苦笑してみせる。

 

「用事があったから、ついでだついで」

 

 用事ですか、と長久が首を傾げる。そんな長久に対し、先輩は指を指して答える。

 

「お前が模擬戦やるって聞いたから、気になって見てたのよ」

 

 そう言われて、長久は見られてたのかと気恥ずかしくなった。まさか見られているとは思ってなかったし、長久にとって自身の戦い方はあまり好ましいものではない。

 長久のそれは、言ってしまえば奇策を用いることで無理矢理主導権を握り続けるゴリ押しだ。そこに武芸者特有の美しさはない。

 だから長久にとっては好ましいものではないし、他人に見せたいものでもなかった。

 

 けれどそれは長久に限った話。それを見た人間がどう感じるかはまた別の話になる。

 

「勇者サマとやり合うなんてスゲーじゃねぇか長久」

 

 そう言って先輩は長久の頭を撫でる。突然のことに驚いた長久の口からは、わぷ、とよくわからない音が漏れた。

 

「……別に、若葉の方も本気出してたわけじゃないですし」

 

「それでも普通はできないんだ、胸を張れよ」

 

 そう言われても、長久にとっては誇れることでも何でもない。そもそも、強さを誇りたいとも思えない。

 結局、実戦に出れないのであれば、強さに意味などないのだ。長久にとって強さとは、重要なファクターではない。

 

「……なぁ、長久」

 

 歩き始めた先輩が、前を向いたままそう声をかけてくる。

 その進行方向には……更衣室がある。着いていって問題ないだろうと判断した長久は、先輩の背に向けて何ですか、と問いかける。

 

「やっぱお前、疑似勇者システム使う気はないか?」

 

 その言葉に、長久は一瞬歩みを止めかけて、しかし慌てて先輩の後を追う。

 それは一度話して、結論が出たはずの話だ。だけどこうしてわざわざ再度問いかけてきた、ということは先輩にとって大事なことなのだろう。

 ……だがそれでも、長久はそれを肯定することはできなかった。疑似勇者システムを使い、彼女たちと自分が並び立つことを、長久は許容できなかった。

 

「……以前言ったはずです。確かに俺である利点はあるのかもしれない。けれどそれは絶対に必要なことではないはずです」

 

 確かに、長久が疑似勇者システムの使い手となれば、若葉たちと連携が取りやすいという利点があるだろう。

 しかし長久ではなく、武術の達人を採用すれば連携など関係なしに、単純な戦力となる。それはどちらであってもプラスであり、絶対に必要な条件ではない。

 それに加えて、いつか勇者が前線に立たなくて済むようにする、というのが目的である以上、長久の持つ若葉たちと連携が取りやすいという利点はいつか意味をなくしてしまうものだ。

 だから、長久が疑似勇者システムを使う理由はそこまでない……というのが長久の主張だった。

 

「まぁお前がそう言うなら、いいけどよ」

 

 先輩が片手で頭を掻く。それに合わせて揺れる、尻尾のようにまとめられた髪を眺めながら、長久はその含みのある発言に怪訝な顔をした。

 

「……もっと、自分に正直になった方がいいと思うぜ」

 

 それだけ言った先輩は、長久を置いて先に行ってしまう。そんな先輩の姿を見送りながら、長久は更衣室へと入りつつポツリと呟いた。

 

「素直になる資格なんて、俺にはないんですよ」




なお本気の若葉相手だと秒殺される模様。


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