出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。Season1 (SS_TAKERU)
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序章 始まりと出会い。そして継承編
第0話:プロローグ


原作勉強中です。
拙い点が多々あるとは思いますが、お楽しみいただければ幸いです。


 俺の名は吸阪雷鳥(すいさからいと)。現在、両親に祝福されながら誕生会真っ最中の3歳児。

 …なんでこんな事を脳内で確認しているのかって? どうやら俺は転生者という奴らしいからだ。

 うん、自分でも馬鹿な事を言っているという自覚はある。だが、そう考えなければ突然思い出された記憶の説明がつかないのだ。

 

 前世(あえてこう表現する)の俺は、外資系のそれなりに大きな会社に勤めるサラリーマンだったようだ。

 そして26歳の夏。残業を終えて帰宅する途中、飲酒運転で信号無視の車に轢き逃げされ、その生涯を終えた。

 

 まぁ、これだけなら2度目の人生をイージーモードで過ごせるね! で済む。前世の俺は少なくとも学業面では優秀だったようだし、高校辺りまでは楽にやっていける。

 だが、問題なのは…どうやらこの世界は『僕のヒーローアカデミア』通称『ヒロアカ』の世界らしい。と言うことだ。

 確定できないのは、俺が原作に関してあまり知識がない事が原因だ。原作がジャ○プで連載され始めたのは、俺が社会人になってから。日々の仕事に追われて漫画をじっくり読む暇など中々取れなかったからな。

 だから、うろ覚えの知識での判断になるが、父親が『誕生日に“個性”が発現するなんて、2重の意味でめでたい!』などと言っているし、99%間違いないだろう。

  

 たしか、ヒロアカの世界では、世界総人口の8割が何らかの“個性”を持っていて、“個性”を持たない“無個性”は少数派。

 表向きは個性持ちと無個性の人間は共存しているが…実際は、様々な面で冷遇されている。だったか。

 

 うん、個性持ちで良かったと心の底から思う。無個性だというだけで、あらゆる努力が否定されるなんて、ディストピアにも程がある。

 そんな事を考えているとドアチャイムが鳴り、母親が来客を出迎え…居間に入ってきた来客の姿を見た時、俺は思わず息を呑んだ。

 

「ごめんねライト。遅くなっちゃって。お誕生日おめでとう。ほら、出久もライトお兄ちゃんにおめでとうって言おうね」 

「ラ、ライトにーちゃん、お、おめでとー!」 

 

 …どうやら俺はヒロアカの主人公、緑谷出久の母親、緑谷引子の相当年の離れた弟として転生したようだ。と、いう事は…俺は出久の叔父さんか!?

 

 ………吸阪雷鳥の記憶によると、出久は俺の3ヶ月年下。となると、あと1年半もしないうちに“無個性”の烙印を押され、周囲から冷遇される上に、あの…ば、爆、爆豪だったか? あいつに自殺を唆される程のいじめを受ける事になる。

 オールマイトから“個性”『ワン・フォー・オール』を継承するとはいえ、それまでの人生は悲惨の一言だ。

 そして、目の前にいる美人の姉も心労で、あんなに太って…。

 

 あぁ、そうか。俺がこの世界に転生したのは、そういう事か。

 出久…お前の運命は、俺が変える。変えてみせる!!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第1話:俺の“個性”

第1話を投稿します。
短いですがお楽しみ頂ければ、幸いです。


 誕生日から3日後。俺は医師の診断を受け、“個性”が発現した事が正式に確認された。

 俺に発現した“個性”は相当強力なものだったらしく、担当した医師も興奮していたが…3歳児が三角関数や素因数分解をスラスラ解いたり、英文を容易く和訳する姿を異常と思わないのは、どうなのだろうか?

 

「“個性”の発現が、脳に何らかの刺激を与え、活性化させたものと思われます」

 

 なんて、お世辞にもよく出来ているとは言えない仮説を提唱し、勝手に納得する医師の姿に、内心呆れていたのは言うまでもない。

 

 帰宅した俺は、これからやらなければならない事に思いを巡らす。出久が“無個性”だと診断され、絶望するまでタイムリミットは1年と3ヶ月程度。

 それまでに、俺は自分の“個性”をある程度制御出来るようにならなければならない。時間の余裕はそれほどないと考えるべきだろう。

 

「お父さん、お願いがあるんだけど」

 

 俺は一番身近にいる権力者(ちちおや)を頼る事にした。幸い俺の父親、即ち出久の祖父は“個性”持ちで、それなりの社会的地位にある。

 50過ぎて俺を授かった事もあり、正直俺にはかなり甘い。使える物は何でも使わせてもらおう。

 

 結論を言えば俺の目論見は見事に成功。父は知人の伝手を使い、既に使われなくなった採石場を格安で使えるように交渉してくれたのだ。これで“個性”の鍛錬を大手を振って行える。

 

 

 翌日、俺は“個性”の鍛錬の為、その採石場に足を運んだ。

 …ここまでの移動は父親の運転する車。更に母親に持たされた水筒と弁当付きという少々冴えない形だが、まぁ、それは置いておく。

 

「ライト、訓練を終えようと思ったら、お父さんに連絡するんだぞ。迎えに来るからな」

「うん、わかったよ。お父さん」

「連絡がなくても、2時には迎えに来るからな」

 

 そう言い残し、採石場を後にする父の車を見送り、俺はリュックサックの中に入れていた目覚まし時計を取り出し、アラームを12時にセットする。

「いくら強力な“個性”持ちだからって、1人で鍛錬する事をよく許してくれたな…ま、前世の常識、この世界の非常識って奴なのかねぇ」

 そんな事を呟きながら、目覚まし時計やリュックサック、水筒を近くの岩陰に置く。

 

「昼まで2時間弱。まずは“個性”で何がやれるか確認してみるか」

 

 準備体操で体をほぐし、構えを取りながら自分の“個性”について考える。

 

 電気と磁気を自在に操る。それが俺の“個性”だ。

 

「電気を操るとなると…ベタな形はこれか?」

 

 右手の人差し指を近くの岩に向け、力を込めれば指先から放たれる青白い閃光。

 

「………ホントに出たよ…」

 

 放電の影響で僅かに痺れる指先を見ながら、思わず呟く。“個性”持ちなのだから、出来て当然なのだが、それでも驚いたものは驚いた。

 

「じゃ、じゃあ…次!」

 

 驚きと興奮で叫びそうになるのを必死に堪え、今度は右掌をかざして力を込める。すると―

 

「うぉっ!?」 

 

 掌全体にビッシリと砂鉄がくっついた。あわてて“個性”を解除すると全部で数百gはある砂鉄が一斉に地面に落ちていく。

 

「こいつはすごいな…」

 

 電気と磁気を操る。自分の“個性”を改めて実感し、思わず俺の顔が笑みで歪む。

 

 それから2時間、アラームが鳴るまで俺は“個性”で何が出来るのかを知る事に没頭するのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第2話:運命の日と血判状

第2話を投稿します。
短いですがお楽しみ頂ければ、幸いです。


 “個性”の鍛錬を初めて1年と3ヶ月。俺の“個性”もかなり応用が利くようになったそんなある日、いつも通り“個性”の鍛錬に出かけようとした時に『それ』はやってきた。

 そう、俺の甥である出久が病院で診断を受け、“無個性”である事を宣告されたのだ。

 

「ついに来たか…」

 

 引子姉さんから連絡を受け、呆然とする父親、悲しみに暮れる母親の姿を見ながら、俺は静かに呟き、気合を入れる。

 出久の運命を変える為のここが第一関門。失敗は許されない。

 俺は両親に出久へ会いに行く事を告げ、財布片手に駅へと走り出した。背後から車で送ると言う父親の声が聞こえるが、それを無視して走り続ける。 

 

「待ってろよ、出久!」

 

 

「来てくれたのね、ライト…」 

「引子姉さん、出久は?」

 

 憔悴した様子の引子姉さんに迎えられた俺は、挨拶もそこそこに出久のもとへ向かう。そこには…

 

「…出久?」

 

 泣きながらモニターに映るオールマイトの動画を見続ける出久の姿があった。

 

「…ライトにいちゃん、見てよ。どんなに困ってる人でも、笑顔で助けちゃうんだよ…超カッコイイヒーローさ。僕も……なれるかなぁ…」

「……………!!」

 

 涙をいっぱいに浮かべた瞳で俺を見ながら、モニターに映るオールマイトを指さす出久を、引子姉さんが抱きしめ、何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 思わず目を逸らしたくなるほど、悲しい光景。だけど…違う。出久が本当に欲しい言葉は、母親からの謝罪なんかじゃなくて…。

 

「出久…お前自身は、どう思ってるんだ?」

 

 俺は出久の目をまっすぐに見ながら、問いかけた。

 

「ヒーローになりたいと心の底から、思っているか?」

「………なりたいよ…でも、僕は“無個性”だから…」

「“無個性”だから無理なんて、誰が決めた? 医者か? どっかの偉い先生か?」

「それは…」

「考えてもみろよ。“個性”なんて存在していなかった昔だって、お前と同じ“無個性”だけど、自分を鍛えて、磨き上げて、沢山の人から賞賛されるような凄い事をやってのけた人は、沢山いたんだぞ。“個性”持ちだけがヒーローになれるなんて理屈自体が間違っているんだ」

「………」

 

 俺の言葉に何も答えない出久。いや、これは答えないんじゃない。考えているんだ。ならば、その考えを後押ししていくのみ。

 

「ついでにもう1つ。“個性”持ちが正しくて、“無個性”が間違っているんだとしたら…なんで、(ヴィラン)なんてもんが存在するんだ?」

「っ!?」

 

 出久の顔が驚愕で彩られ、同時に目に力が少しずつ戻り始める。 

 

「出久、そういうことなんだよ。“個性”なんか、所詮はあったら便利なオプション程度の物でしかない。そんな物の有無で、お前の価値を決められてたまるかよ」

「ライトにいちゃん…」

「出久、もう一度聞くぞ。お前はヒーローになりたいのか?」

「…なりたい…僕はヒーローになりたいよ!!」

 

 俺の目をまっすぐに見ながら、己の願望を大きな声で口にする出久。そうだよ、それでこそ俺の甥っ子で、ヒロアカの主人公だ。

 

「よし…だったら決まりだ。出久、俺がお前を鍛える。元々そのつもりで鍛えてきたんだからな。引子姉ちゃん、悪いけど紙とペン、それとカッターナイフ持ってきて」 

「え、えぇ…」

 

 俺からの突然の頼みに、戸惑いながらも紙とペン、カッターナイフを持ってきてくれる引子姉ちゃん。それらを受け取った俺は、躊躇いなく紙に文章を書き記していく。出久にもわかるように全て平仮名か片仮名だ。

 

 わたし すいさからいとは おい である みどりやいずくを りっぱなヒーローにするため ぜんりょくで かれをきたえることをちかいます。

 

 文章を書き終えた俺はその脇に署名し、更にカッターで親指の先を切り、己の血で捺印する。

 

「出久、これは血判状って言ってな。誓った事を必ず実行する。その覚悟を形にしたものだ」

「けっぱんじょう…」

「これに誓って、俺はお前を強くする。だから出久、お前も強くなれ。いいな」

「…うん!」

 

 こうして俺は、緑谷出久をヒーローにする為、行動を開始するのだった。

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第3話:オールマイトとの出会い

お待たせいたしました。第3話を投稿します。
短いですがお楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

「諦めた方が良いね」

「この世代じゃ珍しい…何の“個性”も宿っていない型だよ」

 

 4歳の誕生日に、医者から告げられたその言葉で僕、緑谷出久の人生は最悪なものになる事が決定した。

 世界全人口の8割が何かしらの“個性”を持つ現代において、“無個性”で生まれてきた者がどのような扱いを受けるか、改めて確認するまでもない。

 進学、就職、そして結婚。人生のあらゆる選択で大きなハンデを背負い、場合によっては何らかの意見を口にすることすら許されない。

 草むらに潜む虫のように、ただただ静かに息を殺して生きていく事を強制される。そんな人生が待ち構えているのだ。

 その事実に僕は絶望し、母さんもそんな僕を見て、泣きながら謝り続けた。

 絵に描いたような悲惨な光景。だけど…そんな僕達を救ってくれた人がいた。

 吸阪雷鳥(すいさからいと)。母さんの弟で、僕と同い年の叔父さんだ。

 叔父さ…雷鳥兄ちゃんは、電気と磁気を自在に操るという強力な“個性”を持っているのに、“無個性”の僕が抱いていた夢を認めてくれた。それどころか血判状まで作って、僕を鍛える事を約束してくれた。

 雷鳥兄ちゃんのおかげで再び立ち上がる事が出来た僕は、ただひたすらに自分を鍛え続けた。

 最初は心配していた母さんも、僕の努力する姿を見て覚悟を決めたのか、全面的に協力してくれるようになった。

 瞬く間に月日は流れ、僕は中学3年生になった。

 

 

「そのざわざわがモブたる所以だ! 模試じゃA判定!! 俺は中学(ウチ)唯一の雄英圏内!」

「あのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り!! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!!」

 

 ホームルームの途中で机の上に立ち、爆豪君(・・・)が欲望丸出しの将来設計を口にするのを僕は冷めた目で見つめていた。

 たしかに、彼の“個性”は強力で、それを使いこなすだけのセンスもある。でも、それだけだ。人間としての器は雷鳥兄ちゃんの方がはるかに大きい。文字通り月と(すっぽん)だ。

 

「そいやあ緑谷も雄英志望だったな」 

 

 そんな事を考えていたら担任がそんな事を口走り、全員の視線が僕に集中した。

 

「おいおい、委員長。流石に無理っしょ!!」

「ただの人間じゃヒーロー科は入れねえんだぞー!」

 

 周囲から聞こえてくる心配半分、呆れ半分の声。その声に内心ウンザリしながらも反論の為、立ち上がるが―

 

「こらデク!!!」

 

 僕が喋るよりも早く爆豪君が怒りの形相で右掌を机に叩きつけた。咄嗟に回避するのと同時に机が爆発に包まれ、破壊される。

 

「“没個性”どころか“無個性”のてめぇが~…何で俺と同じ土俵に立てるんだ!!? 雑用係兼任な委員長やってっからって、調子にのったか? あぁっ!」

 

 返答次第では、いや何と答えてもぶち殺す! そう言わんばかりの顔で、僕を問い詰める爆豪君。はっきり言ってヒーローよりもヴィランの方が似合ってるよ。

 

「何でって、雄英の入試要項に“個性”の有無は記載されていない。だから“無個性”の僕が雄英を受けてはならないという理屈は存在しない」

「んだと…」

「君は知らなかったみたいだけど、模試なら僕もA判定。試験を受ける権利は僕にもある。合格の判定を決めるのは雄英の先生方なんだ。もしも雄英側がNOと言うなら潔く諦めるよ」

 

 静かに、だがはっきりとした声で爆豪君にそう答え、壊れた机の予備を取りに教室を出る。背後で彼が何か罵詈雑言を叫んでいるが一切無視だ。

 机を抱えて戻ってくるとさすがに彼も落ち着いたのか、静かになっており、そのまま授業が開始される。

 

 そして放課後。帰ろうとした僕の前に彼が取り巻き達と共に現れた。

 

「話まだ済んでねーぞデク」

 

 そう言うと彼は、机に置いていた僕のノートを取り上げ、問答無用で爆破。突然の事に言葉を失う僕を嘲笑いながら、彼は焼け焦げたノートを窓の外へと投げ捨てた。

 ………器物破損は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金、だったかな。正直、怒りよりも先に憐れみが湧き上がってくる。

 

「一線級のトップヒーローは大抵、学生時から逸話を残してる。俺はこの平凡な私立中学から初めて!唯一の!『雄英進学者』っつー“箔”を付けてーのさ。まー、完璧主義者なわけよ。つーわけで一応さ、雄英受けるな。ナード君」

 

 こんなみみっちい事を言っている彼を見ていると、頭の中が氷点下並に冷え、思わず溜息が漏れる。だけど、彼らはそれを別の意味に受け取ったのだろう。

 

「いやいや…さすがに何か言い返せよ」

「言ってやんなよ。かわいそうに中3になってもまだ彼は現実が見えていないのです」

 

 そんな事を口にしながら教室を後にしていく。そして―

 

「そんなにヒーローに就きてんなら、効率良い方法あるぜ。来世は“個性”が宿ると信じて…屋上からのワンチャンダイブ!!」

 

 その言葉を聞いて、僕は改めて決心した。何としてでも雄英に合格し、こいつの鼻を明かしてやろうと。

 

 

 学校を後にした僕は町外れの倉庫に顔を出し、そこで2つ隣の駅から電車で移動してきた雷鳥兄ちゃんに合流していた。ここは雷鳥兄ちゃんがお爺ちゃんの伝手を使って、格安で借りている秘密の練習場。

 ここで僕達2人は将来の為に秘密特訓を行っているのだ。

 

「なるほど…よく耐えたな。出久」 

 

 準備運動をしながら学校の出来事を話すと、雷鳥兄ちゃんは笑顔で僕の髪の毛をワシワシと撫でてくる。年は3ヶ月しか離れていないけど、こういう所は叔父と甥なんだなと思う。

 

「しっかし、器物破損に自殺教唆…そいつホントにヒーロー志望か? ヴィラン志望と言ったほうがシックリくるぞ」 

「一応ヒーロー志望だよ。高額納税者になるとか、将来設計はみみっちいけど」

「みみっちいねぇ………出久、一応確認なんだが…」

「何?」

「お前が望むなら、その爆豪とかいうクソガキ、俺が潰してもいいぞ」

「いっ!?」

「通り魔のヴィランにでも襲われた事にして…骨の4、5本でもへし折ってやれば、大人しくなるか? いや、いっその事、脳に過度の電流を流して…」

「いやいやいや、いいよ! 雷鳥兄ちゃん! そんな事しなくて! アイツなんかの為に兄ちゃんが罪を犯すなんて馬鹿らしいから!!」

「おいおい、本気にするなよ。軽い冗談だ」

 

 そう言って準備運動を終えた雷鳥兄ちゃんは、笑いながら縄跳びを取りに倉庫の一角へ移動していった。軽い冗談。雷鳥兄ちゃんはそう言っていたけど…僕にはわかる。

 

「あの目は…本気(マジ)だ…」

 

 

雷鳥side

 

 軽い冗談と言ってごまかしたが…本当の所は(はらわた)が煮えくり返っている。爆豪のくそったれ具合は前々から聞いてはいたが、流石に今回はやり過ぎだ。

 あの時、出久が俺を止めるのを少しでも躊躇したり、同意していたら…俺は即座に爆豪を潰しに行っていただろう。だが…

 

「出久がああ言ったから、今回は大目に見てやる。よかったな、爆豪なんとか…寿命が延びたぞ」

 

 静かにそう呟き、縄跳びを開始する。如何に強力な“個性”を持っていようと、使いこなせなくては何の意味もない。体作りは大切なのだ。

 

 余談ではあるが、10年以上の鍛錬によってヒロアカ原作では165cm程度だった出久の体格は大きく様変わりしていた。

 身長174cm、体重71kg。ボクシングの階級で言うならミドル級ってところか。

 ちなみに俺は176cm、73kg。スーパーミドル級に該当する。

 

 縄跳びや鏡の前に立ってのシャドー、筋トレなどをみっちりとこなし、本日最後の練習の時間となった。

 

「出久。今日の仕上げだ」

 

 出久にそう告げ、俺はリングに上がる。今からやるのはそう…組み手だ。

 

「時間は通り5分間。“個性”の使用と金的、目潰しはなしで、あとは何でもあり」

「いつも通りのルールでしょう? わかってるよ、雷鳥兄ちゃん」

「まぁ、念のための確認だよ。それじゃあ…始めるか」

「うん!」

 

 その直後、予めセットしておいたタイマーが鳴り、俺と出久は様子見をする事なく、互いに突っ込んだ。

 

 

「出久も強くなったなぁ」 

 

 倉庫からの帰り道、俺は後ろをついてくる出久を見ながら、そんな事を口にしていた。

 

「そうかな? でも、雷鳥兄ちゃんにはまだまだ敵わないよ」

「当たり前だ。少なくともあと4年は、お前の前に立ちはだかる壁になってやるよ」

「4年ってことは…雄英を卒業するまで?」

「最低でもな」

 

 そんな他愛もない事を話しながら、駅への道を進む俺達。その途中高架下に差しかかったその時―

 

「Mサイズの…隠れミノ…」

 

 そんな声と共にマンホールからヘドロ状の何かが湧き出て、俺達に覆い被さってきた。

 

「っ!」

 

 前にいた俺はギリギリ回避が間に合ったが、後にいた出久はヘドロに纏わりつかれ、もがき苦しんでいた。

 

「出久! このヘドロ、ヴィランかよ!」

 

 ヘドロヴィランに捕らわれた出久に何とか近づこうとするが、なかなか上手くいかないまま時間だけが流れていく。

 

「大丈ー夫。身体(からだ)を乗っ取るだけさ。落ち着いて。苦しいのは約45秒…すぐ楽になる」

 

 ヘドロヴィランの言葉を聞きながら、俺は必死に考えていた。

 たしか、原作では出久がこのヘドロヴィランに襲われたのは日没前だった筈。だから、夜の今なら大丈夫だと思っていたが…俺が何か忘れていた? くそっ、こんな事ならもっとしっかり原作を読み込んでおくべきだった!

 

「仕方ない…正当防衛だ」

 

 原作と違う展開になった今、『彼』の助けは期待できない。だったら!

 覚悟を決め、“個性”を発動しようしたその時!

 

「もう大丈夫だ、少年!!」

「!?」

「私が来た!」 

 

 マンホールの蓋を吹き飛ばし、巨大な影が飛び出して―

 

TEXAS(テキサス)SMASH(スマッシュ)!!」

 

 拳の一撃、それも直接当ててすらいない風圧でヘドロヴィランを吹き飛ばし、出久を助け出していた。

 

「出久!」

 

 おそらく気絶したであろうヘドロヴィランを回収する彼を尻目に、俺は出久へ駆け寄り、状態を確認する。呼吸、脈拍…どちらも異常なし。外傷…なし。意識は…。

 

「ん…んん…」

 

 それから10秒もしないうちに目を覚ます出久。その視線の先には俺と…。

 

「トぁあああ!!?」

「いやあ悪かった!! (ヴィラン)退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと慣れない土地でウカれちゃったかな!?」

 

 HAHAHA! と笑うNo.1ヒーロー、オールマイトの姿があった。

 

 これが俺達とオールマイトとの初めての出会いだった。 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第4話:君はヒーローになれる

第4話を投稿します。
短いですがお楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 ヘドロヴィランとの戦いに巻き込んでしまったお詫び。と、オールマイトはサインに加えて、なんでも1つだけ質問に答えよう! と言ってくれた。

 

「出久、良い機会だ。オールマイトに質問しな」

「…うん」

 

 俺に背中を押され、出久はオールマイトとまっすぐに向き合い…

 

「“個性”がなくても、ヒーローは出来ますか!?」

「“個性”のない人間でも…あなたみたいになれますか?」

 

 絞り出すように、そう問いかけた。

 

「“個性”が…」

 

 出久の問いへの何と答えるべきか、顎に手を当て、考え始めるオールマイト。その時―

 

「いかん…holy shit」

 

 オールマイトの全身から煙のような物が噴出し始めた。まずい! たしか、これは!?

 

「“個性”がないせいで…そのせいだけじゃないかもしれないけど…」

「出久! 一旦ストップだ!!」

 

 咄嗟に出久とオールマイトの手を取り、近くの路地裏に入り込む。

 

「ちょ、雷鳥兄ちゃん。なに、を…」

 

 俺に抗議しようとした出久の声が途切れたが、それも無理はない。オールマイトはいつの間にか煙のようなものに包まれており、しかもそれが晴れると…。

 

「し、萎んでる!?」

 

 オールマイトとは似ても似つかない痩身の男が現れたのだ。

 

「…出久、よく見てみろ。サイズはともかく、着ている服が同じだし、髪の色や声も同じだろう?」

「あ、そういえば…」

「事情は分かりかねますが、人目に付くのは拙いと判断し、こちらにお連れしました。俺達以外には…見られていない筈です」

「ありがとう、少年。いい判断だ…」

 

 俺の言葉にオールマイトはサムズアップを返し、これから話すことは他言無用と念押しした上で、事情を説明してくれた。

 

 5年前、ある大物(ヴィラン)との戦いで重傷を負い、その後遺症でヒーローとしての活動限界に大幅な制限がかかってしまった事。

 そして、人々を笑顔で救い出す“平和の象徴”は決して悪に屈してはならない。との思いから、その事実を世間に公表していない事。 

 

「さっき君は私に問うたね? “無個性”でもヒーローになれるか…と」

「…はい」

「君が相当鍛えている事は、服の上から見てもわかる。おそらく…最低でも10年は、厳しい鍛錬を積んでいるのだろう?」

「出久は、俺と二人三脚で10年間、休みなく鍛錬を積んできました。ヒーローになりたいという夢を叶える為に」

「そうか…昔、ある人が言っていた。『努力した者全てが成功するとは限らない。だが、成功した者は皆努力している』とね」

「そ、それじゃあ!」

「だが…プロはいつだって命懸けだ。“個性”がなくても成り立つとは…軽々しく口には出来ないよ」

「………そう、ですか…」

「少年。君の期待するような答えを与えられなくて、申し訳ない。だが…積み重ねた努力は決して嘘をつかない。君の努力が何らかの形で実を結ぶ事を心から祈っているよ」

 

 少なからず落胆した表情を見せる出久の肩を優しく叩き、路地裏から出ようと歩き出すオールマイト。

 

「すまないが、ここで失礼するよ。こいつを早いところ警察に………あれ?」

 

 慌ててポケットの中を確認するオールマイト。ん? ポケット…たしか、そこに入っていたのは…まさか! 

 

「もしかして…俺が2人を路地裏に引っ張り込んだ時に…」

 

 直後、俺達3人はほぼ同時に路地裏から飛び出し、見つけてしまった。アスファルトの地面に転がる蓋の空いたペットボトル。間違いない、ヘドロヴィランを詰め込んでいたペットボトルだ。

 

「くそっ、2人を連れて行くのに気を取られて、ペットボトルまで注意が回らなかった! オールマイト、申し訳ありません! 俺の責任です!!」

「いや、あの時の君の判断と行動は的確だった。責められるのは、奴をあのような形で、拘束した私の不手際だろう…」

 

 互いにそんな事を口にしながら、頭を下げる俺とオールマイト。町の中心部から爆発音が聞こえてきたのはそんな時だった。

 

「まさか………」

「最悪だ…」

 

 町の中心部で何が起きているのか、今の俺達には容易に想像できた。

 

「い、行かなくては!」

 

 すぐさま現場へ向かおうとするオールマイト。しかし、今の痩せ衰えた姿では、現場に向かうだけでどれほどの時間がかかるかわかったものではない。

 

「仕方ねぇ!」

 

 俺は咄嗟に近くの電柱に立てかけられていた看板を取り外し、地面に倒すとそれに飛び乗った。

 

「乗ってください!」

 

 同時に“個性”を発動し、看板ごと宙に浮きあがる。イオノクラフトの原理を応用したホバーボード擬きだ。

 

「少年!?」

「これで行った方が走るよりはるかに速いです。急ぎましょう!」

「………すまない。力を貸してくれ!」

 

 一瞬で判断を下し、看板に飛び乗るオールマイト。

 

「出久! お前も乗れ!」

「うん!」

 

 出久が飛び乗った直後、俺は看板を全速力で発進させた。

 

「出来るだけ人目につかないルートを最高速でぶっ飛ばします!!」

 

 

 時間にして約5分。現場に到着した俺達が見たものは―

 

「あいつは…」

「爆豪君!?」

 

 ヘドロヴィランに取り込まれながらも、必死に自らの“個性”で抵抗する爆豪の姿だった。

 何人かのプロヒーローも現着していたが―

 

 “巨大化”の個性を持つMt.レディはその巨体が災いし、現場に近づく事も出来ず。

 “樹木”の個性を持つシンリンカムイは、炎との相性が最悪な為、周辺のケガ人を救助するのが精一杯。

 他にも周辺の消火で手一杯のバックドラフト、ヴィランとの相性が悪い事に加え、爆豪の抵抗のせいで近づく事も出来ずにいるデステゴロなど、誰一人爆豪の救助へ向かえずにいた。

 

「プロヒーローが雁首揃えて、何やってんだよ…」

 

 その光景に、俺の口から思わず出てしまう悪態。その時だ。俺の横を何かが走り抜けた。

 

「出久!?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「馬鹿ヤロー!! 止まれ!! 止まれぇ!!」

 

 制止するデステゴロの声を無視して、ヘドロヴィランにどんどん接近する出久。

 

「仕方ねぇ…アイツだけに危ない橋渡らせられるか!」

 

 俺も再び“個性”を発動。ホバーボードで後を追いかける。

 

 

出久side

 

 僕は何をやっているんだ? 遠回しだけど、オールマイトに言われたじゃないか! ヒーローになるのは無理だって!  

 それに捕まっているのは、爆豪君だぞ。酷い事を沢山されて、酷い事も沢山言われたじゃないか。それなのに、なんで!?

 頭の中がグチャグチャになりながらも、僕はヘドロヴィランの攻撃を避け続け―

 

「でぇぇいっ!」

 

 背負っていたリュックサックを投げつけた。それが障害物になり、一瞬だけヘドロヴィランの視界から僕が消える。その隙に僕は爆豪君の手を掴んでいた。

 

「デク! てめぇが何で!!」

「わかんないよ! だけど、君が助けを求める顔してた!」

「もう少しなんだから、邪魔するなぁ!!」

 

 無我夢中で爆豪君を引っ張り出そうとする僕に迫るヘドロヴィランの攻撃。でも、それが届く事はなかった。

 

「雷鳥兄ちゃん!」

「出久! それとクソガキ! 少しだけ我慢しろよ!」

 

 その直後、雷鳥兄ちゃんは両手から放つ電撃がヘドロヴィランを包み込んだ。

 

「シビビビビビッ!!」

 

 電撃を全身に浴び、苦しむヘドロヴィラン。僕達にも電撃の余波が来るけど、大丈夫。耐えられない程じゃない!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 全力で爆豪君を引っ張り出し、ヘドロヴィランから距離を取る。それを確認した雷鳥兄ちゃんは―

 

「人の可愛い甥っ子を危険に晒しやがって…臨死体験でもしてこい」

 

 ゾッとするほど冷たい目で、最大出力の電撃をヘドロヴィランにぶつけようとして、止められていた。止めたのは―

 

「すまないな。少年、我々ヒーローの不手際で迷惑をかけた」

 

 ヒーローの姿となったオールマイト。

 

DETROIT(デトロイト)SMASH(スマッシュ)!!」

 

 振り下ろされた一撃はヘドロヴィランを倒すだけに留まらず、天候を変える程で…僕は改めてNo.1ヒーローの底力を感じる事が出来た。

 

 

雷鳥side

 

 あの後、バラバラにあったヘドロヴィランはヒーロー達によって残らず回収され、俺と出久は、駆け付けた警察にこっぴどく叱られた。

 ヒーロー活動の妨害に“個性”の無断使用。未成年であっても決して軽い罪ではないのだが…。

 

「済まないが、その位にしてやってもらえないか?」 

 

 オールマイトが俺達を庇ってくれた。あのヘドロヴィランは自分が追っていたのだが、逃げられてしまいあのような結果を招いた。責任を負うとすれば、それは自分だと。警察に頭を下げてくれたのだ。

 そして、オールマイトのそんな姿を見て、現場にいながら手を出せなかったヒーロー達も頭を下げ、俺達に謝罪してきた。

 警察側も判断に困ったのか、無線で上役に連絡を取り…結果として、俺達は今回に限り特例的にお咎めなしという事になった。

 そして、俺と出久は帰宅の途に就いた訳であるが…

 

「デク!!!!」

 

 爆豪(クソガキ)が俺達の前に立ち塞がり―

 

「てめぇにも、そっちのおまえにも救けを求めてなんかねえぞ…! 助けられてもねえ! 俺は1人でもやれたんだ。“無個性”と“没個性”の出来損ないコンビが、見下すんじゃねえぞ! 恩売ろうってか!? 見下すなよ俺を!!」

 

 早口で自分の言いたい事だけを俺達にぶちまけ―

 

「クソナードどもが!!」

 

 さっさと帰っていった。

 

「出久……本当に、アイツ潰さなくていいのか?」

「…うん」

 

 爆豪(クソガキ)の態度に唖然としながら、再び歩き出す俺達。そこへ―

 

「私が来た!!」

 

 オールマイトが現れた。

 

「オールマイト! なんでここに!?」

「マスコミに囲まれてましたよね?」

「HAHAHA! 抜けるくらいわけないさ、なぜなら私はオールマイ―」

 

 全てを言い終わる前にあの痩身の姿になってしまうオールマイト。オールマイトは恥ずかしそうに咳をすると俺達を見つめ、静かに口を開いた。

 

「少年達、済まないが名前を聞かせてくれないか。話をする相手の名前も知らないというのは無礼だからね」

「緑谷出久です」

「吸阪雷鳥です」

「緑谷少年、吸阪少年。君達に礼と謝罪、そして提案をしに来たんだ」

「礼と謝罪はわかりますが…提案ですか?」

「そうだ。まず、緑谷少年。君がいなければ…君の身の上を聞いていなければ、私は…口先だけの偽筋になるところだった! ありがとう!!」

「いや、そんな…」

「そして、吸阪少年。よくぞ緑谷少年をここまで鍛えてくれた! 自らの個性を磨きながらの指導は、大変な苦労を伴ったと思う。中学生ながら見事だ! 感服したよ!」

「…ありがとうございます」

「で、でも、今回の事はそもそも僕が悪いんです。“無個性”の僕が、ヒーローの皆さんの邪魔をして…結果的に皆さんにご迷惑を…」

「そうさ! あの場の誰でもない“無個性”の君だったから!! 私は動かされた!! トップヒーローの多くが学生時代から逸話を残している。そして、彼らの多くがこう言っていた!」

 

 考えるよりも先に体が動いていた!!

 

「君も、そうだったんだろう!?」

「…は、はい!」

「だったら決まりだ。私、オールマイトがここに宣言しよう! 君はヒーローになれる!!」

 

 その言葉を聞いた途端、その場に蹲り、声にならない声を出しながら、歓喜の涙を流す出久。

 

 これが俺の甥、緑谷出久が最高のヒーローとなる。その物語の始まりだ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
気づけばUAが6000を突破!

皆様からの期待に応えられるよう、頑張ってまいります!!


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第5話:ワン・フォー・オールの継承

第5話を投稿します。
短いですがお楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 君はヒーローになれる!!

 

 その言葉に、声にならない声をあげながら歓喜の涙を流す出久。オールマイトは、そんな出久にウンウンと大きく頷きながら―

 

「君なら、私の“力”受け継ぐに値する!!」

 

 と、先程話した俺達への用件。その最後の1つ『提案』を口にした。

 

「私の“力”を、君が受け取ってみないか!!」 

 

 …突然過ぎる、そしてあまりに突飛なオールマイトからの提案に、出久が文字通り『鳩が豆鉄砲を食ったような』顔をしたのは言うまでもない。

 

「…あの、オールマイト。『この中古のスマホ、もう使わないからお前にやるよ!』みたいなノリで、そんな事言われても反応に困るんですが…そもそも“個性”の譲渡なんて、出来るんですか?」

 

 衝撃で未だフリーズ状態の出久に変わり、俺がツッコミ混じりの質問をすると、オールマイトは己の持つ“個性”について話し始めた。

 

 この“個性”は聖火の如く引き継がれたもの。個性を“譲渡”する個性。その名は『ワン・フォー・オール』!!

 1人が力を培い、その力を1人へ譲渡。その1人が更に力を培い、また新たな1人へ譲渡。この繰り返しにより、極限まで磨き上げられた、まさに力の結晶!!

 元々、後継者は探していた。そして、緑谷出久(きみ)になら渡しても良いと思った! あの時、あの場で、誰よりもヒーローだった“無個性”の君に!!

 

「まぁ、しかし…全ては君次第だけどさ! どうする?」 

 

 最後に少しだけ空気を和ませて、オールマイトは出久の返答を求めた。出久の出した答えは…

 

「お願い…します!」

 

 

 それから2日後の早朝。俺と出久はオールマイトに呼び出される形で、海浜公園まで来た訳だが…。

 

「早速だが、緑谷少年! これを食え!」

 

 痩身状態(トゥルーフォーム)のオールマイトから差し出された髪の毛を前に、出久は戸惑い、俺は頭を抱えていた。

 

「オールマイト! いきなり髪の毛食え言われても、訳わかんないですよ! 説明! 説明Please!!」

「ん? あ、あぁ! すまない! 私とした事が説明を忘れていたよ! 『ワン・フォー・オール』を譲渡する為には、譲渡したい相手に自分のDNAを摂取させる必要があるのさ!」

「………だ、そうだ。出久、ファイト」

 

 そう言って俺は出久にミネラルウォーターのペットボトルを差し出し―

 

「…うん」

 

 それを受け取った出久は、覚悟を決めてオールマイトの髪の毛を口に含み、ミネラルウォーターで流し込んだ。

 

「2時間もすれば、髪の毛が消化されて変化が起きる筈さ。それまで、辺りを走るなりして体を温めておくといい」

 

 

 オールマイトの指示に従い、ランニングや柔軟体操などで時間をつぶしていると…“それ”はきた。

 

「ら、雷鳥兄ちゃん!?」

 

 突然、出久の全身を緑色の電気とでも表現できそうなオーラが走り始めたのだ。

 

「来たか! 緑谷少年! それが『ワン・フォー・オール』だ!」

「こ、これが…」

「ここからが肝心だ! いきなりグワァッ! とやったら体がもたない。グッ! と締めて、ジワァッと広げていく感じで流していく。わかるかな?」

 

 ………オールマイト、感覚で何とかしてきたタイプか。指導者には一番向いてないぞ! 出久も戸惑ってるし…

 

「出久! 水道だ! 水道の蛇口をイメージしろ!」

 

 仕方ない。俺なりの解釈になるが、通訳してみるか。

 

「いきなり全開にするんじゃなくて、少しずつ蛇口のハンドルを捻るように出力を上げていくんだ。そして、今の自分の限界ギリギリで止める。出来るか?」

「うん、やれそうだよ。雷鳥兄ちゃん」

 

 俺の説明で納得できたのか、出久は少しずつ『ワン・フォー・オール』の出力を上げていきー

 

「…今は、ここが限界みたい…」

 

 ある程度出力が上がったところでストップし、大きく息を吐いた。

 

「おぉ、まさかこれほどとは! 正直、予想以上だよ!」

 

 全身に緑色のオーラを迸らせる出久の姿に、オールマイトが感嘆の声を上げる。それにしても、()()()()ね…。

 

「オールマイト、予想以上と仰ってましたが、貴方の想定ではどの位だったんですか?」

「そうだね…私を100としたら、10…良くて15程度だと思っていたよ」

「じゃあ、現実は?」

「…20以上、25未満…まぁ、23といったところかな」

「なるほど…」

「これほどの逸材だったとは…いやはや、私も人を見る目がない」

「人を見る目はともかくとして、指導者としての才能には疑問符が付きますね。指示が感覚的過ぎるというか、擬音語に頼りすぎです」

「ぐはっ!?」

「名選手必ずしも名監督にあらず。なんて言葉がありますけど…オールマイトも名監督にはなれなかった…なんて、言われないでくださいね」

「あ、あぁ…努力するよ」

 

 俺のツッコミを受け、喀血しながら項垂れるオールマイト。だが、すぐに気を取り直し、俺達に指示を飛ばす。

 

「じゃ、じゃあ、これから君達にやってもらう事を伝えよう! 内容は簡単! それぞれの個性を使って、このゴミの山を綺麗にするのさ!!」

「ゴミ掃除って事ですか。たしかにこの辺りは海流の関係で漂着物がやたら多いし、それに付け込んだ不法投棄も多いですけど」

「そうか! 不法投棄された粗大ゴミなんかを使って、全身を鍛えるって事ですね!」

「それもある! だけど、一番の目的はそれじゃない!」

 

 そう言うとオールマイトは痩身状態(トゥルーフォーム)からマッスルフォームへ変わり-

 

「最近のヒーロー(わかいの)は派手さばかり追い求めるけどね」

「ヒーローってのは、本来奉仕活動! 地味だ何だと言われても! そこはブレちゃあいかんのさ…この区画一帯の水平線を蘇らせる!! それが君達のヒーローへの第一歩だ!!」

 

 近くにあった冷蔵庫を片手でペシャンコにしながら、そう宣言した。

 

「なるほど…『ワン・フォー・オール』を継承する出久だけじゃなく、俺まで呼び出したのは、そういう事ですか」

「うむ! 吸阪少年は『ワン・フォー・オール』の秘密を知ると共に、緑谷少年をここまで鍛えた実績もある。勝手な願いではあるが、私の精神を受け継ぐ者として、これからも成長していってほしいのだよ!」

「雷鳥兄ちゃん、やろう! 2人でここを綺麗にするんだ!」

「…OK、やるか!」

 

 こうして俺達2人による海浜公園清掃作戦が始まった。

 

 

「よっと!」

 

 『ワン・フォー・オール』で増大した身体能力をフルに活かし、大型トラック用のタイヤを軽々と持ち上げ、全速力で運んでいく出久。あれって、ホイール込みで80kg以上あった筈。それを軽々と運ぶという事は…。

 

「『ワン・フォー・オール』の効果、恐るべしだね」

 

 ぼやくように呟きながら、俺は自らの“個性”を発動。右手から磁気を放ち、近くにあった冷蔵庫を引き寄せると―

「まだまだ負けないぜ、出久」

 

 この前やったホバーボード擬きの要領で、地面から15cm程浮遊。そのまま冷蔵庫を牽引していく。

 ふむ、これは身体だけでなく“個性”の鍛錬としても良い感じだな。

 

 こうやって、放課後と休日に少しずつではあるがゴミを撤去し、海浜公園を綺麗にしていく俺達。そのスピードは決して速くはないと思っていたが…。

 

「10日でこれほどとは…いやはや、良い意味で予想を裏切ってくれる」 

 

 様子を見に来たオールマイトが思わず呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。そして半年後―

 

「「終わったー!!」」

 

 俺達は全てのゴミを片付け終えた。オールマイトから指定された区域だけじゃない。海浜公園全体のゴミを片付け終えたのだ。

 

「2人とも見事だ! これほどの短期間かつ、私が指定した区域以外の場所まで…もはや、驚き以外の何物でもないよ!」

 

 オールマイトからの称賛の言葉を背に受けながら、ハイタッチをかわす俺と出久。

 

「予定よりもかなり早いけど、ここからは更に踏み込んだ鍛錬を行っていく! 2人とも心の準備はいいかな?」

 

 そして、この日から雄英入試前日まで、互いの“個性”をフルに使っての猛特訓が始まるのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
気づけばUAが10000を突破!
更に、評価までしていただき、身が引き締まる思いです。

これからも皆様からの期待に応えられるよう、頑張ってまいります!!


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第1章 入学と戦闘訓練編
第6話:雄英高校入学試験!(改訂版)


第6話を投稿します。
短いですがお楽しみ頂ければ、幸いです。

2019/01/20

指摘を受け、大幅な加筆修正を行いました。


雷鳥side

 

 互いの“個性”をフルに使っての特訓を開始して4ヶ月、雄英高校入試まであと3日となったその日。

 

「成績上位での合格…ですか」

「一応、理由をお聞かせ願えます?」

 

 特訓を終えた俺と出久は、オールマイトからの『お願い』に首を傾げていた。

 

「うむ…薄々君達も解っているとは思うけど、ぶっちゃけ私が平和の象徴として立っていられる時間って、実はそんなに長くない」

「…はい」

「だからこそ! 次代の平和の象徴として、私は君達を選んだ! 君達が来た! という事を世の中に知らしめる第一歩として、雄英高校入試では成績上位で合格してほしい!!」

「なるほど…オールマイトの仰りたい事はよくわかりました。でも、()()()()って言うのは気に食わないですね」

「え?」

「やるからには、ワンツーフィニッシュでしょう! なぁ、出久!!」

「そうだね! 雷鳥兄ちゃん!!」

 

 オールマイトの『お願い』にそう答えを返し、俺と出久は互いの拳をぶつけ合う。

 

「見据えていたのは、遥か先…か」

 

 そんな俺達を、オールマイトはどこか眩しそうに見つめていた。

 

 

 そして、3日後。俺達は雄英高校入試に望んでいた。

 会場入りする前に、爆豪(クソガキ)が俺達に因縁をつけてきたり、緊張したのか珍しく転びそうになった出久が、同じ受験生の女子に助けてもらったりと、ちょっとしたトラブルはあったが、大した問題ではないだろう。

 

「今日は俺のライヴにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!」 

「こいつぁシヴィー!! 受験生のリスナー! 実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ?」

 

 むしろ問題なのは、実技試験のレクチャーを行っているボイスヒーロー『プレゼント・マイク』の滑りっぷりだ。

 

 「ラジオ毎週聞いてるよ。感激だなぁ…」 

 

 感銘を受けているのは出久ぐらいだぞ…まぁ、それはさておき…今の説明で事前に調べておいた実技試験内容との確認作業は出来た。

 

 1つ、制限時間10分の間に、市街地を模した演習場で仮想(ヴィラン)を倒していく。

 2つ、仮想(ヴィラン)は強さに応じてポイントが割り振られた3タイプが多数。それに加えて、妨害用の大型タイプが1体だけ存在する。

 3つ、他人への妨害などアンチヒーローな行為はご法度。

 4つ、アイテムの持ち込みは自由。

 

「これだけわかれば十分だ」

 

 レクチャーも無事終了し、他の受験生達がそれぞれの試験会場へ急ぐ中、俺は少し離れた場所に座っていた出久に視線を送り、簡単なハンドサインでメッセージを送る。

 

 オレノ シケンカイジョウ D

 

 お、返信来た。出久の試験会場はFか。だったら…。

 

 オソラク フイウチ クルゾ キヲツケロ

 

 …了解、そっちも気をつけて。か。どうやら緊張はしていないみたいだな。さて、会場に行くとしますか。

 

 

「街じゃん! 敷地内にこんなんがいくつもあんのか!」

 

 背後から聞こえるそんな声に内心同意しつつ、俺はウォームアップを済ませ、事前に準備し、ポケットに突っ込んでおいたベアリングボールと、先端を潰した釘を確認。いつでも“個性”を発動出来る状態で待機していると―

 

「ハイ、スタートー!」

 

 なんとも気の抜けたプレゼント・マイクの声が聞こえた。

 

「っしゃぁ!」

 

 それと同時に走り出し、集団を抜け出した俺は“個性”を発動。地面から15cm程浮遊するとそのまま滑走。どんどん試験会場の奥へと進んでいく。

 

 他の連中は…プレゼント・マイクに発破をかけられてようやく動き出したか。序盤のリードを活かして、ポイントを荒稼ぎさせてもらおう。等と思っていると、目の前のビルを壊しながら仮想(ヴィラン)が現れた。たしかこの形状は1Pの奴か。

 

「標的捕捉!! ブッ殺―」

「電パンチ!」

 

 耳障りな機械音声を遮る形で、すれ違いざまに電気を纏わせた拳で頭部を一撃。同時に高圧電流を流し込んで無力化する。まずは1P。

 

「標的捕捉!!」

「標的捕捉!!」

「標的捕捉!!」

 

 すると何かしらの反応を察知したのだろう。近くに潜んでいた3体の仮想(ヴィラン)が、俺を囲むように一斉に姿を現し、攻撃を仕掛けてくるが―

 

「ブッ殺―」

「やかましい!」

 

 在り来たりな台詞を言わせる暇など与えない。指で弾いたベアリングボールを電磁加速して、仮想(ヴィラン)に浴びせていく。

 たかがベアリングボールと侮るなかれ。海浜公園を掃除している時に試してみたが、厚さ3cm程度の木の板(まないた)を容易く貫くくらいの威力は発揮できたのだ。 

 ちなみに、出久が同じ事をやったら、木の板どころか粗大ゴミの冷蔵庫を貫通していた…。すごいね、筋力。

 

「お、来た来た」

 

 そんな事を考えていると、会場の中心部から何体もの仮想(ヴィラン)が俺目がけて突進してくるのが見えた。やはり、この仮想(ヴィラン)達は、自分と同型の機体を倒した者に向かって行くようにプログラムされているようだ。

 

「全部で9体。一網打尽といきますか!」

 

 気合を入れなおし、敵集団へ滑走。全機がこちらの射程に入ったところで、右手を突き出し―

 

「サンダー! ブレークッ!!」

 

 指先から直接放電。薙ぎ払うように9体を一気に無力化する。

 

「さてお次は……ん?」

 

 軽く呼吸を整え、新たな敵を求めて周囲を見回すと1人の女子が5体の仮想(ヴィラン)に囲まれているのが見えた。形状からして3Pの奴が3体に、2Pの奴が2体か。恐らく集団で潜んでいた所に運悪く足を踏み入れてしまったんだろう。

 女子は蛙のような動きで敵集団の攻撃を避け続けているが、多勢に無勢なのは見るまでもない。

 

「人助けもまたヒーローの道ってね!」

 

 迷う事無く女子の援護を決めた俺は、全力で滑走。ベアリングボールよりも空気抵抗を受けにくい分、長距離を狙える釘を連続で射出して、2Pの2体を無力化。更に―

 

「暫く、止まってろ!」

 

 両手から磁気を放出して、3Pの3体をまとめて拘束する。

 

「今だ! 攻撃するなり離脱するなり、好きにしろ!」 

「ケロッ!」

 

 俺の声に反応し、跳躍からの両足蹴りで2体。長い舌を巻きつけての投げ飛ばしで1体を無力化する女子。“蛙”の個性か。さっきの回避といい、なかなかのセンスだ。

 

「大丈夫か?」

「えぇ、攻撃は避け続けたからダメージはないわ」

「ピンチのように見えたんでな。余計なお節介とは思ったが、助太刀させてもらった」

「お節介だなんてとんでもないわ。助けてくれてありがとう」

「あぁ、じゃあ残り6分。お互い最後まで頑張ろうな!」

 

 そう言って女子に背を向けた俺は、新たな敵を求めて移動を開始した。俺の名前を問う声が聞こえた気がするが、こういう時はクールに去るのが格好良いんだよな!

 さて、現時点での戦果は1Pの奴が9体に2Pの奴が6体。合計21Pか。主席合格を狙うにはまだまだ足りない。更にギアを上げていきますか!!

 

 残り時間6分。俺は持てる“個性”の全てを駆使して、仮想(ヴィラン)を片っ端から撃破していく。

 途中、直接戦闘には不向きな“個性”を持つ受験生が苦戦していたのを見かけては、磁力で仮想(ヴィラン)の動きを封じたり、ベアリングボールや釘を使っての援護射撃でアシストする事も忘れない。

 ………散々やっておいて今更だが、これって問題ないよな? たしか、他人への妨害がご法度だったから…まぁ、大丈夫だろう。

 そうしている間に制限時間は残り2分を切り…試験会場に変化が起きた。ビル並の大きさをした仮想(ヴィラン)が現れたのだ。レクチャーで話題になった0Pの巨大仮想(ヴィラン)タイプか。

 

「な、なんだよアレ! いくら何でもデカすぎる!!」

「どうせ0Pなんだろ!? だったら、無理に戦う必要なんかねぇよ!」

 

 その巨体に恐れをなしたのか、受験生の殆どが蜘蛛の子を散らすように逃げていくなか、俺は周囲とは反対に巨大仮想(ヴィラン)に向かって滑走していた。

 

「お、おい! 何やってんだ!」

「馬鹿! あんな奴ほっとけ! 逃げるんだよ!」

 

 周囲からは自殺志願者とでも見られているようだが、奴らは気づいていない。巨大仮想(ヴィラン)の進む先に、腰を抜かした男子と、なんとかそれを助けようとしている女子がいる事を。

 

「ひぃぃぃぃぃっ!! も、もう駄目だ! 潰されるぅ!」

「ケロッ! まだ逃げる時間はあるから落ち着いて!」

 

 おいおい、助けようとしているのはさっきの蛙女子かよ! 多少なりとも知り合っちまった相手なら、猶更助けないとな!

 

「オラオラオラッ! お前の相手はこっちだ!」

 

 残る全てのベアリングボールと釘を連続で射出し、巨大仮想(ヴィラン)を攻撃。だが、巨大な分装甲も厚いようで、ベアリングボールは装甲を凹ませた程度で弾かれ、釘も刺さりはするが、内部構造を傷つけるには至らない。それでも、巨大仮想(ヴィラン)の興味にはこちらに移ったのか、俺の方へと向かって来た。

 

「こいつは俺が何とかする! 今のうちにそのちっこい奴を連れて行け!」

 

 蛙女子に指示を下し、巨大仮想(ヴィラン)に向き直る。そして、蛙女子がちっこいのを連れて離脱したのを確認したところで―

 

「これで最後だ…ド派手に決めてやるよ! 最大出力! サンダー! ブレーク!!」

 

 俺は今放てる最大出力で放電。落雷にも匹敵する高圧電流で、巨大仮想(ヴィラン)を包み込んだ。

 

「…俺の、勝ちだ!」

 

 白煙を上げながら崩れ落ちる巨体をバックに右手を掲げる俺。こうして俺の実技試験は終了した。

 

 

出久side

 

「ハイ、スタートー!」

 

 プレゼント・マイクの声に反応して、周りよりも早くスタートする事が出来た僕は、緑色のオーラを全員に迸らせながら、試験会場の中心へ向かって疾走する。

 半年に及ぶ海浜公園の清掃とその後4ヶ月の猛特訓で、『ワン・フォー・オール』の出力上限は当初の23%から30%にまで上昇したけど、正直どこまでやれるかは未知数。最初から全力だ!

 

「標的捕そ―」

「はぁっ!」

 

 早速遭遇した仮想(ヴィラン)を殴ると、木っ端微塵に吹き飛んでしまった。…この仮想(ヴィラン)脆すぎないかな? いくら1Pの雑魚でもこれじゃあ評価にならない気がするんだけど…。

 

「標的捕捉!!」

「標的捕捉!!」

「標的捕捉!!」

 

 しまった! 派手に吹き飛ばしたせいで、周りの仮想(ヴィラン)が次々に集まってきた。取り囲まれたら厄介。だったら!

 

「でぇぇぇいっ!!」

 

 咄嗟に右拳を地面に叩きつけて、僕を中心にした半径5m程の地面を深さ2m程度のすり鉢状に凹ませる。突然の事に仮想(ヴィラン)達は対応出来ないまま転倒し、中心=すり鉢の底にいる僕の元へ滑り落ちてきた。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 あとは簡単。僕の間合いに入ってきた仮想(ヴィラン)を片っ端から倒せばいい! 殴って、蹴って、投げ飛ばす!

 

「これで10体! まだまだいくぞぉ!」

 

 

 試験開始から8分。仮想(ヴィラン)も多分50体は倒したと思う。

 途中、苦戦していた受験生を何度か助けたけど、皆お礼を言った後に『パワーが違いすぎる…』『レベルが桁違いだ…』とか青い顔で言っていた。オールマイトに比べたら、僕なんてまだまだヒヨッコなのに…皆! そんな事じゃヒーローになれないよ!

 そんな事を考えていると、ビルを破壊しながら、巨大な仮想(ヴィラン)が現れた。説明にあった0Pの妨害タイプだ!

 

「うわぁっ! に、逃げろ!」

「冗談じゃねぇ! あんなのありかよ!」

「倒す必要はないんだ! 戦術的に見て、撤退した方が賢明だ!」

 

 それを見た受験者達は一目散に逃げていく。倒す必要がないから、戦術的に撤退した方が賢明、その判断は決して間違ってはいないだろう。でも、彼らの目には映っていないのか? 巨大仮想敵(あいつ)のすぐ近くに女の子が蹲っているのが!

 

「させるかぁっ!!」

 

 あの様子から見て、何かしらの怪我をしているのは間違いない。女の子を回収して離脱するのはタイミング的にギリギリ。だったら!

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 十分な加速をつけた所でジャンプ! 巨大仮想敵(あいつ)の頭上を取って―

 

「一撃! 必倒!」

 

 全力で殴る! 命中の瞬間物凄い破裂音が響き、巨大仮想敵(あいつ)はバラバラになりながら吹き飛び、近くのビルに激突していった。そして―

 

「終了ー!!」

 

 着地と同時にプレゼント・マイクの声が響き、僕の実技試験は終了した。

 

 これは余談だけど、助けた女子は試験前に僕を助けてくれた子だった。すぐに担架で運ばれていったから名前も聞けなかったけど、無事に合格しているといいな。

 

 

雷鳥side

 

 試験から1週間後。出久と引子姉さんは俺の家、即ち引子姉さんの実家に来ていた。

 出久の手には雄英高校からの手紙が握られていて…そう、俺の結果と一緒に見ようというわけだ。

 

「い、出久も雷鳥もだ、大丈夫よね?」 

 

 緊張のあまり、声が上ずっている引子姉さん。俺の両親も声こそ出さないが緊張を必死に押し殺しているのがよくわかる。まぁ、長男と初孫の入試結果を同時に聞かされるわけだから、気持ちはわからなくもない。

 

「よし、それじゃあ見るか」

「うん!」

 

 両親達と違い、俺と出久は気楽なものだ。入っていた機械を同時に作動させれば―

 

『『私が投影された!!』』

 

 それぞれ映し出されるオールマイト。どうやら来年度から雄英高校の教師になるらしい。他にも何か話したがっていたが、画面外から何やら指示を受けたらしく、合否の発表となった。

 まず、筆記試験だが…これは俺も出久も合格ラインを余裕でクリア。そして実技試験は―

 

『緑谷出久! 撃破ポイント85P! 文句なしの合格だ!』

『吸阪雷鳥! 撃破ポイント77P! 文句なしの合格だ!』 

 

 8P差か。仕方ない、主席合格の座は出久に譲るとするか…そう思いながら、機械のスイッチを切ろうとすると―

 

『『だが、実は先の入試で見ていたのは(ヴィラン)Pのみにあらず!』』

 

 オールマイトがそんな事を言い出した。よく聞いてみれば、救助活動(レスキュー)Pという審査制のポイントが加算されるそうだ。そしてその結果は…。

 

『緑谷出久! 救助活動(レスキュー)ポイント75P! 合計160P!』

『吸阪雷鳥! 救助活動(レスキュー)ポイント83P! 合計160P!』

 

 なんと、同点かよ。

 

『『おめでとう! 君達が同点で主席合格者だ!!』』

『『来いよ、少年達。雄英(ここ)が君達のヒーローアカデミアだ!!』』

  

 オールマイトのこの言葉と共に、両親と引子姉さんが歓喜の声を上げる。

 

 こうして俺達の雄英高校での日々が始まる事となった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついにUAが15000を突破!

これからも皆様からの期待に応えられるよう、頑張ってまいります!!

なお、2人のヴィランポイントの内訳ですが…

出久 1P×27 2P×20 3P×6 合計85P
雷鳥 1P×26 2P×18 3P×5 合計77P

となります。


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第6.5話:入学試験終了後の一幕

短編として、入学試験後の一幕を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


オールマイトside

 

 入学試験終了後、私は雄英高校の校長や教師陣が一堂に会しての重要会議に出席していた。

 来年度から雄英高校でお世話になるとはいえ、本来ならば未だ部外者である私は参加出来ない。だが、来年度から共に働くのだからと、校長が招待してくださったのだ。

 

「実技総合成績出ました」

 

 ミッドナイト先生の声と共に、上位合格者10名の氏名と成績がスクリーンに映し出され、全員の視線がそれに集中する。

 

 順位   氏名    VILLAN  RESCUE  合計

 

 1位  吸阪雷鳥     77      83    160

 1位  緑谷出久     85      75    160

 3位  爆豪勝己     77      0     77

 4位  切島鋭児郎    39      35    74

 5位  麗日お茶子    28      45    72

 6位  塩崎茨      36      32    68

 7位  拳藤一佳     25      40    65

 8位  飯田天哉     52      9     61

 9位  鉄哲徹鐵     49      10    59

10位  常闇踏陰     47      10    57

 

 おぉ、流石は緑谷少年と吸阪少年。ダントツで1位タイか!

 そして、結果を見た教師陣からも次々と声が上がり始めた。

 

「1位タイの2人。合計ポイントが100を超えるだけでも珍しいのに、150越えだと!?」

「2人とも(ヴィラン)ポイント、救助活動(レスキュー)ポイントをバランス良く稼いでいる上に、0Pの大型仮想(ヴィラン)を容易く撃破している。いやはや、スーパールーキーなどと言う言葉では表現しきれませんな」

 

 注目はやはり緑谷少年と吸阪少年の2人。

 試験の様子がスクリーンに映し出されると、あちこちから感嘆の声が上がり始める。

 

「この緑谷出久は何度見てもすげぇな! あのデカイのを一撃粉砕! 最初見た時は思わずYEAH! って叫んじまったよ!」

「いや、こちらの吸阪雷鳥もなかなかのものですよ。あれだけのベアリングボールや釘を射出しながら、全弾命中。生半可な腕では、あんな芸当こなせません」

 

 プレゼント・マイク先生が緑谷少年を賞賛すれば、スナイプ先生が吸阪少年を持ち上げる。

 

「僕としては、2人の救助活動(レスキュー)ポイントの高さに注目したいですね。ヒーローとは、ただ(ヴィラン)を倒せば良いと考える若者も少なくない中、この2人は自分達の“個性”が他人を助ける為にもある事をよく理解している。素晴らしい事です」

「ソシテ、コレダケノ高得点ヲ叩キ出ストイウ事ハ、周囲ノ状況ヲ素早ク察知スルダケノ広イ視野ヲ持ッテイルトイウ事。将来ガ楽シミナ逸材ダ」

 

 13号先生、エクトプラズム先生からも高評価を頂いている。これは2人が入学する時が実に楽しみだ。

 

「まぁ、この2人はこの位にして3位以下の子達も見ていこうか」

 

 校長のその言葉で、3位の爆豪少年に先生方の視線が集まる。

 

(ヴィラン)ポイント77で、救助活動(レスキュー)ポイント0…(ヴィラン)ポイントだけでこれだけ稼ぐのは大したものだし、例年なら間違いなく主席合格だったんだろうが…」

「正直、上の2人を見た後だと見劣りしますな…救助活動(レスキュー)ポイントが0なのも、あまりよろしくない。13号先生の仰っていた『ただ(ヴィラン)を倒せば良いと考える若者』の典型的な例のようだ」

 

 うーむ、爆豪少年はあまり評価が高くないようだ。だが、緑谷少年や吸阪少年と切磋琢磨し、共に立派なヒーローになってくれる事を心から祈っているよ!

 

 会議はまだまだ続いていく。私は力が入り、少し凝ってしまった首と肩を軽く回し、会議に集中するのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第7話:波乱の個性把握テスト!

第7話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 合格発表から月日はあっという間に流れ、今日は雄英高校の入学式。

 1週間前から引子姉さんの家に居候している俺は、出久と共に雄英の制服に袖を通し、家を出発しようとしたのだが…。

 

「出久! ティッシュ持った!?」

「うん」

「雷鳥! ハンカチは!?」

「大丈夫だよ」

「お、お弁当は!?」

「「この手に持ってるのは!?」」

 

 さっきから引子姉さんがこの調子で大変だ。この緊張っぷりを見ていると、かえって落ち着いてくる。

 

「出久、そろそろ出ないと流石に不味いぞ」

「そうだね…それじゃあ母さん、行くね」

「2人とも!」

「「今度は何!?」」

「超カッコイイよ」

「「……行ってきます!」」

 

 

 引子姉さんに見送られた俺達は、何のトラブルもなく雄英高校に到着。その広大な敷地をマップで確認しながら進み、1-Aの教室に辿り着いていた。

 

「ドア、デカいね…」

「まぁ、“個性”の中には異形型で巨大化している奴もいるからな。それに対応する為だろ」

 

 そんな軽口を言いあいながら、教室のドアを開くと―

 

「机に足をかけるな! 歴代の諸先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

「思わねーよ! 手前、何処中だよ! 端役が!!」

 

 爆豪(クソガキ)が、眼鏡をかけた如何にも真面目そうな男子と口論の真っ最中だった…。

 

「…雷鳥兄ちゃん」

「言うな。この馬鹿も合格していた事を迂闊にも忘れていた…」

 

 目の前の光景に思わず顔を顰めていると、それに気づいたのか男子…たしか、伊田君だったか、飯田君だったか…が、ばつの悪そうな顔で近づいてきた。

 ちなみに爆豪(クソガキ)は出久を一目見るなり、不貞腐れたように明後日の方向を向いている。

 

「不快な思いをさせて申し訳ない。ボ…俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

「大丈夫だ。気にしないでくれ。俺は風見中学出身、吸阪雷鳥だ」

「僕は折寺中学出身の緑谷出久。よろしくね。飯田君」

 

 それぞれ自己紹介を交わすと、出久は飯田と実技試験会場が同じだったらしく、その時の話題で盛り上がっていた。

 どうやら、飯田は出久が0Pの大型仮想(ヴィラン)を撃破した事に感銘を受けているようで―

 

「あの実技試験の構造に、俺は気づけなかった…悔しいが、君の方が何枚も上手だったようだ!」

 

 等と、熱く語っている。うん、出久の良い友人になりそうだ。そんな事を考えていると―

 

「貴方もA組だったのね。ヒーローさん」

 

 背後からそんな声をかけられた。振り返ってみれば、そこにいたのは―

 

「あぁ、君は実技試験の時の!」

 

 実技試験の時に手を貸した蛙女子。その後ろには、大型仮想(ヴィラン)を倒した時に助けたちっこい奴もいる。

 

「貴方に2度も助けられたから、合格できたわ」

「いやいや、君なら俺が手を貸さなくても切り抜けられたさ。と、自己紹介がまだだったな。吸阪雷鳥だ」

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んでね」

「オイラ、峰田実! あの時は助けてくれてありがとな!」

 

 梅雨ちゃんに峰田か。2人ともなかなか面白そうなキャラをしているな。

 2人を紹介しようと出久の方を見れば、向こうも女子に声をかけられていた。会話の内容からして、出久が助けたという女子だな。無事に合格できたようで何よりだ。

 

「…ん?」

 

 その時、俺の“個性”が反応を示した。これは…何かが近づいてきて…そうか、思い出した。

 

「皆、そろそろ席に着いた方が良さそうだ」

 

 さりげなく周囲に着席を促し、俺自身も席に着く。それから5秒と経たないうちに。

 

「おや、既に着席していたか…」

 

 長いマフラーを首に巻き、パック入りのゼリー飲料と丸めた寝袋を手にした男が入ってきた。

 

「私が入ってくる前に着席し、私語をやめている。時間は有限。君達は合理性というものをわかっているね」

 

 そう言うと男はゼリー飲料を一息で飲み干し―

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

 自らの素性を俺達に明かした。はっきり言って、とても先生には見えない。俺自身、前世の記憶で思い出していなかったら、とても信じられなかっただろう。

 そんな俺達の心境をわかっているのか、いないのか、相澤先生は一言。

 

「早速だが、体操服(コレ)着て、グラウンドに出ろ」

 

 それだけ言って、教室を出ていった。

 

 

 体操服に着替え、グラウンドに集合した俺達に相澤先生は『個性把握テスト』の実施を宣告した。

 いきなりすぎるという声もあがるが、先生は雄英高校は自由な校風が売り。そしてそれは先生側もまた然り。と聞く耳を持たないまま説明を続けていく。

 

 ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈、以上8種目を測定する。ただし、“個性”ありで。

 

「まず、自らの『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。そして…トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し、除籍処分とする」

 

 投げ込まれた爆弾に驚き、抗議の声をあげるクラスメート達。だが、相澤先生は涼しい顔…むしろ笑みさえ浮かべ― 

 

「自然災害、大事故、身勝手な(ヴィラン)達…いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽に溢れてる。そしてそういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー」

「これから3年間。雄英は全力で君達に苦難を与え続ける。“Plus Ultra(更に向こうへ)”さ。全力で乗り越えて来い」

 

 俺達を煽ってきた。すると―

 

「よっしゃぁ! やってやるぜ!!」

 

 赤い髪を逆立てた男子が気合と共に立ち上がり、それをきっかけに全員の目の色が変わる。

 

「やる気になったようで結構。準備運動の済んだ者から進めていく…スロースターターな“個性”の持ち主もいるからな。最大値を測るなら、出席番号順より合理的だ」

 

 先生のその声と共に各々準備運動を開始し…第1種目ソフトボール投げが始まった。

 

「準備の出来た者から開始するぞ。1人目は誰だ?」

「トップは俺だ! お前らは俺の後塵を拝してやがれ!」

 

 自信満々に名乗りをあげた爆豪(クソガキ)は、先生から測定用のボールを受け取ると―

 

「死ねぇ!!!」

 

 ヒーローらしからぬ掛け声と共に、ボールを爆風に乗せて投げ飛ばした。

 

「記録、705.2m…なかなかのもんだ」

 

 相澤先生の言葉にドヤ顔を決める爆豪(クソガキ)。だが、自分がトップだと思い込んでいるその表情は―

 

「流石に入学試験を『3位』で合格しただけの事はあるな」

「…は?」

 

 一瞬で崩れ去った。

 

「お、俺が3位…そんな訳ねぇ! 獲得P77は過去10年の記録を見たって、トップクラ―」

「過去の記録は過去の記録。今年はお前の上を記録した者が2人いたって事だ。それも150P越えのな」

「ひゃ、150P越え…」

 

 うん、良い顔してるよ()()()。さぁて、そろそろやるとしますか。

 

「先生、次は俺が」

「そうか…爆豪、よく見ておけ。今年の入試で1位タイを記録した2人のうちの1人。吸阪雷鳥だ」

「あの、“没個性”野郎が…だと…」

 

 とても信じられない。って顔してるな。まぁ、これを見れば嫌でも信じるか。

 

「先生。一応確認なんですが…本当に()()でやって良いんですね?」

「………周囲に被害を及ぼさない。学校の設備を壊さない事が前提だがな」

「最大限努力します」

 

 測定用ボールを受け取り、“個性”を発動。要領としてはベアリングボールや釘と同じ、電磁加速で飛ばす。ただ、今回はとにかく長い距離を飛ばすのだから、出力もそれ相応に上げていく。

 

「エネルギー充填…100%! 皆、少し下がってな! あと、目を瞑るなりして、直にこっちを見ないでくれよ!」

 

 全員がある程度後退し、それぞれ目をガードしたところで充填していた力を一気に解き放つ!

 

「『マグネ・マグナム』強化版…名付けて、『マグネ・キャノン』! シュート!」

 

 その瞬間、測定用ボールは弾丸のような速さで空を飛び…爆豪の投げたボールの遥か先に落下した。

 

「…1896.3m」

「あー、2000mいかなかったか。まぁ、周辺に被害及ぼさないようにしたら、こんなもんかな」

 

 2km越えを目指していただけに、届かなかったのは何気に悔しい。だが、爆豪(クソガキ)の記録にダブルスコアつけれたから、まぁいいか。

 

「すげぇ! まるでミサイルだ!」

「ミサイルというより砲弾ですわね。電磁加速を用いた物ですから…レールガンと呼称すべきでしょうか?」

「あ、ありえねぇ…」

 

 反応は人それぞれだが…爆豪(クソガキ)の反応はわかりやすいな。このまま一気に畳みかけるのも面白い。

 

「先生! 次は僕が」

 

 等と考えていると、出久が名乗りをあげた。早速相澤先生から測定用ボールを受け取り、サークルへ向かう。

 

「ケッ、デクなんかに何が出来る。大体、あいつが合格したのだって、何かの間違いだ。すぐにメッキが剥がれ―」

「でぇやぁぁっ!!」

 

 爆豪(クソガキ)の声を遮るように響く出久の声。それと同時に放たれたボールは、俺のはじき出した飛距離を僅かに上回る。

 

「…1902.7m」

 

 クッ、抜かれたか。まぁ、1種目目だ。次の種目で取り返せば…。

 

「…どーいうことだ、こら! ワケを言えデク! てめぇ!!」

 

 等と考えていたら、爆豪(クソガキ)が“個性”を発動しながら、出久に殴りかかっていた。当然、出久は迎え撃つため、構えるが―

 

「爆豪、何やってる」

 

 出久の間合いに入る前に、相澤先生のマフラーが爆豪(クソガキ)に巻きつき、動きを止めると同時に、その“個性”も消してしまう。

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。ったく、“個性”を使わせるな。俺はドライアイなんだ」

「“個性”を消した…そうか! 視ただけで人の“個性”を抹消する“個性”、抹消ヒーロー、イレイザーヘッドは、相澤先生だったのか!!」 

「イレイザーヘッド…聞かない名前だな」

「たしか、『仕事に差し支える』という理由で、メディアへの露出を嫌っているアングラ系ヒーロー…だったかしら」

「サンキュー、梅雨ちゃん」

「どういたしまして。ケロケロ」

 

「こんな筈はねぇ! デクは“無個性”だ! どんな不正をやりやがった!」

 

 相澤先生の拘束から解放されるや否や、声高に出久の不正を訴える爆豪(クソガキ)だが―

 

「緑谷は1年前に“個性”が発現し、役所に届け出ている。医師の診断書も確認済みだ」

「“個性”の発現は、遅くとも4歳までの筈だろう!」

「それはあくまでも一般的な例だ。4歳以降に“個性”が発現した例はそれほど多くないが存在する。主に第1世代や第2世代だが、第3世代以降でも0じゃない。自分の無知をひけらかすな」

「………」

 

 相澤先生に全て論破され、何も言えなくなってしまう。

 

「時間がもったいない。次準備しろ」

 

 先生の一言で、何事もなかったかのようにソフトボール投げは再開され、最終的に出久が1位…ではなく、“無重力”の個性を持つ麗日お茶子が、無限大の記録を叩き出し、1位となった。

 …そういえば八百万…百だったか。彼女は創造の“個性”で大砲を作りだして、ボールを発射していたが…あれはいいのだろうか? まぁ、相澤先生がOKしたならOKなんだろうが。

 

 

 続けて始まったのは第2種目50m走。俺はいつものようにイオノクラフトの要領で駆け抜ける。

 

「ターボユニット!」

「吸阪、3.00秒」

「クッ、0.04秒及ばなかったか!」

「でも、あれは疾走というより滑走よね」 

 

 出久は『ワン・フォー・オール』で増加した身体能力で爆走する。

 

「緑谷、2.91秒」

「すげぇ! 緑谷がトップだ!」

「50m走というより、三段跳びになってるけどね」

 

 

 第3種目は握力。電気で筋肉を刺激し、一時的に筋力を増加して…。

 

「吸阪、130kgw」

「まぁ、こんなもんか」

「緑谷、720kgw」

「700kgw越えたーっ!!」

 

 

 その後、立ち幅跳び、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈を順当にこなし、最終種目持久走は俺と出久が同着で1位となって全行程は終了した。

 

「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので、一括開示する」

 

 相澤先生の言葉と共に映し出される順位表。トータル最下位は除籍となるが…それは一体誰なのか。全員の視線が最下位に集中し―

 

「ちなみに除籍は嘘な」

 

 その言葉で一斉に、相澤先生の方を向き―

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

 その場に崩れ落ちた。俺もこの結末は何となく覚えていたが、つられて一緒に崩れ落ちてしまった。

 

「あんなのウソに決まっているじゃない…ちょっと考えればわかりますわ…」

 

 八百万の呆れたような声が耳に痛い。まぁ、とにかく…俺達の高校生生活1日目はこうやって終わりを告げるのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
UAが24000を突破!

見たことのない数になり、驚きを隠せないでいます。
これからも皆様からの期待に応えられるよう、頑張ってまいります!!

ちなみに、個性把握テストの順位表はこんな感じです。

 1位:緑谷出久 
 2位:吸阪雷鳥 
 3位:八百万百 
 4位:轟焦凍
 5位:爆豪勝己
 6位:飯田天哉
 7位:常闇踏陰
 8位:障子目蔵
 9位:尾白猿夫
 10位:切島鋭児郎
 11位:芦戸三奈
 12位:麗日お茶子
 13位:口田甲司
 14位:砂藤力道
 15位:蛙吹梅雨
 16位:青山優雅
 17位:瀬呂範太
 18位:耳郎響香
 19位:葉隠透
 20位:峰田実


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第8話:戦闘訓練!ーその1ー

第8話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 個性把握テストを終え、諸々の書類を受け取った俺達は、帰宅の途についた訳だが―

 

「緑谷君! 吸阪君!」

 

 それに気づいた飯田が俺達に声をかけてきたのを皮切りに―

 

「おーい! お三かたー! 駅まで? 待ってー!」

「ケロケロ。私も途中までご一緒させてもらえるかしら?」

 

 梅雨ちゃんと…たしか、麗日だったか…が、合流してきた。

 

「君達は…たしか(むげん)女子と蛙女子」

「む、∞女子に蛙女子って…飯田君、もしかしてあだ名のセンス0!?」

「あだ名のセンスもだが、飯田…女子の名前はなるべく早く覚えたほうがいいぞ…」

「む、も、申し訳ない…」

「ハハ、ハハハ…」

「じゃあ、改めて自己紹介! 麗日お茶子です!」

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んでちょうだい。でも…飯田ちゃんは性格上、ちゃん付けは出来ないタイプみたいね」

「ぐっ!? た、たしかにその通りだ…だが、蛙吹くんが望むのであれば、そう呼べるように努力しよう!」

「自分のペースでいいわよ。ケロケロ」

 

 そんなやり取りをしながら歩いていると、街路樹の陰から峰田(ちっこいの)が、こちらを射殺さんばかりの視線で睨みつけていたのに気づいたが、華麗にスルーしておく。

 

「それにしても、個性把握テストでの2人の活躍は実に凄まじいものだった。感服したよ!」

「そうね。吸阪ちゃんも緑谷ちゃんも殆どの種目で上位に入っていたし…普通の記録だったのは、長座体前屈くらいね」

「まぁ、伊達に10年以上2人で鍛えてきた訳じゃないからな」 

「10年以上…2人はすごく親しいみたいだけど、幼馴染かなにかなの?」

「親戚同士…まぁ、従兄弟とでも言っておこう」

「幼馴染…と言えるかは微妙だけど、爆豪君とは長い付き合いだよ。あまり良い関係じゃないけど」

「そう言えば、彼は緑谷君の事をデクと呼んでいたな…あれはもしや」

「うん、出久(いずく)の読み方を変えてね…何も出来ない木偶の坊のデクだって」

 

 出久の告白に梅雨ちゃんと麗日は絶句し、飯田も眉間に皺を作りながら声を絞り出す。

 

「蔑称か…個性把握テストの時の言動と言い、彼は性格に少々難があるようだ…」

「少々どころか、大いに難があるよ…出久が止めてなかったら、何度報いを受けさせてやろうと思った事か………」 

 

 あぁ、いかんいかん。奴の事を思い出したら、無性に腹が…ん?

 

「4人ともどうした? そんなに距離を取って…」

「雷鳥兄ちゃん…殺気が、その…だだ漏れだったよ」

「…すまん!」

 

 その後、4人にお詫びとしてジュースやスイーツを奢る事になった。皆気にしていないと言ってくれたが、怯えさせてしまった事に違いはないからな。

 それにしても、あんな事くらいで殺気を外に漏らしてしまうとは…まだまだ俺も鍛錬が足りないよ。 

 

 

 翌日から雄英高校のカリキュラムが正式にスタートした。午前中は英語など必修科目…いわゆる普通の授業を受ける訳だが…

 

「んじゃ、次の英文のうち間違っているのは?」

「おらエヴィバディ、ヘンズアップ! 盛り上がれー!!」

 

 プレゼント・マイクが担当する英語の授業は、すこぶる普通だった。そして昼休み。

 

「こいつは…美味いな」

 

 大食堂で注文した大盛りシーフードカレーの味に、俺は衝撃を受けた。学校の食堂でこれほどの味を、それもここまで安価に提供するとは…大食堂の主であるクックヒーロー『ランチラッシュ』、恐るべしだな。

 

「うん、美味しい!」

 

 出久の頼んだ大盛りカツ丼も絶品らしく、箸が止まる気配がない。

 

「雷鳥兄ちゃんの作るごはんも美味しいけど…」

「むこうはプロだぞ。俺の作るもんより美味くて当ぜ-」

「え!? 吸阪って、自炊してるの!? すっごーい!」

 

 被り気味に背後から聞こえてきた声。振り返って見るとそこには、ピンクの髪と肌を持つ女子の姿が…。

 

「芦戸か。どうした?」

「いや、今緑谷がさ。吸阪の作るごはんって言ってたから、気になってね!」

「あぁ、そういう事か。俺は今、親戚である出久の家に居候しているからな。出来る範囲で家事手伝いをしている。それだけだ」

「雷鳥兄ちゃん、料理上手なんだ。本当なら今日もお弁当の予定だったんだけどね」

「大食堂に興味があったんでな。予定を変更した訳だ。まぁ、来て良かったよ。これだけ美味い物が食えるとわかったのは、収穫だ。出久、明日からの弁当楽しみにしておけ。良い目標が出来た」

「緑谷、良いなぁ! 私料理苦手だし、お弁当作ってくれる人もいないし…あっ! ねぇ、吸阪、私の分もお弁当作って! って、流石に図々し-」

「良いぞ」

「ホント!? ホントに!?」

「あぁ、2人分作るも3人分作るも大して手間は変わらないからな。ただ…材料費と手間賃は貰うぞ。合わせて…300円な」

「安っ! そんな安くていいの!?」

「あぁ、別にこれで利益出す訳じゃないからな。あ、金は明日弁当と引き換えでいい」

「それじゃあ、お願いしまーす!」

 

 教室に戻ると、芦戸から話を聞いた麗日と梅雨ちゃん、葉隠。男子からも切島と瀬呂が弁当の注文をしてきた。

 …全部で8人分。帰りにスーパーに寄らないとな…それに全員分の弁当箱はないから……重箱にでも詰めてくるか。

 

 

 そうしている内に昼休みは終わり、午後の授業。本日のメインイベントが始まった。

 

「わーたーしーがー!!」 

「普通にドアから来た!!」

 

 HAHAHA! と高笑いをしながら教室に入ってくるオールマイトにクラスメートのテンションも上がる。

 

「オールマイトだ…!! すげえや、本当に先生やってるんだね…!!」

「あれ、銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームね!」

 

 クラスメート達からのキラキラした眼差しを受けながら、教壇に立ったオールマイトは高らかに宣言する。

 

「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地をつくる為、様々な訓練を行う科目だ!!」

「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!」

 

 戦闘訓練。その響きに、全員のボルテージは更に一段階アップする。それを-

 

「そしてそいつに伴って…こちら! 入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿って誂えた…戦闘服(コスチューム)!!」

 

 オールマイトは戦闘服(コスチューム)を見せる事で更に煽る。教室のテンションはもはや最高潮だ。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

 

 オールマイトは言う。恰好から入るってのも大切な事だぜ少年少女!! 自覚するのだ!! 今日から自分は…ヒーローなんだと!!

 

 

「良いじゃないか皆、カッコいいぜ!!」

 

 自分だけの戦闘服(コスチューム)に着替え、グラウンド・βに集合した俺達を満足げに見つめるオールマイト。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!」

 

 そこへフルアーマータイプの戦闘服(コスチューム)を身に纏った飯田が、生真面目に挙手をしながら質問をぶつけた事で説明が開始された。

 

 今回行うのは、2人1組の『ヒーロー』と『(ヴィラン)』に分かれての屋内戦。

 状況設定は『核兵器』の隠された(ヴィラン)のアジトへヒーローが乗り込むというもので、制限時間内に(ヴィラン)を無力化するか、『核兵器』を確保すれば、ヒーローの勝ち。

 逆に制限時間内『核兵器』を守るか、ヒーローを無力化すれば(ヴィラン)の勝ち。そして…。

 

「コンビ及び対戦相手は…くじで決める!!」

「適当なのですか!?」

「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップする事が多いし、そういう事を見据えてじゃないかな…」

「そうか…! 先を見据えた計らい…気がつかずに申し訳ありませんでした!!

 

 くじで決めるというアバウトなやり方に声をあげた飯田に、出久が補足説明をするシーンなどを挟みつつくじ引きが行われ、全10チームが決定した。

 

 Aチーム:吸阪雷鳥&麗日お茶子

 Bチーム:轟焦凍&障子目蔵

 Cチーム:八百万百&峰田実

 Dチーム:爆豪勝己&飯田天哉

 Eチーム:芦戸三奈&青山優雅

 Fチーム:口田甲司&砂藤力道

 Gチーム:緑谷出久&耳郎響香

 Hチーム:常闇踏陰&蛙吹梅雨

 Iチーム:尾白猿夫&葉隠透

 Jチーム:切島鋭児郎&瀬呂範太

 

「続いて、最初の対戦カードはこれだ! ヒーローがAチーム! (ヴィラン)がDチームだ!」

 

 Aチーム(俺達)vsDチーム(爆豪達)。その組み合わせが発表された瞬間、俺は心の中で咆哮をあげた。

 戦闘訓練を行う以上、いつかは爆豪(こいつ)とやりあう時が来る…と思っていたが、まさかこうも早くとは…神様の思し召しって奴なら、大歓迎だ。 

 さぁ、やろうぜ爆豪(クソガキ)。お前の大好きなヒーローの(悪が倒される)時間だ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回、遂に雷鳥と爆豪が激突!
果たして勝者はどちらなんでしょうか?(棒読み)


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第9話:戦闘訓練!ーその2ー(改訂版)

第9話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

2019/01/28

指摘を受け、終盤の展開に加筆修正を行いました。


出久side

 

(ヴィラン)チームは先に入ってセッティングを! 5分後にヒーローチームが潜入でスタートする。他の皆はモニターで観察するぞ!」

「飯田少年、爆豪少年は、(ヴィラン)の思考をよく学ぶように! これはほぼ実戦! ケガを恐れず思いっきりな!」

 

 度が過ぎたら中断するけど……。オールマイトのその言葉を聞くとすぐにビルの中へ入っていく飯田君と爆豪君。

 雷鳥兄ちゃんと麗日さんも、作戦の打ち合わせを始めたようだ。僕は小さく手を動かし、雷鳥兄ちゃんにメッセージを送る。

 

 アブナイ コトハ シナイデネ

 

 すぐに雷鳥兄ちゃんから返信が来た。大丈夫だ。安心しろ。か…。

 雷鳥兄ちゃんからの返信に一抹の不安を感じつつ、モニタールームへ移動していると蛙吹さんが僕に話しかけてきた。

 

「緑谷ちゃん、吸阪ちゃんの事が心配なの?」

「心配…うん、そうだね。心配してる」

「大丈夫よ。吸阪ちゃんは強いもの。爆豪ちゃんにもきっと…いえ、間違いなく勝てるわ」

「あ、いや、そうじゃないんだ。心配しているのは、爆豪君の方…」

「………大丈夫よ。吸阪ちゃんも理性的な人だから、やりすぎる事はないと思うわ…多分」

「そう、多分、大丈夫だよね…」

  

 その後2人で、爆豪君の無事を祈ってしまったのは言うまでもない。

 

 

雷鳥side

 

「よろしくね! 吸阪君!!」

「ああ、こっちこそよろしく頼む。早速だが、情報を整理していこう。相手側や俺達の“個性”、互いの戦闘服(コスチューム)のギミック、作戦を立てるにしても情報は多いに越した事はない」

 

 元気よく挨拶をしてくる麗日にそう返しながら、俺は自らの戦闘服(コスチューム)のギミックを確認していく。

 

 ちなみに、俺の戦闘服(コスチューム)は、黒の上下に黒のコート、それから形状の異なる一組の籠手だ。

 

 注文していたギミックは…一通り揃っているな。俺の“個性”も含めて、麗日に説明しておこう。

 

「…大体、こんな所だな」

「吸阪君は出来る事が多くて良いなぁ。私の“個性”は物を浮かせるだけだし、戦闘服(コスチューム)のギミックも大した事ないから」

「いや、俺の“個性”は所詮器用貧乏。麗日の“個性”、無重力(ゼログラビティ)の方が凄いと思うぞ。何より、使い方次第で幾らでも凶悪に出来る」

「いやぁ、吸阪君にそう言われると、なんだか照れますなぁ…」

「今度俺と出久で、稽古をつけてやるよ」

「お願いします!」

「さて、そろそろ5分。行きますか」

 

 作戦内容を話しながら、目標のビルへと向かった俺達は、正面玄関を避け、裏手の窓から侵入。

 

「始めるか」

 

 すぐさま俺が“個性”を発動し、ビル内の状況を調べる。磁気を利用しての探査…まぁレーダー擬きだ。

 

「…見つけた。3階の真ん中に大型の物体。その前に陣取っている1人…恐らくこれが飯田だな。となると…こっちに近づいてくるのが、爆豪だな」

「吸阪君、その探査で人相まで判るの!?」

「いいや、流石にそこまでは判らないさ。ただ、飯田と爆豪、両者の思考パターンを考えれば、大体の見当はつく」

「あ、なるほど」

「あと10秒で会敵だ。打ち合わせ通りに頼む」

「了解!」

 

 ビシッ! と敬礼を決める麗日に苦笑しながら、廊下を進む事10秒。予想通り、爆豪が曲がり角で奇襲を仕掛けてきた!

 

「予想通り!」

 

 爆豪の殺る気十分な一撃。右の大振りから放たれた爆破を防ぐのは、俺が展開した電磁バリア。

 

「チィッ!」

 

 奇襲が防がれるとは夢にも思っていなかったのだろう。舌打ちをしながら俺達と距離を取る爆豪。

 

「バリアだと! ふざけたもん出しやがって!」

「ふざけたも何も、“個性”のちょっとした応用だ。まぁ、お前には出来ない芸当だろうがな」

「てんめぇ!」 

 

 俺の煽りに顔を真っ赤にする爆豪(クソガキ)。まったく、この位の挑発でこれほど反応するとは…煽り耐性無さすぎだろう。

 とにかく、奴の注意がこっちに向いているのは好都合だ。ハンドサインを送り、麗日を先に向かわせる。

 意外な事に何の妨害もなく、麗日は上の階へ向かう事が出来た。予想外の事態に思わず爆豪へ問いかける。

 

「…何の妨害もしないとはな。意外にフェミニストなのか?」

「んなわけねぇだろ、てめえを潰しちまえば、あんな“没個性”の丸顔女なんて一捻りだからだよ!」

 

 あぁ、一瞬でもこいつを見直しかけた自分が恥ずかしい…。

 

「“個性”の強弱でしか、人を見られないのか? 哀れを通り越して滑稽だな。出久が見放すのも当然だ」

「ハッ、まるでデクの保護者みたいな口振りだな。お前、デクの何なんだよ」

「出久の親戚…まぁ、従兄弟とでもしておくか」

「従兄弟!? 元“無個性”と“没個性”の親戚関係とかお笑いだな」

「そのお笑いコンビに、個性把握テストでボロ負けしたのは何処のどいつだ」

「………その口振りが、ムカつくんだよ!!」

 

 

爆豪side

 

 クソ! クソ! クソ! こいつもデクもムカつきやがる! 道端の石っころが…!

 

 -出久(いずく)って、デクって読めるんだぜ!-

 -かっちゃんすげー! 字読めるの?-

 

 字も読めない奴だったくせに!

 

 -んで、デクって何も出来ねーやつのことなんだぜ!-

 -やめてよぉ…-

 -かっちゃんすげー! 頭やべー!-

 

 何も知らない奴だったくせに!

 

 -すげぇ、かっちゃん。何回跳ねた?-

 -7回! デクは?-

 -0回…-

 

 何も出来ない奴だったくせに!

 

 -おぉ、これは凄い“個性”だ!-

 -ヒーロー向きの派手な“個性”ね。勝己君-

 

 そうだよ。俺は凄いんだ。俺以外の奴らは端役(モブ)なんだ。そして…。

 

 -デクって“個性”が無いんだって-

 -ムコセーって言うんだって-

 -ダッセー!-

 

 デクは端役(モブ)どころか、ただの石ころだった。それなのに…。

 

 -何でって、雄英の入試要項に“個性”の有無は記載されていない。だから“無個性”の僕が雄英を受けてはならないという理屈は存在しない-

 -君は知らなかったみたいだけど、模試なら僕もA判定。試験を受ける権利は僕にもある。合格の判定を決めるのは雄英の先生方なんだ。もしも雄英側がNOと言うなら潔く諦めるよ-

 

 “無個性”の石ころが、生意気な事言いやがって!

 

 -わかんないよ! だけど、君が助けを求める顔してた!-

 

 あんな目で俺を見やがって!

 

 -それはあくまでも一般的な例だ。4歳以降に“個性”が発現した例はそれほど多くないが存在する。主に第1世代や第2世代だが、第3世代以降でも0じゃない。自分の無知をひけらかすな-

 

 今になって“個性”が発現しただと? ふざけんな!! 俺の方が…俺の方が上だ!!

 

 

雷鳥side

 

「今ここで、手前をぶっ潰す! その次はデクだ! 俺の方が上だって事を骨の髄まで教えてやる!」

「骨の髄まで…ね。残念だが、お前には出来ないかもしれない」

「死ぃねぇぇぇっ!」

 

 怒りの形相で俺に殴りかかる爆豪。その右腕から放たれる爆破は、当たれば間違いなくただでは済まない。だが―

 

「そんな大振りが当たるかよっ!」

 

 俺は逆にその右腕を掴み、一本背負い!

 

「ガハッ…!」

 

 コンクリートの床に背中を叩きつけられ、悶絶する爆豪。更に―

 

「セイッ!」 

 

 爆豪(やつ)の喉に駄目押しの足刀を叩き込む。普通ならこれでKOなのだが…。

 

「ガァッ!」

 

 残念。普通ではなかった。滅茶苦茶に腕を振り回し、周囲を爆破する爆豪(やつ)から一旦距離を取る。

 

「ゲホッ! ゲホッ! て、てめぇ…ふざけやがって!」

「病院送りにするつもりで蹴ったんだがな。タフネスだけは称賛してやるよ」

「もう許さねぇ! ぶっ殺してやる!」

「ぶっ殺す? おいおい、あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」

「うぁぁぁぁぁっ!」

 

 一度使ってみたかった台詞で煽ってみれば、爆豪(やつ)は怒りが頂点に達したのだろう。声にならない叫びをあげながら、右手の籠手をこちらに向け―

 

「もう解ってんだろうが、俺の爆破は掌の汗腺からニトロみてぇなもん出して爆発させてる。『要望』通りの設計なら、この籠手はそいつを内部に溜めて…」

「ぶっ放すってか? いいぜ、さっさとやれよ。大体、獲物を前にベラベラ喋るのは(ヴィラン)みたいでみっともないぞ」

「…じゃぁ、死ね!」

 

 血走った目で、籠手のトリガーに手をかける爆豪(クソガキ)。どうやら、オールマイトが何か言っているようだが、当たらなきゃ死なねぇよ! 等と訳の分からない事を言っている。

 俺には死ねと言っておいて、当たらなきゃ死なねぇとはどういう事なのやら。

 そして次の瞬間、ビル全体を揺らし、その一角を吹き飛ばすほどの大爆発が発生した。

 

 

爆豪side

 

 やったぜ! あの“没個性”野郎。偉そうな事言ってやがったが、ざまぁみやがれ!

 爆発のせいで部屋中に充満した煙を掻き分ける様に進み、俺は“没個性”野郎の元へと急ぐ。

 

「黒焦げだなぁ」

 

 全身黒焦げで膝を付く“没個性”野郎を見下ろしていると、俺の中の怒りが収まっていくのがわかる。

 

『爆豪少年! これは訓練だぞ!』

 

 無線からオールマイトの声が聞こえる。そう、これはあくまでも訓練だ。訓練の最中にちょっと熱くなって、いつもより強力な爆破をぶっ放しちまっただけだ。よくある話だろう?

 第一、殺しちゃいねえからそこまで問題じゃない。まぁ、病院送りは確定だろうがな!

 

「お前からもこれは訓練中の事故だって、言ってくれよ。な」

 

 そう言って、“没個性”野郎を足で軽く小突くと―

 

「なっ…」

 

 “没個性”野郎がいきなり崩れた。違う、これは―

 

「いつから、それが俺だと錯覚していた?」

 

 背後から聞こえるゾッとするほど冷たい声。慌てて振り返ろうとしたその瞬間―

 

「電パンチ!」

 

 脇腹に強烈な衝撃を受け、俺は壁に叩きつけられるほど吹っ飛ばされていた。

 

 

雷鳥side

 

「いつから、それが俺だと錯覚していた?」

 

 その声に慌てて振り返ろうとする爆豪(クソガキ)の脇腹に―

 

「電パンチ!」

 

 必殺の電パンチをくらわせ、壁まで吹き飛ばす。

 

「ふぅっ、このコート、難燃仕様にしていて良かったよ」

 

 床に落ちたコートを拾い、埃を払って羽織る。あ、やっぱり少し焦げ臭いな。

 

「な、なんでだよ…なんで、黒焦げになってねえんだ…」

 

 おぉ、まだ立ち上がるか。大したタフネスだよ。

 

「そんなに知りたきゃ教えてやる。お前があの爆発を起こした瞬間、俺は最大出力で電磁バリアを張った。まぁ、流石に全部は防ぎきれなかったがな。この難燃仕様のコートのおかげもあって、ダメージは最小限で済んだ」

「そして、煙でお前の視界が塞がっている内に、爆破で砕けた鉄筋コンクリートを磁力で繋げて人型っぽくした後にこのコートを羽織らせた」

「普通の状態じゃ、こんな事してもすぐに見破られる。だが、この視界の悪さと、勝利を確信したお前の油断が味方してくれた。あとは煙に紛れてお前の背後に回り込み、思いっきりぶん殴ったってわけだ。以上、質問はあるか?」

「くそったれが…小細工しやがって…」

「俺って喧嘩弱いから。勝つ為に小細工して何が悪い。じゃあ、そういう訳で」

 

 喋りながら間合いを詰めていた俺は、爆豪(クソガキ)の頭部に回し蹴りを叩き込む。

 

「電キック、回し蹴りバージョン」

「ガハッ…」

 

 3回ほど回転しながら吹き飛び、ようやくダウンする爆豪(クソガキ)。時間は…残り11分か。

 気絶した爆豪(クソガキ)を確保テープでグルグル巻きにしてと…さぁ、麗日と合流するか。

 

 

「飯田く…じゃない。(ヴィラン)に告ぐ! 君は完全に包囲されている! 大人しく投降しなさい!」

「ゲハハハッ! 投降だと? 冗談じゃない! こっちには核兵器があるんだぞ! こいつを爆破されたくなかったら、お前達こそ投降しろぉ!」

 

 3階に到着するとそこでは事前の打ち合わせ通り、麗日が飯田に対して投降を呼びかける形で足止めを図っていた。

 

「待たせたな。麗日」

「あ、吸阪君! って、大丈夫なん?」

「あぁ、少し火傷したくらいだ。どうって事ない。それより状況は?」

「投降の呼びかけは続けているけど、飯田君完全に(ヴィラン)になりきってるから、なかなか上手くいかないよ」

「ふむ…だったら、こいつを投入するか。(ヴィラン)に告ぐ! これを見ろ!」

 

 声と共に『秘密兵器』を飯田目がけて投げる。それは―

 

「ば、爆豪君!?」

 

 確保テープで簀巻きにされ、白目を剥いて気絶した爆豪だ。

 

「お仲間はこの通りだ。残るはお前1人。それでもまだ抵抗するか?」

「う、ぬ、ぐぐぐ…」

「迷っているようだから、1つ判断材料をやろう。大人しく投降して、核兵器を渡してくれるなら、今回の事件、お前は関わっていない事にしてやるよ」

「なに!?」

「司法取引って奴さ。俺達は核兵器を回収できる。お前は全ての責任をコイツに押しつけて、罪が軽くなる。まさにWin-Win。お勤めの期間がグッと短くなるぞ。」

「……待て! 貴様、言っている事が滅茶苦茶だぞ! 俺が関わっていない事にすると言いながら、罪が軽くなるだのお勤めが短くなるだの…貴様、最初から俺を見逃す気など無いだろう!」

「………チッ、引っかからなかったか」

 

 飯田より戦闘能力だけは(・・・)高いであろう爆豪が、成す術なく簀巻きにされた姿を見せれば、動揺して多少無茶な提案にも乗ってくるかも…なんて思ったが、さすがにそうは問屋が卸さないか。

 

「ヒーローめ! (ヴィラン)だからと馬鹿にするなよ! こうなれば、爆豪君の仇討ちだ!」

 

 そう言いながらクラウチングスタートの体勢を取る飯田。仕方ない…相手をするか!

 

「麗日! 巻き添えを食うぞ! 危ないから()()()()()!」

「う、うん!」

「外に出たら、下手に動くなよ! ()()()()()からな!」

 

 そう言うと俺も“個性”を発動して床から浮き上がり…互いに向かって猛スピードで突撃した。

 

「フハハハハハッ! 遅い! 遅い! 遅すぎる!!」

 

 俺の最高速での攻撃を避けながら高笑いの飯田。最高速に達するまでの加速時間は俺の方が短いが、最高速度そのものは飯田のほうが上だ。

 

「ちぃっ!」

 

 飯田の繰り出す攻撃を何とか避け続けるが、俺の攻撃も尽く空を切る。そして―

 

「追い詰めたぞ!」

 

 わずかな判断ミスで生じた隙を突かれ、俺は部屋の隅に追い込まれてしまった。左右上下、全てのルートを塞がれている。これでは逃げる事は出来ない。

 

「個性把握テストの50m走では不覚を取ったが、俺の真のスピードを見たか!」

「あぁ、見た。大したもんだ」

 

 飯田の真の最高速度を見た俺は、素直にそれを賞賛する。たしかに、スピード対決では俺の負けだ。だが―

 

「この勝負、勝つのは俺達だぜ。飯田」

「なに!?」

「出番だぜ! 麗日!」

「まかせて!」

 

 その直後、部屋に飛び込んできたのは“個性”で自らを浮かせた麗日。放物線を描きながら、一直線に核兵器へ向かっていく。

 

「さぁせぇるかぁっ!」

 

 当然、飯田も猛スピードで迎撃に向かおうとするが―

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

 俺が最大出力で磁気を放ち、飯田の戦闘服(コスチューム)に干渉して、そのスピードを緩めていく。

 飯田の位置が核兵器から最も遠い部屋の隅であった事、俺の磁気で飯田の動きが鈍くなった事、そして、麗日が自らの負担も省みず、大ジャンプを決行してくれた事が、明暗を分けた。

 

「核兵器! 回収!!」

 

 時間にしてわずか3秒。3秒だけ麗日が飯田よりも早く核兵器を回収し、俺達の勝利条件は達成された。

 

 ヒーローチーム! WIN!!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回は出久の戦闘訓練。その相手は誰でしょうか?

3択です。

①Bチーム:轟焦凍&障子目蔵

②Cチーム:八百万百&峰田実

③Hチーム:常闇踏陰&蛙吹梅雨

正解しても特に商品はありません(笑)
解答される方、活動報告にお願いします(笑)


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第10話:戦闘訓練!ーその3ー

第10話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、展開の都合上第8話、第9話のタイトルを一部変更しました。


雷鳥side

 

「さぁ、AチームvsDチームの講評の時間だ! 皆の忌憚の無い意見を聞かせてくれ!」

 

 モニタールームに移動した俺と麗日、飯田を迎えたオールマイトが、俺達の戦いを見ていたクラスメート達に意見を求める。

 なお、爆豪は搬送ロボに保健室まで運ばれていて不在だ。

 

「はい!」

「うむ! 八百万少女!」

 

 真っ先に手を挙げた八百万が立ち上がり、咳払いをしてから自分の意見を述べ始めた。

 

「では、僭越ながら…まず吸阪さん。潜入と同時に探査を行い、飯田さんと爆豪さん、核兵器の場所を探知していた点。爆豪さんの不意打ちを防ぎ、麗日さんを先行させただけでなく、その後の戦闘で爆豪さんを容易く無力化した点。飯田さんに対しては、いきなり戦闘に入るのではなく、投降するよう説得を試みた点。その後の戦闘でも可能な限り、飯田さんを核兵器から引き離し、更に核兵器確保に向かった麗日さんを的確に援護した点。以上4点がプラス要因と考えられます。あと、これは推測ですが…説得の内容に矛盾があったのも、それに飯田さんが気づく事を前提にしていた為だと思います」

「ッ! そうか、矛盾のある内容だとは思ったが…俺を怒らせ、冷静な判断を出来なくする作戦だったのか…そこに気が付けなかったとは、俺はまだまだ未熟だ…」

 

 …いや、あの時はただ口から出まかせを言っていただけなんだが…まぁ、向こうがそう思っているなら、そういう事にしておこう。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。

 

「続いて麗日さん。先行して飯田さんと対峙した後、無理に核兵器確保を行わず、説得を続けた点。その後、吸阪さんの作り出したチャンスを見逃さず、核兵器確保を行った点がプラス要因です。しかしながら、作戦立案を吸阪さん1人で行ってしまったのは、あまりよろしくないかと…もう少し、自分の考えを述べるべきですね」

「その点に関しては、俺も反省するべきだな。1人で何でも決めてしまった…麗日、すまない」

「いやいやいや、私が吸阪君に頼りすぎだったから…ごめんね」

「飯田さんですが…(ヴィラン)という役目を忠実にこなし、自分の出来る事を確実にこなしていました。チームメイトがあのような状態でしたし、孤軍奮闘でよく頑張られていたと思います。だからこそ、最後の最後で冷静さを欠いてしまったのは残念ですわ」

「そして、爆豪さんですが…独断専行、私怨丸出しの戦闘、核兵器があるにも関わらず、室内での大規模攻撃を発動する。正直申し上げて、褒めるべき点が欠片も見当たりません! 特に最後の大規模攻撃は一歩間違えば、重傷者が出ていたかもしれません」

「以上の点を総合しますと…MVPは吸阪さん、2位は同点で麗日さんと飯田さん、最下位は断トツで爆豪さんだと、私は考えます」

「……う、うむ! 非の打ち所が無い完璧な講評だ!」

「常に下学上達! 一意専心に励まねば、トップヒーローになど、なれませんので!」

 

 …オールマイト、言いたい事全部言われた! って顔してますよ。

 それにしても、八百万百。流石に推薦入学者だけの事はある。その“個性”だけでなく分析力もかなりのものだ。

 

「そ、それでは! 第2試合の組み合わせを発表しよう!」

 

 そんな事を考えている間に、オールマイトがくじを引き、第2試合の組み合わせが発表された。

 

「ヒーローがCチーム! (ヴィラン)がJチームだ!」

 

 

 第2試合以降も、それぞれが己の持てる“個性”と知恵をフルに使い、一進一退の激闘が繰り広げられた。

 どちらかが圧勝ではなく、まさに紙一重での決着での戦いが続き、遂に今日の最終戦となった。

 

「最終戦! ヒーローがBチーム! (ヴィラン)がGチームだ!」

 

 そう、出久と耳郎のGチーム対轟と障子のBチームの対決だ。

 我が甥ともう1人の推薦入学者との戦い、平静を装ってはいるが、内心かなりワクワクしている。そこへ

 

「吸阪ちゃん、緑谷ちゃんの試合が楽しみみたいね」

 

 梅雨ちゃんが俺に声をかけてきた。

 ちなみに梅雨ちゃんは常闇とチームを組み、第3試合で尾白、葉隠のIチームと激突。激戦の末に勝利している。

 

「……わかるか?」

「えぇ、真面目な顔しているけど、目元が少し緩んでるわ」

「そ、そうか」

 

 いかんいかん。気が緩んでいると受け止められてしまうな。集中しゅうちゅ-

 

「大丈夫よ、今のはハッタリだから」

 

 なん、だと…。

 

「私って、実は悪女な部分もあるのよ。ケロケロ」

「ハハハ、怖いなぁ。と、そろそろ始まるみたいだ」

「そうね。ちなみに、勝敗の予測は?」

「…7:3(ナナサン)で出久」

「100%じゃないの?」

「あぁ、轟の奴はまだ“個性”の全てを明らかにしてないからな」

 

 正直な話。轟が“個性”を()()で使ってきたら、かなりの脅威となるだろう。

 まぁ、出久の方も全力を()()()()()()()()んだけどね。 

 

 

轟side

 

「…4階北側の広間に2人確認。どうやら防衛戦の態勢を整えているようだ」

 

 俺とコンビを組んでいる障子が、索敵内容を告げてきた。『複製腕』だったか、こいつの“個性”は…常時生えている2対、計4本の触手。その先端に自身の身体を複製できる。

 ゴツイ外見に似合わず、索敵や諜報が得意なこいつと組めたのはラッキーだった。

 

「外出てろ、危ねぇから…」

 

 巻き込まないように退避を促して、俺は“個性”の出力を上げる。 

 

「向こうは防衛戦のつもりだろうが…俺には関係ない」

 

 次の瞬間、ビル全体が丸ごと氷で包まれる。緑谷の身体能力は桁違いだが…凍らせてしまえば、問題ない。

 

 

雷鳥side

 

「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化!」

「最強じゃねぇか!」

 

 モニタールームまで極寒の環境になるほどの冷気。流石に推薦入学者だけの事はあるが…。

 

「うぅ…寒い…」

「梅雨ちゃん! 駄目だ! 目を瞑るな!」

 

 喫緊の問題は、この寒さをどうにかすることだ。梅雨ちゃんが冬眠しかねんぞ!

 

「八百万! 悪いがニクロム線でコイルを作ってくれ! なるべく長くてデカい奴を!」

「かしこまりました!」

 

 すぐさま八百万が、ニクロム線のコイルを作り、渡してくれた。そのせいで戦闘服(コスチューム)が破れ、背中が剥き出しになってしまったのは申し訳ない。

 エロい目で君を見つめている峰田は、こっちでぶん殴っておく。

 

「あとはこれに電流を流せば…」  

 

 ニクロムとは、ニッケルとクロムを中心とした合金。これに電流を流せば、電気抵抗により熱が発生する。要するに電気ストーブの原理だ。

 

「あぁ、暖かいわ…」

「蛙吹さん。さぁ、これを羽織って」

「ありがとう、八百万ちゃん」

 

 更に八百万が作ってくれた毛布を羽織り、ようやく元気を取り戻してきたようだ。

 

「吸阪、悪い…俺達も当たらせてくれ」

「あぁ、構わんぞ」

 

 即席の電気ストーブとなった俺の周りに集まるクラスメート達。さぁ、観戦を続けよう。

 

 

轟side

 

「あとは核兵器を確保すれば終了だ」

 

 敵は全て凍り、あとは核兵器を確保するだけ。そう確信した俺は障子を残し、ビルの奥へと歩みを進める。そして、上への階段に差しかかったその時。

 

『まだ何か動いている!? 轟! 敵は凍っていない!ぐわぁぁぁっ!』

 

 耳に付けた小型無線機から聞こえてきたのは、俄かには信じ難い障子の報告と悲鳴。慌てて入り口に戻ってみると…。

 

「す、すまん。轟…上から狙撃された」

 

 戦闘不能に追い込まれた障子の姿。周囲の地面には、何かを撃ち込んだと思われる穴が大量に空いている。

 

警戒しながら近づき、周囲を確認するが、穴には何も無い。

 

「…どういう事だ? ッ!」

 

 背中を走る悪寒。咄嗟にその場を飛びのくと同時に、何かが地面に撃ち込まれる。

 

「緑谷か!」

 

 狙撃ポイントと思われる4階の窓を見てみれば、そこにはこちらを見つめる緑谷の姿。耳郎も一緒か…。

 

「どういうカラクリかは知らないが、凍結を免れた。それに撃ち込んできたのは…指を弾いた時の衝撃波か」

 

 次々と撃ち込まれる何かを咄嗟に作り出した氷の盾で防ぎ、その正体を察する。フィンガースナップで銃弾並の衝撃波を出すとは…化け物じみた身体能力だ。

 

「この場にいてもジリ貧か…」

 

 時間は残り12分。このままここで足止めを食らい続けるのは拙い。だったら!

 

 俺は覚悟を決め、ビルへと走り出した。すると、向こうもそれを望んでいたのだろう。狙撃がストップした。

 どうやら直接対決がお望みのようだ。俺は一直線に4階へと進んでいく。

 

 

出久side

 

「それじゃあ、耳郎さん。核兵器の防衛、お願いします」

「悔しいけど今のウチじゃ、轟には太刀打ちできないから…頼んだよ、緑谷」

「はい!」

 

 耳郎さんに核兵器を任せ、僕は轟君の迎撃に向かう。こっちが直接対決を望んでいる事は向こうも気づいている筈。だから、下へと降りていけば…。

 

「お前の方からも来てくれるとはな」

 

 こうやって、轟君と鉢合わせするわけだ。

 

「轟君、勝負だ!」

 

 緑色のオーラを全身に迸らせながら構えた僕を見て、轟君も右半身に氷を纏った独特のスタイルで構える。

 でも、これは轟君の()()じゃない。確証なんて無いただの勘だけど、きっと間違っていない。

 だから、まずは轟君の全力を引き出す!

 

「いくぞぉ!」

「来い…!」

 

 僕は一直線に轟君へ突撃した!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回、出久vs轟戦が決着!
出久と耳郎が何故凍らなかったのかも明らかになります。

そして、詳細が明らかにならなかった第2戦から第4戦を含む戦闘訓練の結果は、以下の通りです。
組み合わせで先に名前の出たチームがヒーロー、後がヴィランになります。


第1試合(終了)  〇Aチーム:吸阪雷鳥&麗日お茶子vsDチーム:爆豪勝己&飯田天哉✖

第2試合(終了)  〇Cチーム:八百万百&峰田実vsJチーム:切島鋭児郎&瀬呂範太✖

第3試合(終了)  〇Hチーム:常闇踏陰&蛙吹梅雨vsIチーム:尾白猿夫&葉隠透✖

第4試合(終了)  ✖Eチーム:芦戸三奈&青山優雅vsFチーム:口田甲司&砂藤力道〇

第5試合(試合中) Bチーム:轟焦凍&障子目蔵vsGチーム:緑谷出久&耳郎響香


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第11話:戦闘訓練!ーその4(終)ー

第11話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです


出久side

 

「ウチの“個性”は『イヤホンジャック』。耳たぶがコードみたいになってて、最長で6mまで伸ばせる。コードの先端はプラグになってて、挿した対象にウチ自身の心音を増幅した衝撃波を送り込める」

「それって、対象を内部から衝撃波で攻撃できるって事ですよね? 凄い、防御不可能の攻撃じゃないですか!」

「まぁ、プラグが挿さる事が前提だけどね。挿さらない時はこのスピーカーブーツを使って衝撃波を放ったり、コードその物を鞭みたいに使う。あとは、壁や床にプラグを挿せば、どんな小さな音でも拾える。索敵とかには便利だと思う」

 

 ビルの4階、正面玄関から一番遠い北側の広間に、核兵器のハリボテを設置した僕と耳郎さんは、作戦を練る為に互いの“個性”や戦闘服(コスチューム)について話し合っていた。

 ちなみに、僕の戦闘服(コスチューム)は雷鳥兄ちゃんと同じ黒の上下に、白いコートだ。

 それにしても耳郎さんの“個性”は凄い。プラグを挿す事が出来れば、防御不可の攻撃が使えるし、例え挿せなかったとしても、衝撃波そのものは不可視だから、回避は難しいだろう。

 

「僕の“個性”は見ての通り。全身にエネルギーを纏って身体能力を増幅します。一応、『フルカウル』って名付けてます」

 

 本当は『ワン・フォー・オール』が“個性”で、『フルカウル』は応用技なんだけど…本当の事を話す訳にはいかない以上、オールマイトや雷鳥兄ちゃんと話し合って創作した嘘の“個性”を説明する。

 

「『フルカウル』…カウルって、たしかバイクの外装の事だよね…あぁ、だから『フルカウル』、洒落たネーミングだね」

「ハハハ…どうも」

 

 洒落たネーミングと言ってくれる耳郎さんに罪悪感を覚えながら、作戦を練っていく。そうしている間に5分が経過し、ヒーローチーム(轟君と障子君)が動き出した。

 

「………1階の正面玄関付近に2人分の足音…停止した………ッ! まずいよ緑谷! 障子の奴、ウチらの居場所を把握してる!」

「障子君の“個性”はたしか『複製腕』…そうか、耳や目を複製して、こっちの索敵を!」

「向こうにも索敵要員がいたって事ね……障子が動いた! 轟が何かするみたい!?」

 

 耳郎さんが叫んだ次の瞬間、室温が一気に下がった。それから5秒も経たない内にビル全体がものすごい勢いで凍り付いていく。このペースならこの部屋もあと数秒で…。

 

「耳郎さん、ごめん!」

 

 僕は咄嗟に耳郎さんを抱え上げる(お姫様抱っこする)と―

 

「はぁっ!」

 

 右足で床を強く踏みしめた! ドン! という音と共に踏みしめた右足から波紋のように衝撃波が放たれ、向かってくる冷気を相殺する。

 

「嘘…」

 

 耳郎さんの呆然とした声。間一髪、僕を中心にした半径3m程の空間だけが凍結を免れた。あとコンマ5秒遅かったら、僕も耳郎さんも凍り付いていただろう。

 

「それにしても、ビルを丸ごと凍らせるなんて…」

「あのさ、緑谷…助けてくれたのは嬉しいんだけど…降ろしてくれない?」

「…あぁ! ご、ごご、ごめんなさい!」

 

 僕とした事が耳郎さんを抱え上げた(お姫様抱っこした)ままだったなんて!

 慌てて降ろすけど、耳郎さんは耳まで真っ赤だ…やってしまった…。

 

「えー、あー…うん、緑谷、障子はビルの外、轟は1階を移動中。どうする?」

「じゃ、じゃあ、障子君の方を先に対応しましょう」

「お、OK」

 

 どこかギクシャクした空気の中、僕と耳郎さんは移動を開始した。

 

 

雷鳥side 

 

「すげぇ…ビルを丸ごと凍らせた轟も、足の一踏みで冷気を相殺した緑谷もどっちもすげぇぜ!」

 

 モニターに映る光景に興奮の叫びをあげる切島。周りの皆も声こそ出さないものの、同感という顔をしている。そんな中―

 

「ちくしょう! 緑谷の奴、さり気なくお姫様抱っこなんかやりやがって! イケメンムーブも大概にしときやがっ!」

 

 峰田1人が出久への理不尽な怒りを燃やしていたので、八百万へのセクハラ目線の件も併せて、踵落としをお見舞いして黙らせておく。

 そうしている間にも出久と耳郎はフロア内を移動し―

 

「あっ! 障子がやられた!」

「なんだよアレ…まるでマシンガンだ!」

 

 ビルの外で待機していた障子を戦闘不能へ追い込んでいた。…うん、あんな弾幕浴びせられたら、いくら屈強な障子でも一溜りもないな。

 そして出久は耳郎と別れ、1人下へ降り…轟と会敵。戦闘に突入した。

 

 

出久side

 

「いくぞぉ!」

「来い…!」

 

 緑色のオーラを全身に迸らせながら向かって来る僕に、轟君は足元から巨大な氷柱を生やして対応する。

 

「はぁっ!」

 

 でも、所詮氷は氷。僕のパンチ1発であっさりと砕け散り―

 

「ッ!」

 

 逆に拳大の氷が散弾のように轟君へ襲いかかった。氷の盾を作ってそれを防ぐ轟君。咄嗟の判断としては悪くない。でも、身を隠せる程巨大な物を作ったのは失敗だよ。

 

「それじゃあ、視界が確保できない! はぁぁぁぁぁっ!」

 

 フィンガースナップを高速で繰り返し、衝撃波を弾幕のように放てば、氷の盾はあっという間に削り取られ、原形を失っていく。

 さっきとは違って、至近距離からぶつけているから威力の減衰もない。さぁ、どうする?

 

「ちぃっ!」

 

 その直後、轟君は半壊した盾を捨て、床を転がりながら氷柱を3つ連続でぶつけてきた。

 

「こんな物!」

 

 当然、氷柱(こんなもの)で僕は止められない。氷柱1つにパンチ1発。合計3発で木っ端微塵に打ち砕く。でも―

 

「本命はこっちだ…!」

 

 3つ目の氷柱を打ち砕いたタイミングで、轟君が突っ込んできた。その右手は氷を纏い、幅広の剣になっている。

 

「もらった!」

 

 狙いは僕の脇腹。迎撃は…間に合わない! だったら!

 

「なん、だと…!」

 

 轟君の顔が驚愕で彩られるが、それも無理はない。轟君の振るった氷の剣は、あと数cmの所で止められていたのだから。

 

「……間に合った」

 

 受け止めた僕の方も思わず息を吐く。咄嗟に膝と肘で白刃取りをやったけど、僕自身止められるなんて思っていなかった。完全に幸運の領域だ。

 

「ハッ!」

 

 まぁ、幸運でもなんでも攻撃を受け止められた事実に変わりはない。膝と肘に力を込め、氷の剣をへし折れば、轟君は舌打ちと共に距離を取る。

 

「どういう反射神経してやがる…」

「ハハハ、今のは完全に幸運だよ。正直、止められるとは思ってなかった」

「幸運だろうとなんだろうと、止められたって事実がデカいんだよ」

 

 憮然とした表情の轟君。その体は微かに震えている。やっぱりそうだ。

 

「震えているよ。轟君。何となく予想はしていたけど“個性”の使い過ぎは、負担が大きいんだね」

「…それがどうした」

「僕の…まぁ悪癖なんだけど、凄いと思った相手をついつい観察しちゃうんだよね。だから、気になった事がある」

「………」

「君の“個性”は『半冷半燃』。右で凍らせ、左で燃やす。それなのに君は右ばかり…いや、右しか使っていない。どうして左を使わないんだ? 左を使えば、右を使った際の負担も軽減出来る筈なのに」

「左は使わねぇ…戦いで左を使う事は、俺にとって負けだからだ」

「…それは僕を、いや、僕を含む1年A組の全員を甘く見ているという事かい? そうだとするなら…それは君の驕りだ!」

「なんとでも言え。どう罵られようと、俺は糞親父の“個性(ちから)”は使わねえ!」

 

 ()()()。たしか轟君の父親は、No.2ヒーローのエンデヴァー。

 少し前、タブロイド系のヒーロー雑誌にエンデヴァーは家族と上手くいっていない。なんて眉唾な記事が載っていたけど…あれは事実だったのか。

 そんな事を考えている間に、轟君が動いた。

 

「俺はこの右だけで雄英のトップになる。そして、あの糞親父を()()()()する…!」

 

 そう吐き捨てるように言いながら、僕に氷柱を次々と繰り出してくる轟君。だけど―

 

「この程度で!」

 

 強がっていても体への負担は相当なものなのだろう。繰り出された氷柱は、大きさも速度も先程より酷く劣る物ばかりだった。当然、僕には容易く打ち砕かれ、一欠片だって届かない。

 

「まだ僕は、君に傷一つ付けられちゃいないぞ! 全力で来い!」

 

 だけど僕は、あえて轟君を挑発する。昔組み手をやった時、雷鳥兄ちゃんがやったように掌を上に向け、指を内側へ曲げ伸ばしする。『かかってこい』のジェスチャーだ。

 

「緑谷ぁっ!」

 

 そんな僕の態度に苛立ったのだろう。轟君は“個性”を使うのも忘れて僕に殴りかかる。でも、気持ちとは裏腹に体は思うように動かない。

 喧嘩の素人みたいなパンチを軽く受け流し、がら空きのボディにカウンターを叩き込めば、軽く5mは吹き飛んでいく轟君。

 

「使いなよ。左を」

「だ、れが使うか…あんな、糞、親父の…」

 

 ボロボロになりながら、それでも頑なに左側()を使おうとしない轟君。その意志の強さは賞賛に値する。だけど…それでも言わせてもらう!

 

「君の“個性(ちから)”じゃないか!」

「ッ!?」

「元々が糞親父(エンデヴァー)の物でも! 君に受け継がれた時点で、それは君の物だ! 自分の力を半分しか使わないで、雄英のトップになる? 糞親父(エンデヴァー)を超える? 馬鹿も休み休み言えよ!」

「皆、自分の思い描く理想(ヒーロー)目指してやってるんだ! 君にだってあるんだろう! 自分の思い描く理想(ヒーロー)が! 理想(ヒーロー)像があるなら、全力で目指せよ! 轟焦凍!!」

 

 僕の叫びがフロア中に響き、続けてやってくる静寂。そして― 

 

「…フッ」

 

 轟君がホンの僅か微笑んで…()()から炎を吹き出した。

 

「緑谷…お前、馬鹿だろ。敵に塩送るような真似して」

「そうだね。馬鹿かもしれない。それでも後悔はしてないよ。()()()()()()()()()()()()()()!」

「なるほどな…残り時間5分。ここじゃ狭すぎる。外に出るぞ」

「もちろん!」

 

 

雷鳥side 

 

「あの馬鹿、余計な事して…轟の奴がパワーアップしたじゃないか」

「吸阪ちゃん、そんな風に頬の緩んだ顔で言っても説得力0よ」

「………頬、緩んでる?」

「えぇ、デレデレって感じね」

 

 梅雨ちゃんの言葉に周囲を見回すと、周りの全員から『その通り』と言わんばかりに首を縦に振られてしまった。なんてこった。

 

 

出久side

 

 急いでビルの外に出た僕と轟君は、10mほどの距離を置いて向き合い、互いに構えた。

 

「正直、余裕はあまりない。一撃で決めるぞ」

「望むところだよ!」

 

 その瞬間、轟君の左手の炎が一気に燃え上がり、巨大な火の玉を作り出す。

 

「糞親父の技を真似るのは癪だが…これが、今の俺に出来る最強の攻撃だ!」

 

 凄いよ。轟君。殆ど左側は使ってこなかった筈なのに、これだけの事をやってのけるなんて!

 そんな君だからこそ、僕も今まで使えなかった『()()()』が使える!

 

「今から使うのは、入試前4ヶ月の猛特訓で確立したけど、今まで使う機会がなかった戦闘スタイル。名付けて! 『フルカウル・ガンシュートスタイル』!!」

 

 無意識の内にオールマイトの模倣に陥っていた僕が、それから抜け出す為に考案した『フルカウル』発動状態前提のオリジナル格闘術。それが『フルカウル・ガンシュートスタイル』!

 

「この一撃に全てを賭ける! 全力全開! 一撃必倒!」

「いくぞ! 緑谷!」

 

 次の瞬間、轟君の放った巨大な火球と―

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 僕の最強攻撃が激突した。凄まじい威力の力と力がぶつかりあい―

 

「ぬぅぅぅぅぅぅっ!!」

「うぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 数秒が無限に感じるほどの激しい拮抗は遂に終わりを告げ、拮抗を破った側が破られた側を地に伏せさせた。勝者は…。

 

「僕だ!!」

 

 勝利条件達成! GチームWIN!! 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

Q:出久と耳郎が何故凍らなかったのか?
A:出久が力技で何とかした

わざわざ答えを考えてくれた皆様、こんなオチで申し訳ありませんm(_ _)m。


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第11.5話:戦闘訓練後の一幕

短編として、戦闘訓練後の一幕を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


オールマイトside

 

「皆、お疲れさん! 爆豪少年以外は大きな怪我もなし! しかし、真摯に取り組んだ!」

 

 1回目の戦闘訓練も無事に終了し、私は生徒達に締めの挨拶をしながら最終戦の講評を思い出していた。

 生徒達の講評を総合的に纏めた結果、今回のMVPは自身の“個性”を的確に使って見事な索敵を行い、その後は出番が無かったとはいえ、核兵器の防衛という役割を的確に実行した耳郎少女となった。

 2位は耳郎少女と同じく“個性”を的確に使って見事な索敵を行った障子少年。耳郎少女との差は、轟少年がビルを凍結させた時点で油断をしてしまい、索敵を緩めてしまった為、結果的に真っ先に脱落してしまった事だ。

 …もっとも、緑谷少年があんな方法で凍結を回避する事を予測できたか? という点には疑問符が付くのだが…まぁ、実戦では何があるかわからない。という教訓にしてもらいたい。

 そして、緑谷少年と轟少年は残念ながら講評という点では揃って最下位となってしまった。

 前半は文句なしだったが、後半は完全に互いの勝負に没頭してしまったからだ。この点に関しては私も同意見である。だが…

 

「講評を抜きにして考えたらさ。なんて言うか、2人の戦いはすっげぇ熱かったぜ! なんかこう…魂が震えるっていうかさ!」

 

 この切島少年の言葉は、その場にいた全員の一致した意見だろう。的確かつ冷静な講評を行っていた八百万少女ですら、頷いていたのだから。 

 

「初めての訓練にしちゃ、皆上出来だったぜ!」

 

 そんな事を考えながら、締めの挨拶を進めていく。

 授業開始すぐの説明ではカンペを使ってしまったが、今回は大丈夫!

 

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業…何か拍子抜けというか…」

「HAHAHA! 真っ当な授業もまた私達の自由さ!」

 

 蛙吹少女の呟きにそう返すと、周囲からどこか乾いた笑いが漏れ聞こえてくる。

 これは相澤君の合理的虚偽が相当トラウマになっているみたいだね。まぁ、それもまた“Plus Ultra(更に向こうへ)”という奴だよ!

 

「それじゃあ、私は爆豪少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室に…お戻り!」

 

 そう言い残し、全速力でその場を後にする。この姿(マッスルフォーム)を維持できるのもあと20分程。

 爆豪少年に講評を聞かせるまで、この姿を維持しなければ! あと、爆豪少年の肥大した自尊心に関しては、相澤君にも相談しておかないと…。

 まったく! 授業やってると制限時間ギリギリだぜ。SHIT!!

 

 

雷鳥side

 

 ヒーロー基礎学を終え、無事に放課後を迎えた俺達は教室に残り、戦闘訓練の反省会を行った。

 参加したのは全員で18人。欠席者の1人目、轟は今日中にどうしても済ませておかなければならない用事が出来たそうで、最後まで済まなさそうにしながら帰っていった。

 出久と戦うまで、酷く冷たい…恨みつらみを抱えたような目をしていたが…今はどこか吹っ切れたような、柔らかい目をしていた。

 出久と拳を交わした事で、凍てついた心に再び炎を灯す事が出来たのだろう。

 

 そして、もう1人の欠席者、爆豪だが…俺と出久を除くクラスメート達の引き留めも無視して、さっさと帰ってしまった。

 ………まぁ、1度ぶちのめしたくらいで性根が叩き直せるなら、苦労はしないか。暴言を吐かなかっただけマシ…と考えておこう。

 

「………よし、帰るか出久」

「うん!」

 

 反省会も終わり、家路に着く俺達。飯田、麗日、梅雨ちゃんも加わり、5人での下校だ。

 さて、途中でスーパーに寄って、弁当の材料買い込まないとな。それから…あ、トイレットペーパーと洗剤が特売だったから買っておこう。

 

 

爆豪side

 

 医務室から戻ると、デクとあの“没個性”野郎が中心になって、反省会なんてやってやがった。俺にも参加を促してきたが、速攻で無視して家に帰った。

 クソが…群れなきゃ何も出来ない“没個性”ども…俺はお前らなんかとは違うんだ。

 オールマイトだって言ってくれたんだ。『自尊心ってのは大事なものなんだ。君は間違いなくプロになれる能力を持っている』ってな!

 今日俺はあの“没個性”野郎に負けた。だが、そんだけだ! こっから俺はのし上ってやる! 一番になってやる! そして、あいつら全員、地面に這いつくばらせて、俺が最強だって認めさせてやる!

 俺に土下座して謝るデクと“没個性”野郎の姿を想像して、俺は笑いが止まらなかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

医務室に運ばれ、クラスメート達の戦闘訓練。特に出久と轟の戦いを直に見ていない事。そして、オールマイトの言葉を曲解した事で…おや? 爆豪の様子が…

日常風景(&1-A委員長決め)を挟み、次々回からUSJ編に入りますので、よろしくお願いいたします。


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第2章 激闘! USJ編
第11.7話:吸阪君のお弁当


短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、今回の短編を製作するにあたり、幾つかのグルメ漫画やレシピ本を参考にしました。


雷鳥side

 

「………よし」

 

 時間は午前5時。いつもより1時間半早く起きた俺は、手早く身支度を済ませて台所に足を踏み入れていた。

 俺と出久の分に加え、梅雨ちゃん、麗日、芦戸、葉隠、切島、瀬呂の6人分、合計8人分の弁当を作るのだ。時間は多めに取っておくに越した事はない。

 

「まずは…主菜その1から作っていくか」

 

 主菜その1は肉料理。そのメイン食材は、豚ロースの薄切りだ。

 まず、肉に塩胡椒を振り、下味をつけておく。家で食べるならガーリックパウダーを振るなり、摩り下ろした大蒜を塗るなりしても良いが…弁当のおかず、それに女子も食べるから今日はやめておこう。 

 細めのスティック状に切った人参、付け根のヘタ部分を切り落としたさやいんげん、根元を切り落としたニラは軽く塩茹でして、冷水に取り、水気を切っておく。

 豚肉を半分を1枚ずつ縦に広げ、肉の幅に合わせて切った人参とさやいんげんを並べたらクルクルと締めながら巻いていく。巻き終えたら掌で包むように握って肉を馴染ませる。同じ要領で残り半分の豚肉でニラ巻きも作っていく。

 全ての肉巻き野菜を卵1個につき、薄力粉大匙4、水大匙2の割合で作ったバッター液にくぐらせ、パン粉をまぶしたら170℃の油でキツネ色になるまで揚げていく。

 これで1つ目の主菜『野菜の豚肉巻きフライ』の完成っと。

 

「おはよう、雷鳥」

「おはよう、雷鳥兄ちゃん」

 

 カラリと揚がったフライをキッチンペーパーの上に並べ、油を切っていると引子姉さんと出久も起きてきた。

 

「おはよう。姉さん、新聞テーブルに置いてるよ。出久、姉さんのコーヒーを頼む」 

「任せて」

 

 出久にコーヒーメーカーの操作を任せている間に、主菜その2魚料理作りに入る。こちらのメイン食材は鰆だ。

 まず、食べやすい大きさに切った鰆に塩と酒を振って10分放置し、水分が出てきたらキッチンペーパーでよく拭き取る。

 ビニール袋に鰆と小麦粉を入れ、袋を揺すって小麦粉を纏わせたら、油を引いたフライパンで焼いていく。

 鰆に9割方火が通ったら、ペーパータオルで油を拭き取り、醤油、酒、蜂蜜を混ぜて作ったタレを投入。

 タレが煮たったら、フライパンを揺すり、照りが出るまで煮絡めれば、2つ目の主菜『鰆の照り焼き』の完成だ。

 この2品をメインに、微塵切りにした長葱とほぐしたカニカマを具にした『だし巻き卵』、『アスパラとコーンとエリンギの塩バターソテー』を副菜として用意する。

 

「さて、次は…」

 

 フライパンを片付け、次に取りかかるのは主食の準備。

 炊飯器の蓋を開ければ、昨晩の内に仕込みんでおいた筍と薄揚げ入りの炊き込みご飯が、ホカホカの湯気を漂わせる。

 

 一口味見…うん、美味い。薄味にしたからこれ単品では若干物足りなくもないが、おかずと一緒に食べるから問題ない。

 

 これを一旦ボウルに取り、おにぎりにしていく。最近は素手で握ったおにぎりが食べられない奴もいるから、調理用の手袋をするのも忘れない。

 

「雷鳥兄ちゃん、手伝うよ」

「悪いな」

 

 出久の助けも借りながら、おにぎりを急ピッチで握っていく。2個で茶碗1杯分程度の小ぶりなサイズにしているから…男子4人と女子4人の8人で、40個あれば十分だろう。余ったら、俺と出久で食えばいい。

 

「…よし」

 

 こうして出来上がったおにぎりとおかずを3段の重箱に詰めていく。

 1段目におにぎり、2段目に主菜、3段目に副菜をそれぞれ詰める。主菜は油やタレが互いに移らないよう、前もってサラダ菜を敷き詰めておく。

 詰め終わったら重箱に蓋をして、風呂敷で四つ結びに包めば8人分の弁当は準備完了だ。時間は…6時15分か。

 

「出久、10分で朝飯作る。5分後にトーストの用意を頼むな」 

「任せて、ヨーグルトとか出しておくね」

「助かる」

 

 そんな会話を出久と交わしながら、3人分のベーコンエッグを作り、並行して以前作ってから冷凍保存しておいたコーンスープを温め直していく。そしてジャスト10分後-

 

「「「いただきます」」」 

 

 俺達3人は揃って朝食を食べ始める事が出来た。ちなみに朝食のメニューは-

 

 ・トースト

 ・コーンスープ

 ・ベーコンエッグ

 ・グリーンサラダ

 ・ヨーグルト

 

 以上5品だ。

 

 

 朝食を食べ終え、食器を片付けた俺と出久は、部屋着から雄英の制服に着替えて登校の準備を整える。

 

「姉さん。炊飯器の中に炊き込みご飯があるし、冷蔵庫の中に余分に作ったおかずがあるから」

「ありがとう。今日は午後に編集さんと打ち合わせだから、午前中はのんびりしとくわね」

 

 引子姉さんの仕事は小説家で、ペンネームは碧谷鸚鵡(あおやおうむ)。主に時代小説を執筆しており、確かな時代考証と緻密な描写で根強いファンを獲得している。閑話休題。

 

「「それじゃあ、行ってきます!」」

「行ってらっしゃい」

 

 引子姉さんに見送られ、家を出る俺達。駅から電車に乗り、雄英に登校したのだが…何故かすれ違う人が皆、俺を二度見してきた。

 …高校生が重箱持って登校するのが、そんなに珍しいか?

 

 

 何とも言えない体験をしながら、雄英に辿り着いた訳だが…

 

「なんじゃこりゃ…」

 

 校門の前に大量のマスコミが押しかけ、登校の邪魔になっていた…。

 不躾に向けられるマイクやカメラのフラッシュ、記者の質問をかわしながら何とか雄英の敷地内に滑り込む。とりあえず、ここまで来れば大丈夫だ。何故なら-

 

「うわぁぁぁ! 何だぁ!?」

 

 無断で敷地内に足を踏み入れたマスコミを、分厚い鋼鉄の扉『雄英バリアー』がシャットアウトした。

 扉の向こうで記者達が『我々には知る権利がー!』とか『雄英の秘密主義に断固抗議する!』等と喚いているが…知った事かよ。

 マスコミ、いやマスゴミにウンザリしながらも俺達は教室に向かうのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

引子さんの職業が不明だったので、オリジナル設定として小説家としました。
もしも、公式で職業が設定されている場合はご一報ください。修正いたします。


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第12話:学級委員長選出!

第12話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです


雷鳥side

 

「昨日の戦闘訓練、お疲れ」

 

 時間通りに始まったHR(ホームルーム)。シンと静まり返った教室に相澤先生の声が響く。

 

「Vと成績見させてもらった訳だが…爆豪」 

「ッ!」

「お前…何やってんだ?」

 

 その瞬間、相澤先生の纏っていた雰囲気が一変した。それを感じ取り、背筋に冷たいものが走ったのは俺だけではあるまい。

 

「お前のやらかした事は、十分除籍に匹敵する愚行だ。即刻ここから出ていけ…」

「と、言いたい所だが、オールマイト先生から、今回の件は訓練中止のタイミングを逸した自分のミスだ。という意見もあった事を鑑み、厳重注意に留めておく。だが、次はないぞ。お前の評価は0ではなく(マイナス)だという事を忘れるな」

 

 相澤先生の冷たい声に黙って頷く爆豪。これで少しは大人しくなると良いんだが…

 

「さて…」

 

 爆豪に特大の釘を刺すと同時にいつもの様子に戻った相澤先生は、ゆっくりと俺達全員を見回すと-

 

HR(ホームルーム)の本題だ…急で悪いが、今日は君達に……」

 

 その瞬間、教室の空気が僅かにざわついた。もしや、臨時のテストか?

 

「学級委員長を決めてもらう」

 

 学校っぽいのきたー! そんな声が周囲から一斉に飛び出し、次々と手が上がっていく。

 これが普通科辺りだったら担任の小間使いみたいな扱いなんだろうが、ここはヒーロー科。集団を導くというトップヒーローに必要な素地を鍛えられる役だからな。立候補が殺到するのも当然だ。見れば出久もこっそり手を上げている。

 マニフェストを口にする者もいるが、峰田…女子全員膝上30cmって、お前いつかセクハラで捕まるぞ。

 ………まぁ、正直な話をすれば、集団を率いるなんて俺は遠慮したいところだ。ここは高みの見物と…

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 飯田の声が響いたのはその時だ。

 

「『多』を牽引する責任重大な仕事だぞ…! 『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!」

「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!」

 

 …うん、至極真っ当な意見だ。でもさぁ…。

 

「そびえ立ってんじゃねーか!! 何故発案した!!」

 

 あ、俺より先に瀬呂がツッコミを入れたか。

 

「同じクラスになって日も浅いのに、信頼もクソもないわ。飯田ちゃん」

「そんなん皆自分にいれらぁ!」

「だからこそ、ここで複数票を獲得した者こそが、真に相応しい人間という事にならないか!?」

 

 梅雨ちゃんや切島とのやり取り。そして相澤先生の『時間内に決まれば何でもいい』という発言から、無記名での投票が行われたのだが…。

 

 緑谷出久4票

 飯田天哉2票

 八百万百2票

 吸阪雷鳥2票

 (以下略)

  

 なん、だと…

 出久が4票、飯田と八百万が2票。これは判る。俺が2票って…何かの間違いだろ? 

 

「ぼ、僕が4票!?」

「なんで、デクなんかに…」

 

 4票獲得した出久も驚きの声を上げ、爆豪も開いた口が塞がらない状態だ。

 

「よし…緑谷が委員長。副委員長は…飯田、吸阪、八百万、ジャンケンでもして決めろ」

 

 だが、票が同点である以上、誰か1人を選ばなくてはならない。相澤先生の指示に従い、俺達3人はじゃんけんを行い、無事八百万が副委員長となるのだった。

 

 

 午前中の授業も無事に終わり、俺達は昼食の為に大食堂に移動していた。重箱を持って移動する俺の姿にすれ違う同級生達が必ずと言って良いほど二度見してきたが…もう慣れた。

 ちなみに、大食堂で弁当を食って良いかどうかは、前以てランチラッシュ先生に確認を取り、OKを貰っている。

 

「口に合うと良いんだがな」

 

 そう言いながら風呂敷を解き、重箱を開くと弁当を頼んでいた切島達が声をあげる。 

 

「すっごーい! 吸阪!」

「ぶっちゃけ予想以上だぜ!」

「豪華や!」

「美味そう!」

「料理上手という緑谷ちゃんの評価は適切だったわね」

「ホントに食べて良いの!?」

「あぁ、遠慮せずにどんどん食べてくれ」

 

 全員に紙皿と割り箸を渡して、準備完了。

 

「では、いただきます」

「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」

 

 食前の挨拶を済ませると同時に銘々箸を伸ばし、好きなおかずとおにぎりを紙皿に取っていく。引子姉さんや出久には好評だったが、さて皆の反応はどうかな?

 

「なんじゃこりゃぁ!」

「滅茶苦茶うめぇ!」

「はふぅ、おにぎり美味しい」

「ケロケロ、この照り焼きの味つけ。好みだわ」

「こんなに美味しいなんて、吸阪にお願いして良かったよ!」

「同感!」

 

 …どうやら、気に入ってくれたようだ。

 

 

「あぁ、美味かった…」

 

 そう言いながら膨れた腹をさする切島。他の皆も満足気な表情を浮かべている。作った弁当は完食されており、作った甲斐があるというものだ。そう思っていると―

 

「横から見ていても皆、凄まじい食べっぷりだった…吸阪君の料理はそれほど…美味いのかい?」 

 

 大盛カレーを完食し、食後のオレンジジュースを飲んでいた飯田が声をかけてきた。

 

「美味かったぜ! ランチラッシュ先生の作る料理とは何つーか…違う感じの美味さだ!」

「そうね。ランチラッシュ先生とはベクトルが違う…でも美味しい料理だったわ」

 

 切島と梅雨ちゃんの賛辞に思わず顔が赤くなるのを感じる。ここは話題を変えるとするか。

 

「そ、そういえば出久、学級委員長に選ばれた気分はどうだ?」

「ら、雷鳥兄ちゃん! その話題振らないでよ! あぁ、せっかく忘れてたのに…務まるか不安だよ」

「緑谷、大丈夫だって! 4票獲得って事は自分以外に3人投票してくれたって事だろ? そんだけ信用されてるって事だよ!」

「………僕、飯田君に投票したんだ」

「出久、そうだったのか…実は俺も飯田に投票した」

「ケロ? 飯田ちゃんの得票数は2票…という事は、飯田ちゃんは別の人に投票したの?」

「あぁ、俺は…吸阪君に投票した」

「2票の内の1票はお前だったんかい! って事は、もう1票は……」

「私よ。ケロケロ」

 

 やっぱり梅雨ちゃんだったか。となると…

 

「あくまでもこれは勘だが…出久に入った4票のうち2票は、お前達じゃないか? 麗日、切島」

「うん、そうだよ。吸阪君と迷ったけどね」

「俺は昨日の戦闘訓練を見てさ。緑谷なら信用できるって思ってな」

「たしかに、緑谷君の胆力や判断力は『多』を牽引するに値する。俺も吸阪君と最後まで迷ったよ」

「でも、飯田君も委員長やりたかったんじゃないの? メガネだし!」

「う、麗日さん。メガネかけている人間全員が委員長やりたいわけじゃないと思うよ…」 

「た、たしかに委員長をやりたいと思った事を否定はしない。だが、『やりたい』と相応しいか否かは別の話。『僕』は『僕』の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

 …ん? 『僕』だと…もしかして飯田って…

 

「ちょっと思ったけど、飯田君って『坊ちゃん』!?」

 

 麗日…単刀直入すぎ! 飯田、冷や汗かいてるぞ!

 

「………そう言われるのが嫌で、一人称を変えていたんだが……」

「あぁ、そうだ。俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」

 

 良い事を知った! と言わんばかりに出久の目が輝きだしているな。飯田、根掘り葉掘り聞かれる事を覚悟しておけ…。

 

「ターボヒーロー『インゲニウム』は知ってるかい!?」

「もちろんだよ!! 東京の事務所に65人の相棒(サイドキック)を雇っている大人気ヒーローじゃないか!! まさか…!」

「それが僕の兄さ!」

 

 飯田、自重しているつもりなんだろうが…誇らしさが滲み出ているぞ。やはり、身内がヒーローというのは、誇らしいものなんだな。

 

「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー! 俺はそんな兄に憧れ、ヒーローを志した」

「だが、人を導く立場は、まだ俺には早いのだと思う。よって、多くの支持を獲得した緑谷君が、委員長に就任するのが正しい! と俺は思う」

「なんか…初めて笑ったかもね。飯田君」

「え、そ、そうだったか!? 笑うぞ、俺は!」

 

 なるほど。出久にとってのオールマイトが、飯田にはインゲニウムと言う事か。

 弟にこれだけ慕われるとは、インゲニウムはヒーローとしてだけじゃなく、兄としても立派な人なんだろう。

 そんな事を考えていると突然、大音量のサイレンが大食堂、いや校舎全体に鳴り響いた。

 

 『セキリュティ3が突破されました』

 『生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

「セキリュティ3って何ですか?」

「校舎内に誰か侵入してきたって事だよ! 3年間でこんなこと初めてだ! 君達も早く非難しろ!」

 

 近くのテーブルにいた3年生が状況を教えてくれるが、既に避難しようとする学生で入り口は完全に塞がっている。

 

「侵入って、何が侵入したんだ!?」

「わからん、だが入り口には下手に近づかないほうがいい。あの混雑具合じゃ、いつ将棋倒しになってもおかしくないぞ」

「じゃあ、どこから避難を?」

「最悪、窓を破って…だな」

 

 そんな会話を交わしながら窓に視線を走らせると、そこには―

 

「何だよあれ、マスゴミどもじゃないか!」

 

 オールマイト目当てに校門前で屯していたマスゴミどもが、敷地内に侵入していた。相澤先生やプレゼント・マイク先生が対応しているが、あの数を2人で対応するのは相当骨が折れるだろう。

 

「このままじゃマスゴミのせいで、怪我人が出るぞ。なんとかして、周りにこの事を知らせないと! 侵入したのがマスコミだと解れば、皆落ち着きを取り戻すはずだ!」

「でも、どうやって? ちょっと大声出した位じゃ、これだけの人数は止められないわよ」

「何か思いっきり目立つ事をして、注意を惹きつける。それしかない」

「目立つ事…そうだ! 麗日君! "個性”で俺を浮かせるんだ!」

 

 何かを思いついたのか、飯田が麗日に自分を浮かすよう求めた。そして、浮き上がった飯田は―

 

「ぬぉぉぉぉぉっ!!」

 

 自らの”個性"『エンジン』を使って、一気に加速。大食堂入り口まで移動すると!

 

「大丈ー夫っ!!」

「ただのマスコミです! 何もパニックになる事はありません! 大丈ー夫っ!!」

「ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」

 

 声を振り絞り、見事にパニックを鎮めてみせた。うん、見事だ!

 その後、警察が到着し、マスゴミは撤退していった。そして、授業後のHR(ホームルーム)で…。

 

「えっと、他の委員を決める前に、1つ提案があるんです。学級委員長ですが…僕は飯田君こそが相応しいと思います」

「大食堂であれだけのパニックを鎮められた。僕に投票してくれた人には、悪いと思います。でも、僕は飯田君が委員長を務めるのが()()()と思うから…どうか、わかってください」

 

 出久は自らの胸の内を堂々と伝えると共に頭を下げ―

 

「委員長の指名とあらば仕方あるまい! この飯田天哉! 全身全霊を持って、クラス委員長を務めさせていただきます!!」

 

 飯田が1-Aのクラス委員長に就任したのだった。 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回よりUSJ編に突入します。

オマケ

学級委員長選出無記名投票結果

 青山優雅  1票(投票者:自分)
 芦戸三奈  1票(投票者:自分)
 蛙吹梅雨  0票
 飯田天哉  2票(投票者:出久、雷鳥))※クラス委員長
 麗日お茶子 0票
 尾白猿夫  1票(投票者:自分)
 切島鋭児郎 0票 
 口田甲司  1票(投票者:自分)
 砂藤力道  1票(投票者:自分) 
 障子目蔵  1票(投票者:自分)
 耳郎響香  0票
 吸阪雷鳥  2票(投票者:蛙吹、飯田)
 瀬呂範太  1票(投票者:自分)
 常闇踏陰  1票(投票者:自分)
 轟焦凍   0票
 葉隠透   0票
 爆豪勝己  1票(投票者:自分)
 緑谷出久  4票(投票者:麗日、切島、耳郎、轟)※クラス委員長[辞退] 
 峰田実   1票(投票者:自分)
 八百万百  2票(投票者:自分、葉隠))※クラス副委員長


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第13話:救助訓練に行こう!

第13話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「えー、今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう1人の3人体制で見る事になった」

 

 学級委員長の選出とマスゴミの乱入騒動から2日。今日の午後の授業はそれまでとは少し違う雰囲気で始まった。

 相澤先生とオールマイトに加えてもう1人の先生が参加するか…ん? そういえば、前世の記憶にこんな展開があったような…。

 

「はーい! 何するんですか!?」

「災害水難なんでもござれ人命救助(レスキュー)訓練だ!」

「っ!?」

 

 ヤバイ、思い出したよ。たしか…USJだかTDLだか言う施設に向かったら、そこで…えーと、そうそう、シガ、シガ…そう、信楽焼みたいな名前の奴が雑兵連れて乱入してくるんだったな。

 それから…駄目だ。詳細まではさすがに覚えてない。とりあえず確実なのは、訓練場で敵と遭遇する事か。

 

「レスキュー…今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ!! 腕が!!」

「水難なら私の独壇場。ケロケロ」

 

 人命救助(レスキュー)訓練に対し、それぞれの思いを口にするクラスメート達。出久も静かに気合を入れているようだ。

 

「今回、戦闘服(コスチューム)の着用は各自の判断で構わない。中には活動を制限する戦闘服(コスチューム)もあるだろうからな」

「訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗って移動する。出発は20分後だ。以上、準備開始」

 

 今、訓練の中止を訴えたところで、どうにかなる訳でもない。だったら、俺に出来るのは、現場で最善を尽くす事だけ。やるしかないか。

 

 

「こういうタイプだった! くそう!!」

 

 訓練場行きのバス。その車中で頭を抱える飯田。

 バスに乗り込む際、委員長モードフルスロットルで誘導したのは良いが、バスの座席が所謂2人がけの前向きシートばかりではなく、横向きのロングシートも混在した仕様だったのだ。これでは出席番号順に並んでいても意味がない。

 俺達はそれぞれ適当に座席に座り、バスの出発を待つのだった。

 

 

出久side

 

 訓練場までの移動時間。特に禁止されなかった事もあり、僕らは席が近くの者同士で会話を楽しんでいた。そんな中―

 

「私思った事を何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん」

「え!? あ、はい!? 蛙吹さん!」

「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの“個性”、オールマイトに似てる気がするのよね」

「ッ!? 」

 

 蛙吹さんからいきなりの爆弾発言!? 『ワン・フォー・オール』の事がバレ…てはいない筈。それなら、単なる勘? とにかく、この前みたいに嘘の“個性”の説明をしてごまかさないと…。

 

「そ、そうかな? オールマイトに似てるのは嬉しいけど、僕なんかまだまだ…オールマイトの足元にも及ばないよ」

「まぁ、緑谷もすげぇけど、オールマイトとは比べ物にならねぇよな。でもさ、かなり強力な増強型だろう?」

 

 切島君のおかげで、詳細を知りたいって空気になった! 一気に説明に持ち込もう!

 

「うん、僕の“個性”は『フルカウル』。全身にエネルギーを纏って身体能力を増幅する“個性”だよ」

「個性把握テストの時、相澤先生が『1年前に“個性”が発現』って言ってたけど…本当なの?」

「えっと、僕の“個性”は他の増強型よりも増幅率が高いみたいで、体がある程度出来上がるまで発現しないように、脳がリミッターをかけていたみたいなんだ。もしも体が出来上がっていない子どもの時に発現していたら、増幅されたパワーに体が耐えられなくて、とんでもない事になってた…って、診断してくれたお医者さんが言ってた」

「とんでもない事って?」

「猛スピードで走れる代わりに、1度走ったら両足の骨が粉々になったり、パンチ1発で自動車をスクラップに出来る代わりに拳が砕けたり」

「………そりゃ、脳がリミッターかけるわ。でも、発現して1年であれだけ使いこなすなんて、やっぱり才能ってやつか?」

「才能もだが、大部分は努力によるものだな。出久は4歳の時から、俺と一緒に鍛錬を積んでいた。“無個性”だからと諦めず、ヒーローになるという夢を叶える為にな。10年以上にも及ぶ鍛錬が出久の体を作り上げ、それが“個性”の発現に繋がり…そして“個性”の習熟にも役立った訳だ」

 

 雷鳥兄ちゃんの補足説明で、皆納得してくれたみたいだ。よかった。

 

「10年…緑谷さんの“個性”は、正に努力の結晶。それでも、“個性”が発現するまで、さぞお辛かった事でしょうね…」

 

 あれ? 八百万さん? なんでハンカチで目頭を拭っているんですか? っていうか、女子の皆さん全員涙ぐんでない!?

 

「そうだよな…“個性”が発現してなかったって事は、それまでずっと“無個性”として扱われていたって事だ…10年、長いなぁ…」

「10年もの間、夢を捨てずに努力し続ける…一念不動。緑谷の姿勢、尊敬に値するぞ」

 

 尾白君に常闇君まで…なんだか、大事になってるような……ん?

 

「………」

「えっと、口田君。何…かな?」

 

 口田君が何か言いたそうにこっちを見つめていた。だけど口下手なのか、なかなか言葉にならないみたいで…。

 

「…俺が仲介しよう」

 

 隣に座っていた障子君が間に入ってくれた。

 

「………うん、そうか。緑谷、口田はこう言ってる。『待雪草(スノードロップ)は、厳しい冬の寒さに耐え、雪解けと共に花を咲かせる。緑谷君の“個性”は、辛く厳しい10年を乗り越えたからこそ芽生えた凄い“個性”だ』と…」

「そうだな、その通りだぜ! 口田! おまえ、良い事言うじゃねぇか!!」

 

 口田君ありがとう! 君のおかげで車内の空気が変わったよ!

 

「でもさ、緑谷の“個性”云々は別にして、増強型のシンプルな“個性”はいいな! 派手で出来る事が多い!」

「俺の『硬化』は対人じゃ強ぇけど、いかんせん地味なんだよなー」

「僕は凄くカッコいいと思うよ。プロにも十分通用する“個性”だよ!」

「プロなー! しかしやっぱヒーローも人気商売みてぇなとこあるぜ!?」

「そういう意味で考えたら、緑谷、吸阪、轟、爆豪あたりが派手で強いってことになるか?」

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから、人気出なさそうね」

「んだとコラ! 出すわ!!」

「ホラ」

 

 蛙吹さん、なんて的確な指摘なんだ!

 

「この付き合いの浅さで既に、クソを下水で煮込んだような性格と認識されるって、すげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ!殺すぞ!」

 

 爆豪君をそういう風に表現できるなんて、凄いよ! 瀬呂君!

 

「もう着くぞ。いい加減にしとけよ…」

 

 その時、相澤先生の静かな声が響き、僕達の気持ちは一気に引き締まった。よし、ここからは訓練に集中だ!

 

 

雷鳥side

 

「すっげー!! USJかよ!?」

「水難事故、土砂災害、火事……etc.」

「あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの()災害や()事故ルーム()!!」

 

 訓練場の規模に驚きの声を上げた砂藤の声に答えるように現れたのは、今回の講師の1人である…

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

「わー! 私好きなの13号!」

 

 解説ありがとう、出久。それにしても、オールマイトはまだ来ていないのか? そう言えば、前世の記憶でもオールマイトは遅れてきていたような… 

 

「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせる筈だが」

「先輩それが…通勤時にギリギリまで活躍してしまったみたいで、仮眠室で休んでます」

「不合理の極みだな、オイ」

 

 ………今、とんでもない会話が聞こえたぞ。とりあえず聞こえているのは、一番近くにいた俺だけのようだが…何か嫌な予感がするな。

 

「仕方ない。始めるか…」

「えー、始める前にお小言を1つ、2つ…3つ…4つ…」

 

 丁寧に指を折りながら、話す内容を確認した13号先生は、俺達全員の顔を見渡し、話し始めた。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その“個性”で、どんな災害からも人を救い上げるんですよね」

「ええ…しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にもそういう“個性”がいるでしょう」

 

 たしかに…俺と出久、轟や爆豪もそうだし、芦戸や青山あたりも殺傷力の高い“個性”と言えるな。

 

「超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで、一見成り立っているようには見えます」

「しかし、一歩間違えば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください」

「相澤先生の個性把握テストで、自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイト先生の対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います」

「この授業では、心機一転! 人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷つける為にあるのではない。(たす)ける為にあるのだと、心得て帰ってくださいな」

「以上! ご清聴ありがとうございました」

 

 話し終えて一礼する13号先生に拍手する俺達。それが止んだところで相澤先生が口を開く。

 

「そんじゃあ、まずは…ん?」

「っ!?」

 

 俺達に指示を下そうとした相澤先生が何か(・・)に気がついたのと、俺の索敵に何か(・・)が引っかかったのは同時だった。

 相澤先生の背後。ざっと100m程先に黒い(もや)のようなものが現れー

 

「相澤先生! 何かヤバイ奴が来る!」

「わかってる! 不用意に動くな!」

 

 直後、全身に『手』をくっつけた怪人を筆頭に、どう見ても友好的には見えない連中が、姿を現した。

 

「何だよ! あいつら!」

「動くな! あいつらは(ヴィラン)だ!」

 

 一言で連中を表現した相澤先生は、外していたゴーグルを装着し、戦闘体勢を取る。

 

「13号に、イレイザーヘッドですか…先日頂いた(・・・)教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいる筈なのてすが…」

「やはり先日のは、クソ共の仕業だったか」

 

 なるほどね。この前のマスゴミ侵入はこいつらのお膳立てって事か。カリキュラムを盗み出す為に…ご苦労なことだ。

 

「どこだよ…せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて…」

「子どもを殺せば来るのかな?」

 

 全身に『手』をくっつけた怪人…多分あいつが信楽焼だな。随分とふざけた事を言ってくれる。

 俺達がそう簡単に殺されると思うなよ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回より数話に渡って、(ヴィラン)連合とのバトルとなります。


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第14話:対決! (ヴィラン)連合!ーその1ー

第14話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、掲載に伴いキャラクター設定集にも追加を行っております。


雷鳥side

 

(ヴィラン)!?」

「ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

 

 突然の(ヴィラン)集団の乱入に切島や砂藤が驚きの声を上げる中、俺は右腕の籠手に内蔵された通信機で外部への連絡を試みたのだが…。

 

「やっぱり駄目か」

 

 案の定と言うべきなのだろう。聞こえてくるのはノイズばかりで、送信も受信も出来なくなっている。

 

「相澤先生! 試してみましたが、外部への通信は不可能になってます! 侵入者用のセンサーが作動していない事から見ても、電波妨害とセンサーの無力化が出来る“個性”か技術の持ち主がいる事は間違いないです!」

「行動が早いな…だが、状況は解った」

 

 (ヴィラン)集団を睨みながら、俺の報告に頷く相澤先生。いつでも飛び出せる体勢だが、1人であの数を相手にするのは流石に無茶ってもんだ。

 

「相澤先生、まさかとは思いますけど…あの数を1人で相手にするつもりですか?」

「………」

「プロヒーロー『イレイザーヘッド』の実力を疑う訳じゃないですが…いくらなんでも無謀ですよ。貴方風に言わせるなら非合理的だ」

「たしかにな…校舎と離れた隔離空間。そこに少人数(クラス)が入る時間割…そして、通信妨害にセンサーの無力化。奴らはバカだがアホじゃねぇ…これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

「正面きって戦うのが駄目なら、せめて援護だけでも!」

 

 俺の言葉に続き、轟と出久が声を上げる。だが、相澤先生は-

 

「お前らヒヨコに心配されるほど、柔な鍛え方はしちゃいない。俺の心配より、自分の身を守る事を考えろ」

「13号、避難開始! USJから脱出と同時に学校に連絡試せ!」

 

 それだけ言い残し、1人歩き出した。

 

「先生! いくら“個性”を消すっていっても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の“個性”を消しての捕縛。あの数相手の正面戦闘は…」

「緑谷、覚えておけ。一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号! 任せたぞ」

 

 直後、相澤先生は(ヴィラン)集団へと飛び込んでいった。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「情報じゃ13号とオールマイトだけじゃなかったか!? ありゃ誰だ!?」

「知らねぇ!! が、1人で正面突っ込んでくるとは大まぬけ!!」

 

 有象無象の(ヴィラン)達が何も知らずに俺を待ち構える。余裕綽々の態度で“個性”を発動しようとするが-

 

「あれ? 出ねぇ…」

 

 既にお前らの“個性”は抹消済みだ。間髪入れず、マフラーを一番近くにいた2人に巻き付けて動きを封じ-

 

「まず2人」

 

 そのまま引っ張れば、2人は顔面同士がぶつかる形で激突。地面に崩れ落ちた。

 

「馬鹿野郎! あいつは見ただけで“個性”を消すっつうイレイザーヘッドだ!!」

 

 俺の事を知っている(ヴィラン)がいたようだな。だが、やる事に変わりはない。

 

「消すぅ~!? へっへっへっ、俺らみてぇな異形型のも消してくれるのかぁ?」

 

 岩のような肌と4本の腕を持つ巨漢。見るからに力自慢といった風貌だが、自分の“個性”を過信し過ぎだ。

 

「いや、無理だ。発動系や変形系に限る」

 

 だから、容易く懐に潜り込まれる。無防備な顔面に拳を叩き込み、打ち倒すと同時にマフラーを足に巻き付け-

 

「だが、お前らみたいな奴の旨みは統計的に、近接戦闘で発揮される事が多い」

 

 別の(ヴィラン)が背後から殴りかかってきたのを避けると同時に、マフラーを操作。そうすれば-

 

「だから、その辺の()()はしてる」

 

 倒した(ヴィラン)そのものが凶器となって体勢の崩れた(ヴィラン)に襲いかかる。これで4人。

 ほんの10秒足らずの間に4人を倒した事で、奴らも状況が理解出来たのだろう。迂闊に動かず、こちらを遠巻きに取り囲むだけに留めてきた。よし、このまま時間を稼げれば…。

 

「肉弾戦も強く…その上、ゴーグルで目線を隠されていては、『誰を消しているのか』わからない。集団戦においては、そのせいで連携に遅れを取るな…成程…」

「嫌だなプロヒーロー。()()()()じゃ歯が立たない…」

 

 全身に『手』をくっつけた怪人…奴がこの集団の長だろう。となると、奴を潰せば…。そう考えた次の瞬間、黒い(もや)が生徒達のすぐ近くに移動していた。

 迂闊! 一瞬の瞬きの間に一番厄介そうな奴を!

 

 

雷鳥side

 

「させませんよ」

 

 イレイザーヘッド(相澤先生)の戦いに(ヴィラン)集団が浮足立った隙を突き、USJから脱出しようとしたその時、黒い(もや)が俺達の前に立ち塞がった。

 

「初めまして、我々は(ヴィラン)連合。僭越ながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて戴いたのは…平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃる筈…ですが、何か変更あったのでしょうか? まぁ、それとは関係なく…」

「私の役目はこれ」

 

 黒い(もや)が動く! 当然、黙ってされるがままの俺達じゃない。13号先生を筆頭に俺、出久、轟が迎撃の為に構えるが-

 

「おらおらおらぁっ!」

「吹っ飛んで死ねやぁ!」

 

 俺達に先んじて、爆豪と切島が黒い(もや)に攻撃をしかけた。

 切島の硬化した腕による斬撃と爆豪の爆破により、黒い(もや)の一部が切り裂かれ、一部が吹き飛ぶ。

 

「その前に俺達にやられる事は考えてなかったか!?」

 

 勇ましく啖呵を切る切島。だが、その攻撃は悪手だ!

 

「危ない危ない……そう…生徒といえど優秀な金の卵」

 

 切り裂き、吹き飛ばしたのはあくまでの黒い(もや)の一部。その奥に見える本体は無傷な上に-

 

「駄目だ! どきなさい2人とも!」

 

 13号先生や俺達の射線に被ったせいで、攻撃が出来ない!

 

「散らして…嬲り殺す!」

 

 次の瞬間、黒い(もや)が大きく広がり、俺達全員を包んでいく。

 

「ちぃっ!」

 

 咄嗟に、右腕の籠手に内蔵されたワイヤー付きアンカーを射出。真っ先に黒い(もや)に飲み込まれていた2人の内、どちらかを引き寄せるが…それが誰なのかを確認する間も無いまま、俺も黒い(もや)に飲み込まれた。

 

 

出久side

 

「っ!?」

 

 黒い(もや)に飲み込まれた次の瞬間、僕は空中に投げ出されていた。ここは…USJの水難ゾーン!?

 あの黒い(もや)は、ワープの類の“個性”なのか? オールマイトを殺すとか言っていたし、情報が少なすぎる!

 そんな最悪の状況に歯噛みする間もなく、着水。急いで浮上を試みるが-

 

「来た来た!!」

 

 待ち構えていたのは半魚人のような風貌の(ヴィラン)。周りを見れば、水中活動を得意としてそうな(ヴィラン)が軽く10人はいる。

 拙い…1人や2人ならどうって事ないけど、水中でこれだけの数を相手にするのは、骨が折れるぞ。

 

「お前、陸の上ならかなり強いみたいだな! だが、水の中なら俺が上! 恨みはねぇけどサイナラ!!」

 

 大きな口を開き、鋸のように並んだ無数の牙を見せながら向かって来る(ヴィラン)。仕方がない…水中戦をやるしかない!

 

「えいっ!」

「ぐへぁ!」

 

 だけど、次の瞬間思いもやらない援軍が来てくれた。蛙吹さんだ! 傍らに抱えているのは峰田君! 

 

「緑谷ちゃん!」

 

 蛙吹さんは、舌を長く伸ばして僕を絡め取ると、バランスを立て直そうとしている(ヴィラン)を足場にして一気に加速!

 

「サイナラ」

 

 水上に飛び出すと、浮かんでいた大型のプレジャーボートに降ろしてくれた。

 

「つぁっ!!」

 

 峰田君は何故か投げ捨てられていたけど…多分、セクハラ紛いな事をやったんだろう…ブレないなぁ。

 

「ありがとう、蛙吹さん」

「梅雨ちゃんと呼んで。しかし、大変な事になったわね」

「うん、雷鳥兄ちゃんや轟君も言っていた通り、奴らは周到に準備を重ねてきてる。オールマイトを殺すっていうのもあながちハッタリとも思えない」 

「ちょ、ちょっと待てよ! オールマイトを殺すなんてそんな事出来っこねぇよ! オールマイトが来たら、あんな奴らケッチョンケッチョンだぜ!」

「峰田ちゃん…出来る出来ないは別にして、殺す算段が…少なくとも可能性くらいはあるから、連中こんな無茶してるんじゃないの?」

「そこまで出来る連中に、私達嬲り殺すって言われたのよ? オールマイトが来るまで持ちこたえられるのかしら? オールマイトが来たとして…無事に済むのかしら」

「みみみ緑谷ぁ!!」

 

 冷静な蛙吹さんの言葉に、ガタガタと震えだす峰田君。うん、峰田君1人でここに送り込まれなくてよかった。確実に嬲り殺されていただろう。

 

「峰田君、とりあえず落ち着こう。今僕達がやらなくちゃいけない事は、この状況を突破する事だよ。少なくとも陸地に上がる事が出来れば、助かる確率は上がる…少なくともここにいるよりはね」

「そうね…緑谷ちゃんも陸地の方が戦いやすいでしょうし…峰田ちゃん。ここは3人協力していきましょう」

「わ、わかった!」 

 

 峰田君からも同意を得た所で、僕達はそれぞれの“個性”を確認する。と言っても、僕の“個性”はバスで話したし、蛙吹さんの“個性”は直に見ている。だから後は峰田君の“個性”なんだけど…。

 

「凄いよ。峰田君の“個性”!」

 

 『もぎもぎ』という名の“個性”の詳細を聞いて、僕は驚いた。これを使えば、限りなく安全にここから脱出できる!

 

「…よし、脱出の算段がついたよ」

「本当か! 緑谷ぁ!」

「緑谷ちゃん、水を差すつもりはないけど…向こうはこちらの“個性”を把握しているから、妨害されたりしないかしら?」

「うん、その点に関してだけは心配いらないと思う。だって、この水難ゾーンに蛙すっ…つ、梅雨…ちゃんが移動させられているから…」

「………自分のペースでいいのよ」

「あっ…そう、なの…」

「どういう意味なんだよ!?」

「だからつまり、生徒(ぼくら)の“個性”はわかってないんじゃないか? って事だよ」

「たしかに…蛙の私を知っていたら、水難ゾーンじゃなく、あっちの火災ゾーンに放り込むわね」

「僕らの“個性”がわからないからこそ、バラバラにして、数を頼りに攻め落とすって作戦にしたと思うんだ。数も経験も劣るけど、生徒(ぼくら)の“個性”が相手にとって未知である事。そこに付け入る隙がある!」

 

 そして僕は2人に作戦を説明した。作戦成功の鍵は…ずばり峰田君だ。

 

「お、お、オイ…オイラが作戦の鍵…無理、無理だ…この前まで中学生だったんだぜ! そんなオイラが作戦の鍵だなんて…」

 

 あ、ガチガチになってる。これじゃ、まともに動く事も出来ないかも…。

 

「…峰田ちゃん」

 

 その時、蛙吹さんが峰田君をそっと抱きしめ、安心させるように背中を摩り始めた。

 

「大丈夫。私たち3人が全力を尽くせば絶対に上手くいくわ。だから、峰田ちゃんも頑張って頂戴」

「う、うぅ…や、やって、やってやらぁ!!」

 

 蛙吹さん凄い! 峰田君のやる気をここまで引き出すなんて! これで準備は整った!

 

「2人とも…いくよ!!」

 

 次の瞬間、僕は『フルカウル』を発動して一気にジャンプ。プレジャーボートを囲むように浮かんでいる(ヴィラン)達に向けて-

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 空中(・・)を思いっきりぶん殴った! 強烈な衝撃波が水面に炸裂し、湖底が露出するほどに周囲の水を一時的に吹き飛ばす!

 

「梅雨ちゃん! 峰田君!」

 

 そこへ峰田君を抱えた蛙吹さんがジャンプ!

 

「おいらだって! おいらだってぇ!!」

 

 更に峰田君が頭からの出血も厭わずに『もぎもぎ』を投げ続ける!

 

「水面に強い衝撃を与えたら、水は一時的に広がって、また中心に収束する為に渦となる!」

「ぐっ、渦に、ひ、引きずりこまれる…!」

「それにこの丸いのなんだよ! くっついて、取れねぇ!」

 

 『もぎもぎ』を取ろうともがく(ヴィラン)達。だけどそうするうちに新しい『もぎもぎ』がくっついて、(ヴィラン)同士もくっついて、最終的には-

 

「一網打尽!」

「とりあえず、()()()()突破って感じね。凄いわ2人とも」

 

 こうして、僕らは何とか水難ゾーンでの危機を脱する事が出来た。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第15話:対決! (ヴィラン)連合!ーその2ー

お待たせいたしました。第15話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

 水難ゾーンでの危機を脱し、無事に陸地へと辿り着いた僕達は、今後取るべき行動について意見を交わしていた。 

 

「そうね…私達が次に取るべき行動としては、助けを呼ぶ事じゃないかしら?」

「オイラもそう思うぜ! このまま水辺に沿って、広場を避けて移動していくのが一番安全だって!」

「うん、僕もそう思うよ。出口付近にあの黒い(もや)が待ち構えているかも知れないけど、あいつの"個性”は一度見ているから、対応策がない訳じゃない。ただ…」

 

 蛙吹さんと峰田君の意見に同意しながらも、僕はどうしても広場で1人奮闘しているであろう相澤先生の事が頭から離れなかった。そして、その思いは2人にも伝わったようで…。

 

「え、おい、緑谷…まさか…バカバカバカ…」

「緑谷ちゃん…」

「いや、無茶な事をしようとは考えてないよ。でも、広場にいた(ヴィラン)の数は多すぎる…先生はもちろん全員制圧するつもりだろうけど、やっぱり、僕達を守る為に無理を承知で飛び込んだんだと思うんだ」

「だから、隙を見て…少しでも先生の負担を減らせればって……多分、雷鳥兄ちゃんと轟君は同じ事を考えている筈だよ」

「…飛ばされた先で待ち構えていた(ヴィラン)を倒してから、広場に向かうって事? ………たしかに、吸阪ちゃんと轟ちゃんなら、不可能じゃないわね」

「僕1人なら厳しいかもしれないけど、雷鳥兄ちゃんと轟君が一緒なら、何とか出来る気がするんだ。勿論、蛙す…梅雨ちゃんと峰田君に無茶を強いる事は出来ない。だから、2人はこのまま-」

「ストップ。私達だって雄英の生徒。まだ卵でもヒーローよ。自分達だけ安全な道を行く事は出来ないわ。そうよね? 峰田ちゃん」

「え、あ…お、おう! いざとなれば、オイラの『もぎもぎ』で皆動けなくしてやるぜ!」

 

 微かに震えながらも強がってくれる峰田君。エッチな部分が目立つけど、彼の精神(こころ)は立派なヒーローだ。

 そして、蛙吹さん。内心恐怖を感じている筈なのに、それを欠片ほども表情に出さない精神(こころ)の強さは、僕としても見習いたい。

 

「それに…ここで二手に分かれるより、固まって行動した方が助かる確率は高い筈よ。吸阪ちゃんと轟ちゃんが来てくれるなら尚更ね」

「…2人ともありがとう。それじゃあ、もう少し広場に近づこう。もしも僕達じゃ対処出来ないような状況だったら、広場を迂回して出口へ向かおう」

 

 こうして、僕達は広場へと進み始めた。

 

 

轟side

 

「『散らして…嬲り殺す』…か。言っちゃ悪いが、あんたらはどう見ても“個性”を持て余したチンピラ以上には見受けられねぇよ」

 

 USJの土砂ゾーンへ送られた俺を待ち構えていたのは、20人ほどの(ヴィラン)達。

 だが、送られてきたのが俺1人だったので、油断したのだろう。チンピラオーラを漂わせながら、脅しをかけてきたので…。

 

「こいつ…! いきなり…」

「本当にガキかよ…」

 

 右の氷と左の炎。両方を使って一気に殲滅させてもらった。だが、凍ったのが7割で燃えたのが3割か…。まだまだ左の制御が甘いな。

 それにしても…オールマイトを殺す…初見じゃ、精鋭を揃え数で圧倒するのかと思ったが、蓋を開けてみりゃ生徒(俺達)用のコマ…。チンピラの寄せ集めじゃねぇか。

 見た限りじゃ本当に危なそうな人間は4~5人だった。とすると…。

 

「なぁ…このままじゃあんたら凍りついたり火傷を負った身体がじわじわ壊死してくわけだが…俺もヒーロー志望。そんな酷え事は()()()()()()()()

 

 俺が取るべき行動は…

 

「あのオールマイトを()れるっつう根拠…策って何だ?」

 

 

雷鳥side

 

 

「っ!?」

 

 黒い(もや)に飲み込まれた次の瞬間、俺は岩だらけの場所に降り立っていた。USJの山岳ゾーンか…。

 どうやら、ワープ系の“個性”でここに送られたようだな。

 

「吸阪さん!」

「吸阪!」

 

 ここに送られたのは、俺の他に八百万と耳郎。そして…

 

「悪い…これ、どうやって外すんだ?」

 

 あの時、アンカーで引っ張りこんだ切島。合計4人か。

 

「吸阪、耳郎、八百万…すまねぇ! あの時、俺と爆豪が前に出たせいで、13号先生や吸阪達が攻撃出来なくて…こんな事に!」

 

 左腰に引っかけていたアンカーを外してやると同時に、深々と頭を下げて俺達に謝罪する切島。

 自分と爆豪が先走って黒い(もや)を攻撃した事が、事態を悪化させた。そう思っているのだろう。

 

「気にすんな。黒い靄(アイツ)も言っていただろう? 『散らして…嬲り殺す』…お前らが先走ってなくても、こうなっていた可能性は高かった筈だ」

「…けど……」

「自分の非を素直に認めて、受け入れる事が出来るのはお前の長所だ。今回の事を本気で反省してるなら、次に活かせ。その為にも、無事にこのピンチを切り抜ける事に集中しろ」

「……すまねぇ、弱気な所見せちまった」

「解れば結構。それじゃあ思考を切り替えろ。()()()()()()ぞ」

 

 『そろそろ来る』。俺の言葉に緊張の度合いを増す切島達。その直後-

 

「ヘヘッ、いたぜいたぜ!」

「流石に『黒霧(くろぎり)』さんの“個性”は正確だな。予定のポイントから5mもズレてねぇ!」

 

 某世紀末救世主伝説の漫画に出てきそうな風貌の(ヴィラン)が、ゾロゾロと徒党を組んで現れた。その数25人。

 しっかし、どいつもこいつも酷い顔面(つら)してやがる…『下品』という字を擬人化したら、こいつらみたいになるんだろうな。

 

「4人か、可哀想に…25対4じゃ勝ち目ねぇな!」

「降伏するか? そしたら、半殺しくらいで済ませてやってもいいぜ!」

「ギャハハハッ! ソイツは良いなぁ! 男2人をそうしたら、女どもで楽しむのを見せつけるのはどうだ? あの髪の長い方、良い体をしてやがる」

「髪の短い方も楽しめそうだぜ。ヒヒヒッ」

 

 …前言撤回。こいつらは『下品』じゃない。ただの『屑』だ。

 耳郎も八百万も、コイツらの下卑た視線と物言いに怯えてるじゃないか。顔は平静を装っているが、微かに震えているのがわかる。

 こんな奴らに()()()は必要ないな。

 

「さぁて、それじゃあ楽しませてもらおうか…良い声で―」

「やかましい! マグネ・マグナム!」

 

 次の瞬間、俺は目前の(ヴィラン)にベアリングボールを5発連続で撃ち込んだ。

 俺達を舐めきっていたのか“個性”の発動すらしていなかったそいつは、最初の4発で両肩と両膝を砕かれ、最後の1発は股間に喰らい、口から泡を吹きながらその場に崩れ落ちた。

 

「金で雇われた三下(チンピラ)風情が…あまり俺達を舐めるなよ」

「誰がチンピラだ! 1人倒した位で調子に乗るんじゃねぇ!」

「じゃあ、かかってこいよ。遊んでやる」

 

 わざと嘲るような口調で挑発すれば、(ヴィラン)達は顔を真っ赤にして怒りの声を上げ始める。もう一息だな。

 

「そうそう、どんな方法でぶちのめされたい? 5秒以内に答えれば、リクエストに応えてやる」

「何だとぉ! ふざけんな!」

「てめぇみたいなガキにやられる訳がねぇだろ!」

 

 あぁ、やっぱりこいつらは三下(チンピラ)だ。こんな見え見えの煽りで沸騰するし、相手の実力も正しく把握出来ない。だから-

 

「時間切れだ」

 

 簡単に懐に飛び込まれる。がら空きの鳩尾に肘を、顎に掌打を叩き込んで地面に沈め、顔面を思いっきり踏みつけてきっちり意識を刈り取る。

 今後総入れ歯確定。2度とステーキが食えなくなっただろうが、知った事か。自業自得だ。

 

「ひぃっ!」

 

 顔面を踏み潰され、文字通り()()()に沈んだ仲間を見て、(ヴィラン)の誰かが小さく悲鳴を上げるが…今更後悔しても遅いんだよ。

 

「サンダー! ブレークッ!!」

 

 右手の指先からの放電で一気に薙ぎ払い、5人を無力化。これで残り18人。

 

「は、話が違うぞ! ガキを数人甚振るだけで50万の簡単な仕事じゃねぇのかよ!」

「こんな化け物がいるなんて、聞いてねぇぞ!」

 

 思い描いていた物とまるで違う展開に慌て始める(ヴィラン)…いや、三下(チンピラ)ども。そこへ―

 

「おらおらおらぁっ!!」

 

 “個性”で全身を硬化させた切島が突撃。一気に2人を戦闘不能にする。

 

「吸阪さん、申し訳ありません。貴方1人に負担をかけてしまいました」

「こんな奴らに一瞬でも怯えた自分が情けないよ…でも、ここから取り返す!」

 

 耳郎と八百万も武器を手に参戦し、戦いの準備は整った。さぁて、三下(チンピラ)どもに教えてやるか。お前らが面白半分に狩ろうとしたのは、子犬でも子猫でもない…小さくとも獅子だって事をな!

 

 

飯田side

 

 

「13号。災害救助で活躍するヒーロー。やはり……戦闘経験は一般ヒーローに比べ半歩劣る」

「自分自身をチリにしてしまった」

 

 黒い(もや)の淡々とした声が響く中、背中に重傷を負った13号先生が崩れ落ちる。その光景に皆が悲痛な声をあげる中…。

 

「飯田ァ! 走れって!!」

 

 砂藤君の絶叫が僕の背中を押してくれた。弾かれるように『エンジン』を全開にして、ゲートへと走る。

 

「くそう!!」

 

 何が『皆を置いていくなど委員長の風上にも…』だ! ちっぽけな責任感を満たす為に、1人助けを呼びに行く事を躊躇った結果がこれだ! もう、これ以上の失敗は許されない!

 

「散らし漏らした子ども…待つべきはあくまでもオールマイト。他の教師を呼ばれては、こちらも大変ですので」

 

 そんな声と共に目前に広がる黒い(もや)。これに飲み込まれてはいけない。すぐに回避しようとするが、黒い(もや)は左右に広がり、逃げ道を塞いでしまう。

 ここで終わるわけにはいかない! 皆を…僕が! 任された! クラスを!! 僕が!!

 

「行け!!」

 

 その時、障子君が自らの身を挺して黒い(もや)を排除してくれた。

 

「早く!」

「すまない!」

 

 振り返る事無く一直線にゲートへ走る。あと50m!

 

「ちょこざいな…! 外に出させない!」

 

 黒い(もや)が背後に迫るのを感じるが、対応している暇はない! 今やるべき事は自動ドアをどうするかだけだ! 開くかどうかはわからないが、開かないなら蹴破るまで!

 

「生意気だぞメガネ! 消えろ!!」

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 その時、僕を捕まえようとする黒い(もや)の動きが止まった。

 

「理屈は知らへんけど、こんなん着とるなら実体あるって事じゃないかな?」

 

 麗日君が自らの“個性”で奴を宙に浮かせてくれたのか! そこへ瀬呂君が“個性”を使って奴を拘束する!

 

「行けええ!! 飯田くーん!!」

「飯田! 行けぇ!!」

 

 僕を援護してくれた麗日君と瀬呂君の声を背後に聞きながら、僕は僅かに開いた自動ドアを潜り抜け、学校までの3kmを全速力で駆け抜けた。

 

「応援を呼ばれる…ゲームオーバーだ」

 

 

出久side

 

「う、嘘だろ、そんな…」

「相澤先生…」

 

 広場に辿り着いた僕達が見たもの。それは真っ黒い巨人に倒され、右腕がおかしな方向に曲げられた相澤先生の姿。

 あれがオールマイトを倒す為の策なのか?

 

「対平和の象徴改人“脳無”」

 

 全身に『手』をくっつけた怪人の楽しそうな声が聞こえてくる。“脳無”、それがあの巨人の名前。

 

「“個性”を消せる。素敵だけどなんてことはないね。圧倒的な力の前ではつまり、ただの“無個性”だもの…やれ」

 

 “脳無”は、怪人のその一言で相澤先生の左腕をまるで枯れ枝を折るように粉砕した。先生の苦悶の声が響く。

 

「緑谷ダメだ…流石にあれは無理だ…」

 

 悲鳴をあげないように口を両手で押さえながら、ガタガタと震えている峰田君。蛙吹さんも表情こそ変わらないが恐怖心を必死で堪えているみたいだ。

 本当は逃げるべきなんだと思う。僕達みたいなひよっ子が首を突っ込んじゃいけないレベル…だけど…。

 その時、“脳無”が先生の頭を掴んだ。それが意味する事はつまり…腕のように先生の『頭』を破壊する。

 

「やめろぉ!!」

 

 その瞬間、僕は『フルカウル』を全開にして突撃を仕掛けていた。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 フィンガースナップを高速で繰り返して、衝撃波の弾幕を放つ。これで“脳無”を倒せるとは思ってない。それでも、奴の意識をこっちに向ける事は出来る!

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 更に奴の目を狙って衝撃波を放つ。どんなにタフな相手でも目を攻撃されて平気な訳がない!

 

「‘~)%~=#”!」

 

 狙い通り! 奴は声にならない声を上げ、己の目を押さえながら数歩後退した。その隙に僕は相澤先生を回収して、一気に距離をとる。

 

「緑谷ちゃん!」

「緑谷ぁ!」

「梅雨ちゃん! 峰田君! 相澤先生を連れて先に逃げて! 僕があいつを食い止めるから!」

「で、でもよぉ、緑谷1人で…」

「早く!」

「…峰田ちゃん、先生を連れて行きましょう…今の私達じゃ足手まといになるだけだわ」

「…わかった…緑谷、死ぬなよ…」

 

 気絶した相澤先生を抱え、離れていく2人を背後に感じながら、僕は構える。オールマイトを倒す為に用意された相手だ。今の僕にどこまで出来るかわからない。それでも、僕は逃げない!

 

「ここからは僕が相手だ! かかって来い!」 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第16話:対決! (ヴィラン)連合!ーその3ー

お待たせいたしました。第16話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、掲載に伴い過去掲載分の一部修正。具体的には出久の技名の表記変更を行っています。
内容に変化はありません。

また、キャラクター設定集の改訂を行っております。


雷鳥side

 

「よし、それじゃあ確認するぞ。今回、お前達を率いて雄英高校(うち)を襲撃してきた黒幕の名前は死柄木弔(しがらきとむら)。あの、全身に手をくっつけた野郎だな?」

「は、はい…」

「そして、俺達をUSJのあちこちに転移させた黒い靄(あいつ)の名前は黒霧(くろぎり)。間違いないな?」

「は、はい! 間違いありません!」

 

 切島、耳郎、八百万と協力して三下(チンピラ)どもを蹴散らした俺は、1人土の中に潜んでいた奴を引っ張り出し、情報を収集していた。上手く隠れていたが、『サーチ』を使えば丸見え同然だ。

 この三下(チンピラ)、隙を見て俺達に不意打ちを仕掛けようと考えていたらしく、最初は何かと反抗的な態度を取っていたが、俺が5回ほど頬や腹を()()()()()()()()と、実に協力的になってくれた。うん、人間は素直が一番だ。

 

「最後の質問だ。お前らがオールマイトを倒せると思った根拠は何だ? 秘密兵器の類でも用意しているのか?」

「お、俺達も、く、詳しくは教えられて…た、ただ! 死柄木さんは言ってた! 『“脳無”があればオールマイトに勝てる。あれはその為に作られた』って…」

「“脳無”ねぇ…」

 

 多分、広間に出てきた(ヴィラン)達の中にいた黒い奴、あれが“脳無”だな。対オールマイト用戦力…正直、イレイザーヘッド(相澤先生)だけで何とか出来るとは考えにくいな。

 

「よし、質問は以上だ」

「お、お役に立てて何よりです…それじゃあ、私は帰らせて…」

「おいおい、帰るなんて言うなよ……キッチリ刑務所でお勤めしてこい」

「そ、そんな! 話が違っ!」

 

 抗議の声をあげる三下(チンピラ)に回し蹴りを叩き込み、意識を刈り取る。

 まったく、俺は話を聞かせてもらう。と言っただけで、白状すれば助けるなんて一言も言ってないんだがな…。

 まぁ、三下(チンピラ)だから自分に都合よく解釈したんだろう。

 

「吸阪、容赦ねぇな…」

「こういう連中は、甘さを見せたら付け上るだけだからな。容赦なくやるだけだ。八百万、双眼鏡を作って欲しいんだが…頼めるか?」

「はい! 少しお待ちを!」

 

 俺の頼みに嫌な顔一つせず、双眼鏡を作り出して渡してくれる八百万。このピンチを乗り切ったら、何かお礼をしないとな。

 

「吸阪、それで何を見る気なの?」

「ちょっと広場の方をな…イレイザーヘッド(相澤先生)と、あいつの言っていた“脳無”の事が…」

 

 耳郎の問いにそこまで答えた所で俺は言葉を失った。双眼鏡越しに見えたものは、“脳無”に倒されたイレイザーヘッド(相澤先生)と、彼を助けようと飛び出していく出久の姿。あいつ、1人で無茶しやがって!

 

「悪い! 先行させてもらう! ターボユニット!」

 

 切島に双眼鏡を投げ渡し、全速力で山岳ゾーンを駆け下りていく。頼む、間に合ってくれ!!

 

 

出久side

 

()()()()()()()()()()()? 君、面白い事を言うなぁ…さっきのスマッシュ、オールマイトのフォロワーかい?」

「まぁ、いいや…“脳無”、やれ」

 

 全身に『手』をくっつけた怪人の指示を受け、僕に向かって来る“脳無”。そのスピードは2m後半はある巨体からは想像も出来ないほど素早いもので-

 

「ッ!」

 

 出力上限の30%で『フルカウル』を発動している僕でも、一歩間違えば捕まりかねない。

 このスピードといい、イレイザーヘッド(相澤先生)を容易く倒したパワーといい、対平和の象徴という肩書きは伊達じゃない。

 

「だけど、戦いようはある!」

 

 “脳無”の身体能力をオールマイト級と仮定した場合、真っ正面からの殴り合いはこちらが不利。だけど、僕にも勝っている点がある。小回りと回転の速さだ。

 “脳無”の攻撃を避けると同時に死角へと回りこみ、丸太のような左足にローキック3連発! 更に―

 

PARABELLUM(パラベラム)スマッシュ!」

 

 膝裏に狙いを定め、拳を叩きつける! だけど…。

 

「効いて…ない?」

 

 “脳無”は全くダメージを負った気配がなく、反撃の拳を振り下ろしてきた。ギリギリのところでそれを避け、距離を取るとあの怪人が楽しそうに手を叩いているのが視界の隅に見えた。

 

「なかなかのコンビネーションだけど…残念。“脳無”には『ショック吸収』の“個性”があるから、打撃は一切通用しない」

 

 まるで自慢の玩具を周囲に見せびらかす様に“脳無”の“個性”を説明する怪人。そこへ―

 

「死柄木弔…」

 

 あの黒い(もや)がこちらへワープしてきた。

 

「黒霧、13号はやったのか?」

「…行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……1名逃げられました」

「………は?」

「はー…はぁー…黒霧、お前…お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ…」

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ…()()()ゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

 僕を無視したまま、そんな会話を繰り広げる2人の怪人。“脳無”も指示待ちで動かない今、体勢を整えつつ奴らを観察していたけど…正直言って薄気味悪い。

 オールマイトを殺したいんじゃないのか!? ここで帰ったら雄英の危機感が上がるだけだぞ!! ゲームオーバー? 何だ…何考えているんだ、こいつら!!

 

「けどもその前に…平和の象徴としての矜持を少しでも、へし折って帰ろう。フォロワーも減らせるしな…“脳無”やれ」

 

 指示を受けて再び動き出す“脳無”。『ショック吸収』の“個性”がある以上、打撃は通用しない。でも、打撃()()なら?

 

BAYONET(ベイオネット)スラッシュ!」

 

 僕は“脳無”の攻撃を避け、死角に回り込みながら、エネルギーを纏わせた手刀を振るった! すると“脳無”の左腕に決して浅くない傷が刻まれる。

 予想通り、『ショック吸収』の“個性”が無効化出来るのは打撃のみ。斬撃には適用されない。恐らく、関節技も有効だろう。

 

「これなら!」

 

 僕は高速で動きながら、何度も手刀を振るい“脳無”に幾つもの傷を付けていく。

 1発で仕留めきれる程の威力はないけど、このままダメージを蓄積させていけば…そんな僕の目論みは呆気なく頓挫した。

 “脳無”の全身に付けた傷が、瞬く間に癒えていく。まさか、『再生』の“個性”!?

 

「気がついたか? “脳無”は『ショック吸収』だけじゃない。『超再生』の“個性”も持っている。オールマイトの100%にも耐えられるように()()()()()超高性能サンドバッグ人間さ」

 

 怪人の楽しそうな声に、僕は驚きを隠せなかった。

 電気と磁気を操る雷鳥兄ちゃんの『雷神』や、氷と炎を操る轟君の『半冷半燃』のように、関連性のある能力を複数操る事が出来る複合型ならまだしも、全く関連のない2つの“個性”を併せ持つなんて事はありえないからだ。

 そういえば、あの怪人は“脳無”の事を『改造された超高性能サンドバッグ人間』と言っていた。改造…誰かが、“個性”を付与した? “個性”を付与する“個性”なんて物が存在するのか!?

 自分の脳裏に浮かぶあまりに突飛な発想。それが“脳無”の攻撃への反応を僅かに遅らせた。時間にしてコンマ2秒程の遅れ、実戦ではそれが命取りになる事は解っていた筈なのに!

 咄嗟に防御を固め、可能な限り回避を試みる。次の瞬間、“脳無”の拳が僕のガードを僅かに掠った。

 

「ガハァッ!」

 

 まるでダンプカーに撥ねられた子猫のように軽く30mは吹き飛ばされる。何とか受身は取れたけど、攻撃の掠った左腕は酷く痺れて暫くは使えそうにない。『フルカウル』でエネルギーを纏わせてなかったら、文字通り粉砕(・・)されていただろう。

 

「ハハッ、よく飛んだな。次は夜空の星にでもなってもらおうか」

 

 怪人の指示に従い、僕めがけて突撃してくる“脳無”。いけない…このままじゃやられる!

 

 

爆豪side

 

「これで全部か…弱ぇな」

 

 あのモヤモブに包まれて倒壊ゾーンに飛ばされた俺を待っていたのは、雑魚の群れだった。

 こんな所に1人飛ばされた事でイラついていたから応戦したんだが…こんな三下共じゃ100人倒してもスッキリしねぇ!

 さっさと広場に向かって、リーダー格の奴をぶちのめすとするか。その前に-

 

「俺に不意打ちなんざ、100年早ぇ!」

 

 不意打ちしてきた雑魚の顔面を掴み、至近で爆破をお見舞いする。直前まで透明化…『カメレオン』の“個性”か。俺以外なら通用しただろうが、運が悪かったな。

 気絶した雑魚を投げ捨て、倒壊ゾーンから脱出しようとしたその時―

 

「イヤァ、素晴ラシイ」

「ッ!」

 

 倒した筈の雑魚がいきなり起き上がった。まだ意識があった? いや、キッチリ気絶させた筈だ!

 

「死柄木弔ヤ黒霧ニハ内緒デ、端末モドキヲ送リ込ンダ訳ダケド…マサカ、ココマデノ大当タリヲ引クトハ思ワナカッタヨ」

 

 端末モドキ? 何らかの“個性”でこの雑魚を遠隔操作しているって事か? 糞、判断するのはまだ情報が足りねぇ…会話を引き伸ばすか。

 

「大当たりだと? 俺の事か?」

「ソウ、君ダヨ。近年稀ニ見ル強イ“個性”ヲ持ツダケジャナイ。身体能力、戦闘ノセンス、敵ヘノ容赦ノナサ、全テガ素晴ラシク高イ水準ダ。ソレニ…一番魅力的ナノハ、君ノ目ダ」

「目だと?」

「ソウ、自分以外ノ者ハ認メナイ。自分ダケガ強者。ソレ以外ノ連中ハ雑魚同然。ソウ言イタゲナ素晴ラシイ目ダヨ」

「なっ…何言ってやがる!」

「否定スル事ハナイ。コレガ君ノ本心ナノダロウ? ツイデニ言ッテオコウ。ソチラ側(・・・・)ニイル限リ、君ノ本心ハ抑圧サレタママダ」

「…黙れ」

「クダラナイ常識、倫理観、法律、ソノ他諸々…全テガ君ヲ抑圧スルダロウ。イヤ、今現在既ニ抑圧サレテイル筈ダ」

「…黙れ」

「断言シヨウ。君ガソチラニイル以上、君ガ真ニ開放サレル事ハナイ」

「黙りやがれぇぇぇっ!!」

 

 一刻も早くこいつの口を塞ごうと、俺は全力の爆破をぶっ放した。建物の外へと吹き飛ばされていく雑魚。だが…。

 

「マタ、会ウ事モアルダロウ」

 

 俺に話しかけてきたアイツはそう言い残して、気配を消した。糞が…遠隔操作だから、目の前の奴を吹っ飛ばしたって痛くも痒くも無いって事かよ…。

 

「糞が…」

 

 そう吐き捨て、倒壊ゾーンから脱出しようと歩き出す俺だったが…その歩みはやけに重く感じた。

 

 

出久side

 

「あ…」

 

 僕に向かって突撃してきた“脳無”の動きが突然止まった。その両足は分厚い氷で固められている。“脳無”の動きを止める程の氷…そんな事が出来るのは!

 

「てめぇらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」

「轟君!」

 

 無事だったんだね! その言葉は口から発する事は出来なかった。何故って…。

 

「サンダー! ブレーク!!」

 

 言葉を発する前にもう1人の助っ人が、落雷と見間違う程の強烈な電撃を“脳無”に叩き込んだから。

 全身から白煙を燻らせる“脳無”を視界の隅に入れながら、僕はもう1人の助っ人の登場にこれ以上無いほどの安堵感を感じていた。

 

「無事か! 出久!」

「雷鳥兄ちゃん!」

 

 僕にとってオールマイトに匹敵する最高のヒーローが来てくれたんだ。これ以上の援軍は無い。

 

「緑谷…1人で無茶したみたいだな」

「ヒーローってのは他人を助けるだけじゃなく、自分の安全も確保しなくちゃいけないって、教えた筈だがな…」

「…ごめんなさい」

「まぁ、状況が状況だ。あまり口煩くは言わねぇよ」

「まずは、こいつらを何とかするのが先決だしな」

 

 そんな事を言いながら僕と合流する轟君と雷鳥兄ちゃん。間に“脳無”を挟み、2人の怪人達と対峙する。

 

「おいおい、黒霧…どうなってんだよ。ガキどもは邪魔されないよう、全員あちこちに散らしたんだったよなぁ?」

「……配置しておいたチンピラ達程度では止められなかった。と言う事でしょう。彼らは金の卵の中でも特に優秀だったという事です」

「……はぁ、攻略された上に全員ほぼ無傷…凄いなぁ…最近の子どもは…恥ずかしくなってくるぜ(ヴィラン)連合……まあいいや。“脳無”にやらせる」

 

 『“脳無”にやらせる』それを聞いた途端、“脳無”は凍りついた両足を自らの手で打ち砕き、欠損した両足をまるでトカゲの尻尾のように再生させる。

 

「すっげぇ再生力…プラナリアかよ」

「2人とも気をつけて! あの黒いのは対オールマイト用戦力“脳無”! 『ショック吸収』と『超再生』、2つの個性を持っている上に、パワーもスピードもとんでもないレベルだから!」

「対オールマイト…あんな奴に平和の象徴は殺らせねぇ」

「同感だな。俺達3人でぶっ倒すぞ!」

「うん、きっと3人でなら…勝てる!」

 

 そう言って僕は『フルカウル』を発動。雷鳥兄ちゃんは両手から電撃を迸らせ、轟君は右手に氷、左手に炎を纏う。

 “脳無”との第2ラウンドの始まりだ! 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第17話:対決! (ヴィラン)連合!ーその4(終)ー

お待たせしました。
第17話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


飯田side

 

「ほ、報告します! USJ内部に(ヴィラン)の集団が侵入! イレイザーヘッド(相澤先生)と13号先生が応戦しましたが、13号先生が(ヴィラン)の攻撃で重傷! イレイザーヘッド(相澤先生)も苦戦を強いられています!!」

 

 職員室に駆けこむと同時に、あらん限りの声を振り絞って状況を報告する。ただそれだけで、その場にいた先生方は、USJに向かう為の準備を開始してくれた。そして―

 

「私が先行する! 皆は準備が整い次第、追ってきてくれ!」

 

 校長室から飛び出してきたオールマイトが、そう言い残してUSJへ向かって全速力で走り出した。

 これでもう大丈夫だ。皆、もう少しだけ持ち堪えてくれ!

 

 

雷鳥side

 

「2人ともいくぜ!」

「うん!」

「あぁ」

 

 俺と出久と轟。即席のトリオだが、それぞれの実力は把握しているし、出久を中継する事で繋がりが出来ているから、連携に問題はないだろう。

 

「まずは牽制! マグネ・マグナム!」

 

 両手でベアリングボールを次々と弾き、“脳無”へ撃ち込む。『ショック吸収』の“個性”がある以上、ダメージは期待できないが、それでも“脳無(やつ)”の動きを止める事は出来る!

 

「出久!」

「任せて! MACHETE(マチェット)スラッシュ!」

 

 そこへ出久が跳び回し蹴りで追撃! 狙い澄ました足刀が両目を容赦なく切り裂き、“脳無(やつ)”から光を奪い取る。

 

「轟! 合わせろ!」

「あぁ、全力でいく」

「サンダー! ブレーク!」

 

 両目を潰され、奇声を上げる“脳無”への駄目押しは、俺の電撃と轟の火炎だ。全身を焼かれ、ブスブスと煙を上げる“脳無”。普通の(ヴィラン)なら、これで勝負ありなのだが…。

 

「*>)${|!」

 

 残念。普通ではなかった。“脳無(やつ)”が立ち上がると同時に全身の炭化した皮膚が剥がれ落ち、内側から綺麗な皮膚が出現した。出久が潰した両目もすっかり再生を終えている。

 

「ハハハッ! 残念だったな! お前らのチンケな攻撃で“脳無”がどうにか出来ると思ったのか? 身の程を知れよ。卵ども!」

 

 “脳無”の『超再生』に気を良くしたのか。すっかり饒舌の信楽焼。ハッキリ言って…ウザいな。

 

「黙れよ、信楽焼」

「………は?」 

「聞こえなかったのか? 黙れと言ったんだよ」

「違うよ…今、俺の事を何て呼んだ?」

「あぁ、それか。信楽焼って言ったんだよ。お前、死柄木弔って名前なんだろ? だから信楽焼。わかりやすくて良いネーミングだろう?」

 

 満面の笑みを浮かべながら、信楽焼を煽ってみれば、奴は全身をわなわなと震わせ始めた。これは…もう少し煽ってみるか。

 

(ヴィラン)連合だかなんだか知らないが、組織のトップならトップらしく、()()()()みたいに飾られていれば良いものを、こんな所までノコノコ出てきてさぁ…お前、馬鹿だろ?」

「狸の…置物……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ…黙れよぉ!」

「いけません! 死柄木弔!」

「どけぇ!」

 

 怒りで我を忘れた信楽焼が、静止しようとした黒い靄(黒霧)を押しのけて、俺に向かって来た。

 どんな“個性”を持っているか知らないが、そこまで興奮した状態で“個性”を使えるなら使ってみろ! 

 

「マグネ・マグナム!」

 

 ポーチの中に残っていた7個のベアリングボールを全て弾き、信楽焼へ撃ち込んでいく。

 

「げぼぁっ!」

 

 初めの4発で両肩と両膝を砕かれ、残り3発を腹に撃ち込まれた信楽焼は、血反吐を撒き散らしながら地面をのたうちまわる。

 

「死柄木弔!」

 

 当然、黒い靄(黒霧)は信楽焼に駆け寄るが―

 

「させねぇよ」

 

 轟がその下半身を凍らせて、動きを封じる。

 

「さっき、爆豪と切島がお前を攻撃した時に、言っていたな『危ない危ない』って…全身が靄で物理攻撃完全無効なら、そんな台詞は出ねぇ筈だ…」

「くっ…」

「即ち、お前は靄で全身を覆っているだけで、その中には実体があるって事だ。だから凍らせる事も出来た。言っておくが下手な真似はするなよ…少しでも怪しいと判断した時は、全身を氷漬けにする」

詰み(チェックメイト)だな。潔く投降しろ」

 

 轟が黒い靄(黒霧)を抑えた事を確認し、信楽焼に投降を求める。正直、これで終わってくれれば楽なんだが…。

 

「まだ、終わってない…“脳無”! そいつらを殺せ! ぶっ殺せ!!」

 

 信楽焼の叫びと共に、再起動する“脳無”。やっぱりこいつは倒さないといけない訳か。『ショック吸収』と『超再生』。2つの“個性”は厄介だが…俺の考えが正しければ、決して倒せない相手じゃない筈!

 

「轟! “脳無(やつ)”を凍らせてくれ!」

「任せろ」

 

 まず轟の氷で氷漬けにして動きを封じ―

 

「マグネ・マグナム!」

 

 ありったけの釘を射出し、“脳無(やつ)”の全身に撃ち込んでいく。

 

「出久!」

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 更に出久のパンチをぶち込めば、凍りついた“脳無(やつ)”の体は衝撃を吸収出来ず、地面に氷で縫いつけられた両足を残して吹っ飛んでいく。

 

「サンダー! ブレーク!」

 

 おまけで電撃をぶつけてやれば、“脳無(やつ)”の全身に撃ち込んだ釘から体内に電流が流れ込み、体内を容赦なく焼いていく。

 

「やったのか?」

 

 ブスブスと全身から煙を上げる“脳無”の姿に、勝利を期待した様子の轟の声。だが、その期待は裏切られた。

 あれだけのダメージを受けながらも、“脳無(やつ)”は再生を始めたのだ。

 

「くそっ、なんて奴だ…」 

「いいや、()()()()さ。見てみろよ。再生を始めたと言っても、その速度は明らかに遅くなってる」 

「ま、まさか! “脳無”の『超再生』に限界が!?」

 

 下半身が凍りついた状態ながら、驚きを隠さない黒い靄(黒霧)。うん、いい驚き役になれそうだな。

 

「“脳無(やつ)”の体内にどれだけのエネルギーが蓄えられてるか知らねぇが…あの巨体を維持するだけで相当なエネルギーを消費する筈だ」

「それに加えて、出久との1対1(タイマン)に俺達との戦い。一体どれだけ『超再生』を行った? エネルギー消費もなしに、受けた傷や欠損した部位の再生なんて、出来る訳ないよな?」

「ぬ、ぐぐ…」

「もう奴はガス欠。『超再生』を行うだけのエネルギーはもう残っていない!」

「それがどうした! 『超再生』が行えなくても、まだ『ショック吸収』がある! お前らじゃ“脳無”を倒しきる事が出来ない以上、お前らが勝つ事は―」

「出来ないとでも言いたいのか? 甘いな」

 

 駄々っ子の様に喚き散らす信楽焼の声を遮り、俺は“個性”を全開にすると―

 

「『ショック吸収』と『超再生』、2つが揃っているから厄介だったんだ。どちらか片方しかないなら、倒す方法なんて幾らでもあるんだよ!」

 

 右手に電気、左手に磁気を纏わせ、両手を組む事で2つを融合させる!

 

「超電磁! タ! ツ! マ! キィッ!!」

 

 直後放たれた電磁竜巻が“脳無”を飲み込み、空中で磔状態にしてその動きを封じる。そこへ―

 

「轟! 氷と炎を同時に放ってくれ!」

「任せろ。全力でいく!」

 

 轟の両手から氷と炎が同時に放たれ、電磁竜巻と合体。“脳無”に加熱と冷却を繰り返し行っていく。

 

「加熱と冷却…いけない! 死柄木弔! 脳無をあれから脱出させなければ!」 

 

 黒い靄(黒霧)が気がついたようだが、もう遅い!

 

「な、何だよ…なんで、“脳無”の全身がボロボロになっていくんだよ!」

「簡単な物理の問題だ。高温に熱した物体は膨張し、逆に冷却すれば収縮する。これを短時間のうちに繰り返していけば、どんな物体であろうとも劣化は免れない!」

 

 俺の叫びに応えるように、“脳無”の全身は劣化したゴムのようにひび割れ、ボトボトと地面に剥がれ落ちていく。さぁ、そんな状態で『ショック吸収』が使えるなら、使ってみろ!

 

「決めろ! 出久!」

「うん!」

 

 

出久side

 

「決めろ! 出久!」

「うん!」

 

 雷鳥兄ちゃんの声に応え、僕は『フルカウル』の出力を限界ギリギリまで引き上げ、ゆっくりと構えを取る。このチャンス、絶対に無駄にはしない!

 

「全力全開!」

 

 空中で磔状態の“脳無”へ跳びかかり―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマッシュ! シックスオンワン!!」

 

 無防備なその鳩尾に44MAGNUMスマッシュを一点集中の6連発で打ち込んだ!

 強烈な衝撃に電磁竜巻の戒めをも振り切って吹き飛んでいく“脳無”。USJの天井に激突し、上半身が飛び出したところでようやく止まり…。

 

「………」

 

 少しの間を置いて地面へ落下した。手足がおかしな方向に曲がっているし、鳩尾の部分に拳の痕が深々と残っているが、どうやら生きてはいるみたいだ。だけど、もはや戦闘不能なのは間違いない。

 

「“脳無”が…この、チート野郎ども…」

 

 芋虫のようにもがきながら、僕達を睨みつける死柄木弔。あとはこの2人を捕らえれば、全てが終わる。そう思った次の瞬間!

 

「撤退しますよ! 死柄木弔!」

 

 黒い靄(黒霧)が死柄木弔の元に現れ、自分諸共靄に包み始めた。そんな馬鹿な! あいつは轟君が氷漬けにしていた筈だ!

 そう思ってさっきまで奴のいた場所に視線を走らせれば、そこにあったのは、奇妙な窪み。あいつ、自分を固めている氷や地面ごとワープを!?

 その仮説を証明する間もないまま、2人はその姿を消していった。

 

「今回は失敗だったけど…次は殺すぞ。オールマイトだけじゃない…チート野郎ども…計画を滅茶苦茶にした報いは、必ず受けさせるからな」

 

 死柄木弔の捨て台詞を残して…。そこへ―

 

「私が来た! …って、もう終わっている?」

 

 オールマイトが颯爽と駆けつけた。………うん、3分遅かったです。

 それから数分遅れで、飯田君と他の先生方も救援に到着し、僕達はようやく安堵の溜め息を漏らす事が出来たのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回から短編を少々挟み、雄英体育祭編に突入いたします。


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第17.5話:対決(たたかい)終わって

短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「16…17…18…19…20…うん、全員無事だね」

 

 信楽焼(死柄木弔)と黒霧を除く(ヴィラン)連合の構成員をUSJに駆け付けた警官隊が連行していく中、俺達は警官隊の責任者であるトレンチコートの刑事さんの前に集められ、それぞれの無事を喜んでいた。

 

「尾白君…今度は燃えてたんだってね。1人で…強かったんだね」

「皆1人だと思っていたよ俺…ヒット&アウェイで凌いでいたよ…葉隠さんはどこいたんだ?」

「土砂のとこ! 轟君、氷と炎で敵をまとめてやっつけちゃってさ。超強くてびっくりしちゃった!」

「葉隠、あそこにいたのか…悪い、気づかなかった。もしかしたら、凍らせたり、燃やしたりしていたかも知れねぇ…」

「大丈夫大丈夫! 私、この通りなんともないし! 気にしてないよ!」

 

 葉隠の発言に顔色を青くしながら謝罪する轟。こいつも戦闘訓練の前に比べると随分丸くなったもんだ。

 それにしても、葉隠…この通りなんともないと言われても、お前さん透明だからわからないよ。

 

「そうか、やはり皆の所もチンピラ同然だったか」

「ガキだと舐められてんだ」

 

 切島は常闇や口田と情報交換中か、どうやらUSJの各所に配置されていたのはチンピラだけで、本当の意味での脅威はあの“脳無”と信楽焼(死柄木弔)、黒霧くらいだったという事か。

 それから青山、構ってほしいのか、秘密を気取りたいのかハッキリしろ。

 

「それで刑事さん。相澤先生と13号先生は…」

 

 等と考えていると、梅雨ちゃんが刑事さんに相澤先生と13号先生の様子を尋ねていた。

 2人はかなりの重傷で、リカバリーガールの治癒だけでは処置しきれない為、救急車で病院へ搬送されていたのだ。

 

「今、部下に確認させよう。三茶(さんさ)

 

 刑事さんは、嫌な顔一つせず、部下である猫顔の警察官に病院への連絡を命じてくれた…果たして容体は…。

 

「えー、まずイレイザーヘッドの方ですが、両上腕骨骨幹部及び両前腕骨幹部の粉砕骨折、左側第2、第3、第4肋骨の完全骨折に、右側第7、第8肋骨の不完全骨折、右大腿骨骨幹部の不完全骨折。全身打撲、擦過傷多数。幸い、脳や内臓への損傷は見受けられず、命に別状はない。との事です」

「そして13号の方は、背中から上腕にかけての裂傷は酷いですが、こちらも命に別状はなし。との事です」

 

 …とりあえず、命に関わるような怪我でなかったようで一安心だな。となると、残る問題は…。

 

「セキュリティの大幅強化が必要だね」

「ワープなんて“個性”、ただでさえものすごく希少なのに、よりにもよって(ヴィラン)側にいるなんてね…」

 

 今回の件を教訓にしての今後の対策…だな。

 校長先生とミッドナイト先生の話に聞き耳を立てながら、警官隊に大人しく連行される“脳無”を見ていると―

 

「吸阪君、緑谷君、それから轟君。すまないが、君達も会議に参加してほしい。今回の首謀者である死柄木弔、そして“脳無”について、話を聞きたいからね」

 

 校長先生からそう声をかけられた。了解、俺達に話せる事なら何でもお話いたしましょう。

 

 

死柄木side

 

「ってえ…」

 

 黒霧のワープゲートから芋虫のように這いずり出て、アジトの床に体を横たえると全身の痛みが加速度的に増していく。

 

「両肩と両膝砕かれた…アバラも折れてる。完敗だ…」

「“脳無”もやられた。手下どもは瞬殺。ガキどもは予想以上に強かった…平和の象徴は姿すら見せなかった…話が違うぞ。先生…」

 

 激痛に顔を顰めながら、パソコンのモニターに視線を送る。すると―

 

『違わないよ』

 

 モニターが勝手に作動し、先生の声が聞こえてきた。

 

『ただ、見通しが甘かったね』

『うむ…なめすぎたな。(ヴィラン)連合なんちうチープな団体名で良かったわい…ところで、ワシと先生の共作“脳無”は? 回収していないのかい?』

「申し訳ありません。死柄木弔を連れて撤退するのが精一杯で…脳無を回収するだけの余裕はありませんでした」

『せっかくオールマイト並のパワーにしたのに…』

『まぁ、仕方ないか…残念』

 

 先生とドクター、黒霧の話を聞いていると“脳無”を倒した3人のガキどもが頭に浮かんできた。あいつらさえ、あいつらさえいなければ…。

 

「“脳無”を倒した3人のガキ。あいつらは特に厄介だ…」

『………へぇ、どんな子ども達なんだい?』

「…オールマイトみたいなパワーとスピードを持った奴、氷と炎を操る奴、そして、電気を操って…何より頭が切れる奴…あいつらさえいなければ、“脳無”でオールマイトを殺せたかもしれない…ガキどもがっ…ガキ…」

『悔やんでも仕方ない! 今回だって、決して無駄ではなかった筈だ。精鋭を集めよう! じっくり時間をかけて!』

『我々は自由に動けない! だから君のような“シンボル”が必要なんだ。死柄木弔!! 次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!!』

 

 先生の激励に俺は頷きを返す。次こそ、あの3人のガキを、オールマイトを殺してやる!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第3章 雄英体育祭編
第18話:新たなる戦い!?


お待たせしました。
第18話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 (ヴィラン)連合の襲撃を何とか退けた俺達だったが、その影響は決して小さくはなかった。

 雄英高校が襲撃されたという情報が何処かから外部に漏れ、放課後にはマスゴミが詰めかけた上に、普通科や経営科の生徒の親御さんからの問い合わせが殺到したのだ。

 事態を重く見た学校側は翌日の臨時休校を決定。俺達は自宅待機を厳命されてしまった。

 恐らく情報を流したのは信楽焼達だろう。叩きのめされた意趣返しのつもりだろうが…ふざけた真似をしてくれる。今度会った時はキッチリお返ししてやるよ。

 …出久や梅雨ちゃん、麗日と相澤先生や13号先生の見舞いに行く計画もオジャンになったからな。最低でもアバラは全滅させるから覚悟しておけ。

 

 そして 

 

「皆ー!! 朝のHR(ホームルーム)が始まる、席につけー!!」

 

 またいつもの日常が始まった。委員長モードフルスロットルの飯田が、皆に着席を促していたが…。

 

「ついてるよ。ついてねーのお前だけだ」

 

 あ、俺より先に瀬呂がツッコミを入れたか。

 

「ねぇねぇ、梅雨ちゃん。ホームルーム、誰が来るのかな?」

「そうね。相澤先生は怪我で入院中だし…このクラスの副担任って誰だったかしら? 吸阪ちゃん、知ってる?」

 

 芦戸と話していた梅雨ちゃんが俺に質問してきたが…あれ? 副担任、誰だっけ?

 

「悪い、俺も知らない」

「吸阪ちゃんも知らないとなると…元からいないのかしら?」

「かもしれないな…あ、誰か近づいてきた」

 

 その時、俺の“個性”が反応した。はたして、誰がやって来るのか…。

 

「お早う」

 

 まさかの相澤先生かよ! 教室のあちこちから『相澤先生復帰早ぇ!』とか『プロすぎる!』という声が上がっているが、俺もそう思うよ。

 …顔以外の全身包帯グルグル巻きなヴィジュアルは、正直怖いけどね。

 

「先生! もう退院して大丈夫なんですか?」

「俺の安否はどうでもいい。何より、まだ戦いは終わってねぇ」

 

 飯田の質問にそう答え、俺達を見回す相澤先生。まだ、戦いが終わっていない? どういう意味だ?

 

「戦い?」

「まさか…」

「まだ(ヴィラン)がー!?」

 

 爆豪、出久、峰田の声が良い感じに繋がり、全員の視線が相澤先生に注目し-

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

 クソ学校っぽいのきたー! そんな声が周囲から一斉に飛び出した。うん、入学式すっぽかして個性把握テストやったりしていたからね。学校行事に皆飢えているんだよ。まぁ、俺もだけど。

 

「待って待って! (ヴィラン)に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

「逆だ。例年通り開催する事で雄英の危機管理体制が盤石である事を世間に示すって考えらしい。もちろん、警備は強化する。例年の5倍にな」

「なにより雄英(ウチ)の体育祭は……()()()()()()()(ヴィラン)ごときで中止していい催しじゃねえ」

 

 クラスで唯一峰田だけが、体育祭開催に疑問の声を上げるが、相澤先生の声にあえなくかき消される。 

 

雄英(ウチ)の体育祭は日本のビッグイベントの1つ!」

「かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ、全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し、形骸化した……」

「そして日本に於いて今『かつてのオリンピック』に代わるのが雄英体育祭だ!!」

「当然、全国のトップヒーローも見ますのよ。スカウト目的でね!」

 

 相澤先生の言葉に続いて八百万も発言し、峰田の反論を封じてしまう。うん、峰田…残念だが諦めろ。

 

資格取得(そつぎょう)後はプロ事務所に相棒(サイドキック)入りが定石だよな」

「まぁ、独立しそびれて万年相棒(サイドキック)ってのも多いらしいよ」

「爆豪ちゃんあたりは一歩間違えばそうなりそうね…主に性格面で」

「んだとコラ! 最速で独立するわ!!」

「ホラ」

 

 梅雨ちゃん、皆が思っている事をよく言ってくれた。ナイス!

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が、経験値も話題性も高くなる」

「時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」

「年に1回…計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

 

 相澤先生の言葉に俺達はそれぞれ闘志を燃やし、HR(ホームルーム)を終えるのだった。

 

 

オールマイトside

 

「死柄木弔という名前で、20代~30代の個性登録を洗ってみましたが、該当なしです。『ワープ』の“個性”を持つ黒霧という者も同様です。無戸籍かつ偽名…個性届を出していない、所謂裏の人間」  

 

 警察代表として、私の友人でもある塚内直正君を招いての緊急職員会議。その席上で塚内君達警察の調査結果が発表された訳だが…。

 

「何もわかってねえって事だな…早くしねえと、死柄木とかいう主犯の怪我が治ったら面倒だぞ」

 

 スナイプ先生の言葉通り、内容は芳しくないものだった。

 

「怪我を負わせた吸阪君の話だと『両肩、上腕骨近位端と両膝、膝蓋骨は間違いなく砕いた。肋骨も3~4本は折っている』との事だよ。リカバリーガール、これだけの怪我…治癒するのにどのくらいかかるのかな?」

「そうだねぇ…相手方に『治癒』系の“個性”の持ち主がいないという前提なら…最低でも1ヶ月は安静が必要だね。その後のリハビリも加味すれば……まぁ、最短3ヶ月ってところだね」 

「もし、『治癒』系の“個性”の持ち主がいたら?」

「…“個性”があたしと同等なら…1週間ってところだね」

「………『治癒』系の“個性”の持ち主がいない事を祈るばかりだね」

 

 校長先生の溜息が会議室に響く。つくづく、あの場に私が不在だった事が悔やまれる。

 私がいれば、万事解決していた等と傲慢な事を言うつもりはない。だが、あの場に私がいたならば、イレイザーヘッド(相澤先生)や13号先生が傷つく事も、生徒達が危険を冒す事も無かったのでは…そう考えてしまう。

 校長先生のお言葉通り、街の平和は他のヒーローに任せ、私はまず雄英高校(ここ)の事を第一に考えるべきなのだろう。それにしても…。

 

()()か…」

「何だい、オールマイト?」

「いえ、死柄木弔についてです。彼が敵集団、(ヴィラン)連合の首謀者と考えると、些か不自然な点が…」

「そうだね。それは僕も気になっていたところさ。直接対峙した吸阪君達の印象を総合すると…死柄木弔の人物像は…幼児的万能感の抜け切らない“子ども大人”だ」

「“力”を持った子どもってわけか!!」

「小学校の時に『一斉“個性”カウンセリング』受けてないのかしら…」

「それで校長。それが何か気になるんですか?」

 

 校長の分析にブラドキング先生やミッドナイト先生から声が上がり-

 

「先日のUSJで検挙した(ヴィラン)の数、72名」

 

 それに答えるように塚内君が再び口を開いた。

 

「どれも路地裏に潜んでいるような小物ばかりでしたが、問題はそういう人間がその“子ども大人”に賛同し、付いて来たという事です」

「ヒーローが飽和した現在、抑圧されてきた悪意達はそういう無邪気な邪悪に惹かれるのかもしれません」

「………悪のカリスマという事か」

 

 まるでアイツのような…。いや、いくら何でも考えすぎか…だが…。

 

「まぁ、ヒーローのおかげで我々も地道な捜査に専念できる。捜査網を拡大し、引き続き犯人逮捕に尽力して参ります」

 

 そう言って一礼する塚内君。それから会議は滞りなく終了した訳だが…。

 

「“子ども大人”。逆に考えれば、生徒と同じだ。成長する余地がある…もし優秀な指導者(バック)がついたりしたら…」

「……考えたくないですね」

 

 校長の呟きに、私は不安を感じずにはいられなかった。

 

 

出久side

 

 昼休み、体育祭への意気込みを語る麗日さんの様子がいつもと違ったのが気になったから、大食堂へ移動しながらそれとなく聞いてみると…。

 

「お金…!? お金欲しいからヒーローに!?」

「究極的に言えば…なんかごめんね、不純で…飯田君とか立派な動機なのに、私恥ずかしい」

 

 返ってきたのは少し意外な…でも、麗日さんらしい理由だった。 

 麗日さんの実家は、関西で小さな建設会社を営んでいるんだけど、大手に押されてなかなか仕事が入らず、経営が苦しいらしい。

 だから、麗日さんは子どもの時から、大きくなったら実家の手伝いをすると決めていたそうだ。

 たしかに麗日さんの“個性”『無重力(ゼログラヴィティ)』があれば、重機などを使うコストを大幅に削減できる。ご両親としても嬉しい話だろう。

 でも、麗日さんのご両親は『親としてはお茶子が夢叶えてくれる方が何倍も嬉しい』と、逆に麗日さんの背中を押してくれたそうだ。

 

「だから、私は絶対ヒーローになってお金稼いで、父ちゃんと母ちゃんに楽させたげるんだ!」

「麗日君! ブラーボー!!」

 

 麗日さんの決意表明に、飯田君は声をあげながら、僕と雷鳥兄ちゃんも笑顔で拍手を送る。『憧れ』だけじゃなく『現実』を加味した上で…なんて言うか、凄く麗日さんが眩しく見える。

 

「おお! 緑谷少年と吸阪少年がいた!!」

 

 HAHAHA! とオールマイトがやって来たのはその時だ。タイミングが良いのか悪いのか…でも、僕と雷鳥兄ちゃんに何か用なのかな?

 

「ごはん…一緒に食べよ?」

「乙女や!!」

「乙女か!!」

 

 あ、麗日さんと雷鳥兄ちゃんのツッコミが被った。でも、オールマイトからのお誘いだ。断る理由なんてどこにもない。お付き合いさせていただきます。

 

 

雷鳥side

 

 飯田達と別れ、仮眠室に移動した俺達は、オールマイトが淹れてくれたお茶を受け取りつつ、それぞれの弁当を広げていたのだが…。

 

「オールマイト…豆腐だけですか?」

 

 オールマイトの弁当箱に入っていたのは、1丁の絹ごし豆腐…というか冷奴だ。

 

「あぁ、胃を全摘出した関係でね。固形物は食べるのがキツイんだよ」

 

 HAHAHAといつもより力なく笑いながら、冷奴にネギと鰹節、醤油をかけるオールマイト。こう言っちゃなんだが…そんなんで体を維持できるのか?

 

「はぁ、まさかこれが役に立つとはな」

 

 苦笑しながら鞄から取り出したのは魔法瓶。昼食の汁物代わりに作ってきたが…オールマイトにもお裾分けだ。

 

「吸阪少年、それは?」

「以前食べたベジポタ系ラーメンをヒントに作ってみました。鶏ガラと豚骨を煮込んで作った白湯(パイタン)スープで、じゃがいも、人参、玉葱、キャベツを煮込み、ミキサーにかけてポタージュにした物です。味付けは塩のみ。好みで胡椒とオリーブオイルをかけてください」

 

 使い捨て容器にポタージュを入れ、胡椒とオリーブオイルの小瓶と一緒にオールマイトへ差し出す。

 

「雷鳥兄ちゃんの料理、美味しいですよ。オールマイトもきっと気に入ると思います!」

「これはこれは…ありがとう。吸阪少年、女子力高かったんだね」

「誉め言葉として受け取っておきます。ささ、冷めないうちに」

「あぁ、それでは…」

 

 湯気を立てるポタージュに口をつけるオールマイト。口に合えばいいんだが…。

 

「………これ、美味いね」

「お口に合って、何よりです」

 

 オールマイトにも気に入ってもらえたようだ。さぁ、俺達も昼飯を食べるとしますか。

 

「食べながらで良いから、聞いてほしい。君達をここへ呼んだのは。体育祭についてだ」

「やっぱり、それについてですか」

「正直、その事かこの前の(ヴィラン)連合について…このどちらかだとは思ってました」

 

 うん、出久も俺と同じことを考えていたようだな。

 

「雄英の入試前にも話したと思うけど…ぶっちゃけ私が平和の象徴として立っていられる時間って、実はそんなに長くない」

「…はい」

「そうでしたね…」

「そして、悪意を蓄えている者達の中に、それに気づき始めている者がいる」

「…信楽焼、じゃない死柄木弔…もしくはその背後にいる者…って事ですか」

「もしかして、オールマイトに重傷を負わせたのって…」

「あぁ、確証がない以上、詳しい事は話せないけどね。ソイツである可能性も決して捨てきれない」

「緑谷少年、君に“(ワン・フォー・オール)”を授けたのは、“(オールマイト)”を継いで欲しいからだ! そして、吸阪少年、君にも私の精神を受け継ぐ者として、活躍してほしい!」

「雄英体育祭…全国が注目しているビッグイベント!」

「次世代のオールマイトとオールマイトの精神を継ぐ者…象徴の卵達…君達が来た! という事を世の中に知らしめてほしい!!」

 

 これはオールマイトからの試験と考えるべきだな。そう思いながら、出久の方を見れば、出久はわかっている。と言わんばかりに、拳を突き出してきた。

 

「わかりました。オールマイト」

 

 互いの拳をぶつけあいながら、俺達は宣言する。

 

「雄英体育祭、俺達は全力で暴れまわります!」

「僕達が来た! と世間に知らしめる為に!」

 

 俺達の宣言に大きく頷くオールマイト。期待に応える為、全力を尽くすとしますか。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

これよりしばらくの間、雄英体育祭編をお送りいたします。


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第19話:断絶

お待たせしました。
第19話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 さて、昼休みに俺と出久が体育祭で大暴れする事をオールマイトに誓い、放課後を迎えた訳だが…。

 

「うぉぉぉ…なにごとだあ!?」

 

 麗日の声に視線を送ってみると、他のクラスの連中が大量に1-Aへ押し寄せて来ていた。 

 大部分はB組の連中だな。あとはサポート科に…数人だが普通科や経営科の奴もいるな。何の用かは知らないが、出入り口に屯するなよ…。

 

「出れねーじゃん! 何しに来たんだよ」

「敵情視察だろ、雑魚」

 

 …峰田。それが爆豪(ばか)のニュートラルだ。犬にでも噛まれたと思って、諦めろ。それにしてもこの馬鹿は…。

 

(ヴィラン)の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭(たたかい)の前に見ときてえんだろ…意味ねえからどけ、端役(モブ)共」

 

 無駄に敵増やすなよ…。

 

「知らない人の事、とりあえず端役(モブ)って言うのやめなよ!!」

 

 飯田の注意も焼け石に水だな。外の連中、こっから見ていてもA組(おれたち)への憎悪(ヘイト)を高めているのがよくわかる。体育祭前に余計なトラブルだけは起こして-

 

「どんなもんかと見に来たが…随分と偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「あぁ!?」

 

 …遅かったか。気だるげな声のした方に視線を送れば、人混みを掻き分けて1人の男子が前に出てきた。声だけでなく、顔も気だるげだな。

 

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ…普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴、けっこういるんだ。知ってた?」

「それがどうした?」

「だけど、体育祭の結果(リザルト)次第じゃ、ヒーロー科への中途編入も検討してくれるんだって…そして、その逆もまた然り」

「敵情視察? 少なくとも普通科(おれ)は調子のってっと、足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー()()()()しに来たつもり」

 

 普通科の男子の発言に、一部ではあるが外の連中が『編入! 編入!』とシュプレヒコールを起こし始めた。

 ………非常に面倒だが、仕方ない。()()だけはキッチリ解いておくか。

 

「心外だなぁ!」

 

 わざとらしく大きな声を出しながら立ち上がり、周囲の注目をこちらへ集め-

 

「そこの()()だけを見て、A組(おれたち)全体のイメージを決めつけられるのは、非常に心外だ! 勘違いも甚だしい!!」

 

 ややオーバーに身振り手振りを交えながら、誤解を解く為に声を張り上げる。

 

「んだと、てめぇ!」

「事実だろうが! 誰彼構わずキャンキャン吠えて、無駄に憎悪(ヘイト)集めやがって! 敵を作るのは勝手だが、俺達を巻き込むな! 喧嘩がやりたいなら1人でやれ!」 

 

 ()()呼ばわりが気に障ったのか、爆豪(ばか)がこちらを睨みつけるが、こちらも負けずに睨み返す。

 

「ま、待つんだ2人とも! 体育祭前にクラス内で不和を生じるような事は慎むべきだ!」

「そうよ。ここは冷静になるべきだわ」

 

 それを見かねた飯田と梅雨ちゃんが止めに入ってくるが-

 

「うるせぇ! “没個性”の眼鏡と蛙女は黙ってろ!」

 

 爆豪(ばか)は止まるどころか、更に暴言を吐く始末だ。というか、てめぇ…梅雨ちゃん侮辱するとは良い度胸だな。よし、そっちがその気ならそれで結構。分際というものをキッチリ教えて-

 

「いい加減にしろ! 爆豪!!」

 

 やる…って、出久?

 

 

出久side

 

「いい加減にしろ! 爆豪!!」

 

 飯田君と蛙吹さんが侮辱されるのを聞いた瞬間、僕は思わず爆豪(かれ)に怒りを露にしていた。

 

「……おい、デク! てめぇ、今俺の事を呼び捨てにしたよなぁ…デクが生意気なんだよ!」

「僕は緑谷出久だ! お前に木偶の坊のデク呼ばわりされる筋合いは、これっぽっちもない!」

「元“無個性”野郎が…ちょっとばかり強い“個性”が出たからって、調子に乗ってんじゃねぇ! ぶっ殺されてぇのか!」

 

 目が血走った爆豪が、鼻息も荒く僕に喚き散らす。だけど、()()()()()()()。こんな薄っぺらい怒りや口先だけの殺意なんか、そよ風程にも感じない。

 

「ぶっ殺す? 自分が口にした言葉の意味わかってるの? 仮にもヒーローを目指す者が、そんな言葉を口にするなんて…ふざけるなよ!」

 

 何だろう…目の前の爆豪(こいつ)を見ていると、無性にイライラする。なんで()()()()がヒーロー科にいるんだ。いっその事、()()()()()()()()

 

「はいはい、そこまで」

 

 心の底からドス黒い感情が噴き出そうとしたその時、雷鳥兄ちゃんが僕の肩に手を当てながら、爆豪(かれ)との間に割り込んできた。途端にドス黒い感情が消えていくのがわかる。

 ………僕もまだまだ駄目だなぁ…怒りに呑まれそうになっていたなんて…。

 

 

雷鳥side

 

 ふぅ、危ない危ない。俺より先に出久がプッツンする所だったよ。こんな爆豪(ばか)の為に、そんなのアホらしいぜ出久。

 

「おい、爆豪。1つ言っておく。出久は俺と互角に戦えるし、パワーもスピードも、ついでにテクニックもお前より上だ。俺に勝てない奴が、出久に勝とうなんざ、西から登った太陽が東に沈むくらいありえない。それだけは肝に銘じとけ」

 

 不敵に笑いながら、爆豪(ばか)にそう告げると奴は-

 

「認めねぇ…認めねぇぞ! そんな事認めてたまるか! 見てろ…体育祭で…てめぇもデクもぶっ潰してやる!」

 

 喚くようにそう宣言すると-

 

「おら! どけ! 端役(モブ)共が!」

 

 外の連中を無理矢理掻き分けながら、教室を後にしていった。ホント、どうしようもないなアイツは…。

 

「…アイツの言動で不愉快な想いをさせてしまい、申し訳ない。A組の一員として謝罪するよ。この通りだ」

 

 とにかく、これ以上A組(うち)の印象を悪くしないためにも謝罪はしておこう。頭を下げて怒りや憎悪(ヘイト)が治まるなら安いもんだ。

 

「す、吸阪君! それは委員長である僕の役目だ! 諸君、申し訳なかった!」

 

 すると、飯田もそんな事を言いながら頭を下げ、それに続くように出久や梅雨ちゃん、麗日も頭を下げていく。

 

「いや、別にいいよ…あんたらも苦労してるんだな…」

 

 それが功を奏したのだろう。周囲に漂っていた憎悪(ヘイト)の雰囲気は消え失せ、あの気だるげな男子からは同情的な言葉まで貰ってしまった。

 

「理解が早くて助かる」

「まぁ、普通科(おれたち)だってトップを狙っているって事だけは、忘れないでくれよ。入学試験との相性が悪かったってだけで、強力な“個性”を持っている奴はたくさんいる」

「当然だ。油断も慢心もせず、全力で戦わせてもらう」

 

 俺の返答に何か感じる物があったのだろう。彼は微かに微笑むと―

 

「俺は心操人使(しんそうひとし)。体育祭を楽しみにしてる」

 

 そう言い残して、去って行った。心操人使ね…その名前、覚えておこう。

 

「おいおいおい! なんか勝手に終わった空気出してるけどよぉ! A組だけがヒーロー科じゃねぇんだぞ! 俺達B組も忘れてもらっちゃあ困るぜ、おい!」

 

 ん? そうか、B組の奴らもいたんだったな。

 

「もちろん忘れていないさ。同じヒーロー科同士、悔いのない戦いをしようじゃないか!」

「話のわかる奴がいて助かるぜ! 俺はB組の鉄哲徹鐵(てつてつてつてつ)だ! 体育祭では、負けねぇぞ!」

 

 鉄哲の宣言が廊下に響く中、B組や他のクラスの連中も解散して…あぁ、やっと静かになった。

 

 

爆豪side

 

 クソ! クソ! クソ! “没個性”野郎といい、デクといい…俺をイラつかせやがる!

 

 -僕は緑谷出久だ! お前に木偶の坊のデク呼ばわりされる筋合いは、これっぽっちもない!-

 -おい、爆豪。1つ言っておく。出久は俺と互角に戦えるし、パワーもスピードも、ついでにテクニックもお前より上だ。俺に勝てない奴が、出久に勝とうなんざ、西から登った太陽が東に沈むくらいありえない。それだけは肝に銘じとけ-

 

 俺が“没個性”野郎にもデクにも勝てないだと! そんな訳あるか! 戦闘訓練(あのとき)の俺と同じだと思うなよ…。必ずあいつらを地面に這い蹲らせて、見返してやる!

 そうだ、そうすれば…誰もが俺を最強だと認める。そうすれば…

 

「そうすれば…誰もあんな目を俺に向けたりなんかしなくなる…」

 

 脳裏に浮かぶのは、“没個性”野郎やデクとやりあった時に、周りの奴らがしていた『目』。

 まるで、俺が悪いと言わんばかりの…俺を責めるような、呆れたような『目』。

 

 -否定スル事ハナイ。コレガ君ノ本心ナノダロウ? ツイデニ言ッテオコウ。ソチラ側(・・・・)ニイル限リ、君ノ本心ハ抑圧サレタママダ-

 -クダラナイ常識、倫理観、法律、ソノ他諸々…全テガ君ヲ抑圧スルダロウ。イヤ、今現在既ニ抑圧サレテイル筈ダ-

 -断言シヨウ。君ガソチラニイル以上、君ガ真ニ解放サレル事ハナイ-

 

「ッ!?」

 

 何でだ…なんで急に、USJで会ったあの雑魚の言葉を思い出す…。

 

「そんな訳あるかよ…勝てばいいんだ…勝てば…」

 

 

雷鳥side

 

 ちょっとしたトラブルはあったが…なんとか切り抜けられたな。

 それにしても、心操人使…B組だけじゃなく普通科にもあんな熱い男がいたのは、良い意味で予想外だ。

 

「皆、ちょっと思いついた事があるんだが…」

 

 A組(おれたち)だってウカウカとはしていられない。残り2週間で可能な限りの自分達を高めていかないとな。 

 

「体育祭までの2週間。()()しようぜ!」 

「特訓!?」

「また、突然の提案ね。吸阪ちゃん」

 

 俺からのいきなりの提案に驚きの声を上げるクラスメート達。だが、パッと見た限り、反対の意思を示している者はいないみたいだな。

 

「まぁ、突然の提案だという自覚はあるんだがな…だけど、さっきの騒ぎで皆もわかっただろう? ヒーロー科、特にA組(おれたち)は、虎視眈々と狙われている」

「たしかに…」

「まぁ、俺や出久はどれだけ狙われようと構わない。返り討ちにしてやるだけだからな」

「そうだね。挑戦者は大歓迎だよ」

 

 俺と出久の発言に、クラスの一部…具体的には峰田が微かに震えた気がするが…まぁ、置いておこう。

 

「だけど、俺と出久だけじゃ限界がある。だからこそ、皆の力が必要なんだ。A組(おれたち)で体育祭の上位を独占して、雄英に1-Aあり! ってところを世間に見せつけてやろうぜ!」

「世間に…すげぇぜ! 吸阪! そんなドデカい事を考えてたのかよ! よっしゃ! 俺はのったぜ!」

「俺もだ! なんだか燃えてきたぜ!」

「フッ…悪くない提案だな」

「吸阪君…自分の事だけでなく、クラス全体のレベルアップをも考えていたなんて…俺は今、猛烈に感動しているよ!」

 

 切島や砂藤、常闇、そして飯田が賛成の意思を示し、それに影響されるように他の皆も次々に賛成の意思を示してくれる。そして-

 

「それで…特訓はいつからやるんだ?」

 

 最後に轟が、詳細を尋ねてきた。クールに見えて意外に熱い男だよ。

 

「今から、相澤先生に特訓で使えそうな場所がないか聞いてみる。多分大丈夫だとは思うが…もしも駄目だった時は、俺の伝手を使って何とかするよ。だから、明日からって事でどうかな?」

「明日からだな…わかった。今日はこれから用事があるんで…悪いな」

 

 そう言い残して轟が教室を後にすると、それを皮切りにして皆も帰宅の途に就くのだった。

 

 ちなみに、相澤先生に合同特訓の事を相談すると-

 

「体育祭という目標に向かって自分達を高めようとする姿勢…実に合理的だ。俺の名前で体育館γを借りておくから、しっかり鍛えるんだな」

 

 実にあっさりと体育館γを借りてくれた。これで舞台は用意できた。

 特訓参加者は爆豪を除く19名…あの野郎、誘いのメールに対し『寝言は寝て言え』とは御挨拶だな。まぁいいさ、出久との関係は修復不可能になり、他の奴らともまともな関係を築けない奴が、1人でどこまで高みに至れるのか、体育祭本番を楽しみにさせてもらうよ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回、地獄の猛特訓!
A組はどこまで強くなれるか、お楽しみに!


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第19.5話:轟君の家庭の事情

雄英体育祭に向けての特訓回の前に、短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


轟side

 

 吸阪からの特訓の誘いを受け、日時を確認してから学校を後にした俺は、その足で母さんが入院している病院へ向かっていた。

 見舞いに行くのはこれで2回目。前回(戦闘訓練の後に)行った時は、病院のスタッフから滅茶苦茶驚かれた。

 …まぁ、入院してからの10年間、1度も見舞いに来た事がない息子がいきなり見舞いに来たんだから、無理もない。

 10年ぶりに会った母さんは、昔と同じように綺麗で、どこか儚げで…俺が見舞いに来た事を驚きながらも、すごく喜んでくれた。

 そして、10年間1度も面会に来なかった不義理を詫びようとした俺より先に、俺の顔に消えない傷をつけてしまった事を泣いて謝ってきた。

 会いに行けば母さんを傷つけてしまう。俺がずっとそう思い込んでいたように、母さんも俺を傷つけた事を気にしていたんだと、今更ながら思い知らされた。

 それから俺は10年間の不義理を詫び、改めて自分自身の力でナンバー(ワン)のヒーローになる事を母さんに誓った。

 母さんも、俺が何にも捉われずに突き進む事が、幸せであり、救いであると、血に囚われる事なんてない。なりたい自分になって良いんだと言ってくれた。

 

「…あ、土産忘れた」

 

 そんな事を考えながら歩いていたせいか、病院まであと少しという所になって初めて自分が土産の類を何も持っていない事に気がついた。

 この前はいきなりだったから、手ぶらでも良かったかも知れないが、流石に今日も手ぶらというのは良くないだろう。

 

「近くに店…お菓子屋とかないか?」

 

 慌てて周りを見回す俺の視界に飛び込んできたのは―

 

 

「あれ? 焦凍」

 

 母さんの病室を訪ねると、そこには母さんだけじゃなく姉さんの姿もあった。

 ………しまった。今日は姉さんが、母さんの洗濯物を取りに来る日だった。

 

「焦凍、母さんのお見舞いに行くなら言ってくれれば良いのに…雄英高校まで迎えに行ったよ?」

「いや、急に思い立ったから…それから、母さん。これ…」

 

 迎えに来たと言ってくれる姉さんに照れくささを覚えながら、母さんに買ってきたお土産を手渡す。

 

「あら…スイーツね」

「そこのコンビニで買ってきたやつ…だけど」

 

 病院のすぐ近くで営業していたロー〇ンで売られていたスイーツを適当に見繕ってきただけのお土産。それも―

 

「母さんが、どんなお菓子が好きか…わからなかったから、目についたのを色々買ってきたんだ…シュークリームとか、プリンとか、バームクーヘンとか…」

 

 母さんの好物1つ把握出来ていない体たらく…自分が心底情けなくなる。だけど…。

 

「ありがとう、焦凍。凄く嬉しいわ」

 

 母さんはそう言って俺の頭を撫でてくれた。何故だろう…子ども扱いされているのに、凄く嬉しい。

 

「そうだ、せっかく焦凍が買ってきてくれたから、皆で食べましょう」

「いいね! コーヒー淹れてくるよ!」

「焦凍は何がいい?」

「あ、いや…母さんが先に選んで…俺は残ったやつでいい」

 

 俺がそう言うと、母さんは柔らかく微笑みながら袋からワッフルを取り、俺に袋を渡してくれた。

 俺もシュークリームを取り、ちょうどコーヒーを淹れてきてくれた姉さんに袋を渡す。

 

「むむっ、ワッフルとシュークリームが取られたか。じゃあ、私は…プレミアムロールケーキ!」

「何気に一番高いやつ取ったな」

 

 いつもよりおどけた感じの姉さん。きっと、母さんの前では努めて明るく振舞っているんだろう。

 

 

「そういえば焦凍。雄英に入ってから変わったよね? なんかこう…明るくなった」

 

 ロールケーキを食べ終えた姉さんが、唐突にそんな事を聞いてきた。明るくなった…か。

 

「そう、かもしれない…いろんな奴がいて、その中には…俺を変えてくれた奴もいたから」

 

 それから俺は、学校での事を母さんと姉さんに話したけど…戦闘訓練で緑谷に負けた事を話すと、2人とも本気で驚いていた。

 

「焦凍が本気で戦って勝てなかったなんて…その緑谷君って凄いんだね」

「凄い奴だよ。尊敬しているし、本気で越えたいとも思ってる」

 

 切島や砂糖が、緑谷、吸阪、そして俺が1-Aのトップ3だ。なんて言っていたが、客観的に見て、俺が3番手なのは間違いない。

 けど、だからこそ俺はいつか緑谷と吸阪を越えたいと思ってる。

 

「正直、親父が母さんにした事を許すつもりはないし、俺は今でも親父が嫌いだ。でも、受け継いだこの“個性(ちから)”は、氷も炎も俺の“個性(ちから)”だから…俺は、どちらも使ってナンバー(ワン)ヒーローを目指すよ」

「それが焦凍の決めた事なら、お母さんは一生懸命応援する。でもね………1つだけわかって欲しい。お父さんも自分の過去と向き合おうとしてることは確かだよ」

「………母さん、なんで親父を庇うんだ…」

「庇っているつもりはないわ…私だってまだあの人が怖い」

「じゃあ、なんで…」

 

 母さんは、何を言っているんだ? 意味が解らず、混乱する俺に母さんは窓辺の花瓶を指さした。

 

「このお花、私が好きって言ったの。初めて会った頃、たった一度…」

「……お父さん、来たの…!?」

 

 馬鹿な…あの親父が母さんの見舞いに!?

 

「焦凍が来た次の日と一昨日に来た()()()。面会は…してない。まだ怖くて…先生もやめた方がいいって…」

「だからあの人、その花と手紙を先生に預けていったわ」

「手紙…」

 

 母さんから差し出された手紙を受け取り、急いで目を通す。そこに書かれた内容は文字通り驚きだった。

 

「相澤先生とオールマイトが、親父に…」

 

 戦闘訓練で俺が緑谷に負けた次の日の夜、親父の事務所にイレイザーヘッド(相澤先生)とオールマイトがやって来た事。

 ()()()()ではなく()()として自分に会いに来た2人と話をする内、少しずつではあるが己の過ちに気がつき始めた事。そして―

 

 -犯してしまった過ちは、もう取り返しはつかないかも知れない。だが、これから向き合い償っていく-

 -今更でも償い…返す他に道はないと考えている―

 -だからどうか、俺を見ていてくれ-

 

 手紙の最後にそう記されていた。

 

「あの人も少しずつだけど、歩み寄ってくれている。今からでもきっと私達は『家族』になれる筈よ」

 

 静かな、でもハッキリとした母さんの声。俺はただ頷く事しか出来なかった。

 

 

 また会いに来る事を約束し、病院を後にした俺は姉さんの車に同乗して、家路についていた。

 

「…親父も変わろうとしているのか?」

「…きっとそうよ。私はそう信じたい」

「………そうだな」

 

 車に揺られながら、俺は親父と向き合わなければならない事を覚悟していた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第20話:1-A合同特訓!ーその1ー

お待たせしました。
第20話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、今回の掲載に伴い、第19話のタイトルを変更しております。


轟side

 

「失礼します。1-Aの轟ですが、相澤先生はいらっしゃいますか?」

 

 母さんの見舞いに行った次の日。俺はいつもより少し早く登校して、職員室に顔を出していた。その目的は…。

 

「おう、ここだ」

 

 相澤先生とオールマイトに話しておきたい事があるからだ。

 

「失礼します」

「何か用か、轟…って、その顔はどうした?」

 

 俺の顔を見て、先生の顔が僅かに動いた。まぁ、顔に幾つか青痣作っているから無理もない。

 

「昨日の夜、親父と少し……ちょっとした()()()()ってやつです」 

「…そうか」

 

 ()()()()の一言で、先生も全てを察してくれたのか。それ以上は何も聞いてこなかった。よし、本題に入ろう。

 

「親父と俺の事で…先生とオールマイトが、色々動いてくれてたんですね」

「…エンデヴァー……お父さんから聞いたのか?」

「いえ、親父が母さんに手紙を書いていて、それに…」

「……そうか」

「まだ、どことなくギクシャクしてるし、互いに手探りな状態だけど…何とかやっていけそうな気がします。色々、ありがとうございました」

 

 そう言って、俺は先生に深々と頭を下げた。

 

「…家庭環境の問題を放置するのは、生徒の成長への妨げになる。ああした方が合理的だから動いたまでだ。礼を言われる程の事はしちゃいない」

 

 相澤先生は相変わらずそっけない対応だが、今ならわかる。この人は厳しくも情のある人だ。

 

「用が済んだんなら早く教室に行け。これから職員会議なんでな」

「はい、失礼しました」

 

 再度一礼し、出入口へと歩き出したその時――

 

「一部を除く全員に言える事だが…お前達には期待している。励めよ」

 

 耳に飛び込んできた先生の呟きに、胸が熱くなるのを感じながら――

 

「はい!」

 

 そう答えて、職員室を後にした。

 

 ………そういえば、俺と先生が話している間、近くにいたミッドナイト先生がやたらニヤニヤしていたが…何かあったのだろうか?

 

 

雷鳥side

 

 本日の授業も無事終了し、放課後を迎えた俺達19人は、相澤先生の名前で借りた体育館γに移動し、雄英体育祭に向けての合同特訓を開始していた。

 それにしてもこの体育館γ、別名がトレーニングの()台所()ランド()……なんだろう、USJといい、何処かに思いっきり喧嘩を売っている気がする。

 まぁ、その事は一旦置いておくとして…特訓に集中しますか。

 

「皆、ちょっといいか?」

 

 皆の準備運動が終わった頃を見計らい、集まってもらった所で話を始める。

 

「一応、俺と出久、轟の3人で他の皆を指導する形になると思うんだが…それで構わないか?」

「はい、悔しいですが私達の実力は、吸阪さん達3人よりかなり劣っていると言わざるを得ません。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。どうか、私達を…鍛えてください」

 

 皆を代表して八百万がそう答え、俺と出久、轟を除く16人が一斉に頭を下げる。

 

「よし、お前らの気持ちはよく分かった。全力で鍛えていくから、最後まで付いて来いよ!」

 

 俺の声に残る18人が一斉に声を上げる。さぁ、特訓のスタートだ!

 

 

 今日は初日という事もあり、それぞれと特訓の方向性について話し合い、特訓内容を考えていくという流れだ。

 16人に5~6人程度の3グループに分かれてもらい、俺、出久、轟がそれぞれ1グループを担当していく。俺担当の1人目は…。

 

「よし、まずは…峰田。やってみるか」

「お、おう!」

「あー、出久が作っていた『明日の為に! 1-A研究ノートNo.19 峰田実編』によるとだな…」

「ちょ、ちょっと待った! そのノートなんだよ!?」

「あ、これか? 出久曰く『こんな事もあろうかと、入学式の日から皆の“個性”を観察して、その長所や短所、応用方法なんかを考えて、纏めていたんだ!』だそうだ」

「所謂『虎の巻』ってやつだな。これによると…峰田、お前の“個性”『もぎもぎ』は――」

 

 ・頭の球状の物体をもぎ取る事で発動。

 ・生成速度に制限があり、取りすぎると出血するが、ほぼ無尽蔵に生み出す事が出来る。

 ・強い粘着力を持ち、水に濡れても粘着力は落ちない。また、自分にはくっつかない。

 ・自分が触れるとゴム毬のような弾力を発揮する。

 ・相手にくっつける事で動きを封じる。垂直の壁に貼り付けての移動補助などが考えられる。

 

「と、ある。間違いないか?」

「よ…よく調べてるな…」

「応用次第では幾らでも使い道が出てくる。凄い“個性”だと思うぜ」

「で、でもよぉ…オイラの“個性”は戦闘力がないから…」

「ふむ…戦闘力ね。そこも応用次第さ。峰田、『もぎもぎ』1つくれ」

「お、おう…」

 

 俺がやろうとしている事がわからないのか、首を傾げながら『もぎもぎ』を差し出す峰田。

 何事も応用力が大事って事を見せてやるよ。

 

「さて、ここにありますは、何の変哲もないビニールロープ。こいつを『もぎもぎ』にくっつけると…ロープの先端に『もぎもぎ』がくっつく。ここまではいいか?」

「お、おう…」

「このロープ付き『もぎもぎ』に外から持ってきた砂利を塗せば…はい出来上がり」

「それはまさか…鎖分銅か!?」

「常闇、大正解。その場にある材料で作った即席品だけどな」

 

 そう言いながら皆と少し距離を取り、即席の鎖分銅を振り回し簡単な演武を披露する。

 最初は単純に振り回し、次第に足や首を使って軌道を変化させていき…最後は勢いがついた分銅を用意された的に叩きつける!

 

「…とまぁ、こんな感じだな」

「すげぇ…オイラの『もぎもぎ』にこんな使い方が…」

「この使い方はあくまでも、応用の一例に過ぎない。あとは自分で考えてみな。お前の課題は『もぎもぎ』の応用と、その応用を活かす為の体の動かし方だな」

「わかったぜ! 吸阪、ありがとな!」

 

 これで1人目は終了。2人目は――

 

「次は切島だな」

「おう! よろしく頼むぜ!」

「お前の“個性”『硬化』はわかりやすい。だからこそ、特訓の方向性はシンプルだ」

「もっと硬度を上げていくんだろう? シンプルで分かりやすいぜ!」

「うん、そう答えると思っていた。でも、それは正解でもあり不正解でもある」

「なっ…じゃあ、どんな特訓をやるんだ?」

「まぁ、これは口で言うより実際に体験した方がわかりやすいな。切島、体を硬くして構えてみな」

「お、おう」

 

 怪訝な表情を浮かべながらも、全身を硬化して構える切島。俺も“個性”を発動し――

 

「電パンチ!」

 

 拳に電撃を纏わせてパンチ! 鈍い音が体育館に響く。

 

「くっ、なかなか強烈だけど…耐えきれない程じゃないぜ!」

「結構本気で打ったんだけどな。大した硬さだ…じゃあ、もう1回同じ事をやるから、受けてみな」

「おう、何度でもきやがれ!」

 

 気合を入れて再度構える切島に、俺は再度攻撃を仕掛ける。だが、今度はパンチじゃない。掌を用いて放つ打撃、掌打だ! 

 

「ぐ、ごほぉっ!」

 

 掌打が命中した瞬間、膝を床に着き崩れ落ちる切島。うん、出久の()()()()だったな。

 

「な、なんでだ…」

「今の攻撃はさっきのやつと打ち方を変えた。1発目は単純な打撃だが、2発目は掌打…大雑把に言えば、衝撃を内部に徹す打ち方だな」

「な、内部に?」

「出久の『明日の為に! 1-A研究ノートNo.7 切島鋭児郎編』によるとだな。切島の『硬化』は、肉体の表面を硬化させていると考察されている。目まで硬化させているのは大したもんだが、これは要するに全身鎧(プレートアーマー)を装備しているのと同じ訳だ」

「そ、そうだな」

「単純な打撃なんかは鎧で防げる。だが、今の掌打みたいに防御を浸透して内部にダメージを与える攻撃には無力って訳だ。あと、関節技や投げ技にも無力かもしれないぜ」

「そうか…そんな攻撃がある事自体、考えた事もなかったぜ…」

「もちろん、硬度を上げていくっていうのも間違いじゃない。だが、硬度を上げるだけは対応できない事もあるって事は覚えておいてくれ」

「そういう訳でお前の特訓は、相手の攻撃を見極める目を養う事だ。攻撃の内容を瞬時に見極め、防ぐのか避けるのか、それとも捌くのか判断する。それが出来るようになれば、お前の戦闘能力は格段に進歩する筈だ」

「なるほどな…サンキュー吸阪! 燃えてきたぜ!」

 

 さて続いては…。

 

「瀬呂、いってみようか」

「おう、頼むな」

「お前の“個性”『テープ』も峰田の『もぎもぎ』と同じ系列だな。トリッキーな使い方が出来るが攻撃力に乏しい」

「そうなんだよなぁ…まぁ、峰田にやって見せた鎖分銅? あんな使いかたを考えていけばいいか?」

「それも1つの方法だし、あとは相澤先生の使う捕縛布みたいな使い方も面白いだろうな。拘束した敵そのものを振り回して武器にする。敵の質量その物が武器になるから、強力だぜ」

「それもいいな! 見た目も派手そうだ!!」

「あとは射出したり切り取るだけじゃなく、巻き取る事が出来る点を活かして、疑似的な飛び道具としての使い方もあるな。たとえば先端にスローイングナイフをくっつけて射出。外れたら巻き取って再使用。とか」

「アイデア次第で利用法は無限大ってやつか!」

「そういう事だ」

 

 瀬呂のアドバイスはこんな感じだな。

 

「次は…常闇だな」

「あぁ、よろしく頼む」

「“個性”は黒影(ダークシャドウ)…まるでスタ〇ドだよ…」

「スタ…なんだ?」

「あ、いや。こっちの話。伸縮自在の影のような存在をその身に宿しており、その攻撃範囲は非常に広い」

「この影…と呼ばせてもらうが、攻撃範囲、攻撃力に優れ、大概の物理的攻撃を無力化する事から防御も優秀…凄い“個性”だな」

「恐悦至極」

「だが、常闇…お前自身はどうなんだ?」

「ッ! やはり、そこが見抜かれていたか…」

「敵を近づかせない戦い方が出来るって事は、逆を言えば懐に飛び込まれると弱いって事だからな。常闇自身の地力に不安があるなら、猶更だ」

「そうなると…俺の特訓内容は」

「接近戦だな。黒影(ダークシャドウ)を用いる場合と用いない場合、両方を想定してやっていく」

「委細承知!」

 

 

「さて、次は八百万の番だな」

「よろしくお願いいたしますわ。吸阪さん」

「八百万に関しては…まず聞いてみるか。八百万、自分の強みは何か言ってみてくれ」

「強み…ですか? そうですね、相手の行動に対して臨機応変に対応出来る事…でしょうか?」

 

 あぁ、やっぱりそう考えていたか。

 

「うん、それも間違ってはいない。でも、それじゃ50点だね」

「50点…ですか」

「考えてみな。相手の行動に対し臨機応変に対応するって事は…戦闘では相手に先手を取られてるって事だよね? もし、相手の“個性”が()()()()()()だったらどうする?」

「そ、それは……何も出来ないままやられてしまいます」

「ご名答。だから、こと戦闘においては、先手を取る事が重要だと俺は思う」

「で、ですが…それでは相手の情報が入手出来ないのでは?」

「そこが勘違いなんだよ。とにかく何でもいいから先手を打つ。それが通用すればそれでOK」

「効かなかったとしても、それで相手の情報が何かしら入手できる訳だ。色々考えるのはそこからで良い。入手した情報を活かして、矢継ぎ早に仕掛けていけば、八百万のペースで戦いを運んでいける。どうかな?」

「よくわかりましたわ。戦い方を変えられるように努力してまいります」

 

 八百万もこれで良し。最後は…。

 

「待たせたね。梅雨ちゃん」

「大丈夫よ吸阪ちゃん、皆へのアドバイスを聞いてるのも良い勉強になったわ」

「そう言ってもらえると助かるよ。さて、梅雨ちゃんに関してだけど…正直、これと言って弱点がないんだよね。強いて言えば、寒さに弱いことだけど…これはどうしようもない(さが)みたいなもんだし」

「ケロ…そうなるとどうすればいいのかしら?」

「簡単だよ。弱点がないなら、長所を伸ばしていけばいい。その方向で特訓内容を考えていこう」

「よろしくお願いするわね。ケロケロ」

 

 さて、俺が担当する6人には方向性を伝え終えたから、特訓内容を考えて-

 

「そうそう、吸阪ちゃん」

「ん? どうした、梅雨ちゃん」

「私思った事を何でも言っちゃうの。だから気を悪くしないでね…電パンチって、ネーミングがそのまますぎて…どうかと思うわ」

「…そっか」

 

 …まずは技の改名からだな。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

思ったより長くなりそうだったので、特訓回を数回に分けてお送ります。


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第21話:1-A合同特訓!ーその2ー

お待たせしました。
第21話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、掲載に伴い、キャラクター設定集の改訂、追加を行っております。


出久side

 

 雷鳥兄ちゃんが飛ばした激に答え、僕達は3つのグループに分かれて、それぞれの特訓の方向性や内容について話し合う事にした。

 僕が担当するのは飯田君、砂糖君、障子君、尾白君、そして麗日さんだ。

 

「それじゃあ最初は…飯田君からやろうかな」

「緑谷君、よろしく頼む!」

 

 気合十分といった様子の飯田君を見ながら、僕は『明日の為に! 1-A研究ノートNo.4 飯田天哉編』の内容を思い出していた。自分で作った研究ノートだ。内容は一字一句残さず暗記している。

 

「飯田君の“個性”は『エンジン』。脹脛に備わったエンジンのような器官によって、50mを3秒で駆け抜ける程に走力を強化する。また、走力強化の副産物としてキック力も上昇する…この解釈で合っているよね?」

「あぁ、的確な分析だ! 流石だよ、緑谷君!」

「スピードを強化する。一見単純だけど、戦闘でも救助でも力を発揮する凄く強力な“個性”だと思うんだ」

「くぅ…ただ足が速いだけと揶揄する者も多い中、ここまで僕の“個性”を理解してくれるなんて…僕は今、猛烈に感動しているよ!!」

 

 何と言うか、飯田君は飯田君で苦労してるんだな…というか、一人称が『僕』になっているし…。

 

「で、でも! まだまだ伸び代は大きいと思うんだ! 例えば…()()()()とか」

「ッ! そこにも気が付いていたのか……その通りだよ。まだ僕は最高速に達するまでに5秒弱、距離にしておよそ85mが必要だ。兄さん…ターボヒーロー『インゲニウム』は3秒弱、およそ40mで加速しきっているのに…」

「そうなると、飯田君の課題は加速時間の短縮。それともう1つ。動き方の改善だね」

「動き方…走り方におかしな点は無いと思っていたが…」

「あぁ、この場合は走り方というか移動所作だね。飯田君の動きは速いんだけど、平面というか…2次元的に感じるんだ」

「もっと立体的に動く事が出来れば、文字通り変幻自在な動きになると思う」

「立体的か…そういった事は考えもしなかったが…いや、試してみる価値は十二分にある。早速やってみるよ!」

 

 飯田君の方向性としてはこんな感じかな。それじゃあ次は…。

 

「砂藤君、お待たせ」

「おう、よろしく頼むぜ、緑谷」

「砂藤君の“個性”『シュガードープ』は、一定量の糖分を摂取する事で、3分間だけ身体能力を5倍に増強する。シンプルだけど奥の深い増強型だね」

「あぁ…まぁな。だけど、緑谷はもうわかっているだろう? 俺の“個性”、3分経つと体が怠くなって眠くなって…長期戦には滅茶苦茶向いてねぇんだよなぁ」

「その事なんだけど、僕なりに調べてみたんだ。糖分の摂取で眠くなったり、怠くなったりするのは、血糖値の急激な上昇が原因なんだ。だから、血糖値が上がりにくい糖分を使えば、もしかしたら“個性”の副作用を緩和できるかもしれないよ」

「血糖値の上がりにくい糖分…俺はよく角砂糖を使ってるけど…グラニュー糖や黒糖を使えば良いのか?」

「ううん、グラニュー糖も黒糖も原材料は砂糖黍だから、血糖値の上がりやすさは角砂糖と大して変わらないよ」

「それよりも、砂糖大根(テンサイ)から作るテンサイ糖や、ココヤシの花の蜜から作るココナッツシュガー、ステビアや羅漢果から作られる天然甘味料を使うのが良いと思う」

「なるほどな! 色々試してみるぜ!」

「あと、砂藤君の“個性”で思いついた事があるんだけど…()()()()()()()()()()()()って出来ないかな?」

「………どうだろうな。試した事がねぇからわからねぇ」

「もし、それが出来るなら、全身を満遍なく強化するよりも高い増幅率を得られると思うんだ。体に負担がかかるから乱用は出来ないけど、もしもの時の切り札になると思う」

「…試してみる価値ありだな」

 

 砂藤君はこれで良し。次は-

 

「緑谷、頼む」

 

 障子君だ。障子君の“個性”『複製腕』は、肩から生えた2対の触手の先端に、自身の体の器官を複製できるというもの。

 轟君とタッグを組んでの戦闘訓練やUSJでの戦いでは、目や耳を複製し、索敵や情報収集に活躍していた。

 それに個性把握テストでは手を複製し、500kgwを超える握力を記録していた

。汎用性の高い“個性”と言えるだろう。

 

「障子君は、今の段階でも“個性”を上手く使えているから、戦闘技術を磨いていくのが良いと思うんだ。ちょっと僕と組み手をしてみようか。手合わせする事で分かってくる課題もあるし」

「わかった」 

 

 そう言葉を交わすと障子君は腕を複製して6本腕になり、僕は『フルカウル』を発動する。出力は10%といつもよりかなり抑えめだ。

 

「…いくぞ、緑谷!」

 

 そう言うと同時に僕へと突進してくる障子君。自らの間合いに入ると同時に、その6本の腕でフック、ストレート、アッパーと別々のパンチを繰り出してきた。

 うん、腕の数が3倍にすれば手数も3倍になる。そう考えるのはごく自然な事だし、間違ってはいない。だけど-

 

「甘いよ!」

 

 僕は6つの腕が繰り出す様々なパンチを見事に捌いてみせた。うん、驚いているね、障子君。

 

「ほら、隙だらけ!」

 

 わざと声をかけながら右の回し蹴りを繰り出せば、障子君は左側の腕3本を動員して、ガードを固める。だけど-

 

「反応が遅い!」

 

 途中で蹴りの軌道を変え、ガードしきれていない太腿に蹴りを見舞う。

 

「ぐぅっ!」

 

 強烈な衝撃に思わず膝をついてしまう障子君。うん、これで課題が見えてきたかな?

 

「緑谷…俺の課題は動きの精度か?」

「その通りだよ、障子君。6本の腕を使った攻撃は手数も増えるし、確かに強力だ。でもね。障子君本来の腕と複製した腕とでは、動きに僅かではあるけどタイムラグがあるんだ」

「一定以上のレベルに達した人なら、さっきみたいに攻撃全部を捌くくらいの事は簡単に出来ると思うよ」

「……ガードでも同じ事が言えるわけか…タイムラグのせいでガードが遅れてしまい、そこを突かれた」

「そういう事だね。体育祭までにこのタイムラグを解消出来るよう、頑張っていこう」

「よろしく頼む」

 

 

「尾白君。君の“個性”『尻尾』。これは凄い“個性”だと、僕は思うよ」

「ありがとな緑谷。地味だ地味だって言われてきたけど…お前からそう言われて、凄く嬉しいよ」

 

 尾白君、地味って言われる事を相当気にしてたんだね。でも、大丈夫。そんな前評判なんて吹っ飛ばせるくらい強くなれるから!

 

「この太くて、手足よりも長い尻尾。それから尾白君自身が磨いてきた格闘技の腕前を活かす形で特訓内容を考えていこうと思う。目指すは尾白猿夫流格闘術だよ!」

「尾白猿夫流格闘術…俺にそんな物が作れるのか?」

「作れるとも! 君の今までの努力は絶対に嘘をつかない! 目指せ! カンフーマスター!!」

「カンフーマスター…よし! やるぞ! カンフーマスターに、俺はなる!!」

 

 尾白君も良い感じに火が付いた。残るは-

 

「待たせちゃってごめんね。麗日さん」

「ううん! 全然待ってなんかないよ!」

 

 ここだけの話。麗日さんの強化プランは、他の皆よりも早く出来上がっていたりする。

 戦闘訓練の時にタッグを組んだ雷鳥兄ちゃんが、麗日さんに特訓を持ちかけ、承諾を得ていた関係で一足早く作成に取り掛かっていたからだ。

 

「麗日さん、君の“個性”、『無重力(ゼログラビティ)』は、使い方次第で幾らでも凶悪に出来る“個性”なんだ」

「そ、そうなん? 吸阪君も同じような事を言っていたけど、どうもピンと来ないんよ…」

 

 首を傾げる麗日さん。ここは少し説明してあげた方がいいかな。

 

「あのね、麗日さん…」

 

 僕は麗日さんに『無重力(ゼログラビティ)』の応用、その一例を話した。

 

「そ、そんな事が出来るん!?」

 

 驚きを隠さない麗日さん。ヒーローを目指しているとは言っても、雄英に入るまで荒事とは無縁だった彼女なら、当然の反応だ。

 

「勿論、今の麗日さんじゃ実行するのは難しいと思う。でも、体育祭までには実行出来る様に僕達がしてみせる」

「………」

「でも、大事なのは麗日さんの意思だよ。麗日さんが嫌だったら、別の方向で-」

「やる!」

 

 僕の声を遮る形で麗日さんの声が響く。

 

「私もヒーローの卵だから、荒事が苦手なんて言ってられないよ! お願い、緑谷君、私を鍛えて! 強くしてください!」

 

 そう言って頭を下げる麗日さん。君の気持ちはよく分かったよ。この2週間で君を強くしてあげるからね!

 

 

轟side

 

「これで全員か…」

 

 俺の担当だった青山、芦戸、口田、耳郎、葉隠の5人にアドバイスを送り、一息つく。

 まぁ、アドバイスを送ったと言っても、大部分は緑谷の作っていた研究ノートに書かれていた内容を話したようなもので、俺自身の意見は2割も満たないけどな。

 

「ホント、大した奴だよ…」

 

 研究ノートの完成度の高さに改めて、緑谷の凄さを思い知る。

 

「だけど…俺だって負けねぇ」

 

 昨日の夜、親父と本音をぶつけ合って、“個性”抜きとはいえ殴りあって、改めてヒーロー『エンデヴァー』の凄さを思い知った。

 エンデヴァーの息子として…今度の体育祭、無様な姿は見せられない。

 親父は言っていた。誰かに何かを教えるという行為は、自分自身をも成長させる。クラスメートを指導しながら、共に特訓を積む事は必ず俺の糧になる。と…。

 

「この合同特訓で、必ず俺は強くなる」

 

 その時、吸阪が俺達を呼ぶ声が聞こえた。 それぞれへの説明は終わり、これから実際の特訓に移っていく訳だ。

 

「負けないぜ、緑谷、吸阪」

 

 静かにそう呟き、俺は皆の元へと歩き出した。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

それぞれへのアドバイスは終わり、次回は実際の特訓に移っていきます。


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第22話:1-A合同特訓!ーその3ー

お待たせしました。
第22話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、掲載に伴い、キャラクター設定集の改訂、追加を行っております。


飯田side

 

 緑谷君からのアドバイスを貰った僕は、早速課題である『加速時間の短縮』『動きかたの改良』に取り掛かった。

 課題克服の為に緑谷君が考えた特訓内容、それは一言で言えば『体に重りを付けた状態で、悪路を走り続ける』というものだ。 

 セメントス先生に協力していただき、TDLと隣接する運動場に作られた1周400m、高低差10mという起伏に富んだコース。

 これを両手足にそれぞれ5kgの重りを付け、更に背中に15kgの重りを背負った状態で走り続ける。

 山道のような悪路を走るトレイルランニングという競技があるが、それを体に更なる負荷をかけた状態で行うのだ。

 

「頑張りましょうね。飯田ちゃん」

 

 準備運動を終え、重りを装着した僕に蛙吹君が声をかけてきた。

 特に克服すべき課題がない蛙吹君は、身体能力全般を強化する目的でこの特訓を行うという。

 当然蛙吹君も両手足と背中に重りを付けているが、体格等を考慮して僕よりも幾らか軽くなっているそうだ。

 

「あぁ、体育祭までに何かしらの成果を見せる事が、緑谷君達への恩返しだと思っている。全力で頑張ろう」

「飯田ちゃんは相変わらず固いわね。ケロケロ」

 

 そんな事を話しながらコースに入り、あらかじめ設定しておいたブザーが鳴ると共に走り出す。

 …これは、想像していたよりも数段キツイな。重りによって体への負担が増えている上に、起伏の激しいコースを走る為、平坦なコースを走る時のようにストライドが一定に保てない。高いバランス感覚も要求される。

 だが…このトレーニングは、ともすれば単調になりかねない走り込みに比べ、変化があるので飽きが来ない。反復練習にはもってこいと言えるだろう。

 特訓の成果を目に見える形にするためにも、頑張らなければ!

 

 

梅雨side

 

 緑谷ちゃんもなかなか()()()()()トレーニングを考えてくれるわ。

 全身に重りを付けて動く。悪路を走る。どちらかだけでも体に負荷がかかる所を敢えての合わせ技。

 『蛙』の“個性”を持つ私でも、その負担はかなりのもの。一瞬の気の緩みが大怪我に繋がりかねないわ。集中力を維持していきましょう。ケロケロ。

 

 既定の5周を走り終え、乱れた呼吸をゆっくりと整えていく。このコースを5周、2km走って2分休憩。これを1セットにして…今日のノルマは15セットだったわね。

 飯田ちゃん、序盤と終盤に僅かながら存在する平坦なコースでは流石のスピードだったけど、それ以外の起伏に富んだコースでは、走り慣れていない事もあって苦戦していたわね。結果的に私に10秒近い差をつけられていたわ。

 でも、私の動きから何かを掴み始めたみたい。身振りを交えながら動きの確認をしていたわ。ウカウカしていたら、抜かされちゃうわね。

 

「まもなく2分だ! 蛙吹君! 2セット目といこうじゃないか!」

「ええ、今度も負けないわよ。ケロケロ」

 

 

雷鳥side

 

「峰田、瀬呂、麗日、そして葉隠。とりあえず今日の特訓は、4人合同で行う」

「合同で…どんな特訓やるんだよ? 吸阪」

 

 自分の横に並ぶ瀬呂、麗日、葉隠を見てから特訓の内容を問う峰田。ふむ、ここはストレートに伝えてやるか。

 

「なぁに、内容はシンプルだ。俺が攻撃するから、お前達はそれを掻い潜って、俺を確保すればいい。峰田と瀬呂はそれぞれの“個性”を当てる、麗日と葉隠は直接タッチする。簡単だろ?」

 

 笑顔を浮かべ、努めて明るく内容を告げてみたが…あれ?

 

「どうした? お前ら…4人揃って『絶望した!』って顔してるぞ」

「あ、当たり前だろうが! 吸阪(おまえ)の攻撃掻い潜って確保するって、どんな無理ゲーだよっ!」

 

 4人を代表して、峰田が声を上げるが…なんだ、()()()()か。

 

「安心しろ、お前らがギリギリ避けられるレベルまで攻撃の速度は落とすし、仮に当たっても怪我しないように加減するから…まぁ、()()は痛いだろうがな」

 

 不安に思っている部分を説明してやれば、4人の目から不安の色が徐々に薄れていく。そして―

 

「私はやるよ! 強くなれるチャンス、逃すつもりはないから!」

「私だって、今更やめる選択肢はないよ!」

「俺だって、一度やると決めたんだ。逃げる気はねぇ」

 

 麗日、葉隠、瀬呂がやる気を見せ―

 

「あぁぁぁ! わかったよ! やってやらぁ!!」

 

 峰田も半ばヤケクソ気味にやる気を見せてくれた。

 

「よし、それじゃあ早速始めようか!」

 

 折角4人がやる気を見せてくれたんだ。俺もそれに応えないとな!

 ………まぁ、1分もしないうちに峰田あたりは悲鳴をあげそうだけど…気にしない気にしない!

 

 

轟side

 

 TDLのあちこちでそれぞれの特訓が始まっている中、俺も青山、芦戸、耳郎への特訓を開始していた。

 特訓の内容はシンプルだ。3人の前に俺が次々氷柱を生やすから、3人はそれぞれの方法で氷柱を破壊する。

 もちろんそれだけじゃ単調になるから、俺のタイミング(ランダム)で炎による攻撃を仕掛ける。それは避けるなり、防ぐなり、相殺するなり自由にしていい。

 

「それじゃあ、始めるぞ」

「いつでもどうぞ♪」

「準備OKだよー!」

「頼むね、轟」

 

 準備が整ったところで氷柱を次々と生やしていくと、3人はそれぞれの方法、青山は腹からのレーザー、芦戸は手からの溶解液、耳郎は耳のプラグを挿してからの衝撃波で次々と破壊していく。

 …大きさや3人からの距離、タイミングはこっちで設定しているが…これはこっちの“個性”の鍛錬にも使えそうだな。

 そして、3人の隙を見て火球を作り出し、放ってみると-

 

「この位なら楽勝さ♪」

 

 青山はレーザーで火球を容易く撃墜。

 

「撃墜は無理だけど、防御は出来るよ!」

 

 芦戸は粘度の高い溶解液で壁を作り、火球を防御。

 

「危なっ!」

 

 耳郎は見事に回避してみせた。

 

「よし、この調子でやっていくぞ」

 

 努めて冷静に氷柱を生み出し、火球を放っていく。3人の動きや“個性”の使い方を見て、アドバイス出来そうな点を見つけ出す為、そして学べる点は学んでいく為だ。

 

「お前らと一緒に俺も強くなる」

 

 そんな呟きは誰にも聞こえる事なく、氷柱の砕ける音に掻き消されていった。

 

 

出久side

 

「はぁ、はぁ、はぁ…ありがとうございました」

 

 乱れた呼吸を必死に整えてから一礼し、組手を終わらせる。そして周りを見回せば、そこには―

 

「あぁ…も、もう駄目だ…」

「指1本動かせねぇ…」

「………」

「緑谷、どういう体力してるんだよ…」

「凄まじいものだ…」

「この強さ、まさに闘神…」

「これが、10年の積み重ねというものですのね…」

 

 息も絶え絶えな尾白君、切島君、口田君、砂糖君、障子君、常闇君、そして八百万さんの姿。

 そう、僕は7人と順に組手を行い、実戦形式の中でそれぞれにアドバイスを送っていたのだ。

 だけど皆も1度負けたくらいじゃ終わらない。再戦希望に応えている内に、とうとう全員の体力が尽きるまで組手を繰り返してしまった。

 結局合計で…何試合やったんだろう…30を過ぎた辺りから数えるのをやめたからなぁ…。

 

「でも、皆。1試合ごとに動きが良くなっていったよ」

「そ、そう言ってもらえるんなら、挑戦を続けてきた甲斐があったよ…」

 

 苦笑交じりの尾白君の言葉はきっと、皆の本心だろう。なんにせよ、皆の成長に貢献出来たのなら、これ以上ない喜びだ。そこへ-

 

「ほい、お疲れ」

 

 雷鳥兄ちゃんがスポーツドリンクを持って来てくれた。皆、ペットボトルを受け取るや否や、ほどよく冷えた中身をがぶ飲みしていく。

 

「ありがとう、雷鳥兄ちゃん。でも、これどうしたの?」

「いや、気がついたらTDLの入り口に置いてあった。これと一緒にな」

 

 差し出されたメモ用紙に目をやると、そこにはたった一言『励めよ』の文字が…。

 

「雷鳥兄ちゃん、これって…」

「恐らく、相澤先生だろうな。まったく、正面から差し入れ持ってくれば良いのに…あの人も意外にシャイというかなんというか…」

「でも、先生らしいかも」

「たしかにな」 

 

 相澤先生の心遣いに感動しつつ、1日目の合同特訓は終わりを迎え…2日目、3日目、4日目と順調に進んでいった。

 だが、5日目…事件が起こってしまった。

 

 

 この日はTDLの都合がつかず、雄英に入学するまで俺と出久が秘密特訓で使っていた倉庫で特訓を行っていたのだが…。

 

「出久ー! 雷鳥ー!」

 

 20時近くになり、特訓をそろそろ終わりにしようかと考えていたその時、倉庫に思わぬ来客が訪れた。引子姉さんだ。

 

「母さん!」

「姉さ……どうしたの?」

 

 危ない危ない、皆の前で姉さんと呼ぶところだった。平静を保ちながら、来訪の理由を尋ねると-

 

「うん、原稿が予定より早く書きあがったからね。陣中見舞い」

 

 そう言って、持っていたコンビニの袋を見せてきた姉さんは、おにぎりやサンドイッチといった軽食にちょっとしたスイーツ、スポーツドリンクなどをテキパキと準備していく。

 そんな姉さんを見ながら-

 

「緑谷のお母さん、滅茶苦茶美人だな…」

「美魔女ってやつだな…畜生、緑谷…羨ましすぎるぜ」

 

 一部男子が噂しているが…峰田、姉さんを美魔女と呼ぶのは構わんが、下品な視線は向けるなよ?

 

「手軽な物でごめんなさいね」

 

 そんな事を言いながら、恐縮する姉さんに-

 

「いえ! 緑谷君のお母さんの心遣い、ありがたく頂戴致します! 1-Aクラス委員長、飯田天哉! クラスを代表してお礼申し上げます!」

 

 飯田が委員長モードフルスロットルで対応し、皆それぞれに好きな物を食べ始めた。和やかな時間が過ぎる中-

 

「まぁ! 緑谷君のお母様が、あの碧谷鸚鵡先生だったのですか!」

「なんと! 剣豪商売や仕事人・柳枝桃安、愛読させて頂いております!」

「…緑谷の御母堂様、もし宜しければ、今度サインをお願いしたく…」

 

 姉さんの職業を知った八百万、飯田、常闇が反応を示したのは少々意外…でもないか。

 

「吸阪ちゃん」

 

 梅雨ちゃんが声をかけてきたのはその時だ。

 

「どうした? 梅雨ちゃん」

「私思った事を何でも言っちゃうの。だから気を悪くしないでね…吸阪ちゃん、さっき緑谷ちゃんのお母さんを()()()って、言いかけてなかった?」

「………ナンノコトデショウカ?」

 

 いかん、梅雨ちゃんが感づきかけてる。ここは何とか誤魔化さなければ…。

 

「あら? 雷鳥、もしかして皆さんに黙ってたの? 私との関係」

「え、あ、いや…」

 

 姉さん! 頼む、余計なことは言わないでくれ!

 

「ケロ? 吸阪ちゃんは緑谷ちゃんの従兄だって聞いていたけど…違うのかしら?」

「もう、雷鳥駄目じゃないの。本当の事をキチンと話さないと…」

「雷鳥兄ちゃん、もういいじゃない。本当の事を話そうよ」

「そうだな…もう、仕方ないか」

 

 …こうなっては仕方ない。俺は皆に本当の事を話した。

 吸阪雷鳥(おれ)は緑谷出久の従兄ではなく、同い年の叔父。すなわち…

 

「俺と引子姉さんは、姉弟なんだ。()()()()()()

 

 真実を知った皆の驚いた顔を、俺は忘れる事はないだろう。なお―

 

「美魔女と年の離れた姉弟…どんなギャルゲーだよ!」

 

 血涙を流しながら、戯言を抜かした峰田を速攻で簀巻きにして、ゴミ捨て場に遺棄しようとしたが、全員から止められてしまった。峰田…運の良い奴め。

 まぁ、予想外のトラブルはあったものの、それ以後は特にトラブルもなく、特訓の日程は順調に消化されていった。

 

 

 そして、体育祭2日前―

 

「いよいよ、体育祭本番が明後日となった。今日で合同特訓は終了とし、明日は各自休息と調整に努めてくれ!」

「皆、2週間前と比べたら、はるかに強くなってる! あとは体育祭本番で大暴れしよう!」

「俺は半ば一緒に特訓していたようなもんだが…だからこそ、皆の成長を肌で感じられた。ウカウカしていたら、負けちまいそうだ」

 

 俺や出久、轟の言葉に大きく頷く飯田達16人。さぁ、大暴れしてやろうぜ。皆!

 

「体育祭! 全力で大暴れするぞ! 1-A! ファイト!」

 

 俺の掛け声に続き、1-A18人の声がTDLに響き渡った。いよいよ、体育祭だ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回より、雄英体育祭当日となります。


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第23話:雄英体育祭! 第1種目!!

お待たせしました。
第23話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 合同特訓終了から2日。遂に雄英体育祭当日がやってきた。

 前日を休息と調整に充てた事で、俺も出久も調子は万全。控室で準備を整えている皆も…うん、良い顔をしているな。

 ………控室の隅で()()()()()()オーラ全開で、アップを行っている爆豪(バカ)は別だがな。

 

「皆、準備は出来てるか!? もうじき入場だ!!」

 

 飯田の声から間もなく、入場5分前を告げるアラームが鳴り響いた。いよいよ本番、皆、気合を入れていこうぜ!

 

Mademoiselle et Messieurs(紳士淑女の皆さん),nous allons Rampage(さぁ、暴れに行こうか)!」

 

 皆への鼓舞。ちょっと気取ってフランス語で言ってみたが、反応してくれたのは青山と八百万だけだった。やっぱり英語…いや、ドイツ語でやればよかったか?

 

 

『群がれマスメディア! 今年もおまえらが大好きな高校生達の青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!?』

『雄英体育祭!! ヒーローの卵達が、我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!』

『どうせてめーらアレだろこいつらだろ!? (ヴィラン)の襲撃を受けたにも拘らず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!』

『ヒーロー科!! 1年!! A組だろぉぉ!?』 

 

 プレゼント・マイク先生のアナウンスを聞きながら入場する俺達に、スタジアムへ詰めかけた何万もの観衆、そして多くのプロヒーロー達の拍手と視線が突き刺さる。

 この肌にビリビリ来る程の緊張感、蚤の心臓の持ち主だったら、これだけで卒倒するだろう。

 

「大人数に見られる中で、最大のパフォーマンスを発揮できるか…! これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」

「めっちゃ持ち上げられてんな…なんか緊張すんな…! なぁ、爆豪」

「しねえよ」 

 

 冷静に分析する飯田に、爆豪と何とかコミュニケーションを取ろうと試みて、バッサリ切り捨てられている切島。他の皆も緊張はしていないようだ。まぁ、今のA組にこの程度で緊張する奴はいないか。

 

『B組に続いて、普通科C・D・E組! サポート科F・G・H組もきたぞー! そして経営科!』

 

 そんな中、他のクラスも次々と入場してくるが…プレゼント・マイク先生も煽ってくるなぁ…。

 普通科あたりから『どうせ俺らは引き立て役』『正直たるい』といった声が聞こえてきてるぞ。

 だけど…あの心操人使だけは、こっちをまっすぐに見つめてきている。うん、あいつは要チェックだ。

 そうこうしている内に全クラスの入場が終わり、今年の主審を務めるミッドナイト先生が壇上に立ったのを合図に、開会式が始まった。

 

「それじゃあ、選手宣誓! 選手代表! 1-A、吸阪雷鳥!!」

「はい!」

 

 大きく返事をして、壇上へと歩みを進める。

 

 入学試験1位タイという事で、俺と出久の2人が選手宣誓の候補者に選ばれ、諸々の事情により(ジャンケンで負けた)、俺が選手宣誓を行う事となった。閑話休題。

 

「宣誓! 我々、選手一同は! ヒーロー精神に則り! 日頃の鍛錬の成果を存分に発揮して! 正々堂々戦う事を! ここに誓います!!」

 

 うん、如何にもお手本通りの選手宣誓。背後や観客席から『普通だ』だの『面白味がない』などと聞こえてくるな。

 よろしい、ならば()()()()()()()()

 

「では、ここからは余談を少々…俺達1-Aはこの日の為に、猛特訓を積んできた! 故に…()()()()は、()()()()()()()()()()()!」

「それが嫌なら、かかってこい! 俺達は逃げも隠れもしない! 真正面から受けて立つ! 以上です!」

 

 A組以外の全クラスに宣戦布告する形で、選手宣誓を終えた俺は一礼し、列へと戻る。

 

「吸阪! よく言った!」

「お前、ほんと熱いぜ!」

「有言実行となるよう、全力を尽くす所存!」

 

 そんな俺を迎えたのはA組の皆の声と拍手。それに引っ張られるようにスタジアムの観客やプロヒーロー達からも拍手が送られた。

 

「畜生、悔しいが良い度胸じゃねえかよ!」

「俺達だって、負けないからな!」

 

 B組や普通科からもそんな声と共に拍手が聞こえてくる。うん、良い感じに他のクラスも火が点いたな。

 

「さーて、それじゃあ早速第1種目行きましょう! 所謂予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!」

「さて、運命の第1種目!! 今年は………コレ!!」

 

 ミッドナイト先生の声と共に、モニターへデカデカと映し出されるのは、()()()()()の文字。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!」

「コースはこのスタジアムの外周、約4km!」

「我が校は自由さが売り文句! ウフフフ…コースさえ守れば、()()()()()()構わないわ!」

「さあさあ、位置につきまくりなさい…」

 

 ミッドナイト先生の説明が終わると共に、スタートであるゲートへ殺到する普通科やサポート科の面々。

 うん、気持ちはわかるが…それは悪手なんだよ。俺達は後方から余裕を持ってスタートするとしますか。

 

「それじゃあ、用意! ………スタート!!」

 

 ミッドナイト先生の合図と共に走り出そうとした普通科やサポート科の面々。だが―

 

「ってぇー!! 何だ凍った!! 動けん!!」

「寒みー!!」

「んのヤロォォォ!!」

 

 その大部分は突然凍り付いた地面によって、動きを封じられていた。

 

「悪いな…ここが最初の(ふるい)だ」

 

 あんな狭い所に密集していれば、轟の良いターゲットってわけだよ。まぁ、A組(俺達)やB組は、それぞれの方法で回避したけどな!

 だが、轟の行動を予め()()()()()A組(おれたち)と咄嗟に避けたB組では、その後の行動に移るまでのスピードに明確な差が生まれている。

 A組最後尾の峰田と瀬呂がスタジアムの外に出た所で、B組の先頭…たしか、拳藤だったか…が未だゲートの半ば付近。これだけ距離が空いていれば-

 

「な、何よ! これ! 足がっ、離れない!」

 

 (トラップ)を仕掛ける事も容易い訳だ。通路には峰田の『もぎもぎ』がばら撒かれ、更にゲートの出口は瀬呂の『テープ』でガチガチに固められている。

 

「見たか! オイラ必殺の『もぎもぎクレイモア』!! これで後ろの心配は無くなったぜ!!」

「ついでに出口もガチガチに固めておいたからな。ちょっとやそっとじゃ突破出来ねぇぜ」

 

 ………君達、えげつない事考えるね。まぁ、後顧の憂いが無くなったのはありがたい。スピードを上げていきますか!

 

 

プレゼント・マイクside

 

「おいおいおいおい! 接戦が予想された第1種目! 蓋を開けてみたら、B組以下はスタジアムから出る事も出来ないまま、A組の独走だ!」

「ちなみに、実況はお馴染みプレゼント・マイク。解説はミイラマンだ、アーユーレディ!?」

「無理矢理呼んだんだろうが」

 

 不機嫌な様子のイレイザーだが、長い付き合いの俺にはわかる。自分の教え子が活躍していて、内心喜んでやがる。

 まったくBothersomeな(面倒くさい)奴だぜ!

 

「それにしても、足止めに出口の封鎖と、随分えげつない事をやってくれるぜ! イレイザー、お前の仕込みか?」

「いいや、あいつらが自分で考えて実行しているだけだ。もっとも、合理的な行動なのは認めるがな」

「なるほどねぇ~、さぁてスタートダッシュを決めたA組だが! このままスンナリ行くと思ったら大間違い!」

 

 俺の実況と共にコース上に地響きが鳴り、巨大な影がA組に立ち塞がる。

 

「いきなり障害物だ! まずは手始め…第一関門! ロボ・インフェルノ!!」

 

 

出久side

 

 ゴールを目指す僕達の前に立ちはだかる障害物。それは入学試験の時に戦った仮想(ヴィラン)。だけど、この数は入学試験の比じゃない!

 

「一般入試用の仮想(ヴィラン)って奴か」

「どこからお金出てくるのかしら…」

 

 推薦入試組(轟君と八百万さん)の呟きを聞きながら、次に取るべき行動を瞬時に選択する。

 3桁後半はいそうな仮想(ヴィラン)に、ざっと数えただけで20体以上いる巨大(ヴィラン)が犇めいている以上、下手に敵の隙間を縫うように進んで行くのは、得策とは言えない。だったら! 

 

「道が無いなら…作るだけだ!」

 

 次の瞬間、僕は『フルカウル』を全開にしてジャンプ。目の前の巨大(ヴィラン)の頭上を取り-

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 今放てる最強の攻撃を叩き込む! 近くにいた数十体の仮想(ヴィラン)を下敷きにして転倒する巨大(ヴィラン)。よし、これで道が出来た!

 

「最大出力! サンダー! ブレーク!!」

「凍てつけ!」

 

 同じように雷鳥兄ちゃんは電撃で、轟君は凍らせる事で巨大(ヴィラン)を撃破し、先を進んで行く。

 

「クソがぁ!」

 

 下品な叫びにふと視線を送ってみると、爆豪が両手の爆破に時間差をつける事で一気に上昇。巨大(ヴィラン)の頭上を取っていた。器用な事やってるね。

 

 

雷鳥side

 

 俺と出久、轟がそれぞれ巨大(ヴィラン)を撃破して先を進んでいる中、他の皆もそれぞれのやり方でこの第一関門を突破していた。

 

「チョロいですわ!」

 

 回転式弾倉を備えたグレネードランチャーを創造し、仮想(ヴィラン)を吹っ飛ばしながら前進する八百万。

 

「君達には、速さが足りない!」

「ケロッ! 数は多いけど、隙間が無い訳じゃないわね!」

 

 走って、跳んで、蹴り倒す! まるでパルクールのような動きで、仮想(ヴィラン)の群れを掻い潜って進む飯田と梅雨ちゃん。

 常闇と瀬呂は、爆豪の動きに便乗したのか、それぞれの“個性”を使って、巨大(ヴィラン)の頭上を取り-

 

「昔、こんな事やってる映画あったよな!」

 

 瀬呂は自分の『テープ』を使ってジャングルの王者(ターザン)のようなアクションを披露。

 

黒影(ダークシャドウ)、飛ぶぞ!」

「アイヨ!」

 

 常闇は自らのスタ…黒影(ダークシャドウ)を漆黒の翼に変形させて背中に装着。滑空する事で、一気に距離を稼ぐ。

 

「これぞ、特訓で得た新たな力の一つ、漆黒双翼(ダークウイング)!!」

 

『おいおいおい! 仮想(ヴィラン)が足止めにすらなってねぇ! A組の実力は前評判以上か!?』

『まず、立ち止まる時間が限りなく短い』

『上の世界を肌で感じた者、恐怖を植えつけられた者、対処し凌いだ者』

『各々が経験を糧とし、迷いを打ち消している』

 

 相澤先生の言う通り、他の皆も立ち止まったのは、ほんの一瞬。それぞれの出来る手段で、仮想(ヴィラン)を蹴散らし、前へと進んで行く。

 こいつは轟じゃないが、ウカウカしていたら抜かされるな。更にスピードを上げていくとするか!

 

 

轟side

 

『おいおい、第一関門チョロイってよ! んじゃ、第二はどうさ!?』

『落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール!!』

 

 第一関門を突破した俺達の前に現れたのは、何十本もの石柱にロープが張り巡らされた大掛かりなアスレチックだ。

 もっとも、石柱の高さは軽く50mはある。落下した時の為にネットくらいは張ってあるだろうが…落ちたら短時間での復帰は不可能だな。

 

「だが、この程度ならどうって事はない」

 

 ロープを氷で補強しながら、推進力として左手から炎を噴射。滑るように前へと進んで行く。

 移動の最中、左右に視線を送ると-

 

「でやぁっ!」

 

 緑谷は綱渡り(・・・)ではなく、石柱から石柱へ飛び移り(・・・・)

 

「このくらいの距離なら楽勝!」

 

 吸阪は第一関門で倒した仮想(ヴィラン)のパーツを使って、まるでスノーボードのように石柱から石柱へ移動していた。 

 

「まったく、大げさな綱渡りね」

「おそらく兄も見ているのだ…格好悪い様は見せられん!」

 

 蛙吹や飯田も渡り始めたし、その後ろには(ヴィラン)顔負けの凶悪な表情で、爆豪が迫って来ている。

 

「まったく、息つく暇もありゃしない」  

 

 

雷鳥side

 

『先頭集団の1-A吸阪、緑谷、轟が第二関門を早くも通過! 4位以下も間もなく突破だ! 第一関門で手古摺ってるB組その他のリスナー達。上位何名が通過するかは公表してねえから、安心せずに突き進め!!』

『そして早くも最終関門!! かくしてその実態は……一面地雷原!! 怒りのアフガンだ!!』

『地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ! 目と耳酷使しろ!!』

『ちなみに地雷! 威力は大したことねえが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!!』

『人によるだろ』

 

 なるほど、地雷原ね。ここは一気に飛んで行くのが早いが…どうも気になるな。

 

「試してみるか!」

 

 万が一の可能性を考慮し、サーフボード代わりに使っていた仮想(ヴィラン)のパーツを電磁加速で飛ばしてみる。すると-

 

「ターゲット捕捉! 迎撃!!」

 

 地雷原の外、草むらの中に偽装されていた幾つもの発射機(ランチャー)や対空砲からミサイルやゴム弾が発射され、パーツを撃墜した。

 

「…やっぱりな」

『バレちまっちゃぁ仕方ない! 飛行系の“個性”持ち対策として、対空砲とミサイルも用意しているから気をつけな! ミサイルは地雷と同じくらいの威力、対空砲もゴム弾だから痛いくらいで済むけど、当たらないに越した事はないぜ!』

 

 プレゼント・マイク先生の実況に、俺達3人は迂闊に加速出来ないまま、慎重に地雷を避けながら進んでいく。その時- 

 

「そこまでだ! てめぇら!」

 

 狂犬そのものと言わんばかりの表情で、爆豪が突っ込んできた。あぁ、また面倒な奴が!

 

「俺の前を進むんじゃねぇ!」

「やかましい!」 

 

 俺の顔面狙いで放たれた爆破を電磁バリアで逸らし-

 

「ライトニングボルトォッ!」

 

 がら空きになったボディに電撃を纏った左拳を叩き込む!

 

「ゲボッ…」

 

 ボディを『く』の字に曲げて悶絶する爆豪。だが、このくらいでこいつが止まるとは思えない。念には念をだ。右の掌打を爆豪の腹にぶち込み-

 

「吹っ飛べ!」

 

 電磁加速の要領で思いっきり吹っ飛ばす!

 

「く、そがぁ!」

 

 吹っ飛びながらも何とか体勢を立て直そうとする爆豪だったが、足をついた場所が悪かった。

 

「ぬぁぁっ!」

 

 そう、地雷を真上から踏んでしまったのだ。爆発で再び爆豪の体は宙に舞い-

 

「ターゲット捕捉! 迎撃!!」

 

 それが運悪く、センサーに捕捉されてしまう。次の瞬間、発射されたミサイルやゴム弾を叩き込まれ、哀れ爆豪は撃墜されてしまった。

 爆豪の相手をしている間に、出久や轟に差をつけられてしまったな。飯田達も迫っているし…仕方ない!

 

「後続に道を作る事になるが…已むを得ん! ターボユニット!!」

 

 “個性”全開で一気に加速し、2人を追いかける。当然、このままでは地雷に突っ込む事になるが-

 

『こいつはどうなってるんだ! 吸阪の進行方向に埋まっている地雷が、勝手に動いているぅ!』

『こいつは…磁力を使って地雷を動かしているな…』 

『おいおい、イレイザー。磁石にくっつくのは鉄やニッケルにコバルト。あそこに埋めている地雷には、それらの金属は使われちゃぁいない。使われているのは銅やアルミニウムあたりだぜ?』

『磁石にくっつかない金属でも、磁力の干渉を受けない訳じゃない。磁力によって、地雷内の金属に電気が発生し、その電気が磁力によって力に変わる。フレミングの左手の法則って奴だ』

『じゃあ、吸阪はそれで地雷を退かしながら進んでいるのかよ! 後続への道も作って、なんて優しい奴なんだ!』

 

 はい、実況と解説の御二方、ありがとうございました。そんな訳で地雷原を駆け抜け、ギリギリで2人に追いついた!

 

「雷鳥兄ちゃん!」

「吸阪!」

「負けねえぞ!」

 

 それぞれに抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げ、ゴールまで残り200m!

 

「勝つのは!」

「1位を取るのは!」

「トップは!」

「「「俺だ!(僕だ!)」」」

 

 残り100m! ここで俺達3人は横一列に並んだ。どちらかを妨害するか? いや、余計な事はせずに、己の加速に専念するのみ!

 

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」

 

 そして、俺達3人は()()にゴールに飛び込んだ。

 

『うぉぉぉぉぉっ! なんと3人同時にゴールに飛び込んだ! ここからでは、誰が1位か、判別出来ないゼェェェェット!』

 

「審判団による、ビデオ判定を行います! 暫くお待ちください!!」

 

 判定か…果たして結果は…。

 

「判定の結果をお知らせします! 審判団によるビデオ判定を行った結果、3選手のゴールは100分の1秒単位で同時と判断! 3名を同着、1位とします!!」

 

 3人同着。決着がつかなかった事は、少し残念だが…まぁ、これはこれで良しとしよう。

 俺は2人の肩に手をやり、それぞれの健闘を讃えあうのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
なお、第1種目の最終順位は以下のようになります。

1位タイ :吸阪雷鳥
1位タイ :轟焦凍
1位タイ :緑谷出久
4位   :飯田天哉
5位   :常闇踏陰
6位   :瀬呂範太
7位   :切島鋭児郎
8位   :尾白猿夫
9位   :蛙吹梅雨
10位  :障子目蔵
11位  :砂藤力道
12位  :麗日お茶子
13位  :八百万百
14位  :峰田実
15位  :芦戸三奈
16位  :口田甲司
17位  :耳郎響香
18位  :葉隠透
19位  :青山優雅
20位  :爆豪勝己
21位  :塩崎茨
22位  :骨抜柔造
23位  :鉄哲徹鐵
24位  :泡瀬洋雪
25位  :回原旋
26位  :円場硬成
27位  :凡戸固次郎
28位  :柳レイ子
29位  :心操人使
30位  :拳藤一佳
31位  :宍田獣郎太
32位  :黒色支配
33位  :小大唯
34位  :鱗飛竜
35位  :庄田二連撃
36位  :小森木乃子
37位  :鎌切尖
38位  :物間寧人
39位  :角取ポニー
40位  :取蔭切奈
41位  :吹出漫我
42位  :発目明


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第24話:雄英体育祭! 第2種目!!ーその1ー

お待たせしました。
第24話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


オールマイトside

 

 緑谷少年と吸阪少年、そして轟少年が同時にゴールへ飛び込み、3人が同着1位と判定された瞬間、私は心の中でガッツポーズを決めていた。

 

 -雄英体育祭、俺達は全力で暴れまわります!-

 -僕達が来た! と世間に知らしめる為に!-

 

 2週間前、2人は私に宣言してくれたが、現時点では100点満点と言って良いほどの結果を見せてくれている。是非ともこのまま頑張って欲しいものだ。

 

「同着1位となった3人のうち、1人はフレイムヒーロー『エンデヴァー』の息子、轟焦凍。残る2人は、今年の入学試験で160Pを獲得。堂々1位タイで合格した緑谷出久と吸阪雷鳥か」

「今年のA組はタレント揃いだけど、この3人は別格だな。“個性”の強さもあるけど、素の身体能力や判断力がズバ抜けてる」

「事務所経営を請け負ったと仮定して、彼らをどう売り出していくか意見を交えたいんだけど、どう思う?」

「轟に関しては、エンデヴァーの息子という看板があるから、そこを活かしていくのは?」

「いや、それだと彼の実力を見もせずに、『親の七光り』だと批判する層が一定数出現する事になる。それにエンデヴァー自体、ファンとアンチがハッキリ分かれているヒーローだから、あまり親の名前を利用するのは得策ではないよ」

「それなら、彼の“個性”である氷と炎を同時に操れる点をプッシュしていくのは? 相反する力を同時に扱える点は、大きなセールスポイントになる筈だよ!」

「緑谷に関しては、増強系の“個性”と、どこか愛嬌のある顔立ちのアンバランスさっていうセールスポイントがあるから、そこを利用しない手はないね」

「吸阪は…とにかく器用な印象だな。活躍場所を選ばないマルチパーパスなヒーローとして売り込んでいくのが良いと思う」

 

 経営科! 相変わらず、分析に余念がないね!

 

 

雷鳥side

 

 第1種目、障害物競走で俺達A組は1位から20位までを独占し、開会式での上位独占宣言は今のところ守られた。だが-

 

「くっ………こんなハズじゃあ………」

 

 八百万の様子がおかしい事が気にかかる。そういえば、彼女は第二関門に差し掛かった辺りから、遅れだしていたな。どこか怪我でもしたんだろうか…。

 

「一石二鳥よ、オイラ天才!」

「サイッテーですわ!!」

 

 …なるほど。峰田という余計な()()を背負う羽目になり遅れてしまった訳ね…。

 安心しろ八百万。馬鹿にはすぐに報いを受けさせる。 

 

「みーねーたーくーん♪」

「ッ!!」 

 

 峰田め。俺の猫撫で声に危険を察知したようだが…もう遅い!

 

「何やっとんのだ…お前はぁ!」

 

 慌てて八百万から離れ、逃げようとした峰田の首根っこを掴んで、脳天に打ち下ろしの右(チョッピングライト)!!

 

「A組の恥になるから、そういう真似は慎めよ」

「わ、悪かった…」

 

 峰田に反省を促したところで、ちょうど準備も整ったようだ。ミッドナイト先生に注目するか。

 

「予選通過は上位42名! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場はは用意されているわ!」

「そして次からいよいよ本選よ! ここからは取材陣も白熱してくるよ! キバリなさい!!」

「さーて、第2種目よ! 私はもう知ってるけど~…何かしら!? 言ってるそばから……コレよ!!」

 

 ミッドナイト先生の声と共に、モニターへデカデカと映し出されるのは、()()()の文字。

 

「騎馬戦……!」

「騎馬戦……!」

「個人競技じゃないけど、どうやるのかしら」

 

 皆から疑問の声が上がるが…それもミッドナイト先生は想定内だったようだ。愛用の鞭を一振りして、説明を続けていく。

 

「参加者は2~4人のチームを自由に組んで、騎馬を作ってもらうわ! 基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど、1つ違うのは先程の結果に従い、各自に(ポイント)が振り当てられる事!」

 

 ふむ、入試の時みたいに、(ポイント)を稼いでいけば良いわけか。こいつはわかりやすい。

 

「そして、与えられる(ポイント)は下から5ずつ! 42位が5(ポイント)、41位が10(ポイント)…といった具合よ!」

 

 なるほど、そうなると1位を取った俺達は…210(ポイント)か。

 

「そして、1位に与えられる(ポイント)は、1000万!!」

 

 なん、だと…。

 

「ただし! 今回は1位が3人いる為、3人に3分の1ずつ、333万3333(ポイント)を割り振ります! 上位の奴ほど狙われちゃう! 下剋上サバイバルよ!!」

  

 おいおい…4位の飯田が195(ポイント)だぞ! いくらなんでも無茶苦茶…いや、そうだった。

 

「上を行く者には更なる受難を。雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ。これぞ“Plus Ultra(更に向こうへ)”!!」

「予選1位タイ通過の吸阪雷鳥くん! 緑谷出久くん! 轟焦凍くん! 持ち(ポイント)、333万3333!」

 

 この学校はそういう学校だった。上等だよ…この受難、乗り越えてやろうじゃないか!

 

 

 チーム編成に与えられたは15分。さて、誰と組むか…いや、それ以前に確認しておく事があるな。

 

「出久! 轟!」

「雷鳥兄ちゃん! 轟君!」

「吸阪、緑谷」

 

 どうやら、2人も同じ考えだったようだな。手間が省けてありがたい。

 

「さて、俺達3人が組むという選択肢はあるし、勝利の為にはそれが最も効率的だが…どうする?」

「……ごめん、雷鳥兄ちゃん。その選択肢は選べないよ。たしかにその選択肢を選んだ方が効率的なのはわかってる。でも、だからこそ安易な道は選びたくないんだ。この体育祭でトップを取る為にも」 

「…緑谷に言いたい事は全部言われた。そういう事だ」

「フッ、予想通りの答えをありがとう」

「それじゃあ、雷鳥兄ちゃんも!?」

「ああ、()()()()()()は別物だからな…それじゃあ、お2人さん。無事に勝ち残れよ。ciao(それじゃ)!」

 

 さーて、誰と組もうかな? 

 

「ちょっとお待ちを! そこの1位タイの方!!」

 

 ん? 誰だ?

 

 

出久side

 

「まさか、飯田君から断られるなんて…」

 

 雷鳥兄ちゃん、轟君と別れてすぐ、真っ先に僕へ声をかけてくれた麗日さんの『無重力(ゼログラビティ)』と、飯田君の『エンジン』を使った逃げ切りの策を考えつき、飯田君を勧誘したんだけど…。

 

 -入試の時から…君には負けてばかり。君は素晴らしい友人だが、だからこそ…君についていくだけでは、俺はいつまでも未熟者のままだ-

 -この場を借りて、俺は君…いや、()()に挑戦したい-

 

 そう言い残し、飯田君は僕に背を向けて行ってしまった。多分、雷鳥兄ちゃんや轟君とも組むつもりはないのだろう。

 

「緑谷君…」

「断られたものは仕方ない。切り替えていこう、麗日さん!」

 

 飯田君の協力が得られないのは痛いけど、この可能性を考慮していなかった訳じゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その為には2人組んでほしい人がいる!

 

「常闇君! 耳郎さん! お願いがあるんだ!」

 

  

轟side

 

「お前達3人を選んだのは、俺なりに考えて最も安定した布陣だと思ったからだ」

 

 そう言って俺はスカウトに乗ってくれた3人、八百万、芦戸、青山にそれぞれの役割を説明していく。

 

「青山は左翼でレーザーによる遠~中距離の防御を担当。当てる必要はない。近づかせない事を優先してくれ」

「了解だよ♪」

「芦戸は右翼。酸を使っての近接防御を頼む」

「OK!」

「八百万は騎手。状況に応じて色々作ってくれ」

「かしこまりました!」

「先頭は俺。氷と炎で攻撃と牽制を行う」

 

 この4人でトップを狙う!

 

 

爆豪side

 

「ハッキリ言っておこう。俺は君の事が好きではない」

 

 俺の元にやって来るや否や、眼鏡がそんな事を言ってきやがった。なんだコイツ、こんな時に喧嘩売ってやがるのか?

 

「だが、君のその勝つ為に形振り構わない姿勢だけは、見習うべきだと思う事もまた事実! 爆豪君、俺と組んでもらおう! 君としても、高い機動力は必要な筈だ!」

 

 コイツ…そう言えばさっきデクと何か話してやがったな…よし。

 

「良いだろう眼鏡、悪くねぇ提案だ」

「俺の名前は飯田天哉だ! クラスメートの名前くらい覚えたまえ!」

「お、飯田も爆豪と組むのか?」

「なんか、意外な組み合わせだな」

「クソ髪とテープ、何の用だ」

「切島だよ! 名前覚えろよ!」

「おめぇ、どうせ騎手やるんだろ!? そんなら、おめぇの爆発に耐えられる騎馬の先頭は誰だよ? 『硬化』の俺だよ!」

「ぜってーブレねえ馬だ。獲るんだろ? 1位の3人」

「………悪くねぇな」

「俺の『テープ』だって、役に立つから使えよ」

「そこまで言うなら使ってやる。だが、役に立てよ、テープ」

「はぁ…俺達くらいしか、お前と組んでやる奴いない…って思って声かけたけど、こりゃ正解だわ」

 

 

雷鳥side

 

『さぁ、起きろイレイザー! 15分のチーム決め兼作戦タイムを経て、フィールドに12組の騎馬が並び立った!!』

『………なかなか、面白ぇ組が揃ったな』

 

 相澤先生の言う通り、相対する11組の騎馬はどれも一筋縄ではいかない連中ばかり。だが、こっちも負けちゃいない。

 

『さァ上げてけ鬨の声! 血で血を洗う雄英の合戦が今!! 狼煙を上げる!!』

『いくぜ! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』

『5!』

 

「3人とも準備はいいか?」

 

『4!』

 

「砂藤!」

「おう!」

 

『3!』

 

「発目!」

「フフフ!!」

 

『2!』 

 

「梅雨ちゃん!」

「ケロッ!」

 

『1!』

 

「獲るぜ! 1位!!」

 

『START!!』

 

 さぁ、騎馬戦のスタートだ!!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ここから僅かずつですが、原作とは違った展開になっていく予定です。

なお、騎馬戦のチーム分け、1-A+αの内訳はこのようになっています。

緑谷チーム

緑谷出久  3333333P
麗日お茶子 155P
常闇踏陰  190P
耳郎響香  130P

合計 3333808P


轟チーム

轟焦凍   3333333P
八百万百  150P
芦戸三奈  140P
青山優雅  120P

合計 3333743P


雷鳥チーム

吸阪雷鳥  3333333P
蛙吹梅雨  170P
発目明   5P
砂藤力道  160P

合計 3333668P


爆豪チーム

爆豪勝己  115P
飯田天哉  195P
切島鋭児郎 180P
瀬呂範太  185P

合計 675P


障子チーム

障子目蔵  165P
峰田実   145P
葉隠透   125P
口田甲司  135P

合計 570P

なお、尾白君につきましては第1種目8位で、175Pとなっております。


2022/05/04追記

1-A以外のチーム分けも知りたいというご意見を頂いた為、追記します。

鉄哲チーム

鉄哲徹鐵  100P
泡瀬洋雪  95P
骨抜柔造  105P
塩崎茨   110P

合計 410P


拳藤チーム

拳藤一佳  65P 
柳レイ子  75P
取蔭切奈  15P
小大唯   50P

合計 205P


物間チーム

物間寧人  25P
黒色支配  55P 
回原旋   85P
円場硬成  80P

合計 245P


角取チーム

角取ポニー 20P 
鎌切尖   30P
凡戸固次郎 80P

合計 130P


鱗チーム

鱗飛竜   45P
宍田獣郎太 60P
小森木乃子 35P

合計 140P


心操チーム

心操人使  70P
尾白猿夫  175P
吹出漫我  10P
庄田二連撃 40P

合計 295P


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第25話:雄英体育祭! 第2種目!!ーその2ー

お待たせしました。
第25話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

『START!!』

 

 プレゼント・マイク先生の声が響くと同時に、1騎の騎馬が僕達に猛然と突っ込んできた。

 あれは、鉄哲君、塩崎さん、骨抜君、泡瀬くんの4人組か!

 

「緑谷! 3333808P(そいつ)は貰うぜぇっ!!」

 

 騎手の鉄哲君が全身を金属化し、拳を打ちつける。正面からハチマキ(これ)を取りに来るなんて、切島君に負けないくらい真っ直ぐだね。鉄哲君!

 

「いきなりの襲来とはな。追われし者の宿命(さだめ)…選択しろ緑谷!」

「もちろん! 受けてたつ!!」

 

 常闇君の問いにそう答え、僕は『フルカウル』を発動して、迎撃態勢を整える。だけど-

 

「けっ…!」

 

 骨抜君が不敵な笑みを浮かべると同時に、僕達の周りの地面だけが柔らかくなり、まるで底無し沼のように沈みだした。

 

「これは、骨抜君の“個性”『柔化』! 有効範囲が予想より広い!」

 

 B組の皆の“個性”はまだまだ調査途中で、大まかな内容しかわからないのが災いした!

 

「貰ったぁっ!」

 

 動きを封じて勝利を確信したような鉄哲君の叫び。でも、それは甘い考えだよ!

 

「耳郎さん! プラグを地面に挿して、衝撃波を!」

「OK!」

 

 耳郎さんのプラグが地面に挿さると同時に衝撃波が送り込まれ、柔らかくなって僕達に纏わりついていた地面が一気に離れていく。超音波洗浄の原理を応用して、まずは拘束から脱出!

 

「麗日さん、お願い! それから皆、出来るだけ僕にくっついて!」

 

 あとは、麗日さんの『無重力(ゼログラビティ)』で、僕と常闇君、耳郎さんを軽くして-

 

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 両腕を使って地面に衝撃波を放ち、その反動で一気に上昇!

 

「飛んだ!? そんなのありかよ! 塩崎!」

「お任せを」

 

 空中の僕達を狙って、塩崎さんが蔦の髪の毛を放つけど、それらは全て常闇君の『黒影(ダークシャドウ)』で弾き返す!

 

「いいぞ黒影(ダークシャドウ)。常に警戒を怠るな」

「アイヨ!!」

「常闇君、このまま防御は任せるよ! 攻撃は僕達担当だ!」

 

 間髪入れず、フィンガースナップを高速で繰り返して、衝撃波の弾幕を鉄哲君達へ放つ。

 もっとも、これで倒そうなんて思っていない。あくまでも足止めと()()()()()事が目的だよ。

 

「舐めるなよ、緑谷っ!」

 

 流石は鉄哲くん。『スティール』の“個性”を発動して、防御を固めてしまえば、このくらいの攻撃じゃダメージは与えられないね。でも―

 

「ハチマキ、いただき!」

 

 精密操作が出来る耳郎さんの『イヤホンジャック』で、ハチマキを奪う位の隙は十分作れる!

 

「しまったぁぁぁぁぁっ!!」

「着地と同時に一時後退! 油断せずにいこう!」

 

 さぁ、タイムリミットまで暴れさせてもらうよ!

 

 

雷鳥side

 

『さ~~~スタート間もないが、早くも混戦混戦大混戦!!』

『各所でハチマキ奪い合い!! 333万3333P(トップ)を狙わず、4位以下狙いってのも悪くねぇ!!』

 

 プレゼント・マイク先生も煽るねぇ…それじゃ、俺達3人を狙えと言ってるようなもんだよ。

 

「アハハハ! 奪い合い…? 違うぜこれは…一方的な略奪よぉ!!」 

 

 ほら、言ってるそばから…って…

 

「障子と口田!? 2人だけか?」

 

 いや、これ騎馬戦だろ。騎手はどうし-  

 

「ッ!」

 

 背中を走る悪寒。咄嗟に電磁バリアを前面に展開すると、何かがバリアに接触した。

 

「こいつは…峰田の『もぎもぎ』! どこから投げてきた!?」

「ここからだよ…吸阪ぁ…」

 

 峰田、障子と口田が作った騎馬に跨っていたのか。ただでさえ小さくて目立たない上に、障子が『複製腕』で隠していれば気づかないわけだ。

 

「まずはオイラの『モギモギ』で動きを封じる! その後障子と口田のパワーで捻じ伏せれば、ハチマキはいただきだぜ!」

 

 高笑いの峰田を載せて、こちらへ突進してくる障子と口田。身長が180cm後半の2人が組んだ事で、まるで戦車のような威圧感だな。

 

「仕方ない。迎え撃つぞ! 砂糖、少しキツイ役回りだが、移動全般任せた!」

「おう! 任せろ!」

「迎撃と攻撃は俺が! 梅雨ちゃんは周辺の警戒と、もしもの時のフォローを頼む!」

「ケロッ、わかったわ」

「発目は、アイテムで俺達のサポートよろしく! バッテリーがやばい時は言ってくれ、即充電する!」

「お任せください! 私のベイビーちゃん達の力をお見せしましょう!」

 

 迎撃態勢は万全! さぁ、かかってこい!

 

「必殺! もぎもぎクレイモア!!」

 

 真っ先に動いたのは峰田だ。頭の『もぎもぎ』を次々に外しては、こちらへ投げつけてくる。地面に落ちたアレを踏んだら厄介だ。だから-

 

「全部撃ち落とす! ダブルサンダー! ブレーク!」 

 

 両腕から電撃を薙ぎ払うように放ち、『もぎもぎ』を全て撃ち落とす。よし、焼いてしまえば、あれの粘着力も失われるだろう。

 

「畜生、吸阪の奴…こうなったら、接近戦だ! 障子、フルアタックモードにチェンジ!!」

「…勝手に名づけるな」

 

 そんなやり取りを交わしながらも、障子は峰田を隠す形で使っていた『複製腕』を展開。6本腕となってこちらへ突進。

 

「…いくぞ!」

 

 6本の腕を総動員して、パンチのラッシュを仕掛けてきた。

 

「砂糖! 手ぇ貸せ!」

「おう!」

「ライトニングプラズマァ!」

 

 こちらも砂糖と一緒にパンチのラッシュを繰り出して対抗するが…。

 

「拙い、押されてる…」

 

 障子の奴。合同特訓で鍛えたおかげか、出久に指摘されていた本来の腕と複製腕のタイムラグが、完全にではないとはいえ、かなり解消されていた。

 正直な話。俺と砂糖じゃ、文字通り手が足りない! その時-

 

「ケロッ!」

「きゃぁっ!」

 

 梅雨ちゃんが伸ばした舌で何かを弾いた。今の声は…。

 

「葉隠ちゃん。惜しかったわね」

「むー、ばれたかぁ!」

 

 葉隠も一緒にいたのか。まさに思わぬ伏兵。気が付いた梅雨ちゃんに感謝だな。

 

「吸阪ちゃん。一旦退いて態勢を整えた方が良いかもしれないわね」

「了解!」

 

 梅雨ちゃんの進言に答えると同時に、電磁バリアを展開して、ラッシュを防御。その間に態勢を立て直そうとするが-

 

「…そうはさせん!」

 

 それよりも早く、障子は自身の両腕に複製腕を組み合わせ、巨大な2本の腕を形成すると-

 

「…海魔の双槌(クラーケンハンマー)

 

 強烈な諸手突きを放ってきた。拙い、これは…()()()()()()()()! 

 

「ちぃっ!」

 

 電磁バリアの出力を最大に上げた次の瞬間、障子の諸手突きがバリアに接触。ホンの数秒でバリアは突破され、諸手突きが一直線に俺へ迫る。だが―

 

「……吸阪のバリアで威力が弱まったから、なんとか…止められたぜ」

 

 ギリギリのところで、砂糖が障子の両拳を受け止めていた。その両腕はいつもよりも巨大化しているが、他の部分が増強されていない為、アンバランスな印象だ。

 

「緑谷のアイデアで、体の一部分だけを増強出来るように特訓してたんだよ。今の俺の腕力は、()()()()()()()!」

「助かったぜ、砂糖!」

 

 当たればKO間違い無しな攻撃。今回は何とか凌げたが、こんな方法は何度も使えない。何より、砂糖の負担が大きすぎる。

 

「発目!」

「お任せを!」

 

 とにかく今は退避が先決だ。発目の用意していたバックパックを使って、安全圏まで一気に後退。態勢を整える。 

 

「ふぅ、さあ…仕切り直しといこうか!」

 

 

轟side

 

 競技開始と同時に俺がやったのは、フィールドの一角に氷壁を張り巡らせての…そう、()()()()だ。

 

「これでいい…前にだけ集中できる」

『おーっと! 1-A轟、スタジアムの一角に氷の陣地を作った! 左右と後方の守りは分厚い氷で行い、自分達は前方の敵を迎撃する事に専念するつもりだぁ!』

『自分の“個性”を上手く使った、合理的な戦術だな』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声が響く中、B組の騎馬が2騎、陣地に突撃してきた。

 

「来るぞ、迎撃!」

「任せてよ♪」

「了かーいっ!」

 

 どうやら2騎は俺達を共通の敵として、共同戦線をはったようだな。かなりのスピードで接近しながら、飛び道具での攻撃を仕掛けてきた。

 一方は両腕から鱗をマシンガンのように飛ばし、もう一方は頭の角を切り離して飛ばしてくる…か。

 どちらも強力な“個性”だ。側面や後方から攻撃されていたら、厄介な事になっていただろうな。だが、真正面からしか攻撃が来ないなら、どうとでも対応できる。

 

「迎撃させてもらうよ♪」

 

 青山のレーザーが、ブーメランのような軌道を描きながらこちらに迫る4本の角を次々と撃墜し―

 

「アシッドベール!」

 

 芦戸が粘度を高めた溶解液で壁を作り、着弾した鱗を全て溶かしていく。

 

「八百万!」

「お任せを!」

 

 更に、八百万が創造した発射機(ランチャー)からネットを連続で発射。2騎をネットで搦め捕っていく。

 

「し、しまった!」

The thing using the net is unfair!(網を使うなんて卑怯です!)

「悪いな。これも勝負だ」

 

 B組の抗議を聞き流し、首から下を氷漬けにして動きを封じれば、この2騎は戦闘不能だ。

 

『網で動きを封じた上に、駄目押しで氷漬け! 轟チーム、えげつなーい!』

『実に合理的な手段だ』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)で評価が分かれているが…まぁ、いいか。

 

 

爆豪side

 

「単純なんだよ、A組」

 

 背後から聞こえた声に振り向こうとした瞬間、頭に巻いていたハチマキが奪われていた。

 

「んだてめェコラ! 返せ、殺すぞ!!」

 

 ハチマキを奪った犯人は、B組の腹黒野郎か! 俺に喧嘩売るとは、良い度胸してやがる!

 

「ミッドナイトが『第1種目』と言った時点で、予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいと思わない?」

「あぁ!?」

「だから、おおよその目安を…大体40位以内と仮定してさ、その順位以下にならないよう予選を走ってさ」

「後方からライバルになる者達の“個性”や性格を観察させてもらった。その場限りの優位に執着したって仕方ないだろう?」

(クラス)ぐるみか…みみっちい真似しやがって!」

「まあ、全員の総意って訳じゃないけど、良い案だろ? ()()()()()()()()()()()に仮初の頂点狙うよりさ。最終的にトップになればそれで良いわけ」

「てめぇ……」

「あ、そうだ。君に聞きたい事があったんだ。『ヘドロ事件』の被害者として、(ヴィラン)に襲われる気持ちってやつをさ」

「あんま煽んなよ、物間! 同じ土俵だぞ、それ」

 

 B組の女が腹黒野郎を窘めているようだが…。

 

「ああ、そうだね。ヒーローらしくないし…よく聞くもんね。恨みを買ってしまったヒーローが(ヴィラン)に仕返しされるって話」

 

 そんなことはもう関係ねぇ…。

 

「爆豪君、落ち着け!」

「爆豪落ち着けって! 冷静になんねえと(ポイント)取り返せねぇぞ!」

「おぉぉぉぉ…っし、進め。俺は今…すこぶる冷静だ…」

「頼むぞ、マジで」

 

 まずは腹黒野郎、その次にデクと半分野郎、それから没個性野郎だ…全員完膚なきまでに叩き潰してやる!!

 

 

雷鳥side

 

 あー、物間だったか…爆豪(ばか)の性格を利用して、冷静さを奪う手並みは見事なもんだったし、最終的なトップの座を掴む為に、第一種目をわざと下位で通過するっていう作戦も悪くはない。

 実際、物間の作戦は9割がた上手くいっていた。自身の“個性”である『コピー』で、爆豪(ばか)と切島の“個性”をコピーして要所要所で上手く利用する等、器用に立ち回り、残り時間30秒まで、爆豪(ばか)を追い詰めていた。

 

「だけど、お前の誤算は…爆豪(ばか)だけに気を取られてしまった事だ」

 

 そう、物間の誤算は爆豪(ばか)とチームを組んでいた切島、瀬呂、飯田の事を過小評価していた事。 

 

「獲れよ、爆豪君! トルクオーバー! レシプロバースト!」

 

 レシプロバースト。おそらく、飯田の『エンジン』の出力を無理矢理上昇させて、一時的に超加速する…一種の裏技だな。

 使用後にスピードがガタ落ちしているところから見ても、反動が強烈で好んで使いたい類のモノではないだろうが…この状況では最善の一手だ。

 そして、切島と瀬呂が飯田を庇いながら最後まで動き続けた事で-

 

『TIMEUP!!』

 

 爆豪(ばか)は、少なくとも物間(おまえ)を上回った。さて、結果はどうなったかな?

 

『早速、最終種目に進出したチームを見ていきたいところだが! ここで1つルールの変更がある!』

 

 …は? このタイミングでルールの変更だと!?

 

『あー、突然の事で混乱する気持ちはよーくわかるぜ! だから、ルール変更について、この方に説明していただく! 根津校長! クァモンザ! スッティィィジッ!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声と共にモニターに映る根津校長。

 

『やぁ、ネズミなのか犬なのか熊なのか、かくしてその正体は…校長さ!』

『君達の活躍、こちらで3年生の活躍と並行して見せてもらったよ。特にA組の活躍は素晴らしいね! 正直、こちらの予想を上回るほどだ。教師として実に誇らしいよ!』

『でも、プロヒーローへ生徒達をお披露目し、スカウトを募る。という目的から見た場合、A組だけが目立ち過ぎるのはあまり、よろしくないのさ!』

『よって、B組への救済措置として、最終種目に進出するチームを上位4チームから上位6チームに増やす事をここに宣言するよ!』

 

 なん、だと…。

 

『雄英高校は自由な校風が売り! そしてそれは我々教師側もまた然り。A組の皆はこのルール変更を理不尽だと思うだろう。でも、そういう理不尽(ピンチ)を覆していくのがヒーロー!』

『“Plus Ultra(更に向こうへ)”さ。成績上位を独占するというのなら、この程度の理不尽は乗り越えてみたまえ!』

 

 言いたい事だけを言って、モニターから校長は消えてしまった。

 

『では! 改めて、最終種目に進出した成績上位6チームを発表しよう!』

『第1位! 緑谷チーム!!』

『第2位! 轟チーム!!』

『第3位! 吸阪チーム!!』

 

 ここまではある意味予定通り、残り3チームはどれが入る?

 

『第4位! 鉄て…アレェ!? オイ!! 心操チーム!?』

 

 なんと、心操(あいつ)が4位とは、予想外だな。

 

『第5位! 爆豪チーム!!』

『そして第6位! 拳藤チームだ!!』

『以上6チームが最終種目へ…進出だぁぁぁっ!!』

 

 これから昼休憩を挟んで、最終種目か…。

 

 まったく、校長先生もやってくれるじゃないか。

 ここまで煽られたんだ。何がなんでも成績上位独占してやるよ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

最終種目に出場するのは、以下の通りです。

1-A

青山優雅
芦戸三奈
蛙吹梅雨
飯田天哉
麗日お茶子
尾白猿夫
切島鋭児郎 
砂藤力道 
耳郎響香
吸阪雷鳥
瀬呂範太
常闇踏陰
轟焦凍 
爆豪勝己
緑谷出久 
八百万百


1-B

拳藤一佳
小大唯
庄田二連撃
取蔭切奈
吹出漫我
柳レイ子


1-C

心操人使


1-H

発目明


合計24名。


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第25.5話:雄英体育祭! 昼休み&組み合わせ抽選!!

お待たせしました。
短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、掲載に伴い、キャラクター設定集の改訂を行っております。


雷鳥side

 

さて、無事に午前の部を終えて昼休みに突入した俺達だったが…。

 

「大混雑だな」

 

 早々に敗退した普通科やサポート科の連中が、午前の部終了と共に詰めかけたせいで、大食堂は大混雑。

 幸い席は確保出来たが、メニューを注文するには長い行列を並ばなくてはいけない状態だ。

 厨房のスタッフが如何に歴戦の(つわもの)揃いでも、15分やそこら待ったくらいじゃ昼食にはありつけそうもない。

 

「午後の部開始まで1時間。どうする? 外の屋台で何か買ってくるか?」

「大丈夫だ。()()()()()()()()()()準備してきた物がある」

 

 切島の言葉にそう答えた俺は、厨房のスタッフに声をかけ、朝預けておいた小型のクーラーボックスを受け取ってきた。

 

「吸阪。それって、もしかして…」

「あぁ、ガラにもなく緊張していたみたいで、いつもより早く目が覚めたんでな。暇潰しも兼ねて、作ってきた」

 

 俺の答えにクラスメート達から歓声が上がる。まぁ、大した物じゃないんだが、喜んでくれるんなら作った甲斐があるってもんだ。

 

「吸阪さん、これは海苔で巻いた…おにぎりですか?」 

 

 ラップで包まれた四角くて黒い物を手に、首を傾げる八百万。あぁ、八百万みたいなお嬢様はこういった物とは無縁だろうから、知らなくて当然か。

 

「それはな、『おにぎらず』だ。握らずに作るおにぎりで…まぁ、ご飯版のサンドイッチみたいな物だと考えてくれ」

「おにぎらず、そのような料理があるのですね。不勉強の為、今の今まで存じ上げませんでしたわ…では、いただきます」

 

 俺の説明に頷きながら、おにぎらずを食べ始める八百万。さて、口に合えばいいんだが…。

 

「こ、これは…美味しいですわ! 吸阪さん! 中に挟まれているのは…豚肉の味噌漬けですね!」

「そう、豚ロースを味噌や酒、はちみつなんかを混ぜて作った特製の漬け地に漬け込んでから焼いた物だ。一緒に挟んでいるのは、塩茹でにして薄くスライスした人参とアスパラ」

「こっちは挽肉と卵のそぼろが入ってるぞ! 甘辛い味つけがご飯にぴったりだ!」

「俺のは…厚切りベーコンと卵焼きか! 厚切りベーコンの食べ応えが実に良い!」

「これは…ほぐしたアジの干物と長ネギをゴマ油で炒めた物か…更に大葉を敷く事で、アジの臭みを見事に消している…正に佳良な一品」

 

 どうやら気に入ってくれたようだ。よかった。だが…。

 

「尾白、どうした? そんな難しい顔して…」

 

 尾白の様子がどうも引っかかるな…あ、まさか!

 

「もしかして、おにぎらずの具が食べられない物だったか?」

「あ、いや、そうじゃないよ。エビフライは大好きさ。ただ…」

「ただ?」

「ちょっと迷っている事があってね。その答えを何とか出さなくちゃいけなくて…」

 

 ふむ、おにぎらずの方は問題なかったか。だが、()()()()()()ね。

 

「尾白、お前が何に迷っているのかは…皆目見当がつかん。だが、そういう時は自分の心のままに行動するのが一番じゃないか? 少なくとも、俺はそう思う」 

「心のままに…か。そうだな、自分の心に従ってみるよ。ありがとう、吸阪」

 

 どうやら吹っ切れたみたいだな。うん、よかった。

 

 

 そして、昼休みも無事に終わり、午後の部が始まったのだが…。

 

『どーしたA組!?』

『なーにやってんだ…?』

 

 何故かチアリーダーの格好をしたA組の女子達は、全員ガックリと肩を落としていた。

 

「峰田さん!! 騙しましたわね!?」

 

 ……OK、八百万の叫びと峰田の顔で大体わかった。大方、八百万を口八丁で騙して、あんな格好をさせたって所だろう。

 安心しろ女性陣。馬鹿にはすぐに報いを受けさせる。 

 

「みーねーたーくーん♪」

 

 先程(第1種目終了直後)と同じ、俺からの猫撫で声に危険を察知した峰田は、すぐに俺から距離を取るが…。

 

「みーねーたーくーん♪」

 

 残念。怒っているのは()()()()()()()ぞ。

 

「み、緑谷ぁっ!!」

 

 出久の右手で顔面を掴まれ、アイアンクローで締め上げられる峰田。おぉ、ここからでもミシミシ言っているのが聞こえるぞ。

 

「峰田君、クラスメートを騙して恥ずかしい思いをさせるのは、良くない事だよ? 少し……()()()()()か?」

「ご、ご、ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!!」

 

 ………さらばだ、峰田。お前の事は忘れないよ。3日くらい。

 

 

『ちょっとしたトラブルがあったみたいだけど、さァさァ皆楽しく競えよレクリエーション!』

『それが終われば最終種目! 進出した6チーム、総勢24名からなるトーナメント形式!! 一対一のガチバトルだ!!』

 

 プレゼント・マイク先生の実況が響き、ミッドナイト先生がクジ引きの箱を持って姿を現した。

 これから組み合わせが決定するのだが…。

 

「あの…! すみません。俺、辞退します」

 

 尾白がいきなり爆弾を投げ込んできた。

 

「尾白君! 何で…!?」

「せっかくプロに見てもらえる場なのに!!」

 

 A組の皆が口々に翻意を促すが、尾白は『全ては自分のプライドの話』と決して自分の意思を曲げようとはせず、それを見たB組の庄田と吹出も棄権を申し出てきた。

 最終的な判断は主審のミッドナイト先生に一任されるわけだが…。

 

「そういう青臭い話はさァ………好み!!」

「尾白、庄田、吹出の棄権を認めます!!」

 

 …好みで決めたか。

 尾白達3人が棄権した穴埋めは、騎馬戦で敗退したチームの中から上位6チームに次ぐ成績を残していた鉄哲チームが選ばれ、その中から鉄哲、骨抜、塩崎が出場する事になった。

 そしてクジ引きが行われ…組み合わせが決定した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 第1試合から俺の出番。相手は…心操(あいつ)か。

 あいつにも譲れない物があるように、俺にも譲れない物がある。悪いが、天辺まで駆け上がらせてもらう!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ちなみに、今回雷鳥が用意したおにぎらずは-

・豚肉の味噌漬けと塩茹でした人参&アスパラガス
・挽肉と卵のそぼろ
・厚切りベーコンと卵焼き
・ほぐしたアジの干物とゴマ油で炒めた長ネギと大葉
・エビフライと茹でキャベツの千切りと手作りタルタルソース

以上5種類となります。


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第26話:雄英体育祭! 最終種目!!ー1回戦その1ー

お待たせしました。
第26話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

 組み合わせ抽選とレクリエーションを終えた僕達は、控え室に近い観客席の一角に陣取り、最終種目の準備を固唾を飲んで見守っていた。

 

「オッケー、もうほぼ完成」

『サンキュー! セメントス!!』

『ヘイガイズ! アァユゥレディ!? 色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコ勝負!!』

『頼れるのは己のみ! ヒーローでなくてもそんな場面ばっかりだ! わかるよな!!』

『心・技・体に知恵知識!! 総動員して駆け上がれ!!』

 

 セメントス先生の“個性”で闘技場が整備され、実況(プレゼント・マイク先生)の実況が響き渡る事で、観客席のボルテージはどんどん高まっていく。

 

「緑谷…吸阪、大丈夫だよな?」

 

 そんな中、尾白君が硬い表情で僕に話しかけてきた。

 組み合わせ抽選を終えた直後、レクリエーションの準備が行われる10分程度の間に、尾白君は僕達に心操君(かれ)の“個性”を説明し…。

 

 -折角吸阪や緑谷、轟に鍛えて貰ったのに…自分からチャンスを手放すような真似をしてしまって……本当に済まない!!-

 

 と、土下座までして僕達に謝ってきた。

 勿論、僕も轟君も、当然雷鳥兄ちゃんも気にしていないと、笑って尾白君を許した訳だけど…尾白君の中ではまだ蟠りが残っているんだろう。

 

「大丈夫。尾白君に教えてもらったおかげで、心操君の“個性”への対抗策は思いついた。きっと雷鳥兄ちゃんも実行している筈だよ」

「そうか…」 

 

『1回戦第1試合!』

『第1種目第2種目共に優秀な成績で勝ち上がってきたその実力は本物だ! ヒーロー科、吸阪雷鳥!!』

(バーサス)! ごめんまだ目立つ活躍なし! 普通科、心操人使!!』

 

 そうしている間に、第1試合が始まった。雷鳥兄ちゃん、勝利を信じているよ。

 

 

心操side

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか、行動不能にする。あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ!』

『怪我上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから! 道徳倫理は一旦捨ておけ!』

『だがまぁもちろん、命に関わるよーなのはクソだぜ! アウト! ヒーローは(ヴィラン)()()()()()に拳を振るうのだ!』

 

 実況(プレゼント・マイク)の声が響く中、俺は必死に心を落ち着かせる。逸るな…最初が肝心なんだ。それさえ上手くいけば…俺は勝てる。

 

「『まいった』か。わかるかい、吸阪雷鳥。これは心の強さを問われる戦い。強く想う『将来(ビジョン)』があるなら…形振り構ってちゃダメなんだ…」

『そんじゃ早速始めよか!』

()()()はプライドがどうとか言ってたけど」

『レディィィィィイッ! スタート!!』

「チャンスをドブに捨てるなんて、バカだと思わないか?」

「てめぇ…今の発言、取り消せよ!」

 

 俺の煽りを受けて、爆発した吸阪が駆け出した次の瞬間、その動きを止める。

 

「俺の…勝ちだ」

『おーっと! 開始早々吸阪完全停止!? これが心操の“個性”なのか!?』

『全っっっっっ然目立ってなかったけど…彼、ひょっとしてやべぇ奴なのか!!』

 

 突然の事に実況(プレゼント・マイク)も観客席も大混乱している中、俺はピクリとも動かない吸阪に近づきながら、静かに口を開く。

 

「お前は…恵まれてて良いよなァ、吸阪雷鳥」

「振り向いてそのまま、場外まで歩いていけ」

 

 俺の命令を受け、何の躊躇いもなく場外へ歩いていく吸阪。そうだ、あと10歩で俺の勝ちが決まる。

 

『ああー! 吸阪! ジュージュン!!』

 

 あと5歩。

 

「わかんないだろうけど…」

 

 あと4歩。

 

「こんな“個性”でも夢見ちゃうんだよ」

 

 あと3歩。

 

「さァ、負けてくれ」

「そう言われて、俺が素直に『わかりました』なんて言うと思ったか?」

「なにっ!?」

 

 勝利を確信し、視線を逸らした瞬間、耳に飛び込んできた声。思わず視線を送るとそこには―

 

「残念。お前の“個性”は把握済みだ」

 

 これ以上無い程に邪悪な笑みを浮かべながら、こちらへ歩いてくる吸阪の姿があった。

 

 

雷鳥side

 

「そう言われて、俺が素直に『わかりました』なんて言うと思ったか?」

 

 答えると共にニヤリと笑みを浮かべてみれば、信じられないという顔をした心操の顔。

 

「残念。お前の“個性”は把握済みだ」

 

 闘技場の真ん中まで歩みを進め、戦いを振り出しに戻す。

 

『おーっと! 吸阪、土壇場で踏みとどまったぁ! 闘技場の真ん中に戻り、戦いを振り出しに戻したぞ!』

『いや、アイツ…()()()操られたフリをしていたな』

 

 流石は相澤先生。見破ったか。

 

「なんで…なんで、俺の“個性”が通じない!? なんとか…なんとか言えよ!」

 

 一方、心操は混乱の真っ最中か。仕方ない、種明かしだ。

 

「こういう事だよ」

 

 そう言って、口を開いて中を見せてやる。これでわかっただろう?

 

「まさか…自分で口の中噛み切って、その痛みで…」

Exactly(そのとおり)。これでお前の“個性”は無力化出来る。さぁ、質問だ。これからどうする?」 

「どうするって…」

「お前、言ったよな。『こんな“個性”でも夢見ちゃうんだよ』って…まさか、この程度で諦めるなんて言うなよ」

「………」

「“個性”が通じないから戦線離脱します、なんて真似。ヒーローが出来る訳ないよなぁ…来いよ、“個性”抜きで勝負しようぜ。もちろん俺も“個性”は使わねぇ」

「ミッドナイト先生! セメントス先生! もしも俺が一瞬でも“個性”を使ったら、遠慮なく反則負けにしてください!」

「なっ!?」

「さぁ、来いよ! 心操人使! お前の意地、見せてみろ!」

「………うぁぁぁぁぁっ!」

 

 声を上げ、腕を振り上げて俺に向かって来る心操。そうだよ、お前の熱さを見せてみろ!

 

「お前の“個性”が羨ましいよ!」

「俺はこんな“個性”のおかげでスタートから遅れちまったよ。恵まれた人間にはわかんないだろ?」

「誂え向きの“個性”に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!」

「だから、お前達には…負けるかよ!」

 

 生の感情を剥き出しにして、俺に殴りかかってくる心操。正直、腕の振りだけに頼っていて、フォームも滅茶苦茶。だが、気持ちの籠ったパンチだ。

 だから、ちょっとだけ()()()

 

「腕の振りだけに頼るな! 腰の回転を使ってみろ!」

 

 心操のパンチを受け流し、半ば押すように掌底を打ち込んで距離を取る。こうやって、心操にアドバイスする事数回。

 

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 今までで一番良い右ストレート(パンチ)が来た。狙いは俺の顎。“個性”を発動していない状態でこいつを食らうのは、少々拙いな。だから、額で受ける!

 

「ぐぁぁっ…」

 

 ガツンという音が響き、右拳を抑えながら、苦悶の声を上げる心操。

 

「ボクシングの技術で、相手のパンチを額で受けるっていう変則的な防御法があるんだよ。効果はこの通り」

 

 相手のパンチ力次第では拳を砕く事も出来るが…心操のパンチ力じゃそこまではいかないな。精々、拳…中手骨に皹が入ったって所だろう。

 

「ま、まだだ…」

 

 そして、このくらいのダメージなら、心操(こいつ)は立ち上がってくる。だから-

 

「うぁぁぁぁぁっ!」

「しょぉらっ!」

 

 俺に掴みかかろうとした心操へ、ローリングソバットを叩き込んで場外へ吹っ飛ばす!

 

「心操君、場外!! 吸阪君、2回戦進出!!」

『2回戦進出!! 吸阪雷鳥ー!!』

『相手にアドバイスを送る余裕を見せながらの完全勝利! 負けた心操もよく頑張った! さぁ、エブリバディ! 両者にクラップユアハンズ!!』

 

 観客席から拍手を浴びながら、俺達は互いに礼をして、それぞれの入場口へ歩き出す。その途中俺は振り返り-

 

「心操!」

 

 背中を向けたままの心操へ声をかけた。

 

「………なんだ」

「強くなりたいなら、いつでも声かけろ。修行に付き合ってやる」

「……結果によっちゃ、ヒーロー科編入も検討してもらえる。覚えとけよ?」

「今回は駄目だったとしても…絶対諦めない。ヒーロー科入って、資格取得して、利用出来るものは全部利用して…今よりずっと強くなって…絶対お前らより立派にヒーローやってやる」

「あぁ、頑張れよ。お前だったら、交渉人(ネゴシエーター)なヒーローとか似合いそうだし」

交渉人(ネゴシエーター)なヒーロー…考えとくよ」

 

 俺の声にそう答えて再び歩き出す心操。すると-

 

「かっこよかったぜ! 心操!」

「感情剥き出しで向かっていく姿。正直ビビったよ!」

「俺ら普通科の星だよ!」

 

 観客席から普通科の連中が次々に声をかけ、同時に観客席のヒーロー達からも心操の“個性”の有用性を評価する声が上がり始めた。

 

「頑張れよ。心操人使…」

 

 こうして1回戦第1試合は、俺の勝利で幕を閉じた。

 

 

 1回戦第2試合は青山と梅雨ちゃんの対決だ。

 高火力の青山が勝つか。バランスに優れた梅雨ちゃんが勝つか。A組でも予想は分かれたが…。

 

「ケロッ!」

 

 合同特訓で連続発射時間を倍以上に伸ばす事に成功した青山のレーザーを、梅雨ちゃんは避けて避けて避けまくり-

 

「いくわよ、青山ちゃん!」

 

 レーザーの途切れる僅かな隙を突いて、ジャンプ。青山の頭上を取ると―

 

「ケロッ!」

 

 空中回転の勢いを加えた舌の一撃から左右の踵落としに繋げるコンビネーションを青山に叩き込み、勝利を掴んだ。

 

「青山君、戦闘不能!! 蛙吹さん、2回戦進出!!」

 

 第2試合も無事に終了し…続く第3試合は麗日と爆豪の対決か…。

 

「さて、どちらが勝つのか…見物だな」 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第27話:雄英体育祭! 最終種目!!ー1回戦その2ー

お待たせしました。
第27話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

『1回戦第3試合!』

『中学からちょっとした有名人! 堅気の顔じゃねえ! ヒーロー科、爆豪勝己!!』

(バーサス)! 俺こっち応援したい! ヒーロー科、麗日お茶子!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声が響く中、闘技場に上がる爆豪(ばか)と麗日だが…プレゼント・マイク先生、私情挟み過ぎでしょう。

 

「なんとか間に合ったわね」

 

 そんな事を考えていると、梅雨ちゃんが観客席へ戻ってきた。試合を終えてすぐだ。控室のモニターで観戦する事も出来た筈だが…。

 

「皆と一緒に観戦したかったのよ。何より…緑谷ちゃんや吸阪ちゃんの解説がついてくるのがありがたいわ」

「…そりゃどうも」

「ちなみに吸阪ちゃん、麗日ちゃんの勝つ確率は?」

「…そうだな。2週間前だったら、希望的観測込みで2%ってところだけど…今なら」

「今なら?」

「…99%、麗日が勝つ」

 

 

お茶子side

 

「お前、浮かす奴だな。丸顔。退くなら今退けよ。『痛ぇ』じゃすまねぇぞ」

 

 闘技場に上がると同時に、爆豪君が殺気を漂わせながら私を睨み、そんな事を言ってきた。

 うん、()()()()()私だったら内心恐怖を感じていたかもしれない。でも…今は()()()()()()

 

「爆豪君、私だってヒーロー科。退くなんて選択肢、最初からないよ」

「チッ…後悔しても知らねぇぞ」

 

 忌々し気に舌打ちして、開始位置まで下がる爆豪君。その後ろ姿からは、余裕が全然感じられない。いや、私が落ち着き過ぎなのかな?

 

『レディィィィィイッ!』

 

 いけないいけない、試合に集中しないと!

 

『スタート!!』

 

 試合開始の合図と共に私は、爆豪君へ一直線に突っ込んだ。

 

「真正面からかよ…糞が!」

 

 爆豪君はそんな私に悪態をつきながら右腕を振るい、爆破を放つ。だけど-

 

「なっ!?」

 

 私は爆破が放たれる直前、地面を蹴って真横に平行移動。爆破の影響が及ばない地点に避難していた。

 

「ちぃっ!」

 

 それに苛立った爆豪君は、両手を使って矢継ぎ早に爆破を放つけど、私はその全てを回避していく。

 

『おぉーっと! 麗日、まるでドローンのような縦横無尽の動きで、爆豪の攻撃を避けて避けて避けまくる! だけど、あんな無茶な動きをしていて、体は大丈夫なのかぁ?』

『おそらく、回避の瞬間にだけ“個性”を発動して、自分自身の重さを0にしているんだろう。自分へ“個性”を使う事は負担が大きい筈だが、ホンの一瞬だけなら無視出来る…合理的な判断だな』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声が響く間も、爆豪君の攻撃を避け続ける私。そして-

 

「糞がぁ!!」

 

 とうとう苛立ちが頂点に達した爆豪君は、両手を合わせて今までで最大級の爆破を放ってきた。

 今までの3倍、いや5倍近い爆発が私のいる闘技場の一角を襲い、大量の粉塵と煙が周囲を白く染め上げた。

 

 

爆豪side

 

「はぁっ、はぁっ…手古摺らせやがって」

 

 “没個性”の丸顔にここまで手古摺らされた事に苛立ちながらも、俺は警戒を解かずに煙と粉塵で悪くなった視界の先を睨みつける。

 今ので倒せているならそれで良し。だが、万が一仕留め損なっていたなら…丸顔はこの視界の悪さを利用してくる筈だ。 

 

「来い…返り討ちにしてやる」

 

 次の瞬間、煙を突き破るように何かが飛び出してきた。

 

「舐めんなぁ!」

 

 すぐに爆破で迎撃するが、手応えがない! これは…体操服の上着か!

 

『上着を浮かせて地面を這わせたのか! ナイスアイデアだ!』

 

 実況(プレゼント・マイク)煩せぇぞ! と怒る間もなく、背後に気配を感じた俺は爆破の反動を使ってのバックハンドブローを気配の主(丸顔)に叩き込む!

 

「残念だったな。てめぇの動きなんて」

 

 『読めてるんだよ!』その言葉は最後まで紡ぐ事が出来なかった。何故なら、地面に倒れている筈の丸顔の姿はどこにもなく、かわりに片方だけのスニーカーが落ちていたから。

 まさか、俺が背後からの攻撃に反応する事を予測していた? だから、上着とスニーカーで二重の罠を!?

 

「ッ!」 

 

 疑問の答えを出す間もなく、背筋を走る悪寒。慌てて振り返ろうとした次の瞬間―

 

「でぇぇぇいっ!」

 

 背後から放たれた丸顔の蹴りが俺の()()()()()

 

「………」

 

 物凄い激痛が爪先から頭の天辺まで電気のように走り…俺はその場に崩れ落ちた。

 

 

お茶子side

 

『う、うわぁ…麗日の金的が完璧に炸裂…爆豪、その場に崩れ落ちた…あぁ、見てるこっちも痛くなりそう』

『だが、相手の弱点を突くのは、実に合理的な手段だ』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声が響く中、主審のミッドナイト先生が爆豪君に駆け寄り、状態を確認するのを私は黙って見つめながら、合同特訓で吸阪君に言われていた事を思い出していた。

 

 -麗日、金的は大概の奴を戦闘不能に出来るけど、何事にも例外は存在するって事は覚えておけよ-

 

 爆豪君がその例外に当てはまるかは解らない。でも、私の中の何かが警戒を解く事を許してはくれない以上、最悪を想定しておくべきなんだと思う。

 

「爆豪君、戦と」

「待ち、やがれぇっ!」

 

 そして、その最悪の想定は的中した。ミッドナイト先生の声を遮り、爆豪君が立ち上がったのだ。

 

「俺は…まだやれる! やらせろぉ!」

「………少しでも無理だと判断したら、そこで止めるわよ。良いわね?」

「…あぁ」

「…試合続行!」

『主審のミッドナイトが試合続行を判断! 爆豪凄いガッツだぁ!』

『いや、あれは…』

 

 解説(相澤先生)の声を最後まで聞く間もなく、向かって来る爆豪君。その顔は憤怒で彩られ、まさに(ヴィラン)そのものだ。

 

「殺してやる! 丸顔ぉっ!!」

 

 ヒーローが使うには甚だ相応しくない言葉を口にしながら、連続で爆破を繰り出す爆豪君。だけど、それはさっきまでと同じ流れ。私には掠りもしない。 

 

「糞がぁ! なんで、なんで当たらねぇ!」

「当然だよ! 2週間の合同特訓で、私達はもっと凄い物を見てきたから!」

 

 そう、あの特訓で私達は嫌になるほど見てきた。3人のコーチが放つ様々な攻撃を。

 

「轟君の攻撃は、もっと変幻自在だった!」

「吸阪君の攻撃は、もっと早かった!」

「そして…緑谷君の攻撃は、もっと怖かった!」

 

 それに比べたら、爆豪君の攻撃はそれほど早くもなく、単調で、何より恐怖を感じない。 

 

「ふざけるなよ……俺が…半分野郎や“没個性”野郎やデクより下…だと? そんな訳…そんな訳あるかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 絶叫しながら私に向かって来る爆豪君。私は、怒りのあまり冷静な判断が出来なくなっている彼の右腕を掴み、背負い投げ!

 

「ガハッ…!」

 

 コンクリートの地面に背中を叩きつけられ、悶絶する爆豪君。だけどこれで終わりじゃない!

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

 “個性”を発動して、爆豪君の重さを0にした上で、背負い投げを何度も繰り返す!

 投げられる度に何とか抵抗しようとする爆豪君だけど、何度も地面に叩きつけられる内にその抵抗はだんだん弱々しくなって―

 

「く、そがぁ…」

 

 背負い投げが15回を数えた時には、すっかり抵抗する力を無くしていた。

 

「麗日さん! チャンスだよ!」

「そろそろ『アレ』で決めちまえ!」

 

 そこへ観客席から飛んでくる緑谷君と吸阪君の声。そうだね。吸阪君から伝授されたあの技で勝負を決めるよ!

 私は、爆豪君の体を重量挙げのように頭上に持ち上げ、棒術の要領で何度も回転させていき―

 

「吸阪君直伝! 必殺! き! り! も! み! シュート!!」

 

 その回転が頂点に達した所で、その勢いのまま投げ飛ばした! 爆豪君は竹トンボのようにクルクルと回りながら場外へ向かって飛んでいき、そのまま落下していった。

 

 

雷鳥side 

 

「爆豪君、場外!! 麗日さん、2回戦進出!!」」

『2回戦進出!! 麗日お茶子ー!!』

『爆豪有利の下馬評もある事はあったが、終わってみれば麗日の完全勝利! 強くて可愛い麗日お茶子に、エビバディクラップユアハンズ!!』

『おい、私情入り過ぎだ』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声を聞きながら、俺と出久は闘技場の麗日にサムズアップを送っていた。

 

「あれぇ? おっかしいなぁ! 爆豪(かれ)って、2週間前僕達を端役(モブ)扱いしてなかったかなぁ?」

「そこまで豪語するならどれだけ強いのかと思ったら、第1種目も第2種目もイマイチパッとしないし、最終種目はこの体たらく! 正直言って口だけ野郎だよねぇ!!」

 

 すぐ近くでは物間が満面の笑みを浮かべながら、医務室へ運ばれていく爆豪を思いっきりディスっているし、それに影響された他のクラスの奴らも爆豪を口だけ野郎扱いしているが…まぁ、仕方ないな。

 これも全て爆豪(ばか)の招いた結果だ。人それを自業自得という。

 それと物間。人をディスるのも程々にしておけよ。

 

「せいっ!」

「ぐふっ!」

 

 …手刀の一撃で物間を気絶させるとは、なかなかの腕前。たしか拳藤だったな。

 

「あー…ごめんね。こいつ、心が少しアレなもんで」

「いや、今回の件に関しては、全面的にあの馬鹿が悪いからな。気にしちゃいないさ」

 

 謝罪してきた拳藤にそう答え、再び闘技場に視線を送る。第四試合の準備が整ったのだ。

 

『1回戦第4試合!』

『優秀なんだけどどうも地味! 優秀なんだけど運にもイマイチ恵まれない! ヒーロー科、瀬呂範太!!』

(バーサス)! 1-Aトップ3の1人! 燃やすも凍らすも思いのまま! ヒーロー科、轟焦凍!!』

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 轟有利の下馬評だったが、大方の予想を裏切り、瀬呂は奮闘した。

 轟が様子見で放った拳大の氷塊を自身のテープで絡め取り、即席の鎖分銅にして攻撃を仕掛けたり、射出したテープを地面に貼り付け、それを巻き取る事で高速移動するなど、自身の“個性”をフルに使って、戦いの天秤を一度は自分の方へ傾けかけた。だが-

 

「轟! 悪いが勝利は俺が貰ったぜ!」

 

 勝ち急いだ事が瀬呂の敗因となった。とどめの一撃として放たれた氷の鎖分銅は―

 

「悪いな。それは俺の台詞だ」

 

 轟が炎を纏わせた左手で掴んだ事で一瞬で溶けてしまい―

 

王狼の爪(フェンリルクロウ)

 

 逆に、右の前腕を丸ごと覆う氷の手甲に5つの鋭い刃を付けた、所謂手甲鉤を装備した轟の反撃を許してしまう。

 

「くそぉっ!」

 

 一旦体勢を立て直そうと、テープを使っての高速移動を試みる瀬呂だったが―

 

「させねえよ」

「なっ…」

 

 それを予測していた轟は氷壁を張り巡らせる事で、闘技場の一角を隔離。瀬呂の高速移動を封じてしまう。こうなってしまえば、瀬呂の勝ち目は失われ…。

 

「…まいった」

 

 奮闘空しく、轟の逆転勝ちを許してしまった。

 

「瀬呂君、降参!! 轟君、二回戦進出!!」

「ど…どんまい…」

「どーんまい……」

「どーんまい」

「どーんまい」

 

 自然に湧き起こったどんまいコールに見送られて退場していく瀬呂。うん、ドンマイ。

 とりあえず、ここまでの試合結果はこんな感じか。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ここまでで2回戦に勝ち進む事が出来たのは俺、梅雨ちゃん、麗日、轟。

 次は、砂糖と八百万…どっちが勝ち残るかな? 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

皆様のお陰をもちまして、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』のUAが12万、お気に入りが1200件を突破しました。

皆様の期待に少しでも応えられるよう、これからも頑張ってまいります。


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第28話:雄英体育祭! 最終種目!!ー1回戦その3ー

お待たせしました。
第28話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

『1回戦第5試合!』

『気は優しくて力持ち! 糖分が俺のパワーの源! ヒーロー科、砂藤力道!!』

(バーサス)! 1-A推薦入学者の1人! あらゆる物を創造するクリエイティブガール! ヒーロー科、八百万百!!』

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 そんな実況と共に始まった1回戦第5試合。先手を取ったのは八百万だ。

 試合開始とほぼ同時に小ぶりの人形を創造し、砂藤へ投擲。当然、砂藤はそれを払い落とそうとするが、その直前で人形は2つに割れ、中に仕込まれていた閃光手榴弾(スタングレネード)が炸裂!

 大音響と閃光に、砂藤は視覚と聴覚を一時的に封じられ、その動きを止めてしまう。 その隙に、八百万は手早く網を創造。投網の要領で投げつけて、砂藤を網で絡め捕った!

 

『おぉーっと! 開始早々八百万が流れるようなコンビネーションを披露! 相手を網で搦め捕る姿は、古代ローマの円形闘技場(コロッセオ)を彷彿とさせるぅ!』

閃光手榴弾(スタングレネード)そのままでは、相手に警戒される恐れがある。それをマトリョーシカに仕込む事で克服。さらに視覚と聴覚を塞ぐだけでなく、投網で動きも封じてしまう。実に合理的な戦術だ』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声が響く間に、八百万は新たなアイテムを創造した。第1種目でも使っていた回転弾倉式のグレネードランチャーだ。

 網から逃れようともがく砂藤に狙いをつけ、トリガーを引けば、次々と発射される弾丸。それは一定距離を飛んだところで炸裂し、内部に充填していた大量のトリモチをぶちまけた! 

 網に搦め捕られた上から大量のトリモチをぶちまけられた砂藤。おそらく観客の殆どが砂藤の戦闘不能を予感した。だが…。

 

「このくらいでぇっ!」

 

 次の瞬間、力強い咆哮が響き、同時に砂藤から放たれる圧力が一段階増した。

 

「このくらいで…俺が、止められるかよぉ!」

 

 トリモチがかかっていない部分からわずかに見える砂藤の腕。それは先程よりも巨大化していた。第2種目で障子の攻撃を防いだ時のように、一部分だけを増強しているのだ。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 力任せに自分に張り付いたトリモチと網を剥ぎ取り、投げ捨てる砂藤。力業にも程があるが、見事な脱出だ。

 

『コイツはスゲェェェッ! 脱出不可能と思われた拘束から砂藤脱出! レベルを上げて物理で殴る! こいつに勝るものはないのかぁ!?』

『お前は何を言っているんだ…』

「八百万! 覚悟してもらうぜ!」

 

 右腕を振り上げ、八百万へ突進する砂藤。あの勢い、生半可な方法じゃ止められないぞ…八百万、どうする?

 

「覚悟するのは貴方です! 砂藤さん!」 

 

 八百万の選んだのは迎撃だった。グレネードランチャーを再度構え、砂藤に向けて弾丸を発射する。

 

「トリモチなんかでぇ!」

 

 そう、発射された弾丸が先程と同じトリモチ弾だと()()()()()事が、砂藤の敗因となった。

 弾丸が炸裂し、充填されていたゲル状の物体が周囲にばら撒かれる。その直後―

 

「す、滑る!? と、止まらねぇ!」

 

 それを踏んでしまった砂藤が、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()、場外へ向けて滑り始めた。 

 

「水と陰イオン界面活性剤、そしてポリアクリルアミドを混合したゲル状の液体。これが撒かれた地面は、摩擦係数が0.01以下にまで低下します」

 

 摩擦係数が0.01以下って…確か氷でも0.05はあるから…スケートリンクよりも滑るって事か。そんな所に猛スピードで踏み込めば…あぁなるのは必然って事だな。

 

「のわぁぁぁぁぁっ!」

 

 何とか踏ん張ろうと焦った結果、転倒してしまった砂藤は、そのまま場外までノンストップで滑っていき…。

 

「砂藤君、場外!! 八百万さん、2回戦進出!!」」

『2回戦進出!! 八百万百ー!!』

『砂藤も驚異の怪力を見せたが、それを多彩なアイテムを使った八百万が上回った! っていうか、最後のアレは一体何なんだぁ!?』

『たしか、米軍が非致死性兵器として研究している機動阻止システムだな。大雑把に言えば、相手の動きを封じる事で、戦闘不能にする類の物だ』

『なるほどぉ! あらゆる知識を網羅するクールビューティな八百万百に、エビバディクラップユアハンズ!!』

『おい、私情入り過ぎだ』

 

 まさか、米軍が研究中のシステムまで網羅しているとはな…八百万の知識は1-Aでも随一と言って良いだろう。

 

 

 続いての第6試合だが…これは何と言うべきなのか…。

 発目の口車に乗せられた飯田が、全身にサポートアイテムを装着して現れた時点で嫌な予感はしていたが…。

 始まってしまえば、それはまさに発目の独壇場。向かって来る飯田をのらりくらりとかわしながら、自身の開発したアイテムのプレゼンを繰り広げ―

 

「もう思い残す事はありません。降参します」

 

 やりたい放題やった後は、さっさと降参してしまった。

 

「発目君! 騙したなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ………うん、飯田。ドンマイ。

 

 

 サポートアイテムのプレゼン会場になってしまった第6試合とは一転、第7試合は凄まじい打撃戦となった。

 切島とB組の鉄哲。『硬化』と『スティール』という似た“個性”を持つ2人は、初対面の時から互いに対抗意識を燃やしていたらしく、開始早々闘技場の中央で足を止めての殴り合いを開始したのだ。

 

「てめぇにだけは負けねぇぞ!」

「それはこっちの台詞だ!」

 

 前の試合とは全く違う派手な殴り合いに、大いに盛り上がる観客。だが、1-A(おれたち)は知っている。

 あからさまな防御こそしていないが、切島は鉄哲の攻撃を肩や肘などを上手く使って受ける事で、自身の受けるダメージを軽減している事を。そして、その積み重ねは-

 

「ぐぉぉぉっ! こ、拳が!」

 

 先に鉄哲の拳が限界を迎えるという形で結果を出した。

 

「もらったぜ! 鉄哲!」

 

 そして、その隙を見逃さなかった切島は鉄哲に飛びつき―

 

「うぉぉぉりゃぁぁぁっ!」

 

 お手本のような飛びつき式腕挫十字固を決める!

 

「ギ、ギブアップ…」

「鉄哲君、降参!! 切島君、2回戦進出!!」」

「よっしゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 熱い戦いを見せてもらったぜ、切島。さぁ、次はいよいよ出久の試合だ。相手は耳郎…決して油断は出来ない相手だ。

 

 

出久side

 

『1回戦第8試合!』

『第1種目第2種目共に1位通過! 1-Aトップ3の1人! ヒーロー科、緑谷出久!!』

(バーサス)! ! パンキッシュなロックガール! ヒーロー科、耳郎響香!!』

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声と同時に、耳郎さんは僕へ一直線に向かって来た。

 ヒーローコスチュームを纏っていない耳郎さんは、遠距離からの衝撃波攻撃を行えない。僕を仕留めるには接近戦しかないんだ。

 今迎撃するのは簡単だけど…僕はあえてそれをしない。正面から迎え撃つ!

 

「やぁぁぁっ!!」

 

 凛々しい声と共に耳郎さんが連続で繰り出してくる手刀を捌き続ける。この鋭さ、気合と相まって、決して侮れない威力だ。

 

「ッ!」

 

 背中を走る悪寒、咄嗟にその場を飛び退けばコンマ数秒の差で、耳郎さんのコードが僕のいた位置を通過した。

 危ない…障子君の『複製腕』より数は少ないけど、その分タイムラグもなくコントロール出来ている。これは…要警戒だぞ。

 

「流石だね、緑谷。でも、いつまでも避け続けていられる?」

 

 正面からは耳郎さん、左右からはコード。事実上3対1の戦い…この状況を打破するには-

 

「これだ!」

 

 僕は耳郎さんの攻撃が途切れる僅かな隙をついて、全力でジャンプ!

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 ()()()へ向けて空中を思いっきりぶん殴った! 直後、強烈な衝撃波が闘技場に炸裂し、着弾点を中心に猛烈な暴風が放射状に発生! そして-

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 耳郎さんはその暴風に耐え切れず、場外へと吹き飛ばされていった。

 

「耳郎さん、場外!! 緑谷君、2回戦進出!!」

『果敢に攻めた耳郎だったが、勝利したのは緑谷! ちゅーか、何ちゅう力ずく!』

『とにかく! これで1回戦全8試合が終了! 休憩を挟んで2回戦の開始は15分後だ! ドンビーレイトォ!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聞きながら、僕は闘技場の外で座り込む耳郎さんに駆け寄っていた。

 

「えっと…耳郎さん」 

「あーあ、少しはいけると思ったんだけどなぁ…っていうか、緑谷…無茶苦茶すぎ」 

「え、あ、その…ごめんなさい」

「なんで謝んのさ。これでも感心してんだよ?」

 

 無茶苦茶すぎるという評価が、感心している事になるのか…女の子の心理はまだよく解らないなぁ。

 

「とにかく、ここまできたら優勝しなよ? でないと負けたウチの立場ないから」 

 

 そう言いながら、僕の胸を軽く拳で叩く耳郎さん。そうだ…勝ち進むという事は負けた人の思いを背負うという事。耳郎さんの為にも無様な試合は見せられないぞ。

 

「うん、全力で頑張るよ。耳郎さんの為にも」

「う、うん…期待、しているから」

 

 何故か顔を赤くしながら行ってしまった耳郎さん。変な事は言っていない筈だけど…やっぱり女の子の心理はよく解らない。

 そんな事を考えながら、ここまでの試合結果を確認する。優勝まではあと4勝か。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 オールマイトとの約束を果たす為にも頑張らないと…僕は改めて気合を入れるのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第29話:雄英体育祭! 最終種目!!ー2回戦その1ー

お待たせしました。
第29話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



出久side

 

『2回戦第1試合!』

『1回戦を危なげなく突破! 1-Aの黒き雷神! ヒーロー科、吸阪雷鳥!!』

(バーサス)! 1-B推薦入学者の1人! 噂によるとかなりいやらしい! ヒーロー科、取蔭切奈!!』

『戦い方がいやらしいという意味だ。誤解しないように』

 

 そんな実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声が響く中、闘技場で対峙する雷鳥兄ちゃんと取蔭さん。

 たしか、彼女の“個性”は…。

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

「先手必勝。倒しましょっと!」

 

 試合開始と同時に、取蔭さんは自身の体を無数に分割して宙に浮かせると、一定の距離を保ちながら雷鳥兄ちゃんを取り囲んだ。

 取蔭さんの“個性”『トカゲのしっぽ切り』。全身を細かく分割して自在に動かす事が出来る。応用次第で様々な運用が出来る強力な“個性”だ。

 

「吸阪、正直言ってアンタに1対1で勝てるとは思えない。だけど、昔の偉い人は言っていた『戦いは数だ!』ってね!」

 

 そう言うと取蔭さんは、分割した体を総動員して雷鳥兄ちゃんに全方位攻撃を仕掛けてきた。

 それもただ数を頼りにしたゴリ押しじゃない。常に一定数の部位(パーツ)で攻撃をしかけ、攻撃を終えた部位(パーツ)は直ちに本体に戻し、インターバルを置いて再び分割。

 これを繰り返す事で、文字通り無尽蔵(エンドレス)な攻撃を実現している。

 1発の威力はそう高くはないけど、圧倒的な物量で雷鳥兄ちゃんの体力を確実に削る戦術。うん、たしかにいやらしい戦い方だ。

 雷鳥兄ちゃんも戦いにくいのか、攻撃を仕掛けてきた部位(パーツ)を電磁バリアで防いだり、パンチや手刀で弾く等、迎撃に専念している。それを見て―

 

「いやぁ、流石は取蔭! あの吸阪雷鳥が手も足も出ないよ! A組の快進撃もここまでかなぁ!」

 

 下衆一歩手前の顔で高笑いの物間君。嬉しいのはわかるけど、そのくらいにしておかないと…。

 

「せいっ!」

「ぐふっ!」

 

 …拳藤さんも大変だなぁ。

 

「あー…ホントごめんね。こいつ、心が少しアレなもんで」

「大丈夫だよ。それに戦いはここからだから」

 

 僕には…1-A(僕達)にはわかる。雷鳥兄ちゃんが何の理由もなく、迎撃に専念している訳じゃない事を。

 

 

雷鳥side

 

 試合開始から約5分。四方八方から向かって来る取蔭の部位(パーツ)を迎撃し続けていたが…大体準備は整った。

 

「取蔭、悪いが…ここからは俺のターンだ」

()()()()()? 冗談にしちゃ、笑えないね!」

「いいや、俺は大真面目だ」

 

 取蔭にそう宣言し、最大出力で磁気を放つ。すると―

 

「な、か、体が…言う、事を……」

 

 俺の周りで飛び回っていた取蔭の部位(パーツ)が動きを止めた。よし、()()()()

 

「お前の部位(パーツ)を迎撃しながら、こっそり磁気を流し込ませてもらった。その結果、お前の部位(パーツ)は今、殆ど全てが一時的に磁気を帯びている。だから、()()()()も出来る」

 

 腕を振るって磁気を操作すれば、あっという間に一ヶ所に集結する取蔭の部位(パーツ)

 

「う、動けない…」

 

 ただ一ヶ所に集めただけじゃなく、ボールみたいに丸めているからな。動けなくて当然だ。

 

「取蔭、自慢して良いぜ。俺と1対1(タイマン)やって、5分以上持ちこたえたのは、出久を除けばお前が初めてだ」

「………嫌味か!」

「いや、本心。じゃあ、これで終わりだ。ライトニングブラスト!」

 

 取蔭の叫びにそう答え、電撃を纏った上段回し蹴りで、場外へと吹っ飛ばす。 

 

「取蔭さん、場外!! 吸阪君、準々決勝進出!!」」

『準々決勝進出!! 吸阪雷鳥ー!!』

『取蔭の“個性”に翻弄されたかと思われたが、終わってみれば全てが想定内! まるで詰将棋だ!』

『“個性”のコントロールに関して、吸阪が頭一つ抜けているのは疑いようのない事実だ。おそらくまだ手札を隠しているだろうな』

『なるほどぉ! まだまだ底が見えない黒き雷神に、エヴィバディクラップユアハンズ!!』

 

 さて、次の試合は梅雨ちゃんと芦戸か…。梅雨ちゃんに頑張ってほしいが…そうなると次の相手は…悩ましいな。

 

 

八百万side

 

 2回戦第2試合は蛙吹さんと芦戸さんの対決。どちらも私の大切な友人。共に全力を尽くして欲しいと、私も声の限り応援をさせていただきました。

 先手を取ったのは芦戸さん。合同特訓で鍛えた“個性”の応用力をフル活用し、多種多様な技を披露してきました。

 溶解液を水滴状に形成し、指先から高速かつ連続で射出する『アシッドブラスト』。溶解液をソフトボール大の球状に形成して投げつける『アシッドボール』。そして、霧状にした溶解液を広範囲に散布する『アシッドミスト』。 

 どの技も溶解液の濃度調整と生成量が共に高くなければ、実現不可能な物ばかり。 

 今は相応に手加減している筈ですが、実戦モードかつ相手が並の(ヴィラン)であれば、文字通りの秒殺も十分可能です。

 一方の蛙吹さんも負けてはいません。優れた身体能力を活かして、芦戸さんの攻撃を避け続けます。しかし、自前の舌以外に中距離攻撃の手段を持たない蛙吹さんでは、芦戸さんにダメージを与える事が出来ません。

 共に相手へダメージを与える事が出来ないまま、千日手に陥ろうとしたその時、蛙吹さんが動きました。

 

「勝負させてもらうわよ。三奈ちゃん」

 

 そう言うと同時に一直線に芦戸さんへ向かって行く蛙吹さん。

 

「近づかせないよ! アシッドベール!」

 

 当然、芦戸さんは粘度を高めた溶解液で防壁を築き、接近を阻みますが-

 

「ケロッ!」

 

 蛙吹さんは何の躊躇いもなく防壁に飛び込んで行ったのです! 自殺行為とも取れる行動に、観客席の一部からは悲鳴が上がりますが―

 

「お生憎様。私は溶けてないわよ。ケロケロ」

 

 なんと、蛙吹さんは全くの無傷で溶解液の防壁を突破したではありませんか! そして、その事に驚き、一瞬棒立ちになってしまった芦戸さんの足に舌を巻き付け―

 

「ケロォッ!」

 

 勢い良く振り回した後、場外へと投げ飛ばして勝利を手にしました。

 

「芦戸さん、場外!! 蛙吹さん、準々決勝進出!!」」

 

 ミッドナイト先生の声が高らかに響き、激闘を繰り広げた2人に惜しみの無い拍手が送られますが、蛙吹さんはどうやって芦戸さんの防壁を突破したのでしょうか?

 自分なりに様々な仮説を立て、理由を考えていると―

 

「そういえば…USJで(ヴィラン)の襲撃を受けた時、梅雨ちゃんが“個性”を説明してくれたけど、その時に()()()()()()()()()()()()って言ってたな。となると、その粘液で()()()()()()()()()()()、溶解液の防壁を防御した? だとすると……」

 

 緑谷さんの呟きが聞こえてきました。その、緑谷さん…早口で呟きながら分析する姿は…その、少し怖いですよ?

 

 

雷鳥side

 

 2回戦第3試合は、麗日とB組の小大の戦いだったが…残念ながら特に見所はなかった。

 小大の“個性”『サイズ』は触れた物の大きさを自由に変える事が出来るというものだが、生物には効果が適応されない。

 即ちヒーローコスチュームを纏っていない今の状況では、“個性”を活かす事が出来ず…その結果、麗日の機動力に翻弄され、あっけなく場外へ投げ飛ばされてしまった。

 

 

 あっさり終わってしまった第3試合だったが、次の第4試合は実に見ごたえのあるものだった。

 轟の相手はB組の拳藤。その“個性”は両手を巨大化させる『大拳』という実にシンプルな物だが―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 拳籐の相応に鍛えられた武術の腕前と合わされば、まさに驚異の一言。

 轟の繰り出した氷柱をパンチ一発で粉砕し、手を団扇の様に使う事で強風を起こし、火炎放射を相殺するなど、攻防ともに隙がない。

 しかし、あのパワー…出久や障子、砂糖といったA組のパワー自慢にも引けを取らないぞ。だが…今の轟を倒すには、少々()()()だな。

 

「悪いが…勝つのは俺だ」

 

 次の瞬間、轟は拳籐へ小さな火球を連続で放ちながら距離を取り―

 

「この技で、勝負を決める」

 

 右手に冷気、左手に炎を纏っていく。

 

「何をやる気か知らないけど!」

 

 もちろん、拳藤も黙って見ている訳じゃない。すぐさま妨害に走りだすがー

 

「悪いな、邪魔はさせねえ」

 

 轟が蹴りの動きと共に飛ばしてくるサッカーボール大の火球や、鋭く尖った氷塊に阻まれ、なかなか近づけない。そして―

 

竜の咆哮(ドラゴンロアー)

 

 冷気と炎によってそれぞれ冷却、加熱された空気は対流を生み、それはやがて衝撃波となって、拳藤に襲いかかった!

 

「くぅっ!」

 

 防御を固め、必死に踏ん張る拳藤。だが、強烈無比な衝撃波の前に、その努力はあまりに無意味だった。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 あっという間に場外へ吹っ飛ばされる拳藤。轟の勝利だ。

 これで2回戦の半分が終了か。 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 1ーAが上位を独占するためには、この2回戦必ず勝たなくてはならない。

 俺は、試合を控えている皆の勝利を静かに祈りながら、次の試合を待つのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第30話:雄英体育祭! 最終種目!!ー2回戦その2ー

お待たせしました。
第30話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、キャラクター設定集を第29話終了時点の情報に更新しております。


雷鳥side

 

 2回戦第5試合、八百万とB組の柳との戦い。

 柳の“個性”は、身近にある物を自在に操る事が出来る『ポルターガイスト』。これは物体を創造する事が出来る八百万にとって、ある意味相性が最悪な相手だ。

 相性の悪さを八百万がどう攻略するか…楽しみだな。

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 試合開始と同時に、八百万はピンポン玉程の大きさの球体を複数創造すると、間髪容れずにそれを次々と地面に叩きつけた。 

 その衝撃で球体はあっさりと破裂し、黒煙を噴き出して周囲の視界を悪化させていく。なるほど、創造したのは煙玉か。

 八百万に向かって走り出そうとした柳も、視界不良の中で戦う事を嫌がったのか、一旦後退し、八百万の次の行動を警戒する。

 だが、煙が晴れた時、柳はその選択を()()する事になる。なぜなら―

 

「距離を取っていただき、感謝しますわ。()()()()を作るのは時間がかかりますので!」

 

 八百万が創造したのは、三脚に備え付けられた連装機関銃(ガトリングガン)。本来制圧射撃に使われる類の物で、1対1(タイマン)で使うような物じゃない。

 

「貴女の『ポルターガイスト』をどう攻略するか。その答えは…これです!」

 

 そう言うが早いか、連装機関銃(ガトリングガン)の引き金を引く八百万。一瞬の間を置いて、爆音と共に大量のゴム弾が柳に襲いかかる。

 当然、柳も自分の“個性”で飛んでくるゴム弾を操っていくが、飛んでくるゴム弾はあまりに大量。すぐに操作出来る限界を超え、全身をゴム弾で打ちのめされてしまう。

 

「柳さん、戦闘不能!! 八百万さん、準々決勝進出!!」」

 

 たしかに飽和攻撃は、柳の攻略法として最適解の一つだ。だが…まさか連装機関銃(ガトリングガン)を使うとは…八百万もえげつない。

 それと…連装機関銃(ガトリングガン)を創造した関係で、肌の露出がとんでもない事になっている君を見て、激しく興奮している峰田は()()()()()()()()()()から、安心してくれ。

 

 

梅雨side

 

 2回戦第6試合は、飯田ちゃんとB組の骨抜ちゃんとの戦い。

 飯田ちゃんが、己の強みである機動力を潰す事が出来る骨抜ちゃんの“個性”『柔化』をどう攻略するか? この戦いの注目ポイントはそこね。ケロケロ。

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

「先手必勝ってやつだ」

 

 試合開始と同時に、骨抜ちゃんは“個性”を発動。自分を起点に周囲の地面をどんどん柔らかくしていくわ。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に後退して柔らかくなった地面から逃れる飯田ちゃん。だけど柔らかくなった地面はどんどん広がり、最終的には闘技場の5割程を底無し沼のような状態にしてしまったわ。

 

「ご自慢のスピードも、こうなったら活かせないよな?」

「たしかに、君の“個性”の有効範囲の広さがここまでとは思わなかった。だが、これだけ距離が開いていれば、君も俺には攻撃出来まい!」

「けっ、そう思うか?」

 

 飯田ちゃんの声に不敵な笑みを見せる骨抜ちゃん。その笑みの理由はすぐにわかったわ。

 

「っ! そういう事か!」

 

 そう、骨抜ちゃんが飯田ちゃんへ一歩近づけば、底無し沼も一歩分前へ移動する。そしてこのまま骨抜ちゃんが移動していけば…。

 

「さぁ、どうする? 底無し沼に飲み込まれるか、場外に追いやられるか、お前の結末は2つに1つだ!」

 

 勝ち誇る骨抜ちゃん。この状況、遠距離攻撃の手段を持たない飯田ちゃんにとって、最悪と言っていいかもしれないわね。

 でも、何故かしら? 飯田ちゃんの表情からは焦りや不安を一切感じないわ。

 

「たしかに…」

「ん?」

「たしかに、2週間前の俺なら、この状況でどうする事も出来なかっただろう! だが、今の俺には合同特訓で強くなったという自負がある! いくぞ! 骨抜君! トルクオーバー! レシプロバースト!」

 

 次の瞬間、第2種目でも披露した超加速の裏技(レシプロバースト)を発動した飯田ちゃんは、骨抜ちゃんへ一直線に向かって行き―

 

「とぅっ!」 

 

 柔らかくなった地面のギリギリ半歩手前でジャンプすると―

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 空中で体を独楽のように回転させながら、骨抜ちゃんへ突撃したわ! 危険を察知し、急いで地下に潜ろうとした骨抜ちゃんだけど―

 

「コンマ3秒遅い!」

 

 僅かに間に合わなかったわ。回転の勢いをプラスした飯田ちゃんの蹴りを受けて、場外へ一直線に吹き飛ばされていく骨抜ちゃん。うん、すごい威力ね。ケロケロ。

 

「骨抜君、場外!! 飯田君、準々決勝進出!!」」

 

 

轟side

 

 2回戦第7試合は、常闇と切島との戦い。

 吸阪が言うには、元々の地力や合同訓練での伸び具合はほぼ互角。接近戦なら切島、中距離戦なら常闇に分があるが…正直、どちらが勝ってもおかしくない。か…。

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

「いくぜ! 常闇ィッ!」

「この気迫、まさに赤き鬼神! 全身全霊をもって迎え撃つのみ!」

 

 試合開始と同時に、2人は一直線に互いへ突撃。

 

「でやぁっ!」

黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨッ!」

 

 硬化した切島の一撃と、常闇の黒影(ダークシャドウ)がぶつかり合ったのを皮切りに-

 

「だらららららっ!」

「イクゼイクゼイクゼェ!」

 

 そのまま連打(ラッシュ)の速さ比べが始まった。数十秒の間、互角の勝負が続いたが…。

 

「シャーンナロォ!」

 

 一瞬の隙を突いて黒影(ダークシャドウ)が切島の両腕を弾いた事で、天秤が常闇側へ傾いた。

 

「もらったぞ!」

 

 常闇の声と共に、ガラ空きになった切島のボディへ黒影(ダークシャドウ)の攻撃が次々と叩き込まれる。普通ならこれで勝負ありだが…。

 

「こんくらいじゃ…倒れねえぞ!」

 

 数m後退こそしたものの、切島は持ち堪えた。連続で攻撃を受けたボディの硬化部分は罅割れ、剥がれ落ちているが、それでも二本の足でしっかりと立ち、構えを崩さない。

 

「やるな…ならば、これはどうだ! 黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨッ!」

「合体! 漆黒双翼(ダークウイング)!!」

 

 それを見た常闇は、第一種目の時のように、漆黒の翼に変形させた黒影(ダークシャドウ)を背中に装着すると、一気にジャンプ。

 

「必殺! 堕天使の黒槍(ルシファーズランサー)!!」

 

 その最高到達点から落下の勢いを加えた飛び蹴りを切島へ放った。堕天使の黒槍(ルシファーズランサー)…俺が編み出した技の名前を付けてくれた時もそうだが、常闇、そういうのが好きだな。

 

「俺は絶対に倒れねぇ! 体も! 心も! もっと硬く!」

 

 一方、切島は全身を限界まで硬化させ、それを迎え撃つ。吸阪や緑谷の指導で、避けるなり、捌くなりする事も出来ただろうに…一直線な奴だ。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

「うぁぁぁぁぁっ!」

 

 激しくぶつかり合う2人。前回の激突は常闇に軍配が上がったが―

 

「うぉりゃぁっ!」

 

 今回は切島に軍配が上がった。渾身の力で常闇を弾き飛ばし、そのまま追撃をかける。

 

「もらったぜ、常闇ィッ!」

 

 体勢の崩れたままで闘技場に叩きつけられた常闇に、止めの一撃を叩き込んで切島の勝利。おそらく観客の殆どがそう考えただろう。だが、数秒後の未来は違っていた。

 

「ぐ…あ、が…ぁ…」

「…まさに紙一重。コンマ数秒、こちらが早かったな」 

 

 あと拳一つ分。僅かそれだけの距離を残し、切島の動きは止まっていた。その背後に浮かぶのは黒影(ダークシャドウ)

 地面に叩きつけられながらも、常闇は黒影(ダークシャドウ)を操作し、切島の背後に回り込ませていた。そして-

 

「切島、未だ未熟な俺では、お前を倒す事は出来ないだろう。故に…お前を()()()!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の両手が切島の首に絡みつき、締めあげる。裸締め(スリーパー・ホールド)とは、正直予想外だった。

 頸動脈を極められた切島は必死に逃れようともがいたが、遂に脱出する事は出来ず―

 

「ち…く、しょう…」

 

 最後まで立ったまま意識を失った。

 

「切島君、戦闘不能!! 常闇君、準々決勝進出!!」

 

 

出久side

 

『2回戦第8試合!』

『その実力、もはや説明不要! ヒーロー科、緑谷出久!!』

(バーサス)! ! B組最後の刺客! キレイなアレにはトゲがある!? ヒーロー科、塩崎茨!!』

「申し立て失礼いたします。刺客とはどういう事でしょう? 私はただ勝利を目指し、ここまで来ただけであり、対戦相手を殺めるような事は…」

『ご、ごめん! では、気を取り直して!』

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

「緑谷さん、私はこの一撃に全力を込めます。どうか、お覚悟を!」

 

 試合開始と同時にそう宣言した塩崎さんは、伸ばした蔦の髪、その全てを一つに纏めて、巨大な蔓の塊を作り出した。

 後の事を一切考えない全力勝負。潔いね、塩崎さん。

 

「わかった、受けて立つよ! 塩崎さん!!」

 

 その思いに応え、僕も『フルカウル』の出力を限界まで上げ、構えを取る。 

 

「戦いに敗れたB組の(みな)、その思いを力に変えて!」

「全力全開! 一撃必倒!」

  

 B組最後の生き残りとなった塩崎さん。きっと敗退した全員の思いを背負って僕に戦いを挑んでいる。

 だけど、思いの強さなら僕だって負けてない。勝つのは、僕だ!!

 

「いざ勝負!」

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 そして、塩崎さんの蔦の塊と僕の最強攻撃がぶつかり合った。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「ま、まさか、これほど-」

 

 その言葉を最後まで紡がせる事もなく、僕の拳は蔦の塊を木っ端微塵に打ち砕き、塩崎さんはその余波で場外へ追いやられた。

 

「塩崎さん、場外!!緑谷君、準々決勝進出!!」

『互いに最強の攻撃をぶつけ合ったこの試合、勝ったのは緑谷出久!!』

『これによって、ベスト8が出揃った訳だが…なんとなんと、全員がA組! 即ち、開会式で吸阪雷鳥が宣言した上位独占が実現しちまったぜ!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聞きながら、モニターに視線を送りトーナメント表を確認する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これで雷鳥兄ちゃんの宣言は実現し、()()()の成果は出す事が出来た。

 でも、本番はここから。優勝まではあと3勝。絶対に勝つぞ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第31話:雄英体育祭! 最終種目!!ー準々決勝その1ー

お待たせしました。
第31話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

 セメントス先生による闘技場の点検も終わり、いよいよ準々決勝第1試合、雷鳥兄ちゃんと梅雨ちゃんの試合が始まる。

 僕の近くには試合を控えている轟君、麗日さん、飯田君、八百万さん、それから医務室送りになった爆豪(かれ)を除くA組の皆が集合して、試合開始を今か今かと待ちわびている。

 僕と常闇君もこの試合が終わったら控室へ移動しなくちゃいけないけど…この試合だけでも皆と見られるのはありがたい。

 そして、僕達からそう離れていない座席の一角には、B組の皆が陣取っていた。何故か、担任のブラドキング先生も一緒だ。

 

「今回の戦いを見る限り、A組の実力は………非常に遺憾ではあるが、お前達のはるか上を行っている事は認めざるを得ない!」

「だが! それはあくまでも『()』の話だ! 雄英高校での日々はまだまだ続いていく! 時間は有限なれど、決して少なくはない!」

「お前達の実力を世に示すチャンスは必ずやってくる! その為にも学ぶのだ! A組(やつら)の一挙手一投足を目に焼き付け、己の糧へと変えていけ!」

 

 なんというか、相澤先生とは全く違うタイプだ。でも、B組の皆からは凄く慕われているみたいだし…うん、あれはあれできっと良い先生なんだろうな。

 そうしている内に準備が整ったみたいだ。この戦い、どちらが勝つのか…。

 

 

梅雨side

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聞きながら、闘技場に上がった訳だけど…正直、その内容なんて頭に入った傍から消えていく。

 今から吸阪ちゃんと戦うんですもの。コンマ1秒だって集中を切らす訳にはいかないわ。

 そして、そう考えているのは吸阪ちゃんも同じみたいね。こちらをまっすぐ見つめながら、こう言ってきたわ。

 

「梅雨ちゃん…いや、試合が終わるまではこう呼ばせてもらう。蛙吹」

「何かしら? 吸阪…君」

「どっちが勝っても恨みっこなし。全力でやろうぜ」

「もちろんよ。全力で戦うわ」 

 

 今の私の全力を吸阪君にぶつければ…勝てる確率も0では無い筈。

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 勝負よ! 吸阪君!!

 

 

雷鳥side

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 試合開始と同時に、俺へ向かって突っ込んで来る蛙吹。その一手目は―

 

「いくわよ!」

 

 舌による攻撃! 顔面狙いで放たれた槍のような一撃を避けると、そのまま鞭のようにしならせて更なる攻撃を仕掛けてきた。

 決して反応出来ない速さではないが、舌による攻撃は独特の軌道を描く為、なかなか反撃に移れない。

 そして、舌にばかり気を取られていると―

 

「ケロッ!」

 

 接近した蛙吹本人の攻撃を受ける事になる。右の跳び回し蹴りから左の後ろ回し蹴りに繋げるコンビネーション。『蛙』の強靭な脚力をフルに活かしての見事な―

 

「ッ!」

 

 前言撤回! 蛙吹は着地と同時に後方宙返りを行い、頭上から二段爪先蹴りを仕掛けてきた。ここまでがコンビネーションか!

 

「ちぃっ!」

 

 咄嗟に電磁バリアを張り、攻撃を防御。同時にターボユニットを発動して、蛙吹と距離を取る。

 

「…少しは自信のあるコンビネーションだったんだけど、凌がれちゃったわ。流石ね、吸阪君」

「いやいや、結構ギリギリさ。避けられたのは正に紙一重って奴。じゃあ、こっちのターンといきますか!」

 

 敢えて軽い調子で蛙吹にそう告げ、俺は軽くステップを踏みながら構えを取る。

 

Are You Ready(準備はいいか)?」

「出来てるわよ」

 

 次の瞬間、俺は一気に蛙吹との間合いを詰め―

 

「ライトニングプラズマァ!」

 

 両拳に電撃を纏い、手数重視の連打を放つ。蛙吹はそれらを避け、または捌く事でやり過ごし―

 

「ケロッ!」

 

 反撃の前蹴りを放とうとするが、俺はそれを出始めの所で押さえて封じ込める。更に、不安定な片足立ちになった蛙吹に足払いをかけて、体勢を崩すと―

 

「吹っ飛べ!」

 

 がら空きになった蛙吹の腹に右掌を当て、電磁加速の要領で思いっきり吹っ飛ばす! これで蛙吹を場外に送れた筈だが…。

 

「まだよ!」

 

 なんと…蛙吹は咄嗟に自分の舌を闘技場にぶつけ、その摩擦でブレーキをかける事で、ギリギリ場外負けを免れたか。

 

「ふぅ…何とかギリギリ、ブレーキが間に合ったわ」

「無茶な事を…舌が傷だらけだぜ?」

「そうね。正直、舌による攻撃は暫く出来そうにないわ。でも、無理や無茶が必要になる時だって、ヒーローにはあるんじゃないかしら?」

「…違いない。こうなったら…」

 

 場外送りで勝負を決める事は難しい。となれば…()()()()()()()()()()()

 

「この一撃で勝負を決めたいんだが…どうする? 蛙吹」

「ケロケロ、受けて立つわよ。吸阪君」

 

 互いに頷き、それぞれ構えを取った俺と蛙吹は、まったく同じタイミングで動き出した。

 

「ライトニングソニック!!」

 

 俺は『ターボユニット』による加速を加えた強化版電撃キック(ライトニングブラスト)、ライトニングソニック。

 

「ケロッ!」

 

 蛙吹は空中宙返りの後に捻りを加えながら放つ両足キック。

 俺達のキックは正面からぶつかり合い…ほぼ同時に闘技場へ落下した。

 

『おぉーっと! 両者の必殺キックがぶつかり合い、同時に落下! これはダブルノックダウンかぁ!』

『いや、あれを見ろ』

 

 解説(相澤先生)の声に答えるように、まず俺がゆっくりと立ち上がり、それに続くように蛙吹も立ち上がる。だが-

 

「うぅっ…」

 

 そこで限界を迎えたのだろう。蛙吹は呻き声と共に膝を突いてしまった。

 

「ここまでみたいね…吸阪ちゃん、あとは任せたわ」

「…あぁ、任されたよ、梅雨ちゃん」

「蛙吹梅雨…降参よ」

「蛙吹さん、降参!! 吸阪君、準決勝進出!!」」

 

 やれやれ、()()()()()()か…負けられない理由が増えちまったよ。

 

 

轟side

 

 第1試合は吸阪の勝利か。合同特訓で蛙吹の奴も相当強くなっていたが、現時点では吸阪(あいつ)の方が上だったって事だな。

 そして俺の相手は麗日。性格や言動はともかく、戦闘のセンスはA組の中でも上位だった爆豪を、ああも容易く倒したその実力…決して侮れるもんじゃない。

 まさに、吸阪(あいつ)と戦う為にも乗り越えなければならない高い壁だ。そんな事を考えながら闘技場へ向かっていると―

 

「焦凍」

 

 親父が俺に声をかけてきた。たしか今日は、体育祭警備の依頼を受けていた筈だが…。

 

「……親父、警備(しごと)の方はいいのか?」 

「う、うむ。丁度休憩だったからな。気にするな」

「…そうか」

「焦凍…その、なんだ。結果に…拘る事はない。プロからのスカウトなど忘れて、純粋に勝負へ集中しろ。そうすれば、自ずと道は開ける。これは学生の間しか出来ない特権だ」

「……勝負に集中するか。わかった」

 

 親父の言葉に頷くと、俺は闘技場に向けて歩き出した。

 

「親父……ありがとう」

 

 一言そう言い残して。

 

 

お茶子side

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 試合開始と同時に、私は轟君に向かって走り出す。

 遠距離攻撃の手段が無い私が、轟君の広範囲攻撃に晒されたら一溜まりもない。なんとか、接近戦に持ち込まないと!

 

「来い! 麗日!」

 

 当然、轟君だって私の接近を黙って見ている訳がない。左右の手を振るい、氷と炎で私に攻撃を仕掛けてくる。

 地面からは巨大な氷柱が何本も生え、頭上からは無数の火球が降り注ぐ。

 

「ッ!」

 

 それらを私は必死に回避しながら、轟君への接近を試すけど…正直かなりキツイ。

 攻撃の密度が、爆豪君との戦いの時とはまるで違う。回避の一瞬だけ“個性”を発動して、負担を軽減している筈なのに、これじゃあ、“個性”を発動し続けているのと殆ど変わらない。

 

「それでも!」 

 

 諦める訳にはいかない。私は咄嗟に氷柱に触れて浮き上がらせると、それを頭上に掲げて火球を防ぐ盾にしながら、轟君へ近づいていく。そして―

 

「えぇいっ!」

 

 火球を防いで大分小さくなった氷柱を轟君へ投げつけた!

 

「ちぃっ!」

 

 咄嗟に炎を纏わせた左手で氷柱を受け止める轟君。炎で氷柱が溶かされ、かわりに大量の水蒸気が発生する。

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

 水蒸気で視界が塞がっている今がチャンス! 爆豪君の時みたいに、体操服の上着を囮にしながら、轟君に掴みかかる!

 

「わぶっ!?」

 

 だけどその直後、硬くて透明な何かが私の行く手を阻んだ。これは…氷の壁!?

 

「残念だが、その戦法(やりかた)は見たからな。俺には通じねえよ」

 

 轟君の言葉に、私は思わず歯噛みする。相手は1-Aトップ3の1人。この程度の小細工が通用する相手じゃないって事は、薄々わかっていた筈なのに! でも!

 

「まだ、終わってない!」

 

 そう、まだ終わりじゃない。私は残る力の全てを振り絞り、轟君へ最後の攻撃を仕掛ける。全力で後退しながら、闘技場から生える氷柱を手当たり次第に触り、次々と空中へ浮かせていく。

 

「そうくるか…だったら、こっちも」

 

 轟君も私のやろうとしている事を察したのか、右手に冷気、左手に炎を纏い、迎撃の態勢をとる。そして―

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 私は“個性”を解除し、7本の氷柱を一斉に轟君目掛けて落下させた。氷柱7本の質量は相当なもの。その全てを撃墜する事は、轟君でも難しい筈!

 

竜の咆哮(ドラゴンロアー)

 

 だけど、拳藤さんを倒したあの衝撃波の威力は、私の想定をはるかに上回っていた。氷柱は全て木っ端微塵に打ち砕かれ、氷の破片がキラキラと光を反射させながら闘技場に落ちていく。

 

「ま、まだ…」

 

 最後の攻撃も失敗に終わって、もう私に勝ち目なんか無いのかも知れない…“個性”の許容重量(キャパ)も、もう限界…それでも、それでも最後まで前に…。

 

「最後まで、前に……」

「そこまでよ。麗日さん」

 

 足を引き摺るように前へ一歩踏み出した次の瞬間。凄く良い香りがしたかと思うと、私の全身から力が抜け、意識が急激に遠ざかっていく。朦朧とする意識の中、最後に見たのは…ミッドナイト先生?

 

「麗日さん、戦闘不能と判断! 轟君、準決勝進出!!」

 

 

轟side

 

 主審(ミッドナイト先生)の判断で、麗日はTKO負けとなり、俺が準決勝に進む事になった訳だが…正直、麗日(あいつ)の執念には驚かされた。

 例え力が及ばなくても、最後まで前に出続ける。そんな精神的な強さは、俺も大いに学ぶべきだろう。

 

「見事だったぞ。焦凍」

 

 そんな事を考えていると、親父が声をかけてきた。どうやら、ここでずっと観戦していたらしい。休憩というのは意外と長いらしいな。 

 

「麗日くん、だったか? 彼女は良いヒーローになるぞ」

「…だろうな」

「お前が話してくれた緑谷君や吸阪君といい…お前のクラスメイトは金の卵だらけだな。まぁ、ライバルと呼べる存在が多い事は、お前にとっても良い事だが」

「あぁ…だからこそ、俺は…トップを取りたい。エンデヴァーの息子として、そして…母さんの息子として」

 

 次の相手は吸阪、それに勝てば決勝だ。優勝まであと2勝。俺は絶対に勝つ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第32話:雄英体育祭! 最終種目!!ー準々決勝その2ー

お待たせしました。
令和初の投稿となる第32話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、26話から31話までのタイトルを一部変更し、31話の内容をごく僅かに改訂しております。

19時21分追加:アンケートを追加してみました。


雷鳥side

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声と共に始まった準々決勝第3試合、八百万と飯田の戦い。

 先手を取ったのは八百万。2回戦(柳との戦い)のように煙球を次々と作り出し、それを破裂させる事で、自身の周囲を黒煙で包んでいく。

 接近しようとする飯田の動きを止め、その隙に新たなアイテムを創造するつもりなのだろう。

 

「迂闊に飛び込むのは危険…ならば、こちらも自らを高める為に使うのみ!」

 

 一方の飯田も無理に飛び込む事はせず、八百万から距離を取って自らの加速を行い始めた。

 そして黒煙が晴れた時、八百万の両手には回転弾倉式のグレネードランチャーと短機関銃(サブマシンガン)が握られ―

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 飯田も最高速度への加速を終え、八百万への突撃を開始した!

 

「飯田さん、参ります!」

 

 向かって来る飯田を迎撃する為、グレネードランチャーを連射する八百万。次々と放たれる弾丸に仕込まれていた大量のトリモチとネット、そして1回戦(砂糖との戦い)で用いた摩擦係数を減らすゲル(機動阻止システム)が、頭上から飯田に降り注ぐ。

 

「遅い!」

 

 だが、飯田は類稀なスピードでその全てを回避。そのまま八百万の懐へ飛び込もうとする。

 

「甘いですわ!」

 

 しかし、八百万も負けてはいない。弾切れになったグレネードランチャーを捨て、同時に短機関銃(サブマシンガン)からゴム弾を乱射して、飯田の接近を阻止。更に射撃と並行して創造しておいた撒菱をバラ撒きながら素早く後退する。

 なるほど、八百万は飯田との接近戦を徹頭徹尾回避する構えか。

 

「くっ!」

 

 飯田は八百万の周囲を高速で移動しながら隙を伺うが、八百万は2梃目の短機関銃(サブマシンガン)を創造し、威嚇射撃を続ける事で、飯田の接近を許さない。

 

「これは…八百万ちゃん優勢と見るべきね」

 

 その光景に、八百万有利と判断する梅雨ちゃん。たしかに、そう見るのが妥当だな。しかし、飯田がこのまま終わるとも考えられない。

 

「このままの流れでいけば、八百万の勝ちになるだろう。だが…」

「だが?」

「打つ手が無い訳じゃない。飯田がそれに気づけば…」

 

 そこまで口にしたところで、闘技場で動きがあった。飯田が覚悟を決めたのか、真正面から突進を仕掛けたのだ。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 気合の叫びと共に八百万へと迫る飯田。八百万は短機関銃(サブマシンガン)を乱射して迎撃を試みるが―

 

「覚悟を決めれば…耐えられる!」

 

 クロスさせた両腕で頭をガードした飯田は、少々の被弾を物ともせずに突き進む。

 短機関銃(サブマシンガン)は弾丸をバラ撒く事に適してはいるが、口径が小さい為に威力の方は決して高くない。今装填されているゴム弾なら、急所にでも当たらない限り、数発程度の命中なら耐えられる。飯田のように覚悟を決めているなら猶更だ。

 それに、八百万が創造したのは、高い連射性能と引き換えに命中精度を犠牲にしたタイプ。高速で移動する物体を狙い撃つのは、非常に難しい。その結果が何を意味するかと言えば…。

 

「弾切れっ!?」 

 

 そう、有効打を与えられないままの弾切れだ。すぐさま3梃目の創造を行う八百万。その隙を突いて一気に間合いを詰める飯田。

 

「それ以上は!」

 

 間一髪、八百万の創造が間に合った。銃口を飯田に向けて、トリガーを引こうとするが―

 

「っ!?」

 

 それよりも早く、()()()()()()。そんな風に八百万には見えているだろう。観客席(ここ)から見れば、横っ飛びで八百万の視界の外に移動した事がわかるがな。

 

「八百万君! 覚悟!」

 

 叫び声と共に八百万へ跳び蹴りを仕掛ける飯田。咄嗟に短機関銃(サブマシンガン)を捨て、盾を創造して防御を固める八百万。

 

「うぉぉぉっ!」

 

 盾に炸裂する飯田の蹴り。色合いから見て、恐らくジュラルミン製の盾が大きく凹み―

 

「せいっ!」

 

 2発目で、盾の上半分が木っ端微塵に砕け散った。

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

 そして3発目。盾の残った部分で何とか防御した八百万だったが、蹴りの威力に抗いきれず、場外へと吹き飛ばされていった。

 

「八百万さん、場外!! 飯田君、準決勝進出!!」」

 

 最高加速からの見事な三段蹴り。あの威力は、出久のスマッシュにも引けを取らないぞ。

 そして、次の試合は常闇と出久の戦い。 正直な話、どちらが勝つのか非常に予想が難しい。楽しみであり、不安な一戦だな。

 

 

出久side

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聞き流し、闘技場に上がった僕は、常闇君の様子を素早く観察する。

 ………うん、気負った様子も無し。互いに全力で戦えそうだ。

 

「緑谷、この試合でお前に勝つ。それを持って、これまでの恩返しとさせてもらう!」

「受けて立つよ! 常闇君!!」

『レディィィィィイッ! スタート!!』

黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨッ!」

「合体! 漆黒双翼(ダークウイング)!!」

 

 試合開始と同時に、常闇君は漆黒の翼に変形させた黒影(ダークシャドウ)を背中に装着して、一気にジャンプ。

 

「必殺! 堕天使の黒槍(ルシファーズランサー)!!」

 

 その最高到達点から落下の勢いを加えた飛び蹴りを放ってきた。今の常闇君が放てるであろう最強クラスの攻撃。正面から受けて立つ!

 

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 常闇君の飛び蹴り(ルシファーズランサー)と、僕が左右同時に放った44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュとの激突。その結果は―

 

「くぅぅぅっ!」

「ぬぉぉぉっ!」

 

 互角! 僕達は互いに吹き飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直して構えを取る。すると―

 

『コイツはスゲェェェッ! 開始早々大技の激突! これは物凄い激闘の予感だぁっ!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声に、観客席からも歓声が上がる。もっとも、僕達には殆ど聞こえていない訳だけど…。

 常闇君に新たな動きが見えたのは、その時だ。

 

「緑谷、やはりお前に勝つには、()()を使うしかないようだ…黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨッ!」

「合体!」

 

 次の瞬間、黒影(ダークシャドウ)を全身に纏い、一つになる常闇君。

 

「闇を纏いて力と成す! 名付けて深淵闇躯(ブラックアンク)!!」

 

 深淵闇躯(ブラックアンク)か。すごいよ、常闇君。こんな切り札を持っていたなんて!

 

「いくぞ! 緑谷!」

「こい! 常闇君!」

 

 正面から向かって来る常闇君。僕はフィンガースナップを高速で繰り返して、衝撃波の弾幕を放ち、それを迎え撃つ。

 

「この程度!」

 

 だけど、常闇君はそれを物ともせずに突破。間髪入れずに攻撃の体勢に入った。僕との距離は約5m。常闇君自身の間合い(リーチ)ではとても届かない筈だけど、一体どんな攻撃を仕掛けてくる?

 

影の細剣(シャドーレイピア)!」

 

 攻撃の正体、それは文字通り()()()()()()()()()()! 厳密には黒影(ダークシャドウ)を貫手の動きに連動させて伸ばしているのか! 

 

「うぉぉぉぉぉっ!」 

 

 矢継ぎ早に貫手を放ってくる常闇君。この鋭さ、気合と相まって、決して侮れない威力だ。だけど、決して見切れない攻撃じゃない!

 

「そこだぁ!」

 

 僕は、攻撃の途切れる僅かな隙を突いて、一気に常闇君の懐に飛び込み―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 必殺の44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュを常闇君のボディに叩き込んだ! だけど―

 

「残念だったな。緑谷!」

 

 常闇君は全くダメージを負った気配がなく、反撃の拳を振り下ろしてきた。ギリギリのところでそれを避け、距離を取る。

 

「コノクライジャ、タオセネーゼ!」

 

 そんな僕を見て、誇らしげに声を上げる黒影(ダークシャドウ)。そうか、黒影(ダークシャドウ)が防壁になる事で、常闇君へのダメージを遮断していたのか!

 

「このまま勝負を決めさせてもらう!」

 

 僕の攻撃でダメージを受けなかった事を勝機と捉え、突っ込んで来る常闇君。僕も迎撃に動き出すけど―

 

影の鎖(シャドーチェーン)!」

 

 常闇君の方が一瞬早かった。常闇君の左手から伸びた黒影(ダークシャドウ)が、文字通り鎖となって僕に絡みつき、両腕を封じてしまう。 

 

「しまった!」

「もらったぞ! 緑谷!」

 

 両腕を封じられた僕に跳びかかる常闇君。そのまま空中回転し―

 

「必殺! 堕天使の戦斧(ルシファーズバルディッシュ)!!」

 

 その勢いを加えた踵落としを繰り出してきた。狙いは…僕の頭部!

 

「…まだだぁ!」

 

 僕は咄嗟に、()()()()()()()()()()。常闇君の踵落としを頭突きで迎撃!

 

「ぬぅぁっ!」

 

 前回の激突は互角だったけど、今回は僕の方が勝った! 落下した常闇君は闘技場に叩きつけられ、同時に黒影(ダークシャドウ)の拘束も僅かに緩んでいく!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 僕は全力で黒影(ダークシャドウ)の拘束を弾き飛ばし、立ち上がろうとする常闇君へ突撃!

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマッシュ! シックスオンワン!!」

 

 その無防備なボディに44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュを6連発で打ち込んでいく!

 

「コノクライデ!」

 

 最初の3発は耐えた黒影(ダークシャドウ)だったけど―

 

「チョッ! マテヨ!」

 

 4発目で異変を生じ―

 

「モ、モウムリ!」

 

 5発目で遂に限界を迎え、常闇君の体から弾き飛ばされてしまった。そして―

 

「これで! 最後だぁぁぁぁぁっ!」

 

 最後の1発が常闇君自身に炸裂! 常闇君は場外へと一直線に吹き飛んでいった。

 

「常闇君、場外!! 緑谷君、準決勝進出!!」

『準々決勝最終戦に相応しい激闘となったこの試合、勝ったのは緑谷出久!!』

『これによって、ベスト4が出揃った! そのメンツと組み合わせを改めて紹介するぜ!』

『準決勝第一試合! 吸阪雷鳥(バーサス)轟焦凍!』

『準決勝第二試合! 飯田天哉(バーサス)緑谷出久!』

『現時点での1年生最強が決まるまであと3試合。優勝するのはこの4人の誰なのかぁ!』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聴きながら観客席に目をやると、オールマイトが微かに頷いてくれた。

 優勝まであと2勝。絶対に勝つぞ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
令和も、拙作をよろしくお願いいたします。


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第33話:雄英体育祭! 最終種目!!ー準決勝その1ー

2週間近くお待たせして、申し訳ありません。
第33話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、キャラクター設定集を第33話終了時点の情報に更新しております。


雷鳥side

 

「吸阪…お前の事は嫌いじゃないし、緑谷には恩もある。だが、勝負は別だ」

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聞きながら闘技場に上がると同時に、轟がそんな事を言ってきた。

 勝負は別(・・・・)か。そうだな、そうでないと面白くない。

 

「あぁ、互いに後悔しないよう、全力で戦おうぜ」

 

 俺も轟へそう返し、互いに構えを取る。ヒリヒリするような緊張感が周囲に漂い―

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 試合が始まった! 

 

王狼の領域(フェンリルテリトリー)、凍てつけ!」

 

 先手を取ったのは轟だ。右手を闘技場へ当て、全体を一気に凍結させると同時に、鋭く尖った氷柱を何本も生やしてきた。

 何の対策も取っていなければ、両足を凍らされて動きを封じられるか、下手に動いて氷柱に激突し、大ダメージは確定だろう。だが―

 

()()()()()()()()()!」

 

 高い確率で、初手は氷を使ってくると予測していた俺は、ターボユニットを発動。地面から浮き上がる事で凍結を回避し、次々と生えてくる氷柱を回避する。

 

「初手で氷の大技を使うのが、半ば癖になってるな」

「あぁ、俺もそれは自覚している」 

 

 ん? ()()()()()()だと…まさか! 

 

「降り注げ、不死鳥の羽根(フェニックスフェザー)

 

 直後、頭上から降り注ぐ幾つもの火球。くそっ、最初の凍結は囮で、俺はまんまとこの場所に誘導されたって訳か! 

 

「ちぃっ!」

 

 咄嗟に電磁バリアを最大出力で展開し、降り注ぐ火球を防ぐが―

 

王狼の爪(フェンリルクロウ)…吸阪、とったぞ!」

 

 そこへ轟が突撃を仕掛けてきた。火球はなんとか全弾凌いだが、このタイミングでの回避は不可能。だったら、これだ!

 

「…このタイミングで、止めるかよっ!」

 

 轟の顔が驚愕と悔しさで彩られるが、それも無理はない。轟が突き出した氷の手甲鉤は、俺まであと数cmの所で、電撃を纏った手刀に止められていたのだから。

 

「…残念だったな、轟。お前の右手が王狼(フェンリル)の爪なら、俺の手刀は()()()()!」

 

 そう言いながら手刀で氷の手甲鉤を打ち払い、一旦轟から距離を取る。

 

「俺の王狼の爪(フェンリルクロウ)と五分に渡り合うとは…大した手刀だな」

「名付けてライトニングスラッシュ。格好良いだろう?」

「あぁ、そうだな。だが、俺も負けるつもりはねぇ…切り札を使わせてもらう」 

 

 そう言うが早いか、右手に氷、左手に炎を宿し、その力を高めていく轟。直後、氷と炎が轟の体を包み、その姿を変えていく。

 

「まだ名前も付けてねぇが…これが俺の切り札だ!」

 

 右半身を氷の鎧で覆い、左半身に炎を纏った姿か。氷と炎を自在に操る轟の最強形態(切り札)と呼ぶに相応しいな。

 

「見事だ! 焦凍!!」

 

 ………ん? 今の声は…。

 

「俺と(母さん)の力、その2つを十全に発揮すれば、お前に敵う者など、そうはいない! 存分に戦え! 焦凍!!」

 

 観客席にいるのは、エンデヴァー!? イメージとかけ離れ過ぎなんですけど!?

 

「………親父」

 

 あ、轟も頭抑えてる。

 

「な、なんと言うか…エンデヴァーも親馬鹿な所があるんだな…」

「……あぁ、だが親父も見ているんだ。無様な試合は出来ねぇ…行くぜ! 吸阪!」

 

 気を取り直し、俺に向かって来る轟。その圧力はこれまでの比ではない。

 

「エレクトロ! ファイヤー!」

 

 俺は右拳を凍結した闘技場に叩きつけ、電撃を一直線に走らせて迎撃を試みるが-

 

「その程度の電撃!」

 

 今の轟には足止めにさえならない。右半身を包む氷の鎧だけでなく、左半身を包む炎も見た目以上の防御力だな。

 

王狼の爪(フェンリルクロウ)!」

不死鳥の嘴(フェニックスビーク)!」

 

 そして攻撃は、炎に包まれた左手から放つ強烈な貫手が追加された。氷の爪と炎の嘴。斬撃と刺突。異なる2つの攻撃が矢継ぎ早に繰り出される。

 

「ライトニングプラズマァ!」

 

 だが、俺だって無抵抗で攻撃され続ける訳じゃない。攻撃を何とか掻い潜り、反撃の連打(ライトニングプラズマ)を放つが―

 

「硬っ!」

 

 手数重視の打撃では、傷一つ付けられない。そして―

 

「とったぞ! 吸阪!!」

 

 反撃として放たれた炎の貫手(フェニックスビーク)をくらい、俺は吹っ飛ばされた。咄嗟にバリアを張った事で、ダメージは最小限に抑えられたが…これでハッキリした。

 

「…やっぱり、出久みたいにはいかないか……」

 

 出久の様にどんな相手とも正面からぶつかり、勝利する。思う所があって、そんな戦い方を目指してみたが…どうやら自分には無理な芸当らしい。

 

「ま、俺って喧嘩弱いから、仕方ない」

「そう言う訳で轟…悪いが、()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 ここからは俺のスタイルで勝利を掴ませてもらう。

 

 

轟side

 

「そう言う訳で轟…悪いが、()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 吸阪のその言葉を聞いた瞬間、俺の心には『()()()()()()()()()()()()()()』という思いと『()()()()()』という思いが同時に沸き上がった。

 吸阪雷鳥という男の何が恐ろしいか、この問いの答えは人によって様々だろうが…俺は頭の回転の速さだと思っている。

 時に挑発や煽りを用いて相手から冷静さを奪い、戦いを有利に進める。時に様々な策を弄して、相手を自分の掌の上で躍らせる。世が世なら、大軍を率いる軍師として名を馳せていただろう。

 そんな吸阪が()()()を使うという事は…()()で来るという事。だが、勝つのは俺だ!

 

「どんな小細工だろうと、正面から叩き潰す!」

 

 その叫びと共に離れた間合いを一気に詰めていく。吸阪の()()()が何であれ、戦いの流れは今こちら側にある。このまま攻め続ければ、押し切れる筈だ!

 

「はぁっ!」

 

 そして、間合いに入った瞬間、大上段に構えた王狼の爪(フェンリルクロウ)を一気に振り下ろす! 当然、こんな見え見えの攻撃は容易く避けられる上に-

 

「せいっ!」

 

 吸阪なら間違いなくカウンターを合わせてくる。だが、それこそがこっちの狙いだ。

 顔面狙いで放たれたカウンターを紙一重で避け、()()()()()()()()()()()不死鳥の嘴(フェニックスビーク)を放つ!

 

「っ!?」

 

 次の瞬間、俺は大きく吹っ飛ばされていた。何とか体勢を立て直して前を見れば、そこには掌打を放った体勢からゆっくりと構えを戻す吸阪の姿。

 食らった攻撃の種類はわかる。第一種目(障害物競走)の終盤や準々決勝で放った、相手を吹っ飛ばす掌打。それはいい。だが、何故攻撃を食らった? カウンターのカウンターを放った自分が、逆にカウンターを食らったのか?

 

「混乱しているところ悪いが…俺のターンはまだ続くぜ。Are You Ready(準備はいいか)?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、正面から突進してくる吸阪。間合いに入ると同時に、左右の連打を放ってきた。

 落ち着け。攻撃力と防御力はこっちが上。この攻撃を凌いでから反撃に移れば良い。俺はそう判断し、吸阪の連打を冷静に捌いていく。そして、反撃の初弾として前蹴りを放つが-

 

「悪いな。そうはさせねえよ」

 

 その蹴りは、出始めで押さえられていた。馬鹿な。この蹴りを防御するなり、避けるというならわかるが、出始めを押さえるだと…。

 そんな事が出来るという事は、まさか…俺が前蹴りを放つ事を()()()()()()()

 

「隙だらけだぜ!」

 

 脳裏に浮かんだ仮説に気を取られた瞬間。俺は吸阪の足払いで体勢を崩され―

 

「ダブルライトニングスラッシュ!」

 

 電撃を纏った二振りの手刀を叩き込まれた。咄嗟に両腕を交差して受けたが、強烈な衝撃に王狼の爪(フェンリルクロウ)が粉々に打ち砕かれる。

 

「防御が間に合うとは…流石だな。轟」 

「吸阪、お前の小細工は先読み…いや、『()()』の類だな」

 

 どこか感心した様子の吸阪に、自分の仮説を投げかけながら間合いを取ると―

 

Exactly(そのとおり)

 

 吸阪はあっさりと肯定した。恐らく、この程度なら知られても問題が無いと判断したんだろう。事実、『予知』の原理は未だわからないのだから。

 

「もっとも予知と言える程立派な物じゃない。相手が次にとる…精々コンマ5秒先の行動が解る程度だ」

「それだけ解れば、接近戦では十分すぎるだろ…魔法使いみたいな真似しやがって…」

「魔法使いなんて柄じゃないな。俺には精々手品師(マジシャン)辺りがお似合いさ…だが、手品(マジック)を舐めんなよ? さあ、ショータイムだ」

 

 再び間合いを詰めてくる吸阪。

 

「はぁっ!」

 

 咄嗟に吸阪の進行方向上へ氷柱を生やし、接近を阻むと同時に距離を取る。予知で動きが知られる以上、接近戦は分が悪い。ならばどうするか。

 

不死鳥の羽ばたき(フェニックスフラップ)!」

 

 答えは1つ。遠距離戦だ。左手の動きに合わせて薙ぎ払う様に火炎を放つ事で、氷柱を砕いたばかりの吸阪を更に足止めし―

 

「動きが読まれようと関係ない。火力で圧倒する! 不死鳥の眼光(フェニックスグレア)!」

 

 突き出した左手、それぞれの指先から熱線と見紛う程に圧縮した炎を放つ。親父の必殺技『赫灼熱拳ヘルスパイダー』を俺なりに再現した技だ。

 

「やばっ!」

 

 流石にバリアで防ぐとはいかないのか、焦った顔で回避に専念する吸阪。時折氷柱の陰に隠れたりもするが、極度に圧縮した炎が触れた途端、氷柱は熱したナイフを当てられたバターのように切断されていく。

 そして炎の放出が止んだ時、闘技場に生えていた氷柱は全て、原形を留めない程バラバラの氷塊に成り果てていた。

 

「いやはや、とんでもない火力。うん、やっぱり真っ向勝負じゃ勝てないな」 

「言ってる事の割には、焦った様に見えないな」

「そりゃあ…真っ向勝負以外の方法で勝つからね」 

 

 吸阪の言葉に、僅かだが緩めていた警戒レベルを最大まで引き上げる。戦いの流れはこちらにある筈なのに、嫌な予感が拭えない。そして-

 

「流れは自分にある。そう思っているだろう? 残念だが…それは間違いだ」

 

 そう呟いた吸阪が指を鳴らした瞬間。闘技場に転がっていた氷塊が次々と勝手に浮き上がり、吸阪の周囲を漂い始めた。

 

「お前が氷柱を切断してくれて助かったよ。あの大きさだと操作するのが一苦労なんでな!」

 

 そうか、吸阪の奴が氷柱の陰に隠れていたのは、炎から逃れるというよりも、氷に磁気を帯びさせる為だったのか!

 

「いくぜいくぜいくぜぇ!」

 

 叫び声と共に、吸阪は周囲を漂う氷塊に手当たり次第に掌打を叩き込み、電磁加速で俺へ向けて飛ばしてくる。

 大きさはバスケットボール大、重さは…8kg前後ってところか。そんな物が時速150kmでぶつかればどうなるかなんて、考えるまでもない。

 

「舐めるなよ。吸阪!」

 

 だが、それは無抵抗の相手ならの話だ。俺は次々と飛んで来る氷塊を時に避け、時に火球や火炎放射で撃ち落としていく。

 そして、全ての氷塊を凌いだ訳だが…。

 

「…そういう事か!」 

 

 その時には、既に吸阪は新たな行動に移っていた。あれは、USJで脳無の動きを封じた!

 

「超電磁! タ! ツ! マ! キィッ!!」

 

 

雷鳥side

 

「超電磁! タ! ツ! マ! キィッ!!」

 

 氷塊による攻撃を隠れ蓑にする事で時間を稼いだ俺は、轟へ向けて超電磁タツマキを発射した。あの脳無をも拘束した技。命中すればいくら轟といえど…。

 

竜の咆哮(ドラゴンロアー)!」

 

 前言撤回! 轟の奴、あの短時間で拳藤や麗日との戦いで決め技にした、あの竜巻状の衝撃波を放ちやがった!

 互いの中間地点でぶつかりあう超電磁タツマキと衝撃波(ドラゴンロアー)。2つの力は一旦は拮抗するが…。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

「ぬぅぅぅぅぅっ!」

 

 徐々に俺が押し始めた。轟、あの技を咄嗟に放ったのは大したもんだが、その分エネルギーチャージが不完全だったな。恐らく、今の威力は本来の7割にも満たないだろう。それならば!

 

「出力! 全開!!」

 

 俺の最大出力が上をいく! 直後、衝撃波を突破した超電磁タツマキが轟を飲み込み、空中で磔状態にしてその動きを封じる。そこへ-

 

「トールハンマー! ブレイカー!!」

 

 両手を組む事で出力を増大させた強化版サンダーブレーク、トールハンマーブレイカーを叩き込む!

 

「…俺の、勝ちだ!」

 

 白煙を上げながら闘技場に落下した轟を見て、右手を掲げる俺。それを見て、一時場外に避難していた主審(ミッドナイト先生)が轟に駆け寄り-

 

「轟君、戦闘不能!! 吸阪君、決勝進出!!」

 

 決着を宣言した。

 これで残るは1試合。出久、先に決勝の舞台で待ってるぜ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第34話:雄英体育祭! 最終種目!!ー準決勝その2ー

1ヶ月以上お待たせしてしまい、申し訳ありません。
第34話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



雷鳥side

 

 轟との戦いを終えた俺は観客席ではなく、控室に足を進めていた。

 決勝の相手が出久なのか飯田なのかはわからないが、休息に使える時間は精々1時間程度。控室で待機していた方が効率的だからな。

 そんな事を考えながら、控室に足を踏み入れた訳だが…。

 

「っ!?」

 

 控室に入って僅かに気が緩んだ途端、強烈な眩暈(めまい)が襲ってきた。

 

「やばっ…バッテリー切れ…」

 

 咄嗟にテーブルにつこうとした手が空を切り、そのまま床へ倒れていく。だが―

 

「………あれ?」

 

 顔面を床に強打する寸前、2つの手が俺を支えてくれた。これは…。

 

「…大丈夫か?」

「吸阪、俺達がわかるか?」

 

 障子と切島か。その背後には梅雨ちゃんが心配そうな目で俺を見ている。

 

「あぁ…大丈夫だ。ちょっと眩暈がしただけさ」

 

 2人(障子と切島)の手を借りながら椅子に座り、軽い口調でそう答えるが、3人からは『キチンと説明しろ』という雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。

 

「……俺の“個性”の副作用というか…欠点みたいなもんさ。轟との戦いで少し無茶したからバッテリー切れを起こしたんだよ」

 

 普通に戦うだけならまだ余裕はあったんだが、あの予知とトールハンマーブレイカーで予想以上に消耗してしまった訳だ。まぁ、これは言わなくてもいいか。

 

「…大丈夫なのか?」

「あぁ、命に関わるようなもんじゃない。暫くの間、眩暈と怠さに襲われる程度さ。()()()()2時間も休めば、ある程度回復する」

「ケロ? 2時間って…決勝まで精々1時間ちょっとしかないわよ。…まさか吸阪ちゃん、棄権するつもりじゃあ…」

「いやいや、そんな訳ないでしょう。普通じゃ間に合わないなら、()()()()()()方法で回復するだけだよ」

 

 そう言うと俺は、障子と切島の顔をまっすぐ見つめ- 

 

「悪いんだが……外の出店で食い物調達して来てくれ。代金は後で払うから」

 

 真剣な表情で、お願いをした。

 

「…食い物、か?」

「あぁ、休息による自然回復が間に合わないなら、カロリー摂取による回復で間に合わせる。出来れば甘い物とか炭水化物系…まぁ、何でもいいや」  

「わかった! ひとっ走り行ってくるぜ!」

「出来るだけ早く戻る」

 

 そう言い残して控室を飛び出して行く切島と障子。あれ? そう言えばなんで3人はここに…

 

「飯田ちゃんと緑谷ちゃんを応援するメンバーと、吸阪ちゃんと轟ちゃんの様子を見に行くメンバーに分かれたのよ」

 

 梅雨ちゃんの話によると、轟が医務室へ運び込まれ、俺も観客席へ戻って来ない事が予想された為、梅雨ちゃん達が控室に、八百万、砂糖、瀬呂が医務室にそれぞれ様子を見に行く事になったそうだ。

 

「そして控室に来てみたら、吸阪ちゃんが倒れそうで…本当にビックリしたわ」

「あぁ、その件に関しては…申し訳ない」

 

 やれやれ、梅雨ちゃん達に余計な心配をさせちまったな。決勝ではこんな事にならないようにしないと…。

 

 

轟side

 

「これでよし。ほら、チョコお食べ」

「…ありがとうございます」

 

 医務室に運ばれ、リカバリーガールの治癒を受けた俺は、治癒の反動による怠さを感じながら、貰ったチョコを口に含み、その甘さを感じていた。そこへ―

 

「リカバリーガール。迅速な治療、ありがとうございました」

 

 治癒の間、一旦外に出ていた親父が戻ってきた。リカバリーガールに深々と頭を下げる姿は、普段の親父しか知らない人から見れば、驚き以外の何物でもないだろう。

 

「これがあたしの仕事さね。それにしてもエンデヴァー…アンタも変わったね。少し前までとは大違いだ」

「……色々とありまして…今は過去の自分を振り返り、反省の日々です」

 

 リカバリーガールの言葉に恐縮しきりの親父。俺はその姿を見ながら、静かに呼吸を整え―

 

「親父…すまなかった」

 

 今、一番伝えたい事を口にした。

 

「焦凍…」

「エンデヴァーの息子として、母さんの息子として、トップを取ると誓ったのに…俺は……」

 

 準決勝での吸阪との戦い、俺は全力を出したと自信を持って言い切る事は出来る。だが、それでも勝てなかったという事は…。

 ネガティブな考えに囚われかけたその時、親父が静かに口を開いた。

 

「……大昔の政治家がこんな事を言っていた。『人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ』と…」

「辞めたら終わり…」

「今回の勝負。俺が見る限り、彼とお前の実力にそこまで差はなかった。何かが1つでも違っていれば、勝敗は逆になっていただろう」

「焦凍。これからもチャンスはある。この敗北を糧として、更に高みを目指して行けば良い。お前なら、ナンバー(ワン)になれる。俺も母さんもそう信じている」

「…わかったよ、親父。俺はもっと強くなる。この敗北を糧にして」

 

 親父の言葉にそう答え、俺は静かに気合を入れ直す。そんな俺を見て安心したのだろう。親父は小さく頷くと-

 

「俺はそろそろ仕事に戻る。無理はしないようにな」

「あぁ…」

「では、リカバリーガール。今度改めてお礼に参ります」

 

 リカバリーガールに一礼し、退室しようとドアを開いた。そこには―

 

「む…」

「あ…」

 

 親父と鉢合わせする格好となり、立ち尽くす八百万達の姿が…。

 

「え、あ、は、初めまして! 私達は轟さんのクラスメートで、お見舞いに伺わせて戴きました!」

 

 親父が半ば無意識に発している威圧感に気圧されながらも、頭を下げる八百万。砂糖と瀬呂も一瞬遅れてそれに続く。それを見た親父も―

 

「……息子が、焦凍がいつも世話になっている。これからも焦凍の良き友、良きライバルとして、共に歩んで行って欲しい」

 

 八百万達に頭を下げ、そのまま仕事へと戻っていった。 

 

「………エンデヴァー、すっげぇ怖いって噂だったけど…思ったより普通のお父さんだったな」

「あぁ…なんと言うか、意外だ」

「お2人とも! 轟さんに失礼ですよ!」

「いや、瀬呂と砂糖の反応が当然だ。変わったのはつい最近だからな…俺と同じだよ」

 

 2人(瀬呂と砂糖)を窘める八百万を宥めながら、俺は時計を確認する。次の試合まであと5分か。

 

「リカバリーガール。俺も観客席に戻ります。ありがとうございました」

「お騒がせして申し訳ありません」

「はいよ。お大事に」

「……あれ? そういえば、爆豪は? てっきり医務室(ここ)で寝てると思ったのに…」

「あぁ…あの子なら、この子が運び込まれる少し前に出て行ったよ」

 

 爆豪か…。麗日に完敗した事で、あいつも何か変わる事が出来たんだろうか…。

 

 

出久side

 

「緑谷君、俺の全身全霊を以て君に挑み、勝たせてもらう!」

「望むところだよ! 飯田君!」

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を聞きながら闘技場へ上った僕達は、互いにそんな言葉を交わし、本来の位置とはかなり離れた所で構えを取る。

 

『おぉーっと! 両者とも本来の開始位置とは違う位置で構えているが、どういうことだぁ!?』

『先程主審のミッドナイトさんから連絡があった。飯田から申し出があり、それを緑谷が了承した為、あの位置での開始となったそうだ』

『なるほどぉ! 納得がいったところで試合開始だ! レディィィィィイッ! スタート!!』

「「いくぞ! 飯田君(緑谷君)!!」」

 

 試合開始と同時に、僕達は互いへ向けて一直線に走り出す。飯田君が開始位置を変更するよう希望してきたのは、最高速度を出す為の助走距離が欲しかったから。

 加速を妨害する事は簡単だ。だけど、僕はそれはやらない。やりたくない。甘いと笑われるかもしれないけど、僕は僕の抱く理想(ヒーロー)像を貫く為に、真正面から勝負をかける!

 

「とぅっ!」

 

 次の瞬間、最高速に達した飯田君はその勢いのままジャンプし―

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 空中で体を独楽のように回転させ、その勢いを加えた回し蹴りを放ってきた。あれは骨抜君との戦いで披露した技! だったら!

 

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 飯田君の跳び回し蹴りと、僕が左右同時に放った44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュとの激突。その結果は―

 

「くぅぅぅっ!」

「ぬぉぉぉっ!」

 

 互角! 2つの技がぶつかり合った事で発生した強烈な衝撃に、僕は吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、構えを取る。でも―

 

「っ!?」 

 

 飯田君は既に動き出していた。時間にしてコンマ数秒の差。でも、その差は数字以上に大きい! 僕は咄嗟にフィンガースナップを高速で繰り返して、衝撃波の弾幕を放ち、迎撃を試みる。

 

「遅い遅い! 遅すぎる!!」

 

 だけど、最高速に達した飯田君のスピードの前には、弾幕も無意味だ。瞬く間に間合いを詰められ―

 

「はぁっ!」

 

 鋭い蹴りを叩き込まれる。防御を固めてダメージは最小限に留めたけど、この威力…決して楽観は出来ない! しかも―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 飯田君は一瞬たりとも止まる事無く動き続け、全方位から攻撃を繰り出してくる! これじゃあ、反撃はおろか、ここから動く事も!

 

 

プレゼント・マイクside

 

「おぉぉぉっと! 飯田の猛攻の前に、緑谷一歩も動けなぁい! 亀の様に防御を固めるのが精一杯かぁ!?」

「飯田の最高速度は、並のプロヒーロー以上だ。緑谷がこのまま防御に徹するつもりなら、激流に晒される岩の様に削り尽くされる訳だが…」

 

 努めて冷静に解説しているイレイザーだが、長い付き合いの俺にはわかる。自分の教え子同士の対決。しかもこれだけハイレベルな戦いを前に、内心喜んでやがる。

 まったくBothersomeな(面倒くさい)奴だぜ!

 

「おぉぉぉっと! 飯田が更に加速したぁっ!」

 

 そんな事を考えているうちに、闘技場で動きがあった。飯田が第2種目(騎馬戦)や2回戦で使用した超加速の裏技(レシプロバースト)を発動して更に加速。怒涛のラッシュを仕掛けた! そして―

 

「緑谷! 遂によろけたぁ!」

 

 飯田の猛攻に耐え切れなくなったのか、緑谷のガードが緩み、わずかにだがよろけちまった!

 それを勝機と見た飯田が、緑谷を仕留めようと今までで最大の攻撃を正面(・・)から放つ!

 

「……焦ったか。いや、誘い込まれた(・・・・・・)な」

 

 それを見て、マイクで拾えない程に小さく呟くイレイザー。それの意味を俺はすぐに理解する事になった。

 

 

飯田side

 

「貰ったぞ! 緑谷君!!」

 

 レシプロバーストを発動し、通常の最高速度を遥かに超えるスピードでラッシュを仕掛け、遂に緑谷君のガードを抉じ開ける事が出来た!

 レシプロバーストの残り時間は約5秒。このチャンス、決して無駄にはしない!

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 残る力の全てを右足に込めて! 真正面から緑谷君を打ち砕く為に回し蹴りを放つ!

 

「っ!?」

 

 直後感じたのは、蹴った対象(緑谷君)が吹き飛んでいく感覚ではなく、まるで巨大な岩を蹴ったような…まさか!

 

「信じていたよ。飯田君……君なら正面から来てくれるって!」

 

 緑谷君の言葉と両手でしっかりと受け止められた右足に、俺は自らの不覚を悟る。そして、次の瞬間―

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 緑谷君は、気合と共にジャイアントスウィングの要領で俺を振り回し、一気に投げ飛ばした。

 高速で回転しながら20m程度の高さまで一気に上昇した事で、平衡感覚を完全に奪われた俺に襲い掛かるのは、衝撃波の弾幕と―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 緑谷君必殺の右拳。次の瞬間、俺は強烈な衝撃と共に場外へと吹っ飛ばされた。

 

 

出久side

 

「飯田君、場外!! 緑谷君、決勝進出!!」

『激闘、決ちゃぁぁぁっく! 飯田が怒涛の攻めを見せていたが、最後の最後に緑谷が大逆転! 見事、決勝進出だぁっ!!』

『試合終盤、飯田の猛攻で緑谷が体勢を崩したように見えたが…あれは十中八九、緑谷の()()だろう。わざと隙を晒す事で、飯田の攻撃を促した』

『そして飯田の実直な性格上、最後の攻撃は正面から来ると考えてほぼ間違いない。如何に素早い攻撃でもどこから来るか分かっていれば、受け止める事は十分可能。増強系の“個性”を持つ緑谷なら猶更だ』

『なるほどぉ! 激闘を繰り広げた両者に、エブリバディ! クラップユアハンズ!! そして、決勝戦の対戦カードは! 吸阪雷鳥(バーサス)緑谷出久!!』

『現時点での1年生最強を決める試合は、30分後! ドンビーレイトォ!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)解説(相澤先生)の声を聞きながら、モニターに視線を送りトーナメント表を確認する。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 遂にここまで来た。最後の相手は雷鳥兄ちゃん。僕にとって最大最強のライバル。今まで一度も勝てていないけど…今日こそは勝ってみせる!!

 

 

雷鳥side

 

「決勝の相手は緑谷ちゃん。吸阪ちゃんの予想通りね」

「飯田も格段に力を上げていたけどな。出久だって強くなってる。妥当な結果だよ」

 

 切島と障子が買ってきてくれた食料を胃に収めながら、梅雨ちゃんの問いに答えていく。

 正直、飯田の動きには驚かされたが…それでも俺の予想を覆すには至らなかったという事だ。

 

「…ふぅ、落ち着いた。切島、障子、ありがとうな」

「あ、あぁ…それにしてもよく食べたな」

「鯛焼き2個にたこ焼き1パック、ケバブサンド3つにアメリカンドッグ、ついでにリンゴ飴…そんなに喰って動けるのか?」

「大丈夫大丈夫、俺、消化早いし…さて、ギリギリまで休養取れば…7割がたは回復するな。出久のダメージ考えれば…まぁ互角にやりあえる」

 

 膨れた腹を擦りながら、ギリギリまで体を休める為に目を瞑り、気持ちを落ち着かせる。全ては決勝戦の為に。

 

 

爆豪side

 

「ば…馬鹿な…こんな…」

 

 医務室を後にし、観客席に戻って来た俺だったが、数分前まで闘技場で繰り広げられていた戦いに目を疑った。

 元“無個性”のデクと“没個性”のメガネが、あんな戦いを繰り広げたなんて、信じられねぇ…。

 個性把握テストや戦闘訓練では、確かに不覚を取った。だけど、あれから俺だって必死に鍛えて…。

 それなのに、メガネはおろかデクにも勝てる気がしねぇ。丸顔にも負けて、俺は…俺は…。

 

 -おい、爆豪。1つ言っておく。出久は俺と互角に戦えるし、パワーもスピードも、ついでにテクニックもお前より上だ。俺に勝てない奴が、出久に勝とうなんざ、西から昇った太陽が東に沈むくらいありえない。それだけは肝に銘じとけ-

 

 “没個性”野郎の言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、周りを見てみれば-

 

「おい、あれ爆豪じゃん。口だけの“強個性”野郎」

「うわぁ、よく観客席(こっち)に来れたな…面の皮厚っ!」

「おいおい、あんまり刺激するなよ。あいつ狂犬だから噛みつかれるぞ」

 

 普通科やサポート科の奴らが俺を見ながら、小声で嘲っているのが聞こえてきた。怒りが爆発しそうになるが、その奥にB組の担任(ブラドキング)がいるのが見えたからそれも出来ねぇ…。

 

「くそっ…」

 

 怒りを噛み殺しながら、奴らから死角になる階段の方に移動する。

 何故だ! どうしてこんな事になった! 順風満帆だった筈の全てが何もかも滅茶苦茶だ!

 

「デクとあの“没個性”野郎だ…あいつらさえ、あいつらさえいなきゃ…今頃、俺は……」

 

 そうだ。あいつらが悪いんだ。あいつらが…あいつらが…。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
7月からは更新ペースが元通りとはいきませんが、かなり改善される予定です。
今後とも、拙作をよろしくお願いいたします。


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第35話:雄英体育祭! 最終種目!!ー決勝その1ー

お待たせしました。
第35話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

『さぁ、いよいよラスト!!』

『雄英1年の頂点を決めるこの舞台に勝ち進んだのは、この2名!!』

『その戦術(スタイル)、変幻自在。秘めたる手札は数知れず。正に技のデパート! 1-Aの黒き雷神! 吸阪雷鳥!!』

(バーサス)戦術(スタイル)は常に真っ向勝負! 半端な小細工は真っ正面から打ち砕く! 1ーAのジークフリート! 緑谷出久!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声と歓声が響き渡る中、闘技場へと上る僕と雷鳥兄ちゃん。

 でも、雷鳥兄ちゃんの雷神は良いとして…僕がジークフリートだなんて、プレゼントマイク先生も大袈裟だなぁ…。僕は不死身でもないし、竜殺しみたいな逸話だって持ってないのに…。

 そんな事を考えている内に、主審のミッドナイト先生も闘技場に上がり…僕達を見つめながら、静かに口を開く。

 

「今年は長い雄英の歴史の中でも、5本の指に入る程の当たり年。そんな年に主審を務められる事を光栄に思うわ。さぁ、今日最後の一戦! 残った力の全てを出しまくりなさい!!」

「「はい!!」」

 

 ミッドナイト先生の激励に答えると同時に、観客席のボルテージも最高潮まで高まっていく。そして僕達も静かに構えを取り―

 

『レディィィィィイッ! スタート!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)の声を合図に、互いへ向けて走り出した!

 

 

 吸阪雷鳥。母さんと26歳離れた僕と同い年の叔父さん。僕にとっては師匠であり、オールマイトと同じくらい最高のヒーロー。

 今まで1000回以上やってきた組手では、一度も勝った事はない。でも、1000回以上負けたという事は、それだけの回数()()()()()()()()という事。

 決勝戦(この時)の為に、雷鳥兄ちゃんの戦い方は徹底的に調べてきたんだ!

 

「はぁっ!」

 

 踏み込みと共に左の一撃を放つ。雷鳥兄ちゃんは、相手が格闘戦を仕掛けてきた際、その初弾を―

 

「させるかよ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「予想通りっ!」

 

 左の一撃を捌こうとした雷鳥兄ちゃんの右手を掴み、一気にこちらへ引っ張りこむ!

 

「っ!?」

 

 引っ張りこまれた事で僕の策に嵌った事を察する雷鳥兄ちゃん。だけど、対応させる暇は与えない。

 

PARABELLUM(パラベラム)スマッシュ!」

 

 体勢が崩れ、無防備になったそのボディに右の一撃を叩き込む!

  

「ぐはっ!」

 

 声と共に吹き飛んでいく雷鳥兄ちゃんを見て、追撃をかけようとした瞬間。言いようのない不安が脳裏を過ぎる。

 冷静に考えてみると、()()()()()()()()()()()。もしも吹き飛んだ事が()()だとしたら…。

 考え過ぎと否定するには大きすぎる不安。追撃せずに警戒を続けていると―

 

「………あらら、引っかからないか」

 

 不安は的中。軽い口調で跳ね起きる雷鳥兄ちゃんからダメージは殆ど感じられない。

 

「防御は間に合いそうに無かったからな。殴られる瞬間だけターボユニットを発動して、()()()()()()のさ」

 

 雷鳥兄ちゃんの言葉に、吹き飛び方が綺麗過ぎた理由を理解する。

 打撃の瞬間に体を浮かせる事でスマッシュの威力、その殆ど全てを受け流したのだ。綺麗に吹き飛んだように見えたのは、威力を受け流した事の副産物のようなもの。

 見た目に騙されて追撃を仕掛けていたら、きっと手痛い竹箆(しっぺ)返しを受けていただろう。

 

「それにしても…俺がどう動くか、よくわかったな」

「当然だよ。この時の為に、雷鳥兄ちゃんの戦い方は徹底的に調べてきたんだ! 今日こそ、僕が勝つ!」

「言った筈だぜ、出久。まだまだお前の壁になるってな!」 

 

 そんな会話を交わしながら、僕達は互いに間合いを詰めていく。そして、間合いに踏み込んだ瞬間―

 

PARABELLUM(パラベラム)スマッシュ!」

「ライトニングプラズマァ!」

 

 互いの連打(ラッシュ)をぶつけ合う! 

 

「はぁぁぁぁぁっ!」 

「ちぃっ!」

 

 連打(ラッシュ)勝負の天秤は、すぐにこちらへ傾いた。雷鳥兄ちゃんの連打(ライトニングプラズマ)は、一見無作為(ランダム)に見えて、5種類程度のコンビネーションを組み合わせたものだ。

 だから、そのコンビネーションの規則性さえわかれば-

 

「はぁっ!」

 

 カウンターを叩き込む事も容易い! ダウンこそ奪えなかったけど、膝をつきかけた雷鳥兄ちゃんは、僕から距離を取っていく。

 先程とは違い、手応え十分。相応のダメージを与えた筈だ!

 

「大したもんだよ。出久」

 

 だけど、雷鳥兄ちゃんは余裕の態度を崩さない。それどころか、『かかってこい』のジェスチャーで、僕を挑発してくる。 

 そう、そうでないと、壁を超える意味がない!

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 こちらから間合いを詰め、雷鳥兄ちゃんの攻撃を掻い潜ってカウンターの一撃を放つ! だけど―

 

「がはっ…」

 

 いきなりの衝撃。それほど強くはないけど顎を正確に打ち貫かれ、思わず崩れ落ちそうになる。

 

「くぅっ!」

 

 咄嗟に両手を滅茶苦茶に振り回して、雷鳥兄ちゃんを牽制。なんとか距離を取る。

 正直、訳が分からない。カウンターとして放った自分の拳が、何故かカウンターされた。そう、準決勝の時の轟君の様に。

 

「出久。お前の予測、正に見事の一言だ。類稀な観察力と分析によって、相手の動きを極めて高い確率で予測している。格闘戦じゃ敵無しと言っても過言じゃない」

 

 いつもと同じ軽い口調で近づいてくる雷鳥兄ちゃん。だけど、何故だろう。頭の中で警戒警報が鳴りやまない!

 

「だけど、それはあくまでも『()()』。見せてやるよ。最上の予測を超える『()()』ってやつを」

「くっ!」

 

 雷鳥兄ちゃんの言う『()()』、その正体はわからない。でも、ここで退く訳にはいかない。退けばそれこそ雷鳥兄ちゃんの思う壺だ!

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 一気に間合いを詰め、必殺の一撃を繰り出す。普通に考えれば、ここで大技を繰り出すのは得策じゃない。でも、雷鳥兄ちゃんの予知がどんな物か探る為にも、ここは敢えて大技を選択する!

 

「フッ…」

 

 当然大振りの一撃(スマッシュ)は容易く回避される。でも、これはどうだ!

 

「はぁっ!」

 

 スマッシュを避けられた勢いを利用してのフライングニールキック! 今まで一度も使った事のない大胆なコンビネーション。普通なら反応に一瞬の遅れが出る筈!

 

「甘いな!」

 

 だけど、雷鳥兄ちゃんはこのコンビネーションを苦も無く捌いてしまった。攻撃が全く通用しない事に歯噛みしながらも距離を取り、わかった事を整理する。

 初めて見せたコンビネーションを苦も無く捌いた事から、僕が使う分析と統計によって導き出される予測とは全く違う事が確定。

 そうすると、本当に未来を予知している? だとすると、その原理は? “個性”によって齎されている事は間違いない筈…。

 

「雷鳥兄ちゃんの“個性”は『雷神』。電気と磁気を操る…電気…探知…まさか!」 

 

 そこまで呟いた時点で、1つの可能性が脳裏に浮かんだ。確証はない。だけど、可能性としては一番高い。だから! 

 

「…生体電流……雷鳥兄ちゃんは、相手の生体電流を読み取って、行動を把握していたんだ!」

 

 僕は仮説を雷鳥兄ちゃんにぶつけた。すると―

 

Exactly(そのとおり)。この短時間でよく見破ったな出久。褒めてやるよ」

 

 雷鳥兄ちゃんはあっさりと正解を認めてくれた。だけど、それは事態の好転にはならない。生体電流を読み取るという事は、こちらが行動しようと思考した時点で、どう動くか知られているという事。

 少なくとも何の対策も無しに近接格闘を行えば、返り討ちに合う事は必定。だとすれば!

 

「これだぁ!」

 

 雷鳥兄ちゃんから離れると同時に、フィンガースナップを高速で繰り返して、衝撃波の弾幕を放つ! 生体電流を感知出来る範囲外からの攻撃なら、雷鳥兄ちゃんも予知出来ない!

 

 

雷鳥side

 

「…と、出久は考えているんだろうが、それは悪手だぜ」

 

 出久の放つ衝撃波の弾幕を電磁バリアで防ぎながら、静かに呟く。

 たしかにこれだけ離れてしまえば、生体電流の感知は出来ず、予知は不可能になる。そういう意味では遠距離戦を挑むのは正解だ。だが―

 

「この状況なら、撃ち合いは俺の方が有利!」

 

 戦闘服(コスチューム)を着用して、ベアリング弾を発射出来る状態ならともかく、今の出久が放てる衝撃波程度なら俺の電撃が上回る!

 

「サンダー! ブレーク!」

 

 薙ぎ払うように放った電撃で、衝撃波の弾幕を一気に吹き飛ばし―

 

「エレクトロ! ファイヤー!」

 

 右拳を闘技場に叩きつけて、電撃を出久へ向けて一直線に走らせる。出久は何とか電撃を回避したが、その顔からは焦りの色が感じられる。

 得意の格闘戦は予知で完封され、遠距離戦では力負け。正に八方塞がりだが…。

 

「お前なら、俺の『予知』程度簡単に突破できる筈だぜ。さぁ、勝利の法則を掴んでみな」

 

 聞こえる筈もない呟きと共に不敵に笑ってみれば、出久の目の色が変わった。そう、それでこそ緑谷出久だ。

 ここからが本番。気合を入れ直していこうか!!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回、決勝戦が遂に決着!
そして表彰式では何かが…!?


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第36話:雄英体育祭! 最終種目!!ー決勝その2&表彰式ー

お待たせしました。
第36話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、掲載に伴い、キャラクター設定集の改訂を行っております。


出久side

 

 -お前なら、俺の『予知』程度簡単に突破できる筈だぜ。さぁ、勝利の法則を掴んでみな-

 

 雷鳥兄ちゃんの不敵な笑みを見た瞬間、そんな事を言われた気がした。

 思わず両手で頬を叩き、気合を入れ直す。そうだ、相手は雷鳥兄ちゃん。この位の事はやってきて当然。

 そして、雷鳥兄ちゃんがあんな笑みを見せるという事は…攻略する方法が必ずあるという事だ。

 

「来ないのか? 出久…なら、こっちから行くぜ!」

 

 そんな事を考えている間に、雷鳥兄ちゃんの方から徐々に間合いを詰めてきた。ゆっくり考えるような時間はない…だったら―

 

「細かい事は、動きながら考える!」

 

 両足に力を込め、最初から最高速で走り出す。一気に間合いを詰めて、右の手刀を連続で振るう!

 

BAYONET(ベイオネット)スラッシュ!」

「ライトニングスラッシュ!」

 

 互いの手刀が幾度かぶつかりあい、どちらからともなく距離を取る。

 …駄目だ。攻撃の最中に腕や足、視線まで使って複数回フェイントを仕掛けたけど、雷鳥兄ちゃんは全く反応しない。『予知』で最終的な行動が解っているから、反応する必要がないんだ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 円を描くように雷鳥兄ちゃんの周囲を高速で動き回り、フィンガースナップの衝撃波を撃ちまくる。その全てが電磁バリアで防がれるけど、足止めと考える時間を稼ぐ事は出来る!

 考えろ! 考えろ! 考えろ! 近距離(格闘)遠距離(射撃)も通用しない今、10年以上続けてきた分析が最後の武器だ!

 雷鳥兄ちゃんの『予知』は相手の生体電流を読み取る事で、その行動を事前に知る事が出来るという物。

 生体電流は微弱な物だから、感知出来る距離は…長くて精々数m。格闘戦の間合いでしか使う事が出来ないと見て、間違いない。

 もっとも、雷鳥兄ちゃんの“個性”『雷神』は遠距離戦も平均以上にこなせる。『予知』が使えなくても問題は無いだろう。 

 それにしても、格闘戦限定とはいえ相手の次の行動が丸解りになるというのは…正直言って反則の領域だ。相手が放つ攻撃のパワー、スピード、タイミングが予め解っているならカウンターが取り放だ………ん?

 

「予め解っている…もしかしたら…」

 

 脳裏に浮かぶ1つの仮説。確証は無い。だけど試す価値は十分にある。

 

「よし!」

 

 衝撃波の連射を止め、ゆっくりと構え直す。すると雷鳥兄ちゃんも僕の意図を察したのか、バリアを解除して構え直してきた。 

 

「改めて…勝負!」

 

 全速力で間合いを詰め、格闘戦に持ち込む。この仮説が正しければ、雷鳥兄ちゃんの『予知』を突破出来る筈だ!  

 

 

雷鳥side

 

 ゆっくりと構え直す出久の姿に何か思いついた事を察し、電磁バリアを解除して構えを取る。

 ………まずいな。出久の思いつきが何なのか楽しみで、笑みを止められそうにない。

 

「改めて…勝負!」

 

 声と共に真っ直ぐ突っ込んでくる出久。さぁ、来いよ。お前の解答を見せてみろ!

 

PARABELLUM(パラベラム)スマッシュ!」

 

 咆哮と共に放たれる連打を『予知』を使って捌いていく。左の5連打から右フック、その勢いを利用して左のバックハンドブロー。全て『予知』の通りだ。そして!

 

「カウンター、いただき!」

 

 最後に放つのは、右ストレート! これに合わせてカウンターを放つ! だが―

 

「がはぁっ!」 

 

 吹き飛んだのは俺。これまで100%の確率で成功していたカウンターが失敗したのだ。

 

「なんのっ!」

 

 空中で3回ほど回転し、闘技場に叩きつけられそうになるが、ターボユニットの応用で何とか体勢を立て直し、着地する。これは…いや、まだ判断するには早いな。

 

「ふぅ、ラッキーパンチを食らうとは、ちょっと油断しちまったかな。だが、2度目はないぜ」

 

 あえて軽口を叩きながら、出久を挑発。攻撃を促し―

 

「わかってるんだよ! お前の攻撃は!」 

 

 先程と同じように捌いていく。そして―

 

「はぁっ!」

「これだっ!」

 

 カウンターの一撃を囮にして、放たれた出久の攻撃を最大出力の電磁バリアで防御!

 

「…しまった!」

「やっぱりな…」

 

 ギリギリ持ち堪えたバリア越しに浮かぶのは、俺の不敵な笑みとどこか悔しさの滲む表情の出久。 

 

「出久、『フルカウル』の出力を上げたな! それもホンの一瞬だけ!」

「………」

 

 俺の言葉に出久は何も答えない。だが、この場合…沈黙は正解とみなされるぜ。

 

 

プレゼント・マイクside

 

「おぉぉぉっと! 緑谷が吸阪の『予知』を破ったと思ったら、吸阪も負けじとそのメカニズムを看破したぁ! っていうかイレイザー! 出力を上げたとか何とか言っていたが、どういう意味だよ?」

「………緑谷の“個性”『フルカウル』は、全身にエネルギーを纏う事で、身体能力を爆発的に高める“個性”。だが、その増幅率は一般的な増強系の“個性”とは文字通り桁違いのレベルで、10年以上鍛えてきた緑谷でも、“個性”を全開に発動する事は、体の激しい損傷と引き換えにしなければならないそうだ」

「その為、普段は自壊しない程度(・・・・・・・)かつ安定して発動出来る(・・・・・・・・・)出力で運用している」

「一方、吸阪の『予知』は相手の生体電流を読み取る事で、相手が次に取る行動を把握出来る。相手の行動が前以って把握出来ているから、発動を潰す事もカウンターを取る事も自由自在だ。想定外(・・・)の事さえ起きなければな」

「想定外? イレイザー、勿体ぶってないで説明しろよ」

「………簡単な事だ。緑谷は吸阪に『予知』されてから、実際に攻撃を発動するまで…それこそコンマ数秒の間だけ、自身の“個性”の出力を引き上げた。自壊しないが、安定した発動は望めない程度にな」

「…そうか! 100の攻撃が来ると想定しているところに、想定以上の…例えば105の攻撃が来れば、対応が遅れるか、最悪対応出来なくなる! なんてこった! 正に究極の後出しジャンケンだぁっ!」

「お前は何を言っているんだ…」

 

 俺の声に続くように 観客席のプロヒーロー達からも驚きの声が上がり始める。あんな芸当、プロでも出来る奴はそう多くないから、無理もない。

 だが…あの吸阪雷鳥の表情から焦りは感じられず、むしろ余裕さえ感じられる。そう、まるでまだ切り札(・・・)を持っているように…。

 

 

出久side

 

「出久! よく俺の『予知』を突破した! ここまでは流石だと褒めておこう!」

 

 電磁バリア越しに、どこか芝居がかった口調で僕を褒める雷鳥兄ちゃん。素直に嬉しいと感じる反面、間違いなく何かを企んでいる事に警戒心が治まらない。

 

「だが…『予知』を破った位で俺に勝てると思っていたら、大間違いだぜ! 見せてやるよ。これが俺の切り札(ジョーカー)だ!」

 

 次の瞬間。雷鳥兄ちゃんの全身から噴き出す電撃に、思わず距離を取る。嵐のように吹き荒れた電撃はすぐに治まり…。

 

「今の内に言っておく…コイツはそう長い時間使える訳じゃない…5分…いや3分持ち堪えたら、お前の勝ちだ!」

 

 青白いスパークを全身から迸らせた雷鳥兄ちゃんが姿を現した。

 

「じゃあ、いくぜ…Are You Ready(準備はいいか)?」

「いつでも!」

 

 僕がそう答えた瞬間、雷鳥兄ちゃんは軽く左手を動かして、姿を消した(・・・・・)。馬鹿な! コンマ1秒だって、雷鳥兄ちゃんから目を離してなんか…。

 

「ここだよ」

「っ!?」

 

 次の瞬間。背後から聞こえた声に振り替える間もなく―

 

「ダブルライトニングボルトォ!」

 

 僕は脇腹に強烈な衝撃を受け、派手に吹っ飛ばされていた。

 

  

雷鳥side

 

「ふぅ…」

 

 闘技場の中央から端まで吹っ飛んでいった出久を見ながら、諸手突きの構えからゆっくりと戻していく。

 最後の切り札として用意しておいたこの技。出久の『フルカウル』を参考に、全身の強化を図ってみた訳だが…まぁ、実戦初使用としては、上出来と言えるだろう。 

 もっとも…出久の『フルカウル』。そして『ワン・フォー・オール』の様に身体能力を超絶的に強化出来た訳じゃない。

 ぶっちゃけた話、身体能力の強化は精々3倍弱。一般的な増強系の“個性”の方が、増幅率は上と言って良い。

 この技の本質は神経系(・・・)の強化。反応速度や脳の処理速度を大幅に向上出来た点にある。だから、左手を軽く動かす程度の簡単な視線誘導(ミスディレクション)で作った、コンマ数秒にも満たない隙を突いて、出久の背後に回り込むなんて芸当が…。

 

「ん?」

 

 闘技場に落ちた血で、鼻から出血している事に気づく。

 

「…体への負担が想定よりも大きいか。こりゃ3分もたないと考えた方が良いな」

 

 右の拳で鼻血を拭い、自嘲気味に呟いていると―

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 気合の咆哮と共に出久が立ち上がった。その全身に迸るエネルギーから見て、『フルカウル』の出力を限界(35%)の更に上。体を自壊しない半歩手前…推測だが38…いや40%まで高めたな。

 

「はぁっ!」

 

 次の瞬間、闘技場が抉れる程の踏み込みと共に、出久が間合いを詰めてきた。

 傍から見れば、瞬間移動したかのようなスピード。ここまでくると『予知』で把握出来たとしても、速過ぎて(・・・・)対応が追いつかない。

 

「っとぉ!」

 

 事実、脳の処理速度が向上した関係で周囲がスローに見えている今ですら、気を抜けないレベルだ。細心の注意を払いながら、出久の攻撃を捌き―

 

「ライトニングプラズマァ!」

 

 連打(ライトニングプラズマ)を放つが―

 

「ぐほっ…」 

 

 出久も然る者。自らの被弾と引き換えに、強烈な一撃をボディに叩き込んできた。こっちの5発分を1発で帳消しにするような威力に、体が『く』の字に折れ曲がりそうになるが、気合で何とか堪える。そこへ―

 

「もらった!」

 

 俺が後退した事を勝機と捉えた出久が、追い打ちを仕掛けてきた。

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 放たれたのは出久の十八番(おはこ)。当たれば間違いなくKOだが…。

 

「焦ったな! 出久!」 

 

 そんな大技を黙って食らう程馬鹿じゃない。紙一重で攻撃をやり過ごし―

 

「ライトニングブラストォ!」

 

 カウンターの中段回し蹴りを叩き込む! 出久は吹き飛んでいくが、踏み込みが僅かに足りなかったのか、手応えが小さい。あれでは決定打には至らないだろう。

 

「ま、だ…だぁ!」

「やっぱりな…」

 

 振り絞るような声と共に立ち上がる出久の姿に、自分の推測が正しかった事を確認する。そして―

 

「そろそろこっちは時間切れだ…」 

 

 再び流れ出した鼻血に加え、耳や目からも微かな出血が始まった事に時間切れ(タイムアップ)が近い事を悟る。やれやれ3分どころか2分半程度しか持たないか。要改良だな、この技も…。

 

「これが最後の勝負…」

 

 静かに呟き、ゆっくりと構えを取る。それを見て出久も俺の意図を察したのだろう。静かに頷き、構えを取ってくれた。

 

「いくよ! 雷鳥兄ちゃん!」

「こい! 出久!」

 

 俺達は同時に走り出し―

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)!」

「ライトニング!」

「スマァァァァァッシュ!!」 

「ソニック!!」

 

 互いの最強必殺技を発動! 正面からぶつかり合った俺達は共に吹き飛び、場外(・・)へと落下した。

 

『おぉーっと! 両者の必殺技がぶつかりあった結果、同時に場外へ落下! これはどうなるんだぁ!? 主審のミッドナイト! 裁定をプリーズ!』

『…両者同時に場外へ落下した為、先に立ち上がり、勝ち名乗りを挙げた者を勝者とします!!』

 

 実況(プレゼント・マイク先生)主審(ミッドナイト先生)の声が響くと同時に、俺は残る力の全てを両足に込め、ゆっくりと立ち上がる。だが―

 

「うぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺よりも早く、出久も立ち上がった。ゆっくりと右手を掲げ、勝ち名乗りを挙げていく。万事休すか…。

 

「僕の!」

 

 誰もが出久の勝利を確信した直後、勝利の女神が気まぐれを起こした。

 

「勝、ち…っぐぅ…」 

 

 勝ち名乗りを最後まで挙げることなく崩れ落ち、膝をつく出久。

 もはや体が限界だったのか。それとも勝利を確信して僅かに気持ちが緩んだ事で、堪えていたダメージが一気に噴き出したのか。

 真相はわからない。恐らく、出久自身にも。

 とにかく俺は、再び立ち上がろうとした出久よりも先に立ち上がると、右手を掲げ―

 

「俺の! 勝ちだぁぁぁっ!」

 

 高らかに勝ち名乗りをあげた。

 

「勝負あり! 勝者、吸阪君!」

『激闘、遂に決ちゃぁぁぁぁぁっく!! 今年度雄英体育祭1年優勝は! A組吸阪雷鳥!!』

 

 主審(ミッドナイト先生)の声、そして実況(プレゼント・マイク先生)の声と観客の大歓声を聞きながら、俺は立ち上がろうとする出久に駆け寄り、そっと手を貸す。

 

「ありがとう。雷鳥兄ちゃん……また、勝てなかったな」

「いや、今回は今までで一番苦戦したよ。正直、最後の勝負にお前が乗ってくれなかったら、俺が負けてた。正に紙一重って奴さ」

 

 悔しさを隠すように笑う出久の言葉にそう答えながら、俺は今回の勝因を思い返す。

 勝因は大きく分けて2つ。1つは攻撃に纏わせていた電撃が、多少なりとも出久に影響を与えていた事。そしてもう1つは最後の激突で選択した技の種類だ。

 俺は蹴り(ライトニングソニック)を選択し、出久は突き(50CALIBERスマッシュ)を選択した。威力の面では出久に軍配が上がるが、リーチでは俺の方に分がある。

 相打ちではあったが、リーチで勝る俺の蹴り(ライトニングソニック)の方が僅かに深く、出久の突き(50CALIBERスマッシュ)が僅かに浅く入った。これが互いのダメージに幾らかの影響を与え…結果的に俺が勝利したわけだ。

 改めて考えると薄氷の勝利にも程があるな…。今後の為にも立ち回りなんかを考えていかないと…。

 出久に肩を貸しながら控え室へと向かう間、そんな事を考える俺だった。

 

 

「それではこれより! 表彰式に移ります!」

 

 無数の花火と歓声の中、ミッドナイト先生の進行で始まった表彰式。表彰台の3位には轟、2位には出久、そして1位には俺が、各々なりに堂々とした表情で立っている。

 

「本来なら3位にはもう1人、飯田君がいるんだけど…ちょっとお家の事情で早退になっちゃったので、ご了承下さいな」

 

 マスコミのカメラに向けて、セクシーポーズを決めながら飯田の不在を告げるミッドナイト先生。八百万の話では、決勝戦の直前に飯田の親御さんから連絡があり、急遽早退する事になったそうだ。何事も無ければいいんだが…。

 

「それでは、メダル授与よ!」

 

 おっと、メダル授与か。気持ちを切り替えないとな。

 

「今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!」

「私が! メダルを-「我らがヒーロー! オールマイト!!」-きた…」

 

 …見事に被ったな。格好良く登場したオールマイトだったが、これじゃグダグダだよ…。

 まぁ、一瞬凹んだものの、すぐに持ち直したオールマイトがメダルを手に、俺達へ順番に声をかけていく。

 

「轟少年、おめでとう。炎と氷を自在に操り戦う姿は実に美しく、そして強かった。見事だ!」

「ありがとうございます。親父…エンデヴァーの後継者として相応しいヒーローになれるよう、これからも頑張っていきます」

「うむ! 君なら必ずや、素晴らしいヒーローになれるだろう!」

 

 轟へのメダル授与を終え、出久の前に立つオールマイト。

 

「緑谷少年。最後は残念だったね」

「オールマイト…」

「だが、君の実力は多くの人が認めるところだ! これからも努力を重ねていきたまえ! 君なら必ず強さの極みに至る事が出来るだろう!」

「…はい!!」

 

 出久の首に銀メダルをかけ、ハグをしたオールマイト。遂に俺の番か。

 

「そして最後! 堂々1位の吸阪少年! 優勝おめでとう!」

「ありがとうございます!」

「今回のA組の快進撃も、きっかけは君の音頭だと聞いているよ。強さだけでなく、人を導く力もまたヒーローには必要なもの! これからの活躍も期待しているよ!」

「はい!」

 

 オールマイトが首に提げてくれた金メダルを手に、優勝したことを改めて実感する。長い戦いだった…。

 

「さァ!! 今回は彼らだった!! しかし、皆さん! この場の誰にも、()()に立つ可能性はあった!!」

「今表彰台に立つ者達の順位も、何かの拍子で変わっていた可能性も十分あった!! ご覧いただいた通り、競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿!! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

 高らかに響くオールマイトの声に、俺達を含む全1年生が大きく頷き、観客席からも歓声が上がる。

 

「そして! ここからは個人的な話をひとつ!」

 

 …ん? ()()()()()だと…。なんだか猛烈に嫌な予感が………。

 

「ここにいる緑谷出久、そして吸阪雷鳥は…私の弟子です!!」

「えっ!?」

「はっ!?」

 

 オールマイトの突然すぎるカミングアウトに、その場にいる全員…当然俺達も驚きを隠せない。

 

「オールマイト、カミングアウトがいきなりすぎるでしょう! こういう事は、相応の手順ってものをですねぇ!」

「HAHAHA! いずれはバレる事なんだ。だったら早いに越した事はないだろう?」

 

 ………あー、そうだ。この人は理屈じゃなくて感覚で動く人だった。こりゃ、色んな意味で覚悟を決めるしかないな…、

 

「さて…私の弟子という事で、この2人に何らかの忖度があったと考える人もいるかもしれません! しかし、それは絶対に無い! という事を私、オールマイトの名に懸けて宣言いたします!」

「彼らは近い将来、私の後継者としてその名を世間に轟かす事になるでしょう! そして、先程も述べたように才能溢れる金の卵達は着実に育っている! てな感じで最後に一言!!」

「皆さんご唱和ください!! せーの!!」

「「「プル」」」

「「「プルス」」」

「「「Plus」」」

「おつかれさまでした!!」

「「「「「…そこはプルスウルトラでしょう!!」」」」」

 

 …最後の最後でやらかしてしまったオールマイトに飛び交うブーイング。こうして雄英体育祭は幕を下ろすのだった。

 

 

爆豪side

 

「ここにいる緑谷出久、そして吸阪雷鳥は…私の弟子です!!」

 

 オールマイトの発言を聞いた瞬間、俺は頭の中が真っ白になり…同時に心の中で何かが壊れた気がした。

 そうかよ…そういう事かよ…デクだろうと“没個性”野郎だろうと、オールマイトの指導を受ければ強くなれるって訳かよ。卑怯な裏技なんか使いやがって…。

 オールマイトもオールマイトだ。なんで、デクや“没個性”野郎なんかを…ナンバー(ワン)ヒーローの目は節穴かよ!

 見返してやる…調子に乗ってるデクも! “没個性”野郎も! オールマイトも!

 呑気に『Plus Ultra』なんてほざいてる奴らを尻目に、俺は心にそう誓った。ナンバー(ワン)になるのは俺だ!!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回から短編を少々挟み、職場体験編に突入いたします。


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第36.3話:雄英体育祭終了後…

短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

 表彰式で()()()()()()()は発生したものの、雄英体育祭は無事終了。

 HR(ホームルーム)で、明日と明後日が休校になる事。休み明けにはプロからの指名が集まり、職場体験への準備が始まる事。以上2点を俺から告げられた生徒達は家路に就く…事もなく、吸阪と緑谷に殺到して、矢継ぎ早に質問をぶつけていた。教室で騒ぐ事は不合理だが…流石に今回は止むを得んか。

 必要以上に騒がない事を念押しして、俺は教室を後にする。本来なら、少しばかりの書類仕事を済ませて帰宅なのだが…。

 

「……帰りたい」

 

 思いがけずそんな愚痴が漏れ出てしまったが…誰も責めはしないだろう。胃痛と頭痛を堪えながら、俺は根津校長に指定された時間に間に合う様、校長室へ歩みを進めた。

 

 

「………これは…裁判か何かですか?」 

 

 校長室に入った途端、思わず言葉が漏れる。

 椅子に座った根津校長とリカバリーガールが睨む先には、正座した痩身状態(トゥルーフォーム)のオールマイトがひたすらに恐縮していた。

 そんな光景を目の当たりにして、無意識に胃の辺りを押さえていると…。

 

「やぁ、相澤先生。よく来てくれたね。さぁさぁ、掛けたまえ」

 

 校長から着席を促された…無言で頷き、リカバリーガールの横に着席する。

 こうして、オールマイトへの査問会(お説教)が始まった。

 

「さて、オールマイト。なぜこんな事になったか…その自覚は……勿論あるよね?」

「は、はい…やはり、その…表彰式での、カミングアウト…でしょうか?」

「それ以外に何があると言うのさね! あるなら言ってごらんよ!!」

「は、はいぃぃぃっ! も、申し訳ありません!!」 

 

 怒りを露にするリカバリーガールに平身低頭で謝るオールマイト。正直言って、ナンバー(ワン)ヒーローの威厳も何もあったもんじゃない。

 

「…オールマイト。あのカミングアウトは()()()()()()によって行われたもの。その事はよく解っている。でもね…善意に基づいた行動であっても、相手に不利益を与える事もある…そこは理解していて欲しかったね」

「あんたの短慮で、あの2人はこれから常に『オールマイトの弟子』という肩書きが付いてまわる。一挙手一投足が注目され、期待や羨望、奇異、嫉妬、様々な視線にも晒される事になる。マスコミにだって追い回されるだろうね。プロならそれも当然さ。でも、あの2人はまだ学生、アマチュアなんだよ」

「それに君の弟子となれば、(ヴィラン)にとっても恰好の獲物だ。まぁ、彼らだけでなく、親族に対しても相応の対策を講じなければならないだろうね」

「……私が浅はかでした!!」

 

 根津校長とリカバリーガールから同時に責められ、床に額を擦りつけながら、自分の短慮を悔やむオールマイト。

 はぁ……少しばかり手を差し伸べても、批判はされないか…。

 頭の中で素早く考えを纏め、根津校長に声をかける。

 

「校長、()()()を吸阪と緑谷に適用する事は可能でしょうか?」

「例の件? あぁ…なるほど。それはいいね。ただ…彼ら2人だけに適用するとなると、余計な憶測を招きかねないよ」

「それなら2人だけでなく、轟にも適用させます。USJにおける(ヴィラン)襲撃での活躍と、体育祭の好成績で、実績は十分です。あと、飯田にも適用させたいところですが…」

「彼は体育祭での成績は問題ないね。だけど、それ以前の実績が少し弱い…今回は難しいだろうね」

「では、吸阪、緑谷、轟の3名に適用させるという事で」

「うん、校長として許可するよ」

 

 よし、これで吸阪と緑谷は緊急時の対応が少しは取りやすくなる。あとは…。

 

「オールマイト、助け舟を出してくれた相澤先生に感謝するんだよ」

 

 ………校長、何を言ってるんですか。オールマイトも拾われた子犬みたいな目を向けないでくれ。

 

「………助け舟を出したつもりはありません。ナンバー(ワン)ヒーローの情けない姿をこれ以上見る事が、非合理的だった。それだけです」

 

 根津校長とリカバリーガールからの視線に耐えられなくなった俺は、書類仕事が残っている事を言い訳にして、校長室から退室する。

 ドア1枚隔てた室内から『身辺警護に長けたヒーローと契約』、『費用はオールマイトの給料から天引き』等と聞こえてくるが…まぁ、話が纏まれば情報も入ってくるだろう。

 帰りに頭痛薬と胃薬を買う事を心に決めつつ、俺は書類仕事に精を出す。あと30分で終わらせよう。それ以上の残業は非合理的だ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あと2話短編を投下した後、職場体験編に突入いたします。


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第36.6話:ネットの反応

短編を投稿します。
今回はいつもとは異なり、某掲示板風に書いてみました。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


【次の祭りは】雄英体育祭1年の部振り返りスレ【1年後】

 

01:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

今年も無事に終了した人気イベント、雄英体育祭。

こちらは1年の部の振り返りスレです。

ルールを守って、楽しく振り返りましょう!

 

 

02:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

お前の“個性”は『スレ立て』だな。乙!

ちゅーか、振り返るも何もオールマイトのカミングアウトが強烈すぎて、他の内容ぶっ飛んだよ(笑)

 

 

03:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

それなw

まさかオールマイトに弟子が2人もいて、しかもその2人が雄英体育祭ワンツーフィニッシュを決める!

あまりに劇的な展開過ぎて、読めなかった!この俺の目をもってしても!

 

 

04:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

お前はどこぞの無能軍師かよw

でも、いきなりカミングアウトされて弟子の…吸阪雷鳥だっけ?あいつ素で焦ってなかったか?

まさか…オールマイト、弟子に何も言ってなかったとか?

 

 

05:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

ばーかw

オールマイトがそんなポカやらかすと思うか?

あれは弟子なりに場を盛り上げようっていう気遣いだよ。

 

 

06:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

だよなぁw

 

それにしても今年の雄英1年…というかA組、実力者揃いじゃね?

入学してすぐにヴィランに襲撃されたけど、軽傷者が数人出た位で乗り越えるし、体育祭でも上位独占するし…

オールマイトが言っていた『次代のヒーロー』って、やっぱりA組が主なんだろうな…

 

 

07:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

だろうな…他スレからの情報だと、3位に入った轟焦凍はフレイムヒーロー・エンデヴァーの息子、同じく3位の

飯田天哉はターボヒーロー・インゲニウムの弟らしい。

 

 

08:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

その2人に関しては、入学当初から話題になってたよな。

だけど、その2人を退けてワンツーフィニッシュを取った2人。一体何者だよ…本名が吸阪とか緑谷なんてヒーロー聞いた事ないぞ?

まぁ、本名を隠しているヒーローもいない事はないけど

 

 

09:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

他のスレッドからの情報だけど、緑谷出久の母親は小説家の碧谷鸚鵡なんだとさ。

で、吸阪雷鳥は碧谷鸚鵡の甥…すなわち、2人は従兄弟同士になる。

 

 

10:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

マジかよ!

碧谷鸚鵡って、『剣豪商売』とか『仕事人・柳枝桃安』みたいな滅茶苦茶硬派の時代小説を書く事で有名な女流作家だろ?

たしか美しすぎる小説家とか、文壇の白百合とか呼ばれてた筈。

 

 

11:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

そうそう。サイン会で本人に会ったけどマジで美人。

あと、俺としては『鬼蔵犯科帳』が一番。

 

 

12:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

美人で人気作家な母親がいて、本人とその従兄は雄英体育祭でワンツーフィニッシュやってのける程の実力者。

恵まれすぎじゃねえか!

 

 

12:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

いや、そうとも言い切れないぞ。

緑谷出久の中学時代の知人を名乗る奴がSNSに書き込んでいたけど、彼は中学途中まで“無個性”で、“個性”が発現したのは、中3の春らしい。

 

 

13:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

いやいや待て待て待ちなさい!

じゃあ、緑谷出久は“個性”が発現してから1年程度で、あれだけの強さを手に入れたって事か?

いくら何でも無茶苦茶だろ!?

 

 

14:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

雄英の普通科に友人が通ってるんだけど、そいつから聞いた話。

緑谷の“個性”って増強系は増強系なんだけど、他の増強系よりも増幅率が高く、下手すると自壊の可能性があるとかで、体がしっかり出来上がるまで発現しないように、脳がリミッターをかけていたらしい。

だから、緑谷は従兄の吸阪雷鳥と10年以上鍛錬を続けて、体を作り上げたとかなんとか…。

1年の間では結構有名な話らしい。

 

 

15:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

10年以上…すげえな…

それまでずっと“無個性”扱いだろ?

俺にはとても真似できねぇ…絶対いじめのターゲットとかになってるだろ…

 

 

16:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

いや、その知人のSNSによるとそうでもないみたいだ。

成績は優秀、他人が嫌がるような雑用も率先してやっていたから、“無個性”とはいえクラスメートから一目置かれていたそうだ。

唯一、色々と難癖つけていたのが爆豪とかいう…あれ、この名前どこかで…

 

 

17:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

爆豪って、たしか去年のヘドロヴィラン事件で、人質になった奴じゃね?

あれ?体育祭でもその名前…

 

 

18:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

そいつあれだよ。最終種目で女子に人間餅つきされた挙句に投げ飛ばされて惨敗した奴w

 

 

19:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

プレゼント・マイクが、堅気の顔じゃねぇ!とか言ってた奴かw

たしかにあの顔は堅気じゃねぇw

 

 

20:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

試合開始前に相手の…麗日……お茶子だっけ?

女子相手に意気がった挙句、攻撃一発も当てられず、金的喰らうわ、人間餅つきされるわで全国に恥を晒した爆豪君。

ねぇ、今どんな気分?今どんな気分?w

 

 

21:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

お前らw

そんなに苛めてやるなよw

全国レベルで無様晒した爆豪君の将来なんて、引きこもり一直線しかないんだからw

 

 

22:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

>>21も十分酷い説w

 

 

23:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

可哀想な爆豪君の話はここまでにしてw

体育祭で見つけた可愛い子の話でもしようぜ!

俺は何といっても麗日お茶子ちゃん!

 

 

24:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

素人め、蛙吹梅雨ちゃんの良さがわからんとは…

あの舌でしばかれたい!

 

 

25:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

通報しました

 

 

26:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

通報しました

 

 

27:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

通報しました

そして八百万百ちゃんはいただいていきますね。

あのボディ、まさに発育の暴力!

 

 

28:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

誘拐宣言とか、お前はヴィランかよ!

真の紳士とは見て愛でる者!お触りなんて以ての外!

そんな訳で、耳郎ちゃんかわいいよ。耳郎ちゃん

 

 

29:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

お前ら、わかってないな。

芦戸ちゃんこそ至高なんだよ

 

 

30:匿名ヒーロー 投稿日:2***/**/**(*) **:**:** ID:********

 

葉隠ちゃんの素顔が気になるのは、俺だけか?

 

 

 この後、A組以外の女子も巻き込んで、『雄英1年で一番可愛い女子は誰だ?』論争が勃発。

 書き込みの上限を超えた事は言うまでもない。 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第36.9話:休日の一幕。そして…

短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 雄英体育祭の表彰式で、オールマイトが俺達の事を弟子であると公表した事により、世間は正に蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。

 マスコミの皆さんは考えられるであろう全ての手段を駆使して、俺と出久の個人情報を調べ上げ…19時のニュースが始まる頃には、俺が姉さんと出久の家に居候している事や、姉さんが人気小説家の碧谷鸚鵡である事まで白日の下に晒してくれた。

 雄英高校が正式なルートを使って強く抗議してくれた事と、深夜にオールマイトがいきすぎた報道の自粛を求める会見を開いた事で、とりあえずは落ち着いたが…パパラッチの類は諦めずにここを見張っているだろう。

 

あの人(オールマイト)、こうなる事予測してなかったんだろうなぁ…天然な所あるし」

 

 溜息混じりに呟きながら、焼きあがったフレンチトーストを皿に盛り付ける。

 

「よし、完成」

 

 出来上がった朝食をテーブルに並べ―

 

「「「いただきます」」」 

 

 俺達3人は揃って朝食を食べ始める。ちなみに朝食のメニューは―

 

 ・フレンチトースト

 ・ミネストローネ

 ・ベーコンとホウレン草のソテー

 ・フルーツヨーグルト

 

 以上4品だ。

 

「出久、雷鳥。今日は私も完全オフだし、どこかに遊びに行く?」

「そうしたいけど…多分、出先でマスコミか野次馬に囲まれる事になると思うよ」

「間違いなくそうなるな…暫く経てば落ち着くだろうけど」

「そう…ナンバー(ワン)ヒーローの弟子も大変ね…」

 

 姉さんの小さな溜息が地味に辛い…。弟と息子がナンバー1ヒーロー(オールマイト)の弟子であるといきなり聞かされた上に、少しの間とはいえ無遠慮なマスコミから取材依頼が殺到したから、余計なストレスがかかっているんだよな…。

 少しでも姉さんに元気になってもらわなければ…よし。 

 

「まぁ、そういう訳だから、今日は1日のんびりしようぜ」

「姉さん、昼に食べたい物ある? 何でも作るよ」

 

 俺に出来るのは料理くらいだ。姉さんの食べたい物作って、喜んでもらうとしますか。

 

「そうね…何か麺料理が食べたいわ」

「麺か…うどん、蕎麦、パスタ…あとは、ラーメン」

「ラーメン…うん、ラーメンが良いわ。スッキリした醤油ラーメンを希望します」

「心得ました」

 

 

 朝食を終え、食器の片付けを終えた俺は出久を伴い、近所の商店街へ買い出しに繰り出した。

 

「えーと…鶏ガラスープは、この前作って冷凍しておいたやつが有ったし、煮卵は一昨日作っておいたやつが有ったから…」

 

 頭の中でレシピを照合し、買う物をピックアップしていく。あ、ついでに夕飯の買い物も済ませておくか。

 

「出久、夕飯何が食べたい?」

「うーん、昼にラーメンだから…中華繫がりで餃子!」

「良いチョイスだ」

 

 他愛も無い話をする間も道行く人達から話しかけられたり、スマホのカメラを向けられるが…まぁ、この程度は仕方ないか。スマイルスマイル。

 さて、ここからは別行動。出久に野菜の買い出しを頼み、俺は肉だ。行きつけの肉屋に到着っと。

 

「おっちゃん、豚バラ500g塊で頂戴。あと豚挽肉も500g」

「毎度! 兄ちゃん、昨日の雄英体育祭見たぜ! 大活躍だったじゃねえか! 同じ町内の人間として、誇らしいぜ!」

「ありがとうございます」

「ほい、豚バラ塊500に豚挽肉500、お待ちどうさん! それからこいつはウチからのお祝いだ! 遠慮せずに食ってくれ!」

 

 ガハハと豪快に笑いながら、おっちゃんは焼き豚の塊をオマケしてくれた。これは…チャーシューを作る手間が省けたな。

 

「ありがとうございます。遠慮なくいただきますね」

 

 思わぬ幸運を感じながら、出久が先行している八百屋に向かっていると―

 

「あら、吸阪ちゃん」

「梅雨ちゃん、ここで会うとは奇遇だね」

 

 梅雨ちゃんとばったり顔を合わせた。はて、梅雨ちゃんのアパートは二つ隣の駅近くだったような…。

 

「図書館に返す本があって、こっちに出てきたのよ。それでお昼ご飯を…と思って、この商店街に来たら、吸阪ちゃんとバッタリ。驚いたわ」

「なるほどね。あ、梅雨ちゃん。昼はもう済ませた?」

「いいえ、まだよ。パンにするかお弁当にするで迷っていたところだもの」

「そっか…だったら、家に来るかい? 姉さんや出久と一緒になるけど、昼飯食っていきなよ」

「ケロ…それは嬉しいけど…吸阪ちゃんのお姉さんや緑谷ちゃんの迷惑にならないかしら…」

「大丈夫大丈夫。出久はそんな事気にしないし、姉さんも歓迎するって」

 

 何故かは解らないけど…姉さん、この前差し入れを持って来た時から、梅雨ちゃんと麗日の事を気に入ったみたいなんだよな…。女同士で何か感じるものがあったのだろうか?

 

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

「OK、じゃあ出久と合流しますか」

 

 まぁ、この点は追々考えるとしよう。今は出久との合流が先決だ。そう考えて梅雨ちゃんと共に八百屋へ向かった俺だったが、そこには―

 

「あら、お茶子ちゃん」

「梅雨ちゃん…え、なんで?」

 

 何故か出久と一緒にいる麗日の姿が…出久、どういう事だよ。

 

「うん、実はね…」

 

 出久の話によると、少々ガラの悪い連中に声を掛けられ、困っていた麗日を偶然見つけた出久が、咄嗟に待ち合わせのふりをして助けたらしい。

 

「そうか…出久、よくやった」

「そうね。緑谷ちゃんがいなかったら、お茶子ちゃんに大変な事が起きていたかもしれないわ」

「いや、僕はただ夢中で…ごめんね、麗日さん。勝手に待ち合わせとか言っちゃって」

「う、ううん! 緑谷君のおかげで助かったよ! ありがとう!」

 

 初々しいねぇ…よしこれも何かの縁だ。麗日も昼食に誘うとするか。

 

 

 さて、梅雨ちゃんと麗日を連れて帰宅した訳だが…姉さんは2人の来宅をとても喜んでくれた。

 すぐに姉さん主導でお喋り会が始まり、俺達は台所へ追いやられてしまう。

 

「…ま、いいか。時間も丁度良いし、昼飯作りと参りましょう」

 

 大き目の鍋に冷凍しておいた鶏ガラスープを入れ、火にかけて溶かしていく。十分に温まった所で、カセットコンロの方に移動させて保温しておく。

 並行して、別の鍋にたっぷりのお湯を沸かしておき、中華麺を茹でていく。手打ち麺も出来なくはないが、まだまだ品質が安定しない為、今回は市販品だ。

 麺が茹で上がる30秒前にお湯で温めておいた丼へ、焼き豚のタレとみじん切りにした長葱、少量の胡椒を入れ、熱々のスープを注ぐ。

 そこへしっかり湯切りをした麺を入れ、手早く具を盛り付ける。薄切りにした焼き豚3枚に塩茹でしたホウレン草、ノリにメンマ、そして半分に切った煮卵。 最後に鶏ガラスープを作った時の副産物、鶏油(チーユ)を垂らして完成っと。

 

「雷鳥兄ちゃん、こっちも出来たよ」 

 

 出久の方もラーメンの完成に合わせて、チャーハンを完成させた。具は自家製アンチョビと玉葱、レタスとシンプルだが…これが美味いんだ。

 

「お待たせ、俺特製醤油ラーメンと出久特製のチャーハンセットだ」

「待ってました!」

「凄い…お店のラーメンセットみたいや!」

「ケロケロ、吸阪ちゃんも緑谷ちゃんも流石ね」

「さぁ、熱いうちに食べようぜ。いただきます」

 

「「「「いただきまーす!」」」」

 

 結論から言えば、ラーメンもチャーハンも大好評。姉さんはもちろん、梅雨ちゃんも麗日もペロリと完食してくれた。作った側からすれば、これほど嬉しい事はない。

 

 

 こうして俺と出久は連休の間、家でのんびりと英気を養った訳だが…最後の最後でとんでもない事件が起きてしまった。

 

「雷鳥兄ちゃん!」 

 

 夜、入浴中の俺へドア越しに呼びかける出久の声。その声からは焦りや困惑が滲み出ていて、とても普通の状態じゃない。

 

「どうした!」

 

 咄嗟に湯船から飛び出し、タオルで前を隠しながらドアを開ける。

 

「こ、これ…」

 

 そう言って、スマホの画面を見せてくる出久。そこには相澤先生から1-A全員へ一斉送信されたメッセージが映し出されていて…。

 

「通達。本日付をもって、1-A所属爆豪勝己を…除籍処分とする!?」

 

 おいおい、あの馬鹿は何をやらかしやがった…。

 明日から起きるであろう騒動を想像し、思わず頭を抑える俺だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回から職場体験編に突入いたします。


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第4章 職業体験編
第37話:堕天への第一歩


お待たせしました。
第37話を投稿します。
今回より、職業体験編がスタート。お楽しみ頂ければ、幸いです。



雷鳥side

 

 昨日までの快晴が嘘のような土砂降りの朝。雄英へと急ぐ俺と出久の心は、この天気同様に荒れ模様だった。

 昨晩相澤先生から知らされた爆豪の除籍。それだけでも気が重いというのに、朝一番で飛び込んで来たのは、飯田の兄であるターボヒーロー・インゲニウムが(ヴィラン)に敗北し、下半身不随の重傷を負わされたという文字通り最悪のニュース。

 おまけに、電車の中では乗客が遠慮無しに話しかけてくるわ、スマホを向けてくるわ…営業スマイルのやりすぎで表情筋が痛いよ…。

 そんな事を考えながら歩いていると-

 

「何呑気に歩いているんだ!! 遅刻だぞ! おはよう吸阪君! 緑谷君!」

 

 雨合羽と長靴で完全武装した飯田が、俺達の横を駆け抜けて行った。

 

「おはよう、飯田君。遅刻って、まだ予鈴5分前だよ?」

「雄英生たるもの、10分前行動が基本だろう!!」

 

 そう言いながら疾走する飯田を追いかけて、俺達も校舎へ走る。そして―

 

「…飯田君……」

 

 意を決した出久が、昇降口で飯田へ声を掛けたが…。  

 

「兄の件なら、心配ご無用だ。要らぬ心労をかけて、すまなかったな」

 

 飯田は一息にそう言うと、俺達を振り切るように速足で教室へ行ってしまった。 

 

()()()()()ね…あんな目をして言う台詞じゃないぜ」

 

 飯田への不安を胸に抱きながら、俺達も1-Aの教室へ入った訳だが…。

 

「皆! 兄の件では心配をおかけした! 要らぬ心労をかけてしまい、申し訳ない!!」

 

 自分を囲み、口々にインゲニウム(お兄さん)への見舞いの言葉を発するクラスメイト達に対し、努めて明るく振舞う飯田の姿が痛々しい。

 皆もそれを察したのか、二言三言声を掛けて、自らの机へと戻っていく。そうしている間にチャイムが鳴り―

 

「おはよう」

 

 声と共に入室してきた相澤先生を静寂の中で出迎える。この辺りはもう慣れたものだ。

 

「えー…昨晩知らせた通り、馬鹿が1名除籍処分となった。その関係でマスコミが色々嗅ぎ回っているようだが、一切相手をしないように」

 

 冷酷とも受け取れる相澤先生の言葉だが、異を唱える者は誰もいない。まぁ、これも爆豪の人徳が成せる業だ。ある意味大したもんだよ…。

 問題は、今回の騒動で一部のヒーローから指名の変更やキャンセルが発生し、集計がまだ出ていないという事だろう。

 明日には結果が出るらしいが…爆豪め、どこまでも傍迷惑な奴だ。

 

「次に…吸阪、緑谷、轟、前に出ろ。()()()がある」

 

 …ん? 渡す物?

 それが何なのか見当もつかないまま、俺達は相澤先生の前に並び―

 

「受け取れ」

 

 それぞれ差し出されたカードを受け取る。これは…。

 

「それは、雄英高校が発行する『()()()()()』だ。仮免を所持していないが、実力、人格共に高い水準にあると認定された者に与えられる。通常の仮免よりも効力は低いが、少なくとも緊急時、自衛の範囲内での“個性”使用は認められるようになる」

 

 簡易版仮免か。そんな物があったとは全く知らなかったな。

 

「主にまだ資格試験を受験した事がない1年生に対して発行される訳だが…雄英の長い歴史の中でも発行されたのは、10枚にも満たない。ましてや3人同時に発行されるなど初めての事だ」

 

 なるほど、レア物中のレア物って事か。そりゃ知らなくて当然だ。

 

「お前達3人は、USJにおける(ヴィラン)襲撃での活躍と、雄英体育祭の成績が評価され、簡易版仮免(これ)が発行される事となった。解っていると思うが…馬鹿をすれば、雄英高校が全責任を負う事になる。くれぐれも行動には気を付けるように」

「「「はい!」」」

「それから………今更ではあるが、USJではお前達3人のおかげで助かった。ありがとう」

 

 相澤先生からの思いがけない感謝の言葉。俺達は一瞬虚を突かれたが…すぐに笑顔で一礼し、それぞれの席へと戻っていった。 

 

 

「……はぁ…」

 

 昼休みの大食堂。注文したロースカツのみぞれ煮定食*1を前に出久が溜息をつく。 

 

「どうした出久。溜息なんかついて…悩み事か?」

「え、うん……爆豪君の事でちょっとね…」

 

 予想通りの出久の答え。昨日の夜からどうも様子がおかしかったからな。

 

「彼が除籍になったのは、彼自身の行動の結果。それは解ってるんだ…でも、そうなる前に…何か、何か出来たんじゃないかなって…」

「なるほど…お前らしいと言えばお前らしいが……出久、そんな事は考えるだけ時間の無駄だ」

「無駄って、そんな!」

「まぁ、聞け。昔読んだ本にこんな一節があった。『全ては結果の為の過程である。人は最良の結果を得るために思いを巡らせ、歯を食いしばり、切磋琢磨し、時には命をかける。だが、そうして齎される結果も、常にハッピーエンドとは限らない』ってな。除籍という結果になったのは、全てあいつの選択した過程の結果だ。そこに余人の意思が介入する余地なんてない」

「そうだよ! 爆豪君の事で、緑谷君が気にする必要なんて、これっぽっちもないよ! 少なくとも私はそう思う!」

「そうね。それに緑谷ちゃんが手を差し伸べていたとしても…爆豪ちゃんはキレて払い除けていたと思うわ…だから、結果は変わらなかったんじゃないかしら?」

「う、うん…」

 

 同じテーブルについていた麗日と梅雨ちゃんからも声を掛けられる出久だが…まだ、何かが引っかかっているな……仕方ない。

 

「あぁ…わかったわかった。放課後爆豪の家に行くぞ」

「雷鳥兄ちゃん!」

「駄目元で声かけてみろ。なんか反応返すだろ」

「うん!」

「まぁ、俺は全力で馬鹿を煽るけどな…それから」

 

 次の瞬間、俺は出久の皿からロースカツのみぞれ煮。その真ん中の部分を掻っ攫う!

 

「あぁっ!」

「油断大敵。相談料代わりに貰っとくぜ。代わりにホラ、鳥の照り焼きやるから」

「それ端っこでしょ!」

 

 ロースカツの真ん中(一番美味い部分)と、鳥の照り焼きの端っこという釣り合わない交換に、ガックリと肩を落とす出久。

 だが、少し元気が出てきたようで何よりだ。

 

 

爆豪side

 

「クソッ、クソッ、クソッ!」 

 

 治まらない怒りをぶつけるように、部屋の壁を何度も殴り、本棚を力任せに倒す。当然部屋の中は滅茶苦茶になり、壁はボロボロになっていくが…そんな事はどうでもいい。

 

 -爆豪。お前を本日付で除籍にする。明日からもう来なくていいぞ。荷物はこちらで纏めて送ってやる-

 -他校生との暴力沙汰の末に相手を病院送り。警察は正当防衛を認めたそうだが、それは関係ない-

 -お前にはヒーローになる為に一番大切な物が欠けている。入学から今日までの間に気づく事を期待していたが…無理だったようだな。才能は在った筈なんだが…-

 

 昨日の晩、警察署に来たイレイザーヘッドから言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

 俺は自分の身を守っただけだ。それのどこが悪い!

 ババアはずっと泣き続けてるし、親父は黙り込んだまま…何もかもが滅茶苦茶だ! 

 

「クソが…」

 

 壁を殴るのを止め、思わずベッドに座り込む。俺のスマホに誰かからの着信が入ったのは、その時だ。

 

「………誰だよ」

 

 最初は無視しようとしたが、鳴り続ける着信音に根負けし、スマホを手に取る。非通知設定か…。

 

「…誰だ」

『爆豪勝己君…だね?』

「っ!?」

 

 スマホから聞こえてきた声に、全身が総毛立つ。誰だ…誰なんだよ、こいつは…。

 

『はじめまして…でもないね。端末モドキ越しに会っているから、久しぶり。と言うべきかな?』

 

 ()()()()()だと…じゃあ、USJの時の……。

 

「あの、時の…」

『おや、覚えていてくれたのかい? これは嬉しい』

「な、なんで…こ、この番号」

()()を甘く見ないでほしいな。スマートフォンの番号程度調べるのは朝飯前だよ。特に、()()()()()()()はね』

「………」

『雄英を除籍になったそうだね』

「っ!?」

 

 どうして? と聞きそうになるのを寸前で堪える。こいつ…この人の機嫌を損ねてはいけない。俺の中の警戒心が最高レベルでそう告げている。

 

『…勘が良いね。優秀な子は大好きだ。そして…そんな優秀な君をつまらない理由で放逐した雄英高校に、強い憤りを感じているよ』

「憤り…です、か?」

『そう、憤りだよ。君は昨晩、道を歩いていただけなのに、見ず知らずの男達から突然嘲笑を受けた。それだけでも憤るに十分だというのに、男達は自らの“個性”を使い、君を傷つけようとした。これは決して許される事じゃない』

『君はそんな男達から身を守る為に拳を振るった。正当防衛だ。それも相手を過剰に傷つけないように“個性”を使わないという気遣いも見せている。こんな事は誰もが出来る事じゃない…実に素晴らしい』

『それなのに、雄英高校は自分達の面子を守る為、君を除籍にして放逐した。インターネットでは有象無象のゴミ達が、君への誹謗中傷を繰り返し、マスコミも君を辱める報道に終始している…このような不条理が許されてはいけない』

「あ、ありがとう…ございます」 

 

 顔も知らない相手からの声に、思わず涙が零れる。この人は俺の…真の理解者だ…。

 

『そこでだ…爆豪君。君に提案がある…』

「提案…ですか?」

()()()()()()()?』

「っ!?」

 

 10文字にも満たない問いかけ。だけど、それは今までのどんな言葉よりも心の奥に突き刺さった。

 

『もう一度聞こう。爆豪勝己君。力が欲しいかい?』

「はい…力が…力が欲しいです! 俺を見下した奴ら全てを打ち負かして、後悔させられるだけの力がッ!」

『素晴らしい返答をありがとう。だが…()()()()()()()()()()()

「見返り…ですか?」

『そう、見返りだ。簡単な事だよ。新しい自分に生まれ変わる為、過去の自分と決別する為の…()()を見せてほしい』

「覚悟…過去と決別…」

『それを見せてくれた時、君の元へ迎えを寄越そう』

 

 その言葉を最後に切れてしまった通話。俺はスマホを机に置き、深呼吸を繰り返す。

 新しい自分に生まれ変わる為、過去の自分と決別する為の覚悟…それは即ち…。

 

「俺には…俺には………もうこの道しかねぇんだッ!!」

 

 

雷鳥side

 

 土砂降りだった雨も止み、雲の隙間から僅かに日の光が差し込み始めた放課後。俺と出久は爆豪の家に急いでいた。

 出久が何を言ったとしてもあの馬鹿に届くとは思えないが…それで出久の気が済むなら-。

 

「ッ!?」

「爆発!?」

 

 突然響いた轟音。音のした方向に視線を送れば、黒煙と炎が立ち上っているのが見える。

 

「火事だ! ()()()()()()()が火事だ!」

「今の音は、ガス爆発か!?」

「わからん! とにかく消防車!!」

 

 近所の人達の大声に、最悪の事態が脳裏に過ぎる。

 

「雷鳥兄ちゃん!」

「急ぐぞ、出久!」 

 

 急いで現場に駆け付けてみれば、爆豪の家は炎に包まれ―

 

「おい! 勝さんと光己さんは!」

「いない! 勝己君もいないぞ! まさか…まだ中にいるのか!?」

「そうだとしたら、助けに行かないと!」

「駄目だ! 火の勢いが強すぎる!」

「消防はまだかよ! このままじゃ3人とも!」

 

 3人がまだ中にいるかもしれないという最悪の状態。これは…やるしかない!

 

「出久!」

「うん! 僕達が行きます!」

「おい! 何を言ってるんだ! 危ないぞ!」

 

 慌てて止めに入ろうとするおじさんを振り切り、俺は電磁バリア、出久は『フルカウル』を発動。

 

「俺は2階に行く! 出久は1階を頼む!」

「わかった!」

 

 炎の中へ飛び込んだ! そして―

 

「どりゃぁっ!」

 

 俺は2階の廊下で倒れていた爆豪のお母さんを背負って窓から庭へ跳び下り、出久も爆豪のお父さんを背負って飛び出してきた。

 

「雷鳥兄ちゃん! 爆豪君は? 1階にはいなかったけど!」

「2階にもいない! 『サーチ』で調べたが、他に反応はなかった!」

 

 どうやら、爆豪は外出していたようだな。そう安心したのも束の間。

 

「勝己…勝己が…家に、火を……」

 

 意識を失う寸前、爆豪のお母さんが呟いた言葉は、俺と出久を驚愕させるに十分すぎる力を持っていた。

 

 

 その後、到着した消防隊によって消火活動が開始され、爆豪の両親は救急車で病院へ搬送されていった。

 俺達は警察から“個性”の無断使用について詰問されたが…簡易版仮免を見せるとあっさり解放どころか―

 

「人命救助への迅速な行動。感謝します!!」

 

 敬礼と共に見送ってくれた。掌返しが凄まじいよ…。

 そして、この日を最後に爆豪勝己の消息は完全に途絶える事となった…。

*1
ごはん特盛




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
活動報告も更新しておりますので、お読みいただければ幸いです。


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第38話:指名とヒーローネーム

お待たせしました。
第38話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、キャラクター設定集を最新版に更新しております。


オールマイトside

 

 除籍となった爆豪少年が自宅に火を放ち、そのまま失踪したという速報が雄英に伝わって僅か10分後。

 校長やリカバリーガールを始めとする雄英の主だった教師陣が会議室に集まり、緊急の職員会議が開かれていた。

 

「喫緊の問題としては、生徒達…特に1-Aの子達に対してのフォローだね。元が付くとはいえ、クラスメートがこのような事件を起こしたという事に、大なり小なりショックを受けている筈だ。必要ならカウンセラーの招聘も考えなければいけないね」

「カウンセラーに関しては、あたしの伝手を使って何とかしようかね」

「では、その件については、リカバリーガールにお任せするよ」

「マスコミへの対応についてですが-」

 

 会議が進む中、私は無言のまま爆豪少年への対応に思いを巡らせ…悔み続けていた。

 弟子である緑谷少年や吸阪少年、授業の度に質問を投げかけてくる生真面目な飯田少年や八百万少女達には、真摯に対応出来ていた。その自信はある*1

 だが、爆豪少年に対してはどうだっただろうか? 良く言えば孤高、悪く言えば協調性に難のある爆豪少年と話をしたのは、初めての戦闘訓練の時ぐらいだ。

 今更過去に戻れる訳ではないが、私がもう少し爆豪少年への対応を丁寧に行えていたら、今回のような事には…

 

「-マイト」

 

 そもそも、このタイミングでの爆豪少年の凶行に、()()()()()()()()()()()()()のは私だけだろうか?

 

「-ルマイト」

 

 考え過ぎと笑われるかも知れないが…爆豪少年を惑わし、闇へと引き摺り込んだ者が―

 

「オールマイト!」

「は、はいっ!?」

 

 大声に我に返ってみれば、目の前には呆れ顔の校長と相沢先生の姿が…。

 

「職員会議、終わりましたよ」

「随分と深く考え込んでいたようだね」

「これは…いや、お恥ずかしい」

 

 2人に謝罪しながら、意を決した私は…2人の自分の思いをぶつけてみたが―

 

「オールマイト…君は本当に…教師としては素人だね!!」

「過去の事をウダウダ悩むのは、不合理の極みですよ」

「ぐはっ!」

 

 返ってきた容赦ない言葉に思わず喀血してしまう。

 

「まぁ、これはあくまでも()()()()ですが…完全受け身な生徒を教師が手取り足取り教える…そんな()()()()が許されるのは、義務教育の間だけでしょう。生徒にとっても教師にとっても」

「奴らは自らの意思で雄英高校(ここ)に入り、ヒーローになる為に幾つもの壁を乗り越えていく道を選んだ。その為に踠き、足掻くのは当たり前。解らなければ教えを乞い、与えられたヒントから正解を導き出すのは基本中の基本。爆豪(やつ)はその基本が出来ていなかった…だから除籍になった。それだけの事です」

 

 淡々と…だが、熱を感じさせる口調で持論を語る相澤先生。正直言って、普段の合理主義からは想像出来ない姿だ。

 

「………喋り過ぎました。お疲れ様です」

 

 私と校長の視線に感じる物があったのか、微かに赤面しながら会議室を後にする相澤先生。

 だが、彼の言葉は大いに参考になった。ありがとう、相澤先生!

 

 

雷鳥side

 

 あの事件から一晩経ち、1-Aの教室にはいつもと同じ光景が…いや、正確には同じじゃない。

 飯田のお兄さんの事(インゲニウムの敗北)や爆豪の凶行、それらを少しでも忘れようと、皆意識していつものように振舞っているのだ。そうしている間にチャイムが鳴り-―

 

「おはよう」

 

 声と共に入室してきた相澤先生を静寂の中で出迎える。

 

「えー、今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ」

 

 『ちょっと特別』。相澤先生の言葉にクラスの緊張感は一段階増し-

 

「『コードネーム』ヒーロー名の考案だ」

「「「「「胸ふくらむヤツきたぁぁぁぁぁっ!!」」」」」

 

 ボルテージが一気に高まるが、相澤先生の一睨みですぐに鎮静化する。

 

「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは、経験を積み即戦力として判断される2年生以降…」

「つまり今回来た“指名”は、将来性に対する“興味”に近い」

「卒業までにその興味が削がれる様な事になれば、一方的にキャンセル…なんて事はよくある話だ」

「大人は勝手だ!」

 

 相澤先生の説明に、峰田が思わず愚痴るが…まぁ、それが社会ってもんだから仕方ない。

 

「そして、“指名”の集計結果はこうなった」

 

 直後、黒板に表示された集計結果に全員の視線が集中する。

 

 1-A・指名件数。総数14197

 

  吸阪:2361

  緑谷:2309

   轟:2106

  飯田:1932

 八百万:1138

  常闇:1127

  蛙吸:1119

  麗日︰1108

  切島︰272

  瀬呂︰216

  耳郎:164 

  芦戸:112

  砂藤:103

  障子:61

  青山:24

  峰田:19   

  尾白:13

  葉隠:8  

  口田:5

 

 ふむ、ベスト8に残ったメンバーで全体の9割強か。これは妥当と言って良いのか悪いのか…

 

「今年は最終種目でベスト8に残った者に票が集中した。だが、数はともかくクラスの全員に指名があったのは、喜ばしい事と言って良いだろう」

「これを踏まえ、お前達には指名を受けたヒーロー事務所の中から1つを選び…職場体験に行ってもらう」

 

 なるほど。プロの活動を実際に体験し、今後の糧にしようという狙いだな。

 

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

 

 そんな学校側の狙いを察しているか否かは別にして、盛り上がるクラスメート達。ヒーロー名か…。

 

「まぁ、仮ではあるが適当なもんは…」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

「この時の名が! 世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!!

 

 相澤先生の言葉を遮る形で教室に入ってきたミッドナイト先生は、そのまま相澤先生からバトンタッチするように教壇に立つ。そして相澤先生は―

 

「その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうの出来ん」

 

 そう言い残して、サッサと寝袋に収まり寝てしまった。合理主義の極みだな…。

 

 

 出久side

 

 ミッドナイト先生から与えられた15分という時間は瞬く間に過ぎて―

 

「じゃ、そろそろ。出来た人から発表してね!」

 

 皆の前での発表が始まった。自分の考えたヒーローネームを発表するのは緊張するけど…皆がどんなヒーローネームを考えたのか、とても楽しみだ。

 

「それじゃ、僕から♪」

 

 トップバッターは青山君だ。果たしてどんな名前を…。

 

「いくよ…輝きヒーロー“I can not stop twinkling.(キラキラが止められないよ☆)”」

「「「「「短文!!」」」」」

 

 まさかの短文! 思わぬ変化球だ! いや、インパクトという点を考えたら、これはこれで()()なのか!?

 

「そこはIを取って、Can'tに省略した方が呼びやすいわね」

「それね、mademoiselle☆」

「というか青山。お前のキャラ的には英語よりもフランス語で言った方が良くないか? Iを取るなら…“peux pas arrêter la brillance”って感じだな」

「そっちも考えたんだけど、英語の方が認知度が高いと思ってね。けれど、アドバイスはMerci beaucoup☆」

 

 流石は雷鳥兄ちゃん。的確な指摘だ。そして、英語とフランス語の認知度の差を考慮して、ネーミングした青山君も凄い。

 

「じゃあ次アタシね!」

 

 2番手は芦戸さんか。直球で来るか変化球で来るか…。

 

「リドリーヒーロー! “エイリアンクイーン”!」

(ツー)!! ()()()()()()()()を目指してるの!? やめときなさい!!」

「芦戸。エイリアンだと本来は異邦人という意味だからな。アレをイメージしてのネーミングなら、Xenomorph(ゼノモーフ)クイーンにするべきだろ。それから2の監督はリドリー・スコットじゃなくて、ジェームズ・キャメロンだ」

「あっ、そっか!」

「どっちにしてもいろんな意味で危険だから駄目! 作り直し!」

 

 ………なんだろう。教室の空気がまるで大喜利だ…。雷鳥兄ちゃんの的確な指摘が、かえってそれを助長している気がする。

 

「じゃあ次、私いいかしら?」

「はいっ、梅雨ちゃん!!」

「小学生の頃から決めてたの。梅雨入りヒーロー“FROPPY(フロッピー)”」

「カワイイ! 親しみやすくて良いわ!! 皆から愛されるお手本のようなネーミングね!!」

 

 ありがとう梅雨ちゃん(フロッピー)! 空気が変わった!

 

「んじゃ俺!」

 

 皆がフロッピーコールを行う中、次に立ち上がったのは切島君だ。そのヒーローネームは?

 

烈怒頼雄斗(レッドライオット)!!」

(レッド)狂騒(ライオット)! これはアレね!? 漢気ヒーロー“紅頼雄斗(クリムゾンライオット)”リスペクトね!」

「そうなんス! だいぶ古いけど、俺の目指すヒーロー像は“(クリムゾン)”そのものなんス」

「フフッ、憧れの名を背負うってからには、相応の重圧がついてまわるわよ?」

「覚悟の上ッス!!」

 

 切島君の熱い一言に影響されたのか、次々とヒーローネームを発表していく。

 

 耳郎さんは『ヒアヒーロー“イヤホン=ジャック”』

 障子君は『触手ヒーロー“テンタコル”』

 瀬呂君は『テーピンヒーロー“セロファン”』

 尾白君は『武闘ヒーロー“テイルマン”』

 砂藤君は『甘味ヒーロー“シュガーマン”』

 芦戸さんは『リドリーヒーロー“エイリアンクイーン”』改め『Pinky(ピンキー)

 葉隠さんは『ステルスヒーロー“インビジブルガール”』

 

「良いじゃん良いよ! さぁ、どんどん行きましょー!!』

 

 次々と披露される力作にミッドナイト先生も興奮が抑えられない様子だ。

 

「この名に恥じぬ行いを」

 

 そう言って八百万さんが発表したヒーローネームは『万物ヒーロー“クリエティ”』。

 常闇君は『漆黒ヒーロー“ツクヨミ”』

 峰田君は『もぎたてヒーロー“GRAPEJUICE”』

 口田君は『ふれあいヒーロー“アニマ”』

 

「じゃあ、私も…」

 

 ここで、麗日さんが手を上げた。いったいどんなヒーローネームを考えたんだろう?

 

「考えてありました…」

 

 恥ずかしそうに見せてくれたその名は『ウラビティ』。うん、麗日さんにピッタリなヒーローネームだ。

 

「うん、思ったよりもずっとスムーズ! 残っているのは…飯田君、轟君、緑谷君、吸阪君。体育祭ベスト4ね!」

 

 ミッドナイト先生の声で、まだ発表していない事に気が付いた。早く発表しないと!

 

「じゃあ、俺から…」

 

 僕よりも早く手を上げたのは轟君だ。そのヒーローネームは…。

 

「対極ヒーロー“アブソリュート”」

 

 Absolute(絶対)か…正反対の力である氷と炎、その両方を自在に操る轟君らしいネーミングだ。さぁ、次は僕の―

 

「…はい」

 

 今度は飯田君に先を越された! でも、飯田君はどこか迷っているようで…。

 

「俺の…ヒーローネームは…」

 

 皆の前に立った次の瞬間、飯田君はフリップボードに書かれていたヒーローネームに横線を入れ、新たな名前を書き込み披露する。そこに書かれていたのは―

 

「天哉…未だ未熟者なので、このままでいこうと思います」

 

 横線を入れられた『インゲニウム』の下に走り書きされた『天哉』という名前。飯田君の迷いが滲み出ているようなヒーローネームに、ミッドナイト先生は何も言わずOKを出した。

 残るは僕と雷鳥兄ちゃん…ふと視線を送ってみると、雷鳥兄ちゃんがハンドサインを送ってきた。

 

 トリハ モラウ

 

 雷鳥兄ちゃん。甘えさせてもらうね。

 

「はい!」

「はい、緑谷君」

 

 皆の注目を集めながら、前に立ち…考えたヒーローネームを披露する。

 

「僕のヒーローネームは…“グリュンフリート”です!」

(グリュン)平和(フリート)…なるほど、体育祭決勝戦のアナウンスをヒントにしたのね?」

「はい、プレゼント・マイク先生が僕を竜殺しの英雄(ジークフリート)と評してくれました。ジークフリートのスペルはSiegfried。これは勝利(Sieg)平和(fried)に分けられます。そこから着想を得て…」

「平和をもたらす緑色の英雄…良いわ! 実に良い!」

 

 ミッドナイト先生の評価も、皆の反応も上々。雷鳥兄ちゃん、トリは任せたよ!

 

 

雷鳥side

 

「さて、最後は俺だな」

 

 出久のヒーローネームに周囲が上々の反応を示す中、前に立つ。全員の視線を感じながら、軽く息を吐き…フリップボードを見せる。

 

「俺のヒーローネームは、ライトニングヒーロー“ライコウ”だ!」

「ライコウ…!」

「ライコウ…!」

「…ライコウ、漢字で表記するなら『雷光』といったところかしら?」

「それもあります。あとは、『雷吼』とか『雷皇』とかって意味も持たせてます」

「なるほど! トリプルミーニングというやつね!」

Exactly(そのとおり)!。『雷光』のように素早く現場へ到着し、『雷のように吼える』事で(ヴィラン)には恐怖を、市民には安心を与える『雷の皇』。そんなヒーローになりたいと思い、この名を付けました!」

 

 俺の宣言で教室が一気に盛り上がる。こうして、“ヒーロー情報学”の授業は終わりを迎えるのだった。

 

 

オールマイトside

 

「あれ? 1年の指名、今頃になって追加が来てますよ…もう集計出しちゃったのに…オールマイト、お弟子さんの緑谷君に追加の指名が来てますよ」

「追加の指名?」

 

 セメントス先生の声に呼ばれ、パソコンの画面を覗き込む。期限を過ぎての指名…一体誰なのだろう?

 

「どれどれ………こ、この方は…」

 

 画面に表示される名前を見た瞬間、心臓の鼓動が一気に早まるのを感じた。その直後―

 

「ッ!?」

 

 前触れなく鳴り響くスマートフォン。驚きで飛び上がりそうになるのを必死で抑えながら、相手を確認する。表示は非通知設定になっているが…。

 

「間違いない……()()()()だ…」

 

 緑谷少年、吸阪少年、とんでもない事になる予感がするが…どうか、乗り越えてくれ…。

*1
的確な助言が出来たかどうかは別の話




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第39話:独り善がりと少女の涙

お待たせしました。
第39話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


オールマイトside

 

「間違いない……()()()()だ…」

 

 募集期限を過ぎて送られてきた指名。それにタイミングを合わせたかのように鳴り響くスマートフォンに、私の心臓は早鐘を打ち鳴らす。

 慌てて職員室を飛び出し、人気の無い渡り廊下まで来たところで覚悟を決め、通話を開始する。

 

「も、もしもし…八木、ですが…」

『おぉ、俊典。久しぶりだな。まったく、偶には電話くらいせんか』

 

 電話越しに聞こえてきた懐かしくも恐ろしい声に、全身から汗が吹き出し、両足が産まれたての小鹿の様にガクガクと震え始める。

 

「グ、ググ、グラントリノにおかれましては、ひ、日々、ご、ご壮健の事と…は、はい」

『そう思っとる割には、連絡を怠っとったようだが?』

「い、いえ! 怠ると申しますか…記憶から封印していたと申しますか…」

『オイ…まぁ、良い。今日電話したのは、雄英体育祭の件だ。活躍したお前の弟子2人……ありゃ大したもんだ! 15、6であの動き、下手なプロ顔負けだぞ!』

「は、はい! 2人とも私の自慢です!」

 

 緑谷少年と吸阪少年が褒められた瞬間、体の震えが治まっていき-

 

『そういう訳でな。弟子の片方…緑谷出久をこっちによこしてくれ。『ワン・フォー・オール』の継承者、直に見てみたい。()()()()()()()()()()もあるからな』

「き、聞きたい事…でしょうか?」

『あぁ、指導者としてのお前について、指導法について…まぁ、その辺りの事を()()()な』

 

 すぐに再発した。グ、グラントリノは私を疑っていらっしゃる!?

 

『ワシの知っとるお前だったら、やたら擬音語を使ったり、感覚だけに頼った指導をやってそうなもんだが…いや、雄英の教師になった事で一皮剥けたようだな!』

「ハ、ハイ。モ、モチロンデスヨ…」

『まぁ、とんでもない数のオファーが来ているだろうが、何とかこっちへ来てもらう様に、お前から話をつけてくれ』

「わ、わかりました!」

『期待しとるぞ。あ、そうそう。近い内に会いに来い。()()()()()()()()()()()()について、じっくり話をしたいからな』

「ハ、ハ、ハイィィィィッ!!」

 

 通話が終わった瞬間、思わずその場にへたり込みながらも、私は脳をフル回転させて考えを纏めていく。

 まずは緑谷少年に話をして、職場体験先をグラントリノの事務所にしてもらい、その上でグラントリノの疑念を解消してもらえるように便宜を図ってもらわねば!

 どうしてこんな事に…Holy shit(なんてこった)

 

 

雷鳥side

 

「……2361件。わかっていたが、多いな…」 

 

 放課後。相澤先生から渡された指名リストを読みながら思わず呟く。2300以上も指名が来ていたら、目を通すだけで一苦労だ。

 

「大変そうね。吸阪ちゃん」

「すっげぇ大変。梅雨ちゃんは体験先、決まったのかい?」

「まだよ。でも、水難に係る事務所に行くつもりだから、絞り込みは早く出来そうだわ」

「なるほどね。俺も早く目を通して絞り込みに入らないと…」

 

 梅雨ちゃんとそんな事を話しながら、リストを更に読み込んでいると―

 

「わわ私が、独特の姿勢で来た!!」

 

 オールマイトが物凄く慌てた様子でやって来た。あの慌てぶり、何かあったのか? 

 

「み、緑谷少年。ちょっとおいで」

「は、はい」

 

 出久を連れて、教室を後にするオールマイトの後姿を見送ったところで、前世の記憶が不意打ちのように脳裏に浮かび上がる。

 そうだ。思い出した…たしか出久に、グラントリノからの指名が来たんだったな。それから―

 

「………」

 

 記入済みの用紙を手に、思いつめた表情で教室を出ていく飯田の姿を見て、職場体験で起こる()()の事も思い出した。

 

「…ちょっと拝借」

 

 机に放置された飯田への指名リストを掴み、素早く目を通す。やっぱりな…。

 

「吸阪ちゃん、盗み読みなんてお行儀が悪いわよ」

「ごめんごめん、ちょっとした好奇心でね」

 

 梅雨ちゃんからの突っ込みに謝りつつ、リストを元の位置に戻す。さて、俺はどう動くべきか…。

 

 

出久side

 

「緑谷少年。君に特別な指名が来ている!」

「特別な指名…ですか?」

 

 オールマイトに連れられて渡り廊下まで来たところで、僕はそんな事を告げられた。特別な指名…一体誰からなんだろう?

 

「その方の名は…『グラントリノ』。かつて1年間だけ雄英で教師をしていた…私の担任だった方だ」

「オールマイトの担任! そんな方が僕を!」

 

 思いもよらない人からの指名に、僕は興奮を抑えきれない! だけど…。

 

「当然、『ワン・フォー・オール』の件もご存じで、雄英体育祭での活躍を見て、直に会ってみたいと仰られている」

「うわぁ、光栄だなぁ! っていうか、“個性”の件をご存じの方がまだいらっしゃったんですね!」

「…グラントリノは()()()()()でね……とうの昔に隠居なさっていたので、うっかりカウントし忘れていたよ…というか、記憶から封印していたのに…」

 

 オールマイトはどこか浮かない様子で……ガタガタと震え始めた!?

 

「あぁ、Shit! 震えるなよ、この足め!」

 

 というか、本気で怯えてる!? オールマイトのこんな姿見た事ない!

 

「そ、そういう訳で! 緑谷少年! 2300を超える指名を受けている事は承知の上で、敢えてお願いする! グラントリノの元へ職場体験に行ってくれないだろうか!?」

「はい! 喜んで伺わせていただきます!」

「そうか! 行ってくれるか! ありがとう! 本当にありがとう!!」

 

 僕の返答を聞いて、心底ホッとした様子のオールマイト。だけど―

 

「あ、あと、もしもグラントリノに私の事を聞かれたら…それなりにで良いから、良い師匠だと伝えてくれないか?」

「いや、オールマイトの担任を務められたような方に嘘をつくのは…」

「そこを何とか! 少し、ホンの少し話を盛ってくれるだけで良いから!」

「…やっぱり嘘をつくのは……」

「そうか……そうだよね………」

 

 最後は凄く落胆した様子だった…嘘をついた方が良かったのかなぁ…。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「職場体験か」

「あぁ、即決が何人か」

「大事な行事だ。ちゃんと考えさせろよ。3年(ウチ)なんか今になって後悔してる奴もいるぞ…」

「そうだな…」

 

 スナイプの声に答えながら、提出された用紙をチェックしていく。すると―

 

「これは…」

 

 目に留まったのは飯田の提出した用紙。希望先は保須のヒーロー事務所…まさか…。

 

「失礼します。1-Aの吸阪ですが、相澤先生はいらっしゃいますか?」

「おう、ここだ」

 

 用紙を机の上に置き、吸阪の方へ向き直る。

 

「お忙しい時にすみません。ちょっとご相談したい事が…」

 

 ()()()ね…。嫌な予感がするが…気のせいであってくれよ…。

 

 

雷鳥side

 

「飯田。悪いが少し付き合ってくれないか?」

 

 相澤先生に()()()()をした翌日の放課後。俺は帰宅しようとした飯田を呼び止めていた。

 

「吸阪君…すまないが、これから兄の見舞いに行くところで…」

 

 飯田はお兄さんへのお見舞いを理由に俺を振り切ろうとするが…そういう訳にはいかない。咄嗟に飯田の肩を握り、半ば睨むように視線を送る。

 

「1時間…いや30分でいい。頼むよ」

「………わかった」

「悪いな」

 

 30秒程沈黙が続いたところで、飯田が折れてくれた。

 

「ら、雷鳥兄ちゃん!」

「今は来るな! 出久…来るなら、30分後TDLに来い。良いな? 30分後だぞ」

 

 付いて来ようとする出久を制し、向かうのは体育館γ(TDL)だ。

 

 

 トレーニングの()台所()ランド()に到着した俺は、制服の上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めると、飯田にもそうするよう促し、柔軟運動を開始する。

 

「TDL…相澤先生に無理言って、1時間だけ貸し切りにしてもらった。今いるのは俺達だけだ」

「………吸阪君。ここまで僕を連れて来た理由を聞かせてもらいたい」

「理由ね……ホントはわかってるんだろ?」

「わからないから聞いているんだ!」

 

 飯田の奴。大分苛立っているな。こりゃ、茶化さずにいきますか…。

 

「職場体験…希望は保須市のヒーロー。違うか?」

「っ!? どうしてそれを!」

「簡単な推理だよ。1つ、お前のお兄さん、ターボヒーロー・インゲニウムが(ヴィラン)に敗北したのが保須市である」

「2つ、昨日こっそりお前の指名リストを見せてもらったんだが…保須市のヒーローが記載されているページにだけ強く折り目がつけられていた」

「3つ、ここ数日のお前を観察する限り、お兄さんを再起不能にした(ヴィラン)に対し、強い敵意を抱いている事が極めて高い確率で予想される」

「以上3点から、飯田天哉が職場体験の舞台として、保須市を選択する確率は極めて高いと考えられる。そして、今のお前の反応から見てもこの予測が正しい事は疑いようがない。以上Q.E.D.(証明終了)

 

 ま、本当のところは前世の記憶で知っている訳だが…そんな事をいう訳にもいかないので、予め設定しておいた推理を披露する。

 

「………務めて平静にしていたつもりだったが…上手くはいかないな。あぁ、そうだよ…僕は、兄をあんな体にした(ヴィラン)を…『ヒーロー殺し』を許せない! この手で『ヒーロー殺し』を倒し、兄の無念を晴らす! それが、僕の決意だ!」

「なるほどね…」

 

 ヒーロー殺し。独自の倫理観や思想に基づいた『贋物のヒーローに粛清を与える』という信念を掲げ、各地でプロヒーローを襲撃してきた凶悪犯…だったな。

 これまでに17人を殺害し、23人を再起不能に追い込んでいる…。たしか、単独の犯罪者としては、オールマイトの登場以降で最多の殺害数を記録していた筈だ。

 

「もしも、それを止めると言うのなら…吸阪君、君であっても容赦はしない! 全力を持って排除する!」

「おいおい待て待て、誰も止めるなんて言ってないぞ。第一、クラスメート(俺達)がとやかく言ったくらいで止まるお前じゃないだろ?」

「………じゃあ、何故ここに僕を?」

「簡単な事さ…俺と()()しようぜ。インゲニウムを倒すような奴を相手にするんだ。最低でも俺に勝てないようじゃ、話にすらならないだろ?」

 

 不敵な笑みを飯田に向けながら、俺はゆっくりと構えを取る。

 

「俺に勝てたなら、もう何も言わねぇよ。お前の好きにすればいい」

「………わかった。君を乗り越えて、ヒーロー殺しに挑ませてもらう!」

 

 

出久side

 

「あれから20分…雷鳥兄ちゃんと飯田君…大丈夫かな……」

 

 雷鳥兄ちゃんと飯田君のやり取りの後、僕を含むA組の17人は誰一人帰宅する事無く、時計を見つめ続けていた。時間になったら即TDLに向かう為だ。 

 

「吸阪ちゃん。どうしてこんな事を…」

「梅雨ちゃん…雷鳥兄ちゃんにはきっと…何か考えが…」

「ええ、きっとそうだと思うわ…でも……」

 

 落ち込んだ様子の梅雨ちゃんにかけるべき言葉が上手く出てこない。僕はまだまだ駄目だなぁ…。

 

「なあ、そろそろ行こうぜ!」

「あぁ、今から走れば、丁度良い頃合いにTDLへ着ける!」

「そうだね…皆、行こう!」 

 

 一斉に教室を飛び出し、僕達はTDLへ急ぐ。どうか…どうか、悪い事が起きていませんように…。

 

 

雷鳥side

 

「これで4回目…今度は頸椎だ」

 

 飯田の背後から、頸椎目がけて振り下ろした手刀を寸止めしながら、冷たく言い放つ。

 

「くっ!」

 

 次の瞬間、飯田は苦し紛れに水面蹴りを放つが、そんなものに当たるわけがない。十分な余裕を持って距離を取り、構えを取る。

 

「飯田…俺がヒーロー殺しだったら、お前はもう4回死んでる。心臓、喉笛、肝臓、そして頸椎」

「くっ…僕の動きがここまで…吸阪君の『予知』、これほどとは…」

「おいおい、言っておくが俺は『予知』なんて使ってねぇぞ」

「そんな、馬鹿な…」

 

 気づいてなかったか…思ったよりも重症だな。

 

「解っていないようだから教えてやる。飯田、今のお前は体育祭の時に出来ていた事が、()()()()()()()()()。動きに緩急も無ければ、高さもない。ただ平面的、直線的に速いだけだ。そんな動き、『予知』を使うまでもない」

 

 吐き捨てるような俺の言葉に、声を失う飯田。可哀想だが、更に追い打ちをかけさせてもらう。

 

「そんなお前がヒーロー殺しに挑んでも、即返り討ち。良くて再起不能。運が悪ければあの世行きだ。悪い事は言わない。復讐なんてやめとけ」

「僕が…」

「ん?」

「僕が、ヒーロー殺しはおろか…君にすら敵わない事は、自分が一番わかってる! 百も承知だ! だが…この気持ちは! 兄の無念は! どうすればいい! この命と引き換えにしてでも、ヒーロー殺し(やつ)に一矢報いる! そうしなければ-」

「この…馬鹿野郎が!!」 

 

 次の瞬間、俺は飯田の顔面に拳を叩き込んでいた。派手な音を立ててダウンした飯田の胸倉を掴み、無理やり立たせ、激情をぶつけていく。

 

「飯田…お前、何にも解ってねぇよ…()()()()()()()()()()()()()()()()? そんな事して、誰が喜ぶ? お前のお兄さんは! インゲニウムは! お前にそんな事をしてくれって頼んだのか? あぁ!」

「そ、それは……」

「お前がヒーロー殺しにやられて、再起不能になったら! 殺されたら! インゲニウムは一生恨み続けるぞ…ヒーロー殺しをじゃない。ヒーロー殺しにやられて、弟に道を踏み外させた自分の弱さを!」

「兄さん…そんな…僕は…そんな…」

「インゲニウムだけじゃないぞ。お前の両親はどうなる? 親にとって子どもに先立たれるって事が、どれだけ辛い事か、わかってんのかよ!」

「父さん、母さん…違う、僕は…そんなつもりじゃ…」

「いつものお前なら、こんな単純な事…とっくに理解しているだろうが…元のお前に戻れよ…飯田天哉…」

 

 胸倉を掴んでいた手を離すと、グッタリと床に座り込む飯田。そこへ―

 

「雷鳥兄ちゃん! 飯田君!」

 

 出久達が雪崩れ込むようにTDLへ入って来た。ふむ、時間通りだな。それも全員一緒か…。

 

「…皆、どうして……」

「だって、心配だったから……ごめん、飯田君。僕、飯田君の様子がおかしい事に気づいていたのに…何も出来なかった。本当はもっと強く声を掛けるべきだった! 無理やりにでも君を止めるべきだった! ごめん…本当にごめん…」

「謝るのは緑谷だけじゃねぇ…俺だってそうだ。恨みつらみで動く人間の顔は、一番よく知っている…昔の俺がそうだったから…。だから、もっと早く動くべきだった…すまねぇ」

「それを言うなら私達だってそうです。何かをしなくてはならないのに、何をするべきなのか解らず迷った結果、吸阪さん1人を嫌われ役にするような結果に…」

 

 出久、轟、八百万の声に続き、あちこちから謝罪と後悔の声が聞こえてくる。

 

「飯田…皆お前の事を見てたんだぞ。もっと仲間を頼れよ。委員長」

「皆…すまない。復讐心に囚われ…僕は一番大事な事を見落としていた……本当にすまない…」

 

 泣きながら謝罪の言葉を繰り返す飯田。よし、これで飯田はもう大丈夫だろう。

 

「吸阪ちゃん…」

 

 梅雨ちゃんから声を掛けられたのはその時だ。

 

「吸阪ちゃん…私ね。今凄く怒っているの」

「え?」

 

 怒っている? 俺に?

 

「怒っていると言っても、半分以上八つ当たりみたいなものだけど…飯田ちゃんに対して、私達はどう行動すれば正解なのかわからなくて、動けなかった。だから、吸阪ちゃんは1人で嫌われ役を演じたのよね?」

「でも、どうして…どうして、私達に相談してくれなかったの? 私達はそんなに頼りなかったの?」

「飯田ちゃんが元に戻っても、代わりに吸阪ちゃんが皆から嫌われたり、A組からいなくなる様な事になったら…それは、それはとても悲しいの…」

「だから、頼りないと思われていても…ちゃんと…お話して欲しかったの…」

 

 ポロポロと涙を流しながら、思いの丈をぶつけてくる梅雨ちゃん。そっか、皆の為に良かれと思ってやった事が…皆を傷つけていたのか…。

 

「梅雨ちゃん。俺はただ、皆に迷惑かけたくなくてさ…なんていうか…」

 

 どうやって償えば良いのか、見当もつかない。だから―

 

「ごめん皆! 俺が馬鹿だった!!」

 

 誠心誠意謝るだけだ。すると―

 

「よっし! 皆それぞれ謝ったから、この話はこれでお終いにしよう! なんていうか…ムズイけど、とにかく! また皆で笑って…頑張ってこうってヤツさ!!」

 

 麗日がいつもの麗らかな笑顔で、話を纏めてくれた。皆泣きながら笑いだして…最終的には大声で笑ってた。

 こうして、俺達は更に結束を高め…職場体験初日を迎える事が出来たのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第40話:職場体験ーその1ー

お待たせしました。
第40話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

2020/2/22
内容の一部を改訂しました。


雷鳥side

 

 TDLでの一件からあっという間に時は流れ、俺達は職場体験当日を迎えていた。

 

「コスチューム持ったな? 本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」

 

 駅構内で整列する俺達に、相澤先生が淡々と諸注意を告げる中―

 

「はーい!」

 

 いつもの様に明るく返事をする芦戸。うん、その明るさは美徳だと思うけど…。

 

「伸ばすな。『はい』だ芦戸」

「…はい」

 

 やっぱり怒られたな。まぁ、こんな光景を見られたのは、ある意味ラッキーだ。今日から1週間は皆バラバラだからな。

 

「では、くれぐれも先方に失礼のないように! じゃあ、行け!」

「「「「「はい!」」」」」

 

 相澤先生の言葉に俺達は返事を返し、それぞれの目的地へ向けて移動を…っと、忘れてた。

 

「常闇! 障子! 梅雨ちゃん!」

 

 それぞれが選んだ職場体験先。その中でも特に遠方の事務所を選んだ3人に、()()()があったんだった。

 

「3人とも昼は新幹線の車内で済ませるんだろう? だからさ、()()()()()()」 

「これは!」

「まさか…」

「ケロッ、吸阪ちゃん、作ってくれたのね」

 

 俺が差し出した3つの包みに、それぞれ違った反応を見せてくれる3人。

 

「中身は体育祭の時に作った『おにぎらず』さ。具は3種類、チキン*1と鯖*2、それから卵ベーコン*3容器は使い捨てのやつだから、食べ終わったら、ゴミ箱にでも放り込んでくれ」

「わざわざありがとう。吸阪ちゃん」

「吸阪、感謝する。この昼食、疎かには食わん」

「この礼は、職場体験から戻ったら必ず」

 

 それぞれに感謝の言葉を口にしながら、包みを受け取る3人。

 

「気にしなさんな。俺が好きでやってんだから…まぁ、強いて言うなら……障子」

 

 俺はそう言いながら、素早く障子の肩に手を回し―

 

「もしもの時は梅雨ちゃんの事、頼むぞ」

 

 そっと耳打ちした。梅雨ちゃんと障子は、偶然にも行き先が同じ…水難に関する事件を専門に扱うヒーロー、セルキーの元へ職場体験に行くからな。この位の事はお願いしても罰は当たるまい。

 障子も『わかっている』と頷いてくれて…これで一安心だ。

 

「あー、梅雨ちゃん達だけいいなぁ! 私も吸阪のお弁当食べたい~!」

「そうだそうだー!」

 

 まぁ、葉隠や芦戸からの抗議に関しては、半分聞き流しつつ―

 

「じゃあ、全員の職場体験が無事に終わったら、食事会でもするか?」

 

 と、さりげなく提案してみたら…全員が「やる!」と即答してきたのは、予想外だった。

 

「発車まであと5分。急ぐぞ、蛙吹」

「そうね。それじゃあ皆。実りの多い職場体験にしましょうね。ケロケロ」

 

 そして、障子と梅雨ちゃんがホームへ向かったのを皮切りに、それぞれが目的地へ向けて出発していく。

 

「吸阪君、君には色々と迷惑をかけた…本当に―」

「ストップ。その件はTDLで解決済みだろ? だからさ、お互いに良い職場体験にしようぜ」

「…あぁ!」

 

 飯田は結局、最初に希望した保須市に事務所を構えるノーマルヒーロー、マニュアルの元へ行く事になった。

 復讐ではなく、(インゲニウム)の果たせなかった事を少しでも肩代わりしたい。そう言い切った飯田の目に曇りはなかった。今の飯田なら、きっと大丈夫だろう。

 

「それじゃあ、雷鳥兄ちゃん。行ってきます」

「オールマイトの師匠か…色々学んで来い」

「うん!」

 

 そして出久も、オールマイトの師匠(グラントリノ)が事務所を構える山梨へ出発。

 

「じゃ、俺達も行きますか」

「あぁ」

 

 最後に残った俺と轟も、()()()()()へ向けて出発した。

 

 

 電車に揺られ、俺と轟がやって来たのは10階建てのオフィスビル。そう、フレイムヒーロー・エンデヴァーの事務所だ。

 …巷では永遠の2番手などと陰口を叩く奴もいるが、オールマイトという()()()に長年に亘って挑み続け、ナンバー(ツー)ヒーローの地位を不動のものにしているその実力は、折り紙付き。俺としても学ぶべき点が多々ある事から、指名を受けさせてもらった。

 ……後々、保須市に向かうという点も理由の1つだけどな。閑話休題。

 自動ドアを通り抜けて受付で名乗ると、予定の時間より15分ほど早かったにも拘らず、受付のお姉さんは笑顔でエンデヴァーが待つ代表室へ案内してくれた。 

 

「社長。轟焦凍様、吸阪雷鳥様をお連れしました」

「うむ、入りたまえ」

「失礼します!」

「失礼します」

 

 ここまで案内してくれたお姉さんに一礼し、入室すると-

 

「よく来たな焦凍、吸阪君。事務所一同、君達を歓迎しよう」

 

 エンデヴァーと40人を超える数のサイドキックが俺達を迎えてくれた。というか、この人数…たかだか高校生の職場体験なのに、大袈裟すぎないか!? っと、いかんいかん。冷静に冷静に…。

 

「雄英高校1年、吸阪雷鳥です! 1週間、よろしくお願いします!!」

「雄英高校1年、轟焦凍です。よろしくお願いします」

「うむ、こちらこそ1週間よろしく頼む。まぁ、そう緊張せずにリラックスしたまえ。オンとオフをきっちり切り替える事も大切な事だ」

 

 挨拶を終えた俺達はエンデヴァーにそう促され、ソファーへ腰を下ろす…その前に―

 

「あの、これはつまらない物ですが…皆さんで、休憩の時にでも…」

 

 持ってきた紙袋をそっと差し出した。実家の近所にある評判の和菓子屋で購入してきた豆大福と草餅。かなり多めに買ってきたから、この人数でも十分足りる筈だ。

 

「これは、ご丁寧に…おい」

 

 どこか驚いた様子のエンデヴァーから指示を受け、慌てて前に出てきたサイドキックの1人に紙袋を渡し、ソファーに腰を下ろす。この座り心地……相当高いな。

 

「さ、さて、早速だが、2人のヒーローネームを聞かせてもらおう。職場体験とはいえ、コスチュームを纏い行動する以上、ヒーローネームで呼び合う事が、ヒーロー間でのルールだからな」

「俺は…対極ヒーロー・アブソリュートだ」

「ほう! アブソリュートか! 良い名前だ。焦凍!」

「…アブソリュートだ」

「む! す、すまん…アブソリュート」

 

 ………なんだろう。雄英体育祭の時も思ったけど、俺が知っている(原作の)エンデヴァーと全然違うぞ! サイドキックの皆さんも戸惑っているし…。

 

「す、吸阪君のヒーローネームも聞かせてもらおうか!」

「あ、はい! 俺のヒーローネームは、ライトニングヒーロー・ライコウです!」

「うむ、ライコウか。良い名前だ!」

 

 俺と轟のヒーローネームを聞いたエンデヴァーは、そのまま自分のサイドキック達に自己紹介をさせていった。これだけの人数の名前と“個性”。覚えるだけでも一苦労だが…まあ、何とかなった。

 

「さて、今日の流れとしては…午後からパトロールに同行してもらう。2人は雄英から簡易版仮免を発行されているから、万が一の時には、働いてもらう。その覚悟はしておくように」

「「はい!」」

「そして昼までの話だが…ライコウ」

「はい!」

()()()()を見せてもらう。焦…アブソリュートの実力は十分把握しているし、君の戦いも雄英体育祭で見せてもらっている。だが…直に拳を交えなければわからない点がある事もまた事実。さぁ、返答は如何に?」

 

 これは…思ってもないチャンスだ。トップヒーローの胸を借りられるなんて幸運、滅多に無いぞ!

 

「こちらからお願いしたいくらいです。エンデヴァー、一手御教授願います!」

 

 

出久side

 

 新幹線で45分。山梨県甲府市にやって来た僕は、あらかじめ聞いていた住所を入力した地図アプリを頼りにグラントリノの事務所を目指していた。

 グラントリノ…ネットで調べても殆ど情報が見つからなかったし、オールマイトに尋ねてもあまり有益な情報は入手出来なかった。

 

「でも、オールマイトが恐れる程のヒーローなんだ。きっと凄い人に違いない!」

「凄い人に違い…ない…」

 

 地図アプリが示す場所に建っていたのは4階建ての古い建物。周囲は工事現場でよく見る黄色と黒で縞模様に彩られたバリケードで囲まれているし…こんな所で暮らしているんだろうか?

 

「と、とにかく入ってみよう…」

 

 まずは中を確認して、誰もいなかったらオールマイトに連絡をしよう。うん、そうしよう。半ば自分に言い聞かせながら、ドアを開けてみる。

 

「雄英高校から来ました。緑谷…っ!?」

 

 その瞬間視界に入ったのは、小柄なお爺さんが床に倒れ、大量に出血しているというショッキングな光景。

 咄嗟に周囲を見渡して、状況を確認。少なくとも見える範囲に(ヴィラン)の姿はない。となると…中か!

 

「3、2、1、0っ!」

 

 タイミングを計って室内に転がり込み、素早く室内を見回す。(ヴィラン)の姿は…ない。襲撃から時間が経って………ん?

 

「この匂い…」

 

 周囲に漂う嗅ぎ慣れた匂い。これは…トマトケチャップ!? まさかとは思うけど…。

 

「え、えっと…お爺さん。大丈夫…ですか? 起きれますか?」

 

 遠慮がちに声をかけてみると―

 

「起きる!!」 

「起きた!!」

 

 お爺さんが一気に跳ね起きた。

 

「いやぁあ、切ってないソーセージにケチャップぶっかけたやつを運んでたらコケたぁ~!」

「そ、そうなんですか…」

 

 と、とりあえずは良かった…(ヴィラン)に襲われた訳じゃなかったんだ。

 

「誰だ君は!?」

「雄英高校から来た緑谷出久です!」

「何だって!?」

「緑谷出久です! 貴方が指名されたんですよね!?」

「飯が食いたい」

 

 …どうしよう。オールマイトの先生だから、相当なお歳だって事は解っていたけど…急激に認知症が進行した?

 オールマイト…いや、病院に連絡するのが先………待てよ。そう言えば雷鳥兄ちゃんが…。

 

「………」

「飯が食いたい」

 

 僕は覚悟を決め、お爺さんへ右手を向けると―

 

「失礼します!」

 

 フィンガースナップと共に衝撃波の弾丸を放つ!

 

「ッ!」

 

 着弾の直前、お爺さんはロケットの様に跳ねて、衝撃波を回避! 壁や天井を蹴る事で方向転換し、テーブルの上に着地した。やっぱり、さっきまでのは演技だったのか…。

 

 -出久、オールマイトが記憶から封印したくなる程恐れる存在って事は…きっと、相当なスパルタだ。不意打ちや何らかの(トラップ)を仕掛けてくる。そう考えておいたほうが良いぞ―

 

 雷鳥兄ちゃんからのアドバイスに心底感謝しながら、お爺さん(グラントリノ)に向けて構えを取る。

 

「危ないな! 俺が本当に無力なボケ老人だったら、どうするつもりだったんだ!?」

「その時は誠心誠意謝ります! それに、元々さっきの衝撃波は当てるつもりなかったですから!」

「……なるほど。計算尽くか」

 

 衝撃波の着弾痕と自分が寝ていた位置を確認し、感心したように呟くグラントリノ。

 

「よし、ここからが本番だ。コスチュームを着な。受け継いだ『ワン・フォー・オール』、どの程度モノにしているか見せてもらう」

「はい!」

 

 僕はすぐさまコスチュームを身に纏い、グラントリノに向き直ると同時に『フルカウル』を発動。

 

「どっからでも来いやぁ! 受精卵小僧!」

「行きます!」

 

 グラントリノへ正面から跳びかかる!

 

「正面からって、舐め過ぎだっ!」

 

 当然、グラントリノはさっきの跳躍で回避。そのまま、壁を蹴ろうとするけど―

 

「そこっ!」

 

 その動きを()()()()()()()僕は、フィンガースナップから放つ衝撃波で、それを妨害!

 

「ぬおっ!」 

 

 咄嗟に衝撃波を避けた事で体勢が崩れたグラントリノへ、更に衝撃波の弾幕を放ち、その逃げ道を塞いでいく! そして―

 

「どう…でしょうか?」

 

 最後は逃げ場を失ったグラントリノを素早く、且つ優しく捕まえる事が出来た。

 

「まさか、ここまで早く捕まるとはな。文句無し、合格だ」

「ありがとうございます!」

 

 グラントリノを床に降ろすと同時に告げられた合格に、一礼で答える。

 

「『ワン・フォー・オール』のコントロールも十分出来とるし、よく考えて動いとる! しかも判断が早い! 雄英から簡易版仮免を発行されたのは、伊達じゃないようだな! 気に入った! えーと…」

「緑谷出久、ヒーローネームはグリュンフリートです!」

「うむ、1週間よろしく頼むぞ! グリュンフリート!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「よし、まずは少し話をしよう。 お茶を淹れるから、そこに座ると良い」

「あ! お茶だったら僕が淹れます。お茶請けも買ってきてますから」

「ほう、 準備が良いな」

「オールマイトから、グラントリノはたい焼きがお好きだと聞いてきたので、駅前のお店で焼きたてを買ってきたんです!」

「おぉ、あの店か! 俺はたい焼きに目がなくてな! 特にあの店のは美味いんだ!」

 

 満面の笑みを浮かべながら椅子に座るグラントリノ。最初はどうなるかと思ったけど、有意義な職場体験が出来そうだ。

 それにしても…どうしてオールマイトは、グラントリノをあそこまで怖がっていたんだろう? たしかに、さっきのテストでは、鋭い眼光をしていたけど、今のグラントリノは気の良いお爺ちゃんって感じなのに…。

 2人分のお茶を淹れながら、僕は内心首を傾げるのだった。

*1
チキンカツと茹でキャベツの千切り。味つけはトンカツソースとマヨネーズ

*2
鯖の西京焼きとごま油で炒めた白髪葱

*3
厚切りベーコンと卵焼き




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

皆さんのおかげでUAが20万を突破する事が出来ました。
今後も拙作をよろしくお願いいたします。


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第41話:職場体験ーその2ー

お待たせしました。
第41話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

2020/2/22
内容の一部を改訂しました。


物間side

 

「正直言って、君の事は好きではない」

「は~?」

 

 職場体験先の主であるベストジーニストから、開口一番ぶつけられた言葉に、思わず顔が引きつるのを感じる。こ、この人は何を言っているんだろうか…。

 

私の事務所(うち)を選んだのも、5本の指に入る超人気ヒーローから指名が入って、ラッキー…その程度の感覚だったのではないかな?」

「あ、貴方の方から…指名を入れてきたんですよねぇ?」

 

 これは…拙いな。気をつけないと、()()()が顔に出てしまいそうだ。

 

「そう! 最近は『良い子』な志望者ばかりでねえ。久しぶりにグッと来たよ」

「君のように捻じ曲がった人間を“矯正”するのが、私のヒーロー活動。本来なら()()()()指名したかったのだが…まぁ、それはそれ」

(ヴィラン)もヒーローも表裏一体。その澱んだ目に見せてやるよ。何が人をヒーローたらしめるのか」

 

 何だ…物凄く嫌な予感がする…。

 

 

轟side

 

 代表室でのやり取りから15分後。コスチュームに着替えた俺と吸阪は、事務所の地下にあるトレーニングルームに足を運んでいた。

 ()()()()()()()()()。親父、エンデヴァーの放ったその一言で、急遽決まったこの組手。親父のサイドキックも、殆どがギャラリーとして参加しているが―

 

「なぁ、どっちが勝つと思う?」

「エンデヴァーさんに決まってるだろう。雄英体育祭優勝って言っても、所詮は高1。勝負にすらならねえよ」

「だよなぁ、エンデヴァーさんもなんだってこんな事…時間の無駄だよ」

 

 …8割がたこの反応だ。たしかに、この組手には不可解な点がある。親父ほどの実力者なら、わざわざ拳を交えなくても、吸阪の実力を測る事くらい簡単に出来る筈…何か考えがあるのか?

 

 

雷鳥side

 

「遠慮はいらん。全力で来るがいい」

 

 その一言と共に構えを取ったエンデヴァーに一礼し、こちらも構えを取る。

 間合いを取って互いに睨み合うが……ヤバイな。威圧感による物なのか、195cm、118kgのエンデヴァーが更にデカく感じる。

 ただでさえ、20cm近い身長差*1と、40kg以上の体重差*2があるっていうのに…。

 まぁ、このまま睨み合っても埒が明かない。ここは一つ、試してみるか。

 ステップを踏みながら、エンデヴァーの周りを回る事でタイミングを計り-

 

「はぁっ!」

 

 一気に前に出て、左の上段後ろ回し蹴りを放つ!

 

「あまい!」

 

 エンデヴァーは当然ガードを固めるが、それこそが俺の狙いだ。蹴りの軌道を途中で中段に変え、エンデヴァーの左脇腹に蹴りを叩き込む!

 

「どうだ!?」

 

 素早く距離を取り、様子を窺うが…。

 

「…良い蹴りだ。早く、そして鋭い。正に剃刀のような切れ味」

 

 エンデヴァーは微動だにしていない。ダメージは与えられなかったか。だったらこれだ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺は“個性”を発動し、四肢に電撃を纏う。そして、再び突進しようとした次の瞬間―

 

「ここまでだ」

 

 エンデヴァーからストップがかかった。え? ここまで、ですか?

 

「これ以上やれば、組手では済まなくなる。()()()()()

 

 そう言って、一瞬ニヤリと笑みを浮かべたエンデヴァーは、すぐに真顔になり―

 

「お前達の中に、()()()()()()()()()ライコウの実力を正しく把握出来ていた者はいるか? いるなら手を上げろ」

 

 ギャラリーのサイドキック達へ問いかけた。

 

「「「「「………」」」」」

 

 手を上げたのは40人を超えるサイドキックの中で…10人ってところか。

 所詮高1だなんだと言ってくれてた他のサイドキックは、何も言えず黙り込んでいる。

 

「見ての通り、ライコウの実力は高校生離れしている。正直なところ、お前達と比較しても上位に入る実力者と言っても過言ではない」

「相手の外見や年齢だけで実力を評価するなど、まさしく愚の骨頂! このエンデヴァーのサイドキックを務め、ひいてはプロヒーローを目指す者として、恥を知れ!!」

 

 エンデヴァーに一喝に、俺達を過小評価していたサイドキック達はすっかり小さくなり、それぞれの仕事に戻っていった。ふむ…これって、もしかして…。

 

「親父…吸阪を利用したな?」

 

 あ、俺より先に轟がツッコミを入れたか。

 

「う、うむ…最近サイドキック達の中で、気の緩みがあったのでな…良い機会だと……その、すまん」

「大方そんな所だと思いましたよ。エンデヴァー程の実力者なら、俺の実力なんて見ただけで解るはずですし」

 

 気の緩みが見られる部下(サイドキック)達を戒める為に組手を利用した事に対し、頭を下げてきたエンデヴァーにそう答える。俺との組手がサイドキックの意識改革に繋がるなら安いもんだ。

 

「この詫び、という訳ではないが…これから1週間、時間の許す限りお前達の指導をさせてもらう。改めて、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「…よろしくお願いします」

 

 

飯田side

 

 無事に保須市へ到着した僕は、僕を指名してくださったノーマルヒーロー・マニュアルさんの事務所へ向かい、職場体験を開始した。

 開始直後の面談でマニュアルさんは、僕がヒーロー殺しを追いかけようとしているのではないか。その為にマニュアル事務所(ここ)を選んだのではないか。と、心配を口にされたが、TDLでの皆とのやり取りや、復讐ではなく、(インゲニウム)の果たせなかった事を少しでも肩代わりしたい為に、ここを選んだ事を告げると納得してくださった。

 

「天哉君! パトロールに出発するよ!」

「はい! お供させていただきます!」

 

 マニュアルさんの信頼に応える為にも、頑張らなくては!

 

 

お茶子side

 

 私を指名してくれたバトルヒーロー・ガンヘッドさんの事務所に到着すると、ガンヘッドさんはさっそく私をパトロールに同行させてくれた。

 

「ヒーロー活動の基本は、犯罪の取り締まりだよ」

「事件発生時には、警察から応援要請が来る。地区毎に一括で来るんだよ」

「逮捕協力や人命救助などの貢献度を申告。そして、専門機関の調査を経て、お給料が振り込まれる。基本、歩合だね」

 

 パトロールの最中にも、ガンヘッドさんは優しくヒーロー活動のイロハを教えてくれる。でも…喋り方、可愛い!

 

 

切島side

 

 任侠ヒーロー・フォースカインドさんの元で職場体験をスタートさせた俺とB組の鉄哲だったが―

 

「お前達にはまず、俺やサイドキックと一緒に、これをやってもらう!」

 

 渡されたのは…ゴミ袋と火ばさみ? 

 

「えっと…フォースカインドさん。ゴミ拾いって事でしょうか?」

「そうだ! わかりきった事を聞くな!」

「はい! すみませんでした!」

「言っておくが、ゴミ拾いも立派な地域貢献。ヒーローには欠かせない事案だ!」

「「はい!!」」

「それに、治安維持の為には、ゴミ拾いは決して欠かす事が出来ない! 烈怒頼雄斗(レッドライオット)、理由がわかるか?」

「すみません! わかりません!」

「リアルスティールは?」

「すみません! わかりません!」

「…仕方ない。説明してやるから、よーく聞いておけ!」

「「はい!」」

 

 フォースカインドさんが説明してくれたのは、『割れ窓理論』という大昔にアメリカの犯罪学者が提唱した理論。  

 大雑把に言うと、落書きやゴミのポイ捨てのような小さな違反や犯罪を放置する事で、住民のモラルが低下。ひいては地域環境の悪化や犯罪の多発に繋がっていくという考えなんだそうだ。

 

「ポイ捨てや落書きなどを放置したままで、漠然とパトロールを行っても効果は低い! 例え、無駄に思えるような小さな事でも、進んでやっていくように! いいな!!」

「「はい! フォースカインドさん!!」」

 

 無駄に思えるような小さな事でも進んでやっていく…か。やっぱり、プロヒーローは器がデカいぜ!

 

 

出久side

 

 グラントリノからの突然の試験。それに合格した僕は、事務所の台所を借りて2人分のお茶を淹れ、買ってきたたい焼きをお茶請けにして、お茶会に臨んでいた。

 

「ほぅ、同い年の叔父と10年間鍛錬を積んだか…『ワン・フォー・オール』を継承して1年そこそこで、あれだけ動けるのも納得だな」

 

 僕の話を聞きながら鯛焼きをパクつくグラントリノ。こうして見ると、コスチュームを着ている事を除けば、どこにでもいる気の良いお爺さんだ。

 

「ちなみに…今全力を出せば、どの辺りまでいける?」

「そうですね…安定して発動出来るのは35%。自壊するギリギリ手前まで出力を上げるなら、40%ってところです」 

「………高1でこれとは…俊典の奴、将来有望な後継者を見つけたな」

「あの…俊典って、どなたですか?」

「知らんのか? 八木俊典。オールマイトの本名だよ」

「まさかの日本人!?」

 

 知らなかった! オールマイトが日本人だったなんて!

 

「あの馬鹿…弟子に自分の名前すら教えとらんのか…」

 

 低い声でそう呟いたグラントリノ。握っていた湯飲みが軋むほど力が入っているのがわかる。

 

「…怒りはせんから、正直に答えろ。俊典からどんな事を習った?」

「は、はい! 『ワン・フォー・オール』を受け継いですぐに、海浜公園のゴミの山を綺麗にするように言われました。『ヒーローってのは、本来奉仕活動! 地味だ何だと言われても! そこはブレちゃあいかんのさ…』と」

「それから?」

「海浜公園のゴミ掃除が終わってから、踏み込んだ訓練を…組手とか」

「その時、俊典の奴はどんな風にお前達を指導していた?」

「えっと、その…」

 

 なんだろう。これを言ったら、とんでもない事になりそうな気が…。

 

「安心しろ。()()()怒りはせん」

 

 こうなったら…覚悟を決めよう。

 

「その…すごく抽象的っていうか…擬音が多かったです」

「あの…馬鹿たれが!」

 

 あぁっ! グラントリノが湯飲みを握り潰した!

 

「すまんが、ちょっと電話をしてくる…掃除よろしく」

「は、はいっ!」

 

 えっと、オールマイト…多分、僕のせいでとんでもない事になると思います。どうか、ご無事で…。

*1
雷鳥の身長は177cm

*2
雷鳥の体重は73kg




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第42話:職場体験ーその3ー

お待たせしました。
第42話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


峰田side

 

 オイラが職場体験先に選んだのは、新進気鋭の美女ヒーロー。Mt.レディ!

 1週間の間に、きっと役得な事やラッキースケベな事もあると期待していたけど―

 

「ヒーロー活動はね。暇な時間を如何にやり過ごすかが重要なのよ。わかる?」

「は、はぁ…」

 

 開始早々、やらされるのは掃除に買い出し。まるで家政婦扱いだぜ! 畜生、こんなプレイは好みじゃねえよ! 

 

 

耳郎side

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」 

 

 ウチを指名してくれたデステゴロさんの事務所へ、職場体験に来た訳だけど…。

 

「ヒーローは日々訓練、日々鍛錬…か」

 

 まさかパトロールを常時走って行うとは思わなかった。何とか気合で食らいついたけど、流石にきつい…。

 

「ほれ!」

 

 なんて事を考えていたら、デステゴロさんがミネラルウォーターの入ったボトルを手渡してくれた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 お礼を言って受け取るとキャップを外し、中身をがぶ飲みする。火照った体が一気に冷えていくのが心地良い。

 

「俺流のパトロール。初体験の奴は大体途中で脱落するんだが、よく付いて来たな! イヤホン=ジャック! 雄英体育祭での活躍は、伊達じゃないって奴だな!」

「いや、ウチなんて全然です。最終種目に参加出来たってだけで…実質、緑谷に一撃で倒されたようなものですから」

「何を言っている。雄英体育祭の最終種目、それに幸運や偶然で参加する事は不可能だって事ぐらい、俺にもわかる。もっと自信を持て!」

「は、はい!」

「まぁ、自信が持てないなら、この1週間で持てるように鍛えてやるまでだ! 気合を入れろよ! イヤホン=ジャック!!」

「よろしくお願いします!」

 

 

八百万side

 

「私が貴女達を何故指名したか…わかってる?」

 

 私とB組の拳藤さんを指名してくださったスネークヒーロー・ウワバミさんに挨拶をする為、都内のスタジオへお邪魔すると、ウワバミさんからそのような質問をぶつけられました。

 

「それは…」

「私達のヒーローとしての資質を見初めてもらったからでは?」

「もちろんそうだけど…それだけじゃないわ」

「「え?」」 

 

 それだけではない…一体どういう意味なのでしょう?

 

「貴女達が可愛いからよ!」

「「はぁ?」」

 

 ウワバミさんの言葉に、一瞬硬直してしまいましたが…いえ、これはきっと何かの比喩!

 プロヒーローとして大切な何か、それを直接伝えるのではなく、比喩表現として伝える事で、私達を試している…きっとそうですわ!

 

「それじゃあ、これから撮影だから…付いて来てね」

「はい、たんと勉強させてもらいますわ!」

「気張ってんなぁ……」

 

 

切島side

 

「よし! ここまでだ!」

「あ、ありがとうございました!」

 

 ゴミ拾いにパトロール、ついでに来客を想定しての対応訓練やお茶の淹れ方まで、様々な事を体験した後、1日の締めとして、フォースカインドさんと組み手をする事が出来た。

 3分間だけの勝負だったけど、流石はプロヒーロー。俺は殆ど何も出来なかった。5発殴られる間に1発殴り返せれたかどうか…要するにボッコボコにされたって事だ!

 

烈怒頼雄斗(レッドライオット)!」

「はい!」

「まぁ、現段階では合格点だ。今のまま鍛錬を続けていけ!」

「はい! ありがとうございます!」

「リアルスティール!」

「はい!」

「お前はまだまだだ! 硬けりゃ良いとでも思っているのか!」

「すいません! フォースカインドさん!」

「ただ硬いだけなら、限界は近い! 烈怒頼雄斗(レッドライオット)を少しは見習え!」

「はい! フォースカインドさん!」

 

 硬いだけなら限界は近い。か…少し前まで俺も鉄哲と同じだったからな。考え方を変えてくれた吸阪達に感謝だぜ!

 

 

梅雨side

 

 職場体験先に到着早々、私と障子ちゃんは事務所の主であるセルキーさんやサイドキックの1人で監督役に名乗り出てくれたシリウスさん。他のサイドキックの皆さんと一緒に筋トレや走り込み、水上での救難訓練などハードな訓練をほぼ休みなしで行ったわ。

 そして、何事もなく今日の予定を終えた訳だけど…。

 

FROPPY(フロッピー)! それにテンタコル!」

「「はい!」」

「いきなりだが、お前達。料理は出来るか?」

 

 セルキー…船長と呼ぶように言われていたわ。船長からの質問はまさに予想外のものだったわ。

 

「ケロ…実家では弟や妹の世話をしていたから、家事全般は一通りこなせるわ。船長」

「俺も、簡単なものなら…」

「そうか! それを聞いて安心したぜ!」

 

 私達の答えを聞いて、ポーズを決めながら喜んでくれる船長。何だか…可愛いわ。

 

「船長! そのポーズは全然可愛くないって言ってるじゃないですか!」

「そうですよ、船長。それじゃ子どもが泣きますって!」

 

 でも、シリウスさんや他のサイドキックの皆さんには不評みたいね。

 

「えぇい、俺のポーズの事は良いんだよ。肝心なのは、2人は料理が出来るって事だ」

 

 この辺りには飲食店が少ない事や、事件が発生した際に船で現場に急行しなくてはならない事等の理由から、食事は事務所や船内の厨房で作った物を皆で食べる事が慣例となっている。そう船長が教えてくれたわ。

 

「まぁ、一番の理由は同じ船に乗って、命を預けあう仲間同士、信頼関係を築くには、()()()()()()()()に限るって事さ!」

「そういう訳でだ。今日の夕飯はFROPPY(フロッピー)とテンタコル、お前達が作ってみろ! 心配なら、シリウスを手伝いにつける」

「…船長、質問を良いかしら?」

「なんだ?」

「まず、買い出しに行って良いかどうか、それから夕食の予定時刻を教えてほしいわ」

「買出しに関してだが、一昨日行っているから許可出来ん。まぁ、厨房にある材料で何とかしてくれ。時間は…19時には始められるように頼む」

「今は17時45分。制限時間は75分ね。何とかやってみるわ。ケロケロ」

「うっし、期待しているぞ!」

 

 船長の声と共に厨房へ走る私達。期待に応えられるように頑張るわ。ケロケロ!

 

 

 時間はあっという間に過ぎて、19時ちょうど。なんとか夕食の用意を間に合わせる事が出来たわ。

 

「おぉ! なかなか美味そうなもんが出来てるな! FROPPY(フロッピー)、献立の説明を頼む!」

「わかったわ船長。主菜はコロッケの2種盛り。俵型のが卵コロッケ、ボール型がトマトコロッケよ。副菜はキャベツとアンチョビのペペロンチーノ風炒めと、シメジとワカメのポン酢和え、汁物は玉葱とベーコンのスープよ」

「船長、FROPPY(フロッピー)もテンタコルも手際が凄く良くて、私は殆ど見てるだけでしたよ。食器を並べたくらいかな」

「ほぅ、そいつはすげぇ。だが、肝心なのは味だ! 食うぞ、お前ら!」

「「「「「はい!」」」」」

「いただきます!」

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 船長の号令で夕食が始まったけど…皆、何故か箸をつけようとせずに船長を注目しているわ。不思議に思っていると-

 

「この事務所で一番()()()()()()のは、船長なの。新人が初めて作った料理をああやって審査するのが、ある種の名物になってるのよ」

 

 シリウスさんがそう教えてくれたわ。審査されるなんて、ちょっとドキドキするわね。

 

「こう見えても、俺はコロッケには一家言あってな」

 

 周囲からの視線を気にする事なく、船長はコロッケに箸を伸ばし- 

 

「トマトコロッケ。どんな物かと思っていたが…なるほど、くり抜いたトマトにコロッケのタネを詰めて揚げた訳か。アイデアは面白いが………うめぇな! これ!」

「噛みしめた途端、半生状態のトマトから果汁が一気に溢れ出し、ホクホクしたじゃがいもをメインにしたコロッケのタネと混然一体となって…こんなジューシーなコロッケは初めてだ!」

「この卵コロッケはどうだ?」

「うぉぉぉぉぉっ! こっちは真ん中に卵サラダを仕込んで揚げてたのか! ソースなしでも十分美味い! こいつはアイデア賞だ!」

「キャベツの炒め物はアンチョビの塩気と唐辛子の辛味が抜群に良いし、この和え物は優しい味わいで箸休めにぴったりだ。そして…うん、スープも良い塩梅だ」 

「それでは、船長! FROPPY(フロッピー)とテンタコルの採点は?」

「文句なし! 星3つだ!」

 

 船長の採点を聞いた途端、皆、私達に大きな拍手を送ってくれたわ。ご飯を作ってここまで喜ばれるなんて、なんだかくすぐったいわね。ケロケロ。

 そして、皆も食べ始めた訳だけど…皆激しい訓練でお腹が空いていたのね。大盛りの丼ご飯が吸い込まれるように消えていくのにはビックリしたわ。

 

「おい、お前ら! 美味い美味いと食ってるけどな! お前らもこのくらいの飯を作れるようになれってんだ! FROPPY(フロッピー)とテンタコルがいなくなったら、まともな飯作れるようになるのは、俺とシリウスだけになっちまうぞ!」

「じゃあ、FROPPY(フロッピー)とテンタコルに、レシピを書いてもらうのはどうでしょう?」

「おぉ、シリウス! その手があったな! 2人とも頼めるか?」

「そんな事で良ければ、喜んで」

 

 とは言ったものの…あのコロッケのレシピ。本当は吸阪ちゃんのレシピなのよね。

 この前作ってくれたお弁当に入っていて、気に入ったから教えてもらったけど…あとで連絡をしておきましょう。ケロケロ。

 

 

黒霧side

 

「なるほどなァ…お前達が雄英襲撃犯…その一団に俺も加われと?」

「あぁ、頼むよ。悪党の大先輩」

 

 ()()の指示で、保須市に潜伏していたヒーロー殺しことステインと接触した私は、我々(ヴィラン)連合がアジトとしているバーへ彼を招き入れる事に成功したのですが…。

 

「………目的は何だ?」

 

 ステインとの会談に臨んでいるのが、先生ではなく死柄木弔だという事が不安を煽って仕方ありません。

 雄英高校襲撃における敗北。その代償として重傷を負って以来、言動に多少の変化が見られるようになった死柄木弔ですが…内に秘めた巨大過ぎるほど巨大な破壊衝動は、まだまだ健在。ステインの機嫌を損ねるような事になれば…未だ車椅子の死柄木弔を守りながらの戦闘…非常に面倒ですね。

 

「目的……そうだな。()()()()()なら、気に食わないもの全てを壊したい…とか、ガキの癇癪みたいな事を言っただろうなぁ…だけど、今は()()()()

「………」

「オールマイト…あんなゴミが祀り上げられて…祀り上げないと回っていかないようなこの社会を、更地になるまでぶっ壊す。それが俺の目的だよ」

「だが、今の俺達には力が足りない。俺も今はこの様だ。だから、ヒーロー殺し。あんたの力が必要なんだよ」

 

 おぉ、これは…先生もモニターの先で、さぞお喜びでしょう。さぁ、ステイン。貴方の返答は如何に?

 

「なるほど…それがお前か…」

「社会を正したい俺と、無に帰したいお前、目的は異なるが…現在(いま)を壊す。この1点において、俺達は共通している」

「お前の中に芽吹いたその歪な信念。それがどう育っていくのか、暫く観察させてもらうとしよう」

「同盟成立…だな。黒霧、酒だ。少々古臭いが固めの盃といこうじゃないか。あいにく俺は、()()()()()()()()()

 

 死柄木弔の言葉に、私は大急ぎでグラスに氷を入れ、店で一番高級なウイスキーを注ぐと2人に渡していく。 

 

「乾杯だ。ヒーロー殺しに」

(ヴィラン)連合に」

 

 グラスが軽くぶつかる音と共にウイスキーを一気に呷る2人。素晴らしい…貴方の事を見直しましたよ。死柄木弔。

 (ヴィラン)連合の更なる発展を確信し、私は体の震えを抑えきれませんでした。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第43話:職場体験ーその4ー

お待たせしました。
第43話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


お茶子side

 

「セイッ! セイッ! セイッ!」

 

 ガンヘッドさんに同行してのパトロールを終えた私は、水分補給を済ませるとすぐに、サイドキックの皆さんが行っている武術鍛錬に参加させてもらった。もちろん指導役はガンヘッドさんだ。

 

「突きこそ基本! 漫然とやるのではなく、1つ1つの動作に集中するんだよ」

「はい!」

「こういった基本動作や基礎体力、そういった物の積み重ねが、現場で最後に物を言うからね」

 

 バトルヒーローの二つ名を持つだけあって、ガンヘッドさんの指導は的確。武術の知識も相当なものだ。

 だけど…その仕草、やっぱり可愛い!

 

 そして、鍛錬の最後。様々な現場を想定しての訓練は…。

 

「ナイフを持った相手にどう立ち向かうか。ウラビティちゃん、突いてみてくれる?」

 

 私が(ヴィラン)役に選ばれた。本物のナイフを渡され、ガンヘッドさんと対峙する。

 

「良いんですか?」

「遠慮はいらないよ」

「じゃあ…いきます!」

 

 プロヒーローの動きを直に感じられる絶好のチャンス!

 私は声を上げながらナイフを振り回し、ガンヘッドさんに迫る! 

 

「振り回してきたら、距離を取って対応!」

 

 ガンヘッドさんは解説を入れながら、慣れた様子で動き-

 

「でやぁ!」

「直接攻撃が来たら、片足軸回転でかわして-」

「あぁっ…」

「手首と首を同時に掴み、手首を引きながら…首を押す!」

 

 あっという間に私を床に倒し、抑えつけてしまった。

 

「手首を捻ってナイフを落とさせ、落ちたナイフは蹴って遠ざければ、より完璧になるよ」

 

 なんて澱みのない動き。これが噂の(ガンヘッド)(マーシャル)(アーツ)…凄い! 言動は可愛いのに!

 

「今度は僕がナイフを持つね。出来るようになるまで、何度も反復! 良いね?」

「はい!」

 

 この1週間でどこまで出来るか解らないけど…少しでも自分の物にするんだ! 頑張らなくっちゃ!! 

 

 

雷鳥side

 

「よし、今回はここまでにしておこう」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

 

 トレーニングルームでの組手を終えた後、俺と轟は午前中一杯エンデヴァーから指導を受ける事が出来、有意義な時間を過ごす事が出来た。

 流石はナンバー(ツー)ヒーロー。“個性”のコントロールは勿論、体術も超一流で、俺に足りない部分が何なのか、よく解ったよ。

 

「13時より定時のパトロールに出る。5分前にはロビーに集合するように」

「「はい!」」

「昼食だが、3階の食堂は無料で使える。近所の飲食店を使うなら、俺の名義で領収書を切ってもらって構わん」

「わかりました」

 

 

 轟との相談の結果、今日は事務所内の食堂で昼食を取る事にした。

 ちなみに、注文したメニューは、俺がミックスフライ定食*1、轟がざるそばだ。

 

「うん、美味い」

 

 流石はエンデヴァー事務所の食堂と言うべきか。相当腕の良い料理人が腕を振るっているらしく、味、ボリューム共にランチラッシュ先生の作る料理と甲乙つけがたい。それにしても-

 

「轟、ざるそば(それだけ)で足りるのか?」

「あぁ…蕎麦があればそれで良い」

「…余計なお世話かもしれんが、もう少し肉付けた方が良いと思うぞ。ほら、ヒレカツ1つやるよ」

「……ありがとう」

 

 

 出久side

 

「グラントリノ、ご馳走様でした!」

「若いってのは良いな! いい食いっぷりだったぞ! さぁ、腹ごなしにパトロールといくか! 今日は住宅地を中心に回るぞ!」

「はい!」

 

 グラントリノ行きつけの中華そば屋さんで、お昼をご馳走*2になった後、僕はグラントリノに付いてパトロールに出発した。

 

 ちなみに、グラントリノがオールマイトにどんな電話をしたのかは…知らない。恐ろしくて聞く気にもなれない! 閑話休題。

 

 近年は過疎化が進んでいるとはいえ、甲府は県庁所在地。それなりに事件は起きているらしく―

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

 

 突然の悲鳴! 声の方向を見てみれば、スクーターに乗った4本腕の男が、女性の手提げ鞄を奪い去っていた。白昼堂々ひったくりか!

 

「なるほど。メインの腕でしっかり運転しつつ、副腕でひったくるか。ちったぁ考えてるな。グリュンフリート!」

「はい!」

()()()()()だ。やってみろ!」

「…はい!」

 

 グラントリノの声に答えた僕は、スクーターに立ち塞がるような形で道路に立つ。

 

「あぁ? ガキがヒーロー気取りかよっ! 怪我したくなけりゃ、退きやがれぇ!」

 

 当然、ひったくり犯はそんな僕を無視して正面から突っ込んでくる。条件は理想的だ!

 僕は左腰のポーチからベアリングボールを1つ取り出し―

 

「はぁっ!」 

 

 カウボーイの早撃ち(クイックドロー)の様に、フィンガースナップで発射!

 銃弾並の威力を持ったベアリングボールは、スクーターの前輪に見事命中。タイヤを破裂させた!

 

「うぉぉっ!」

 

 突然タイヤが破裂した事で、バランスを崩したスクーターは派手な音をたてながら転倒。ひったくり犯も道路に投げ出された。

 

「くそっ!」 

 

 すぐに立ち上がろうとするけど、僕の方がはるかに速い。()()()()()()()()一撃を加えて、無力化!

 

「ひったくりの現行犯確保!」

「うん、見事な手際だ!」

 

 グラントリノが連絡してくれていたおかげで、3分経たずに到着した警察にひったくり犯を引き渡す。

 

「犯人確保へのご協力、感謝します!」

「は、はい!」

 

 緊張しながらもお巡りさんへ敬礼を返し、被害を受けた女性へ鞄を返却する。

 

「本当に…ありがとうございました!」

 

 なんでも生活費を銀行から下ろしてきた帰りだったそうで、女性からは何度もお礼を言われてしまった。何だか、むず痒い。

 

「初めてのヒーロー活動。気分はどうだ?」

「そうですね。なんだか…なんだか胸が熱いです。人の役にたてた事が凄く嬉しいと言うか…」

「そうか。その気持ちを大事にしろ。人の役に立つ事が嬉しい。その気持ちはヒーローの根底となる物だからな!」

「はい!」

「さぁ、パトロール再開だ! また事件が起きた時は頼むぞ? グリュンフリート」

「はい!!」

 

 

 雷鳥side

 

「では、今日の職場体験はここまでとする。お疲れさま」

「お疲れさまでした!」

「お疲れさまでした」

 

 休憩明けから夕方まで、パトロールや書類作成の手伝い等様々な事を体験し、今日の予定を無事に終える事が出来た。それにしても…。

 

「解っちゃいたが、ニュースにならないような小さな犯罪ってやつが…多かったな」

「あぁ…」

 

 更衣室でコスチュームを脱ぎながら、轟と話すのはパトロールの時の話。

 幸いな事に死傷者が出るような大事件こそ起きなかったものの、ひったくりや血の気の多い輩同士の喧嘩、更には飛行系の“個性”を持った露出狂など、様々な事件が発生し、対応に奔走したのだ。

 

「それにしても、轟。お前の仲裁見事だったぜ。喧嘩してる当人だけじゃなく、それを煽ってる取り巻き連中までまとめて凍らせて-」

 

 -周りの迷惑だ。冷静になれ-

 

「だからな。野次馬の女子高生達。目が(ハート)になってたぞ」

「それを言うならお前もだろう。空を飛んで逃げようとした露出狂を電撃で撃墜して、歓声を浴びてた」

「それを言ってくれるなよ」

 

 そんな会話を交わしながら着替えを終え、更衣室から出ると-

 

「おぉ、着替えたか」

「親父」

 

 コスチュームを脱いだエンデヴァーが俺達を待っていた。

 

「2人とも、夕食はどうするつもりだ?」

「まだ、決めていません。昼みたいにここの食堂で済ませるか…とか思ってはいましたけど」

「俺もまだ決めてねぇ」 

「そうか、なら2人とも俺に付き合え。近くに美味い蕎麦屋がある」

「え……」

「心配するな。費用は俺が持つ」

 

 突然のエンデヴァーからの誘い。多分メインは轟で、俺はおまけだろう。だが、奢ってくれると言うのを断るのも悪いな。

 

「わかりました。お付き合いさせていただきます」

「わかった」

 

 

 エンデヴァー…もとい炎司さんに連れられて、その()()()()()()に来た訳だが…これ、あれですよね。所謂、町の蕎麦屋さんとは一線を画す奴ですよね。

 ()()とか()()とかが、頭につくタイプの蕎麦屋ですよね!?

 

「予約を入れていた轟だが」

「お待ちしておりました。2階奥の個室をご用意しております」

「うむ」

 

 仲居さんに案内され、2階の個室へ。

 うん、店の作りとか調度品とかから、高いオーラをバンバン感じる。多分、かけ蕎麦一杯1000円とかするんだろうなぁ…。

 

「さぁ、遠慮せずに好きな物を頼むと良い」

「恐縮です」

 

 炎司さんからお品書きを受け取り、中を見ると…うわ、筆で手書きされてる。達筆だ…何頼もうかな…。

 

「俺は、ざるそば」

「轟、昼も言ったよな。たまには他の物頼もう。な!」

 

 平常運転な轟にツッコミを入れ、他の物を注文するよう促す。だが…。

 

「悪い…親父、吸阪。どういう物を頼めば良いんだ?」

 

 こ、この天然め!

 

「…じゃあ、俺と同じ物で良いか? 2人前頼むから」

「それで頼む」

「じゃあ…天麩羅の盛り合わせとだし巻き、それから…轟、茶碗蒸しは好きか?」

「あぁ」

「じゃあ、茶碗蒸しも…2人前」

「う、うむ、ここは鴨焼きも美味いから注文しよう。蕎麦は…〆で良いかな?」

「あ、はい」

 

 何とか注文を終え、ホッと一息。

 

「ライコ…吸阪君は、()()()()()に詳しいようだな」

「年の離れた…姉の影響です」

「ほぅ、お姉さんの」

「吸阪のお姉さん…小説家の碧谷鸚鵡だ」

「なん、だと………吸阪君、お姉さんに鬼蔵犯科帳の新作を楽しみにしている。そう伝えてくれ」

「わ、わかりました。あ、今度サイン貰っておきましょうか?」

「是非とも頼む」

「かしこまりました」

 

 まさか、炎司さんも姉さんのファンだったとはな…世間は狭いよ。

 そうしている内に注文していた料理が運ばれてきた。炎司さんは…板わさとかき揚げ、鴨焼きをつまみに、冷酒を一杯か。

 そう言えば、前世であんな飲み方に憧れてたなぁ…。

 

「吸阪、親父がやっているのが、()()()()()なのか?」

「そうそう、板わさ…蒲鉾とか、卵焼きとか、かき揚げとか、そういうのをつまみに、適量のお酒を楽しむ。そして最後に蕎麦を食べて締める。そう言うのが粋…現代語に訳すと…COOLかな? そういう風に言われているのさ」

「そうか…COOLなのか」

 

 俺の説明で納得したのか、茶碗蒸しに視線を戻す轟。あと5年もすれば、お前も蕎麦屋飲みが出来るようになるさ。

 そして、今日の職場体験の事を話題にしながら、食事は進み、〆で頼んだ海老天蕎麦*3を食べている時に…事件は起きた。

 

「吸阪君。君の格闘術だが、空手をベースにしつつ、中国拳法やムエタイの動きも見受けられる。やはり、オールマイトから指導を?」

「いえ、あれは…恥ずかしながら、我流です」

「我流なのか!?」

「子どもの頃から、図書館で借りた本やネットの動画を参考に見様見真似で…10年もやってたら、なんとか形になりました」

「なるほど…そうなると、オールマイトからはどのような指導を?」

「え? あ…そう、ですね…」

「あぁ、無理に話す必要はない。指導方法にもそれぞれ()()というものがあるだろうからな」

 

 俺が返答に躊躇ったのを、そう解釈する炎司さん。違うんです、違うんですよ…。

 仕方ない。本当の事を言おう…。

 

「いや、そういう事じゃないんです。オールマイトの指導って、()()()なんですよ」

「大雑把…だと!?」

「はい、やたら擬音が多いというか、感覚的というか…『いきなりグワァッ! とやったら体がもたない。グッ! と締めて、ジワァッと広げていく感じで流していく。』…こんな指導です」

 

 あ、炎司さんが頭抱えた。轟も蕎麦を食べる手が止まってるよ。

 

「オールマイト…金の卵に、そんな適当な指導を?」

「は、はぁ…でも、その擬音混じりの指導を自分達で解釈していくのが、大変でもあり、楽しくもあり…と言いますか」

「………」

「…正直、指導者としては炎司さん…エンデヴァーの方が、()()()()()だと…」

 

 その言葉を聞いた時の炎司さんの表情。俺はきっと忘れない。

 

 こうして、俺と轟の職場体験1日目は、無事終了するのだった。

*1
ごはん特盛

*2
チャーシュー麺大盛り、炒飯、餃子

*3
大盛り。なお轟はやっぱりざる蕎麦




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第44話:職場体験ーその5ー

お待たせしました。
第44話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


オールマイトside

 

 緑谷少年達が職場体験に出発した日の夜。塚内直正君が私と根津校長に伝えたい事があると、雄英を訪ねてきた。

 22時という遅い時間ではあるが、事前に連絡を貰っていた為、その点は問題なかったが…。

 

「どうしたんだい? オールマイト。ずいぶん酷い顔じゃないか」

「んぐっ!」

 

 私の顔を見るなり、塚内君はそんな事を言ってきた。酷い顔…うん、()()はあるけどね!

 

「いや…少し前まで、()()()()()()()電話で話していてね」

「エンデヴァーが!? 君に!? ………明日、嵐になったりしないよね? そもそも、用件は一体何なんだい?」

「あ、それは…だね…」

「弟子の育て方に関してのクレームだよ!」

 

 こ、校長! そんなアッサリと!

 

「育て方の…あぁ、なるほど」

 

 塚内君も! それだけでアッサリ納得しないでくれ!

 

「いやぁ、所々漏れ聞こえていたけど、エンデヴァーの怒りは至極もっともだね!」

「ぐはっ!」

 

 校長の容赦ない一言に思わず喀血してしまったが…それも自業自得だ。

 緑谷少年、吸阪少年の優秀さに甘え、自らの不器用さ、指導者としての未熟さを放置した結果なのだから…。

 グラントリノから随分とお叱りを頂いたし…

 

 -オールマイト。ライコウ…吸阪君から聞かせてもらったぞ。貴様、あの才能溢れる少年達に対して、随分と適当な指導しかしていないようだな-

 -貴様が何故そんな真似をしているのか、皆目見当がつかんが…後継者の育成では、俺が先を行かせてもらう-

 -そして、俺自身も必ずお前を越えてみせる。覚悟しておけ!-

 

 エンデヴァーからも改めて挑戦状を突きつけられてしまった。今更かもしれないが、少しでも指導者として成長出来るように頑張らなければ!

 

 

「それで、塚内君。今日雄英(ここ)へ来た目的は? オールマイトから、()()()()()()()()事があるようだ。とは聞いているけど」  

 

 私がそんな事を考えている間に校長が発した問いかけ。それに塚内君は真剣な表情で頷き―

 

「えぇ、警察として雄英高校に協力を依頼している訳でもありませんので…これは情報漏洩になるのですが…」

「僅かではありますが、黒幕への手掛りが見つかりましたので、オールマイトと根津校長にはお伝えした方が良いと判断し、お伝えに来ました」

 

 来訪の目的を話し始めた。

 

「オールマイトの弟子である緑谷君と吸阪君。それにエンデヴァーのご子息である轟君の活躍で捕らえる事が出来た、あの脳無という怪人ですが…奴は口がきけない等というレベルじゃない」

「何をしても無反応…文字通りの思考停止状態。素性を調べる為にDNA検査を行ったところ、傷害と恐喝の前科を持つ…まぁ、どこにでもいるチンピラが該当しました」

 

 そう言って、塚内君はそのチンピラの写真を見せてくれたが…その写真に写る顔は、あの脳無とは似ても似つかない平凡な顔つきだった。

 

「これが、あの脳無かい? 変形型の“個性”だとしても、ここまでの変身は…」

「えぇ、単なる変形型の“個性”ではありません。更に高度な検査を行った所…奴の身体には、()()()()()()()()が少なくとも4つ以上混在している事が、わかりました」

「…………それ、本当に人間かい?」

「更に、薬物の大量投与による肉体改造の形跡も見受けられました。安っぽい言い方をすれば、『複数の“個性”に見合う身体』にされた改造人間」

「脳の著しい機能低下はその負荷によるものだそうだが…本題は、身体の件よりDNA。“個性”の複数持ちの件」

「DNAを取り入れたって、『馴染み浸透する』特性でもない限り、“個性”の複数持ちなんて事になりはしない」

「それは…つまり……」

「オールマイト、『ワン・フォー・オール』を持った君ならわかるだろ…。恐らく、“個性”を与える“個性”の持ち主がいる」

 

 『“個性”を与える“個性”の持ち主』。それを聞いた瞬間、私の中で前々から抱いていた悪い予感が一気に大きくなるのを感じた。アイツが…まだ生きていたのか…。

 

 

 死柄木side

 

 俺達(ヴィラン)連合と同盟を結んだ悪党の大先輩。ヒーロー殺しことステイン。

 固めの盃を交わした後も、暫く酒を酌み交わしながら色々と話をしていたが、ウイスキーのボトルを3本ほど空けた所で―

 

「…そろそろ保須へ戻るとするか。()()()にはまだ成すべき事が残っている」

 

 そう言って、フラリと立ち上がった。

 

「保須に? あぁ、そう言えば、1つの街で4人以上のヒーローに危害を加えるのが、やり方だったか」

「そうだ…あの街にはまだ…犠牲がいる。ヒーローとは、偉業を成した者にのみ許される“称号”! 多すぎるんだよ…英雄気取りの拝金主義者が!」

「この世が自ら誤りに気づくまで、俺は現れ続ける」

「なるほど…だったら、同盟を結んだ誼み。()()も手伝わせてもらう」

 

 俺はそう言いながらパソコンのモニターに視線を送り―

 

「先生…」

 

 そう問いかけた。すぐさまモニターが灯り―

 

『なんだい? 死柄木弔』

 

 先生が答えてくれた。いつもなら声だけなのに、今回は姿を見せてくれた。なるほど、そういう事か。

 

『ヒーロー殺し、ステイン。初めまして。私はそこにいる死柄木弔の、そう…指導者にして後見人のような者だ。名を…オール・フォー・ワンという』

「オール・フォー・ワン…“異能解放軍”指導者デストロ、稀代の盗人張間歐児に匹敵、いやそれらをも上回る暗黒界の超大物…なるほど、とんでもないバックがついていたものだ」

『本来なら、直に会って挨拶をするのが、礼儀というものなのだが…この通り、気軽に外へ出歩けない身体でね。モニター越しの無礼を許してほしい』

 

 無礼を詫びる先生に、ステインは無言で頭を下げ…2人の顔合わせも無事に済んだ。話を進めるか。

 

「先生、頼みがある」

『言ってごらん』

「脳無は今、何体出来ている?」

『雄英襲撃時程の奴はいないが…6体までは動作確認完了しているよ』

「6体か、思っていたより少ないな」

『すまないね。とあるルートからスカウトした()()()()()に、暫く手をかけていたから、脳無作りにまで手が回らなかったよ』

「有能な新人?」

『あぁ、君のような()()()ではないが、戦士としてはすこぶる優秀だ。調整が済み次第、君の元へ送るから役立てると良い』

「わかった。それで脳無の事だが…何体か使わせてほしい」

『何故?』

「同盟相手のヒーロー殺し、ステインへの援護に使いたい。ステインの活動開始とタイミングを合わせて、脳無を保須市で暴れさせる。街はパニックに陥り、ステインも活動がしやすくなる。このアイデア、どうだろうか?」

「…なるほど、素晴らしいよ。死柄木弔。ならば、脳無3体をいつでも出せるようにしておこう」

「ありがとう、先生。ステイン、聞いての通りだ。アンタの活動開始に合わせて、(ヴィラン)連合も動く。是非とも連絡を頼む」

「感謝する。死柄木弔」

「黒霧! 保須市までお送りしてくれ」

「かしこまりました」

 

 黒霧のワープゲートを潜り、保須市へと戻っていくステイン。それを見送った俺は-

 

「あぁ、楽しくなりそうだ」

 

 そう呟きながら、グラスに残っていたウイスキーを一気に呷り、興奮を鎮めるように息を吐く。

 次に連絡があった時が、()()のスタートだ。

 

 

出久side

 

「よし、今日はこの位にしておくか!」

「はい! ありがとうございました!」

 

 午前(10時)午後(15時)の定時パトロールに、街のゴミ拾いや放置自転車の撤去と言った慈善活動。書類仕事の手伝いに、グラントリノとの組み手。

 慌ただしくも規則正しいスケジュールをこなしていく職場体験も3日目が無事終了。

 僕とグラントリノは、すっかり祖父と孫のような良好な関係を築けていた。

 

「どうだ? 俺とばかり組み手をするのも、そろそろ飽きてきただろう?」

「そんなことないです! グラントリノの動きは正に縦横無尽。まだまだ予測が追い付かない事もしょっちゅうです! 出来れば、もっとお願いしたいくらいです!」

「いや、同じ戦法の奴(おれ)とばかり戦うのも、変な癖がつく恐れがある…だから、フェーズ2へ行く」

「フェーズ2…ですか?」

「あぁ、明日は朝から渋谷に行くぞ!」

「渋谷ですか!?」

「そうだ。ここいらは過疎化の影響で、犯罪率も低い。都市部にヒーロー事務所が多いのは、それだけ犯罪が多いからだ」

「人口密度が高けりゃ、それだけトラブルも増える。渋谷あたりは小さなイザコザ日常茶飯事なわけよ」

「なるほど!」

「そういう訳で明日に備えて英気を養うぞ! 夕飯は何が食いたい?」

「あの、昨日も一昨日もご馳走になりましたし、今日は僕が作っても良いでしょうか? これでも、雷鳥兄ちゃんに一通り仕込まれていますし」

「ほぅ、それならグリュンフリートの腕前を見せてもらうとするか!」

 

 グラントリノのOKを貰った僕は、コスチュームから普段着に着替え、早速買い出しに出発する。さぁ、何を作ろう?

 

 

雷鳥side

 

「前例通りなら、保須市に再びヒーロー殺しが現れる可能性は極めて高い! 故に明日より暫しの間、保須市に出張し、活動する! 保須市市役所をはじめ、関係機関への連絡を今日中に済ませておけ!」 

「「「「「はい!」」」」」

「アブソリュート! ライコウ! お前達も保須市への出張活動に同行してもらう。準備を怠るな!」

「「はい!」」

 

 職場体験3日目の終わりに、エンデヴァーから発表された明日以降の活動予定に、俺は内心()()()()()と呟く。

 前世の記憶によると、保須市でまず飯田がヒーロー殺しと遭遇、怒りに任せて攻撃を仕掛けるも返り討ちに遭いかけ、それを出久、轟の順番で助けに入るんだったな。

  

大物(ヒーロー殺し)と遭遇するかもしれないな…気を抜かずに頑張ろうぜ。轟」

「あぁ…」

 

 更衣室でそんな事を話しながら普段着に着替えていく。更衣室を出れば、おそらく炎司さんが待っていて、今日も美味い物をご馳走してくれる筈だ。

 

「おぉ、出てきたか」

 

 うん、やっぱりね。

 

「今日は豚カツを食いに行くぞ。少し歩くが良い店がある」

「あぁ」

「なんか、すみません。俺まで毎回ご馳走になっちゃって」  

「気にするな。2人ともベテランのサイドキックに負けない働きをしてくれている。この位しなければ、こちらの気が済まん」

 

 そういう事でしたら、遠慮なくご馳走になります!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第45話:職場体験ーその6ー

お待たせしました。
第45話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

 職場体験のフェーズ2。甲府から渋谷へ遠征してのヒーロー活動を行う日の早朝。

 僕はグラントリノの事務所兼自宅の台所で、朝食の準備に取り掛かっていた。昨日作った夕食*1が思いの外好評だったので、朝食も担当する事になったのだ。

 

「うん、あと少し煮込めば完成かな」

 

 鍋の中身をもう少し煮込んでいる間に、食器の準備をしていると―

 

「良い匂いがするのう…鶏の出汁か?」

 

 そんな事を言いながら、グラントリノが起きてきた。もう既にコスチュームを纏って、準備はバッチリだ。

 

「おはようございます! グラントリノ!」

「うむ、おはよう。それで、朝飯のメニューはなんだ?」

「はい! 中華粥を作ってみました!」

「ほう! また洒落た物を作ったな!」

 

 楽しげな様子でテーブルに着くグラントリノ。僕は中華粥を煮込んでいた鍋をコンロから降ろし、鍋敷きと共にテーブルの中央にセット。

 2種類の副菜*2をそれぞれ盛った皿と茶碗や小皿。更に何種類かのトッピングも用意する。

 

「お待たせしました。どうぞ!」

「うむ、いただきます」 

 

 茶碗に盛られた中華粥を、まずはそのまま口に運ぶグラントリノ。果たして味の感想は…。

 

「美味い! 粥ってのは味が無くて得意じゃなかったんだが、こいつは良いな!」 

 

 良かった! 気に入ってくれたみたいだ! 安心した僕も中華粥に口をつける。うん、美味しい。あ、そうだ。

 

「あ、グラントリノ。もし宜しかったら、トッピングも試してみてください」

 

 そう言って、さりげなくトッピング*3も勧めてみると-

 

「ほう! 味や食感に変化が出たな。うん、これも良いぞ!」

 

 これも気に入ってくれたようだ。よかった。

 

 

「ふぅ、ごちそうさん。美味かったぞ!」

「お粗末様です」

「よし、腹も膨れた所で、渋谷へ出発するか!」

「はい! あ、移動手段は甲府駅から新宿行きの新幹線ですか?」

「そうなるな」 

 

 朝食を終え、手早く後片付けを済ませた僕はコスチュームに着替え、グラントリノとそんな会話を交わしながら、タクシーに乗り込む。

 新幹線か…保須市を横切るから、飯田君に連絡を入れておこう。

 

 

雷鳥side

 

 エンデヴァー、そしてサイドキックの上位10人と一緒に、保須市へやって来た俺と轟だが-

 

「ヒーロー、多いな」

「あぁ…」

 

 ヒーロー殺しが潜伏していると思われる保須市は、現地のヒーローだけでなく、エンデヴァーの様に他所から出張してきたヒーローも警戒を行っており、文字通りの厳戒態勢。

 街を屯するチンピラや有象無象の(ヴィラン)達も、流石に大人しくしているようだ。

 エンデヴァーも警戒こそ怠っていないが、恐る恐る近づいてきた子どもに不器用な笑顔を見せながら、サインを書いてやるくらいにはリラックスしているようだ。

 

 なお、そんなエンデヴァーを遠巻きに見ながら…

 

 -エンデヴァー…アンタ、変わっちまった。変わっちまったよ!-

 

 などと涙を流しているガチ勢がいたが…うん、見なかった事にしておこう。閑話休題。

 

「まぁ、こんな状況で悪事を働くのは、相当な大物か馬鹿って事だよ」

「滅多にそんな奴はいないけどね」

 

 そんな中、俺達に話しかけてきたのは、サイドキックのナンバー(スリー)であるルージュこと夏木さんと、ナンバー(シックス)であるビートこと黒川さん。

 俺や轟の実力を最初から正しく把握していた数少ないサイドキックの人達で、雄英高校OGという事もあり、色々と面倒を見てもらっている。

 

「そうですね。でも、逆を言えば…この状況で騒ぎを起こす奴は、相当な大物か馬鹿って事ですよ」

「そうだね。出来る事ならそんな事態には-」

「ッ!?」

「爆発!?」

 

 突然響いた轟音。音のした方向に視線を送れば、黒煙と炎が立ち上っているのが見える。()()()()か!

 

「お前達! 現場へ急行するぞ!」

 

 エンデヴァーの一声と共に、全員が全速力で走りだす。さぁ、これからが本番だ!

 

 

出久side

 

 新幹線に乗り、新宿への移動を開始した僕とグラントリノ。車内では特にトラブルもなく、LINEをチェックして、皆からのメッセージを読んでいると-

 

『お客様、座席にお掴まり下さい。緊急停車しま―』

 

 車内アナウンスとほぼ同時の急ブレーキ。そして1人のヒーローが壁を突き破って車内に飛び込んできた。一瞬で凍りつく車内。そして―

 

「ッ!?」

 

 ヒーローに続いて車内に侵入してきた異形の姿に僕は息を呑んだ。あれは、USJを襲撃した脳無!?

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 だけど、僕の思考は脳無を見た女性の悲鳴で中断された。そうだ、今は考えている場合じゃない! 

 

「フォローしろ! グリュンフリート!」

「はいっ!」

 

 ロケットの様に飛び出したグラントリノは、そのまま脳無に体当たりを仕掛け、一気に車外へ押し出していく。

 僕は、乗客と車内に飛び込んできたヒーローの安否確認を行い―

 

「あとはお願いします!」

 

 重傷者がいない事を確認したところで、あとの事を車掌さんにお願いし、車外へ飛び出した!

 

「ッ!?」

 

 目の前に広がる保須市の街並み。そのあちこちから黒煙が上がり、爆発も起きている。一体、何が起きているんだ…飯田君は、無事なのか?

 

 

飯田side

 

「くそっ! 一体何処の誰だ! こんな馬鹿をやらかしたのは!」

 

 金属バットを手にコンビニを襲撃したチンピラを無力化し、拘束しながらマニュアルさんが叫ぶ。

 情報が錯綜している為、詳しい状況は解らないが…どうやら、保須市の中心部で何者かが破壊活動を行ったようだ。

 ヒーロー殺しの一件で保須市が厳戒態勢となり、暫く鳴りを潜めていた(ヴィラン)やチンピラ達も、それがきっかけとなり、一斉に暴れだしたという事だ。本当に迷惑極まりない!

 

「ヒャッハー! どけどけぇ! 轢き殺すぞ!」

 

 下品な声に視線を送れば、ノーヘルで違法改造バイクを乗りまわす男が、横断歩道を渡ろうとしていたお婆さんに迫っていた!

 

「危ない!」

 

 咄嗟に飛び出し、お婆さんを横断歩道から歩道へと避難させる。危ないところだった…。

 

「お婆さん、お怪我はありませんか?」

「ありがとうございます。ヒーローさん。おかげで助かりました」

「いえ、そんな…」

 

 小さな体を更に小さく折りながら、お礼を言ってくるお婆さん。そんな、僕はまだヒーローでは…。

 

「よくやったよ、天哉君」

「マニュアルさん…」

「今、連絡が入った。1.3km先に警察が仮設の避難スペースを作っている。よって……ノーマルヒーロー・マニュアルの全責任において、天哉、君の“個性”使用を限定的に許可する!」

「限定的に…許可?」

「あぁ、怪我人の救助及び避難誘導目的に限り、君は“個性”を使う事が出来る。頼むぞ、天哉君。君の“個性”で人々を救ってくれ!」

「わ、わかりました! この天哉、全身全霊をもって!」 

 

 マニュアルさんに一礼し、緊急時用の通信機を受け取った僕は、まずお婆さんを抱き抱え-

 

「少しばかりスピードを出しますので、しっかり掴まっていてください!」

 

 全速力で走り始める! 急げ! 1人でも多くの人を救う為に!

 

 

グラントリノside

 

「さて、ガチ戦闘は何年ぶりかな?」

 

 そんな事を呟きながら、俺は目の前の怪人と睨みあう。とりあえず、新幹線からは遠ざけたが、こいつはハッキリ言って()()()()()()()

 薄緑色の肌に剥き出しの脳、4つの目。異形型の“個性”持ちでも、ここまで()()()な姿の奴はいないからな。

 

「まったく、とんだ巻き添えだ! はっちゃけやがって! 何だお前!?」

 

 念の為にコミュニケーションを取ってみるが―

 

「くっ!」

 

 こいつは問答無用で攻撃を仕掛けてきた。右腕の一撃。速く重いが…まだまだ対応圏内…。

 

「うわっ! ちょっ…わぁぁぁっ!」

「っ!?」

   

 余裕を持って避けたのが拙かったか、怪人は俺ではなく、背後で避難しようとしていた市民に狙いを変えやがった! 見境なしか!

 

「やめとけ、この…」

 

 咄嗟に方向転換し、攻撃を仕掛けようとしたその時!

 

「はぁっ!」

 

 怪人の目の前に氷の壁が出現して、その動きを止め-

 

「サンダー! ブレーク!!」

 

 落雷のような電撃が、怪人の全身を容赦なく、焼いていく。更に―

 

「むん!」

 

 強烈な火炎放射が駄目押しの一撃として、怪人を包み込んだ。この炎は!

 

「ヒーロー殺しを狙っていたんだが…タイミングの悪い奴だ。存じ上げませんが、そこのご老人。あとは()()に任せておいてもらおう」

「あ! あなたは! マジ!?」

「何でここに…」

「ヒーローだからさ」

 

 そう言って、市民に不器用な笑顔を見せるエンデヴァー。なんだ、テレビで見る顔と大分違うようだな。

 

「グラントリノォォォッ!」

 

 グリュンフリートの奴も追いついて来たか。まったく、予定が狂いっぱなしだ!

 

 

雷鳥side

 

「ライコウと申します! グラントリノ! 出久…グリュンフリートがお世話になっています!」

「お前さんが、グリュンフリートの言っていたライコウか。なるほど、なかなか鍛えとるようだな」

「はい! 恐縮です!」

 

 丸焦げ状態の脳無をルージュさん達サイドキックが拘束していく様子を視界に収めながら、俺はグラントリノに挨拶をしていた。

 出久がお世話になっているからな。こう言うことは大事だ。うん。

 

「なるほど。雄英を襲った奴の同類か…それにしては少々手応えが無かったが…」 

「USJを襲った個体は、『超再生』と『ショック吸収』という2つの“個性”を持っていました。こいつはその簡易版…量産型のような立場ではないでしょうか? 」

「ふむ…その可能性は高いか」

 

 一方、出久は脳無の事をエンデヴァーに説明していたが…異変が起きたのはその時だ。

 

「また爆発!?」

「向こうか…ヒーローが5人はいたから任せていたが、(ヴィラン)側の戦力が多いのか?」

「ッ!?」

 

 エンデヴァーの言葉に大事な事を思い出した。たしか、保須市に出現した脳無の数は…。

 

「出久、さっきあの脳無は量産型とか言ってたよな。だとすると…脳無はこいつだけじゃないのかもしれないぞ!」

 

 さりげなく、脳無が複数存在する事を示唆してみると、その場にいた全員が同じ想像をしたようだ。

 

「チィッ! 何処の誰か知らんが、厄介な怪人を作ってくれる!」

 

 怒りの声を上げるエンデヴァー。だが、すぐに冷静さを取り戻し-

 

「拘束は済ませたな! 次の現場へ急ぐぞ!」 

 

 的確に指示を下していく。その時!

 

「なんだ、こいつ! こ、拘束が!」

 

 ピクリとも動かず拘束されていた脳無が突然激しく動き出し、拘束を力ずくで引きちぎって…違う、焼き切ってる!

 

「なるほど、『吸収・放出』の“個性”。半分虚仮威しの低温とはいえ、俺の炎でやってくれるとは大したものだが…ダメージ有りでは、あまり有用とは…いや、その辺りは『再生』の“個性”で対策済か」

 

 ジワジワと火傷を癒しながら立ち上がり、更に筋肉を肥大化させていく脳無の姿に、どこか感心した様子のエンデヴァー。ゆっくりと構えを取り-

 

「ならば、再生が追い付かないほどの大ダメージを与えればいいだけの事!」

 

 最大出力の炎を放つ為、力を高めていく。そして―

 

「赫灼熱拳! ジェットバーン!!」

 

 右拳の一振りと共に炎の塊を発射! 脳無はそれをまともに食らって、近くのビルへ激突。黒焦げになって崩れ落ちた。

 

「細胞を炭化させてしまえば、再生も出来まい。ルージュ、ビート、残って奴を拘束しろ。念の為に、拘束は3重にな」

「はい!」

「わかりました!」

「他の者は俺に続け!」

 

 ルージュさんとビートさんをその場に残し、俺達は次の現場へ急行する。お2人ともご無事で!

 

 

飯田side

 

「…ん?」

 

 マニュアルさんの許可を得て、避難誘導と怪我人の救助に全力を傾けている中、微かに悲鳴のような声が聞こえた気がした。

 気のせいかもしれない。だが、もしも重傷者が助けを呼ぶ為に声を振り絞ったとしたら! 

 

「こっちか?」

 

 声のした方向へ全速力で走る。やがて、呻き声のような声が聞こえてきた。間違いない。怪我人はこの先だ!

 声に導かれるまま、路地裏を覗き込んだ瞬間。俺は見てしまった。

 コスチュームを纏った男性の頭を片手で鷲摑みにしながら、ナイフを突きつける男の姿。あれは-

 

「ヒーロー…殺し…」 

*1
豚バラと蕪の塩ダレ蒸し、長芋のステーキ、きぬさやの胡麻和え、菜飯、えのきとわかめの味噌汁

*2
小松菜の中華炒め、ピーマンの煮浸し

*3
韮の醤油漬け、白髪葱のラー油和え、ほぐした鶏肉、カリカリに焼いたワンタンの皮、微塵切りの生姜の5種類




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第46話:職場体験ーその7ー

お待たせしました。
第46話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

また、掲載に伴い過去に掲載した短編を〇〇.〇話と変更しております。


飯田side

 

「ヒーロー…殺し…」

 

 怪我人を探して覗き込んだ路地裏で見たもの。それは、コスチュームを纏った男性の頭を片手で鷲摑みにしながら、ナイフを突きつける男の姿。間違いない…あいつが、ヒーロー殺しだ。

 咄嗟に頭を引っ込め、マニュアルさんに渡されていた緊急時用の通信機を起動させる。

 

「マ、マニュアルさん…」

『天哉君!? どうした? 何かあったのか?』

「ヒ、ヒーロー殺し…ヒーロー殺しを発見…しました」

『な、なんだって!? 無事なのか?』

「ぼ、僕は大丈夫です。し、しかし、ヒーロー…たしか、ネイティブさんが、左肩を刺される重傷を負っています。このままでは、あいつの餌食に…」

『天哉君、通信機の赤いボタンをすぐに押すんだ。それでGPSが起動して、君の位置を探知出来る』

 

 マニュアルさんに言われるまま、通信機の赤いボタンを押す。すると、ボタンが点滅を始めた。

 

『よし、君の位置が分かった。北東に2.2km…すぐに救援に向かうから、君はそこから動くな! 監視に徹するんだ!』

「し、しかし、このままではネイティブさんが…」

『君が飛び込んだ所で何になる! それこそ無駄死にだ!』

 

 マニュアルさんの叱責に、思わず唇を噛む。そうだ…インゲニウム()が敵わなかったヒーロー殺しを相手にして、僕なんかに何が出来る…。

 

『危険を感じたら、すぐに逃げるんだ! 未熟な君が逃げる事は、決して恥ずかしい事じゃない!』

 

 そう、僕は未熟。ここは指示に従うしか…。

 

「了解しま―」

 

 マニュアルさんにそう答えようとした瞬間、周囲に悲鳴が響いた。路地裏を覗き込めば、ネイティブさんの左太腿にナイフが突き刺さっていた。ヒーロー殺し(アイツ)がやったのか…。

 

「身体が…動かね…クソやろうが……死ね…!」

「ヒーローを名乗るなら、死際の台詞は選べ」

 

 ネイティブさんが放った苦し紛れの罵倒をそう切り捨て、大型のナイフを構えるヒーロー殺し。拙い、()()()()()()()

 

「やめろぉぉぉぉぉっ!」

 

 僕は思わず声を上げ、持っていた通信機をヒーロー殺しに投げつけた!

 

「………」

 

 頭目がけて飛んできた通信機をナイフの一振りで両断し、強烈な殺気と共にこちらを睨みつけるヒーロー殺し。

 見つかってしまった。もう、逃げる事は出来ないだろう。その時-

 

「…お前、たしか…マニュアルんとこの……よせ、()()が勝てる相手じゃねぇ」

 

 息も絶え絶えなネイティブさんが声を上げた。職場体験初日のパトロールで挨拶をした事を覚えていてくれたのか。

 すると、こちらに向けられていた殺気が急激に弱まり―

 

「ハァ…有象無象のヒーロー(贋物)ですらない()()()を殺す事に意味はない」

「さっきの行動は忘れてやる…すぐに消えろ…子どもの立ち入っていい領域じゃない」

「なっ!」

 

 ヒーロー殺しの言葉に反論しようとした瞬間、足元にナイフが突き刺さり、動きを封じられた。ナイフを投げる動きが…見えなかった…。

 

「もう1度だけ警告する。子どもは家に帰って、部屋の隅で震えていろ」

「くっ…」

 

 ヒーロー殺しの言葉に悔しさが湧き上がる。僕は標的とすら認識されていない…このまま()()()()()、ネイティブさんを見殺しにするしかないのか…。

 そんな訳…そんな訳あるか!

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 腹の底から声を絞り出し、更にマスクの上からではあるが、自分の両頬を思いっきり殴る! よし…覚悟を決める事が出来た!

 

「聞け! 犯罪者!」

「僕は…お前にやられたヒーローの弟だ!」

「…弟、敵討ちのつもりか。言葉には気をつけろ…場合によっては、お前も標的となる」

 

 弱まっていた殺気が再び増大し、思わず後退りしそうになるが、それを必死に堪えて、ヒーロー殺しを睨みつける。

 

「敵討ち…それを考えた事もあった! だけど、それは…兄の! インゲニウムの望む事じゃない!」

「最高に立派な兄さん(ヒーロー)の弟だ! だから、兄に代わりお前を止めに来た!」

「僕の名はインゲニウム! お前を止めるヒーローの名だ!」

「止めるか…ハァ、出来るならやってみろ」

 

 次の瞬間、ヒーロー殺しがナイフを持つ右手を振り上げた。狙いは…ネイティブさんの心臓!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 防御を固めてヒーロー殺しに突撃した僕は、全速でヒーロー殺しとネイティブさんの間に滑り込み、自らの体を盾にして振り下ろされたナイフを受け止める!

 

「ぐぅぅぅぅ…」

 

 強化プラスチックと軽量金属で作られた手甲が貫かれ、ナイフの切っ先が左前腕に突き刺さるが、何とかネイティブさんへの攻撃を止める事が出来た。

 

「……自らの体を盾にしたか…だが、1度や2度なら贋物でも出来る事…ハァ、試してやろう。お前が本物か否か」

 

 僕の腕からナイフを抜き、距離を取ったヒーロー殺しは左手にもナイフを持ち、ジリジリと間合いを詰めてくる。

 

「ネイティブさん、動けますか?」

「駄目だ…奴の“個性”のせいなのか、指一本動かせん…こんな時に…」

 

 ネイティブさんの状態を確認し、自分の出来る事、出来ない事を確認していく。マニュアルさんから許可されているのは、怪我人の救助及び避難誘導目的に限っての“個性”使用。

 今の僕の行動は、この()()()()()()という目的を()()()()したものだ。攻撃は捨てて、防御に全ての力を注ぎ込む!

 救援が来るまで、僕がネイティブさんを守り抜いてみせる!

 

 

マニュアルside

 

「天哉君? 天哉君! 聞こえるか? ……くそっ!」

 

 耳障りなノイズしか返さない通信機を思わず軋む程握りしめる。最後に聞こえた声、あれはきっとネイティブを助ける為に…。

 

「頼むから無事でいてくれよ…」

 

 急いで天哉君の元へ向かおうとするが、次から次に現れる有象無象の(ヴィラン)やチンピラが行く手を阻み―

 

「-^p;@&#~!」 

「=~*|{*%#!」

 

 更に何処かから現れた黒い巨体の怪人と、翼を持った怪人が手当たり次第に暴れだした事で、状況は更に悪化する。

 

「ザ・フライがやられた! オイ、どうなってんだ!!」

「何が目的だ。この化け物共は!!」

 

 流れが(ヴィラン)側に傾き、浮足立つ俺達。拙い、このままじゃ天哉君を助けに行くどころか…。

 

「ダブルサンダー! ブレーク!」

不死鳥の羽ばたき(フェニックスフラップ)!」

 

 状況が変わったのは、その時だ。雷と見紛うばかりの電撃が、空を飛ぶ翼の怪人へ2発連続で命中して撃墜し、薙ぎ払う様に放たれた火炎が黒い怪人を包み込む。更に-

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 緑髪の少年が白いコートを靡かせながら放つ強烈な一撃が、黒い怪人を吹き飛ばした。そして―

 

「お前達! 何を浮足立っている! 冷静になれば、対応出来ない相手ではない筈だ!」

 

 俺達に檄を飛ばしてきたのはナンバー(ツー)ヒーローのエンデヴァー!? 彼も保須に来ていたのか!

 それによく見たら、怪人を攻撃していたのは、雄英体育祭1年の部で活躍していた子達じゃないか!?

 

「全員集結し陣形を組め! あの2体の怪人を倒せば、天秤は一気に傾く!」 

 

 流石はナンバー(ツー)ヒーロー。エンデヴァーの指示で、浮足立っていた俺達は冷静さを取り戻し、すぐにこちらに有利な陣形を築いていく。この状況なら…

 

「エンデヴァー! 実は―」

 

 

飯田side

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 必死に呼吸を整え、崩れ落ちそうになる両膝へ必死に力を込める。

 ヒーロー殺しと対峙して、5分ほど経っただろうか。奴は同じペース…ほぼ20秒に1度の間隔で攻撃を仕掛けてきた。

 僕の死角や意識の外から繰り出される攻撃を、負傷覚悟でなんとか受け止めてきたが…正直言って消耗が激しすぎる。

 いつもならもっと長い時間動けているが…全身についた傷からの出血、そして強烈な殺気に晒され続ける事が、ここまで消耗を激しくするとは…予想外だった。

 

「ハァ…15回。お前は自らを盾に、俺の攻撃を受け止め続けた。致命的ではないが、決して浅くはない傷を負いながらだ。お前は…合格だ」

 

 背筋が震えるような笑みと共に、ヒーロー殺しはそう呟き…ナイフに付いた()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、全身がまるで硬直したかのように動かなくなり、僕は地面に倒れてしまった。何だ、何が起きたんだ…。

 

「インゲニウム…お前は兄とは違い、本物に成り得る。だから生かしておく価値がある」

「お前の兄は弱かった…贋物だった。だから、俺に倒された」

「黙れ…悪党!」

 

 吐き捨てるような兄への侮辱。たとえ身動きが取れなくても、それを黙って聞いているほど、僕は…僕は!

 

「脊髄損傷で、下半身麻痺…もう、ヒーロー活動は叶わない」

「兄さんは! 多くの人を助け…導いてきた…立派なヒーローなんだ! 贋物だ何だと、お前が勝手に決めつけて、潰していい存在じゃないんだ…」

「僕に夢を抱かせてくれた…立派な、立派なヒーローだったんだ!」

「お前の評価などどうでもいい。贋物か否かは俺が判断する」

「くぅっ…」

 

 必死の叫びを切り捨てられ、悔しさと怒りで心の中がグチャグチャになる。このままじゃネイティブさんが…。

 

「全ては正しき社会の為に…」

 

 頼む、動け! 動いてくれ!

 

「ちくしょう! 黙れ…黙れ!」

 

 今動かなきゃ取り返しがつかない事になるんだ! だから!

 

「何を言ったって、お前は…兄を傷つけた犯罪者だ!」

「よく言ったぜ! 飯田!」

 

 そんな声が響いた次の瞬間。何かが風を切って飛来し、ヒーロー殺しの手からナイフを弾き飛ばした。そして―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「はぁっ!」

 

 衝撃波の弾幕と火炎放射が、ヒーロー殺しを一気に後退させる。この攻撃は…来てくれたのか!

 

「ヒーロー到着! 待たせたな飯田!」

「助けに来たよ! 飯田君!」

「あと少しだけ我慢してろ。こいつを拘束して、医者へ連れていく」

 

 吸阪君! 緑谷君! 轟君!

 

「お前達は、雄英体育祭の…ハァ、少し時間をかけ過ぎたか」

 

 少し離れた間合いで体勢を立て直したヒーロー殺しは、3人を見て再び笑みを浮かべた。強烈な殺気で、肌がヒリヒリする。

 

「流石はヒーロー殺し…1対1だと厳しかったな」

「うん、だけどこっちは3人。力を合わせればきっと!」

「あぁ、楽観は出来ねえが、悲観はしなくて済みそうだ」

「そう言う訳だ。3対1だが…卑怯と言ってくれるなよ? ヒーロー殺し」

「3対1か…甘くはないな」

 

 吸阪君達とヒーロー殺しは睨みあい…同時に動き出した!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第47話:職場体験ーその8ー

お待たせしました。
第47話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


また、キャラクター設定集を第47話終了時点の情報に更新しております。


エンデヴァーside

 

「職場体験に来ていた学生が、ヒーロー殺しに遭遇しただと!?」

 

 陣形を組み、2体の脳無を含む(ヴィラン)集団*1と睨み合っている所へ飛び込んできた報告に、思わず声が出る。

 

「は、はい! それで急いで彼の元へ向かおうとしたのですが…その、この状態で…」

「むぅ…連絡が途絶してどの位経つ?」

「間もなく、4分になります!」

「4分…猶予はないな。すぐにでも救援に向かわねば…」

 

 マニュアルにそう答えながら、こちらの戦力から救援に割ける人数を割り出し、指示を下そうとしたその時-

 

「ッ!」

「エンデヴァー! 何かヤバイ奴が来ます!」

 

 第六感とでも呼ぶべき俺の感覚が()()を感知し、同時にライコウ(吸阪君)()()を感知した。

 すぐさま100m程先に黒い(もや)のようなものが現れ、そこから続々とチンピラや(ヴィラン)共が姿を現した。チッ、こんな時に増援だと!

 

「ナンバー(ツー)ヒーロー、エンデヴァー。並びに一山幾らな端役(モブ)ヒーローの皆様方、お初にお目にかかります。私は(ヴィラン)連合の長、死柄木弔の名代として参りました。黒霧と申します」

「お前! USJの時の!」

 

 黒霧と名乗る(ヴィラン)の言葉に反応するライコウ(吸阪君)の声。なるほど、USJでアブソリュート(焦凍)が取り逃がしたという(ヴィラン)はこいつか。

 

「おや、雄英体育祭で活躍されたお三方も、保須市(こちら)へお越しでしたか。その節は大変お世話になりました…ですが、今日は貴方達だけに関わる訳にはいかないので、ご了承を」

 

 黒霧は気取った仕草でライコウ(吸阪君)達にそう言うと、我々全員を見回し―

 

「死柄木弔からのメッセージをお伝えします。我ら(ヴィラン)連合の同盟者。親愛なるヒーロー殺し。その崇高なる活動の、()()()()()()()!」

 

 高らかにそう宣言した。それと同時に増援の(ヴィラン)*2が声を上げ、我々に向かってくる。いかん、これでは、戦力を割くどころの話では…こうなったら、仕方があるまい!

 

「アブソリュート! ライコウ! それにグリュンフリート! お前達3人が先行し、ヒーロー殺しの元へ向かえ!」

 

 俺の叫びにすぐさま頷き、動き出すアブソリュート(焦凍)達。逆にマニュアルを始めとする事情を知らないヒーロー達は不安の表情を浮かべるが―

 

「心配するな! 3人の実力は、このエンデヴァーが保証する。そして万が一の際には…()()()()()()()()!」 

 

 この一言で、とりあえずは納得したようだ。頼んだぞ、アブソリュート(焦凍)ライコウ(吸阪君)グリュンフリート(緑谷君)

 

 

雷鳥side

 

出久(グリュンフリート)(アブソリュート)! 打合せ通りに頼む!」

「うん!」

「わかった!」

 

 向かって来るヒーロー殺しに対し、俺達は正面に俺、右翼に出久(グリュンフリート)、左翼に(アブソリュート)の陣形で立ち向かう。

 

「シィィィッ!」

 

 一番最初に間合いに入った俺に対し、ナイフを振るうヒーロー殺し。それに対し、俺は左腕を突き出しながら籠手のギミックを発動。蛇腹状に畳まれていたパーツが展開し、小型の円盾を形作る事でナイフの一撃を受け止める。その間に―

 

「今だ!」

 

 出久(グリュンフリート)(アブソリュート)が、飯田とネイティブさんを回収。そのまま一気に後退する。

 

「チッ…」

 

 ヒーロー殺しは咄嗟に、まだ射程内にいた(アブソリュート)へ数本のナイフを投げつけるが―

 

「させねぇよ!」 

 

 残念。その程度なら俺の電磁バリアで十分に止められる。2人が飯田達を安全圏まで避難させたのを確認し、電磁バリアを展開したまま俺自身も後退。

 路地裏から通りへと出た所で、出久(グリュンフリート)達と合流する。

 

「飯田とネイティブさんは?」

「とりあえず、俺が作った氷の壁でガードしている。突貫工事だが、それなりの防御力はある筈だ」

 

 (アブソリュート)の答えに内心胸を撫で下ろす。少なくともこれで、原作のように後遺症が残るほどの重傷を飯田が負う事は無くなった…筈だ。

 

「ハァ…贋物(インゲニウム)の弟に、贋物(エンデヴァー)の息子…そしてオールマイトの弟子達。どれも良い目をしている。伊達に金の卵などと、呼ばれてはいないようだな…」

 

 そこへユラリと路地裏から姿を現すヒーロー殺し。一見隙だらけに見えるが…迂闊に飛び込めば返り討ちだな。だが…奴の口ぶりは…。

 

「お前、エンデヴァー(親父)インゲニウム(飯田の兄貴)に、文句でもあるのか?」

 

 あ、俺より先に轟がツッコミを入れたか。果たして、ヒーロー殺しの返答は…。

 

「文句…ハァ…大有りだね。ナンバー(ワン)になるという己の欲を叶える為、ヒーロー活動を行うエンデヴァーも! 有象無象のサイドキック(取り巻き)を引き連れて、己を誇示するインゲニウムも! 全て贋物だ!」

「ヒーローとは見返りを求めてはならない! 自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない! そう、オールマイトのように!」

 

 狂気に満ちた赤い瞳を輝かせ、己の持論を捲くし立てるヒーロー殺し。あぁ、こいつは駄目だ…完璧に()()()()()()()

 

「親父は決して完璧じゃない…むしろ欠点だらけな人間だが、人殺しのお前に侮辱されるのは、見逃せねぇな」

「エンデヴァーもインゲニウムも、多くの人を救ってきた立派なヒーローだ! お前に否定する資格なんかない!」

 

 出久(グリュンフリート)(アブソリュート)の反論も、まさに馬耳東風だ。そして―

 

「ハァ…言葉などもはや不要。俺は俺の成すべき事をやるまでだ…」

 

 2本の大型ナイフを右手は順手、左手は逆手で持ち、ジリジリと間合いを詰めてきた。その視線が狙うのは、俺達の先にある氷の壁。どうやら、まだヒーロー(獲物)を狩る事を諦めていないらしい。

 

「やるぞ。出久(グリュンフリート)(アブソリュート)。あのキチガイ野郎をぶちのめす!」

 

 上等だ。止まる気が無いなら、俺達が止めてやる!

 

 

エンデヴァーside

 

「脳無に対しては、単独での攻撃は控え、3人以上で波状攻撃を仕掛けろ!」

 

 チンピラが振り下ろしてきた金属バットを炎を纏った手で受け止め、熱した飴のように曲げながらサイドキック達に指示を下す。

 保須市(ここ)に連れて来たのは、40人近くいる俺のサイドキックの中でも上位を占める実力者達。正直な話、地方の中小都市で活動しているプロより実力が上だと言っても過言ではあるまい。

 そんな連中だから、指示は()()()()で事足りる。

 

「ファイヤーストライク!」

「ビートソニック!」

「フルバーストだ!」

 

 事実、翼の生えた脳無には、『火球』の“個性”を持つルージュが、ボレーシュートの要領で蹴り込んだのを皮切りに、『アンプ』の“個性”を持つビートが、ギター型アイテムを掻き鳴らして放つ指向性衝撃波を、更に『誘導弾』の“個性”を持つダブルトリガーが、二挺拳銃から発射するゴム弾を次々に叩き込んで撃墜。

 

「カトルフィッシュキック!」

 

 一方の黒い脳無には、『烏賊』の“個性”を持つクラーケンが、自身の触腕10本の内6本をその体に巻き付け、その動きを抑制しつつ、残る4本の触腕と両足をフルに使って顔面へ連続蹴りを食らわせ―

 

「ポイズンスティング!」

 

 『雀蜂』の“個性”を持つレッドワスプが、右腕から生えた毒液の滴る鋭い針を左の脇腹に突き刺し―

 

「2人とも離れろ! マッスルラリアット!」

 

 更に『ゴリラ』の“個性”を持つナックルコングが、2人が離れるのと同時に強烈なラリアットを首元へ叩き込み、黒い脳無を吹き飛ばす!

 

「すげぇ! 流石はエンデヴァー事務所のサイドキック!」

 

 その光景を見ていた地元のヒーローが感嘆の声を挙げ、戦いの天秤がこちら側へ傾きかけたが―

 

「-^p;@&#~!」

「=~*|{*%#!」

 

 2体の脳無は、『再生』の“個性”で受けたダメージを癒しながら立ち上がり、奇声を上げる。

 

「あの攻撃で仕留めきれんか…タフさ加減は大したものだ」

 

 脳無の性能に内心舌打ちしつつも、サイドキック達と入れ替わるように脳無の前へ出る。すると―

 

「-^p;@&#~!」

「=~*|{*%#!」

 

 2体の脳無も俺に向かって突進してきた。同時攻撃で俺を仕留めるつもりか…上等だ。

 

「まとめて相手をしてやろう!」

 

 翼脳無()黒脳無()、それぞれに狙いを定め、両手に力を込める。そして-

 

「赫灼熱拳! ジェットバーン!!」

 

 まず、黒脳無へ向けて拳を振るい、発射した炎の塊をそのボディへ叩き込む! そのまま翼脳無にも攻撃を放とうとするが―

 

「こいつは任せろ!」

 

 それよりも早く、ロケットのようなスピードで跳び出したグラントリノが、翼脳無の頭上を取り―

 

「そぉらよっ!!」

 

 がら空きの背中に一撃を叩き込んだ! アスファルトが砕ける程の勢いで道路に叩きつけられた翼脳無は、口から大量の血を吐きながらのたうち回り、遂に力尽きた。

 

「ちっ、道路割っちまった…久々だと加減が上手くいかんな」

「いや、見事なお手並みを見せていただき、感服しました。グラントリノ」

 

 力加減を間違えたとぼやくグラントリノだが…あれほどのスピードと急所を一撃で打ち抜く正確性の両立は、なかなか出来るものでは無い。グリュンフリート(緑谷君)が、オールマイトの恩師だと言っていたが…見事なものだ。

 

「脳無は無力化した! 残るは有象無象の雑魚のみ! 1分1秒でも早く片付け、ヒーロー殺しの元へ急ぐぞ!」

 

 最高戦力である脳無を2体とも失い、明らかに動揺している(ヴィラン)集団を圧倒するように声を張り上げる。 

 さぁ、油断せずに手早く終わらせるとしよう。

 

 

雷鳥side

 

 この期に及んでも尚、ネイティブさんを狙うヒーロー殺しに立ち向かった俺達だが、3対1という数的に有利な状況にも関わらず、苦戦を強いられていた。

 理由は大きく分けて3つ。1つ目はヒーロー殺しの“個性”だ。実際に食らった飯田からの情報によると、()()()()()()()()()事で、身体の自由を一定時間奪うというもの。前世の記憶によると、血液型で効果時間に違いが出るようだな。

 だが、かすり傷程度の出血でも|()()()()なので、間合いを詰めての思い切った攻撃がなかなか出来ない。

 2つ目はヒーロー殺しのスピードだ。正直言って、レシプロバースト発動中の飯田(インゲニウム)より速い上に、その速さを使いこなす技量も凄まじいの一言。

 平然とした顔で垂直の壁を疾走しながら電撃や炎を回避するわ、2段ジャンプをやってのけるわ…まるで忍者だ。

 そして3つ目は…USJや職場体験のパトロールで遭遇した(ヴィラン)が、まるでアマチュア以下の素人に思える程の強烈な殺気だ。

 殺気に怯えて動きを鈍らせる。そんな無様な姿を晒す事はないが、それでも余計な消耗を強いられる事は間違いない。

 今はそれぞれの死角をカバーしあう事で凌いでいるが…ハッキリ言って長期戦は不利だ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 出久(グリュンフリート)の放つ衝撃波の弾幕を2段ジャンプで軽々と跳び越え、着地と同時に走り出すヒーロー殺し。そこに(アブソリュート)が立ち塞がり―

 

王狼の爪(フェンリルクロウ)!」

 

 右手に装着した氷の手甲鉤で攻撃を仕掛けるが―

 

「手甲鉤…攻撃範囲が広く、威力も申し分ない…だが、その大きさ故に大振りな攻撃しか出来ない」

 

 ヒーロー殺しはその攻撃を回避しながら、右手に持った刀で手甲鉤の刃部分を斬り落とす。

 

「そして、攻撃範囲の内側に入ってしまえば…無力となる」

 

 更に左手のナイフを振り上げながら、(アブソリュート)との間合いを詰めようとするが―

 

「マグネ・マグナム!」

 

 間一髪。俺の放ったベアリングボールが牽制となり、その動きを一瞬止める事が出来た。その間に(アブソリュート)は後退。俺は更にベアリングボールを連射するが―

 

「ハァ…俺を仕留めたいなら、ライフル弾でも用意するんだな」

 

 ヒーロー殺しは刀とナイフを振るい、発射したベアリングボール全てを叩き落してしまう。一応22口径の拳銃弾と同じくらいの威力と弾速あるんだけど…。

 

「すまねぇ、吸阪(ライコウ)。助かった」

「気にするな。ヒーローは助け合いだよ」

 

 (アブソリュート)にそんな軽口を返しながら、戦況を分析する。

 俺達を仕留めきれない事に、ヒーロー殺し(むこう)も多少は苛立っているだろうが…不利なのはこちら側。

 なんとか天秤をこちらに傾ける必要があるが…一か八か試してみるか。

 覚悟を決めた俺は、出久(グリュンフリート)(アブソリュート)にハンドサインを送りながら、前に出ると―

 

「いやぁ、流石はヒーロー殺し。ここまで苦戦するとは思わなかった」

「アンタの理想? 信念? それの是非は別にして…思いの強さには色々と考えさせられるよ」

 

 ノーガードのまま、そう問いかけた。さぁ、どう返す? ヒーロー殺し。

 

「……何が狙いだ?」

「別に…ただ、純粋な疑問が1つあってね。答えてくれるとありがたい」

「…言ってみろ」

「お言葉に甘えて」

 

 想定していた中で()()()()()に、俺は内心喜びながらも表面上は冷静を保ち、言葉を紡ぐ。

 

「アンタの理屈だと、オールマイトこそが真のヒーローで、他のヒーローは贋物。そしてアンタはそんな贋物の存在が許せなくて、ヒーロー(贋物)を狩っている…ここがわからないんだよね」

「…わからない? 何がだ」

「どうしてアンタは()()()()()()()()()()()? アンタほどの実力があれば、オールマイトと肩を並べるような真のヒーローにもなれた筈なのに」

「………」

「アンタが贋物と蔑んで、命を奪い、再起不能にしたヒーロー達も、誰かを助け、誰かの希望になれる存在だった。アンタのやってる事は結局、誰かの希望を奪っているだけに過ぎない!」

「………ハァ、所詮子供にはわかるまい…これは俺の長きにわたる思考の果てに導きだした結論」

「思考の果て…物は言いようだな。正直に言えよ。自分は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

「…貴様の問いに興味を持った俺が浅はかだった」

 

 次の瞬間、問答の間弱まっていたヒーロー殺しの殺気が一気に膨れ上がる。そして―

 

「我が信念への侮辱…命で償え」

 

 刀を上段に構えたヒーロー殺しが、一気にこちらへ突っ込んできた。そのスピードは今までと同じかそれ以上。だが―

 

「心の乱れは太刀筋を鈍らせる。よく言ったもんだ!」

 

 俺の煽りで多少なりとも精神に乱れを生じたのか、奴の動きはそれまでより多少解り易くなっていた。そんな状態なら、どうとでも対応できる! 

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「シィィィィィッ!」

 

 直後振り下ろされた刀を、俺流フルカウルを発動する事で反応速度を高めた俺は、紙一重で回避し―

 

「ライトニングスラッシュ!」

 

 電撃を纏った手刀で、刀身を真っ二つに叩き折る!

 

「ちぃっ!」

 

 破壊された刀を投げ捨て、新たにナイフを抜こうとするヒーロー殺しだが、そのコンマ数秒の隙が命取りだ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 次の瞬間。気合と共に出久(グリュンフリート)がヒーロー殺しの懐に跳びこみ-

 

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 その無防備なボディに左右同時に放つ44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュを打ち込む!

 

「ゲボォッ!」

 

 吐瀉物を撒き散らしながら10mほど吹き飛び、ビルの壁に叩きつけられるヒーロー殺し。普通なら、これでKO(ノックアウト)だが…。

 

「に、贋…物が蔓延る…この、社会も…」

 

 まだ立ち上がるか…所謂、精神が肉体を凌駕しているってやつだが…それも()()()()だ。

 

「これで終わりだ…不死鳥の嘴(フェニックスビーク)!」

 

 直後、(アブソリュート)の放つ炎の貫手(フェニックスビーク)が、ヒーロー殺しの鳩尾に突き刺さり、その意識を完全に刈り取った。

 

 

「ふぅ…終わったな」

「あぁ…」

「終わったね…」

 

 気絶したヒーロー殺しを、右腕の籠手から引き出したワイヤーで拘束しながら、出久(グリュンフリート)(アブソリュート)と息をつく。時間にして、10分にも満たない戦いだったが…消耗具合は2時間程ぶっ続けで戦っていたようだ。

 

「すまない。プロの俺が何も出来ず、足手まといのままだった…」

 

 そこへ飯田の肩を借りて、ネイティブさんがやって来た。肩と太ももの傷はかなり深いが…とりあえず命に別状はなさそうだ。

 

「いえ、1対1でヒーロー殺しの“個性”だと、もう仕方ないと思います。正直、強過ぎる」

「あぁ…俺達が勝てたのも、3対1でなかなか仕留めきれずに、奴の中で焦りが生じた事と、吸阪(ライコウ)の煽りで多少なりとも心が乱れ、動きをミスしてくれたおかげだ。それが無かったら、俺達全員やられていたかもしれねぇ」

「とりあえずは、皆無事なんだ。今はそれを喜ぶとしようぜ」 

 

 頭を下げるネイティブさんに、俺達はそれぞれフォローを入れながら、地べたに座り込む。きっと今頃、エンデヴァーやグラントリノが、脳無や他の(ヴィラン)を倒しているだろう。

 俺達はヒーロー殺しが目を覚ましても対応できるよう、注意しながらも体を休めるのだった。

*1
脳無2体、(ヴィラン)13人、チンピラ約40人

*2
(ヴィラン)5人、チンピラ約30人




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第48話:職場体験ーその9ー

お待たせしました。
第48話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



雷鳥side

 

 (ヴィラン)連合。そして奴らと同盟を組んでいたヒーロー殺しによって、保須市にもたらされた大騒動から一晩。

 保須市のホテルで一泊した俺と轟は、午前中一杯自由時間を貰えた。

 エンデヴァーやサイドキックの皆さんが事後処理に繰り出す関係で、俺達への指導が出来なくなるのがその理由だ。

 俺と轟は同様の理由で午前中フリーになった出久を誘い―

 

「よぅ、生きてるか?」

 

 飯田が入院している病院へ、見舞いに訪れていた。

 

「吸坂君! 轟君! 緑谷君! 見ての通りだ。これが死人に見えるのかい?」

 

 努めて明るく振舞う飯田だが、その体は包帯だらけ。死人じゃなかったらミイラ男だな。

 

「元気そうだな。良かった」

「飯田君、怪我の具合はどうなの?」

「お医者様によると、切創9ヶ所に刺創6ヶ所だそうだ。幸い、どの傷も重要な血管や神経に届く程深くはなかったそうで、多少の傷痕は残るかもしれないが…後遺症の類は心配いらないそうだ」

「そうか。そいつは何よりだ」

 

 飯田の言葉に、それぞれが抱いていた()()()()()が消えていくのがわかる。

 ここからは明るくいくか。個室だから多少喋っても問題はないだろう。まずは…。

 

「ほら、土産だ。3人でそれぞれ別の物を用意してみた。俺は果物の詰め合わせ」

「俺は和菓子だ…水羊羹。味はこしあんと抹茶と栗かのこ。冷やして食べてくれ」

「僕は洋菓子。焼き菓子の詰め合わせを買ってきたよ」

「皆…見舞いに来てくれただけでなく、手土産まで……僕は今、猛烈に感動しているよ!」

 

 大粒の涙を流しながら、感動に震える飯田。喜んでくれるのは嬉しいが、下手に動くと…

 

(いた)っ!」

 

 傷に障る…って、遅かったな。

 

 

物間side

 

「昨日発生した西東京・保須市での事件。気になるところだろう。あぁ、私も大いに気になっている」

「人は大きな事件に目を奪われる。しかし、こういう時こそヒーローは冷静でいなければならない」

混沌(ケイオス)は時に人を惑わし、根底に眠る暴虐性を引きずり出そうとしてくる」

「というわけで、今日もピッチリ平常運行。タイトなジーンズで心身共に引き締めよう」

「「「「「シュア!! ベストジーニスト!!」」」」」

 

 僕の髪の毛をキッチリ()()()()にしながら、サイドキックの面々に訓示を述べるベストジーニスト。

 あぁ、戻れるなら過去に戻って、ここから指名を得た事を喜んでいた自分を殴りつけたい!

 来る場所…間違えた…。

 

 

八百万side

 

『シュシュっと一吹き、簡単ウェーブ!』

『ヘアスプレー“UNERI”』

 

 TVに映るのは、一昨日ウワバミさんの()()()()()()()として撮影に参加したヘアスプレーのCM。そのデモ映像。 

 

「仕事早いわねー。これデモだから、1ヶ月後くらいにはCMで流れるわよ。CG盛り沢山で! さぁ、パトロール出ましょうか」

 

 鼻歌交じりに部屋を出ていくウワバミさん。その後ろ姿に慌てて付いて行きながら、私は先日ウワバミさんの働き方を思い返していました。

 一般的な公務員とプロヒーローの最大の違い。それは()()()()()()()()()という事。

 現在ウワバミさんは、20社を超える企業の広告塔として活動されており、本業であるヒーロー活動と副業の比率は凡そ2:8。

 もはや副業が本業になっていると言っても過言ではない状況ですが、ウワバミさんはその2割の本業でも、着実に結果を残しています。

 これは無駄を極限まで切り詰めた超合理的な働き方が可能にしている…私はそう考えています。

 今日を入れて職業体験はあと3日。何としてでも、その働き方の一部だけでも身につけなくては!

 

「頑張りますわ!」

「気張ってんなぁ……」

 

 

飯田side

 

「いただきます」

 

 手を合わせ、吸阪君がくし型に切ってくれたリンゴ*1を口へと運ぶ。

 

「これは…実に美味いリンゴだ」

 

 瑞々しく、甘さと酸味のバランスが丁度良い。皆も同じ感想を抱いたようで、笑顔を浮かべている。

 そして、皿の上のリンゴが全て無くなった頃―

 

「邪魔をする」

 

 そんな声と共に部屋へ入ってきたのは、ナンバー(ツー)ヒーローのエンデヴァーとマニュアルさん。そして見覚えのないご老人。

 コスチュームを纏っている事から見て、ヒーローである事は間違いない筈だが…。

 

「飯田君。こちらは僕が職場体験でお世話になっているグラントリノ。オールマイトの師匠に当たる方だよ」

「なんだって!」

 

 緑谷君からご老人の正体を聞かされた僕は、挨拶をしようと慌ててベッドから降りようとするが―

 

「あぁ、挨拶なんぞいらんいらん。怪我人は大人しく横になっとれ」

 

 そう言われてしまい、大人しくベッドへ戻る。

 

「それにしても3人がお揃いとは…事後処理に向かわれた筈では?」

 

 僕達を代表して、吸阪君が質問すると―

 

「事後処理に君達も()()()()()()からだワン」

 

 また新たな人物が部屋に入って来た。三つボタンのスーツをクラシカルに着こなした犬顔の男性だ。

 

「保須警察署署長の面構犬嗣(つらがまえけんじ)さんだ」

 

 保須警察署の署長!? 慌てて頭を下げる僕達を手で制した面構署長は、吸阪君、緑谷君、轟君を順番に見つめ―

 

「君達が、ヒーロー殺しを仕留めた雄英生だワンね?」

 

 そう切り出した。

 

「はい……あの、ご存じだと思いますが…俺達、警察のお世話になるような事は…」

「あぁ、勘違いしないでくれだワン。君達3人が、雄英高校が発行する簡易版仮免を所持している事は、既に確認済みだワン」

「はぁ…」

 

 駄目だ。署長さんの来訪の目的が全く分からない。吸阪君も困惑している様子だ。次の瞬間―

 

「では、本題に入るワン」

 

 署長さんの眼差しが、どこか憂いを帯びたものへ変わり…。

 

「申し訳ないが…君達3人の功績は、()()()()()()()()()事になったワン」

 

 文字通りの爆弾発言を投げ込んでくれた。

 

 

雷鳥side

 

「どういう事…でしょうか?」

 

 面構署長の発言に対し、俺は慎重に言葉を選びながら質問を返す。

 表沙汰にはならない…なんとなく理由の想像はつくが…果たして正解かどうか…。

 

「……身も蓋も無い言い方をすれば、あの場にいたのが()()()()()()ならば、問題は無かったんだワン」

「オールマイトの愛弟子であり、雄英体育祭の1位と2位を独占した吸阪雷鳥君と緑谷出久君」

「そして、エンデヴァーの実子であり、雄英体育祭3位タイの轟焦凍君」

「下手なプロよりも実力が高いであろう君達3人がかりなら、ヒーロー殺しを捕える事も困難ではあるが、決して不可能ではない。世間もそう納得する筈だったワン」

「しかし、現場には君達3人だけではなく、飯田天哉君。君がいた。それが問題なんだワン」

 

 あぁ、やっぱりね。()()()()()()

 

「ど、どういう意味ですか…な、納得のいく説明をお願いします!」

 

 飯田の悲痛な声が病室に響き…面構署長が静かに息を吐く。ゆっくり10数えられるだけの時間が流れ…。

 

「ヒーロー殺しが捕らえられた際に襲っていたヒーローはネイティブ。そして、その前に襲撃したのは…そう、インゲニウム。君のお兄さんだワン」

 

 面構署長が理由を話し始めた。

 

「君が職場体験先に保須市を選んだ理由は、マニュアルから聞かせてもらったワン。その思いはとても尊いものであり…また、その思いを実現する為、全てに全力で打ち込んでいた事は、賞賛に値するワン」

「だが…残念な事に、世の中には己の利益の為なら、真実を平気でねじ曲げる輩が一定数存在するワン」 

「それって…」

「一部のマスコミ…この場合は()()()()…って言った方が良いですか?」

「呼びかたはどうであれ、認識としては間違っていないワン」

「奴らが君の存在を察知すれば、どうなると思う? 真実などそっちのけで、嘘にまみれた物語をでっち上げるだろう」

「例えば…『ヒーロー殺しによって再起不能に追い込まれたインゲニウム、兄の復讐を誓った弟は、雄英体育祭で活躍した同級生3人と共謀し、ヒーロー殺しと私闘を繰り広げ…勝利した』と、言ったところだワン」

「ま、待ってください! 僕はそんな事…仮に、ヒーロー殺しへ復讐するにしても、吸阪君達を巻き込むような真似は!」

「そう、君がそんな事をする人間でない事は、君を少しでも知っている人間であれば、判りきった事。だが、世間の大部分の人間は、君がどのような人間かわからないワン」

「そして悲しい事に、好評よりも悪評の方が、はるかに早く広がっていく。そうなれば飯田君。君だけでなく吸阪君達の将来にも、()()()()()()()()()事になるワン」

「そんな事態を避ける為にはどうすれば良いか。我々は話しあいを重ね………3人の功績そのものを無かった事にする。それによって飯田君の存在も隠蔽する。という結論に至ったワン」

「飯田君の存在のみを隠蔽する方法も考えたが…3人の功績を表沙汰にしている限り、どんなに上手く隠しても必ず何処かから暴かれてしまう。3人には申し訳ないが、4人纏めて隠蔽するのがベストな形なんだワン」

「そ、そんな…僕の存在が…吸阪君達に迷惑を…」

 

 面構署長の説明に力無く項垂れる飯田。どう言葉をかけてやるべきか、考えると―

 

「勘違いするなよ。天哉君!」

 

 俺達よりも早く、マニュアルさんが口を開いた。

 

「あの時、君が体を張って、自らの命と引き換えにしようとしてまで、ネイティブを守った事は…間違いなんかじゃない! あの場に居合わせた君が選択出来る()()()()()だった!」

「マニュアルさん…」

「あの現場で、エンデヴァーが吸阪君達を先行させた事も、吸阪君達がヒーロー殺しと交戦した事も、それぞれがその時々で選択出来る最善の行動だった」

「だけど、最善の行動を選択しても、最良の結果に結びつくとは限らない。悔しいけど、現実とはそういうものだ」

「だから、自分を卑下する必要はどこにも無い。君は最善の行動をしたんだ。もしも、3人に負い目を感じるというなら、それはこれからの行動で返していけば良い。君なら、それが出来る筈だ!」

「………はい!」

 

 目から大粒の涙をボロボロと零しながら、マニュアルさんの言葉に頷く飯田。これは、俺達が口を挟む必要は無さそうだ。

 そして、マニュアルさんと飯田のやり取りを聞きながら、うんうんと頷いていた面構署長は、俺達の方へ向き直り-

 

「今回は、事後承諾のような形となり申し訳ないワン」

「警察として、君達に形のある報酬を与える事は出来ないが…せめて、稀代の犯罪者ヒーロー殺しの逮捕に多大な貢献をしてくれた事に、保須警察署全署員を代表して礼を言わせてほしい。ありがとう」

 

 そう言って、深々と頭を下げてくれた。俺達も面構署長に礼を返し、嵐のようなお見舞いは終わりを告げた。

 

 

 それから2時間後。(ヴィラン)連合及びヒーロー殺しによる大規模破壊活動についての記者会見が、保須警察署で行われ…ヒーロー殺しこと(ヴィラン)ネーム、ステイン。本名、赤黒血染は、ナンバー(ツー)ヒーロー、エンデヴァーと()()保須市を訪れていたベテランヒーロー、グラントリノの共闘によって倒され、逮捕された事。現在は警察病院の隔離病棟で厳重な監視下に置かれている事などが、警察から公式に発表された。

*1
うさぎや白鳥に飾り切り済




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回で職場体験編は最終回となります。


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第49話:職場体験ーその10(終)ー

お待たせしました。
第49話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


切島side

 

「………」

「………一本、ですよね?」

「あぁ…」

 

 職場体験最終日。その締めに行われた組み手で、俺は遂にフォースカインドさんから一本取る事が出来た!

 

「ありがとうございました!」

 

 組み手の最後にフォースカインドさんへ一礼した途端、喜びから胸の奥から湧き出てくる。

 勿論組み手という事で、フォースカインドさんが手加減してくれた事は間違いない。それでも、嬉しいものは嬉しいぜ!

 

烈怒頼雄斗(レッドライオット)!」

「はい!」

「よくやった。これからも鍛錬を続けていけ!」

「はい! ありがとうございます!」

「リアルスティール!」

「はい!」

「お前はまだまだだ! 今のままじゃ、烈怒頼雄斗(レッドライオット)との差は開くばかりだぞ!」

「は、はい!」

「だが、努力の跡は感じられる。肝心なのは、努力の量じゃない。質だ! 正しい努力を続けていけ!」

「はい! フォースカインドさん!」

「よし、2人ともこの1週間よくついて来た! ここで学んだ事を今後に活かしてくれたなら、職場体験に呼んだ甲斐があるってもんだ」

「「1週間、ありがとうございました!」」

「さぁ、コスチュームを着替えてこい。烈怒頼雄斗(レッドライオット)が俺から一本取った褒美に、飯を奢ってやる。肉を食いに行くぞ!」

「「は、はい! ご馳走になります!」」

 

 この後、フォースカインドさんや鉄哲、サイドキックの皆さんと一緒に焼き肉を食いに行った。

 流石はフォースカインドさんが贔屓にしている店。俺が今までに行った事ある家族向けの焼き肉店とは、レベルが違いすぎて…ただひたすら美味いとしか言えなかったのが、何気に悔しいぜ!

 

 

お茶子side

 

「ウラビティちゃん。1週間お疲れさまでした」

「お疲れさまでした!」

 

 ガンヘッドさんの事務所にお世話になって早1週間。私は職場体験の全日程を終え、ガンヘッドさんに最後の挨拶をしていた。

 

「ウラビティちゃんには、この1週間で教えられる事は全部教えた。(ガンヘッド)(マーシャル)(アーツ)も、基礎は一通り教えられたと思う」

「はい…凄く、有意義な1週間でした」

 

 ガンヘッドさんの言葉に答えるように、私は(ガンヘッド)(マーシャル)(アーツ)の構えを取り、規則正しく息吹きを繰り返す。

 

「うん、綺麗な構えが出来ているね。もしもわからない事があったら、遠慮なく連絡して。ウラビテイちゃんも僕のサイドキックと同じ、(ガンヘッド)(マーシャル)(アーツ)の同門なんだからね」

「はい! ありがとうございます!」

「それから…最後に聞いておきたいんだけど……」

「はい?」

 

 ガンヘッドさんから最後の質問。一体何を聞かれるんだろう…。

 

「休憩時間とかに時々連絡していた緑谷君って、雄英体育祭準優勝の緑谷出久君?」

「え? あ、いや、それは…」

「やっぱり、恋バナ?」

「え? ち、違います! 緑谷君とはまだそんな関係じゃ…」

()()?」

 

 慌てた私の迂闊な返答に、ガンヘッドさんが物凄く食いついてきた。あぁ、どうしよう!

 だけどその仕草は…やっぱり可愛い!

 

 

梅雨side

 

FROPPY(フロッピー)! テンタコル! この1週間、よく頑張った!」

「「はい!」」

「仮免を取ったら、またセルキー事務所(ウチ)へ、インターンに来い! 事務所一同で歓迎するからな!」

 

 そう言って笑顔でポーズを決める船長。やっぱり、可愛いわ。

 

「だから船長! そのポーズは全然可愛くないって言ってるじゃないですか!」

「そうですよ、船長。FROPPY(フロッピー)やテンタコルだって、ドン引きしますから!」

 

 でも、シリウスさんや他のサイドキックの皆さんには不評なのよね。不思議だわ…。

 

「まぁ、船長のポーズは置いておいて…FROPPY(フロッピー)、貴女に書いてもらったレシピ帳。大切にするわね」

 

 職場体験の合間を縫って手書きしたレシピ帳を手に微笑んでくれるシリウスさん。

 私の…というよりも8割がた吸阪ちゃんのレシピだけど、吸阪ちゃんも―

 

 -俺なんかのレシピが皆さんのお役に立てるなら、遠慮なく広めちゃってくれ-

 

 そう言っていたから、うん、問題ないわね。

 

「それから、レシピのネタ元の()()さんにも、お礼を言っておいてね」

「え?」

 

 彼氏? 吸阪ちゃんが? 私の………。

 

「あれ? FROPPY(フロッピー)?」

「はっ…私はいったい何を…」

 

 いけないいけない。一瞬だけど、意識が飛んでいたみたいね。シリウスさんの心配そうな顔に胸が痛むわ。

 

「ごめんね。FROPPY(フロッピー)。驚かすつもりはなかったのよ」

「いいえ、私の方こそ、変な所を見せてしまったわ。ごめんなさい」

 

 お互いに謝罪を交わして、それで終わり。そのつもりだったけど…。

 

FROPPY(フロッピー)の彼氏だと! 一体、どこの馬の骨だ!」 

FROPPY(フロッピー)と交際しようって言うなら、俺達全員に勝った上で、交換日記から始めやがれ!」

「そうだそうだ!」

 

 サイドキックの皆さんに火が点いてしまったわ…これって、収まるのかしら?

 

「お前ら! 少しは冷静になりやがれっ! FROPPY(フロッピー)だって年頃の女の子なんだ。彼氏くらいいてもおかしくねぇだろ!」

 

 船長の一喝で、黙り込むサイドキックの皆さん。流石だわ、船長。

 

「なぁ、テンタコル。お前はFROPPY(フロッピー)の彼氏を知ってるのか? 知ってるなら話せ、すぐ話せ、さぁ話せ」

 

 ………前言撤回ね。シリウスさんも頭を押さえているわ。

 

「………彼氏かどうかは解らないが、そのレシピ帳のネタ元が誰かは…」

 

 船長の圧力に負けて、吸阪ちゃんについて説明を始める障子ちゃん。吸阪ちゃんに一応気を付けるように言っておくべきかしら?

 

 

出久side

 

「グラントリノ、色々とお世話になりました」

 

 職場体験最終日。全ての日程を終わらせた僕は荷物を纏め、グラントリノに最後の挨拶をしていた。

 

「うむ。俊典の奴に口利きさせたとはいえ、こんな老いぼれの元でよく頑張ってくれた。今更ながら礼を言うぞ」

「いえ! 凄く有意義な1週間でした!」

「有意義な時間を過ごせたのはこっちの方だ。オールマイト(あいつ)を鍛え上げてからは、惰眠とたい焼きを食う事だけが楽しみだった隠居(おいぼれ)の生活に、刺激を齎してくれたんだからな」

 

 そう言って、静かに微笑むグラントリノ。僕も笑顔を返しつつ、ずっと気になっていた事を質問する事にした。

 

「あの、グラントリノ…失礼と思って、ずっと聞きそびれていたんですけど……」

「なんだ?」

「グラントリノ。そんなに強くて、オールマイトを鍛えたっていう実績もあるのに、世間じゃ殆ど無名です。何か、理由があっての事なんでしょうか?」

「あー……そりゃ、俺は元来ヒーロー活動に興味なかったからな」

「そうなんですか!?」 

「かつて、とある《目的》の為に、“個性”の自由使用が必要だった。資格を取った理由はそんだけさ…まぁ、これ以上の事は俊の…オールマイトから聞いた方が良いだろう」

「はい…」

 

 グラントリノの言う()()とは一体…授業が再開したら、オールマイトに尋ねないと…。そんな事を考えていると―

 

「あぁ、そうそう。こいつを渡すのを忘れとった」

 

 グラントリノが懐から封筒を1つ取り出して、僕に差し出してきた。これは…。

 

「お前がこの1週間、グリュンフリートとしてヒーロー活動を行った事に対する正当な対価だ」

 

 封筒の厚みは1cm強。その重さは200gも無い筈だけど、今まで持った事が無いほど重く感じる。

 僕が初めてヒーロー活動で稼いだお金で、その出所は沢山の人達の税金…付属の明細を恐る恐る見ると、そこには想像以上の額が記載されていた。

 

「こ、こんなに…」

甲府市(この辺り)で活動した分だけじゃなく、保須市で働いた分も合わせた額だからな。ヒーロー殺しを倒した分も入っとるぞ」

「え!? ヒーロー殺しはグラントリノとエンデヴァーが倒した事になったんじゃ…」

「それはあくまでも表向き。(ヴィラン)を倒してもおらんのに、金なんぞ受け取れるか。この辺りの事もエンデヴァー達と話し合い済みだ」

 

 聞けば、ヒーロー殺しを逮捕した事で支給されたお金は、13%をエンデヴァー、7%をグラントリノが受け取り、残り80%のうち9割を僕と雷鳥兄ちゃん、轟君で3等分。残る1割を飯田君への見舞金に充てたそうだ。

 もっとも…エンデヴァーとグラントリノは、僕達に課せられる税金やその他雑費を肩代わりしてくれたので、収支は殆どプラスマイナス0らしい。

 

「1週間も顔を合わせてないから、親御さんも心配しとるだろう。そのお金で土産でも買って、安心させるといい」

「このお金。大切に使わせていただきます!」

「うむ。じゃあ、もう行け。新幹線の時間が迫っとるぞ」

「はい! グラントリノ、1週間ありがとうございました!」

 

 深々と一礼し、僕は駅への道を歩き出す。

 

「グリュンフリート!」

 

 少しして背中から聞こえてくる声。慌てて振り返ると-

 

「困った事があったら、いつでも連絡しろ! こんな老いぼれだが、いつでも力になるからな!」 

 

 グラントリノがそう言いながら、右手を上げて見送ってくれていた。僕はもう一度深々と頭を下げ、駅への道を急ぐのだった。

 

 

雷鳥side

 

「帰ってきたな」

「あぁ」

 

 エンデヴァー事務所での職場体験を終え、エンデヴァーとサイドキックの皆さんに挨拶を済ませた俺と轟は、特にトラブルに巻き込まれる事もなく、地元の駅へと辿り着いていた。

 

「雷鳥兄ちゃん! 轟君!」

 

 そこへ声をかけてきたのは出久。どうやら、あいつも同じ時間帯の電車に乗っていたようだな。

 

「2人ともお疲れ様」

「おう、お疲れ」

「お疲れ様」

 

 3人で他愛もない事を話しながら、駅の構内を歩いていく。まぁ、知らない人達から話しかけられたり、スマホのカメラを向けられるが、スマイルで乗り切っていく。

 

「じゃあ、また…学校で」

「あぁ、しっかり休めよ」

「轟君、また明日ね」

 

 駅の入り口で轟と別れ、俺と出久は姉さんの待つ家へと急ぐ。姉さんと会うのも1週間ぶりだ。

 

 

「ただいま、姉さん」

「母さん、ただいま」

「お、お、お帰り! 出久! 雷鳥!」

 

 玄関から響く俺達の声を聴くや否や、姉さんが泣きながらリビングから飛び出してきた。  

 

「2人とも大丈夫!? 怪我してない? 保須市のニュースを見てから、私心配で心配で…」

「俺も出久も大丈夫だよ。姉さん」

「ほら、この通り傷ひとつ負ってないから」

 

 俺と出久がそれぞれ声をかけ、ようやく落ち着きを取り戻す姉さん。まったく、姉さんも心配性だよ。

 この後、俺と出久が差し出した封筒の中身を見た姉さんが、再びひっくり返りそうになるが…まぁ、それは別の話だ。

 

 

死柄木side

 

 俺達(ヴィラン)連合がアジトにしているバーで、俺は安物の飴玉をツマミにコニャックを楽しんでいた。そこへ―

 

「…来たか」

 

 黒霧のワープゲートが開き、黒霧の肩を借りながらステインが姿を現した。

 

「怪我の具合はどうだい? 先輩」

「死柄木弔…救援、感謝する」

「同盟を結んでいるんだ。当然の事をしたまでだ」

「死柄木弔、言いつけ通り病室の壁には、我々(ヴィラン)連合の名前で、犯行声明を掲示しておきました」

「よくやった黒霧。これで、警察の面子は丸潰れ。俺達(ヴィラン)連合の名にも箔が付くってもんだ」

 

 厳重な警備体制を敷いた隔離病棟から、逮捕した(ヴィラン)を逃がしてしまった。蜂の巣を突いた様な騒ぎになっているであろう警察関係者の青ざめた顔を想像して、思わず笑いが出てしまう。

 

「先輩、あんたは(ヴィラン)連合に必要な人材だ。再び大暴れしてもらう為にも、まずは安全な場所で傷を癒してくれ。黒霧」

「はい。ワープゲートで、ドクターの元へお送りします」

 

 言うが早いか、再びワープゲートを開く黒霧。

 

「死柄木弔。お前には大きな借りが出来た。傷が癒え次第、俺は(ヴィラン)連合の(つるぎ)として、命を懸ける事を、ここに誓おう」

「あぁ、その時は頼りにさせてもらうぜ。先輩」

 

 互いに頷いたところで、黒霧がワープゲートでステインを送っていく。

 

「ヒーローども…俺達のターンはここからだ。精々、束の間の平穏に酔いしれるが良いさ」

 

 そう呟き、口に放り込んだ飴玉を一気に噛み砕く。そう、全てはここからだ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

なお、雷鳥、出久、轟の3人が受け取った給金ですが-

出久 大卒の初任給。それの大体5倍強。
雷鳥 大卒の初任給。それの大体7倍弱。
轟  雷鳥とほぼ同額

くらいをイメージしてください。


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第5章 期末試験編
第50話:ワン・フォー・オールの原点(オリジン)


お待たせしました。
第50話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「へぇー、(ヴィラン)退治までやったんだ! うらやましいなぁ!」

「避難誘導とか後方支援で、実際に交戦はしなかったけどね」

「それでも凄いよー!」

 

 職場体験を無事に終え、1週間ぶりにやって来た教室に芦戸の明るい声が響く。

 ふむ、耳郎もなかなか貴重な体験が出来たようだな。

 

「私と障子ちゃんも基本トレーニングとパトロールばかりだったわ。一度、隣国からの密航者を捕らえたくらいね」

「それすごくない!?」

 

 なん、だと…。密航者の逮捕とは、梅雨ちゃんは大丈夫だったのか!?

 詳細を聞いてみようと思わず身を乗り出しかけた俺だったがー

 

「………」

「………」

 

 障子に視線で制されてしまった。いかんいかん。冷静さを欠いてしまったな。心の中で反省しつつ、梅雨ちゃん達の会話に耳を傾けていると-

 

「お茶子ちゃんはどうだったの? この1週間」

「うん、とても……有意義だったよ」

 

 麗日が、コォォォォォ…と息吹きを行いながら、梅雨ちゃん達に演武を披露し始めた。

 おぉ、腰の回転と引き手をキチンと活かした見事な正拳突きだな。ちなみに-

 

「たった1週間で変化すげぇな…」

「変化? 違うぜ瀬呂……女ってのは…元々悪魔のような本性を隠し持ってんのさ!!」

「Mt.レディの事務所で何を見た……」

 

 死んだ魚のような眼で爪を噛み続ける峰田が、瀬呂とそんな会話を交わしていたが、華麗にスルーしておく。そして―

 

「でも、一番大変だったのは、お前ら4人だろ!」

 

 砂藤の声と共に、皆の視線が俺達に集中した。

 

「飯田は、怪我人の救助活動中に(ヴィラン)に襲われたんだろ? ホント、怪我で済んで良かったぜ。やっぱり、命あっての物種だよ」

「ニュースで見たけど、ヒーロー殺しはエンデヴァーとグラン何とかって、ベテランのヒーローが倒したんだよな。エンデヴァー、流石ナンバー(ツー)だぜ!」

「あぁ、家族としての贔屓目を抜きにしても…大したもんだよ」

 

 瀬呂や切島の言葉に淡々と答える轟に苦笑しながら、出久や飯田と素早くアイコンタクトを交わす。

 面構署長が保須警察署へ戻った後、病室でエンデヴァー、グラントリノを交えて話し合った結果、飯田は救助活動中に(ヴィラン)に襲われ負傷。

 俺達はチンピラや雑魚(ヴィラン)退治に専念し、ヒーロー殺しとは()()()()()()()()()。という事で纏まっている。 

 皆を騙すのは心苦しいが、仕方のない事だ。受け入れなくてはな。そうしている間にチャイムが鳴り―

 

「おはよう」

 

 声と共に入室してきた相澤先生を静寂の中で出迎える。この辺りはもう慣れたものだ。

 

「1週間の職場体験、お疲れ。多少の怪我はあったようだが、全員無事に戻って来た事をまずは嬉しく思う」

 

 ここまで言うと、相澤先生は一旦言葉を切り―

 

「さて、今日は突然ではあるが……()()()を紹介する」

 

 静かに、だがハッキリとした声でそう宣言した。そして―

 

「入ってこい」

「はい」

 

 ()()()が入ってきた瞬間、誰もが納得の反応を示す。雄英体育祭最終種目に、普通科の生徒で唯一勝ち進んだ男。その名は―

 

「元普通科1-C所属。心操人使です」

 

 そう言って頭を下げる心操に、俺達は歓迎の意味を込めて惜しみない拍手を送り、それが鳴り止んだところで、相澤先生が再度口を開く。

 

「本来ならば、心操の編入は2年次…1年次の成績並びに編入試験の結果如何の予定だったが…爆豪が除籍になり空席が生じた事。また心操の“個性”の有用性等を考慮し、校長が職場体験が終了したこの時期からの編入を決断された」

「普通科では受講していないヒーロー基礎学。座学と実技の両方でハンデを背負った状態ではあるが…“Plus Ultra(更に向こうへ)”の精神で頑張ってもらいたい」

「はい!」

 

 自らの激励を真正面から受け止めた心操に、相澤先生は満足気な笑みを浮かべ…HR(ホームルーム)は終了した。

 

 

心操side

 

 昼休み。大食堂にやって来た俺は、注文したナポリタンセット*1を受け取り、空席を探して歩いていた。

 午前中の授業は、普通科で受けていたそれと変わらないが…問題はここから。

 ヒーロー科の生徒だけが受講を許されているヒーロー基礎学で、俺は他の生徒よりも約2ヶ月分の遅れがある。この差を埋めない事には、スタートラインに立つ事すら出来ない…。

 

「“Plus Ultra(更に向こうへ)”か…やってやるさ」

 

 誰にも聞こえない大きさでそう呟いた瞬間-

 

「あ! 心操くーん!」

 

 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。声のした方向に視線を送ると…。

 

「こっちこっち!」

 

 窓際のテーブルに座るA組の…たしか、麗日…が、俺に手を振っていた。同じテーブルには、吸阪や緑谷達、総勢8人が座っていて、それぞれに手を上げたり、俺に視線を送っている。

 

「ここ空いてるよー!」

「あぁ、ありがとう…」

 

 空席を教えてくれた事に礼を言いつつ、席に腰を下ろす。先に座っていた8人は全員同じ物…というか、テーブルの真ん中に置かれた3段の重箱から、おにぎりやおかずをそれぞれ紙皿に取って食べている。

 

「それ……誰かが作ってきたのか?」

「そうだよ! 吸阪の特製弁当! 美味しいよ!」

 

 俺の疑問にピンクの髪の…たしか、芦戸が答えてくれたが…吸阪がこの弁当を!? まさか!?

 衝撃的な情報に俺は思わず、吸阪に視線を送る。すると-

 

「趣味だ!」

 

 吸阪は満面の笑みでそう言って、何故かサムズアップを返してきた。なんと言うか、衝撃だ。そして…。

 

「心操もよかったら食ってみてくれ。今日の唐揚げは新作でな。鶏肉を濃いめの鰹出汁に1晩漬け込んでから揚げてみたんだ」

 

 古い料理本に載っていたレシピが云々。そう言いながら、吸阪は紙皿に唐揚げ2つ載せて、俺に差し出してきた。

 

「ありがとう…」

 

 紙皿を受け取った俺は、にこやかに話しかけてくる周りに少し戸惑いながらもなんとか答え、ナポリタンを食べ始める。

 この環境にも慣れないと…そう考えながら。

 

 それから…吸阪の唐揚げは…滅茶苦茶美味かった。

 

 

出久side

 

「うん! 皆、入学時よりも“個性”の使い方に幅が出てきたぞ! この調子で期末テストへ向け、準備を進めてくれ!!」 

「では、本日の授業はここまで! 皆、お疲れ様!!」

 

 運動場γで行われたヒーロー基礎学の授業も無事終了。更衣室へ戻ろうとしたその時-

 

「あ、緑谷少年」

 

 オールマイトが僕に近づき、小声で話しかけてきた。

 

「悪いんだが…放課後、吸阪少年と一緒に私の元へ来てくれ」

「あ、はい…」

「君達に話さなければならない時が来た…私とワン・フォー・オールについて」

「ッ!」

 

 オールマイトの言葉に、授業で火照っていた体が一気に冷えるの感じる。グラントリノにも言われていたけど、遂に来たんだ。

 

「じゃあ、待っているよ」

「は、はい!」

 

 オールマイトに一礼し、急いで更衣室へ走る。雷鳥兄ちゃんにも急いで伝えないと!

 

 

雷鳥side

 

「俺、機動力課題だわ。なんか良い方法ねぇもんかなぁ」

「情報収集で最短ルートを導き出し、そこを一直線に進めば、ある程度はカバー出来ると思うぞ」

「あとは、移動力を補うサポートアイテムを使うのも、考えとしてはありだと思うよ」

「なるほど! 工夫次第って事だな!」

 

 俺や出久のアドバイスに笑みを浮かべながら、着替えを再開する切島。ふと、隣を見れば心操も何かを考えているようだ。

 

「初めてのヒーロー基礎学、感想は?」

「……とにかく圧倒された。まだお前らの背中すら見えてないよ」

「前にも言ったが、強くなりたいなら、いつでも声かけろ。修行に付き合ってやる」

「あぁ…」 

 

 静かに答える心操に苦笑しながら、着替えを進めていると-

 

「おい皆! やべぇ事が発覚した!! こっちゃ来い!! 見ろよ、この穴。ショーシャンク!」

「恐らく先輩方が頑張ったんだろう!! 隣はそうさ! わかるだろう!? 女子更衣室!!」 

 

 ………峰田がまた馬鹿な事を言い出した。

 

「峰田君、やめたまえ!! 覗きは立派なハンザイ行為だ!!」

「オイラのリトルミネタは、もう立派なバンザイ行為なんだよぉぉぉぉぉっ!」

 

 飯田の制止も効果なしか…仕方ない。

 

「八百万のヤオヨロッパイ!! 芦戸の腰つき!! 葉隠の浮かぶ下着!! 麗日のうららかボディに蛙吹の意外おっぱァァァ」

 

 奇声をあげながら、壁の穴に顔を近づける峰田を止めようと、俺達が動いた次の瞬間!

 

「あぁぁぁぁぁっ!!」

 

 壁の穴から何かが飛び出し、峰田の目を一突き! 更に爆音が送り込まれ、峰田を吹っ飛ばした!

 

「今のは、耳郎さんのイヤホンジャック! 正確さと不意打ちの凶悪コンボが強み!」

 

 思わず、解説を入れてしまった出久を尻目に、壁を叩いて隣室の女性陣にメッセージを送る。

 

「あー……馬鹿は始末しておくから。悪いけど、この穴塞いでおいてくれるか?」

 

 壁越しに承諾の声が聞こえたところで、悶絶する峰田の方に向きなおる。さて…少しばかり()()()()お仕置きといくか。

 

「峰田…お前は一体…何やっとんのだぁ!」

 

 まずは首根っこを掴んで、脳天に打ち下ろしの右(チョッピングライト)!!

 

「瀬呂! テープ貸せ!」

「お、おう!」

 

 更に瀬呂のテープを使って、グルグル巻きにした上で天井から逆さ吊り!

 

「よし、あとは()()()()()()()()

 

 ブラブラと頼りなく揺れる蓑虫となった峰田を残して更衣室を出ると、そこには着替えを終えた女性陣が…。

 

「あんな感じにしてるから、あとはよろしく」

「感謝いたしますわ。吸阪さん。さぁ、皆さん。参りましょう!」

 

 俺達と入れ違いに更衣室へ入っていく女性陣。この後どうなるかは…言うまでもない。

 

「まさにStrange Fruit(奇妙な果実)…だな」

 

 峰田の悲鳴を背後に聞きながら、そう呟く。これで峰田(あいつ)も少しは懲りればいいんだが…。

 

 

出久side

 

 更衣室での騒動を終えた僕と雷鳥兄ちゃんは、その足でオールマイトの待つ仮眠室へ向かった。

 

「「失礼します」」

 

 2人で声を揃え、同時に入室する。そこには…。

 

「掛けたまえ」

 

 いつもと雰囲気の違うオールマイトが待っていた。言われるままソファーに腰を下ろし、オールマイトが再び口を開くのを待つ。

 

「……職場体験では、色々と大変だったね。君達の師匠を名乗っておきながら、肝心な時に近くにいれず…申し訳ない」

「そ、そんな。オールマイトが謝る事では…」

「職場体験中の出来事です。オールマイトが雄英の教師である以上、今回の事はどうしようもなかったと思いますよ」

「うむ…そう言ってくれると正直、救われるよ……それじゃあ、本題に入ろう。今日は、君達に『ワン・フォー・オール』について、きちんと話をしておこうと思ってね…()()()()()()も含めて」

「成り立ち…」

「そう、『ワン・フォー・オール』は元々()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 そう言うとオールマイトは一旦言葉を切り、静かに息を吐くと-

 

「『オール・フォー・ワン』他者から“個性”を()()己がものとし…そして、ソレを()()()()()()事の出来る“個性”だ」

 

 覚悟を決めた表情で、僕達にそう告げた。

 

「オール…皆は…1人の為…?」

「これは超常黎明期。社会がまだ変化に対応しきれていない頃の話になる。突如として、“人間”という規格が崩れ去った。たったそれだけで、法は意味を失い、文明が歩みを止めた。まさに()()

「そう言えば、歴史の教科書で読みました。『超常が起きなければ、今頃人類は恒星間旅行を楽しんでいただろう』って」

「実際のところは、恒星間旅行どころか、月旅行にすら行けない状態だがな」

「そう…そんな混沌の時代にあって、いち早く人々を纏め上げた人物がいた。君達も聞いた事はある筈だ」

「彼は人々から“個性”を奪い、圧倒的な力によって、その勢力を拡げていった。計画的に人を動かし、思うままに悪行を積んでいった彼は、瞬く間に“悪”の支配者として、日本に君臨した」

「たしかに、その話はネットとかでよく目にします。けど…創作や都市伝説の類じゃないんですか? 教科書にも載っていませんし…」

「出久…極悪人の所業を教科書には載せないと思うぞ」

「あ、そうか…」

 

 雷鳥兄ちゃんの的確なツッコミに、思わず顔が赤くなる。オールマイトはそんな僕を見て、一瞬だけ微笑むとすぐに真顔に戻り―

 

「話を戻そう。『オール・フォー・ワン』は奪い、与える“個性”だと言ったね。彼は時に奪い、時に与える事で信頼を得たり、あるいは屈服させていったんだ」

「ただ…与えられた人の中には、その負荷に耐えられず…物言わぬ人形のようになってしまう者も多かったそうだ。そう、あの()()のように………ね」

「ッ!」

 

 脳無と聞いて、雷鳥兄ちゃんも僕も顔色を変えるが、オールマイトは敢えてそれを無視して話を続けていく。

 

「一方…与えられた事で“個性”が変質し、混ざり合うというケースもあったそうだ」

「……実は、彼には“無個性”の弟がいた。弟は体も小さくひ弱だったが、正義感の強い男だった…! 兄の所業に心痛め…抗い続ける男だった」 

「そんな弟に彼は、『力をストックする』という“個性”を無理やり与えた。それは優しさ故か、はたまた屈服させる為かは、今となってはわからない」

「まさか…」

 

 ここまでのオールマイトの話から得る事が出来た情報を統合すると、1つの仮説が浮かび上がった。もしかして、『ワン・フォー・オール』は!

 

「そう、“無個性”だと思われていた彼にも、一応は宿っていたのさ。自身も周りも気付きようのない…“個性”を()()()だけという、意味のない“個性”が!!」

「そして、弟の中で力をストックする“個性”と、与える“個性”が混ざり合って、新たな“個性”となった! これが『ワン・フォー・オール』の原点(オリジン)さ!」

 

 オールマイトの言葉に僕も雷鳥兄ちゃんも言葉を失い、室内を静寂が支配する。そしてゆっくり30を数えられるだけの時間が流れた頃、雷鳥兄ちゃんが口を開いた。

 

「皮肉な話ですね。正義はいつでも悪より生まれ出ずる…か」

「そういう事だよ…」

「ちょ、待ってください。その…成り立ちはよくわかったんですけど…そんな大昔の悪人の話。なんで、今それが…」

「“個性”を奪える人間だぜ? まさに何でもアリさ。成長を止める“個性”、不老の“個性”、若返りの“個性”……そういう類の“個性”を奪い取ったんだろう」

「半永久的に生き続けるであろう悪の象徴…覆しようのない戦力差と当時の社会情勢…敗北を喫した弟は、後世に託す事にしたんだ」

「たとえ、今は敵わずとも…少しずつ力を培って……いつの日か奴を止めうる力になってくれ…と」

「そして、私の代で遂に奴を討ち取った!! その筈だったのだが……奴は生き延び、(ヴィラン)連合のブレーンとして、再び動き出している」

「『ワン・フォー・オール』は、いわば『オール・フォー・ワン』を倒す為、受け継がれた力! 緑谷少年、吸阪少年、君達はいつの日か奴と…巨悪と対決しなければならない……かもしれない……酷な話になるが…」

「頑張ります!」

 

 オールマイトの声を遮るように、僕は声を張り上げる。

 

「オールマイトの頼み…何が何でも応えます! 長い月日の中で脈々と受け継がれてきたこの“個性(ちから)”。それを受け継いだ者として、全力を尽くしてみせます!」

「俺も、平和の象徴の精神を受け継ぐ者として、力を尽くします」

 

 僕と雷鳥兄ちゃんの宣言を聞いたオールマイトは…何も言わずに顔を伏せ…涙を拭うような仕草をすると…。

 

「……ありがとう」

 

 静かにそう呟いた。

 

 

オールマイトside

 

「………」

 

 話を終え、退室する緑谷少年と吸阪少年を見送った私は…力無く息を吐きながら、ソファーに座り込んだ。

 

「言えなかった…」

 

 『ワン・フォー・オール』の成り立ちと、継承者である緑谷少年に待ち構えるであろう巨悪との対決。それを話す事は出来たが、もう1つ肝心な事を話す事が出来なかった。

 退室する直前、緑谷少年は…オールマイト(わたし)がいれば、何でも出来そうな感じがする。そう言って、吸阪少年から-

 

 -ほう、俺はいなくても良いという事か? 出久-

 -え、いや、そういう事じゃなくて…-

 -よし、出久。今日の夕飯はカツ丼の予定だったが、お前の分だけカツ抜きだ-

 -そ、そんなぁ!-

 

 無慈悲極まりない宣告を受けていたが……私がいれば……違う、違うんだよ…緑谷少年……。君が成長し、『ワン・フォー・オール』を完全に使いこなせる様になった頃…多分、その頃には、私はもう、君の傍にはいられないんだよ……。

 告げられなかった()()()()()。それをこのまま黙っているべきか否か…私はその答えを出せずにいた。

*1
ナポリタンにバターロール、サラダ、スープのセット。バターロール、サラダ、スープはお替り自由。ナポリタンは+50円で大盛り(2倍)、+100円で特盛り(3倍)に増量可能




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これよりしばらくの間、期末テスト編をお送りいたします。


皆様のお陰をもちまして、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』のUAが25万、お気に入りが1700件を突破しました。

皆様の期待に少しでも応えられるよう、これからも頑張ってまいります。


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第50.5話:歓迎とお疲れ様の食事会ー前編ー

短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、今回の短編を製作するにあたり、幾つかのグルメ漫画やレシピ本を参考にしました。


雷鳥side

 

 心操が1-Aに編入してきて3日。最初は気負いのせいか、どこかぎこちなかった心操だったが、A組の雰囲気にも慣れてきたのか、少しずつ柔らかい部分も見せるようになってきた。

 

「麗日や芦戸、葉隠には感謝だな。3人が率先して心操とコミュニケーションを取ってくれたから、あいつもクラスに早く馴染めたんだと思う」

 

 昼休み、大食堂でサンドイッチ弁当*1を振舞いながら、そんな事を呟いてみる。すると―

 

「いやぁ、そんな風に評価されると、なんだか照れますなぁ…」

「うんうん、頑張ったよー!」

「心操君とも友達になりたかったからね!」

 

 三者三様の反応を返してくれる麗日達。それはそれとして…葉隠の背後にニコッ! という擬音が浮かんでいるような気がするのは、俺だけだろうか? 閑話休題。

 

「それでさ、吸阪…職場体験初日に言ってくれた事…覚えてる?」

「初日に…あぁ、食事会の事か?」

「そうそう! よかったー! 吸阪、ちゃんと覚えてたよー!」

 

 俺の返答に手を叩いて喜ぶ芦戸。周りを見れば、その場の全員…麗日や梅雨ちゃんも笑顔を浮かべている。これは…俺の予想以上に楽しみにしていたようだな。

 

「一応、計画は立てていた。でも、来月に入るとすぐに期末試験だし…やるなら早い方がいいな。皆の予定次第だが、今度の日曜はどうだ? 会場は体育祭の特訓で使った倉庫なら、すぐに用意出来るぞ」

 

 俺が日時と会場を提案すると、その場にいた全員が即答で参加を表明。

 更に教室に戻るや否や他のクラスメートにも情報が伝わり、昼休みが終わる頃には心操を除く全員から参加の意思が示された。

 そして、相澤先生に呼ばれていた関係で、大食堂では俺達と入れ違いになった心操も…。

 

「歓迎…会? 俺の?」

「あぁ、職場体験お疲れ様会も兼ねて…に、なっちまうけどな」 

「………いいのか? その、俺なんかの為に…」

「良いに決まってるだろ。お前だって、A組の一員なんだぜ。自信持てよ。心操人使」

「あ、ありがとう…じゃあ、参加させてもらう」

 

 無事に参加を承諾してくれた。これで全員参加。さて、メニューはどうしようか?

 

 

梅雨side

 

 日曜の朝。私はいつも通りに起きて、身支度を整えたら、そのまま駅へと向かったわ。

 行先は吸阪ちゃんと緑谷ちゃんのお家。土曜日(きのう)の放課後、食事会の用意を手伝いたいと吸阪ちゃんに申し出たら、お礼に朝ごはんをご馳走するですって。吸阪ちゃんの作る朝ごはん…楽しみね。

 

「あっ! 梅雨ちゃーん!」

 

 駅でお茶子ちゃんと合流して、さぁ、お宅訪問といきましょう。ケロケロ。

 

 

「さぁ、どうぞ」

 

 吸阪ちゃんのお姉さんで、緑谷ちゃんのお母さんである引子さんに案内されてダイニングキッチンへ足を運ぶと―

 

「おはよう。麗日さん、梅雨ちゃん」

「2人ともおはよう。朝から悪いな。もうすぐ出来るから座っててくれ」

 

 お出汁の良い匂いを感じると同時に、吸阪ちゃんと緑谷ちゃんが、キッチンから挨拶をしてくれたわ。そして―

 

「はい、お待たせ」

 

 5分もしないうちに、私達の前へ並べられる特製の朝ごはん。具沢山な醤油仕立ての汁物、焼き鮭、大根おろしの添えられた厚焼き玉子、ホウレン草のお浸し。そして、炊きたてのごはん。うん、完璧な和の朝ごはんね。

 

「よし、食べようか。それじゃあ、いただきます」

「「「「いただきます」」」」 

 

 吸阪ちゃんと緑谷ちゃん特製の朝ごはん。何から食べようか迷ったけど…まずは汁物からいただくわ。

 

「あぁ……美味しい。吸阪ちゃん。これ、けんちん汁ね」

Exactly(そのとおり)

 

 私の問いにそう答えて爽やかに笑う吸阪ちゃんを見ながら、けんちん汁をもう一口。うん、優しい味わい。具も沢山*2入っていて、これとご飯だけでも立派な朝ごはんになるわね。

 暖かい汁物を口にしたおかげで、お腹が温まってきたわ。次は何を食べようかしら?

 

 

お茶子side

 

「美味しい…」

 

 目の前の焼き鮭に箸を伸ばし、一口食べた私は思わずそう呟いていた。

 一見普通の焼き鮭に見えたけど、いつも食べる塩鮭みたいな単純な塩味じゃなくて…ふっくらした身に上品な塩気と甘さがあって…こんな焼き魚食べた事ない!

 

「吸阪君。この鮭、すっごく美味しいけど…何か、凄い鮭なの?」

 

 思わず前のめりになりそうなのを必死に堪えながら、吸阪君に質問してみる。もしも、特別な材料なんかを使っていないなら、家でも真似出来るかもしれない!

 

「あぁ、そいつは西京焼き。白味噌に酒とか味醂を加えた味噌地に漬け込んで焼いたものさ」

「西京焼き…」

「…麗日、気に入ったんなら、レシピ教えようか?」

「うん! お願い………します」

 

 吸阪君の申し出に、思わず食い気味に答えたところで、我に返る。皆の暖かい視線が地味に辛い。

 

「ご、ごめんね。変なところ見せちゃって…」

 

 顔が赤くなっているのを自覚しながら、照れ隠しも兼ねて、厚焼き玉子に箸を伸ばし…。

 

「美味しっ!」

 

 またもや声を出してしまう。あぁ、またやっちゃった…。

 

「あ、麗日さん。気に入ってくれた? よかった。今日の卵焼き、僕が作ったんだ」

「そ、そうなの!? 凄いよ! 緑谷君!」

 

 緑谷君の告白に三度声を上げてしまうけど…もう仕方ないよね! このまま美味しいご飯を堪能しよう!

 

 

雷鳥side

 

 朝食を終え、食器の片付けを終えた俺は出久、梅雨ちゃん、麗日を伴い、近所の商店街へ買い出しに繰り出した。

 

「それで吸阪ちゃん。今日の食事会は何を作るのかしら?」

「こんな物を作ります」

 

 梅雨ちゃんからの問いかけに、俺は1枚のメモを差し出す事で答える。

 

「梅雨ちゃんなら、これを見ればすぐにわかると思うぜ」

「薄力粉、強力粉、豚挽肉、キャベツ、ニラ…これは、()()を作るのね」

「そう、今日の食事会は、餃子パーティーさ! そんな訳で出久。麗日と一緒に野菜の調達を頼む。肉と魚は俺と梅雨ちゃんで回るから」

「わかったよ。雷鳥兄ちゃん。それじゃ、麗日さん。行こうか」

「う、うん! よ、よろしくね!」

「え、あ…こちら、こそ」

 

 なんとも初々しいやり取りをしながら、八百屋の方へ向かう出久と麗日を見送りー

 

「それじゃ、俺達も行きますか?」

「そうね。お肉屋さんまでの案内をお願いするわ。吸阪ちゃん」

「心得ております」

 

 俺達も肉屋へ歩きだした。

 

 

出久side

 

 

「こんにちは」

「おや、出久ちゃん。いらっしゃい。今日は可愛いお嬢さんを連れて、デートかしら?」

「デ、デデ、デートだなんて!? いや、あ、あの、今日はクラスの皆と、しょ、食事会で、そ、その準備で、買い物を!」

 

 子どもの時から僕を知っている八百屋のおばちゃんから、予告無しに投げ込まれた爆弾発言に、僕も麗日さんも、思わず顔を真っ赤にしてしまう。

 

「ウフフ、そういうことにしておこうかね。それで? 今日は何が欲しいんだい?」 

「え、えっと…このメモに書いてある野菜を」

「あいよ。キャベツ(128円)1個、ニラ(98円)3束、もやし(21円)10袋、大葉(96円)5束に…それから長葱(85円)2本とアボカド(97円)5個とセロリ(175円)2本………全部まとめて2117円だけど、一杯買ってくれたから2000円でいいよ! まいどあり!」

 

 支払いを済ませ、おばちゃんから野菜の入った袋を受け取って、八百屋を後にしたけど…なんというか…。

 

「えっと…ごめんね。麗日さん。あのおばちゃん、良い人なんだけど…他人(ひと)の色恋沙汰が大好きって言うか…」

「あ、謝らなくても…いいよ。緑谷君の彼女だって、思われるんなら…本望? だから」

「え………」

 

 麗日さんの発言に、思考が一瞬フリーズする。僕の彼女だと思われるなら、本望って…え? えぇ!?

 

「いや、その…そういう…事、です」

「麗日さん。その…()()()()で、いいの?」

「緑谷君()()()、いいんです」

 

 あぁ、僕はやっぱり駄目だなぁ…麗日さんが、こんなに僕の事を想ってくれた事に、気がつかなかったなんて…

 

「………緑谷君?」

「麗日さん!」

「は、はいっ!」

「あの…こんな僕だけど、改めてよろしくお願いします!」

「あ、こ、こちらこそっ!」

 

 お互いに頭を下げて、僕達はどちらからともなく笑いだした。そして―

 

「それじゃあ、行こう。雷鳥兄ちゃんと梅雨ちゃん、きっと首を長くして待っているよ」

「…うん」

 

 僕達は雷鳥兄ちゃん達の元へ急ぐのだった。

*1
具材は【卵サラダ】、【ハム&チーズ】、【人参とツナのサラダ&アボカド】、【鶏胸肉のソテー&赤パプリカ&ブロッコリースプラウト】、【コンビーフとコーンのソテー&レタス】の5種類

*2
具は大根、人参、牛蒡、シメジ、木綿豆腐、蒟蒻




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、調理パートです。


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第50.6話:歓迎とお疲れ様の食事会ー中編ー

短編の中編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、今回の投稿にあたり、第50.5話のタイトルと後書きを一部変更しております。


雷鳥side

 

 買い物を済ませ、俺達に合流した出久と麗日だったが、別れる前とその雰囲気が少し違っていた。これは、もしかして…。

 

「……緑谷ちゃん、お茶子ちゃん。おめでとう」

 

 あ、俺よりも早く梅雨ちゃんが口を開いたか。そして、その言葉が意味する事は…まぁ、()()()()()だよな。

 

「フッ、()()()()」 

 

 静かにそう呟き、密かに悪い笑みを浮かべてみる。出久の奴も奥手だからな。この位やらないと、上手くいくものもいきやしない。

 

「麗日…」

 

 俺は真顔に戻って麗日の方を向き―

 

「これは出久の叔父として言わせてもらう。これからも、出久の事をよろしく頼む」

 

 深々と頭を下げた。突然の事に麗日も慌てた様子だったが…。

 

「こ、こちらこそ!」

 

 顔を真っ赤にしながらも、そう返してくれた。うむ、これでよし。

 

 

 家に戻り、自前のエプロンとバンダナや三角巾を()()した俺達は、石鹸による洗浄とアルコールによる消毒を手指に施し、キッチンに集合した。

 

「さて、集合時間まであと2時間半弱。会場までの移動時間なんかを考えると、仕込みに使えるのは2時間というところだ。焦らず急いで慎重にやっていこう」

 

 俺の言葉にしっかりと頷いてくれる出久達。ホント、頼りになる3人だよ。

 

「では、担当を割り振らせてもらう。皮担当は出久。焼き餃子用と水餃子用、2種類を作ってもらう。少々力がいる工程がいるから頼んだぞ」

「わかったよ。雷鳥兄ちゃん」

「タネは焼き餃子が3種類に水餃子が1種類の合計4種類。まずは焼き餃子用を俺、梅雨ちゃん、麗日で作っていこう」

「ケロケロ。美味しい餃子を作りましょうね」

「頑張ります!」

「それぞれのレシピは冷蔵庫に貼っているけど、解らない事があったら遠慮なく聞いてくれ。それじゃあ、始めていこう!」

 

 俺の号令で一斉に動き出す出久達。うん、気分はまるで料理長だな。

 

 

出久side

 

 雷鳥兄ちゃんお手製のレシピを改めて確認して、僕は皮作りを開始する。

 雷鳥兄ちゃん達が作る様々なタネを包む皮。その出来が悪ければ、折角の餃子が台無しになってしまう。

 

「責任重大。頑張らないと!」

 

 気合を入れた僕は、まず以前雷鳥兄ちゃんが作って冷凍していた鶏ガラスープを、凍ったまま鍋に入れ、強火で加熱。

 更に秤を使って薄力粉と強力粉を正確に計量していく。

 そうしていると、以前雷鳥兄ちゃんが言っていた事をふと思い出した。

 

 -なんで皮まで手作りするのかって? まぁ、市販の皮でも十分美味い餃子は作れるさ。でもな…俺の経験上、皮まで手作りした方が、間違いなく餃子は美味い!-

 -時間に余裕があるなら、ギリギリまで拘って、最高最善を目指したい。まぁ、ある意味俺の悪癖だな-

 

 最後の最後まで最善を尽くす。それはヒーローにとっても大切な事だ。雷鳥兄ちゃんの姿勢…見習わなきゃ。

 

「えっと、同量の薄力粉と強力粉を混ぜ合わせ、一度(ふる)う」

 

 篩った粉は焼き餃子用と水餃子用、それぞれ3対1に分けておく。

 

「まずは焼き餃子用から」

 

 その頃には加熱していた鶏ガラスープは相当熱くなっているから、火を消し―

  

「少しずつ…慌てずに」 

 

 熱々の鶏ガラスープを少量ずつ、粉に加えながら菜箸を使って混ぜ合わせる。

 粉とスープが混ざり、ある程度まとまった頃には、生地は触れる程度まで冷めているので、調理用のゴム手袋をつけた手で打ち粉をした台の上に乗せる。

 

「ここからは力を込めて…捏ねる!」

 

 力を込めて5分も捏ねれば、耳たぶ程度の硬さのしっとりまとまった生地になる。ボウルに戻し、ラップをかけて暫く生地を寝かせよう。

 

「次は水餃子用っと」

 

 同じ要領で水餃子用の生地も作っていくけど、ここで大切なのは熱いスープではなく冷めたスープを使う事。

 雷鳥兄ちゃん曰く、熱いスープやお湯で捏ねると、小麦粉の中のグルテンが熱で糊化(こか)し、軟らかくモチモチした生地になり、焼き餃子向き。

 逆に冷たいスープや冷水で捏ねると、グルテンが形成され、粘りや弾力が増した伸びの良い生地になり、水餃子向きになるそうだ。

 

「雷鳥兄ちゃんは、何でも知ってるなぁ」

 

 水餃子用の生地を捏ね終わり、ラップをかけた僕はそんな事を呟きながら、麦茶で水分補給。そして-

 

「雷鳥兄ちゃん。皮の方は一段落したよ」

「じゃあ、もやしの方の下拵えを頼む」

「芽とひげ根を取っていけば良いんだね?」

Exactly(そのとおり)

 

 付け合わせのナムルを作る為に、もやしの下拵えに取り掛かる。10袋分のもやしはまさに大量の一言。手早くやっていかないと!

 

 

お茶子side

 

「よし、出来た」

 

 餃子のタネ作り。私が担当する事になったのは、3種類の焼き餃子の1つ。その名も海老とアボカドのチーズ餃子!

 作り方はまず、殻と背わたを取った海老を粗みじんに切ってボウルにあけたら、お酒と片栗粉を入れて揉みこみ、水洗いして汚れと臭みを取る。

 アボカドは皮を剥いて、種を取ってからフォークを使って潰し、レモン汁を加える。

 水気をしっかり拭き取ったエビとアボカドを混ぜ合わせ、塩胡椒とマヨネーズ、お醤油で味付けすればほぼ完成。

 あとは皮に包む時に、ピザ用のチーズを加える。意外に簡単で正直、助かってます。

 

「吸阪君、こんな感じでいいかな?」

「あぁ、バッチリだ」

 

 出来上がったタネを吸阪君に見せて、OKを貰う事が出来た。あぁ、よかった。

 

「麗日、悪いが一息ついたら、出久の手伝いを頼む。もやしの下拵えやってるから」 

「うん、わかった!」

 

 

梅雨side

 

 吸阪ちゃんから指示を受けて、緑谷ちゃんの手伝いに向かうお茶子ちゃん。傍から見ても解るくらいにウキウキしているわね。

 

「お茶子ちゃん、本当に良かったわ」

「まったくだ」

 

 私の声に同意してくれる吸阪ちゃん。それは嬉しいのだけど…。

 

「私としては、吸阪ちゃんの()()()も知りたいものだわ…」

 

 長葱を微塵切りにしながら、そんな呟きが口から漏れてしまう。

 初めて会った時から、吸阪ちゃんは私へ誠実に接してくれる。でも、それはお茶子ちゃん達、他の女子に対しても同じ事。

 私に好意を抱いてくれている事は、感じているけど…それが友情(Like)なのか愛情(Love)なのかはわからない…もどかしいものだわ。

 

「俺は好きだぜ。梅雨ちゃんの事」

「えっ!?」

 

 不意打ちの様に聞こえてきた言葉に、思わず声のした方を向けば、そこには不敵な笑みを浮かべた吸阪ちゃんの顔。

 

「いや、言わなくても伝わってるよな…なんて思って、口にはしてなかったけど…やっぱり口にしなきゃ駄目だった?」

「………そうね。言葉にしなくても伝わる物は、確かに存在するけど…これに関しては、ちゃんと言葉にしてほしかったわ」

「ごめんな。俺って悪い男だから」

「ホント、吸阪ちゃんは悪い男だわ。台所で愛の告白なんて、流行らないわよ」

 

 私は真っ赤になった顔を隠すように俯きながら、早口でそう言うと餃子のタネ作りを再開する。

 包丁で叩いてミンチにしたマグロの赤身と微塵切りにした長葱、おろし生姜をよく混ぜ合わせ、マヨネーズ、ごま油、塩を加えて更に混ぜ合わせれば…。

 

「はい、ネギトロ餃子のタネ、完成よ」

「ありがとう、梅雨ちゃん」

 

 私が差し出したタネの入ったボウルを受け取り、笑顔を見せてくれる吸阪ちゃん。

 その手元を見れば、私やお茶子ちゃんの作った物の倍近い量のタネが既に出来上がっている。その手際の良さ…流石だわ。

 

 

雷鳥side

 

「よし、これで焼き餃子の準備はOK」  

 

 頷く俺の目の前には、出久の作った生地と、3種類の焼き餃子のタネ。梅雨ちゃんの作ったネギトロ、麗日の作った海老アボカド、そして俺の作ったプレーンが並んでいる。

 

「出久、そろそろナムルの方に取りかかってくれ。水餃子のタネは、俺が一気に仕上げる」

 

 生地とタネが入ったボウルを冷蔵庫に入れながら、俺は出久に指示を送る。

 

「わかったよ。雷鳥兄ちゃん」

「梅雨ちゃんと麗日は、そこのメモを見ながら、紙皿なんかの確認をお願い」

「わかったわ。足りない物があったら、追加しておくわね」

「あぁ、頼むよ」

 

 梅雨ちゃんの声にそう答え、俺は水餃子のタネ作りに取りかかる。

 適当に切ったラム肉を包丁で叩いてミンチにした後、微塵切りにしたセロリ、おろし生姜を加え、塩胡椒、醤油、酒、ごま油で味付けして混ぜ合わせれば、タネの完成だ。

 

「雷鳥兄ちゃん、ナムルの方出来たよ」

 

 出久の方も出来上がったか。予定通りだ。

 

 

 クーラーボックスに、生地とタネの入ったボウルと会場で調理する分の食材、それから多めの保冷剤も入れておく。

 その他の準備も完了して、いつでも出発出来る訳だ。あとは…。

 

「姉さん、本当に昼の用意はしなくていいのかい?」

「えぇ、今日は編集さんと、打ち合わせも兼ねた昼食会だから大丈夫よ」

 

 姉さんの方も問題なし。さぁ、行くとしますか。

 

「それじゃあ、姉さん。行ってきます」

「母さん。行ってきます」

「「おじゃましました!」」

「はい、いってらっしゃい。梅雨ちゃんもお茶子ちゃんも、また遊びにいらっしゃいね」

 

 姉さんに見送られ、俺達は家を後にする。

 さぁ、パーティーの開始はもうすぐだ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、食事会完結。


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第50.7話:歓迎とお疲れ様の食事会ー後編(終)ー

短編の後編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



雷鳥side

 

 食事会の会場となるいつもの倉庫に到着した俺は、椅子やテーブルの用意を出久、梅雨ちゃん、麗日に任せ、鋳物製のガスコンロや調理台などの準備を行っていた。そこへ―

 

「来たよー!」

「ウチらが一番乗り?」

「みたいだね!」

 

 元気一杯な声が響く。一番乗りは芦戸と耳郎と葉隠か。

 

「あぁ、よく来てくれた。もうすぐ準備が終わるから適当に寛いでいてくれ」

「いやいや、吸阪や緑君だけじゃなく梅雨ちゃんや麗日まで準備してるのに、私達だけ寛ぐなんて出来ないよ」

「そういう訳だから、手伝うね!」

「そこのパイプ椅子とか運んでいけばいいんでしょ?」

「悪いな。助かる」

 

 出久達に交じり、準備を行いだす芦戸達。俺もそんな3人に礼を言って、準備を再開。

 そうしている間にも次々とクラスメート達がやってくるが、誰一人寛ぐ事無く、準備に参加してくれた。

 

「よし、準備完了!」

 

 おかげで予定よりも随分早く準備が整った。さぁ、次の作業に…

 

「あ、忘れてた! 私と耳郎と葉隠でこれ買ってきたんだ!」

 

 そこに響く芦戸の声。何事かと視線を送ると、バッグから取り出したのは…総菜屋の紙袋?

 

「家の近所にお惣菜屋さんがあってね! そこのコロッケがすっごく美味しいの! だから皆の分、買ってきたよ!」

   

 そんな芦戸の声を皮切りに、他の皆も自分達が買ってきたり作ったりした料理やお菓子を次々と出してきた。これは…予想外の嬉しい事態だな。

 というか、八百万…クラスメート同士の食事会に、ローストビーフはどうかと思うぞ。いや、正直嬉しいけど。

 

出久side

 

「それじゃあ、僕達で皮の方を伸ばしていくから、包みの方は頼むね。雷鳥兄ちゃん」

「任せておけ」

 

 雷鳥兄ちゃんとそんな会話を交わし、僕は皮作り班に名乗り出てくれた飯田君、尾白君、切島君、瀬呂君、轟君、峰田君、麗日さん、耳郎さん、葉隠さんに向き直る。

 

「それじゃあ、僕がお手本を見せるから、皆はそれを真似してください」

 

 その言葉に、皆の視線が僕へ集中するのを感じながら、皮作りを開始する。

 人数に合わせ、予め10等分しておいた焼き餃子用の生地を更に6等分し、その1つを棒状に伸ばしていく。

   

「棒状に伸ばした生地を更に10等分して、それを1つずつ麺棒で丸く伸ばしていきます。大きさの目安は、大体直径8cmくらいかな」

 

 伸ばし終わった皮は、両面に打ち粉をして、トレーに並べていく。

 

「こんな感じでお願いします」

「うぅむ…市販の皮にも引けを取らない見事な円形。見事だ、緑谷君!」

 

 飯田君の賛辞に、麗日さん達も大きく頷いてくれたのが、なんだか嬉しくて(くすぐ)ったい。

 作る皮は焼き餃子用600枚*1、水餃子用200枚、合わせて800枚。ノルマは1人あたり80枚。さぁ、頑張っていこう!

 

 

雷鳥side

 

 出久達が伸ばした皮を敷き詰めたトレーがある程度溜まった所で、俺達も包み作業を開始する。 

 

「僭越ながら、お手本を」

 

 俺は皮を1枚手に取り、包み作業班の青山、心操、口田、砂藤、障子、常闇、梅雨ちゃん、芦戸、八百万にそう宣言し、包み方の手本を見せていく。

 

「まず、皮の真ん中に具を乗せて、皮の縁に水をつける。具は乗せ過ぎると包めなくなるから…そうだな。小匙山盛り1杯くらいが目安だ」

「次に皮を2つ折りにして右端を摘まみ、こうやってヒダを…3つか4つ作りながら、左端までしっかりと閉じていく」

「最後に手前側を軽く押して、形を整え、底を平らにすれば、出来上がりだ」

 

 出来上がった餃子を見せると全員から、おぉ…と声が上がる。

 

「ポイントは、肉汁が漏れないよう隙間を作らない事。多少、形が悪くてもここだけはしっかり守ってくれ」

 

 俺の指示を皮切りに、包み作業が一斉に開始される。さぁ、慌てず急いで慎重にやっていこう。

 

 

 それから40分後。飯田が委員長として生真面目かつ少々長めな始めの挨拶を行い、それが終わった頃。

 

「よし、完成」

 

 第1弾として俺と梅雨ちゃん、麗日の手で奇麗に焼きあげられた羽根つき餃子100個、海老アボカド餃子60個、ネギトロ餃子60個が20枚の紙皿に均等に盛り付けられ、出久が担当するラム肉とセロリのスープ餃子も、器に盛りつけられた。

 

「皆、悪いが取りに来てくれ」

 

 各自が焼き餃子の盛られた紙皿とスープ餃子の盛られた器を受け取り、それぞれの席へと戻っていく。さぁ、食事会のスタートだ。

 

 

心操side

 

 吸阪の焼き上げた羽根つき餃子に、ラー油を垂らした酢醤油をつけ、1口。

 

「…美味い」

 

 カリカリとした焼き目にモチモチとした皮。そしてジューシーな具。正直、下手な店の焼き餃子より美味いんじゃないか?

 そんな事を考えながら、2つ目の羽根つき餃子を食べていると―

 

「はい、お待たせ」 

 

 背後から白飯が盛られた器が差し出された。振り向いてみれば、そこには緑谷の姿。

 

「餃子にはご飯が欠かせないよ。おかわりは沢山あるから遠慮なく食べてね」

「あぁ、ありがとう…」

 

 緑谷の屈託無い笑顔にそう答え、白飯を1口……たしかに、餃子には白飯が欠かせないな。

 

 

切島side

 

 3種類の焼き餃子。羽根つきに海老アボカド、ネギトロか…どれから食べるか迷っちまうぜ!

 

「…よし、まずはネギトロだ!」

 

 俺は大盛りの白飯を片手に、ネギトロ餃子を1口!

 

「うめぇ!」

 

 噛み締めた途端に溢れ出す魚の旨味。コクがあるけど、肉よりもさっぱりしていて食べやすいぜ!

 

「そして、ここで白飯を…」 

 

 続けて、白飯を掻っ込めば…なんてこった! 食えば食うほど腹が減っていくぜ! やっぱり餃子と白飯の組み合わせは鉄板だな!

 

 

八百万side

 

「海老アボカドのチーズ餃子…この組み合わせの餃子は、初めてですわ」

 

 よく家族で食事へ行く赤坂の中華料理店は、味とメニューの豊富さで有名ですが、そこでもこのような餃子は見た事がありません。

 しかしながら、あの吸阪さんが作った餃子。味には絶対の自信がある筈……いざ、参ります!

 

「こ、これは…美味しいですわ!」

 

 火を通した事でトロッとした食感のアボカドとプリプリ食感の海老。そこへチーズの塩気とコクが混ざり合い、得も言われぬ味わいとは、正にこの事!

 

「食通の八百万に気に入ってもらえたんなら、光栄だな」

 

 そう言っている吸阪さんですが、その表情は自信に満ち溢れています。流石と言うべきですわね……今度、家のシェフにお願いして、作ってもらいましょう。

 そんな事を考えながら、今度は羽根つき餃子を酢醤油につけ、1口。

 

「ッ!?」

 

 噛み締めた瞬間溢れ出す極上のスープ。これは、肉汁と野菜から滲み出た水分、そしておそらくは…。

 

「吸阪さん、この羽根つき餃子。中に()()()()を入れていますね?」

Exactly(そのとおり)。鶏ガラと鶏皮、長ネギ、生姜をじっくり煮込んで作った特製スープは、冷やすと鶏皮から溶け出したゼラチン質の働きで固まり、煮こごりになる」

「そいつを微塵切りにしてタネに混ぜ込んだのさ。焼く事で煮こごりが溶け出し、小籠包(ショウロンポウ)並にジューシーな焼き餃子になる」

 

 私の投げかけた仮説に対し、不敵な笑みを見せながら種明かしをしてくれる吸阪さん。私はその腕前に感服しながら、新たな羽根つき餃子を口に運ぶのでした。

 

 

常闇side

 

「ラム肉とセロリのスープ餃子か…」

 

 ラム…子羊肉という初めての食材に、少々不安を感じるが…いや、あの吸阪や緑谷が作っているのだ。間違いはないだろう。

 

「……これは!」 

 

 1口食べた瞬間、衝撃が走った。牛肉や豚肉、鶏肉とは全く違う野趣溢れる味わい。僅かに独特の臭みがあるといえばあるが、大量に混ぜ込まれたセロリの微塵切りがそれを上手く打ち消し、後味は爽やか。

 

「それに、この…ごま油が香る醤油味のスープが、実によく合っている」

 

 羊という俺達が不慣れな食材をに対し、醤油という慣れ親しんだ調味料が上手く橋渡し役を果たしている…細切りにされたセロリの葉が彩りとして散らされているが、それも良い働きだ。まさに佳良な一品。

 

「…もう一杯」

 

 あっという間に器を空にしてしまった俺は、おかわりを注ぎに行くが…。

 

「……緑谷、それは…なんだ?」

 

 鍋の前で陣取っていた緑谷を見て、動きを止めてしまった。奴が用意しているのは…中華麺だと!?

 

「これ? 希望者には中華麺をプラスして、雲呑麺(ワンタンメン)風に出来るように準備してたんだけど…常闇君、食べる?」

「是非とも頼む!」

 

 吸阪、そして緑谷…お前達は恐ろしい奴らだ。ラム肉とセロリのスープ餃子(これ)に麺をプラスするなんて、美味いに決まっているだろうが!

 

 

梅雨side

 

「ケロケロ。皆喜んでくれているみたいで何よりだわ」

 

 テーブルのあちこちで浮かんでいる皆の笑顔を見ながら、私はホッと胸を撫で下ろす。準備に関わった者として、1人でも食事会を楽しめない人がいるのは、とても悲しい事だもの。

 

「食べてるかい? 梅雨ちゃん」

「えぇ、美味しくいただいているわ」

 

 そんな私の心情を理解しているのか、吸阪ちゃんは焼きたてのネギトロ餃子を持ってきてくれたわ。

 

「焼きたてだから、熱いうちに食べな」

「ありがとう、吸阪ちゃん」

 

 お礼を言って熱々のネギトロ餃子を1口。うん、やっぱり私はネギトロ餃子が好みだわ。

 今度実家に帰ったら弟や妹に作ってあげるわ。きっと気に入ってくれる筈よ。ケロケロ。

 

 

麗日side

 

「麗日さん。コロッケとフライドチキン。それからローストビーフも取ってきたよ」

「あ、ありがとう。緑谷君」

 

 お礼を言って緑谷君が持ってきてくれた紙皿を受け取った私は、ローストビーフに早速手を伸ばす。うん、美味しい! っていうか、噛む前に溶けた!

 

「あ、スープ餃子のおかわり、注いでこようか?」 

「うん! あ、でも悪いよ。緑谷君、全然食べてないよね?」

「大丈夫。自分の分はちゃんと確保してるから」 

 

 私の声にそう答え、お椀を持っていってしまう緑谷君。前から優しかったけど…何というか、その度合いが増した気がする。

 これって、やっぱり…彼氏と彼女の関係になったから? あかん! そうなると、緑谷君は思いっきり甘やかすタイプって事なん!?

 

「あかん、油断してたら…堕落してしまうやん…」

 

 堕落した自分を想像して、思わず背中に寒気が走る。このままじゃあかん! 誘惑に負けないように頑張らないと!

 

「あ、麗日! ちょーっと聞きたいんだけど」

「そうそう、ちょーっと聞きたいんだよ」

 

 心の中でそう決心していると、芦戸ちゃんと葉隠ちゃんが声をかけてきた。その後ろには耳郎ちゃんの姿も。

 

「え? 3人ともどうしたん?」

「ストレートに聞くね…緑谷と何かあった?」

「ふぁっ!?」

 

 芦戸ちゃん、ストレート過ぎ! 変な声が出てもうたやん!

 

「おぉ、その反応…なるほどなるほど。うん、おめでとう! 麗日!」

「おめでとう!」

「そっか、緑谷とか…うん、おめでとう、麗日」

 

 一瞬で察知されてもうた…。何気なしに周りを見れば、青山君と障子君が訳知り顔で頷いているし、峰田君は…血涙流しとる!?

 

「梅雨ちゃんも吸阪と良い感じだし、ダブルでおめでとうだよ!」

「喜びも2倍だね!」 

 

 芦戸ちゃんと葉隠ちゃんの声に赤面しながら、緑谷君に視線を送ったら…。

 

「緑谷君! 麗日君との交際おめでとう! だが、我々は高校生なのだから、その交際内容は清く正しく美しくの精神で、決して不純なものとならないように…」

「飯田、話が長いぞ。とにかく、おめでとう緑谷。なんかわかんねぇが…俺も嬉しいよ」

「愛する者がいれば、人は強くなれるって奴だな。くぅー! 熱いぜ!」

 

 飯田君や轟君、切島君から祝福の言葉をかけられて、真っ赤になってた。うん、恥ずかしいけど…こういうのもいいね!

 

 こうして、食事会は大いに盛り上がり、私達1-Aの結束はより強いものとなったのでした。

*1
プレーン用300枚、海老アボカド用150枚、ネギトロ用150枚の割合




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

オマケ

各自が持ち寄った料理やお菓子の一覧表

 青山優雅  ドリンク関係(尾白、口田、障子、心操、峰田と共同購入)
 芦戸三奈  コロッケ(耳郎、葉隠と共同で購入)
 蛙吹梅雨  調理担当
 飯田天哉  オレンジジュース(購入)
 麗日お茶子 調理担当
 尾白猿夫  ドリンク関係(青山、口田、心操、峰田と共同購入)
 切島鋭児郎 フライドチキン(瀬呂、常闇と共同購入) 
 口田甲司  ドリンク関係(青山、尾白、障子、心操、峰田と共同購入)
 砂藤力道  パウンドケーキ(作成) 
 障子目蔵  ドリンク関係(青山、尾白、口田、心操、峰田と共同購入)
 耳郎響香  コロッケ(芦戸、葉隠と共同で購入)
 心操人使  ドリンク関係(青山、尾白、口田、障子、峰田と共同購入)
 吸阪雷鳥  調理担当
 瀬呂範太  フライドチキン(切島、常闇と共同購入) 
 常闇踏陰  フライドチキン(切島、瀬呂と共同購入) 
 轟焦凍   豆大福と羊羹(購入)
 葉隠透   コロッケ(芦戸、耳郎と共同で購入)
 緑谷出久  調理担当 
 峰田実   ドリンク関係(青山、尾白、口田、障子と共同購入)
 八百万百  ローストビーフ(家の料理人に作ってもらった)


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第51話:期末試験に向けて

お待たせしました。
第51話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 盛況の内に幕を閉じた食事会から時は流れ…期末テストまで、残すところ10日程となった頃―

 

「全く勉強してなーい!」

「してなーい!」

 教室に芦戸*1と葉隠*2の声が響く。まぁ、体育祭や職場体験で忙しかったからな……。まぁ、行事が無くても同じ事を言っていたかもしれないが…これは口に出さない方が良いだろう。

 そんな事を考えていると…。

 

「中間はまぁ、入学したてで範囲狭いし、特に苦労なかったんだけどな…」

「行事が重なったのもあるけどやっぱ、期末は中間と違って……」

「演習試験もあるのが、辛えとこだよな」

 

 砂藤*3と口田*4の話に割り込む形で、峰田*5がドヤ顔を披露し―

 

「あんたは同族だと思ってた!」

「そーだそーだ!」

「お前みたいな奴は、バカで初めて愛嬌出るんだろうが……どこに需要あんだよ…」

「まぁ…“世界”かな」

 

 芦戸や葉隠、瀬呂*6にツッコミを受けていた。それにしても、世界とは…峰田もデカイ事を考えているようだ。その方向性は別として…。

 

「芦戸さん、葉隠さん、瀬呂君、頑張ろう! やっぱり全員で林間合宿いきたいもん! ね!」

「うむ!」

「普通に授業受けてりゃ、赤点は出ねえだろ」

 

 そんな3人を見て、出久*7、飯田*8、轟*9の3人が、それぞれなりのフォローを入れ―

 

「お三方とも、座学でしたら私…お力添え出来ると思います」

 

 更に八百万*10が救いの手を差し伸べた。 

 

「ヤオモモー!!」

「ありがとー!!」

「マジで助かる!!」

 

 その言葉に諸手を挙げて喜びを表す芦戸達。更に―

 

「お三方じゃないけど、ウチもいいかな? 2次関数、ちょっと応用躓いちゃてて」 

「俺もお願い出来るかな?」

「俺も頼むぜ!」

 

 耳郎*11、尾白*12、切島*13が次々と八百万に助けを求めていく。

 

「良いデストモ!!」

 

 皆から頼られた事が嬉しいのか、ハイなテンションの八百万だが…ふむ、これは八百万1人だけでは、手が足りないな。助け舟を出してみるか。

 

「いっその事、合同勉強会でも行うか?」

 

 

出久side

 

「いっその事、合同勉強会でも行うか?」

「合同勉強会! それは良いアイデアですわ!」

 

 雷鳥兄ちゃん*14の発した一言に、思いっきり食いついてくる八百万さん。これって…ちょっとテンション高すぎない!?

 

「では、今度の週末にでも、私の家でお勉強会を催しましょう!」

「うわぁ、ヤオモモん家、マジで楽しみー!」

「あぁ! そうなるとまず、お母様に報告して()()を開けていただかないと…!」

 

 え? 講堂!? 

 

「皆さん、お紅茶はどこかご贔屓ありまして!?」 

 

 紅茶のご贔屓!?

 

「我が家はいつもハロッズかウェッジウッドなので、ご希望がありましたら用意しますわ!?」  

 

 え、えーと…八百万…さん?

 

「必ずお力になってみせますわ…」

 

 なんというか…すっかりやる気になっている八百万さん。育ちの良さを見せつけられた気がしないでもないけど、厭味さを感じさせないのは、彼女の生まれ持った品の良さのおかげなのだろう。

 

「………」

 

 あれ? 八百万さんの表情が急に曇った。どうしたんだろう?

 

 

八百万side

 

「必ずお力になってみせますわ…」

 

 皆さんのお力になろうと決意を固めた次の瞬間。

 

 -百ちゃんの言っている事。よくわかんない!-

 

 過去の記憶が不意打ちのように蘇り、大きな不安に襲われました。

 この記憶は…そう、幼稚園の頃。今のようにお友達を家に招待しようとした時の記憶。

 

 -百ちゃんとお話ししてても面白くない! もう遊ばない!-

 

 私はただ、お友達に喜んでもらいたいだけでした。でも、お友達から見れば、私は小難しい事を次々と並べたてる訳のわからない存在でしかなくて…。

 きっと、皆さんも戸惑っておられるのでしょうね…あぁ、またやってしまいましたわ。

 

「紅茶か…個人的にはダージリンの夏摘み(セカンドフラッシュ)が好みだな」

 

 え…吸阪さん。今、なんと仰いました?

 

「おや、吸阪君は夏摘み(セカンドフラッシュ)が好みなのかい? 僕はダージリンなら春摘み(ファーストフラッシュ)が好みだよ」

 

 青山さん*15まで…これって、もしかして…。

 

「あぁ、春摘み(ファーストフラッシュ)の爽やかな香りも良いと思うが、味の深みという点では、夏摘み(セカンドフラッシュ)の方に軍配が上がるだろう」

「たしかに…でも、春摘み(ファーストフラッシュ)の爽やかな香りはIl est difficile de remplacer quoi que ce soit(何物にも代え難い)

「それに関しては同感だ。それにしても、青山が紅茶好きとは思わなかったな。フランスはどちらかというとコーヒーが人気だろ?」

「日頃飲むのはコーヒーがメインだけど、嗜好品としての紅茶はTrès populaire(大人気だよ)

「素晴らしいですわ! 紅茶を嗜まれる方がお二人も! お任せください。茶器も茶葉も最高の物をご用意いたしますわ!」

「うん! よくわからないけど、ヤオモモおススメの…いろはす? でいいよ!」

「ハロッズですね! かしこまりましたわ!」

 

 あぁ、私はなんて愚かだったのでしょう。過去の失敗に囚われるあまり、大切な事に気がつかなかっただなんて…そう、今はあの頃とは違う。今ならばきっと皆さんにわかっていただけますわ!

 その為にも、最高の物を用意しなくては!

 

 

出久side

 

 雷鳥兄ちゃんと八百万さんのやり取りから、開催が急遽決定した合同勉強会。

 雄英体育祭前の合同特訓のように、中間テストの成績上位者。八百万さん、雷鳥兄ちゃん、飯田君、僕、轟君の5人で、他の皆を指導する形になりそうだ。

 当然の事ながら、全員参加…1人で3人を担当か。林間合宿に行けるかどうかもかかっているから…責任重大だ。

 

 

「普通科目は授業範囲内で、まだなんとかなるけど…演習試験が内容不透明で怖いね…」

 

 昼休みの大食堂。大盛りカツ丼を前にそんな事を呟くと―

 

「突飛なことはしないと思うがなぁ」

「普通科目はまだなんとかなるんやな………」

「一学期にやった事の総合的内容」

「と、だけしか教えてくれないんだもの…相澤先生」

「戦闘訓練と救助訓練。あとはほぼ基礎トレだよね」

 

 飯田君や葉隠さん、梅雨ちゃん*16、麗日さん*17がそう返してくれた。 

 うん、演習試験の内容がわからない以上、あらゆる事態を想定して体力面も万全に―

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、背後に感じる気配。咄嗟に手を出して、頭に迫っていた()()を受け止める。

 

「物間君。ちゃんと前を見てないと危ないよ」

「………あぁ、ごめん」 

 

 数秒間沈黙してから、渋々僕に謝罪する物間君。表情は取り繕っているけど、微かに口元がヒクついているのがわかる。

 本当は事故に見せかけて、僕の頭に一発入れたかったんだろうけど…残念だったね。そんな事を考えていると―

 

「そういえば、緑谷君。君やそこにいる吸阪君、轟君は保須市で大活躍だったそうだね。チンピラや(ヴィラン)を随分と捕まえたとか…」

「体育祭に続いて、注目を浴びる要素ばかり増えていくよねA組って…ただ、その注目って、期待値とかじゃなくてトラブルを引きつける的なものだよね」

「あぁ怖い! いつか君達が呼ぶトラブルに巻き込まれて、僕らにまで被害が及ぶかもしれないなぁ! あぁこw…」

「洒落にならん事言うんじゃない。飯田の件知らないとは言わせないよ」

 

 下種一歩手前な顔で物間君が僕達を煽り、拳藤さんの一撃で沈められていた。なんと言うか…拳藤さんも大変だなぁ…。

 

「ごめんなA組。こいつ心がちょっとアレなんだよ」

「大丈夫。物間君の心がアレなのは、体育祭で把握しているし」

 

 拳藤さんの謝罪に笑顔でそう答えると、拳藤さんは苦笑し―

 

「あんたらさ、さっき…期末の演習試験が不透明とか言ってたね」

「入試ん時みたいな対ロボットの実戦演習らしいよ」

 

 耳寄りな情報を提供してくれた。

 

「えっ!? 本当!? 何で知ってるの!?」

「私、先輩に知り合いいるからさ。聞いた。ちょっとズルだけど」

 

 ズルじゃないよ! そうだ、きっと前情報の収集も試験の一環として織り込まれていたんだ。

 

「そうか…先輩に聞けばよかったんだ。なんで気が付かなかったんだ」

「緑谷ちゃん。声が出てるわよ」

「………ごめんなさい」

 

 梅雨ちゃんの声と、若干引き気味の拳藤さんを見て、思考が途中から口に出ていた事に気づく。あぁ、またやってしまった…。

 

「ば…馬鹿なのかい拳藤……せっかくの情報アドバンテージを! こ、ココこそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんd…」

「憎くはないっつーの」

 

 僕が反省している間に、拳藤さんは意識を取り戻すや否や、再び文句を口にし始めた物間君に、手刀の一撃を叩き込んで去って行った。 

 ロボット相手の実践演習か。内容を事前に知る事が出来たのは、なによりの幸運だ。拳藤さんに感謝しないといけないな。

 

 

雷鳥side

 

「なんだよ、ロボット相手ならラクチンだぜ!」

「やったぁ!」

 

 演習試験の内容がロボット相手の実践演習と知り、安堵の表情を浮かべる峰田や芦戸。たしかに、ロボット相手なら楽な試験だ。

 だが、脳裏に浮かぶ前世の記憶が、演習試験が()()()()()()()()()()事を教えてくれる。

 

「雷鳥兄ちゃん。どうかしたの?」

「吸阪ちゃん、何か言いたげな表情ね」

 

 そんな俺の思いを察したのか、声をかけてくる出久と梅雨ちゃん。さて、上手い事話すとしますか。

 

「いや…俺達がこうやって試験内容を調べる事を、先生達が想定していないと思うか?」

「え……」

 

 俺の一言で動きを止め、油の切れた機械のようなぎこちない動きで、こちらを向く芦戸。峰田も俺の言葉の意味を察したのか、顔色が変わっている。

 

「まぁ、考え過ぎなら良いんだけどさ…ロボット相手で安心している所に、別の試験内容を提示してきそうなんだよね…雄英高校(この学校)

「たしかに…十分考えられるわね」

「そうだとすると…本当の試験内容は、ロボット相手じゃなく……まさか!」

 

 そして、何かに気づく出久。そう、()()()()()さ。 

 

「対ロボットではなく、対人……俺は雄英所属のプロヒーロー(先生達)が相手だと考えてる」

先生達(プロヒーロー)が相手…流石に難易度が高すぎる…」

「あぁ、あまりに分が悪い勝負だ」

 

 俺の声に常闇*18と障子*19から不安気な声が漏れ、他の皆も一様に不安げな表情を浮かべている。

 たしかに1対1(タイマン)なら俺や出久、轟でも厳しい勝負なのは間違いない。だが―

 

「流石に1対1(タイマン)はない筈だ。いくら何でも俺達の分が悪すぎる。恐らく……俺達が2人1組(ツーマンセル)3人1組(スリーマンセル)で、先生1人に挑むって形だろう」

「そして試験だから…先生を倒す以外にも合格条件(抜け道)がある筈だ。例えば…一定時間先生の追跡から逃げ切る。とか…な」

 

 俺の予想という形で、前世の記憶(原作の試験内容)を話せば、皆の不安も少しは薄れたのか、表情も和らいでいく。

 

「そして、演習試験の対策だが…出久、お前が勝利の鍵だ」

「え!? ぼ、僕!?」

「あぁ、知ってるぞ。B組の面々だけじゃなく、()()()()()()()()()を作っている事」

「…バレてたんだ」

 

 俺の指摘に対し、恥ずかしそうに頬を掻く出久。だが、今は何よりも()()が必要だ。

 

「今度の合同勉強会の時、それを使って演習試験の対策も行う。だから、出久。それまでに研究ノートを一応で良い。完成させてくれ」

「完成…」

「そうだ。そいつがA組全体の勝利の鍵になる。お前が頼りなんだ。頼むぞ、出久」

「……わかったよ、雷鳥兄ちゃん。やれるだけの事はやってみる」

 

 そう言って力強く頷く出久。皆の覚悟も決まったようだ。

 さぁ、期末試験に向けて全力を尽くすとしよう。

*1
中間テスト20/20位

*2
中間テスト17/20位

*3
中間テスト13/20位

*4
中間テスト12/20位

*5
中間テスト10/20位

*6
中間テスト18/20位

*7
中間テスト4/20位

*8
中間テスト3/20位

*9
中間テスト5/20位

*10
中間テスト1/20位

*11
中間テスト8/20位

*12
中間テスト9/20位

*13
中間テスト16/20位

*14
中間テスト2/20位

*15
中間テスト19/20位

*16
中間テスト7/20位

*17
中間テスト14/20位

*18
中間テスト15/20位

*19
中間テスト11/20位




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

オマケ

中間テストクラス内順位一覧表

  1位:八百万百
  2位:吸阪雷鳥
  3位:飯田天哉
  4位:緑谷出久
  5位:轟焦凍
  6位:爆豪勝己(※除籍)
  7位:蛙吹梅雨
  8位:耳郎響香
  9位:尾白猿夫
 10位:峰田実 
 11位:障子目蔵
 12位:口田甲司
 13位:砂藤力道
 14位:麗日お茶子
 15位:常闇踏陰
 16位:切島鋭児郎
 17位:葉隠透
 18位:瀬呂範太
 19位:青山優雅
 20位:芦戸三奈

 なお、心操人使は1-Cで中間試験を受けており、クラス内順位は8位。


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第52話:期末試験ー組み合わせ発表ー

お待たせしました。
第52話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、掲載に伴い、キャラクター設定集を更新しました。


雷鳥side

 

 八百万の家で行われた合同勉強会から時は流れ…遂に期末試験が始まった。

 まずは、3日間に分けて実施された普通科目。こちらは合同勉強会の成果もあり、全員がそれぞれなりの手応えを感じられたようだ。

 そして、翌日。演習試験本番。

 

「それじゃあ、演習試験を始めていく」

「この試験でも、もちろん赤点はある。林間合宿行きたけりゃ、みっともねぇヘマはするなよ」

 

 戦闘服(コスチューム)を纏った俺達を前に、いつも通りの淡々とした口調で説明を開始する相澤先生。だが、いつもと違う点がある。

 それは、相澤先生の背後に雄英高校が誇る強力な講師陣(プロヒーロー達)が控えている事。まぁ、前世の記憶通りだな。そして―

  

「まぁ、諸君なら事前に情報仕入れて、何するか薄々わかっているとは思うが…」

「でも残念! 諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」 

 

 校長先生が相澤先生のマフラーの中から出てくるのも、想定の範囲内だ。さて、組み合わせはどうなる事やら…。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

 根津校長が生徒達に試験内容の変更を説明する中、俺は先日行われた職員会議の内容を思い出していた。

 (ヴィラン)活性化のおそれと、それに伴う対(ヴィラン)戦闘の激化。

 それを考えた場合、現状のロボットを相手にした戦闘訓練は実戦的とは言えず、これからは対人戦闘・活動を見据えた…より実戦に近い教育が必要となる。

 会議で決定したその方針に従い、今回の演習試験から内容が変更となった訳だが…。

 

「というわけで…諸君らにはこれから、2人1組もしくは3人1組(チームアップ)で、ここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう!」

 

 校長からの説明を聞く生徒達からは、動揺の類は一切見られず、むしろ()()()()とでも言いたげな雰囲気すら漂っている。

 さりげなく全員の顔を見回してみれば…俺と視線が合った瞬間、不敵な笑みを浮かべた者が1名。吸阪…なるほど、そういう事か。

 教え子達が教師陣(こちら)の動向を読み、体育祭と同じように相応の準備をしてきた。その事に内心賛辞を送りながら、表情には出さないよう細心の注意を払い、俺は校長から説明のバトンを受け取る。

 

「なお、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度…その他諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ」

「まず、轟と八百万がチームで、相手は…俺とだ」

 

 首に巻いた捕縛武器を解きながら、ニヤリと笑みを浮かべる俺に怯む事無く頷く轟と八百万。そうだ、それで良い…教師陣(俺達)の想定を超えてみせろ。

 

「次に、蛙吹と常闇がチームで、相手は」

「我ダ」

「エクトプラズム先生が相手とは…全力を持って戦うのみ!」 

「そうね、一緒に頑張りましょう。常闇ちゃん」

 

 前に立つエクトプラズムさんに怯む事無く、声を出す常闇と蛙吹。頼もしい限りだ。   

 

「口田と耳郎がチーム。相手は」

「Hey! Boy&Girl! いっちょ揉んでやるから覚悟しな!」

「やっぱり、プレゼント・マイク先生か…正直、格上のイメージないけど…全力でやるよ。口田」

「………」

 

 こんな時も平常運転なプレゼント・マイク(山田)に、呆れ気味な耳郎。気持ちはわかるが、そいつを甘く見ていると痛い目を見るぞ…。 

 

「瀬呂と峰田がチーム。相手は」

「私よ。坊や達」

「うっひょー! やったぜ、瀬呂! 俺達、大当たりだ!」

「…この状況で喜べるお前の図太さが羨ましいぜ…」

「ウフフッ、たっぷり可愛がってあげるわ…そう、()()()()ね」

 

 峰田…ミッドナイトさんを甘く見ているなら、それは大きな間違いだ。そして、瀬呂。ペアの相手に関しては………ま、運が悪かったな。

 

「切島と砂藤がチーム」

「相手は俺だよ」

 

 そう言って、切島と砂藤の前に立ち塞がるセメントス。2人とも、セメントス(そいつ)は難易度高いから、負けずに頑張るように。

 

「障子と葉隠がチーム、相手は」

「俺だ。悪いが狙い撃たせてもらう」

「…そう簡単に当たるつもりは」

「ないのです!」 

 

 早速スナイプと火花を散らす障子と葉隠。闘争心を表に出す事は悪い事じゃない。どんどん出していけ。

 

「飯田と尾白がチーム。相手はパワーローダーさん」

「全力でやるから覚悟しな!」

 

 声を上げるパワーローダーさんに対し、無言の飯田と尾白。静かに燃える。それも悪くない。 

 

「青山、芦戸、麗日がチーム」

「相手は僕が務めさせてもらいます」

 

 そう言って、前に出てくる13号。1人だけ3人相手だが、こいつなら大丈夫だろう。

 

「このチームは3人なので、制限時間などに一部変更点がある。詳細は試験開始前に伝える」

「そして、最後。吸阪と緑谷がチーム。相手は」

「私がする! 勝ちに来いよ。お2人さん!!」

「当然、最初からそのつもりですよ!」

「今の僕達の全力をぶつけます! オールマイト!」

 

 3人のやり取りが終わったところで、俺は残った説明を済ませる為、再度口を開く。

 

「なお、名前の呼ばれなかった心操に関してだが…編入して1ヶ月にも満たない状態で、実戦に近い演習試験を行うのは、流石に危険すぎると校長が判断した。よって後日特別試験を行い、それを演習試験の代替とする」

「特別試験…」

「言っておくが、難易度そのものは演習試験と変わらない。甘く見ない事だ」

「はい!」

 

 よし、これで俺の説明は終わりだ。再び校長にバトンを渡すとしよう。

 

 

雷鳥side

 

「試験の制限時間は30分! 君達の目的は、このハンドカフスを教師に掛ける。もしくはチームの1人がステージから脱出する事さ!」

 

 試験のルールを説明する校長の声が高らかに響く。

 

「先生を捕らえるか脱出する…か。戦闘訓練と似てるな」

「本当に逃げても良いんですか?」

「うん!」

「とはいえ、戦闘訓練とはワケが違うからな! 相手は! ちょぉぉぉぉぉぉぉぉう! 格上!」

「格……上…やっぱりイメージ湧かない」

Dummy(馬鹿たれ)! Hey girl, (そこの女子、)watch your mouth(口が過ぎるよ)! You hear(おわかり)?」

 

 そんな中行われた耳郎とプレゼント・マイク先生のやり取りは…ある種の癒しだな。

 

「今回は極めて実践に近い状況での試験! 僕らを(ヴィラン)そのものだと考えてください!」

「会敵したと仮定し、そこで戦い、勝てるならそれで良し。だが!」

「実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明な場合もある…」

「そう! 君らの判断力が試される!」

 

 13号先生、スナイプ先生、相澤先生、そしてオールマイトの言葉が綺麗に繋がり、1つの文章となる。そして―

 

「でも、こんなルール。逃げの一択じゃねぇ? と思っちゃいますよねぇ?」

「そこで私達、サポート科にこんな物作ってもらいました!」

 

 なぜか、下手な通販番組の進行みたいなノリで、何かを取り出すオールマイト。あれは…。

 

「ちょぉう、圧縮おーもーりー!」

 

 ………オールマイト、その喋り方は危険です。何故か解らないけど! すごく危険です!

 俺の心の声は伝わらないまま、オールマイトはその超圧縮おもりを装着し、説明していく。

 

「体重の約半分を装着する。ハンデってやつさ。古典だが、動き辛いし、体力は削られる」

 

 なるほど、そういうハンデがあったわけか。ルール説明の部分は前世の記憶から抜け落ちていたからな。こういう説明はありがたい。しかし、体重の半分ね…。

 

「先生! 質問があります!」

「なんだ、吸阪」

「いや、その超圧縮おもりですけど……他の先生方はともかく…オールマイトにたかだか、体重半分程度の重りって、正直ハンデになってないと思いますが」

 

 ふと思った事を真正面からぶつけてみる。オールマイトが思ったより重とか呟いていた気がするが…速攻で無視だ!

 

「………」

「………」

「………」

 

 俺の質問に黙り込む教師陣。いや、まさか、誰もこの事想定していなかったのか!?

 

「………あー、2人には少々厳しい事になるが、これも“Plus Ultra(更に向こうへ)”の精神で乗り越えてほしい」

 

 くっ、相澤先生の一言で、この疑問は流されてしまったか…まぁ、仕方ない。全力を尽くすだけだ。

 

「よし、チームごとに用意したステージで1戦目から順番に演習試験を始める。1戦目は切島と砂藤のチームだ。準備しろ」

「「はい!」」

「出番がまだの者は、試験を見学するなり、チームで作戦を練るなり好きにしろ。以上だ」

 

 そう言って相澤先生達は試験準備に入る。俺達も早速動くべきだが、その前に―

 

「先生方! すみませんが1分だけ時間をください!」

「なんだ吸阪。時間は有限だぞ」

「すみません! すぐに終わりますから!」

 

 相澤先生の睨むような視線に頭を下げ、俺はクラスメートを集め―

 

「古典的だが…皆手を出してくれ」

 

 円陣を組み、それぞれが出した手を重ねていく。 

 

「俺達全員! 演習試験、そして特別試験を突破するぞ! 今の俺達ならそれが出来る筈だ!」

「全員合格! 1-A! ファイト!」

 

 俺の声に答え、出久達19人が声を上げる。さぁ、演習試験の始まりだ! 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回より、演習試験本番に入ります。


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第53話:期末試験ー第1戦ー

お待たせしました。
第53話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 円陣を組み、気合を入れ直した俺達は―

 

「よし! それじゃあ行ってくるぜ!」

「絶対合格してくるからな!」

 

 そう行って試験会場に向かう切島と砂藤を見送り、それぞれ行動を開始した。

 具体的には、出番が近い轟・八百万ペアや瀬呂・峰田ペアは作戦会議に入り、まだ時間に余裕のある俺達は試験を観戦するといった感じだ。

 

「演習試験の組み合わせだが…予測通りだったな。出久」

「うん、間違いが無くてよかったよ」

 

 モニタールームへ移動する最中、ふと発した俺の言葉にそう答え、安堵の溜息を漏らす出久。

 合同勉強会の際、出久お手製の資料で演習試験の対策を練った訳だが…クラスメートの誰もが、その完成度の高さに舌を巻いていた。

 正直な話。あれがなかったら、対策の内容も大分変わっていただろう。我が甥ながら、大したものだ。

 

「第1戦。多分、セメントス先生は切島君や砂藤君の“個性”、その()()を突いてくる筈だよ」

「あぁ、だがそれはこっちも想定済み。セメントス先生の驚く顔…見ものだな」

 

 前世の記憶によると…セメントス先生は切島達に『戦闘とはいかに自分の得意を押しつけるかだ』と語っていたが…その言葉の意味、じっくりと味わってもらいますよ。

 

 

セメントスside

 

 試験会場となる市街地ステージ。俺はそのゴールとなるゲートから50mほど進んだ地点に陣取り、試験開始の合図を待ちながら、採点対象となる2人の情報をもう一度確認する。

 

「切島鋭児郎。“個性”は『硬化』、砂藤力道。“個性”は『シュガードープ』…」

 

 普段の授業や雄英体育祭の活躍等から総合的に判断して、この2人の弱点は『機動力の低さ』と『持久戦・長期戦への弱さ』。   

 俺の“個性”から見てみれば、正に良いカモと言っていい。

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第1戦。切島・砂藤ペア対セメントスの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 リカバリーガールのアナウンスに、資料を鞄へ突っ込み、準備を整える。

 

「馬鹿正直に真正面から突っ込んで来るだけなら、即()()だけど…さぁ、2人はどう動くかな?」

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

 

切島side

 

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

「行くぜ! 砂藤!」

「おう! 切島、打合せ通りにな!」

 

 開始のアナウンスと同時に、俺と砂藤は二手に分かれて動き出す。

 俺も砂藤も機動力の低さを補う為に、八百万にインラインスケートを創造してもらった。おかげで普通に走るよりはるかに速く移動出来るぜ! 

 

「ッ!」

 

 ある程度進んだところで、道を塞ぐように地面から急に壁が生えてきた! セメントス先生の“個性”『セメント』の効果範囲に入ったって事だ!

 

「っしゃぁ!」

 

 一気に加速して、道が塞がりきる前に突破!

 

「よし、この調子なら狙い通りにいけそうだぜ!」

 

 今のところ、事前に緑谷や吸阪、八百万が作ってくれたプラン通りに進んでいる。このまま油断せずに突っ切るぜ!

 

 

セメントスside 

 

「これは……想定よりも速いな」

 

 試験開始から7分。俺の“個性”で、試験会場のあちこちに壁を作り、2人が選びそうなルートを塞いでみた訳だが…未だそれに引っかかる気配がない。それはつまり…

 

「機動力の低さに関しては、何かしらの対策を練ってきたという事だね。閉鎖される前に通過したのか、機動力を上げた分遠回りの道を選んだか」 

 

 心の中で2人に+評価をつけながら、“個性”でゲートへと続く道、その殆どを閉鎖する。

 

「これで、ゲートに通じる道はこの1本のみ…チョコマカと立ち回っていても、結局は正面突破せざるを得ない」

 

 そんな事を呟いていると、100mほど先に2人が姿を現した。さぁ、ここからが本番だよ。

 

「行くぜ! 砂藤!」

「おぅよ!」

 

 気合と共にこちらへ突っ込んで来る2人。試しに壁を生やしてみると器用にそれを飛び越えてみせた。なるほど、インラインスケートとは予想外だ。

 

「だけど…それだけで突破出来るほど、この試験は甘くない」

 

 今度は複数の壁を時間差で生やしていく。流石に今度は対応しきれず、2人は徐々に進路を狭められていく。そして―

 

「くそっ! 完全に塞がれちまった!」

「切島! 後ろからも壁が! 逃げ道も塞がれちまった!」

 

 前後左右、全ての進路を塞がれた2人は、文字通りの立ち往生に陥った。

 

「2人とも、聞こえているかな? 戦闘ってのは、いかに自分の得意を押しつけるかだよ。四方を無尽蔵に再生可能な壁に囲まれたこの状況。長期戦が苦手な君達の“個性”に突破出来る術はない。詰み(チェックメイト)だよ」

「「………」」

 

 淡々と事実を告げる俺の声に、2人から返ってくるのは無言。どうしようもない事実を受け入れたようだ。あとはこのまま制限時間が―

 

「本当に、打つ手なしだと…思いますか?」

「っ!?」

 

 今の声は切島君か!? この2人はこの状況を覆す方法を持っていない筈。なんだ、何をやる気なんだ!?

 

 

砂藤side

 

「やるぜ、切島。覚悟は良いか?」

「当然! 覚悟はいつでも完了してるぜ!」

 

 切島の威勢の良い声に頷いた俺は、左腰のポシェットに収めていた薬包紙を1つ取り出し、封を切って中身を口の中へ注ぎ込む。

 ステビアから作られた天然甘味料の粉末。こいつを使えば、“個性”の持続時間を最高で7分まで伸ばす事が出来る。

 

「じゃあ、いくぜ!」

 

 すぐさま俺は“個性”を発動。全身の力が5倍にまで高められるが、これじゃ()()()()()()

 

「こいつが『シュガードープ』Lv1、そして次が!」

 

 間髪入れずに“個性”をコントロール。全身の強化ではなく、両腕のみ強化するイメージで力を集中すると、両腕は更に強化され、他の部位は元に戻るというアンバランスな体型になる。

 

「『シュガードープ』Lv2、砂糖細工の戦鬼(シュガークラフトオーガ)! そして!」

 

 更に“個性”をコントロール。超強化された両腕の感覚を全身に広げていくイメージで、力を広げていく。すると、超強化された両腕に釣り合うバランスで他の部位も強化されていく。

 

「出来たぜ…『シュガードープ』Lv3、砂糖細工の悪魔(シュガークラフトデーモン)!」

 

 持続時間の大幅な短縮と引き換えに、全身を超強化する文字通りの短期決戦形態。このパワーなら…いける! そして-

 

「もっと硬く…固めて、決して倒れぬ壁となる! 名付けて…安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!」

 

 俺の()()完了と同時に、切島もその硬度を最大まで高めた刺々しい姿に()()を完了。これで準備は整った。

 

「こっからは時間との勝負だ…速攻でいくぜ!」

「おう!」

 

 俺は顔の前でガードを固めた切島の足を掴むと、高々と持ち上げ―

 

「うぉぉぉりゃぁぁぁっ!!」

 

 切島自身を棍棒に見立て、目の前の壁を思いっきりぶん殴った! まるで爆発のような音が響き、壁に巨大な凹みとひび割れが出来る。

 

「もう一丁!」

 

 続けてもう1発。轟音と共に壁が粉々に砕け散り、唖然とした表情のセメントス先生が見えた。

 

「な、なんて無茶苦茶な…」

 

 呆れた様にそう呟いた直後、我に返ったセメントス先生は慌てて壁の修復を行うが-

 

「無駄だぁ!」

 

 俺は力任せに切島を振るい、壁を粉々に打ち砕きながら前進していく。

 

「12倍に強化された俺の力と!」

「限界まで高めた俺の硬さが合わされば!」

「「砕けない物はない!!」」

 

 次々と生えるセメントの壁を打ち砕きながら、ゲートへの前進を続ける俺と切島。そして、ゲートまで30m程になったその時。

 

「それ以上は…行かせない!」

 

 セメントス先生が俺達を拘束する為に、その“個性”を全開にした。四方八方からセメントが大波のように襲いかかってくる。

 

「どれほどのパワーがあろうとも、これだけの物量を一度に砕く事はまず不可能! 今度こそ、詰み(チェックメイト)だよ!」

 

 セメントス先生の声が響く。たしかに、これ全部を一気に粉砕するのは無理がある。だが、こっちにも打つ手は残ってる!

 

「砂藤!」

「おぅ! 切島! 飛べぇ!」 

 

 次の瞬間、俺は槍投げの要領で切島をゲート目掛けて投げ飛ばした!

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 気合の雄叫びをあげながら、一直線に飛んでいく切島。途中、セメントの壁が行く手を阻むが、それをあっさりと貫通し、切島はゲートを通過。その先の地面に深々と突き刺さった!

 

『…切島・砂糖ペア、条件達成だよ』

 

「やったぜ!」

「よっしゃぁぁぁっ!」

 

 条件達成を知らせるアナウンスを聞いた瞬間、雄叫びをあげる俺と切島。クラスの1番手として、最高のスタートを切る事が出来たぜ!

 

 

八百万side

 

「切島さんと砂藤さんが、クリアなさったみたいですね」

「あぁ、俺達も後に続かないとな」

 

 轟さんとの作戦会議を終えるのとほぼ同時に聞こえたアナウンスで、切島さんと砂藤さんのクリアを知った私は、嬉しさと同時に強い緊張を感じました。

 相手はあの相澤先生。出来る限りの策は練ってきましたが、それもどこまで通用するか…轟さんの足を引っ張らないようにしなければ…

 少しでも気を抜くと弱い考えに支配されそうです。

 

「八百万…」

「は、はい!」

「その…上手くは言えないんだが……大丈夫だ。俺なんかより、ずっと頭が良いお前が考えた作戦だから、きっと…大丈夫だ」

 

 自分なりの言葉で、私の緊張を解そうとしてくれる轟さん。ありがとうございます。おかげで、元気が出てきました。

 

「お、お任せください! 対相澤先生用のオペレーション、必ず成功させてみせますわ!」 

「あぁ、頼んだぞ」

 

 この期末試験。必ず合格してみせますわ。この八百万百の名に懸けて!!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験。第2戦以降の組み合わせは以下のようになります。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦    轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド
第3戦    瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト
第4戦    蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム
第5戦    飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー
第6戦    口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク
第7戦    障子目蔵&葉隠透vsスナイプ
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト


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第54話:期末試験ー第2戦ー

お待たせしました。
第54話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


八百万side

 

 私達の試験会場となったのは、住宅地ステージ。

 相澤先生がご自身の開始地点へと移動する間、私達には僅かですが待ち時間が与えられました。

 私はその時間を利用して、試験合格の為の作戦(オペレーション)に必要なアイテムを片っ端から創造していきます。

 緑谷さん特製の研究ノートによると、相澤先生の“個性”『抹消』は―

 

 ・視た相手の“個性”を一時的に消し去る。厳密には発動を抑制する事が出来る。

 ・瞬きによって解除され、もう一度視る事で効果が再発動する。

 ・全ての“個性”を消す事が出来る訳ではなく、効果が発揮するのは『発動型』や『変形型』の“個性”に限られる。

 ・発動を抑制するという性質上、既に()()()()()()()()を抹消する事は出来ない。

 

 と、ありました。特に重要なのは4番目。これは即ち、()()()()()()()()()()()は消す事が出来ないという事。

 

「可能な限り、装備を整えておかなければ…」

 

 作戦(オペレーション)の成否は、装備の充実具合に懸っているといっても過言ではありません。私は全力を創造に費やし―

 

「な、何とか間に合いましたわ…」

 

 試験開始を告げるアナウンスの前に、全装備の創造を終える事が出来ました。

 

「よくやってくれた。八百万…その、大丈夫か?」

 

 体内の脂質。その8割がたを創造に費やした事で、若干足元がふらつく私を心配してくださる轟さん。

 

「だ、大丈夫ですわ…こんな時の為に、用意しておいた物もありますので…」

 

 私は轟さんにそう答え、持ち込んでおいたリュックサックから魔法瓶とアルミホイルの包みを取り出しました。

 

「カロリー補給の軽食を、砂藤さんと吸阪さんが作っておいてくださったんです」

 

 そう言いながら包みを開いてみれば、そこには高級菓子店のそれにも劣らないほど見事なアメリカンサイズのシナモンロール*1が3つ並び。魔法瓶にはよく冷えたチョコレートシェイク*2が入っています。

 

「お2人とも…感謝いたします。いただきます」

 

 本当は落ち着いた場所でゆっくりと味わいたいのですが、生憎そうもいきません。

 私は、お2人への感謝の意味も込めてしっかりと手を合わせ、シナモンロールとチョコレートシェイクを手早く胃の中へと収めていきます。

 

「ふぅ…3300kcal*3位は補充出来ましたわ」 

「そうか…そろそろ時間だ」

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第2戦。轟・八百万ペア対イレイザーヘッドの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 轟さんの声に続くように響き渡るリカバリーガールのアナウンス。

 この作戦(ミッション)、必ずクリアしてみせますわ!

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「開始まであと2分ってところか…」

 

 時間を確認した俺は、対戦相手である2人について思いを巡らせる。

 まずは轟。家庭環境の問題もあり、入学当初は他者を寄せ付けない節が見られたが、1回目の戦闘訓練がきっかけになり、良い意味で変わる事が出来た。

 家庭環境にも改善が見られ、精神的な面ではA組で一番の成長株だ。勿論、肉体的、技術的にも申し分ないが、搦め手よりも正面突破を好む傾向がある。

 そして、八百万。入学時の評価としては、あらゆる面で万能な反面、戦い方が受け身という印象だったが、こちらも雄英体育祭前辺りから一気に伸びた。

 積極的なものに変わった戦い方と“個性”が相まって、何を繰り出してくるか解らない()()()()()のような生徒だと教師間で言われているのは、ここだけの話だ。

 しかし、まだまだ接近戦での脆さなど付け入る隙はある。

 だからこそ、“個性”を消せる俺が近接戦闘で弱みを突く手筈だったが…。

 

「……切島と砂藤があんな手を使ってくるとは、正直予想外だった」

 

 セメントスが2人を壁で包囲した時点で()()だと、モニタールームにいた教師の誰もが思っていた。 

 だが、結果は条件クリアによる突破。当初の予想は役に立たないと考えた方が良いだろう。

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第2戦。轟・八百万ペア対イレイザーヘッドの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 等と考えていると聞こえてきたリカバリーガール(婆さん)のアナウンス。さぁ、始めるとするか。

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

 開始と同時に俺は近くの電柱、その頂上に跳び乗って周囲の索敵を行う。ゲートを潜るにせよ、俺にカフスを掛けるにせよ、こちらに近づいてくる必要がある。

 だからこそ、先に相手を見つけた方が有利になる訳だが…。

 

「………動きがない…だと?」

 

 5分経っても2人がこちらへ近づいてくる気配がない。どういう事だ?

 

「2人して、何を企んでいる…」

 

 2人の意図が読めず、ここから移動する事を考え始めたその時、はるか向こうから微かな金属音が聞こえ、()()が空へと撃ち出された。

 放物線を描きながら、こちらへ飛んでくるそれは…砲弾!?

 

「ちぃっ!」

 

 咄嗟に近くの電柱に跳び移った数秒後、先程まで俺が立っていた電柱に砲弾が着弾し、中に充填されていたトリモチが周囲へぶちまけられる。

 放物線を描いて飛来した砲弾…なるほど、迫撃砲か。

 

「こちらの攻撃が届かない遠距離から攻撃してくるとは…やってくれる」

 

 迫撃砲を使うというこちらの予想を上回る行動に内心驚いていると、再び微かな金属音と共に4発の砲弾が連続で撃ち出される。

 

「ッ!」

 

 連続で着弾する砲弾を避ける為に電柱から電線へ跳び移り、電線伝いに前へと進んでいく。

 砲弾の軌道から考えて、迫撃砲が設置されているのは、スタート地点のすぐ近くにある4階建てビルの屋上。

 いつまでもそこに留まっているとは考え難い。十中八九、ビルの外に出てこちらへ向かっている筈だ。

 そうであるなら、問題はルート選択。ゴールへと続くルートは大きく分けて3つある。

 最短距離を進めるが、その分見つかりやすい中央ルート。遠回りになるが、隠れる場所も多い右回りルート。そして中央ルートと右回りルートの中間と言える左回りルート。 

 さて、2人はどのルートを選ぶか…。

 

「…左回りルートだな」

 

 ある種の核心を持って、左回りルートを選択。現在地点から最短距離を移動していると―

 

「やはり、な」 

 

 2つの人影が角を曲がっていく様子が視界に入った。まだ距離があるせいか、人相までは確認出来なかったが、この会場には俺を含め3人しかいない。第三者の存在を考えるのは、非合理的だ。だが…。

  

「この短時間で、ビルからあそこまで移動しているとは、どういうトリックだ? いや、今はそれを考えるのは非合理的だ…」

 

 頭の中に浮かんだ疑問を振り払い、俺は2人の移動速度や進行方向等を基にして進路を予測。その行く手を阻む形となるように先回りする。

 そして、屋根の上に身を潜めながら、待っていると…。

 

「あれは…布か?」

 

 2人は俺の“個性”対策なのか、黒い布で全身を覆い、移動していた。たしかに見えなきゃ俺の“個性”は効果を発揮しないが…。

 

「デメリットの方が大きいだろ。それ」

 

 半ば無意識に漏れる溜息。軽い失望感と共に屋根から跳び下りた俺は、手にした捕縛武器を放ち、2人を一気に拘束した。だが、その直後に聞こえた()が、俺の脳裏から失望感を消し去る。

 ガシャン! とでも表現出来そうな硬質な音。人と人がぶつかった時には絶対に起きる筈のない音。

 

「まさか!」 

 

 捕縛武器を緩め、2人を覆っている黒い布を取り去ると、そこにあったのは…。

 

「マネキンと台車…そういう事か!」

 

 地面に転がる壊れたマネキンと台車を見て、俺はこのトリックの全貌を察した。

 2人はゼンマイ式の駆動装置が付いた台車にマネキンを載せ、それに黒い布を被せて走らせる事で、あたかも2人がこの道を走っているように見せかけたのだ。

 

「やってくれる…そうなると2人は何処に?」

 

 駆動装置の大きさから考えて、この台車が自走出来る距離は精々200m。だとすると、あの曲がり角の辺りで見た人影は、本物で間違いない。その後にマネキンと台車に入れ替わったと考えるのが自然だ。という事は…。

 

「2人は、俺が『2人がこのルートを選ぶと予測する事』を()()()()()()という事か」

 

 その答えに至ると同時に聞こえる金属音。上を見れば、何かが放物線を描いて、こちらへ飛んでくる。

  

「迫撃砲の次は、グレネードランチャーか!」

 

 次々と降り注ぐ榴弾からぶちまけられるトリモチを何とか全て回避したのも束の間、今度は大量のゴム弾がばら撒かれる様に撃ち込まれる。

 攻撃の放たれた方向を視線を送れば、物陰からサブマシンガンの銃口と長い黒髪が見えた。まったく次から次に…八百万の奴、トリガーハッピーの兆候が見られるぞ。

 

「ちぃっ!」  

 

 咄嗟に屋根へ跳び上がり、ゴム弾の雨から逃れるが―

 

「降り注げ、不死鳥の羽根(フェニックスフェザー)」 

 

 今度は轟の放つ火球が次々と降り注ぐ。建物への被害を抑える為に火力は控えめにしているようだが、こうも面での攻撃を繰り返されると厄介極まりない。

 そうしている内に、轟は物陰から飛び出し、八百万が投げた煙幕の援護を受けながら、ゴールの方向へ走り出した。

 一方八百万は、轟を先へ進ませる為、援護射撃を行っているが、弾が尽きてきたのだろう。攻撃の密度が薄くなってきた。

 

「この程度なら!」

 

 今が好機。俺は煙幕の届かない屋根伝いに轟を追いかけ、その“個性”を消しながら、捕縛武器をその左腕に巻きつける。

 

「見事な作戦だったが、詰めが甘かったな」

 

 そう言いながら地面に降り立った俺は、八百万が救援に入る前に拘束を完全なものにしようと轟に近づくが―

 

「いいえ、()()()()ですわ」

 

 その声に己の判断ミスを悟る。こいつは()()()()()()()()()

 

「ちぃっ!」

 

 咄嗟に距離を取ろうとした直後、(かつら)戦闘服(コスチューム)を身に着けて轟に化けていた八百万の右手が動き、隠し持っていた()()が俺に向けられた。それは一般的にはデリンジャーと呼ばれる類の小型拳銃。

 直後、乾いた音と共に放たれたゴム弾が右肩に当たり、俺はバランスを崩すと同時に捕縛武器を落としてしまう。そして―

 

「八百万! 離れろ!」

 

 (かつら)を被って八百万に化けていた轟が放った氷が、俺の右腕と頭を除く全てを包み込んだ。

 

「やってくれたな…」

 

 俺の右手にカフスを架ける轟、その間も油断無くサブマシンガンの銃口を向ける八百万に対して、悔しさよりも()()()()()という思いの方が先に湧きあがる。今回は完敗と言っていいだろう。

 

『…轟・八百万ペア、条件達成だよ』

 

 

轟side

 

 相澤先生の全身を覆う氷を溶かしていると―

 

「1つ聞かせてほしい事がある」

 

 相澤先生が真顔でそう尋ねてきた。八百万に視線を送って回答を任せ、俺は解凍に専念する。

 

「何でしょうか?」

「最初の迫撃砲による時間差攻撃。あれはどうやった? 人力でやったのでは無い事はわかる」

「人力で行ったのだとすると、攻撃終了からの数分で、俺がお前達を発見したあの地点まで移動していた説明がつかん」

「八百万の“個性”で乗り物を作る可能性も考えたが、その気配もなかった。どういうトリックだ?」

 

 流石は相澤先生だ。そこまで見破っているとはな。粗方解凍を終えた俺は、八百万に再度視線を送り回答を交代する。

 

「俺の氷を使いました。迫撃砲に砲弾を半分だけ装填して、氷で固定する。時間が経てば、氷が溶けて固定が緩み、砲弾が完全に装填されて発射されます」

「そして、氷の大きさを調節する事で溶ける時間をある程度操作出来ます。だから」

「疑似的な時限発射装置を再現出来るという事か…そして、そうやって稼いだ時間で移動した。見事だ。非の打ち所がない」

 

 そう言って静かに微笑む相澤先生。その笑顔に俺と八百万は静かに頭を下げる。これで生徒側(おれたち)の2連勝。

 次は瀬呂と峰田か。2人とも頑張ってくれよ。

*1
砂藤作。1個あたり約880kcal。成人男性が1日に必要とするカロリーの平均値。その約37%

*2
雷鳥作。500ccで約600kcal。成人男性が1日に必要とするカロリーの平均値。その約25%

*3
成人男性が1日に必要とする平均カロリーの平均値。その約138%




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦    瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト
第4戦    蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム
第5戦    飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー
第6戦    口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク
第7戦    障子目蔵&葉隠透vsスナイプ
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト

次回、瀬呂・峰田ペアvsミッドナイト。


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第55話:期末試験ー第3戦ー

お待たせしました。
第55話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


瀬呂side

 

 俺達の試験会場になったのは、あちこちに無数の岩が転がる荒れ野。

 岩の大きさはかなりのもので、峰田なら立ったまま、俺でも軽く屈めば隠れる事が出来るだろう。

 もっとも…隠れる場所が多いって事は、それだけ視界が悪いって事だし、ミッドナイト先生にも有利に働くって事だ。

 

『…轟・八百万ペア、条件達成だよ』

 

 そんな事を考えていると轟と八百万が試験をクリアした事を伝えるアナウンスが聞こえてきた。

 今のところ、生徒側(おれたち)へ良い流れになってるけど…。

 

「失敗して流れを変える訳には…いかねぇよなぁ……」

 

 俺達がミスれば、その流れが一気に引っくり返るかもしれない。結構なプレッシャーだよ。それなのに…。

 

「お前…少しはプレッシャーとか感じないのかよ?」

 

 隣の峰田は、放送禁止一歩手前なだらしない顔で妄想に耽ってやがる…思わずジト目で睨んじまったけど、この位は許されるよな?

 

「おいおい瀬呂。何言ってんだよ。今更ジタバタしたって意味ないから、オイラはリラックスしてるんだぜ」

 

 だけど、峰田は涼しい顔で―

 

「人事を尽くして天命を待つ。期末試験に向けて、やれる事は全部やってきたんだぜ。あとはQue Sera, Sera(なるようになれ)だよ」

 

 色々と難しい事を言ってきた。なるほど、こいつはこいつなりに考えてたって事か。

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第3戦。瀬呂・峰田ペア対ミッドナイトの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 そこへ響くリカバリーガールのアナウンス。俺と峰田は瞬時に思考を切り替え―

 

「峰田、打ち合わせた内容忘れんなよ!」

「ヘッ、オイラに任せとけ!」

 

 互いに突き出した拳を軽くぶつけ合った。

 

 

ミッドナイトside

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第3戦。瀬呂・峰田ペア対ミッドナイトの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 リカバリーガールのアナウンスを聞きながら、あたしは自身を戦闘モードに切り替える為に愛用の鞭を振るう。

 音速に達した先端が空気を叩き、破裂音を響かせると、あたしの中の()()()が目を覚ました。

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

「さぁ、坊や達。()()の始まりよ」

 

 舌なめずりをしながら、改めて試験会場を見回す。無数の岩のおかげで視界はそれほど良くないけど、条件は向こうも同じ。

 いいえ、向こうはクリア条件を満たす為に、こちらへ近づかなくてはならない分、不利と言って良いわね。

 

「あぁ、このまま待っているのも悪くないけど……やっぱり、それじゃいけないわよね」

「待ち構えている目標に向かって、果敢にやって来る子羊を()()()()()()()。そうでないと!」

 

 思わず鼻歌を口遊みそうになるのを必死に堪え、あたしはゲートを背に歩き出す。やがて―

 

「見ぃつけた」

 

 約200m先に見えたのは、岩に隠れながら慎重にこちらへ近づいてくる2つの人影。極力姿を見せないように動いているけど、まだまだ甘いわね。

 

「そんな隠れ方じゃ、見つかっちゃうわよ」 

 

 そう呟きながら、2人との距離を詰めていく。無数にある障害物、時折舞い上がる砂埃、そして周囲を警戒しているという事実から生じる心理的盲点。そして、相手がまだまだ未熟な学生。

 これだけの好条件をプロヒーローに与えたらどうなるか…その答えは―

 

「隙だらけね」

 

 200mの距離を1分足らずで詰める事が出来る。背中を見せていたGRAPEJUICEに、鞭を振るったけど―

 

「峰田! 危ねぇ!」

 

 間一髪、セロファンのテープに助けられたわ。それにしても…()()()()()()()()()()だなんて、私の“個性”対策は万全みたいね。

 

「おいおいおい、こういう時って普通、ゴール前で待ち構えてるもんだぞ! なんで、ミッドナイトが前に出てきてんだよ!」

「落ち着けよ、峰田! 積極的に俺達を仕留めに来た。そういう事だろ!」

 

 泣き言全開なGRAPEJUICEと、比較的冷静なセロファン。見事に反応が分かれたわね。

 

「セロファンの言う通り、時間まで待つのも柄じゃないから仕留めに来たのよ…それに、そうやって、ピーピー喚かれちゃうと、あたし…嗜虐心が疼いちゃって仕方ないの」

 

 敢えて大げさに舌なめずりをしてみれば、面白い程身震いするGRAPEJUICE。セロファンはそんな彼を背後に庇うと―

 

「ゲートを潜るかカフスを掛ける。どっちを選ぶにしても、まずはこの状況を何とかしないとな!」

 

 戦闘服(コスチューム)に仕込んでいたスローイングナイフを3本引き抜き、連続で投げつけてきたわ。

 

「ナイフ投げとは、古風(クラシック)な技能ね!」

 

 2本を避け、残り1本を鞭を振るって叩き落す間に、セロファンはGRAPEJUICEを抱き抱え―

 

「三十六計なんとやらだ!」

 

 テープを少し離れた岩目掛けて射出。岩に貼りついたテープを巻き取る事で、素早く私から距離を取ってみせた。ここまでの立ち回りは合格点ね。それにしても…。

 

「や、やっぱり無理だ! 俺達だけでクリア出来る訳ねぇ…」

 

 GRAPEJUICEの方は、情けないの一言ね……。

 

「簡単に諦めるなよ、峰田。99%無理だとしても、1%の可能性を俺は信じるぜ!」

 

 セロファンはGRAPEJUICEにそう告げると、背中から二振りのグルカナイフを取り出し―

 

「足搔いてやるからな!」

 

 その柄にテープを巻き付けて、勢い良く振り回し始めたわ。なるほど、鎖鎌の要領ね。

 

「おぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 気合と共に、私へ果敢に向かってくるセロファン。高速で振り回されるグルカナイフは、刃引きが施してあっても侮れない威力。だけど―

 

「まだまだ甘いわね!」

 

 それなりに扱えるとはいえ、まだまだアマチュアの領域。プロの目から見れば、対応出来ないスピードではないわ。

 

「まずは1つ!」

 

 タイミングを合わせて振るった鞭で左側のナイフを叩き落し、残る1本は―

 

「そして2つ」

 

 飛んできた所を、柄を掴んで無力化する。

 

「なかなかだったけど、軌道が正直すぎるわ。プロ相手の実戦で使うには、まだまだ練習不足だったようね」

「予想はしてたけど、こうも早く対応されるのかよ…」

 

 私の言葉に悔しそうな表情を浮かべながら、グルカナイフを捨て、テープを巻き取るセロファン。それを見て―

 

「ひぃぃぃぃっ! も、もう駄目だぁ!」

 

 泣きながら逃げていくGRAPEJUICE。ホント、セロファンは相棒に恵まれなかったわね。

 

「ま、待てよ! 峰田! 1人で動くな!」

 

 呆れた表情の私を警戒しながら、GRAPEJUICEを追いかけるセロファン。残り時間は7分。長引かせるのも可哀そうね。早く終わらせてあげましょう。

 

 

峰田side

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 瀬呂を置いて全速力で逃げた。逃げて、周りで一番大きな岩の陰に滑り込んで、必死で呼吸を整える。

 

「畜生…難易度ハードなんてもんじゃねぇだろ…」

 

 思わず愚痴っていると―

 

「っとぉ!」

 

 瀬呂も同じ岩陰に飛び込んできた。お互い何も言わず、呼吸を整える。やがて―

 

「残り時間4分。かくれんぼはそろそろお終いにしましょうか」

 

 ゾクゾクするような猫撫で声を出しながら、ミッドナイトが近づいてきた。やったぜ、()()()()だ。

 

「あぁ、お終いにしようぜ」

「あら、素直ね。でも、そんな子は大好きよ。さぁ、出ていらっしゃい」

 

 あぁ、出ていくさ。だけど、それは…オイラ達の勝利の為だ!

 

「違えんだよな…瀬呂に1人で戦わせたのも、ピーピー情けなく喚いたのも、ここまで逃げたのも、あんたの嗜虐心煽って、ここまで引っ張り込んだのも!」

「全っっ部! この試験クリアする為なんだよなあ!!」

 

 出せる限りの大声と共に岩陰から一気に飛び出す。チャンスは1回。難易度はベリーハード。だけど、上手くいけば、ぜってぇクリア出来る!

 

「全てが()()()って事? いいよ、させたげない!」

「っくぅ!」

 

 ミッドナイトの振るう鞭を横っ跳びで避け―

 

「いっくぜぇ!」 

 

 この辺り一帯に予め山ほど仕掛けて、砂でカモフラージュしておいたもぎもぎに跳び乗る! もぎもぎは、オイラが触ればブニブニ撥ねる性質だから、それをバネ代わりにして、ジャンプ!

 

「うぁぁぁぁぁっ!」

 

 ジャンプした先にあるもぎもぎを使って更にジャンプ! こいつを繰り返していく内に、スピードは残像が見えるほどに増していき、ミッドナイトをその場に釘付けにしていく!

 

「まさか、こんな手を考えていたなんて!」

 

 驚きの声を上げるミッドナイト。そうだよ、吸阪や緑谷、八百万、飯田、轟、あいつらに作戦考えてもらって、自分なりに必死で努力したんだ。驚いてくれなきゃ困るんだよ!

 

「そして最後は!」

 

 自分の限界ギリギリまで加速したところで、最後の仕上げだ!

 

「必殺! もぎもぎ飽和攻撃(サーチュレイションアタック)!!」 

 

 中心のミッドナイトに向けて、もぎもぎを投げまくる! 全方位から飛んでくるもぎもぎ、避けられるもんなら避けてみやがれ!

 

「…すごいじゃん」

 

 攻撃を終えて着地すると、ミッドナイトは体のあちこちにもぎもぎがくっついて、動けなくなってた。

 そこへ瀬呂が素早くカフスを掛けて…

 

『…瀬呂・峰田ペア、条件達成だよ』

 

 条件クリア! やったぜ!

 

 

瀬呂side

 

「じゃあ、そういう訳だから瀬呂君。バスまで私をおぶって行きなさい!」

 

 試験終了後。全身にくっついたもぎもぎから自由になる為にブーツを脱ぎ、全身の極薄タイツを躊躇いなく破いたミッドナイト先生は、俺にビシィッ! と右手の人差し指を突きつけ、そう命令してきた。

 

「お、おぶって行くんですか?」

「そうよ。私はここにブーツを置いていくし、峰田君じゃ私をおぶって行く事は出来ないんだから…まさか、入り口まで裸足で歩いて行けなんて言わないわよね?」

「い、いや、それは…」

「ふーん、それでもいいわよ。でも、こんな所を裸足で歩いたら、私の足、傷だらけになっちゃうわね…あぁ、傷が酷くて仕事にならなかったら、どうしましょう?」

 

 悪魔のような笑みを浮かべながら、俺の反応を楽しんでいるミッドナイト先生。

 さっきまで露出度が増したミッドナイト先生を見て、鼻息も荒く興奮していた峰田は峰田で、俺を射殺さんばかりの視線を送っているし…。

 

「わかりました! わかりましたよ!」

 

 だけど、俺に拒否権はない。ミッドナイト先生を背負い、入口へ向けて歩き出した。やれやれ、試験クリアの喜びを感じる暇もありゃしないよ…。

 だけど………後頭部に当たるミッドナイト先生の胸。その感触は……最高だった。 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦    蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム
第5戦    飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー
第6戦    口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク
第7戦    障子目蔵&葉隠透vsスナイプ
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト


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第56話:期末試験ー第4戦ー

お待たせしました。
第56話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

なお、今回はエクトプラズム先生のト書きも片仮名表記を行っております。
皆さんの反応によっては、修正を行うかもしれません。


エクトプラズムside

 

『…瀬呂・峰田ペア、条件達成だよ』

 

「ヨモヤ、コノヨウナ展開にナルトハナ…」

 

 リカバリーガールノアナウンスヲ聞キナガラ、我ハ1人呟ク。

 体重ノ半分ノ重リヲ装着スルトイウ身体的ハンデト、2対1トイウ人数差ハアルガ、環境は教師(コチラ)側ノ味方。シカモ、対戦スルノハ相性的ニ有利ナ…生徒達ノ弱点ヲ突ケル教師。

 ソシテ何ヨリモ…勝チ筋コソ残スモノノ、教師陣(ワレワレ)ガ本気デ相手ヲスル。ソレ即チ…。

 

「当初ノ想定通リデアレバ、100%トハイカヌマデモ、85%程度ノ勝算ハアッタ筈…」

 

 ダガ、実際ハ教師陣(ワレワレ)ノ3連敗。コレハ何故カ?

 教師陣(ワレワレ)ニ、悪イ偶然ガ重ナッタ? 否!

 生徒達ガ、ズバ抜ケテ幸運ダッタ? 否!

 

 アクマデモ計算上ノ話ダガ、85%ノ勝算デ3連敗スル確率ハ…15%ノ3乗。即チ―

 

「1000000分の3375、0.003375%ダ」

 

 約29630分ノ1。トテモ偶然ヤ幸運デ片付ケラレルモノデハナイ。ナラバ…。

 教師陣(ワレワレ)ニ、格上トイウ驕リガアッタ? ソレモアルダロウ。ダガ、一番ノ要因ハ…。

 

「生徒達ガ強クナッタノダ。教師陣(ワレワレ)ノ想定ヲ上回ルホドニ!」

 

 予兆ハアッタ。雄英体育祭ニオケルA組ノ快進撃。根津校長ガ突然ノルール変更ヲ行ッタ程ノ圧倒的強サ。ソレヲ(モタラ)シタノガ…。

 

「オールマイトノ愛弟子、吸阪雷鳥カ…」

 

 入学試験以来何度トナク耳ニスル名前ニ、思ワズ呻ル。

 流石ハオールマイトダ。不手際ガ目立ツ新米教師ト見セカケナガラモ、シッカリト弟子ノ育成ヲ行ッテイル。

 ソノ吸阪雷鳥ヲ筆頭ニ目覚シイ勢イデ成長シテイルA組。今ヤソノ実力ハ、仮免ヲ取得シタ2年生ヤ3年生ニモ引ケヲ取ラナイダロウ。

 

「ナラバ、我モソノ想定デ戦ニ挑ムノミ」

 

 静カニ呼吸ヲ整エ、内ナル力ヲ高メテイク。

 

「悪イ流レ…ココデ断チ切ラセテモラウ!」

 

 常闇踏陰、ソシテ蛙吹梅雨! 我ハ本気ダ。覚悟シテ来ルガイイ!

 

 

常闇side

 

「あと数分で試験開始…蛙吹、準備は良いか?」

「梅雨ちゃんと呼んで、常闇ちゃん。準備の方はバッチリよ」

 

 俺からの問いかけにそう答え、ナックルガードを装備した左右の拳を軽く打ちつける蛙吹。

 数日前に吸阪からアドバイスを受け、戦闘服(コスチューム)にナックルガードと脛当て(レガース)を追加したそうだが…八百万に急遽創造してもらった為か、小柄な蛙吹に似合わぬ無骨な外見だ。

 

「無事に試験を突破出来たら、もう少し可愛いデザインの物を作ってもらうわ」 

「…そうか」

 

 どうやら、考えが読まれていたらしい。蛙吹の洞察力、恐るべし…だな。

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第4戦。蛙吹・常闇ペア対エクトプラズムの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 ここで聞こえてくるリカバリーガールのアナウンス。俺と蛙吹は互いに頷きあい、スタートに備える。そして―

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

 開始と同時に走り出した。それから5秒もしない内に、俺達の周囲へ次々と現れるエクトプラズム先生の分身達。

 

「来たか!」

「常闇ちゃん! 打ち合わせどおりに!」

「わかっている!」

 

 蛙吹の声にそう答えた俺は、無言で跳びかかって来た2体の分身を―

 

黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨッ!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の一撃で吹き飛ばし、そのまま黒影(ダークシャドウ)を全身に纏っていく。

 

「闇を纏いて力と成す! 深淵闇躯(ブラックアンク)!!」

  

 深淵闇躯(ブラックアンク)を発動すると、一瞬怯んだような反応を見せる分身達。好機到来!

 

影の細剣(シャドーレイピア)! 3連突き!!」

 

 すかさず影の細剣(シャドーレイピア)を連続で放ち、間近にいた3体を無力化。更に―

 

影の鎖(シャドーチェーン)!」

 

 影の鎖(シャドーチェーン)で距離を取ろうとした分身を捕らえると―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」 

 

 力任せに振り回して、壁に叩きつける!

 

「接近戦に不安があった頃の俺はもういない。何処からでもかかって来るが良い!」

 

 

梅雨side

 

「常闇ちゃん、ノリノリね」

 

 エクトプラズム先生の分身を蹴散らしている内に、だんだんとテンションが上がってきた常闇ちゃんの5m程後ろを走りながら、こっそり呟く。

 常闇ちゃんが前衛、私が後衛で進んでいく手筈だったけど…私の出る幕は無さそうね。

 

「ッ!」

 

 そう思ったのも束の間、背後から分身が次々と湧き出てきたわ。素早く常闇ちゃんとアイコンタクトを交わし、私はそっちを対応する。

 

「ケロッ!」

 

 最初に向かってきた分身は3体。1体目をジャンプでやり過ごし、更にその後頭部を踏み台にして、更にジャンプ!

 

「ケロォッ!」

 

 空中回転の勢いを乗せた舌の一撃で2体目。続けざまに放った左右連続の踵落としで3体目を打ち倒す。

 

「これが吸坂ちゃん命名のFROPPY.()Combination.()Arts.()version1()。そして」

 

 続けて向かってきた分身達を、右の跳び回し蹴りから左の後ろ回し蹴り、更に二段爪先蹴りへと繋げるコンビネーションで次々と打ち倒していく。

 

FROPPY.()Combination.()Arts.()version2()

 

 そして最後の1体は、伸ばした舌を胴に巻き付け、一気に縮める事で間合いを強制的に詰めさせ―

 

「ケロッ!」

 

 すかさず右踵と左爪先を用いての挟み蹴りを両側頭部に叩きこみ、更に自分が回転する勢いを利用して、投げ飛ばしたわ。

 

「今のがFROPPY.()Combination.()Arts.()version3()よ。ケロケロ」

 

 

エクトプラズムside

 

「放ッタ分身ハ全滅シタヨウダナ」

 

 近ツイテクル2ツノ気配ニ、分身ガ全滅シタ事ヲ悟ル。ソシテ、ソノ感覚ハ2人ガ姿ヲ現シタ事デ確信ヘト変ワッタ。

 

「アノ数ヲ退ケルトハ…流石ダ」

 

 三十数体ノ分身。ソノ全テヲ退ケタ2人ニ、内心称賛ヲ与エナガラ、我ハ()()()()()()ヲ繰リ出ス。

 

「ダガ…コレナラドウダ?」

 

 全テノ分身ヲ一点集約、超巨大化サセル事デ、広範囲ヲ一気ニ捕縛スル。ソノ名モ―

 

 強制収容・ジャイアントバイツ

 

「蛙吹! 避けろ!」

 

 常闇踏陰ノ声ガ響イタ直後、ジャイアントバイツノ一撃ガ2人ノイタ一角ヲ容赦ナク破壊スル。

 

「無事か! 蛙吹!」

 

 ドウヤラ、常闇踏陰ハ逃レタヨウダナ。蛙吹梅雨ハ、姿ガ見エナイヨウダ。捕ラエル事モ出来テイナイヨウダガ…。

 

「チィッ!」

 

 ソウシテイル内ニ、常闇踏陰ガ1人飛ビ降リテキタ。

 

「蛙吹梅雨ハドウシタ? 常闇踏陰」

「………逃げ込んだ通路が瓦礫で塞がり、今別ルートでこちらへ向かっています」

「ナルホド…」

 

 思ワヌ不運トイウヤツダガ…ダカラトイッテ蛙吹梅雨ガ来ルマデ待ツ程、我ハ甘クナイ。

 

「仲間トノ分断。単独デ強敵トノ戦イ。実戦ハ常ニ予期セヌ事態ノ連続。ダガ、ソウイッタ不測ノ事態ヲ覆シテコソ、ヒーロートイウモノ。常闇踏陰ヨ! 汝ハヒーローナリヤ?」

「聞かれるまでもない…例え1人でも戦い抜くのみ!」 

 

 常闇踏陰ノ言葉ニ、我ハ大キク頷ク。ソウ、ソレデコソヒーロートイウモノダ。

 

「残リ時間ハ8分弱。サァ、カカッテクルガイイ!!」

 

 ソノ声ト共ニ、常闇踏陰ヘ襲イカカルジャイアントバイツ。常闇踏陰ハ素早ク動キナガラ―

 

影の細剣(シャドーレイピア)! 5連突き!!」

影の鎚矛(シャドーメイス)!」

 

 次々ト攻撃ヲ繰リ出シテクルガ…正直言ッテ、サイズノ差ガ大キスギル。象ト蟻…トマデハ言ワナイガ、象ト狼程度ノ差ハアルダロウ。

 

「闇雲ニ攻メルダケデハ、我ニハ勝テヌゾ。常闇踏陰」

「生憎…元から勝つつもりなど無い」

「ナニ?」

 

 勝ツツモリナド無イ。常闇踏陰ノ言葉ニ、耳ヲ疑ウ。

 パートナーノ蛙吹梅雨ガイナイ今、我トジャイアントバイツヲ突破シテゲートを潜ル事ハ、マズ不可能。ダトスレバ、我ニカフスヲ掛ケル事ガ唯一ノ合格手段ノ筈。

 ソレナノニ、勝ツツモリガ無イトハ、一体何ヲ考エテ………マサカ!

 

「蛙吹梅雨ハ分断サレテナド!」

「そういう事よ。エクトプラズム先生」

 

 2人ノ狙イ(・・)ニ気ヅイタ次ノ瞬間。我ノ左足ニ何カガ巻キ付イタ。完全ニ不意ヲ突カレタ我ハ、無様ニモ転倒シテシマイ―

 

「…ヤラレタナ」

 

 カフスヲ掛ケラレテシマッタ。

 

『…蛙吹・常闇ペア、条件達成だよ』

 

 

「最初カラ分断ナドサレテイナカッタノダナ」

 

 試験終了後、我ハ2人ニ問イカケタ。我ヲ見事ニ出シ抜イタソノ作戦ヲ知リタカッタカラダ。

 

「あの時、俺達はギリギリで捕獲を免れる事が出来ました。その時です。蛙吹から作戦を告げられたのは」

「フロアの一角が破壊された事で煙が巻き上がり、エクトプラズム先生のいた位置から私達は一時的に見えなくなっていた。その隙を突いて、私は最近出来るようになった()()()を使って、周囲と同化。エクトプラズム先生の隙を伺う事にしたわ。常闇ちゃんに囮になってもらって」

「俺は蛙吹と分断された様に装い、先生と正面から戦ってみせた。まるで可能性の低い正面突破を目論んでいるかのように」

「ソシテ我ハ、オ前達ノ策ニマンマト嵌マリ、蛙吹梅雨ガソノ場ニイナイモノト思イ込ンダママ、常闇踏陰1人ニ集中シテシマッタト言ウワケカ。見事ナリ、オ前達ノ作戦勝チダ」

 

 生徒達ヲ侮ルツモリハ微塵モ無カッタガ…我モマダマダ甘イト言ウ事カ。

 試験突破ヲ静カニ喜ブ2人ヲ見ナガラ、我ハ自ラノ未熟ヲ痛感スルノダッタ。 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦(終了)○蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム×
第5戦    飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー
第6戦    口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク
第7戦    障子目蔵&葉隠透vsスナイプ
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト


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第57話:期末試験ー第5戦ー

お待たせしました。
第57話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

『…蛙吹・常闇ペア、条件達成だよ』

 

 リカバリーガールのアナウンスがモニタールームに響いた直後、生徒達からは歓声が、教師陣からはどよめきが聞こえてくる。

 これで生徒側(おれたち)の4連勝。流れはこちらに来ている。だが…。

 

「次の試合は飯田と尾白。相手はパワーローダー先生か」

 

 問題は次の試合だ。何しろ原作では結果だけが描かれて、過程が飛ばされていたからな。前世の記憶、その恩恵が受けられない。

 故に、今回ばかりは出久お手製の資料に頼りっきりだ。この資料がなかったら、パワーローダー先生の“個性”が『鉄爪』だって事すら解らなかったかもしれない。

 正直な話、考案した作戦も多分に2人の実力任せ。綱渡りみたいな物だ。

 

「頑張ってくれよ…飯田、尾白」

 

 だが、ここまで来た以上、俺に出来るのは2人の合格を祈る事だけ。2人とも…信じているぜ。

 

 

尾白side

 

 俺と委員長の試験会場は、所々に重機が置かれた広大な採石場を模したもの。足元は……9割がた土か。

 

「パワーローダー先生の“個性”にうってつけだな…」

「あぁ、環境と“個性”の相性は、先生側に分があると言って良いだろう。となると…」

「あぁ…十中八九、吸阪と緑谷の予想が的中したって事だよ」

 

 ステージの環境を確認し、委員長と意見を共有する。一見何の変哲も無いように見えるステージだけど…事前にパワーローダー先生が(トラップ)を仕掛けている筈だ。

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第5戦。飯田・尾白ペア対パワーローダーの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 そこへ響くリカバリーガールのアナウンス。俺と委員長は互いに頷き、戦闘態勢に入る。

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

 スタート開始と同時に、ゴール付近から巨大な土煙が立ち上った。パワーローダー先生が早速地中に潜ったか!

 

「尾白君!」

「わかっている! まずは近くの(トラップ)を排除!」

 

 委員長の声に答えながら俺は、尻尾を使って足元に転がっていたサッカボール大の石を前方へと投げ飛ばした。

 飛ばされた石が地面に落ちると、その衝撃で近くに仕掛けられていた(トラップ)が次々と作動して、幾つもの巨大な穴が口を開いていく。

 

「落とし穴…古典的だけど、空を飛べない俺達には十分に有効…それにあの深さ、一度落ちたら這い出るまでに相当な時間をロスする!」

「しかもあの数…避けながら進むとしても、相当な時間を要する。パワーローダー先生がどこから襲ってくるかもわからない今、無駄な時間をかけるのは得策ではない」 

「そうだね……でも、委員長。君1人なら(・・・・・)最短距離を突破出来るだろう? 」

「…あぁ!」

「だったら決まりだ。作戦通りにいこう!」

 

 吸阪達が考えてくれた作戦を実行する。その覚悟を決めた俺は、頷きながら委員長へ右拳を突き出した。

 

「…尾白君。武運を!」 

 

 委員長も右拳を突き出し、俺達は軽く拳を突き合わせる。そして、互いの役割を果たす為に動き出した!

 

 

パワーローダーside

 

「クケケ…この落とし穴だらけのフィールドをどう突破する?」

 

 専用の獣型パワードスーツに搭乗し、自らの鉄爪とパワードスーツのアームで地下を高速で掘り進みながら、俺は不敵に呟く。

 “個性”『エンジン』の飯田天哉と“個性”『尻尾』の尾白猿夫。どちらも癖のない正統派の戦い方が持ち味だが、それ故に搦め手に弱い。

 だからこそ、担当に選ばれた俺はフィールド上に落とし穴を掘りまくった! 試験前日に半日がかりだぜ!

 

「落とし穴を避けようとモタモタしていれば、俺が地中からバクリ! クケケ…考える時間は与えねぇ!」

 

 そうしている内に、地上から振動が伝わってきた。地中に潜っている間は、地上の様子を視覚では確認出来ねぇ。

 だから、こうやって地上から伝わる振動で目標を探知する訳だが…振動の大きさから考えて、仕掛けておいた(トラップ)が作動した事は確実!

 しかも、その振動は1度じゃなく複数回…徐々にこちらへ近づいて来ている。

 

「クケケ! そうでないとな!」 

 

 全力で地中を掘り進みながら、複数回感知した振動の間隔(インターバル)や振動の発生地点から、生徒達の移動速度や進行方向を計算。

 丁度、生徒達の真下から飛び出せる位置に陣取り…タイミングを計って一気に地上へ飛び出す!

 

「それ以上は行かせねぇよ! って、いない!?」

 

 だが、飛び出した地上には、いる筈の生徒の姿がない(・・・・・・・・・・・)。どういう事だ?

 

「ッ!」 

 

 そんな疑問を感じたのも束の間。頭上から何か(・・)が落ちてきた。これは…投網!?

 突然の事に回避が間に合わず、パワードスーツに被さる網。パワードスーツの出力なら、ものの数秒で引き千切る事が出来るが、それでも一瞬の隙は出来る。 

 

「委員長! 今だ!」

「飯田天哉、吶喊する! うぉぉぉぉぉっ!!」 

 

 その隙を突くようにスタート地点から(・・・・・・・・)声が響き、猛スピードで何かが走り出した。あれは、飯田天哉か!

 だとすると、網を投げつけてきたのは―

 

「俺が相手だぁ!」

 

 思考の答えが導き出されるよりも早く向かって来たのは…尾白猿夫!   

 

「なるほど! 囮役って訳か!」

 

 パワードスーツの出力を上げ、絡みつく網を一気に引き千切り、尾白の攻撃を受け止める。その手に持っているのはトンファーか!

 

「はぁぁぁっ!」

「クケケ! 自身を囮にして、足の速い飯田をフリーにさせる。作戦としては悪くねぇ!」

 

 尾白が仕掛けてきた両手のトンファーを用いた怒涛の連続攻撃(ラッシュ)。その攻撃をパワードスーツの両腕で防ぎながら、俺は叫ぶ。

 たしかに悪くない作戦だ。あの速度なら(トラップ)の落とし穴も崩れる前に駆け抜けられる。そう、(トラップ)落とし穴だけ(・・・・・・)ならな!

 

「クケケ! 俺が落とし穴しか用意していないと思ったのが、お前達の敗因だよ!」

 

 意地の悪い笑みを浮かべながら、俺は隠し持っていたリモコンを操作。ゴール付近に仕掛けておいた(トラップ)を起動させた。

 

 

飯田side

 

「委員長! 今だ!」

「飯田天哉、吶喊する! うぉぉぉぉぉっ!!」 

 

 尾白君の声に答えるように気合の声をあげながら、僕は一気にゴール目掛けて疾走する。

 途中幾つもの落とし穴を通過するが、崩れるよりも早く駆け抜ければ、問題はない!

 そして、ゴールまで残り約300mまで来たところで、ゴール周辺で変化が起きた。

 岩に偽装されていた発射機(ランチャー)や機関砲が次々と展開し、こちらに狙いを定めてきたのだ!

 

「いかん!」

 

 半ば反射で回避行動を取り、雨のように降り注ぐゴム弾やミサイルを避けていく。だが、これではゴールに近づく事が出来ない!

 こうなったら…未完成のアレ(・・)を使うしかない!

 

 

尾白side

 

「委員長!」

 

 パワーローダー先生の反撃を紙一重で避けながら、弾幕に曝される委員長に声をかけると―

 

「心配無用だ! 自力で対処してみせる! 尾白君はそちらの対応(・・・・・・)を頼む!」

 

 力強い答えが返ってきた。わかったよ、委員長。正直、まだ未完成だけど…アレ(・・)を使ってみるか!

 覚悟を決めた俺は一旦パワーローダー先生から距離を取り、懐に隠していた物を自分の尻尾、その先端に取り付けた。

 

「槍の…穂先だと? そんな物で何をする気だ?」

「こうするんですよ!」

 

 疑問の声に答える為、俺は再びパワーローダー先生に接近し―

 

「テールスピア!」

 

 尻尾の先端をパワーローダー先生に向けると同時に、一気に伸ばした! 

 

「なにっ!?」

 

 こんな攻撃を仕掛けてくるとは予想していなかったのか、反応が遅れたパワーローダー先生。パワードスーツの腕で防御こそ出来たが、深々と槍が突き刺さる。

 

「くぅっ…」

 

 伸ばした尻尾を縮めながら、痛みに顔を顰める。効果があったのは嬉しいけど…瞬間的に尻尾の全関節を外して伸ばすから、痛みが発生するのが欠点だな…我慢出来る範囲ではあるけど。

 

「まさかそんな攻撃を隠していたとはな…」

「試験合格の為に、切り札の1つや2つは、用意しておくものですよね!」

 

 そう言いながら、俺はパワーローダー先生に飛びかかる!

 

「テールスピア…3連突き!」 

 

 両手のトンファーと尻尾の槍。3つの武器で総動員して、パワーローダー先生へ攻撃を仕掛ける。委員長、パワーローダー先生は意地でもここで抑え込む! あとの事は任せた!

 

 

飯田side

 

「頼むぞ! 尾白君!」

 

 パワーローダー先生へ猛然と連続攻撃(ラッシュ)を仕掛ける尾白君にそう叫び、僕も切り札を発動する。

 先代インゲニウム(兄さん)から教わった飯田家伝統の訓練法で『エンジン』を鍛え、発動出来るようになったレシプロバーストを超える超加速法。その名も!

 

「レシプロターボ!」

 

 発動と同時に、レシプロバースト発動時を超える超スピードで走り出す。未だ訓練を始めて間もない為、細かいコントロールは殆ど出来ず、使える時間も精々30秒。だが、この状況なら―

 

「30秒あれば十分!」

 

 そう、このスピードなら機関砲は狙いが定まらず、使い物にならない。そしてミサイルは―

 

「最高速度に達する前なら!」

 

 推進方法の関係上、最高速度に達するまで一定の時間が必要な為、易々と回避出来る。迎撃が無くなった事で、僕は最短距離を駆け抜ける事が出来―

 

『…飯田・尾白ペア、条件達成だよ』

 

 無事にゲートを潜る事が出来た。

 

 

パワーローダーside

 

「クケケ…まんまとやられちまったか」

 

 リカバリーガールのアナウンスを聞きながら、心の中に浮かぶのは悔しさよりも2人への称賛。

 一度は王手をかけたと思ったんだがな…まさか、こうもあっさり突破されるとは思わなかったぜ。

 

「しかし、これで5連敗……そろそろケツに火がついてきたか?」

 

 生徒の成長は教師の喜びではあるが、こうも予想を上回られてばかりだと、教師の沽券って物が少々ヤバい。

 

「…次はプレゼント・マイク。大丈夫だろう」

 

 次の試合の担当であるプレゼント・マイクの能力と実績なら心配ない筈だが…嫌な予感って奴がどうも拭えねぇ…。

 

「まぁ、なるようになるか」

 

 先の事を考えても仕方ねぇ。俺は穴ぼこだらけになった試験会場の修復を優先する為、考えるのをやめた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦(終了)○蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム×
第5戦(終了)○飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー×
第6戦    口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク
第7戦    障子目蔵&葉隠透vsスナイプ
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト


また、皆様のお陰をもちまして、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』のUAが30万、お気に入りが1900件を突破しました。

皆様の期待に少しでも応えられるよう、これからも頑張ってまいります。


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第58話:期末試験ー第6戦ー

お待たせしました。
第58話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


プレゼント・マイクside

 

『…飯田・尾白ペア、条件達成だよ』

 

「おいおいおい…マジかよ」

 

 試験会場(森林ステージ)で準備を整えているところに聞こえてきた、リカバリーガールからのアナウンス。

 教師陣(おれたち)の5連敗を伝えるその内容に、思わず天を仰ぐ。

 

「こりゃぁ、試験の後は大反省会(・・・・)かねぇ…2時間や3時間で済めばいいけど…」

 

 そう呟きながら、根津校長とリカバリーガールの2人からお説教を受ける光景を想像して…思わず背中に冷たい物が走った。

 

「イレイザー達には悪いが…俺は参加しないぜ」

 

 そう、そうだよ。俺が連敗を止めれば良い。シンプルな話だ。何より―

 

「俺の“個性”は、ちょぉぉぉぉぉぉぉぉう! 格上!」

 

 俺の“個性”なら、口田甲司の“個性”『生き物ボイス』は完封出来るし、耳郎響香の“個性”『イヤホンジャック』に対しては、圧倒的な出力差がある。

 真正面から叩き潰すには、打って付けの相手だ。

 

「ぃやぁぁぁぁぁってやるぜっ!」

 

 咆哮(こえ)を上げて、自らに気合を入れ直す。

 リスナー達! この試合、勝つのは俺だぜ!

 

 

耳郎side

 

「もうすぐ試験開始。口田…準備は?」

「大丈夫。準備万端」

 

 ウチの問いかけにそう答える口田。“個性”の関係で発達したウチの聴力で、辛うじて聞き取れるくらい小さな声だけど、これでも少し前より格段に大きくなってる。 

 

「流れは今、ウチ達の方にある。相手は格上だけど…勝ちにいこう」

「うん、全力を尽くすよ」

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第6戦。口田・耳郎ペア対プレゼント・マイクの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 そこへ響くリカバリーガールのアナウンス。ウチと口田は互いに頷き、戦闘態勢に入る。そして― 

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

「Yeaaaaaaah!!」

 

 スタートと同時に聞こえてくる大音量の叫び声!

 

「くっ! ゴールから500m以上離れてるのに、この音量!?」

 

 ウチの声とほぼ同時に、森で暮らす動物達が少しでもこの大音量から逃れようと走り去り、周りの木々に留まっていた鳥達は一斉に空へと逃げ出していく。

 耳を手で塞いでも意味が無い程の大音量に、ウチは心の中でプレゼント・マイク先生への過小評価を取り消した。

 悔しいけど、今のウチが出せる衝撃波(おと)じゃ、とても太刀打ち出来ない!  

 

「だけど…」

 

 “個性”で力負けしているからって、それが即敗北に繋がる訳じゃない。

 

「こんな所で…止まっている訳にはいかない!」

 

 ウチには、何が何でも叶えたい目的がある。  

 

 -おぉ、その反応…なるほどなるほど。うん、おめでとう! 麗日!-

 -おめでとう!-

 -そっか、緑谷とか…うん、おめでとう、麗日-

 

 あの食事会の日。緑谷と麗日が恋人同士になったと知って、ウチは…麗日を祝福しながら、心の奥で密かに嫉妬した。

 でも、それ以上に…自分の意気地無さが、心底情けなくなった!

 

 -あのさ、緑谷…助けてくれたのは嬉しいんだけど…降ろしてくれない?-

 -…あぁ! ご、ごご、ごめんなさい!-

 

 初めての戦闘訓練で、轟の凍結から助けてくれたあの時から…本当は緑谷の事が好きだった。

 だけど、ウチは…その想いを口や態度にハッキリ出す事をしなかった。

 怖かったんだ。緑谷から拒絶される事が…緑谷はそんな奴じゃないと頭では解っていても、想いを口にする事が出来なかった。

 想いが報われない位なら、クラスメートとして仲良くやっていた方が良い。

 そんな屁理屈で自分を誤魔化して、その結果が………ウチは戦う前から負けていたんだ!

 

「もう…あんな無様は晒さない為にも!」

 

 食事会から帰った後、ウチは泣けるだけ泣いて…決心した。

 緑谷の恋人になれないなら、同じヒーローとして、緑谷が信頼してくれる位強くなろうって!

 

「壁は乗り越えていく! 口田! 作戦通りに頼むよ!」

 

 

口田side

 

「壁は乗り越えていく! 口田! 作戦通りに頼むよ!」

 

 耳郎さんの声に頷き、僕は近くの樹へ向けて歩き出す。

 プレゼント・マイク先生の大声で、数分前まで木に留まっていた鳥達は皆飛び去ってしまっている。

 少し前までの僕なら、どうする事も出来ず、お手上げ状態だっただろう。だけど、今の僕は違う。

 

「…見つけた」

 

 目指した樹には大きな洞が出来ていて、その中には巨大な蜂の巣が出来ていた。この巣の主、それは― 

 

「我に従いなさい。黄色と黒に彩られし、空飛ぶ者達。騒音の元凶たるその男、討ち取る為に力を尽くすのです」

 

 蜂類世界最強(・・・・・・)。日本原産。『大雀蜂(オオスズメバチ)』。

 

 

プレゼント・マイクside

 

「何処にいるのかなぁぁぁぁぁっ!!」

 

 リスナー達が潜んでいる森に向かって、何度目かになるシャウトを放ってみたが…どうも反応が鈍い。

 

「何かを企んでいる? いやいや、片や“個性”が完封。片や完全力負け。そんな状態で何を企めるって…」

 

 そこまで口にしたところで、俺は声を失った。

 何故って? 森の中から大雀蜂が! 群れを成して! 飛び出して来たからだよ!

 

「畜生! これだから森林ステージ(こんなところ)は、嫌なんだ!」

 

 明らかに俺を狙って飛んでくる大雀蜂の群れ。俺のシャウトが大雀蜂を刺激した? それとも、口田甲司の“個性”が、昆虫にも通用するものだった?

 クソッ! 判断するには、情報も時間も少な過ぎるぜ!

 

「仕方ねぇ! 迎え撃つま…で…」

 

 覚悟を決め、大雀蜂の群れに向けてシャウトを放とうとしたその時、俺は再度声を失った。

 森からこちらへ向かってくる新たな群れ(・・・・・)

 大雀蜂の様に空は飛んでいない。だが…蟻、団子虫、蜘蛛、百足、馬陸(ヤスデ)蚰蜒(ゲジ)…無数の虫が、まるで黒い絨毯のように密集して蠢いている。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 悲鳴をあげながら、俺はその場を離れた。

 逃げたんじゃない。これはあくまでも、態勢を整える為の戦術的撤退だ!

 

 

雷鳥side

 

「口田君…凄い!」 

 

 試験会場のあちこちに設置されたカメラによって、モニターへ映し出される光景に声をあげる出久。

 たしかに、自身の周りに従えた100匹以上の大雀蜂を、プレゼント・マイク先生に差し向ける口田の姿は、なかなか壮観だ。

 

「大の虫嫌いから、あそこまで持っていくのに、苦労したんだぜ」

「え…口田君、虫嫌いだったの!?」

 

 信じられないという顔の出久。試験会場から戻ってきた切島や轟達*1も程度の差はあれ、同じような顔をしているな。ただ1人、砂藤を除いて(・・・・・・)

 

「ほら、勉強会が終わった後の演習試験対策の時、俺と口田が少しだけ席を外しただろ? あの時にこっそり聞き出したんだよ」

「あ、あの時!」

「口田と耳郎がペアを組み、その相手がプレゼント・マイク先生になる事は、ほぼ確実と言って良いほど可能性が高かったからな。その点を考慮して、手を打った訳だ」

「そうか! 昆虫の聴覚は人間や動物のそれとは異なる。だから、プレゼント・マイク先生の“個性”『ヴォイス』を使っての攻撃が効きにくい。試験での切り札になる事を狙ったんだね? 雷鳥兄ちゃん」

Exactly(そのとおり)。まぁ、口田の虫嫌いのレベルは、かなりの物だったから…克服訓練は少々スパルタ(・・・・・・)だったけどな」

「吸坂………どんな方法使ったんだ?」

 

 と、ここで轟が恐る恐る克服方法を訪ねてきた。まぁ、秘密にするような事じゃないから話すとするか。

 

「簡単だよ。喰ってもらった(・・・・・・・)」 

「…む、虫を…か?」

「おいおい、知らないのか? 食用の虫って、結構多いんだぜ。八百万は知ってるよな?」

「えぇ、以前家族でオーストラリアへ旅行に行った際、アボリジニ文化を知る一環としてミツツボアリや、ウィッチティ・グラブ*2の蒸し焼きを食べた事がありますし、昆虫とは少し違いますがエスカルゴもよく食卓に上がりますわ」

 

 ………流石は資産家令嬢。予想以上に食べてたな。

 

「まぁ…そういう訳で、世界的に見れば虫を食べる文化は結構あるって事だ。日本でも、群馬県や長野県なんかで伝統的に食べられている。話を戻すぞ」

「虫への恐怖心を克服する為に、昆虫を料理して食べさせたんだよ。砂藤にも協力してもらってな」

「昆虫を使ってスイーツ作ってくれ。なんて頼まれた時は、流石に驚いたけどな」

 

 そう言って苦笑する砂藤。たしかに、いきなり無茶振りした事は悪いと思っている。

 

「でも、吸阪から渡されたイナゴパウダー*3が、抹茶みたいな風味だったからな。抹茶や小豆と混ぜて、パウンドケーキにしたら、結構美味くなったぜ」

 

 だが、その無茶振りに見事答えてくれたのは、流石だよ。 

 

「俺の方はもっとストレートだな。蝗の佃煮とか蜂の子のバター醤油炒め、あとは…雀蜂の素揚げにエスカルゴ」

「……口田君の反応は?」

「もちろん、最初は悲鳴上げてたさ。だけどな。時間をかけて説得したよ。せっかく憧れの雄英に入ったんだから、前進しよう! 恐怖を乗り越えていこうぜ! ってな。口田の奴、勇気を出して食べてくれたよ」

 

 味が気に入ったのか、用意した分を全部平らげたのは予想外だったけどな!

 

「今の口田は虫嫌いを克服し、生まれ変わった。その力を存分に見せつけてやれ!」

 

 大雀蜂の群れに続き、蜘蛛や百足など地を這う虫達の群れをプレゼント・マイク先生の元へ差し向けた口田を見ながら、俺は叫んだ。

 ………まぁ、プレゼント・マイク先生に対しては…御愁傷様です。

 

 

プレゼント・マイクside

 

「冗談じゃねぇぇぇぇぇっ!!」

 

 上を見れば大雀蜂の群れ、下を見れば地を這う虫達の大群。こんな状況で逃げ出さずにいれるか? No,it’s impossible!(いいや、無理だね!)

 そんな事を考えながら、これまでの人生で最速(・・)と言って良いほどの逃げ足を発揮していると―

 

「ん?」

 

 森の方向から口田甲司が姿を現した。なんだ、勝利を確信して、姿を見せたってか?

 

「流石に…舐め過ぎだ!」

 

 怒りのシャウトを放とうとしたその時―

 

「ッ!」 

 

 俺の至近を、何かが高速で通り過ぎた(・・・・・・・・)。虫で追い立てるだけじゃなく、投石(・・)で駄目押しかよ! 

 

「畜生!」

 

 再び走りながら、思わず叫ぶ。"個性”に気を取られて忘れていたが、口田甲司の肉体は相当なものだ。そのパワーを活かしての投石は、まさに脅威!

 

「俺だけ難易度Very Hard通り越して、Nightmareだろぉ!」

 

 虫の群れと投石に追い立てられ、散々走り回される。そして残り時間が10分を切ろうとしたその時―

 

「今度はお前か! 耳郎饗香!」

 

 進行方向上に耳郎響香が姿を現した。その耳たぶから伸びるコードは、既にブーツ(両足のスピーカー)に接続されていて―

 

「この距離なら!」

 

 間髪入れず放たれる指向性衝撃波。くそっ、いつもなら安い音(・・・)と流せるが、この状況だとなかなか…。

 

「まだまだ! 俺を倒すにはボリューム不足だぜ!」

 

 だが、倒れるわけにはいかねぇ。教師陣(おれたち)の連敗を止めるのは俺なんだからな!

 気合いを入れ直して、足を踏ん張り、反撃を試みるが…。

 

Holy shit(なんてこった)…」

 

 耳郎響香が振り回し、こっちへ投げつけた物の正体が、ボーラであると悟った時、俺の勝ち目は消えた。

 

 

耳郎side

 

 投げつけたボーラで、プレゼント・マイク先生の両足を封じ、転倒させたところで、一気に接近。

 両耳のプラグをいつでも突き刺せる状態にした上で、デステゴロさんに習った通りに腕を取り、ハンマーロックを仕掛ける。

 

「痛ぇぇぇっ! 」

「口田! ウチが抑えている間にカフスを!」

 

 すぐさま口田も駆け寄り、プレゼント・マイク先生にカフスを掛ける。

 

『…口田・耳郎ペア、条件達成だよ』

 

「やった…」

 

 リカバリーガールのアナウンスが聞こえ、ようやく張りつめていた物が緩んだ気がした。

 緑谷に信頼してもらえる位強いヒーロー。それには、まだまだ遠いけど…1歩くらいは近づけたと思う。

 

「緑谷…ウチ、頑張るから」

 

 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟きながら、空を見上げる。

 雲ひとつない青空が…なんだか、いつもより眩しく感じた。

*1
第3戦までの参加者は帰還済み。第7~8戦の参加者は会場へ移動中

*2
大雑把に言うと巨大芋虫

*3
乾燥させた蝗を粉末状に加工した物




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦(終了)○蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム×
第5戦(終了)○飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー×
第6戦(終了)○口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク×
第7戦    障子目蔵&葉隠透vsスナイプ
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト


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第59話:期末試験ー第7戦ー

お待たせしました。
1日遅れとなりましたが、クリスマスプレゼント代わりに第59話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

「これで生徒側(ぼくたち)の6連勝。少々出来過ぎな位、良い流れだけど…油断は出来ないな」

 

 口田君と耳郎さんの演習試験突破(クリア)を告げるアナウンスを聞きながら、僕は秘かに呟く。

 次の第7試合。障子君と葉隠さんの相手はスナイプ先生。雄英教師陣の中でも、殺傷力(・・・)という点では、トップクラスだ。

 もちろん、相応の対策を施してはいるけど…1発当たれば終わりな事に変わりはない。

 

「もう少し対策を詰めておくべきだった? いや、日程や2人の練度を考えれば…」

 

 駄目だ、一度気になりだすと、どうも嫌な予感が拭えない。見ている事しか出来ないのが、こんなに辛いなんて…。 

 

「出久」

 

 その時、不意に雷鳥兄ちゃんの声が聞こえ—

 

「せいっ!」

「痛っ!」

 

 脳天にチョップが叩き込まれた。

 

「出久。思慮深いのはお前の美徳だが、考え過ぎるのは良くないぞ」

「雷鳥兄ちゃん…」

「障子も葉隠も、今出来る最高の準備を整えて試験に臨んでいるんだ。結果がどうなるかは、まさに神のみぞ知る。ここまで来たら、俺達に出来るのは2人を信じてやる事だけだ」

「………そうだね。僕が心得違いをしていたよ」

 

 あぁ、僕もまだまだ未熟だなぁ。仲間を信じる事もヒーローにとって大切な資質だっていうのに…。

 

 

スナイプside

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第7戦。障子・葉隠ペア対スナイプの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 リカバリーガールのアナウンスを聞きながら、俺は愛用しているリボルバーをホルスターから抜き、戦闘態勢に入る。

 ここまでの対戦成績は教師陣(おれたち)の6連敗。残った俺と13号、オールマイトが全勝したとしても3勝6敗。大きく負け越したという事実は消えないだろう。だが-

 

「それでも見せておかねぇとな…教師(プロ)の底力って奴を」

 

 静かにそう呟き、俺は試験会場へ来る前に急遽用意したある物(・・・)へ視線を送る。

 

「俺達の事を色々と調べていたようだが、俺が現場でこいつらを使った事は3回も無い。はたして、ここまで調べがついているか?」

 

 

障子side

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、第7戦。障子・葉隠ペア対スナイプの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

「障子君! 頑張ろうね!」

「あぁ」

 

 恐らく両手を上げているであろう葉隠にそう答えながら、俺は今回の試験対策として持ち込んだ新たな装備を確認する。

 個人的信条としては、こういうゴテゴテした装備はあまり好きじゃない。だが-

 

「備えあれば憂いなし。か」

 

 個人的な好き嫌いを言っている場合じゃない。この試練を乗り越える事が最優先だ。

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

「いくぞ、葉隠!」

「うん!」

 

 試験開始と同時に走り出す俺と葉隠。そこへ連続した銃声と共に飛来する弾丸。その数6!

 

「葉隠!」

 

 俺は葉隠を庇う様にその前に立ち、新たな装備を構えて6発の弾丸全てを防御した(・・・・)

 新たな装備。それは厚さ5mmの鋼板をアラミド繊維で挟んだ特製の防弾盾(バリスティックシールド)2枚*1

 俺の体格(サイズ)に合わせた*2上、防御力向上の為に鋼板を挟んだ関係で、1枚当たりの重量が20kgを超えているが、それは俺の複製腕を用いる事でカバー出来る。

 複製腕4本の内2本でこの盾を持ち、残る2本には目を複製して、索敵を担当。これなら、スナイプ先生が自身の“個性”『ホーミング』で弾丸を操作し、背後から攻撃してきたとしても、余裕をもって受け止める事が出来る。

 

「このまま一気にゴールを目指すぞ!」

「オーッ!」

 

 葉隠を背後に庇いながら、ゴールを目指す。途中、何度もスナイプ先生からの銃撃を受けるが、その全てを盾で受け止めていく。そうやって突き進む事10分。

 

「ゴールが見えたよ! 障子君!」

 

 ようやくゴールへ残り100mの所まで来る事が出来た。だが、問題はここからだ。

 

「なるほど。防弾盾(バリスティックシールド)か。しかも、それだけの大型サイズなら、俺のリボルバーじゃ力不足(・・・)だな」

 

 ゲート前に陣取り、感心したような声を上げるスナイプ先生。一見すると隙だらけだが、俺や葉隠が半歩でも動いたら、即銃弾が飛んでくるだろう。

 

「だから、こういう物を用意しておいた(・・・・・・・)

「ッ!?」

 

 先生が発した用意しておいた(・・・・・・・)という言葉。その意味を理解するよりも早く、嫌な予感が背筋を走った。

 

「葉隠!」

「えっ? きゃぁっ!」

 

 咄嗟に背後にいた葉隠を複製腕で掴み、近くの柱の陰へ投げ飛ばす。同時に、それぞれ違う方向から放たれた二条の赤い光が俺を捉えた。これは…レーザーサイト!

 

「くっ!」

 

 2枚の盾で防御を固めた直後、轟音と共に放たれた大量の銃弾が俺を襲った。高度な迷彩が施された自律式の固定銃座とは…流石に想定外だ。

 

「障子君!」

 

 大量の弾丸に晒される俺を見て、葉隠が何とか助けようとするが―

 

「きゃぁっ!」

「悪いが、そこで静かに大人しくしてな」

 

 足元に弾丸を撃ち込まれ、身動きを封じられてしまう。

 

「大丈夫だ、葉隠。この銃撃、そう長くは―」

 

 続かない。そう告げようとした俺の言葉はそこで途切れた。視線の先にいるスナイプ先生が構えているのは、リボルバーより大口径のライフル!

 

「悪いが、狙い撃たせてもらう!」

 

 固定銃座からの銃撃が止まるタイミングに合わせ、8回連続で鳴り響く銃声。放たれた8発のライフル弾は、銃撃を防ぎ続け、ダメージが蓄積した盾に容赦なく襲いかかり―

 

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 遂に2枚の盾を破壊。俺はその衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされてしまった。

 

 

雷鳥side

 

「障子ちゃん!」

「障子さん!」

 

 盾を破壊され、吹き飛ばされた障子をモニター越しに見ながら、悲痛な声を上げる梅雨ちゃんと八百万。轟や常闇達も声こそ出さないが、驚きを隠せずにいるようだ。

 

「7年前と4年半前、(ヴィラン)による立て籠もり事件解決の為に、スナイプ先生が狙撃銃を使用した事があったけど、ここで使ってくるなんて………完全に僕の想定ミスだ!」

  

 そして出久は…自身の想定。その甘さを悔やんでいるが…。

 

「そいつは違うぜ、出久。先生達の想定を俺達が上回り続けてきたから、スナイプ先生もそんなレア物引っ張り出してきたって事だ」

「雷鳥兄ちゃん…」

「大体、学生相手に自律式銃座(セントリーガン)だの、大口径小銃ベースの半自動式狙撃銃(マークスマン・ライフル)だの…形振り構わないにも程があるっつーの!」

 

 まぁ…そうさせてしまった原因の一端は、俺や出久にある訳だが…その点は綺麗に無視しておこう。

 

「だが、まだ希望はある。頼むぜ…葉隠」

 

 

葉隠side

 

「さて、これで詰み(チェックメイト)だ」

「………」

 

 スナイプ先生の持つ拳銃を向けられ、ゆっくりと手を上げる障子君。柱の陰に隠れている私は、今のところ無事だけど…少しでも動けば、容赦なく銃弾が飛んでくるだろう。

 

「残り時間は5分…チャンスは多分、1回」

 

 心の奥から湧き上がる恐怖心を抑えるように、呼吸を繰り返す。スナイプ先生の銃撃に身を晒すなんて、とてつもなく怖い。恐ろしい。

 でも、障子君はそんな私を護る為に体を張ってくれたんだ。ここでやらなきゃ女がすたる! だよ!

 

「“Plus Ultra(更に向こうへ)”!!」

 

 敢えて大声で叫びながら、私は柱の陰を飛び出した。同時に、予め脱いでおいた手袋とブーツを投げつけて、スナイプ先生の気を逸らす。

 

「ちぃっ! 往生際が悪い!」

 

 目にも止まらぬ早撃ちで、手袋とブーツが次々と撃ち落される。それでも、コンマ何秒かの時間は稼げた!

 

「これでもくらえーっ!!」

 

 新しく戦闘服(コスチューム)に追加した万能(ユーティリティ)ベルトから、ピンポン玉サイズの赤いボールを3つ取り出し、スナイプ先生に投げつける!

 

「そんな物!」

 

 当然、スナイプ先生は撃ち落とす為に銃弾を浴びせる。だけど、今回はそれが命取り(・・・)だよ!

 

「ぬぉっ!」

 

 全身に纏わりつくトリモチに驚きの声を上げるスナイプ先生。そう! 投げつけたのはトリモチを充填したヤオモモ特製の粘着玉!

 銃弾を浴びせた事でボールが破裂。逆に広範囲へトリモチを撒き散らす結果になったんだよ!

 

「もう1つ!」

 

 今度は青いボールをスナイプ先生の顔面目掛けて投げつける! 青いボールは見事に命中し、充填されていたピンクの染料でスナイプ先生の視界を塞いでしまう。

 

「今のうちに!」

 

 トリモチで動きが鈍り、染料で視界が塞がれたスナイプ先生の横を通り抜け、一気にゴールへ走る。

 

「逃がす、かぁ!」

 

 当然、スナイプ先生も私を追いかけようとするけど―

 

「葉隠、行け!」

 

 障子君がスナイプ先生へタックルを仕掛け、それを妨害する。その結果―

 

『…障子・葉隠ペア、条件達成だよ』

 

 ゴール到達で条件達成! やったね!

 

「皆ーっ! やったよーっ!!」

 

 私はモニタールームで見守ってくれている皆に向かって、思いっきり手を振った。透明だから見えていないだろうけど、きっと気持ちは伝わっている筈だよね!

*1
演習試験1週間前に八百万が創造した

*2
幅50cm、長さ90cm




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦(終了)○蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム×
第5戦(終了)○飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー×
第6戦(終了)○口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク×
第7戦(終了)〇障子目蔵&葉隠透vsスナイプ×
第8戦    青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト


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第60話:期末試験ー第8戦ー

お待たせしました。
に第60話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「吸阪、緑谷。悪いが試験会場への出発は、暫く待ってもらう」

 

 障子達のクリアを見届け、出久と共に試験会場へと向かおうとした俺を引き止めたのは、相澤先生の一言だった。

 

「暫く待てって…どういう事でしょうか?」

 

 相澤先生の発言。その意味がわからず、相澤先生に問いかける俺だったが-

 

「それは君達とオールマイトの戦いを、全員で見届けたいからさ!」

 

 返答してきたのは校長先生だった。

 

「そういう訳だ。最終戦は第8戦の参加者がモニタールーム(ここ)へ戻ってきてから行うものとする」

「はい!」

「わかりました」

 

 やれやれ、全員で見届けたいか…。何やら裏がありそうな気がするのは、俺だけか?

 

 

お茶子side

 

『青山君、芦戸さん、麗日さん。ではこれより、あなた達3人が行う演習試験の追加説明を行います』

 

 演習試験会場に到着して約3分。スピーカーから聞こえてきた校長先生からのアナウンスに、私達は耳を傾ける。

 

『制限時間は通常の試験より10分短い20分。合格条件は基本的には同じになります』

 

 基本的には同じ。ハンドカフスを掛けるか、ステージを脱出するって事だよね?

 

『ただし…カフスを掛ける、ステージを脱出する。どちらを選択するにせよ、2人以上(・・・・)が条件を達成しなければクリアとはならない。この事をよく覚えておくように』

 

 2人以上…3人の内1人だけが脱出に成功したり、カフスを1つ掛けただけじゃ駄目って事か。

 

『質問が無いようだったら、説明はこれで終わります。3人とも健闘を祈っているよ』

『それじゃあ、1-A期末テスト、第8戦。青山・芦戸・麗日チーム対13号の試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 校長先生と入れ替わるように響く、リカバリーガールのアナウンス。

 よし! 気合を入れて、合格目指して頑張―

 

Mesdames(お嬢さん達). Sortons de ce test avec trois personnes(3人でこの試練を乗り越えようじゃないか)♪」

「えっ…」

「青山ー、何言ってるかわかんないよー!」

 

 み、三奈ちゃん! 正直に言い過ぎ!

 

 

13号side

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

 ゴール前に陣取った僕は、試験開始と同時に手にしたタブレット端末を操作。監視カメラをフル稼動して、3人の現在位置を把握する。

 

「立て籠もり事件等の対処法を訓練する為に造られたこの施設は、USJ程ではないにせよ、僕も設計に関わっている。だから、君達の動きは把握出来ます…」

 

 そう呟きながらタブレット端末を操作し、3人が進む通路上にある隔壁を次々と作動させていく。

 突然下りてきた隔壁で道を塞がれ、3人は已む無く別の通路を選ぶが、そこもまた隔壁で塞がれてしまう。

 

「悪いけど、君達の行動はこちらで制限をかけさせてもらうよ」

 

 他の先生方に比べ、僕は戦闘では一歩劣る。だからこそ、少しでも有利な状況で君達を迎え撃たせてもらう。

 

「卑怯かも知れないが…これも戦術です」

 

 隔壁を全て下ろし、ゴールへと至るルートを1つに絞る。あとは、唯一残された通路から彼らが飛び出してくるのを待ち構えれば良い。

 

「ん?」

 

 その時、タブレット端末の画面に映されていた監視カメラの映像が途切れた。すぐさま他のカメラに切り替えると―

 

「なるほど。こちらの監視に気づきましたね」

 

 青山君の“個性”『ネビルレーザー』と芦戸さんの“個性”『酸』で、監視カメラを次々と破壊しているようですが…今となっては、大した問題ではありません。

 隔壁を破壊して別ルートを進むという選択肢もありますが…残り時間や青山君、芦戸さんの体力等を考えれば、その選択肢を選ぶ可能性は極めて低い。となれば…。

 

「こちらを焦れさせるのが目的…そう考えるのが妥当でしょうね」

 

 監視カメラからの映像が絶たれれば、こちらは3人の動きが察知出来なくなる。それを利用して、こちらの隙を窺おうという作戦。悪くはありませんが…。

 

「それは時間に余裕があってこそ、真価を発揮する作戦」

 

 時間切れ(タイムアップ)まであと15分足らず。このくらいの時間で焦れるほど、プロは短気ではありませんよ。  

 

 

お茶子side

 

「麗日! この辺りのカメラは、全部壊したよ」

「これで13号先生に僕らの動きが知られる可能性は無くなったね♪」

「2人とも、ありがとう! ガラス、大分集まったよ」

  

 青山君と三奈ちゃんに監視カメラを壊してもらっている間、私は周りの窓ガラスを片っ端から叩き割って、ガラス片をかき集めていた。このガラス片が、私達の勝利の鍵だ。

 

「おぉー、大量だね! あとは私に任せて!」

 

 私から大量のガラス片を受け取った三奈ちゃんは、手から粘度の高い酸を分泌し始める。

 今から行う事を監視カメラ越しに見られていたら、私達が何をやろうとしているか、13号先生にはすぐに見破られてしまう。だから、カメラを壊してもらったけど…。

 

「どうか、13号先生が様子を見に来ませんように…」

「同感だね♪」

 

 祈るような気持ちで私と青山君は、三奈ちゃんの作業を見つめ―

 

「出来たー!」 

 

 約5分後、作業は完了した。

 

「ありがとう! 三奈ちゃん! 残り時間は…8分! ゴールに急ごう!」

 

 

13号side

 

「残り時間5分、そろそろでしょうね」

 

 いつでも“個性”を発動出来る状態で、僕はゲートの前で待ち構える。残り時間から考えて、彼らはそろそろ…。

 

「ッ!」

 

 その時、僕の第6感とでも言うべき感覚が、こちらへ接近してくる3つの気配を察知しました。どうやら、勝負を仕掛けてくるようです。

 

「13号先生! 勝負!」

 

 次の瞬間、通路から真っ先に飛び出してきたのは芦戸さん! 彼女は両手の指先をこちらへ向け―

 

「アシッドブラストォ!」

 

 雄英体育祭でも披露した水滴状の酸を指先から発射する技(アシッドブラスト)でこちらを攻撃してきます。

 

「見事な連射です。1発の威力は小さくとも、連続で食らうのは遠慮したいですね。しかし―」

 

 真正面から放たれた攻撃を受ける程、僕は酔狂じゃありません。“個性”を発動し、ブラックホールで酸の弾丸全てを吸い込んでいきます。

 

「援護するよ♪」

 

 すると、今度は青山君が臍からだけでなく、両肩と両膝からもレーザーを発射し、芦戸さんの援護を始めました。

 

「ブラックホールは、光をも吸い込みますよ」

 

 当然、青山君のレーザーもブラックホールで吸い込んで無力化。さて、このままではただ時間が流れていくだけ。

 麗日さんが姿を見せない事から考えても、何か策を考えているようですが…さて、どんな策を?

 

「2人とも、お待たせ!」

 

 そこへ、麗日さんが何かを引き連れて(・・・・・)飛び込んできました。そして―

 

「いっけぇ!」

 

 麗日さんの声に従うように、一斉に宙へと浮きあがる何か。あれは……鏡?

 

「…まさか!」

「青山君!」

 

 僕が何かに気づくのと同時に、麗日さんが叫び―

 

「僕にお任せ♪」

 

 青山君が宙に浮く鏡に向けて、レーザーを乱射! それぞれのレーザーは鏡によって反射され、また別の鏡で更に反射される。それを繰り返した結果―

 

Dangereux(危ない)!」

 

 撃った本人(青山君)ですら把握出来ない程、不規則な射線を描きながら私達(・・)に降り注ぐ!

 

「自分も巻き込まれるなんて、滅茶苦茶過ぎる!」

 

 四方八方から雨の様に降り注ぐ、文字通りの無差別攻撃となったレーザーを青山君と共に避けながら、思わず叫ぶ。ブラックホールで吸い込もうにも、攻撃が無作為(ランダム)過ぎて対応しきれない!

 

C'était dangereux(危なかった)…」

「な、なんとか避けきった……2人は!?」

 

 何とか全てのレーザーを回避し、安堵したのも束の間。芦戸さんと麗日さんの姿が無い事に気づきました。まさか、この隙を突かれて!?

 

「いない…?」

 

 慌ててゲートへと視線を送りますが、通過された形跡はなし。だとすると…2人はどこに?

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、第6感に従って天井を見上げると、そこには天井まで浮き上がった(・・・・・・)芦戸さんと麗日さんの姿。

 そうか、僕と青山君がレーザーから逃げ惑う間に、2人は天井へと浮き上がって―

 

「いっけぇ!」

 

 芦戸さんの酸を天井に散布して、崩落を誘発させたのか!

 

「滅茶苦茶だ!」

 

 再び響く叫び声。タイミングを計っていたのか、青山君は既に避難済み。さっきのレーザーはこの為の布石! 

 

「だがしかし!」

 

 先程のレーザーとは違い、まっすぐ落ちてくるだけの建材など、どうという事は!

 

「ぬぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 “個性”を全開にして、降り注ぐ全ての建材を微細な塵に変換し、吸い込んでいきます。

 

「うっそぉ…」

 

 全てを吸い込んだところで、聞こえてくる芦戸さんの呆然とした呟き。流石に驚かされましたが…これで君達の策も―

 

「流石は13号先生。信じてましたよ。天井を落としても全部吸い込んでくれる(・・・・・・・・・・)って」

 

 その時、背後から聞こえる声。

 

「しまっ―」

 

 振り返ろうとした瞬間、声の主が僕の背中に手を触れた。その途端、問答無用で浮き上がっていく体。これは麗日さんの“個性”『無重力(ゼログラビティ)』!

 

「2人とも! 今だよ!」

 

 それを合図にゴールへ走る青山君と芦戸さん。三段構えの策とは…見抜けなかった僕の負けですね。

 

『…青山・芦戸・麗日チーム、条件達成だよ』

 

 

お茶子side

 

「カメラを壊してから暫くの間、動きがなかったのは反射鏡(リフレクター)を作っていたのですね」

 

 試験会場からモニタールームへと戻るバスの中、私達にそう尋ねてきた13号先生。

 

「はい、窓ガラス割って作ったガラス片に、三奈ちゃんが溶かしたアルミを塗って、即席ですけど」

「なるほど…いやはや、見事な発想です。成績に+評価を付けておきましょう」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「やったぁ!」

 

 13号先生からの思わぬ言葉に、声を上げて喜ぶ私と三奈ちゃん。青山君も声にこそ出さないけど喜んでいるみたいだ。

 

「しかし、会場の施設を壊しすぎたのは少々頂けませんね。その点はキッチリ減点しておきますよ」

 

 ………やっぱり、そう上手くはいかないね。でも、これで私達の8連勝。最後に控える緑谷君と吸阪君に最高の形でバトンを渡す事が出来た。

 

「2人とも…合格を信じてるよ」

 

 窓の外の景色を見ながら、私は静かに呟いた。どうか…全員合格して、合宿に臨めますように…。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦(終了)○蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム×
第5戦(終了)○飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー×
第6戦(終了)○口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク×
第7戦(終了)〇障子目蔵&葉隠透vsスナイプ×
第8戦(終了)〇青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号×
第9戦    吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト

おそらく、今回が今年最後の更新になると思います。
今年1年、拙作をお読みいただき、ありがとうございました。
来年も更新を頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

読者の皆様。良いお年をお迎えください。


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第61話:期末試験ー最終戦その1ー

新年明けましておめでとうございます。

お年玉代わりにもなりませんが、第61話を投稿します。
今回は雷鳥&出久君vsオールマイトの導入ということで、いつもより短めとなっております。

お楽しみいただければ、幸いです。

なお、掲載に伴い第52話から60話までのタイトルを一部変更しております。


雷鳥side

 

「第8戦の参加者が戻って来た。吸阪、緑谷。これからオールマイトさんと一緒に、最終戦の会場へ向かってもらう」

 

 青山、芦戸、麗日、13号先生(第8戦の参加者)モニタールーム(ここ)へ戻ってきた途端、俺と出久に指示を送る相澤先生。ホント、合理主義の塊だよ。

 

「よし、行くぜ。出久」

「行こう。雷鳥兄ちゃん」

 

 俺と出久は互いの拳をぶつけ合い、外で待つマイクロバスへと歩き出す。そこへ―

 

「頑張れよ! 吸阪! 緑谷!」

「オールマイト相手でも、お前達なら合格出来るって信じてるからな!」

 

 切島と砂藤からのエールを皮切りに―

 

「吸阪、緑谷……お前達ならきっと、大丈夫だ」

「お2人とも…御武運をお祈りしますわ」

 

 轟と八百万が―

 

「良い流れはキッチリ繋いできたぜ。頑張れよ!」

「ヘッ、オイラ達も合格出来たんだから、バッチリ決めろよ!」

 

 瀬呂と峰田が―

 

「2人の戦いぶり、最後まで見届けさせてもらう」

 

 常闇が―

 

「吸阪君! 緑谷君! 武運を!」

「2人にこんな事言うのは、釈迦に説法かも知れないけど…平常心で」

 

 飯田と尾白が―

 

「2人とも、頑張って」

「ここまできたら、9戦全勝で試験終わらせよう。ウチ等全員、信じてるからね」

 

 口田と耳郎が―

 

「信じているぞ。吸阪、緑谷」

「2人とも頑張ってね!」

 

 障子と葉隠が―

 

Je vous souhaite bonne chance(健闘を祈るよ)!」

「全員で林間合宿行こうね!」

 

 青山と芦戸が―

 

「吸阪ちゃん、緑谷ちゃん。怪我だけは気をつけてね」

「2人が絶対合格出来るって、信じてるから!」 

 

 そして梅雨ちゃんと麗日が、それぞれなりのエールを送ってくれた。

 

「皆…ありがとな。良い感じにパワー貰った!」

「全力を尽くしてくるよ!」

 

 俺達は皆からのエールにそう答え、既にオールマイトが乗り込んでいるマイクロバスへと乗り込んだ。

 

「すみません、オールマイト。お待たせしました」

「いや、それ程待ってはいないさ。それに、良い物を見させてもらったよ」

「恐縮です」

 

 そんな会話を交わしている内に走り出したマイクロバス。試験会場まで5分って所かな。

 

 

出久side

 

「吸阪少年、緑谷少年、私は君達に謝らなくてはならない」

 

 マイクロバスが走り始めて数分経った頃、突然オールマイトがそんな事を言い出した。

 

「正直言って、私は良い師匠とはお世辞にも言えないだろう。教え方は感覚的で擬音語だらけ。USJの時も、ヒーロー殺しの時も、

そばにいてやる事すら出来なかった。本当に…申し訳ない」

「そんな、オールマイトが謝るような事では…」

「自覚が芽生えただけでも成長だと思いますよ」

「グハッ! 相変わらず手厳しいね…吸阪少年…」

 

 雷鳥兄ちゃんの容赦ない一言に、思わず喀血するオールマイト。相変わらず雷鳥兄ちゃんはブレないなぁ…。

 

「と、とにかく! 今回の試験では、少しでも師匠らしい事が出来る様に全力を尽くす! 2人も全力をぶつけてきて欲しい!」

「愚問ですね。オールマイト相手に手加減出来る程、器用じゃありません」

「僕も全力を尽くします!」

 

 僕達の答えを聞き、満足気に頷くオールマイト。ちょうどバスも試験会場に到着した。試験開始はもうすぐだ!

 

 

雷鳥side

 

 試験会場に到着した俺達は、オールマイトが準備を整えるまでの僅かな時間を利用して、事前に練っておいた作戦を確認した訳だが―

 

「ゲートを潜ってのクリアは…無しだな」

「無しだね。そもそもオールマイトから逃げ切れるとは、到底思えないし」

 

 選択するのは、勝負。カフスを掛けての合格(クリア)を目指す。 

 

『それじゃあ、1-A期末テスト、最終戦。吸阪・緑谷ペア対オールマイトの試合を始めるよ! スタート30秒前!』

 

 その時、聞こえてくるリカバリーガールのアナウンス。俺と出久は同時に戦闘体勢へに入り―

 

『スタート5秒前! レディィィィィゴォ!!』

 

 試験開始と同時に走りだそうとした。その時!

 

「ッ!?」

 

 悪寒(・・)。そうとしか表現出来ないものが、全身を走った。俺は咄嗟に出久の前へ出ると―

 

「出力! 全開!!」

 

 最大出力で電磁バリアを展開した。次の瞬間、爆音と共に俺達へ襲いかかる強烈な衝撃波。

 周りのビルの窓ガラスが一斉に割れ、地面のアスファルトは砕け散り、停められていた車は、まるで玩具のように吹き飛ばされていく。

 そんな衝撃波を何とか堪えきり、その発生源と思わしき方向に視線を送れば、そこには―

 

「さぁ、お2人さん。脅威(ワタシ)が行くぞ!」

 

 そう言って、不敵に笑うオールマイトの姿。どうやらさっきの衝撃波は、左ストレートを繰り出す事で放ったものらしい。

 300mは離れているのに、この威力。今の俺達(・・・・)には、どうやっても出来ない芸当だ。そして―

 

「街への被害など、クソくらえだ!」

 

 1歩1歩近づいてくるその全身から発せられる威圧感は、ヒーロー殺しに匹敵…いや、それ以上だ。

 正直な話、さっきから全身に鳥肌が立って、収まらない!

 

「試験だなんだと考えてると、痛い目みるぞ。私は(ヴィラン)だ。ヒーローよ。真心込めてかかってこい!」

 

 そう言うが早いか、一気に最高速度へ加速して、こちらへ突っ込んでくるオールマイト。220cm、255kgの超重量級でこのスピード。出鱈目にも程があるだろ!

 

 

梅雨side

 

「な、な、なんだよ! あの衝撃波! 吸阪がバリア張ってなかったら、あれで終わってたぞ!」

 

 オールマイトの繰り出した衝撃波。その威力の大きさに驚きの声を上げる峰田ちゃん。他の皆も声こそ出さないまでも同じ感想を抱いているみたいね。だけど…

 

「オールマイト、オールマイト! クソッ、インカムがお釈迦になったか…」

「オイオイ、イレイザー。いくらなんでも少しばかりヤバくねぇか?」

「ウム、流石ニ超圧縮重り(ハンデ)ガ少ナ過ギタナ…」

「先輩、今回ばかりは、“Plus Ultra(更に向こうへ)”の精神で何とか…と言うのは無理があったのでは?」

「………その件に関しては後回しだ」

 

 先生達の方が何やら騒がしいのが、気になるわね…。

 

「ねぇ、梅雨ちゃん」

「どうしたの? お茶子ちゃん」

「うん、上手く言えないんだけど…なんだか、凄く嫌な予感がするんだよね…」

「………偶然ね。私もよ」

 

 吸阪ちゃん、緑谷ちゃん。2人がどうか、無事に試験を終える事が出来ますように…。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

昨日、2020年1月5日で、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』が連載開始から1年を迎える事が出来ました。

これも偏に、読者の皆様のおかげです。
まだまだ未熟ではありますが、これからも執筆活動を頑張っていきますので、応援よろしくお願いいたします。

そして、今後の予定ですが…原作10~11巻、神野区の悪夢編を書き終えた辺りで、第1部完とし、仮免試験編以降は第2部として執筆していこうと考えております。



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第62話:期末試験ー最終戦その2ー

お待たせしました。
第62話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「試験だなんだと考えてると、痛い目見るぞ。私は(ヴィラン)だ。ヒーローよ。真心込めてかかってこい!」

 

 そう言うが早いか、一気に最高速度へ加速して、こちらへ突っ込んでくるオールマイト。220cm、255kgの超重量級でこのスピード。出鱈目にも程があるだろ!

 

「HAHAHA!」

 

 次の瞬間、笑い声と共に放たれる打ち下ろしの右(チョッピングライト)

 ひび割れたアスファルトの地面に、巨大なすり鉢状の凹み*1を作る程の一撃を、俺と出久は何とか回避し―

 

「マグネ・マグナム!」

「スナップショット!」

 

 俺はオールマイトの正面、出久は頭上から、ありったけのベアリングボールを撃ちまくる!

 

「うぉぉぉっ!?」

 

 攻撃を放った直後のオールマイトは、防御も回避もしないまま。ベアリングボールの嵐に晒される。

 さて、俺のマグネ・マグナムは22口径の拳銃弾並、出久のスナップショットは口径5.56mmのライフル弾並の威力がある訳だが…。

 

「……正面と頭上からの飽和攻撃。実に見事だ」

 

 オールマイトから、ダメージの類は全く感じられない。ある意味予想通りだ。

 

「惜しむらくは、弾丸(たま)が小さ過ぎる。散弾銃で大型の猛獣を仕留められないように、私には通用しない」

 

 そう言いながら、オールマイトが軽く力を込めると、その筋肉の表面で止まっていたベアリングボールがボトボトと地面に落ちていく。

 いや、正確にはベアリングボールだった物(・・・・)だな。どれもが無残に潰れ、再使用は出来そうにない。

 

「さて、攻撃はもうお終いかな? だとすれば、少々拍子抜けだね」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと構えを取るオールマイト。余裕を見せてくれるが、いくらなんでも舐め過ぎだ!

 

「生憎と、まだ小細工(・・・)は残ってるんですよ!」

 

 俺は叫びながら“個性”を操作。すると、オールマイトの周囲の落ちていたベアリングボールの内、俺の放った分だけが浮かび上がる。

 

「これは、ベアリングボールが帯電して…まさか!」

 

 気がついたようですが、もう遅い!

 

「ライトニングウェブ!」

 

 次の瞬間、俺の放った電撃が帯電したベアリングボールによって、増幅・拡散し、電撃の網を作り出す!

 

「こ、これはっ!」

 

 全身に絡みつく電撃の網によって、動きを封じられるオールマイト。今がチャンス!

 

「出久! ぶちかませ!」

「うぉぉぉっ!」

 

 俺の声に答える様に、出久は近くで横転していた軽自動車を持ち上げ―

 

「でやぁぁぁっ!」

 

 オールマイトに投げつける!

  

「ぬぉぉぉっ!」

 

 投げられた軽自動車をまともに受け、吹っ飛ぶオールマイト。

 軽自動車と言っても、その重量は700kgを軽く超える。いくらオールマイトでも、全くのノーダメージとはいかない筈だ。

 

「ダブルサンダー! ブレーク!」

 

 更に両腕から放つ電撃を、追撃として叩き込む!

 

「どうだ!」

「いくらオールマイトでも、これなら!」

 

 相応のダメージを与えた事を確信する俺達。だが―

 

「HAHAHA! 2人とも見事だ!」

 

 オールマイトは俺達の予想を超えていた。

 濛々(もうもう)と砂煙が立ち込める中、ゆっくりと歩いてくるオールマイトは、戦闘服(コスチューム)が多少焼け焦げている以外、ダメージを受けた形跡が見られない。

 

「少しも効いてないのかよ…」

「いや、そんな事はないさ。近頃肩凝りが酷かったんだが、スッカリ良くなってね。出来れば、もう2、3発受けてみたいものだ」

 

 俺の呟きに、そんな笑えないジョークを返したオールマイトは、右腕を振りかぶり―

 

TEXASSMASH(テキサススマッシュ)!」

 

 必殺の右ストレートを繰り出した。それによって巻き起こる強烈な衝撃波。電磁バリアを展開する暇も無く、俺達はそれに巻き込まれ―

 

「「うわぁぁぁぁぁっ!」」

 

 悲鳴と共に吹き飛ばされた。

 

 

お茶子side

 

「緑谷君!」

「吸阪ちゃん!」

 

 オールマイトの攻撃で吹き飛ばされる緑谷君と吸阪君を見て、私と梅雨ちゃんが同時に声を上げる。

 

「オールマイト、いくらなんでも強過ぎるだろ…」 

「吸阪君が指摘していた通り、超圧縮重り(ハンデ)が全く機能していない…」

「そもそも…オールマイト、本気出し過ぎなんじゃ…」

「それって、試験にならないって事じゃないの!?」

 

 切島君や飯田君、瀬呂君、三奈ちゃんも次々に声を上げていく。たしかに、これは試験と言うより、師匠と弟子の対決みたいな感じがする。

 

「先輩、どうしますか?」 

「…インカムが壊れている以上、ここからオールマイトを止める術は無い。俺達が会場まで向かい、オールマイトを止めるしかない」

「それしかねぇな…会場まで最速で3分。それまで吸阪と緑谷が無事な事を祈るぜ」

 

 そして先生達は、そんな事を話しながらモニタールーム(ここ)を飛び出そうとした。その時! 

 

「見て! 2人が!」

 

 透ちゃんの声に、全員がモニターに目をやれば、そこには立ち上がり、オールマイトへ向かっていく2人の姿が!

 

「あの2人。まだ戦う気かよ!」

「………2人に続行の意思がある以上、試験はまだ(・・)中断しない。会場近くでギリギリまで待機だ」

 

 相澤先生の決断に頷き、モニタールーム(ここ)を後にする先生達。

 

「緑谷君、吸阪君…どうか2人が無事に試験を終えられますように」

 

 私は神様に、2人の無事を祈らずにはいられなかった。

 

 

出久side

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 オールマイトのTEXASSMASH(テキサススマッシュ)で吹き飛ばされた僕と雷鳥兄ちゃんだけど、その位で諦めたりはしない。

 制限時間はまだ残っている。最後の1秒までもがき、足掻くだけだ!

 

PARABELLUM(パラベラム)スマッシュ!」

「ライトニングプラズマァ!」

 

 2人で一気に間合いを詰めて、オールマイトのボディに左右の連打を叩き込む! だけど―

 

「2人して回転数は見事なものだ。だが…弱連打じゃ、ダメージは与えられないぞ!」

 

 オールマイトには殆どダメージは与えられないまま― 

 

「吸阪少年はすこぶる器用だが、決定力が足りない! フンッ!」

「ぐはぁっ!」

 

 まず雷鳥兄ちゃんがボディブロー1発で吹っ飛ばされて、瓦礫の中に埋もれ―

 

「そして緑谷少年は、攻撃が素直すぎる!」

 

 僕も繰り出した右ストレートをあっさりと掴まれ―

 

「そぉれっと!」

「うわぁぁぁぁぁっ!」

 

 力任せに振り回され、投げ飛ばされた。

 

「HAHAHA! どうした! ヒーロー達! これで終わりかな?」

 

 オールマイトの高笑いが周囲に響く。その時!

 

「超電磁! タ! ツ! マ! キィッ!!」

 

 瓦礫の中から飛び出してきた雷鳥兄ちゃんの放つ超電磁タツマキが、オールマイトを飲み込んだ!

 

「こ、これは、なかなか…」

 

 USJでは、あの脳無の動きをも封じた雷鳥兄ちゃんの超電磁タツマキ。流石のオールマイトも、簡単には動けないようだ。

 

「長い時間抑えるのは無理だ! 出久! 今のうちにぶちかませ!」

「わかった!」

 

 雷鳥兄ちゃんの声に応え、僕は『フルカウル』の出力を限界(40%)の更に上。自壊半歩手前の45%まで高め、構えを取る。

 

「HAHAHA! そう簡単にいくと思ったら大間違いさ!」

 

 その時、オールマイトがその体を縛る戒めから、力任せに抜け出し始めた。だけど、今ならまだ間に合う筈だ!

 

「全力全開!」

 

 僕はオールマイトへ跳びかかり―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマッシュ! シックスオンワン!」

 

 44MAGNUMスマッシュを一点集中の6連発で打ち込む!

 

「ぬぉっ!」

 

 声を上げながら後退するオールマイト。駄目だ。ギリギリで防御されたのか、手応えが浅い!

 

「出久! しゃがめぇ!」

 

 そこに聞こえてきた雷鳥兄ちゃんの声。僕が反射的に腰を屈めた直後―

 

「ライトニングソニック!」

 

 僕の頭上を跳び越える形で、雷鳥兄ちゃんが必殺キックを発動。オールマイトに叩き込んだ!

 

「ぬぉぉぉぉぉっ!」

 

 今度こそ吹き飛んでいくオールマイト。

 

「今だ! カフスを!」

 

 このチャンスを逃す訳にはいかない。僕と雷鳥兄ちゃんはオールマイトにカフスを掛けようと同時に跳びかかる! だけど―

 

「まだまだ甘い! PENNSYLVANIASMASH(ペンシルベニアスマッシュ)!」

 

 その動きを読んでいたオールマイトは、必殺の右アッパーを繰り出した。それによって巻き起こる強烈な衝撃波に、僕達は吹き飛ばされ―

 

「くそっ!」

「まだまだ!」

 

 何とか体勢を立て直したけど―

 

「タイムアップ! 制限時間終了だよ!」

 

 無情にも制限時間の30分が経過してしまった。ゲートを潜る事も、カフスを掛ける事も出来なかった僕達は―

 

「不合格…か」

「そんな…」

 

 不合格と言う結果に、僕達は力なく項垂れる。皆からあれだけエールを送ってもらったのに…自分の無力さが嫌になる。

 

「吸阪少年、緑谷少年、2人とも私の予想以上の戦いぶりを見せてくれた」

「今回は試験不合格という結果になってしまったが、これで全てが終わる訳ではない。この敗北を糧に、君達が更なる成長を見せてくれる事を、私は信じているよ」

 

 そんな僕達を見つめながら、声をかけてくるオールマイト。そうだ、これで全てが終わる訳じゃない。肝心なのは、この敗北をバネにどれだけ成長できるかどうかだ。

 

「僕達には、落ち込んでいる暇なんて無い」

「そうだな。夏休みの補習で、更に強くならないといけないな」

 

 

オールマイトside

 

 試験終了直後は、不合格と言う結果に項垂れていた2人だったが、すぐに気持ちを切り替える事が出来たようだ。

 しっかりとした足取りでマイクロバスへ戻っていく姿は、実に頼もしい。

 

「2人とも頑張りたまえ。今日の敗北が、必ず明日の君達を強くする糧になる。君達が成長を続けていけば、必ず私を超えるヒーローになれるだろう」

「あの、オールマイト」

「うぉっ!」

 

 突然の声に驚きながら振り返ってみれば、そこには相澤君達の姿が…どうして試験会場(ここ)に?

 

「あなたのインカムが試験早々に破損したから、ここへ来たんですよ」

「あぁ…そうだったのか。それは申し訳ない」

「それにしても…オールマイト、やってくれましたね。勝ち筋の欠片も見えないような戦いやって、どうするんですか?」

「………あ」

 

 相澤君の言葉に、今更ながら自分の失敗に気がつく。しまった! やってしまった!

 

「それと、両腕の超圧縮重り、外れてますけど…気がついてます?」

「え? あ、いつの間に…」

 

 戦っている最中に外れてしまっていたのか…これも気付かなかった。

 

「トナルト、オールマイトハ実質ハンデ無シノ状態デ、試験ニ臨ンデイタトイウ訳カ…」

「おいおい、イレイザー。どうするよ? 実質ハンデ無しかつ全力のオールマイトを相手に、あの2人は戦った訳だ。時間切れの為、不合格って言うのは流石に無慈悲が過ぎるってもんだぜ?」

「たしかに、何かしらの救済措置を取るべきだと」

「………その辺の判断は校長に任せる。とりあえず、モニタールームに戻るとしよう……それから、オールマイト。校長からの言伝で、『やってくれたね。オールマイト。後でゆっくり話をしよう』だそうです」

 

 相澤君経由で伝えられた校長の言葉に、全身から冷や汗が吹き出てくる。

 私は2人とは真逆の重い足取りで、マイクロバスに戻るのだった。

*1
直径20m、深さ5m




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
演習試験の結果は以下のようになっております。

第1戦(終了)○切島鋭児郎&砂藤力道vsセメントス×
第2戦(終了)○轟焦凍&八百万百vsイレイザーヘッド×
第3戦(終了)○瀬呂範太&峰田実vsミッドナイト×
第4戦(終了)○蛙吹梅雨&常闇踏陰vsエクトプラズム×
第5戦(終了)○飯田天哉&尾白猿夫vsパワーローダー×
第6戦(終了)○口田甲司&耳郎響香vsプレゼント・マイク×
第7戦(終了)〇障子目蔵&葉隠透vsスナイプ×
第8戦(終了)〇青山優雅&芦戸三奈&麗日お茶子vs13号×
第9戦(終了)?吸阪雷鳥&緑谷出久vsオールマイト?

果たして第9戦の結果はどうなるのか。次回をお楽しみに!


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第63話:期末試験ー総評と特別試験にむけてー

お待たせしました。
第63話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

 最終戦が終了してすぐ、生徒達は演習試験の総評を聞く為に教室へと戻っていった訳だが…その雰囲気は試験開始前とは違い、葬式並に暗いものだった。

 吸阪と緑谷、クラス最強の2人がまさかの不合格に終わったのだから、無理もない。

 

「はぁ…どうしてこうなった?」

 

 思わずそんな言葉が口から漏れる。全ての原因となったオールマイトは、問答無用で校長室に呼び出されていった。そして―

 

「デハ、協議ヲ始メルトシヨウ」

 

 最終戦の合否判定を校長から丸投げ(・・・)された教師陣(おれたち)は、本来やる必要のなかった緊急協議だ。まったく、これこそ不合理の極みだ。

 

 

飯田side

 

 演習試験終了後、僕達は相澤先生の指示で教室に戻った訳だが…。

 

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 もう30分、誰も口を開かず…その雰囲気はまるでお葬式のようだ。その時―

 

「皆…すまなかった」

 

 吸阪君が静かに口を開いた。皆の視線が吸阪君に集中する。

 

「全員合格。なんて偉そうな目標掲げておいて、言い出しっぺの俺達が不合格。まさに有言不実行。情けないにも程がある」

「そうだよね…穴があったら入りたいよ」

 

 吸阪君に続き、緑谷君も口を開くと―

 

「皆…本当にごめんなさい!」

「このとおりだ!」

 

 2人同時に立ち上がって頭を下げる。くっ…まさか2人のこんな姿を見る事になるとは…。

 

「お2人とも頭をあげてください! もしかしたら、どんでん返しがあるかもしれませんし…」

「ヤオモモ…それ、口に出したらダメなパターンだよ…」

「そ、そうなのですか!?」

 

 あぁ、普段冷静な八百万君まで狼狽えている…何という事だ…。

 

「待たせたな」

 

 そこへ入室してくる相澤先生。遂に総評が始まるのか…。

 

「まずは演習試験お疲れ。不合格者は補習に参加という話だったが………林間合宿は全員行きます」

 

「「「「「「どんでんがえしだぁ!!」」」」」」

 

 相澤先生の発表に、文字通りクラスが揺れた。だが、すぐに吸阪君と緑谷君が手を挙げる。

 

「せ、先生! 僕達も合宿に行っていいんですか!?」

「そ、そうです! 俺達2人は合格条件を満たしていませんよ!」

お前達2人の演習試験(その件)についてだが、お前達は赤点じゃない」

「「え?」」 

「オールマイトさんを除く試験官全員で協議したが、実質ハンデ無し且つ本気のオールマイトさん相手に、あれだけの戦いぶりを見せたお前達2人を不合格にするのは、流石に不合理が過ぎる。と言うのが、全員の一致した意見だ」

「追試を受けさせるという意見もあるにはあったが、お前達なら他の誰が試験官を務めても、合格する可能性が極めて高いという事で、話が纏まった」

「なお、オールマイトさんは校長とリカバリーガール。それと外部から急遽お呼びする関係者の方(・・・・・・・・・・・・・・・・)、この3人で査問会(お説教)だそうだ」

 

 相澤先生の説明を聞き、2人はようやく張りつめていた物が緩んだのだろう。ホッとした表情を浮かべていた。

 

「では、演習試験の総評を始める。まず第1戦。切島と砂藤」

「「はい!」」

 

 そして始まる演習試験の総評。だが、全員が合格(クリア)している為か、それほど厳しいものではなく、順調に進んでいく。そして―

 

「以上が、演習試験の総評となる。最後に…心操」

「はい!」

「特別試験は1週間後。詳細はこれに書いてある」

 

 心操君に特別試験に関する情報が渡され、総評は無事に終了した。

 

 

雷鳥side

 

「吸阪! 緑谷! 良かったなぁ!」

「皆一緒に、合宿へ行けるね!」

 

 相澤先生が退室した直後、皆が一斉に口を開き、俺と出久の合格を喜んでくれた。

 

「補習の覚悟はしていたが…こうして皆と合宿に行ける事になったのは、何より嬉しいよ」

 

 俺は皆からの祝福にそう答えながら、席を立ち―

 

「特別試験、どうなりそうだ?」

 

 試験の情報が書かれたプリントを見つめる心操へ声をかけた。

 

「……こんな感じだ」

「拝借」

 

 心操からプリントを受け取り、素早く目を通す。なるほど…こう来たか。それなら―

 

「心操、明日は試験明けの休みで時間がある。お前が望むなら、朝から特訓と洒落込むか?」

「………良いのか? その、演習試験で疲れてるだろ」

「心配するな。一晩寝ればそのくらい回復する。それに、特別試験の内容が相澤先生と1対1(タイマン)なんて知って、黙ってられるかよ」

 

 そう、心操の特別試験は相澤先生と1対1での模擬戦。細かいルールは当日知らされるとはいえ、半端な準備で乗り切れるようなレベルじゃないのは間違いない。

 

「…すまない吸阪。甘えさせてもらう」

「気にするな。俺はただ、全員で合宿に行きたいだけだよ」

 

 頭を下げる心操に、俺が笑顔でそう答えると―

 

「そういう事なら、僕達にも手伝わせてくれ!」 

「及ばずながら、私達も助力させていただきます」

 

 飯田と八百万を先頭に、クラスの皆が手伝いを名乗り出てくれた。

 

「こいつは良い。まさに1-A対相澤先生の戦いだな」

「皆…ありがとう」

「そうだ。いっその事、明日から俺の家に泊まり込んで、強化合宿っていうのもアリだな」

「え?」

「そうだね! その方が夜も特訓出来そうだし!」

「いや…」

「よし、姉さんには俺と出久から話をしておく。心操も親御さんに話しておいてくれ」

「あ、あぁ…」

 

 よし、話は纏まった。心操人使強化大作戦といきますか!

 

 

グラントリノside

 

 根津校長から連絡を受け、数十年ぶりに雄英高校に訪れた訳だが…。

 

「俊典…」

 

 根津校長やリカバリーガールへの挨拶もそこそこに、見せられた演習試験の映像。儂は思わず天を仰ぎ―

 

「何をやっとるのだ! お前はぁ!!」

 

 目の前で正座する痩身状態(トゥルーフォーム)オールマイト(俊典)の頭を思いっきりぶん殴った! 

 

「がはぁ! ……も、申し訳ありません…」

 

 息も絶え絶えに儂へ謝罪するオールマイト(俊典)。儂が雄英高校(ここ)へ来るまでの2時間。根津校長とリカバリーガールから、徹底的に絞られていたようだが…そんな事は関係ない。

 

「相手があの2人だったから、まだ良かったものの…一歩間違えば病院送り! 自分のやらかした事がわかっとるのか!」

「ふ、2人の師匠として、これまで何もしてやれず…せめて、今回は試験官として、2人の壁になろうと…」

「試験なら猶更、越えられる壁でなければ意味が無かろうが! お前は師匠であると同時に教師なんだぞ!」

 

 平身低頭のオールマイト(俊典)を容赦なく叱り飛ばす。強制的にでも教師として成長して貰わなければ、後継者達(あの2人)の将来が危ないからな!

 

「お前にこのまま成長が見られんのなら、2人の指導は儂が行う!」

「そ、そんな!」

「根津校長。それで構わんよな?」

「そうだねぇ…事ここに至っては、それも選択肢としてアリ(・・)かもしれないね」

「せ、先生! どうか、どうかそれだけは!」

「それが嫌なら、少しは教師として成長してみせろ! 時間はそんなに無いものと思え!」

「は、はいぃぃぃぃぃっ!」

 

 まったく、ここまでやらにゃならんとは…不肖の弟子にも程がある!

 

 

「じゃあ、儂は帰るが…精進を怠るなよ!」

「は、はい! 御足労をおかけしました!」

 

 オールマイト(俊典)と別れ、帰路に就く。6時半か…7時半過ぎの新幹線に間に合えば良いが…。

 

「あれ? グラントリノ?」

「ん?」

 

 聞き覚えのある声に振り返れば、そこにいたのは―

 

「おぉ、グリュンフリートにライコウか。久しいな」

 

 緑谷出久(グリュンフリート)吸阪雷鳥(ライコウ)、それに保須市の病院で会った若者を含む男女5人組。

 

「お久しぶりです! いつ雄英に?」

「あぁ、1時間ほど前だ。俊…オールマイトの件でな」

「…なるほど。お疲れ様です」

 

 儂の一言で粗方の事を察する吸阪雷鳥(ライコウ)緑谷出久(グリュンフリート)も苦笑いを浮かべている。この察しの良さ…アイツには勿体無いくらいだ! 

 

「グラントリノ! 先日はキチンとしたご挨拶も出来ず、申し訳ありませんでした! 私―」

「飯田天哉。インゲニウムの名を継いだ弟…だな。奴はこの老いぼれより、遥かに立派なヒーローだった。その名を汚さぬように、励めよ」

「はい!」

「麗日さん、梅雨ちゃん。こちらはグラントリノ。かつて雄英に勤められていた事もあるベテランヒーローで、オールマイトの担任だった方だよ」

「出久の職場体験先であり、俺も保須市でお世話になった方だ」

「は、初めまして! 麗日お茶子、ヒーローネームはウラビティです!」

「蛙吹梅雨。ヒーローネームはFROPPYです」

「うむ、よろしく。まぁ見た通りの老いぼれだ。そんなに固くならんでいいぞ」

 

 そんな会話を交わしながら、校門へと歩いていく。こうやって若い者達と話すのも随分と久しぶりだ。

 

「そういえば、グラントリノはもう甲府へお帰りですか?」

「あぁ、7時半過ぎの新幹線に乗るつもりだ」

「そうですか…グラントリノにご相談したい事(・・・・・・・)があったのですが…」   

 

 吸阪雷鳥(ライコウ)からの問いに、ふと興味が湧く。ご相談したい事…か。

 

「まぁ、気楽な隠居爺。誰かが待っているわけでもなし。帰る時間なんぞ何時になっても構わんぞ」

「そう言って頂けるとありがたいです。そうだ…相談が長くなるかもしれないし、いっその事、うちに泊まってもらうのはどうでしょうか?」

「そうだね。母さんにもグラントリノを紹介したいし! もちろん、グラントリノがよろしければ…ですけど」

「どうやら、かなりの難問のようだな。2人の親御さんが許していただけるなら、儂に否やはない」

 

 とんとん拍子で今晩、2人の家に厄介になる事が決まった。やれやれ、どんな難問を相談されるのやら…。 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、心操君の特別試験編になります。


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第64話:特別試験ーその1ー

お待たせしました。
第64話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「……うん。味噌汁の方はこれで良し。出久、塩鯖は?」

「良い感じに焼きあがったよ」

 

 演習試験の翌日。俺と出久はいつも通りに起き、朝食の準備に取り掛かった。

 試験明けで休みとはいえ、心操の特訓が控えているし、何より―

 

「おはよう、出久、雷鳥」

「2人とも早いな」

 

 姉さんとグラントリノに、朝食を用意しないといけないからな。

 ちなみに朝食のメニューは―

 

・ご飯(五穀米)

・えのきと豆腐の味噌汁

・塩鯖(大根おろし&酢橘添え)

・茄子の煮浸し

・キャベツの浅漬け

 

 以上5品だ。

 

 

「グラントリノさん、どうぞ」

「これは…恐縮です」

 

 ご飯の盛られた茶碗を姉さんから受け取り、恐縮するグラントリノ。まさか、グラントリノも碧谷鸚鵡(姉さん)のファンだったとはな…世の中狭いよ。

 

「お待たせしました。グラントリノ。大した物は準備出来ず、申し訳ありません」

「いやいや。これほどちゃんとした朝飯は、随分と久しぶりだ。堪能させてもらうぞ。いただきます」

 

 そう言うとグラントリノは、味噌汁の入ったお椀に手を伸ばし、一口。果たして味の感想は…。

 

「…この味噌汁、実に良い味だ。五臓六腑に沁みわたるとは、まさにこの事」

 

 良かった。気に入ってくれたみたいだ。一安心した俺と出久も朝食に手をつけていく。 

 

 

「ごちそうさま。2人とも、美味かったぞ」

「お粗末様です」

「喜んでいただけて何よりです」

 

 朝食を終えた俺達は、グラントリノとそんな会話を交わしながら、手早く後片付けを済ませ―

 

「お世話になりました、碧谷先生。突然の来訪にもかかわらず、温かく迎えていただき、感謝の言葉もありません」

「こちらこそ、大したお構いも出来ませんでしたが、またどうぞお越しください」

「恐縮です」

「それじゃあ、姉さん。行ってきます」

「母さん。行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 姉さんに見送られ、家を後にした。

 さぁ、心操人使強化大作戦のスタートといきますか。

 

 

心操side

 

 吸阪からの連絡を受け、町外れの倉庫へ来た訳だが…。

 

「こいつは…凄いな」

 

 倉庫の中には各種トレーニングマシンやサンドバッグ、スパーリング用のリングなどが置かれ、下手なトレーニングジム真っ青だ。

 

「よう、来たな心操」

「おはよう。心操君」

 

 迎えてくれる吸阪と緑谷だが…隣にいる爺さんは何者だ?

 そんな事を考えている内に、クラスの皆も次々と到着し、特別試験に向けての特訓が始まった。

 

 

「皆、こちらはグラントリノ。かつて雄英高校で教鞭を執られていた事もあるベテランヒーローで…オールマイトの師匠にあたる方だ」

「僕と雷鳥兄ちゃんからすれば、師匠の師匠、大師匠だね。実際、職場体験では僕を指名してくれて、色々と稽古をつけてくれたんだ」

 

 吸阪と緑谷の説明に、飯田や蛙吹、麗日を除く全員がどよめく。あんな小柄な爺さんが、そんなに凄い人だったなんて…。 

 

「グラントリノは昨日、私的な用事(・・・・・)を済ませる為に雄英高校へいらしていたんだが…帰り道で偶然お会いしてな。事情を話したところ、今日1日特別コーチを務めて下さる事を快諾してくれた」

「メインは心操の特訓ではあるが、皆にも何かしら得る物があると思う。それでは、グラントリノ。お願いします」

「うむ。紹介を受けたグラントリノだ。まぁ、よろしく。ライコウやグリュンフリートが色々言っておったが、見た通りの隠居爺だ。緊張する事はない。肩の力を抜いてやっていこう」

 

 グラントリノのそんな挨拶を聞き、俺を含む全員が、飯田の「よろしくお願いします!」の声と共に頭を下げる。

 ベテランヒーローの教えを受けられるなんて幸運。滅多にない。吸収出来る物は全部吸収しないと…。

 

 

グラントリノside

 

「お前さんが心操人使か」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 儂の問いに答え、深々と頭を下げる心操。普通科からヒーロー科への編入を成し遂げた男と聞いていたが…なるほど、良い目をしている。

 

「特訓を始める前に、確かめたい事がある。少しばかり体を触るぞ」

「はい!」

 

 了解を得た上で、心操の体を触り、筋肉の付き具合や体幹の強さを確かめていく。ふむ…。

 

「鍛え始めたのはいつからだ?」

「中3の春から…本格的には、体育祭の後からです」

「なるほど。まぁ、体に関しては、ギリギリ合格ってとこだ。あとは技術面だが…1週間後にプロと一戦交える以上、半端な訓練は役に立たん。死ぬほどキツイが…やり抜く覚悟はあるか?」

 

 敢えて鋭い視線を向けながら、心操に覚悟を問う。果たして返答や如何に…。

 

「勿論です! 折角のチャンス、逃すつもりなんて一欠片もありません! 俺を強くしてください! お願いします!!」

「良い答えだ! 気に入った!」

 

 心操からの100点満点な答えに、儂は大きく頷き―

 

「まずはこれを付けろ」

 

 予め用意しておいた黒いマスク(・・・・・)を取り出した。

 

「…これは?」

「俗に言うトレーニング用マスクという奴だ。装着する事で、呼吸という普段無意識に行っている行為に負荷がかかり、横隔膜や内肋間筋といった呼吸筋全般が鍛えられる」

「呼吸筋を鍛えると、より多くの酸素を取り入れる事が出来るようになり、持久力の増強に繋がる。まぁ、試してみろ」

「わかりました」

 

 儂に促され、トレーニング用マスクを装着する心操。

 

「感想は?」

「…かなり、息苦しいです。呼吸がこんなにキツイなんて、初めて知りました」

「だろうな。食事や風呂の時以外は常に付けておけ。それから」

 

 続いて儂が差し出したのは、4つの重り。

 

「両手に各3kg、両足に各7kg、合計20kgの重りだ。風呂の時以外は、常に付けておけ」

「はい。それで……1週間でどの位の効果が?」

「……残念だが、1週間やそこらじゃ効果は微々たるものだ。だが、背負っていた重い荷物を下ろした時の様に、一時的に体が軽くなる程度の効果はある」 

「今大事な事は試験当日。一時的にでもパワーアップ出来ると言う事だ」 

「そう、ですね。今大事な事は、試験を乗り越える事」

 

 覚悟を決めた表情で、手足に重りをつけていく心操。うむ、それでこそ。だ。

 

 

 心操side

 

「まずはイレイザーヘッドの使う捕縛武器。それに対処する為の訓練だ」

 

 グラントリノの声と共に前に出たのは、瀬呂と峰田の2人。

 

「まだまだ、相澤先生みたいに細かい動きは無理だけど、その分は数でカバーだ」

「オイラもいるから、油断すんなよ!」

 

 そう言いながら、瀬呂は両腕のテープをグルカナイフの柄に巻きつけた即席の鎖鎌を、峰田は自身のもぎもぎにビニールロープをくっつけ、更に砂を塗した即席の鎖分銅をそれぞれ構える。

 

「あぁ、よろしく頼む」

「わかっているとは思うが、当たれば痛いじゃすまん。決して集中力を切らさぬように!」

「はい!」

「では、用意……始め!」

 

 グラントリノの声と共に、瀬呂と峰田がそれぞれの得物を振り回し、俺に向けて放ってきた。

 

「くっ!」

 

 俺は只管にそれを避けていくが…マスクと重りのせいで、体が重い。いつもより(ワン)テンポ…いや、(ツー)テンポ動き出しを早くしないと、避けきれない!

 

「大きく避けるな! 極力動きはコンパクトにしろ! その方が無駄な消耗を防げる!」

「はい!」

 

 グラントリノのアドバイスに従い、少しずつ無駄な動きを削っていく。そのおかげか、最初よりも消耗が少なくなった気がする。

 

「よし! そのまま5分間、ミス無く避け続けろ! それがノルマだ!」

 

 ………ノーミスで5分か。随分とスパルタだ!

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

 なんとか最初の訓練をクリアしたが―

 

「続いては組手だ。1ラウンド5分、インターバル2分で5ラウンド。5分休憩を挟みながら、3セット!」

「…はい!」

 

 息つく間もなく、次の訓練だ。組手の相手は、尾白、砂藤、障子の3人か。

 

「まずは俺から…心操、よろしくな」

「あぁ、頼む」

 

 先鋒を務める尾白と礼を交わし、構えを取る。

 

「始め!」

 

 グラントリノの声と共に、俺は尾白へ突っ込んでいく!

 

 

雷鳥side

 

訓練開始から3時間が経ち、1時間の休憩となったところで―

 

「心操、生きてるか?」

 

 俺はその場へ倒れこんだ心操に問いかけた。

 

「な、何とか…生きてるよ」

「そうか…実は、八百万が食事を手配してくれてな。ケバブサンドとチキンカレー…どちらか、食えそうか?」

「………じゃあ、ケバブサンド」

「ソースはチリ? それともヨーグルト?」

「…ヨーグルトで」

「OK、取ってくるから待ってな」

 

 心操からのリクエストに応えるべく、俺は外で待つケータリングカーへと急ぐ。

それにしても、ケータリングカーを2台も手配するとは、金持ちはやる事が違うよ…。

 

 

 1時間の休憩を終えた後、心操はまた厳しい特訓を再開した。

 相手を変えての組手に、青山、芦戸、轟からの攻撃を回避し続ける訓練。そして筋トレ。

 俺や出久が見てもハードだと感じるような特訓に、必死で食らいつくその姿は、尊敬に値するものだった。

 そして、時間は瞬く間に流れ―

 

「では、今日はここまでにしよう」

 

 今日予定していた訓練内容は全て消化された。

 

「グラントリノ…ありがとうございました!」

「うむ、今日教えた事を忘れずに、鍛錬を続けていけ。結果は必ずついてくる」

「はい!」

 

 心操の声に満足げに頷いたグラントリノは、俺達全員の顔を見回し―

 

「努力した者が必ず成功するとは限らん。だが、成功した者は皆努力しておる。精進を怠るなよ!」

 

 そう言い残して、甲府へと帰っていった。グラントリノ、ありがとうございました!

 

 

プレゼント・マイクside

 

 さて、心操人使の特別試験まで、残り3日となった訳だが…。実は少々気になる事がある。

 

「おい、イレイザー」

「……なんだ?」

「いや、心操の事なんだが…特別試験に向けて何やら特訓をしているのは、知ってるよな?」

「………あぁ、それで?」

「いや、幾らなんでもオーバーワーク(・・・・・・・)じゃないかと思ってな。担任として一言言っておいた方が良いんじゃねえ?」

 

 全身傷だらけだし、今日なんか歩く事すらきつそうだった。そんな姿を見たが為に、イレイザーに進言してみた訳だが…。

 

「必要ない」

 

 この反応だよ。教え子が心配じゃないのかね?

 

「何故心配する必要がある? 吸阪や緑谷も特訓に一枚噛んでいるんだろう? あいつらがいるなら、間違いが起きる事など万に一つもあるまい。それに…」

「それに?」

「普通科からヒーロー科に編入してきたという事は、それだけスタートが遅れているという事。この位やらなければ追いつけないという事を、心操自身が一番わかっている筈だ」

 

 なるほどねぇ。イレイザーはイレイザーなりに教え子の事を考えているって事か。

 俺はこの不器用な親友に、心の中で賛辞を送るのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、心操君の特別試験本番になります。


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第65話:特別試験ーその2ー

1ヶ月以上お待たせしてしまい、申し訳ありません。
第65話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 グラントリノを特別コーチに迎えての特訓から1週間。とうとうこの日がやってきた。そう、心操が受ける特別試験の当日だ。

 本来なら今日は祝日で休みなのだが、俺と出久を含む1-A全員で心操の応援に行く予定だ。

 

「よし、完成っと」

 

 さて、特訓の為に1週間前から家へ泊まり込んでいる心操が、試験当日に食べる朝食として相応しい物は何か?

 流石に栄養学の専門家ではないから、小難しい事は解らないが…。

 それでも、これまでの経験から考えた場合、糖質を中心とした消化の良いメニューが望ましい。そんな訳で、朝食として用意したのは―

 

・月見力うどん

・葱味噌おにぎり

・鮭の照り焼き

・カボチャの煮つけ

・フルーツヨーグルト

 

 以上5品だ。

 

「試験本番に向けて、しっかり食っとけよ」

「あぁ、ありがとう」

「それじゃあ、いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 試験開始まで、あと3時間半か。出来る限りのフォローはしないとな。

 

 

 心操side

 

「それでは只今より、心操人使君の特別試験を開始するわ」

 

 午前10時半。予定通りに特別試験が始まった。

 試験会場は、体育館γに作られた特設リング*1だ。

 

「心操君、リングの上に」

「はい!」

 

 リングには既に、相澤先生と特別試験の審判を務めるミッドナイト先生が待ち構えており、名前を呼ばれた俺もリングへと上がる。

 

「それではルール説明。と言っても簡単よ。どんな手を(・・・・・)使っても構わないから、相澤君からダウンを1度奪いなさい。制限時間は30分。10分毎に区切り、インターバルを5分置くわ」

「それから、相澤君はハンデとして、演習試験同様超圧縮重りを四肢に装着するわ。今回は体重の7割ね」

 

 体重の7割…相澤先生の体重がどの位かは知らないが、先生の身長から考えて…70kg程度と言ったところだろう。仮に70kgとすれば、その7割は49kg。

 四肢にそれぞれ12kg強の重り…相澤先生(プロヒーロー)にとっても決して楽な数字とは言えない。

 ダウンを奪う事も、決して不可能じゃない…筈だ。

 

「説明は以上ね。何か質問はある?」

「いえ、ありません」

「では、10分後に開始するわ。準備を整えておきなさい!」

「はい!」

 

 説明を終えたミッドナイト先生と、俺をまっすぐに見つめている相澤先生に一礼し、セコンドとしてリングの外で待機している吸阪と緑谷の元へと向かう。

 ちなみに、他の皆は体育館γの入り口付近に集合し、俺の試験を見守ってくれている。

 

「10分×3、合計30分以内に1度でもダウンを奪う。そして重りは体重の7割か…まぁ、最悪の想定よりは随分マシな条件だな」

「……あの条件でかなりマシって、最悪の想定はどれだけハードなんだよ?」

「聞きたいか?」

「………やめておく」

「賢明だ」

 

 俺の答えを聞き、ニヤリと笑みを浮かべる吸阪。まったくどんな想定をしていたんだ…。

 

「それじゃあ、そろそろ重りを外すぞ」

「あぁ、頼むよ」

 

 吸阪と緑谷の手を借りて、両手両足に付けられていた重りが外されていく。そして最後にトレーニング用マスクを外すと―

 

「体が…軽い。呼吸も…凄く楽だ」

 

 呼吸も動きも、格段に楽になった。まるで自分の体じゃないみたいだ。

 

「長時間背負っていた重い荷物を下ろして、体が軽くなったように感じるのと同じ状態だからな。実際のところは、体が本来の状態に戻っただけ…-100が±0……いや、トレーニングの効果込みで+5になったって所だな」

「+5か…0よりはるかにマシだ」

「心操君。相澤先生(イレイザーヘッド)の戦い方だけど」

「大丈夫だ。緑谷の作ってくれた資料は、頭に叩き込んである」

 

 吸阪や緑谷と話をしながら、1週間の特訓を思い出していく。特訓に付き合ってくれた皆の為にも、絶対に合格してみせる!

 

 

 イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「相応の準備を整えてきたな」

 

 俺やミッドナイトさんに一礼し、一旦リングを後にする心操の背を見ながら、静かに呟く。

 この1週間、早朝や放課後に行われていた心操の特訓を、気づかれない程度(・・・・・・・・)の範囲で見させてもらったが…

 

「まったく、教師(俺達)の想定を上回るような事ばかりやってくれる」

 

 吸阪と緑谷が先頭となり、心操に課していた特訓は、(プロ)が見ても目を見張る…少なくとも高校生レベルは軽く凌駕するものだった。

 1週間程度の特訓では、大した効果など期待出来ない。その意見も尤もだ。だが…。

 

「その至極尤もな意見を覆してこそヒーロー…」

「楽しそうね、相澤君。だけど、これは試験だって事を…」

「わかってますよ。オールマイトさんと同じ轍は踏みません」

 

 何故か満面の笑みを浮かべているミッドナイトさんの声にそう答え、俺自身を戦闘モードに切り替える。

 オールマイトさんのような馬鹿をやる気(・・・・・)は毛頭ないが、だからと言って手を抜く事はしない。さぁ、心操人使、お前の全力を見せてみろ! 

 

 

 準備時間として与えられた10分は瞬く間に過ぎ―

 

「ラウンド1! レディィィ! ゴォッ!」

 

 ミッドナイトさんの声で試験が開始された。

 

「ほぉ…」

 

 心操の取った構えを見て、思わずそんな声が漏れた。体育祭の時は、如何にも素人が取りそうな頼りない構えだったが、随分と様になっている。

 まだまだ全身に余分な力み(・・・・・)が見えられるが、円を描くように俺の周りを動く足さばき(フットワーク)も―

 

「シッ!」

 

 次々と繰り出してくるパンチやキックも、平均点以上だ。

 ブラドや13号なら、ここまで鍛え上げてきた事を評価して、合格の判定を下すんだろうが…。

 

「生憎、俺はそこまで優しくはない(・・・・・・)

 

 静かにそう呟き、回避一辺倒だった動きを切り替える。

 

「シッ!」

 

 次々と放たれる左ジャブを最低限の動きで払い、間合いを詰めていく。当然、心操はそれを嫌がり、間合いを取ろうとするが…。

 

「そう簡単に、逃がすと思うか?」

 

 円を描くように動こうとする心操に対し、俺は直線かつ最短距離を動く事で、少しずつ心操の動ける範囲を削っていき―

 

「っ!?」

 

 本人も気づかぬ内に、コーナーポストへと追い詰める。

 

「さぁ、鬼ごっこはおしまいだ」

 

 敢えて冷酷に宣告した俺は、心操を捕らえる為に捕縛武器を放つが―

 

「まだ終わりじゃない!」

 

 心操はそれを紙一重で回避し、その勢いのまま低空タックルを仕掛けてきた。俺は咄嗟のジャンプで回避するが、それは―

 

「やるじゃないか」

 

 心操がコーナーポストから脱出する事を意味していた。

 

「俺の捕縛武器を避けるとは、似たような事が出来る…瀬呂あたりに特訓を手伝ってもらったか?」

「瀬呂と…峰田です」

「峰田…だと?」

 

 俺の捕縛武器をあいつが再現出来たとは…驚きだ。だが、今は試験中。俺は動揺を最小限に抑え、心操へ再度捕縛武器を放つ。

 

「くっ!」

 

 自らを捕らえようと襲いかかる捕縛武器を必死に回避していく心操。なるほど、よく見えている(・・・・・・・)

 

「なら、これはどうだ?」

 

 俺は右手で捕縛武器を操りながら、左手でベルトに収めていたナイフを抜き…投げ捨てた(・・・・・)

 俺の一挙手一投足を見逃さないよう集中していた心操は、俺の行動にホンの一瞬戸惑い―

 

「目の良さが命取りだ!」

 

 その隙を突かれて、捕縛武器に捕らわれてしまった。同時にアラームが鳴り響き―

 

「そこまで! 10分経過よ! 5分間のインターバルに入るわ!」

 

 最初の10分が経過した。

 

 

 心操side

 

「そこまで! 20分経過よ! 5分間のインターバルに入るわ!」

 

 ミッドナイト先生の声と同時に緩められた捕縛武器。そこから抜け出した俺は、相澤先生に一礼して、リングを出る。

 

「大丈夫か?」

「あぁ…」

「無理に喋らないで、疲労の回復と水分の補給を」

 

 吸阪の声に答えながら、緑谷から差し出されたスポーツドリンクを口に含んだ俺は、これまでの戦いを思い返す。

 

 最初の10分も、次の10分も、途中までは善戦出来ていた。だけど、決定的な部分でどうしても届かない。

 このままじゃ、最後の10分も同じ結果で終わるだけ…それじゃあ、1週間特訓に付き合ってくれた皆に合わせる顔がない!

 何か…何か、手はないのか?

 

「心操」

 

 その時、不意に吸阪の声が聞こえ―

 

「せいっ!」

「痛っ!」

 

 脳天にチョップが叩き込まれた。痛みに顔を顰める俺に―

 

「焦るな。焦ればそれだけ視野が狭くなる。見えるものも見えなくなるぞ」

 

 そうアドバイスしてくる吸阪。まったく、今のチョップは痛かったぞ…だが、おかげで頭が冷えた(・・・・・)

 

「それで? ここまで戦っての感想は?」

「“個性”はネタが割れている以上、使えない。格闘は決定打にならない。捕縛武器はどうしても避けきれない。八方塞がりだ」

「八方塞がりね…実際はそうでもなかったりするぞ」

「そうだね。付け入る隙はあると思う」

「え?」

 

 吸阪と緑谷の言葉に、そんな声が漏れる。あの相澤先生(イレイザーヘッド)に付け入る隙なんて…あるのか?

 

「心操、相澤先生(イレイザーヘッド)見ずに見ろ(・・・・・)。それがヒントだ」

 

 見ずに見ろ…まるで謎かけだ。俺は吸阪に更なるヒントを求めようとしたが―

 

「インターバル残り30秒! そろそろリングへ上がりなさい!」 

 

 ミッドナイト先生の声でそれは出来なかった。代わりに―

 

「心操君! 今日ここまでの相澤先生(イレイザーヘッド)の戦いを思い出して!」

 

 代わりに緑谷からのアドバイスを受け取り、リングへと上がる。

 相澤先生(イレイザーヘッド)の今日ここまでの戦い…見ずに見ろ…吸阪と緑谷からのアドバイスを脳内で何度も繰り返す。そして―

 

「………そういう事か」

 

 最後の10分が始まる。まさにその直前、2人の伝えたかった事に気が付く事が出来た。

 

「ラウンド3! レディィィ! ゴォッ!」

 

 これが最後。この10分に全てを賭ける!

 

 

 イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

 

「ラウンド3! レディィィ! ゴォッ!」

 

 ミッドナイトさんの声で開始された最終ラウンド。心操の構えを見た俺は―

 

「ほぉ…」

 

 思わず声を漏らした。これまでの2ラウンドで見られた余分な力み(・・・・・)が消えている。吸阪と緑谷からのアドバイスで、何かを掴んだようだな。

 

「試させてもらおう…」

 

 次々と繰り出される心操の攻撃を捌きながらそう呟き、距離を取って捕縛武器を振るう。これまでは途中で回避しきれなくなり、捕らえられていたが―

 

「やはり、な」

 

 心操はその全てを回避してみせた。気が付いたのだ。この戦い(特別試験)で、俺は一定のパターン(・・・・・・・)でしか捕縛武器を振るっていない事に!

 これまでも、1つ1つの攻撃は見えていた(・・・・・)だろう。だが、余分な力みが動きから余裕を奪い、視野を狭くしていた。

 逆を言えば、今の心操本来の動きが出来れば、この程度の攻撃(・・・・・・・)は、楽に避けられるという事。そして―

 

「これも見逃さないか。上出来だ」

 

 捕縛武器を回避された事で生じた隙を突き、心操は俺へ低空タックルを仕掛け、右足を掴むと―

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 叫び声と共に、俺を倒してみせた。

 

「そこまで! 第3ラウンド4分21秒。心操君、条件達成!」

 

 ミッドナイトさんの声が響いた直後、リングサイドで見守っていた吸阪と緑谷、入り口付近で待機していた轟達が一斉に声を上げる。

 まったく…この程度の事で大騒ぎするのは非合理の極みだというのに…だが、たまには悪くない。

 

 

死柄木side

 

「死柄木弔、義爛さんがお越しになりました」

「あぁ、時間通りだな」

 

 備え付けの固定電話越しに聞こえる黒霧の声にそう答え、自室から2フロア下にあるバー。俺達(ヴィラン)連合のアジトへと移動する。

 

「御足労をおかけして、申し訳ない」

「いえいえ、ビジネスとあれば、どこへでも参上するのが私のポリシーなので」

 

 黒霧曰く大物ブローカーの義爛と、ビジネスライクな会話を交わしながら、奴が連れて来た男女に視線を走らせる。

 

「生で見ると…気色悪ィなァ」

「うわぁ、手の人。ステ様の仲間だよねえ!? ねえ!?」

「私も入れてよ! (ヴィラン)連合!」

 

 こいつは…なかなかユニークな連中が来たな。俺達(ヴィラン)連合の戦力と成り得るかどうか…見極めさせてもらうぞ。 

*1
20m四方




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回以降、なんとか更新ペースを戻していきますので、よろしくお願いいたします。


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第65.5話:強い光には、濃い影がつきまとう(改訂版)

短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

2020/2/27

終盤の展開を一部改訂しました。


死柄木side

 

「それでは、本日連れてきた2人を紹介させていただきましょう」

 

 芝居がかった動きと共に義爛がそう言うと、背後に立っていた2人が前に出てきた。さて、どんな人材を連れてきたのやら…。

 

「まず、こちらの可愛い女子高生。名も顔もしっかりメディアが守ってくれちゃってるが、連続失血死事件の容疑者として追われてる」

「トガです! トガヒミコ。生きにくいです! 生きやすい世の中になってほしいものです!」

「ステ様になりたいです! ステ様を殺したい! だから入れてよ、弔くん!」

 

 ………なかなか強烈だ。所謂破綻者の類(・・・・・)だな。

 

「会話は一応成り立つ。きっと役に立つよ」

 

 俺の反応を見て、フォローを入れてくる義爛。まぁ、実力があって意思の疎通が出来るなら、多少破綻している程度は許容範囲(・・・・)だ。先生もそう言っていたからな。

 

「続いては、こちらの彼。今のところ目立った罪は犯してないが、ヒーロー殺しの思想にえらく固執してる。名前は…」

「今は『荼毘』で通してる」

「通称か…本名は?」

「訳あって、大っぴらにはしてない。出すべき時には出すさ…大騒ぎになるタイミングを狙ってな」

「大騒ぎになるタイミング(・・・・・)だと…お前、何者だ?」

「……まぁ、アンタになら話しても構わないか…」

 

 そう言うと荼毘は俺に近づき、他言無用と念を押した上で―

 

「俺の本名は―」

 

 耳元で己の本名を囁いた。なるほど。たしかにこいつの名前は、軽々しく大っぴらには出来ないな。

 

「OK、よろしく頼むぜ、荼毘」

「話が早くて助かる」

「なかなかの人材を連れてきてくれて、感謝するよ。黒霧、ミスター義爛に支払いを」

「こちらになります」

 

 俺の指示を受け、義爛に札束の入ったアタッシュケースを差し出す黒霧。義爛はそれを受け取ると―

 

「それでは、私はこれで。今後もご贔屓にお願いしますよ」

 

 そう言って、アジトを後にした。

 

「さて、固めの盃といこうか。好きな物を頼みな。今日は俺の奢りだ」

「トマトジュースをください! 塩分無添加のやつ!」

「…ジン・バック」

「俺はウイスキー。ロックだ」

「かしこまりました」

 

 トガと荼毘、そして俺のオーダーを受けた黒霧は、テキパキと3人分の酒とトマトジュースを用意。

 

「乾杯だ。2人の新顔(ニューフェイス)に」

「「(ヴィラン)連合に」」

 

 2分とかからずに、俺達は杯を交わす事が出来た。

 

 

 

「そういえば弔くん。ステ様にはいつ会えるんですか?」

 

 トマトジュースをストローで吸いながら、そんな事を聞いてくるトガ。その目はアイドルに憧れるファンのように、キラキラと輝いている。

 

「あぁ、先輩は今保須市で負った傷の治療中だからな…暫くは会えないだろう」

「そうですか…」

「だが、ここにいれば会える。それは確実だ」

「そうですね! ステ様に会える日を楽しみにしています!」

 

 しょげたかと思えば、すぐに復活。感情の幅が広い奴だ。

 

「………」

 

 一方の荼毘は、静かに酒を飲むタイプらしく、黙ってグラスに口をつけている。

 

「お前は、先輩に会いたくないのか?」

「……会えるならば会いたいさ。だが、騒ぐ事に意味を感じないだけだ」

「なるほど」

 

 荼毘の素っ気ない返答に微かな笑みを浮かべながら、俺はウイスキーを一気に呷る。そこへ―

 

「死柄木弔、()と2人を会わせておいた方がよろしいのでは?」

 

 黒霧がそんな事を言ってきた。そうだな…そうするか。俺はスマホを取り出し―

 

絶無(ぜむ)。アジトにいる。降りて来い」

 

 電話の相手に短く用件だけを告げた。

 

「お待たせしました。死柄木弔」

 

 それから30秒と経たない内に、1人の男がアジトへ入ってきた。その顔を見た2人は―

 

「お前は…」

「あ、あなた。テレビで見ました!」

 

 同じ反応を見せた。テンションの差は激しいがな。

 

「過去は全て捨てた。今の俺は(ヴィラン)連合の剣。絶無(ぜむ)だ」

絶無(ぜむ)?」

「先生の命名だ。我らに仇なす者達を()やし、()に帰す者。だから絶無(ぜむ)。今のこいつは、先生と俺の命令なら何でも聞く忠実な駒さ。そうだよな?」

「はい、俺の全ては先生と死柄木弔に捧げています」

 

 俺に跪き、淡々と言葉を紡ぐ絶無。こいつを見た時、あのヒーロー気取りな連中がどんな顔をするのか、楽しみでたまらないな。

 

 

雷鳥side

 

 特別試験の後、八百万主催で開かれた『期末試験全員合格おめでとうパーティー』も無事終了。心操も帰宅して、日常が戻った我が家。

 俺はいつもの通り台所に立ち、夕食を作っていた。

 

「よし、完成」

 

 出来上がった夕食をテーブルに並べ-

 

 

「「「いただきます」」」 

 

 俺達は1週間ぶりとなった3人での夕食を食べ始める。ちなみにメニューは―

 

 ・蒸し鶏のネギソース

 ・小松菜と油揚げの煮浸し

 ・人参の塩きんぴら

 ・ワカメと大根の味噌汁

 ・ごはん(五穀米)

 

 以上5品だ。

 

「あぁ、美味しい。やっぱり家のご飯がホッとするね」

 

 味噌汁を1口啜り、しみじみと呟く出久。高校生らしからぬ台詞だが…まぁ、気持ちはわからなくもない。

 

「昼のパーティーは、なかなか緊張したからな」

 

 立食スタイルのパーティーで、八百万はカジュアル(・・・・・)だと言っていたが…。

 フォアグラやキャビア、A5ランクの和牛等、高級食材を惜し気もなく使った料理をズラリと並べた段階で、カジュアルではないと感じたのは、俺だけではあるまい。

 

「料理も凄く美味しかったけど…やっぱり僕は、こんなご飯が一番だね」

「俺達庶民は、それで良いんだよ」

 

 

 夕飯を終え、リビングでのんびりしているとー

 

「あっ! いけない!」

 

 風呂上がりの姉さんが、突然そんな声を上げたかと思うとバタバタと自室へ走っていった。なんだ?

 

「雷鳥。ごめんなさい! お昼にあなた宛ての郵便が来ていたのをスッカリ忘れていたわ」

 

 ごめんね! と手を合わせて謝る姉さんに、気にしてないと言いながら郵便を受け取る。さて、誰からだ?

 

「これは…」

 

 そうか。あの出来事(・・・・・)は、この時期に起きていたのか…。

 

「出久、パスポート…持ってたよな?」

「うん、雄英に合格してすぐに発行してもらったけど…」

「だったら、夏休みにここへ行くぞ(・・・・・・)

 

 そう言いながら手紙を見せた途端、驚きと歓喜の入り混じった声を上げる出久。まぁ、内容が内容だけに仕方ない。

 何しろ、海外にある巨大人口移動都市『Iアイランド』で行われる個性技術博覧会『Iエキスポ』プレオープンへの招待状だからな。

 だが、喜んでばかりもいられない。あの島で何が起きるのか、前世の記憶が大体のところ(・・・・・・)は教えてくれたからな。

 さて、俺はどう動くべきか…。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回より第6章 林間合宿編改め、劇場版 ~2人の英雄~編となります。


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第6章 劇場版 ~2人の英雄~編
第65.7話:Iアイランドへの招待


当初の予定を変更しまして、暫くの間劇場版 ~2人の英雄~編となります。

今回はその導入として短編を投稿します。


雷鳥side

 

「えぇーっ! 吸阪と緑君、Iエキスポのプレオープンに招待されたの!?」

 

 昼休み、いつものように大食堂で重箱弁当*1を振る舞っていたところに響く芦戸の声。

 

「芦戸、声が大きい。周りに迷惑だ」

「あっ、ごめん…」

 

 芦戸に注意しながら、何事かとこちらに視線を送ってくる周囲に、軽く頭を下げて謝罪の意を示しておく。

 誰とは言わないが(・・・・・・・・)、難癖をつけてくる奴がいるかもしれないからな。

 

「それで、なんで2人は招待されたの?」

「雄英体育祭優勝者は、毎年招待されてるそうだ」

「だから厳密に言うと、招待されたのは雷鳥兄ちゃんで、僕はその同伴者って事になるね」

「なるほどー! 」

 

 俺と出久の説明に納得する芦戸。周りの皆も声にこそ出さないが、納得と言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「あっ、吸阪、質問!」

 

 そこへ手を上げてきた葉隠。何故だかわからないがシュバッ! という擬音が浮かんでいるような気がする。閑話休題。

 

「ストレートに聞いちゃうけど…梅雨ちゃんを誘おうとは思わなかったの?」

 

 葉隠の言葉に、その場にいた出久と梅雨ちゃんを除く全員*2の目の色が変わる。

 そして、梅雨ちゃんはいつものポーカーフェイスだが…うん、正直に話さないと後が怖い(・・・・)な。

 

「そうだな…正直な話。その事を考えなかったと言えば、嘘になる」

 

 俺の言葉に、周囲からおぉっ!とどよめく声が聞こえるが、俺は敢えてそれを無視して言葉を紡いでいく。

 

「だが、俺達はまだ高校生だ。未成年の男女が2人っきりで泊りがけの旅行に行くなんて、あまりよろしくない(・・・・・・)と思わないか?」

 

 俺なりに考えて出した結論。果たして皆の、そして梅雨ちゃんの反応は…。

 

「吸阪…真面目か!」

「でも、吸阪らしくはあるよね! 梅雨ちゃんとしてはどう思う?」

「そうね…そういう理由なら納得だわ」

「悪いね。梅雨ちゃん。この埋め合わせは近い内に必ず」

「それじゃあ、夏休み中に…お買い物と映画にでも付き合って貰おうかしら」

Je comprends(かしこまりました).Jeune femme(お嬢様)

「楽しみにしてるわね。ケロケロ」

 

 ふぅ、なんとか無事に収まったな。極力表情に出さないよう気を付けながら、内心安堵していると―

 

「おぉ、ここにいたのか! 吸阪少年、緑谷少年」

 

 HAHAHA!と笑いながら、オールマイトが大食堂にやって来た。

 

「オールマイト、何か御用ですか?」

「あぁ、実は2人に渡したい物があってね」

「渡したい物?」

 

 このタイミングで渡したい物…それって、アレ(・・)だよな。

 

「実は、知人からIエキスポのプレオープンに招待されてね。その知人から、吸阪少年と緑谷少年も是非連れて来て欲しいと頼まれたのだよ」

「それって…」

「うむ、送られてきた招待状は3枚! 2人の都合が合うならば、是非とも一緒に来てほしい!」

 

 うん、予想通りだ。それにしてもオールマイト…。

 

「オールマイト…非常に申し上げにくいのですが……俺にも送られてきてます。招待状」

「え………HAHAHA! 私とした事がついうっかり(・・・・・・)忘れてしまっていたよ!」

 

 この反応…素で忘れていたな。

 

「そうなると、この2枚の招待状は無駄になってしまったな。さて、どうしたものか…おっ! そうだ! 吸阪少年! 緑谷少年! 私にいい考えがある!」

 

 そう言うとオールマイトは、3枚の招待状の内2枚を俺と出久に1枚ずつ渡し― 

 

「2人とも1人ずつ同伴者を連れてきたまえ! そう、ガールフレンド(・・・・・・・)とか、良いかもしれないね」 

 

 満面の笑みでそう言うと、大食堂を出て行った。

 

「………雷鳥兄ちゃん」

「あぁ、まあ…思わぬ幸運(・・・・・)ってやつかもな」

 

 出久の声にそう答え、俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして―

 

「梅雨ちゃん。こんな形になったけど、Iエキスポ…一緒に来てくれるか?」

「麗日さんが良かったら…一緒に」

 

 俺と出久は同時に招待状を差し出した。果たして、結果は…

 

「吸阪ちゃん…」

「緑谷君…」

「「喜んで」」 

 

 こうして、夏休み。オールマイト、俺、出久、梅雨ちゃん、麗日の5人で、Iアイランドに行く事が決定したのだった。

*1
1段目【菜飯のおにぎり】、2段目【ささみのカレーソテー】【サーモンと紫蘇の一口フライ】、3段目【いんげんと人参の卵焼き】【蓮根と牛蒡のきんぴら】

*2
切島、瀬呂、芦戸、麗日、葉隠




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第66話:到着。Iアイランド

お待たせしました。
第66話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 さて、大食堂の一件から時は流れ、無事に夏休みを迎えた俺達は、オールマイトが手配(チャーター)してくれた12人乗りのプライベートジェットで、Iアイランドへと出発した。

 

「流石に、オールマイトが手配(チャーター)しただけの事はある」

 

 離陸から15分。雲1つない快晴の空を飛ぶジェット機の中は…すこぶる快適だった。

 十分な余裕を持って設置されたシートは、俺*1や出久*2が、思いっきり手足を伸ばしても何の問題もなく、シートその物の座り心地もまさに最高。

 この居心地の良さ…前世で海外出張へ行った際、ビジネスクラスを何度か利用したが…正直それ以上。ファーストクラス並だな。

 

「み、みみ、緑谷君…わ、私…こ、こんな贅沢して、え、ええのん?」

 

 その一方で…麗日はとんでもない事になってるな。

 Iアイランドにはプライベートジェットで行く。という事に驚き、更にジェット機の内装。その豪華さに驚いて…今は半ば涙目でシートに正座(・・)しているよ。

 

「麗日さん、少しリラックスしよう。そんなにガチガチじゃ、Iアイランドに着くまでに疲れきっちゃうよ」

 

 心配した出久が、CAさんに頼んで瓶入りのミネラルウォーターを持ってきてもらい、それを受け取った麗日は―

 

「う、うん。ありがとう……うわ、このお水美味しっ!」」

 

 水を1口飲んだ事で、大分落ち着いたようだ。でも、あの銘柄ってたしか…イタリアの高級ブランドだったよな。

 500mlの瓶1本で、800円位したような…まぁ、言わぬが花だな。

 

 

梅雨side

 

「ふぅ、美味しかったわ」

 

 離陸から4時間。特別な(・・・)ヒレステーキをメインディッシュに据えたコース形式のお昼を食べて、お腹も心も大満足ね。でも…。

 

「吸阪ちゃん。オールマイトは大丈夫なの?」

 

 オールマイトは離陸前から、ドア1枚隔てた先にある仮眠室に篭もったきり…もし、体の具合が悪いのだったら、心配だわ。

 

「あぁ、心配には及ばないよ。オールマイト、寝不足なんだ。日頃忙しいから」

「寝不足。それじゃあ…」

「こういう時でないと、ぐっすり眠れないって、愚痴ってたよ。一応、到着30分前に起こしてくれって、頼まれてる」

「そうだったの。安心したわ」

「梅雨ちゃんが心配してたって、オールマイトには伝えておくよ。さて、少し早いけど…寝坊を防ぐ為に起こしてきますか」

 

 そう言って、笑いながら仮眠室へと入っていく吸阪ちゃん。やっぱり、ナンバー(ワン)ヒーローって色々大変なのね。

 

 

雷鳥side

 

「そういう訳で、梅雨ちゃんの方は上手く誤魔化しておきました」

「すまないね。吸阪少年。助かるよ」

 

 仮眠室のベッドに座り、俺に微笑むオールマイト。その姿はいつものマッスルフォームではなく、痩身状態(トゥルーフォーム)だ。

 原作より『ワン・フォー・オール』、その残り火(・・・)の消費は抑えられているとはいえ、現時点でオールマイトがヒーローとして活動できる時間は、2時間半って所だ。節約出来る所はしておくに限る。

 

「それにしても…起こしに来るのが、少し早くないかい? 到着まであと1時間はある筈だが…」

「えぇ、予定より早く起こしに来ました。弟子として(・・・・・)、お話しておきたい事もありましたし」

「お話しておきたい事…吸阪少年。一体何を…」

 

 俺が何を言いたいのか、わからない。そう言いたげな表情のオールマイト。俺としても、今からの数分間が勝負(・・・・・・)だ。気合を入れるか。

 

「単刀直入にお聞きしますね。オールマイトにIエキスポの招待状を送ってきた知人って…デヴィッド・シールド博士、もしくは博士と非常に近い関係の方…ですよね? 例えば…お子さん(・・・・)とか」

「す、吸阪少年! 何故、それを…」

「幾つか入手出来た情報から導き出される…簡単な推理です。まぁ、オールマイトの反応から見て、この推理が正しいという確信が持てました」

「では、ここからが本題。その知人の方…仮にデヴィッド・シールド博士にしておきますが…博士は、『ワン・フォー・オール』の事を知っていますか?」

「………いや、デイヴは何も(・・)知らないよ」

「『ワン・フォー・オール』には、危険がつきまとうから…ですか?」

「……そうだ」

 

 俺の問いかけに重々しく頷きながら、答えるオールマイト。気持ちはわかる。でも、それじゃあ駄目なんですよ。オールマイト。

 

「オールマイト、16の若造が偉そうな事言わせて貰いますけど…それって、博士(相手)の気持ちを無視してますよね?」

「なっ…」

 

 俺の言葉に絶句するオールマイト。だが、ここで遠慮する訳にはいかない。敢えて無視させてもらう。

 

「だって、そうじゃありませんか。まぁ、『オール・フォー・ワン』との戦いに親友を巻き込みたくないっていうオールマイトの気持ちも解ります。でも、その事を博士に話しましたか?」

「………いや」

「………酷な言い方になりますけど……それって、博士を信じていない(・・・・・・)って事になりますよね」

「そ、そんな事はっ!」

「勘違いしないでください。これは、オールマイト自身がどう思っているかは、関係ない(・・・・)。博士の側がどう思うかという事です」

「………」

「あくまでも、俺の()ですけど…会えば博士は気が付くと思いますよ。オールマイトが変わった事…『ワン・フォー・オール』を失った事を」

「ッ!?」

「『ワン・フォー・オール』の事を知らないとしても、オールマイトの体に何らかの異変が起きている事は、確実に察知するでしょうね。その時、オールマイトは博士に何と言うんですか?」

「そ、それは…」

「まさかとは思いますけど……『年だから、あちこちガタが来た。(・・・・・・・・・・・・・・・・)』なんて言うつもりじゃないでしょうね」

「そ、それは…」

 

 言うつもりだったな…。

 

「まぁ、博士も大人でしょうから、その言い訳を表面上は(・・・・)受け入れるでしょう。でも、心の中では思う筈です。『どうしてオールマイトは何も言ってくれないんだ。自分はそんなに頼りないと思われているのか?』ってね」

「そ、そんな事は…」

「だから、勘違いしないでください。これは、オールマイト自身がどう思っているかは、関係ない(・・・・)。博士の側がどう思うかという事です」

「………」

 

 俺の容赦ない物言いに黙り込んでしまうオールマイト。

 

「まぁ、今回の再会が良い機会です。御親友と胸襟を開いて話し合う事をおすすめしますよ」

「あぁ…考えておくよ。ありがとう、吸阪少年。君に指摘されるまで、そんな事考えてもみなかった」

 

 考えておく…か。まぁ、この辺りが落としどころだろう。

 

「是非そうしてください。弟子の分際で色々と出過ぎた事を言いました」

 

 オールマイトに頭を下げ、仮眠室を後にしようとしたその時―

 

「あぁ、吸阪少年」

 

 オールマイトが俺を呼び止め―

 

「前々から聞こうと思っていたんだが……君、本当に16歳かい?」

 

 そんな事を聞いてきた。

 

「俺が年齢詐称をしているとでも? 残念ながら肉体年齢も戸籍上の年齢も16歳ですよ。まぁ、精神年齢(・・・・)は、少々高いと自覚してますけどね」

「HAHAHA、そうだよね。いや、変な事を聞いて申し訳ない」

「お気になさらず。あ、そうだ。俺からも1つ」

「何かな?」

「機内食、滅茶苦茶美味かったです。ただ……ロッシーニ風ステーキ(・・・・・・・・・・)なんて、高校生が食べるには贅沢過ぎますよ」

「え? ロッシーニ風ステーキって…そんな凄いのが出たの?」

「オールマイトが頼んだんじゃ…ないんですか?」

「いや、私はこのジェット機を手配(チャーター)した時、同乗するのは私の弟子とその同伴者だから、とびきり美味いランチを頼むよ。と…」

「………忖度か」

 

 

出久side

 

 無事にIアイランドの空港に到着した僕達は、学校に申請して持ってきた戦闘服(コスチューム)に着替え、入国審査を受ける為に、動く歩道での移動を開始した。

 

「さて、4人にquestion。この人工島が造られた理由は?」

 

 移動しながらIDの確認や網膜、虹彩、声紋の認証といった様々なチェックを受けていると、オールマイトからそんな質問が飛んできた。

 

「えっと…世界中の才能を集め、“個性”の研究やヒーローアイテムの発明を行う為です」

「うむ、正解!」

「この島が移動可能なのは、研究成果や科学者達を(ヴィラン)から守る為です。その警備システムは、“タルタロス”に相当する能力を備えていて、今まで(ヴィラン)による犯罪は一度もなく…」

「そういうのほんと詳しいね。君!」

「えt!?」

 

 オールマイトの声で、思考に夢中になっていた事に気づく。あぁ、またやってしまった。

 そうしている内に入国審査は無事に終了し―

 

「うわぁ…」

「こいつは、凄いな」

「壮観な光景ね」

「すっごく広い…」

 

 僕達はIアイランドに足を踏み入れた。目の前に広がるのは人工島とは思えない広大な敷地と、最先端技術が作り出した夢のような光景。

 

「一般公開前のプレオープンで、これほどの来場者がいるとは…」

 

 オールマイトも驚きを隠せないみたいだ。

 

「実際に見ると、本当に凄いですね!」

「Iアイランドは日本と違って、“個性”の使用が自由だからね。パビリオンには、“個性”を使ったアトラクションも多いらしい。後で行ってみると良い」

「「「「はい!」」」」

「さて、ホテルの場所は…」

 

 ホテルの場所を確認しようと立ち止まり、ナビを確認しようとするオールマイト。そこへ―

 

「Iエキスポへようこそ…」

 

 コンパニオンのお姉さんが声をかけてきたんだけど…

 

「って、オ、オールマイト?」

 

 この一言がきっかけになり―

 

「オールマイト?」

「ナンバー(ワン)ヒーローの?」

「本物だわ!」

「すっげー!」

 

 あっという間に大勢の人に囲まれてしまった。

 

「一言お願いします!」

「同行していらっしゃるのは、お弟子さんの吸阪雷鳥さんと緑谷出久さんですよね?」

「Iアイランドへの来訪の理由は? やはりIエキスポですか?」

「吸阪さん! 緑谷さん! そちらのお嬢さん方は? どういったご関係ですか?」

 

 僕や雷鳥兄ちゃんにもマイクが向けられて、もう半ばパニック状態だ。

 

「HAHAHA! 熱烈な歓迎をありがとう! サインは順番にね!」

 

 そんな中でも余裕の表情でマスコミ対応やサインをこなしていくオールマイト。流石だなぁ…。

 

 

「あそこまで足止めされるとは…」 

 

 どうにかマスコミやファンへの対応を終え、近くの公園で一息つく。オールマイトは顔中に歓迎のキスを受けて、キスマークだらけだ。

 

「約束の時間に遅れるところだったよ…」

「約束?」

「あぁ、久しぶりに古くからの親友と再会したいと思ってね」

「古くからの親友…もしかして、オールマイトにIエキスポの招待状を送ったのって」

「残念ながら、招待状を送ってくれたのは、その親友本人ではない。だが、その親友と非常に関係が深い人物だよ。済まないが4人とも、少し付き合ってもらえるかい?」

「もちろんです!」

「喜んで、お供させていただきます」

「ケロケロ。どんな人なのか、楽しみだわ」

「きっと、凄い人に違いないよ!」

 

 そんな事を話していると、奇妙な音がこっちへ近づいてきた。その音の方へ視線を送ると―

 

「おじさまー!」

 

 ホッピングのような機械に乗った女性が、こちらへ向かって来た。女性はそのままオールマイトへ跳びつき―

 

「マイトおじさま!」

「OH! メリッサ!」

 

 オールマイトと一緒にクルクル回りながら、ハグを交わす。

 

「お久しぶりです! 来てくださって嬉しい!」

「こちらこそ招待ありがとう! しかし見違えたな。もうすっかり大人の女性だ」

「17歳になりました。昔と違って重いでしょ?」

「なんのなんの! HAHAHA!」

 

 なんというか…久しぶりに会う親戚のおじさんと姪っ子みたいなやり取りだ。そうしている内に、女性はこちらを向きー

 

「4人に紹介するよ。彼女は私の親友の娘で―」

「メリッサ・シールドです。はじめまして」

 

 笑顔で右手を差し出してきた。

 

「はじめまして。雄英高校ヒーロー科1年、吸阪雷鳥です」

 

 まず最初に雷鳥兄ちゃんが―

 

「同じく雄英高校ヒーロー科1年、緑谷出久と言います。はじめまして」

「はじめまして。蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んでね」

「はじめまして。麗日お茶子です!」 

 

 続けて、僕、梅雨ちゃん、麗日さんの順番で挨拶を交わす。

 

「おじさま。吸阪さんと緑谷さんがおじさまの…」

「そう! 私の弟子さ! そして、蛙吹少女と麗日少女は、ヒーロー科1年女子の中でも5本の指に入る実力者。4人とも未来のヒーロー候補さ!」

「すっごーい! そんな将来有望な人達と知り合えるなんて、ラッキーだわ!」

 

 僕達と知り合えた事を凄く喜んでくれるメリッサさん。天真爛漫という言葉がよく似合う人だ。

 

「それじゃあ、パパの研究室に案内しますね。こっちです!」

 

 こうして、メリッサさんに案内されて、僕達はオールマイトの親友であるメリッサさんのお父さんの研究室へ向かうのだった。

*1
177cm

*2
175cm




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

オマケ

機内食のメニュー表

-アミューズ-

・キャビアのカナッペ
・タラバガニとマッシュルームのフラン
・シェーブルチーズの揚げラビオリ

-アペタイザー-

・天使の海老と完熟アボカドのタルタル仕立て

-スープ-

・コンソメスープ 国産小麦の天然酵母パンを添えて

-魚料理-

・天然鱸のパイ包み焼き ソース・ショロン

-肉料理—

・ロッシーニ風ステーキ

-デザート-

・ピンクグレープフルーツのレアチーズケーキ
・コーヒーもしくは紅茶

なお、レストランで食べた場合1人2万円は下らない模様


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第67話:再会。親友(とも)

お待たせしました。
第67話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


?side

 

 関係者や特別な招待客のみを対象としたプレオープン中のIエキスポ。その会場ロビーの一角では―

 

「会場内に問題なく入れた。で、ブツ(・・)はいつ届く?」

 

 お世辞にも品が良いとは言い難い集団を率いた男が、誰かと電話で連絡を取り合っていた。

 

『15時に66ゲートで受け取ってくれ』

「了解した」

 

 変声機で声を変えた相手と情報のやり取りを済ませ、スマートフォンを上着のポケットに収めた男は―

 

「いくぞ。仕事の用意だ」 

 

 後ろに控えている部下達を引き連れ、会場の奥へと消えていった。

 

 

出久side

 

 僕達がやって来たのは、Iアイランドのセントラルタワー。その上層階にあるメリッサさんのお父さんが利用している研究フロア。

 

「私がぁぁぁっ! 再会の感動に震えながら来たぁっ!」

 

 その入り口でポーズを決めるオールマイト。

 

「トシ…オールマイト!」

「ほ、本物?」

 

 突然の事に、情報の整理が追い付かない親友(メリッサさんのお父さん)に対し、オールマイトは―

 

「HAHAHA! わざわざ会いに来てやったぜ。デイヴ!」

 

 素早くハグをしたかと思うと、クルクルと回り始めた。その時に見えたメリッサさんのお父さんの顔。あの人ってまさか!

 

「どう? 驚いた?」

「あ、あぁ…驚いたとも…」

「お互い、メリッサに感謝だな。しかし、何年ぶりだ?」

「やめてくれ。お互い考えたくないだろう? 年の事は」

「HAHAHA! 同感だ!」

「会えて嬉しいよ。デイヴ」

「私もだ。オールマイト」

 

 親友同士の感動的な再会。そこに立ち会う事が出来た喜びよりも驚愕が勝る。オールマイトの親友とは即ち―

 

「4人に紹介しよう。私の親友。デヴィット・シールド…」

「知ってます! デヴィット・シールド博士! ノーベル個性賞を受賞した“個性”研究のトップランナー! オールマイトのアメリカ時代の相棒で、オールマイトのヒーローコスチューム…ヤングエイジ! ブロンズエイジ! シルバーエイジ! そしてゴールデンエイジ! それら全てを制作した天才発明家! まさか本物に会えるだなんて…か、感激です!」

「…フフッ」

「紹介の必要はないようだね」

「ッ!?」

 

 シールド博士の声とメリッサさんの笑い声で我に返る。秘かに背後を伺えば、苦笑いしている雷鳥兄ちゃん達の姿…またやってしまった…。

 

「す、すみません! なんか興奮してしまって!」

「いや、構わないよ」

 

 笑いながら謝罪を受け入れてくれたシールド博士に平身低頭しながら、後ろに下がり、入れ替わるように雷鳥兄ちゃん達が前に出て自己紹介をしていく。

 この癖、直さなくちゃいけないと、解ってはいるんだけどなぁ…。

 

「さて、オールマイトとシールド博士は久しぶりの再会で、積もる話もあるでしょう。俺達はここらでお暇しますよ」

 

 秘かに反省していると、雷鳥兄ちゃんがそんな事を言い出した。

 

「それは…いや、気を使ってもらって申し訳ない。そうだ、メリッサ。吸阪君達をIエキスポに案内してくれないか?」

「わかったわ。パパ」

「メリッサさん、良いんですか?」

「こちらこそ、オールマイトのお弟子さんや未来のヒーロー候補とご一緒出来て光栄よ」

「それじゃあ、よろしくお願いします」

 

 瞬く間に話は纏まり、僕達はメリッサさんの案内でIエキスポの見学に出発するのだった。

 

 

オールマイトside

 

「雄英体育祭の表彰式で、トシが弟子の事を告白(カミングアウト)した時は心底驚いたが…2人とも才能に溢れた立派な青年じゃないか」

「あぁ、2人とも私の自慢だよ」

 

 デイヴの差し出したコーヒーを受け取りながら、痩身状態(トゥルーフォーム)の私はそう答える。

 吸阪少年達が退室してすぐ、デイヴは助手のサムさんにも休憩してくるよう告げたので、この部屋には私達だけだ。

 

「それにしても…アメリカ時代のトシは、これ以上無い程の感覚派で、とても弟子を指導出来るようには思えなかったけど…日本に戻ってから変わったんだね。私も年を取る訳だ」

「HA、HAHAHA。ま、まあ、色々とあったからね」

 

 私は背中に冷たい物が流れるのを感じながら、デイヴにそれを感じ取られないよう必死で誤魔化す。

 

「色々か…まぁ、私の方も色々あったよ…」

 

 それが功を奏したのだろう。デイヴはどこか遠い目をしながら、別の話題を振ってきた。

 

「トシ…変な事を聞くが許してくれ」

「なんだい? デイヴ」

「最近何か変わった事はなかったかい? 例えば…体の調子が悪くなった(・・・・・・・・・・)とか」

「ッ!?」

 

 その言葉に思わず息を飲む。そしてそれはデイヴに悟られてしまい―

 

「やっぱり…何かあったんだね。今なら診察室もすぐに使えるだろう。トシ、私に調べさせてくれ!」

 

 私の手を取り、診察室へ向かおうとするデイヴ。その姿に、私は機内で吸阪少年に言われた言葉を思い出していた。

 

 

雷鳥side

 

「皆の事は何て呼べば良い?」

「俺は雷鳥で」

「僕も出久でお願いします」

「私もお茶子で構いません!」

「私は梅雨ちゃんと呼んでほしいわ」

「それじゃあ、下の名前に君かちゃんを付けて呼ばせてもらうわね。私はメリッサで良いから」

 

 そんな事を話しながらセントラルタワーを出た俺達は、Iエキスポで賑わう島内を散策する。

 

「凄いなぁ。こうしていると、ここが人工の島だなんて思えないや」

「大都市にある施設は、一通り揃ってるわ。出来ないのは、旅行くらいね」

「そうなんですか?」

「ここにいる家族とその家族は、情報漏洩を防ぐ守秘義務があるから」

「だからこそ、島内で一通りの事が出来るように、あらゆる施設が揃っているという訳ね。よく考えられているわ」

「ホントに何でもあるんやね」

 

 メリッサさんの説明に感心しきりの出久、梅雨ちゃん、そして麗日。

 その後、Iアイランドのスポンサー企業から招待された世界中のヒーロー達が、ファン対応する姿を見物したりしながら、俺達は―

 

「このパビリオンもお勧めよ」

 

 メリッサさんお勧めのパビリオンへとやって来た。そこは無数のヒーローアイテムが展示された施設で―

 

「最新のヒーローアイテムがこんなに!」

 

 出久は鼻息が荒くなるほど興奮していた。そんな出久を見て、メリッサさんもその気(・・・)になったのか、次々と展示品の解説を行い、その度に出久は―

 

「凄い!」

「深すぎる!」

「見えすぎる!」

 

 と、面白いくらいに反応を返していた。途中でそんな2人に嫉妬したのか、麗日が若干(・・)ご機嫌斜めになり、出久が慌てて謝罪する場面があったりしたが…まぁ、大した問題ではないだろう。閑話休題。

 

「実は、殆どの物はパパが発明した特許を基に作られてるの!」

「殆ど全て…そりゃ凄い」

「ここにあるアイテム1つ1つが、世界中のヒーロー達の活躍を手助けするの」

「ケロケロ。メリッサさんはお父さんの事、尊敬してるのね」

「パパのような科学者になるのが、夢だから」

「そういえば、メリッサさんって、ここのアカデミーの…」

「うん、今3年生」 

「たしか、Iアイランドのアカデミーは世界中の科学者志望憧れの的。難関中の難関だ。噂で聞いたが、入学から卒業までの難易度は雄英以上だとか…」

「滅茶苦茶難関校やん!」

「凄いわ、メリッサさん」

「私なんかまだまだよ。もっともっと勉強しないと」

 

 麗日や梅雨ちゃんからの称賛に謙遜するメリッサさんだが…その頭脳が半端じゃなく優れている事は間違いないだろう。

 

「4人とも楽しそうだね!」

 

 その時、聞こえてきた聞き覚えのある声。俺達が同時に声の方へ振り向けば、そこにいたのは―

 

「芦戸! 八百万! 耳郎! それに葉隠!」

 

 なんと…1-A女子が勢揃いか。

 

「お知り合い?」

「えぇ、クラスメートです」

「じゃあ、皆さんも未来のヒーロー候補なのね! よかったら、外のカフェでお茶にしませんか?」

 

 

 外のカフェに移動した俺達は、男女でテーブルを分け、お茶の時間を楽しんだ。と言っても、女性陣はお喋りに夢中だがな。

 俺と出久は小腹が空いたので、軽食を頼んだ訳だが…。

 

「お前達も来てたのか」

「まぁな。こちら、クロックマダムとBLTサンドになります」

「ドリンクのレモンスカッシュとコーラになります」

  

 注文した軽食とドリンクを持ってきたのは、ウェイター姿の瀬呂と峰田。そして―

 

「お待たせしました。こちらケーキセットになります」

「ドリンクをお配りします」

「砂藤君! 常闇君! 2人も来てたの!?」

 

 同じくウェイター姿の砂藤と常闇が、女子達にケーキとドリンクを運んでいた。

 話を聞くと、4人は高い時給と休憩時間中にIエキスポを自由に見学出来るという好条件に惹かれ、アルバイトの臨時募集に応募したらしい。

 もっとも、峰田の奴は可愛い女の子との素敵な出会い(・・・・・)に期待しているようだがな…。まぁ、頑張れ。

 

「峰田君! 何を油を売っているんだ!」

 

 そこへ聞こえてくるのは、これまた聞き覚えのある声。  

 

「バイトを引き受けた以上、労働に励みたまえ!」

 

 最高速で駆け付け、委員長モードフルスロットルで峰田に説教する飯田。

 聞けば、ヒーロー一家である飯田の家にも、お父さんとお兄さん(先代インゲニウム)宛に招待状が送られてきたそうだ。

 だが、ご両親はどうしても外せない予定があった上に、お兄さん(先代インゲニウム)はリハビリの真っ最中。

 そこで飯田は同伴者を3人連れてIアイランドへやって来たらしい。その同伴者とは…。

 

「委員長。いきなり走るなよ。俺達、委員長の最高速には、とてもついていけないんだから」

「俺……帰国したら、移動補助用のアイテム作ってもらうよ」

「同感だ」

「尾白君! 障子君! それに心操君!」

 

 息も絶え絶えに飯田を追いかけてきた、尾白と障子、そして心操。なんというか、尾白と心操が行動を共にしているのは…うん、新鮮だ。

 

「ちょうどチケットが3枚余っていたので、予定が空いていた3人に同伴者として来てもらう事になったんだ」

「まぁ、飯田さんもですの? 私も父がIエキスポのスポンサー企業、その何社かの筆頭株主を務めているものですから、招待状を頂きましたの」

「で、ヤオモモの招待状が3枚余ったから、ウチらA組女子お供させてもらったって訳」

 

 なるほどね。これでA組20人中16人がIアイランドに来ている訳だが…あと4人にも直に会えるだろう。

 確信めいた物を感じながら、俺は目の前の軽食(クロックマダム)を食べ始める。

 クロックマダム。大雑把に言えば、クロックムッシュ*1のバリエーションで、クロックムッシュに目玉焼きを乗せた物だ。

 

「うん、美味い」

 

 流石は、Iアイランドの科学者やその家族が愛用しているカフェのメニュー。一見シンプルに見えるメニューも極上の味に仕上げている。

 

「ごちそうさまでした」

 

 クロックマダムを奇麗に食べ終えた直後―

 

「今の音は!?」 

 

 カフェから少し離れた場所で強烈な音が響いた。出久達は何事かと立ち上がっているが…。

 

「まぁ、あいつら(・・・・)の誰かだろう」

 

 音の主、その正体に見当がついている俺は、残っていたコーラを一気に飲み干すのだった。

*1
パンにハムとチーズを挟み、バターで軽く焼いてからペシャメルソースをかけたホットサンド




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第68話:It's too late(遅すぎた)

お待たせしました。
第68話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 さて、カフェで寛いでいる最中に聞こえてきた音。その正体を確かめに来た訳だが…

 

『クリアタイム25秒! 第5位です!』

「切島君!」

 

 音の発生源と思われるステージ。その巨大なスクリーンへ映し出される切島の雄姿に、思わず声を上げる出久。その声に気づいたのか―

 

「よう! 皆もやってみないか! このヴィラン・アタック!」

 

 切島もこちらに手を振りながら呼びかけてきた。ヴィラン・アタックか…なかなか面白そうだ。

 

「切島さん、いつIアイランドヘ?」 

「あぁ、俺は―」

『さぁ、続いての挑戦者はコチラ!』

 

 八百万の問いに答えようとした切島の声を遮って響き渡るMCの声。その声と共にステージへ上がったのは、轟だ。

 

『一体、どんな記録を出してくれるのでしょうか!』

 

 MCの声に気負った様子もなく構える轟。どんな記録を見せてくれるのやら。

 

『ヴィランアタック! レディーッ、ゴー!』

王狼の領域(フェンリルテリトリー)、凍てつけ!」 

 

 開始と同時に、轟は右手を闘技場へ当て、全体を一気に凍結させながら、鋭く尖った氷柱を何本も生やしていく。

 あの技…雄英体育祭で俺に放った時より、速さも精度も向上しているな。

 

『は、8秒! 現在の所、ダントツの1位です!』

 

 2位以下を大きく引き離した大記録に、周囲の観客から湧き上がる大歓声。

 轟は特に表情を変える事もなく、一礼すると俺達の元へとやって来た。

 

「轟君、お疲れ様! 凄かったよ!」

「あぁ、とりあえず10秒は切れたから、ホッとしてる」

「轟さんもエキスポへ招待を受けたんですの?」

「招待を受けたのは親父で、俺はその代理だ」

「俺はその同伴。轟に誘われたんだ!」

「なるほどな。それにしても、これで18人。青山と口田がいれば、Iアイランドに1-A勢揃いだ」

「青山はわかんねぇけど、口田は見かけたぜ。たしか、生物関係のパビリオン目当てとか言ってたぞ」

 

 生物関係か、口田らしいチョイスだな。

 

「それで、お前らもやるんだろ? ヴィラン・アタック」

 

 

?side

 

「ブツは予定通り受け取った」

 

 半死半生の状態で拘束された警備員が、何人も転がる中を平然とした顔で歩きながらスマートフォンで連絡を取る男。

 

「なに? オールマイトが?」

 

 だが、変声機で声を変えた電話相手は、Iアイランドへオールマイトがやって来たという予想外の事態に驚きを隠せないようだ。

 

「狼狽えるな。それはこちらで対応する」

 

 そんな電話相手を男は、一言で黙らせて通話を終了すると、目の前にあるコンテナ。その中身を見ながら―

 

「この島にオールマイトが…」

 

 獲物を前にした肉食獣のような笑みを浮かべるのだった。

 

 

オールマイトside

 

 セントラルタワーの診察室。デイヴに半ば無理やりここへ連れてこられた私は、有無を言わさず診察カプセルへと押し込まれ、徹底的な検査を受けさせられた。

 

「あっ、あぁ…」

 

 全ての検査が終了し、モニターに結果が映し出されると同時に、デイヴの口から悲痛な声が漏れうのが、カプセル越しに聞こえた。そして―

 

「ど、どういうことだ…トシ」

「個性数値が、なぜこれほど急激に下がっているんだ?」

「オール・フォー・ワンとの戦いで、体に大きなダメージを負った事を考慮しても、この数値は異常過ぎる!」

「一体…君の体に何があったというんだ…」

 

 カプセルが開くと同時に、私へ矢継ぎ早に問うてくるデイヴ。その顔はとても苦しそうで…そして、私の事を心の底から心配していた。

 そんなデイヴを見て、私は機内で吸阪少年に言われた事を思い出す。そうだ。こんなに私の事を思いやってくれる親友に、これ以上の不義理は許されない。

 

「……デイヴ、私の話を聞いてくれないか?」

「トシ…」

「今から話す内容は、とても信じられないような事だが、真実だ。そして、これを知った事で、キミやメリッサに危険が―」

「危険が及ぶ? そんな事、君と出会って相棒をやると決めた時点で、とっくに覚悟している。心配するのが、30年は遅いぞ」

「そうだな…その通りだ」

 

 デイヴからのツッコミに苦笑しながら、私は深呼吸をし…。

 

「デイヴ、もう私には……“個性”が無いんだ」

 

 真実を告げた。

 

「………は?」

 

 余りに予想外過ぎたのだろう。デイヴは完全に思考停止状態に陥り―

 

「ど、どういう事なんだ!? ま、まさかオール・フォー・ワンに!?」

 

 それから回復すると、私の両肩を掴んで困惑をぶつけてきた。

 

「違うんだ。違うんだよデイヴ…私の“個性”は、『ワン・フォー・オール』。オール・フォー・ワンと対を成す…聖火の如く引き継がれる、“個性”を“譲渡”する“個性”」

「なん、だって………そ、それじゃあ、個性数値が急激に下がったのは…」

「そう、私の“個性”は消えたり、奪われた訳じゃない…弟子の1人、緑谷出久に引き継いで貰ったのさ」

「ま、待ってくれ…その『ワン・フォー・オール』は、彼…緑谷少年に引き継いでもらったとして、トシ本来の“個性”はどうしたんだ?」

「…デイヴ、私は元々“無個性”だったんだ。メリッサと同じだよ」

「そ、そんな、まさか…」

 

 頭を抱えるデイヴ。オールマイト()にもう“個性”がなく、更に愛娘(メリッサ)と同じ“無個性”だと聞かされたのだ。その衝撃は相当なものだろう。

 

「トシは…オールマイトは、もう…平和の象徴では、いられないのか?」

「あぁ、私はそう遠くない未来、表舞台から消えるだろう。だが、安心してくれデイヴ。私の弟子であるあの2人は、私を超えるヒーローになるだけの才能を秘めている」

「…そうなのか?」

「あぁ、今でも2対1とはいえ、本気の私と戦って30分持ちこたえる程だ」

「なんだって!? 2人はそれほどの実力を…」

 

 私の言葉に、デイヴの表情から悲観的な物が消えた。

  

「だからデイヴ。君も見守っていてくれ。新しい希望は、着実に芽を伸ばしている」 

「……わかったよ。トシ。君の後継者達、見守らせてもらうよ」

「ありがとう…デイヴ」

 

 私とデイヴは、ガッチリと握手を交わし…互いに大きく頷くのだった。

 

 

雷鳥side

 

 さて、切島のオススメに従い、ヴィラン・アタックをやってみる事になった。

 飛び入り参加したのは、俺、出久、飯田、尾白の4人。障子と心操、女性陣は見物に回るそうだ。

 そして、4人で厳正なる抽選(ジャンケン)を行い、尾白、飯田、出久、俺の順番で挑戦することになった訳だが…。

 

『クリアタイム10秒! 第2位です!』

 

 尾白が15秒の好記録を出して、2位につけたのも束の間。飯田が更に上の記録を叩き出した。

 

「クッ、2秒及ばなかったか!」

 

 本人は悔しがっているが、範囲攻撃も飛び道具もない飯田がこれほどのタイムを叩き出したのは、見事なものだと思う。

 

『さぁ、続いての挑戦者はコチラ!』

 

 続いては出久。さぁ、どんな記録を出すのやら…。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 気合と共に『フルカウル』を発動する出久。迸るエネルギーからして、出力は全開の40%だな。

 

『ヴィランアタック! レディーッ、ゴー!』

「はぁっ!」

 

 スタートと同時に最高速で走り出した出久は、岩山を一気に駆け上り―

 

「はぁっ!」

 

 拳の一撃で的であるロボットを次々と撃破していく。

 

「これで最後!」

 

 頂上に陣取っていたロボットも木っ端微塵に破壊して、そのタイムは―

 

『な、7秒! し、信じられない記録が出ました!』

 

 見事、トップに躍り出た。観客の大歓声に、何度も頭を下げながら戻ってくる出久。

 

「見事だ! 流石だな、緑谷君!」

 

 飯田からの賛辞に嬉しそうな出久。さて、お兄ちゃんも本気(・・)出しますか! 

 

『さぁ、続いての挑戦者はコチラ!』

 

 MCに呼ばれながら、俺はポーチの中に入れていたベアリングボールを的と同じ数取り出し―

 

「俺流フルカウル…発動!」

 

 俺流フルカウルを発動。脳の処理速度を大幅に向上させる。そして―

 

『ヴィランアタック! レディーッ、ゴー!』

「ターボユニット!」

 

 スタートと同時にターボユニットで加速をかけ、一気にジャンプ。標的全てを視界に収めると―

 

「マグネ・マグナム! マルチシュート!」

 

 マグネ・マグナムの連続射撃で、的の全てをほぼ同時(・・・・)に撃ち抜いた!

 

「パーフェクト」

『ろ、6秒!?』

 

 俺の着地から僅かに遅れて、MCの驚いた声が響く。それからきっちり5秒後、大歓声が湧き起った。

 

 

デヴィットside

 

 トシから秘密を打ち明けられた後、研究室に戻った私は休憩中のサムを呼び出し、前々から持ち掛けられていたある計画(・・・・)に対し、返答した。

 

「サム…君から提案を受けたあの件だが…私は聞かなかった事にするよ」

「博士、何を言っているんです!? あの装置の研究は、博士の悲願じゃないですか!」

「あぁ、確かにそうだ…いや、そうだった(・・・・・)。と言うべきだ…やはり、犯罪に手を染めてまで行う研究などない。そういう事だよ」

「………今更、そんな…もう、準備は98%済んでいるんですよ! 人材も! 機材も! 全てが無駄になる!」

「その通りだ。私が、もっと早くに決断するべきだったんだ。本当に済まない、サム」

「………」

「君が雇った劇団員(・・・)には、提示した報酬の3倍支払う。手配した機材は、全て私が言い値で買い取ろう。サム、君にも望むだけの額を払う。どうか、わかってくれ」

 

 無言のサムに頭を下げながら、言葉を尽くす。長年一緒にやってきた関係だ。きっとわかってくれる筈…。

 

「………やれやれ、あの人(・・・)の言ったとおりだ。怖気づいたな! デヴィット・シールド!」

「サム?」

 

 今まで聞いた事のないサムの怒声に顔を上げると、そこには私にテーザー銃を突きつけたサムの姿が…。

 

「サム、何を―」

 

 その直後、テーザー銃から放たれた電極が私に刺さり、高圧電流が体の自由を奪っていく。

 

「どう、して…」

 

 全身が硬直し、床に倒れた私を見下ろしながら、サムはどこかに電話をかけ…

 

「暫く眠っていろ。役立たずが」

 

 鈍器(ブラックジャック)で、私の頭を殴打した。駄目だ…意識が、遠く…。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第69話:狂宴の始まり

お待たせしました。
第69話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 さて、ヴィラン・アタックを終えた後も、俺達はIアイランドの散策を楽しみ―

 

『本日は18時で閉園になります。ご来園、ありがとうございました』

 

 閉園30分前に、瀬呂達の働くカフェへと戻って来た訳だが…。

 

「はぁ…」

「プレオープンでこの忙しさって事は、明日からどうなっちまうんだ一体…」

「多事多端…なのは、間違いないだろうな」

「考えたくねぇ…」

 

 瀬呂達4人は、疲労困憊と言った様子で椅子に座り込んでいた。

 

「4人ともお疲れ様!」

「労働よく頑張ったな!」

 

 そんな4人に苦笑しながら、出久と飯田が声をかけ―

 

「ほら」

 

 俺は前以てメリッサさんから受け取っていた4枚のチケットを差し出す。

 

「こ、これは…」

「レセプションパーティーへの招待状ですわ」

「パ、パーティー?」

「お、俺達に?」

「メリッサさんが用意してくれたの」

「せめて今日くらいはって!」

「余ってたから、良かったら使って?」

 

 差し出されたチケットの出所が自分である事を、耳郎や麗日に明らかにされてしまい、若干焦った様子のメリッサさん。

 そんなメリッサさんを見て―

 

「瀬呂…」

「峰田…」

「「俺達の労働は報われた!!」」

 

 瀬呂と峰田は泣きながら抱き合い、砂藤や常闇も声にこそ出さないが、喜びを噛み締めている。

 そして4人、特に瀬呂と峰田が落ち着いた頃―

 

「パーティーには、プロヒーロー達も多数参加すると聞いている!」

「雄英の名に恥じない為にも、正装に着替え! 団体行動でパーティーに出席しよう!」

「18時30分に、セントラルタワーの7番ロビーに集合! 時間厳守だ! 青山君と口田君には、俺から連絡を入れておく!」

「では解散!」

 

 委員長モードフルスロットルな飯田の指示を合図に、俺達は一時解散する事となった。

 

 

オールマイトside

 

 診察室でデイヴと別れ、客室(ホテル)のベッドで体を十分に休めた私は、マッスルフォームとなってデイヴの研究室を再び訪れたのだが…。

 

「そうか…デイヴは不在なのか…」

「え、えぇ…急な呼び出しを受けて、少し前にここを飛び出していきました」

 

 残念な事に、デイヴは不在だった。 

 

「入れ違いか…レセプションパーティーへ一緒に行こうと誘いに来たんだが…仕方ない」

「博士がお戻りになられたら、オールマイトが訪ねて来られた事をお伝えしておきます」

「すまないね、サム。では、レセプションパーティーで会おう!」

 

 応対してくれたサムにそう言って、研究室を後にする。パーティーまで1時間。もう少し体を休めておくとしよう!

 

 

?side

 

『拘束しました。警備は5人。プランどおりです』

「まだ、警備システムは生きてる。殺さずに軟禁しておけ」

『はい、これより作業に入ります』

「順調だな」

 

 別行動を取っている部下から、スマートフォン越しに齎される報告に、満足げな笑みを浮かべる男。そこへ―

 

「ボス、シールド博士をお連れしました」

 

 意識を失った状態で、資材運搬用の大型ケースに押し込められたシールド博士が運ばれてきた。

 

「怪しまれなかっただろうな?」

「大丈夫です。迎え(・・)に行く直前にオールマイトが訪ねてきたみたいですが…サムが上手く誤魔化しました」

「それならいい…そろそろ時間だ。ダンタリオン達B班は手筈通り、シールド博士を運んで例の場所(・・・・)へ向かえ」

「了解」

「C班とD班は、俺について来い。祭りの時間だ」

 

 肉食獣のような笑みを金属製のマスクで隠しながら、男は部下達に指示を下す。100%の勝算を胸に抱きながら。

 

 

出久side

 

「散らかっててごめんね」

「うわぁ…本格的」

「いやはや、こいつは大したもんだ」

「私の借りてるアパート(へや)より広い…」

「ケロケロ。凄いわ。メリッサさん」

 

 ドアの向こうに見える…1人の学生が使うには十分過ぎる程広い研究スペースに、思わず声が出る。

 飯田君達と別れ、ホテルに戻ろうとした僕と雷鳥兄ちゃん。そして麗日さんと梅雨ちゃんをメリッサさんが呼び止め、自身の研究室に招待してくれたのだ。

 そう言えば、ここに来る途中メリッサさんが麗日さんに何か耳打ちして、麗日さんが慌ててたけど…何かあったんだろうか?

 雷鳥兄ちゃんも梅雨ちゃんも微笑むだけで何も教えてくれないし…。思わず思考に没頭しそうになっていると―

 

「こんな場所で研究出来るとは…メリッサさんは優秀なんですね」

 

 タイミング良く放たれた雷鳥兄ちゃんの声で、我に返る事が出来た。いけないいけない。この事は後で考えよう。せっかくメリッサさんが招いてくれたんだから。 

 

「実はね…私、そんなに成績良くなかったの」

 

 当のメリッサさんは、雷鳥兄ちゃんの声に、困ったような笑みを浮かべながら、隣の部屋へ移動し―

 

「だから、一生懸命勉強したわ。どうしてもヒーローになりたかったから」

 

 何かを探し始めた。

 

「ケロ? メリッサさんは元々ヒーロー志望だったの?」

「ううん、それはすぐに諦めた。だって、私“無個性”だし」

 

 メリッサさんの放った言葉に誰もが息を飲む。“無個性”って…。

 

「5歳になっても“個性”が発現しないから、お医者さんに調べてもらったの。そしたら、発現しないタイプだって診断されたわ」

「………」

「あっ、気にしないで。もちろんショックだったけど…私にはすぐ近くに目標(・・)があったから」

「目標?」

「私のパパ」

 

 そう言いながら微笑むメリッサさんの視線の先には、シールド博士の写真が幾つも並べられていた。

 ノーベル個性賞を受賞した時の物から、普通の家族写真まで…どれもメリッサさんへの惜しみない愛情が溢れている。

 

「パパはヒーローになれるような“個性”を持ってなかったけど、科学の力でマイトおじさまや、ヒーロー達のサポートをしている。間接的にだけど、平和の為に働いている」

「ヒーローを助ける存在…ですか」

「そう。それが私の目指す…ヒーローのなり方。それでね。ここに来てもらったのは…これの為」 

「これは…」

 

 メリッサさんから差し出された小さな箱。そこにはパネルが付いた赤い腕輪が…。

 

「このサポートアイテムは、前にマイトおじさまを参考に作った物なの」

「オールマイトを?」

 

 僕の問いにメリッサさんは頷き、僕にコートを脱ぎ、シャツの袖を(まく)るよう促した。そして、言われるままコートを脱ぎ、袖を捲った僕の右手首に腕輪を嵌め、一言。

 

「ここのパネルを押してみて」

「わかりました」

   

 99%の好奇心と1%の恐怖心を感じながら、パネルを押してみると―

 

「うわっ!」

 

 腕輪は瞬時に変形し、僕の右前腕を覆う手甲へと変化した。これって…。

 

「名付けるなら、『フルガントレット』かしら?」

「フル…ガントレット…」

「マイトおじさまが、雷鳥君と出久君を弟子だって公表してすぐ、ネット上に広まった噂。それから雄英体育祭の映像を見て、98%間違いないって思ってたんだけど、今日…ヴィランアタックを間近で見て確信したわ」

「出久君。意図的に“個性”の出力をセーブしているのよね? 高すぎる“個性”の出力に、体が自壊しないように」

「………はい」

「このフルガントレット。マイトおじさま並のパワーで拳を放っても、3回は耐えられる位の強度があるわ。きっと出久君本来の力を発揮出来ると思う」

「僕本来の力…」

 

 メリッサさんの言葉に、思わずフルガントレットで覆われた右手を見つめる。今、『フルカウル』の最高出力は安定状態で40%。自壊半歩手前で45%。

 このフルガントレットを使えば、まだずっと先だと考えていた出力100%が発揮…出来る?

 

「それ、出久君が使って」

「え!? で、でも大切な物なんじゃ…」

「だから、使って欲しいの。困っている人を助けられるステキなヒーローになってね」

「……わかりました。大切に使わせてもらいます」

 

 僕の返答へ満足げに頷くメリッサさん。そこへ―

 

「良いなぁ。出久ばっかりそんな凄いアイテム貰えて」

 

 雷鳥兄ちゃんがふざけ半分にヘッドロックを仕掛けてきた。きっちり極まっているから…結構痛い!

 

「フフッ、安心して。雷鳥君にも役に立ちそうなアイテムをプレゼントするから」

「…それはありがたい」

 

 メリッサさんの一言で、雷鳥兄ちゃんはようやく解放してくれた。あぁ、痛かった…。

 

「勿論、お茶子ちゃんや梅雨ちゃん…今日出会えた皆にも、プレゼントさせてもらうわ」

「そんな、良いんですか!?」

「えぇ、未来のヒーローに使ってもらえるなら、これ以上光栄な事は無いわ」

 

 ただ、どこにあるか判らなくなっている物もあるから、明日まで待ってね。そう言って、ペロッと舌を出すメリッサさん。

 何だかホンワカした雰囲気になったところで、僕達は正装に着替える為、ホテルへ向かうのだった。

 

 

雷鳥side

 

 集合時間であった18時30分から早10分。青山と口田を除く男子は、5分前には集合完了したんだが…女性陣はまだ1人も来ていない。

 ちなみに飯田の話によると、口田は何か先約があり、パーティーには参加できない旨を返信してきたらしいが、青山は送ったメッセージが既読にすらなっていないらしい。もしかして、Iアイランドへまだ来ていないのかもしれないな。

 

「遅い! 女性陣は、団体行動を何だと思っているんだ!」

 

 未だ1人もやって来ない女性陣に、怒り心頭の飯田。

 

「ただ着替えれば良い俺達と違って、女性は髪やメイクで時間が取られるもんなんだ。多少の遅刻は大目に見てやるもんだぜ。飯田」

「む…それは、そうかも知れないが、我々は雄英生として恥ずかしくない行動を…」

「あくまでもビジネスシーンにおける話だが、人は他人の第一印象、その9割を外見で判断する…なんて話もある。服装や身だしなみに万全を期す事は、結果的に雄英の為になると思うが?」

「そうか…そういう物なのか…」

 

 俺の説得(・・)に納得したのか、いくらか静かになったな。さて、今のうちに女性陣が来てくれれば、良いんだが…。

 そんな事を考えていると― 

 

「ごめーん! 遅刻してもうた!」

 

 麗日を皮切りに―

 

「遅くなって、申し訳ありません」

「ごめんねー!」

「ほら、耳郎ちゃん」

「うぅ…ウチ、こういう格好はその…何というか…」

「似合ってるんだから、堂々といこうよ!」

 

 次々と女性陣がやってきた。これで18人が揃ったな。

 

「よく似合ってるよ。梅雨ちゃん」

「ケロケロ。お世辞でも嬉しいわ。吸阪ちゃん」

 

 女性陣はそれぞれに華やかな衣装を身に纏っているが、俺個人としては梅雨ちゃんがナンバー(ワン)だな。ミントグリーンのドレスがよく似合っている。

 たしか、こういうシルエットのドレスをAラインとか言ったな。それにしても…。

 

「正装なんて初めてだ。八百万さんに借りたんだけど…」

「に、似合ってるよ。うん、凄く!」

「緑谷君たら! お世辞なんて言わんで良いって!」

「そ、そんな! お世辞だなんて!」

 

 あの2人は初々しいねぇ。

 

「耳郎のは…あれだ。馬子にも衣裳」

「女の殺し屋みてぇ」

「だ、ま、れ!」

「「みぎゃぁぁぁぁぁっ!」」

 

 耳郎に失言かまして、制裁を喰らっている瀬呂と峰田は…よくある光景だな。

 期末試験で峰田と組んでから、瀬呂は馬鹿をやる回数が増えた気がするが…まぁ、いいか。

 

「2人とも! そんな事を言ったら、耳郎さんに失礼だよ!」

「耳郎さん、僕は凄く似合っていると思うよ。耳郎さんのクールなイメージにピッタリだと思う!」

「あ、ありがと…」

 

 そんな2人に強い口調で注意する出久。言っている事に間違いはないんだが…。

 

「梅雨ちゃん、出久だけどさ…天然ジゴロの才能あると思わない?」

「そうね。本人に自覚が無いのが、更に厄介だわ」

 

 お兄ちゃん。なんとなく心配だよ。

 

「皆、まだここにいたの? パーティー始まってるわよ」

 

 そこへ現れるメリッサさん。瀬呂と峰田が鼻の下を伸ばしながら、どうにかなっちまう。等と言っているが…まぁ、どうにでもなれ。

 

 

オールマイトside

 

「えー、ご来場の皆様。Iエキスポのレセプションパーティーに、ようこそおいでいただきました!」

「乾杯の音頭とご挨拶は、来賓でお越し頂いたナンバー(ワン)ヒーロー、オールマイトさんにお願いしたいと思います!」

「皆様、盛大なる拍手を! どうぞ、ステージにお越しください!」

 

 司会者からの呼びかけと、周囲からの拍手に押され、壇上へと上がる。

 こういう事は、本来ならデイヴの役割なんだが…用事が長引いて乾杯には間に合いそうにない。と、サムから聞かされたし…仕方ないか。

 

「ご紹介に預かりました、オールマイトです。堅苦しい挨拶は―」

 

 抜きにして。そう続けようとしたその時。突然、緊急事態を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

『Iアイランド管理システムよりお知らせします。警備システムにより、Iエキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手』

『Iアイランドは、現時刻をもって厳重警戒モードに移行します』

 

 爆発物が仕掛けられた。という聞き捨てならない情報に、会場にいた私を含むプロヒーローが一斉に動き出そうとしたその時―

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

 会場のドア全てが一度に開き、銃火器とボディアーマーで完全武装した覆面の男達が数十人雪崩込み―

 

「聞いた通りだ。警備システムは俺達が掌握した」

 

 一番最後に入ってきた首魁と思わしき赤毛の男が、堂々と犯行を宣言した。男は今にも自分へ飛びかかろうと構えているプロヒーロー達を鼻で笑い―

 

「言っておくが…反抗しようなどと思うな。そんな事をしたら…この島の警備マシンが、何の罪もない善良な市民に牙を剥く事になる」

 

 スクリーンに映し出されたIアイランド各所の映像を武器に、我々の動きを封じてしまう。この状況は即ち…。

 

「そう、人質は…この島にいる全ての人間だ! 当然、お前ら(・・・)もな!」

「なにっ!?」

「やれ!」

 

 男の声が響いた次の瞬間、緊急時の為に設置されていたセキュリティ用捕縛装置が作動し、プロヒーロー達を、そして私を拘束していく。

 

「いかん!」

 

 私は力を込め、拘束から脱出しようとするが―

 

「動くな! 一歩でも動けば、無差別に住人どもを殺すぞ」

 

 銃声と男からの警告が、私を二重に縛り付け…。

 

「Shit!」

 

 私は成す術なく男に蹴り倒され、完全に動きを封じられてしまう。

 

「良い子だ。全員、オールマイトを見習って、無駄な抵抗はやめるんだな!」

 

 高らかに宣言しながら、男は私を踏みつけ―

 

「オールマイト。お前にはもう1つ()を付けておこう」

「枷…だと?」

「お前の親友、デヴィット・シールド博士の身柄は、我々が確保している」

「なっ…」

 

 信じられない事を口にした。デイヴが、こいつらに捕らわれているだって!?

 

「実はシールド博士には代理人(エージェント)を通じて、ビジネスパートナーとなるよう依頼していたんだが…断られてしまってね」

「いやぁ、ノーベル個性賞の受賞者だ。どれだけ優秀かと思えば…正義感? 道徳? 倫理観? そんな犬の糞にも劣る物を後生大事にして、大局を見抜けない大馬鹿だったよ」

「貴様…」

「だが、その頭脳によって生み出された発明の価値は計り知れない。特に、このセントラルタワーに封印されたアレ(・・・・・・・)の価値は」

 

 アレ? 何だ、デイヴは一体何を発明したというんだ…。

 

「そういう訳だ。親友を墓場送りにしたくないなら、ここで借りてきた猫のように大人しくしているんだな」

 

 島中の住人、そしてデイヴの命を盾にされ、身動きが取れなくなった私の頬に、男は唾を吐き捨てると―

 

「サミュエル・エイブラハム。デヴィット・シールド博士の助手だな。お前にやってもらいたい事がある。連れていけ」

 

 部下に指示を下し、サムをどこかへと連れて行ってしまった。

 

「くっ…」

 

 最悪の状況だ。マッスルフォームを維持できるのは、あと2時間強。その間に(ヴィラン)全員を制圧し、警備システムを元に戻す事が出来るか?

 いや、出来る出来ないではない。やるんだ。私は平和の象徴なのだから…!

 周囲に気づかれぬ様、ゆっくりと力を込め始めたその時、天窓越しに見える上層階から、誰かが此方を覗き込んでいるのが見えた。あれは…吸阪少年と緑谷少年!

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第70話:19人の反抗作戦

お待たせしました。
第70話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 緊急事態を告げる放送に異変を感じた俺達は、様子を伺おうとメリッサさんの案内で非常階段を駆け上がり、上層階からパーティー会場を覗き込んだ訳だが…。

 そこは既に(ヴィラン)の集団によって占拠され、数多のプロヒーロー、そしてオールマイトが拘束されている…最悪以外の何物でもない状態だった。

 耳郎の助けもあって、何とかオールマイトからのメッセージを受け取ったのだが―

 

 1、(ヴィラン)がセントラルタワーを占拠し、警備システムを掌握している。

 2、パーティーの出席者だけでなく、島内の人間全員が人質となっている。

 3、(ヴィラン)の要求を拒否したシールド博士が、(ヴィラン)の手中に落ちている。

 4、(ヴィラン)の目的は、シールド博士が開発し、セントラルタワーに封印されたある発明である事。

 

 まったく、絵に描いたような最悪の展開だ。オールマイトは危険である為、一刻も早くここから脱出するよう言っていたが…。

 

「俺は…雄英校教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出する事を提案する」

 

 監視カメラの無い非常階段の踊り場。

 沈黙を破るように飯田が脱出を提案し― 

 

「飯田さんの意見に、賛同しますわ。私達はまだ学生…免許も無しに(ヴィラン)と戦う訳には…」

 

 八百万もそれに賛同する。たしかに、それは正論(・・)ではある。

 

「そ、そうだよ! 何とか脱出して、外のヒーローに助けを求める。これが一番だって!」

 

 ここで峰田が飯田や八百万の意見に賛同するが―

 

「脱出は…正直困難だと思う。ここは(ヴィラン)犯罪者を収容するタルタロスと同じレベルの防災設計で建てられているから…警備システムを突破して脱出するのは、ほぼ不可能…0に等しいわ」

 

 メリッサさんの言葉に敢え無く撃墜されてしまう。

 

「じゃ、じゃあ、どこかに立て籠もって、助けを待つのは?」

 

 続いて、恐る恐るという感じで葉隠が意見を述べるが…。

 

「葉隠さん、脱出がほぼ不可能なら、侵入も同じくらい困難って事だよ…そもそも、情報が遮断されているなら…ここで何が起きているのか、知りようがない。助けに来る来ない以前の問題だよ」

 

 尾白によって否定されてしまう。再び周囲を沈黙が支配しようとしたその時―

 

「逃げるのも隠れるのも駄目なら…残った選択肢は1つだな」

「そうだね。何よりも僕達はヒーローを目指しているんだから」

 

 轟、そして出久が口を開いた。

 

「まさか…やめるんだ! 轟君! 緑谷君!」

「そうです! 危険過ぎますわ!」

 

 2人の言葉に、何をしようとしているのか(・・・・・・・・・・・・)察したのだろう、慌てた様子で止めに入る飯田と八百万。だが―

 

「たしかに俺達はまだ学生だ。オールマイトも逃げろと言っている。だからって…何もしないで良いのか?」

「そ、それは…」

「助けたい。助けに行きたい。これは僕の偽らざる本心だよ。飯田君も八百万さんも、本当はそう思っているんじゃないの?」

「「………」」

 

 轟と出久の問いかけに言葉を失ってしまう。更に―

 

「飯田、ヤオモモ。ルールを守る事の大切さはわかるよ。でも、囚われている人達を助けに行きたい、助けに行こうって気持ち、心の中に一欠片もないの?」

「今、自由に動けるのはウチ達だけ…それなのに、自分達だけ逃げたり、何もしないで隠れてるなんて、ウチは嫌だ!」

「私も同感! 少なくとも私達は戦う力を持ってる。だから…やれる事をやらないで逃げるのは間違ってると思う!」

 

 耳郎と麗日も声を上げ、風向きが徐々に変わっていく。

 

「吸阪ちゃん。何か言いたい事があるんじゃないの?」

「梅雨ちゃん。どうしてそう思うだい?」

「ケロケロ。こういう時、いつもの吸阪ちゃんだったら、自分から進行役をやっているのに、黙ったまま。何か企んでいる(・・・・・・・)と考えた方が、自然だわ」

「流石は梅雨ちゃん。見事な観察力だ」

 

 梅雨ちゃんの問いに、俺は苦笑いしながらそう答え―

 

「まぁ、企んでいるというか、皆の自主性に任せただけなんだけどね」

 

 皆にそう告げた。

 

「1-Aトップ3の内、既に出久と轟が救出に向かいたい。そう表明している状態で、俺まで何かしらの意思を示せば、皆の思考にバイアスが掛かる。全員揃って右向け右な状態は避けたかったからな。暫くの間、沈黙を貫かせてもらった」

「だが、今ならもう大丈夫だろう。さて、諸君。What do you want to do(一体どうしたい)?」

 

 俺からの問いかけに、皆の返答は同じもの(・・・・)だった。

 

 

出久side

 

「それじゃあ、救出の為のプランを説明するね。このプランが上手くいけば、戦闘を最大限避けつつ(・・・・・・・・・・)人質を救出出来る(・・・・・・・・)と思う」

 

 救出の為のプランを話し始める僕に、全員の視線が集中するのを感じる。大丈夫、焦らず、落ち着いて話す事を心がけろ。

 

「内容は単純だよ。1つ、警備システムを奪還して、拘束されているオールマイトやプロヒーローを開放する。2つ、捕らわれているシールド博士を見つけ出し、可能であれば奪還する」

「警備システムの奪還って…そんな簡単に出来るのかよ?」

「オールマイトからの情報から判断する限り、十分可能だと思う。メリッサさん、そうですよね?」

「えぇ、Iアイランドの警備システムは、このセントラルタワーの最上階で一括管理されているわ。(ヴィラン)がシステムを掌握したという事は、認証プロテクトやパスワードは全て初期化されているという事だから…私達にも、システムの再変更が出来る筈よ」

 

 メリッサさんからの心強い言葉。うん、おかげでプランの成功率がグンと高まった。

 

「最上階では確実に、途中でも(ヴィラン)と遭遇する可能性があります。その際は?」

「戦闘は仮免持ちの俺、出久、轟がメインで行う。もっとも、Iアイランドは日本じゃない。襲ってきた(ヴィラン)を“個性”を使って返り討ちにしても、半殺し程度だったら(・・・・・・・・・)正当防衛が成り立つ」

 

 八百万さんの問いかけに、物騒極まりない返答を返す雷鳥兄ちゃん。だけど、今はそれがこの上なく心強い。

 

「警備システムに関してだけど…入場ログが残っている筈なのに、これまで何の探知も行われていないという事は、(ヴィラン)側が警備システムを100%使いこなせていないって事だと思う。だから、当面は安心して良いと思う」

「だが、油断は禁物だ。慌てず急いで慎重に進んでいこう」

 

 僕の声に補足するように、雷鳥兄ちゃんが皆の気を引き締めてくれた。

 

Ladies and gentlemen(紳士淑女の皆さん).Are you ready(準備はいいか)?」

「作戦名、Nineteen Resistance(19人のレジスタンス)。皆…行こう!」

 

 さぁ、作戦スタートだ!

 

 

オールマイトside

 

 マッスルフォームの維持を最優先に、状況を打破する為のプランを考えている最中―

 

「ッ!」

 

 上層階から視線を感じた。気づかれないように視線を動かすと、そこには吸阪少年と緑谷少年の姿。逃げたんじゃなかったのか!?

 

「「………」」

 

 その無言ながらも力強い瞳に、彼らがやろうとしている事を察する。

 君達の行動を教師としては、咎めないといけないのだろう…だが、ヒーローを志す者が逃げろと言われて、素直に逃げる訳がないよな!

 雛鳥達よ…信じているぞ! 君達がこの状況を打破してくれる事を!

 行動を開始した若者達に、私は声なきエールを送り…来るべきその時まで、何が何でも耐え抜くと決意を新たにするのだった。

 

 

サムside

 

「姉御。連れてきましたぜ」 

 

 セントラルタワーの最上階にある管制室へと連れて来られた私が見たもの。それは―

 

「姉御じゃない。作戦中はコードネームで呼べ」

 

 他の(ヴィラン)とは違う…髑髏を模した仮面を付け、長い青髪をポニーテールにした女が、光を放つ両掌を気絶したままのシールド博士の頭に当てている…ある種幻想的で異様な光景。

 

「失礼しました。ダンタリオン」

「わかればいい…ソキル。ソイツにさっさと保管室のプロテクトを解除させろ。私はこっちの読み取り(・・・・)で手一杯なんだ」

「わかりました。オイ」

 

 どうやら、この中ではあのダンタリオンという女(ヴィラン)が最上位らしい。

 私を連れてきたソキルと言う(ヴィラン)は、私に視線で合図を送り…私は黙って保管庫のプロテクト解除を始める。

 ………正直、何かをされているシールド博士を見て、心が痛まない訳じゃない。だが…

 

「貴方が悪いんだ。シールド博士…私は、私は悪くない…」

 

 誰にも聞こえない小さな声で呟きながら、プロテクトを順番に解除していく。

 あと2時間もすれば、全てが終わり…私は大金を手に入れてIアイランドから消える。

 ほとぼりが冷めるまで姿を隠してから、オーストラリア辺りでのんびり暮らすんだ。そうだ、そうしよう…。 

 

 

雷鳥side

 

 監視カメラの無い非常階段を俺達は駆け上がり続ける。途中、最上階が200階だと知った峰田が、情けない声を上げたりしたが―

 

(ヴィラン)と出くわすよりマシですわ!」

 

 八百万に一刀両断されからは、それも無くなった。

 50階を過ぎた辺りから、メリッサさんが遅れ始め…麗日が“個性”を使ってのサポートを申し出たが―

 

「ありがとう。でも大丈夫! その力はイザという時の為に…取っておいて!」

 

 メリッサさんは気丈にもその申し出を断ると、履いていた靴を脱ぎ捨て、裸足で階段を駆け上がり始めた。ホント、強い女性だよ。

 更に俺達は階段を駆け上がったが、80階に辿り着いたところで―

 

「シャッターが!」

 

 分厚いシャッターに行く手を阻まれてしまった。

 

「どうする…壊すか?」

「そんな事をしたら、警備システムが反応して、(ヴィラン)に気付かれるわ!」

 

 轟の提案をメリッサさんが却下した次の瞬間。

 

「なら、こっちから行けばいいんじゃねぇ?」

 

 息も絶え絶えな峰田が、非常ドアに近づき―

 

「峰田君!」

「駄目っ!」

 

 出久とメリッサさんの静止も間に合わず、ドアを開けてしまった。直後、センサーが反応し、警告音が鳴り渡る。

 

「峰田ちゃん…」

「何をやっている…」

「し、仕方ねぇだろ…」

 

 今ので間違いなく(ヴィラン)に察知されてしまった。全員がやらかした峰田に冷たい視線を送るが、それも一瞬。

 

「とりあえず、ここから移動しよう! 狭い非常階段で襲われたら元も子もないよ!」

「あぁ、万事解決したら、峰田は俺がぶん殴っておく」

 

 こんな会話を交わしながらフロアに入り、再び走り出す。

 

 

オールマイトside

 

「80階の隔壁を全て下ろせ。ガキどもを逃がすな」

 

 首魁の男が通信にそう答えながら、部下3人を追撃要員として上層階へと向かわせる。

 気を付けるんだ皆…(ヴィラン)は狡猾だぞ…。

 

 

轟side

 

「他に上に行く方法は?」

「廊下の先に同じ構造の非常階段があるわ!」

「急ぐぞ!」

 

 その声と共に飯田がスピードを上げた次の瞬間。通路の隔壁が次々と閉まり始めた。

 

「シャッターが!」

「後ろもですわ!」

 

 背後の隔壁も次々と閉じていく。くそっ、俺達を閉じ込める気か! だが―

 

「轟君!」

「あぁ!」

 

 幸運にも隔壁の隙間越しに扉を見つける事が出来た。俺は最大出力の氷結で、閉まる隔壁を塞き止める。人が潜るには少々狭いが―

 

「いくぜ! 障子!」

「あぁ」

 

 “個性”を発動した砂藤と障子が力づくで隔壁を押し上げ―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 それによって生じたスペースを飯田が突っ切り、その勢いを乗せた蹴りで扉を蹴り破った。

 

「この中を突っ切ろう!」

 

 飯田の声に従い、俺達は隔壁の隙間を潜り抜けて扉の中へと入っていく。

 

 

 扉の中は植物園のような空間だった。走りながら緑谷が、メリッサさんに問う。

 

「ここは?」

「植物プラントよ。“個性”の影響を受けた植物を研究―」

「待って!」

 

 ここで、耳郎が何かを察知して、俺達を静止した。その視線の先にあるのは…エレベーター!

 

「エレベーターが上がってきてる!」

(ヴィラン)が追ってきたんじゃ…」

「間違いなくそうだろうな…」

 

 今の表示は57階。このペースだと1分かからずにここに到着するだろう。

 

「どうする? 隠れてやり過ごすか?」

「いや、ここで時間をかける訳にはいかない。迎え撃とう」

「そうだね。僕と雷鳥兄ちゃん、轟君の3人で一気に―」

「いや」

 

 共同戦線を提案する緑谷の言葉を俺は遮り―

 

「カッコつけた言い方だが…ここは俺に任せろ(・・・・・・・・)

 

 皆の足元から巨大な氷柱を生やして、上へと運んでいく。

 

「轟君!」

「轟さん!」

「まだ先は長いんだ。俺達3人揃って消耗するのは、合理的じゃない」

「馬鹿! 1人で格好つける気かよ!」

「安心しろ。後から必ず追いかける」

 

 心配する皆の声にそう答え、エレベーターに向けて構えを取る。その直後―

 

「「轟!」」

 

 常闇と切島が、氷柱から俺の背後へ飛び降りた。

 

「お前ら…」

「余計なお世話かもしれないが…俺達も手伝わせてもらう!」

「1人より2人、2人より3人だぜ!」

 

 …まったく、お節介な奴らだ。だが…ありがたい。

 

「3人とも! 先に行くけど…必ず追いかけてきて!」

「やられたら、承知しねぇからな!」

 

 そんな声を残し、移動を再開する緑谷達。それと同時にエレベーターが到着。

 

「凍てつけ!」

 

 ドアが開くタイミングに合わせ、俺は最大出力の氷結を叩き込んだ!

 

「やったか!?」

「いや、まだだ!」

 

 常闇の声の直後、氷塊に3つの巨大な穴が開き、小太りと痩身、そして海老のような顔をした異形型。合計3人の(ヴィラン)が無傷で現れた。

 

「ガキどもが…つけあがってんじゃねぇぞ!」

 

 そんな声と共に、小太りの(ヴィラン)の体が膨れ上がり、紫色のゴリラのような姿となる。

 同時に、残る2人も構えを取り、俺達と互いに睨み合う。そして―

 

「いくぜぇ!」

 

 切島の声を合図に俺達は一斉に走り出した!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第71話:それぞれの戦い

お待たせしました。
第71話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 轟、切島、常闇の3人が(ヴィラン)の足止めをしてくれている間に、俺達は植物プラントを脱出したのだが…。

 

「クッ、こっちも駄目か…」

 

 既に隔壁によって通路は封鎖されており、非常階段へ近づく事すら出来なくなっていた。

 

「おいおい、どーすんだよ…オイラ達、完全に袋のネズミじゃねーか!」

 

 峰田の泣き言が聞こえる中、俺達はどこかに道がないか探し続け―

 

「皆! あそこ!」

 

 梅雨ちゃんがそれ(・・)を見つけた。

 

「あれは…日照システムのメンテナンス・ルーム…」

「あの構造ならば、非常用の梯子か何かがあるのでは?」

「確かに手動式の物があるけれど…中からしか開ける事が出来ないわ」

「ここまで来たのに…」

 

 ようやく見えた希望に、あと少しのところで届かない…誰もが歯噛みする中―

 

「…何とかなるかもしれねえぞ!」

 

 何かに気づいた瀬呂が“個性”を発動。天井へ向けてテープを射出した。それは天井に幾つかある点検用ハッチの1つ。そのハンドル部分に絡みつく。

 

「皆、手伝ってくれ!」

 

 瀬呂の声に男性陣が力を合わせてテープを引っ張れば、ハンドルは少しずつ動き、遂にハッチが開いた。

 

「多分あれ、通風孔だろ? あの中通れば、外に出られるんじゃないか?」

「そうか、一旦外に出て、外壁伝いに上の階に侵入。上の階にもあれと同じ物があれば…」

「それを使って、全員が上がれる!」

「そうなると…通風孔を通れる程小柄で、外壁を登れるのは……」

 

 そこまで呟いたところで、出久の視線がある人物に向かい、他の皆の視線もワンテンポ遅れてその人物へと向かう。その人物とは―

 

「え?」

 

 そう、峰田だ。

 

「も、もしかしてオイラが!? 」

「お願い! 峰田君!」

「アンタにしか出来ないんだよ!」

「バカバカ! ここ何階だと思ってんだよ!」

「80階…いや、83階だな。このタワーの階高は…4mってところだから、高さは約330mだな」

「まともに答えんなよ! 吸阪ぁ!」

 

 最初は嫌がっていた峰田。

 

「峰田、皆を救出した功労者になったら…インタビューとかされたりして、女子に人気間違いなしだぞ!」 

「さっきのミス、ここで帳消しに出来るチャンスだぞ」

「「「「「「「お願い!」」」」」」」

 

 だが、俺と瀬呂の説得と女性陣からのお願いで―

 

「わーったよ! 行けばいいんだろ! 行けば!」

 

 最後には承諾してくれた。

 

 

 結論を言うと、峰田は見事に俺達の期待に応えてくれた。

 

「さぁさぁさぁ! オイラを褒め称えよ! あ、女子だけで良いぞ。女子だけで」

 

 梯子を登りきったばかりの俺達に、煩悩丸出しのドヤ顔を披露し―

 

「凄いわ峰田君! 流石ヒーロー候補生ね!」

「あぁ…」 

 

 メリッサさんから笑顔で称賛されて、感動に打ち震えているが…まぁ、今くらいは良いだろう。

 

 

切島side

 

 3人の(ヴィラン)を足止めする為、80階に残った俺達はそれぞれに1対1の状況を作り出し、戦っていた。

 俺の相手は、海老みたいな顔をした異形型の(ヴィラン)だ。

 

「いくぜ! 海老野郎!」

 

 全身を硬化させた俺は、海老(ヴィラン)に突っ込み―

 

「だらららららっ!」

 

 連打(ラッシュ)を放つ。相手がどんな戦いをするのか解らねぇ以上、先手必勝、短期決戦だ!

 

「なっ…」

 

 だけど、俺の連打(ラッシュ)は、いとも容易く捌かれてしまった。この戦い方…ボクシングかよ!

 

「ガキ…俺に殴り合い(ボクシング)で勝てる訳ねぇだろ!」

 

 一瞬で攻守が入れ替わり、海老(ヴィラン)のパンチが飛んできた。

 

「ハァッ!」

 

 弾丸みたいなワンツーから左フックに繋げるコンビネーション。硬化した腕でガードを固めているのに、まるで巨大なハンマーで殴られているみたいだ!

 

「シィッ!」

 

 そこへ放たれる2発目の左フック。これを何とか避け―

 

「だぁぁぁっ!」

 

 反撃の一撃を放つ。けど―

 

「馬鹿が…」

 

 俺のパンチは、そんな呟きと共にあっさりと避けられてしまった。しまった! さっきのパンチは誘い(・・)かよ!

 

「シィッ!」

 

 パンチを避けられた事で体勢の崩れた俺に迫る海老(ヴィラン)のパンチ。俺は可能な限り防御を固めるけど―

 

「ぐぅっ!」

 

 さっきと同じ左右のワンツーから左フックに繋げるコンビネーションで、ガードは崩され―

 

「シィッ!」

 

 右ストレートで顎を、左ボディで鳩尾を打ち抜かれる。強烈な衝撃に俺はたたらを踏み…。

 

Go to hell(くたばれ)!!」

 

 駄目押しの右ストレートをまともに食らってしまった。

 

「ぐはっ!」

 

 軽く10mは吹き飛ばされ、壁にめり込むほど激しく打ち付けられる。とんでもねぇパンチ力だ。

 

ヒーロー気取り(・・・・・・・)のガキが、プロに勝てるかよ! それから俺は海老じゃねぇ。蝦蛄(・・)だ!」  

 

 めり込んだ壁から何とか抜け出した俺を嘲る蝦蛄(ヴィラン)。あぁ、そうだな…パワーや技術じゃ、俺は逆立ちしても勝てっこねぇ…。だけどなぁ!

 

「てめぇのパンチなんて…効かねぇんだよ……もっと凄いパンチ知ってるからなぁ!」

 

 そう、俺は職場体験で本物(・・)の拳を知った。あの人(・・・)のパンチに比べたら―

 

「フォースカインドさんのパンチに比べたら、てめぇのパンチなんて…アマチュア以下だぜ!」

 

 微かに足を震わせながら啖呵を切ると、蝦蛄(ヴィラン)の顔が醜く歪んだ。

 

「ガキが…後悔させてやるよ!!」

 

 怒りの咆哮と共に突っ込んで来る蝦蛄(ヴィラン)。俺はその場で思いっきり踏ん張り、力を込める。

 

「もっと硬く…固めて、決して倒れぬ壁となる! 安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!」

「虚仮威しがぁ!」

 

 安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)を発動した俺に、連続で叩き込まれる蝦蛄(ヴィラン)の両拳。その結果は―

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ! お、俺の…俺の拳がぁぁぁっ!」

 

 俺の勝ちだ! 両拳が砕け、苦悶の叫び声をあげる蝦蛄(ヴィラン)

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 俺は奴との間合いを詰め、ボディに連打(ラッシュ)を叩き込んでから、逆さまに抱え上げ―

 

「これで…終わりだぁ!」

 

 脳天から地面に叩きつけた(垂直落下式ブレーンバスター)

 

「げぼっ…」

 

 血と胃液の混ざった液体を吐きながら倒れる蝦蛄(ヴィラン)。白目も剥いているし、暫く起き上がる事は無いだろう。

 

「轟と常闇はどうなった?」

 

 呼吸を整えながら、俺は2人を探す。もしも苦戦しているなら、助けに行かねぇとな!

 

 

常闇side

 

「スクイラーの馬鹿が…ガキ相手だからって、油断しやがって!」

 

 切島が倒したスクイラーという名の(ヴィラン)に対し、毒を吐くゴリラ(ヴィラン)。仮にも仲間に対して、この言いざま…下種め!

 

「切島の戦いぶりを見ても尚、油断と判断するとはな…人を見る目が微塵も無いようだ」

「ヘッ! 鳥頭のチビ(・・・・・)が偉そうに! 叩き潰されてぇようだな!」

「生憎、仲間達に後から追いかけると約束した。貴様のようなチビゴリラ(・・・・・)に時間をかけている暇はない!」

「……貴様はここで死ねぇぇぇっ!」 

 

 怒りの形相で殴りかかってくるゴリラ(ヴィラン)。コンクリート製の床を砕くその一撃を、俺は後方に飛び退く事で避け―

 

「一気に決めるぞ! 黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨッ!」

 

 そのまま黒影(ダークシャドウ)を全身に纏っていく。

 

「闇を纏いて力と成す! 深淵闇躯(ブラックアンク)!!」

「なぁっ!?」

 

 深淵闇躯(ブラックアンク)の発動を見て、僅かにたじろぐゴリラ(ヴィラン)。好機到来!

 俺は両足に力を込めると、一足飛びで奴との間合いを詰め―

 

「必殺! 堕天使の手斧(ルシファーズトマホーク)!!」

 

 その顔面目掛けて、跳び回し蹴りを叩き込む!

 

「ぐほっ…」

 

 こめかみの辺りに打撃を受け、よろけるゴリラ(ヴィラン)。このまま一気に勝負を決める!

 

影の短剣(シャドースティレット)! 6連突き!!」

 

 左右の貫手を奴のボディに連続で打ち込み―

 

影の鎚矛(シャドーメイス)!」

 

 必殺の一撃を顔面に叩き込んだ!

 

「ぐへぁっ…」

 

 “個性”が解除され、砕けた歯を撒き散らしながら、吹き飛んだゴリラ(ヴィラン)は、壁に激しく叩きつけられ…白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

「闇に抱かれて…眠れ」

 

 

轟side

 

「お前ら…ただのガキじゃねぇな!?」

 

 仲間が2人続けて倒され、焦ったような声を上げる痩身(ヴィラン)

 

「一体…何者だ!」

「名乗るほどの者じゃねぇ…」

 

 奴の問いかけに、俺は素っ気無くそう答えながら氷結を放つ。

 

「シャァッ!」

 

 奴は水かきのついた手を振るって突風を起こし、迫る氷結を器用に刳り貫いて(・・・・・)防ぎきる。なるほど…風の力で目標を抉る“個性”か。

 

「残念だが、てめぇの氷は俺には通用しねぇ!」

 

 最初の不意打ちと今回、2度氷結を防いだ事で勝ち誇る痩身(ヴィラン)。だが、俺の力の半分(・・・・)を防いだだけで勝った気でいられるのは…不愉快だ。

 

「そうか、だったらこうするだけだ」

「あぁ?」

 

 俺の淡泊な反応に怪訝な顔を見せる痩身(ヴィラン)だが―

 

「っ!?」

 

 何かを察して、上を見た瞬間。その表情は驚愕へと変わった。

 

「降り注げ、不死鳥の羽根(フェニックスフェザー)

「な、なんだとぉ!?」

 

 直後降り注ぐ無数の火球。奴は“個性”で攻撃を防ぐ事も忘れ、逃げ惑う。その隙に俺は右手に冷気、左手に炎を纏い―

 

竜の咆哮(ドラゴンロアー)!」

 

 必殺の一撃を放つ!

 

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 迫り来る衝撃波に対し、狂ったように腕を振るう痩身(ヴィラン)だが、その程度では足止めにもならない。

 衝撃波に飲み込まれた奴は、風に飛ばされる枯葉のように宙を舞い…そのまま受け身も取れず床へ叩きつけられた。

 

「あ、がぁ…」

「安心しろ。出力は抑えてある」

 

 手足がそれぞれ明後日の方向を向き、ピクピクと痙攣している痩身(ヴィラン)にそう告げて、2人と合流する。

 

「2人とも無事か?」

「あぁ」

「大丈夫。大した傷じゃねぇ」

「よし、皆を追いかけよう」

 

 先に行った吸阪達を追いかけようとしたその時、あちこちからサイレンを鳴り響き、無数の警備マシンが出現。俺達を取り囲んだ。

 

「奴ら、本気になった様だな」

 

 

(ヴィラン)side

 

『ボス、あいつらはただの子供じゃありません! 雄英高校ヒーロー科…ヒーロー予備軍です! しかも、その中にはオールマイトの弟子2人も含まれています!』

「ほぉ…」

 

 部下からの報告に、思わず声が出る。オールマイトの弟子が動き回っているとは… 

 

『スクイラー達も簡単に倒されました。あいつら、下手なプロ顔負けの実力者です』

「そんな厄介な連中をお前は見逃していた訳か…」

『そ、それは……』

「まぁいい。ガキどもの目的は、恐らく警備システムの復旧だ。80階の警備マシンは稼働させたな?」

『はい』

「なら、100階から130階までの隔壁を全て上げろ」

『え?』

「言う通りにしろ」

『は、はい!』

「それから…135階にC班を向かわせる。準備をしておけ」

『わかりました!』

 

 電話越しに指示を下しながら、俺は傍に控えていた3人を上へと向かわせる。

 オールマイトの弟子? 下手なプロ顔負け? それがどうした。こちらの絶対的優位に変わりはない。

 

 

雷鳥side

 

 100階を過ぎてから、俺達はスムーズ過ぎる程スムーズに上へと上り続けていた。

 

「なんか、ラッキーじゃね? 100階越えてから、シャッターが空きっぱなしなんて」

「私達の事、見失ったとか?」

 

 瀬呂や麗日が思わず希望的観測を口にするが―

 

「恐らく違う」

「私達、誘い込まれてますわね」 

「あぁ…」

 

 耳郎や八百万達の意見の方が正解だろう。

 

「それでも、少しでも上に行く為に…向こうの誘いに乗る!」

「そういう事だ!」

 

 

 そうしている内に130階へ到着した訳だが…。

 

「なんて数なん!?」

 

 上層階へと続くルートは、無数の警備マシンで埋め尽くされていた。

 

「やはり相手は閉じ込めるのではなく、捕らえる事に方針を変えたか…」

「きっと、僕達が雄英生である事を知ったんだと思う」

「でも、そうなる事は…こちらも予想済みですわ!」

 

 声と共に八百万は何挺かの銃火器を創造し、攻撃手段に乏しい葉隠やメリッサさんに渡していく。

 

「予定通りのプランでいこう…正面突破だ!」

 

 飯田の声と共に俺達は一斉に突入。それを察知した警備マシンも殺到するが―

 

「皆さん! 先端を捻ってから投げつけてください!」

 

 女性陣が次々と投げつけた八百万特製の発煙筒。そこから噴出される煙を浴びるとその動きが目に見えて鈍くなっていく。

 

「これで暫くの間、通信を妨害出来ますわ!」

 

 いわゆるECMの類か…いやはや、恐れ入ったよ。動きの鈍った警備マシンは、峰田のもぎもぎや瀬呂のテープで誘導され、1ヶ所に集められていく。そして―

 

「あとは僕が!」

 

 最後を決めるのは出久だ!

 

 

出久side

 

 1ヶ所に集められた警備マシンへ走りながら、僕は上着を脱ぎ捨て、『フルガントレット』を起動。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 更にフルカウルを発動して、出力を高めていく。

 

 -これを装着すれば、緑谷君本来の力を発揮出来ると思う-

 

 メリッサさんの言葉を信じて―

 

「まずは、50%の力で!」

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 いつもの全力を上回る出力で放たれた拳は、1ヶ所に集められていた警備マシン全てを纏めて吹き飛ばした。それなのに…痛くない! 腕も平気だ!

 

「これなら…いける!」

「耳郎君、警備マシンは?」

「左から来る!」

「よし、ならば右に進むぞ!」

 

 新たな警備マシンが集合する前に、僕達はこのフロアを一気に突破していく。

 

「メリッサさん、ありがとうございます! フルガントレット、バッチリです!」

「持ってきていたのね!」

「あっ、外し方わからなくて…」

「あっ、フフッ」

 

 

(ヴィラン)side

 

『ボス、警備マシンのセンサーに障害が! ガキどもを見失いました!』

「狼狽えるな!」

 

 慌てた様子の部下を一喝しながら、俺は現時点でわかっているガキどもの情報を脳内で整理しー

 

「恐らくガキどもの中に、聴覚の鋭い“個性”持ちがいるな…」

 

 素早く仮説をたて、対応策を練る。

 

「C班の現在位置は?」

『135階に到着。いつでもいけます』

「よし、ならー」

 

 新たな指示を下した俺は、近くに転がるオールマイトに視線を送る。

 直にお前の弟子も、教え子も、捕らえられてここに連れて来られる。

 その時が、平和の象徴が地に落ちる時だ。

 

 

雷鳥side

 

「遅かったな! ガキども!」

「待ちくたびれたぜ!」

「遊んでやるから、かかってきな!」

 

 135階で俺達を待ち構えていたのは、3人の(ヴィラン)

 顔といい、口調といい、まさに下衆の一言だな。

 

「時間がない。出久、飯田、皆を連れて先に行け。ここは俺が」

 

 引き受ける。そう言おうとした俺の肩を掴んだのはー

 

「吸阪、それは俺の台詞だぜ」

「ここは、俺達に任せろ」

「轟じゃないけど、格好つけさせてもらうよ」

 

 砂藤。そして障子と尾白が続く。

 

「……すまない。ここは任せた!」

 

 3人が(ヴィラン)達を牽制している間に、俺達は上へと進む。

 3人とも、必ず追いかけて来いよ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第72話:それぞれに出来る事を

お待たせしました。
第72話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


砂藤side

 

「情報を見たが…てめぇ、雄英高校の生徒で、増強型の“個性”持ちだろ? いいぜ、発動するまで待ってやる」

「………」

 

 如何にも余裕綽々な態度を見せる(ヴィラン)に内心歯噛みしながら、俺は万が一(・・・)に備え、常時持ち歩いていた薬包紙を取り出すと、封を切って中身を口の中へ注ぎ込む。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 すぐさま“個性”が発動し、全身の力が5倍に高められる。

 

「いいねいいね! 増幅率は4倍…いや、5倍ってところか」

 

 だけど、(ヴィラン)はそんな俺を見て怯むどころか、ますます笑みを深くすると―

 

「“個性”が似ているのも、楽しめる」

 

 タクティカルベストのポケットから、チョコレート(・・・・・・)を取り出し、一口齧って“個性”を発動した。こいつ…俺と似た“個性”を!

 

「さぁ、力自慢(マッチョマン)…勝負しようぜ!」

 

 満面の笑みを浮かべて、俺に掴みかかる(ヴィラン)。俺も手を伸ばし、手四つの状態になると、互いに力を込めた。

 

「ぬぅぅぅぅぅっ!」

 

 渾身の力を込める俺に対して―

 

「ハハハッ! 良いな! お前、期待通りだ!」

 

 (ヴィラン)は涼しい顔。信じられねぇ…同じような“個性”なのに、こいつの方が、増幅率が上なのか!?

 

「教えてやろう。俺の“個性”は『カカオドープ』! チョコレートを食べる事で発動する増強型だ!」

「そして、その増幅率は7倍! お前のそれを大きく上回る!」

「わかるか? 糖分なら何でもいいお前とは、“個性”の()が違うんだよ!」

 

 次の瞬間、力負けした俺は体勢を崩され―

 

「おらぁ!」

「うぉっ!」

 

 派手に投げ飛ばされた。

 

「ハハハッ! 相手のパワーを上回り、正面から叩き潰す! この瞬間は何度味わってもたまらねぇ!」

「そして、絶望した相手に止めを刺すのは、もっとたまらねぇ!」

 

 完全に勝利を確信し、高笑いを上げる(ヴィラン)。ゆっくりと俺へと近づき―

 

「死ぃねぇぇぇっ!」

 

 拳を振り下ろす。その直後― 

 

「なっ……」

 

 (ヴィラン)は言葉を失い、その顔から余裕が消えた。何故かって?

 

「お前がくだらない能書きを垂れてくれて、助かったぜ! 発動までの時間が稼げたからな!」

 

 砂糖細工の戦鬼(シュガークラフトオーガ)を発動した俺が、(ヴィラン)の拳を受け止めたからだ!

 

「な、なんだ、このパワーは!? さっきまでとは、まるで違う!」

「ヒーローなんだ…隠し玉(・・・)の1つや2つ、あって当然だろ!」

 

 そのまま“個性”をコントロールし、砂糖細工の悪魔(シュガークラフトデーモン)を発動した俺は、(ヴィラン)と再び手四つの状態になるが―

 

「ぐ、が…ば、馬鹿な…」

 

 さっきとは逆に力負けした(ヴィラン)は、あっさりと体勢を崩され―

 

「吹っ飛べ!」

「ぐへぁ!」

 

 顔面への右ストレート1発で、吹っ飛んでいった。 

 

「獲物を前に舌なめずりするのは、3流の証…吸阪の言ったとおりだぜ」

 

 

障子side

 

「そらそらそらそらぁっ!」

 

 両手の甲から生えた鋭い爪を振り回し、攻撃を仕掛けてくる(ヴィラン)

 俺は6本の腕で攻撃を冷静に捌きながら、相手を観察する。鋭い爪に、全身を鎧の用に覆う鱗状の板…アルマジロの“個性”か。

 

「どうしたどうした! 攻撃を凌ぐので精一杯かぁ!?」

 

観察に徹する俺を声高に挑発するアルマジロ(ヴィラン)。その挑発…敢えて乗ろう。

 

「テンタクルラッシュ」

 

 大振りとなった爪の一撃を捌いた事で体勢の崩れたアルマジロ(ヴィラン)に、6本の腕を総動員した連打(ラッシュ)を放つ!

 

「チィッ!」

 

 だが、その連打(ラッシュ)が炸裂する直前、奴はその“個性”の通り体を丸めて球体となり―

 

「ふぅ、危ない危ない」

 

 連打(ラッシュ)を防ぎ切った。アルマジロの甲羅…鱗甲板は銃弾をも防ぐ防御力があるというが…大した防御力だ。

 

「イージスの盾を知っているか?」

 

 球体となり連打(ラッシュ)を防いだ事で、離れた間合いをゆっくりと詰めながら、アルマジロ(ヴィラン)が俺に問う。

 

「………ギリシャ神話に登場する、あらゆる邪悪や災厄を払う盾」

「そう、その通り! 俺の鱗甲板は正にイージスの盾。お前の攻撃でこれを破る事が出来ない以上、お前は俺に勝つ事は出来ない!」

「如何に防御が優れていても、攻撃手段が乏しければお前も俺を倒す事は出来まい」 

「そう思うか?」

 

 俺の言葉に不敵な笑みを返すアルマジロ(ヴィラン)。その直後―

 

「最強の盾は最強の武器にもなるんだよ!」

 

 俺へと向けて駆け出したアルマジロ(ヴィラン)は、その途中で球体へと変化。壁や床、天井を使ってピンボールのように跳ね回り、体当たりを仕掛けてきた!

 

「ッ!」

 

 咄嗟の判断で、何とか球体を避ける事に成功したが…球体が激突した扉はまるで大型車両が激突したかのように大きく拉げてしまっている。正直な話、食らいたくはないな。

 

「よく避けたな! だが、いつまで避けられる?」

 

 勝ち誇った声と共に再び球体となって跳ね始めるアルマジロ(ヴィラン)

 

「……避ける必要はない」

 

 俺はそう呟くと通路の真ん中に立ち、自身の両腕に複製腕を絡みつかせ、巨大な両腕を形作る。そして―

 

海魔の双槌(クラーケンハンマー)

 

 俺を跳ね飛ばそうと跳んできた球体に、必殺の諸手突きを叩き込んだ。無敵の盾と海魔の一撃。激突の勝者は―

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

 俺だったようだ。自慢の鱗甲板が無残に砕けたアルマジロ(ヴィラン)は、猛スピードで壁に激突し、二度と起き上がる事はなかった。

 

 

尾白side

 

 

「オイオイオイ! ガキ相手に何不様晒してやがる! 役立たずどもが!」

 

 俺と睨み合いながら、砂藤と障子に倒された仲間に悪態を吐く異形型の(ヴィラン)。顔立ちや体つきから見て、異形型…恐らく昆虫の“個性”。

 だけど、何の虫かまではまだわからない…警戒は絶やせないな。

 

「まぁいい…俺が全員燃やせば(・・・・)良いだけだ!」

 

 そんな声と共に、こちらへ向けられた(ヴィラン)の両掌。その中央部分に開いた孔が開いた…次の瞬間!

 

「燃えろぉ!」

 

 勢い良く放たれる火炎のような物(・・・・)

 

「ッ!」

 

 反射的にその場を飛び退いたコンマ数秒後、俺の立っていた場所を攻撃が通過。床や壁を焦がしていく。そして―

 

「これは…」

 

 物が焼け焦げた臭いに混ざって床や壁から漂う悪臭(・・)に、昔本で読んだある昆虫の名前が頭に浮かんだ。

 

「ミイデラゴミムシ…」

 

 詳しい原理は忘れたけど、2種類の化学物質を混合させる事で、高温の気体を爆発的に噴射させる…だった筈。それが“個性”として発現すれば、こうなるって事か。

 

「よく気がついた! だが、それを知ったところでどうなる?」

 

 そう言って、俺に再度掌を向けるゴミムシ(ヴィラン)。中央の孔が先程とは逆に絞り込まれ―

 

「尻尾が生えているだけ(・・・・・・・)の雑魚は、とっとと消し炭になれ!」

 

 火炎弾のような物(・・・・)が次々と発射される。

 

「はぁっ!」

 

 俺は咄嗟に床を強く踏み、その反動で床板を立てて攻撃を凌ぐ。この前レンタルした忍者映画…見てて良かった…。

 

「つまらねぇ小細工しやがって!」

 

 俺が攻撃を凌いだのが気に食わないのか、更に攻撃を続けるゴミムシ(ヴィラン)。猛烈な勢いで叩きつけられる火炎弾擬きで、床板は瞬く間にボロボロになっていき―

 

「くっ!」

 

 床板の陰から転がり出た直後、完全に破壊されてしまった。あの火炎弾擬き、相当な威力だ。

 

「ここまでだ!」

 

 そして、守る物が無くなった俺に、突きつけられるゴミムシ(ヴィラン)の両掌。その孔が限界まで開き、火炎(高温の気体)が放たれようとしたその時―

 

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 ゴミムシ(ヴィラン)の悲鳴が響く。その掌に深々と突き刺さっているのは、砕かれた床板の破片。そう、俺が投げつけた物だ。

 

「て、てめぇ…よくも……」

「吸阪だったら、こう言うんだろうな…『床板を砕いてくれて、ありがとう』って!」

 

 柄じゃない物言いに、微かに顔が赤くなるのを感じながら、両足に力を込めて一気に間合いを詰めていく。

 

「チィィッ!」

 

 最大の攻撃手段を失ったゴミムシ(ヴィラン)が半ば自棄で放った拳を捌き―

 

「尾白流格闘術! 回転参連撃!」

 

 右ハイキック、左バックハンドブロー、尻尾の一撃を連続で叩きこむ!

 

「ぐはっ…」

 

 白目を剥いて崩れ落ちるゴミムシ(ヴィラン)。何とか倒せたけど、吸阪や緑谷、轟の様にスマートにはいかないな。 

 

 

雷鳥side

 

「下の階から、警備マシンの駆動音多数」

「上から音は?」

「ない、大丈夫」

「よし、行くぞ!」

 

 耳郎の“個性”『イヤホンジャック』で索敵を行いながら、俺達は上り続け、遂に138階にまで辿り着く事が出来た。

 

「このサーバールームを突っ切って行けば、近道になるわ!」

 

 メリッサさんの提案に従い、最短距離を進んでいくが―

 

「ッ! 皆、止まれ!」

 

 突然、俺の“個性”が反応を示した。何かが大量に動き始めた感覚…これは、まさか!

 

「見て! 扉が開いてく!」

 

 芦戸の言葉通り、勝手に開き始める扉。その先では無数の警備マシンが一斉に起動し、こちらを捕捉している。

 

「くっ、罠か!」

「耳郎に捕捉されないよう、ギリギリまで機能を停止させていたんだ。敵も味な真似をしてくれる」

「時間がないんだ。罠だろうと何だろうと、突破するまでだよ!」

「待って! ここのサーバーに被害が出たら、警備システムにも影響が出るかも」

 

 正面突破を試みようとする出久だったが、メリッサさんに止められてしまい…更に、上の階からも警備マシンの増援が到着し、戦力差はますます開いていく。

 

「どんだけいんだよー!」

 

 峰田の泣き言が響いたその時―

 

「吸阪君、緑谷君。ここは俺達に任せてくれ!」

「警備マシンは私達で食い止めますわ!お2人はメリッサさんを連れて、別ルートで上に向かってください!」

「ウチも残るよ!」

 

 八百万と飯田、そして耳郎が足止めに名乗りを上げた。それを皮切りに、芦戸や葉隠、瀬呂もここに残る事を決断し―

 

「あぁぁぁっ! わかったよ! オイラも残るよ!」

 

 峰田もここに残ると決断する。梅雨ちゃんと麗日、心操もここに残ろうとしたが―

 

「麗日君と蛙吹君、心操君は吸阪君達と一緒に行ってくれ! ここから先、3人の“個性”がきっと役に立つ筈だ!」

「ここは私達だけで十分です!」

 

 飯田や八百万の説得を受け、俺達と共に上へ進む事を決断した。 

 

「皆…暫く持ち堪えていてくれ!」

「メリッサさん、お願いします!」

 

 飯田達6人を残し、俺達は先へと進む。皆…恩に着る!

 

 

飯田side

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 先を目指す吸阪君達を捕えようと動く警備マシンの群れ。俺は一直線に走り、最高速度に到達した所でジャンプ!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 空中で体を独楽のように回転させながら突撃し、加速と回転の勢いを乗せた回し蹴りを警備マシンに叩き込む!

 十数台の警備マシンが纏めて吹き飛び、スクラップとなるが…圧倒的な物量の前では正に焼け石に水。

 

「それがどうした!」

 

 そう、敵の数が圧倒的に多い事など百も承知! 今の俺に出来るのは、1体でも多くの警備マシンを倒し、1分でも1秒でも長く時間を稼ぐ事だ!

 

「飯田さん! 援護します!」 

 

 八百万君の声に視線を送れば、三脚に備え付けられた連装機関銃(ガトリングガン)や、回転弾倉式のグレネードランチャーを構え、援護射撃の態勢を整えた八百万君、耳郎君、葉隠君の姿。

 芦戸君や瀬呂君、峰田君は、自前の“個性”で戦うようだ。

 

「皆! 吸阪君達が必ずやってくれる! それまで持ち堪えるんだ!」

 

 

出久side

 

 全速力で上へ、上へと進んでいく中、足元から聞こえてくるのは連続した銃声や警備マシンを蹴り砕く破砕音。

 

「皆…」

 

 必死に戦っている皆の事を思うと、足が鈍りそうに…。

 

「止まるな! 出久!」

「そうだよ! 止まっちゃ駄目だ!」

 

 そんな僕の背中を押すのは、雷鳥兄ちゃんや麗日さんの言葉。

 

「今、うちらまで捕まったりしたら、飯田君達が残った意味がなくなる!」

「う、うん! 皆…どうか、無事で!」

 

 

 後ろを振り返らず走り続け、僕達は180階に到達した。そこは―

 

「メリッサさん。ここは?」

「風力発電システムよ」

「どうしてここに…」

「このままタワーの中を登れば、警備マシンが待ち構えている筈よ。だから、ここから一気に上層部へ向かうの」

 

 メリッサさんが指差す先に見えるのは非常口。あんな所まで…もしかして! 

 

「お茶子さんの…触れた物を無重力にする“個性”なら…それが出来る!」

 

 強風が吹き荒れる中、無重力で上昇する事が何を意味するのか…その恐怖を必死に押し殺すメリッサさん。

 麗日さんもそれを察したのだろう。

 

「うん、任せて」

 

 ただ、それだけを答える。一方―

 

「ケロケロ。私は自力で上がっていくわ。蛙の本領発揮ね」

 

 梅雨ちゃんは吸着能力のある蛙の手足を活かして―

 

「俺も…自力で何とか出来そうだ」

 

 雷鳥兄ちゃんは手足に磁気を纏う事で、垂直の壁を登り始めた。僕達も遅れる訳にはいかない。 

 

「メリッサさん、緑谷君に掴まって!」

「はい!」

「心操君。かなり危ない事になるけど…」

「大丈夫だ。早めにやってくれ」

「……それじゃあ、いきます!」 

 

 麗日さんはまず、メリッサさんを背負った僕を、次に心操君を浮かせ―

 

「いっけー!」

 

 上へと押し出した! エレベーター程度のスピードで僕達は上昇を開始する。だけど―

 

「あぁっ!」

 

 僕達の行動を察知したのだろう。警備マシンが次々と押し寄せてきた!

 

「麗日さん!」

「“個性”を解除して逃げて!」

「できひん! そんな事したら、皆を助けられなくなる!」

「お茶子さん!」 

 

 メリッサさんの悲痛な声が背中から響く。その時!

 

「吸阪ちゃん! 緑谷ちゃん! 心操ちゃん! メリッサさんをお願いね!」

 

 梅雨ちゃんが20m程の高さから飛び降り、麗日さんを守るように警備マシンに立ち塞がった。

 

「ケロッ!」

 

 そのまま目についた警備マシンを手当たり次第に倒していくけど、警備マシンの数があまりに多くて、1人じゃとても防ぎきれない!

 

「梅雨ちゃん!」

 

 見かねた雷鳥兄ちゃんも飛び降りようとするけど―

 

「吸阪ちゃん、来ちゃ駄目! 上を目指して!」

 

 梅雨ちゃんがそれを許さない。あぁ、せめて麗日さんが自由に動けるようになれば…早く! 早く! 早く上に着いてくれ!

 

「お茶子ちゃん!」

 

 その時、梅雨ちゃんが防ぎ切れなかった警備マシンが麗日さんに迫り―

 

不死鳥の眼光(フェニックスグレア)!!」

 

 熱線と見紛う程に圧縮された炎で、木っ端微塵に破壊された。今の攻撃は!

 

「轟君!」

 

 よかった! 無事だったんだね!

 

影の鎚矛(シャドーメイス)!」

「うぉりゃぁ!!」

 

 警備マシンを吹き飛ばしながら、常闇君と切島君も駆けつけてくれた!

 

「吸阪! 緑谷! 心操! 麗日と蛙吹は任せろ!」

「2人を守りながら、警備マシンを足止めする!」

「その代わり、上は任せたぜ!」

「皆…ありがとう!」

 

 皆の助けを借りて、190階まで来る事が出来た。200階までもう少し…もう少しだ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第73話:最上階到達

お待たせしました。
第73話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


(ヴィラン)side

 

「ソキル達を向かわせろ! 絶対に最上階へは近づけるな!」

『はい!』

 

 ガキどもの一部が190階に到達したという報告に、俺は苛立ちながら指示を下す。

 

「それから、ダンタリオンの方はどうなっている?」

『プロテクトは残り2つ。あと15分、いえ10分あれば!』

「7分で終わらせるように伝えろ!」

『は、はい!』

「いいな! 俺が行くまで制御ルームは死守しろ!」

 

 通話を終えると同時に、俺は最上階へと移動を開始する。ガキどもの力を少々侮りすぎたか…いや、アレ(・・)が手に入りさえすれば、全てをひっくり返せる。勝算はまだ十分にある!

 

 

雷鳥side

 

 198階に到達した直後、俺達の前に立ち塞がる3人の(ヴィラン)

 

「胸糞悪いガキどもが!」

「ウォルフラム様の命令だ。ここから先へは行かせねぇよ!」

「………蹴り潰す!」

 

 それぞれ腕を刃物に変化させる“個性”、狼の“個性”、バッタの“個性”か…。

 相手がどんな“個性”持ちだろうと、ここで時間を浪費する訳にはいかない。

 

「ここは―」 

「俺に任せてくれ」

 

 この場を引き受けようとした俺の言葉を遮り、心操が前に出た。そして―

 

「頼むよ」

 

 そう呟く心操と視線が合った瞬間、俺はその狙いを察する。頼むぜ、心操。

 

 

心操side

 

「あんたら3人。俺がまとめて相手をするよ」

 

 1歩ずつ前に出ながら、俺は努めて不敵に(ヴィラン)達に声をかける。メインターゲットは…そう、リーダー格と思われる腕が刃物に変わる“個性”の(ヴィラン)だ。

 

「3人まとめてだと!?」

「あぁ、そうさ。あんたら如きが吸阪や緑谷の相手をするなんて、力不足もいいところだ」

「悔しかったら、かかって来いよ。一山幾らの雑魚(ヴィラン)

「てめぇ!」 

 

 俺の煽りを受けて、爆発した(ヴィラン)が刃物と化した右腕を振り上げた次の瞬間、その動きがストップする。かかった(・・・・)

 

「さぁ、後ろの2人と戦え(・・・・・・・・)!」

 

 間髪入れず放った俺の指示に従い、仲間である2人に襲いかかる(ヴィラン)

 

「ソキル! 何しやがる!?」

「気でも狂ったか!?」

 

 突然仲間から攻撃を受け、浮足立つ(ヴィラン)達。仮にも人殺しのプロを自称する連中だ。すぐに体勢を立て直すだろう。だが―

 

「ライトニングブラスト!」

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 その僅かな時間があれば、あいつらには事足りる。

 吸阪と緑谷の一撃を受け、吹っ飛ばされていく狼(ヴィラン)とバッタ(ヴィラン)。そして―

 

「せいっ!」

 

 洗脳されたままの(ヴィラン)は、俺に階段から蹴り落され―

 

「ぐへぇ…」

 

 派手な音を立てながら階段を転げ落ち、潰れた蛙のような声を出して気を失った。

 

「心操、お見事」

「流石だね。心操君」

「いや、吸阪と緑谷が、後ろで睨みを利かせてくれたおかげだよ」

 

 2人からの称賛にそう答え、先へと急ぐ。他の皆なら、もっと手早く片付けられた筈…俺もまだまだだな。

 

 

雷鳥side

 

「来たぞ!」

 

 最上階手前で俺達を食い止めようと、アサルトライフルを乱射する2人の(ヴィラン)

 

「俺達を止めたきゃ、ミサイルでも持ってこい!」

 

 だが、その程度で俺達は止められない。銃弾は電磁バリアで完全に防御され―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 その隙に飛び出した出久の一撃を受け、意識を刈り取られる。周囲を確認し、一気に階段を駆け上がれば―

 

「200階、到達」

 

 遂に、200階に辿り着く事が出来た。

 

「メリッサさん。制御ルームの場所は?」

「中央エレベーターの前よ」

 

 だが、のんびりしている暇はない。メリッサさんに案内されながら、先を急いでいると―

 

「ストップ、あの部屋に…誰かいる」 

 

 先頭を走る出久が何かに気づいた。全員で出久の示した先、保管庫を覗き込むと―

 

「あれは…サムさんだわ」

 

 そこにはコンソールを操作するシールド博士の助手、サムさんと―

 

「あそこ、シールド博士が」

 

 拘束され、床に転がされたシールド博士の姿。

 

「どうやら、(ヴィラン)のお目当ては、保管庫の中身のようだな」

「シールド博士、怪我をしている。早く助けないと!」 

「あぁ…だが、その前に…いるのはわかってるんだ。出て来いよ」

 

 救出に飛び込もうとする出久達を制しながら、俺は10m程先の通路の陰に声をかける。すると―

 

「気配は消していたつもりだったが………よく気が付いた。誉めてやるぞ」

 

 髑髏を模した仮面を付け、長い青髪をポニーテールにした女(ヴィラン)が姿を現した。

 

「私はダンタリオン。ウォルフラム様の側近にして、Iアイランドを襲撃した部隊の副隊長だ」

 

 堂々と名乗りを上げ、腰に下げていた曲刀(シャムシール)を抜くダンタリオン。俺達も構えを取るが―

 

「俺に任せてくれ」

 

 先程同様、心操が前に出た。そして、先程同様『洗脳』を発動しようとした瞬間―

 

「シィッ!」

「ッ!」

 

 心操の首目掛けて、ダンタリオンの曲刀(シャムシール)が振るわれた。

 俺が咄嗟に心操を引き寄せた事で、ネクタイが斬り落とされるだけで済んだが…あとコンマ数秒遅かったら、心操の首と胴が永遠にお別れしていただろう。

 

「す、すまない。吸阪…助かった」

「気にするな。ヒーローは助け合いだよ」

 

 顔を青くしながら礼を言ってくる心操にそう返しながら、俺と出久はダンタリオンを睨みつける。すると―

 

「私は人の心が読める。どんなに恐ろしい“個性”も、前以て解っていれば、潰す事も容易い」

 

 既に勝利を確信したのか、心操の『洗脳』を発動前に潰せた種明かしをしてくるダンタリオン。

 

「なるほど…ダンタリオンという名前、思い出したよ。たしか、ソロモン王が使役した72体の悪魔。その1体だったな。その能力は…他人の心を自在に読み取る事」

「その通り! 吸阪雷鳥!お前の電撃も、緑谷出久! お前の超パワーも、私の前では単なる宝の持ち腐れだ!」

「だったら、試してみるか?」

 

 勝ち誇るダンタリオンに、俺は不敵な笑みを返し―

  

「俺が打つのは右ストレートだ。一直線で行くから覚悟しな」

 

 そう宣言した。

 

 

(ヴィラン)side

 

「俺が打つのは右ストレートだ。一直線で行くから覚悟しな」

 

 吸阪雷鳥の言葉に、思わず耳を疑う。わざわざ攻撃を予告するとは…何を企んでいる?

 “個性”を発動し、奴の心のを読み取るが―

 

 -まっすぐ突っ込んで、右ストレート-

 -まっすぐ突っ込んで、右ストレート-

 -まっすぐ突っ込んで、右ストレート-

 

 聞こえてくるのは、この一文ばかり。なんだ、単なる自信過剰の馬鹿か。

 

「オールマイトの弟子も―」

 

 大した事ない。そう続けようとしたその刹那、私の顔面に叩き込まれる吸阪雷鳥の拳。

 髑髏を模した仮面が木っ端微塵に砕かれ、鼻が無残に潰れるのを感じながら、私は吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 

 

雷鳥side

 

「相手に心を読まれ、次に取る行動が知られているなら、相手が反応出来ない速度で動けば良い(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。簡単な理屈だ」

 

 壁に叩きつけられ、崩れ落ちたダンタリオンにそう告げながら、俺流フルカウルを解除する。 

 “個性”といい、曲刀(シャムシール)を振るう技量といい、まともに勝負すれば苦戦は免れなかっただろうが…。

 

「悪いな。俺、喧嘩弱いから…小細工させてもらった」

 

 ダンタリオンが完全に意識を失っている事を確認し、俺達は保管庫へと走り出した。

 

 

サムside

 

「よし…プロテクトは全て解除出来た」

 

 保管庫から、私が取り出そうとしている物。それは、このIアイランドに所属する優秀な科学者達が生み出した幾多の発明の中でも、究極と呼ぶに相応しい物。

 この社会の有り様すらも変えてしまう…まさに至高の発明だ。16に及ぶ厳重なプロテクトを全て解除して、ようやく私の手に…。

 

「完璧だ。全て揃っている」

 

 アタッシュケースの中を確認し、私は歓喜に震えた。これがあれば、これがあれば、莫大な金が私の元に!

 

「サ、サム…」

 

 博士が意識を取り戻したのは、そんな時だ。

 

「は、博士…」

「サム……だ、駄目だ…それを、(ヴィラン)に渡しては、い、いけない」

 

 私の目を見ながら、途切れ途切れの口調で私を止めようとする博士。やめてくれ…そんな目で私を見ないでくれ!

 

「あ、貴方が…貴方が皆悪いんだ! 貴方が、貴方が…」

 

 その目から逃げるように、保管庫から出ようとしたその時―

 

「サムさん…」

「お、お嬢さん…」

 

 私の前に立ち塞がったのは、お嬢さんだった。

 

 

雷鳥side

 

「お、お嬢さん…」

「サムさん…どういう事なの? パパが皆悪いって、どういう事なの!?」

「そ、それは……」

 

 保管庫(ここ)にメリッサさんが現れる事が想定外だったのか、うろたえた様子のサム。俺は少しばかり(・・・・・)殺気を込め―

 

「正直に答えろ。あんたが、この事件の首謀者…だな?」

 

 サムに詰問した。 

 

「ひっ!?」

 

 殺気に当てられたのか、サムは小さく悲鳴を上げ… 

 

「そ、そうだ…」

 

 俺の問いに答えた。 

 

「そんな……」

 

 父…シールド博士の助手として、長年仕えてきたサムが首謀者だと言う事実に、言葉を失うメリッサさん。俺はそんなメリッサさんを出久と心操に任せ、サムへの詰問を続けていく。

 

「目的は、そのアタッシュの中身か?」

「……あぁ…この中には、機械的に“個性”を増幅させる装置が入っている。この画期的な発明を使えば、“弱個性”や“没個性”等と呼ばれ、辱められている人達の評価を高める事も、使い方次第では“無個性”の人に“個性”を発現させる事だって出来る!」

 

 “無個性”に“個性”を発現させる事も出来る。サムの言葉に、こめかみの部分が僅かに動くのを感じる。だが、サムはそれに気付く事無く喋り続ける。

 

「しかも闇ルートで出回っている薬物等とは違い、人体に影響を与える事もない。まさに、世界を変える発明なんだ! だが、この発明と研究データはスポンサーによって没収。研究その物も凍結させられた」

「発明の公表により、社会構造が激変する事を恐れた各国政府の圧力でね! その結果、博士が得る筈だった名声も! 栄誉も全てが消えてしまった!」

博士が(・・・)…じゃなく、自分が(・・・)…の間違いだろ。博士の助手として、十分なおこぼれ(・・・・)を貰える筈が、何も手に入らなくなり、焦って馬鹿な真似をやらかしたってところか」

「う、煩い! お前に…お前達に何がわかる! デヴィット・シールドという、圧倒的な天才を前にした凡人の気持ちが、どれだけ努力しても追いつけない…絶対的な才能の差を見せつけられた人間の気持ちが、お前達にわかってたまるか!」

「サム……私は…」

 

 思いがけないサムからの告白に、シールド博士も言葉が出てこない。

 

「博士、私はね……貴方がずっと妬ましかった。だから、今回の計画は意趣返しだったんですよ…貴方が計画に乗れば、その時点で貴方は(ヴィラン)の仲間入り。その名声は地に堕ちる」

「計画に乗らなくても、貴方が作り出した最大の発明を(ヴィラン)に売り飛ばす事が出来る。どちらに転んでも、私に旨味があった」

「大した計画だ…だが、ここでお前をぶちのめせば、発明は取り返せるし、お前を刑務所に送れるな」

 

 全てを自供したサムにそう宣告し、構えを取る俺。同時に、出久もシールド博士を救出する為飛び出そうとするが―

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間。俺の索敵に何か(・・)が引っかかった。

 

「出久! 心操! メリッサさんを守れ! 何かヤバイ奴が来る!」

 

 

出久side

 

 雷鳥兄ちゃんが警告を発した直後、僕達に向けて様々なサイズの金属塊が次々と飛んで来た。金属を操る“個性”での攻撃か!

 

PARABELLUM(パラベラム)スマッシュ!」

「はぁぁぁっ!」

 

 雷鳥兄ちゃんは電磁バリアで、僕は連打(ラッシュ)で、金属塊を防ぎ続けるけど、金属塊の数は膨大で、徐々に壁際へと追いやられていく。

 

「少し大人しくしていろ」

 

 そこに現れる新たな(ヴィラン)。あいつは、パーティー会場にいた…リーダー格が来たのか。

 

「サム、装置は?」

 

 リーダー格は、僕達が弾き飛ばした金属塊を再度操って俺達を足止めしながら、サムさんへと声をかけ―

 

「こちらになります。ウォルフラムさん」

 

 その声に安堵したサムさんは、何の躊躇いもなくアタッシュケースを差し出した。その結果…。

 

「約束の謝礼だ」

 

 対価として、左肩に撃ち込まれる銃弾。  

 

「あっ!」

「サムさん!」

「な、何故…や、約束が違う……」

「約束? 忘れたなぁ…」」

 

 サムさんの抗議を、ウォルフラムは平然と聞き流し―

 

「謝礼はこれだよ」

 

 更に2発、サムの両足に銃弾を撃ち込む。悲鳴を上げながら激痛に悶えるサムさんを尻目に、ウォルフラムは―  

 

「シールド博士。あんたにはまだ利用価値がある。同行してもらうぞ」

 

 拘束されたままのシールド博士を連れ去ろうとする。

   

「行かせるかよっ!」

 

 次の瞬間、雷鳥兄ちゃんが最大出力で磁気を放ち、金属塊の動きを止めた。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 今がチャンス! 僕は全力でウォルフラムに突撃! ウォルフラムは、咄嗟に床の金属を操作して壁を作るけど―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 必殺の一撃が、それを木っ端微塵に破壊!

 

「くっ!」

 

 それにウォルフラムが怯んだ隙に、シールド博士を奪還する事が出来た。

 

「パパ!」

「あぁ、メリッサ…」

 

 救出されたシールド博士を見て、喜びの声を上げるメリッサさん。出来る事なら再会の喜びに浸らせてあげたいけど、そうもいかない。

 

「メリッサさん。ここは俺と出久が引き受けます。制御ルームへ行って、システムを奪還してください」

「えぇ、任せて!」

「私も行こう。システムの再変更は、1人より2人でやったほうが早い」

「心操君。メリッサさんとシールド博士について行ってあげて」

「わかった。2人とも…任せた」 

 

 短く言葉を交わし、制御ルームへと走る。メリッサさん達。保管庫(ここ)に残ったのは、僕と雷鳥兄ちゃん、そしてウォルフラム。

 

「どこまでも邪魔をしてくれるな……オールマイトの弟子。ガキどもが!」

「ガキと思って、甘く見たのがお前達の敗因だよ」

「悪事の報い…受けてもらう!」

 

 最後の戦いのスタートだ!




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第74話:2人の英雄

お待たせしました。
第74話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


芦戸side

 

「アシッドブラストォ!」

 

 私は声と共に、両手の指先から水滴状の酸をマシンガンのように連射!

 向かって来る警備マシン。その脚を潰して、次々と転倒させていく。

 

「ハーレムは譲らねぇからな!」

 

 峰田は煩悩丸出しな事を口走りながら、もぎもぎを投げまくり―

 

「峰田。そういう事言うから、駄目なんだよ!」 

 

 瀬呂もそんな峰田にツッコミを入れながら、テープを放って、警備マシンを足止めしていく。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 飯田は猛スピードで駆け回りながら、手当たり次第に警備マシンを蹴り飛ばし―

 

「落ちろ落ちろ落ちろ!」

「当たれぇ!」

 

 葉隠と耳郎は、ヤオモモが創造した銃火器を撃ちまくる。

 次から次に湧いて出てくる警備マシンを、私達は倒して倒して倒しまくった。でも―

 

「痛ッ!?」

 

 突然両手を走る激痛。見れば酸の出し過ぎで、指先がボロボロになってた。これじゃあ、もう攻撃なんて…。

 

「芦戸君!」

 

 異常を察した飯田が、私を助けようとしたけど―

 

「うぁぁぁぁぁっ!」

 

 それが隙を作る事になり、たちまち劣勢に追い込まれてしまう。

 

「脂質切れ……そ、創造の限界が…」

「オイラの頭皮も限界だ…」

「くそっ、テープが出ねぇ…」

 

 ヤオモモも、峰田も、瀬呂も、もう限界。

 

「葉隠! ウチが時間を稼ぐから、ヤオモモ達を避難させて!」

「駄目! 響香ちゃん1人じゃ無茶過ぎるよ!」

「無茶でも何でも、やるしかない!」 

 

 なんとか動ける耳郎が囮になろうとしたその時。私達を取り囲んだ警備マシンが、一斉に捕獲用ワイヤーの発射態勢に入った。

 

「ここまで…なの?」

 

 恐怖と悔しさに思わず目を瞑る。だけど…ワイヤーは一向に飛んで来なくて…。

 

「と、止まった?」

 

 恐る恐る目を開けてみると、警備マシンは1機残らず機能を停止していた。これって―

 

「吸阪君達が、やってくれたんだ…警備システムを奪還してくれた!」

 

 飯田の声を聞いた瞬間、私は思わずその場にへたり込んだ。よかったぁ…。

 

 

雷鳥side

 

「忌々しいガキども…お前達のせいで、計画が滅茶苦茶だ!」

「そいつは何よりだ。(ヴィラン)の計画を邪魔出来るなんて、ヒーローとしてこの上ない喜びだよ」

「貴様……社会の厳しさって奴を、教えてやる必要があるようだなぁ!」

 

 怒りの形相で金属塊を操り、俺目がけて飛ばしてくるウォルフラム。

 

「それはこっちの台詞だよ!」

 

 だが、残念。金属を操る事なら、俺も多少は心得があるし、さっきまでの攻防でコツ(・・)は掴ませてもらった。

 飛んできた金属塊を最大出力の磁気で受け止め、そのまま弾き返す!

 

「ッ!?」

 

 驚きの表情を浮かべ、飛んできた金属塊をギリギリで避けるウォルフラム。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 そこへ、出久が一気に間合いを詰め―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 必殺の一撃を土手っ腹に叩き込む!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 保管庫の外へと吹っ飛んでいくウォルフラム。一見、出久の1発KOにも見えるが…。

 

「駄目だ、雷鳥兄ちゃん。ギリギリで防がれた!」

 

 出久の言葉通り、ウォルフラムはギリギリのところで金属の壁を生やし、出久の一撃を防御。そのダメージを軽減していた。

 

「往生際が悪い!」

 

 思わずそんな声が出た次の瞬間。警備システムが通常モードに移行した事を知らせるアナウンスが響く。メリッサさんとシールド博士が、やってくれた!

 

「あとは、アイツをぶちのめすだけだ。追うぞ! 出久!」

「うん!!」

 

 逃げるウォルフラムを追って、俺と出久も走り出す。途中、ウォルフラムが生やした金属の壁に追跡を阻まれるが、その度に破壊して進んでいく。

 これまでの報い…たっぷりと受けてもらうぞ!

 

 

オールマイトside

 

「やり遂げてくれたな! 皆!」

 

 警備システムが元の状態に戻り、捕縛装置から解放されたプロヒーロー達が、会場にいた(ヴィラン)達を無力化したのを見届けた私は、最上階へと急いでいた。

 そこへ鳴り響く着信音。相手は…。

 

「どうした? メリッサ」

『マイトおじさま! (ヴィラン)のリーダーが屋上のヘリポートに向かってます。雷鳥君と出久君が後を追って…』

「大丈夫! 2人だけに危険な真似はさせないさ。私が行く!!」

 

 

ウォルフラムside

 

「ボス、他の連中は?」

「警備システムが再起動しきる前に、ここを出るぞ。急げ!」

「「はい!」」

 

 なんとか屋上のヘリポートまで辿り着いた俺は、待機していた部下2人に手早く指示を伝え、ヘリへと乗り込む。

 部隊はほぼ全滅。損失は莫大だが…手に入れた個性増幅装置(こいつ)には、それを補って余りあるだけの価値がある。

 ここから逃げ切る事が出来れば…俺の勝ちだ! だが―

 

「待てっ!」

「逃がすかよ!」

 

 ヘリが浮上を開始したところで、ガキどもが追いついてきた。本当にしつこい奴らだ!

 

「撃て! ガキどもを近づけるな!」

「は、はい!」

 

 部下にアサルトライフルを乱射させて、接近を阻もうとするが…大した足止めにもならんか。だったら―

 

「お前、俺の為に…死ね」

「えっ…」 

 

 俺が発した言葉の意味が分からないのか、間抜け面を見せてきた部下に蹴りを叩き込み、30m程浮上したヘリから落とす。

 悲鳴を上げながら落ちていく人間を前に、ガキどもはどうする? そう、助けるよなぁ! 例えそれが(ヴィラン)であろうとも!

 

「ヒーローってのは、不自由だなぁ! おかげで俺は助かったわけだが!」

 

 安全圏まで浮上したヘリから屋上のガキどもを見下ろし、嘲笑う。何か喚いているようだが、もはや負け犬の遠吠えだ。

 この上ない満足感と共にヘリのシートに腰を下ろし、一息ついた次の瞬間―

 

「逃がしはしないぞ!」

 

 耳に飛び込んでくる忌々しい声。アイツまで来たのか…。

 

「何故って? 私が来た!」 

 

 パーティー会場から屋上(ここ)まで…いくらなんでも早過ぎるだろう! オールマイト!

 

 

雷鳥side

 

「悪事の報いを受けるがいい! (ヴィラン)よ!」

 

 驚異的なジャンプ力で、ヘリの前に立ち塞がった(・・・・・・)オールマイトは、そのままの勢いでヘリへと突っ込み―

 

「ハァッ!」

 

 右拳でぶん殴った(・・・・・・・・)。ただそれだけで、ヘリコプターは独楽の様にクルクルと回りながら落下していく。

 

「流石はオールマイト…だな」

「うん…そうとしか、言いようがないね」

 

 スクラップ半歩手前の状態で屋上に不時着したヘリコプターと、その前に着地したオールマイトを交互に見ながら、おもわずそんな言葉が漏れる。

 あんな芸当、今の俺達じゃ逆立ちしたって出来そうにない。

 

「さぁ、大人しく投降してもらおうか」

 

 歪んで開かなくなったドアをもぎ取り、中のウォルフラム達を引っ張り出そうとするオールマイト。その時、俺の索敵に何か(・・)が引っかかった。

 

「オールマイト! 離れて!」

「Shit!」

 

 オールマイトも異変を察知していたのだろう。俺が声をかけるよりも早く、その場から後退しようとしたが―

 

「ぬぉぉぉっ!」

 

 それよりも早く飛来した巨大な金属塊の一撃を受け、吹き飛ばされた。

 

「オールマイト!」

 

 オールマイトが吹き飛ばされるという光景に、悲痛な声をあげる出久。その間にも状況は変化し続けていく。

 

「マジかよ…」

 

 ヘリの残骸や屋上の一部が、何かに飲み込まれるように融合、一つの形を成していく。その中心にいるウォルフラムの頭には、奪ったシールド博士の発明、“個性”増幅装置が装着されている。

 

「往生際が…悪いな!」

 

 当然、それを黙って見ているオールマイトじゃない。 

 

TEXAS(テキサス)SMASH(スマッシュ)!」

 

 一気に間合いを詰め、必殺の右ストレートを繰り出すが―

 

「なにっ!?」

 

 その一撃は突然出現した分厚い障壁に防がれた上、障壁から次々と突き出る金属塊を食らって、吹っ飛ばされてしまう。

 

「オールマイトもその程度か! それなら、今の俺は無敵って事だな!」

 

 オールマイトを一蹴した事で勝ち誇るウォルフラム。同時に、屋上全体、いやセントラルタワーの上層階。そのあちこちから次々と金属が引き寄せられ、ウォルフラムに融合していく。そして―

 

「流石は、デヴィッド・シールドの作品。“個性”が活性化していくのが解る…ハハハ! いいぞこれは! 良い装置だ!」

 

 誕生したのは、巨大な胴体と九つの首を持つ…金属の九頭大蛇(ヒュドラ)

 

「これが、デイヴの作った…装置の力か…」

 

 流石のオールマイトも、これは想像の範疇を超えていたようだ。いつもの軽口も鳴りを潜めている。

 

「さぁて…装置の価値を釣り上げる為にも、オールマイトをブッ倒す…デモンストレーションと行こうか!」

 

 次の瞬間、九頭大蛇(ヒュドラ)の頭が次々とオールマイトへ襲いかかる。オールマイトはそれらを巧みに避け―

 

CAROLINA(カロライナ)SMASH(スマッシュ)!」

 

 向かってきた頭の1つにクロスチョップを叩き込んだ! 強烈な一撃に、砕け散る頭だったが―

 

「なにっ!?」

 

 神話の九頭大蛇(ヒュドラ)同様、この金属九頭大蛇(ヒュドラ)にも再生能力があった。砕け散った金属が集められ、瞬時に頭部を再構成。オールマイトを襲う!

 

「ぬぉぉぉぉぉっ!」

 

 自らを潰そうとする九頭大蛇(ヒュドラ)の頭を受け止め、力比べの体勢となるオールマイト。そこへ新たな頭が2つ、攻撃を仕掛けるが―

 

「ダブルサンダー! ブレーク!」

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 片方は俺の電撃、片方は出久の諸手突きで撃破。

 

「フン!」

 

 オールマイトも左アッパーで頭を粉砕し、態勢を立て直す。それを見たウォルフラムは―

 

「オールマイト以下の羽虫ども…目障りなんだよ!」

 

 怒りの咆哮を上げ、俺達にも攻撃を仕掛けてきた。

 

「出久! 俺達で少しでも奴の攻撃を引き付けて、オールマイトの負担を減らすんだ!」

「うん!」

 

 ウォルフラムの攻撃を避けながら、俺がオールマイトの右翼、出久が左翼に展開。それぞれに攻撃を仕掛ける。

 これでウォルフラムの攻撃が3方向に分散。オールマイトの負担が減る筈だ。

 

「ダブルサンダー! ブレーク!」

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 俺の電撃と出久の諸手突きが九頭大蛇(ヒュドラ)の頭をそれぞれ1つずつ破壊し―

 

TEXAS(テキサス)SMASH(スマッシュ)!」

「&! PENNSYLVANIA(ペンシルベニア)SMASH(スマッシュ)!」

 

 オールマイトの右ストレートと左アッパーのコンビネーションが、更に2つ破壊する。だが―

 

「ぬぅぅぅっ!」

 

 残る5つの頭が防壁となり、オールマイトの接近を許さない。そう、俺と出久が引きつけられる頭は、精々2つ。

 オールマイトへの負担は確かに減った。だが、9対1が7対1となったところで、オールマイトの負担が未だ大きい事に変わりはない。

 

「オールマイト未満の羽虫が2匹加わったところで、何が出来る! 目障りなんだよ!」

 

 苛立たし気なウォルフラムの声と共に、一斉攻撃を開始する9つの頭。駄目だ、今のままじゃ、手が足りない!

 

 

出久side

 

 ウォルフラムの声と共に、9つの頭が一斉に動き出した。もう、出し惜しみしている場合じゃない!

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 僕は『フルカウル』いや『ワン・フォー・オール』の出力を100%開放して、ウォルフラムへ突撃。

 それを見たウォルフラムも、9つの頭の内4つを1つに束ね、1つの巨大な頭を作り出すと―

 

「お前からミンチにしてやるよ!」

 

 僕へと差し向けた。来るなら来い! 真っ向勝負だ!

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 次の瞬間、僕の最強必殺技を叩き込まれた九頭大蛇(ヒュドラ)の頭は、全体に亀裂を走らせ、文字通り木っ端微塵に砕け散った。

 

「クソガキがぁ!」 

 

 僕に頭4つ分を1つに束ねた攻撃が粉砕されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。怒りに顔を歪ませながら、残りの頭全てを差し向けるウォルフラム。

 だけど、それらは僕に届く事はなかった。何故って?

 

不死鳥の眼光(フェニックスグレア)!」

「レシプロ! トルネード!」

「必殺! 堕天使の戦斧(ルシファーズバルディッシュ)!!」

海魔の双槌(クラーケンハンマー)!」

 

 轟君の炎、飯田君の回し蹴り、常闇君の踵落とし、障子君の諸手突き、そして―

 

Je te dédommagerai pour mon retard(遅刻した分の償いは、させてもらうよ)♪」

 

 青山君のレーザーが、頭を次々と破壊してくれたから!

 

「羽虫が…ウジャウジャとぉ!」

 

 破壊された頭を次々と再生させ、攻撃を再開しようとするウォルフラム。そこへ―

 

「ぬぉっ! なんだこいつらは!」

 

 突然飛来したカモメの群れが、ウォルフラムに襲いかかった。無数の嘴に突かれ、狼狽するウォルフラム。この“個性”は! 

 

「遅くなって、ごめん」

 

 口田君! 君も来てくれたんだね!

 

「がぁぁぁぁぁっ! クソガキどもぉぉぉっ!」 

 

 群がるカモメを全て追い払い、怒りの咆哮をあげるウォルフラム。だけど、今はさっきまでとは違う!

 

「怪物の頭は、俺達で引き受けます!」

「1-A全員の力を合わせ、オールマイトを援護するぞ!」

 

 

オールマイトside

 

 まったく…君達は常に私達の予想を上回ってくれるよ。

 

「教え子達がここまでやってくれたんだ。私もやってみせねば、ならないよなぁ!」

 

 両足に力を込め、全力で前へ飛び出す。

 

「限界を超えて、更に向こうへ!」

 

 私に向けて次々と飛来する九頭大蛇(ヒュドラ)の頭。だが、それに意識を向ける必要はない。

 

「降り注げ! 不死鳥の羽根(フェニックスフェザー)!」

 

 轟少年が!

 

影の鎚矛(シャドーメイス)!」

 

 常闇少年が!

 

「レシプロ! トルネード!」

 

 飯田少年が! 

 

海魔の双槌(クラーケンハンマー)!」

 

 障子少年が!

 

Sortie maximale(最大出力さ)♪」

 

 青山少年が!

 

「ダブルサンダー! ブレーク!」

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 そして、吸阪少年と緑谷少年が! 次々と九頭大蛇(ヒュドラ)の頭を潰してくれる!

 彼らだけじゃない。ここに来るまでに消耗し、戦う力が残っていない少年少女達も、私を信じ、あらん限りの声を振り絞って声援を送ってくれる!

 これだけ火を点けられて、私自身が燃えない訳にはいかない!

 

「そう! “Plus Ultra(更に向こうへ)”だ!!」

CAROLINA(カロライナ)SMASH(スマッシュ)!」

 

 残った防御を纏めて吹き飛ばし、首魁ウォルフラムまであと少し!

 

「観念しろ! (ヴィラン)よ!」 

 

 これが、とどめの一撃!

 

「ぬっ!?」

 

 だが、放たれた拳がウォルフラム(やつ)にあと10cmのところで、私の動きは急停止した。金属製のワイヤーケーブルが全身に絡みついて…。

 

「だが、この程度!」

 

 力を込め、絡みつくワイヤーケーブルを弾き飛ばしていく。だが、次の瞬間―

 

「ぬぐっ!」

「観念しろ? そりゃお前だ…オールマイト」

 

 ウォルフラムの右手が私の首を掴み、締め上げ始めた。こ、この力は―

 

「なんだ…このパワーは…」

 

 奴の“個性”は金属の操作の筈。こんなパワーは持っていない筈…。

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」

 

 次の瞬間、腹の古傷を鷲掴みにされ、想像を絶する激痛に思わず苦悶の声を漏らしてしまう。

 この力は『筋力増強』の“個性”……“個性”の複数持ち…。

 

「ま、まさか…」

「あぁ、この強奪計画を練っている時、あの方(・・・)から連絡が来てな。『是非とも協力したい』と言ってきた」

「何故かと聞いたら、あの方はこう言ったよ。『オールマイトの親友が、悪に手を染めると言うなら、是が非でもそれを手伝いたい。その事実を知ったオールマイトの、苦痛に歪む顔を見られないのは、残念だけれどね』とな!」

 

 ウォルフラムの言葉に全てを察する。今回の一件、全てを裏で操っていたのは!

 

「オール・フォー・ワン…」

 

「ようやく、ニヤケ面が取れたか。デヴィッド・シールドが悪の道に落ちなかったのは残念だが、お前をぶち殺せたなら上出来だ!」

「Noooooo!」

 

 叫びと共に渾身の力を右腕に込め、ワイヤーケーブルを弾き飛ばす。そのままウォルフラム(やつ)の顔面へ叩き込もうとするが― 

 

「ぐはぁっ!」

 

 それよりも早く九頭大蛇(ヒュドラ)の頭が私を吹き飛ばし、体勢を立て直す間もなく、他の頭が私へと殺到する。いかん! これでは!

 

 

出久side

 

「さらばだ! オールマイト!!」

 

 ウォルフラムの声と共に、オールマイトを捕らえた巨大な金属塊へ、巨大な槍が次々と突き立てられていく。

 

「「「「「オールマイト!」」」」」

「オールマイト!」

「マイトおじさま! いやぁぁぁっ!」

 

 飯田君達や、救急パックを手に駆け付けたシールド博士やメリッサさんの悲痛な声が響く中、僕は無我夢中で走り―

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 さっきと同じように『ワン・フォー・オール』の出力を100%開放。

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 金属塊へ全力の一撃を叩き込んだ! 金属塊は粉々に砕け、自由を取り戻したオールマイトは、着地と同時に僕を抱えて、皆の元へ後退し―

 

「緑谷少年! なんて無茶を!」

 

僕を叱りつけた。うん、オールマイトの気持ちもわかる。自分でも、無茶だと思う。でも…。

 

「だって…困ってる人を(たす)けるのがヒーローだから…」

 

 僕は何度同じ状況に遭遇したとしても、同じ選択をするだろう。それがヒーローだから。

 

「あ…」

 

 僕の言葉にオールマイトは一瞬、虚を突かれたような表情を見せ―

 

「HAHAHAHA!」

 

 大声で笑い出した。

 

「ありがとう! たしかに、今の私は、ホンの少しだけ困っている。手を貸してくれ、緑谷少年。いや、グリュンフリート!」

「はい!」

 

 オールマイトから差し出された手を握り、僕は立ち上がる。

 

「お2人さん。俺達の事もお忘れなく」

「及ばずながら、我ら全員! オールマイトに助力致します!」

「すまない諸君! 助力を頼むよ!」

 

 雷鳥兄ちゃんと飯田君の声に、オールマイトはそう答え―

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 僕達は最後の攻撃へ走り出す!

 

 

雷鳥side

 

「皆! オールマイトと緑谷君を援護だ! 全員、残る力の全てを振り絞れ!」

 

 飯田の号令と共に、1-A全員が一斉に動き出す。

 

「くたばりぞこないと羽虫の群れ…往生際が悪いんだよ!」

 

 ウォルフラムの咆哮と共に、九頭大蛇(ヒュドラ)の首が次々と襲いかかる中―

 

「我に従いなさい。白き翼を持ち、海風に乗って空を飛ぶ者達。災いの元凶たる九つの首持つ大蛇、討ち取る為に力を尽くすのです」

 

 口田はカモメの群れを操り、九頭大蛇(ヒュドラ)を牽制。

 

「尾白君! 梅雨ちゃん! お願い!」

「任せろ!」

「ケロッ!」

 

 麗日が“個性”で浮かせた瓦礫を、尾白は尻尾で、梅雨ちゃんは舌で打ちまくり―

 

「『シュガードープ』Lv3、砂糖細工の悪魔(シュガークラフトデーモン)!」

「もっと硬く…固めて、決して倒れぬ壁となる! 安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!」

「行くぜ、切島!」

「おう! おもいっきりやってくれ!」 

 

 砂藤は期末試験の時のように、切島を棍棒代わりに装備し、九頭大蛇(ヒュドラ)の頭をぶん殴る!

 

「残る全てを出し切る! レシプロ! トルネード!」

海魔の双槌(クラーケンハンマー)!」

「必殺! 堕天使の戦斧(ルシファーズバルディッシュ)!!」

 

 飯田の回し蹴り、障子の諸手突き、常闇の踵落としが、九頭大蛇(ヒュドラ)の頭に次々と炸裂!

 

「皆さん、これを使ってください!」

 

 八百万はメリッサさんが持ってきていた非常食でカロリーを補給し、重火器を創造。

 

「こういうのを使うのは初めてだけど…あれだけ的がでかければ、外しはしないな!」

「そういう事だ!」

 

 心操、瀬呂、峰田、芦戸、耳郎、葉隠と共に撃ちまくる!

 

Sortie maximale(最大出力さ)♪」

 

 青山も遅れた分を取り戻そうとレーザーを連射! 全ては出久とオールマイトの為に!

 

 

出久side

 

「頭の上は気にするな! 最短距離を最速でまっすぐに…一直線に走れ!!」

 

 雷鳥兄ちゃんの声に後押しされながら、僕はウォルフラムへ向けて走り続ける。

 オールマイトは別ルートを進んでいるけど、何も心配する必要はない。目的地は同じなんだから!

 

「ヌガァァァァァッ!」

 

 皆の援護で苛立ちが頂点に達したのだろう。獣のような声をあげたウォルフラムは、一度後退させた九頭大蛇(ヒュドラ)の頭を―

 

「ゴミクズドモォ! イイ加減ニ…諦メロ!」

 

 一斉に皆へ向けて、解き放った!

 

「諦めるのは…お前の方だ! いくぜ! 轟!」

「あぁ! 全力でいく!」

 

 それを迎え撃つのは、雷鳥兄ちゃんと轟君!

 

「残った全てをこいつにつぎ込む! トールハンマー!」

竜の(ドラゴン)!」

「ブレイカァァァァァッ!!」

咆哮(ロアァァァァァッ)!!」

 

 雷鳥兄ちゃんの放った電撃と、轟君の放った衝撃波は、途中で1つに融合。互いの威力を高め、九頭大蛇(ヒュドラ)の頭を纏めて薙ぎ払う!

 

「ナァッ…」

 

 その想像を絶する威力に、一瞬言葉を失うウォルフラム。今がチャンスだ!

 

「オールマイト!」

「グリュンフリート!」

 

 僕とオールマイトはそれぞれの場所から同時にウォルフラムへ跳びかかる。

 

「目の前にあるピンチを!」

「全力で乗り越え!」

「人々を!」

「全力で(たす)ける!」

「それこそが!」

「ヒーロー!」

「ク、クルナァァァァァッ!」

 

 僕達の叫びに怯んだのか、再生させた九頭大蛇(ヒュドラ)の首を全て使って防御を固めるウォルフラム。だけど無駄だ! そんな物で僕達は止められない!

 

DETROIT(デトロイト)!」

50CALIBER(フィフティーキャリバー)!」

「「SMAAAAAAAAAASH(スマァァァァァァァァァッシュ)!!」

 

 僕とオールマイトの同時攻撃が炸裂した瞬間、容易く打ち砕かれる九頭大蛇(ヒュドラ)の防御。

 

「緑谷君! いっけぇぇぇぇぇっ!!」 

「「「「「「「「オールマイト!!」」」」」」」」

「「「「「「「「緑谷!!」」」」」」」」 

「「ぶちかませ!!」」

 

 更に皆の声援を受けながら、とどめの一撃!

 

「更に!」

「向こうへ!」

「「プルス! ウルトラァァァァァッ!」」

「ヒィッ!」

 

 渾身の力を込めた同時攻撃は、九頭大蛇(ヒュドラ)のボディを紙のように突き破りながら、咄嗟に最奥部に退避したウォルフラムへ炸裂。

 

「ゲ…ボァァァッ!」 

 

 大量の吐血と共に、その意識を完全に刈り取った。

 

 

雷鳥side

 

「やった…のか?」

 

 崩壊し、単なる瓦礫の山と化していく九頭大蛇(ヒュドラ)を見ながら、茫然と呟く飯田。

 

「やったんだ…(ヴィラン)をやっつけたんだ!」

 

 その声に峰田が答えた瞬間、一斉に歓声が上がる。そこへ―

 

「グ、ア、アァ…」

 

 四肢が明後日の方を向き、ボロ雑巾のようになったウォルフラムを引きずりながら、オールマイトと出久が姿を見せた。

 

「緑谷君!」

 

 すぐさま出久へ駆け寄り、抱き着く麗日。一瞬驚いた顔をした出久だったが―

 

「ただいま、麗日さん」

 

 すぐに優しい笑みを浮かべ、麗日を抱きしめる。その光景に再び沸き起こる歓声。

 こうして、今回の事件は幕を下ろすのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回が第6章 劇場版 ~2人の英雄~編の最終回となります。


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第75話:後始末と博士の願い

お待たせしました。
第75話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 Iアイランドで発生した初めての(ヴィラン)犯罪。ウォルフラムが率いる(ヴィラン)集団によるIアイランド襲撃事件は、(ヴィラン)が全員拘束された事で無事解決………の筈だったのだが―

 

「では、時間となりましたので、今回の(ヴィラン)襲撃事件について、会見を始めさせていただきます」

「まず、事件の概要につきまして、私オールマイトの方から、説明させていただきます」

 

 事件解決から4時間後。急遽行われた記者会見の場には、オールマイトと共に俺、出久、轟、飯田、八百万が同席していた。

 世界中の注目を集めるIエキスポ。そのプレオープンの時期に起きた(ヴィラン)犯罪。

 ただでさえ話題になる条件が揃っている上に、セントラルタワーの屋上で繰り広げた戦闘があまりにも目立ちすぎた(・・・・・・)

 後になって聞かされたが、オールマイトがウォルフラムの乗ったヘリを叩き落した辺りから、飛行系の“個性”を持つ一般人やカメラマン。更には無数のドローンカメラなどが、全てを撮影しており、ネット上にはかなりの数の動画が投稿されているらしい。

 即ち…俺や出久、轟だけでなく1-A全員が事件解決の為に奔走していた事が明らかになったという事だ。

 まぁ、罪に問われるような事は何もしていないから、堂々としていれば良いのだが、マスコミに痛くもない腹を探られるのも面倒…という訳で、オールマイトやシールド博士、Iアイランドの上層部が話し合った結果。

 最初から全てをオープンにしてしまおう。という事で話が纏まり、オールマイトの弟子である俺と出久、エンデヴァーの実子である轟、1-Aを代表して委員長の飯田と副委員長の八百万が、この記者会見に同席する事となった。

 

「…以上が、今回の事件の大まかな内容となります。何かご質問は?」

 

 事件の概要を説明し終えたオールマイトが質問を受け付けると、報道陣から次々に手が上がり始める。

 オールマイトに対しての物が殆どで、たまに俺達への質問も飛んできたが、殆どが想定内の物ばかりだったので、そつなく対応する事が出来た。まぁ、日本のマスゴミ(・・・・)からは、かなり不愉快な質問をぶつけられたが―

 

Dites-vous vraiment(本気で言っているのか)!」

A rude guy(無礼な奴だ!)Get out quickly(さっさと出ていけ)!」

Sie sind ein disqualifizierter Journalist(貴様はジャーナリスト失格だ)!」

Non sai se non si adatta ai tuoi occhi dolorosi(痛い目に合わないとわからないのか)?」

 

 俺達が何かを答える前に、世界各国の良識あるジャーナリストの皆さんが、会見場から叩き出してくれた。

 日本ではないIアイランドで、なぜ日本と同じやり方が通用すると思ったのか…理解に苦しむよ。 

 そして、良識あるジャーナリストの皆さん。ありがとうございました。

 

 

出久side

 

 記者会見から2日が経ち、ようやく平穏を取り戻したIアイランドのセントラルタワー。そのパーティー会場に、僕達1-Aは集合していた。

 今回の事件の功労者である僕達に、少しでもお礼がしたいと、Iアイランド上層部が食事会を開いてくれたのだ。

 

「それでは! 事件が無事に解決した事と、シールド博士の退院を祝って! 乾杯!」 

 

 飯田君の号令と共に、皆が飲み物が入ったグラスを掲げ、それぞれのペースで食事を楽しんでいく。

 

「凄い…あんな、大きなお肉…」

 

 鉄板焼きで供される巨大なサーロインやフィレの塊に目を奪われる麗日さん。どうやら、興味はあるけど、注文しようか迷っているみたいだ。

 

「麗日さん。お肉…頼んでこようか?」

「う、ううん! 大丈夫。自分で頼んでみるよ!」

 

 僕が声をかけた事で決心がついたのか、気合の入った表情で向かっていく麗日さん。うん、頑張って!

 

「えっと…I would like a fillet steak(フィレステーキをお願いします)

What about steak thickness and baking(ステーキの厚さと焼き加減は)?」

The thickness is 2cm(厚さは2cm),the baking is medium rare(焼き加減はミディアムレアで)

「OK」

 

 どうやら無事に注文出来たみたいだ。じゃあ、僕も注文するとしよう。

 

I would like a sirloin steak(サーロインステーキをお願いします).thickness 3cm, baking order is medium rare(厚さは3cm、焼き加減はミディアムレアで)

「OK」

 

 見事に焼きあがったステーキを受け取り、テーブルへと戻る僕と麗日さん。

 ステーキが焼きあがるまでの時間を使って、他のメニューも貰っておいたから、あとは食べるだけだ。

 

「うわ…このお肉……柔らかくて美味しっ…」

 

 フィレステーキを一口食べた途端、驚きで硬直する麗日さん。新鮮な反応で、見ているだけで温かい気持ちになる。

 

「麗日さん。ステーキも美味しいけど、他の料理も美味しいよ。冷めないうちに食べてね」

 

 

轟side

 

「流石はIアイランド。肉質もシェフの腕前も極上ですわ」

 

 そんな事を言いながら、分厚いサーロインステーキを食べ進めていく八百万。男の俺から見ても、惚れ惚れする食べっぷりだ。

 

「八百万…相当腹減っていたんだな」

「恥ずかしながら、あの戦いで脂質を粗方使い切ってしまい…補充しないと“個性”がまともに使えないのです」

「そうか…大変だな」

 

 八百万と話をしながらロブスターのグラタンを食べ終えた俺は、新たな料理を取りに席を立つ。

 洋食メインで蕎麦がないのが残念だ…代わりにパスタでも食うか。

 

 

常闇side 

 

「あーあ、Iエキスポが中止になって、俺達のバイトも終了か…せっかくの出会いのチャンスが…」

「本来貰う予定だったバイト代は全額保証。しかも色まで付けてもらって、まだ文句言ってんのかよ…」

「そこまで言うなら、Iアイランドに就職したらどうだ?」

「まったくだな。まさに厚顔無恥…」

 

 様々な事後処理が終了し、平和を取り戻したIアイランドだが、残念ながらIエキスポは中止される事が発表された。

 その事を…正しくはそれによってアルバイトが続けられなくなった事を、己の都合だけで嘆く峰田に、思わず溜息が出る。

 いかんいかん。折角の食事会だ。心から楽しまねば失礼というもの!

 

「とりあえず、このリンゴのソースがかかった鶏料理をもう1皿…」

 

 

梅雨side 

 

Voulez-vous poser une question(質問をよろしいでしょうか)?」

Je veux poser des questions sur cette source(このソースについて、お尋ねしたいのですが)

Ça n'a pas d'importance(構いませんよ).Cette sauce est―(このソースは―)

 

 フランス人のシェフとフランス語で会話している吸阪ちゃん。内容は解らないけど、多分料理の事。

 

「本当に不思議な人だわ」

 

 私達と同年代なのに、その立ち居振る舞いは時々、凄く年上の様にも見える。もしかして…

 

「…我ながら馬鹿な想像だわ。吸阪ちゃんが年齢を誤魔化しているなんて」

 

 頭に浮かぶ余りに馬鹿馬鹿しい想像に、思わず苦笑が漏れる。そこへ―

 

「どうした梅雨ちゃん。何か楽しい事でもあったのかい?」

 

 吸阪ちゃんがテーブルに戻って来たわ。その両手には料理が盛られた2枚のお皿。

 

「はい、ローストポーク。ソースはパッションフルーツをメインにしたフルーツソースだって」

「美味しそうだわ。ケロケロ」

 

 スマートな仕草でお皿を差し出す吸阪ちゃん。本当に不思議で…素敵な人ね。

 

 

雷鳥side

 

「えー、皆さん。少しだけ私の話を聞いてください」

 

 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、食事会も終わりに近づいた頃、マイクを片手に、ステージへと上がるシールド博士。

 その頭部に巻かれた包帯が痛々しいが、本人はすこぶる元気で、この食事会でも俺達と気さくに接してくれた。

 そんな博士が、何を話すのか。全員がステージに注目する中、シールド博士が口を開いた。

 

「実は…昨晩、私が入院している病室に…合衆国政府の代理人(エージェント)が訪ねてきて…大統領(プレジデント)からの要請を伝えてきました」

 

 アメリカ大統領からの要請。話のスケールの大きさにどよめきが起こる中、博士は話を続けていく。

 

「要請の内容は、現在合衆国政府が建設している……Iアイランドと同等以上の規模を誇る政府直轄の研究施設。そこの所長となってほしい。というものです」

 

 ………事件があった直後に、研究施設への所長就任要請だと? それって、俺の考え過ぎじゃなかったら…

 

「デイヴ! それは、つまり…」

 

 どうやら、オールマイトも同じ結論に至ったようだな。

 

「あぁ、トシ…オールマイトの想像している通りだ。要請とは名ばかり…合衆国政府は、私を籠の中の鳥にしたいらしい」

Holy shit(なんてこった)大統領(プレジデント)は、何を考えているっ!」

「今回の一件で、私をIアイランドではなく、自分達の手が届く範囲に置いておきたいのさ。気持ちはわかる」

「デイヴ、その要請を受ける必要はない。今回の件を受けて、Iアイランドの警備システムは更に強化されると聞いた。君の安全は十分に保障される筈だ!」 

 

 普段とはまるで違う…焦りと困惑と怒りの混ざった表情で、博士を説得するオールマイト。だが―

 

「オールマイト…私はこの要請を受けた」

 

 シールド博士は既に決心していた。

 

「何故だ、デイヴ。話を聞く限り、その施設の所長になったら…」

「あぁ、施設の出入りはIアイランド(ここ)以上に厳しく制限される。軟禁と言っても言い過ぎじゃない。まぁ、最低5年はそんな生活を強いられるだろうな」

「そこまで解っていて、どうして…」

「自らへの戒めだよ…ギリギリで踏み止まれたとはいえ、私は悪の道へと堕ちかけた。その事を自ら罰したいのさ」

「デイヴ…そこまで……」

 

 博士の悲壮な決意に、その場の誰もが言葉を失う。だが―

 

「あぁ、勘違いしないでくれ。今回の本題はこの事じゃないんだ」

 

 本題は別にあった。

 

「所長就任を受ける見返りとして、私は1つだけ条件を出した。それを受けてくれるなら、所長になる…とね」

「その、条件とは?」

「………メリッサの自由だ。メリッサの行動に、一切の制限をかけない事を要請し…受け入れられたよ」

「パパ…そんな…」

 

 博士の言葉に思わずへたり込み、言葉を失うメリッサさん。

 

「メリッサ。私とは違い、まだ若い君が5年もの時間を首輪を着けられたままで過ごすのは、あまりに残酷だ」

「私もお前と離れたくはない。だが…お前の未来を考えれば…私から離れる事が最善の道だ…私は、そう考えている」

「パパ……」

「そして、ここからが本題だ……オールマイト、メリッサの後見人になって、一緒に日本へ連れて行ってくれないか?」

「なるほど…そういう事か」 

 

 博士の申し出に納得した表情のオールマイト。たしかに、他の国に比べ(ヴィラン)犯罪発生率が格段に低い日本、それもオールマイトの傍にいれば、メリッサさんの安全は100%保証されたも同然だ。

 

「そして、吸阪君、緑谷君、1-Aの皆さん。どうか、メリッサを見守り、時には助けてくれないだろうか…こんな頼りない父親からの願い、どうか聞き届けてほしい!」

 

 そう言って、俺達に深々と頭を下げる博士。俺達の答えは決まっていた。

 

「任せてください! オールマイトには及びませんが、メリッサさんの事は俺達が守ります! そうだろ? 皆!」

 

 俺の問いかけに、出久が、轟が、1-Aの全員が大きく頷く。

 

「ありがとう…皆さん、本当にありがとうっ」

 

 こうして、今回の事件は本当の意味で…終わりを迎えた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回より第7章 林間合宿編となります。


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第7章 林間合宿編
第75.5話:悩む担任達


お待たせしました。
第7章 林間合宿編の導入として短編を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「どうしたものか…」

 

 エアコンが効きすぎるほどよく効いた職員室。

 愛飲しているゼリー飲料片手に、俺は2週間後に迫った林間合宿について考えを巡らせていた。

 入学当初の予定では、生徒達の成長は主に精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長で、“個性”自体の成長は微々たるものである。という想定から、1週間ひたすらに“個性”を使わせ、“個性”自体を成長させる。としていたが…。

 

「まったく、どこまでも教師陣(おれたち)の想定を上回ってくれる…」

 

 担任の贔屓目を抜きにしても、A組の成長度合いは凄まじいの一言だ。

 成績上位を独占した雄英体育祭、体験先の各事務所から高評価が続出した職業体験、そして全員合格という快挙を成し遂げた期末試験。

 クラス内の2人か3人程度ならまだしも、クラス全員がここまで高い実力を持った事は、長い雄英の歴史でも類を見ない。

 言い換えれば…異常事態(・・・・)だ。

 そんな奴らに、当初の予定通りの林間合宿を行って良いのか? 答えは否だ。

 

「全員は無理だとしても…実力上位者には、もっと実戦的な内容にする事を校長に提言してみるか…」

 

 決心した俺はゼリー飲料を一気に飲み干し、校長への意見書を手早く作成していく。

 兵は拙速を尊ぶ。そう言っていたのは孫子だったか…こういう事はスピード勝負だ。

 

 

根津side

 

「なるほど…」

 

 相澤先生から提出された林間合宿に関しての意見書。それを読みながら、僕は林間合宿についての考えを巡らせる。

 この意見書にもある通り、1-Aの成長速度は凄まじいの一言。その点を考慮せず、例年通りの内容で林間合宿を行う事は、不合理の一言だろう。何より―

 

こんな事(・・・・)も起きた事だし…ね」

 

 僕の呟きに怪訝な表情を浮かべた相澤先生を尻目に、リモコンを操作してテレビを点ける。

 

「なっ…」

 

 沈着冷静な相澤先生が驚愕の表情を浮かべるのも無理はない。画面に映っているのは、オールマイトと共に記者会見に臨んでいる1-Aの生徒達なのだから。

 

「つい先程飛び込んできたニュースだけどね。Iアイランドで(ヴィラン)集団による襲撃事件が発生し、オールマイトと1-Aの生徒達が解決に尽力したそうだよ」

「あいつら…オールマイトさんは、何をやっているんだ…」

「まぁ、Iアイランドは“個性”使用に対して寛容だし、情報によると戦闘行為も正当防衛の範囲内に収まっているようだよ」

 

 思わず頭を抱える相澤先生にそんなフォローを入れ、再び意見書の方に意識を戻す。

 

「相澤先生。ここにある実力上位者とは、体育祭で成績上位に入った子達と考えていいのかな?」

「はい。最終種目でベスト8に残った吸阪、緑谷、轟、飯田、蛙吹、八百万、常闇、麗日の8人を考えています。全員に実戦的な訓練が行えないなら、この8人だけでも…と」

「ふむ…A組の実力を考えた場合、全員に実戦的な訓練を行った方が、結果的にはプラスとなるだろうね…よろしい、この件はこちらで何とかしよう」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる相澤先生に微笑みながら、細かい事を詰めていく。今年の林間合宿は、中々刺激的な物になりそうだ。

 

 

ブラドキング(管赤慈郎)side

 

「どうしたものか…」

 

 エアコンが効きすぎるほどよく効いた職員室。俺はある書類を手に考えを巡らせていた。

 その書類とは、B組の期末試験の結果一覧表。筆記は1名の赤点を除いて全員合格。これはいい…問題は……。

 

「実技試験の合格率…」

 

 今回、実技試験に合格したのは20人中12人。合格率は6割だ。

 この数字だけを見れば、平年並といったところで、決して低い数字ではない。しかし、A組は全員合格という快挙を成し遂げている上に、全員が80点以上を叩き出したという話だ。

 B組の合格者の中には、赤点ギリギリで突破した者もおり、クラスとしての平均点は70点に届くかどうかといった所…A組との差は歴然だ。

 

「一体何が…何が違うと言うのだ…」

 

 まず個々の実力を高めていく方針のA組に対し、B組の育成方針は、協調と団結を第一としてきた。

 その事もあり、体育祭の時点での実力差は許容範囲だったが…ここに至ってその差はますます開いている。

 俺の方針が間違っていたのか? 協調や団結を二の次にして、まずは個々の実力を高めていけば良かったのか?

 

「そうであるならば、俺は生徒達に何と言って償えば…」

 

 思わずな弱気な事を呟き…慌ててその考えを打ち消す。教師である俺がこんな弱気でどうする?

 あいつらは俺を信じ、ここまで付いて来てくれたのだ。俺が俺自身を信じられないなど、あいつらへの侮辱だ!

 

「方法は必ずある筈だ…」

 

 B組の力を高め、A組との差を縮める方法を見つける為、俺は資料に目を通し、考えを巡らせる。

 今日も長い1日になりそうだ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第76話:買い物に行こう!

お待たせしました。
第76話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



雷鳥side

 

 Iアイランドでの事件から3日。俺達はようやく日本へと帰ってくる事が出来た。

 皆と別れ、無事に帰宅した俺と出久が、姉さんへ元気な姿を見せ、土産を渡してからまずやった事…それは―

 

「ほら、出来たぞ。鮭茶漬け」

 

 焼いたほぐした塩鮭、炙ったもみ海苔、炒り胡麻、ネギの小口切りを軽く冷ましたご飯の上に乗せ、熱々のお茶をかけた鮭茶漬け。それを手早く2人前作り―

 

「「いただきます!」」

 

 無言で手早く掻っ込んでいく。

 

「……はぁ、美味しかった」

「茶漬けがこんなに美味い物だとは…思わぬ発見だ」

 

 鮭茶漬けを食べ、一息ついた事で、張り詰めていた物が解れ、帰ってきたんだという安堵感に包まれる。

 あぁ、日本に帰ってきたんだなぁ…。

 

 

オールマイトside

 

 空港で吸阪少年達と別れた私は、その足で雄英高校へと向かい、今回の事件の顛末を根津校長へ説明し、同時に―

 

「と、いう訳でして…メリッサの雄英高校サポート科への編入を御一考頂きたく…」

 

 デイヴから託されたメリッサの今後について、相談した。

 

「うん、その件に関してだけど先日、デヴィッド・シールド博士からも連絡を頂いているよ。Iアイランドアカデミーで優秀な成績を残している金の卵の編入、こちらとしても否やはないね」

「ありがとうございます!」

 

 根津校長の言葉に頭を下げながら、私は安堵した。雄英高校(ここ)のサポート科は、Iアイランドアカデミーに勝るとも劣らない。メリッサもきっと勉学に打ち込めるだろう。

 

「それで、オールマイト。メリッサ・シールドさんは、いつ日本へ?」

「Iアイランドでの後始末や手続きが終わり次第…早ければ1週間、遅くとも10日後には、来日予定です」

「その際にはシールド博士も?」

「はい、親子で来日して暫く日本で過ごした後…9月半ばにデイヴが単身渡米する予定になっています」

「ふむ…では、シールド博士来日中に宿泊するホテルや、メリッサさんが編入した後の住居等はこちらで手配するよ。幸い、幾つかの伝手(・・)があるからね」

「よろしくお願いいたします!」

 

 これでメリッサを受け入れる準備は万全。夜にでもデイヴに連絡するとしよう。

 

 

出久side

 

 帰国して2日。僕達1-Aは―

 

「ってな感じでやってきました!」

「県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端!」

「木椰区ショッピングモール!」

 

 葉隠さんの提案で、林間合宿に必要な物を買いに木椰区ショッピングモールに来ていた。

 

「あーあ、轟も来れば良かったのに…」

「お母様のお見舞いだそうですので、仕方ありませんわ」

 

 買い物に参加しているのは轟君を除く19人。轟君は、芦戸さんと八百万さんの会話に出ていたように、お母さんのお見舞いの為に不参加だ。

 

 轟君から聞いた話だけど、お母さんの容体はかなり快方に向かっているそうだ。

 懸念だったエンデヴァーとの面会も先日無事に終了し、お盆明け頃に一度、3日間の一時帰宅が計画されているらしい。

 この事を話した時の轟君の表情はとても柔らかくて…お母さんの一時帰宅が心底嬉しいのだと、僕達は心の底から感じたのだった。閑話休題。

 

「それにしても、人が多いねぇ…」

 

 あまりの人の多さに、どこかうんざりした様子の雷鳥兄ちゃん。紺色のシャツに黒のズボンと黒のベスト、紫のネクタイ、そして黒のソフト帽に伊達眼鏡という出で立ちは、凄く似合っているけど…。

【挿絵表示】

 

 

「吸阪ちゃん。私思った事を何でも言っちゃうの。だから気を悪くしないでね…その格好、似合っているけど…正直、高校生らしくないと思うわ」

 

 あ、梅雨ちゃんが先に指摘した。

 

「…悪いね。服の趣味ってやつは、なかなか変えられなくて」

 

 梅雨ちゃんからの指摘に、どこか自虐的な笑みを浮かべる雷鳥兄ちゃん。

 子どもの時から大人っぽい服装を好んでいたし、やっぱり好みって、なかなか変わらないんだろうな。

 

「ねぇ! あの子達、雄英の1年A組じゃん! 体育祭ウェーイ!」

「Iアイランド、ウェーイ!」

 

 そうしていると、僕達に気付いた他のお客さん達が、声を上げ始めた。やっぱり体育祭やIアイランドの一件で、僕達の顔や名前は随分と知られているようだ。

 

「とりあえずウチ、大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」

「あら、では一緒に回りましょうか」

「俺、アウトドア系の靴買い替えねぇと」

「あ、私も私もー!」

「靴は履き慣れた物と栞に書いて……あ、いや、しかし。用途に合った物を選ぶべきなのか…」

「目的バラバラだし、時間決めて自由行動にすっか!」

 

 いつまでもここに留まる訳にもいかない。僕達は切島君の提案に乗る形で、それぞれに買い物を開始した。

 ちなみに、ピッキング用品などと不穏な発言をしていた峰田君は、雷鳥兄ちゃんの一撃を受け、そのまま引き摺られていった…相変わらずブレないなぁ…。

 

 

「えっと…麗日さんはどうする? 僕は訓練用のウェイトなんかを買い足そうと思ってるんだけど」

「私は…虫よけスプレーかな」

 

 麗日さんと一緒に目当ての商品を探しながら、ショッピングモールを歩く。

 ………ん? これって、俗に言う…デートなの、かな?

 

「えっ…」

「あっ…」

 

 思わず麗日さんの方を見た瞬間、麗日さんも僕の方を見ていた。目と目が合い、何方からともなく赤面してしまう。

 麗日さんも僕と同じ事を考えていたんだろうか…そうだとしたら、なんだか嬉しい。

 

「あー! 雄英の人だ! スッゲー! サインくださーい!」

 

 次の瞬間、背後から声をかけられ、正気に戻る。いけないいけない。こんな公衆の面前でニヤけるところだった。

 

「えっと、最初はお姉さんの方から貰って良いですか? サイン」

「え? あ、はい!」

 

 声をかけてきた男性はまず、麗日さんにサインを求めてきた。フードを目深に被ってその顔は見えないけど…なんだろう、凄く馴れ馴れしい。それに…なんだ? この感じ…この声、何処かで……。

 

「いや、本当。信じられないぜ。こんな所で、出会うとは(・・・・・)。ある種の運命…いや、因縁か?」

「ッ!? 麗日さん―」

 

 声の正体に気付き、麗日さんに警戒を促そうとした時には、もう遅かった。奴は麗日さんの肩を抱き、更にその首に手を…。  

 

「雄英襲撃以来になるな…お茶でもしようぜ。緑谷出久」

「死柄木…弔…」

 

 なんで、なんで(ヴィラン)連合のリーダーが、白昼のショッピングモールにいるんだ…。

 

「おいおい、そんな緊張した顔をするなよ…自然に振舞え。そう、旧知の友人のように…」

「緑谷君…」

「お嬢さんの方も、妙な動きはしてくれるなよ。俺を浮かして(・・・・)無力化したとしても、それと同時に俺もあんたの首と肩に触れる」

「右腕全体が崩れて無くなるか、頭と胴体が永遠にお別れするか、それともその両方か…可能性は3つに1つだ」

「ッ!?」

「だが、俺も紳士だ。あんたが抵抗しないなら、こっちから危害を加えない事を約束するよ。まぁ、信じる信じないは勝手だがな」

 

 麗日さんの青褪めた顔を見ながら、楽しそうに呟く死柄木弔。なんとか奴の隙を見つけるまで、要求に従うしかない…。

 

「目的は…なんだよ」

「あぁ、少しばかり話がしてみたくてな。オールマイトの弟子であるお前と…もう1人とは、会話以前の問題だからな…アイツに砕かれた両肩と両膝が、未だに痛むよ」

 

 USJで雷鳥兄ちゃんにやられた事を根に持っている(・・・・・・・)事を暗に示す死柄木弔。

 だけど、そのおかげで…この状況を打開出来るかもしれない一手を思いついた。

 

「…わかった。そっちの言うとおりにするよ」

「話が早くて助かるよ。じゃあ、そこの喫茶店にでも入ろうか」

「その前に、1つだけいいかな?」

「…なんだ?」

「知っているかもしれないけど、僕達はクラスメイトと一緒に来ていて、もうすぐ集合時間なんだ。あまり遅れると怪しまれるかもしれない」

「それで?」

「適当な理由をでっちあげて、集合時間に遅れる事を連絡させてほしい。そっちだって、邪魔が入ってほしくはないだろ?」

「………いいだろう。だが、わかっているとは思うが…」

「わかってるさ。麗日さんの命が握られているのに、馬鹿をやるほどの度胸はないよ」

 

 おかしな真似をしないよう念を押す死柄木弔にそう答え、僕はスマホで連絡を取る。相手はもちろん―

 

『おう、出久か。どうした?』

 

 雷鳥兄ちゃん。あとは、雷鳥兄ちゃんが気付いてくれる事を祈るだけだ。

 

「ごめんね。実は偶然、中学時代の友達(・・・・・・・)と会って」

『中学時代の? …誰だよ?』

「雷鳥兄ちゃんも一度会ってるよね。有田君と瀬戸君」

『有田と瀬戸……あぁ! あいつらか! 偶然って怖いなぁ!』

「ホント、偶然って怖いよね。それで、麗日さんと一緒にいたから、詳しい事情を話せって、放してくれないんだ。そういう訳だから、集合時間には遅れると思う」

『わかったわかった。皆には俺の方から話しておくよ』

「ごめんね。ありがとう」

 

 多分雷鳥兄ちゃんは気づいてくれた。

 

「会話に不審な点はなし…それじゃあ珈琲でも飲みながら、ゆっくり話そうか」 

 

 あとは時間を稼ぐだけだ。

 

 

雷鳥side

 

「なんてこった…」

 

 出久からの電話を終えた瞬間、思わず苛立ちが声に出る。まさか、このタイミングとは…。

 

「吸阪ちゃん、凄く怖い顔をしているけど、何かあったの?」

「あぁ、トラブル発生(・・・・・・)だ。梅雨ちゃん、出久と麗日以外のメンバーを大至急呼び出すから、手伝ってくれ」

「わかったわ」

 

 心配そうに声をかけてきた梅雨ちゃんに協力を依頼し、出久と麗日以外の全員をこの場所へ呼び出す。こいつは…時間との勝負になるな。

 

 

出久side

 

「さて、話すとしようか」

 

 適当に入ったショッピングモール内の喫茶店。その一番奥のテーブル席で向かい合う僕と死柄木弔、そして麗日さん。

 首に手を添えられた状態で、死柄木弔の隣に座っている彼女は、震える体を必死に抑え、恐怖に耐え続けている。

 僕は麗日さんを元気づける為、笑顔で頷き―

 

「それで、話って何?」

 

 真顔に戻ると死柄木弔との会話を開始する。

 

「単刀直入に聞こう。この社会はおかしいと思わないか?」

「…どういう意味?」

「外を見てみろよ。いつ誰が“個性(凶器)”を振りかざしてもおかしくないのに、奴らは群れてヘラヘラ笑ってる」

「それは…“個性”の使用が法律で厳しく制限されているから…」

「それもある。だが、一番の理由は、『困った時にはヒーローが来てくれる』なんて、ふざけた考えが浸透しているからさ」

「ッ!?」

 

 ゾッとするほど冷たい目をした死柄木弔の言葉に、思わず息を飲む。だけど、死柄木弔はそんな僕にお構いなしで、喋り続ける。

 

「あぁ、外でヘラヘラ笑っている奴らに問い質したいね」

「お前達にヒーローが何をしてくれた?」

「本当に困った時、助けてくれる保障なんてあるのか?」

「いつもヘラヘラ笑っているオールマイト(あのゴミ)に騙されているだけじゃないのか? ってな…」

 

 その言葉の節々から感じられるのは、ヒーローへの、オールマイトへの限りない憎しみ。

 

「オールマイトを…憎んでるの?」

「あぁ、憎んでるさ。アイツは助けられなかった者など1人もいないと言わんばかりに、いつもヘラヘラ笑っているクソ野郎だ」

「そして、そんなクソ野郎が祀り上げられて…祀り上げないと回っていかないようなこの狂った社会も憎くてたまらないよ」

 

 気の弱い人なら間違いなく気絶するほど、狂気に満ちた表情の死柄木弔。下手な事を言えば、麗日さんを危険に晒しかねない…でも―

 

「オールマイトは…」

「あぁ?」

 

 これだけは言わないと!

 

「オールマイトは意味もなく笑っているんじゃない。前に言っていた。自分が常に笑うのは、苦しい時、限界を迎えた時、更に一歩先へ進む為。限界を超えた力で、1人でも多くの人を救う為だって」

「………そうか。そんな事を言ってやがるのか。あのクソ野郎は…価値観の違いは決定的だな」

 

 僕からオールマイトの信念を聞かされた死柄木弔は、不器用な笑みを浮かべると、すっかり冷えた珈琲を一気に飲み干し―

 

「話が出来て良かったよ。おかげで、ますますヤル気が湧いた。この社会をぶっ壊す為のな…」

 

 麗日さんを突き飛ばして開放すると、その隙をついて席から離れた。

 

「お嬢さんは無傷で解放してやる。だから追いかけようなんて思うな。無駄な死人を出したくないなら、尚更だ」

 

 レジに一万円札を置いて、喫茶店から出ていく死柄木弔。そんな彼を―

 

『動くな! 両手を上げて、大人しくしろ!』

 

 オールマイトとイレイザーヘッド(相澤先生)を先頭に銃を構えた警官隊、そして雷鳥兄ちゃんが取り囲んだ。

 

 

雷鳥side

 

 

「オールマイト…なんで此処にいる…」

 

 喫茶店から出た途端、オールマイトとイレイザーヘッド(相澤先生)、そして銃を構えた警官隊、おまけで俺に取り囲まれ、苛立たし気な声を上げる信楽焼。

 

「HAHAHA! 何故かって? 連絡があったからさ!」

「連絡、だと…」

「麗日を人質にして安心したんだろうが…甘かったな。出久が上手く状況を伝えてくれたのさ」

「……さっきの電話か。だが、不審な点は何も…」

「まぁ、高度な暗号ってやつだ」

 

 そう言って不敵に勝ち誇ってみるが…実際の所は、俺だから気づけたようなものだ。

 その人柄と実力で一目置かれていたとはいえ、中学生当時“無個性”だった出久を友人として扱ってくれる奴は、1人もいなかった。

 その出久が中学時代の友達(・・・・・・・)と会った。だなんて…何らかの異常事態に遭遇したと考えた方が自然だ。

 しかも、その名前が瀬戸焼(瀬戸君)有田焼(有田君)ときた。死柄木弔(信楽焼)関係とみてまず間違いない。

 以上の事を推理した俺は、梅雨ちゃんに協力してもらい全員を招集。葉隠と耳郎に偵察してもらいつつ、警察や雄英高校に連絡。

 こうして、死柄木弔(信楽焼)確保に動いてもらった訳だ。

 

「さぁ、大人しく投降してもらおうか」

「お前の“個性”は抹消済みだ。逃げられるなんて思うな」

 

 そう言いながら、信楽焼確保に動くオールマイトとイレイザーヘッド(相澤先生)。その時、俺の索敵に何か(・・)が引っかかった。

 

「オールマイト! イレイザーヘッド! 離れて!」

 

 2人も異変を察知したのだろう。俺の声と同時にその場を飛び退くと、コンマ数秒の間を置いて、レーザーや火炎が降り注いだ。そして―

 

「良いタイミングだ。絶無」

「お迎えに上がりました。死柄木弔」

 

 音も無く信楽焼の前に降り立つ仮面の男、絶無。その声は機械的な処置が施されているが…レーザーと火炎を放った上に、4本の腕…複数の“個性”持ちか。

 

「悪いが、これで失礼させてもらう! 絶無!」

 

 次の瞬間、絶無は口から火炎を放射。更に4本の腕の内、副腕と思われる2本の掌からはレーザーを発射して、オールマイト達を足止め。

 その間に、信楽焼は背後に発生した黒い靄に飛び込むと―

 

「オールマイト…次に会った時は、殺してやる!」

 

 そう言い残し、遅れて靄に飛び込んだ絶無諸共姿を消した。

 こうして、林間合宿前の楽しい買い物は、最悪の結末を迎えるのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第77話:林間合宿ーその1ー

お待たせしました。
第77話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。





出久side

 

 謎の(ヴィラン)絶無の出現により、失敗に終わった死柄木弔の確保。

 その事と爆弾などが仕掛けられている可能性を考慮し、ショッピングモールは一時的に閉鎖。徹底的な捜索が行われた。

 僕と麗日さんも警察署へ連れられ、事情聴取を受けた。雄英襲撃、保須事件、警察は既に(ヴィラン)連合に対し、特別捜査本部を設置し、捜査にあたっているらしい。

 

「………うん、よし。ありがとう緑谷君。貴重な情報を入手出来たよ」

「いえ、大した情報じゃなくて、申し訳ないです。もっと、色々な事を引き出せていれば、良かったんですけど…」

 

 死柄木弔の人相や会話内容等、話せる事全てを塚内さんに話したけど、正直価値のある情報は、死柄木弔の人相くらいだろう。

 

「いやいや! ガールフレンドを人質に取られた状態で、よく耐えたよ。普通なら恐怖でパニックになってもおかしくない。犠牲者が出なかったのは、君が冷静でいたおかげだよ」

 

 塚内さんはそう言って慰めてくれたけど、僕はやっぱりまだまだだ。もっと…強くならないと…。

 

 

雷鳥side

 

「……そろそろ2時間か」

 

 出久と麗日が事情聴取を受けている間、俺と梅雨ちゃんは待合スペースで2人を待ち続けていた。

 他の皆も警察署で2人を待つ。と言っていたが、あまり大人数で詰めかけても迷惑なので、今は帰宅している。

 

「まったく…死柄木弔(信楽焼)のせいで、楽しい買い物が台無しだ。今度会ったら、全身が蛸みたいになるまでぶちのめしてやる」

 

 死柄木弔(信楽焼)への苛立ちを口にしつつ、すっかり(ぬる)くなったペットボトルのお茶をがぶ飲みしていると―

 

「長時間の事情聴取にご協力いただき、感謝します」

 

 出久と麗日がそれぞれ事情聴取を受けていた部屋から出てきた。

 

「出久、麗日」

「緑谷ちゃん、お茶子ちゃん」

 

 俺と梅雨ちゃんが声をかけると、ようやく緊張の糸が切れたのだろう。出久は安堵の表情を浮かべ―

 

「梅雨ちゃーん」

 

 麗日も泣きながら、梅雨ちゃんに抱き着き、慰められていた。

 

 

 暫くして泣き止んだ麗日は―

 

「それじゃあ、お茶子ちゃんは今晩、私の部屋に泊まってもらうわ」

「なんか、ごめんね。梅雨ちゃん」

「ケロケロ。困った時はお互い様よ」

「それじゃあ、梅雨ちゃん。麗日の事、頼むな」

「頼まれたわ」

「麗日さん、何かあったらすぐに連絡してね」

「うん、それじゃあ…またね」

 

 梅雨ちゃんに付き添われ、警察署を後にした。あの様子から見て、大丈夫だとは思うが…万が一の時にどう動くか、出久と話しておくか。

 そんな事を考えながら、歩いていると…。

 

「吸阪少年! 緑谷少年!」

 

 警察署の正門。そのすぐ外で、痩身形態(トゥルーフォーム)のオールマイトが、友人である塚内さんと話をしていた。

 

「オールマイト…どうしてここに?」

「私が、彼と個人的に話す事があってね。連絡していたんだ」

 

 出久の声に、笑ってそう答える塚内さん。個人的に話したい事(・・・・・・・・・)ね。塚内さんの言葉、何か含む物を感じるな。

 

「オールマイトも…」

 

 出久が口を開いたのは、その時だ。  

 

「オールマイトも、(たす)けられなかった事は…あるんですか…?」

 

 出久の問いに、オールマイトは一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべ―

 

「……あるよ。たくさんある。今でもこの世界のどこかで、誰かが傷つき、倒れているかもしれない」

「悔しいが、私も人だ。手の届かない場所の人は救えないさ…」

「だからこそ、笑って立つ。“正義の象徴”が、人々の、ヒーロー達の、悪人達の、心を常に灯せるようにね」

 

 静かに、だがハッキリとした声で、そう答えた。流石はオールマイト。言葉に説得力がある。更に―

 

「死柄木の言葉を気にしてる。多分、逆恨みかなんかだろうさ」

「彼が現場に来て、救えなかった人間は、今まで1人もいない」

 

 塚内さんの発した言葉で、出久の疑問は解消出来たのだろう。どこかスッキリした顔になった。

 オールマイトと塚内さんに挨拶して、俺達は帰路に岐路につく。姉さんも心配しているだろうから、早く元気な顔を見せないとな。

 

 

オールマイトside

 

 私と塚内君に挨拶をして、帰路についた吸阪少年と緑谷少年を見送りながら―

 

「オールマイト…」

 

 塚内君が静かに口を開いた。

 

「今回は偶然の遭遇だったようだけど…今後、彼ら…ひいては生徒が狙われる可能性は低くないぞ」

「もちろん、引き続き警戒態勢は敷くが、学校側も思い切ったほうが良いよ」

「強い光ほど、闇も大きくなる。雄英を離れる事も視野に入れておいた方が良い」

 

 雄英を離れる事も…か。

 

「………教師生活、まだ3ヶ月とちょっとだぜ」

「ははっ、だから前にも言ったろ。向いてない(・・・・・)って」

 

 容赦ない物言いに苦笑しつつも、私は塚内君に拳を突き出す。塚内君も拳を突き出し、互いにぶつけ合う。

 

「オール・フォー・ワン。今度は、ちゃんと捕えよう」   

「うん。今度こそ………またよろしくな。塚内君」

「おう!」

 

 

雷鳥side

 

 翌日、俺達は相澤先生からの連絡を受け、教室に集まっていた。そこで聞かされたのは―

 

「……と、いう訳で(ヴィラン)の動きを警戒し、例年使わせて頂いている合宿先を急遽キャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」

 

 前世の記憶通りの内容だった。となると…いや、爆豪はもういないし、皆原作とは比べ物にならない位強くなっている。

 油断してはいけないが、過剰な心配も必要ないだろう。

 

「合宿自体をキャンセルしねえの、英断すぎんだろ!」

 

 峰田の叫びを聞きながら、俺は自分にそう言い聞かせた。

 

 

出久side

 

 時間はあっという間に流れ、遂に林間合宿当日!

 

「え? A組は1人も補習いないの? いやぁ、流石はB組よりずっと優秀なA組だ。君達が試験で派手にやってくれたおかげで、僕達h…」

「A組煽りたいからって、自分で自分の傷口広げてどうすんの…」

 

 僕達を見つけた途端、物間君が僕達を煽って…いるのか? よくわからない事を口走り、拳藤さんの一撃で静められると―

 

「A組、ホントごめんね」

「物間…おかしい」

「アイツは、頭の螺子がどこか外れているんだノコ」

「Oh! あれガ黄色い(イエロー)救急車(ピーポー)の出動案件ナノですネ!」

「ん…」

「そういう事だね」

 

 B組の女子から厳しい言葉を次々にぶつけられながら、鉄哲君に担がれ、バスへと運ばれていった。B組の皆も大変だなぁ…。

 

「体育祭じゃ色々あったけど、まァよろしくね。A組」

「ん…」

「こちらこそ」

 

 B組を代表して挨拶してきた取蔭さんと小大さんに笑顔でそう返すと、飯田君が誘導しているバスへと乗り込んでいく。

 ちなみに…怪しい息遣いをしながら、B組女子を見つめていた峰田君は、雷鳥兄ちゃんの一撃を受け、そのまま引き摺られていった…相変わらずブレないなぁ…。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

 A組の生徒達と俺を乗せたバスが走り出して15分が経った頃。最前列の席に座っていた俺は―

 

「1時間後に1回止まる」

 

 この後の予定を伝えようと、背後に視線を送るが…。

 

「その後は………」

 

 生徒達は、実に楽しそうにバス旅行を楽しんでいた。まったく、意味もなく騒ぐのは不合理なんだが…。

 まぁ、いいか……わいわい出来るのも今のうちだけだ(・・・・・・・)

 

 

雷鳥side

 

 バスに揺られること、1時間20分。休憩の為停車したのは―

 

「何ここ、パーキングじゃなくね?」

「ねぇアレ? B組は?」

 

 どこかの山中にある広場。パーキングというよりは、ただの空き地……うん、前世の記憶どおりだ。そして―

 

「よーう、イレイザー!!」

「ご無沙汰してます」

 

 近くに止められていたミニバンから姿を現したのは…。

 

「煌く(まなこ)でロックオン!」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 戦闘服(コスチューム)に身を包んだ妙齢の女性2人。その正体は…。

 

「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の、マンダレイさんとピクシーボブさんだ」

「連名事務所を構える4名一チームのヒーロー集団! 山岳救助等を得意とするベテランチームだよ! キャリアはもう12年にもなる!」

 

 出久、毎度の事ながら詳細な説明ありがとう。

 

「心は18!」

「ッ!」

「にゃん!?」

 

 だが、いくら殺気に満ちた一撃を放ってきたからといって、(ヴィラン)でもない女性に反撃(カウンター)を放つんじゃない。まぁ、寸止め出来たから、強くは言わないけど…。

 

「す、すみません! あまりに凄い一撃だったので、つい反射的に…」

 

 攻撃を仕掛けてきたピクシーボブの顔面に、危うく反撃(カウンター)を叩き込む所だった出久が、コメツキバッタの様に頭を下げるのを尻目に、マンダレイが俺達を見回し―

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね。あんたらの宿泊施設は、あの山の麓ね」

 

 軽く10kmは離れた山の麓を指差した。こいつは…そろそろ(・・・・)だな。

 マンダレイの言葉に周囲がざわつく中、何気なく相澤先生に視線を送ると―

 

「………」

 

 無言ながら、不敵な笑みを浮かべていた。まったく、やってくれるよ。

 

「今はAM9:30。早ければぁ…12時前後かしらん」

「12時半までに辿り着けなかったキティは、お昼抜きね」

 

 次の瞬間、ピクシーボブが“個性”を発動し、大量の土砂が俺達を飲み込んだ。

 

「悪いね諸君。合宿はもう、始まってる」 

「私有地につき、“個性”の使用は自由だよ! 今から3時間! 自分の足で施設までおいでませ!」

「この…『魔獣の森』を抜けて!」

 

 相澤先生とマンダレイの言葉が響く中、土砂と共に崖下へ送り込まれた俺達。その眼前に広がるのは、鬱蒼とした森。なるほど、魔獣の森とはよく言ったもんだ。

 

「まったく……あんな空き地にバスが止まったから、何かあるとは思ったが…」

「あぁ、流石は雄英だ。ある意味、期待を裏切らない」

 

 轟と飯田の呟きに、他の皆も同感という表情を見せる。そこへ姿を現したのは―

 

「「マジュウだー!」」 

 

 土の色をした四足歩行の魔獣(モンスター)。その姿に、瀬呂と峰田の悲鳴が響く。

 

「静まりなさい獣よ。下がるのです」

  

 すぐさま口田が“個性”を発動するが……効果がない。ならば!

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「いやはや、あの子達凄いねイレイザー。まさに自慢の教え子ってやつ?」

「まだまだひよっこですよ」

 

 マンダレイさんの感心したような声に対し、俺は努めて冷静に答える。あいつらの実力が高い事は事実だが、甘やかすのは不合理だからな。

 

「私の土魔獣、もう10体倒された。躊躇の無さといい、すぐさま陣形を組んだところといい、金の卵は伊達じゃないね。くぅー、逆立ってきたぁ!」

 

 それにしてもピクシーボブさんは、前に会った時と、雰囲気が変わっているような……まぁ、仕事に差し支えなければ、気にする必要はないか。

 

「このペースだと、ホントに昼過ぎまでにゴールしそうね。私達も移動しようか」

「えぇ、ピクシーボブ。引き続き、魔獣の方をお願いします」

「おまかせ!」

 

 向かって来る土魔獣の群れを、陣形を組んで迎え撃ちながら、宿泊施設(ゴール)へ向けて一直線に向かっていく教え子達に無言のエールを送り、車へと乗り込む。

 さぁ、今回も俺達の予想を上回ってみせろ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第78話:林間合宿ーその2ー

お待たせしました。
第78話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



雷鳥side

 

 さて、林間合宿初日。いきなり崖の下に叩き落された1-A一同(俺達)は、『魔獣の森』などと言う如何にもなネーミングの森を突き進んでいた。

 道中、次々と現れる土で出来た四足歩行の魔獣(モンスター)を、ちぎっては投げちぎっては投げ…これは…信楽焼の件でストレス溜まっていたから、良い憂さ晴らしになるな!

 そんな事を考えながら進んでいる内に―

 

「到着っと!」

 

 特に大きなトラブルも無く、宿泊施設に到着した。さて、時間は?

 

「12時3分。まさか3時間を切ってきたなんて…」

 

 ふむ。今の俺達の実力なら、妥当なタイムだな。それにしても、“個性”の使い過ぎで半分グロッキー状態のピクシーボブはともかく、マンダレイの表情は…驚愕というか、信じられない物を見た(・・・・・・・・・・)って感じだな。

 

「いやぁ、3時間って、私達なら(・・・・)って意味だったんだけどね…」 

 

 おいおい、実力差自慢だったのかよ。マンダレイの言葉に苦笑してると―

 

「正直、早くてもあと2時間はかかると思ってた。私の土魔獣も、信じられない数が倒されてるし…良い、凄く良いよ君達」

「特に……そこの4人、雄英体育祭トップ4は、伊達じゃないね。3年後が楽しみ! ツバつけとこーっ!」

 

 グロッキー状態から立ち直ったピクシーボブが、捕食者(・・・)の目をしながら、俺達*1に跳びかかってきた。

 だが、“個性”の使い過ぎで消耗していた事もあり、咄嗟に飛び出してきた梅雨ちゃん、麗日、耳郎、八百万に阻まれてしまう。 

 

「ば、売約済み……」

 

 絶望した! と言わんばかりの表情で崩れ落ちるピクシーボブ。その光景に相澤先生が呆れ顔を見せながら、マンダレイに問いかける。

 

「マンダレイ、あの人…あんなでしたっけ?」

「彼女焦ってるの。適齢期的なアレで」

 

 適齢期的なアレ…ね。それにしても、(梅雨ちゃん)出久(麗日)(八百万)はわかるが…耳郎(・・)もか。ふむ…。

 

「あ、ずっと気になっていたんですが…」

 

 そんな事を考えていると、出久が何かに気が付いたように声を上げた。

 

「その子は、どなたかのお子さんですか?」

 

 その視線の先にいるのは、先程の空き地でも姿を見せていた目付きの悪い少年。前世の記憶によるとたしか、マンダレイの…。

 

「あぁ、違う。この子は私の従甥(じゅうせい)だよ。洸汰! ホラ、挨拶しな。一週間一緒に過ごすんだから…」

 

 そうそう、洸汰君だったな。マンダレイに促され、渋々といった様子で近づいてくる洸汰君に、出久も笑顔で近寄り―

 

「あ、えっと、僕は雄英高校ヒーロー科の緑谷出久。よろしくね」

 

 握手を求めるが、洸汰君はその手を払いのけ、出久の股間目掛けて拳を振るう。

 

「………」

 

 もっとも、今の出久に子どものパンチが当たる訳がない。出久は洸汰君の拳を容易く受け止め―

 

「何の真似かな?」

 

 少々(・・)険しい顔で問いかけた。その迫力に逃げようとする洸汰君だが、拳を掴まれているので、それも出来ない。

 

「放せ! 放せよ!」

「放しても良いけど、いきなり殴ってきた理由を教えてくれないかな?」

  

 ………出久の奴、怒ってるな。まぁ、理由も無しに股間を殴られれば怒って当然だが。

 

「ヒーローになりたい。なんて連中とつるむ気はねえよ!」

「………君が僕達と仲良くする気が無いなら、それはそれで構わない。だけど、さっきみたいなやり方は良くないよ。見ず知らずの他人に理不尽な暴力を振るうのは、(ヴィラン)と同じだ」

「……うるせぇ!」

 

 出久の言葉が余程癪に障ったのか、洸汰君は解放された途端、半泣きで悪態をつき―

 

「洸汰っ! 待ちなさい!」 

 

 マンダレイの制止も振り切って、どこかへ走り去ってしまった。

 まあ、あんな事(・・・・)を経験しているんだ。あの反応は仕方ないといえば、仕方ない。とはいえ、今のままじゃ、空気が微妙だ。

 

「えー…空気を読まずに質問しますが…」

 

 ここは無理にでも空気を変えるとするか。

 

「先程、12時半までに到着出来なかったら、昼飯抜きと仰ってましたけど…俺達、条件クリアしましたから、有るんですよね? お昼」

 

 極力明るい感じで、昼食について尋ねてみる。だが―

 

「あ、えっと…」

「その…ね…」

 

 なんだ? このマンダレイとピクシーボブの反応は…。

 

「ごめん!」

「実はお昼ご飯、出来てないの!」

「なん、だと…」

 

 マンダレイとピクシーボブからの謝罪に、俺を含む全員*2が凍り付く。

 

「正直、こんなに早く来るとは思ってなかったの…」

「それに情報漏洩を防ぐ目的で、私達以外のスタッフには休みを取らせたから、人手も足りなくて…」 

 

 ふむ…人手不足か。その点に関しては、同情すべきだが―

 

「昼飯抜きかよ…やべぇ、空腹で倒れそう」

「こんな事なら、バスの中でお菓子食べとけばよかった…」

「今なら、その辺の草でも食える気がする…」

 

 今は、皆の空腹を何とかするのが先決だな。

 

「マンダレイ! 今すぐ食べられる物はないんですか? 非常食の類とか」

「ご飯は炊けてる。それに食材自体は山ほどあるよ」

 

 山ほど(・・・)か。それなら―

 

「だったら、俺が何とかしましょう。厨房をお借りしますよ」

 

 俺がそう宣言すると、皆から地響きのような歓声が上がり―

 

「雷鳥兄ちゃん、僕も手伝うよ」

「ケロケロ。私も手を貸すわ」

「私も!」

 

 出久、梅雨ちゃん、麗日が手伝いを名乗り出てくれた。砂藤や瀬呂、耳郎も名乗り出てくれたが…とりあえず、4人で大丈夫だろう。

 

「よし、昼食作りといきますか!」

 

 

出久side

 

 部屋に素早く荷物を運んだ僕達は厨房へと集合。手洗いとアルコール消毒を済ませてから、備え付けのエプロンと三角巾を身に着け、打ち合わせを進めていく。

 

「メイン食材は…この豚バラのブロック。こいつを使ってガッツリ食べられる…肉野菜炒めを作ろうと思う」

「肉野菜炒めか…うん、良いと思う」

 

 雷鳥兄ちゃんがわざわざガッツリ(・・・・)と前置きしているという事は、かなり濃厚な味付けになる筈だ。その点を考慮しながら、副菜や汁物を作らないといけないな。

 

「出久、梅雨ちゃん、麗日には汁物と副菜を頼みたい」

「わかったよ。雷鳥兄ちゃん」

「ケロケロ。分担してやっていきましょう」

「頑張ります!」

「今の時刻は、12時18分。遅くとも13時には食事を始められるようにしたいから、焦らず急いで慎重にやっていこう」

 

 そう言うと雷鳥兄ちゃんは包丁を手に、豚バラブロックを切り始めた。汁物や副菜に関しては、僕達の自由にしていいという事だ。

 手早く分担を話し合い、僕が汁物、麗日さんと梅雨ちゃんが副菜をそれぞれ担当する事を決めたら、それぞれ調理に取り掛かる。

 

 

「よし…」

 

 食材の山から、汁物の具材として選び出したのは、ニラとトマト、そして油麩だ。

 

「まずは具材のカット」

 

 トマトと油麩は一口大に、ニラは3cm幅のざく切りにしていく。

 

「鍋に水を張り、顆粒の出汁の素を入れて火にかける」

 

 時間があれば、鰹節や昆布を使って出汁を取るんだけど、今回は時間がないから出汁の素に頼る。

 

「出汁が沸騰したら、トマトと油麩を入れる」 

 

 3分もすれば、最初は硬かった油麩が出汁を吸って、軟らかくなっていく。そうしたら―

 

「一度火を止めて、味噌を溶かし…ニラを加える」

 

 味噌の香りやニラのシャキシャキ感を損ねないよう、ここからは弱火。沸騰は厳禁だ。

 

「あとは器に盛れば…ニラとトマトと油麩の味噌汁。完成」

 

 一口味見…うん、上手く出来た。

 

 

雷鳥side

 

「肉のカットは、これで良し。次は…」

 

 5mm幅にカットした豚バラ肉をボウルに入れ、酒、塩胡椒、片栗粉を入れて揉みこみ、暫し置く。 

 

「今のうちに野菜のカットだ」

 

 包丁を一度綺麗に洗い、野菜をカットしていく。キャベツは軸の部分を切り取ってざく切り、軸の部分も縦に薄く切っておく。

 玉葱は6等分のくし切りにしてからバラバラに解し、ピーマンは細切り、人参は千切りにしておく。最後にもやしは水洗いして、(ざる)にあげ―

 

「出来れば木耳(きくらげ)も入れたいが…時間が無いな」

 

 時短の為、木耳は泣く泣く除外。最後に大蒜と生姜を微塵切りにして、準備は完了だ。

 

「あとはスピード勝負」

 

 特大の中華鍋で、まず大蒜と生姜の微塵切りを炒め、香りを出していく。そこに豚肉を入れ、8割方火が通るまで炒めてから、一旦取り出しておく。

 

「野菜はまず玉葱と人参」

 

 中華鍋に油を追加してから、まず玉葱と人参を炒めていく。玉葱に透明感が出たら、キャベツとピーマンを加えて更に炒める。

 キャベツに艶が出てきたら、豚肉を戻し、もやしも加えて強火で炒めていく。

 

「味付けは塩胡椒と合わせ調味料」

 

 塩胡椒で軽く味付けしてから、醤油と味醂を混ぜた合わせ調味料を鍋肌に回しかける。水分が粗方飛んだら―

 

「味見…よし」

 

 仕上げに鰹節を加えて一混ぜ。

 

「完成、肉野菜炒めガッツリ仕様!」

 

 肉野菜炒めを前面に、大盛りご飯と出久の作った味噌汁、梅雨ちゃんが作ったキュウリとラディッシュの酢の物が脇を固める。そこへ―

 

「これを乗せたら、完璧」

 

 麗日の作った半熟の目玉焼きが加わる事で、完璧な布陣となった。さぁ、昼食といこうか。

 

「なんじゃこりゃぁ!」

「滅茶苦茶うめぇ!」

「うめぇ…うめぇよ…」

 

 皆に振舞った肉野菜炒め定食は好評だったのだが…。

 

「吸阪…お前は救世主(メシア)だ。空腹の俺達を救ってくれた飯屋(メシア)だ…」

 

 恐らく極度の空腹でおかしな事を口走った常闇や―

 

「料理の腕……完敗だ…美味しいのに、悔しいっ!」

 

 肉野菜炒めを一口食べた途端、泣き出してマンダレイに慰められているピクシーボブは…見なかった事にしておこう。

 

「それにしても、肉野菜炒めに半熟の目玉焼きを合わせるのは、良いアイデアだ。流石だな麗日」

 

 半熟の黄身を絡めれば、手軽な味変にもなるし、作るのに手間もかからない。実に素晴らしいアイデアだ。

 

「それ、実家(いえ)の近所にある定食屋さんの真似なんよ。そこで肉野菜炒め定食頼むと、必ず目玉焼きが付いてたから」

「なるほど…いや、勉強になった」

 

 ハンバーグやカレーに目玉焼きを添えるのはよくやっていたが、肉野菜炒めにも合うとはな。今度家でも試してみよう。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

 食事がある程度進んだところで―

 

「お前達、食べながらで良いから聞け」

 

 俺は声を発すると、途端に賑やかだった室内が静まりかえり、話を聞く態勢が整った。この反応、実に合理的だ。

 

「この後の予定だが、夕食と就寝の時間以外は決まっていない。合宿の本格的な指導は明日からなので、体を休めるなり、自主練を行うなり好きにしろ」

「施設の裏には、広い空き地もある。存分に“個性”を使えるから、使用するなら俺か『プッシーキャッツ』の皆さんに声をかけるように。以上だ」

 

 生徒達からの応答の声を聞きながら、俺は食堂を後にする。

 

「…まともな飯を食うのも、偶には良いもんだ」

 

 吸阪達の作った昼食で膨れた腹を擦りながら、寝る場所を探す為に。

 

 

ブラドキング(管赤慈郎)side

 

「来たか…」

 

 A組から遅れること5時間半。ようやくゴールへ辿り着いた教え子達に、俺は安堵の声を漏らす。

 

「お前達、よく頑張った。全員怪我が無いようで何よりだ」

 

 皆限界まで“個性”を使い、疲労困憊で声を出すのも辛い。といった様子だ。

 

「あと30分ほどで夕食だ。少し休んでから、荷物を部屋に運ぶといい。それから………」

 

 この事を伝えるべきか否か、俺は数秒の間迷い―

 

「これは、A組の吸阪からの差し入れ(・・・・・・・・・・・・)だ。疲労回復に効果があるトマトの冷製スープ(ガスパチョ)だそうだ」

 

 真実を皆に伝えた。そして俺は、魔法瓶と人数分の紙コップを委員長の拳藤に渡し、その場を後にする。

 

「先生! A組は…いつゴールしたんですか?」

「………12時3分。スタートから2時間半で、ゴールしている」

 

 拳藤の問いに、そう答えて…。

 

 

拳藤side

 

 A組の吸阪から差し入れられた、トマトの冷製スープ(ガスパチョ)。一口飲むとその冷たさで体の火照りが程良く冷め、その酸味と塩気が疲労困憊の体を癒していく。

 

「うめぇな…」

「そうだね…」

 

 近くに座っていた鉄哲の声に相槌を打ちながら、スープを少しずつ胃の中に収めていると―

 

「吸阪…あいつはきっと、いや間違いなく良い奴だ。このスープだって、純粋な善意で作ってくれたんだろう」

 

 鉄哲が悔しさに顔を歪めながら、言葉を紡いでいく。

 

「だからこそ、腹が立つんだ…吸阪やA組にじゃねぇぞ…完膚なきまでの差をつけられちまった自分自身にだ!」

「鉄哲…悔しいのは、自分自身に腹が立っているのは、アンタだけじゃない。あたし達B組全員がそうさ」

 

 鉄哲の声にそう答えながら周りを見れば、B組の皆があたしの声に頷いていた。

 

「頑張ろう! この合宿で何倍も強くなって、A組を見返してやろう!」

「そして、あたし達が不甲斐ないせいで迷惑をかけっぱなしのブラド先生に、恩返しするんだ!」

 

 あたしの鼓舞に、B組の全員が鬨の声を上げる。

 見てなよA組! この合宿の主役はあたし達B組だ!

*1
雷鳥、出久、轟、飯田

*2
イレイザーヘッド(相澤先生)を除く




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

報告が遅くなってしまいましたが、皆様のお陰をもちまして、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』のUAが40万、お気に入りが2100件を突破しました。

皆様の期待に少しでも応えられるよう、これからも頑張ってまいります。


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第79話:林間合宿ーその3ー

お待たせしました。
第79話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。



出久side

 

「いただきます!」

 

 宿泊施設の食堂に皆の声が響き、賑やかな夕食が始まる。

 今日は特別。と、プッシーキャッツの皆さんが作ってくれた夕食は、どの品も絶品の一言。

 

「凄く美味しいです!」

 

 僕は心からの賛辞を送ったんだけど…

 

「ねこねこねこ……あたしだって、本気になれば…高校生には負けられないから」

 

 ピクシーボブはどこか遠い目をしながら、そう呟くだけだった。雷鳥兄ちゃんに負けないくらい美味しいのになぁ…。

 

「美味ぇ!! 米美味ぇ!!」

「五臓六腑に染み渡る!! ランチラッシュに匹敵する粒立ち!! いつまでも噛んでいたい!!」

「土鍋…!?」

「土鍋ですか!?」

「うん。つーか、腹減りすぎて、妙なテンションになってんね…」

 

 そんな中、B組の鉄哲君と庄田君は、山盛りご飯を掻き込みながら、おかしなテンションになっていた。よっぽどお腹が減っていたんだね。

 

 

雷鳥side

 

「温泉に浸かりながら空を見上げれば、満天の星空と三日月。風流だねぇ」

 

 夕食の後は風呂の時間。今回の林間合宿に備えて拡張されたという露天風呂は、A組B組の男子全員で浸かってもなお、余りある程広大。湯量も豊富で、文句無しだ。

 

「吸阪…」

 

 湯船に浸かってリラックスしていると、鉄哲が真面目な顔で話しかけてきた。

 

「どうした? そんな難しい顔して」

「いや…本当なら食堂で伝えるつもりだったんだが…タイミングが掴めなくてな。差し入れのスープ、美味かった。この通り、礼を言うよ」

 

 鉄哲の言葉に続くように、B組男子全員が頭を下げる。あの物間も隣にいた泡瀬に促され、渋々頭を下げているのは…なかなかレアな光景だ。

 

「まぁ、俺が好きでやった事だが…喜んでもらえたなら何よりだ」

「その恩返しって訳じゃないが……この合宿で俺達B組は強くなる。お前達A組に負けないくらいにな!」

 

 鉄哲が高らかにそう宣言し、大きく頷くB組男子達。なるほど、宣戦布告とは面白い。

 

「フッ…生憎、この合宿で強くなるのは俺達も同じだ。悪いが、差を縮めさせるつもりは微塵もないから、そのつもりで」

 

 俺の言葉に続くように出久や轟、飯田達も頷き…A組男子とB組男子の間で火花が散る。だが、それも一瞬の事。

 

「まぁ、なんだかんだ言っても同じ雄英高校の1年同士。互いに切磋琢磨してやっていこうぜ」

「おう!」

 

 すぐに雰囲気は軟化し、それぞれを代表して俺と鉄哲が握手を交わす。うん、まさに青春の1ページだ。だが―

 

「まァまァ、飯とか青春とかはね…ぶっちゃけどうでもいいんスよ。求められてんのって、そこじゃないんスよ」

「その辺わかってるんスよ。オイラぁ…」

 

 その雰囲気をぶち壊すような発言をした奴がいる。峰田だ。

 

「求められてんのは、この壁の向こうなんスよ…」

「峰田君…何を言ってるの?」

「ホラ…いるんスよ…今日日、男女の入浴時間ズラさないなんて、事故…そう、もうこれは事故なんスよ…」

 

 あの馬鹿…その変態っぷりは、流石と言えば流石だが…幾ら何でも―

 

「峰田君やめたまえ! 君のしている事は、己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」

 

 おぉ、流石は飯田。的確な叱責だ。

 

「やかましいんスよ…」

 

 だが、峰田は止まらない。

 

「壁とは超える為にある!! “Plus Ultra”!!」

 

 校訓を穢しながら、男湯と女湯を仕切る壁を凄い勢いで登っていき―

 

「ヒーロー以前に、ヒトのあれこれから学び直せ」 

 

 恐らくこういう時(・・・・・)に備え、壁の天辺に潜んでいた洸汰君に、容赦なく突き落とされた。

 

「くそガキィイイィイ!!?」 

 

 悪態を吐きながら落ちていく峰田。そして洸汰君も、女湯側から声を掛けられ、思わず振り向いた途端―

 

「わっ…」

 

 驚きの声と共にバランスを崩し、落下してしまう。

 

「危ない!」

 

 間一髪、一番近くにいた出久が受け止めたが、どうやら意識を失っているらしく、大急ぎでマンダレイのもとへと運んで行った。

 

「さて…」

 

 出久と洸汰君の姿が見えなくなったところで、改めて峰田を睨みつける。この大馬鹿野郎はどうしたものか…。

 

「峰田君……君という奴は…」

 

 必死に怒りを押し殺し、極力冷静に声を紡いでいく飯田。落下した峰田の尻を顔面で受ける(・・・・・・・・)羽目になったのだから、怒るのも無理はない。

 

「一応、確認しておこう。男子諸君、峰田(こいつ)は…Guilty or not guilty(有罪か無罪か)?」

 

 次の瞬間、満場一致で響くGuilty(有罪)! の声。判決は下されたな。

 

「さて峰田…小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えながら、命乞いをする心の準備は…OK?」

「す…吸阪…」

「なんだ?」

「ぼ、暴力は…良くない」

「…問答無用!」

 

 そして、夏の夜空に峰田の悲鳴が響き渡った…。

 

 

出久side

 

 気を失った洸汰君を抱え、大急ぎでマンダレイのもとへと運んだんだけど…。

 

「落下の恐怖で、失神しちゃっただけだね。ありがとう、受け止めてくれて」

 

 幸いな事に、洸汰君は怪我1つ負っていなかった。良かった…。

 

「イレイザーに『1人性欲の権化(・・・・・)がいる』って聞いてたから、見張ってもらってたんだけど…最近の女の子って、発育良いからねえ」

「とにかく、何ともなくて良かった…」

「そんな格好で…よっぽど慌ててくれたんだね」

「あっ…」

 

 マンダレイの言葉に、自分が半裸である事を思い出して思わず赤くなる。それと同時に―

 

 -ヒーローになりたい。なんて連中とつるむ気はねえよ!-

 

 昼間の洸汰君の言葉を思い出す。洸汰君はどうしてあんな事を言ったのだろう?

 

「あの、マンダレイ。差し支えなければ、教えて欲しいのですが…」

 

 意を決して尋ねた僕に、マンダレイは教えてくれた。2年前、ヒーローだった洸汰君の両親が、(ヴィラン)から市民を守って殉職した事。

 突然両親を失った洸汰君に対し、世間は両親の死(それ)が良い事だ、素晴らしい事だと褒め称え続けた事。

 

「そうだったんですか…」

「正直、私らの事も良くは思っていないと思う。他に身寄りも無いから従ってる……って感じ」

「洸汰にとって、ヒーローは…理解出来ない気持ち悪い人種なんだよ」

 

 

 露天風呂に戻りながら、僕は考えを巡らせる。洸汰君の事情を知った…知ってしまった今、僕はどうするべきなのだろう。

 答えが出ないまま露天風呂に辿り着くと―

 

「おう、出久。戻ったか」

 

 皆が湯船に浸かってリラックスしていた。ただ1人、ボコボコにされて、近くの木に逆さ吊りにされた峰田君は…見なかった事にしておこう。

 

 

雷鳥side

 

 さて、現在の時刻は朝の5時30分。俺達1-A一同は、宿泊施設前の広場に集合していた。

 22時消灯で5時起床。7時間は眠れた訳だが…昨日の疲労もあり、大部分のメンバーはまだまだ眠そうだ。だが―

 

「おはよう諸君。本日より本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は、全員の強化及びそれによる“仮免”の取得」

「具体的になりつつある敵意に、立ち向かう為の準備だ。心して臨むように」

 

 相澤先生の声に眠気は吹っ飛び、皆真剣な表情へと変わっていく。

 

「という訳で緑谷。こいつを投げてみろ」

 

 そして出久に投げ渡されたのは、入学直後の『個性把握テスト』で使った測定用のボール。

 

「前回の…入学直後の記録は1902.7m。どんだけ伸びてるかな?」

 

 なるほど。この3ヶ月での成長具合を見ようって魂胆か。

 

「でぇやぁぁっ!!」

 

 出久の声と共に、ボールは弾丸のような速さで空を飛び…向こうの山の頂上付近に着弾する。

 

「……2816.3m。やはりこうなるか」

 

 3ヶ月前と比較して約1.5倍の記録を出した出久に対し、どこか納得した様子の相澤先生。

 その後、俺、砂藤、障子、八百万がソフトボール投げを行ったが、全員4割から5割増の記録を叩き出していた。

 

「例年であれば、この時期の記録は入学時の3~5%増程度。それは成長したと言っても、あくまでも精神面や技術面。あとは多少の体力的な成長がメインで、“個性”そのものはそれほど成長していないからだ」

「だが、諸君はこの3ヶ月で精神面や技術面だけでなく、“個性”そのものも大きく成長させた。正直言って、想定外(・・・)だ」

「よって、諸君には……本来予定されていた“個性”伸ばし、ではなく…外部から特別講師を招き、実戦的な訓練を行ってもらう」

「死ぬほどキツイがくれぐれも……死なないように」

 

 その言葉に、気合の入った声で答える俺達。相澤先生は満足げに頷き―

 

「特別講師が到着するのは昼過ぎの予定だ。とりあえず午前中は自主練とする。朝食は8時から、7時50分までに食堂へ集合するように」

 

 必要事項を伝えると、ブラドキング先生やプッシーキャッツの皆さんとの打ち合わせに行ってしまった。

 

「それでは皆! 各々怪我には十分気をつけて、自主練を開始しよう!」

 

 飯田の号令で、俺達は好きなように散らばり、自主練を始めていく。特別講師か…どんな人が来るのか、楽しみだ!

 

 

死柄木side

 

「………もう少し、欲しいな」

 

 俺達(ヴィラン)連合がアジトにしているバーの一角。ほぼ指定席と化しているテーブル席に陣取った俺は、ナッツをつまみにウイスキーの水割りを飲みながら、黒霧が作成したファイルに目を通していた。

 そこに記されていたのは、新たに結成した(ヴィラン)連合の実戦部隊に関する情報。

 

「足りませんか…戦力的には十分な数が揃っている筈ですが…」

「個々の戦力としては、申し分ない。だが、頭数が…あと2人は欲しい」

「…わかりました。義爛さんに問い合わせてみましょう」

「ああ、任せる」

 

 黒霧にそう伝えると、俺はグラスに残っていた水割りを一気に呷り―

 

あの時(・・・)と同じ失敗は犯さない。厳選した戦力を十分に揃え、最高のタイミングで奴らにぶつける。それが…始まりだよ」

 

 ファイルに挟まれていた1枚の写真を見ながら、静かに呟く。それに写っていたのは…ある山中に建てられた宿泊施設。今回のターゲットだ。 

 

「楽しみにしてな、ヒーローの卵ども。パーティーの始まりはもうすぐだ」




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第80話:林間合宿ーその4ー

お待たせしました。
第80話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


お茶子side

 

 時刻は8時。プッシーキャッツの皆さんが作ってくれた朝食*1を前に、騒がしくも楽しい朝食が始まる。

 私も、新鮮な卵と炊き立てのご飯で作る卵かけご飯を堪能していると―

 

「うーん……」

 

 焼き鯖を食べながら、緑谷君が難しい顔をしていた。

 

「緑谷君、どうしたん? そんな難しい顔して」

「え? あ…ちょっと考え事というか、なんと言うか…」

 

 私の問いかけに、緑谷君は顔を赤くしながらそう答え、考え事の内容を話してくれた。それは―

 

「戦闘スタイルの…改良?」

「うん、今の戦闘スタイル、『フルカウル・ガンシュートスタイル』は、オールマイトの模倣から抜け出す為に編み出した格闘術。だけど、まだまだ改良の余地は残されていると思うんだ」

「改良……緑谷君の戦い方はパンチ主体だよね? 月並みだけど…キックを使う頻度を増やすとか…どうやろ?」

「やっぱり、蹴り技の使用頻度を増やすのが、シンプルだけど効果的な改良点になるかな。ありがとう、麗日さん。道筋が見えてきたよ」

 

 ある程度考えが纏まったのか、どこかすっきりとした顔になった緑谷君は、そう言って本格的に朝食を食べ始めた。うん、役に立てて…よかった。

 心がほんわかするのを感じながら、お味噌汁に口をつけると―

 

「相澤先生。この林間合宿中はゼリー飲料禁止(・・)です。俺達と同じちゃんとした食事(・・・・・・・・)を摂ってもらいます」

「…食事に時間をかけるのは、合理的じゃ―」

「きちんと物を噛んで食べないと、咬合力が弱くなります。それが脳への血流量減少を招き、結果的に視力や脳機能の低下を招くという研究結果がありますが?」

「………」

「合理を重んずる相澤先生の姿勢は、私個人としても大いに見習いたいところですが、食事面に関してだけは、合理以外の面も重視して頂きたいと、愚考いたします」

「……あぁ、わかった。ちゃんと飯を食うから、頭を上げろ」

 

 相澤先生にちゃんとした食事を摂る様迫っている吸阪君が見えた。その姿を見て、お母さん(・・・・)みたいと思ったのは、私だけじゃない…筈だ。

 

 

鉄哲side

 

「“個性”を伸ばす…ですか!?」

「あぁ、この林間合宿におけるB組の目標はそれだ」

 

 俺の声にそう答えたブラド先生は、東の空に浮かぶ太陽を指差し―

 

「前期はA組が色々目立っていたが、後期は違う。あの昇っていく太陽のように力を高めて、自分達を目立たせるのだ。いいか? 後期はA組ではなく、我々の番だ!」 

 

 力強く俺達を鼓舞してくれた。ブラド先生…不甲斐ない教え子達でごめん!

 

「でも先生。突然“個性”を伸ばすと言っても…20名20通りの“個性”があるし…何をどう伸ばすのかわかんないんスけど…」

「たしかに、具体性が欲しいな!」

 

 ここで取蔭と鎌切が声を上げる。2人の言う事ももっともだ。一体どうやって“個性”を伸ばすんだ?

 

「筋繊維は酷使する事により壊れ…強く太くなる。“個性”も同じだ。使い続ければ強くなり、でなければ衰える!」

「すなわち、やるべき事は1つ! 限界突破!!」

 

 ブラド先生の声と共に、俺達は宿泊施設裏へと足を踏み入れた。

 

「なんだよ、これ…」

 

 誰かが呆然と呟いたが、無理もない。昨晩まで空き地だった筈の空間は、トレーニングの台所ランド(TDL)を軽く上回る規模の訓練施設に様変わりしていた。

 

「ここを利用して、許容上限のある発動型は、上限の底上げ。異形型・その他複合型は、“個性”に由来する器官・部位の更なる鍛錬を行う。通常であれば、肉体の成長に合わせて行うが…」

「まぁ、時間がないんでな。B組にはここで(・・・・・・・)頑張ってもらう」

 

 先に宿泊施設裏に来ていた相澤先生が、ブラド先生に続くように口を開く。B組にはここで(・・・・・・・)…か。どうやら、A組は別の場所で訓練を行うようだ。

 否が応にもA組との差を突き付けられ、思わず歯を食いしばる。

 

「だけど…私達とA組合わせて40人。A組は別の場所で訓練するなら、20個の“個性”×2ヶ所、それをたった6名(・・)で管理出来るの?」

 

 そうしている間に、拳藤と柳が疑問の声を上げ―

 

「その点に関しては、問題ない。A組には特別講師を呼んでいるし、B組に関しては彼女らにお願いしている」

「そうなの。あちきら四位一体(よんみいったい)!」

 

 あっさりと答えが明かされた。

 

「煌く(まなこ)でロックオン!」

「猫の手手助けやって来る!」

「どこからともなくやって来る…」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」」」

 

 名乗りとポーズを決めながら登場した『プッシーキャッツ』の皆さんが、実演を交えながら説明を開始する。

 

「あちきの“個性”『サーチ』! この目で見た人の情報、100人まで丸わかり! 居場所も弱点も!」

「私の『土流』で各々の鍛錬に見合う場を形成!」

「そして、私の『テレパス』で一度に複数の人間へアドバイス」

「そこを我が、殴る蹴るの暴行よ…!」

 

 …ちょっと待て! ラグドールさん、ピクシーボブさん、マンダレイさんは良いけど…虎さん、あなたは色々ダメだろ! 思わず心の中でツッコミを入れたが、これは俺だけじゃ無い筈だ。

 

「単純な増強型の者、我の元へ来い!」

「我ーズブートキャンプを始めるぞ!」

 

 その直後、宍田や庄田といった増強型のメンツが呼び込まれ、虎さん主導で訓練が始まっていく。

 

「さぁ、お前達! 自分の限界を超える為、Plus Ultraだ!」

 

 残った俺達を鼓舞するブラド先生の声。そうだ、戸惑っている暇なんて俺達にはない。A組に追いつき、追い越す為にもやるしかねえんだ!

 

 

雷鳥side

 

 B組が訓練を行っている宿泊施設裏の空き地から1kmほど離れた場所で、俺達は自主練を行っていた訳だが―

 

「…そろそろ時間だな。相澤先生」

「…あぁ、行ってこい」

 

 時計が11時近くになったところで、俺は相澤先生の許可を得て、宿泊施設へと大急ぎで戻っていく。

 実は昨日の消灯時間前、俺は相澤先生、ブラド先生、プッシーキャッツの皆さんに呼び出され…林間合宿の間、昼食の用意を代行(・・)してくれないか? と頼まれたのだ。

 昨日の昼、マンダレイやピクシーボブが話していたように、情報漏洩を防ぐ目的でスタッフに休みを取らせた結果、この宿泊施設にいるのは、A組とB組合わせて40人の学生と、6人のプロヒーローだけ。

 朝食はプッシーキャッツの皆さんが作り、夕食は俺達自身で作る事になっているが、昼食に関しては全く手が足りないらしく…昨日の昼食で腕前を見込まれた俺に、白羽の矢が立ったらしい…。

 なお、この件について相澤先生は最後まで反対していたらしいが…スタッフに休みを取らせたのが、相澤先生からの要請だった事もあり、プッシーキャッツの皆さんに押し切られたそうだ…。なんというか、お察しします。

 

「悪いな、耳郎。手伝ってもらって」

 

 宿泊施設に戻り、手早く準備を済ませた俺は、手伝いに名乗り出てくれた耳郎に改めて礼を言う。

 出久達も昨日同様手伝いを名乗り出てくれたが、同じ面子が調理を行う事で、訓練時間に偏りが出る事を問題視した相澤先生に却下され、今日は耳郎1人が手伝いに付く事になったのだ。

 

「気にしないで、いつも吸阪や緑谷達にやってもらってたからね。少しは自分でやらないと」

「そう言ってくれると助かる。さて、何を作るかだが…」

 

 メニューを決める為、冷蔵庫の中身をチェックする。直後、目に飛び込んできたのは、2kgはあるプレスハムの塊。

 

「よし、コイツを使って、昼はハムカツ定食といきますか」

「ハムカツ…これを薄く切って、揚げればいいの?」

「それでも良いけど、もう少し手を加えたいかな」

「わかった。どうすればいい?」

「そうだな、まずは…固茹で卵を作ってくれ。46人分だから…まぁ、30個あれば足りるだろう」

「OK。その後は?」

「玉葱の微塵切りと、茄子のスライスを頼む。両方とも切ったら水にさらしておいてくれ」

 

 耳郎に指示を下し、俺はプレスハムのスライスに取り掛かる。厚さは大体3mm。1人あたり6枚使うから、46人分で280枚弱ってところだな。

 

 

 プレスハムのスライスが粗方終わった頃―

 

「吸阪、玉葱と茄子、切り終わったよ」

 

 耳郎の方も野菜の下拵えが終わったようだ。なかなか手際が良いな。

 

「茹で卵の方は?」

「そろそろ…あと2分ってところかな」

「それじゃあ、茹で卵が出来たら殻を剥いて、粗く刻んでくれ。それと水気をしっかり絞った玉葱を合わせ、塩胡椒を振ってからたっぷりのマヨネーズで和える」

「茹で卵にマヨネーズ…卵サンドの中身みたいだね」

「まぁ、卵フィリング(それ)と似たようなもんだな。あ、隠し味としてウスターソースを少量加えてくれ」

「了解」

 

 耳郎が茹で卵の調理へ取り掛かる間に、俺は薄力粉1カップに対し、卵1個、水2分の1カップの割合で作る…ややポッテリとした衣を用意し―

 

「ここからは、ひたすらに挟んでいく」

 

 耳郎と2人がかりで、茹で卵のマヨネーズ和えをスライスしたプレスハムで挟み、衣に潜らせて、パン粉をつけていく。同じ要領で大葉とスライスチーズ、茄子を挟んだ物も作っていく。

 

「あとは片っ端から揚げていく。それは俺がやるから、耳郎は副菜作りを頼む」 

「わかった、任せて」

 

 副菜を耳郎に任せ、俺は170℃の油で、ハムカツを片っ端から揚げていく。そしてカラリと揚がったハムカツを半分にカットし、太めの千切りにしたレタス、くし形にカットしたトマトと共に皿へと盛りつける。

 

「吸阪、味見お願い」

 

 耳郎の作った副菜は…細切りにした人参とツナで作ったキンピラか。一口味見。

 

「うん、人参の甘みがよく引き立ってて、美味いよ。耳郎、なかなかやるな」

「ま、まぁ…家ではそこそこ、やってるから…」

「なるほどね……そういう一面を見せたら、出久も喜ぶぞ」

「えっ、な、なんで…緑谷………」

 

 顔を真っ赤にして狼狽える耳郎。うん、実に解り易い(・・・・)

 

「いや、昨日のピクシーボブとの一件があったし…そうなのかな? と思っただけ」

「………緑谷は知ってるの?」

「いいや。叔父の俺が言うのもあれだが…アイツはこういう事に関しては、とことん奥手だし、疎いぞ」

「……そっか」

「だからまぁ…やるんだったら、正面からの正攻法がおすすめだ」

「っ!? で、でも、緑谷はもう、麗日と…」

「それはそうなんだがな…だが、気持ちを伝えちゃいけない。なんて決まりもない。結果に関して保証は出来ないが、無理に心の奥に押し込めておくより、さらけ出した方が良い…かもしれない」

「……考えとく」

「そうしてくれ」

 

 耳郎とそんな会話を交わし、昼食を一気に仕上げていく。

 ハムカツ3種盛りを前面に、大盛りご飯と長ネギとエノキの味噌汁、耳郎が作った人参とツナのキンピラが脇を固める。

 さあ、あと3分もすれば、腹を減らした皆が食堂に雪崩れ込んでくる。迎え撃つとしますか。

 

 

拳藤side

 

「すご…」

 

 吸阪が作った昼食を前に、思わずそんな声が漏れる。

 A組の何人かに弁当を作っているという噂は聞いていたし、昨日差し入れしてくれたガスパチョで、料理上手だとは思っていたけど、これは予想以上だ。

 

「うめぇ! 滅茶苦茶うめぇ!」

「この味わい…下手な市井の料理人を上回りますぞ!」

「だ、駄目だっ! 箸の動きを止められない! ご飯が! ご飯が足りないっ!」

 

 男子は、鉄哲、宍戸、庄田を筆頭に、物凄い勢いで食べてるし―

 

「A組、いつもこんな美味しい物食べてんの?」

「ん! んん!」

「Deliciousです!」

 

 女子からの評判も上々。

 

「くっ、僕達を味覚の面から圧倒しようという魂胆か…A組め、その手には乗るものか。例え口が裂けても、賛辞の言葉を送ったりなんて―」

「ご飯粒1つ残さずに完食しておいて、今更何言ってんの」

 

 物間に至ってはこんな感じだったので、一撃加えて黙らせた。あと―

 

「むぅ…まさかこれほどの味を出してくるとは…」

「ハハ、ハハハ…今日の朝食、今までで一番の出来だったけど、あっさり越えていかれた…く、悔しいっ!」

「大丈夫、大丈夫だから、ピクシーボブ。あんたの料理の腕も平均以上だから!」

「まだまだお前の料理には、伸びしろがあるという事だ。諦めるな!」

「頑張れ! ピクシーボブ!」

 

 吸阪の料理に感心しているブラド先生はともかく、修羅場みたいになっているプッシーキャッツの皆さんは…うん、見なかった事にしよう。

 

 

出久side

 

 昼食休憩を終え、再び訓練スペースへと戻って来た僕達。そこへ―

 

「待たせたな」

 

 相澤先生に案内されて、特別講師の皆さんがやって来た。あの人達は!

 

「今回、特別講師としてお招きした…エンデヴァー事務所に所属するサイドキックの皆さんだ」

「俺は森乃賢人(もりのけんと)。ヒーローネームは、レイジングヒーロー・ナックルコングだ!」

朱雀蜂矢(すざくはちや)。ニードルヒーロー・レッドワスプだ。よろしく頼む」

「私は夏木由宇(なつきゆう)。ブレイズヒーロー・ルージュだよ。よろしくね!」

花咲咲良(はなさきさくら)と申します。ヒーローネームは、ボタニカルヒーロー・ブロッサム。よろしくお願いしますね」

「俺は引鉄双二(ひきがねそうじ)! ブリットヒーロー・ダブルトリガーだ!」

「私は黒川紫蓮(くろかわしれん)。アコースティックヒーロー・ビートよ。一緒に魂の調べを奏でましょう!」

「拙者、伊賀崎十蔵(いがさきじゅうぞう)と申す。ヒーローネームは、オーシャンヒーロー・クラーケン。短い間ではあるが、よろしく頼む」

 

 凄い! エンデヴァー事務所のサイドキック、そのトップ7が勢揃いだ!

 

「エンデヴァーのサイドキックは、エンデヴァー自身の意向もあって、他事務所のサイドキックよりもレベルが高い事で有名だ」

「特にトップ7ともなれば、その実力は…ヒーロービルボードチャートJPの50位台に匹敵する…凄い、そんな人達から指導を受けられるなんて!」

「あー…緑谷に言いたい事は大体言われたので、俺からの説明は省略する」

 

 ……しまった! また、思考が声に出ていた…。

 

「今回は、お前達の脅威的な成長の早さを考慮し、校長が色々と骨を折ってくださった。それに応える為にも、全身全霊を込めて、励んで貰いたい」

 

 相澤先生の激励に答えるように、僕達は声を上げ…訓練が始まった。林間合宿、ここからが本当のスタートだ!!

*1
ご飯、豆腐とワカメの味噌汁、焼き鯖、ヒジキの煮物、きゅうりの浅漬け、生卵




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第81話:林間合宿ーその5ー

お待たせしました。
第81話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

 エンデヴァー事務所のサイドキック、そのトップ7を特別講師に招いて行われる実戦的な訓練。

 僕は切島君、砂藤君と一緒に、ナックルコングの指導を受ける事に!

 

「それでは改めて、俺の名前は森乃賢人(もりのけんと)。ヒーローネームは、レイジングヒーロー・ナックルコングだ! よろしく!」

「「「よろしくお願いします!!」」」

 

 爽やかな笑顔と共に挨拶をしてくるナックルコングに、僕達も挨拶を返す。

 

「知っていると思うけど、俺の“個性”は『ゴリラ』! タフネスとパワーには、相応の自信がある!」

 

 そう言って、高らかに笑うナックルコング。だけど、エンデヴァー事務所のサイドキック、そのナンバー(ワン)がパワーやタフネスだけで務められるものじゃない事は、皆解ってる。

 科学的理論に基づく知性溢れる戦い方から、ナックルコングに付けられた渾名は『Raging(荒ぶる)Sage(賢人)』。

 

「一応、君達の事は頭に叩き込んでいるけど、実際に拳を交えてみないと解らない事もあるからね。最初は…模擬戦といこうか」

 

 そんな人から指導を受けるんだ。何一つ取りこぼしの無いように頑張らないと!

 

 

障子side

 

「カトルフィッシュキック!」

「テンタクルラッシュ」

 

 クラーケンが自身の触腕と両足を使って放つ連続蹴りを、俺は6本の腕を総動員した連打(ラッシュ)で迎え撃つ。激突の結果は―

 

「くぅっ!」

「ぬぉっ!」

 

 互角。互いに同じ距離を後退した俺とクラーケンが、体勢を立て直すと同時にブザーが鳴る。事前に設定した3分が経過したのだ。

 どちらからとも無く力を抜き、相手に対して頭を下げる。

 

「拙者の蹴撃と互角とは…見事な連打でござる」

「…どうも」

 

 クラーケンからの賛辞にそう答えた俺は、先に手合わせを済ませた尾白、蛙吹と合流しながら、手合わせの内容を思い返す。

 俺は間違いなく全力だったが、クラーケンの方はまだまだ余裕があった。おそらく7割程度の力だったのだろう。

 

「御三方の実力、しかと把握致した。こちらの予想を遥かに上回っており…いやはや、感服したでござる」

「仮に、今すぐプロの現場に出たとしても、並のサイドキックを上回る活躍が出来るのは確実。されど、真の意味で一流(プロ)となるには、更に一歩踏み出す必要があるでござる!」

 

 更に一歩踏み出す。クラーケンの言葉に、俺達は息を呑む。それは一体…。

 

「大切な事は、8分の仕上がりで2分のゆとり(・・・・・・・・・・・・・・)。ここぞという時に限界以上の力を発揮する為にも、普段は8分の力で物事を解決する。それが出来てこそ、真の一流(プロ)でござる」

 

 8分の仕上がりで2分のゆとりか…逆を言えば、8分の力で大抵の事を解決出来るようになれ。という事。俺達が目指す道のりはまだまだ遠いらしい。

 

 

峰田side

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 オイラや瀬呂、葉隠の担当になったダブルトリガーとの模擬戦。オイラは森の中を走りながら、もぎもぎを投げつける。

 それもただ投げるんじゃない。雄英体育祭の頃から鍛えて習得した変化球…カーブやスライダーなんかも交えた豪華版だ。

 

「やるな! GRAPE JUICE!」

 

 だけどダブルトリガーは、その悉くを避けるか、手にしたエアガンから発射したゴム弾で撃ち落として無力化。結局設定された3分の間じゃ、1個も当てる事は出来なかったぜ。

 

「ちっくしょー、結局1個も当てられなかったぜ…」

「いやいや、正直ここまでやるとは思ってなかった。GRAPE JUICE、お前すげぇな!」

 

 感心したような声を出しながら、近づいてきたダブルトリガーは、そのままオイラの耳元で―

 

「合宿中、俺の出した課題を全てクリア出来たら、褒美として…お前の好きな物をやろう」

 

 そう囁いてきた。

 

「す、好きな物?」

「あぁ、美しい肉体(・・・・・)を収めた写真…好きだろ?」

「大好きです!」

「正直で結構。極上の奴を進呈するぞ。だから…」

「死ぬ気で頑張ります!」

 

 瀬呂達に見えない角度でガッシリと握手を交わし、オイラとダブルトリガーは離れる。

 さぁ、せっかくご褒美をくれるって言うんだ! 頑張らないと失礼ってもんだぜ!

 

 

麗日side

 

「ドラァッ!」

 

 レッドワスプさんが繰り出した右腕の針による一撃。私はそれを(ガンヘッド)(マーシャル)(アーツ)の動きで回避しながら、懐へ肉薄。

 

「セイッ!」

 

 左手でレッドワスプさんの胸に触れ、問答無用で浮き上がらせると―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 そのまま重量挙げのように頭上に持ち上げて、棒術の要領で何度も回転!

 

「き! り! も! み! シュート!!」

 

 そして、その回転が頂点に達した所で、思いっきり投げ飛ばした!

 

「決まった!」

「アレなら、如何にレッドワスプさんといえど!」

 

 竹トンボのようにクルクルと回りながら飛んでいくレッドワスプさん。その姿に、常闇君と飯田君、そして私は勝利を確信したけど―

 

「なんの!」

 

 レッドワスプさんは、背中から生えた4枚の羽を羽ばたかせて体勢を立て直し、何事も無かったかのように着地。それと同時に時間を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「なかなか見事な技だったぜ。投げる前に俺をプロペラの様に回して、平衡感覚を奪いにきたのも上出来。だが、俺の平衡感覚を奪うには、回転数が足りなかったな」

 

 そう言って笑うレッドワスプさん。やっぱり、プロは凄い!

 

「今の組み手で、お前達3人の実力はよくわかった。バシバシ鍛えていくから、覚悟しとけよ?」

「「「はい! お願いします!!」」」

 

 

芦戸side

 

「ファイヤーストライク! 乱れ打ちだぁ!!」

 

 そんなルージュさんの声と共に、私目掛けてハンドボール大の火球が、次々と蹴り込まれる。その数は…全部で8個!

 

「アシッドブラスト!」

 

 私は素早く両手を火球に向け、指先から水滴状の酸をマシンガンのように連射! 向かってくる火球を次々と撃墜して―

 

「アシッドベール!」

 

 最後に、背後から飛んできた9個目(・・・)の火球もアシッドベールで防御成功!

 

「9個目の火球にも気づいてたか…Pinky、やるね!」

 

 そう言って、輝く笑顔を見せてくれるルージュさん。弾幕で注意を引き付け、死角から本命の攻撃を叩き込むってやり方は、吸阪達に散々やられたから、慣れたもんだよ!

 

「いやぁ、後輩にここまで実力者が揃ってると、お姉さん嬉しくなるね! よし! この合宿中、本気出しちゃうから、最後までついて来てね!」

 

 私と青山、轟にそう宣言して気合を入れるルージュさん。なんだか、親戚のお姉さんみたいな気安さだね!

 

 

心操side

 

 訓練の合間に10分だけ設けられた休憩時間。必死に呼吸を整えていると―

 

「はい、お疲れ様」

 

 俺、口田、耳郎の担当であるビートさんがミネラルウォーターの入ったペットボトルを手渡してくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言って受け取るとキャップを外し、中身をがぶ飲みする。火照った体が一気に冷えていくのが心地良い。

 

「イレイザー…相澤先生から聞いたよ。普通科からヒーロー科への編入を成し遂げた逸材だって?」

「………編入出来たってだけで、まだまだです。今のA組じゃ、俺が一番…弱い」

「自分が弱い…ね。その自覚が出来ている奴の方が、自分は誰よりも強いと自惚れている奴より、何倍も強いと思うけど?」

「そういうもの…でしょうか?」

「少なくとも、私はそう思うよ。アニマ! イヤホン=ジャック! 2人はどう思う?」

「心操君は、強い人だと思います」

「私も口田(アニマ)に同感。もっと自信持ちなよ、心操」

 

 ビートさんからの問いかけに対し、何の躊躇いもなくそう答えてくれる2人に目頭が熱くなる。

 

「仲間に恵まれたね。ここまで良い子達は、然う然ういないよ」

「はい。俺は…幸せ者です」

 

 ビートさんの声に答えながら、そっと涙を拭ったところで、休憩時間の終わりを告げるブザーが響く。

 

「合宿が終わる頃には、あんたは今の何倍も強くなってる。最後まで付いて来なよ?」

「はい!」

 

 さぁ、訓練再開だ。

 

 

八百万side

 

「それでは、今日の訓練はここまでにします。お疲れさまでした」

「「おつかれさまでした!」」 

 

 時刻は17時半。今日の訓練は終わりを迎え、私と吸阪さんは担当であるブロッサムさんに一礼。

 

「ふぅ…」

 

 ハードな訓練から解放され、ようやく一息つく事が出来ました。次の瞬間、何の前触れも無く鳴り響くお腹の音。

 

「………申し訳ありません。体内の脂質を殆ど使いきってしまい…」

 

 何も言わず、温かい眼差しを向けてくるブロッサムさんと吸阪さんに、却って羞恥心が湧きあがります。あぁ、どうしてこのタイミングで!

 

「フフッ、お腹が空くのは健康な証拠。訓練を頑張った証です。そんなクリエティとライコウに、ご褒美をあげましょう」

 

 そう言うとブロッサムさんは、近くに生えている1本の樹へ近づき―

 

「少しだけ実を分けてくださいね」

 

 そう言いながら幹に手を当て、“個性”を発動しました。すると、なんという事でしょう! 枝に実っていた青く未熟な実が、次々と真っ赤に熟していくではありませんか!

 

「ありがとうございます。頑張ってくれましたね」

 

 ブロッサムさんは樹を労わりながら、赤い実を幾つかもぎ取り―

 

「はい、どうぞ」

 

 私と吸阪さんへ差し出してきました。これは…初めて見る果実です。

 

「ありがとうございます」

「いただきます」

 

 初めての果実。99%の好奇心と1%の恐怖心を抱きながら口にすると―

 

「こ、これは!」

 

 シャリシャリとした食感の果皮で包まれた果肉は柔らかく、その味はマンゴーにも似た甘さで…この上なく美味ですわ! 

 

「これ…美味いですね」

 

 吸阪さんもその味わいに驚いている様子。この実は一体何なのでしょう?

 

「フフッ、これはヤマボウシ…別名ヤマグワの実です」

 

 ブロッサムさんの口から出た『ヤマボウシ』という名前に、私は以前図鑑で読んだ内容を思い出しました。

 たしかに図鑑にも、ヤマボウシの果実は食用になる。と書かれていましたが…迂闊にも忘れていたようです。

 やはり何事も実際に体験してこそ…という事ですね。

 

「本来、果実が熟すのは9月以降なのですが…私の“個性”で、早めに熟してもらいました」

  

 ブロッサムさんの“個性”は『植物』。身近にある植物を活性化させたり、強化する事が出来るというものです。

 彼女にかかれば、1本の蔦が強靭なロープに、1枚の笹の葉が切れ味鋭いナイフへと早変わり。このような山の中では、文字通り無敵といっても良いでしょう。

 そのような方から教えを受けるのです。一挙手一投足を見逃さず、全てを自らの力へと変えなくてはなりません。

 

「頑張りますわ!」

「はい、頑張ってくださいね。それはそれとして…もう1ついかがです?」

「…いただきます」

 

 

雷鳥side

 

 さて、訓練を終え、宿泊施設へと戻ってきた訳だが―

 

「さァ昨日言ったね。『世話焼くのは今日だけ』って!!」

「己で食う飯くらい己でつくれ!! カレー!!」

 

 ピクシーボブとラグドールの声と共に俺達に提供されるカレーの材料。そう、これからは楽しい野外調理の時間だ。

 

「「「「「イエッサ…」」」」」

 

 ふむ。まだ幾らか余裕のあるA組(俺達)はともかく、B組はまさに死屍累々と言った感じだな。大丈夫か?

 

「さぁ、皆! 気合を入れて! A組より美味いカレーを作るよ!」

 

 ……どうやら心配はいらないようだな。拳藤の檄で、B組の奴らの目に光が戻っていく。鉄哲と同じように彼女もまたB組の柱…か。だが…

 

「ほぅ、A組より美味い(・・・・・・・)カレーときたか」

 

 そんな事を言われちゃ、俺も黙っていられない。

 

「最初に言っておく。美味いカレーを作るのはA組(俺達)だ」

「雷鳥兄ちゃんが…燃えてる!」

 

 おいおい出久、何を言ってるんだ。俺は平常運転さ。ただ…少しばかり負けたくない(・・・・・・)だけだ。

 

「さぁ、飯田! 委員長として、皆に檄を飛ばせ!」

「うむ! さぁ、皆! 世界一美味いカレーを作るぞ!」

 

 さぁ、調理(ショータイム)の始まりだ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第82話:林間合宿ーその6ー

お待たせしました。
第82話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「さて、材料は何があるかな…っと」

 

 そう呟きながら、俺はカレーの材料をチェックしていく。肉は豚バラ肉のブロック、ジャガイモ、人参、玉ねぎ…基本的な材料は揃っているし、茄子やトウモロコシといった野菜の類も大量にある。そして―

 

「カレー粉か…」

 

 カレールウではなく、カレー粉*1が用意されていた。

 

「か、カレー粉!? 私、カレールウしか使った事ないよ!?」

「一佳も!? 唯は?」

「ん……」

「炒め物の風味付けくらいなら使った事あるけど…」

「茸のカレー炒め、美味しいノコ! でも、カレー粉でカレーは作った事は…」

「あぁ、なんという事でしょう…。偉大な発明と言って差し支えないカレールウ、私達は、それを使う事に慣れ過ぎてしまったのですね…」

「Oh! まさニ緊急事態(エマージェンシー)ナノです!」

 

 その事で、B組女子はプチパニックを起こしているし―

 

「ねこねこねこ。現場での炊き出しで、カレールウなんて便利な物があるとは限らないよー!」

「何事も経験! 駄目元でやってみろー! カレー!」

 

 ピクシーボブとラグドールは、どこか楽しそうに声を上げている。そして―

 

「なるほど、夕食作りも訓練の一環という事か…だが、これはある意味チャンス! 流石の吸阪雷鳥も、カレールウ抜きでカレーを作った事は無い筈だからね!」

 

 物間は下種一歩手前な顔で、何か言っている。やれやれ…少しばかり反撃しておくか。

 

「物間…いつから、俺がカレールウが無いとカレーが作れない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)と、錯覚していた?」

「なん、だって…」

「伊達に長年料理をしている訳じゃない。カレールウを使わずにカレーを作るなんて、小学生の時に経験済みだ」

「………あぁ、このオチは読めていたさ。ちくしょう!」

 

 俺の言葉に、膝から崩れ落ちる物間。さぁ、調理開始といこう。

 

 

梅雨side

 

「俺としては、シンプルなカレーソースを作り、そこに素揚げした夏野菜やジャガイモ、ポークソテーをトッピングする形を考えているが…皆の意見を聞かせてほしい」

「異議なーし!」

「すっごく豪華で美味しいカレーになりそうだね!」

 

 吸阪ちゃんの提案は全員一致で可決され、それぞれ担当を割り振っての調理が始まったわ。

 私は轟ちゃん、心操ちゃんと、葉隠ちゃんと一緒に、茄子とパプリカの下拵え担当よ。

 

「それじゃあ、始めましょう。吸阪ちゃんは素揚げにするって言ってたから、(へた)とワタを取り除いてから、縦に切っていけば良いわね」

 

 きれいに水洗いした野菜は、キッチンペーパーで水気をふき取り、カットしていくんだけど…。

 

「轟ちゃん。包丁で食材を切る時、左手は猫の手にするのよ。こんな感じね」

 

 心操ちゃんや葉隠ちゃんはともかく、轟ちゃんは全くと言っていいほど経験がないようね。指を切りそうで危なっかしいわ。

 

「猫の手か…わかった」

 

 伝えた事は素直に実行してくれるから、大丈夫だと思うけど…目は離さないようにしておきましょう。

 

「梅雨ちゃん、茄子の蔕やパプリカのワタは捨てないで、このボウルに入れてくれ」

「ケロ? それは構わないけど…流石に蔕やワタは食べられないわよ?」

「もちろん食べないさ。だが、良い出汁が取れる」

 

 そう言って、茄子の蔕やパプリカのワタを持っていく吸阪ちゃん。あれで出汁が取れるなんて…凄い事が出来るのね。

 

 

砂藤side

 

 俺と障子、口田の担当は南瓜とトウモロコシの下拵え。物が物だから、力自慢が集められたな。

 

「南瓜は俺がやるから、トウモロコシは障子と口田で頼む」

「わかった」

「頑張るよ」

 

 トウモロコシを障子と口田に任せ、俺は包丁を手にカボチャへ立ち向かう。

 南瓜を丸ごと切る時は、蔕の硬い部分を避け、包丁の先を皮に立てるように刺して下までおろし、そのままぐるりと回せば、簡単に切れる。

 作業しやすい大きさにカットした後、ワタと種をスプーンでこそぎ取り、素揚げに適した薄切りにしていく。

 

「吸阪、南瓜の厚さは3mm位でいいか?」

「文句無しだ。あ、トウモロコシは極力バラバラにしないでくれ」

「わかった。障子、口田。トウモロコシは、芯をギリギリ削る位のところで切るようにしてくれ。そうすれば、バラバラになりにくいから」

「わかった」

「やってみるよ」

 

 南瓜の方は…3個も切れば十分だな。終わったらトウモロコシの方を手伝うか。

 

 

瀬呂side

 

「ちくしょう…なんでオイラは玉ねぎ担当なんだよ」

 

 ボロボロと涙を流しながら、玉ねぎの微塵切りを続けていく峰田。まぁ、文句を言いながらも作業をやめないのは、こいつらしいけどな。

 

「峰田、辛いのはお前だけじゃないから、頑張って早いところ終わらせようぜ」

「瀬呂君の言うとおりだ! 峰田君、共に頑張ろう!」

「わーったよ! 切れば良いんだろ、切れば!」

 

 俺や飯田に励まされ、半ばやけくそ気味に切るスピードを速める峰田。

 俺も負けちゃいられない。割り振られた分はさっさと終わらせないとな!

 

 

雷鳥side

 

「…よし」

 

 鍋の中身を確認し、俺は満足の笑みを浮かべる。鍋で煮込んでいたのは、玉ねぎやジャガイモの皮、人参や茄子の蔕、パプリカのワタなど、所謂野菜屑の類だ。

 

「吸阪、さっきから何を煮てたの? って、滅茶苦茶良い匂い!」

 

 そこへ芦戸が鍋を覗き込み、予想通りの反応をしてくれる。

 

「こいつはベジブロス。野菜の皮や芯なんかを煮込んで作る…野菜の出汁だな」

「へぇー! そんなのがあるんだ! ちょっと味見しても良い?」

「おう、味の感想を聞かせてくれ」

 

 近くにあったスプーンで鍋の中身を掬い、芦戸へと差し出す。果たして、反応は如何に?

 

「美味しーい! 野菜の甘味がすっごく出てて、まろやか?な感じだよ!」

 

 芦戸、予想通りの反応をありがとう。さぁ、下準備は完了。ここからが本番。カレーを作っていくとしますか。

 

 

 竃の火を強め、大鍋を熱したところにバターを投入。バターが溶けたら微塵切りにした玉ねぎを入れ、塩を加えて炒めていく訳だが…ここで一工夫。

 

「轟、玉ねぎを」

「あぁ、しっかり凍らせてある」

 

 そう、玉ねぎを凍らせておくのだ。凍らせる事で玉ねぎの細胞壁が壊れ、水分や辛味成分が抜けやすくなる。

 これにより、まともにやれば30分から1時間はかかる飴色玉ねぎ作りが、10分足らずで出来てしまう。

 

「飴色玉ねぎにセロリと人参の微塵切り、摩り下ろした大蒜と生姜を加え、更に炒める」 

 

 セロリや人参に程良く火が通ったら、野菜の出汁(ベジブロス)を投入。沸騰するまで温めたら、蓋をして一旦火から退かしておく。

 

「次は、ルウ作り」

 

 フライパンにバターと小麦粉を入れ、弱火でゆっくり炒めていく。小麦粉の色が変わったところで火から下ろし、カレー粉を加えてよく混ぜる。

 最後に野菜の出汁(ベジブロス)を注いで、滑らかになるまで溶きのばせば、カレールウの完成だ。

 こいつを鍋に溶き入れて、ケチャップ、ウスターソース、砂糖、塩で味を調え、10分ほど弱火で煮込めばカレーソースの完成!

 

「出久、カレーの方は大体出来たぞ。そっちはどうだ?」

「ポークソテーは完成。野菜の素揚げはもう少しかな」

「常闇、飯盒の方は?」

「今蒸らしている。あと数分といったところだな」

 

 うむ、こっちは予定通りだ。B組の方は…。

 

「あれ? 結構煮込んでいるのに、シャバシャバのままだよ!」

「Oh! これじゃあCurry soupナノです!」

「ん…」

「トロミってどうやって付けるの? 片栗粉?」

「それじゃ、餡かけになっちゃうよ!」

 

 ………少しくらい手を貸しても、罰は当たらないか。

 

 

拳藤side

 

 カレーがシャバシャバのままで困り果てていたその時―

 

「お困りだったら、力を貸そうか?」

 

 そんな事を言いながら、吸阪が近づいてきた。

 

「おや、優秀なA組の中でも特に優秀な吸阪君が何をしに来たのかな? 僕達の不様な姿を笑いに―」

「せいっ!」

 

 半ば反射的に吸阪を煽る物間を速攻で黙らせ―

 

「実は、カレーがこんな感じで…」

 

 鍋の中身を見せた。自分達じゃどうにも出来ないのは、正直情けないけど…今はそんな事を言ってる場合じゃない。

 

「拝見…なるほど、たしかにシャバシャバだな。一口味見させてもらうぞ」

 

 鍋の中身を見た吸阪は、小皿にカレースープを注ぎ、一口。

 

「原因…わかる?」

「まぁ、幾つか思いつく節はある。だが、今はこれをどうにかするのが先決だな」

「どうにか…出来るの?」

「まかせなさい」

 

 そう言うと、吸阪はすぐに小麦粉を用意し、それを大体同じ量のスープで溶いて、鍋へと投入した。

 

「かき混ぜながら5分も煮込めば、トロミが出る」

 

 その言葉通り、5分もしたらあれだけシャバシャバだったカレースープにトロミがつき、美味しそうなカレーへと変化した。

 

Wow(凄い)Is this magic(これは魔法ですか)?」

「魔法なんて大したものじゃない。トロミがつかなかった原因は、具として大量に入れた茸、それから隠し味で入れた蜂蜜だと思う」

「それらに含まれている酵素の影響で、トロミの素になるジャガイモの澱粉なんかが分解され、トロミがつかない状態になってた。だから、小麦粉をスープで溶いた即席のルウを足したのさ」

 

 ポニーの声にそう答えた吸阪は―

 

「じゃあ、あんまり長居すると物間に文句言われるからな。そろそろ退散するよ」

 

 そう言って、A組の調理スペースへと戻っていった。

 

「吸阪! ありがとう!」

 

 昨日のガスパチョに続いて、また借りが出来ちゃったな。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「相澤先生、お待たせしました。特製『夏野菜の素揚げカレー・ポークソテー乗せ』です」

 

 吸阪のそんな声と共に、テーブルへ置かれる大盛りカレー。

 炊きたてのライスにシンプルなカレーソースがたっぷりと掛けられ、その上に素揚げした野菜*2と一口サイズにカットされたポークソテーが所狭しと乗せられている。

 見た目もボリュームもなかなかのものだ。

 

「…いただきます」

 

 手を合わせ、食膳の挨拶を済ませてから、スプーンを手に取り、カレーを一口。

 

「………美味いな」

 

 カレーというのは辛いものだ。だが、これは辛いだけじゃない。甘味や酸味、うま味、微かな苦味も感じる。複雑な味だ。

 野菜の素揚げ、油で揚げてわずかに塩を振っただけのシンプルな物だ。だが、それ故に野菜それぞれの味がよく解る。カレーに浸けて食べてもまた違った味わいで美味い。

 ポークソテーも焼いた肉とは思えないほど柔らかく、これも美味い。

 ………さっきから俺は美味いしか言っていないな…。思わぬ形で語彙力の低さを思い知った。

 

「食事に拘ったり、時間をかけるのは不合理の極みと思っていたが…」

 

 悪くない。こんな風に思うのはいつ以来だろうか…。

 

「お前達! 美味い! このカレーは実に美味いぞ!」

 

 …ブラド。教え子の作ったカレーに感激するのは構わないが、もう少し静かにしてくれ。

 

「でも先生…そのカレー、私達だけじゃ、ちゃんとした物は作れませんでした。A組の吸阪の力を借りて、やっと…」

「それがどうした! 力が劣る者が優れた者に教えを乞う事は、決して恥ずかしい事ではない。わからない事をわからないままにしておく事の方が、はるかに恥ずかしい事だ」

「先生…」

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥というやつだ。今回知った事を糧にして、前へと進んでいけば良い!」

「はい!」

 

 まぁ、それが奴の持ち味だがな。

 

 

出久side

 

 皆がそれぞれ好きなようにカレーを盛り、トッピングを考えている中、僕はお皿に子どもサイズのカレーライスを盛って、山道を歩いていく。

 微かに残る小さな足跡を頼りに歩くこと数分。鬱蒼とした森を抜けた先にあったのは小さな洞窟と崖。そこに洸汰君はいた。

 空腹に耐えながら、ただじっと崖の下に広がる景色を見ている洸汰君を驚かせないよう、僕はそっと声をかける。

 

「お腹、すいたよね? これ、食べなよ」

「てめぇ! 何故ここが…」

 

 まさか、ここが突き止められるとは思っていなかったのだろう。洸汰君は慌てた様子で後退り、僕を睨みつける。

 

「ごめんね。足跡を追ってきたんだ。ご飯食べてないみたいだし、気になったんだ」

「いらねぇよ! 言っただろ、ヒーローになりたい。なんて連中とつるむ気はねえよ! 俺のひみつきちから出てけ」

「ひみつきちか…」

 

 洸汰君のその言葉に、僕は周囲を見回す。たしかに、この雰囲気は秘密基地(・・・・)だ。

 

「“個性”を伸ばすとかはり切っちゃってさ…気味悪い。そんなにひけらかしたいのかよ“力”を」

 

 まるで吐き捨てるような洸汰君の言葉。ご両親を理不尽な形で喪った事で、そんな考えに至った事は容易に想像出来る。

 

「それは違うよ」

 

 だけど、これだけは言っておきたい。わかってほしい。

 

「たしかに君の言う通り、自分の力を見せつけたい。大金を稼ぎたい。そんな考えでヒーローをやっている人もいるかもしれない。だけど、僕達は…そんな事の為にヒーローを目指してる訳じゃない」

「じゃあ、何のためだよ…」 

「助けを求める人を助けたいから。自分の欲望を叶える為に“個性(ちから)”を振るう(ヴィラン)を止めたいから」

「………」

「助けを求める人がいるから、理不尽に奪われる人がいるから、ヒーローは生まれた。本当はヒーローなんかいない世界の方が、正しいのかもしれない。でも、必要とされているから、ヒーローは存在しているんだ」

「………」

「『プッシーキャッツ』の皆さんも同じ理由で、ヒーローをやっていると思うよ。そして……亡くなった君のご両親も」

「!?」

「ウォーターホース…だよね。あの事件はよく覚えている。とても悲惨で、残念だった」

「うるせぇよ…他人のくせに……ズケズケ入ってくんなよ!」

 

 泣きながら近くに落ちていた小石を投げつけてくる洸汰君。少し言い過ぎたかもしれない…。

 

「うん、ごめんね…カレー、ここに置いておくから」

 

 僕はお皿をその場に置き、その場を後にした。僕のやった事は余計なお世話なのかもしれない。でも…

 

「少しでもわかってくれたら…」

 

 そう考えながら調理スペースへ戻ると―

 

「緑谷ー! どこ行ってたんだよ!」

 

 皆、カレーを盛り終えた状態で、僕を待っててくれた。

 

「ごめんね。ちょっとそこまで(・・・・)

「……洸汰君の所か?」

「…うん」

 

 雷鳥兄ちゃんの問いに答えると、皆もどこか納得した様子を見せる。詳しい事情は知らなくても、洸汰君が何かを抱えている事は、皆薄々気が付いているみたいだ。

 

「まぁ、お節介は程々にな」

「うん、わかってる」

 

 僕は大急ぎで大盛りのカレーライスを用意して―

 

「それでは! いただきます!!」

「「「「「いただきます!!」」」」」

 

 皆と一緒に、カレーライスを頬張った。洸汰君も、食べてくれるといいな。

 

 

取蔭side

 

「よーし、夕食食べたし、お風呂も済んだ。この後は、女子会っしょ!」

 

 A組女子と合同で入浴を済ませ、それぞれの寝間着に着替えたところで、高らかに宣言する。

 まぁ、A組への根回しなんかは全然やってないけど…。

 

「女子会! いいねいいね!」

「是非ともやろう! お菓子持っていくよ!」

 

 反応は上々。さぁ、楽しい時間の始まりだよ!

*1
業務用サイズの大型缶

*2
ジャガイモ、茄子、パプリカ、カボチャ、トウモロコシ、オクラ




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第83話:林間合宿ーその7ー

お待たせしました。
第83話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


取蔭side

 

「お邪魔~」

 

浴場でのやり取りから30分後、私達B組女子は飲み物やお菓子(お土産)を手に、A組女子の部屋へとお邪魔した。

 

「お待ちしておりましたわ。さぁ、どうぞ」

 

 A組女子を代表して、八百万が私達を出迎え、飲み物やお菓子の置かれた部屋の中央へ誘導してくれる。

 

「せっかくだから、輪になって座ろうか!」

 

 葉隠の提案で、私達はA組B組関係なく車座になり―

 

「一佳、音頭お願い」

「それでは! 第1回ヒーロー科女子会、開始します! 乾杯!!」

「「「「「乾ぱーい!!」」」」」

 

 賑やかに女子会が始まった。

 

 

拳藤side

 

「ヤオモモ、これ美味しいから食べてみて!」

「ありがとうございます、芦戸さん。このお菓子は…初めてですね。かっ〇えびせん…ですか?」

 

 芦戸に勧められたかっ〇えびせんを、興味深げな顔で口にする八百万。

 

「え、ちょっと待って…八百万、かっ〇えびせん食べた事無いの!?」

「申し訳ありません。家ではこういった庶民的な(・・・・)菓子を口にする機会がないもので…」

 

 私の問いに対する八百万の返答は、あまりに予想外なものだった。これが…ブルジョワってやつなの!?

 私が衝撃を受けているなど夢にも思わず、かっ〇えびせんやぽ〇ぽた焼きを興味深そうに食べていく八百万。

 

「このように皆でお菓子を食べながら、お喋りをするのが女子会なのですね。初めての体験ですが、とても楽しいです」

 

 やがて、そんな事を口にしたんだけど―

 

「八百万、わかってないね~」

「わかってないよ、ヤオモモ~」

 

 その言葉に、切奈と芦戸の目の色が変わった。

 

「女子会の神髄…それ即ち、恋バナ!」

「女子会(イコール)恋バナだよ!」

 

 直後放たれた2人の言葉に、A組B組関係なく皆がどよめいた。

 

「こ、恋!? 私達はまだ未成年で…そんな話は早過ぎますわ!」

「その通りです。男女の出会いは、全て神の御心のままにあるもの」

「ん……」

 

 お嬢様らしい生真面目さを見せる八百万、修道女(シスター)のような言動の茨、色恋沙汰に無頓着な唯と反応は様々だけど、明確な反対意見はなし。

 こうして、恋バナが始まったんだけど…。

 

「それでは! 彼氏がいる人は…手ぇ上げ!」

 

 切奈の問いかけに応えて手を挙げたのは―

 

「麗日と蛙吹…A組だけ!? B組はいないの!?」

 

 まさか、こんな形でもA組とB組の差を見せつけられるなんて!

 

「ま、まぁ…雄英に入学してから、い、色々…忙しかったから、ね…」

 

 必死に言葉を紡ぐ切奈だけど、その視線は泳ぎ、動揺している事が丸解りだ。

 

「Qustionデス! 2人の彼氏って、どんな人デスか?」

 

 そんな切奈を庇うように、ポニーが声を上げるけど―

 

「吸阪ちゃんよ」

「私の彼氏は…緑谷君です」

 

 その告白にB組一同(私達)は沈黙した。雄英1年トップ2が彼氏だなんて…凄すぎる。

 

「あ、そういえばさ…私達も麗日や梅雨ちゃんの馴れ初め(・・・・)を聞いた事は…無かったよね?」

「うん! 無かった! 良い機会だから、教えて欲しいと思います!」

 

 そんな私達を尻目に、芦戸と葉隠は話を進めていく。でも、蛙吹と吸阪、麗日と緑谷の馴れ初めを知る事は、私達にもきっとプラスになる筈だ………多分。

 

「馴れ初めだなんて…そんなロマンティックな物じゃないわよ」

「梅雨ちゃんに同じく…聞いても面白くないと思うけど…」

 

 2人はそう前置きした上で、それぞれの馴れ初めを話してくれたけど―

 

「滅茶苦茶ロマンティックだノコ!」

「女子の窮地を救い、名乗る事もせずに去っていく。まるで歴史小説に出てくる騎士のような振る舞いです」

「絶体絶命の危機をパンチ一発でひっくり返す……そりゃ惚れるわ」

 

 その内容は羨ましいの一言だった…。

 

 

葉隠side

 

 2人が話してくれた馴れ初めで、良い感じに盛り上がる女子会。この空気を逃す手はないよね!

 

「馴れ初めを聞かせてもらったところで、2人に次の質問! 彼氏(吸阪と緑谷)の魅力を教えてください!」

 

 私の問いかけに、女子達全員の視線が梅雨ちゃんと麗日に集中する。

 

「それじゃあ……私から話すわね」

 

 最初に話し始めたのは梅雨ちゃん! どんな事を聞かせてくれるのかな?

 

「吸阪ちゃんの魅力は…紳士なところね。余裕を保ちながらも厭味じゃない。品格があるけど堅苦しくない。一緒にいて、安心できる存在だわ」

「たしかに、吸阪は凄いよね。なんて言うか…同年代とは思えない時あるもん。大学生(・・・)とか社会人(・・・)って言われた方が納得出来るかも」

「たしかに! 私服の趣味も大人びているというか、高校生らしくなかったよね」

「似合っているのが、猶更凄いというか…」

 

 梅雨ちゃんの言葉に納得するA組一同(私達)。B組の子達も、吸阪の私服に関してはともかく、立ち居振る舞いについては同感の声を上げている。そして―

 

「それから…吸阪ちゃんの作るご飯は、とても美味しいわ」 

「「「「「同感」」」」」

 

 次の一言は、全員の一致した思いだった。というか…私達全員、吸阪に胃袋握られてるね!

 

 

芦戸side

 

「それじゃあ、次は麗日の番だね! 緑君の魅力、いってみよー!」

「う、うん。緑谷君の魅力は…どんな事にも一生懸命なところかな」

「あー、それわかる。緑谷って、努力家だよね。努力する事を全然苦にしてないというか、努力する才能があるというか…」

「才能で言うなら分析の才能も凄いよね! 私以上に私の“個性”を理解していたの、緑谷が初めてだったよ」

「たしかに。体育祭前や期末試験前の特訓では、緑谷さんの分析ノートにどれだけ助けられた事か…」

 

 麗日の言葉に響香ちゃん、三奈ちゃん、ヤオモモが同意の声を上げる。けど―

 

「え? 分析ノートって…何?」

 

 B組の子達には、寝耳に水だったみたい。皆、唖然とした顔をしている。

 

「ご説明しますわ」

  

 そこで、ヤオモモが詳しく説明すると―

 

「じゃ、じゃあ…A組が急激に強くなったのって…緑谷のおかげって…事?」

「緑谷ちゃんの分析と、それを基にした吸阪ちゃんの指導…あとは、A組全体で高めあっていったおかげ…と言った方が的確ね。ケロケロ」

「そ、そうだったんだ…」

 

 なんだか酷くショックを受けていた。

 

「えっと…大丈夫?」

「え? あ、うん…ごめんね。ちょっとショックが大きすぎて…」 

 

 心配する私達の声に、B組の子達はそう答え…結局、女子会はそのまま終了する事になった。

 

 

耳郎side

 

「拳藤さん達…大丈夫でしょうか?」

 

 しょげた様子で部屋へと戻って行ったB組女子を心配するヤオモモ。たしかに、あの様子は心配だ。

 

「ケロ…推測だけど、私達が強くなった理由が、あまりに予想外なものだったから、驚いたんだと思うわ」

 

 梅雨ちゃんの冷静な考察に、その場の誰もが納得する。たしかに、先生の手助け無しでここまで強くなったなんて、第三者から見れば、信じられないの一言だ。

 

「でも、最後はあんな感じだったけどさ。女子会、楽しかったよね!」

「そうですね。貴重な体験が出来ましたわ」

「麗日や梅雨ちゃんの馴れ初めも聞けたしね!」

 

 葉隠の声に顔を赤くする麗日と梅雨ちゃん。それを見ていると、微かに胸が痛くなる…。

 

 -それはそうなんだがな…だが、気持ちを伝えちゃいけない。なんて決まりもない。結果に関して保証は出来ないが、無理に心の奥に押し込めておくより、さらけ出した方が良い…かもしれない-

 

 それと同時に、吸阪から言われた言葉が浮かんできた。そう、逃げちゃ…駄目だ。私は覚悟を決め―

 

「皆…ちょっと、いいかな」

 

 口を開いた。

 

「耳郎ちゃん、どうしたの?」

「うん、実はね……ウチ…好きな人がいるんだ」

 

 私の告白にヤオモモ達から驚きの声が上がる中―

 

「耳郎ちゃん…本当にいいのね?」

 

 私をまっすぐに見ながら、問いかけてくる梅雨ちゃん。梅雨ちゃんもお見通しだったんだ…。 

 

「大丈夫。どんな結果でも後悔しないから」

「そう…それなら、何も言わないわ」

 

 そう言って静かに微笑む梅雨ちゃんに、心の中でお礼を言いながら…ウチは言葉を紡いでいく。

 

「ウチが好きな人は、皆もよく知ってる人…この合宿が終わったら……告白しようと思う。その事で、皆に迷惑をかけるかもしれない。でも、ウチは自分の心にこれ以上嘘を吐きたくないから…言いたい事はそれだけ。ごめんね、時間取らせて」

 

 自分の気持ちを皆に宣言し、頭を下げる。芦戸や葉隠は、告白する相手が誰なのか聞いてくるけど、笑顔で胡麻化す。さぁ、逃げ道は塞いだ…あとは、伸るか反るかだ。

 

 

雷鳥side

 

「ふむ……」

 

 就寝時間まで残り30分。俺は合宿前スマホに記録してきたレシピ帳を見ながら―

 

「なぁ、お前ら…明日の昼飯、何喰いたい?」

 

 思い思いの時間を過ごしていたA組男性陣に問いかけた。

 

「なぁ…それ答えたら、これ解いてくれる(・・・・・・)か?」 

 

 頭にデカい瘤を作り、テープでグルグル巻きにされた蓑虫状態の峰田が、真っ先に口を開くが―

 

「解く訳無いだろうが…虎さんが来るまで、そのままでいろ」

 

 容赦無く切り捨てる。峰田の奴、昨日あれだけ痛い目にあったにも関わらず、女子会会場に侵入(スニーキング)を試みるとは…ある意味大した奴だ。

 もっとも、その報いとして、今晩から虎さんの部屋で寝る羽目になったがな!

 

「邪魔をする」

 

 噂をすれば、虎さんの登場だ。

 

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします!」

 

 俺達を代表して、飯田が委員長モードフルスロットルで峰田を引き渡す。

 

「任せておけ。我の名に懸けて、夜明けまで部屋から一歩も出さん」

 

 頼もしい言葉と共に峰田を自室へ運んでいく虎さん。峰田の泣き叫ぶ声が廊下に響くが…全力で無視だ!

 

 

死柄木side

 

「突然の申し出にも関わらず、素晴らしい人材を連れてきてくれて感謝するよ。ミスター義爛」

「いえいえ、死柄木弔のお眼鏡に叶って、何よりです」

「黒霧、ミスター義爛に支払いを」

「こちらになります」

 

 俺の指示を受け、義爛に札束の入ったアタッシュケースを差し出す黒霧。義爛はそれを受け取ると―

 

「それでは、私はこれで。今後もご贔屓にお願いしますよ」

 

 そう言って、アジトを後にした。

 

「これで12人。開闢行動隊の戦力は完璧となった」

 

 義爛の紹介で、新たに追加された2人を見ながら、俺は静かに呟き―

 

「早速だが、2人には(ヴィラン)連合開闢行動隊の一員として活動してもらう。初仕事はとある施設の襲撃。詳細は…先行して現地入りしている行動隊長、荼毘に聞いてくれ。質問は?」

 

 指示を下した。特に質問も出なかったので―

 

「黒霧。頼む」

 

 黒霧のゲートで現地へ飛ばす。作戦開始は明日の20時…あと、23時間。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第84話:林間合宿ーその8ー

お待たせしました。
第84話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


鉄哲side

 

 合宿3日目。俺達B組は自分達の“個性”を伸ばす為、それぞれに課せられた特訓を行っていた。

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 俺の特訓は、火のついた竃の中でひたすら熱に耐えるという…シンプルだが、半端無くキツイものだ。

 全身の金属化が少しでも緩めば、大火傷間違いなし。だが、そんなギリギリの状態だからこそ、“個性”も伸びるってもんだ!

 

「やってやる…やってやるぞ!」

 

 気合の声を上げながら、高熱に耐えていると―

 

「補習組。何をやっている。動きが止まっているぞ」

 

 ブラド先生やプッシーキャッツの皆さんと一緒に、俺達を指導している相澤先生が、補習組*1に厳しい言葉を浴びせるのが目に入った。

 

「す、すみません…昨日の『補習』で……」

 

 謝りながら引き摺る様に体を動かす庄田達。ハードな特訓に加えて、深夜の補習授業も受けてるんだ。疲労は相当なもんだろう、

 

「だから言ったろ。死ぬほどキツイって」

 

 だが、相澤先生は一切容赦する気は無いようだ。

 

「円場、吹出、凡戸は容量(キャパ)が直接死活に関わる。容量を増やすには、反復して使い続けるのが基本」

「鎌切は容量に加え、刃物の強度と生成速度の強化。黒色は“個性”の連続使用によって、維持限界の上限を伸ばす」

「回原と庄田は、筋力を上げる事で“個性”の威力を高めていく」

「物間はコピーした“個性”を使いこなす技術や対応力を磨く」

「そして、何よりも期末で露呈した立ち回りの脆弱さ!! お前らが何故他より疲れているか、その意味をしっかり考えて動け」

 

 相澤先生の容赦無い物言いで滅多切りにされ、悔しさに歯を食い縛りながら、それぞれの特訓に励む庄田達。そして―

 

「小森! 角取! お前等も一応は合格だが、決して褒められた点数じゃない。50点にギリギリ届くくらいだ。気を抜くなよ」

Lower than expected(予想より低い)!?」

「予想外ノコ!」

 

 小森と角取にも…いや―

 

「お前達全員、ダラダラするなよ」

 

 俺達全員(・・・・)に、厳しい言葉が放たれる。

 

「A組はお前らのはるか先にいる…トラック競技で例えるなら、1周どころか3周も4周も差を付けられているんだ。本気で追いつき、追い越したいと思うなら、死ぬ気で努力しろ」

「自分達は大差をつけられている事を常に意識しろ。何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか、理解した上で訓練に励め」

 

 解ってるさ…相澤先生に言われるまでもねぇ…発破をかけられるまでもねぇ。

 

「もっとだ! もっと温度を上げてくれ! やってやる…やってやるぜ!」

 

 俺達はこの林間合宿で強くなるんだ!

 

 

出久side

 

「シュガーマン! いつでも良いよ。さぁ、思いっきり打ち込んでくるんだ!」

「お願いします!」

 

 ナックルコングの声に答え、一直線に向かって行く砂藤君。

 

「うぉりゃぁ!」

 

 そのままの勢いで右ストレート一閃! “個性”を発動していないとはいえ、踏み込み、腕の振り、腰の回転、いずれも文句のつけようが無い。見事な一撃だ。それなのに―

 

「なっ…」

 

 聞こえてきたのは予想していたような重く響く音ではなく、気の抜けたパスッという音。

 

「ッ!?」

 

 打った砂藤君自身も訳が分からないのだろう。慌ててナックルコングから距離を取り―

 

「今度こそっ!」

 

 再度右ストレートを放つ。だけど結果は同じ。パスッという音が響くだけだ。

 

「な、なんで…」

 

 思わずそう呟く砂藤君。再度距離を取ろうとするけど、その隙を逃すナックルコングじゃない。

 

「同じ逃げ方は、芸がないよ」

 

 砂藤君はあっさり腕を掴まれ、優しく(・・・)振り回された挙句、地面に転がされてしまった。

 

「次は烈怒頼雄斗。さぁ、かかってきて」

「ウッス! お願いします!」

 

 次は切島君の番。目の前で起きた光景に驚きを隠せずにいた切島君だけど、すぐに気持ちを切り替え―

 

「打撃が駄目なら!」

 

 投げ技だ。と言わんばかりに片足タックルを仕掛けるけど―

 

「ッ!?」

 

 ナックルコングの体は、まるで根が生えているかのようにその場から微動だにしない。

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 叫びと共に、あらん限りの力を振り絞る切島君。それでもナックルコングは1mmも動かず―

 

「はい、ここまで」

 

 ホンの僅かに力が緩んだ瞬間、軽め(・・)の掌打を打ち込まれ、砂藤君同様地面に転がされる。

 

「烈怒頼雄斗もシュガーマンも、力は十分合格レベル。でも、力だけじゃ足りない。大切な物はまだまだたくさんあるよ」

 

 柔らかい口調で、砂藤君と切島君に指導するナックルコング。2人の力を無効化したのは、恐らく技…技術の類。

 

「でも、ナックルコングに大きな動きは見られなかった。だとすると…もう一度思い出して…」

 

 記憶していたナックルコングの動きを、頭の中で何度も繰り返す。だけど、ナックルコングに動きはない。

 精々微かに前後へ動いた(・・・・・・)くらいで…

 

「まさか…」

 

 次の瞬間、脳裏に浮かぶ1つの仮説。だけど、そんな事が本当に可能なのか?

 

「何か気が付いたみたいだね。グリュンフリート」

「…はい。まだ朧気で、確証は無いんですけど…」

 

 問いかけにそう答えた僕に、ナックルコングは柔らかい笑みを見せ―

 

「じゃあ、仮説の検証といこうか」

 

 ゆっくりと構えを取った。僕も一礼し、構えを取ると―

 

「いきます!」

 

 僕を迎え撃つ為、ホンの僅かだけ前に出たナックルコングへ突撃。

 

「はぁっ!」

 

 間合いに入ると同時に右ストレートを放ち―

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、罠に嵌った事を悟る。僕が攻撃を放った瞬間、ナックルコングは何事も無いかのように、前に出た分だけ(・・・・・・・)後退。 

 それによって、タイミングをずらされたパンチは、最大の威力を発揮出来ない死に体(・・・)となってしまう。

 直後、普段のパンチでは絶対にありえない…パスッという音が響き―

 

「………」

 

 それと同時に、目前で寸止めされるナックルコングの拳。まったく…反応出来なかった…。

 

「仮説は証明出来たかな?」

 

 互いに頭を下げた後、柔らかい笑みを浮かべ、僕に問いかけてくるナックルコング。

 

「はい…視覚からの情報で導き出した予想が、意図的に外された(・・・・・・・・)から…ですよね?」

「そのとおり! これほど早く正解に辿り着くとは、流石としか言いようがないね」

 

 どうやら僕の仮説は正しかったようだ。それにしても、あんな方法で攻撃を無力化するなんて…雷鳥兄ちゃんのそれとは異なるナックルコングの技に、ただただ感心するばかりだ。

 

「な、なあ緑谷…俺達にも解るように説明してくれないか?」

「あぁ、視覚の予想が外されたって言われても、わかんねぇよ…」

 

 そこへ、切島君と砂藤君が説明を求めてきた。どうしよう…ナックルコング独自の技術を勝手に説明する訳には…

 

「別に構わないよ。原理その物は極々単純だし、(ヴィラン)ならともかく、同じヒーローなら知られて困るような事も無いからね」

 

 すると、僕の心中を察してくれたのだろう。ナックルコングが許可を出してくれた。それなら大丈夫。

 

「それじゃあ、僕なりの解釈になるけど…」

 

 僕はそう前置きした上で、2人に説明を始めた。

 

「人間は五感を用いて様々な情報を得る訳だけど、主に視覚から情報を得ていて、その情報を基に脳が体をどう動かすかを決めている。ここまではいい?」

「あぁ…」

「続けてくれ」

「ナックルコングはまず、ホンの僅かだけ前に出る。それをワザと見せる事で、僕達の攻撃が最大の威力を発揮する距離やタイミングを予測させる」

「その上で、元の位置に戻り…僕達の予測した距離と実際の距離にズレを生じさせる。ホンの僅か、だけど決定的なズレが、攻撃の威力を大幅に減衰させてしまうんだ」

「そして、予測した距離と実際の距離にズレを生じた事で、脳はパニックを起こし、思考にホンの一瞬だけ空白という隙を作ってしまうんだ」

 

 僕なりの解釈を交えて説明をしてみたけど、ナックルコングから特に訂正は無いみたいだ。

 

「すげぇとしか、言いようがねぇ…」

「で、でもよ。緑谷と砂藤はそれで説明がつくけど、俺の場合はどうなんだ?」

「切島君の時も理屈は同じだよ。微妙に体勢を崩された事で、自分では100%の力を出しているつもりでも、実際には出せていなかったんだ」

「そういう事か…やっぱりプロは凄いぜ!」

 

 心底感心した様子の切島君と砂藤君。そう、これがプロの世界。僕達が目指す場所なんだ。

 

 

雷鳥side

 

「それでは、今日の訓練はここまでにします。お疲れさまでした」

「「おつかれさまでした!」」 

 

 時刻は17時半。俺と八百万はブロッサムさんに一礼し、訓練が終わりを告げる。

 

「2人とも、昨日より動きが良くなっていますね。この調子でいけば、私なんてすぐに超えていけますよ」

 

 ブロッサムさんのこの言葉は…社交辞令とはいえ、嬉しいものだな。

 

「それから…ライコウ」

「はい!」

「貴方の作ったお昼ご飯*2、とても美味しかったです。明日も期待していますね」

「……了解です」

 

 ブロッサムさんの言葉に苦笑しながら、明日の昼食作りに改めて気合を入れる。

 それにしても…A組B組合わせて40人に、相澤先生とブラドキング先生、そしてプッシーキャッツの皆さん、更には特別講師の7人…53人分の昼食作り。

 今日は瀬呂に手伝ってもらったが…幾らか報酬貰っても、罰は当たらないよな?

 

 

梅雨side

 

「轟ちゃん。皮を剥いた人参は乱切りにするのよ」

「…乱切り」

「大きさを揃えつつ、不規則な形に切っていく事ね。こうやって、人参を回しながら、食べやすい大きさに切っていくのよ」

「……なるほど。こんな感じか?」

「そうそう、そんな感じね」

 

 轟ちゃんに包丁の使い方をレクチャーしながらの夕食作り。私達の担当は肉じゃがよ。

 

「ねぇねぇ、耳郎。油揚げって、切ったらそのまま鍋に入れて良いんだっけ?」

「それじゃあ、油臭い味噌汁になるよ。熱湯をかけて油抜きしないと」

「油抜きだね。了かーい!」

 

 お味噌汁の方は、耳郎ちゃんに任せておけば安心ね。

 

 

飯田side

 

「それでは、いただきます!」

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 皆の声が響き、賑やかな夕食が始まる。今日のメニューは―

 

・油揚げと大根の味噌汁*3

・菜飯*4

・肉じゃが*5

川魚(アマゴ)のホイル焼き*6

 

 以上4品だ。合宿中…しかも、自分達で作っているにも拘らず、これほどキチンとしたメニューが食べられるとは、吸阪君を始めとする料理上手の皆には、感謝するばかりだ!

 

 

峰田side

 

 吸阪や蛙吹が中心となって作った今日の夕食。文句無しに美味いんだけどさぁ…。 

 

「この味わい…肉じゃがにバターを入れたね。梅雨ちゃん」

「正解よ。コクのある味わいになって、弟や妹も喜んで食べるの」

「たしかにバターが加わる事で、洋風の味わいになってる。うん、良い勉強になりました」

「お役に立てて何よりだわ」

 

 右を向いても―

 

「うわっ、このホイル焼き…美味しっ!」

「よかった。最初はバター醤油の予定だったんだけど、閃きに任せて味噌マヨネーズに変えてみたんだ」

「凄いよ、緑谷君。ナイス閃き!」

「ありがとう。喜んでもらえて何よりだよ」

 

 左を向いてもイチャイチャしやがって…畜生! こうなりゃやけ食いだ!!

 

 

雷鳥side

 

「ねこねこねこ…皆! 実はこの後、お楽しみがあるのよ!」

 

 皆が夕食を大体食べ終えた頃、不意にピクシーボブがそんな事を言いながら、俺達の前に現れた。

 お楽しみ(・・・・)ね…。それはズバリ―

 

「お楽しみとはズバリ! クラス対抗肝試し大会!!」

 

 やっぱりな…前世の記憶通りだ。となると、2時間もしないうちに…

 

「どうしたの? 吸阪ちゃん…凄く怖い顔しているわよ」

「あぁ、ごめん。不意に嫌な事を思い出してね」

 

 そう、今更この流れは変えられない。それに皆も原作とは比べ物にならない位強くなっている。

 油断してはいけないが、過剰な心配も必要ない筈だ。

 俺は自分にそう言い聞かせながら、最善を尽くす為にどう動くべきか、頭の中でシミュレーションを繰り返すのだった。

*1
鎌切、回原、黒色、庄田、円場、吹出、凡戸、物間の8人

*2
ご飯、キャベツとお麩の味噌汁、揚げ卵の野菜餡かけ、人参とツナのサラダ

*3
尾白、切島、芦戸、耳郎、葉隠担当

*4
飯田、口田、砂藤、障子、峰田担当

*5
蛙吹、麗日、青山、心操、轟担当

*6
雷鳥、出久、八百万、瀬呂、常闇担当




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

今回をもちまして、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。』の投稿数が、短編込み且つ設定資料分を差し引いて100話の大台に乗せる事が出来ました。
全ては読者の皆様のおかげでございます。

今後も執筆に精進致しますので、よろしくお願いいたします。


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第85話:林間合宿ーその9ー

お待たせしました。
第85話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


鉄哲side

 

 夕食の片付けも終わり、いよいよクラス対抗肝試しの時間!

 A組の奴らを思いっきり驚かせて、B組の意地を見せてやるぜ!

 ………そう思っていたんだが―

 

「あー、大変心苦しいが、補習組はこれから補習授業だ」

「嘘だろ!?」

 

 誰かの声が響いた直後、相澤先生の捕縛武器が補習組を次々と捕らえ、強制的に引き摺っていく。

 

「すまんな。やはり寝不足では、日中の訓練が疎かになるので、こっちを(・・・・)削る」

 

「うわぁぁぁっ! 堪忍してくれぇ!」

「肝を試させてくれぇ!」

 

 …くっ、すまねぇ。お前達の犠牲、無駄にはしないぜ!

 

 

出久side

 

「はい、くじ引きの結果、脅かす側先攻はB組に決定!」

 

 ピクシーボブの司会で、進められていくクラス対抗肝試し。

 B組の皆と、人数不足を補う為にピクシーボブが作り出した土の魔獣が、ルート上に散らばり、あとはスタートを待つだけなんだけど…。

 

「………」

「雷鳥兄ちゃん、どうかしたの?」

 

 雷鳥兄ちゃんの様子が、どうもおかしい。気を張り詰めて…まるで何かを警戒しているみたいだ。

 

「あぁ、どうも嫌な予感(・・・・)がしてな…」

「嫌な…予感?」

 

 僕の呟きに雷鳥兄ちゃんは頷き、考えすぎだろう(・・・・・・・)と前置きした上で、自分の考えを話してくれた。

 

「たしかに、その可能性は無い…とは言えないね。くそっ、どうしてその可能性を思いつかなかったんだ」

「学校が対策を講じているんだ。俺みたいに考え過ぎる(・・・・・)方が、おかしいんだよ」

 

 そう言って静かに笑う雷鳥兄ちゃん。だけど、常に万が一を考える事は大切なんだと思う。

 

「まぁ、起きた時は起きた時。起きるまでは肝試しを楽しもう」

 

 気づけば、肝試しはもう始まっていて、3組目の耳郎さんと葉隠さんがスタートするところだった。

 起きた時は起きた時…か。そうだね、今は肝試しを楽しまないと!

 

 

拳藤side

 

「なかなか…上手くいかねえな…」

 

 茂みから頭だけを出して、ポツリと呟く骨抜。

 

「そうだね…」

「ん…」

 

 その呟きに、思わず同意してしまう私と唯。もう4組通過しているけど、私達はまだ1人も脅かす事が出来ていない。

 どんなに巧妙に隠れていても、事前に気付かれてしまうのだ。

 

「悔しいけど、こういう所でもA組との差を感じちまうよな…」

「そうかも知れないね。でも、弱気になっちゃ駄目だよ…私達にだって意地がある。何としてでもA組に追いついて…」

 

 弱気な発言をした骨抜を叱咤している内に―

 

「ちょっとさ…さっきから微妙に焦げ臭くない?」

「あ…? そういえば…急に煙っぽいのが…」

 

 周囲の状況が変化していた。こんな山の中で煙って…まさか山火事!?

 一瞬脳裏を過った嫌な考え…それを否定しようとしたその時―

 

「まさか、轟か青山あたりがビビッて“個性”ぶっ放しちまったんじゃ……」

「骨抜!?」

 

 突然、骨抜が意識を失ってその場に崩れ落ちた。同時に感じる煙の臭いとは違う異臭…。

 

「唯! 吸っちゃダメ! この煙―」

「ん!?」

 

 咄嗟に“個性”を発動し、巨大化した掌で唯を庇いながら叫ぶ。

 

「有毒!!」

 

 

雷鳥side

 

「何この焦げ臭いの…」

「あれ、黒煙?」

 

 肝試しのルート上から漂う異臭と黒煙。それにマンダレイ達が気を取られたその瞬間、念の為に展開していた索敵(サーチ)に何かが引っ掛かった!

 咄嗟にマンダレイ達を庇う形で飛び出し―

 

「出力全開ッ!!」

 

 最大出力で電磁バリアを展開。間髪入れず、2人の男が放った攻撃が、電磁バリアに接触!

 

「あらん!?」

「貴様ッ!」

「お生憎様ッ!」

 

 不意打ちを防がれるとは思っていなかったのだろう。驚きの声を上げる男達に、俺は意地の悪い笑みを返し―

 

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 同時に、出久が一撃を叩き込む!

 

「いやぁぁぁぁぁん!」

「ぬぉぉぉぉぉっ!」

 

 声を上げながら吹き飛ぶ2人。今のでどちらかでも倒せていれば良いが…。

 

「駄目だ、雷鳥兄ちゃん。ギリギリで防がれた!」

 

 そうは問屋が卸さないらしい。2人は数m程飛んだ所で体勢を立て直し、着地。俺と出久は構えを崩す事なく男達を観察する。

 

「邪魔な飼い猫ちゃん達を潰すつもりだったのに…流石はオールマイトの弟子ってところかしら?」 

「学生とはいえ、侮れぬ腕前という事…敵ながら見事なり」 

 

 片や身の丈程もある巨大な…電磁バリアの反応から見て恐らく棒磁石…を構える赤髪の大男。

 片や出久の一撃で破壊された大型武器を捨て、大振りのサバイバルナイフを構えるトカゲ顔の男…か。

 

「あんた達、何者!」

 

 そこへ戦闘態勢に入ったマンダレイ達が、俺達を庇う様に立ち塞がる。すると― 

 

「ご機嫌よろしゅう! 雄英高校! 我ら(ヴィラン)連合開闢行動隊!!」

 

 トカゲ顔の方が、やけに芝居がかった口調で堂々と名乗りを上げ始めた。

 

(ヴィラン)連合…!? 何でここに!!」

「我々を見縊ってもらっては困るな! 貴様らの浅知恵(・・・)など、最初からお見通しなのだよ!」

 

 そして、トカゲ顔は尾白の声にそう答えると―

 

「本日参上したのは他でもない…ヒーローの卵である君達に…舞台から退場して貰う為だ」

 

 これまた芝居がかった仕草で、舌舐めずりをしてみせた。

 

「ひぃぃぃっ! 万全を期したんじゃなかったのかよぉ!!」

 

 オイオイ、峰田…あんなベタベタのお芝居で怯えるなよ…。

 だが、トカゲ顔はそんな峰田の反応が気に入ったようで―

 

「だが、我々にも矜持という物がある。生殺与奪は全て…敬愛するヒーロー殺し、ステインの仰る主張に沿うか否かで決めさせてもらう。そう! ここで死ぬのは、偽物のヒーローのみ!」

「おっと、申し遅れた。俺はスピナー…(ステイン)の夢を紡ぐ者だ!」

 

 トカゲ男…いや、スピナーの声が響く。それって要するに―

 

「一言で言えば、ミーハーか」

「何…」

 

 俺の一言でピシリ! と擬音が入りそうな程、見事に凍りつくスピナー。チャンス…だな。

 

「お前の言っている事さぁ。全部が全部、ステインの言動をなぞってるだけだよな。ステインの極論に感化されて、自分って物を持たずに流されてる…それをミーハーと言わずに何と言う?」 

 

 俺はあらん限りの悪意を込めて、スピナーを煽る。すると―

 

「き、き、貴様ぁっ!」

 

 案の定、スピナーは激高するが―

 

「お待ちなさい、スピナー。落ち着くのよ。敵の策に嵌っては駄目」

 

 大男の方が、スピナーを宥めに入った。

 

「貴方のステインへの信奉は本物よ。だからこそ、あんな見え透いた挑発に乗ってはいけないわ」

「………すまない、マグ姉。助かった」

 

 チッ、落ち着きを取り戻したか。まぁ、煽りに乗るかどうかは、正直どうでも良かったが…。

 

「何でもいいがなぁ…貴様ら!」

 

 そこへ割り込んで来たのは虎だ。

 

「先程の攻撃。ライコウが防いだから事無きを得たが…あれは、ピクシーボブの顔面(・・)を狙っていたな?」

「………それがどうした!」

「ピクシーボブは最近、婚期を気にし始めていてな…」

「ちょっと虎!」

 

 虎の突然すぎるカミングアウトに、顔を真っ赤にして慌てるピクシーボブ。だが、虎は、そんなピクシーボブを敢えて無視し―

 

「女の幸せ掴もうって…いい歳して頑張ってたんだよ…」

「そんな女の顔を狙っておいて、ヘラヘラ御託並べてんじゃあないよ!!」

 

 見事な啖呵を切った。

 

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るなど…笑止千万! やはり、貴様らは偽物だ!」

 

 ナイフを振り上げ、こちらへ向かって来るスピナー。大男もすぐ後ろに続く。

 

「来やがれっ!」

 

 俺と出久も迎え撃とうとするが―

 

「ライコウ! グリュンフリート! ここは私達に任せなさい!」

 

 マンダレイの声が俺達を止め、同時にピクシーボブと虎が飛び出した。

 

「あの2人は私達で押さえる! 2人は他の子達を宿泊施設へ退避させて! 万が一の時は…仮免持ちの2人で対応して!」

「B組の子と、肝試しに出発した子達はラグドールに任せるから! 頼んだわよ!」

 

 俺達へ矢継ぎ早に指示を下し、自らも戦闘に同流するマンダレイ。3人に後を任せ、宿泊施設へ走ろうとしたその時―

 

「マンダレイ!」

 

 出久が叫んだ。 

 

「僕、知ってます(・・・・・)!!」

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

(ヴィラン)二名襲来!! 他にも複数いる可能性アリ!]

[動ける者は直ちに宿泊施設へ!! 会敵しても決して交戦せず撤退を!!]

 

 補習開始直後に飛び込んで来たマンダレイからの『テレパス』。その内容は最悪の一言だ。

 

「は…!? 何で(ヴィラン)が…」

「ブラド、ここ頼んだ。俺は生徒の保護に出る」

 

 驚きから、半ば硬直した生徒達をブラドに託し、教室から飛び出す。

 

「バレないんじゃなかった!?」

 

 そんな叫び声を背中に浴びながら、一直線に出口へ急ぐ。考えたくはない。考えたくはないが…!

 

「……マズいな」

 

 施設から飛び出して、真っ先に視界に飛び込んだのは、黒煙と炎。(ヴィラン)め、森に火を放ったのか…。

 

「心配が先に立ったか、イレイザーヘッド」

「ッ!?」

 

 突然現れた気配に視線を動かせば、そこには見慣れない男の姿。迂闊! 俺とした事が!

 

「ブラ―」

 

 ブラドへ危険を知らせる間もなく、男の手から放たれた青い炎が俺を―

 

「邪魔はよしてくれよ、プロヒーロー。用があるのは、お前らじゃない」

 

 

拳藤side

 

「ゴホッ、ゴホッ…」

 

 骨抜と唯を巨大化した掌で庇いながら、極力ガスの薄い場所を選んで走る。急がないと……殆どガスを吸っていない唯はともかく、骨抜がもたない! 

 

「拳藤!」

 

 そこへ飛び込んできたのは―

 

「鉄哲! 茨! 何そのマスク!?」

 

 何故かガスマスクを装備した鉄哲と茨。

 

「A組の八百万が近くにいて、創ってもらった! 今、泡瀬が皆の待機位置を案内して、救助に当たってもらってる」

「使え、沢山貰った!」

 

 鉄哲からガスマスクを受け取り、急いで装着する。これで、これ以上ガスにやられる心配は無くなった。

 でも、茨は骨抜と同じように、ガスを吸って意識を失っているみたい…急いで何とかしないと…。

 

「鉄哲、早く施設に戻ろう。(ヴィラン)がどこに潜んでいるかわからないし、危険だよ」

 

 私は委員長として、最良と思える判断を下す。

 

「いや! 俺は戦う。塩崎や小大の保護頼む」

「は!? 交戦はダメだって…」

 

 だけど、鉄哲の判断は違っていた。私はそんな鉄哲を窘めるけど…。

 

「拳藤…お前はいつも物間を窘めていたが…心のどこかで感じていなかったか!? A組との差…」

「それは…」

「俺ァ感じてたよ…!」

「同じ試験で雄英入って、同じカリキュラム。何が違う? 緑谷の分析ノート? 吸阪の指導を受けて、皆で高めあった? そんな事で、ここまで差が付くか?」

「決定的な違いは、他にあったんだよ。明白だ! あいつらにあって、俺達に無かったもの…ピンチだ!!」

「あいつらは、そいつをチャンスに変えていったんだ! 当然だ! 人に仇なす連中に、ヒーローがどうして背を向けられる!?」

「止めるな拳藤! 1年B組ヒーロー科! ここで立たねばいつ立てる!? 見つけ出して、俺が必ずぶっ叩く!!」

 

 既に決意を固めていた鉄哲は止まる筈もなく、(ヴィラン)を探して、走り出した。

 

「唯…茨と骨抜、頼める?」

「ん……」

「ごめん、あと…頼むね!」

 

 私も2人を唯に任せ、鉄哲を追いかけた。鉄哲が止まらない以上、1人で行かせる訳にはいかない。これは最良の判断の筈だ…。

 

 

 

 

 

 

 だけど…1時間も経たない内に…私と鉄哲は、自分達の下した判断を死ぬほど後悔する事になる。




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第86話:林間合宿ーその10ー

お待たせしました。
第86話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


常闇side

 

「障子! 障子! しっかりしろ! 障子!」

 

 (ヴィラン)の不意打ちから俺を庇い、背中を斬られた障子へ必死で呼びかける。

 

「う、うぅ…」

 

 それが功を奏したのか、障子は微かに意識を取り戻した。だが、この出血…決して楽観は出来ない。

 

「闇に紛れての不意打ち…(ヴィラン)の常套手段だと解っていた筈だ…」

 

 一瞬でも隙を作り、(ヴィラン)に攻撃を許した自分が心底情けなく…

 

「ッ! 今はそんな事を考えている場合ではない…」

 

 そうだ、後悔なら後で幾らでも出来る。今、俺がやるべき事は…障子を安全な場所まで運ぶ事だ!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

黒影(ダークシャドウ)! 力を貸せ! 障子を全力で守る為に!」

 

 黒影(ダークシャドウ)の力を借りて障子を担ぎ、全力で走り出す。

 俺と障子の身長差は約30cm。体重差も相当なものがある…そして、何よりも少しでも気を緩めれば、黒影(ダークシャドウ)が暴走する。だが、それがどうした!

 持てる力の全てを出し尽くしてでも、障子は守ってみせる!

 

「肉、ねぇ…断面見せて」

 

 だが、俺の決意を嘲笑うかのように、姿を現した(ヴィラン)は、自身の鋭い歯を何本も俺達へと伸ばし―

 

王狼の爪(フェンリルクロウ)!!」

 

 轟の振るう氷の手甲鉤が、その全てを防ぎきる。

 

「常闇! 障子!」

 

 更に耳郎、葉隠、そして意識を失ったB組の鱗を背負った心操が、俺と障子の傍に駆けつける。来てくれたのか…。

 

「俺を庇って、障子がやられた。辛うじて意識はあるが、出血が酷い」

「この傷…かなり深いよ。早く治療しないと!」

「鱗君の方も、早く何とかしないと!」

 

 障子の傷を見た耳郎、そして葉隠の声が響き―

 

「それなら、俺がこいつを食い止める。皆は急いで宿泊施設に行ってくれ」

 

 轟が決断した。轟1人を残すのには抵抗があるが…

 

「早く行け! この中で“個性”が使えて、奴と戦えるのは…仮免持ち(・・・・)の俺だけだ!」

 

 (ヴィラン)から次々と放たれる攻撃を氷の手甲鉤で防ぎ続けながら、轟が放ったその言葉に背中を押され、俺達は走り出す。

 轟…すまん! どうか、無事でいてくれ!!

 

 

マンダレイside

 

「てめェらのような、利己的なヒーロー擬きは粛清対象だ!」

 

 ナイフを振り上げ、一直線に向かって来るスピナー。私はタイミングを見計らい―

 

[スピナー。(ヴィラン)ながら格好良いじゃない♡ 好みの顔してる]

 

 スピナーだけにテレパシーを送る。経験上、ああいうタイプ(・・・・・・・)は―

 

「え!?」

 

 狼狽えて、一瞬動きを止める!

 

「何照れてんの。初心(ウブ)ね」

 

 その隙に私は一気に間合いを詰め、ガラ空きになっている左の脇腹に一撃!

 

「でぇっ!?」

 

 苦悶の声を上げながらも、私から距離を取るスピナー。どうやら、わずかに芯を外されたみたいね。

 ミーハーとはいえ、ステインの信奉者は伊達じゃないって事か。

 

「なんて…っ、不潔な手を! 尻軽めが!!」

「あんたに尻軽なんて言われても、何とも思わないわ」

 

 怒り心頭な様子のスピナーを再度挑発しようとしたその時―

 

「ッ!?」

 

 私の体が浮き上がり、大男の方へと引き寄せられた。これがあいつの“個性”?

 

「おいで、飼い猫ちゃん」

 

 大男は自分の得物を構え、私を叩き落そうとするけど―

 

「させない!!」

「きゃっ!」

 

 間一髪、ピクシーボブの操る土の魔獣3体が、大男へ攻撃を仕掛けた事で“個性”が解除され、私は命拾い。

 

「いやぁん。土遊びに興味はないのにぃ!」

 

 土の魔獣は、大男に容易く撃破されるけど―

 

「引石健磁、(ヴィラン)名『マグネ』。強盗致傷9件、殺人3件、殺人未遂29件」

「あらやだ。私って有名じ…んっ!」

「何をしに来た。犯罪者」

 

 間髪入れずに虎が攻撃を仕掛け、膠着状態へと持ち込む。いや、3対2で膠着状態までにしか持ち込めていない(・・・・・・・・)。と言った方が正しいだろう。

 虎と互角の殴り合いが出来ている時点で、マグネが相当な手練れという事は確定だし、スピナーも平均以上の実力は持ってる。

 せめて、こっちがフルメンバーなら戦いようもあるけど―

 

「虎! ピクシーボブ! やっぱりおかしいよ…! まだ、ラグドールの応答がない。いつもなら、すぐに連絡よこすのに…!」

 

 考えたくないけど、ラグドールの身に何かが…。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「まァ…プロだもんな」

 

 自らの放った青い炎をギリギリで回避し、宿泊施設の2階に逃れていた俺を見ながら、どこか感心したような声を出す(ヴィラン)

 すぐさま右手を向け、青い炎を放とうとするが―

 

「出ねえよ」

 

 残念だが、お前の“個性”は抹消済みだ。間髪入れず、マフラーを巻き付けて動きを封じ―

 

「うぉっ…」

 

 落下の勢いを加える事で威力を増した膝蹴りを顔面に叩き込んでから、一気に拘束。

 

「目的・人数・配置を言え」

 

 尋問を開始した。

 

「何で?」

 

 返ってきたのは在り来たりなつまらない返答。俺は一切の躊躇いなく(ヴィラン)の左肘を圧し折る。

 

「ッ!!」

「こうなるからだよ。次は右だ。合理的にいこう。足まで掛かると(・・・・・・・)、護送が面倒だ」

「焦ってんのかよ? イレイザーヘッド」

 

 つまらない煽りの返礼として、右肘を圧し折る。その直後、立ち上る炎と共に聞こえてくる爆発音。

 

「あの爆発は何だ。何を仕掛けた?」

 

 今度は両足を潰す。声色にそんな意味を込めながら、俺は(ヴィラン)に問う。だが―

 

「流石に、雄英の教師を務めるだけの事はあるよ。なぁ、ヒーロー」

 

 (ヴィラン)は、問いに答えようとはしない。両足を潰そうと力を入れた次の瞬間―

 

「そんなに生徒が大事か?」

 

 (ヴィラン)の体が、ボロボロに崩れ始めた。なんだ? さっきの発火が“個性”じゃないのか!?

 

「守りきれるといいな……また、会おうぜ」

 

 そんな疑問に答えを出す間もなく、完全に崩れて消える(ヴィラン)。こいつは…こっちの想像以上にヤバイ状況らしい…。だとするなら―

 

「これしかないか」

 

 覚悟を決めた俺は、施設の事務所へ飛び込み、そこにあった装置を起動させる。それは、宿泊施設からの指示を周辺に伝える為の放送設備。

 奴の言い草は完全に生徒がターゲット…なら、止むを得ないだろう。生存率の話だ!

 自衛の術を! あとで処分受けんのは―

 

「イレイザー!」

 

 放送を開始しようとしたタイミングで事務所に飛び込んできたブラド。まったく、勘の良い奴だ。

 

「ブラド…」

「わかっている。だが、お前だけに責任は負わせん。俺だって、雄英の教師だ!」 

「…すまん」

 

 ブラドにそう言って、俺は放送設備を起動させ、マイクを手に取る。あとで処分受けんのは俺達(・・)だけでいい。

 

「A組B組総員! プロヒーローイレイザーヘッド、ブラドキング両名の名に於いて、戦闘を許可する!!」

 

 こんな訳もわからんままやられるなよ。卵ども!!

 

 

ナックルコングside

 

 1年A組の特別指導を終えた俺達7人は、麓の町にある温泉旅館(林間合宿中の拠点)へと戻っていた訳だが―

 

「まさか、こんな事になるとは…」

 

 仲居さんの声で部屋の外へ出てみれば、宿泊施設の辺りで山火事が発生し、爆発も確認出来た。

 宿泊施設にいる面々を考えれば、これがただの山火事(・・・・・・)でない事は明白。

 

「総員! 予備の戦闘服(コスチューム)を着用して、直ちに出発! (ヴィラン)襲撃の可能性も大きい! 戦闘にも備えておけよ!」

 

 俺は皆に指示を下し、急いで準備を整える。5分とかからず、出発の準備は整ったが…。

 

「おいおいおい…マジかよ」

 

 忌々し気に呟くダブルトリガーだが、誰もそれを咎めない。当然だ。

 仲居さん曰く、この辺りを拠点にしているワイルドワイルドプッシーキャッツの尽力で、7年ほど前から(ヴィラン)犯罪が起きていないのが自慢。

 そんなのどかな温泉街には、とても似つかわしくないチンピラどもがどこからか現れたのだから…。

 

「ヒャッハー! やっちまえ!!」

 

 奇声を上げ、手当たり次第に店舗や民家を襲い始めるチンピラども。俺達はその対応に追われ、とても宿泊施設へは迎えそうにない。

 

「まさか、これも(ヴィラン)の差し金でしょうか?」

「恐らくはな!」

 

 ブロッサムの声にそう答えながら、俺は考えを巡らせる。戦力の逐次投入は愚策だが…止むを得ないか!

 

「レッドワスプ! お前だけでも空を飛んで宿泊施設に迎え! 向こうには、1人でも救援が必要な筈だ!」

「わかった! それと、1人なら連れて行けるが、どうする?」

「それなら私が! 山の中なら、私の“個性”も十全に発揮できます!」

 

 レッドワスプの声に即名乗りを上げるブロッサム。たしかに、レッドワスプともう1人誰かが向かうなら、ブロッサムが最良の選択だ。

 

「わかった。ブロッサム行ってくれ!」

 

 俺の指示を聞き終えると同時にブロッサムを抱えて、空に浮き上がるレッドワスプ。

 

「飛ばすぞ!」

「はい!」

 

 そのまま最高速度で宿泊施設へと飛び去った。あのスピードなら15分かからずに到着する筈だ。どうか、それまで持ち堪えてくれよ!

 

 

飯田side

 

 戦闘を許可するという相澤先生からの放送を聞きながら、僕達は宿泊施設までの道のりを全力で駆け抜け―

 

「先生!」

 

 (ヴィラン)に遭遇する事もなく、宿泊施設に到着する事が出来た。

 

「お前達で全員か?」

「はい! ここにいない10人は既に肝試しへ出発しており…残念ながら…」

「それから出久は、別行動です。洸汰君を探しに行きました」

「…場所の検討は?」

「大まかな位置は…それに近くまで行けば、俺の索敵(サーチ)で探せます」

 

 相澤先生の問いかけにそう答え、不敵に笑う吸阪君。まさか―

 

「……わかった。そっちはお前に任せる(・・・・・・)

「了解です」

「吸阪君、まさか1人で緑谷君の元へ行くつもりなのか? いくら何でも危険だ。俺も同行する!」

「俺も行くぜ!」

 

 1人で行くという吸阪君に対し、僕や切島君は同行を申し出るが―

 

「それは許可出来ん。吸阪の単独行動を許すのは、こいつが仮免持ちだからだ。仮免を持っていない者を、再び施設の外に出すわけにはいかん」

 

 相澤先生により却下されてしまう。

 

「…わかりました」

「…ウス」

「ブラド、ここを頼む。俺は外の生徒達を保護に向かう」

「わかった。気をつけろよ」 

 

 ブラドキング先生と短く言葉を交わし、飛び出していく相澤先生と後に続く吸阪君。

 何も出来ないのなら、せめて、せめて無事を祈らせてください!

 

 

洸汰side

 

 マンダレイからのテレパシーを受けて、逃げようとしたけど…

 

「見晴らしの良いとこを探して来てみれば…資料になかった顔だ」

「こんな所にいるって事は、ワイルドワイルドプッシーキャッツ辺りと関係あるんじゃないっすか? 親戚とか…子ども(ガキ)とか」

 

 2人の大男が、いきなり現れた。真っ黒い布を被って、顔も見えないけど…2人ともヤバイ奴だってのは、わかる…。

 

「なァ…ところでセンスの良い帽子だな、子ども」

「俺のこのダセェマスクと交換してくれよ…納期がどうとかって、こんな玩具つけられて、泣きたくなるぜ」

 

 そして、大男の片方がそんな事を言いながら近づいてきた。

 

「うぁ…」

 

 転びそうになりながら、必死に走って逃げようとするけど―

 

「景気づけに一発やらせるよ」

 

 大男は凄いスピードで回り込んで来た。被っていた布が捲れて、腕と顔が見える。あの顔―

 

 -『ウォーターホース』…素晴らしいヒーローでした。しかし、2人の輝かしい人生は、1人の心無い犯罪者によって絶たれてしまいました-

 -犯人は現在も逃走を続けており、警察とヒーローが行方を追っております-

 

「おまえ…!!」

 

 -“個性”は単純な増強型で、非常に危険です-

 -この顔を見かけたら、すぐに110番及びヒーローに通報を…-

 -尚、現在左眼にウォーターホースに受けた傷が残っている(・・・・・・・)と思われ…-

 

「パパ…! ママッ…!」

 

 1日も忘れる事がなかった。パパとママを殺した(ヴィラン)が、目の前にいて、太い腕を振り下ろして―

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、誰かが俺を抱えてその場を飛びのいた。こいつ…

 

「んん? お前は…リスト(・・・)にあったな…たしか……」

「緑谷出久! オールマイトの弟子の1人っすよ!」

 

 なんで、なんでこいつが…

 

「大丈夫だよ。洸汰君…必ず(たす)けるから!」




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第87話:林間合宿ーその11ー

お待たせしました。
第87話を投稿します。
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荼毘side

 

「あーダメだ荼毘!! お前! やられた! 弱! ザコかよ!!」

「もうか…(よえ)ぇな、俺」

 

 “個性”で俺を増やしたトゥワイスからの報告を聞き、静かに呟く。情報によれば、施設にいたのはイレイザーヘッドとブラドキングの2人。

 どちらと戦ったのかはわからないが…流石は雄英高校の教師といったところか。

 

「ハァン!? バカ言え!! 結論を急ぐな。お前は強いさ! この場合は、プロがさすがに強かったと考えるべきだ」

 

 そんな俺の考えを察したのか、トゥワイスが声を張り上げる。こいつの喋り方…なかなか面白いもんだ。

 

「もう1回俺を増やせ(・・・・・)トゥワイス。プロの足止めは必要だ」

「ザコが何度やっても同じだっての!! 任せろ!!」

 

 さて、再チャレンジといくか…。

 

 

拳藤side

 

「聞いたか拳藤!? ブン殴り許可が出た!」

 

 相澤先生とブラド先生、2人からの戦闘許可が下りた事に増々熱くなる鉄哲。良くない兆候だね…。

 

「待てって鉄哲! お前、わかってんの!? このガス…」

「やべぇ……ってんだろ。俺も馬鹿じゃねえ」

「お馬鹿!」

 

 鉄哲の答えにそう返しながらも、私は自分の考えを言葉にしていく。

 

「マンダレイ、このガスの事触れてなかった。つまり、広場から目視出来る所には広がってない」

「変なんだよ。このガスは一定方向にゆっくり流れてる。普通、拡散してくだろ? 留まってんだよ」

「で、見なよ。さっきいた場所より、ここの方が少しガスが濃くなってる」

「つまり………何だ?」

「発生源を中心に渦を巻いてると思う。台風的な奴。つまり、その中心にガスを放出してて、尚且つ操作出来る奴(・・・・・・)がいるって事になんない!?」

「拳藤おめぇ…やべえな!」

 

 鉄哲…アンタ、本当に考え無しに突っ込んでたんだね…いやいや、呆れてる場合じゃない。

 

「肝心なのはここから。中心に向かう程、ガスの濃度が上がるなら、時間も問題だ。ガスマスクのフィルターにも限度があって、濃度が濃いほど機能する時間は短くなる。つまり…」

「濃い方に全力で走って! 全力でブン殴る!!だな!!」

「んん…まぁ…そうだけど……」

 

 クラスメートながら何という単細胞ぶり…でも―

 

「塩崎やクラスの皆が、このガスで苦しい目に遭ってんだよ! ()なんだよ、腹立つんだよ! こういうの!!」

「頑張るぞ!! 拳藤!!」

「うん!」

 

 それがアンタの良いところ。嫌いじゃないよ。そういうの! そして万が一の時は、私が鉄哲を引っ張って即撤収。そのタイミングだけは逃さないようにしないと! 

 

 

八百万side

 

 B組の泡瀬さんの案内を受けながら、私と青山さんはB組の皆さんの捜索を行っていましたが―

 

「なんだって! 鉄哲が(ヴィラン)との戦いに行って、拳藤もそれを追いかけて行った!?」

 

 合流出来た小大さんから得た情報は、あまりに衝撃的なものでした。

 

「ん…」

「たしかに鉄哲の奴、A組に大差つけられてる事を気にしてたけど…いくら何でも無謀過ぎるだろ…」

「んん…」

「あぁ、わかってる。拳藤もそれを考えて、着いて行ったんだと思う。もしもの時は、即逃げの一手を打つ筈だ」

 

 それにしても、泡瀬さんは小大さんと意思疎通が出来るのですね。私には、ただ呟かれているようにしか…いえ、今はそんな事を考えている場合ではありません。

 

「失礼を承知で申し上げますが…今の鉄哲さんや拳藤さんの実力で、(ヴィラン)と戦うのは…無謀の一言だと思います」 

 

 心を鬼にして、敢えて厳しい意見を口にします。毒ガスを使用する手口や、Iアイランドで感じた物と同質の気配から見て、今回襲撃してきたのは間違いなくプロ(・・)

 数ヶ月前、USJを襲撃したような(ヴィラン)未満のチンピラ程度ならともかく、このような輩と戦うには、鉄哲さん達は未だ力不足です。

 

「たしかに…八百万の言うとおりだ。今のB組(俺達)の実力なんて、鉄哲(あいつ)が一番解っている筈なのに…」

「ん…」

 

 悲痛な表情を浮かべる泡瀬さんと小大さん。周囲を沈黙が包みますが、それも長くは続きません。

 

「ッ! 今のは!?」

「銃声…いや、爆発?」

 

 突然響く轟音。私の脳裏に最悪の事態(・・・・・)が浮かびました。

 

「青山さん、小大さんと一緒に、骨抜さんと塩崎さんを宿泊施設まで運んでいただけますか? 私は、轟音の発生した場所へ向かいます」

「OK。任せてよ♪」

「泡瀬さん。申し訳ありませんが、ご同行をお願います」

「ああ、わかってる。八百万(女子)1人で行かせるほど馬鹿じゃないさ」

 

 念の為にサブマシンガン*1を創造し、私は泡瀬さんと共に走り出します。どうか、この嫌な予感が外れていますように!

 

 

出久side

 

「必ず(たす)ける…って? はぁははは…流石ヒーロー志望者って感じだな。どこにでも現れて、正義面しやがる」

 

 洸汰君を背後に庇う僕を笑いながら、ジリジリと間合いを詰めてくるマスキュラ―。宿泊施設へと通じる道は、マスキュラーに加え、その背後に立つもう1人の大男に塞がれている。

 

「………」

 

 落ち着け…今成すべき事は、洸汰君を無事に宿泊施設へと送り届ける事。何とか隙を見つけて、一気に駆け抜けるしかない。

 

「緑谷ってやつだろ、お前? お前は率先して殺しとけって、お達しだ」

 

 だけど、マスキュラーは既に戦う気満々。もう1人も―

 

「兄貴、俺にもやらせてくださいよ。オールマイトの弟子ぶっ殺せるなんて、最高っすよ!」

 

 僕達を逃がすつもりは微塵もないようだ。こうなったら…やるしかない! 

 

「洸汰君、そこの岩陰に隠れて。出来る限り身を屈めるんだ」

 

 僕は洸汰君が身を隠したのを確認し―

 

「うぉぉぉぉぉっ!」 

 

 『フルカウル』の出力を40%まで高め、構えを取る。それを見たマスキュラーは狂気に顔を歪め―

 

「じっくりいたぶってやっから、血を見せろ!!」

 

 右腕を振り上げながら、一気に間合いを詰めてきた。下手に避けたり、捌いたりしたら、洸汰君に被害が及びかねない。だったら―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

「うぉらぁっ!」

 

 僕の44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュと、マスキュラーの右ストレートの激突。その結果は―

 

「くぅぅぅっ!」

「ぬぉぉぉっ!」

 

 互角! 僕とマスキュラーは、互いに数m吹き飛びながら崩れた体勢を立て直す。

 

「もらったぁ!」

 

 そこへ、もう1人の(ヴィラン)が体当たりを仕掛けてきた! 僕は半ば反射的に片足でジャンプして、それを回避すると―

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 頭上からフィンガースナップの衝撃波を撃ちまくる!

 

「ぬぉっ!」

「痛ぇっ!」

 

 殆ど無防備な状態で、拳銃弾並の威力がある衝撃波を連続で受けているにも関わらず、痛い(・・)で済んでいる2人の頑強さに、嫌な汗が背中を流れるのを感じる。

 

「やるじゃねぇか。流石はオールマイトの弟子なだけの事はある」

「あのタイミングで仕掛けて、避けられたのは初めてだぜ」

 

 楽しげな様子のマスキュラーと感心した様子の(ヴィラン)。纏っていた黒い布は衝撃波で散り散りになり、その下に隠されていた正体が露になっていた。

 2mを優に超える身長、丸太の様に太い手足、そして頭部から生えた3本の角(・・・・)。」

 

「トリケラトプスの“個性”…」

「正解だ! まぁ、見りゃ解るか!」

 

 僕の呟きにそう答え、ゲラゲラと笑うトリケラトプス(ヴィラン)。一方のマスキュラーも―

 

「遊び半分のつもりだったが、やっぱり50%(・・・)は遊び過ぎだな。今度は60…いや65%でいくか」

 

 そんな事を言いながら“個性”を発動し、全身を筋肉で肥大化させていく。

 

「俺の“個性”は『筋肉増強』! 皮下に収まんねえ程の筋繊維で底上げされる速さ!! (パワー)!!」

「どれほど凄ぇか…手前ぇ自身で味わいな!」

 

 次の瞬間、右拳を振り上げながら、先程以上のスピードで間合いを詰めてくるマスキュラー。僕もは『フルカウル』の出力を45%(自壊半歩手前)まで高め、迎え撃つ。

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

「うぉらぁっ!」

 

 僕の44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)スマッシュと、マスキュラーの右ストレートの、2度目の激突。その結果は―

 

「駄目だな! 力が足りてねぇ!」

「ぐぁっ!」

 

 拮抗していたのはホンの一瞬。僕が押し負け、体勢を崩された。

 

「今度こそもらったぁ!」

 

 そこへ突っ込んでくるトリケラトプス(ヴィラン)。回避行動を取れない僕は、咄嗟に防御を固めて激突に備える。

 

「ガハァッ!」

 

 次の瞬間、トリケラトプス(ヴィラン)のタックルをまともに食らった僕は、まるでダンプカーに撥ねられた子猫のように吹き飛ばされ、崖に叩きつけられた。

 

「げほっ…」

 

 強烈な衝撃に一瞬意識が飛びかけながらも、何とか踏み止まり…立ち上がる。崖に叩きつけられたのはある意味幸運だ。反対方向に吹き飛ばされていたら、崖の下まで真っ逆さま。間違いなく天国行きだった。

 

「ほう、まだ立つか。だが、速さも(パワー)も俺に劣るお前に、何が出来る?」

「必ず(たす)ける? どうやって!? 実現不可のキレイ事のたまってんじゃねえよ! 自分に正直に生きようぜ!」

 

 僕にとどめを刺そうと、右腕を振り上げるマスキュラー。その時―

 

「あぁ?」

 

 1つの小石がマスキュラーに投げつけられた。投げたのは…洸汰君!?

 

 

鉄哲side

 

「いっ、てぇ……」

 

 全身の痛みを堪えながら、俺は立ち上がり…こうなった原因を思い返す。たしかガスの中心部に向けて、全力で走っていたら、突然爆発(・・)が起きて…

 

「そうだ! 拳藤!」

 

 俺の後ろを走っていた筈の拳藤は、無事なのか? 慌てて振り返ると―

 

「今の、何だったの…」

 

 意識を取り戻し、立ち上がろうとする拳藤の姿があった。よかった、無事だった。

 

「わからん。嫌な予感がして、咄嗟に“個性”を発動したのとほぼ同時に、何か小さい物が、大量に飛んできた…解るのはそんだけだ」

 

 (ヴィラン)からの攻撃なのは…間違いない。だが、その正体がわからねぇ…舌打ちしながら、何気なく下を見ると―

 

「何だこりゃ?」

 

 周囲に落ちていたのは直径1mm程の小さな鉄球。それも1つや2つじゃない。何十、何百と落ちている。

 

「こいつが攻撃の正体なのか?」

 

 誰かに聞く訳でもなく、何気なく呟く。すると―

 

「あれあれ、2人とも生きてたよ。流石は名門雄英高校の生徒だ」

 

 森の奥から、ガスマスクに学ラン姿の男が姿を現した。こいつが攻撃の主か!

 

「出やがったな! (ヴィラン)!」

 

 構える俺と拳藤。

 

「あー…お前ら資料で見たよ。1年B組の生徒だろ? あーあ、外れも外れ…大外れ」

「折角のクレイモア地雷。お前達なんかで1個無駄にしちゃったよ…あーあ、最悪だ」

 

 だが、(ヴィラン)の方は、俺達なんか眼中に無い。そう言いたげな態度を取ってきた。舐めやがって…。

 

「10秒やるからさ。さっさと消えてくれないかな。お前らなんか仕留めたって、自慢にもなりゃしない」

 

 こんな奴が皆を苦しめてんのか…許せねぇ…許せねぇ!

 

「だったら、俺がお前を仕留めてやるよ!」

 

 全身を金属化させ、(ヴィラン)へ突撃する。皆の苦しさ、その一部でも味わいやがれ!!

 

「馬鹿の相手は嫌なんだけどなぁ」

 

 俺の攻撃を避けるでもなく、学ランの中から拳銃を取り出す(ヴィラン)。そんなもんで、俺を止められ―

 

「ぐはぁっ!」

 

 轟音と共に弾丸が撃ち込まれた瞬間、俺はその衝撃に耐えきれず吹っ飛ばされた。今まで感じた事が無いほど強烈な衝撃…あいつのは普通の拳銃じゃないのか!?

 

「硬くなるから、銃弾なんか平気だと思った? まぁ、9mmパラとかなら耐えられたかもね。でも、これ普通の拳銃じゃないから」

「トーラス・レイジングブル。.44マグナム弾の上を行く.454カスール弾を発射出来る大型拳銃だよ」

「流石は、死柄木さんだよね。こんな凄い銃簡単に用意しちゃうんだから」

「これに比べたら、今まで僕の使ってた38口径なんて、豆鉄砲。玩具も同じさ!」

 

 そんな事を喋りながら、次々と銃弾を撃ち込んでくる(ヴィラン)。俺は、立ち上がろうとする度に吹っ飛ばされ、無様に地面を転がり続ける。

 

「おっと、弾切れだ。威力がデカい分、5発しか装填出来ないのがこの銃の欠点だよね」

 

 余裕丸出しで、弾切れになった銃に弾丸を込め始める(ヴィラン)。舐めやがって…だが、今なら!

 

「はぁっ!」

 

 (ヴィラン)の死角になる位置から、攻撃を仕掛ける拳藤。完璧なタイミング、あれなら絶対に当たる!

 

「甘いんだよね」

 

 だが、(ヴィラン)は拳藤の方を見る事すらせずに、無造作に左腕を突き出し―

 

「Bang♪」

 

 手首に巻かれたリストバンドから何かを発射した。それは拳藤の左肩に突き刺さると同時に、高圧電流を流し、拳藤を容赦なく焼いていく。

 

「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる拳藤。気絶しているのかピクリとも動かない。

 

「アッハハハハ。2対1で1人は身を隠して、不意打ち狙いね!? アハハハ、浅っ、あっさいよ底が」

「このガスはさァ、僕から出て僕から操ってる!! 君らの動きが揺らぎ(・・・)として、直接僕に伝わるんだよ! つまり筒抜けなんだって!!」

「何でそういうの考えらんないかなぁ…まぁ、優秀なA組ならともかく、B組じゃこの程度か。何気に僕も装備は大幅にアップデートしてるし」

 

 心底楽しそうに俺達を嘲笑う(ヴィラン)。このまま…笑われっぱなしで―

 

「ヌァァァァァッ!」

「バァカ」

 

 気合を入れて立ち上がろうとした瞬間、銃弾が撃ち込まれ吹っ飛ばされる。駄目だ…これじゃあ、何も変わらねぇ…。

 

「あれあれ? さっきより柔らかくなってない? 金属の疲労的な奴? 踏ん張りも利いてないね。硬度は踏ん張り次第?」

「硬化やらの単純な奴らって、えてして体力勝負なとこあるもんねぇ。そういうの考えず突っ走るのって、馬鹿の証拠だよね」

 

 嘲笑と共に撃ち込まれる弾丸を必死に堪える。耐えろ…あの拳銃の装弾数は5発。あと2発耐えれば、再装填する…その時が逆転のチャンスだ。

 

「ねぇ…君らは将来ヒーローになるんだろ…? 僕、おかしいと思うんだよね…」

「君みたいな単細胞がさァ! 学歴だけで! チヤホヤされる世の中って! 正しくないよねぇ!」

 

 怒りに満ちた(ヴィラン)の声と共に撃ち込まれる弾丸。これで5発…今なら! やれる!

 

「ヌァァァァァッ!」

 

 残った力の全てを振り絞って、(ヴィラン)に突撃する。これが最後の―

 

「ほんと馬鹿だよね。その程度の考え、読めないと思った?」

 

 どこまでも俺達を嘲笑う(ヴィラン)の手に握られているのは…サブマシンガン! いつの間に銃を―

 

「ぐぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 次々と撃ち込まれる弾丸に、その疑問は一瞬で消滅する。さっきまでの大型拳銃に比べたら遥かに軽く、それでも今の俺には十分すぎる程重い衝撃に俺は打ちのめされ…。

 

「ち、くしょ…」

 

 その場に崩れ落ちた。もう“個性”も維持出来ず、全身が生身に戻っている。

 

「はぁ…最初から最後までこっちの掌の上。ゲームの雑魚の方が、まだマシだよね」

「君達、ネットでどう呼ばれてるか知ってる? A組のオマケ(・・・・・・)BクラスのB組(・・・・・)ヒーロー科の2軍(・・・・・・・・)。ホント、的確な表現だよね」

「でも、そんな君達でも死ねば騒ぎになる。死柄木さんの目的は達成されるんだ。だからさ…死んでください」

 

 突きつけられる銃口。ここまでかよ…。

 

「そこまでですよ、マスタード君」

「邪魔しないでよ。Mr.コンプレス。死柄木さんの命令を実行するんだから」

 

 なんだ…何が起きてる? 駄目だ、もう顔を上げる事も出来ねぇ…。

 

「貴方の仕事を邪魔する気は微塵もありません。ですが…もっと大物を狙いませんか?」

「大物を?」

「えぇ、昔から言うでしょう。馬鹿と鋏は使いよう。と」

「馬鹿と……あぁ、そういう事だね」

「そういう事です」

 

 大物を狙う…こいつら、まさか…。

 

 

八百万side

 

「音の発生源は、この辺りの筈…」

 

 爆発音の発生から約5分後。私と泡瀬さんは、その発生源と思われる場所に到着し、周辺を捜索しましたが―

 

「駄目だ。この辺りに人の気配は無いみたいだ」

「そのようですね…」

 

 (ヴィラン)の襲撃を警戒しながら移動した事が災いし、(ヴィラン)はおろか、鉄哲さんや拳藤さんの姿もありません。

 

「この辺りで戦闘があった事は間違いないのですが…」

 

 大量に落ちていた空薬莢や、発射済みのクレイモア地雷といった証拠品を手に、私は一瞬考え―

 

(ヴィラン)がこれだけの銃火器を持ち込んでいる事は、由々しき事態です。この事を一刻も早く先生方にお伝えするべきだと、私は思います」

「それはそうだけど…鉄哲と拳藤は……」

「酷な言い方ですが…最悪の事態(・・・・・)も覚悟するべきかと」

 

 最悪の事態。私の発したその言葉に声を失う泡瀬さん。そのお気持ちは痛いほど解ります。ですが―

 

「泡瀬さん! 気持ちを強く持ってください! こんな所で惚けていては、(ヴィラン)のいい的です!」

 

 この場は私が憎まれ役となってでも、しっかりしてもらわなくては!

 

「ッ!? すまねぇ…」

「他の方を探しつつ、宿泊施設へ急ぎましょう」

 

 まだ気持ちの整理がつかずにいる泡瀬さんの手を引いて走りながら、私は心の中で祈ります。最悪の事態。それが私の杞憂である事を…。 

*1
9mm口径、ゴム弾20発装填




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第88話:林間合宿ーその12ー

お待たせしました。
第88話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


梅雨side

 

「痛ぅ……」

「お茶子ちゃん。腕大丈夫?」

 

 左腕をナイフで斬られたお茶子ちゃんを庇いながら、私は攻撃の主を睨みつける。私達の前に立っているのは、私達と同年代の女子。

 

「ん! んー…浅いし少ない」

 

 趣味の悪いマスクにセーラー服。普通とは随分とかけ離れたセンスの持ち主ね。何より…

 

「急に斬りかかって来るなんて酷いじゃない。何なのあなた」

 

 私達に問答無用で攻撃を仕掛けてきたという事は…(ヴィラン)の一員と考えて良さそうね。

 

「トガです! 2人ともカァイイねぇ…麗日さんと蛙吹さん!」

 

 何の躊躇いもなく自らをトガと名乗った(ヴィラン)は、薄っすらと血の付いたナイフを向けながら、私達の名前を呼んできたわ。

 

「名前バレとる…」

「体育祭かしら…何にせよ情報は割れてるって事ね。不利よ」

「名前だけじゃありませんよ。“個性”も戦い方も把握してます。体育祭のビデオは何回も見ましたから!」

「2人…ここにはいない八百万さんも合わせて3人は凄いですよねぇ。あの雄英体育祭で、男子に負けない大活躍。カァイイし強いし、最高です!」

 

 …何なのかしら、この子。本気で私達を評価しているみたいだけど、同時に本気で私達を害しようとしてる…2面性という言葉で片付けるのは、やめた方が良さそうね。

 

「やっぱり、血が少ないとね、ダメです。普段は切り口(・・・)からチウチウと…その…吸い出しちゃうのですが…」

「この機械は、刺すだけでチウチウするそうで、お仕事が大変捗るとの事でした。刺すね!」

 

 そう言って、一直線に向かって来るトガ(ヴィラン)

 

「来た!」

 

 直前に相澤先生から戦闘許可が下りた事もあって、迎え撃とうと構えるお茶子ちゃん。

 

「お茶子ちゃん」

 

 だけど、私はそんなお茶子ちゃんを舌で絡め取り、茂みの方へ投げ飛ばす。

 

「宿泊施設へ走って。戦闘許可は『(ヴィラン)を倒せ』じゃなく『身を守れ』って事よ。相澤先生はそういう人」

「梅雨ちゃんも!」

「もちろん私も…痛っ!」

 

 お茶子ちゃんに続いて跳ぼうとした瞬間、舌先に走る鋭い痛み。

 

「レロ…」

 

 ナイフで切られた? ナイフの間合いは把握していた筈…どうして?

 

「梅雨ちゃん♪」

 

 その声と共にトガ(ヴィラン)の手元でクルクルと回りながら、刃の長さを自在に変えるナイフを見て、疑問は解決したわ。ナイフの刃が伸縮するギミックが仕込まれていたのね。

 

「梅雨ちゃん…梅雨ちゃん♪」

「カァイイ呼び方。私もそう呼ぶね♪」

「やめて、そう呼んでほしいのは、お友達になりたい人だけなの」

 

 私を梅雨ちゃんと呼ぶトガ(ヴィラン)に、何とも言えない悪寒を感じながら、距離を取ろうとジャンプした瞬間―

 

「やーじゃあ私もお友達ね! やったぁ!」

 

 投げつけられた何かによって、私の髪が樹の幹に縫い付けられてしまったわ。

 

「梅雨ちゃん!」

「血ィ出てるねぇ、お友達の梅雨ちゃん! カァイイねぇ、血って私大好きだよ」

 

 動けない私に抱きつこうとするトガ(ヴィラン)。そこへ―

 

「梅雨ちゃんから離れて!」

 

 私を助けようと、お茶子ちゃんが一直線に向かって来たわ。

 

「セイッ!」 

 

 お茶子ちゃんは、無造作に突き出されたナイフを紙一重で避けると同時に、手刀の一撃でナイフを叩き落とし―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 “個性”を発動しながらトガ(ヴィラン)を持ち上げ、そのまま一気に投げ飛ばそうとしたんだけど…

 

「痛っ!」

 

 投げ飛ばされるよりも早く、トガ(ヴィラン)はお茶子ちゃんの太腿に注射器のような物を突き立てたわ。

 

「チウ、チウ…」

 

 思わず膝をついたお茶子ちゃんから、少しずつ吸い取られていく血液。状況が動いたのは、その時よ。

 

「麗日!? 蛙吹!?」

「常闇ちゃん、皆…!」

 

 奥の茂みから、常闇ちゃん達が飛び出して来たわ。常闇ちゃんが背負っているのは…障子ちゃん!?

 

「あっ、しまっ…」

 

 常闇ちゃん達の登場に、お茶子ちゃんが一瞬気を取られた直後、お茶子ちゃんを突き飛ばして距離を取るトガ(ヴィラン)

 

「人増えたので、殺されるのは嫌だから…バイバイ」

 

 そう言い残して、森の奥へ消えて行ったわ。

 

「何だ、今の女は…」

(ヴィラン)よ。クレイジーだわ」

 

 合流し、素早く情報を交換する私達。1人残った轟ちゃんが心配だけど…私達がやるべき事は一刻も早く、宿泊施設へ向かう事ね。急ぎましょう。

 

 

出久side

 

「ウォーターホース……パパ…ママ…も、そんな風にいたぶって…殺したのか…!」

 

 岩陰から飛び出した洸汰君が、マスキュラーへと石を投げつけながら発した言葉に思わず息を飲む。

 洸汰君は、マスキュラー(こいつ)がご両親を殺した(ヴィラン)だと知っていたのか…。

 

「あぁ…? マジかよ。ヒーローの子どもかよ? 運命的じゃねーか」

「衝撃の再会…いや、初めて会うから衝撃の対面ってやつか?」

 

 マスキュラーもトリケラトプス(ヴィラン)も、少なからず驚いているみたいだ。2人とも僅かに力を抜いている。

 

 

「ウォーターホース。この俺の左眼()を義眼にしたあの2人だ」

「おまえのせいで、おまえらみたいな奴のせいで…いつもいつもこうなるんだ!!」

 

 腹の底から声を振り絞り、怒りを露にする洸汰君。だけど、マスキュラーは涼しい顔だ。

 

「……ガキはそうやってすぐ責任転嫁する。良くないぜ」

「俺だって、別にこの眼の事恨んでねえぞ? 俺は“殺す(やりたい)”事やって、あの2人はそれを止めたがった」

「お互いやりてぇ事やった結果さ」

「兄貴の言うとおりだぜ、小僧。それに……兄貴はお前を救ってくれた(・・・・・・)んだ」

 

 トリケラトプス(ヴィラン)の発した言葉に耳を疑う。救ってくれた? 何を言っているんだコイツは…。

 

「理解出来ないって顔だな。なら、説明してやるよ。ヒーローって生き物はな。子どもを持つと狂う(・・)んだよ」

「自分の上位互換(・・・・)にしようと躍起になって、自分が叶える事が出来なかった夢って重荷(・・・・・)を背負わせようとする」

「自分で勝手に期待して、叶わなかったら、全責任を押し付けてくる。親になったヒーローなんて、道端に落ちた犬の糞にも劣る最低最悪の存在さ」

「小僧、ウォ-ターホース(お前の両親)だって、じきにそうなってた。そうなる前に、お前は解放されたんだ。兄貴に感謝こそすれ、恨むなんて筋違いもいいところだぜ」

 

 …この口ぶり、まさかとは思うけど……。

 

「お前も…ヒーローの子どもなのか?」

 

 間違っていてほしい。そう思いながら、心に浮かんだ疑問を口にする。その答えは―

 

「あぁ、そうさ」

 

 最悪のものだった。

 

「タックルヒーロー“ライノセラス”を知ってるか?」

「……7年の間、ヒーロービルボードチャートJPのトップ10に入り続けた強豪。3年前、惜しまれつつ引退した直後、自宅を突き止めていた(ヴィラン)の報復を受けて、無念の死を遂げた悲劇のヒーロー……まさか!」

「その、まさかだよ。ライノセラスを殺したのは…俺だ」

 

 

トリケラトプス(ヴィラン)side

 

 俺の告白を聞き、青褪めた顔の小僧どもを見ながら、俺はゆっくりと口を開く。

 

「そう…狂っちまう前のアイツは、ヒーロー活動に邁進し、たまの休日(オフ)には、家族サービスに励む…まともな父親だった」

「ランキングも右肩上がり…アイツにとっては、公私共に絶好調だった。だが、そんな日々は突然終わる」

「ヒーロービルボードチャートJP、第8位。それがアイツの限界(・・)だった。オールマイト、エンデヴァー、不動のトップ2はおろか、たった1つ上の7位にすら届かない。それほど絶対的な実力差に加え、虎視眈々と上を狙う下位のヒーロー達」

「自分はこれ以上先に行けない。限界を悟ったアイツは、今の地位を守る事に躍起になった。他のヒーローが追い詰めた(ヴィラン)を偶然を装う形で退治して、成果を掻っ攫ったり、後々脅威になると判断した若手を、トレーニングの名目で叩きのめして気力を削いだり、やれる事は何でもやってた」

「そして、最後にして最大の策として実行したのが…トリケラトプスという自分の上位互換な“個性”を持った俺を、ヒーローとして育て上げる事だった。俺をナンバー(ワン)にする事で、自分の夢を間接的に叶えようとしたのさ」

「奴の指導は常軌を逸していて、俺は何度も命の危険を感じた。そんな俺を心配したお袋に、アイツは暴力を振るい、夫婦関係も急速に悪化していったよ」

「「……………」」

 

 俺の話を聞いて、ただただ黙り込む小僧ども。もう一息だ。

 

「やがて、アイツは外に女を作り、滅多に家へ帰って来なくなった。たまに帰ってきたかと思えば、俺の成長具合を確認し、少しでも想定を下回っていれば、容赦なく暴力を振るう」

「アイツにとって俺は、叶いもしない夢を叶えるための道具で、お袋はそんな俺を世話する家政婦程度の存在になってた。こんな屑が、外ではランキング上位の強豪ヒーロー扱いだ。世の中狂ってると思わないか?」

「…に、逃げようと思わなかったのか? 行政に助けを求めるとか…」

「オイオイ、寝惚けた事言うなよ。相手は腐っても強豪ヒーロー。使える金も人員も桁違いさ。どこに逃げてもすぐに連れ戻される。お役所にしたって、実績豊かな強豪ヒーローと、それに反発するガキ。どっちの言う事を信じると思う?」

「そ、それは…」

「誰も助けちゃくれない。だったらどうする? 自分で何とかするしかないよなぁ! 俺は、心を押し殺して鍛錬に励んだ。いつの日かアイツの力を超えて、復讐する為にな!」

「そして3年前…お袋が病気で死んで、アイツがヒーローを引退したのを機に、俺は計画を実行した(アイツを襲った)。“個性”が上位互換である上に鍛え続けた俺と、現状維持に終始していたアイツ。その差は歴然だった」

「血反吐に塗れたアイツが、地面をのたうちながら死んでいく様子を見ながら、俺は決意したよ。ヒーローなんて人種が親になれば、碌な事にならない。コイツと同じ存在がまた現れる。俺と同じ目に遭う子どもが増える。だったら…俺が、子ども達を解放しようってな」

「それから俺は子持ちのヒーローだけを襲ってきたよ。3年で7人殺し、11人を再起不能にした。救った子どもは20人近くになる。どうだ? すげぇだろ!!」

 

 そうさ。俺の行いは子ども達の未来を守る…まさに正義(・・)の行い。

 (ヴィラン)と呼びたければ、呼ぶがいい。俺は、この狂った世界で正しい正義を実行するまでだ!

 

 

出久side

 

 トリケラトプス(ヴィラン)の告白。それはあまりに壮絶で、まだまだ未熟な僕が何を言っても、何の意味も無いのかもしれない。だけど…

 

「パパも…ママも…アイツの親みたいに…」

 

 虚ろな目のまま呆然と呟く洸汰君をこのままにはしておけない!

 

「洸汰君! こっちを見るんだ!」

「ッ!」

 

 突然の大声に体を震わせながら、涙目で僕の方を見る洸汰君。僕は洸汰君の肩に手をやると、軽く息を吸い…思いを言葉に変えていく。

 

「悔しいけど、アイツの経験してきた事は事実で、どうしようもない屑みたいな親は存在する…だけど、君のご両親は! ウォーターホースは! そんな屑の同類なのか?」

「君の思い出の中にいるご両親は、君にそんな事をするような奴らなのか? どうなんだ!」

「………ち、がう。パパも、ママも…そんな事しない! するもんか!」

 

 僕の問いに泣きながらそう答える洸汰君。そうだ、君が信じなくて、誰がご両親を信じるんだ!

 

「ご両親を信じるんだ。それは子どもである君にしか出来ない事だから」

「ハッ、流石はヒーロー志望。詭弁もお手の物だな」

「黙れよ…」

 

 洸汰君への言葉を詭弁と笑うトリケラトプス(ヴィラン)に、僕は向き直り―

 

「アンタの過去は悲惨で…心底同情するよ。だけど、どんなに自分が不幸だったからって…自分勝手な考えで、他人(ひと)から家族を奪って良い理由にはならない!」

「自分の不幸を、他人(ひと)に押し付けるな!!」 

 

 湧き上がる思いをぶつけながら、『フルカウル』の出力を45%(自壊半歩手前)まで高めると―

 

「さぁ、来いよ。相手になってやる!」

 

 敢えて挑発的な台詞と共に構えを取った。

 

「ハハッ! 相手になってやる、なってやるだと? 上等だ、だったら最後まで楽しませろ!!」

 

 そんな僕が心底おかしく見えた(・・・・・・・)のだろう。抜いていた力を入れ直すマスキュラーとトリケラトプス(ヴィラン)

 

「ミンチになるまで、いたぶってやる!」

 

 叫びと共に右腕を振り上げ、向かって来るマスキュラー。まともにぶつかれば、さっきの二の舞。だけど、対抗策はある。

 綱渡りみたいな危なっかしい方法。出来るならやりたくはない。だけど、雷鳥兄ちゃんなら間違いなく選択するだろう。一言こう言って―

 

「分の悪い賭けは嫌いじゃない! ワン・フォー・オール、フルカウル! 50%!」

 

 『フルカウル』の出力を45%(自壊半歩手前)から、更に一歩踏み込む! 今の僕なら、この出力でも数十秒なら耐えられる筈だ!

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

「うぉらぁっ!」

 

 僕の50CALIBER(フィフティーキャリバー)スマッシュと、マスキュラーの右ストレートの激突。

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

「何だ!? さっきまでと―」

 

 2度目の激突で自身が勝った事で、出力45%が僕の限界(・・)だと、マスキュラーが誤認していた事。

 マスキュラーの攻撃が、僕の限界を上回る程度に調整されていた事。

 そして、僕の攻撃が50CALIBERスマッシュ(最強必殺技)だった事。それら全てが僕に味方した。

 

「吹っ飛べぇ!!」

「ごはぁ!!」

 

 血反吐を撒き散らしながら吹き飛び、崖に叩きつけられるマスキュラー。

 

「兄貴!?」

 

 マスキュラーが吹き飛んだ事に驚き、一瞬その動きを止めるトリケラトプス(ヴィラン)。その隙を突いて、僕は一気に間合いを詰め―

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマッシュ! シックスオンワン!」

 

 44MAGNUMスマッシュを一点集中の6連発で打ち込む!

 

「ぐはぁぁぁぁぁっ!!」

  

 マスキュラー同様、血反吐を巻き散らしながら吹き飛び、崖に叩きつけられるトリケラトプス(ヴィラン)

 

「やった…ぐぅっ!」

 

 2人を倒し、わずかに気が緩んだ途端、右腕に走る鋭い痛み。

 

「やっぱり…無理があったな」

 

 呼吸を整えながら、ゆっくりと右手を握り、状態を確かめる。折れては…いない。拳と腕の骨にヒビが入ったってところだ。

 

「だ、大丈夫…か?」

 

 不安げに僕の顔を覗き込む洸汰君。ごめんね、不安な思いをさせちゃって。

 

「大丈夫だよ。さぁ、施設に行こう。ここからならすぐに―」

 

 その瞬間、猛烈な悪寒が背中を走った。思わず振り向くと、そこには―

 

「ウソ…だろ…」

「良いパンチだったが……俺を仕留めるには、ホンの少し足りなかったぞ。しかしやるなぁ…緑谷!」

「効いたぜ…さっき喰った物、全部吐いちまった…アバラも何本かヤバイか」 

 

 ゆっくりと立ち上がるマスキュラーとトリケラトプス(ヴィラン)の姿。2人とも相応のダメージを負ってはいるけど、戦闘不能とはとても言えそうにない。

 

「まさか、これほどとは思ってなかった。正直、舐めてたよ。お前を…やめるよ! 遊びは終いだ! お前強いもん!」

 

 マスキュラーはダメージで破損した左の義眼を外すと―

 

「こっからは……本気の義眼()だ。100%でぶっ潰す!!」

 

 別の義眼に付け替え、全身を今まで以上の筋肉で肥大化させていく。

 

「俺も全力だ!」

 

 トリケラトプス(ヴィラン)も、今までとは目の色が違う。さっきのように、相手の慢心や油断を突くような戦いはもう出来ないだろう。だとすれば…

 

「洸汰君…あいつらは何としてでも食い止める。僕とあいつらがぶつかったら(・・・・・・)、全力で施設へ走るんだ」

「ぶつかったらって…おまえ、まさか!」

「無理だ! 逃げよう…1人であんな化け物に勝てる訳ないじゃん!!」

「大丈夫…勝てなくても負けないから!」

 

 洸汰君にぎこちない笑顔を見せ、ゆっくりと呼吸を整える。両腕と引き換えにしてでも、あの2人は倒す。倒してみせる!

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル!」

 

 体が自壊する事も構わず、『ワン・フォー・オール』の出力を100%に引き上げ―

 

「ダブルサンダー! ブレーク!」

 

 その直前、落雷と見間違う程の強烈な電撃が、マスキュラーに叩き込まれた。

 

「がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 完全に不意を突かれた攻撃に、声を上げるマスキュラー。直後、1つの影が僕達を庇う様に飛び出し―

 

「ライトニングソニック!!」

 

 トリケラトプス(ヴィラン)の顔面に電撃キックを叩き込む! あれは…来てくれたんだね!

 

「出久! 待たせたな!」

「雷鳥兄ちゃん!」

 

 僕と洸汰君を庇うように立ちながら、構える雷鳥兄ちゃん。だけど、そこから漂う雰囲気はいつもとは違って―

 

「てめぇら…小さな子どもだけじゃなく、俺の甥っ子にも随分な真似してくれたな…ただで済むと思うなよ!」

 

 怒りの感情を前面に出している。でも、洸汰君が怯えるから、殺気はあいつらだけに向けて…ほしいかな。

 

「お前も…リスト(・・・)にあったぞ! オールマイトの弟子!」

「吸阪雷鳥! 2人纏めて仕留めれば、死柄木さんからの特別報酬が、500万っすよ!」

「2人で500万? 随分と安く見られたもんだな…まぁいい、その臨時収入とやら、取らぬ狸の皮算用になると…覚悟しときな」

「雷鳥兄ちゃん。僕も―」

「…やれんのか?」

「…もちろん!」

「わかった。頼む」

 

 並び立つ僕と雷鳥兄ちゃんを睨みつける、マスキュラーとトリケラトプス(ヴィラン)。戦いの再開だ!  




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第89話:林間合宿ーその13ー

お待たせしました。
第89話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


死柄木弔side

 

「戻りました」

 

 そんな声と共に黒い靄の中から出てきた黒霧に、俺は片手を軽く上げる事で答える。

 

「手筈通り、チンピラを50人ほど麓の町へ送り込みました」

「これで、特別講師の連中(・・・・・・・)は足止め…救援に向かったとしても2人が限度だろう」

 

 エンデヴァー事務所から、サイドキック上位7人を特別講師として招集するとは、雄英高校もなかなか味な真似をしてくれる。情報を入手出来たのは、本当に幸運だった。

 

(俺達)の行動を警戒して、必要最低限の人員で動いたんだろうが…それがそもそもの失敗だ。現場のプロヒーローだけで、開闢行動隊の襲撃を防ぎきる事はまず不可能」

「生徒どもを戦わせるという選択肢もあるが…警戒に値するのは1年A組のみ、B組は一山幾らで話にならない」

「そもそも襲撃を受けた(・・・・・・)って事実そのものが、奴らにとっては大きな傷だ。そこへ生徒が1人でも重傷を負った(・・・・・・)死亡した(・・・・)、なんて事になれば…その傷は致命傷となり得る」 

 

 俺はグラスの中の水割りを一気に飲み干すと、空になったグラスを握りしめる(・・・・・)

 

「それがこの狂った超人社会の終わりの始まり(・・・・・・・)だ」

 

 粉々に崩壊したグラスだった物(・・・・)を見つめながら、俺は笑いを抑えらずにいた。

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「小森! 取蔭! 気をしっかり持て! 目を瞑るな!」

 

 森の中を漂う毒ガスにやられ、意識を失いかけていた小森と取蔭を発見した俺は、敢えて厳しい言葉をぶつけながら小森を背負い、取蔭を抱きかかえて、宿泊施設へと急ぐ。

 

「森に火を放ち、毒ガスを撒く…(ヴィラン)達は、周到に練られた計画の上に動いている…考えたくはない。考えたくはないが…」

 

 自分の脳裏に浮かぶ最悪の状況。それを必死に否定しながら走っていると―

 

「ッ!」

 

 少し先の茂みから感じたのは複数の気配。咄嗟に急停止し、万が一に備える。直後―

 

「先生!」

「お前達か」

 

 飛び出して来たのは常闇達8人*1。それに内心安堵しながら、状況を確認。

 小森と取蔭を常闇達に託し、残った生徒達を保護に向かうかどうか…俺は数秒だけ考え―

 

「よし、宿泊施設へ急ぐぞ。キツイとは思うが、もう少しだけ踏ん張れ。出来るな?」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

 

 こいつらを施設へ送り届ける事を優先する。それに、非合理的ではあるが…俺も宿泊施設へ一旦戻った方が良いような気がするしな。

 

 

轟side

 

「肉…見せて」

 

 気味の悪い事を言いながら、鋭い歯を何本も伸ばして攻撃を仕掛けてくる(ヴィラン)

 

霜巨人の大盾(ヨートゥンシールド)!」

 

 俺は矢継ぎ早に迫る攻撃を氷壁を作り出して防御。それと同時に最大出力の氷結を放つが―

 

「チィッ…」

 

 (ヴィラン)は、近くの樹に打ち込んだ自身の歯を素早く伸縮させる事で、氷結を軽々と避けていく。

 

「地形と“個性”の使い方が上手ぇな…」

 

 さっきからこの繰り返しだ。全身を拘束着に包んだ姿といい、相当場数を踏んだ…ヤバイ(ヴィラン)だな…。

 炎が使えるなら話は変わってくるが、森の中(ここ)で下手に炎を使うのは自殺行為と言っていい。

 

「炎を撃つなら、確実に当てられる状況に持ち込まねぇと…」

 

 そう呟きながら、ふと背後に目をやれば、20mも行かないうちにガス溜まり…わかりやすく縛り(・・)を掛けられてんな……。

 

「…待てよ」

 

 ガス溜まりを見て、1つ作戦を思いついた。吸阪や緑谷なら、もっと上手い方法を考えるだろうが…それでも試す価値はある!

 俺は氷結で(ヴィラン)を牽制しながら、これまでに作り出した氷壁。その中でも一際大きい物に駆け寄り―

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 最大出力で炎を放つ。瞬く間に氷壁は溶け、かわりに大量の水蒸気が発生。周囲を霧で包んでいく。

 

「勝負は…ここからだ」

 

 

ムーンフィッシュside

 

「霧? 隠れる…駄目だぁぁぁ、肉、見せてぇ!」

 

 アイツ、霧に紛れて、逃げる! そんなの許さない!

 

「うぁぁぁぁぁっ!!」

 

 微か、見えた影、手当たり次第、攻撃! 攻撃!

 

「肉見せろ! 断面、見せろぉぉぉぉぉっ!!」

 

 人間サイズの影、見つけた!

 

「肉! 肉肉肉ゥッ!」

 

 次々、歯刃突き立てる! これで、見れる! 断面、見れ…

 

「これ、肉じゃない…氷」

「俺が作った氷像だ」

「お前!」

 

 いつの間、真下! 

 

竜の咆哮(ドラゴンロアァァァァァッ)!!」 

 

 

轟side

 

 真下から竜の咆哮(ドラゴンロアー)を受け、プロペラの様に回りながら空中へ舞い上がり、そのまま自由落下した(ヴィラン)へ、警戒しながら近づいていく。

 かなりの高さから落下した、そのダメージは相当なものだが…。

 

「あ、が…に、く……」

 

 どうやら生きてはいるようだ。だが落下の衝撃で、手足は全て有り得ない方向に曲がっているし、歯も根元から砕けている。“個性”はおろか、動く事も出来ないだろう。

 

「さて、どうするか…」

 

 いくら(ヴィラン)とはいえ、有毒ガスが漂う場所に放置するというのも躊躇われる。

 

「氷漬けにして、施設へ運ぶか…」

 

 自分の出来る最良の方法を実行しようとしたその時―

 

「その必要はありませんよ。もはや、彼に価値はありませんから」

 

 突然、背後から声が響く。

 

「ッ!」

 

 反射的に氷結を放ちながら距離を取れば、そこに立っていたのはトレンチコートとシルクハット、そして仮面を身に着けた森の中(この場)には相応しくない格好をした男。こいつも(ヴィラン)か…。

 さっきまでの相手とはまた違うヤバさ(・・・)を漂わせる(ヴィラン)に、俺は最大限の警戒を保ちながら、構える。

 どうやら、まだ施設の方には戻れそうにないようだ。

 

 

雷鳥side

 

「兄貴、どっちを()りますか?」

「俺は緑谷を()る。電気使いなんぞ潰してもつまらん(・・・・・・・・)からな」

「だったら、俺が吸阪雷鳥っすね!」

 

 俺と出久を無視して、どちらと戦うかを決めるマスキュラーとトリケラトプス(ヴィラン)。それにしても…潰してもつまらないとは、随分と舐めてくれる。

 だったらこっちも、相応の態度(・・・・・)で臨んでやるよ。

 

「そこの3本角、念の為聞いておきたいんだけどさぁ…」

「何だ? 命乞いなら、するだけ無駄だぜ」

「そんなんじゃないさ……お前らの葬式(・・)は、何宗で出せばいい(・・・・・・・・)?」

「……葬式を出してやるのは、こっちの方だ!」

 

 叫びと共に体当たりを仕掛けてくるトリケラトプス(ヴィラン)。そのスピードと迫力は凄まじく、本物のトリケラトプスを彷彿とさせる。だが―

 

「ヒーロー殺しに比べれば、まだ遅い! ライトニングフルカウル…発動!」

 

 串刺しにしようと迫る3本の角を、俺流フルカウル改めライトニングフルカウルを発動する事で反応速度を高めた俺は、紙一重で回避し―

 

「そらよっ!」

 

 タイミングを見計らって、足払い! 

 

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 派手に転倒し、その勢いのまま崖を転がり落ちていくトリケラトプス(ヴィラン)。崖下に着いてもその勢いは止まらず、ボウリングの様に木を何本も倒して、ようやく停止した。

 

「今ので行動不能になっていればいいんだが…」

 

 淡い期待と共に下を覗き込むが…

 

「ぬがぁぁぁぁぁっ!」

 

 そうは問屋が卸さない…か。

 

「出久。マスキュラー(そいつ)は任せた!」

 

 出久にそう言い残し、比較的傾斜が緩やかな所から、崖下へ滑り降りていく。

 

 

 崖下に降りた俺を待ち構えていたトリケラトプス(ヴィラン)。出久との戦いに加え、崖からの落下で相当なダメージを負っている筈だが、まだ戦闘不能には至っていない。そして―

 

「手前…舐めた真似しやがって!」 

 

 その表情はこれ以上無いほど怒りで彩られているが…。

 

「ハッ、子ども庇いながら戦ってる出久を2人がかりで攻撃するような恥知らず(・・・・)チキン野郎(・・・・・)なんざ、この位の扱いで十分なんだよ」

 

 俺は敢えて、更に煽る。

 

「チキンじゃないなら、かかって来いよ。殴り合いで勝負つけようぜ」

「なんだと…」

「あぁ、悪い! マスキュラーの腰巾着(・・・)なお前1人じゃ、怖くて殴り合いなんか出来ないか!」

「…やるよ」

「え? なんだって?」

「やるって言ってんだよ! 手前ぶちのめして、ミンチになるまで引き摺り回してやるよ!」

 

 俺の煽りで、完全にキレたのだろう。目を真っ赤に血走らせながら、体当たりを仕掛けてくるトリケラトプス(ヴィラン)。悪いが…狙い通り(・・・・)だ。

 

「吹っ飛びやがれぇぇぇぇぇっ!!」

「お生憎様!」

 

 先程同様、ライトニングフルカウルを発動する事で反応速度を高めた俺は、紙一重で回避し―

 

「せいっ!」

 

 お返しの掌打を、トリケラトプス(ヴィラン)の側頭部に叩き込む!

 

「……何の真似だ? 鼓膜を破った程度、蚊が刺したほどにも感じねぇぞ!!」

 

 己のタフさを誇示するかのように吠えながら、方向転換するトリケラトプス(ヴィラン)

 

「緑谷出久みてぇなパワーも無いお前に! 俺が! 倒せる訳!」

 

 ねぇだろうが! 恐らくそう続けたかったであろう突進は、突然の転倒で終わりを告げる。

 

「な、なんだ! た、立て、ねぇ…」

 

 転倒した状態からなかなか起き上がれず、起き上がっても悪酔いしたようにふらつくトリケラトプス(ヴィラン)。俺はこれ以上無いほど邪悪な笑みを浮かべ―

 

「掌打と同時に電磁衝撃波を叩き込んで、三半規管を麻痺させた。鼓膜を破ったのはあくまでもオマケ」

「さ、三半規管!?」

「鼓膜の内側にある平衡感覚を司る器官だ。そこが麻痺した今、お前からは平衡感覚が失われ、動く事はおろかまともに立つ事も出来ない状態だ」

「なん、だと…」

 

 俺の言葉に顔を歪ませ、掴みかかろうとするトリケラトプス(ヴィラン)だが、すぐに足を縺れさせて倒れてしまう。

 

「さて、さっき言ってくれたな。俺には出久みたいなパワーは無いって。残念ながらそれは事実だ。俺には一撃必殺を狙える程のパワーは無い。だからさ…手数に頼らせてもらう(・・・・・・・・・・)

「さて、何発でKO出来るかな?」

 

 なんとか立ち上がったトリケラトプス(ヴィラン)に、俺はそう宣告すると、両拳に電撃を纏わせ―

 

「ライトニングプラズマ!!」

 

 連打(ラッシュ)を叩き込む!

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 10発、20発、30発。この程度では、トリケラトプス(ヴィラン)は倒れない。

 

「だららららららららららっ!」

 

 60発を超えたが、まだ倒れない。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 

 90発を超え―

 

「ライトニングボルト!」

 

 ジャスト100発を一区切りに、連打(ラッシュ)を一旦ストップ。すると―

 

「………ゴフッ」

 

 全身を満遍なく殴られ続けたトリケラトプス(ヴィラン)は、吐血と共に無言で崩れ落ちた。完全に白目を剥いており、暫く起き上がる事は無いだろう。

 

「出久を甚振ってくれたお礼だ。この程度(・・・・)で済んだ事をありがたく思うんだな」

 

 

出久side

 

「思わぬ形で休憩になったが…こっちも再開しようぜ! 緑谷!」

 

 崖下に降りて行った雷鳥兄ちゃんを見送った直後、仕切り直しと言わんばかりに声を張り上げ、向かって来るマスキュラー。僕は洸汰君を背後に庇いながら、素早く考えを巡らせる。

 先程までと違い、油断も慢心も無い100%の攻撃。悔しいけど、『フルカウル』の出力を45%(自壊半歩手前)どころか50%(限界の一歩先)まで上げたとしても、力負けするだろう。右腕が傷ついた状態なら猶更だ。

 策も無しに正面からぶつかれば、僕も洸汰君もやられる…どうする?

 

「死ねやぁぁぁぁぁっ!!」

 

 大型ハンマー(スレッジハンマー)なんて例えが陳腐に思えるほど、巨大なマスキュラーの右腕が僕達に迫る。その時―

 

 -改良……緑谷君の戦い方はパンチ主体だよね? 月並みだけど…キックを使う頻度増やすとか…どうやろ?-

 

 麗日さんの言葉が脳裏に浮かんだ。そうか!

 

「はぁっ!!」

 

 僕はマスキュラーのパンチを、右の上段回し蹴りで迎え撃つ! その結果は―

 

「ぬぉぉぉっ!」

 

 僕の勝ちだ! 拳を弾かれ、後退するマスキュラー。その顔は驚愕で彩られている。

 

「足は腕の3倍力があるって言うけど…本当だね」

 

 どうして今まで足技を多用してこなかったのか…僕は微かに自虐的な笑みを浮かべ、一足飛びでマスキュラーとの間合いを詰める。

 

「ぬがぁぁぁっ!」

 

 僕を近付かせまいと、半ば反射的に放たれたマスキュラーのパンチを掻い潜り、攻撃開始だ!

 

「梅雨ちゃん、技を借りるよ!」

 

 まず放ったのは、右の跳び回し蹴りから左の後ろ回し蹴り、更に二段爪先蹴りへと繋げるコンビネーション。梅雨ちゃんの必殺技の1つFROPPY.()Combination.()Arts.()version2()だ。

 梅雨ちゃんほど洗練されてはいないけど、7割程度の再現は出来る!

 

「ぐぅっ…」

 

 脳天に二段爪先蹴りを受け、よろめくマスキュラー。回復の隙は与えない。このまま一気に勝負を決める!

 

「今度はこの技!」

 

 僕は全力で真上にジャンプし、空中で一回転。

 

「必殺! 堕天使の戦斧(ルシファーズバルディッシュ)!」

 

 常闇君が得意とする、落下の勢いを加えた踵落としを、再度脳天に叩き込む!

 

「げぼっ…」 

 

 強烈な衝撃に一瞬白目を剥き、膝から崩れ落ちていくマスキュラー。そのまま倒れこむかと思ったけど―

 

「や、やるじゃねえか…緑谷…」

 

 地面にキスする寸前、マスキュラーは意識を取り戻した。 

 

「ここまで追い詰められたのは、初めてだ…もっと、もっと、殺しあおうぜ! 緑谷ァ!!」

 

 狂気の笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がり、叫ぶマスキュラー。あれだけの攻撃を受けても立ち上がるなんて、驚異的なタフネスだ。こうなったら!

 

「雷鳥兄ちゃん、封じ手(・・・)を使うよ!」

 

 余程の事がない限り使うな(・・・・・・・・・・・・)って言われていたあの技を使う!

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 全力でマスキュラーの懐に跳びこんだ僕は、そのままマスキュラーの両腕をクロスさせた状態で掴むと―

 

BUNKERBUSTER(バンカーバスター)! クラァァァァァッシュ!!」

 

 クロスした肘の部分に膝蹴りを叩き込み、その勢いを利用して投げ飛ばした!

 膝蹴りで両肘が砕けたマスキュラーは、受け身を取れないまま頭を地面に叩きつけられ―

 

「………グハッ!」

 

 吐血と共に、崩れ落ちた。

 

「…やった」

 

 ようやくマスキュラーを倒せた事に、心の底から安堵する。パワーやタフネスという点では、ヒーロー殺しをも上回る強敵だった。

 

「出久も仕留めたか」

 

 そこへ何事も無かったように戻って来る雷鳥兄ちゃん。平気な顔をしているけど―

 

「雷鳥兄ちゃん、拳から血が出てるよ」 

「ん? おぉ、掠り傷だ。少しばかり(・・・・・)殴り過ぎたんでな」

 

 一体何十発殴ったんだろう。少し心配になる。

 

「後で消毒液(マ〇ロン)でもつけておくよ。さぁ、宿泊施設へ洸汰君を送り届けるぞ」

「そうだね。行こう洸汰君」 

 

 とにかく、今は洸汰君を無事に送り届ける事が先決だ。マンダレイを安心させないと。

 

 

ブラドキングside

 

「こんなところにまで、考え無しのガン攻めか! 随分舐めてくれる!」

 

 まだ戻って来ていないクラスメートを助けに行かせてくれ。そう声を上げる生徒達を落ち着かせている最中、空気も読まずに攻撃を仕掛けてきた(ヴィラン)を、俺自身の血で拘束しながら、そう吐き捨てる。

 

「『操血』…強ぇ!」

「流石は僕らのブラド先生!」

 

 生徒達は…無事だな。距離を取って、こちらの用数を窺っている。

 

「そりゃあ舐めるだろ。思った通りの言動だ」

「後手に回った時点で、おまえら負けてんだよ」

「………ッ!」

 

 (ヴィラン)の言葉に思わず、声が詰まる。限られた人間しか知らない筈の合宿地で、(ヴィラン)の襲撃を受けた。それがどのような意味を持つかなど考えなくてもわかる。

 

「ヒーロー育成の最高峰雄英と、平和の象徴オールマイト。ヒーロー社会に於いて、最も信頼の高い2つが集まった」

「ここで信頼が揺らぐような案件が重なれば………その揺らぎは社会全体に蔓延すると思わないか?」

「例えば、何度も襲撃を許す杜撰な管理体制。挙句に、大勢の生徒を犯罪集団に傷つけられる弱さ」

「貴様!」

 

 (ヴィラン)の言葉に、怒りが湧き上がる。教師()の前で生徒を傷つける事を宣言するとは―

 

「無駄だブラド」

 

 怒りの声を上げようとしたまさにその直前、戻って来たイレイザーが(ヴィラン)の頭に蹴りを叩き込んだ。

 

「こいつは煽るだけで情報出さねえよ」

 

 拘束された状態で床に倒れた(ヴィラン)へ、イレイザーは容赦無くストンピングを繰り返す。その姿に冷静さが戻って来る。

 

「それに見ろ。こいつは偽者だ。おそらく分身か複製を作る“個性”の使い手が、敵集団にいるんだろう」

 

 イレイザーの言葉通り、ボロボロに崩れていく(ヴィラン)。意志を持った人間の複製を作り出すとは、恐るべき“個性”だ。

 

「随分な数が集まったな…生徒を保護したか…」

 

 崩れ落ちながら再び口を開く(ヴィラン)。今度は何を言うつもりだ…。

 

「考えなかったか? 俺が来るまで宿泊施設(ここ)が襲撃を受けなかった事の不自然さを…生徒がここに逃げ込む時、何の妨害も無かった事を…」

 

 (ヴィラン)の言葉に衝撃を受ける俺とイレイザー。たしかに、宿泊施設(ここ)だけ襲撃を受けなかったのは、あまりに不自然…。

 

「全員じゃないが、これだけ集まれば十分…だ…」

 

 そう言い残して、完全に崩れ去る(ヴィラン)。まさか、(ヴィラン)の狙いは!

 

「全員! ここから退避しろ!」

(ヴィラン)の狙いは!」

 

 俺とイレイザーが声を上げた次の瞬間、爆音と共に外壁が吹っ飛び―

 

「プロと雑魚、合わせて28人か……全員、皆殺し(・・・)だ…」

 

 仮面で顔を隠した4本腕の(ヴィラン)が姿を現した。こいつは、先日オールマイトとイレイザーが遭遇した…絶無!

*1
障子、常闇、心操、麗日、蛙吹、耳郎、葉隠+B組の鱗




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第90話:林間合宿ーその14ー

お待たせしました。
第90話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。

今回、少々残酷な描写がある為、必須タグを追加しております。


レッドワスプside

 

「ポイズンスティング!」

 

 一瞬の隙を突いて、右腕から伸びた針を(ヴィラン)の左脇腹へ突き立て、麻痺毒を流し込む。

 

「ぐ、が、あ…」

 

 数秒もしない内に(ヴィラン)は全身が麻痺し、地上へと真っ逆さまに落ちていく。

 現在の高度は約150m。このまま何もしなければ、地上に無防備のまま叩きつけられ、間違い無く即死だ。

 

「ブロッサム! 頼む!」

「お任せください!」

 

 もっとも、何の備えもしていない訳じゃない。あらかじめ地上に降ろしておいたブロッサムが、“個性”で蔓を強化し、ネットを作り上げている。

 無事にネットで受け止められた(ヴィラン)をブロッサムが手早く拘束。これで一安心だが…。

 

「まさか、俺達が救援に向かう事も予測していたとはな…」

 

 全速力で宿泊施設へ向かう俺とブロッサムを待ち構えていたのは、『螻蛄(ケラ)』の“個性”を持った(ヴィラン)

 螻蛄の七つ芸という言葉があるように、器用貧乏なイメージがある螻蛄だが、逆を言えばあらゆる能力が過不足なく纏まっているという事。

 正直な話、ブロッサムの援護が無ければ今以上に苦戦し、下手をすれば救援自体不可能になっていたかもしれない。

 

「それにしても…ブロッサム」

「はい?」

「お前やルージュ、ビートの母校を悪く言う気は無いが…雄英高校はどんだけ(ヴィラン)の恨み買ってんだよ! この襲撃の規模、学生の林間合宿を襲うってレベルを遥かに超えてるぞ!」

「わ、私に言われても…」

 

 再びブロッサムを抱えて飛び上がり、宿泊施設へ向かいながら思わず愚痴る。こう言っちゃなんだが…嫌な予感がするぜ。

 

 

荼毘side

 

「流石だぜ、絶無の奴! ド派手に始めやがった!! あの馬鹿、派手なら良いってもんじゃないんだよ!!」

「始めたか…この作戦も最終段階だな」

 

 トゥワイスからの報告を聞きながら、俺は静かにそう呟くと―

 

「………」

 

 10mほど先にある茂み、その1点(・・・・)を凝視する。俺の勘が正しければ、あそこに…。

 

「おい荼毘! そういやどうでもいい事だがよ!」

「脳無って奴、呼ばなくていいのか!? お前の声にのみ反応するとか言ってたろ!? とても大事な事なんだろ!!」

 

 ……まぁ、気配から見て大した獲物じゃない。捨てて置くか。

 

「あぁ、いけねえ。何の為に戦闘加わんなかったって話だな」

「感謝しな! 土下座しろ!」

「死柄木から貰った俺仕様(・・・)の怪物…」

「1人くらいは…殺してるかな」

 

 

泡瀬side

 

「八百万! 生きてるか!? おい!! しっかりしてくれ!!」

「すみません…泡瀬さん…大…丈夫です…」

 

 俺の問いかけに、たどたどしい口調で答える八百万。だけど、その頭から大量に血が流れてるし、背中も派手に切られてる…。

 

「畜生! 畜生!」

 

 背負った八百万を万が一にも落とさない様、自分の“個性”で接合し、必死に走る。

 俺は…俺は、何やってんだよ! 鉄哲と拳藤の事があったとはいえ、(ヴィラン)に不意打ち許して、俺を庇った八百万にこんな大怪我させて…もしも八百万に万が一の事があったら…俺は、俺は…!

 

「ネホヒャン!」

 

 自己嫌悪と後悔で、頭の中が一杯になりそうなタイミングで聞こえてきた異質な声。思わず背後に視線を送ると―

 

「マジかよっ!」

 

 俺達に不意打ちを仕掛け、そのまま何処かへ走り去った筈の(ヴィラン)が、俺達を追いかけて来ていた。

 6本の腕に直接チェーンソーやドリル、ハンマーがくっついた異形型…いや、あれが異形型かどうかなんて関係無い。今、確実なのは―

 

「ネホヒャン!」

 

 アイツがチェーンソーやハンマーを振り回しながら、俺達を追いかけているという事! 追いつかれたら、間違いなく…殺される!

 

「殺されて…たまるかよっ!」

 

 そう叫びながら、必死に走る。せめて、せめて八百万だけでも!

 

「泡瀬、さん……こ、れを…」

 

 八百万の声が聞こえたのはその時だ。視線を動かすと、そこには―

 

「使って…ください。この、サイズなら…通用する筈……」

 

 アクション映画に出てくるような大型の銃が…八百万が創造したのか?

 

「この、ままだと…追いつかれ、ます……戦わ、ないと…」

「だけど、俺…銃なんか撃った事……」

「大、丈夫…DP-12(それ)は、散弾銃(ショットガン)…銃口を向け、て…引き金、を、引けば…大体、当たります。それに…」

 

 発射されるのはゴム弾。八百万のその言葉に覚悟を決める。ここまで不様な姿見せ続けてきたんだ…ここでやらなきゃ、どうしようもねぇ!

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

 

 叫び声と共に急停止した俺は、素早く(ヴィラン)の方に向き直ると、散弾銃(ショットガン)の銃口を向け―

 

「くらえ! 化け物!!」

 

 引き金を引いた。乾いた音と衝撃と共に、ゴム製の散弾が発射され、(ヴィラン)に命中する。

 

「ヒャン!」

 

 ゴム弾が命中すると声を上げ、動きを止める(ヴィラン)。よし! 効いてる!!

 俺は八百万に促されるまま、2発発射する度にレバーをスライドさせる。を繰り返し、14発分のゴム弾を撃ち込んだ。

 

「やった…のか?」

 

 動かなくなった(ヴィラン)に銃口を向けたまま、思わず呟く。ゴム弾だけど、あれだけ撃ち込んだんだ。倒せたよな? 倒せたんだよな?

 

「ヒョウカイ!」

「ッ!」

 

 だけど俺のそんな願いも空しく(ヴィラン)は立ち上がり―

 

「ネホヒャン!」

 

 回れ右をして、歩き出した。  

「何だ……帰る、のか?」

「泡瀬さん!」

 

 訳が分からずにいる俺を再び動かしたのは、八百万の声。

 

「“個性”でこれを…奴に」

「これを、くっつければ良いのか?」

「いいから早く…行って、しまいます…」

 

 このボタンみたいな物が何なのかわからないまま、俺は(ヴィラン)に近づき、“個性”を発動しながらその背中に触れ、ボタンみたいな物を結合させる。

 

「………ネホヒャン!」

 

 俺に触られても(ヴィラン)は、何の反応も示さなかった…た、助かった……。

 

「いけねぇ! 休んでる場合じゃない!」

 

 早く、八百万を宿泊施設まで運ばねぇと!

 

 

イレイザーヘッド(相澤消太)side

 

「プロと雑魚、合わせて28人か……全員、皆殺し(・・・)だ…」

 

 外壁を吹っ飛ばして現れた仮面の(ヴィラン)、絶無。奴が皆殺しを宣言するのと同時に、俺とブラドは飛び出した。

 A組生徒(教え子達)は、B組生徒を守りつつ後退している…だったら、やるべき事は1つ!

 

「ブラド! 合わせろ!」

「言われるまでもない!」

 

 絶無の無力化だ!

 

「まずはプロ2人からか! 面白れぇ!」

 

 血に飢えた獣。そう表現出来るような声を発しながら、俺達へ向かってくる絶無。

 

「蜂の巣になりなぁ!」

 

 本来の腕よりわずかに細い…2本の副腕、その掌から短い間隔でレーザーを乱射し、弾幕を張るが―

 

「舐めるな!」

 

 このレベルの攻撃なら、許容範囲だ。ブラドは自らの血を固めて作った盾で、俺は捕縛武器を振るう事で、それぞれレーザーを防ぎ、間合いを詰めていく。

 

「ハッ! そうでないとな!」

 

 ある程度間合いを詰めたところで、絶無は戦い方を変えてきた。レーザー攻撃を止めると同時に4つの手、その甲から白く輝く刃を生やし、斬りかかってきたのだ。

 

「オラオラオラァッ!」

 

 4つの刃を縦横無尽に振り回し、怒涛の攻めを仕掛ける絶無。色合いや質感から見て、エナメル質で形成された刃…硬度や切れ味は相当なものだろう。だが―

 

「武器は一流でも、使う技術はそうではないらしい」

 

 ただ振り回すだけの武器に当たるほど、俺達は甘くない。短いが確実に存在する隙を突いて、俺の捕縛武器とブラドの血で、絶無を拘束する。

 

「俺達を皆殺しにする等と意気込んだ割には、呆気ない幕切れだな。潔く投降しろ」

 

 ガチガチに拘束した絶無に険しい顔を見せながら、投降を促すブラド。一見、俺達の完勝だが…何かがおかしい。 

 宿泊施設に集まった生徒達を一網打尽にする事が目的だった絶無が、この程度(・・・・)なのか?

 何とも言えない違和感が頭の中を駆け巡った次の瞬間―

 

 -それに見ろ。こいつは偽者だ。おそらく分身か複製を作る“個性”の使い手が、敵集団にいるんだろう-

 

 ホンの数分前、自らが発した言葉を思い出す。そういう事か!

 

「ブラド! そいつは分身だ! すぐに―」

 

 離れろ! そう言い終える前に、数十m先の茂みから何かが跳び出した。分身ではない…本物の絶無だ!

 

「くらいな!」

 

 50m近いジャンプで俺達の頭上を取った絶無。その副腕が煌めき、乱射される幾筋ものレーザー。

 

「ごふっ…」

 

 拘束され、地面に転がっていた絶無の分身は、瞬く間に蜂の巣となり、ボロボロに崩れていく。そして俺達も、雨の様に降り注ぐレーザーの全てを防ぎ、避ける事は出来ず―

 

「ぐぅっ…」

「ちぃっ!」

 

 俺は右足に2発、ブラドは左腕と左脛に、それぞれ1発ずつレーザーを受けてしまった。そこへ轟音を立てながら着地する絶無。

 

「ハッ! こうも簡単にいくとはな。雄英の教師も所詮はこの程度かよ」

 

 傷を負った俺達を嘲笑う絶無。舐められたものだ…。

 

「この程度の傷で、俺達に勝ったつもりか?」

「生徒達を守る為、この程度傷の内には入らん!」

 

 すぐさま立ち上がり、避難を続ける生徒達を絶無から庇う様に構える。ここから先には一歩たりとも進ません!

 

「守る? 守るだと? 笑わせるな…手前らには、誰も守れねぇ(・・・・・・)!」

「ほざくなぁ!」

 

 次の瞬間、絶無を捕えようと最大級の勢いで放たれるブラドの血。俺もブラドの血をカバーする軌道を描くように捕縛武器を放つ。

 ほぼ全方位を覆うこの攻撃。逃げる事はまず不可能。

 

「無駄なんだよ!」

 

 だが、絶無は両掌で爆発を起こし(・・・・・・)、それを推力にして一気に加速。自らを捕えようとするブラドの血を振り切ると―

 

「早いっ!」 

「手前が遅いだけだ!」

 

 最大級の攻撃を放ったが故に無防備となったブラドの懐に飛び込み、その顔面に口から放つ火炎を浴びせる!

 

「ぐぉぉぉっ!」

 

 炎で焼かれ、思わず両手で顔を覆うブラド。だが、それは絶無に絶好の機会を与えてしまう。

 

「おらぁっ!」

 

 副腕から生やしたエナメル質の刃を、ブラドの腹部へ何度も突き刺す絶無。何とか俺の捕縛武器で牽制し、距離を取らせる事は出来たが…。

 

「……ごほっ!」

 

 ブラドは腹を滅多刺しにされ、その場に崩れ落ちた。“個性”も解除され、放たれた血はブラドの体内に戻る事無く地面に撒き散らされる。

 いかん! あれだけの傷を負った状態で、大量の血を失っては…ブラドの命が―

 

「他人の心配してる暇があんのか? イレイザーヘッド(相澤先生)

 

 そこへ飛び込んできた絶無の声。今までとは違うこの声…そして『爆破』の“個性”…まさか!

 

「お前は―」

 

 声の主。その名を口にしようとした瞬間。俺の腹に絶無の右掌が押し当てられ―

 

「…吹っ飛べ」

 

 強烈な爆発が零距離で炸裂。肋骨が粗方砕かれる感触と共に、俺は吹っ飛ばされ…壁へと叩きつけられた。

 

「相澤先生!」

「逃げ…ろ…」

 

 微かに聞こえた教え子達の悲痛な叫びに、何とか声を絞りだす…くそ、意識が……。

 

 

飯田side

 

「てめぇ! よくも…よくもブラド先生を!」

「許さねぇ!」

 

 怒りの形相と共に、絶無へ向かって行こうとするB組の男子達を必死に押し留めながら、僕はどう行動すべきかを必死に考える。

 

 相澤先生(イレイザーヘッド)ブラド先生(ブラドキング)。2人のプロヒーローを倒した絶無の実力は、想像を絶するものがある。戦闘許可を得ているとはいえ、未熟な僕達が考え無しに突っ込んだ所で、返り討ちに合うのは必至。

 だが、このまま逃げたとしても…。

 

「退けよ!」

 

 その時、物間君と意識を失っている鱗君を除くB組男子*1が、僕達を押し退けて一斉に絶無へと突撃。

 

「よせ! 無闇に突っ込むだけじゃ!」

「冷静になれ!」

 

 僕達の制止も空しく、怒りに任せて攻撃を仕掛けたが…。

 

「ぶった切ってやる!」

 

 両腕から三日月状の刃を生やし、真っ先に絶無に斬りかかった鎌切君は、レーザーで刃を根元から溶断され、新たな刃を生やす間も無く、顔面に蹴りを叩き込まれて吹っ飛ばされた。

 

「鎌切君! このやろぉぉぉっ!!」

「壁で抑えつけて、動けなくしてやるよ!!」

 

 凡戸君は顔から放つ接着剤のような液体で、円場君は空気を固めて作り出した透明な壁で、それぞれ絶無の動きを封じようとしたが―

 

「ちゃちな小細工が効くかよ! この“没個性”どもが!」

 

 凡戸君の放った液体は、絶無の火炎放射で蒸発し、円場君の壁も爆発で砕かれてしまった。そのまま絶無は副腕から伸びた刃で、2人を袈裟懸けに斬り捨てる、 

 

「ドッカァァァン!!」

 

 吹出君の叫びと共に具現化された擬音は、一直線に絶無へ飛び、その頭部に炸裂するが―

 

「…それが攻撃のつもりか?」

 

 絶無には大したダメージを与えられず、逆にレーザーを撃ち込まれて倒されてしまう。

 

「フンッ、弱過ぎて話にならねぇな…一山幾らの雑魚どもが、何をやっても無駄なんだよ!」

 

 瞬く間に4人を倒し、つまらなさそうに鼻を鳴らす絶無。だが―

 

「そうやって相手を見下すから、足元が疎かになるんだよ」

「何ッ?」

 

 突然、自身の影から飛び出してきた黒色君には虚を突かれたのか、羽交い絞めを許してしまう。

 

「回原! 庄田! 今だ!」 

「黒色、よくやってくれた!」

「好機到来!」

 

 そこへ回原君と庄田君が左右から挟撃を仕掛ける。完璧なタイミングだ!

 

「舐めんなよ…雑魚どもがぁ!」

 

 しかし、次の瞬間絶無は全力でジャンプする事で、挟撃を回避。頭上からレーザーを乱射して、回原君と庄田君を倒すと―

 

「いつまでくっついてやがる!」

 

 副腕で黒色君を引き剥がし、至近から爆発を浴びせた!

 

「グハッ…」

「つまらねぇな」

 

 着地と同時に、黒色君を投げ捨てる絶無。7人がかりでも勝負にならないとは…絶無の強さは……圧倒的だ。

 

「……所詮、雄英高校なんかで仲良しこよしやってる内は、本当の強さは手に入らねえ」

 

 地面に倒れた7人を見下しながら、絶無はそう吐き捨て…装着していた仮面を外し、素顔を僕達に晒した。ま、まさか…。

 

「俺は本当の強さを手に入れたぞ! 端役(モブ)ども!!」

 

 絶無は…君なのか!? 爆豪君! 

*1
鎌切、回原、黒色、庄田、円場、吹出、凡戸の7人




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第91話:林間合宿ーその15ー

お待たせしました。
第91話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


絶無side

 

 -俺には…俺には………もうこの道しかねぇんだッ!!-

 

 あの日…叫びと共に乱射した爆破で、家中を火の海に変えた俺は、音も無く現れた黒い(もや)…黒霧の手で転移し―

 

「先生、爆豪勝己君をお連れしました」

 

 先生と初めての対面を果たした。

 

「やぁ、よく来てくれたね。爆豪勝己君」

「ッ!」

 

 暗がりから放たれた穏やかなその声を聞いた途端、俺はまるで心臓を鷲掴みにされているような感覚に陥り…次の瞬間には、先生に平伏していた。

 

「そんなに脅える事はないよ。爆豪君…私は、君の実力を高く評価している。これからは、その優れた力を是非とも我々の為に(・・・・・)振るってほしい」

「は、はいっ!」

 

 床に額を擦り付けながら、先生の声にそう答えると同時に…俺は確信した。この御方、先生に付いて行けば、何の心配もいらないと…。

 

 

 先生との対面を終えた俺は、そのまま先生の長年の同志であるドクターの研究室に案内された訳だが―

 

「爆豪君、お主の事は先生から聞いておるよ。強くなりたいそうじゃの…それなら、これを飲むと良い」

 

 顔を合わせた途端、ドクターから差し出されたのは、1000mlサイズのビーカーになみなみと注がれた黒い液体と、それより一回り小さいビーカーへ山盛りに入れられた錠剤。

 

「………」

「まぁ、無理に飲まなくても構わんよ。これを飲まなくても強くはなれる。それなりに(・・・・・)…ね」

 

 (どぶ)を圧縮したような液体と大量の錠剤に、思わず怯んだ俺を煽るドクター。言ってくれるじゃねえか…。

 

「飲まないなんて言ってない……。強くなれるなら、何だってやってやる!」

 

 ドクターからビーカーをひったくると、中身を一息に飲み干し、錠剤を貪っていく。

 

「ほほっ! 良い飲みっぷりじゃの!」

 

 ドクターの声を聞きながら、残り一掴みほどになった錠剤を一気に噛み砕き、飲み込む。錠剤はラムネ味だし、液体は溝みたいな色しておいて、苺ミルク味かよ。

 

「……ッ!」

 

 錠剤と液体の味に驚いた直後、体に変化が起き始めた。心臓の鼓動が、今まで経験した事無いほど激しくなり、全身から脂汗が大量に噴き出していく。

 

「始まったか。今飲んだ液体は、細胞を活性化させて、肉体を短時間で作り変える効果があり、錠剤の方はわし特製の高カロリー補給剤じゃ」

「そこのベッドで横になるといい。24時間もすれば、君の肉体は最低でも今の4倍、強靭になっているだろう」 

 

 遠のいていく意識の中、言われるままにベッドへ潜り込む間も、ドクターの言葉が脳裏に焼き付いていく。最低でも4倍…最高だ。そして―

 

「素晴らしい! まさかこれほどとは、予想以上! 4倍どころか、8倍は強化されておる!!」

 

 24時間後。変貌を遂げた俺の肉体を見て、手を叩いて喜ぶドクター………当然だ。腕も足も、薬を飲む前よりふた回りは太くなり、身長も20cmは伸びた。

 全身から溢れてくるパワーは、半端な増強型の比じゃねぇ…あぁ、早く、早くこのパワーを試してみてぇ! 

 

「試してみたくてたまらない…という顔じゃのう。早速テストといこうかの」

 

 

「爆豪君、テストの結果見せてもらったよ。実に素晴らしいね。これだけでも、君をスカウトした甲斐があった…というものだよ」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 テストの結果は、ドクターの予想をも上回るもので、俺は先生からお褒めの言葉をいただけた。そして…。

 

「予定よりも少し早いが、君にプレゼントしたい物がある」

 

 俺は先生から、ご自身の“個性”『オール・フォー・ワン』の説明を受け、新たな“個性”を授けられる事となった。

 

「爆豪君。新たに“個性”を付与する。言葉にすれば簡単だが、これは想像以上にリスクを伴うものだ。一歩間違えば、廃人と化す恐れもある」

「………廃人…」

「もちろん、私は君の大いなる素質を信じている。そこらに掃いて捨てるほどいる馬の骨のような事にはならないと思うが…選択は君に任せよう」

今のままでも(・・・・・・)、君は十分我々の為に戦ってくれるからね」

「先生! 俺…私は、そこらの馬の骨とは違います! 必ず、必ず先生のご期待に応えてみせます! だから…だから、俺に力を!」

「素晴らしい! 君の覚悟、見せてもらったよ。爆豪君…では、始めるとしよう」

 

 直後…先生の右手が俺の頭に触れ、新たな“個性”を付与していく。

 

「あ、が…ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 体中が燃えるように熱くなり、生々しい音を立てながら、俺の体が変化していく。

 

「気分はどうかね? 爆豪君」

「問題…ありません。むしろ…力が、湧き上がってきます」

 

 変化を終えた俺は、先生の声にそう答えながら、用意された鏡に目をやる。与えられた“個性”。それは、新たに一対の腕を得る『副腕』。

 

「ふむ、とりあえずは第一関門クリア…だね。また明日、“個性”を付与しよう。今夜は体を休め、“個性”を体に馴染ませるといい」

 

 こうして俺は、1日に1つ、新たな“個性”を付与されていった。

 

 掌からレーザー光線を放つ『パームレーザー』。

 手の甲からエナメル質の刃を生やす『ジャマダハル』。

 口から火を噴く『火炎放射』。

 50mを超えるジャンプを可能にする強靭な脚力を得る『バッタ』。

 

 1つ新たな“個性”を与えられる毎に、俺は力を大幅に増していったが…7つ目の“個性”を付与されたところで、俺自身はもちろん、先生も予想だにしていなかった事実が判明した。

 

「素晴らしい! お前さんは文字通り5千万…いや、1億人に1人の逸材じゃ!」

 

 ドクターの興奮した声が部屋の中に響き渡る。どうやら、俺は複数の“個性”を付与されても、知性や精神に異常を来さない特異体質の持ち主らしい。

 

「それはそれは…実に素晴らしい。爆豪君、今後の活躍を大いに期待しているよ」

「は、はいっ!」

 

 1億人に1人の逸材であるという事実。そして、先生から大きな期待を掛けて頂いた事が、自尊心(プライド)を大いに満たしていく。

 そして3日後。10個目の“個性”を付与されたところで、俺は先生から『絶無』のコードネームを頂き…爆豪勝己という名前を完全に捨て去るのだった。

 

 

飯田side

 

「俺は本当の強さを手に入れたぞ! 端役(モブ)ども!!」

 

 イレイザーヘッド(相澤先生)とブラドキング先生を倒し、B組男子7人を一蹴した絶無の正体が爆豪君だった。

 僕はその事実に大きな衝撃を受けながらも、どう行動するのが最善か、必死に考えを巡らせる。その時―

 

「なぁ、爆豪…お前、何…やってんだよ………答えろよ! 爆豪ぉっ!!」

 

 悲痛な声と共に、切島君が全身を硬化させ、一直線に爆豪君へ走り出した!

 

「馬鹿が…蜂の巣にしてやるよ!」

 

 副腕の掌からレーザーを乱射して、弾幕を張る爆豪君。何発かのレーザーが切島君に命中するが―

 

「うぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 レーザーに焼かれ、所々硬化した皮膚が剥げ落ちながらも、切島君は止まらない。

 

安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!」

 

 それどころか、更に硬度を上げる事でレーザーの直撃を物ともせずに、間合いを詰めていき―

 

「この、馬鹿野郎が!!」

 

 渾身の右ストレートを、爆豪君の顔面に叩き込んだ!

 

「ぐはっ!」

 

 派手な音を立ててダウンする爆豪君。切島君はその胸倉を掴み、無理やり立たせると、激情をぶつけていく。

 

「爆豪! 俺は…お前の事を、心の中で尊敬してたんだぞ! 向上心の強さも! 天才的なセンスも! 俺にない物を皆持ってるお前が眩しかった! それなのに…なんでお前が(ヴィラン)なんかになってんだよ!!」

「目を覚まして、戻って来いよ…爆豪………」

 

 切島君による涙混じりの説得。ホンの2ヶ月程とはいえ、同じ学び舎で学んだ者同士。心ある人間なら、きっと通じる筈だ!

 

「………悪かったな、切島」

「爆豪!」

「とでも、言うと思ったのか? 端役(モブ)

 

 だが、その思いは無残に踏み躙られた。爆豪君から名前を呼ばれ、僅かに硬化を緩めた切島君の両脇腹を2発のレーザーが貫き―

 

「ごふっ…」

「いつまでくっついていやがる!」

 

 続けて放たれた爆破で、切島君は吹き飛ばされた。

 

「切島!」

「切島君!」

 

 慌てて駆け寄り、状態を確認するが…かなりの重傷だ。早く病院に運ばなければ…命の危険も!

 

端役(モブ)ごときが、俺に説教なんざ1万年早え!」

「爆豪…貴様、そこまで堕ちたか!」

「切島の心が、何故わからない!」

「何故? 選ばれた者が、そうでない奴らの心を理解する必要なんかあるか? 手前らと俺は、虫と人程の違いがあるんだよ!」

 

 常闇君や尾白君の声も、彼には届かない…人は、ここまで変わってしまうものなのか?

 

「安心しろ…手前ら全員地獄へ送ってやる。あの世で友達ごっこでもやってな!」

 

 殺気を撒き散らしながら、僕達へと迫る爆豪く…いや、絶無。こうなったら!

 

「皆! 何とかこの場を乗り切るしかない! 陣形を組んで対抗するんだ!」

 

 

AFOside

 

「フフッ、絶無は期待以上の働きをしてくれているようだね」

 

 絶無に内緒で付与しておいた『端末』の“個性”で送られる情報を脳内で再生しながら、静かに呟く。

 

「それはそうじゃろう。先生とわしであれだけ手を加えたんじゃ。この位派手に暴れてもらわんと、寿命を削ってまで戦闘力を上げた甲斐が無いわい」

 

 おや、ドクターには聞こえていたようだね。それにしても―

 

「寿命を削ったというのは初耳だね。ドクター」

「言っておらんかったかの? まぁ、絶無に施した強化を考えれば、言わずもがな…じゃろ?」

「たしかに」

 

 ドクターと共にニヤリと笑みを交わす。ドクターが絶無に摂取させた黒い液体。あれは、細胞を活性化させて、肉体を短時間で作り変える効果があるが…これには裏がある(・・・・)

 もっとも…本来なら、緻密な栄養計算と計画的なトレーニングを行い、年単位のスパンで行うべき肉体改造をたった1日で完了させるのだ。裏が無い方がおかしい。

 そして、その裏とは…寿命の短縮(・・・・・)だ。私も専門家ではないから、詳しい原理はわからない…だが、超人化の代償としては、妥当なものだろう。

 

「ちなみにドクター。絶無の寿命はどのくらいかな?」

「正確に測定した訳ではないが…絶無、爆豪勝己が本来の人生を送って平均寿命程度…85歳まで生きると仮定した場合、残りの寿命は約70年」

「強化の度合いから考えて、寿命は本来の10分の1程度まで縮まったと考えるべきじゃろう」

「そうなると…彼の寿命は7年程度か」

「肉体の老化が始まる事を考えれば…戦力として使い物になるのは、6年といったところじゃな」

「ふむ…彼のような体質の持ち主はなかなか得難い。あまりに寿命が短いなら、手を打とうかとも思ったが…6年戦えるなら、十分に元は取れる(・・・・・・・・)

 

 僕の後に王となる死柄木弔。彼を守る戦士として、絶無には最後の1秒まで頑張ってもらわなければ…。

 

「期待しているよ。絶無」

 

 1年A組の生徒達相手に大立ち回りを繰り広げる絶無の映像を見ながら、僕は静かに呟く。本当に楽しい見世物だ。

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第92話:林間合宿ーその16ー

3週間近くお待たせして申し訳ありません。
第92話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 さて、マスキュラーとトリケラトプス(ヴィラン)を撃破し、無事に洸汰君を保護出来た俺と出久は、全速力で宿泊施設へと向かっていた訳だが―

 

「な、なぁ…」

 

 その途中、出久に背負われた洸汰君が、躊躇いがちに口を開いた。

 

「どうしたの? 洸汰君」

「お、俺…じゃない、僕、お兄ちゃんの事殴ったよね」

「うん、まぁ…未遂だけど」

 

 ショートカットの為に茂みを突っ切りながら、洸汰君の声に答える出久。

 

「それなのに……助けに来てくれて、ありがとう…それと、ごめんなさい」

「うん、君を助けられて…よかった」

 

 泣きながら感謝と謝罪を口にする洸汰君に、優しく微笑む出久。だが―

 

「ッ!?」

「爆発!?」

 

 宿泊施設の方向から突然響いた轟音に、その笑顔は消え去った。

 

「雷鳥兄ちゃん!」

「あぁ、嫌な予感がする…急ぐぞ、出久!」

 

 短く言葉を交わしながら、俺と出久は、宿泊施設に急ぐ。何が起きたか解らんが…皆、無事でいてくれよ!

 

 

飯田side

 

「皆! 何とかこの場を乗り切るしかない! 陣形を組んで対抗するんだ!」

 

殺気を撒き散らしながら、突撃してくる絶無。それに立ち向かう為、僕は咄嗟の指示を下す。

 

「物間君、切島君や障子君達を頼む!」

 

 重傷の切島君や障子君、B組の皆を物間君に託し、僕達は陣形を組んでいく。それを見た絶無は―

 

「ハッ! 群れなきゃ何も出来ねぇのか! 雑魚ども!」

 

 そう言って僕達を嘲笑うが、笑いたければ笑うがいい!

 

「貴様から見れば、俺達は小賢しい雑魚の群れに見えるだろう。だが、雑魚の何が悪い!」

「雑魚の群れより1匹の大魚が偉いなんて、一体誰が決めた!」

 

 そう言って先陣を切ったのは、深淵闇躯(ブラックアンク)を発動した常闇君と尾白君だ。

 2人は、絶無の副腕から次々と放たれるレーザーを紙一重で掻い潜りながら、間合いを詰めると―

 

影の短剣(シャドースティレット)!」

「はぁぁぁっ!」

 

 常闇君は貫手、尾白君は正拳突きの連打(ラッシュ)を放ち、攻撃を仕掛ける!

 

「その程度の攻撃が効くかよ!」

 

 それらは絶無の手から生えた合計4つの刃で防がれるが―

 

「2人とも離れろ!」

 

 そこへ、砂糖細工の悪魔(シュガークラフトデーモン)を発動した砂藤君が突撃。

 

「どぉりゃぁっ!」

 

 2人の攻撃を防いだ事で、手薄となった絶無の顔面に、渾身の右ストレートを叩き込む!

 

「ぐはっ!」 

 

 緑谷君の必殺技(スマッシュ)に匹敵する砂藤君の一撃を受け、派手に吹き飛ぶ絶無。地面を数回バウンドしたところで体勢を立て直し、立ち上がるが―

 

「こんにゃろぉ!」

「これでどうだっ!」

 

 間髪入れずに放たれた峰田君のもぎもぎと、瀬呂君のテープが、絶無の全身をガチガチに拘束する。

 

「その状態では、もはやどうする事も出来まい! 潔く投降し、罪を償うんだ!」

 

 動きを完全に封じられた絶無に対し、僕は十分に警戒しながら投降を呼びかける。堕ちてしまったとはいえ、元クラスメート。更生出来るものなら…。

 

「ハハッ、この程度(・・・・)で勝ったつもりか? どこまでもおめでたい奴らだぜ!」

 

 だが、絶無は僕の提案を一蹴すると―

 

「こんな(もん)はなぁ…こうすりゃ良いんだよ(・・・・・・・・・・)!」

 

 口から放つ火炎を、躊躇無く自らに浴びせた(・・・・・・・)! 絶無の全身は瞬く間に炎に包まれ、それによりテープは燃え尽き、もぎもぎも焼け焦げて粘着力を失ってしまう。

 

「所詮、“没個性”は“没個性”。圧倒的な力の前には、無力でしかねぇ」

 

 全身に大火傷を負いながらも自由を取り戻した絶無は、無造作に焼け焦げたもぎもぎを掴むと、力任せに皮膚ごと(・・・・)体から引き剥がしていく。もぎもぎを1つ引き剥がす度、かなりの出血が見られるが、お構い無しだ。

 

「な、なんて奴だよ…」

「い、痛みを、感じないのか?」

 

 凄惨な光景に皆が衝撃を受ける中、絶無の全身から瞬く間に傷が消えていく。あれは…『再生』の“個性”!? 一体、幾つ“個性”を持っているんだ!

 

「てめぇらの攻撃なんざ、避ける必要性すら感じねえ…力の差は、それほど圧倒的だ!」

 

 僕達の驚きをよそに、肉食獣のような笑みを浮かべながら再生を終えた絶無は―

 

「見せてやるよ。圧倒的な暴力による蹂躙って奴をな!」

 

 背中からバッタの翅を生やし、耳障りな音を立てながら宙に浮くと、僕達への攻撃を再開した!

 

「皆! 1ヶ所に固まっているのは拙い! 散るんだ!」

 

 火炎、レーザー、そして爆破。空中から爆撃のように降り注ぐ攻撃に、この場にいたメンバーの殆どは、回避に専念する事を余儀なくされる。

 

「このっ! アシッドブラストォ!」

 

 そんな中、数少ない遠距離攻撃の使い手である芦戸君が、対空砲火(アシッドブラスト)を仕掛け―

 

「我に従いなさい。鎧に身を固め、雄々しき角を持つ者達。災いの元凶たるその男、討ち取る為に力を尽くすのです」

 

 同時に口田君も、兜虫や鍬形虫を操って、絶無を攻撃する。

 

「これっぽっちの酸や虫けらで、俺を倒せるとでも思ったか?」

 

 だが、連射に特化させたが故に、1発1発は水滴程度の量しかない酸では、命中してもすぐに再生されてしまい、虫達も火炎放射で焼き払われてしまう。

 

「おらぁっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

 

 直後、芦戸君は咄嗟に展開した溶解液の壁(アシッドベール)ごと、爆破で吹き飛ばされ―

 

「くたばれっ!」

「………」

 

 口田君も副腕から生えた刃で袈裟懸けに斬られ、倒されてしまう。

 

「芦戸! 口田!」

「爆豪、お前って奴は!」

 

 それを見た常闇君と尾白君は、怒りの形相で絶無へ突撃。

 

「必殺! 堕天使の戦斧(ルシファーズバルディッシュ)!」

「尾白流格闘術! 旋尾斬!」

 

 空中回転からの踵落としと尻尾の一撃で、同時攻撃を仕掛けるが―  

 

「無駄なんだよ!」

 

 正面からの攻撃だった事が災いし、絶無の放つ爆破、レーザー、火炎放射によって撃墜されてしまう。 

 

「グハッ…」

「む、無念…」

「尾白君! 常闇君! しっかりするんだ!」

 

 戦闘不能となった2人を回収し、安全圏へ運びながら、僕は必死に考えを巡らせる。

 今、戦闘可能なA組メンバーは9人*1

 だが、あの絶無と戦うには…悔しいが決定力に欠ける(・・・・・・・)

 吸阪君や緑谷君、轟君が来てくれるのを待つか? いや、それは論外…なんとか、なんとか、僕達だけで、この危機を―

 

「色々と考えているようだが…お前らじゃ、何をやっても無駄なんだよ!」 

 

 考えを纏める時間もないまま、僕達は絶無の攻撃に再度晒される。このままでは……。

 

 

ナックルコングside

 

「それでは、後の事をよろしくお願いします」

「はいっ! 事態解決へのご尽力、感謝します!」

 

 拘束したチンピラ。総勢54人を駆けつけた警察に引き渡し、敬礼を交わすと、俺はすぐにダブルトリガーの運転するRVへ飛び乗った。

 

「準備は?」

「バッチリ完了! いつでも行けるよ!」

「現着までの時間は?」

「何の妨害も受けない事を前提に考えて…30分弱ってところだな」

 

 ルージュ、そしてダブルトリガーの声を聞きながら、脳内で状況を整理していく。到着まで30分…この30分が吉と出るか凶と出るか…。

 

 

お茶子side

 

「ちくしょう…いくら何でも反則だぜ……」

 

 体のあちこちに傷を作った峰田君が、思わず漏らした呟き。だけど、誰もそれを咎める事はない。

 絶無と名を変え、(ヴィラン)に鞍替えした爆豪君。その容赦ない攻撃に晒された私達は皆、大なり小なり傷を負っている上に、数少ない反撃で与える事が出来たダメージは、瞬く間に回復された為実質0。

 峰田君の呟きは、私達全員の偽らざる気持ちでもあるのだ。

 

「さぁ、そろそろ遊びは終わりだ。残り9人…順番にぶち殺してやる。まずは…てめぇからだ!」

  

 両腕から小さな爆発を何度も起こしながら、私達へ突撃する絶無。その目標は―

 

「死ねや、チビィ!」

 

 峰田君!

 

「く、来るんじゃねぇ! もぎもぎクレイモアッ!」

 

 絶無の突撃を止めようと、もぎもぎを次々と投げつける峰田君。だけど、絶無は爆破、レーザー、火炎放射で全てのもぎもぎを撃ち落とし、峰田君との距離を詰めていく。

 

「それ以上は!」

「行かせるか!」

 

 私達も絶無を止めようと動くけど、ダメージの影響で素早く動けない。駄目っ! これじゃ間に合わない!

 

「吹っ飛べやぁぁぁっ!」

 

 その声と同時に放たれた爆破に、峰田君が飲み込まれようとしたその時。誰か(・・)が庇うように割り込んだ。あれは…。

 

「間に合った…かな?」

 

 物間…君? 切島君の“個性”をコピーしたのか、全身が硬化していて、爆破を浴びても目立ったダメージは見られない。

 

「………何のつもりだ? 猿真似野郎」

弱い者虐め(・・・・・)が、あまりに見苦しいからね…つい、体が動いてしまったよ」

「猿真似しか出来ねえ奴が、ヒーロー気取りか? 分際ってものを弁えろ」

「あぁ…たしかに僕は、コピー…猿真似しか出来ないさ。だけど……君よりはマシな人間だと思っているけど?」

「………チビの前に、てめぇから殺してやるよ!」 

 

 物間君の言葉に苛立ったのか、額に青筋を浮かべて攻撃を再開する絶無。爆破、レーザー、火炎放射、容赦の無い攻撃が、物間君1人に浴びせられる。

 

「くっ…ぐぅぅ……」

 

 切島君の“個性”をコピーしたとはいえ、あれだけの攻撃を正面から受けて平気な訳がない。攻撃を受ける度に、硬化した皮膚が砕け、剥がれ落ちていく。

 

「やめろ!」

 

 当然、私達だって黙って見ている訳じゃない。何とか物間君を助けようと、絶無の元へ走るけど―

 

「てめぇらは引っ込んでろ!」

 

 絶無の副腕から放たれるレーザーが周囲を薙ぎ払い、私達を足止めする。

 

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 その直後、攻撃に耐えきれなくなった物間君が吹き飛ばされ、地面を転がった。硬化も解除され、もう立ち上がる事も出来そうにない。

 

「猿真似野郎。これで最後だ」

 

 勝利を確信し、物間君へ一歩、また一歩と近づく絶無。

 

「言い残した事があるなら、聞いてやろうか?」

「あぁ……そうだね」

 

 絶無の声に、覚悟を決めたような顔の物間君。誰もが数秒先に訪れる最悪の結末を予想した。だけど―

 

「………僕1人に、時間をかけすぎだ(・・・・・・・・)

 

 物間君の口から出たのは、私達の誰もが予想していなかった言葉。そして、その言葉が意味する事はつまり!

 

「サンダーブレーク!」

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 次の瞬間、飛来する電撃と衝撃波の弾幕。それによって、絶無は物間君から距離を取る事を余儀なくされる。そう…来てくれた!

 

「物間、根性見せたな。正直、見直したよ」

「皆、遅くなってごめん!」

 

 吸阪君と緑谷君が!

 

「“没個性”野郎! それに…デクゥゥゥッ!」

 

 2人の顔を見た途端、激情に顔を歪ませる絶無。それを見た2人も―

 

「あれって…爆豪?」

「おいおい、随分と様変わりしたな。イメチェンだったら、派手すぎるぞ…」

 

 異形の姿に変わった爆豪君(元クラスメイト)に、驚きを隠せない。

 

「2人とも! 彼はもう、僕達の知っている…爆豪君じゃない! その名は絶無! (ヴィラン)連合の一員だ!!」

「そうだ! 俺の名は絶無! (ヴィラン)連合の剣、(ヴィラン)連合に仇なす者達を絶やし、無に帰す者だ!」

 

 飯田君の悲痛な声を掻き消すように響く絶無の声。だけど2人は― 

 

「………(ヴィラン)堕ちの挙句、人間辞めた(・・・・・)奴が何言ってやがる」

「その捻くれた精神…僕達で叩き直す!」

 

 絶無の言葉をそう切り捨て、同時に走り出した!

 

「力を得る為、何かを捨てる覚悟もねぇ奴らに、俺が倒せる訳ねぇだろ!」 

 

 絶無も叫びながら走り出す。戦いが…始まる!

*1
飯田、砂藤、心操、瀬呂、峰田、蛙吹、麗日、耳郎、葉隠




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第93話:林間合宿ーその17ー

お待たせしました。
第93話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


マンダレイside

 

 膠着状態のまま時間だけが流れていた私達とマグネ、スピナーとの戦い…だけど、その膠着は突然終わりを告げた。

 

「ちょっ、何よ! これ!」

 

 何の前触れもなく、森の方から放たれた無数の蔓に、マグネは全身を雁字搦めにされ―

 

「マグ姉!」

 

 その光景に、スピナーも気を取られ…大きな隙を晒してしまう。 

 

「隙ありだ、ゴラァ!」

 

 それを狙っていたのか、声と共に上空から落下してくる一つの影。我に返ったスピナーが回避するよりも早く、半ば踏みつける形で顔面に蹴りを叩き込む!

 

「グハッ!」

 

 思わぬ攻撃にダウンしたスピナーに、私は跳びかかり、手早く拘束。そして―

 

「見事なキックだったよ! レッドワスプ!」

 

 攻撃の主(レッドワスプ)に声をかけた。

 

「遅くなって申し訳ありません! 麓の町でトラブルが発生し、俺達2人(・・・・)駆けつけるのがやっとで…」

 

 私の声に申し訳なさそうに頭を下げるレッドワスプ。俺達2人って事は…

 

「この蔓…なんて、丈夫なのっ!」

「サルナシの蔓。その丈夫さは、かつて吊り橋の材料に使われていた程です」

 

 自らを縛る蔓から逃れようともがくマグネに、そう告げながら姿を現すブロッサム。なるほど、彼女の“個性”は、こんな山の中なら正に無敵。空を飛べるレッドワスプ同様、ここへの救援には打って付けの人材だ。

 

「ちくしょう! ステインは間もなく甦る! その日の為にも俺達は、てめえら生臭ヒーローどもを粛正しなきゃいけねぇんだ!」

「大人しくしなさい!」

 

 負け惜しみの様に、自分達の勝手な理屈を声高に唱え続けるスピナー。そういえばコイツ、“個性”を一切見せ―

 

「お取込み中、申し訳ありませんが…」

 

「ッ!」

 突然聞こえてきた謎の声に、私を含む全員が周囲に視線を走らせる。だけど、声の主はどこにも…。

 

「退いていただきましょう…」

 

 

雷鳥side

 

「………(ヴィラン)堕ちの挙句、人間辞めた(・・・・・)奴が何言ってやがる」

「その捻くれた精神…僕達で叩き直す!」

 

 (ヴィラン)に鞍替えし、絶無と名を変えた爆豪勝己(馬鹿野郎)にそう吐き捨て、走り出す俺と出久。 

 

「力を得る為、何かを捨てる覚悟もねぇ奴らに、俺が倒せる訳ねぇだろ!」

 

 絶無もそう喚きながら、走り出した。徐々に間合いが詰まり―

 

「死ねやぁ!」

 

 先手を取ったのは絶無だ。副腕から放たれるレーザーが、俺と出久を狙う。

 

「甘いっ!」

 

 そのレーザーを俺は電磁バリアで防御。出久はジャンプで回避し―

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 空中から地上の絶無目掛け、フィンガースナップの衝撃波を撃ちまくる!

 

「ぬぉぉぉっ!」

 

 38口径の拳銃*1並の威力を持った衝撃波を連続で受け、苦悶の声を上げる絶無。普通の(ヴィラン)なら、全身打撲と数ヶ所の骨折で、KO間違い無しなのだが…。

 

「……こんなもんかよ」

 

 残念だが、絶無は普通ではなかった。全身に出来た青痣や骨折を治癒しながら、背中の翅で宙に舞い上がり―

 

「死ねや! “没個性”ども!」

 

 頭上から爆破、レーザー、火炎放射で攻撃を仕掛けてきた。

 

「出力! 全開!」

 

 爆撃のようなその攻撃に対し、咄嗟に出久の前へ立った俺は、全力の電磁バリアで対抗。その全てを凌ぎきる。

 この火力…1発1発の威力もだが、複数の攻撃を同時にぶつけられるのは…少々厄介だな。

 

「しかし…よくもまあ次から次に…“個性”のバーゲンセールかよ」

「『副腕』に口からの『火炎放射』、副腕の掌から放つ『レーザー』、『再生』。それから背中の翅は、ジャンプ力から見て『バッタ』かな…あと、ブラドキング先生や口田君達の傷から見て、何か斬撃系の“個性”は持っていると思う」

 

 思わず出た俺のボヤキに、十八番(おはこ)の分析で得た情報を答える出久。たしかに絶無の保有する多彩な“個性”自体は、脅威と言わざるを得ない。だが―

 

「見たか! 俺は選ばれた存在で! お前ら凡人とは、“個性”の数が違うんだよ!」

 

 どんな“個性”も使い手次第。教えてやるよ…宝の持ち腐れ(・・・・・・)って言葉の意味をな!

 

 

絶無side

 

「見たか! 俺は選ばれた存在で! 手前ら凡人とは、“個性”の数が違うんだよ!」

 

 地上で必死に防御を固めている“没個性”野郎とデクに叫びながら、俺は込み上げる愉悦に体を震わせる。

 デクがどれほどのパワーを持っていようと、空は飛べねぇし、空中への攻撃手段は限られる。

 “没個性”野郎が、どれだけ小細工を弄しようと、俺の絶対的優位は崩れねえ。

 

「はぁぁぁっ!」

「遅ぇ!」

 

 デクが反撃で放ってきた衝撃波を悠々と回避し、地上へ向けて副腕からレーザーを乱射すれば、防御が間に合わなかったのか、無様に地面を転がる“没個性”野郎とデク…。

 

「手前らが歩兵なら、俺は戦闘ヘリ! 勝負になる訳ねぇだろ!」

 

 あぁ、最高に良い気分だ。このままこいつらをぶち殺して、その後残りの奴らを嬲り殺しにしてやる!

 

「戦闘ヘリか。的確な例えだな…」

「ッ!?」

 

 “没個性”野郎の声が響いたのはその時だ。思わず視線を走らせれば―

 

「だが、勝負にならないと言うのは、早計すぎる」

 

 奴の周囲に漂う黒い靄の様な物。何だかわからねぇが、また小細工を!

 

「負け惜しみをほざくなぁ!」

 

 小細工を封じる為、先手を取ってレーザーを放つが、それは奴の展開していた電磁バリアで防がれ―

 

「連続発射!」

 

 同時に黒い靄が、長さ10cm程の針状に変化。俺目がけて高速で射出された。その数8。

 

「ちぃっ!」

 

 半ば反射的に回避行動を取り、黒い針の全てを回避する。少々驚かされたが、直線にしか飛ばない弾で、俺を墜とせるか!

 

「無駄な足掻きって言葉を知らないのか?」

「もちろん知ってるさ。だが、その足掻きは、まだ終わってない(・・・・・・・・)

「何っ!?」

 

 “没個性”野郎の言葉に耳を疑った直後、背後から飛んで来た何かが、俺の左肩を貫いた。

 

「なっ…」

 

 左肩を貫いた何か。それは、避けた筈の黒い針。

 

「馬鹿な…」

 

 全部避けた筈だ。そう言葉を続けるよりも早く、残る黒い針7本が四方八方から飛来して、全身を貫いていく。

 

「く、そがぁ…」

 

 

出久side

 

「たしかに、歩兵にとって戦闘ヘリの存在は脅威だ。だが、歩兵にだって、戦闘ヘリを撃墜する術はある。地対空ミサイル(・・・・・・・)だ」

「まぁ、今の俺じゃMCLOS誘導式*2が精一杯。Fire and forget(撃ちっ放し)とはいかないがな」

 

 不敵に呟く雷鳥兄ちゃんの周囲に漂う黒い靄…その正体は、大量の砂鉄。

 そう、雷鳥兄ちゃんは、磁力を操作する事で周囲の地面から砂鉄を掻き集め、針状に形成。高速で射出したのだ。

 放たれた砂鉄の針は磁気を帯びている為、一定範囲内であれば雷鳥兄ちゃんの操作で自在に動かせる。それこそ、誘導ミサイルの様に。

 

「今がチャンス! 出久、叩き落とせ!」

「うん!」

 

 『再生』の“個性”を持っている絶無。この攻撃によるダメージもすぐに回復するだろう。だけど、今の僕達には、その僅かな時間で十分だ!

 

「はぁっ!」

 

 僕は『フルカウル』の出力を45%(自壊半歩手前)まで高めると、全力でジャンプ! 周囲で一番高い樹の天辺を蹴る事で、方向を修正し―

 

「でやぁっ!」

 

 絶無の土手っ腹に、蹴りを叩き込む!

 

「ぐほっ…」

 

 血と吐瀉物の混ざった物を吐き散らしながら吹き飛び、地上へ落下していく絶無。少々やりすぎた気がしないでも無いけど…。

 

「クソ、がぁ…デクゥゥゥッ!」 

 

 地面へ派手に叩きつけられても、絶無は数秒で跳ね起き、傷を再生させていく。あの位で潰れるほど柔でもない(・・・・・・)か。

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 着地して構えを取る僕目掛け、絶無は憤怒の表情を浮かべながら、走り出す。そして―

 

「死ぃ―」

 

 僕に向けた両手から全力の爆破が放たれる…正にその瞬間、雷鳥兄ちゃんが操る砂鉄が、その両手を包み込んだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 直後、全ての指と掌の半分が吹き飛び、絶叫しながら地面をのたうち回る絶無。

 

掌が塞がった(・・・・・・)状態で、爆破なんか使えば暴発(・・)するのは、当たり前だ」

 

 そんな絶無に、これ以上無い程冷たい視線を向けながら、呟く雷鳥兄ちゃん。

 絶無が爆破を放つ瞬間、操作した砂鉄を掌に纏わりつかせて、暴発を誘発したんだ。流石は雷鳥兄ちゃん。敵と見做した相手には、やる事がとことんえげつない。

 

「どうした? その程度の傷、数秒で再生出来るんだろ? さっさとしろよ」

「クソが…俺を見下すんじゃねぇ!」

 

 雷鳥兄ちゃんの視線と口振りが気に障ったのだろう。怒りの叫びと共に、副腕を動かしてレーザーを放とうとする絶無。

 

「遅い!」 

 

 だけど、レーザーが放たれるよりも早く、雷鳥兄ちゃんは再度砂鉄を操作。副腕に纏わりつかせると同時に高速で回転させ―

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!」

 

 グラインダーの要領で、手首から先を切断した(・・・・・・・・・・)。絶無は想像を絶する激痛に苦悶の声を上げるけど―

 

「ライトニングブラスト!」

 

 雷鳥兄ちゃんは一切の躊躇なく、その顔面へ電撃を纏った回し蹴り(ライトニングブラスト)を叩き込む。

 

「ぐはっ…」

 

 鼻が潰れ、折れた歯を撒き散らしながら吹っ飛ぶ絶無。地面を数回バウンドしたところで立ち上がり、傷を再生させると―

 

「殺す! 殺してやるっ!」

 

 4本の手からエナメル質の刃を生やし、僕と雷鳥兄ちゃんに斬りかかって来た。なるほど、ブラドキング先生や口田君達を傷つけた斬撃系の“個性”はアレか。

 絶無の驚異的な身体能力と合わされば、その威力は驚異の一言。だけど―

 

「タネが解っていれば、幾らでも対処できる! MACHETE(マチェット)スラッシュ!」

 

 真正面から、それもただ闇雲に振り回すだけの刃物なんて、どれだけ早くても脅威にはなり得ない。カウンター気味に放った僕の足刀で、副腕側の刃を―

 

「ダブルライトニングスラッシュ!」

 

 雷鳥兄ちゃんの左右の手で振るった電撃を纏った手刀(ライトニングスラッシュ)で、メインの腕側の刃をそれぞれ粉砕する。 

 

「ちぃっ!」

 

 容易く刃が粉砕された事に舌打ちしながら、僕達から距離を取ろうとする絶無。だけど、そうはさせない(・・・・・・・)

 僕と雷鳥兄ちゃんは、示し合わせたかのように、まったく同じタイミングで絶無との間合いを詰めー

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)!」

「ライトニング!」

「スマァァァァァッシュ!!」

「ボルトォッ!!」

 

 僕は右、雷鳥兄ちゃんは左の一撃を、同時に叩き込む!!

 

 

絶無side

 

「げぼぁっ!」

 

 デクと“没個性”野郎の攻撃を受け、吹き飛ばされた俺は、血反吐を撒き散らしながら地面を数回バウンドし、樹の幹に激突した。

 

「クソ…がぁ…」

 

 『再生』の“個性”で、受けたダメージはすぐに回復するが、傷つけられた自尊心(プライド)は、そうはいかねぇ…。

 何故だ! 才能も、“個性”の数や強さだって、俺の方が遥かに上なのに…何故こうも一方的に!

 

「どうした? まだ、B組とブラドキング先生の分しか、済ませてねぇぞ」

「さっさとダメージ回復させて、立てよ…次は相澤先生の分。そしてA組(みんな)の分だ」

「あと……麗日の分と梅雨ちゃんの分は別枠だ。それが全部済むまで、気絶出来ると思うなよ(・・・・・・・・・・・)?」

 

 まるでゴミを見るような目で、俺の神経を逆撫でする“没個性”野郎…調子に、乗りやがって!

 

「ふざけんな…ふざけんなぁ!」

 

 怒りのままに俺は走り出し、『ジャマダハル』を再発動。4本の腕から新たな刃を生やし、斬りかかる!

 

「俺は、選ばれた存在だ! お前らとは! 才能が―」

 

 違うんだよ! そう言い終える前に、俺はカウンターで放たれたデクの一撃を顔面に受け、派手に吹っ飛ばされた。

 どうして…俺は、1億人に1人の逸材なのに………。

 

 -おい、あれ爆豪じゃん。口だけの“強個性”野郎-

 -うわぁ、よく観客席(こっち)に来れたな…面の皮厚っ!-

 -おいおい、あんまり刺激するなよ。あいつ狂犬だから噛みつかれるぞ-

 

「ッ!?」

 

 その時、不意に脳裏に浮かんだのは…俺を見下した端役(モブ)どもの姿。

 やめろ! 俺は口だけの“強個性”野郎なんかじゃねぇ! そんな目で…そんな目で俺を見下すな!

 

 -君には失望したよ。爆豪君-

 -これが、1億人に1人の逸材とは…わしの見立て違いだったかの-

 -役立たずに用はねぇ…今すぐ(ヴィラン)連合から消えてもらうか…-

 

 続いて、先生の、ドクターの、死柄木弔の失望した声が、頭の中に響き渡る。

 嫌だ…見捨てられるのは嫌だ…。無価値だなんて判断されたくない。役立たずの烙印を押されるのは………。

 

「嫌だぁぁぁぁぁっ!」

 

 

AFOside

 

「これは………流石は絶無。こうも早く覚醒段階に到達するとは…」

 

 絶叫と共にその体を変化させていく絶無へ、僕は惜しみない拍手を送る。

 自分を見下した相手への憎しみ、自らの不甲斐無さへの怒り、僕達から見捨てられる事への恐怖。

 そんな負の感情の爆発が、絶無を次のステージへと引き上げたのだ。

 

「それでこそ、(ヴィラン)連合の剣…出来る事なら、今すぐその力を見せて欲しいところだが…」

 

 

雷鳥side

 

「マジかよ…」

 

 絶叫と共に変化を遂げていく絶無に、思わずそんな声が漏れる。

 2本だった『副腕』が4本に増え、190cmを超えていた身長が更に巨大化。そして何よりも、奴自身から発せられる威圧感(プレッシャー)の質が変わった。

 

「雷鳥兄ちゃん…」 

「あぁ…アイツ、化けやがった(・・・・・・)

 

 出久と短く言葉を交わし、改めて構えを取る。俺と出久2人がかりなら、負けはしないだろうが…油断は出来ないな。

 

「短期決戦で勝負を―」

 

 決める。そう口にしようとした次の瞬間。絶無の前に黒い靄が現れ―

 

「絶無。時間になりましたので、お迎えに上がりました」

 

 声と共に黒霧が姿を現した。

 

「時間切れ…黒霧、1分でいい。時間をくれ。あの2人を速攻でぶち殺してやる!」

「それは出来ません。何より、先生が貴方をお待ちです」

「先生、が……わかった」

 

 警戒する俺達を尻目に、2人はそんな会話を交わし―

 

「デク…“没個性”野郎…次だ。次に会った時、必ずぶっ殺す!」

 

 黒い靄に飛び込んで姿を消した。絶無のそんな言葉を残して…。

 

 

 この絶無の撤退で、(ヴィラン)連合による林間合宿襲撃は、終わりを迎え…5分と経たない内にナックルコング達が、それから10分遅れで消防と救急が到着。

 火を放たれた山林の消火活動や、未だ安否がわかっていない一部生徒の捜索等を開始した訳だが―

 

 (ヴィラン)側は、マスキュラー、ムーンフィッシュ、そしてトリケラトプス(ヴィラン)こと敵名(ヴィランネーム)マッドホーンの3名を現行犯逮捕した以外は、全員が逃走に成功。

 一方の雄英高校側(おれたち)は、相澤先生(イレイザーヘッド)とブラドキング先生が重傷、ラグドールが大量の血痕を残し、行方不明。

 生徒40名の内、(ヴィラン)の散布した毒ガスによって意識不明の重体となったのが8名*3

 重傷者17名*4

 残る15人も殆どが、相応の傷を負っており、無傷で済んだのは3人*5だけだ。そして…。

 

「皆…すまねぇ! 俺達の…いや、俺の、俺のせいで…轟が、轟が(ヴィラン)に!」

 

 泣きながら俺達に土下座する鉄哲の告白で判明した…轟が(ヴィラン)に拉致されるという最悪の事態。

 こうして、林間合宿は雄英高校側(おれたち)の完全敗北で幕を閉じた。

*1
.38スペシャル弾使用

*2
MCLOS=Manual Command to Line Of Sight。手動指令照準線一致の略。発射したミサイルを、オペレーターがジョイスティックによる手動操縦で目標まで誘導する方式の事。無線と有線両方が存在する

*3
1-B…宍田、骨抜、鱗、小森、塩崎、角取、取蔭、柳

*4
1-A…尾白、切島、口田、障子、常闇、芦戸、八百万 1-B…回原、鎌切、黒色、庄田、円場、鉄哲、吹出、凡戸、物間、拳藤

*5
1-A…青山 1-B…泡瀬、小大




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第94話:林間合宿ーその18(終)ー

お待たせしました。
第94話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 絶無の撤退で幕を閉じた(ヴィラン)連合による林間合宿襲撃。

 駆け付けた消防や警察が現場検証や後始末を行う中、俺達は麓の町にある病院…ではなく、隣の市にある総合病院へと移動した。

 後から聞いた話だが、俺達が(ヴィラン)連合の襲撃を受けている頃、麓の町にもチンピラが大挙して押し寄せ、手当たり次第に大暴れしたらしい。

 ナックルコング達の活躍で、被害は最小限で食い止められたものの…十数人の重傷者が発生し、また病院の施設自体にも被害が発生した為、俺達の受け入れが出来なくなったのが、その理由だ。

 とにかく、マスコミの目を避ける為、深夜の闇に紛れて病院に入った俺達は、待機していた医師や駆け付けたリカバリーガールから治療を受け、ガスで意識不明となった8人*1と、重傷の17人*2は、そのまま入院。

 軽傷の者は、順に警察の事情聴取を受ける手筈になったのだが…。

 

「………あぁ、尋問中(・・・)でしたか」

 

 俺と出久が案内された会議室には、既に先客(・・)がいた。

 

「こ、これが…轟君が攫われた時の、す、全てです」

 

 全身に包帯が巻かれた痛々しい姿の鉄哲と、鉄哲程ではないが何ヶ所かに包帯を巻いた拳藤。

 2人は車椅子に座った状態で、轟が拉致されるに至った状況をエンデヴァーに報告していた。というか、エンデヴァー…事務所にいたのか、自宅にいたのかわからないが、1時間半足らずで病院(ここ)まで来たのか…。

 

「………」 

 

 鉄哲の説明が終わっても、仁王立ちのまま無言を貫くエンデヴァー。だが、全身から放たれる威圧感(プレッシャー)は、気の弱い人間ならショック死しかねないほど強烈だ。

 事実、鉄哲も拳藤も体を震わせ、涙ぐんでいる。そして―

 

「………つまりは、こういう事か?」

 

 鉄哲の説明が終わってから、ゆっくり30数えられるだけの時間が経ったところで、エンデヴァーが口を開いた。

 

「自分の実力もロクに把握出来ない程未熟な貴様らが、功を焦って(ヴィラン)に挑み、返り討ち。更には人質として利用され、その結果焦凍が拉致された…」

 

 努めて冷静に言葉を紡いではいるが…こいつはヤバイ(・・・)な。

 俺は出久に視線を送り、いつでも飛び出せるよう態勢を整える。その直後―

 

「ふざけるなぁっ!!」

 

 会議室全体を揺らすような咆哮と共に、エンデヴァーは大爆発。

 

「エンデヴァー! 気持ちはわかりますが、落ち着いてください!」

「病院です! ここは病院ですから!」

 

 すぐさま、俺と出久、ナックルコング、レッドワスプ、ダブルトリガー、クラーケンの6人がかりで、エンデヴァーを抑え、その間にルージュとビートが、鉄哲と拳藤をエンデヴァーから引き離す。

 そしてブロッサムが、花瓶に生けられていたカサブランカを“個性”で活性化。

 

「………すまん、お前達。見苦しい所を見せた」

 

 増幅されたカサブランカの香りを嗅ぐ事で、エンデヴァーはようやく落ち着きを取り戻してくれた*3。そこへ―

 

「管さん! 処置室へ戻ってください! まだ傷口の縫合が済んだだけで、輸血が必要な状態なんです!」

「5分! いや3分だけ我が儘を許してください!」

 

 ブラドキング先生が、看護師さん達の制止を振り切って、会議室に飛び込んできた。

 絶無に腹部を滅多刺しにされ、失血死一歩手前の大量出血だったらしいが…大丈夫なのか?

 

「エンデヴァー…私、雄英高校1年B組担任、管赤慈郎。ヒーローネーム、ブラドキングと申します」

「………未熟者どもの担任か。貴様、教え子にどんな教育をしていた?」

 

 ブラドキングの登場で、額に青筋を浮かべるエンデヴァー。誰もが、エンデヴァーの再爆発を警戒する中―

 

「この度の御子息拉致の一件、責任は全て担任である私にあります。どうか、お怒りは全て…私にぶつけていただきたい!」

 

 ブラドキング先生は、床に額を叩きつけんばかりの勢いで土下座し、そう叫んだ。

 

「ブラド先生…」

「鉄哲、拳藤、すまなかった。お前達…いやB組全体の焦りに、俺がもっと早く気が付いていれば…今回の様な事態は起きなかった筈だ。俺は…教師失格だ。だからこそ、その償いをさせてくれ!」

「先生…すみませんでした!」

「ごめんなさい! ブラド先生!」

 

 ブラドキング先生の言葉に対し、泣きながら謝罪の言葉を口にする鉄哲と拳藤。だが―

 

「浪花節はそこまでだ!」

 

 エンデヴァーはそんな3人を一喝し、ブラドキング先生を睨みつける。

 

「貴様…責任は全て自分にある。そう言ったな?」

「はい、如何なる仕打ちであろうとも、お受けします」

「ならば、立て」

 

 エンデヴァーに促され、立ち上がるブラドキング先生。直後、エンデヴァーは拳を握り―

 

「この一撃を…償いだと思え!」

 

 全力の一撃を繰り出した!

 

「「ブラド先生!」」

 

 鉄哲と拳藤の悲鳴じみた声が響く。エンデヴァーの一撃で、ブラドキング先生が壁まで吹っ飛んだかに思われたが…。

 

「………微動だにしないどころか、目すら瞑らないとはな」

 

 エンデヴァーの拳は、ブラドキング先生の顔面ギリギリで寸止めされていた。

 

「フン…ブラドキング。貴様のその覚悟に免じて、今回は矛を収めるとしよう」

 

 そう言って、握り締めていた拳を緩めるエンデヴァー。恐らく、ブラドキング先生が土下座をした段階で、9割方こうするつもりだったんだろう。

 

「エンデヴァー……ご厚情に感謝します!」

「だが、忘れるな。焦凍に万が一の事が起きた時は…貴様ら3人とも、ただでは済まさんからな!」

 

 エンデヴァーのその一言に深々と頭を下げ、看護師さんと共に処置室へと戻って行くブラドキング先生。そして、鉄哲達も―

 

「吸阪、緑谷…本当にすまなかった」

「その言葉、俺達じゃなくて轟に伝えるんだな」

「…あぁ……」

 

 ルージュとビートに車椅子を押され、退室していった。

 

「2人とも、騒ぎに巻き込んでしまって申し訳ない」

「いえ、さっきも言いましたが、エンデヴァーがお怒りになる気持ちもわかります…」

 

 俺達に頭を下げるエンデヴァーにそう答えたところで―

 

「いや、お待たせして申し訳ない」

  

 何事も無かったように塚内さん達が入室してきた。おそらく、外で様子を窺っていたんだろうが…まぁ、いいか。気持ちを切り替えて、事情聴取に臨むとしよう。

 

 

オールマイトside

 

 (ヴィラン)連合による林間合宿襲撃。起こる筈の無い…起こってはいけない文字通りの緊急事態に、我々は大いに動揺しながらも、情報を集め、連絡を受けてから1時間後には緊急会議を開いていた。

 だが…(ヴィラン)連合への認識の甘さが、今回の事態を招いたという現実。元雄英生である爆豪少年が、絶無と名を変え、(ヴィラン)連合へ鞍替えしていたという衝撃。

 雄英の教師である我々が、知らず知らずの内に平和ボケしていたという不甲斐なさ。雄英への非難一色のマスコミへの対応。今後、我々が取るべき姿勢。そして、雄英の中に潜んでいるであろう内通者…山積する問題に議論は紛糾。堂々巡りを繰り返し、気づけば6時間が経過していた。

 

「……15分、いや30分休憩を取ろう。今のままでは、一向に前へ進めない」

 

 校長の一言で、会議は一時中断となり、それぞれが立ち上がったその時―

 

「ッ!?」

 

 前触れなく鳴り響くスマートフォン。

 

「会議中だったんっスよ! 電源切っときましょーよ!」

 

 プレゼント・マイク先生のツッコミに謝りながら、私は会議室を飛び出し、通話を開始する。

 

「…すまん。何だい? 塚内君」

『君のお弟子さんやイレイザーヘッドから調書を取っていたんだが…思わぬ進展があったぞ!』

(ヴィラン)連合の居場所、突き止められるかもしれない』

「な、なんだって…本当なのかい? 塚内君」

『あぁ、実は2週間程前、部下が聞き込み調査で顔面ツギハギの男(・・・・・・・・)が、テナントの入っていない筈のビルに入っていった。という情報を入手していた』

『20代くらいだというので、過去の犯罪者を漁ってみるも目ぼしい者はおらず、またビルの所有者に確認したところ、所謂隠れ家的なバーがちゃんと入ってるという話だった為、捜査には無関係だと流していたんだが…』

『今回、襲撃していた(ヴィラン)の1人と、特徴が一致した! 事態が事態だ。裏が取れ次第、すぐにカチ込む! これは極秘事項。君だから話してる!』

『今回の救出・掃討作戦。君の力も貸してくれ!』

 

 塚内君から齎された情報を聞いた瞬間、全身から力が沸き上がる。

 

『オールマイト?』

「………私は…素晴らしい友を持った…奴らに会ったら、こう言ってやるぜ」

 

 マッスルフォームに変身した私は、ここで一旦言葉を切り…宣言した。

 

「私が、反撃に来たってね」

 

 

雷鳥side

 

 さて、幸運にも軽傷で済んだ俺達11人*4と、奇跡的に無傷だった3人*5、合わせて14人は、マスコミの取材に対し、黙秘を貫く。など、幾つかの条件を厳守する事を約束した上で、帰宅が許された。

 帰った途端、状況をニュースで知った姉さんに大泣きされたが…俺と出久がそれぞれ声をかけ、何とか落ち着きを取り戻してくれた。

 

 そして、翌日。俺達は飯田の音頭で、昼過ぎから入院している皆のお見舞いに行く事になった訳だが―

 

「俺と出久は急な用事が出来てな。集合時間に15分程遅れそうなんだ。悪いが、先に病院へ向かってくれ」

 

 朝、台所に立つ俺は、飯田にそう連絡していた。

 

 

 それから2時間後、俺と出久は飯田達から少し遅れてお見舞いへとやって来たのだが…。

 

「ここから先は、プロに任せるべき案件だ! もはや生徒(おれたち)の出ていい舞台ではないんだ。馬鹿者!」

「んなもんわかってるよ! でもさァ! (なん)っも出来なかったんだ!」

 

 前世の記憶の通り、飯田と切島の口論が聞こえてきた。

 

「やっぱりな…」

 

 原作に出てこない(ヴィラン)が存在していたり、爆豪ではなく轟が拉致されるなど、かなりの部分で原作とは違う流れになっているが…それでも、変わらない部分はある。俺は出来る限り、最良の選択をするだけだ。

 

 

切島side

 

爆豪(あいつ)が除籍になった時、俺は何も出来なかった! しなかった! 本当なら、あいつぶん殴って! 首根っこ引っ掴んででも、相澤先生の所連れて行って…一緒に頭下げなきゃいけなかったんだ…」

爆豪(あいつ)の事尊敬してたのに…俺は、俺はあの時、心のどっかで、除籍も仕方ねぇって思っちまってた…その結果がコレだよ。今の絶無(あいつ)には、俺の声も拳も届かなくなってる! だけど、諦めたくねぇんだよ!」

「このまま絶無(あいつ)の事も、轟の事も他人(プロ)に任せて、何もしなかったら…ヒーローでも男でも、なくなっちまうんだよ!」 

 

 自分の言っている事が正しいのか、それとも間違っているのか、それすら判断出来ず、俺は感情のままに言葉を発していく。

 

「だからと言って、(ヴィラン)連合のアジトに乗り込むなど…言語道断だ!」

「切島落ち着けよ。気持ちは解るけど…今回は…」

「飯田ちゃんが正しいわ」

 

 飯田の声に、瀬呂や梅雨ちゃんが賛同する。他の皆も、声こそ出さないが大部分が同じ意見だろう。たしかにそうだ。だけど…

 

「飯田や皆の言う事が正しいってのは、頭じゃわかってる…だけど、まだ手を伸ばせば、届くかもしれないんだよ」

「気持ちは解るが……今の状況を考えてくれ! 雄英高校は今、これ以上無い程の窮地に立たされている…僕達が勝手な行動をすれば、それがどのような結果を招くか―」

「2人とも、落ち着け」

 

 互いに冷静さを欠き始めたその時、障子が静かに声を発した。

 

「切島の何も出来なかった悔しさ(・・・・・・・・・・・)も、仲間を攫われた悔しさ(・・・・・・・・・・)も解る」

「俺だって悔しい。何しろ、絶無(やつ)との戦いに参加する事すら出来なかった(・・・・・・・・・・・・・)からな」

「だが、これは感情で動いて良いレベルの話じゃない」

「…プロヒーローに任せようよ…何より、戦闘許可は解除されてる…僕達はやれる事はやったんだ……」

「青山の言う通りだ…もっとも、絶無(やつ)に歯が立たなかった俺には、偉そうな事を言う資格は無いかもしれないがな…」

 

 障子の静かな声に続き、青山、常闇も口を開く。そして―

 

「皆、轟ちゃんが攫われてショックなのよ。でも…冷静になりましょう。どれほど正当な感情であろうとも、許可無く戦うというのなら、ルールを破るというのなら……その行為は(ヴィラン)のそれと同じなのよ」

 

 梅雨ちゃんの言葉に、俺達は何も言えなくなる。(ヴィラン)と同じ…俺は…俺はどうすれば……

 

「全員集合で、随分と議論が白熱していたみたいだな。病室の外まで声が響いていたぜ」

 

 その時、ドアの方から聞こえてきた声に、その場にいた誰もが振り返る。そこには―

 

「悪い。遅くなった」

「ごめんね。急用を済ませてたから」

 

 吸阪と緑谷の姿。これで、轟を除く1-A全員が集合か…。

 

 

雷鳥side

 

「どうした? 揃いも揃って、湿気た煎餅みたいな顔してさ」

 

 ホンの今まで繰り広げられていた議論には、敢えて触れず…俺と出久は皆の輪の中へと入っていく。

 

「湿気た煎餅…か。たしかに、そうかもしれない……」

 

 軽いジョークのつもりで発した一言に、沈痛な表情を浮かべる飯田。見れば、周りの皆も似たような感じだ。

 

「やれやれ…皆顔色は良くないし、声に力もない……飯、食ったのか?」

「いや…帰宅してからも色々と考えてしまって……」

 

 俺の問いに予想通りの答えを返す飯田。口には出さないが、帰宅した面子は全員同じだろう。入院組は…言うまでもない。

 

「…腹が減った状態で意見をぶつけても、碌な答えは出ないぜ」

 

 俺は、こんな事もあろうかと用意してきたクーラーボックスを、切島のベッドに備え付けられたオーバーテーブルに載せ―

 

「まずは腹を満たせ。全てはそこからだ」

 

 用意してきた『おにぎらず*6』を皆に振舞った。

 

 

「美味かったよ…吸阪」

「御粗末様です」

 

 切島の声にそう答えながら、俺は周りを見回す。腹が満たされた為か、全員先程よりは良い顔になっているな。よし…。

 

「さて、一息ついたところで……俺から皆に謝らなくちゃいけない事がある」

 

 俺は絶無(やつ)を逃がしてから、ずっと考えていた事を…皆に伝える事にした。

 

「ケロ…吸阪ちゃん、どうしたの?」

「…爆豪(あいつ)の事だ」

 

 俺の口から爆豪の話題が出た事で、全員の表情が硬くなるが…俺は敢えてそれを無視し、話を続ける。

 

「あいつは…“個性”が発現せず、“無個性”扱いだった出久を、子どもの頃から『デク』という蔑称で呼び、事ある毎に馬鹿にしていた。この事は前、飯田と麗日、梅雨ちゃんには話してたよな?」

 

 3人が首を縦に振る中、俺は話を進めていく。

 

「その事は俺も昔から知っていた。俺と出久は、10年以上一緒に鍛錬してきたからな。だから…爆豪(あいつ)の性根を叩き直す機会は幾らでもあった。だが、俺はそれをしなかった」

「出久を、そして俺自身を鍛える事を優先したからだ。まぁ、俺が爆豪(あいつ)を嫌っていたのも理由だがな…」

「そうしている間に、強くなった出久は爆豪(あいつ)と距離を置くようになり、爆豪(あいつ)が一方的に出久を蔑視するようになった」

「そして1年前…爆豪(あいつ)の性根を叩き直す最後のチャンス(・・・・・・・)があった」

「最後のチャンス?」

 

 麗日の声に俺は頷き…出久に視線を送った。直後、出久は頷き返し…俺は改めて覚悟を決める。

 

「学校で…爆豪(あいつ)が出久に言ったんだ…」

 

 -そんなにヒーローに就きてんなら、効率良い方法あるぜ。来世は“個性”が宿ると信じて…屋上からのワンチャンダイブ!!-

 

「なっ…」

「マジ…かよ…」

「そんな…」

 

 爆豪(あいつ)の発した言葉に、皆が絶句する中…俺は更に話を進めていく。

 

「たられば、の話になるが…あの時爆豪(あいつ)を叩きのめしていれば、ここまで腐る事もなかったかもしれない…」

「見込みが甘かったんだ。雄英で学ぶ内に、爆豪(あいつ)も自分が井の中の蛙だったと気づくだろう…そう思ってた。結果はこの通りだがな」

「そういう訳で切島…何もしなかったのは、お前じゃない。俺だ」

「そして、僕もだよ。切島君」

「だからこそ…絶無(あいつ)とのケリは、俺と出久でつける。つけなくちゃならないんだ…」

「ケリをつける…吸阪君、緑谷君。君達、一体何を…」

「……ここまで話したから、皆には伝えておく。実はオールマイトから連絡を貰ってな…俺と出久は、オールマイト、エンデヴァー、グラントリノの推薦で、轟の救出及び(ヴィラン)連合の掃討を目的とする特別チームの一員に選ばれた」

「轟君は、必ず助けだす! だから皆、後の事は僕達に任せて!」

「この通りだ!」

 

 深々と頭を下げる俺と出久。皆は戸惑いながらも、最終的には全てを託してくれる事となった。

*1
1-B…宍田、骨抜、鱗、小森、塩崎、角取、取蔭、柳

*2
1-A…尾白、切島、口田、障子、常闇、芦戸、八百万 1-B…回原、鎌切、黒色、庄田、円場、鉄哲、吹出、凡戸、物間、拳藤

*3
百合の花の香りには、リラックス効果がある

*4
1-A…飯田、砂藤、心操、吸阪、瀬呂、緑谷、峰田、蛙吹、麗日、耳郎、葉隠

*5
1-A…青山 1-B…泡瀬、小大

*6
具材は【豚肉の味噌漬けと塩茹でにした人参&アスパラ】、【挽肉と卵のそぼろ】、【厚切りベーコンと卵焼き】、【鯖の西京焼きとごま油で炒めた白髪葱】、【チキンカツと茹でキャベツの千切り。味つけはトンカツソースとマヨネーズ】【エビカツと茹でキャベツの千切り。味つけは自家製タルタルソース】の6種類




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回より第1部最終章 神野の悪夢編となります。


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第1部 最終章 神野区の悪夢編
第95話:決戦に向けて


お待たせしました。
第95話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


絶無side

 

「戻ったね。絶無」

 

 黒霧が展開した黒い靄(ワープゲート)を潜り、撤退した俺を出迎える静かな声。

 

「ッ!」 

 

 俺は反射的に、その場に平伏。声の主である先生に対しー

 

「先生、申し訳ありません! せっかく力を授けて頂いたのに…デクとぼ…オールマイトの弟子2人を仕留め損ないました…」

 

 全力で謝罪した。黒霧の迎えがあと1分遅ければ仕留めきれた筈…正直、そんな思いもあるが……先生が俺を呼んでいるとなれば、何を差し置いても駆けつけなくてはならない。先生が俺を呼ぶまでに仕留めきれなかった俺のミスだ。

 

「たしかに……オールマイトの弟子を仕留めきれなかったのは、失点(・・)と言えるだろうね」

「ッ!」

 

 先生の静かな声に、心臓を鷲掴みにされているような感覚に陥る。全身がガタガタと震え、冷や汗が噴き出していく。だが、先生はそんな俺に対して軽く笑みを漏らし―

 

「だが、初陣でプロヒーロー2人を倒し、ヒーロー候補である雄英生13人に重傷を負わせた。これは失点を補って余りある程の成果だ。流石だよ絶無。それでこそ、(ヴィラン)連合の剣だ」

「そして…君は戦いの中で、僕が与えた“個性”を次の段階へと進化させた。これもまた素晴らしい。まさに君は1億人に1人の逸材だよ」

 

 俺の戦いぶりを褒めてくれた。

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 床に額を擦り付けたまま聞く、先生からのお褒めの言葉。それは俺の自尊心(プライド)を大いに満たしていく。そして―

 

「今回の活躍の褒美…という訳ではないが……絶無、君に新たな“個性”を授けよう」

 

 新たな“個性”も与えられる事になった。先生は俺に期待してくださっている。その期待に応える為にも…次こそ、デクと“没個性”野郎を必ず殺してやる!

 

 

雷鳥side

 

 さて、病院の面会時間も終わり、俺達は帰宅の途に就いた訳だが…

 

「ん?」

 

 クラクションを鳴らしながら、俺達に近づいて来る黒塗りのSUV。それに乗っていたのは意外な人物(・・・・・)

 

「Hi! 皆」

「メリッサさん!」

 

 そう、メリッサさんだ。そしてSUVを運転しているのは、(かつら)や帽子で変装したシールド博士。

 聞けば、2人は1週間前来日。雄英編入後にメリッサさんが暮らす住居の契約等を済ませ、夏休みの間は親子水入らずの時間を過ごす予定だったそうだが…。

 

オールマイト(トシ)から頼まれてね。君達2人を迎えに来たのさ」

 

 シールド博士の言葉に、俺と出久は頭を下げ、SUVへと乗り込む。

 

「それじゃあ皆。今度会うのは、全部に片が付いてから…だな」

「マスコミには、十分気を付けてね」

「吸阪ちゃん、緑谷ちゃん。轟ちゃんと一緒に…帰ってきてね」

「皆で無事を祈ってるから!」 

「1-A全員の思い全てを、君達に託す! 武運を!」

 

 梅雨ちゃんと麗日、そして皆を代表した飯田の言葉を受け取り、出久がドアを閉めようとしたその時―

 

「ま、待って!」

 

 耳郎の焦ったような声が響き渡った。 

 

 

出久side

 

「ま、待って!」

 

 耳郎さんの焦ったような声が響いた瞬間、僕は閉めようとスライドさせたドアを慌ててストップさせる。

 

「耳郎さん…どうしたの?」

 

 何故か顔を真っ赤にした耳郎さんに声をかけると、耳郎さんは深呼吸を数回繰り返し―

 

「耳郎ちゃん、頑張って」

 

 梅雨ちゃんに後押しされながら、僕の顔をジッと見つめてきた。

 

「み、緑谷…」

「…はい」

 

 何かは解らないけど、覚悟を決めた(・・・・・・)表情の耳郎さん。これは、疎かな対応は出来ないぞ。

 

「全部に方が付いたら…聞いて欲しい事があるんだ。だから、時間……作ってくれるかな?」

「…わかりました。問題が片付いたら、こっちから耳郎さんに連絡しますね」

「う、うん。お願い……ごめんね。変な事で時間取らせて…じゃ、じゃあ、頑張って」

 

 何故か真っ赤な顔をした耳郎さんからのエールにサムズアップで答え、僕はSUVのドアを閉める。

 そのまま、SUVは走り出したんだけど…

 

「天然ジゴロ…」

「いやはや、将来が楽しみだね」

 

 雷鳥兄ちゃんとシールド博士からは、そんな言葉と共に生暖かい視線を送られるし、メリッサさんは苦笑いしている。何か、変な事を言ったんだろうか…?

 

 

雷鳥side

 

 シールド博士の運転するSUVに揺られる事1時間。俺達が到着したのは―

 

「桜田門か…」

 

 日本最大にして、世界的にも有数の規模を誇る警察組織。警視庁の本部庁舎だ。

 既に連絡がついているのだろう。SUVは警備に止められる事もなく、敷地内へと入り―

 

「やぁ、よく来てくれたね」

「待っておったぞ」

 

 待ち構えていた塚内さんとグラントリノに迎えられた。

 

「塚内さん、グラントリノ、暫くです」

「今回は、よろしくお願いします」

「うむ、出来るなら茶でも飲みながら話をしたいところだが、そうも言っとられん」

「2時間後には作戦会議が始まる。2人には悪いけど、それまでに準備を整えてほしい」

 

 挨拶もそこそこに俺達は、保須市での一件から警視庁内に新設された部署『(ヴィラン)連合特別対策班』。その一室に案内され―

 

「2人とも! 早速だけど、戦闘服(コスチューム)に着替えて頂戴。新装備(・・・)の調整を済ませたいから」

 

 メリッサさんの一声で、秘密裏に雄英高校から運び出されていた戦闘服(コスチューム)へと着替えていく。それにしても新装備とは…何が出てくるのか。

 

 

出久side

 

「これが出久君の新装備。開けてみて」

 

 戦闘服(コスチューム)に着替え終えた僕にメリッサさんが差し出したのは、小型のアタッシュケース。そこに入っていたのは…

 

「これって、フルガントレット!」

 

 Iアイランドでの戦いで限界を超え、壊れてしまった筈のフルガントレット。それと同じ物が2つ、そしてよく似た形状の物が2つ、合計4つのアイテムが収められていた。

 

「あの時渡したフルガントレットそのままじゃないわよ。新素材の採用や細かな改良を加えた…名付けてフルガントレットver.2。重量やバランスはそのままに、強度を37%上昇させる事に成功したわ。計算上、マイトおじさま並のパワーで拳を放っても、5回は耐えられる筈よ」

「そしてもう1つは、フルガントレットの脛当て版『フルグリープ』。強度はフルガントレットver.2と同等に仕上げてあるわ」

 

 フルガントレットver.2にフルグリープか。凄い、これなら『フルカウル』を出力100%で使用しても、かなりの時間戦える!

 

「ありがとうございます! メリッサさん!」

「壊れても私が直すから、安心して使ってね」

「はい!」

 

 

雷鳥side

 

「そして、これが…雷鳥君の新装備よ」

 

 出久に続いて差し出されたのは、大型のアタッシュケース。早速開けてみると―

 

「これは…」

 

 納められていたのは、中折式の散弾銃(ショットガン)に片刃の刀身を組み合わせたような武器。これって、エンジ―

 

「アメリカの強豪、レッドバイカーが使っているアイテム、アクセルブレードを私なりにアレンジしてみたわ」

「レッドバイカー! アメリカ西海岸を中心に活動しているアクセルヒーロー! “個性”は、自身をフルカウルタイプのバイクに変形させる『バイク』で、その最高速度は時速380km!」

「過去にアメリカ軍の特殊部隊に在籍した事もある近接格闘術の達人で、その決め台詞は絶望がお前のゴールだ!(Despair is your final destination!)

 

 ……うん、出久。詳細な説明をありがとう。

 興奮気味の出久に笑みを浮かべながら、メリッサさんの説明は続いていく。レッドバイカー(本家)が使うアクセルブレード(アイテム)は、中折れ式のスロットに実包(ショットシェル)や各種カートリッジを装填する事で、単発式の散弾銃(ショットガン)発射装置(ランチャー)としても使えるらしいが、メリッサさんはその機能を敢えて排除(オミット)。代わりに大容量バッテリーを装填する事で、俺の“個性”の増幅器(ブースター)になるように設計し直したそうだ。

 更に刀身には、通電する事で硬度を高める事が出来る特殊金属を採用。刀剣としての攻撃力を高めている……並の(ヴィラン)相手には峰打ち必須だな。

 

「名づけるなら……雷の剣(Thunder sword)は安直ね…雷鳥君なら、何て名付ける?」

「そうですね…」

 

 メリッサさんにネーミングを任された俺は、暫し考える。俺のヒーローネームはライトニングヒーロー“ライコウ”。

 これは『雷光』のように素早く現場へ到着し、『雷のように吼える』事で敵ヴィランには恐怖を、市民には安心を与える『雷の皇』という意味を込めたものだ。

 雷の皇…よし、これでいこう。

 

「決めました。こいつの名前は雷霆(ケラウノス)です」

「κεραυνός! ギリシャ神話の主神ゼウスが振るう武具の名前ね!」 

「えぇ、雷の皇を名乗る俺には、ピッタリの武器でしょう?」

「凄く良い名前だわ! パパもそう思うでしょう?」

「あぁ、オールマイトの後継者が持つアイテムに相応しい名前だと思うよ。さて、実は私からも2人に渡したい物があるんだ」

 

 そう言って俺達にトランクを差し出すシールド博士。博士から俺達に渡したい物か…何かは解らないが、ゾクゾクするな。

 

 

 2時間は瞬く間に流れ―

 

「錚々たる顔ぶれが集まってくれた。さぁ、作戦会議を始めよう」

 

 オールマイトを筆頭に、エンデヴァー、ベストジーニスト、エッジショット…名だたるヒーロー達が集まった会議室に塚内さんの声が響き、作戦会議が始まった。

 

 

轟side

 

「………」

 

 鉄哲と拳藤の命と引き換えに、(ヴィラン)に投降して…2日くらいか? 拘束されたまま、窓も時計もない部屋に押し込められているから、時間の感覚が掴めないな。とりあえず、暴行や洗脳の類は受けていないのが救いか。

 

「起きてやがった! 寝ていた方が運ぶ時、楽なんだよ! 自力で歩きな!」

 

 そんな事を考えていると、1人の(ヴィラン)が部屋に入ってきた。促されるまま俺は立ち上がり、別の部屋へと移動した訳だが…。

 

「澄んだ()をしているな…轟焦凍。半年前のお前は、もっと魅力的だったぞ」

 

 そこで俺を待っていたのは、初対面の筈なのに、俺の事を知っている素振りを見せる男を含む数人の(ヴィラン)。そして―

 

(ヴィラン)連合へようこそ! 轟焦凍君…早速だが、君をスカウトしたい」

 

 USJを襲った(ヴィラン)集団のボス格、たしか…死柄木弔。

 

「スカウト…だと?」

 

 何を馬鹿な。と切り捨てるのは簡単だが…下手に刺激するのは拙い、だろうな。

 吸阪や緑谷なら、こんな時どうするか…俺はそれを考えながら、死柄木弔(やつ)の次の言葉を待つのだった。




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第96話:勧誘と作戦会議

お待たせしました。
第96話を投稿します。
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雷鳥side

 

「以上が、本作戦の概要になります」

 

 会議室に塚内さんの声が響き…その場にいるヒーロー、そして警察官の全員が、紙製の資料に目を通し、その内容を再確認する。

 作戦は大きく分けて2つ。1つは(ヴィラン)連合のアジトに突入し、拉致された轟の救助(・・・・)及び構成員の身柄確保(・・・・・・・・)。もう1つは脳無製造拠点の制圧(・・・・・・・・・)だ。

 この2つを同時進行で行い、(ヴィラン)連合を完全に叩き潰す事が、作戦の最終目標となる。

 

「質問です。(ヴィラン)連合のアジトについては、特定済みとの事でしたが、脳無製造拠点については、何か見当が?」

 

 挙手の後、立ち上がって質問を口にしたのは、今回の作戦に参加するヒーローの1人“カデンツァ”。

 プッシーキャッツの皆さん同様、6人組のヒーローチーム『シンフォニック』を結成して活動中の剣舞ヒーロー。最新のランキングでは、連名で28位に入っていた筈だ。

 

「その件に関してですが、先日雄英高校1年生が襲撃を受けた際、女子生徒の1人が重傷を負いながらも、脳無の1体に発信機を取り付ける事に成功しています。そして、発信機の受信機はここに」

 

 塚内さんが取り出した女子生徒(八百万)製の発信機、そして、スクリーンに映し出された地図に付けられた×印に、参加者達からは感嘆の声が上がる。

 

「この場所には、ある貿易会社が所有する倉庫がありましたが…調査の結果、営業実態の無い、ダミー会社である事が判明しています。即ち―」

「貿易会社の倉庫を隠れ蓑にした、何らかの拠点…という事だな」

「そういう事です」

 

 エンデヴァーの声に、塚内さんは頷き―

 

「その事と受信機の反応。この2点から、ここが脳無に関する何らかの拠点である事は9割がた間違いないと言えるでしょう」

「そして幸運な事に、発信機の存在はまだ敵に気づかれていません。攻めるなら今が好機という事です」

「なるほど、よくわかりました」

 

 塚内さんの言葉に一礼し、着席するカデンツァ。塚内さんは他に質問がないか問いかけるが……特に無いようだ。

 

「では、作戦会議を終―」

「質問ではないが、疑問がある」

 

 終了の声を遮るように離れた声。その主は不敵な面構えの若手ヒーローだ。たしか―

 

「バウンスヒーロー“インペラー”。昨年春にデビューした新人だよ。個性は“ガゼル”。強靭な脚力を活かした立体的な戦いを得意としているね」

 

 ……出久、詳細な説明をありがとう。さて、そのインペラーさんは何が言いたいのかな?

 

「今回の一件、重大な事態だと理解しているが…だからこそ、相応しくない者(・・・・・・・)がこの場にいるのはおかしくないか?」

「相応しくない者とは?」

「決まっているだろう! そこにいる学生(アマチュア)老人(ロートル)だよ!」

 

 ほう、そう来たか。

 

「その2人は、ただの学生ではない。ライコウとグリュンフリート、オールマイトの愛弟子だ。雄英高校の発行する簡易版仮免を取得しており…その実力は、俺とオールマイトが保証する…何か、問題があるか?」

「そして、そちらのご老人はグラントリノ…私の、師匠だ」

「え、あ…」

 

 エンデヴァーとオールマイトの発言に、一瞬怯むインペラー。だが、すぐに立ち直り―

 

「オールマイトの師匠…それなら文句はないさ。だが、その2人は駄目だ! 実力はあっても、正式な資格を持っていない…仮免止まりの学生(アマチュア)と一緒に仕事なんて、危なくて仕方ない! 皆もそう思うだろう!」

 

 もっともらしい理屈を掲げ、周囲に同意を求め始めた。その声に周囲も騒めき始めるが…どうも妙だ。

 俺や出久、グラントリノが今回参加する事は、作戦会議が始まる前から解っていた事。それなのに、今になって文句を言いだすのは…

 

「まさかな…」

 

 脳裏に浮かんだ嫌な予感。俺は半ば反射的に『サーチ』を発動。インペラーを探査すると……こいつは―

 

「今回の事件は、ヒーロー社会崩壊の切っ掛けにもなり得るんだ! だからこそ、選ばれた精鋭で事に当た―」

「いやはや、インペラーさんのご高説。たしかに承りました。それで、こちらから1つお尋ねしたいんですが…」

「……なんだよ」

 

 インペラーの主張を遮るように質問し、発言権を得る。さて、攻撃ならぬ口撃開始だ。

 

「俺達の事が不満だったなら、何故もっと早く声をあげなかったんです? 作戦会議の終盤になって、そんな事言いだしたら、皆混乱するでしょう」

「それは……お前らが、自分から辞退すると思っていたんだよ。このメンツを見れば、学生(アマチュア)の出る幕は無い事くらいすぐにわかるだろう!」

「そう仰られましてもねぇ…師匠であるオールマイトや、大恩あるエンデヴァーからの要請でしたし、こちらから辞退するなんて、そんな無礼は出来ませんよ」

「ん、ぐ…そ、そもそも、どうしてオールマイトやエンデヴァーはこんな学生(アマチュア)を―」

「貴様、俺の話を聞いていなかったのか? ライコウもグリュンフリートも高校生ながら、下手なプロ以上の実力者。正直言って、目の前にいる相手の力量も碌に測れん貴様より、10倍は役に立つ」

 

 怒気を込めたエンデヴァーの言葉に沈黙するインペラー。そろそろ仕掛けるか―

 

「ついでにもう1つ。貴方の戦闘服(コスチューム)の襟元、発信機(・・・)付いてますよね」

「なっ!?」 

 

 慌てた様子で襟元に手をやった直後、しまった! と言いたげな顔をするインペラー。言い訳を口にする前に俺は二の矢を放つ。

 

「それから…なんでスマホを2台持っている(・・・・・・・・・・・)んですか? まさかとは思いますけど…1台は特定の相手に連絡する為だけの物(・・・・・・・・・・・・・・・)…とかじゃないですよね?」

「え、あ……」

 

 続けて放たれた俺の言葉に、言い訳も忘れて狼狽するインペラー。周囲に座っていたヒーロー達も立ち上がり、インペラーへ警戒の視線を送る。

 

「くそっ!」

 

 進退窮まったインペラーは、長机を足場にして一気に入口へと跳躍しようとするが―

 

「逃がさないっ!」

 

 これ以上無いほどのタイミングで、出久がベアリングボールを発射。インペラーの利き足である右足に当てる事でバランスを崩し―

 

「そぉらよっ!」

 

 そこへ、ロケットのようなスピードで跳び出したグラントリノが、インペラーの土手っ腹に一撃を叩き込み、戦闘不能へと追い込んだ。

 

「若造、老人(ロートル)で悪かったな」

 

 警察官の手で拘束されるインペラーへ、意地の悪い笑みを浮かべるグラントリノ。さて、時間も無い事だし…手早く拷も、もとい、尋問といこうか。

 

 

根津side

 

「ありがとう、塚内君。何よりの情報だよ」

 

 記者会見の準備を行っている最中、塚内君から齎された連絡は、ここまで圧倒的不利に追い込まれた我々にとって、起死回生の一手となるに相応しいものだった。

 

「それにしても…ヒーローの中に(ヴィラン)連合の信奉者(シンパ)がいたとはね……」

 

 我々の思っていた以上に、(ヴィラン)連合の存在は大きいようだ。だからこそ―

 

「ライコウ…吸阪君には感謝だね」

 

 塚内君曰く、とても効率的(・・・)かつ恐ろしい方法(・・・・・・)で尋問し、素早く情報を引き出したそうだ。その事もあり、(ヴィラン)連合にこの事が察知された可能性は限りなく低い(・・・・・・)

 

「反撃開始へのカウントダウン、スタートだね」

 

 僕は静かに呟き、相澤先生(イレイザーヘッド)菅先生(ブラドキング)を引き連れて記者会見へと望む。

 (ヴィラン)連合。ここからは、僕達のターン(・・・・・・)だよ。

 

 

死柄木side

 

「スカウト…だと?」

 

 俺からの突然すぎるスカウトに対し、何を馬鹿な(・・・・・)と言いたげな表情を一瞬見せながらも、努めて冷静に振舞う轟焦凍。まぁ、この反応は想定内だ。 

 

「言っておくが、冗談でこんな事を言っている訳じゃない。こちらとしても、君の能力は高く買っているんだ。味方になってくれるなら、頼もしい事この上ない」

 

 友好的な営業スマイルを浮かべ、(ヴィラン)連合への鞍替えを促し始めたその時―

 

『―えー、雄英高校の謝罪会見が始まるようです』

 

 点けっ放しにしていたテレビから、そんな声が聞こえてきた。実に良いタイミングだ。拘束した状態で椅子に座る轟焦凍を含む全員の視線が、テレビへと向かう。 

 

『この度…我々の不備から、ヒーロー科1年生37名に被害が及んでしまった事。ヒーロー育成の場でありながら、敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えた事。謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした』

 

 その言葉に続き、深々と頭を下げる雄英高校の校長。スーツ姿のイレイザーヘッド、ブラドキングも後に続くと、マスコミは弾幕のようにカメラのフラッシュを浴びせていく。

 

『NHAです。雄英高校は今年に入って4回、生徒が(ヴィラン)に接触していますが…今回、生徒に被害が出るまで、各ご家庭にはどのような説明をされていたのか、又、具体的にどのような対策を行ってきたのか、お聞かせください』

 

 雄英体育祭を開催する事を発表した時点で、雄英高校の姿勢は把握している筈。それなのに、敢えて言わせる…これは即ち―

 

「悪者扱い…かよ…」

 

 呟きと共に、悔しげな表情を浮かべる轟焦凍。そう…マスコミ(やつら)は理解していない。状況の深刻さを…だから、雄英高校を悪者に仕立て、責め立てる事で満足する。

 悪意に曝された時、自分達を守ってくれる存在を自分達で辱めていく。まさにお笑いだ。

 

『周辺地域の警備強化、校内の防犯システムの再検討。“強い姿勢”で生徒の安全を保障する……と、説明して―』

『守れてないじゃないですか!』

『雄英高校側の怠慢ですよ! これは!』

 

 そして、そんなマスコミの中には、鼻薬をたっぷり嗅がせる事で、敵連合(こちら)側に都合良く動いてくれる輩が大勢いる。

 今、校長に罵声を浴びせた奴らを含め、記者会見の場には敵連合(こちら)の協力者を5人ほど送り込んだ。

 奴らが雄英高校の社会的地位をどん底まで落としてくれるのを、ゆっくり見守りながら―

 

「不思議なもんだよなぁ…」

 

 俺も仕事を進めるとしよう。

 

「何故、奴ら(ヒーロー)が責められてる!?」

 

 轟焦凍、そしてその場にいる(ヴィラン)連合の面々へ問いかける。

 

加害者側(おれたち)から言わせてもらえば、雄英高校(やつら)の取った対応には、これといった落ち度はない。むしろ、よくぞここまで…と、称賛を贈りたいほどだ」

「だが、俺達ですら解るような事に、世間の奴ら…その大部分は解らない。解ろうとしない。何故か? 社会の大部分にとって、これが対岸の火事だからさ」

「ヒーローが世間に溢れているから、いつでもどこでも自分達を守ってくれる。そんなぬるま湯のような現状に、慣れきってる。だから、些細なミスを針小棒大に騒ぎ立てる」

「うわ、凄いですよ。SNSやネットの掲示板、何処も彼処も、雄英高校への非難一色です」

 

 スマホを見ながら、俺の言葉へ合いの手を入れるトガ。あぁ、良い感じだ。

 

「轟焦凍君。君もまた、この社会の犠牲者…そうだろう?」

「……何が言いたい」

「隠したい気持ちも解るが、俺達は既に知っている。君と…エンデヴァーの関係を」

「ッ!?」

 

 どうして知っている。必死に無表情であろうとする轟焦凍から、ホンの僅か漏れ出したそんな感情に、俺は内心ほくそ笑む。

 

「オールマイトに勝つ為、エンデヴァー(やつ)は何をした? 個性婚に虐待に等しい訓練の強要。更には心を病んだ妻を病院へと押し込めた」

「………」

 

 無表情を貫きながら、俺の言葉を必死に聞き流す轟焦凍。そこへ―

 

「そして奴の犯した最大の罪…それは―」

 

 荼毘の一言が突き刺さる。

 

「……………」

「エンデヴァーが罪を犯したのも、君が苦しんでいるのも、全ての発端はこの社会が歪んでいるからだ。だから俺達は、戦いの中で社会に『問う』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか、一人一人に考えてもらう!」

「轟焦凍君。君を強引な手段でここに連れてきた事は、謝罪するよ。だが、我々は悪事と呼ばれる行為にいそしむ、ただの暴徒じゃない。それはわかってくれ。君が我々の同志となってくれる事を、心から祈っている」

 

 項垂れたまま黙り込む轟焦凍に、こちらの考えを告げ、静かに返答を待つ。まぁ、返答が承諾だろうと拒絶だろうと―

 

『お尋ねしたいのですが…貴方が何故、その事を知っているのです?』

 

 テレビから雄英高校校長の声が響いたのは、その時だ。画面に目をやれば、協力者であるジャーナリストの1人、蛭河が校長から反撃を受けていた。

 奴が雄英高校を断罪する為発した内容に、一般には知られていない…雄英高校(被害者)敵連合(加害者)、もしくは警察しか知りえない情報(・・・・・・・)が混ざっていた事を、校長は見逃さなかったようだ。

 調子に乗って攻めている者ほど、守勢に回れば脆い。奴が咄嗟に行った回答は、即座に矛盾点を指摘され、傷口を拡げていく…。そして―

 

『ここに…貴方が、雄英高校に侵入した動かぬ証拠があります』

 

 奴が自らの“個性”『コピー・アンド・ペースト』を使って用務員に化け、雄英高校へ侵入。情報を盗み出した事の証拠が提示され、形勢は完全に逆転した。

 

『如何に優れた“個性”でも、人間の用いる能力である以上、完全無欠はあり得ない。外見をどれだけ上手く似せようとも、本人でない以上僅かな違和感は残る。我々と警察の執念を甘く見ましたね』

 

 警備員の手で拘束される蛭河にそう告げる校長のアップで、中継は急遽終了し、スタジオのアナウンサーの慌てた声が響き渡る。

 

「やってくれたな…」

 

 状況から見て、雄英高校も会見に向けて、相応の準備をしていたのだろう。雄英高校の社会的地位をどん底まで落とすという目論見は、失敗したと考えた方がいい。

 

「うわ、SNSやネットの掲示板、マスコミ非難に傾いてます。雄英高校に対しては、マスゴミの被害者だという同情的な意見が大勢を占めてますね」

 

 トガの声を聞きながら、轟焦凍へ視線を送った次の瞬間―

 

「俺の答えは…これだ!」

「ッ!?」

 

 轟焦凍は右腕から氷、左腕から炎を吹き出す事で拘束具を椅子ごと破壊し、自由を取り戻した。

 

「拒絶、という事か。悲しいな…君が同志となってくれれば、この上なく心強かったんだが…」

「半年前の俺なら、あんたの誘いに跳びついていただろう。だが、今はその半年後だ。俺も、親父も、変わったんだよ」

「親父は過去の罪と向き合い、贖おうと必死に足掻いてる。だから、俺は親父が贖罪の為に、正しく在る為に努力を続ける限り……俺も親父を信じ続ける。だから、お前達の手を取る事は、100%あり得ない」

 

 真っ直ぐな…曇りの無い目で俺達に宣言する轟焦凍。そうか…残念だ。

 

「出来れば、俺の手を取ってほしかった。君とは解り合えると思ってたんだ…だが、こうなった以上、仕方がない。君の『力』だけ、(ヴィラン)連合に役立たせてもらう……絶無!」

 

 俺の叫びと共に、待機していた隣室から飛び出してくる絶無。

 

「お前…爆豪か?」

「久しぶりだな。半分野郎」

 

 絶無の顔を見て、一瞬驚きの表情を浮かべる轟焦凍だが、すぐに警戒レベルを引き上げるように構えを取る。

 

「絶無…奴の手足全て斬り落とせ。その後は…先生、頼む」

『良い判断だよ。死柄木弔』

 

 よし、先生の承諾は得た。あとはスピード勝負だ。

 

「絶無…10秒で終わらせ―」

「どーもォ、ピザーラ神野店です―」

 

 なんだ、ピザだと?

 

「一体誰が―」

 

 頼んだ。その言葉が口から出るよりも早く、派手に壁が吹っ飛び…飛び込んできたのはオールマイト!?

 

「何だぁ!?」

「黒霧! ゲートを開け!」

 

 反射的にその言葉を発した直後、また別のヒーローが店の中へ飛び込み―

 

「先制必縛! ウルシ鎖牢!!」

 

 手から生やした木の枝で俺達を縛り上げていく。

 

「木ィ!? んなもん…」

 

 すぐさま荼毘が炎を放とうとするが―

 

「逸んなよ。おとなしくしといた方が…身の為だぜ」

 

 新たに飛び込んできた爺が一撃を叩き込み、荼毘を戦闘不能に追い込む。これは…どういう事だ… 

 

「流石若手実力派だ、シンリンカムイ!!」

「そして、目にも止まらぬ古豪グラントリノ!!」

「もう逃げられんぞ、(ヴィラン)連合…何故って!?」

「我々が来た!!」

 

 何故、ヒーロー(こいつら)先制攻撃(不意打ち)を許した? スパイとしてインペラー(やつ)を潜り込ませておいた筈…。

 

「オールマイト…!! あの会見と、まさかタイミングを示し合わせて……!!」

「木の人! 引っ張んなってば! 押せよ!」

「や~!!」

「糞がぁっ!!」

 

 全員がシンリンカムイの木でガチガチに固められ…絶無に至っては、数々の“個性”を警戒してか、四肢と頭がそれぞれ別の方向…下手に“個性”を使えば同士討ちになるように拘束されている。

 

「攻勢時ほど、守りが疎かになるものだ…ピザーラ神野店は、俺達だけじゃない」

 

 その声と共に姿を現したのは、エッジショット。奴の手でドアのロックは解除され、銃火器やプロテクターで武装した警察官が雪崩れ込んできた。更に―

 

「焦凍ォッ!! 無事かぁっ!!」

「塚内ィ!! 何故俺が包囲なんだぁっ!!」

 

 外から聞こえてくるのは、エンデヴァーの叫び声…どれだけ、どれだけヒーローを搔き集めた?

 

「助けに来るのが遅くなった。恐怖によく耐えてくれた! もう大丈夫だ、轟少年!」

「ありがとうございます。オールマイト」

 

 轟焦凍も奪還されたか…。

 

「こっちの立てた作戦。全部ひっくり返してくるとはな…ムカつくが流石だよ、ヒーローども」

 

 全員拘束されている以上、簡単には逃げられない…だったら!

 

「俺達だけじゃない…そりゃあ、こっちの台詞だ。黒霧!」

 

 緊急時のプランを実行するまでだ!

 

「持って来れるだけ、持って来い!!」

 

 黒霧に命じて、ありったけの脳無を解き放とうとしたが………

 

「………どうした?」

「すみません、死柄木弔…所定の位置にある筈の脳無が…ない…!!」 

 

 黒霧から聞かされたのは、予想外の言葉。

 

「ピザーラ神野店は俺達だけじゃない。エッジショットがそう言っていただろう。そのままの意味さ」

「なん、だと…」

(ヴィラン)連合よ。君らは舐めすぎた。轟少年の高潔なる魂を、警察の弛まぬ捜査を、そして!」

「我々の! 怒りを!!」

「おいたが過ぎたな。ここで終わりだ! 死柄木弔!!」

 

 高らかに響くオールマイトの声。だが、まだだ…まだ、終わりじゃない!




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第97話:帝王との邂逅

お待たせしました。
第97話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

 オールマイトやグラントリノ、エンデヴァーが(ヴィラン)連合の確保と轟救出を開始するのと同時刻。

 俺と出久も、ベストジーニストをリーダーとする第2チームの一員として、脳無生産拠点の制圧に臨んでいた。

 

「作戦、開始」

 

 ベストジーニストの声と共に、Mt.レディが“個性”『巨大化』を発動。たちまち20mを超える巨人となり―

 

「でぇぇぇいっ!!」

 

 勇ましくも凛とした声と共に放った一撃で建物を半壊させ、突入口を作り出した。

 

「総員、突入!」

 

 間髪入れず、ベストジーニストとギャンフオルカを先頭に、ヒーロー達が内部へ突入。俺と出久も後に続く。その直後―

 

「こんな…無造作に……全部が脳無?」

 

 俺達が目にしたのは、貿易会社の倉庫という隠れ蓑の中に造られていた近代的な生産施設。そして、アイドリング状態で保管され、今にも動き出しそうな多数の脳無。

 

装置(ポッド)の中に約30…考えたくないですけど、コンテナの中身も脳無(それ)ですかね?」

 

 左腰に下げた鞘からケラウノスを抜きながら、近くのギャングオルカに問うと―

 

「恐らくは、な…」

 

 拳を固く握りしめながら、静かに答えてくれるギャングオルカ。次の瞬間、周囲のコンテナが次々と開き、中に収納されていた脳無が次々と飛び出してきた!

 

「総員! 各自の判断で戦闘開始!」

 

 たちまち始まる敵味方入り乱れての大乱戦。くそっ! 前世の記憶(原作)では、こんな展開なかったぞ!

 

 

オールマイトside

 

「おいたが過ぎたな。ここで終わりだ! 死柄木弔!!」

 

 シンリンカムイによって拘束された死柄木弔、そして(ヴィラン)連合のメンバーに向けて、力強くそう宣言する。

 同時に、少しばかり強め(・・・・・・・)に威圧した結果、その場にいた(ヴィラン)の殆どは圧倒され―

 

「オ、オールマイト…これが、ステインの求めた…ヒーロー……」

 

 声を絞り出すのがやっとの者もいるが…死柄木弔は静かにこちらを睨みつけている。油断は禁物だな。

 

「終わり…だと? ふざけるな、まだ始まったばかりだ。正義だの、平和だの…上っ面だけは綺麗なもんで蓋されたこの世界(掃き溜め)をぶっ壊す…」

「その邪魔を、するな!」

 

 次の瞬間、死柄木弔を拘束していた木の枝が、徐々に細かい塵へ変わっていく。これは…『崩壊』の“個性”か!?

 

「どういう事だ? 奴の“個性”は、五指で触れなければ発動しない筈!」

「情報が古いな! “個性”を強化するのは、学生(ガキ)だけとでも思ったか!」

 

 叫びと共に、死柄木弔は木の枝の拘束を脱し、素早くバーカウンターの内側へと動き出す。

 

「やらせるか!」

「忍法! 千枚通し!」

 

 もちろん我々も黙って見ている訳ではない。死柄木弔へ一番近い位置にいたグラントリノとエッジショットが、真っ先に動き出すが―

 

「シィィィィィッ!」

 

 死柄木弔を庇うように出現した黒い穴(・・・)。そこから放たれた鋭い斬撃が、2人を弾き飛ばした。

 

「……間一髪、間に合ったようだな」

「ハハッ、良いタイミングだぜ。先輩!」

 

 死柄木弔とそんなやり取りを交わしながら、姿を現す1人の(ヴィラン)。あの男は!

 

「オールマイト! そして有象無象の偽者どもよ! 聞け! 我が名はステイン! (ヴィラン)連合の剣なり!」

 

 新調した戦闘服(コスチューム)を纏い、相当な業物と思われる大太刀。その切っ先を我々に突き付けながら、堂々と名乗りを上げるステイン。

 まさか、ここでヒーロー殺しが参戦するとは…流石に予想外だ。

 

「おぉ…ステイン御自ら救援に来てくださるとは…」

「ステ様! 弔君、ステ様が来てくれましたよ!」

「気持ちは解らなくもないが、今は緊急事態だって事を忘れないでくれよ」

 

 死柄木弔の手で、次々と拘束から解放されていく(ヴィラン)連合の面々。止めに入りたいところだが…半歩でも動けば、ステインの振るう大太刀が襲ってくる為、迂闊には動けない。

 

「ふぅ、自由になれたわ」

 

 遂に全員が自由を取り戻し、我々と睨みあう。

 

「皆様、申し訳ありません。私の…手落ちです」

「シンリンカムイ、お前のせいじゃない。あの拘束は完璧だった」

「あぁ、死柄木弔の“個性”が強化されていた事や、ステインという増援を想定出来なかった…コイツは戦略面での失策だ」

 

 悔しげな声を漏らすシンリンカムイを、素早くフォローするエッジショットとグラントリノ。そう、戦略の面で(ヴィラン)側に一本取られた事は、否定のしようがない。だが!

 

「安心したまえ諸君! そんな物は、力ずくでひっくり返せば良いだけだ!」

「そういう事だ。小僧ども、大人しくしといた方が、身の為だぞ」

 

 周囲を鼓舞する為に発した私の声を、グラントリノは肯定し―

 

引石健磁(ひきいしけんじ)迫圧紘(さこあつひろ)伊口秀一(いぐちしゅういち)渡我被身子(とがひみこ)分倍河原仁(ぶばいがわらじん)、そして赤黒血染(あかぐろちぞめ)

 

 現在までに判明した(ヴィラン)連合の面々、その本名を口にしていく。

 

「少ない情報と時間の中、おまわりさんが夜なべして素性を突き止めたそうだ。わかるかね?」

「俺達は、お前達をここから逃がすつもりは微塵も無いし、仮にこの場を切り抜けたとしても、もう逃げ場ァねえってことよ…」

「黒霧だったな。先程は思わぬ邪魔が入ったが、あんな幸運が二度続くと思うなよ。お前が動いた瞬間、私が命を懸けてでも止めてみせる!」

「……………」

 

 淡々としながらも威厳を感じさせるグラントリノ、そして冷静でありながらも熱を感じさせるエッジショットの言葉に、沈黙する死柄木弔。

 

「ステイン! 貴方が通って来たワープゲートは使えないのですか?」

「生憎と、あれはドクターが用意した1度限りの片道切符だ。来る事は出来ても、帰る事は出来ない」

「大人しく投降しな。それから、死柄木…聞きてえんだが……お前さんのボス(・・)はどこにいる?」

「……誰が話すか………」

 

 グラントリノの問いに、一言そう答え…再び沈黙する死柄木弔。再度問いかけようとするグラントリノを手で制し、私が問う。

 

「質問に答えるんだ。()は今、どこにいる。死柄木!」

「お前らと話す事なんかねぇ!」

 

 呪詛に塗れた死柄木弔の声が響いた直後。その周囲に臭気を伴う黒い液体(・・・・・・・・・)が湧き出し―

 

「-^p;@&#~!」 

「=~*|{*%#!」

 

 2体の脳無が姿を現した!

 

「脳無!? 何もない所から…! あの黒い液体はなんだ!」

「エッジショット! 黒霧は―」

「一歩たりとも動いていない! “個性”を発動する兆候すら…」

「くそっ、どんどん出てくるぞ!!」

 

 店内のあちこちから湧き出した黒い液体をゲートにして、次々と現れる脳無。私を含むヒーローや警察官達がその対応に追われ、ホンの一瞬だけ死柄木弔達への注意が疎かになったその時!

 

「ごぼっ!?」

「轟少年!! No!!」

 

 轟少年の口から湧き出る黒い液体。それはたちまち轟少年を包み込み―

 

「体が…飲まれっ……」

 

 轟少年を跡形もなく消し去った。

 

「Noooo!!」

 

 これは転送系(・・・)の“個性”…まさか!

 

 

雷鳥side

 

「これで、全部…ですかね?」

 

 ケラウノスを一旦鞘に納め、乱れた呼吸を整えながら周囲を見渡す。戦闘によって破壊された生産施設に転がるのは、行動不能となった大量の脳無。全部で…50体はいるだろう。

 

「目に見える範囲内は全て制圧したと思うが…どこかに隠れているかもしれない。気を抜かずに索敵を」

「すぐに移動式牢(メイデン)の用意を! まだ出てくる可能性もある。ありったけ頼みます」

 

 そんな中、1人で十数体の脳無を拘束しながら、冷静に指示を下すベストジーニスト。流石はナンバー(フォー)の実力者だ。

 

「ライコウ! グリュンフリート!」

 

 周囲を探索しながらも、ギャングオルカが声をかけてきたのはその時だ。

 

「学生であれだけ動けるのは大したものだ。流石にオールマイトの愛弟子だけの事はある」

「はい! 恐縮です!」

「まだまだ未熟ですが、頑張ります!」

「うむ! 現状に胡坐をかかず、上を目指す気概は嫌いではないぞ!」

 ギャングオルカは、そう言って俺と出久の背中を力一杯叩くと、周囲の探索を再開した。やがて―

 

「ラグドールよ! 返事をするのだ!」

 

 虎が装置(ポッド)に収容されていたラグドールを発見。助け出したのだが…

 

「チームメイトか! 息はあるようだ。良かったな!」

「しかし…様子が……何をされたのだ…ラグドール!!」

 

 前世の記憶(原作)通り、既にラグドールは“個性”を…

 

「すまない虎。前々から良い“個性”だと……丁度良いから…貰う事にしたんだ」

「ッ!?」

 

 突然響き渡る冷たい声に、猛烈な悪寒が背中を走る。遂に…来たか。

 

「止まれ!」

「両手を上げ、その場から動くな!」

 

 ヒーロー達は瞬時に戦闘態勢へ入り、ベストジーニストとギャングオルカが、声の主に制止を命じる。

 同時に、警官隊も次々と短機関銃(サブマシンガン)散弾銃(ショットガン)の銃口を向けていく。

 

(ヴィラン)連合の者か」

「誰か、ライトを!」

 

 すぐさまライトが用意され、声の主を照らし出す。その直後―

 

「こんな身体になってから、ストックも随分と減ってしまってね…」

 

 声の主が半歩だけ前に出た。間髪入れず、ベストジーニストが“個性”『ファイバーマスター』を発動し、その動きを封じる。

 

「ちょ、ジーニストさん。もし民間人だったら―」

「状況を考えろ。その一瞬の迷いが現場を左右する」

 

 Mt.レディの声を一蹴し、更に拘束を強めていくベストジーニスト。俺は密かにライトニングフルカウルを発動。

 

(ヴィラン)には、何もさせるな」

 

 ベストジーニストとギャングオルカの前に出ると同時に、ケラウノスを構え―

 

「出力全開! ライトニングウォール!」

 

 ケラウノスを増幅器(ブースター)にして、最大出力の電磁バリアを展開した。そのコンマ数秒後、強烈なんて言葉が、陳腐に思える程の衝撃波が俺達を襲った。

 

「ぬぅぅぅぅぅっ!」

 

 電磁バリアによって軌道を逸らされた衝撃波が、周囲で荒れ狂い、倉庫を木っ端微塵に破壊していく。俺は全身に力を込め、電磁バリアを展開し続けるが…このままじゃ、力負けする!

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 出久が飛び出したのはその時だ。『ワン・フォー・オール』の出力を100%開放し―

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 右の中段回し蹴りを繰り出して、衝撃波を放つ。衝撃波と衝撃波が真正面からぶつかり合い、互いを相殺。なんとか、助かった…。

 

「皆さん、無事ですか?」

「あぁ…ありがとう、ライコウ、グリュンフリート。君達2人のおかげで、なんとか全員を退避させる事が出来た」

 

 俺の問いに、乱れた息を整えながら答えるベストジーニスト。あの状況の中、ベストジーニストはその“個性”で、警官隊とこの後の戦闘に耐えられないと自身が判断したヒーローやサイドキック達の衣服を操り、可能な限り遠くに退避させたのだ。

 この場に残っているのは、俺とグリュンフリート(出久)、ベストジーニスト、ギャングオルカ、Mt.レディ、『シンフォニック』の6人。合計11人のヒーローだ。虎は戦闘力の面では残っていてもおかしくなかったが、ラグドールを保護していたから、除外されたか。

 

「素晴らしい。全員纏めて吹き飛ばすつもりだったが、11人も残るとは…やるじゃないか、ベストジーニスト、そしてオールマイトの弟子達」

 

 濛々と立ち込める砂煙の向こうから聞こえてくる拍手と称賛の声。

 

「体を動かすのは久しぶりだ…()が来るまでの、ウォーミングアップに付き合ってもらおうか」

 

 その声と共に突風が発生し、砂煙が一気に晴れていく。そこに立っていたのは黒のスーツを着こなし、髑髏を模した金属製のマスクを装着した1人の(ヴィラン)。奴が…

 

「礼儀として、名乗らせてもらおう。私は、オール・フォー・ワン。陳腐な言い方をするならば…」

「悪の帝王だよ」

 

 奴が…オール・フォー・ワン!




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第98話:帝王の力

お待たせしました。
第98話を投稿します。
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オールマイトside

 

「ぼえ!!?」

「ッ!?」

 

 轟少年が黒い液体に飲み込まれ、どこかへ転送された直後、渡我被身子(とがひみこ)の口からも黒い液体が溢れ出した。

 見れば、(ヴィラン)連合の面々の口からも黒い液体が溢れ出している。

 

「マズイ! 全員持っていかれるぞ!」

「おんのれ! 私も連れて行け!!」

 

 その声と共に飛び出したグラントリノに続き、私も死柄木弔へ掴みかかるが―

 

「そいつは無理だな…オールマイト」

 

 一歩、いや半歩間に合わず、死柄木弔達は転送されてしまった。

 

「Shit! あと少しのところで!」

「いや、仮に奴を掴めていても無駄だっただろう。儂も干渉出来なかった」

「この消え方…黒霧の『空間に道を開く』ワープじゃなく、『対象のみを転送する』類の“個性”と見た! そうであるならば…」

「そうか!」

 

 エッジショットの言わんとする事に気が付いた直後、私に群がってくる複数の脳無。

 

OKLAHOMA(オクラホマ)…」 

 

 私は咄嗟に体を独楽の様に回転させ―

 

SMASH(スマッシュ)!!」

 

 脳無を弾き飛ばした!! 壁や天井を突き破って吹き飛んでいく脳無に続き、私も外へと飛び出すと―

 

「ジーニストらと連絡がつかない。恐らくあっちが失敗した!」

「グダグダじゃないか! まったく!」

 

 そこではエンデヴァーが中心となって、大量の脳無を食い止めている最中だった。

 

「エンデヴァー!」

 

 着地と同時に、近くにいた脳無2体を殴り飛ばし、エンデヴァーに声をかける。

 

「大丈夫かい?」

「フン! 何処をどう見れば、そんな事を聞く気になる!? ベストジーニスト(あいつ)の元へ向かうつもりなら、さっさと行け!」

「あぁ…だが、轟少年も……」

「焦凍もあっちにいるなら猶更だ! あの子に万一の事が起きる前に、早く行け!」

「…わかった。ここは任せるよ!」

 

 エンデヴァーの声に後押しされ、私はベストジーニスト達が向かった脳無生産拠点へ全速力で飛び出す。皆、無事でいてくれよ!

 

 

エンデヴァーside

 

 弾丸のようなスピードで飛び出したオールマイトを横目に見ながら、脳無を打ち倒していると―

 

「ボス!」

 

 必殺のラリアットで脳無を吹っ飛ばしたナックルコングが、声をかけてきた。

 

「なんだ?」

「いえ、余計な事かもしれませんが…ボスも脳無生産拠点(むこう)へ行かれた方が良いのでは…と」

「そうです! 息子さんの許へ行ってあげてください!」

「ここは私達で何とかしますから!」

 

 ナックルコングの声に賛同するブロッサムとビート。周囲を見れば、ダブルトリガーやレッドワスプ達も、無言で賛同の意思を示す。まったく…お節介な奴らだ。

 

「お前達の気持ちは、ありがたく受け取っておく。だが、俺は今この場を離れるつもりはない!」

 

 向かって来た脳無を、炎を纏った右拳で殴り飛ばし、ハッキリと宣言する。

 

「焦凍の事を心配していない訳ではないぞ。だが、ここで俺が持ち場を離れる事は、ヒーローである俺を信じ、目標としてくれるあの子の思いを裏切る事になる!」

「赫灼熱拳! ジェットバーン!!」

焦凍(あの子)の許へ行くのは、こいつら全てを片付けてからだ!」

 

 発射した炎の塊で、脳無を3体まとめて火達磨にしながら、俺は突撃する。

 

「まったく、うちのボスは不器用極まりないな!」 

「だが、それが魅力だったりするのよね!」

「同感でござる!」

「ボスの為にも、さっさと片付けようぜ!」

 

 ナックルコング達も更に戦意を高めているようだ。待っていろ、焦凍。すぐに行くからな!

 

 

雷鳥side

 

「悪の帝王だよ」

 

 自らを悪の帝王(・・・・)などと称する。普通なら鼻で笑ってやるところだが、今回ばかりはそうもいかない。何しろ、本物(・・)だからな。

 

「奴が、注意事項として挙げられていた…」

「えぇ、(ヴィラン)連合のブレーンにして…オールマイトの宿敵です」

 

 ベストジーニストの問いかけに、俺はそう答えながら、ケラウノスに装填していた大容量バッテリーを素早く新しい物に入れ換える。そこへ―

 

「11対1。数的ハンデとしては、やや物足りないが…ナンバー(フォー)とナンバー10(テン)がいる。2分、いや3分は持ち堪えてくれる(・・・・・・・・)だろう」

 

 余裕綽々と言った態度で、俺達を挑発してくるオール・フォー・ワン。

 

「総員…戦闘開始! 以後は各自の判断で動け! ヒーローの…矜持を見せてやれ!」

 

 それに答えるようなベストジーニストの声を合図に、俺達11人は動き出した! 

 

 

出久side

 

「全弾持ってけ!!」

 

 オール・フォー・ワンへの一斉攻撃。そのスタートを切ったのは、『シンフォニック』の一員である『砲兵(アーティラリー)ヒーロー・バラージ』の弾幕だ。

 彼女の“個性”『武器庫(アーモリー)』で創り出した合計18発の小型ミサイルが、次々とオール・フォー・ワンへ迫る。

 だけど、オール・フォー・ワンはその場を動く事もなく―

 

「『指鉄砲(フィンガーガン)(プラス)『パルスレーザー』」

 

 右手で銃の形を作ると、レーザーをマシンガンのように連射。ミサイル全てを撃墜していく。次々と起こる爆発で、双方とも視界が塞がれるけど―

 

「思い切った戦術だ。悪くない」

 

 僕と『武術ヒーロー・レゾナンス』は、その爆発を突っ切って、オール・フォー・ワンへと突撃。

 

44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

「インパクトナックル!」

 

 タイミングを合わせ、互いの拳を振るう。

 

「『水晶生成』(プラス)『ホバー』」

 

 巨大な破砕音と共に、何かが木っ端微塵に砕け散る。でも、それはオール・フォー・ワンじゃない。僕達の進路を塞ぐ様に出現した水晶の壁だ。

 その間に、オール・フォー・ワンは地面から十数cm浮き上がり、滑るような動きで距離を取るけど―

 

「ッ…これは」

「逃げられると思うな。(ヴィラン)

 

 これ以上無いタイミングで、ベストジーニストがその動きを封じてくれた!

 

「今だ! 一気に仕留めろ!!」

 

 間髪入れず、ギャングオルカ、雷鳥兄ちゃん、Mt.レディ、カデンツァ、『剣戟ヒーロー・ウイング』、『双子(ツインズ)ヒーロー・サンライト&ムーンライト』が一斉に―

 

「『重力操作』増幅率700%(プラス)『液状化』」

 

 突撃を仕掛けた瞬間、襲い掛かる強烈な重力。僕達は縫い留められた様にその場から動けなくなり、液状化して底無し沼と化した地面へ少しずつ沈んでいく。 

 

「安心したまえ。地下10mほどまで沈んだら、“個性”を解除してあげよう。運が良ければ、地上へ出てこられるかもしれないよ。窒息死しなければ…だけどね」

 

 胸の辺りまで沈んだ僕達を見ながら、心底楽しそうに呟くオール・フォー・ワン。こうなったら!

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 僕は『ワン・フォー・オール』の出力を100%開放して、重力の枷を力任せに振り解くと―

 

「ダブル44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 両腕を使って地面に衝撃波を放つ事で、液状化した地面(底無し沼)から一気に脱出。空中に飛び上がる!

 

「ほぅ、これは少々予想外だ」

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 更に地上のオール・フォー・ワンへ狙いを定め、空中を最強必殺技で思いっきりぶん殴れば、 砲弾並みの強烈な衝撃波が、一直線にオール・フォー・ワンへと飛んでいく。

 あれが命中すれば、いくらオール・フォー・ワンでも!

 

「『ベクトル操作』」

 

 だけど、オール・フォー・ワンの保有する“個性”は、僕の予想を上回っていた。衝撃波の着弾直前、オール・フォー・ワンはその進行方向を操作、垂直方向へ受け流したのだ。

 

「今のは、少しばかり肝を冷やしたよ。いや、流石はオールマイトの愛弟子だ。見事と賛辞を贈らせてもらうよ」

 

 慇懃無礼(・・・・)その物。そう表現出来るような態度で、僕に拍手するオール・フォー・ワン。

 それと同時に“個性”が解除されたのだろう。雷鳥兄ちゃん達が次々と地面から抜け出てきた。

 

「やはり、体が鈍っているのは否めないね。オールマイトならまだしも、君達程度(・・・・)をまだ仕留められないとは…」

「まぁ、勘は戻りつつある。もう少し…かな」

 

 僕と雷鳥兄ちゃんを含む11人のヒーローを前に、まったく余裕を崩さないオール・フォー・ワン。それどころか―

 

「だが、ひとつハッキリしたよ…緑谷出久。後継者(・・・)は、君だね?」

「ッ!?」

 

 気の弱い人間だったら、ショック死しかねない程の威圧感を僕だけ(・・・)に向けながら、そう問うてきた。

 

「ならば…君だけは、念入りに(・・・・)潰しておかないといけないね。(あの子)の為にも」

「そう簡単に…潰されたりは、しない!」

 

 背筋が凍りつくようなオール・フォー・ワンの言葉にそう返した直後ー

 

「ゲボッ…一体、何…だ…」

 

 突然、黒い液体が湧き出し、そこから轟君が姿を現した。

 

 

轟side

 

 黒くて臭い液体に飲み込まれた次の瞬間、俺は室内から別の場所へ転送されていた。ここは…どこだ?

 状況を把握しようと、視線を動かそうとした次の瞬間!

 

「突然すまなかったね。轟焦凍君」

「ッ!?」

 

 突然聞こえてきた背筋が凍るような声。俺は咄嗟に最大出力の氷結を放ち、数m先に立っている声の主から距離を取る。

 

「轟君!」

「こっちだ!」

 

 近くにいた吸阪達と合流するが…ベストジーニストやギャングオルカも一緒…そういう事か。

 

「オールマイトや親父と?」

「あぁ、俺達は別動隊。現在黒幕と遭遇中ってところだ」

「なるほどな」

 

 吸阪と短く言葉を交わし、状況を把握する。ちなみに、その黒幕は俺の氷結を容易く粉砕し、体に霜一つ付いちゃいない。

 

「げほっ…」

 

 そうしている内に黒い液体が次々と湧き出し、(ヴィラン)連合のメンバーが次々と現れていく。

 

「来たね。弔」

「助かったぜ。先生…だが、作戦は失敗だ」

「弔。今回君が立案した一連の作戦。それは、ほぼ完璧と言って良いものだった。修正点を強いて言うなら…雄英高校と警察の執念を過小評価してしまった事だね」

「あぁ、まさかあの状況から逆転されるとは、思ってもみなかった…いい教訓になったよ」

「間違いを恐れてはいけない。時として、失敗は成功よりも大きな糧となる。挑戦を続けたまえ弔…全ては、君が新たな王となる為だ」

 

 俺達を前にして、暢気にそんな会話を交わす黒幕と死柄木弔。だが、ステインや爆豪達が俺達を睨みつけ、迂闊には動けそうにない。

 睨み合いが30秒ほど続いた時―

 

「…来たか」

 

 黒幕の呟きと共に、何かが物凄い勢いで飛来し、そのまま黒幕と四つに組んだ。あれは!

 

「全て返してもらうぞ! オール・フォー・ワン!!」

「また、僕を殺すか? オールマイト」

 

 オールマイトが…来た!




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第99話:決戦! 正義の象徴(オールマイト)vs悪の帝王(オール・フォー・ワン)ーその1ー

お待たせしました。
第99話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです


オールマイトside

 

「ぬぉぉぉぉぉっ!」

 

 現場へ到着した私は、オール・フォー・ワンと手四つの状態で力比べとなるが、それもホンの数秒。

 

「随分遅かったじゃないか」

「ッ!」

 

 背中を走る悪寒に従って奴から3mほど距離を取った直後、巨大な破裂音と共に全方位へ吹き荒れる強烈な衝撃波。

 

「フンッ!」

 

 私はその場で防御を固め、衝撃波を耐え凌ぐ。すぐに衝撃波は治まったが―

 

「バーからここまで5km余り…僕が脳無を送り込んで(・・・・・)優に2分は経過しての到着……脳無達と遊んでいたのか、それとも」

「衰えたのかな? オールマイト」

 

 そこへ聞こえてきたのは、挑発的なオール・フォー・ワンの声。

 

「貴様こそ、何だ? その工業地帯のようなマスクは!? 大分無理してるんじゃあないか!?」

 

 負けじと私も言い返し、構えを取ると―

 

「6年前と同じ過ちは犯さん。オール・フォー・ワン」

「貴様を今度こそ、刑務所にブチ込む! 貴様の操る(ヴィラン)連合もろとも!!」

 

 オール・フォー・ワンとの間合いを詰める為、全速力で走りだした。次の瞬間!

 

「それは…なかなか大変だな。お互いに(・・・・)

 

 オール・フォー・ワンの左腕が肥大化。放たれた何か(・・)が、私を吹っ飛ばした。

 

 

AFOside

 

「『空気を押し出す』(プラス)『筋骨発条(バネ)化』(プラス)『瞬発力』増幅率400%(プラス)『膂力増強』増幅率300%」

「この組み合わせは楽しいな…増強系をもう少し足すか…」

 

 ビルを3つ程貫通しながら吹っ飛んでいったオールマイトに視線を送りながら、今使った“個性”の組み合わせを分析していると―

 

「オールマイトォ!!」

 

 濛々と立ち込める砂煙の向こうから、オールマイトの弟子の1人…緑谷出久の悲痛な声が聞こえてきた。

 

「安心したまえ、あの程度じゃ死なないよ。だからこそ(・・・・・)

君を先に殺そう(・・・・・・・)

 

 静かにそう呟き、左腕をゆっくりと緑谷出久の声がする方へ向ける。

 

「オールマイトと同じ攻撃(・・・・)でね」

 

 そして“個性”を発動しようとしたその時―

 

「させるかよっ!!」 

 

 砂煙を突き破りながら、何かが飛び出してきた。もう1人の弟子、吸阪雷鳥だ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 僕目掛け、気合と共に振るわれる剣。その白銀に輝く刀身は稲妻を纏っていて…これは、半端に受けては少々危険だね。

 

「『巨腕』(プラス)円形盾(ラウンドシールド)(プラス)『炭素操作』」

 

 すぐさま別の“個性”を複数発動し、攻撃を受け止める。少々耳障りな金属音が響き、相応の衝撃が伝わってくる。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちと共に距離を取る吸阪雷鳥。そちらに意識を裂きながら左腕に目をやると―

 

「これは…なかなか」

 

 『巨腕』で大型化し、『炭素操作』で表面にロンズデーライト*1をコーティングした円形盾(ラウンドシールド)に深々と切れ込みが入っていた。

 横着をして半端な“個性”の組み合わせを使っていたら、左腕を斬り落とされていただろう。

 

「その刀身…通電によって相転移する特殊金属製といったところだね。出所はIアイランド…デヴィッド・シールド博士かな?」

「…手前に答える義理は無いね」

 

 私の問いに対し、そう吐き捨てる吸阪雷鳥だが…これだけのアイテムを作れる存在は、それほど多くはない。十中八九当たりだろう。

 

「先生!」

 

 そこへ、弔達が駆け寄ってきた。絶無とステインは、私を庇う様に前へ立ち、戦闘態勢に入る。

 

「先生…あんたの体(・・・・・)は……」

「弔、私の事は大丈夫だ。君は君の成すべき事だけを考えたまえ」

 

 私の体を案ずる弔にそう言い聞かせていると―

 

「ッ!」

 

 数百m先に出来た瓦礫の山が轟音と共に崩れ、何かが飛び出し…3秒とかからず私の間近に着地した。戻って来たね、平和の象徴(オールマイト)

 

 

出久side

 

 戦闘を再開し、拳をぶつけあうオールマイトとオール・フォー・ワン。何とか援護に向かいたいけど―

 

「これ以上は…無理だ」

 

 2人の攻防の余波で衝撃波が吹き荒れ、とてもじゃないけど近づけない!

 

「だけど、何か方法が…」

 

 何とか突入出来ないか、考える僕を―

 

「グリュンフリート。親玉はオールマイトに任せて、俺達はその他大勢(・・・・・)を叩くんだ!」

「そういう事! 出久、ここは切り換えろ!」

 

 ベストジーニストと雷鳥兄ちゃんの一言が押し止める。

 

「…そうだね」

 

 危なく考え違いをするところだった…僕は僕の出来る事をやらないと!

 

「雑談は終わったか? 偽善者ども。先生の邪魔はさせない。お前らを地獄に送る事が、俺達が先生に出来る最高の援護だ」

「奇遇だな。お前達を全員ぶっ倒して確保するのが、俺達がオールマイトに出来る最高の援護だよ」

 

 死柄木弔の言葉に、雷鳥兄ちゃんがそう返し―

 

「総員…突撃!」

 

 ベストジーニストの指示で、僕達は一斉に飛び出した!

 

 

ベストジーニストside

 

「ベストジーニスト…ヒーローでありながら、ファッション(・・・・・)などに現を抜かし、有象無象のサイドキック(取り巻き)を引き連れる貴様も、贋物だ」

 

 2m近い長さの大太刀。その切っ先を向けながら、私へ憎悪に満ちた言葉をぶつけてくるステイン。その構えに隙は一切見当たらない。(ヴィラン)ながら、見事なものだ。だが―

 

「言いたい事はそれだけか? (ヴィラン)。ならば、その歪んだ精神、私が矯正しよう」

 

 ヒーローたる者、(ヴィラン)に負ける訳にはいかない。私も構えを取り、ステインと睨みあう。

 

「…いくぞ!」

 

 先に動いたのはステインだ。大太刀を上段に構えたまま、私との間合いを一気に詰めると―

 

「シィィィィィッ!」

 

 振り下ろしから間髪入れずの斬り上げへと繋げる2連撃を繰り出してきた。

 

「ッ!」

 

 ギリギリの所で回避出来たが、想像以上の膂力と技量…。ヒーロー殺しの異名は伊達ではないか。

 

「よくぞかわした…だが、次は…斬る!」

「やれるものなら、やってみるが良い。私の命、そう安くはないぞ」

 

 奴の言葉にそう返した直後、再び振るわれる大太刀。私は隠していた切り札(・・・)を使い、その一撃を受け止めた。

 

「棒…だと!? いつの間に!」

「特注の炭素繊維*2を数千本束ね、固めた物だ。貴様の(なまくら)で、斬れると思うな」

「ちぃっ!」

 

 互いに距離を取り、私は棒を、ステインは大太刀をそれぞれ構え直す。暫くは睨みあいになりそうだ…。

 

 

雷鳥side

 

「纏めて吹っ飛ばしてやる!」

 

 俺達と死柄木達の対決。最初に仕掛けたのは、先程同様バラージの弾幕だ。

 

「ミサイル・パーティー! Fire!!」

 

 声と共に発射された合計18発の小型ミサイルが、次々と死柄木達へ迫るが―

 

「甘ぇな!」

 

 そのミサイルは全て、絶無が4本の副腕から放つ拡散レーザーで撃墜されてしまう。

 

「“没個性”野郎! それにデク! 俺をこの前の俺だと思うなよ!」

 

 副腕から放つレーザーで俺達を牽制しながら、勝ち誇る絶無。なるほど、レーザーの収束・拡散を切り替える事が出来るようになったか。

 林間合宿の時よりも“個性”が強化されているのは、間違いないようだな。

 

「良いぞ、絶無。このまま奴らを地獄に落とせ」

「お任せください!」

 

 だが、死柄木達の道具として利用されているのに、反発どころか疑問すら感じないとはな…哀れを通り越して滑稽だ。さて、どんな風に煽ってやろうか…。

 

「フン! (ヴィラン)に操られる人形如きが、俺達を地獄に落とすだと? 寝言は寝て言うんだな! このダボハゼの糞が!」

 

 あ、ギャングオルカが先に挑発したか。しかし、ダボハゼの糞とは…見事な例えだ。さて、奴の反応は―

 

「…ふざけた事言いやがって…丸焼きにしてやるよ! 魚野郎!」

 

 予想通りのものだった。ギャングオルカの言葉で瞬時に沸騰した絶無は、顔を歪め、目を血走らせながら、口から火球を3連射する。

 

「馬鹿が! 俺は魚じゃなく鯱だ! 超音波アタック!」

 

 だが、冷静さを欠いた攻撃が通用する程、トップヒーローは甘くない。乱射された火球の内、1発はギャングオルカの放った超音波で掻き消され―

 

「切り捨て御免! なのデス!」

「…切り砕きます」

 

 残る2発も、1発はサンライトの振るう薙刀で真っ二つにされ、もう1発もムーンライトの操る刃が仕込まれたヨーヨー*3によって切り砕かれる。

 

「奥義…蒼刃一閃!」

La danza della spada(剣の舞)!!」

「バズーカ・パーティ! Fire!!」

 

 更に絶無の両翼、そして正面に陣取ったカデンツァ、ウイング、バラージによる多重攻撃が襲いかかる!

 

「ぬぉぉぉっ!」

 

 カデンツァの操作で宙を舞う8本の短剣と、居合の要領でウイングが放った蒼い光の刃に全身を切り刻まれ、バラージの2挺拳銃ならぬ2挺バズーカによる砲撃で、宙に舞う絶無。

 

「インパクトナックル!」

 

 更にレゾナンスの一撃が、駄目押しとして叩き込まれた。隕石のような勢いで地面に叩きつけられる絶無。普通なら、これでKO。全身打撲の複雑骨折で病院送りだが…。

 

「ハハハッ! この程度で俺が倒せるかよっ!!」

 

 残念ながら絶無(やつ)は普通じゃない。すぐに跳ね起き、傷を再生させていく。しかし、あの回復速度は、USJで戦った脳無と同じ…

 

「超再生か…」

「そうだ! 『再生』の“個性”は進化し、『超再生』になった! 生半可な方法で、俺を倒す事は不可能だと理解しな!!」

 

 自らの“個性”を自慢するかのように叫ぶ絶無。たしかに『超再生』を持った相手を倒す(・・)のは、少々骨が折れる。だが―

 

「おまえを倒す必要はない(・・・・・・・)

「あぁ?」

 

 不意に聞こえた声に絶無が反応した瞬間。巨大な氷が奴を包み込んだ。

 

お前の動きを封じる(・・・・・・・・・)。それだけで、奴らの戦力はガタ落ちだ」

 

 全力で氷結を維持しながら、淡々と呟く(アブソリュート)。咄嗟の判断でやってくれたか。ファインプレーだ!

 

「糞がぁっ!」

 

 全身を氷漬けにされてもなお悪態を吐き、爆破や火炎放射、レーザーで氷を破壊しようとする絶無。

 

「させねぇよ!」

 

 だが、(アブソリュート)はその“個性”を全開にして、氷を瞬時に修復していく。

 

「こいつは意地でも抑え込む! 後の奴らを…頼む!」

「アブソリュート…お前の決意、しかと受け取った!」

 

 (アブソリュート)の叫びに応えるように、ギャングオルカ、『シンフォニック』の6人、そして俺と出久(グリュンフリート) が、死柄木達へ走り出す。

 一方の死柄木達も―

 

「チッ…絶無1人じゃ、荷が勝ち過ぎたか」

 

 忌々しげに呟きながら、動き出す。その時!

 

「がっ…」

「ぐほっ…」

「げぼっ…」

 

 弾丸のようなスピードで飛来した何か(・・)が、トゥワイス、スピナー、マグネに次々と一撃を叩き込み、その意識を刈り取った。

 何か(・・)の正体。それは―

 

「グラントリノ!!」

「遅いですよ!」

「お前が速すぎんだ!」

 

 オール・フォー・ワンと対峙するオールマイトと短く言葉を交わし、俺達の傍に降り立つグラントリノ。

 

「天秤はヒーロー側(こちら)に傾いたようだな?」

「これが最後の警告だ。投降しな、死柄木」

「………」

 

 ギャングオルカ、そしてグラントリノの言葉に黙り込む死柄木。

 荼毘、スピナー、トゥワイス、マグネが気絶し、絶無は氷漬け。ステインもベストジーニストに足止めされて身動き出来ず…。

 残る戦力は自身を除けば、マスタードと渡我被身子の2人。

 戦況は明らかに(ヴィラン)側に不利。一山幾らの小悪党なら、投降するんだが―

 

「舐めるなよ…偽善者ども」

 

 残念ながら、死柄木は小悪党ではなかった。実力行使…しかないか。

 

 

AFOside

 

「舐めるなよ…偽善者ども」

 

 オールマイトと対峙している最中、聞こえてきた弔の声。いけないよ、弔…君が動く時は今じゃない。ここで動くのは…私だ。

 

「『煙幕』(プラス)槍衾(やりぶすま)』」

 

 煙幕でオールマイトの視界を塞ぎ、間髪入れずに地面から槍状に尖らせた石を次々と生やす。まぁ、オールマイトに対しては、牽制以外の効果は期待出来ない。

 

「だが、ホンの僅かでも時間は稼げる」

 

 その数秒にも満たない時間を使って、僕は弔の傍へと移動。一斉に飛びかかってきたヒーロー達を―

 

「『斥力操作』(プラス)『引力操作』(プラス)『マルチロック』」

 

 斥力によって遠ざけながら、同時に弔の仲間達やステイン、絶無を引力で引き寄せる。

 

「先生…」

「弔。君に最後の課題(・・・・・)を与えるよ…私を越える悪の帝王(・・・・)になりたまえ」

「先生、それって…」 

 

 私の与えた最後の課題に、弔の顔色が変わる。まったく、勘の良い子だ。

 

「君は大いに成長した。もう私抜きでも歩んでいける。さぁ、ヒーロー達が戻ってくる前に、行きたまえ」

「先生…駄目だ! 逃げるなら、先生も一緒に!」

死柄木弔(・・・・)!」

「ッ!」

「君は…私を無駄に散らせたいのかな(・・・・・・・・・・・)?」

「そ、それは………」

 

 私の言葉に黙り込む弔。頭の良いこの子の事だ。今の状況は理解出来ている。だから、導き出す結論は―

 

「……わかり、ました……黒霧、ゲートを開け」

「…はい!」

 

 それでこそ、私の後継者だよ、弔。

 

「ステイン、これからも弔の事をよろしく頼む」

「……この命尽きるまで、(ヴィラン)連合の剣として戦う事を誓おう」

「絶無。君はまだまだ強くなれる。弔の下で励みたまえ」

「は、はい!」

 

 ステイン、絶無と言葉を交わし、ゲートを潜る姿を見送る。そして―

 

「……さよなら、先生」

「さらばだ、弔。最後まで戦い続けろ」

 

 弔と別れの言葉を交わし…ゲートは消滅した。周りを見れば、ヒーロー達が集結しつつある。

 

「少しばかり遅かったね。ヒーロー達。ここにいるのはもう私だけ(・・・)だ」

「そして…生き残るのも私だけだ」

 

 さぁ、最終幕の開始といこう。

*1
別名、六方晶ダイヤモンド。その硬度は、一般的なダイヤモンドの58%増しと言われている

*2
1本当たりの太さ7μm

*3
イメージとしては、超電磁ヨーヨー




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回、アンケートを設置しています。回答をお願いいたします。
また、オリジナル“個性”のアイデアがありましたら、メッセージをいただけると幸いです。


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第100話:決戦! 正義の象徴(オールマイト)vs悪の帝王(オール・フォー・ワン)ーその2ー

お待たせしました。
第100話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


オールマイトside

 

「少しばかり遅かったね。ヒーロー達。ここにいるのはもう私だけ(・・・)だ」

「そして…生き残るのも私だけだ」

 

 私達を前に、ハッキリと断言するオール・フォー・ワン。

 これが並の(ヴィラン)ならば、自棄を起こした(・・・・・・・)と解釈するところだが、目の前にいるのは『()』や『普通(・・)』とは最も掛け離れた存在。

 十分な勝算があって、あんな事を言っているのだろう。だが―

 

「それがどうした!」

 

 私は周囲に立つ皆を鼓舞させる様に声を上げる。そう、勝算など所詮は数字。そんなものは力ずくでひっくり返すだけだ!

 

「生き残るのは貴様じゃない! 私達だ!」

「オールマイトと儂、ベストジーニスト、ギャングオルカが第一線! 『シンフォニック』とMt.レディが第二線! ライコウ、グリュンフリート、アブソリュートは第三線で援護に専念しろ!」

 

 私の咆哮と同時に、グラントリノが素早く指示を下し、陣形が整っていく。

 

「いくぞ、オール・フォー・ワン!」

 

 足に力を込め、一足飛びで奴との間合いを詰める。そのまま左の一撃!

 

「『転送』(プラス)『衝撃反転』」

 

 だが、狡猾な奴は『転送』の“個性”でグラントリノを自身の目前に動かし、自らの盾として利用した!

 

「ッ! すみません!」

 

 咄嗟に寸止めを試みたものの間に合わず、相当な威力の一撃がグラントリノの左頬に炸裂。

 しかも『衝撃反転』の“個性”によって、グラントリノを通じて奴に向かっていく筈の衝撃まで跳ね返されてしまった。衝撃で私の体勢は崩れ、左腕に決して小さくはないダメージが刻まれる。

 

「オールマイト、下がって!」

「ここは俺達が!」

 

 直後、体勢の崩れた私を庇う様に前に出る、ベストジーニストとギャングオルカ。

 

「はぁぁぁっ!」

「超音波アタック!」

 

 ベストジーニストは炭素繊維の棒を振り回しながら、ギャングオルカは必殺の超音波を浴びせながら、それぞれ突撃する。

 

「『超音波』(プラス)増幅器(ブースター)』増幅率300%。超音波も詰まる所は空気の振動であり、波。逆位相の波をぶつければ打ち消せる」

 

 だが、ギャングオルカの超音波は、オール・フォー・ワンの放つ超音波で相殺されたばかりか―

 

「そして残念だがギャングオルカ。君のそれより、僕の方が強い。『超音波』(プラス)増幅器(ブースター)』増幅率700%」

 

 オール・フォー・ワンが更に出力を上げた事で、逆に超音波をまともに浴びてしまった。

 

「……ぐはっ!」

 

 大量の吐血と共に崩れ落ちるギャングオルカ。目や耳、鼻からも血を流し、危険な状態だ。

 

「ギャングオルカ! おのれ、(ヴィラン)! これ以上はやらせん!」 

「『槍骨』(プラス)『膂力増強』増幅率80%」 

 

 一方ベストジーニストは、炭素繊維の棒で、オール・フォー・ワンが右腕から生やした骨の槍と数合打ち合い―

 

「もらった!」

 

 一瞬の隙を突いて、棒を元々の炭素繊維に戻し、オール・フォー・ワンを縛り上げた!

 

「これは…やられたね」

「このまま一気に絞め落とさせてもらう!」

 

 “個性”を操作し、オール・フォー・ワンの全身を締め上げるベストジーニスト。その光景を見た誰もが、勝負ありと思っただろう。

 

「流石はナンバー(フォー)。一瞬の隙を見逃さない観察眼に、“個性”の精度。長年の弛まぬ努力が成せる技に、惜しみない賞賛を送ろう」

 

 だが、オール・フォー・ワンは余裕の態度を一切崩さない。その姿に、私は言いようのない悪寒を感じ―

 

「離れるんだ! ベストジーニスト!!」

 

 ベストジーニストに離脱を促す。だが、それはあまりに遅すぎた(・・・・)

 

「『電気鰻』(プラス)『放電』」

「ぐわぁぁぁぁぁっ!」

 

 直後、オール・フォー・ワンの全身から放たれた電流をまともに浴び、崩れ落ちるベストジーニスト。

 

「炭素繊維は導電性*1に優れている。それは利点にも欠点にもなるが…今回は欠点に働いたね」

 

 ベストジーニストが意識を失った事で“個性”が解除され、拘束具からただの糸に戻った炭素繊維を払い落としながら、淡々と呟くオール・フォー・ワン。その隙だらけな姿を見て―

 

「キャニオンカノン!!」

 

 1人飛び出したMt.レディが必殺技を繰り出すが―

 

「『ベクトル操作』(プラス)『重力操作』減衰率99.9%」

「ッ!?」

 

 命中すれば間違いなく必殺(・・)となる一撃は、『ベクトル操作』によって垂直方向に受け流されてしまう。

 

「嘘っ!? と、止まらな―」

 

 更に『重力操作』によって、自身にかかる重力が通常の1000分の1まで軽減されたMt.レディは、ロケットの様に上昇していき―

 

「『重力操作』解除」

「きゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

 数百mの高さから自由落下。隕石のような勢いで地面へ叩きつけられてしまった。

 

「げほっ…」

 

 吐血と共に“個性”が解除され、意識を失うMt.レディ。数ヶ所の骨折は見られるが…幸運な事に命に別条は無いようだ。

 

「ふむ…正直な話、地面に叩きつけられた時点で絶命すると思っていたが……予想以上に頑強な肉体だったようだ。“個性”の影響かな?」

「…貴様!」

 

 まるで実験動物(・・・・)に対するような物言いに、改めてオール・フォー・ワンへの怒りが込み上げる。そしてそれは私だけではなく―

 

「『シンフォニック』! フォーメーション・V6!」

「「「「「Roger!」」」」」

 

 『シンフォニック』の6人も同様だ。

 

「マシンガン・パーティー! Fire!!」

 

 バラージが二挺拳銃ならぬ二挺機関銃(マシンガン)を創り出し、乱射。オール・フォー・ワンをその場に釘付けにしている間に、残りの5人がそれぞれ別方向から接近。

 

「インパクトナックル!」

「奥義…蒼刃一閃!」

La danza della spada(剣の舞)!!」

「十文字斬り!」

双頭の蛇(アンピスバイナ)!」

 

 完璧なタイミングで同時多重攻撃を仕掛けた!

 

「『水晶生成』(プラス)『気体操作』」

 

 だが、その攻撃はオール・フォー・ワンが周囲に張り巡らせた水晶の壁によって尽く防がれ―

 

「「「「「………」」」」」

 

 直後、攻撃を仕掛けた5人が一斉に意識を失い、崩れ落ちた。同時にバラージも衝撃波を浴びせられ、吹き飛ばされる。

 

「カデンツァ達の周囲にある空気。その酸素濃度を21%から16%まで下げた。これだけで人間は簡単に意識を失う。やはり―」

「私の相手を出来るのは、君だけのようだ。オールマイト」

「おのれ! オール・フォー・ワン!」

 

 5分にも満たない時間で、9人のヒーローが倒された。その事に強い怒りを感じながら、私はオール・フォー・ワンと拳を交える。

 

「ハッキリ言って、僕はお前が憎い」

「かつて、その拳で僕の仲間を次々と潰し回り、お前は『平和の象徴』と謳われた」

「僕らの犠牲の上に立つその景色。さぞや良い眺めだろう?」

 

 奴の言葉を聞き流しつつも、その動きは一切見逃さず―

 

DETROITSMASH(デトロイトスマッシュ)!!」

 

 奴が放とうとした攻撃を力ずくで打ち消す。余波で周辺に被害を出してしまったか…もっと早く、奴が攻撃を放つ前、その起こり(・・・)を潰さねば…。

 

「ヒーローは多い(・・)よなぁ。守るものが」

「黙れ!」

「ッ!」

 

 奴の軽口を切って捨てると同時に、奴の左腕を掴み取る事が出来た。まさに好機!

 

「貴様はそうやって人を玩ぶ!」

「壊し! 奪い! つけ入り支配する!」

「日々暮らす方々を! 理不尽が嘲り笑う!」  

「私はそれが! 許せない!!」

 

 爆発寸前の怒りを込め、左拳を奴の顔面に叩きこむ! 奴の装着しているマスクが破損し、露になるのは…かつての戦いで砕かれ、大半が瘢痕で覆われた奴の素顔。

 私は奴を睨みつけながら、悟られないよう乱れた呼吸を整えていく。現在、マッスルフォームの制限時間は2時間20分。まだまだ余裕はある…ある筈だ。

 

「いやに感情的じゃないか…オールマイト」

 

 その時、オール・フォー・ワンが再び喋りだした。今度は何を―

 

「同じような台詞を前にも聞いたな。『ワン・フォー・オール』先代継承者…志村菜奈(・・・・)から」

 

 その名前を聞いた途端…どうしようもない激情が、私の中で荒れ狂う。

 

「貴様の、貴様の穢れた口で…お師匠の名を出すな…!!」

 

 -誇れ俊典!-

 -最初(ハナ)から持ってる奴とじゃ、本質が違う。お前は“力”を勝ち取ったんだ!-

 

 冷静であろう。冷静であろうと意識するほど、お師匠の言葉が頭の中で響き渡る…。

 

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった…!」

「『ワン・フォー・オール』生みの親として恥ずかしくなったよ。実にみっともない死に様だった」

「…どこから話そうか?」

Enough(もういい)!!」

 

 一刻も早く、奴の口を黙らせようと拳を振り上げた瞬間、わずかに自由になった奴の右手が動き、私は上空へと撃ち出された。

 

「ぬぅぅぅぅぅっ!」

 

 何とか体勢を立て直そうとした瞬間、背後に感じる気配。振り向いた先にいたのは…報道のヘリ!

 

「俊典!」

 

 間一髪! グラントリノが間に入り、私を受け止めてくださった。

 

「6年前と同じだ! 落ち着け!」

「そうやって挑発に乗った挙句、奴を捕り損ねた! 腹に穴を開けられた!」

「途中までは出来ていただろう! 奴と言葉を交わすな!」

「………はい…」

 

 そうだ。冷静にならねば…怒りに身を任せては、勝つ事は…出来ない。

 

「前とは戦法も使う“個性”もまるで違うぞ。正面からはまず有効打にならん! 虚を突くしかねぇ…まだまだいけるな?」

「……もちろんです!」

「儂とライコウ達で可能な限り援護する! 正念場だぞ!」

「はい!」

 

 グラントリノの声に答えながら、私は再び構えを取る。何としても、ここで決着をつけなければ!

 

 

雷鳥side

 

 オールマイトとオール・フォー・ワンが拳を交えている最中。俺と出久、轟はその余波を掻い潜り、倒されたベストジーニスト達の回収を行っていた。

 

「雷鳥兄ちゃん! サンライトとムーンライトを連れて来た! これで『シンフォニック』は全員だよ!」

「Mt.レディも回収して来た。左腕と右足の骨折は、応急だが氷で固めてある」

「ギャングオルカは外傷よりも、内臓関係のダメージがデカい。一刻も早く、病院に運ばないと…」

 

 轟が氷で作った応急のシェルターに、次々と運び込まれるヒーロー達。これだけの錚々たるメンバーが5分足らずで…オール・フォー・ワン、まさに化け物(・・・)だな。

 

「ここは、俺達に任せてほしい」

 

 そこへ駆けつけて来たのは、ベストジーニスト、ギャングオルカのサイドキック達。ベストジーニストが

退避させたおかげで、全員健在だ。

 

「悔しいけど、俺達じゃ援護すら出来そうにない…学生の君達にこんな事を頼むのは、本当は間違っているのは、わかっている…だけど、戦場(むこう)を頼む!」

 

 そう言って頭を下げるサイドキック達。

 

「わかりました。出久(グリュンフリート)(アブソリュート)、行くぜ!」

 

 ベストジーニスト達をサイドキック達に託し、俺達は戦場へと走り出す。どこまでやれるか解らないが…全力を尽くすだけだ!

 

 

オールマイトside

 

「でもね、オールマイト。君が僕を恨むように、僕も君が憎いんだぜ?」

 

 両手から衝撃波やレーザーを連射しながら、芝居がかった口調で喋り続けるオール・フォー・ワン。

 何とか奴を黙らせたいが、威力より手数重視の攻撃のせいで、接近もままならない。何とか、間合いを詰められれば…。

 

「僕は君の師を殺したが、君も僕の築き上げてきたモノを奪っただろう?」

「だから、君には可能な限り醜く酷たらしい死を迎えてほしいんだ!」

 

 次の瞬間、奴の左手が肥大化した。さっきの空気砲(・・・)か!

 

「でけえの来るぞ! 避けて反撃を―」

 

 グラントリノの声に続き、回避行動を取ろうとした刹那―

 

「避けて良いのか?」

 

 嘲笑するようなオール・フォー・ワンの声が聞こえ、全身に悪寒が走った。同時に背後に感じるのは人の気配(・・・・)。Shit!

 

「君が守ってきたもの。守ろうとするものを奪う」

 

 その言葉の直後放たれる空気砲。相殺するしか―

 

「トールハンマー!」

竜の(ドラゴン)!」

 

 そこへ割って入って来たのは、吸阪少年(ライコウ)轟少年(アブソリュート)!? 

 

「ブレイカァァァァァッ!!」

咆哮(ロアァァァァァッ)!!」

 

 同時に放たれた2人の必殺技は、Iアイランドで放った時の様に、途中で1つに融合。互いの威力を高めながら、空気砲と真正面から激突。見事に相殺した。

 

「ほう、これは些か予想外だ」

 

 余裕を保っていたオール・フォー・ワンの声に、ホンの僅か驚きが混じる。次の瞬間!

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 全力のジャンプで緑谷少年(グリュンフリート)がオール・フォー・ワンの頭上を取り―

 

50CALIBER(フィフティーキャリバー)! スマァァァァァッシュ!!」

 

 最強必殺技を繰り出した! 砲弾並みの強烈な衝撃波が、一直線にオール・フォー・ワンへと飛んでいく。

 

「同じ攻撃は芸が無いね。『ベクトル操作』」

 

 しかし敵も然る者。衝撃波の着弾直前、オール・フォー・ワンはその進行方向を操作、垂直方向へ受け流した。

 

「悪くない攻撃だ。学生レベルとしては―」

 

 申し分ない。緑谷少年(グリュンフリート)の攻撃を凌ぎ、そんな称賛の言葉を送ろうとしたオール・フォー・ワンの言葉はそこで止まった。何故かって?

 

DETROIT(デトロイト)…」

 

 少年達の攻撃によって生まれたコンマ数秒の隙。そこを私が突いたからさ!

 

SMASH(スマッシュ)!!」

 

 必殺の右拳を奴の土手っ腹にぶち込み、吹っ飛ばす! これで勝負を決めたい所だったが…

 

「Shit! 僅かに甘かった!」

 

 奴は咄嗟に水晶の防壁を張る事で、攻撃を防御していた。相応のダメージを与えた事は確かだが、決定打には至らない。

 

「いやはや…大したものだ。オールマイトの愛弟子とエンデヴァーの息子。実に素晴らしい」

「次代の平和を担う若者達。その力、侮れないね。死柄木弔(あの子)の為にも…早めに潰さないと」

「あの子は、私に代わり新たな悪の帝王となる。これは確定事項。変えようのない運命だ」

「何が運命だ! 如何に強大であろうと、悪の末路は破滅! 陳腐な言い方かもしれないが、正義は必ず勝つ!」

「なるほど! 君は私を倒し、その次はあの子を倒す。そういう事だね?」

「何が言いたい…」

 

 なんだ、この口ぶりは…オール・フォー・ワンは何を考えている?

 オール・フォー・ワンの不気味な様子に、グラントリノや緑谷少年(グリュンフリート)達も迂闊に動けずにいる。

 暫しの沈黙。それは不意に放たれたオール・フォー・ワンの一言で破られた。

 

「死柄木弔は、志村菜奈の孫だよ」

 

 何…だと…

 

「君が嫌がる事をずぅっと考えてた」

「以前、あの子が雄英高校を襲った時、君の弟子達やエンデヴァーの息子が、あの子を下したね」

「君は自分の師の孫を、弟子達に叩きのめさせ、それを褒め称えた。恩知らず(・・・・)とは思わないか?」

「う、嘘を……」

「事実さ。わかっているだろう? 僕のやりそうな事だ」

 

 オール・フォー・ワンの言葉が容赦なく突き刺さる。私は…私は…

 

「あれ…おかしいな。オールマイト」

「笑顔はどうした?」

 

 -人を助けるってつまり、その人は怖い思いをしたってことだ-

 -命だけじゃなく、心も助けてこそ、真のヒーローだと…私は思う-

 -どんだけ怖くても、『自分は大丈夫だ』っつって笑うんだ。世の中、笑ってる奴が一番強いからな-

 

「き…さ、ま……」

 

 お師匠の言葉が何度も、何度も心の中で繰り返される。

 

「やはり、楽しいな! 君の心を傷つけるのは!」

 

 オール・フォー・ワンの嘲笑が頭の中で響き渡る。お師匠のご家族…彼が!!

 

「くぅ……ぉおおおー…!!」 

 

 私は何という事を…

 

「駄目じゃないか! 隙だらけだよ。オールマイト」

「ッ!」

 

 迂闊だった! 私とした事が―

 

「『重力操作』増幅率1000%(プラス)『金縛り』」

 

 次の瞬間、全身が麻痺するのと同時に強烈な重力が私達全員に襲いかかり、その場に縫い付けられた様に動けなくなってしまう。そして―

 

「『炭素操作』金剛石(ダイヤモンド)生成(プラス)散弾銃(ショットガン)』」

 

 オール・フォー・ワンが突き出した右掌から金剛石(ダイヤモンド)の散弾が、容赦無く浴びせられる。

 

「ぬぅぅぅぅぅっ…!」

「ふむ、この『炭素操作(“個性”)』。『水晶生成』等とは違って、一度に多くの量を作れないから、使いどころが難しかったが…この使い方は良いね」

 

 全身に金剛石(ダイヤモンド)の散弾を浴び、血塗れになった私を見ながら、不敵に呟くオール・フォー・ワン。

 

「さて、次は……先程相殺されたアレにしよう」

「『空気を押し出す』(プラス)『筋骨発条(バネ)化』(プラス)『瞬発力』増幅率500%(プラス)『膂力増強』増幅率500%」

「最初に君を吹っ飛ばした空気砲の強化版だ」

 

 いかん! この状況であれ(・・)を食らったら…

 

「威力は受けて確かめたまえ」

 

 そして放たれる強烈無比な衝撃波。致命傷になり兼ねない被弾を覚悟したその時! 

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 麻痺と重力の枷を振り切って、緑谷少年(グリュンフリート)が飛び出した。そして―

 

「オールマイトォォォッ!」

 

 私を突き飛ばして被弾から救い…その代償として、自らが衝撃波に吹き飛ばされ、トラックに撥ねられた子猫の様に、地面へと落下した……

 

「グ、グリュンフリート…緑谷少年!」

「出久ぅぅぅっ!」

「あぁ、これは大変だ…オールマイトより先に」

「弟子が死んでしまったよ」

 

 私や吸阪少年(ライコウ)の悲痛な声が響く中、楽しそうな声を上げるオール・フォー・ワン。その姿に―

 

「てめぇ…よくも出久を!」

 

 激高した吸阪少年(ライコウ)が跳びかかるが―

 

「『巨腕』(プラス)円形盾(ラウンドシールド)(プラス)『炭素操作』(プラス)『衝撃反転』」 

 

 その一撃は、オール・フォー・ワンの展開した巨大な円形盾(ラウンドシールド)に受け止められると同時に、衝撃を撥ね返されてしまった。

 

「ぐはっ…」

 

 吐血しながら宙を舞い、地面に落下する吸阪少年(ライコウ)。なんという事だ……

 

「残念だったね、オールマイト。弟子が2人とも死んでしまったよ」

 

 心底楽しそうなオール・フォー・ワンの声。私は戦いの最中でありながら、全身の力が抜けていくのを感じていた………。

*1
電気の流れやすさ




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回をもちまして、拙作『出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようで
す。』の本編投稿数が、100話の大台に乗りました。
また、UAが50万、お気に入りが2200件を突破しました。
全ては読者の皆様のおかげでございます。

今後も執筆に精進致しますので、よろしくお願いいたします。


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第101話:決戦! 正義の象徴(オールマイト)vs悪の帝王(オール・フォー・ワン)ーその3ー

2週間以上お待たせして、申し訳ありません。
第101話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


根津side

 

『悪夢のような光景! 突如として神野区が、半壊滅状態となってしまいました!』

『現在オールマイト氏が元凶と思われる(ヴィラン)と交戦中です!』

 

 記者会見を乗り切り、イレイザーヘッド(相澤先生)ブラドキング(菅先生)と、今後の対応について協議しているところに齎された…まさに想定外(・・・)の情報。

 

『信じられません! (ヴィラン)はたった1人! 街を壊し! 平和の象徴と互角以上に渡り合っています!』

「よもや、これほどとは……」

 

 テレビの画面に映る惨状に、思わずそんな声が漏れる。

 オールマイトの宿敵、オール・フォー・ワン。その強大な力、理解したつもりでいたけれど…過小評価だったようだね。そんな中―

 

『それにしても! オールマイト氏以外のヒーローは、一体何をやっているのでしょうか!? ベストジーニスト、ギャングオルカ、Mt.レディ、そしてシンフォニックの6人!』

『錚々たるヒーロー達が、たった1人の(ヴィラン)に倒されているこの現状! これこそ! ヒーローの質が低下した事を、如実に表しているのではないでしょうか!』

 

 現場上空を飛ぶ報道のヘリコプター。それに乗り込んだリポーターの悪意に満ちた(・・・・・・)実況が聞こえてくる。

 

「………まったく、これだからマスコミは…」

 

 額に青筋を浮かべ、そう吐き捨てるイレイザーヘッド(相澤先生)と、苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべるブラドキング(菅先生)を宥めようとしたその時―

 

『只今中継において不適切な発言がありました事を、視聴者の皆様及び、プロヒーローの方々にお詫びいたします』

 

 突然、中継が打ち切られ、スタジオの女性アナウンサーが謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げた。そして―

 

「先程、雄英高校で行われた記者会見において、一部のジャーナリストが(ヴィラン)と協力関係にあったという事が明らかとなりましたが、この事実を当番組一同、重く受け止めております」

「視聴者の皆様が、より健全で正しい判断ができる材料を提供するとの観点から、公明正大な報道により一層邁進致します事を、ここにお誓いします」

 

 そう宣言し、再び中継が再開された。

 今の宣言。本心からなのか、それとも追及を逃れる為のポーズなのか、それはわからないが…少なくとも今は、不愉快な実況に悩まされないで済みそうだね。

 急遽交代したリポーターの若干不慣れな実況に、思わずそんな事を考える。

 

 まさか、それから2分もしないうちに、あんな事になるとは…予想も出来なかったけどね。

 

 

オールマイトside

 

「残念だったね、オールマイト。弟子が2人とも死んでしまったよ」

 

 心底楽しそうなオール・フォー・ワンの声が響く中、私は戦いの最中でありながら、全身の力が抜けていくのを感じていた………。

 

「くぅっ…」

 

 必死に歯を喰いしばり、足に力を込める。そうしなければ、膝から崩れ落ちてしまうのを…止められない。

 

「長年の宿敵として、心中お察しするよ。かつては自らの師を捨て駒(・・・)にする事で、そして今回は弟子の犠牲で命を拾った。いやはや、悲劇以外の何物でもない」

 

 芝居がかった口調でお師匠の、そして緑谷少年(グリュンフリート)吸阪少年(ライコウ)の犠牲を嘲笑うオール・フォー・ワン。

 

「黙れ! 貴様が…お師匠や少年達の死を、死を嗤うな!」

「おっと失礼。だが…笑わずにはいられない。何しろ、緑谷出久の取った行動は、無駄(・・)の一言だからね。むしろ…」

「脈々と受け継がれてきたワン・フォー・オールの系譜を途切れさせてしまった分、罪深いとすら言える」

「き、さまぁ…」

 

 自らの命と引き換えにして、私を救ってくれた緑谷少年(グリュンフリート)の行いを、罪と断じるオール・フォー・ワン。私は怒りのまま―

 

「その言葉を、取り消せぇ!」

 

 奴へと殴りかかる!

 

「駄目じゃないか、オールマイト。年長者(・・・)のアドバイスを蔑ろにしちゃ…『水晶生成』(プラス)『ホバー』」

 

 だが、怒りで冷静さを欠いた一撃は、易々と回避され―

 

「『槍衾(やりぶすま)(プラス)『炭素操作』金剛石(ダイヤモンド)生成(プラス)散弾銃(ショットガン)』」

 

 逆に足元から次々と生えてくる槍状に尖らせた石と、金剛石(ダイヤモンド)の散弾で、動きを封じられてしまう。

 

「長きに亘る因縁もそろそろ終わりにしよう。『空気を押し出す』(プラス)『筋骨発条(バネ)化』(プラス)『瞬発力』増幅率500%(プラス)『膂力増強』増幅率500%」

 

 そこへ間髪入れず撃ち込まれる、強烈無比な衝撃波。迎撃は…間に合わない!

 

「くっ!」

 

 私は咄嗟に防御を固めるが…。

 

「ぐぉぉぉぉぉっ!!」

 

 衝撃波は、防御の上からでも容赦なく私の体力を削り取っていく。そして―

 

「私に師匠を、愛弟子を奪われたオールマイト。私は君から全てを奪う。次は怪我をおして通し続けたその矜持」

「惨めな姿を世間に晒せ。平和の象徴(・・・・・)

 

 攻撃を耐え抜くのと引き換えに、私はマッスルフォームの維持も覚束無いほど体力を消耗していた。

 

 

飯田side

 

『えっと…何が、え…? 皆さん、見えますでしょうか?』

『オールマイトが…しぼんでしまっています……』

 

 テレビから聞こえてくるリポーターの呆然とした声。それは僕達家族全員の思いでもあった。

 

「う、嘘だ…」

 

 ベストジーニストを始めとするヒーロー達、吸阪君、緑谷君…次々とあの(ヴィラン)に倒され、そしてオールマイトまでも…余りに無慈悲で、残酷な現実に…僕は目を―

 

「目を逸らすな! 天哉!」

 

 逸らしかけたところを兄さんに一喝された。思わず兄さんに視線を送り、僕は息を呑む。

 

「ヒーローを目指すのなら、どんな辛くても目を逸らしちゃ駄目だ…」

 

 車椅子に座る兄さんは、もう動かない両足を何度も殴りながら、歯を喰いしばり、画面を見つめていた。

 

「…すまない、兄さん」

 

 一言兄さんに詫びると、僕は視線をテレビへ戻す。そう、今の僕に出来るのは、この戦いの結末を見届ける事だけだ…。

 

 

オールマイトside

 

「頬はこけ! 目は窪み! 貧相なトップヒーローだ! 恥じるなよ、それがトゥルーフォーム(本当の君)なんだろう?」

 

 オール・フォー・ワンの憐れむような声が、周囲に響き渡る。私の隠し通してきた秘密を暴き、さぞ良い気分だろう…だが―

 

「あぁ、これが本当の私さ…」

 

 もう、後の事(・・・)は考えない…。

 

「私は弟子を死なせ、お師匠を含む先人達の思いを、後世に繋げる事が出来なかった。だからこそ!」

「オール・フォー・ワン! 平和の象徴として…」

 

 例え、刺し違える事になろうとも(・・・・・・・・・・・・)

 

「ここで、お前を倒す!!」

 

 宣言と共に、私は再びマッスルフォームとなる。消耗した体力の分は、ワン・フォー・オール(残り火)の消費を増やす事で補う。これなら、あと暫くは戦える!

 

「大した覚悟だ。だが、精神論でひっくり返せるほど、戦況は甘くない。その搾りカスのような残り火で、私を倒せるなど…万に一つも思わない方が良い」

「万に一つの可能性を掴み取るのが…ヒーローなんだよ!」

 

 その叫びと共に、私はオール・フォー・ワンとの間合いを詰めようとした…次の瞬間!

 

「ッ!?」

 

 私の突撃を止めるように、猛烈な火炎がオール・フォー・ワンへと放たれた。今の炎は!

 

「なんだ貴様…」

「そのちっぽけな背中は何だ! オールマイトォ!!」

 

 エン、デヴァー…。

 

 

エンデヴァーside

 

「全て中位(ミドルクラス)とはいえ…あの脳無達をもう制圧したか。流石はナンバー(ツー)。見事なものだ」

 

 今放てる最大出力の火炎を事もなく防ぎながら、心にも無い称賛を口にする(ヴィラン)に意識を割きつつ、俺はオールマイトに駆け寄ると―

 

「貴様!」

 

 炎を纏わない…素手で(・・・)オールマイトを殴りつける!

 

「ぐぅっ…」

 

 不意を突いた一撃を受け、たたらを踏んでへたり込むオールマイト。俺は奴を睨みつけると―

 

「俺が超えようとした男の背中は、そんなちっぽけでは……断じて無い! 俺を道化にする気かっ!!」

 

 激情を言葉に変え、思いっきり叩きつけた。

 

「ッ!?」

 

 俺の叫びを聞き、虚を突かれた様な顔をするオールマイト。そうだ…相打ち覚悟の特攻(・・・・・・・・)など考える奴が、越えられない壁であってたまるものか!

 

「お涙頂戴の猿芝居など必要ない。引っ込んでいてくれないか?」

 

 そんな俺の思いを嘲笑うように、攻撃態勢に入る(ヴィラン)。だが、奴の攻撃が放たれるよりも早く―

 

「抜かせ、破壊者。俺達は救けに来たんだ(・・・・・・・)

 

 駆け付けたエッジショットが、息をもつかせぬ連続攻撃で(ヴィラン)はその場に足止めする。その隙に―

 

「逃げ遅れた人々は、我々が!」

「我々には、これくらいしか出来ぬ…それでも、オールマイト(あなた)が背負うものを少しでも!」

 

 シンリンカムイが、虎が、この作戦に参加し、まだ動けるヒーローやサイドキック達、そして警官達が逃げ遅れた人々を次々と救助していく。そして俺も―

 

「親父!」

「焦…アブソリュート。奴を討つ。最大火力で撃ちまくれ!」

「あぁ、出し惜しみは無しだ!」

「赫灼熱拳! ジェットバーン!!」

不死鳥の眼光(フェニックスグレア)!!」

 

 焦凍(アブソリュート)と共に、(ヴィラン)を攻撃だ!

 

 

グラントリノside

 

 エンデヴァー、エッジショット、そしてアブソリュートが、オール・フォー・ワンに猛攻を仕掛ける中、負傷した儂は、瓦礫に背を預けたまま座り込み…今は亡き盟友の言葉を思い出していた。

 

 -八木俊典! 面白い奴だよ。イカれてる-

 -曰く…犯罪が減らないのは、国民に心の拠り所がないからだと-

 -この国には今、“柱”がないんだって。だから、自分がその“柱”になるんだって-

 

「そうだ…俊典。お前は“柱”…」

 

 儂の呟きとほぼ同時に、立ち上がるオールマイト。エンデヴァーの不器用過ぎる叱咤で、自分を取り戻したようだ。まだ楽観は出来んが、一安心と―

 

「煩わしい」

 

 その瞬間、自らを起点に巨大な竜巻を起こすオール・フォー・ワン。

 

「ぬぉぉぉぉぉっ!」

 

 竜巻に巻き込まれたエンデヴァー、エッジショット、そしてアブソリュートは瞬く間に吹き飛ばされ、儂を含む多くのヒーロー達も、その余波で戦う力を奪われていく。

 

「やれやれ、力の差がまだ理解出来ないとは…大昔の人間が『馬鹿は死ななきゃ治らない』と言っていたらしいが…ヒーローという存在は、馬鹿しかいないようだ」

「馬鹿だからこそ、人を助けるのさ…オール・フォー・ワン!」

 

 残るはオールマイトただ1人…もう儂らには、勝負の結末を見届けるしかない。そう思った…その時だ!

 

「トールハンマー! ブレイカー!!」

 

 叫びと共に放たれた電撃が、オール・フォー・ワンに襲いかかった!

 

「ぐぅっ…」

 

 完全に想定外の攻撃だったのだろう。辛うじて防御こそ間に合ったものの、ダメージ0とはいかなかったオール・フォー・ワンは、攻撃の主を確認し―

 

「馬鹿な…」

 

 思わずそう呟いていた。

 

「君は―」

死んだ筈だ(・・・・・)。とでも言いたいのか? お生憎様、この通り生きてるよ!」

 

 よくぞ…よくぞ生きとった! ライコウ!

 

 

雷鳥side

 

死んだ筈だ(・・・・・)。とでも言いたいのか? お生憎様、この通り生きてるよ!」

 

 ホンの僅かに動揺した様子のオール・フォー・ワンに、そう啖呵を切りながら、俺はオールマイトへと駆け寄り―

 

吸阪少年(ライコウ)…よく、無事で…」

「シールド博士から渡された…コレ(・・)のおかげです」

 

 心底安堵した様子のオールマイトに、懐に忍ばせていた掌サイズの機械を見せた。過負荷によって破損し、機能を停止したこの機械に、俺は命を救われた。

 

 -コレは、私が開発した携帯型バリヤーマシン(・・・・・・・・・・)の試作機だ-

 -一定値以上の衝撃に対し、自動的にバリヤーを展開する仕組みになっている-

 -エネルギー容量や伝達系にまだ問題があって…バリヤーの展開可能時間等に、少々難があるが…それでも、戦車砲程度の攻撃なら3回、オールマイト級の攻撃でも、1回は防ぐ事が出来る筈だ-

 -今度の戦い、何が起きるかわからない。気休めかもしれないが…持って行ってくれ-

 

「そうか、デイヴが…」

「まぁ、流石に無傷とまではいきませんでしたがね…アバラの何本かにヒビ入ってるし、あちこち打撲だらけだ…でも、まだ戦えます。俺も、アイツ(・・・)も!」

 

 その言葉にオールマイトが驚愕の表情を見せた次の瞬間、瓦礫を吹っ飛ばして出久が飛び出してきた。だが、その体は宙に浮いていて(・・・・・・・)…。

 

「あれは…『浮遊』の、“個性”…お師匠の(・・・・)……“個性(・・)”だ」

 

 オールマイトの呟きに、俺は、『ワン・フォー・オール』の中に眠る歴代継承者。その“個性”が、目覚め始めた事を察する。

 前世の記憶(原作)より、はるかに早い…こいつは……嬉しい誤算(・・・・・)だ。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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第102話:決戦! 正義の象徴(オールマイト)vs悪の帝王(オール・フォー・ワン)ーその4ー

お待たせしました。
第102話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


出久side

 

「威力は受けて確かめたまえ」

 

 オール・フォー・ワンの持つ数多の“個性”によって動きを封じられ、全身血塗れにされたオールマイトへ迫る強烈な衝撃波。

 

「ワン・フォー・オール、フルカウル! 100%!」

 

 僕は半ば反射的に『ワン・フォー・オール』の出力を100%開放。麻痺と重力の枷を振り切って飛び出し―

 

「オールマイトォォォッ!」

 

 オールマイトを突き飛ばす事で、衝撃波から救い…代償として、自分が衝撃波をまともに受けてしまった。

 僕はトラックに撥ねられた子猫のように宙を舞い、無防備な状態で地面に叩きつけられ― 

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、何も無い真っ暗な空間に立っていた。いや、立っていると表現は適切じゃないのかも知れない。

 僕の下半身は黒い…ガスみたいな物になっていて、その場から一歩も動く事が出来ない。

 

「…腰から上は…動く。視覚、聴覚、嗅覚はある。触覚は……上半身はあるけど、下半身は…」

 

 現状を把握する為、自分の状態を大急ぎで確かめていると―

 

「冷静だね。パニックを起こしたって不思議じゃないのに」

「自分を律する事が出来ている。本当の意味で頭が良いのさ! 」

  

 そんな声と共に、闇の中から綺麗で精悍な顔つきの女性と、スキンヘッドにゴーグル、黒い革ジャンというラフな格好の男性。

 

「はじめまして、だね。緑谷出久…9人目の継承者(・・・・・・・)

 

 痩身の男性が姿を現した。3人の背後では、ピンボケした写真のような姿の男性が2人、辛うじてシルエットが把握出来る人物が2人。そして―

 

「………」

 

 ぼんやりとした光で形作られたオールマイトが、無言で僕を見つめていた。そうか…この人達は…。

 

「歴代の、ワン・フォー・オール継承者……」

「大正解!」

「物分かりが良くて助かるのさ! 説明の手間も省ける!」

「使える時間はそう多くないからね。緑谷出久、僕達は簡単に言えば、歴代継承者の魂…その小さな欠片(・・・・・)だ」

「ワン・フォー・オールは聖火の如く引き継がれる“個性”! 次代の継承者へ譲渡する際に“個性(ちから)”だけでなく、魂の欠片も受け継がれていたのさ!」

「今の君では、まだ私達3人しか完全覚醒していない(・・・・・・・・・)。でも、鍛錬を積んで、出力を上げていけば、残りも覚醒する筈だよ」

 

 3人の言葉に、僕は大きな感銘を受けた。この人達…未だ覚醒していない4人を含む7人は、力尽きるまで悪と戦い続けただけじゃない。

 命が尽き、肉体が滅びても尚、ワン・フォー・オールの中で、次代の継承者を見守り続けていたんだ。

 偉大な先輩達が見守ってくれているんだ。恥ずかしい戦いは見せられない。

 

「はい! 頑張ります!!」

「良い返事さ! そんな坊主に良い事を教えてやる。お前にはこれから、6つの“個性”が発現するさ!」

「ッ!?」

 

 スキンヘッドの男性が発した言葉に、僕は心底驚いた。これから、6つも“個性”が発現する!?

 

「…いや、歴代継承者の皆さんの魂が代々継承されていたのなら、その“個性”も受け継がれるというのは、ありえない話じゃない…だとすると―」

「ホントに物分かりが良いのさ! 頭の回転も速い!」

「えっ!?」

 

 男性の声で、思考に夢中になっていた事に気づく。あぁ、またやってしまった。

 半ば習性と化している悪癖を何とか改善しなければ…そう思った直後、皆さんの姿が、体の末端部分から少しずつ消え始めた。

 

「あぁ? そろそろ時間切れになるみてぇだな…よし、伝えたい事を大急ぎで伝えるさ!」

「俺達の因子は“力”の核に混ざって、ワン・フォー・オールの中にずうっと在った」

「例えるなら小さな核。揺らめく炎、或いは波打つ水面の中にある小さな点。培われてきた力に覆われる力の原始」

「そいつが今になって大きく…膨れ、胎動を始めたさ」

「力の譲渡を繰り返し、極限まで磨き上げられた筈のワン・フォー・オールそのものが、更に成長している…新たな段階に進もうとしているのかもしれない。まぁ、この事はまだ、記憶に留めておいてくれれば良い。重要ではあるけどね」 

「重要なのはここから! 坊主に発現する“個性”は、ワン・フォー・オールに蓄積された力が上乗せされた事で、俺達が使っていた頃より大幅に強化されてるって事さ!」 

 

 ここまで伝えてくれたところで、皆さんの姿が消える速度が一気に増した。

 

「いかん、消えるさ…まぁ、俺達は魂の欠片。すごくフワッとしたもんよ。だから直接力を貸す事は出来ないが、それでも心の中(ここ)でお前を見守ってる!」

「肝心なのは、心を制する事! 心を制して、私達を使いこなせ!」

「頑張ってくれ、緑谷出久。ワン・フォー・オールを完遂させるのは……君だ!」

 

 そう言い残して、痩身の男性とスキンヘッドの男性は姿を消し、その背後にいた4人も消えていった。

 そして辛うじてシルエットを保っていた女性も…

 

「無事にこの戦いを乗り越えたら…俊典と空彦に、伝言を頼めるかな?」

 

 僕にオールマイトとグラントリノへの伝言を託し、消えていった。

 

「頑張ります!」

 

 歴代継承者の皆さんに深々と頭を下げたところで―

 

「ッ!?」

 

 僕は意識を取り戻した。慌てて自分の体を確認するが、あれほど強烈な衝撃波を受けたにも関わらず、ダメージは想像よりもずっと小さかった。

 

「そうか…これの…」

 

 懐に手をやり、忍ばせていた携帯型バリヤーマシンを確認すると、僕の負傷を肩代わりするように破損し、その機能を停止していた。

 

「シールド博士…感謝します!」

 

 そう呟いた直後、脳裏に2つの“個性”に関する情報が一気に浮かび上がる。これが…歴代継承者の“個性”!

 

「『黒鞭』と『浮遊』…わかる。“個性”の性質も使い方も!」

 

 僕は『浮遊』を発動し、空へと舞い上がると、オールマイトと雷鳥兄ちゃんの元へ移動する。

 歴代継承者の皆さん…見ていてください。皆さんが繋げてきた“力”。その戦いぶりを!

 

 

オールマイトside

 

「お師匠…貴女の“個性”が、緑谷少年(グリュンフリート)に力を貸しているのですね…」

 

 お師匠の“個性”である『浮遊』を発動し、私の元へと駆け付ける緑谷少年(グリュンフリート)に、感動にも似た思いを抱いていると―

 

「これは…悪い冗談かな? 殺した筈のオールマイトの弟子2人が生きていた…これはまだいい(・・・・)

「だが、その“個性”は何かな? 何故、あの女(・・・)の“個性”を使っている!」

 

 オール・フォー・ワンが、初めて激情を露にした。奴にとってはそれだけ、理解し難い現象なのだろう。だが―

 

「その理由を…お前が知る必要なんて、これっぽっちも無い!」

「どうしても知りたかったら、刑務所の中で考えるんだな!」

 

 緑谷少年(グリュンフリート)吸阪少年(ライコウ)が、その問いかけをバッサリと切り捨て、私の左右に並び立つ。

 

「オールマイト、いきましょう! 決着を付けに! それが歴代継承者の願いです!」

「弟子として、最後までお供します!」

「うむ! 力を貸してくれ! ライコウ! グリュンフリート!」

  

 そして、私達3人は一斉に飛び出す。オール・フォー・ワンと決着を付ける為に!

 

 

雷鳥side

 

「ライトニングフルカウル! &ターボユニット!」

 

 走りながらライトニングフルカウルとターボユニットを同時発動させた俺は、向上した脳の処理速度をフルに活かして、最短かつ最適なルートを割り出し疾走。

 

「マグネ・マグナム! マルチシュート!」

 

 オール・フォー・ワンの死角になる位置からマグネ・マグナムを撃ちまくる!

 

「『巨腕』(プラス)円形盾(ラウンドシールド)(プラス)『炭素操作』」

 

 まぁ、敵も然る者。死角からの攻撃にも対応し、見事に防御してみせたが…残念。

 

防御させる事(・・・・・・)が目的なんだよ! ライトニングウェブ!!」

「ぐぅっ!」

 

 防御されたベアリング弾を利用して張った電撃の網に囚われ、動きを封じられるオール・フォー・ワン。恐らく、拘束は数秒程度しか出来ないだろう。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 だが、数秒でも隙を作れれば十分! その間に『浮遊』で空を舞う出久(グリュンフリート)が、両拳を胸の前で合わせる予備動作を行い―

 

「行けぇ!」

 

 両腕を振るえば、黒い鞭のような物がオール・フォー・ワンへ向けて放たれた。あれは…5代目継承者の“個性”『黒鞭』か!

 『浮遊』だけでなく、『黒鞭』まで発現していたとは…嬉しい誤算にも程があるな。

 

「これはっ…」

 

 そして、その誤算はオール・フォー・ワンにとってもだ。出久(グリュンフリート)の両腕から放たれた2つの『黒鞭』に絡め取られ、問答無用で引き寄せられると―

 

「でやぁぁぁっ!」

 

 カウンターの要領で放たれた中段回し蹴りが、土手っ腹に炸裂! 隕石のような勢いで地上へと落下していく。

 そのまま地面に叩きつけられるかと思われたが―

 

「この…程、度っ!」

 

 地表まであと数mというところで、体勢を立て直し、空中で急停止するオール・フォー・ワン。

 その全身は、黒いオーラのような…恐らくバリアの類に覆われていた。あの状態で咄嗟に発動するとは流石だよ。だが!

 

CAROLINA(カロライナ)SMASH(スマッシュ)!」

 

 体勢を立て直す為に生じた一瞬の隙を突き、オールマイトが本命の攻撃を叩き込んだ!

 強烈なクロスチョップによって体を包むバリアを突破され、派手に吹っ飛ばされるオール・フォー・ワン。

 弾丸のような勢いで半ば廃墟と化した雑居ビルに突っ込み、倒壊するビルの瓦礫の下敷きとなっていく。

 

「2人とも、気を抜くんじゃないぞ…奴があの位で倒せたとは、到底思えん」

「えぇ、このくらいで倒せたなら、苦労はしませんよ」

「最大レベルで警戒します!」

 

 そんな会話を交わしながら、瓦礫の山を見つめていると―

 

「ライコウ、そしてグリュンフリート…私は君達2人に詫びなければならない」

 

 ゾッとするほど冷たい声が響き、それと同時に瓦礫の山が一気に吹き飛んでいく。そして姿を現したオール・フォー・ワンは―

 

「私は君達を評価しながら、それでも所詮は学生だと高を括っていた。その結果がこれだ。痛い目を見たよ」

「正直に言おう! 君達とオールマイトを同時に相手取るのは、今の私では些か骨が折れる。だから…」

「もはや、手段は選ばない(・・・・・・・)

「『加工』(プラス)『ゴーレム錬成』(プラス)『融合』(プラス)『高速演算』(プラス)………」

 

 数多くの“個性”を同時発動。瓦礫を別の物質に作り替えながら、それを材料に巨大な何かを作り上げ、一体化した。

 

「この組み合わせは、出来る事なら使いたくなかった(・・・・・・・・)。あまりに強力すぎて、勝てて当然。張り合いが無いからね」

 

 俺達の前に立つのは、50mを優に超える6本の腕と3つの顔を持つ巨人(阿修羅)。Iアイランドで戦った金属の九頭大蛇(ヒュドラ)並…いや、それ以上の化け物だ。

 

「それでも、敗北よりははるかにマシだ! 3人のヒーローよ。死体も残らない最期を迎えるだろうが…許してくれたまえよ?」




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、激闘決着。


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第103話:決戦! 正義の象徴(オールマイト)vs悪の帝王(オール・フォー・ワン)ーその5(終)ー

お待たせしました。
第103話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


雷鳥side

 

「それでも、敗北よりははるかにマシだ! 3人のヒーローよ。死体も残らない最期を迎えるだろうが…許してくれたまえよ?」

 

 ゾッとするような声を発しながら、ゆっくりと動き出す巨大阿修羅。50mを優に超える巨体が地響きを立てながらこちらに向かってくる姿は、迫力満点だが…そんな物で委縮する俺達じゃない。

 

「『大男総身に知恵が回りかね』ってな!」

 

 巨大化した分、パワーは格段に上昇したんだろうが…そんな愚鈍な動きで、俺達を捉えられるか! 俺は巨大阿修羅にケラウノスの切っ先を向け―

 

「サンダー! ブレーク!!」

 

 ケラウノスを増幅器(ブースター)とする事で、トールハンマーブレイカー(最強必殺技)並に威力を高めた電撃を放射!

 流石に相手が巨大過ぎて、命中した左胸部分の一部を破壊する事しか出来なかったが、それでも巨大阿修羅を蹌踉(よろ)めかせる事が出来た。

 そして、それは2人にとって(・・・・・・)、絶好のチャンスになる!

 

DETROIT(デトロイト)!」

50CALIBER(フィフティーキャリバー)!」

 

 オールマイトと出久(グリュンフリート)は、完璧なタイミングで飛び出し、それぞれの最強必殺技の体勢に入った。

 Iアイランドの時のように、これで勝負が決まる。A組の皆がこの場にいれば、誰もがそう思っただろう。事実、俺もそう思っていた。

 だが、その思いは―

 

「何だとっ!?」

 

 アッサリと裏切られた。コンマ数秒前まで、油の切れかかった機械のようなぎこちない動きだった巨大阿修羅が突然、滑らかな動きに変わったかと思うと、6本の腕を総動員して、2人の攻撃を防御したのだ。

 強烈な打撃音と共に、6本の腕全てが木っ端微塵に吹っ飛び、巨大阿修羅は大きく蹌踉(よろ)めいたが、すぐに体勢を立て直すと、その三面を回転させ3種類の攻撃(・・・・・・)をほぼ同時に繰り出した。

 

「『火炎放射』(プラス)

 

 地上へ落下中且つ必殺技の発動直後で無防備だったオールマイトは、灼熱の火炎を浴びせられ、火達磨にされた。

 

「『マイクロミサイル』(プラス)

 

 『浮遊』で空を飛ぶ出久(グリュンフリート)は、口から発射された無数のマイクロミサイルによる飽和攻撃で逃げ道を塞がれ、撃墜された。

 

「『破壊光線』」

 

 そして俺には、強烈な破壊光線が浴びせられ―

 

「ぬぁぁぁぁぁっ!」

 

 咄嗟に展開した電磁バリアごと吹っ飛ばされた。 

 

 

AFOside

 

「あぁ、すまない。動きが鈍い等と淡い期待(・・・・)を持たせてしまったようだ」

 

 地面に倒れるオールマイト達を見下ろしながら、心にも無い謝罪をしてみる。これだけの巨体だ、動きが鈍いと思うのは当然の事だし、実際半端な方法でこれほど素早い動きを実現する事は出来ない。

 

「だが、私には『高速演算』という“個性”があってね。それのちょっとした応用(・・・・・・・・)が、この動きを実現したのさ」

 

 芝居がかった動作と共に種明かしをしていると、大きなダメージを負いながら、なおも立ち上がろうとするオールマイト達の姿が視界に入ってくる。

 

「まったく…人の話は静かに聞いていたまえ。『指鉄砲(フィンガーガン)(プラス)『パルスレーザー』」

 

 私は6つの手全てで銃の形を作り、地上に向けてレーザーをマシンガンの様に発射した。先程バラージのミサイルを撃墜した時とは違い、1発1発が下手な戦車砲を上回る大口径。命中すれば人間サイズの目標など、一瞬で蒸発(・・)する。まさに死の雨(・・・)だ。

 

「ハハハ! これは楽しいね。いつまで避け続けていられるかな?」

 

 無様に逃げ惑うオールマイト達を見下ろしていると、楽しくて堪らなくなる。巨大阿修羅(この姿)になると、戦いを楽しめないと思っていたが…こういう楽しみ方があったとは! 盲点だったよ!

 心の高揚に浸りつつ、彼らが避けられるギリギリのレベルを割り出し、ジワジワと苦しめていると―

 

不死鳥の眼光(フェニックスグレア)!!」

 

 全く意識していない方向から攻撃が放たれた。熱線と見紛う程に圧縮された炎。やれやれ…父親同様(・・・・)、随分としつこい。

 

 

出久side

 

「今のは…」

 

 思わぬ援護によって止まった巨大阿修羅の攻撃。僕達は攻撃の主に視線を走らせ、大いに驚いた。だってそこには―

 

「轟君!」

 

 オール・フォー・ワンの放った竜巻で、エンデヴァーやエッジショット共々吹き飛ばされた轟君が立っていたのだから!

 

「……増援に来るなら、もう少し早く来るべきだったね。今更君程度が来たところで、何も変わりは―」

王狼の領域(フェンリルテリトリー)! 凍てつけ!!」

 

 巨大阿修羅の言葉を遮るように、周囲の地面を一気に氷結させる轟君。流石の巨大阿修羅も全身を氷漬けにされ、その動きを止めてしまう。

 その間に僕達は大急ぎで駆け寄り、合流する事が出来た。

 

「無事だったんだね!」

「あぁ、竜巻の中で親父が…庇ってくれた」

 

 轟君…全身傷だらけで、頭から血を流しているけど、竜巻に飲みこまれた割に軽傷なのはそういう事だったんだ…。

 

「ゆっくり無事を喜びたいところだが、そうもいかない。あの氷結もそう長くはもたない筈だからな」

「えぇ、ですが(アブソリュート)が来てくれたおかげで、奴を倒せるかもしれない手を思いつきました」

 

 雷鳥兄ちゃんの作戦(・・)が語られた直後―

 

「薄皮1枚凍らせた程度で、何とかなると思ったのかな?」

 

 氷を砕いて動き出す巨大阿修羅。あれ程の氷結でも、30秒程度動きを止めるのが精一杯。本当に規格外の相手だ…だけど!

 

吸阪少年(ライコウ)緑谷少年(グリュンフリート)轟少年(アブソリュート)! 最後の勝負に挑むぞ!!」

「「「はい!!」」」

 

 僕達もこの作戦に全てを賭ける!

 

 

雷鳥side

 

WYOMINGSMASH(ワイオミングスマッシュ)!」

 

 高速で移動しながら左右の連打(ラッシュ)を繰り出し、まるで速射砲の様に衝撃波を放ち続けるオールマイトと―

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

 『浮遊』で巨大阿修羅の周りを飛びながら、フィンガスナップの衝撃波を撃ちまくる出久(グリュンフリート)

 猛攻を仕掛ける2人によって、その場に釘付けとなる巨大阿修羅。

 

「今がチャンスだ、いくぜ! (アブソリュート)!」

「あぁ! 全力でいく!」

 

 その隙に、俺と(アブソリュート)は、残る力の全てを結集し、合体攻撃の準備に入る。そう、俺の提示した作戦は、Iアイランドでウォルフラムが変化した金属九頭大蛇(ヒュドラ)を仕留めた時と同じものだ。

 俺と(アブソリュート)の合体攻撃で、巨大阿修羅の防御を突破し、オールマイトと出久(グリュンフリート)が仕留める。単純明快だが、今の状況を考えれば最良の作戦だ。

 不安要素を挙げるなら、俺と(アブソリュート)だけで、巨大阿修羅の防御を突破出来る程の火力が発揮出来るのか? という点だが…今更、増援を待つ余裕はない。やるしか―

 

「待て!」

 

 不安を押し殺して、攻撃を放とうとしたその時響く静止の声。声の主は―

 

「その攻撃、暫し待て」

 

 エンデヴァーだ。竜巻から(アブソリュート)を庇った際、己を盾にしたのだろう。全身ボロボロで…正直な話、立っているのが不思議なくらいだが、その目に宿る力は未だ失われていない。

 

「お前達がやろうとしている事、その方向性は正しい。だが…お前達だけでは火力不足(・・・・)だ」

「そんな事、百も承知だ。だが、やるしか―」

俺に合わせろ(・・・・・・)

 

 (アブソリュート)の声を遮る様に響くエンデヴァーの声。重傷の人間を頼るのは心苦しいが…火力の増大はありがたい!

 

 

AFOside

 

「……なるほど、そういう事(・・・・・)か」

 

 私の周囲を動き回り、大して効果の無い攻撃を続けるオールマイトとグリュンフリート。その目的が解らず、少しだけ動きが止まってしまったが…視界の端に映った光景に、全てを察する事が出来た。

 

「まったく、往生際が悪い…」

 

 まるで蠅を追い払うように手足を振って突風を起こし、オールマイトとグリュンフリートを吹き飛ばす。そして―

 

「『指鉄砲(フィンガーガン)(プラス)『パルスレーザー』」

 

 6本の腕全てをエンデヴァー達へと向け、攻撃態勢に入る。残念だが、君達のチャージが終わるよりも早く、こちらが君達を吹き飛ばす。跡形もなく…ね。

 

「覚悟したまえ」

 

 数秒後には蒸発する3人のヒーローに哀悼の意を捧げながら、攻撃を開始しようとしたその時―

 

「ミサイル・パーティー! Fire!!」

 

 そんな声と共に、2発の大型ミサイルが直撃。私の体勢を大きく崩した。予想だにしていなかった攻撃に、私は思わず攻撃の主を確認する。そこにいたのは…。

 

「やられたらやり返す…仲間の分も含めて…」

「10倍返しだぁっ!!」

 

 バラージ…だと!? あの衝撃波を受けてなお立ち上がるとは…ヒーローとは、どこまでも…しつこい存在だ。

 

 

雷鳥side

 

 バラージさんのおかげで、間一髪チャージが間に合った! 

 

「プロミネンス!」

「トールハンマー!」

竜の(ドラゴン)!」

 

 これが最後! 全力全開の一撃だ!!

 

「バァァァァァン!!」

「ブレイカァァァァァッ!!」

咆哮(ロアァァァァァッ)!!」

 

 エンデヴァー、(アブソリュート)、そして俺の最強必殺技。それらが融合した一撃は、Iアイランドの戦いで放ったそれを遥かに凌駕する威力となり、巨大阿修羅へ襲いかかった。

 流石の巨大阿修羅も、バラージのミサイルで体勢を崩された状態では、回避や相殺は出来ず、6本の腕を総動員して防御の体勢を取るのが精一杯。だが!

 

「そんな防御(もん)で防げるかよ!」

 

 俺の叫び通り、巨大阿修羅が防御出来たのはホンの一瞬。6本の腕は跡形もなく吹っ飛び、土手っ腹には巨大な風穴を開いた! そして―

 

DETROIT(デトロイト)!」

50CALIBER(フィフティーキャリバー)!」

「「SMAAAAAAAAAASH(スマァァァァァァァァァッシュ)!!」」

 

 完璧なタイミングで飛び出していたオールマイトと出久(グリュンフリート)が、同時攻撃を叩き込む!

 まるで爆弾が爆発したような破砕音と共に全身が崩壊し、瓦礫に戻っていく巨大阿修羅。

 そこから1つの影が飛び出すのが見えたが…俺達はここまで(・・・・)だ。

 

「後は任せます。オールマイト…出久」

 

 

AFOside

 

「些か予想外だったね…」

 

 崩壊していく巨大阿修羅から脱出し、空中に舞い上がりながら、誰に言うでもなく静かに呟く。

 十分な勝算はあった筈…まさか、ここまで追い込まれるとは……私の中にも慢心があったのだろう。

 

「だが、まだ終わりじゃない(・・・・・・・)

 

 地上を見下ろせば、限界を超えたエンデヴァー達は戦闘不能。オールマイトも無理が祟って膝を突いている。グリュンフリートは幾らかマシな状態のようだが…。

 

「彼1人ならば、絶対的な脅威とはなりえない」

 

 私は勝利を確信し、彼らを纏めて吹き飛ばす為、“個性”の組み合わせを開始する。異変が起きたのは、その時だ。

 

「…予想外だね」

 

 思わず呟いてしまったが、それは誰にも責められないだろう。まさか、グリュンフリートがこちらへ向けて、オールマイトを投げ飛ばすなんて、誰が予想出来る?

 

 

出久side

 

 崩壊する巨大阿修羅から脱出し、空中に浮かぶオール・フォー・ワン。対する僕達は、エンデヴァーと雷鳥兄ちゃん、轟君は戦闘不能。オールマイトもダメージの蓄積で膝を突き、それなりに動けるのは僕だけだ。

 あと一押しで勝負が決まるのに、このままじゃ…先に攻撃を受けて、全滅だ…!

 

緑谷少年(グリュンフリート)

 

 その時、聞こえてきたオールマイトの声。思わずオールマイトに視線を送った直後、僕はオールマイトの狙いを察した。 

 

「わかりました…オールマイト、飛ばします!!」

 

 一瞬の迷いもなく、僕は『黒鞭』を発動。オールマイトに巻き付けると―

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

 ハンマー投げの要領で力一杯振り回し、オールマイトを空へ向けて投げ飛ばした!

 砲弾のような勢いで、オール・フォー・ワンへと飛んでいくオールマイト。残る力の全ては右腕に集められ…文字通り、最後の一撃を仕掛ける気だ。

 

「オールマイト…勝ってください!!」

 

 

AFOside

 

「予想外だが、対応出来ない訳じゃない」

 

 人間砲弾となってこちらへ飛んでくるオールマイト。その姿には驚かされたが…真正面からの一撃など、幾らでも対処できる。

 

「自分自身の一撃で滅びたまえ」

 

 いつでも『衝撃反転』の“個性”を発動出来る状態で、オールマイトを待ち構える。長きに渡る因縁もこれで最―

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、何かが右足に絡みつき…私は強く地上に向けて引っ張られた。突然の事に体勢を崩しながら、視線を送るとそこには…。

 

「私の命を奪わなかった事を、刑務所で後悔するがいい…(ヴィラン)!」

 

 サイドキックに肩を借りながら、私へ炭素繊維を放つベストジーニストの姿。まさか、彼まで戻って来るとは…本当に、ヒーローという人種は…。

 

 

オールマイトside

 

 オール・フォー・ワン目がけ、砲弾のようなスピードで飛びながら、私は『ワン・フォー・オール(残り火)』の全てを右腕へと集めていく。

 この一撃は、私の力だけではない。吸阪少年(ライコウ)緑谷少年(グリュンフリート)、グラントリノ、エンデヴァー、ベストジーニスト、轟少年(アブソリュート)、数多くのヒーロー達。歴代継承者の方々。皆の思いが結集した一撃だ。

 

 -何人もの人が、その力を次へと託してきたんだよ。皆の為になりますようにと…一つの希望となりますようにと-

 -次はおまえの番だ。頑張ろうな、俊典-

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」 

 

 さらばだ、オール・フォー・ワン。

 

UNITED(ユナイテッド)!!」

 

 さらばだ、ワン・フォー・オール。 

 

STATESOF(ステイツオブ)!」

 

 これで、決着だ。

 

SMAAAAAAAAAASH(スマァァァァァァァァァッシュ)!!」

 

 私の一撃を受け、隕石のような勢いで地上に落下するオール・フォー・ワンと、僅かに遅れて着地する私。

 膨大な土煙が晴れ、露になった巨大なクレーター。その真ん中で私は最後の力を振り絞って立ち続け、静かに右腕を上げる。これが…平和の象徴(わたし)の最後の…最後の…。

 

 

グラントリノside

 

「な…! 今は無理せずに―」

「させて、やってくれ……」

 

 オールマイトの体を案じるエッジショットに、儂は敢えてそんな言葉をかける。

 

 -この国には今、“柱”がないんだって-

 -だから自分が、その“柱”になるんだって-

 

「……仕事中だ」

 

 今は亡き盟友の言葉を思い出しながら…。

 

 

オールマイトside

 

「この下! 2人います!! あっちにも!」

「了解! 急げ!」

 

 数多くのヒーローや警察官が救助活動を行い―

 

「オールマイトを始めとするヒーロー達の交戦中も、救助活動は続けられておりましたが、死傷者はかなりの数になると、予想されます…!」

 

 多くの報道陣が、被害の甚大さを伝える中、私はオール・フォー・ワンが移動牢(メイデン)に収容される瞬間に立ち会っていた。

 

「元凶となった(ヴィラン)は今…あっ今!」

移動牢(メイデン)に入れられようとしています! オールマイトらによる厳戒態勢の中、今…!」

 

 何重にも拘束されたオール・フォー・ワンが、移動牢(メイデン)へ収容され、厳重なロックが施される。これで…一区切り……いや、まだだ。

 

「エンデヴァー…少し、いいかな?」

「……何だ?」

 

 私からの問いかけに怪訝な顔を見せるエンデヴァーに、私は右腕を差し出し―

 

「私は…ここまでだ。ナンバー1を……君に託す(・・・・)

 

 静かに、だがハッキリとした声でそう告げた。

 

「なっ…」

 

 私が言った事が信じられないと言わんばかりの顔を見せるエンデヴァー。だから、私は敢えておどけた表情を見せ―

 

「まぁ、託すと言っても、私の弟子達がすぐ受け取りに来るから(・・・・・・・・・)…よろしくね?」

 

 軽く煽ってみた。すると…。

 

「…フン、上等だ。だが、そう簡単に渡す気はないぞ。どこまでも高く、険しく、厳しい壁であり続けてやる」

 

 全身から炎を吹き出しながら、ニヤリと笑みを浮かべ…私の手を取るエンデヴァー。

 私とエンデヴァーが握手をする光景を、報道陣が次々とカメラに収めていく。

 

 こうして、長きに渡るオール・フォー・ワンとの戦いに…は一応の決着が付くのだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回、第1部最終回。


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最終話:幕は閉じ、また開く

お待たせしました。
第1部最終話を投稿します。
お楽しみ頂ければ、幸いです。


警察上層部side

 

 激闘から一夜明け、我々警察上層部は緊急会議を開いた訳だが…

 

「捕えた脳無はいずれも、これまで同様人間的な反応がなく、新たな情報は得られそうにありません」

「また、保管されていた倉庫は(ヴィラン)…オール・フォー・ワンの攻撃で消し飛ばされており、僅かに撮影できた写真や動画以外の手がかりは入手出来ませんでした」

「その為、脳無の製造方法については、不明のままです」

 

 今回の作戦で入手出来た情報は、微々たるものだった。

 

「そもそも、その倉庫というのもフェイク(・・・・)じゃねぇのか?」

「生体実験なぞ行える環境じゃねえし、場も安易過ぎる。バーからも連中の個人情報はあがってねぇんだろ?」

「…その件につきましても、現在調査中です」

 

 俺の問いかけに答える部下の声を聴きながら、資料に目を通すが…こちらも不明(・・)調査中(・・・)のオンパレード。

 

「大元は捕えたものの…死柄木をはじめとした実行犯らは丸々取り逃がした…とびきり甘く採点したとして…痛み分けといったところか?」

「馬鹿野郎。平和の象徴と引き換え(・・・・・・・・・・)だぞ」

 

 自らを安心させたいのか、1人の参加者が口にしたとびきり甘く(・・・・・・)なんて言葉を切り捨て、俺は言葉を続けていく。

 

「オールマイトの弱体化が世間に晒され、もう今までの絶対に倒れない平和の象徴(・・・・・・・・・・・・)はいない。国民にとっても、(ヴィラン)にとってもな」

「たった1人にもたれかかってきたツケ…だなぁ…」

 

 誰かが漏らした呟きに頷きつつ、俺は本題へと入る。

 

「正直言って、俺は恐れているよ。最初期…雄英高校を襲撃した際のプロファイリングじゃ、子どもの癇癪(・・・・・・)とまで言われていた主犯格、死柄木弔の犯行計画は、目を見張るスピードで進化している(・・・・・・)

「保須市での件といい、神野区(こんかい)の件といい…奴は既に一流(・・)超一流の悪党(・・・・・・)になるのも、時間の問題だろう」

「オールマイトが崩れ、以前にも増して抑圧が無くなろうとしている今…確実に言える事は、奴を…(ヴィラン)連合を必ず捕えなくては、今回以上の惨劇が起こるという事だ」

「我々警察も、『(ヴィラン)受け取り係』などと言われている場合じゃない。改革(・・)が必要だ」

 

 そう言い終えると同時に室内を沈黙が包む。それを破ったのは―

 

「会議中失礼します。護送部隊より連絡が入り、(ヴィラン)オール・フォー・ワンの特殊拘置所への護送を完了した。との事です」

 

 会議室へ入室してきた部下の報告。何の妨害もなく、奴を特殊拘置所へ収容出来た事に、僅かながら安堵の声が上がるが…

 

「ですが…その…」

 

 部下が躊躇いがちに報告した…オール・フォー・ワンは視覚を完全に失った(・・・・・・・・・)状態で、オールマイト達と戦っていた。という事実に、言葉を失ってしまう。

 そんな怪物を捕えられたのは、数少ない成果…と言って良いのか悪いのか…

 

 

オールマイトside

 

 戦いの後、警察病院に搬送された私は…処置室へ運ばれる途中で、痩身形態(トゥルーフォーム)に戻ると同時に意識を失い…次に目を覚ましたのは約30時間後、病室のベッドの上だった。

 私が意識を取り戻したという連絡を受け、次々と病室へ入ってくる吸阪少年、緑谷少年、グラントリノ、塚内君、そしてデヴィットとメリッサ。どうやら、皆近くで待機してくれていたようだ。

 

「俊典…今まで良く頑張った」

「いえ、私の力だけではありません。皆の助けがあったからこそ、この勝利は掴む事が出来ました」

 

 グラントリノの声にそう答えた私は、デヴィットとメリッサの方を向き―

 

「デイヴ、そしてメリッサ。君達の作ったアイテムのおかげで、吸阪少年と緑谷少年は命を拾う事が出来た。本当に…感謝しているよ」

 

 深々と頭を下げた。

 

「頭を上げてくれ、トシ。お礼の言葉なら、2人から十分に貰っている」

「そうよ、おじ様。それに、私達は私達に出来る事をやっただけ。何も特別な事じゃないわ」

 

 もっとも、2人は特別な事をした等一欠片も思っていなかったようで、笑ってそう返してくれた。私は2人の笑顔に笑みを返しつつ―

 

「皆…聞いてほしい。私の中の『ワン・フォー・オール』、その…残り火の事だ」

 

 静かに呼吸を整え、大切な事(・・・・)を伝える覚悟を決めた。

 

UNITED STATES OF SMASH(あの一撃)を放った時、私は残り火の全てを注ぎ込んだ。そのつもり(・・・・・)だった。だが…」 

残っているんだ(・・・・・・・)。僅かだが…残り火(・・・)が…」

 

 

出久side 

 

「残り火が…残っておるじゃと!?」

「はい、自分でも不思議なのですが…確かに、残っています。制限時間にすると、15分ほど…それもこれ以上小さくなる気配が、無いのです」

 

 驚きの声を上げるグラントリノに対し、戸惑いながらそう答えるオールマイト。

 

「パパ、“個性”の専門家としての見解は?」

「流石にこれまで前例のない事例だ…仮説を立てようにも、情報が少なすぎる…」

「…そうね。今のままだと、突拍子も無いようなトンデモ説すら出せそうにないわ」

 

 メリッサさんとシールド博士は、分析を試みて頭を抱えている。そんな中―

 

「あ、あの…」

 

 僕は静かに手を挙げていた。

 

「どうした? 出久」

「うん、実は…あの戦いの途中、『浮遊』と『黒鞭』が覚醒した時に…夢の中で話をしたんです。歴代の『ワン・フォ・オール』継承者、その内のお2人と」

「2人…お師匠と、『黒鞭』本来の使い手…だね?」

 

 オールマイトの言葉に僕は頷き、夢の内容全てを話していく。そして―

 

「最後にオールマイトのお師匠…志村さんから伝言を預かったんです。オールマイトと、グラントリノに…」

 

 先々代の『ワン・フォー・オール』継承者、志村菜奈さんからの伝言を口にした。

 

 -俊典。長い間、よく頑張ったな。『ワン・フォー・オール』を磨き上げ、私達の悲願をよく叶えてくれた。お前は、私達の誇りだ-

 -お前の中に残ったその火は、頑張り続けたお前への、私達からのささやかな贈り物(ギフト)。大事にしなよ-

 

「お師匠…お師匠っ!」

 

 -空彦。俊典をよく鍛えてくれたね。ありがとう。あとは私の分まで、長生きしなよ- 

 

「志村の奴…」

 

 志村さんからの伝言に、オールマイトは号泣し、グラントリノは苦笑いしながら、涙を拭う。

 

「力を蓄え、別の人間に譲渡する“個性”『ワン・フォー・オール』。トシが緑谷君に譲渡した際、全て移る筈だった力の一部が、トシの中に残留していた。残り火ではなく力そのものだから、これ以上は消耗しない。という事か…」

 

 シールド博士が半ば独り言のように仮説を呟く間も、オールマイトは泣き続け、一頻り泣いたところで―

 

「………お師匠や、歴代の継承者の皆さんのおかげで、僅かにでも力が残っているのならば、私にはまだやらねばならぬ事がある」

 

 覚悟を決めた表情(・・・・・・・・)で、そう呟いた。

 

「死柄木弔。志村の孫………か」

 

 グラントリノも、オールマイトの覚悟を察したのか…どこか遠い目をして、死柄木の名前を口にしている。オールマイト…まさか…。

 

オール・フォー・ワン(やつ)の発言だろ? 根拠が薄くはないか? そもそも、2人はその先代の家族とは交流が無かったのか?」

「ああ…志村は、夫を殺されていてな。我が子をヒーロー世界から遠ざけるべく、里子に出している」

「儂や俊典には、『私にもしもの事があっても、あの子には関わらないでほしい…』と念を押された……」

「故人との約束が仇に…やるせないな…」

 

 塚内さんの言葉に、僕や雷鳥兄ちゃん、シールド博士達が静かに頷く中―

 

「お師匠がせめて平穏にと決別した血縁…! 私は死柄木を見つけなければ…見つけて、彼を…」

 

 オールマイトは拳を握り締めながら、決意を口にしかけ―

 

「駄目だ」 

 

 グラントリノに止められていた。

 

「見つけてどうする? お前はもう奴を(ヴィラン)として見れてない。必ず迷う。素性がどうであれ、奴は犯罪者だ」

「………」

 

 グラントリノの指摘に、オールマイトは言葉を失い―

 

「死柄木の捜索は、これから儂と塚内でやっていく。お前は雄英に残って、すべき事を全うしろ。平和の象徴でいられなくなったとしても、オールマイトはまだ生きているんだ」

「……はい」

 

 死柄木の件は、グラントリノと塚内さんに一任する事で、一応決着した。

 

 

AFOside

 

「やれやれ…死にかけの老人1人に、大層な対応だね」

 

 何重もの拘束に加え、無数のセンサーとカメラで監視された独房の中で、半ば呆れたように呟く。

 私をここへ運んだ刑務官が、『死刑すら生温い程の罪人が行き着く場所』と言っていたが…たしかに()としては立派な物だ。運用する人間もよく訓練された相応に有数な人材なのだろう。だが…

 

「所詮は常識の範疇(・・・・・)で造られた物。脱獄不可能という訳でもない」

 

 この監獄の関係者が耳にしたら、間違いなくひっくり返るような事を静かに呟き、体の回復に努めていく。

 

 オールマイト。今回私は君に敗れ、物語の第一部はこちらの敗北で幕を閉じた。だが、これはあくまでも第一部。カーテンコールはまだまだ先だ。

 離れ時(・・・)を見誤った君と違い、私は実に理想的なタイミングで、弔に独り立ちを促す事が出来た。これから先、私という庇護を失ったあの子は更に進化していくだろう。

 私を超える悪の帝王となるのも、時間の問題だ。

 

「人類史上最高の巨悪となったあの子を前にした時、君や君の弟子達がどんな反応をするのか…楽しみにさせてもらうよ」

 

 第二部の幕開けは、もうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

出久君の叔父さん(同学年)が、出久君の運命を変えるようです。

第1部 完




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

昨年の1月に連載を始めて約1年と10ヶ月半。無事に第1部最終回を迎える事が出来ました。
これも偏に読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

近い内に第2部の連載を開始する予定ですが、もしかしたら幾つかアイデアが浮かんでいる作品を先に執筆するかもしれません。
アイデアに関しては、活動報告に記載しますのでご覧いただき、ご意見などいただければ幸いです。


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