戦姫絶唱シンフォギア×MASKED RIDER 『χ』 ~忘却のクロスオーバー~ (風人Ⅱ)
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第一章/戦姫達の物語×忘却の仮面ライダー

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」

 

 

──深い霧に覆われた深夜の海沿いの公園。昼間には大勢の人達が家族や友人、恋人との一時を楽しむ人気スポットとしてそれなりに有名なこの場所も、夜の闇に包まれる今はその見る影もない。

 

 

街灯の光が点滅し、公園内は不気味な静寂に包まれ、時間帯的にも当然の事ながら人気などありはしない。

 

 

そんな公園の中を、一人の女性が息を切らしながら必死の形相で何かから逃げるように走る姿があった。

 

 

髪や服が乱れるのも構わず、形振り構わずに逃げ続ける彼女の顔に宿るのは"恐怖"の感情のみ。

 

 

まるで悪鬼にでも追われているかのような様子で後ろを気にするように何度も背後を振り返り、公園の中を逃げ回った先で彼女が滑り込んだのは石造りのベンチの裏。

 

 

息切れした酸素を取り戻すかのように胸を抑え何度も深呼吸を繰り返すと、女性は恐る恐る石造りのベンチの穴の隙間から周囲を見回し、誰も追ってきていない事を確認して漸く安堵の溜め息を漏らした。

 

 

「はぁっ……はぁっ……何だったの……一体、"アレ"はっ……」

 

 

呼吸を整えて幾許かの落ち着きを取り戻しても、女性の内を占める疑問や混乱までもが消えてなくなった訳ではない。

 

 

──"アレ"はなんだ?何故自分が追われていた?

 

 

誰かが応えてくれる筈もない疑問を心の内で何度問うても、やはり返ってくるものは何もない。

 

 

思い出すだけでも心の底から震え上がる。しかし最早自分にはどうする事も出来ないのなら忘れてしまった方が楽になれるか、それも無理なら今から警察署にでも駆け込んで相談するしかないと未だ心に根付く恐怖を振り払うようにそう考え、女性は持参のバッグを乱雑に漁り、飲み残しの水で乾いた喉を潤そうと震える手でキャップを開けようとし、

 

 

 

 

 

──ペットボトルの中で揺れる水越しに、血のように赤い瞳を輝かせて自分の顔を覗き込む"悪鬼"の顔を見た。

 

 

「ッ!?い、いやぁあああああああああああっっ!!?」

 

 

『アヒッ、ヒッ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ!!!』

 

 

開きかけのペットボトルの水を投げ出し、耳をつんざくような悲鳴を上げる女性。その声を聞いた悪鬼はまるで歓喜するかのように、狂った嗤い声と共に女性へと迫る。

 

 

恐怖で泣き叫び、腰が抜けたのか女性が身を起こす事もままならないまま地を這いずるように無様に逃げるしか出来ない中、悪鬼はそんな姿をも愉しむかのように不気味に嗤いながら口から夥しい量の涎を垂らし、その両手から生える凶悪な爪で女性の四肢を引き裂こうと勢いよく駆け寄り爪を振り上げ、そして……

 

 

 

 

「…………ぅっ…………っ…………え…………?」

 

 

 

 

……一瞬の後にはズタズタに引き裂かれていたであろう筈の女性の身に、いつまで経っても痛みが降り掛かる事はなかった。

 

 

最早此処までなのかと、絶望のあまり涙で濡れた目で痛みからも目を逸らそうとした女性は不思議に思い、恐る恐る背後に振り返ると、其処には……

 

 

 

 

 

 

『……ギ、ガッ……ギギギッ、ギギィッ……?!』

 

 

『……………………』

 

 

 

 

 

 

──彼女から少し離れた場所に、二つの影が蠢く姿があった。

 

 

一つは女性を襲おうとしていた筈が、何故かいつの間にか遠くに倒れて痛みに身悶える悪鬼の影。

 

 

そしてもう一つは、女性に背を向け、僅かに見える横顔から赤い瞳を輝かせているのが分かる特徴的なシルエットの影。

 

 

何が起きているのか分からぬまま女性が呆然と座り込む中、赤い瞳を持つ影は徐に身を起こす悪鬼を観察するように見つめ、ポツリと呟いた。

 

 

『既に正気はない、か……あのノイズとか言う化け物を際限なく喰らい続けて、果てに狂ったか……』

 

 

『ギギギギギィッ……!!!シャアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

何処か哀れむようにも聞こえる赤い瞳の影の声も掻き消す程の雄叫びを上げ、自分の愉しみを邪魔した赤い瞳の影に怒りをぶつけるかのように襲い掛かる悪鬼。

 

 

だが、がむしゃらに両手の爪を振るうだけの悪鬼の荒削りな攻撃を赤い瞳の影は最小限の動きだけで軽々と回避し、同時に鋭い二の打ちのボディーブローを胴体へとカウンターで叩き込んで後退りさせ、最後に流麗なミドルキックを打ち込み悪鬼の身体を宙に浮かせ吹っ飛ばしていった。

 

 

『アグゥッ?!ギッ、ギギッ、ギギィッ……!』

 

 

『……これで、終わりだ』

 

 

受け身すらも取れず、地面に思い切り叩き付けられて悶え苦しむ悪鬼を見据えそう呟くと、赤い瞳の影は左腰に備え付けられているカードケースからカードを一枚取り出し、腰に巻かれているベルトのバックルから上部に露出してるスロットにカードを装填してバックルに戻すように掌で押し込んだ。

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

バックルから鳴り響く電子音声と共に、赤い瞳の影が右足を悪鬼に向けて突き出した。直後、足の裏から放たれた蒼い光が悪鬼に直撃すると共に捕縛し、自分の全身を駆け巡る蒼い光を見て悪鬼が戸惑う中、赤い瞳の影は地面を軽く蹴り上げて跳躍すると共に空中で跳び蹴りの態勢を取り……

 

 

『──ハアッ!』

 

 

『イッ、ギッ……ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?』

 

 

空中に浮いた赤い瞳の影の全身が蒼く発光し、直後にその身を蒼い閃光と化した跳び蹴りが悪鬼の身体を貫いたのだった。そして閃光から元の姿に戻った赤い瞳の影が悪鬼の背後に現れたと共に、悪鬼は断末魔の悲鳴を上げながら爆散し完全に消滅していった。

 

 

「ッ……な、なんなの……?」

 

 

その一連の流れを目にし、爆発の勢いから思わず顔を逸らしていた女性は呆然と赤い瞳の影を見つめていく。

 

 

……雲の隙間から差す月の光に照らされて輝く、蒼い仮面と黒のアンダースーツの上に纏われる蒼い装甲。

 

 

全身の至る所にXの意匠が施されるその姿を目に焼き付け、女性の脳裏にふと数週間前からネットで話題になっているとある都市伝説が過ぎった。

 

 

闇に潜む怪物から人知れず人々を守る、謎のヒーロー。

 

 

顔を隠す仮面を纏って怪物を倒し、バイクを駆って颯のように立ち去るその姿から人々が名付けた、その名は確か──

 

 

「──仮面……ライダー……?」

 

 

『…………』

 

 

月が照らす光の中で赤い瞳を輝かせる影……仮面ライダーを女性が呆然と見つめる中、仮面ライダーはそんな女性を一瞬一瞥するだけで特に何も語ろうとせず、そのまま背を向け何処かへと歩き去っていったのだった。

 

 

 

 

 



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第一章/戦姫達の物語×忘却の仮面ライダー①

 

 

―S.O.N.G.本部―

 

 

──S.O.N.G.。それは超常災害対策機動部タスクフォース(Squad of Nexus Guardians)の略称であり、認定特異災害『ノイズ』に対応するため日本政府が設けた組織。

 

 

その活動内容は先史文明期の人類により作り出された人間のみを大群で襲撃し、触れた者を自分もろとも炭素の塊に転換してしまう特性を持つ異形の存在『ノイズ』、そのノイズの自然発生が終息した今、S.O.N.G.と敵対する錬金術師の組織がノイズを改良して運用する『アルカ・ノイズ』の殲滅は勿論のこと、『聖遺物』と呼ばれる世界各地の伝説に登場する超古代の異端技術の結晶の回収・保護を主な目的としている。

 

 

そんな彼等の本部となるのは、ここ政府が保有する埠頭の敷地内にて現在整備作業が行われる巨大な潜水艦であり、その艦の発令所のブリッジにて今、S.O.N.G.に所属する『シンフォギア』の装者達がとある議題で集められていた。

 

 

「──ノイズとは違う、謎の怪物……ですか?」

 

 

議題の内容を聞かされ、開口一番に疑問げにそう口を開いたのは、襟足が広がった栗色の髪のボブカットの少女……聖遺物『ガングニール』の装者である"立花 響"だった。

 

 

そんな彼女の疑問に同調するように響と共に集められた他の装者の少女達もそれぞれ訝しげな反応を浮かべる中、彼女達の前に立つ赤のカッターシャツとピンクのネクタイが特徴的な大柄の男性……このS.O.N.G.の司令官である"風鳴 弦十郎"は両腕を組んだまま静かに頷いた。

 

 

「うむ……昨夜未明、深夜の警察署に駆け込んだ女性から気になる証言を得たらしい。何でもノイズとは異なる姿の、血のように赤い眼をした正体不明の謎の怪物に突然襲われた、と」

 

 

「正体不明の謎の怪物……」

 

 

「ち、血のようなって……また随分物騒な特徴デスね……」

 

 

弦十郎から聞かされる正体不明の怪物の話の内容に、黒髪のツインテールの物静かな少女……聖遺物『シュルシャガナ』の装者である"月読 調"は険しげに眉を潜め、彼女の隣に立つ髪留めをした金髪の少女……聖遺物『イガリマ』の装者である"暁 切歌"はその不気味な特徴に気味が悪そうに顔を引き攣る。

 

 

そんな中、発令所にて情報処理を担当するオペレーターの二人の男女……"藤尭 朔也"と"友里 あおい"が弦十郎の話に補足説明を加えていく。

 

 

「念の為、女性の証言を元に昨夜彼女が被害に遭ったという公園周辺の索敵レーダーのデータを時間を遡って洗い直してみたのですが……」

 

 

「ノイズ、アルカ・ノイズの反応は勿論の事、それらしき不審な反応は特に感知されてませんでしたね……」

 

 

「だったら襲われた本人の勘違いだったんじゃないか?それっぽい覆面を被ってた暴漢だったとか。いきなり襲われて混乱してたってのもあるだろうし、暗がりじゃ相手の顔なんて良く見えないだろ?」

 

 

オペレーター二人の話から、襟足の左右を長く伸ばした銀髪の少女……聖遺物『イチイバル』の装者である"雪音 クリス"はそもそも怪物など存在せず、襲われた被害者のただの勘違いだった可能性を指摘するが、その指摘に対し弦十郎の隣に立つ小柄な少女……S.O.N.G.の技術面を担当する"エルフナイン"が手元のパッドを操作しながら応える。

 

 

「その可能性もあるとは思うんですが、実はそれだけじゃなく、この件と何か関わりがあるんじゃないかと思われる噂がありまして……これなんですが……」

 

 

「……?何だこりゃ?」

 

 

「……『新たな都市伝説発見!人知れず怪物から人々を守る、影のヒーロー!』?」

 

 

エルフナインが見せる液晶画面を覗き込むと、其処にはとあるサイトのまとめで紹介される都市伝説のスレッドが映し出されていた。

 

 

淡々とした声音で調がタイトルを読み上げたそのまとめには、夜な夜な人を襲う怪物を謎のヒーローが駆け付けて颯爽と倒したという、まるで特撮ヒーローの中の話のような信じられない体験談が幾つも報告されており、その内容に怪訝な反応を浮かべる他の三人とは対照に、そのスレッドを目にした響が過敏に反応を示した。

 

 

「あ、それ知ってる!確か、『仮面ライダー』の話だよね?」

 

 

「……はあ?仮面ライダー?何だよそれ?」

 

 

「私も今朝学校で友達から聞いたんだよ。素顔を仮面で隠し、何処からともなく颯爽と現れて怪物を倒し、バイクに乗って颯のように去っていく謎のヒーロー!その姿から誰が呼んだか、仮面ライダー!……って」

 

 

「ほんとに何だそりゃ、アホらしい……もしかしなくてもその友達ってあのアニメ好きのお前の友達だろ?別に悪く言うつもりはねえけど、この手の眉唾物にまで手を出し始めたらいよいよ終わりだぞって伝えとけ」

 

 

「えー……私はそんなに悪くないと思うけどなぁ……」

 

 

身振り手振りで友達に教えてもらった仮面ライダーの噂を説明するも、そのあまりに荒唐無稽な内容に馬鹿馬鹿しげに溜め息を吐くクリスから呆れ気味に一蹴され若干気落ちする響だが、その話を聞いていたエルフナインは「いえ」と首を横に振った。

 

 

「響さんの話、あながちただの噂話と切って捨てられないと思います。実際のところ、ここ数週間の間で昨夜の女性と同様の事件が幾つも報告されており、被害者が皆、口を揃えて証言してるんです……『ノイズじゃない謎の怪物に襲われ、仮面を身に付けた何者かに助けられた』、と」

 

 

「……って言われてもなぁ……それでこんな無茶苦茶な話を信じろって言われてもよ……」

 

 

「そもそもの話、その報告されてる被害っていうのが実は被害者側の悪戯って可能性もないデスか?このネットの掲示板とかを見て、誰かが最初にやり始めたから自分もやってみよう!なーんて流行りに乗って、ホントにやってしまった困ったちゃんな人達かもしれないデスよ?」

 

 

未だクリスが仮面ライダーの話を受け入れられず困ったように頭を掻く中、切歌が実は報告される被害そのものが被害者側の自作自演ではないかと推察するも、弦十郎は首を振ってそれを否定する。

 

 

「その可能性も最初に考えられたが、事情聴取を行った警官達の話では、被害者の中には実際に腕や足に何かに引っ掻かれたような深い傷を負った者も何人かいたらしい。……何より、被害者達の様子は皆普通ではなく、聴取を受ける間も何かに怯えているようだった。その様子からして、彼等が嘘を言っているようには見えなかったと」

 

 

「マ、マジでデスか……」

 

 

「……ただの悪戯にしても、その為だけに自分の体に傷を入れるなんて、普通だったら有り得ないよね……」

 

 

言葉を失う切歌の隣で、調は顎に手を添えて冷静に分析する。

 

 

もしも仮に今までの話が本当だと仮定すれば、今街にはノイズとは別に人を襲う怪物が潜み、その怪物を倒す謎の勢力が存在するということになる。

 

 

敬遠しがちな噂や都市伝説の内容から有り得ないと否定しそうになるも、それが仮に本当だとすれば確かに由々しき事態かもしれない。何せ自分達の預かり知れぬ所で人々の身に危険が降り掛かっているのだから。

 

 

「今のところ死傷者の報告は出ていないが、だからと言ってこのまま放置する事は出来ない。今後その被害が出る可能性もある以上、現在S.O.N.G.の方でも事件の調査を進めてはいるのだが……」

 

 

「情報が少ないのもあって、今のところ調査の方もかなり難航しているみたいですね……何分頼りとなる手掛かりが被害者の証言とネットの情報だけなのもそうですが、証拠も殆どなく、今までの事件が信憑性の薄い都市伝説レベルの話で留まっていた辺り、もしかすると件の怪物側にも証拠を隠滅する工作員のような存在がいるのではないかと……」

 

 

「人を襲って、しかも証拠も消し回ってんのかよ……やってる事のタチの悪さは錬金術師の連中とどっこいどっこいだな……」

 

 

「でも、だったら余計にほっとけないです!理由もなしに人を襲ってるなら、尚更……!」

 

 

正体が不明でもあっても、事実人が襲われて被害も出ているのは確かだ。ならば何であれ捨て置くことなんて出来ないと、拳を握り締めて力強い眼差しを向ける響に対し、弦十郎も同意の意を込め頷き返す。

 

 

「現状、手掛かりが少ないのは事実だが、かと言って何も掴めていない訳でもない。昨夜の怪物の被害に遭った女性だが、一夜明け、事件当時の記憶を落ち着いて思い出せるようになった彼女の口から気になる証言を得られた」

 

 

「女性の話では、怪物に襲われ掛けた所を例の仮面ライダーに助けられ、彼が怪物を見てこう口にしたそうです……『ノイズを食べ過ぎて、狂ったか』、と」

 

 

「ノイズを……食べる……?」

 

 

耳を疑う内容に、装者四人は目を見開き困惑してしまう。

 

 

ノイズとはその特性として、触れたものを炭素や塵に分解する危険な能力を持ち、シンフォギアのような特殊な兵装を持たなければ触れる事すら出来ない存在。

 

 

なのにそのノイズを喰らえるとなれば、それはノイズと同等か……いや、仮にもし食らった分強くなるとすれば、それはノイズ以上の脅威となりうるかもしれない。

 

 

想像していたよりも遥かに危険な存在である可能性が仄めかされ、装者達の間に改めて緊張が走る中、それが伝わったのか弦十郎も真剣な口調で発令を掛ける。

 

 

「真偽の程は分からないが、この証言が事実であればこのまま放っておく事は出来ない。よってS.O.N.G.は今後の方針としてこの謎の怪事件の真相を追うと共に、件の怪物の捕縛、又は撃破を視野に調査する事とする。尚、件の怪物については被害者の証言を元に、仮称として『ノイズイーター』、仮面ライダーと噂される謎の存在を『マスクドライダー』と称する事となった」

 

 

「ノイズイーターと、マスクドライダー……」

 

 

「うーん……私としては仮面ライダーの方がしっくり来るんだけどなぁ……」

 

 

「あー、分かるデス。何故か分かりませんがそっちの方がなんと言うかこう……キュピーン!と身が引き締まる感じがするデスよ」

 

 

「お前ら、緊張感が長続きしなさ過ぎだろ……」

 

 

今さっきまでノイズ喰いという未知の能力の敵の存在を知って緊張の面持ちだった筈なのに、早くもいつもの調子に戻り仮面ライダーの呼称について盛り上がる響と切歌にクリスも呆れ、調も似たような反応で溜め息を吐いてしまっている。

 

 

そして弦十郎もそんな様子にやれやれと肩を竦めるも、すぐにまた表情を引き締め話を進めていく。

 

 

「一先ず今回は此処までだ。相手の正体が掴めていない以上後手に回ざるを得ないが、気を逸らせても仕方がない。今後情報が入り次第君達にも報せ、場合によっては緊急で出撃してもらう場合もある。その時は宜しく頼んだ」

 

 

「分かりましたッ!……あ、ところで師匠、今の話って翼さんとマリアさんには……」

 

 

「あ、お二人には先に僕の方から伝えてあります。ただ、お二人にもまだお仕事があるらしいので、急に帰国するのは中々難しいかと……」

 

 

「あー、そっか……二人とも今は海の向こうだしね……」

 

 

残念そうに呟く響の脳裏に浮かぶのは、装者達の中でも年長組の二人……聖遺物『天羽々斬』の装者であり、弦十郎の姪である"風鳴 翼"と、聖遺物『アガートラム』の装者である"マリア・カデンツァヴナ・イヴ"の顔。

 

 

どちらも世界に誇るトップアーティストとして活動しており、現在も海外での活動に勤しむ彼女達にこちらの都合に合わせて直ぐに帰ってきてもらうのは確かに難しいだろう。

 

 

しかし欲を言えば二人の顔を見たかったなぁと後ろ髪を引かれながらも、とりあえずその場を解散となった響は他の装者の三人と共に本部を後にするのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◆

 

 

 

 

 

──同時刻、とあるビルの屋上にて二人の青年の姿があった。

 

 

一人は赤いジャンパーを羽織り、屋上の手すりに寄りかかりながら目付きの悪い眼差しでビルの真下を行き交う人々を見下ろす金髪のツンツン頭の男。

 

 

もう一人は青い革ジャンを着込み、屋上の手すりに背中から持たれ掛かりながら気怠げに空を見上げる青髪の青年。

 

 

一見普通の大学生にしか見えない二人組だが、ビルの上から街を見下ろしていた金髪の男は突然「チッ」と舌打ちし、何やらイライラした様子で青髪の青年に目を向けた。

 

 

「おい、そっちは何か掴んだかよ?例の件の犯人をよ」

 

 

「……うん?いーや、こっちもぜーんぜんダメ。事後処理のついでで色々捜してみたけど、それらしいもんは特になーんもナシ」

 

 

「またかよ……クッソ、もう何週間もこの調子だぞ!一体何人目だよこれで!」

 

 

青髪の青年からの報告を聞いて余計に苛立ちが増したのか、金髪の男は思わず手すりを蹴り付けて毒づき、そんな男の姿を横目に青髪の青年は自身の爪を弄りながら飄々とした口調で宥める。

 

 

「ま、焦ったとこでどーにもなんないでしょ。僕達に今出来んのは、野放しにした連中が強くなって戻ってくんのを待つ事ぐらいなんだし」

 

 

「だからっ、その野放しにした連中がドンドンドンドンやられてってるから焦ってんだろうがよ!ここまで作るのにどんだけ時間が掛かったと思ってんだ!やっぱ俺が言った通り、地道に餌を食わせて力付けさせんのが一番だったんじゃねえのか?!」

 

 

何処か適当な調子の青髪の青年の口振りに思わず凄んで食って掛かる金髪の男。だが青髪の青年はそんな男のガン飛ばしも何処吹く風と無視し爪を弄り続け、そんな青年の調子に金髪の男も余計にストレスが増すばかりで「あーッ!!」と頭を掻きむしるが、其処へ……

 

 

「──それではただ肥えるだけで、駒は駒としての域から脱せられない。最初に言ったハズだろう?俺達が欲しいのは『同士』であり、駒の製造はその過程でしかないと」

 

 

──そんな二人の下に、屋上の入り口の方からもう一人の男が悠然とした足取りで姿を現した。

 

 

黒のスーツを着込み、黒い髪をオールバックにし、インテリ眼鏡を掛けた瞳からは人間らしい暖かみを一切感じられず、その男の全身からただならぬオーラが滲み出ている。

 

 

恐らく男二人のリーダー的な存在なのか、オールバックの男の姿を捉えた途端、金髪の男は「ゲッ……」とあからさまに嫌そうな顔をし、青髪の青年は一瞬意外そうに目を見開くもすぐに微笑を浮かべた。

 

 

「なーんだ、デュレンも来たんだ。てっきり今回も何もせずに後ろでふんぞり返ってるだけだと思ってたよ」

 

 

「お前たちだけで順調に事が運んでいればそうするつもりだったさ。だが、そんな悠長な事を言っていられる状況ではなさそうだからな……」

 

 

「……チッ、また十八番の小言かよ……」

 

 

二人の顔を冷たく一瞥するデュレンと呼ばれた男に対し金髪の男はめんどくさそうに舌を打ち、青髪の青年は相変わらずだなぁと脳天的に笑いつつも、手すりの上で頬杖を着きながら彼自身が気になっていた疑問をデュレンに投げ掛けた。

 

 

「けど、そっちから来てくれたなら話が早いよ。聞きたい事もあったし……今回の件、デュレンは何が起こってるのかある程度掴めてるのかな?」

 

 

「さあな。まだ全貌の全てを掴めてる訳じゃない。だが、我々を完全に滅ぼせる存在は決してそう多くはない……その力を持たない『この物語』の主要人物である装者やその敵対勢力を候補から外すとするなら、答えは自ずと一つしかないだろう」

 

 

「……まさか……」

 

 

「おい……それってまさか、『アイツ』が実はまだ生きてたって言うんじゃないだろうな?!」

 

 

デュレンが言わんとしてることを汲み取ったのか、青髪の青年は今まで浮かべていた微笑を消し、金髪の男もあからさまに動揺を浮かべてデュレンへと詰め寄っていくが、デュレンは落ち着き払った雰囲気のままそんな男の横を素通りし淡々と語り続ける。

 

 

「今回の計画を始動する前に、必ず障害となるであろう奴を我々の手で罠に嵌め、この目で事の成り行きを見届け、確実に息の根を止め始末した……そう思い込んでいたが、どうやら我々の予想以上に、奴自身もしぶとかったという事かもしれないな」

 

 

「悠長なこと言ってる場合かよ……!どうすんだ?!奴が生きてたんじゃ、せっかく作った今までの駒も結局奴に消され回って計画の進めようがねえだろ?!」

 

 

それなのに何故そんなにも落ち着いていられるのかと、金髪の男は予想外の事態に焦りを露わにデュレンに食って掛かるが、それに対し青髪の青年は微笑を浮かべたまま軽く手を振って男を宥めた。

 

 

「まあまあ、落ち着きなよ。まだ可能性の話ってだけで、本当にそうと決まった訳でもないんだし。……けど、デュレンの方はそう思ってるってことは、これから何か事を起こそうと考えてわざわざ此処へ来たんでしょ?」

 

 

「無論だ。集めた駒を無為に消されるなどこちらにとって何一つ得などないからな。このまま手を拱くつもりもない……正体がなんであれ我々の障害となるなら、これを排除する……その為にも先ず、奴を炙り出さねばならない」

 

 

「炙り出すって……どうやってだよ……?」

 

 

何か考えがあると言うのか、金髪の男がデュレンに怪訝な眼差しを向けそう問うと、デュレンは無言のまま人差し指で空を指した。

 

 

「奴の目的が我々なら、奴が必ず食い付くであろう餌となる捨て駒を用意する。その為にも先に、捨て駒を釣る為の餌を用意しなければならないが、ここには丁度先の物語で既に使い終えたモノが幾つも転がっているからな。それを再利用させてもらうのさ……先ずは、ノイズからだ」

 

 

「ノイズって……あぁ、バビロニアのなんとかって奴から出てくる有象無象の方か……」

 

 

「けどアレ、確かこの物語の装者達が前の戦いで宝物庫を閉じたせいで使い物にならないんじゃなかったっけ?」

 

 

バビロニアの宝物庫。それは異世界に存在し、 無限とも言える広さを備えた武器格納庫にしてノイズのプラントでもある。

 

 

嘗て『フロンティア事変』と呼ばれる事件の終盤にて装者達の活躍により次元の入り口が閉ざされ、以降は特異災害としてそれまで人々の脅威の対象であったノイズの出現自体はなくなったものの、錬金術師と呼ばれる者達が新たに使役するアルカ・ノイズの出現により、この世界では未だに装者達とノイズの戦いが続いているというのが大まかな流れだ。

 

 

そんな経緯から、宝物庫を開ける事はほぼ不可能に近く、其処からどうやってノイズを引っ張ってくるつもりなのかと首を傾げる二人に対し、デュレンは眼鏡を抑えて何でもないように告げる。

 

 

「この物語のルールに沿った正規の方法では、確かに無理だろうな……だが、俺達は既にあらゆる物語から追放された身だ。わざわざそんなものを守る義理はない」

 

 

「……ああ……つまり、お得意の『改竄』ってことね」

 

 

「ったく、いいよなぁコイツは?世界のルールにまで干渉し放題でさ……俺もとっととその領域にまで上りたいぜ……」

 

 

不貞腐れるようにそう言いながら金髪の男は手すりに頬杖を付いてそっぽを向き、青髪の青年もそんな男の様子を横目にニヤニヤと爪弄り再び始める中、デュレンは手首を摩り鋭く細めた目付きで街を睨み付けていく。

 

 

「この物語も所詮、俺達からすればただの通過点に過ぎん……我々の目的を成就させる為にも、この物語には踏み台になってもらうとしよう……」

 

 

パキィッ!と、冷淡な言葉と共に無骨な指の節を鳴らすデュレン。

 

 

次の瞬間、まるで心臓の鼓動のような振動が世界に轟き、街の空に火花が走り、巨大な異次元の穴が開かれた。

 

 

そして其処から溢れ出ようとする殺戮の化身達の姿を一瞥する事も無く、デュレンは踵を返し、他の二人をその場に残し何処かへと歩き去っていったのだった。

 

 

 

 

 



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第一章/戦姫達の物語×忘却の仮面ライダー②

 

 

 

──街の上空に次元の穴が開かれる、少し前……

 

 

 

―お好み焼き屋『ふらわー』―

 

 

「──それじゃ皆は、今度はその都市伝説と事件を追う事になったってこと?」

 

 

S.O.N.G.の本部を後にした響達は、それぞれの家への帰路に付く道中で空腹気味な腹に何か入れてから帰ろうという話になり、彼女達の学校からさほど離れていない商店街の一角に建つ馴染みのある店、お好み焼き屋『ふらわー』に訪れていた。

 

 

注文したお好み焼きの芳ばしい匂いが鉄板の上から店中に漂う中、響達にそう疑問を投げ掛けたのは、響から連絡を受けて彼女たち四人と同じ席に同伴する黒髪ショートに後頭部に大きな白いリボンを結んだ少女……響の小学校時代からの幼馴染でS.O.N.G.の民間協力者でもある"小日向 未来"であり、彼女からの質問に対しクリスはテーブルの上に頬杖を着いたまま、もう片方の手で割り箸を器用に回しつつ不満げに口を尖らせていた。

 

 

「正直、あたしとしてはただの悪戯程度であって欲しいって感じだけどな……。ただでさえノイズだの錬金術師だのでてんてこ舞いだってのに、これ以上厄介事に増えられてたまるかよっ」

 

 

「……私もそう思いたいけど、実際に被害が出てる以上、司令の言う通り放置は出来ないと思います……あとクリス先輩、食事してる最中のテーブルの上で頬杖付くのはお行儀悪いです」

 

 

「うっ……う、うるせーな……わーってるよっ……」

 

 

自分の意見にそうであって欲しいと調に同意されつつ、同時に行儀の悪さを注意されてバツが悪そうに顔を逸らしながらも言われた通り頬杖を止め、飲み物を口に含んでいくクリス。

 

 

そんな彼女の乱暴な口調とは裏腹に素直な所に思わず苦笑いしつつ、響は箸で自分の皿のお好み焼きを切り分けながら未来に質問を投げ掛けた。

 

 

「それで私達も、少しでもその都市伝説や事件の情報を集めようと思ってるところなんだけど、未来は何か聞いた事ない?弓美から他にも噂話を聞かされたりとか」

 

 

「うーん……私も響と同じ話を聞かされたぐらいで、そういうのはあまり聞いた事がないかなぁ……」

 

 

「……そっかぁ……やっぱりそう簡単には行かないよねぇ……」

 

 

何せS.O.N.G.の優秀な諜報員ですらその足取りを未だ一切掴めていないのだから、普段は普通の学生でしかない自分達の手で簡単に見つけられるならそもそもこんな苦労はしていないだろう。

 

 

ならば一体どうしたものかと、頭を悩ませる響が難しい表情のまま椅子に背もたれ店の天井を仰ぐ中、よほど空腹だったのか、お好み焼きを一心不乱に口に詰め込んでいた切歌が突然ハイテンションに口を開いた。

 

 

「だったら此処はやっぱり、さっきアタシが提案した作戦を実行するしか手はないデスよ!」

 

 

「って、まだ言ってんのかよっ。それはさっき却下だって言ったろっ!」

 

 

「?切歌ちゃんの作戦って……?」

 

 

割り箸を手に挙手する切歌と間髪入れずにそれを一蹴するクリスのやり取りを聞き、先程合流したばかりの未来は何の話?と頭上に疑問符を浮かべる中、お茶を啜って一息吐いていた調が少し困った顔で代わりに説明し始める。

 

 

「此処へ来る前の道すがらで、皆で例の事件の謎の怪物とその怪物を倒すヒーロー……マスクドライダーをどうやって探そうかって話し合ってた時に、切ちゃんが作戦を一つ思い付いたんです。その作戦と言うのが……」

 

 

「ズバリ!『怪物に襲われるフリをして、影のヒーローをおびき寄せる作戦』デス!」

 

 

「……そ、そのまんまだね」

 

 

「さっきあたしもそう言った……」

 

 

中身がそのまま名前に出てしまってる作戦を自信満々に口にする切歌に未来も苦笑いを返すしかなく、彼女の隣に座るクリスも疲れた溜め息と共にお茶を啜りまともに相手にしようとしないが、切歌の方も退こうとせず、眉を八の字にして食い下がる。

 

 

「で、でもでも、怪物も仮面ライダーも何処にいるのか分からないならそれぐらいしか向こうから来てもらう手はありませんし、直接会って話せるならわざわざ話が通じるか分からない怪物より、人助けをしてて話が通じやすそうな仮面ライダーの方に来てもらうのが一番だと思うデスよっ」

 

 

「それは……一理あるとは思うけど……」

 

 

実際の所、怪物を発見して仮に捕えられたとしても話が通じない獣だったなら、怪物の身体の構造が判明する以外にその目的や出自などの得られる情報は限られてくるやもしれない。

 

 

ならば比較的話が通じそうで、且つ怪物の正体を知っていそうな仮面ライダーにこちらから会うとすれば怪物騒ぎを意図的に起こし、向こうから来てもらうのが安全面も考えて角が立たない方法だろうかと調が少し納得し掛ける中、その反応から手応えを感じ取った切歌が更に畳み掛ける。

 

 

「だからアタシ達で怪物に襲われるフリをして、仮面ライダーがノコノコやってきた所を皆で一斉にふん捕まえてやるんデスよ! 獅子は兎を食べるにも全力投球デース!」

 

 

「切ちゃん、それを言うなら獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすだよ。兎は食べちゃダメ」

 

 

「だからそんな陳腐な作戦が上手くいく訳ないだろってっ。そこまでやって肝心のマスクドライダーが来なかったら、あたし等が馬鹿をみるだけじゃねぇか。大体、フリって事は偽物の怪物も用意する訳だろ?誰がやるんだよそんなの」

 

 

「勿論、其処はやっぱりリアリティーが大事デスからね。この役にはやはり普段からプリプリ怒りやすい、迫力ある演技が出来そうなクリス先輩にしか……」

 

 

「何で其処であたしなんだよッ?!ふざけんなぁッ!!」

 

 

誰がやるかそんなもんッ!!と偽物の怪物の配役についてテーブルから立ち上がったクリスと切歌が口論を始める中、そんな二人を宥めようと間に座る未来がオロオロしてしまうも、其処で響が先程から天井を仰いだまま何やら考え込んでいるのに気付き、首を傾げた。

 

 

「響?どうかした?」

 

 

「……へ?あ、ううん。別に大した事じゃないんだけど……仮面ライダーの正体って、どんな人なのかなぁって考えちゃって」

 

 

「……仮面ライダーの?」

 

 

「うん。だってほら、怪物を倒すだけなら襲われる人を助けたりする必要もないし、今までの事件で死傷者が誰一人出ていないって事は、それだけ仮面ライダーが一人で頑張ってたって事でしょ?ならきっと悪い人じゃなさそうだし、もし話し合えれば、怪物と戦う為に協力し合う事も出来るんじゃないかなって……」

 

 

もしもそうなれたならと、噂の仮面ライダーの姿を想像しそんな先の未来に思いを馳せる響。その横顔を見て相変わらずだなぁと微笑み、未来は瞼を伏せながら弾むような声音で応える。

 

 

「だったらそれを叶える為にも、先ずは仮面ライダーさんに会う所から始めないとね?」

 

 

「うーん……問題は其処なんだよねぇ……こうなったらいっそのこと、切歌ちゃんの作戦に本気で乗っかっちゃうっていう手も……」

 

 

「はああッ?!冗談じゃねえぞふざけんなッ!誰がなんて言おうとあたしはぜってぇーやらねぇからなッ?!そんな役も作戦もッ!」

 

 

「どうしてクリス先輩は其処まで嫌がるんデスかッ!ちょっと覆面被って、それっぽく振る舞ってアタシ達を襲ってくれればいいだけの簡単なお仕事デスよッ?!」

 

 

「その覆面を被るのが嫌だってさっきから何度も言ってんだろ馬鹿ッ!!」

 

 

「二人とも、そろそろその辺にしないと。お店にも迷惑が……」

 

 

未だに言い合いを続けようとする二人にいい加減調も店の迷惑を考えて止めに入ろうとし、それを見た響と未来も互いに顔を見合わせ苦笑いを浮かべながら調の加勢に加わり仲裁に入っていく。

 

 

これが彼女達の日常。数多くの過酷な戦いを乗り越える為の支えとなる守りたいモノ。

 

 

そんな何時もの風景が此処にある事、束の間の幸せに喜びを噛み締め、こうして今日も一日が終わるのだろうと漠然と誰もが信じて疑わずにいた中、

 

 

 

 

──その平穏を打ち壊すかのように、ノイズの出現を報せる避難警報のサイレンが前触れもなく街中に鳴り響いた。

 

 

「……ッ!コイツは……!」

 

 

「避難警報……!」

 

 

突然のサイレンに響達の間に緊張が走る中、彼女達が携帯する通信機にも緊急通信が入った。すぐさま通信をONにし応答すると、先程本部で別れたばかりの弦十郎の張り詰めた声が通話口から響く。

 

 

『緊急事態だッ!皆、すぐに本部に戻ってくれッ!』

 

 

「師匠!一体何が……!」

 

 

「アルカ・ノイズか?!それともまさか、例の怪物が……!」

 

 

『いや、そのどちらでもない。しかしまさか……いや、そんな事が……』

 

 

「「「「……?」」」」

 

 

何やら弦十郎の様子が可笑しい。その声には何処か動揺が滲み出ており、響達も怪訝な表情で首を傾げる中、直後に弦十郎の口から信じ難い一言が飛び出た。

 

 

『ノイズだ……アルカ・ノイズではない、ノイズが再び街に現れたッ!』

 

 

「「「「……なっ……」」」」

 

 

……それは本来、この世界で起こり得ない筈の事象の一つ。

 

 

そして同時に、それはこの世界の本来の流れが崩壊するカウントダウンの始まりを意味していた───。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「ひっ、ひ……うわぁああああああああッ?!!」

 

 

「た、助けっ……ぎゃあァああああああああああッ?!!」

 

 

──大勢の人々が行き交っていた繁華街の中心区。其処は今、阿鼻叫喚の地獄と化して絶え間ない悲鳴が響き渡っていた。

 

 

逃げ惑う人々を執拗に追い、僅かでも触れた人間を自ら諸共炭素の塊と化し消滅する殺戮だけが目的の傀儡達。

 

 

──それがノイズ。この物語の中で永久に閉ざされていたハズの宝物庫の奥から再び姿を現した、人間を殺す為だけに存在する災厄そのものだった。

 

 

「──あーらら、惨いことしちゃって。相変わらず目的の為なら容赦しないよねー、デュレンはさ」

 

 

無抵抗の人々が何も出来ずに一方的に殺戮されていく。そんな無慈悲な光景をとあるビルの螺旋階段から静観しながら他人事のように呟くのは、ノイズを呼び出した張本人であるデュレンの仲間である青髪の青年だが、その表情には先程同様飄々とした笑みが張り付いている。

 

 

そんな彼の後ろで階段に腰を下ろす金髪の男も目の前の惨状に特に興味を移そうとはせず、膝の上に頬杖を立てて青年の口ぶりに鼻を鳴らして笑った。

 

 

「心にもない事を良く言うぜ。お前にとっちゃこれもどうでもいい細事、だろうよ?」

 

 

「まーねー。人が死ぬとこなんて飽きるほど見てきたし、今更心を揺らすほどの特別な何かなんて感じないさ。君だってそうだろ?」

 

 

「そりゃな。けど、俺としてはもうちょい控え目な作戦にしてもらいたかったぜ……こんな派手めに動いて、本当に大丈夫なんだろうな……?」

 

 

「ハッハハッ、君ってば本当に慎重派だよねぇー。見た目はそんなヤンキーっぽい外見なのにさぁ?」

 

 

「うるせぇなぁッ!俺はただ失敗すんのが嫌いってだけ──あ?」

 

 

ケラケラと笑う青髪の青年にムッとして怒鳴る金髪の男だが、その時、何処からともなくヘリのローター音が聞こえてきた。

 

 

その音に釣られ二人が空に目を向けると、其処にはS.O.N.G.の潜水艦がある方角から飛来して現場上空に浮遊する機体……S.O.N.G.のヘリの姿があり、開かれたヘリのドアからS.O.N.G.の制服を身に付けた四人の少女達……S.O.N.G.と合流した響達が顔を覗かせ、ヘリの真下で人々を襲うノイズの姿を捉え目を見開いていた。

 

 

「ノイズ……!」

 

 

「マジかよ……何でアイツ等がまた湧いて出て来てんだっ?!」

 

 

先の通信で弦十郎からある程度の状況を聞かされたとは言え、やはり実際に自分の目で直接見るのとでは衝撃の度合いが違うのか、四人は二度と現れる筈のないノイズの出現を前に明らかな動揺を露わにしてしまう。

 

 

「い、一体どうなってるデスか……!もしかして、バビロニアの宝物庫がまた開いたって事デスかッ?!」

 

 

「でも、宝物庫を開くのに必要なソロモンの杖は、確かに宝物庫の中へ消えたハズ……」

 

 

『ソロモンの杖』、それはバビロニアの宝物庫を開く鍵であり、ノイズを任意に発生させる事が出来る能力を持つ聖遺物でもあった。

 

 

しかしその鍵も嘗てのフロンティア事変で消滅した筈であり、それは同時にバビロニアの宝物庫から生まれるノイズの発生も二度と起きない事を意味していた筈だった。

 

 

だが、ならばこのノイズ達は何処から現れたのか?

 

 

考えても分からない疑問が装者達の胸の内を占めて沈黙が広まる中、それを最初に破ったのは、片手にまるで宝石のように輝く赤いペンダントを手にした響だった。

 

 

「何が起きてるのか分からなくても、今私達がやるべき事は変わらないよ……!行こう!みんなを助けないと!」

 

 

「……だな。考えたって分からないなら今は後回しだ。先ずは奴らを残らずぶっ潰す……!原因を探るのはその後だ!」

 

 

何処までもまっすぐな響の力強い言葉に触発され、幾許かの落ち着きを取り戻したクリスも彼女と同様の赤いペンダントを首元から外して握り締めると、同じく冷静さを取り戻した切歌と調もそれぞれペンダントを手に力強い眼差しで頷き返し、四人は一斉にヘリのドアから飛び降りた。そして……

 

 

 

 

 

「──Balwisyall Nescell gungnir tron……」

 

 

「Killiter Ichaival tron……」

 

 

「Zeios igalima raizen tron……」

 

 

「Various shul shagana tron……」

 

 

 

 

 

空を舞う少女達の口から、それぞれ異なる詠と詞が美しい声音で紡がれる。

 

 

次の瞬間、彼女達の身体が橙色、赤色、緑色、桃色の眩い光に包まれ、まるで流星のように凄まじいスピードでノイズ達が入り乱れる地上へ急降下し、爆発じみた衝撃波で粉塵が舞い上がる程の地響きを轟かせながら戦場へと降り立った。

 

 

そして、突如空から落ちてきた星々を見て人々を襲っていたノイズ達も一斉に足を止めて振り返ると、視界を阻む粉塵がヘリの突風に煽られて掻き消され、まるでベールを剥がされるように少女達の姿が露わになっていく。

 

 

風に揺れる白いマフラーを靡かせ、白と橙色のナックルを両腕に纏い力強く拳を握る響。

 

 

赤いヘッドギアに覆われた銀色に煌めく髪を揺らし、無言のまま両手に握るマシンピストルの照準をノイズ達に狙い定めるクリス。

 

 

互いに肩を並べ、身の丈を軽く越える黒と緑の大鎌を手にする切歌と、ツインテールの部分に纏われる白とピンクの装甲の基部から分離したヨーヨー型の鋸を構える調。

 

 

それぞれがそれぞれの色を現すアンダースーツと装甲を纏い、文字通り『戦姫』へとその身を変えた四人のヘッドギアに、本部からの通信が届く。

 

 

『装者達の到着を確認!しかし、周辺にはまだ民間人の多くが取り残されています!』

 

 

『逃げ遅れた人々の避難誘導はこちらで行う!お前達は出来るだけ其処からノイズ達を遠ざけてくれ!頼んだぞ!』

 

 

「「「「了解ッ!」」」」

 

 

最優先事項は民間人の避難完了までノイズを一匹たりとも此処より先へ通さないこと。

 

 

弦十郎からの指示に力強く応えると共に、一歩前へ踏み出した勢いから地を蹴り上げて飛び出し、右拳を振りかざして先陣を切る響を筆頭に他の三人も後に続いていき、シンフォギアを身に纏った装者達とノイズ達の戦いが再び火蓋を切って落とされたのであった。

 

 

「あらら、先に装者達の方が釣れちゃったみたいだねー。どうしよっか?」

 

 

「どうもしねぇよ……どーせどっちかが釣れるまでの無限湧きだろうし、わざわざ俺らが手を貸すまでもねぇさね」

 

 

ほっとけほっとけと、金髪の男はそう言って駆け付けた装者達とノイズの戦いに目もくれず、後頭部に両手を回し階段の上に寝っ転がる。

 

 

そんな男の姿を見て青髪の青年も先程と変わらない微笑を浮かべると、けたたましい戦闘音が響き渡る戦場の方に目を向けていく。

 

 

「まあ確かに、こんだけ大騒ぎしてくれれば向こうから来てくれるのは間違いないだろうしねぇ……餌が欲しい駒はともかく、果たして『彼』は来てくれるのかなぁ?」

 

 

笑いながら装者達とノイズの戦いを見守りつつも、青髪の青年は着実にこの場所へと近づいてくる"禍々しい気配"を感じ取って更に口元の笑みを深めていき、これから起こるかもしれない『未知』に対して密かに胸を踊らせていくのであった。

 

 

 

 

 



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第一章/戦姫達の物語×忘却の仮面ライダー③

 

 

「はァああああああああァァッッ!!!!」

 

 

そして場所は戻り、ノイズ達が蔓延る戦場ではギアを身に纏った装者達が紡ぐ『歌』が鳴り渡り、徐々に戦闘力を上げてその勢いを増しながらノイズ達を蹴散らしていく姿があった。

 

 

本来なら欠片程度の力しか持たない聖遺物の力が戦姫達の歌で高まると共にその威力も増していき、ノイズが密集する地点に空から降下した響が地面に勢いよく拳を叩き付けた瞬間、拳の衝撃が橙色の凄まじいエネルギーの波動と化して拡散し、ノイズ達を飲み込んで木っ端微塵に消し飛ばしていく。

 

 

それに続くように、両手のマシンピストルの銃弾を周囲にばら撒くように五月雨撃つクリスの乱射、大鎌を大きく振るい、まるで芝を狩るかのような勢いで広範囲のノイズを纏めて斬り裂く切歌の斬撃、両足のブーツに内蔵された小型の車輪で滑走し、すれ違い様にツインテール部分の装甲に装着された円形の鋸で引き裂く調のヒット&アウェイの戦法が確実にノイズ達の数を減らしつつあった。

 

 

……が、直後に減らされた数を補填するかのように何処からともなく新たなノイズ達が出現していき、あっという間に装者達に撃破された数を上回り四人に再度襲い掛かっていく。

 

 

「ッ!倒しても倒しても、また次が現れるっ……!」

 

 

「ああもうっ、これじゃキリがないデスよッ!」

 

 

「いいから、口を動かすより手ぇ動かせ!まだまだ増えてきてんぞッ!」

 

 

自分達が倒すスピードよりも速くその数を増やし続けるノイズ達に対して思わず音を上げてしまう調と切歌に喝を入れつつ、クリスは両手の銃をマシンピストルから大型のガトリングガンに切り替えて周囲のノイズ達を薙ぎ払っていく。

 

 

「ハッ!たァああッ!やぁッ!」

 

 

一方で、先陣を切る響も軽快な立ち回りで首元のマフラーを靡かせながら次々とノイズ達に拳を叩き込んで撃破していき、霧散するノイズに目もくれず次へ次へと前に突き進んでいく。

 

 

が、不意に頭上から巨大な影が現れて辺りを覆い尽くし、空を見上げれば、其処にはビル一つ分程のサイズがあるであろう巨大なノイズが腕を振りかざす姿があり、そのまま周りのノイズ達ごと巻き込むように巨腕が振り下ろされ、凄まじい震動を起こしながら他のノイズ達もろとも押し潰されてしまったかに思われたが……

 

 

「──うおォおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

 

……ノイズの巨腕に風穴が開かれ、其処から右腕のギアの形状をドリルのように変化させた響が腰部ユニットに装備するバーニアで加速して猛スピードで飛び出し、そのまま巨大なノイズの頭を回転するドリルで貫き撃破していったのだった。

 

 

そして、ガトリングガンを乱射させながらノイズの群れからある程度の距離を取ったクリスは背部のギアを徐々に変形させながら大型化させていき、背部に形成した固定式射出器に左右それぞれ3基、計6基の固有の形状の大型ミサイルを連装して生成させてゆく。

 

 

「いい加減ちょせえっ……!纏めて吹っ飛べェええええええッッ!!」

 

 

―MEGA DETH SYMPHONY―

 

 

数の減らないノイズ達に痺れを切らしたクリスの雄叫びと共に、6基の大型ミサイルが一斉に発射され空を翔ける。

 

 

そして飛翔中に大型ミサイルが分裂し、無数の散弾と化して地上を埋め尽くすノイズ達の頭上へとまるで雨のように広範囲に降り注ぎ、纏めてノイズ達を消滅させていったのだった。しかし……

 

 

「ううっ、また出てきたデスよっ……!」

 

 

「流石に、数が多過ぎる……」

 

 

クリスの広範囲攻撃のおかげで大部分を削り切ったかと思いきや、更に何処からともなく新たなノイズ達が現れて周囲を埋め尽くしていく。

 

 

その光景を前に調や切歌、一度下がった響の表情も苦いものに変わっていき、クリスも舌を打つと共にヘッドギアに内蔵された無線から本部へと呼び掛けた。

 

 

「オイ、どうなってんだよッ!たださえノイズが出たってだけでも異常なのに、この数は普通じゃねえだろッ!」

 

 

『原因はこちらでも現在解析中です……!しかしノイズの出現地点の反応は検知出来ていますが、何故かそれらしき発生源が何も……一体どうして……?』

 

 

本部の方でもノイズの異常発生の出処を掴めていないのか、オペレーターのあおいの声には戸惑いの色が滲み出ており、装者達の間でも困惑の感情が更に募る中、そんな四人の耳に司令官である弦十郎の声が届く。

 

 

『原因の詮索は今は後回しだ!現在民間人の避難誘導と負傷者の救助活動を同時に行っているが、崩落や炎上で建物内に取り残された人々や負傷者の数が想像以上に多い……!苦しい状況だとは思うが、避難救助が完了するまでどうにか持ち堪えてくれ!』

 

 

「っ、つってもなぁ……流石にこのままじゃジリ貧だぞっ……」

 

 

「せめて、イグナイトが使えていたら……」

 

 

自身の掌を見下ろし、調の脳裏を過ぎるのは先のパヴァリア光明結社との戦いの中で失われてしまったシンフォギアの決戦機能の一つ、『イグナイトモジュール』の力。

 

 

嘗てエルフナインの手により齎された聖遺物『魔剣ダイスレイフ』の欠片から作られ、今までの激戦の中で幾度となく自分達の助けとなってくれたその力も、先の事件での最終決戦の折に自分達のギアを強化させる為に燃え尽きて消滅してしまった。

 

 

あの力が残ってさえいればこのノイズの大群を相手でも……と、改めてイグナイトを失ってしまった痛手を此処にきて痛感する一同に対し、響は未だ闘志の衰えぬ眼差しでノイズ達を見据えて告げる。

 

 

「イグナイトがなくなっても、戦い様はまだある……!皆、S2CAでいこう!」

 

 

「え、S2CAデスか……!」

 

 

「バカ!奴らの発生原因も分かってない内から、そんな大技ここで使える訳ねぇだろッ!」

 

 

『S2CA』──正式名称は「Superb Song Combination Arts」

 

 

それは『絶唱』と呼ばれるシンフォギア装者の最強最大の攻撃であると同時に、使用した人間の肉体にとてつもない負荷を与え、下手をすれば命を落とす事も有り得る諸刃の剣の力を「他者と手を繋ぎ合う」特性を持つ響を中心に据える事によって威力を増幅させるばかりか、 パートナーの身体を蝕むバックファイアを抑制する効果も併せ持つ事が出来る連携攻撃。

 

 

その一撃必殺の威力はイグナイトに勝るとも劣らないが、欠点として詠唱によるチャージに時間が必要なこと、何より連携の中心に立たされる響の身への負担が大きい事であり、それを考えてまだこの局面で切るのは早いとクリスが一蹴しようとするも、響は彼女の心配を払うように明るげな笑顔を向ける。

 

 

「大丈夫。私だって此処まで訓練を重ねてきてるし、一度くらいなら平気だから。それより今はこの勢いを止めないと、このままだと後ろにいる人達が危ないよ……!」

 

 

事実、ノイズ達はその進行の勢いを緩めずに未だ多くの人々が取り残されている被災区域に向かおうとしている。

 

 

ここでS2CAを使っても確かに一時凌ぎにしかならないだろうが、その一時で一人でも多くの人が助かるかもしれない。

 

 

その為なら自分は大丈夫だと言い切る響の目を見て言葉に詰まり、僅かに逡巡する素振りを見せた後、「あーっ、ったくコイツはっ!」と頭を振ったクリスがガトリングガンを両手に響達の前に踏み出していく。

 

 

「だったら速く準備しろ……!それまでの時間があたしが稼いでやる!」

 

 

「クリスちゃん……!」

 

 

「感動してんなっ!いいからとっととしろっ!後輩共も、そのバカちゃんと見張っとけよっ!無茶をし出したら後ろから頭ぶん殴ってでも止めに入れっ!」

 

 

「了解……!」

 

 

「響さんのお世話ならお任せデース!」

 

 

S2CAを使うには最低でも二人以上の装者が必要となるが、この数を一気に削り切るとなれば三人分の装者でなければその威力を発揮出来ない。

 

 

ならば此処は範囲攻撃に長けた自分がそれまでの時間を稼ぐしかないと率先して前に出たクリスがノイズ達の目を引きつける中、響は自身の背後に回って準備に入る調と切歌に目を向けていく。

 

 

「S2CA・トライバースト……!切歌ちゃん、調ちゃん、いくよ!」

 

 

「任せるデス!」

 

 

「私達の絶唱を、響さんに束ねる……!」

 

 

力強い響の呼び掛けに頷き、二人が瞳を伏せて響の肩にそれぞれ片手を乗せていくと、響も二人の手の感覚が伝わると共に瞼を閉じ意識を集中させていく。そして……

 

 

 

 

「「「Gatrandis babel ziggurat edenal……Emustolronzen fine el baral zizzl……」」」

 

 

 

 

三人の口から、寸分違わぬメロディーで紡がれる詠唱。

 

 

何も知らない者が一度耳にすれば誰もが聴き惚れるであろうその美しい旋律とは裏腹に、切歌と調から流れる暴力的なエネルギーの波が響の中へと流れ込んでいく。

 

 

響の中でまるで濁流のように行き場のない力が外へ溢れ出ようと暴れ回るのを抑え、バラバラに違う方向へ向かおうとする不協和音の力を一つに繋ぎ、束ね合わせ、嵐が過ぎ去った後の川の流れのように美しい調律へと変えていくと、それは三人の身体から放出される虹色の柱という形となって現出され始めていた。

 

 

「「「Gatrandis babel ziggurat edenal……Emustolronzen fine el zizzl……」」」

 

 

「クッ……あと、少しッ……!」

 

 

S2CA発動までの準備が完了するまで、両手のガトリングガン、腰部からのミサイルを乱射しとにかくノイズ達の目を引きつけていくクリス。

 

 

そして、三つの絶唱の力を束ね合わせた響は右腕に力を収束させていき、脚幅を広げて構えを取ると共にクリスに呼び掛けた。

 

 

「クリスちゃんッ!」

 

 

「ッ!出来たかッ!」

 

 

乱射を続けたまま肩越しに聞こえた響の声を耳に、すぐさまその場から下がるクリス。そしてそれと同時に、響は右腕に束ねた虹色の光を渦のように回転させながら右拳を引いていく。

 

 

「セット!ハーモニクス──!!」

 

 

頭の中で想像するのは虹色の奔流を正面に放ってノイズ達を飲み込み、そのまま空へと打ち上げるイメージ。

 

 

S2CAはその強力な一撃から本来市街地向きの技ではないが、意図的に狙いを逸らせれば街への被害を回避する事が出来るハズ。

 

 

そのイメージを元に、雄々しい雄叫びと共に右腕を一気に振り抜き、そして……

 

 

 

 

 

 

──装者達とノイズ達の間で突如地面からドーム状の巨大な爆発が巻き起こり、ノイズ達だけでなく、装者達をも飲み込んでしまったのであった。

 

 

「なっ──グッ、うわァああああああああああああああああああッッ!!!?」

 

 

「「キャアァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」」

 

 

「な、何だっ……?!ぐぁああああああああああああッッ!!!!」

 

 

何の前触れもなく巻き起こった爆発を前に、力を放出する寸前だった響達もクリスも咄嗟に反応が出来ず爆発の中に呑まれてしまう。そして身を焼くような激痛と共に受け身も取れず、三人は爆発の中から飛び出し地面に叩き付けられてしまった。

 

 

「ぐうっ!……うぅっ……」

 

 

「ぁっ、ぐっ……お、お前らっ……無事かっ……?」

 

 

「ッ……な、何とか……」

 

 

「な……何だったんデスか、今のはっ……?」

 

 

突如発生した謎の爆発に困惑を隠せず、爆炎に焼かれたダメージが残る身体を引きずりながらも何とか身を起こし、四人は顔を上げて辺りを見渡していく。

 

 

其処には、今の爆発により発生した炎が街のあちこちで燃え盛り、先程まで周囲を埋め尽く程の数が跋扈していたノイズ達の死骸と思われる炭素の塊が辺り一面に転がっており、そして……

 

 

 

 

 

『──ァああああ……ハハッ、ハハハハッ!コイツァいい!まさかこんだけの餌が一気に喰らえるだなんて!ツキは俺に回ってきてるようだなぁああッ!』

 

 

 

 

 

──炎の向こうで、生き残りのノイズ達を片腕を振るっただけで次々と屠り、霧散するノイズの残滓を口から吸って吸収していく謎の異形の姿があったのだった。

 

 

「な……何だ、アイツ……?!」

 

 

「ノイズを……食べてる……?」

 

 

『……ああ……?』

 

 

突如現れた異形の姿を目にし、装者達も目を見開き驚愕する中、四人の視線に気付いた異形がゆっくりと装者達の方へと振り返り、背中しか見えなかったその姿を露わにしていく。

 

 

白く濁った体色に、何処か蜘蛛を連想させる外見をした禍々しい姿。

 

 

そして何より装者達の目を引いたのは、ノイズ達を吸収し終えたと共に不気味な輝きを放つ、その血のように赤い眼だった。

 

 

「赤い眼……も、もしかして、アレが例の怪事件の……?!」

 

 

「……ノイズ、イーター……!?」

 

 

ノイズを喰らう能力、血のように赤い眼と、事件の被害者から聴取した証言と合致するその特徴からあの異形が例の怪事件に出てくる正体不明の怪物……ノイズイーターである事を瞬時に理解する四人だが、一方のノイズイーターはまるで品定めするかのよう響達の顔を順に見回し、軽く鼻を鳴らした。

 

 

『なぁんだ、誰かと思えばシンフォギアの連中かぁ……性懲りも無く、また人の餌を横取りしようとしたのかよ』

 

 

「……?餌……横取りって……?」

 

 

「と、というかアイツ、普通に喋れるデスか?!」

 

 

妙な言い回しをするノイズイーターの言葉に調が小首を傾げる隣で、流暢に言葉を発するノイズイーターに驚きを浮かべる切歌だが、そんな反応を他所にノイズ達を一通り喰い終えたノイズイーターは首の骨を鳴らしながら装者達の方へと向き直っていく。

 

 

『けど、これはこれでちょうどいいか……?どれだけ喰って力が増しても、ノイズ相手ばかりじゃそれもどの程度のものか測り切れないしなぁ……』

 

 

何処か気だるげにそう呟き、ノイズイーターが一歩前へ踏み出した瞬間、

 

 

『──せっかくだ……練習台に使わせろよ、お前ら……』

 

 

──音もなく一瞬で装者達の間に現れると共に、そのまま目の前にいた切歌に強烈な前蹴りを叩き込み、彼女の身体を弾丸の如く勢いで蹴り飛ばしてしまったのだった。

 

 

「うぁあああああああッ?!」

 

 

「ッ?!き、切ちゃんッ!!」

 

 

「コイツっ、いつの間にっ……?!」

 

 

まるで瞬間移動でも使ったかのように、予備動作もなく装者達の懐に潜り込んだノイズイーターを見て動揺するも、反射的に両手のマシンピストルで狙いを定めたクリスがノイズイーターに発砲していく。

 

 

だが、ノイズイーターはその場に佇んだまま全身に銃弾を浴びせられてもビクともせず、グルリッと不気味に首を捻らせクリスに目を向けた。

 

 

『なんだァ……?次はお前が相手してくれるのかァ?』

 

 

「ッ!このっ……!!」

 

 

「うォおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

不気味な笑みと共に挑発するノイズイーターの背後から、バーニアで加速した響が拳を振りかざして殴り掛かる。

 

 

しかし、ノイズイーターは振り向きもせず僅かに上体を逸らして響の拳を避けながら素早い裏拳を響の顔面に打ち込み、更に顔を抑えて怯む響にラリアットを叩き込んで勢いよく振り回すと、そのまま攻勢に出ようとしていた調に目掛けて投げ飛ばし、二人を激突させてしまう。

 

 

「ぐぁあうぅっ!!」

 

 

「うぁああっ?!」

 

 

『ハハハッ!ハハハハァッ!読める、読める!読めるぞォ!お前達の動きが手に取る様に解るッ!これがそうか……!『物語』を超越した力ッ!俺は今、神すらも超える力を手に入れたんだァああああッ!!』

 

 

「くっ……!ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇええッ!!」

 

 

―MEGA DETH PARTY―

 

 

両腕を広げ、まるで歌うように狂った叫び声を高らかに上げるノイズイーターの背中に目掛けて左右の腰部アーマーを展開し、内蔵の多連装射出器から追尾式小型ミサイルを一斉に発射するクリス。

 

 

そして小型ミサイルはそのままノイズイーターに次々と直撃して爆発を起こしていき、その姿を視認出来なくなる程の黒煙に覆われていくが、直後に黒煙の向こうから腕を伸ばした無傷のノイズイーターが勢いよく飛び出し、そのままクリスの首を掴んで彼女の身体を持ち上げていってしまう。

 

 

「ガッ……?!ァッ、ウッ……オ、マエッ……何なんだっ、一体ッ……?!」

 

 

『ヒヒヒッ……俺?俺が何かってぇ……?そうだよなぁ、分かるワケがないよなぁッ!お利口さんに物語のルールに沿って生きてるだけのお前らにはさァああッ?!』

 

 

「ぅ、くっ……クリス先輩ッ!」

 

 

―α式 百輪廻―

 

 

「こんのォおおおおッ!!」

 

 

―切・呪リeッTぉ―

 

 

ギリギリッ、と首を絞める力が徐々に増していくにつれて呼吸もままならなくなり、顔が青白くなっていくクリスを助け出そうと態勢を立て直した調と切歌の投擲攻撃が同時にノイズイーターに炸裂する。

 

 

だがやはり、ノイズイーターは身構える事もせずその身一つで無数の小型の鋸、三枚に分離してブーメランのように飛ばされた大鎌の刃も全て弾き返してしまい、クリスを乱雑に投げ捨てながら何かを掬い上げるように指を動かした瞬間、二人の足元から爆発が発生して調と切歌を纏めて吹っ飛ばしてしまった。

 

 

「「キャアァアアアアアアアアアアアッ!!!」」

 

 

「っ……し、調ちゃんっ……!切歌ちゃんっ!」

 

 

『オイオイ、オイオイどうしたんだよぉ?もっと抗ってみせろやァッ!ただのサンドバッグじゃつまんねえだろォォおおおおおおッ!!』

 

 

爆風と共に吹き飛ばされる調と切歌を見て身を起こそうとする響の声を掻き消すように、ノイズイーターが狂気に満ちた雄叫びを上げながら力を溜めた右腕を荒々しく振るった瞬間、雷状のエネルギー波が四人を襲い、立て続けに発生した爆発が装者達を飲み込んでしまったのだった。

 

 

「「「「ウァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」」」」

 

 

「……へぇ。思ってたより力を付けてるみたいだねぇ」

 

 

「みてぇだなぁ……けど、ありゃダメだ。馬鹿みてぇーに喰い過ぎたのか、狂い出す一歩手間じゃねえか。あれじゃマジで捨て駒ぐらいしか使い道がねーよ」

 

 

装者達を一切寄せ付けない戦闘力を見せ付けるノイズイーターに、付近の建物の螺旋階段から静観する青髪の青年が関心を示すも、金髪の男の方はあのノイズイーターを『失敗』と見切りを付けて完全に興味が失せたように再び寝転がってしまう。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

―S.O.N.G.本部―

 

 

「──クソッ……!何なんだあの化け物はッ?!」

 

 

一方その頃、S.O.N.G.の本部では突如現れたノイズイーターと装者達の戦いをモニターから見守っていたが、とてつもない猛威を振るうノイズイーターの力の前に為す術がない装者達の姿を見て弦十郎も思わずデスクに拳を叩き付けてしまう中、装者達の状態を測るオペレーター組から切羽詰まった声が上がる。

 

 

「装者達のバイタル、危険域に突入……!」

 

 

「このままでは危険です……!司令ッ!」

 

 

「ッ……やむを得ん……!装者達の回収を急がせろッ!救助部隊の突入を──!」

 

 

『……ま、待って下さいっ……!』

 

 

「?!」

 

 

手遅れになってしまう前に装者達を急ぎ回収すべく指示を出そうとした弦十郎だが、それを遮るように止めに入った静止の声に本部の職員達の目がモニターに向けられていく。其処には……

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「──まだ……まだやれます……!此処で、引く訳には行かないっ……!」

 

 

全身傷と泥だらけになり、ボロボロになった身体をそれでもふらつきながら起こして立ち上がる響と、そんな彼女の姿に続くようにクリス、調、切歌も力が入らない身体を強引に起こしていく姿があった。

 

 

『……へぇえ……?あんだけやられて、まだ立てるだけの力が残ってたかよ?』

 

 

『待てお前達っ……!無茶は止すんだッ!その相手は危険過ぎるッ!一度撤退して態勢を立て直すんだッ!』

 

 

「っ、聞けません……!私達の後ろには、まだ大勢の人達が残ってるんですっ!此処で私達が退いたら……!」

 

 

そうだ。此処で自分達が退けば、今も逃げ遅れた人達や救助を待つ負傷者達にまで危害が及ぶかもしれない。その危険性がある以上、こんな所で身を引く訳にはいかないと再起する装者達の姿を目にし、ノイズイーターは肩を揺らして不気味に笑い、

 

 

『そうだ、そうだよ!そうでなくっちゃ面白味がないッ!ほぉらァっ……皆を守る為に気張ってみせろやァああああああッ!!』

 

 

人々を守る為に立ち上がるその姿を嘲笑い、地面を踏み付けた衝撃で装者達の周りに爆発が巻き起こる。それに対して響達も一度目の爆発から反応して咄嗟に散開しノイズイーターへの接近を試みようとするが、それも無駄だと言わんばかりに再び腕を振るい放たれた雷状のエネルギー波がクリス、調、切歌を纏めて飲み込み、爆発を発生させて地面に叩き付けてしまう。

 

 

「ぐぁあぁぁっ!!」

 

 

「うぅっ……!!」

 

 

「あうぅっ!!」

 

 

『ハッハハハハッ!馬鹿が!考えも無しに突っ込んで俺に勝てるとでも……うん?あと一人は……?』

 

 

倒れ込む三人の姿を見回し愉快げに笑うノイズイーターだが、其処にあと一人、響の姿だけがない事に気付いて首を傾げた、その時……

 

 

「──どォおおりゃあァァああああああああああああッッ!!!」

 

 

『!』

 

 

爆発により発生した黒煙に覆われる空の向こうから、煙を切り裂いた響が猛スピードでノイズイーターに目掛けて急降下で迫る。

 

 

振りかざすその右腕はギアをドリル状に変形させ、バーニアで最大まで加速した一撃はノイズイーターの反応速度を超え、その胸に強烈な刃を叩き込んだ。が……

 

 

『……なんだァ、それは?』

 

 

「ッ?!なっ──うぁぐううっ?!」

 

 

完全に不意を突き、全力を乗せた確かな一撃。しかし、その胸に打ち込まれたドリルはまるで厚い岩盤に阻まれたように手応えがなく、何事も無かったかのように自分を見下ろすノイズイーターを見て驚愕のあまり声も上げられない響の顔に、ノイズイーターの裏拳が直撃して他の三人の下へと殴り飛ばされてしまった。

 

 

「ひ、響さんっ……!」

 

 

「うぁ……ぐっ……ぅっ……!」

 

 

『ハァアア……つまらねぇ、つまらねぇなぁ……此処まで人を期待させといて、その結果がこれかァ?あぁ?』

 

 

心底ガッカリだと、肩を落として首を振るノイズイーターが煽るようにそう告げるも、響達は悔しげに唇を噛み締めて立ち上がろうとしても力が入らないのかその場に再び倒れ込んでしまい、その姿を見て、ノイズイーターも今度こそ興味を失せたように右手を掲げていく。

 

 

『だったら此処までだ……。練習台にもならねぇサンドバッグなんざ、ノイズだけで事足りるからなァ……餌を刈り取るだけのお前らの存在なんて、必要ねぇ……!』

 

 

「クッソッ……ぐぅっ……!」

 

 

「うぅっ……!」

 

 

ノイズイーターが掲げる右手に膨大なエネルギーが蓄積されていき、発光していく。

 

 

その様子を目にし響達もどうにか再起を試みようとしてもやはりその場から動く事が叶わず、そして、

 

 

『じゃあなァ、シンフォギア……お前達の『物語』も、これで終わりだァッ!!』

 

 

「「「「……ッ!!」」」」

 

 

凄まじいエネルギーが蓄積され、禍々しい光を身に纏うノイズイーターの右手が響達に向けて振り下ろされる。

 

 

最早その一撃を避ける事も、防ぐ余力も残されていない響達は目を閉じて痛みから目を逸らすしかなく、本部で見守る弦十郎達も届かぬ叫び声を上げる事しか出来ない中、狂気に満ちた笑みを深めるノイズイーターの一撃が遂に装者達に襲い掛かろうとした、その時……

 

 

 

 

 

───建物が崩落して積み重なった瓦礫の山をジャンプ台代わりに飛び越え、空を駆け抜けるかのように一台の蒼いマシンが何処からともなく現れた。

 

 

『ッ?!なんっ──ガハァアアッ?!』

 

 

「……え……?」

 

 

「な、何事デスかっ……?」

 

 

突如乱入してきた蒼いマシンを見てノイズイーターが一瞬動きを止めた瞬間、蒼いマシンはそのままノイズイーターに目掛けて突撃し、響達に向けて振り下ろされようとしていた攻撃を阻止したのである。

 

 

響達も突然鳴り響いたエンジン音から思わず目を開け、いきなり現れノイズイーターを跳ね飛ばした蒼いマシンを唖然とした表情で見つめる中、地面に上手く着地した蒼いマシンの搭乗者はバイクを止め、徐に頭に被るヘルメットを取り外していく。

 

 

「──見付けたぞ……」

 

 

ヘルメットを外し、乱入者が開口一番に口にしたのはそんな無機質な一言だった。

 

 

体格からして性別は男か。灰黒い薄汚れたロングコートに、ボロボロの黒のジーンズという見窄らしい格好。

 

 

ヘルメットを脱いだ顔は何故かフードを被っているせいで良く見えないが、僅かにチラつく黒髪、そして何よりもノイズイーターをまっすぐ見据えて離さない真紫の瞳の鋭い眼光を一身に受け、ノイズイーターもただならぬ何かを感じたのか僅かに声を震わせた。

 

 

『だ……誰だお前……いきなり出てきて、何なんだッ?!』

 

 

「…………」

 

 

動揺が収まらぬまま乱入者の男に疑問を投げ掛けるも、男は無言を貫く。

 

 

しかしゆっくりとコートを翻すと、男の腹部にはバックルの上部からスロット部分が露出された蒼いベルトが巻かれており、ベルトの左腰に備え付けられたホルダーからカードを一枚取り出した。

 

 

「……?あれは……?」

 

 

「カード……?おい、そんなモンで何を……!」

 

 

あのノイズイーターはただの人間が太刀打ち出来る相手ではない。

 

 

あの男が何者で、何をするつもりかは知らないが、誰であれこのままむざむざ殺されるのを見逃す訳にはいかないとクリスも止めに入るが、男はその声が聞こえているのかいないのか、無言のまま取り出したカードを徐に構え、そして……

 

 

「……変身」

 

 

『Code x…clear!』

 

 

カードをバックル上部のスロットに装填し、掌でバックルに押し戻すと共に電子音声が鳴り響く。

 

 

直後、男の全身を青いラインの入った黒のライダースーツを身に纏い、更に男の周りに出現した無数の蒼い装甲が一度に装着されていき、全く別の姿へと変身していったのであった。

 

 

「なっ……!」

 

 

「へ、へへ……変身しちゃったデスよっ?!」

 

 

「……仮面の、戦士……?もしかして、アレが都市伝説の……?」

 

 

「……仮面、ライダー……?」

 

 

黒のラインが走る丸みを帯びた蒼いボディと仮面ライダーファイズに近い青のラインが入ったレッグ、仮面ライダーカブトとアクセルトライアルを足して二で割ったような仮面に赤い複眼を持ち、ボディの様々な箇所にXの意匠が用いられた戦士。

 

 

変身した男のその姿を見て驚愕するクリスと切歌の横で、調がその異質な形貌と赤い複眼が輝く仮面から都市伝説や噂話と照らし合わせて推察し、響が呆然とその戦士の名……仮面ライダーの名を口にする中、その様子を螺旋階段から静観する男達の様子も一変していた。

 

 

「どうやら、デュレンの予想は的中だったみたいだねぇ……」

 

 

「……野郎……ホントに生きてやがったっ……!」

 

 

変身した男の姿を見て、今まで顔に貼り付けていた飄々とした笑みを消す青髪の青年の隣で、いつの間にか手すりに身を乗り出した金髪の男が忌々しげに顔を歪めて仮面の戦士となった男を睨み付けていく。

 

 

そして、そんな三者三様の視線を浴びる仮面の戦士へと変身した男はジャリッと砂を踏み鳴らすと、僅かに響達の方に顔を向ける。

 

 

『……後は任せろ……』

 

 

「……え?」

 

 

ボソッと、風が吹けば掻き消えてしまいそうなほど小さな声。

 

 

あまりの小ささに他の装者達もノイズイーターも聞き取れていないが、唯一その声を拾えた響が反応し思わず聞き返すも、既にノイズイーターに意識を向けた戦士……仮面ライダーは手首を軽くスナップさせ、右手でノイズイーターを指差す。

 

 

『……さぁ、顧みろ……お前が歩んできた物語を……』

 

 

赤い複眼でノイズイーターを捉え、流暢でない無機質な声音で静かにそう告げると共に仮面ライダーはゆっくりと前へ踏み出し、一歩ずつ徐にノイズイーターへと近付いていくのであった。

 

 

 

 

 



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第一章/戦姫達の物語×忘却の仮面ライダー④

 

 

『顧みろ、だと……?急に出てきておいてっ、カッコつけたこと吐かしてんじゃねえッ!!』

 

 

変身して迫る仮面ライダーを前に幾許かの冷静さを取り戻したのか、ノイズイーターは土壇場で邪魔をされた憤りがフツフツと湧き上がり、力を凝縮した両腕を突き出して仮面ライダーに目掛け光弾を乱射していく。

 

 

だが、仮面ライダーは僅かに首を左右に逸らしただけで光弾を避けながら一息で肉薄し、ノイズイーターの胸部に素早い二の打ちを叩き込んで後退りさせると、更に怒りが増したノイズイーターが荒々しげに振りかざした拳を軽く掻い潜って背後に回り込み、ノイズイーターの背中に裏拳を打ち込み怯ませた。

 

 

『グッ?!テ、テメェッ!』

 

 

まるで自分の一挙一動を先読みしてるかのように手玉に取って翻弄する仮面ライダーの立ち回りに苛立ちが募り、拳を振るうノイズイーターの動きが目に見えて力任せに乱雑なモノに変わっていくが、仮面ライダーも冷静にノイズイーターの攻撃を捌きながらカウンターを主体とした動きで圧倒していく。

 

 

そして鋭い横蹴りを突き刺してノイズイーターを強引に後退させると、仮面ライダーのベルトのバックル部分から両脚に向かって突然青白い光がスーツの上のラインを走り、光が両脚に到達したと同時に仮面ライダーが左足で地面を軽く蹴り上げた瞬間、まるで縮地でも使ったかのように宙に浮き、右足を振り上げた姿勢でノイズイーターの眼前にまで一気に距離を詰めた。

 

 

『な、なにィ?!ガッ?!』

 

 

驚く間もなく、仮面ライダーが振り抜いた光を纏う右足が蒼い線を宙に描きながらノイズイーターのこめかみに叩き込まれ、ノイズイーターを横殴りに吹っ飛ばす。

 

 

更にそれだけで終わらず、着地と同時に今度はバックルから両腕に向かって青白い光がラインを走り、光を纏った拳を振りかざしながら追撃しノイズイーターにストレートを叩き込んだ。

 

 

そして吹っ飛ばされるノイズイーターを追尾しながら更に高速の連続ラッシュを打ち込み続けていき、トドメに全力で振りかぶった一撃を叩き込み、ノイズイーターの身体をきりもみ回転させながら勢いよく殴り飛ばしていったのだった。

 

 

『ガァアアアアアアッ?!』

 

 

「こ、攻撃が通じてるデスよ?!」

 

 

「何なんだ……アイツ……」

 

 

「…………」

 

 

先程の戦いではギアを用いた攻撃が一切通じなかった筈の相手に、何故か仮面ライダーの攻撃が通じる状況を前にクリス達は困惑を露わにし、響も無言のまま二人の戦いをジッと見つめる中、仮面ライダーに追い詰められて地面を転がるノイズイーターも顔を抑え、ダメージを受ける自分の身体に混乱を極めた様子で頭を振っていく。

 

 

『こン、なっ……!こんな事が有り得てたまるかっ……!お、俺は物語を超越した力を手に入れたんだぞっ?!なのに、何でお前なんかにィいいッ!!』

 

 

『……俺を知らないという事は、お前もこの世界の中で作られた個体か……となると、得られる情報も今までと同様変わり映えしないか……』

 

 

『……なにっ……?』

 

 

奇妙な言い回しをする仮面ライダーの発言に首を傾げるノイズイーター。だが仮面ライダーは感情の機微を変えることなく、空手のままノイズイーターへと近付いていく。

 

 

『俺も、お前も、この世界にとってはただの「異物」でしかない……本来あるべき世界の流れを逸脱し、歪める存在はいずれ排他される……それがお前にとっての、この俺だ……』

 

 

『ッ……何だそりゃっ……意味が分かんねぇんだよォッ!!』

 

 

全く意図が掴めない発言に更に苛立ちを募らせ、ノイズイーターは思わず頭を掻き毟りながら再び仮面ライダーに殴り掛かる。

 

 

それに対して仮面ライダーも即座に身体の重心を横にズラしノイズイーターの突き出す拳を避けると、そのまま相手の手首を片手で掴んで引き寄せながら鳩尾に目掛けて膝蹴りを突き刺し、ノイズイーターが腹を抱えて怯んだ隙にその場で身を捻らせながら跳躍、流麗な後ろ回し蹴りをノイズイーターの頭へと叩き込んで蹴り飛ばしていった。

 

 

『ウグァアアッ!』

 

 

『……もう止めておけ。この場にあのノイズなんて化け物が異常発生したのも、恐らく餌に釣られたお前に俺が食いつくと見越しての意図的なモノ……使い捨ての囮に使われたんだ、お前は……』

 

 

「ッ!それって、つまり……?」

 

 

『ッ……おと、り……だと……?この……オレがっ……?』

 

 

この状況は偶発的でなく、誰かの意図で作られた作為的なモノだった。

 

 

その内容に彼の言葉の意味を早くに理解した調や響達も衝撃で目を見開き、ノイズイーターも困惑と戸惑いを露に自身の両手を見下ろしていく中、仮面ライダーは改めてノイズイーターと向き直っていく。

 

 

『使い捨ての駒として扱われた今、仮にこの場を切り抜けられたとしても、お前を待つのはこの状況を作った奴らに死ぬまで使い潰される未来だけだ……だから、そうなる前に──』

 

 

「……?あの人……」

 

 

今の今まで無機質的な口調だった仮面ライダーの声が、何処か不安を帯びているように一瞬震えたような気がする。

 

 

その微妙な変化に気付いた響が仮面ライダーに怪訝な眼差しを向けるが、その時、頭を両手で抱えるノイズイーターの身体が突然ワナワナと震え出し……

 

 

『……る、せ……うるせぇ…………うるせぇっ、うるせェっ、ウルセェっ、ウルセェエエエエエエエッッ!!!!どいつもこいつも俺をっ、何処まで俺を馬鹿にすりゃ気が済むんだァアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

『……!』

 

 

天を仰ぎ、地を震わせる程の激昴の雄叫びを上げた瞬間、ノイズイーターの全身から凄まじいエネルギー波が放出されて周囲に無数のスパークを撒き散らしていき、ノイズイーターが佇む地面が徐々に軋んで陥没し始めていた。

 

 

「グッ……!こ、今度は一体なんなんだよッ?!」

 

 

「うううっ……ま、前が何も見えないデスよっー!」

 

 

『ッ……これはっ……』

 

 

『アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

凄まじいエネルギーの嵐に装者達も視界不良で何も見えない中、嵐を巻き起こす発生源のノイズイーターはその血のような眼を輝かせながら獣の如く咆哮を上げ続けていくと、突然その右腕が変化をし始めて徐々に変容していき、まるで機械を腕に埋め込まれたかのような禍々しい形状をした砲撃型の腕へと変わっていったのであった。

 

 

「?!腕の形が、変わった……?!」

 

 

『ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!死ねェッ!!死ね死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!俺を否定する奴はみんなっ、お前らみんな死んじまえよォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』

 

 

『ッ!』

 

 

突如変容したノイズイーターの右腕の砲撃を見て調が驚きの声を上げるのを他所に、ノイズイーターは狂った雄叫びを上げながら仮面ライダーに突き付けた銃口から高出力のエネルギー弾を放って襲い掛かった。

 

 

それを見て仮面ライダーも咄嗟に上空へと空高く跳んでエネルギー弾を回避し、そのままノイズイーターの頭上を飛び越えながら背後へと着地すると共に、振り向きざまに放った拳で再攻撃を仕掛けようとしていたノイズイーターの顔を殴り飛ばし砲撃の手を強引に中断させようとするが……

 

 

『グゥッ!ギッ、ギィッ……コロスっ……コロスコロスコロスゥウウウウウウウウウウウウウウッッ!!』

 

 

『ッ!クッ……!』

 

 

「な、何か様子が変わってない?!うわわっ?!」

 

 

「あぶねっ?!あ、アイツ、急に手当り次第かよっ?!」

 

 

仮面ライダーに殴られても殆どダメージを受けてる様子もなく、右腕の砲撃を乱雑に振るいながらエネルギー弾を見境なく乱射するノイズイーターの変貌ぶりに混乱してしまう響達だが、仮面ライダーは飛来するエネルギー弾を手刀で払い除け、ノイズイーターの変容した右腕を見つめながら頭の中で思考していく。

 

 

『(形状変化……ノイズ達を一気に喰らった事で急成長したのか……?いや、だとしても此処までの目に見える変化は今まで戦ってきた奴らには一度も……)』

 

 

あの突然変異は仮面ライダーにとっても初めて出くわすケースなのか、今までにない変化を遂げたノイズイーターを見て内心困惑するも、正面から迫るエネルギー弾を見てすぐに我に返り、咄嗟に左に避けながら左腰のホルダーに指を掛けていく。

 

 

『(いや、今は考えるのは後回しだ……ともかくまた狂い出した以上、もう俺の言葉も届く事はない……こうなれば俺の手で……ッ?!)』

 

 

これ以上被害が広がる前に奴を倒すしかないと覚悟を改め左腰のホルダーを開こうとした仮面ライダーだが、その時、何かに反応を示して何故か急にその場に踏み止まり、ノイズイーターから放たれるエネルギー弾を両腕で防御し動かなくなってしまった。

 

 

「!マスクドライダーが……!」

 

 

「え?!」

 

 

『アヒッ、ヒヒッ……!ヒハハハハハハハハハハッ!!!死ね死ね死ね死ねェッ!!!今度こそ死んじまえよォォおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』

 

 

『……ッ……!』

 

 

乱れ狂いながら無差別にエネルギー弾を乱射するノイズイーターの攻撃を避け続ける装者達も、何故か突然回避も切り払う事すらもせずガード一択で踏み止まる仮面ライダーを見て怪訝な反応を浮かべる中、ノイズイーターは卑しい笑みと共にその姿を見て無差別に放っていたエネルギー弾の狙いを仮面ライダーへの一点に絞り、エネルギー弾の集中砲火を浴びせていく。

 

 

それにより仮面ライダーも更にダメージが増して全身が傷付きボロボロの姿に変わり果てていくも、何故かそれでも仮面ライダーはその場から動かず防御のみで耐え続けていた。

 

 

「な、何だかあっちも様子が変デスよ?!」

 

 

「何やってんだアイツっ……!このままじゃ一方的にやられちまうぞっ?!」

 

 

「…………?」

 

 

攻撃を受ける度に装甲が削られ傷付いていくというのに反撃に転じようとしない仮面ライダーを見て装者達も焦燥感を募らせる中、クリス達と共にその様子を見守っていた響がある事に気付く。

 

 

ノイズイーターのエネルギー弾の嵐を一身に受け続ける仮面ライダーが、防御を取りながら何度か自身の背後へと目を見遣っているのだ。

 

 

その視線の先を追って響も振り向いていくと、其処には仮面ライダーの遥か後方の建物の一角に積み重なる瓦礫の山があり、その瓦礫の山を目を凝らしジッと凝視していくと、瓦礫の一角が音を立てて崩れ穴ができ、その向こうで何かが僅かに蠢いているのが見えた。

 

 

「──ッ!もしかして……!」

 

 

「?!響さん?!」

 

 

「お、おい!何する気だお前?!」

 

 

何かに気付いた響が突然地を蹴って飛び出し、瓦礫の山に目掛けて一直線に走り出す。

 

 

いきなり飛び出した響を見てクリス達も驚き慌てて呼び止めようとするが、響はそれを振り払い瓦礫の山へと躊躇なく飛び込んでいき、数泊の間を置いた後、瓦礫の山が突然内側から弾け飛んで吹っ飛ばされていった。

 

 

そして、瓦礫が取り除かれて周囲に漂う粉塵の向こうには拳を突き出す響の姿があり、その背後には……

 

 

 

 

 

「──ぅっ……ぅぅっ……」

 

 

「お父さんっ……!お父さんっ!しっかりしてっ……!」

 

 

 

 

 

「ッ!あれは……?!」

 

 

「負傷者……?!瓦礫の中に取り残されてたのか?!」

 

 

そう、響の背後には頭から血を流して倒れる負傷者の男性と、その男性の息子と思われる土まみれの幼い男の子が涙目で父親の傍に寄り添う姿があったのだ。

 

 

恐らく、ノイズ達が出現した際に避難しようとした矢先に建物の崩落に巻き込まれ二人諸共瓦礫に埋もれてしまっていたのか、それを見たクリス達もすぐさま負傷者達の下へと駆け付け、響が残りの瓦礫を取り除く間にクリスと切歌が負傷者の男性を、調が男の子を抱き抱えて救出し、急ぎ全員でその場から離れながら響が仮面ライダーに向けて呼び掛けた。

 

 

「仮面ライダーさんっ!この人達は大丈夫、二人とも無事ですっ!」

 

 

『──ッ!』

 

 

二人を安全地帯にまで運ぶ響の声が届き、男性と子供の安否を伝えられた仮面ライダーはすぐさま次に放たれてきたエネルギー弾を手刀で払い除け、前傾姿勢でエネルギー弾の嵐の中を素早く掻い潜りながら一気にノイズイーターとの距離を詰めていく。

 

 

そして、ノイズイーターに肉薄すると共にその右腕の銃口を掴んで上に逸らし、再びバックルから走らせた青白い光を右手に纏わせ、拳を握り締めた仮面ライダーの一撃がノイズイーターの顔面にめり込み殴り飛ばしていった。

 

 

『アグゥウウッ?!グッ、ギッ……チ、クショォオオオオッ……ナンデダヨッ、ナンデェエエエエエエエエエエッッ……!!!!』

 

 

『…………』

 

 

仮面ライダーに殴られた顔を抑え、まるでこの世の全てを憎むかのように呪詛の呻き声を漏らすノイズイーターだが、仮面ライダーの方は既にその声に耳を傾けるつもりもなく、ボロボロに傷付いた腕の汚れを手で払いつつ左腰のカードホルダーからカードを一枚取り出し、バックルから立ち起こしたスロットに装填して掌でバックルに押し戻していった。

 

 

『Code slash…clear!』

 

 

電子音声が鳴り響いた瞬間、仮面ライダーの蒼い装甲が分離して新たに朱色のアーマーへ変わっていき、再び仮面ライダーに身に纏わられると共に複眼の色も赤から緑色へと変化し、両手に二本の黄金の剣が出現していく。

 

 

全ての変身シーケンスを完了し、黄色くシャープなラインが特徴の朱い鎧に緑色の複眼、両手に黄金に輝く双剣を逆手に持った姿へと変わった仮面ライダーを見て、響達は目を見開き再び驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「色が変わったデスよ?!」

 

 

「あれは……もしかして私達のギアと同じ、変容(リビルド)……?」

 

 

『グゥウウウウッ……ガァアアアアアッ!!』

 

 

新たな姿に変貌した仮面ライダーに装者達が各々反応を示す中、ノイズイーターも警戒心を露わに唸り声を上げ、砲撃の銃口を仮面ライダーに突き付けてエネルギーを再充填しようとするが、それよりも速く先程とは比にならない速度で仮面ライダーが距離を詰め、素早く振り上げた左手の刃がノイズイーターの砲撃の銃口を斬り裂いた。

 

 

『ッ?!ナ、ニッ?!グァアアッ?!』

 

 

『ハッ……!ハァアアッ!』

 

 

銃口を斬り裂かれた自身の右腕を見てノイズイーターが動揺する中、仮面ライダーは続けざまに両手の双剣を目にも止まらぬ速さで振り翳していき、朱色の雷光を纏う斬撃がノイズイーターの身体を何度も切り刻んで怯ませ、トドメに放った後ろ回し蹴りでノイズイーターを蹴り飛ばし、ゴロゴロと異形の身体が勢いよく地面を転がっていく。

 

 

『ガァッ!ァッ……ウ、ソダッ……コンナハズッ……?!』

 

 

一気に形成を逆転され、信じられないと頭を振るノイズイーターを見据えたまま仮面ライダーは両手に持つ双剣を片手に束ねると、空いた手で左腰のホルダーからカードを一枚再び取り出し、バックルのスロットに装填して掌で押し込んでいった。

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

再度鳴り響く電子音声と共に、両手に持ち直した双剣の刃に朱色の雷光が火花を撒き散らして纏われていく。

 

 

そして仮面ライダーは腰を徐に落として双剣を身構えると、右手に持つ片手剣をノイズイーターに向けて勢いよく投擲し、投げられた剣はブーメランのように高速回転しながら朱色の光の軌跡を宙に描きノイズイーターへ一直線に突き進んでいった。

 

 

『ゥ、グッ……マ、ダダッ……コンナトコロデっ、オワレルカァアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

しかし、ノイズイーターも抵抗を諦めない。銃口を潰されて使い物にならなくなった右腕で片手剣を空へ弾き飛ばし、そのまま左腕に力を溜め光弾を放とうとするが、それに対し仮面ライダーは落ち着き払った動作で右腕を中空に掲げながらノイズイーターに掌を翳し……

 

 

『いいや──これで終わりだ……』

 

 

仮面ライダーの右手の掌が朱色に発光した瞬間、空へと打ち上げられた片手剣が突然空中で停止し、刃の切っ先を独りでにノイズイーターに向けたと共に剣が分身をし始めていき、あっという間に空を無数の刃が埋め尽くしていったのだった。

 

 

『ナ、ナンダトォッ?!イッ──ギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!?』

 

 

無数の刃が覆い尽くす空を見上げ驚愕と共に後退りするノイズイーターの頭上へと、空から一斉に黄金の刃が暴雨の如く降り注ぎ、その肉体を絶え間なく切り刻んでいく。

 

 

それと同時に仮面ライダーも残ったもう片方の剣を順手に持ち替えながらその身を朱い閃光と化して猛スピードで飛び出し、上空から降り注ぐ黄金の刃の雨の間を素早くすり抜けてノイズイーターに飛び掛かると共に、すれ違いざまにXを描くように朱い斬撃を叩き込んでノイズイーターの背後に姿を現した。

 

 

『ァッ──!!!?コン、ナ……バ、カッ…………!!!?』

 

 

『……それがお前のエンドマークだ……』

 

 

『ガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーアアァァッッ!!!?』

 

 

朱い火花を撒き散らしながら空から返ってきた片手剣を仮面ライダーがノールックで手にした瞬間、それと同時にノイズイーターの身体から無数のスパークが噴き出し、直後に巨大な爆発を巻き起こしながら断末魔の悲鳴を上げて完全に消滅していったのであった。

 

 

「ッ……ノイズイーターを、倒した……?」

 

 

「終わった、のか?……はぁああっ……何だったんだ一体っ……」

 

 

「うう……もうクタクタデスよっ……」

 

 

あの難敵だったノイズイーターを倒した仮面ライダーの力にも驚きだが、今はそれ以上にこの局面を乗り切れた事への安堵から溜め息と共に緊張感から解放されていくクリス達。

 

 

一方で仮面ライダーもノイズイーターが爆散した跡の炎を暫しジッと見つめた後、そのまま踵を返しながら元の蒼い姿へと戻り、自分が乗ってきたバイクの下へと向かおうとするが……

 

 

「ま、待って下さい!」

 

 

『……?』

 

 

ノイズイーターを撃破して立ち去ろうとした仮面ライダーを呼び止める声が聞こえ、仮面ライダーが訝しげに振り返ると、其処には傷付いた身体で駆け寄ってくる響の姿があり、仮面ライダーの前で足を止めて息も絶え絶えに口を開いた。

 

 

「あ、あのっ……さっきは助けて頂いて、ありがとうございました!おかげで負傷者の方々も助ける事が出来て、本当に助かりました!」

 

 

『…………』

 

 

活発な笑顔で一礼と共に、自分達や先程の親子を助けてくれた事への感謝をの言葉を口にする響。一方でそんな彼女に対し、仮面ライダーはジッと響の顔を見つめたまま何も語ろうとせず、マスクのせいで表情が読めない仮面ライダーに響の方も若干やり難そうになりながらも言葉を続けていく。

 

 

「ええ、と……そ、それで何ですけど、良ければさっきの怪物の事とか、仮面ライダーさん自身の事とか、もっとお話を聞く事って出来ませんか……?私達も、色々と話したい事が──ッ!」

 

 

あのノイズイーターの正体や仮面ライダー自身の事、街で今起こっている事件の事を何か知っているなら話を聞かせてもらえないかと願い出ようとする響だが、その時彼女やクリス達の下に通信が届き、回線を開くと、それは本部にいる弦十郎からの通信だった。

 

 

『お前達、全員無事か?!』

 

 

「師匠……!はい、私達は大丈夫です!現場に取り残されてた負傷者の人達も、今さっき近くの救助の人達にお願いして運んでもらいましたから」

 

 

『そうかっ、良かった……。突然発生した謎のジャミングのせいでモニターも通信も途絶えてしまった時は、一時はどうなる事かと思ったが……』

 

 

「……え?」

 

 

「ジャミング……?」

 

 

どういう事だ?と、装者達が互いに顔を見合わせ不思議そうに首を傾げる中、彼女達の口にしたジャミングというワードに仮面ライダーはピクっと反応を示し、僅かに考える素振りを見せた後、そのまま自身のマシンに乗ってエンジンを掛けていく。

 

 

「!ま、待って下さい、仮面ライダーさんっ!まだ聞きたい事が……!」

 

 

『何?仮面ライダーだとっ?マスクドライダーが其処にいるのかっ?!』

 

 

弦十郎の驚きの声が通信から聞こえるが、それより今は彼を引き止めなければと仮面ライダーを慌てて呼び止める響。するとそれに対し、仮面ライダーは僅かに響の方に顔を向け……

 

 

『……俺も……さっきは助かった……』

 

 

「……え?」

 

 

漸く口を開いた仮面ライダーが告げたのは、短い感謝の言葉。

 

 

そんな思わぬ一言に思わず響も呆気に取られる中、仮面ライダーはそれだけ伝えるとマシンを発進させて何処かへと走り去っていき、残された響は遠ざかる背中に虚しく手を伸ばし、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「──で、どう思う?やっぱアレ、彼って事で間違いないのかなぁ」

 

 

──場所は変わり、ノイズの出現によって今は人気のない路地では、先程の場所を後にした金髪の男と青髪の青年が何処かへ歩く姿があった。

 

 

ノイズ達が暴れ回ったせいで至る所に破壊の痕跡が残る街並みを眺めながら、後頭部に両手を回す青髪の青年は呑気な口調で先程ノイズイーターを倒した仮面ライダーの正体について正面を歩く金髪の男にそんな疑問を投げ掛けるが、金髪の男は明らかに苛立ちを露わにした足取りで先を歩いて何も答えず、目の前に転がる破片を乱雑に蹴り飛ばしていく。

 

 

「クッソッ、マジで生きてたとか笑えねえぞこりゃっ……。どうすんだよっ、これじゃ俺らの計画もホントに潰され兼ねねぇぞっ……!」

 

 

「ホントびっくりだよねー。アレでまだ生きてたって言うんだし、これじゃ苦労して罠に掛けたのが水の泡だよ」

 

 

やれやれー、と青髪の青年は肩を竦めて露骨にガッカリし、金髪の男も焦りを露わにした様子で街を歩く足取りにも何処か余裕がなくなり始めていた。其処へ……

 

 

「──なに、まだ気を落とすのは早いかもしれんぞ」

 

 

「「……ッ!」」

 

 

何処からともなく冷たい声が響き、驚く二人がその声の主を探して辺りを見渡すと、路地の裏の方から革靴の音を鳴らして一人の男……デュレンがゆっくりと闇の中から姿を現した。

 

 

「デュレン……?!お前まで来てたのかよっ?!」

 

 

「当然だろう。何せ我々の計画の根幹に関わる事態なのだから、この目で直接確かめる必要がある……それに念の為、裏工作の必要もあったからな……」

 

 

「?裏工作?」

 

 

「こっちの話だ」

 

 

お前達には関係ないと、短く返し切って捨てるデュレン。その仲間内にまで必要以上の事を語ろうとしない口ぶりに金髪の男も内心疑心感を覚えながらも、今はそれどころではないかと自分を諌めて溜め息を吐き、デュレンにジト目を向けて問い掛ける。

 

 

「んで?さっきの、気が早いみたいな言い口はどういう意味なんだよ?実際問題、奴が生きてたんなら結構な一大事だろ、コレ」

 

 

「……奴が生きていた、だけの話なら確かにその通りだろう。だが、恐らく今の奴は──」

 

 

口元を手で覆い、デュレンの脳裏に蘇るのは先程戦場でノイズイーターを相手に戦っていた仮面ライダーの戦闘スタイル。

 

 

一挙一動、『以前の奴』を知っていれば何もかもが違い過ぎるその戦いぶりに一つの推測が頭を過ぎり、クッ、と声を殺して笑うデュレンの表情に嬉々とした笑みが浮かび上がる。

 

 

「──どうやら、ツキはまだ俺達の方にあるかもしれんな……」

 

 

「「……?」」

 

 

口元を覆う手で笑みを隠しながらそう告げるデュレンの言葉に、二人も訝しげに眉を顰めるが、デュレンはそんな二人を他所に歩き出していき、僅かに口端を吊り上げ不敵な笑みを浮かべながら自分達が破壊に導いた街並みの間を過ぎ去っていくのであった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「…………」

 

 

ノイズの異常発生、そしてノイズイーター撃破から数時間が経ち、黄昏時の空がよく見える海岸にて、仮面ライダーから元の姿に戻った青年がバイクを脇に停め、海へ沈むように消えていく夕陽を無言のまま見つめる姿があった。

 

 

「…………」

 

 

フードで顔を隠したその横顔からは表情は一切読めない。だが、僅かに俯いて自身の右手を見下ろし、ジッと己の掌を見つめるその様は何処か物悲しげに見える。

 

 

「……シンフォ……ギア……か……」

 

 

拙い口調で声に出し、頭に思い起こすのは先程の戦場で出会った少女達の姿と美しい歌。

 

 

何度口にしても、その音を耳にするだけで胸の内を締め付けるような感覚に襲われながらも、青年は顔を上げて海の向こうの夕陽を見つめ、戦場で聴いた歌のメロディーを思い出しながら小さく口ずさんでいく。

 

 

「……〜♪……〜♪……」

 

 

風が吹けば飛ぶような、波の音が響けば簡単に搔き消せるようなか細い歌声。

 

 

戦場で彼女達が歌っていたような力強さなどないが、それでも青年は歌い続ける。

 

 

誰に届く事はないと分かっていても、誰かに聴かせ、求めるように小さく、か細く、沈む夕陽を見つめて歌い続けていた───。

 

 

 

 

 

第一章/戦姫達の物語×忘却の仮面ライダー END

 

 

 

 



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第二章/邂逅×存在を赦されない存在

 

―S.O.N.G.本部―

 

 

──ノイズの謎の大量発生、そしてノイズイーターの出現から三日経ったその日、響達は学校終わりに弦十郎からの招集を受けてS.O.N.G.本部の発令所に集められていた。

 

 

「皆、よく集まってくれた。早速ブリーフィングを始めたいと思うが、その前に先日の一件はご苦労だったな。皆の奮闘のおかげで取り残された人々や怪我人を救う事が出来た。改めて感謝したい」

 

 

「……でも、結局ノイズイーターには歯が立たなかった」

 

 

「そうデスね……彼処で仮面ライダーが来てくれてなかったから、アタシ達もやられてたかもしれないデスよ……」

 

 

先日の一件での響達の活躍を労う弦十郎だが、調と切歌、響とクリスも何処か浮かない様子で元気がない。

 

 

その原因はやはり、先の戦いでノイズイーターを相手に手も足も出せなかった事を未だ気にしているのだろう。

 

 

四人のそんな心境を察し、弦十郎は何か考えるように一度瞼を伏せた後、響達の顔を見回して言葉を続けていく。

 

 

「確かに前回は不測の事態も相まって、ノイズイーターに遅れを取る事になった……。だが、何も敵に打ち勝つ事だけが全てじゃない。未知の敵を相手に民間人を守り切り、戦い抜けただけでも上々だ」

 

 

「そうですね……それにこれまで足取りを一切掴めなかったノイズイーターや、マスクドライダーの情報を得られたのは大きな進歩と言えます。皆さんにお話する以前から既に調査を進めてはいましたが、調査部の方も難航している様子でしたから……」

 

 

だからそう気を落とさないで欲しいと響達を励ます弦十郎とエルフナイン。そんな二人の気遣いに気落ちしていた響達の表情も僅かながら和らいでいく中、気を取り直したクリスが気になっていた疑問の一つを二人に投げ掛ける。

 

 

「それで、あれから結局何か分かったのか?ノイズがいきなり現れた事とか、あのマスクドライダーがそれっぽく言ってた黒幕の件とか」

 

 

「うむ。実はその件について一つ、気になる情報を掴んだ……エルフナイン君」

 

 

「はい。先ずは皆さん、これを見て頂けますか」

 

 

弦十郎に促され、エルフナインはその手に持つパッドの画面を響達に見せていく。

 

 

其処に映し出されているのは、三日前にノイズが出現した街の一角を映す監視カメラの映像。

 

 

大勢の人々が街を行き交う中、何も無いハズの街の上空に突如無数の火花が走り、直後に異次元の穴が開かれて無数のノイズが大量に現れる瞬間が捉えられていたのだ。

 

 

「これは三日前、市内の監視カメラがノイズ出現の瞬間を捉えた映像だ。この映像から様々な解析を重ねた結果、どうやら先のノイズの出現はこれまでのパターンとは全く異なるもの……つまり、ソロモンの杖や錬金術師達がアルカ・ノイズ召喚の際に用いる道具などを一切介していない方法でこちらに現れていた事が分かった」

 

 

「これまでにない出現パターンって……」

 

 

「で、でも、バビロニアの宝物庫は閉じられている訳デスし、ソロモンの杖も使わずに出てくるなんて有り得るんデスか?」

 

 

そう、そもそも錬金術師が特殊な装備を用いて呼び出すアルカ・ノイズならともかく、門を封印されているバビロニアの宝物庫から鍵であるソロモンの杖も無しにノイズを呼び出す事など可能なのか。

 

 

仮に可能だとするなら、嘗て死に物狂いでノイズを封印したと思っていた自分達の戦いは無駄だったのか?

 

 

そんな不安を覚える切歌からの疑問に対し、エルフナインはパッドを操作しながら話を続けていく。

 

 

「其処までの解明には未だ至ってはいませんが……でも一つだけ分かるのは、この次元の穴を開く際に用いられたエネルギーは聖遺物に由来する物ではない、という事です」

 

 

「聖遺物は使われてない?」

 

 

「ならもしかして、哲学兵装か?」

 

 

『哲学兵装』、それは長い時を経て積み重なったコトバノチカラが宿り、ソレそのものの在り方を捻じ曲げる想念が力と化したモノである。

 

 

例を上げるとすれば、響達が以前に関わった事件の発端となったツタンカーメンは呪いの力を持つという迷信を多くの人が信じ込み、長い年月の間に信念が積層した事で死の呪いを撒き散らす哲学兵装と化してしまった。

 

 

聖遺物に由来するエネルギーでないなら、もしや哲学兵装が原因で宝物庫が開かれたのか?と疑問を口にするクリスだが、エルフナインは「いえ」と首を横に振った。

 

 

「此処で使われたエネルギーは、聖遺物や哲学兵装、そのどれとも異なる全く別の物でした。過去のあらゆるデータベースのデータと照合してみても、合致しない謎の力……もしかしたらコレは、この地球上には存在しない未知の力が作用してバビロニアの宝物庫が開かれたのではないかと思われます」

 

 

「地球上には存在しないエネルギー……?」

 

 

「地球にはないって、じゃあええっと……もしかして宇宙からの力、だったりとか?」

 

 

「お前なぁ……適当な事言う前にちゃんと考えて──」

 

 

「いいえ、響さんの言ってる事もあながち間違いとは言い難いと思います」

 

 

「マジかよ?!」

 

 

「な、ならホントに、コズミックなパワーのせいでバビロニアの宝物庫が開いたって事デスか?!」

 

 

首を捻る響の発言にクリスが呆れて一蹴しようとするも、エルフナインからのまさかの肯定に切歌や調までも驚きを浮かべてしまうが、そんな一同の反応に弦十郎も苦笑と共に補足を加えていく。

 

 

「宇宙から、と言うと語弊があるが、この世界には存在しないという意味では確かに間違いとは言い難いかもしれん。バビロニアの宝物庫を開いた力の正体は、我々の世界に存在しないモノ……恐らく、異世界から来訪した何者かによる干渉を受けたのかもしれない」

 

 

「?いせ、かい……ですか?」

 

 

弦十郎から補足説明を受けるも、突然出てきた異世界というワードに響達も怪訝な反応を浮かべて揃って首を傾げてしまう。

 

 

そんな四人にエルフナインがパッドを再び操作して画面を見せていくと、其処には先日の戦闘で四人が戦ったノイズイーターのデータが映し出されていた。

 

 

「これは、先日の戦闘で得たノイズイーターのデータです。あの事件以降、彼等の正体を探る為に連日解析を進めていたのですが……」

 

 

そう言いながらエルフナインは更にパッドを操作して画面を進めていくが、ノイズイーターを解析する為にデータを読み込もうとした瞬間、突然『DATA ERROR』の文字が出て止まってしまった。

 

 

「……今お見せした通り、ノイズイーターのデータを解析しようとしても、これ以上はエラーが発生して進める事が出来ませんでした。他の方法やアプローチを変えてみても結果は同様……そして検証に検証を重ねた結果、僕達は一つの結論に至ったんです。恐らくノイズイーターとは、この世界に存在するシンフォギアや聖遺物等を含めた技術を受け付けない特殊な存在……つまり、この世界のルールとは全く異なる並行世界からきた存在ではないかと」

 

 

「へ、へいこう……せかい……?」

 

 

「所謂パラレルワールドのようなものだ。この世界と似ているようで、全く違う歴史を歩んだもしもの世界といったな」

 

 

「……うう、分かったような、分からないような……」

 

 

「だああッ!へーこー世界だの何だのの話は今はどうだっていいんだよッ!ようするに、バビロニアの宝物庫が開いたのはそのノイズイーターの仕業って事でいいんだろッ?!」

 

 

頭上に?の数を増やして未だ理解が追い付かずゲンナリとする響に痺れを切らし、クリスが要約してノイズ出現の原因がそのノイズイーターにある事を纏め強引に話を進めるも、弦十郎とエルフナインは何処か難しげな顔を浮かべてしまう。

 

 

「半分は正解だが、もう半分はまだそうとは言い切れないかもしれん」

 

 

「先日の戦闘の際、突如発生したジャミングによりマスクドライダーが出現して以降のモニターが不可能になった為、現場に居合わせた皆さんの証言を元に聴取を取らせて頂きましたが、その時のマスクドライダーの話では、あの時現れたノイズイーターは彼を釣る為の餌だったという話でした……という事は、あのノイズイーターの裏にはまだ黒幕がいる可能性が高い」

 

 

「……つまり、バビロニアの宝物庫を開けたのはその黒幕の仕業で、その力は私達の世界に存在しない未知の物かもしれない、ということ……?」

 

 

エルフナインの説明を聞き、真っ先に答えに辿り着いた調がそう答えると、エルフナインはそれに頷き返し、弦十郎は腕を組んで眉間に皺を寄せながら険しげな表情になる。

 

 

「恐らく、例のジャミングを発生させたのもその黒幕側による妨害工作だろう。目的が何なのかは未だ不明だが、タイミング的にマスクドライダーを狙ったものか……いずれにせよ、マスクドライダーがノイズイーターを撃退した事を見てもその二つの勢力が敵対関係にあるのは明白だろうな」

 

 

「ですがデータが解析出来ない以上、これ以上の情報を探る事は僕達だけの力では困難かと思われます……このまま解析が出来なければ、ノイズイーターの対策を取る事も叶いません……」

 

 

「そんな……それじゃ、アタシ達はノイズイーターと戦う手段はないって事デスか?!」

 

 

ノイズイーターの対策が取れなければ、次にまた奴等が現れても自分達はノイズイーターに太刀打ちする術がなくまともに戦う事も出来ない。

 

 

それでは一体どうすればいいのか……。戸惑う響達に対し、弦十郎は組んだ腕を解いて言葉を紡ぐ。

 

 

「確かにこのままでは対策の打ちようがないのは事実だが、何も手がないという訳ではない。先程も言ったように、ノイズイーターは別世界から来訪した存在かと思われる。つまりはそのノイズイーターを倒したマスクドライダーも同様の存在であり、彼は奴らに対抗する術を持っているという事になる。となれば……」

 

 

「……!仮面ライダーさんに協力してもらえれば、私達もノイズイーターと戦えるようになるかもしれない、って事ですね!」

 

 

弦十郎が言わんとしてる事を察した響が真っ先に反応すると、弦十郎とエルフナインも静かに頷き返す。だが、それに関してクリスは若干心配を帯びた表情で溜め息混じりに口を開いた。

 

 

「けどよ、ホントにアイツを信用しても大丈夫なのか……?正直正体が分かんねぇってとこじゃノイズイーターとそう変わんないし、戦ってる敵が同じだからってあたし等の味方になってくれるとも限んないだろ?」

 

 

「そ、そんな事ないよ!前の戦いの時だって私達を助けてくれたし、逃げ遅れた人達も身を呈して守ってくれたんだよ?だから話せればきっと、協力する事だって……」

 

 

「確かに、悪い人って事はないと思うけど……」

 

 

「でも、それならどうして何も言わずに帰っちゃったんでしょうね……何か事情を知ってるなら、ちゃんと話してくれても良いと思うデスよ」

 

 

「それは……」

 

 

そう、切歌の言う通り、自分達に協力してくれる気があるなら前回の時点で事情を聞かせてくれても良かった筈なのに、仮面ライダーはそのまま去ってしまった。

 

 

因みに本部の方ではあの後、仮面ライダーを追跡しようと反応を追い掛けたものの途中で消滅し、後を辿る事は出来なかったようだ。

 

 

恐らく仮面ライダー側が追跡対策の為に何か仕掛けを行ったのかと思われるが、其処までして他人との接触を避けようとするのは何か理由があるのか?

 

 

それすらも分からないが為に仮面ライダーへの疑心感を募らせるクリス達に響も言葉を濁らせる中、弦十郎もそれに関しては否定せず重々しく頷いた。

 

 

「確かに、向こうの素性も分からない内から無警戒で接触するのは早計だろうが、彼が唯一この状況を打開してくれる貴重な情報源である事も確かだ。下手にこちらが身構えて向こうに警戒心を与えるのは得策ではないが……どちらにせよ、先ずは彼と直接会って話す事が重要だ」

 

 

「けど、マスクドライダーの居場所も分からないのにどうやって……」

 

 

本部が追跡を試みても失敗してしまった以上、仮面ライダーが今何処にいるのかも分からない。仮に会えるとすればノイズイーターが再び現れた戦場でしか確実な方法はないが、一体どうするつもりなのか。

 

 

調が訝しげにそう問い掛けようとした瞬間、オペレーターの藤尭が不意に弦十郎に呼び掛けた。

 

 

「司令!発見しました!」

 

 

「む、漸くか。だがちょうどいい、モニターを回してくれ!」

 

 

「「「「?」」」」

 

 

二人の不可解なやり取りに響達が首を傾げる中、弦十郎の指示と共に発令所のモニターに映像が映し出された。

 

 

それは市内の大通りの様子を映す監視カメラの映像であり、大勢の人々が行き交う中、街中のベンチに背もたれて腰を下ろす人物がズームアップされていく。

 

 

灰黒い薄汚れたロングコートに、ボロボロの黒のジーンズという見窄らしい格好。

 

 

顔を隠すようにフードを深く被ったその姿は間違いなく、先日の戦闘の最中にも現れた仮面ライダーに変身した青年の姿だった。

 

 

「アイツは……?!」

 

 

「仮面ライダーさん?!」

 

 

「やはりか……。君達から聞かされたマスクドライダーの特徴を元にこの数日間、市内の監視カメラを張って捜索し続けていたが、漸く足取りを掴めたようだな」

 

 

「ほんと、大変でしたよ……何十もあるカメラを二十四時間体制で交代しながら見張り続けるの……」

 

 

「とか言いながら、二日目の夜中辺りで眠りこけてたのは何処の誰だったかしら?」

 

 

「ちょっ……!その事は司令の前では黙っててくれって口止めしただろぉ?!」

 

 

職務中に居眠りしてしまった件を、ジト目を向ける友里にバラされ慌てふためく藤尭。

 

 

そんな二人の会話に弦十郎も呆れて肩を竦めつつ、モニターに映し出される青年に目を向けていく。

 

 

「ともかくマスクドライダーの居場所は判明した。ただ、此処からどう彼に接触するべきか……交渉のテーブルに着いてもらう為にも、あまり事を荒立てる真似はしたくはないが……」

 

 

何せ今現在、彼だけが唯一のノイズイーターに対抗する術を知る情報源だ。

 

 

此処で自分達が彼とのファーストコンタクトを見誤れば、ノイズイーターに太刀打ちする術を失い、これから先起こるかもしれないノイズイーターの事件を防ぐ事が出来なくなってしまう。

 

 

故に慎重に事を進めなければならないが、一体自分達はどう出るべきか。

 

 

弦十郎が思考に思考を重ねて考える中、そんな彼の背後で何やら考え込んでいた響が顔を上げ、一歩前に踏み出した。

 

 

「あの、師匠!仮面ライダーさんとの交渉、私達に行かせてもらえませんか!」

 

 

「!何だと?」

 

 

「おまっ、急に何言い出すんだよ?!」

 

 

仮面ライダーとの交渉をいきなり申し出た響に弦十郎も戸惑い、クリス達も驚愕してしまうが、響はそんな一同の反応に構わず、胸に手を当てて弦十郎の目をまっすぐ見つめていく。

 

 

「私、前の戦いの後に仮面ライダーさんとちょっとだけ話せたんですけど、あの人は正面から向き合ってちゃんと話す事が出来れば、きっと私達の気持ちを汲んで応えてくれる……そういう優しい人だって、確かにそう思えたんです」

 

 

最初にもしかしたらと思ったのは、仮面ライダーが戦闘の中でノイズイーターに戦いを止めるように呼び掛けた時、声が僅かに不安を帯びてるかのように震えていたのに気付いたのがきっかけだった。

 

 

恐らく彼は、例え相手が敵であったとしても分かり合える可能性があるならそれを捨てない。

 

 

別れ際に自分に感謝の言葉を伝えた時に、きっとそんな人なのだと確信を持ち、だからこそもう一度会って彼と話がしたいと思った。

 

 

「戦う目的が同じなら、話し合えば分かり合える。手を取り合えないなんて事はないと思うんです。だから、私が……!」

 

 

「ううむ……響君の言いたい事は分かるが……しかし……」

 

 

響の気持ちを尊重してやりたい部分はあるが、今は自分達にとっても今後に関わる大事な局面なのもまた事実だ。

 

 

そう簡単に責任を委ねられる問題でもない以上、一体どうしたものかと悩む弦十郎の隣でエルフナインは顎に手を添えながら何やら思考した後、視線を上げて響達の顔を見回していく。

 

 

「そうですね……此処は響さん達に任せるというのも手かもしれません」

 

 

「本当に?!」

 

 

「エルフナイン君?!しかし……」

 

 

「確かに、失敗が許されない交渉を任せるのはリスクもありますが、彼と直接面識があるのはこの中でも響さん達だけです。顔見知りの人間が相手なら少なくともファーストコンタクトに失敗する事は先ずないでしょうし、響さんに対して悪印象を抱いていないのなら警戒心を持たれる事もないかと思います」

 

 

ただし、とエルフナインは一拍置く。

 

 

「先程も言ったように、マスクドライダーは未だ正体が分からない部分が多い相手ですから、何がきっかけで決裂が起きるかも分かりません……ですので皆さんには、いざと言う時の為にこちらから指示を送れる通信機を身に付けていて下さい。万が一皆さんが交渉に失敗した場合、こちらからリカバリー出来るようにフォローしますので……それなら問題ありませんよね?」

 

 

「……ふむ。交渉が成功する可能性が僅かでも上がるなら、賭けに乗るのもアリか……分かった。だがくれぐれも慎重に頼むぞ?今の状況を打破する為にも、彼から齎される情報だけが頼りだからな」

 

 

「了解です!」

 

 

「了解」

 

 

「うう、何だかとてつもなく責任重大な任務を任されちゃったデスよ〜……」

 

 

「ったく、相変わらず一人で突っ走りやがってコイツはっ……」

 

 

ちょっとはこっちの意見も聞きやがれ、と頭を抑えて愚痴をこぼすクリスだが、何だかかんだ言いながらも響が率先してこうなる事を分かっていたのか、口ではそう言いつつ彼女の表情に其処までの悪感情の色はない。

 

 

その辺を響も察し、後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべてクリスに謝ると、モニターに映る青年に決意を秘めた眼差しを向けていくのであった。

 

 

 

 

 



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第二章/邂逅×存在を赦されない存在①

 

―繁華街―

 

 

「………………」

 

 

それから数十分後、市内では監視カメラに映っていた映像と変わらず大勢の人々が行き交い賑やかな風景が広がっていた。

 

 

そんな中、市内にある一つのベンチの上ではフードを深く被った青年が何をする訳でもなく座り込み、顔を俯かせて無言のまま身動き一つも取らないでいた、その時……

 

 

「──あの……仮面ライダーさん、ですよね?」

 

 

「……?」

 

 

不意に目の前から誰かから声を掛けられ、青年はピクッと僅かに反応を示しながら徐に顔を上げていく。其処には、何処となく緊張した面持ちで青年の前に立つ少女と、その背後には少女と同じ制服姿の三人の少女達……響達の姿があり、青年は響達を見て小首を傾げた。

 

 

「お前達は……」

 

 

「どうも……」

 

 

「まさか顔を忘れた、なんて言い出さないだろうな?この前の戦場でガッツリ会ってたんだ、忘れたとは言わせねーぞ」

 

 

「ちょ、クリス先輩……!もう少し抑え気味に抑え気味に……!」

 

 

腰に手を当てて若干高圧的な口振りになるクリスに切歌が慌ててしまう中、青年は頭上に疑問符を浮かべて四人の顔を一人一人見回し、響の顔を見て何かを思い出したように僅かに息を拒んだ。

 

 

「お前達は……そうか……三日前の戦場にいた……」

 

 

「あっ、思い出してくれました?あの時は助けて頂いて、本当にありがとうございました!」

 

 

自分達の顔を思い出した青年に、響は快活な笑顔を浮かべ改めて前の戦いの件について感謝の言葉を口にする。

 

 

そして青年もそんな響の顔をジッと見つめた後、周囲を見渡して近くの店の前の天井に取り付けられた監視カメラに目を向けていく。

 

 

「成る程……監視カメラの映像で俺の居場所を探り当てたんだな……」

 

 

「えっ?そ、そんな事まで分かるんデスかっ?」

 

 

「……お前達が、あのノイズとかいう化け物と戦ってた事は以前から知っていたからな……その時の迅速な対応から、恐らく市内のカメラから街の様子を探ってるんじゃないかと予想はしてた……実際に当たってたのは自分でも驚きだが……」

 

 

「あっ!」

 

 

(切ちゃん……)

 

 

(馬鹿!余計な情報を与えてどうすんだ!)

 

 

これでは仮に交渉に失敗してしまった場合、彼の後を追跡するとしても監視カメラで追う事は出来なくなるかもしれない。思わず口を抑える切歌のポカで余計に失敗出来なくなりクリス達の緊張が増す中、青年はそんな空気も露知らず言葉を紡ぐ。

 

 

「それで、此処へは何しに?俺に何か用か……?」

 

 

「え、えっと……私達、仮面ライダーさんに会ってもう一度話がしたくて此処まで来たんです。仮面ライダーさん自身の事とか、あのノイズイーターの事とか、色々お話を聞かせて欲しくて……」

 

 

「ノイズイーター……ああ、そうか……お前達は奴らの事をそう呼んでるんだな……確かに、アレの醜態はそう呼ぶのが相応しいか……」

 

 

「「「「……?」」」」

 

 

ノイズイーターの呼称を聞き、何かに納得するように頷く青年の反応に響達は揃って首を傾げ怪訝な反応を浮かべていく。そして青年も暫し思考する素振りを見せた後、不意にベンチから腰を上げて立ち上がった。

 

 

「分かった……だが此処だと人も多く、会話を掻き消されるかもしれない……話は場所を移してからにしよう」

 

 

「え……あ、あの、話を聞かせてもらえるんですか?」

 

 

「……?その為に来たと言っていたのはそっちだろう……?違うのか……?」

 

 

「あ、いえっ!違わない事はないですけど……!」

 

 

「この間は何も言わずにいなくなったから、てっきり私達の事も警戒して話したがらなかったんじゃないかと思ってたから……」

 

 

故に想像よりもすんなり話に応じてくれた事に響達も逆に戸惑ってしまう中、青年は無表情のままそんな四人の顔をジッと見つめると、僅かに俯いて口を開く。

 

 

「成る程……気付かない内に誤解を与えてしまってたようだな……すまない……。あの時は"見られている"可能性を考えて、あまりあの場に長居が出来なかったんだ……」

 

 

「?見られてるって、誰にだよ?」

 

 

「……それも含めて話す……先ずは場所を移そう……」

 

 

話はそれからだと、青年は人混みの間をすり抜けて先へと進んでいき、響達も互いに顔を見合わせた後、青年の後を追って走り出していくのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

そして数分後。響達は青年と共に近くに見えた適当なカフェに入り、テラスのテーブルを囲むように席に着いてから軽い自己紹介を済ませた後、注文を聞きに来たウェイトレスに飲み物を注文していく。

 

 

「私、カフェラテで!」

 

 

「私も同じ物を」

 

 

「アタシはモカでお願いするデース!」

 

 

「あたしは普通の珈琲でいい。……そっちは?何頼む?」

 

 

「……俺は……」

 

 

クリスに促され、青年は手元のメニュー欄に目を落とすと、何やら懐をガサガサと漁り出した。そんな青年の様子を見て響達も小首を傾げると、青年は小さく溜め息を吐いて響達に向け首を横に振った。

 

 

「俺はいい……お前達だけで頼むといい……」

 

 

「え、でも……」

 

 

「気にするな。俺はこれだけで十分だ……」

 

 

そう言って、青年はウェイトレスが運んできた水の入ったコップを手に取って揺らし、注文を承ったウェイトレスが去っていった後に調と切歌は顔を近づけてコソコソと小声で話し出す。

 

 

(もしかして、あまりお金がなかったのかな……)

 

 

(どーデスかね……案外ただのケチんぼだったりするかもデスよ?)

 

 

(お前らなぁっ、無駄話してないで今は目の前に集中しろっ!)

 

 

((うっ……はい……))

 

 

クリスに注意され、若干渋々ながらも定位置に戻る切歌と調。そんな中、響がちびちびと何処か大事そうに水を飲む青年に気になっていた最初の疑問を投げ掛けた。

 

 

「あの、それで早速なんですけど、仮面ライダーさんの事って聞かせてもらってもいいですか?名前とか、あの姿の事とか!」

 

 

「お、おい……!其処はもうちょい慎重に……!」

 

 

「……名前……」

 

 

駆け引きとか無しにガンガン質問を投げ掛ける響の飛ばしっぷりにクリスも慌てて抑えようとするが、響からの質問を受けた青年は逡巡するように俯いた後、意を決した様子で徐にフードを脱いでいく。

 

 

露わになったその素顔は中性的な顔立ちをしており、細く切れ長な真紫の瞳、フードを脱いだ拍子に揺れる長く黒い髪が特に目を引き付ける。

 

 

何処か触れれば散ってしまいそうな儚さを抱かせる青年の素顔を目にした響達も一瞬目を奪われる中、青年は若干たどたどしい口調で口を開いていく。

 

 

「名前は……多分、黒月蓮夜だ……年は18……だったと思う……」

 

 

「黒月、蓮夜さん……?でも、多分とか、思うって?」

 

 

「…………」

 

 

自分の事の筈なのに、何故か自信なさげに己の事を話す青年……"黒月 蓮夜"の口ぶりに疑問を覚える響からの質問に対し、蓮夜は言い難そうに目を逸らした後、一度目を伏せてから響の目を見据えていく。

 

 

「……持っていた僅かな荷物からそう名乗ってるだけで、実際にそれが本当に俺の名前なのかは分からないんだ……自分自身の事は、何も……」

 

 

「自分の事が分からないって……」

 

 

「まさか……」

 

 

蓮夜の話から何かを悟った調とクリスがハッとなり、それに対して蓮夜も数拍の間を置いてから重々しく頷いた。

 

 

「記憶喪失、という奴なのだろうな……自分の名前は疎か、記憶を失う以前の事が何も思い出せない……。だから、俺が何者なのかは俺自身にも良く分からないんだ……すまない……」

 

 

自分は記憶喪失で、自分自身が何者なのかも覚えていない。申し訳なさそうに謝る蓮夜からの衝撃的な話に響達も驚きで一瞬固まってしまうが、先に我に返ったクリスが目を細めて蓮夜を睨み付けていく。

 

 

「記憶喪失って、そんな話をいきなり信じろってのか?単にそっちが話したくない事を隠したいが為に、都合の良い事を言って誤魔化そうってんじゃないだろうな?」

 

 

「ちょ、クリスちゃん……!そんな言い方しなくても──!」

 

 

「良いからお前は黙ってろ……!コイツの話が信頼出来るかどうかはあたし等の判断に掛かってるんだ、一度助けられたからって無条件で何でもかんでも鵜呑みにする訳にはいかねぇんだよっ」

 

 

現に響は既に蓮夜を半分味方だと踏んでるし、切歌と調にその判断を任せるにはまだ歳若いし、荷が重過ぎる。

 

 

故にこの場では自分のみが彼が信頼に足る相手か見極めなければならないと、クリスが蓮夜を見つめる目を更に鋭くさせる中、蓮夜は僅かに俯き、自分の手を見下ろしていく。

 

 

「そうだな……自分でも突拍子のない話だとは思うが、言葉で伝える以外に信じてもらえる方法がない……だから、最終的な判断はそちらに任せる……俺の話が信用に足らなければ、このまま去ってもらっても構わない……」

 

 

「…………」

 

 

他に信じてもらう方法がない以上、嘘か真かの判断を委ねる事ぐらいしか誠意を見せられないと目を見つめ返してくる蓮夜に対し、クリスも暫しジッと蓮夜の目を見つめると、やがて溜め息と共に頬杖を突いて目を逸らした。

 

 

「まあいい……そっちがその気なら、取り敢えず話を聞いてからでも遅くはないだろうしな……」

 

 

「……俺の話を信じてくれるのか?」

 

 

「一先ずは、だ。別にそっちの話を鵜呑みにした訳じゃねえから、勘違いするな」

 

 

「ク、クリスちゃん!もう……蓮夜さんもすみませんっ、クリスちゃんも悪気がある訳じゃなくて……!」

 

 

「いや、分かってる……寧ろ正体不明の相手が素性を明かせない以上、警戒を覚えるのも無理はないだろうからな……」

 

 

だからクリスの反応も当然だと語る蓮夜に、クリスも目を細めてそれ以上の追求はせず口を閉ざす。そんな若干ピリ付く空気の中、調が控え目な挙手と共に蓮夜に問い掛ける。

 

 

「あの、さっきの……記憶がないって話でしたけど、一体何時からそんな事に?」

 

 

「何時から……そう、だな……覚えている限りだと、数週間ほど前になるか……見知らぬ路地の裏に何故かボロボロの格好で倒れていて、目覚めた時には何故か自分の事も、それ以前の記憶の事も思い出せなくなっていた……」

 

 

「数週間前……」

 

 

(都市伝説や噂が流れ始めた時期とは、一応は合致するな……)

 

 

となると、やはり彼が件の噂の仮面ライダーである事は間違いなさそうだが、そもそも何故記憶喪失の蓮夜がそんな力を持っていてノイズイーター達と戦っているのか。四人のその疑問を感じ取ったのか、蓮夜は懐から一枚のカード……仮面ライダーの絵が描かれたカードをテーブルの上に置いて話を続けていく。

 

 

「手元に残っていたのは僅かな荷物と、このカードと腰に巻いていたベルトだけだった……最初は俺自身も、記憶を失った事や自分が何者なのかも分からず混乱していたが、奴らを止めなければいけないという事だけは分かって、これまでもあの姿になって戦い続けていた……そして奴らと戦い続けていく中で、少しずつではあるがこの力の事や、奴らの事を思い出せるようになっていった……」

 

 

「思い出せ……じゃあ、やっぱり蓮夜さんはノイズイーターの事を知ってるんですね?」

 

 

僅かに身を乗り出す響からの問いに、蓮夜も小さく頷くと共にテーブルの上のカードに目を落としていく。

 

 

「俺が変身していたあの姿は、『クロス』……そしてお前達がノイズイーターと呼ぶあの怪物の名は、『イレイザー』……物語から追放された、存在を許されざる者が変わり果てた姿だ……」

 

 

「クロス……イレイザー……」

 

 

「そのクロスってのは、一体何なんだよ?あたし等のシンフォギア……とは違うんだろ?」

 

 

蓮夜の口から告げられた仮面ライダーとノイズイーターの本当の名前……『クロス』と『イレイザー』の名を聞いて響達の表情が真剣味を帯びる中、クリスがクロスについての説明を求めると、蓮夜は懐から変身に使っていたベルトを取り出していく。

 

 

「俺もまだ、其処まで詳しい事は思い出せてない……ただこのベルトとカードを使えば超人的な力を得られる事や、これが奴らに対抗出来る唯一の力である事……そして、俺がこの世界の人間ではないという事だけは思い出せた……」

 

 

「この世界の、人間じゃない?」

 

 

「……もしかして……貴方は並行世界の……?」

 

 

意味深な蓮夜の言葉に響が訝しげに小首を傾げると、調はふと先程の本部での弦十郎達との会話を思い出し、目の前にいる蓮夜が並行世界の存在なのではないかと察して問い掛ける。

 

 

それに対し蓮夜も数拍の間を置いた後、肯定の意味を込め頷き返し、響達は目を開いて息を呑んだ。

 

 

「記憶を失ってから暫くの間ずっと、何処か周囲との差異、違和感のような感覚が拭えなかった……そう感じる理由も分からないまま何故か奴らの気配を感じ取る事が出来て、戦わなければならないという衝動のままに変身して戦い、モヤが掛かっていた記憶が少しずつ蘇って、分かった……俺は元々奴らを追い掛けてこの世界に訪れ、そして何者かに襲われて記憶を失った……恐らく、イレイザー達の手によって……」

 

 

「イレイザーって……さっき言ってた奴の事か」

 

 

「物語から追放とか、存在を許されざる者って言ってたデスよね……あれってどういう意味デスか?」

 

 

蓮夜が記憶を失った原因……それがさっき彼も言っていたイレイザーと呼ばれる怪物にあるかもしれないと話す彼に、切歌は先程蓮夜が口にしてた『物語から追放された』、『存在を許されざる者』というワードが気になって更に追求すると、蓮夜は水を口に含んで口内の渇きを潤してから話を続ける。

 

 

「言葉通りの意味だ……物語から何かしらの理由で存在を許されなくなった者の成れの果て……奴らは元々、その世界を生きるただの人間と変わりはなかった……だが、世界のあるべき流れやルールから逸脱し、物語を歪める危険性を持ったが為に追放者の烙印を押され、醜い異形の存在となって故郷である物語を追われた存在……それが奴らの正体だ」

 

 

「?ええっと、つまり……?」

 

 

「まさか……奴らの正体は、元は人間だってのか?!」

 

 

「え?!」

 

 

いきなり話が難解になり響や切歌が置いてけぼりを食らう中、蓮夜の話を聞いて信じられない様子で声を荒らげるクリスの言葉に驚愕を浮かべると、蓮夜は瞼を伏せて小さく頷き返した。

 

 

「でも、世界から追放って、誰がそんな事を……」

 

 

「誰か、なんて明確な存在はいない……いや、強いて言えば、お前達が生きるこの世界そのものがそう決めたと言うべきか……さっきも説明したように、世界には本来そうあるべき流れというものが存在する……此処で言えば、お前達がノイズを倒し、平穏を守る……それがさっき言った『物語』、この世界のあるべき姿だ……しかし……」

 

 

カランッと、蓮夜の飲む水の中の氷が音を立てる。その音に響達も一瞬釣られコップに目を向けると、蓮夜もジッとコップを見つめて話を続けていく。

 

 

「……その主軸となる流れを直接的にしろ間接的にしろ歪める、或いは致命的な支障を来たすと判断された者は世界にとって不必要とされ、容赦なく物語から追放される……その瞬間から、自分が生まれ育った世界や人々は仮初の現実……フィクションとされ、戻る事は許されなくなる……それがイレイザーと呼ばれる者達の末路だ」

 

 

「そんな……」

 

 

「あ、あんまりデスよそんなのっ!世界の都合で問答無用で追放とか、理不尽にも程があるデスっ!」

 

 

その話が本当だとすれば、イレイザーもまた世界の都合で居場所を追われた被害者と言う事になる。ノイズと戦う自分達の障害になり兼ねないから問答無用で世界から追放される。そんなあまりにも理にかなわない話に調や切歌、響も納得がいかない様子でイレイザー側に肩入れしてしまう中、クリスは腕を組んで冷静に聞き返した。

 

 

「けど、だったら何で世界から追放された筈のノイズイーター……イレイザーがまたこっち側に戻って来てるんだよ?」

 

 

「あ、確かに……それは、どうして?」

 

 

「……物語から追放されたとしても、戻って来られる方法が決してない訳じゃない……追放された先の外にも、彼らにとって新たな現実となる世界が存在し、其処で堅実に生きて烙印された罪を償えばイレイザーから人間に戻り、元の世界に帰る事が出来る……だが、中には謂れのない罪だと受け入れられない者、手にした力を悪用しようと画作して強引に物語の中に戻って来る者もいる……」

 

 

説明の最中、響達が注文した飲み物を運んでウェイトレスがやって来る。だが蓮夜の話に集中し切っていた為に軽い会釈の応対しか出来ず、飲み物がテーブルの上に並び終わったのを見計らい、蓮夜は話の続きを語っていく。

 

 

「しかし、強引に物語の中に戻ってきたとしてもそれで話が済む訳じゃない。不正な方法で戻ってきた事が物語にバレれば再び追放され、今度こそ二度と戻って来られなくなる……そうならないように、奴らは身を隠しながら少しずつ物語を自分の都合の良いように書き換えていき、最終的に自分の存在が許される世界に作り替える……それが奴らの能力、『改竄』の力だ」

 

 

「……改竄?」

 

 

新たに出てきたワードに四人の頭上に疑問符が並ぶ。

 

 

「改竄とは、本来その世界の歴史や流れでは決して起こり得ない事象を人為的に引き起こし、物語を歪める力……例えるなら、既に存在する本に後から勝手に文字を書き加え、気に入らない話を自分好みに変えるというルール違反みたいなものだ……本の主人公が全く別のキャラクターに変わっていたり、結ばれるヒロインが違う、物語の内容が変わって登場人物が次々と命を落とす……そうやって徐々に世界全体に気付かれない程度の違和感を広げていき、やがては物語そのものを乗っ取る事こそが、奴らの狙いだ……」

 

 

「んな馬鹿な……」

 

 

「それってつまり、歴史改変?まるでサイエンス・フィクションみたい……」

 

 

「え、えーっと……?」

 

 

「うう……何か話が滅茶苦茶過ぎて頭がオーバーヒートしそうデスよぅ……」

 

 

イレイザーの本当の力。その驚異的な能力にクリスと調も目を見開き驚愕を禁じ得ない一方で、響と切歌もスケールの大きい内容に理解が追い付かず頭から湯気を立ち上らせてしまっている。

 

 

すると蓮夜もそんな二人の反応を見て説明が適切でなかったかと思考し、もっと分かりやすく説明する為に話を噛み砕こうと試みる。

 

 

「例えば、この前のノイズの出現が最も分かりやすい例かもしれないな……アレはこの世界で起きた以前の事件で封じられ、本来なら二度と現れない筈だった……だが、物語のルールに縛られないイレイザー達にとってはそれも関係ない……扉を開く為に必要な鍵もいらず、閉じられた次元の向こうから再びノイズ達を呼び出す……改竄の力を行使すれば、奴らにとってそれも造作もないという事だ……」

 

 

「改竄の力でノイズを呼び出す……つまりそれが、前回のノイズ発生の真相……」

 

 

「そ、そんなのインチキ過ぎデスよ!チートじゃないデスか!チートッ!」

 

 

ソロモンの杖も必要がなく、イレイザーは己自身の改竄の力のみでバビロニアの宝物庫を自在に開く事が出来る。

 

 

そんなあまりにもな出鱈目さに切歌が思わず異を唱えると、蓮夜も目を伏せて両手の指を絡めるように組んでいく。

 

 

「だが、奴らの力も其処まで使い勝手が良い訳じゃない……あまりにも分かりやすい、或いは大規模な改竄は世界に探知されやすくなる……そうなれば奴らも為す術もなく追放されるしかない為、あまり無茶はして来ないとは思うが、中にはそれも承知の上で力を行使する者……もしくは、世界を御する程の強大な力を持ったイレイザーもいる……恐らく、先日の事件でノイズを出現させたのはそういった連中の仕業だろうな……」

 

 

「何だそりゃ、追放すら跳ね除ける奴もいるって事かよっ……!ますますインチキ度が増してんじゃねーかっ!んなのに出張られたら、どんだけの被害がっ……!」

 

 

「いや、単純にこの世界を乗っ取るだけのつもりなら、もっと早く進行が進んでる筈だ……なのにそうしないという事は、他に何か別の目的……多分、仲間を集めてるんじゃないかと思う……」

 

 

「な、仲間集め、デスか?」

 

 

「……そういえば確か、この間のイレイザーと戦っていた時に、貴方は『この世界の中で作られた個体』って言ってたけど……」

 

 

三日前の戦場で、蓮夜がイレイザーに対して告げたあの時の言葉を思い出して調がそう問い掛けると、蓮夜は小さく頷いて答える。

 

 

「お前達がノイズイーターと呼んでいる連中は、恐らく他の世界から来たイレイザー達がこの世界の人間を元に人為的に生み出した、人工型のイレイザー……ようするに養殖された個体なんだろう……そして生まれたばかりの連中にノイズを喰らわせ、手っ取り早く力を付けさせようとしてる……あの赤い眼も、きっとその影響によるものなんだろうな……」

 

 

「ノイズを食らうイレイザー……それがノイズイーターの正体……」

 

 

「けど、仲間なんか集めてどうするつもりなんだよ?改竄なんて力を持ってるんなら、誰にも気付かれないよう裏でコソコソ隠れながらちょっとずつ世界を書き換えてくってだけで十分だろうに、なんでわざわざ……」

 

 

クリスの言う通り、仲間を作って数を増やせばその分目撃される危険性も増える。

 

 

それなら寧ろ数が少ない方が逆に動き回りやすいのではないか?と疑問を口にする彼女に対し、蓮夜は水を含んで話を続ける。

 

 

「真っ先に考え付く理由としては、恐らく自分達の改竄の力をより強固なモノにする為じゃないかと思う……少ない人数なら確かに発見され難いが、その分、物語を完全に乗っ取るまでにそれなりに時間も掛かる……逆にイレイザーの数が多ければ、一斉に力を行使して一度の改竄のみで物語を乗っ取る事が出来るからな……最もこれもあくまで俺の予想でしかない為、奴らの本当の目的は未だ検討が付かないのだが……」

 

 

どっちにしろ、前回の事件でノイズを呼び出したイレイザーがこの街の何処かで今なおノイズイーターを作り出しているのは先ず間違いない。

 

 

そう言い切る蓮夜の言葉に一同も口を結んで無言になる中、響がスカートの裾をキュッと握り締めて口を開いた。

 

 

「……正直、私はイレイザーの事とか、改竄の力とか、何となくでしか理解出来てない部分が多いですけど……でも、イレイザーが放っておくには危険な存在だって事は分かりました。なら、蓮夜さんと私達が手を取り合って協力すれば、イレイザーを倒す事も、被害を事前に防ぐ事だって……!」

 

 

これまでの説明で、イレイザーの危険性やその力の脅威は理解出来た。しかし、それも自分達が力を合わせれば何とかなる筈だと、改めて蓮夜に協力を持ち掛けようとする響。

 

 

だが、蓮夜はそれに対し何処か複雑げな表情を浮かべた後、再び無表情となって響の目を見つめ返す。

 

 

「すまないが、お前達と一緒にイレイザーと戦う事は出来ない……」

 

 

「え……ど、どうしてですか?」

 

 

「……さっきも説明したように、イレイザーは既に世界のルールから逸脱した存在だ……本の中の登場人物が本の外の読者を傷付けられないように、物語のルールの中を生きるお前達が、物語の外に追放されたイレイザーを傷付け、滅ぼす事は出来ない……現にお前達も、既にそれを先の戦いで実感している筈だ……」

 

 

「……あ……」

 

 

蓮夜に言われ、響達は三日前の戦闘でイレイザーに傷一つ付けられず、攻撃の手応えも得られなかった事を思い出し、そんな四人の反応を見て蓮夜もテーブルの上に置かれたクロスのカードに目を向けていく。

 

 

「俺はこのカードとベルトのおかげか、イレイザーによる改竄の影響を受けず、奴らを倒す事は出来る……しかし、この世界の人間であるお前達はそうはいかない……奴らがお前達を明確な敵と認識して改竄の力を用いれば、自分でも気付かない内に記憶や人生も操作され、全くの別の人間にされるか、或いは存在そのものがなかった事にされるか……何れにせよ、そんな危険の伴う戦いにお前達を関わらせる訳にはいかない……」

 

 

「で、でも、蓮夜さんはイレイザーについて詳しいんですよね?だったら、その対策も何か……!」

 

 

イレイザーに詳しい蓮夜なら奴らと戦える術も、改竄を防ぐ術も知っているかもしれないと考え、その方法を教えて貰えないか頼もうとする響だが、蓮夜は無言のまま首を横に振っていく。

 

 

「奴らの改竄を未然に防ぐ術はない……いや、記憶を失う前の俺ならその方法を知っていたかもしれないが、残念ながら今の俺にはそれも知る由もない……だから今の俺に出来るのは、このまま奴らを倒しながらイレイザーを作り出している黒幕を追う事と、これ以上お前達が事件に足を踏み入れないように警告する事だけ……それを伝える為に、こうしてお前達と話そうと思ってたんだ……」

 

 

「……そんな……」

 

 

蓮夜が自分達の話に応えてくれた真意を聞かされ、響は肩を落として落ち込んでしまい、クリスも両腕を組みながら目を細めて蓮夜を睨み付ける。

 

 

「ようするに、あたし等は足を引っ張るだけだから余計な首を突っ込むな……そう言いたいのかよ?」

 

 

「……お前達はこの世界を守る守護者……つまりこの物語にとって重要な要となる存在だ……そんなお前達の身に何かがあれば、この世界は一瞬で奴らの手に落ちる事になる……それを避ける為にも、お前達を奴らに近付けない事がベストな方法なんだ……」

 

 

「っ……ふざけんなっ!人様の世界が他所から来た連中に好き勝手に荒らされてるってのに、それをただ黙って指を咥えて見てろってのかっ?!冗談じゃねえぞっ!」

 

 

「クリス先輩、落ち着いて……!」

 

 

そんなの納得いくか!と、実質戦力外通告をされたも同然の蓮夜の言葉にクリスも憤って身を乗り出し、周囲の奇異の視線を集める彼女を落ち着かせようと調達が宥める。

 

 

蓮夜もそんなクリスの怒りを受け止めて何も言わず、ただ無表情のまま話の続きを語っていく。

 

 

「勿論、理由はそれだけじゃない……先日のあのノイズの異常発生も、それに引き寄せられたイレイザーを餌に俺を誘き出す為の黒幕側が仕込んだ囮……恐らく、俺が生きている事を確かめる為のものだ……あの時お前達が言っていたジャミングが黒幕の手によるモノなら、俺が生きている事は向こうにもきっと既に知れ渡ってる……となれば、俺を消す為に様々な刺客が今後送り込まれて来るかもしれない……その危険性も考慮して、俺達は一緒にいるべきじゃない……」

 

 

「ッ……でも、それなら尚更……!」

 

 

「それに其処の少女が言っていたように、俺も奴らもこの世界にとって部外者……本来在ってはならない異物だ……何も思い出せず、分からない状況下で互いに無遠慮に接触し続ければ、お前達にどんな影響を及ぼすかも分からない……それを避ける為にも、俺達は必要以上に干渉し合うべきじゃない……」

 

 

決して彼女達を蔑ろにしてる訳じゃない。しかし彼女達がこの物語にとって重要な役目を補う存在である以上、イレイザーへの対策も無しにこれ以上この件に関わらせる訳にはいかない。

 

 

そもそもこれは他所の世界から来た部外者である自分達の問題だ。これ以上は関係ない彼女達を巻き込む訳にはいかないと、水を飲み終えた蓮夜は店の近くの時計台の時間を確認し、徐に椅子から立ち上がっていく。

 

 

「表立った協力は出来ないが、イレイザーについての情報はそちらが求めれば提供するつもりだ……だが、何があっても奴らと戦おうとはしないでくれ……他に方法がない以上、奴らの始末は俺が必ず片をつける……これ以上、この世界の人間やお前達にも迷惑を掛けないように努力すると、約束する……」

 

 

「蓮夜さん……」

 

 

「……大して力になれず、すまない……だが、話す事が出来て良かった……それじゃ……」

 

 

何処か申し訳なさそうに響達に謝罪すると共に別れを告げ、蓮夜はフードを被り直しながらその場を後にし人混みの中へと消えていく。

 

 

それを見て響も一瞬蓮夜を呼び止めようとして手を伸ばすが、引き止めてから何と言えば良いか分からず躊躇してしまい、結局遠ざかるその背中を黙って見送る事しか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 



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第二章/邂逅×存在を赦されない存在②

 

 

「──奴が記憶を失ってる……だって?」

 

 

とある廃屋内。元は何かの工場だったのか、長らく放置された錆まみれの機械が多く見られる屋内にて、デュレンにより金髪の男と青髪の青年が集められ、彼から齎された情報……自分達が敵対している蓮夜に関わる情報を聞き、金髪の男は怪訝な反応でデュレンにそう聞き返していた。

 

 

「そうだ。先日の戦いを観察した際、奴の戦闘スタイルが目に見えて変わっているのが分かった……恐らく、我々が以前奴を罠に嵌めた際に一命こそ取り留めたものの、代わりにこれまでの記憶を失う事になったのだろうよ」

 

 

「うーん……って言われてもさ、デュレンがそう言ってるだけで実際そうなのかなんて分からないでしょう?まあ確かに、彼と何度か交戦経験があるのはこの中でデュレンが一番多いけど……」

 

 

「確かにな……大体、記憶を失ってるからってソレが何になるんだよ?奴の力が厄介なままなのは確かだし、実際に奴のせいでこれまで何人も駒を消されちまってんだぞっ?」

 

 

記憶を失ったせいで戦えなくなったのならまだしも、蓮夜はそれでも変身して自分達の駒であるイレイザーを倒している。どっちにしろ自分達にとって驚異でしかないのは変わりないではないかと吐き捨てる金髪の男に、デュレンは両手をポケットに突っ込んだまま淡々と語る。

 

 

「記憶を失っただけとは言え、それは奴にとって死活問題なのに変わりはない。忘れたか?奴が変身するクロスの力の本質は繋がり……『他者との絆』をその身に具現化し、己の力とするだけでなく、奴と繋がりを得た人間にまで我々と戦える力を恩恵として与える……」

 

 

「知ってるよっ。そのせいで本来、フィクションの連中には倒されねぇっていう俺達の強味も打ち崩されちまうし、だから計画を動かす前に奴と装者共が合流しないように先に潰そうと話になったんだろっ?それが何の……」

 

 

「……分からないか?記憶を失ってる今、奴は嘗ての仲間の記憶も失い、これまでの繋がりも絶たれた事になる……つまり今の奴は、俺達と戦った時よりも遥かに弱体化しているという事だ」

 

 

真剣味を帯びた口調のデュレンにそう言われ、彼の話を半ば聞き流そうとしていた二人の表情も僅かに変わる。仮にもしデュレンの話が本当だと仮定すれば、今の蓮夜は確かに自分達にとって大した驚異になり得ないかもしれない。しかし……

 

 

「けど、奴がマジで記憶を失ってるって確証は本当にあんのか?もしかしたら向こうも俺達の事を欺く為に、わざと記憶がない素振りを見せてこっちを釣り上げようだなんて考えてるかもしれないだろ?」

 

 

「ハハッ、相変わらず用心深いねぇー……でも、僕も同意見かな。まだ一度しか彼の戦いを見てない訳だし、もう少し様子を見てから判断するべきじゃない?」

 

 

「分かっている、その為の次の一手を既に用意済みだ。先の使い捨ての駒とは違い、奴の力を測るのに適当な駒をな……アスカ、お前は其処で奴の力を見極めろ」

 

 

「ハアッ?!何で俺なんだよッ?!お前の方が奴の事に詳しいんだから、お前が直接確かめてくりゃいいじゃねえかッ?!」

 

 

「そうしたいのは山々だが、俺は欠けた駒を補充する為に色々と動かなければならないのでな……俺の代わりとなると、後は慎重派のお前ぐらいしか適任はいない」

 

 

お前の目なら奴の一挙一動を見逃す事もないだろうと、見透かすように語るデュレンに金髪の男……アスカも嫌悪感を露わに顔を歪め、舌打ちと共に頭を掻きながら廃屋を後にしていく。

 

 

「ハハッ、口では何だかんだ言いながらも仕事はちゃんと全うするよねー、アスカって」

 

 

「後は命令に忠順であってくれれば話も早く助かるんだがな……まあいい、俺は新たな駒集めに戻る。お前は引き続き、S.O.N.G.の動向を見張れ……奴と装者共が合流すると踏めば、即座に潰しても構わん」

 

 

「りょーかい……っと、そうだった。一つ伝え忘れた事があったんだけど、この間の彼に倒されたイレイザーの事で興味深い発見があったんだよ」

 

 

「……発見?」

 

 

アスカに続いて廃屋を後にしようとするも、青髪の青年の台詞に怪訝な反応を浮かべて振り返るデュレン。

 

 

そして、青髪の青年が語った内容……三日前の戦場で蓮夜が倒したイレイザーの変容を聞き、デュレンは僅かに口端を吊り上げた。

 

 

「ほう、窮地に追いやられたイレイザーが進化を……」

 

 

「混じりっ気のない僕らの時に比べたら微々たる変化だったけど、それでもこれまでに比べれば目に見えて分かる変化だ。ノイズを喰らったイレイザーに短期間で力を付けさせて、僕達とは異なる進化の可能性を探る……正直前例のない試みだから失敗で終わるんじゃないかと危惧したけど、此処に来てやっと日の目が見えて来たんじゃない?」

 

 

「……そうだな。しかしその話が本当だとすれば、進化の引き金となるのは──」

 

 

顎に手を添え、深く考え込むデュレンの脳裏に過ぎるのは嘗て相対した蓮夜の顔。暫し思考した後、廃屋の入り口に顔を向けて目を細めていく。

 

 

「もしかすると、少しばかり計画の進行に修正が必要になるやもしれんな……」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「──それじゃあ、結局その仮面ライダーさん……蓮夜さんって人と協力を取り付ける事は出来なかったの?」

 

 

「……うん……」

 

 

一方その頃、蓮夜と別れた響達は本部に帰還した後、協力こそ取り付けられなかったが蓮夜から齎された情報を整理する為に一先ず今日は解散という事になった。

 

 

その後、四人は本部で皆の帰りを待っていた未来を加えて行き付けのクレープ屋に寄ろうという話になり、その道中で蓮夜との交渉の経緯を未来に説明する中、クリスが掌に拳を打ち付けた。

 

 

「クソッ!アイツ、あたし等の事を足手纏いみたいに扱いやがって……!今思い出しても腹が立つ!」

 

 

「ま、まあまあ……でも、私もその人の言ってる事はあながち間違ってるとも思えないかな。対抗策もない状態で皆が戦って、それで怪我をするなんてあって欲しくないし……」

 

 

「それは……確かに……」

 

 

「正直、今イレイザーと戦うのはギアも無しにノイズと戦うみたいなもんデスしね……戦える方法も無しに、またあんなのと戦うのはアタシも気が引けるデスよ……」

 

 

「そんな事は言われなくても分かってんだよ!けど……あー、クッソッ……!」

 

 

イレイザーと交戦してその危険性を身をもって実感したし、蓮夜が自分達をこの件から遠ざけようとする気持ちは分かる。

 

 

だが、今まで自分達が必死に守ってきたこの世界がイレイザーの手によって明日にでも乗っ取られるかもしれないと聞かされたのに、戦う手段がないから手を引けと言われて簡単に引き下げれるほど大人にはなれない。

 

 

故にクリスも蓮夜への怒りと言うよりも、何も出来ない事に対しての苛立ちを抑えられない意味合いの方が大きく、切歌と調も口では納得してるように呟きつつも実際の所は内心割り切れてないのが本心だったりする。

 

 

そんなクリス達の様子に未来も複雑げな顔を浮かべる中、隣を歩く響は浮かない様子で肩を落としており、顔を上げて空を仰いでいく。

 

 

「私……蓮夜さんと話せればきっと協力出来るって思ってたけど、もしかして考えが甘かったのかなぁ……」

 

 

「響……さっきも言ったけど、その蓮夜さんって人も響達の身を案じて事件から手を引くように言っただけで、別に協力が嫌で断った訳じゃないんでしょ?実際、直接協力は出来ないけど情報提供はするって聞いたし……」

 

 

「それは分かってるんだけど……でも……」

 

 

イレイザーに太刀打ちする術がない以上、蓮夜が言うように自分達が事件から手を引くのは妥当な判断だ。

 

 

それは弦十郎達も理解してるのか、本部に戻った後のブリーフィングでは一先ず情報の整理の為にあの場では解散となったものの、仮にこのまま対抗策が見つからなかった時は……と、直接口には出さなかったがそんな雰囲気を醸し出していた。

 

 

無論そうせざるを得ない事は頭では理解しているのだが、それでも自分が望んでいたのとは違う現状に響も未だに納得し切れず気落ちしており、そんな響の様子を見た切歌は不意に拳を掲げて叫び出した。

 

 

「まぁ、もう終わった事デスし、今日はこれ以上あれこれ考えてもしょーがないデスよ。こーゆーモヤモヤっとした時は、甘い物でも食べて気分を変えるのが一番デース!」

 

 

「……そうだね。気分転換は大事」

 

 

「つっても、正直今はそんな気分にもなれねえんだけどな……」

 

 

「まーまーっ。とにかくGOデスよGO!ほらほら、お二人も早くー!」

 

 

「あ、うん。私達もいこ。ね、響?」

 

 

「……うん、そだね」

 

 

気落ちする皆を励まそうと敢えて明るげに振るう切歌の気遣いを悟ったのか、真っ先に同調した調に背中を押されながら半ば不本意げなクリスも仕方なさそうに先へと進んでいき、そんな三人を見た未来に促され響も若干ぎこちなくも笑って頷き返し、皆と共に目的地のクレープ屋へ向かう足取りを速めていくが……

 

 

「──さっきの店員さんって、新しく入った人かなぁ?」

 

 

「結構カッコよかったよねー!私、あの店通っちゃおうかなぁ〜」

 

 

「……?何か、今日はやけに人多くないか?」

 

 

「デスね……というか、この辺じゃあまり見掛けない他校の生徒までいるデスよ?」

 

 

クレープ屋に向かう道中、何やら何時もに比べて響達と同じリディアンの生徒やここら辺ではあまり見ない制服の他校の女子生徒と行き交い、クリス達は頭上に疑問符を浮かべる。

 

 

そして漸くクレープ屋の前に辿り着くと、其処にはやはり黄色い悲鳴と共にクレープを持って店から出てくる女子生徒達の姿があり、その姿を見送りながら小首を傾げつつ、五人が取り敢えずクレープ屋に入っていくと、其処には──

 

 

 

 

 

「──いらっしゃいませ。ご注文は何に致しますか」

 

 

 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 

 

 

 

──其処には響達も見覚えのある顔……というか、先程別れたばかりの筈の蓮夜が何故か店のショーケースの向こうに、クレープ屋の店員の格好で真顔のまま佇む姿があったのだった。

 

 

「……って、れ、蓮夜さぁんッ?!」

 

 

「?……ああ、誰かと思えばお前達だったか。奇遇だな、まさかこんな所で会えるとは……」

 

 

「き、奇遇だなって、お前っ、こんな所で何してんだよっ?!」

 

 

「何、と言われても……見ての通り、此処でバイトをさせてもらってるんだが……」

 

 

「バイト……?」

 

 

両腕を軽く広げ、自身の格好を指し包み隠さずそう告げる蓮夜に響達は唖然とした表情を浮かべている一方で、未来は響達と蓮夜の顔を交互に見比べながら若干状況に付いていけず困惑しており、そんな未来の存在に気付いた蓮夜は訝しげに首を傾げた。

 

 

「初めて見る顔もいるな……お前達の友人か……?」

 

 

「え……あ、は、はいっ。小日向未来って言います。えっと……もしかして、貴方が黒月蓮夜さん、ですか?」

 

 

「?俺の事を知ってるのか……?」

 

 

「あ、はい。実は私、民間協力者って言う体で響達に協力してるんです。それで、蓮夜さんの事も一通り皆から話を聞いてて……」

 

 

「成る程……民間の協力者なのか……確かに学業をこなしながらノイズと戦うなんて並大抵の苦労ではないだろうからな……良い友人を持ってるじゃないか……」

 

 

「え、えーっと……そ、それ程でも〜……」

 

 

「言ってる場合かッ!ってかそんな事より聞きたいのは、何でお前がこんなとこでバイトなんかしてるって話だッ!イレイザーを作ってる黒幕を追ってたんじゃねーのかよッ?!」

 

 

そう、今知りたいのはそれだ。先程の交渉の際にイレイザーの件は任せて自分達には手を引けと言っておきながら、何故こんな所でクレープ屋の店員なぞやっているのか。

 

 

勢いよく問い質すクリスからの質問に対し、蓮夜は真顔のまま小さく頷き返す。

 

 

「勿論、イレイザーや黒幕の捜索は今も続けてる……たださっきも言ったように、俺はこの世界の人間じゃないから身寄りもなく、金銭も大して持ち合わせがなかったからな……最初の頃はその事にも気付かずひたすらに奴らと戦い続けていたんだが、所持金が底を尽き、飲まず食わずで過ごすのも流石に限度が来て、遂に行き倒れてしまったんだ……其処へたまたま通りがかった此処の店の店主に救われて、事情を説明したら此処で働かせてもらえるようになった、という事情があってこうなった……」

 

 

「い、行き倒れたデスか……」

 

 

「何ていうか……影のヒーローも世知辛いんだね……」

 

 

思いのほか現実的且つ納得のいく理由に切歌と調も何とも言えない表情になり、クリスは呆れて物も言えないと頭を抑えて溜め息を吐いてしまう中、店の奥から店員の格好をした一人の女性が顔を出した。

 

 

「あれ、どうかした蓮夜君?何かトラブル?」

 

 

「ああ、店長……いや、たまたま顔見知りが来たから少し話し込んでるだけで、大した事は何も……」

 

 

「顔見知り?あ、もしかして、蓮夜君が記憶を失う前の知り合いとか……!」

 

 

「いや、そういう訳ではないんだ……此処に来る前に知り合ったというだけで、特別何か親しいという訳じゃ……」

 

 

「そうなの?そっかぁ、てっきり蓮夜君を知ってる人が漸く現れたのかと思ったけど……あ、すみませんね?いきなり出てきて話に割り込んじゃって」

 

 

「あ、い、いえ!全然気にしてないですから!」

 

 

「そう?なら良かった……あ、因みに彼、人付き合いとか結構不器用なとこがあるけど、根はホントにいい子だから、どうか仲良くしてあげて下さいね?」

 

 

そう言って響達に微笑み掛け、店長はその場を蓮夜に任せ再び作業の為に店の奥に戻っていき、その背中を見送りながら蓮夜はたどたどしい口調で語る。

 

 

「今の人がこの店の店長でな……素性も分からない俺の話を信じて雇ってくれただけでなく、行く宛がないなら暫く自分の家に住み込んでもいいと言ってくれたんだが、流石に其処まで世話になる訳にはいかないと断った……いざという時、俺の問題に巻き込まれないとも限らないからな……」

 

 

「……蓮夜さん……」

 

 

苦笑いを浮かべる蓮夜のその言葉に、響は眉間に皺を寄せ複雑な表情を浮かべてしまうが、蓮夜はそれに気付かずに真顔に戻って響達の方に向き直った。

 

 

「まあ、俺の話は置いておくとして……それより、注文はどうする?今ならオススメはイチゴ系、ガトーショコラ系も人気だと店長も言っていたから、その辺のメニューの味は保証するぞ……」

 

 

「注文って……もしかして、蓮夜さんがクレープを焼くんですか?」

 

 

「大丈夫なのかよ……下手に注文してゲテモンが出てきたりとかしないだろうなっ……?」

 

 

「任せて欲しい。店長に教えを乞いて基礎から徹底的に叩き込んでもらい、お墨付きも貰ってる……商売をやる以上、顧客の期待を裏切るような物は出せないからな……必ず満足させてみせると約束する……」

 

 

「ムム、この多くのクレープを食べ尽くしてきたアタシを前に其処まで言い切るとは、これはクレープ覇者のアタシへの挑戦と受け取ったデスよ!」

 

 

「いや一人で勝手に盛り上がってんじゃねえよ、なんだクレープ覇者って」

 

 

ビシィッ!と、蓮夜を指差しながら良く分からないテンションでノリノリになる切歌に冷静なツッコミを入れるクリス。

 

 

そんな二人を横目に調は溜め息を吐きながら無言で財布を取り出し、既に響と未来と共に自分達の分のクレープを先に選び始めていたのであった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

それから数十分後。結論から言えばあの後、蓮夜が作ったクレープは自称舌が肥えてる切歌や響達にご満悦だった。

 

 

寧ろ、甘さのバランスが良く考えられたクレープの出来に彼女達から賞賛を貰い、切歌やクリスも「悔しいっ……!でもおかわり!」と満足させる事ができ、彼女達が去って閉店時間が過ぎた店の片付けを行う蓮夜も、表情こそ真顔のままだったが内心ではホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

(……店長直々に仕込まれて自信があったとは言え、実際に食べてもらうとなるとあんなにも緊張を覚えるものなんだな……記憶を失ってから初めて理解した……)

 

 

無論それだけじゃない。自分が苦労して作った物を美味いと言って褒めてもらえるのは、あんなにも心満ちる感情を覚える物なんだなと実感して小さく微笑み、その余韻を胸に蓮夜がダンボールを抱えて店の片付けを進めていくと、その時……

 

 

「──あの、蓮夜さん!」

 

 

「……?」

 

 

店の後片付けを行っていた中、後ろから不意に声を掛けられてダンボールを抱えたまま振り返る。其処には、夕日の日射しが差し込む店の入り口の前に立つ一人の少女……クリス達と共に帰った筈の響の姿があった。

 

 

「お前は……確か仲間達と一緒に帰った筈じゃ……」

 

 

「未来達には先に帰ってもらいました……私やっぱり、蓮夜さんともっとちゃんと話がしたくて……」

 

 

「…………」

 

 

そう語る響の目を見て彼女が言わんとしてる事を察したのか、蓮夜は口を閉ざし、響に背を向けながら抱えたダンボールを片付けて作業を続けていく。

 

 

「もうすぐ日も暮れる……ノイズと戦ってるお前には要らぬ心配かもしれないが、女子高生が一人で夜道を歩くのはあまり宜しくない……暗くなる前に帰った方が──」

 

 

「お願いします!イレイザーに対抗する為に、私達と一緒に戦ってもらえませんか!」

 

 

「…………」

 

 

帰宅を促して遠回しに話を切り上げようとするも、向こうもそれを悟ったのかこれ以上ないほど一直線に再度協力を申し出られてしまった。

 

 

先手を打とうとするもそれも封じられ、蓮夜は瞼を伏せて溜め息を漏らすと、響の方に振り返って困ったように語る。

 

 

「その話は昼間にもした筈だろう……?イレイザーに対抗する手段を持ち合わせていないお前達を奴らと戦わせる訳にはいかない……危険が伴う以上、無謀な真似をさせる事は出来ないと……」

 

 

「それは、分かってますけど……」

 

 

「分かっているなら、納得は無理でも理解はしてくれ……これがお前達や、この世界を守る為にも一番の最善の方法なんだ……」

 

 

だからどうか諦めて欲しいと改めて響の頼みを断わり、蓮夜は今度こそ話を切り上げて片付け作業に戻ろうとするが、響はギュッとバッグの持ち手を握る手に力を込めた。

 

 

「──確かに、その方法なら私達は危険な目に遭わないし、安全も保証されるかもしれない……でも……けどそれじゃ、蓮夜さんが独りっきりのままじゃないですか……」

 

 

「……?俺……?」

 

 

響の思わぬ発言に怪訝な反応と共に振り返る蓮夜に対し、響はそんな蓮夜の目をまっすぐ見つめ返しながら告げる。

 

 

「さっき皆で話してた時もそうだったけど、蓮夜さんの顔、何ていうか……寂しそうっていうか、悲しそうに見える事が時々あるんです……私も昔、色々あったせいかそういうのが分かるっていうか、感じ取れちゃうっていうか……だからずっと気になってて、放っておけなくて……」

 

 

「…………」

 

 

何か辛い過去を思い返してるのか、暗い影を落としてそう告げる響の顔をジッと見つめると、蓮夜も自分の顔を手で触れて物憂い表情を浮かべた

 

 

「寂しそう……悲しそう、か……確かに、あながち間違ってるとは言い切れないかもしれない……」

 

 

「え?」

 

 

自嘲気味に笑う蓮夜の言葉に響が頭上に疑問符を浮かべて思わず聞き返すと、蓮夜はダンボール運びを再開しながら話を続けていく。

 

 

「自分でも理由は良く分からなかったんだが……何というか、記憶を失ってからずっと、胸に穴が空いたような感覚が拭えなかったんだ……何か大事な物が自分から抜け落ちたようで、落ち着かなくて……時々理由もなく泣き出したくなるような時もあって、自分でも困惑を覚える事も多々あったが……多分、あれは悲しかったんだ……記憶を無くした事もそうだが……恐らく、大事な人達の事を思い出せないのが……」

 

 

「大事な人達……家族とか、友達とか、ですか?」

 

 

「……其処までは分からないが、多分そうなのかもしれない……その人達の事を思い出そうとしても、出来なくて……こんなにも悲しく、切なくなる……だからきっと、記憶を無くす前の俺は余程大事で、大好きだったんだと思う……その人達の事が……」

 

 

顔も名前も思い出せない誰かの事を此処まで想えるのも、きっと過去の自分がそれだけその人達の事を大事に想っていたのだろうと、何処か羨むように微笑んで俯く蓮夜。その横顔を見て、響は僅かに逡巡する素振りを見せた後、何かを思い付いたようにハッとなった。

 

 

「そうだ……もしかしたらソレ、エルフナインちゃん……えっと、私達の仲間に相談すれば何とかなるかもしれないです!難しい事は良く分かんないんですけど、そういうのに詳しくて私達も何度も助けられた事があるし、蓮夜さんが無くした記憶も取り戻せるかも!」

 

 

そうなれば、イレイザーへの対策も何か思い出せるようになり、自分達も一緒に戦えるようになるかもしれない。

 

 

我ながら名案を思い付いたと喜びを露わにする響だが、それを聞いた蓮夜は少し考える仕草を見せるものの、直後に目を伏せて首を横に振ってしまう。

 

 

「え、ど、どうしてっ?」

 

 

「……もう少し前なら、その提案に乗ってたとは思う……だが、今は俺もイレイザー側に生きてると知られてしまってる。となれば、奴らも俺とお前達が合流する事を良しとせず今も警戒してるかもしれないし、お前達の拠点も見張られている可能性がある……其処で俺が出入りしている事が知られれば、奴らがどんな手を使ってくるか想像に難くない……」

 

 

「で、でも、そうなった時こそ一緒に戦えば!蓮夜さんがいれば、イレイザーを倒す事も出来る訳ですし!」

 

 

だからきっと大丈夫だと、前向きな笑顔と共に語る響。しかし蓮夜はそんな響の笑顔を見て一瞬複雑げに表情を歪めながら俯いた後、改めて響の目を見つめながら口を開いた。

 

 

「立花響、だったか……お前には、家族や友人……その身を削ってでも、守りたいと思える大切な存在はいるか……?」

 

 

「……?えっと、はい、それは勿論!お母さんやおばあちゃん、お父さんとか……未来やクリスちゃん、切歌ちゃんに調ちゃん、今は海外にいる翼さんとマリアさん、師匠やエルフナインちゃん、S.O.N.G.の皆さんも……みんな私の大切な家族で、友達で、仲間です!」

 

 

「……そうか……ならもし、その大切な人達の命が失われてしまった時……その時、お前ならどうする……?」

 

 

「……え……」

 

 

彼女達の命が失われたら……。そんな考えたくもない問いを突き付けられた瞬間に響は声を詰まらせて思わず黙ってしまう中、そんな響の反応を予想していたように蓮夜も物憂い表情で話を続けていく。

 

 

「お前達が今までどんな敵と戦ってきたかは俺には分からないが……少なくとも、お前が戦おうとしているイレイザー達はそのどの敵よりも厄介で、残忍である事だけは言い切れる……今はまだ脅威対象外として見てるかもしれないが、奴らが一度お前達を障害と判断すれば、どんな手を使ってでも潰そうとする筈だ……お前の家族や、さっき一緒にいたお前の友人の命を改竄の力で奪う事になっても、奴らは一切躊躇しない……その筆を軽く振るうだけで、奴らは簡単に人の命を奪う事が出来るからな……」

 

 

「お母さん達や……未来達をっ……?」

 

 

本にたったの一文を書き記すようなそんな簡単な感覚で、自分の大切な家族や親友達の命が奪われるかもしれない。

 

 

考えもしなかったその可能性を仄めかされ響も一言も声を発せず口を閉ざす中、蓮夜も意地の悪い問いを投げ掛けた事に対して申し訳なさそうに瞼を伏せるも、それでも響に事の重大さをしっかり伝える為に語り続ける。

 

 

「俺が頑なにお前達との協力関係を拒むのは、その危険性を孕んでいると思ったからだ……奴らがそんな手段を取るようになれば、改竄を防ぐ術を持たない俺にもどうする事も出来ない……失われるかもしれない命に責任を負う事も出来ない以上、安易に頷く訳にはいかない……大切な何かを失う事の辛さは、俺も少なからずは分かるから……」

 

 

「……蓮夜さん……」

 

 

イレイザーの冷酷さや残忍さを、何より大切な物を失う事への悲しみを理解しているが為に、響達の大切な人達にも危害が及ぶ事を考慮して協力関係の提案を簡単に受け入れる訳にはいかない。

 

 

何処か沈痛の面持ちで視線を逸らしながらそう告げる蓮夜の顔を見てその心情を察し、響もそれ以上は何も言えなくなってしまう中、不意に響の携帯に着信が入る。

 

 

蓮夜に一言断りを入れてから携帯に出ると、弦十郎の緊張に張り詰めた声が届いた。

 

 

『響君、緊急出動だ!ノイズがまた市街区に現れた!』

 

 

「ノイズ……!」

 

 

弦十郎からの連絡を聞き、響の顔が強ばる。アルカ・ノイズでない通常のノイズという事は、恐らくまたイレイザーによる差し金か。

 

 

S.O.N.G.から送られるヘリが降下する合流地点を聞かされながらそう考え、携帯を切り響が蓮夜の方に振り返ると、其処には既に蓮夜の姿はなく彼が着ていたエプロンだけがいつの間にかショーケースの上に脱ぎ捨てられていた。

 

 

「蓮夜さん……っ……!」

 

 

恐らくイレイザーの気配を察知して先に現場に向かったのか、誰もいない店内を見回した響も急いで店を飛び出し、弦十郎が指定したヘリの合流ポイントへと駆け出していくのであった。

 

 

 

 

 



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第二章/邂逅×存在を赦されない存在③

 

 

「ツォラアアアアアアッ!!」

 

 

「はぁああああッ!!」

 

 

「デーースッ!!」

 

 

市街区の中心部。再び出現したノイズ達の猛威により街は戦火に包まれ、燃え盛る炎から立ち上る黒煙が茜色の空を黒く染め上げていた。

 

 

だが、今回は前回と違い現場にいち早く駆け付けたクリス、切歌、調の奮闘によって被害は最小限に留められており、クリスが乱射するガトリングガンが火を噴いて次々とノイズを蜂の巣にし、切歌と調の阿吽の呼吸のコンビネーションによってノイズは確実にその数を減らしつつあった。

 

 

「コイツで四十!前ん時に比べて随分と数は少ねぇが……!」

 

 

「きっとすぐ近くに、ノイズを呼び出したイレイザーがいるハズ……」

 

 

「今度は何企んでるか知らないデスけど、これ以上アタシ達の世界で好き勝手はさせないデスよ!」

 

 

蓮夜にはイレイザーとの戦闘を避けるように言われているが、ノイズが出てきて人々を襲うのなら自分達が戦わない訳にはいかない。

 

 

例え直接戦って勝てないにしても、せめてイレイザーの目的だけでも阻止する為、三人はそれぞれの得物を振るって戦場を舞うように駆け抜け、ノイズ達を次々と蹴散らしていく。

 

 

そして、次第に数も残り少なくなったノイズ達を纏めて撃破し、周囲の安全を確認したクリス達が一息吐いて一箇所に集まろうとした、その時……

 

 

「──やはり、ノイズ程度では長くは持ちませんでしたか……」

 

 

「「?!」」

 

 

「誰だ?!」

 

 

何処からともなく不意に聞こえてきた謎の声に、クリス達は驚きと共に瞬時に互いに背中を合わせてアームドギアを構え、警戒を露わにする。

 

 

すると其処へ、半壊した建物の物陰から一人の人物……外見的に二十代前半程の歳若い黒髪の青年が現れ、クリス達の前に歩み出ていった。

 

 

「人?どうしてこんな所に……」

 

 

「もしかして逃げ遅れたデスか?だったら今の内に早く──」

 

 

「待て!」

 

 

「「……え?」」

 

 

逃げ遅れた民間人かと思い、青年に近付こうとした切歌と調を呼び止め、クリスは両手に構えたマシンピストルの銃口を青年に突き付けた。

 

 

「ク、クリス先輩っ?」

 

 

「お前、普通の人間じゃねえだろ……一体何モンだ?」

 

 

「ほう?この姿のままで私の正体に勘付くとは、随分と鼻が良いようだ……それとも、そういった匂いが嗅ぎ分けられる生き方でもしてきたのでしょうかね、貴女は?」

 

 

「んだとッ!」

 

 

クスッ、と顎に手を添え嘲笑を浮かべる青年の言葉を聞き険しい顔付きになるクリス。そんな二人のやり取りに切歌と調が戸惑う中、青年の姿が突如歪み出し、徐々にその身が変貌して赤い瞳のコウモリのような姿をした紫色の異形……バットイレイザーへと変化していった。

 

 

「?!す、姿が変わったデスよ?!」

 

 

『生体反応のパターンが変化!これは……先日現れたノイズイーターと同じ反応です!』

 

 

『という事は奴もイレイザー……人間に擬態出来るタイプか!』

 

 

イレイザーが元々人間である事は蓮夜から聞かされていたが、こうして直接人間から姿を変える瞬間を目にして驚きを露わにするクリス達とS.O.N.G.の面々の反応を他所に、バットイレイザーは徐に歩み出していく。

 

 

『困るんですよ。折角の雑兵を狩り尽くされては私の目的にも支障を来たす……私の狙いに貴女がた装者は含まれてはいないのだから、大人しくしていて欲しいものです』

 

 

「貴方の、狙い?」

 

 

「目的って何デスか!また何か良からぬ事を企んで……」

 

 

『ハッハハハッ、私が律儀に答えるとお思いで?何とも可愛らしい事ですが……生憎、貴女達に費やす時間は私にはないのですよ……』

 

 

スっと、バットイレイザーの雰囲気が不意に冷たく変わる。その変化を肌で感じ取ったクリス達が思わずそれぞれのアームドギアを構えていくと、バットイレイザーは両腕の羽根を広げるように身構えながら態勢を低くし、

 

 

『私の邪魔をするのであれば何者であれ容赦はしない……奴が来る前に、貴女達を先に片付けるとしましょうかッ!』

 

 

ダァンッ!と、勢いよく地を蹴り上げて飛び出したバットイレイザーの身体が豪速球の如く勢いでクリス達に迫る。

 

 

それを目にした三人も慌てて散開してバットイレイザーの突撃を回避し、クリスが振り向き様に両手のマシンピストルを乱射してバットイレイザーを背後から狙い撃つが、バットイレイザーは両腕の羽根を広げながら上空へと空高く飛翔し、そのままクリスの弾を振り払いながら再度空からの突撃を仕掛けてクリス達に襲い掛かっていく。

 

 

「くうっ!そ、空が飛べるなんて反則デスよッ!」

 

 

『お前たち、此処は一旦引くんだっ!イレイザーへの対抗策も無しに奴と戦うのは危険過ぎるっ!』

 

 

「それは分かってるけど……!」

 

 

「このまま奴をほっとけば街にも被害が出ちまうかもしれないだろっ!せめてアイツが駆け付けるまでは……!」

 

 

奴の目的が何であれ、ノイズを利用して此処まで街を破壊したバットイレイザーを放置して撤退するなど危険過ぎる。

 

 

奴が再び街を襲う可能性もある以上、此処で自分達が退く訳にはいかないと通信越しに撤退指示を出す弦十郎の命令を振り払い、せめて蓮夜が駆け付けるまでの時間稼ぎの為、猛スピードで滑空しながら何度も向かって来るバットイレイザーの突撃を切歌と調と共に必死に回避しながら、クリスは左右の腰部アーマーを展開していく。

 

 

「ちょこまかちょこまか飛び回りやがってっ……!コイツでも食らってろォッ!!」

 

 

―MEGA DETH PARTY―

 

 

装甲に内蔵された射出器から一斉に追尾型の小形ミサイルを放出し、バットイレイザーに目掛けて放つクリス。

 

 

無論イレイザーに通用する事はないだろうが、少なくともミサイルが直撃して発生する爆煙で奴の視界を一瞬でも奪う事は出来る。

 

 

その隙にバラけて三方から攻める戦法を仕掛けようとする三人だが、迫り来る小型ミサイル群を目にしたバットイレイザーは僅かにほくそ笑んだ瞬間、突如滑空したまま勢いよくドリルのように回転し、その羽根から無数の真空波を放って小型ミサイル群を斬り裂き爆散させ、更に爆煙の中から立て続けに真空波が飛び出し三人に襲い掛かった。

 

 

「何っ?!うっ、ウグァアアアアッ!!」

 

 

「うわぁああああッ?!」

 

 

「あうぅッ!!」

 

 

爆煙の中から飛び出してきた真空波を見て思わず動きを止めてしまうクリス達に、立て続けに真空波がモロに直撃して三人を纏めて吹っ飛ばしてしまい、地面にユラリと着地したバットイレイザーは倒れるクリス達の姿を見回し不気味に嗤っていく。

 

 

『無駄な事を……貴女達と私では根本的なルールの違いがある。貴女達に私を傷付ける術などないのですよ、始めからねぇ』

 

 

「くっ……くそッ……この、化け物が……ッ!」

 

 

クツクツと肩を揺らして嗤うバットイレイザーに、地面に倒れ伏したまま毒づき何とか立ち上がろうとするクリスだが、バットイレイザーはそんなクリスに一瞬で肉薄すると共に彼女を容赦なく蹴り飛ばし、建物の壁に叩き付けてしまう。

 

 

「がはぁっ!!」

 

 

「ク、クリス先輩っ……!」

 

 

『さて、先ずはその鬱陶しい飛び道具使いの貴女から潰させてもらいましょうか……』

 

 

「や、止めろデスよッ!!」

 

 

醜い異形の手から伸びる鋭利な爪をチラつかせてクリスに迫るバットイレイザーを見て慌てて起き上がり、阻もうとする切歌と調だが、それを見越していたかのように二人の足元から突如ノイズ達が現れ、切歌と調の身体に巻き付き動きを封じてしまう。

 

 

「ノイズ……?!」

 

 

「ま、まだこんなに残ってたデスか?!う、ううっ!」

 

 

「お、お前らっ……!」

 

 

『なに、命までは取りませんよ。私が直接貴女達を手に掛けては、物語側に私の存在がバレてしまいますからね……まあ最も、それも命さえ取らなければ他は何をしても構わないという事なのですが』

 

 

ニヤァッと下劣な嗤みを浮かべると共に、バットイレイザーは壁に背もたれて座り込むクリスに悠然とした足取りで歩み寄っていく。

 

 

『先ずは抵抗出来ないようにその手足から引き裂くとしましょうか?嗚呼、この一方的に蹂躙する感覚……やはりたまりませんねぇ!否が応にも高揚せざるを得ないですからァッ!!』

 

 

「「クリス先輩ッ!!」」

 

 

「くっ!」

 

 

恍惚の笑みを浮かべながら勢いよく飛び出し、バットイレイザーは両手の爪を振りかざしてクリスへと襲い掛かる。

 

 

迫り来る異形を見てクリスも咄嗟に両手に握るマシンピストルを突き付けて近づけまいと抵抗するが、バットイレイザーは赤い弾丸をその身一つで弾きながら構わずクリスに突っ込んで爪を振るい、振り下ろされる凶爪を前にクリスは両腕を交差させて思わず目を背けるが、

 

 

……何故か、彼女の身に痛みが降り掛かる事はなかった。

 

 

(…………?なん、だ……?)

 

 

何時まで経っても予想してた痛みに襲われず、顔を背けたクリスは恐る恐る目を開けて目の前に視線を戻していく。すると其処には、ギラリッと妖しげに光る爪先がクリスの目と鼻の先で寸止められており、そして……

 

 

 

 

 

『──お前、はっ……!』

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

──バットイレイザーの手首を掴み、クリスを切り裂こうと振り下ろされた爪を止めるフードを被った青年……蓮夜がいつの間にか傍に佇む姿があり、突如現れた蓮夜を見て目を見開くバットイレイザーに蹴りを打ち込み後退りさせていった。

 

 

「れ、蓮夜さん!」

 

 

「お前……!」

 

 

『グッ……き、貴様……!』

 

 

「……相手を一方的に蹂躙するのがそんなに好みか……なら、好きなだけ味あわせてやる……」

 

 

蹴られた箇所を抑えて睨み付けてくるバットイレイザーを見据え、淡々とそう告げると共に蓮夜はあらかじめ手にしていたカードを腰に巻いたベルトのスロットにセットし、掌でスロットをバックルに押し戻した。

 

 

「変身……」

 

 

『Code x…clear!』

 

 

バックルからの電子音声と共に、蒼い無数の粒子がベルトから舞って蓮夜の身体を覆いながら黒のアンダースーツを形成し、更に蓮夜の周囲に出現した蒼のアーマーが一斉に身体に纏われていく。

 

 

全ての行程を完了し、その姿を蒼い戦士……『仮面ライダークロス』に変身した蓮夜を目の当たりにしたバットイレイザーは驚きから目を見開くも、次第にその顔に不敵な笑みを浮かべていく。

 

 

『漸く姿を現しましたか、クロス……随分と待ち侘びましたよ、この時を……!』

 

 

『……待ち侘びた?まさか、また俺を誘き寄せる為だけにこんな騒ぎを起こしたのか……?』

 

 

『ええ、それが私に与えられた役目でしてねぇ……。貴方が私達の気配を感じ取れる事も聞かされていますよ。なのでこうして時間潰しに街を破壊しながら、貴方が来るのを待っていたという訳です。目印が派手な分、此処まで道に迷う事もなかったでしょう?フフフッ』

 

 

悪びれもせず、バットイレイザーは破壊された街並みを指すように片手を広げながら愉快げに微笑む。

 

 

クロスはそんなバットイレイザーの話を聞いている内に仮面の下で眉間に皺を寄せていくと、周囲を見回して傷付いたクリス達、ノイズに襲われて炭素の塊となった人々、怪我を負って苦しげに地面に横たわる怪我人達の姿を視界に捉え、右手の拳を無意識に強く握り締めながら鋭い眼差しでバットイレイザーを睨み付けた。

 

 

『……どうやらお前に温情を掛ける必要はなさそうだ……自身の快楽の為に、無関係な人間を巻き込んだ落とし前は付けてもらうぞ……』

 

 

『ハハッ、如何にもヒーローが言いそうな癪に障る台詞ですねぇ……では、その言葉を有言実行出来るか見せてもらいましょうかァッ!!』

 

 

そう言って耳障りな嘲笑と共に、両腕の羽根を広げてバットイレイザーがクロスに飛び掛かる。

 

 

それを見たクロスも体当たりが当たる寸前に頭から倒れる勢いで後ろへ飛び退くと、真上を過ぎ去ろうとしたバットイレイザーにサマーソルトキックを叩き込んで打ち落とし、そのまま両手を地面に付きバク転の要領で態勢を立て直しながらすぐさま地上に落とされたバットイレイザーに突っ込み拳を飛ばすが、バットイレイザーも素早く身を起こしてクロスの拳を両手で受け止めてしまう。

 

 

『お前達の裏にいる連中の居場所も、此処で全て吐いてもらう……!』

 

 

『出来るものならやってみるといい!最も私も口が堅いのでねぇ、そう簡単にはいきませんよぉ!』

 

 

受け止めたクロスの拳を払い除け、バットイレイザーは身を翻しながら両手の爪を振るいクロスに襲い掛かるが、クロスもバットイレイザーの爪、足払いを避けながら反撃の肘打ちを相手の胸に叩き込んで後退させると、怯んだ隙を逃さず畳み掛けて攻勢に出ていくのであった。

 

 

「……蓮夜さん……やっぱり強い……」

 

 

「クッソッ……結局アイツに頼るしかねぇってのかっ……」

 

 

クロスがバットイレイザーの相手を引き受けている隙に、身体に纒わり付くノイズ達を駆除した切歌と調は一進一退の攻防を繰り広げるクロス達の戦いを関心の目で見守り、クリスも脇腹を抑えながら身を起こしバットイレイザーと戦うクロスを悔しさを滲ませた表情で見つめる中、其処へ……

 

 

「──みんなぁー!!」

 

 

「「「……!」」」

 

 

不意に聞き慣れた声が三人の耳に届き、声がした方へと振り返ると、其処にはギアを身に纏った響がクリス達の下へ駆け寄って来る姿があった。

 

 

「響さん!」

 

 

「おせぇーぞ!何やってたんだ今まで!」

 

 

「ご、ごめんっ。ヘリが途中でノイズに落とされちゃったから、パイロットさん達を安全な場所まで運んでたら遅れちゃって……それで、皆は大丈夫?状況は?」

 

 

「ノイズの方はアタシ達で何とかなったデスよ。でもノイズを呼び出したイレイザーと戦う事になって、その後に……」

 

 

そう言いながら切歌が視線を向けた先にはバットイレイザーと交戦するクロスの姿があり、クロスを瞳に捉えた響は複雑げに眉間に皺を寄せた。

 

 

(蓮夜さん……やっぱり一人でイレイザーと戦うつもりで……)

 

 

『ハァッ……!ハッ!』

 

 

『ガフゥッ!お、のれぇええッ!』

 

 

そんな響の心境も露知らず、クロスはキレの鋭い身のこなしから放つ打撃の手数で徐々にバットイレイザーを押していき、トドメに放った横蹴りでバットイレイザーを勢いよく蹴り飛ばす。

 

 

だが、地面を滑るように倒れながらも身を起こしたバットイレイザーは忌々しげに唸りながら正面切っての肉弾戦は分が悪いと踏んだか、両腕の羽根を拡げて再度飛翔すると低空滑空で何度もクロスに体当たりしていき、それに対しクロスも飛び退いて避けながら左腰のホルダーからカードを一枚取り出した。

 

 

『素早いな……だったらこっちもコレだ……!』

 

 

『Code slash…clear!』

 

 

バックルにカードを装填して再度電子音声を鳴らし、直後にクロスの蒼い装甲がパージして朱い装甲に変化し、再度クロスに纏われて仮面と複眼の色が変わり、両手に黄金色の双剣が握られる。

 

 

それは先のノイズイーターとの戦いでもクロスが変身した双剣使いの姿……機動力と感覚に特化した形態である『仮面ライダークロス・タイプスラッシュ』にタイプチェンジし、両手に握る黄金色の双剣、スパークスラッシュを手の中で回転させながら構えた。

 

 

「あれは、この間の……」

 

 

『ハッ、色が変わった程度で何がっ!』

 

 

タイプスラッシュに変化したクロスを見て調が反応する中、バットイレイザーは姿を変えたクロスを鼻で笑いながら方向転換して構わずクロスに再度突撃を仕掛ける。

 

 

だが、クロスは正面から迫るバットイレイザーを見据えたまま徐に腰を落とすと、思い切り地面を蹴り上げた瞬間に残像のように消え、バットイレイザーの頭上に双剣を振りかざしながら一瞬で姿を現した。

 

 

『ッ?!何っ?!』

 

 

『ハァアッ!!』

 

 

『ガッ、ァアアアアアアアッ?!』

 

 

移動する軌跡すら見えず一瞬で肉薄したクロスを見て吃驚するバットイレイザーの両肩を、まるで雷鳴のように振り下ろされたクロスのスパークスラッシュの刃が斬り裂いて激痛を走らせる。

 

 

それによりバランスを崩したバットイレイザーはそのまま地上に墜落して何度も地面を転がっていき、それとは対照に悠然と地に着地したクロスは徐に身を起こして倒れ伏すバットイレイザーを見据えていく。

 

 

『グッ、グゥウッ……!これがクロスのっ、貴方の力ですかっ……』

 

 

『……此処までだ。これ以上続けた所でお前に勝機はない……お前が知っている全てを吐いてもらうぞ……』

 

 

斬り裂かれた肩を片手で抑え、僅かに上体を起こすバットイレイザーから黒幕の情報を聞き出す為に歩み寄ろうとするクロス。しかし……

 

 

『……フ、フフッ……クククククククッ……』

 

 

……バットイレイザーの肩が震え、劣勢に陥っているにも関わらず何故か不気味な笑い声を漏らしていた。

 

 

『……何がそんなに可笑しい?』

 

 

『フフフッ……いえ、ただ話に聞いていた通りだと思い、つい笑みがこぼれてしまいましてねぇ。今の貴方は嘗ての貴方とは違う……記憶だけでなく、力の大部分も失ってしまっているというのは本当のようだ』

 

 

「!アイツ、まさか……」

 

 

「も、もしかして、蓮夜さんが記憶喪失だってバレちゃってるデスか!?」

 

 

クロスが記憶を失っている事を突き付けるバットイレイザーの言葉に響達もどよめき思わず互いに顔を見合わせてしまうが、当のクロスは特に反応を返す事もなく淡々と切り捨てる。

 

 

『お前との無駄話に付き合う気はない……そんな事よりも答えろ。お前達を裏で操っている連中は何処だ、一体何が目的でこの物語を狙う?』

 

 

『フッフフフッ、もう勝ったつもりでいる気ですか?何をそんなに急いているのか知りませんが……勝負はまだ此処からですよォおおッ!!』

 

 

バシュウゥッ!と、愉悦に満ちた雄叫びと共にバットイレイザーが掲げた右手からエネルギー弾が放たれる。

 

 

しかしそれはクロスや響達を狙ったものでなく、戦場から僅かに離れた場所の物陰で蠢く影……ノイズ達の目を盗んで逃げ延びようとしていた一般人達を狙ってのものだった。

 

 

「あ、危ないッ!!」

 

 

「?!う、うわぁああああああああああッ!!」

 

 

『ッ!』

 

 

それを見て響達も慌てて飛び出すが、あまりに距離が開き過ぎて彼女達の足では間に合わないと悟ったクロスはすぐさまその身を朱い閃光と化しながら素早く一般人達の前に先回りし、片手のスパークスラッシュでエネルギー弾を弾いて彼らを守ると、悲鳴と共に逃げていく一般人達の安否を確かめてバットイレイザーを鋭く睨み付けた。

 

 

『貴様っ……!』

 

 

『ハハッ、此処に来て僅かでも可笑しいとは思いませんでしたか?前回の時と違い、今回はやけにノイズ達の数が少なく勢いも弱いと。それも当然……こうなる事を予期して、ちゃんと保険を用意しておいたんですよォおおッ!!』

 

 

高らかに叫び、天を仰いだバットイレイザーの口から光弾が打ち上げられ、空を翔ける。

 

 

直後、光弾は遥か空で分裂して無数の散弾と化し、怪我で動けない人々や逃げ遅れた一般人を意図的に狙って街へと降り注いでいったのだった。

 

 

「あ、あの野郎ッ!」

 

 

「ッ!皆ッ!」

 

 

『チッ!』

 

 

無数の光弾の狙いに気付いた響達は咄嗟に散開して近くの怪我人や物陰に身を隠していた人々を抱え、光弾が着弾して巻き起こる爆発を背に急いでその場から離れていき、クロスもタイプスラッシュの機動力を全力で駆使して光弾の大半を次々と叩き切り人々を救っていくも、一人ではカバーし切れない程の数の光弾を前に次第にクロスの顔も険しくなっていく。

 

 

『ハハハハハハハッ!!どうしましたかぁッ?!動きが目に見えて鈍くなって来てますよぉッ!!ホラホラホラァッ!!』

 

 

『っ、クッ……!』

 

 

そんなクロスの奮闘を嘲笑い、休まる暇も与えまいと立て続けに一般人や怪我を負って動けない人々を狙った悪質な攻撃を嬉々として行うバットイレイザー。

 

 

その悪辣さにクロスも仮面の下で顔を歪めながらも必死に駆け回って光弾を切り払っていくが、バットイレイザーが指摘した通り徐々に募る疲弊から光弾を追う身体が追い付かなくなりつつあり、このままではジリ貧になると感じ取ったクロスは次の光弾を切り払うと共に一息でバットイレイザーへと迫り、スパークスラッシュでバットイレイザーをすれ違い様に斬り裂いた。が……

 

 

『ガァアアアアッ!……なーんてねぇ』

 

 

『ッ!何……?!』

 

 

全力で振るったクロスの双剣に斬り裂かれて苦痛の悲鳴を上げていたバットイレイザーの身体が、無数のコウモリに変化し一斉に羽ばたいていってしまう。

 

 

それを見てクロスが動揺を浮かべる中、無数のコウモリは上空で一つになるように集まると、バットイレイザーの姿を形作ってほくそ笑んだ。

 

 

『私の力があの程度だと思いましたか?ざぁんねん、貴方の力を測る為だけに本気を出す訳がないでしょう?今まで貴方が倒してきた連中とは違うのですよ、私はねぇッ!!』

 

 

そう言って優位に立っているつもりでいたクロスを滑稽だと言わんばかりに嘲笑すると共に、バットイレイザーの手から再びエネルギー弾が放たれた。

 

 

その標的となるのは、今正に近くの会社の入り口から逃げようとしていた一般の社員達であり、それを目にしたクロスはすぐに素早く飛び出して光弾の前に回り込むと同時に両手の双剣でエネルギー弾を弾き返そうとするが、先程とは比べ物にならないエネルギー量に弾く事も叶わず、爆発した光弾の威力に吹っ飛ばされてガラス張りの窓に叩き付けられてしまった。

 

 

『ガッ、ハッ……!』

 

 

「ひ、ひぃいいいいっ?!」

 

 

「は、早く逃げろっ!急げぇっ!」

 

 

無数のガラス片と共に力無く地面に倒れるクロスに怯え、急いでその場から逃げ出していく社員達。

 

 

そしてバットイレイザーは倒れるクロスの前に着地すると、自分達を守ってくれた筈のクロスに目もくれず走り去る社員達の背中を見つめて鼻を鳴らした。

 

 

『愚かしいですねぇ……何をそんなに必死に守る必要があるのか理解に苦しみますよ。所詮アレも貴方とは関わりのない異世界の人間、我々からしてみれば仮初の現実を生きるフィクション如きに過ぎない……そんなものを守る為に身を削らなければならないとは、ヒーローとは本当に難儀な生き物ですねぇ』

 

 

全く同情しますよ、と口元に手を添えて馬鹿にするように嗤うバットイレイザーだが、それを聞いたクロスは近くに転がるスパークスラッシュを手に取り、徐に顔を上げて口を開いた。

 

 

『っ……俺、は……お前の言うヒーローなんて呼ばれるような、そんな大層な人間なんかじゃないっ……』

 

 

『……ああ?』

 

 

そう言って背中からガラス片を落としながらふらつく身体を起こしていくクロスの反論に、バットイレイザーは訝しげに眉を顰め、クロスは覚束無い足で地を踏み締めながら逃げ遅れた民間人を守る為に今も奔走する響達を見つめて言葉を続けていく。

 

 

『本当にヒーローと呼ばれるべきなのは、誰かの為に身を張る事を恐れない、アイツらのような人間だ……俺はただ、自分が知っているから戦ってるだけだ……唯一俺に残された役目を……大切な何かを失う、悲しみや辛さをっ……』

 

 

「……!蓮夜さん……」

 

 

助け出した人々の避難を促す中で、風に乗って聞こえてきた彼の言葉を耳にし響が思わずクロスの方に振り返るが、クロスはそれに気付かぬまま傷付いた腕でバットイレイザーに向けて双剣を身構えていく。

 

 

『お前達の暴挙を見過ごせば、また俺のように大切な何かを失う苦しみを味わう人間を生み出すと知っているっ……それが我慢出来ないから戦うっ……もうこれ以上、誰かの人生(モノガタリ)をお前達のような連中に侵させてたまるかっ……!』

 

 

『……ハッ、ようするにくだらない感傷ですか?それなら尚のこと救い難い。だったらこの場にいる全員を救ってみせるといい……貴方一人の力で為せるのならねぇええッ!!』

 

 

クロスの戦う理由を馬鹿馬鹿しげに一蹴し、ならば救ってみせろとバットイレイザーが再び放ったエネルギー弾が先程クロスが身を呈して庇った社員達の背中に目掛けて襲い掛かる。

 

 

それを見て慌てて飛び出そうとするクロスだが、先のダメージが想像以上に響いているのか一瞬足に力が入らずスタートダッシュが遅れてしまい、その間にもエネルギー弾が社員達に迫り最早直撃は免れられないかと思われた、その時……

 

 

―ARTHEMIS SPIRAL―

 

 

──社員達の背中にエネルギー弾が当たる寸前、真横から矢の形状をしたミサイルが猛スピードでブチ当たり、エネルギー弾を撃ち抜いてかき消したのだった。

 

 

『!』

 

 

『何?!』

 

 

その光景を目の当たりにしたクロスとバットイレイザーも驚愕で目を見開き、エネルギー弾を落とした今の矢が放たれてきた方へと振り向く。

 

 

其処にはアームドギアをロングボウの形状に変形させ、矢を放った態勢で佇むクリスの姿があり、動揺するバットイレイザーに向けてクリスはしてやったりと不敵に笑って見せた。

 

 

「ハッ、生憎だったなぁコウモリ野郎。さっきの仕返しだ、気に入ってくれたかよ?」

 

 

『ッ……!貴様ぁっ、フィクション風情が私の邪魔を──!』

 

 

「「はぁああああああああッ!!」」

 

 

―切・呪リeッTぉ―

 

 

―α式 百輪廻―

 

 

自分の邪魔をしたクリスに怒りを露わにし、拳を握り締めてバットイレイザーが思わず歩み出ようとした瞬間、其処へブーメランの如く飛ばされた大鎌の刃と無数の小型の鋸が飛来してバットイレイザーの足を止めていき、クリスの前に切歌と調が飛び出しアームドギアを身構えた。

 

 

「これ以上、貴方の好き勝手にはさせない……!」

 

 

「アタシ達を舐めて掛かったこと、後悔させてやるデスっ!」

 

 

『……そうですか……死よりも恐ろしい目に遭いたいと……ならば、望み通りにしてあげますよォッ!!』

 

 

『待てっ……!グッ!』

 

 

怒りに震えるように息を深く吸い込み、最早容赦はすまいとクリス達に目掛けて羽根を広げながら滑空して襲い掛かっていくバットイレイザー。

 

 

それを止めようとクロスも後を追おうとするが、急に身体を動かしたせいで痛みが走り思わずその場に膝を付いてしまう中、そんなクロスに響が駆け寄り身体を抱き起こしていく。

 

 

「しっかりして下さい蓮夜さんっ!大丈夫ですか……!」

 

 

『ッ……俺の事はいいっ……それより早くお前の仲間達を止めて、民間人と一緒に此処を離れるんだ……!イレイザーとは戦いを避けるように言っただろう……!』

 

 

「…………」

 

 

このままではクリス達の身が危険だと焦燥を露わにこの場からの避難を促すクロスだが、それに対し響は僅かに考える素振りを見せた後、クロスの目を見つめ返しフルフルと首を横に振った。

 

 

「すみません……やっぱり私、蓮夜さんだけに戦わせる事は出来ません」

 

 

『……何……?』

 

 

響からの思わぬ返答に戸惑うクロス。響はそんなクロスの前に出ると、ギアを纏った右手を握り締めて拳を形作っていく。

 

 

「蓮夜さんの言う通り、イレイザーを倒す方法を持たない私達じゃアイツには勝てないかもしれない。でも、だから戦わないって選択肢を簡単には取りたくないんです……!自分や自分の身の周りの人達を守る為にって言い訳して、蓮夜さん一人に重荷を背負わせて逃げ出したら……きっと、そんな自分を許せずにこの先も後悔し続けると思うから……」

 

 

『…………』

 

 

「例え出来ない事が多くても、せめて限られた中で出来る事をしたい……自分に胸を張れない後悔はしたくない……今は蓮夜さんも、この世界を生きる一人の人間だから……力になりたいんです」

 

 

それが今後悔しない為の自分の選択なのだと、クロスに顔を向けて微笑み、マフラーを靡かせながらクリス達と戦うバットイレイザーに目掛けて駆け出していく響。

 

 

その背中を止めようと思わず手を伸ばし掛けるが、何故か彼女を呼び止める言葉が出て来ず、中空で止めた手の平をジッと見つめていく。

 

 

(自分に胸を張れない、後悔をしない為に……)

 

 

その言葉に何か感じ入る物を得たのか、クロスはゆっくりと拳を握り締め、何か意を決したように顔を上げてふらつきながらも身を起こしていくのであった。

 

 

 

 

 



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第二章/邂逅×存在を赦されない存在④

 

 

「ちょせぇええッ!!」

 

 

バババババァッ!と、クリスの両手に握る大型ガトリングガンの銃口が火を噴き、バットイレイザーの身体に無数の銃弾が浴びせられていく。

 

 

しかし、バットイレイザーは両腕の羽根で自身を覆ってクリスの放つ銃撃を受け止め、そのまま勢いよく羽根を広げて凄まじい突風を発生させると共に銃弾を跳ね返すだけでなく、クリスをも強風で吹っ飛ばしてしまった。

 

 

「グッ、うぁああッ?!」

 

 

「まだッ!」

 

 

「てぇやああああああッ!!」

 

 

風で吹き飛ばされるクリスと入れ替わるように、今度は調と切歌がそれぞれの得物を手に左右に散開してバットイレイザーへと飛び掛り、左から調のツインテール部分の装甲に備わる円形の鋸が、右から切歌が大きく振りかぶった大鎌の刃が挟み撃ちをする形で襲い掛かるが、バットイレイザーはそれらをも左右に伸ばした腕で難なく受け止めてしまう。

 

 

「くうッ!」

 

 

「こんのぉおおッ!」

 

 

『姦しい……!雑魚が私の手を煩わせるなァあッ!!』

 

 

「うあぅッ?!」

 

 

「がはぁッ!」

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

左右から挟み込む二人の得物を力づくで払い除け、まるで踊るように身を翻したバットイレイザーの素早い蹴りが調と切歌の腹を蹴り飛ばして弾丸の如く吹っ飛ばす。

 

 

其処へ背後から右の拳を振りかざす響が雄々しい雄叫びと共にバットイレイザーに殴り掛かるが、それもバットイレイザーに振り向き様に片手で受け止められてしまい、それでも残った左拳で続けて殴り掛かるもやはり受け止められ、響の顔が険しげに歪む。

 

 

『まだ分からないかっ……!貴女たち如きでは私の身体に傷一つ付けられない、足掻いた所で無駄な抵抗にしかならないとッ!!』

 

 

「ッ……だとしてもっ、目の前で傷付けられる誰かに背中を向けて逃げ出すなんて私には出来ないっ! 倒せる可能性が例え0でも、この手を伸ばして救える命があるのなら守り切るっ!その為の拳っ、その為のシンフォギアなんだッ!!」

 

 

『囀るなッ!!筆を振るえば消える命如きがぁッ!!』

 

 

未だ闘志を絶やさない瞳で力強く叫ぶ響の言葉を煩わしいと吐き捨て、バットイレイザーは容赦ない前蹴りで響の腹を蹴り飛ばしてしまう。

 

 

「ぐぁうっ!」と苦悶の声を漏らして吹っ飛ばされる響を追走し、バットイレイザーがその鋭い爪で響の身体を引き裂こうと振りかざすが、それを阻むように真横から黄金に煌めく剣……クロスが伸ばしたスパークスラッシュの刃がいきなり割って入り、バットイレイザーの爪を受け止めた。

 

 

『ッ!クロスゥッ!』

 

 

『ぜぇえああッ!!』

 

 

左手の剣でバットイレイザーの爪を受け止めたまま、右手に握るスパークスラッシュを振るってバットイレイザーに斬り掛かるクロス。

 

 

だがバットイレイザーも咄嗟に身を引いて紙一重で斬撃をかわしながら後退し、それを逃すまいと追い掛けるクロスの双剣と目にも止まらぬ速さで両手の爪で打ち合っていくが、徐々にクロスの方が剣を振るう速さで上回っていき、爪を弾かれて仰け反るバットイレイザーの隙を突きクロスがすかさず双剣で相手の喉を狙うも、バットイレイザーは寸前の所でその身を再び無数のコウモリと化してクロスの一撃から逃れてしまう。

 

 

「ま、またコウモリになったデスよっ!」

 

 

『ッ……!』

 

 

あの姿になられてはこちらも攻撃しようがない。

 

 

コウモリの大群となって散らばるバットイレイザーの勢いに圧されて切歌や他の装者達も腕で顔を庇うしか出来ない中、クロスは何かを探すかのように忙しなくコウモリの大群を見回すと、大群の中に一箇所だけ多くのコウモリ達が密集する部分を見付け、その奥に他のコウモリ達に守られるように囲まれる一体のコウモリ……他の黒い体色の個体と違い、赤みがかった紫色のコウモリの姿を捉えた。

 

 

『……アレか……!赤い銃使い!あの辺一帯を飛ぶコウモリを高い火力で纏めて吹き飛ばせないか!』

 

 

「はあッ?!何だよ急に?!っつーか、あたし等の攻撃は奴に通じねぇって──!」

 

 

『ダメージは通らなくてもノックバックは通る!いいから急げ、頼む!』

 

 

「ッ……!ああっ、クソッ……!こうなりゃヤケだぁッ!!」

 

 

クロスに言われるがまま、彼が指差す地点に目掛けて腰部アーマーから立て続けにミサイルを射出し、続けて両腕のガトリングガンでミサイルを撃ち抜き故意に爆発を起こすクリス。

 

 

それにより凄まじい勢いで巻き起こった爆風がコウモリ達の大半を攫って吹っ飛ばし、周りに纏わり付いていた他のコウモリ達を剥がされた紫色のコウモリに目掛けてクロスが素早く疾走し、両手のスパークスラッシュを構えた。

 

 

『?!な、何ぃッ?!』

 

 

『デェエアッ!!』

 

 

爆風に怯んでいた隙に迫るクロスを見て慌てて逃げ出そうとする紫色のコウモリに接近し、クロスは双剣による斬撃を次々と叩き込んで紫色のコウモリを吹っ飛ばした。

 

 

そして紫色のコウモリが地面に叩き付けられるようにゴロゴロと転がると共に、その姿が無数のコウモリに化けていた筈のバットイレイザーへと変化し、周囲を飛び回っていた他のコウモリ達もまるで幻のように消滅していった。

 

 

「コ、コウモリが消えた?」

 

 

『グッ!な、何故私をっ……?!『本体』が別にいると気付いたっ?!』

 

 

『……俺がお前達の気配を追える事は、さっきお前自身も口にしていた筈だぞ。最初に今の能力を目にした時も、あのコウモリの大群からお前の気配を察知する事は出来なかった……其処から推察して、お前がまだ何か隠しているだろうと考え付くのは当然だ……』

 

 

だから二度目は注意深く観察してお前の気配を探り、本体が別にいた事に辿り着いたのだと語り、クロスは右手の剣をバットイレイザーに突き付ける。

 

 

『こうしてタネを明かした今、あの能力ももう通じない……覚悟してもらうぞ……』

 

 

『ぐううううぅっ……!頭に乗るなぁッ!!』

 

 

最早後はないと突き付けるクロスの宣告に激昴しながら、乱雑に振るった右腕から無数の光弾をばら撒くように放つバットイレイザー。

 

 

それを見てクロスも咄嗟にその場から飛び退き光弾を回避し、その隙にバットイレイザーは体勢を立て直す為に上空に逃げようと両腕の羽根を羽ばたかせ宙に浮くが……

 

 

「逃がさないッ!!」

 

 

『……なあ?!』

 

 

そうはさせまいと、響がすぐさまバットイレイザーに飛び掛かって両足にしがみついた。そして両腰のバーニアの噴出口を真上に向けて全力で火を噴き、バットイレイザーが飛び立てないように地上へと徐々に引きず落とそうとしていた。

 

 

『き、貴様ァッ!!放せぇッ!!』

 

 

「調ッ!!」

 

 

「うん!」

 

 

バットイレイザーが両足にしがみつく響を必死に振り落とそうとする中、その隙に切歌と調が互いにアイコンタクトを送り、バットイレイザーの頭上へと跳び上がる。

 

 

そして空中で調のアームドギアのヨーヨーを切歌のアームドギアの鎌の柄の先に接続し、巨大な刃が付いた車輪状に変化させ、勢いよく回転させながらバットイレイザーに目掛けて突撃していく。

 

 

―禁合β式・Zあ破刃惨無uうNN―

 

 

『んなっ──グッ、ぬぅああああああッ!!』

 

 

「うわわっ!」

 

 

切歌と調のユニゾン技である刃の付いた車輪がバットイレイザーに直撃し、バットイレイザーの身体を車輪の回転で切り刻みながら吹っ飛ばしていったのだった。

 

 

無論ダメージ自体はないだろうが、仕切り直しを阻まれたバットイレイザーはそのまま仰け反るように吹き飛び、響も慌てて両手を離して何とか体勢を整え着地する中、其処へすかさずクロスが超速度で接近してすれ違い様にバットイレイザーの左腕をスパークスラッシュで切り捨てた。

 

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!!わ、私のっ、私の腕がァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?』

 

 

地面に思いっきり叩き付けられながらも、左腕を切り落とされた痛みの方が勝って片腕を抑え悶え苦しむバットイレイザー。

 

 

そして地面に着地したクロスは踵を返してバットイレイザーに歩み寄り、スパークスラッシュの切っ先を首元に突き付けて淡々と告げる。

 

 

『片腕の羽根を失えば、もう飛ぶ事も叶わないだろう……これで本当に詰みだ……』

 

 

『ギィイイッ!!きっ、さまぁアアアアアアッ……!!』

 

 

『命まで取られたくなければ素直に答えろ……お前に指示を送った連中は何者で、何が目的だ……奴らは今何処で何をしている……?』

 

 

返答次第ではこちらも容赦はしないと、剣の切っ先をより首元に突き付けながら脅しを掛けるクロス。

 

 

その様子を響達も不安と心配が入り交じったような表情で見守る中、バットイレイザーは憎悪の眼差しでクロスの顔を睨み付けて叫ぶ。

 

 

『許、さないっ……許さないっ……許さない許さない許さないッ!!貴様如きが私のっ、私が漸く手に入れた羽根をよくもォっ!!貴様なんかにィイイイイイイイイッッ!!』

 

 

『……お前の許しなんて必要ない。それより、俺の質問に──?』

 

 

バットイレイザーの恨み節も無視して再度質問を投げ掛けようとするクロスだが、その時、足元に妙な揺れを感じて訝しげに下を見る。

 

 

足の裏に感じる地震のような振動。其処には足元に転がる瓦礫が小刻みに震え、破片が幾つも宙に浮いては粉々に砕け散るという異常な光景があった。

 

 

『これは……?』

 

 

『あぐっ、ギッ……ギギィッ……ガギッ……!!ギィィアアアアアアアアアアアアアッッ……!!!!』

 

 

「──ッ!蓮夜さん危ないッ!逃げてッ!」

 

 

『!』

 

 

その異常にクロスが僅かに目を見張る中、背後から悲鳴にも似た響の叫び声が聞こえて思わず顔を上げると、目の前で倒れるバットイレイザーの身体から突如エネルギーが溢れ、凄まじい勢いで衝撃波が放たれた。

 

 

それに対してクロスも咄嗟に両腕を交差させ衝撃波を受け止めるも、それ以上は踏み止まる事が出来ず吹っ飛ばされてしまい、何とか空中で体勢を立て直して着地しバットイレイザーを見据えると、衝撃波を放ったバットイレイザーの身体から無数の火花が撒き散り、不気味なオーラが立ち上っていた。

 

 

『っ、アレは……』

 

 

「あ、あれって確か、この前のノイズイーターの時と同じ……?!」

 

 

「姿が変わる奴か?!」

 

 

『ゥエエエアガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』

 

 

獣のような咆哮を上げてエネルギーの嵐を巻き起こすバットイレイザーのその姿から、三日前に彼等が戦ったノイズイーターの変貌を思い出してクロス達が嫌な予感を覚える中、バットイレイザーの身体がメキメキッ!と嫌な音を立てて膨張していき、目に見えて骨格が変わっていくのが分かる。

 

 

身体全体が筋肉質な巨大な姿に変化し、クロスに斬られた筈の左腕が生えて生成された禍々しい姿……。

 

 

赤い瞳が不気味に輝き、白い吐息を吐き出しながら異常な姿に変貌したバットイレイザーは徐に身を起こし、クロスだけを赤い眼で捉え真っ直ぐ見据えていく。

 

 

『ゴ、ロ……ジテヤルゥウウウウウウッ……!!!!キサマダケハァアアッ……ワタシノテデェエエエエエエッ……!!!!クロスゥウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーウウウゥゥッッッッ!!!!!!』

 

 

「れ、蓮夜さんッ!!」

 

 

『ッ!』

 

 

ズシンッ!!と重々しく地を踏み締め、憎悪の込められた雄叫びと共にクロスに目掛けバットイレイザーが勢いよく突っ込んでいく。

 

 

猛スピードで迫るその様はまるで10トントラックを彷彿とさせ、まともに受ければこちらが危ないと悟ったクロスが咄嗟に左へと跳んでバットイレイザーの突進を回避すると、バットイレイザーはそのまま方向転換も出来ず建物に突っ込んで壁を破壊するだけでなく、その凄まじいパワーを物語るかのように建物そのものを崩壊させてしまった。

 

 

「な、何だよあの馬鹿力はっ?!」

 

 

「ビルが一撃でペシャンコになったデスよっ?!」

 

 

(ッ……また形状が変わった……どういう事だ?何故今までになかった変化がこうも立て続けにっ?)

 

 

『ウゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

建物を一撃で粉砕してみせたバットイレイザーの強靭な力を目の当たりにして響達の間で動揺が広がり、クロスも先日のノイズイーターに続いて急激にパワーアップしたバットイレイザーの変化に困惑を露わにする中、建物が崩れて舞い上がる粉塵の中から勢いよくバットイレイザーが飛び出し、再びクロスに向かって突進を仕掛けてくる。

 

 

思考に浸っていたクロスは我に返り慌てて身を翻しバットイレイザーの突進を回避すると、左腰のカードホルダーを開いて一枚のカードを取り出す。

 

 

(っ……奴は目に見えて理性を失っている……これ以上の問答は無意味にしかならないか……仕方がない……)

 

 

一目で最早正気ではないと分かる様子で暴れ回り、発狂するバットイレイザーから情報を聞き出すのは不可能であると見切りを付けたクロスは腰のバックルから立ち上げたスロットにカードを装填し、掌でスロットを押し戻した。

 

 

『Code Blaster…clear!』

 

 

ベルトから電子音声が響くと同時に、クロスの纏う装甲がパージされて宙に浮き、朱色から青く角張った分厚い装甲に変化してクロスに纏われ、複眼の色も黄色に変化すると共に右手に青白く輝く銃剣が出現して握られていく。

 

 

再度変わったその姿は、装甲が青く角張った重装甲の鎧と黄色の複眼、右手には青白く輝く銃剣、ウェーブブラスターを手にした姿……高火力と防御力を兼ね備えたパワータイプの形態である『仮面ライダークロス・タイプブラスター』へとタイプチェンジし、バットイレイザーに向けてゆっくりと歩き出していく。

 

 

「また姿が変わった……?」

 

 

「アイツ、まだあんなの隠し持ってたのかよ……!」

 

 

『グウゥゥゥゥゥッ……!!ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

新たに未知の形態へと姿を変えたクロスを見て装者達は目を見張り、バットイレイザーは獣のような唸りから大地を揺るがす程の雄叫びを上げ、クロスに向かって構わず突進して拳を振りかざした。

 

 

が、クロスは振り下ろされた拳を防御も回避もせずにその分厚い装甲だけで受け止め、ズザザザザザァッ!と僅かに後退る足で踏み止まる。

 

 

そして右手に握るウェーブブラスターの銃口をバットイレイザーの脇腹に突き付けて引き金を引き、放たれた銃弾でバットイレイザーを二十メートル先の建物まで吹っ飛ばし壁に叩き付けていった。

 

 

「イレイザーを一発で吹き飛ばした……!」

 

 

『グァアアッ!!?ガッ……ァアアッ……!!?』

 

 

あの巨体を銃の一撃だけで吹っ飛ばしたクロスの力を見て響達も驚きを浮かべ、バットイレイザーも脇腹に走る激痛に顔を歪めながらも何とか身を起こそうとする中、クロスはウェーブブラスターの銃身のパーツを三枚の羽根のように外側に展開して砲撃形態に変形させていき、バットイレイザーに照準を定めながら左腰のホルダーから取り出したカードをバックルに装填していく。

 

 

『Final code x…clear!』

 

 

『ウ、グゥウッ……グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』

 

 

電子音声が鳴り響くと同時に、ウェーブブラスターの銃身周りの三枚のパーツが回転し出し、銃口に青白い光の粒子が収束して徐々に巨大なエネルギー弾を形成していく。

 

 

それを見てバットイレイザーも本能的に危険を察知したのか、クロスが銃口に収束する光弾のエネルギー量を肌で感じて一瞬怯み掛けるも、それを振り払うように咆哮を上げながらまるで暴走トラックの如く勢いで駆け出しクロスに両手の爪で襲い掛かる。

 

 

そして、迫り来るバットイレイザーを前にクロスは動じる様子もなくウェーブブラスターの標準を定めたまま静かに引き金を引き、銃口から勢いよく放たれたエネルギー弾が大気を切り裂いてバットイレイザーの胸を撃ち貫き、巨大なXの記号を刻み込んだ。

 

 

『ッ!!!?ガッ……ァッ……!!!?』

 

 

『……それがお前のエンドマークだ』

 

 

『ウグァアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーアアアアァァァッッッ!!!!?』

 

 

銃剣を持つ腕を徐に下ろしたクロスが静かにそう呟いた瞬間、バットイレイザーは悲痛な断末魔を上げて身体の内側から爆発を起こし、跡形も残さず完全に消滅していったのであった。

 

 

「や、やったデス!イレイザーを倒したデスよ!」

 

 

「良かった……今回も何とかなったね」

 

 

「……まあ、あたし等は殆ど裏方だったけどな……」

 

 

爆散したバットイレイザーの撃破を見届け、飛び跳ねて喜ぶ切歌と安堵の溜め息を漏らす調の後ろで、クリスはそう言いながら険しげに眉を顰めクロスを見つめていく。

 

 

そしてクロスはそんな視線にも気付かないまま通常形態の蒼い姿に戻ると、バットイレイザーが爆発した跡の炎を見下ろしながら仮面の下で目を細めた。

 

 

(漸く掴めると思った手掛かりも無くなり、また振り出しか……一体なんなんだ、あれは……ノイズを喰らった事と何か関係があるのか……?)

 

 

自分の知らないイレイザーの謎の進化。いや、どちらかと言えば暴走と呼ぶに近いあの変貌の原因も分からず、新たに情報を得られなかった事も含めて増える謎にモヤモヤばかりが募るクロスの背後から、響が歩み寄って声を掛けた。

 

 

「蓮夜さん、あの……」

 

 

『…………』

 

 

恐る恐る声を掛けられて僅かに振り返るも、クロスはそれ以上は何も答えず無言で口を開かない。やはり、自分達が忠告を聞かずバットイレイザーと戦った事で怒らせてしまったのだろうかと暗い表情で俯いてしまう響に対し、クロスはそんな響から視線を逸らし、

 

 

『……さっきはまた助けられたな……お前達がいなければ、俺も今頃危なかったと思う……』

 

 

「!蓮夜さん……」

 

 

『ただ、あんな無茶はこれっきりにして欲しい……今回はどうにかなったが、次もまた同じように上手くいく保証はない……もっと大勢の人達を救いたいと願うなら、自分の身も大事にしてくれ……』

 

 

「うっ……す、すみません……」

 

 

感謝の言葉を口にされて一瞬顔色が明るくなるも、直後に釘を刺されてげんなりと肩を落としてしまう響。

 

 

そしてクロスもそんな彼女の姿を横目に仮面の下で苦笑いを浮かべると、そのままその場を立ち去ろうと前を向いて歩き出していくが、その背中を見て響は僅かに逡巡する素振りを見せた後、クロスの背に向けて叫び出す。

 

 

「蓮夜さん!こんな事言ったら怒られるかもしれないけど、やっぱり私、蓮夜さんと手を取り合うのを諦め切れないです……!」

 

 

『…………』

 

 

「今は一緒に戦えないかもしれないけど、でも……もしもその方法が見つかった時は、また一緒に戦ってくれますか……?」

 

 

何処か不安を帯びたような声でそう問い掛ける響。クロスはそんな響の言葉に足を止めて一瞬何かを言い掛けるも、それを呑み込むように口を詰んで俯き、何も言わずに再び歩き出して何処かへと去っていってしまう。そんな中……

 

 

「──目障りだな……あの小娘……」

 

 

遠ざかっていく背中を無言で見つめる響が物憂げな表情を浮かべる中、その様子を崩壊したビルの物影から事の成り行きを見届けていた一人の男……アスカはクロスと、そのクロスを見つめる響を交互に見て険しげに眉を顰め、誰にも気付かれぬように静かにその場から立ち去っていくのであった。

 

 

 

 

 



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第二章/邂逅×存在を赦されない存在⑤

 

―S.O.N.G.本部―

 

 

あれから数十分後。苦戦を強いられながらも何とかバットイレイザーを撃破し、助力を借りた蓮夜とも別れて一先ずS.O.N.G.の本部に戻った響達。その後、戦闘で負った傷を治療し終えた後に発令所に集められた四人は、弦十郎の口から先の戦闘でのブリーフィングに加え、撤退指示を無視して戦闘を続行した件についてもしっかりとお灸を据えられる羽目になった。

 

 

「──うう……司令のお説教、長過ぎてもうへとへとデスよ~……」

 

 

「まぁ、先に命令破ったのはこっちだから文句言える立場じゃないがな……アイツが駆け付けた後も成り行きとは言え、結局そのまま戦い続けちまったし……」

 

 

「…………」

 

 

やれやれ、とクリスは両手を後頭部に回して疲れたように溜め息を吐き、弦十郎の説教を終えて家に帰ろうと艦内の通路を歩く一行。

 

 

そんな中、クリスと切歌の後ろを歩く響はボーッとした様子で何処か覇気がなく、隣を歩いていた調はそれに気付いて不思議そうに響の顔を覗き込んでいく。

 

 

「響さん……?どうかしましたか?」

 

 

「……え?な、何が?別に何でもないよ、うん!」

 

 

調に顔を覗き込まれて漸く我に返ったのか、慌てて両手を振りながら笑って誤魔化そうとする響。しかし、普段の響を見慣れている三人からしてみれば明らかに無理して笑顔を作っているのが見て取れて分かり、クリスは肩を竦めて溜め息を吐きながら響にジト目を向けていく。

 

 

「お前、もしかしなくてもまだアイツのこと気にしてんだろ?」

 

 

「へ?え、えーっとー……」

 

 

「やっぱりな……。ったく、あたしが言うのもなんだが、いつまでもアイツの事ばっか考えてたってしょうがねぇだろ?いい加減切り替えねぇと、そんなんじゃまた帰ってからアイツに心配されんぞ」

 

 

恐らく今も響の帰りを待っているであろう、彼女のルームメイトである未来の事をチラつかせてそう忠告するクリス。本人もそれを自覚しているのか、未来の事を持ち出された響は「うっ……」と言葉を詰まらせながら頬を掻き、目を泳がせていく。

 

 

「そ、それは分かってるんだけど……でも、私達がこうしてる間にも蓮夜さんは一人でイレイザーや事件の黒幕の事を今も追ってるのかなって、一度考えたら色々気になりだしちゃって、つい……」

 

 

「それこそお前が気にしたってだろ……まぁ、住むとこも無けりゃ飯もままならないって話聞いた後じゃ、不安になんのも分からなくもないけどよ」

 

 

そんな生活をしていて本当にイレイザー達の目的を止められるのだろうかと、若干呆れた様子のクリスの言葉に切歌も顎に人差し指を当てながら考える素振りを見せる。

 

 

「そういえば蓮夜さんって、普段何処で寝泊まりしてるんデスかね?こっちに身寄りはないって言ってたデスけど……」

 

 

「うーん……多分安い所の宿を使ってるか、ネットカフェ……もしかして、野宿……?」

 

 

「……何か急に不安になってきたな……アイツ、イレイザーをどうにかする前に自分が先に野垂れ死んだりとかしないだろうなっ?」

 

 

「そ、それは流石にっ……」

 

 

ない、と言い切りたい所だが、如何せん彼の私生活を知らないが為に響も断言が出来ず言い淀んでしまい、また別の意味で一同が蓮夜への不安と心配を覚える中、其処へ……

 

 

「──皆さぁーん!ちょっと待って下さい!」

 

 

「……え?」

 

 

発令所の方から、何やら慌ただしい様子でエルフナインがやって来た。不意に呼び止められた響達が足を止めて振り返ると、一同に追い付いたエルフナインは胸を抑えて呼吸を整えていく。

 

 

「良かった、皆さんが帰る前に間に合ってっ……」

 

 

「エルフナインちゃん?」

 

 

「どうしたんデスか、そんなに慌てて?」

 

 

一体何事?、とエルフナインのただならぬ様子に響達が頭上に疑問符を浮かべると、呼吸を整え幾許か落ち着きを取り戻したエルフナインは手に持っていたタブレットの画面を響達に見せていく。

 

 

「実は、今さっきS.O.N.G.宛に匿名でメールが届いたんですっ。文脈から推測するに、恐らく例のマスクドライダー……黒月蓮夜さんからの」

 

 

「え?」

 

 

「蓮夜さんから?!」

 

 

噂をすれば何とやら。一同が話題にしていた件の蓮夜からのメールが届いたと聞かされた響達は目を剥いて驚きを露わにし、エルフナインの下に集まってタブレットの画面を覗き込んでいく。其処には……

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

「──蓮夜さんからの協力の依頼?」

 

 

立花響と小日向未来がルームシェアする学生寮の一室。

 

 

本部から戻った響は、彼女の帰りを待っていた未来に早速エルフナインに見せてもらった蓮夜からのメールの内容を知らせ、それを聞いて怪訝な口調で返す未来に対し響は何処か浮かれた様子で頷き返した。

 

 

「そっ。『前回に続いてまたイレイザーが街を襲ったのは自分のせいだから、その責任を取りたい』って、イレイザーを探す為にS.O.N.G.の力を借りたいって要請が来たんだって。……まぁ、表立って一緒に動くのはお互いに危険だから、情報でのやり取りが主になるのは変わらないんだけど……」

 

 

「そうなんだ……あれ?でも蓮夜さん、S.O.N.G.に連絡する方法って知ってたの?」

 

 

「あ、うん。それもさっきエルフナインちゃんから聞いたんだけど、実は昼間に私達と話して別れた後、師匠の指示でお店の近くで見張りをしてた調査部の人から情報交換の為の連絡手段を渡してたんだって」

 

 

「……流石……相変わらず抜け目ないね……」

 

 

しっかり蓮夜と連絡が出来るように密かに手を回していた弦十郎達の手際の良さに感心を覚える未来。それに対し響も苦笑いを浮かべて頷くと、彼女が容れてくれたココアのカップを両手で包みながら話を続けていく。

 

 

「でも、これでちょっとは蓮夜さんと手を取り合える未来に一歩近づけたのかなって。そう考えたら、いつか一緒に戦えるようになれるのも夢じゃないのかな……」

 

 

誰かを守る為に戦う者同士、きっと手を取り合って分かり合えると思っていた自分の考えは甘かったのか?一度はそう考えてしまう事もあったが、こうして蓮夜が自ら協力を申し出てくれたのは、もしかしたら今日の戦いで彼の心を動かすきっかけとなる何かを示す事が出来たからなのか……。

 

 

確かな理由は分からないが、それでもコレが自分が望んだ未来に一歩近付ける前進になるかもしれないと前向きに捉える響の横顔を見つめ、未来は瞳を伏せながら穏やかに微笑んだ。

 

 

「そうかもね……私も、響達と蓮夜さんがそうなれるように応援してる。だから響も、この機会をちゃんと次に繋げられるように頑張らないと、ね?」

 

 

「うん、未来が応援してくれるなら百人力だよ~!」

 

 

やっぱり未来は私の陽だまりだと、自分の背中を後押ししてくれる彼女に元気良く抱き着く響に、未来もハイハイと受け流しつつも満更でもない様子で微笑む。

 

 

そしてその後、二人は夕食を終えて明日の学校の準備を済ませた後、共に寝台に就き、響は隣で眠る未来の顔を見て笑みを浮かべながら見慣れた天井を見つめていく。

 

 

(未来も応援してくれるって言ってくれてるんだ……何時までも悩んでいるより、未来が言ってたようにこのチャンスを次に繋げられるように頑張らないと……)

 

 

親友が背中を押してくれてるのだから、何時までも気落ちしている訳にはいかないと気持ちを改め、決意を新たに響は目を伏せて眠りに付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──直後に自身と未来の間に走った、ノイズのような謎の現象に気付かぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「……ん……んん……」

 

 

──翌日の朝。カーテンの隙間から射し込む陽の光に当てられ、響は僅かに眩しそうに顔を歪めながらも徐に目を開き、若干気だるげにベッドから上半身を起こしていく。

 

 

「んー……よく寝たぁ~……未来~、起きてるぅー……?」

 

 

腕を上に大きく伸びをし、隣に眠る未来に目を向けて声を掛ける響。だが……

 

 

「……あれ、未来……?」

 

 

呼び掛ける声に応える返事はなく、響が目を落とした隣には、いつの間にか未来の姿はなくなっていた。

 

 

頭上に疑問符を浮かべて辺りを見回し、もしや自分が寝てる間に二段ベッドの下の方に移ったのかと思い下のベッドを覗き込んでみても、其処にも誰もおらず空っぽだった。

 

 

「あれぇー……?未来ー?」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「──おっかしいなぁー……今日は一緒に登校しようって言ってたのに……」

 

 

響達が通うリディアンに向かう朝の通学路。他の生徒達が学院に向かう姿がチラホラ見られる中、彼女達に混じって一人学校に向かう響は訝しげに首を捻っていた。

 

 

あの後、もしや先に起きてるのではないかと思い部屋中を隈無く探し回ってみたものの、未来の姿は何処にも無く、彼女の通学用のカバンも部屋にはなかった。

 

 

だとすれば、やはり先に部屋を出て学校に向かったのかと思われるが……

 

 

(何か予定があったのかな?日直とか……いや、でも今日は未来の当番じゃないし……あれ?)

 

 

未来が先に出ていった理由を考えて響が頭を悩ませる中、その時、前を歩く登校中の生徒達の中に見覚えのある後ろ姿を見付け、足の爪先を立てて背伸びをし人混みの向こうを覗き見る。其処には……

 

 

「──あっははっ。えー、ほんとに~?」

 

 

「あ……未来っ!」

 

 

そう、響が見付けたのは、人混みの向こうに他の生徒達と楽しげに会話をしながら歩く女子生徒……朝には部屋に姿のなかった未来だったのだ。

 

 

彼女の姿を見付けた響はぱあっと明るい笑顔を浮かべると共に一目散に走り出し、生徒達の間をすり抜け未来の下へと駆け寄っていく。

 

 

「未来ー!おーい、待ってよ未来ー!!」

 

 

「……え?」

 

 

大声で呼び止められ、一緒に登校していたらしき他の女子生徒達と共に足を止めて振り返る未来に追い付き、響は手を膝に付き呼吸を整えながら口を開く。

 

 

「もぉー、酷いよ未来っー。何も言わずに先に行っちゃうなんてさっー。一緒に学校に行こうって約束してたでしょっ?」

 

 

「…………」

 

 

「先に出るならせめて一声くらい掛けてくれても…………?未来?」

 

 

一緒に登校すると約束してた筈だったのに、置いてかれてしまった事に対し愚痴をこぼす響だが、目の前に立つ未来の様子が何処か可笑しい。

 

 

何故か戸惑いを露わにした瞳で響を見つめ、周りの生徒達と何度も顔を見合わせている。

 

 

そんな彼女の様子を見て響も訝しげに眉を顰める中、未来は響に目を向けて恐る恐る口を開き、

 

 

「えっ、と……ごめんなさい……確か、"立花さん"だよね?何の話をしてるのかさっぱり分からないんだけど……私に、何か用事?」

 

 

「…………え…………?」

 

 

……まるで赤の他人に向けるようなよそよそしい眼差しと共に、困惑を露わにした表情でそう口にした親友である筈の彼女の思わぬ言葉に響は目を剥いて絶句し、呆然と立ち尽くしてしまうのであった──。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「──!何だ……?」

 

 

同時刻。クレープ屋のバイトで店で作業を行っていた蓮夜は、クレープに使う材料の準備中に何かを感じ取ったかのように顔を上げ、怪訝な表情で周りを見回していた。

 

 

(今の、感覚は……まさか……?)

 

 

突然感知した不可解な感覚と、それに呼応するかのように胸でざわつく嫌な予感。

 

 

理由は分からないが、此処で無視すれば『取り返しのつかない何かに繋がる』という確かな確信が胸中を過ぎり、蓮夜は僅かに思考する素振りを見せた後、何かを決意した表情で顔を上げながらエプロンを外し、店長の下へと急いで走り出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

第二章/邂逅×存在を赦されない存在 E■■

 

 

 

 

 

 

 

 

『ERROR.』

 

 

『LOADING....』

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章/かⅲ逅×存在を♯¥$@

 

 

 

 

 

 

 

 

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だ▲二§/*@こ☆?ẅ♪♭※Σゝ●⊿

 

 

 

 

 

 

 

 

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『ERROR.』

 

 

『ERROR.』

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■/■■×■■■■■■■■■■ END

 

 

 

 

 



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登場人物&設定一覧(随時更新予定)

 

黒月蓮夜

 

性別:男

 

年齢:18(自己申告)

 

容姿:黒の長髪に切れ長の真紫の瞳。

 

 

解説:仮面ライダークロスに変身する記憶喪失の青年。

 

 

立花響達が暮らすシンフォギアの世界とはまた別の世界の住人であり、記憶を失う前は響達の世界に現れたイレイザーを追って来たのだと思われるが、何らかの理由でそれまでの記憶を全て失ってしまっている。

 

 

性格は一見物静かで何処となく冷たそうに見えるが、実際は記憶喪失の影響で感情表現が乏しいだけであり、わりと素直で他人想い。しかし偶にズレた発言や行動をしたりと何処か天然な面も。

 

 

異なる世界から訪れた為、響達の世界では行く宛もなく家無し金無しのホームレスのような生活を送っているが、今は所持金が底を尽いて行き倒れた所を救ってくれたクレープ屋の店長のご好意により、アルバイトとして雇わせてもらっている。

 

 

記憶を失ってから唯一残った『イレイザーを止めなければならない』という使命感、そして自分のような大切な何かを失う人間をこれ以上増やしたくないという一心から手元に残されたベルトとカードを使い、仮面ライダークロスとして人知れず都市伝説の怪物と戦い続けている。

 

 

 

 

仮面ライダークロス

 

 

解説:黒月蓮夜が変身ベルト、クロスベルトと変身カードを用いる事で変身する蒼と黒がメインカラーの仮面ライダーだが、その力の正体や出自は不明。

 

 

全ライダーの中でも平均的な強さを持ち、オールマイティに戦う事が出来る。

 

 

外見は黒のラインが入った丸みを帯びた蒼いボディと、ファイズに近い蒼のラインが入ったレッグ、カブトとアクセルトライアルを足して二で割ったような仮面と赤い複眼を持ち、ボディの様々な箇所にはXの意匠が用いられてる。

 

 

 

クロスベルト

 

 

解説:記憶を失って倒れていた蓮夜が意識を取り戻した際に手にしていた、クロスに変身する為の蒼いベルト。

 

 

ゼロノスベルトとマッハドライバー炎を足して二で割ったような外見をしており、変身時や必殺技発動時にもマッハドライバー炎と同様のギミックでバックル右部分を上げてカードを装填する為のスロットを露出させ、カードを装填した後にスロットを押し戻す事でその効果を発揮する事が出来る。

 

 

 

初期フォーム一覧

 

 

 

タイプスタンダード

 

 

解説:クロスの基本形態。手足に伸びたラインに光を通して瞬間的に身体能力を増加させる事が可能であり、パンチ力やキック力、跳躍力を一時的に強化する事も出来る。

 

 

必殺技は右足に収束させた蒼のエネルギーポインターを敵に放って捕縛し、全身を蒼い閃光へと変化させて捕えた敵にライダーキックを放つ『ライダーブレイク』

 

 

 

 

タイプスラッシュ

 

 

解説:近接戦闘と機動力に特化したフォーム。外見はシャープなラインが特徴の朱い鎧と緑の複眼、武器は金色のラインが走った双剣、『スパークスラッシュ』を用いて戦う。

 

 

必殺技は高速移動で生み出した分身で相手の目を欺きながらスパークスラッシュで連続で斬り裂き、トドメに渾身の刃を叩き込む『ライトニングスレイド』と、分身したスパークスラッシュの刃を相手に向けて雨の如く降り注がせる『スラッシュレイン』

 

 

 

 

タイプブラスター

 

 

解説:火力とパワー、防御力に特化したクロスの遠距離射撃形態。外見は青く角張った分厚い装甲と黄色い複眼が特徴であり、通常弾と砲撃を使い分ける事が出来る青白い銃剣、ウェーブブラスターを用いた射撃を得意とする。

 

 

必殺技は通常形態時に用いる一秒間に385発撃ち込む『ストライク・ブラスト』と、砲撃形態時に用いる収束したエネルギー弾、或いは砲撃を発射する『レイジング・ブラスト』

 

 

 

 

イレイザー

 

 

解説:物語から何かしらの理由、罪を問われて存在を許されなくなった者の成れ果て。

 

 

物語を追われた事で世界のルールに縛られないという性質を持っており、響達の操るシンフォギアは勿論、その他の世界の武器や能力でも傷付ける事が出来ない。

 

 

また、個体差はあれど物語を改竄する能力を持っており、人間の記憶や性格、歴史そのものを弄って全く別の物語に変えてしまう恐ろしい能力を持つ。

 

 

ただし、本来の物語の流れでそうなる筈がない登場人物の生死や物語の根底を揺るがすなどあまりに分かりやすい改竄は"世界"に探知されやすくなり、見付かれば為す術なく再び追放されるか、最悪その場で存在ごと消される可能性がある為、無茶な改竄を行う事は多くない。

 

 

唯一の例外としてクロスのベルトを持つ蓮夜は改竄の影響を受けずにイレイザーを倒す事が出来るが、その関連性は不明。

 

 

イレイザーの中にもクラスが存在しており、動物の姿を形取るイレイザーは下級、其処から更に進化し、数ある物語の中で最古とされる神話・伽噺上の生物の姿へと変貌した者を上級の『神話型』と呼ばれているが、本作にて登場する純粋なイレイザーは上級に位置する三人だけとなっている。

 

 

 

 

デュレン

 

 

解説:上級イレイザーの三人グループのリーダー格である男。

 

 

外見は黒い髪をオールバックに纏め、インテリアの眼鏡を掛けて黒いスーツを着込んでいるが、人間の温かみを感じさせない冷徹さから仲間の一人であるアスカからもあまり信用されていない。

 

 

シンフォギアの世界で暗躍を進める首謀者であり、仲間の二人と共に新たなイレイザーの進化を探りつつ、自分達の手駒となる存在を求めている。

 

 

また、記憶を失う前の蓮夜と何かしら関わりがあるらしい。

 

 

 

 

アスカ

 

 

解説:上級イレイザーの一人である、赤いジャンパーを羽織った金髪のツンツン頭が特徴の男。

 

 

ヤンキーのような見た目通り口調は乱暴だが、計画の始動前に始末したと思われた蓮夜の生存に誰よりも焦りを浮かべたりなど、見掛けに寄らず慎重派な模様。

 

 

 

イグニスイレイザー

 

 

アスカが変身する神話型と呼ばれる上級イレイザー。

 

 

仮面ライダーウィザードの敵幹部であるフェニックスに酷似した紅の身体とパイルバンカーのような杭が肘の部分から突き出た巨大な右腕を持ち、ビルすら一撃で倒壊させる程の強靱なパワーとクロスの必殺技すら弾く絶対的な防御力を誇る。

 

 

 

クレン

 

 

解説:上級イレイザーの一人である、青の革ジャンを着込んだ青い髪が特徴の青年。

 

 

飄々とした性格から掴み所のなく、普段は気怠そうにしているが、その裏では人知れず計画を進めていたりと抜け目がなく、デュレンに続いて底が見えない。

 

 

 

 

ノイズイーター

 

 

解説:数週間前から街で噂される『血のように赤い眼を持つ怪物』の都市伝説と、実際の事件の証言からS.O.N.G.が呼称する赤眼のイレイザー。

 

 

その正体はデュレン達がシンフォギアの世界の人間を人工的にイレイザーに変質させ、その上でノイズを喰らわせて短期間で力を付けさせようと試みるイレイザーの亜種。

 

 

ノイズを喰らえば喰らった分だけ力を増していき、その影響で瞳の色も禍々しい赤色に変質するようだが、ノイズを喰らい過ぎれば徐々に理性も失われて暴走する危険性が高まる模様(アスカ曰く、暴走すれば捨て駒にしか使い道がないらしい

 

 

しかし、戦いの中で追い詰められ感情を昂らせた際に謎の急激なパワーアップを果たしたりなど、その力の全貌は未だ謎が多い。

 

 

 

 

 



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第三章/改竄×断ち切られた繋がり

 

―リディアン音楽院―

 

 

私立リディアン音楽院高等科。響たち装者が普段通う学校であり、その名の通り音楽教育を中心としたカリキュラムで、私立芸術系ながら学費は安いらしい。

 

 

元々はシンフォギア装者の選出、ならびに音楽と生体から得られる様々な実験データの計測も秘密裏に行なっていた施設だったが、後にそれらの機能は停止されて今は普通の学園として運営されており、ノイズを始めとする数々の熾烈な戦いに身を投じる響達にとって、この学園に通う事は平穏な日常を噛み締められる大切な場所の一つでもある。

 

 

 

 

──その筈だった……

 

 

 

 

「……待ってっ、ねぇ待ってよっ!クリスちゃんってばっ!!」

 

 

「だあああーっ!!いい加減しつけーぞお前っ?!つーか気安く名前呼ぶなって言ってんだろっ!!」

 

 

早歩きでそんな怒号を上げながら学園の廊下を歩くのは、何やら迷惑そうに険しい顔を浮かべるクリスだ。ズンズンと何かを振り切ろうと歩くスピードを速めてチラッと振り返る先には、そんなクリスを何処か必死な形相で追い掛け回す響の姿があり、響はどうにかクリスに追い付いて彼女の手を後ろから掴んだ。

 

 

「なっ……!こんのっ、離せってっ!」

 

 

「良いから私の話聞いてっ!皆の様子が可笑しいんだよっ!未来も、調ちゃんも切歌ちゃんもっ……!友達も皆、私の事を覚えてないのっ!コレって絶対に可笑しい──!」

 

 

「可笑しいのはおめーだろっ?!ってかそもそも、お前一体誰なんだよっ?!」

 

 

「……っ?!」

 

 

混乱した様子で泣き縋るかのようにクリスの手を掴むも、知らない赤の他人に向けるかのような目付きで睨みながらハッキリとそう告げたクリスの言葉に響は絶句し、徐に彼女から手を離しながら後退りしてしまう。

 

 

「も、もしかして……クリスちゃんも、私のこと……?」

 

 

「ああっ……?だから何の話だよさっきからっ?遠慮無しに人の腕取りやがってっ……大体何なんだよお前?お前にあたしの名前なんか名乗った覚えねーぞ?」

 

 

「……っ……!」

 

 

いってぇなーと、思いのほか響が掴む手の力が強過ぎたのか手首を摩りながら不審げな眼差しを向けるクリスからの質問に対し、響は動揺を露わにした瞳を震わせて後退りすると、そのまま背を向けて逃げるようにその場から走り出した。

 

 

「あ、おいコラっ?!待てよオイっ!逃げんなっ!」

 

 

(ッ……どうして……一体何が、どうなって……?!)

 

 

後ろから呼び止めるクリスの声に応じる余裕もなく、治まらない動揺を抱えたまま響はすれ違う生徒達にぶつかりそうになるのも目もくれず踊り場の階段を駆け下りていき、自分のクラスがある階に降りて漸く足を止め、トボトボと意気消沈した足取りで自分のクラスに戻り扉を開けていく。

 

 

「それでねー?……あ」

 

 

「…………」

 

 

響が扉を開けてクラスの中に足を踏み入れた瞬間、今し方まで賑わっていた筈のクラス急に静かになり、冷ややかな空気が流れる。クラスメイトの全員が全員、響を一瞥した後に気まずげに目を逸らしたり、あからさまに関わり合いたくないが為に席を立ってクラスから退出したりなど、明らかに響という存在を疎んじて避けているのが手に取れて分かった。

 

 

(この感じ、空気……あの時と……同じだ……)

 

 

その光景に、空気に響は嫌というほど身に覚えがあった。

 

 

それは数年前、彼女と同じシンフォギア装者である風鳴翼と当時のガングニールの装者だった"天羽 奏"の二人が組むツインボーカルユニット、『ツヴァイウィング』のライブ会場に観客として居合わせた時、会場に突如現れたノイズと、それを迎え討つ装者との戦闘に巻き込まれ、生死をさ迷う大怪我を負った事がきっかけだった。

 

 

あの時はどうにか一命を取り留めたものの、事件でただ一人が生き残ったことで死者の遺族から生じた妬みが社会現象となり、居宅の物的被害に及ぶほどの迫害や、響本人は学校内でのいじめを受ける事になった。

 

 

結果、そのせいで家族はバラバラになり、自身も辛い思いをずっとしてきた。

 

 

それでも、奏が遺してくれた「生きることを諦めない」という言葉を糧にそんな苦難を乗り越え、リディアンに入学して多くの仲間を作り、家族の絆も取り戻してあの過去を乗り越えた筈だったのだ。なのに……

 

 

「……未来、あのさ」

 

 

「……あ」

 

 

ふらふらと、何処か覚束無い足取りで席に着く未来の下に歩み寄る響だが、いつも陽だまりのような笑顔を浮かべて自分を受け入れてくれる彼女の姿は其処にはなく、未来は他の生徒達と同様に気まずげに視線を泳がせて響と目を合わそうとせず、教室の外から慌てて手招きする別の友達を視界の端に捉えて席から立ち上がる。

 

 

「ご、ごめんね立花さんっ。私、用事があるから……それじゃ……!」

 

 

「み、未来っ……!」

 

 

そう言って未来は逃げるように響の横を通り過ぎ、教室の外で待つ友達と一緒に何処かへ行ってしまう。その背中を止めようと一瞬手を伸ばし掛けるが、先程のクリスのように未来に拒否される事を恐れて中空で手を止めてしまい、やがて腕を下ろした響は力無く俯き、自分の席に座り込んで腕の中に顔を埋めてしまう。

 

 

(……どう、して……未来も、クリスちゃん達も、皆もっ……何で急にこんな事にっ……)

 

 

つい昨日まで一緒に笑い合っていた筈の親友、仲間や友達が前触れもなく自分の事を避け出したり、自分の名前や顔を忘れるなど有り得るハズがない。

 

 

きっと何か理由がある筈だと、この事態に至った原因が何なのかを必死に思考して洗い出そうとするが……

 

 

(……あれ……なんで……思い、出せない……?ううん、そんな筈ない……!こうなった原因を私は知ってる、聞いてるハズ!……でも、誰に……?)

 

 

そうだ、自分は確かに知っている筈なのだ。

 

 

未来達があんな風に変わってしまったと思われる原因を、その元凶を、ある人から教えられて。

 

 

……だのに、どんなに思い出そうとしてもまるで『靄』が掛かったかのようにそれらの記憶を何故か思い出す事が出来ない。

 

 

知っている筈なのに思い出せない、そのもどかしさにも似た気持ち悪さに辛そうに頭を抱え、響は唇を噛み締めてしまう。

 

 

(駄目だ……何も思い出せないっ……どうしてっ?一体、私に何が起きてるのっ……?)

 

 

未来やクリス達は自分の事を覚えておらず、自分の記憶も霧が掛かっているかのように肝心な事を思い出せないなど、明らかに普通じゃない状況に響も沈痛の表情を浮かべてしまうが、その時ふと、何かを思い付いたように勢いよく席から立ち上がった。

 

 

(そうだ……本部に行けば、師匠やエルフナインちゃん達が何か知ってるかも……!)

 

 

きっと弦十郎達ならこの異変に気付いて何か掴めているかもしれない。そう信じて思い立った響は鞄を手に取ると、S.O.N.G.の本部に向かう為に教室を飛び出していった。

 

 

「──へぇ……まだ元の記憶が残ってたんだぁ、あの子」

 

 

──その様子を学園の外から見つめる怪しい影……校門から出てきた響を見て面白そうに笑い、踵を返してそのまま何処かへと転移するように姿を消した青髪の青年の存在に気付かずに。

 

 

 

 

 



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第三章/改竄×断ち切られた繋がり①

 

 

「──そうか、やはり先日の戦闘で現れたアルカ・ノイズの出処は未だ分からず終いか……」

 

 

「はい。現段階での調査の結果では、恐らく錬金術師が何かしらの目的でばら蒔いた可能性が高いと思われますが……それにしたって、何故何もない街中に何の前触れもなく……」

 

 

S.O.N.G.の本部である潜水艦が停る埠頭の敷地内。艦の停泊中は表向きではダミーカンパニーの名前で港を使用しており、その間に多数の整備員やスタッフが潜水艦の補給と整備の為に今も忙しなく動き回っている。

 

 

そんな中、敷地内を共に歩く弦十郎とエルフナインは艦に向かう道すがら、先日の戦闘で起こったバットイレイザーの事件……否、"アルカ・ノイズの出現"について話し合いを行っており、エルフナインの見解を一通り聞いた弦十郎は「ふむ……」と顎に手を添え何やら考え込んだ後、エルフナインの顔を見つめ小さく頷いた。

 

 

「何れにせよ、アルカ・ノイズを発生させた犯人の正体と目的が読めない以上、まだ気を抜く訳にはいかなそうだ。警戒態勢を怠らず何が起きてもいいように備えておかなくてはな」

 

 

「そうですね。僕も調査報告書を見直して、気になる点が他にないか洗い出しておきます。クリスさん達にも朝方に連絡して本部に集まってもらえるようにお願いしていますから、其処で今後の事も──」

 

 

「──違うんですっ!お願いだから話を聞いて下さいっ!」

 

 

「だから、関係者以外の立ち入りは許可出来ないんですって!」

 

 

「……うん?」

 

 

アルカ・ノイズの謎の発生と今後の対策について弦十郎達が話し合いを進める中、遠くから何やら揉める声が聞こえ振り向く。すると其処には、出入り口のゲートにてリディアンの制服を着た女子生徒が二人の警備員に取り押さえられる姿があり、騒ぎが気になった弦十郎は警備員達の下に近付いていく。

 

 

「どうした、何かあったのか?」

 

 

「あ、司令……!実はこの娘が無断で敷地内に侵入しようとしてたので引き止めようとしたのですが、強引に中へ入ろうとして……」

 

 

「ッ……!師匠っ!」

 

 

「……?師匠?」

 

 

「司令?何かありましたか?」

 

 

警備員達に取り押さえられる女子生徒……響が弦十郎の顔を見て安堵の吐息を吐くも、弦十郎は彼女が口にした師匠という呼び方に訝しげに小首を傾げてしまい、更に其処へ弦十郎を追ってきたエルフナインを見て響の表情が柔らかくなる。

 

 

「エルフナインちゃんも!良かったっ、二人が来てくれて……!」

 

 

「え?どうして僕の名前を?」

 

 

「その制服はリディアンの……という事は、もしやクリス君達の友人か何かか?」

 

 

「え……ま、まさか、二人まで私の事をっ……?」

 

 

学校でのクリス達と同様、自分の顔を見て初対面の人間に出会ったような反応を見せる弦十郎とエルフナインを見てショックを隠せない響だが、其処でハッと何かを思い出したように自分の首元に手を伸した。

 

 

「そうだ……!コレ!私の事を覚えてなくても、コレさえ見てくれれば……え……?」

 

 

そう言って、響は首に掛けたギアのペンダントを弦十郎達に見せようとするが……伸ばした手は何故か空を切り、思わず首元に目を向けると、其処には朝に忘れず身に付けていた筈のギアのペンダントがいつの間にか何処かへと消えてしまっていたのだ。

 

 

「な、何でっ?!私、ちゃんとガ……ガ、ン……あ、あれっ……?」

 

 

驚愕と共に制服のポケットも慌てて漁り、ペンダントを探しながら自分のギアの名を弦十郎達に告げようとするも、何故かその名前を思い出す事が出来ない。

 

 

……いや、それどころかそのペンダントが一体何だったか、そもそもそれが何の為のモノだったか……。

 

 

今の今まで覚えていた筈の事が突然思い出せなくなり、響は戸惑いを露わに更に混乱してしまうが、弦十郎達はそんな響の様子を見ても意味が分からないと頭上に疑問符を浮かべるばかりだった。

 

 

「よく分からんが……此処は関係ない人間が立ち入るには些か危険な場所だ。それに君、その制服を着ているという事はリディアンの生徒だろう?この時間帯ならそろそろ授業が始まってる頃だが、学校はどうしたんだ?サボリはいかんぞぉ、サボリは」

 

 

「いや司令っ、それより一般人がこの場所へ立ち入った事を問題視すべきでは……」

 

 

「なに、別に不味いモノを見られたって訳でもないんだ。俺達がこの場で注意して、この娘が外で口外しなければさほど問題にはならんだろう。そういう訳だから女子生徒君、敷地内に勝手に入った事は俺達も大目に見るから、君も此処での事は無闇に人に話さないでいてくれると助かるんだが……」

 

 

「…………」

 

 

勝手に侵入した件を目を瞑る代わりに此処での事を他言無用にして欲しいと穏便に頼む弦十郎だが、そんな弦十郎の言葉が聞こえている様子もなく響は表情を隠すように前髪で顔を隠して俯いており、ただ無言のままゆっくりと頭を下げていく。

 

 

「すみません、でした……私の勘違いだったみたいです……それじゃ……」

 

 

「お、おい」

 

 

そう言いながら踵を返し、響はまるで幽霊のように覚束無い足取りで来た道を引き返していく。その様子を見て流石に心配になり思わず引き止めようとする弦十郎の声も聞こえていないのか、響は一度も振り返る事なくその場を後にしていき、そんな響の背中を見送りながら弦十郎も何処か腑に落ちない様子で頭を搔いてしまうのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……つまり、立花響に関する物語を書き換えた、と?」

 

 

とある市内に存在するバーの席。酒気の仄かな匂いが店内に漂う中、店のカウンター席でグラスに入った酒を傾けながらデュレンがアスカに投げ掛けたのは、今の響の身に起きている現状……彼女自身やその周囲の人間の記憶が改変されている件についてであり、それに対しアスカもグラスの酒を揺らしながら淡々と答えていく。

 

 

「アイツはクロスの周りをうろちょろしてやがったからな、あのまま奴に付いて回られてたらマジで装者達と手を組み兼ねない……そうなる前に手を打っておいたのさ」

 

 

「……成る程……だが立花響はこの物語における主人公だ。そんな重要なキーパーソンに手を出すのなら、一言相談を寄越せ……今のところ問題はないようだが、貴様が下手な手を打っていればどうなっていた事か……」

 

 

「わーってるよっ、だから念の為に保険も用意して今回の改竄に及んだって何度も言ってんだろっ。毎度毎度小言が多いんだよ、お前はっ」

 

 

釘を刺すように横目で睨み付けてくるデュレンに対し鬱陶しげに手を振り、アスカは酒が入ったグラスを一気に飲み干していく。そしてデュレンもそんなアスカを見て軽く鼻を鳴らしながら自身も酒を口にしていくと、二人の背後から青髪の青年が現れて飄々とした笑みで声を掛けた。

 

 

「あーらら、真っ昼間から酒浸りなんて悪いなぁ。酒臭い男はモテないよー?」

 

 

「クレンか……」

 

 

「うーるせーよっ。こっちは一働きしてきた後なんだ、ちっとの酒ぐらい味わわせろっ」

 

 

「カリカリしてるねぇ。ま、君とデュレンが二人で飲んでて場の空気が和む訳もないか」

 

 

ケラケラと笑いながらそんなアスカの隣の席に徐に座り、青髪の青年……クレンはバーテンダーに軽い飲み物を注文すると、デュレンがグラスを置きながらクレンに向けて口を開く。

 

 

「それで、立花響の今の様子はどうなっている?」

 

 

「ちゃんと改竄の影響はあるようだよ。彼女の周りの人間と、立花響との関係性は完全にリセットされている。ただ、彼女自身はまだ改竄前の記憶が残ってるようだ……やっぱり僕達の知らない所で彼と交流があったのか、改竄の進行は他よりもだいぶ遅れているみたいだね」

 

 

「そら見ろよ、あのままあのガキを放置してたら奴以外にも厄介な敵が増えてたって事だろう?早い内に対処してて正解だった訳だ」

 

 

「俺が問題視してるのは貴様の独断行動についてだ。幾ら結果がマシだろうと、その過程で足が付けば今までの蓄積とこれからの動向すら無意味になり兼ねないと何度も……」

 

 

「あーっ、もういい分かったってっ!俺が悪うござんしたよっ!」

 

 

再び始まろうとしたデュレンの小言を遮るようにわざとらしく声を大きめにそう叫ぶと、アスカはグラスを置いて席から立ち上がり店の入り口に向けて歩き出していく。

 

 

「ったく……ただまぁ、此処まで分かりやすい異変は奴も既に勘付いてる筈だ……そろそろ次の手の準備を始めとくとするか」

 

 

「働き者だねぇ。まあ今回は君が主導の改竄だし、僕達は適当に酒のつまみにでもさせて楽しませてもらうよ」

 

 

「チッ、自分は無関係だからって余裕かましやがって……ところでデュレン。もし仮に奴と戦う事になったら、別にやっちまっても構わねぇんだよなぁ?」

 

 

「……貴様の勝手にすればいい。わざわざ俺の許しを得る必要もないだろう」

 

 

「そーかよ……なら後から文句つけて来ても俺は知らねぇからな」

 

 

今の内に忠告しなかった事を咎めるなよと、アスカはそのまま二人に背を向けて店を出ていく。そしてそんなアスカを見送ったクレンは注文して出てきた飲み物のグラスを手に取ると、デュレンを横目に口を開いていく。

 

 

「いいのかい?彼は現状で唯一イレイザーを追い詰められる相手だ。前回僕が教えた、ノイズ喰らいのイレイザーの進化の条件が君の予想通りだとしたら……」

 

 

「……確かに奴を利用する手もあるが、それは同時に俺達の計画が破綻する危険性をも抱えねばならない事になる。わざわざそんなリスクのある手段に拘るよりも、もっと手堅い方法で研究を進める方がより効率的だろう」

 

 

そう言いながらデュレンは脇に置いてあるタブレットを手にし、画面に触れる。直後、タブレットの画面にノイズが走って幾つかの映像が表示されていくのを見て、デュレンは僅かに目を細めていく。

 

 

「この戦姫達の物語に拘らずとも、研究と実験を進めるだけなら他の物語でもこなせる……それまで奴らには、この物語の中で好きなだけ英雄気分を堪能させておけばいい……」

 

 

 

 

 



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第三章/改竄×断ち切られた繋がり②

 

―噴水公園―

 

 

──視界が繰り返し何度も点滅し、まともに前が見えない。

 

 

頭に鈍い痛みが走り、自分の中身が少しずつ違う『何か』に塗り替えられていくのが分かる。

 

 

「ぅっ……くっ……頭、がっ……」

 

 

覚束無い足取りで弦十郎達と別れて宛もなく街をさ迷い、響がその足で辿り着いたのは学校帰りに仲間達と共に良く買い食いなどして寄り道に使っていた公園だった。

 

 

ふらふらと見るからに危うい足取りで公園内を歩き、すれ違う人々も気になって思わず目線で追ってしまっているのにも気付かず、公園の噴水の近くまでやって来た響は足を止めると、近くのベンチに力なく座り込んでしまう。

 

 

(ッ……ダメだ……やっぱり、どんどん記憶が薄れ始めてるんだ……私ももう、さっきの人達の顔がっ……)

 

 

頭を抑えながらつい先程までの記憶を思い返そうとするも、別れてそう時間が経っていない筈の弦十郎達の顔でさえもう思い出す事が出来ない。

 

 

恐らくこれも、自分がある人から聞いた元凶の仕業である事だけはまだ覚えてる。

 

 

しかし、いずれこの記憶すらも忘却し、時が訪れれば自分も為す術もなく未来達のように別人に変わってしまうのだろうか。そうなれば、未来達を元に戻す事も……

 

 

(……それだけは、ダメだっ……でも、記憶を無くしてる今の皆を頼る事は出来ない……何とか、私だけでもこの異変を止めて……でも、どうやって……?)

 

 

自分にはその力があった筈だ。誰かを守る為の力。自分の大切な約束を、大切な人達を守る為の力が。

 

 

……だが、胸元にあった筈のソレは今は何処にもなく、胸に手を伸ばしても掴むモノはなく空を切るだけだった。

 

 

(っ……今の私には、何も出来ないの……?未来達を助けて元に戻す事も、この異変を解決する事も……私だけじゃ……)

 

 

今まで自分を傍で支えていてくれた親友も、共に戦う仲間も、誰かを救う為に力を貸してくれていた輝きも今の自分は持たないと自覚した途端、響の心の内から薄暗い感情が溢れ出し、それに呼応するかのように頭の痛みが更に酷くなる。

 

 

「イッ、たっ……!ア、タマがっ……割れるっ……痛いっ……ァッ……!」

 

 

自分を嘲笑うかのように不快なノイズが脳裏を過ぎる。

 

 

自分の目に映る全てを塗り潰さんとばかりに、視界が点滅して砂嵐が走る。

 

 

それは忘却へのカウントダウンを意味するのか、それとも次の一瞬には何もかも忘れてしまう予兆なのか。

 

 

ただ分かるのは、今の自分には受け入れ難いその運命から逃れる術がない事だけ。

 

 

何も出来ず、ただ何者かの悪意に蝕まれる事を受け入れるしかない無力感と悔しさのあまり、響の目頭に熱いモノが込み上げて来る。

 

 

(いやだ……いやだっ……!!忘れたくないっ……!!忘れたくなんかないっ!!大切な親友をっ、大切な人達との記憶をっ……!!こんな簡単にっ……渡したくなんかないっ!!)

 

 

仲間達との思い出を、記憶を、繋がりを奪われたくなどない。たまるものか。

 

 

見えない何かに必死に抗うように強くそう想い、しかし、それで痛みが和らぐ事はない。

 

 

寧ろ抗えば抗う程にノイズの酷さが増していき、身に覚えのない"別の記憶と感情"が頭の中に流れ込んで来る。

 

 

──自分は孤独だ。心配してくれる人なんて誰もいない。

 

 

ノイズを憎め。奴らの存在が自分の全てを奪ったんだ。

 

 

繋がりなんて必要ない。そんなものを期待した所で、自分に手を伸ばしてくれる人間なんて……

 

 

(違う……違うっ!これは私の記憶じゃないっ!私の本心じゃないっ!私の中に入って来ないでぇっ!!)

 

 

まるで囁くように内から溢れ出てくる、薄暗い声なき声をこれ以上聞くまいと耳を塞いで頭を振り、必死に拒絶するあまり思わずベンチから立ち上がって逃げるように走り出してしまう。

 

 

だが急に立ち上がったせいで足が縺れてしまい、そのまま前のめりに倒れてしまいそうになる響を、真横から突然飛び出してきた誰かが寸前の所で抱き留めた。

 

 

「っ……大丈夫かっ……?」

 

 

「ぅっ……へ、へいきですっ……すみません……ありがとうございま──」

 

 

辛そうに顔を俯かせながらも、助けてくれた誰かに謝罪とお礼を口にして徐に身を離すと、その人物の顔を見上げたと共に、響は目を見開き息を呑んだ。

 

 

顔を上げて最初に視界に飛び込んできたのは、まるで宝石を彷彿とさせるような真紫の瞳。

 

 

額から汗を流し、何処か息が上がってるように肩を僅かに揺らす黒髪の青年の顔を見た瞬間、知らない筈なのに、何故か良く分からない強烈な既視感を感じた。

 

 

「あなた、は……確か……」

 

 

「…………」

 

 

思わず口から溢れたその言葉を聞き、青年……蓮夜は何かを察したように眉を潜め、一瞬哀しげに目を伏せる。しかしすぐに真顔に戻り、響の目をまっすぐ見据えながら重々しく口を開いた。

 

 

「ずっと探してたんだ、お前を……幾つか質問をする前に、一つだけ聞かせてくれ……お前は今、何処まで元の記憶が残ってる……?」

 

 

「え……」

 

 

傍から聞けば、突拍子のない発言にしか聞こえない蓮夜の問い掛け。だが、それが何を意味するか理解出来た響は思わず声を漏らし、気付けば、あれほど自分を苦しめていたノイズや薄暗い声はいつの間にか収まっていた。

 

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

「──黒月蓮夜、さん……?」

 

 

「ああ。昨日、お前やお前の仲間達と出逢った時にそう名乗って、戦場でも何度か成り行きで一緒に戦った事がある……覚えているか?」

 

 

「……すみません……何となくそんな事があったような気はするんですけど、その辺りの記憶も今は朧げで……」

 

 

「……そうか……もう其処まで奴らの改竄が及んで……いや、それでも記憶が残っているだけまだマシかもしれないな……」

 

 

その後、何とか落ち着きを取り戻した響は蓮夜とベンチに並んで座り、今の自分や未来達の身に起きている異常事態……イレイザーによる改竄や、彼女が忘れ掛けていたシンフォギアやS.O.N.G.、お互いが出逢ってからの経緯について話を聞かされていた。

 

 

元の記憶の名残りが残っていたおかげか、普通なら有り得ないと切って捨てられるような話をすんなり受け入れる事が出来た響だが、彼女の今の状態を聞かされた蓮夜は口元を手で覆いながら何やら熟考し、響はそんな蓮夜の横顔を見つめて恐る恐る問い掛ける。

 

 

「あの……それでつまり、私の記憶がどんどん薄れ始めて違うものに変わり出してるのも、未来達が可笑しくなってるのも、そのイレイザーっていう怪人の力のせい……って事なんですよね……?」

 

 

「……そうだ……俺もその異変を感じ取って色々調べてみたが、昨日のイレイザーとの戦いはアルカ・ノイズの発生という事にされていて、もっと以前の事件も別の内容にすり替わっていた……それでこの物語が改竄に晒されていると知ってお前達の様子を確かめに行ったら、リディアン……だったか?お前が通う学園の校門で生徒に話を聞いたら、お前が急に早退したと聞いてずっと探し回ってたんだ……急いでたあまり後ろ姿がよく似た女子生徒に声を掛けて、警官に職務質問をされたりと要らぬ時間を食ってしまったりはしたが……」

 

 

住居不定の身での職質は流石に焦ってしまったと、此処に辿り着くまでにあったトラブルを若干落ち込みながら語る蓮夜に思わず苦笑してしまう響だが、僅かに目を逸らして何か考える素振りを見せた後、何やら暗い表情を浮かべて俯いてしまう。

 

 

「でも今までの話を聞くと、私達がこうなってるのはイレイザーが私達の事を脅威と見なしたから、って事なんですよね……」

 

 

「……そうなるな……そして予想通り、奴らはお前達を潰す為に改竄を施し、ご丁寧に自分達に関する情報だけでなく俺とお前達の繋がりまで消した……恐らく大なり小なり、向こうも俺達の関係性に気付いていたのかもしれない」

 

 

「……だとしたら、やっぱり私のせいなのかな、それ……私が蓮夜さんの忠告をちゃんと聞かなかったから、私だけじゃなく未来達まで……」

 

 

「それは違う」

 

 

蓮夜が危惧した通り、自分だけでなく未来達にまで被害が及んでるのは自分が彼と協力する事に拘り過ぎたせいかもしれないと責任を感じる響に、蓮夜がハッキリと否定する。その思わぬ言葉に響が驚いて思わず蓮夜の顔を見ると、蓮夜は真剣な眼差しで響の目を見つめながら言葉を続けていく。

 

 

「俺もお前も、確かに奴らに対する警戒が足りていなかったかもしれないし、他に上手い方法があったかもしれないが、少なくともお前が協力を持ち掛けてくれた事は間違っていない。俺も昨日の戦いのように、奴らが未だに大勢の無関係な人間を巻き込む事を厭わないと分かった以上、その被害を少しでも抑える為にS.O.N.G.との協力は必然になると思ってた……だから昨日もお前達の司令である風鳴弦十郎とも情報を交わしながら、奴らに悟られないように水面下で少しずつ対策を講じていこうと話を進めてたんだ」

 

 

「……そうだったんだ……」

 

 

ならば尚のこと、自分が余計なお節介を焼く必要なんてなかったのではないか?

 

 

記憶を弄られている影響か、或いは親友や仲間達がああなってしまったショックを未だに引きずっているからか、何時もよりも消極的な思考から抜け出せない響の心情を察し、蓮夜はそんな響の横顔を見つめて僅かに考える素振りを見せると、両手の指を絡めるように握り合わせていく。

 

 

「そのきっかけを作ってくれたのは、お前だ……最初にお前が歩み寄ってくれたから、俺もそうするべきだと迷う事なく決断する事が出来たんだ……だから決して、一緒に戦って欲しいと言ってくれたお前を疎んじた事は一度もないし、そう言って手を差し伸べてくれた事にも、感謝してる……」

 

 

「……蓮夜さん」

 

 

「寧ろ、俺はお前達に謝らないといけない……この世界の住人であるお前達や、無関係な人間をこれ以上巻き込まないように努力すると口では言いながら、結局お前達の力も借りないと被害を最小限に抑える事も叶わず、今もお前や仲間達が改竄に晒されてるのに食い止められなかった……本当に、すまない……」

 

 

「そ、そんなっ!頭を上げて下さいっ!私はぜんぜん気にしてませんからっ……!」

 

 

自らの力の足らなさを謝罪し頭を下げる蓮夜に響も慌ててしまい、止めに入る。そして促されるまま申し訳なさそうに頭を上げる蓮夜の顔を暫し見つめた後、響は突然小さく噴き出し顔を背けてしまう。

 

 

「?どうかしたか……?」

 

 

「あははっ、いえ……私、てっきり蓮夜さんってもっと気難しい人なのかなって思ってたんですけど、何ていうか……案外素直っていうか、実は思ってたより純粋な人なのかなって思ったら、つい可笑しくなっちゃって」

 

 

「……気難しい、か……確かに、店長にもよく表情が固いと注意されて叱られる事がある……俺としては普通にしているつもりなんだが、どうにも俺が思っているより無愛想に見えるらしい……慣れない頃はそれでよく顧客を怖がらせてしまう事も少なくはなかったし、仮にもしそれで気分を害した事があったなら、すまない……」

 

 

「いえいえ、そんな事ないですよ、大丈夫!あ……でも今ちょっと思い出したけど、カフェで蓮夜さんと話し終えた後で、確かクリスちゃんがぷりぷりはしてたかも?」

 

 

「……そう、だったか……いや、自分でも固すぎたのではと思ったが、初対面で、しかも真面目な話をしながら愛想を振り撒くのもどうかと……しかし、そうか……だとしたら申し訳ない事をしてしまったな……」

 

 

「あ、で、でも、一応クリスちゃんも蓮夜さんの言い分には納得してましたし、あまり気にしなくても大丈夫ですよ、きっと!」

 

 

「そう、だろうか……そう言ってもらえると助かるが……」

 

 

余程自分の愛想の悪さを気にしているのか、僅かに目尻を下げて安堵するように微笑む蓮夜に釣られ、響も柔らかな笑顔と共に声に出して笑う。その横顔を見て、蓮夜は微笑を浮かべたまま安心したように口を開いた。

 

 

「やっと少しだけ、調子が戻ってきたみたいだな……」

 

 

「……へ?」

 

 

「いや……初めて戦場で会った時、そうやって笑っている顔が印象に残ってたからな……だからこうして改めて見ると、やっぱりお前は笑ってる時の顔が一番似合うと思う……」

 

 

「そ、そうですかね?あははっ、何だか照れちゃうな……」

 

 

「ああ。特に一番輝いて見えたのは、仲間達と一緒にいた時だった……だから、それを取り返さないとな……」

 

 

「……え?」

 

 

穏やかな口調が不意に真剣なものに変わり、ベンチから徐に腰を上げる蓮夜を呆然と見上げる響。そんな彼女と向き直り、蓮夜は再び言葉を続けていく。

 

 

「今のこの世界は、イレイザーによる改竄を受けて誤った歴史を歩んでる……だがその改竄を行ったイレイザーを倒しさえすれば、改竄された歴史は消え去り、元に戻る。そうすれば……」

 

 

「……未来達が……記憶を書き換えられた皆が、元に戻る……?」

 

 

つまりはまだ、未来達を救う手立てがあるという事。目を見開いて呆然と呟く響の言葉に蓮夜は無言のまま頷き返し、それを見て、響もベンチから勢いよく立ち上がった。

 

 

「だったらっ、だったら私にも手伝わせて下さいっ!未来達を助けられるんなら、私も何か……!」

 

 

「いや、今のお前を戦いの場に連れていく事は出来ない……シンフォギアも消えて戦う術がない以上、戦場に居合わせるのは返って危険だ。お前は此処に残っておいた方がいい」

 

 

「うっ……それ、は……そうかもしれないけど……でも……」

 

 

蓮夜の言う事も最もだし、未来達を助けたいのもそうだが、もし今此処で蓮夜と離れ離れになってしまえばまた先程のように記憶の改竄に苛まれてしまうのではないか。

 

 

蓮夜と再会したおかげか今はその影響も収まってるようだが、また独りになればあの苦しみに襲われるのではないかと思うと恐怖と不安が押し寄せて暗い表情を浮かべてしまい、そんな響の様子を見て彼女の心境を察した蓮夜は俯き僅かに思考すると、ズボンのポケットから一枚のカードを取り出し、響の手を取ってソレを握らせていく。

 

 

「?これって……」

 

 

「御守り……と呼ぶには心許ないかもしれないが、持っていて欲しい。例え離れていても、ちゃんと繋がっている……俺なりの、その証だ……」

 

 

語気を強めてハッキリとそう断言する蓮夜の『繋がり』という言葉を聞き、響は彼に手渡された何も描かれていないブランクカードをジッと見つめ、両手で大事そうにカードを握り締めながら蓮夜の顔に視線を向けると、蓮夜は小さく頷いてそのまま公園の出口に向かって歩き出していくが、途中でふと足を止め、響の方に振り返った。

 

 

「……少しだけ待っていてくれ。必ず、奪われたお前の繋がりを取り戻してみせる……約束する」

 

 

「……蓮夜さん……」

 

 

彼なりの励ましのつもりなのか、響の中の不安を少しでも和らげようと不器用ながらも微笑み、蓮夜は今度こそ立ち止まらず元凶のイレイザーを探しに公園を後にしていく。

 

 

そして響も手の中のカードを握り締める力を強めてその背中を見送る中、その背後には……

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

響から少し離れた場所にある雑木林の中。其処にはフードで顔を隠した何やら妖しげな風貌の男が遠巻きに響を見つめる姿があり、男は響を見据えたまま彼女に悟られぬようにゆっくりと木の影の中へと移動し、そのまま何処かへと姿を消してしまったのであった……。

 

 

 

 

 

 



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第三章/改竄×断ち切られた繋がり③

 

市内の繁華街。信号の音が鳴り渡るスクランブル交差点では外回り中のサラリーマンやショッピングを楽しむ若者など多くの人々が行き交い、近くのデパートの壁に取り付けられた大画面には、海外で活躍する風鳴翼のステージでの盛り上がりの様子を彼女のファンである番組出演者が熱く語る特集番組が流れている。

 

 

そんな街の風景を後目に、響と別れて改竄を行った犯人であるイレイザーを探す為に街に出た蓮夜はとある路地の裏に訪れてその場に屈み、何かを探るかのようにジッと何もない地面を見つめていた。

 

 

(……気配は此処で途切れている……こうもあからさまに痕跡を残してるという事は、やはり俺を誘ってるつもりなのか……)

 

 

顔を上げると、路地の奥は暗闇に覆われていて此処からでは何も見えない。追ってきた気配……イレイザーの痕跡が此処で途切れているという事は、恐らく此処で人間態に戻りこの先に続く場所に潜んでいるのだろうか。

 

 

(この先には確か古い市街区があったか……成る程、人を寄せ付けないという意味では持ってこいの場所だな……)

 

 

人に聞いた話だが、十年以上前この街には表通りの繁華街とは別に、あちらより以前に活気づいていた大型のモール街があったと聞く。

 

 

しかし、ちょうど特異災害として確認されたばかりの頃のノイズが現れて猛威を振るい、政府側もまだノイズに対抗する術を確立していなかった事もあってまともに太刀打ち出来ず、街は著しい被害を受けてしまったらしい。

 

 

その後、政府はノイズの情報を隠蔽する為に人体に危険な有毒ガスの漏洩を理由にモール街を放棄し、まだ発展途上だった表通りの街に開発計画を集中して建て直したと聞くが、それも噂や憶測が入り交じっていて何処まで本当かは分からない。

 

 

ただ政府が一向に復興再開発を行わない事から噂を鵜呑みにする人間も多く、破棄された旧モール街に寄り付くのは素行の悪い不良達や行き場を失ったホームレスぐらいしかいないらしい。

 

 

(……もしかすると、奴らはそういった場所に集まる人間を使ってイレイザーを生み出してるのか……?)

 

 

ノイズによって棄てられた街に集った人間をイレイザーにし、ノイズを喰らわせて理性を犯す力を付けさせる……。

 

 

……何とも趣味の悪いと、想像するだけでも気分を害して不快げに眉を顰め、蓮夜は徐に身を起こして立ち上がっていく。

 

 

(とにかく、この先に犯人がいる可能性は高いが、こんなわざとらしく痕跡があるのはどう考えても怪しい……罠、と考えるのが妥当だが……)

 

 

この先に何が待ち受けてるか分からない。リスクを考慮して一度引き返す手もあるが、そうなると罠に気付かれた事を知ったイレイザーに逃げられる可能性もある。そうなれば次に発見出来るまでに一体どれだけの時間を要する分からないし、響の今の過酷な状況を考えると不必要に時間を掛ける真似は避けたい。

 

 

……ならば答えは一つしかないと、蓮夜はゆっくりと路地の奥へと進み出し、そのまま闇の中に溶けるように姿を消していった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―旧モール街―

 

 

寂れた廃ビル群が何処までも広がる旧モール街。ノイズの被害を物語るかのように当時の傷跡がそのまま残されてる建物や、不良達がこの場所で好き放題に荒らした落書きの跡などが多く見られるが、今は人気は一切なく寂れた風が瓦礫を揺らして鳴らす不気味な音が反響し、まるで怪物の叫び声のような怪奇音が街中に響き渡る。

 

 

そんな音を耳に、一際目立つビルの跡地の中で山のように盛り上がる瓦礫の上に腰を下ろす金髪の男……アスカは薄暗い闇の中で、何かを待つように顔を俯かせていた。

 

 

「…………。よう、やっと来たかよ」

 

 

ニヤリと口端を吊り上げ、徐に顔を上げたアスカがビルの入り口に目を向ける。すると其処には、ジャリッと地面に散乱するガラス片を踏み鳴らし、光が差し込む入り口からビルの中へと足を踏み入れる青年……蓮夜の姿があり、蓮夜も瓦礫の山の上に座り込むアスカを見付けて険しげに目を細めた。

 

 

「お前だな、此処までの足跡を残していたイレイザーは……」

 

 

「へぇ、ご丁寧に俺の臭いを嗅いで此処まで辿り着いたのかよ?ハハッ、まるで犬っころみてーだなぁ」

 

 

「……否定しないのなら肯定と受け取らせてもらうぞ……これ以上、この狂った物語を長続きさせる気はないからな……」

 

 

鼻を鳴らして挑発するように笑うアスカの話にも聞く耳を持たず、目の前の男をイレイザーと認定し何処からか取り出したクロスベルトを腰に巻き付けていく蓮夜。それを見て、アスカも重い腰を上げて立ち上がりながら瓦礫の山を降りていき、蓮夜と対峙してスっと目を細めていく。

 

 

「記憶を失っててもソレか、相変わらず俺達を潰す事にご執心みてぇだな……そういうところがムカついてたぜ、昔からな」

 

 

「……?何の話だ?」

 

 

「ハッ、何だよそんな事まで忘れちまったのか?悲しいねぇ。アイツほどでないにしろ、俺もテメェとは何度もやり合って煮え湯を呑まされてきたってのによぉ」

 

 

肩を竦めてわざとらしく悲しそうな反応を見せるアスカに対し、蓮夜は訝しげに眉を顰める。だが、彼の口振りから何かを察したかのようにハッとなり、僅かに身を乗り出し口を開いた。

 

 

「お前、まさか……記憶を失う前の俺の事を知ってるのか……!」

 

 

「知ってるも何も、此処まで話してりゃ察しが付くもんじゃねえか?それなりによ」

 

 

「……何だと?」

 

 

どういう意味だ?と蓮夜が思わず聞き返す。アスカはそんな蓮夜の問いに対しニタリと笑みを深め、右手を広げながら飄々とした口調で告げる。

 

 

「俺達なんだよ、お前が記憶を失った原因は……この手で一度、お前を殺したが故にな」

 

 

「……なっ……」

 

 

あっさりと、本当に大した事がないように簡単にそう答えたアスカに対し、蓮夜は衝撃を隠し切れない様子で目を見開き驚愕してしまうが、アスカはそんな蓮夜の反応も他所に軽い口調で話を続けていく。

 

 

「本当に何も覚えちゃいねぇか……いいぜ、なら教えてやる。記憶を無くす前のお前は、この物語の中でイレイザーを作り出す俺達の計画を嗅ぎ付けてこの物語にやって来たんだよ。そしてそれを予見していた俺達の罠にまんまとハマり、孤立無援となったお前を仕留めた筈だった……だって言うのに、まさかアレで生きてたとは思いもしなかったよ。無駄にしぶてぇって噂はマジだったようだなぁ」

 

 

「……そうか……つまり、この物語の中でイレイザーが生み出されてるのもお前達の仕業かっ……」

 

 

自分が記憶を失った元凶、そしてこの物語の中で作られたイレイザーの出処が目の前の男とその仲間達の手によるモノだと分かり、蓮夜は敵意を剥き出しにアスカを睨み付けながら更に疑問を投げ掛ける。

 

 

「だったら何故今更になって、この世界の物語を改竄した……!イレイザーを生み出す事と、アイツに関わる物語を改竄する事に何の関係がある?!」

 

 

「関係?別にんな大層な理由なんかねえよ……ま、強いて言えば、テメェらに組まれるとめんどくせぇからってのが一番の理由かもな」

 

 

「……何……?」

 

 

今回の改竄は蓮夜と響達が手を組まれるのを阻止する為の物。アスカはそう語りながら地面に散乱するガラスを踏み鳴らしてブラブラと歩き出し、天井を仰いで気だるそうに言葉を続けていく。

 

 

「『戦姫絶唱シンフォギア』……あの立花響はこの物語の主人公でな。奴はこれまでの戦いの中で敵対していた連中と手を束ね、あらゆる逆境や難敵を幾度となく打ち倒してきた……。そんな奴がお前に目ぇ付けたとなりゃ、俺らにとって面倒事になるのは目に見えてる。だから真っ先にその芽を潰させてもらったってだけの話だ」

 

 

「っ……それが……そんな事の為にアイツだけでなく、周りの人間の人生を故意に歪めたというのか、お前達は……!」

 

 

「人?ハッ、違うねぇ!俺達にとっちゃあのガキも、この物語の住人も全部フィクション!非現実上のキャラクターだ!この手で筆を振るえば、簡単に記憶も人生も書き換えられるモノを同じ人間だなんて思える訳がねえだろ?俺達にとっての人間ってのはな、テメェらがイレイザーと呼んで身勝手に追い出した連中の事を指すんだよッ!」

 

 

突然語気を強めて声を荒らげ、アスカは忌々しげに蓮夜を指差して叫ぶ。

 

 

「それにこっちからしてみりゃ、何より度し難いのはテメェの方なんだよ!イレイザーと見なせばその手で容赦なく幾つもの命を屠ってきた……!自分がさも正しい側だと正義面して、テメェが倒してきた連中の願いを尽く踏み躙ったっ!」

 

 

「何が願いだ……!無関係な人間の命を危険に晒しておいてどの口でほざく!何よりお前達が行ってる改竄は大勢の人間の物語を歪める行為だ!そんな事をしなくても、物語の外の現実で罪を償えば……!」

 

 

「それが度し難いつってんだよっ!ただ普通に生きてただけで、ある日突然手前の物差しで身に覚えのねぇ罪を押し付けられた上に勝手に人を追い出しておいて、何で一方的に俺達の側が悪いと決め付けられなきゃなんねぇんだっ?!それが世界の決めた事っつーなら、そんなクソみてぇなルールの世界に従う義理なんざねぇっ!だから決めたんだ!俺達から何もかもを奪った世界をこの手で壊して、犯して、俺達が嘗て失った物語を取り戻すってなぁっ!」

 

 

「……その為にこの世界の人間をイレイザーにしたのか……自分達の復讐の為に……!」

 

 

記憶を失ってから、これまで自分が倒してきたイレイザーを思い出す。その元となった人間達をもそうやって自分達の復讐の為に利用したのかと問い詰める蓮夜だが、それに対しアスカは馬鹿馬鹿しげに笑ってみせた。

 

 

「早とちりするなよ。奴等は別に俺らが騙した訳でも、無理矢理にイレイザーにした訳でもねぇ。奴等の方からそう望んだからああなったのさ」

 

 

「っ!何だとっ……?」

 

 

「ハッ、意外だったか?だがこの世界じゃ別にそう不思議な事でもねぇのさ。この物語にはノイズに人生を狂わされ、居場所を失った人間なんざごまんといる。この廃れた街にもそういった連中が良く集まってたからな。そんな連中にイレイザーの事を教えて、誘いを持ち掛けたら二つ返事で頷いたぜ?」

 

 

「……彼等は……自分からイレイザーに……?」

 

 

アスカ達の甘言に乗せられた訳でも無理矢理にでもなく、彼等は自ら進んでイレイザーになる事を受け入れた。その事実に衝撃を受ける蓮夜を見据えながら、アスカは両手を広げて高らかに語り続ける。

 

 

「この物語じゃ幾度となく世界が危機に陥り、その度に装者共が世界を救って来たが、それが必ずしも万人にとっての救いとは限らねぇって訳だ。最初から希望も何も持たない連中からしてみれば、終わり損ねた、寧ろ余計な真似をしてくれたと受け取る連中だっている……そんな奴らに俺らから機会に与えてやったのさ。世界を書き換えられる力を、嘗て夢見て挫折した希望を叶える術を。そういった連中の中から新たな同志を見付け出す事こそ、俺達の計画の一つって訳だ」

 

 

「……それで生み出したのがあのノイズ喰らいのイレイザー達か……あんな正気すら持たない獣同然の個体を作り出して何になる?いやそもそも、前の二度の戦いで見せたあの異常な進化は一体──」

 

 

「さてなぁ。其処まで話してやる義理はねぇさ。寧ろ此処まで話してやっただけ十分サービスしてやっただろ」

 

 

あんな到底まともな進化体とは思えないノイズイーターを作り出した真意を聞き出そうとする蓮夜の疑問をはぐらかし、アスカは改めて蓮夜と向き直りながら徐に右手を中空に掲げていくと、その手から火の粉が立ち上り出していく。

 

 

「それに、どうせそんなもん知った所で全部無駄になる……テメェは此処で、今度こそ俺の手で始末するんだからなぁッ!!」

 

 

ゴォオオオォォォ……ッッッ!!!!!と、アスカの感情の昂りに呼応するかのようにその全身から突如勢いよく炎が噴き出し、凄まじい熱風が吹き荒れた。

 

 

そのあまりの熱量にアスカの近くに転がる瓦礫が一瞬の内に灰となって焼却し、天井や壁に大きく亀裂が走って軋み、音を立てて崩れ落ちていく。

 

 

「ッ!これはっ……?!」

 

 

嵐が如く吹き荒れる熱暴風に思わず両腕で顔を庇う蓮夜の顔が驚愕で歪み、全身の鳥肌が総立した。

 

 

今まで戦ってきたイレイザーや進化したノイズイーターの暴力的なソレとは力の質も量も違う、とてつもなく強大で圧倒的なまでのプレッシャーがこの空間を一瞬で支配して呑み込んでいく。

 

 

力を解放した余波だけで既に圧倒的な力の差を感じ取った蓮夜が思わず後退りしてしまう中、業火にその身を包まれるアスカの姿が徐々に露わになっていく。

 

 

まるで炎のように捻れた四本の角を頭から生やし、外見は何処か仮面ライダーウィザードの敵幹部であるフェニックスを彷彿とさせる造形をした深紅に染まった体色をしているが、何より目立つのはその巨大な右腕。

 

 

異形に変貌したアスカの身の丈を超す程の大きさを誇り、複雑な金色の紋様が刻まれた紅い腕の肘の部分からはパイルバンカーのような巨大な杭が伸びている。

 

 

身体から溢れる残り火を払い退けるアスカが変貌した紅の魔神を目にし、蓮夜は一瞬の驚愕の後に険しい表情を浮かべてアスカを睨み付けた。

 

 

「上級クラスのイレイザーっ……『神話型』か……!」

 

 

『……ほう?その辺の知識はまだ残ってたようだな?そう、イレイザーには基本的に二種類が存在する。イレイザーとして目覚めたばかりの姿である『下級』クラスと、其処から力を付けて伝説や伝承の物語に由来する力と姿を手に入れた『上級』クラス……別名、『神話型』……その内の一人がこの俺だ』

 

 

「ッ……!」

 

 

エコーが掛かった自信に満ちた強気な口調と共に、親指で自身を指差す紅の魔神……アスカがその姿を変えたイグニスイレイザーと対峙するだけで、戦慄が身体を突き抜ける。

 

 

上級、神話型を名乗るに相応しく、これまで戦ってきたどのイレイザー達とも違う威圧感を肌で感じ、今の自分では勝てないと、身体が『逃げろ』と必死に訴え掛けるが……脳裏に過ぎった響の苦しむ姿を思い返し、後ろに引き掛けた足を踏み止まらせて左腰のカードケースからクロスのカードを取り出した。

 

 

「神話型だろうが何だろうが関係ない……アイツの物語を……仲間達との繋がりを返してもらうぞ……!変身ッ!」

 

 

『Code x……clear!』

 

 

バックルにカードを装填して電子音声を鳴らし、クロスに変身して手首を軽くスナップさせる蓮夜。そして変身したクロスを前に、イグニスイレイザーはクツクツと笑いながら調子を確かめるように右肩を軽く回していく。

 

 

『やれるもんならやってみろよ。前回はデュレンの野郎に美味しい所を掻っ攫われたが、今回は違う……今度は俺の手で、テメェの息の根を止めてやる……!』

 

 

『ッ!ハァアアッ!!』

 

 

掛かってこいと、人差し指でジェスチャーするイグニスイレイザーの挑発に応じるようにクロスは自身のバックルから左脚に向けて蒼い光を走らせる。そして光が左脚まで伸びたラインを通って足の裏に到達したと同時に軽く地面を蹴り上げ、瞬間的に強化された跳躍力で一気にイグニスイレイザーへと飛び掛かり、全力を込めた右拳をイグニスイレイザーの顔面に目掛けて叩き込んでいった。が……

 

 

『──んだよ。それで終わりか?』

 

 

『ッ?!クッ―バキィイイイイインッッ!!―がはァああッ?!』

 

 

イグニスイレイザーは顔面にクロスの拳を打ち込まれてもビクともしない所か、平然とクロスを見つめながら軽い動作でクロスの腕を払い除けただけでなく、左腕でクロスを横殴りに殴り飛ばしてしまったのだった。

 

 

そのまま勢いよく真横に吹っ飛び、クロスはノーバウンドで壁に叩き付けられて地面に倒れてしまうが、即座に身を起こしながら今度は両腕と両足に光を走らせ、一息でイグニスイレイザーに肉薄し瞬間強化した拳で高速のラッシュを叩き込んでいく。

 

 

だが、どれだけ強くイグニスイレイザーの身体に拳を打ち込んでも甲高い金属音が鳴り渡るばかりで手応えを一切得られず、逆に胸に拳を打ち込んだ右腕をイグニスイレイザーに掴まれ、そのまま手首を捻られてしまった。

 

 

『ぐうぅっ?!』

 

 

『なんだよ、まさかこの程度なのか?ったく……ガッカリさせてんじゃねぇよォッ!!』

 

 

紅蓮の炎がイグニスイレイザーの巨大な右腕に集い、拳に纏いながらクロスの右腕を払い除ける。そして腕を払われ仰け反るクロスの胸に目掛けて炎を纏う巨腕の一撃を叩き込み、クロスを勢いよく殴り飛ばしてしまうのだった。

 

 

『ぐぁああああああああッッ?!!ぅっ、ぐぅっ……!!やはり真っ向からじゃ太刀打ち出来ないかっ……!!』

 

 

だったら……!と、ゴロゴロと地面を転がりながらも何とか身を起こし、拳を叩き込まれて赤く染まる胸の装甲を抑えながらクロスは新たに取り出したカードをバックルに装填していく。

 

 

『Code Blaster……clear!』

 

 

『……ほーう?』

 

 

電子音声が鳴り響くと共に、クロスはタイプブラスターへと姿を変えながら目の前に出現したウェーブブラスターを素早く手に取る。

 

 

そしてイグニスイレイザーもタイプチェンジしたクロスを興味深そうに見つめる中、クロスは更に新たなカードを取り出しバックルに装填した。

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

『今ある最大火力で一気にケリを付けるっ……!!ハァアアッ!!』

 

 

再び鳴り響く電子音声と共にウェーブブラスターの銃口に膨大なエネルギーを収束させながら狙いを定め、イグニスイレイザーに向けて引き金を引き、最大火力を込めた巨大な砲撃を放つ。

 

 

それに対してイグニスイレイザーは迫り来る砲撃を前にしても何故かただ佇むだけで身動き一つ取らず、そのまま砲撃の直撃と共に発生した巨大な爆発の中に呑み込まれていったのだった。

 

 

『ッ……どうだ、これでっ……』

 

 

 

 

 

 

『──まぁ、悪かねぇーんじゃねえか?俺に効くかは別としてな』

 

 

 

 

 

『……ッ!!?』

 

 

砲撃の直撃を確認してウェーブブラスターを下ろし一息吐こうとしたクロスだが、目の前から聞こえたつまらなさそうな声に驚愕し、弾かれたように顔を上げる。

 

 

すると其処には、炎の中から悠々とした足取りで姿を現す紅の魔神……クロスの最大の一撃を受けながら全くの無傷のイグニスイレイザーが、胸の汚れを手で軽く払い平然としている姿があったのだった。

 

 

『なっ……通じていないっ……?!』

 

 

『ハッ、今更そんな技で俺の身体を傷付けられると思ったのか?記憶を失う前ならともかく、殆どの力を失った今のテメェが俺に敵う筈がねぇだろォおおッ!!』

 

 

『クッ!』

 

 

螺旋を描いて収束する業火を左手に集め、クロスに向けてイグニスイレイザーが巨大な火炎弾を乱雑に撃ち放つ。

 

 

それを目にしてクロスも咄嗟にウェーブブラスターを乱射して火炎弾を撃ち落とそうとするが、クロスの銃弾が撃ち込まれたと同時に火炎弾が分かたれて無数の炎弾となって散らばり、クロスを包囲するように周囲を取り囲んでしまう。

 

 

『ッ?!何っ……?!』

 

 

『……爆ぜてなくなれ』

 

 

『グッ……!!!?うッ、グァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!?』

 

 

一瞬の内に逃げ場が失われ、周りを囲む炎弾達を見回して動揺するクロスに向けて徐に左手を伸ばし、イグニスイレイザーが拳を握り締める。

 

 

直後、それを合図にクロスを包囲する炎弾達が立て続けに起爆して爆発を巻き起こしていき、クロスは悲痛な叫びと共に巨大な爆炎の中に呑まれてしまうのだった。

 

 

 

 

 



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第三章/改竄×断ち切られた繋がり④

 

───同時刻。クロスとイグニスイレイザーが激闘を繰り広げるその頃、蓮夜と別れて公園を後にした響は一人帰路に付いて住宅街を歩いていたが、道中でふと足を止め、何かが気になる様子で来た道を振り返っていく。

 

 

「蓮夜さん……一人で大丈夫かな……」

 

 

先程は彼に説得されて一度は引き下がったものの、やはり自分の為に蓮夜が一人で戦っている事が気掛かりなのか、響は心配を帯びた表情を浮かべてペンダントを失った胸に手を当てながら徐に拳を握り締めていく。

 

 

「……やっぱり、私も何か手伝いを……でも、今の私に何が……?」

 

 

やはり蓮夜一人に事態の解決を任せてただ待つなんて我慢出来ない。

 

 

しかしシンフォギアを失っている今、自分にイレイザーと戦う術がないのも確かだし、今の自分ではきっと足手纏いにしかならないだろう。

 

 

……だけど、それでも、それでも今の自分に出来る何かをしたい。

 

 

悩むように瞳を伏せ、胸に拳を当てながらそう考えると、目を開けた響は僅かな迷いを滲ませる足取りで一歩踏み出そうとした、その時……

 

 

 

 

 

「──お前が……立花響、か?」

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

響が来た道を引き返そうとしたその時、背後から不意に声が聞こえた。驚きと共に振り返ると、其処には木の影から徐に姿を現す謎の人物……先程の公園で蓮夜とのやり取りを覗き見ていたフードの男の姿があった。

 

 

「?えっと……あなたは?」

 

 

「…………お前が…………何で…………お前だけ…………」

 

 

「え?」

 

 

ボソボソっと、フードの男は顔を俯かせ何やら小声で囁いているが、あまりに声が小さく、距離もそれなりに開いている為に上手く聞き取る事が出来ない。

 

 

そのため思わず訝しげに聞き返してしまう響だが、それに対しフードの男は何やらワナワナと身体を震わせながら顔を上げていき……

 

 

 

 

 

「──どうして、お前が…………なんで、なんで、なんでっ…………なんで生き残ったのがお前なんだァああああッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

 

 

 

 

フードの下から見えたのは、響を捉えて離さない憎しみと哀しみが入り交じったような妖しげに輝く"赤い瞳"。

 

 

突然の激昴を上げるフードの男のその瞳を見て響も何故か直感的に嫌な予感を感じ取り思わず後退りする中、フードの男の身体が禍々しいオーラに包まれて徐々にその姿を変えていき、カエルのような姿をした白と黒緑色の異形……フロッグイレイザーへと変貌していったのである。

 

 

「ッ?!イ、イレイザー……?!何で此処に?!」

 

 

『お前がっ……お前でさえなかったらァァああああああああああああああああッッッッ!!!!』

 

 

フードの男が突如姿を変えたフロッグイレイザーに驚愕してしまう響に対し、フロッグイレイザーは支離滅裂な発言を繰り返して凄まじい殺気を放ちながら響へと問答無用で襲い掛かり、それを見た響も慌てて背中を向けてフロッグイレイザーから逃げ出していくのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『Code slash……clear!』

 

 

『グッ……!!ぜぇええぁああああああッッ!!!!』

 

 

一方その頃、場所は戻ってクロスとイグニスイレイザーが戦いを繰り広げる廃ビル内では劣勢に陥るクロスがタイプスラッシュへと姿を変え、両手に出現したスパークスラッシュを身構え、その身を閃光と化しイグニスイレイザーへと挑み掛かっていた。

 

 

目にも止まらぬ速さでビル内を縦横無尽に駆け巡りながら、イグニスイレイザーの首筋や関節部などの急所を集中的に切り刻んでいくが、それに気付いたイグニスイレイザーは鼻を鳴らしてほくそ笑んだ。

 

 

『成る程、真っ向からじゃ勝てねぇから脆い部分を狙って弱点を探ろうって腹つもりか……が、甘ぇええッッ!!』

 

 

『──ッ?!がはァァああああああッッッ!!!?』

 

 

そう言いながらイグニスイレイザーは右腕の巨腕で拳を形作り、背後から首筋を狙って再度斬り掛かろうとしたクロスの気配を察知して振り向き様に右ストレートを振り抜き、完全にクロスを捉えたその一撃はクロスの腹に思い切り叩き込まれて派手に殴り飛ばしてしまったのだった。

 

 

柱を破壊しながら吹っ飛ばされて瓦礫と共に地面を転がり倒れ込むクロス。イグニスイレイザーはそんなクロスへと悠然と歩み寄り、自身の紅の身体を親指で軽くなぞりながら余裕に満ちた口調で語る。

 

 

『生憎、俺の身体はくまなく固く柔軟だ。幾ら悪足掻きしようが、テメェが想像してるような弱点なんざハナから俺には存在しねぇんだよ』

 

 

『ッ……ぐっ……!』

 

 

ハッキリとそう断言するイグニスイレイザーの絶望的な言葉に、ふらつきながら双剣を構え直すクロスも仮面の下で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまう。

 

 

最大火力で真っ向から挑んでも傷一つ付けられず、弱点を見付けようとしてもそれらしきモノが存在しなかったのは直接奴の身体に刃を叩き込んだ時の手応えだけで分かってしまった。

 

 

今の自分の力で奴に挑むには力不足に過ぎる。それを否が応でも理解させられてしまうが、だとしても、此処で自分が引けば響の繋がりを取り戻せないのもまた事実。

 

 

ならば勝機が無くともどうにか見出すしか手はないと必死に思考を巡らせるクロスだが、その時、何か遠くから嫌な気配を感じ取って思わず動きを止めてしまう。

 

 

『?なんだ……この気配は……?』

 

 

『あ?……ッ!まさか……!』

 

 

思わずポツリと声に出して気配が感じる方へと振り向くクロスの呟きを聞き、イグニスイレイザーも最初は訝しげに首を傾げるが、直後に何かを察した様子で慌ててクロスが顔を向ける先へと意識を集中させ、忌々しげに舌打ちした。

 

 

(あの野郎っ……あんだけ釘を刺しておいたのに先走りやがったな……!)

 

 

『この気配は……イレイザー……?しかし何故…………ッ?!まさかっ?!』

 

 

クロスが察したのは、目の前のイグニスイレイザーとは別の新たなイレイザーの気配。

 

 

何故もう一つのイレイザーの気配が……?と怪訝な表情を浮かべてしまうクロスだったが、僅かな思考の後に、此処に辿り着くまでに引っ掛かりを覚えていた疑問が線と線で繋がっていき、其処で一つの可能性に辿り着いたクロスが何かに気付いたようにハッとなるが、それを目にしたイグニスイレイザーが舌打ちと共にクロスへと巨腕を振りかざして襲い掛かり、クロスは寸前の所で拳を回避しながらイグニスイレイザーを睨み付けた。

 

 

『貴様っ、最初からコレが狙いだったのか……!』

 

 

『……さあな。何の話だ?』

 

 

『惚けるなっ!今回の改竄はお前の手による物じゃないっ!別のイレイザーに改竄の力を使わせて隠し、お前自身は此処で俺を足止めする為の囮だったんだろうっ?!』

 

 

そう、思えば此処に辿り着くまでに不審な点は幾つもあった。

 

 

この場所に至るまでにあからさまに残されていた痕跡、そもそも街から離れたこの場所にわざわざ自分を誘い込んだのも今にして思えば疑問だった。

 

 

つまり、この戦い自体がイグニスイレイザー達の仕掛けた罠。

 

 

改竄の力を使ったイレイザーから唯一対抗策を持つ自分を遠ざけるのが目的だったのだと気付いたクロスの指摘に対し、イグニスイレイザーは僅かに沈黙するも最早言い逃れは出来ないと悟ったのか、三度目の舌打ちをしながら面倒そうに溜め息を吐いた。

 

 

『此処まで勘付かれたからにゃ、これ以上シラを切るだけ無駄か……』

 

 

『なら……!』

 

 

『……そうだよ。今回の件を指示したのは確かに俺だが、別に俺が直接手を下したって訳じゃねぇ。改竄自体は手駒にやらせて、俺自身はテメェを釣る為のデコイって訳だ』

 

 

最早隠し通すのは無理だと分かったからか、イグニスイレイザーは開き直った様にそう語りながらクロスが感知するもう一つのイレイザーの気配がある方向を指さしていく。

 

 

『お前とあの立花響が何かしらの関係を築いてるのは見て取れて分かってたからな……其処であのガキの身に異常が起きれば、お前が顔見知りの人間の為に動くのは目に見えていた。だからそれを利用させてもらったんだよ。お前は事態解決の為にどんな僅かな手掛かりでも欲しがる筈だ。その為に痕跡を残し、此処まで誘導してお前をあのガキから遠ざけた……本当ならお前を始末した後で、あのガキも改竄で自然に消すつもりだったんだがな……肝心なとこで人選を見誤ったようだぜ、俺も』

 

 

『消す……だと……?まさか、お前達は俺だけじゃなくアイツまでっ……!』

 

 

『当然だろ。お前も知ってる筈だよな?奴はイレイザーの改竄を受けながらも、その進行は他より遅れてる……お前と少なからず繋がりを持ってしまったが為に、その影響が奴にも出始めてんだ。そんな奴を生かしておく訳にはいかねぇ……だから俺達の脅威に成る前に、あの小娘も消す。奴の存在をこの物語から抹消した上で、な』

 

 

『……ッ!!』

 

 

奴等は自分だけでなく、響までも消そうとしている。

 

 

つまり、今自分が感じ取っているイレイザーの気配は……。

 

 

其処まで思考するより早く、クロスはすぐさまその場から文字通り閃光の如く駆け出し、急ぎ響の救出に向かおうとするが……

 

 

 

 

──それを予見していたかのように、イグニスイレイザーが意図も容易くクロスの前に飛び出しながらその巨腕を素早く伸ばしていた。

 

 

『ッ?!なっ……ガッ、ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッッッッ?!!!』

 

 

『これでも俺は慎重派でなぁッ!!そんな俺が何でテメェにベラベラ計画を喋ったか、分かるかァアアッ?!』

 

 

ガガガガガガガガガガガガガガガァッ!!!!と、クロスの頭を巨腕で鷲掴んだイグニスイレイザーは背中から炎のブースターを噴出し、猛スピードで飛び出しながらクロスの頭をビルの壁にめり込ませ勢いよく引きずり回していき、そのまま廃ビルの壁を突き破って外へと飛び出しクロスを乱雑に投げ捨ててしまった。

 

 

地面に打ち付けられたクロスの仮面はボロボロに傷付き、複眼も割れて痛ましい姿へと変わり果て、身を起こす事もままならないその惨い姿を見据えながらイグニスイレイザーは巨腕の掌に炎を宿していく。

 

 

『これは俺なりの意思表示だ……テメェは此処で俺が必ず殺す。絶対に逃がしはしねぇ。俺達の復讐を果たす為にも、今度こそ此処に墓石を建てやがれ……黒月蓮夜ぁ……!』

 

 

『うああァッ……ぐぅっ……ァッ……!!』

 

 

炎に包まれる掌を固く握り締め、イグニスイレイザーは改めてこの場でクロスを完全に始末する事を宣告する。

 

 

割れた複眼の間から血粒を落としながら、その言葉に宿る決意の強さから奴が本気で自分の命を奪おうとしている事を感じ取ったクロスはどうにか震える身体を起こしてこの場から離脱し響の下に向かおうとするが、震える腕に力が入らず再び倒れ込んでしまう。

 

 

そして、その間にもクロスの真上に跳躍したイグニスイレイザーが倒れるクロスの背中に目掛けて落下し、そのまま背中を勢いよく踏み付けたと同時にクロスの身体が巨大なクレーターの中へと沈んでいき、黄昏色に染まろうとしている旧市街地にクロスの悲痛な雄叫びが木霊したのであった。

 

 

 

 

 

第三章/改竄×断ち切られた繋がり END

 

 

 

 



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第四章/蘇る聖拳×束ねられた絆

 

 

イレイザー達が仕掛けた罠により絶体絶命の窮地に陥ったクロスと響。

 

 

イグニスイレイザーの圧倒的な戦闘力の前にクロスが手も足も出せず一方的に嬲られる中、響も突如現れたフロッグイレイザーの襲撃に遭い必死に街中を逃げ回っていた。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!何でっ、どうしてイレイザーが私をっ……?!」

 

 

イレイザーの改竄の影響を受けてシンフォギアも使えない自分が何故狙われているのか。困惑を隠し切れぬままとにかくがむしゃらで走り続ける響だが、フロッグイレイザーは驚異的な跳躍力で高層ビルの壁を素早く飛び跳ねながらそんな響に一気に追い付いてしまい、そのままビルの壁を蹴り上げ響へと飛び掛かった。

 

 

『死ねェェえええええええええええええッッ!!!』

 

 

「ッ?!うわっ、あっ!」

 

 

凶悪な異形の手を振りかざして背後から襲い掛かるフロッグイレイザーを見て響は慌てて走るスピードを速めようとするが、足の爪先を地面に引っ掛けて前のめりにバランスを崩してしまい、転ける響の頭の上をフロッグイレイザーの手が紙一重で通過して隣のビルの壁を木端微塵に粉砕していった。

 

 

そして粉塵が周囲一帯に立ち込める中、響は地面を転がりながらも何とかフロッグイレイザーから離れると、尻もちを付いたまま赤い眼をギロリッとこちらに向けるフロッグイレイザーを見上げ、戸惑い気味に口を開いた。

 

 

「あ、貴方は一体っ……どうして私を襲うの?!」

 

 

『……どう、して……?決まってるだろ……そんなのっ……!』

 

 

「えっ?」

 

 

疑問を投げ掛ける響の問いに対し、フロッグイレイザーはそう言いながらワナワナと身体を震わせて拳を強く握り締めていき、響を睨み付けて声を大に荒々しく叫び出す。

 

 

『俺はっ、俺はあの日に全てを失ったっ!!家族を全員っ、何かもっ!!なのに何故っ、何故お前はのうのうと生きて幸せそうに笑っているんだっ?!妻とあの子はあのライブ会場で死んだのにっ、何故お前だけが助かってぇええええええッッ!!!!』

 

 

「ッ!ライブ……会場……?」

 

 

ありったけの憎悪が込められた支離滅裂な雄叫びを上げるフロッグイレイザーのその言葉に、響は目を見開き、同時に何かを察したかのように息を拒んだ。

 

 

あのライブ会場……数年前に自身が巻き込まれて死の淵をさ迷ったあの事件の事を指し、ただ一人あの事件から生き延びた自分の事を憎んでいるという事は、その口振りからして恐らくこのイレイザーの元となった人間はあの事件で家族を失った遺族。

 

 

加えてこのタイミングで自分を襲ってきたという事は、つまり……

 

 

「もしかして……貴方が未来や、皆を……私が憎くてっ……?」

 

 

『許せないっ……!許さないっ、許されないっ!!俺は全てを失ったのにっ、あの子達は帰って来なかったのにっ……!!何故お前ばかりが幸福なんだっ?!どうしてこんな世界になってもお前に手を差し伸べる人間が現れるっ?!そんな不平等がまかり通ってなるものかァァああああああッッ!!!!』

 

 

「っ、くっ!」

 

 

皆の中から自分に関する記憶が消えたのはこのイレイザーによる仕業なのか。戸惑いを帯びた声音で響が問い質そうとするも、フロッグイレイザーはやはり依然として錯乱し話が通じず、響に問答無用で再び襲い掛かって来た。

 

 

それを見て会話は不可能だと悟った響は咄嗟に真横に飛び退き再び全速力で逃げ出していくが、フロッグイレイザーはそんな響に目掛けて口から連続で水弾を乱射する。

 

 

壁に着弾して飛び散る水しぶきを見て響も慌てて鞄で頭を庇いながら路地の裏へと逃げ込むが、フロッグイレイザーもそれを追って素早く路地の裏へと飛び込み、逃げる響の背中に向かって口から水弾を放ち追撃を続けていくのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「──それで、そのシーンでの主人公サイドの逆転っぷりが凄いのよ。今までの伏線を一気に回収してのあの攻勢っぷりがまた気持ちがいいの何のってー!……ふぁああ」

 

 

「成る程、そのアニメに熱中し過ぎてまた寝不足って訳ね……。弓美らしいと言えばらしいけど」

 

 

「ですがあまり夜更かしするのは感心致しませんわよ?寝不足はお肌の天敵と言いますから」

 

 

「…………」

 

 

同じ頃、下校時刻となり学院を終えたリディアンの生徒達が帰路に付く中、未来も友人の生徒達に遊びに誘われ共に下校していた。しかし、その表情は何処か優れてなく暗い顔を俯かせており、彼女に話を振ろうとした友人の生徒もその様子に気付き小首を傾げた。

 

 

「ヒナ?何か元気ないよ?どうかした?」

 

 

「……え?あ、ううん。ただ少し、気になる事があるって言うか……」

 

 

「気になること?」

 

 

?と、要領を得ない未来の発言に友人達も頭の上に疑問符を並べると、未来は視線を足元に向けたまま鞄を持つ手を落ち着きなく動かしながら言葉を続けていく。

 

 

「何ていうか、その……私たちって、本当に『こんな』だったかなって……何か、大事な事を忘れてるっていうか……足りない、っていうか……」

 

 

「?忘れてるって……別に何時も通りじゃない?特に可笑しなとこはないと思うけど」

 

 

「そうですわね……放課後は何時もこの四人で下校してましたし、可笑しな点はないと思いますが……」

 

 

この普段通りに思える日常に違和感がある。何処か落ち着かない様子でそう語る未来の言葉に友人達は互いに顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべ、そんな友人達の反応を見て未来は釈然としないのか暗い顔のまま俯いてしまう。

 

 

「ヒナ、もしかしてどっか具合悪い?何か顔色もあんまよくないし……今日は先に帰って休んだ方が良いんじゃない?」

 

 

「……そう、かな……そうなのかも……ごめん、折角誘ってくれたのに……」

 

 

「良いって良いって、体調が悪いならあたし等の事なんかより自分のこと優先しないと。遊びに行くのはまた今度でも出来るしね」

 

 

「そうですよ。今はご自身のお体を労わって上げてください、小日向さん」

 

 

「うん……ありがとう、皆……」

 

 

自分を気遣って優しい言葉を掛けてくれる友人達の厚意に感謝し、三人と別れて先に寮へと戻る事にした未来。

 

 

そしてひとり帰路に付く並木通りの照明灯の光が点灯し始める中、下校する他の生徒達とすれ違う際に二人の女子生徒が談笑しながら一緒に帰る姿を何故か自然と目で追い掛けていき、同時に鈍い痛みが胸に走って締め付けていく。

 

 

(まただ……何なんだろう、これ……あの子達みたいな人達の姿を見ると、無性に胸が痛くなる……)

 

 

恐らく親友同士なのか、仲つむまじく笑い合うあの少女達の姿を見ているだけで理由の分からない痛みが胸に飛来し、何か大事な物が欠けたような喪失感を覚える。

 

 

そんな身に覚えのない感覚に戸惑いを隠せない未来だが、その事に対して何故か不快感は感じない。

 

 

寧ろ、その感情を覚えるのが当然で、自分は今こんな事をしている場合ではないのだという謎の焦燥感に駆られる。

 

 

一体この感情は何なのか……。言葉にし難いが故に答えも出せずより一層悩んでしまうが、やはり友人達が言うように今日の自分は疲れているのだろうか。

 

 

(やっぱり皆の言う通り体調が悪いのかな……今日はもう早く帰って休んだ方がいいのかも……)

 

 

どれだけ考えてもこのモヤモヤとした感情の正体が分からず終いで気疲れしてしまい、友人達に言われた通り今日は早めに休もうと溜め息をこぼし寮に向かう足取りを速めていくが、その時、ドォオンッ!!と何かが破裂するような音が何処からか鳴り響いた。

 

 

「っ?!え?な、何っ?」

 

 

突然の大きな音に思わず肩をビクッと震わせて未来が辺りを見回す。すると、遠方に見える建物の向こう側からいきなり水弾が勢いよく打ち上がって空で破裂し、水しぶきが雨のように街へ降り注ぐ光景が視界に映った。

 

 

「あれって……?」

 

 

空に打ち上がった謎の水弾を目撃して驚きで目を丸くし、呆然と立ち尽くしてしまう未来。だが、次第にその表情が険しくなっていき、それと共に何故か彼処に行かなくてはならないという衝動に駆られ、気付けばまるで何かに弾かれたように走り出していたのだった。

 

 

 

 

 



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第四章/蘇る聖拳×束ねられた絆①

 

 

『──どォーしたァアッ?!さっきまでの威勢の良さは何処行ったんだよ、ええッ?!』

 

 

『グッ……!!がはァああああああッ!!?』

 

 

場所は戻り、旧モール街ではイグニスイレイザーの猛攻の前にクロスが苦戦を強いられ、一方的に痛め付けられる姿があった。凄まじいパワーで振るわれる巨腕の一撃一撃の余波だけで建物の壁が次々と粉砕されていき、肩を掠めただけでも装甲の一部が大きく削り取られる。

 

 

真っ向から立ち向かうにはあまりにも力の差があり過ぎるイグニスイレイザーを前にひたすら防戦に徹するしかなく、隙を見て戦線を離脱しようとしてもタイプスラッシュを上回る機動力で回り込まれ逆に殴り飛ばされてしまう。

 

 

逃走すらも叶わず、防戦一方でこれ以上の致命傷を避けるように立ち回る事しか出来ないクロスも仮面の下で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも何とかこの状況を打開しようと考え、とにかく距離を取ろうと朱い閃光と化して街中を素早く駆け回り続けるが、それを予想していたかのようにクロスが逃走した先の頭上で待ち構えていたイグニスイレイザーが拳を握り締めた右腕をハンマーの如く振り下ろし、クロスの後頭部を思い切り殴り付け地上に叩き落としてしまった。

 

 

『がぁあうっ!!ぐぁっ、ぁ……頭がっ……!』

 

 

『ボーッとしてる場合かよォおおおおおおッ!!』

 

 

『ッ?!』

 

 

凄まじい力で後頭部を殴り付けられ、意識が揺らぎ眩暈を覚えるクロスの頭上からイグニスイレイザーが怒号と共に紅蓮の炎を纏った右足を突き出して急降下で迫る。

 

 

それに気付きクロスも慌ててその場から飛び退きイグニスイレイザーの蹴りを辛うじて回避するも、滑り込むように地面に着地したイグニスイレイザーが左手に形成した紅い光球をクロスの腹部に押し当てた瞬間、光球が爆発を起こしてクロスを吹っ飛ばし、後方のビルの壁に叩き付けてしまったのだった。

 

 

『ぐあぅううっ!!グッ……クッ、ソッ……!!』

 

 

『ハッ、無様な姿だなぁオイ。昔はあんだけ俺達の事を苦しめてくれたってのに、今やソレも見る影もなしか……』

 

 

叩き付けられた壁から剥がれるように倒れ、地面に両手を付くクロスの姿を見て拍子抜けしたように溜め息を漏らすイグニスイレイザー。

 

 

そして左手を振るって残り火を払いつつ、イグニスイレイザーはクロスを見据えながら巨腕の拳を握り締めていく。

 

 

『けど、だからってこっちも容赦はしねぇぞ。テメェの力の恐ろしさは俺たち自身嫌ってほど身をもって知ってるからな……テメェとの因縁も、此処で俺が幕を引いてやるよォッ!!』

 

 

『ッ……!』

 

 

ゴゥウウッ!!と、イグニスイレイザーの全身から凄まじい殺気と共に勢いよく業火が噴き出し、未だ高まり続けるエネルギー量のあまり轟音を轟かせて地面が陥没していく。

 

 

そのとてつもない熱気は離れていても装甲から白い蒸気が立ち上る程であり、加えて恐らく、あれだけの強大な力を放出していながら未だ全力でない事は確かだろう。

 

 

『(今の俺の力じゃ、逆立ちしても奴には勝てないという事かっ……それに急がないと、アイツがっ……)』

 

 

絶体絶命の窮地に追いやられるこの状況下で脳裏に思い起こすのは、あの公園のベンチで話した響の哀しげな横顔。

 

 

それを思い出すだけで圧倒的な力を前に半ば萎縮し掛けていた闘志が蘇り、クロスは拳を握り締めてふらつきながらも身を起こしていく。

 

 

『へぇ?まだやる気かよ、そんなボロボロの状態で』

 

 

『ッ……諦めるつもりは毛頭ない……言った筈だぞ、アイツの繋がりを返してもらうと……!』

 

 

今は奴に勝てなくても構わない。

 

 

だが、せめて奴らに奪われた響の物語を取り戻すまで死ぬ訳にはいかないと、クロスは傷付いた身体を奮い立たせて左腰のホルダーから取り出したカードをバックルから露出させたスロットに装填し、掌でスロットを押し戻した。

 

 

『Code Blaster…clear!』

 

 

鳴り響く電子音声と共に、クロスは再度タイプブラスターに姿を変えて右手に出現したウェーブブラスターを力強く握り締めるが、イグニスイレイザーはタイプチェンジしたクロスを見て馬鹿馬鹿しげに鼻を鳴らし首を振っていく。

 

 

『何をするかと思えば、またそれか?んなもん俺には通じねぇってまだ分かんねぇのかよ?』

 

 

『……どうかな……とも限らないぞ……?』

 

 

『あ?』

 

 

『Final Code x…clear!』

 

 

不敵に微笑みながらクロスは新たにカードを取り出しバックルに装填する。そして電子音声が鳴り響いた直後、クロスはバックルからスロットを露出させてカードを差し込み直し、再びスロットを掌の底でバックルに押し込んでいく。

 

 

『Final Code x…clear!』

 

 

(!二段重ね……?)

 

 

そう、クロスは必殺技発動の為のカードであるファイナルコードを二度使用し、それに伴いクロスの全身から緑色の閃光が雷の如く放出され無数のスパークを激しく撒き散らしていく。

 

 

その光景は先程イグニスイレイザーが目にしたソレの比ではなく、クロスから放たれるスパークが周囲を駆け走ってビルの壁や地面を大きく抉り取っていく様が凄まじい威力を物語っている。しかし……

 

 

『グッ、アァッ……!!ぐぅううっ!!』

 

 

それはクロス自身にも制御出来ない程の強大な力なのか、バチィッ、バチィイイイッ!と、クロスから放たれる無数のスパークは周囲だけでなく、クロス自身にさえ牙を剥き彼の身体を傷付けていたのである。

 

 

スパークが曲解してクロスの身体を外側から傷付けるだけでなく、身体の内側から溢れ出た雷が装甲を徐々に欠いてズタズタに引き裂いていく。

 

 

それでも尚、クロスは痛みに歯を食い縛りながらウェーブブラスターを重々しく構えていき、銃口に荒れ狂う無数のスパークを充填してイグニスイレイザーに何とか狙いを定め、額から汗を伝わせながら挑発するように笑う。

 

 

『来るなら来いっ……但し、今度はさっきのように行くと思わない事だ……!』

 

 

『……ハッ、面白ぇじゃねえか。そのザマで何処までやれるか、俺が試してやるよォッ!』

 

 

炎が螺旋を描き、イグニスイレイザーの右腕に凄まじいエネルギーが収束されていく。

 

 

それに対しクロスもスパークの充填で揺れる銃口を修正しながらイグニスイレイザーに狙いを固定しつつ引き金に指を掛け、そして……

 

 

『──Heat cannot be separated from fire, or beauty from The Eternal.(熱さと火は切り離すことできない。美しさと神も)……灰塵に還れ、その存在ごとなァァああああああああああああっっ!!!』

 

 

『ハァアアアアッッ!!!』

 

 

僅かな詠唱を口にすると共に、イグニスイレイザーが勢いよく突き出した右腕から発生した爆発から巨大な火炎放射が放たれ、それを迎え撃つ様に撃ち出したクロスの緑色の砲撃が二人の中心で耳を劈くような激突音と共にぶつかり合っていったのである。

 

 

凄まじい衝撃と共に衝突した砲撃と火炎放射が互いを押し退けようとするように、一進一退を繰り返す。

 

 

一見互角に見える拮抗。

 

 

しかしそれも一瞬の事であり、イグニスイレイザーが放出する火炎放射は徐々にクロスの砲撃を押し返し始めていき、クロスの顔が険しく歪んでいく。

 

 

『そらどうしたァああッ!!さっきのようには行かないんじゃなかったのかァああッ?!』

 

 

『ゥッ……クッ……ぐうううっ……!!』

 

 

苦痛に顔を歪めるクロスとは対称に、イグニスイレイザーはまだまだ余裕だと言わんばかりに火炎放射の威力を更に強め、地面を焼き尽くしながらクロスの砲撃を押し返す勢いが増していく。

 

 

その度にクロスの足が地面を滑るように徐々に後退りしていき、何とか足を踏み留まらせて耐えるも火炎放射の勢いは止められず、遂にクロスの目前にまで迫り……

 

 

 

 

『残念だったなぁ……コイツで仕舞いだァァああああああああああああああああッッッ!!!!』

 

 

『……ッ!!うぐっ……くっ……ウァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!?』

 

 

 

 

最後のダメ押しとばかりに炎に込められた力が更に勢いを増してクロスの砲撃を一瞬で打ち消し、同時にクロスを飲み込んでしまったのであった。

 

 

そして、クロスを飲み込んだ火炎放射はそのまま後方のビルの壁を幾つも突き破っていき、最後に着弾した遥か彼方の山の大部分を消し飛ばした瞬間、巨大な爆発と衝撃波を巻き起こしていった。

 

 

『……フンッ、あっけねぇーもんだな……あんだけ俺達を追い詰めた奴の最期がコレかよ……』

 

 

大爆発から発生した空を覆うキノコ雲を見据え、イグニスイレイザーから人間態の姿に戻りながら何処かつまらなさそうに目を細めるアスカ。

 

 

そして、アスカは火炎放射が破壊した焼け跡を辿って徐に足を進めていくと、道中でビルの瓦礫に混じって転がる見覚えのある破片……見るも無残な姿に変わり果てた血痕がこびり付くクロスの仮面の残骸を発見し、邪魔なビルの瓦礫を足で払いながら、クロスの仮面の残骸を掴んで持ち上げていく。

 

 

「しぶとく生き残ってるんじゃねえかと思ったが、この有り様じゃ先ず助かりはしねぇか……」

 

 

バリィッ!と、クロスの仮面の残骸を掴む手に力を込めて完全に残骸を破壊してしまい、粉末状になった破片を手の平からこぼしながらアスカは未だ空に浮かぶキノコ雲を見つめていく。

 

 

「恨みたけりゃあの世で存分に恨め。俺達はテメェの屍を超えて、俺達の物語をこの手に取り戻す……その行く末を指をくわえて見てるんだな」

 

 

これで自分達を邪魔する障害なくなった。クロスの死亡を確認し、後は裏方に引っ込んで手駒のイレイザーに任せておけば大丈夫だろうと踵を返し、アスカは静かにその場を後にしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──その影には……

 

 

 

 

「───ッ……悪いが……まだ、そのつもりはないっ……」

 

 

 

──アスカの死角となる物陰の壁に付いた手を滑らせて赤い血の跡を塗り、ふらつきながらも身を起こす一人の青年……額から大量に血を流し、服も焼き焦げてボロボロに変わり果てた蓮夜の健在の姿があった。

 

 

荒い呼吸を繰り返しアスカの背中が遠ざかるのを物陰から覗いて確かめると、安堵の溜め息を吐いたと同時に苦痛で顔を歪め、服の袖の隙間から血が伝う左腕を抑えながら壁に背中を付いたままズルズルとその場に座り込んでしまう。

 

 

(上手くいくかどうかギリギリだったが、何とか成功してくれたかっ……ゥッ……)

 

 

息をする度に身体が軋むような痛みに苛まれながら、空を仰いで溜め息を漏らす蓮夜の脳裏を過ぎるのは、先程の土壇場で成功した自身の賭け。

 

 

──あのイグニスイレイザーとの真っ向勝負。奴との圧倒的な力の差からして、どう足掻いても自分に勝ち目がないのは分かり切っていた。

 

 

故に賭けたのは、イグニスイレイザーとの撃ち合いに"敗北したその後"。

 

 

イグニスイレイザーとの撃ち合いに敗北してあの火炎放射に飲み込まれる寸前、相手に悟られぬように予めベルトにセットしていたカードを装填して素早くタイプスラッシュとなり、身体からパージしたブラスターの装甲を盾にして火炎放射を僅かに受け止めた隙に、タイプスラッシュの機動力であの場から離脱するという寸法だった。

 

 

……それでも唯一誤算だったのは、イグニスイレイザーの火炎放射の威力がタイプブラスターの装甲の強度を上回り、タイプスラッシュの機動力を持ってしても回避が間に合い切れなかったこと。

 

 

後僅かでも遅れていれば今頃どうなっていたか……。火炎放射を掠めただけで重度の火傷を負った自身の右足を見下ろしながら最悪の事態を想像して寒気を覚えつつ、蓮夜は激痛を堪えて起き上がり、前を見据えていく。

 

 

(ッ……これ以上、お前達に奪わせはしないっ……アイツや、他の誰かの大切なモノを……これ以上はっ……!)

 

 

自身が背中を付いて座り込んでいた壁にこびり付く夥しい量の血に見向きもせず、蓮夜は響を襲うイレイザーの気配を探り、彼女を助けに向かう為に火傷を負った右足を引きずりながら街へと急いで戻っていくのであった。

 

 

 

 

 



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第四章/蘇る聖拳×束ねられた絆②


更新が遅れてしまい申し訳ございません!構想を形にするのに手間取ってしまいました……。

粗い部分が多々あると思いますが、今回も何卒宜しくお願いします!






 

 

『逃がすかァァああああああああああああッッ!!!!』

 

 

「くうっ……!!」

 

 

蓮夜がアスカの目を欺き辛うじて逃走したその一方、フロッグイレイザーに追われる響は周囲への被害を避ける為に夕暮れ時の時間帯で人気の少ない公園に向かって全力疾走しながら、何とか追っ手をやり過ごせないか試みていた。

 

 

だが、響に対し異常な執念を燃やすフロッグイレイザーは周りへの被害もお構い無しに口から立て続けに水弾を乱射し続けていき、持ち前の鍛え抜かれた反射神経で紙一重で水弾を避けながら何とか公園に辿り着いた響の横合いに素早く回り込み、そのまま強烈な体当たりをかまし吹き飛ばしてしまう。

 

 

「ぐあうぅっ!」

 

 

『逃がさないと言った筈だぞっ……!お前だけは俺の手で始末するっ!絶対に逃がしはせんぞォおおおおッ!!』

 

 

「っ、ぐぅっ……!」

 

 

拳を握り締めて憎悪の雄叫びと共に迫るフロッグイレイザーを前に、響は痛みの走る身体を引きずり後退りしていく。

 

 

そしてフロッグイレイザーがそんな彼女に徐々に歩み寄りながら拳を広げ、響に容赦なく殴り掛かろうと右腕を振りかざした、その時……

 

 

「──立花さん?!」

 

 

「……えっ……?」

 

 

『ッ!なに……?』

 

 

不意に何処からか響き渡った驚愕の声。その声に釣られて響とフロッグイレイザーが思わず振り返ると、其処にはフロッグイレイザーに襲われる響の姿を見て驚きのあまり目を見張る少女……街中で偶然にも空に打ち上がるフロッグイレイザーの水弾を発見し、言葉にし難い謎の胸騒ぎに導かれるまま現場に駆け付けた未来の姿があったのだった。

 

 

「み、未来っ?!どうして此処にっ……?!」

 

 

『何だァ……お前ぇ……?』

 

 

「な、何これっ……?ノイズ、じゃない……怪物っ……?!」

 

 

今は他の装者達やS.O.N.Gと同様にイレイザーやノイズイーターに関する記憶を失ってしまっている為に、今この場で初めて目にしたノイズとは違う異形の存在であるフロッグイレイザーを見て戸惑いを浮かべる未来。

 

 

そんな彼女の思わぬ登場に響も焦りを露わにし、急ぎこの場から逃げるように呼び掛けようとするも、響が動こうとしたのを察知したフロッグイレイザーが咄嗟に足の裏で響を踏み付けて動きを封じてしまう。

 

 

「がぁああうっ!ぐっ、うぅっ……み、未来っ……!」

 

 

「た、立花さん!」

 

 

『……嗚呼、成る程……そういえば確か親友がいるとか何とか聞いていたっけか……』

 

 

踏み付けられても尚、未来を案じて視線を向ける響の必死さに一瞬疑問を抱いて冷静になるフロッグイレイザーだが、今回の改竄を行う前に協力者であるアスカから聞かされていた響の身近な人間の中に、彼女にとって唯一無二の親友がいた事を思い出し納得する。

 

 

『(確か以前に一度だけ装者になった事があったらしいが、その戦いでギアは砕かれたと言ってたハズ……だったらこの場で俺の脅威になる事はないだろうが……)』

 

 

そうだ、それも何もかも過去の話。自身の改竄が施された今、この立花響を慕う人間など黒月蓮夜を除いてこの物語の何処にも存在しない。

 

 

それは改竄前に響と親友であった筈の小日向未来も例外でなく、この物語の中では彼女との繋がりが絶たれ幼馴染であったという過去すらも書き換えたのだ。

 

 

故にこの二人は正真正銘、この改竄された世界では赤の他人という事になっている筈。なのに……

 

 

『お前はコイツと何も関係ない、寧ろ関わり合いたいと思わない存在の筈だろ?なのに、何故お前は此処にいる?』

 

 

「え……そ、れは……」

 

 

それだけが理解出来ず、もしや記憶を取り戻したのではないかと懐疑的な眼差しを向けるフロッグイレイザーにそう問われるも、未来は咄嗟に言葉を返せず言い淀んでしまう。

 

 

此処へ来た理由なんて、自分にだって分からない。

 

 

ただ何故か、勝手に足がこの場所に急いて、此処に来なければならないという謎の衝動に導かれただけ。

 

 

そうして辿り着いた先にあったのは、学院の皆から腫れ物のように扱われて避けられていた響が謎の怪人に襲われているという状況で、どうして自分がそう思い、この場所に来なければならないと思ったのか。

 

 

自分にもそれが分からず困惑を浮かべる未来を見て、彼女にもしっかり改竄が及んでると再確認して興味を失ったのか、フロッグイレイザーは未来から響へと視線を移して彼女の首を掴み、身体を持ち上げていく。

 

 

『まあどっちだっていい……俺にとって重要なのはコイツを始末する事だけ、関係ない奴はすっこんでろ……!』

 

 

「くぁあっ、うっ……!ああっ……!」

 

 

「立花さんっ!!……ぇ?」

 

 

ギギギギィッ!と、響の首を掴むフロッグイレイザーの手に力が込められていき、呼吸もまともに出来ない響の顔が苦痛で歪んでいく。

 

 

その苦しむ顔を見た瞬間、何故か自分の身体が自然とあの怪人に飛び掛かろうとして踏み出したのに驚き、未来は自身の足を見て怪訝な表情を浮かべてしまうが、その事に対し疑問を抱いている間にも響の顔色がフロッグイレイザーに首を締め上げられていく毎に青ざめていき、それを見て慌てて周囲を見回し、近くの修繕工事現場にあった鉄パイプを両手で掴みフロッグイレイザーに向けて身構えた。

 

 

「はっ……放してっ!立花さんから離れてっ!」

 

 

『……あ?』

 

 

「ッ!み、未来っ……?!」

 

 

未知の怪物を前に恐怖で鉄パイプの切っ先を震わせながらも、響を解放するように呼び掛ける未来の姿を見て、響は首を締め上げられながらも目を見開き、フロッグイレイザーも訝しげに眉を顰めながら未来の方へと徐に振り返っていく。

 

 

『お前、何のつもりだ……?今のお前にはコイツを助けたいという感情は一切湧かない筈だろ……?それが今のこの物語、俺が定めた絶対のルールだろうがァッ?!』

 

 

「……ッ……!」

 

 

ザザザァッ、ザザザザザァッ!と、フロッグイレイザーの怒号に呼応するかのように不意に激しいノイズが頭を駆け走り、脳内に流れ込んで来る自分のモノではない別の感情の波に凄まじい頭痛を覚え、未来は思わず頭を抑えてしまう。

 

 

──そうだ。私とあの娘は何も関係ない。赤の他人だ。

 

 

彼女は誰からも必要とされていない嫌われ者。だから此処で見捨ててしまっても、誰も私を責めたりなんてしない。

 

 

だってそれが、"この世界では当たり前の事で"──。

 

 

「──ち……がうっ……!」

 

 

『……あ……?』

 

 

頭を抑え、まるで自分の心を染め上げようとするその声を否定し苦しげな声を絞り出す未来の言葉に、フロッグイレイザーは険しげに顔を歪めて思わず聞き返してしまう。

 

 

その声音に宿るのは明らかな苛立ち。だがそれでも、未来は頭の痛みと恐怖が伝わって切っ先が震える鉄パイプをフロッグイレイザーに向けたまま、苦しげながらも言葉を続けてゆく。

 

 

「理由、なんて……私にだってわからないっ……貴方の言う通り、私と立花さんは何も関係ないっ……けど……でもだからって、それだけで危険な目に遭ってるクラスメイトを見捨てて良い筈がないっ!」

 

 

『……なっ……』

 

 

「み、未来っ……」

 

 

響との関係性をリセットされ、彼女が嘗て疎まれた過去を再現しその役割の一人に落とし込んだにも関わらず、未来はハッキリと、フロッグイレイザーの改竄を跳ね除けて響を助けようと身を張り、そう断言したのだ。

 

 

その姿に響だけでなくフロッグイレイザーも驚きを禁じ得ない中、未来はキッ!とフロッグイレイザーを見据えて鉄パイプを両手に臆する事なく対峙していく。

 

 

「立花さんを放してっ!これ以上彼女を傷付けたらっ……絶対に許さないっ!」

 

 

『(ッ!な、何だコイツっ……?どうして関係ない奴の為に此処まで……まさか、俺の改竄の影響が薄れてる?!)』

 

 

いや、そんな筈はない。イレイザーの改竄能力には装者すら抗えない。

 

 

現に他の装者達やS.O.N.G.の面々も今までの記憶を失い、響とのこれまでの関係性が一切なくなってる事は陰で確認済みだ。

 

 

故に自分の復讐を邪魔する者は誰もいないと踏んで動いたというのに、何故この女は自身の改竄を跳ね除けて未だに立花響を救おうとする?

 

 

元装者と言えど、他の装者達が改竄の影響を受けているのを見るに恐らくシンフォギア装者だったから、などという理由とも思えない。

 

 

ならばやはり元の記憶が僅かでも残っているのか。

 

 

或いはそれすらも関係ない、ありったけの悪意でこの物語を塗り潰した改竄を受けても尚、この少女の元々の善性の方が勝って……。

 

 

『──ふざけるな……そんな……ありえないっ……そんな事があってたまるかァああああッッ!!!』

 

 

「ッ?!う、わぁああああッ?!」

 

 

その可能性が脳を掠めた瞬間、フロッグイレイザーは突然激昴の雄叫びを上げながら響を乱雑に投げ飛ばした。

 

 

ガシャアアアアンッ!!と、けたたましい音を立てて公園の一角に設置されてるベンチを壊し、身体を思い切り叩き付けられた響はベンチの破片の上を転がって呻く。

 

 

「た、立花さんッ?!―バキィイッ!!―うぁあッ?!」

 

 

倒れ込む響を見て思わず駆け寄ろうとする未来だが、そうはさすまいとフロッグイレイザーが未来の持つ鉄パイプを掴んで強引に引き寄せ、未来の頬を手の甲で張り倒してしまう。

 

 

凄まじい力で殴り付けられて身体が浮き上がり、一瞬何が起きたのか理解が追い付かぬまま地面に倒れた痛みが身体を走り、次に遅れて頬に激痛を感じ思わず頬に触れると、今ので唇が切れたのか赤い血が指にこびり付いている。

 

 

驚きで目を見張り、思わず顔を上げれば、其処には赤い瞳を不気味に輝かせて自分を見下ろすフロッグイレイザーがまるで幽鬼のように目の前に佇んでいた。

 

 

「ひっ……」

 

 

『ありえないっ……ありえてたまるかそんな事っ!!この世界には悪意しかないっ!!誰かに手を差し伸べる優しさなんてっ、誰かを慈しむ思いやりなんてっ!!そんなモノがこの世界に存在するものかァァああああああああああああああああッッッ!!!!!』

 

 

「──ハァッ、ハァッ……ッ?!あれは……!」

 

 

今までの関係性を無くされ、赤の他人である上に関わり合いたいと思わぬ筈の響の為に身を張る未来の行動が何か忌諱に触れたのか、フロッグイレイザーは狂乱して頭を激しく掻き毟り、有り得ないと何度も何度も否定の言葉を繰り返す。

 

 

そのただならぬ様子に未来も思わず口を噤み怯えてしまう中、其処へ蓮夜がフロッグイレイザーの気配を追って傷付いた身体を引きずりながら公園の入り口前まで辿り着き、未来に徐々に迫るフロッグイレイザーを見てすぐさまクロスベルトを手に二人の下に向かって走り出すが、その間にもフロッグイレイザーが徐に右手の拳を振り翳し、

 

 

『赦さないっ、認めないっ、在ってたまるかっ!!俺の人生にお前みたいな人間なんかいなかったっ!!助けてくれる人間なんか誰もいなかったのにっ!!なのに何でっ……何であの女にばかりィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

「やめろぉっ!!ぐっ、ぁっ……!!」

 

 

激昴の雄叫びと共に掲げた手を勢いよく振り下ろすフロッグイレイザーを見て、未来は思わず顔を逸らしてしまう。

 

 

それを見て蓮夜もクロスベルトを腰に巻き付け変身しようと試みるも、直前でアスカとの戦闘で焼かれた右足に激痛が走り動きが鈍って一瞬立ち止まってしまう中、フロッグイレイザーの拳が未来の顔を再び容赦なく打ち付けようとした、その時……

 

 

 

 

 

 

 

 

ミシィイイッ!!と骨が軋むような嫌な音と共に、未来の前に咄嗟に飛び出した響が身構えた左腕の側面でフロッグイレイザーの拳を受け止めたのであった。

 

 

「?!」

 

 

「ッ!た……立花さん?!」

 

 

『お前ぇええっ……!!』

 

 

「ぐっ、うぅっ!!」

 

 

全力でその場で踏ん張り、フロッグイレイザーの強靭な力で振るわれた拳を受け止めて苦痛に顔を歪める響。

 

 

その姿を目にした蓮夜と未来が驚きで目を見張り息を拒む中、響はフロッグイレイザーの拳を受け止めたまま徐に未来の方へと顔を向け、小さく微笑んだ。

 

 

「っ……心配してくれてありがとう、未来……でも、私は大丈夫だから。今の内に離れてて」

 

 

「立花さん……?で、でもっ……!」

 

 

「大丈夫。私は全然へいき、へっちゃらだから」

 

 

「っ……」

 

 

そう言って、未来を安心させるように明朗な笑顔を向けて笑う響。

 

 

その顔を見た瞬間、未来もズキッと謎の痛みが胸に飛来し複雑な顔を浮かべるが、同時に何故かその言葉に宿る力強さを信じたいという思いが湧き、一拍置いて迷う素振りを見せるも戸惑い気味に小さく頷き返し、急いでその場から離れていくが、走り去る未来の背中を見てフロッグイレイザーは忌々しげに響を睨み付けた。

 

 

『お前、何のつもりだっ……?!アイツはお前の事なんかなに一つ覚えてちゃいないっ!!お前に関わる記憶を何も持たない赤の他人っ、お前に冷たく当たった憎むべき相手の筈だろうがっ!!』

 

 

幾ら身を張って庇ってくれた人間とは言え、親友どころか親しい人間ですらなくなった未来を未だに助けようとする響の行動を理解出来ないと困惑を露わにするフロッグイレイザー。だが、

 

 

「──そんなの、関係ない」

 

 

『……何っ?』

 

 

顔を俯かせ、ポツリと静かにそう返した響の言葉に思わず訝しげに聞き返すと、響は僅かに顔を上げる。その顔には、先程までフロッグイレイザーに襲われて怯えていた色はなく、力強く、何処までもまっすぐな眼差しでフロッグイレイザーを睨み据えていた。

 

 

「私も、最初は皆に忘れられて、皆が違う誰かに変わってしまったと思って、ショックだった……何より、親しかった友達からあの時と同じように扱われるのが辛くて……私の知っている人は誰もいない、独りなんだって……孤独に震えてた……」

 

 

自分が知っている世界がイレイザーに改竄され、皆との繋がりを失い、過去の辛い思い出を彷彿とさせるこの世界に独り残され、シンフォギアも失くし、戦う術を持たない無力な自分は蓮夜に助けられるのをただ待つ事しか出来ないのかもしれないとも思った。でも……

 

 

「でも、そうじゃなかった……変わらないものもあったんだ……!今この世界の中で、私を助けようとしてくれた未来の優しさが変わらなかったように、私の存在が皆の中から消えてしまっても、皆は私の知っている皆と変わらない部分があった!貴方の力でも、皆の全てを変える事なんて出来なかったんだっ!」

 

 

『何、だとっ……!』

 

 

フロッグイレイザーの顔が苛立ちで険しく歪む。だが響は臆する事なく、フロッグイレイザーの不気味に輝く赤い瞳を負けじと睨み返した。

 

 

「さっきの未来を見て、そう確信して、漸く分かった……私に出来る事、貴方を倒す事だけが戦いじゃないって……!だから決めた!皆が私を忘れてしまっても、シンフォギアがなくなっても……!私はこの手で自分に出来る戦いを……もう一度、皆と手を繋いで結び直す!未来とも、クリスちゃん達とも、師匠達とも!皆っ!」

 

 

『ッ……何がっ、何がもう一度だっ!そんな事が叶うものかっ!いや、例え上手く行ったとしても俺がまた書き換えるっ!お前なんぞに安寧など与えてたまるものかっ!』

 

 

「だとしても……!私は何度でも、この手で皆と手を繋いでみせるっ!何千回、何万回、皆の記憶から消されて、例え世界から見放されたとしてもっ!何度だって皆との繋がりを取り戻すっ!世界(アナタ)の悪意と戦い続けるっ!この胸に響く、歌がある限りっ……

 

 

 

 

私はっ、生きるのを諦めたりなんてしないッッ!!!!」

 

 

 

『ッ?!』

 

 

「……アイツは……」

 

 

世界を歪める絶対者を真っ向から見据え、あらゆる悪意と戦い続けると宣戦布告する響の言葉の力強さに気圧され、フロッグイレイザーは思わず後退りしてしまう。

 

 

そして、響のその姿に蓮夜も目を奪われて呆然となるも、次第にその表情が徐々に力強いものへと変わっていっていた。

 

 

『……ッ……!何が諦めない、だっ……今の俺に敵う力を持たない分際で、どの口でぇええッ!!』

 

 

「ッ!」

 

 

響の迫力に圧されて一瞬だけたじろぐも、所詮相手は戦う術を失った小娘一人。超人的な力を得た今の自分の敵ではないとその気迫を振り払い、再び殴り掛かろうと拳を振り翳すフロッグイレイザーを見て響も咄嗟に身構えるが、其処へ横合いから飛び掛かった蓮夜がフロッグイレイザーの横っ面に拳をめり込ませ、不意打ちで思いっ切り殴り飛ばしていったのだった。

 

 

『ぶごァああッ?!』

 

 

「っ?!れ、蓮夜さん?!」

 

 

真横にいきなり吹き飛んだフロッグイレイザーと、思わぬタイミングで現れた蓮夜を交互に見て二重の意味で驚く響。すると、フロッグイレイザーを殴り飛ばして響の目の前に着地し、背中を向ける蓮夜は徐に身を起こしながら振り返り、

 

 

「──すまない……俺はまた、お前に謝らないといけない……」

 

 

「……え?」

 

 

響と向き合い、そう言って何故か申し訳なさそうに頭を下げたのだ。そんな蓮夜からの突然の謝罪に響の方も呆気に取られてしまうが、蓮夜は頭を上げ、響の目を見つめ返しながら言葉を続けていく。

 

 

「俺はシンフォギアを失ったお前を……いや、それ以前から、イレイザーの改竄に抗う術を持たないお前達を守る対象としてしか見ていなかった……この異変は、元を辿れば俺がイレイザー達に敗れて奴らの跋扈を許したせいだ……だからこれ以上誰も巻き込めない、俺がやるしかないんだと思ってた……」

 

 

──今回の改竄に気付いた時、響の前では気丈に振る舞ってはいたが、本当は内心焦燥感に駆られてばかりだった。

 

 

記憶がないとは言え、自分の不甲斐なさが故にイレイザーの蛮行を赦し、響がそれに巻き込まれてしまった。

 

 

何もかも自分の責任……。やはりこんな自分に、無関係な彼女達を巻き添えにして共に戦うなど出来る筈がない。

 

 

大切な繋がりを失って苦しむ響に記憶を失ったばかりの頃の自分の姿を重ね、拍車を掛けた焦りに駆られてイレイザーの罠に嵌り、響を更に危険な目に遭わせ、無様を晒しながらも駆け付けた先でフロッグイレイザーに真っ向から立ち向かう彼女の姿を目にし、吃驚した。

 

 

「でも、違った……そうじゃなかった……シンフォギアの有無なんて関係ない……お前はイレイザーの悪意に晒されて、改竄に苛まれても、自分を見失わずに貫き通す強さを持っていた……特別な力がなくても、お前は何も変わらない……この世界を守るヒーローだった……」

 

 

「……蓮夜さん……」

 

 

「……お前も、お前の友人も、俺なんかが思っているよりずっと強い存在だった……そんなお前達を意図せず無力な存在だと決め付けてしまった浅はかさを、許して欲しい……すまなかった……」

 

 

そう言いながら再び頭を深く下げ、謝罪の言葉を口にする蓮夜。その姿を見て響も僅かに考える素振りを見せると、フルフルと首を横に振った。

 

 

「謝る必要なんてないです。だって、今の私が在るのは蓮夜さんのおかげでもあるんですから」

 

 

「……?いや、俺は何も──」

 

 

「約束、してくれました」

 

 

否定しようとする蓮夜の言葉を遮り、響は制服のスカートのポケットから取り出した一枚のカード……蓮夜が御守りとして響に渡していたブランクカードを見せていく。

 

 

「改竄された世界に残された私が折れ掛けて、駄目なのかもしれないと思った時に立ち直れたのも、此処まで希望を繋ぐ事が出来たのも、蓮夜さんが助けてくれたおかげだった……私がもう一度戦うと決心出来たのは、蓮夜さんと交わした約束が支えになってくれたからなんです」

 

 

「……お前……」

 

 

「だから、ありがとうございます。やっぱり蓮夜さんは、皆が言うようにヒーロー……仮面ライダーなんだって、改めて思いました!」

 

 

「…………」

 

 

カードを握る手を胸に当てて、まるで太陽のように明るい笑顔を浮かべる響の顔を見て蓮夜も一瞬呆気に取られてしまうが、直後に苦笑し、瞼を伏せて俯いた。

 

 

この少女の善性は間違いなく『本物』だ。何処までもまっすぐで強く、そして何処までも人を思いやる優しさに満ちている。

 

 

──ああ、彼女にはきっと敵わない。

 

 

そう思った自分の直感は恐らく間違っていないだろうと確信し、同時に何故か胸に飛来する穏やかな気持ちに釣られて微笑み、響と顔を見合わせる中、蓮夜に殴り飛ばされたフロッグイレイザーがふらつきながら起き上がり蓮夜を睨み付けた。

 

 

『なんっ、なんだっ……!!いきなり出てきて邪魔をォォおおっ!!何だってんだお前ェェえええええええっ!!』

 

 

自分の復讐を邪魔されて怒り狂い、怒号を撒き散らすフロッグイレイザーに対し、蓮夜は響を一瞥すると、彼女の前に出てフロッグイレイザーと対峙していく。

 

 

「お前のお仲間からとっくに聞いてるだろう?黒月蓮夜、クロス……いや、"仮面ライダークロス"だ」

 

 

「!蓮夜さん……?」

 

 

フロッグイレイザーを鋭い眼差しで見据え、自ら仮面ライダーの名を呼称する蓮夜の言葉を聞いて響は驚きを浮かべていき、蓮夜もそんな響の方へと振り返り小さく頷いた。

 

 

「俺も決めた。もうお前達を守るだけの対象として見ない……お前達の強さを信じる……今更虫の良い話なのは分かっているが……それでも、頼む……奴らを止める為に、一緒に戦って欲しい」

 

 

「……!」

 

 

そう、この名前は自分なりの決意と自戒の証だ。

 

 

別世界から流れ込んだ異物でしかない自分を信じてくれた彼女達の事を、自分も信じるという誓いであり、もう二度と、彼女達を軽んじるような真似はしないという自罰。

 

 

ヒーローなどと呼ばれるに値しないのは自覚している。

 

 

それでも、彼女のようにそう呼んでくれる誰かの信頼と声に応え、二度と同じ過ちを繰り返さない為に敢えてその仮面を被ると決意した蓮夜の願いを聞き、響も最初は驚きで目を見張ったが、次第にその顔に嬉しさを滲ませ、力強く「はい!」と頷き返し、

 

 

 

 

──次の瞬間、響が胸に当てていたブランクカードが淡い光を放ち始めた。

 

 

「……ッ!何だっ?」

 

 

「え……?カ、カードが?!」

 

 

突然前触れもなく発光し出したブランクカードを目にし、蓮夜と響は何事かと戸惑って動揺を露わにしてしまうが、その間にもブランクカードは徐々に光を強めていき、響がブランクカードを胸から離しカードを見ると、其処には何も描かれていなかった筈のカードに橙色のガングニールの拳の紋章が浮かび上がっていたのだ。

 

 

「?!絵が現れた……?!」

 

 

「これって……私の……?」

 

 

ブランクカードに出現した絵を見て蓮夜は驚きを隠せず、響も呆然とカードに描かれた自分のシンフォギアを模した紋章を見つめる中、今度は響の首から胸に掛けて再び光が出現し、徐々に何かを形作りながら輝きが薄れていくと、それは赤いペンダント……フロッグイレイザーの改竄の力によって失われた筈のガングニールのペンダントになっていったのである。

 

 

「ッ?!ガングニール?!」

 

 

『なっ……装者の、ペンダント……?馬鹿なっ、それは俺の力で完全に消した筈だっ!なのに、何故っ?!』

 

 

消された筈のガングニールの突然の復活に響だけでなく、改竄を行使してペンダントを消した張本人であるフロッグイレイザーも動揺を浮かべて困惑の声を荒らげてしまう。

 

 

そんな中、響と共に呆然と復活したガングニールを見つめていた蓮夜はふと彼女の手に握られるカードに視線を移すと、カードを見つめている内に脳裏に知らない筈の知識が自然と蘇っていき、目を見開きながら頭を抑えていく。

 

 

「そう、か……本のしおり……それがカードの……」

 

 

「……?蓮夜、さん?」

 

 

響が握るカードを見つめ何かを知っているかのような呟きを漏らす蓮夜。そんな蓮夜を見つめて響が不思議そうに首を傾げると、蓮夜はその声で我に返りながらすぐに真剣な表情に戻り、フロッグイレイザーの方へと振り返った。

 

 

「……奴を倒すぞ。今の俺達を奴には止められない……取り戻すんだ、お前の繋がりを」

 

 

「!……はい!」

 

 

理屈は分からない。何が起きてるのかもさっぱりだ。

 

 

しかし、ガングニールをこの手に取り戻した今、やるべき事は一つしかない。

 

 

戦うべき相手を見据えてそれを示す蓮夜の言葉に、突然の事態に混乱していた響はハッとなると、徐々に力強い表情を浮かべて頷きながら蓮夜と肩を並べるように隣に立っていく。

 

 

そして、蓮夜はバックルから立ち上げたスロットにカードを装填し、その手でフロッグイレイザーを指差すように身構えていき、響は復活した赤いペンダントを握り締めながら瞳を伏せ……

 

 

『Code x……』

 

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron……」

 

 

「……変身ッ!」

 

 

『clear!』

 

 

響の口から紡がれる美しい唄に合わせて力強く叫び、蓮夜が撫でるように左手でスロットを押し戻したバックルから電子音声が響き渡る。

 

 

直後、二人は蒼と橙色の光に包まれながらそれぞれスーツと装甲を身に纏っていき、蓮夜は複眼を赤く輝かせるクロスに、響は首元から出現した長いマフラーを棚引かせながら輝きを放つ両腕のナックルを構え、両者同時に変身を完了させていったのだった。

 

 

「?!た、立花さん……?!」

 

 

『シン、フォギアっ……?!あ、ありえない……俺の改竄はまだ生きている筈なのにっ……?!』

 

 

ガングニールを身に纏った響の姿を目にし、フロッグイレイザーは信じられないと首を振りながら吃驚の声を荒らげ、三人から離れた場所に位置する遊具の物陰で響を心配して残っていた未来も、ギアを纏った響を見て驚愕し我が目を疑っていた。

 

 

「……ガングニール……」

 

 

ギアに覆われた自身の右手を見下ろし、響は取り戻した相棒の感触を確かめるように拳を握り締める。

 

 

イレイザーの改竄によりこの手から消されて一日も経っていない筈なのに、何故か不思議と懐かしさすら覚える。

 

 

そんな感傷を覚える自分に思わずクスッと微笑み、響は隣に立つクロスの顔を見上げて力強く頷いた。

 

 

「行きましょう、蓮夜さん!今の私達なら、誰にも負ける気がしません!」

 

 

『それに関しては同意だな……これ以上、お前達にこの物語を弄ばせはしない……!』

 

 

『グッ、ぐっううううっ……!!お、まえがっ……よくもっ……!!お前等さえいなければァァああああああッッ!!!』

 

 

想定外に次ぐ想定外にいよいよ追い詰められているのか、フロッグイレイザーは最早余裕がなく忌々しげにクロスと響を睨み付けて恨みがましく唸る事しか出来ずにいる。

 

 

そんなフロッグイレイザーに向けて、クロスはスナップを効かせた右手で指差し、

 

 

『此処からは俺達のターンだ……さぁ、顧みろ!お前が歩んできた物語をッ!』

 

 

「はぁああああッ!!」

 

 

今までの無機質さとは違う、確かな力強さを込めた叫びと共にほぼ同時に地を蹴り上げ、クロスと響はフロッグイレイザーへ踏み込みながら互いに拳を振りかざしていくのであった。

 

 

 

 

 



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第四章/蘇る聖拳×束ねられた絆③

 

 

『ハァアアッ!ハッ!ぜぇえああッ!』

 

 

『ぐっ、ごぉうっ?!おっ、まえェェえええええッ!!』

 

 

ガングニールを取り戻した響と共に変身し、戦いの流れの中で公園内にある雑木林へと場場を移したクロスはフロッグイレイザーを相手にカウンターを主体とした動きで立ち回っていく。

 

 

一方でフロッグイレイザーは想定外の事態の連続による動揺、そして自分の思い通りにならないクロスと響への怒りが未だに収まらないが故か、その動きは憤りのあまり感情が先走って乱雑になっていた。

 

 

まるで平手打つようにカエルの手に酷似した巨大な異形の手を荒々しく振りかぶりクロスに何度も襲い掛かるも、一発目、次いでの二発目の平手を歩くような後退と共に顎を引かれるだけで回避される。

 

 

そして三発目の平手をクロスが咄嗟に伸ばした右腕で容易く受け止められた直後、弾丸の如く放たれた素早い左拳が顔に突き刺さり後退りさせられた。

 

 

『がぁあうぅっ?!ぐっ……だったらァああああッ!』

 

 

鼻を抑えて痛みに悶え、湧き上がる怒りのままに今度は地面に張り付くように身を低く屈めると、フロッグイレイザーは両足をバネの如く用いて勢いよく真上へと跳び上がり、そのまま降下の勢いを利用してクロスに殴り掛かった。

 

 

振り翳された拳が目前にまで迫る。しかしクロスは片足軸回転でフロッグイレイザーの拳と突撃を紙一重で回避すると同時に左脚を突き上げ、フロッグイレイザーの溝尾に鋭い膝蹴りを叩き込んでいった。

 

 

『ゴッ、ァアアァッ?!おっ、まえっ……!!』

 

 

『ハァアアアアアアッ!!』

 

 

腹を両手で抑えながら数歩後退るフロッグイレイザーの顎に続けざまに放たれたアッパーカットが突き刺さり、フロッグイレイザーの身体が簡単に宙に浮き上がる。

 

 

更に追撃はそれだけで終わらない。クロスはバックルから右腕に掛けて伸びたラインに瞬時に光を走らせて拳に蒼い輝きを纏い、瞬間的に強化された右ストレートを身動きが取れないフロッグイレイザーの腹に思い切りブチ当て、炎のように揺らめく蒼いオーラを周囲に拡散させながら殴り飛ばしていったのだった。

 

 

『ギィイイイイイイイッ?!ごっ、っ……こ、のっ……!!オマエっ、なんかに……!!お前が邪魔さえしなければァああああッ!!』

 

 

物語を改竄し、立花響を孤立させるという自分の目論見は確かに叶っていた。

 

 

なのにこの黒月蓮夜というイレギュラーをきっかけに計画の全てが瓦解し、あと少しというところで改竄で蝕む事が出来た響の復活に繋がってしまった。

 

 

コイツさえいなければっ……!と、自分の復讐を邪魔したクロスへの憎悪を糧に痛みを振り払い、ふらつきながらも身を起こして再度クロスに襲い掛かろうとするが……

 

 

「うぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」

 

 

『……?!』

 

 

その時、天をも貫かんばかりの猛々しい咆哮が何処からともなく響き渡る。驚きと共にフロッグイレイザーが咄嗟に振り返れば、其処にはフロッグイレイザーの側面に回り込んだ響が後ろ腰のスラスターで加速しながら猛スピードで木々の間を駆け抜け、右拳を振りかざして迫る姿があったのだ。しかし……

 

 

『ハッ、馬鹿が……!俺にはお前達の技は通じないとまだ学習してないかァッ!!』

 

 

そう、あらゆる物語から追放され、異なる現実の存在と化したイレイザーには物語の中のルールは通用しない。

 

 

本の中の存在でしかないキャラクターが本の外の読者を傷付けられないように、物語上を生きる人間の響達にはイレイザーに傷一つ付ける事が出来ないのだ。

 

 

幾ら力を取り戻した所でその事実は変わらない。初めから脅威として見てすらいない響を前にフロッグイレイザーは馬鹿にするようにせせら笑い、目の前にまで迫る響の拳を敢えて受け止めてやろうと悠々と両手を広げ、

 

 

 

 

 

ドゴォオオオッッ!!!と、響が全力で振り抜いた鉄拳がフロッグイレイザーの顔面に顔がめり込むほど強く突き刺さり、直後に伝わる筈のない凄まじい激痛が顔中に広がっていったのだった。

 

 

『ッッッ!!!!?なっ……ニィイイッッ……!!!!?』

 

 

「どぉおおおおおおりゃあああああああああああああああああああァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

動揺するフロッグイレイザーの反応など他所に、響は腹の底からの咆哮と共に拳を突き刺したままスラスターから炎を噴き出して更に加速する。

 

 

そしてスラスターの推進力を加えた拳を全力で振り切った瞬間、フロッグイレイザーは大気を切り裂く程の勢いで次々と木々を薙ぎ倒しながら派手に吹っ飛んでいき、そのまま公園内にまで飛ばされゴロゴロと地面を転がっていったのであった。

 

 

『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアァッッ!!!?ィギッ……ァッ……な、んだっ……なぜっ……?どうして奴の攻撃でダメージがっ……!!!?』

 

 

「はぁああああああああああああああああッッ!!!!」

 

 

殴られた顔を抑え、感じる筈がない痛みに驚きを禁じ得ないフロッグイレイザーだが、そんなフロッグイレイザーに目掛けて響が雑木林から勢いよくスラスターを噴かせて飛び出し、息を吐かせる間も与えまいと高速のラッシュを仕掛けていく。

 

 

そして二人の後を追い掛けて雑木林を抜け出したクロスは、フロッグイレイザーに拳を打ち付けていく毎に確実にダメージを与えていく響を目にしてある確信を得ていた。

 

 

(やはりそうか……だとしたらさっきのあのカードも……これなら…!)

 

 

先程生まれたカードを見た時に蘇った知らない筈の知識。あれにより響がイレイザーと対等に渡り合えている理由を理解出来たクロスは納得するように小さく頷き、そのまま響の下に駆け付けて彼女と共にフロッグイレイザーに挑み掛かっていった。

 

 

「ダァアアァァッ!!はぁああああッ!!」

 

 

『ハッ!ぜぇいやぁああッ!』

 

 

『グゥッ!コ、コイツ等ァアアッ!!』

 

 

目にも止まらないラッシュを浴びせつつ、フロッグイレイザーにこちらの動きに慣れさせないように舞うように飛び交って何度も立ち位置を入れ替え、アクロバティックな動きで翻弄しながら休まる間を与えず拳を打ち込み続ける。

 

 

これが初めてとはとても思えない、まるでお互いの思考を読み取っているかのような手練の動きにフロッグイレイザーも追い詰められながらただただ目を見張るばかりだが、驚きを感じているのはクロスと肩を並べる響も同じだった。

 

 

(動きやすい……次にどう動けばいいのか手に取るように分かる!合わせてくれてるんだ、私の動きの癖に……!)

 

 

身体ごと当たる勢いで全力の拳を振り抜けば、それに合わせて先に動いていたクロスが敢えて回避されやすい攻撃を仕掛けて自分の拳が確実に当たる位置に敵を誘導し、相手が放った拳に咄嗟に前蹴りを合わせ、その力を利用し後方へとバク宙して離脱する自分の真下を素早く潜り抜けながらフロッグイレイザーに殴り掛かり、空いた隙をフォローしてくれる。

 

 

自分の一挙一動、呼吸を合わせてくれているのが伝わり、今漸く本当の意味で一緒に戦えている嬉しさを滲ませて響は口元を緩めながらクロスと顔を見合わせて頷き合うと、二人の間に割って入るように飛び掛かったフロッグイレイザーの攻撃を捌きながらクロスと共にフロッグイレイザーの顔面に正拳突き、トドメに横蹴りを胴に打ち込んで吹き飛ばしていった。

 

 

『グッ!クッ、ソォッ……!だったらこれでどうだァッ!』

 

 

格闘戦では二人に分があると踏んだのか、フロッグイレイザーはクロスと響から距離を離すように後方へと飛び退きながら口から水弾を乱射し始める。

 

 

それを見たクロスと響も咄嗟に身を屈めて初撃をかわしながら左右に駆け出して散開し、フロッグイレイザーが二人に目掛けて交互に放つ水弾を疾走して回避し続けるが、その時、ズキィッ!とクロスの右足に激痛が走った。

 

 

『ッ!足、がっ……!』

 

 

先のアスカとの戦いで負傷した火傷が激しい戦闘の影響で再び疼いたのか、思わず足を押さえるクロスの動きが目に見えて鈍る。其処へ響から標的を変えたフロッグイレイザーの水弾が直撃し、クロスは大量に撒き散る水と共に吹っ飛ばされてしまった。

 

 

『グアアァッ!』

 

 

「ッ!蓮夜さんッ!」

 

 

『貰ったァああッ!!』

 

 

地面に叩き付けられるクロスに目掛け、この隙を逃すまいとフロッグイレイザーが立て続けに水弾を発射する。それを見た響はすぐさま腰と両脚のスラスターを噴かせて方向転換し、フロッグイレイザーの頭上を飛び越えながらクロスの前に着地すると共に地面を思いっきり踏み付けた。

 

 

瞬間、響の震脚により衝撃が走ったアスファルトの地面が大きく捲れ上がり、巨大な盾となって無数の水弾から二人を守っていく。

 

 

「これ以上はやらせないッ!」

 

 

『チィッ!小癪な──!』

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

『──?!』

 

 

ならばこちらも威力を上げて盾ごと粉砕してやると大きく息を吸って身を反らすフロッグイレイザーの耳に、不意に電子音声が届いた。

 

 

直後、アスファルトの盾から真上へと跳び上がったクロスが薙ぐように左脚を振るい、蒼いポインターをフロッグイレイザーに当てて拘束する。

 

 

『し、しまっ──?!』

 

 

『ハアアアアァァァァーーーーーッ!!ダァアアッ!!』

 

 

『グッ?!ガハァアアアアアアアアアアアッ?!』

 

 

動きを封じられたフロッグイレイザーに目掛けてその身を蒼い閃光と化し、右脚を突き出しながら急降下で加速したクロスの飛び蹴りが炸裂して爆発が巻き起こっていった。全身から火花を撒き散らして倒れるフロッグイレイザーだが、しかし、ふらつきながらも起き上がるその身は未だに健在だった。

 

 

『きっ、かないなぁっ……!この程度でぇええっ!』

 

 

(ッ……やはり威力が落ちているか……!)

 

 

右足を負傷した状態では辛うじて繰り出した必殺技も威力が格段に落ち、フロッグイレイザーを倒すには至らない。

 

 

今此処で切り札を切るのが早過ぎたかと、仮面の下で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてクロスがフロッグイレイザーを睨み据える中、そんなクロスの下に響が慌てて駆け寄っていく。

 

 

「蓮夜さん……!大丈夫ですか!」

 

 

『……ああ。だがすまない、奴を仕留め損じた……足さえ万全ならっ……』

 

 

僅かに右足を動かしてみるが、それだけで激痛が走り顔を歪める。

 

 

戦いの中で足の怪我が徐々に悪化していた所に、決着を急いて技を使ったのが仇になったのだろう。こんな状態ではまともに戦えない所か、響の足を引っ張ってしまう。

 

 

ならば他の形態に姿を変えて……と一瞬考えを巡らせるも、遠距離を得意とするタイプブラスターはその高い火力とパワーから反動も強く、この足では銃を一度放つ毎に踏ん張る事が叶わずまともに扱えない。

 

 

高速戦闘を得意とするタイプスラッシュはそもそもの前提として両足がまともに機能しなければ、その強味を活かせない。

 

 

思考すればする程、ハンディを負った今の自分ではどれも十全な能力を発揮出来ず奴を仕留め切れる決定打にはならないという結論に至り、クロスは足を抑えて悔しげに唇を噛み締める。

 

 

響はそんなクロスの顔を心配そうに覗き込むと、突然「あ……!」と何かを思い出したように顔を上げて懐を漁り、一枚のカードをクロスに差し出した。

 

 

「そうだ、これ……蓮夜さん、これって何かお役に立てませんか……!」

 

 

『?それは……』

 

 

そう言って響が差し出したのは、先程彼女の手の中でガングニールを模した紋章が浮かび上がった新たなカード。

 

 

それを見たクロスは差し出されるカードと響の顔を交互に見比べ、戸惑い気味に響の手からカードを受け取っていくと、その瞬間、まるでクロスに共鳴するかのようにカードに描かれたガングニールの紋章が淡い光を放っていく。

 

 

『!カードが反応して……?』

 

 

『っ……?何をするつもりか知らんが、みすみす見逃すと思っているのかッ!!』

 

 

光を放つカードを見て驚きを浮かべるクロスに目掛けて、フロッグイレイザーが口から再び水弾を連射して容赦なく襲い掛かる。だが其処で響がクロスの前に飛び出し、無数の水弾を拳で素早く弾き凌いでいく。

 

 

「私があのイレイザーの攻撃を抑えますっ!今の内にっ!」

 

 

『ッ……すまない……お前の力、借りるぞ……!』

 

 

響の背中を見て頷き、彼女の助けを借りてふらつきながら立ち上がったクロスはバックルから立ち上げたスロットにカードを装填し、左手でスロットを押し戻した。

 

 

『Code Gungnir……clear!』

 

 

鳴り響く電子音声と同時に、クロスからパージされた装甲が周囲をグルリッと回転してその姿形を変化させていき、更にクロスの周りにも腕部や肩等の幾つもの装甲が追加で出現していく。

 

 

そしてそれらの装甲が次々とクロスに全身に纏われていくと、最後に両肩の肩甲骨部から橙色に美しく輝く二翼の光のマフラーが飛び出し、風に靡くように揺らめいた。

 

 

全ての変身を終えたその姿は、頭部左右に角のように頂く黒と白のヘッドギアと、金に近い煌めきを放つ橙色の複眼が特徴的なオレンジと白の仮面。

 

 

滑らかさと刺々しさが溶け込むように両立した形状のオレンジ、白、黒の三色が入り交じったボディの背部と両足の左右には、響のスーツと同様に複数のスラスターが付属されており、両腕は右腕が純白と橙色、左腕が漆黒と橙色という左右非対称のアンシメトリーな色合いとなっている。

 

 

それは、一人の少女と紡いだ『繋がり』の証。

 

 

立花響という少女の想いと交錯する事で誕生した新たな形態、『仮面ライダークロス・タイプガングニール』にその身を変容(リビルド)させたのであった。

 

 

『ッ?!な、何だ……?あの姿は……ッ?!』

 

 

「……ガングニール……蓮夜さんも、私と同じ……!」

 

 

新たな姿に変身したクロスを目の当たりにし、フロッグイレイザーから驚愕の、響からは感嘆の声が上がる。

 

 

『……これは……』

 

 

クロス自身もその姿を予想だにしていなかったのか、凄まじい力の奔流を感じる新たな形態に呆然と自分の両手を見下ろすが、クロスと同様、予想外の事態に困惑を浮かべていたフロッグイレイザーはハッと我に返り、頭を振った。

 

 

『今更そんなもんを出した所で何になる……!どっちみち足が使い物にならなきゃ役に立つものかよォッ!!』

 

 

そうだ、クロスが足をまともに使えないのは既に分かっている。ならば今更どんな姿形に姿を変えようともその力を十全に扱える筈がないと動揺を振り払い、フロッグイレイザーはその跳躍力で遥か上空へと一気に跳び上がりながら、クロスと響に目掛けて水弾を素早く連射していく。

 

 

「ッ!蓮夜さんッ!ぐっ!」

 

 

『!』

 

 

まるで雨の如く降り注ぐ水弾の数を前に響がクロスを助けようと咄嗟に飛び出すが、狙われているのは彼女も同様であり、立て続けに襲い掛かる水弾を弾くのに精一杯でその場から動く事が出来ない。

 

 

響の援護を得られず、空から迫る水弾の雨を前にクロスは空手のまま佇むばかりだが、それでもフロッグイレイザーを見据えたまま僅かに踏み出した左脚のスラスターが火を噴き出し、水弾の一発が額に直撃する寸前……

 

 

 

 

 

その姿が残像のように乱れたかと思われた次の瞬間、降り注ぐ水弾の雨の間を一瞬で飛び抜け、上空に浮遊するフロッグイレイザーの眼前に右腕を振りかざしたクロスが姿を現したのだった。

 

 

『ッ!!?なん──!!?』

 

 

「蓮夜さんッ?!」

 

 

『ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!』

 

 

動き出す際の予備動作すら目で追えなかった、恐らく上空まで50メートル以上は離れていたであろう距離を瞬間移動したとしか思えない突破力で一気に詰めたクロスを見て、フロッグイレイザーと響が驚愕の声を上げる。

 

 

そんな二人の声を耳に、背部と両足のスラスターから火を噴かせるクロスの右拳が白い軌跡を宙に描きながらけたたましい殴打音を鳴り響かせ、フロッグイレイザーの溝尾を捉えて突き刺さった。

 

 

『ゴブゥウウウゥッ!!!?ギッ……ッ……!!ギッッッザマァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

一瞬内臓が吹き飛んだかと思われた衝撃のあまり、身体をくの字に大きく折り曲げるフロッグイレイザーが激昴の雄叫びを荒げるが、攻撃はそれだけで終わらない。

 

 

フロッグイレイザーの鳩尾にめり込むほど深く突き刺さるクロスの右腕の手首がまるでリボルバーのように高速回転し、肘の部分からハンマーパーツが展開されたのだ。

 

 

そして次の瞬間、まるでパイルバンカーのようにハンマーが打ち出された同時に凄まじい爆発がクロスの拳から巻き起こり、フロッグイレイザーの身体が勢いよく宙へと打ち上げられた。

 

 

『なんっ……!!!?がっ、ぎっ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?』

 

 

『ハァアッ!!ぜぇええいッ!!ダァアアアアアアッ!!』

 

 

ダァアアンッ!!、ダァアアンッ!!と、交互にバンカーを展開する純白の右腕と漆黒の左腕を振り抜きながらスラスターで上昇し、黒煙を切り裂くほど鋭い一撃を何度も何度も打ち込んでフロッグイレイザーを爆発と共に空へ打ち上げ続けていく。

 

 

そうして公園周辺のビルの向こうを見渡せるほどの高度までフロッグイレイザーを殴り飛ばしたクロスは背部のスラスターを更に加速させながら、同時に両脚の脛部に備わるパワージャッキで空中を蹴り上げて上昇すると、フロッグイレイザーの真上へと翔ぶと共に左脚のスラスターを点火させて勢いよく宙返り、フロッグイレイザーの背中に全力のサマーソルトキックを叩き込み、遥か真下の地上へと隕石が如く勢いでフロッグイレイザーを蹴り落とし巨大な爆発を巻き起こしていったのだった。

 

 

「きゃああああっ!!」

 

 

「ぐうぅっ!っ……あれが……蓮夜さんのガングニールの力……!」

 

 

フロッグイレイザーが地上に叩き付けられて発生した爆発の衝撃波が公園内に吹き荒れる。そのあまりの突風に遊具に身を潜める未来も思わず悲鳴を上げ、両腕を十字に組んで衝撃波に耐える響もクロスの新たな形態の力に驚きを隠せずにいた。

 

 

そして二翼の光のマフラーを棚引かせ、パワージャッキを利用し右脚を庇いながら地上に着地したクロスもフロッグイレイザーが墜落して巻き上がる土煙を見つめた後、左右の脚に備え付けられる装備を見下ろしながら自身の右脚に撫でるように触れていく。

 

 

(この装備のおかげで足の負傷をカバー出来てる……これが、アイツの……)

 

 

「蓮夜さん!」

 

 

触れる装甲から何処か暖かみを感じ取る中、背後から響が笑って駆け寄って来る。

 

 

その姿を見てクロスも仮面の下で思わず微笑んで響と向き合っていくが、その時、二人から離れた場所で漂う土煙を異形の手が荒々しく切り裂き、白煙の中から墜落で出来たクレーターの中心に佇むフロッグイレイザーが姿を現した。

 

 

『クッソォオオオオオオオオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーッッッ!!!!オマエらァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

「ッ!あれでまだ動けるなんて……!」

 

 

既にその身体はボロボロで、全身は今のクロスの連撃の威力を物語るかのように傷だらけになっている。

 

 

それでも尚憎しみを糧に起き上がるフロッグイレイザーの執念深さに思わず拳を構える響も驚愕する中、フロッグイレイザーは傷付いた腕を荒々しく振るいながら二人に向かって叫ぶ。

 

 

『赦さないッ……!!!赦してたまるかお前達の存在をォおおッッ!!!絶対に消してやるッッ!!!今度こそ消してやるッッ!!!お前達が存在したという痕跡すらもこの手で書き換えてやるゥゥううううううううッッッ!!!!!!』

 

 

まるでその怒りに呼応するかのように、フロッグイレイザーは不気味に輝く赤い瞳を激しく発光させて怒り荒ぶる。

 

 

しかしクロスは臆する事なく左腰のホルダーから取り出した一枚のカードを構え、響を一瞥しながら首を横に振っていく。

 

 

『残念だがコイツが──いや、コイツ等と俺がいる限り、それは不可能だ……!』

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

バックルにカードを装填して電子音声が鳴り響き、クロスの両側頭部のヘッドギアに内臓された歯車が高速で回転し始める。

 

 

瞬間、身体の内から凄まじい量のエネルギーが湧き上がると共に、両肩の縁、両腕と両脚の側部、胸部中央の各部の装甲が花開くように展開されていき、露出された内部装甲から過剰に高まるエネルギーを外へ逃がすように橙色の輝きが放出されていく。

 

 

そしてクロスの両肩のアーマーが独りでに変形してドリルのような武器を備えた形状に変わっていき、クロスが両腕を伸ばし両肩のアーマーとナックルを連結させ肩から切り離した瞬間、両腕のナックルに装備したドリルが起動し、火花を撒き散らしながら激しく回転し始めた。

 

 

『ッ?!なん、だ……?ドリルっ……?!』

 

 

『ハァアアァァァァァァァッ……!!ぜぇぇぇぇえやぁッ!!』

 

 

新たな武器を取り出すクロスを見てフロッグイレイザーが警戒し身構える中、クロスは両腕のドリルをナックルごと交互に投擲する。

 

 

スラスターから火を噴いて放たれた二つのドリルナックルは互いにぶつかり合いながらフロッグイレイザーに目掛け飛来していき、迫り来る白のドリルナックルを前にフロッグイレイザーは慌てて身を翻し紙一重で回避するが、直後にフロッグイレイザーの背後にクロスが瞬時に回り込んだ。

 

 

『ッ?!何だとッ?!』

 

 

『おおおおおおおッ!!』

 

 

避けられた白のドリルナックルを拾い上げるように右手に再装着し、グルリと回転して勢い付けたクロスのドリルがフロッグイレイザーの背中に炸裂した。

 

 

『ガァアアアアアアアッ?!』と、背中を襲う削り取られるような痛みにフロッグイレイザーが堪らず悲痛な雄叫びを上げ、そのまま殴り飛ばされた先でもう片方の黒のドリルナックルが飛来し、フロッグイレイザーの胸に抉るように突き刺さっただけでなく、

 

 

「やぁああああああああああああああああッッ!!!」

 

 

『?!なんっ……?!―ガギィイイイイイッ!!ーうぐぁあああああああああああッッ!!?』

 

 

正面から腰のスラスターで加速した響が猛スピードで突進し、フロッグイレイザーの胸に突き刺さる黒のドリルナックルの接続部に殴るように左拳を挿し込み、その勢いでドリルの先端を更に深く食い込ませていったのだ。

 

 

そして響はフロッグイレイザーの胸から引き抜いた左腕に装着した黒のドリルナックルの刺突と右腕のパイルバンカーを組み合わせた連撃を立て続けに打ち込んでいき、響が右腕のバンカーで殴り飛ばした先で待ち構えていたクロスが左脚のスラスターを噴かせ、フロッグイレイザーを上空へ打ち上げるように蹴り飛ばしていった。

 

 

『ガハァアアアアッ?!』

 

 

『続けて行くぞッ!』

 

 

「はいッ!」

 

 

二人の猛攻はまだ止まらない。

 

 

後部のスラスターに火を灯して勢いよく飛び立ち、まるで天翔ける流れ星のように空に打ち上げられるフロッグイレイザーを飛び越えるほど速く飛翔した二人は遥か上空で合流し、互いに向けて空いた右手と左手を伸ばし繋ぎ合わせていく。

 

 

「蓮夜さんッ!」

 

 

『ああ……!コイツで決めるッ!』

 

 

握り合わせた手と手を起点に立ち位置を入れ替えるようにその場で一回転し、クロスと響はドリルアーマーを纏ったそれぞれの腕を合わせるように構えていく。

 

 

すると次の瞬間、二人のそれぞれの腕に纏われるアーマーが分離・連結して徐々に一つとなっていき、クロスと響の右腕と左腕を繋ぐように巨大な橙色に輝く豪腕を形成していったのである。

 

 

『……ッ!!!?な、んだっ……アレはっ……!!!?』

 

 

『「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」』

 

 

巨大な豪腕を目にして動揺を露わにするフロッグイレイザーに目掛け、クロスと響は拳を固く握り締めた豪腕を突き出しながら豪腕に備え付けられるスラスターの火を点火し、高速落下していく。

 

 

それに対しフロッグイレイザーも慌てて口から水弾を乱射して抵抗するが、二人が突き出す豪腕の拳は無数の水弾をものともせず全て弾き飛ばしていき、そのまま空中で身動きが取れないフロッグイレイザーに凄まじい激突音を轟かせながら、豪腕の一撃が炸裂していったのだった。

 

 

『ウグァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!?こ、こんなっ…………嘘だっ…………こんなっ────!!!!?』

 

 

『「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!破ァアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!」』

 

 

響と共に全力のエネルギーを豪腕に注ぎ込むクロスの仮面のクラッシャーがガギィッ!と開かれて発光し、内部装甲が露出するクラッシャーと全身の装甲から凄まじい熱量と共に発せられる橙色の光が輝きを増していく。

 

 

そしてフロッグイレイザーに打ち込まれる豪腕があまりのエネルギー量に耐え切れずに徐々に罅割れていき、やがて硝子のように粉々に砕け散った豪腕の中から飛び出したクロスと響の全力を込めた拳がフロッグイレイザーの両脇を穿ち、その身体に巨大な二つの風穴を開けながらクロスと響は地上へと滑るように着地していったのだった。

 

 

―交錯x天照裂破―

 

 

『ガッ……ァ、ッ…………!!!!!?ま、だっ…………まだだっ…………オレ…………オレっ、は…………っっっ!!!!!』

 

 

バチバチィッ!と青白い火花が散る、二つの風穴が開いた自身の身体を見下ろし、フロッグイレイザーが苦しげに呻く。

 

 

その声を背に、クロスは光のマフラーを揺らして徐に身を起こしながら全身の装甲を元に戻していき……

 

 

『……いいや……それがお前のエンドマークだ……』

 

 

『ッッッッ!!!!!!?ゥッ……アッ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアアアアアァァァァァッッッッッッ!!!!?』

 

 

その一言と共に仮面のクラッシャーが最後に閉じられた瞬間、フロッグイレイザーの全身から一際大きい火花が撒き散り、悲痛な叫びと共に公園の上空で巨大な大爆発が巻き起こったのであった。

 

 

 

 

 



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第四章/蘇る聖拳×束ねられた絆④

 

 

『───ぅぁっ……ぅ、ぐっ……い……ァッ……』

 

 

──クロスと響の渾身の一撃を前に巨大な爆発に呑まれ、完全に倒したかに思われたフロッグイレイザーは未だ辛うじてその息を繋ぎ、力無く地面に倒れ込んでいた。

 

 

しかし二つの風穴が開かれたその肉体は既に瀕死であり、ボロボロに黒焦げた身体を引きずるフロッグイレイザーの下にクロスと響が歩み寄っていくと、倒れ伏すフロッグイレイザーを見下ろしてクロスが口を開いた。

 

 

『一つだけ聞かせてくれ……お前は本当に、奴らに望んで自分からイレイザーになる事を選んだのか?』

 

 

「……えっ?」

 

 

それはアスカの口から聞かされた、この世界の行き場を失った人間達が自らイレイザーになる事を受け入れたという衝撃の事実。

 

 

その真相を直接フロッグイレイザー本人に問い質すクロスの問い掛けに、初めてその話を聞く響は目を見開いてクロスの顔を思わず見上げ、戸惑いを顕わにフロッグイレイザーに視線を戻すと、フロッグイレイザーは顔を俯かせて一拍置いた後、渇いた笑い声を漏らしていく。

 

 

『そう、だよ……あの二人を失ってから、俺の人生は毎日地獄だったっ……どれだけ時を経ても疵は癒えなくて……俺が助けを求めても、周りの連中は手に負えないとみんな離れていった……』

 

 

「……それは……」

 

 

『こんな世界に、救いなんてないと思ってたよ……そんな時だ……何もかも諦め切ってた中で、知ったのさ……そいつの存在をっ……!』

 

 

拳を握り、顔を上げたフロッグイレイザーの赤い瞳が目の前に佇む響を睨み据える。

 

 

その瞳の奥に宿るのは、何処までも深く薄暗い嫉妬と憎悪の念。

 

 

二人に敗北しても尚、内なる激情の炎が未だに揺るがないフロッグイレイザーの視線を受けて響も息を呑み、クロスもそんな響を庇うように僅かに前に踏み出していく。

 

 

『妻と娘を差し置いて生き残ったそいつには大勢の仲間がいて、家族がいて、支えられて……しかもその時に得た力がきっかけでヒーローになったって……?何だよそれ……ふざけるなよ……!あの二人は誰にも救ってもらえなかった……!俺を助けてくれる人間は誰もいなかった……!なのになんでっ……なんでそいつにばかりっ……!』

 

 

『……だからイレイザーの力を求めて、コイツに関わる物語を改竄したのか……』

 

 

動機は全て、家族や友人……自分が失った全てを持つ響への妬み。

 

 

その憎しみから人である事を捨てて、イレイザーとなってまで彼女に復讐する道を選んだフロッグイレイザーに対しクロスも目を僅かに細めると、フロッグイレイザーは悔しげに拳を地面に叩き付けて項垂れていく。

 

 

『今この世界は、俺が嘗て味わった地獄を再現した筈だったっ……なのに、それでもそいつには手を差し伸べる人間が現れた……!何故だ……?!俺はそんな人間に出逢えなかったのにっ、同じ世界でどうしてそいつばかりが救われるっ……?!俺やあの二人と何が違うっ……?!何処まで理不尽なんだこの世界はぁっ!』

 

 

同じ事件の被害者で、周囲の人間から疎まれてきた過去も同じ筈だった。

 

 

なのに、響には其処から掬い上げてくれた親友がいて、シンフォギアの力に目覚めてからも多くの仲間に支えられながら今を幸せに生きている。

 

 

物語を改竄して皆との関係を断ち切っても、結局その親友との繋がりは完全に断つ事が叶わず、響の復活にも繋がってしまった。

 

 

どうしてこんなにも違う?

 

 

何故自分にはアイツのように手を差し伸べてくれる誰かがいない?

 

 

響だけじゃない、何処までも不公平なこの世界への憎悪を募らせて吠えるフロッグイレイザーの姿にクロスも無言で口を閉ざすが、そんなクロスの前に響が静かに歩み出ていく。

 

 

『!おい……!』

 

 

「大丈夫です」

 

 

思わず止めに入ろうとしたクロスに笑顔を向けて短くそう言い切ると、響はフロッグイレイザーの前に立ち、徐に両膝を着いていく。

 

 

『ッ……オマエぇッ……!』

 

 

「…………」

 

 

最早彼女に襲い掛かる余力も残っていないのか、フロッグイレイザーは目の前で膝を着く響を忌々しげに睨み付ける事しか出来ない。

 

 

だが響は臆する事なくそんなフロッグイレイザーの眼光を見つめ返し、そのまっすぐな眼差しにフロッグイレイザーも僅かに圧されながらも声を震わせて呪詛を吐いていく。

 

 

『お前さえっ……お前さえいなければっ……!』

 

 

「……あの日……ライブ会場で生き残ったのが私じゃなければ、貴方の大切な人達が生き残ってたかもしれない……?」

 

 

『……ッ……』

 

 

そう問い掛ける響の言葉に、フロッグイレイザーは咄嗟に反論出来ずに声を詰まらせ、目を泳がせる。

 

 

そんなフロッグイレイザーを見つめたまま響は物哀しげに一度目を伏せると、僅かに目を開き、

 

 

「確かに、何か一つでも違っていたら、そうなってた未来もあったかもしれない……でも、ごめんなさい……私にはどうする事も出来ません……」

 

 

フロッグイレイザーに深く頭を下げ、謝罪の言葉を口にしたのである。

 

 

自分を憎んで殺そうとした相手に対してのその意外な行動を前にフロッグイレイザーもクロスも目を見開く中、響は僅かに頭を上げて胸の内の想いをポツポツと語り出す。

 

 

「あの日を境に、私の人生も大きく変わりました……私だけが生き残って、その事を沢山の人から責められて、それがきっかけで家族もバラバラになって……もしも未来が……親友の存在がなかったら、私もきっと貴方と同じになってたかもしれないって……今でも時々、親友と一緒にいてそう思う事があるんです……」

 

 

蓮夜と再会する前、フロッグイレイザーの改竄に苛まれていた際に自分の中身を塗り潰そうとした、あの薄暗い声を思い返す。

 

 

最初は強く否定し続けていたあの声も、今思えば、あれも恐らく一つ違えば自分がそうなっていたかもしれないifの一つ。

 

 

陽だまりである未来の存在があったおかげで自分は今笑っていられるが、彼女がいなければあの声のように誰も信じられず、胸のガングニールで、全ての元凶であるノイズを憎んで先の見えない戦いに身を投じていた事も有り得る。

 

 

そう考えれば、目の前の怪人は自分が歩んでいたかもしれない可能性……ある種、有り得た未来の姿とも呼べるのかもしれない。

 

 

「貴方や蓮夜さんは、私の事をヒーローと言ってくれたけど……私自身、そんなつもりはないんです……寧ろ、そんなものがいらなくなる世界に少しでも変えていきたい……もう二度と、私や貴方達みたいに、あんな悲劇のせいで誰かに涙を流させたくない……だから伸ばすって決めたんです、この手を。あの日、奏さんが助けてくれたこの命と、この手に握るシンフォギアで、助けを求める誰かの手を繋ぐって……」

 

 

『ッ……そんな事でっ……!』

 

 

「……それで許してもらえる、なんて思ってません……。貴方が私を憎む気持ちも、哀しみも痛いほど伝わって、分かるから……だから……」

 

 

そう言いながら響は徐に両手を伸ばし、地面に打ち付けられたフロッグイレイザーの傷付いた拳を手に取って握り締めていく。

 

 

『ッ?!なに、をっ……?』

 

 

「……貴方の怒りも、憎しみも、私が全部受け止めます……だからもう一度、立ち上がって生きて欲しい……!イレイザーになってしまった罪を償って、もう一度、人として……」

 

 

『なっ……』

 

 

自分の憎しみを全て受け止める代わりに、もう一度人間としてやり直して欲しい。

 

 

耳を疑うような響のその言葉にフロッグイレイザーだけでなくクロスも驚きを浮かべてしまうが、我に返ったフロッグイレイザーは慌てて響の手を振り払おうとするも力強く握られた手を払えず、戸惑いを露わに響を睨み付けた。

 

 

『正気かお前っ……!そんな事をしてお前に何のメリットがあるんだっ!そんな、お前が傷付くだけのっ……!』

 

 

「……それで貴方の生きる意志になれるなら、私はへいき、へっちゃらです。初めは憎しみを糧にしてもいい。怒りもぶつけてくれても構わない。どれだけ長い時間が掛かっても、いつかその憎しみや哀しみが晴れて、前を向いて立ち直れるようになれるまで、私が貴方の手を握り続ける……!だから、どうか……生きるのを諦めないでっ……!」

 

 

『……ッ……!』

 

 

握り締めた手を更に強く握り締め、何処までもまっすぐな眼差しを向けてそう言い切る響にフロッグイレイザーはただただ言葉を失い、絶句してしまう。

 

 

自分が罪を償い、立ち直れるようになるまでその憎しみの全てを受け止め続ける。

 

 

あれだけの世界の悪意に晒され、あれだけの憎悪を叩き付けられても尚、一方的な憎しみをぶつけてきた相手にまで手を差し伸べる響の優しさに嘘偽りが一切ないのだと、固く握り締められる両手の暖かみから否が応でもソレを感じさせられてしまう。

 

 

あの二人を失ったあの日から二度と誰かに掴まれる事のなかった自分の異形の手を優しく包み込む響の両手を複雑げに見つめると、フロッグイレイザーはやがて肩を落としながら響の手から目を逸らし、力無く項垂れていく。

 

 

『コイツは、何処まで…………いや…………だからこそ、なのか…………は、はっ…………そりゃそうだ…………俺とは違うに決まってる…………敵うワケがない、はずだっ…………』

 

 

『……お前……』

 

 

自嘲するフロッグイレイザーから、憎しみの念が薄らんでいくのが分かる。

 

 

憎んでいた相手の響から此処まで言われて何か感じ入る物があったのか、フロッグイレイザーの変化を悟ったクロスがジッとその顔を見つめると、フロッグイレイザーは徐に顔を上げてクロスを見据えていく。

 

 

『……奴らには気を付けろ……アイツ等は今も俺達の他に、仲間を増やし続けてる……お前達が思ってる以上に、奴等は危険な存在だ……』

 

 

『!』

 

 

「それって……」

 

 

それはノイズイーターを生み出しているアスカ達の事を指しているのか、敵対していた筈の自分達に奴らへの警告を口にするフロッグイレイザーにクロスと響も驚きを浮かべると、その時、響が握るフロッグイレイザーの手から無数の粒子が溢れ出していく。

 

 

「ッ?!手がっ……!」

 

 

『嗚呼……いっつもこうだな……俺は……後になって後悔してばかりで……もっと周りを信じていれば…………お前みたいな強さが…………俺にもあれ……ば…………』

 

 

「あっ──!」

 

 

掴んだ手が、すり抜けるように消えていく。

 

 

それでも尚手を掴もうと伸ばした響の手は届かず、フロッグイレイザーは後悔の念を口にしながらその身体が無数の粒子となって消滅していき、夕暮れの空へと立ち上り消えていく粒子を呆然と見上げながら、響は悔しげに拳を握り締めていく。

 

 

「蓮夜さん……あの人は……」

 

 

『……ノイズを喰らったイレイザーは個体差はあれ、理性を失い、正気でいられなくなる……奴もそのせいでお前への激情を暴走させていた以上、止めるにはこの方法しかなかった……』

 

 

「……っ……」

 

 

だからお前が気に病む必要はないと暗に伝えるクロスだが、それでも割り切れないのか、響はフロッグイレイザーの手がすり抜けた自分の両手を握り合わせて後悔を露わに俯いてしまい、クロスもそんな響の震える背中を見つめて僅かに逡巡した後、顔を上げて彼女に歩み寄ろうと一歩踏み出し掛けた、其処へ……

 

 

「……立花さん……?」

 

 

「……っ!」

 

 

二人の背後から不意に声が聞こえ、その聞き覚えのある声に響はハッとなり、顔を上げ振り返る。

 

 

其処には、戦いの終わりを察して遊具の陰から出てきた未来が胸に手を当て、僅かな戸惑いを露わに響を見つめて佇む姿があった。

 

 

「未来……!」

 

 

「あ、あの……立花さん、今のって……―ザザザザザァッ!―……ッ?!い、たっ──!」

 

 

今の怪人は何だったのか、響が身に纏うギアの正体が何なのか問い詰めようとした未来だが、直後に未来の頭に先程と同じ激しいノイズが駆け走って頭痛が走り、頭を抑えてその場に跪いてしまう。

 

 

「み、未来っ?!」

 

 

辛そうに地面に座り込む未来に慌てて駆け寄り、響が彼女の肩を掴んで呼び掛ける。それに対し未来も苦しげに何度か呻き、暫し間を置いて徐々に瞼を開いていくと……

 

 

「───ひび、き……?あれ……私、なにを……?」

 

 

「ッ!未来……今、私の……!」

 

 

心配そうに顔を覗き込む響の顔を見て、彼女がぼんやりと口にしたのはイレイザーの改竄の影響で忘れてしまった筈の親友の名前。

 

 

長らく彼女の口から聞く事のなかった自分の名前を呼ぶ未来を見て響が目を見張る中、そんな響の反応を他所に未来は周囲を見回し、頭上に疑問符を浮かべていく。

 

 

「というか……え……?此処、どこ?私、確か部屋で寝てた筈じゃ……?」

 

 

「みっ……未来ぅーっ!!良かったぁっ、未来が元に戻ったぁああああ〜〜っっ!!!!」

 

 

「え……え、ちょっ、響?!どうしたのいきなりっ、えぇ?!」

 

 

改竄を受けていた間の記憶がないのか、いつの間にか公園にいる事に疑問を抱く未来に目を潤ませた響がガバァッ!と思いっきり抱き着いた。

 

 

あまりの勢いのそのまま危うく倒れそうになるも、何とか響を受け止めた未来は一向に状況が飲み込めずに戸惑ってしまうが、響は構わず記憶を取り戻した未来に強く抱き着きながら目尻に涙を浮かべるほど喜びを露わにしていた。

 

 

そしてクロスもそんな二人の様子を遠くから見守りながら静かに微笑むと、バックルからカードを抜き取って蓮夜へと戻り、懐から小型の端末……弦十郎から密かに受け取っていた通信機を取り出し、S.O.N.G.に通信を繋いでいくのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「───なっ……では、我々全員揃ってイレイザーの改竄を受けていた、という事か……?!」

 

 

それから数十分後。蓮夜から連絡を受け取ったS.O.N.G.の本部から黒塗りの車と大型車が数台駆け付け、事後処理の為に封鎖された公園内にて、蓮夜は他の職員達と共に駆け付けた弦十郎に今までの経緯を一から説明し、その内容に驚愕する弦十郎に小さく頷き返した。

 

 

「その様子だとやはり、改竄を受けていた間の記憶はないか……なら今日一日、自分が何をしていたのかも全く記憶にないんだな……」

 

 

「ん……あ、ああ、そうだな……俺が覚えている限りだと、最後の記憶は確か昨夜、研究室で君から貰ったイレイザーの情報に関してエルフナイン君と話し合っていた所までだ……それ以降の記憶は途切れていて、気付いた時には一日が過ぎていた。其処へ君からの連絡が来て、今に至る、という感じだな」

 

 

「つまりイレイザーの改竄が始まったのは少なくとも昨日の夜……俺が気付けたのが今朝となると、アイツの周りの人間の記憶を少しずつ改竄して発見を遅れさせたという事か……」

 

 

それだけ自分に見つかるのを危惧していた、という事なのだろうか。確かに自ら慎重派を名乗るだけの事はあると、アスカの顔を思い返して蓮夜が小さく溜め息を漏らす中、弦十郎は眉間に皺を寄せていたたまれなさそうに頭を掻いていく。

 

 

「しかしそうか……響君が危険な目に遭ってる間、俺達はまんまとイレイザーの改竄に苛まれていたとは……彼女達の安全を預かる身の大人が、なんと情けないっ……」

 

 

「いや、奴らの改竄を受けて全員無事でいられただけでも上々だ……寧ろ、早い段階で異変に気付けなかった俺の方に非がある……これでもし誰かが犠牲になっていたとしたら、いよいよ本当に貴方達に顔向けが出来ない所だった……」

 

 

イレイザーの改竄への未来の反抗、それに触発された響とガングニールの復活、そして新たな力の発芽と、これらの要素が一つでも欠けていれば今回の事態の異変解決は叶わなかったかもしれない。

 

 

結局自分一人の力では異変の解決を果たせなかった事に自己嫌悪を覚え、申し訳ないと頭を下げる蓮夜に対し、弦十郎は首を横に振って否定した。

 

 

「だが、君がいてくれたおかげで事態を解決出来たというのもまた事実だ。もしこれが我々だけだったなら、奴らへ対抗する術もなく響君が犠牲になっていたかもしれん……だから君には感謝こそすれ、非難するような事は決してしないさ。少なくとも、今回の異変発生に際して何も出来なかった俺達にそんな資格はないからな……」

 

 

「……風鳴司令」

 

 

蓮夜の心境を察してくれてるのか、そう言って目を伏せる弦十郎からの励ましに蓮夜も意外そうな顔を浮かべると、弦十郎は公園の入り口……フロッグイレイザーに殴られた怪我の治療と検査をS.O.N.G.本部の医療機関で診る為、S.O.N.G.が用意した車に乗せられる毛布に身を包んだ未来と、彼女に付き添う響に視線を向けていく。

 

 

「それにしても、響君がイレイザーに傷を負わせたという話は本当なのか?君の話では、奴らに対抗出来る術はそのベルトとカードの力のみだったと聞いていたが……」

 

 

「……俺もずっとそう思っていた……だが、アイツに持たせていたこのカードが変化した際、俺の中である記憶が蘇ったんだ……」

 

 

「記憶?」

 

 

訝しげに聞き返す弦十郎。それに対し、蓮夜も小さく頷きながら手に握るガングニールの紋章が描かれたカードに目を落としていく。

 

 

「イレイザーに対抗出来るのはクロスだけじゃない。このカードが変化した起因を調べれば、恐らく俺以外にも奴らと戦える力……いや、イレイザーの改竄も無効化出来る術が見つかるかもしれない……」

 

 

「改竄を無効化、だと?それはつまり……ぬっ、ぐっ……!」

 

 

詳しく話を聞き出そうと身を乗り出す弦十郎だが、不意に眩暈を覚えて身体をぐらつかせてしてしまい、それを見た蓮夜は咄嗟に腕を伸ばして弦十郎の身体を支えていく。

 

 

「……詳しい話はまた後日にしよう……そちらもまだイレイザーの改竄から解放されたばかりで、身体が本調子じゃなさそうだ」

 

 

「むう……そう、だな、面目ない……しかし、そういう君は大丈夫なのか?見たところ、外傷も酷く辛そうに見えるが……」

 

 

蓮夜の手を借りて何とか態勢を整えながら、弦十郎が痣や血が滲む蓮夜の顔、ボロボロの服と黒焦げた右足を眺めて心配を露わに問い掛けると、蓮夜は一瞬「?」と頭の上に疑問符を浮かべながら自分の傷付いた身体を見下ろした。

 

 

「俺は……そうだな……怪我の見掛けに比べて痛みは少ないから心配いらない。こちらは気にしなくても問題ないから、先ずはそちらの回復に専念して──「駄目です!」……え?」

 

 

司令の不調でS.O.N.G.の活動に支障を来さないようにする為、弦十郎に静養を勧めようとした蓮夜の言葉を遮るように声が響き、その声に釣られて二人が振り返ると、其処には公園の入り口の方から何やら厳しい顔をして早足で歩いてくる響の姿があった。

 

 

「お前……?」

 

 

「響君?まだ本部に戻っていなかったのか?未来君は……」

 

 

「未来にはまだ車の中で待ってもらってます。それより、蓮夜さんも一緒に怪我を診てもらわないと!未来より酷いじゃないですか、その怪我!」

 

 

「え」

 

 

イグニスイレイザーとの戦いで負った蓮夜の全身の怪我と火傷を指して詰め寄る響の迫力に抑えれながらも、蓮夜はもう一度自分の身体を一瞥し、破れたズボンの間から痛々しい火傷が見える右足を後ろに下げて隠しながら、何処か慌てた様子で首を横に振った。

 

 

「いや、俺は本当に大丈夫だからこっちの事は気にしなくていい。俺の事なんかより、先ずお前の友人を先に──」

 

 

「全然大丈夫じゃないですっ!さっきの戦闘の時も動きが鈍ってたし、右足を庇ったりしてたじゃないですか……!いいからほらっ、行ーきーまーすーよっ……!」

 

 

「い、いや、待て……本当にいいんだ……俺はこの通り平気でっ、痛っ──!」

 

 

「ほら痛いって言った!やっぱり全然大丈夫じゃないじゃないですか!」

 

 

「ち、違う!今のは思わずっ……まっ、人の話を──!」

 

 

何故か頑なに動向を拒否する蓮夜の話を無視し、S.O.N.G.の本部で未来と一緒に怪我を診てもらう為、響は強引に蓮夜の背中を押して車に押し込めていった。

 

 

「……珍しいな……響君が人助け以外で、彼処まで誰かに強引に迫るとは……」

 

 

そうして、一人その場に残された弦十郎も三人を乗せた車が本部に向かって走り去るのを見送りながら、人助けや戦場以外でそうそう見られない響の強気な一面に意外そうな顔を浮かべ、ポツリとそんな感想を漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

―S.O.N.G.本部―

 

 

それから約一時間後。完全に日が落ちてすっかり夜となった頃、S.O.N.G.の医療機関で診てもらった未来の怪我は大した外傷ではなかったらしく、一先ず跡が残るような心配はないだろうと医師にも診断された。(その結果に響は一先ず安堵していたが、改竄されてた間の記憶が残っていない未来はそもそも何故自分が怪我をしているのか分かっておらず、治療を終えてからも終始頭の上に疑問符を浮かべていた。

 

 

因みに、それとは同時進行で蓮夜の診断も一緒に行われていたのだが、問題は寧ろこちらの方にあった。

 

 

イグニスイレイザーの炎に焼かれ重度の火傷を負った右足を始め、どうやらそれ以外にも身体の至る所の骨に罅が入っていたり、中には骨が折れる寸前の重傷まであったらしく、そのあまりに酷い診断結果に医師達も揃って血相を変え「寧ろ何故そんな平気そうな顔をしていられるんだっ?!」と驚きを露わにしていたが、当の本人の蓮夜が真顔で返した「ラ……ランナーズ、ハイ……?」の返答には一同ポカンと開いた口が塞がらない様子だった。

 

 

ともかく蓮夜の怪我の具合は想像以上に酷いらしく、完治するまで少なくとも三ヶ月は入院して治療に専念しなければならないと診断され、その場にいた医師達の全員や診断結果を知った響からも強く入院を勧められたが、当の蓮夜は……

 

 

 

 

『───入院はいい!入院は困る!今日のバイトを途中で抜け出してしまった以上、明日のシフトにまで穴を空ける訳にはいかないんだ!』

 

 

『ダメですってばっ!私のせいで怪我をしたんだからちゃんと治療していかないとっ!このまま帰したら私も色々気になり過ぎて、晩ごはんも二杯しかおかわり出来ないじゃないですかぁッ!』

 

 

『十分に食べれているんじゃないのかそれは……!いいから大丈夫だ!気にしなくていい!寧ろ恩人の店に迷惑を掛けてしまう事の方が大丈夫じゃないんだ!頼むから帰してくれぇ!』

 

 

『だぁーーめぇーーですってばぁぁぁぁーーーーッ!!』

 

 

 

 

……などといった具合に入院を全力で拒否りまくり、強引に出ていこうとする蓮夜の手を響が全力で引き止めたりと、医務室内はしっちゃかめっちゃかな状態が暫し続く羽目になった。

 

 

そしてその後、そんなやり取りが約三十分も続いた頃合であまりの蓮夜の拒否りように医師達が先に折れてしまい、入院は無理でもせめて一日だけ仮入院して様子を見させてもらえないかと頼み込んだ所、蓮夜も「それなら……」と一応納得し、今日は本部で仮入院する事になった訳なのだが……

 

 

「──なあ……そろそろ機嫌を治してはもらえないだろうか……?」

 

 

「むうー……」

 

 

体中に包帯を巻き、右足と左腕にギブスを付けて松葉杖を突いた蓮夜は本日泊まる事になる病室が用意されるまで、医務室の外の待合所のソファーに座って待たされていた。

 

 

その隣には付き添いを申し出た響の姿もあるのだが、入院を蹴った事がそんなにお気に召さなかったのか、響は先程から膨れっ面を浮かべて蓮夜と視線を合わせようとはしてくれず、困り果てた蓮夜は目尻を下げて再度響に声を掛ける。

 

 

「その、なんだ……さっきから言ってるように、怪我の見掛けに比べて俺は全然大丈夫なんだ……だからお前が其処まで気にする必要はなくて、つまり……」

 

 

「むうー!」

 

 

「…………」

 

 

何とか機嫌を宥めようとするも、余計に膨れっ面が増し、言い訳無用、断固拒否と言わんばかりに響の上半身が蓮夜とは反対側に仰け反り離れてしまう。

 

 

──参った。どう切り出しても話を聞いてもらえない。

 

 

所在なさげに伸ばした手を宙に泳がせたままどうしたものかと悩み、蓮夜は暫し思案を繰り返して他に切り口がないか考え込んだ後、一つだけ、先程から気になっていた疑問を恐る恐る響に投げ掛けてみた。

 

 

「そう、いえば……お前の友人はあの後どうしたんだ……?俺達が医務室でごねてた間に、いつの間にか姿がなくなってたみたいだが……」

 

 

「……ごねてたのは蓮夜さんだけのような……未来は発令所の方に移動して、さっき招集を掛けたクリスちゃん達と一緒に今回の異変の説明を師匠から聞かされてるみたいです……私達以外は改竄を受けてた間の記憶がないから、混乱を避ける為に情報の共有だけでも一足早くしておいた方がいいだろうって、師匠も言ってましたから……」

 

 

「……そう、か……それもそうだな……」

 

 

何か最初の方でボソッと聞こえた一言が気になるが、それはともかく一日の大半の記憶がなく、気付いた時には明日が終わろうとしていたなどと普通なら混乱して当然だ。

 

 

余計な騒ぎを避ける為にも先に説明だけでも済ませておくという弦十郎の判断は確かに間違っていないと納得すると同時に、蓮夜は瞼を伏せて安心するように溜め息を吐いた。

 

 

「けど、良かった……お前の友人に大事がなくて……」

 

 

「…………」

 

 

怪我の容態もそうだが、もし仮に一生顔に残る傷痕なんかが残ってしまっていたらどうなっていたか。

 

 

自分が間に合わなかったが為に彼女に要らぬ傷を負わせたかもしれないと内心気が気でなかったが、診断の結果を聞いてから漸く胸のつかえが取れて安堵する蓮夜の顔を横目に、響も何か思案する素振りを見せるように暫し俯いた後、徐に姿勢を正しながら蓮夜に向けて口を開いた。

 

 

「蓮夜さん……その……あのイレイザーは……あの人は結局、イレイザー達に利用されてただけだったんでしょうか……」

 

 

「…………」

 

 

そう疑問を投げ掛ける響からの突然の問いに、蓮夜は咄嗟に言葉を返せず押し黙る。しかしそれも一瞬であり、蓮夜は無言のまま空を仰いで天井を見上げていくと、先の戦いで散ったフロッグイレイザーの最期を思い返してポツポツと答えていく。

 

 

「利用されていた、という点ではそうだろうな……奴も元々は、この世界で虐げられた被害者の一人に過ぎなかった……だがイレイザー達と出会ったばかりに、ただの被害者から加害者になってしまった……奴の改竄に晒された人達、お前達への被害を鑑みてただの被害者とは言い切れなくなったが……少なくとも、イレイザー達と関わったが為に奴の人生は狂わされたと言っても過言じゃない……奴にはもう、罪を償ってやり直すという選択肢すら選べなかったんだからな……」

 

 

「…………」

 

 

フロッグイレイザーを直接手に掛け、その命を奪ったのは確かに自分達だ。それは間違いない。

 

 

しかし、そうせざるを得ないまでに彼を歪めてしまったのは、他ならぬ彼の心の傷につけ込んだイレイザー達のせいだ。

 

 

奴らに出会いさえしなければ、彼だけでなく今までイレイザーにさせられた人達も人の道を踏み外す事も、その手を汚す事も、果てに命を失う事もなかった筈なのだ。

 

 

そう考えるだけで、尚更やるせない気持ちになる響の横顔をジッと見つめると、蓮夜はギブスを巻いた自分の左腕を見下ろしてアスカと邂逅した際の奴の言葉を脳裏に思い返していく。

 

 

―ただ普通に生きてただけで、ある日突然手前の物差しで身に覚えのねぇ罪を押し付けられた上に勝手に人を追い出しておいて、何で一方的に俺達の側が悪いと決め付けられなきゃなんねぇんだっ?!―

 

 

「──だからと言って、それが誰かの心の弱味につけ込んでいい理由にはならない……」

 

 

「……え?」

 

 

物語の都合で今までの生活をある日突然奪われ、人でない怪物にさせられた挙句に世界から追放させられたアスカ達が、こちら側の世界を憎む気持ちも分からなくもない。

 

 

しかしだからといって、その復讐の為に関係のない人間を巻き込むような横暴を許していい理由になる訳がないのだ。

 

 

そう考えながら重い腰を上げてソファーから立ち上がる蓮夜を見て響が首を傾げると、蓮夜は響の方に向き直っていく。

 

 

「俺は必ず奴らを止める。奴らを最初に止められなかった負い目や償いだけじゃない……もうこれ以上、関係のない人間を巻き添えにさせない為にも、だ……」

 

 

「蓮夜さん……」

 

 

「……だから改めて、お前達の力を貸して欲しい……イレイザー達の目的を阻止する為にも、お前達の力が必要不可欠だ……頼む」

 

 

アスカ達の目論見を阻止する為に、彼女達の力を借りる事を改めて申し出て頭を下げる蓮夜。それを見た響は笑みを浮かべ、ソファーから立ち上がり迷いなく頷く。

 

 

「勿論です。寧ろ力を借して欲しいのは、私達のほう……だから、力を合わせて戦いましょう!私達、みんなで!」

 

 

「……すまない……いや、ありがとう……」

 

 

響ならきっとそう言ってくれるだろうという確信はあったが、それでも緊張は拭えなかったのか安堵の溜め息を漏らす蓮夜に、響が笑って右手を差し出した。

 

 

蓮夜は一瞬その意図が読めず目が点となるも、それが握手を意味すると察して白い包帯を巻いた自分の右手を見つめ、そのまま彼女の手を取って握りながら響と顔を見合わせて僅かに微笑むと、其処で何かを思い出したように口を開いた。

 

 

「そうだ……すまない。協力にあたって一つ、頼みがあるんだが……」

 

 

「はい、なんでしょう!」

 

 

「……名前、を……」

 

 

「……へ?」

 

 

要望があるという蓮夜からの申し出に二つ返事で頷き返す響だが、急に歯切れが悪くなる蓮夜を見て小首を傾げる。一方で、蓮夜は所在無さげに何度か視線をさ迷わせながら……

 

 

「名前を呼んでも、構わないだろうか……?これから一緒に戦う相手を、流石にお前呼ばわりし続けるのもどうかと思ってな……駄目か……?」

 

 

「え、あ、は、はい。それは勿論……というか、名前くらい別にもっと前から呼んでくれても……?」

 

 

「いや、初めて顔を合わせたその日にイレイザーから手を引け──などと言ってしまった手前、いきなり気安く名前を呼ぶのはあまりに不躾過ぎると思ったんだ……」

 

 

だから長らく名前を呼ぶ事を躊躇して出来なかったと恥ずかしげに告白する蓮夜。それを聞いて響も一瞬呆気に取られるも、彼が其処まであの日の事を気にしてた事が意外で可笑しそうに噴き出し、直後に「あっ」と何かを思い付いたように口火を切った。

 

 

「だったら、試しに私の名前呼んでみて下さいよ。これから皆の名前を呼ぶ練習と思って、ほら、響って!」

 

 

「……ひびき」

 

 

「はい」

 

 

「ヒビキ」

 

 

「はい!」

 

 

「ひびキ」

 

 

「……あ、あのぉ、ごめんなさい……そんなまっすぐ見つめられながら名前を連呼されると、私も流石に照れちゃうかなぁーってっ……」

 

 

「?ああ、そうか……すまない……中々納得のいく発音にならず、つい……」

 

 

初めての名前呼びに自分でも幾らか緊張を覚えているのか、名前の発音が上手くいかずに悪戦苦闘するあまり熱い視線を送ってしまっていたらしい。

 

 

ジッと見つめられて恥ずかしそうに狼狽える響に謝罪すると、蓮夜は何度か響の名前を繰り返し口にして徐々に正しい発音に近付けていき、漸く納得のいく発音を言えるようになり、コクリと小さく頷いた。

 

 

「──響……ウン、これだ……なら改めて、宜しく頼む……響」

 

 

「……はい!それじゃあ、私からも一つだけ、蓮夜さんにお願い事してもいいですか?」

 

 

「?ああ、こっちの頼みを聞き入れてくれたんだ。俺に出来る事なら何でも──」

 

 

「良かった!じゃあ、今から先生達に言ってちゃんと入院させてもらいましょう!今後の為にもしっかり怪我を治療してもらって──!」

 

 

「仮入院」

 

 

「ちゃんと入院!」

 

 

「一日だけだ」

 

 

「入い」

 

 

「入院はしない」

 

 

「……むぅぅーー!」

 

 

「いや、其処でむくれられても俺にも退けない理由があって──待て、おい待て。何か手に力が篭ってないか?しかも段々力が強まってないか……?おい、ちょっと、まっ……痛っ、痛痛痛痛っ!待てっ!握り締め過ぎだっ!骨が軋むっ!待て響っ、響ぃいいっ!」

 

 

未だに蓮夜の入院を諦めてなかったのか、響は要望を聞き入れた代わりに入院してもらうべくもう一度説得しようとしたものの結局取り付く島もなく、こうなればと頬を膨らせた『(>н<)』のむくれ顔で握手したままの蓮夜の右手をがっしり両手で握り締めて抑えに掛かるものの、その緩い顔に反してギギギギィッ!ととんでもない音が鳴る腕の痛みに蓮夜の悲鳴が待合所に木霊したのであった。

 

 

 

 

……そしてその後、弦十郎から一通りの説明を受けたクリス達が帰りに響を迎えに行った所、困り果てた顔の医師達に囲まれながら「んんーー!」と蓮夜の手を全力で引っ張る響と、その手から抜け出そうと蓮夜が声にならない雄叫びを上げながら必死に腰を引いて抵抗しているという良く分からない状況に居合わせ、開いた口が塞がらず呆然と立ち尽くす事となったのであった。

 

 

 

 

第四章/蘇る聖拳×束ねられた絆 END

 

 

 






新タイプ解説編



仮面ライダークロス・タイプガングニール


解説:立花響との繋がりから生み出されたカード『TYPE GUNGNIR』を用い、クロスが変身する超突撃特化型近接格闘形態。


元々は蓮夜も知らない全くの未知の形態だったが、響と心を通わせた事で何も描かれていなかったブランクカードにガングニールを模した紋章が浮かび上がり、イレイザーの改竄能力によって物語から消し去られた筈の響のガングニールを復活させたりなど不可思議な現象を起こした。


タイプチェンジ時の外見は頭部左右に角のように頂く黒と白のヘッドギアと、金に近い煌めきを放つ橙色の複眼が特徴的なオレンジと白の仮面。


滑らかさと刺々しさが溶け込むように両立した形状のオレンジ、白、黒の三色が入り交じったボディの背部と両足の左右には、響のスーツと同様に複数のバーニアスラスターが付属されており、両肩の肩甲骨部からは橙色に輝く二翼の光のマフラーが飛び出している。


しかしその両腕は響のギアとは違い、右腕が純白と橙色、左腕が漆黒と橙色という左右非対称のアンシメトリーな色合いとなっており、これは憶測を含むが響自身の嘗ての凄惨な過去とそれを乗り越えた今の象徴、或いは彼女が受け継ぎ、想いを繋いできた歴代ガングニールの装者の天羽奏、マリア・カデンツァヴナ・イヴの二人の要素が顕れているのではないかと考えられるが、ハッキリとした確証は不明のままとなっている。


戦闘スタイルはオリジナル元の響と同じく徒手空拳を主としており、響のガングニールと同様に両腕部には武装ユニットとして弾性で作動するハンマーパーツ、両足の脛部にも同様の仕組みのパワージャッキが備わっている他、背部と両脚のバーニアスラスターをジャンプしての滑空飛行や攻撃の為の突進に利用する事が可能であり、この推力を加えたハンマーパーツのパンチの威力は響と同様絶唱に迫る威力を誇る。


更に両腕のユニットを分離・変形させる事で純白の槍のガングニール、漆黒の槍のガングニールとして利用する事が可能であり、空手から得物を切り替える、或いは腕部から武装ユニットだけを飛ばして変形させ敵の不意を突く投擲武器にするなど、様々な局面に対応出来る用途が存在する。


必殺技は両肩のアーマーを変形させて両腕に纏ったドリルを一つに束ね、巨大なドリルで相手に突撃して穿つ『裂迅撃槍』、脚のパワージャッキで威力を高め、スラスターで限界まで加速した飛び蹴りを敵に叩き込む『絶牙天翔脚』、響とのユニゾンで両肩のアーマーを束ねて変形させた、巨大な橙色の豪腕の拳を共に相手に目掛けて突進し叩き付ける『交錯x天照裂破』


また、このカードは力の源である立花響とも密接に関係しており、タイプガングニールのカードの存在によって響はイレイザーの改竄能力に一切侵されず、同時に、本来ならば物語上の存在では倒せないイレイザーに傷を付け、単体で撃破出来る力が付与される事となった。




EXCEED DRIVE


解説:必殺技発動時にのみ姿を変える、全てのリミッターを一時的に限定解除したシンフォギア系統のタイプにおけるフルパワー形態。


全ての出力が大幅に上昇して元々のスペックの数倍にまで跳ね上げるが、限界値を突破すればオーバーヒートで自壊してしまう危険性も兼ね備えている為、過剰エネルギーを外に逃す為の変形機構として仮面のクラッシャー、両肩の縁、両腕の両脚の側部、胸部中央の装甲が開いて発光する仕組みとなっている。


この形態を維持しての戦闘も可能としているが、長時間の使用は不可能となっており、発動後からおよそ五分が限界、限界稼働時間を超えてから次の使用までのクールダウンに十分の時間を要する事となり、その間は必殺技の使用も不可能となる欠点を持つ。






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メモリア01/ヒーローの食生活×不穏の芽

 

 

───フロッグイレイザーを倒し、響達に及ばした改竄を解決してから一日が経過した。昨夜は響が散々食い下がり強引にでも入院させようとしたものの、恩人であるバイト先の店長に迷惑を掛けられない一心から文字通り息も絶え絶えにソレを突っぱね、蓮夜は仮入院を終えた翌日の朝に本部を後にした。のだが……

 

 

 

 

「───どうしてこんな事になってしまったんだろうか……」

 

 

 

 

……時刻は夕方の四時過ぎ。本来ならまだクレープ屋でバイト中である筈の時間帯の今、S.O.N.G.本部内にある病室のベッドの上にはズーンッとヘッドボードに背を預けながら気落ちする蓮夜の姿があり、その左足には昨夜にはなかった筈の包帯が何重にも巻かれていた。

 

 

何故彼が未だ此処にいるのか?事の発端は数時間前の今朝にまで遡る。

 

 

最初は予定通り仮入院を終え、最後に身体検査をした後に医師から再度入院を検討してもらえないか尋ねられたものの気持ちは変わらないと断り、本部を後にしてそのままバイトに向かおうとした筈だった。

 

 

だが本部である潜水艦を後にして埠頭を歩いていた道中、S.O.N.G.の作業員達が潜水艦に運んでいた補給物資のコンテナを運送中に倒してしまうというアクシデントが発生。

 

 

コンテナが逃げ遅れた作業員を下敷きにし掛けるも、偶然にもその場に居合わせた蓮夜が飛び出して作業員を救い、アクシデントは起こったものの怪我人は何とか一人も出さずに済んだ。

 

 

……いや違う。訂正しよう。正確には一人怪我人が出た。作業員を救った筈の黒月蓮夜である。

 

 

たださえ幾つか身体の骨が折れ掛かっている重症の身体なのに、作業員を救う為に無理に激しく身体を動かしたせいでそれがトドメとなり、折れ掛かっていた左足の骨が完全にポッキリと逝ってしまったのだ。

 

 

結果、蓮夜はその場から動けなくなる程の重体悪化。為す術もなく情けない格好でストレッチャーに運ばれ病室に逆戻りとなった。

 

 

その後、バイト先の方には事態を聞き付けた弦十郎達がクロスやイレイザーの事を伏せて怪我の事を説明してくれたらしく、話を聞いた店長から「ちゃんと安静にしときなさい!うちの店は怪我人に無理をさしてまで働かせるようなブラックな会社じゃないんだから!」と至極真っ当なお説教を頂く事となり、蓮夜も流石に店長からの言葉には逆らえず「……了解……」と渋々ながらも聞き入れ、足が動けるようになるまで静養生活を強いられる事となったのである。

 

 

「ほらー、だから言ったじゃないですかー。しっかり治療に専念した方がいいってー」

 

 

「……いや、確かに忠告を聞き入れなかった俺が全面的に悪いんだろうが……それはそれとして、何故お前達が此処にいる……?」

 

 

「あっははっ……」

 

 

言わんこっちゃない、と呆れたようにそう呟くのは、学院を終えて蓮夜の見舞いにきた響だ。その隣には訝しげに響に目を向ける蓮夜の反応に対し、苦笑いを浮かべる未来の姿もあった。

 

 

「何でって、師匠から連絡を貰ったからお見舞いも兼ねて様子見に来たんですよ?蓮夜さんの事だからもしかすると、先生達の目を盗んで病室を抜け出したりとかするかもって心配だったし……」

 

 

「……ストレッチャーで運ばれてた時はそのつもりだったが、今はその気はないから心配する必要はない……店長にも散々釘を刺されたしな……」

 

 

「むー……私が言っても聞いてくれなかったのに店長さんの言う事はちゃんと聞くんですね……あ!じゃあこれから蓮夜さんの事で困った時には、店長さんに相談して叱ってもらって──」

 

 

「それは本気で困るから止めてくれ」

 

 

それ程までに嫌なのか、首を横に振る蓮夜の顔はいつもの無表情のままだが、額から汗を滲ませて何処か焦っているように見える。そんな蓮夜の慌てぶりに響と未来が可笑しそうに笑うと、其処で未来が何かを思い出したように椅子の下に置いてある鞄を掴んで膝の上に乗せ、中から包みに入ったクッキーを取り出した。

 

 

「そうだ。蓮夜さんコレ、良かったらどうぞ」

 

 

「……?それは……?」

 

 

「今日の調理実習で未来と一緒に作ったんですよ。未来が昨日の件で、蓮夜さんに何かお礼がしたいって言うんで」

 

 

「お礼って……俺は大した事は何もしていないぞ?お前を救ったのは響であって、俺は何も……」

 

 

実際の所、フロッグイレイザーに襲われていた彼女の窮地を救ったのは響であり、自分はあくまで響と共闘して事態解決を手伝ったに過ぎない。

 

 

故に響はともかく自分は感謝されるような立場の人間ではないと語る蓮夜だが、二人は首を横に振ってそれを否定した。

 

 

「何言ってるんですか!蓮夜さんがいてくれたから、私はもう一度立ち上がってイレイザーと戦う事が出来たんですよ?」

 

 

「私も、昨日の事は全然覚えてなくて響から聞いた限りの事しか分かりませんけど……でも、蓮夜さんが響を助けてくれて、私達の繋がりを取り戻してくれたって事は分かります。だから、蓮夜さんには本当に感謝してるんです。響を救ってくれて、大切な親友との繋がりを取り戻してくれて……本当はこれだけじゃ足りないくらいだと思うけど、迷惑じゃなければ、受け取ってもらえませんか?」

 

 

「…………」

 

 

そう言って未来がそっと差し出すクッキーの入った包みをジッと見つめると、蓮夜は僅かに逡巡する素振りを見せた後、未来の手から包みを受け取って小さく頷いた。

 

 

「すまない……ああいや、この場合はありがとう、だな……正直こういった甘味は貴重だから、個人的に物凄く有り難い」

 

 

「貴重って……あれ?でも、蓮夜さんが働いてるバイト先って確かクレープ屋さんでしたよね?だったら甘い物とか、沢山食べる機会が多そうに思えるけど……」

 

 

「ないとは言い切れないが、其処まで機会が多いという訳でもないんだ……他はどうかは知らないが、うちの場合はあったとしても少ないおこぼれだったり、実験して作ったモノを偶に試食したりぐらいしかない……だからこういう品を貰えるのは正直嬉しい……本当に感謝してる……」

 

 

店先以外でこういった菓子をそうそう食にする機会のない生活を普段送ってるからか、嬉しそうに笑う蓮夜の反応を見てホッと安堵し、響と未来はお互いに顔を見合わせて笑い合った。

 

 

「……それにしても、折角見舞いに来てくれた上にこんな貴重なものまで貰っておいて、全然もてなしも出来ず申し訳ないな……何か、お返しになれるものが荷物に入っていなかったかどうか……」

 

 

「え、あっ……!気にしないで下さい!私達はただお礼をしに来ただけですから、そんな……!」

 

 

「いや、此処までしてもらって何も返さないというのは俺も気持ちが悪い。せめて土産になりそうな……あぁ、そういえばこれがあったな」

 

 

と、蓮夜はベッドの脇に掛けてある私物の荷物の中を漁り、其処から何かを取り出して二人に差し出すようにベッドテーブルの上に置いていく。それは……

 

 

「……え?サバ、缶……?」

 

 

「え、ええっと……こっちはカニ缶に、いわしの缶詰……?」

 

 

そう、蓮夜が二人に差し出したものの正体は、何故か大量の缶詰の品々だったのだ。

 

 

サバやいわし、ツナや焼き鳥系など種類豊富な缶詰の山々を目の当たりにして響と未来が目を白黒させる中、蓮夜は心做しかふんすっ、と得意気に胸を張る。

 

 

「どれでも好きな物を持っていってくれ。其処にあるのは他のと違って、100円以上はする高級なモノばかりだ……。特にそのカニ缶はスーパーのタイムセールで勝ち取った最後の一個で、味は絶品だと野宿先で知り合ったホームレスの先輩もお墨付きの品物。貴重な甘味を貰った以上、今の俺が返せる最大のお返しはそれぐらいしかないが、それでももし良ければ……」

 

 

「……い、いや、ちょ、ちょっと待って下さい!あの……そもそもの話、何故缶詰なんでしょうか?というか、どうしてこんなに缶詰が一杯……?」

 

 

「?何故、と言われても……缶詰は長期保存が効くから長持ちする上、サッと食べれて食事に時間を掛けないだろう?仕事以外の空いた時間は一秒でも多くイレイザーの探索に使いたいから、毎日缶詰が投げ売りされている最寄りのスーパーには大変助けられてるんだ」

 

 

「え……あ、あの、違ってたらごめんなさい……もしかしてですけど、蓮夜さんって食事はいつもこの……?」

 

 

「ああ。これ(缶詰)だけだ」

 

 

お前達も食べるか?などと呑気に言いながら、何処から取り出したのか若干錆び付いた缶切りを取り出す蓮夜。一方で響と未来は蓮夜の衝撃的な食生活を知り揃って唖然としていたが、先にハッと我に返った響がベッドテーブルに身を乗り出し声を荒らげた。

 

 

「だ、駄目ですよそんなのっ!ちゃんと美味しいごはんを食べないとっ……!こんなのばっかり食べてたら身体壊しちゃいますよっ?!」

 

 

「?……いや、しかし、味はしっかり付いているしこれもちゃんと美味いんだぞ……?それにさっき言ったように食事にあまり時間を掛けずに済むし、そういった点も効率的で……」

 

 

「効率とかそういう問題じゃないですよ!食事はもっと美味しく、楽しくでないと!こんな質素に時間を気にして片付けるものじゃないですから!」

 

 

「……?食べる事に楽しみなんて必要あるのか?」

 

 

心底不思議そうに首を傾げる蓮夜。そんな蓮夜の反応に響も一瞬呆気に取られてしまうが、やがてガクリッとベッドテーブルに両手を付いて肩を落とした。

 

 

「うう……最初に出会った頃は都市伝説のヒーローって感じで不思議な人だなーって思ってたのに、知れば知るほどまさか此処まで自分を省みない無頓着な人だったなんて……」

 

 

「いや、無頓着と言われる程では……それに食べる楽しみは分からないが、自分が作ったモノを食べてもらう楽しみならちゃんと分かるぞ……?うちは顧客のニーズや流行りに応えるのが仕事だからな、手応えを感じた時は俺も内心達成感を覚えて……」

 

 

「そういう事じゃないんですっ!怪我の事もそうだけど、もっと自分を大事にして欲しいというか、そういう喜びを自分自身にも向けて労わって欲しいっていう話で……!」

 

 

「今も十分喜んでるぞ。100円以上の缶詰を開けた時とか特に」

 

 

「そぉ〜〜ゆぅ〜〜ことじゃなくてぇ〜〜っ……!!」

 

 

身振り手振りを使って蓮夜に自分の身体をもっと労る事を伝えようとする響だが、いまいちピンッと来てない様子の蓮夜の反応を見てテーブルに突っ伏してしまい、見兼ねた未来が缶詰を一つ手に取って口を開いた。

 

 

「ええっとですね……響が言いたいのは、こういうのばかり食べるのは良くないというか、もっと健康に気を使って欲しいって事なんじゃないかなって。実際缶詰って基本的に塩分が多いらしいから、ちゃんとお野菜とかそういうのも取らないと栄養も偏るし、身体にも悪いですから……」

 

 

「成る程、そういう事か……なら心配はいらない、たまにだが缶詰以外のモノもちゃんと摂取するように心掛けてる」

 

 

「あ、そうなんですね。それなら……」

 

 

「ああ、時々このゼリー飲料で一日の食事を済ませる日もあるから心配ない。野菜味もあるから必要な栄養も取れるし、時間も取らないからより効率的で助かるんだ」

 

 

「もっと酷くなってる?!」

 

 

食べ物どころかちゃんとした固形物ですらなくなったゼリー飲料を取り出して胸を張りながら語る蓮夜。そのあまりにも酷い食への無頓着ぶりに未来も衝撃を受けて驚きを隠せない中、隣で二人の会話を聞いていた響が突然身を起こしながらバンッ!とテーブルを叩いた。

 

 

「やっぱりこのままじゃ良くないです……!蓮夜さん!この入院を機会に荒んだ食生活を改めましょう!私と未来もお手伝いしますから!」

 

 

「……え……?」

 

 

「え、ひ、響?!いきなり何言って……!」

 

 

「だってあまりに酷過ぎるしほっとけないよこんなの!これからは一緒に戦う事になるんだから、仲間の私達が今の内に悪い所を指摘して直させないと!此処でちゃんとさせないと、蓮夜さんがもっとダメダメになっちゃうよ!」

 

 

「……ダメダメ……?」

 

 

ビシィッ!と蓮夜に人差し指を向けながら戸惑う未来に熱弁する響。一方で蓮夜は響から「ダメダメ」と評されて少なからずショックを受けてしまうが、響はそんな反応を他所に蓮夜の方に振り向きながらベッドテーブルに身を乗り出し、グッ!と拳を握り締める。

 

 

「入院中はちゃんとした病院食も出るだろうし、退院後は私達と一緒に美味しいものを食べに行きましょう!偶におかずとか作って差し入れに持っていきますし、ちゃんとした食生活を送っていけば今までの荒んだ生活も自然と改善されていく筈ですから!」

 

 

「……あ、いや、別に其処まで面倒を見てもらう必要は……俺自身特に今の生活を不憫には思っていないし、コレだけでも十分満足して……」

 

 

「ダメです!今後缶詰は一切禁止ですっ」

 

 

「──────」

 

 

(す、すごい……缶詰を禁止って言われただけで、この世の終わりみたいな顔してる……)

 

 

実際今の生活の生命線の殆どと言っても過言ではないからか、缶詰の禁止を言い渡された蓮夜はイワシの缶詰を両手に持ったまま顔面蒼白し絶句している。そんな蓮夜を見て未来は若干不憫さを覚え、響も流石に一切禁止は言い過ぎたと思ったのか、若干口をもごつかせながら言葉を続けていく。

 

 

「え、っと……流石に二度と食べちゃダメって言いませんけど、せめてちゃんとしたごはんを食べられるようになるまで控えましょう?ただでさえ怪我の事もあるし、これ以上身体に負担が掛かるような事になったら本当に心配になっちゃいますから……」

 

 

何も蓮夜が憎くて此処まで言ってる訳じゃない。寧ろその逆で、蓮夜は改竄された世界で一人きりだった自分を支えてくれて、未来や仲間達との大切な繋がりを取り戻してくれた大事な恩人だ。

 

 

故に自分の傷や身体の健康を全く気にしない蓮夜を見てるとどうしても口煩くなってしまうし、その身体で無茶をされると本気で心配になるし居ても立ってもいられなくなるのだ。

 

 

だからどうか自分を労わってあげて欲しいと願う響の心境を少なからず察したのか、蓮夜は両手に握る缶詰をジッと見つめると、やがて薄く溜め息を漏らしながら控え目に頷き返した。

 

 

「そうだな……お前の忠告を聞かなかったせいで今もこんな状態になってしまってる訳だし……分かった。暫くの間、今の食生活は改める……」

 

 

「ほんとですか!」

 

 

「ああ。……だからその代わり、今ある分の缶詰だけはちゃんと食べ切らせて──」

 

 

「ダメです。缶詰は暫く没収です」

 

 

「───────」

 

 

(す、すごい切なそうな顔してるっ……)

 

 

もしかするとただ単純に缶詰が好きなだけではなかろうか、バッサリと切り捨てる響を物悲しげな顔で見上げる蓮夜を見て未来は苦笑いを浮かべながらそんな考えが過ぎる。その後、缶詰を全部没収した響と未来が帰るまでの間、蓮夜は心做しか寂しそうというか、悲しそうな顔をずっと浮かべていたのであった──。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「──蓮夜君の身体に異常が?」

 

 

「はい」

 

 

一方その頃、S.O.N.G.本部内にあるエルフナインの研究室にて、弦十郎とエルフナインがホワイトボードを前に何やら神妙な様子で話し込む姿があり、弦十郎はエルフナインから告げられた蓮夜の身体に関する"異常"というワードに眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべていた。

 

 

「それはつまり、蓮夜君の怪我の具合は想像以上に酷いという事か?俺も経過報告などは担当医から一通り聞いてはいるが、其処まで深刻とは一言も……」

 

 

「いえ、異常というのは蓮夜さんの怪我の事を指してる訳ではありません。……寧ろ、そちらの方がまだ事は穏便に済んだかもしれないです」

 

 

「……?どういう事だ?」

 

 

エルフナインの話の意図が汲み取れず、弦十郎の怪訝が深まる。するとエルフナインは手に持っていた茶封筒から数枚のレントゲン写真を取り出し、ホワイトボードに写真を貼り付けていく。

 

 

「これは昨日、本部に運び込まれたばかりに撮影した蓮夜さんのレントゲン写真です。そして右側が、今朝の検査の際に撮ったもの……何か違いが見られませんか?」

 

 

「?…………っ?!罅が入っていた筈の負傷箇所が、幾つか消え掛かっている……?」

 

 

ボードに貼り付けられた蓮夜の二枚のレントゲン写真を比較し、その相違点に気付いた弦十郎の顔が驚きに染まる。

 

 

昨夜撮影した左のレントゲン写真には腕や足の骨、肋骨などに痛ましい無数の罅が入っていたが、今朝撮った写真にはそれらの箇所にあった筈の罅が小さくなっており、中には殆ど治り掛けているモノも見られたのだ。

 

 

「ご覧頂いた通り、通常なら完治するまで数ヶ月は掛かるであろう筈の怪我が、昨日の今日で此処まで回復が進んでいました。外的な治療薬の投与も殆ど無しに、蓮夜さん自身の治癒能力だけで……」

 

 

「そんな馬鹿な……特別な要因も何も無しに、一晩で此処まで回復したと言うのかっ?」

 

 

有り得ない、と弦十郎は戸惑う。人の身で異常な回復力と聞くと、嘗て響がその身に宿していた聖遺物(ガングニール)の力で欠損した左腕を修復していた記憶が過ぎるが、あれはあくまで聖遺物由来の力によるモノ。

 

 

ただの人間の自然治癒のみで、しかも短期間で此処まで傷を治せるなど確かに普通ではない。

 

 

困惑を露わに弦十郎が顎に手を添えて二枚のレントゲン写真をジッと見つめると、エルフナインが脇に抱えていた液晶パッドを手にして画面を操作していく。

 

 

「僕もそう思い、蓮夜さんの身体を改めて詳しく調べ直してみたんです。……そうしたら、蓮夜さんの身体に幾つか不審な点が見られました」

 

 

「不審な点……?」

 

 

問い返す弦十郎に、エルフナインは無言で頷きながら液晶パッドの画面を弦十郎に向ける。其処にはレントゲン写真同様、蓮夜の人体図が映し出されており、全身のあらゆる箇所に赤いマーキングが記されていた。

 

 

「解析を進めてみたところ、蓮夜さんの全身の様々な部分に人の手が加えられてる痕跡が多く見られました……その影響か、視覚や聴覚、筋肉と言った身体機能が並の人間と掛け離れた発達をしており、身体能力が大きく底上げされているようなんです。異常な速さの回復力も、恐らくこれが関係してるんじゃないかと……」

 

 

「人体に、人工的に手を加えられた人間……つまり、彼はサイボーグ、改造人間の類かもしれないと……?」

 

 

「其処まではまだ分かりません……ただ僕が一番疑問を感じてやまないのは、蓮夜さんの脳髄の方なんです……」

 

 

「脳?」

 

 

再度頷き、エルフナインは液晶パッドの画面を切り替えて弦十郎に見せる。其処に映し出されるモノを目にし、弦十郎は驚きで目を見張り絶句してしまう。

 

 

「これはっ……?!」

 

 

「……見ての通りです。これが何かの間違いでなければ、今蓮夜さんが普通にしていられること自体、"まず有り得ないんです"……本来ならもっと以前に死んでいても可笑しくない……」

 

 

「っ……いや、しかし、これはっ……まさか、彼が記憶を失ったのはこの影響で……?」

 

 

「いえ、恐らくその件とコレは関係してないと思います。仮にコレが関係してたとすれば、今頃記憶の喪失だけじゃ済まない……彼の人格や思考、感情の消去……いえ、此処まで酷いと"脳死"していたとしても可笑しくないですから……」

 

 

そう語るエルフナインの表情が暗く沈んでいく。無理もない。これは蓮夜の過去にも関わる重要な痕跡かと思われるが、同時に恐らく、彼の過去にとって最も深い闇の側面だ。

 

 

その記憶を持たない今の蓮夜に果たしてこの事実を伝えるべきか否か、エルフナインが自分だけを此処へ呼んだのは恐らくその相談をする為であろうと瞬時に察した弦十郎は腕を組んで険しい表情を浮かべ、液晶パッドの画面に視線を向けていく。

 

 

(我々と出会う以前から、ライダーシステムなんていうシンフォギアにも匹敵する力を持って戦いに身を投じていた彼だ……その失われた過去にも唯ならぬ何かがあっても可笑しくはないと思っていたが……蓮夜君、君は一体……)

 

 

液晶パッドの画面に映るのは、脳のレントゲン写真。

 

 

其処には脳の大部分が人工的に手を加えられた痕……普通の人間なら先ず生きていられるとは思えない、最早一から作り変えられていると言ってもいい無数の痛ましい"手術痕"が残る蓮夜の脳を見つめ、弦十郎は口元を片手で覆いながら複雑げに眉を顰めてしまうのであった。

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱

 

 

「──奴が生きてた、だとっ?!」

 

 

薄暗い廃墟ビルの中間フロア跡地。床に無数のガラス片が散乱し、薄汚れたデスクなどが辺り一面に転がる中、先のフロッグイレイザーに関する改竄の件についてデュレンにクレンと共に呼び出されたアスカが彼から聞かされる話の内容に驚愕を隠せず、動揺を露わにする姿があった。

 

 

「事実だ。奴は貴様から逃げ延びた後、合流した立花響に『記号』を与えてイレイザーを共に撃破し、お前達が行った改竄を見事打ち消したそうだ……」

 

 

「そんな、まさか……!」

 

 

「ああ、全く本当に最高だ。血気盛んなお前にこの件を任せた結果、俺達に対抗出来る戦力が向こうに一人増えた訳だからな……実に素晴らしい結果だ。おめでとう、アスカ」

 

 

「っ……!てめぇっ、おちょくってんのかよデュレンっ!」

 

 

パチパチッと、長らく放置されたパイプ椅子に足を組んで座ったままやる気のない拍手を送るデュレンの態度にアスカが苛立ちを覚えて詰め寄るが、デュレンはそれに対して臆する事なく、冷ややかな眼差しをアスカに向けて淡々と口を開く。

 

 

「現状を艦みれば嫌味の一つも言いたくなるというものだ……物語の改竄は俺達にとって有利なフィールドを作れる強力な武器だが、それは同時に我々という癌の存在をこの世界に自ら知らしめる諸刃の剣でもある。そんな切り札を俺達に無断で切った挙句に失敗し、脅威を増やしただけとあっては世話もない。おかげで奴と装者達が合流した今、改竄の力で影から奴らを始末するという手も使えなくなった訳だからな……貴様に僅かでも期待していた己の馬鹿さ加減に呆れて涙が出てくるよ」

 

 

「このっ……!」

 

 

「ハイハイ、二人とも其処までにしとこうよ。デュレンも煽るような事は言わないでさ、ね?」

 

 

肩を竦めるデュレンの言葉に思わず手が出そうになるアスカを、クレンが横から割って入って二人を引き離す。しかし、クレンは溜め息を一つ漏らしながらアスカを見つめて口を開いた。

 

 

「でも、言葉は悪いけどデュレンの言ってる事も間違ってないと思うよ。改竄を施して失敗した以上、暫く力は使えなくなる。立て続けに物語の改竄を行えば僕達の存在が見付かって、問答無用で物語から追放され兼ねないからね。そうなったらデュレンはともかく、僕や君、他のイレイザー達は抗う事は出来ない訳だし」

 

 

「っ……わーってるんだよそんなのっ……!だから保険を用意して俺が囮になったってのにっ、あの野郎が勝手に立花響を襲って先走ったからっ……!」

 

 

「貴様が選んだ人選で監督も碌に出来なかったのであれば、それは貴様の過失だろうよ。……ともかくほとぼりが冷めるまでの間、物語の改竄は行えない。その間、貴様にはこちらの仕事を手伝ってもらうぞ」

 

 

「……仕事……?」

 

 

アスカが訝しげにそう聞き返すと、デュレンはスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出し、アスカに目掛けて投げ渡した。

 

 

「こいつは……?」

 

 

「つい先日覚醒したばかりのイレイザーだ……。覚醒して以降の経過観察を続けた所、他のイレイザー達にはなかった"兆し"がソイツに見られた」

 

 

「兆し……?お前が前から言ってた、ノイズ喰らいのイレイザーが進化する際に出る前兆って奴か? 」

 

 

「今の時点ではまだ断定出来ん。それを含めて確かめる為にも、お前にはソイツのお守りをしてもらう。また空振りの可能性もあるが、もし万が一当たりなら俺達の下に連れ帰って来い……必要なデータを取る前に、また貴様の独断で台無しにされては叶わんからな」

 

 

「ッ……一々嫌味が絶えねぇヤツめっ」

 

 

「先の失態を思えばこの程度で済ませるだけ有情に思って欲しいな……次に動く際にはこちらから指示を出す。それまで勝手に動くなよ」

 

 

「……チッ……」

 

 

横目で睨み付けながら念押しで釘を刺すデュレンに舌打ちし、アスカは受け取った写真を手に苛立ちを露わにその場を後にしていく。

 

 

「行っちゃった……ちょっと言い過ぎなんじゃない?独断行動で失敗したって点は確かに悪いと思うけど、他の研究が順調に進んでる今となっては、別に彼と装者達が合流した所で大した障害にはならないでしょう?」

 

 

「だとしても、奴の独断行動は目に余る。同じ轍を踏むのを防ぐ為にも、今の内に釘を刺しておく必要はあるだろう……そんな事より、お前に任せた例の件はどうなっている?」

 

 

「海の向こうの件?そっちは今のところ順調だけど、想定よりも成長の速度が速いかな……今は僕の力で何とかごまかしてるけど、正直いつ彼に気配を悟られても可笑しくはないと思うよ。まあ一応国外な訳だし、バレてすぐにどうこうって事にはならないだろうけど」

 

 

「成る程……ならそちらから気を逸らす陽動も用意せねばならないな……お前にも何れこちらで動いてもらう事になるだろうが、それまでは向こうで奴を隠し続けろ。その後は俺の方で見る」

 

 

「ハハッ、相変わらず人使いが荒いねぇー……でも、彼らの事はホントに放っておいていいのかい?立花響がクロスの記号を得たという事は、恐らく他の装者達も芋ずる式に記号を手に入れていく筈だ。そうなったら遅かれ早かれ、装者全員が僕達に対抗出来るようになってしまう……手を打つなら今の内だと思うけど?」

 

 

薄汚れたデスクの上にヒョイっと腰を下ろし、蓮夜と彼に手を貸す響達が脅威になる前に排除する事を薦めるクレンだが、デュレンは徐にパイプ椅子から立ち上がってズボンのポケットに両手を突っ込み、感情の読めない無表情のままクレンの方に振り向く。

 

 

「黒月蓮夜はともかく、改竄の力も無しに装者達を手に掛けるのはリスクが大きい。仮に始末自体が上手く言ったとしても、その後の隠蔽工作が叶わねば俺達の存在が明るみに出された挙句、奴の仲間がこの世界の外から駆け付けてくる危険性もある。……今はまだその刻ではない」

 

 

「……ふーん。ま、君がそう言うんならこっちも従うだけだけど」

 

 

「……不服そうだな。何か引っ掛かる事でも?」

 

 

「いいや?僕達のリーダーは君なんだ。その君が止めろと言うなら僕達は止めるし、やれと言われればやるだけだ。……それが僕達全員の目的に辿り着く一番の近道だと信じてるからね」

 

 

「…………」

 

 

肩を竦めて戯けるように笑いながらそう語るクレンだが、デュレンはやはり表情一つ変えず何も答えない。そしてそのまま無言で踵を返してその場を後にするデュレンの背を見送り、クレンは飄々とした今までの様子からふと真剣味を帯びた表情に変わっていく。

 

 

(今はまだその刻ではない、ねぇ……彼を罠に嵌めて最初に倒した時、記憶を失った彼が生きていると分かった時、立花響が改竄に侵された時……チャンスなら幾らでもあった筈なのに、口では排除すると言いながら一向に動く気配を見せない……本当にそのつもりがあるのか?)

 

 

今ならまだ自分達側に有利な状況で事を進められるにも関わらず、何時でも対処出来る相手を前に胡座をかいているようにしか思えないデュレンの方針にクレンも懐疑的な思考に浸り、デスクの上に上げた膝の上で頬杖を着いていく。

 

 

(アスカの嗅覚も馬鹿には出来ないかもね……まあでも、今はまだ動く刻じゃないのはこちらにとっても同じだ……その間に、彼の狙いが何処にあるのか探りを入れる必要がある……)

 

 

恐らく、いや、十中八九デュレンは自分達にまだ何かを隠している。それが何なのかを突き止めなければと密かに画作し、クレンはその身を水と化して地面に散らばり、そのまま地面に浸透し何処かへ姿を消したのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「──えーっと、確かこの辺に……あ、あったあった!確かこの歩道橋を渡ってすぐだったハズ!」

 

 

「ほほう?つまり目的地はすぐ其処……!ならば一番乗りはアタシが頂くデスよー!」

 

 

「ああ?!ま、待ってよ切歌ちゃん!」

 

 

「響!それ一つ前の奴!蓮夜さんのマンションはもう一つ先の歩道橋を行った先だから!」

 

 

「へ?あ、そ、そっか。ごめんごめん、ついうっかり……!」

 

 

「切ちゃーん、もう半分以上渡ってるけどそっちじゃないんだって、戻ってきてー」

 

 

「ええ?!」

 

 

───フロッグイレイザーの事件が収束してから約一週間半が経過したある日の休日。

 

 

先日の戦いの際に皆に忘れられたのがまるで嘘だったかのように元の関係に戻った響、未来、切歌、調の四人は現在先の一件からS.O.N.G.の民間協力者となり、弦十郎の計らいで用意され、つい先日引っ越したばかりのマンションで暮らす蓮夜の家に遊びに向かう道中にあった。

 

 

多くの車が橋の下を行き交う歩道橋を響の早とちりで渡り掛けたりなどプチトラブルを挟みつつ、少し遅い蓮夜への引っ越し祝いのお土産が入ったビニール袋を皆で手に談笑しながら歩く中、調がふと口を開いて件の蓮夜の事を話し出した。

 

 

「それにしても、蓮夜さんが司令が用意したマンションに引っ越したのはちょっと意外でした。てっきり前に話した時みたいに、周りを巻き込めないからって断るんじゃないかと……」

 

 

「あ、それアタシも思ってたデス。前はなんと言うか、警戒心が強かったというか……誰も頼らない?みたいな感じに見えたから、司令からその話を聞いた時はちょっと驚いたデスよ」

 

 

「ああ、うん。本当は蓮夜さんもそのつもりだったみたい……でも、司令がその辺りの不安要素を自分達が何とかしてくれるって言ってくれたり、後は私と響が説得してって感じで聞き入れてくれたんだよ。このままもし冬とか来たら、野宿生活のままじゃ絶対に凍え死んじゃいますから!って言って」

 

 

「野宿生活って……や、やっぱり今まで宿無しで生活してたんデスねっ」

 

 

以前にも「身寄りのない蓮夜は普段どんな生活をしているのか?」と皆で話していた際に話題に出た事があったが、まさかほんとに野宿生活をしていたとはと思ってなかった切歌が顔を若干引き攣らせていると、未来の隣を歩く響が三人の話に加わっていく。

 

 

「でもこれで何時でもこっちから会いに行けるようになる訳だし、未来と作った献立も持って行きやすくなるから私達も大助かりだよねー。毎回お店の方にまで持っていくのは流石にアレだし……」

 

 

「ほえ?……も、もしかしてお二人、蓮夜さんにごはんを作ってるデスか?!」

 

 

「そういえば、未来さんの持ってる袋に入ってるのってタッパー入りのモノが多いような……」

 

 

「あ、えっと、まだ二人に言ってなかったっけ?実は前に響とお見舞いに行った時……」

 

 

「みんなぁー!早く早く!蓮夜さんち、もうすぐ其処だよー!」

 

 

驚愕する切歌、じーっと未来の持つビニール袋を見つめる調に以前響と蓮夜のお見舞いに行った時の事を話そうとした矢先、響の大声を耳にして未来は振り返る。

 

 

其処にはいつの間に先へ進んでいたのか、歩道橋の階段の中腹まで登っている響が未来達に手を振りながら歩道橋を渡った先を指で差す姿があり、その指差す先の方を見ると、四人の目的地である蓮夜の引っ越し先のマンションが目と鼻の先にまで見えていた。

 

 

「おお、思ってたより立派なマンションデスよ?!」

 

 

「外観も綺麗だし……家賃も凄そう」

 

 

切歌と調が驚嘆の声と共に見上げるマンションの見た目は、白と黒のツートンカラーが映える八階立て。

 

 

所謂高層マンションと呼べる立派な造りが遠目からも分かる外観をまじまじと眺めながら歩道橋を渡り、反対側の歩道に出てマンションの前まで辿り着いた四人はエントランスホールを通り、そのままエレベーターに乗ってボタンを押し上の階に上がっていく。

 

 

「此処のマンションは警備システムもしっかりしてて、警備会社がS.O.N.G.とも関わりがあるらしいから、何かあればすぐにS.O.N.G.にも異常が知らされるようになってるんだって。だからもしもの時はすぐに避難勧告が出せるし、本部でモニターも出来るからイレイザーの反応もいつでも検知が出来るみたい」

 

 

「そうなんですね……」

 

 

「でも、どうしてお二人そんなに詳しいんデスか?もしかして前に来た事でも……?」

 

 

「うん。蓮夜さんが此処の物件を紹介された時、実は私と響もたまたま一緒にいて一度だけ付いていったの。その時に今の話も聞いてたんだけど、私達はそのあと他の用事があったから、部屋の中まではまだ知らなくて……」

 

 

そんな話を交わす中、目的の階層に到着した音がエレベーター内に響き渡る。扉が左右に開かれ、一先ず話の続きは降りてからにしようと四人がエレベーターを降りて目の前に視線を向けると、

 

 

 

 

 

「──黒月さんさぁ……頼むからいい加減学習して下さいよぉっ。もうこれで十一回目ですよ、十一回目!」

 

 

「面目ない……決してわざとではないんだが、ついついうっかりしていて……」

 

 

「いやもううっかりとかのレベルで済む話じゃないですよ!うちは玄関の扉がオートロックになってるから、1回閉まったらカードキー無しじゃ締め出し食らうって何回も説明したじゃないですか!」

 

 

「申し訳ない……此処までハイテクな設備はどれも前の生活にはなかったものばかりで、中々慣れず……」

 

 

「それだけならまだいいですよ?事情は軽く伺ってますし……でも、強引に扉開けようとしたらセキュリティーの警報機が鳴るから無茶な真似しないでって注意したでしょう!何でうちに連絡する前に扉こじ開けようとしてんのアナタ?!」

 

 

「いや、ウン……事ある毎に何度も呼び付けてしまい申し訳ないとも思って……もしかしたら完全にロックされていなくて、ちょっと扉を引けば実はイケるのではないかと僅かに期待して……」

 

 

「それで警報機ビービー鳴らしてたら世話ないでしょーがよ?!寧ろどうやったのこれ?!完全にロックされてる扉をこじ開けるとか並の力じゃ無理ですよ!一体どんな馬鹿力してんですかアンタァ?!」

 

 

「どんな、と言われても……こう……普通にドアノブを掴んで、そのまま軽く引っ張ったら扉が開いて……」

 

 

―ガシャアァアアンッ!!―

 

 

「オィイイイイイイイイッ?!なに軽い調子でまた扉こじ開けてくれてんのアンタァああああああああッ?!ほらァあッ!!また警報機鳴り出したじゃないのよどうしてくれんのさァああああああああッ?!」

 

 

 

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

 

 

 

 

……其処には四人の目的地である部屋の前にて、何やらマンションの管理人らしき男性からお叱りを受ける額や腕に白い包帯を巻いた男、黒月蓮夜が自分の部屋の扉を強引にブチ開けてセキュリティーの警報機を鳴らしてしまう姿があったのだった。

 

 

ビービービーッ!と、蓮夜が扉を無理にこじ開けたせいで異常を報せるけたたましい警報機が廊下中に鳴り渡る。その音を聞いて今度は何事かと、迷惑そうな顔の住人達が一斉に部屋から顔を出す。

 

 

アーッ!!と、目の前で立て続けに起こる事態にいよいよキャパオーバー気味な管理人が頭を抱えて悲鳴を上げる中、この事態の元凶である蓮夜も焦った様子でこじ開けた扉を何度も開け閉めして警報機を止めようと試みるが、一度作動したら簡単には止められないのか音は一向に鳴り止む気配がない。

 

 

そんなカオスな状況を前に、一度エレベーターから降りた響達は暫し呆然と固まった後、無言のまま後ろ歩きで再びエレベーターに乗り込み、扉を閉じて何も見なかったかのようにスーッと下の階へ一度避難したのであった。

 

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱①


更新が遅れてしまい申し訳ございません、中々文章が形にならず苦戦してしまいましたっ。

拙い部分はあるかと思いますが、宜しくお願いします!







 

―symphony・405号室―

 

 

──八階立て高層マンション『symphony』の一室、405号室。

 

 

この世界に来て記憶を失って以降、イレイザー達の襲撃を恐れて出来る限り人目を忍ぶ宿無し生活を送っていた蓮夜に、晴れてS.O.N.G.の協力者となってくれた計らいとして弦十郎達が与えてくれた住居だ。

 

 

間取りは2LDK、家賃は七万ほど。その外観から察する通り部屋の中も綺麗で設備が新しいのは勿論、建物の構造も強く、6帖半の部屋が三つ、最新の防犯セキュリティーまで備わっているという至れり尽くせりぶり。

 

 

だがそれ故に、蓮夜も初めてこの物件を紹介された際にはあまりの多機能さと広さ、そしてそれ相応の家賃の高さに「無償でこんな高額な所には住めない」と申し訳なさが勝って最初は断ろうとした。

 

 

しかし、此処のマンションを運営する管理会社にS.O.N.G.が一枚噛んでる事や、此処の防犯設備なら例えイレイザーの襲撃があっても即座に対応・対処が可能な事。何よりもその頑丈さから周囲への被害も他よりも抑えられる利点がある。

 

 

敵に居場所がバレていて、改竄の力で一網打尽にされるかもしれない危険性があるS.O.N.G.の本部で寝泊まりするよりかは、まだ敵に場所がバレていない此処は蓮夜や周囲にとっても安全圏だろうと薦める弦十郎と話し合い、悩み抜いた末に納得して此処のマンションと契約し、一週間前から住み始めたというのが簡潔な経緯だ。

 

 

此処の管理人にも軽い事情は通してあるらしく、挨拶を交わした最初の頃は人当たりも良く、困った事があれば何時でも頼って下さい!と入居時にも言ってくれて、慣れない暮らしでも上手くやっていけるかもしれないと、一週間前までは思っていたのだが……

 

 

「──すまない……来てもらって早々見苦しい所を見せてしまって……」

 

 

「い、いえ、大丈夫ですよ!私達も今さっき来たばかりでしたし、全然気にしてませんから……!」

 

 

「まぁ、ホントは落ち着いた頃合を見計らってずっと影から見てたデスけどね……」

 

 

「切歌ちゃん……!しーっ!しぃーっ……!」

 

 

……そんな予想とは裏腹に、最新の設備を使いこなせずに自身の不注意から起こしてしまった先の騒動の後、蓮夜はいらぬ騒ぎで迷惑を掛けてしまった管理人やご近所の方々にも謝罪して回り、漸く事を終えてヘトヘトになりながら部屋に戻ろうとした所で、つい今しがた来たばかりの(体を装った)響達と部屋の前でバッタリ会っていた。

 

 

管理人からこってり絞られたのが余程堪えているのか、せっかく遊びに来てくれたのにとても人様にはお見せ出来ない様を見せてしまったと若干やつれた顔で申し訳なさそうに頭を下げる蓮夜だが、それに関しては触れないであげた方が蓮夜の為だろうと、響達は何も見なかった振りをして優しい嘘を吐く事にした。

 

 

その嘘を信じたのか、或いは彼女達の気遣いを察してるのか、蓮夜は「……そうか」とどちらとも取れる呟きを漏らしながら管理人にマスターキーで開けてもらった部屋の扉を開け、四人を中に招き入れていく。

 

 

「今朝のゴミ出しでバタバタしたせいで少し散らかってると思うが、ゆっくりしていってくれ……とは言え、客人を饗せるような大した物は何もないんだが──」

 

 

「おお、では早速お邪魔するデスよ!今度こそ一番乗りは頂くデース!」

 

 

「あ、ちょっと切ちゃん……!」

 

 

「ま、待ってよ切歌ちゃーん!」

 

 

初めて訪れる高層マンションの新居を前にテンションが上がっているのか、子供のようにはしゃいだ切歌が我先にと靴を素早く脱いで部屋の中へ上がり込み、響達もその後を追うように玄関をくぐって切歌の後を追い掛けるが、三人が追い付く前にリビングへと続く廊下の先へ進んだ切歌が扉を開け放った。

 

 

「お邪魔しますデース!……って、ほんとに何にもないデスよ?!」

 

 

快活に扉を開けてリビングに足を踏み入れた切歌が開口一番に口にしたのは、ガビーン!などという擬音が聞こえて来そうな驚愕の声だった。そんな彼女の反応に響達も怪訝な様子を浮かべるも、切歌の背から顔を出し、その理由をすぐに理解した。

 

 

四人が目にしたリビングは広さ的に10畳以上はあるだろうか、室内のフローリングの床が窓から差す陽射しを受けて反射しており、隣接してるカウンターキッチンの方には食器棚や冷蔵庫が並んでいる。

 

 

ただ、リビングの方にはカーペットも何も敷いてない床の上にテーブルが、隅っこには薄型のテレビが台も何もない床の上に置かれており、それ以外の家具らしい家具が一切見られない。他にあるとすれば、畳まれた洗濯物が積み重なって部屋の隅に置かれているぐらいだ。

 

 

「すんごいガラガラ感……え、確かS.O.N.G.からイレイザーを倒した謝礼金貰ったって前にも話してましたよね?他の家具とかは……」

 

 

「ああいや……謝礼金は確かに貰ったんだが、ここ最近は検査の為に本部に入り浸りでな……中々時間を取れなくて、家具を買い揃える暇もなかったんだ……そもそもそれ以前に、家具とかどうやって選べばいいのか良く分からない……」

 

 

「えぇー……」

 

 

ズゥーーンッと、ホームレス生活が板につきすぎた弊害で部屋に合う家具すらも分からず気落ちする蓮夜に、響達も何とも言えない表情を浮かべてしまう中、調は今の蓮夜の話を聞いて顎に手を添え小首を傾げた。

 

 

「検査……そういえば蓮夜さん、怪我が完治するまで数ヶ月は掛かるって聞いてたのに、もうすっかり治り掛けてますよね?包帯の数も前に見た時より減っているし……」

 

 

落ち込む蓮夜の腕等をジッと見つめ、調は一週間前の蓮夜の姿を思い返す。

 

 

あの時はギブスを巻いていて松葉杖も突かなければならない程の重体だったのに、約一週間半が経った今ではそれも取れて包帯を軽く巻いているだけで良い状態にまで回復し切っている。

 

 

普通なら有り得ない回復速度に響達も最初は驚いて疑問を抱かずにはいられなかったが、当の蓮夜はキッチンの方に移動しながら人数分の湯呑みを食器棚から取り出し、バイト先の店長から差し入れで貰った新茶のパックを開封していく。

 

 

「恐らくベルトかカードの力の恩恵か何かだろう……。俺が最初にイレイザーと戦った時も力を上手く使いこなせずに苦戦して怪我を負ったが、ベルトを巻いたまま寝た翌朝には傷の殆どが治っていたしな……他にそれらしい理由も思い付かない以上、ベルトかカードにそういった機能でも備わっているとしか思えない……俺が入院は必要ないと言った訳、分かっただろう?」

 

 

「……でも、それってほんとに大丈夫なんですか?ベルトやカードの機能で身体が治るなんて普通じゃ有り得ないですし、もし何か副作用とかあったら……」

 

 

「……まあ、エルフナインにベルトの構造を調べてもらった際にも、ブラックボックスになっている部分があって全部は調べ切れなかったらしいしな……分からない事は未だ多いが、だとしても、イレイザーと戦う以上は今後もきっと傷は絶えない。奴らと戦い続ける為なら、使えるものは何だって使わせてもらうさ……」

 

 

敵はそれぐらいの無茶を通さねば勝てる相手ではないと、先の事件でのイグニスイレイザーとの戦いで嫌というほど思い知らされた。

 

 

奴以外にも仲間がいるとするなら、まず間違いなく奴と同じ神話型のイレイザーである事に違いない。ならば副作用があろうとなかろうとも、使えるものは有り難く使わせてもらうと割り切る蓮夜に対し、響は「むうー……」と納得し切れてない不満顔を浮かべ、未来もそんな響を見て苦笑いしつつ持参したビニール袋を蓮夜に差し出した。

 

 

「まぁ、その辺りの話はまた後にして……取りあえずコレ、今日の分の献立と、私達からの引っ越しのお祝いです。美味しそうなお菓子のお店があったので、良かったら」

 

 

「ん、そうか……何から何まですまない……お返しと言うのもアレだが、お茶も容れたし、良ければ皆も一緒に食べていってくれ」

 

 

「ありがとうございます……切ちゃん、今からお茶とお菓子運ぶから、布巾でテーブルふいてくれる?」

 

 

「りょーかいデース!」

 

 

「じゃあ、タッパーに入ってるのは冷蔵庫に入れておきますね……って、冷蔵庫の中もガラガラっ」

 

 

「そっちは俺がやろう。客人に其処までやらせるのは忍びない」

 

 

「あ、なら私もお手伝いします!未来はお茶をお願い」

 

 

「そう?じゃあ、お願いしようかな」

 

 

そう言って人数分のお茶を乗せたお盆を蓮夜から受け取り、未来はお菓子を詰めた箱をビニール袋から取り出した調と共にリビングの方へ移動していく。

 

 

そして切歌がせっせと布巾で綺麗に磨いたテーブルの上にお茶とお菓子をセッティングしようとした直前、布巾を動かす拍子に切歌のズボンの後ろポケットからポロッと何かカードのような物が落ち、それに気付いた調は床に落ちたカードを拾って切歌に差し出した。

 

 

「切ちゃん、カード落ちたよ。はい」

 

 

「ほえ?ああっと、危ない危ないっ。ありがとーデス調!危うく大事なカードを失くすとこでしたっ」

 

 

「カード……あ、それって確か、前に蓮夜さんが皆に渡してた奴だよね?」

 

 

「はい……いつカードに力が宿るか分かりませんから、普段から肌身離さず持ってるんです」

 

 

「何せ現状、イレイザーに太刀打ち出来る唯一の対抗策って話デスからね。アタシ達が戦えるようになれるかは、コイツに掛かってる訳デスから!」

 

 

そう言いながら切歌は調から受け取った絵柄が何も描かれていないカード……以前響が蓮夜から貰ったのと同じブランクカードを見せると、調もスカートのポケットから切歌のと同じブランクカードを取り出したのを見て、未来はふと一週間半前に蓮夜から聞かされた話を思い出していく。

 

 

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 

 

一週間前、S.O.N.G.本部……。

 

 

「──栞……?響君から生まれた、そのカードがか?」

 

 

フロッグイレイザーを倒して事件を解決した直後、発令所に響達と共に集められた蓮夜は自身が思い出したというイレイザーへの対抗策の一つ、そして響がフロッグイレイザーと対等に戦えるようになれたその理由を一同に説明していた。

 

 

そんな蓮夜の手には、先の戦いにて響が持ってたブランクカードが変化したガングニールの紋章が描かれたカードが握られており、そのカードを手に蓮夜が説明する話に響達や弦十郎も訝しげな反応を浮かべていた。

 

 

「栞って、アレですよね?本と本の間のページに挟んで、何処まで読んだか分かる目印にする、あの……」

 

 

「ああ……このカードはその役目を担っていて、コイツがある限りイレイザー達の改竄を受けず、奴らと戦う事が出来る力を手に入れられる……響がイレイザーと戦えるようになったのも、このカードによって物語の流れに左右されない栞と化した影響からだ」

 

 

「栞と化すって、何なんだよそりゃ……そもそもそれで、何でこのバカがイレイザーの改竄の影響を受けなくなったのか全然説明になってないだろっ……」

 

 

栞と呼ばれるそのカードの力で響が改竄の影響を受けなくなったのは分かるが、一体どういう理屈でそうなっているのか全く理解が出来ずクリスが怪訝な眼差しを向けてそう問うと、蓮夜は少し考える素振りを見せた後、近くのテーブルの上に積み重なるエルフナインが持参した資料用のファイルを見付けて一冊拝借し、カードと合わせて解説していく。

 

 

「例えば、このファイルを本としよう……イレイザー達はこの本を好き勝手に書き換え、自分達にとって都合のいい内容に改竄する事が出来る……そうなればその改竄されたページを起点に、それまで読んだ過去のページの内容も変わり、それ以降の物語の内容も変わってしまう……先の改竄の際に、お前達の記憶や人格、今まで歩んできた過去が改変されたようにな……しかし──」

 

 

「……!そうか、だから『本の栞』なんですね?僕達という存在は本の内容の一部だから、物語を改竄されればその影響に左右されてしまう。本の内容、世界の法則には逆らえない……でも、栞は本の内容に組み込まれていない物語の蚊帳の外の存在だから、どんなに本のページが書き換えられたとしても影響を全く受け付けない。ブックマークとして元の物語の情報を保持したまま、同じ蚊帳の外の存在であるイレイザーにも対抗が出来ると?」

 

 

「あぁ、その理屈で間違っていないと思う」

 

 

「???え、ええっと……」

 

 

「ブ、ブックマーク、蚊帳の外……うぇ……?」

 

 

「……ようするに、本のページと違って栞は落書きが出来ないからイレイザーの改竄が効かないって事。図書室の本とかに紐のタイプの栞があるけど、アレにペンを走らせるなんて出来ないでしょ?」

 

 

「お、おお、成る程デス……」

 

 

「響……自分の事なんだから、せめて響自身は理解出来てないと駄目でしょ……?」

 

 

「うぅ~、そう言われてもぉ……」

 

 

蓮夜とエルフナインが交わす怒涛の情報量の波についていけず困惑するも、調が分かりやすくフォローする事で何とか理解出来た響と切歌を他所に、弦十郎は腕を組んで話を続けていく。

 

 

「要約するとつまり、響君はそのカードによってイレイザー達の改竄能力に晒されても無効化出来る力を得たという訳か……だとしたら、他の装者達もその栞の力に覚醒すれば、イレイザーに対抗出来るようになれるのか?」

 

 

「……恐らく。イレイザーは此処だけでなく、様々な物語にも現れては改竄の力で世界を書き換える。その対策として、物語の中で戦う力を持つ人間にイレイザーを倒せる力……『記号』を付与する事で奴らに対抗する術を与えるのも、クロスの役目の一つだ……今はまだ響だけしか力に目覚めていないが、同じ方法で他の装者達にも記号の力を付与する事は可能だと思う」

 

 

「成る程……では、その方法というのは一体どんな?」

 

 

「…………」

 

 

「……?蓮夜さん?」

 

 

一体蓮夜はどんな方法で響に記号と呼ばれる力を付与したのか。その方法を改めて問うエルフナインの質問に対し、蓮夜は何故か突然真顔のまま口を閉ざしてしまう。そんな蓮夜の様子に響達も訝しげな反応を浮かべる中、蓮夜は僅かに目を泳がせ……

 

 

「……すまない……栞や記号の力の事は思い出せたんだが、どうすればその力を目覚めさせられるのかまでは思い出せていないんだ……」

 

 

「エェー!?」

 

 

「そ、そうなんですね。それなら仕方ないと思います……それじゃあ、響さんは?力が目覚めた時、何がきっかけになったのか覚えてたりとかは……」

 

 

「へ?……え、えーっと……どうだったかなぁー……?あの時は私も無我夢中でっ……」

 

 

「ようするに全然覚えてねぇって事だな……」

 

 

頬を掻きながら目線をそらす響の反応から期待する答えは返ってこないと察し、クリスは頭を抑えて呆れた溜め息を漏らしてしまい、他の面々も同様の反応を浮かべてしまう中、蓮夜は若干気まずそうに軽く咳払いをしながら懐から数枚のブランクカードを取り出した。

 

 

「取りあえず、その方法を探る為にも他の装者達にもこのカードを渡しておこうと思う……響がカードを所持してた事で力が目覚めたのなら、何かしらのきっかけでまた同じ現象が起きるかもしれない……それが分かりさえすれば……」

 

 

「同じ方法でイレイザー達の改竄能力を凌ぐ術を手に入れられるかもしれない、という事か……分かった。こちらでもそれが探れないか調べてみよう。それからクリス君、切歌君、調君は彼からカードを預かって、記号の力とやらを目覚めさせられないか試してみてくれ」

 

 

「分かりました」

 

 

「了解デス!」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「──あれからもう一週間以上経ったんだよね……エルフナインちゃんも一緒になって、力に目覚める方法を探ってるっていうのは私も何度か耳にしてるけど、あれから何か進展とかはあった?」

 

 

「それが……」

 

 

「蓮夜さんのベルトやカードも借りて色々と調べ尽くしたみたいデスけど、てんで何も分からず仕舞い、カードの方も未だにうんともすんとも言わないから困ってるデスよー……」

 

 

「そうなんだ……」

 

 

蓮夜からカードを渡されてからそれなりに日にちが経った筈だが、未だに例の記号の力とやらに目覚める手掛かりが得られていない。肩を落としながら気落ちする様子を浮かべる調と切歌を見て、あまり事は上手く進んではいないのだろうと察した未来は二人の前にお茶を並べていく。

 

 

「まあでも、気を逸らせてもどうにかなる問題じゃないだろうし、焦らずにいこう?響に出来て、二人やクリスに出来ないなんて事ある訳ないんだから」

 

 

「それは……はい、頭では分かってるんですけど……」

 

 

「でも、一刻も早く皆の力になりたいって思うと、どうしても焦っちゃうデスよね……」

 

 

現状イレイザーと戦えるのが蓮夜と響だけとなると、このままだと戦う手段を持たない自分達は二人の足を引っ張ってしまう事になる。そう思うとやはりどうしても急いで力を身に付けなければと焦ってしまい、そんな二人の心境に装者でない未来も少なからず共感を覚えて何とも言えない気持ちになるが、其処でふと、お茶を啜っていた切歌が何かを思い出したように不意に顔を上げた。

 

 

「あ……そういえば話が変わるデスけど、さっきのタッパーに入ってたのって蓮夜さんの為に作った奴なんデスよね?どうしてお二人が蓮夜さんにごはん作ってあげてるデスか?」

 

 

「え?あ、そういえばさっき話しそびれたんだっけ……実はこの間、蓮夜さんが入院してた時に響と一緒にお見舞いに行ったの。其処でちょっと蓮夜さんの普段の食生活っていうか、食への無頓着ぶりを知った響が「ほっとけない!」ってなっちゃったのがきっかけで……」

 

 

「……無頓着?」

 

 

どういうこと?、と未来の説明に切歌と調が小首を傾げて怪訝な顔を浮かべる。するとその時、キッチンの方から突然響と一緒に冷蔵庫の整理をしていた筈の蓮夜が、何やら慌ただしい様子で三人の下に駆け込んできた。

 

 

「未来……!未来!頼む助けてくれ!」

 

 

「へ?」

 

 

「こーらぁー!逃げないで下さいよ蓮夜さぁーん!」

 

 

妙に慌てた様子の蓮夜を見てポカンとしてしまう未来だが、そんな蓮夜を何故か頬を膨らませたご立腹な様子の響が追い掛け回し、蓮夜は咄嗟に未来の後ろに隠れてしまった。

 

 

「ど、どうしたの二人とも?何かあった?」

 

 

「聞いてよ未来ぅ~!蓮夜さん、あんなに駄目って言ったのにまたこんなの買い込んでたんだよー?!」

 

 

「……?それって……」

 

 

「缶詰……デスか?」

 

 

そう、響が未来に見せたのは、『赤貝』や『たこやき』のラベルが貼られた二つの缶詰だったのだ。

 

 

調や切歌はそれを見て、何故響がこんなにご立腹な様子なのか理解が追い付かず小首を傾げてしまうが、響は構わず缶詰を蓮夜に突き付けて叫ぶ。

 

 

「前にも言ったじゃないですかぁ!暫くは缶詰は封印して食生活を改善していこうって!それなのに隠れてこんなの食べてたなんてあんまりですよ!」

 

 

「だから違うと言っているだろう……!それは店先で俺の生活事情を知ってる顔見知りに貰っただけで、親切心を無下に出来ずについ受け取ってしまったと……!」

 

 

「そ、そうなんですね。だったら別に良いんじゃない?人の厚意を大事にしたっていうなら悪い事じゃないし、取りあえず受け取っただけで、缶を開けて食べた訳じゃないのなら其処まで怒る事でもない訳だし。そうですよね、蓮夜さん?」

 

 

自分達に隠れて食べていたのならともかく、人から貰ったものだから捨てずに保管していただけなら大丈夫だろうとフォローし、蓮夜に同意を求めて振り向く未来。が……

 

 

「…………………………」

 

 

……何故か、振り向いた先で蓮夜はそんな未来の視線から逃れるように顔を背けていた。思いっきり。明後日の方を向いて。

 

 

「……蓮夜さん?」

 

 

「…………いや、その、なんだ……貰ったモノの中に、見た事のない缶詰が幾つか入っていて……一体どんな味がするんだろうか?という好奇心を抑え付けられなかったというか……まぁ、つまり、」

 

 

「開けたと。缶詰」

 

 

「開けた。缶詰」

 

 

「食べてるんじゃないですかほらぁぁーーっ!!」

 

 

響、激おこである。最初の方で下手に言い逃れしようとしたのも相まって余計に怒りがマシマシな響に対し、蓮夜は冷や汗を流しながら激しく首を横に振る。

 

 

「ただ勘違いはしないでくれっ。確かに缶詰を開けたのは認めるが、何もそればかり食べてた訳じゃないっ。お前達に言われて俺もきちんと自分を改め、ここ最近は缶詰や飲料食以外もちゃんと食べるように心掛けてるっ」

 

 

「むむ……。じゃあ、私達のいない所でもちゃんとしたごはん食べてるんですね?それだったら──」

 

 

「勿論だ。ついこの間も買い出しに行った店先で興味深いものを見つけて、最近はコレを主な主食にしてる」

 

 

そう言いながら、ふんす、と何処か得意気に胸を張り、蓮夜は自信満々に最近のお気に入りの主食を取り出し響達に見せた。

 

 

それは幅20、奥107、高100mmの少し大きい箱。

 

 

明るい色合いの黄色が特徴的な、箱のパッケージ表面にはお洒落なロゴの商品名が描かれていた。

 

 

──『カロリーメ〇ト』と。

 

 

「って、結局栄養食に逆戻りしちゃってるじゃないですかぁっ?!」

 

 

「え……いやしかし、ゼリー飲料と違ってこれはちゃんとした固形食ではあるし、食を楽しむという点でも味の種類が豊富で……」

 

 

「そういう問題じゃないんですっ!あくまでこういうのは補助食であって、そもそも主食にするようなものじゃないんですからっ!もーっ!目を離すとすぐに横着し始めるんだからっー!」

 

 

「…………要するに、こういう事が頻繁に起きるから私達が代わりにごはんを作らないとどんどん駄目になっちゃうんだ、蓮夜さん……」

 

 

「な、成る程……納得したデスよ……」

 

 

「蓮夜さん、戦いの時は頼りになるけど、私生活の方は全然駄目な人だったんですね……」

 

 

まるで片付けが出来ない女である翼のようというか、仮に此処にマリアがいれば一緒にお説教をしてそうだと、カロリーメ〇トの箱を没収されて正座で響に叱られる(というかもう小さな子供にお説教するソレ)蓮夜の意外な一面を知った切歌と調は若干顔を引き攣らせつつ苦笑いを浮かべ、未来も頭を抑え深々と溜め息を吐いた。

 

 

「響も響で目が離せないのは同じだけど、蓮夜さんは蓮夜さんで自分に無頓着過ぎるのが分かってある意味響よりも酷くて……なんていうか、響が二人になったみたいで私も目が離せなくなってきたっていうか、最近心配事が増えちゃったんだよね……」

 

 

「おおう……何だか、日々子育てに奮闘するお母さん味のある台詞デスね」

 

 

「あんな大きな子供、二人もいりませんっ」

 

 

ただでさえ響だけでも普段から気苦労が多いというのに、これ以上増えられてはホントにストレス過多で胃に穴が開き兼ねない。わりと本気で嫌そうに否定する未来の言葉に切歌と調も苦笑を深めると、未来は未だお説教中の蓮夜と響に目に向けてため息混じりに呟く。

 

 

「はぁ……こういう時、クリスがいてくれたら私も負担が減って助かるんだけどなぁ……」

 

 

「しょうがないデスよ、今日は本部で訓練する予定が先に入ってたらしいデスから」

 

 

「それにこの後、皆で本部に来るように招集掛けられてるし、終わったら改めて一緒にお茶するのも良いと思う……クリス先輩の分のお菓子もちゃんと買っておいたし」

 

 

でん!と、クリスの為に用意したお菓子の包みを取り出して見せる調。彼女の言う通り、午後にはS.O.N.G.の協力者となった蓮夜の仮面ライダーとしての能力・性能データを取る為、蓮夜や装者達に招集が掛けられている。

 

 

本来ならそれも蓮夜の怪我の具合を考慮しベルトやカードの解析のみで留める予定だったのだが、蓮夜の傷の回復が想像以上に早かった事、今後の戦いでの装者達との連携やベルトの整備、機能向上のアップデートを可能とする為に出来るだけ情報を共有しておきたいという蓮夜からの申し出で急遽決まったそうだ。

 

 

なので今日はそれまでの間に、皆で蓮夜に引っ越し祝いを渡すついでに新居もどんな感じなのか見てみた後、蓮夜を混じえ本部へ一緒に行こうと思っていた。

 

 

しかし、クリスは先約があると断って先に本部に行ってしまい、ならば仕方ないと四人だけで蓮夜の新居を訪れたのだが、未来はその時のクリスの顔を思い返し今更ながら疑問に思う。

 

 

(でもなんだろ……今思うとあの時のクリス、何だか何時もに比べて様子が可笑しかったというか、何処か余所余所しかったような……私の気の所為?)

 

 

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 

 

―トレーニングルーム―

 

 

「ウォラァアアアアッ!!」

 

 

ガガガガガガガガァッ!!と、S.O.N.G.の本部の訓練所内に間断のない銃声が鳴り響く。シュミレーションによって投影された市街地、蔓延るアルカ・ノイズを次々と銃弾で撃ち抜いて霧散させていくのは、ギアを身に纏って訓練中のクリスだ。

 

 

両手に握る大型ガトリングガンを乱射して目前から迫るアルカ・ノイズの大群を一掃し、背後からも出現したアルカ・ノイズの不意打ちにも対応して上空へと跳躍し攻撃を回避すると共に、左右の腰部アーマーを展開して撃ち出す小型ミサイルの雨をアルカ・ノイズ達に降り注がせ、爆発が巻き起こる。

 

 

ドゴォオオオオンッ!!!と耳を裂くような爆発音が響き渡り、地面に着地したクリスに熱と煙と突風が纏めて吹き付け、髪を揺らす。

 

 

ギアに備わる耐熱フィールドによって爆発の熱は肌に伝わらない筈だが、燃え盛る炎を見据えるクリスの顔は厳しく、眉間に皺を寄せ険しい表情が張り付いていた。

 

 

(まだだ……前に戦ったイレイザーの力はこんなモノじゃなかった……!)

 

 

炎を睨むクリスの頭上から、今度は葡萄の実のような紫色の肉塊が無数に襲い掛かる。

 

 

それを視界に捉えたクリスは即座にガトリングガンと小型ミサイルの同時掃射で紫色の肉塊を撃ち抜いて起爆させると、両手のガトリングガンをスナイパーライフルに変容させ、更にヘッドギアからスコープレンズを起動し、空を覆う黒煙の向こうを探る。

 

 

サーモグラフィーでビルの上から再度肉塊を飛ばそうと試みるアルカ・ノイズ達の姿を捉え、身構えたスナイパーライフルで素早くアルカ・ノイズを狙撃して反撃の隙も与えず撃破していき、今度はクリスの周囲に新たなアルカ・ノイズ達が出現して囲まれてしまうも、クリスの表情に焦燥の色は一切ない。

 

 

(そうだ、これぐらいあたしには何でもない……!今だって色んなピンチを切り抜けてきた……なのに、あたしは……)

 

 

アルカ・ノイズの大群が左右前後から同時に迫る。しかしクリスはスナイパーライフルからマシンピストルに切り替えた両手の銃を左右一直線に構えながら引き金を引き、銃撃を放ちながら360度回転して射線上のアルカ・ノイズ達を薙ぎ払っていく。

 

 

それでも撃ち漏らし接近戦を仕掛けてくるアルカ・ノイズを近接射撃で迎撃し、大した苦戦もなく撃破スコアを重ねていくクリスだが、その顔は反して徐々に苦虫を噛み潰したような表情へと変わりつつあった。

 

 

(イレイザーの改竄に蝕まれた時、あたしは何にも出来なかった……それどころか、改竄に苦しんで助けを求めてきたアイツの存在にも気付かずに、あたしはっ……)

 

 

ギリィッ……!と、無意識に噛み締めた奥歯が音を鳴らす。

 

 

眼前のアルカ・ノイズをどれだけ撃ち抜いても、胸の内のモヤモヤが一向に晴れない。

 

 

寧ろ、こんなシュミレーション上の敵を相手に燻る事しか出来ずにいる今の自分の姿に言葉にし難い苛立ちばかりが募り、同時に、自分達の危機に幾度となく駆け付け、イレイザーを難なく倒してきたクロスの姿が何度も脳裏を掠めていた。

 

 

(ッ……クロスだの記号だの知った事か……!そんな力がなくたってあたしはやれる!このイチイバルだけで!)

 

 

脳裏を過ぎる記憶の残像を頭を振って振り払う中、更に増援で現れたアルカ・ノイズの群れが正面から迫る。それを目にしたクリスは即座にアームドギアを弩弓に変形させ、クラスター弾としての性質を持った大型矢を放ち、アルカ・ノイズを範囲攻撃で纏めて撃退し訓練を続行していくのであった。

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱②

 

数時間後……

 

 

『──ゼェアアアアッ!!』

 

 

──S.O.N.G.本部のトレーニングルーム。普段は装者達の訓練に使われるこの訓練所内にて、今現在、蓮夜はクロスに変身して投影された市街地を縦横無尽に駆け回り、トレーニングシステムで次々と出現するアルカ・ノイズ達を相手に奮闘していた。

 

 

勢いよく振り抜いた拳で一番動きの鈍いアルカ・ノイズを狙って殴り飛ばし、奥で密集するアルカ・ノイズの群れに目掛けてまるでボーリングのピンが如くぶつけ、纏めて霧散させる。

 

 

塵となって消えていくアルカ・ノイズを見て薄く息を吐くクロスの左右から、今度は続け様に他のアルカ・ノイズ達が挟み撃ちで襲い掛かるが、クロスは即座に右足の先端に蒼い光を走らせてその場で身を捻らせながら軽く跳躍し、瞬間的に脚力が跳ね上がった右足を鋭く振るい、周囲のアルカ・ノイズ達を薙ぎ払った。

 

 

回し蹴りをまともに喰らったアルカ・ノイズは頭と胴体が真っ二つに割かれて消滅し、その余波を受けて吹き飛んだアルカ・ノイズ達もビルの壁に次々と激突すると共に霧散し消え去っていく。

 

 

それらの光景を尻目に、地上に着地して前を向くクロスの目線の先には地面に現れた方陣から更に続々と出現するアルカ・ノイズの増援の姿があり、クロスは間髪入れずに再度両足の先端に光を走らせて脚力を強化すると、地面を吹き飛ばす程の勢いで蹴り上げて飛び出し、アルカ・ノイズが完全に現出する前にすれ違い様に次々と正確に急所を打ち抜き、素早く撃破していった。

 

 

「──アルカ・ノイズの数、更に減少。増援のスピードがまるで追い付かない……なんて殲滅速度なの……」

 

 

「すごい……!本当にアルカ・ノイズともちゃんと戦えてる!」

 

 

「これがクロス……マスクドライダーの力、か……こうして間近で見ると、改めてその凄まじさが分かるな」

 

 

訓練所の隣のモニタールームにて、機器でクロスのデータを収集する友里の報告を耳にその様子を見守る響達や弦十郎も、アルカ・ノイズ達を寄せ付けないクロスの戦闘力に瞠目を禁じ得ずにいる。

 

 

ノイズ、アルカ・ノイズの特性の一つである『位相差障壁』は自分の存在を異なる世界に比率を置く事で、人類側の攻撃を無効化するという厄介極まりない能力だ。

 

 

過去にあったノイズとの交戦記録において、位相差障壁を打ち破れたのはノイズがこちらの世界に対して存在比率を増した瞬間にタイミングを合わせて攻撃し撃退出来た例や、効率を無視した間断のない攻撃を仕掛ける事で駆逐した例など、いずれも有効的とは言えない対処法しか存在しない。

 

 

故に本来であれば、シンフォギア・システムを介した攻撃で異なる世界に跨るノイズの存在を調律し、こちらの世界の物理法則下に引きずり出す事でしか位相差障壁を無効化出来ず、ダメージを与える事も不可能な筈なのだが、その事実に反しクロスはその手でアルカ・ノイズの突進攻撃をものともせず受け止め、逆に他のアルカ・ノイズ達に目掛けて蹴り返し反撃に転じている。

 

 

シュミレーション上とは言え、位相差障壁を破れなければ即座に訓練が終了されるように設定されてるにも関わらずアルカ・ノイズを相手に一方的に立ち回るクロスの性能に一同の目が釘付けになる中、友里と共にデータ収集を行っていたエルフナインが椅子ごと弦十郎の方に振り返った。

 

 

「データ解析、一通り完了しました。前にベルトを調べた際に蓮夜さんから教えて頂き、構築したアルゴリズムのおかげで以前まで解析不能だったクロスのデータも大分調べられるようになりましたね」

 

 

「流石だなエルフナイン君。それで、解析の結果は……」

 

 

「はい、先ずはこれをご覧下さい」

 

 

そう言ってエルフナインは手馴れた手付きで端末機器を操作していく。

 

 

モニター画面が切り替わり、クロスに変身している状態の蓮夜のパーソナルデータが映し出されていき、更に腰部分のベルトをズームアップしていくと、ベルトから蓮夜の全身に掛けてエネルギーらしきモノが流れているのが分かる。

 

 

「これが今の、クロスに変身している蓮夜さんの状態です。腰のベルトから放出される未知のエネルギーが蓮夜さんの全身を巡り、アルカ・ノイズの炭素転換を無効化しているだけでなく、ノイズの位相差障壁をも無力化している……恐らくこれが蓮夜さんも以前に言っていたクロスの能力の一つ、"あらゆる世界の敵や法則に順応する為に必要な能力を代換する機能"かと思われます」

 

 

「能力を代替する機能……要するに蓮夜さんは今、シンフォギアの機能の代わりになる別の力を使って、アルカ・ノイズの位相差障壁を無力化してるって事なのかな……」

 

 

「ま、またとんでもな機能デスね、それ……」

 

 

「ああ。本来シンフォギアの調律でしか打破出来ないノイズの位相差障壁を別の力で代替して突破し、ノイズの撃退を可能とする……それが解析不能のブラックボックスの正体となれば、そんな物を易々と外部の人間に明かせる容易なセキュリティ一になってる筈もないか……」

 

 

何せそんな技術、日々ノイズへの対抗策や聖遺物の研究を進めるこの世界からしてみれば画期的となる。

 

 

シンフォギアは適合した人間にしか扱えないというある種のセーフティーと呼べる物が存在するが、このクロス……仮面ライダーの力が仮に誰にでも扱える物なのだとすれば、その技術が広まれば万人がノイズと戦えるようになれるかもしれない。しかし……

 

 

「このベルトを開発した方のその判断は、確かに間違っていなかったと思います。……仮にこの技術が世界中に広まればノイズへの対抗策になるかもしれませんが、同時に──」

 

 

「新たな火種となり得るかもしれない危険性もある、か……ノイズという人類共通の敵を前にしても人間同士の争いが絶えない現状、こんな強大な力、今の我々人類の手には確かに余るものだな……」

 

 

自分達の世界という括りだけで見ても、聖遺物の研究を巡り各国の間でしのぎを削る今の現状の中、ライダーシステムという新たな投石が投げ込まれれば更なる混迷を招くのは目に見えている。

 

 

ルナアタックの事件後にシンフォギアシステムの存在が世界中に知れ渡った際も、技術を秘匿していた件やシンフォギアの保有を巡って国際規模の問題になり掛けた事や、聖遺物の新エネルギーを巡って人類間の闘争が加速するという結果を生んでしまった事もある。

 

 

故に蓮夜もその危険性を危惧し、S.O.N.G.との協力を取り付ける条件として必要以上のベルトのデータや技術は開示しない事や、S.O.N.G.と仮面ライダーが繋がっている事は表向きには伏せ、黒月蓮夜はあくまで民間の協力者として扱って欲しいと希望された。

 

 

無論それは弦十郎達を信用していないからでなく、自分やクロスの存在が万が一この国の外にまで露見すれば、蓮夜を匿っていたS.O.N.G.が矢面に立たされるのは間違いなく、あくまで人間を守る為の物であるライダーシステムの技術が広まり、人間同士の争いに利用されるリスクを避ける為だ。

 

 

いつ如何なる事態になっても、S.O.N.G.の面々だけは自分の問題に巻き込まないように努めると語り、自分のせいで組織にとって不測の事態になった際には全ての責任を押し付けてくれても構わないと告げた蓮夜の以前の言葉を思い返し、弦十郎は複雑げに眉を顰めて小さく溜め息を漏らした。

 

 

(まだ歳若い若者に自ら蜥蜴の尻尾切りを進んでやらせるなど、あってなるものか……そんな事態にならぬように、せめて大人である俺達が彼の助けになってやらねば)

 

 

この事はまだ響達にも話していない。語れば彼女達が必要以上に気に掛けてしまうやもしれないと思い、弦十郎はアルカ・ノイズと戦うクロスの戦いぶりに釘付けになる響達を横目で一瞥し、トレーニングルームに視線を戻す。

 

 

アルカ・ノイズの数は既に残り僅かまで減っており、クロスは正面から迫るアルカ・ノイズ三体を回し蹴りで纏めて粉砕すると、右腕の先にまで伸びたラインの上に光を走らせて拳に蒼い光を纏い、地面に勢いよく拳を叩き込んで蒼いオーラを孕んだ衝撃波を発生させ、周囲を囲む残りのアルカ・ノイズ達を吹っ飛ばして完全に撃破していった。

 

 

『ふぅッ……一応、これで全部になるのか……?』

 

 

「はい。お疲れ様です、蓮夜さん。おかげさまで対アルカ・ノイズ戦のデータもある程度取れました」

 

 

『そうか、良かった……それで確か、この後も別のシュチュエーションでの戦闘データを取るんだったな……?』

 

 

「あ、はい。次は対人戦でのデータ収集にもご協力をお願い出来たらと。三十分の小休憩を挟んだら、その後データ収集の再開を……」

 

 

『いや、このまま続行してもらって構わない……体力の方もそれほど消耗はしていないし、身体も温まって今の状態が一番調子がいいからな……』

 

 

エルフナインにそう言ってクロスは身体の調子を確かめるように右手を何度か開閉し、このまま次の段階に進む意向を伝えると、エルフナインは弦十郎に成否を求めて視線を向け、少し考えた末に頷いた弦十郎の了承を確かめた。

 

 

「……分かりました。ではこのまま次の段階に移行しますね。次のシュミレーションでは先程話した通り一対一での対人戦となりますので、蓮夜さんにはこちらで選んだ装者と実戦形式での戦闘を行ってもらいたいと思います」

 

 

『そちらの装者と……?それは構わないが、一体誰と──「あたしとだ」……!』

 

 

首を傾げて聞き返そうとした中、それを遮るように横合いから声が聞こえて思わず振り返る。すると其処には、いつの間にか赤いギアを身に纏い、クロスと対峙するように佇んでいるクリスの姿があった。

 

 

「えっ、クリスちゃん?」

 

 

「さっきから姿が見えないと思ったら、いつの間に……」

 

 

「ああ。実は君達が来る前に此処で先に訓練していたようなんだが、蓮夜君のシュミレーションに備えて色々と調整と準備をしていた際、たまたま訓練終わりで居合わせたクリス君にその話をしたら、その相手を自分にやらせてもらえないかと申し出られてな」

 

 

「クリス先輩がデスか?」

 

 

クリスが自ら蓮夜との模擬戦を願い出たと聞かされ、響達は意外そうな眼差しでクリスを見つめていくと、エルフナインは端末機器を弄りながら弦十郎の説明に補足を加えていく。

 

 

「急な話ではありましたが、マスクドライダーと装者の仮想シュミレーションは興味深いと思い、承諾したんです。今後はイレイザーやノイズイーターとの戦闘が激化すると予想されますし、彼等と同等以上の戦闘力を持つクロスとの戦いで得たデータを使ってギアにアップデートすれば、少しでも皆さんのお役に立てるかもしれませんから」

 

 

説明を続けながらエルフナインが端末を操作していくと、クロスとクリスが佇むトレーニングルームの周囲の景色が変化して何処かの寂れた廃都市へと変わっていく。

 

 

その光景を物珍しげに見回すクロスとは対称に、クリスは最早見慣れたものだと周囲に目もくれず腕に纏ったギアの装甲の位置を調整し、クロスはそんなクリスに向けて徐に口を開いた。

 

 

『そういえば、こうして二人だけで顔を合わせるのは何気に初めてだったな……改めて、宜しく頼む』

 

 

「…………」

 

 

『……?』

 

 

軽く会釈をして改めてクリスに挨拶するクロスだが、対するクリスは無言のままクロスを見つめるだけで何も返さず、その眼差しも何処か猜疑的な色を含んでいるように見える。

 

 

そんなクリスの様子にクロスも仮面の下で怪訝な顔を浮かべて小首を傾げる中、訓練スペースを新たなフィールドに切り替えたエルフナインからのアナウンスがルーム内に響き渡った。

 

 

「空間シュミレーターのセッティング、完了しました。間もなく戦闘開始の合図を鳴らしますので、合図開始と共に戦闘を始めて下さい」

 

 

「……先に断っとくぞ。シュミレーションとは言えあたしは最初からマジでいく……そっちも手を抜いたりしたら承知しないからな……」

 

 

『……何?』

 

 

エルフナインのアナウンスが訓練所内に響き渡る中、何処か重々しい口調でそう告げるクリスの言葉にクロスが思わず訝しげに聞き返した瞬間、模擬戦の開始を告げるブザーが鳴り響き、直後にクリスは両手に出現させた大型ガトリングガンの銃口をクロスに狙い定めると共にいきなり発砲し始めた。

 

 

『ッ!いきなりか……!グッ!』

 

 

慌てて真横に飛び退いて銃弾を回避し、受け身を取って即座に身を起こしながら真横に疾走するクロスだが、クリスもそれを逃すまいと大型ガトリングガンを乱射し続けクロスを追撃していく。

 

 

(此処でアイツに勝って証明してやる……!アイツの力なんかなくたって、あたしはお荷物なんかじゃないって事を!)

 

 

『チィ……!』

 

 

背後から迫る銃弾の嵐を一瞥し、クロスはそのまま近くの建物の中へと窓を突き破って飛び込んでいき、建物の壁を盾代わりにしてどうにか銃撃を凌ごうとする。が……

 

 

「それで隠れたつもりかよっ!!」

 

 

―MEGA DETH PARTY―

 

 

『!』

 

 

クリスは大型ガトリングガンを発砲し続けたまま左右の腰部アーマーを展開し、クロスが逃げ込んだ建物に目掛けて多連装射出器から小型ミサイルを一斉発射したのだ。

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴォッ!!と、ミサイルはそのままクロスが逃げ込んだ建物に侵入して立て続けに巻き起こる爆発が全ての窓ガラスを内側から吹き飛ばし、建物は粉塵を巻き上げながら激しく音を立てて崩壊していったのである。

 

 

「ク、クリス先輩、初っ端からいきなり飛ばし過ぎではないデスかっ?」

 

 

「幾ら蓮夜さんも強いって言っても、あれだけの攻撃を受けたら流石に……」

 

 

「いや、そうとも限らん」

 

 

「え?」

 

 

崩れ落ちる建物を見て流石にクロスの身を案じる切歌と調に対し、弦十郎は腕を組んだまま悠然と呟く。

 

 

まるで何かを見越しているかのようなその口振りに未来や響達も頭の上に疑問符を浮かべる中、舞い上がる粉塵の中を一筋の朱い閃光が目にも止まらぬ速さで駆け抜け、クリスの左手のガトリングガンの銃身をすれ違い様に斬り裂いた。

 

 

「何ッ?!くっ……!!」

 

 

銃身を斬られた左手のガトリングガンを見て目を丸くし、クリスは慌てて朱い閃光の残光を目で追いながら残った右手のガトリングガンを乱射し続けるが、朱い閃光は素早いジグザグの軌道で銃弾を回避し続け、朱い閃光……タイプスラッシュに姿を変えたクロスはクリスの目前に肉薄して姿を現すと共に、右手に握るスパークスラッシュを振りかざした。

 

 

『もう片方の得物も貰う……!』

 

 

「ちッ!やらせっかよっ!」

 

 

右手のガトリングガンに狙いを定めてスパークスラッシュを振るうクロスの斬撃を咄嗟のバックステップでギリギリで避け、クリスは左右の腰部アーマーから先程のミサイルとは形状の異なる無数の弾頭ミサイルをクロスに撃ち放った。

 

 

しかしクロスは最小の動きで全ての弾頭ミサイルを回避しながら構わずクリスの得物を切り落とそうとするも、クロスに避けられた弾頭ミサイルはいきなり爆発を起こして煙を撒き散らし、クロスの周りを一瞬の内に覆い尽くしてしまう。

 

 

『(ッ?!何だ……?煙幕……?!)』

 

 

爆発の衝撃で一瞬動きが鈍り、足を止めてしまったその隙にクリスは煙幕の向こうへと後退し姿をくらましてしまう。それを見て慌てて後を追い掛けようとするも、煙の向こうから更に新たな弾頭が投げ込まれて次々と爆発し、煙の量が増して完全にクリスの姿を見失ってしまった。

 

 

『(ッ……!これでは視界が確保出来ない……!どうにか此処を抜け出して──)』

 

 

幸い、この視界の悪さなら向こうも煙に阻まれてこちらの姿を捉えられない筈。ならばこの気に乗じて身を隠し態勢を整えようと、クロスはその場から離脱しようと動き出すが、煙の向こうから赤い線を描いて一発の銃弾がクロスの頭を狙い、飛来してきた。

 

 

『なっ……?!ぐうっ!』

 

 

慌てて首を横に傾け、紙一重で赤い銃弾を回避するクロス。しかし直後に更なる銃弾の数々がクロスの居場所を正確に捉えて次々と襲い掛かり、両手のスパークスラッシュによる薙ぎ払い、バックステップと側転で銃弾を回避しながら偶然背に付いた建物の壁に身を隠した。

 

 

『(ッ……こっちの姿を捉えてる……?暗視スコープの類か……!)』

 

 

「──生憎だったな。こっちからは全部丸見えなんだよ……!」

 

 

シンフォギアの装備ならそれぐらい造作もないだろうと予想するクロスの読み通り、煙幕を利用して姿をくらましたクリスは手短な建物の屋上に移動し、狙撃モードに変形した頭部バイザーの暗視スコープで建物の影に隠れるクロスをサーモグラフィで視認し、スナイパーライフルに切り替えたアームドギアで狙いを定めていた。

 

 

様子を伺うようにクロスが影から僅かに顔を出した瞬間に引き金を引き、放たれた銃弾が鼻先を掠めてクロスが顔を引っ込める。

 

 

しかしクロスもそれでクリスの位置を察したのか、左腰のカードホルダーを開きつつ思考する。

 

 

『(弾道からして上……建物の上層辺りか……方角と位置さえ大体で掴めてしまえば……!)』

 

 

『Code Blaster……Clear!』

 

 

取り出したカードをバックルに装填し、タイプブラスターに姿を変えながら即座に物陰から飛び出す。

 

 

無論表に出てしまえば銃弾の雨を浴びせられてしまうも、タイプブラスターの分厚い装甲の前にはライフル弾程度の威力では傷一つ付かず、銃弾をその身一つで弾きながら右手に出現したウェーブブラスターの銃口を変形させて砲撃形態に切り替えると、銃弾が飛来する煙の向こうの方角にウェーブブラスターを構えていき、引き金を引いた瞬間、巨大な緑色の砲撃がクリスが陣取る建物の屋上に目掛け一直線に放たれた。

 

 

「なんっ……?!クソッ!」

 

 

煙幕をかき消すほどの勢いで迫る砲撃を見てクリスが咄嗟に屋上から飛び退いたと同時に、緑色の砲撃は建物の三分の二を飲み込んで跡形もなく消し飛ばしてしまい、ゾッとなる。

 

 

恐らくギアの耐久力でも耐えられるように加減はされてるだろうが、それでもあんな威力をまともに喰らっていたらどうなっていたか。

 

 

想像しただけで戦慄を覚える自分の情けなさに腹ただしさを覚えつつも空中で態勢を整えて地上に着地し、クリスはクロスボウを両手に握りクロスを見据えるが、砲撃の余波で掻き消された煙幕の向こうに既にクロスの姿はなかった。

 

 

「いない……?!何処に──『Final Code x……Clear!』……ッ?!」

 

 

クロスを探して辺りを見回すクリスの頭上から不意に電子音声が鳴り響く。それを聞きすぐさま上を見上げると、其処にはいつの間にか通常形態に戻ったクロスが上空に跳び上がり、右脚を振るってクリスに目掛けてポインターを放とうとする姿があった。

 

 

『コイツで決めさせてもらうッ……!』

 

 

「ッ!舐めるなぁッ!」

 

 

放たれた蒼いポインターを前に、クリスも即座に装甲を部分展開して黄色い無数の粒子……エネルギーリフレクターを放出して周囲にばら撒き、障壁を展開してポインターを打ち消した。

 

 

だがそれでもクロスは構わず攻撃を続行し、蒼光を纏う右脚を突き出しながらリフレクターを展開するクリスへと急降下して飛び蹴りを叩き込んでいき、二人の間で無数の火花を撒き散らしながら僅かな拮抗の末、お互いに弾かれて勢いよく後方へと吹き飛ばされていった。

 

 

『ッ……!大した対応力だな……今ので勝負を決めようと思っていたんだが……流石は歴戦の装者だ……』

 

 

「ったりまえだっ……!あの程度でやられるくらいなら此処まで生き残っちゃいないんだよ、こっちは……!」

 

 

自身の技を耐え切ったクリスを素直に称賛するクロスに、クリスは軽く鼻を鳴らして憎まれ口を返す。

 

 

その息を呑む一進一退の攻防にモニタールームで見守る響達も固唾を呑む中、二人の一連の戦闘データを収集していたエルフナインが不意に口を開いた。

 

 

「クロスの近接形態、遠距離形態のデータの更新完了です。やっぱり凄まじいスペックですね……以前の映像データだけでは分かりませんでしたが、まさか此処までとは……」

 

 

「ああ、それに尽く対応してみせるクリス君も流石だな……よし、エルフナイン君」

 

 

「分かりました」

 

 

弦十郎が言わんとしてる事を察し、エルフナインはシュミレーションルームとの通信を繋いでいく。

 

 

「蓮夜さん。先日入手したガングニールの力を模したというクロスの新しい姿、使って見せて頂いても構いませんか?」

 

 

『!アレを、今此処でか……?』

 

 

「はい。その力が発芽した当時、僕達はイレイザーの改竄能力に侵されてたせいでその時の様子を目にする事が出来ませんでした。なので、此処でその力と能力を改めて記録させて頂けたらと」

 

 

『それは……いや、しかし……』

 

 

「余所見してる場合かよッ!」

 

 

エルフナインからの突然の要望に戸惑う中、クリスが両手のクロスボウを連射して光の矢がクロスへと襲い掛かる。

 

 

それを見たクロスも咄嗟に反応して光の矢を全て躱しながらバックステップで後退すると、左腰のカードホルダーからタイプガングニールのカードを取り出し一度はバックルに装填しようとするも、何処か踏み切れない様子でカードを持つ手を止めてしまう。

 

 

「……?蓮夜さん……?」

 

 

「どうした……!来ねぇならこっちから煽り立てていくぞォッ!!」

 

 

何故かタイプガングニールのカードを使う事を躊躇するような素振りを見せるクロスに響達も怪訝な反応を浮かべ、クリスは痺れを切らしたようにアーマーを稼働させて巨大な二つの大型弾頭ミサイルと射出機を展開し、クロスに目掛けて大型弾頭ミサイルを同時射出したのである。

 

 

迫り来る二つの大型弾頭ミサイルを前にクロスもカードとミサイルを交互に見ると、僅かな葛藤の末にバックルへとカードを装填するが、直後に大型弾頭ミサイルがクロスに直撃してしまい、巨大な爆発を連続で巻き起こしていった。

 

 

「今のって、完全に直撃……」

 

 

「こ、これは流石にひとたまりもないのでは……?!」

 

 

明らかにノーガードで大型弾頭ミサイルの直撃をまともに喰らったようにしか見えないクロスを見て思わず息を拒み、調と切歌はその安否を気にし不安げな面持ちになる。

 

 

しかし、クリスは何かを待ち構えるかのように燃え盛る炎を睨み据えながら両手のクロスボウを構えていき、直後、炎の中で僅かに何かが蠢くのが見えた。

 

 

そして炎に覆われて影しか見えないシルエットが徐々に露わになり、業火の向こうから身体に纏わせる橙色に光輝くマントを収縮させてマフラーの形状に戻していく、オレンジ色のライダー……ミサイルが直撃する寸前にタイプガングニールに姿を変え、二翼のマフラーを身体に纏ってミサイルの威力を抑えたクロスが現れたのである。

 

 

「ッ!アレが……あのバカのカードの……!」

 

 

「ほ、本当に響のギアにそっくり……」

 

 

「ガングニールのカードを発現したクロスを確認。測定機の反応や出力も、確かにガングニールと酷似してるわ……これが響ちゃんから力を得たっていう姿……?」

 

 

「あれがあのベルトの力なのか……クロス……交差する力、か……」

 

 

炎の中から現れた、初めて目にするタイプガングニールのクロスのその姿から響のガングニールを連想し、各々驚きや関心を示す響以外の面々。

 

 

そして、クロスは二翼のマフラーを熱風で靡かせながら燃え盛る炎を背に足幅を広げて身構え両拳を握り締めていき、そんな未知の形態に姿を変えたクロスと対峙するクリスも僅かに緊張で張り詰めた顔を浮かべながら、両手に握るクロスボウをクロスに突き付けた。

 

 

「漸くその気になったみてーだなぁ……だが、虚仮威しの力じゃあたしには通用しねえぞッ!」

 

 

バババババババァッ!!と、クロスの新たな姿に臆する事なく啖呵を切りながら発した無数の光の矢がクロスに目掛け放たれる。

 

 

が、クロスは襲い来る光の矢を素早く振り抜く拳で次々と殴り落としていき、すかさず両足の脛部のパワージャッキを稼働させ凄まじい瞬発力でクリスの懐へ潜り込んだ。

 

 

(ッ?!なんつー速さっ──!!)

 

 

『ハァアアアァッ!!』

 

 

肉薄すると共にクロスが咆哮を上げて振りかざす拳が迫り、クリスはその瞬発力に驚きつつも咄嗟に身を逸らして拳を躱す。

 

 

だがクロスはすかさず右脚のスラスターに火を灯し、空中で半ば強引に身体を半回転させた勢いでクリスに回し蹴りを放ち、クリスはそれもギリギリで身を屈めて頭の真上をクロスの右脚が薙ぐが、その余波だけでクリスのすぐ背後に建つ廃ビルが綺麗に真っ二つに切り裂かれてしまった。

 

 

(風圧、だけで……ビルを蹴り裂きやがったぁっ……?!デタラメの限界突破にも程があんだろっ?!どんだけやばい力を渡してんだあのバカっ!!)

 

 

たたでさえこちらは近接戦闘に持ち込まれれば不利になると言うのに、こんなデタラメな奴の間合いで戦うなどそれこそバカを見る。

 

 

思わず内心舌打ちし、クリスは即座にその場から飛び退いてクロスから距離を取りつつ部分展開したギアから無数の黄色い粒子を再度散布し、それを逃すまいとクロスが拳を伸ばして追撃を仕掛けるが、クロスの拳が届く寸前、リフレクターの壁が二人の間に構築されて弾き返されてしまう。

 

 

『ッ!さっきのバリアか……!』

 

 

「簡単に通せると思うなよっ……!そして此処は、あたしの距離だァッ!!」

 

 

―QUEEN's INFERNO―

 

 

身体ごと大きく右腕を反るように後方へと弾かれ宙を漂うクロスを捉え、クリスは瞬時に連装型の弓に変形させたアームドギアに光の矢を番わせ、リフレクターを一時的に解除したと同時に一斉に光の矢を撃ち放っていった。

 

 

視界を埋め尽くす程の数の光の矢が、空中で身動きの取れないクロスに一度に迫る。

 

 

誰の目から見ても回避不可の絶体絶命。次に皆が瞬きした瞬間には全ての矢がクロスの身体を撃ち貫くと誰もが思い、クロスが撃ち落とされる姿が一同の脳裏を掠め、それが現実になるかと思われたが、しかし……

 

 

『っ……こういう、時は、確かっ……こうだったかっ……!』

 

 

その逃げ場のない光景を前にクロスは諦めず、背部と両足のバーニアスラスターを吹かせて半ば強引に空中で態勢を立て直す。直後、両足のパワージャッキを用いて何もない空を蹴り上げる事で宙を自由自在に動き回り、飛来する光の矢を次々と回避し出したのであった。

 

 

「何っ……?!」

 

 

「凄い……まるで響さん……というか、響さんの動きを完全にトレースしてる……!」

 

 

「正に完コピって奴デスよ!響さんのカードであんな事も出来るようになるデスか?!」

 

 

「……ううん。多分そうじゃなくて、響の戦ってる姿を観察して覚えたんだと思うよ。前に皆が訓練してる姿を私が見学してた時、検査を終えた蓮夜さんも何度か様子を見に来てたの覚えてるし……もしかしたらその時に、響の戦い方をずっと観察してたのかも」

 

 

「そ、そうだったの?う〜っ……な、何か恥ずかしいなぁそれぇっ……」

 

 

まさか自分が訓練している姿を密かに見られていたとは露知らず、しかも自分の動きを真似て光の矢を回避していくクロスを見て恥ずかしげに顔を両手で包む響。

 

 

だがそんな彼女とは対照的に、クロスと相対するクリスのその心中は決して穏やかではなかった。

 

 

確かにあの動きは響そっくりだ。自分も十を超える数の訓練をあのバカと何度も熟し、その度に自分の技をあの回避パターンで避けられた挙句、其処からの反撃で何度も何度も煮え湯を飲まされた事も少なくない。

 

 

───故に、気に食わない。

 

 

そんな刺々しい感情が胸を刺し、無意識に奥歯を噛み締めるクリスの攻撃の手が更に激しさを増していくが、クロスもギアを上げて高速で空中を跳び回り、光の矢の嵐を避けながら黒のナックルを纏った左腕をクリスに向けて振りかぶった瞬間、黒のナックルがクロスの腕から分離し、クリスに目掛けて投擲されたのである。

 

 

「ハッ、破れかぶれかよッ!そんなもんで……!」

 

 

遠距離で対応出来る技がアレしか持たないのか、苦し紛れにしか見えないクロスの一手に鼻で笑いながら一時的に解除していたリフレクターを再度構築し、黒のナックルを弾こうと試みる。

 

 

そしてリフレクターを解除した後に特大の一撃をお見舞いしてやろうと密かに次の一手の準備を進めていくクリスだが、直後、その顔が驚愕の色に染まってしまう。

 

 

何故なら、クロスが苦し紛れに投げ放ったと思われた黒のナックルが空を舞いながら徐々に変形していき、黒の烈槍……ガングニールの槍へと形状を変えたからである。

 

 

「なっ?!」

 

 

「黒いガングニール……!」

 

 

「あ、あれってもしかして、前にマリアが使ってた奴デスか?!」

 

 

そう、その黒い烈槍の外見は細部は異なるが、以前マリア・カデンツァヴナ・イヴが使用していたガングニールのアームドギアに酷似しており、思わぬ姿に変容した黒のナックルを見てクリスや他の面々も驚きを隠せない中、黒い烈槍はそのままリフレクターの障壁に直撃すると同時に槍に備え付けられたブースターで更に加速し、障壁内へと食い込むように徐々に内側へ侵入しようとしていた。

 

 

「グッ、ぐぅっ……!!この程度、でぇっ……!!」

 

 

僅かに不意を突かれはしたが、それでもまだ取り返せる範疇だ。クリスは黒い烈槍が突き破ろうとする範囲にリフレクターのエネルギーを集中させ、障壁の強度を補強し黒い烈槍を跳ね除けようと試みる。

 

 

しかしその直後、黒い烈槍の先端だけが障壁の内側に僅かに侵入した瞬間、槍の先端が左右に裂けるように展開し、エネルギーを収束していきなり砲撃を撃ち放ったのである。

 

 

「なっ……クッソッ!」

 

 

黒い烈槍の先端に収縮されるエネルギー光の煌めきを目にした瞬間、クリスは慌てて身を屈めながら障壁を解除した。

 

 

リフレクターを維持したままでは回避した砲撃が障壁内で反射して跳ね返るか、或いは爆発が篭って身を焼かれる危険性がある。

 

 

それがクロスの狙いの一つだと瞬時に悟ったクリスは頭の上を掠める砲撃をギリギリで回避するが、そんなクリスの目前に不意に残像が現れたかと思いきや、それは右腕を腰の後ろに引いたクロスとなり眼前にいきなり現れた。

 

 

「ッ!しまっ──!」

 

 

『ゼァアアアアアッ!!』

 

 

まるで瞬間移動でも使ったかのような驚愕の速さ。息を拒み、反射的に身を引いて逃れようとするクリスだが、それよりも速くクロスの拳が放たれる。

 

 

その直撃は避けられないと悟り、咄嗟に両腕を十字に組んで拳を何とか受け止めるも、拳を打ち込まれた衝撃が両腕だけで収まらず、身体までも突き抜けてクリスの背中から凄まじい衝撃波が吹き抜けた。

 

 

「うッ、ァッ……!!(こ、この馬鹿力っ……マジであのバカみてーじゃねえかっ……!!」

 

 

クロスの拳を受け止めた両腕がビリビリと痺れる。しかしクロスは追撃を緩めず右腕のハンマーパーツを起動させ、クリスの腕の上に拳を押し当てたままバンカーを打ち込み、その衝撃でクリスを思いっきり吹っ飛ばし近くの建物の壁に叩き付けていった。

 

 

「ガアァッ!!ぐっ、っ……ま、だっ──?!」

 

 

『──いや……悪いが此処で詰みだ……』

 

 

痛みに顔を歪めながら尚も立ち上がろうとしたクリスの目の前に、いつの間にかクロスが黒い烈槍を手にして矛先を突き付ける姿があった。

 

 

だがそれでもクリスは構わずクロスに銃を向けようとするも、先程の拳撃とバンカーのダメージを立て続けに受けたせいか、両腕はどちらとも痺れが走って震え、すぐにはまともに動かせそうにない。

 

 

これではロクに銃も構えられない。戦闘続行は不可能だと自覚したクリスが悔しげに唇を噛み締めて俯いたと共に、戦闘終了を告げるブザーが鳴り渡り、シュミレーターも停止して周りの景色も元の訓練所の風景へと戻っていった。

 

 

(ッ……負けた……クッソッ……)

 

 

震える右手を拳を握って無理矢理止め、悔しさを露わに床に叩き付けるクリス。

 

 

そんなクリスを見つめながらクロスも黒い烈槍を左腕のナックルに戻してバックルからカードを抜き取り、蓮夜へと戻りながらクリスにそっと手を差し伸べた。

 

 

「大丈夫か……?立てるか?」

 

 

「…………」

 

 

「……やっぱり無事で済む筈がない、よな……すまない……本当はあの力を使うつもりはなかったんだが、何処か怪我とかは……」

 

 

「……使う気が……なかったっ……?」

 

 

謝罪の言葉を投げ掛けクリスの身を案じる蓮夜だが、その言葉を聞いたクリスはピクッと反応し、差し伸べられる蓮夜の手を払い除けながらいきなり起き上がり、その胸ぐらに掴み掛かった。

 

 

「ッ……!お、おい……!」

 

 

「お前っ……!あたしは最初に手ぇ抜くなって言ったハズだぞっ!始めっからあたしなんかと、まともにやり合う気なんてなかったってのかっ?!」

 

 

「っ……いや、俺はっ……」

 

 

「おい、何事だ!」

 

 

「クリス?どうしたの?!」

 

 

シュミレーションを始める前に全力で戦えと告げたにも関わらず、最初から蓮夜がガングニールのカードを使わずに戦うつもりだったと知り憤るクリスに、二人の会話の内容を知らない響達が駆け付けて慌てて止めに入ろうとする。

 

 

しかしクリスはそんな一同を横目に舌打ちし、蓮夜を突き放してそのまま響達に目もくれず早足でトレーニングルームを後にしてしまう。

 

 

「クリスちゃん……?ね、ねぇ待ってよ!クリスちゃんってばー!」

 

 

「……一体どうしたんだ。何かあったのか?」

 

 

「…………」

 

 

何も言わずに苛立ちを露わにして出ていってしまったクリスと呆然と立ち尽くす蓮夜を交互に見ると、響はクリスを急いで追い掛け、未来達もその後を追い慌ててトレーニングルームから出ていってしまう。

 

 

そんな響達の背中を見送りながら弦十郎が残った蓮夜に原因を問い詰めるが、蓮夜は何も答えず無言のままクリスに振り払われた手を複雑げに見下ろし、力無く拳を握り締めていくのだった。

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱③

 

―繁華街・某雑居ビル屋上―

 

 

「……うう……」

 

 

一方その頃、とある雑居ビルの屋上にて何やらソワソワと落ち着きがなく動き回る挙動不審な男の姿があった。

 

 

両手の指を絡めながら特に意味もなく屋上を歩き回るその姿は何処か心配そうな、心許なさそうに見え、何かをする事で自分の中の不安を紛らわそうとしているにも見える。

 

 

すると、そんな男のいる屋上の扉が不意に音を立てて開き一人の男……アスカが現れて誰かを探すように屋上を見回し、男の姿を見つけると面倒そうに頭を掻きながら男の下へと歩み寄っていく。

 

 

「お前か?俺が面倒見る事になった新人のイレイザーってのは……」

 

 

「ッ……!あ、ああ、そうだ……もしかしてアンタが、あの人の言ってた……?」

 

 

アスカに不意に声を掛けられ一瞬ビクッ!と肩を震わせるが、イレイザーというワードを聞いて彼も自分の仲間だと察したのか、男は未だに挙動不審ながらも恐る恐るアスカにそう問い掛けると、アスカも屋上の手摺に寄り掛かって適当に手を振りつつ答える。

 

 

「一応俺の事も聞かされてるみてーだな……。アスカだ。ま、あんま気構えないでくれていいぞ。こっちは前の件でやらかした負債で今回の仕事任されたようなもんだから、テキトーにタメで接してくれていい」

 

 

「え……そ、そう、なのか?なら、えと……わ、わかっ、た……?」

 

 

目に見えて適当な調子のアスカの態度や言葉に若干戸惑いつつ、男は言われた通りタメ口で頷き返す。そしてアスカも手摺に背中を預けて暗くなりつつある空を仰ぎ、溜め息を一つ吐きながら男の顔を横目に観察していく。

 

 

(コイツが例の"兆し"が見られたっていうイレイザーか……ノイズ喰らいにしちゃ確かに他よりまともそうに見えるが、ぶっちゃけ見た感じそんな風にも見えねーと言うか……ホントにコイツがそうなのか……?)

 

 

正直信じ難いとしか言いようがない。常に自分に自信がなさそうで、何だか冴えない顔付きの男。パッと見で観察し、アスカが男に抱いたのはそんな印象だ。

 

 

正直こんな奴と一緒で大丈夫なのだろうかと、その頼りなさそうな風貌から一抹の不安を感じずにいられないアスカの意味有りげな視線に気付いたのか、男は不安そうな眼差しをアスカに向けていく。

 

 

「な、何か?」

 

 

「……いいや。今更グチグチ言ってもしょうがねーよなって思っただけだ」

 

 

「……?」

 

 

そうだ。コイツがなんであれその面倒を任された以上、自分はただ仕事を全うして汚名を注ぐだけのこと。それ意外は考えるだけ無駄だと雑念を切って捨て、アスカは頭の上に疑問符を浮かべる男に顔を向けて本題に入る。

 

 

「話は大体聞いてるよな?今回はお前の力の覚醒を促すのが目的だ。其処から成長すれば、お前は俺らと同じ上級か、或いは別の進化を辿って別種のイレイザーになれるかもしれねえって話だ」

 

 

「……そうすれば、俺の望みも果たせるかもしれない……って、ことなんだよな……?」

 

 

「お前次第で、だけどな……最初にイレイザーになった時に聞かされてるとは思うが、仮にお前が失敗したってなりゃ、俺達はお前に見切りを付けなきゃなんねぇ。今までの連中もそうなっては逆恨みして俺達に復讐しにくる奴もいたにはいたが、大抵返り討ちにされて俺らに消されるのがオチだ……それでも構わないって覚悟、出来てんのか?」

 

 

「…………」

 

 

腕を組み、まるで男を試すような問いを投げ掛けるアスカからの質問に対し、男は口を閉ざして俯いてしまう。

 

 

……やはり見掛け通りの奴かと、少し圧を掛けただけで何も言い返さそうとしない男を見て早くも半ば見切りを付けようとしたアスカだが、男は手摺に片手を乗せ、もう片方の手で首に掛けたロケットペンダントをそっと握り締めていく。

 

 

「……約束、したんだ……必ず俺が救うって……例え悪魔に魂を売る事になったとしても、俺の手でって……だから……!」

 

 

何か大切な物が仕舞われてるのか、ロケットペンダントを握り締めたまま男はアスカの方に振り向く。その顔はやはり不安げで頼りなさそうにしか見えないが、アスカを見つめるその眼差しの奥には何処か力強い決意が宿ってるように見える。

 

 

「だから……お、俺はやる……!どんなに辛くて、この手を汚す事になったとしても……それでアイツを救えるんなら、俺は……!」

 

 

「…………」

 

 

己の中の揺るがない覚悟を口にする男の言葉に、アスカは何も答えない。ただ無言で腕を組んだまま圧を感じさせる眼差しを向けるだけのアスカを見て、彼の意にそぐわない返しだったかと思い口を閉ざし気落ちして俯いてしまう男だが、そんな男の反応を見てアスカは瞼を伏せ溜め息を漏らしてしまう。

 

 

「其処で引き下がってどうすんだよ……其処はもっとこう、何かあんだろっ?その為にお前よりも強くなる!とか言って啖呵を切るなりよ?」

 

 

「す、すみません……」

 

 

「いやだから……はぁ……まあいいか……」

 

 

言った傍から素直に謝罪する男に呆れて再び溜め息が出てしまうアスカだが、今は話の続きを進めようと気を取り直していく。

 

 

「まあ、なんであれやる気があんのは良い事だ。他のイレイザーになった連中は大抵、過去に失ったもんを取り戻そうとしたり、今のこの世界の在り方が許せねぇって理由の奴が多いが、そん中でお前みたいな、失う前に守りたいからって理由の奴に出会ったのは俺も初めてだ。……だからまぁ、お前ならもしかしたらって、ちっとばっかしは期待してるよ」

 

 

「……そ、そっか……ありがとう」

 

 

もしや今のは彼なりの励ましのつもりなのか、不良っぽい見た目に反してそんな思わぬ言葉を投げ掛けたアスカからの激励に一瞬理解が追い付かなかったが、男はそう思いぎこちなく礼を告げる。そんな男に対しアスカは僅かにジト目で睨むと、そっぽを向いて軽く舌打ちし、後頭部を雑に掻いて自分が出てきた屋上の扉を顎で指した。

 

 

「時間までやる事がないなら今の内に下で身体休めてろ。次の戦いはお前に掛かってんだ。お前が下手を打てば俺が責任取んなきゃなんねえってこと、忘れんなよっ」

 

 

「え、あ、あぁ……わかった……」

 

 

突然乱暴な口調になるアスカに戸惑いつつ、言われた通り時間まで身体を休めておこうと一瞬アスカを一瞥した後、男は屋上を後にし下へ降りていった。それを確認したアスカも気が抜けたように薄く溜め息を吐くと、空を仰ぐように屋上の手摺に背中からもたれ掛かるが、其処へ……

 

 

「──相変わらずイレイザーの事情に入れ込むよねぇ、君。そんなんじゃ身が持たないよって、前に警告したのもう忘れたかい?」

 

 

「……別にそんなんじゃねーよ。つか、盗み聞きなんて趣味の悪い事やってるお前が人の事を言えた義理じゃねぇだろうがっ」

 

 

「ハハッ、それは確かに言えてるかもねぇー」

 

 

おちゃらけた笑い声と共に、アスカの隣の地面から無数の水泡が湧き出て人の形を形成していく。そして水泡は徐々に完全な人の姿……クレンと化してアスカの隣に現れるが、アスカの方は特に驚く様子もなくただジトりとした目付きでクレンを睨んでいく。

 

 

「んで?急に来て何なんだよお前。こっちは前回の失敗を取り返せるかどうかって時でピリピリしてんのに……水を差しに来たってんならわりとマジでキレるからな……?」

 

 

「まあまあ、そんなつもりはないからそう噛み付かないでよ。こっちはただ君達が緊張してないかなーと気になって、声援を送りに来たってだけさ。後はまぁ、そうだなぁ……ちょこっとだけ、君に僕からアドバイスを送ろうかと思ってさ」

 

 

「……アドバイス?」

 

 

?、と頭の上に疑問符を浮かべるアスカに、クレンは軽く微笑みを浮かべて手摺に寄り掛かりながら光が灯り始める街並みを眺めていく。

 

 

「正直さ、あのイレイザー君を抱えたままクロスと装者を相手にするだなんて無茶無謀が過ぎると思うんだよ、僕は。クロスは勿論の事、記号の力に目覚めた立花響は数々の戦いに文字通り、その手で終止符を打ってきたこの物語の主人公だ。他の装者達も僕らに対抗する術を持たないとは言え、それでも高を括るには油断ならない相手なのは変わりはないしね」

 

 

「…………」

 

 

「或いは、次の戦いの中でまた装者の誰かが記号の力に目覚めないとも限らない……そうなったら流石に今の君じゃ危ないんじゃない?僕もそうだけど、君もまだ記憶を失くす前の彼との戦い以降、完全に力を取り戻せてる訳じゃないんだしさ」

 

 

グー、パーと調子を確かめるように、しかし戯けてるようにも見える動きで手を何度も開閉させるクレン。アスカはそんなクレンの手の動きをジッと見つめると、薄い吐息を吐きながらクレンから視線を逸らした。

 

 

「ハンデを抱えてんのは向こうだって同じだろ……。仮にそうなったとして、今の奴と装者達が束になって掛かってきた所で俺に敵う筈もねぇ」

 

 

「君一人ならそりゃ、ね……でも、今回君と組むあのイレイザー君の場合はそうは行かないかもよ?前に君が選んだイレイザーも、立花響が記号の力に目覚めた途端手も足も出せず返り討ちに遭ったんだ。なら次もそうなるかもしれないと、最悪を想定するのは自然だろ?幾ら君が強いとは言え、仮に装者達の中から新たに僕達に対抗出来る存在が現れた時、クロスと立花響を抑えながらあのイレイザー君を守れると言い切れる自信があるのかい?」

 

 

「……それは……」

 

 

話の後半で何処か真剣味を帯びながらそう指摘するクレンの言葉に、アスカは口を閉ざして俯く。そうして自分の掌、男が出ていった屋上の扉を順に見て暫し思考する素振りを見せた後、屋上の手摺から徐に背を離してクレンと向き直った。

 

 

「……そんなに言うなら、何か上手い方法があるってのかよ」

 

 

「あるにはあるよ。まあでも、それに君が乗るかはまた別の話で……」

 

 

「前置きはいいんだよゴチャゴチャとっ。俺の意見なんかどうでもよくて、最初っからテメェの案に俺を乗せるつもりで来たんだろうが」

 

 

「……ハハッ。そうだね。君相手に出し渋るだけ時間の無駄にしかなんないか」

 

 

悪かったねと軽く謝り、クレンは徐に掌を上に向けて右手を差し出す。すると、クレンの掌の上にデータ状の0と1の記号が無数に現れて何かを形作っていき、淡い光を一瞬放った直後、光の中から半透明の一冊の本が現れた。

 

 

「それは……?」

 

 

「この『戦姫絶唱シンフォギア』とはまた別の物語……に繋がる、僕たち専用の裏口だ。コイツを使えば物語に僕達の存在が感知される事なく、この本の中の世界に転移する事が出来る」

 

 

「別の物語って……ようするに平行世界か?そういえば、デュレンの奴はお前に色々と役目を押し付けてたか……確か、ここの物語を中心に他の物語にもノイズ喰らいを送って、奴らにそこの物語の改竄をやらせてるとかなんとか……」

 

 

「ここがもしダメだった時の為の保険って奴さ。今は取り敢えず新しいイレイザーを育てる為の実験所って意味合いの方が大きいけど、デュレンは機会を見てこことは別に新しい拠点を置くつもりでいるみたいでね。その為にも今、あるイレイザーにこの物語の改竄をやらせてて……って、今はそんな話しどうでもいいか……」

 

 

何だか本題から逸れそうになったので軌道修正しつつ、クレンは半透明の本をアスカに手渡していくが、アスカは一先ず受け取った本をまじまじと眺めて訝しげに首を傾げた。

 

 

「で、コイツを俺にどうしろってんだよ?こんなの渡されたって今の俺には大して意味ねえーし……まさか、奴らにやられそうになったらアイツを連れてこん中に逃げろとか言い出すんじゃねぇだろうなっ?」

 

 

「逆だよ、逆。君達が、じゃなくて、彼等をその物語の中に飛ばしてしまえばいいって話さ」

 

 

「……何だと?」

 

 

アスカが訝しげに眉を顰める。クレンはそんなアスカに更に分かりやすく伝えようと、話を噛み砕いて説明を続けていく。

 

 

「例えばの話だけどさ?記憶を失う前の彼が以前倒したイレイザーが改竄した物語……『魔法少女まどかマギカ』、だっけ?の主人公がこのシンフォギアの世界にいきなり現れたとして、その場合、彼女はこの物語にとって一体どういう扱いになると思う?」

 

 

「どういうって……普通に考えりゃ異世界からの来訪者って事になんだろ。俺達からしてみりゃ、厄介な敵が増える最悪のコラボにしかなんねぇけど」

 

 

「そーだねぇ。でもこの場合、僕達にとってはもっと別の観点から見れる部分もあるんだよ。例えば、そう……この時の彼女には、『元いた物語の監視の目って奴が存在しない』のさ」

 

 

「?……ッ!そーか、つまり……」

 

 

クレンが言わんとしてる事を察したのか、アスカはハッとなって半透明の本を見つめ、クレンも笑みを深めて小さく頷く。

 

 

「自分の身体から流れた血が他人の身体に移ったとして、その血がどうなったかなんて自分じゃ分からない。それと同じように、元いた物語から離れたキャラクターが別の物語に移り、仮に其処で存在が消滅した所で元の物語にそれが分かる術はない……つまりさ、このシンフォギアの世界から離れた装者が別の世界で殺されたとしても、この世界はそんなこと分かる筈がないんだよ。だって違う世界の中で起きた出来事だからね。寧ろその世界の本筋と関わりのないキャラクターなんて逆に異物でしかないんだから、消した所で罪を問われるなんてある筈がないのさ」

 

 

そう、言わばこれは物語のルールの穴を突いた裏技のようなモノ。

 

 

このシンフォギアの物語の中で、その存在を赦されないイレイザーである自分達が不必要に装者を手に掛けてしまえば、それはこの物語の本来の流れを阻む大きな矛盾・違和感を生じさせる大罪になってしまう。

 

 

当然だ。『戦姫絶唱シンフォギア』の物語にイレイザーだなんて存在はそもそも現れないし、いない筈の存在に装者達が命を奪われるなど物語として破綻してるにも程がある。

 

 

物語として破綻すれば、この世界の未来の可能性は全て行き詰まり、遠からず世界にはあらゆる形で理不尽な滅びが迫り、最終的にBAD ENDという最悪な形で終焉を迎える事になってしまう。

 

 

故に世界はそんな最悪の事態を避ける為にその矛盾を一つずつ修正しようと、真っ先に一番の矛盾であるイレイザーの自分達を抹消しようとする筈だ。

 

 

デュレンはともかく、自分達にはそれに抗う術を持たない。一度この世界の"目"に認識されれば、抵抗する間もなく物語の外に弾き出されるか、その存在を抹消されて完全に消え去るしかない。

 

 

要するに『世界』という強大な存在の監視の目が光るこの物語の中で、自分達が装者を殺めるには返って来るリスクがあまりに大き過ぎるのだ。

 

 

……しかし、その監視の目が届かない外の世界で装者達が命を落としたとしたら?

 

 

シンフォギアも装者もノイズも、そもそも『戦姫絶唱シンフォギア』のキャラクターが存在しない、全くルールの異なる別の物語へ装者達を跳ばしてしまえば、仮に其処で彼女達の命を奪ったとしても咎める者など誰も存在しない。

 

 

物語が違えばその世界に敷かれるルールも異なる以上、その世界の住人ではない彼女達がどうなろうと、跳ばされた先の物語にとっては彼女達の死など些事にしかならない筈だ。

 

 

「つまり、この世界の監視の目が届かない別世界にクロスの野郎と立花響を飛ばして、其処で奴らの息の根を止めりゃいいって事か……けど、ホントに大丈夫なのかよそれ?あのガキは仮にもこの物語の主人公だ。主役の不在なんて異変、この世界が見逃すとは到底思えねぇんだが……」

 

 

「まあ、多少の違和感程度は勘付かれても可笑しくはないかもね……けど、それだけですぐに僕達の仕業だとは思われないだろうさ。それにこの世界は、装者が一人欠けるだけでも物語の破綻は少しずつ進んでいく。そうなれば僕達が改竄を行える隙も作れるって訳さ」

 

 

「……それで次の改竄が行えるまでのスパンを短く出来る、って事か……確かにそいつは俺がやらなきゃ、だわな……」

 

 

何せ暫く改竄の力が使えなくなってしまったのは、前回の自分の失敗のせいだ。それを取り返す事が出来るなら確かにやってみる価値はあると、アスカは半透明の本を手に頷いた。

 

 

「いいぜ、乗ってやるよその話。どうせ奴らを野放しにしておく訳にはいかねぇんだ。二人纏めて始末出来るってんなら、確かにやってみる価値はある……」

 

 

「そう言ってくれて助かるよ。んじゃ、僕は別の仕事があるから、後は任せたよ?」

 

 

アスカが自分の案に乗った事に機嫌を良くしたクレンは彼の肩をポンポンと軽く叩き、そのまま屋上を後にしようと扉の方へ歩き出していく。が……

 

 

「……んで、なんでいきなりこんな話を俺に持ち掛けた?わざわざ俺を手助けする為に……なんて殊勝な心掛けからじゃねーだろ、お前?」

 

 

「…………」

 

 

まるで何かを見透かしているかのようなそんな疑問を投げ掛けるアスカからの不意の問いに、クレンは足を止めて立ち止まる。そうして数拍を置いて無言になった後、アスカの方へと振り返って僅かに微笑んだ。

 

 

「別に君を貶めるような考えなんてないから安心していいよ。……ただちょっと、個人的に気掛かりな事があってね……」

 

 

「気掛かり……?んだよそれ」

 

 

「それは判ってから話すよ。ともかく君はデュレンの機嫌を損ねないように頑張る事だ。じゃ、期待してるよ?」

 

 

「お、おい!」

 

 

そう言いながらクレンは呼び止めるアスカの声を背に手を振って屋上を後にしていき、残されたアスカは「何なんだよ……」と不服そうに呟きながら彼を引き留めようと伸ばした手で後頭部をワシワシと掻いていき、彼から渡された半透明の本をただただジッと眺めていくのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―クリス宅―

 

 

「──クッソッ!何なんだよアイツはっ……!」

 

 

ボフンッ!と、苛立ちを露わに自宅に戻ったクリスが思わず投げ付けた鞄がリビングのソファーの上のクッションに深く埋まる。

 

 

そしてそのまま下へ下へとずり落ちてソファーの下に滑り落ちてしまうカバンを尻目に、クリスは部屋の電気も付けぬまま構わずソファーの上に飛び込み、両腕を頭の後ろに回して寝っ転がるが、その顔には未だ抑えようのない苛立ちの色が浮き出ていた。

 

 

(馬鹿にしやがって……何処まで人を下に見りゃ気が済むんだ……!)

 

 

あの後、蓮夜が何気なく口にしたあの発言をきっかけに怒りが爆発したクリスは慌てて追いかけてきた響達の声にも耳を傾けず、結局そのまま本部を後にして帰路につき自宅にまで戻ってきてしまった。

 

 

家に着いた頃には時刻は既に夜になり、本部を飛び出してからそれなりに時間が経っているにも関わらず怒りは未だに治まる気配がなく、ムシャクシャするあまり頭の下に敷かれたクッションを掴んで起き上がり思わず投げ付けてしまいそうになるが、すんでの所で手を止めて思い留まり、そのまま膝の上にクッションを乗せて項垂れるように顔を埋めてしまう。

 

 

「……何やってんだ、あたしは……ダサ過ぎにも程があんだろっ……」

 

 

ふと我に返り、今の自分の姿を顧みたクリスは膝の上に乗せたクッションに顔を埋めたまま、自己嫌悪のあまり深々と嘆息を吐いてしまう。

 

 

……そうだ、分かってる。先程のシュミレーションを始める前のやり取りだって元を辿れば自分の一方的な感情から勝手に突っかかっただけだし、それを知らない蓮夜からすれば、わざわざこちらの都合に付き合う義理なんてないに決まってる。

 

 

だからこの怒りだって本当はお門違いでしかないし、それを蓮夜にぶつけるなんて理に叶っていないと頭では分かってる。なのに……

 

 

(理屈じゃ分かってんだ、そんなの……けど、それでもどうしても、アイツを認めるのが癪に障り過ぎるんだよっ……)

 

 

今までこの世界を必死に守ってきたのは自分やその仲間達だ。なのにそれをいきなり後から出てきた余所者に委ねるなど認められる筈がないし、自分達にはイレイザーと戦う力がないからと、一度は自分達との共闘を蹴った奴と肩を並べて戦うなんて今更虫が良すぎるという考えが拭えず、どうしても抵抗感を覚えてしまう。それに何より……

 

 

(……イレイザーがこの世界を改竄した時、一人きりで苦しんでたあのバカを救ったのはアイツだった……あたしじゃなくて……アイツがっ……)

 

 

嘗ては嫌いだった歌を今一度好きになる事が出来たのも、多くの仲間や信頼出来る大人に囲まれる今の幸せな日々を送れるようになったのも、全ては響が敵だった自分に手を伸ばしてくれた事がきっかけだった。

 

 

素直に認めるのは正直癪だし、本人の前で口にすれば絶対に調子に乗ると分かり切ってるから決して口にはしないが、今の自分があるのは彼女の存在があったからだと今でも思う。

 

 

……なのに、そんな彼女の危機に自分は何も出来ず、知らず知らずの内に事態の解決を蓮夜に任せるしかなかった。

 

 

それが何よりも悔しく、腹立たしく、情けなく、仲間を助ける力を持たない無力な自分が嫌で嫌で仕方がないという負の感情が際限なく沸き出てくる。

 

 

そんな自分とは対照に、仮面ライダーの力を持ち、彼女を救ってみせた蓮夜への羨望、そして醜い嫉妬の感情も……

 

 

(何が本気であたしと戦え、だ……そもそも最初から勝負になんてなる筈ねぇのに……見てらんないのは今のあたしの有様じゃねえか……)

 

 

今の自分の様を自覚した途端、ただでさえ重くのし掛かる自己嫌悪の感情が更に重さを増していく。クッションに埋めた顔を何気なく横にそらすと、ソファーの後ろに置かれている両親の仏壇がふと視界に入った。

 

 

「……分かってる。あたしはあたしがやれる事をやるしかないんだって……分かってる筈なのにな……」

 

 

きっと自分を見守ってくれているであろう両親を心配させまいと仏壇に微笑み掛けようとするも、そんな気力も余力もないのかぎこちない笑みを作る事しか出来ない。

 

 

ろくに笑う事も出来ない今の自分の様にクリスは更に思い詰めた表情を浮かべ、そんな顔を隠すように再びクッションに顔を深く埋めてしまい、暗がりの部屋を音のない静寂が支配していくのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

―S.O.N.G.本部・食堂―

 

 

一方、それなりに夜も更けてきた時刻にも関わらずS.O.N.G.の本部では職員達が未だ忙しなく動き回る姿が多く見られ、食堂には家に帰らず本部に泊まって残った仕事を片付ける予定の職員が同僚と共に食事をする者も何人か見受けられる。そんな中に……

 

 

「───────」

 

 

……ズゥーーンッと、傍から見るとそんな重々しい擬音が聞こえてきそうなほど酷く落ち込んだ様子の蓮夜が、食堂のテーブルの上に顔を突っ伏す姿があったのだった。

 

 

どんよりしてる、とでも言えばいいのか、彼の周りの空気だけが淀んでいてただならぬ落ち込みようだ。

 

 

職員達もそんな蓮夜の姿が気になるのか、チラチラと近くを通り掛かる間際に彼を気にするような視線を送るも、あまりにも重い空気を漂わせる蓮夜の様子に気を遣って声を掛ける者は一向に現れない。

 

 

そんな周囲の人間の反応に気付かぬまま、蓮夜は突っ伏した顔を横に向けて溜息を漏らし、テーブルのシミをジッと見つめながら先程のクリスの言葉を脳裏に思い返していた。

 

 

―あたしは最初に手ぇ抜くなって言ったハズだぞっ!始めっからあたしなんかと、まともにやり合う気なんてなかったってのかっ?!―

 

 

(……また言葉選びを間違えてしまった……一体何度同じ失敗を繰り返せば気が済むんだ、俺は……)

 

 

別れ際に彼女に言われた言葉が未だに頭の裏にこびり付いて離れず、またやらかしてしまったと、蓮夜は鬱々とした気分から再び溜め息を漏らしてしまう。

 

 

あの時は彼女の不興を買うつもりなどなかったし、彼女に手を差し伸べたのも単純に身を案じてからのものだった。

 

 

しかし、彼女は自分と本気で戦う事を望んでた。理由は分からないがそれが彼女の希望だったのだとしたら、最後に自分が掛けたガングニールの力を使う気はなかったなどという言葉は余計な一言で、自分と真っ向から戦う事を望んでいた彼女からしてみれば始めから手を抜いて戦うつもりだったと受け取られても無理からぬ事だ。

 

 

嗚呼、これでは初めて彼女達と面向かって話した時の焼き直しではないか。相手に気を遣い過ぎるあまり下手な発言や態度を取り、不興を買ってしまう自分の至らなさに嫌気が差す。

 

 

因みにそんな自分の心境を察していたかのように、つい先程学生寮にいる響から自分の端末に『クリスちゃんには私達の方からフォローしておきます!蓮夜さんは気にしなくて大丈夫ですから!』とメールで一報が入っていた。

 

 

恐らくこの間の改竄事件の際に、公園で己の愛想の無さを気にしてると話したのを律儀に覚えていて気を遣ってくれたのだろう。その心遣いは嬉しいが、同時にそんな気遣いを響にさせている自分が余計に情けなく思える。

 

 

(やはり明日にでも俺の方から謝罪を……いやそもそも、昨日の今日で俺とまともに口を効いてくれるかどうか……)

 

 

クリスとシュミレーションを始める直前に、彼女が自分に向けていたあの目を思い出す。

 

 

今思うと、あれは恐らく未だに自分の事を信用し切れていない、受け入れる事が出来ていないという眼差しだ。

 

 

以前響から聞かされた話からクリスが自分を快くは思っていないだろうとは何となく察しは付いていたが、今回の件のせいでそれが拍車を掛けてしまったとしたら、謝罪以前に果たして自分とまともに口を効いてくれるかどうか……。

 

 

どんどん深まる自己嫌悪の沼から一向に抜け出せないあまり自信までなくなっていき、蓮夜が何度目か分からない溜め息を吐いて頭を悩ませてしまう中、其処へ……

 

 

「──あったかいもの、どうぞ」

 

 

「……え」

 

 

コトッと、不意にテーブルの上に何かが置かれたような振動と共にそんな一言が聞こえた。驚きと共に思わず顔を上げると、其処にはS.O.N.G.の制服を纏う二人組の男女……友里あおいと藤尭朔也がそれぞれ湯気立つコーヒーカップを手にして立つ姿があり、テーブルに突っ伏す自分の顔の横にも、二人が手にしてるのと同じコーヒーカップが置かれていた。

 

 

「コーヒー……えぇっと、確か……」

 

 

「発令所の方では何度か顔を合わせてましたよね。オペレーターを担当してる友里あおいです。それでこっちが……」

 

 

「同じくオペレーター、情報処理を担当してる藤尭朔也です。……何か大分参ってるような感じですけど、大丈夫ですか?」

 

 

「え……あ、あぁ、大丈夫だ、心配いらない……コーヒー、どうも……」

 

 

姿勢を正し、わざわざ容れてくれたコーヒーのカップを手に取って二人に軽く会釈する蓮夜。すると二人も蓮夜の近くの席に着き、友里が蓮夜の顔を見つめながら小首を傾げ口を開く。

 

 

「大丈夫、という割には顔色の具合が優れませんけど……もしかして、さっきのクリスちゃんのこと、まだ気にしてます?」

 

 

「ゔ……」

 

 

「あー、こりゃ当たりっぽいかな……」

 

 

わりと分かりやすく声に出して反応する蓮夜を見て、藤尭も思わず出た苦笑いが隠せずにいる。と其処へ……

 

 

「まぁ、アレは恐らくクリス君なりの対抗意識って奴だ。君が其処まで気に病む必要はないだろう」

 

 

「……風鳴司令」

 

 

友里と藤尭に続き、今度は二人と同様、その手にコーヒーカップを手にした弦十郎が蓮夜達の座るテーブルへやって来た。

 

 

思わぬ人物の登場に蓮夜も意外な目を向ける中、友里が席を譲ろうかと一度立ち上がり掛けるが、弦十郎はそれを手で制して蓮夜から斜めに見える位置の席に着いていき、コーヒーを一口飲んで口内の渇きを潤し、話を続けていく。

 

 

「普段はあんな言動で分かりづらいとは思うが、彼女はああ見えて責任感が強く、後輩想いな一面があってな。年長組である翼やマリア君がこちらにいない今、自分が先輩としてしっかりしなければならないと神経質に陥りやすい節がある。其処へイレイザーやマスクドライダーである君の出現、改竄事件などの思わぬ事態が立て続けに起きて尚更責任を負いがちになってるのやもしれん」

 

 

「……責任……仲間を想うが故、か……」

 

 

言われてみれば、先程自分と戦っていた時のクリスは以前に比べ何処か余裕が無さそうに思えた。てっきり今日はたまたま虫の居所が悪かったのか、或いは自分を快く思わないあまりそれが今日の戦いに出ていたのではないかと思ったが、元々の責任感の強さが前のめりに出ていたのだとしたらあまり好ましい状態ではないのかもしれない。

 

 

何れにせよその要因が自分にもあるのだとすれば、やはり一言謝罪をすべきか?……いやしかし、自分が不用意に出しゃばれば逆にそれが彼女に余計なストレスを与えてしまうのではないか?

 

 

考えれば考えるほどグルグルと負のスパイラルに陥って答えを見い出せず、蓮夜は悩むあまりコーヒーカップを両手で包んだまま「うぅぐぅ……」と力なく項垂れてしまい、三人はそんな蓮夜の様子が気になり心配そうに顔を見合わせ、此処は話題を切り替えた方が良さそうだと弦十郎が蓮夜に向けて口を開いた。

 

 

「ところで、シュミレーション後の身体の調子はどうだ?約一週間振りの戦闘だったと思うが、何処か身体に不調を感じたりなどはしなかったか?」

 

 

「?……ああ、それなら問題ない……傷はまだ所々残ってはいるが、それほど大した物でもないし、戦闘中に激しく動いても痛みが走るといった事もなかった……戦闘での動きのキレも以前とは変わりなかったし、次に出撃があれば俺も出られると思う……」

 

 

「ふむ、そうか……」

 

 

「でも、未だに信じられないわよね。全治数ヶ月と聞かされてた怪我がたったの一週間で此処まで治るだなんて……本当にあのベルトとカードにそんな力があるのかしら……?」

 

 

「他の人間がベルトを巻いても、そういった効果は見受けられなかったって報告書にも書いてましたよね?他は駄目なのに蓮夜君だけがそうなるなんて、何か特別な仕掛けがあったりとかするのかな……」

 

 

「それは……ううむ……」

 

 

「…………」

 

 

蓮夜の驚異的な治癒能力の正体が本当に彼の持つベルトやカードによるものなのか。首を捻る友里と藤尭からの指摘に対して自分でも力の全容が分かっていない蓮夜も明確な答えが返せず言い淀む中、無言で三人の話を聞く弦十郎は顔を俯かせて一週間前にエルフナインと話した内容……レントゲンで撮影した蓮夜の身体について思い出していく。

 

 

『──正直、この件はまだ不明瞭な部分も多々ありますので、不用意に本人に告げるのはあまり好ましくないと思います。下手に記憶の核心を突いて不完全な記憶を取り戻せば、却って蓮夜さんがその記憶に苦しめられてしまう可能性もありますし……何より、その記憶を取り戻す事が果たして蓮夜さんの為になるのか、僕にも判断が出来ませんから……』

 

 

(……人工的に手を加えられた強靭な肉体……それが彼の驚異的な身体能力と治癒能力に由来しているとすれば確かに納得だが、同時に疑問も残る……彼はいつ何処でそんな非人道的な手術を受けたのか……)

 

 

それに、調べた限りでは彼の改造手術は脳にまで深く及んでいるとの事。エルフナインの見解では其処まで手を加えられては普通の人間なら先ず生きていられる筈がないと断言していたが、ならば、目の前にいる彼は何故こうして普通にしていられるのか。

 

 

友里と藤尭と会話をする蓮夜を遠巻きに見つめながら尽きない疑問が胸中を占めるが、今持つ少ない情報量だけではそれを紐解く事は叶わない。なら……

 

 

「……ベルトやカードの件もそうだが、蓮夜君、記憶の調子はどうだ?新しい生活で心機一転、環境も変わり身も心も落ち着いてきたとは思うが、何か些細な事でも思い出せるようにはなったかね?」

 

 

今は彼から記憶に関する情報を少しでも集め、その内容次第では、記憶を取り戻す協力をすべきか否かの判断を考えねばならないかもしれない。当たり障りのない話題を振り、蓮夜が今何処まで記憶を取り戻せているのか確認も兼ねてそう問い掛ける弦十郎に対し、蓮夜は……

 

 

「あ、いや……記憶は一向に蘇る気配はないんだ……ただ、新生活の方は少々ままならないというか……トラブルを起こし過ぎてちょっと……ウン……」

 

 

「「「……?」」」

 

 

そう言って、とてもいたたまれなさそうに冷や汗を流しながら弦十郎達から目を逸らす蓮夜を見て三人は訝しげな顔で首を傾げる。

 

 

もしや、新しい入居先で何かあったのだろうか?もごもごと言葉を濁す蓮夜の様子からそう思い、もう少し話を掘り下げようと弦十郎が蓮夜に次の質問を投げ掛けようとしたその時、艦内に突如けたたましいアラートが鳴り響いた。

 

 

「ッ?!これは……!」

 

 

『──市街区にノイズの反応を検知!位置は第17区域、南西CポイントとNポイント!数は現在50から70、更に増え続けている模様!総員、速やかに配置に──』

 

 

「ノイズ?!まさか!」

 

 

「……イレイザーか……!」

 

 

警報と共に艦内に流れる放送からノイズの出現、即ちイレイザーの襲撃を瞬時に悟った蓮夜はすぐさま食堂を飛び出して自身のマシンが収容されてる格納庫に向かい、それを見た弦十郎達も互いに顔を見合わせて頷き、急いで発令所へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱④

 

―第17区域・南西Cポイント―

 

 

「う、うわぁああああああッ!?」

 

 

「た、助け──ギャアァッ?!」

 

 

S.O.N.G.がノイズ出現の反応を検知した南西の二つのポイントの内の一つ、南西Cポイントでは突如街中に現れた無数のノイズで溢れ返り、偶然その場に居合わせた市民達が容赦なく襲われるという阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

 

逃げ惑う人々がノイズに背後から襲われて共に炭素となり、道の至る所に人だったモノの炭素の塊が辺り一面に散乱していく。

 

 

その凄惨な惨状を、アスカと二手に別れてノイズ達の殺戮の一部始終を傍らで見ていたイレイザーの男は瞳を震わせ、何処か青ざめた顔を浮かべていた。

 

 

(これが、俺の役目……覚悟もしてたし、予想もある程度してたハズなのに……いざ目の前にすると、こんなにもっ……)

 

 

自分の目的の為に他の誰かの命を奪い、殺める。イレイザーになると決心したあの瞬間からその覚悟をとうに決め、腹も括ったつもりだった。

 

 

が、いざその瞬間を前にすると想像を遥かに上回る惨劇に目の前の視界が揺らぎ、人間だった物の炭素の塵が目の前を舞い散るだけで腹の奥から何かがせり上がり、口から吐き出しそうになるものを手の甲で抑えて必死に堪える。

 

 

人を初めて殺める感覚とは、こんなにも凄まじい不快感が生じるのか。自分には一生縁のない物だと思っていた様々な感情の波が一気に押し寄せ、いたたまれない罪の意識にすり潰されそうになり、たまらず涙が滲む。

 

 

『──あなたって昔から争い事に向いてないっていうか、優し過ぎるのよ。人を傷付けるような事、口ですら一度も言った事ないでしょ?』

 

 

──何時だったか昔、"彼女"に笑いながらそんな事を言われたのをふと思い出す。

 

 

ああそうだとも。争い事なんて本当は嫌いだし、ない方がいいに決まってる。傷付け合わなくて済む方法があるのならそっちを取りたいと、人の身を捨て去った今だって、心の何処かでそんな想いを捨て切れずにいる自分がいるのも確かだ。

 

 

……でも、ダメだ。それだけでは、想うだけでは守れない物があると知ってしまった今、こんな事で足が竦んでいては望みは果たせない。

 

 

(もう後戻りは出来ないんだ……俺はもう人の道を踏み外した……!此処までやった以上、もうやり遂げるしかないっ!)

 

 

罪の意識から訴え掛ける呵責を振り払うように涙を拭い、男は獣の如く雄叫びを上げてその身を徐々に異形の肉体へと変質させていく。

 

 

そして男は灰色の羊の異形……シープイレイザーと化して自身も動き出し、ノイズ達に混じって逃げ遅れた民間人の一人の男を背後から掴み、強引に建物の壁に押し付けながら拳を振りかざした。

 

 

「ひ、ひぃいいいいいっ!!た、助けてっ──!!」

 

 

『うっ……ッ……ウ、ァアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

泣きながら助けを乞う民間人の男の顔を見て、思わず振りかざした拳を止め躊躇してしまうシープイレイザーだが、此処でやらねば自分の望みは果たされないと自分自身に強く言い聞かせ、悲痛にも聞こえる雄叫びを上げながら今度こそ民間人の男の頭に目掛け拳を振り下ろそうとした、その時……

 

 

 

 

 

「──Balwisyall Nescell gungnir tron……」

 

 

 

 

 

『……?!』

 

 

捕えた民間人の男の頭が砕かれ、トマトの如く鮮血が辺り一面に撒き散らされようとした寸前、不意に何処からともなく美しい歌が聞こえた。

 

 

それを聞いたシープイレイザーが振り下ろした拳を民間人の男の顔の前でギリギリで止め、歌が聞こえてきた方へと振り返ると、其処にはノイズ達の群れの向こうから橙色、桃色、緑色の光の煌めきが見え、直後にノイズの何体が空へと吹き飛び、切り刻まれて塵となり霧散していく光景が視界に飛び込んできた。

 

 

『な、何だ……?!』

 

 

「──うおぉりゃあああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

消し飛ばされるノイズ達を見てシープイレイザーが驚倒する中、ノイズ達の群れの向こうから烈々たる雄叫びが響き、反射的に身体をビクつかせてしまう。

 

 

その声を頼りに目をよく凝らして見れば、ノイズ達の群れの向こうに鋭い拳と蹴りを駆使してノイズを打ち負かすマフラー靡かせた栗色の髪の少女と、巨大な鎌を横薙ぎに振るいノイズ達を纏めて始末する金髪の少女、そしてツインテールに纏う装甲から無数の小型の鋸を飛ばしてノイズ達を切り刻んでいく黒髪の少女……S.O.N.G.からの知らせを聞いて急ぎ現場に駆け付けた響、切歌、調の三人の姿を捉えた。

 

 

一人一人が一気呵成の勢いで無数のノイズ達を蹴散らしていく無双ぶり。そんな響達の姿を目の当たりにし、シープイレイザーは作戦開始の前にアスカから説明された自分が戦う相手について思い出していく。

 

 

『歌と共に戦う戦姫……あれがシンフォギアなのか……?あんな、子供が……?!』

 

 

「う、うわっ!ひぃいいいいっ!」

 

 

つまりはあれが今回、自分が戦わなければならない相手。クロスと共に自分達の障害となるその存在については予め聞かされてはいたが、まさかその正体がまだ年端もいかぬ少女達だとまでは知らされていなかったのか、シープイレイザーは響達を見て衝撃を受けたかのように呆然と佇み、壁に押し付けていた民間人の男の胸ぐらから手を離してそのまま逃がしてしまう。

 

 

そんな中、襲い来るノイズ達を次々と蹴散らしていた響がシープイレイザーを発見し、ヘッドギアから本部に通信で呼び掛けた。

 

 

「師匠、赤眼のイレイザー!ノイズイーターを見付けました!やっぱりノイズの発生と関わりがあったみたいです!」

 

 

『やはりか……!響君はそのままノイズイーターとの戦闘に入ってくれ!切歌君と調君は周辺のノイズを掃討しつつ、響君の援護を頼む!』

 

 

「了解!」

 

 

「悔しいデスけど、今のアタシ達じゃイレイザーとは戦えないデスからね……響さん、援護は任せて欲しいデス!」

 

 

「うん、背中はお願い!ハァアアアアッ!」

 

 

本部にいる弦十郎からの指示を受け、響は切歌と調の助力を借りながらシープイレイザーの下に辿り着くまでの経路を塞ぐノイズ達を殴り飛ばし、持ち前の突貫力で先へ先へと突き進んでいく。

 

 

そんな響の進撃を阻止するかのように周りのノイズ達も響の背後や死角から一斉に飛び掛かろうとするも、切歌と調が即座に放った鎌の刃と小型の鋸がそれを阻み、ノイズ達の身体を引き裂き霧散させる。

 

 

そして響も二人を信じて一切振り返る事なくノイズの群れを薙ぎ倒して容易く突破し、未だに響達を見つめて呆然と佇むシープイレイザーと対峙すると、其処でシープイレイザーも漸く我に返り、慌てて両脇を締め拳を身構えた。

 

 

「貴方が今回の騒動を引き起こしたイレイザーさんですよね……?どうしてこんな事をしたのか、貴方の目的と理由を教えて下さい!」

 

 

『う、ううっ……(こ、こんな子供とも戦うのか……?やれるのか、俺に……?!』

 

 

目的を問い質そうとする響の呼び掛けに耳を傾ける余裕がない。先程初めて誰かを手に掛けようとした際も相当な覚悟を決めなければならなかったというのに、今度はこんな女子供とも戦わなければならないなど、ただでさえ争い事に向いてない性格のシープイレイザーからしてみれば戦い辛いにも程がある。しかし……

 

 

『(ッ……でも、それでもやるしかないっ!)う、うわぁあああああああああああああああああッ!!』

 

 

「え、ちょ、ちょっと待っ……?!うわわっ?!」

 

 

例え女子供が相手であろうと、立ち塞がる以上は戦うしかない。今度こそ腹を括ってそう決心したシープイレイザーはがむしゃらに両腕を振るい響へと挑み掛かり、響もいきなり襲ってきたシープイレイザーの攻撃を慌てて回避しながら背後に飛び退くと、再度迫るシープイレイザーに向けて身構え戦闘を開始していくのであった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

―第17区域・南西Nポイント―

 

 

『ハアッ……!ハッ!』

 

 

一方その頃、響達が駆け付けたCポイントとは別にノイズが出現したNポイントの公園でも、民間人がいきなり出現したノイズ達に襲われて逃げ惑う混乱状態に陥っている。

 

 

其処へ蒼いマシン……クロスレイダーに乗って駆け付けたクロスに変身する蓮夜が逃げる人々を執拗に追うノイズの大群の進行を一人で食い止め、民間人の避難と救助に奮闘する中、本部から藤尭と友里の通信が届く。

 

 

『本部からクロスへ!敵イレイザーを南西Cポイントにて確認!』

 

 

『現在ガングニール、イガリマ、シュルシャガナが戦闘中です!』

 

 

『ッ!こっちは外れか……!しかし、何故わざわざ別々の場所にノイズを……?「きゃああああッ!!」……?!』

 

 

敵の意図が読めない。戦力を分断させてまで、何故別々のポイントにノイズを展開したのか敵の狙いが分からず困惑するクロスだが、耳を劈くような悲鳴が聞こえて慌てて振り返る。

 

 

すると其処には、カップルと思わしき二人の男女が三体のノイズ達に囲まれて逃げ場を失い追い込まれる姿があり、ノイズの一体が怯える二人に飛び掛かろうとした瞬間、其処へクロスが三体のノイズの背後から蒼光を纏った右脚を振って飛び掛かり、鋭い回し蹴りでノイズ達を纏めて蹴り裂いた。

 

 

「ひいっ!……え?だ、誰……?」

 

 

『誰でもいい……!早く此処から離れるんだ!急げ!』

 

 

「え、あ、は、はいっ!」

 

 

動揺と困惑を露わにしながらも頷き、二人の男女は慌てて公園の出口に向かって走り出していく。クロスはそれを見送る余裕もなく逃げ惑う人々を襲うノイズ達に突っ込んで殴り飛ばし、蹴り砕いて一体ずつ撃破していくが、倒しても倒しても湧いてくるノイズの数を見て思わず舌打ちしてしまう。

 

 

『(響達の下へ駆け付けようにもノイズの数が多い……!逃げ遅れた民間人がまだこれだけ残ってる以上放っておく訳にはいかないが、かと言って彼等を守りながらこの数は……!)』

 

 

『Code slash……Clear!』

 

 

幾ら数が多かろうと所詮烏合の衆でしかないノイズを相手にするだけなら大した問題はないが、如何せん未だ多くの民間人が逃げ遅れているこの状況下ではノイズの殲滅に専念する事が出来ない。

 

 

バックルにカードをセットしタイプスラッシュにその身を変化させ、素早い軌道ですれ違い様にノイズを斬り裂いてそのまま攻勢に出ようとするが、視界の端でまた別の民間人が襲われようとしている姿を捉えてすぐさま救出に向かい、走り出していく。

 

 

『(ッ……俺だけでは手が回らないっ……せめてあと一人、ノイズを引き付けてくれる戦力があれば──!)』

 

 

 

 

 

「Killiter Ichaival tron……」

 

 

 

 

 

『……!この歌は……』

 

 

民間人を守る事に精一杯で内心焦りを浮かべる中、空から不意に聞き覚えのある歌声が響き渡った。

 

 

その歌に釣られるように空を見上げれば、其処には公園の遥か上空に浮遊するS.O.N.G.のヘリコプターから一筋の赤い光が落下して来る光景があり、弾けるように霧散した光の中から赤いギアを身に纏ったクリスが現れたのだ。そして、クリスは空から落下しながら眼下に広がるノイズの大群に向けて両手に構えたクロスボウから無数の光の矢を乱れ打ち、雨の如く降り注ぐ矢がノイズ達をあっという間に一掃していったのであった。

 

 

『赤い銃使い……!イチイバルか!』

 

 

『イチイバル、Nポイントに到着!』

 

 

『クリス君、そちらはまだ民間人の避難誘導が完了していない!蓮夜君と協力し、出来る限りノイズを引き付けてくれ!』

 

 

「分かってる!ウォラァアアッ!」

 

 

言われるまでもないと、クリスは本部からの指示に短く答えながら両手のクロスボウを構え直して光の矢を再び乱射していき、周囲のノイズ達を次々と矢で撃ち抜き撃破していく。

 

 

それを目にした他のノイズ達もクリスを危険対象と認識したのか、民間人の殺戮を中断して一斉にクリスへと標的を変え押し寄せていき、中には身体を紐状のように変質して特攻するノイズもいるが、クリスは冷静に身を翻してノイズの特攻の初撃をかわし、更に続け様に突っ込んできたノイズを回し蹴りだけで蹴り飛ばし粉砕した。

 

 

そして四方から迫るノイズの大群に向けて両手のクロスボウを左右一直線に構えながら引き金を引き、銃撃を放ちながら360度回転して光の矢をばら撒き、射線上のノイズ達を薙ぎ払っていく。

 

 

『やはり凄まじいな……これなら……!』

 

 

まるで赤子の手をひねるかのように次々とノイズを簡単に撃破するその戦いぶりに感心する。ともかくクリスが来てくれた事で状況が好転した。これなら彼女にノイズの相手を任せて逃げ遅れた人々の救助に専念出来ると、クロスも民間人の避難を手助けする為に動き出す。

 

 

そして、ノイズを引き付けるクリスもクロスボウからガトリングガンに切り替えた得物から弾丸を乱れ打ちノイズを素早く撃破していくが、このままでは分が悪いと踏んだか、他のノイズ達は突如紐状に変質しながら一箇所に集まって巨大な塊となり、更に形状を変容させて巨大なノイズへとその身を変貌させていった。

 

 

「ちっ、束になりがった……!だがそんなもんでぇッ!」

 

 

無数のノイズの集合体の巨大ノイズが巨腕を振るいクリスに襲い掛かる。しかしクリスも怯む事なくその場から跳躍し巨腕の一撃を回避すると、巨大ノイズの腕を踏み台にして更に空高く舞い上がり、両手のガトリングガンを瞬時に連結しロングボウの形状に変形させながら、ミサイルを思わせる矢を弓に番わせ、巨大ノイズの頭に狙いを定めていく。

 

 

「コイツで、ぶち抜けぇええッ!!」

 

 

―ARTHEMIS SPIRAL―

 

 

クリスの手から放たれた矢が、まるで流星の如く赤い閃光となって空を駆ける。そして、矢の先端の形状が独りでにロケットの弾頭のように展開、末矧部分が変形してスラスターとなり、火を吹いて猛スピードで加速しながら巨大ノイズの頭を凄まじい貫通力で撃ち貫いていったのだった。

 

 

頭に巨大な風穴を空け、その巨体が塵となり崩れ落ちていく巨大ノイズの撃退、そして周囲に他に残敵がないのを肉眼で確認したクリスは地上に降りて一先ず軽く一息を吐くと、其処へ民間人の救助と避難を終え、通常形態に戻ったクロスがクリスの下へと駆け寄っていく。

 

 

『すまない、助かった。俺一人じゃ現場をフォローし切れなかったし、おかげで民間人に余計な犠牲が出ずに済んだ』

 

 

「…………」

 

 

ノイズを引き付け、民間人の避難に協力してくれたクリスに感謝の言葉を掛けるクロス。だがクリスは険しい顔付きでクロスを一瞥するも、すぐに視線を逸らして何も言わず背中を向けてしまい、そんなクリスの様子からやはり先のシュミレーションでの一件を引きずっているのだろうと察したクロスは気まずげに俯き、何か言葉を掛けようと口を開き掛けるが、その時……

 

 

 

 

「──やっぱノイズ程度じゃ糞の役にも立たねぇか……まあでも、お前らを釣り上げてくれたってだけでも上々かね」

 

 

 

 

『「……ッ?!」』

 

 

不意に背後から溜め息混じりの声が響き、二人は反射的に拳と銃を構えながら咄嗟に振り返る。すると其処には、木の影からゆっくりと金髪の男……アスカが姿を現すのが見え、クロスは仮面の下で驚愕の表情を浮かべた。

 

 

『お前は……?!』

 

 

「よお、暫くぶりだなクロス。まさかホントに生きてたとはな……こうして直接テメェの顔を見ると、改めて自分の間抜けさに腹が立ってくるぜ……」

 

 

「?何だ、知ってる顔なのかよ……?」

 

 

『ッ……前にも話した、響の記憶を改竄した事件の際に俺が会った上級イレイザー……さっきのノイズを操る黒幕の一味の一人だ……!』

 

 

「ッ?!コイツが……?!」

 

 

つまりこの男こそ、自分達の世界に再びノイズの脅威を齎した元凶の一人であるということ。嘗て自分達が死にもの狂いで終わらせた事件を掘り返すような真似をしているのが目の前の男だと聞かされ、クリスは驚きと同時に湧き上がる怒りを露わに両手のクロスボウの銃口をアスカに突き付けるが、アスカはクロスの隣に立つクリスを見て軽く舌打ちした。

 

 

「んだよ、立花響じゃねーのか……チッ、いきなり外れを引くとは幸先の悪いスタートだなぁ、オイ……」

 

 

「なっ……ふざけんなっ!誰が外れだッ!!」

 

 

「吠えるなよ。こちとらテメーなんぞにハナから用はねぇんだ。俺が用事があんのはお前のお友達と……其処にいるいけ好かねぇ仮面の野郎だけだ」

 

 

『ッ……』

 

 

ギロッと向けられた瞳に宿る重苦しい殺気がクロスの全身を突き刺す。無意識に流れる冷や汗が額を伝い、手の汗が滲み出る。ただ睨まれただけで以前の戦い……否、そもそも戦いとすら呼べなかった一方的な蹂躙の記憶を身体が思い出して圧倒されるクロスの反応を他所に、アスカは一歩前へ踏み出てその身から火の粉を撒き散らしていく。

 

 

「本当ならテメェと立花響を一気に釣り上げれれば無駄な手間も減って助かったんだがな……まぁ、どっちみち先に任された仕事がある以上、そっちが無事に片付かない事には結局後回しになんのは変わりねえか」

 

 

『釣る……?まさか、わざわざ別の場所にノイズ達を置いたのはお前の差し金か……!』

 

 

「そういうこった。前回は俺の失態でテメェを逃して、そのせいで駒をまた一人失う事になった訳だからな……前の失敗を取り返す為にも、今度は逃しはしねぇぞっ」

 

 

『……駒、だと……?』

 

 

駒と、そう吐き捨てたアスカの言葉に反応する。

 

 

同時に、以前の事件の今際に己の所業を後悔して逝ったフロッグイレイザーの最期と、その手を掴み損ねて後悔していた響の悲しげな背中が脳裏に蘇り、無意識に唇を噛み締めた。

 

 

『ふざけるのも大概にしろっ……そうやってお前達は、一体何人の人間の人生を弄んできたッ?!貴様がこの世界に何を想おうが勝手だが、其処に生きる人々にも生命があるッ!心があるんだッ!それを駒などと呼んで簡単に掃いて捨てる権利なんてお前達にはないッ!』

 

 

「……ハッ、テメェこそ惚けた事を吐かしてんじゃねーよ。前にも言ったぞ?俺達はあくまで誘いを持ち掛けただけで、手を取るか取らないかを選んだのは結局のところ奴ら自身の意志だ。誘いを断って跳ね除ける事も出来ただろうに、それをやらなかった時点で奴らの責任になるんだよ。イレイザーになった後で奴らが何を想おうが、後悔しようが俺達には何の関係もねぇ……そうなるくらいなら、そもそも半端な覚悟で手を取ったソイツ等が悪ぃのさ」

 

 

「コイツっ……!」

 

 

『人の心の傷や弱味に付け込んでおいて、どの口でっ……!』

 

 

自分達はあくまでも選択肢を与え、彼等の意志を尊重して力を与えただけだといけ図々しく語るアスカに、クロスとクリスも憤りを隠せない。

 

 

しかしアスカはそんな二人の怒りに満ちた眼差しも何処吹く風と涼しげな顔で気にも止めず、全身から紅い炎を立ち上らせてその身を徐々に包み込ませていく。

 

 

「生憎こっちも禅問答なんてやってる時間も余裕もねぇんだ。……今度は初めから容赦無しで行かせてもらう……!」

 

 

そう宣告すると共に、アスカの全身が業火に覆われ激しく燃え盛る。直後、アスカを中心に凄まじい爆発と衝撃波が発生して地面を吹き飛ばした。周辺の照明がその余波だけで大きくへし折れ、公園のオブジェやベンチが炎に包まれ徐々に溶解していってしまう。

 

 

「グゥッ!!な、何だよこのプレッシャーっ?!」

 

 

『そ、測定器が全て限界値を突破!計測が振り切れて、正確な数値を観測出来ません!』

 

 

『何だと?!』

 

 

『(ッ……威圧感が前回の比じゃないっ……!まだ力が上がるのかっ……?!)』

 

 

断続的に熱を帯びた衝撃波を連続で発生させるアスカから、以前に戦った時とは比較にならない圧倒的な威圧感が放たれ、周囲の空気が濃く、紅く染まる。全身を保護しているハズの二人のスーツとギアを突き抜け、肌がジリジリと焼かれるような痛みが走って止まない。

 

 

そうして、一際大きい衝撃波がアスカから放たれたと同時にその身に纏う紅蓮が霧散し、巨大な右腕が特徴的な紅の魔人……イグニスイレイザーが姿を現し、クロスに人差し指を突き付けた。

 

 

『前回のリベンジだ……その命、今度こそ貰うッ!』

 

 

『ッ……イチイバル……お前は離脱して響達と合流しろ……コイツは俺が引き受ける……』

 

 

「ッ!お前、何言ってんだ……?!あんなの一人で戦える相手じゃねえだろっ!」

 

 

こうして相対してる間にも伝わってくる重圧、プレッシャーを肌で感じて分かる。あのイレイザーは今まで戦ってきたノイズイーターとは比にならない敵だ。仮に二人掛かり、いや、例え装者全員を交えたとしても勝てるか分からない相手を一人で受け持つなど、自殺行為にしかならない。 それが分からない筈がないのに、クロスはそれでも徐にクリスの前に出て構わず告げる。

 

 

『奴の狙いは俺だ、奴の言葉からして恐らくお前の命まで狙う気はない……それに奴は響の事も狙ってる……他に何か策を弄してる可能性も考えられる以上、今は響を守る事を優先するんだ……』

 

 

「だけど!」

 

 

『良いから言う通りにするんだ!此処にお前が残っててもどうにもならない!』

 

 

「……ッ……!」

 

 

イグニスイレイザーと対峙しているだけで既に余裕がないのか、一向に引き下がろうとしないクリスに痺れを切らすあまり語気が強くなってしまうクロスの言葉に、クリスはショックを隠せず息を拒んで目を見開いてしまう。

 

 

そんな彼女に顔を向ける余裕もなく、クロスはゆっくりとクリスなら離れながらイグニスイレイザーとの間合いを測るように慎重に動き出していく。

 

 

『(コイツを響達に近付けさせる訳にはいかないっ。装者の身に何かあれば、漸く見付けたイレイザーに対抗する術も失われる……!奴を倒せるかは分からないが、とにかく今は響達がもう一体のイレイザーを倒すまで、どうにか此処で食い止めて時間を稼ぐしかない……!)』

 

 

『本気で一人で俺を相手するつもりか?前に俺に散々痛め付けられたこと、まさかもう忘れたって訳じゃねぇだろ?』

 

 

『……忘れたくても忘れられるものか……こっちはお前に負わされた怪我のせいで私生活でも散々な目に遭ってるんだ……ついでにその借りも返させてもらうぞっ……!』

 

 

『ハッ、軽口を叩ける程度には余裕が出てきたか?なら今度は途中でへばるんじゃねえぞォおおおおおおッ!!』

 

 

背部から勢いよく炎を噴き、凄まじい速さで飛び出すイグニスイレイザーが掌を広げた右腕を伸ばしてクロスに掴み掛かろうとする。

 

 

それを見たクロスはすぐさま腰のバックルから両足に向けて蒼光を走らせて脚力を瞬間的に強化し、片脚の裏で地面を蹴り上げ側面に回り込むようにその場から飛び退くと、かわされたイグニスイレイザーの右腕が地面を叩き付けて粉砕する。

 

 

その隙にクロスは地面に着地すると同時にもう片方の脚で再び地面を蹴り上げ突撃し、イグニスイレイザーの横っ面に目掛けて飛ばした拳がドゴォッ!!と鈍い音を立てて直撃する。が……

 

 

『……前にも言っただろーが。今のテメェじゃ、俺の身体には傷一つ付けられねぇってよォッ!!』

 

 

『チィッ……!』

 

 

前回と同様、やはりイグニスイレイザーは顔面に拳を打ち込まれてもビクともせず、手応えも感じない。ダメージを受けた様子もなく、まるで蝿でも払うかのように鬱陶しげに巨腕を横薙ぎに振るうイグニスイレイザーから咄嗟に離れ距離を取ろうとするクロスだが、イグニスイレイザーはそんなクロスへと瞬時に距離を詰めて肉薄し、紅蓮の炎を纏う左拳を飛ばして殴り掛かる。

 

 

それに対しクロスも顔を歪めながら咄嗟に左拳に蒼光を纏い、クロスカウンターを狙ってタイミングを合わせるように拳を鋭く放つが、イグニスイレイザーの胸に打ち込んだ拳はその強靭な防御力の前に容易く弾かれてしまい、逆に紅蓮の炎を纏うイグニスイレイザーの剛拳が胸のボディにめり込み、そのまま数十メートル先まで弾丸の如く勢いで殴り飛ばされてしまった。

 

 

「あっ……!っ、クッ……ああっ、クッソォッ!」

 

 

吹っ飛ばされるクロスを追うように、イグニスイレイザーも再び目にも止まらぬ速さで駆け出し追撃していく。その様子を離れて見ていたクリスも慌てて二人の後を追おうとするが、先程のクロスの言葉を思い出して一瞬迷ってしまい、僅かな逡巡の末、やはりクロスの窮地を前にこのまま見捨てる事は出来ないと、二人の後を追って急ぎ走り出していったのだった。

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱⑤

 

 

『──クソがっ……!!何時までも逃げてんじゃねぇええええええええええッ!!!』

 

 

苛立ちを孕んだ雄叫びと共に、疾走するイグニスイレイザーがオレンジ色の炎を纏う巨大な右腕を振りかぶって突撃し、何度も何度もクロスに襲い掛かっていく。

 

 

闇夜を切り裂くように、紅の炎が頭上、左右から立て続けに迫るが、クロスはスーツの上に伸びる全身のラインを通して四肢に蒼光を随時走らせ、瞬間的な身体強化を繰り返す事でイグニスイレイザーが繰り出す拳の一撃一撃を素早く飛び跳ねて回避していた。

 

 

火の粉が舞い、打ち砕かれるアスファルトの地面の破片が飛び散る中、相手の一挙一動を注視して軽やかに宙を舞い攻撃を躱していくその様は、まるでかの武蔵坊弁慶と五条の大橋で立ち回る牛若丸の姿を彷彿とさせる身のこなしだ。

 

 

『チィ……!ちょこまかちょこまかとッ!猿かテメェはッ?!逃げ回ってばかりいないでちったぁ戦えやァッ!』

 

 

地面に叩き付けた右腕を引き抜き、隠し切れない苛立ちを露わにイグニスイレイザーが堪らず叫ぶ。

 

 

先程から怒涛の猛攻を仕掛けるも、対するクロスはイグニスイレイザーの攻撃を避けるばかりで一向に反撃に転じようとしない。

 

 

まともに戦う事を放棄し、逃げの一手に徹しているようにしか見えないクロスにイグニスイレイザーも焦燥ばかりが募る一方、イグニスイレイザーから離れた場所に着地したクロスはその心中、緊張で張り詰め余裕が一切ない状態にあった。

 

 

『(攻撃を避けても、拳が僅かに掠めただけで装甲の一部が簡単に削り落とされていく……前に戦った時は此処までではなかったのに、今度こそ本当に仕留めるに来るつもりか)』

 

 

此処まで自分が避けてきた、イグニスイレイザーの破壊の痕跡を見遣る。其処には奴の凄まじい一撃の威力を物語るように小規模のクレーターが無数に作られているだけでなく、拳に纏う炎の高温のせいか、クレーターの中はあまりの高熱度で岩や瓦礫が溶解したマグマで煮え滾っている。

 

 

前回戦った時とは比較にならない破壊力。人間態からイレイザーへと変貌していた際の圧倒的な破壊の様子や威圧感から薄々感じ取ってはいたが、やはり以前の戦いでは相当手加減されていたという事なのだろう。

 

 

先程のクロスカウンター時にも強烈な一撃を貰った際、胸のボディに瞬間強化を施して何とかダメージを軽減出来たが、そう何度も使える手ではなし、あんなのを一撃でもまともに喰らえばひとたまりもない。

 

 

『(響の力を此処で切るべきか?いや……)』

 

 

ガングニールの力は現状、今の自分が持つ中で最高戦力だ。奴の力の上限が分からない今のタイミングで早々に切り札を切るのはあまりに早計が過ぎる。

 

 

ならばやはり、今は別働隊の響達がイレイザーを撃退するまで時間を稼ぐ方が無難だ。本部からその報らせが届くまで持ち堪えるべく、身構えるクロスを見て何かを察したのか、イグニスイレイザーは軽く舌打ちして自らの胸に左手の爪を這わせていく。

 

 

『そうかよ、時間稼ぎのつもりって訳か。だがこっちもそんなもんに律儀に付き合う気はねえんだ。二人一気に釣り上げられなかったなら、テメェだけでも此処で仕留める……!』

 

 

―ガギギギギギギギギギィッ!!―

 

 

『……!何だ……?』

 

 

そう言いながら、イグニスイレイザーはいきなり胸に這わせた爪を立てて自らの胸部を引っ掻き、胸に五本の爪痕を作っていく。

 

 

そんな不可解な行動を取るイグニスイレイザーを見てクロスも怪訝な反応を浮かべる中、掻いた胸から無数の塵屑がこぼれ落ちて足元に転がっていき、イグニスイレイザーが合図を送るかのように左手で何かを掬い上げる動作を行う。

 

 

瞬間、イグニスイレイザーの足元に転がる塵屑の一つ一つが大の人間サイズへ徐々に巨大化しながら人型に変化していき、灰色に近い白の体色の上に黒の線が全身に走る、無数の異形の怪物へと変貌していった。

 

 

『コォァアアアアアッ!!』

 

 

『シャァアアアアアッ!!』

 

 

『ッ!コイツらは……!』

 

 

「ハァッ、ハァッ……ッ?!な、何だよ、あの気持ち悪ぃ奴らは?!」

 

 

謎の塵屑から生まれた無数の異形達が、まるで産声を上げるかのように耳障りな奇声を一斉に放つ。そんな不気味な異形達を前にクロスは目を見開き、二人を追ってクロスの背後からその場に駆け付けたクリスも謎の異形達を見て戸惑いを浮かべる中、イグニスイレイザーは自らの周りで蠢く異形達を顎で指して告げた。

 

 

『上級イレイザーの事を思い出してんなら、コイツらの事も当然知ってんだろ?俺ら上級だけが、この身から際限なく生み出せる屑共……ダストをよ』

 

 

『ッ……上級イレイザーの、分身体……!』

 

 

「分身だと?!」

 

 

そんなものまで生み出せるのかと、クロスを威嚇するように奇声を発する異形達……上級イレイザーだけがその身から生み出せる分身体、ダストの正体をクロスの口から聞かされたクリスが上げる驚愕の声も他所に、イグニスイレイザーは指を軽く振るってダスト達に指示を出す。

 

 

『奴を逃がすな、行け!』

 

 

『ゥウウアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

『チッ……!』

 

 

イグニスイレイザーの号令と共に、まるでゾンビのように腕を大きく振りかぶりながら一斉にダスト達がクロスへと迫る。それを見たクリスはすぐさま両手に握るクロスボウを乱射して迎撃に出るが、光の矢に撃ち抜かれたダスト達は頭や腕などの欠損した部分が独りでに修復されていき、そのまま何事もなかったかのように構わずクロスへと襲い掛かった。

 

 

「なっ、再生しやがった?!」

 

 

『無駄だ。俺の塵屑とは言え、そいつらにもイレイザーの特性が備わってる。『記号』の力を持たないお前じゃ倒せねぇよ』

 

 

「……ッ!!」

 

 

『クッ……下がれイチイバル!此処は俺が―ドゴォオオオオッ!!―ぐぅうっ?!』

 

 

『人の心配してる場合かァッ?!』

 

 

押し寄せるダスト達の攻撃を捌きながらクリスを下がらせようと呼び掛けるクロスに、イグニスイレイザーが巨腕を振るって容赦なく殴り掛かる。拳が当たる寸前に反射的に身を翻して直撃は避けれたが、それでも凄まじい威力を誇る拳が掠めただけで身体がぐらつき、其処へダスト達が一斉に飛び掛かって身体に組み付かれてしまう。

 

 

『ぐっ……!このっ──!!』

 

 

正面から低く腰にしがみつくダストの背中に鋭い肘打ちを叩き付けて沈め、左足に組み付く別のダストを強引に振り払う。しかし、ダスト達の相手に気を取られるあまりイグニスイレイザーが続けて放った拳に反応が遅れて回避が間に合わず、咄嗟にスーツの上のラインから両腕に蒼光を走らせ、瞬間強化を施した蒼色に輝く両腕で防御態勢を取るが、その上から打ち込まれた一撃に耐え切れず盛大に殴り飛ばされてしまった。

 

 

『グァアウゥッ!!』

 

 

「おいっ!クソッ!」

 

 

ミシィイッ!!と、両腕から骨が軋むような嫌な音を立てながら吹っ飛ばされて受け身も取れず、地面に叩き付けられるクロスを見て慌てて助けに入ろうとするクリスだが、障害となるダスト達を排除しようとクロスボウを幾ら撃ち込んでも、僅かに身体をぐらつかせるだけでやはり攻撃が通じている気配が薄い。

 

 

チッ!と舌打ちし、それならばと動きが鈍いダスト達の足を狙って撃ち抜き、地面に転ばせていく。撃たれた足はやはり欠損した部分から再生されてしまうようだが、一度転がしてしまえば飛び越えて抜ける事は容易になる。クリスはその隙に何としてでも先へ進もうと両手のクロスボウを発砲させながら突き進んでいくが、倒れたダストの一体にその足を掴まれ、更に一瞬だけ動きを止めた隙に他のダスト達もワラワラとクリスに群がって組み付いていってしまう。

 

 

「は、放せっ!このっ……!づああぁっ!!」

 

 

『……端っこでちょこちょこと鬱陶しい……目障りだから動けない程度に痛め付けろ。殺しさえしなきゃ、手足の骨の1、2本はへし折っても平気だろ』

 

 

『ッ!止めろォッ!!』

 

 

臆面もなく残酷な指示を下すイグニスイレイザーに対してクロスが止めに入ろうと飛び掛かるが、イグニスイレイザーはそんなクロスに見向きもせず、虫でも払うかのような簡易な動作からの横蹴りを突き刺し蹴り飛ばしてしまう。

 

 

その間にもダスト達は地面に押さえ付けるクリスのギアに四方から手を伸ばしてバラバラに引き剥がそうとし、必死に抵抗し続けるクリスのギアを掴んで徐々に亀裂を入れていく中、受け身を取って態勢を整え、腹部を抑えながらどうにか身を起こしたクロスはその光景を目にし左腰のカードホルダーからタイプガングニールのカードを取り出す。

 

 

『(もう出し惜しみをしてる場合じゃない……!向こうが数で攻めてくるなら、こっちは質で迎え撃つ!)』

 

 

それが今のこの状況下の最適解と信じ、クロスはバックルから立ち上げたスロットに素早くカードを装填し、掌でスロットをバックルへ押し戻した。

 

 

『Code Gungnir……clear!』

 

 

鳴り響く電子音声と共に、クロスの装甲がパージして新たに生成された橙色のアーマーと仮面が身に纏われていき、最後に肩甲骨部から二翼の橙色に輝く光のマフラーを出現させてタイプガングニールに姿を変える。

 

 

そしてクロスは瞬時に両腕のナックルを分離させ、純白の烈槍と漆黒の烈槍に変形させながら二振りの槍を手の中で勢いよく回転させていき、そのまま二振りの槍を投擲して自身の周囲、そしてクリスに群がるダスト達を切り裂いて消滅させていったのだった。

 

 

「ッ……!あれは……」

 

 

『なっ……チッ、それが例の新しい力って奴か!』

 

 

『はぁあああああああああああああッッ!!』

 

 

ダスト達をほんの数秒足らずで全滅させたタイプガングニールの力の一端に驚嘆するイグニスイレイザーに目掛け、クロスはブーメランのように回転しながら戻ってきた二本の烈槍を再びナックルとして両腕に纏いながら突貫し、拳を飛ばして殴り掛かった。

 

 

それを見てイグニスイレイザーも咄嗟に身を逸らして拳を躱し、拳を固く握り締めた右腕の巨腕でクロスに反撃して殴り返そうとするが、クロスは素早く身を屈めながらイグニスイレイザーの巨腕を受け流し、そのまま流れるような滑らかな動きでパワージャッキを稼働させた右脚による強烈な上段回し蹴りをイグニスイレイザーの顔面に叩き込んでいった。

 

 

『ぐううっ?!クッ……テ、メェエエエエエエッ!!』

 

 

パワージャッキで威力を強化した技が効いているのか、顔面を蹴り飛ばされたイグニスイレイザーの頬に微かに傷痕が残っている。

 

 

これなら行ける。そう確信したクロスが攻撃の手を休めずに回し蹴りの勢いを殺さずその場で回転し、軸足を入れ替えてからの上段後ろ回し蹴りを再度仕掛けるも、イグニスイレイザーは素早く態勢を低くして蹴りを躱しながらクロスの腹に目掛けて左拳を振り上げる。

 

 

それを見たクロスも負けじと瞬時に腹部を両手で庇って拳を受け止めると、そのまま相手の拳を払うように上へ押し上げながら両腕を後ろに引き、地を強くえぐるように踏み込み、イグニスイレイザーの胸に押し当てた両手の掌から相手の内部にエネルギーを流し込み、直後、イグニスイレイザーの身体の内側からエネルギーが爆発して盛大に吹き飛ばしていった。

 

 

『ガァアウウッ?!グッ……!(ちゅ、中国武術だとっ……?コイツっ、オリジナルのバトルスタイルまで会得してんのかっ?!』

 

 

『(響の戦い方を見て学んだ技が通用する……!これなら奴にも……!)』

 

 

奴の持ち前の防御力には関係ない、内側からダメージを与えられる発勁を叩き込まれて苦しげに呻くイグニスイレイザーを見て僅かな勝機を見出し、クロスは即座に左腰のホルダーから新たに取り出したカードをバックルから立ち上げたスロットに装填し、掌で押し戻した。

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

再び鳴り響く電子音声と共にクロスの全身の装甲が部分展開されていき、最後に仮面のクラッシャーが開かれて内部装甲が発光していく。

 

 

EXCEED DRIVE。他の形態とは違ってタイプガングニールだけが持つ、必殺技発動時にのみ発動するフルパワー形態だ。

 

 

全てのリミッターを一時的に解除する事で元々のあらゆるスペックが数倍にまで上昇されたクロスは、勢いを付けてイグニスイレイザーへと飛び掛かりながら素早く突き出した右脚に橙色の雷光を纏い、渾身の飛び蹴りを放った。

 

 

『ぜぇええああああああああああああああッッ!!!!』

 

 

『チィッ!そんなもんでぇッ!!』

 

 

先程の発勁のような内部攻撃ならともかく、真正面からの攻撃なら自分の防御力を突破出来る筈もない。新たな力を過信して悪手を踏んだなと内心ほくそ笑み、イグニスイレイザーは敢えて回避行動を取らず、クロスの技を正面から打ち破る気概で右腕の巨腕を盾にして待ち構え、雷光を撒き散らしながら迫るクロスの渾身のライダーキックを真っ向から受け止めた。が……

 

 

―……ジャキィッ!!―

 

 

『……?!な──?―ドゴォオオオオンッ!!―ウォオオオオオオッ?!』

 

 

クロスの強烈な一撃を巨腕で受け止めた瞬間、クロスの右脚のパワージャッキが不意に稼働を始め、イグニスイレイザーの右腕をいきなり弾き飛ばしたのだ。

 

 

それによりイグニスイレイザーは右腕を大きく反って体勢とガードを同時に崩されただけでなく、クロスは右腕を弾かれた際のイグニスイレイザーのパワーと勢いを利用して上空へと空高く舞い上がる。

 

 

同時に右脚に纏う雷光を右腕の拳に向けて伝わらせ、ハンマーパーツを起動させた橙色の雷光を纏う右腕を振りかざしながらイグニスイレイザーへと急降下していき、無防備のその顔面に全力の鉄拳を叩き込み、殴り飛ばしていった。

 

 

『ヅァアアァッ?!グッ、ッ……ハッ、やってくれるじゃねえかぁっ……!その姿ならちったぁ愉しませてくれるって訳かぁ?えぇッ?!』

 

 

『……お前を愉しませるつもりは毛頭ない。此処で決着を付けさせてもらうッ!』

 

 

ふらつきながらも殴り付けられた頬を軽く拭うイグニスイレイザーの挑発を聞き流し、クロスは拳を構え直して再度イグニスイレイザーへと挑み掛かった。

 

 

切り札を切ってしまったからには、此処で奴を逃す訳にはいかない。次にまた戦う時に同じ力や技が通用する保証がない以上、勝負は此処で、この熱が冷めない内に付けるしかない。

 

 

互いに鋭く振り抜く拳の応酬が無数の火花を撒き散らし、クロスとイグニスイレイザーは一進一退の拳戟を繰り広げていく。

 

 

──そんな二人の激戦を離れた場所から見つめ、クリスは地べたに座り込んだまま無意識に拳を強く握り締めていた。

 

 

(くそっ……クッソッ……何をやってんだあたしはっ……!結局なんにも出来てねえじゃねぇかっ……!アイツの力に頼りっぱなしで、助けられてばかりでっ……何にもっ……!)

 

 

『記号』の力を持たない今の自分では、あの紅の魔人どころか塵屑と呼ばれた先程の怪物達にも太刀打ち出来ない。

 

 

なのにそんな自分とは対照的に、クロスは最初に対峙した際には本能的な危機を感じ、遥か格上の相手と思われたイグニスイレイザーとも真っ向から戦えている。

 

 

その事実が更に自分を惨めにさせ、とてつもない無力感がのしかかり、クリスは俯く顔を徐に上げてイグニスイレイザーの背中を鋭い目付きで睨み付けていく。

 

 

『そらそらどーしたァッ?!こっちはまだまだギアが上がるぞッ!それとももう付いて来れねぇかあッ?!』

 

 

『チッ!(奴の力が徐々に増してる……!これ以上パワーを上げられたら流石に厳しくなるか……!』

 

 

一方で、徐々に拳戟の応酬に激しさを増していく二人の戦いも激化するにつれ、戦況は次第にイグニスイレイザー側に傾きつつあった。

 

 

タイプガングニールのおかげで力の差をある程度埋める事が出来たとは言え、元々自分に合わせて加減していたイグニスイレイザーがその実力を解放していけば、折角狭まった力の差は再び開かれてしまう事になる。

 

 

このままではいずれ追い込まれる。奴が全力を出してそうなる前に早々に決着を付けるべく、互いにクロスカウンターを打ち込んで距離を離したクロスは再びハンマーパーツを起動させた両腕を引き締め、一撃必殺の構えを取る。一方でイグニスイレイザーもそんなクロスの構えを見て何かを悟ったか、渦状に舞う紅蓮の炎を巨腕に収束しながら拳を握り締め、今までとは明らかに毛色の違う膨大な力をその身に宿していく。

 

 

恐らく向こうも勝負を決めるつもりなのだろう。奴が身に纏う気配の変化からそれを察し、ならばこちらも今ある全力で迎え撃つだけだと身構えるクロスへとイグニスイレイザーが真正面から突っ込んで来る。業火を纏う巨腕の拳を振りかざす魔人の姿を睨み据えながらクロスも右拳を振り抜き、相打ちも覚悟に全力でそれを迎撃しようとした、その時……

 

 

―MEGA DETH PARTY―

 

 

『……ッ!?』

 

 

二人の必殺を込めた技がぶつかり合う寸前、イグニスイレイザーの真横から突如無数の小型ミサイルが飛来し、直後に凄まじい爆発音が連続で響き渡った。

 

 

ドォゴゴゴゴゴゴゴゴォオンッッ!!!と、鼓膜を裂くような轟音を轟かせながら立て続けに打ち込まれる小型ミサイルがイグニスイレイザーの身体を焼き尽くし、爆炎と黒煙がその姿を覆って視認出来なくしていく。

 

 

吹き荒れる爆風が辺り一帯に広がり、イグニスイレイザーの間近にいたクロスも両腕で顔を庇いながら爆発の衝撃に押し出されて後退りしていき、それでもどうにかそれ以上吹き飛ばされないようにその場に踏み止まりながら今のミサイル群が放たれてきた方へと振り返ると、其処にはミサイルを放ったと思われる空の射出器を露わにした腰部アーマーを展開し、その背にはもう二基、巨大な大型ミサイルを背負うクリスの姿が見えた。

 

 

『イチイバル……?!』

 

 

(このまま何も出来ずに終われるか……!アイツの力なんか無くたってっ、やりようは幾らでもあるっ!)

 

 

役立たずのままで終わる気はない。ダメージを与えられないのならせめて、奴の目を引き付ける囮になってでも役目を全うしてやる。灰暗い感情に押されるまま背中に積む大型ミサイルを展開し、イグニスイレイザーを包み込む黒煙に向けてクリスが照準を合わせていくが、その時、煙の中で何かが妖しく蠢くのが見えた。

 

 

『ッ!イチイバル!ま──!』

 

 

「喰らいやがれぇええええええええええッ!!」

 

 

異変に気付いたクロスの制止の声が届くより前に、二基の大型ミサイルがクリスから発射されてしまう。猛スピードで二発のロケット弾が空を駆け、二人が瞬きをした次の瞬間には黒煙の中で沈黙するイグニスイレイザーに直撃し、新たな熱と煙と突風が纏めて二人の元に吹き付けられると思われたが、しかし……

 

 

 

 

ッッッッッ!!!!!と、煙と音を一瞬で掻き消す程の速さで飛び出したイグニスイレイザーが二基の大型ミサイルの間を擦り抜け、大人の身長ほどもある巨腕を振りかざしながらクリスの目前に一瞬で肉薄した。

 

 

「なっ──」

 

 

『失せろ。目障りだっ』

 

 

ドゴォオオォォッッ!!!!と、横殴りに振るわれた巨腕の裏拳がクリスの全身を容赦なく叩き付けた。バキィッ!と、何かが割れたような音が耳に届くが、それが自分の骨が折れた音なのか、はたまた反射的に庇った両腕で相手の攻撃を受け止めた際にギアが破損した音なのか検討も付かない。ただ殴り飛ばされた自分の身体が面白いほど簡単に宙を舞っている事だけは分かり、地面に勢いよく打ち付けられた身体がゴロゴロと何度も地面を転がっていき、勢いが徐々に弱って漸く止まったかと思えば、胸の内から込み上げてくる急な吐き気を抑え切れず、口から吐き出した塊が地面に撒き散らされ、赤く染め上げてしまう。

 

 

『イチイバルッ!!』

 

 

悲痛な叫びと共にクロスが慌ててクリスの下へ飛び出す。しかし、イグニスイレイザーに向けて放たれた二基の大型ミサイルが何もない地面に落ちて着弾し、凄まじい爆発が背後からクロスを攫って吹き飛ばした。

 

 

嵐のように吹き荒ぶ衝撃波が周辺の公園の木々を根元から引きちぎれそうなほど激しく揺らし、アスファルトの地面に無数の亀裂が走り、巨大な地割れを引き起こしていく。

 

 

暗転する意識の中、クリスは僅かに力が入る両手で地面を這うように掴み、ギアを含めた全体重を掛けてどうにか衝撃波に攫われないよう必死に耐える。

 

 

遅れてやってきた身体の激痛が響いて身を起こす事もままならない今それしか出来ないクリスのそんな姿を見つめ、イグニスイレイザーは嵐の中でも何事も無いように悠々と佇み、その右手に炎を灯した。

 

 

『しつこく邪魔立てするってんならこっちだって容赦はしねえぞ。フィクション如きが頭に乗ればどうなるか、その身をもって教えてやる……!』

 

 

物語の重要なキャラクターに危害を加えるリスクを重視して命までは取らないと決めていたが、こうも何度も水を刺されてはいい加減我慢も限界というモノ。そんなにも死に急いでるなら望み通りの死の恐怖を植え付けてやるべく、イグニスイレイザーの右手に宿る炎が更に激しく燃え盛り業火と化す。

 

 

その熱は離れた場所に倒れるクリスの肌にも吹き付け、本能的な危険を感じ取り身体を起こそうとするも、体の芯が「動くな」と痛烈な刺激を全身に流し起き上がる事を拒否する。

 

 

(ク、ソッ……ちっくしょうっ……!こんな、寝てる場合じゃねえってのにっ……!起きろ、起きろ……!起きろよ!こんなとこで終われない……!あたしには、まだっ……!)

 

 

早く動け、早く、早く、早く。必死に自分の身体に命じる。危機はすぐ其処まで迫ってる。だのに、身体が別の何かに支配されてしまってるかのように自由が利かない。

 

 

早くしろ、早く、早く、早く!此処で立たねば本当に取り返しが付かなくなる、何も果たせぬまま終わる!

 

 

ぼやけた視界のまま深く息を吸う。小指が僅かにピクリと引き攣った。その感触を頼りに震える手で先程よりも強く地面を掴む。

 

 

熱が更に強まる気配がする。それに誘われるように地面を掴んだ手を支えに震える身体を無理矢理起こし、明滅する視界が遅れて漸く戻った視線の先に、自分を遥かに上回る全長数百メートルの炎の塊が目と鼻の先にまで迫っているのが見えた。

 

 

(…………くっそっ…………なんだ結局、あたしは…………何処までも中途半端なっ…………)

 

 

死の予感が明確な確信に変わる。足は動かない。腕もこれ以上は動かせず、鉛のように重い。

 

 

駄目だ、無理だ。今の自分にアレは避けられない。唯一の防御策のリフレクターを使う余力もまだ戻らない。このままでは死ぬ。間違いなく。

 

 

呼吸が不規則に乱れる。無意識に噛み締めた唇から暖かく濡れた感触が伝う。

 

 

力を持たないなりに己の役目を全うしようとして空回り、並のノイズイーターすら倒せない身で無謀にも上級のイレイザーに挑んで、挙げ句に迎えるのがこんな無様極まりない結末なのか。

 

 

瞼に熱い何かが込み上げて来るのは、目の前の敵に一矢報る事も叶わない悔しさからか、それとも無力な自分を恥じてのものか。

 

 

そんな感傷ごと焼き尽くさんとばかりに押し寄せる炎の塊を前に、クリスはいよいよ直視が出来ず俯く。ヘッドギアの通信機から一瞬、砂嵐のような音に混じって自分の名を叫ぶ声が聞こえた気がした。果たしてそれは幻聴だったか否か、最期にそんなどうでもいい疑問を抱く自分に呆れて自嘲気味に笑い、目を瞑った。そして……

 

 

 

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

 

 

 

──無機質な電子音声と共にクリスの目の前に飛び出したクロスが全力の拳を振り抜き、彼女を飲み込もうとした炎の塊を真っ向から受け止めたのであった。

 

 

『ギ、ぐ、ァあっ……ぁぁあああああああああああああああああああああァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!』

 

 

「……な……」

 

 

絶叫にも似た悲痛な咆哮と共に突き出す、橙色に輝く雷光を身に纏ったクロスの右拳が火の塊を防ぎ止める。その雄叫びを聞いて恐る恐る目を開き、炎の塊の前に立ち塞がるその姿を目にしたクリスが息を呑む気配をクロスも背中越しに感じ取るが、背後にいる彼女を省みる余裕がない。

 

 

拳で受け止めた炎の塊の勢いが止まらず、押し返される。それでも地を深く抉るように両足で踏み込み、パワージャッキも稼働させて必死に持ち堪えようとするが、それでもまだ押し返される。やはり咄嗟に技を切ったせいで、炎の塊を押し返すだけの力の溜めが圧倒的に足りていないのだ。

 

 

このままでは押し返し切れず、二人諸共火達磨になって灰になるしかない。どうする、どうすればせめて被害を最小に抑えられる?限界が間近にまで近付いている事を知らせるかのように、焦げ臭い匂いと共に黒い煙が噴き出す自身の右腕のナックルと正面の炎の塊を交互に見ながら必死に頭の中で思索を繰り返し、考えた末、クロスは炎の塊の中に自らの右腕を躊躇なく捩じ込んだ。

 

 

「ッ?!お、いっ……なに、をっ……?!」

 

 

ジュウウウゥゥッ!!と、肉が焼ける不快な音がクリスの耳に届く。とても正気の沙汰とは思えないその行動を見てクリスも思わず身を乗り出すが、クロスは構わず凄まじい激痛が走る右腕を左手で抑えながら唇を強く噛み締めて耐え、EXCEED DRIVEの発動によって部分展開された全身の装甲の隙間から外へと放出される過剰エネルギーを外部へ逃がさぬように操り、炎の塊の中に挿し込んだままの右腕に一転集中で注ぎ込んでいく。

 

 

莫大なエネルギーが集まるにつれ、炎の塊の高熱度で徐々に溶解されていく右腕が激しく発光していき、それに伴い炎の塊全体が内側から徐々に橙色に染め上げられて閃光を放つ。

 

 

──直後、限界値を超えたエネルギーの吸収に耐え切れずにオーバーロードを起こした右腕のナックルが暴発し、ナックルから溢れ出た膨大な量のエネルギーが炎の塊を内側から飲み込み、木っ端微塵に霧散させていったのだった。しかし……

 

 

『ぐっ──ァアアあああッッッ!!!』

 

 

ビシャアアッ!と、右腕から飛び散った夥しい量の鮮血で地面を汚しながら、クロスは白煙が立ち上る右腕を抑えて膝を突き、そのまま崩れ落ちるように倒れ込んでしまった。

 

 

「お、おいっ……?!」

 

 

倒れたクロスを見て、漸く身を起こせる程度にまで身体が回復したクリスが覚束無い足取りでクロスの下に慌てて駆け寄り、その身体に触れようと手を伸ばし掛け、彼の右腕を見てぎょっとなる。

 

 

あの高熱度の炎の塊の中に捩じ込んだ事で皮膚が焼き爛れた重度の火傷、加えて右腕に纏っていたナックルを暴発させたせいで肉がズタズタに裂け、骨が微かに見えるほどの無数の傷口からとめどなく血液が溢れ出ている。

 

 

これではまともに腕を振るう事が出来ない。素人の目から見ても一目でそれが分かり、鼻先を掠める人の肉が焼き焦げた悪臭と鉄錆の匂いにクリスの顔からも血の気が引いていく中、イグニスイレイザーはそんなクロスの姿を見て肩透かしを食らったかのように鼻を軽く鳴らした。

 

 

『阿呆が、大局を見誤ったな。そんなガキ、見捨てておけばまだ勝機を掴めた可能性もあっただろうによ。その甘さがテメェの限界だ、黒月蓮夜』

 

 

ゆらりと掲げられたイグニスイレイザーの右手から紅の炎が再び灯り、直後に業火と化して右腕全体を包み込むように走り、覆い尽くしていく。闇を照らすその炎を目にしたクリスは咄嗟に倒れるクロスの前に出るが、まともに動かせない身体を無理に引きずり、唇の端から血を伝わせるその姿はイグニスイレイザーからして見ればあまりにか弱く、貧弱なモノにしか映らない。

 

 

『退いてろ。テメェにはムカ付かされたが、一番の邪魔者を消せるチャンスを作ってくれた点に関しては感謝してやってもいい。大人しくソイツを引き渡せば、お前だけでも見逃してやるよ』

 

 

「ふざけんなっ……!お前の指図に大人しく従うワケねえだろっ!」

 

 

『……これが本当に最後通告だ。とっとと其処を退けろ。さもなきゃ──』

 

 

「くどいっ!」

 

 

何度言われようとも答えは変わらないと、クリスはその手に握り締めたクロスボウの銃口を突き付けるが、イグニスイレイザーは何も答えない。ただその身から漂う空気が静かに一変し、確かな殺気を孕んで周囲一帯の空間を支配するように徐々に大きく膨れ上がり、とてつもない威圧感となってクリスの身にのしかかっていく。

 

 

『警告はした。それでも引かねぇってんなら容赦はナシだ……諸共に灰に還れ……!!』

 

 

「くっ……!!」

 

 

掌を上に右腕を頭上に掲げ、その手から放出した炎が先程よりも巨大な炎の塊を形作り、風船のように更に大きく膨れ上がっていく。ギアの防護フィールドで保護されてる筈の肌にジリジリと焼けるような痛みが吹き付けるのを感じながら、クリスは腕を十字に組んで部分展開したアーマーからエネルギーリフレクターを散布し障壁を張ろうと試みるも、イグニスイレイザーは構わず巨大な炎の塊を掲げたまま大きく振りかぶり、二人に投げ放とうとした、その時……

 

 

―……アスカ。アスカ、聞こえてるかい?―

 

 

『……ッ!クレン……?』

 

 

炎の塊を投げ放つ寸前、不意に頭の中にクレンからの念話が届いた。突然の横槍にイグニスイレイザーも思わず動きを止めて怪訝な反応を示し、炎の塊を掲げたままクレンの念話に応えていく。

 

 

『(急に何の用だ?こっちは今立て込んでて……つかお前、さっき別の仕事があるとかで別れたばっかだろ?何でまた連絡なんか……)』

 

 

―その僕が出張らなきゃいけないぐらいのっぴきならない状況って事だよ。それより、今は急いで例のイレイザーの彼を回収して戻ってきて欲しい。一刻も早く、だ―

 

 

『(はあ?いきなり何言ってんだ、こっちも立て込んでるって言っただろ!今漸くあの野郎の息の根を止められそうなんだ……!この機会を逃す訳には行かねぇ!)』

 

 

クレンの指示を振り払い、何がなんでも此処でクロスを仕留めるという意志を曲げようとしないイグニスイレイザー。その頑なっぷりにクレンも溜め息を吐くと、一拍置いて真剣味を帯びた口調となり、

 

 

―……"覚醒"したんだよ、彼が。ノイズ喰らいのイレイザーの中で初めて、他とは違って暴走を乗り越えてね―

 

 

『……なっ……』

 

 

シープイレイザーが覚醒した。クレンの口からそう聞かされ、驚きのあまり息を拒んだイグニスイレイザーの手から炎の塊が消滅していく。

 

 

『まさかっ、マジかよ……!アイツが初めての成功体になったってのか?!』

 

 

―そういうこと。ただ状況はあんまり宜しくなくてね。彼は戦い慣れしていないようで押され気味だ。このままじゃせっかくの成功体一号が装者達に倒され兼ねない。だから近くにいる君に彼の回収を頼みたいって訳さ。もしクロスに拘るあまり彼を失って貴重なデータの一つも取れかったとなれば、デュレンも今度ばかりは小言一つで済ませてはくれないかもだし……ね?―

 

 

『……チッ……!』

 

 

「……何だアイツ……急にどうしたんだ……?」

 

 

撃てばそれだけで終わっていた筈の攻撃を中断し、一人で何もない空に向かって喋っているようにしか見えないイグニスイレイザーを見て困惑を露わにするクリスだが、イグニスイレイザーはそんなクリスを一瞥しながら舌打ちし、掌を上に突き出した左手から半透明の本を取り出していく。

 

 

『予定変更だ。テメェ等の始末は後で付けてやる……邪魔の入らない、此処とは違う所でな』

 

 

「……何?」

 

 

クリスが訝しげに眉を顰める。だがイグニスイレイザーは何も答えぬまま半透明の本を開き、パラパラと独りでに頁が開かれる本から無数のデータ状の光の文字が浮き出てクリスとクロスへ飛来し、二人を囲むように周囲をグルグルと回り始めていく。

 

 

「な、何だ?!くっ……!」

 

 

周りを囲む光の文字に向けてすぐさま銃撃するも、銃弾は光の文字をすり抜けて直撃せず、手応えがない。その間にも無数の光の文字は徐々に回転の速度を速めながら黄金色に発光し始めていき、眩い光が二人の姿を掻き消していく。そして、

 

 

「ぐ、ぁっ……!身体がっ、吸い、こまれっ……?!なんだよコレっ……!!う、うぁああああああああああああああああああッッ!!!?」

 

 

誤って直視すれば肉眼が焼かれ兼ねないほど眩い光に包まれたクリスの叫び声が木霊し、直後、一際大きく光が発光したと同時にクリスとクロスの姿が一瞬で何処かへと消え去ってしまった。そして無数の光の文字は独りでに半透明の本の頁へと戻っていき、最後の一文字を収めたのを確認したイグニスイレイザーは雑っ気に本を閉じる。

 

 

『束の間の異世界旅行を楽しみな。次に会った時こそ、テメェの本当の最後だ……黒月蓮夜』

 

 

吐き捨てるように呟き、イグニスイレイザーは街の方を見遣る。未だ戦闘は続いているのか、街の方から僅かながら爆発の光が見える。その光を頼りに方角を定め、イグニスイレイザーは全身から紅の炎を放出して身体能力を向上させ、地面に炎を撒き散らしながら並外れた跳躍力で街の方へと飛び出していったのだった。

 

 

 

 

 



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第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱⑥


お久しぶりです!更新が遅れてしまい申し訳ありません……!

中々文章が形にならず大分遅くなってしまいましたっ。

今回は感覚的に長めになっていると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します!







 

時間は遡り、少し前……

 

 

「ハァアアアアーッ!!」

 

 

―Δ式・艶殺アクセル―

 

 

「マスト、ダアァァーーイッ!!」

 

 

南西Cポイント。シープイレイザーと戦闘を開始した響達はそれぞれ二手に別れ、調と切歌は民間人を襲うノイズの大群を受け持って手練た戦いぶりを発揮していた。

 

 

まるでフィギュアスケート選手のように両足のローラーで滑らかに地表を滑り、鋸に変形したスカートを回転させながらノイズ達に突撃して引き裂いていく調が撃ち漏らした残敵を切歌がイガリマの範囲攻撃で刈り取り、問題なく着実にノイズの数を減らして民間人の避難誘導を手助けしていく。

 

 

『この……!この、このっ、このォおおおおッ!!』

 

 

「ちょ、ちょっと待って?!うわわっ!」

 

 

その一方で、響はまるで駄々っ子のように両腕をブンブン振り回して襲い掛かるシープイレイザーの拳を連続で飛び退いて躱し続けていた。壁や地面、乗り捨てられた車などに拳で穴を開けられていく様を目にしながら、しかして反撃には転じず防戦に徹し、回避を続けながら何とか彼から話を聞こうと説得を試みようとしていた。

 

 

というのも、先程からシープイレイザーの戦い方を観察していて確信したのだが、彼は恐らく戦い慣れしていないただの素人だ。

 

 

型も何もない、ただがむしゃらに腕を振るうだけの大振りな動き。全力で振るった自分の腕に振り回されてバランスを崩してしまったりなど、とてもじゃないが戦場に立つにはあまりに立ち回りがお粗末過ぎる。

 

 

正直この有様では本気で反撃に出るのも忍びなく、殆ど回避や攻撃を受け流すだけに留まっている響に対し、シープイレイザーは力任せに殴ったせいで抜けなくなってしまった腕を何とか壁から抜き取りながら情けなく叫んだ。

 

 

『く、くそっ……何でさっきから戦おうとしないんだよっ?!俺の事、バカにしてるのかっ!!』

 

 

「バカになんてしてません!さっきも言ったように、私はただ貴方と話がしたいだけで……!」

 

 

『そんな事をして何の意味があるんだっ!いいから戦えっ、戦えよぉっ!』

 

 

このままでは戦いを通して己の力を進化させる事も、望みを果たす事も叶わなくなる。焦燥感に駆られるままに地を蹴って飛び出したシープイレイザーが再度拳を振るって響に襲い掛かるが、響は素早く身を屈めて相手の拳を受け流し、そのまま背中で体当たりを打ち込みシープイレイザーを後退りさせると、続けざまに強烈な頂肘を相手の胸に叩き込んで吹っ飛ばした。

 

 

『ぐぁああうっ?!う、うぅっ……』

 

 

「もう止めて下さい……!私は貴方を傷付けたくない!貴方だって、本当は戦いたくなんてないじゃないですか?!」

 

 

『ッ……な、なにをっ……!』

 

 

響の肘を打ち付けられた胸を抑えてふらつきながらも起き上がり、何とか両腕でファイティングポーズを取ろうとする。しかし響はそんなシープイレイザーを見て徐に構えを解き、複雑げに眉を顰めて胸に拳を当てていく。

 

 

「貴方の攻撃からは、他のイレイザーと違って敵意も、誰かを傷付けたいっていう悪意も感じられない……本当は、進んでこんな事をしたいとは思ってないんじゃないですか……?」

 

 

『……っ……!』

 

 

まるで自分の心を見透かしたかのようなその一言に、シープイレイザーは咄嗟に言葉を返せずに声を詰まらせる。その反応から響も自分の直感が間違っていなかったと確信し哀しげな眼差しを向けるも、シープイレイザーはそんな響の視線から逃れるように何も言えず顔を俯かせてしまうが、響はそれでも言葉を続けて呼び掛ける。

 

 

「迷っているなら、本意でないのならまだ引き返せるハズです!あの人のように後戻りが出来なくなる前に……貴方の目的を聞かせてくれたら、私達にも何か出来る事があるかもしれない……!こんな事をしなくても済むかもしれないんです!だから──!」

 

 

この世界で生み出されたイレイザー達が並々ならぬ事情から人間を止め、イレイザーの力に手を伸ばした事は蓮夜からも聞かされている。あのフロッグイレイザーもその一人であったと。ならば相手の事を何も知らぬまま、分からぬままこの拳を相手に振るう事は出来ない。フロッグイレイザーの時のような悲劇を二度と繰り返さない為にも、その手を掴めるのなら今度こそ掴みたい。話し合いで戦わずに済むなら、その可能性を探りたいと望む響の言葉から嘘偽りのない実直さを少なからず感じ取ったか、シープイレイザーも僅かに腕を解いて動揺を露わにするが、しかし……

 

 

 

 

 

 

―……この子の事、お願いね?私は無事に産んであげる事しか出来ないけど、大丈夫。例え私がいなくなったとしても、二人のこと、ずっと傍で見守ってるから……―

 

 

 

 

 

 

──不意に脳裏を過ぎったのは、窓から寂しく吹き抜ける風で膨らんだ白いカーテンが揺れる、とある病室の風景。

 

 

ベッドの上で大きくなった腹を優しく撫で、しかし哀しげに微笑む最愛の人の姿を思い浮かべた瞬間、シープイレイザーは息を拒み、力無く首を横に振った。

 

 

『ダメ、だ……駄目なんだ……そんな悠長にしてられる時間なんて、ない……俺にはもうっ、この力に縋るしか道はないんだァあああああああああッッ!!!!』

 

 

「ッ!?くっ!」

 

 

頭を掻き毟っていきなり絶叫を上げた直後、シープイレイザーは再度両腕を伸ばして響へ飛び掛かっていく。それを見て響も咄嗟に構えを取り、慌てて飛び退いた響が立っていた場所にシープイレイザーの拳が突き刺さるが、シープイレイザーはそのまま地面を捲りあげるように刺した腕を振り上げ、響に巨大な破片を投げ飛ばした。

 

 

(地面を……!でもこの程度ならっ!)

 

 

一瞬驚きはすれど怯む事なく、力強く地を踏み締め、握る拳を勢いよく振り抜いて正面から迫る巨大な破片を意図も容易く粉砕する。が、それは向こうにとってただの目眩し。粉微塵になった無数の破片の向こうからシープイレイザーが飛び出し、そのまま伸ばした両手で響に掴み掛かり捕らえようとするが、響はその腕を掻い潜るように瞬時に身を屈め、シープイレイザーの溝に再び頂肘を叩き込んで膝を着かせた。

 

 

『があぁッ!!ッ……ま、だ……だぁっ……!』

 

 

「も、もう止めて下さいっ!どうして其処まで──?!」

 

 

それでも尚、シープイレイザーはふらつきながらも起き上がり、平手打つように両腕を振りかぶって何度も何度も響に襲い掛かっていく。それらを避けながら必死に説得を続けようとする響だが、シープイレイザーは聞く耳を持たず何かに取り憑かれたかのように執念深く平手を振るって響を捉えようとし、話が通じない。

 

 

……こうなったら致し方ない。響は素人同然の動きで髪の毛一本触れる事さえ出来ずにいるシープイレイザーの攻撃を身軽に躱し、相手の首筋に手刀を打ち込み気絶させようとするが、シープイレイザーは身体をぐらつかせながらも歯を食い縛ってそれに耐え、響に乱雑に裏拳を放つ。

 

 

しかし素早く身を屈めて裏拳を躱し、真下から打ち上げるように放った響の掌底が顎に打ち込まれ、膝から崩れ落ちて意識を一瞬手放し掛ける。が、それでもシープイレイザーは完全に意識を手放す寸前で踏み止まり、再び響に腕を伸ばして懲りずに襲い掛かっていく。

 

 

(ッ!何度打ち込んでも起き上がって来る……!この人っ──!)

 

 

『ま、けっ……!まげられな、い……!負けられないんだっ、俺はっ……!!絶対にィイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!』

 

 

負けられない。負ける訳にはいかない。湧き上がる感情が高まる毎に、心臓の鼓動が、全身の血の巡りが早く、早く、早く、力が増して強くなる。がむしゃらに振るうだけの両腕が速さを増し、翻弄されてばかりだった響の動きにも次第に目で追えるようになり、何処へ予測して攻撃すれば的確にその動きを捉えられるか掴めるようになってきた。

 

 

突き出した爪が躱されるが、それでも僅かに響の頬を掠め血を吹き出す。着実に相手の動きを捉えて攻撃を当てられるようになりつつあるシープイレイザーに対し、響も頬を伝う生暖かい感触を感じながら内心驚きを禁じ得ずにはいられなかった。

 

 

(こっちの動きに付いて来れるようになってる……!成長してるんだ……!私と戦いながら、少しずつっ……!)

 

 

少し前まで目も当てられぬ程の有様だったシープイレイザーの動きが戦いを通して少しずつ、しかし着実にキレが増して鮮麗されつつある。その成長具合は目を見張るものがあり、相対する響から見ても、何れこちらが押されるようになるかもしれないと焦りを覚える程だ。

 

 

このままでは拙い。そう感じた己の直感は恐らく間違いでないと悟った響は急ぎシープイレイザーとの勝負を付けなければならないと逸り、先程よりも力を加えて相手の急所を狙い意識を狩ろうと試みる。

 

 

しかし、どれだけ急所を打ち込まれ、何度気を失い掛けてもその度に起き上がり、無様に這いつくばりながらも響に食らい付こうとするただならぬ執念、その不屈の精神を折る事が叶わない。やがて響の狙いが急所だけだと向こうも気付き出したのか、シープイレイザーは響の放つ手刀や掌底を次第に躱せるようになり、回避と同時に咄嗟に放った拳が響を捉え、響が瞬時に構えたガードの上に叩き込まれ後退りさせていった。

 

 

「ぐううっ!!」

 

 

『あ、当たった……?!よ、よしっ、これなら……!!』

 

 

戦えている。これならやれるハズだと己を鼓舞し、シープイレイザーはこの流れを逃すまいと響に突撃して更に畳み掛けようとする。それを見た響も苦い表情を浮かべて痺れが走る両腕で構えを取るが、立て続けに振るわれる打撃の嵐の前に徐々に余裕が失われていき、シープイレイザーが放った貫手を紙一重で躱した瞬間、反射的に振り抜いた鋭い拳がシープイレイザーの鳩尾に突き刺さり、勢いよく殴り飛ばしてしまった。

 

 

『ガ──ァアッ……!!?』

 

 

(っ?!し、しまった!つい咄嗟にっ……!?)

 

 

追い込まれるあまり、無意識に放ったカウンターの一撃に想定以上の力を込めてしまった。響は焦りを浮かべて自分の拳と殴り飛ばされたシープイレイザーを交互に見ると、シープイレイザーはグッタリと地面に倒れたままピクリとも動かない。もしや今の一撃で気を失ったか、或いは……。

 

 

脳裏を一瞬掠めた最悪の事態を想像して寒気を覚え、響は一先ずシープイレイザーの安否を確かめるべく慌てて近付こうとするが、しかし……

 

 

 

 

 

───倒れ伏したシープイレイザーの身体から不意に赤い火花が走り、直後、凄まじい爆音と共にその身体から莫大なエネルギーの濁流が溢れ出したのである。

 

 

「!な、なに?!」

 

 

『───ぅ…………ゥウ…………ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ…………!!!!』

 

 

まるで嵐のように凄まじい突風が突如吹き荒れ、響は困惑を露わにしながら両腕を顔の前で交差させて吹き飛ばされないように必死に踏み止まる。そんな中、シープイレイザーから放出されるエネルギーの一部が稲妻と化して辺り一帯に撒き散らされていき、街灯の照明ランプが粉砕され、ビルの壁や地面を穿って徐々に被害を広げつつあった。

 

 

「これって……?!」

 

 

「響さん!」

 

 

「い、一体何事デスか、これ?!」

 

 

荒れ狂う稲妻が街を破壊していく中、ノイズを掃討して響の元へ駆け付けた調と切歌はその惨状を目の当たりにし、稲妻の発生源であるシープイレイザーに目を向ける。其処には溢れ出るエネルギーを抑止出来ずに稲妻を放つシープイレイザーがユラリと上体を起こし、顔を上げたその瞳が濁った血のように赤く輝き、腕や足などの筋肉が不気味に流動して変質しつつある姿があった。

 

 

「あれってまさか、今までのノイズイーターみたいに暴走を始めてる……?!」

 

 

「と、という事は、またあのとんでもパワーアップをするって事デスか?!」

 

 

「ッ……!気をしっかり持って下さい!このままじゃ、貴方が貴方である事さえ無くなって……!!」

 

 

『ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ……!!!!』

 

 

このままでは今までのノイズイーターの時と同様、自我を失ってしまった彼を倒す事でしか止められなくなってしまう。そうなる前にどうにか正気に戻そうと響が必死に呼び掛けるも、先の響の一撃で既に意識を手放しているシープイレイザーは高まり過ぎた力だけが暴走し、溢れ出るエネルギーに自我まで飲み込まれ掛けている状態にある。

 

 

響の声も届かず、強まる力に身体を突き動かされるようにシープイレイザーはユラリと起き上がり、一歩踏み出した足から赤い光が拡散して地面に亀裂を走らせていき、直後に耳を聾する程の炸裂音と共にアスファルトが破裂し無数の破片が宙に飛び散る。

 

 

稲妻を散らす膨大なエネルギーを全身から発し、離れていても気を抜けば押し潰されてしまいそうな重圧感を放って徐々に迫るシープイレイザーを目にした調と切歌は顔を強ばらせながらそれぞれアームドギアを構えて迎撃態勢を取るが、響は臆することなく、諦めずに叫び続けた。

 

 

「自分を見失わないで!貴方のやりたい事はこんな事じゃないハズ……!力になんかに飲み込まれないで!!」

 

 

『ヴゥアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

あの人はまだ引き返せる。その心を怪物に堕とす訳にはいかない。その一心から必死に呼び掛ける響の声を掻き消すかのように大地を震わせる程の雄叫びを上げ、シープイレイザーは頭から生える両角に全身から放出されるエネルギーを収束させて光弾を徐々に形成していき、止まる気配はない。

 

 

やはりダメなのか。これまでのノイズイーターのように、拳を振るって倒す事でしか止める手はないのか。響は悲痛な面持ちで俯き、僅かに逡巡した末、躊躇い気味に両手の拳を構えて迎撃態勢を取っていく。そして赤い眼で響達を睨み付けるシープイレイザーも口から白い吐息を漏らし、両角にエネルギーを溜めていく中、不意に、目の前に映る視界が別の景色へと移り変わった。

 

 

何処かの病室。優しく撫でられる膨らんだお腹。哀しげに微笑む女性の顔の顔がノイズ混じりに過ぎる。まるで、今の自分を踏み止まらせようと訴え掛けているかのように。

 

 

──煩わしい。目障りだと、怪物としての本能がその情景を不要と断じる。

 

 

欲しいのはより強い力。何者をも捩じ伏せられる絶対の力のみ。その邪魔立てをするというのなら、この情景すらも焼却してより強い力に変え……

 

 

 

 

 

 

―…………やめ…………ろ…………―

 

 

 

 

 

 

……心の内から、何か、微かに声が聞こえたような気がする。羽虫が飛び回る羽根の音よりもか細い声。目の前の煩わしい光景を汚そうとする己を制しようとするかのように。

 

 

―やめろ…………やめてくれ…………やめろっ…………!!―

 

 

声が再三、内から響く。が、どうでもいい。構うものか。

 

 

壊し、殺し、犯し尽くす。

 

 

美しく、鮮やかに彩られた、自分達を排他しておきながら続いていく物語が憎い。黒く濁った墨をぶちまけて汚してやりたい。

 

 

脳に絶え間なく響く声なき声。イレイザーとしての本能に突き動かされるまま限界までエネルギーを凝縮した光弾を響達に放とうと大きく身を反らしていくと同時に、身体の底から漲る力で全身の筋肉を膨張させ、イレイザーとしての本来の姿に、新たな自分に生まれ変わろうと変容していく様に身を委ねようと……

 

 

 

 

 

 

『───やめろと言っているんだァあああああああああああああああッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

──人格や心、人間だった頃の記憶の名残りに亀裂が走り、全てを塗り潰されてただの獣に堕ちようとした直前、それに抗うように胸の内の奥底から響いていた声が口を衝いて絶叫した。

 

 

直後、全身から溢れ出ていた禍々しく輝く赤いエネルギーが弾けるように拡散してそのまま消滅するかと思いきや、無数の赤い光は不自然に宙でピタリと止まり、再びシープイレイザーの体中に纏わり付くように集まってその全身を赤く染め上げた瞬間、シープイレイザーの肉体が内側から弾け飛ぶように木っ端微塵に吹き飛んだのであった。

 

 

「なっ……?!」

 

 

「い、一体何がっ……?!」

 

 

「イ、イレイザーがいきなり爆発したデスよ?!」

 

 

今度は何が起きているのか、思わぬ事態に驚きと困惑を隠せない響達。これまでもノイズイーターが暴走する様を目にした事は幾度となくあったが、ノイズイーターの身体が前触れもなく爆発するなど初めてだ。

 

 

まさか、暴走して耐え切れずに自壊したのか?そんな一抹の不安を覚える響の視線の先、爆風で舞い上がった土煙の向こうで何かが蠢いた。切歌と調もそれが見えたのか咄嗟にアームドギアを構え、響も固唾を呑む中、土煙が少しずつ風に攫われて消え去り、視界がクリアになっていく。其処には……

 

 

 

 

 

 

『…………っ……?なん、だ……これ……?』

 

 

 

 

 

 

土埃が晴れた先に居たのは、地面に両膝を着き、戸惑い気味に自分の両手を見下ろす大木のように太い巨体を持った薄緑色のイレイザーだった。

 

 

その姿は竜か、或いは悪魔か。背中から岩のように剛強で巨大な翼を生やしたその外見はどちらとも取れる異形の姿をしており、まるでのっぺらぼうのように何もない顔には紋様だけが描かれ、辛うじて目と口の位置が分かるような面貌をしている。

 

 

「な、何デスかアイツは?!」

 

 

「さっきのイレイザー……?姿が変わってるけど、でも今までの暴走みたいな感じじゃない……まさか……」

 

 

「前に蓮夜さんが言ってた、ノイズイーターが進化した姿?!」

 

 

頭から後頭部に掛けて刺々しい角を生やし、顔に描かれているのとは違う赤い紋様が全身にあるその異形……シープイレイザーがその身を変貌させたノイズイーターの進化態、ジャバウォックイレイザーを目にした響達は吃驚を露わにし、一方のジャバウォックイレイザーも己の顔をなぞるように両手で触れ、変貌した自身の姿に動揺を隠せずにいた。

 

 

『これ、まさか……変わった、のか……?俺が、ほんとにっ?』

 

 

まさか本当に自分が進化出来ると思っていなかったのか、ジャバウォックイレイザーは動揺するあまり思わず後退りする。瞬間、地を踏み締めた足から凄まじいエネルギーが放出されて地面を駆け走り、ジャバウォックイレイザーの背後に建つビル四棟を一瞬で木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。

 

 

『なっ……』

 

 

「う、動いただけでビルが……!?」

 

 

「あ、あんなの放っておいたらヤバいってレベルじゃないデスよ?!今の内に何とかしないと!」

 

 

「進化したばかりの今ならまだ、私達だけでも倒せるかもしれない……!切ちゃん!」

 

 

アレがまだ力の一端だとするなら、此処で倒しておかねば後々自分達でも手に負えない脅威になり得るかもしれない。そうなる前にと、恐ろしい破壊力を見て気を逸らせた調と切歌はジャバウォックイレイザーの動きを封じる為に勢いよく飛び出した。

 

 

「ふ、二人とも!待って!」

 

 

「やらいでか、デェェーースッ!!」

 

 

「はぁああああああッ!!」

 

 

『ッ!う、うわああッ?!』

 

 

イガリマとシュルシャガナを振りかざして突っ込む二人を見て響が慌てて呼び止めようとするが、切歌と調の刃は既にジャバウォックイレイザーの首級に狙いを定めて振り下ろされている。迫るザババの刃を前にジャバウォックイレイザーは反射的に顔を両腕で庇って怯んでしまう。そして大鎌と丸鋸が直撃する寸前、二人とジャバウォックイレイザーの間の地面から突如紅の業火が噴き出し、切歌と調を吹っ飛ばしてしまった。

 

 

「ウアゥウッ?!」

 

 

「ぅあああッ!!」

 

 

「き、切歌ちゃん?!調ちゃん!」

 

 

『……ぇ……な、何が……?』

 

 

二人揃って地面を滑るように吹き飛び、倒れ込む切歌と調に響が慌てて駆け寄る。一方のジャバウォックイレイザーも吹っ飛ばされた二人といきなり出現した炎を見て困惑を浮かべていたが、炎が少しずつ薄れ消え去っていくと、中から巨大な右腕を振り上げた態勢で佇む紅の魔人……イグニスイレイザーがその姿を露わにした。

 

 

「!イレイザーが、もう一体……?!」

 

 

『あ、アンタは……』

 

 

『…………』

 

 

前触れもなくいきなり現れたイグニスイレイザーを前に、響は驚愕と共に警戒を強めて倒れた二人を守るように庇い、ジャバウォックイレイザーは目を見張って戸惑いを浮かべていた。そして、イグニスイレイザーは徐に右腕を下ろすと、背後に振り返りジャバウォックイレイザーの姿をまじまじと眺めていく。

 

 

『まさか本当になっちまうとはな……。嬉しい誤算っちゃあそうだが、それにしたって間が悪いにも程があんだろ、お前っ』

 

 

『?え、と……すみません、それは、どういう……?』

 

 

『……こっちの話だ。それより一旦引くぞ。お前が進化態になった今、これ以上此処に留まる必要はねえ』

 

 

『え?い、いやでも、俺まだ敵の一人も倒せていないし、何の役にも立って……!』

 

 

『余計な気遣ってんじゃねえよ。こっちは新しい進化態のお前のデータが取れりゃそれでいいんだ。……手前は手前の願いを叶える事だけ考えてろ』

 

 

『……!』

 

 

相変わらず乱暴な口調だが、最後の一言で彼が自分の身を少なからず案じてくれてるのだと察したジャバウォックイレイザーは口を閉ざし、イグニスイレイザーもそんなジャバウォックイレイザーを横目に鼻を軽く鳴らし、切歌と調を庇う響に目を向けていく。

 

 

『お前もお前でタイミングの悪い奴だぜ、立花響……いや、そっちからしたら逆に運が良い、って言った方がいいのかもなぁ?』

 

 

「!私の名前を?それに運が良いって、どういう……?」

 

 

名乗った覚えのない相手から自分の名前を指された事にも驚きだが、何やら意味深な発言をするイグニスイレイザーに対して怪訝な反応を返す響。しかしイグニスイレイザーはそれに答える事なく、自身とジャバウォックイレイザーの周囲に再び紅蓮の炎を灯していく。

 

 

『今回の所は見逃してやるが、忘れるな。テメェとクロスは必ずやる……それまでその首、今は預けとくぞ』

 

 

直後、炎が二体のイレイザーを包み込むように激しく燃え上がった。そして響が瞬きをした後には二体のイレイザーの姿は何処かへと消え去り、炎の勢いも徐々に弱まって完全に消えてなくなってしまった。

 

 

「消えた……逃げた……ううん、見逃されたって言い方の方が正しいのかな……」

 

 

向こうがどういうつもりだったかは知らないが、もしあのまま二体のイレイザーを相手にする事になっていたら危うかったのはこちらだったかもしれない。ノイズイーターが進化した新たなイレイザーもそうだが、睨まれただけでも思わず身が竦む程の重圧感を放っていたあのイレイザーと戦わずに済んだのは正直運が良かったとは思う。張り詰めた緊張感が抜けて密かに安堵の溜め息を漏らす中、切歌と調が漸くふらつきながらゆっくりと上体を起こした。

 

 

「うっ……な、何が起きたデスかっ……?」

 

 

「二人とも!大丈夫?何処か怪我とかしてないっ?」

 

 

「は、はい、何とか……でも少し、意識が朦朧としてて……一体何が……?」

 

 

先程のイグニスイレイザーの不意打ちで軽い脳震盪を起こしていたのか、二人は先程のイグニスイレイザーに襲われた事も、二体のイレイザーが撤退した事も覚えていないようだ。見た感じ大した怪我はなさそうだが、一瞬とはいえ気を失っていたのだ。本部で他に異常がないか一応診てもらった方がいいかもしれないと考え、響は二人に手を貸して一先ず本部へ帰還しようとした矢先、響達のヘッドギアに本部からの通信が届いた。

 

 

『こちら本部!装者各員、聞こえていますか?!』

 

 

「?はい、こちら響です。どうしましたか?」

 

 

三人の元に届いたのは、何処か切羽詰まった声音の友里の声。そのただならぬ様子に響達の頭上に疑問符が浮かぶ中、別の回線から弦十郎の慌ただしい声が届いた。

 

 

『イレイザー達が撤退したとの報告をこちらも今聞いた。お前達は深追いをせず、至急南西Nポイントに向かってくれ!こちらも諜報部と共に現場に向かっているが、現場で上級イレイザーと交戦中だったクリス君と蓮夜君の反応が突然途絶えた!今もまだ二人の安否を確認出来ていない!』

 

 

「っ?!」

 

 

「クリス先輩達が……?!」

 

 

Nポイントで戦っていた筈のクリスと蓮夜の安否、消息が掴めたいという不穏な報せ。本部と弦十郎の口からその報せを受けた響達は思わず息を拒み互いに顔を見合わせると、本部からの通信を繋いだままその場から走り出し、二人が戦っていたNポイントへと急ぎ向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 

──冷たい風が柔肌を撫で、体の芯から震える程の寒さで意識が覚醒する。目が覚めた先に見えたのは、音を立てて地面を転がる空き缶と、その傍を走り回る小汚いネズミの姿だった。

 

 

「……っ…………ここ、は…………」

 

 

薄汚れた地面の上に私服姿で横たわったまま重い瞼を上げ、朧気にそう呟いたのはクリスだ。いつの間に倒れていたのだろうか、ズキズキとやけに鈍い痛みが頭の裏で疼く。後頭部を抑えながら冷え切った身体を起こそうとするが、何故か酷く身体が重い。それでも地面に手を突いてどうにか立ち上がり、漸く身を起こしたクリスは怠そうに溜め息を漏らした。

 

 

「っ……なんだ、一体……あたしは確か、さっきまで……っ……」

 

 

妙だ。急に意識を失っていたのもそうだが、やけに頭痛が酷く目眩もする。視界がぐにゃりと歪んで焦点が定まらず、俯いた顔を手で覆いながら深呼吸を繰り返し気分を落ち着けて回復を試みようとするが、深呼吸を繰り返していく内に何やら酷い悪臭が鼻を突き、うっ、と思わず鼻を抑えた。

 

 

(く、くっせぇっ……何だよこの臭い……!)

 

 

あまりにも酷い臭いに鼻が曲がりそうだ。しかしその刺激臭によって目覚めたばかりで覚醒し切ってなかった頭が少しずつ冴えていき、同時に目の前の視界が徐々に元に戻り、目眩も治まっていく。どうやら一時的なもので、ある程度時間が経てば自然に回復出来る程度の症状だったようだ。

 

 

ホッと安堵の溜め息を吐き、クリスは漸く視界が戻った顔を上げて前を向くが、直後、その目が徐々に大きく見開かれていき、顔色も次第に驚愕へと染まっていってしまう。

 

 

何故なら彼女が目にした視界の先は、先程まで自分達がイグニスイレイザーと死闘を繰り広げていた筈の夜の公園ではなかったのだ。

 

 

消え掛けの証明が心持たない光で暗闇を照らす、何処かの街中の薄暗い路地裏。

 

 

ゴミ捨て場に積み重なるゴミの山と、排水口から漂うドブの臭いが入り混じったようなキツイ悪臭が鼻を突く。先程から漂っていた臭いの正体はこれだったらしく、クリスは鼻を抑えたまま険しい表情で周りを見渡していく。

 

 

「何だここ、どうなってんだ……?確かあのイレイザーと戦ってて、それで……」

 

 

見覚えのない場所でいつの間にか倒れていた事に困惑し、目覚めるまでの事を思い出そうとする。意識を失う前、覚えている限りでは、確か自分は負傷した蓮夜を庇いイグニスイレイザーの前に飛び出したまでは良かったが、イレイザーに対抗する術を持たない自分が奴に勝てる訳もなく、危うく蓮夜と共に消し去られ掛けた筈だった。

 

 

しかし、何故かイグニスイレイザーは寸前の所で自分達にトドメを刺すのを取り止め、奴が取り出した透明な本から放たれた無数の謎の光る文字に自分達は包み込まれたハズ。

 

 

眩い光が視界を覆い尽くした所までは微かに覚えてはいるのだが、其処から先の記憶は全く思い出せず、恐らくその時に意識を失ったのだろうとクリスは推測する。

 

 

(そういえばあのイレイザー、確か此処とは違う所で決着を付けるとか言ってたような……まさか、あの光でどっか別の場所に跳ばされたってのか?)

 

 

あの口振りからして、奴は何が何でも蓮夜を仕留めようと固執している感じだった。ともすると誰の邪魔も入らない、S.O.N.G.の介入が届かない場所にあの透明な本を使って自分達を転移させたという事だろうか。以前自分達が戦った錬金術師達も転移の道具を使っていたし、そういった力を奴らが使えても不思議ではないが、しかし、何故蓮夜を倒せた筈の場面で奴はそんな回りくどい事を……

 

 

「……いや、待て……そういえば、アイツは?!」

 

 

あの時、傍には自分を庇って負傷した蓮夜が倒れていた筈だ。意識を失う寸前で一緒にあの光に包まれていたのを覚えているし、共に跳ばされていたとしても可笑しくはない。彼が急いで治療をしなければならない程の危うい状態だった事を思い出し慌てて周囲を見回すが、周りには自分以外に誰もおらず、蓮夜の姿も見当たらない。

 

 

「まずいぞ、あのままじゃアイツ……!とにかく本部にも連絡取って、早くアイツを見付けねえと……!」

 

 

此処が何処かは分からないが、一緒に転移させられたのだとしたら近くにいるかもしれない。そう思い至ったクリスは蓮夜を探す為に明かりが微かに見える路地の方に向かって急いで走り出しつつ、本部に連絡して今の自分の現位置を調べてもらおうと、懐から取り出した端末を操作しS.O.N.G.に通信を繋いでいくのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◇

 

 

 

 

 

クリスが街へ飛び出した所、周りは知らない建物ばかりが建ち並び、一切見覚えのない街風景が広がっていた。途中で通り掛かった立派な校舎の高校の学校や、遠くに見えるメゾネットタイプのタワーマンションなど自分が暮らしていた街では見掛けなかったし、何よりも街中に漂う空気からして何もかも違う。最初に感じたその違和感だけで此処が自分の慣れ親しんだ街ではないとすぐに分かり、やはり何処か別の場所に跳ばされたかもしれないという読みは間違っていなかったようだ。

 

 

携帯の時刻を見ると、現場に着く前にチラッと確かめた時間から三時間近くは経ち日付も変わっていた。自分達が突然消えてからこれだけの時間が経っていれば本部もきっと血相を変えて自分達の所在を探しているだろうし、何より自分達が消えてからイレイザーと戦っていた後輩達の安否や街の被害も気になる。蓮夜を探し回ってる内に人気の少ない夜の住宅街に迷い込んだクリスは、先程から本部と連絡を取るべく耳に当てた専用の端末から通信を繋ごうとしているのだが……

 

 

「……畜生、全然繋がんねぇぞ……!何だってこんな時に!」

 

 

ザザザザァー!と、耳から離した端末から聞こえてくるのは耳障りなノイズばかりで、クリスは思わず毒づく。先程から何度本部に連絡を取ろうとしてもこの調子だ。もしやあの転移の際に故障でもしたのか?携帯の方から連絡しようとしても似たような状態になって使い物にならず、端末を仕舞ったクリスは忙しなく周りを見渡していく。

 

 

(本部と連絡が取れないんじゃ、仮にアイツを見付けれたとしてもすぐに応急処置が出来なきゃ意味ないぞ……!あたしはそこんとこてんでだし……ってかアイツもアイツで何処いったんだ!あんな怪我じゃそう遠くへは行けねぇ筈だろうに!)

 

 

跳ばされる前に近くにいた事から、自分が転移したあの場所の周辺近くに同じように倒れているかもしれないと思い必死に探し回ったものの、それらしき人影は見当たらなかった。まさか此処へ跳ばされたのは自分だけで、蓮夜はまた違う街に転移していて分断させられたのではないか?焦る気持ちからそんな嫌な想像まで掻き立てられてしまうが、それを振り払うように激しく頭を振り、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。

 

 

(落ち着け、焦るな。今此処にいるのはあたしだけなんだ。冷静さを欠いたって何にもならない。本部の助力が望めないなら、現地にいるあたしが落ち着いて対処するしかな──)

 

 

 

 

 

「いやああああああぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!」

 

 

 

 

 

「……?!何だ……悲鳴?」

 

 

焦る気持ちを落ち着けて行動方針を改めようとしたその時、何処からともなく絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。驚きと共に思わず振り返った先には薄暗い闇しか見えない。クリスは一瞬此処で時間を労するべきか否か躊躇するも、やはり声の主を放って素知らぬ振りは出来ず、悲鳴が聞こえた方へと急いで走り出していった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「──な、何なんですかぁ!何なんですかあの変な人達?!どうして私達を追い掛けて来るんですかぁ?!」

 

 

「俺が知るかそんなこと!良いから走れ!何か見た目からしてヤバそうだぞアイツら!」

 

 

その一方、クリスが耳にした悲鳴の主と思われる人物……星形の髪飾りを前髪に着け、赤い長髪からアホ毛の少女は黒い短髪の目付きの悪い少年と共に、何かから逃げるように暗がりのせいで足元も碌に見えない、粗いアスファルトの道を必死に駆け抜ける姿があった。赤髪の少女の先頭を走る目付きの悪い少年は彼女の手を取ってカーブミラーのある曲がり角を曲がり、背後に肩越しに振り返ると、其処には……

 

 

『──ァアアアアアアアッ……!!』

 

 

『ゥオアアアアアアア……ッ!!』

 

 

「クソッ……!まだ追ってきやがる!」

 

 

まるでゾンビのように大振りの動きで、ゾロゾロと二人の後をしつこく追い掛けてくる薄気味悪い外見の異形の群れ……上級イレイザーの分身であるダスト達を見て目付きの悪い少年は舌打ちし、何とか奴らを振り切るべく、次の曲がり角を曲がってダスト達を蒔こうと走るスピードを更に上げるが、しかし……

 

 

「ぁ、きゃあぁッ?!」

 

 

「ッ!五月?!」

 

 

次の曲がり角を曲がった瞬間、目付きの悪い少年に腕を引っ張られる少女が角を曲がり切れず、勢いあまって足をもつれさせ転倒してしまったのである。少年は倒れた少女を見て慌てて駆け寄るが、其処へ角の向こうから這うように顔を出したダスト達が二人に追い付いてしまう。

 

 

その不気味な挙動で迫る異形の群れを前に少女も「ひいっ……!」と短い悲鳴を上げて涙目になりながら見る見る内に顔色も青ざめていき、小刻みに身体を震わせながらその場に力無く座り込み、動けなくなってしまった。

 

 

「お、おい!腰を抜かしてる場合じゃないだろ?!奴らがもうすぐ其処に……!」

 

 

「む、無理ですぅ!あ、足が震えて……!」

 

 

「っ……!」

 

 

両腕を軽く引っ張って起き上がらそうとしても立ち上がる事が出来ない少女に、目付きの悪い少年も躊躇った様子で彼女とすぐ其処にまで迫るダスト達を交互に見る。拙い、拙い。どうするべきか。焦りを浮かべながら瞼を閉じて僅かに悩む素振りを見せた後、少年は額から汗を滲ませて目を開き、彼女を庇うように前に出て両手を広げた。

 

 

「う、上杉君……?!わ、私の事は良いですから!貴方だけでも……!」

 

 

「良いワケねぇだろ……!ただでさえアイツ等もいなくなったってのに、その上お前の身にまで何かあれば、俺はいよいよ教師としてお前らの父親に顔向けが出来ん!」

 

 

「で、ですが……!」

 

 

よく見れば、少女を庇う少年の手は恐怖が滲み出て微かに震えている。普段の彼らしくもない、危険を前に身を張って自分を守ろうとする少年のその背中を見て赤髪の少女は悲痛な表情を浮かべ、そんな二人へと地獄の底から漏れるような呻き声を上げてダスト達が一斉に襲い掛かる。迫り来る異形の群れを前に、少年も思わず目を背けて歯を噛み絞めた、その時……

 

 

 

 

 

 

「──Killiter Ichaival tron……」

 

 

「……は……?」

 

 

「え……歌……?」

 

 

 

 

 

不意に何処からともなく、美しい歌が響き渡った。この危機的状況に似つかわしくない、場違いとも取れるほど透き通った歌声を耳にした少年と少女が思わず顔を上げた瞬間、二人の頭上を誰かが赤い光を弾かせながら信じられない跳躍力で飛び越え、そのまま少年に襲い掛かろうとしたダストの顔面に飛び蹴りを叩き込んだ。

 

 

そのまま力強く蹴り飛ばされたダストはまるでボウリングの球のように後方にいる他のダスト達を薙ぎ倒していき、少年達の前に着地した赤い光……シンフォギアを身に纏ったクリスは二人を守るようにダスト達と対峙していく。

 

 

「どうにか間に合ったみてーだな」

 

 

「ぇ、えっ……ええっ?!」

 

 

「な、何なんだ、お前?!」

 

 

「何だっていい!それよりも早くソイツを連れてとっとと逃げろ!巻き添え喰らっても責任取れねぇぞ!」

 

 

いきなり現れてダストを蹴り飛ばしただけでなく、やけに肌気の多いアンダースーツの上に仰々しいアーマーを纏うクリスの格好を見て驚きと動揺が隠せない少年の問い掛けを無視し、クリスは両腰部のアーマーから射出した二丁のハンドガンを掴み取り、すかさずダスト達に目掛けて発砲した。

 

 

「うぉお?!」「きゃあ?!」と突然の銃声に驚く声が背後から聞こえるが、そちらに意識を向けている余裕はない。銃弾に撃ち抜かれ、身体に風穴を開けられたダスト達のダメージがたちどころに修復されてしまう。やはり『記号』を持たない自分では倒し切る事は不可能なのか、クリスは己の力の足らなさに思わず舌打ちしながらもダスト達を近付けまいと銃撃を続けていき、それでも近付くダストは足払いを掛けて転倒させ、足を撃ち抜いてほんの僅かでも動きを封じていく。

 

 

一方で、目の前で繰り広げられる現実離れした状況を未だ飲み込めていない少年と少女はそんなクリスの戦いぶりを見て呆気に取られた顔で固まっており、立ち尽くす二人を見てクリスが怒号を飛ばす。

 

 

「何やってんだっ!今の内に早く逃げろっ!」

 

 

「……っ!あ、あぁ……五月、いくぞ!」

 

 

「え?で、でも……!」

 

 

「いいから!」

 

 

状況は何一つ分からなくても、クリスが自分達を助ける為に必死に戦っている事だけは分かり、少年はクリスの身を案じる少女の手を取って反対側の道へと走り出した。

 

 

「行ったか……にしても、何でコイツらがこんな所に……!」

 

 

二人が逃げたのを確認し、クリスは改めてダストの群れと対峙する。蓮夜とあのイレイザーの話からして、コイツらは上級イレイザーから生み出される分身体。ならば自然発生で現れたという線はないだろうが、だとしたら何故こんな所にこれだけの数が?

 

 

キナ臭い何かを感じつつも、コイツらに真正直にその疑問をぶつけても、それに答えてくれるような知性を欠片でも持っているようには見えない。ならば今はあの二人が逃げ切れるまで此処でコイツらを足止めする事だけ考えねばと、クリスは両手のハンドガンの狙いをダスト達に定めて再び発砲しようとするが、その時……

 

 

「ぐぁああっ!?」

 

 

「上杉君!!」

 

 

「?!」

 

 

背後から悲鳴が聞こえ、振り返ったクリスは目を見開く。先程逃がせたと思えた少年が血が伝う口元を抑えて壁にもたれ掛かるように座り込み、そんな彼の傍に赤髪の少女が目尻に涙を浮かべながら駆け寄っていく姿が見えた。そして、暗闇に包まれた曲がり角の向こうから、ゾロゾロと新たなダスト達が現れて二人に迫る姿も。

 

 

「別の群れ?!まだ行ったってのか!クソッ……!」

 

 

すぐさま二人の救出に向かおうと走り出す。が、それを阻むように今まで足止めをしていたダスト達に囲まれて思うように身動きが取れず、その間にも二人の方に現れた別のダスト達はジリジリと少年と少女に迫り、二人を壁際にまで追い詰めていく。

 

 

『コォォアアアアアアアッッ……!!』

 

 

「う、上杉君っ……!」

 

 

「ぐっ……!(クソッ、どうするっ?塀の向こうになら逃げられるだろうが、二人一緒じゃ間に合わねぇっ……ならせめて、コイツだけでも……!」

 

 

醜い口から白い吐息を漏らしながら迫るダスト達を前に、少年は恐怖で震えるあまり自分の服を強く掴んで放さない少女と、自分達のすぐ後ろの塀の向こうを一瞥する。自分が踏み台になれば、彼女一人を持ち上げて逃がす事ぐらいは辛うじて出来るか。さしあたっての問題は踏み台になる自分の腕の筋力が、果たして彼女の体重に耐えられるか否かだが……などと失礼な考えは今は頭の片隅に退け、少年は少女に塀の向こうへ逃げるように伝えようと口を開き掛けた、その時……

 

 

 

 

 

『Code x…clear!』

 

 

 

 

 

先程の歌とは違う、無機質な電子音声が鳴り響く。直後、少年と少女へ迫るダスト達の身体を蒼い一筋の光が横薙ぎに斬り裂き、ダスト達は断末魔を上げる間もなく爆散し、消滅したのであった。

 

 

「ひぅッ!……ぇ、えぇっ……?」

 

 

「こ、今度は何だ……?!」

 

 

いきなり爆散したダスト達を見て何が起きたのか分からず混乱し、少年はクリスの方を見やった。もしや今のは彼女の仕業かと一瞬思ったが、クリスは周りを取り囲まれて未だ自由に身動きが取れず、爆散したダスト達を見て同じように驚きを浮かべている。つまり、彼女の仕業ではない。

 

 

ならば一体?少年がダスト達が爆発した跡の炎に視線を戻すと、徐々に火の勢いが弱まっていく炎の向こうで何かが動くのが見えた。

 

 

燃え盛る炎の向こうに俯き加減に佇み、深く静かに呼吸を繰り返す蒼い影。

 

 

赤い複眼を闇夜の中で輝かせ、仮面で覆った顔をゆっくりと上げる戦士の姿を目にし、クリスが驚きと共に叫んだ。

 

 

「お、お前?!」

 

 

『…………』

 

 

驚くクリスの声に応えず、蒼い影の戦士……クロスに変身した蓮夜は無言のまま少年と少女に顔を向けると、視線を向けられた二人はビクッと身を竦ませる。

 

 

ジッと二人を凝視し、少年の口元以外に外傷がないのを確かめて視線を外したクロスは二人を背に隠すように前に出ていくが、スーツで肌が擦れた右腕に引きちぎられるような激痛が走る。

 

 

仮面の下で顔を歪め、あまりの痛みで思わず漏れそうになる声を噛み殺し、瞬時に蒼い光を纏った片脚で地面を軽く蹴り上げたクロスはダストの群れの中へ飛び込むと共に、クリスの近くに立つダストの一体に左腕で肘打ちを打ち込み吹っ飛ばした。

 

 

『ガァアアアアアアッ!?』

 

 

「ッ!お、おい……!お前、動いて平気なのかよ?!さっきの怪我は──!」

 

 

『……彼等を頼む……この場は任せてくれ……』

 

 

「は?や、じゃなくって怪我……!オイ、ちょっ、人の話聞けよッ!」

 

 

全然噛み合わない会話で少年と少女の事をクリスに任せ、勢いよくダスト達に向かって飛び出したクロスは鋭い回し蹴りを振るい、戦闘を開始していく。

 

 

対するダスト達もクロスに標的を絞って奇声を上げながら襲い掛かるが、クロスは蹴りを主体としたスタイルで対抗し、背後から飛び掛かろうとした数体のダストを上段回し蹴りで纏めて粉砕し、サイドキックでコンクリートの塀に押し付けたダストを捉える右脚に蒼い光を注ぎ込んで脚力を強化し、そのままダストを踏み潰すように絶命させた。

 

 

ダストを潰した右脚をゆらりと下ろし、鈍い輝きを放つクロスの赤い複眼をゆっくりと向けられて他のダスト達も後退りする中、クロスは左手で左腰のホルダーからカードを取り出しながらバックルから立ち上げたスロットにカードを装填し、片手でスロットを押し戻した。

 

 

『Final Code x……clear!』

 

 

電子音声が鳴り響いた直後、クロスの全身が蒼く発光して凄まじい速さで動き出す。目にも留まらぬ速さでダスト達の間を素早く駆け抜けながら、すれ違い様に鋭い左フック、後ろ回し蹴りを相手の急所に叩き込み、流れるような動きから最後の一体に飛び蹴りを打ち込んでいった。

 

 

『ギィイッ?!ガッ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!』

 

 

最後の一体の背後に身に纏う光を消してクロスが現れたと同時に、ダスト達は連鎖的に断末魔を上げながら爆発していく。そして最後の一体の消滅を背中越しに確認すると、クロスはダスト達が爆散した残り火を見下ろしながら漸く張り詰めた気が解けたように一息吐いた。

 

 

(ッ……あっという間かよ……やっぱりあたしとじゃ元々が違うって訳か……アイツとは……)

 

 

自分があれほど苦しめられたダスト達を五分足らずで殲滅したクロスを見て、クリスは胸中に湧く仄暗い感情から眉を顰め、悔しさに耐えるように唇を噛み締める。が、その時……

 

 

『……ッ……グッ、うぅッ……!』

 

 

―ドシャッ!―

 

 

「……?!お、おい!」

 

 

残り火を見つめていたクロスが突然右腕を抑えながら呻き、そのまま変身を解除して蓮夜に戻りながらその場に蹲ってしまったのだ。いきなり苦しみ出した蓮夜を見てクリスも慌てて駆け寄ると、蓮夜が抑える右腕を覗き込んで息を拒んだ。

 

 

まともに応急処置すらしていなかったのか、重度の火傷で焼き爛れた皮膚は時間の経過で最初に見た時より更に酷く悪化し、肉が裂けて骨が覗き見えていた傷口も今の戦闘で激しく動き回ったせいか、傷が広がって夥しい量の血が肌を塗り潰していた。

 

 

「お、まえ……こんのっ、馬鹿っ!こんな状態で戦う奴があるかよっ!死にたいのかっ?!」

 

 

「ッ……そんなつもり、は、ないんだが……それよ、り……お前は、無事かっ……?奴に受けた傷はっ……?」

 

 

「あんなの傷の内に入るかっ!こっちはあれ以上に死ぬような目に何度も遭ってんだっ!あれくらいでどうにかなる訳ねえだろっ!」

 

 

「……そ、か……要らぬ心配、だったか…………よかった……」

 

 

「っ……お前っ……!」

 

 

額から脂汗を滲ませて顔色も青掛かり、相当に辛そうなのが分かる。そんな怪我を負わせた要因を作ったのは自分なのに、その事を責める所か、無事を聞いて心底安堵したように溜め息を吐く蓮夜の横顔を見て、クリスは苛立ちとも何とも言えない感情に苛まれて顔に険しい色をひらめかせるが、其処へ……

 

 

「……あ、あのっ」

 

 

「……!」

 

 

背後から緊張で上擦ったような声を掛けられ、振り返る。其処には先程自分と蓮夜が助けた、頭頂部からピョコンと生えたアホ毛と前髪に付けた星型のヘアピンが特徴的な赤髪の少女が何やら真剣な面持ちで佇む姿があり、そのすぐ後ろには、事の成り行きを見守るように彼女の傍らに立つ目付きの悪い少年の姿もあった。

 

 

「お前ら、まだ……」

 

 

「その……危ない所を助けて頂いて、ありがとうございます……おかげで私も彼も助かりました……」

 

 

ペコッと、未だ目の前で起こった現実離れした状況に戸惑いを隠せていない様子だが、それでも律儀に頭を下げて助けてもらった事に対して赤髪の少女は感謝の言葉を口にする。しかし傍らに立つ少年が所在なげに視線を泳がせているのに気付くと「ほら、貴方も!」と怒り気味に促し、叱られた少年は「うっ……」と気が進まなさそうな反応を見せた後「……どうもな」と無愛想そうに頭を下げるが、クリスはそんな二人から顔を逸らして眉間に皺を寄せた。

 

 

(拙いな、本部とも連絡が取れないんじゃ事後処理も望めないっ……。秘匿のシンフォギアをこれ以上無関係な人間に知られる訳には──)

 

 

こういった事件に巻き込まれた人間の保護や口止めなどは本来S.O.N.G.の役目なのだが、本部と連絡が付かない現状、これ以上この二人と関わり合いになる訳にはいかない。

 

 

口を閉ざして黙り込むクリスの背中を見て、赤髪の少女は頭の上に疑問符を浮かべながら「あの……?」と再び声を掛けるが、目付きの悪い少年はクリス達に向ける懐疑的な眼差しを隠そうともしない。

 

 

そんな二人を無視し、クリスは持参していたハンカチを取り出して蓮夜の右腕の傷口に巻いた後、蓮夜の腕を肩に回してすっと立ち上がり、そのまま二人に何も応えずに蓮夜を抱えながら空高く跳躍し家の屋根から屋根へと跳び移りながら逃走していった。

 

 

「あ、ああ?!待って下さい!貴方達にはまだお聞きしたい事が!」

 

 

「おいっ、もういいだろ五月……!あんな見るからに変な連中に関わったら絶対ロクな事になんねぇぞ、またさっきみたいな目に遭ったらどうすんだ!」

 

 

「でもあの人達なら何か知ってるかもしれないじゃないですか!ずっと手掛かりも掴めないし、もしかすると一花達もさっきみたいなのに巻き込まれて……!」

 

 

背後から聞こえてくる少女と少年が何かを言い合う声にも振り返らず、クリスは夜の街を翔けながら抱き抱える蓮夜の顔を覗き込む。

 

 

先程の戦闘で少ない体力を使ったせいか、呼吸も心做しか荒らく、先程よりも弱まってるように見える。やはり一刻も早く怪我をどうにかせねばならないが、本部とも連絡が繋がらない以上、今は現地の何処か大きな病院を頼るしかない。

 

 

(頼むからそれまで待ってくれよ……お前に死なれたら、あたしは──っ)

 

 

思わず口を衝いて出そうになる言葉をグッと堪え、クリスは跳び移った次の屋根を先程よりも強く蹴り上げて夜空を翔けながら、空から目を走らせる。

 

 

街を駆け回っていた時にも遠くから見えていたメゾネットタイプのタワーマンションを超えた先に、病院の看板が見えた。彼処なら蓮夜を担ぎ込めるだろうか。問題はこの夜も深い時間に急患を受け入れてもらえるかどうか……。

 

 

気掛かりは拭えないが、足を止めてる時間も惜しい。仮に駄目なら次を探すしかないと考えながらクリスは蓮夜の腕を担ぎ直し、スピードを速め、漸く見付けた病院へと急ぎ向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

第五章/不協和音×BANGBANG GIRLの憂鬱 END

 

 

 



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第六章/五等分のDestiny×紅弾の二重奏(デュエット)

 

 

──頬に触れる風の感触に起こされるように、蓮夜は目覚める。何だか随分と長く眠ったような感覚が体全体を支配して心地のよい痺れさがあり、重い瞼をこじ開けると、最初に視界に飛び込んだのは見覚えのない白い天井だった。

 

 

「…………?…………??」

 

 

見慣れない天井を見て、最初はただ瞬きを繰り返していただけだった蓮夜の表情が段々と訝しげに歪んでいく。

 

 

何だ此処は……自分は今何処にいる?いやそもそも、自分はいつの間に眠っていた?

 

 

頭の中が次々と浮かび上がる疑問で埋め尽くされ、状況が飲め込めず、困惑の感情が先立って実際に疑問を口に出す余力もない中、再び風が吹き抜けて頬を撫でた。

 

 

目だけ動かすと、開け放たれた部屋の窓から吹く風が清潔な白いカーテンを揺らしているのが見え、カーテンの隙間から微かに差す陽射しに目を細めながらも更に視線を巡らせると、自分が一週間前にS.O.N.G.の本部で寝かされていたのと同じような大きいベッドの上に横たわっている事、更には薬品のような鼻を突く匂いが微かに部屋中に漂っているのに気付いた。

 

 

「此処は……病院……?」

 

 

「──目が覚めたみてーだな」

 

 

「!」

 

 

薬品独特の匂いと部屋の様子を観察して得た少ない情報から蓮夜がそう推測する中、聞き覚えのある声を耳にしハッと振り返る。其処には病室の扉を開け、片手に何かが入ったビニール袋を手にして部屋の中に入ってくるクリスの姿があった。

 

 

「イチイバル?お前、どうして……」

 

 

「その様子だと、昨日の事は何も覚えてないみたいだな……ま、あたしに運ばれてる途中で意識失ってたし、しょうがねーけど……」

 

 

ほらよと、そう言いながらわざわざ買ってきてくれたのか、クリスはビニール袋を漁って取り出したペットボトルのミネラルウォーターを蓮夜に差し出す。それを見て反射的に右手でペットボトルを受け取ろうとするも、蓮夜は其処で違和感を感じた。動かそうした右腕が何故か胸の前で固定され、右腕自体も何か窮屈なモノに締め付けられているような感じがする。

 

 

思わず目を落とすと、左肩には腕つり用の白いサポーターが掛けられ、更にそのサポーターの中に収まる自分の右腕にも、一週間前まで左腕に付けられていたのと同様の白いギブスが付けられていた。

 

 

「これは……」

 

 

「何処から話したもんか……取り敢えず、あのイレイザーにやられたお前の腕の傷は相当酷かったんだよ。さっきも言ったようにお前も気ぃ失うくらいだったし……。そんであたしに担ぎ込まれたお前の腕を診た医者達が血相を変えてすぐに手術って事になって、そのまま数時間、朝まで治療が続いてな」

 

 

ベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛けながら蓮夜の分の水を手渡し、クリスはビニール袋から自分の分の水を取り出してキャップを開けていく。

 

 

「その後どうにか無事に手術も終わって、此処までお前を運んでもらった後にあたしも身体を休めろって看護師に言われてな……其処のソファーを借りて少しだけ休もうとしたんだが、気付いたらいつの間にか寝落ちしてて、目が覚めたら半日も経ってた。んで、気付けに水でも買ってこようと思って下の売店に行って戻ってきたら、お前が目ェ覚ましてて今に至るって訳だ……」

 

 

「……そうだったのか」

 

 

だからなのか、クリスの髪も若干乱れてて寝癖もチラホラ見られるし、声も何処か覇気がなく、目の下にも隈がある。その様相からどれだけ彼女に相当な負担と心配を掛けてしまっていたかを察して蓮夜は申し訳なさそうに項垂れ、ギブスに巻かれた右腕を抑えながらクリスに頭を下げた。

 

 

「すまない、迷惑を掛けて……それと、おかげで助かった。礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 

「…………お前がソレ言うのかよ……」

 

 

「……?」

 

 

頭を下げて謝罪と感謝の言葉を口にする蓮夜だが、クリスはそんな蓮夜から顔を背けてボソッと何事か呟いた。その声を上手く聞き取れず蓮夜が首を捻ると、クリスは顔を背けたまま小さく溜め息を漏らし、気を取り直すように水を一口飲んで蓮夜の方に振り向いた。

 

 

「礼なんていい……そんな事より、一大事だ」

 

 

「?何かあったのか?」

 

 

「本部と連絡が取れねぇんだよ、ずっと。お前が手術している間とか、さっき起きた時にももう一度通信しようとしても全然駄目だった……何がどうなってんだ一体っ」

 

 

そう言ってクリスが通信機を取り出して起動させると、端末機からはノイズが掛かったような音だけが流れて来る。やっぱり駄目かと、クリスは落胆から思わず軽く舌打ちしながら端末機を停止させ、席を立った。

 

 

「昨晩の戦いでギアを使ったし、本部もその反応を探知してる筈だ。なのに未だに応援も連絡もないってのは可笑しいだろ……。まさか、あたし等が抜けた後で何かあったのか……?」

 

 

幾ら響がイレイザーと戦えるようになったとは言え、仮にもしあのイグニスイレイザーと相対したとなれば響達の身に何かあっても不思議はない。もしやあの後、奴に目を付けられて自分達の行方を追えない程の大きな損害を受けたのではないかと心配を覚えるクリスの顔をジッと見つめると、蓮夜は彼女から視線を逸らし、ベッドの反対側の脇に設置されている床頭台の上に置かれたミニカレンダーを見付ける。

 

 

(あれから半日以上も経っているなら、確かに既に俺達の居所を見付けてても可笑しくはない……それなのに本部と一向に連絡が付かないとなると……)

 

 

ミニカレンダーの日付を確認してみると、一見可笑しな所は何もない。しかし細部まで細かく読み込んでいくと次第にある違和感を覚え始め、蓮夜は僅かに眉間に皺を寄せながら目を細めていく。

 

 

「……イチイバル、今は西暦何年だ」

 

 

「……は?何だよ急に?」

 

 

「いいから教えてくれ。お前達の世界は今何年だ」

 

 

「何って、2045年だろ?それが一体……」

 

 

「……そういう事か」

 

 

クリスの応えを聞き、蓮夜は得心が得たとポツリと呟く。そんな蓮夜の反応にクリスが訝しげな表情で小首を傾げると、蓮夜は無言のまま床頭台の上に置かれたミニカレンダーに手を伸ばして掴み、そのままいきなりポイッとクリスに投げ渡した。

 

 

「うおおぅ?!何すんだいきなり!」

 

 

「見てみろ。それが多分、今年のカレンダーだ」

 

 

「はあ?こんなのが何だって──」

 

 

若干強引な物言いに不服さを覚えながらもクリスは言われた通りミニカレンダーに目を落とすが、これと言って特に可笑しな所はなく、何の変哲もない普通のカレンダーにしか見えない。これが一体どうしたというのか、文句を言いたい気持ちを抑え付けながらジッとカレンダーを睨み付けていると、ここ一週間の日付を目で追っていく内にある違和感に気付いた。

 

 

(ん……?今日は、火曜の祝日?何だこれ……確か昨日は土曜だった筈じゃ……?)

 

 

そう、"曜日が違う"。日付は変わって今日は日曜になっている筈なのに、何故かカレンダーは今日の日付を火曜日と示しているのだ。どういう事だ?と困惑を隠せぬまま僅かに視線を動かし、カレンダーの月の上に表記されてる暦を見ると、其処に書かれている西暦は201──

 

 

「……な、んだこれ……お、おい、これって──!」

 

 

信じられないといった様子で動揺を露わに顔を上げ蓮夜を問い質そうとするも、ベッドの上に蓮夜の姿はなかった。「は?」と思わず乾いた声が口を衝いて出て一瞬呆気に取られるが、すぐに正気に戻り慌てて周囲を見回し、振り返ると、部屋の扉の前にいつの間にか私服に着替えた蓮夜が戸に手を掛け、部屋から出て行こうとする姿があった。

 

 

「お、おい?!お前、何処に……!」

 

 

「こんな所に居座ってる暇はない。すぐに出るぞ……急いで戻る方法も探らないといけないからな……」

 

 

「ちょ、待てよ!おい!」

 

 

そう言って最低限の言葉を残し、蓮夜は戸を開けてさっさと部屋から出ていってしまう。それを見てクリスも慌てて少ない荷物を片手に部屋から飛び出し、蓮夜の後を急いで追い掛けた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「待て……!おい待て!聞こえてんだろちょっと待てってっ!」

 

 

病院の一階。部屋を後にして廊下をズンズンと進んでいき、出口に向かって止まることなく先を行く蓮夜の後ろからクリスが追い付き、その腕を掴んで呼び止めた。

 

 

「?どうした、こんな所に長居してる暇はないぞ」

 

 

「ぜえっ、ぜえっ……だ、だから待てって何度も言ってんだろ!こっちは分かんねえ事ばっかで混乱してんだ!何か知ってる風なお前が説明してくんなきゃ、こっちはずっと訳分かんないままでモヤモヤしっぱなしになるだろうが!」

 

 

「…………ああ、そうか……すまない、先を急がねばと焦るあまり失念してた……申し訳ない……」

 

 

「こ、こいつっ……」

 

 

実に気まずそうな顔で「すまん、忘れてた」と謝る蓮夜に対して青筋が浮かび上がるほどイラッとするクリスだが、此処で話を遮ってはそれこそ時間を無駄にするだけだ。思わず口から飛び出そうになる文句の言葉を飲み込み、どうにか気を落ち着かせようと深々と溜め息を漏らした後に深呼吸を繰り返し、幾分かの冷静さを取り戻したクリスは改めて蓮夜に疑問を投げ掛けた。

 

 

「それで、一体全体何がどうなってんだよっ?あたし等が今何処にいるのか、何が起きてるのか、これがどういう事なのかちゃんと説明してくれよ!」

 

 

聞きたい事が多々あり過ぎて一度に疑問を投げ掛けながら、クリスは蓮夜を追い掛ける事に夢中でつい誤って持ってきてしまったミニカレンダーの暦……『2017年』の部分を強調するように蓮夜に突き出す。それを見て蓮夜もどう説明するべき言葉を探すように僅かに逡巡した後、感情の機微が分かり辛い仏頂面のまま説明をし始めていく。

 

 

「俺も正確には全てを把握してる訳じゃない。ただ一つだけ言えるのは、此処は間違いなくお前の知る世界じゃないって事だ」

 

 

「っ?あたしの知ってる世界じゃ、ない?」

 

 

「そうだ。あの炎を操るイレイザーと戦ってた最後の瞬間、俺は記憶が曖昧でその時の事はあまりよく覚えていないが、此処は恐らく奴の手によって跳ばされた、お前のいた物語とはまた別の物語……分かりやすく言えば平行世界、パラレルワールドじゃないかと思ってる」

 

 

「平行世界……?」

 

 

その話は以前弦十郎の口から聞かされた覚えがある。自分達の世界とは異なる歴史を歩んだ、if(もしも)の世界。確か蓮夜もその違う世界から来たという話だったが、正直あまりにも突飛過ぎる内容に漠然としか受け止めておらず、イレイザー達と戦うようになった今でも深く考えた事はない。そんな世界に今自分が此処にいると聞かされた今もクリスは実感が持てず訝しげに眉を顰め、蓮夜もその反応からクリスの心境を察し口を開いた。

 

 

「信じられない、と言いたげな顔だな。まあ、すぐに納得しろと言われても無理からぬ話だとは思うが」

 

 

「当たり前だろ!そんな平行世界だのパラレルワールドだの突拍子のない話、いきなり言われたってっ……」

 

 

「突拍子のなさで言えば、お前達の世界のシンフォギアやノイズも大概と言えるだろ。お前達の今までの戦いも本部の記録で閲覧させてもらったが、正直俺からしてみればどっこいどっこいもいい所だ」

 

 

「いや、そうは言ったってなっ……」

 

 

確かにルナアタックやフロンティア事変、魔法少女事変などの顛末もよく良く考えれば飛び抜け過ぎてると言われても返せる言葉を持たないし、先のパヴァリア光明結社との戦いでは『神の力』なんて物を巡った攻防戦を繰り広げたのだから、言われてみれば、平行世界の存在の有無など今更驚く程の事でないとは思うが……

 

 

「……まあ、他に納得しようがねえし、百歩譲って平行世界云々の話は取り敢えず呑むとして……それはそれとして、あのイレイザーはそんなとこにあたし等を跳ばしてどうする気なんだ?一体何が目的でこんな……」

 

 

「其処までの真意は俺にも測り兼ねるが……ただ一つ、俺を今度こそ始末するつもりでというのは先ず間違いないと思う。響が覚醒してイレイザーと戦えるようになった今、これ以上奴らと戦えるようになった装者を増やさない為にも、俺の存在は向こうにとって今まで以上に邪魔に思われてるんだろうからな……ともすれば、今回の件も俺とS.O.N.G.を引き離して、孤立無援になった所を叩くつもりなのかもしれない」

 

 

「……つまり、あたしが巻き込まれたのは偶々だったって事か?」

 

 

「かもしれないし、或いはそれも奴らの狙い通りだった線も捨て切れない。『記号』の力が発芽する可能性を秘めている以上、お前も奴らにとって危険因子と見られていても不思議はないからな……」

 

 

小さく息を吐き出し、蓮夜はギブスに巻かれた自分の右腕を見下ろしながら話を続けていく。

 

 

「いずれにせよ、この世界に長居をするのは危険だ。わざわざ俺達を此処へ跳ばしたという事は、奴