ヒーローを運搬するだけの簡単なお仕事です (ビット)
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女装してヴィランをぶちのめすだけの簡単なお仕事です

自身二作目の拙作であり、色んな方からご意見ご指摘を頂いた、個人的に思い入れのある作品です。というのは建前で、自分の趣味を全部主人公にぶっこんだ究極の自己満拙作。



更新はゆっくりになると思いますが、よければどうぞよろしくお願いします。


頬に当たる風で髪が靡く。特に手入れをする訳でもなく、乱雑に伸ばしただけの髪が少し鬱陶しい。顔に張り付いた前髪をかき上げながら、ビルとビルの間を飛び越えた。

 

地上との距離は15メートル。駆け出しの頃、ほんの僅かに感じた恐怖は、今となっては微塵も浮かび上がってこない。右腕の時計を確認しながら建物の上を飛び移り、目的の場所へと急ぐ。

 

一際強い風が身体を舐めた瞬間に、首に巻いた捕縛武器を投げる。放たれた武器は遠くのビルの柱に絡まりついた。右手で絡まり具合を確かめながら加速し、ビルの端から大きく跳躍した。

 

次の建物までの距離は20メートル以上ある。流石に身体能力強化の個性持ちでも無い限り、この距離を跳ぶのは不可能だろう。

 

だからこそ、自分に出来る最も効率の良い手段を選ぶ。巻き付けていた武器をしっかりと掴み、空中で自分の頭の上を蹴るように足を振り上げた。その勢いと遠心力を利用し、跳躍したビルから2つ先のビルへと移動する。

 

到着したのはここらで最も高いビルの屋上だ。腰のポーチに入れていた双眼鏡を取り出し、眼下の広場を覗き込む。倍率を変え、全体を見渡しながら、目的の敵を探し出す。

 

染めた金髪に、派手なピアス。190cmを超える身長に黒いコート。奴だ。やはり情報は当たっていた。奴は此処を狩場にしている。

 

「……ノア、標的を確認。変装も特に見られない、確実だ。場所は東京××区域○○広場。座標TX-1358。仲間はいない、1人で街を歩いている。現在北西に向かって移動中」

 

すぐさま無線機の通信をいれ、相棒(サイドキック)に連絡する。数秒おいて返ってきたのは、大きな溜息と幼げな声だった。

 

『指名手配受けてる犯罪者のくせして、変装も無しに堂々と夜のお散歩ですか。悠長な野郎ですね、全く……初犯から4ヶ月も経とうが捕まえられないヒーローの事を舐めてるに違いありません。その間にも6件も犯罪行為を行っているそうですし、ヒーローも殺してる。全くこんなくそかすヴィラ――』

 

「お前の勝手な憶測と感想は聞いていない。対象の歩行速度は約6km/h。染めた金髪に190近くのガタイ。かなり鍛えてる危険度の高い敵だ。民間人に被害が及ぶ前にカタをつけるぞ。ついてはさっさと捕捉しろ無能が」

 

『あー!今無能って言いましたね先輩!?こんな便利で都合のいい相棒、世界中探したってぼく以外居ませんよ!まったくそれなのに先輩ときたら!ことあるごとに罵詈雑言!口を開けば僕のことを無能無能と』

 

「うるさい。その誤解を生じさせるような言い方は止めろ。そして黙って仕事をしろ」

 

『もう終わってますー』

 

ぶー、とむくれる相棒の気配が、通信機越しにも伝わってきた。余計な話ばかり持ち出し、積極的過ぎるほどにコミュニケーションを取ろうとしてくるこいつの事を、俺は未だ理解できずにいる。

 

口では無能と言うが、事実としてこいつはかなり有能だ。すぐに調子に乗る癖と無駄口さえなければ理想的な相棒と言ってもいい。足りない物、というか、俺にとっては要らないものが多過ぎるのだが。

 

不合理な事は嫌いだ。時間は有限、人生は一瞬。無駄な会話をしていた今この時を、人を殺し下卑た笑顔を浮かべる塵共が、次の獲物を探している。もっと合理的に、効率よく時間を使うべきだろう。何もコミュニケーションが必要無いと言っている訳ではない、だがこいつのそれは度が過ぎている。少なくとも仕事中は口数を減らして欲しいものだ。

 

友人としての俺とこいつの相性は最悪と言っても遜色ない。それ程までに馬が合わないと、少なくとも俺はそう思っている。

 

しかし、

 

『対象の位置、それから先輩の座標、こちらでも確認しました。対象に一番近いゲートはTX-011。まもなく転送を開始します』

 

「ああ。転送後はお前もすぐに合流しろ。その後は作戦通りにいく」

 

『…………了解しました、イレイザーヘッド』

 

ヒーローという仕事において、

 

『ノアの方舟』

 

こいつ程理想的な相棒は、他には存在しないだろう。

 

何処からか聴こえてくるグランドピアノの音色。ふと目の前に現れたのは、多角形が4つ集まった大きな光。組み合った左の多角形に、先程言っていたTX-011という記号が浮かび上がっているのを端目に捉えた後、俺は光に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵まれた体格と運動能力、そして対人において力を発揮する強力な個性。それ等を神が、或いは人間を創った強大な存在が、何の意味もなく与える筈がない。

 

俺は選ばれた存在なのだ。我を通し他を殺す事を認められた人間。そのための肉体。そのための個性。

 

ヒーローをも屠るこの力こそ、その証明である。

 

冷たい夜風に当たりながら、ふと過去の回想に浸る。

 

始めて人を殺したのが4ヶ月前。俺の行いに文句をつけてきた、身の程知らずな男。女を殴っていたら俺の腕を掴んで止めてきた、名前も知らない会社員だった。ムカついたから殺してやった。

 

その後ついでに女も殺した。命を握り潰す感覚というのは、えもいえぬ快楽と共にやってくる。弱者を嬲るのは堪らない。血湧き肉躍るあの感覚が忘れられない。

 

表の社会で生きていけなくなった。だから何度か強盗をして金を貯めた。その時止めに来た武闘派のヒーローも撃退した。軽く突き飛ばした程度の感覚だったが、後からそのヒーローが死んだ事をニュースで知った。

 

あの感覚を思い出し、筋繊維がぶちぶちと音を立てる。衝動が抑えられない。いますぐ誰かを殺したい!

 

ふと目に着いたのは、金髪の身長が低い女。ツレも無しに、こんな夜中に、こんな人気のない場所で歩いているなんて、なんて馬鹿な女なのか。

 

絶好の獲物だ。犯して殺そう。

 

腕が内側から弾け飛んだ。そんな感覚。皮の下から突き出してきたのは、金属の突起物。刃のように鋭いそれが次々と突き出し、異形の腕を作り出していく。

 

異変に気付いた女が走り出した。だがもう遅い。

 

腕を女へ向けると、刃の触手が伸びた。凄まじい質量を持つ腕が、地面を抉りながら命を刈り取ろうと突き進む。

 

派手な音と衝撃。そして立ちあがる土煙。道の先は行き止まりだった。刃の腕が女を捕え、その柔肌が夥しい程の血液で染まる――筈だった。

 

時速300km/hを超える鉄腕が貫いたのは、ただのコンクリートの壁のみ。

 

「はぁ~い、残念でした」

 

頭上から聞こえてきたのは、軽やかで幼げな声だった。女性にしては少し低いかもしれない、そんな声。上を見上げると、思わず息を飲む程に美しい少女が1人。

 

腰まではあるであろう絹の様な美しいプラチナブロンドの髪に、大きな目に浮かぶ深海を思わせる様なダークブルーの瞳。桜色の唇は弧を描き、陶器の様な白い肌にはシミ1つ無い。身長は160cm程。月に照らされる少女は可愛らしく、それでいて見る者を引きつける美しさがあった。

 

嘲る様に俺を見る少女は、俺のすぐ真上で地上を見下し笑っている。

 

白い布の様な物で、簀巻きにされた状態で。

 

「……」

 

唖然。

 

思考を放棄したまま少女を見つめていると、ふと耳が捉えた風を切る様な鋭い音。

 

後ろか。そう思い即座に首を後ろ向けた視界が捉えたものは、膝。

 

「っっっっが!!」

 

吹き飛ばされた。鼻血を流し、無様に転げ回る。

 

「首だけを後ろに向ける。奇襲への対策がまるでなってないね。はい不合理。所詮チンピラだな、夜方鉄臣」

 

「戦闘の基本も知らないただのチンピラに奇襲への対策とか求める先輩鬼畜過ぎテラワロス。」

 

噴出する鼻血を抑えながら前を向く。月明かりに照らされ、こちらを見下ろす人間は、2人。

 

闇に溶け込む様な黒い髪に黒い服、そしてゴーグルをかけた男が1人。それから先程と変わらず簀巻きにされている少女が1人。

「ネットスラング。その手の事(ネット)について詳しくない人間には通じない言語だな。はい不合理」

 

「ちょ理不尽ぐぇ」

 

ふらつく身体を抑え、なんとか立ちあがる。仮にもヒーローを殺している殺人犯の前で意味不明なコントを繰り広げるこいつらは一体何だ?絶世の美少女の鳩尾に容赦なく肘をいれるゴーグル男は何者だ?ヒーローか?

 

そんな疑問に答えるように、ゴーグルの男が口を開いた。

 

「ヒーロー、イレイザーヘッドだ。夜方鉄臣、降伏するなら罪が軽くなるかもしれないぞ」

 

「おえええええええ」

 

イレイザーヘッドの名乗りは、俺から見ても台無しだった。主に隣で吐瀉物撒き散らしている少女のせいで。

 

すっかり覇気を削がれてしまっていたが、鉄の味が意識と怒りを取り戻させる。舐めやがって。何が降伏だ。

 

「調子のってんじゃねぇよ!!!」

 

個性を発動し、鉄腕を伸ばした。イレイザーヘッドは瞬時に空中へと飛び上がり、少女を簀巻きにしていた紐をこちらに投げ付けてきた。少女は放り投げられて宙を待っていた。

 

上空に逃げるとは。こいつ馬鹿だ。紐をかわした後、個性を解除し腕を元に戻す。そしてイレイザーヘッドが着地する瞬間を狙い再度個性を発動――出来なかった。

 

「は?」

 

「調子に乗ってなんかないさ」

 

いきなりの個性の不調に、思わず思考が止まる。その隙をプロのヒーローが見逃すはずも無く、腹部に掌底をぶち込まれた。

 

「がっ!!!」

 

腹の中身をぶちまける。先程飛んでいった少女が脳裏にちらついた。なんか嫌だ。

 

「そんな不合理な事するわけないだろ」

 

追撃。イレイザーヘッドの肘が、こめかみを捉える。

 

「んでだ……!くそっ、出ろ、でろでろでろくそがあああああ!!!」

 

苦し紛れに腕を払う。すると先程までとは違い、鉄の触手が突き出した。

 

それを見越していたかのように、イレイザーヘッドが後ろへと下がる。

 

個性の封印か?それもどうやら条件付きらしい。思い通りに事が運ばすイライラする。さっさと殺してしまいたい。

 

以前の武闘派ヒーローとの闘いで、対ヒーロー相手のコツは掴んでいる。相手の装備をよく見ろ。黒い服、白い布。ゴーグル。あの布は個性を封じた敵を捕縛するためのものだろう。ならば個性の種はゴーグルに隠されている可能性がある。

 

「……視線か?」

 

その結論に行き着き口に出した時、イレイザーヘッドが動いた。どうやら当たりのようだ。

 

「中々勘がいいらしいな。だがそういう事は、口に出さない方がいい」

 

こちらに走ってくるイレイザーヘッド。俺はその顔面目掛けて、そこらに落ちていた瓦礫を放り投げた。

 

目線を逸らす。或いは反射的に目を閉じさせる。どちらでもいい。とにかく作戦は成功したようで、地面に向けた腕から触手が飛び出した。

 

「ちっ」

 

小さく聞こえてくるイレイザーヘッドの舌打ちと同時に、触手が地面を貫いた。派手に土煙が舞い、両者の姿を完全に覆い隠す。

 

逃げるつもりか――と、相手の方は思ってしまう事だろう。それだけ圧倒的だった。認めようイレイザーヘッド、お前は俺よりも強い。だが勝つのは俺だ。さんざんコケにされてやり返さない通りはない。

 

土煙の向こう側にいるであろうイレイザーヘッドに向かって、無造作に鉄の触手を放った。範囲を拡大させるために切れ味を落とさざるを得なかったが、それがこの個性の特徴なので仕方がない。

 

先程少女を狙った時とは違う、確かな手応え。そしてそれは、イレイザーヘッドの目を完全に覆うことに成功したことを意味する。

 

土煙が晴れた後、俺の目には、壁に叩きつけられ、鉄の触手に目と動きを封じられたイレイザーヘッドが映っていた。

 

「ハハッ、捕まえたぜ。てめぇ楽に死ねると思うなよ……!この月の下、最っっ高の苦痛と絶望を味あわせながら殺してやる!」

 

ああ堪らない。このヒーローにはどんな苦しみを与えてやろうか。まずは指を1本ずつ切り取って、それから腕を3等分にしてしまおう。

 

そんな事を考えていると、奥の方で横たわっている少女の姿が見えた。ゲロを吐いていたのはマイナスだが、それにしても可憐で可愛らしい少女である。スカートから見える白い足が、生々しくこちらを誘っている。

 

「あの女はてめぇのサイドキックとか言ってたな。さぞかし仲が良さそうだったが……さてはてめぇの女か?……くくっ、図星らしいな」

 

問い掛けた途端に、イレイザーヘッドの顔が青ざめるのが分かった。常にポーカーフェイスを気取っていたが、どうやらこれから愛する女の身に何が起こるか想像してしまったらしい。

 

「あんなにいい女だ、ただ殺すのは勿体ねぇ。お前の前で少し遊んでから、両方嬲り殺してやるよ」

 

目は見えないだろうから、音だけで楽しみな。そう告げ少女の方を見ると、ピクリと身体を跳ねさせていた。恐怖に怯えているのだろう。

 

「痛ぇのも嫌なのも最初だけさ、じきに何も感じなくなる……へっへっへ、さぁ、まずはてめぇから……」

 

「お前の趣味は知らんが」

 

少女の方へと歩き出した瞬間、イレイザーヘッドが口を開いた。

 

「あれは少々ゲテモノだぞ」

 

「は?」

 

何を言っているんだ、こいつは。そう思った刹那、少女が動いた。

 

「〝ノアの方舟〟」

 

澄んだ声。鳴り響くグランドピアノの音色。現れたのは多角形が組み合わさったような形の光。

 

細長く巨大な光は、俺の頭上から地上を照らしている。

 

「何だアレはっ!?くそっ」

 

「馬鹿だな」

 

突然の現象に驚き、思わずイレイザーヘッドの拘束を緩めてしまった。それは隙というにはあまりに小さなものだったが、ヒーローにとっては十分なものだったようだ。

 

腕の拘束を解かれ、目を覆っていた触手を弾かれる。自由になったイレイザーヘッドがこちらを見ると、個性が無理矢理消されてしまう。

 

「不測の自体が起こったなら、この場合まず回避に専念するべきだ」

 

そう言い捨てて、イレイザーヘッドは遠方へ走り出す。

 

「ふふふふふふ……ごめんなさい」

 

取り残された少女が、暗い声で笑う。

 

「ぼくに厨二病こじらせたホモ野郎とわっしょいする趣味はありませんので」

 

「は?」

 

厨二病?ホモ野郎?どういう事だ、特に後者。俺は別にーー

 

「ぼくは……っ!女じゃねぇ!美男子だぁぁぁ!」

 

黒いブリーツスカートをひらめかせ、少女ーー否、少年は舞う。頭上の光がいっそう強くなり、思わず目を覆った。

 

光から現れたのは、大きな影。岩、石像、巨大な円柱等々。重い物ならなんでもありだ。そんな巨大な質量が、雨となって襲ってくる。

 

理不尽が、襲い掛かってくる。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」

 

個性を使用し身体を守るが、しかし耐えられない。耐えられるはずがない。

 

十数秒後、襲い掛かってきた全裸の男を模した石像に押しつぶされるのを感じながら、俺は意識を手放したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全治二ヶ月の重症だそうだ」

 

「ざまぁ」

「馬鹿言うな」

 

夜方との戦闘から1夜明け、場所はイレイザーヘッド事務所。俺と蓮は報告用の書類を書いていた。

 

匣舟蓮。夜方逮捕の尽力者である、俺ことプロヒーロー・イレイザーヘッドの相棒。先日の戦闘の時では女装をしていたが、これでも19歳男子である。

 

夜方の容体を「ざまぁ」の一言で切って捨てた蓮に拳骨を落とした。気持ちは分からないでもないが、過度な攻撃行為だったと言わざるを得ない。

 

「暴力はんたーい」

 

「お前にはこれが一番合理的だ。お前自体が不合理の塊だから効果は薄いがな」

 

「存在が不合理て先輩……」

 

ジト目を向けてくるが、視線を逸らして無視を決める。蓮はぶーぶーと不機嫌なオーラを出しつつ、ふと何か思い出したかの様な顔をし、にやりと笑ながら口を開いた。

「先輩、僕この事務所辞めますね」

 

にこやかにそう言い放った蓮の言葉に俺は

 

「そうか」

と書類から顔すら上げずに言った。

 

「もうちょっと反応してもいいじゃないですか驚くとか泣くとか困るとかーーーー!!先輩の薄情者ーーーー!!!!」

 

「合理的じゃないね」

 

先程と比べ格段に機嫌が悪くなった蓮の視線に圧が入り始める。こいつからしたら突然のカミングアウトなんだろうが、こちらからしてみれば今更だ。一週間ほど前からにやにやしながらきっちりとサイドキック解約の為に行動していたというのに、気付かれていないとでも思っていたのだろうか。書類に目を通しながら、思わず溜息を吐いた。

 

「一週間程前から気付いていた。身の回りを片付け出したのは此処を辞める為だろう」

 

「あちゃー、気付いてたんですか。恥ずかし」

 

それなら先輩の淡白な反応にも頷けるなぁ、と独り言ちているが、例え気付いていなくても今と変わらない対応が出来る自信があった。そもそもこいつが身内に悟られず何かを行う事など不可能なのだ。感情を思いっきり表に出すわ、口は軽いわ、詰めは甘いわ。

 

「で?此処に来た目的は果たせたか?」

 

「……ほんと先輩には敵わないなぁ」

 

「上手くフェイクされているが、なにぶん情報管理はしっかり行うもんでな」

 

元々の機動力が低いからというのもあるしな、と言葉を続ける。ヒーローにとって情報は命。多くの場合、ヒーローはヴィランを殺す事を許されていない。そのためどうしても手加減が必要になってくる。殺しても構いやしない、というヴィランとの差を埋めるため、敵や地形の情報というのはかなり重要になってくるのだ。

そんな情報管理の途中、うちの事務所のデータベースに何者かがアクセスした事が分かった。調べてみるとどうやら内部からの侵入のようで、更に調べてみると深夜にこの大馬鹿者が情報管理室に入り浸っている事が発覚した。

 

バレても構いやしない、というスタンスだったのだろう。恐らく。もしかしたらバレないと思っていたのかもしれないが……流石にそれはないと思いたい。

 

とにかく少しの間泳がせてみると、こいつはどうやらとあるヴィランを追っている様だった。俺からも調べてみたが、ろくに情報が見つからない。どうやらとんでもない大物のようだ。

 

「お前が何を捕まえようとしているのかまでは知らん……だが、尋常じゃなく危険な相手だと言う事は分かる。気をつけろよ。いくらお前が天才だろうと、お前はまだ19歳のガキなんだから」

 

「……『辞めておけ』とは言わないんですね」

 

「一年の付き合いだからな」

 

そんな事言ったって止まんねぇだろ。

 

1年。人を計るには少し短い期間ではあったが、こいつの諦めの悪さだけは伝わった。それと不合理さもだ。

 

若干頬を赤らめ、瞳を潤ませた蓮がこちらを見つめてくる。

 

「先輩、言っときますけど僕そういう趣味は無いですからね。ちゃんと女の子が好きです。好きな人間の部位は乳房です」

 

「……俺にもそんな趣味はねぇ。あと最低だなお前」

可愛らしい(大変腹立たしく不本意だが認めざるを得ない)外見に反して、蓮は案外オープンスケベな人間である。

 

その後は暫く、黙々と書類を書き続けていた。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、奴についてこれ以上の情報は得られそうにないや」

 

皆が寝静まった深夜。ぼくは自室の前でイレイザーヘッド事務所のデータベースにハッキングを仕掛けていた。

 

今日限りでこの事務所ともおさらばになる。相澤先輩の把握している情報の最終チェックだ。

 

「でもまぁ相澤先輩というパイプも出来たし、奴が生きてるという確証も得ることが出来たし……この一年は無駄じゃあ無かった。」

 

パソコンを閉じ、ベッドに身を投げる。隣にあるスイッチに手を伸ばし、部屋の電気を消した。

 

「奴は……〝オールフォーワン〟は、必ず、ぼくが……」

ぼくの意識が、微睡みの中に落ちていった。

 

 

 

この日から約3年後、物語は動き出す。本来ならばある筈の無い歯車が、他の歯車と共に回り始めた。

 

 

 

ついでに勝手に情報管理室で寝ていたぼくは、相棒先輩にしこたま怒られた。

 

 



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偏差値79倍率300倍のヒーロー科で特別講師をやるだけの簡単なお仕事です

「〝ワープゲート〟、か……厄介な個性だな。神出鬼没な敵《ヴィラン》なんて対策もクソも無い」

 

「無戸籍かつ偽名となれば、こちらから動こうにも動けん。しかも拠点が割れた事に気付かれたらすぐに逃亡されてしまう。現状、出現も逃走も思いのままか」

 

「捜索、対策において最も厄介なのはやはりこの〝ワープゲート〟の男、黒霧か。出来る対策の中で有効なのは監視カメラや通信機等の強化ぐらいか。どうしても後手に回ってしまう」

 

「いや、『ノア』なら何か分かるんじゃないか?彼の〝ノアの方舟〟は黒霧の〝ワープゲート〟の上位互換とも言える」

 

「成程。彼とは1度だけ共に仕事をした事があるが、あれは凄かった。より近しい個性を持っている分、私達より具体的な対策を立てる事が出来るかもしれないな。彼を教師として迎え入れるのはどうだろうか」

 

「彼はあくまでヒーローでは無くサイドキックだ。教師として迎え入れる事は難しいかもしれないが、私の方で何とかしよう。最近エンデヴァーの事務所を辞めてフリーになっていた筈だしね。……確か相澤君が三年程前まで彼をサイドキックにしていた筈だ。彼への連絡は相澤君に任せよう」

 

 

 

「決定だ。『ノア』こと匣舟蓮君を、特別講師として雄英高校ヒーロー科一年A組に配属させる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもー。一応サイドキックやってます、ノアこと匣舟蓮です。今日から君たちの特別講師をすることになりました。どうぞよろしくお願いしますね。はこふね、って言い難いと思うので、蓮先生でいいですよ」

 

そう言ってお辞儀をした後に、にこー、と、可愛い可愛い全力全開営業スマイルを浮かべれば、帰ってくるレスポンスもより大きくなった。ざわざわと聴こてくる生徒からの期待と興奮の声が大変気持ちいい。もっともっと褒めていいんだぞ。

 

僕こと匣舟蓮は、今日から雄英高校ヒーロー科で特別講師をやる事になった。曰く、雄英高校がヴィラン連合とやらに襲撃された。その際“ワープゲート”という厄介極まりない個性持ちのヴィランが敵の主犯格にいた。対策と牽制に必要な人材なので雄英で特別講師をやってくれ、と。雄英高校、否、NO.1ヒーローにして平和の象徴であり、かつ今年から雄英で講師をやる事になったオールマイトにどうしても接近したかった僕としては、まさに願ったり叶ったりの提案であり、飛び上がってる喜んだ後、二つ返事でOKを出した。

 

 

 

3年前に相澤先輩の事務所を辞めてから、エンデヴァー事務所に声を掛けられるレベルまで実績を積み上げステップアップしてきた。メディアにも多く露出し、そして同時に常にオールフォーワンを追い続けてきた僕だが、件のヴィランについての明確な情報はまるで集まらない。

 

何せ犯罪者の情報なら、まず間違いなく一番多くの情報を集めているであろうエンデヴァー事務所のデータベースに、奴の情報はまるで存在しなかった。若干存在を匂わせるような情報はあったが、それもとても確実な情報とは言えない。データベースを盗み見し、この事を知った時は本気で驚愕したものだ。今現在でNo.2のヒーローですら、奴に関しては影も形も捉えられていない、という事に他ならないのだから。

 

闇の帝王ハンパねぇ、と半ば自棄になり、エンデヴァー事務所ではその鬱憤をヴィラン相手に晴らしまくっていた。

 

NO.2で駄目なら、後はもうNO.1に聞くしかない。オールマイトならまず間違いなく何かを知っている筈だ。ココ最近はサイドキックを雇っていないオールマイトにどうやって接近するか頭を悩ませていたが、それが今回思わぬ形でチャンスが転がってきたのだ。

 

そんなこんなで現在生徒達との顔合わせ中、という事なのである。

 

横から凄まじい程のジト目で睨みつけてくる包帯ぐるぐる巻きの相澤先輩はシカト一択です。

 

余計な事は言いませんよ、先輩。やたらと警戒されてるみたいですけど。

 

 

「可愛いー!お人形さんみたい!」

 

「おおお!すげぇ!めちゃくちゃ大物じゃねぇか!」

 

「『ノア』……!災害救助から犯罪者制圧まで幅広く実績を残してきた超一流のサイドキック。22歳ながら現役NO.1サイドキックと推す声も多く、多くのヒーロー事務所から引く手数多の超実力派だデビューは18歳からでホークスと共に次世代の象徴として語られることも少なくない個性はそうだなるほど瞬間移動系だ黒霧の個性対策として彼以上の適任はいなさそうだ……ブツブツ…ブツブツ……」

 

「デクくん相変わらず凄いねぇ」

 

「彼の災害救助は見事よ。私も尊敬しているの」

 

「おっぱいねーな」

 

「匣舟先生は男だぞ峰田」

 

「メディア露出も多いしな。結構いるんじゃねーの影響受けてるやつ」

 

「皆!興奮するのは分かるが講義中だ!静粛にしたまえ!」

 

「飯田の言う通りだ。黙れ」

 

騒がしかった教室が、相澤先輩の一言で一瞬で静まり返る。全員が口を閉じた事を確認し、先輩が口を開いた。

 

「分かっているやつもいるだろうが、今回ノアに特別講師として派遣してもらったのは、以前の様な失態を防ぐためだ。校舎外で行う全て授業に同行し、他クラスに異常があった場合は個性を使って対応する事になっている。サポート能力と連携に関しては間違いなく一流だ。よく聞いてよく学べ」

 

はい、と生徒達が声を揃えて返事をする。気だるげな顔に少しだけ満足そうな色を浮かべた先輩は、怪我の影響か少しふらつきながら教室を出ていった。

 

僕の襟を鷲掴みにして。

 

「ちょ先輩ガッフ!」

 

抵抗しようにも力が強過ぎてどうにもならない。あんた本当に重傷者なのかよ。

 

喋ったり抵抗しようとすれば万力の様な力で無理矢理押さえつけてくる。抵抗を諦めた僕は、雄英高校のやたらと綺麗な廊下をずるずると引き摺られていくはめになったのだった。

 

 

「仲、良いんだ?」

 

「何で疑問形なんだよ、ってツッコミたい所だが、気持ちは分かるわ」

 

「ブツブツ……ブツブツ……」

 

「デクくんもう匣舟先生おらんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩そろそろ離してくれないとあることない事生徒達にぶちまけますよ」

「その陰湿なやり方は相変わらずみたいだな」

 

場所は変わって職員室。ここでようやく解放され、デスクの整理を言い渡された。指示された机を確認し、歩きながら先輩と軽口を叩き合う。

 

「あーあ、先輩に女装を強要された事、生徒達に言っちゃおっかなー!」

 

「喉を潰すか」

「すいませんでした」

 

先輩の殺気が洒落にならない。悪戯は控えた方が身のためだろう。

 

ため息を吐きながら、相澤先輩が自身のデスクに座る。その後隣のデスクを無言で指差した。

 

「座れ。お前の席だ」

 

「えー、やです。ぼくミッドナイトさんの隣がいい」

 

「座れ」

 

有無を言わさぬ硬い声。隣が相澤先輩など一瞬たりとも気が抜けないだろう。鎖で繋がれた犬の気分だった。

 

渋々ながら席に座り、頭の中でとあるメロディーを想像すると、グランドピアノの音色と共に、机の上に多角形が集合した様な形の光――“ゲート”が開いた。事前に放り込んでおいた荷物を引っ張り出し、自分のデスクの整理を始める。

 

「こんなことにいちいち個性を……」

 

先輩が小言を垂れているが無視だ無視。とりあえず分別していた書類を引き出しに放り込み、先日購入した『猿でも分かる!教師入門!』という本と必要そうな書籍1式を机上の本棚に立て掛けた。

 

「それにしても先輩がそのザマなんて。よっぽど強かったんですか、そのヴィラン連合とやらは」

 

「……あぁ。厄介な相手だ」

相澤消太の――イレイザーヘッドの戦闘力は本物だ。個性を消す個性、というものは、彼の個性が通用しない異形型の個性持ちのヴィランにとっては無個性に等しい。それなりに強いヴィラン相手なら瞬きの隙をつかれることも少なくないので、ヴィラン相手に常に最大限の警戒と対策が要求される。敵の個性を知り、どんな状況でも上手く立ち回れる様に戦況をコントロールする必要があるのだ。

 

この戦況のコントロールというものが、イレイザーヘッドは凄まじく上手かった。個性を消し無理矢理隙を作り出し、ハイレベルな体術を持ち合わせ、特殊合金が使用された捕縛布という変則的な武器を用いての攻撃で敵を捕らえる。無個性とは思えない変態的な機動力も持ち合わせており、相手を掌の上で転がす技術ならば、恐らく全ヒーローの中でも三本の指に入るだろう。凄まじく性格が悪い。イレイザーヘッド事務所にいた頃は一体どれだけあの布で吊るし上げられた事だろう。僕にとっては屈辱の記憶である。

 

10回やったら8回負ける。それが僕からの相澤先輩への評価だ。個性の相性もあるが、個性無しでの体術戦でも負ける。というか単純な体術勝負なら10回やって10回負ける。

 

つまるところ相澤先輩というのは、ヒーローの中でも割とデタラメなレベルの実力者である事は間違いないのだ。上手く術中に嵌められれば、番付け一桁台のヒーロー相手でも勝ちを拾えるだろう。個性を消す個性というのは、ジャイアント・キリングに凄まじく向いている個性でもあった。

 

オールマイト相手でもワンチャンあるのでは、と僕は密かに思っていたりする。

 

そんな相澤先輩がここまでボコボコにされるのだから、敵はどうやら侮れない相手らしい。

 

「人体実験で作り出された脳無という敵が恐ろしく厄介だった。複数の個性持ちかつ個性無しで筋力とスピードがオールマイト並、打撃は無効、おまけに無くなった四肢を10数秒で治癒できる再生能力持ちだ」

 

「何ですかそのふざけた敵は。僕と相性最悪ですね、勝てる気がしません。……というか複数個性持ち?人体実験?そんな派手な事やってる連中ですし、やっぱり裏は探れてるんですか?」

 

「ところが進展は全く無しだ。敵の本拠地どころか本名すら分かっていない。現在使われている主犯格の呼称は全て襲撃時に本人達が名乗っていたものだ」

 

先輩の言葉に、思わず息を呑む。雄英レベルの捜査能力で敵の情報が全く掴めていないとは。

 

雄英高校は基本的に何もかもが最高峰である。教育レベル、教師、敷地面積、セキュリティ、そして警察と連携した捜査能力。

 

そこんじょそこらのヒーロー事務所――否、トップヒーローの事務所をも凌ぐ捜査能力があるだろう。そもそも捜査の本分は警察だ。ヒーロー飽和時代だろうとそれは変わらない。

 

個性も声も体格も発覚していて身元が割出せない通りはないのだ。

 

そして更に言えば、先程先輩が言っていた複数個性持ち、という言葉。個性を他人に移し替え、好き勝手ハイブリッド個性持ちを生み出してしまうなど、僕が知っている中では、そんな事は奴にしか出来ない。

 

「無個性かつ偽名。カウセリングも受けていない。立派な闇の住人だ」

 

「……」

 

確信だ。ヴィラン連合にはオールフォーワンが関わっている。個性を好き勝手弄り回してる時点で確定だ。

 

奴との情報戦が無謀に等しい事であるのは、サイドキックとして活動していた三年間でよく分かった。

 

長く闇に潜んでいたようだが、ようやく動き出したらしい。恐らく史上最強最悪のヴィランだ。僕一人で戦っても勝ち目はない。寝首すらかける自信がない。

 

だからこそ奴の情報を求めた。だからこそオールマイトとの繋がりを求めた。だからこそサイドキックとしての経験を積み上げた。奴を確実に捕まえる為に。

 

ーーあの地獄を忘れるものか。あの憎しみを捨ててやるものか。僕は奴を死刑台に送るために生きてきたのだから。

 

「……どうした?」

 

相澤先輩の声で現実に引き戻された。訝しげに、けれど少し心配そうにこちらを見下ろしている。

 

「いいえ、何も」

 

全く、変な所で優しい人だな。だから僕はこの先輩を嫌いになれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が挨拶に来た!」

 

突然肩に置かれた大きな掌と、よく通る覇気のある声に、僕は思わず跳ね上がった。慌てて後ろを向くと、二本の角の様に逆立った金髪に、彫りの深い顔立ちで、筋骨隆々の男が苦笑いを浮かべていた。

 

「久しぶりだね匣舟君。以前の急速チームアップ以来かな。……どうやら驚かせてしまったようだ」

 

「ご無沙汰しております。ほんとびっくりしましたよ、オールマイトさん」

 

そうかすまないね、と謝罪の言葉を口にしながらも、HAHAHAと高笑いをしているこの巨漢こそ、史上最高のヒーローと名高いオールマイトさんその人である。

 

圧倒的な強者のオーラに、相対するだけで気圧される。僕じゃ絶対に勝てない。絶望的過ぎる差がそこにはあった。

 

以前現場で非公式タッグを組んだ事があるが、僕の出番はほとんど無かった。圧倒的なスピードで敵を追い詰め、圧倒的なパワーで捩じ伏せる。これが彼のやり方であり、シンプル故に付け入る隙もない。

 

「本当ならまだまだ再会を喜び合いたい所だが、私達には次の授業が待っている。3、4時間目は私と共に運動場γでヒーロー基礎学の授業だ。場所は把握しているかい?」

 

「えぇ、大丈夫です。準備ができ次第すぐに向かいます」

 

「私が案内しようと思ったが、大丈夫そうだね!余計なお世話だったようだ。打ち合わせもあるから、授業開始15分前には教官室に来ておいてくれよ!」

 

そう言って去っていくオールマイトさん。しかし少し歩いていった所で、ボンと音を立てて変身を解いていた。先程までの筋骨隆々の男の姿はそこになく、骸骨のように痩せた姿になっている。

 

オールマイトさんは以前戦ったヴィランに重傷を負わされ、一日数時間しかヒーローとして活動出来ない身体になってしまっていた。このことは世間には発表されておらず、僕も雄英高校へ来て初めて知った事だった。

 

「あの姿が個性によるものって本当だったんですね。根津校長から聞かされた時には驚きましたよ」

 

「ああ。しかしまた余計に活動時間を減らして……合理的じゃない」

 

「多分僕へのファンサービスのつもりなんでしょうね。僕メディアでオールマイトさんにめちゃくちゃラブコール送ってますし」

 

なんとか彼に近づこうと、ことあるメディアでアピールしまくっていた時の事を思い出した。まぁ実際ファンでもあったのだが。

 

未だに文句を言っている先輩を尻目に、三時間目からの授業開始の準備を進める。マニュアルにはコスチュームを着用すること、と明記されているので、それも個性で引っ張り出した。

 

初めての授業。緊張や不安もあるが、少し楽しみになってきた。どうせ暫く教師として生徒達と接していくのだ。関わっていくのなら、どうせだったら仲良くしていきたい。

 

更衣室でコスチュームに着替え、職員室を出て教官室へと向かうのだった。



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雄英高校で初授業をするだけの簡単なお仕事です

いきなりとんでもない間違いやらかしました。感想でのご指摘本当にありがとうございます。

評価・お気に入り・感想・誤字報告ありがとうございます。


「わ た し が!来た!」

 

「僕も来ましたー」

 

雄英は自由な校風が売り文句。授業も教師が自由にやらせてもらえると聞いてはいたが、授業の入りがこんなに雑で大丈夫なんですかオールマイトさん。

 

場所は運動場γ。高校の一運動場とは思えぬ程に広大なそこには、レプリカのビル群が並んでいる。時刻はお昼前、二時間通して行われるヒーロー基礎学の時間だ。

 

ばかでかいなぁと運動場を見渡した。建物に視界を遮られ、全体の大きさを把握する事は出来ないが、とにかくめちゃくちゃに広い。

 

僕の仕事は校舎外での授業のサポート役兼緊急時の非常口。なので授業の大まかな進行はオールマイトさんが行う事になる。

 

オールマイトさん結構雑なんだよなぁ大丈夫かなぁ。授業前の打ち合わせも『アドリブでヨロシク!』だったし。

 

「今日の授業は四人一組になってのチーム戦だ!個性を使用した凶悪犯罪が蔓延り、ヒーロー事務所が多く設立されている現代において、他事務のヒーローやサイドキックとの連携はとても重要!強大な敵や組織的な敵に挑む為、大人数でチームを組む時もあるからな!」

 

カンペを見ながらそう語るオールマイトさん。なるほど確かに理にかなっている。現代ヒーローにおいて連携はかなり大切だ。サポート役に回る事の多い僕だからこそその重要さは身に染みている。

 

人口が集中する都心部はヒーロー事務所がやたらと多い。へっぽこ雑魚敵相手に異なる事務所同士のヒーローが二人も三人もかち合う事もある。

 

雑魚はともかくそこそこ以上の敵を相手に足の引っ張り合い繰り広げてしまう事は問題だ。隙をつかれて逃げられてしまう可能性があるし、人質を取られたりした日にはもう最悪である。そのような失態を犯さない為にも、ヒーローには協調性が必要とされる。

 

組織化された敵相手にも基本的にはチームを組んで対処する。単身乗り込んで犯罪組織を潰すなんて芸当は、それこそ番付け一桁代のトップヒーロー達や、そういった仕事が得意なヒーロー達にしかできない。

 

「これからチーム決めを行い、出来るはずの五つのチームをそれぞれA、B、C、D、Eチームとする!今回はその中から二チームずつに分かれて、戦闘訓練を行ってもらうぞ!」

 

オールマイトの言葉に思わず首を傾げる。そのやり方だと1チーム余ってしまう。まさか1つのチームに2回戦わせるなんて無茶はさせない筈だし。

 

……嫌な予感がする。

 

「先生!それだと1チーム余ってしまいます!」

 

ロボットの様なデザインのコスチュームを身に着けた1人の男子生徒……確か飯田君という名前だった筈だ。HR中に皆を纏めようとしていたから覚えていた。その彼が挙手をしながらオールマイトさんへ発言する。

 

「飯田少年!良い質問だ!だが心配はいらないぞ!」

 

何故だろう。先程から感じていた嫌な予感が強くなってきた。

 

ふとオールマイトさんを見る。彼もこちらに気付いた様で、目を合わせた途端笑顔でサムズアップをしてきた。

 

「1チームはここに居る匣舟先生にお相手してもらうぞ!ちなみに匣舟先生と訓練するチームは私が既に決めさせてもらっている!」

 

嘘でしょ勘弁して下さい。

 

「蓮先生と……!?」

 

「ブッ飛ばしてもいいんスか」

 

「ヤバくね?プロ相手とか流石に実力差ありすぎるんじゃ?」

 

「いえ、ノア……蓮先生は戦闘は専門外のはずですわ。個性も戦闘向けのモノでは無いし、そこを上手くついていけばあるいは……」

 

ざわつく生徒達に、してやったと言わんばかりのオールマイトさん。内心ふざけんなと毒づきながらも、無理矢理に笑顔を浮かべる。

 

生徒達各々が話をしている間、隙を突いてオールマイトさんの脛を蹴っ飛ばしてみたが、蹴られた本人は「ん?」と何のダメージも受けていない様子だった。むしろ蹴られた事にすら気が付いていないらしい。嘘だろ固すぎかよ。蹴った方のダメージの方がデカいて……

 

「いいえ、何も」と曖昧に笑って言うと、オールマイトさんは不思議そうな顔をしながら生徒達に向き直った。

 

「はいそれでは訓練の状況設定を説明するぞ!二チームの内1チームは『ヴィランチーム』、もう1チームが『ヒーローチーム』で、ヴィランチームはヴィランで結成された組織、ヒーローチームはその組織を制圧しようとしている。ヴィランチームの勝利条件は、制限時間内にこの運動場γの中心部から、ここ、私のいるエリアへの逃走。逃走は何人でも構わない。1人でも逃げ切れば勝利だ!ヒーローチームの勝利条件はヴィランチーム全員の確保だ。また、ヒーローチームには以前の訓練でも使用したこの『確保テープ』を支給し、これをヴィランチームの相手に巻き付ければ『確保証明』となる。説明は以上だ!質問は?」

 

「蓮先生と訓練するチーム以外のチームはどう決めるのでしょうか!」

 

「くじだ!」

 

くじて……先程言っていた通り、確かに急速チームアップは多いけど。やっぱり所々雑というか大味だなこの人。

 

しかしヒーローチームが圧倒的に不利な設定だ。僕はおそらくヒーローチームになるだろうし、ヴィランチームの生徒達の個性によってはかなり厳しいぞ……

 

今更無理です勘弁してくださいと言う訳にもいかない状況だし、どうやら生徒達も乗り気みたいだ。腹を括るしか無いだろう。

 

「それではまず最初に匣舟先生と戦うAチームの生徒達を発表するぞ!申し訳ないがこの人達は強制的にヴィランチームだ!」

 

おおと声をあげる生徒達。

盛り上がる生徒達を置いて、オールマイトさんが口を開いた。

 

「Aチームのメンバーは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うわけでこのチームになったわけだが」

 

俺、轟 焦凍(とどろき しょうと)は、運動場γの中心部で腕を組みながら立ち、周りに集まっているAチームのメンバーを見渡した。

メンバーは鳥の様な頭をした男子生徒常闇 踏影(とこやみ ふみかげ)に、俺と同じ推薦枠で入学した黒髪ポニーテールの女子生徒八百万 百(やおろず もも)、顔を隠す様な髪型に、鼻まで覆うマスクをした大柄な男子生徒障子 目蔵(しょうじ めぞう)

 

攻守万能な個性を持つ常闇に、物質を創造し、頭も切れる八百万、索敵に優れた障子に、戦闘能力ではクラスでもかなり上位にいるであろう俺。

 

「このメンバーなら、蓮先生相手にも十分立ち回れると俺は思う。プロといっても相手は1人だ」

かなりバランスのいいチームだ。しかもこちらは逃げ切れば勝利、相手は確保テープを俺達全員に巻き付けなければいけない。更に四体一という人数の差。俺達に圧倒的に有利な条件だ。

 

しばし考える様な仕草をした後、八百万が口を開いた。

 

「私が武器や罠を作成し、障子さんが索敵、轟さんと常闇さんは先生への牽制、対応を行って下さい」

 

「分かった」

 

「構わん」

 

俺も八百万に「問題無い」と返しておく。現状これが最善の役割分担だろう。

 

「逃走ルートはどうするんだ?」

 

障子の質問ももっともだ。これはかなり重要な事。ルートによって距離や道の大きさが変わってくる。

 

「出来るだけ広い道を通って行こう。先生が奇襲をしてきても対応しやすい様にな」

 

先生――――――ノアは戦闘専門のヒーローでこそないが、サイドキックとしてはかなりの凶悪犯罪検挙率を誇っている。〝個性〟を使った奇襲が主な戦闘スタイルだ。

 

狭い道では俺や常闇の個性を持て余す。俺に至っては最大出力も下手に使えない場合がある。広い道ならある程度奇襲への対応もしやすいし、障子の個性は索敵に優れている。障子の個性で先生の奇襲を見破り、俺と常闇で対応する。これがベストだろう。

 

「成程」

 

「問題ありませんわ。やはり一番警戒するべきなのは先生の奇襲ですし」

 

「俺の索敵に掛かっているな」

 

3名が納得してくれるのを確認した後に、時間を確認する。

 

戦闘訓練開始まで、あと五分。

 

「障子」

 

「ああ」

 

俺が声を掛けると同時に、障子が個性〝複製腕〟を使用する。腕がタコの様に増え、その手首から先が目や耳といった身体の1部の器官へと変化する。

「……俺達からして南に700メートル……大きなビルの上に立っている様だ」

 

「南?」

 

「ああ……」

 

障子の言葉に眉を顰める。オールマイトがいるエリアは俺達からして北。馬鹿正直に真正面から向かい撃つつもりは無いという事か。

「先生の個性に距離や方角は関係ありませんわ」

 

八百万の指摘通りだ。先生の個性は〝ノアの方舟〟。その力は瞬間移動能力。その個性を使っての『奇襲』が先生の強みだ。

 

「さぁ、そろそろ時間だ」

 

俺がそう言うと全員が臨戦態勢に入る。訓練開始の合図と共に先生が奇襲をしてきても何らおかしくは無いからだ。それと同時に、すぐにオールマイトがいるエリアへと走り出せる様に準備する。

 

訓練開始まで後3秒、2秒、1秒……

 

「走れ!」

そう声を張り上げると同時に、俺達は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラスの中でも実力ある人達が集まってるね!もしかしたらいけちゃうんじゃ?メディアで観る限り、先生ってサポート型っぽいし、直接戦闘とか苦手そう」

 

「さぁなー、でも相手はプロだぜ?戦闘専門じゃないにしても、俺はかなり難しいと思うけどな。」

 

「ケロ」

 

戦闘訓練の様子を見る為に設置されたモニターの前で、僕、緑谷 出久(みどりや いずく)は、少し離れた場所にいるクラスメイト達の会話に聞き耳を立てていた。

 

個性によって透明な女子生徒、葉隠 透(はがくれ とおる)さんに、金髪の髪に稲妻の様な黒メッシュが入った少しチャラそうな男子生徒、上成 電気(かみなり でんき)君、大きな瞳に猫背気味の無表情な、個性によりどこか蛙に似た雰囲気を持つ女子生徒、蛙水 梅雨(あすい つゆ)さん。

 

3人は蓮先生と、轟君達Aチームのどちらが勝つか予想している様だ。

 

「ね、デクくんはどっちが勝つと思う?」

 

声を掛けてきたのは、ボブヘアーで明るい雰囲気の女子生徒、麗日 お茶子(うららか おちゃこ)さん。入試の時に声を掛けてもらって、仲良くなる事が出来た。雄英高校に進学してから、一番最初の友達と言ってもいい。

 

「そうだね……僕は先生が勝つと思うよ」

 

「しかし緑谷君、いくら先生がプロといっても、あの人数差でしかもヴィランチームが有利なルールだ。あの状況で勝つのはかなり難しいぞ」

 

僕の予想にそう言ってきたのは、七三に分けた髪と眼鏡、独特な手の動きが特徴的な男子生徒、飯田 天哉(いいだ てんや)君。プロヒーロー『インゲニウム』の弟で、麗日さんと同時期にできた僕の友達だ。

 

確かに飯田君の言うとおり、高い戦闘能力を持つ轟君を筆頭に、万能な個性を持つ常闇君、頭が良く、個性で様々なアイテムを作れる八百万さん、索敵に優れた個性を持つ障子君と、かなりバランスのいいチームになっている。

 

けれどそれでも、『足りない』と感じてしまう。

 

「実は僕、先生が――ノアが本気で戦っている映像を、1度だけ見たことがあるんだ」

 

()()()?」

 

プロサイドキック、ノアの戦闘は滅多に見れない。元々サイドキックとしてヒーローのサポートをするのが本業だし、それ以外は災難救助が主だ。

 

だけど全く見れない訳じゃない。たまたまそのこに居合わせた野次馬やメディアが映像に残し、それがネットで広がる事はそれなりにあった。

 

そのどれもが、上から物を落としたり、敵を罠に嵌めて捕縛したりといった、敵との直接的な戦闘を避けた内容だった。

 

僕が、あの映像を見れたのは本当にたまたま。生粋のヒーローオタクだからこそ、ネットの海に埋もれていたものを偶然見つけられたのだ。

 

「あの個性、初見で対応できる様なモノじゃない。奇襲なんて生ぬるい位に」

 

そう、あれは

 

「多分先生の個性なら……戦闘専門の、トップヒーロー相手にも立ち回れると思うんだ」

 

「え!?」

 

「本当か!?」

 

麗日さんと飯田君が驚いた様な声を上げる。

 

オールマイトは前に1度だけ、蓮先生、ノアと共戦した事がある筈だ。だからこそ、まるで『抜け目の無い』このチームに編成したんだと思う。

 

それでも『勝てない』とは、分かっていながら。おそらく蓮先生の実力を僕達生徒に見せつける為。現に『戦闘は専門外』だからと、少し侮った様な発言をする生徒達もいる。

 

――もう1度、『あれ』が見られる。今度はファンとして、野次馬としてじゃなくて。ヒーローの卵として、オールマイトの『後継者』として。

 

目に、焼き付けなくてはならない。

 

 

 

 

 



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雄英高校で実戦訓練を行うだけの簡単なお仕事です

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訓練開始10分前。

 

「これでよし、と……」

 

運動場γにあるビルの屋上から、視界に広がるビル群を見下ろしながらそう呟く。下準備は終わった。後は相手の出方を伺いつつ、『どう嵌めるか』を模索する。

 

僕にとって最高の状況は、八百万さん達――胸が大きかったので覚えた――が出来るだけ長く、広い道が続くルートを選択する事。そして恐らくそうなる可能性は高い。僕の個性による奇襲を警戒し、1体1の状況に置かれるのは間違い無く嫌がる筈だ。

 

相手の生徒達の個性は詳しくは知らないが、轟くんの個性については知っている。何故ならエンデヴァーさんに自慢されたから。

 

僕の戦闘スタイルは主に奇襲だと、世間一般にはそう広まっている。しかしちょっと体術が出来るだけのか弱い僕が、固い『増強型』や『異形型』のヴィランを倒せる筈が無い。

 

奇襲をしない訳では無い。むしろやわそうなヴィラン相手にはかなりの頻度で行う。だがそれは真に僕が得意とするスタイルでは無いという事だ。まぁ意図して戦闘スタイルは隠している訳だが。っていうか僕戦闘は専門外だし。そもそもヴィラン相手にタイマンはるような状況になる事なんか殆ど無いし。

 

10時。開始の合図と共に、八百万さん達が走り出したのを確認した僕は、思わず笑みを浮かべてしまった。きっと意地の悪い笑みを浮かべている事だろう。

 

僕の予想通り八百万さん達は、広く長い道の方へと走っている。そろそろ開けた場所に出るな。

 

そこから先が僕のテリトリーだ。

 

「流石雄英生。迷いも無く現状行える最善の選択をしますね。――本当にいい子チャンです。」

 

最善の選択。故に最も読まれ易い。

 

「〝ノアの方舟〟」

 

グランドピアノの音色が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……妙だ」

 

俺――轟焦凍は、運動場γ内の細い道を駆け抜けながらそう呟いた。

 

「障子、先生は」

 

「まだ動く様子は無い」

 

耳を複製した腕を広げ周囲の音を広いながら、障子はそう言った。

「解せんな」

 

そう言ったのは常闇。眉を顰めながら、不思議そうな顔で駆けている。

 

常闇の言う通りだ。先生が仕掛けてくるなら、広い道に出る前のこの路上かと思っていた。この細い道では、戦闘になった場合、数の利が活かしにくくなるからだ。

 

だが動かない。動く様子も無い。舐められているのか、それとも何か狙いがあるのか。

 

「……」

 

八百万は何も言わないが、どこか不安そうな顔をしている。相手の動向が全く読めないからだろう。

 

先生の戦闘スタイルは奇襲からの制圧だった筈だ。以前メディアに取り上げられていた時はそうだった。先生の戦闘データはかなり少ないが、1度だけTVカメラで撮られた時は奇襲を行っていたし、個性を最大限活用するならそれが最良の戦闘スタイルだろう。

 

だが動かない。もしや先生の得意な戦闘スタイルは別にある……?TVの時はたまたまか?

 

どっちにしろ立ち止まる訳にはいかない。何にせよもうすぐ開けた場所に出る。奇襲への対応はしやすくなるはず――

 

「来るぞ!」

 

 

 

障子が声を張り上げた。

 

「――構えろ!!」

 

俺はそう叫ぶと同時に、右腕に冷気を纏わせた。常闇は常闇の身長と同じ程の大きさの影でできたモンスター〝ダークシャドウ〟を具現化させ、臨戦態勢に入る。八百万が武器を創造し、鉄パイプの様な物を構えた。障子も拳を腰だめに構える。

 

まだ、来ない。全員が黙って緊張した面持ちで走り続ける。

 

開けた場所に出て数秒後。突如上空から眩い光。

 

来たか。

 

俺達の上に鎮座するのは先生の個性、〝ノアの方舟〟の〝ゲート〟。多角形の集合体。やはり奇襲をしてきた。狙いは予想を外させて焦る俺達の不意を突く事か。散々奇襲を警戒してる俺達にそれは愚策だろ。

 

先生はあのゲートを使用して移動する。ならば今が好機だ。

 

足を使い全力でブレーキを掛けながら、冷気を纏った右腕を振り上げる。体温調節が必要となる最大出力とは言わないまでも、かなりの出力で冷気をゲートに向かって放つ。冷気は空気を凍らせながら登っていく。

 

どうだ。ゲートから出て来る瞬間を狙った。最大の好機を活かせた――

 

「こんにちは」

 

少女の様な、声。視界の端でプラチナブロンドが踊る。

 

足に冷気を纏わせ、冷気を放出する勢いで滑るように前へ進み、先生の初撃を何とか躱した。足を振りあげた状態の先生も、すぐに態勢を立ち直す。

 

「ダークシャドウ!」

 

『アイヨ!』

 

常闇のダークシャドウが先生へと鋭い爪を振り下ろす。先生はそれを後ろに跳んでかわし、その勢いのままゲートに入り消えていった。

 

「クソ……!」

1番目のゲートは囮……先生はゲートを複数展開出来たのか……!

 

だが、やはり戦闘能力は低い。蹴りも確保テープを意識しなければ、十分に対応し、防御出来ただろう。

 

この布陣なら問題無い。

 

 

「きゃっ」

 

「八百万!」

 

再び現れるゲートと先生。先生は確保テープを自由自在に操り、八百万が作った鉄パイプの様な武器に巻き付けた。

 

「この……!そんなに欲しいなら差し上げますわ!」

鉄パイプを先生に向かって投擲し、新たに槍を作り出す八百万。先生は奪った鉄パイプを構え、疾走する。

 

「疾いっ……ダークシャドウ!」

 

常闇の伸縮自在の影が、先生に襲い掛かった。しかし先生はダークシャドウの鋭い爪を躱し、八百万から奪った武器でカウンター。打ち上げられたダークシャドウの身体が多く後ろに反れた。

 

『グッ』

 

「近寄らせるな!」

 

1発は軽いが、武器を持っている上あの体術。更に疾い。近寄らせるのは危険だ。そう判断した俺は、右腕に冷気を纏わせ地面を這わせる様に放出した。

 

凍っていく地面。まるで氷が地面を這っている様な動きで先生を狙う。

 

先生は氷の進路を見極め、右に跳んで躱した。

 

「――らぁっ!!!」

 

右腕を振るい、冷気の進行方向を急転換。這う氷は先生を追っていく。

 

「うっわ!そんな事まで出来るんですかこのチート野郎!」

 

「こっちの台詞です」

 

こちらに非難の目を向けながらそう言う先生に、アンタが言えた事じゃねぇだろと言い返す。

 

先生は這う氷を上に跳んで躱し、再びゲートへと消えていった。

 

ヒットアンドアウェイ……!個性と相まって厄介過ぎる!今は戦闘では何とか俺達が押しているが、いつ体力が切れるか分からない。ならば短期決戦が望ましいだろう。

 

「走れ!!油断するなよ!」

 

臨戦態勢を解かず、腕に冷気を纏わせたまま走り出す。いつ先生が現れても対応出来る様にしないと――

 

「そんなっ……!」

 

誰の声だったのだろう。

 

そんな事すらも分からない程に、打ちのめされていた。

 

広く長い通路が、幾十、幾百の先生のゲートで埋め尽くされている。 まるでゲートで作られたドームだ。

 

――こんなん、どうやって対応すんだよ……!

「轟!後ろだ!」

 

 

 

背後から障子の注意が飛ぶ。

 

「くそ……!」

 

「きゃっ!落ち着いて下さい轟さん!」

 

「轟!落ち着け!」

 

背後に向けて冷気を放出するが、先生はもういない。近くのゲートで離脱したのだろう。冷気は危うく八百万と常闇を凍らせてしまう所だった。

 

「悪い!」

 

落ち着け。落ち着け!轟焦凍!

 

 

 

 

「焦りが見えますよ」

 

背後から先生の声。左腕に何か巻かれる感触。

 

「轟君、確保」

 

「ちくしょう……!」

 

頭垂れ、拳を握りしめながら座り込む。焦った。いや焦らされた。まんまと先生の作戦に嵌った。

 

「後は怖くないですね」

 

「轟さん!くっ、この!」

 

槍を振るう八百万の懐に、いとも容易く入り込む先生。

 

「そんなっ!」

 

「まだまだ武器の扱いがなってませんね」

 

八百万の悲痛な声。巻き付けられる確保テープ。

 

「走れ障子!俺とダークシャドウが時間を稼ぐ!」

 

そう言った常闇は、先生へと襲い掛かった。躱された先程とは違い、手数を重視しての連続攻撃。

 

この中で中距離・遠距離の攻撃手段がない障子が走り出す。奴は強い。だが先生相手において、近距離戦闘は確保テープを巻かれて終わりだろう。

 

「流石雄英生!ベストな判断!けれどそれ故――」

 

読みやすい。

 

「な……!」

 

ダークシャドウの攻撃を躱しながら後方に投げられた確保テープが、障子の足に巻き付いた。

 

余分な確保テープを切り離し、ダークシャドウの攻撃を躱していく。爪を振り下ろした一瞬の隙を突いて、鉄パイプでダークシャドウの横っ面を殴り飛ばした。

 

跳躍し、躍り掛る先生。ダークシャドウがのびている今、常闇は上空の敵に対して攻撃手段を持たない。

 

「チェックメイトです」

 

「ぐっ……!」

 

常闇の腕に巻かれる確保テープ。悔しげな常闇の声。

 

『ヒーローチーム……WIIIIIIIIIIIIN!!』

 

放送室から聞こえるオールマイトの声。

 

開始から僅か10分。戦闘訓練は、俺達Aチームの敗北で終わった。

 

思わず歯を食いしばり、血管が浮き出る程強く拳を握りしめる。先生は牽制と防御以外で直接的な攻撃を行っていない。あのレベルの体術なら俺達相手にももっと上手く立ち回れた筈だ。

 

手加減をされた。された上で、完膚なきまでにやられた。

 

「クソッタレ……!!」

 

俺は、〝左〟を使わず最強のヒーローにならなくてはいけないのに。

 

プロはこんなにも遠いのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様!皆良い試合だったぞ!」

 

「ええ、思ったよりは苦戦しました」

 

思ったよりはですけど。

 

戦闘訓練後。オールマイトさんによる講評の時間だ。戦闘訓練を終えた後の僕はオールマイトさんの隣に立ち、彼と共に講評を行っていた。

 

思ったよりは苦戦した。これは本当だ。戦闘能力が皆予想していたよりずっと高かった。今回は戦闘経験の差と一撃離脱の大人気ない戦法で圧倒させてもらったけど。

 

轟くんを始め、全員焦りまくってたけど実際こんなものだ。この戦法に嵌った敵は大体似たような反応をする。上下左右正面背後に気を配らないと行けない為パニックになるのだ。

 

おまけにテープ巻いたら確保というルール。体術では体重の軽さ故に決め手がない僕にとっては有利なルールだった。イレイザーヘッド事務所所属の時は相澤先輩から捕縛布の使い方教えて貰ってたし。

 

「今回のベストは常闇少年だな!」

 

常闇君、影のモンスターを操る彼か。確かに僕がちょっかいを出す度に対応し、退けられていた。轟君の様な破壊力は無くとも、正直かなり厄介だった。

 

実を言うと、最初の奇襲で轟君か八百万さんを確保しておきたかったのだ。リーダーとして皆を纏めていた二人の内のどちらかを一番最初に確保する事によって、精神的に追い詰められると思ったからだ。結果は常闇君と轟君の個性が厄介極まりなくて一時退避を選択したけど。

 

「常闇君は周りをしっかり把握し、自分の役割を果たしながら、他の子達のフォローも行えていましたしね。今回のベストは君で間違い無いでしょう」

そう言って常闇君の方を見やると、少し俯きながらも「ありがとうございます」と言っていた。彼良いよね。真面目だし。いいヒーローになりそうな気がする。まぁ教師就任初日の僕に、将来有望な人間を見抜く事が出来る目なんてもんは無いんだけど。

 

「Aチームはプロ相手に良く立ち回れたな!今日の体験を活かし、これからも自身の力に磨きをかけてくれ!」

 

「Plus ultraってやつですね」

 

あぁ、それ私が言いたかったのに!とオールマイトが寂しそうな目を向けてくるが無視無視。いきなり無茶やらされた仕返しである。蹴ったのはノーカン。

 

「それじゃ、次のチームの戦闘訓練も始めていくぞ!次はBチーム対Cチームだ!」

 

張り切って運動場γへと駆けていく生徒達を尻目に、僕は轟君を見る。

 

彼、手を抜いていた感じはしなかったけど……今回の授業、やっぱり思う所があるのだろう。

 

しきりに左手を気にしていた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮先生」

 

「ん?」

 

ヒーロー基礎学が終了し、教官室に向かおうとしたその時、轟君が声を掛けてきた。何だかただならない雰囲気を纏っている。

 

「今回は完敗でした」

 

「そうだね。でも君も大したもんですよ。間違いなく凄い才能を持ってる」

 

いきなり敗北宣言をしてきた轟君にそう返す。すると彼は少しだけ表情を歪めた。

 

「……ありがとうございます」

 

それだけ言うと、轟君は踵を返して去って行く。

 

彼の左側、それはもはや呪いと言ってもいいだろう。実の父から受けた呪い。彼が一生背負っていかなくてはならない業だ。

 

乗り越えられるかは彼次第。

 

個性にも恵まれ、身体能力も高い。間違い無くトップクラスのヒーローになれる能力を持っている。

 

右だけでも、彼はきっといいヒーローになる。

 

それでも、もし彼が。エンデヴァーを、そしてオールマイトを超えたいというのならーー

 

 

 

ふと腹の音。そういえばもうお昼時だ。

 

「……お腹空きました」

 

確かここの食堂のご飯はランチラッシュさんが作っている筈だ。以前食べさせて頂く機会があるったのだが、彼の作る料理は本当に美味しかった。

 

ランチラッシュさんの料理の味を思い出しながら、食堂へと歩いて行くのだった。

 



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雄英高校体育祭前の準備を行うだけの簡単なお仕事です

ノリと勢いでしか書いてないので筆が走る走る。

ところでココ最近、投稿毎に感想欄で誤字やミスを指摘されるやつがいるらしい。なんでもオリ主の名前を投稿初日で間違えたんだとか。許せねぇ。


感想・評価・お気に入り・誤字報告ありがとうございます。励みになります。




大きく息を吐き出し、精神を統一する。じっとりと肌を濡らす冷や汗が頬を伝った。

 

意識は既に戦闘時のそれ。冷え切った思考の中でネガティヴなイメージを消去し、成功、ただそれだけを考える。

 

ーーイメージするのは、常に最強の自分だ。

 

 

 

「相澤くん」

 

「なんですかオールマイトさん」

 

「蓮くんに渡しておきたい書類があるんだが……どうにも声が掛けづらい雰囲気でね。どうしたものかと……」

 

「ああ……アレならもう少し放っておけばいいですよ」

 

 

 

先輩とNo.1ヒーローが何か言ってるっぽいが無視する。

大丈夫だ匣舟蓮。これくらいの無茶、今まで何度だって乗り越えてきた。駆け抜け乗り越えた死線の数は、もう両の手を使っても到底数えきれない。

 

迫り来る凶刃を躱した。燃え盛る炎の中を駆けた。理不尽な先輩に縛られて一晩中事務所の天井から吊るされっぱなしにされるという屈辱を受けたことだってある。幾度か圧倒的な格上に挑み、一度でも負けてしまえば即死に直結する様な博打を何度も何度も打ちながらーーそれでも僕は勝利し、今日この日まで生き延びている。

 

脱力した身体に一気に力を込めた。体感速度が急激に遅くなり、視界に映る景色がスロー再生される。意識だけが少し先の未来に存在している様な、そんな感覚。

 

この指先に篭めるのは内に燃える熱き想い。覚悟。魂。人生。

 

裂帛の気迫を以ってーー

 

 

 

僕はスマホの画面をタップした。

 

SSRマンダレイさんキターーーーーーーーーーーッッッ!!!私服エッッッッッッッッ」

 

 

「職員室でソーシャルゲームをするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職員室の視線を集めている自覚はあるがシカトを決め込む。天高くガッツポーズを掲げ、僕は一筋の涙を流した。

 

「あまりにも多くの犠牲を払った……!ごめんね諭吉さん……!」

 

「今回はいくらつぎ込んだんだ」

 

「先月分の給料全部です!」

 

「不合理過ぎる……」

ため息を吐き、頭痛を堪える様に頭を抱える相澤先輩を尻目にスマートフォンの画面を眺める。華やかな画面に映るのは、黒髪ショートカットで黒い縦セーターをきた可憐かつ色気のある美女ヒーローマンダレイの姿。僕の所謂“推しヒーロー”である。

 

「ふぇ……マンダレイさん可愛すぎる……」

 

先月分のーー僕が雄英高校で特別講師を始めたのは十日程前なので正確には十日分のーー給料を全て注ぎ込んだが、全く後悔はしていない。

 

「それだけつぎ込んで漸く入手出来たのか……法に抵触してないかそのゲーム」

 

「SSRの確率はほぼ表記通りです。ただその九割が同じキャラクターっていうかヒーローでした。知ってます?プッシーキャッツの虎さん」

 

「……」

 

虎さんとは、美女揃いのヒーローチーム“プッシーキャッツ”の雄一点である。筋肉もりもりでゴリゴリの武闘派だ。

 

確定演出から筋肉が出てくる光景はトラウマになりかけた。別に虎さんが嫌いな訳ではないのだが、仮にもプッシーキャッツがピックアップされたガチャならもっと他にもいるだろう。ラグドールさんとかピクシーボブさんとかマンダレイさんとかマンダレイさんとかマンダレイさんとか。

 

このソーシャルゲームのタイトルは『ヒーローズ』。実際活躍している現役のヒーローや、過去活動していた、レジェンドと呼ばれる超有名ヒーロー達が登場するソーシャルゲームだ。

 

このゲームの良いところは、登場するヒーローの画像が全て実写であること。僕もどハマりしていて、合計うん百万突っ込む程度にはのめり込んでいるゲームだったりする。

 

それにしてもマンダレイさん可愛い……私服姿も可愛い……マンダレイさんさんじゅういっさいかわいすぎる……

 

「蓮くん、この書類なんだが」

 

「ふへへへへへへへ」

 

「れ、蓮くん?」

 

「おい」

 

「いっっった!」

 

画面の中のマンダレイさんに現を抜かしていると相澤先輩に拳骨を落とされた。涙の乾いた瞳から、痛みでじわりと目尻が湿る。

 

「あっ、オールマイトさんごめんなさい。すぐに確認させて頂きます」

 

「あ、あぁ。しかし意外というなんと言うか、君はもう少し落ち着いたしょうねンッンンッ青年だと思っていたよ」

 

「人間こんなもんですよ」

 

へ、と笑うとオールマイトさんが苦笑いを浮かべてきた。彼含め職員室にいる教員全員に完全に引かれているが構いやしない。そろそろぶりっ子してるのも疲れてきたのだ。

 

「俺に本性現した時も、確か事務所に勤め始めてから十日後ぐらいの頃だったな……最初はまともなやつだと思っていたんだが……」

 

何処か遠い所を見つめている相澤先輩は放っておいて、オールマイトさんから渡された書類に目を通す。

 

「あぁ、雄英高校体育祭の書類ですか」

 

「そうなんだ。君には会場全体が見渡せる所で警備してもらう事になってるからね。いざという時、君の個性は本当に頼りになる」

 

オールマイトさんからの手放しの賞賛に、ありがとうございます、と返す。現役No.1ヒーローに褒められるのは正直普通に嬉しい。

 

雄英高校体育祭。かつてスポーツの祭典と呼ばれながらも、個性の広がりによって縮小・形骸化してしまったオリンピックに代わる、雄英高校ひいては日本にとってのビッグイベント。

いよいよ三日前に迫った体育祭への準備の為、現在雄英高校職員は大忙しだ。

 

僕にも勿論役割は与えられている。当日ヴィランからの襲撃が起こった際は、会場に設置したゲートを一気に開いて観客や職員、生徒達を避難させるのが僕の仕事だ。まぁ襲撃など万に一つもありはしないと分かっているのだが、それでも最大級の警戒が必要になる。

 

牽制の意味も込めて僕の雄英高校講師就任は大々的に報道されているし、今回警備につくことも同様に報道されている。

 

書類の内容はその警備に関する事だった。ゲートの設置位置の確認や避難誘導時の対応マニュアル等。休み時間は与えられてはいるが、常に無線を携帯し、監視カメラやドローンで監視する職員から連絡があった場合、一気にゲートを解放しなければならない。

 

当日の仕事量の割に、事前の書類仕事は楽をさせてもらっているので文句は言えない。まぁ言うつもりもなかったが。ちなみに書類仕事が少ないのは、僕が正規の職員ではないので捌ける書類にも限度がある為である。

 

給料はめちゃくちゃ貰ってますけどね。それはまぁサイドキックとしての活動も完全休止してるし。僕優秀だし。

 

「把握しました。印鑑押して出しときますね」

 

「あぁ。それじゃ、私はこれで」

 

そうして背を向けて去っていくオールマイトさん。ダボダボのスーツに結構な猫背のトゥルーフォームを見ていると、とても平和の象徴と同一人物とは思えない。明るく優しいおじさんといった感じである。

 

「それじゃあ僕はマンダレイさんを強化しまくる事にしますね!」

 

「だから職員室でソーシャルゲームはやめろと言っている。この際お前の趣味にケチは付けんがTPOは弁えろ」

 

「ぐうの音も出ない。マンダレイさんまた後でね……」

 

泣く泣くスマホを個性で仕舞い、どうしたものかと思案する。処理できる仕事は全て終わらせているのだ。

 

「先輩、何か手伝えることありますか?」

 

「お前仕事全部終わってたのか……相変わらずデスクワークは凄まじいな」

 

事務所のデータベースを漁る為には、書類仕事に時間を掛けている訳にはいかないのだ。空いた時間にデスクワークしてるフリしてハッキングを試してるからね。ちなみに雄英高校のデータベースはセキュリティ凄すぎて無理。初日に突っ込んでみたけど絶望感しかなかった。普通セキュリティって内側からは甘いものが殆どなんだけどなぁ。

 

「俺としても残念だが、非正規の職員に回せる仕事はもう残ってないな。お前他の職員からも片っ端から仕事預かってたし、もう出来る事はないと思うぞ」

 

「えぇ……こんなに楽だとなんか皆さんに悪いですね」

 

「お前楽してるつもりだったのか……多分他の倍は捌いてるぞ」

 

マジですか。

 

「しかし先輩今日ガックリしてばっかりですね。疲れ溜まってるんじゃないですか?一応怪我人なんですから無理しないで下さいよ」

「誰のせいだ誰の。とにかく仕事がないなら定時まで見回りの手伝いでもしていろ。この時期の生徒は根を詰め過ぎてオーバーワークになりがちだからな」

 

なるほど確かに。雄英高校の生徒達にとってはプロヒーローへの最大級のアピールチャンスだし、必死になるのも頷ける。僕は士傑出身なのでその辺の詳しい事情は分からないが。

 

分かりましたー、と返事をして職員室から退出する。適当に校舎でも回る事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「匣舟先生!」

 

「おわっ」

 

暫く見回りをしていると、突然にょきり、と、顔だけが壁から生えてきた。金髪の髪を逆立てた優しげな青年ーー通形ミリオくんだ。

 

雄英高校ビッグ3に数えられる超エリート生徒。今回の体育祭でも注目を集める実力派だ。多分僕より強い。

 

「相変わらず心臓に悪い個性ですねミリオくん。ていうか壁から生えてきてるって事は今マッパ……」

 

「違いますよ!俺訓練時は必ずコスチューム着てるんで!じゃないと先生の言う通りマッパになっちゃいますからね!」

 

ハッハッハと笑いながら、壁から現れる彼の全身。相変わらずでかい。汗で身体に張り付くコスチュームの上からも、鍛えられた肉体が伺える。

 

「ご無沙汰してます!」

 

「こちらこそ」

 

ミリオくんは校外活動でナイトメア事務所に所属しているので、現場でも何度か会っている。正直プロ入りすれば一年経たずにトップランカー入りだろう。それ程彼の力は頭抜けている。その実力はあの相澤先輩が『プロ含めてNo.1に最も近い男』と評する程だ。

 

確かに彼とオールマイトさんは少し似ている様にも思える。纏う雰囲気というか、ユーモアを振り撒く前向きな姿勢は、彼とオールマイトさんの共通点と言えるだろう。

 

個性は“透過”。詳しくは知らないが、僕が知っているのは物理的な攻撃や現象の無効化、壁や地面のすり抜け、それとショートレンジのワープみたいなやつ。かつ体術と格闘センスも半端じゃない。あとコスチューム着けずに個性使ったらマッパになる。僕がヴィランだったら闘いたくないヒーローランキング三位ぐらいには間違いなく入ると思う。

ちなみに一位と二位はオールマイトさんと相澤先輩である。

 

「それで何か用ですか?訓練の帰りみたいですけど」

 

「いや、たまたま見掛けたので挨拶に伺っただけです!それじゃ俺はこれで!」

 

今度機会があれば指導お願いします!と言って去っていくミリオくん。

 

ミリオくんほんまにえぇ子やぁ。僕より出世早そうだからってちょっと疎ましく思ったりなんかしてごめんねぇ。君がトップヒーローになった暁には是非おこぼれを預かりたい所です。サイドキックとして。

 

サイドキックとしての僕の基本的なスタイルは、ヴィランの背後にヒーローをぽい!するだけなので、戦闘能力や奇襲能力が高いヒーローとは相性がいい。というか僕はもう選り好み出来る立場なのでそういうヒーローとしか組まない。

 

まぁ単騎で奇襲も戦闘も高水準で行えるミリオくんには旨味は殆どないのだろうけど。だから将来彼と組む可能性はかなり低そうである。

 

彼といいホークスといい、何故僕と近い歳で活躍している人間は僕要らずなのだろうか。特にホークス。あいつはいつか絶対泣かす。羽根を一本残らず毟り取る。

 

あのニヒルな笑みかっこわらいな顔を思い浮かべると腸が煮えくり返りそうになった。あの野郎僕に対しては嫌味しか言ってこねぇ癖にファンへの対応は好評価を受けているらしい。許すまじ。

 

ホークスの野郎を焼き鳥にする想像を始めた直後、廊下にチャイムが鳴り響いた。雄英高校職員の業務終了時間である。まぁ殆どの職員は残業して帰ることになるのだろうが。

 

出来る仕事もないと聞いているので、そのまま帰ることにした。ゲートを開いてデスクの前に繋ぎ、腕を突っ込んで机上の鞄や荷物を取る。

 

相澤先輩に手の甲をはたかれた。

 

さぁ、今日は帰って徹夜でヒーローズだ!待ってて下さいマンダレイさん!

 

 

 

 

 

 




男 し か で な い

マンダレイさんが書きたい(切実)マンダレイさんとオリ主のおねショタが書きたいんだ俺は……!おねショタ?おね……ショタ?


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雄英高校体育祭でオープニングセレモニーを行うだけの簡単なお仕事です

評価バーに色が付きました。嬉しい。日刊ランキングにこの拙作が載りました。嬉しい。

評価・感想・誤字報告・お気に入りありがとうございます。励みになります。




 

 

青空が崩れ落ちている。誰かがそう呟いた。

 

目を見開き頭上を見上げる群衆。驚愕に足を止める人々。

 

何処からか、グランドピアノの音色が響き渡る。

 

パズルのピース状に砕けた空の欠片が、光の粒子となって大地に降り注いできた。

 

崩れた空の更に奥の空間から現れたのは、あまりにも巨大な像。幾つかの立方体が集まり、それらが無造作に組み立てられたかの様な、少々歪な形をした立方体だ。

 

その巨大な建造物が、ドームの遥か上空に浮かんでいた。

 

『今年の雄英体育祭は!一味違うぜリスナー達!』

 

プレゼント・マイクが声を上げた。

建造物から、多角形が組み合わさったような形の光が、重なり合うように展開される。一定の間隔を開けながら展開される光は数秒の内に地上へと到達し、それはさながら天へと登る巨大な塔の様であった。

 

重なり合った光が、上空に近い光から砕け消えていく。光の欠片は空の欠片とぶつかり合い、霧散して消失した。

 

目の前で起こる神秘的な出来事に、十万人を超える観客の誰もが息を呑む。超人世界と呼ばれる現代でも、空を割り、そこから巨大な建造物が現れる様な超常現象をお目にかかる事は、まず無いだろう。

 

凄まじいスピードで崩壊する欠片。光の塔が消えていく。そして最後の一枚が割れた時、塔の根元があった場所から、一際強い光が発せられた。

 

光から出現したのは、大量の黒い蝶と、一人の人間。

 

「ティーズ」

 

プラチナブロンドの長髪をたなびかせ、黒蝶達へと呟いたのは一人の少女ーー否、青年。黒を基調にし、胸元に銀十時の刺繍が入ったコスチュームを纏っている。

 

その青年がオーケストラの指揮者の様に手を振ると、それに応じて黒蝶達も渦を巻くように飛翔する。

 

風圧で長髪が巻上がる。圧倒的な超常現象を引き起こす要因たる青年は、僅かに口角を上げ、弾くように勢いよく腕を横に伸ばした。

 

彼の動作と共に、一瞬で消え去る黒蝶。少しだけ首を傾げ、明るい笑みを浮かべた青年が、十万人の観衆へ向けて丁寧にお辞儀した。

 

大歓声が会場を震わせる。空砲が鳴り響き、プレゼント・マイクが口を開いた。

 

『サイコーにクールなオープニングセレモニーをありがとう“ノア”!これもって雄英高校体育祭、開幕だぜえええええええええええ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

髪を三つ編みに結ぼうとして、やめた。面倒くさいので適当に根元で結んでポニーテールにする。

 

「気持ちよかったぁ〜!」

 

背伸びをしながらそういうと、途中で声が裏返ってしまった。少し恥ずかしくなり部屋を見渡すも、僕の準備専用の部屋だし、スタイリストさん方には既に出ていった後なので、人っ子一人居るはずもない。

 

絶対誰も居ないって分かってても、恥ずかしい思いをしたら、誰かに見られていないかと確認しちゃうよね。

 

雄英高校体育祭のオープニングセレモニーをやらせてもらった僕は、会場内の一室で休憩をしている最中だった。派手さの割に、特に体力を使う仕事でもなかったのだが、休みをくれるというなら喜んで頂戴するのが僕のやり方である。

 

なんなら方舟は今も会場の上空に浮かんでいる事だろう。あれを顕現させておくと、ゲートの展開速度が速くなるのだ。緊急事態に備えるため、万全は尽くしておかなければならない。

 

じゃねーともし何かが起こってしまったら僕は総バッシングを喰らう事になる。そんなのは御免だ。

 

鏡を見ながら髪型をチェックする。相変わらずの美少年だ。我ながら文句無しに可愛い。ポニーテールも抜群に似合っている。

 

三つ編みより大分楽だし、これからはこの髪型でもいいかもなぁ。

 

そろそろ休憩時間も終了だ。が、特に任されている仕事はない。僕の仕事は緊急事態が発生した時に、迅速にゲートを開く事だ。場内の監視や警備は他の職員や、それこそ警察機関が行っている。

 

というか、メディア露出が極端に多い僕が会場の警備でうろつけば、それはまた別の騒ぎになってしまう可能性がある。

 

要は合法指示待ち人間なのだ。合法といえば僕は合法ショタと言えなくもない。可愛いぜまったく。

 

「ま、てきとーに知り合い探して挨拶でもしてきますか」

 

机の上に置かれたクッキーを一枚齧ってから部屋の外に出る。関係者以外の立ち入りが禁止されている場所であるため、人通りは全くない。

 

そのまま人通りの少ない通路を歩いていく。途中何度か職員の方とすれ違ったので軽く会釈だけしておいた。ばたばたと忙しそうに、小走りで駆け回っていた。

 

大変そうですねー。

 

しばらく歩くと、雄英高校体育祭の警備に駆り出されたヒーロー達の待機所に着いた。

 

「確かあの人が待機してるのは、ここ……ですよね」

 

コスチュームのポケットにしまっていたメモを確認し、待機室の扉をノックした。

 

『はーい』

 

「あれ?」

 

野太い男の声が聞こえてくるという僕の予想は外れ、ドアの向こうからは若い女性の声が聞こえてきた。

 

「何か御用で……」

 

「あっ、すいません。デステゴロさんはいらっしゃいますか?」

 

エロ。

 

ドアを開けてくれたのは、長い金髪をウェーブにし、パツパツのコスチュームを着た女性ヒーロー、――確か最近デビューしたMtレディというヒーローだった筈だ――だった。何組かのヒーローで同室を振り分けられているのかと思い、目当ての人物がいるのかどうかを聞くが、こちらを見て静止してしまっている。

 

「あの……」

 

「アッハイデステゴロさんですね。確かにいらっしゃいますよ」

 

「オイMtレディ、俺の客か?……ってノアじゃねーか。久しぶりだな」

 

「デステゴロさん、ご無沙汰してます」

 

まぁ入れよ、とドアを大きく開け、僕が座る為のイスを引いてまでくれるこの筋肉ムキムキの男こそ、僕が探していたパンチングヒーロー・デステゴロさんである。

まだ彼が独立したばかりの時、当時士傑高校の一年生だった僕は、彼の事務所で職業体験をさせてもらった事がある。個性の特性上活動範囲がほぼ日本全土に及ぶ僕は、サイドキックとして活動し始めてからもちょくちょく現場で顔を合わせていた。

 

増強型の個性という事でオールマイトと比較され、一部では劣化オールマイトの様な評価を下されてしまう事もあるが、着実に実績を積み上げている普通に優秀なヒーローだ。番付けも二桁代である。

 

「な、なんでこんなとこにノアがいるんだ……!?」

 

「知りませんよ!先輩の知り合いみたいですけど……」

 

少しだけ騒がしくなった部屋だったが、すぐに落ち着きを取り戻した。まぁたかがサイドキックがそこまで騒がれる筈もないが。

 

部屋を見渡してみると、安っぽテーブルとパイプ椅子が設置されている広い部屋だ。中では数十人のヒーロー達が談笑しあっていた。

 

デステゴロさんの隣に腰掛けると、こそこそと話し出す前の若手ヒーロー二人。一人は先程ドアを開けてくれたMtレディで、もう一人の方がシンリンカムイ。木製のフェイスヘルメットを被っている後者は最近独立した若手のヒーローで、まさに飛ぶ鳥を落とす大活躍で一躍名を上げている期待の若手ヒーローだ。

 

サイドキックとしてのデビューは割と遅めなのだが、それでもヒーローに関わる業界にいる以上どうしても耳に入るのが彼の名前だ。

 

しかし期待の若手ヒーロー二人が揃い踏みとは。デステゴロさんが世話でも焼いているのだろうか。

 

「で、何の用だ?」

 

「いえ、特に用とかはないです。暇だったんで挨拶に」

 

タバコをふかしながら聞いていくるデステゴロさんにそう返事をすると、若干呆れている様な顔をしながら大きく息を吐く。

 

「相変わらずみたいだな」

 

「しょーがないでしょ暇なんですよ僕」

 

視線を横に向けると、体育祭の映像が流れているディスプレイが設置されていた。どうやら第一種目は既に終わっている様で、第二種目の騎馬戦の映像が放送されている。

 

「派手にやってますねぇ」

 

「ああ。今年の一年生は豊作みたいだな」

 

「B組の訓練は見た事ないので分かりませんが、少なくともA組はめちゃくちゃ優秀な子が多いですよ」

 

一部の生徒は、少なくとも僕の学生時代より全然強い。かもしれない。

 

氷やら爆発やら衝撃やらでぐちゃぐちゃのフィールドを観ながら話していると、僕の斜め前に座っていたMtレディさんが声を掛けてきた。

 

「あの……ノア、さん」

 

「呼び捨てでいいですよMtレディさん。僕のが歳下ですし」

 

「知ってたんですか!?」

 

「お二人の名前は業界にいたら嫌でも耳に入ってきますって」

 

シンリンカムイさんにも呼び捨てでいいと言っておく。ヒーロー活動歴では僕の方が先輩とはいえ、歳下の僕にまで敬語を使ってくれるなんてなんて出来た後輩なのだろうか。

 

この二人は可愛がってやろう。ちょっとした不祥事くらいなら揉み消してあげる。顔の広さには自信があるのだ。

 

「じゃあノア……くん?とにかく、私とサイドキック契約結んでくれないでしょうか!」

 

「あっ無理です」

 

「即答!?」

 

いや無理なのは分かっていたけど!と、本気で悔しがるMtレディ。ダメ元でもチャンスがあったら食い付いてくる野心の強さは僕好みだ。

 

ちなみに容姿も僕好みである。歳上お姉さん系が僕の好みのタイプなのだ。

 

だがこういったお話で曖昧な返答をすると後が面倒くさいというのは経験から分かっている。悪いけど断らせてもらおう。

 

「それに僕今サイドキック活動完全休止中なんですよねー」

 

「期間も定まってないんだろ?大変だな」

 

「そうなんですよ。これが一年以上続きそうならどうにかしないと不味いですね」

 

長期間サイドキックを休むのはあまり良い事とはいえない。交戦機会が著しく下がると勘も鈍るし、何より信頼度が落ちてしまう。

 

一年間。これが僕が雄英高校だけに集中出来るタイムリミットだ。これを過ぎる様なら辞めるか、雄英で講師をしながらサイドキック活動をするかの二択である。

 

安請け負いしてしまったのは完全に僕のミスだ。まさかオールフォーワンが絡んでいたとは思わなかった。予定としてはオールマイトから情報貰っててきとーにおさらばする予定だったのだが。

 

まぁ最悪、雄英高校教師である相澤先輩に雇ってもらおう。それならサイドキック活動と並行できなくもない。スナイプさんやブラドさんでも可。理想はミッドナイトさんだが彼女の個性を考える限り僕と組むのは旨みが少ないので無理だろう。おそらく超便利タクシーにしかならない。

 

こういった時、サイドキックというのは厄介だ。ヒーローと組まなくては活動出来ないし、僕は今のところヒーローとして独立するつもりは無い。雄英高校に勤める以上、必然的に組める相手は限られてくる。

 

そうやって話し込んでいると、後ろから急に柔らかいもので頬を挟まれた。不意の感触に驚いてしまい、思わずその柔らかいものを両手で掴む。

 

一体誰だ。僕にこんな悪戯をしかけるとは。

 

「相変わらず忙しそうね、ノアくん」

 

「んにゃっ!?」

 

頭上から降ってきた聞き覚えのある声に思わず飛び上がった。顔に血が上り、心拍数が爆発的に上昇する。

 

「アンタは確か……プッシーキャッツの」

 

「マンダレイよ。よろしくねデステゴロさん」

 

やっぱり!?!?マンダレイさん!?!?

 

慌てて上を向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべながらこちらを見下ろすマンダレイの顔があった。ショートボブの黒い髪が僕の鼻を撫でる。可愛い。綺麗。ちかい。

 

「!?!?!?」

 

「ご、ごめんなさい。まさかそこまで驚くとは……」

 

「いっいえ!お気になさらず!?」

 

完全にテンパっている自覚はある。我ながら童貞丸出し過ぎるだろ。

 

……今の自虐で幾分か冷静になれた。

 

うるせー!こちとら学生時代から訓練三昧・仕事三昧だったんじゃ!女の子と遊んでる時間?なかったよ!

 

完全に童貞の言い訳である。

 

「な、なんでマンダレイさんがここに」

 

「あら、そんなに不思議かしら。私も警備担当でお呼ばれしたのよ。私の個性は避難誘導なんかにはうってつけだしね」

 

マンダレイさんの個性は“テレパシー”。文字通り範囲内の人間にテレパシーを送る事が出来る能力だ。彼女の言う通り、避難誘導にはうってつけである。

 

警備するヒーローの資料には一通り目を通していた筈だったのだが、どうやら見落としていた様だ。嬉しい誤算である。

 

「可愛い……」

 

「……」

 

「おっ!?」

 

ボソリと呟くシンリンカムイを睨み付ける。マンダレイさんに手を出そうものなら容赦などしない。殺す。僕は同担拒否の過激派オタクなのだ。

 

「それにしても綺麗なお肌ね。化粧品とか使ってるのかしら?」

 

「ウ、ウワバミさんがCM出てるとこの使ってます」

 

「それってUWABAMIの最新作じゃないですか!?気になってるんで使い心地とか教えてください!」

 

いつの間にか猫の手を模したグローブを外していた様で、素手で肌を撫でられた。正直緊張やら嬉しさやらで死にそうである。もう頭がいっぱいいっぱいというか、許容量がオーバーしてしまいそうだった。

 

推しに頬を撫でられている……なんだこの天国は。まさに天にも登る心地であった。ありがとう神様。普段は微塵も信じてないけど、こんな時ばかりは感謝せざるを得ないのです。

 

美容に気を使っていてよかった……!お肌に拘っていてよかった……!

 

「おら、どうぞ」

 

「あらありがとう」

 

僕がパニックに陥っている間に、デステゴロさんが余っていたパイプ椅子を持ってきてくれた様だ。デステゴロさんにお礼を言いながら、マンダレイさんが僕の左側に腰掛ける。

 

デステゴロさん、あの口調と見た目で優しいのは相変わらずみたいだ。さっきも僕が座る椅子を引いてくれたし。さり気ない優しさを見せるのが彼の魅力である。

 

「使用感は中々ですよ。僕スキンケアは専らUWABAMIなので」

 

「うわーやっぱり評判通り良いんですね。でも高いし手が出ないかも」

 

髪が蛇になっているヒーロー、ウワバミが設立したブランドUWABAMIは、スキンケア用品において確固たる信頼と実績を勝ち取ったトップブランドである。値段は張るが効果は間違いなく、僕が愛用しているブランドでもあった。

 

「へぇ、私も使ってみようかしら」

 

「ぜひ」

表面上は冷静を装いながらそう返す。マンダレイさん今でも充分過ぎるくらいお肌綺麗じゃないですか、とは言わない。さすがにキモイ。そしてキモイとか言われたら泣く。絶対言わないだろうけど。

 

マンダレイさんが頬から手を離す。名残惜しいがこれ以上触れられていたら死んでいたかもしれない。それは困る。

 

そこからはマンダレイさんを混じえてのお話が始まった。しばらく談笑していたところで、ふとマンダレイさんが口を開く。

 

「ところでノアくん――そろそろ独立はしないの?」

 

 

 

 

マンダレイさんのその言葉に、一気に頭が冷静になった。

 

「……いえ、今のところは特に考えてないです。僕ほら、まだ若いですし」

 

「え、そうなんですか?勿体ない」

 

「うむ、ノアともなれば独立しようと問題はないでしょう」

 

適当な理由をつけて独立を否定する。するとそれに勿体ないというMtレディさんに、それに同調するシンリンカムイさん。

 

沈む内面を押し隠さんと、必死に笑顔を貼り付ける。

 

「……確かにお前もわけぇが、そろそろ独立したっておかしくはねぇ歳だろう。前から気にはなっていたが、何か独立したくない理由でもあるのか?」

 

相変わらず変な鋭いよなぁデステゴロさん。

 

筋の通った言い訳も考えられず、かといって誤魔化す事も出来なさそうな雰囲気。思わず俯いて言葉に詰まってしまった時――

 

 

 

――ゲートが、勝手に開いた。

 

「は?」

 

思わず顔を上げる。

 

呆気にとられていると、そのゲートの中から高速でボールの様なシルエットが飛んでくるのが見えた。不味い、ぶつかる。

 

必死にかわそうと身体を捻る。が、シルエットは動かした身体の方へ進行方向を変えた。

 

スライダーの様に軌道が変化したそれが、僕の額に激突する。

 

「いっっっっっっった!?」

 

ごん、という鈍い音。痛みに思わず呻き声をあげながら蹲った。ヤバイ、マジで痛い。ガチギレ相澤先輩の拳骨以上の痛みだ。

 

涙でぼやける視界の中に、金色の生物?が映った。掌程度の大きさの球体に、鷹のような一対の翼が背から生えており、後ろからは細く長い尾が生えている。球体の真ん中には十字の様な模様。

 

「――ティムキャンピー!怒りますよ!」

 

僕の周囲を元気に飛び回るティムキャンピーは、僕の個性の副産物の様なものだ。基本向こう側で飛び回っているのだが、偶にこっち側に遊びに来る事がある。

 

僕意外で任意にゲートを開く事が出来る唯一の存在だ。

 

「おおっ!?」

 

しばらく周りを飛び回っていたティムキャンピーは、デステゴロさんが手に持っていた煙草に齧りつき、むしゃむしゃと食べ始めた。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「あー、大丈夫です。多分」

 

そもそも生き物かどうかも怪しいのだ。こちらの言葉は理解しているようだが。

 

そんなこんなで騒いでいるうちに、どうやら騎馬戦も終わった様だった。折角なので、A組の皆にも声を掛けに行かなくては。

 

「すみません皆さん、僕はここで」

 

「分かったわ。またね、ノアくん」

 

ぜひ!マンダレイさんなら大歓迎です!

 

ティムキャンピーの尻尾を鷲掴み、そのまま部屋を出る。

 

ゲートの中に叩き返そうとも思ったが、コイツがその気ならまた痛い目に合わされそうなのでやめておく。

 

全く面倒なヤツである。なんかマスコットみたいな見た目しやがって。もしこの世界にマスコット枠なるものがあるのなら、それは僕一人で充分だ。

 

ここに来た時と同じように、関係者用の通路を使って、僕は生徒用の観戦席まで歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 




ティムキャンピーはマスコット枠。それ以上でもそれ以下でもない。


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