放浪騎士 (赤い月の魔物)
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『放浪騎士』設定集


分かりました
それでは、私の中の暗闇に触れてください




(本編の内容などを含んでいるので先に本編を読んでから読むことを強くオススメします)





































『放浪騎士』

 

すべてに見放され、最果ての地に流れ着いても、彼は歩み続ける。

この長い旅の先に希望があると信じて。

今日もまた一歩。

 

「―結局、俺はどこまでも『火の無い灰』というわけだ」

 

種族:只人(ヒューム)(不死人)

性別:男

年齢:??*1

 

装備:頭手足:アルバシリーズ 胴:黒い手の鎧

好きなもの:平和な時間 武具を集める事

嫌いなもの:神々 高い所 群れる敵 自分の在り方 賭け事

 

本作の主要人物であり、AshenOne(灰の方)編の事実上の主人公。黒い外套を纏った革鎧に削る事で軽量化した鉄兜や手甲、足甲を装備した騎士。

王たちの故郷たるロスリックを旅した不死人、『火の無い灰』の一人。時に火を継ぎ、時に時代を終わらせ、時に火を簒奪した英雄たる一人。しかし本人はロスリックにおける旅を呪われた物として、あるいは多くの人を、同胞を狂わせたとして忌むべき物として見ており、また幾度も繰り返すうちにすり減らしていった精神の中世界を、そしてあの仕組みを作り出した神々を憎むようになった。幾度も繰り返した果てに自らに寄り添い続けてくれた火防女を殺害。己の意志で使命を捨て、過去に培った物を捨て去る事で火の無い灰の本質に還ったことで彼の役目は終わる。はずだった。

 

その後は四方世界に何者かの手によって放り込まれ新たな旅へと向かうことになる。しかし平和な世界に見えてその実当たり前のように村の人々が怪物に虐げられているの惨状を見て自らの手の届く範囲だけでも守ろうと決意し冒険者としての道を選んだ。(表向きには他者に聞かれた場合食い扶持の為と誤魔化している)元々化物の巣食うロスリックを旅していただけあって戦闘能力は高い。力任せに戦う武器や高い技量が要求される物でも難なく使いこなし魔術や呪術、奇跡にも明るい。しかしその手の道を極めた者には一歩劣ってしまうとされる。本人が好んで扱うのは技量による物が多い。小手先の技や搦手にも長け各個撃破を信条とした戦い方をする。また多くの不死達との共通点としてどれほど強大な相手でも1対1(タイマン)ならば決して退かずどんな相手でも勝利を掴める強さを発揮する一方で1対多(乱戦)に極めて弱い。というより苦手意識がある。1対多の状況が生まれる可能性があるならば相手がゴブリンだろうと巨大鼠だろうとかなり慎重に動く。本人曰く「戦いは数で来られる事以上に怖い事はない」。

本編開始10年前時点で組んだ男戦士の一党に誘われ初めての一党を組む。その時点ではまだ普通だったがそこで訪れた遺跡の地下で『デーモンの王子』に遭遇した事から何者かがこの世界に干渉している事を感じその調査を単身行う。デーモンの王子討伐後城塞都市に本格的に立ち寄った際に一度だけだが女司祭と臨時で一党を組みその際に彼女に何かを感じ取ったのか何かと気にかけていた。ただ一度の冒険であったがそれでも彼らの間には確かな絆が生まれていた。その後辺境に戻ってからは森人野伏と一党を組み辺境の街でも有数の冒険者へと名を連ねた。YearOne(イヤーワン)編では既に銀等級になっており森人野伏の他に男騎士(カ〇リナの玉n(ry)、圃人軽戦士、男斥候(不屈の(ry)を加えた五人の一党の頭目(リーダー)を務める。この頃は知る人ぞ知る冒険者になっており多くの冒険者から憧れとなっているようである(本人は全く知らなかった)。依頼の達成率、報酬や名誉に頓着しない姿勢もあってか依頼にも困らないがその分悪質な依頼*2も多かったようでそう言った相手には容赦無しなど聖人というわけでもない。彼への依頼を出す場合ギルド側*3が報酬や依頼内容を確認した上で出している。(そうしないと彼が形振り構わず受けてしまうため)。しかし一党を組んでいながら五人全員が揃うことは余り無いようで彼自身は一人で動く事が多く、その際は森人野伏に頭目を任せている模様。彼が一人で動いている依頼は何かしら訳有りの可能性もあるのと森人野伏のみデーモンの王子との交戦経験もあって事情を話しており彼女に一党を任せている。

普段行動を余り一緒に取らずとも一党の仲間の事は大切に思っており依頼帰りに集まって話をして成果を確認しあったり一党の装備や消耗品のケアをするなど不器用ながらも頭目らしい事をする努力をしている。またこの頃には孤電の術士とは結構な付き合いがあったようでお互いに友と呼べる間柄だった。小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)には武具屋で見かけた際に自分と似通った物を感じたのか助言をしている。ゴブリンスレイヤーと村の防衛を行った後に血塗れの騎士と遭遇し交戦。彼の口から語られたことによって自身が五年前に抱いた疑問が確信へと変わった彼は仲間に街を任せて一人王都へと赴きそこでついに金等級へと昇級しさらに五年間若き王の剣として戦う事になる。その後は都で詠われる程の冒険者になっており、悪魔、竜をいとも容易く屠る生きる英雄とまで言われているが本人は複雑な心境の模様。若き王とはその実力と顔見知りだった事から信頼されており友人になっている。王が腹を割って話せる数少ない知人の一人で彼が王としての責務で動けない代わりに彼の手足となって各地を駆け回っていた。しかしその後は王都周りで己が目的の手がかりが見つからなかった事から進むべき道を間違えたと思い再び辺境へと戻る。その際に王の計らいで再び銀等級へ戻った。

黒髪の受付嬢や森人野伏、女司祭から好意を寄せられているが自身の状態*4と以前の境遇もあって気づいていない。(親しみは感じている模様)

 

 

 

 

 

 

 

 

『森人野伏』 配役参考:『レナ(ELSWORD)

 

自由な世界へ彼女は飛び出した。何ものにも囚われずしがらみも束縛もない。

だがやがて、彼女は残酷な世界を知る。

悪意から身を守る術も持たぬまま。

 

「―え?上森人(ハイエルフ)?いいえ、私は森人(エルフ)。ただの森人よ」

 

種族:森人(エルフ)

性別:女

年齢:不明*5

 

好きなもの:果実酒 野菜 放浪騎士

嫌いなもの:粘菌(スライム) 大黒蟲(ジャイアントローチ) 軽い男

 

AshenOne編において登場した男戦士の一党で野伏(レンジャー)を務めていた森人(エルフ)の女性。元々は弓手(アーチャー)だったが一党の斥候も同時に務めていた為に野伏へ改めたという経緯を持つ。初登場時は銅等級(第四位)。男戦士、男僧侶と共に三人で一党を組んでいた。男戦士が噂に聞いた放浪騎士の話を聞いて彼を一党に迎え入れる。当時は年上振ったりしていたものの等級以上に落ち着いた雰囲気の彼を見て次第に態度は砕けていった。放浪騎士を連れた遺跡の調査において最新部で「デーモンの王子」と交戦。男戦士が重症を負った際に彼を安全に場所へ連れて行った後放浪騎士の援護へと駆けつけた。その際に虚を突かれて直撃をくらい熱線を直に食らいそうになるが放浪騎士がすんでの所で庇った事により九死に一生を得た。その後は彼の凄まじい戦いぶりと自らの無力さを痛感するが何も出来なかった自分に何も言わず手を差し伸べた彼に好意を抱き始めた。その後は怪我を治してから一党に復帰。男戦士が一党を解散した為に放浪騎士と共に一党を組み長らく彼の相棒を務めた。一党を解散した後も男戦士と男僧侶には度々会いに行っているらしい。YearOne編においては銀等級になり彼がいない間の頭目代理をして癖の強い面子を纏めている。男斥候からは「(あね)さん」と呼ばれており、またからかわれた際に斥候を物理的に返り討ちにしていた。しかし長らく一党を組んでいながらも中々本格的に放浪騎士の助けになれないことに悩んでおり都へ旅立つ彼にその思いを打ち明け背中を預かれるようになって見せると言い彼から黒い弓*6を受け取り決意を新たに彼を見送った。森人譲りの身体能力に加え年の功長い経験もあってか戦闘能力は高め。力ではやや劣る点も高い技量でカバーしている。弓以外には短剣を一振りと投げナイフを何本かを持つ。他にも足技が得意で短剣を使わずに弓を持った状態で不意に近づかれた時の自衛手段として覚えた。また森人にしては極めて露出の少ない実践的な装備を好んでおり依頼を受けるときは顔以外に肌が一切露出していない。*7(私服は森人らしいものを着ている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『受付嬢(黒髪)』 配役参考:『星野ウララ(GOD EATER2)*8

 

困ったとき、彼女は笑うようにしていた。それで多くの事がどうにかなった。

迷ったとき、彼女は肯くようにしていた。それで問題は未然に防げた。

彼女は今日もまた笑顔で肯く。戻るかも分からぬ背中を見送って。

 

「―こうして無事に戻ってきてくれるだけで私には十分です」

 

種族:只人

性別:女

年齢:16歳(AO)→21歳(YO)→26歳(G&A)

 

冒険者ギルドに務める只人の女性。背中のあたりまで伸びた黒い髪が特徴。整った容姿に丁寧な対応も合わさってギルドでの彼女の人気は高い。ギルドで務めてすぐの頃は冒険者を支える事に精一杯だったが自分が送り出した冒険者が尽く帰ってこなかった事。やんわりと過去にあった事を助言するも聞いてもらえなかった事などが合わさって次第に笑わなくなっていき業務も機械的になっていった。しかし放浪騎士がやってきてからは変わった風体の彼に興味を持ち彼が無事に帰ってきた事。そして彼の誠実さに惹かれ徐々に好意を抱いていった。休憩時間に彼が居る場合は良く談笑している場面が見られるおりその後もずっと彼の対応を任せてもらっていた。よく無茶苦茶する彼に対しお小言を言ったりしているがその次にはすぐに笑顔で迎える優しさを持つ。また彼から聞いた話をメモして資料として残してあり新人達の役に立てようと考えているが上手く言っていない模様。YearOne編においては経験も積んで落ち着いた雰囲気を出しておりベテランの受付嬢の一人として相変わらず辺境の街のギルドで勤めている。後輩である三つ編みの受付嬢の面倒を見ながらも冒険者の対応をしたり、春先の忙しい時期でも慌てること無く仕事をこなすなど三つ編みの受付嬢からも頼れる先輩と認識されている模様。監督官にならないかとも上司から言われたようだが神々を信仰する予定がなかった為に蹴っている。後にその役目は後輩の同僚が継いだ。放浪騎士が金等級への昇級が決まったときは誰よりも喜んだがそれと同時に誰よりも不安がっていた。*9その後彼が金等級への昇級を決意し都へ行く事を告げた際には取り乱して涙を流してしまったが後にすぐ立ち直り放浪騎士に待っていると告げ都へと行く彼を見送った。また後輩に気になる冒険者が出来た事に対しても特に咎めることは無く応援している様子。

 

 

 

 

 

 

『女司祭(AO)*10』 → 『剣の乙女(G&A)

 

彼女は祈りを捧げ平和をもたらす。

その姿は民に道を示し、安らぎを与える。

誰が知ろう。光なき瞳に映るものを。

誰が知ろう。胸底に秘める恐怖を。

 

「―ええ、今なら分かります。彼が何故『英雄』になどならないと仰っていたのかが―」

 

種族:只人

性別:女

年齢:15歳(AO)→20歳(YO)→25歳(G&A)*11

 

放浪騎士が城塞都市の酒場で出会った至高神に使える女司祭。他の冒険者に難癖を付けられている場面を彼に助けられ臨時の一党として同行する。この時点で数多くの奇跡を使えその効力も高いと実力と才能の片鱗を見せていた。彼と共に飢えたデーモンと交戦し彼をデーモンの不意打ちから救った。その後は何事もなく帰還する予定であったが自らのトラウマとも言えるゴブリンの群れに鉢合わせてしまい身動きが取れなくなってしまうが彼に隠れているように指示をされ彼を一人で向かわせてしまう。その後彼が無事に戻ってきた際には彼にトラウマを否定されず苦手な物は誰にもあると肯定された事で彼に惹かれた。その後は彼から稚拙な作りの御守りを貰い以後ずっと身につけている。城塞都市へと戻った彼女は彼に「また会えるか」という問いを投げ「また会える」という彼の答えを聞いて別れた。その後は死の迷宮に挑む一党の一人として冒険者を続けた。この時点ではまだトラウマを払拭することは出来ていないが精神的な支えが出来た事で恐慌して動くことすら出来ないということは無くなった*12

 

 

 

*1
外見で判断するなら20~20代前半。不死になってからは成長が止まっている為不明。本人も「どのくらい生きたか覚えてない」とのこと

*2
騙して悪いがや非常に安い報酬で割に合わない仕事など

*3
主に黒髪の受付嬢

*4
不死には生殖器が無い事(子供が作れない)や人の形をした化物である自覚等

*5
本人曰く「忘れた」。自身を『お姉さん』と称してる場面もあるのでかなり高齢である可能性がある

*6
ファリスの弓。しかし『3』では全体的に微妙な武器だった

*7
その装備はヤーナムの狩装束に近い

*8
登場時点での参考。その後は各自成長した姿を想像してください

*9
金等級ともなれば国家規模に依頼に関わる事が多い為辺境の街にいる理由がなくなり彼と会えなくなるのではと思った為。

*10
ダイ・カタナでは『司教』だったがイヤーワンだと『司祭』表記。この作品内では『司祭』表記

*11
原作で明言されていないので原作本編に置ける最低年齢以上を記載。作者の主観では原作本編初登場時で27~8くらいだとイメージしてます

*12
それでも満足に戦えるわけではない




主要な人物だけな上に続きでも無いし大変遅れたが許してください!何でもしますから!取り敢えず放浪騎士とそれに惹かれた方達を記載。現状で作者が分かる範囲で書いているので追記修正は随時行っていきます。え?ヒロイン誰かって?それが知りたいなら今からでもロスリックに逝ってくるんだ!


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プロローグ~使命の終わり~

ソウルシリーズの系譜とこの世界って親和性高いよね。
って感じでよそ様の作品と原作見てハマって書いてみた。
小説とか書くの初めてな上に文才はない上に語彙力ないから設定とかおかしいところ出てくると思う上に何番煎じか分からないし他作者様とどうしても似たような描写出ちゃうかもしれないけど許してお兄さん


何時からだろう。忘れるようになったのは。

 

何時からだろう。考えなくなったのは。

 

何時からだろう。諦めてしまったのは。

 

長い長い旅路のなかで、私は何もかもを失った。

 

家族の名を、友の名を、遠い昔の記憶も。

 

そして自分の名前すらも。

 

使命に生き、亡者共を殺し、そして共に戦った友ですら切り捨てた。

 

最後には何も残らず、変わらず、自分の目的すら見失い。

 

人としての心すら死んだ私は、最後に残り火を簒奪した。

 

もはやそこに理性などなく、それは本能だったのだろう。

 

彼女(火防女)」が手にとった「火」を見て、使命に生きた「私」は消えた。

 

気がついた時には「俺」は「彼女」を切っていた。

 

そしてその手からこぼれ落ちそうになる「火」を・・・

 

 

・・・「灰は、残り火を求めるのさね」・・・

 

あの地で目覚めるときに聞こえた老婆の声を思い出す。

 

思えばあの時から最後に行き着く結末は決まっていたのだろう。

 

永遠に繁栄が続くことはない。栄華にはいつか必ず終わりが来る。

 

「私」は灰塗れの大地でその手にある「火」を掲げた。

 

やっと終わった。終わらせてやった。本能に従い理性を殺し、火を奪った。

 

友情も、愛情も、信頼も、そんな生温い感情は全部捨ててやった。

 

もう必要なかったのだ。友も。愛する人も。信頼する人すら手に掛けた「私」には。

 

せめて思い残すことがあったとしたら、「俺」の友だった人達は笑うだろうか?

 

それとも嘲りと罵倒を浴びせるのだろうか?

 

あるいは怒り狂い復讐しに来るのだろうか?

 

彼らに刃を突き立てた時にはもう「私」の感情は無くなっていたも同然だった。

 

「彼女」には悪いことをしたかもしれない。

 

あれだけ共にいて何も言わず力になってくれた「彼女」を最後の最後で「私」は裏切ったのだ。

 

時代を終わらせ、使命を今度こそ終わらせるために。

 

思えば「彼女」に抱いた感情は何とも形容しがたいものだった。

 

信頼・・・はしていたのだろう。そうでなければ共にここまでいることは無かった。

 

だが愛情の類は「私」には分からない。使命に生き、心を殺した「私」には。

 

陽気なカタリナの騎士ならばこの気持ちも分かったのかもしれない。

だが終ぞ彼に話す前に彼は使命を終え、その姿を何処かへ消した。

 

結局「私」は答えを得られず、「俺」は小さな願いを持ち続け、最後に火を奪った。

 

もう終わった。全ては終わったのだ。何も考える事はない。

 

手に残る火も消えようとしている。

 

また同じ場所に目覚めるのだろうか。だが叶うならば・・・

 

――どうか、この使命(不死の呪い)から逃れられるようにと。

 

そう願いつつ「俺」は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、何の悪戯か

 

呪われた使命に追われ、悲しい宿命を背負い、

 

最後に一人倒れた旅人は更なる運命に巻き込まれる

 

「彼」は再び人として、果て無き道を歩くのだろうか?。その先は神々にも分からない。

 

使命に生き、宿命を背負い、そして全てを捨てた一人の放浪の騎士の物語

 

 

 

 

 

 

 

 




プロローグなので短め。
内容や設定は処女作でガバいのであんまり深読みはしないでネ


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10年前 Ashen One
第1話 そして彼は流れ着く。


ああ。我らが王よ。よくぞお戻りになられました。


目が覚める。意識が戻る。

 

―ああ、またか。 

 

「私」はそう思いつつも体を起こす。こうして意識が戻ってしまった以上はまた繰り返すのだろう。

 

だが幾度なく繰り返した使命など考える必要もないと思いながら「私」は辺りを見渡そうとして―

 

「・・・ここは何処だ?」

 

あたり一面見渡す限りの木々。時々聞こえる鳴き声は小鳥の囀りだろうか。

 

僅かに木の葉の隙間から漏れ出る太陽の光。

 

そして着ている軽量の鎧越しにすらわかるそよ風の心地よさ。

 

ここが、あの呪われた地でないことは火を見るより明らかだった。

 

咄嗟に自分の身を確認する。さすがに火の力は失われているようだったがその服装は最後に使命を果たしたと同じ姿だった。

 

腰の左側に帯刀されたひと振りの刀。刃渡りはそこそこ長くロングソードより気持ち長めと言ったところ。

 

左手に馴染むように持っていた小盾は、小盾にしては大きめで金属の割合が多く咄嗟に身を守る事と取り回しの両方を重視したものだ。

 

予備の武器である短剣も刀のちょうど反対側に収められている。

 

俺の見た目を客観的に見て初見で例えるのは難しいかもしれない。

 

兜や手甲は重量を減らしつつも実用性を増すために削られ、溝のような加工が施されており角ばった印象を持ちつつも滑らかだ。

 

鎧は一見すると枯草色の布地の服に黒いマントを付け左肩に金属版の肩当てをつけただけのように思える。

 

しかしその服には胴回りに薄い金属版が仕込まれ布地で挟むことで音と金属の匂いを少しでも抑え、腰周りを覆う布地のところは軽量の鎖がしっかりと編みこまれている。

 

足甲も膝の重要な関節を守りつつ各部に細かく配置された金属版がしっかりと急所を守っている。

 

何も知らない素人が見たら明らかに怪しく騎士とも戦士とも呼べなそうなチグハグな見た目からこれらの事を察するのは非常に難しいだろう。

 

せいぜいが盗人や小汚い追い剥ぎが独自に装備を改造したようにしか見えない。

 

贔屓目に言ったとしても傭兵か旅人が関の山だろう。

 

だがそれは長い旅路のなかで「俺」が最低限の防御力と機動力、そして多種多様な武器を持つ事で攻撃力を補う戦い方に裏打ちされた装備だった。

 

体が軽い分(今はさすがに持っていないが)重く高い攻撃力を持った武器を持てたので巨大な敵とでも十分戦えたのだ。

 

 

「しかし、ここがあの地でないなら・・・ここは一体・・・?」

 

周囲を見渡しながら一人呟く。

 

今まで幾度なく繰り返し、最後にたどり着いた場所で意識を手放した後はまるで今までの事がなかったかのように最初の柩の中から目覚めるのだ。

 

今までその行為を幾度も繰り返して来た中、唐突に違う光景に放り出されれば誰だって迷うのは仕方のないことだと思う。

 

「ここがあの地でないのなら・・・俺は・・・」

 

俺が望みながら終いには終ぞ手に入れることは出来なかった物。

 

使命(不死の呪い)から解放され自由に生きる」

 

使命から解放され自由に生きたいと願った俺の願いは当たり前のものだと思う。だがその当たり前の物こそ俺が最も叶えたかった「願い」だった。

 

(一先ず移動するか。ここでいつまでも呆けてるわけにもいくまい。)

 

彼は、一先ず木々の合間を縫うように草の根を分けつつも進み続けた。しかし自分のいる位置が分からない上に森の中というのはいやでも迷う。

 

「不死人は腹を空かせんとはいえ・・・些かこの状況は不味いのではないか?」

 

そう、端的に言って迷子である。結局ひたすら前に進んだところで特に何かあるわけでもなく、日が暮れていく。

 

日がすっかり沈みあたりに夜の帳が降りて少し。時間にして一日の半分といったところだろうか。彼はようやく森を抜けた。

 

「ようやくか・・・しかしすでに日が落ちて・・・む?」

 

見れば遠目には村のような物が見える。しかしもう夜だというのに妙に「人影」が多い。門の付近に立つ「人影」に遠眼鏡をポーチから取り出して様子を見る。

 

 

 

 

そこに映っていたのは「人々」ではなく「化物」が騒いでいる姿だった。

 

化物の見た目は何とも醜悪だった。

 

皮膚は緑色。身長はおよそ120cmと少しくらいだろうか。手足は細く髪は生えていない。鬼の子供・・・さながら小鬼のような感じだろうか。

 

一通り見た俺は駆け出していた。

 

―頼むから、誰か生きていてくれと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村は既に壊れ果てていた。

 

辺りには人であったろう死体が溢れ、吊るされ、血と臓物の臭いが溢れている。

 

そして我が物顔で闊歩する小鬼の群れ。

 

唐突に俺の中に一つの感情が芽生えた。

 

「・・・何かの為、か・・・もう久しく忘れたものだと思っていたが」

 

「Gobb!?」 「Gob!Gob!」

 

小鬼共がこちらに気づき飛びかかってくる。しかし

 

「どうやら、まだ『俺』の人間性は擦り切れていないらしい」

 

腰の刀(打刀)を抜刀。居合の容量で振り抜かれたそれは小鬼の胴体を切り裂き血が噴き出る。返り血を浴びるが問題はない。寧ろ・・・

 

「・・・ああ。この感覚も久しく忘れていたな」

 

誰かの為に、何かの為に剣を振るう。あの呪われた旅路の中ではそれすらも忘れ果てていたが今になって思い出したようだ。

 

俺という奴は使命などに縛られていないとこうも直情的だったらしい。

 

切り裂かれた小鬼の声に反応して他の小鬼が集まってくる。本来なら不死人にとって一対多というのは絶望的なまでに避けたい状況だ。だが、

 

「今の俺は、機嫌が悪い・・・!」

 

襲いくる小鬼の群れ。遠目にいる奴の脳天目掛けて投げナイフを投げる。2つのナイフは綺麗な直線を描き小鬼の頭に突き刺さった。刃が脳に達したのか、

 

2匹は倒れこみ動かなくなる。棍棒を持っている奴を優先的に排除していく。打撃は不得意が少なく誰が使っても一定の脅威になる。近づいてくる小鬼は刀で次々と切り伏せていく。

 

曰くある人物が言うには「1本の剣では5人と切れない」らしい。特に乱戦となる戦場では遮二無二振り回すことが多く刀身に敵の肉や血糊が付いて切れ味が落ち刃毀れを起こすからだ。

 

だがそれでも「切り方しだいでは何人でも切れる」ように、骨に達さぬよう刃を当てて切り裂いていく。元より斬撃に向いた武器だ。相応の技量が要求されるが長年使い続けた得物だ。扱いは心得ている。

 

咄嗟に横っ飛びをして回避行動を取る。直後先ほどいた場所の背後から矢が飛来した。恐らく闇に紛れ不意を突こうとしたのだろう、しかし殺意が丸出しなのが良くなかった。

 

あの世界では闇霊からの殺意を嫌でも浴び続けたのだ。物陰に潜んでいたり死角に回り込んでの落下攻撃など何度喰らったことか。

 

かくいう俺も勿論使った手だ。自分がやられて嫌な事は相手もやられると嫌なものだ。

 

「もう少し殺意を抑えて出直すんだな・・・!」

 

そう言いつつ火炎壺を投げる。弓持ちは炎に包まれて焼け死んだ。

 

不意打ちにしくじり多くの仲間を殺られて不利を悟ったのか小鬼達は次々と逃げ出す。

 

「逃すと思ったのか?」

 

俺はポーチ(ソウル)から即座に特殊な刺剣を取り出す。右手にはややシンプルなデザインの刺剣。左手には指の間に爪のように薄い剣を挟んで持つ。

 

鴉羽と呼ばれるこの武器は魔力を込めることで左の短剣に質量を持たせた幻影を投げる。かの地ではあまり威力を出せず目立たなかったが小鬼どもなら話は別だ。ほとんど裸のような小鬼には。

 

助走をつけ、飛び上がって逃げた小鬼の背に剣を投げる。腕を振り4つ飛ばされた剣は見事に小鬼達の背中に刺さる。

 

ただそれでも死には至らなかったのか何匹かは這ってでも逃げようとする。追いかけその背に右手の刺剣を刺し止めをさしていく。

 

この世界で初めて殺した汚物共の詳細を知るのはもう少し後の事だった。

 

 

 

それから村に戻り辺りを見回った。もう小鬼はいないようだった。数は数えていなかったが地面に倒れている数を見るだけでも30はいるだろう。

ここが平地で良かったと思う。平地での戦闘に慣れているのでどうにかなったがこれが狭い場所・・・例えば洞窟などではまた違った結果になった筈だ。

 

少なくとも今装備している武器では間違いなく苦戦を強いられた。いつの時代も数の暴力というのは時に1つの巨大な敵を打ち倒すこともある。

 

俺自身何度もそれが原因で死んだのだから尚更だ。

 

そしてこの村にもう自分以外に生きてる人間がいないことを確認すると身体の中に昏い感情が込み上げる。

 

「ああ・・・俺はまた救えなかったのか・・・」

 

そうだ。あの時から俺は誰かを救おうとして殺し続けた。きっとその先に皆が助かるということを信じ、「俺」を殺し「私」であり続けた。

 

心を殺し感情を殺し理性を殺した。その先に待っていたのがあの暗闇だ。誰もおらず、誰一人救えず・・・

 

それでも誰かが救われる事を信じて剣を振るい誰一人助ける事は出来なかった。

 

小鬼を倒し、村を救ったのかもしれない。しかし、そこに生きていた人々を。遠く自分が夢見た当たり前の日々を持つ人々を自分は救えなかった。

 

仕方がないと言う人もいるだろう。間が悪かったと言う人もいるだろう。でも、それでももしものことを考えずにはいられない。

 

ふと足元に何かがぶつかった。

 

「これは・・・?」

 

それは短剣だった。柄に鷲を催した小振りの短剣だ。鞘に収められ小鬼共が持っている武器にしては妙に綺麗だった。

 

恐らくこの村の誰かの持ち物だったのだろう。まるでこの剣は自分に今日の日を忘れるなと言われているような気がした。それを拾いポーチへしまうと、踵を返して歩き出す。

 

もうこの場所に用は無い。何も無い場所に、用など無い。

 

だが分かった事もある。直接話せなかったのが痛いがこの世界には人がいる。それも大勢の人が。

 

今日の出来事で確信した。此処はあの地とは別の場所だ。それも世界その物が違うと言ってもいい。村があったのだ。

 

道がある所に出られれば人が通る可能性がある。そこに行けば人の集まる場所にも行けるだろう。決意を新たにして歩き出す。

 

 

 

 

 

 

自由に生き、好きなように死ぬ。

そしてこの手が届く範囲で―「俺」は人々を脅かす奴ら(汚物共)を殺そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




放浪騎士と言っているものの胴は黒い手の鎧
それ以外をアルバで固めている。
最初は一式だそうと思ったけどオリジナリティを出したくて変えてみた。
鎖云々の下りはオリジナル。強靭度少しついてるからそのあたりが仕込まれてるのかなと思った。
ステに関しては考えちう。


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第2話 人との出会い そして懐かしき友の記憶

!お、おお! すまぬ、考え耽っていた。私は■■■■の■■■■■■■。
実は、少し難儀しているのだ。


あれから村の跡地を離れ、道を探して歩き続けた。

 

小鬼共の襲撃もあって忘れていたが村から出る時に日が出るまで待てば村から出る時の道くらいはあったろう。

 

だがあの村の状況(死屍累々)では一刻も早くあの場から離れたかった。あそこにいるとまた嘗ての自分に戻ってしまいそうだったのだ。

 

もう使命のために心を捨てた「(不死人)」はいない。今の「俺」はただ一人の人だ。

 

今でもこの世界に俺がいる理由など分からない。神々の気まぐれかもしれないし、神々ですら理解出来ていないかもしれない。どちらにしてもここに俺がいる以上何かしらの意味はあるんだろう。

 

ならばせめて俺は自分に出来ることを為すとしよう。元より出来ることは分かっている(戦うことしか出来ない)ので考える必要はなかった。

 

まずは血塗れのこの姿をどうにかせねば。あの世界では誰も気に止めなかったがここもそうとは限らない。まずは水辺探しだ。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

「さすがに臭いまでは落ちんか・・・」

 

途中で水辺を見つけ装備の血を洗い流したが臭いまではどうにもならなかった。

 

さすがに臭い消しなどというものはあの世界には無かったしそもそも必要ですら無かった。

 

ある世界では「白くベタつく何か(ナメクジの老廃物)」というのものがあったそうだがそれを使えば臭いも誤魔化せたのだろうか。・・・いや、どちらにせよ別の臭いも混じって混沌としてしまう可能性の方が高い。

 

まだ少々血の臭いが落ちていないがこれが今できる限界だろう。さすがに人前を血塗れで歩くのは不味いし先程までの姿を見られていたらどう見ても殺人鬼に見えていただろう。

 

武器に付いた血も払って、僅かだが付着していた肉片も落とした。兜をかぶり直し俺は腰を上げた。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

当ても無く歩き続け丁度時間は昼下がりだろうか、ようやく道を見つける事ができた。見た限りこれは荷車や馬車が通ったものだろうか。人が歩いた跡もある。つまりここを通って何処かへ行けば人のいる場所まで辿り着けるのだろうが・・・

 

「違う方向へ行って遠ざかっていました、では笑えん・・・せめて道が分かる物があれば・・・」

 

看板でもないものかと思ったがそもそも自分はこの世界の文字が読めないだろう。一番は人に聞く事なのだが、その肝心の人がいないのでは・・・

 

その時だった。どうしたものかと考える自分に後ろから声が掛けられる。

 

「そこのあんた、どうかしたのかい?」

 

「む?」

 

後ろには馬車に乗った初老の男性がいた。これから何処かへ行くのだろうか?だとしたら都合がいい。

 

「困っているように見えたから声を掛けたんだが・・・いらんお節介でなければね」

 

「ああ、それが先ほどこの辺りに来たはいいのだが何分遠い異国の地から来たのでな、道が分からずに困っていたんだ。さっきまで森の中を彷徨ってここに出たはいいもの街の類がどこかにないものか、とな」

 

「ふむ・・・見たところ冒険者になりに来たのか?ギルドのある辺境の街まで」

 

「すまない。人と接するのはもう随分久しぶりでな。その・・・冒険者?ギルド?というのは?」

 

「おっと知らなかったか。冒険者っていうのは・・・」

 

この男性から聞いた話では、その街では冒険者ギルドという組織があり、そこで人々の依頼を受け報酬を貰って生計を立てている者達のことを冒険者というらしい。

 

ギルドが依頼人の依頼を貼り出し、冒険者が依頼を熟し報酬を受け取る。誰でもなれるらしく、家を継げない三男坊やら、事情のある人間などは冒険者になる事が多いようだ。

 

・・・つまり、ここは(ソウル)を通貨としていない。報酬が基本的に金というのも人が普通の営みをしているという証だろう。良い事だ。

 

「宜しければ、街まで乗っていくかい?私も街へ配達の途中でね」

 

「・・・いいのか?「私」は見ず知らずの、賊かどうかも分からない人間だぞ?」

 

俺の言葉に男性は一瞬目を丸くすると、

 

「はっはっは。自分でそう言うって事はあんたは悪い人ではないだろう。少なくとも私にはそうは見えないがね」

 

「・・・路銀は持っていない。代わりに渡せる物も・・・」

 

「構わないさ。金もいらんよ。ここで知り得たのも何かの縁だろう、荷台の中で狭いかもしれないがそれでも良ければ乗っていくといい。」

 

「すまない、感謝する。・・・腕には自信がある。賊や魔物の類が出たら言ってくれ」

 

「はは、そりゃ頼もしい。ほら早く乗ると良い」

 

男性に後ろに乗るよう促され馬車に乗り込む。・・・思わぬ所で人と出会ったものだ。そういえばあの陽気な騎士と出会ったのも突然だったような・・・

 

物思いに耽り、嘗ての旅を思い出す。僅かだが脳裏に苦難を共にした騎士の姿を思いだす。変わった形をした鎧を着込んでいたがその実力は本物だった。

 

共に悪魔(デーモン)を倒したり旅の先々で出会っては再開を祝して酒を飲んだりと何かと世話になった。最後・・・最後はどうだったか・・・

 

そこまで思い出そうとして頭を振り、現実に戻る。

 

(・・・もう過ぎたことだ。あいつは良き友だった・・・それ以上でも以下でもない・・・)

 

名前は思い出せなかったが、それでも彼の勇姿を少しは思い出せた。俺も彼のように前向きに生きることが出来れば少しは変われるのだろうか?

 

・・・やめよう。これからのことはこれから考えればいい。今は休もう。せっかくこの主人が馬車に乗せてくれたのだ。少しばかりの休息を取ろう。不死でも疲れは貯まるのだ。

 

俺は僅かにこれから目にするであろう人の営みを、そして「冒険者」というものに対する期待を抱きながら兜の下でその瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―夢を見ている―

 

それは圧倒的な暴力だった。巨木の如き巨人の図体から放たれる大鉈の一撃はそのどれもが致命傷になるだろう。

 

手にした特大剣(グレートソード)で斬りつけるも掠り傷すらつかない鉄壁の防御力。

 

術の類も全て効果が無くお構い無しに暴風の如き攻撃が放たれる。

 

だがダメージが通っていない訳ではない。極僅かではあるが傷は付いている。かつてない持久戦になるだろうが、集中力を切らさなければ勝つことは出来る。

 

勝算は極めて低いがやるしかないだろう。そう思い再び武器を構えた、その時だった。

 

玉葱のような鎧を着込んだ騎士の持つ剣から凄まじい剣撃が放たれたのだ。

 

玉葱騎士の持っていた武器を見る。まるで朽ちた石の杭のようにも見える剣だった。いかにも脆く今にも砕け散りそうなものだったが、先の嵐の剣撃を放った剣であることに間違いはなかった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

玉葱騎士は叫びながら杭のような剣を構え再び振り上げようとする。しかし巨人の狙い(ヘイト)が玉葱騎士の方に向いてしまい思うように剣が振るえないようだった。

 

こちらも注意をそらそうとするが巨人は意にも介さない。これでは彼の身が危険だ!

 

(どうする・・・!どうすれば奴の注意を引ける・・・!?)

 

焦りが思考を鈍らせる。考える、考える、考える。武器も刃は殆ど通らず、術の類もその殆どが効果を示さない。

 

あの巨人に敵と認識されるには、先ほどのような巨木を薙ぎ倒すような一撃を放つ必要がある。しかし玉葱騎士が持っている剣が2本も存在するはずは・・・

 

その時ふと周囲を見渡したその瞬間視界の端に何かが目に入る。巨人が先ほどまで座っていた玉座のすぐ足元だ。そこにまるで担い手を待つかのように刺さっていたそれは紛れもなく―

 

「俺」は手にした特大剣を放り捨て、走り出した。あれが、あの剣が彼の持つ1本だけならず()()あったなら、あの巨人の注意を逸らす事も出来る。

 

巨人が走り出した俺に気づいたのかこちらに向かってくる。だが注意が僅かにこちら逸れたその隙を玉葱騎士が見逃すはずもなく、再び暴風が巻き起こる。

 

巨人がその衝撃に耐え切れず膝を付く。その隙は玉座の元にある剣を引き抜き構えるまでの時間としては十分すぎた。

 

見よう見まねで彼のように剣を構える。そして剣に風が嵐が纏われていく。剣に嵐が完全に纏われたのを見て剣を掲げ一気に振り下ろす。

 

振り下ろした剣から先ほども見た凄まじい剣撃が放たれ再び巨人がよろけ膝を付く。確かに感じた手応え。これならばあの巨人を地に伏させることもできるだろう。

 

しかし巨人の方もやられっぱなしという訳では無い。大鉈を正面に構え火を纏わせる。彼等(薪の王)の中に眠る残り火の力だ。

 

大鉈を振るう度に爆発が炎が辺りに撒き散らされる。炎が兜の横を掠める。風を纏わせる為に剣を構える。それをさせまいとする巨木の如き巨人。

 

何度も、何度も、嵐の剣撃を叩きつける。凄まじい力を持った巨人との攻防は長い時間を掛けた。そして玉葱騎士の剣撃が放たれたその時、ついに巨人が地に伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

(終わった・・・倒せたのか・・・あの巨人達の王を・・・)

 

「貴公には、助けられっぱなしだな。だが・・・ありがとう。貴公のおかげで、約束を守れた、さぁ最後の祝杯だ」

 

俺は樽のジョッキにはいった酒を受け取り、彼の前に座る。

 

「貴公の勇気と使命、そして古い友■■■に・・・太陽あれ!ガッハッハッハッハ!」

 

豪快に笑う彼とジョッキをぶつける。僅かに溢れたこともお構いなく酒を煽る。

 

「さて、私は少し眠っていこう。祝杯の後はそうと相場決まっているからな。・・・貴公、我が友よ、無事に使命を果たしたまえよ」

 

そうして彼は大きな嚊をかいて眠りだした。眠った彼をその場に置いて果たすべき使命の為に歩き出す。ただ胸に引っかかったこの感覚は、

 

彼と会えるのはこれが最後になる。そんな気がして止まなかった。

 

「・・・ありがとう我が友よ。貴方は何度も助けられたと言ってくれていたが・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も貴方には、何度も救われた。折れそうになった俺の心を陽気な笑いで癒してくれた・・・」

 

 

 

 

 

「ありがとう。そして・・・さらばだ・・・■■■■■■」

 

 

 

 

俺は振り返ることなく篝火に手をかざし、その場を立ち去る。彼に会えなくなるであろう名残惜しさと、果たすべき使命への決意をその身に宿しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・・・あれ?おかしいな。私はいつからダクソの小説を書いていたのだろう・・・
時系列で古い時代から書こうとして中々原作の内容に入れないもどかしさ。
細かな設定はあまり気にしないでいただけると幸いです。あまり深くは考えていないので。

1/14男性の口調を修正しました。こんな紳士的な口調ではなかったですね()


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第3話 辺境の街

おかえりなさい。灰の方。
何かお手伝いできますでしょうか。


――意識が戻る。少しの休息のつもりで意識を手放したが、どうやら馬車に乗った安心からか大分眠りこけていたようだ。

 

自分で用心棒紛いの発言をしておきながら何とも迂闊なものだと思う。しかし・・・

 

(なんだか、懐かしい夢を見た気がする。あの時の勇姿は――)

 

今や遠い彼方の記憶の筈だがまだ完全に忘れてはいなかったらしい。頭に残っておらずともあの時の記憶はこの体がしっかりと覚えていたのだ。

 

「お、丁度良かった。ほら街についたぞ」

 

起き上がり馬車の中から顔を出した俺に主人は軽い笑顔で言ってくれた。

 

その後に聞いたが彼はどうやら牧場を営んでいるようで、食材の配達で街まで行く事があると話してくれた。

 

今は一人暮らしらしいがついこの前に姪が牧場にきて仕事を手伝ってくれたらしい。まだ小さいが大切な家族だと嬉しそうに話していた。

 

「ありがとう。主人のおかげで助かった」

 

馬車から降りて礼を言う。・・・いつか彼にはお礼をしなければいけないな。

 

「構わないさ、ここに来るっていう目的は一緒だったんだ。1人乗せるくらいどうってことはない。

ギルドはこのまま道沿いに行きゃある。あんたはすぐ向かうのか?」

 

「いや、まずは物を質に出そうと思う。無一文では満足に街を歩くこともできんだろうしな」

 

「そうか、私はギルドにこのまま荷物を降ろしてくるからここでお別れだな」

 

「ああ。世話になった」

 

「頑張れよ」

 

そう言って牧場の主人と別れる。質屋を探して歩き出して辺りを見渡してみる。

 

溢れんばかりの人々。往来では客寄せの声掛けをしている商人達。これから冒険に出るであろう若者達。

 

あの殺伐とした世界では決して見る事の出来なかった世界。呪いも使命もなかった頃はあの世界もこのような賑わいがあったのだろうか?

 

今ではもうその答えを得ることは出来んのだろうが。

 

感慨深さも程々に歩き出す。まずは金だ。先立つにはまず金である。お金が無ければ旅も始まらない。武器を手にして即走り出したあの世界とは違うのだ。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

街で何人かの人に質屋の場所を聞き、目当ての場所へ辿り着く。やや薄汚く、古いお店だ。見た目はお世辞にも良いとは言えないが多くの冒険者も世話になっているという。

ドアを開けるとカウンターの向こうにはモノクルをつけた店主であろう男がいた。

 

「いらっしゃい鎧のお客さん。どんな御用で?

 

「手持ちの物を質に出したい。この国の通貨を持っていないのでな」

 

「お客さん。異国から来たのかい?遠路はるばるこんな辺境までご苦労な事で・・・っとと何をお売りになさるので?」

 

「急ぎではないからな。取り敢えずこれを」

 

俺はそう言って、炎の貴石をカウンターに置く。あの呪われた旅路の中で余ってしまった(マラソンしすぎた)変質強化の石だ。

他にもあるがあまりひけらかすものでもないだろう。この石一つでどれだけ取れるかだ。

 

「では、失礼して・・・」

 

店主は貴石を手に取り、眺めて顔を顰める。何やら驚いたりしているような顔になったりと大忙しだ。

 

少しして店主が石を置いて訪ねてくる。

 

「・・・お客さん、こいつを何処で?」

 

「ここに来るまでの長い旅路の中で、な。今の私には不要なものだが、どれだけの価値になる?」

 

「私もここをやって長くなりますがね。こんなもんは見たことない。恐らく武器を鍛えるための鉱石なんでしょうが炎の魔力が尽きることなく宿ってる。

元々出来てる武器に魔法を付与したりはするでしょうが鉱石にこんな事するのは相当なモノ好きでしょうね。珍しさで言えばかなりの貴重品ですよ。

ざっと・・・金貨50枚くらいでどうでしょうかね」

 

50枚か。金貨50枚がどれくらいかは分からんが店主の発言を聞く限りではそれなりに大金なのだろう。

それにしてもこの店主はあの僅かな時間でこの貴石の効果を瞬時に見抜いている。相当鋭い目をしているようだ

そのくらいあれば冒険者になる上での支度金としては十分だろう。・・・よし。

 

「それでいい。助かる」

 

店主から金貨の入った袋を受け取り、店を出る。さぁ、いよいよ冒険者ギルドとやらへ行ってみようか。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

(ここが冒険者ギルド・・・)

 

流石に冒険者が依頼を受ける所というだけあって周りには沢山の冒険者らしき人物が見える。

 

軽装の剣士から、重装備な戦士まで、聖職者のような人もいれば魔法使いのような人もいる。

 

扉を開け、中にはいった彼に奇異の目が向けられる。多くのものが見ない顔に対する興味を持ったものが殆どだ。

 

―おい。あんな奴いたか?

 

―いや見たことないな・・・ありゃ騎士か?

 

―騎士にしては無骨すぎねぇか?でも戦士や野伏とかでもねぇだろうし・・・

 

―ボロい兜だな。賊が追い剥ぎでもして装備を改造したか?

 

様々な発言や憶測が飛び交う中、受付に向かう。そこにいる女性に声を掛ける。

 

「冒険者ギルドへようこそ!本日はどういったご用でしょうか?」

 

黒く長い髪の見目麗しい受付嬢が眩しい笑顔と共に出迎えてくれる。

 

「すまない、冒険者になるのは此処だと聞いたのだが」

 

「はい!冒険者登録ですね。こちらの冒険記録用紙(アドベンチャーシート)に記入をお願いします。文字の読み書きは出来ますか?」

 

「いや、出来ない。異国から来たのでな。此方の字はまだ読めない」

 

「では、代筆ですね。少し料金が掛かりますが大丈夫でしょうか?」

 

「それなら問題ない。代筆で頼む」

 

「では始めますね。口頭で教えてください。まずは―」

 

出自や職業など様々な事を聞かれた。・・・しかし生まれ故郷の事はもう分からないし、年齢もサッパリだ。もうどのくらい生きたかなぞ覚えていない。

中でも一番困ったのは・・・

 

「次は職業ですね。職業は・・・」

 

「職業・・・か・・・」

 

騎士というには無骨で削られた兜や籠手。戦士というには少々合わないフルフェイス兜。野伏というには重めな見た目と何とも回答に困る見た目をしてしまっている。

さてどう答えたものか・・・

 

「・・・君に私の姿はどう見える?」

少々卑怯かもしれないが此処は対面をしている人間に訪ねてしまうのが一番だろう。俺は軽く腕を広げて受付嬢に自身の見た目の印象を尋ねてみる。

 

「私ですか?・・・そうですね・・・」

受付嬢も俺の言葉を聞いて頭から足までを撫でるように見る。しかし多くの冒険者を見てきたであろう彼女も印象が複雑な為か

返答に困っているようで顎に手を当てて顔をしかめている。やはり言葉にするのが難しいのだろうか。

 

少しすると受付嬢は意を決したように口を開いた。

 

「私の印象ですと・・・各地を旅してきた騎士・・・さながら放浪騎士、といったところでしょうか」

 

その言葉に俺は兜の下で少し目を見開く。中々的確な答えを出してきた。あの地獄とも言える長い旅路を歩いてきたのだから放浪してたのは間違いないし騎士というのは兜などの名残を残した防具から印象づけたのだろう。

 

「なるほど。では「放浪騎士」で頼む。・・・正直自分でも印象は答えにくい」

 

「クスッ。確かに放浪騎士さんの外見を一目で言葉に出すのは難しいかもしれませんね・・・はい。ではこれがあなたの冒険者の証になります。()()あったときの身元照合にも使うので無くさないようにしてくださいね?」

 

机に置かれた、白磁色のプレート。冒険者の階級第10位白磁級のプレートだ。

それを受け取り首にかける。今この瞬間から俺は「冒険者」だ。

 

「これで登録は完了です。さっそく依頼を受けて行きますか?」

 

「いや今日の所は良い。長旅でようやく街についた所だからな。まずは知識の収集などに努めるさ・・・そういえば一つ聞きたい事がある」

 

「?なんでしょうか?」

 

「此処に来るまでの間に緑色の皮膚をした120~130cmくらいの小鬼のような化物共の群れと戦った。アレらは何ていう奴らなんだ?」

 

「・・・それは、『ゴブリン』ですね。どこかで退治してきたんですか?」

 

「・・・すでに襲われたであろう村の跡地でな。死体の腐敗具合を見てもそんなに時間は経ってなかったようだが私が行ったときにはすでに手遅れだった。数にしてもおよそ20以上はいた筈だ」

 

「そう、ですか。・・・ちなみに村の位置などは分かりますか?」

 

俺の説明を聞いて受付嬢の顔が険しくなる。その表情はまるで何か悔いているようにも見えた。

 

「ここの地理に詳しくはないから分からん。だが大分遠い所だったというのは覚えている」

 

残念ながら此処に来るまでは我武者羅に進んでいたので道は覚えていない。こんな事ならもう少し進む方向を考えるべきだったか。

 

「すみません。この辺りに来たばかりの人に聞くべき事ではありませんでしたね・・・ゴブリンによる被害は最も多いので此方としても困っているんですよ」

 

あんな弱っちい奴の被害が最も多いとは。しかし奴等がいくら弱くとも集団で来られれば確かに危険だ。ある程度集団戦に慣れてこそいたから良かったもののあの世界での経験が無ければタコ殴りにされて瞬殺されていたであろうことは想像に難くない。この辺り・・・ないしはこの世界にはあの汚らわしい化物共がわんさかいるとの事。あの村の跡地を見てしまった以上あのような出来事はよくある事だという事も。

・・・自然と手に力が入る。あのように日常的に人が死んでいくのであれば、そんなことをする奴等を許す道理などあるまい。

 

「一先ず、今日の所は宿を探して休むとするさ。依頼は明日から受けさせてもらおう」

 

「分かりました。今後の貴方の活躍を期待しています」

 

登録済ませて立ち去ろうとしたが大事な事を忘れていた。

 

「ああ、それとこの国の文字の資料の類はあるか?あるならば一晩だけでも借りたい」

 

「はい ありますよ。此方ですね」

 

「助かる」

 

代金を払って資料を受け取って俺は受付嬢を一瞥すると、一先ずの宿を探してギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

 

普段通りに仕事をしただけなのにいつもの倍以上疲れた気がする。先ほど登録した冒険者の方の姿を思い浮かべる。

 

まず兜。一見騎士の被っているような兜だったが、よく見ると削られており、軽量化を目的とした実戦的な改造をされていたのだと分かる。

 

籠手や足甲にも似たような改造がされていた。

 

鎧も全体的にみて軽装の革鎧のようだったが黒一色に近い色にする事で隠密性を高めているのだろう。

 

そんな、騎士とも戦士とも違う何ともチグハグな印象を持っていた彼は「放浪騎士」という名前で登録を受けた。

 

多くの冒険者を見てきた自分でもああも言葉にしづらい印象の人は初めてだと思う。

大体の冒険者はある程度分かりやすい見た目をしているからだ。

 

軽めの鎧や胸当てなどを着て剣を装備した「戦士」。

 

錫杖などを持って神官服などを着た「聖職者」。

 

杖を持ち三角帽などを被りローブなどを着込んだ「魔術師」。

 

他にも例を挙げればキリがないので割愛するが、それでも彼は分かりやすい言葉で表現をするのは難しかった。

 

「それにしても・・・」

 

憂いを帯びた表情になって受付嬢は顔を伏せる。

 

ゴブリン。この世界においては単体では最も弱いとされる、祈らぬ者。そう、単体では。

 

奴等の真に怖い所は群れる所だ。単体での弱さを数で補い、罠を張ったり待ち伏せをして奇襲を仕掛け襲い掛かる。

 

多くの冒険者達の共通の見解では「雑魚」「大した事ない」「退治は白磁の仕事」などと言われている。

 

確かにゴブリン達は弱い。単体で見ればそれこそ白磁の新人でも倒せるだろう。だがそれでも多くの新人達がゴブリンの巣に向かい帰って来ないのもまた事実なのだ。以前も冒険者になった白磁の新人達が帰って来なかった一例がある。多くの冒険者にとって弱いとされている奴等も大きな群れになると危険度は跳ね上がる。冒険者が依頼を受ける際は自己責任、ギルドの立場からは依頼をあくまで斡旋しているだけなのであまり強くは言えないのだ。

 

冒険者が依頼を受ける際は自己責任、ギルドの立場からは

依頼をあくまで斡旋しているだけなのであまり強くは言えないのだ。

 

(はぁ・・・もう少しゴブリン退治に皆が真剣に取り組んでくれればなぁ・・・)

 

机にだらしなく突っ伏して彼女は思う。そういえばさっきの人はそんなにゴブリンを侮っているようには見えなかった。

 

彼は一体どのような冒険者になるのだろう?今までの人たちのように英雄を夢見ているようには見えなかったし、復讐に身をやつしているようでもなかった。

 

どちらかというとまるで武者修行をして道を探す武人のような雰囲気を感じていた。

 

(はぁ・・・やめやめ!)

 

パンッと顔を叩いて意識を切り替える。気にし過ぎても仕方がない。さっきまで見ていた人がその後すぐに帰らぬ人になることもあるのだ。

冒険者と深い関わりを持ってはいけないというのが受付嬢達の中では暗黙のルールなのだ。

 

「すみません、冒険者登録をしたいんですが・・・」

 

「はい!冒険者登録ですね。ではこちらの―」

 

再び訪れた新しい冒険者志望の人に、和やかな笑顔で迎える。

この辺りの切り替えはさすが受付嬢と言ったところであろう。ここにしばらく勤めれば自然と笑顔を作るのが上手くなるものだ。

だがそれは本来の笑顔ではなくあくまで仕事上の笑顔になりつつあるということだ。

彼女はもうここしばらく本当の意味で笑ってはいなかった。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

ようやく登録を済ませた。

 

少々周りからの視線が辛かったが、よそ者が来た以上気になるのは仕方がないことだ。

その辺りは割り切るほかない。

 

適当に近場にあった宿を取り、受付で借りたこの世界共通語(コイネー)の資料を広げつつ部屋のベッドに座り込む。眠る時間は俺にはほとんど必要無いのだ。休むのならばそれこそ1時間も休めれば十分だ。ある程度は読めるようにしておかねば。

 

明日から冒険者としての道を本格的に歩むのだ。

 

(以前までは同じ事の繰り返しで心が荒んでいったが・・・此処ならば・・・)

 

少なくともあの時のように何度も終わらない旅を繰り返すなんて事態にはならないはずだ。

街中で見た人々の営み。冒険者としての新しい日々。

そう思うと心が躍る。まだ見ぬ旅路はいつでも人の心を躍らせるものだ。

 

(だが忘れてはならない。ここの世界ではあの村のようなことが常にありえるのだ)

 

ここに来るまでに見た村の惨状。鷲の意匠が施された短剣を取り出し、見つめる。

 

(・・・あのような事が当たり前など、あってならないことだ。あんな惨状が「当たり前」など・・・)

 

かつてあれ以上に悲惨な末路を辿った者達を何人も見てきた。だからこそだろう、自分が求めた当たり前の幸せがあんな形で奪われているのが当たり前なのが許せなかったのだ。

 

・・・奴等への憎しみはいずれ依頼を赴いたときに晴らすとしよう。なに、奴等はこの世に腐る程いるらしい。それならば心置きなく殺れるというものだ。

 

俺は短剣を自身のソウルへ仕舞うと、新しい旅路への高揚とこの世界に蔓延る汚物共への怒りを胸に仕舞い、資料に目を向けて夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り59件 UAも4000超えるとは・・・皆ソウルシリーズが大好きなんですね。
こんな拙い文章に評価をくれた方。感想を残してくれた方。
ありがとうございますm(_ _)m
展開遅めかもしれませんがある程度は過去編もやっていきたいので・・・
もうしばし続くんじゃよ(´・ω・`)


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第4話 篝火と問題と依頼(クエスト)と

おう。あんた、無事だったかね。
よかったよ。じゃあ務めを果たすとしようか。


 

――目が覚める。

 

 

昔は眠ることもなく幾つもの場所を走り回っていたのでこうして起きるという感覚は久しぶりだ。あの後資料を読んでいたのだがいつのまにか寝てしまっていたらしい。

窓からは朝日が差し込み、外からは小鳥だろうか。囀っているような鳴き声が聞こえる。

かつてならありえなかった人としての一日の始まりを感じ、体を起こす。

 

 

(だが、なんだ・・・目が覚めるときに何かを最後に言われたような・・・)

 

 

脳裏に「何か」の引っ掛かりを覚えるものの、摩耗した記憶状態で思い出せるはずもなく、

一先ず置いておくことにする。そして今後のすべきことを考え―

 

 

「しかし宿の確保は出来たわけだが・・・篝火がないとは・・・」

 

 

そう、目下の最優先とすべきは篝火の設置地点の確保である。

あれがなければエスト瓶の補充も、消耗品の補充も、武器の修理もできないのだ。万が一武器などが折れた時の予備も入れていたはずなので破損した武器の用意も出来ないということになる。

この街の鍛冶屋がどの程度の腕なのかは知らないがここの鍛冶屋が自分の武器を直せるかは分からない。あの地で鍛えられた武器とは勝手が違う可能性もある。

この宿・・・つまり今いる場所はあくまで借りているだけなので、ここに螺旋の剣を刺すわけにはいかない。

刺してもいいが宿の管理人が部屋の見回りなどをした時に燃えている剣が刺さっている所を見られようものなら大問題だ。即座に叩きだされる可能性もある。

そうしたらまた宿を探さねばならなくなるし、その問題が広がろうものなら宿に入れてもらえなくなる可能性も高い。

 

 

よって宿には篝火は灯せない(螺旋の剣は刺せない)

 

 

次に家・・・つまり自分だけの拠点を持つというのも考えたがそれもすぐに却下した。

自分の家などを手に入れれば好き勝手弄れるので文句も出ないだろうが先日冒険者になったばかりの新人がいきなり家なぞ買おうものなら怪しまれること待ったなしだ。

何よりそんな金が手元にあるならば端から冒険者になどならないだろう。家の家業なりなんなりを継いで普通に暮らしているはずだ。そんな中態々冒険者になるとしたら相当な命知らずか、愚か者か。あるいは、家に愛想を尽かして家出なりをした放蕩者だろうか。

家を買うのは少なくても紅玉やら翠玉・・・もっと言えば銅等級になったくらいにならないと違和感を感じられるだろう。よってしばらくは買えないとする。

 

幸い篝火には魔除けの類でもあるのか、灯っている場所には魔物の類は寄り付かない安全地帯になる。まぁ一部の敵は容赦なく入り込んできたが・・・

そのことを考えると街の外側の人目のつかない所に設置するのがベストだろう。剣が1本しかない以上設置箇所も必然的に1箇所になる。よく考えて置かねばならない。

一先ず篝火は外だ。外に出てから設置場所は考えるとしよう。そして次の問題は――

 

 

「武器に防具・・・か」

 

 

そういえば村の跡地であの小鬼・・・ゴブリン共を倒してから武器の手入れをしていなかった。

投げナイフなどで倒した相手などは気にしなくてもいいが刀で倒した場合は話が別だ。あの剣は

切れ味が鋭く斬ることに適した剣でその刃は研ぎ澄まされて出血を強いるのだが繊細故に極めて

刃こぼれしやすいのだ。ここに来るまでに血や肉片といったものは洗って落としてきたが武器自体の耐久性は落ちているだろう。修理の光粉を使えば手っ取り早いが切らしたときのことを考えれば

街の鍛冶屋に修繕を頼んだほうがいいだろう。アレらの道具は確かに便利だがあれは持ち運べるという利点を生かして戦いの場でも使用できるというのが利点だ。街にいるのであれば街の人間に頼んだほうがいいだろう。便利な道具に甘んじて街の職人達の仕事を奪ってしまうのは良くない。

 

複数の武器を使い回す。というのも考えたがあまり多くのものを使うと自身の武器の扱いが半端になってしまう。何も考えずただ振るって殴るだけの殴打系の武器ならば話が別だがそれでも本数には限りがある。それでも結局は消耗するのでどうにかどこかで修理できる手段を探す必要がある。

 

(まだ依頼の貼り出しとやらに時間はあるだろうが・・・先に行って待っておくべきか)

 

この刀の生産地でもある東の国の方にはこんな言葉もあったそうだ。

早起きは何とかの得だとか・・・

 

得があるかどうかはさておき早く行ったからと行って損があるわけでもあるまい。

依頼は早いもの勝ちらしいので先に貼り出しの時間に待機していればどんな依頼があるかを見ることくらいは出来るだろう。解決すべき問題を一先ず置いて、立ち上がり部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

冒険者の朝は早い。俺は自分の認識が甘かったことを実感した。

宿で軽めの食事を取ってギルドについたときにはすでに多くの冒険者達で溢れかえっていた。

まだ貼り出してすらいないというのに皆何故にそんなに飢えた目をしているのか。

中には殺気立っているように見える冒険者もいる。彼等は何と戦っているだろうか。

 

まだ時間もあるようなので俺は一先ず受付に向かう。そこには昨日俺が登録したときと

同じ受付嬢がいた。何やら書類のような物を書いているように見えるが大丈夫だろうか?

 

「すまない。今時間はあるだろうか?」

 

「はい・・・ってあら?貴方は昨日の・・・放浪騎士さんですね。どうかされましたか?

依頼の貼り出しはまだもう少し時間がありますが・・・」

 

受付嬢は俺の声に反応して書類を書くのを中断してすぐに姿勢を正して返事を返してくれた。

仕事の邪魔にならないようすぐに用事を済ませるとしよう。

 

「資料の返却にな。完璧とは言えんがある程度は読めるようになった」

 

「はい、確かに。冒険者さんでも文字は読めた方が何かと便利ですからね」

 

代金を払い資料を返却する。この世界は文字も読めない書けない人の方が多いらしい。だから代筆でも金を取られるとも。そういえば代読なんてのもあったな…いかん肝心の本題を忘れるところだった。

 

「そうだ 依頼の貼り出しなのだが、ギルドの早朝はいつもこんな感じなのか?皆妙に殺気立って

いるような気がするのだが・・・」

 

俺の疑問を受けて受付嬢も苦笑いしつつ呆れたように答える。

 

「そうですね・・・いつもある程度緊張した空気が流れてはいますよ。

皆身入りのいい依頼や割のいい依頼、報酬が多い依頼などを受けたがるので」

 

なるほど、つまりは皆自身の稼ぎの為にやっているのか。確かにその日の依頼の成果が食い扶持に

繋がるのであれば報酬の美味しい依頼に飛びつくのは当然か。

 

「あとは昇級するのに必要な経験点を稼ぐ為、でしょうね。査定には依頼で得た金額なども含まれ

ますから・・・」

 

彼女は多少憂いを帯びた表情になって掲示板の方へと視線を移す。しかしその表情は一瞬で俺の方

に向き直ったときにはすでに元の表情に戻っていた。

 

「そういえば昨日説明を受けたな。社会への貢献。獲得した報酬総額。面談による人格査定・・・だったか?」

 

「はい。昨日説明したばかりなのによく覚えていましたね。その3つを主として他にもいろんな面をギルド側が査定して評価して等級を上げる許可をするんですよ」

 

 

つまりは腕が立って沢山の稼ぎを得たとしても人格が伴わければ出世は出来ないということだ。

白磁・・・つまり新人というのは誰でもなれるという以上ならず者のような扱いを受けることもあると。この冒険者の証は社会の信用度の目安にもなっているわけだ。

 

「なるほど。おおよそ理解した。つまりは皆自分の食い扶持と出世の為にああも飢えた目をしていたのか・・・」

 

いくら稼ぎが掛かっているとはいえ仕事なぞ選ばなければいくらでもあるだろうに。昨日チラリと見た限りでもそれなりに貼り出されていた記憶があるが・・・

 

俺は納得したと同時に呆れてしまった。

食い扶持はまだ分かるが富や名声に拘る必要がどこにあるのか。

大方名声を得て英雄のような存在や扱いに憧れてでもいるのだろうか。

だとしたら愚か極まりない。英雄などあれは自身から望んでなるものではなく

周囲から祭り上げられて付いてくる「結果」のようなものだ。

俺は間違っても英雄は自分からなるものではないと思っている。そうした英雄は最後には決まって悲惨な末路を迎えるものだ。最後に笑っていられればいいが現実は甘くない。

 

そんな末路を迎えるくらいならば少し有名で腕が立つ冒険者くらいが丁度いい。

少なくとも俺はそんな扱いは心底ゴメンだ。かつて火を継いだ多くの不死の英雄達(王の化身)

俺は彼等を否定するつもりはないし、する権利もない。

だが俺には時代を延命するだけの運命や犠牲なぞまっぴらゴメンだ。

 

延命しなければならないような時代ならばその時代は終わったのだ。

だからこそあの瞳は「彼女」に火継ぎの終わりを見せたのだろう。

最も俺も一度は火を継ぎ、そして最後にはその火を奪ったのだが・・・

 

そこまで思い耽った所で、受付嬢が声をかけてくる。

 

「そろそろ時間ですね・・・ほら、依頼が貼り出されますよ」

 

そうして受付嬢の示す先を見る。そこには快活そうな受付嬢がいた。

 

「冒険者の皆さーん!依頼の貼り出しの時間ですよー!」

 

その声と同時にギルド中にいた冒険者がいきり立ち我先にと掲示板に群がる。

羽振りのいい依頼や楽な依頼を取っているのだろう。中には小競り合いのように

なっているようなものもチラホラ見える。同業者で潰しあってどうするのか・・・

 

だがアレらもまた「人間らしさ」の象徴だろう。俺には彼等の行動もある程度理解は

しているつもりだ。かつては自分も他者から残り火を奪っていた(侵入プレイをしていた)のだから。

 

「放浪騎士さんは行かないんですか?依頼なくなってしまいますよ?」

 

心配したような表情で受付嬢が訪ねてくる。

 

「私は彼等のように稼ぎや名声を気にして依頼に群がりはしないさ。それに・・・」

 

俺は自分の冒険者証を見せながら言った。

 

「まだ私は、()()()()()。だからな。受けられる依頼もそう多くはないだろう」

 

その言葉を聞いた彼女は少し驚いた表情をしつつも僅かばかりの笑顔を見せた。

 

「ふふっそうでしたね。ですが新人の時代が一番危険なんですよ。どんなに

力自慢の人でもあっさりと死んでしまうことがあるんですから・・・」

 

後半は真面目な表情になり少し沈んだような表情になる。それだけ多くの冒険者の最後を

直接ではなくとも見続けたのだろう。いくら依頼が自己責任とはいえ、自分が斡旋した

依頼などで冒険者が帰ってこなかったことなどもあっただろう。彼女も人間だ。人間なら

心がある。心があるならそれも痛むことがあるのは当然だろう。

 

チラりと掲示板の方を再度見ると身入りのいい依頼は無くなったのか冒険者の数は少なくなっていた。俺も依頼を取りに掲示板へ向かうとしよう。

 

「すまない、時間を取らせた。私もそろそろ依頼を取ってくるとしよう」

その言葉を聞いた受付嬢は和やかな笑顔で応えた。

「いえいえ冒険者さんの疑問に答えるのも私達の仕事なので。あ、最初は下水道での巨大鼠(ジャイアントラット)狩りなどがオススメですよ」

 

その言葉を受け掲示板に向かって歩き依頼を見る。今自分が受けられる物は・・・

 

・下水道のドブさらい・・・報酬 金貨1枚

 

・下水道の巨大鼠5匹の退治・・・報酬 金貨2枚

 

・下水道の大黒蟲5匹の退治・・・報酬 金貨2枚

 

・夜な夜な村にやってくるゴブリンの退治・・・報酬 金貨3枚

 

・・・妙に下水道で受けられる依頼が多い。

いやまずは暗い所で戦うのに慣れろということなのだろうが外での野戦の経験などがない新人などでは仕方がないのかもしれないが・・・

これはこれでキツくないだろうか?自分は下水道や地下牢といった暗い場所での戦闘は慣れているが、戦いも何も知らない冒険者にいきなり下水道に行ってこいというのはどういうことなのか。自分の感覚がおかしいのか?あの巨大な鼠の群れや呪いのガスを放つバジリスク(クソトカゲ)やら天井などの死角に潜む蠢く腐肉(スライム)などが潜む下水道を開幕から勧めるとは。

少々この街に対する認識を改めたほうがいいのかもしれない。

 

そしてドブさらいだがこれは最も簡単なボランティア的なもののようだ。一日中をドブさらいをするだけでよし。戦う必要のない依頼で稼ぐのならばこんなものなのだろうか。

 

そして最後。ゴブリン退治の依頼だ。夜な夜な村にゴブリンがやってきては村の家畜や畑の収穫などの食料が持ってかれて困っているらしい。まだ死人などは出ていないようでどうにか村人でも追い払えているようだが毎晩毎晩来られて村人達も堪えているようだ。

・・・毎日くるということは近場に巣穴があるのだろうか。だとしたら危険だ。何日か貼り出されている依頼なのだろう。依頼書も他と比べて紙が少し古ぼけている。

説明をよく見て判断すればある程度継続的な被害が出て、ついに被害に耐えかねて依頼を出したのだろう。つまり今はゴブリンが来はじめてからそれなりに時間が立っているというわけだ。

最悪近くに巣穴ほどでなくても拠点が出来ている可能性もある。薄暗い洞窟などを奴等は根城にするらしい。ゴブリン共が集まり襲撃できるような力を蓄えたならまたあの村のような惨劇が生まれるだろう。

 

それだけはなんとしても避けねばならない。またあの時のような後悔はするつもりはない。

 

しかしゴブリン共は群れる都合上一人では厳しいだろうし昨日登録したばかりの自分と一党(パーティ)を組んでくれる酔狂な冒険者はいないだろう。

皆が受けたくないからここに残っているのであってそんな労力に見合っていない稼ぎも少ない依頼など誰かと一緒でも嫌なのだろう。・・・まったく酷いものだ。

 

いきなりゴブリン退治を受けようとも思ったが奴等の活動時間は夜。まだ時間は朝方だ。依頼を出した村は近場ですぐに行ける距離なので下水道の依頼を受けた後でも大丈夫だろう。・・・よし。

 

依頼は複数受けてもいいとも言われている。俺は下水道の討伐依頼を二つ取るとそれを受付に持っていった。

 

「この依頼を受けたい。下水道の討伐依頼を2つだ」

 

「え?いきなり2つ受けるんですか?放浪騎士さんは腕が立つのかもしれませんがまずは1つにしたほうが・・・」

 

受付嬢は俺の出した依頼書を見て、戸惑った様子で1つにしたほうがいいと言う。何故だろう?どうせ同じ場所に行くならついでに退治したほうがいいのではないのだろうか?

しかしその後受付嬢はハッとしたようになると小さくコホンと咳払いをしてすぐに真剣な表情になった。

 

「・・・いえ、すみません。下水道の討伐依頼を2つですね。下水道は街の中から行けますのでお気をつけて。倒したら証拠として討伐対象の一部を持ってきてください。鼠なら耳などを持ってきてくださいね」

 

「わかった。そういえば下水道に何か持っていったほうがいいものはあるだろうか?」

 

「そうですね・・・薄暗いので松明は勿論ですが、治癒の水薬(ヒーリング・ポーション)解毒剤(アンチドーテ)の2つは持っていたほうがいいと思いますよ。いくら新人さん達が向かうとことはいえ下水道なので不潔ですから」

 

解毒剤も傷を癒すものも持っているがこの街の勝手をしるいい機会だろう。郷にいれば郷に従うべきだ。

 

「なるほど。それらはどこで買える?」

 

「水薬の類ならここで買えますよ。買っていかれますか?」

 

「では頼む。いくら必要なんだ?」

 

「それぞれ1本ずつで金貨2枚ですね」

 

・・・少々高くはないだろうか?これでは依頼を1つ受けただけでは稼ぎが出ない。

・・・いやこれで命が繋げるなら安いものか。

 

白磁の冒険者が借金をしながら冒険をするというのはあながち間違っていなかったらしい。これにドブさらいなどをして少しずつ地道に稼ぎを作るのだろう。なんと地味なうえに大変な仕事なのだろうか。だがこれも立派な依頼であり社会貢献の一つだ。新人のうちなら不潔だろうが汚かろうが仕事を選んでいる余裕などないだろう。

 

俺は受付嬢に金貨を2枚渡して2つの水薬の瓶を受け取る。・・・瓶?

二つの水薬はずいぶんと小さな瓶に入っていた。エスト瓶などと違い透明な瓶だ。

見た感じだとガラスだろうか。これでは戦いの際に転倒したりすれば割れて中身で出てしまう気がするのだが・・・

仕方ない。あとで布を緩衝材のかわりに瓶に巻いておくとしよう。完全に割れない保証はないが何もしないよりはマシなはずだ。普段なら自身のソウルの中にしまいこんでしまえばこんな心配をする必要もないのだが現場の人間とこれから先大なり小なり関わることになった場合相手が出来ないことを言うべきではない。そういった時に役立つのは自分の経験だろう。先達が経験した言葉は資料などに乗っている文字なんぞよりずっと信用できる。少なくとも俺はそうだった。

 

水薬を腰の雑嚢に入れると依頼の受理を終えた俺は受付嬢に礼を言ってその場を後にしようとする。

 

「お気をつけて。ギルドに報告をしにくるまでが冒険者のお仕事ですよ。無事に帰ってきてくださいね」

 

その言葉に頷きで応える。問題なぞあるものか。気を抜けば即座に死ぬような世界を何度も渡り歩いたのだ。体に染み付いた経験はそう簡単に消えることはないだろう。一切の油断も慢心もなく依頼は達成してみせる。

 

兜の中の暗い瞳には静かな闘志が誰にも見えず、しかし炎のようにしっかりと宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これ以上話繋げると長くなってしまうのでここで一旦切ります。
多くの評価とお気に入りありがとうございます。
感想に返信が最初の方以降返せていませんがしっかりと読ませてもらっています。

こんな拙い文章を読みに来るとは・・・貴公も物好きよな・・・

ちなみに時系列だと10年前です。まだイヤーワンにすら入ってません。
ゴブスレさんが和マンチ精神を叩きこまれいる真っ最中のお話です。
展開が遅くゴブスレ要素(特にゴブリン要素)が未だ少々薄いですがお付き合いください
m(_ _)m


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第5話 初仕事と忘れていた決意

・・・死ぬんじゃねぇぜ。

あんたの亡者なんて、見たくもねぇ・・・



あれからギルドの地図で下水道までやってきた。

 

内容は巨大鼠と巨大蟲をそれぞれ5匹ずつ。あくまでこれはノルマなのでこれ以上倒しても問題はないらしい。

 

松明を片手に歩く。薄暗い下水道の中を火が照らすが、あまり有り難みが感じられなかった。

それもそのはずかつて松明を使うような状況がほとんどなかったからだ。自分が夜目が利いたのか

それとも火のない灰(不死人)になってからこうなったのかは定かではないが松明片手に探索をするのは随分と久しい気がした。・・・今はこうして現地のやり方にならってはいるものの自分には灯りを得る手段としては魔術(照らす光)があるし、いざというときはこちらのやり方でやらせてもらおう。手段を選んで死んでは元も子もない。

 

・・・!しばらく暗闇の中を進んでいると、何やら鳴き声のようなものが聞こえる。どうやらこれは鼠の声のようだが・・・曲がり角の先で頭を少し出して様子を見る。

そこには人の膝丈ほど・・・人側の大きさ次第では腰ほどになるであろう鼠がいた。

しかしどうやらここの鼠は、本当にただ()()()()()の鼠なようだ。目はギョロついていないし、体の各所が腐りかけているようなこともない。毒・・・の類はさすがに攻撃を喰らって見なければ分からないが好き好んでデカい鼠に齧られる狂人にはなりたくはない。

 

数の程は6 ノルマより1匹ほど多いが問題はないだろう。普段ならば集団戦は何がなんでも避けるのだがご丁寧に何かに群がっておりこちらには気づいていない。

纏まっているのならこれほどいい的はないだろう。松明を右手に持ち替え、左手に炎を灯す。

 

『呪術の炎』

 

かつて師の一人であった大沼の呪術師から教わった呪術を行使する為の触媒。

魔術や奇跡を使うこともあったがそれでも最も助けられたのはこれだろう。例え才能がなかった(能力不足)としてもある程度使うことができるのが呪術の強みだ。

 

鼠の群れに向けて呪術を唱える。唱えるとは言っても言葉で言う必要はない。

 

音も無く唱えられた呪術の炎が左手で大きくなっていき大きな火球を作る。

呪術の中でも基本的な一つである『火の玉』だ。かつては大火球などとも呼ばれたそれは大きな火球を投げつける物で多くの呪術師が使っていたそうだ。

 

巨大な火の玉を鼠の群れに投げつける。ゴウゥと燃え盛る音と共に放たれた火の玉は群れの中央に落ちた。

 

キィキィという金切り声のような鳴き声を上げ鼠が火だるまになる。少しすると巨大鼠の群れは物言わぬ灰のように黒焦げになった。

 

討伐の証拠として耳を短剣で切り落とす。・・・黒焦げで判別が出来ないと言われたらまた退治に来なければならなくなるがまぁ仕方ないだろう。

 

まずは1つ目の鼠退治は終わった。かつての鼠の群れと比べると何とも弱く呆気ない物だったがロスリックの地が異常だったのだろう。そういうことだ。そうだと思いたい。

 

―――――――

 

引き続き下水道を進む。次は巨大蟲(ジャイアントローチ)だ。巨大な黒光りする蟲とのことだがどんな物なのだろうか。ギルドで聞いた限りでも一目みれば分かるとのことだったが。

しかしいくら鼠が弱いとはいえ数がいて薄暗く、その上こんな不潔で汚い場所をなりたての新人に勧めるとは・・・これでは確かに新人といえど何度もやりたいとは思わないだろう。

 

だからだろう、こんな地味で割に合わない仕事を受けていてはと昇級に焦り、身の丈に合わぬ依頼を受け、新人は帰らぬ人となる。なんて悪循環なのか。馬鹿馬鹿しい。

こんな悪循環をギルドの受付嬢達はずっと見続けていたのだと考えるとぞっとする。彼女たちはどれほど人の心を押し殺していたのだろうか。どれほど過去の例を挙げて説明しても聞く耳を持たずで分かってもらえないもどかしさ。なまじ直接現場にいった人間でないが故に信じてもらえない苦しさ。どれ程こんなことを繰り返しているのか・・・

 

冒険者達の認識が変わらない限りこの悪循環が治ることはないだろう。少なくとも今の自分にはどうすることもできない。

 

そこまで考えが至った所で足を止める。

 

ふと耳にキチキチと耳障りな音が聞こえる。咄嗟に後ろを向いて松明を掲げた、その先には。

カサカサと地面を這いずり、こちらを威嚇する巨大蟲(ジャイアントローチ)だった。

なるほど、確かに一目見れば分かる見た目だ。蟲と名うってはいたがこれは完全にゴ○ブリではないか?

ローチという名前で察するべきだった。そんなデカイゴ○ブリなんぞいるものかと本能が否定していたのだろうか。いやこれはある種の願望かもしれない。

 

そんな化物(気色悪い生物)なんざ見たくないと。

 

どうやら数多の化物共を見て屠ってきてもこうした生理的にキツい物は見たくなかったらしい。俺は先の鼠を燃やしてしまった反省を気にもせず火の玉を投げつけた。

 

 

 

~~~

 

 

 

巨大蟲を火の玉でもやしすっかり焦げた蟲の一部を切り取って俺は下水道を後にした。あれは確かに見たくない。例え熟練の冒険者でも行きたくないと言われているのがよくわかった。

ああいった物には耐性がついてると思ったが流石に俺も御免こうむる。毎日あれと対面するのはキツい。・・・だが新人達ならばアレらを狩って稼ぎを出すしかないのだ。精神的には苦しいかもしれないが立派な冒険者の仕事だ。背に腹は変えられないだろう。

 

 

薄暗い下水から出て街に戻った俺はその足で鍛冶屋へ向かった。結局下水道で武器は抜かなかったがこの後受ける予定の依頼では武器を使う必要があるだろう。そうなれば武器の整備などは必須になってくる。少しして鍛冶屋に辿り付き中へ入る。中にはいかにも頑固そうな人物がいた。恐らく店主だろう。雰囲気からしてもかなり長く店をやっていそうだった。

 

鍛冶屋は俺を見るなり訝しげな顔をして声をかけてきた。

 

「見ねぇ顔だな。何の用できた?」

 

「武器の手入れを頼みたい」

 

簡潔に内容を話す。こういった頑固な職人のような人物には要件は手早く言うのがいい。

俺は腰の刀を鞘ごと鍛冶屋に渡す。鍛冶屋は刀を鞘から抜き刀身を暫く見て顔をしかめた。

 

「・・・お前さんからかってるのか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「ワシも長い間ここをやってるがこんな業物は見たことねぇ。特に特別な魔法とかが宿ってるわけじゃないがそれでも刃の鋭さを見りゃ分かる。よく鍛えられて、それでいてかなり長い間使い込まれてる。このタイプの剣は手入れを怠るとすぐ刃毀れを起こすものだがこれは刃毀れもせず僅かに血脂に汚れてる程度。つまりそれだけの技術と物を使って鍛えられたモンだ。お前さんがどこで、何を、どのくらい切ったかは知らんがこいつを打ったのは相当な腕と技術を持った鍛冶屋だろうな」

 

刀身を見ただけでここまで見抜いた鍛冶屋の観察眼に驚く。そこまで分かるものなのか・・・修理の光粉を使って手入れもしていなかったのが少々申し訳なくなってくる。

壊れさえしなければあの粉を使えば殆ど直ってしまったからだ。

 

「それで手入れは頼めそうなのか?」

 

「・・・ああ。こいつを打った鍛冶屋には及ばねぇだろうが手入れくらいなら出来るだろうぜ」

 

「では頼む。この後すぐに依頼に出るからな。簡単なものでいい」

 

「わかった。だが今の状態だとせいぜいが血脂を落として軽く研ぎなおす程度だぞ」

 

「構わない。それだけでも十分すぎるさ。依頼を受けたら取りに戻る」

 

そういって俺は鍛冶屋を出る。ギルドへ報告をして次の依頼を受けに行くとしよう。

 

 

 

~~~

 

 

 

ギルドに入り受付に向かう。俺は受付嬢に依頼の達成を証拠と共に報告した。

 

「終わった。特に何事もなく終えることができたよ」

 

「お帰りなさい。放浪さんには少々物足りなかったでしょうか?何はともあれお疲れ様です。こちらが報酬になります」

 

そうして報酬の金貨2枚 その依頼が2つなので計4枚の金貨を受け取る。そのまま俺はもう一枚の依頼書を受付嬢に差し出す。

 

「え?また依頼に行くんですか?・・・私が言える立場ではないのですが今日はお休みになられた方が・・・」

 

「・・・先ほど君が言った通りだが少々物足りなくてな。それにここに来るまでの村のような惨状が生まれると思うといてもたってもいられん」

 

俺の言葉に受付嬢は難しそうな表情になって依頼書を見つめ、ふぅっとため息を吐いた。

 

「・・・分かりました。ですがいくら()()()()退()()でも危険な物は危険なんです。ましてや一人なら尚更ですよ?」

 

「問題ないとも。奴等に慈悲などかけん。一切の慢心もなく屠ってみせよう」

 

ゴブリン共に対する憎しみを隠さずに声に出す。俺はそのまま踵を返すと鍛冶屋に武器を取りに戻る。

その背に受付嬢の声が掛けられた。

 

 

「無事に、帰ってきてくださいね。帰ってくるまでがお仕事ですから・・・ちゃんと、生きて帰ってきてください」

 

 

――ああ、分かっているとも。

 

 

 

~~~

 

 

 

鍛冶屋から武器を受け取り代金を払った俺はそのまま辺境の街を出て、郊外の小さな森の中に入る。そう以前にも懸念していた篝火の設置だ。

 

「ここならよさげか?」

 

少し開けて小さな広場のようになっている場所を見つけた。ここなら十分だろう。

 

そして俺は広場の中央に剣を刺し、手をかざす。

 

・・・しかし一向に待っても火が付く気配がなかった。

 

(・・・どういうことだ?ただ突き刺すだけでは駄目なのか?)

 

何か手順が必要なのか?そこまで考え過去の擦り切れた記憶を探る。確かこの剣が刺さっていた場所は・・・

 

(そうだ、灰だ。・・・焚き火と同じように燃やすための燃料がないということか)

 

地面に刺さった剣の根元に使い道の無くなった不死の遺骨と帰還の骨片を敷き詰める。十分に敷き詰めてできたそれはかつてみた篝火と寸分違わぬ物になった。改めて螺旋の剣に手をかざす。

するとボゥッという音と共に剣に炎が灯る。懐かしくどこか温かいそれは紛れもなくかつての『篝火』そのものだった。俺はそこに座り込んで底なしの木箱を開く。

 

(・・・よかった。まだ中には山ほど溜め込んだ物資が残っている。予備の武器もどうにかなりそうだ)

 

鍛冶屋や街の薬屋には悪いかもしれないがこれで当分はしばらくこの場所で補給と武器の修理ができるだろう。物資の補充をして立ち上がりその場を後にする。

いざというときは螺旋剣の破片を使ってここに帰還できる。最悪の場合逃走手段としても使えるだろう。

 

さて依頼のある村へと向かうとしよう。俺は依頼を出した村へと足を運んだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

昼時を過ぎて少し。村に辿りついた俺は村人に依頼を受けた冒険者だと伝える。

 

「依頼を受けた冒険者だ。ゴブリンの被害に悩まされていると聞いたのだが…」

 

「ああ!ようやく来てくれただか!どうか助けてくれぇ!あの小鬼共毎晩毎晩やってきて村の収穫や家畜を奪っていくんだぁ!最初は数も少なくて村の若いのでも追い払えたんだけども今は数も増えて若いのにも怪我人が出てる。このままじゃオラ達は飢え死にしちまう!」

 

…数が増えてきたのであれば厄介だな。場合によっては巣があるかもしれない。

 

「奴等は村から見てどの方角から来てる?正確にはどっちに逃げて行ったか分かるだろうか?」

 

「村の見張りをやってる若いのの話じゃあっちの山の方から来てるって話だ。方角じゃ北のほうになるだな」

 

「そうか…最悪巣がある可能性がある。数が増えて食料が持っていかれてるなら襲撃の準備をしているかもしれない。すぐにでも潰しにいく」

 

「なんか出来ることはあるだか?オラ達に出来ることならするんけんども…」

 

その言葉に「私」は少し考える。最悪の場合を想定するならば…

 

「…もしも私が、日が落ちても村に戻って来なければギルドに事情を説明しに行ってくれ。依頼を受けた冒険者が帰って来ないと。その後は次の冒険者が来るまで木でできた柵を作って村の周囲を囲っておいてくれ。気休め程度の防備だが侵入を手間取らせることくらいは出来るだろう。あとは女子供、特に女は夜には絶対に外に出すな。ゴブリン共は女を攫って慰み物にするらしいからな」

 

「わ、わかっただ。みんなによく言っておくだよ」

 

私の言葉を聞いて顔を青ざめながらも村人は頷いてくれた。

奴らの活動時間は夜だ。日が暮れる前に奴らの巣を探し出して潰さなければならない。最悪の事態はいつだって想定しておくべきだ。襲撃するぶんには問題ないがもしゴブリンが群れになって村を襲ったら一人では守れないだろう。そうなる前に襲撃をかけ全て倒さなければ。

 

 

〜〜〜

 

 

 

村人が教えてくれた山の方へ歩き森の中へ入る。その際に木々の葉を自身の体に擦りつけて匂いを消す。下水の匂いを完全に消せるとは思っていないがある程度は誤魔化せるだろう。幸い木々が生い茂り姿勢を低くすればすぐに見つかることはないはずだ。それに今回は襲撃をかける以上装備も隠密に長けた指輪をつけた。

 

『静かに眠る竜印の指輪』と『幻肢の指輪』の二つだ。

 

前者は装備者の出す音の一切を出さなくし、後者は近づかれなければ視認することが出来なくなるものだ。ロスリックの地でも重宝され特に幻肢の指輪は姿を消して死角から一撃を放つ戦術が極めて恐ろしい物だった。かなり近づかないと見えず少し油断すると見失い奇襲を受ける。これをつけた魔術師の魔法は恐ろしい。詠唱の音すら聞かせず確実に葬れるというのは数の不利を減らすという工夫で生まれたものだろう。暗殺をする上ではこの上なく強力な指輪であることは間違いない。今回のように数の多い相手をする上では囲まれないようにしないのが最優先だ。増援を呼ばせないように確実に、1匹1匹確実に仕留めていかなければならない。

 

! 森の中を進んでいると声が聞こえる。いつかの時に聞いた醜悪な声。咄嗟に屈んで匍匐前進の要領で進む。少しして開けたところに何匹かのゴブリンが見えた。奥には洞窟のような物がある。間違いなく巣穴だろう。悪い予感というのは嫌でも当たるものらしい。

 

何やらゴブリン共は投石をして遊んでいるようだ。1匹が投げた石が他のゴブリンの頭に当たる。

打ち所が悪かったのか、石があたったゴブリンは動かなくなった。他のゴブリン達はヘラヘラと笑って死体を蹴っ飛ばした。

 

ーどうやら自分の事しか頭にないというのは本当らしい。

 

群れを襲われれば怒るらしいが、それは仲間意識があるというものではないのだろう。単純に自分が襲撃を受けたという事に怒るのだろう。その時にも周りにあたって自分は悪くないとでも思うのだ。なんと醜い汚物どもだろうか。あんな奴等は吹き溜まりにすらいないだろう。

 

ゴブリン共が巣穴に戻ろうとする。好機だ。俺は音も無く茂みから飛び出るとゴブリン共に向けて弓を構える。

 

『コンポジットボウ』だ。ショートボウと同じ短弓だがより大きな力を必要とする代わりに威力を高めた物。射程が短いという欠点はあるがロングボウと比較しても素早い攻撃が出来るのが長所だ。素早く狙いを定め連中の後頭部に向けて矢を放った。

 

音も無く放たれた矢はゴブリン共の後頭部にあたり頭蓋を砕いた。…今更ながらなんと脆いのだろうか。いくら単体で弱いといえども弓矢で射抜かれて頭蓋が砕けるとはどれだけ脆弱なのか。…だからこそか。だからこそ新人達は慢心するのだろう。あれは雑魚だと。…そこまで思い至って頭を振る。こんなにも弱い連中にも村人達は無力なのだ。だからこそ「あの村」は滅んだのだ。ゴブリンの死体を茂みに放り込んで洞窟に入る。1匹足りとも逃がすわけにはいくまい。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

松明をつけ洞窟に入る。中は下水道以上に暗かった。夜目は中々にいいと自負してはいるがここまで暗いとさすがに松明の類をつけて明かりを確保しなければ厳しいかもしれない。指輪の効果で歩く音一つ聞こえず静寂が支配する中を進む。ふと進むと何やら頭蓋骨などを組み合わせて作った物が置いてある。何かのトーテムだろうか。文字の類は書いていない。

 

…耳を澄ませる。こういった所には何かある。考えろ。目を引くような場所に置いてある物。暗い洞窟。個々が弱くとも集団行動を取るならば…

 

咄嗟に後ろに振り返る。そこには案の定というか横穴があった。だが中は薄暗くよく見えない。…松明を中に放り込んで見る。

 

…!中にはゴブリンがいる!数にして3。どうやら奴等の視界にも今の俺は見えていないらしい。どうやら何もない所から松明が投げられて疑問を覚えているようだ。暗闇からそっと近づいていき最も近いゴブリンの脳天に刀を突き刺す。

 

「GORB!?」

 

他の2匹は突然仲間が死んだ事に気付いたのか驚愕の声を上げた。音も姿も無く襲撃者が姿を現したのだから当然だろう。だが2匹のゴブリンは此方を視界に写すと怒りの形相で飛びかかってきた。

 

「煩い奴だ」

 

短剣を抜いて1匹の首に突っ込む。そのまま横に振り抜いて喉元を掻っ切った。もう1匹が仲間に見向きもせず来るが関係ない。松明を捨ててフリーになった左手に呪術の炎を宿して首を掴む。

 

「GOB!?GORB!GORB!!」

 

ジタバタと暴れ拘束から逃れようとするゴブリン。手に持っていた粗悪な棍棒を落とし必死にもがくが無意味だ。掴んだ手から直接呪術を放つ。

 

『浄火』

 

本来は穢れを祓うための儀式用の呪術で零距離で放てる変わった呪術だ。

ロスリックでは間合いの短さや隙の大きさからあまり使われなかったが、こいつら相手なら十分すぎる。

 

ゴブリンの体内に炎が育つ。拘束から解放され投げ飛ばされたゴブリンは自分に何が起こっているのか分からないうちに内側から浄火の炎に焼かれ燃え尽きた。

 

3匹のゴブリンの死体から討伐の証拠として耳を切り落とす。最初の死体に突き刺してそのままにしていた刀と投げ捨てた松明も回収した。その時だった。背後から声が聞こえた!恐らくゴブリンだろう。戦闘の音に気づいてこちら側に来たのだ。直感的に左手の小盾を裏拳の要領で振り抜く。

 

ガンッという鈍い音と共に1匹のゴブリンが壁に叩きつけられる。力強い殴打で壁に叩きつけられたそれはすぐに物言わぬ屍になった。あと2匹。!片方が暗闇から弓矢を構えている!飛び掛かってきた1匹を回避してすり抜け弓持ちに向かって投げナイフを投げる。

 

「GUGAAAA!!」

 

眼球にナイフが刺さり痛みに悶えている間に素早く駆け寄り短剣でトドメを刺す。背後ですり抜けたゴブリンの声が聞こえる。やけくそになったのか逃げもせず破れかぶれに向かって来る。短剣をしまって腰に帯刀した打刀に手を掛ける。腰を深く落とし低い姿勢になって居合の構えを取る。そのまま勢いをつけて刀を振り抜き研ぎ澄まされた刃がゴブリンの身体を真っ二つに切り裂く。

 

 

 

 

 

 

ーはずだった。

 

 

 

 

 

 

キィンっという甲高い音と共に手に衝撃が伝わる。思わず武器を落とし持ち手を見ると刀身が洞窟内の出っ張った岩の部分にあたって落としたのだということが分かる。

 

(チッ…!!)

 

即座に後ろに下がって短剣を抜く。何という失態だ。相手が1匹の時で良かった。これが群れでいたとしたら間違いなく死んでいただろう。飛び掛かりの隙を狙って火炎壺を投げる。

 

「gieeeee!!」

 

火だるまになったゴブリンが悲鳴を上げてのたうち回る。不味い。あれだけの声が上がったのだ。すぐにでも奥から増援が来るだろう。落とした打刀を拾い直しゴブリンに突きを繰り出し息の根を止める。

 

(何を焦っているんだ俺は…!)

 

自分の馬鹿さ加減に反吐がでる。相手が弱いのをいいことに内心では調子づいてたのだろう。いつも通りの戦いをしようとして物の見事に大失敗だ。今回は運が良かったが次もこうとは限らない。しかもその後の対応で咄嗟に火炎壺を投げてしまった。あれらは確かに有効ではあるが今回のように隠密行動をしている最中では敵に声を出されバレるリスクの方が高い。あの場なら投げナイフで怯ませた後に短剣で直ぐに仕留めるべきだった。

 

(打刀はここでは不向きだ。刀身が長すぎる。もう少し取り回しのいい…小型の武器を装備しておくべきだった)

 

打刀をソウルの中へしまい、ショートソードを取り出す。横穴の中で通路の真ん中に立ちショートソードを振る。手を思い切り伸ばしても壁に引っかからず振り回せた。・・・よし。

 

ショートソードを右手に松明を左に持ち奥へ進む。背後からの奇襲の芽は摘んだ。あとは正面から倒すだけだ。

 

 

 

~~~

 

 

 

ひたすら来るゴブリンを切っては捨て切っては捨てを繰り返す。もうどれだけ倒しただろうか?途中から数えるのをやめてしまったので覚えていない。中には呪術で燃やした奴等もいる。そうしてどれくらい進んだのか・・・ようやく少し開けた所に出た。どうやらここが最深部らしい。自分からは音が出ておらず接近しないと見えないので奴等は気づいていないようだ。奥には杖を持ち、口元に布をつけ帽子をかぶったゴブリンと他と比べて大きなゴブリンがいた。あれが情報にあったシャーマンとホブゴブリンだろう。・・・事前情報の有難さが身にしみる。・・・他にもゴブリン共がざっと見ても15匹程。途中で倒した数も合わせたら下手したら50を超えているのではないか?本当に手遅れになる前でよかった。ここにいるまでの奴等は全体的に体の細い奴等ばかりだった。恐らく数が増えに増えて群れ全体に食料が行き届いてなかったのだろう。それらの統括もあの頭脳担当のシャーマンがいたから・・・。そうでなければゴブリン共の事だ。すぐにでも村に向かって襲撃を掛けていたかもしれない。最も今回はそれが奴等にとっては仇になったわけだが。

 

ゴブリン達はシャーマンとホブを前にして何やら隊列じみた物を組んでいる。ゴブリン共が軍隊の真似事とは・・・。

 

だがこれは普段なら統率の取れていないゴブリン共が連携じみた動きをしてくるようになると思うと恐ろしい。数の暴力は時に巨大な戦力を倒すことも出来るのだ。だがスペルキャスター…今回の場合はシャーマンが指揮官の立ち位置に居る。こうした連中は指揮官を倒して統率を崩して戦術を瓦解させればいい。そうすれば動きを雑にして判断力を鈍らせることが出来る。あとは殲滅するだけだ。魔術を使っても良かったがあれはあれで集中力がいる。不要な所で使うのは愚者というものだろう。

 

弓を構えシャーマンの脳天目掛けて矢を放つ。シャーマンの頭に矢が刺さりシャーマンは倒れた。

 

奇襲に気づいたゴブリン達が一斉にこちらを向く。弓をしまいショートソードに持ち替える。

 

袈裟斬り。斬り払い。盾の殴打に刺突。狭い洞窟では刀は使えないがこの武器ならばゴブリンの群れとの洞窟内の戦いで存分に振り回せる。残るゴブリンは3匹。すぐに終わらせてここから離脱する――そこまで考えた途端に身体が宙を舞った。

 

「ぐっは…!?」

 

何が起こったとすぐに元いた方向を確かめる。

 

ホブゴブリンだ。

 

背後から思いっきり棍棒の横振りで殴られたのだ。まったく先ほど油断も慢心も捨てたつもりだったがそこまで完璧にはなれないようだ。やはり最初の依頼から立て続けに来たのが良くなかったのかもしれない。集中力が切れかけた所を狙われたのだ。

 

全身に痛みが残っているが腰の雑嚢から治癒の水薬を取り出し飲み干す。…少しは痛みが引いたようだ。

 

ゴブリン共がニヤついた笑みを浮かべながらこちらに向かってくるその後ろにはホブもいる。…間抜けめ。たかだか一撃加えただけで有利になったと思い込むとは…

 

3匹のゴブリンがこちらに駆け出す。俺は左手に火を宿すとその手を大きく振り払う。大きな炎が手から放たれ一瞬にして3匹のゴブリンは消し炭になった。

 

『大発火』

 

呪術の中でも極めて単純な火を起こすだけの『発火』の上位呪術。しかしそれは単純が故の威力の高さを持っており多くの不死達が愛用した呪術だろう。

 

かつてとは少々唱え方(モーション)が違うがそんなことは些細な事だろう。

 

残るはホブだ。棍棒を持ちこちらをじっと見据えている。だが先の呪術を使われるのは不味いと踏んだのか大ぶりに棍棒を振りかぶって来る。…愚か者め。

 

片手持ち(パリィ可能な振り方)とはな。

 

棍棒が振り下ろされるタイミングで盾に持ち替えた左手を振るう。盾に当たったと同時に棍棒が弾かれ体勢を大きく崩したホブゴブリン。そのまま間髪入れずに首に短剣を差し込んだ。体勢を崩すという膨大な隙を生んだホブは致命の一撃(クリティカル)を受けて死んだ。首から勢いよく血が噴き出し返り血を浴びる。

両手で全身の力を加えた振り下ろしだったなら回避せざるを得なかっただろうに。そこまでは頭が回らないようだ。まぁ打撃武器を扱う連中なぞ大体そんなものなのかもしれない。かくいう自分も大きな棍棒(ラージクラブ)巨大な棍棒(グレートクラブ)を振るうときは何も考えず両手で持って叩き潰すだけだった。考えも戦術もあったものではない。

 

・・・これで全部だろうか?ようやく終わりの見えた仕事だったがシャーマンが座っていた椅子の先に何やら骨で出来た扉のような物があった。蹴りで扉を壊しそのまま中に入る。暗闇の中から何かか細い声が聞こえた。だが人の声とは違うような気がする。松明をかざした先には―――

 

 

 

生まれて間もないであろう3匹の()()()()()()()がいた。

 

 

 

「GORB…」

 

こちらを見るなり肩を抱き合い怯える子供のゴブリン。

 

俺はゴブリン達の目の前まで来て武器を手に振り上げる。しかし何故か手を振り下ろすことが出来なかった。

 

―奴等は子供だ。子供は力を持たない。そんな奴等の命を奪う権利がお前にあるのか?

 

―殺せ。お前はさっきまで何と戦った?何を殺した?放れば奴等は復讐にくるぞ。

 

「・・・」

 

頭の中に言葉が響く。殺さなければならないのに動きが思考が鈍る。

 

―やめろ!お前だって無力な時代があったはずだ。罪のない者達をお前は斬るというのか!?

 

―躊躇うな。いずれ奴等は害を為す。お前はあの村のような惨劇を起こす要因を見逃すのか?

 

 

「・・・・・・」

 

 

怯えるゴブリンを前に振り上げていた手を下ろす。自分でも何をしているのかとは思う。

だが迷ったまま、いくらゴブリンとはいえ無抵抗な者の命を奪うのは殺戮者と同じではないか・・・

 

武器をしまい子供のゴブリン達に背を向けて歩きだす。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ガンッと後頭部に大きな衝撃がはいった。

 

 

 

 

 

 

よろめき倒れそうになるのをどうにか堪えて後ろを振り向く。そこにはゴブリン達のうち1匹が石を投げた姿勢でこちらを見ていた。

 

石を投げられたのは足元に落ちている石を見れば一目瞭然だろう。・・・ゴブリンの目には確かに憎しみが宿っていた。

 

(まったく何を迷っていたのか・・・)

 

再びゴブリン達に向けて歩き武器を抜く。自分の甘さに反吐が出る。今日は失敗だらけだ。言い訳もできん。

 

不意打ちに失敗し危険を悟ったのか泣き叫びながら命乞いをするように手を前にだすゴブリン。

 

―あんただって生きてるし、俺だって謝ってるじゃないか。

 

ああ、そうだな。結果的に何もなかったなら許すのかもしれない。『同じ存在』なら許したかもな。

 

このゴブリン達には感謝せねばなるまい。「私」の・・・いや「俺」の迷いの霧を、晴らしてくれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3つの命を俺は無慈悲に刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




展開遅ぇ上に書きたいこと書いてたら1万文字超え。
もう少し簡潔に読みやすくまとめたい物ですね
でも私が過去編という形で後から書くの苦手なもんで・・・ね


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第6話 一党

…ああ、お前も死に損ないか。

俺もそうさ。

火のない灰、何者にもなれず、死にきることすら出来なかった半端者さ。

…まったく、笑わせるよな







俺には最初はあの言葉の意味が分からなかった。

この言葉の意味がわかったのは幾度も繰り返し、「俺」が「私」になった時だった。


あれからゴブリン共の巣穴を殲滅した俺は生き残りがいないかの探索をして、村へと戻り報告をした。もう少し遅かったらギルドに報告に行く所だったらしい。短いようで随分長く巣穴にいたようで時刻はもう日が沈もうとしている。空の色がすっかり夕暮れになってしまっていた。

 

ギルドに戻った俺は受付に報告をしにいく。

 

ギルドの中には依頼を終え、その成果を話し合ってる者。仲間が死んだのか、依頼をしくじったのか、暗い表情をしている者。1日の疲れを癒すように酒場へ向かおうとする者、様々だ。

扉をくぐった俺はそのまま受付に向かい報告をする。

受付嬢が仕事の顔(営業スマイル)で迎えてくれる。

 

「おかえりなさい ご無事でなによりです。…大丈夫でしたか?」

 

「ああ 案の定ゴブリン共は巣穴に巣食っていたよ。数は30を超えたあたりから数えていない。ホブやシャーマンもいた。それとこれが一応討伐証明の耳だ」

 

報告をしつつ証拠である袋に入ったゴブリンの耳をカウンターな置く。俺の報告を聞いて受付嬢は羊皮紙に内容をまとめていく。

 

「…はい 確かに。中にはゴブリンが30以上。ホブやシャーマンもいたと…大変じゃなかったですか?」

 

「ああ 油断も慢心もしないと心構えはしていたがどうにもその辺りで失敗するあたり私もまだまだらしい。いくつもミスをやらかしたよ。運が良かったとしか言えない。長旅の経験がなければ確実に死んでいただろうよ」

 

「そうですか…気をつけてくださいね。口酸っぱく言うようですが、ゴブリン退治に出た冒険者の皆さんの中には、ベテランの方でも帰ってこなかった人はいますから…」

 

受付嬢の顔が陰る。やはり多くの冒険者を見送り、帰ってこなかったことに心を痛めたのだろう。しかしベテランでもゴブリン退治に行き帰らぬ人になるとは。やはり個々が弱くても数の暴力の恐ろしさはどこの世界でも変わらない。なまじ過去の自分の戦闘に置ける死因の大半が数に囲まれて死ぬことだった。ああいう手合いは1匹1匹始末していくのが一番だ。欲張ればあっという間に包囲されて死ぬ。慎重になりすぎるくらいが丁度いい。

 

「…私が言えた立場でもないだろうが君が気に病む必要はないだろう。彼らは自ら選んで行ったのだから」

 

「そう なんですけどね…自分が送りだした冒険者さんが帰ってこないと責任を感じてしまうんです。先輩達からも言われてはいるんです。一々気に病んでたら身が持たないって。でもそれでも私は新人さんでもベテランの方でも生きて、帰ってきてほしいんです」

 

「……」

 

その言葉を聞いて俺は何も言えなかった。いやかける言葉がなかったと言うべきか。ただ武器を振るい正気を失った者達を倒し続けるしかなかった俺には人に対する思いやりの言葉は持ち合わせていなかった。だが…

 

「…あまりそういった顔をするものじゃない。ギルドの人間が暗い表情なのはいただけないな。ならば君の憂いを晴らすためにも私だけでも生き延びて見せよう。どれだけ惨めな姿になろうとも必ず生きて戻るとも」

 

受付嬢は俺の言葉を聞いて驚いた表情になりながらも

 

「…はい! でもいずれは報告だけでなく冒険のお話も聞かせてくださいね?」

 

明るい太陽のような笑顔を向けてくれた。

 

その光景を他の受付嬢達が微笑ましそうに見守っていた。それはまるで娘をみる母親のようでもあったとか。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

あれから俺は篝火のある場所に戻り消耗品の補充と武器の修復を行う。結局鍛冶屋の主人には悪いことをしてしまった。今度適当な貴石でも送ろうか。

 

今日の依頼は反省点が多い。暗殺すべき場面で火だるまにして騒がれたり、場所も考えず武器を振るなど初歩の初歩だ。所構わず武器を振っていた昔の自分をぶん殴りたい。まだ自分は運がよかった。ある程度戦いの経験もあったし、敵の数も少なかった。だがあれで経験がなかったら?敵の数が多かったら?結果は言うまでもない 間違いなく死んでいた。

 

自分は最悪死んでも篝火で目覚めるだけだが、ここの世界の人達はそうじゃない、死んだらそこで終わりなのだ。命は儚くすぐに散る安いものだが、それと同時にとても重いものだ。我々(不死)は何度でも命を投げ出せるが彼らにそれは許されない。そのためには先人達が根気よく新米達を導いて、少しでも冒険者の死亡率を下げるしかない。俺も多くの師や同胞に導かれてあの旅路を歩んだのだ。それと何が変わろうものか。ただそれには俺も経験を積んだ一人前になる必要がある。実績のない人間の言葉なぞ誰も聞かないだろう。

 

柄にもないことだと自分でも思う だが悪くはないはずだ。助け合うのもまた「冒険者」の務めだ。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

あの日から俺は、毎日来る日も来る日も依頼を片っ端から受け続けた。

受付嬢からは心配そうな顔をされたが生き残った実績だろう。前のように緊迫した表情ではなく笑顔で送り出してくれるようになった。

 

経験を積むために我武者羅に依頼を受け続けていたらいつのまにか黒曜を終えて鋼鉄になっていた。黒曜に上がる時も昇級試験の際に面接があったのだが、1日に依頼をこなした数を正直に答えたらギルドの監督官にすごく困ったような顔をされた。後に聞いた話では看破(センス・ライ)という嘘を見抜く術の類を使って真偽を見定めていたらしい。どうやら依頼を受けすぎて周りに影響を受ける人(特に新人)がいるかもしれないので程々にしろとのこと。

 

だがこれは俺が決めたことだ 譲れない。それに困った人々を救うためなのだ。このくらいは目を瞑ってもらわねば困る。

 

 

鋼鉄級になってから依頼をこなし続ける日々。相変わらず俺は一人で依頼をこなしていた。そうあれから俺はずっと一人で依頼を受けている。俺の素性が窺えないからか、はたまた外見の問題なのか、俺に声をかける者はいなかった。いるとしたら精々受付嬢くらいだろう。まぁもとより愛想のいい方ではないし気配りも苦手だから特に問題はない。ないのだが…

 

 

「おい あいつだ。放浪の…」

 

「今日は何件片付けて来たんだか…まるで狂戦士だぜ」

 

「仕事を選んでねぇって話だが…そんなに出世したいのかね」

 

「言うなよ。大方化け物共に恨みでもあんだろ。あれじゃ先は長くねぇな…」

 

 

こう周りから根も葉もない噂ばかり立つと流石に鬱陶しく感じる。悪口の類ではないものがあるのもわかるが…あいにく出世そのものには興味の欠片もないというに…

 

今日も依頼を受けに受付に向かう。今ではすっかり馴れ親しんだ受付嬢に声をかける。

 

「依頼を受けたい。何かあるだろうか?」

 

「あ 放浪さん!戻られたんですね。何度も言いますが無理をして死んでは元も子もないんですから無理してはいけませんよ。…まぁ言った所で止めるつもりはないんでしょうけど…っとっと…ええと今受けられる依頼は…」

 

そうして書類を取り出して依頼の内容を一つ一つ簡潔に読み上げてくれる。…彼女も大分明るくなったものだ。心なしか応対している時の笑顔が柔らかくなった気がする。以前のような顔に張り付けたような笑みではなく心から笑っているような気がした。

 

「聞いているんですか? 今受けられそうなのは五件ありますよ」

 

「ああ すまない なんだったか?」

 

「もう…ちゃんと聞いていてくださいね。依頼内容の把握は大事ですよ?」

 

本当は聞いていたのだが。このくらいの冗談を言ったっていいだろう。

呆れた表情になりつつも再び依頼内容を受付嬢が説明している時に後ろから声をかけられた。

 

「よう お前さん。ちょっといいか?」

 

その声に振り向くとそこには無精髭が特徴的な斧を背負った男。耳が長く金色の髪を背中あたりまで伸ばした森人(エルフ)の女性。もう一人は錫杖を持ち法衣を着た僧侶の男がいた。声を察するに先頭の斧を持った男が頭目(リーダー)だろうか?

 

「…何の用だ?」

 

警戒の意味も込めてやや無愛想に返す。悪人らしくは見えないがどうしても初見で疑ってしまう癖は抜けない。男はフッと笑って応える。

 

「そう警戒するな 取って食いやしねぇよ。最近依頼を一人で片っ端から片付ける放浪者がいるって聞いてな もしやと思ったがお前さんであってるみたいだな」

 

放浪者…まぁあってはいるか。依頼で東西南北あらゆる場所を行ったり来たりを繰り返しているのだ。そう思われてもやむなしか。

 

「それだけか?貴公等もただそれだけを聞くために声をかけたわけではあるまい?」

 

「っとそうだ いけねぇいけねぇ。お前さん噂じゃ鋼鉄級にしちゃ不相応に腕が立つらしいじゃねぇか。悪魔(デーモン)だって倒したんだろ?俺の後輩が言っていたぜ?悪魔に襲われて死にかけた所で黒い外套を纏った騎士みたいな奴に助けられたってな」

 

デーモン…助けた…ああ 遺跡の調査依頼の時だろうか。依頼の帰り道にあるからという理由で安易に受けたら中が悪魔の巣窟になっていたという奴か。確かにあの時他の一党らしき冒険者を見かけた気がする。だがあの悪魔は倒した際に消えてしまったしあの一党も生存確認をする前に見失ってしまったのですっかり忘れてしまっていた

 

「え?放浪さん悪魔も討伐してたんですか!?調査報告の時にはそんな報告はしてなかったじゃないですか!?」

 

受付嬢が驚いたように声を上げる

 

「む?ああ、中に化物どもがいたとは報告をしたはずだが…あれはデーモンだったのか」

 

何とも弱っちぃ化物共だったので普通に化物と報告をしたのだがあれはデーモンだったのか。俺の知るデーモンはもっと巨大で岩を吐いたり火を吐いたり、大槌をぶん回して来たりととんでもない奴等ばっかりなのだが、恐らくは下級も下級のデーモンだったのだろう。そうに違いない。

 

俺の言葉に彼女は怒った表情になり机に身を乗り出した。

 

「ちゃんと報告してください!他の冒険者の人が悪魔に出くわしたらどうするんですか!?」

 

むぅ…鋼鉄級がデーモンを倒したなどと言っても法螺吹きにしか思われんだろうし証拠も残らなかったからせめて荒波を立てぬよう化物共を倒したと報告したのだが…

 

「…すまない。次からは些細全て報告する」

 

「当たり前です!調査なんですからしっかり報告してください!ギルドからの評価にも影響するんですからね!」

 

顔前に指を突き付けて怒鳴る受付嬢。女性は怒ると怖いと言うのはこういうことだったのか。あの世界でも怒った女性は怖かったがこちらのような威圧感はなかった。普段との雰囲気の差が出るのだろうか。

 

「ハッハッハ!お前さん達仲いいなぁ!こりゃお邪魔だったかな?」

 

頭目の男が豪快に笑う。見れば後ろの森人の女性と僧侶の男も笑っていた。

 

「い いえ…私はそんな…」

 

その言葉に急に先程までの剣幕は鳴りを潜め尻すぼみな声になり椅子に座る受付嬢。心なしか顔が赤い気もする。まったく失礼な、そんな関係なぞないというのに。

 

「そんなことはない 冒険者とギルドの受付 私達の関係はそれだけだ」

 

「おいおい…お前さんなぁ…そんなんじゃ人生損しちまうぜ?」

 

「ふむ…?」

 

ふと見ると受付嬢がムスッとした表情になっていた。何故だ。

 

「っと本題に入るぜ つい話が逸れちまっていけねぇ。お前さんに声をかけたのは他でもねぇ この前俺達が発見した遺跡の調査に同行して欲しいのさ」

 

そういって頭目の男が依頼書もとい調査書を見せる。内容を見る限りでは地下遺跡の調査のようだ。

 

「…何故私なんだ?貴公等は見た限り冒険者歴は長いのだろう?声をかければ他に適任は幾らでもいるだろう」

 

「ああ それなりにな。だが調査ってのは何もわかってねぇ危険かどうかですら分からない依頼だ。少しでも人手が欲しいのさ それに…」

 

そうして彼は銅のプレートを見せる。等級序列4位 銀等級ほどでは無いにしろ社会的にも信用され実力もある冒険者の証だ。

 

「お前さん 俺の後輩から聞いた話じゃ武器も魔術の類も使えるんだろ?ただの鋼鉄級冒険者が出来ることじゃねぇ。それに悪魔の巣窟を一人で生きて帰ってきてるとありゃ同じ冒険者として気になるのもわかるだろう?」

 

 

成る程実力が見たいというわけか?その言葉を聞いて思案する。確かに俺は武器もそれなりに多くの物を使えるし魔術も呪術も奇跡も闇術も行使できる。指輪の効果もいれればかなりの役回りを演じることが出来るだろう。だがそれらを人伝てに聞いただけで誘うものなんだろうか?

 

「ああ勿論一党に入ってくれって訳じゃねぇ。そら入ってくれるなら歓迎するがお前さんはそういう類じゃねぇだろう?今回の調査の間だけでもいいのさ。お互い明日も知れぬ身なんだ。協力できるときは協力しあうのもアリだと思うぜ?」

 

この世界に来てから俺は誰かと組んだ試しは一度もない連携は難しいだろう。だがいつまでも一人というわけにもいくまい…一党を組むというのも大事なのだろうが…

こういった事に慣れていないので思案していると受付嬢から声を掛けられる。

 

「せっかくですから放浪さんもこれを機に他の方とももう少し接点を持った方がいいですよ。ベテランの方々についていける機会ってあんまりないんですよ?」

 

背中を押すような発言で組むことを勧める受付嬢。俺が危惧しているのはそういうことではないのだが…

 

「…分かった 同行しよう ただ過度な期待はしてくれるな。所詮一人の鋼鉄級の冒険者だ」

 

「なんだ?能ある奴はなんとやらってか?ははっだがよろしくな!改めて俺はこの一党の頭目をしてる只人(ヒューム)の戦士だ。んでこいつらが…」

 

「森人の野伏(レンジャー)よ。大丈夫、いざってときはおねーさんに任せなさい!」

 

只人(ヒューム)僧侶(プリースト)である 以後お見知り置きを。僧侶とは名ばかりの坊主であるが本業以外にも棒術で戦える故、背中は任されよ」

 

森人の野伏は豊満な胸を張りながら、僧侶は佇まいを直して自己紹介をする。彼等も銅等級のようだ。首から下げた銅のプレートが輝く。

 

「私は異国の地を旅してきた放浪の騎士だ。未だ鋼鉄級だが先人の足を引っ張らぬよう努めさせてもらうとしよう」

 

「そんな固くなるなよ!もっと気楽に行こうぜ!一時であれども立派な仲間なんだからよ!」

 

そういって俺の肩を叩きながら笑う頭目の戦士。豪快な笑いはかつての友である玉葱鎧の騎士を思い出させる。

 

「…ああ、よろしく頼む」

 

こうして俺はこの世界に来て初めて一党を組むことになった。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

そうして俺を含めて4人になった一党は早速、戦士が予約しておいた馬車に乗り現地の近くへ向かった。

見つかった遺跡は少し遠出の歩きで行くには遠い場所にあるらしい。ただその付近の森を抜け開けた場所に入口があったそうなので馬車で近くまでついたあとは野営をして夜を明かして万全の体勢で行くとのことだった。…恐らく「噂」とやらを聞いて疲れが残っている可能性を考慮して気を使ってくれたのだろう。俺達(不死人)は一応飲まず食わず眠らずでも大丈夫ではあるのだが…まぁせっかくの気遣いを無碍にする必要はない お言葉に甘えさせてもらおうか。

 

「よし。この森だ。この森を入って抜けた所に少し開けた広場のような場所がある。そこが遺跡の入口があったとこだ。だが未知の場所の調査には何があるか分からん。だから今日はここで一晩野営をして明日の朝に全員が万全になってから遺跡の調査に向かう。いいな?」

 

「おっけーい」

 

「承知した」

 

「わかった」

 

森人 僧侶 俺の順で三者三様に返事をする。

 

あたりはすっかり日が暮れ夕焼け模様の空になっていた。

 

焚き火囲み夕食を取る。本来は取る必要はないのだが不信がられてもアレなので食事をとることにした。…美味い。食事などいつ以来だろうか。ロスリックでは口に含むものと言ったら虫を固めた丸薬。解毒や凍傷直しの苔。精々マシだったのが代謝を上げるための草なあたり相当だ。

…本当にあの場所は碌でもない場所なんだということを痛感する。それと同時に人の生活はとても素晴らしかったのだとも。…ああ、今ならばハッキリと生きててよかったと言えるかもしれない。

 

「どうした?飯が気に食わなかったか?」

 

俺の様子を見かねてか戦士が顔をしかめて話しかけてくる。俺はそれに首を振って応えた。

 

「いや、私が旅をした場所では碌に食事も取れなかったからな…こうして普通の食事を取るのが酷く懐かしくて感傷に耽っていた」

 

「ええ?碌に食事してないって…貴方どんな所を旅してたのよ?」

 

森人の野伏が自身の食事を口に運びながら俺に質問をしてきた。…だがこれには答えるべきではないだろう。あの呪われたあらゆる者が流れ着く、救いようのなかった旅路の話なぞこうした場所でするものではないだろう。

 

「…とても過酷な旅だったよ。それこそ食事なんて概念を忘れて生き延びねばならないくらいには」

 

簡潔に中身は伝えず結果だけは教える。それこそ知り合って一日の知り合いに話す内容ではない。

 

「大変だったのですなぁ…食事を忘れてすら生き延びねばならないとは、拙僧達の想像を絶するような場所だったのですな」

 

僧侶の言葉を皮切りに俺はこの話はやめようと話を切り上げた。せっかくの食事時なのだ暗い顔をするものではない。

 

「そういやお前さん、なんであんなにいくつも手当たり次第依頼を受けてんだ?しかも誰もやらねぇような余った依頼とかまで優先してやるなんてよ。そんなことしなくてももうちょい羽振りのいい依頼だってあったろうに」

 

戦士が俺の冒険者としての活動に疑問を持ったのか質問を投げかけた。

 

「…この世界の人々が化物共に襲われて死ぬ可能性を少しでも下げるためにな。生憎今の私は化物共と戦うことしか出来ないからな。困っている人間がいて化物共による被害が出ているなら私はそいつらを狩るだけだ」

 

「立派ではないですか。世の冒険者達に見習わせたいものですな」

 

そう言ってうんうんと頷く僧侶の男。

 

「へぇ~いいじゃない。おねーさんそういう頑張り屋さんは好きよ?」

 

からかうように柔らかな笑みを浮かべながらウインクをする森人の女性。

 

「…成る程なぁ。金や名誉に頓着してねぇってのは本当だったんだな。だがあまり気負うなよ?俺達は勇者や英雄なんかじゃねぇんだからな」

 

真剣な表情になり釘を刺すように言う戦士の頭目。その目で残酷な現実を見てきたことがハッキリとわかる表情だった。

 

「ああ…分かっているとも。私は英雄になるなぞ御免だからな」

 

そこまで話して再び食事を再開する。すると急に頭目の戦士が寝そべりながら声を上げる。

 

「カーッ!こういう時に酒がありゃなぁ!明日の景気付けとかにもなるんだが…」

 

「勘弁してよ…この前酒場で酔い潰れて私と僧侶で奥さんのとこまで連れて行ったの忘れたの?」

 

「あれは大変でしたな…泥酔なんて言葉すら生温く感じるとは思いませんでしたぞ」

 

森人の言葉に少し驚く。彼は既婚者なのだろうか?

 

「嫁がいるのか?」

 

「んー?ああ、まだ式は上げてねぇけどな。新居の分も考えるとまだ金が足りねぇのさ。それに指輪も渡せてねぇ。でもな今回の依頼を終えたら指輪だけでも渡そうと思ってな。そこで改めてプロポーズするつもりなのさ」

 

…愛する人か。誰かを愛するということはどういうことなのだろうか。あの呪われた世界にそのような概念を抱くことすらなかった俺にはもう分からんな。繰り返した中で伴侶を取ったこともあったがあれは愛した内に入るのだろうか?…駄目だ考えれば考えるほど分からなくなる。不死になる前ならば分かったのかもしれないが…

 

「そうか …なら前祝いだけでもするか?」

 

「んー?そりゃどういう…」

 

不思議そうにこちらを見る一党の皆の前に樽のジョッキを差し出す。中には酒が入っている。玉葱の騎士や記憶を失った鉄塊の鎧を着た男から貰った酒だ。

 

「ん…?お?こりゃ酒じゃねぇか!?なんだお前さん持ってたなら早く言ってくれりゃよかったのによぉ!」

 

「昔知り合いに教わった酒だ。せめてこういった場所で祝杯をあげる為だとか言って私にも勧めてきてな。まぁまだ終わったわけではないが明日の景気付けにはなるだろう」

 

「おう!いいじゃねぇか。飲んだことねぇ味だが景気付けには最適だ!」

 

「全くもう…あんまり彼を甘やかしちゃ駄目よ?すぐ羽目を外すんだから」

 

「まぁまぁ、こういった場所で羽目を外してもバチは当たらぬでしょう。拙僧等も明日があるかは分かりませんからな」

 

酒を全員が少し飲んだあたりで頭目の戦士が立ち上がって音頭をとる。

 

「いよぉし!んじゃ明日の遺跡調査を成功を願って…そして!俺達全員が無事に家に帰れることを願って!…乾杯!」

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯!」

 

「…乾杯」

 

全員でジョッキをぶつけて酒を呷る。かつてはたった二人だけで酒を飲みあったが4人で飲むのは初めてだ。兜のしたで俺は自然と頰が緩んだのを感じた。…久しぶりに笑ったような気がした。この繋がりを共に過ごしたこの時間を俺は忘れることはないだろう。

 

野営が終わり皆が眠りにつく。俺は慣れていると言って最初の見張りを申し出た。頭目が気遣って先にやると言っていたがどうにか折れてもらった。頭目は一党の命を預かる身なのだ。一番休んでおくべきだろう。彼等は俺と違って休息を取らねば俺以上に判断力が鈍ったりするだろう。戦場で判断を誤れば死んでしまう。そんなことにはならないようにするべきだ。俺は夜空に浮かぶ二つの月を見ながら、全員で生きて帰れるように願った。

 

誰も欠けることがないようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラン。 カラン。

 

 

 

 

人の認識できぬ天上で、骰子は振られた。

 

 

 

 

 

 

 

 




評価バーに色ついてる…こんな稚拙作に評価・感想、投票してくれた方ありがとうございます。

前回のゴブリン退治の失敗で生き残った結果ですが、「彼」には何度も繰り返しという名の周回を重ねた経験があったからこそです。あとは敵の数がやらかした時に少なかったという「運」の良さもあったからですね。個々の強さが弱いというのもありました。もし刀を落としたときに原作1話の剣士君のように敵がいっぱいいた場合捌けず問答無用でYOU DIEDでした。
判断ミスを連発するのは感想欄でも言ってくれた方がいましたが「浮かれていた」というのがあります。これは私達でいうなれば無印をずっとやってやっとこさ次回作が出たときに浮かれて前作のような動きとかをしようとしてミスったりするのと同じです。無印から3の武器の振る速さとかパリィのタイミングの違いとか。

要するに「彼」がまだ「四方世界」という仕様に慣れていなかったという事ですね(適当)

デーモン討伐の下りは幕間という形でやる・・・かも
未だ本編どころかイヤーワンにすら合流していませんが、今回で鋼鉄級になるあたりまで飛ばしたように、そろそろ合流に向けて書いていこうとは思ってます。それでももうちょい続きそうですが。
今回出てきた一党の方はオリジナルです。特に原作の誰とかはないです。現状の段階では外伝っぽい感じで見てもらえると見やすいかも?
ちなみにメンバーをダイスで決めたんですが複数回結果を残してその中から決めるという方式を取り、その際に全員がおっさんのパーティというなんともむさい集団もあって扱いにすげぇ困ってました

あ そして誤字報告してくれた方ありがとうございます。6話投稿時に機能に気づいて修正を行いました。
相変わらず設定ガバい所とかでるかもしれませんがゆっくり進めて行くので気長に待っててくださいね


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第7話 遺跡に潜むモノ

…ああ、そうだ。もしあんたが物好きなら、注意することだね

ここから、ずっと下に、大きな暗い、木のうろがある。

…あのうろから、今でもたまに、聞こえてくるのさ

あれは、■■■■の声さね

病に侵され、それでも人を呪っている。そんな化物の声さね。


夜が明け朝になる。鳥達の囀りが森に響き渡る、雲一つない清々しい朝だ。

 

俺は一番最初に起きて武具の手入れをしていると、森人野伏が起きてきた。

 

「ふあぁ…おはよう~貴方随分早いわね。いつから起きてたの?」

 

「少し前だ。やることもなかったから武具の手入れをな」

 

「いいじゃない。感心感心。私は朝食の準備をしないとね」

 

そう言って食事の準備に取り掛かる森人野伏を尻目に俺は武具の手入れと何を使うかを思案する。

 

今回は何がいるのか、何があるのかも分からない場所だ。

普段の取り回しの良い武器よりも、大型の武器を取り出す必要も出てくるかもしれない。

 

デーモンの類がいるならば黒騎士の武器を。

いないと思うが深淵に連なるような奴等がいるなら狼騎士の大剣を。そうでなくてもあの大剣は俺もよく使っていた物だ。

以前別の依頼でも使ったし、そろそろまた手に馴染ませておく必要があるかもしれない。

 

しばらく思案していると男僧侶も起きてくる。

 

「おはようございます、二人共早いですなぁ」

 

「ああ、おはよう」

 

「あら、おはよう。そろそろ朝食もできるわよ」

 

挨拶を交わし各々食事の準備に入る…が頭目の男戦士がまだ起きていない。

彼は未だに眠っている。簡単に言うと爆睡である。

 

「はぁ…全く…これじゃ未来の奥さんも苦労するわね」

 

「ですなぁ、しかしこれから命をかけに行くのならばこのくらい自然体でいられるのが良いのでしょう」

 

取り敢えず朝食も出来てしまったので、全員で起こす。未だ気だるげな表情をしながらも戦士は起き上がり伸びをした。

 

「ん~あ゛ぁー!よく寝たぜ、んあ?俺が一番最後か 悪い悪い」

 

そう言いながら頭を掻きつつも笑う男戦士。全員が揃った所で朝食を取る。森人野伏が野菜と豆のスープを作ってくれた。それに持ってきていた肉を焼いて朝食にする。

 

食事を終えて各々が装備を身に付ける。

 

男戦士はやはり前衛を務めることが多いのか、胸当てを中心にその下には鎖帷子を着込んでいる。手には手甲をはめて足も金属の足甲で重要な部分をしっかりと守っている。

 

僧侶も法衣の下に鎖帷子を着ているのだろう。動いた時にジャラリと鎖の音がした。

縦に長い僧侶らしい帽子をかぶり頭には鉢金を巻いている。

腕には手甲をはめ、身体の各部は関節の動きを阻害しないような軽装の防具だ。前衛を務めるには不安が残るが、棒術を使えるといった彼にとってはこのくらい身軽な方がいいのだろう。

 

森人野伏は俺の知ってる森人とは大分変わった装備をしていた。

森人と言えばその多くが身軽さを重視したような軽装で、所々肌が出ていたりするような見た目が多いのだが、彼女の場合は違った。

焦げたような色をした茶色の革のコート。肩の周りには短めの血避けのマントがついている。

頭にはツバを折り曲げて、枯れ羽のような印象を持った帽子をかぶっている。

野伏の見た目らしい見た目だが、森人の着る装備としてはかなり変わっている。

あくまで自分の主観なので、一口に変わっているかどうかは分からないのだが。

 

「あら?なあに?見つめても何もでないわよ♪」

 

こちらの視線に気づいたのか、人懐っこい笑みを浮かべながら揶揄うようにこちらに振り向く森人野伏。一体何が出るのというか。

 

「いや、森人にしては珍しい装備だなと。私の知る森人の装備とはかなり違っていたものだからな。」

 

「昔は周りと同じような感じだったんたけどね。以前依頼で肌が出たところに傷を受けて痛い目にあったからそれ以来少しでもこうして

全体を守れるようにしたのよ」

 

色気も何もあったものじゃないけどね。と自嘲するように笑う森人野伏。

先ほどの明るい笑みとは裏腹にその表情は暗かった。森人は只人より遥かに長寿だ。

長い時を生きる中で色んなことがあるのだろう。それが何かは分からないが。

 

「そんなことはないだろう。身を守る為に防具を着込むのは悪いことではないし、それで君の魅力が無くなる訳ではあるまい」

 

森人野伏は一瞬キョトンとした表情になってから「そ…そう…」と言って顔を逸らしてしまった。

いかん、何か地雷を踏んだか?なまじ過去に最低限しか喋ることをしなかったせいか、こういう時にどういう言葉をかければ良かったのか分からない。

思った通りの言葉を言ったのだが、あまり余計な事は言わない方がいいかもしれん。

 

「…お前さんよく「たらし」とか言われねぇか?」

 

「どういう意味だ?」

 

言葉通りの意味ならば誘惑したり騙したりという意味だが。

生憎そんなことはしていないはずだ。むしろ過去に散々嵌められたことの方が多い気がする。

…坊主頭の追い剥ぎの男が脳裏に浮かぶ。奴に嵌められたのは二回だった。二度までは許した。

だが三度目はない。絶対だ。

 

「無自覚か…こりゃお前さんと関わる奴は苦労するなぁ…」

 

「良きことですぞ。仲良きことは美しきかな」

 

「もう!二人とも!」

 

怒る森人野伏を尻目に、俺は自身の支度を進める。

…まぁ俺と関わると苦労するのは間違いないだろう。一日にいくつもの依頼を受けていたのだ。

この世界の人々では途中で倒れるだろうことは想像に難くない。

 

そうして全員の準備が整ったところで、戦士が声をあげた。

 

「全員準備は出来たな?ここからは徒歩で行くことになる。遺跡の入り口まではそこまで遠くはねぇが油断はするなよ」

 

そうして各々立ち上がり彼についていく。俺も装備をつけて彼等の後に続いた。

 

遺跡の入り口までは何事も無かった。

入り口の外観だが、入り口の広さは人が一人通れるくらいで結構狭い。

入り口でこれで、中まで狭かったらまた武器をショートソードに変える必要がある。

振り回さないというなら槍もありかもしれない、振り回そうものなら即引っかかるだろうが。

 

「よし、これから行くのは何があるのか、何が潜んでいるのかわからねぇ未知の遺跡だ。慎重に進んで危険そうだと判断したら即座に撤退するぞ。いいな?」

 

真剣な表情で戦士が全員を見渡しながら大まかな方針を伝える。

正直あまり細々とした内容だと俺も理解できなかっただろうから、このくらいざっくりとした説明の方が分かりやすい。

 

「ええ」

 

「承知した」

 

「わかった」

 

皆、真剣な表情で返事を返す。いよいよ調査開始だ。

初めてでは無いものの一党全体に緊張が走る。返事を聞いた男戦士が入ろうとしてこちらを振り向いた。

 

「ああ、そうだ。お前さんは野伏と一緒に前を任せたい。行けるか?」

 

ふむ?何故だろう?前衛を考えるなら彼が…いやそういうことか。

 

「わかった。斥候をしつつ前衛。場合によっては野伏の護衛だな?」

 

「そうだ。最後尾で俺が背後からの奇襲を警戒する。勿論状況しだいじゃ即隊列を変える。お前さんが一番柔軟に動けそうだからその場合は俺と前衛を張る必要も出てくるからな?」

 

成る程。俺のやれることを確かめるついでに上手く立ち位置を振り分けている。

軽そうな性格のようだったがこういうところに頭目としての顔が出ている。いい頭目だと思う。

 

「ふふっよろしくね?頼りにしてるから♪」

 

「随分な大役を任された気がするが…やれるだけのことはやるさ」

 

若干前屈みになり片目を閉じて笑う森人野伏に苦笑いしつつ返す。

 

そうして役割が決まったところで、野伏 俺 僧侶 戦士の順で入って行く。

さぁ、調査開始だ。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

松明を持ち、警戒しつつ遺跡の中を進んで行く。

入り口こそ狭かったが、中に入るなり徐々に広くなっていった。既に横幅は4人並んでも隙間が空くくらいには広い。天井も松明を掲げなければ見えないくらいには高めだ。

今のところ敵に遭遇してはいないものの罠の類はどこにあるか分からない。壁には壁画のような模様が刻まれ床はタイル状になっている。タイル状の床…火矢が飛んでくる地下墓を思い出すな…

 

「止まって」

 

「どうした?罠か?」

 

後ろから戦士が訪ねる。森人野伏がその場にしゃがみ込みそのまま手を地面に這わせていく。そして彼女の手が僅かに出っ張ったタイルにあたる。俺は付近の壁に目を向けて注意深く見つめる。すると絵のような模様の中に、上手く隠された穴が空いていた。

恐らくこのタイルが感圧板になっていて、踏めば脇腹に矢が刺さるようになっているのだろう。

火矢でも恐ろしいが仕掛けた奴次第では毒が塗ってあるかもしれない。

しかしこの罠はかなり分かりにくく作られている。目が良くなければ乱雑に敷かれたタイルの床の罠など見分けることは出来ないだろう。彼女が優れた野伏であることがよくわかる。

 

「踏めば脇腹に矢が刺さる罠といったところか」

 

「ええ、皆踏まないように気をつけて」

 

感圧板を踏まないように避けて進む。今のところは罠があっただけの廃遺跡だ。罠がある以上は何者かが潜んでいてもおかしくはないと思うが…

 

その時耳に何かが聞こえる。声だ。ただ人の声ではない。この耳障りな声には覚えがある。

 

「貴方も聞こえた?」

 

「ああ、いるな」

 

二人で確認したのち後続の二人にも声が聞こえたことを伝える。

 

「ようやくお出ましだぜ…さて鬼が出るか蛇が出るか…」

 

「皆、油断なさらぬよう。何が潜んでいるか分からない場所故」

 

不敵な笑みを浮かべながらも、斧を肩に担ぎ直す戦士に、注意を促す僧侶。

俺は指輪を付け替えて隠密に備える。遠方からの視認も不可になり音一つ出さなくなった俺は刀を抜き、先頭に立つ。開けた小部屋のようにも見える場所にいたのは…

 

 

「GORB…」「GORB!GORB!」

 

 

()()()()だった。

 

「ゴブリン?」

 

「ゴブリンね」

 

「ゴブリンですな」

 

「ゴブリンだな」

 

何故こんな所にゴブリンが…考えるのは後だ。数は10。うち1匹デカイのがいる、ホブだ。恐らくあいつに率いられて、ここを巣穴でもしようとしているのだろう。何かを探しているのかあたりをキョロキョロと見渡している。

 

「仕掛けるわ。遅れないでね」

 

森人野伏が物陰に隠れながら弓を構える。俺は戦士と僧侶と共に武器を抜いて息を潜め、彼女が仕掛けるのを待つ。

少しして矢が飛来しゴブリンの脳天に刺さった。

怯んだゴブリンに第二射が刺さり射られたゴブリンは倒れた。

 

「GORB!?GORrrrB!!」

 

突然の襲撃に怒り、喚き散らすゴブリン。だが視界に森人野伏が入った瞬間にやる気に満ちた顔でそちらに向かっていく。大方一人で来るなど馬鹿な奴、孕み袋にでもしてやると思っているのだろう。だが今は4人だ。俺達は物陰から飛び出すと各々ゴブリンに向かって駆けていく。

 

「お前らは小さいのを頼む!ホブは任せろ!」

 

「承知!」

 

「了解した」

 

戦士がホブに向かっていき斧を振りかぶって斬りかかる。

 

俺はそれを阻止しようとするゴブリンを阻むように立ち、低い姿勢になって横薙ぎに刀を振るう。肉を切る軽い感触が手に伝わり、目の前のゴブリンから鮮血が舞った。痛みに悶えている間に傷口を踏み付け、新たに取り出したクラブで頭を潰し、トドメを刺す。

僧侶の方も杖の先端についた穂先で切る、突くといった動きを使い分け3匹を相手に巧みに立ち回っている。

 

残る4匹はまず邪魔な奴を倒そうと考えたのかこちらに向かって来る。

だが死角から攻撃する敵に人員を割かなかったのは悪手だ。真っ直ぐに突っ込んで来るゴブリンに向かって火の玉を投げる。ゴブリン達も横に避けるものの、1匹避けそこねたゴブリンはたちまち火達磨になって死んだ。仲間の無様をケタケタ笑うゴブリン達。

何故こいつらはここまで余裕なのだろうか?

目の前で戦力を減らされて呑気にわらっていられるとは…

そうこうしているうちに笑っている2匹が野伏の矢で射抜かれた。当たり前だ。

最初に襲撃を受けたときに矢を撃たれて、それが遠方の死角から撃たれていたというのに、何故それを排除するまえに隙を晒すのか。つくづくこいつらの知能の低さに呆れる。こういったところを見ると、下手したら何も考えず殺しにくる亡者達の方がよっぽど恐ろしいかもしれないと思う。

残りが自分だけになってようやく不利を察したのか、ホブの方に逃げようとする・・・が、背を向けた瞬間足に矢が刺さった。ちょうど足の腱の部分に刺さり、転んで歩けなくなっている。…見事な腕前としか言えない。暗い遺跡の中で、ゴブリンとはいえ、走り出した足の部位を的確に狙撃して逃走をさせないという手際は森人の技術の賜物だろう。俺は逃げられなくなったゴブリンに近づくと、首根っこを掴み浄火を放った。

 

「GOR…!?GORB!GORBaaaaa!!」

 

ジタバタ暴れるものの、内側に火が育った以上もう終わりだ。ゴブリンは逃げようとしたものの足を負傷しており、どうすることもできずに物言わぬ灰になった。

 

「おぉらぁ!」

 

見れば戦士のほうも体勢を崩したホブの脳天に斧を振り下ろしていた。力の乗った斧の一撃はホブの頭蓋を叩き割り、そのまま地に伏せた。

 

「これで…終いですかな!」

 

僧侶も左手の掌底の一撃を受けて、フラついたゴブリンを杖の穂先で突き上げてトドメを刺している。見れば周りにも頭が潰れた物、胴をバッサリ切られたような物が転がっている。どれも異なる手段ではあるものの、この僧侶が単独で仕留めていたことは明らかだった。

 

ゴブリンどもは弱い。それは事実だろう。だが囲まれればそれは脅威になるし、熟練の冒険者も囲まれれば疲弊し、最後には倒れてしまうだろう。新米ならば言うまでもない。2匹の時点で危険だし、3匹になればもう勝ち目は無いと言ってもいい。

そう思うと彼等はとても優秀なのだろう。僧侶という本来前に出て戦うような役割でなくとも3匹相手に油断も、慢心もせずに立ち回り、仕留めていた。

戦士も襲撃したのちに即座に簡潔に指示を出し、危険な大物を引きつけた。

射線を変えて、敵の死角から弓を撃ち続ける森人野伏もそうだ。

 

そうしてゴブリンの全滅を確認すると、スッと物陰から森人野伏が出てくる。

身軽さを感じさせる軽やかな足取りだ。

戦士も斧を担ぎ直して息を吐く。ベテランの風格ある堂々とした立ち姿をしている。

僧侶も地に屈み、祈りを捧げた後にこちらに歩いてきた。

 

「これで全部かしら?相変わらずこいつらはどこにでも出るわねー」

 

「増える前で良かったな。もう少し遅かったらここが奴らの巣窟になっていたかもしれん」

 

「皆、お怪我はありませんかな?その様子だと心配無用かもしれませぬが」

 

「ああ、奴ら如きに遅れはとらん」

 

刀の血を払い鞘に収める。しかし何故ゴブリンが?本当にこいつらは外から来たのか?

我々が早朝に入ったことを考えると、

奴らは俺達が野営している間に入ったか、予めここにいたかだ。だが予めいたならもっと増えていただろうし、何よりあんなふうに何か探すような素振りはしないだろう。今の時間は奴らにとっての夜になる。寝ぐらを探していたなら、奴らにとってはどこでもいいはず…

…そこまで考えたが駄目だ。俺が考えても憶測にしかならない。

そも考えることが苦手な自分が考察をしたところで答えはでないだろう。

 

「どうした?なんかあったのか?」

 

俺の様子を見かねたのか戦士が声をかける。疑念を振り払い返事を返した。

 

「いや何もない。ただ複数人いるだけでこうも違うものかとな」

 

「そりゃそうさ。仲間はいればいるだけ警戒の目も増える。それだけで奇襲を受ける確率は減るし出来ることも増える。誰かと組むってのも悪かぁねぇだろ?」

 

白い歯を見せてニッと笑う戦士。

 

優しい向日葵のような笑顔の森人。

 

うんうんと頷きつつも口元に笑みを浮かばせている僧侶。

 

俺はいい一党と出会えたのだろう。だが…

 

「…ああ、そうだな」

 

だが俺が返した返事はけっして明るいものではなかった。

過去に共にいた者達はみんないなくなっていったのだから。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

ゴブリンが出てきて以降は、敵という敵は出てこなかった。いくつかの罠はあったがそれも全て回避するか解除した。優秀な野伏がいれば罠に引っかかることはそうそうないのも当然か。

…だが何故だろうか。さっきから自分の中の警報が常になり続けている。引き返せと。これ以上進んでは行けないと。だが確証も無く言った所で、信じては貰えないだろう。

 

「しっかしゴブリンがいた以外は本当なんもねぇなぁ。罠ばっかで宝箱の類もねぇし…」

 

「文句言わないの。私達の目的はここの調査なんだから。何も無ければそれに越したことはないでしょう?」

 

「まぁそうなんだけどよ。しっかし拍子抜けだぜ。これじゃ直に悪魔退治の案件を持ってきた方が良かったかもな」

 

「お二人とも、まだ未知の領域故気を抜いてはいけませんぞ。放浪殿の実力は先のゴブリンでもある程度わかっているでしょう」

 

三人が何か言っているが耳に入ってこない。なんだ。何が俺をここまで警戒させるんだ?

やけに周りが静かな気がする。兜の中で冷や汗が止まらない。

深呼吸で落ち着かせても、すぐにまた鼓動が速くなる。

…駄目だ。過去に「何か」と相対した時にこんな状態だった気がするが心当たりが多すぎて絞れない。

 

そうこうしているうちに、また開けた場所に出た。

先ほどのゴブリンのいた場所と違いかなり広い。ここまでくると空洞の領域だ。ここが遺跡の最深部だろうか?

天井に生えている鉱石や壁に生えた苔が光を放ち暗いはずの地下空洞を明るく彩っている。

幻想的な光を放つ空洞の中は別世界のようだった。

 

 

だが、俺にとってそんなことはどうでもよかった。俺の視界の先には見覚えのある奴がいた。

いや、だがあれは…!?

「こりゃたまげたな…」

 

「綺麗…」

 

「地下にこんなところがあるとは…ご先祖様にも見せたかったですなぁ」

 

皆思い思いの感想を抱き述べる中、俺は終始黙っていた。いや、黙らざるを得なかった。

 

「おい、さっきからどうしたんだ?ずっと黙りこくっちまって…」

 

戦士が近づいて来るが、俺は「それ」から目を離さずに言った。

 

「…すぐにここから出よう。手遅れになる」

 

「…どうしたんだ急に?一体なにが・・・」

 

そこまで戦士がいったところで、奥でうずくまっていた「それ」は産声をあげた。

全員が声のした方向に武器を構える。

 

そこには「悪魔(デーモン)」がいた。

 

白く細長くも力強さを感じさせる手足に巨大な身体。

 

背中から生えた一対の大きな翼。そして全身にくすぶっている炎。

 

頭部には長い耳が両側から角のように生え、鋭い瞳が憎悪を滾らせてこちらを見据えている。

 

こいつには苦戦し何度も敗北したからこそ覚えている。だが、何故、此奴がここに・・・!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デーモンの…王子…!」

 

 

 

 

 

 

放たれた熱線が、視界を白く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか日刊のランキングに載ってました。こんな処女作が41位て…
沢山の評価と感想ありがとうございます
当初は対して評価とかこんじゃろハハッとか思ってたんですがお気に入りと評価数が日に日に増えていくのを見てあれ?ってなってました
これを機に感想を返信していこうと思います。ここまで感想もらって評価してもらって後書きだけで返事返すのは失礼だと思うので。
え?遅いって?ごめんなさい!何でも(ry
あと誤字報告ありがとうございます。いつも投稿前に2 3回チェックするんですが自分だと気づかないもんですね…

最深部に登場する敵はダイスで決めました。
というか所々行動をダイスで決めている部分があります。
ちなみにダイス内容は
1D6→3

1→百足のデーモン(無印ダクソ)

2→眠り竜シン(ダクソ2DLC1)

3→デーモンの王子(ダクソ3DLC2)

4→マンイーター(デモンズソウル)

5→再誕者(ブラッドボーン)

6→何もいない。
でした。

フラグが折れるのか回収されるのかそれは神のみぞ知るってね。
建てる者もいれば壊すものもいるんだぜ・・・?


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第8話 小さな救い

だから、どうぞ立ってください

…それが、私たちの呪いです









――神々は困惑していました。

 

誰だ、あんな化け物を配置した奴は!

 

あんなんどうやっても倒せるわけないじゃないか!

 

セッションは大混乱です。順調に進んでいる一党の様子を見てそこそこいい感じに終わるかなと思っていた矢先に明らかに仕様(四方世界)にあっていないような奴が出てきたのです。

これには≪混沌≫も≪秩序≫も大慌て。

どうにか対抗策を出そうとしますがどうにもできず時間だけが過ぎていきます。

 

原因は一つの骰子でした。

 

一党が休憩してる間に振れる骰子振っちゃおうぜというノリで骰子を振ろうとしたらいつも使っている骰子がなかったのです。

あれ?骰子どこやった?

皆探しますが、見つかりません。

あった!ある神様が骰子を見つけました。

 

しかしそれはなんとも凝った骰子でした。

 

全体が灰色で目の形が火の模様になっているのです。

 

随分凝ってるなぁ。誰かの私物?見つけた神様は聞きますが誰も心当たりがないようです。忘れ物かな?今回は取り敢えず借りて持ち主が来たら返せばいっか。

 

あったなら早くやろー。待ってらんないー。

 

神様達は続きが気になるので早く早くと急かします。

 

わかったわかったと、早速神様は骰子を振りました。

 

それが他所からとんでもないモノを呼び出す物とも知らずに。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「ぐっ…」

 

全身に痛みが走る。咄嗟に回避したはいいものの熱戦の余波で吹き飛ばされたのか、頭がクラクラする。まさかいきなり撃ってくるとは思わなかった。予備動作もなにもあったものではない。

 

他の皆は…?一党の仲間は無事だろうか?

あたりを見渡し周りを確認する。視界がまだボヤけているが人らしき輪郭は見えた。

 

「おい!生きてるか!生きてるなら返事しろ!」

 

デーモンの攻撃を回避しながらもこちらの安否を声で確認しようとしている頭目の男戦士。

女の森人野伏と男僧侶もデーモンの攻撃を回避しながらも攻撃しようとするが、隙が上手く見極められず攻めあぐねているようだ。無理もない。一撃が重く、かつ隙も少ない相手だ。初見ではタイミングを掴めないのも当然だろう。

 

だが今はそんなことよりも彼等を逃すことが最優先だ。自分は何度も交戦したが彼等は初めてなのだ。

そしてこの世界の人間が「初めて」であれに勝てるとは思えない。

間違いなく一撃貰えば瀕死。二発食らえば死ぬだろう。

火球や熱線ならば言うまでもない。消し炭(即死)だ。

 

意識がハッキリしてきた俺は一先ず腹から声を出し大声で叫ぶ。

 

「私が殿を務める!貴公等は安全圏まで退避しろ!」

 

ソウルから黒騎士の剣を取り出しつつ応戦しようとするが、皆引こうとはしなかった。

 

「馬鹿言うんじゃねぇ!死ぬ気か!?どうやったって一人でどうこうできる奴じゃねぇだろ!」

 

「そうよ!どうにか隙を作って全員で…」

 

「皆!来ますぞ!」

 

デーモンが手に巨大な火球を作り、飛び上がりつつこちらに投げつけてくる。全員が散開して回避する中俺は奴の方に向かって距離を詰めるようにローリングする。

 

「下手に近づくな!危険…うぉっ!?」

 

直後にデーモンが飛び上がって滑空しつつ両手を振り上げるように戦士に襲いかかる。追いついた距離が再び開いてしまった。クソッ…!

 

(戦いにくい…!)

 

周りには死なせてはいけない人達。

素直に下がってくれないもどかしさと目の前にいるデーモンを前に焦りが生じる。

周りに誰もいないなら何度死んでもここに戻ってきて倒せるまで挑むのだが、

今そんなことをすれば俺が彼等にとってどんな存在になるかわかったものじゃない。

 

全員が分散してデーモンに応戦しているためデーモンが動き回ってしまい中々追いつけない。

どうにかしてデーモンの気をこちらに向けさせ彼等を避難させなければ…!

奴の注意をこちらに向ける為に指輪を付け替えようとした。

 

その時だった。

 

戦士の身体が宙に浮いた。デーモンの腕の振り上げを喰らったのだ。打ち上げられた姿勢で受け身も取れぬままデーモンの腕が振り下ろされる。

 

鮮血が飛び散った。

 

吹き飛ばされ、壁際に飛ばされて地に伏した戦士。

野伏と僧侶が名前を呼び彼の方に行こうとするがデーモンもそれを分かっているのか彼を背にするように立ち塞がった。

かなりの量の出血だった。急がなければ彼は自分の子供を見ることなくこの世を去るだろう。

 

「チッ…!二人は早く戦士のもとへ行け!奴は私が引き受ける!」

 

二度目の俺の叫びに二人は一瞬戸惑うもののこちらを見て彼の元へ駆け出す。

行かせまいとデーモンが攻撃しようとするがその腕を黒騎士の剣で斬りつける。古来からデーモンに対して有効な黒騎士の武器はデーモンの王子にも有効だ。デーモンの腕から血が飛び散る。

 

自らに傷を与えた武器を持つ俺に奴は憎悪の視線を向けてくる。

…これでいい、まずは一歩。奴の注意(ヘイト)はこちらに向いた。あの王子が傷ついたタイプなら例えヘイトを稼いでも火球の雨を降らされた時点で俺の負けだった。

…熱線を吐くうろ底の方で良かったと心底思う。

 

それでも油断すれば熱線で消し炭にされるか凄まじい膂力でミンチにされるかだ。

奴の腕振りに対して盾は用いるべきではないだろう。あの剛腕の前では盾など無力だ。凄まじい受け能力を持つ大盾ならば受け切れるだろうが過信は出来ない、無敵の盾などないのだ。

崩されてそこに攻撃を叩き込まれれば即死の可能性もある。

 

故に俺は盾を持つという考えを捨てる。持っても意味が薄くどの道リスクがあるなら持たない方がいい。普段使ってる盾が小ぶりな物を使っているのもあるかもしれないが。

 

デーモンの腕が振るわれる。それを懐に飛び込んで回避し足を斬る。

血が出ると言うことはダメージは通っている。

だがこいつは、凄まじい生命力を持つ「デーモンの王子」だ。

かなり長い戦いになる。地道に集中力を切らさないように相手の動きをよく見て戦う。これほどまで昔を思い出して戦うのは久しぶりだ。まったく持って嫌な記憶ではあるが。

飛び上がったデーモンが距離を取り火球を投げる。奴を追うように走りそのまま前転し頭に攻撃を入れる。

…浅い!すぐに体勢を立て直したデーモンはそのまま腕を振り上げる。咄嗟に構えた武器ごと弾かれ後方に吹き飛ばされたが、どうにか空中で姿勢を立て直して着地する。武器を

伝って全身に衝撃が襲ったが直撃はせず済んだ。

 

あとどのくらいだ?どのくらい斬れば奴は倒れる?

ここで倒しきれなければ他の3人は死ぬだろう。

最悪、奴が何らかの方法で遺跡から出た場合、多くの死者が出ることは想像に難くない。

 

剣を構えて再度奴に向き合う。未だ奴が倒れる気配は無い、だが確実に体力は削っているはずだ。

 

その時だった。デーモンの頭部目掛けて矢が飛来する。森人野伏の矢だ。すぐ側に野伏がやってくる。

 

「何故戻った!奴は危険だと言っただろう!」

 

「いくら貴方が戦えても一人じゃ危険すぎるわ!戦士は僧侶に任せて来たし、私だけでも一緒に戦う。私達は一党(パーティ)なのよ?」

 

俺の言葉に彼女は不敵な笑顔で答える。…変わらない笑顔だ。

 

「…彼奴は私がかつて旅した中で戦った『デーモンの王子(うろ底のデーモン)』だ。何故奴がここにいるのかは分からないがアレは私が戦ってきた中でも屈指の強敵だ。奴の攻撃を見ただろう?無事に生きて帰れる保証はないぞ?」

 

「それでも、よ。貴方にだけ任せて私だけで生きて戻っても意味なんてないわ。後輩を見捨てて生き延びたなんて…そんな後悔はしたくないわ」

 

そう言いつつデーモンを鋭く見据える野伏。

…これはもう言葉で言っても無駄か。ここに戻ってきたということは覚悟はしているはずだ。死ぬかもしれないという覚悟を。ならばその覚悟を尊重すべきか。

 

「…わかった。だが決して無理をするな。奴にとって間合いを取る事は意味を成さない。距離を詰めるのも早い上に遠距離攻撃手段も豊富だ。火球もそうだが奴が口に炎を滾らせたときは特に注意しろ。あれを浴びれば確実に塵になる」

 

「わかったわ。援護は任せて…来るわよ!」

 

「…援護は任せる」

 

俺はそう言って指輪を一つ付け替える。『頭蓋の指輪』だ

 

この指輪は端的に言って敵に狙われやすくなる指輪だ。普段だと好き好んで付けることはない指輪だがこういった誰かを守りながら戦う場面では役に立つ。

 

野伏の援護を受けながら、デーモンに向かい走る。頭蓋の指輪から出るソウルの臭いに反応したのか奴の顔がこちらを向く。その顔はまるで失った物を取り戻そうとするかのように思えた。

 

野伏の援護を受けながらデーモンとの攻防を繰り返す。

 

放たれる火球、振るわれる剛腕、空を飛んでの上空からの叩きつけ

 

それらを回避しながら剣を振るう。野伏の弓矢による援護も効いているのか、だんだんと奴の動きも鈍くなっていく。

直後に飛んできた矢がデーモンの頭部に刺さり大きく仰け反った。

 

致命的な隙。奴の頭部に致命の一撃を加えるべく走る。だがここで予想外の事が起きた。

 

頭をダラリと下げふらついたはずのデーモンの王子が飛び上がった。

なんと奴は強引に翼をはためかせ飛翔し、致命の一撃を回避したのだ。

 

「何…!?」

 

走りながら頭部に突き刺そうとした剣が空を切る。奴はどこに…!?

 

上を見上げるがそこに奴の姿はない。まさか…!

 

予想外の行動に嫌な予感がし、後ろを振り返る。

 

そこには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

デーモンの口に炎が集まっていく。熱線を放つ前兆だ。

 

「しまった…!」

 

幸いそこまで離れてはいない、間に合うか…!?

俺は剣を放り捨て、野伏の元へ走りだした。

 

 

 

~~~

 

 

 

初めて見たとき、私は死を覚悟した。

 

見たことない化物。幻想的な空間の奥にいた悪魔(デーモン)は地下空洞を一瞬で地獄絵図に変えた。

奴の叫び声が上がった直後に凄まじい熱さの熱線が放たれた。長年の経験がなかったら私はあの一撃で死んでいた。

頭目の戦士が皆の無事を声を上げて確認している。

最初に僧侶が、次に私が返事を返し、遅れて「彼」が返事をした。

 

直後に意識を取り戻した「彼」は叫び、目の前の悪魔の危険性を訴える。

でも銅等級の私達ですら危険だとハッキリわかる悪魔を相手に彼一人で任せられるはずもなく

全員で応戦する。

 

どうにか隙を作りだして全員でこの場を切り抜ける。

ギルドに戻って金等級以上の冒険者…最悪白金等級の人達ですら出張る必要があるかもしれない、

コイツの存在を伝えなければ!

 

その時に戦士の身体が宙に浮いた。悪魔の攻撃を喰らったのだ。

血が飛び散り、戦士の身体が吹き飛ばされる。

 

壁際の方に吹き飛ばされた彼を救うべく、僧侶と共に戦士のもとへ向かおうとするが、

悪魔に阻まれる。

早くしないと戦士の命が危ない…!

 

直後に「彼」が再び叫んで悪魔を引き付けると言う。

私と僧侶は戸惑い、彼に任せるかどうかを迷ってしまう。

だが、このまま放置していれば戦士は死んでしまう。悪魔の注意が「彼」に向いたのを見て私と僧侶は一目散に戦士の元へ駆けつけた。

 

戦士は辛うじて生きてはいたが重傷だった。

防具は内側の鎖帷子諸共砕かれ、右肩から身体にかけて大きく切り裂かれていた。

呼吸も荒く一歩遅かったら彼は死んでいたかもしれない。

 

僧侶が治癒の奇跡を使って傷を塞いでいく。

これで出血は抑えられた。血の流し過ぎで死ぬことはないだろう。

 

だが、問題はそれだけではない。あの悪魔がいる限り全員で生きて帰るのは不可能だろう。

私は振り返って、悪魔のいた方を見る。

 

「彼」はどこから取り出したのか、黒い大剣を両手で持って悪魔と対峙している。

相手の攻撃を間一髪のところで避けながら、的確に一撃一撃を入れていく。

悪魔は一行に倒れる気配を見せない。あの状態がいつまで続くのか、

このまま自分は見ているだけでいいのか。

 

そこまで思い至って、私は立ち上がった。

 

「僧侶。戦士をお願い」

 

「野伏殿…?死ぬおつもりか!?あれは拙僧らの手に負える存在では…!」

 

「分かってる。「彼」に任せておけば倒せるかもしれない。無事に帰れるかもしれない。でも…

でもね、ここで何もしなかったら、私は一生後悔する。それに…」

 

振り返って僧侶に笑いながら伝える。

 

()()が後輩に任せっきりってのもカッコ悪いでしょ?」

 

僧侶が呆然とした表情をしたが直後に真剣な顔になる。私、上手く笑えてなかったかな?

 

「…そこまで覚悟が決まっているのなら拙僧からは何も言いますまい。

戦士殿のことは任されよ。…ですが決して無茶をしてはなりませんぞ」

 

すでにこれからしにいくような物ですがな。と言って彼も苦笑いをする。

 

私は僧侶に後を任せて、一人で悪魔と戦っている「彼」の元へ走った

 

 

 

 

「彼」と合流してからは悪魔と距離を取って、私は弓で援護をしていた。彼が敵の攻撃を引きつけ、注意も引いてくれているおかげで、

私は安心して弓矢での攻撃に集中できた。

 

魔術師や優れた司祭の人達による高火力な攻撃は出来ないけれど

確実にダメージは溜まっているはず、意識を集中させ矢をつがえる。

 

そのとき悪魔の体勢が崩れた。頭を垂らし、蹲って、動きが止まる。

 

致命的な隙。そう見えて気を少しでも抜いた私は、すぐに自分の愚かさを思いしった。

 

悪魔の目が()()()()()()のだ。

 

鬱陶しい虫を見るような、怒りをその目に宿して悪魔は飛び上がり、そして―

 

私の方へ()()()()()

 

身の危険を感じた私は咄嗟に避けようとするものの悪魔の伸ばした腕に捕まってしまった。

 

「あ、ぐっ…!」

 

凄まじい握力で身体を握られ意識が飛びそうになる。拘束から逃れようともがくが抜け出せず、

そのまま玩具のように放り投げられた。

 

「かっはッ…!あ゛っ…!」

 

遺跡の残骸に背中からぶつかり、肺の空気が一気に吐き出される。

 

衝撃で意識が朦朧とする、酷く全身が痛んで立ち上がれない。少しして視界が元に戻ったときに

私が見たのはこちらに向かって熱線を撃とうとしている悪魔の姿だった。

 

――口に炎を溜めたら気をつけろ――

 

「彼」の言葉が脳裏によぎる。だが避けようとしても身体が動かない。

じきに私はあの悪魔の熱線によって焼かれて、死ぬ。

 

すぐ目の前に迫った「死」に対して、私は動くことが出来なかったのだ。

 

酷く時間が過ぎるのが遅く感じる。これが走馬灯なのかな。

昔の事が思い出されては消えていく。

 

お父さんとお母さんに無理言って森を出て…冒険者になって…

 

なんだっけ…ああ、そうだ。

 

私は森人(エルフ)だから、長生きだし、時間はたくさんあったけど…

 

 

 

 

 

 

――あーあ。結局…行き遅れちゃったなぁ…

 

 

 

 

 

 

視界が白く染まっていく中、私は目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…あれ?いつまでたっても熱さが襲ってこない。何故?

 

目を開けた私が見たのは、

 

全身を覆い隠すほどの巨大な岩のような盾を持った「彼」の姿だった。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「くっ、間に合うか…!?」

 

デーモンの掴み攻撃を食らって放り投げられた野伏の元に走る。

 

俺達(不死人)ならば、食らってもすぐに起き上がってエストを飲めば復活するが彼女は違う。

 

壁に叩きつけられた衝撃と拘束されたときの痛みで動く事ができないのだろう。

デーモンの方を恐怖に怯えた表情で見て、固まっている。

 

走りながら緑花草を齧る。効果がすぐに現れ、活力(スタミナ回復速度)満ちる(上がる)

 

そして熱線が放たれる直後に即座にハベルの大盾を両手で持ち、野伏を庇うように構える。

 

「ぐ…おぉぉぉぉぉぉ…!!」

 

盾越しに伝わる防ぎ切れない熱量(ダメージ)が身体を焼く。

 

ジリジリと命の灯火が消えていくのが分かるが、ここで手を離すわけには行かない。

今盾を持つ手を離せば彼女は俺と一緒に塵になるだろう。

 

―むざむざ死なせるつもりなど毛頭ない…!

 

熱線を撃ち終わったのか、熱が収まっていき盾の後ろで膝を付く。

 

くそ…ハベル盾で防いでこれ程とは…!

 

以前戦ったときにあれは防ぐものではなく避けるものだったので初めて盾受けをしたが

ここまで響くとは…

 

「あ…あ…」

 

後ろから野伏の声が聞こえる。振り返ると安堵と悲しみが入り混じった表情をしていた。

 

「…無事か?」

 

どうにか声を絞りだす。

盾越しとはいえ凄まじい熱量をほぼ直に浴びた俺の声は大分枯れていた。

 

「あ…!そんな…ことより!貴方、は、大丈夫、なの…!?」

 

苦痛に歪んだ顔でこちらの心配をするあたり、彼女の優しさが伺える。

だが今はそんな事を言っている場合ではない。

 

盾を彼女の前に突き刺すように地面に立てて、デーモンの方へ向き直る。

俺はエストを飲むと、黒騎士の大剣を取り出した。

 

剣でチマチマと攻撃していたら削りきれない。長引けばこちらが不利になるのであれば…

 

――高い火力で押し切る(ゴリ押す)だけだ…!

 

「…そこにいてくれ。その後ろにいれば巻き添えは受けないはずだ」

 

佇む竜印の指輪をつけて呪術の炎を用意する。使うべきは一つ。

 

『内なる大力』

 

炎を身体に押し当てて、自身の秘められた力を開放する。

 

全身から赤い闘気が溢れ、力が漲る。先ほど攻撃を防いで上がりかけた呼吸もすでに元に戻った。

それと同時に自分の命が削れていく感覚も伝わる。過ぎた力には代償がいる。

だからこそ、その力はずっと秘められているのだ。

 

黒騎士の大剣を構え、駆け出す。いい加減終わりにしなくてはな…!

 

デーモンの前に陣取り、大剣を振るう。大力によって増した力で振られる一撃は、

確実に効いていた。必死に攻撃を受けまいと腕を振るって迎撃を試みているがそれを

すんでのところで回避し、我武者羅に剣を振って、振って、振り回す。

 

しびれを切らしたデーモンは叩きつけを繰り出す。が、それはこっちに(チャンス)を与えただけだ。

 

渾身の力を込めた突き(片手溜め強攻撃)がデーモンの喉を突く。大きく仰け反り喉元を抑え、暴れるデーモン。

 

風圧を放って後ろに飛び退いた。熱線を撃つつもりだ。撃たせるものか…!

 

落ちていた黒騎士の剣を拾い、デーモンの頭目掛けて投げる。綺麗な放物線を描いたそれは、

僅かに逸れて、奴の首元に刺さった。

 

苦痛の叫びを上げ、口に炎を溜める。剣を構えて俺が走りだす。

奴が撃つのが先か。俺が剣を突き立てるのが先か…!

 

 

俺が剣を突き出すのと、奴がこちらに向けて口を開いたのは同時だった。

 

そして――

 

 

 

 

 

――デーモンの顔面に剣が突き刺さった。

 

 

 

 

 

デーモンの身体から光が消えていく。仰向けに仰け反り行き場をなくした炎が、

熱線となって力なく天井に放たれる。

 

 

…終わった。終わったのだ。かつて幾度なく戦い屍を晒しあげた先に倒したデーモンの王子を。

 

俺は、誰一人、欠けることなく、倒したのだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

「終わった…の…?」

 

森人野伏が盾の裏から顔をだして訪ねてくる。

 

俺はそれに首肯で応えた。彼女は腕を抑えながらも盾の裏から出て来た。

 

デーモンの死骸を見つめる。以前はソウルとなって消えたが一向に消える気配がない。何故だ?

 

この世界に奴の力と同質の存在が現れたとでも言うのだろうか?…だとしたら相当厄介だ。

 

下手したらこれから先、あの旅で倒してきた数々の化物共がまた立ちふさがるかもしれないのだ。

…だが今は、いいだろう。戦いは終わった。あとは無事に地上まで帰るだけだ。

 

俺はデーモンの頭側に回って、2本の剣を回収した。そして特大剣でデーモンの首を落とす。

 

「な、何してるのよ…?」

 

「…討伐証明だ」

 

なんの気無しに答えるが、彼女は何も言わなかった。言えなかっただけかもしれないが。

大方、無力な自分を責めているのかもしれないがそれは違う。相手が悪かっただけだ。

 

「…あいつは、無事なのか?」

 

俺は最初に大きな負傷をした戦士の安否を尋ねる。

男僧侶がついてる以上死んではいないはずだが…

 

「傷は深いけど彼は無事よ。一先ず…皆と合流しましょう。っとと…」

 

そう言いつつ歩き出そうとしてフラついた彼女を支える。まだダメージが残っているのだろう。

 

「肩を貸す。それと治癒の水薬を飲んでおけ」

 

「あ、うん。ありがと…」

 

ポーチから水薬を取り出し、彼女に渡して肩を貸す。

 

そうして、戦士と僧侶の元へと歩きたどり着いた。

 

 

 

 

 

ただ、戦士の様子がおかしかった。

 

「傷は塞がりましたが、血を流し過ぎたのでしょう…未だに回復する様子が見られず…」

 

確かに鎧が砕けているが傷は塞がっている。だが顔色が悪く、呼吸も荒い。まさか…

 

「…よぉ。へっ、情けねぇところ見せちまったな…」

 

「そんなことはない。奴相手に生き残っただけでも誇るべきだろう」

 

「そうかい…っつ!クソ、視界がボヤけやがる…」

 

「まさか…毒の類を…!?」

 

僧侶が焦ったように声をだし、解毒剤(アンチドーテ)を取り出す。

 

「よせ。ここまで時間がたった以上もう間に合わない。

…むしろここまで生きていられたのが奇跡だ」

 

僧侶と野伏の顔が絶望に染まった。

せっかく全員で無事に帰れると思った矢先に仲間の命が失われそうになっているのだ。

 

「僧侶!どうにか…どうにかならないの!?貴方《治療(リフレッシュ)》の奇跡は…」

 

「拙僧はまだ授かっておりませぬ…!くっ…!何か…何か手は…!」

 

二人がどうにか助けようとする中で、戦士が声を掛けた。

 

「…お前ら。頼みがある」

 

全員が彼の方に顔を向けて耳を傾ける。

 

「街に戻ったら…アイツには…俺は暫く戻らないって伝えてくれねぇか。

遠くに言って、デカい稼ぎを見つけたから暫くは戻れねぇってよ…」

 

弱々しく彼が言葉を紡いでいく。確実に命の終わりが近づいている証拠だった。

 

「…それで、いいのか?」

 

俺の声に3人とも顔を向ける。

 

「それでいいのか?お前はまだ助かるかもしれない可能性を放り捨て、

生きることから逃げるのか?」

 

「俺は神様じゃない。英雄でも、勇者でもない。見ず知らずの人間を無償で助けるような

お人好しじゃない。それでも…」

 

「…()達は、()()だろう。少しくらい頼ってもバチは当たらんさ」

 

そう言って俺は、ソウルから1本の小さな瓶を取り出す。『女神の祝福』だ。

あらゆる状態異常を治し、傷を全快する極めて貴重な回復手段だ。

その貴重さ故に結局使い損ねてしまっていたものだが…今回は別だろう。

 

俺は女神の祝福を彼の前に差し出す。

 

「人によっては、死ぬことで救われる奴もいる。だが、それは生きる事が苦痛になった奴だけだ。

お前はまだそうじゃないだろう…!」

 

戦士の目をまっすぐに見据えて、俺は続ける。

彼の目は先ほどの弱々しい状態から一変して、驚きつつも光を宿していた。

 

「さっきも言ったが俺は神様じゃない。誰かの生き死にを決めることなんてできない。

生きたいか、死にたいかは人それぞれだ」

 

中には死んでいいことなんかない。生きるべきだ。なんて言う奴もいるだろう。だがそれは人によってはその信念に対する侮辱になることも知っている。そしてそれが、綺麗事であることも。

 

俺は最後に彼に問いを投げかける。

 

「決めるのは…お前自身だ」

 

俺の言葉に戦士はフッと目を閉じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなの…決まってるじゃねぇかよ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

差し出された救いに、彼は手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長い上に雑。それがWATASIクオリティー。後々編集する・・・かも

今回のダイス結果。
戦士 旗が折れるか回収されるか 1D100 → 41 
内容
1~10 → 無傷で生還。五体満足。仮に怪我しても軽い傷程度。

11~30 → 負傷しつつも生還。数値が大きい程、怪我が大きくなる。

31~60 → 重傷を負う。傷の大きさと状況次第では死亡。今回はなかったが、四肢欠損などもありえ、生き残っても冒険者としての生命は絶たれる可能性もあった。

61~100 → 死亡。YOU DIED。叩き潰されミンチ。火球で蒸発。捕まって火炙り。頭から喰われるetc… 

「最深部にいる敵」と出くわす前に「ある会話」をしなければ無傷の生存判定に怪我の2つの判定から5ずつ引かれ1~20になりました。
会話をするかどうかの判定が見事に失敗しましたが。

援護にどちらが行くか1D2(1 野伏せ 2 僧侶)結果→1

援護に行くか行かないか → 1D2(1で行く。2で行かない)結果→1

無事に生き残れるか否か。内容は戦士とほぼ変わらず。

結果59

「彼」がNPCというのもあって助かりましたが居なかったら死んでます。追撃で。

オリジナルで書いてるから長いのなんの…早く原作に入りたい。
だが、もうすぐ…もうすぐ入れるんだ…!(ただしイヤーワン)
戦士さんは実は当初ぶっ殺す気マンマンでした。他の二人も死なせる予定バリバリでしたが二次創作でそこまで暗くしすぎるのもアレだったので・・・ね。ただでさえ原作で人が死にまくっているので・・・
絶望的な状況に陥っても少しの運で訪れる、救いがあってもいいじゃない?

感想・評価してくれた方ありがとうございます。m(_ _)m
相変わらずド素人の書いてる文なため読みづらい所とか文章おかしい所とかあるかもしれないけど、深く考えずに読んでくださいネ。
考えるな。感じるんだ…


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第9話 一つの冒険を終えて

…ああ、貴方は強い人だ。

ただ一人で、使命に向かっている。














あれから、俺達は負傷した戦士と野伏を、僧侶と共に二人を背負って地上まで戻った。

僧侶が戦士を、俺が野伏を背負う。最初は肩を貸していたのだが、歩き難いので背中に背負った。乗っかるまでに若干の間があったが、体勢的に負担が掛かるからと言ったら渋々と言った感じに身体を預けてくれた。

 

幸い、地上までの道中は敵もおらず、何事も無く戻ってくることができた。

まぁこれで何かが出てこようものなら、いくら全員が手練れでも危なかっただろう。

ゴブリン相手に熟練者(ベテラン)がやられる事もあるのだ。

決して油断も、慢心もしてはいけない

 

外に出た俺は、空を見上げる。

空は炎のように綺麗な色に染まっていた。

もうすっかり夕暮れ時だった。

 

どうやら思った以上に、長く遺跡にいたらしい。

早朝から出発して、内部を調査して行った結果、

出くわしたのが「デーモンの王子」だ。本当に笑えない。

 

ギルドでは、場所にもよるが調査依頼を新人にもやらせることがあるそうだ。

あんな化物が出るかもしれない調査依頼を新人にやらせるとは…

 

報告がそのまま信じて貰えるかは分からないが、幸い奴の首は剣できり落としてソウルにしまったので、ギルドの報告の際に証拠の一つとして使えるだろう。

…まぁ使えたから何だという話ではあるが…

 

暫く歩いて昨夜野営をした場所まで戻ってきた。

そこには迎えの馬車が既に来ていた。戦士曰く、

 

「そこまで大きい遺跡じゃなかったからな。夕暮れまでには戻れるだろって思って言っておいたのさ」

 

あんなのに出くわすとは思わなかったけどな。と、苦笑いをしつつ付け加える。

全員が疲弊し、うち二人が負傷しているのを見て御者は驚いた表情をしていた。

無理もない。銅等級の冒険者が調査依頼でボロボロになって帰って来たのだ。何があったのか気になるのだろう。

 

俺は、今は聞かないでくれ。休ませてやりたいという旨を示して、負傷した二人に視線を向ける。

 

御者は何も言わず頷いてくれた。

 

背負っていた野伏を馬車に乗せ、僧侶に手を貸して戦士も乗せる。

その後俺と僧侶も馬車に乗り込み、街へとむかった。

 

 

まったく…とんだ「冒険」だ。

 

…だが、こうして全員無事だったのだ。

 

それだけで…充分だろう。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「あっ、おかえりなさ…って皆さんどうしたんですか!?」

 

ギルドに戻ってくるなり、受付嬢が驚愕の表情で迎えてくれた。

まぁ全員が煤けた匂いと、明らかな疲労を顔に出し、ボロボロの様相で帰ってくれば、心配するのも当然である。

 

戦士が前に出て、報告をする。

 

「件の遺跡だがな、大してなんもなかった。お宝の類もなし。敵は恐らく住み着こうとしていたゴブリンが10。うち1匹はホブだった。そんで遺跡の最深部にはでけぇ地下空洞があったよ」

 

普段と変わらない口調で、戦士が調査の内容を報告していく。

 

「そうですか…でも皆さんの…というより戦士さんと野伏さんの怪我はゴブリンによるものではないですよね?」

 

受付嬢が怪訝な表情で戦士に問いかける。基本的に入念に準備をして、経験を積んだ冒険者が、ホブがいたとはいえ、10匹のゴブリン達にやられるわけはないと知っているのだ。まぁ油断と慢心が入ればやられることもあるが滅多な事ではやられることはない。

受付嬢の問いに顔を少しばかりしかめた戦士が口を開く。

 

「…地下空洞にな。悪魔がいやがったんだよ」

 

その報告がされた瞬間ギルドが、静まり返る。

 

それもそのはず、悪魔はこの西の辺境ではあまり見られない。

都の方では、混沌の軍勢とやらで、悪魔と戦う機会が多いらしいが、辺境の街付近では殆ど見ない。いても下級も下級の悪魔だと聞いたことがある。

 

「ええっと…悪魔、ですか。下級の悪魔が沢山いたんですか?」

 

報告書に書くペンを片手に、恐る恐る尋ねる受付嬢。

戦士は首を振って真剣な表情で答えた。

 

「デケェのが1匹。だがあれは間違いなく上級も上級。下手すりゃ金等級のお偉いさんでも厳しいかもしれねぇ。贔屓目に見てもギルドにいる銀等級をかき集めて勝てるかどうか、ってとこか」

 

普段、気さくで豪快な笑いであたりを和ませながらも頼りになる冒険者の姿はそこにはなく、まるで地獄の底から生きて帰ってきた兵士のような顔をした戦士がいた。

 

周囲の冒険者は次々に、様々な事を口にする。

 

ーいくら旦那だからって…ほんとか?

 

ーいや、あの鎧の砕け方見ろよ。

どう見ても下級の悪魔の傷じゃねぇだろ。

 

ーでもよ、本当ならどうやって生きて戻ったんだ?

 

他にもヒソヒソと冒険者達が騒ぎ立てるが、報告を続ける。

 

「…それで、その悪魔はどうなったんです?」

 

銀等級を集めて勝てるかどうか。金等級で厳しい悪魔など、もはや災厄だ。

そんなものが放置されていたら、いずれ必ず被害が出るのでギルドとしても対処をしようと思っているのだろう。

 

「ああ…それなんだが…」

 

「デーモンなら討伐した」

 

横から、俺は簡潔に結果だけを報告する。

 

周りが再び騒めきだした。本当に騒がしいところだ。

 

「皆さんで…倒せたんですか…?」

 

さすがに受付嬢の顔も疑わし気な物になる。

報告が本当なら、この3人は生きて帰ってくるのは難しかっただろう。

だが、それを逃げ延びたのではなく、倒したと言ったのだ。

それも倒したと言った人が、鋼鉄級なのだ。周囲が騒ぐのも無理はないか。

 

「…いや、俺達は何もできちゃいねぇ。

コイツが殆ど一人で倒しちまった」

 

「貴公等も戦っていただろう。全員の功績だ」

 

「よく言うぜ。あの化物を一人で引き付けてそのまま倒す奴がいるかよ。俺達はなんもしちゃいねぇ…何も、できなかったしな」

 

戦士は表情が曇る。だがすぐに顔を上げ、元の表情に戻った。

 

「こいつがいなけりゃ俺達は今頃ペシャンコになってるか消し炭になってた。間違いなくな。俺に至っては毒を食らって、大量の出血も相まって生死の境を彷徨ったんだが…こいつのおかげで、俺は…俺達は命を拾ったんだよ」

 

戦士が俺の肩に手を掛ける。

受付嬢も真剣な表情で話を聞いている。

 

「…わかりました。後日調査隊を派遣しますので、

報酬はまた後日お渡ししま…」

 

「ああ、そうだ」

 

受付嬢が言いかけた所で俺は思い出したように口を挟む。

 

俺は、ソウルから(どこからともなく)デーモンの首を取り出し、カウンターの前に転がした。

 

周囲が一際大きく騒めいた。中には近くにきて興味深そうに見る者。顔を青くして恐ろし気に見る者。様々だ。

 

受付嬢も驚きと恐怖が入り混じった表情で、デーモンの首を見ている。

 

「討伐証明なら必要はない。首は取ってきた」

 

無造作に放り捨てたデーモンの首を示して伝える。

役に立たん物だと思っていたが、こういう時には役立つな。しかし何故消えなかったのだろう?

 

あれだけ過去に戦ったものとほぼ同じ動きをしてきたのに対して、

死体は消えず、ソウルも手に入らなかった。まぁソウルがあっても今は困るだけだが・・・

 

「これは・・・わかりました。これを討伐証明としてギルドで引き取らせてもらいますが、

構いませんか?」

 

「ああ、その為に持ってきたからな」

 

少ししてギルドの職員が来てデーモンの首を布に包んで持っていく。

討伐証明ということで提出したが、デーモンの生首なぞ何に使うのだろうか?

 

「他に何かありましたか?なければ後日に報酬をお渡ししますが・・・」

 

「他・・・他はなんかあったか?」

 

戦士が俺達に確認を取るが、全員首を横に振る。

報告できることは報告した筈だ。

 

「では、これで依頼完了となります。お疲れ様でした、ゆっくり休んでください」

 

「ああ・・・そうさせて貰うわ・・・お前らはどうする?」

 

「私も休むわ・・・さすがに堪えたし・・・ね」

 

「拙僧は神殿へ・・・と言いたいところですが、今日の所は休息をとりますかな。放浪殿は?」

 

僧侶が俺の方に向いて、このあとの予定を聞いてくる。

 

「依頼を・・・と思ったがやめておこう。受付に何を言われるかわかったものじゃない」

 

依頼を受けると言いかけた途端に、受付嬢から睨まれてしまった。

さすがに今日は自重するとしよう。

 

「全くもう・・・とにかく皆さんゆっくり休んでくださいね。死んだら元も子もないんですから」

 

その言葉を皮切りに俺達はギルドを出て各々解散した。俺も篝火の所に戻ろうとしたところで

野伏が声をあげた。

 

「あ、そうだ」

 

思い出したようにこちらに振り返って俺の方に歩いてくる。何か忘れ物だろうか?

 

「あの時・・・助けてくれてありがと。・・・ふふっカッコ良かったわよ」

 

恐らくデーモンから庇った時のことだろう。別に気にしなくてもいいものを・・・

それじゃまたね、と言って駆けていく野伏を見送る。

 

心なしか頬が赤く染まっているように見えたが、気のせいだろう。

 

俺も篝火に戻るとしよう。俺は螺旋剣の破片を取り出して、篝火の元へ帰還した。

 

 

 

~~~

 

 

 

篝火の近くに座り込みエストや消耗品を補充する。

 

・・・初の一党として受けた仕事だったが、その結果はいいとは言えない物だ。

 

遺跡調査自体は問題ない。それ自体は順調に行えたと思う。

 

問題はあの「デーモン」だ。それも極めて凶悪な「デーモンの王子」。

 

それが何故あんなところにいたのか、疑問は尽きない。

 

しかも倒しても奴はソウルを落とさなかった。

 

この世界にいる「デーモンの王子」に極めて近い存在。というのが

現状で最も可能性が高く、簡単に行き着く答えだろう。

 

・・・本当に危なかった。一歩間違えれば全滅待ったなしの状況で、全員が無傷とは言えない物の

生き残ったのだ。それだけで十分かもしれない。

 

不死人は眠る必要はなく、食事も取る必要はない。だが…

 

だが、今日くらいはいいだろう。

 

横になって、空を見上げる。雲一つない綺麗な夜空に、星が散りばめられていた。

 

・・・いい空だ。昔はこんなふうに空を見上げることなんてなかった。

精々が、古龍の頂で太陽を見上げたくらいか。

 

暫くして一息ついて俺は眠りについた。こんな俺でも、命を救うことが出来たのだ。

少しはかつての仲間達に誇れるだろうか・・・

 

 

 

夜空の星々は一つの冒険の終わりを祝福するように密かに輝いていた。

 

 

 

~~~

 

 

 

翌朝、いつも通りギルドへ向かうと受付嬢に手招きをされた。

何かあったのだろうか?

 

「おはようございます、放浪さん。早速ですが昇級試験を受けて貰いますが構いませんか?」

 

和かな笑顔から一転、すぐに真剣な表情になり用件を言った受付嬢に唖然とする。少し前に鋼鉄になってもう昇級か…

 

「…私の記憶が間違っていなければ、鋼鉄級になってまだ何日とたってない気がするのだが…」

 

「早朝に戦士さん達の言葉に嘘がないかの確認が取れまして、討伐証明の悪魔の首からも、かなりの上級悪魔の物だとわかりました。ですので、戦士さん達と同じ、銅等級への昇格を行うことになったんです」

 

「等級を3つ飛ばしか…しかし何故?それでも普通なら一つずつ上げていくのだろう?」

 

俺の疑問に受付嬢は顔を寄せて口元を手で隠し小声で伝えてくる。

 

「…本当は一つずつ上げるべきだって監督官も言っていたんですけど、金等級の人でも厳しいだろう悪魔を単独討伐。それだけの功績ならすぐにでも金等級にして都に移らせる。なんて話も上がったそうです。ただ本人の意思に関係なく金等級を与える訳にもいかないってわけで…

なら銀等級はどうかって話もそれだと他の3人も上げなくちゃいけない。でも他の3人は殆ど何もしてないっていうのも事実だったので…」

 

成る程。つまりギルドとしても丁度いい落とし所として銅等級への昇格ということで落ち着かせたらしい。

 

「…まぁそういう事なら、御厚意に甘えさせて貰おうか」

 

「はい。でも決して無理をしてはいけませんよ?今回は無事でも次も無事とは限らないんですから…」

 

笑顔ではあるが声に悲しみを滲ませて心配する受付嬢を一瞥して、

試験を受けに行く。思わぬ近道もあったものだ…

 

〜〜〜

 

試験を終え、銅のプレートを受け取る。これで第四位。

社会的にもかなり信頼されている事になった。これに恥じない働きをしなければな。

 

「あ、おーい!こっちこっち!」

 

聞き覚えのある声が誰かを呼んでいるようで、そちらを振り向く。

そこにはテーブルに座っている一党を組んだ3人だった。森人野伏が立ち上がって手招きしている。あれからしっかり回復したようだ。

 

「聞いたぜ、お前さん。もう俺達と同じ銅等級になったんだってな?大出世じゃねぇか」

 

「あの悪魔を討伐してみせたのですから、当然でしょう。自信を持っていいと思いますぞ」

 

「と言うわけで、お祝いしなくちゃね!せっかくの縁だし、ほら貴方も」

 

そう言って椅子に座らされ、酒の入ったジョッキを渡される。まだ昼にもなっていないのだが…まぁ(不死人)は酔わないので関係はない。

 

「そんじゃこうして出会えた縁と、早くも俺達と同じになった奴に。…乾杯!」

 

「「乾杯(かんぱーい)!」」

 

ジョッキをぶつけ、中を飲み干す。…悪くはない。

 

「そういやお前さんはこれからどうすんだ?俺達は昨日の依頼の報酬をさっき受け取って暫くは「冒険」しなくてもよさそうだからな」

 

ゆっくりさせて貰うけどよ、と言って再びジョッキを傾ける戦士。

 

まぁ確かに今までの依頼とは比較にもならない枚数の金貨を渡されたが…それでも俺のやることは変わらない。

 

「頃合いを見て余った依頼でも受けるとするさ。どうせ街にいてもやることなどないしな」

 

「ストイックだなぁおい・・・まぁ止めはしねぇけどよ。無理して死んだりだけはすんなよ?まぁ昨日の悪魔んときの手際を見る限りじゃ、そこいらの奴等相手に死ぬこたぁねぇとは思うがな」

 

野伏と僧侶もうんうん、とでも言うように頷いている。

 

俺にとっては下手をしたらゴブリン共のような数で攻めてくる連中の方がよっぽど恐ろしいと思う。

・・・まぁそれは今は置いておいて。

 

自分の分の酒を飲み干した俺は席を立つ。

 

「あら?もう行くの?」

 

「ああ。等級も変わったことでどの程度の依頼が受けられるのかも見ておきたいからな」

 

「そう・・・それじゃまたね!野伏が必要になったらいつでも声をかけてちょうだい?」

 

そういって以前と変わらぬ笑顔でウインクをする森人野伏に見送られ、俺は受付に向かった。

後ろから、「ようやく春が来たかぁ?」「いやはや目出度い・・・」「だから!そんなんじゃ・・・」と何やら言い合っているようだ。まったく昼間から酒を飲んで元気なものだと思う。

 

俺は受付嬢に向かって、声をかける。

 

「何か依頼はあるか?」

 

「あ、放浪さん。丁度いいところに。等級も上がったことですので受けられる依頼が増えた貴方に、

ギルドの方から任せたい依頼があるそうですよ」

 

どうやら先日の功績もあってか、実力だけは認められたらしい。

受付嬢が依頼書を見せてくる。のだが・・・

 

俺の見間違いでなければ、また悪魔(デーモン)の討伐依頼の気がするのだが・・・

まぁ今のところ討伐依頼を直接受けたわけではなく、偶然遭遇したデーモンをシバき倒していただけなのだが。

 

「・・・今度は直の悪魔の討伐依頼か?」

 

「受けてもらえますよね?」

 

笑顔で伝えてくる受付嬢。和やかな表情から、何か妙な圧を感じる・・・。

 

「いや、さすがに昨日の今日でデーモン討伐は下級でも勘弁して欲しい。何か別の物を・・・」

 

「受けてもらえますよね?」

 

「いや、だから別の」

 

受 け て も ら え ま す よ ね?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

笑顔に影が落ち始めて圧が増した。一先ず黙って依頼書を受け取る。

 

・・・北の方にある都市の周辺で下級の悪魔が出没しているらしい。あちらでは確か迷宮があったはずだ。

 

恐らく等級の高い冒険者は皆そちらに行って、周辺の討伐に人が回っていないのだろう。

それでたらい回しにされた依頼書が巡り巡って俺の元に来たわけだ。・・・まぁ仕事を選ばず受けまくっていたせいで何でもやるという噂が広がってしまったせいかもしれない。

自分が周りにもたらす影響を甘く見ていたかもしれない。

 

「・・・ありがとうございます。正直に言うと、私も昨日の今日でまた悪魔退治に行かせるのは気が引けますが…下級でも悪魔はすごく危険な上に、少しばかり遠いところにある依頼なものですから、受けてくれるであろう冒険者さんが貴方くらいしかいないんですよ」

悪魔退治じゃなくても、実入りのいい依頼はありますから。と彼女は苦笑いをする。

 

…どうやら先の彼女の圧は上からの指示だったようだ。

恨みがましく思ってしまった自分を殴りたい。

 

だが、それにしては妙に楽しそうだったような…いや気のせいだろう。

 

「まぁ事情は分かった、すぐにでも出発しよう。報酬は向こうで受け取ればいいのか?」

 

「はい。向こうのギルドでも受け取れますし、こちらに戻ってきて受け取りでも構いませんよ。向こうで手続きするなら現地で人を募るのもいいかもしれませんね」

 

下級とはいえ悪魔の退治に名乗りを上げる人がどれだけいるか…蛮勇な者か、媚びへつらいそうな奴しか来なさそうな気がする。

不屈の男みたいな。

 

まぁいい。考えるのは後だ。現地についてからでも考えることはできる。

 

しかし知識としては知っているが、直接行くのはこれが始めてだ。

 

 

 

「城塞都市…か…」

 

 

 

 

 




『デーモンの薪』

廃遺跡の奥深くに眠っていたデーモンの薪。
かつて王子の片割れに討たれ、人を呪い、
消えかけた炎を灯しながらも、灰と戦い敗れたそれは、
別な神々によって四方世界へと流れ着き、
仇敵の気配により目覚めた。

失った誇りを、自らの魂を、再びその手に取り戻す為に。





繋ぎ回。のはずなのに妙に長ぇ。

感想・評価・ご指摘ありがとうございます。
お気に入りが900超えてました。評価もしてくださって…

こんな稚拙な作品を読んでくださる皆さんに感謝を \太陽賛美/



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第10話 城塞都市

ああ、ですが、私はもう目が見えません。

偉大な奇跡の物語は、少し長いかもしれませんが…

楽しみですね




彼女の語る物語は、あの呪われた旅路の中で

俺の、慰めの一つだった。


街で馬車を雇い目的の場所へ向かう。

 

その間に俺は、今回行く場所の情報を改めて確認していた。

 

『城塞都市』

 

些細を詳しく挙げると長くなるが、簡単に言うといつからか現れたという北の最果てにある、

死の迷宮(ダンジョン・オブ・ザ・デッド)≫と言われる迷宮に挑む冒険者の為の街だとか。

 

存在自体は知っていたし、時々近場まで来たことはあったが、実際に中に入るのは今回が初めてだ。

受付嬢曰く、迷宮に挑む人ばかりで周辺の依頼をこなす冒険者が減って来てしまい、依頼がたらい回しにされ俺の元に回されたというわけだ。

確かに俺は依頼を選ばないが、わざわざ辺境にいる人に回さんでもいいだろうに…

 

そうこうしてるうちに目的地にたどり着いた。

 

御者に礼を言って馬車を降り、街を見渡す。

難儀な迷宮を相手にする街だからか、さすがに辺境の街ほどの人の賑わいは無かったが、それなりに人々の往来が見える街だ。

 

辺境の街が新米からベテランまでいる冒険者の街ならば、

こちらは、腕の立つ冒険者向けの街、といった印象だ。

 

迷宮に挑むわけではないにしろ、現地の人間が…せめて誰か一人欲しい。

ここの周辺は数回来た程度なので、まだ地理や知識。特に討伐対象の情報などが少ない。辺境と違って手強い敵もいる可能性が高い。こういった事は警戒するにこしたことはないだろう。前回の遺跡探索の例を考えると依頼にイレギュラーがいる可能性も否めない。以前の俺なら一人でどうにかしようとしただろうが、この世界の人達はそこまで弱くはない。自分の先入観を恥じるばかりである。

 

一先ず、冒険者が集まりそうな場所を探すとしよう。

まずは、酒場だ。そこならば冒険者が山ほどいるだろうし、同行者も探しやすい。確か名前は…

 

「『黄金の騎士』亭。だったか…」

 

なんとも大層な名前に苦笑いを浮かべ、俺は目的の場所へ向かった。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

道すがら街の人に場所を聞いて、『黄金の騎士』亭に到着した。

 

案の定というか予想通りに、中は冒険者で溢れていた。

 

辺境の街のギルドとは違い、どの冒険者達も相応に腕の良さそうな者達ばかりだ。まぁあくまで俺の私見なので実際に腕がいいかどうかは分からんのだが、それなりに実力が伴わなければここで談笑などしていられないだろう。

 

一先ず手頃な席についてエールを注文する。

俺にとっては金のかかる水のような物だが酒場で何も飲まないのも怪しまれるだろう。

俺はエールを受け取ると、兜の下から建物内を観察する。

 

人を募っていいと受付嬢は言っていたが、正直そこまで多くの人は必要ない。一人いればある程度の知識は持っているだろうし、依頼の討伐対象は一人でも十分倒せる相手だ。油断しなければ余力を持って倒せるだろう。

 

だが受付嬢曰く、俺はもっと人と関わった方がいいらしい。

 

…これでも以前は、関わりまくっていたのだが。

 

盗人の友人。気のいい鍛冶屋。自らを異端とする魔女…

 

他にも多くの人がいたが、色んな人と関わったものだ。だがそのことを言ったら、「他の冒険者さん」と訂正されてもっと関われとのこと。

 

俺としては関わる必要がないから関わらなかっただけなのだが…

まぁこれから先の事を見越してと考えればいいだろう。

 

多くの冒険者を見渡していると、俺の目の前に誰かが座る。

 

それは、眩いばかりの鎧を来た騎士の男だった。

若いながらも彫りのある顔立ち。

鋭い双眸にがっしりとした体格。

 

およそ俺が見てきた中で、まるで「騎士」という職業の理想系とでもいうべき男だった。

男は俺の方に向き直ると声を掛けてきた。

 

「いきなりすまないな。他とは随分と纏っていた雰囲気が違った物だから声をかけてしまった。卿はここは初めてか?そのような姿の冒険者は初めて見たのでな」

 

フッと笑いながら、いつのまに頼んだのか、エールを片手に口にしながら男は言う。…何故だろう。悪い人間ではないのだろうが、なんというか、この男といると将来的に面倒事に巻き込まれる未来が見えた気がした。

 

「私はここには依頼を受けて来た。噂の迷宮に挑みに来たわけではないが、ここで一息入れたのちに出ようと思ってな」

 

周りを見ながら答える。彼は見たところ今戻って来たのだろうか?

 

「そうか。私はつい先程迷宮から探索を終えて戻ってきたばかりでね。卿はどこから来たのだ?城塞都市の冒険者というわけではなさそうだが…」

 

「西の辺境にある街からだ。ここの冒険者が迷宮にばかり赴くものだから、消化されない依頼が巡り巡って私の所にきて目的地に近い場所にあるここに来た。というわけだ」

 

「成る程。その出で立ちを見るに迷宮に挑む者かと思ったが私の早とちりだったようだ。しかしこの周辺の依頼ということは悪魔の類か?」

 

「そうだ。下級とはいえデーモンはデーモン。低めの等級に回すわけにもいかず、依頼を選ばぬ私に回された、ということさ」

 

両手を広げ、わざとらしくやれやれといったジェスチャーをとる。

 

「…そうか。すまないな。我々が迷宮にばかりに…」

 

男が申し訳なさそうに顔を伏せるが、俺はそれを否定した。

 

「いや、構わんさ。出来る者が出来る事をするのは間違った事じゃないさ。

私は富や名声、それに迷宮とやらにも興味はないからな」

 

「…フッそうか。そう言って貰えると助かる。冒険者が皆、卿のような人物ならばいいのだがな…」

 

そう言って酒場を見渡すように見る男。まぁ確かに冒険者は荒くれ者や態度が悪い奴も多い。そういった奴等が実力をもっているのもわかるのだが…

 

その時、ガタッと椅子が揺れる音が聞こえてそちらに目を向ける。

ガタイのいい、如何にも荒くれ者とでも言うべき風体の男が立ち上がって何かを言っているようだ。

 

「おい。これがこんなゴミクズみたいな物のわけねぇだろ!?ちゃんと鑑定したのかよ?」

 

男が目の前の…冒険者だろうか?

 

薄い金色の髪をした女性だった。

長い髪を後ろで縛って、司祭らしき服装をしている。

近くに置いてある杖を見るに至高神の司祭だろう。特徴的な天秤の飾りが付いている。

そして、何よりも目を閉じているその顔がとても印象的だった。何故閉じてるのか分からなかったがその疑問はすぐに解けた。

次の瞬間に目を開いた彼女の目は、()()()()()()目だった。

 

恐らく応対している人間の方を向いている事から見えてはいるのだろうが、あれでは殆ど見えないはずだ。見えていてもかなり視力は落ちているだろう。

 

冒険者の司祭といった感じだが先の言葉を聞くに、彼女は鑑定士でもあるのだろうか?

 

「すまない。彼女は一体どういった人物なんだ?」

 

「ん?ああ、あの人ね。彼女、至高神の司教(ビショップ)なんだけど、なんでも最初の冒険で失敗してしまったらしくて」

 

「失敗?」

 

「そ。詳しくは分からないけど。それでこの城塞都市に来たはいいものの、失敗の件が噂になっちゃって、今は…」

 

「一党に見捨てられて、一人。というわけか…」

 

近くを通りがかった女給に声を掛け、彼女について尋ねた。

 

成る程な。『失敗』の内容にもよるかもしれないがやらかした人間を連れて行くのは自分達の命にも関わることだ。

噂では冒険者は験を担ぐとも言われているようだし、その事も考えれば、尚更か。司教一人で冒険に出るわけにもいかず、かといって自分の食事代も稼がねばならない。

 

だが、失敗したとはいえ無事に生き残っているのに何故仲間は彼女を置いていったのだろう。

仮にも仲間なら一度の失敗をしたくらいならば庇って一緒にいてやるのが仲間という物ではないのだろうか?

…なんとも薄情な『仲間』もいたものだ。そいつらはさぞ自分達の名誉が大事なのだろう。

 

そんなものは生きていく上でなんの役にも立たんというのに。

 

「またああいった手合いか…喧しいからやめろと言っているに…」

 

騎士の男が呆れたように言うが、俺の目は彼女に釘づけだった。

 

彼女は、まるで……

 

…いや、やめよう。

自分の知り合いに他の人物を重ねるのは失礼にあたる。

ましてや赤の他人なら尚更だ。

 

「…少し、話をしてくる」

 

「卿、どうしたのだ?まさか…」

 

俺はエールを飲み干すと、後ろから聞こえる騎士の男の声を無視して彼女の元へ向かった。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「錆びた剣に、磨り減った盾だぁ…?ちょろまかしてんじゃねぇのか…?」

 

「いえ、私は…そんなことは決して…」

 

男が睨みながら低い声音で脅すように見下ろす。

私は出た結果そのままを伝えているだけなのに…

 

始めての冒険で『失敗』をしてしまった私は、目を焼かれ心身共に傷を負い、

一党の仲間にも置いていかれてしまった。それでも自分に出来ることをして冒険者の助けになれればと

この城塞都市に来たものの、失敗の件があるためか誰もこんな私を誘う人はいなかった。

 

ならばせめて鑑定をして、少しでも役にたとうとしても、このように脅されたり、

件の失敗の話で笑われる始末。

 

「しっかり鑑定してくれって言ってんだ。そのくらいしかできねんだろ?あんた」

 

「…………」

 

もう一度鑑定をしてみるものの、やはり結果は同じだ。そのことをもう一度告げるが…

 

「はー、つっかえねぇ…そんなんだから失敗すんだろ?確か…」

 

ゴブリン退治だったか。男の発言で全身が強張った。

心身共にぐちゃぐちゃにされた記憶が脳裏に蘇り体が震える。

 

「そんな目をしてるんだったらよ…もっと()()()()したらどうなんだ?」

 

「――――…!!」

 

顎に手を当てられ、耳元にそんな言葉を囁かれる。やっぱり、私は…

目尻に涙が浮かび、顔を伏せて目を閉じる。その時だった。

 

「すまない。少しいいか?」

 

「あ?」

 

もう一つ声が掛けられた。男が反応したことから、別の冒険者の声だ。

 

私が向いた先にいたのは黒い外套を纏った騎士のような…冒険者がいた。

 

 

 

これが「彼」との出会いだった。

 

 

 

~~~

 

 

 

「なんだお前?こんな奴の肩持とうってのか?」

 

いかつい男の声を無視して彼女の方を見据える。目を閉じてはいるがその顔はしっかりと此方を見ていた。

 

「あ…あの…此方の方の鑑定をしているので…今は…その…」

 

弱々しく言った彼女が薄らと目を開ける。その時に俺は確かに見た。いや()()()()()()()

 

彼女の首や顎、そして目尻の辺りに肌の色で誤魔化されてはいるが、傷がついていた。

 

痛々しい傷が至るところについている。恐らくこれが彼女がやらかした『失敗』の傷跡だ。

…かなりの物だ。余程の事があったのだろう。

普通なら始めての冒険でこんな傷を負ったら、心が折れたり、

現実を知ったりでやめることのほうが多いはずだ。…大した物だと思う。

 

「ああ、いや。鑑定の話ではない。実は―」

 

「待てや、おい。すっこんでろよ寺院に叩きこんでやろうか!?」

 

「………」

 

「なんか言えよテメェ…!」

 

男がガンを飛ばしながら睨んでくるが無視する。こういった奴は相手をするだけ無駄だ。

 

「…調子に乗るなよ。舐めた態度とってっとコイツ諸共痛い目を見るぞ」

 

「…あまり、こういう手は好まんのだが」

 

俺は帯刀していた刀を手にかけ、男のほうへ振り向く。瞬間、男が咄嗟に距離を取り、身構えた。

 

「てめぇ…やろうってのか!?」

 

男が腰の剣に手をかけるが無意味だ。奴が剣を抜く前に俺が抜刀するほうが早い。

ならば…

 

「喧しいぞ」

 

声のした方を向くと、そこには先程まで同席していた眩い鎧の騎士の男がいた。

 

「うっ…金剛石の騎士…!なんだ、俺はいきなりきやがったコイツに道理を分からせてやろうと…!」

 

騎士の男は机に置いてある剣を持つと、それを床に放り捨てた。

 

「素人目に見ても分かるものだ。これは特別な物でも何でもない。鑑定をする必要もないだろう」

 

「いや、だからそれを…」

 

「必要はなかろう?。もうこの娘に用は無いはずだ。ならば、静かに酒を呑むのか。引き上げるかだ」

 

「…チッ」

 

騎士の男の言葉を聞いて、いかつい男は舌打ちをして立ち去った。…やれやれ、荒立てずに済んだか…

 

「卿。志は良いがいきなり力で解決しようとするのは感心しないな。周りにも被害が出るところだったぞ?」

 

「…すまない。生憎剣を振ることでしか生きてこなかったのでな。助かった」

 

「…ここでは、ああいった輩は多い。彼奴も以前までは一党を組んでいた。それが今は一人。

卿ならどういうことかわかるだろう?」

 

「…死んだのか」

 

「ああ…迷宮の死に食われたのさ。卿は挑まぬのだろうが、気をつけることだ」

 

そう言って肩に手を置いて、騎士の男は立ち去ろうとする。

その時、不意に彼が俺の腰の辺りを一瞥した。

 

「いい曲刀(サーベル)だな。卿」

 

俺の武器を見て言ったのだろう。彼にとってはサーベルかもしれないが俺に取っては違う。あんな、ひたすらブンブンする武器ではない。こいつは―

 

「違う」

 

俺の言葉に騎士の男が振り返る。俺は彼の目を見て、こう返した。

 

「サーベルではない。…『刀』だ」

 

俺の言葉に彼はフッと笑い、再び背を向ける。

 

「そうか。…いいカタナだな」

 

そう言って今度こそ彼は立ち去る。彼の背を見送り司祭の女性の方へ振り返る。

未だに椅子に座って呆けた表情をした彼女に声をかけた。

 

「騒がしくしてすまなかったな。君に話がある」

 

「…?」

 

まったく、人付き合いとは大変だ。

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「え、えっと…あの、本当にわたくしでよろしいんでしょうか…?」

 

「君はアイテムの鑑定が出来て、経験者でもある。私としては是非頼みたいのだが」

 

回りくどくいうのは苦手なので、俺はストレートに誘った。

…のだが肝心の彼女はどうも決めあぐねているようだ。

 

「でも、わたくし初めての冒険で失敗をしてしまって…それで…」

 

「それが?」

 

え、と驚いた表情になった彼女が顔を上げる。

彼女を懸念を俺はバッサリと切り捨てた。失敗がなんだと言うのだか。

生きて戻ってこれさえすれば、勝ちだ。失敗は負けではないのだから。

 

「失敗などするものだろう。斯く言う私も初めての依頼…冒険か。では多くの失敗をやらかしたぞ」

 

「そうなの…ですか?とても…そうには見えないのですが…」

 

彼女が疑いの色を残した声音で恐る恐る聞いてくる。あの時の俺は間抜けもいいところだ。

本当に運が良かったと今でも思う。俺は自分がやらかした例を挙げていった。

 

「暗殺を主体にしたはずなのに、正面戦闘。閉所で長い武器を振って隙を晒す。

その後焦って相手に騒がれるような方法で殺害をして、敵に気づかれる。

他にも挙げだしたらキリがない。ほら、失敗など誰でもするものだろう?」

 

俺の言葉に目を見開いてパチクリさせながら、彼女は呆然としている。

…何かおかしな事を言っただろうか。

 

「あ…すみません。ふふっ…少し楽になりました」

 

「…そうか。君は何故冒険者になったんだ?噂話を聞いた限りでは失敗をして仲間に置いていかれたらしいが、何故ここに?」

 

俺の言葉に彼女は目を閉じながらもまっすぐ俺の顔を見て答えた。

 

「世界を、平和にしたくて」

 

その言葉に否定的な返しをしようとして黙る。俺にキッカケや夢を否定する権利はない。いや誰でもそんな権利はないが、俺には尚の事否定することは出来なかった。一体どうすれば否定できようか。

他者を殺し、奪い、己がために戦った俺に。

 

迷宮(ダンジョン)のお話を聞いて、わたくしが迷宮に行けなくても、迷宮に挑む方々のお手伝いをすることができれば、それが…」

 

「…世界の平和に繋がる、と?」

 

俺の言葉に彼女は小さく頷いた。…平和か。思えばあの呪われた旅も見方によっては、平和のために戦っていたのだろうか。幾度なく繰り返した終わりに終ぞ答えを得ることは出来なかったが。

 

平和のために戦うなど、口で言うのは簡単だが、それを抱いて戦い続けるのはとても辛い道だろう。

終わりのない戦いに身を投じるような物だ。いつかは身も心も磨り減って最後には心が折れる。

一向に訪れない平和に、世界に、絶望して。

 

だが彼女の言葉にそれを何としてでも成し遂げる。そんな覚悟が見えた。

自分が無力だと分かっていながら、出来る事をして、尚足掻き続ける。ならば…それ以上は不要だろう。

 

「なら、尚更頼みたい」

 

俺は手を差し出した。

 

「改めて俺の依頼に付き合って欲しい。一時的な一党ではあるが何かの縁だ。…頼めないだろうか?」

 

手を出して、ゆっくりと言葉を紡いでいく。俺は頼む側だ。

最終的に決めるのは彼女だし、こうした場所で冒険にいかず裏で支えるやり方を良しとするならば俺に止める権利はない。

 

「あ…あの、気をつかってくださらなくても、わたくし笑われたり怒鳴られたりするのには慣れてますし…それに経験と言っても失敗した私では、お力には…」

 

「違う」

 

自傷するように笑いながら顔を伏せる彼女を否定する。謙遜も過ぎれば自虐と同じだ。だからこそ、そこだけはハッキリ言わせてもらおう。

 

「言っただろう?失敗は誰でもするものだ。私はそんなこと気にはしないし、失敗をして生き延びたならそれを糧に成長すればいい。仮に私と来てくれるなら君に危害が加わらぬよう私が全力で守り抜こう。一度の依頼の間だけではあるが、私には君が必要なんだ」

 

俺の言葉に彼女は、胸に手を当てて、

 

「………わかりました」

 

「わたくしでよければ、よろしく、お願いします」

 

しっかりと、決意をした表情で彼女は応えてくれた。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

お互いに頭を下げる。

…自分から一党に誘うのがこんなに大変だとは思わなかった。

俺に声をかけて誘ってくれた戦士の男もこんな心境だったのだろうか?

一時的ではあるが、俺の一党が初めて出来た瞬間だった。

 

 

〜〜〜

 

 

こうして彼女の了承を得て一党を組んだ俺達だが、一つ個人的に気になる事があった。

 

「そうだ、先程鑑定をしていると言ったが…」

 

「はい。わたくしはアイテムの鑑定が出来ますが…それが、何か…?」

 

「予め謝ってはおく。疑うわけではないがどんな物なのか知りたくてな。…このアイテムの価値や用途は分かるか?」

 

そう言って俺は『炭松脂』を机に置く。彼女はそれをじっと見つめると、尋ねてくる。

 

「手に取って見てもよろしいですか?」

 

「構わない。好きなだけ見てくれ」

 

炭松脂を手に取りじっと見つめる。難しそうな顔をしたり、驚いたような顔をしたりと表情がコロコロ変わる様は見ていてとても可愛らしい。

 

暫く眺めていると彼女は炭松脂を机に置いて、結果を伝える。

 

「出ました。…これは武器に付与(エンチャント)を施す消耗品です。火の魔力が籠っていることから、武器に火の力を付与するもの。というのがわたくしが見た、結果です。…高価な魔法道具(マジックアイテム)の類ですね」

 

…成る程。正確に用途を答えたあたり鑑定士としての腕は本物だろう。…俺にとっては高価でも何でもないが。

俺は少し興味が出てしまった。炭松脂をしまうと、次の物を取り出す。

 

「成る程、助かる。ではこちらも頼めるか?」

 

そうして俺は、毒紫の花苔玉を置いた。

 

再び彼女が手に取って、見定める。

こちらはそこまで時間はかからなかった。

 

「微弱な毒素が含まれている物ですが…同時に非常に強力な解毒効果がある物ですね。これならば解毒剤が間に合わない人でも救うことが出来る物ですね…あの、これらはどこで…?」

 

道具の出所を聞かれる。さすがに気にはなるか。既存の品よりも効果が高かったり、未知の物を見れば当然か。

 

「昔、旅をしていた場所でな。どうにも捨てきれず持ってしまっていたのさ」

 

そう言って俺はまた、複数の小道具を取り出して彼女に鑑定をしてもらう。これで少なくても彼女が、優れた鑑定技術を持ってることは証明出来るはずだ。誰にするのかは自分でも分からんが。

 

俺がただ知っておきたかっただけかもしれない。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「こんなものか。すまない、助かった」

 

「いえ、わたくしも見慣れぬ多くの物を見れましたから…」

 

彼女に鑑定代を渡しながら、礼を言う。そろそろネタばらしをするか。

 

「実はな、さっき見せた物の効果だが全部知っていたんだ」

 

「…えっ?」

 

キョトンとした表情で固まった彼女を見て、そのまま続ける。

 

「いや、先の男が言っていたのもあって実際に、鑑定内容が本当の事を言っているのか試してしまったんだ。だから最初に謝っただろう?すまない、と」

 

「あの…でしたら、お代の方は…」

 

彼女は金貨の袋を返そうとするが、俺は手で制止した。

 

「それはそのまま受け取ってくれ。仮にも疑っていた事に変わりはないし、それに鑑定をしてもらったことにも変わりはない。受け取って貰えないと示しがつかないからな」

 

そう言うと彼女は考えるそぶりをし、金貨をしまって、少し頰を緩め微笑んだ。

 

「…分かりました。意地悪なお方ですね。あなたは」

 

「そうでもないさ。私以上に意地の悪い輩は沢山いるとも」

 

具体的には後ろから崖に蹴落そうとしたり、檻のドアに鍵かけて閉じ込めてきたりする奴のことだ。

 

「…さて、そろそろ行くとしよう。依頼の内容は追って話そう。報酬は山分けだ」

 

「あっ、えっと、待っ…」

 

「慌てなくていい。…置いて行ったりはしないさ」

 

あたふたと慌てる彼女を出口で待ち、共に酒場から出る。

 

 

 

 

 

さて、二人ばかりの一党だが、此度はどんな旅路になるだろうか。

 

この残酷な世界で、俺は知らぬ内に新たな世界を旅することに一抹の幸せを感じてもいたのだ。

 

…もう前回のような例は、さすがに勘弁して欲しいが。

 

 

 

 

 

 




冒険まで行けなかった。orz(土下座)
不死の失敗談は彼らにとっては笑い話。
尚四方世界では笑えない模様。

ようやくの原作登場キャラ。しかし主要人物ではないという。
口調とかおかしい所もあるかも。
そこは二次創作ってことで多目に見てくだせぇ。

時系列?細かい事は(ry
でも、どうしても絡ませたかったんじゃ。



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第11話 飢えし者

何処だ…何処だ…

これでは我々は満たされぬ…

何処だ…何処にある…


ソ ウ ル は ど こ だ






『黄金の騎士』亭を出て、その足で俺達はそのまま街の外に出た。

 

依頼書を取り出し、内容を仲間である…女司祭に伝える。

今回は調査依頼では無く、討伐依頼なのである程度の脅威は分かっている。

何でも街の周辺で冒険者他、そうでない人の死体が発見されたらしい。惨たらしい肉塊に成り果てていればゴブリンという可能性もあったかもしれないが特徴が大分異なっているとのこと。

 

食われていた形跡がなく、まるで槍か何かで突かれたような跡や、

肩から胴にかけてバッサリと切り捨てられたような裂けた傷口。

賊に落ちた悪党の類とも言われたようだが、持ち物が奪われた形跡が無かった為それも薄いとのこと。

 

ゴブリンではなく、賊でもない。ならば残るはこの辺りに現れた悪魔の可能性が高いだろうとギルドは踏んだようだ。

 

城塞都市の冒険者は殆どが迷宮に行ってしまうので必然的に依頼が溜まっていき捌けられなくなっていく。ギルド側経由の依頼とはいえ、周辺で被害が出ている。これ以上放置するのは不味いと思ったのだろう。それで態々上を通して俺まで依頼が回ってきたというわけだ。

いくら上級のデーモンを倒した事が証明されているとはいえ、ただ一度の実績で指名の依頼はどうなんだと思ったが、受付嬢曰く。

 

「信頼されてる証です、もっと胸を張っていいと思いますよ」

 

などと言われては受けざるを得ない。…上手く誤魔化された気もしないでもないが。

 

今俺達は目的地である森の中を歩いている。都市から少し離れた森の中に件の死体があった事から、そこが根城だと判断されたようだ。

恐らく森のどこかに洞窟の類があるはずだ。奴等が潜むとしたら必ずそういった場所を選ぶだろう。あてもなく常に彷徨うなんてことはないはずだ。

それに白昼堂々と表でウロウロするデーモンなどいるまい。俺が対峙したデーモンは少なくとも皆、遺跡や洞窟の中にいた。

…蝙蝠羽の奴は堂々と空を飛んでいたが、あれはあの時代には無害だったのでノーカウントだろう。

 

「もう目的地に近いが…大丈夫か?」

 

「あっ…はい。大丈夫、です」

 

後ろを歩く女司祭に声をかける。酒場を出た足でそのまま徒歩で来てしまったが少々無理があったか?。息が上がりかけている。歩調は落としていたはずだったが知らぬ間に元のペースに戻っていたらしい。

 

「無理はするな。少し休息を取ろう。ここで疲れて現地で動きが鈍っては話にならんしな」

 

そういって、手頃な木を背に座るよう促す。

彼女もおずおずとすぐ隣に腰を下ろした。

 

「すみません…気を使っていただいて…」

 

「ん?ああ、気にすることじゃない。私がそういった所まで気が利かなかったのもいけないからな」

 

携帯食の干し肉をソウルから取り出して食べる。本来必要はないが、こういったときにある程度活力を保っておかないと現地で動きが鈍るやもしれん。

水筒に入った水を飲み、彼女にも飲むように伝える。

 

「えっと、あの…」

 

「む?どうした?」

 

だが何やら水筒と俺の顔を交互に見ては、飲むのを躊躇っているようだ。一体どうしたのだろうか?

 

「飲んでおいた方がいい。これからまた少し歩くことになる」

 

「そう、ですね…では…」

 

意を決したように水筒を口にする。別に毒が入ってるかどうか分からない物を飲む訳でもないだろうに…心なしか、顔が赤くなっているような気がする。水筒に入っているのは只の水の筈だが…?

だがその前に大事な事を確認する必要がある。彼女がどんな奇跡を使えるかだ。それ次第で立ち回りを変える必要が出るだろう。

 

「そういえば君が使える奇跡を聞いていなかったな。何が使えるんだ?」

 

「え…と、わたくしが授かっているのは聖壁(プロテクション)沈黙(サイレンス)聖撃(ホーリースマイト)治癒(リフレッシュ)聖光(ホーリーライト)、の5つです」

 

俺あまり奇跡に詳しくはないが随分と多いな。確か普通の神官の冒険者は1つか2つ、多くて3つ程度と聞いたが…

 

彼女はとても才能に恵まれた司祭のようだ。何故一党を組んでいた奴等は置いていったのか。とんでもない逸材ではないか。

 

そしてそれぞれの効果を簡単に纏めると次のようになる。

 

聖壁(プロテクション)…敵だけが通れない壁を作り出す

沈黙(サイレンス)…対象の声を発させなくする

聖撃(ホーリースマイト)…強力な雷撃で攻撃する

治癒(リフレッシュ)…傷を癒す。大きな傷も治癒可能との事。

聖光(ホーリーライト)…眩い光で辺りを照らす

 

どれも単純に使う以外にも用途がありそうなものばかりだ。

場合によっては戦術的な使い方をしてもらうかもしれない。

使い方に至高神とやらがどう思うかは定かではない。

生き残るのに神々の都合など知ったことか。

 

しかしこのあとはどうするか。野営をするにはまだ早いし、このまま目的地のあたりまで行き、依頼を達成してから戻るとなると恐らく日が暮れるだろう。予想外の事態を考慮するならば夜になってもおかしくはない。

 

俺一人の時なら、迷わず突撃して討伐対象を制圧して速攻で篝火に帰還するという手が使えるがいつまでもこの手段に甘えるわけにもいかない。この世界で生きる以上、他者との関わりは避けられまい。

 

ならば必然的に周りの事も考えねばならない。それと同時に不死人(俺達)が自分勝手な連中だった事も痛感する。霊体として他の不死達の世界に赴いた時は、基本的に傷の回復や状態異常の類は全て各自自分でどうにかしていた。中には多種多様な奇跡を用いて霊体と共にありながら戦う不死もいたが俺には真似できそうにない。

 

「少し早いがここで野営するか、このまま進むかだが…どうする?」

 

確認の意も込めて女司祭に相談をする。

報連相は大事。今回は相談だ。

 

「そう、ですね。わたくしなら大丈夫です」

 

「…いいのか?恐らく日が暮れる。予想外の事態も起こることも想定すれば夜になる。帰りには暗い森を抜ける事になるが」

 

危惧している事を正直に伝える。暗い夜中の森の中ではさすがに完全に奇襲を防げる自信はない。だが彼女は俺の顔を真っ直ぐに見つめてハッキリと言った。

 

「このくらいで根を上げていては、いけませんから」

 

目を開け、決意の篭った表情で言う彼女を見て俺は悟った。

これは今更俺がどうこう言った所で変わるまい。これが白磁の新人、それも討伐対象を侮るような愚か者であれば是が非でも止めたが、彼女は既に「失敗」を経験済みだ。ならば油断や慢心をして命を落とす可能性は少ないだろう。

…過去の俺は何度も同じ失敗をやらかしていた愚か者だったが、今は語るまい。

 

「わかった。だが無理はしないでくれ。疲れたなら疲れたと言ってくれていい。()達は一党(パーティ)だからな」

 

俺に背中を預けてくれた男戦士のように、俺も彼女に背中を預けよう。

少し口調を砕いて話し立ち上がる。方針は決まった。

ならば、後は行動あるのみだ。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

少しばかりの休息を取った俺達は再び森の中を歩く。

程よく木々が生い茂り生命の輝きを感じられる森だ。休日に森林浴などで訪れたのならさぞ心地良いひと時を過ごせるのだろうが、残念ながら今は、悪魔討伐依頼の真っ最中だ。警戒を怠って奇襲を受けて死にましたでは笑えない。

 

…と、そんな事を考えている時だった。

 

「…臭うな」

 

草木の香りに紛れて、微かに漂ってきたのは血の匂いだ。

後ろに女司祭が付いてきているのを確認して告げる。

 

事前に臭い消しの香を二人して使ってあるので鼻に付くのは自分達以外の臭いだけだ。僅かな臭いを辿り、茂みを掻き分けて臭いの強くなる方へと進む。一際臭いが強い場所にそれはあった。

 

「これか…」

 

「っ…」

 

背後で女司祭が息を呑むのが聞こえる。

一際血と臓物の臭いが強くなった場所にあったものは…

もはや原型が何だったのか分からない「肉塊」だった。

 

まるで何度も叩かれたか、何かにズタズタに引き裂かれたような跡があることから、これが件の死体だろう。衣服の類や認識票がないことから冒険者の死体ではないようだが…腐敗具合を見てもつい最近やられたものだろう。まだ肉が瑞々しい。

 

「…あまり見ない方がいい。

見ていて気持ちの良いものではないだろう」

 

「…っはい。でも何故こんなになるまで…」

 

「巨大な鉈か何かで斬られたか。それとも何度も殴打をされたか…

いずれにせよ…ん?」

 

ふと見上げると微かに血の跡が点々と続いている。

注意して見なければ気付かないくらいの量だが確かにそれは続いていた。

 

恐らくこの先に今回の討伐対象がいるだろう。

これ以上被害が広がる前に討伐対象を倒さねばならない。

 

「血の跡だ…警戒は怠るな。もう何時奇襲されてもおかしくはない」

 

コクリと頷いた女司祭を後ろに二人で警戒をしつつ血の跡を辿っていく。

辿った先にあったのはそこそこ大きい洞窟の入り口だった。

そこに血の跡が続いていることからも、あの死体を作り出した奴がこの中にいるはずだ。さっそく中へ侵入を試み…その時だった。

 

茂みの奥…ちょうど洞窟の入り口の反対側、今俺たちが入り口の左側にいることから右奥の方からなにやら音が聞こえてくる。

何かが近づいてきている。そしてその音は近づくにつれ、血腥い臭いを強くしながら大きくなっていく。俺は女司祭に咄嗟に茂みに隠れるようジェスチャーをして、二人して近くの茂みに匍匐して隠れた。

 

みるみるうちに音は大きくなり、血の臭いは強くなる。

そこへ現れたのは…

 

「あれは…」

 

「山羊…でしょうか…?」

 

息を潜め、小声で様子を伺いながら「それ」を見る。

 

両手に鉈を持ち、それを引きずりながら歩いているそれは、

デーモン遺跡で死体の山となっていた「山羊頭のデーモン」だった。

だがあれは俺が見た遺跡で死体となっていた山羊頭のデーモンとは大分違っていた。

 

遺跡にあった死体でも、もう少しガッシリした体格をしていたはずだが、今目の前にいる奴はかなり痩せ細っている。まるで巣を追い出された渡りのゴブリンのようだ。

半開きになった口からは唾液のが垂れ、舌が半ばダラリと垂れ下がっている。更に瞳がまるでドス黒い血のような赤色をしていた。

 

「間違いなくあれが今回の討伐対象(ターゲット)だろうな。あの大鉈に媚びりついた血、全身から漂う血と臓物の臭い。…やれやれ。どうにも楽には行かなさそうだ」

 

「…あの悪魔をご存知なのですか?わたくしは初めて見たのですが…」

 

「いや、私も生きているのを見るのは初めてだ。知識としては知っていたがそれでも大分様子が違う。まるで…『何かに飢えているようだった』」

 

「それなら、人や他の生物を襲い食らうのでは…?」

 

「ああ、だが奴は何かを襲ったであろう状態なのに、まるで何も食らってないかのように痩せ細っていた。つまり奴は他の生物を食してはいない」

 

ロスリックにいた亡者もいくらソウルに惹かれるとはいえあんな状態ではなかった。デーモン達には亡者化という概念は無いはずだが…?

 

…考えても仕方がない。今はわかっているのは「あのデーモンが討伐対象である」ということ。「あれを放置すればいずれ被害が広がるであろう」ことだ。

 

奴が通り過ぎ洞窟の中へ入っていく。…足音が聞こえなくなるのを確認して茂みから立ち上がる。やはりそこが奴の根城のようだ。

 

「行ったな。ランタンか松明を持って横穴や背後からの奇襲に備えつつ後を追う。…場合によっては脇目もふらず逃げるぞ。いいな?」

 

「はい」

 

真剣な表情の彼女を見て気を引き締める。

女司祭がランタンに火を点けたのを確認して、俺も松明に火を点けた。さて…鬼が出るか、蛇が出るか…

 

 

 

~~~

 

 

 

洞窟の中は相変わらず薄暗いが、ゴブリンの巣穴程狭くは無くこれなら刀を振るったりしても大丈夫そうだ。

場合によっては一部の大型武器も使えるかもしれない。

途中に頭蓋骨がいくつも転がっている。

誰かが討伐しようとしたのか…あるいは哀れにも迷い込んでしまった犠牲者か…

横穴の類はあったものの、特に何もなかった。利用された形跡もない。

 

…途中から気づいたがこの洞窟奥に進むにつれ広くなっていっている。

微々たる変化が長く続いたため、気付くのに時間がかかってしまったが今はすでに天井が見えないくらいには高い。

奥に進むにつれどんどん血腥い臭いが強くなっていく。まるで終わりのない回廊のような道を進んで行った先に…『奴』はいた。

 

壁にもたれ掛かるように座り込み大鉈を両手に握り俯いている。

松明の灯りで薄らと照らされたその時にデーモンの手が動いた。

 

先ほどと同じように力無く立ち上がっているように見えるが、今は逆にそれが恐ろしく見える。

手負いの獣ほど何をするか分からないものだ。

ゆらりと立ち上がり此方を血のような赤い瞳が見据えている。

鞘から打刀を抜刀し、女司祭の前に出て相対する。

 

「下がっていてくれ。危ないと思ったら聖壁を張って身を守るんだ。

…まぁその必要は無さそうではあるが…」

 

「はい…っお気をつけて…」

 

奴が女司祭を狙うならば一時撤退を視野に入れたがその必要は無さそうだ。

何故なら奴の目は今『俺にしか向いていない』からだ。まるで怨敵を見るかのような…

 

そういえば以前の遺跡調査の時のデーモンの王子も同じ目をしていたような気がする。

これは何かの偶然か。あるいは…

いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

「Grrrrrr…Groooo!!!」

 

山羊頭のデーモンが両手の大鉈を引きずりながら此方に迫る。

女司祭が巻き込まれぬように立ち位置を変えるよう接近し、剣先を当てるよう刀を振る。

すれ違うように振られた剣では威力が出なかったのか、大したダメージにはなっていなさそうだ。

だが、それ以上に切りつけたときの感覚の違和感があった。

 

「(硬い…!)」

 

皮膚が硬いのだ。防具も何もつけていない剥き出しの素肌は如何にデーモンと言えど下級ならば

そこまで硬くはないはず。にも関わらず奴の皮膚はまるでデーモンの王子と同レベルとまではいかないもののかなりの硬さだ。

だが血は僅かだが流した。ならば倒せる相手ではある。だが打刀では決定打に欠けるだろう。

刀をしまい、黒騎士の剣を取り出す。

 

デーモンの鉈の振りをすり抜けるように回避し、黒騎士の剣で切りつける。

デーモンに有効な武器(黒騎士の武器)ですら硬いと感じる皮膚だ。生半可な武器では満足に攻撃を通すことすら難しかっただろう。…これから悪魔討伐の依頼を寄越される事が多くなると考えた場合これらの武器(黒騎士の武器)を手に馴染ませておいたほうがいいかもしれない。

 

「GrrrOooooo!!!」

 

大鉈を掻い潜り、胴体にローリングから放った突きがはいり大きくデーモンが仰け反る。追撃をかけようと距離を詰めるがその時背筋に悪寒が走った。

なんと奴は強引に姿勢を直しその勢いで鉈を横薙ぎに振るったのだ。

咄嗟に盾を構えたが取り回しを重視した小盾の為、鉈の勢いを消せずに吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ…!」

 

あの細い腕の何処からこんな力が出せるのか…痩せ細った身体をしているが曲がりなりにもデーモンか。遠くで女司祭が青ざめているが、俺はそれを手で制した。

懐からエスト瓶を取り出して中身を飲んで傷を癒す。

盾である程度防いだからこの程度で済んだが、直撃していればあの一撃で御陀仏だったかもしれない。見た目以上に奴は力があるようだ。

 

「(あまり長引かせるわけにはいかんな…奴のスタミナは高そうだ。ズルズルと長期戦を挑むのは愚策か)」

 

緑花草を齧って持久力を高める。代謝が良くなったのを感じ、

再び剣を肩ぎデーモンと相対する。奴が地をかけるのと俺が走り出すのは同時だった。

 

横薙ぎ、袈裟切り、縦振り。おおよそ痩せ細ったデーモンが出せるとは思えない鉈の振り方は本来の振り以上に早く感じた。極限の飢えが実力以上の力を発揮しているのだろうか?どんどんと奴の鉈の振りが早くなっていく。

どの攻撃も致命打に成りかねない凶悪な攻撃だが…動き自体はシンプルだ。当たらなければどうということはない。

 

力を込めた叩きつけを放ってきたがそれこそが奴の最大の隙を生む。

背後に回って、両手で力を込めた逆袈裟(強攻撃)で背中を切り裂いた。

途中で与えた突きが効いていたのか、山羊頭のデーモンは力無く倒れた。

…少々手こずったがこんなものだろう。デーモンの首を切り落として、それをソウルへとしまい、女司祭の方へと向かう。

 

「戻ろう。これで依頼は終了だ」

 

「はい…。っ!避けてください!」

 

女司祭が叫び、杖を構える。

 

振り返るとそこには、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何っ…!?」

 

女司祭の方へ咄嗟に回避する。背後を大鉈が通り過ぎた。

何故だ?確実にトドメは刺したはずだ…!

ゆらりゆらりと先ほどとは明らかに動きが鈍っているものの、その殺意だけは変わらず凄まじい勢いで大鉈を振るっている。

そこに女司祭が立ちはだかり杖を掲げ告げた。

 

「《裁きの(つかさ)、つるぎの君、天秤の者よ、諸力を示し(さぶら)え》…」

 

首なしのデーモンに向けられた杖に光が集まっていく。

 

「《聖撃(ホーリースマイト)》」

 

杖を触媒に激しい雷が放たれデーモンの身体を焼き尽くす。

その雷はまるでかつての名も無き戦神(無名の王)を思わせる凄まじいものだった。

雷で焼かれたデーモンは黒焦げになり今度こそ動かなくなった。

 

「すまない。助かった…まさか首を落とされて尚動いてくるとは…」

 

「いえ、あれは誰も予想できるものではないかと…」

 

「いや、例え予想できなくても戦地で気を少しでも抜いた私の落ち度だ。

…やれやれ。私もまだまだだな」

 

デーモンの死体が今度こそ動かなくなったのを確認する。…さすがに黒焦げになってでも起き上がって来たら全力で逃げ出すしかないが。

 

「とにかく戻ろう。…君には助けられたな。ありがとう」

 

驚いた表情の彼女を置いて出口の方へと歩く。

後ろから慌てて付いてくる足音を聞きながら俺はその場を後にした。

 

 

〜〜〜

 

 

松明を持ち、来た道を戻っていく。

予め横穴などに何か潜んでいるかは見ておいたので帰りは安全だ。

 

しかしあのデーモンはどこからやってきたのだろうか。山羊頭のデーモンは俺が旅をした時代では既に全ての個体が死に絶えていたと思ったが、まさか生き残りが何処かにいたのか?それがあの王子のようにあの場に流れ着いた可能性がもっとも高いが何故あの世界のデーモン達がここにいるのか?奴等がいるなら亡者共がいてもおかしくはなさそうだが、それらしき目撃情報も依頼も見たことはない。

 

…都とやらに行けばその辺りの情報もあるだろうか?あちらは混沌の軍勢…ここでは怪物達の事をそう呼ぶらしい連中との戦いが多いと聞く。もしかしたらあちらに拠点を構えるのもアリかもしれない。

 

「あの…どうかなさいましたか?」

 

隣を歩いていた女司祭が顔を覗き込むように声をかける。

いかんいかん。つい考え耽てしまったか。

 

「ああ、あのデーモンが何故この辺りにいたのかと思ってな。奴等は私が過去にいた場所でも生きている個体は見かけなかったと言ったが何故ここに生きている個体がいたのかとね」

 

「あの悪魔は、どの程度の悪魔なのでしょうか?上級の…には見えませんでしたが…」

 

「私も断定出来るわけではないが、まず上級はないだろう。過去に奴等の巣窟であっただろう遺跡(デーモン遺跡)に行ったことがあったがそこにはあれと同じ死体が小さな山のようになっていたことから下級…行っても下の上だとは思う。今回のアレを見る限りだとそうとも言えないが…」

 

首を落としたはずなのに起き上がり動いてくるなど恐ろしすぎる。

奴の中にある執念があの身体を動かしたのかもしれない。ソウルとなって消えたあの世界はそんな事は気にも止めなかった。

あの世界での命は生命力が無くなればソウルとなって消えるのだから。

…今後この世界でデーモンと対峙したら首を落とした後に焼こうか。

黒焦げにして灰にしてしまえば立ち上がれまい。

 

「あ、あれが小山のように…どのような所を旅していたのですか…」

 

「まぁかつて旅していた場所では生き残る為にそう行った場所へ行くことも必要だったのさ…実際後になって役に立った物が沢山あったからな。決して無駄足ではなかったよ」

 

「いつか、お聞きしたいですね。貴方の旅のお話を…」

 

「…あまり面白い話じゃない。それに私自身もそこまで覚えているわけではないしな」

 

半分は嘘だ。あの呪われた旅路の始まりから終わりまで全て覚えている。

ただあの旅で出会った人達のことは朧げだ。何と無く外見などの特徴は覚えているのだが…

 

「まぁ次に会うときにでも聞かせようか。いずれも面白みに欠ける話になるだろうが、な」

 

最初にあの使命に挑んだ時の話ならばそこそこ冒険譚ぽくはなるだろう。それでもそのまま話せば救いのない話になるだろうが。

さて、もうそろそろ出口に…

 

「…待て、横穴に入るぞ」

 

「えっ?あっ、あの…!」

 

女司祭の手を引いて、通り過ぎ掛けた横穴に身を潜める。

右側に女司祭を抱き寄せるような形で屈み彼女に外套を被せ、息を殺す。

チッ、まったく運の無い…!

 

「あ、あのどうされたのですか?いきなり横穴に…このような姿勢で…」

 

「すまない。接敵する時間を考えたら話す余裕が無かった。…少しこのまま我慢してくれ」

 

不安げな顔で見上げる形になった女司祭を横目に見て、俺は横穴から通路をじっと見つめる。…暫くして俺が警戒した原因がやってきた。

 

下衆た笑い声。醜い外見。漂う不潔な臭い。

群れを伴って洞窟を歩いてきたのは『ゴブリンの群れ』だった。

奴等の視界に届く前に気づけたのは幸いか。

僅かに聞こえた音に反応出来なければもれなく真っ正面からエンカウントするところだった。

 

シャーマンが1にホブが2…その他手下のゴブリン共が多数と行ったところか。それなりに大きい規模の群れだ。恐らく戦力が整ったがために偶々通りかかったここを巣穴にしようとしたのだろう。…まったく態々ここを選ばなくても良かっただろうに…!

 

「ゴブリンの群れだ…放置するわけにも行くまい。大事になる前に処理をする。行こう」

 

「あ…っあ…」

 

外套の下にいる女司祭に話しかけるが、反応が悪い。

どうしたのだろうか?外套の下にいる彼女を見ると…

今にも泣きそうな、怯えた表情の女司祭がいた。

俺の体にしがみつくように体を密着させ震えている。

何故だ?デーモン相手にあそこまで果敢にも立ち向かった彼女が何故こんなにも怯えているのだろう?…いや待て。まさか…

 

彼女は『初めての冒険』で失敗をしたと言っていた。

冒険者で初めて挑んで失敗をする物など限られる。

ほとんどは失敗すれば次が無いような物ばかりだ。

新米は失敗した時点で生きて帰れる可能性は非常に低い。

ならば彼女が深い傷を負いながらも生き残ってしまうような物は自然と絞られる。

彼女の身体中に見えた傷痕。そして焼かれたような瞳。

トドメにゴブリン共を見たときの怯えよう。

 

つまり彼女は…

 

 

 

 

…ゴブリンに慰み物にされたのだ。

 

普通ならそこで心が折れたであろうはずだが、彼女は生き延びて立ち直った。

だがそれでも、心の傷までは癒しきれなかったのだろう。

その時の恐怖が、記憶がフラッシュバックしたのだ。

 

 

 

 

横穴を通り過ぎたゴブリン共の背を見る俺の目は自然と細まっていた。

 

空いている左手が怒りに震え力が入っていたのに気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 




『山羊頭のデーモンの薪』

四方世界に流れ着いた、山羊頭のデーモンの薪。
長い間彷徨ったのか干からびている。
神々によって悠久の時を超え、
流れ着いたデーモンは
飢えを満たすため、かつて在った時のように
ソウルを求め、彷徨った。

もはやそれが存在せぬ物だとしても。

この薪にソウルは宿っておらず、道具としては使えないが

ギルドに提示すれば討伐した功績を認められるだろう。


犬のお供だの地形が敵だのと言われている山羊君。
餌のない世界に放り込まれて放置プレイを強いられ、極限状態に。
それでも不死には叶わなかった模様。

忙しい中ちょいちょい書いていたのでいつも以上にガバいかも。
多分あとで修正・編集します。(´・ω・`)
感想評価くれる方々いつもありがとうございますm(_ _)m




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第12話 灰と剣

さようなら、灰の方

貴方に、炎の導きのあらんことを


さて、どうする…?

 

ゴブリンが通りすぎるのを横穴から見つつ奥を見ながら俺は考える。

山羊頭のデーモンを倒した帰りにこの洞窟を巣穴にしようとしたゴブリン共を退治しようとしているわけだが…

 

「…………」

 

「大丈夫…ではなさそうだな…」

 

今、俺と女司祭は横穴で伏せるようにしてゴブリンから身を隠していた。いくら弱くても数の多い敵と正面から戦うのは避けたい。それだけなら良かったが彼女のトラウマが蘇ったのだ。

彼女はゴブリンに慰み物にされた事があったらしくデーモンを前にしても怯みもしなかったが、ゴブリンを前にして酷く怯えている状態だ。

今も一言も発さずに俺の外套の下で腰回りにしがみついて震えている。

これでは戦うどころか逃げる事も難しいだろう。奇跡の詠唱なんて以ての外だ。

横穴から奴等を一瞥しただけでこれなのだ。

直接相対したら間違いなく身動き一つ取れずにまた奴等に捕まるだろう。そうなれば今度こそ彼女は立ち直れなくなる。

 

…リスクはあるが後顧の憂いは絶っておくべきか。

少なくとも今はこの横穴は奴等に気づかれていない。

ならばやりようはある。

俺が奥に単身赴いて、即座にゴブリン共を殲滅。そして早急にここに帰還すればいい。だがもし討ち漏らしがあればそいつが横穴に入り彼女に気づく可能性もある。ならば…

俺は彼女に二つの指輪を貸すことにした。

幻肢の指輪と静かなる竜印の指輪だ。

怯える彼女と目を合わせて話しかける。

 

「この指輪をつけてここに隠れているんだ。私はこれから奴等を殺しに行く。この二つをつけてここにいれば奴等に見つかることはない」

 

「あっ…い、いえ…わたくしも…一緒に…」

 

「その状態で行けばまた同じことの繰り返しになるぞ。…心の傷はそう簡単に癒えるものじゃない。恐怖に耐えながらも挑もうとする心は立派だが感心はしないな」

 

一緒についてこようとする彼女を語気を少し強めて諌める。

克服しようと勇気を出すのは結構だがそこで無理をすれば逆効果だ。

トラウマはいきなりではなく少しずつ直していった方がいい。

ましてや彼女の場合、死ぬより辛いかもしれないのだ。慎重すぎるくらいが丁度いい。

俺にも苦手な物はある。具体的には犬とか。

 

俺の言葉に彼女は不安げな顔で見上げた。

酒場で俺に見せた覚悟ある表情は見る影もなく、

まるで捨てられた子犬のような表情になっている。

 

「そんな顔をするな…死にに行くわけではあるまいし、奴等とは何度も殺りあっている。仮に何かあったら大声を上げるなりしてすぐに知らせるんだ。いいな?」

 

視線を同じ高さに合わせて彼女の両肩に手を置いて言い聞かせるようにゆっくりと伝える。側から見たら親が子に言う事を聞かせているような絵面に見えるだろう。

 

女司祭は俺の言葉を聞いて未だ怯えた表情をしていたがやがて覚悟を決めたのか、指輪を受け取り指に付けると岩陰に隠れた。

 

「よし…そのままいてくれ。必ず戻る」

 

隠れたのを確認して俺は女司祭に渡した物と同じ指輪をつけ、

再び洞窟の奥へと駆けた。

 

 

〜〜〜

 

 

「彼」が洞窟の奥へと駆けるのを見送る。

姿が見えなくなる最後までずっとその背中を見つめていた。

彼に渡された指輪を付け、杖を握りしめ岩陰に隠れているが、

一向に身体の震えが止まらない。

 

初めての冒険でゴブリンに捕まり、時間にして数ヶ月もの間

ゴブリン達に陵辱の限りを尽くされた。

目もその時に焼かれ、大きく視力が落ちてしまい、周りから嘲笑の的になった。

 

気持ちに区切りをつけたつもりだったが身体は未だにあの時の記憶をハッキリと覚えていたのだ。

緊張と恐怖で身体が強張り、体温が上がる。

鼓動が早くなり、身体の傷が浮かび上がってきていた。

 

「…!うっ…!はぁ…はぁ…っ…」

 

呼吸が荒くなり息が詰まりかけた。

胸に手を当て杖を握る力を強めて大きく深呼吸をし無理やり落ち着かせる。

 

彼はここで待ってくれと言っていた。必ず戻る、と。

 

お願い。早く、早く戻ってきて。

暗闇からゴブリン達が迫ってくる気がして震えが止まらない。

何もいないはずの横穴の薄暗さが今は酷く恐ろしく感じる。

次の瞬間足を掴まれ、巣に拐われるかもしれない。

次の瞬間押し倒され、その場で犯されるかもしれない。

様々な不安が、恐怖が、女司祭の心身を蝕んでいく。

 

 

ゴブリンはこの世界で最も数の多い怪物だ。

 

冒険者を続ける以上奴等への恐怖を克服する必要がある。

 

彼は少しずつ直せばいいと言った。

 

自分も、この恐怖を払える日が来るのだろうか?

 

あの小鬼に怯えず、悪夢に魘されることなく、

過ごす事ができる日々を取り戻せるのだろうか?

 

 

 

彼女は恐怖に耐えながら静かに彼の無事を祈った。

 

ふと、彼の姿が脳裏に浮かぶ。ほんの少しだが恐怖が和らいだ気がした。

…?何故自分は今、彼の姿を思い浮かべたのだろう?

 

その答えは、まだ出ない。

 

〜〜〜

 

 

暗闇を進んできた道を戻り、再び奥へと向かう。

まさか出ようとした矢先にまた潜ることになるとは思わなかった。

 

奇襲を悟られるわけにはいかないので松明は持たず、薄暗い中を駆けていく。

奴等のいるであろう最深部に行く前に即席の罠を仕掛ける。

冒険者セットのロープを使ってトリップワイヤーの要領で黒い火炎壺を仕掛けておく。

これなら奴等がもし逃げたとしても爆発が起こり見逃す心配はなくなるはずだ。

戻り道の横穴には女司祭がいるのだ。そこに奴等が気づくかどうかは運次第だが…

どちらにせよ奴等を生かして置くわけにはいかない。

 

下衆な騒ぎ声がギャイギャイと聞こえる。

シャーマンが二匹のホブを従え、手下のゴブリン共を活気つけているようだ。

さながら王にでもなったつもりか?奥で石の上に座り、壁にもたれ掛かりながら

発破を掛け、シャーマンの動きに合わせて手下のゴブリンが喝采の声を上げている。

 

…王か。昔に王なら散々殺してきたが、こんな矮小な王は初めてみたかもしれない。

呪文使い(スペルキャスター)はいるだけで厄介だ。最優先で排除するのみ。

 

今回使う武器は元々混戦になることを想定した物を使うことにした。

 

大物(ホブ)を倒すための特大剣(グレートソード)

手数と威力を持った傭兵の双刀

最後に閉所で扱い易さを重視したショートソードだ

 

今いる場所はあの山羊頭が大鉈を振り回せるだけの広さがある。

これだけの広さがあれば特大剣でホブを相手にできるだろう。

流石に縦に思いっきり振るうことは出来ないだろうがそれならば横に振るまでだ。

 

 

左手で呪術の火を構え、過剰火力(オーバーキル)気味だが、確実に仕留めるため苗床の残滓を放つ。

奴等の目には離れたところに何かが浮いたかと思ったら巨大な火球が飛んできたように見えただろう。

 

火の玉(大火球)と違い放物線を描かずまっすぐ飛んでいった残滓はシャーマンの全身を飲み込んだ。

 

「GIYAAAAAAAAAAA!!」

 

突如暗闇から飛んできた巨大な火球に身を焦がされ、苦痛の声を上げながらのたうち回る。

少しの間燃え続けたシャーマンはやがて黒焦げの死体になった。

周囲のゴブリンも含め、何が起こったのかと周囲を見渡すが襲撃者の姿は見えない。

通路から襲撃されたと思ったのか我先にと武器を片手に出口へと駆けるがその前に

()()()()()()()()()()()()()()()

 

ハベルの盾を進路妨害(ロードブロック)のために通路に横向きになる形で放り投げたのだ。

いきなり自分の進路を妨害されて喚くゴブリンの背後に周り双刀で首を掻っ切る。

2匹のゴブリンは何が起こったのか分からないまま絶命した。

 

だが今ので奴等の視界にはいっただろう。奴等の殺意が此方に向けられているのが分かる。

仕留めたのはシャーマンに手下のゴブリンが二。まだまだわんさかいる。まったく、まるで疫病だ。

 

両手の双刀をクルりと回して構え直す。さぁここからはスピード勝負だ。

 

「まったく…乱戦はするもんじゃないんだがな」

 

襲い来るゴブリンの群れに、俺は飛び込んだ。

 

 

右手は順手持ち、左手は逆手持ちにして襲いくるゴブリン達をすれ違いながら切りつけていく。

ホブもその手に持った巨大な棍棒を振ってくるが今は無視だ。

取り巻きが多い中で戦えば周りの弱い奴等に集中攻撃されて死ぬ。

 

…!ホブの後ろに弓を持ったゴブリンがいる。暗闇から矢が飛んできた。

上体を右側に逸らし回避する。左肩に鏃が掠ったが肩当てで防いだ。

ホブが棍棒を振りかぶってきたが姿勢を低くして避け、そのまま投げナイフを弓持ちに投げる。

 

弓持ちは…全部で四体。今一匹仕留めたのであと三体だ。

しかしもう一体のホブが思惑に気づいたのか弓持ちを守るように立ちはだかった。

 

「(そう簡単にゴリ押して終わり。とは行かないか)」

 

仕切り直すためにローリングで距離を取る。

 

大分取り巻きは減っているな。

数としては奥に弓持ちが三。ホブが二。配下の連中が…残り八。といったところか。

今のところここへの入口に仕掛けた罠が作動した音は聞こえていない。

討ち漏らしはないと見てよさそうだ。

 

…これだけ仲間をやられて置きながら奴等の下衆な笑みが消えないあたり相変わらず能天気な奴等だ。

だがここの二体のホブはそうでもないようで、顔を顰めてこちらを油断なく見据えている。…経験を積んだ『渡り』のゴブリンなら多少の知恵はあるか。あったからなんだという話だが。

 

手下の八体が襲い来るが右手の双刀を投げて一匹黙らせる。

ショートソードを抜いて、踏み込んだ突きを用いて一匹。

剣を引き抜いて横っ飛びにローリングをし後ろ手に紐のついた火炎壺を投げる。

飛び掛かりを回避された二匹がぶつかり合っているところに火炎壺が直撃した。

!殺気を感じ、横に飛ぶ。先程までいた位置に矢が飛んできた。

振り向きざまに投げナイフを投げるがホブに阻まれる。

最低限の仲間意識か、あるいは利用できる奴は生かして置くのか…。

存外このホブは長く生きているのかもしれない。

残る四匹が俺を囲むように陣取っている。ちょうど足元に右手の双刀を投げて始末した奴が転がっていたので引き抜いて再び二本の双刀を構えた。

真正面から馬鹿正直に向かってくる四匹のゴブリン達。

包囲してもただ突っ込むだけでは意味などあるまいに。

身体を捻り両手の武器を用いて回転斬りを放つ。

立て続けに放たれた連続斬りによって手下のゴブリン達は全滅した。

 

残るはホブが二体と弓持ちが三体。

 

俺は特大剣を担ぎホブと相対する。それを挑戦と見たのかホブが二体揃って棍棒を振り下ろす。…分かりやすい奴らめ。

俺は横をすり抜けるように走り、振り下ろしを避けると特大剣を即座にしまい双刀に持ち替えて後ろにいる弓持ちに目掛けて投げつけた。逆ハの字を描いて飛んで行った双刀は左右の弓持ちに刺さり二体が絶命。最後の一匹はショートソードで走った勢いで斬りつけてそのまま喉元に剣を突き込んで始末した。

 

再び特大剣を取り出し二体のホブに向き直る。

 

群れを壊滅させられた怒りか、自らの動きを誘われた事への怒りかは不明だが顔には殺意が満ち溢れている。

以前デーモンの王子の時に黒騎士の特大剣を使ったが使えるならば大物相手にはやはり大型武器を使うのがいい。

叫び声を上げて棍棒を振り回すホブ。ローリングで回避をしてその勢いを乗せて薙ぎ払う。

切っ先がホブの胴体をまとめて切り裂いたが、先端ということもあってか少し浅いか。ならば…

 

「ふっ…!」

 

息を整え両手で剣を構え前傾姿勢に踏み込む。

ホブが殴りかかってくるが勢いで受け止める。踏ん張りを効かせて痛みを無視して

踏み込みの勢いを乗せて振り抜くように(戦技強攻撃派生)剣を振るった。

 

懐に潜り込む形で放たれた渾身の一撃はホブの姿勢を大きく崩した。

いつぞやは盾で攻撃を弾い(パリィ)て姿勢を崩したが、今回は重たい一撃で無理やり崩したのだ。

 

「死ね」

 

膝を突き頭部を垂れ下げた姿勢のホブに特大剣(グレートソード)を叩き込む。

頭を潰されたホブはピクリとも動かなくなった。残るは一体。

 

たった一人に自分以外が全滅させられた怒りか恐れか…ホブは困惑しているようだったが戦場では大きな隙になる。懐に飛び込んで水平に大きく薙ぐことで腕ごと胴を深く切りつけた。

腕が飛び、夥しい量の血が流れる。痛みに悶えている間に顔面に突きを放って顔面に身の丈以上もの剣が突き刺さる。多くの経験を積んでいたであろうホブは絶命した。

辺りを見渡し、生きているゴブリンがいないか確認する。死んだフリをしていないことを確かめて首を一匹ずつ落として確実に殺しておく。最後まで油断をしてはいけないのだ。

 

「やれやれ…。昔も運がないとは思っていたが…」

 

自分の運のなさ(最低値)に思わずごちってしまう。いくらゴブリンとはいえ帰り際に、しかも群れに遭遇するなど何らかの悪意を感じずにはいられない。

 

この世界に神々の類がいるのならば…いや言うまい。

今の俺はもう薪の調達者ではなく、只の一人の冒険者だ。

この地に来てまで神殺し王殺しなぞやっていられない。

取り敢えず戻ろう。横穴で待っているであろう彼女(女司祭)の元へ行かねば。

 

 

~~~

 

 

横穴で待ち続けてどのくらいたっただろうか。

何もせずにただ待ち続けているためか時間が経つのが酷く遅く感じる。

 

時折奥から聞こえるゴブリンの叫び声を聞く度に抑えていた恐怖が湧き上がる。

彼は無事なのだろうか。熟練の冒険者でも油断をすればゴブリン相手に命を落とすこともある。

 

万が一彼が死んだりすればまた()()()と同じようにゴブリン達に捕まってしまう。

今すぐにでも逃げ出したい気持ちを抑えて彼を信じることにした。

 

…暗闇から足音が聞こえる。足音以外聞こえないが戻ってきたのだろうか?

だんだんと近づく足音に合わせて心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

そして一際足音が大きくなって「彼」が現れた。

 

「すまない。待たせてしまった。戻るとし…」

 

彼が何かを言い終える前に私の身体は動いていた。

 

 

~~~

 

 

途中に仕掛けた罠を外して横穴へ戻る。…特に何かが来て襲われた形跡もなさそうだ。

岩陰に隠れている女司祭に声を掛ける。

 

「すまない。待たせてしまった。戻るとし…」

 

そこまで言いかけて体に衝撃が走った。

何事かと思ったがそれはすぐに分かった。岩陰に隠れていた女司祭がしがみついたからだった。

…奴等を仕留めるためとはいえ彼女には無理をさせてしまったかもしれない。

素直に奴等にバレぬよう撤退してからのほうが良かったか。

女司祭は顔を上げると目尻に薄らと涙を浮かべながらも喋りだす。

 

「ご無事で…良かったです…貴方が死んだら…また…またわたくしは…」

 

仮にも一時的にゴブリンの巣穴になりかけた場所で待たせてしまったせいか震えている。

 

「言っただろう?必ず戻る、と。…だが、私も配慮に欠けた。すまなかった」

 

そう言って彼女の目尻に浮かぶ涙を拭う。俺の体から離れた女司祭は薄らと笑顔を浮かべていた。

 

「さぁ帰ろう。こんなところに長居は不要だ」

 

「…はい」

 

予想外の事もあり随分と長引いてしまったが、こんなものだろう。

結果的に二人共無事なのだ。…無事ならば、それにこしたことはない。

 

俺達は今度こそ無事に洞窟から出ることができたのだった。

 

 

~~~

 

 

外にでると時間はすっかり夕焼けに染まっていた。

依頼などで洞窟や遺跡に潜ると時間がすぎるのが妙に早く感じる。

今回はそうなることも前提としていたが時間がすぎるのは本当に早いものだと思う。

 

来た道を戻り、洞窟へ向かう前に休んだ場所で俺たちは一晩明かすことにした。

流石に夜の闇の中で帰るのは危険だ。ましてや森の中なのだ。

ここまで来て不意を突かれて死んでしまいましたでは笑えない。

 

木々が少なく空がよく見えるこの場所で焚き火を囲んで俺達は座っていた。

少々狭いが背もたれになる木もあったため寄りかかるように

…こんな所でも火を見ると妙に落ち着く。

それと同時に自分は変わらず「火の無い灰」なんだと思い出させられる。

ふぅと息を吐いて、空を見上げる。空には二つの月が浮かんでいた。

まったく、俺の行く先々では何かしら良くないことが高確率で起こる気がする。運のなさはどうにかしたいが火防女がいないのでそれも出来ない。…まぁ無い物ねだりをしても仕方がない。

運など無くても生きていけるのだ。そういうことにしよう。

 

「あの…」

 

「ん?」

 

一人物思いに耽っていると女司祭が伏せ目がちに話しかけてきた。

 

「ご迷惑をお掛けしました…せっかく誘ってくださったのに余りお役に立てず…」

 

恐らくゴブリンが来てからのことを言っているのだろう。だがあればかりは仕方があるまい。自身にとってのトラウマが現れれば身が竦むのも無理はない。それだけ彼女の傷は深すぎる。

 

「気にするな。…と言っても難しいか。だがあれは予想外の出来事だったんだ。君が気負うことではないさ。酒場でも言っただろう?誰しも失敗はするものだし、苦手な物はある。…私にもあるしな」

 

そう言っては見るものの彼女の顔は優れない。まだ先程のゴブリン達との遭遇が響いているのかもしれない。どうにか紛らわせられないものか…まったく我ながら気遣いの出来ない奴だ。

 

「いい機会だし君には話そうか。俺は犬が苦手でな、今でも犬を見ると咄嗟に身構えてしまうことがある」

 

唐突に暴露された俺のトラウマに目を丸くする女司祭。

なんとか気を逸らせたか。

 

「え…?犬…動物の犬…ですか?」

 

「ああ。特に複数匹いるときは尚更だ。街中で見かけたときは武器に手が伸び掛けたときすらあったな」

 

過去に亡者と化した犬や雪原の狼に群がられて死んだことが何度もあったからか犬や狼といった連中は今でも苦手意識がある。

街中で他所の飼犬がこちらに無垢な瞳を向けてきたときも勢い余って武器を抜きそうになった。

…あの時は本当に危なかった。もしあそこで武器を抜いて切り捨てていたらトチ狂った犯罪者認定だったろう。

 

「ふふっ…意外と思いがけない物が苦手なのですね」

 

「まぁ昔に痛い目に遭っているからな。だから君も余り深く考えない方がいい。忘れることが出来なくとも和らげることは出来るだろう」

 

彼女もまだ吹っ切ることは出来ていないようだが幾分か表情は明るさを取り戻したようだ。

 

「そういえば洞窟で俺の居た場所の話を聞きたいと言っていたな。何処から話したものか…」

 

「いいのですか?無理にとは申しませんが…」

 

「構わんさ…少し長くなるが、そうだな…あの地で俺が一番印象に残った一番の愚か者の話をしよう。使命を果たそうとして全てを捨てた愚かな騎士の話だ」

 

真剣な表情の彼女にゆっくりと話しだす。

 

―その騎士はどこにでもいる平凡な一人の人間だった。

 

その身に多くの者達が帯びた使命を同じく負っている以外は。

 

その使命こそが彼の人生を歪めた呪いであったのだ。

 

彼は使命を果たすことでこの呪いからも解放されると信じていた。

 

だから、周囲の先人達に導かれるまま、多くの人との出会いと別れを得て

 

使命を果たす為にまっすぐ進み続けた。その過程で多くの物を犠牲にしながら。

 

心を殺し、その騎士は最後に使命を果たした。

 

その途中には多くの苦難があったが、旅の先々で出会った人々に助けられ、

 

幾度となく窮地に陥りながらも乗り越えた。

 

そして最後に使命を果たした時に…彼は知ったのだ。

 

この「使命(呪い)」はたどり着いた人間を人柱にして、

 

時代を延命させる為に英雄とするのだと。

 

使命は果たされた、しかし呪いは消えず、世界は同じことを延々と繰り返した。

 

その騎士は絶望した。世界は元より悲劇だったのだと。

 

そうしてその騎士は失意のなか再び終わりの見えない旅へ身を投じたという―

 

「…まぁこんなところか。細々としたところまで語ると一晩では語れないからな」

 

「…悲しい、お話ですね。信じていたものに裏切られ、時代の礎にされて…」

 

「ああ…まったく救いようのない話さ。だが、だからこそ今の『俺』がいる」

 

「いったいどういう…?」

 

「『彼』は使命の果てに『英雄』として祭り上げられた。使命を果たした偉大な先人として。だが俺が同じ立場ならそんなのはゴメンだ。人々を救うために犠牲になったものが英雄などと…英雄だって所詮は人なのだ。そんな人一人に全てを押し付けて、他の奴が無責任にのうのうと生きるなどと…!」

 

ふつふつと自身の中に抑えていた感情が爆発しそうになるが、女司祭の手前既の所で抑える。

 

「…難しいですね。世界は英雄を求め。英雄は安息を求める。しかし世界は英雄に安息を与えない…」

 

「ああ。だからこそ――

俺は英雄になぞならないだろう。

そんな物になるくらいなら、顔も分からぬ誰かを助けるような聖人になるくらいなら…

大切な人ただ一人を守る畜生のほうが、何倍もマシだ。英雄など…碌なもんじゃない」

 

女司祭は終始真剣な表情で聞いていた。何も言わず、ただ静かに。

 

「長くなったな。…そろそろ休んだ方がいい。見張りは私がしておく。安心して眠るといい」

 

「はい。…あの、一つお願いを聞いていただけませんか」

 

「なんだ?私に出来ることならば聞こう」

 

「…傍にいてくださいませんか。どれ程振り払おうにも、怖いのです。あの小鬼達が今でもわたくしに手を伸ばしてくる悪夢を見るのです。

例え今だけでも…少しでもあの悪夢から遠ざかりたいのです」

 

―私に触れてください。虫が私を噛み苛むのです―

 

かつて自分に仕えてくれた盲目の聖女を思い出す。

彼女もこんな不安を抱えていたのかもしれない。

火防女にもなれずあの地で俺に仕えてくれた彼女を俺は救えたのだろうか?最もその答えは出ず、彼女とずっと共にいたであろう騎士にも話をする前に先立たれてしまったが…。

 

「…わかった。好きにするといい。肩を貸すか?」

 

「っはい。ありがとうございます」

 

女司祭が寄り添うように隣に座る。…近くで見るとどうしても火に照らされて薄らと浮かび上がる彼女の傷に目が行ってしまう。

 

「もう夜だ。早めに休んでおいたほうがいい。明日にはまた城塞都市に戻るのだからな」

 

「はい…では失礼しますね」

 

そう言って彼女は俺の左肩に頭を乗せると静かに寝息を立て始めた。

その横顔はまるでかの太陽の王女のようだった。

今でこそ穏やかに眠っているが、俺はこの後辺境の街まで戻らねばならない。

いつまでも彼女の側にいてやることは出来ないのだ。

何かしてやれないだろうか…自身の持ち物を軽く漁ってみる。

出てきたのは青ざめた舌に罪人の耳(約定の証)、枷の椎骨といった物騒な物ばかりだった。

…もうちょっと何かないだろうか。こう何か使えそうな物は…

 

ふと俺の目に一つの貴石が目に止まった。

薄らと夜の闇の中でも煌いていたそれは『祝福の貴石』だ。聖女のお守りとしても知られる、らしい。

生憎俺は余り使う機会がなかったが、こうして使う機会ができるとは。…まったく分からんものだ。

 

空を見上げる。木々がなくポッカリと空いたこの場所からは月がよく見えた。

疲労は残っているが不死人は最悪眠らずとも平気なのだ。

 

「細工はしたことないが…なるようになるか」

 

女司祭を起こさないように静かに道具を取り出す。

彫刻刀代わりの短刀(盗賊の短刀+10)文字を彫るための短刀(パリングダガー)だ。

即席で使えそうなものがこれぐらいしかない。金槌では音がなってしまうしな。

まぁそこまで手の込んだ物にするわけでなし、始めるとしよう。

 

 

 

~~~

 

 

 

…結局朝までかかってしまった。

 

素人が無駄に手の込んだ物にしようとするとこうなるという訳だ。

最初こそ軽く細工をすればいいと思っていたが、やっていくうちに妙に楽しくなってしまい、形を整えたりだなんだで朝まで作業をしてしまった。

 

その過程でいくつかの貴石がダメになったが言うまい。元より無用の長物だ。

手元には祝福の貴石の無駄な部分を削り落とし、縦に長い綺麗な菱形になっている。

その真ん中には今は無き暗月の剣の模様を彫ってある。

本物と比べると角の強いバリのある形になってしまったが今の俺にはこれが限界だろう。

 

あとは首から下げられるよう穴を開けて手元にある革紐で結んで完成だ。

 

辺りには削られた石の破片が散らばっている。…我ながらのめり込んだものだ。

 

「んっ…」

 

「起きたか。昨夜は良く眠れたようだな」

 

「あっ…はい。おはようございます」

 

薄らと頬に赤みがさし顔色も昨日より良くなっている。まぁ隣で魘されている様子もなかったし悪夢も見ずに済んだのだろう。

 

「…?あの、何かしていらしたんですか?」

 

「ああ、これを作っていた」

 

そう言ってつい先ほど出来上がったペンダントを彼女に渡す。

 

「あの、これは…?」

 

「『お守り』だ。俺が旅していた場所では聖女のお守りとして使われていた石を加工したものだ。細工の心得もない素人が作った物だがな。彫ってある模様は大昔にいたとされる暗い月の神の物だ。今後君を悪夢から守ってくれるようにと、俺からの小さな贈り物だ」

 

キョトンとした表情でペンダントと俺とを交互にみる女司祭。…やはり迷惑だっただろうか。

 

「もちろん要らなければ捨ててくれて構わん。所詮素人の稚作だ」

 

「いえ…!そんなことはいたしません!…大事にします」

 

最後のほうは小さくなって上手く聞き取れなかったが、悪いことは言っていないだろう。

…これが少しでも彼女の助けになるといいのだが。

 

「そうか。…手間暇掛けた甲斐はあったようでなによりだ」

 

「早速付けてみてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、君によく似合うだろうさ」

 

俺の言葉を皮切りに首にペンダント掛ける女司祭。…微かに光る小さな物だが、それゆえに主張しすぎることなく彼女によく似合っていた。

 

「どう、でしょうか」

 

「ああ、似合っている。…とてもな」

 

「そうですか…ふふっありがとうございます」

 

そう言って柔らかな笑みを浮かべる彼女はさながら美しい絵画のようでもあった。

客観的に見ても綺麗だと思う。…今思うと他の人間にこんな感想を抱いたのは始めてではないだろうか?昔の俺も他の人たちにこんな感想は抱かなかった気がする。

 

 

「そろそろ行こう。城塞都市に戻って報告をしたらそこでお別れだ」

 

「あっ……そうですね……行きましょう」

 

先ほどと打って変わって急に暗い表情になる。…だが俺は迷宮に挑むつもりはないし、そんなことをしている間に辺境の街の周囲で村がいつ滅ぼされるか分からない。

俺は自身の手の届く命を救いたい。それで例え世界を救えずとも…

 

 

 

~~~

 

 

 

城塞都市に戻った俺達はその足で城塞都市のギルドへ報告。

二人で報酬を分け合って、今は酒場で食事を取っていた。

 

すぐに帰ることもないだろうと言うことで今は二人で食事を取っている。

五人用の席に二人となってしまっているが、空いている席がここしかなかった。

 

やはり昼間だけあってどこもかしこも迷宮に挑む冒険者達で溢れかえっている。

周りは賑やかだが俺達の周りは静かだ。

と言うのもあれから会話が続いていない。

…だが仕方がないのだ。俺の居場所はここではないのだから。

 

どのくらい無言の状態が続いただろうか。

俺達の席に声が掛かった。

 

「随分と静かな席やなぁ、自分らも一緒してええか?他に席が空いてへんくてな」

 

そこには三人の冒険者らしき人物がいた。

一人は羽織を来て腰に刀を帯刀し、笠をかぶった只人(ヒューム)の青年

それの後ろには豊満な胸を揺らし、やや幼さが残る顔立ちを残した只人(ヒューム)の女性

そして俺達に声をかけてきた、浅黒い肌に後ろ側へ跳ねた髪型をした半森人(ハーフエルフ)の男性だった。

頬の辺りまで伸びかけている白い髭が浅黒い肌に映えている。

 

「ああ、構わない。これ程まで混雑しているのだから仕方ないさ」

 

「お、(あん)さんおおきに。ほな、大将らも座らな」

 

「ああ」

 

「もう、この弟は…」

 

「イトコだ」

 

半森人に促されるように後ろの二人も座る。彼等は一党(パーティ)を組んでいるのだろうか?

 

「ワイらはこれから迷宮に挑むもんでな。一緒に迷宮に潜る仲間を探しとるんや。兄さんらも迷宮に挑むクチか?」

 

「…いや、私は違う。辺境の街で活動していたがここの冒険者達が迷宮にかまけて捌けられなくなった依頼が回されてここに来た、というわけだ」

 

「ん?そうなんか。見た目や雰囲気からしてバリッバリ迷宮に挑んどるモンやと思ったんに…」

 

「期待に応えられずにすまない。私はもう辺境の街へ戻らなければいけないからな」

 

「そか…そこの嬢ちゃんも同じか?」

 

「いえ…私は…」

 

「彼女は違う。私がまだここでの活動が少なかったからな。一時的な一党として協力してもらっていた」

 

女司祭が何か言いたげに此方を見る。視線を向けるがすぐに顔を伏せてしまった。

 

「つまり嬢ちゃんは今フリーっちゅうことかいな?」

 

「そうだな」「…はい」

 

「それなら」

 

笠をかぶった青年が声を上げる。

 

「我々の仲間になってはもらえないだろうか」

 

「経験者なら尚更、ですね。私からも是非お願いしたいのですが」

 

女司祭が俺の方へと視線を向ける。その目には不安が入り混じっていた。

思った以上に彼女との距離は縮まってしまったようだ。だがそれが原因で前に進めなくなっては本末転倒だ。

 

「私のことを気にする必要はない。…君は何の為に冒険者になった?」

 

「!それは…」

 

「『世界を平和にする』のだろう?ならば辺境の一冒険者などにこれ以上付き合う必要はないはずだ。…元々この依頼限りの一党だったのだから」

 

少々突き放すような言い方になってしまったが、これも彼女の為だ。

そうでなければ彼女は前に進めない。

 

「意地悪な方ですね。…本当に」

 

そう言って寂しそうに彼女は笑った。彼女は三人に向き直ると以前見せた凛とした表情になり、

 

「わたくしでよろしければ、よろしくお願いします」

 

「決まりだな。…そうだ。貴公らにこれを」

 

そう言って俺は(ソウル)から革の袋を取り出し四人に渡す。

 

「これは?」

 

「私が旅をしていた中で特に重宝したものをまとめた物だ。貴公らの迷宮探索に役立つだろうさ」

 

「何が入っとるんや?どれどれ…」

 

「ここでは出さない方がいい。中身の使い道は…彼女に聞いてくれ」

 

「見たところ…水薬(ポーション)?のようなものとか見えますけど…」

 

「ああ、自分達で使ってよし、何処かに売り払って資金にするもよし。使い方は貴公達しだいだ」

 

そう言って席を立ち出ていこうとする。

 

「…助かる。もう行くのか?」

 

「ああ。余り長居してもいられないからな」

 

「ん、そか。兄さんみたいな人がおってくれたら助かったんやけどなぁ」

 

「その品が代わりみたいな物だ。先達からの餞別だよ。それに私より優秀な冒険者なぞいくらでもいるさ」

 

「では遠慮なく使わせて貰いますね。ありがとうございます」

 

只人の女性の言葉を最後に酒場を出て行く。

その背を女司祭は暫く見つめていた。

 

 

~~~

 

 

酒場から出て行く彼の背をじっと見つめていた。

見えなくなるまでずっと。わたくしの悪夢を払ってくれた「彼」。

その大きな背を見えなくなるまで見ていた。

 

「………」

 

「良かったのですか?」

 

「え?」

 

「言い残したことがあるって顔しとるで。嬢ちゃん」

 

「ですが…」

 

「次がいつあるかは分からない。行ってきたらどうだ?」

 

「次…」

 

「冒険者は常に死と隣り合わせ。次にいつ会えるかなんて誰にも分からない…」

 

「せやな。言えるうちに言うとくんも大事やと思うで?」

 

次に会うときに彼が生きているとは限らない。

 

彼の腕ならばそんじょそこらの相手に遅れを取るとは思えないが…

冒険には何があるが分からない。それは昨日の「彼」との冒険が証明していた。

 

気づいたときには「彼」から貰ったペンダントを握りしめて彼の後ろを追いかけていた。

 

 

~~~

 

 

「あ、あの!」

 

酒場から出た彼の背に女司祭の声が掛けられる。走って追いかけてきたのだろうか、息が少し上がっていた。

 

「…どうした?」

 

「彼」は背を向けたまま顔だけを向けて返事をする。

 

何を言おうか。伝えたいことがここに来て出てこない。

 

暫く沈黙が二人の間を支配する。

 

少しして女司祭が口を開いた。

 

「…また、会えるでしょうか?」

 

すごく簡単な、それでいてとても大事な言葉。

 

その問に対し、「彼」は。

 

「ああ、―――――会えるさ」

 

確かな確信を感じさせる声音で、ハッキリと答えた。

 

「そうですか。…では、また―」

 

――お会いしましょう。

 

――また会おう。

 

女司祭は柔らかな笑みを浮かべ、

 

「彼」はそんな彼女の顔を見て、

 

今度こそ背を向けて立ち去った。

 

―いつか「彼」の隣に立てるように。

 

たった一度の短い冒険ではあったけれど。

 

二人の間には既に十分すぎる絆が結ばれていた。

 

女司祭は新たな仲間と共に。

 

「彼」は自らの手で救える命を救いに。

 

二人の戦いの場は別々であれど、この空の下にいるならば、いつかきっと巡り合うだろう。

 

それが分かっただけで…十分だった。

 

悪夢に苛まれた「彼女」は小さな救いを得た。

 

しかしその小さな救いは彼女に取っては大きな支えとなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

これが「彼」と後に人の中より生まれし英雄「剣の乙女」との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「不死の革袋」

長い旅をしていた「彼」が

旅の助けになるであろう品を入れたもの。

使用により複数のアイテムへと変わる。

貴重な道具とはいえ使わずに命を落とすのは

愚か者の所業である。

どんな形であれ自らの糧にして生き残る。

「彼」はそんな事を伝えたかったのだろうか。

『暗き月の御守り』

「彼」の手から至高神の女司祭に贈られた
異国で採れる貴石を加工して作られた稚拙な御守り

荒削りな見た目や彫刻の出来映えからも

細工の心得も技術もない素人の手による物と分かる。

既にこの世界に暗き月はなく、

この御守りが本来の役割を果たすことはないが、

その微かな光は悪夢を払っただろう。

それは身も心も一度穢された「彼女」の小さな寄る辺となったのだ。




待たせてしまった上になげぇ。
途中で区切るのもどうかなと思い纏めてみたら一万文字超えてしまいました。
書きたいこと書いてると文字数がすごく増える。┐(´д`)┌ヤレヤレダゼ
色々おかしいところあるかもだけどそこはいつものってことで…


感想・評価をしてくださる方々ありがとうございますm(_ _)m




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第13話 変わりゆく者と変わらぬ者

使命を終えた『火のない灰』よ

貴公は未だに足掻いているのか

だが、それでこそだ

…貴公に炎の導きがあらんことを


俺が城塞都市から辺境の街に戻ってから、また月日が流れた。

 

俺は相変わらず手頃な依頼や余った依頼を片っ端から受け続けた。

人々を脅威に晒す者たち。

 

ゴブリン、トロル、ガーゴイル、下級魔神(レッサーデーモン)

 

東西南北、俺はあらゆる場所へ駆け回る日々を送っていた。

そんな中で、俺はある一つの疑念を確かめるべく、独自に調査をすることにした。

 

それは遠出をしたときに遭遇した、あの「ソウルを持たないデーモン」達だ。

 

あれらはソウルこそ持たなかったものの、動きは以前戦った時と寸分違わず同じだった。

全体的な動きこそ微小な差異はありはしたが、あの呪われた地(ロスリック)で見たソレだったのだ。

 

以前に一党を組んだ男戦士が言っていたように…

例えば「デーモンの王子」は、この世界では金等級クラス。すなわち国家レベルの難事(デーモン)だ。

城塞都市に赴いたときに戦った山羊頭も周辺で被害が出ている報告があって尚討伐されなかったということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

俺の当面の目的は依頼をこなしつつ奴等の手掛かりを探し、情報を得しだい奴等を始末する事。

そして、奴等を生み出す…ないしは呼び出しているであろう元凶を「殺す」ことだ。

 

王子の首を提示した時も、城塞都市で山羊頭の首を提示した時も、あれらはこの辺りで目撃されたことはないとのこと。ギルドの上層部に確認も取ってもらっているので間違いはないだろう。

 

…結論付けるにはまだ早計かもしれないが、俺の中では奴等を『この世界に招いている奴がいる』という結論に至った。冒険者として人々を助けながら、そいつを殺すことが()()()()だ。

 

 

 

~~~

 

 

 

ある日の昼下がり。気持ちのいい日差しの中、俺は不動産屋に来ていた。

冒険者としては未だ一年と経っていない若輩者だが、連日あらゆる場所に出向いては依頼をこなしていたので金は溜まっている。等級もデーモンの王子の一件で銅まで上がっているので家を持ってもいいと思ったのだ。この短期間で何故これだけ稼げたなど聞かれたら素直に言うしかあるまい。まぁ別にやましいことがあるわけではないので特に気にする必要はないか。

 

「いらっしゃいませ。あら?貴方は放浪の…」

 

「ああ、家を買いたい。そろそろ自分が落ち着いて腰を下ろす場所が欲しくてね」

 

「ええと…失礼を承知でお伺いしますがお金は足りますか?場所にもよりますが結構なお値段がしますよ?」

 

「ある。ほとんど使ってないからな。むしろこういう時に使わなければ一生使うことなく口座で腐らせてしまいそうだ」

 

実際、水薬(ポーション)はエスト瓶があるので買う必要はないし解毒剤(アンチドーテ)も同様だ。

 

精々が消耗品や小道具、後は日々の潤いとして食事代に幾らか…といった具合だ。

 

「まぁ確かに貴方のペースなら有り得るんでしょうけど…いえ、詮索は無用ですね。取り敢えずこちらが今空いている物件の一覧になります」

 

窓口の担当から一覧表を渡される。

 

…成る程。確かにこれは相応の値段がするな。特に人の生活圏に近かったり、ギルドに近い物件は交通の便で便利な為かどれも高い。

正直冒険者として一生を過ごすことを考えても宿を取ったほうが結果的に安く済むかもしれん。

 

うーむ…俺としては場所自体ははどこでもいい。

俺に取って重要なのはそこではない。篝火を置けるかどうかだ。

 

中々いい場所が見当たらない…と思っていたが一覧の最後の方にある一つの物件に目が止まった。

場所で言うなら端っこも端っこ。街の隅と言っても過言ではない場所にある廃教会だ。

この時代の一般的な家と同じ寄棟の形状をした屋根の物。場所が場所な為か値段も一覧の最初にあったものと違いかなり安い。それでもそれなりの金額はしているが。

 

…ここだ。ここを拠点としよう。いまいち他の場所は拠点するには目立つのでどうかと思ったが端も端の隅っこの場所なら目立つ事はないだろう。元より人気のない静かな場所の方が好みなのだ。この場所はまさに理想と言えるかもしれない。

 

「これにする。街の隅にあるこの廃教会だ」

 

「え…ここですか?貴方がここでいいというのであれば私達は止めませんが…他の場所はお気に召しませんでしたか?」

 

「ああ。元より生活圏に近い人気のある場所に拠点を構えようとしたわけじゃないからな。こうした街の外れにある場所のほうがいい」

 

「わかりました。ではこちらの書類にサインを。支払いはギルドの口座より引き落としで構いませんか?」

 

「それでいい。一括で構わん」

 

書類にサインを書いて支払いを済ませる。これで晴れて拠点を確保できたわけだ。

 

「はい。ではこちらが貴方の物であるという権利書になります。無くさないようにしてくださいね」

 

「分かった」

 

窓口の職員から権利書を貰い、それをソウルへしまう。早速、我が家を見に行くとしようか。

 

 

~~~

 

 

権利書に書いてある場所へ向かい、自身の拠点を確認する。

窓口で聞いたとおり本当に街の隅にある、ただの廃教会のようだ。

…ここなら第二の祭祀場として申し分無い。

 

中を一通り見る。少々埃が溜まっているが小綺麗な教会だ。客室や応接間もあるし、普通の家としても使えそうだ。教会のシンボルの部分だけは何もついていないがそこはいずれ取り付ければいいだろう。

 

あとは篝火の設置場所だ。どこに置くかだが…

そうして中をうろついていると裏庭に出た。

周囲は壁に囲まれておりギルドの裏にある訓練場のようだった。

 

…ここだな。ここなら螺旋の剣を刺すのにも丁度いい。

よし、段取りは出来た。あとは螺旋の剣を取ってこよう。

 

俺は剣の破片を使って篝火へと帰還した。

 

 

~~~

 

 

「…はい。では詳細は依頼書にある通りに、現地の人より説明がされますので。お気をつけて」

 

今日も今日とて冒険者ギルドは多忙である。

 

冒険者が受ける依頼の受理。新たに冒険者の仲間入りをする新人達。

 

性格の問題があるかどうかの真偽を確かめ行う昇級審査。

 

基本的に忙しくない日々はないと言ってもいいだろう。

 

「彼」を担当する受付嬢も例外ではなく仕事に追われていた。

 

「はぁ…」

 

依頼を受けていく冒険者の姿が見えなくなると受付嬢は一人憂いを帯びた表情で息を吐いた。

 

(今日あの人来てないな…)

 

別に「彼」とはそんな関係でないのは理解しているし、待ち合わせをしているわけでもない。

だが、城塞都市より戻ってきてから毎日見ていた顔を見なくなると何かあったのかと思ってしまう。

 

「ほら、だらしないわよ」

 

「ひゃっ。あっ…すみません」

 

ペシっと頭を軽く叩かれ、振り向いた先にいたのは自身の先輩でもあり監督官でもある女性だった。

 

「仕事中なんだからシャキっとする。そんなんじゃ冒険者さんも安心して出発できないわよ?」

 

「はい…」

 

返事を返すがどうにも力のない空返事になってしまう。受付嬢も原因は分かっているのだが、分かっていてもどうにも出来ないのだ。

彼女も「彼」の担当をしてそこそこ長いが、それでも「彼」のことは殆ど知らない。

何処から来たのかも、以前何をしていたのかも、趣味趣向だって何一つ知らないのだ。今思うと基本的に事務的な事でしか関わっていないかもしれない。

 

「もしかして『彼』が気になる?」

 

含みのある笑みを向けて、監督官が尋ねる。その言葉に受付嬢の顔が赤くなった。

 

「そ、そうじゃなくて!ただ、いつもは朝からギルドにいるのに今日は見てないので少し…その…」

 

しどろもどろになりながらも返答をするがそれも尻すぼみになっていく。ただ純粋に一人の人の安否を心配する彼女の人の良さが現れていた。

 

「はいはい。そういう事にしておくわ。でもそう心配する必要はないんじゃない?なんだかんだで「彼」がどういう人かわかってるんでしょ?」

 

「それはまぁ…そうなんですけど」

 

そういえば彼は家を買おうと思っていると言っていた。もしかしてそれと関係が?

うーん…と受付嬢が唸って考えていると別の声が掛けられた。

 

「よう。受付さん。この依頼を受けたいんだが…」

 

「あっ、はい!ええと…」

 

そこにいたのは以前「彼」と遺跡調査に趣いた男戦士だ。しかしそこに普段はいるはずの二人の一党の仲間はいなかったが。

 

「お一人で向かうんですね?戦士さんの実力なら申し分ないと思いますが…昇級審査も控えてるんですから無理は禁物ですよ?」

 

「わーってるさ。ペーペーじゃないんだしな。…そういや嬢ちゃんあいつを見たか?」

 

「いえ、今日はまだ見ていませんね」

 

彼の言う「あいつ」とはここ最近見なくなったあの放浪の「彼」のことだろう。

机に顔を近づけて小さめの声で話すあたり何かあるのだろうか?

 

「そうか…見てねぇなら仕方ねぇ。まぁあいつの実力なら死んでるってこたぁねぇだろ」

 

「何か用事があったんですか?」

 

「んーまぁ、な。あれから結構経ったし男二人で冒険の成果でも語ろうと思ってなぁ」

 

やや歯切れの悪い返事を返す戦士。だがその違和感に気づけるのはここにはいなかった。

 

「そんじゃまぁ行ってくるわ。あいつを見かけたら俺が探してたって伝えてくれ」

 

「はい。わかりました」

 

しかしあれほどまでストイックに依頼をこなし、周囲からは「仕事人」だのなんだのといわれている人が依頼を受けない日があるとは…過労で倒れるならばとっくに倒れてもおかしくはないのだが、仮にそうだとしたら何故今更?依頼も受けずに悪魔だなんだを見境なしに(スレイ)したりする人ではないはず…

 

「はぁ…やめやめ!」

 

そこまで思い至って受付嬢は頭を振った。

 

―冒険者に詮索は無用、ですもんね。

ふんっと気持ちを切り替えて彼女は自分の戦場(仕事)に臨むのだった。

 

 

~~~

 

 

螺旋の剣を回収して俺は再び街の中へ、廃教会へ向かおうとした俺に声が掛けられた。

 

「ん?おいお前さん。久しぶりだな」

 

「む、貴公か。久しいな」

 

以前俺を一党に誘ってくれた男戦士だった。今日は一党の二人はいないようだ。一人で依頼でも受けたのだろうか?

 

「これから依頼か?他の二人は?」

 

「あいつらは今休暇だ。野伏の方は故郷に顔出しに。僧侶の方は孤児院の方に挨拶してくるつってたぜ。ところでお前さん今日の夜時間空いてっか?たまには男二人酒でも飲みかわそうと思ってよ」

 

「構わない。夜に酒場にいけばいいか?」

 

「おう。お前さんもこれからギルドに行くんだろ?」

 

「ああ、所用を済ませたらギルドで依頼を受けるつもりだ」

 

「あいよ。んじゃまた後でな」

 

戦士と別れ、教会の裏庭に向かう。

 

森で作ったときと同じように灰を敷き詰め、螺旋の剣を突き刺して手をかざす。

ボッと火がついて螺旋の剣は再び篝火としての機能し始めた。

 

「…ようやく落ち着いて腰を下ろせる場所が出来たか」

篝火を見つめながら一人ごちる。

さて、遅くなったがギルドへ向かおうか。

 

 

〜〜〜

 

 

 

「あっ放浪さん!」

 

「依頼はまだ残っているか?」

 

ギルドに入るなり笑顔で迎えてくれる受付嬢。…気のせいか、俺を視界に入れるまでは机に突っ伏していたような気がしたのだが。

 

「ええと…今放浪さんが受けられるような物は…」

 

()()()()()。このまま手持ち無沙汰で過ごすわけにもいかんしな」

 

「…はい。こちらが今日貼りだした物で余った物です。でも…」

 

今日の受けられずに余った依頼を出しながら受付嬢が苦い顔をする。それもそのはず昼を過ぎて午後の時間ともなると依頼は殆ど残っていなかった。

 

まぁ残っているのは定番のゴブリン退治や下水の依頼といった具合だ。新人がやるような物ばかりだが、選り好みはすまい。依頼書を見ていくと最後には調査依頼があった。

折角だ。たまには初心に帰ろうか。

 

「なら、この下水道の依頼を二件。ゴブリン退治を一件だ」

 

「はい、合わせて三件ですね。ゴブリン退治の方は詳細が依頼書に書いてあるので確認しておいてくださいね」

 

以前は周囲から奇異の目で見られたこともあったが最近ではそれも減ってきている。俺がどういう冒険者なのか分かってきたのだろう。

さて最近は受けて無かったが久しぶりの下水道だ。ゴブリンもそうだが慢心しないようにしなければな。

 

 

〜〜〜

 

 

「GUIYYYYYYY!!」

 

下水道にガンッと鈍い音が響く。横振りに振られたメイスが鼠の頭を強打し、鼠が壁に叩きつけられる。追い討ちに頭に思いっきり振り下ろすことで頭部を陥没させしっかりと仕留める。

こういった連中は刃物が通りやすいが打撃武器のほうが楽でいい。刃物だと刃毀れを気にしなければならないが、こちらは気にする必要がない。楽なものだ。やはり打撃はいい。見栄えは悪いかもしれんがその裏には確かな実用性を秘めている。久々に振るったが繊細な刀剣などと違って多少乱暴に扱っても大丈夫なのもいい。突き刺す用途などには使えないが頭を潰してしまえば大抵の生き物は死ぬだろう。

 

今のでノルマ分は達成。これで下水道の依頼は終えた。ちなみに蟲の方はすでに呪術で燃やして(消毒)ある。あれはいかん。下手したらゴブリンより恐ろしいのではないか?見た目の悍ましさならデーモンにも勝てるかもしれない。

さて討伐の証拠もすでに回収したことだ。俺にとっては時間は無限だが、無駄にはするまい。次はゴブリン退治だ。

 

 

下水道から出た足でそのままゴブリンが出たという村へと向かった。

家畜や作物が持っていかれるというゴブリン退治ではありふれた被害だ。被害は散発的に起こっているらしいのでまだマシな方だろう。恐らくは巣穴を失った連中か…だが過去に潰した例では近くに巣穴を新たに作り、そこに集結している可能性もある。初の依頼でそうだったのだ。警戒はしておくに越したことはない。

村の人々に聞いて、ゴブリンがやってきている方角へと歩いていると足跡を見つけた。こうした痕跡をそのまま残すあたり奴等はやはり馬鹿なのだろう。わざわざ見つけてくださいと言っているようなものだ。

足跡を辿ると洞窟があった。やはり巣穴を作っていたか。まぁ、でなければ定期的に村に入り込むことなぞ出来まい。今回は以前と違って洞窟は埋めてしまうことにした。

まずは出入り口を封鎖。レドの大槌を取り出して入り口を崩した。ガラガラと音を立てて岩の瓦礫で入り口は完全に封鎖された。あとは通気口があるかどうかだ。いくら洞窟とはいえ巣穴にするには空気を取り込む場所を作る必要がある。どこかに…あった。小さいが棒切れが一本入るくらいの大きさが洞窟反対側の上側に空いている。

…おそらく位置的には奴等のねぐらだろう。そうでなくても奥の方だ。都合が良い。穴から以前買ったものの使っていなかった油を流す。大量の油を流してそのまま地面に沿って残った油を導火線代わりにして火をつける。パチパチという音ともに内部から煙と醜い叫び声が聞こえた。どうやら当たりのようだ。穴に顔を近づけると中にいるゴブリンが見えた。穴から新鮮な空気を吸おうと詰め寄って仲間割れをしているらしい。ゴシャグシャという音が焼ける音に紛れて聞こえてくる。良い感じに燃えているので油を追加で投入する。中から聞こえる火の音と叫び声が一層大きくなった。

しばらくして声が聞こえなくなったのを見計らって入り口の瓦礫を粉砕して内部に突入する。あれだけの勢いで燃やしたのだから生き残りはいないと思うが万が一もある。確実に仕留めたかどうかを確認しないで帰るのは三流もいいところだろう。

黒焦げの死体が一、二、三…全部で八匹程か。上位種の姿は無し。周囲に動物の骨のような物が僅かに確認できることからこいつらが今回の討伐対象なのは間違いないだろう。

 

あとはギルドに戻って報告だな。今回はこれで…む?

炎で黒焦げになった洞窟の隅にある物が俺の目に止まった。黒い煤に塗れてはいるが何か金属がある。これは…

 

「螺旋の剣…?だが…」

 

そこにあったのは刀身が半ばから砕けた螺旋の剣だった。刀身の部分が半ばから折れているが折れた先の部分も一緒になっている。普通の人間なら精々変わった形の剣のような物が折れている程度の認識だろうが、俺にとっては重要だ。もしかしたら転送出来る場所が増やせるかもしれないのだ。問題は…

 

「街の鍛冶屋が直せるかどうか…か…」

 

最悪何年もかかるかあるいは直せないかもしれん。その場合は諦めるしかない。

ギルドに報告を済ませたら鍛冶屋に見せてみようか。

 

俺は螺旋の剣をソウルへしまうと依頼の報告の為ギルドへと帰還した。

 

 

〜〜〜

 

 

「戻った。依頼は無事に終わったよ」

 

「お帰りなさい。ご無事で何よりです。あっそういえば以前放浪さんと組んだ戦士さんを覚えていますか?放浪さん見かけたら探してたって伝えて欲しいと言ってましたよ」

 

「ああ、不動産屋から出た時に会ったよ。酒飲みに誘われたな。まぁまだ夜には時間があるし、依頼も終わったことだからあとは街の中で時間を潰すさ」

 

「そうですか。なら大丈夫そうですね。…はい。依頼内容通りの報告ですね。こちらが今回の報酬になります」

 

受付嬢から報酬金を受け取ってそのまま鍛冶屋へ。そこでの用が終われば丁度いい時間だろう。

 

「ん?なんだお前さんしばらく見とらんかったな。何の用だ」

 

「これを直せるか?」

 

俺は机に折れた螺旋の剣を置く。

 

鍛冶屋の店主はそれを手にとってじっと見つめるとふぅと息を吐いた。

「研ぎ直すにしても無駄だな。そもそもこいつは武器なのか?こんな変わった形の剣は見たこたぁねぇ」

 

「当たり前だ。それは武器ではない。で、どうだ。直せるのか?」

 

「刀身が残っているから直せるが金もかかる。それでもいいなら直してやるが…見たことねぇ奴だからどのくらいかかるか分からんぞ」

 

「構わんよ。直るのであればいくらでも待とう。それこそ何百年でもな」

 

「んなにかかってたら俺ァとっくに天寿全うしてらぁに…時間はかかるかもしれねぇが必ず直してやる。だがそれまでは気長に待つんだな」

 

「ああ、分かった」

 

そう言って鍛冶屋を後にする。それでもまだ少し早いか…先に酒場で飲んでいようか。どのみち不死である俺は酔わないのだ。先に飲んでいても問題はなかろう。

 

 

〜〜〜

 

 

「よぅ、待たせちまったな」

 

「構わんよ。大分先に来ていたが遅れない為に先んじてここで時間を潰していただけだしな」

 

「…その言葉を女に向けて言うなよ?ガッカリさせちまうからな」

 

やれやれ…と呆れながら俺の隣に座り酒を頼む男戦士。

 

「お前さんは先に飲んじまってたみたいだが…俺達の無事に乾杯」

 

「ああ…乾杯」

 

コツンと樽のジョッキの音が響く。そのまま二人して酒を呷った。

 

「そういや知ってるか?なんでも北の城塞都市のほうで魔神王とやらが倒されたって話」

 

「いや、初耳だ。その魔神王?とやらは何なんだ?」

 

「魔神王を知らねぇのか?まぁ簡単に言えば混沌の連中の勇者みたいなもんだよ。化物達の親玉。何匹もいるらしいがそのうちの一体が迷宮で倒されたんだとよ」

 

「ほぉ…」

 

成る程な。つまりその魔神王とやらを倒した人たちは英雄扱いというわけだ。普通なら名誉なことだろうが俺にはそれを肯定することが出来なかった。英雄という人達がどのような結末を迎えるかを知っているからだ。

 

「…それで?態々呼び出してまでただ酒を飲みに来たわけではないんだろう?」

 

「…ああ。お前さんには言っとこうと思ってな」

 

神妙な顔つきになってもう一度ジョッキを傾ける戦士。さっきまでの明るい顔はなく、今の彼からはまるで戦いに疲れ果てた兵士のような顔つきになっている。

 

「引退をな、考えてるんだ」

 

「…ほう」

 

「つったって冒険者をやめるわけじゃねぇ。ただ一線を引くって意味だ。昇給審査も控えてるしな。銀等級になって少し活動したら、本格的な活動は控えようと思ってる」

 

「何故?貴公程の腕ならばむざむざやめる必要はないのではないか?」

 

「…まぁ、な。だが俺ももう冒険者をやって長い。かれこれ十年以上はやってる。それに自分で言うのもなんだがいい歳だしな。後進に道を譲ろうと思ってるのさ」

 

「そうか…」

 

「あとは…なんだ。嫁のこともあるからな。心配させちゃいけねぇと思ってよ」

 

「そういえば貴公の伴侶はどのような人物なんだ?その言葉を聞く限りでは同業者というわけではなさそうだが」

 

「ああ、街で薬師の仕事してる娘でな?昔大怪我して街に帰ってきたときに助けてもらったのさ。意識が戻った時にあいつの顔みて一目惚れしちまったのよ。まるで天使のようでな…」

 

「よく相手方が了承したな? 娘ということはそれなりに年は離れているのだろう?」

 

「そりゃあな。だが愛に年の差は関係ねぇ。何度もアプローチを続けて今に至る…ってわけさ」

 

…愛か。愛とは何なのだろうか。俺には最後まで分からなかったな…過去に多くの女性と関わりはしたがどれも人して愛を育んだ覚えはない。お互いにそんな感情はなかっただろうしあの世界にそんな余裕はなかった。

 

俺もいずれ誰かを愛することが出来るようになるのだろうか?こんなつまらない人間のなりそこないを好く酔狂な奴がいるとは思えんが…

 

「…そうか。指輪は渡したのか?」

 

「いいや。まぁすでにOKは貰ってるんだ。銀に上がってから稼いで渡すのも遅かぁねぇだろ」

 

「しかし引退か…あの二人には言ったのか?」

 

あの二人とは彼の一党である森人野伏と男僧侶の事だ。

 

「いいや、あいつらにも言ってねぇ。いずれは話すつもりだけどな。ただ僧侶も言ってはいたんだ。孤児院にかかりっきりになりそうで一党を組むのは難しくなりそうだってな。野伏のほうは森人だからまだ冒険者を続けるとは言っていたな」

 

「成る程な…」

 

「もし野伏が行き場に迷ってるようだったらお前さんが面倒見てやってくれねぇか?腕のいい野伏だし悪くはねぇと思うぜ?」

 

「それは後輩に頼むことではないと思うのだがな…」

 

「はっはっは!お前さんだからこそだよ。あんだけでけぇ悪魔をぶっ倒しておいて先輩も後輩もないさ」

 

「…まぁ考えておこう」

 

「おう。考えておいてくれ。…んじゃそろそろ俺は行くかな」

 

「ああ。…貴公はその幸せを手放すなよ」

 

「おうとも。手放すつもりはねぇ。あいつを残して死ぬつもりはねぇさ」

 

じゃあな。と言って彼は後ろ手を振って酒場を出て行った。

 

…俺は暫くジョッキの中の酒に映る自分の顔を見つめていた。何故だろうか。

今俺は酷く彼に対して劣等感を抱いていた。…何故だ…。

 

ああ、そうか。彼は年を取りながら幸せを掴んだ。つまり、俺は…

 

俺は…、羨ましかったんだ。

 

 

 

~~~

 

 

 

自宅である教会に戻り備え付けの鏡の前に立つ。そこには自分が鏡写しになるように映っていた。

そっと兜を取り、自身の顔を見つめる。

そこには若々しさを残しながらもどこか老成した雰囲気を持っている。そんな顔つきだった。髪の色はまるで自身のかつての存在を表すかのように灰色だ。

鏡に近づいて己の瞳を見る。そこには未だに「呪われた証(ダークリング)」が残っていた。

 

(使命は終えても宿命(呪い)は消えず…か…)

 

ふっと笑い兜を被りなおす。今更嘆いたところで変わるまい。元よりわかっていたことではないか。あの地にたどり着いた時点で元に戻ることなど出来ないのだと。

 

天上にある月を見る。その手にある赤い瞳はずっと二つの月を見つめている。だが、これを使用したところで何も起こらなかった。何か条件でもあるのか…あるいは時がまだきていないのか…。あのデーモンを招く元凶を葬った時に俺は今度こそ人して生きられるのだろうか?いつになるかは分からないが…今は…

 

今は所詮真似事でもいい。人のなりそこないである俺でも、「人のように生きること」くらいは…

 

そのくらいなら、許されるだろう。

 

俺もいつの日か…

 

かつて亡者の王と崇められた時に誰かに用意された物言わぬ伴侶ではなく、

 

互いを愛する伴侶に出会えるのだろうか?

 

それがいつになるかは分からない。だが…

 

それまでは…冒険者として人々の平穏を守ろう。

 

俺は世界を救う英雄ではないが、それでも。

 

それが今の俺に出来る唯一つの事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時が流れ、舞台は五年後へ。物語は始まり(イヤーワン)へと。

 

彼の長い旅はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 




エピローグっぽく書こうとして見事に失敗\(T)/
10年前の「彼」の話はここで終わりです。

次からはようやくイヤーワンへ。
やっと原作入れるねん…。

感想評価してくれる方ありがとうございますm(_ _)m

それと誤字報告してくださってる方ホント助かってます。投稿前に2~3回くらい見直すんですけど自分だと殆ど気づけないという…


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5年前 Year One
幕間 きっと世界はー


…貴殿は行くのだな。

世界を救った果てに貴殿に待っているのは

決して軽くはない重石になるぞ


…だが、それこそが―


…この断片は見ずとも良い。貴公らの目に入っても大して意味のないものだ。


そろそろ行こう。という頭目(リーダー)の声を聞いて女司祭は目を開ける。しかし彼女の視界は闇に閉ざされていた。

淀んだ瘴気、石畳の冷たい感触、全身を押しつぶすような圧迫感を女司祭は『御守り』を握り締める事で和らげる。

…これが無ければ自分は今よりずっとあの悪夢に悩まされていたかもしれない。

 

彼女達は迷宮の通路で休息を取っていた。上では既に混沌の軍勢との戦いが始まっている頃だろう。

頭目は片刃の剣を点検しているのかカチャカチャと鎧の板金が微かな音を立てていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

柔らかい声音で声をかけてくれたのは女魔術師。その声に彼女は頷いた。

 

「ええ、大丈夫ですわ」

 

心配をかけないようにしっかりとした返事を返し立ち上がった。

 

「何かあったら言ってね?あの子は本当に女の子に気が回らないから…」

 

頭目の彼がはいはいと受け流し、もう、と膨れる様子がわかる。…彼等と一党を組んでから見慣れた光景だ。

一党において、後ろで指揮をとって呪文の采配を振るっている彼女を皆信頼していた。それは自分も同じで、彼女は何かと面倒を見てくれた。感謝してもしきれない。

…振る舞いが少しばかり粗忽なのがたまにきずだが…

 

「しかしどちらにせよ、進むか戻るかは決めなければならんな。昇降機はそう離れてはいない」

 

蟲人僧侶が低い声でいった。経験豊富で年長者である彼はいつも慎重な意見をくれた。

 

「これから先の戦いは覚悟のない奴について来られては困るからな…」

 

少々つっけんどんな口調なものの長い付き合いでそれは気にならなくなっていた。微かに笑みが溢れてしまう。蟲人僧侶はガサゴソと地図を広げて道をなぞった。

 

「場所は中間のあたりだ。このまま行くか、一度帰還するか。俺はどちらでも構わんぞ」

 

「でも術は節約して進んどるから、まだ余裕はあるやろ」

 

半森人(ハーフエルフ)の斥候が、迷宮の重苦しい雰囲気を感じさせない明るい声で応じた。疲れを見せぬように振舞っているのかもしれないがそこが彼の良さだろう。彼はいつだって明るく一党の場を取り持ってくれていた。

 

「っちゅうても術の回数と体力気力は別やさかい。途中でバテたら洒落にならんしなぁ。もうちっと休んどくか?」

 

「あらあらぁ?もう疲れちゃったのかしらぁ?」

 

揶揄うように笑みを浮かべながら女戦士が手にしている槍で半森人の斥候を軽く小突いた。恐らく女性らしさという点ならば一党の中で彼女が最も魅力に溢れているかもしれない。

しかしそれは過酷な経験を経てきた結果で自分が気づけたのは、自分も同じ道を通ったが故だろう。…自分はその過去を噫にも出さない彼女を素直に尊敬していた。

 

「ダメねぇそんなんじゃ。女の子に嫌われちゃうわよぉ?」

 

「やかましいわ」

 

まったくねぇ?と女戦士が囁いてきて思わずくすりと笑ってしまう。最初こそ気後れしてしまったものの今ではすっかり友人であり仲間だ。

 

…今ここに来るまでの冒険で誰かがか欠けていたらここまで来ることは出来なかっただろう。

 

「君はどうだ?」

 

「えっ?」

 

不意に頭目から声をかけられて首を傾げてしまう。こちらを見ながら返答を待つ彼は呑気なようでいつも全員に気を配っていた。誰か一人の話だけでなく必ず全員の話を聞いてくれていた。…そうでなければ彼の一党についていかず自分は今頃『彼』のほうについていったかもしれない。『彼』とは戦う場所が違うが故に別れたが今尚自分の胸に『彼』の事は刻みこまれている。

ここまでこれたのは一党の皆がいてくれたからだ。みんなが互いを支えあってきたからだ。皆が自分の言葉を待ってくれている。

 

「…そうですわね。次はないかもしれませんもの」

 

皆との冒険と、そして『彼』との出会いが自分をここまで立ち上がらせてくれた。

 

「わたくしは、行きたいですわ。…決着をつけに」

 

「なら、行こう」

 

彼がそう言うと、一党の皆が顔を見合わせて揃って頷いた。

 

「このまま敵の頭と決戦か。面白い、腕が鳴る」

 

「へっへっへ。魔神王なんざワイの手にかかれば、屁の河童よ!」

 

「じゃあ、もし負けたら貴方のせいねぇ」

 

「お、おおぅ…」

 

「大丈夫ですよ。皆さんのことは頼りにしてますから」

 

他人事みたいに言うなと頭目が女魔術師に苦笑い混じりに言って歩き出す。

自分も後に続いて、未だに豊かではない胸の前で、『御守り』と天秤剣をぎゅっと握りしめた。

もしかしたら誰かが死ぬかも知れない。どれほどの傷を負うかも分からない。地上で戦っている人達も、もしかしたら全員が死んでしまうかもしれない。

『彼』に再び会うことなく自分だけが死ぬかもしれない。自らの胸に秘めた誓いを果たすことなく…

 

―それでも。

 

それでも、世界は―

 




本当は一緒に入れようとしたけど分割。

少しでも文字数どうにかするために幕間という形で。
いらん話かもしれないけどここで出しとかないとしばらく「彼女」が出せそうにないので…


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第14話 五年の月日を経て

―そんな、おい、冗談は顔だけにしようぜ。

―祝杯の後は、そうと相場が決まっているからな。

出会いとは経てして変なところにあるものだ。

それが悪人であれ、善人であれ…


辺境の街から遠く、都に近い場所で咆哮が響く。

 

都に比較的近い場所にある湖のほとりにてそこに一人の冒険者と一体の怪物が対峙していた。

 

片や軽量化の為に削られた兜や手甲を身に付け、隠密性を損なわずに防御力を確保した黒い外套を纏った革鎧を身につけている。その手に持つ武器は巨大な敵を相手取るためか、黒ずんだ大剣を手にしている。見ればその首にぶら下がる銀の認識票が彼を歴戦の冒険者であることを表していた。

 

「辺境の放浪騎士」

 

西にある辺境の街で新人以外でもはやその名前を知らない人間はいないだろう。

古今東西、依頼があれば東西南北あらゆる場所へ渡り歩く様から彼はそう呼ばれていた。

遠い異邦の国より来たという彼は今から五年程前に冒険者になり、以来あらゆる依頼を請け負う辺境の街でも飛び抜けた実績を持つ冒険者となっていた。

 

そんな彼と対峙しているのは雄獅子の頭を持ち四つの足で地に立っており、その背中からは一対の巨大な翼を生やしていてその背中からは山羊の頭が生えている。極めつけにそこに蛇の尾を持ったその怪物は俗に言う『キマイラ』だった。

 

「チッ…!本当にっ、この手の怪物は骨が折れる…!」

 

放浪の騎士は誰に言うでもなく悪態を()いた。

キマイラの豪腕による攻撃をすり抜けて硬い皮膚を切りつけてはいるが、神話にも名高い生物の為か未だに倒れず戦闘を続行している。

 

尾から放たれる毒の吐息(ブレス)に同じく爪に含まれる猛毒。そして獅子の頭から放たれる雷撃。そのどれもが脅威で並の冒険者ならばすぐにこれらの餌食になって死に至るだろう。

 

彼がこの怪物を前にして死んでいないのは偏に「長い時を経て得た経験」によるものだった。

獅子の頭が咆哮をし、豪腕を振り上げ叩きつける。彼はそれを側転によって回避し、隙を晒した獅子の頭部へ向けて、袈裟気味に思い切り剣を振り抜いた。

 

踏ん張りを効かせて振り抜かれた大剣による一撃は、キマイラの獅子頭の片目を奪った。鮮血が飛び散り彼も返り血を浴び、付近の大地が赤黒く染まる。

 

―Guooooooooooo!!

 

片目を失い痛みにキマイラが絶叫する。隻眼となりながらもその目に宿る殺意は一向に衰えておらず、即座に体勢を立て直し、もう片方の腕を振り抜いて彼を吹き飛ばした。

 

「ぐッお…!」

 

大木に叩きつけられ肺の空気を吐き出してしまうが、隙を晒せば命取りになる戦いの場で、彼は即座に起き上がって体勢を立て直し、迫り来るキマイラを見据える。それと同時に周囲に散らばっている冒険者であっただろう肉塊に目がいった。

元々は行方を眩ませた冒険者の捜索依頼だったのだが、それが今ではいくら銀等級でも単独で受けるべきではない怪物退治に発展している。冒険に不測の事態は付き物とはいえこういった事はもう幾度となく経験したこと。

彼は兜の奥でふっ、と笑うと剣を担ぎ直して水薬(エスト瓶)を飲み、「いつも通り」生き残る為に彼は再び地を蹴った。

 

 

~~~

 

 

昼にはまだ少し早い時間、ギルドは今日も今日とて冒険者で賑わっていた。肌寒い季節を終えて暖かくなりだしたこの時期は新しい冒険者も多く、ギルドとしても最も忙しくなる時期の一つと言えるだろう。ギルドの職員がずっと窓口と書類棚や金庫を行ったり来たりで忙しない。

 

そんなギルドの一角にて四人の冒険者が談笑していた。

 

「がっはっはっはっは!一冒険した後の祝杯はいいものだ!貴公らも飲まんか!」

 

「私はいいわ。というかなんで依頼の帰りとはいえ真っ昼間からお酒なんて飲めるのよ…」

 

「飲むな、とは言わないけど程々にね。これからまた依頼を受けるんだろう?」

 

「っへ、まぁ旦那と同じで、おっさんもこれしきじゃ飲んだうちに入んねぇさ。いつものことだろ?」

 

昼間から酒などを飲んで談笑するなど冒険者としてどうなのかと思われるがそれも約一名を除いた彼等の首から下がる銀の認識票がその余裕を確固たるものとしていた。

 

一人は鼻のしたに髭を生やし、赤みがかかった茶色の髪を逆立てた髪型をしている只人(ヒューム)の男性。全身に纏っている鎧からも騎士であることが伺える。足元にはかつて冒険で兜を失った自分に『彼』から譲ってもらった特徴的な玉葱のような形状をした兜(カタリナヘルム)が置いてあった

 

一人は金色の髪を背中のあたりまで伸ばし、全身の露出をこれでもかと抑えた森人(エルフ)の女性、彼女は数年前に解散した一党の一人で野伏(レンジャー)をしていた。今の一党の中では最も最初に『彼』と出会っている人物でもある。

 

一人は小さな体躯に、端麗な容姿。野伏と同じく金色の髪。青い瞳は青空のように澄んでおり、幼さを残しながらもどこか大人びた雰囲気を晒し出している。ここまで聞けば只人の少年のように聞こえるが、森人ではないにしろ尖った耳、そして彼の生きた年月は只人のそれでない。そんな彼は圃人(レーア)軽戦士(フェンサー)だ。

 

最後の一人は男騎士と同じくして、只人の男だが、その頭はまるで修行僧の如き坊主頭で目つきは悪く、ならず者と言われても遜色ない鋭さを放っており、黒い革鎧を全身に着込んでいる。全身にぴったりと合っているその革鎧は隠密性を高めながらも最大限の防御力を発揮できるように作られている。周囲が銀等級であるため目立っていないが彼だけは()()()()()()()。だが、銀等級の一党に入っていて、なお気後れすることなく振舞っていることからもその実力は非常に高い。

彼が今尚鋼鉄級なのは彼が冒険者となる前の生い立ちの話になるのだがそれはまた別のお話。彼は一党の中で斥候と軽戦士を兼ねていた。

 

「まったく…貴方もいい加減少しは態度を改めなさいよ。この前も昇級審査ダメだったんでしょ?」

 

「いいんだよ。上辺しか見ねぇ連中が何考えてるかなんて知りたくもないね。言っとくが嘘言ったりはしてねぇからな」

 

「…だったら何が悪いんだろうね?僕の目から見ても君は口調こそ荒いところがあるけど悪人でないことは理解してるつもりだけど」

 

「さーてね。大方俺が冒険者登録の時に賊紛いの生き方をしてたって言ったからかもな。あっち(ギルド)としても問題のある人間をほいほい昇級させんのは不味いとでも思ってるんだろ」

 

「うーむ…しかし貴公ももう冒険者としては長いだろう。既に冒険者としては熟練者(ベテラン)の領域のはずなのだがなぁ」

 

森人野伏が呆れながら、圃人軽戦士が疑問に思いながら、男騎士が顎に手を当てながら考え込むように言った。

 

「…別にいいだろ、俺のこたぁよ。昇級審査に呼ばれるっつうことは経験点は溜まってんだろ。あとは然るべき時に上がっていくさ。…まぁいつまでもこれじゃ旦那に顔向けできねぇのは確かだけどよ」

 

「だったら…」

 

「おっと、それ以上はいけねぇぜ?俺達の決まり文句を忘れたのか?旦那が言ってた言葉を忘れたなんて言わねぇよな?」

 

「忘れるわけないでしょ。…分かったわ。このことに関してはもうやめにしましょう。私も貴方の性格はある程度理解してるつもりだしね」

 

「そういえば彼は…まだ戻ってないみたいだね。彼の実力なら僕たちよりも早く戻ってきていても良さそうだけど…」

 

「うーむ…私の予想ではまた予想外の事態に巻き込まれているのではないだろうか!いやはや、これは話を聞く楽しみができたかもしれんぞ!」

 

「嬉しそうに言うことじゃないでしょ…まったくもう…」

 

男騎士が心配いらんとばかりに笑っている中、森人野伏は、はぁとため息を吐いた。最も彼女も『彼』の実力は知っているし、信頼もしている。少なくとも『彼』と共に過去に強大な悪魔と戦ったことのある彼女は尚更だった。

しかしそれでも冒険者は昨日話していた人が明日には帰らぬ人になる可能性がある。そう思うと気が気がではならないのだが、『彼』は依頼を受ける数が他の冒険者達と比べても圧倒的に多い。どうやったらあれだけの依頼を受けて平然としていられるのか、彼は何件もの依頼を単独でこなしていた。ここにいる全員が彼と出会い集められ組んだ一党ではあるものの全員が揃って依頼に臨んだ回数は未だに数えられる程度しかなかった。

 

その肝心の彼からも「私は単独の方がやりやすいし、何より余り物の依頼に貴公らを付き合わせるわけにはいかんよ」などと言われてしまっては引き下がるを得なかった。

 

そういう事じゃないんだけどなぁ…。

 

誰に言うでもなく一人憂いを帯びた表情で物思いに耽る。

 

その表情を他の人物が見れば多くの人が見惚れたであろうが、ここにいる人物は全員が揶揄うような笑みを浮かべていた。

 

「おいおい姐さん。まーたお惚気顔になってるぜ?」

 

「へ?あっいや違っ…!」

 

はっとして気づくが既に遅く皆が皆生暖かい目をしていた。

 

「『彼』の事が心配なのは分かるけど、そう心配する必要はないんじゃないかな。付き合いは君が一番長いはずだしね」

 

「うーむ…これも若さか。いや森人の貴公と比べたら私達の方が若いのか…うーむ…」

 

男騎士は半ば場違いな事を言っているが森人野伏の耳にはその言葉は入ってこなかった。

 

「おいおい、何言ってんだ。確か姐さんは今年で―あだっ!?」

 

パコーンという小気味いい音と同時に男斥候がひっくり返る。宙に舞った空のジョッキを森人野伏が投げたのだと気づいたのは男斥候が倒れた後だった。

 

「それ以上言ったら、次は蹴り飛ばすわよ…」

 

「「………」」

 

圃人軽戦士と男騎士は無言で我関せずを通した。今何か言えばとばっちりを受けそうであった為に。賢い選択である。

 

「いでで…事実だろうに…」

 

そう言いながらも起き上がる男斥候をよそに赤くなった顔を誤魔化すように果実水を飲む森人野伏。そんな彼女を見て彼等の視線がまた生暖かくなったのは言うまでもない。

 

「やれやれ…これじゃ彼も苦労するね…っと噂をすれば、戻ってきたみたいだよ?」

 

圃人軽戦士がジョッキを片手に顎でギルドの入口を指し示す。そこには件の『彼』の姿があった。

 

軽量化の為に削れた鉄の兜や手甲。そして軽量でありがなら隠密性を損なわずに防御力を確保した革鎧。鎧の一部が壊れているのは何かと戦ってきた後だからか、一部は落としきれていない返り血が残っていた。

彼の姿を見て表情を明るくし、手招きをする森人野伏を見て、圃人軽戦士は何度目か分からない苦笑いを浮かべた。

 

 

 

~~~

 

 

 

「(この時期はいつも騒がしいな…)」

 

依頼を終えて、ギルドに報告しにきたのだが寒さを乗り越えた先のこの季節はいつも騒々しいと思う。まぁ新人達が増える時期でもあるし、ギルドもその対応で大忙しだ。自然と騒がしくなるものか。そう言って俺はギルドの窓口へ報告へ行こうとして、自分を呼び止める声に気がついた。

声のする方を見れば森人野伏が机から立ち上がり手招きをしている。周囲には俺がこの五年間で出会った仲間達が集っていた。今はギルドの受付も忙しそうなので彼女達の元へ向かう。

 

「おお!貴公!無事だったか! 今回は確か都の方まで行っていたのだったか?」

 

「ああ。この姿(ザマ)では無事と言っていいのか怪しいが…」

 

「…その様子だとやっぱり何かあったんだね。今回は何があったんだい?」

 

「行方不明になったであろう場所にキマイラがいたよ。周囲に喰い散らかされた肉塊に認識票があったことからそいつが犯人だろうさ」

 

「キマイラって…金等級の討伐対象じゃない!都の冒険者は何をやっているのよ!?」

 

俺が相手にした相手が等級以上の怪物だと知って立ち上がる森人野伏。彼女にしては珍しいな。ここまで露骨に感情を出すとは。

 

「落ち着けって姐さん。で、旦那。そのキマイラはどうしたんだ?」

 

「勿論その場で殺したよ。それぞれの三つの頭を全て切り落とした上で向こうにも確認は取らせた。それに行方を眩ませたのは鋼鉄級の冒険者だったんだ。第八位の冒険者の捜索に金等級を動かすわけにも行くまい。…全くつくづく自分の不運を呪いたくなるよ」

 

「はははっ…でも流石だね。生きて戻るだけじゃなくて返り討ちにするなんて」

 

「うむ!うむ!これは貴公の武勇に祝杯をあげねばなるまい!ほれ貴公も飲まんか!」

 

そう言ってエールで満たされたジョッキを渡してくる男騎士に俺は兜の下で苦笑いをして返した。こうした陽気な所はかつて俺を友と呼んでくれた玉葱鎧の騎士にそっくりだ。

 

「これから報告に行くのに酒の匂いを撒き散らすわけにもいかんよ。気持ちは有り難く受け取るがそれはまたの機会にな」

 

「ううむ…そうか…残念だ…」

 

いくら酔わないと言っても真っ昼間から酒を飲みまくるような人間になったつもりはない。彼に悪気がないのも理解はしているのだが。

 

「ったく…おっさんもいい加減分かるだろ…祝杯あげんなら全員がもう休むだけの夜頃だって相場が決まってるだろうが…」

 

そう言って呆れながらも場を取り持つ男斥候。彼と出会ったときに崖から蹴落とされそうだと思った過去の自分を殴りたい。…いや、もしかしたら過去に似たような事はしているのかもしれないが。

 

そうこう話合っているうちに受付を見るといい具合に空いてきていた。そろそろか。

 

「では私は、報告と所用を済ませてくるとしよう。貴公らはまだここにいるのだろう?」

 

「うん。僕らは少し前に戻ってきてたからね。午後になって受けられそうな依頼があったら受けようかって話はしていたよ」

 

「そうか。ならまた後で合流して俺も依頼を受けるとしようか」

 

「ちゃんと汚れは落としなさい?そんな血腥い格好じゃ周りに迷惑がかかるわよ?」

 

「分かっている。装備には予備がある。修理の間は予備の方にちゃんと着替えておくさ」

 

そう言って俺の鎧を指さしながら注意をする森人野伏を尻目に俺はギルドの窓口へ向かった。

後ろからまた後でねーと聞こえる野伏の声を聞きながら。

 

…直後に男斥候の悲鳴が聞こえたような気がしたが気のせいだろう。

 

 




幕間にもあるけど一まとめにすると話めっさ長びいたので分割。

「彼」にできた新しい仲間。何?誰かに似ている気がするがきっと気のせい。多分。

ほら良くいるでしょ。めっちゃ似てるけど別人みたいな人。え?いない?あ、そう…



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第15話 変わり者

おう、あんた、どうやらまともそうじゃないか

嬉しいよ。こんな吹き溜まりでも、どうして出会いはあるものだ

お互い、協力できることもあるだろう。その時は、よろしく頼むぜ


~~~

 

 

俺は一足先によく組んでいた仲間と別れると受付に報告をしにいった。都の方に依頼の報告自体はしているので、本来は必要ないのだが受けたのはここのギルドなので一応報告はしておこうというわけだ。いつの時代も報連相は大事なのだ。

 

「今戻った。向こうにも報告は済ませたが一応こっちにも報告はしておく。報告書は向こうで書いてきたからな」

 

いつも俺の応対をしてくれている黒い髪の受付嬢に報告をする。彼女は一瞬明るい表情を見せて報告書に目を落とすとすぐさま真剣な表情になった。

 

「おかえりなさい、放浪さん。ご無事で何よりです。…やっぱり行方不明の冒険者さんは亡くなっていましたか…」

 

「…まぁ行方を眩ませた冒険者は生きている可能性の方が低い。認識票はしっかり回収して向こうのギルドに提出済みだ」

 

「分かりました。…それにしてもキマイラ、ですか。もう驚きませんけど本当に無茶していませんよね?」

 

「していない、と思う。…多分」

 

うん。()()はしていないはずだ。()()は。何発か腕振り(パンチ)を食らって毒を浴びた程度だ。無茶ではない、と思う。

 

「疑問形ってことは無茶したんですね。全くもう…冒険者は体が資本なんですから。無茶をしてはいけないんですよ?と言っても貴方は聞かないんでしょうけど…」

 

「むぅ…だが無茶をしているつもりはない。無理だと思ったら即座に逃げるし、今回は倒せる相手だったから倒しただけだ。幸い相手は()()だったしな」

 

「もう…わかりました。もう何度も言ったか分かりませんが生きて帰ってくるのは最低条件です。依頼の成功はその次でもいいんですから。今回だって撤退して報告すれば他の冒険者さんが討伐に迎えたはずなんです」

 

「だがその間にまた被害が出たかもしれないんだ。ならば別に倒してしまっても良かったのだろう?」

 

「それは…そうなんですけど…」

 

そこまで言いかけた受付嬢が咄嗟に言葉を止めくすりと笑った。

 

「どうした?何かおかしなことがあったか?」

 

「いえ。こうしたやり取りももう慣れたものだなって思っただけです。まぁ生きて帰ってきてくれてますから今日はここまでにしておいてあげます」

 

「そうしてくれると助かる。…それにしても」

 

何度かもう慣れたやり取りと繰り返して隣の窓口の方を見る。

 

「ちょっとこれ書類間違っているわよ!ワームドラゴンは孵化したての竜!ワームは長虫!」

 

「ひゃいっ!?すみませんっ!!」

 

向こうでは上司にどやされながらも書類や金貨の入った袋を抱えて職務に励む新人の受付嬢らしき人物が見える。薄めの金色の髪をひとまとめにした三つ編みにして前に垂らした女性が涙目になりながらも書類仕事に立ち向かっていた。

 

「今年は随分と忙しそうだな。最近だと一番忙しいのではないか?」

 

「そうですね。彼女も都の研修を終えて出てきたんですけど…さすがにこの状況は想定外だったかしら」

 

書類仕事に四苦八苦している彼女をしばらく見ているとドサりと山のような書類が三つ編みの受付嬢の机に置かれた。あまりの多さにぷるぷると震え涙目になっていた。

 

「はぁ…あの様子だとあの子お昼も食べてないわね…どうしたものかしら」

 

後輩を心配そうに見つめるその顔はもうれっきとしたベテランの受付嬢の風格を出していた。まぁ五年も受付嬢をしていれば当然か。…彼女も変わったものだ。

 

「丁度いい。あそこからいくつか依頼を持っていくとしよう」

 

「え?でもあそこの依頼は恐らく貴方の…ってこれも今更でしたね。…行きましょうか」

 

受付嬢にそう促されて新米受付嬢の元へ向かう。ため息をついて多すぎる書類を前に早くも自分の選んだ道を後悔していそうな顔だ。怪物辞典(モンスターマニュアル)を片手に書類を書く彼女に声をかける。

 

「大丈夫?少し手伝いましょうか?」

 

その声に反応した三つ編みの受付嬢は藁にも縋るような顔で返事をした。

 

「えと…はいぃ。お願いします…」

 

「ああ、もうほら泣かないの。貸してみなさい。一緒にやれば早く終わるでしょ。お昼がまだなら軽く食べてきなさい」

 

「えっでも…わわっ」

 

書類を分けようとして視線を外した瞬間に書類が崩れて一部の書類が受付の外に出てしまう。外に出た書類を拾うついでに中身を確認する。それはここしばらく受けていなかったゴブリン退治だった。

 

「む、ゴブリン退治か」

 

懐かしい依頼を見て俺は思わず呟いてしまった。それを三つ編みの受付嬢がなんとも言えない表情で見ていた。

 

「ええと…そのゴブリン退治…なんですけど…」

 

「一時期減ったと思ったがまた増えたか。この様子だと相変わらず冒険者達の中ではゴブリンは新人の仕事という認識のまま、か…」

 

依頼を見ながらそう呟いた俺を三つ編みの受付嬢は見たことないような物を見る目で見ていた。銀等級(ベテラン)がゴブリン退治に真剣になるのはやはり意外なのか?…いや意外なのだろう。そうでなければこんなにゴブリン退治の依頼が溜まるわけがない。

 

「いくつか受けよう。さすがに全てを捌くことは出来ないが幾らかは()()が引き受ける。あとは地道にこなしていくしかあるまい」

 

「でも…いいんですか?ゴブリン退治は…その…」

 

「身入りが良くなくて、面白くない依頼…世間一般ではそのようだがな。()()()()それが人々に明確な被害をもたらしているのは事実だ。冒険者であるなら何であれ依頼は仕事だ。ならば受けられる人間がやるのが筋というものだろう?」

 

銀等級をゴブリン退治に行かせることで緊急の依頼が入ったときの戦力低下を招くから云々などを以前言われたことがあったが知ったことではない。それが人々に害をなすならそれは俺達の敵だ。

 

「ほら、中にはこういう変わった冒険者さんもいるのよ?しっかりしなさい」

 

「は、はい。あの、お二人はそのどういった関係で…?」

 

「もう、五年程前か。私が冒険者になって以来ずっと彼女に担当をしてもらっているというだけだ」

 

「そんなところね。…はい、放浪さん。ゴブリン退治の依頼を五件。何度も言いますけど、無茶をしないようにっ」

 

ビッと指を俺の顔の前に突きつける受付嬢。業務中のはずだが、そんな私情丸出しの態度でいいのだろうか…。

 

「努力はしよう。保証はできん。…まぁ無茶はするかもしれんが生きては帰るさ」

 

「はい、お気をつけて。複数人で行ったりした場合はちゃんと報告書に書いてくださいね」

 

「ああ、分かった。…そうだ」

 

受付から立ち去る前に三つ編みの受付嬢にソウルから食料を取り出す。酒場で捨てるのも勿体無いと思って持ってきた物だが結局食べていなかった物だ。パンの間に野菜や肉を挟んだ物。俗にいう『サンドイッチ』というものだった。

 

「食事は取っておいたほうがいい。仕事中に腹の虫が鳴るのは恥ずかしいぞ」

 

そう言って今度こそギルドを後にする。

 

後にはきょとんとした三つ編みの受付嬢と、やれやれと言った表情の黒い長髪の受付嬢が残されていた。

 

 

~~~

 

 

「ほら、これで彼がどういった人物か分かったでしょう?『彼』はああいう人なのよ」

 

「はい。でもあの人は一体…」

 

三つ編みの受付嬢は先程立ち去った黒い外套の騎士を思い出していた。騎士にしては無骨な削られた兜。隠密性を意識したような色をした革鎧。どちらかというと戦士の方が合っているような見た目だった。

 

「彼は『辺境の放浪騎士』。聞いたことない?西の街を拠点にしながらあらゆる場所の依頼を受けて飛び回る冒険者で五年前に冒険者になってこのギルドで最も優れた冒険者とされている人。彼が受けた依頼は今のところ必ず成功しているのよ」

 

まるで自分のことのように嬉しそうに語る先輩。彼とは五年の付き合いになるようだし、親心のような感じ…なのだろうか。

 

「あの人がそうだったんですか?そんなすごい方だったなんて…」

 

「まぁ彼にとってはそんな事どうでもいいとか言うでしょうけどね…彼、名誉名声に興味ないって言っていたし…」

 

「おーい。大丈夫ー?」

 

そんな会話をしているともう一人の先輩受付嬢から声をかけられた。黒髪の受付嬢が月のように静かに佇む人とすればこちらは太陽のように明るい笑顔が特徴的な受付嬢だった。長い髪を腰のあたりまで揺らしながら笑顔を振りまいている。

 

「貴方からも彼女に言ってあげて。受付嬢とは何たるかを」

 

そんな話をしていただろうか。と三つ編みの受付嬢は黒髪の受付嬢の方を見るが彼女は既に書類に手をつけていた。

 

「なんだそんなことか。義務って言うのは正義の務めって言うんだよ。もっとビシバシやんなくちゃね!」

 

「というかあんたお昼食べたの?ちゃんと食べなきゃダメだぞー」

 

「私は食べてきましたよ。食べないと持たないもの」

 

「私はその…時間がなくって…」

 

「だったら早く食べちゃいなよ!そこにあるサンドイッチは?あんたのなんでしょ?」

 

先ほどあの黒い騎士が置いていったそれを見る。そこには柔らかそうなパンに挟まれた野菜や肉が瑞々しいサンドイッチが置いてあった。

 

「ほら、早く食べる!次の人来ちゃうよ!」

 

ぐいと無理やり差し出されておずおずと手に取って一口食べる。

 

(あ、おいしい)

 

時間がないという理由で食事を取っていなかったが、空腹だったせいか酷く美味しく感じてしまって。二人が笑っているのに気づいてむしゃむしゃとそれを口に押し込んだ。

 

「はい、食べ終わったら笑顔笑顔!暗い顔してたらいけないぞー?」

 

冒険者さんを見送る人が暗い顔をしてちゃダメですよね。そう言いきかせて鏡を見て笑顔を作る。だがどうにも上手く笑顔が顔に貼り付かない。そんな感じに四苦八苦しているとぬっと受付の前に一人の少年が立っていた。

 

「え、と…?」

 

少年はしばらく無言で立っていたがやがて口を開いた。

 

「良いのか?」

 

何に対しての『良いのか』なのだろうか。どうにも要領の得ない会話に思わず隣の席を見てしまう。片方は書類仕事に、片方は依頼の対応をしていた。

 

―いつまでも甘えるわけには行きませんね。

 

むんっと気合を入れて彼女はどうにか笑みを浮かべた。

 

「冒険者ギルドへようこそ!どういったご用件でしょうか!」

 

 

 

 

~~~

 

 

 

ギルドを出た俺は鍛冶屋に来ている。今日はある物を取りに来たのだ。

 

それは五年前に回収した螺旋の剣だ。当時は折れていたがようやく直すことが出来たらしい。あれがあれば拠点に使える場所を増やすことができる。都のほうにでも突き刺せば移動時間をぐっと減らせることだろう。

 

鍛冶屋の扉を開け、店主が俺を視界に入れると視線で少し待ってろと促された。見ると先客らしき冒険者がいた。見る限り新米だろうか?まだ武器を帯刀していないあたり武器を買いに来たのだろう。仕方ない。用が終わるまで武具を冷やかし―

 

「えーっと。さすがに伝説の剣とかは扱ってない、よね?」

 

…何を言ってるんだこの新人は。仮にあったとしても扱いきれるわけないだろうに。いやそもそも金が足りるわけないか。夢見がちな新人はいつものことだがまさか鍛冶屋にそんな事をいう奴がいるとは思ってもいなかった。店主が眉間を揉みほぐしてため息を吐いていた。吐きたくもなるか…

 

「んなもんが店に置いてあるわけなかろうが」

 

「だよね。じゃあいわくつきの魔剣とか…」

 

「店で売るもんじゃねぇ。第一そういった魔法の武具は軽い魔法の付与だけで桁が違う」

 

…そういえば俺が持っている武具の一部を見せたら店主はどんな反応をするんだろうか。

月の輝きを放つ剣(月光の大剣)光と炎を放つ呪いの剣(双王子の大剣)とか。

金に困ったことがなかったので何かを売りに出したのはこの街に来たときだけだったが緊急で金が入用になったら一部の余った武具の売却も視野にいれてみようか?

 

「…とにかく予算を言え。予算を。どれくらいあるのか分からねぇと武具は売れねぇぞ」

 

呆れながらも店主は本題に戻した。なんだかんだ追い出さずに相手をするのは商売だからか。頑固なようでなんだかんだ面倒見の良い店主だと思う。

 

「お、おう。じゃあえっと、これで買える一番強い武器が欲しいな」

 

懐から金貨の入った袋を取り出してジャラジャラと机に予算を出す若い戦士。…何を持って一番強いと表現するのだろうか。武器の種類によっては長所も短所もあるし、何より武器によって戦い方も変わってくる。質のいい武器、とかならまだ分かるのだが…

 

「盾や兜はいらんのか?」「兜はいいよ。顔が見えなくなるし」

 

そう言って渡された剣を持って顔を綻ばせる若い戦士。しかし顔が見えなくなるからという理由で防具を買わない奴が本当にいるとは…。確かに都とかでは兜を被っていない冒険者は多かったが、それも全てが歴戦の強者であったが故だ。なりたてのペーペーならば予算はまず度外視して出来得る限りの防具は身につけておくべきだろう。

頭は特に大事だ。飛び道具による致命傷(ヘッドショット)を防いでくれるのだから。あとは粘液塊(ブロブ)とか。

 

「悪いことは言わねぇそんなら盾くらいは持っていけ」

 

「使ったことないんだけど…」

 

「それでもだ」

 

流石に盾まで捨てるほどこの新人は愚かではない…はず…

緊急時には殴打が出来、攻撃を弾くことも出来る。小盾でもあるのとないのとでは大違いだ。かの地で両手で特大の武器を構える連中ですら小盾を保険として装備していたくらいなのだ。何かあったときに咄嗟に身を守る物があるのとないのとでは大違いだ。完全に持たないのはそれすら捨てて戦える技量を持った変態だろう。俺には真似できん。

 

若い戦士が盾を見る際に俺をチラリと視界にいれたがすぐに盾の方へと視線を戻した。俺も用を済ませてしまおうか。

 

「頼んだ物が出来たと聞いたのだが」

 

「ああ。おめぇがよこした…楔石だったか?あれを使ってようやくだ。ったく一本直すのに五年もかかっちまった」

 

「すまない。私がもっと早く気づいていればこんなに時間を取らせることはなかったのだが…」

 

「まぁ構うめぇよ。いい経験にはなったがな。…だがこいつは何に使うんだ。武器としての用途に耐えうるものじゃねぇってのは分かるが」

 

「儀礼用の剣、と言ったところだ。…ただ私にはとても大事な物、だからな」

 

「そうかい。まぁ金は貰ってるから何も言わねぇけどよ」

 

ほれ、と言われて出された螺旋の剣を受け取る。…ようやくだ。これでやっと二本目だ。これで活動圏を増やすことができるというもの。

 

俺はそれをソウルにしまい出ていこうとすると、新たに別の冒険者が入ってきた。

如何にも田舎から飛び出し長旅をした…悪く言えば無頼漢のような風体の青年だ。

 

「装備が欲しい」

 

青年はぶっきらぼうに一言だけそう告げた。それに対し店主は「そりゃそうだ」とごく当たり前に返す。盾を見ていた青年も彼のことを興味津々に見ていた。

 

「…金はあんのか?」

 

「ある」

 

間髪いれずに答えて青年は金貨の入った袋をカウンターへと放った。じゃらりと金貨が中から零れ、崩れる。店主が一枚噛んで本物かどうかを確かめているが反応を見る限り本物のようだ。

 

「おめぇお袋さんか姉の財布でもちょろまかして来たのか?」

 

「………そうだ」

 

一瞬間を開けて青年は答えた。俺はその答えに僅かに怒りが篭っているのを感じた。死んだ家族の残した物だったりするのだろうか?店主も不満げに鼻を鳴らしているが客である以上無碍には出来ないのだろう。

 

「で、物は何が欲しいんだ」

 

「堅い革の鎧と、円い盾」

 

店主が「ほう」と声を漏らすが、俺も兜の下で同じ言葉を呟いた。先ほどの青年と違いこの青年は明確に自分が欲しい物を示した。まるでもう自分が倒しに行くべき物を決めているかのようだ。

 

「武器はどうすんだ」

 

「剣。…片手剣だ」

 

「盾持ちならそうだわな。なら…」

 

「これだ」と言ってカウンターの後ろに陳列されている内の一本を取り出した。青年は受け取ると躊躇いなく腰に帯刀する。

 

「(傾いたな…まぁ新人なら当たり前、か)」

 

「鎧は後ろの棚、盾はそっちの壁に引っ掛けてある」

 

「わかった」

 

ずかずかと歩いていき鎧と盾をぐいと引き剥がす。まるで賊が略奪をするような動作だ。

そこへ先ほどの若い戦士の青年が声をかけた。

 

「な、なぁあんたも今日冒険者の登録をしたのか?」

 

鎧を身につけつつ、その言葉に青年はこくりと頷いた。若い戦士は意気揚々と胸を張り、続ける。

 

「実は俺もそうなんだ。良かったら一緒に冒険に行かないか!?」

 

「冒険…ゴブリンか?」

 

浮ついた声の若い戦士とは対照的な現実を見ているような低い声音で返す青年。

 

「いいや、俺の理想はゴブリンなんかよりもうちょっと高いんだ!こう未知の遺跡とか…」

 

「ゴブリンだ」

 

「は?」

 

「俺はゴブリンを退治しに行く」

 

ゴブリンか…いきなりゴブリン退治に行く新人は大抵帰らぬ人になるのだが大丈夫だろうか。だが彼はゴブリンを侮っているようには見えない。むしろその声音からは()()()()()()()()といわんばかりの執念を感じた。

鎧を装備し、盾を持った青年は剣を抜いて軽く素振りをするとカウンターへ再び向かった。

 

「買った。残りの金貨はいくつだ」

 

「毎度。…こんなもんだの」

 

残る金貨は僅か数枚になり、若い戦士が何か言ったのか。店主はギロりと睨んだ。

その後若者は水薬を買って残る一枚の金貨で兜を買った。兜と聞いて若い戦士のほうは店を出て行った。…結局盾も買わないのか…

 

俺はというとさっきからこの新人の青年が妙に気になっていた。まるで過去の自分を見ているかのようで…気づけば店から出ていこうとする彼に声をかけていた。

 

「貴公。少しいいか?」

 

「なんだ」

 

相も変わらずぶっきらぼうに彼は返す。その態度にふっと思わず笑みが溢れてしまった。

 

「話が先ほどから耳に入っていたが…ゴブリン退治に行くんだろう?」

 

「そうだ。俺はあいつらを退治しに行く」

 

「そうか。…なら武器はもう少し短い方がいいな。()()()()()ぞ」

 

野戦なら話は別だがな、と付け加えると青年は自身の武器を見つめて、依頼書を取り出した。

俺が見せてみろ、と言うと青年は無言でそれを渡してきた。…やはり巣穴か。

 

「巣穴ならこういった武器の方がいいな。長いのがダメとは言わん。大物相手にはそちらのほうがいいだろうしな」

 

俺はそういうと短めの直剣(ショートソード)短いが幅広の剣(ブロードソード)を取り出し、差し出した。

青年はその二つをまじまじと見つめると口を開いた。

 

「…いいのか?」

 

「構わんよ。先達からの餞別だ。どちらか好きな方を選ぶといい。ショートソードは単純に扱いやすさに優れるし、ブロードソードの方は少し重みが増すが威力が高い」

 

青年はしばし悩んだ末にブロードソードを手にとった。鞘から抜いて軽く振るともう片方の腰に帯刀した。

 

「すまない。必ず返す」

 

「返す必要はない。新人にいきなり金をせびっていては先達の名が廃る。あとは…」

 

俺はそのまま気になっていた事を新人に告げた。

 

「その兜の角だな。まさか貴公、その角で牛のように頭突きをしてゴブリンを倒すわけではあるまい?」

 

「…ああ」

 

「なら切っておけ。ゴブリン共に掴まれたりして動きが止まれば、そこで袋叩きにされてしまうぞ」

 

「そうか。…まだ何かあるか?」

 

兜を店主に渡して角を落として貰うついでに俺に聞いてくる青年。あとは…

 

「その背嚢だが…失礼」

 

軽く彼の背負う背嚢に触れて材質を確かめる。…薄いな。

 

「水薬はここにいれてあるんだな?」

 

「ああ」

 

「背嚢でこれだけ薄いと壁や床に背中からぶつかったりすればすぐに割れてしまうぞ」

 

そう言って俺は厚目の布と紐を渡した。

 

「これは?」

 

どう使えばいいのか分からない青年に説明する。

 

「それを水薬の瓶に巻けば少しはマシになる。いい小物入れ(ポーチ)ならそれも必要ないんだが…これはそれが出来ない場合の応急措置だ」

 

「そうか」

 

「ああ。…あとはこれを持っていけ」

 

そう言っていくつかの道具を彼に渡す。…思わず苦笑いが溢れてしまう。何故こんなに肩入れしてるのだか…

彼に渡したのは『火炎壺』『毒紫の花苔玉』『花付きの緑花草』だ。

 

「…これは?」

 

「ゴブリン退治に役立つであろう物だ。奴等は良く燃える。その壺を群がっているところに投げ込んでやれ」

 

「………」

 

その手に乗っている素焼きの壺をじーっと見る青年。俺は構わず続けた。

 

「その毒々しい色をした苔は解毒の作用がある。解毒薬よりも効き目が強く、効果が出るのも早い。並の解毒薬では手遅れの状態でも、それならば助かるだろう。奴等の刃物には気をつけろ。雑ではあるが強力な毒を塗っている場合があるからな」

 

「わかった」

 

「あとその緑の草は簡単に言えば強壮の水薬(スタミナポーション)と同じだ。大物とやり合う時にでも齧っておけ。ホブとかな」

 

「ああ」

 

そうしたやり取りを繰り返していると後ろからごとりとカウンターに店主が兜を置いていた。

側面の角が綺麗になくなり、普通の騎士の兜に近い見た目になっている。頭頂部に施されている赤い房飾りがそれを助長していた。

 

「ほらよ、兜だ。ご要望通りにしておいたぞ」

 

「感謝する。…助かった」

 

「それなりに形にはなったじゃないか。…貴公、死ぬなよ」

 

そう言って鍛冶屋を出て行った青年を見送る。果たして彼は無事に生き残れるだろうか?

 

「珍しいな? 『放浪の騎士』が新人にあそこまで自分から肩入れするたぁな」

 

「…どうにも彼を見ていると昔の自分を思い出したのさ。まるで死に急ぐような目が昔の私にそっくりだった」

 

「まぁ冒険者ってのはどいつもこいつも訳ありか。おめぇも含めて」

 

「訳なしの冒険者の方が少ないだろうよ。私もそろそろ行く。また見つけたら持ってくるかもしれん」

 

「…ちっ、分かった。ただ今度は材料も持って来い。あれがねぇと直せねぇぞ」

 

「分かっているさ」

 

そう言ってギルドへ向かい仲間たちの元へ。斥候は嫌な顔をするかもしれないが、気軽にできる依頼としては十分だろう。何だかの道も一歩からだ。

 

俺も『冒険』に出るとしようか。

 

 

この時は知る由もなかったが、彼こそが後に「小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)」と呼ばれる冒険者だった。

 

 

 

 

 




分割した物を時間差で。
こっからちょいちょい原作と混じって行くのでそこまで投稿ペースは落ちない…はず

ただ作者が結構あーでもないこーでもないと悩むタイプでもあるので…ね

気長に待っていてくだせぇ。

毎度の事ですが感想・ご指摘・誤字報告。

ありがとうございますm(_ _)m



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第16話 見えぬ目標

…俺はずっと、何を探して、ここにきたんだ…

…ああ、誰か、教えてくれ…

…俺はいったい、なんのために…


あれから数日後

 

お昼を過ぎた午後の日差しが差し込む森の中。そこに冒険者の声が木霊していた。

 

「むんッ!ウハハハッ!小鬼なぞ私の敵ではないわー!」

 

小鬼を柄が長く取られた特大剣(ツヴァイヘンダー)で叩き潰しながら、玉葱のような形の兜をかぶった男騎士が豪快に叫んだ。

 

「一体だけに気を取られるな。奴等は一匹足りとも逃すわけにはいかん」

 

「おうとも!人々を脅かす小鬼共を許す道理など無し!」

 

俺の言葉に力強い返事を返して、横薙ぎにツヴァイヘンダーを振り抜いて複数のゴブリンをまとめて始末していた。

視界の端に逃げていくゴブリンが目に入り、投げナイフを投げて転ばせて、首根っこを掴んで『浄火』で焼いた。

 

「それっ。…やれやれ、銀等級になってまでゴブリン退治、とはね」

 

ゴブリンの腹を刺し貫いて薙ぐ動作でゴブリンを引き抜いているのは圃人の軽戦士だ。

 

小柄な体躯ながら身の丈以上の槍を自在に操っているのは彼の鍛錬の賜物だろう。目的の為に努力を惜しまず、進み続ける。そんな姿勢が俺にはとても好ましかった。

 

「全くだぜ。ったく旦那も、もうちょい身入りのいい依頼を持ってきてくれても良かったんじゃねぇか?これじゃ全員に報酬分けたら殆ど残んねぇだろ」

 

文句を言いながらも圃人軽戦士と同じく槍を振るっているのは男斥候。軽戦士も兼ねている彼はこの面子では唯一鋼鉄級と等級に大きく差があるものの、その実力を見て俺が誘ったのだ。等級も身分も関係ない。その言葉を見事に体現している男だった。…まぁ風体の悪さと昔の知り合いにとても良く似ていたので当初はかなり警戒していたのだが、それも杞憂だったようだ。…多分。

 

「文句言わないの。これに限らず鼠退治や蟲退治だって立派な仕事なのよ?身入りが少ないからって受けないのは冒険者の名折れだわ」

 

そう言って流れるような動作で弓を引いて、次々とゴブリンを射抜いているのは森人の野伏。彼女は五年前に出会った男戦士の一党で野伏をしており、彼に誘われて同行した遺跡調査で共に戦った間柄だ。男戦士が銀等級に上がって少ししてから戦士と僧侶が一線を引いてしまったので一党としては俺が引き取った形になる。ただそれでも普段は一緒に依頼には行かないが、この面子の中では最も一緒に依頼をこなした回数は多いだろう。

 

「へいへい。で、後いくつだ?もうかれこれ四件は消化したよな?」

 

「ああ。これで五件。…全員分終わりだ。街に戻るぞ」

 

「うーい。あ~ぁ、もっといい稼ぎの依頼に行きたかったぜ」

 

だらしなく伸びをしながらも帰路につく斥候を見て、苦笑いをしつつ答える。

 

「さすがに昼過ぎではもう殆ど持ってかれた後だ。いい稼ぎの依頼なら朝一に行くしかあるまいよ」

 

「…ホント、よく旦那はこんなこと続けられたよな。毎日この数の依頼を見境なしにやってたんだろ?」

 

「ああ。私は私に出来ることをしたくてな。自己満足だが、それが私に出来る唯一の事だと当時は思っていたんだ」

 

やれやれと両手を広げて呆れながらも笑いながら俺を揶揄う斥候。そこにひょこっと顔を出して森人野伏が聞いてきた。

 

「当時は?ってことは今は違うの?」

 

小首を傾げながら聞いてくるその動作は見るものが見ればさぞ魅了されただろう。俺は何も感じなかったが。

 

「今は、な。戦うだけが全てではない事を知ったからな。戦うこと以外にも手を出してみたのさ。これでも料理の一つや二つは出来るぞ?」

 

「あら、そうなの?…なんか意外だわ。貴方、料理なんて絶対しないと思ってたのに…」

 

まるで未知の生物を見るかのような視線を向ける森人野伏。失礼な。五年も戦いっぱなしだと流石に飽きが来るから色んな事に手を出しただけなのだが。見れば周りの皆もすごく意外そうな顔をしている。お前ら…

 

「へぇ…料理っていうけどちゃんと食べられる物だよね?肉を焼いただけ、とかじゃないよね?」

 

圃人軽戦士が興味深げに目を細めている。…揶揄っているな…

 

「ちゃんとした物を作れる。以前何度か酒場の厨房に立ったこともあったぞ」

 

「嘘っ…?じゃぁ酒場にいた人はもしかしたら貴方の料理を食べてたかもしれないの…?」

 

私だって食べた事ないのに…最後のほうは尻すぼみになって聞こえなかったがそんなに意外か。俺はあくまで趣味の範疇を得ないが、皆なら生きる上でいい知識になると思うのだが…

 

「うーむ。であればいずれ貴公の手料理にあやかるとしようか!酒の肴にちょうど良さそうだ!」

 

「機会があればな。その時は文句の言えないような物を食わせてやるさ」

 

「へぇ。じゃぁ楽しみにしてよっかな♪」

 

軽やかな足取りでステップを踏むように前に躍り出て言う森人野伏。だが彼女は森人だから肉は苦手そうだ。昆虫食でも調べておくか…

 

「しっかし、ゴブリン共はホント減らねぇなぁ。旦那も五年の間に結構な数倒したんだろ?」

 

転がっていたゴブリンの死体を蹴っ飛ばしながら男斥候が疑問を口にした。

 

「ああ、そのはずだ。控えめに見ても二日に一度は一日中ゴブリン退治の依頼受けるくらいのペースでやっていたはずだが…」

 

あわよくばそのついでに『俺の敵』の手掛かりを掴めればと思ったが、一向に掴める気配はない。やはり辺境ではなく都の方に行くべきか…?

ここ最近では、俺の知るデーモンの目撃情報もない。ギルドで受付嬢に頼んではあるものの余りいい成果は出ていない。昇級の話も真面目に検討すべきか。一応向こうが言うにはもういつでも昇級させていいとの事だが…

 

「奴等はどこから来ているんだろうね。曲がりなりにも混沌の連中、呼び寄せている奴等がいるのは間違いないと思うんだけど」

 

顎に手を当てて圃人軽戦士が考えを述べる。幼さの残る顔立ちのはずなのにその仕草が妙に合っていた。

 

「うーむ…私が思うに小鬼共は、あの空の月から来ていると思うのだが、どうだ!」

 

腕を組みながらもそんな事を言う男騎士。玉葱兜の姿がかつての友を思い起こさせる。あいつはいつも答えを出すのに考え込んでいたな…

 

「馬鹿言うなよおっさん。それなら流れ星は小鬼とでも言いてぇのか?だとしたらとんだ大惨事じゃねぇか」

 

両手を広げて呆れながらもそんな事を言う男斥候。なんだかんだでこいつは現実主義だ。

 

「まぁ構うまい。そういった答えはいずれ然るべき時に出るものだ。そろそろ街に戻るぞ」

 

…とは言ったものの、本当に出るのだろうか。未だ俺自身、倒すべき敵を見つけられていないのに。

 

 

 

~~~

 

 

 

ギルドに戻って報告を済ませ、一党の皆と軽い祝杯を挙げた後、俺は自宅へと戻っていた。この五年間の間に余った金で改装をしたおかげか、ある程度綺麗になっていた。

一軒家と何ら変わらない大きさのそれには欠けた月に剣を添えたシンボル(暗い月の騎士の紋章)がついており、全体は白く、如何にも誰かが通っていそうなものだが、俺以外の人はいない。地下室は倉庫だが、今は特に何も置いていない。…というか不死人()はソウルに物がしまえるので実質ただの地下室扱いだ。片付ける前に木箱やら何やらが置いてあったので恐らく倉庫だったのだろう。

 

裏庭にある篝火で腰を下ろし、夜空を見上げて思案する。

 

どうしたものか…

このまま辺境で依頼を受け続けていくか。あるいは都に移り()()()()()を受け取るか。

 

実際こちらで受けた依頼はまだしも、受付嬢を通してまわされてくる名指しで送られてくる依頼は大体が都に近い場所だ。最近…特に一年ほど前からその機会はかなり増えていた。

 

大体七日に一回(週一)くらいのペースで来ていた気がする。

最近は収まってきたと思ったが…それもこの前の捜索依頼兼キマイラ退治によって再び都付近へ向かうハメになった。

 

今俺に示されている道としては少し前にも挙げたが昇級がある。

受付嬢が言うにはもう金等級にはいつでも上がれるらしいのだが、当時は一度断った。金等級とは冒険者の等級第二位であり、国家レベルの難事に関わる冒険者だ。

言い方が悪いかもしれないが、つまり金等級になれば、向こうで当分は難事にこき使われて、自由に動ける時間が減る、ないしは無くなるということだ。故に俺が昇級を断ったのは自由に動けなくなる可能性が高いからだった。そうなれば手掛かりを探すどころではない。

 

五年前に魔神王とやらを倒した冒険者の一党もその功績を讃えられて金等級になっているらしい。

俺はそんな功績はないのだが、それも過去に向こうのギルドで金等級案件の怪物を何度も返り討ちにしたからだろう。

 

気づけば帰ってきたとき受付嬢に昇級の話を嬉しそうにされたのを覚えている。ただその時、受付嬢の顔が僅かに曇ったのも見逃さなかった。俺が昇級を断ったらすぐにパァッと顔を明るくしていたが。何故だ、やはり金等級の冒険者は過酷なのだろうか?

 

俺は『英雄』の仲間入りを果たすつもりはない。ない、のだが…

 

選択肢は二つに一つ。虎穴に入らずんば何とかを得ずとも言う。

 

…俺も、いい加減選ぶべきなのかもしれない。つまらない意地を張っても仕方ないのだ。いつまでもこのままでは、俺も前に進めない。

 

もう少しだけこちらで活動したら、昇級の話を受けてみるか…

 

「…道化だな。これでは」

 

 

〜〜〜

 

 

ギルドへ向かい、いつも通り依頼を見ていると、後ろから声が掛けられた。

 

「よぉ旦那。相変わらず余り物を漁ってんのかい?」

 

振り返ると男斥候がニヤついた顔で立っていた。得物である槍を肩に担ぎながら依頼書をチラつかせている。

 

「私はな。そういう貴公はどうしたんだ。今日は別行動か?」

 

「まぁな。俺は俺で単独でもやれそうな依頼があったからよ。…受付からは渋い顔されたけどな」

 

「いつものことだろう。貴公は実力はあるんだ。堂々としていればいい」

 

「なーに、今更気にしてねぇよ。んなこと気にしてたら冒険者なんざやってらんねぇってな」

 

「手は必要か?」

 

「いや、いらねぇ。旦那の手ェ借りるほどじゃないしな。…仮に罠があったとしても(騙して悪いが)、俺の事考えりゃ分かるだろ?」

 

「…だろうな」

 

「そういうことだ。『好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰の為でもなく』それが俺達のやり方だろ?」

 

俺達が顔合わせをして、俺の在り方を示した言葉をそのまま言ってみせる斥候。…未だに覚えていたとはな。

 

「それを言われたら、私は何も言えんな。死ぬなよ?」

 

「へいへい。俺様にかかりゃちょろいもんってな」

 

んじゃぁな。と言って手をひらひらとさせてギルドを出て行く斥候。まぁあいつは前衛もこなせるし、人の悪意に鋭い奴だ。()()()()()類に関しては心配はいらないだろう。

 

俺の方はというと掲示板に貼られているものではどれも、手を出しにくいものばかりだ。

手を出しにくいと言っても厳しいというものではなく、場所が遠いのだ。

全体的に指定された位置がバラバラで、これでは一個をこなしてもう一個と行こうとすると移動にかなりの時間を要してしまう。

 

…参ったな。一件だけ受ける、というのも…恐らくすぐに終わって時間を持て余すだけだ。

仕方ない、こういう時は…

 

素直に受付に行くとしよう。貼り出されていない近辺の依頼があるかもしれない。

 

 

~~~

 

 

俺はいつも世話になっている黒髪の受付嬢に声を掛ける。彼女は俺を見るなり手をつけていた書類仕事を中断して、普段と変わらぬ笑顔で応対してくれた。

 

「どうしました放浪さん?何か依頼でもお探しですか?」

 

「ああ、どうも今日はあちらに貼り出されている依頼の場所が疎らでな。近場の依頼があればと思ったんだが」

 

「ああ…新人さん達が増えた時期だからと言うのもあって近場の依頼は殆ど残ってないですね。…一応あるにはあるんですけど…」

 

珍しくそう言って苦笑いし、視線を落として口篭る受付嬢。何があったのだろうか。

 

「…何か、あるのか?」

 

「それは、まぁ…」

 

すっと隣の受付を手で示す。その動きに釣られて隣を見てみると机に突っ伏している髪を三つ編みにした新人の受付嬢がいた。そしてそこに積まれている書類の山。そういえば彼女はゴブリン退治の書類を…

 

「…そういうことか」

 

人知れず溜息が漏れてしまう。成る程なぁ…彼女も苦労するわけだ。毎日毎日減らないゴブリン退治の書類の山。あれを受ける冒険者が他に何人いるだろうか。今となっては俺は余り意識したことがないが他の人々にとっては報酬も安く苦労に見合っていない為か、やはり白磁の新人を除いて受ける冒険者は殆どいないようだ。

そうこう思案していると巨漢の冒険者が新人受付嬢のところへ顔を出した。

 

「よぉ、トロル退治の依頼なんかないか?ありゃぁ上手くやりゃ結構稼げるんだが」

 

「すみません。今日はトロルの依頼は…」

 

顔を曇らせながらも書類をめくっていく新人受付嬢。…あの様子だとなさそうだ。

 

「あの、ゴブリンでしたら…!」

 

「ゴブリン?」

 

新人受付嬢がゴブリン退治の依頼を提示するが、対面の巨漢の冒険者の反応は渋かった。まぁそれが普通か…

 

「ゴブリンなんて身入りも少ないし、面白くもねぇからな。そういうのは白磁の仕事だろ」

 

その反応を見て、新人受付嬢が一瞬唇を噛んだ。

…あの表情は以前にも見たことがある。俺を担当してくれた受付嬢も五年前にあんな表情をしていたことがあった。依頼を選ぶのは冒険者の自由。あくまで彼女達は斡旋する立場であって無理強いをすることはできない。してはいけないのだ。

 

…過去に半ば押し付けられるように受けた依頼もあった気がするが、あの時は他に回す人間がいなかったんだろう。そうだと思いたい。

 

「すみませ…「ゴブリンか?」

 

新人受付嬢が頭を下げようとしたその時、いつぞやに聞いた低い声が聞こえた。

巨漢の冒険者の後にいた声の主は、以前俺が助言をした青年だった。

顔を覆い隠す鉄兜に薄汚れた革鎧、片腕には小盾を括りつけ、腰には俺が渡した短めで幅広の直剣(ブロードソード)を下げている。

 

以前は見た新品同様の綺麗だった面影は消え、すっかり汚れたその装備は幾度かの冒険を経た証拠になっていた。

 

「ゴブリンか?」

 

「あ…、はい」

 

繰り返し言う青年の問いに新人受付嬢は小さく頷いた。青年は淡々とした口調で言葉を続ける。

 

「そうか。ゴブリンなら俺が行こう」

 

「なんだ、白磁の坊主か。お前この前もゴブリン退治請けてなかったか?」

 

青年を横目で見ながら巨漢の冒険者が訝しげな顔つきになる。青年はその問に対しても淡々と答える。

 

「ああ、ゴブリン退治をした」

 

「ふぅん。そうか」

 

興味もなさげに巨漢の冒険者は頷き、直後に笑みを浮かべてカウンターから書類を一枚手にとった。

 

「なら、ちょうど良い。俺はこっちの、火冠山(ファイアトップマウンテン)とやらの魔術師退治をやらせてもらうぜ」

 

「あ、はい!地下迷宮だそうですので、どうぞお気をつけて」

 

慣れてきたのか慌てながらも、滞りなく書類を書くその姿は五年前の受付嬢を思い出した。…彼女はもう少し落ち着いていたような気がするが。

 

「新人はゴブリンか鼠退治から頑張んな」といって巨漢の冒険者は立ち去っていく。俺も行くか。

 

「私も依頼を受けたい。何かあるか?」

 

横から入る形になってしまうが今回は問題ないだろう。

 

「あんたは…」

 

「わ、ええと。今あるのですと…」

 

こちらに気づいた青年とわたわたと慌てる受付嬢。書類をペラペラと捲ると、目に止まったであろう書類を一枚俺に見せてきた。

 

「こちらの、遺跡調査とか…!」

 

調査、調査か。それも遺跡と来た。彼女としては咄嗟に手にとった物なのだろうが、俺にとってはこの世界での遺跡調査にあまり良い思い出がない。

デーモンがいるわ、罠が多いわ、入り組んでいるわ…他にもあげればキリがない。

 

「いや、私は近場の適当な依頼を受けに来たんだ。私が第三位(銀等級)だからといってそんな無理に身入りの良い依頼を出さなくてもいいんだが…」

 

本音は可能なら調査依頼に行きたくないのだが。少し前にも新人の一党が遺跡調査に行っただのという会話が聞こえたのだが良く無事でいられたものだ。

 

相変わらず調査依頼の脅威度の認識がおかしい気がする。いくら一党を組んでいても新人達を何も分からない遺跡に何故放り込めるのか?それとも俺の行った遺跡がたまたま化物が潜んでいただけだったのか?うーむ…

 

「ええと、それですと…その、ゴブリン退治、とか…」

 

無理やり作ったような笑顔で、書類をペラペラとめくって見せる新人受付嬢。

 

「なら、それで構わん。貴公もゴブリン退治か?」

 

「ああ。ゴブリンだ」

 

鍛冶屋で助言をしてから、この青年からゴブリン退治について聞かれた事があったな。

ただその内容はどうすれば効率的に奴等を殺せるか、というものが殆どだったが。

 

その時、俺は自身が思いつく可能な限りの助言をしたつもりだが、果たして何程役に立っただろうか…

 

特に大変な巣穴に関しては、

 

火攻めをする。

生き埋めにする。

通気口になっている穴から油を流し込んで着火する。

といった物くらいしか俺には浮かばなかった。情けない。

一応毒ガス(毒の霧)で燻り出す戦術も言おうか迷ったが、まだ新人である彼には厳しいだろうと思った為やめた。

 

「えっとですね。まず一件あるのが村の家畜を攫って、見張りの人が―」

 

「請けよう」

 

青年は依頼書を彼女からひったくるように受け取り、内容を見る。

 

「五、六匹か」

 

隣から俺も内容を見る。五、六匹では巣穴の類は無さそうだ。

 

「ふむ…それなら追い出された『渡り』の連中か。大したことはないな」

 

「…『渡り』とは、なんだ?」

 

俺の発言に青年が視線を向ける。その表情は兜に隠れ、見えなかったがどことなく疑問符を浮かべているように見えた。

 

「簡単に言うと『巣穴を持たないゴブリン』の事だ。今回貴公が手にとった依頼は単純に巣穴を失った、ないしは追い出された物だな」

 

「そうなのか」

 

「ああ、だがこれにはもう一つ意味がある。巣穴にいる『渡り』は経験を積んで巣穴を『渡り』歩いた連中を指す。シャーマンのいる巣穴にいるホブ…大柄な奴が大抵がそれだ」

 

「なるほど」

 

口数は少ないが会話は成立している。…本当に昔の俺を見ているようだな。

その様子を見ていた新人受付嬢がくすりと笑った。

 

「む、どうした?」

 

「何でもありません。えっと、それで依頼の方は…」

 

「今回は私も同行しよう。…する必要もないと思うがな」

 

「…いいのか?報酬は…」

 

「ああ、貴公が全て持っていけ。白磁の新人の依頼に酔狂な冒険者がついてきた程度の認識で構わんよ」

 

「そうか…わかった」

 

青年は少し思案して黙った後に了承の意を示した。

そして一通り、新人受付嬢から説明を受けて、彼女から「いつも、ありがとうございます!」と感謝の言葉を受けた。

 

隣の新人は何故感謝されたのか分かっていないようだったが。

 

 

~~~

 

 

「そっちに行ったぞ!」

 

「うわわ、逃げられちゃう!」

 

「囲めばそんなに苦労しないな!」

 

「気をつけてください!ゴブリンとは言え怪物ですから!」

 

どうやら俺達以外にもここの依頼を受けた奴がいたらしい。以前武具屋で見かけた若い新人の戦士とその仲間がいた。

 

前にも街中でチラりと見かけたがそれなりにバランスの取れた一党だ。

 

頭目(リーダー)である若い戦士と鉱人(ドワーフ)の戦士による前衛。

半森人(ハーフエルフ)野伏(レンジャー)と禿頭の只人(ヒューム)僧侶(プリースト)による後衛の一党だった。

 

彼等の一党と青年があちらで取り掛かっている間に俺は三体のゴブリンを相手していた。

今回の依頼で確認できたのは合計で六。向こうに三。こちらに三で半々で受け持っていた。

 

恐らく片方が囮を引き受けてその間にもう片方が盗むという算段だったのだろう。そのくらいの事は考えついたようだが残念ながら無意味だ。

 

俺は後ろ向きに倒れたゴブリンを踏みつけながら首に刺さった打刀を引き抜く。振り向くと、二匹の内一匹は逃げようとしていた。

 

もう一匹も後に遅れて逃げようとするが、同じ方向に逃げている時点で悪手だ。

投げナイフを慣れた手つきで投げるとヒュッという風切り音と共にゴブリンの足に突き刺さり、見事に二匹ともずっこけた。

奴等の落とした雑な作りの手斧を拾うと片方の頭に叩きつけ、もう片方は打刀で首を跳ねた。

 

俺の方はノルマは達成だ。向こうはどうだ…?

新人達は新人達で半森人の野伏が《泥罠(スネア)》で足止めして転んだゴブリンに鉱人の戦士が斧を振り下ろしていた。いい連携だ。

 

「これで撃破数は互角じゃな!」

「言ってろよ。次は俺が勝つから」

「どうやら怪我人はいないようですね。安心です」

 

ふぅと胸を撫で下ろしながら禿頭の僧侶が安堵の息を漏らした。

 

「そちらはどうですか?」

 

「問題ない」

 

「既に終わった。滞りなく、な」

 

見れば青年の方もゴブリンを組み伏せて、その背にブロードソードを突き刺してゴキリと背骨をねじ切っていた。

 

「一つ」

 

淡々と数を数えるその姿はまるで作業をしているかのようだった。

 

「…そちらで二、あっちで三、合わせて六か」

 

「ああ。やっぱベテランの冒険者は違うな!あっという間に片付けちまうんだし、俺も早くなりたいぜ!」

 

若い戦士は剣を鞘にしまいながら、息巻いて俺の方を見た。その目は、まるで失敗など有り得ない、未だに現実を知っていない目だった。…危ういな。

 

「貴公らも自身の実力を見誤らずに依頼をこなしていれば自然となれるさ。後は問題を起こさなければな」

 

「問題…?」

 

半森人の野伏が小首を傾げて、疑問を口にした。視線を移すと俺は彼女の疑問に答える。

 

「ああ。実力があっても性格や人格に問題がある奴は昇級出来んからな。力が全てと言うようなならず者同然の連中を上げるわけには行くまい?」

 

その言葉に新人の一党達は皆が成る程なぁと言った表情を浮かべていた。そして青年はふぅと息を吐くとニッと笑って話しだした。

 

「まぁゴブリン退治は装備を整える為だったからな。次の依頼は大変そうだ」

 

ほう、次の依頼ということは新人ながらに複数の依頼を受けたのか。

 

「ゴブリンか?」「違うって」

 

「鉱山の探索依頼なんだ」

 

そんなやり取りを交わす新人達。鉱山。鉱山か。粘液塊(ブロブ)は気をつけていればいいとしても大丈夫だろうが、岩喰怪虫(ロックイーター)とかも潜んでいたはずだが…

以前、何処かの鉱山内部で戦ったが、中々手こずった記憶がある。だが音を感知するとわかった瞬間に音送りを使って出てきた所に魔術(ソウルの結晶槍)を打ち込んで外殻を無理矢理貫いて討伐したな。

 

「金が取れなくなっちゃたんだよねー」

 

「大方、奥に怪物の手合いでも潜んどるんじゃろ。しっかしまさか他の冒険者とバッティングするとはなぁ」

 

確かに、これは俺も初めてだった。俺達が受けたのは村の防衛。あちらが受けたのは討伐の依頼だったらしい。

 

「まぁこれも何かの縁だ。なにせこいつと俺は同じ日に冒険者になったんだからな」

 

そう言ってバシバシと青年の肩を気安く叩きながら、ニカッと笑った。俺はその間にゴブリンが全て死んでいるかを確認して回っていた。

 

「なぁ、お前普段は単独(ソロ)なんだろ?良かったら次も一緒に…」

 

「いや、」

 

最後の確認をし、若い戦士がそこまで言いかけた所で俺の背後に倒れていたゴブリンが急に起き上がってきた。やはり死んでいなかったか。突如起き上がったゴブリンに新人の一党は身構えるが、襲った相手が悪かったな。

俺は手を伸ばし迫るゴブリンに対し盾を持った左手を振り返りながら思い切り振り抜いた。

ガンッという鈍い音と共にゴブリンが地面に打ち付けられ、そこに青年が剣を突き刺して止めをさした。

 

「ゴブリンだ」

 

「ちっ、死んだフリをしてたのか!」

 

「浅かったな。止めは確実に刺しておけ。冒険者をやる上でこういった不足の事態は付き物だ。常に気を配り、ギルドに帰るまで安心はするな。()()あってからでは遅いぞ」

 

死んだゴブリンを見ながら新人達に経験をそのまま口にする。新人達は顔を少しばかり青くしながらも頷いた。…こうして口頭で伝えることしか出来ないのが辛いな。今なら受付嬢の気持ちが分かる気がした。彼等は俺と違って死んでも蘇る事は出来ない。彼等の命は一つなのだ。彼等を見据えそのまま言葉を続ける。

 

「決して不安にさせるつもりはないが、兎に角気をつけろ。貴公らはこれから鉱山へ行くのだろう?ならば明かりは常に持ち、あまり音は出さずに、後は敵の奇襲…特に頭上からの奇襲には気をつけることだ」

 

「…分かりました。ありがとうございます」

 

禿頭の僧侶がお辞儀をして礼を述べる。言葉を並べるより同行するべきなのかもしれないが…

流石に自分の請けた依頼を放り出すわけにもいくまい。

 

「ああ、冒険者は命があってこそだ。死ぬなよ」

 

そう言うと彼等は次の依頼に向かった。

俺は青年と共に、村でゴブリン達の増援が来ないか、一晩明かすことにした。

 

日が沈み夜も更けた外で俺は二つの月を見上げた。…変わらない。何も変わっていない。

 

五年。あれから五年だ。俺自身はこの世界には慣れた。だが世界は何も変わってはいない。

…新人達に道を示しておきながら、その実自分は未だに迷っている。…とんだ笑いものだ。

村の方へ目を向けながら俺はポツリと一人呟く。

 

「…貴公は迷うなよ。迷い、何もかもを失った俺のようにはなるな…」

 

その言葉が誰に向けられたのか、知る者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――カランカラン。

 

 

 




それなりに手直ししてこのザマとは…
これが作者の限界か…

繋ぎの回で、すぐ書けるじゃろとか思ってたらそうでもなかった。ハハッワロス

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ありがとうございますm(_ _)m


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第17話 成長とは

互いを仲間と思いこむのは勝手だが

それを信じ、また押し付けぬことだ

クックックックッ…


ゴブリン退治を終えて、鉱山へやってきた一党がいた。

彼等は若い戦士を頭目に、半森人の野伏と鉱人の戦士、そして知識神を信仰する僧侶で構成されていた。

 

鉱山へ向かう途中で一晩休んだ一行は、次は鉱山探索に挑むところだった。

そして彼等が今まさに鉱山へ挑もうとしたときに入口の近くにいる人物に気がついた。

頭目である戦士がその人物に声をかける。

 

「ん?貴様等…ここへ何しに来た?」

 

「俺達はここの探索を依頼されてきたんだ。そう言うあんたは何してるんだ?」

 

「何、ただの依頼帰りのしがない冒険者さ。」

 

男はフッと不敵に笑って見せる。その男は腕を組んで壁に寄りかかっていて、目元を隠すように被っているシルクハットに膝の下あたりまで布地のある黒いコート。焦げ茶色の革手袋とブーツを身に付け、首には襟巻きを巻いている。そして何とも目を引きつけたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「へぇ!じゃあさ、この先に何があったのか知っているのか?」

 

「ちょ、ちょっと、いきなりそんな初対面の人に…」

 

半森人の野伏が遠慮がちに言うが、頭目の戦士は、まぁまぁいいじゃんか。と気楽に言う。

その問に冒険者を名乗った男は、先と変わらぬ調子で答える。

 

「うん?すまんがそこまでは知らんな。別に中に入ったわけではないからなぁ…」

 

クックックッと笑いながら揶揄うように答える男に一党は少なからず、怪しいという印象を抱いた。それと同時にあまり関わっても良い事はなさそうだ、とも。

 

頭目の戦士は顔には出さないように努めて、返す。

 

「そうか…これから中に挑む上で何か情報を得られればと思ったんだけど…」

 

「お主、本当になんも知らんのか?」

 

「先ほど言ったろう?すまんが、何も知らぬものでなぁ…」

 

鉱人の戦士が、帽子の男に問いただすが彼はのらりくらりと返すばかりで、これ以上の情報は期待できそうにない。

 

「…そろそろ行きましょう。あまり立ち往生している事もないでしょうし」

 

僧侶がこれ以上の会話は意味がないと判断したのか、頭目の戦士に先を促し、一行は帽子の男に別れを告げ、鉱山へと入っていく。男は彼等の背中に目線を向けずに呟いた。

 

 

「じゃあな。…また会えるのを楽しみにしているよ…」

 

 

不気味な笑い声が、男の口から小さく漏れる。

そして帽子の男の姿が突如として消えた事に気づいた者は、この場にはいなかった。

 

 

 

~~~

 

 

 

村で一晩明かし、ギルドに戻った俺は青年と共に受付へと向かう。何やら周囲から奇異の視線が向けられている気がしたが、全て無視した。随分昔に、疾うに慣れた視線だ。

そんな俺達二人を三つ編みの受付嬢が笑顔で迎えてくれた。

 

「お帰りなさい!依頼の方はいかがでしたか?」

 

「ゴブリンが出た」

 

青年は相変わらず淡々とした口調で答える。一応俺はついていった側なので報告は彼の仕事だ。

 

「………」

 

「………」

 

「ええと…」

 

しばらく無言が続き受付嬢が困った表情でこちらをみる。やれやれ…

 

「…貴公、それだけではないだろう。それだけでは依頼の報告にはならんぞ」

 

「むぅ…」

 

青年は顎に手を当てて小さく唸った。俺が代わりにしてもいいのだがそこまでやってしまうと彼の為にもならない。青年が何を言おうか考えてるうちに三つ編みの受付嬢が口を開いた。

 

「えっと…数は何匹でしたか?」

 

その問が発されると青年は顎から手を離して、元の姿勢に戻りすぐに答えた。

 

「六匹だ。内三匹は武器は持っていなかった。もう三匹は武器を持っていた」

 

「ええと…三匹が武装なしで、もう三匹が武装あり、と…」

 

受付嬢がさらさらと報告を書類へと書き上げていく。その間も青年はじーっと彼女の方を向いたまま微動だにしなかった。

 

俺は青年に、自分の依頼を受けに行く趣旨を伝える。彼から「そうか」と短い言葉を受け取って、そのまま隣の受付へと移った。

 

「あら、放浪さん。お帰りなさい。…といっても今回は新人さんの付き添いだったんですよね。おつかれさまです」

 

「大したものではないさ。ゴブリン退治で巣穴からはぐれた『渡り』の連中では相手にもならんよ。場所も広い屋外だったしな」

 

五年前から変わらず対応してくれる黒髪の受付嬢に俺は兜の下で苦笑いしながら果たした仕事の内容を簡潔に報告する。些細なことでも報連相は大事だ。

 

「頼もしいですね。…新人さん達が皆あなたのような心構えなら私たちも助かるんですけど…」

 

はぁ…と小さく溜息を吐きながらも笑顔を崩さない彼女は随分と見違えたな。以前は露骨に顔に出ていたのだが…時がすぎるのは早い物だ。

 

「…誰もが私のようでは、別の意味で苦労することになると思うが…。今とはまた違う方向で忙しくなるだろうな」

 

「そうですけどね…それでも、依頼を斡旋した冒険者が帰ってこなくて胃が痛む事は無くなりますよ」

 

「そうか。では尚更、私も死ぬわけにはいかんな」

 

「そうですよ?でも慣れたこととは言え、貴方はもう少し依頼を受ける数を減らしてもいいと思うんです」

 

「努力はしよう。ほ…」

 

「保証もしてください。冒険に絶対がないのも分かっていますけどそこは嘘でも保証をするべきです!」

 

「む…」

 

むすっとした表情でペン先をぴっと向けて、注意をする受付嬢から視線を逸らす。

 

その先では三つ編みの受付嬢が得意げに胸を張って人差し指を立てながら、責任だとか信頼だとかと言って隣の同僚から何言ってるんだかというような目で見られていた。

 

そして報告をしたのもつかの間に俺が元の位置へ視線を戻そうとした瞬間に、俺は即座に視線をまた隣へ移すことになった。

 

「で、ゴブリンの依頼はあるか」

 

「……え?」

 

「ゴブリンだ」

 

彼の発言に周囲が騒めく。…周りの人間はこいつは何を言っているんだという視線を向けているが俺もこの時ばかりは同じ目を一瞬向けてしまっていた。一瞬しか向けなかったのはその姿が、五年前の俺と被ったからだ。だが、俺はあくまでそういう体質(不死人)だから平気だっただけで、彼の場合は違うだろう。休みなく戦い続ければいずれ限界が来てしまう。そうなれば待っているのは死だ。

 

三つ編みの受付嬢はふぅと息を吐くと、口を開いた。

 

「ありますよ。何件か…ただもう少し身体を大事にした方がいいと思いますよ」

 

「む」

 

「分かっていると思いますが、体調管理が出来ないと冒険もできないんですから」

 

ね?と柔らかく微笑みながら彼女は書類へとペンを走らせる。

俺も依頼を…と思ったが先ほど俺も似たような事を言われてしまったばっかりだ。たまには休息を取るとしようか。

 

―近々、寄らねばならん場所もあるしな。

 

受付嬢に今日は依頼はいいと言ってギルドから立ち去る。そんな彼の姿を見て、黒髪の受付嬢は目を丸くしていた。

 

 

 

~~~

 

 

 

燃え残った木々の後が残る草原に風が吹く。森を抜けた先にある場所にその場所はあった。

 

久方ぶりに訪れたはずだが、彼…『放浪の騎士』はその道をしっかりと覚えていた。

 

燃え尽きた木々、割れ砕けた敷石の残骸、茂みの薄い道があったであろう場所。

 

そこは嘗て「村」があったであろう場所であり、その端っこにある場所に彼はしゃがみこんでいた。

 

「………」

 

軽量化の為削られた兜で顔はすっぽりと覆い隠され、その表情は見えないが、彼は瞳を閉じて祈りを捧げていた。

 

そよ風が吹く中何程そうしていたのか…その時ガサりと草木が揺れる音が聞こえた。

 

彼が音のする方へ振り向くとそこには未だ幼さの残る顔立ちの、赤毛の長い髪をした少女がいた。

 

「あ…っと…その…」

 

少女…牛飼娘は目の前にいる人物から視線だけは逸らさずになんとか喋ろうと試みる。が、暫くの間彼女がまともに会話をした相手は五年前に故郷の村を失ったときに引き取ってくれた叔父くらいのもので、それ以外となると最近になって再開できた幼馴染の『彼』くらいだ。

 

「君は?何故このような場所へ来た?」

 

何を言おうかあたふたと迷っているうちに黒い外套の騎士が口を開いた。未だ若さを残しながらもどこか老成したような男の声だった。

 

「えと…ここ、私の故郷、だったんです。ギルドでお願いして、連れてきてもらって…」

 

その言葉に騎士の男は、ほう…と小さく呟いた。その呟きはそよ風の音にかき消され、牛飼娘の耳には入らなかったが。

 

「冒険者の人…ですよね?貴方は、どうしてここに?」

 

おずおずと騎士の男に尋ねる牛飼娘。本来なら自分と幼馴染の彼くらいしか知らないはずの忘れられたこの場所に何故知らぬ人がいるのか気になったのだ。騎士の男は暫しの沈黙の後に視線を落とし、口を開いた。

 

「…もう五年も前の話だ。私がこの地に流れ着いて、最初に訪れた場所がここだったんだ。旅をしていて長らく人との関わりがなかった私は明かりを見てすぐに向かったよ。…その時には手遅れだったがな」

 

ぽつり、ぽつりと、まるで懺悔をするかのように語る騎士の男。

彼の言葉を聞いて牛飼娘は目を見開いた。自分の村に冒険者が来ていたことに。それと同時に、悔しさや悲しさが溢れてくる。

 

目の前の彼が来るのがもう少し早かったら?あるいは滞在してくれていたら?自分も、家族も、幼馴染の彼も、故郷を失わず、幸せな毎日を過ごせていたかもしれない。五年前のあの日、牛飼娘は今も面倒を見てくれる叔父を除いて全て失った。幼馴染の彼は、文字通り全てを失い変わってしまった。

そんなもしもの事を考えていると目の前の騎士が後ろを向いて、しゃがみこみ口を開いた。

 

「…君の言いたい事は分かる。何故もっと早く来てくれなかったのか。…だろう?」

 

「あっ…そ、そんなことは…!」

 

自分の考えていたことを見抜かれあたふたと取り繕うが、彼はフッと兜の下で笑い、立ち上がり振り向いた。

 

「隠さずともいい。そう思うのは至極当たり前の事だ。村にたどり着いた私はゴブリン共を殺したが…遅すぎた。誰も、救えなかったのだから」

 

「それは…」

 

構わずに騎士の男は続ける。

 

「この祈りに意味などない。ここで私が祈ったところで、死んでいった者達の命が帰って来るわけではないし、魂が安らぐこともない。ただの気休めさ」

 

再び墓石の前にしゃがんで、そこに騎士の男は何かを置いた。

 

「あの時私がもっと早くついていれば?もっと前から滞在していたら?結果は少なからず違う物になっただろう。…だからこそ、私は忘れてはならないんだ。救えなかった人達の事を。当たり前の日常を、未来を奪われてしまった人達の事を」

 

そんな今も尚ここの人達の命を背負っている騎士に向かって牛飼娘は声をかけた。

 

「…でも、来てくれてたんですね」

 

「………」

 

騎士の男は答えない。だが、彼の背は静かに肯定しているように見えた。

 

「仕方が、ないですよ。もしもがあったかもしれないけど…でもその時は、きっと仕方なかったんです。…貴方のせいじゃないですよ」

 

その言葉に、彼が何を思ったのかは分からない。彼は立ち上がると、牛飼娘の方を見て、静かに。

 

「そうか…そうならばいいな」

 

先ほどとは少しだけ、明るい声音で牛飼娘に感謝を述べた。

 

「そういえば君はここには一人で来たのか?」

 

「えっ…と、冒険者さんにお願いして連れてきて貰ったんです。叔父さんの牧場の手伝いでギルドに行った時に…」

 

「む…?ということは君が…、牧場の主人は元気か?」

 

「えっ…?は、はい。叔父さんの事知ってるんですか?」

 

「昔な、村を出て街へ向かう時に世話になったのさ。ギルドに食材を届けているのは知っていたが、久しく会っていないからな。私がよろしくと言っていたと伝えてくれると助かる」

 

「そうなんですか…ちゃんと伝えておきますね!」

 

「ああ。…そろそろ私は行こう。あまり余所者が長居するべきではないからな」

 

ではな。と言って牛飼娘の横を通り立ち去る騎士の男。その時一際強い風が一瞬吹いて、牛飼娘は目を閉じてしまう。

 

目を開けた時には、騎士の男の姿は忽然と消えていた。まるで最初からいなかったように。だが、牛飼娘が墓石の根元にある物を見て、それは間違いだと気づく。

 

 

小さな石から放たれる七色の光が草原にひっそりと輝いていた。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

街へと帰還して、その足でそのまま酒場へと入った。

時間もちょうど昼時な為か、それなりに賑わっているようだ。

 

(しかし思わぬ遭遇もあったものだ…)

 

まさか牧場の主人の姪に会うとは思わなかった。しかも彼女があの村の生き残りだったとは…

恨み言の一つや二つは吐かれてもおかしくないと思っていたが杞憂だったようだ。

 

どこに座ろうかと酒場を見渡すと見慣れた顔を見かけた。その人物に声をかけるべく歩き出す。

 

その人物は俺の応対をしてくれている黒髪の受付嬢だった。

 

「君が酒場にいるのは珍しいな。仕事はいいのか?」

 

「あっ放浪さん。私は今お昼の休憩中です。たまにはこういう賑やかな場所でお食事しようと思いまして」

 

そうは言うものの彼女の周りには人がいない。…同僚の一人や二人はいないのだろうか。

 

「…その割には周りに人がいないように見えるが」

 

「うっ…まぁそうなんですけど…えっと…ここなら、その…」

 

言葉につまりキョロキョロと挙動不審に視線を動かす受付嬢。今の彼女からは五年感の成長の跡は見る影もない。まるで五年前に出会った時のようだ。

 

「何かあるのか?目が泳いでいるぞ」

 

「な、何でもありません!貴方が気にするような事は何もないですから!」

 

両手をブンブンと振って何でもないと繰り返す受付嬢。どう見ても何かある態度だが、本人が何もないというなら突っ込むのは野暮というものか。

 

「…そうか。だが何か悩みでもあるなら言ってくれ。俺が力になれるかはわからんが」

 

「あっ…はい。ありがとうございます…はぁ…やっちゃった…

 

彼女は感謝の言葉と共に何故か溜息を吐いて、何かを呟いていた。その言葉は酒場の喧騒のせいで良く聞こえなかったが。

 

注文をしようと女給の姿を探すと離れた位置に見たことのある冒険者の姿があった。しかし何やら様子がおかしい。

 

彼は以前に渡りのゴブリン共を退治した時にいた白磁の一党の若い戦士だったのだが、周囲に一党の姿がない。机には彼以外誰もおらず、酒の瓶やジョッキが散乱している。当の本人も机に突っ伏して、以前の明るさはどこへやらすっかりと意気消沈しているようだった。…俺の予想が間違っていなければ…

 

「彼は…」

 

「はい?」

 

若い戦士の方を見ながら俺は受付嬢に疑問を投げかけた。

 

「あそこにいる若い戦士の事だ。何があった?」

 

「ああ…あの人は…」

 

暗い表情になり、憐れむような目をする受付嬢を見て予想は確信へと変わる。…やはり…

 

「…鉱山の依頼で岩喰怪虫(ロックイーター)に襲われたそうです。半森人の野伏さんがその場で…鉱人の戦士さんが腕を失ったそうです。僧侶の方と彼は無事でしたけど…その…」

 

「もういい。…そこまで分かれば後は言わなくても分かる」

 

つまり彼らは運悪く岩喰怪虫(ロックイーター)に出くわして襲われたのだ。俺自身は何度も退治した経験はあるが、白磁の新人が相手をするのは無理だろう。装備も経験も足りない彼らではどう逆立ちしても勝つことは不可能だ。彼らには悪いが全滅しなかっただけでも儲け物だろう。…こういった光景もこの五年で何度も見てきたが…

 

「…ああいった手合いは多いが…彼には悪いがまだマシな方だ」

 

「え…?」

 

受付嬢が目を丸くして俺の方へ顔を上げる。彼女の方へと顔を向けて続ける。

 

「多くの新人が村を出るなり家から飛び出してくるなりでギルドへとやってくる。そしてその多くが夢を見て希望を膨らませ、冒険者になる。英雄譚に憧れる。実際の冒険者から話を聞いて自分もそうなろうと志す。切っ掛けは様々だ」

 

彼もそうだろうし、実際大体の新人はそうだろう。実際俺は戦う事しか脳がなかったのだから俺は下手したら彼ら以下かもしれない。

 

「だが現実は甘くない。最初こそ順調に行ってもどこかで必ず壁にぶち当たり何かしら失敗をするだろう。危険な目に合いながらも生還する者もいれば、気づいた時には死んでいる事だってある」

 

何度も、何度も、数え切れぬ程死んだ俺と、彼らで違うのは彼らは『死んだら終わり』なのだ。彼らは死んで経験を積むことは出来ない。彼らの命は一つだけなのだ。

 

「そうして失敗にぶち当たり…惨めに生きて帰ってきた新人達はその多くが大抵同じ事を言う。『こんなはずじゃなかった』と」

 

俺の言葉に心当たりがあるのか受付嬢の表情が暗くなる。実際彼女は俺以上に見てきたはずだ。送り出した冒険者が全員帰ってこなかった事など。帰ってきたとしても心折れ、故郷へと帰っていく冒険者達を。

 

「だが、そんな中でも心折れず立ち上がる奴もいる」

 

俺が見てきた中で新人達が失敗をした時は大まかに分けて三つの道を辿る。

 

一つは現実を知って心が折れたり、何らかの理由で続けられなくなって故郷へと帰るなどでやめる者。

 

もう一つは窮地に陥り、そのまま死んで行く者。帰ってこない新人の殆どがこれだ。

 

最後は失敗をしながらも生きて戻り、それを糧に成長していく者だ。失敗の内容は人によって様々だ。後々になって笑い話に出来るような失敗もあれば、あと少しで命を落としそうになる物だってあるだろう。一党を組んだ仲間が死ぬなどと言った取り返しの付かない物だってあるし、中には()()()()()()()()()()()だっていたはずだ。

 

「…現実を知って、心が折れかけながらも、尚諦めずに立ち上がった冒険者は…」

 

そこまで言ってガタッと誰かが立ち上がる音が聞こえた。見れば件の若い戦士が立ち上がって酒場から出て行くところだった。違うのはその目が澱んで光を失った死んだ者の目ではなく、覚悟を決めた目をしていたことか。

 

「強くなるだろう。自らの経験を元に新人達を導いて行けるような、冒険者になるだろうな」

 

「…そうですね」

 

受付嬢の言葉を皮切れに席を立つ。予定変更だ。

 

「さて…私も依頼を受けに行く。…やはりじっとしているのは性に合わないらしい」

 

「あっ、でしたら私も行きます。そろそろ休憩時間も終わりですから」

 

そうして受付嬢と共にギルドへと向かう。もうすっかり見慣れた建物へと入るがギルドの中はガランとしていて人は殆どいなかった。

 

「…今日はまた一段と人がいないな。何かあったか?」

 

「さっきの岩喰怪虫(ロックイーター)の件ですよ。…誰かさんは出くわしてそのまま討伐して帰ってきてましたけど普通はこうして大勢が出払って討伐する相手なんです。今回は等級問わずに参加ができるので殆どの方が其方に行ってしまっている状態なんですよ」

 

…成る程。昔は如何なる相手でも大体は自分一人で対峙しなければならなかった為に出くわすたびに俺は殆どの怪物共を討伐していたが、岩喰怪虫(ロックイーター)は大規模な徒党を組んで挑むものなのか。五年前こそ奇異の目を向けられていたが最近はそれも殆ど無くなってしまった為に感覚が麻痺していたらしい。いかんいかん。

 

そんな事を思いながらカウンターへたどり着くと三つ編みの受付嬢が溜息を吐いて机に突っ伏している所だった。

 

「こら。だらしないわよ。気疲れするのも分かるけどしっかりしなさい。ちゃんと出来たの?」

 

「あ、先輩…私が担当して良かったんでしょうか?こんな大規模な依頼を…」

 

「何事も経験よ。いつまでも簡単な依頼を斡旋するわけにも行かないでしょう?貴方も将来は誰かに教える事にもなるんだから」

 

「そうなんですけど…」

 

どうにも三つ編みの彼女の歯切れが悪い。…そういえば最近の新人達への依頼の斡旋は彼女がしていたな。…ふむ

 

「…自分が斡旋した依頼で、誰か死んだりでもしたか」

 

「!!…っ」

 

「放浪さん?…あっ…」

 

三つ編みの受付嬢は目を見開いたあとに図星を突かれたかの如く顔を伏せた。…当たりか。

 

「気にするな…と言っても難しいか。だがここに勤めるものなら誰もが通る道だ。慣れておけ」

 

「………」

 

三つ編みの受付嬢は答えない。分かってはいるが割り切れない、そんな顔をしていた。黒髪の受付嬢はそんな彼女を見て優しげに微笑んだ。

 

「ふふっ…」

 

「せ、先輩?何が可笑しいんです?」

 

「私も、貴方と同じように冒険者さんを送り出して帰ってこなかったときに貴方と同じ顔してたんだろうなって思って。でもね、慣れると言っても人の死に無関心になっちゃダメよ。そうなったら心から笑えなくなっちゃうもの」

 

「先輩にもあったんですか?想像、つきませんけど…」

 

「あったわ。…当時の周りの同僚からはちゃんと笑ってる?って何度も心配されたわ。でもね、ちゃんと帰ってきてくれる冒険者さんがいるのもまた事実なの。私はそんな人達をちゃんと迎えてあげたいのよ」

 

チラりと視線をこちらに向けながらそんな事を言う彼女を見て成長したなと思う。…変わらない俺とは大違いだ。

 

「帰ってきてくれる人…」

 

ポツりと呆気に取られた顔で呟く三つ編みの受付嬢。そんな彼女に黒髪の受付嬢は肩に手を置いて優しく言葉をかけた。

 

「ホントはいけないんだけどね…貴方も見つかるわ。支えて上げたいって思う人が。…もしかしてもう見つけた?」

 

「ぅえ!?あ、いや…そのぉ…」

 

顔を近づけて何かを言われたのか急に狼狽しだした三つ編みの受付嬢。何を言われたのだろうか。

 

「っとといつまでも話こんでちゃいけないわね。…んんっ。放浪さん依頼はどうしますか?貴方も鉱山の方へと行きます?」

 

こちらに向き直って軽く咳払いをして、言葉遣いをなおす黒髪の受付嬢。…彼女も俺と同じように使い分けているようだ。

 

「いや、鉱山の方はいい。大規模な徒党が組まれたのであれば私が一人出向いたところで変わるまいよ。…あるのだろう?」

 

「…ええ、ありますよ。一件だけですが悪魔の討伐依頼が。農村の方からの目撃情報からギルドの調査の結果、牛の頭をした悪魔が目撃されたそうです」

 

「なら、それだな。他にも道すがら討伐した者はまとめて報告する」

 

「分かりました。お気をつけて。…何度も言いますけど、無理は禁物ですからね?」

 

「ふっ、努力はしよう」

 

受理された依頼書を手にギルドを後にする。あの若い戦士然り、俺が助言をした青年然り、面白くなりそうだ。

 

 

 




『黒衣の冒険者』

黒ずくめの服装にロングハットを被った男。
常にニヤついた顔が特徴敵な男で、斥候兼野伏として活躍しているようだ。
だが、どこかの一党に入ったということは聞かず単独で動いているらしい…
得物はかなり大きなクロスボウで狙撃に適した改造が施されている。

かつてこの男を知る乳母は「とても人間らしい人」と言ったそうな。


遅くなってしまった。途中思いっきり筆が進んで書いてる途中で停電してデータ飛んで構成見直して書き直してを繰り返してあーでもないこーでもないとやっていたらこんなだよ!

原作入って投稿ペース上がると言った奴は誰だ!

私です。ごめんなさい。あっやめて糞団子投げないで!



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第18話 夜が来る(インベイジョンフェーズ)

化け物め。お前は一体、どれほどのソウルを喰った?






化け物共はソウルを喰らう。だがそれは俺達とて同じ事。

俺達はあの地で目覚めた時点で、既に人ではなかったのだ。


鉱山の入口に多くの冒険者が集う。その数はざっと見渡すだけでも四、五十人は超えるであろう人数が集まっていた。単純に一つの一党(パーティ)が五人としても十以上もの一党がいることになっている。そんな徒党(アライアンス)となるとこの規模は中々の物だ。

そんな中で一人の冒険者が気を吐き全体によく聞こえるように声を上げる。

 

「よーし、良いか!敵は鉱山の奥底にいる!故に、坑道の四方から攻め立て、追い込むぞ!」

 

銅等級の冒険者が全体のまとめ役として采配を振るっている。三日月のような髭をピンと整えて、腰には突剣を提げピカピカの鎧を着ているあたりまるでどこぞの貴族か何かのような風体をしていた。何も知らぬ者が見れば道楽貴族が冒険者の真似事をしているようにも見えるだろうが、ギルドの等級は金でも権力でも手に入らない。純粋にそれはこの冒険者がギルドに認められた証なのだ。

 

「はっ、随分と小奇麗な銅等級様だこって」

 

そんな中で一人の白磁の冒険者が一人ボヤいた。

 

「大方、都で市街戦(シティアド)ばっかやってたんじゃねぇのか?」

 

先遣隊に分けられた槍使いである。彼自身はこれが初仕事ではないが、周りには格好が付くからと初仕事がこの依頼である冒険者も多い。今回の岩喰怪虫(ロックイーター)討伐は等級を問わない。故に強大な怪物との戦いに憧れる新人達が多いのも致し方ない事だった。集った冒険者をグルりと見渡して槍使いは顔を顰めた。

 

「…こんなんで怪物退治なんて出来んのかね。ブロブがいんだろ?せめて油樽の一つや二つくらい…」

 

「馬鹿野郎、こんな狭いとこでこの人数で火なんて使ってみろ。大惨事だぞ」

 

槍使いの肩を叩いたのは大剣を肩に担いだ重戦士だ。

 

「それに依頼人は鉱山の持ち主だからな。下手に焼け焦げさせられたらたまらねぇんだよ」

 

「だからって、こうもぞろぞろ雁首揃えて行くもんかねぇ」

 

「一人二人の探索とかじゃねぇんだ。周り見とけよ?他の誰かが助けてくれるかもしれん」

 

「流石に一党(パーティ)の頭目してる奴は言うことが違うねぇ」

 

「茶化すなよ。ったく…」

 

そうして重戦士は自身の一党の元へと戻っていく。

 

そんな光景を見ている一党がいた。黒い外套の騎士(放浪騎士)の一党だ。しかしそこに『彼』の姿はない。一歩間違えれば賊に間違われそうな鋭い双眸をした男斥候が呟いた。

 

「…やっぱ旦那も連れて来た方が良かったんじゃねぇか?幾ら何でも白磁(ニュービー)が多すぎるぜ。等級を問わねぇってのも考えもんだな」

 

「仕方ないわよ。丁度入れ違いになっちゃったみたいだし…というか彼がきたら私達全員必要なくなるわよ」

 

「あはは…ホントに何で僕らと同じ等級なんだろうね。彼ならとっくに昇級して都の方で活躍しててもおかしくないはずなのに」

 

「まぁ人には人の事情や信念があるというもの。そこに我らが詮索するのは野暮というものだ。今は目の前の脅威を打ち払い、生き延びる事を考えようではないか!」

 

彼のぼやきに森人野伏、圃人軽戦士、男騎士が各々の装備を整えながらも返す。彼らは今現在まとめ役を担っている冒険者よりも上の銀等級だが、バレぬようにひっそりと端の方で待機していた。約一名は鋼鉄級だが、その当人も等級以上の場数を踏んでいる冒険者だ。色々と理由を並べることはできるだろうが、ようはまとめ役が性に合わないので投げたのだ。よく言えば適材適所。悪く言えば面倒なのである。

 

「…おっさんが真面目な事言ってやがる…」

 

「なんだ貴公。私はいつも真面目だぞ!」

 

「ほーらっ変な言い合いしないの」

 

「まぁまぁ、緊張をほぐすためには丁度いいと思うよ。…さて」

 

圃人軽戦士が()()()兜を被って準備を整える。

 

粘液塊(ブロブ)から身を守る為である。彼ら自身防具は普段通りの物だが圃人軽戦士と男斥候は安物の兜を用意していた。森人野伏は鉄板が仕込まれた帽子が、男騎士は玉葱のような兜が既にあるのでそれを被っている。ブロブは頭上などから奇襲を仕掛けてくることが多く素肌に当たってしまうと致命傷になるが、兜をかぶっておけば逃れることができる。ようは使い捨ての防具である。安物なのでコストも低く今回に限れば効果も十分だ。それを『彼』の伝手で鍛冶屋の店主に売り物として出せないが辛うじて使える物を融通してもらったのだ。

 

「こんだけいる中で何人が生きて帰れるかねっと…」

 

男斥候が同じく安物の兜をかぶりながらも呆れつつボヤく。果たしてここにいる新人達はどれだけが生き残れるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「…クックックッ。阿呆共がどれだけ生き残れるかな…?」

 

 

 

 

 

 

「ん…?」

 

男斥候が兜をかぶり終えて、唐突に冒険者達の人ごみの中へと視線を向ける。

 

「どうしたのよ?急に人混みを眺めだして」

 

「…いや。今、なんつーか…」

 

「どうしたんだい?随分と歯切れが悪いけど」

 

森人野伏と圃人軽戦士が不思議そうに、男斥候を見やる。

 

男斥候はガヤガヤと話し合う冒険者達を鋭い双眸で見渡すが、違和感の正体は見当たらない。

 

「いや、なんでもねぇわ。…気のせいだといいんだがな」

 

「おーい!貴公ら!そろそろ出陣だ!一番槍を私が取ってしまうぞー!」

 

「おっさんは呑気で良いな…ったく…」

 

ひとまず感じた違和感を頭から振り払って男斥候は一党の元へと歩いていく。

 

違和感の正体は忽然と姿を消していた。だがこの時彼が感じた違和感をどう説明すれば分かっただろうか?

 

 

『とても、人間らしい』などと。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

「ちっ…今回も手掛かり無しか…」

 

倒れ伏した『牛頭のデーモン』を一瞥して俺は誰に言うでもなく呟いた。同じだ。以前…5年前に初めて見かけたアイツ等と同じ。ソウルを持たないデーモン達だ。山羊や牛は分かる。こいつらは無数にあの遺跡(デーモン遺跡)にいたのだ。固有のソウルを持つに至らない、まだ弱いデーモンなのだろう。

分からないのは()()のような強力な力を持った奴だ。何故奴はソウルを持っていなかった?あれだけの力がありながら何故…?強力な存在は固有のソウルを宿す。人であれ竜であれデーモンであれ…神々に連なる連中も例外ではない。しかしそれがこの世界にはない。ソウルの矢といった魔術は過去に使える事は確認しているので大気に無いわけではないのだろうが…それでも5年の月日を費やしてこの謎は未だに解けていなかった。

 

「…まぁこればかりは焦っても仕方が無い、か」

 

血を払って黒騎士の剣をソウルへと蔵う。今頃一党の仲間達は何をしているのだろう。鉱山の方にでも行っているのだろうか?そういえば岩喰怪虫(ロックイーター)が出たとか言っていたな。恐らく以前同行した青年といた若い戦士の一党が遭遇した個体だろう。

 

俺も行っても良かったのだが大規模な徒党(アライアンス)が組まれる事を考えると同業者の仕事を奪ってしまう可能性がある。

俺が奴と戦う場合、音で釣って外殻を貫けるだけの火力を叩き込む。早い話が魔術を用いたゴリ押しである。戦術も何もあったものではない。

 

しかしこうも当てのない探し物となると…

 

ふと唐突に思い出したが、あの孤電の術士(アークメイジ)は探し物を見つけられたのだろうか?

 

彼女が目指す世界の外へ至る存在の事を聞いた時にはそれは大層驚いた物だが、俺が似たような存在であることは伏せている。彼女とは互いに当てのない探し物をしているという者同士で何度か依頼を請けた事があり俺の使う魔術や呪術に興味を示して何度も質問をされては俺がはぐらかすことを繰り返していたな。

…たまには彼女の所に顔を出してみようか。ここ最近会っていないが彼女のような変わり者はそう簡単には死にはしないだろう。いくつか依頼先で回収した物の中に彼女が求める物があるかもしれない。それを手土産にすればいいだろう。

 

「…はぁ、いっそ魔術書(スクロール)でもくれてやるか…?」

 

…いや、やめよう。行き過ぎた探究心は狂気を産む。彼女なら飲まれる事はなさそうだが、物事に絶対はない。

 

かの大賢者(ビッグハット)すらも最後は狂気に飲まれたと言われているのだ。もし彼女が狂気に飲まれようものなら俺が手をくださなければならない。

 

異なる世界の異物を広め、世界のバランスを崩そう物なら()()()()()()わかったものではないのだ。

 

 

 

 

ともかく、仕事は終わった。早々に帰って次に向かうとしよう。

 

やはり俺は剣を振る事しか出来んらしい。情けないものだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

村の中央から聞こえる賑やかな祭りの喧騒から遠ざかるように彼は荷物を抱え歩いていた。

 

只一人、誰といるわけでもなく祭りの音から遠ざかっていく。抱えた荷物は本来なら彼にとっては大した苦も無く運べる物であったが今の彼にとってはまるで鉛のように重かった。心地よいはずの日差しは焼けるように感じ、一歩踏み出すだけでも酷く倦怠感が襲ってくる。

 

一歩ずつ、一歩ずつ、それでも彼は進んだ。立ち止まっていれば変わらないが、進めば最後にはたどり着くのだ。

 

喧騒が聞こえなくなってから、少しして彼は自分の居場所に気づく。いつの間にか目的の場所についていた。

 

どかっと地面に荷物を下ろす。それは両端を削り尖らせた防御柵だ。これを村の周囲に打ち込んで、村を囲う。村に来るゴブリン達がどのくらいの数かは分からない。だが事前に集めた情報では数が多いとのことだ。…少なめに見積もっても二十。多ければ三十以上はいるだろう。

 

「……」

 

彼は考える。柵を作ったとて急造だ。いくら侵入路を限定しても抜かれて村に被害が出たら終わりだ。自分ではそこまで手は回らない。自身が御伽噺に出るような英雄ではない事を彼は自覚していた。更に言えばお世辞にも自らの状態(コンディション)が良好とは言えない。

 

だが彼にとっては何よりも今は()()()()()事こそが重要だった。

 

「…ッむ…」

 

考えながらも柵を作る作業は止めない。杭を打ち込み、紐で固定し、杭を取りに戻りまた打ち込んでいく…

 

柵を打ち込みながらゴブリンからどうやって村を守るかを考えていると、後ろから声が掛けられた。

 

「あっいたいた!」

 

この村にたどり着いたときに最初に出会った長い黒髪の少女だった。大きさの合わないサンダルを引きずってパタパタと駆け寄ってくる。

 

彼はその声に答えない。顔を僅かに少女の方へ向けるとすぐに自分の作業へと戻った。

 

「ほらほら!こっちだよ~!」

 

呑気に誰かを呼ぶ声は彼に掛けられたものではない。また同じ子供達を呼んで自分の機械的な作業を見に来たのだろうか?

 

少女が手を振る先を見るが誰もいない。だが程なくして少女が呼んだであろう人物は音もなく現れた。

 

「そんなに急がずとも大丈夫だぞ…む、やはり貴公だったか」

 

「あんたは…確か…」

 

疲れで覚束無い思考をまとめて記憶を探る。青年は少し目の前の人物をみつめるとようやく思い出した。

 

「放浪、で構わんよ。依頼の帰りに立ち寄ってはみたんだが正解だったな。…貴公がいるという事はゴブリンが来るのだろう?」

 

「…ああ」

 

「ここに来るまでに大量の足跡を見つけた。数は三十はいるだろう。まさか貴公一人で相手をするつもりだったのか?」

 

「……」

 

青年は答えない。ゴブリンの相手をするのは自分だけでいい。奴等を殺す事が今の自分の生きる理由だから。彼はそう思ってふと何か大事な事を忘れているような気がした。大切な約束をしていた、ような…

 

「…まぁ確かにゴブリン退治はやる人間が少ないだろうがな。だからといって一人で全てをこなすことなど出来まいよ。…貴公、その調子だと碌に休息もとっていないのだろう?」

 

「問題ない」

 

やせ我慢であることなど分かっている。だが休んでいる暇などない。ゴブリンが襲撃してくる時間は近いのだ。例え疲労が溜まっていたとしても彼が手を緩める理由にはならなかった。

 

「…そうか。まぁ私も人の事を言えた身ではないから余り強くは言わんが時を見計らって休んでおけ。見張りはやっておく。隠密行動には心得があるからな」

 

「わかった」

 

「あ、騎士さん待ってよー!」

 

そうして彼は少女を連れて去っていった。

 

再び遠くに喧騒が聞こえるだけの空間が出来上がる。大きく深呼吸をして息をすると青年は再び木槌を手に作業を開始した。

 

 

小鬼(ゴブリン)を殺す為に。

 

 

 

~~~

 

 

 

「さて…」

 

俺は青年と別れて少女を子供達の仲間の中へ戻すと村の見張り台の上にやってきていた。青年が受けたのは村に来るであろうゴブリンの撃退。つまり襲撃があるということだ。彼にも言ったがここに来るまでの間に見つけた足跡の多さから三十はいるだろう。楽観的に考えて少なめに見ても二十は来るはずだ。

 

彼は問題ないと言っていたがそんなはずはないだろう。相対している状態で僅かだがフラつきが見えた。本人は表に出していないつもりのようだが疲れは如実に表れていた。

 

…彼は一人で戦っていたのだろうな。聞けば彼はゴブリン関連の依頼だけを受けているようだが一人で請け続けるのには限度があるはずだ。いくら奴等が弱いとはいえ数は多い上に暗闇から不意を突いてくることなぞザラだ。どんなに手慣れても神経は使うだろう。どれ程屈強な戦士でも不意を突かれて急所を狙われれば危険だ。如何に歴戦の猛者であろうと一瞬の油断で死ぬ事が当たり前の世界なのだから。

 

祭りで賑わう村を見張り台の上から見渡すように、グルリと視線を回す。今のところ件のゴブリンらしき者は見えない。さすがにまだ明るい状態では来るはずも…

 

「うんしょっと…あ、騎士さんここにいたんだね!」

 

先程別れて青年のところに一緒に赴いた少女が見張り台の上に登ってきていた。ついさっき友人と思わしき子供達と遊びにいったと思ったのだが。いや、それよりも…

 

「何故ここにいると分かった?誰かに聞いたのか?」

 

「んーとね…勘!ボクなんとなく騎士さんがここにいるって感じたんだよね」

 

…この少女は勘で俺の居場所を突き止めたのか。余程運がいいのか。あるいは…

 

しかし何をしに来たのだろうか。この少女は俺と違って姿が消せるわけでも一切の音を立てずに移動することもできまい。仲間同士で遊びに行ったはずが何故ここにいるのか。

 

「まったく…何をしにきたんだ?君のような少女が私に付き合う必要はないだろうに」

 

連中にバレると不味いのもあって少し突き放すように言うが少女は動く様子もなく顔をキラキラと輝せながらも床に座り込みこちらの顔を覗き込むようにして

 

「ボク、騎士さんのお話が聞きたいな!騎士さんいろんな所を旅してたんでしょ?騎士さんの旅してきた場所のお話とか聞きたいんだ!」

 

無垢な瞳で笑いながらそう言った。…困ったものだな。断った所で動く気配もなさそうだ。恐らくここに来たときの院長との会話を聞いていたのだろう。旅の騎士などと言ったのが良くなかったか。

 

「はぁ…分かった分かった。ただし、余り期待はしないでくれ。私が旅してきた場所は君が期待しているであろう冒険の話はできないぞ」

 

予め前置きとしてつまらん話だぞと少女に言うものの…

 

「やった!ボク一回冒険者の人のお話を聞きたかったんだよね」

 

えへへと笑い喜ぶ無邪気な少女を前に視線を合わせるべく自分も座り込む。誰かに自身の過去話をするのはこれで二度目か…祭りの喧騒に紛れて俺は自身の旅路を少女に語りだした。まぁ所々濁すところがあるだろうが幼い少女へ話すのならば仕方もなかろう。

 

少女への話は祭りが終わり、少女を探しに来た院長が来るまで続いた。

 

 

 

 

 

夜が来る。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

ズルズルと何かを引きずる音が夜の森に静かに響く。

 

それは人の形をしていながら、異様な雰囲気を醸し出していた。

 

全身を覆う金属は騎士の鎧を思わせるものの酷く歪み汚れている。手に持った岩の塊にも見える特大の剣は刃が砕け潰れており、それはもう切る用途に使うことはできず敵を叩き潰す物へと変貌していた。極めつけに返り血に塗れたその姿を見ればこの騎士が戦いの後であることは一目瞭然だろう。

 

「………」

 

重い足取りで歩く騎士。流れ着き、己に染み付いた本能に従い、その身を血に染めた。

 

もはやそこに理性は無く、本能で動く獣へと化していた。その目は兜の内側に隠れ見えないが獲物を探すように血走っている。

 

「はっ…はっ…」

 

そしてそれは静かな夜の森だからか、わずかな息遣いですらもハッキリと聞こえた。

 

息遣いのする方へとゆらりと向かう騎士。草の根を掻き分けることもなくまっすぐに声のする方へと歩いていく。

 

「ひっ…!」

 

そこにいたのは恐怖の表情をした冒険者の男だった。認識票は見えないが身なりを見ればそれなりに腕の立つ冒険者だと一目で分かるだろう。

 

「くっ…来るな…来るなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

恐慌し、地面に尻をつけたまま後退りする冒険者の男に騎士は無言で近づいていく。その手で引きずる物もあってか処刑人が断頭台に上がるかのようであった。

 

後退り、木にぶつかって後ろを振り返った男は目の前から迫り来る騎士(死神)から逃げるべく立ち上がろうとして―

 

 

 

足に何かが刺さった。

 

 

 

「!?」

 

 

 

チクりと何かが足に刺さった感触を感じて足を見る。右の足の裏側、ちょうど防具が身を守っていないところに小さなナイフが刺さっていた。

 

「くっ…くそ…!こんな、こんなもので…」

 

男はナイフを引き抜くが、その時異常が生じた。

 

ガクン、と身体から力が唐突に抜けたのだ。

 

何故?いったい何が?焦るなか疑問となるものを探すが原因はすぐに見つかった。手からこぼれ落ちたナイフを見ると刃に血とは別の液体が滴っている。

 

毒だった。

 

かの世界では何本も使用することで効果を発揮するものだったが、この世界では一つでも刺されば効果を発揮する。例え死に至らしめることは無くとも、標的の動きを鈍らせるくらいには。

 

男は四つん這いになり、地面を這いながらも尚逃げようとする。が―

 

すでに騎士はすぐそこまで来ていた。ズルり、ズルりと巨大な岩の塊のような剣(煙の特大剣)を引きずりながら。

 

「あ…あ…あああああ…!」

 

毒により逃げることも出来ず、立ち向かう事も出来ない男は絶望し、壊れた叫びを上げた。

 

それは「戦い」ではなく、もはや「狩り」だった。

 

 

 

 

騎士は男の前まで来ると、ゆらりと身体を揺らしながらその手に持った剣を男へと振り下ろし、男を無惨な肉塊へと変えた。

 

騎士はしゃがみこみ、男の肉塊へ剣を突き立て空いた左手でゴキりと何かを引き抜いた。

 

それは骨だった。人の身体にある椎骨。人体に多くあるなかでただ一つだけあるとされる物。

 

しかし、これは「枷」にはなりえない。それでも騎士は何食わぬように手馴れた手つきで骨を抜き取るとそれをしまった。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

肉塊へと変わった男を一瞥すると、騎士は踵を返して歩き出した。

 

 

 

燻る火を、その身に再び宿す為に。

 

 

 

 

 

 

 




現実を甘く見てました。予想以上に忙しくって一ヶ月以上も投稿出来んとは…

合間合間に書いていって文章直してを繰り返してこんなに間が空いてしまいました。

そのせいでいつも以上に変な文章かもしれない。ゴメンナサイネ。



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第19話 招かれざる者(かつての同胞)


貴公、一時の力を手にするために、残り火を奪うがいい

それでこそ、火の無い灰というものよ








「奪う者」と「守る者」の戦いは終わることはない。

惨すぎる戦いだった。同族でひたすらに殺しあっているなどと…

最も、俺もその戦いに身を投じていた以上何も言うことはできないのだが。



夜の帳が降りて少し、村人達がすっかり寝静まった頃。

 

暗雲立ち込める空からは青白い雷が空を裂くように落ちて、雨粒が落ちた。

 

ざぁざぁとなる雨音があたりに響く中、それに乗じてゴブリン達は藪の中から這い出て、ニタニタと下衆た笑みを浮かべた。

 

普段は自分達に取って忌々しい雷雨も今日に限れば天からの恵みだ。

 

このゴブリン達は知っていた。人間共が喚いて野菜を千切っていたら食料を蓄えている前触れだと。

 

その後に踊って騒いで日が落ちたら襲撃をかければ食い物も、玩具も、女も手に入る。簡単な事だと。

 

彼らは巣穴を追われた者達が集まったものだ。自分達はいつ死ぬかも分からないで生きているのに人間共はのうのうと食い物も女も蓄えている。

 

許せない。何故お前達だけそんなにも豊かなのだと。ゴブリン達は考えない。それだけの物を得る為の過程など。

 

彼らは略奪でしか物を得ようとはしないのだ。

 

ギャイギャイと騒ぎながらゴブリン達は村への侵入を試みるが、その往く手を柵に阻まれた。

 

何故だ。こんな物は昨日まではなかった。偵察をしていたゴブリンが必死に弁解するが他のゴブリン達は聞く耳を持たずに偵察をしたゴブリンを囲んで動かなくなるまで殴り続けた。これで一人減った。だがたかが一人だ。一人減ったくらいならむしろ自分たちの取り分が増える。ゴブリン達はそう考えていた。

 

柵をよじ登ろうとするが、小柄なゴブリン達は届かない。周囲を歩き回っていたゴブリンが川から侵入しようとして串刺しになった。

 

そしてふと視線を上げた先では一箇所だけ紐で括られず通れる隙間が空いていた。

 

―間抜けな人間共め。

 

ゴブリン達は柵を壊さぬように村の中へと入り込んだ。

 

 

 

 

激しさをます雨音に紛れ、招かれざる者が近づいている事も知らずに。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

夜も更けザァザァと雨が激しさを増す中、俺は村の食料庫に当たる位置で息を潜めていた。

 

日が落ちる前に青年と予め決めておいた配置に俺はついていた。

 

青年は食料庫から最も遠い位置に侵入路を、俺は食料庫に最も近い位置に侵入路を作りそこに誘い込む。収穫を意図的に早めて祭りをしたのは連中に食料を溜め込むんだというのを分からせるためだ。ならばゴブリン達の目的も食料の略奪が目的だろう。

 

戦力の分散は危険だがそれは奴等とて同じ事。それに…

 

連中に大しては油断も慢心もしない。ましてや手心など加えてやる必要もない。

 

家屋の影から侵入路を見ていると雨音に紛れて耳障りな声と共にゴブリン達が侵入してきた。だが…

 

 

(…思ったより少ないな)

 

 

数は一、二……六…?

 

…少ない、少なすぎる。戦力を分けるにしては比率がおかしい。仮にこれで半々で分けたとするならば青年のほうにも凡そ六体近くしかいない事になる。当初の見立てよりかなり数が少ない。本来なら喜ぶべきだろうが生憎そこまで楽観的に考えられるような生き方はしていない。

 

あるいは盗む目的だけを達成するという意味では少数にしたか?…いや、これも弱いな。

 

連中は身勝手だ。食料を盗んだ連中がそのままトンズラする事などを考えれば全員で最初からこちらに来るだろう。それこそ食料が目当てなら食料庫に一目散に押し入って取れるだけ取って逃げればいいだけだ。

 

それに奴等は個々の強さは弱い。数を頼みとするならば分散するのは悪手も悪手だ。分けるならそれなりに数がいなければいけないはず。ならば何故こんなにも数が減っているのか?

 

(途中で仲間割れでもしたか?…あるいは…)

 

可能性はいくつか浮かんだが、何れも確証の無い物ばかり。最も可能性が高い物を想定して―

 

(いや、今はいい。…だが最悪の状況に備えておく必要がある、か)

 

―意識をゴブリン共へと切り替える。まずはこいつらだ。

 

侵入路から入り込んだゴブリン達へ弓で狙いを定める。連中は食料庫しか見えていないようだ。それもそのはずこの村に来てからずっと幻肢の指輪をつけていたし、静かに眠る竜印の指輪で音を消すのも忘れない。

 

ドスッという鈍い音と共に矢が先頭のゴブリンの後頭部に刺さり地面に倒れ伏す。後ろにいたゴブリン達は突然の襲撃に慌てているようだが、その場でキョロキョロと周囲を見渡している時点でいい的だ。連中を射抜きながらも、居場所を変えるのも忘れてはいけない。定点射撃をしてはすぐに場所が割れてしまう。連中からは見えていないという点を生かしてあらゆる方向から攻撃すれば労力を大してかけずともこうして全滅させることができる。…昔では考えられない戦い方だ。慣れたものである。

 

連中は夜の闇と雷雨の音が自分達の味方だとでも思ったのだろうが、甘すぎる。

 

戦場の影響は時に自分たちに降り掛かるというのに。

 

六体全てが倒れ伏したの確認してゴブリンの頭をメイスで潰して回る。…周囲に生き残りはいない。どうやら俺の方は本当にこれで終わりらしい。だが、先程から拭えない不安がずっと俺の中に渦巻いている。今のところこういった不安や嫌な予感が外れた試しがない。

 

一先ずは青年と合流しよう。向こうは俺よりも早く戦っていたから連中にやられてさえいなければ問題なく合流できるだろう。

 

食料庫近くの進入路を塞いで、俺は青年の元へと急いだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「これで…十と二…」

 

周囲にいた最後のゴブリンを連中が持っていた槍を投げつけて仕留める。息を整えるべく肩で息をしていると後ろから声がかけられた。自身が世話になった「彼」の声だ。

 

「貴公も終わったか。数は?」

 

彼が来たことに気づいた青年はフラつきながらも姿勢を戻して彼の方へと振り向いた。力無く立っているその姿は一歩間違えれば暗闇を彷徨う幽鬼のように見えなくもない。

 

「…十二だ。あんたの方は?」

 

「六だ。…合わせて十八か」

 

「十…八…?」

 

周囲を見れば小柄なゴブリン達の死体。そのどれもがここを襲撃に来たゴブリン達であることは明らかだった。

 

「これで、全部か?」

 

「…想定より大分少ないが恐らくはな。私はもう少しここに滞在して増援が来ない事を確認してから戻るつもりだが、貴公はどうするんだ?」

 

「俺は…」

 

青年は何かを考えるように顔を俯かせて、言葉を詰まらせた。

 

「私と同じように村に滞在して休むか。それとも帰るのか…」

 

「…帰る?…帰る…」

 

帰る。青年はその言葉を噛み締めるように呟く。脳裏に浮かんだのは大切な人の姿。待っていると言ってくれた。ちゃんと帰ってきて欲しいと言ってくれた。大切な、幼馴染の姿。

 

「…貴公?」

 

心配そうに声をかける「彼」に青年は力無く、しかし確かな意思を込めて、

 

「ああ…帰る。待っている、人がいる」

 

その言葉に「彼」は、フッと笑い「そうか」と一言だけ言って。

 

「なら早く行ってやるといい。…帰るべき場所がある。それは、とても幸せな事なのだから」

 

どこか淋しげに「彼」は呟いた。まるで自分に無いものを羨むように。

 

「ああ…」

 

 

 

青年は未だに雨が振る暗闇を歩き出した。大切な人の元へ帰る為に。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

青年を見送って後ろ姿が見えなくなって報告をしようと寺院に戻ろうとして足を止めた。

 

先ほどからずっと感じていた違和感。拭えない不安。このまま戻っていいのだろうか?いや、まだ駄目だ。先ほどから解決していない疑問がある。

 

何故ゴブリン共はあれほどまで減っていた?青年が言うには数が多いと。俺自身の見立てでも三十は来ると踏んでいた。だが実際に襲撃をしてきた連中は二十にも満たなかった。仲間割れをしたとしてもせいぜい一、二減る程度だろう。

 

――いるはずだ。ゴブリン達が減った原因が。

 

字面だけを見れば良い事だが、減らした奴が()()()()奴とは限らない。もしそれがまだ村の近くで潜んでいるとなればゴブリン達が来た時以上に悲惨な末路をこの村が辿るかもしれないのだ。

 

…気が付けば雨は弱くなり、夜空には二つの月が顔を出していた。うっすらと月明かりに照らされる草花や木々が雨露を滴らせ、月の光に照らされて幻想的な雰囲気を晒し出している。だがそれも今の俺に取っては酷く不気味に思えた。

 

ふと地面を見ると草花が血に濡れている場所がある。…森の中へ続いているようだった。いつぞやに戦った山羊頭のデーモンを思い出す。もしあれと同じような個体であればさしたる苦労ではないだろう。二度同じ轍を踏むことはあるまい。

 

血の跡を辿って森の中へと入っていく。草の根を分けて進んでいくが先程から周りの風景が変わりばえしないためか進んでいないような錯覚を受ける。その時―

 

 

 

―――急に、血の匂いが強くなった。

 

案の定とでも言うべきか、そこにはまるで叩き潰されたかのような肉塊があった。

 

 

…やはりデーモンの仕業か?

 

 

肉塊ではあるが辛うじて人であったことまでは分かるくらいには面影はある。防具らしき破片や衣服と思わしき布地。少なくともゴブリンでは無さそうだ。ホブや英雄(チャンピオン)ほど大きくないし、通常の個体よりも大きい。まぁ残っていた腕の肌の色が血塗れではあったものの緑色をしていなかったのでこれは()()()()だろう。

 

 

だが、この当たりまでデーモンが来ていたなら誰かが気づいてギルドへ依頼を出していてもおかしくないはずだ。つい最近このあたりに流れ着いたとしても潜む理由が―

 

そうして死体を物色しながら考えに耽っているとカラン、と軽い音がなった。

 

「…骨?」

 

人間の体でいう背骨があったのだが、ちょうど真ん中の当たりに

 

()()()()()()()()()()()があったのだ。

 

「………まさか」

 

カチャリと死体の骨を抜き取ってそれを眺める。兜の下で冷や汗が頬を伝った。

 

何の変哲もない…ただの椎骨だった。のだが…

 

…手にした椎骨を見ると嫌でも思い出す。穴倉に山と積まれた椎骨を。そしてそこで出会った黄昏の鎧を身にまとった狂った騎士の事を。

 

何より―あの世界で何度も戦った狂った連中を。

 

さっきから心臓の鼓動が急に早くなっている。落ち着かせようと深呼吸をするもこれといった効果を見せず、鼓動は早まるばかり。手にした椎骨をその場に捨てて立ち上がり俺は何かに導かれるように歩き出した。それと同時に理解した、してしまった。

 

自身が戦う相手が考えうる最悪の相手であることも。

 

 

歩を進めるたびに濃厚になる血の匂い。

 

…間違いない。

 

―いる。この先に。

 

 

 

 

―――『積む者』(狂った同胞)が。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「………」

 

「GORB!?GORB!GO…」

 

グシャりと果物が潰れるかのように一匹のゴブリンが潰れた。勿論自然に潰されたのではなく何者かによって叩き潰されたのだが。

 

まるで岩の塊のような特大の剣を棒きれを振り回すかの如き軽さで振り下ろした騎士。フルフェイスの兜に一般的な全身鎧(プレートアーマー)。所々破れてボロボロの外套を羽織っているその姿は流浪の騎士を彷彿とさせる。

 

その全身が血に塗れていなければの話だが。

 

全身に付着した血糊は黒ずんでおり、もはや雨に濡れた程度では落ちぬほどに汚れ、かつての高潔な騎士の姿は見る影もない。

 

そんな全身血塗れの騎士は先ほど叩き潰したゴブリン()()()肉塊に手を突っ込んだ。その行動を取らせるのは自らの身体に染み付いた、あるいは刻み込まれているかのように洗練されていた。

 

グチャグチャと気味の悪い音を鳴らしながらも少ししてゴキッと鈍い音と共に、血塗れの騎士は手を引き抜いた。

 

幾度と無く繰り返した行為。その行為に意味がなかろうと、血塗れの騎士は躊躇なく実行する。

 

誇りも矜持も失い、自身が何者だったのかさえ忘れたこの騎士は、本能に従うままに戦う狂戦士へと堕ちた。

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

 

 

 

血塗れの騎士が徐ろに空を見る。未だに雨がしとしと振り続ける空の隙間から月を見上げていた。

 

何かを思い出すように。しかしその記憶はもう戻ることはなく。

 

 

 

夜空に浮かぶ二つの月はどこか悲しげに大地を照らしていた。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

血の匂いが立ち込める森の奥。開けた場所に『其奴』はいた。

 

ぼうっと立ち尽くし月を虚ろに見上げているその姿は、俺がよく知っている「騎士」の装備を身にまとっていた。俺もかの灰の墓所で目覚めた時に着用していた物だ。

 

しかしその姿はドス黒い血に塗れ、俺の知る「騎士」とは大分違っていた。首周りを覆うようにして身にまとっているボロボロの外套も合わさって奴隷騎士のようだった。

 

血塗れの騎士が此方に気づいたのかゆらりと顔を動かして俺の方を見据えた。

…恐らく、もう()()()ではないだろう。それでも俺はこの騎士に声を掛けた。

 

「…貴公、こんな所で何をやっている?」

 

「………」

 

血塗れの騎士は答えない。顔だけを向けた姿勢から相対するように向き合った。

 

「……………」

 

沈黙が場を支配する。ポツリ、ポツリと雨の雫が弱く滴る音だけが嫌に大きく聞こえた。

 

「貴公、その手に持っている物は…」

 

分かっている。もうここまで来れば答えは自ずと出る。それでも、それでも聞かずにはいられなかった。自分の中の僅かな希望に縋りたかったのかもしれない。その可能性があるのなら。

 

「……お前で」

 

顔の一切が見えない兜の奥から底冷えのするような声が発された。くぐもっているが声の調子からすると男のようだ。血塗れの騎士はその手に持っていた骨を捨てて地面に突き刺さっている自身の得物を引き抜いた。あの、武器は―

 

「お前で、二十八人目…」

 

「ッ…!」

 

その言葉を皮切りに血塗れの騎士から殺気が溢れ出た。即座に打刀を抜いて戦闘に備える。

 

血塗れの騎士が身の丈以上の岩の如き巨大な剣を振り上げ、重量を感じさせぬ勢いで軽々と跳躍する。

 

 

 

 

 

 

「受け入れろ。死ぬ時間が来ただけだ」

 

 

 

 

 

 

轟音が夜の森に木霊した。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「あ~…疲れたぁ…」

 

多くの冒険者が疲労を顔に出しながらも思い思いの姿勢で休んでいる。

 

腕を肩から吊っている者。包帯を巻き横になっている者。形は様々だが皆が皆激しい戦いの後だと伺える様相が広がっていた。

 

その後死傷者は多少出てしまった者の大多数は生き残り無事岩喰怪虫(ロックイーター)の討伐には成功。今回は参加した冒険者が多かった為に負傷者も多く医療所に入りきらない為に地母神の神殿を簡易の医療所として受け入れたのだ。辺りには皆達成感と疲労感の入り混じった表情の冒険者達。その冒険者達の合間を縫って水や食料を与えたり、献身的に看護をする神官達がテキパキと歩き回っていた。

 

「改めて…お疲れ様。誰一人欠ける事なく生き延びた事を喜ぼう」

 

()()()な。…何人かは死んじまった。ったく大勢だからこそ気を抜くなっつったのによ…」

 

「…貴方が気にすることじゃないわ。私達だってどうにかできたわけじゃないし」

 

神殿の隅で数人の冒険者達が中を見渡しながら談笑をしている。圃人軽戦士、男斥候、森人野伏である。多くの場数を踏んだ彼らも今回のような大掛かりな徒党(アライアンス)が組まれる依頼に参加した為か全身に戦いの傷跡が残っていた。

 

「あのー…皆さん大丈夫ですか?」

 

三人で今日の成果を話しているとふいに声を掛けられる。そこにいたのは継当てだらけの地味な法衣を来た小柄な少女だった。透き通った青空のような青い瞳にきめ細やかな金色の髪を背中のあたりまで伸ばしている。恐らくまだ見習いの侍祭、といったところだろうか。その手には薬草や清潔な包帯の入った籠を抱えていた。

 

「ええ、私達は大丈夫よ。気持ちだけ受け取っておくわ。他の人達のところに行ってあげて」

 

森人野伏が手を横に振って遠慮する。少女は三人の状態を見ると

 

「え…ですが、皆さん傷だらけで…」

 

「…いいっつってんだからいらねぇよ、他の連中んとこ行ってこい。俺ぁ聖職者の世話になりたくはねぇからな」

 

男斥候はシッシッと手で追い払うような仕草をして侍祭の少女から顔を背けた。少女は戸惑ったような心配をするような感情の入り混じった暗い表情になると別の冒険者達の所へと歩いて行った。

 

「…君が聖職者を嫌ってるのは知ってるけどあんな言い方はなかったんじゃないかい?」

 

圃人軽戦士が顔を顰めて怪訝な表情で男斥候をたしなめた。

 

「こればかりはお前らに分かって貰おうとは思わねぇよ。過去に受けた仕打ちは絶対に忘れねぇってな。それがひでぇもんなら尚更さ」

 

その言葉に森人野伏と圃人軽戦士は溜息を吐いた。彼は聖職者が関わるといつもこんな風に不機嫌になる。理由を聞いてもいいようにはぐらかしてしまうのでいつも分からずじまいだった。

 

「訳なしの冒険者の方が少ない…か。本当、言い得て妙よね」

 

森人野伏が神殿の中を見渡しながら呟く。それは自身にも当てはまるからなのか、それとも実際にそうだからなのかは分からなかったが。

 

「何事もねぇ平和な人生過ごして冒険者になった奴は大体すぐに死んじまうさ。夢ばっか見て現実なんて見えてねぇ」

 

ポツりポツりと唐突に斥候は語りだした。神妙な顔つきは普段のおちゃらけてふざけた態度からは想像も付かない。

 

けどな、と言って斥候は続ける。

 

「だが訳のある人生送ってきた奴だって冒険者ってのはすぐに死ぬんだ。昨日隣で笑ってた奴が次の日に死んでた、なんて事もよくある話だろ?俺はそれがちょいと違う形だっただけだ」

 

まるで自らを嘲笑うようにふっと笑って男斥候は立ち上がる。これ以上話すことはないかのように。

 

「俺はそろそろ行くぜ。こんなとこにいつまでもいたらおかしくなりそうだ。今でさえこんなに口を滑らせちまったのに」

 

じゃあな、と言って後ろ手を振りながら斥候は立ち去る。その後ろ姿を見て残された森人野伏と圃人軽戦士は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

「彼があそこまで喋ったのは珍しかったわね。私達も少しは信頼されたのかしら?」

 

「どうだろうね。でも悪いようにはならないと思うよ。僕は彼が()()()()()()()()()()()()()と思ってる」

 

「ほんと…『彼』含めて皆ブレないというかなんというか…それに、私は貴方みたいな圃人は始めてみたわ。今更かもしれないけれど圃人らしくないわよね」

 

「『彼』にも言われたよ。『お前みたいな圃人は初めて見た』ってね。…まぁそれは僕自身が理解してるさ。他の圃人を見ると僕がおかしいんじゃないかって悩まされたしね。それでも『彼』はおかしくなんかないって言ってくれたよ。それはお前だけが持っている尊い物だってね」

 

昔を懐かしむように目をつむってしみじみと語る圃人軽戦士を見て森人野伏はここにいない『彼』を思い浮かべた。

 

今頃は『彼』も依頼を終えた頃だろうか?もしかしたら帰り際に別の怪物と戦っているかもしれない。『彼』が一人で出発したときは大体依頼とは関係ない悪魔(デーモン)を倒してきて、ギルドでよく話をしてくれていた。

 

よし、と気を持ち直すようにして、ぐっと伸びをして身体をほぐすと森人野伏も立ち上がって、

 

「私も、宿に戻るわ。報告は明日に全員でしましょ。今日は皆疲れてるでしょうし」

 

「そうだね。僕はここで休んでいくから、また明日ギルドで集まろう」

 

ひらひらと手を振って戦いの疲労を感じさせない足取りで森人野伏を見送る。

何はともあれ自分達は今日を生き延びた。圃人軽戦士にとってはそれで十分だった。皆それぞれの理由がある。そんな自分達を引き合わせた『彼』にいつか追いつくためにも。自分が目指す高みへと至る為にも。…今日は思いっきり休もうか。折角開けてくれたのだから厚意を無駄にするのは野暮というものだろう。彼にも宿はある。だがそれでもここで休むのにはもう一つ理由があった。

 

「グゴーッ…グゴーッ」

 

「…ある意味、君が一番ブレないよね。僕らの中で…」

 

視線の先で玉葱兜の男騎士が大の字になって寝ていた。やれやれと思いながらもその端正な顔立ちに笑みを浮かべて圃人軽戦士も横になって目を閉じた。

 

未だに神殿の中は忙しなく動き回る神官達でいっぱいだ。皆忙しいからだろうか。あるいは人が多かったが故に気付かなかった。

 

 

 

 

 

神殿の端の方で、壁にもたれ掛かるように眠っている青年に一人の少女が奇跡を行使した事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一週間以内に挙げられなかったorz

それもこれもゴブスレTRPGの世界観設定が面白すぎるせいなんだ。

相変わらず話進むの遅すぎっていう…

久々に輪の都を白で大冒険してきました。最初からぶっ通しで1時間越え。

楽しかったです。やっぱいる人はいるもんですねぇ…


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第20話 夜闇の中で

…そうさね、人はいつか狂う。死なずとなれば尚更じゃ

神の枷は、存外と脆いものなのじゃよ…

だからな、ほれ、贈り物じゃ。貴公がいつか狂うとき、これを心に刻むがよい

この場所で、犠牲を縁と積むがよい

…狂えばわかる。それが家族になっていくのじゃ






俺には終ぞあの犠牲を積み上げた意味は分からなかった。

それは俺が狂っていなかったからなのか。それとも…



「くっ…!」

 

ガギィンと巨大な剣が振り下ろされ、地面が抉れ瓦礫が飛び散るように破片が飛んだ。その威力は並みの怪物を一撃の元に葬るであろう凄まじさを放っていた。後ろへと下がるがそこへ間髪入れずに追撃が飛んでくる。

 

叩きつけた勢いからそのまま流れるように水平に薙ぎ払われる特大剣を上半身を後ろへ傾けて回避する。顔前を巨大な刃が通り肝が冷えるが、すぐに体勢を立て直して刀を突き出す。

 

「………」

 

鎧の隙間、首を狙うように放たれた突きは前のめりになりながら正面へ剣を盾のように構える動作(踏み込み)によって防がれた。ガキン、という音と共に姿勢を崩しそうになるが思い切り右側へと横っ飛びをして再び振り下ろされた特大剣を躱す。

 

(あれだけの重量物を持っていながら、この動きとは…!)

 

片手で尋常ではない重さの武器を持って飛び上がり、更にそこから振り回して身体を捻っての叩きつけ(戦技強攻撃派生)までしているのに息が上がっている様子がまったくない。

 

…あれだけの破壊力を出しているのなら間違いなく奴の膂力(筋力)限界(カンスト)だろう。あの動きを見る限り持久力も並々ならぬ高さを持っているはずだ。

 

俺の戦い方とは余り相性が良くはない相手だ。純粋に殴り合えば間違いなく先に此方が地に伏すだろう。両手で持った特大の武器は弾き受け流す事(パリィ)ができない。…知能の低いゴブリン共ならば片手で振ってくる事はあったが奴の場合片手でもホブやデーモン共の振り下ろしに匹敵するだろう。

 

この時点で俺の択が一つ絞られているのが痛いがそれを理由に逃げることは出来ない。…元よりこういった連中は何人と相手してきたのだ。この程度で怖気付くわけにもいかない。

 

刀をしまって自身のソウルより細身の特大剣を取り出す。すらりとした綺麗な刀身。見た目こそ一般的な西洋の剣だがその刀身は並みの人間よりも大きい。

並々ならぬ筋力を要求される物が多い特大剣においてその剣は技量を要求する変わった特大剣(アストラの大剣)だ。

 

両手でしっかりと構えて血塗れの騎士と相対する。その軽さから他の特大剣と比較すれば威力は少し控えめではあるが重量の軽さは身軽に動く事ができるという利点にもなりうる。

 

「…それでこそだ。鏖殺者()よ」

 

「生憎貴様のような奴は知り合いにいない」

 

「当前だ。お前と知り合った覚えはない」

 

地面に煙の特大剣を擦りながら踏み込んでくる。右下から左上へと放たれる逆袈裟の切り上げをアストラの大剣で受け止めつつ後ろへと流す。凄まじい威力に姿勢が崩れそうになるが無理矢理体勢を立て直して剣を振り返した。

 

ガギィン、という音と共に剣戟の音が夜の森に響く。無理矢理に振るった一撃は浅く、全身を隠すように構えられた奴の剣によって防がれていた。

 

…隙がない、とはまさにこの事だろう。軽々と振るっておきながらその威力は最高峰。しかも持久力が明らかに並外れている。

 

正直このまま戦い続ければ、いずれ集中が途切れた所に攻撃を貰って死ぬだろう。俺達に取って死は慣れたものだがここで死んで此奴を見失おうものならあの村が危険に晒される。見境なしに椎骨を引き抜くような奴だ。間違いなく全員を肉塊に変えるであろう事は想像に難くない。

 

(注意を逸らして…致命的な一撃(クリティカル)を叩き込むしかあるまい…!)

 

こうしている間も奴は剣を荒れ狂う嵐の如き勢いで叩きつけ、薙ぎ払いを繰り出してくる。だがどんな奴にも必ず隙はある。そこに勝機はある。あとはそれを実行出来るタイミングが来るのを待つだけだ。

 

この戦いを見たものがいればまさに剛と柔の戦いと言うだろう。圧倒的な力で強引に叩き潰す血塗れの騎士と敵の攻撃を受け流し隙を見つけてはそこにどれほど小さくとも的確に一撃を入れていく。幾度も幾度もこれを繰り返していると血塗れの騎士が急に後ろへと飛び距離を取った。

 

「ぬん…!」

 

そしてその左手に小さな炎を出して、それを――

 

「させるか…!」

 

恐らくこれは奴が見せる最大の隙だろう。どんな物であれスペルの詠唱はリスクがありどちらにとっても明確な隙になる。俺は腰だめにアストラの大剣を構えて勢いをつけて突き出した(突進を放った)。奴の詠唱が終わるのと俺が剣を突き出したのは()()同時だった。これが完全に同時だったなら俺の攻撃は当たっていたのだろう。しかし…

 

(消えた…!?)

 

奴はその場に自身の得物を残して消えていた。

地面に突き刺さっている煙の特大剣を見る限り逃げた訳ではないのだろう。姿を見失った俺は奴を探そうとして―

 

背中を思い切り蹴り飛ばされた。

 

「が…はッ…!」

 

吹き飛ばされ地面を転げまわっている時にちらりと見えた先では体を捻って蹴りを放ったであろう姿勢の奴がいた。肺から空気を吐き出して吹き飛ばされる中俺は蹴りで良かったと場違いな事を考えていた。これが武器を用いた背後からの致命的一撃(バックスタブ)だったら死んでいたかもしれないのだ。

 

恐らく奴は詠唱を終え俺の攻撃が当たるその僅かな瞬間に武器を手放して俺の背後に回り込んだのだ。武器を手離さなければ回避出来ないと思わることには成功したがそれでも僅かに奴に軍配が上がってしまった。

 

奴の体からは赤い闘気(オーラ)が怨念を纏うかの如く揺らめいている。以前デーモンの王子で俺が使った『内なる大力』だ。己の生命力を削って自身の秘めたる力を呼び覚ます呪術。赤黒い血に塗れ、外套を羽織っているその姿はまるで…

 

(まるであの老いた奴隷騎士を思い出すな…!)

 

かつて共に戦いながらも、最後には吹き溜まりの先にある都で正気を失い怪物と成り果て襲いかかってきた奴隷騎士を思い起こさせた。

 

縦横無尽に飛び周り暴力的な力を振り回すところが目の前にいる血塗れの騎士とよく似ている。勿論完全に似ている訳ではなく思い出す程度だが…

 

傍らに転がる武器を手に立ち上がって再度相対する。

 

剣を両手で構えた血塗れの騎士が奴隷騎士の剣技を彷彿とさせる動きで飛び上がりつつ剣を叩きつける。奴の強化された身体能力から放たれる剣技によって地面が抉れ、その余波が兜越しに伝わってくる。

 

幾度も続ける攻防の中、俺は未だに勝機を見いだせずにいる。今はまだ避けれてはいるがこのままでは…

 

何か、何かあればいい。何か切っ掛けがあれば…

 

回避と攻撃を続けて反撃の糸口を探しているとふと足元に何かがぶつかった。

 

それはゴブリンの死体だった。背中から裂けてはいるのものの辛うじて原型が残っている死体だった。ここに来た時に奴が骨を抜き取っているのを見たので奴が叩き潰したものだろう。それがあたりに無数に散らばっている。

 

(これだけ死体があるなら…使えるか…!)

 

タリスマンを取り出して詠唱の準備をする。問題は詠唱できるかどうかだ。

 

剣を構えて攻めに転じる。待っていても隙は生まれない。ならば攻めるのみ。

 

「ぐっ…!」

 

「………」

 

ガギン、という鈍い音と共に剣で打ち合う。分かってはいたがやはり力で負けている。それでも…

 

(ここだ…!)

 

奴が踏み込み、その力を乗せて振り下ろしをする刹那、俺は武器を放り捨てて奴の横を抜けるようにして走った。

 

死体が溜まっているちょうど真ん中、そこに奴が踏み込むように。

 

手をかざして詠唱を終えるとその手から波紋が広がっていく。それが死体に届いた時ゴブリン共の死体が爆発した。

かの黒協会の奇跡の一つ『死者の活性』だ。

死骸を祝福し闇の爆弾とするこの奇跡は扱いがとにかく難しく限定的ではあるがその威力は折り紙つきだ。特に今回のように死体がそれなりの数である程度密集していれば。

 

「!?」

 

無数のゴブリン達の死体が右から左からと次々と爆発していく。直接的な攻撃で無いためか、流石に防ぐ事ができなかったのか血塗れの騎士が大きく仰け反り膝をついた。すかさず接近して致命の一撃を入れるべく短剣を抜く。

 

ズブりと鎧で保護されていない腹部の隙間を狙って短剣を突き刺してそのまま地面へと押し込む。爆発に巻き込んだ事もあって相当なダメージを与えることが出来たはずだ。地面に横たわり動かなくなった血塗れの騎士を見て俺は放り捨てた武器の回収に向かう。だが武器を拾おうとしたその瞬間その後ろでズズッと何かを引きずるような音が聞こえた。

 

あれだけの攻撃を加えたにも関わらず血塗れの騎士は立ち上がっていた。まるで先ほどの一撃は何とも思っていないかのように。

 

(これでも、倒れんか…!)

 

放り捨てたアストラの大剣を拾い直して再び構える。しかしどういう訳か血塗れの騎士は剣を降ろしていた。

 

「…どういうつもりだ」

 

思わず訪ねてしまう。それもそうだ。先ほどまで一切の容赦を見せない攻撃をしていた相手が急に戦意を消失させれば誰だって疑問に思うだろう。奴が血に飢えた狂人なら尚の事だ。

 

「お前はまだ()()()()をしているのか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「分からんなら知る必要はない鏖殺者。我らは人として生きる事など出来ん」

 

「何…?」

 

「呪いは消えん。永遠にな。この世界でもそれは変わらない。我らは所詮、神々の駒の一つに過ぎない」

 

「…何を知っている?答えてもらおうか」

 

「言ったろう。知る必要はない。お前には『声』が聞こえていないのだろう」

 

「声…?」

 

「いずれ分かる。お前が終わらぬ戦いの果てに狂い果てた時に」

 

そう言って踵を返して夜の闇の中へ奴は消えていった。やはり既に狂っているのか、それとも正気を失っているだけなのか…逃がしてしまったのは痛いが致命傷は与えたはずだ。しばらくは奴も行動をすることは無いだろう…ないと信じたい。…それに気になるワードもいくつか聞くことはできた。

 

「声か…何の声だ…?」

 

雨の止んだ夜空に俺の声は吸い込まれていった。

 

疑問には誰も答えてくれなかった。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

コンコンと扉が鳴る音がして少女は目を覚ました。院長からは決してどんな音がしても開けるなと言われていたものの扉の前に行くくらいはいいだろうと起き上がって扉の前に立った。

 

「誰ですかー…?何の御用、ですかー…?」

 

静かに扉に向かって声をかけると扉越しに低い声が帰ってきた。

 

「私だ。仕事が終わったから報告に戻ったのだが…」

 

それは昼間に自分がお話を聞いた旅の騎士の物。少女は今開けるね!と言ってかんぬきをうんしょと外した。

 

院長は「どんな音がしても」と言った。誰が来てもとは言わなかったので良いだろうと扉を開けたのだ。屁理屈かもしれないが少女にとっては大したことではない。扉を開けると黒い外套を纏った騎士がいた。

 

「夜遅くにすまないな。…起こしてしまったか」

 

「ううん、大丈夫だよ!他の皆や院長は寝てるけど…」

 

「そうか。一先ずゴブリン共は全て退治出来たはずだ。安心していい」

 

「ゴブリン、やっつけたんだね!良かったぁ…」

 

騎士の男の言葉に少女は顔を綻ばせる。だがその後にすぐに心配そうな顔へと戻った。

 

「あ、でも…騎士さんお仕事終わったから行っちゃうの…?」

 

「いや、ゴブリン共がまだ周囲に潜んでいる可能性なども捨てきれん。もう何日かは村に滞在する予定だ」

 

「ほんと!?じゃあまだ騎士さんのお話聞けるんだね!」

 

「ああ、だがさすがに今は不味い。もう夜遅いからな。今は早く寝室に戻ったほうがいい」

 

飛び上がらんとばかりに喜ぶ少女の頭をワシャワシャと撫でながら少女の背中を押して寝室へと戻るように促す。少女は、はーいと言ってトテトテともときた道を戻っていった。

 

「やれやれ…かんぬきも掛けずに行ってしまうとは…」

 

かんぬきを掛けて扉を閉めると壁に持たれ掛かるようにして座り込んだ。本来必要のない眠りは取らないが、この時ばかりは休息を取るべきだと感じたのだ。頭にはあの血塗れの騎士が言った言葉がこびりついたように残っていた。

 

「人のフリ…か」

 

誰もいない教会の広間で彼は一人呟いて眠りに落ち、少女もまた寝室へと戻り寝台へと潜り込んだ。

 

その夜に少女は不思議な夢を見た。

 

暗闇に浮かぶ小さな光。

 

それは朧げながら人の形を取り、何かへと導くように淡い光となって消えた。

 

酷く印象に残りそうなそれは綺麗な月の光のようで――

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「~~♪~♪」

 

辺境の町の外れにある家の中で呑気な鼻歌を歌いながらその女性は書物を読み漁っていた。

 

怪物辞典(モンスターマニュアル)の改訂を依頼されてから彼女はここ暫く自身の住処でもある町外れの小屋で新たな怪物の事を記していた。しかしそのどれもがこの辺りでは見ないもので古参の冒険者が見てもその誰もが書かれている怪物に見覚えはないだろう。

 

「むぅ…山羊頭(やぎ)悪魔(デーモン)牛頭(うし)悪魔(デーモン)…やっぱり数回の解剖ではそこまで詳しいことは書けないな…」

 

手入れをしているのかどうかも疑わしい金色の髪、毛糸の上衣の上に全身をすっぽりと覆うローブを着込んでいる。緑色の瞳を縁どるようにかけられた眼鏡が特徴的な彼女は孤電の術士(アークメイジ)だ。

 

「うむむ…やっぱりもう少し詳しく解剖したり、生態を調べなければ…」

 

ぶつぶつと薄暗い小屋の中で言葉を呟いてペンを走らせようとするがどうにもその筆は進んでいなかった。元々はあの『黒い外套を纏った騎士』がたまたま拾い物の鑑定を頼みに来てからが始まりだった。自分の知らぬ見たこともない魔術を使った謎の騎士。旅の騎士だなんだと言っていたがそれは間違いなく嘘であると彼女は確信していた。あくまで彼女の人生の中でという括りはあるもののあんな魔術(ソウルの魔法)は一度も見たことがなかったんだから。

 

聞けば彼も『探し物』があるようで内容までは詳しく聞けなかったが本人も説明しづらいと言っていた。そこで自分も『探し物』があるという理由で無理を言って何度か彼の『個人的な』依頼について行った事がある。

 

その時に端的に言って彼女は驚いた。それはそうだ。この世界に自分の知らない怪物がいたのだから。自分が知らないだけならば暫くしない内に出没するようになった新種、とでも言えるかもしれない。だがギルドに確認を取ってみれば、ギルドでも確認の取れていなかった『完全な新種』らしいのだ。

 

何でも五年程前からチラホラ討伐依頼もとい調査依頼の先で報告が上がっているらしい。彼女にとっては知るよしもないが最もその報告をしているのがあの黒い外套を纏った騎士(放浪騎士)だけというのが気がかりだったがそれも彼が最優先で受けているようなので仕方が無かった。

 

「ま、興味が尽きないのは事実だけれど互いに過ぎた干渉はしないっていうのが『彼』との約束だったし」

 

生憎自分のところに怪物辞典(モンスターマニュアル)の改訂依頼が来てしまったのでそれを機に解散してしまったが彼女の興味は今尚『彼』へと向けられていた。

 

(何とかは寝て待て。焦ったところで成果は出ないってね。こっちは保留して別のところから進めて行こうか)

 

伸びをして体勢を整えると彼女はまたペンを走らせる作業へと戻った。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

村の見張り櫓を借りて、周囲を入念に見渡す。今朝方も院長にゴブリンは確かに退治したが増援が来る可能性があると説明してもう数日滞在するかもしれないとの趣を伝えたが、本音はあの『血塗れの騎士』が来ないかどうかだ。あの時は撤退したように見えたがどこに行ったかは分からない。もしかしたらまだこの近くに潜んでいるかもしれない。いるとしたらまだこの周辺にいるはずなので数日滞在して何も起こらなければそれでいいし、来たのであれば再び撃退ないし倒さなければならない。

 

あの少女には朝早くから話を強請られていたのだが結局最後まで話してしまった。…勿論ありのままでは無く、脚色を加えてだが。流石にあの凄惨な旅路をそのまま伝えるのは少女には刺激が強いだろう。…いや待てよ。あの少女ならよく分からないと言って流したかもしれない。そう考えるとありのまま伝えてやったほうが良かったのだろうか?

 

…まぁ本人が楽しそうに聞いていたんだから良しとしようか。あまりにも狭い世界の話だがその内容はそこらの冒険譚にも引けを取らないと思う。その中身は華々しい活躍なんてなく酷く醜いものだが。

 

そうこうしてる内に見張りをしていると背後に小さな気配を感じる。この感じは…

 

「うんしょっ…えへへ、また来ちゃった」

 

態々櫓に登って来ていたのは黒い髪の少女だった。あれからと言うものの俺の昔話の何が気に入ったのかこうして妙に懐かれてしまった。

 

なんだか以前にもこんな状況があった気がするな。少し状況は違ったかもしれないが…

 

いずれ俺は近いうちにここを発つのだがそうなれば必然的に分かれる事になるのはわかっているはずだ。それならばあまり深く関わらない方が良いと思うのだが…。

 

「全く…私の所に来た所で何も面白い事などあるまいに。君も酔狂な事だ」

 

「えー?ボクは騎士さんのお話聞いてて凄く面白かったけどなー」

 

ストンと俺の隣に座り込む少女は最初こそ普段通りの明るさを見せていたが次第になんだか少し落ち着きなくそわそわしだしたのだ。まるで子供が親に頼み事をしたいけど上手く切り出せない、そんな風に見えた。

 

「何か話があるのか?」

 

「え!?えーっと…その…」

 

「…村にいる間なら話くらいは聞ける。ここには私達二人しかいないからな」

 

「っ!えっとね…」

 

そう言って少女は暫く黙って考え込むような素振りをして少し。

 

意を決したように向き直った少女を見る。覚悟を決めたようなその表情はまるで―――

 

「騎士さんに、お願いがあるんだ」

 

 

 

 

 

 




『血塗れの騎士』

全身を覆うフルプレートの騎士鎧とその上から纏うボロボロの外套を赤黒い血で染めた正体不明の騎士。
かつての金属の光沢を放つ騎士の鎧姿は見る影もなくなっており身の丈以上の岩を削り出したような巨大な剣を片手で軽々と振り回す凄まじい膂力の持ち主。また全身金属鎧、凄まじい重量物の武器を持って軽々と動ける事からもスタミナも並外れていることが分かる。

放浪騎士を『鏖殺者』と呼ぶ。彼と同じ火のない灰のようだが…?



神々がそろそろ酒盛りをするそうです。酔った勢いとは怖い物で…





っとここまで意味深に書いてるけどそんなに深く考えないでいいのよ。

何故ならあんまり深い設定作っちゃうと作者がパンクしちゃうからNE!

でもこのキャラを作る上でモチーフにしたものは多かったりする。某死神とか。





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第21話 羨望

あの騎士の娘から、君に礼だそうだ。

…それ以上、何も話さなかったがね。







何故お前はあの剣を俺に渡したんだ。俺にはこれを振るう力はないのに。




「うわっ、わ!?」

 

「動きを止めるな。実戦では動きが止まった瞬間に死ぬぞ」

 

ガキン、という音が草原に響く。村から少し離れたところにある草原で俺と少女は剣で打ち合っていた。少女にはショートソードを渡して俺は鈍らの直剣(アンリの直剣)を使って稽古をしている。とは言っても俺の方からは一切切りかからず少女の方から来る攻撃を受ける度に弾き返すに留まっているのだが。

 

事の発端はつい先ほどの事だ。

 

 

~~~

 

 

「騎士さんに、お願いがあるんだ」

 

「…お願い?」

 

さっきまで見せていた無邪気な顔から一転、年端もいかない少女らしからぬ真剣な表情で俺を見据えてくる。だがふざけている…という訳でもないようだ。

 

「ボク、騎士さんみたいな冒険者になりたいんだ!だから…えと、ボクに戦い方を教えて欲しいんだ」

 

「…ほぅ」

 

…俺は兜の下で小さく呟いた。この世界で他の冒険者の話を聞いて冒険者に憧れる子供は少なくない。実際御伽噺に出るような英雄に憧れ自分もそうなりたいと言って冒険者になる者達は多い。そして、そう言って冒険者になった者達の大半が帰ってこない事も。

 

だがそう言って冒険者になった若者達の大半が亡き者になるのは知識が無いからだ。実際俺とて灰の墓所から目覚めた後は何度も死んだ。そこから知識を時に自力で、時に他者から得て多くの苦難をくぐり抜けてきた。知識を有して現実を知っていれば少なくとも最初の冒険で死ぬ確率は大きく減るはずだ。確率を大きく減らすだけなので絶対ではないのが辛いところだが。

 

俺の話を聞いて冒険者になりたいなどと思うとは…あれほど凄惨な旅の話(多少の脚色有)を聞いて何故そう思ったのかは定かではないが…一つはっきりとさせておく事がある。

 

「一応理由を聞こうか。理由も無しに冒険者になろうとしているわけではないんだろう?…それとも君も多くの新人達のように『英雄』とやらに憧れたのか?」

 

兜越しにではあるが少女の方へと視線を向け、真意を問う。もしこれでありきたりな理由であれば即座に俺はこの少女を切り捨てるだろう。勿論物理的な意味ではない。

 

「憧れはあるよ。でもそれ以上に騎士さんのお話を聞いてボクも世界中を見て回って困っている人を助けられたらって思ったんだ」

 

ありきたりな理由かもしれないが一応真っ当な理由が返ってきた。だが問題はそれだけではないはず。院長だっているだろうし村の皆もいるのだから勝手に抜け出す訳にもいかないだろう。

 

「…分かった。だが院長や皆にもちゃんと話すんだ。そこで何を言われても己を曲げない姿勢を見せて来い。本気で冒険者を目指すというのであればな」

 

「!…分かった!ありがとう騎士さん!ううん、これからはお師匠様だね!」

 

そう言って立ち上がって櫓から降りていく少女を見送る。…師匠か。

 

「まぁたまにはこういうのも良いだろうさ…」

 

誰に言うでもなく俺は青空に向けて呟いた。

 

脳裏に浮かぶ多くの師達。…今の俺を見たら皆は何と言うだろうか?

 

 

 

~~~

 

 

 

「てて…師匠容赦ないなぁ…」

 

「教えるのに手を抜いていいのならそうするが…君の為にもならん」

 

「それは分かってるんだけど…まだ一回も当てられないし…」

「一朝一夕で当てられたら私も立つ瀬が無くなってしまうからな。早々当たってはやれんよ」

「むぅー…」

顰めっ面をする少女に思わず笑みが溢れる。俺の師達もこういった心境だったのだろうか。ここ数日簡単な稽古を少女につけてやっているが、これでいいのかどうかは微妙な所だ。何分他者に技術と言ったものを教えた事はないので身体を動かして動きを染み付かせる事くらいしか俺には分からないのだ。後は実体験から心構えを教えるくらいか。…本音を言えば実戦で経験を積むのが一番なのだが流石に年端も行かない少女を連れ出すわけには行かない。

 

「焦る必要はない。君はまだ若い。今から鍛えておけば将来冒険に出てすぐに死ぬ事はないさ」

「…うん!そうだよね。よーし!頑張るぞー!」

「いい返事だが、一先ずここまでだ。そろそろ昼食の時間だろう?」

「えー?ボクまだまだ平気だよ?」

少女が不服そうな顔をして剣を構えたその時、グルルルルと草原に盛大な腹の虫が鳴いた。

 

「………」

 

「…へ、平気だよ!ボクはまだ…」

 

グルルルルと再び腹の虫が鳴く。一度空腹を自覚したのか口では平気と言っているが体は食事を欲しているようだ。俺はこの身体(不死人)になってから生憎腹を空かせたことはないのでこの音源は少女という事になる。

 

「さっさと済ませてしまえばいい。その後でも時間はあることだしな」

 

「うー…で、でも師匠は?お腹空かないの?」

 

「私は腹持ちのいい物を朝に摂ったからな。この程度で腹など空かせんよ」

 

勿論嘘である。朝方というか今日は何も口に入れていない。ここに至高神の信徒がいれば一発(看破)でバレていただろうが今は俺達二人だけだ。問題ない。

 

「じゃぁもう少し!もう少しだけやる!お願い!」

 

「…分かった。それなら少し剣を変えてみようか」

 

そう言ってもう一振り鈍らの直剣(アンリの直剣)を差し出す。少女は剣を受け取ると剣をマジマジと見つめていた。

 

「この剣…」

 

「私が今持っているのと同じ物だ。鈍らだがこうした鍛錬に使う分には模造刀を持つよりも良いだろう」

 

「…ねぇ師匠。これってほんとに切れないの?」

 

ふと少女が剣を見つめたままそんな事を聞いてくる。どうしたのだろうか?さっきまでの明るい表情は消え、神妙な顔つきになっている。

 

「さすがに思い切り振れば人肌くらいは切れるだろうが…鎧越しになれば切れないだろうな。まだ重かったか?」

 

「ううん。重さならさっきの剣より軽いくらいだよ。…気のせいかな」

 

…軽い?どういうことだ?まぁ単体の重さは軽い方だがさっきまで少女が振っていた物はショートソードだ。大きな差は無いとはいえ重さだけで言えば重いはずなのだが…?この剣は一応人の本質的な力によって威力を増すが…それは俺達が持った場合のはずだ。しかし…

 

「…ょう?ねぇ師匠?」

 

「む?…ああ、すまない。少し考え事をしていた」

 

物は試しか。実際に振らせれば分かる事だ。もしこの少女がこの剣を振るう事が出来るならば…

 

「さぁ来い。余り長くは出来ないぞ」

 

「よぉし…やぁぁぁ!」

 

少女が両手で剣を構えて上段から振り下ろす様に剣を振った。先程までと同じように盾を構えいつも通りに受け流そうとして…

 

(………!!)

 

咄嗟に真後ろと飛んだ。

 

「…あれ?師匠?」

 

「……………」

 

少女が首を傾げて此方を見つめている。だが俺にとってはそんな事を気にしている場合ではなかった。受け流せた筈だった。甘えた、まだまだ未熟も良いところの剣など簡単に受け流せる筈だったのだ。なのに…

 

この少女があの剣で振った一振りは受け流せないと。感じてしまったのだ。

 

長い経験によって培われたそれは感覚では有りながらも最早確信に近い域にある。あの剣は確かに鈍らだが、担い手によってはその威力を大いに増す。その条件が…

 

(人の、本質的な力…)

 

『運』によって力が増すのだ。

まだまだ冒険に出るには早すぎる、それも未熟な少女が振るっただけで身の危険を感じる程までにその力を感じた。ならば…

 

(教示は不要だな…その剣が振るえるのならば…)

 

「師匠?さっきからどうしたの…?」

 

「…終わりだ。その剣が扱えるなら私が教える事はもう何もない」

 

そう言った瞬間少女の顔が驚愕に染まった。…当然か。いきなり師事していた相手に自分が満足していない状態で同じ事を言われたら俺だって同じ顔をしただろう。

 

「え…ど、どうして!?ボクまだ全然…!」

 

「落ち着け。何も君に見所がないだとか愛想を尽かしたとかそう言った話ではない。…その剣を君が振った時何か感じなかったか?」

 

「剣を振った時…?」

 

少女が鈍らの直剣(アンリの直剣)を見て首を傾げる。持ち上げたり色んな角度から見て唸っている。

 

「うーん…良くわからないや…この剣って何かあるの?」

 

「ああ。…私が終ぞ扱う事が出来なかった物だよ」

 

「師匠にも、使えない物ってあるんだ…これそんなにすごい剣なの?」

 

「剣そのものは少し変わった剣というくらいで扱う事自体は私もできるさ。ただ私にはその剣を振るう資格がなかっただけだ。残念ながら…な」

 

事実そうで無ければ今の今まで出先で厄介事に出くわす事などなかったはずだ。…昔ならば武器を強化するのに使う変質強化の貴石を集めるのにどれだけの敵を倒したか。思い出すのも嫌になる。地下墓で何度骸骨(スケルトン)を葬った事か。俺は神を信じはしないが自身の運の無さだけは信じている。

 

「それにいくら教える為や見張りの為と言えど別の依頼の帰りでここに立ち寄っただけだからな。余り長居するとギルドにも心配をかけてしまう」

 

「うー…でも…」

 

まだ踏ん切りがつかないのだろう。少女は煮え切らない表情をしている。

 

「その剣が使えるなら心配はいらんよ。それとも私の言うことが信じられないか?」

 

少し意地悪な言い方になってしまったかと思いつつ少女を見つめる。

少女は暫く俯いていたが剣をギュっと握りしめ、その後少しして顔を上げた。先ほどと違いその表情はまだ幼いながらも小さな決意を秘めているように見えた。

 

「ねぇ師匠…ボクなれるかな。師匠みたいな皆を助ける冒険者に」

 

表情で隠しているつもりなのだろうがその声音からは不安が隠しきれていないのが伝わってくる。昔の俺ならここで適当な返事をして流しただろう。だが…

 

「なれるさ。…鍛錬をサボったりしなければ、な」

 

俺はハッキリと肯定の言葉を口にしていた。まるで息を吐くかのような自然さで。だが、それとは別に俺はこの少女ならば立派な冒険者になると感じたのだ。

 

「えへへ…そっか」

 

「ああ、だが決して無理はしない事。好奇心は猫をも殺す、自らの身の程は弁えておくんだ。いいな?」

 

「うん。…師匠なんだかお父さんみたいだね」

 

「馬鹿な事を言うもんじゃない。私に子などいた事はないよ」

 

「はーい。ごめんなさい」

 

そう言って悪戯に笑う少女に釣られて苦笑いをする。…子か。俺には…俺()にはもう縁のない物だ。もし次の世代へ命が残せたなら俺はどうなっていたのだろうか?俺が望んだ多くの人々が持つ当たり前の日々を手に入れる事が出来たのだろうか?

 

「全く…では私はそろそろ行くぞ。院長には世話になったと伝えてくれ」

 

そう言って少女の頭をくしゃりと撫でて踵を返して俺は村を後にした。共闘したあの青年が報告をしてくれている可能性も無きにあらずだが本人が行かなければその辺りの確証はないだろう。いくら等級が高いと言えど死ぬ可能性はあるのだからさっさと戻って受付嬢へと報告してやらねば。

 

俺は足早に村から去り、誰もいないところで螺旋剣の破片で辺境の街へと帰還した。今にして思えば俺は嫉妬していたのだろう。少女があの剣を使えた事に。だからこそ早くこの場から去りたかったのかもしれない。

 

 

まるでお前は人にはなれない(願いは決して叶わない)という現実を突きつけてられている気がしたから。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

ムカデ(ロックイーター)退治が終わったのも束の間、冒険者ギルドはいつもの活気を取り戻していた。冒険者達が依頼書を手に受付嬢達がそれを処理するいつもの日常だった。黒髪の受付嬢もその内の一人だ。冒険者達の依頼を受理してはそれに伴う書類の作成、整理をこなしていた。これが新人の受付嬢ならば手間取っていたのだろうが彼女は既にここに務めて五年以上も月日が経っている。もう既にベテランと言える彼女にとっては造作もない事だった。そんな彼女は等級の高い冒険者は請け負うような依頼を担当する事が多かった。

 

「…はい。商団の護衛ですね。何があるか分かりませんので十分に気をつけてくださいね」

 

内容の簡単な確認と決まり文句のような台詞と同時に冒険者を送り出す。あれから大規模な依頼という物はないもののそれなりに重要かつ責任のある依頼は多い。先ほど送り出した商団の護衛なんかもその一つである。それに加えここ最近は見たこともない悪魔(デーモン)や怪物の依頼も増えてきている。腕利きの冒険者達は腕が立つが貴重な存在でもある。五年前に『彼』が倒したという強大な悪魔(デーモンの王子)の例もあるのでおいそれと斡旋出来ないのが事実だ。この五年で『彼』が対峙して提供された情報によって一部の悪魔(山羊頭や牛頭)などは銀等級の冒険者達に依頼を斡旋する事は出来ているが、調査依頼などはここ最近では殆どが出ていない。五年前の悪魔の件もあって上も冒険者の今後を考えると何もかも情報の足らない調査依頼に新人達を送り出すのは不味いと判断したのだろう。故に調査の依頼は鋼鉄よりも上、少なくとも第七位の青玉からと改訂されたのだった。

 

「ん~~~っはぁ…ようやく一段落ってところかしらね…」

 

一通り冒険者達を捌け終えると黒髪の受付嬢は大きく伸びをした。後輩達が増えたのは職員不足のギルドにとっては有難い事ではあったがそれでも足りていないのが現状だ。人手はいくらあっても足りない。せめてもう少し余裕が欲しい物だがそれは叶わなそうだ。そもそもある程度務めて経験を積んだ職員は都や大きな街に行ってしまうことが殆どでそれは彼女とて例外ではなかった。ただしそれも強制ではないので彼女はここに残り続けている。その時は当たり障りのない理由を答えていたが本心は別にあった。

 

(放っておけない人がいる。なんて、言えないわよね…)

 

五年前に突如として現れた騎士の風貌をした冒険者。最初は冒険者になりに来たにしてはしっかりとした装備をしているくらいにしか思っていなかった。あの頃はまだ自分も経験が浅かった頃。それでも多くの冒険者を見送り、帰って来ない事に何度も胸を痛めた。同僚や先輩からは一々気にしてたら身が持たないと言われていたが正しくその通りだった。実際に血糊の付いた身分証を見てその場は耐えたものの直後に嘔吐してしまったことさえあったのだ。

 

都にある実家の家族からも心配はされていたが元々反対を押し切って出てきたのだ。いざ出たはいいがそのままのこのこ帰るわけにはいかなかった。やめようと思ったことは何度もあった。だが同じ事が何度も続けば人は嫌でも慣れてしまうものだ。いつからだろうか張り付けたような笑顔を浮かべるようになったのに気づいたのは先輩に指摘された時だった。当時は気付かなかったが今の自分が見たらさぞ酷い物だっただろう。

 

だがそんな日々も五年前で突如終わりを迎えた。『彼』と出会ったからだ。

 

…別に依頼を達成して帰って来た冒険者が『彼』が初めてであった訳ではない。等級が上の者であれ下の者であれ生きて戻ってきた冒険者はいた。ギルドの人間としては余り個人に肩入れはしては行けないというのも分かっている。だが一個人としても職員としても冒険者の皆には死んで欲しくない。身の丈に合わない物や危険な依頼を背伸びして請けようとする人には遠まわしにだがやめるように言ったものだが誰もが耳を傾ける事なく帰らぬ人になった。

 

だが、『彼』は帰ってきた。

 

ゴブリン退治という冒険者の仕事して見れば小さな物。それでも危険な事に変わりはない。時には銀等級の冒険者とて油断して死に掛ける事もあるのだ。それを別の依頼を終えて休まずに向かった時にはまた帰らぬ人が増えるのだろうかとも思った。その後彼が何食わぬ顔で帰ってきた時私は心底嬉しそうな顔をしていたらしい。…今思い出すとすごく恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこの事だろうと思う。

 

いつものように帰ってきて話を聞かせてくれる『彼』にいつからか私は惹かれていたのだろう。

 

(はぁ…これじゃ職員失格ね…)

 

そうして思いを馳せながら溜息をついていた時だった。

 

「あのー…先輩?」

 

「ん?どうし…あら?」

 

「………」

 

そこにはつい最近入った私の後輩(三つ編みの受付嬢)ゴブリン退治の依頼ばかり請けている冒険者(変わった新人)がいた。

 

「ええと…こちらの…ゴブリンスレイヤーさんが用があるらしくて」

 

「ゴブリンスレイヤー…?ああ、そういう…」

 

彼にあだ名が出来ていた事に驚きだが同時に納得もしてしまう。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ならぬ小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)とは…まぁあれだけゴブリン退治しか請けていなければそんなあだ名が付くのも必然かもしれないが。

 

「あの冒険者は、いるか」

 

「あの冒険者?」

 

彼はどうやら誰かに用があるようだが『あの冒険者』では少々…どころか誰なのかを絞るのは不可能だ。もう少し特徴とかはないのだろうか。

 

「黒い外套の騎士の男だ」

 

「………」

 

それなら該当する人物は今のところ一人しかいない。一応後輩である彼女から村に数日残るとう報告を受けているのでまだ残っているのだろう。そろそろ戻ってきてもいい頃合ではあるが…

 

「まだ帰ってきてはいないですね。もう帰ってきてもいい頃ではありますけど…」

 

「そうか…」

 

「彼に何か用事でも?」

 

「ああ。ゴブリンについて聞こうと思っていた」

 

そういえば一人でしか依頼を請けていない青年に彼がついて行った事があった。それにしても何故彼なのだろう?特に接点があるように見えないが…

 

「えっとですね。ゴブリンについて知りたいって言われたんですけど私が『経験豊富な冒険者』さんに聞くのがいいかもしれませんねって言って…』

 

「それでよく『彼』の応対をしている私の所へ来たと」

 

困ったように苦笑いする後輩に釣られて自分も苦笑いを浮かべる。いやたしかに彼の応対はほぼ自分がやっているが…

 

「取り敢えず戻ってきたら彼に伝えておきましょうか?それとも帰ってくるまで待ちます?」

 

青年はその言葉に顔を少し俯かせて考え込むとすぐに顔を上げた。

 

「なら、伝えておいてくれ。…今日は帰る」

 

「分かりました。お伝えしておきますね」

 

そう言うと青年はそのままギルドから出て行った。その後ろ姿に向けて手を振っている後輩を見えて微笑ましく思ってしまった。

 

「な、なんです?」

 

「ううん。貴方も苦労しそうだなって」

 

「貴方もって何ですか。まるで他に苦労してる人がいるような言い方ですけど…」

 

「気にしなくていいわ。貴方とはいいお酒が飲めそうだなって思ったのよ」

 

「?」

 

ここまで言っても頭に?を浮かべて首を傾げている後輩に私は過去の自分を重ねた。…自分もこんな顔だったのかしら。いや、こんなに活き活きとはしていなかったかな。

 

「さーてっお仕事お仕事。常に余裕を持っておかないとね」

 

その言葉に慌ててカウンターへ戻る後輩を見て私は再び自身の戦場へと戻った。

 

 

 

~~~

 

 

 

ゴンゴンと扉がノックされる。街外れのあばら家の前に一人の男が立っていた。

 

黒い外套を纏い削られた兜や手甲を身につけた放浪騎士だった。彼は街へ帰還した後ギルドへ行かずこの家の主である孤電の術士(アークメイジ)を訪ねていた。

 

「ああ、開いているから上がってくれたまえ」

 

何度来ても変わらない横着な返答に放浪騎士はふっと笑った。もう何度も行われたやり取りに変わらないなという感想を抱いた。返答が来てから彼は自分の家に上がるような自然さで扉を開け中へと入った。

 

「うぅむ…違うな。こうじゃない…ならば…む」

 

中では孤電の術士がぶつくさとああでもないこうでないと唸っていたが彼が上がった事に気づくとガバりと立ち上がって振り返った。

 

「やぁやぁ久しぶりじゃないか!さては私に会いに来てくれたのかい?」

 

「ああ。聞きたい事がある」

 

彼の口から心底低い声が出た。元々声は低い方だがそれでも郡を抜いて低い声だった。その声音を聞いてつい先程まで茶化したような雰囲気の孤電の術士もすぐに真剣な表情へと変わる。

 

「何かあったのかい。君がそんな声を出すような事が」

 

その言葉に彼は黙る。この沈黙が答えだと言わんばかりに。そしてその沈黙をすぐに破るように言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「血塗れの騎士を知っているか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新遅れも甚だしい!

言い訳はしませんがマジな話すると病院のお世話になってました。

人生初の点滴を体験してきました。獣性が高まったような気がします(狩人感)
刺すところが地味にチクチクして痛かった…


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第22話 別れるという事

心に留めなければよいのです。

もうずっと、貴方達がそうしてきたように。







『私』はずっとそうしてきたつもりだった。だが…

『俺』にはそんなことは出来なかった。




「血塗れの騎士…ねぇ」

 

孤電の術士(アークメイジ)は勿体ぶるような間をおいて俺の言葉を反復すると椅子に再び腰掛けた。

 

「…それだけじゃ流石に私にも分からない。もっと何か特徴とかは無いのかい?外見とかさ」

 

「見た目は西洋の騎士で全身を鎧で固めている。それにボロ布を羽織りその鎧は血で赤黒く染まっている騎士だ。何でもいい。何かこの条件に当てはまりそうな奴を見かけたとかでも構わない」

 

俺の言葉に彼女は目を閉じて考えるような素振りを見せて首を横に振った。

 

「…すまないね。そんな冒険者がいたら流石の私でもすぐに気づくさ。少なくとも私が外に出た時には見かけなかったし冒険者達がその騎士について話しているのも聞いたことはないかな」

 

…まぁ知らないか。藁にもすがる思いで聞いては見たが当てが外れてしまった。彼女の事だから噂くらいはと思っていたのだが…いや、そもそも奴の強さを考えれば知っている人間が街にいればとっくにギルドにも知られているか。あの騎士の存在が知られていないのは、奴の性質を考えれば自然と答えにたどり着く。奴を知った人間がそもそも()()()()()()()()()()()のだろう。街などの生活圏に現れない理由は不明だがあの外見なら街にいればすぐに分かるだろう。つまり街のどこかに潜んでいるのか、そもそもいないかのどちらかだ。断定は出来ないが恐らくは後者だろう。仮に前者だとしたら既に街が血で染まるだろうな。

 

「…そうか。すまない、突拍子も無く」

 

「いいとも。そんなに気にしなくても私と君の仲じゃないか」

 

「そんなに親しかったか。俺達は」

 

「おや、違ったのかい?少なくとも私は君にとても親しみを感じているけどね!」

 

バッと両手を広げて歓迎をするようなポーズをとる。

 

変わっていないな彼女は。好奇心に満ち溢れ、常に前を向いている。目標に向けて、真っ直ぐに。当てもなく彷徨う俺とは大違いだ。

 

「さて、すまないが用事はもう終わりかな?実はまだ怪物辞典(モンスターマニュアル)の改訂の途中でね」

 

そう言って身体をずらして机にある書きかけの書類を指で示す。そう言えば少し篭る事になると言って解散したのだったか。

 

「まだ書いていたのか。それともそれ程までに修正を加えなければいけないものでも?」

 

「まぁ既存の怪物達はいいんだ。君と同行した事で詳しい事が分かったからそこを直していくだけだからね。問題は新種さ」

 

そう言って顔を顰めて何枚かの紙を引っ張って見せてくる。…まぁやはりこいつらか。

 

「牛頭に…山羊…蝙蝠羽…成る程、確かに交戦例が少ないと書くこともできんか」

 

「そうなんだよ!あれから時折私もギルドに顔を出しては見るもののそれらしい依頼は無くてさぁ」

 

…恐らく俺が全て退治しているからだろうな。新種らしいデーモンの手がかりがあれば即座に対応しているが為にそう言った依頼が残らないんだろうな。俺にとっては兎も角として他の冒険者達にとってはデーモンは凶悪な存在だ。名誉や名声の為に命を投げ出すようなベテランはこの街にはいないだろう。それはとてもいい事でもある。結局身の丈にあった事をするのが一番だ。背伸びなどしたところで早死にするだけなのだから。

 

「デーモンの情報ならある。書類を貸してくれ。この後ギルドに報告するついでに届けよう」

 

「本当かい!?いやー助かるよ。これで残った作業を終わらせればまた旅へ出られるとも!」

 

そう言って彼女は表情を輝かせた。ついでにあれも渡しておこうか。俺は依頼先で見つけソウルへしまい込んでいた指輪や、魔導具らしき物を乱雑に机の空きスペースへとそれらを置いた。目を見開いてる彼女に顎でそれらを示した。

 

「何か見つけたら取り敢えず持ってこいと言っていただろう。パッと見てガラクタでなさそうな物は持ってきたつもりだが」

 

そう言うと彼女は少し驚いた表情をしてクツクツと笑い出した。

 

「…どうした」

 

「くっ…ははは。いや、正直言うと余り期待はしてなかったんだ。だってそうだろう?何か面白そうな物を見つけたらと私は言ったけどそれをこんなに持ってくるとは思わなかったからね。どれ…」

 

そう言うと彼女は机に置かれた物に手をつけて調べ始めた。調べ始めたと言うことはやはり何かあるんだろうな。これが本当にガラクタだったら彼女は手に取ることもしないからだ。曰く『見たままの物を鑑定する必要はない』のだとか。と言っても所詮ゴブリンや下級デーモンからの戦利品では恐らく彼女の探し物は…

 

「ふぅむ…おや?」

 

ふと見ると彼女は一つの指輪を手にとって何やら唸っていた。火花が小さな宝玉の中で散っているような指輪だ。ボソボソと何かを呟いたと同時に

部屋に明るく光が散ったかと思うとすぐにそれは収まった。

 

「…見つけた、かもしれない」

 

「なに?」

 

今なんと言った。見つけた?まさか目当ての物があったと言うのか?

 

「君、これを…譲って…いや売ってはくれないか。対価は払うとも」

 

「…それが探し物か?」

 

「恐らくはね。確証はないがこれこそ私が長らく探していた物かもしれないんだ。だから頼むよ。君次第では…何でもしようじゃないか」

 

そう言ってずいと自身の身体を見せつけるような姿勢で言うが生憎俺には色欲の類がない。不死になる前はあったかもしれないが今ではそんな感情は微塵も湧かなかった。

 

「生憎そう言った類に興味はない。それに誰彼構わず自身を売るような真似はするもんじゃない」

 

「…はぁ、まぁ分かっていたけど微塵も興味を示されないとなると私もいよいよ女としての自信を無くしてしまうな。これでも結構自信はあるんだけど」

 

「そう思うならもう少し自分を大切にしたらどうだ。そうして蠱惑的な行動を控えて真面目にしていれば少しは男どもも寄ってくるだろうよ」

 

「嫌だなぁ。私だって誰彼構わずこんな事はしないんだぜ?やる相手は選んでるとも」

 

「…………」

 

「ごめん。私が悪かった。だからその無言で見つめるのはやめておくれ…」

 

バツが悪そうにたじろく彼女を見て、溜息が出た。少なくとも俺が見た限りでは容姿は悪くないし腕も立つ。それでいて知識もあるのだから同行者にも困らないはずなのに彼女は一向に他の連中と一党を組もうとしない。以前に何故態々危険な依頼を受ける俺に付いてくるのかと聞いた時に『そりゃ君に興味があるからね。君の扱う魔法の類にはとても興味があるんだ』などと言っていたか。俺は当初それに応えたいと思うと同時に応えてはいけないと思ったのだ。かつて探究心のままに知識を求め狂い果てた者を知っているが故に。だが…

 

彼女ならば、と何処かで期待している自分がいるのも事実だ。彼女ならば嘗て多くの不死を惑わせ拐かした魔術を正しく使ってくれるのではないかと。

 

「まぁいい、それと暫く俺は街を離れる。当分は戻らんつもりだ」

 

「へ?何かあったのかい?探し物はこの辺りにはなかったとか?」

 

沈黙が小屋を支配する。先ほどまで穏やかな雰囲気も心なしか張り詰めているような気がした。

 

「…都に行く」

 

俺の言葉を受けて彼女は何も言わなかった。その表情は何かを考えているようだったがすぐにいつもの表情に戻っていた。

 

「そうか。…昇級の話を受けることにしたんだね」

 

「ああ。必然的に向こうに滞在する事になる。暫くは戻ってこないだろうな」

 

「うーん。だとするとこれの対価はどうしようか。流石に無償でとなると私の気が収まらないんだけども」

 

火花が内側で散る指輪を見せながら彼女は困った表情をしている。別に気にする必要はないだろうに…だがこう言った場合は気にするなと言っても逆効果になるのは此方にきて学んだ。こう言った場合何でもいいから丁度良い落とし所を作れば良いだけだ。

 

「なら俺がいない間に困っていそうな新人でもいたら助けてやってくれ。生憎俺は物品や金銭で困っていない。お前もたまには外に出て他の冒険者ともっと関わった方がいい。存外見所のある奴はいるものだぞ」

 

「むむむ…まぁいいや。それは気が向いたらね。あまり作りたくは無いけど借り一つ、と言う事にしておこうか」

 

納得はしていないようだが一先ずは良しとしたのか諦めたような顔をしてやれやれといった風に両手を挙げた。別に気にする必要はないと言うのにこういったところでは変に律儀な彼女に笑みが零れる。

 

「そう言う事にしておいてくれ。俺はそろそろ行く。デーモンの情報は後でギルドから聞け」

 

「分かったよ」

 

「ではな」

 

「…待ってくれ」

 

端的なやり取りの後、急に彼女に呼び止められた。振り返ると先程までの表情は何処か暗い表情に変わっていた。

 

「どうした?」

 

「いや、その…なんだ。ああ、くそ…上手く言えないな…」

 

どうも言葉に詰まっているようだが珍しいな。普段の彼女ならこんな風に言葉に詰まることは殆どないというのに。部屋の薄暗さのせいで上手く顔が見えない為どういったことを言おうとしているのかも想像が出来ない。

 

「また…私と旅をしてくれるかい?」

 

暫しの間をおいて彼女が出した言葉は酷くか細い物だったが静かな小屋の中にははっきりとその声は通った。かつて何処かで交わしたようなやり取りを思い出して同じように答えた。

 

「ああ。勿論だ」

 

その答えを聞いて彼女は満足げな表情をして。

 

「ふふ…そっかそっか。なら私から言う事にはもう無いよ。向こうでも存分に暴れてくるといい」

 

「遊びに行く訳ではないんだがな…全く…」

 

そう言って小屋を後にしてギルドへと歩みを進める。後ろ手に扉を閉めるとき彼女が何かを呟いた気がした。

 

「…じゃあね、異界の旅人君。君は多くを語らなかったし、余り心を開いていないように思えたけど…」

 

その言葉は誰にも届く事なく、

 

 

 

 

「君は…私が心から自信を持って言える自慢の友だよ。…また何処かで会おう」

 

 

 

 

小さな小屋の中に溶けるように消えていった。閉じられた扉に向けて寂しそうな笑みを浮かべながら。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

冒険者ギルドへついた俺はもう慣れ親しんだ受付嬢のいるカウンターへと向かう。恐らく書類仕事をしていたのだろう彼女は俺を視界に入れると手を止めて表情を輝かせた。カウンターの奥、職員達の視線が温かくなったのは何故だろうか?

 

「おかえりなさい放浪さん。ご無事でなによりです」

 

いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれる彼女に、ああと返事を返して書類を提出する。

 

「少し所用があってな。街の外れまで行っていた」

 

「街の外れ…?ああ、孤電の術士さんのところですね。何か気になる事でもありました?」

 

「少しな。まぁ生憎情報は得られなかったが」

 

「…そうだったんですね。他の冒険者さんが帰ってくる中、中々姿が見えないから心配したんですけど杞憂だったみたいですね」

 

「それに関しても報告書にあるが、村にゴブリンどもの増援が来ないかどうかを見るために滞在していたから余計に時間が掛かってしまった。心配はいらなかったがな」

 

彼女は敢えてか俺の知ろうとした情報に探りは入れてこなかった。…また気を使わせてしまったか。表情には出ていないが少しだけ口調が寂しげになったのに気づけたのは付き合いが長くなったが故か。

 

「そう言えばあいつらを見たか?話があったんだが…」

 

あたりを見渡して自身の一党の仲間達を探すが姿が見えない。入れ違いにでもなったか?

 

「皆さんならまだ帰ってきてませんね。昨日下級の悪魔退治に出発してるので今日には帰ってくると思いますけど…」

 

「そうか…」

 

帰ってくると言いながらもその表情は心配そうだ。こういった所に彼女の優しさが滲み出ている。彼女は表情を誤魔化すのが上手いが人の良さは隠しきれていないようだ。

 

「あ、話といえば放浪さんに用があるって言っていた冒険者さんがいましたよ」

 

「…私に?一体誰だ?」

 

ここで活動するようになってそれなりに顔は広いつもりだが他の冒険者達との関わりは基本広く浅くだ。直接呼び出して用があるという事は何か大事か、はたまた面倒事か…

 

「ゴブリンスレイヤー…ええと、薄汚れた皮鎧にフルフェイスの兜を被った冒険者さんです。ゴブリン退治の依頼しか受けていない人ですよ。何でもゴブリンの事で聞きたいことがあるとか」

 

ああ、彼か。しかし俺もそんなに詳しい事を知っている訳ではない。精々世間が認識している程奴等は弱くない事。上位種になればゴブリンと言えど大きな危険になるくらいだ。俺に聞かれたところで何も…いや、待てよ…

 

「今日は帰るって行っていたので明日にでもギルドに来れば会えると思いますよ」

 

「わかった。…いつもすまないな、手間を掛けてしまって」

 

申し訳なく思い口からつい謝罪の言葉が漏れてしまった。しかしその言葉に彼女は一瞬目を丸くするとくすりと微笑みを浮かべた。

 

「良いんですよ。冒険者の方々を支えるのが私達の仕事ですから」

 

「…そうか。すまないな」

 

「ふふっ謙虚なのは良い事ですけど、そういう時は『ありがとう』って言った方がいいですよ」

 

「…ありがとう」

 

「はい、どういたしまして」

 

楽しげに笑う彼女は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。とても優しげなそれでいて見惚れるような笑顔だ。いい顔をするようになったものだ。出会った当初の頃が嘘のようだ。その後彼女は仕事中なのを思い出してか小さく咳払いをした。それに伴って俺も当初の予定通り報告を済ませていく。

 

「そうだ。君に早いうちに済ませたい用があったな」

 

「あら、どうしました?何か別件ですか?それとも新しい依頼…」

 

彼女から今回の依頼の報酬を受け取りつつ、俺は用件を口にした。

 

「昇級の話を受ける事にした。それに伴って都へと活動拠点を移そうと思っている。申請を頼めるか?」

 

カタン、と何かが落ちた音がした。何事かと他の職員が音の発生源へと視線を向けるがすぐに元の状態に戻った。というのも目の前で受付嬢がただ手にしたペンを落としただけだったのだから当たり前かもしれないがその表情は普通ではなかった。驚きと焦り、まるで雷に打たれたような衝撃的な表情をしてこちらを見ていた。…そんなに驚くことだったろうか?以前にも申請の話をしてくれた時は明るい表情だったのだが。

 

「えっ…ど、どうしたんですか急に…以前は受ける素振りなんてかけらも…」

 

「…?いや、このあたりだけの活動も限界があるだろうから都の方へと場所を移そうかと思っただけなのだが…」

 

落としたペンを拾うことも無く固まっている彼女に理由を話すが効果は無かったようで、その表情は絶望的と言ってもいいかもしれない。例えるなら長年共に戦い続け将来を誓い合った戦友に裏切られたようなそんな表情だ。

 

「そう…ですか、そうですよね。貴方の実力ならこのあたりだけじゃなく王都の方で活動していてもおかしくないですもんね。すみません取り乱してしまって…」

 

「いや、構わんのだが…大丈夫か?」

 

「…何が、ですか?」

 

「…泣いているぞ」

 

そう言われた彼女は慌てて自身の頰に伝っていた涙を拭いだしたがその行動が切っ掛けになったのか、堰き止められていた物が溢れるように涙が流れ出した。

 

「あっ、これは、その…」

 

「本当に大丈夫か?何か気に触るような事をしてしまったか?」

 

「っ…ごめんなさい…!」

 

どうしたものかと声を掛けたが逆効果だったようで彼女は書類もそのままにカウンターから出ていってしまった。…参った。どうやら今回は完全に俺に非があるようだ。追いかけるべきか悩んでいるとカウンターから声が掛けられた。

 

「あんまり女性を泣かせるのは良くないですよ。何を言うにしても、もう少し言葉を選ぶべきです」

 

彼女の後輩である三つ編みの受付嬢が呆れた顔で残された書類をまとめていた。…やはり突然過ぎたか。誰にも言わず一人で決めた事だから仕方がないのかもしれないが…この調子だと一党の皆からの説教も覚悟しないといけないかもしれん。

 

「…こういう場合どうすればいいんだ?この方こう言った事は初めてでどう行動すればいいのか分からん…」

 

三つ編みの受付嬢は顎に手を当てて少し考えると困ったような顔をして、

 

「追いかけるべき…なんでしょうけど…今はそっとしておいてあげてください。先輩にも色々あるんですよ」

 

「…そうか。分かった」

 

「ただ、これだけは忘れないでください」

 

そう言った彼女は真剣そのもので以前のような慌ただしい新人とは思えないものだった。

 

「私達も人間です。送り出した冒険者さんが帰って来なければ悲しんだりします。昨日まで話してた人が突然いなくなったりすれば心配だってします。貴方にとっては何気ないことでも…相手にとってはそうじゃないかもしれないんです。…貴方は冒険者ですから多くの出会いと別れを経験して慣れているのかもしれないですけど…」

 

そこまで言って彼女は口を閉ざした。…俺は少し出会いと別れに無神経だったかもしれない。この世界の命は俺達とは比較にならない程尊く、脆い。ちょっとした油断ですぐに死んでしまい、明日も我が身な冒険者達はそう言ったことを大事にして毎日を生きている。ギルドの職員達はそんな中で冒険者達以上に出会いと別れがあるはずだ。彼女達が人である以上、心を痛める事は多かったのだろう。

 

…どうも俺はまだ周りに対して無意識に壁を作っていたようだ。出会った者たちを次々とこの手にかけて行ったあの時の感覚がまだ残っていたのだろうか。

 

「すまん。少し時間をくれ…一先ず今日は休む事にする。あいつらも戻って来ないしな」

 

「それが良いですよ。先輩の方は私がどうにかしておきますから」

 

そう言ってギルドを後にする。周りからの視線が痛いが仕方あるまい。…女性の涙は安くない…か。

 

「あの戦士の言った通りだな…」

 

5年前に俺を一党に誘い今はもう冒険者を引退したあいつが女を泣かせる奴は云々などと言っていた気がする。あの時は良く分からず聞き流していたが今思えばこういう事だったのか。

 

 

もう少し周りとの関係は大事にすべきなのかもしれない。…そうだ。ここはあの呪われた地とは違うんだ。ああ、そうか。俺は何を引きずっていたんだ。

 

余りにも気づくのが遅い自分に嫌気がさす。昔は昔、今は今だ。ここはあの地ではないんだ。それならすることは簡単だ。問題はそれが実行できるかどうかだが…もう少し…

 

 

 

 

 

もう少し、向き合ってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅れに遅れて投稿です。もはや多くは語るまい。

凄いだろ…これだけ書いて話進んでないんだぜ…

私が言えるのはただ一つ。(データの)整理整頓は大事だってことです


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第23話 また会う日まで

…ああ、貴公、迷っているのだろう?

だが、道に迷う者は、道をゆく者に他ならぬ







…俺は、最後まで迷ったままだったよ。

だが、今は―


あの後何事も無く拠点の教会に戻り、そのまま朝を迎えた。あれから周りに向き合おうとして自分なりに色々と考えてみたがかつて関わった人達は言うなればギブアンドテイクな関係が殆どだった。そんな関係しか築いて来なかったせいか結局名案は出ないまま夜が更けていき気がつけば朝日が昇っていた。不死には睡眠も食事も必要は無いが、休んでいたはずなのに酷く疲れが溜まった気がする。

 

(……行くか)

 

裏庭の篝火からスッと立ち上がってギルドへと向かう。と言ってもまだ今の時間は早朝も早朝、ついても依頼は貼り出されていないだろうし人も少ないだろう。趣味の類も此方に来てから出来たはいいがさすがに今はする気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

誰が見ていたという訳ではないがその足取りは重く、背には悲壮感に似たようなものが漂っていた。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「うう…ぅん…」

 

まだ起きるには早い朝方に私は目が覚めた。もぞもぞと布団から這い出て、重い瞼を擦り制服に袖を通す。毎朝毎日変わらない光景。なのに今の私にとっては酷く色褪せたように思えた。身嗜みを整えていざ鏡を見たが酷いものだった。我ながらこんなにも死相が出たような顔ができたのかと。

 

昨日は『彼』の報告からショックを受けて人目を知れず職場を放り出してしまった。勿論あの後は上司から注意を受けたし、後輩や同僚にも迷惑を掛けてしまった。ここに勤めてもう5年は経つが自分は思いの外、精神的には変われていないようだった。昨日私がすっぽかしてしまった仕事は後輩二人がやってくれたそうだ。片や三つ編みが特徴的な後輩と片や至高神の信者でもある後輩だ。二人には後で何か埋め合わせをしなければいけない。

 

「ほんと…ダメな先輩ね…私…」

 

ふるふると首を振って両頰を叩く。いつもより少し早いが目が覚めてしまったものは仕方ない。『彼』は早ければ今日には行ってしまうだろう。見送る事も出来ないなんて受付嬢の名折れだ。

 

「よしっ…!」

 

艶やかな黒髪を微かに棚引かせながら彼女は自分の職場(戦場)へと向かうのだった。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

案の定というかギルドは空いていたが中はガラガラだった。受付も僅かな職員がいるくらいで他の冒険者の姿は見えない。早く着いたところで依頼が張り出されてるわけでもなく割のいい依頼を融通して貰えるわけでもない。完全に手持ち無沙汰な状態だが特にする事もないので適当な椅子へと腰掛けた。

 

(しかしあいつらにどう説明したものか…)

 

共に活動した機会こそ疎らではあるもののそれを良しとして一党を組んでくれた仲間達。かつての長い旅路でも仲間、同士と言える者達はいたがここまで長く共に活動した者はいなかった。あの呪われた地では皆が自らの使命や誓いを果たそうと必死だった。互いに励ましの言葉こそあれど必要以上に馴れ合う事はなかったのだ。誰もがいつおかしくなる(亡者になる)か分からなかったから。

 

一人の時はこんな風に悩む事も無かった。ただ自らの目的の為にただ只管突き進んでいくだけだった。今思えば何とも空虚で憐れだったのか。迷わず進んでいると言えば聞こえはいいかもしれないがその結末はあの(ざま)だ。だが、今は…

 

(ちっ…いかんな。こういった時に後ろ向きな考えが浮かぶあたりまだまだということか俺も…)

 

兜の下で小さくゴチる。神々の玩具にされ、(ソウル)を喰らう者が…

 

(………姿は人でも中身は違う、か)

 

こうして物思いに耽る度に陥りそうになる考えに首を振る。だが違いがどの程度ある?不死は皆ソウルを求め、それは亡者とて同じ事。違いなど正気があるかどうかでは無いのか?ましてや同胞を殺しその火を奪っていた俺が正気だなどと言えるのか?いや、そもそも―――

 

「あっ…」

 

思考が沼にハマりそうになった所で聞こえた声の方へと顔を向ける。そこには日頃世話になっている受付嬢がいた。以前なら少し会話があったのだろうが昨日の事もあってか気まずい空気が流れる。こういう時は何と言えばいいのか…

 

「…もう大丈夫か?」

 

出てきたのはなんとも捻りもない在り来たりなそれでいて直球な言葉だった。我ながら愛想のない奴だと思うが他に思いつかなかったのだ。

 

「ふふっ…その言い方、放浪さんらしいです。気にしないでください、もう大丈夫ですから」

 

「そうか。…それなら良かった」

 

お互いに顔を見合わせて笑う。まぁ此方の表情は兜で見えていないのだが…

 

「それよりも、行くんですね?…都に」

 

「…ああ」

 

真剣な表情になった受付嬢に真面目な声音で返す。行くのであれば早い方がいい。足踏みしてもいいがそうした所で何も変わらんだろうし古来より思い立ったがなんとかとも言うだろう。

 

「書類は少しお時間を貰えれば用意できますのでそれを持ってあちらで昇級審査を受けてくださいね。私はこれから書類を用意してくるので少し待っていてもらえますか?」

 

「わかった」

 

そう言って奥の職員区画に入っていく彼女を見送り再び席で待つ。…結局あいつらに言う言葉は見つからなかったな。まぁ皆がそれぞれ優れた技量の持ち主なので俺がいなくともやって———

 

「あら、今日は随分早いじゃない。何かあった?」

 

振り向くと森人にしては珍しい一切肌を露出していない革のコートの装束に身を包んだ森人野伏がいた。帽子こそ被っていないが普段通りの彼女だ。最近は少し分かれて活動していたのでこうして話すのは少し久々な気がする。

 

「…まぁ、な。実はー」

 

「ストップ、言わなくていいわ、わかるから。…行くんでしょ都に」

 

彼女は俺が言わんとしてることはわかっていたようだ。勘がいいのか

それとも誰かから聞いたのか。恐らくは後者だろう。昨日の依頼帰りにでも事のあらましを聞いたのかもしれない。

 

「ああ、今日にはここを出る予定だ。少し野暮用もあるからそれを済ませてからになるが」

 

「そっか…他の皆には言っ…てないわよね。その様子だと」

 

「言っていない。どう言ったものかと昨日は一晩中考えていた」

 

「一晩って…呆っきれた。今更貴方が昇級して都に行くって言ったって誰も止めないわよ。止めた所で貴方は行くでしょ?」

 

やれやれといった様子で両手を広げる森人野伏を見て思わず笑ってしまった。…参ったな、この調子だと他の面子にも筒抜けかもしれない。

 

「ほんとは私達も行きたいけど…貴方が追いかけてる奴はあの時(五年前)悪魔(デーモン)みたいな連中なんでしょ?」

 

「いや分からん。奴もそうだがそれ以上の奴が出てくる可能性も否定は出来んな。…最悪俺が()()()()()()()()()が出てくるかもしれん」

 

「…それは貴方でも勝てない相手って事?」

 

「…どうだろうな。今の俺が一人で戦って五分五分、といったところかもしれん」

 

「そっか…ごめんなさい」

 

「?何故謝る?別に君のせいでは…」

 

「私達さ、最近じゃなんだかんだで貴方に甘えちゃってる事多かったから…皆とも時々話題に出すのよ。今のままでいいのかなって…」

 

「ふむ………」

 

彼女…というか俺の一党は知らぬ間に悩みを抱えていたようだ。そんな素振りも微塵も見せなかった皆もそうだが俺自身も気づけなかったのは不甲斐ない限りだ。

 

「だから」

 

ビッと顔の前に人差し指を突きつけて森人野伏は決意に満ちた顔付きで告げた。

 

「もっと、強くなるから。貴方に付いていけるように。貴方が一人で行かなくてもいいように。一党として助け合えるようになって見せるから」

 

そう言い切った彼女の顔は真剣そのものでそれは使命を胸に真っ直ぐ進んでいた頃を彷彿とさせた。それだけの決意があるなら皆きっと強くなれるだろう。

 

「そうか…次に会う頃には世話になりそうだ」

 

「よく言うわ。前もそう言いながら何だかんだ貴方一人で全部片付けるんだから。…必ず貴方の背中を預かれるようにするわ」

 

「意気込むのはいいが切羽詰まって死に急ぐなよ?死んだら背中を預けるも何もないからな」

 

「分かってるわよ、そのくらい。…そう言えばそろそろ弓も変えないと…」

 

「弓?どうした、古くなったのか?」

 

「古くなったっていうか五年前にあの悪魔と戦ったじゃない? その後少し弦を変えたんだけどそろそろ限界かなって。私は只人製のを使ってるからそろそろ変えようかなって思ってたのよ」

 

そう言えば彼女は他の森人達と違って弓は冒険者になってから用意したと言っていたような気がする。

 

「ふむ…そうだな、弓ならばこんなのがあるが使ってみるか?」

 

そう言って俺はソウルから黒い弓を取り出した。ピンと張り詰められた弦。少し細めながらも強靭さを感じさせるその弓は『ファリスの黒弓』だった。使用には高い技量を要求されるが彼女の腕ならば問題ないだろう。寧ろ森人特有の技術によって俺以上に使いこなすかもしれない。生憎と俺には使いこなせなかったが。

 

「あら、いいの?随分と上質な物っぽいけど…」

 

「これを含め予備がまだあるからな。高い技量を要求され俺が旅していた場所では弓の英雄が使っていた物らしいが君の腕ならこれを使いこなすことなど訳ないだろう」

 

「…分かったわ、任せてちょうだい」

 

そう言って彼女は黒弓を受け取った。さて、そろそろ―――

 

「少しいいか?」

 

()()()を済ませようとしたところで久しぶりに聞いた声が耳に入った。声のした方へと顔を向ければ薄汚れた革鎧の下に鎖帷子を着込み頭部を覆う(フルフェイスの)鉄兜を被った冒険者がいた。確か今は小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)と呼ばれているのだったか。

 

「いいところに来たな。ゴブリンスレイヤー?」

 

「少し話がある。構わないか?」

 

「構わないわよー。大方私の用事は済んだしね」

 

「そうか。話なんだが…」

 

「まぁ待て。少し私も野暮用がある。そのついでに話を聞こう。来てくれ貴公にも関係がある話だからな」

 

「…わかった」

 

そう言ってゴブリンスレイヤーを連れ立ってギルドの外へ行き歩き出す。…済ませるなら早朝のほうが良いだろう。『あいつ』に会いに行くなら早いほうがいい。

 

「さて…貴公の話だが…大方、私に小鬼を殺す方法…ないしは奴等の事を聞きに来たのだろう?」

 

「そうだ。ギルドの受付も言っていた」

 

「…この際どう言っていたのかは聞かないでおこう。そしてこの件だが生憎俺は力にはなれん」

 

「………そうか」

 

そう言った途端声に僅かだが落胆したような、沈んだ感じが含まれた。この青年は無愛想なようだが無感情という訳ではないようだ。

 

「だが、適任な人物なら知っている。彼女にはたらい回しにするようで悪いが…」

 

「?」

 

「だからその為の準備…というより紹介状(手土産)のような物を用意する」

 

そうして暫く歩いて古びた教会…もとい俺の自宅(拠点)へと辿りついた。…朝に持ち出すのを忘れるというポカをやらかしていた為にこうして戻ってきただけなのだが。

 

「少し待っていてくれ」

 

ゴブリンスレイヤーをその場に残して中へと入る。目的の物は既に用意してあるのでそれを取って戻るだけだ。やや大きめの長方形の木箱に薄紫色をした花を添えた手紙を同封した物を持って外へ出てゴブリンスレイヤーへそれを手渡した。

 

「待たせたな…これだ」

 

「これをどうするんだ?」

 

木箱を受け取ったゴブリンスレイヤーは変わらぬ声音で疑問を口にする。…だが気のせいか、少し早口になっているような気がする。

 

「これを持って街の外れにあるあばら家に行け。私の頼みで来たと言えば大丈夫なはずだ」

 

「わかった」

 

「…っと忘れる所だった。これも持っていけ」

 

そう言ってソウルから林檎酒(シードル)を取り出してついでに渡す。初めて会った時に飲んでいた頃からこちらが用があるときに手土産としてよく持っていった物だ。…あまり高い物ではないが渡して別れて次に会うその度に瓶が空になっていたのを思い出す。

 

「これは?」

 

「彼女の好物だ。これくらいは持っていってやってくれ」

 

「わかった。街の外れ、だったか?」

 

「ああ、丁度牧場に向かう反対側にある外れのあばら家が目的の場所だ。ドアに真鍮製の獅子の形をしたノッカーがあるからすぐに分かる」

 

「助かる。…必ず礼はする」

 

「その礼はいずれ返してもらうさ。私が忘れていなければ、な」

 

そう言ってゴブリンスレイヤーは箱を抱えてそのまま歩いて行った。そろそろ丁度いい時間かもしれない。ギルドへ戻るとしよう。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

ギルドへ戻って扉をくぐったその直後に視界の端に見知った顔ぶれがあった。こちらと視線が合うや否や森人野伏が手招きをしてきた。…全員揃っているあたり話せということだろうか。

 

「…話していないのか?」

 

「これから…と言いたいけど大体は私の口から言っちゃったわ」

 

「貴公、水臭いではないか!都へ行くのなら私達に声を掛けてくれれば共に行ったものを!」

 

「おっさんさっき姐さんが言った事もう忘れたのかよ…俺らじゃ歯が立たねぇ奴等を旦那が退治にし行くってんのに付いてってどうすんだ」

 

「でも行くにしても正直遅いくらいだよね。まぁ大方行かなかった理由は想像がつくけど」

 

陽気な様子で男騎士が、呆れた様子で斥候が、納得したような様子で圃人軽戦士が各々口にする。…最初は俺も考えた。いくら金等級(第二位)だからと言ってもあくまで依頼を受けるかどうかは冒険者次第だ。等級が変わったとしてもやることを変えなければいいと。周囲からとやかく言われたり噂が立ったりはするだろうがそんな事お構いなしにここで活動を続ける事も考えた。

 

だが足踏みして状況が変わらないなら踏み出すしかない。あの絶望に満ちた旅路と同じように立ち止まっているくらいなら前に進むべきだと。幸い森人野伏の言い方が良かったのかそれとも皆が信頼してくれていたのか。俺が都に行くことに誰も反対はしていないようだった。

 

「あーあ、一時的にとはいえ、貴方が抜けちゃうのはやっぱり痛いわね…今後の事も考えるともう一人くらい欲しいかしら。できれば神官か魔術師の」

 

「…魔術師はともかく神官ねぇ。構いやしねぇが誰選んだって変わんねぇだろ」

 

男斥候が顰めっ面をしながら零す。…こういう所が本当に似ていると思う。だがそれでも断固として拒否しないあたり彼の人の良さは消えてはいないようだ。

 

「私達で足りないのは術使い(スペルキャスター)でしょ?うちはその気になれば全員が前衛出来るんだから」

 

「その通りだけどこの時期に術使いが捕まるかな?新人の術使いは中々いないしベテランでも単独(ソロ)活動する人なんていないと思うけど…」

 

「そうなのよねぇ…この際成り立ての新人でもいいんだけど…ねぇ貴方にそういった知り合いっていない?」

 

「術を使える知り合い…か…」

 

唐突に振られて少し記憶を探る。仕事をこなす傍ら一時的に同行したりする事はあったがそれを知り合いというのは少し違う気もする。後はついこの前まで話をした孤電の術士(アークメイジ)か…。だが彼女はしょっちゅう冒険に出るような人物ではない。固定で組むというのは難しいだろう。そもそも魔法や奇跡を使える冒険者は貴重だ。魔術師なら学院で学んだ者が殆どだし聖職者なら神殿で学んでくるだろう。農村から出てきた力自慢は読み書きが出来なかったりするので教養もあって術も使えるという人材はとにかく貴重なのだ。新人のうちはベテランの冒険者と組むのがいいとギルド側も勧めるそうだがそれでも気後れしてしまうのか新人の術使いは新人同士で組んでしまう事が殆どだ。ベテランも中堅も殆どがすでに一党を組んでいるだろうし引き抜くなんて真似をすれば問題になりかねない。…つまり現状で求めているのは、単独(ソロ)で、一党を組みたがっていて、術を使える者なのだが…

 

「…すまん。流石にそこまで都合の良さそうな知り合いはいないな」

 

「そうよね…ごめんなさい。もしかしたらって思ったんだけど…」

 

「うーむ…術使いを招くなら一人なところを招きたい…一人でいる術使いはいない…難問だ…」

 

男騎士が唸っているのを見て男斥候と圃人軽戦士がやれやれと言った様子で呆れていた。実際には難問どころではない気もするが…他に知り合いで…となると後は五年前に一度だけ組んだ事のある女司祭がいたぐらいだが…彼女も別れ際に別の一党に行っていたしあれから一度も会っていないので今どこで何をしているのかも分からない。彼女ほどの実力があれば死んではいないだろうが…まだどこかで冒険者を続けているのだろうか。

 

「私も奇跡なら使えなくもないが…一度きりだしなぁ…うーむ…」

 

「は?おっさん奇跡使えたのか?今まで使った事あったか?」

 

「む、失礼な。私とてこう見えて戦女神の信徒の一人。《小癒(ヒール)》の奇跡なら使うことが出来る。…のだが使う機会がなかったのだ。がははは」

 

「まぁ皆各々が薬でどうにかしてたもんね…重症の場合は彼が魔法の薬(女神の祝福)とか大規模な奇跡(太陽の光の癒し)を使ってくれたわけで…」

 

「あー!もうやめやめ!無いものねだりしても仕方ないわ!私達は私達で出来ることをする!それでいいのよ!」

 

「そう焦らずとも貴公等なら大丈夫だろうよ。私とてかつては己の体と武器だけで旅をしてきたんだ。案外どうにかなるものだぞ…む」

 

ふと受付を見ると受付嬢が手招きをしている。書類の準備が出来たのだろう。一党の皆に受付に行く旨を伝えて席を立つ。受付に来ると手元に書類を持った受付嬢から声を掛けられた。

 

「大丈夫でした?皆さんとお話してるようでしたが…」

 

「大丈夫だ。それよりも準備が出来たのだろう?」

 

「はい、此方です。これを都のギルドに持って行ってください。受付に見せれば昇級審査をしてくれるはずです」

 

「分かった」

 

書類を受け取ってソウルへしまい込む。何やら視線を感じるが…

 

「…どうした?」

 

「いいえ。…私待ってます。ですからちゃんと無事に帰ってきた時にはまたお話を聞かせてください」

 

「ああ。…ここに戻ってくる頃には土産話には困らないだろうな」

 

「期待してますよ。…ではお気をつけて、貴方のご活躍を祈っています」

 

その言葉に俺は頷きで返して踵を返した。そのまま一党の所へと戻りそろそろ出発する事を伝えねば。

 

「私はそろそろ行くぞ。まぁ…なんだ、死ぬなよ」

 

「任せなさい。ここは守ってみせるから」

 

「へへっ旦那が帰ってくる頃には俺は独り立ちしちまってるかもなぁ?」

 

「はははっ大丈夫だよ。君が帰ってくる頃には僕らも君があっと言うような冒険者になってみせるさ」

 

「任せておけ!貴公のぶんまで私が力無き者達の為に戦ってみせるぞ!」

 

一党の皆が軽口を叩く。…まったく大した奴等だ。皆は一つしか命がないというのに。いつ死ぬかも分からない身でそれでも恐れず前を向き続けている。俺も進もう。ここでの旅路は誰かに言われたからではなく俺の意思で進むのだ。何も恐れる必要はない。

 

ギルドから出る俺の背中に皆が激励の言葉を掛けてくれた事に俺は右手を軽く挙げる(静かな意思)ことで応えた。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

ゴンゴン、と街外れのあばら家の扉が叩かれる。扉の前には最近色々な意味で有名な冒険者…ゴブリンスレイヤーが立っていた。

 

「すまない。依頼があるのだが」

 

家から返事はない。だが煙突から煙が出ているのだから留守という事はないはずだ。再びノッカーに手を掛けゴンゴンとノックする。時間が悪かったのだろうか?そう思い引き返そうとすると…

 

…ああ。開いているから上がってくれたまえ

 

中から気だるげな声が響いた。言われるがままに中に入ると書物が山と積まれガラクタなのか何なのか見分けの付かない物も散乱している。端的に言えば散らかっていた。書物を崩さぬように、落ちている物を踏まないようにして気をつけながら進んでようやく家主の元にたどり着く。事前に『彼』から聞いていなければ目の前で机に齧り付くように椅子に座る人物を女性と認識する事は出来なかったかもしれない。

 

「届け物を頼まれた。黒い外套の冒険者からだ」

 

「届け物…?私に?誰がそんな…待て、今黒い外套の冒険者って言ったかい?」

 

『彼』の特徴らしき物を口にすると彼女は机からむくっと上半身を上げた。それと同時にフードを外して孤電の術士(アークメイジ)は振り返った。

 

「彼が届け物とはいったいどんな風の吹き回しかな?それも君のような冒険者を使って」

 

「知らん。俺はこれを渡せと言われた」

 

「ふぅん?随分と簡素な木箱だ…まったく女性に贈るにしては飾りっ気がないね。どれどれ…」

 

孤電の術士が木箱を受け取り蓋を開ける。自然とゴブリンスレイヤーも中身を見る形になるのだが彼にはそれが何なのか分からなかった。中には複数の巻物(スクロール)が入っていた。しかし彼女の方はこれが何なのか分かったようで大きく目を見開いて声を失っていた。

 

「なっ…こ、これは……!?」

 

「?」

 

「き、君!彼は、彼は他に何か言っていなかったかい!?何でもいい!何か言っていなかったか!?」

 

箱を地面に落とし中身が溢れるのもお構いなしに孤電の術士はゴブリンスレイヤーに問い詰めた。彼女が何故ここまで取り乱しているのか分からなかったが一先ず質問には答える事にした。

 

「俺はあの冒険者に依頼をしようとして断られて代わりにお前に頼めと言われた。そしてこれを持って行けと」

 

「それだけ、かい?他に何か…」

 

ふとパサリ、と箱から一枚の紙が滑りでた。大きさからしても何やら手紙のようだった。近くには淡い紫色をした綺麗な花が添えられている。

 

「手紙…?」

 

孤電の術士は手紙を拾い上げてそれに目を通し始める。ちょうど向かいあう形なので内容は見えなかったがどうでも良い事だ。…どのくらい経ったのかしばらくして彼女はくつくつと笑いだした。

 

「っ…は、はは…何だいまったく…とんだ…置き土産じゃないか…」

 

「どうした」

 

「…いいや。それで?私は君に何をすればいいのかな?」

 

「いいのか?」

 

「勿論。私に出来る事なら何でもしようじゃないか」

 

「ゴブリンを殺す為に役立つ物が欲しい。全てだ」

 

「へっ…?」

 

素っ頓狂な声を上げた孤電の術士の笑い声があばら家に木霊した。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「いや~笑った笑った。それにしてもゴブリンとは…とんだ変わり者がきたものだね。私が言えた事じゃないけど」

 

「そうか。引き受けて貰えるのか?」

 

「ああ、勿論だとも。ただ…そうだね、また明日もう一度訪ねてくれ。大丈夫、約束は守るとも」

 

「…わかった」

 

ゴブリンスレイヤーはそう言うと即座に踵を返してあばら家から出て行った。本当に彼はゴブリンを殺す事以外に興味を持ってないらしい。先ほど拾い上げて机に置いたスクロールを見る。『彼』が度々使っていた『魔術』のスクロール。彼が旅をした過程で友人から学んだという魔術が書かれているものだ。…この世界の一般的な魔術とは根本的に原理が違う。『彼』の言うソウルを用いたこの魔術は既存の魔術全てを引っくり返すだろう。威力も使用回数も段違いだ。これが世に出回ればどれほどの事が起きるか。

 

「君は、何を思ってこれを私に送ったんだい…」

 

『彼』の拠点に聞きに行ってもいいが恐らく無駄足になるだけだろう。彼は行動する時は早い。よしんば今から追いかけて問いただしても答えは帰ってこないだろう。多くを語らない彼と長らく接していれば分かる事だ。同封されていた手紙を再び見る。同様に添えられていた花にも目を向けて思わず笑みが溢れる。

 

「都へ行くのに『都忘れ』の花とは…君がこんなに洒落が利くとは思わなかったよ」

 

件の青年の事もある。彼が寄越したという事は何かしらあるのだろう。これから忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「…行っちゃいましたね」

 

後輩の新人がポツりと呟いた。わかっていた事だがいざ実際に見送ると寂しいものだ。当分『彼』と会うことはないだろう。もしかしたら一生会えない可能性もある。それでも私は送り出した。生きてさえいれば会うことが出来る。同じ空の下にいるのだ。死にさえしなければ必ず会えるだろう。少なくとも自分はそう信じている。

 

「ええ。…これから忙しくなるわ」

 

彼がここから離れた事で今まで捌けられていた依頼が溜まるだろう。下水、ゴブリン、護衛、悪魔…その他諸々。彼がこなしていた依頼は分類問わず非常に多い。一党の仲間達と行く事もあれば彼が依頼を複数取って手分けしていた事もあったっけ。

 

「あの人沢山依頼を請けていたんですよね…だ、大丈夫なんでしょうか…」

 

後輩の目が若干潤んでいる。就いてすぐに只管寄越される書類の山を思い出したのだろう。腕利きの冒険者は少ないが問題なのはそれ以上に依頼を選ぶ人が多いという事だ。まぁ選ぶ権利は向こうにあるので仕方がないのだが…

 

「大丈夫よ、貴方だけが書類を捌くわけじゃないんだから。私達だっているし、今年は有能な後輩がいっぱいいる事だしね」

 

印象に残っている彼女の同僚に確か至高神の信者がいたはずだ。休憩時間や仕事中にも仲睦まじく話していたのを覚えている。もしかしたら近い将来あの子は監督官を任されるかもしれない。…私も《看破(センス・ライ)》の奇跡が使えれば良かったのだが生憎私は信者ではない。いっそ今からでも…と思っていた矢先に後輩があっと声をあげた。

 

「ゴブリンスレイヤーさん!用事はもう済んだんですか?」

 

「日を改めろと言われた。ゴブリンの依頼はあるか?」

 

呆れながらも依頼書を取り出す話をするこの光景もつい最近見始めたはずなのに随分と見慣れたように感じる。自分も周りから見たらあんな感じだったのだろうか。楽しそうに応対する後輩を見て少し羨ましいと思い、同時に寂しさを感じる。…いけない、気を緩めるとすぐに自分の役職を忘れそうになる。見送ったのなら帰りを待とう。元より自分達はそれが役目であったはずだ。

 

「あ、受付さん!この依頼お願いできるかしら?」

 

「森人野伏さん。一党の皆さんとご一緒に?」

 

「ええ、彼が抜けちゃったからね。私達も頑張らないと」

 

「分かりました、お気をつけて。無茶はしないようにしてくださいね?」

 

「心配しないで。引き際はわきまえてるから!」

 

ヒラヒラと手を振って一党の元へ戻っていく彼女を見て思わず敵わないなと思ってしまう。しかし彼女も自分自身に出来ることをやっているだけなのだ。果たして自分と何が違おうか?

 

 

 

 

 

「―冒険者ギルドへようこそ。どういったご用件でしょうか?」

 

 

 

 

彼女は受付にやってきた新たな冒険者に微笑みながら自らの仕事に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

物語はまだ始まってすらいない。これは長い長い序章(プロローグ)に過ぎない。

 

多くの者がそれぞれの道を行き、そしてまた交わる時までしばし彼らは己が道を行き続ける。

 

 

そう。まだ前日譚(イヤーワン)が終わったばかりなのです。彼らのお話はこれから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光すら届かない暗闇に蠢く者がいる。

 

何も映らぬはずの場所で、しかしはっきりと『それ』はあるものを見つめていた。

 

 

 

 

ああ、「不死の英雄」よ。お前はまだ気づいていないのだな。

 

使命を成し遂げた者。 時代を終わらせた者。 本質に還った者。

 

お前がどれほどの偉業を成し遂げようとも

 

この世界に置いては駒の一つに過ぎない。

 

ここならお前の望みは叶う。お前が望みさえすれば。

 

 

 

来てみろ。

 

 

お前に会ってみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

昏い瞳は一人の冒険者を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『都忘れ』の花言葉…しばしの慰め、しばしの別れ、また会う日まで



ちょっと詰め込みすぎた感は否めない。ただ分けると中途半端になっちゃって…それでもイヤーワンはこれでおしまい。
ごめんなさいね。ちょいちょい暇見つけて書いてるからおかしいとこが結構あるかもしれない。細かい所に手は加えるかも。でも次からは本編だよ!。近々人物設定を乗せようか迷ってるんですがどうしましょうかね


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Goblin Slayer&Ashen One
第24話 ナイト・リターン


…だが、まあ、そろそろ潮時かもしれないな

何より俺は、もうお前との約束を守れそうにない

そんなのは嫌なんだよ






―――――――――ッ!!

 

低く地鳴りを思わせる雄叫びが空気を震わせる。太めの樹木ほどもある四つの足を踏みしめ只人(ヒューム)など比較にもならないほど遥かに巨大な体格を持ち長い首をもたげたそれは多くの物語に付き物である(ドラゴン)そのものだ。祈らぬ者の中でも強大な存在であるそれは真紅の鱗を全身に纏い空を覆い尽くさんとする程の翼を持っていた。一般的に冒険者が太刀打ち出来る竜というのは若火竜(ヤングレッドドラゴン)と言われる幾ばくかの年を経た竜である。それでも危険な事は変わりないし熟練の優秀な冒険者の一党(パーティ)でも苦戦はするだろう。しかしこの竜は最早数年幾ばくと言った生温い年月では語れない程の時を過ごした竜だった。普通ならば例え歴戦の冒険者でも出くわせば撤退をするであろう状況で『彼』は立っていた。

 

軽量化の為に削られた兜に手甲。闇に溶け込む色合いの隠密性と最低限の防御力を両立した皮鎧。そしてその上に纏う黒い外套。

 

名を「放浪騎士」

 

今や王都の「金等級」の冒険者であり、その活躍は都の吟遊詩人がこぞって歌にするくらいには有名になっていた。

 

ある時は悪魔の群れを青き光で薙ぎ払い攫われた令嬢を助け出したと。

 

またある時はトロルの群れを燃え盛る業火で焼き払ったと。

 

またある時は太陽の如き輝きを放つ雷で竜を屠ったと。

 

彼の活躍、その歌は一貫性が無くしかし全てが真実故に多くの民衆に好まれた。夢見る少年少女にその歌は大いに受け入れられたのである。

 

「竜狩りもいい加減飽きたものだ…かの鷹の目のような芸当が出来ればあるいは・・・」

 

唸り声を鳴らす竜を前に彼は一人呟く。左手には布で作られた触媒(タリスマン)を右手には巨大な雷の力を宿した溶鉄の大斧(竜狩りの大斧)を持ち相対する。

 

「…潮時か。此方での活動も」

 

 

 

 

 

山の頂きに激しい雷が落ちた。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

山脈に住み着いた強大な竜(古の竜)に《雷の杭》を突き立て、葬ってから王都のギルドへとすぐに帰還した。本来なら何日も掛かる道のりを帰り道だけでも一瞬で済むようになったのは国王陛下の計らいだった。此方で金等級としての活動を始めてすぐに城への招集を受けた際に取引をしたのだ。

 

彼方が出す依頼をギルドに通し優先して請ける代わりに此方での専用の活動拠点と()()()()()()()()()()()の情報があればすぐにでも伝えろというものだ。

 

そんな王宮の懐刀じみた事を続けてはや五年が経ったわけだが肝心のデーモンの情報はなかった。ならば少しでも奇妙な事や、変わった事はないかと情報の趣向を変えてみるもどれもこれも見当外れなものばかりだった。決して国王が約束を違えている訳ではない。むしろ統治者としての責務に追われながらもどんなに小さく些細な情報でも報告をしてくれるあたり彼の誠実さや責任感の強さは伝わっているし実際に王の口から話を聞いたときには心底申し訳なさそうにしていたのは記憶に新しい。

 

だが、それ故に…こちらで冒険者として活動を続けていて()()()()()()()()()()()()と全くと言っていいほど出会わなかったことがある種の確信を持たせた。

 

ここには探し求める物はない。王都周辺から付近で発見された遺跡や洞窟などあらゆる所へ探りに入ったが何の成果も得られなかった。

だがあの辺境の街では正体不明の騎士(おそらく積む者)や、デーモンの王子といった少なくとも俺の知っている奴等がいた。不死としての勘が自らをあの街へと引き寄せている気がしてならないのだ。実際自分にとって時間は味方だ。老いて死ぬことなどもはや叶わないのだから。

 

「報告だ。山脈に住み着いていた竜は討伐した。もうこれで人々が脅かされる事はないだろう」

 

「…流石です。伊達に五年も金等級(第二位)を背負っていないですね。あ、それと陛下から招集令が掛かってますよ」

 

「わかった。すぐに向かおう」

 

―聞いたか? またドラゴン単独討伐だとよ。

 

―はぁーっやっぱ世の中にはいるもんだねぇ…俺もあやかりたいもんだ。

 

―馬鹿言うんじゃねぇ俺らじゃついていけねぇよ。あいつが一日に何件依頼請けてっか知らねぇのか?

 

周囲から口々に自分の行動に対する評価が漏れる。さすがに五年も続けば慣れたものだが妙な気分だ。灰…不死という呪われた存在ならば疎まれ蔑まれるばかりだと思われていたがそうでもないようだった。実際何度か此方で組んだ冒険者達とは宴に同席させてもらったこともあったものだ。

 

一先ずは王城へ向かおう。まぁ何であれもうここを離れるつもりではあるのだが。

 

 

 

~~~

 

 

 

「陛下。招集に応じ馳せ参じました」

 

「ああ。・・・皆下がってくれ」

 

国王がそう言うと周囲の人間は謁見の間を後にする。少しして顔を上げ国王へと向けた。

 

「それで陛下。招集をしたのは・・・」

 

「ああ、だがここでは些か堅苦しい。場所を変えよう」

 

「・・・はっ」

 

玉座から立ち上がる国王の後に続く。・・・毎度の事ながら無用心な御仁だ。護衛の一人も付けないでこうして冒険者を従えるなど有り得ない事だ。いくら金等級だとて一介の冒険者だろうに・・・顔見知りだからと言って何故ここまで信を置くのかわからなかった。

 

王城の会議室にて二人は向かいあう。この光景を何も知らない人が見れば国王と冒険者が話し合っているなど誰も予想できないだろう。

 

「もう卿が王都に来て五年か・・・早いものだ」

 

「ええ、時が過ぎるのは早いものです。過去の事を思い起こせば尚更・・・」

 

「ああ、そんなに堅苦しくするな。立場を気にしなくていいように場所を移したのだからな」

 

「・・・私も初めて会った時は驚いたものだ。酒場で一度だけ口を聞いた冒険者がよもや国王になっているなど・・・」

 

「はははっ私もまさか卿だとは思わなかった。王城で対面した時に以前と寸分違わぬ見てくれであったからな。すぐに分かったよ」

 

「そうか・・・妹君は元気か?」

 

「相変わらずいつ飛び出すかハラハラしているがな。元気にしているよ」

 

それはまるで旧友と思い出話をするような気さくさを思わせる会話だった。・・・この場を赤毛の枢機卿達が見ればさぞ無礼者などと叫びだすのだろうな。

 

「昔話に花を咲かせるのもいいが本題に入らねばな。ようやく卿に報いる事ができそうなのだ」

 

「・・・と言うと?」

 

「これを」

 

そう言って国王は一枚の羊皮紙を取り出した。そこにはまるで岩の塊のようなデーモンが書き記されていた。

 

「・・・これは・・・」

 

「最近になってギルドから届いた物だ。西の辺境で見つかった廃遺跡で遭遇した悪魔(デーモン)だと。これは討伐されたそうだが最近になって西方で見たことの無い怪物の情報が散見しているそうだ」

 

「西方・・・」

 

己の見当違いであったのかやはり居るべき場所はあの辺境の街らしい。

 

「・・・感謝する。おかげで次の行動は決まった」

 

「やはり戻るのか?西の辺境へ」

 

「ああ、どちらにせよそろそろ戻ろうとは思っていたのだが」

 

「そうか・・・フッ。約束を違えずに済んだと思うべきか、卿が離れることを嘆くべきか?」

 

「どちらでも構うまい。俺がいずとも王都の冒険者は皆優秀だろうに」

 

「だが卿のような型破りはいなかった。単独で古竜の住処や悪魔の巣窟に乗り込むなど私とて御免こうむる」

 

「・・・真似をする者が出ない事を祈るばかりだな」

 

「まったくだ。・・・そういえばあの娘には会ったか?」

 

「娘?」

 

唐突に思い出したように国王が話題を切り替える。娘とは誰の事だろうか?

 

「覚えていないか?城塞都市で卿が連れ立った至高神の司祭の娘がいたであろう」

 

「・・・ああ、いたな」

 

あの至高神の女司祭の事だろう。一度組んだだけだが彼女(火防女)を思い起こさせるのも合って印象に残っている。そういえば彼女は今何をしているのだろうか?やはり冒険者を続けているのだろうか?

 

「・・・まさかあれから会っていないのか?」

 

「・・・・・・・・・ああ」

 

「卿・・・これは彼女も苦労しそうだ」

 

「どういう意味だ?」

 

「いや、な。彼女は今水の街にいる。機会があれば顔くらい見せに行ってやるといい」

 

「分かった」

 

話を終え立ち上がろうとして一つ思い出す。辺境へ戻るならこのまま帰るわけにはいかない。

 

「一つ頼みがある。・・・等級の意図的な降格は可能か?」

 

「む?どういう事だ?」

 

「それは――」

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

再びギルドへ戻り受付へ向かうが何やら揉めているようだった。こういった風景も大きな都やギルドだと珍しくもない。とは言っても最近は見なかったが・・・

 

「こんなにするのか?護衛にこんな払ったら赤字になっちまうよ」

 

「実績のある冒険者の方を雇うとなるとどうしてもこのくらいかかってしまいます。社会的に信用されている方ですし貴重ですので。それ以外ですと比較的経験の浅い人達にお願いすることになりますが・・・」

 

「うーん・・・積荷を新人に任せたくはないが・・・」

 

後ろで話に聞き耳を立てれば護衛の依頼か。どこかへ荷を下ろしにでも行くのだろう。そしてその報酬金の関係で話し合っていると。

 

あくまで個人の見解だが正直な話護衛の依頼は割に合っていない。というか報酬(リターン)は大きいがそれ以上に危険(リスク)が大きすぎるからだ。まず大前提として依頼主を守る必要がある。これは当然だがそれに加え今回の場合積荷を守る必要もあると来た。そして自らも死なないように立ち回なければいけない。勿論何事も起こらず目的地に辿り着くこともあるだろうが何が起こるか分からない以上常に最悪を想定しなければいけないだろう。冒険者達だってそれなりに準備をする必要があるし人数も必要になる。そうなれば更に費用は嵩むだろう。結果として費用を差っ引いて報酬を分配すれば比較的簡単な依頼(※ベテランの基準)を受けたときと同じになってしまう事も多い。更に言えば最悪なのは依頼を失敗した時だ。自身が死ぬのもマズいが積荷が守れなかったり依頼主や依頼対象を守れなかったりすれば冒険者としての信用が地に・・・とまでは行かないかもしれないが大きく落ちるだろう。そうすれば昇級にも響くだろうし何より周囲の評判が落ちる。故に余り人気が無いのだ。

 

「参ったな・・・しかし・・・」

 

・・・思いの外長引いているな。仕方ない、あまり得意ではないのだが・・・

 

「少しいいか?」

 

「ん?なんだあんた・・・」

 

「あ、騎士さん。戻られたんですね」

 

「ああ、話は聞いた。その護衛の依頼だが良ければ私が引き受けよう」

 

「え?」

 

「大丈夫なのか?見たところ腕に自信はありそうだが・・・」

 

「少なくともならず者に遅れは取らんと自負している。場所はどこなんだ?」

 

「水の街に積荷を下ろしに行くんだが今日取引先が遅れてな。出発が遅れたもんだから冒険者を雇おうって事になったんだが・・・」

 

チラチラと此方と受付を交互に見やる依頼主。つまりは実力を疑っているのだろう。それはそうだ。単独で護衛を引き受ける冒険者などいないだろうしいきなり現れた冒険者を信じろと言っても無理がある。しかし水の街に行くといったか。都合がいい。

 

「この方なら心配要らないと思いますよ。この方が依頼を失敗したことはありませんから」

 

「過度な期待はやめてくれ。後が怖い」

 

「こぞって詩人の方達に詠われる人が何を言ってるんですか」

 

「こぞって詠われる?それじゃあんた・・・」

 

「ええ、『放浪騎士』の詩なら最近じゃ誰もが聞いた事あると思いますよ」

 

「・・・そういう事らしい」

 

「頼もしいな。そういう事ならすまないが頼めるかい?」

 

「ああ、分かった」

 

「それで報酬の方は・・・」

 

「ああ、それなんだが。水の街に到着したらその足で辺境の街まで乗せていってはくれないだろうか?報酬はそれでいい」

 

「そりゃ俺としては願ってもない話だが・・・良いのかい?」

 

「ああ、ちょうど辺境の街へ向かう所だったからな。・・・これを」

 

そう言って受付に国王に頼んでもらった羊皮紙を渡す。それを見た受付嬢は目を丸くした。

 

「え?これって・・・」

 

「これを見せれば良いと言われた。頼む、()()をぶら下げて向こうに戻るのは・・・な」

 

「確かにそうですね。分かりました。少々お待ちくださいね」

 

そう言って受付嬢が奥に消えるのを見送ると依頼人に確認を取る。

 

「水の街へどのくらいで着く予定だ?」

 

「日が暮れる頃には到着出来るはずだ。あんたの条件で行くなら水の街で一泊して翌朝に辺境の街へ・・・ってとこだな」

 

「分かった」

 

実際辺境の街には螺旋の剣を刺した場所があるので破片を使えば即座に戻れるのだが・・・丁度いいというには大分リスキーだが落としどころとして使うなら十分だろう

 

「お待たせしました。こちらを」

 

戻ってきた受付嬢から()()()()()を受け取り首から掛けていた金の認識票を渡す。最初はこのまま戻っても良いかと思ったが等級の影響もバカには出来ないもので金等級がいる=金等級が関わるような案件もとい脅威が潜んでいると周囲にいらん心配を掛けない為の一種の保険のような物だった。悪く言うなら等級詐称である。

 

「ではお預かりしますね。・・・ご武運を」

 

「すまない、次がいつになるかは分からんが。では行こう」

 

依頼主を連れ立ってギルドを後にする。一党の皆や世話になった受付嬢は元気にしているだろうか?

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

「見事に何事も無かったな」

 

「ははは・・・まぁ何も無いのが一番なんだがね。だがいるのといないのとではいてくれた方が安心だし大きな違いだよ。あんたには割に合わない仕事だったかもしれないが・・・」

 

「構わんさ。都合が良かったから付いてきたようなものと考えてくれ」

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

何事も無く水の街まで到着して依頼主と共に水の街のギルドへ報告をする。何度か来た事はあったので報告自体は滞りなく終わった。こういう時に無駄に色んな所を駆け回った甲斐があったと思う。

 

「宿代はこっちで払わせてくれ。さすがに人として示しがつかなくなっちまうし護衛をしてくれた礼・・・にもならないけどな」

 

「いや十分だ。感謝する」

 

「少し早いが私は休ませてもらうよ。部屋の場所は受付で聞いてくれ」

 

「分かった」

 

そう言って依頼主はそのまま自分の部屋へと向かっていった。さてどうしたものか・・・

 

(特にすることも無いな・・・俺も部屋に―)

 

「ん?・・・貴様・・・」

 

「?」

 

唐突に声のする方へと顔を向ければそこにはシルクハットを被り顔には不敵な笑みが張り付いているコートを来た男がいた。壁にもたれ掛かるようにして立っており近くには大きなクロスボウが立てかけてあった。だがそれには見覚えがある。何故なら―

 

(スナイパークロス・・・!?いや、形が似ているだけのものか?だがあの形と意匠・・・)

 

間違いない。あれは自分が持つ物と同じカリムで用いられていたとされる物と同一の物だ。だが、何故・・・?

 

「もしや・・・私と同じか?気が付けば見知らぬ世界に一人立っていた・・・」

 

(!?)

 

間違いない。この男は自分と同じだ。あの呪われた世界から迷い込んだ者の一人だ。だが嘗て旅してきた場所にこのような男はいなかった。態度・・・というか腕を組んでいる立ち姿は銀仮面(薬指)の男と似ているが・・・

 

どうする?肯定するか否定するか。・・・長い旅で培われた直感が警報を鳴らしている。この男は悪人ではないかもしれないが決して善人ではない。敢えていうなら・・・酷く人間臭いのだ。それに迂闊に正体をバラせば何があるか分かったものではない。バレているかもしれないが少なくとも自分の口で肯定するのだけは避けるべきだ。

 

「・・・何の話をしているんだ?」

 

「・・・・・・ほう、そうか・・・。まぁいい忘れろ。同じ冒険者なのは変わりあるまい。お互い助けあっていこうじゃあないか」

 

・・・少し間があったが誤魔化せたか?声に震えなどは出ていないし表情も兜で見えていないはずだから大丈夫だと思いたいが・・・

 

「貴様、都でも有名な放浪騎士だろう?竜をも屠る高名な冒険者様がこの街になんの用だ?」

 

「ここには偶々立ち寄っただけに過ぎんよ。たまには一党を組んでいた仲間に顔を見せておこうと思ってな」

 

「ふん、仲間想いな事だ。竜を屠り悪魔を容易く狩る英雄様らしい。クックックッ」

 

「・・・そういう貴公は?一人か?」

 

「うん?まぁそんなところだ」

 

・・・よく見れば男の首には銀色の認識票がぶら下がっている。不屈のあいつ(パッチ)のように人は見かけによらないとは言ったものだが・・・

 

「この街は平和だ。剣の乙女とやらのお膝元だから当たり前だがな」

 

「何?」

 

「高名で力ある者に守られ平和である事が当たり前になっている。だがそう言った場所にこそ悪意というのは潜みやすい物だ。脅威が無い。あるわけが無いと思いこんでいるのだからなぁ・・・平和すぎるというのも考え物だ。クックックッ」

 

・・・ギルドが認めた以上は問題無いのかもしれないが自分は少なくともこの男に背中を預けようとは思わなかった。パッチほどあからさまで無く敵なのか味方なのかをこうも判別しずらい奴は初めてだった。首から下がる認識票がその判断を更に曖昧にさせていたのもあるが・・・

 

「そういえば辺境の勇士『小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)』を知っているか?五年前に冒険者になってからずっと小鬼(ゴブリン)ばかりを退治している変わり者だ。奴等を根絶しようとしているのか知らんが憐れなものだ。蔓延る疫病と同じように元を絶たねばいくら倒しても意味など無いというのにな。だが、その行い自体は素晴らしいものだ。とても素晴らしいものだよ・・・クックックッ」

 

(変わらず彼はゴブリンを狩り続けているのか。彼らしい)

 

しかしこの男は表情を崩さずによく喋る。意外と世情に詳しいのだろうか?・・・だが情報を聞き出そうにも下手をすれば自分のボロが出かねない。眠る必要はないがもう今日は休み―あ。

 

(都の拠点から螺旋の剣を回収するのを忘れていた・・・)

 

やらかした。都の拠点に突き刺してから持ち運んでいなかった為にすっかり忘れていた。どうする?今から回収に戻るか?だがそうなるとまた態々都に戻る時に不便が生じる。・・・少し位置が極端だが一先ず置いておこう。新たに見つければいいだけの事だ。必ず見つかる訳ではないが。

 

「もう少し世間話をするのもいいのだが・・・すまないが・・・」

 

「引き止めてしまったか、それはすまなかったな。クックックッ」

 

「いや構わない。ではな」

 

じゃあな(So long)]

 

 

 

そうして背を向けてその場を後にし受付に部屋の場所を聞いて中へと入る。ベッドの上に身を投げ出し目を閉じるがあの男の張り付いたような不気味な笑みがどうしてか頭から離れ無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―カランコロン。         

 

 

                あっ

 

 

 

《召喚されています》

 

 

 

 

 

 

 

 




ブラボの方を書いてて遅くなってしまった。続きを待っててくれた人は御免なさいね。
許してください!何でもしますから!←

今回からちょっと書き方変えてます。え?そんなに変わってない?そうねぇ・・・


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