その日、荒れ地は消えた。
そこは都会。
しかし、今やその場所は、広大に広がる荒れ地となり、そこに建ち並んでいたビル等は、まるで荒れ地に生えている枯れ木のように廃れていた。
その荒れ地の中央で、茶髪と白髪の、2人の青年が向かい合っている。
「もう、戻れないのかな」
ポツリ、と、茶髪の青年は呟く。
彼はどこか遠い目をしている。
目の前の──彼にとっての親友と過ごしてきた数々の思い出。
救えなかった親友。
変わり果てた親友。
──そして今、目の前にいる親友。
彼は、様々な感情がこみ上げてくるのか、涙を流し、全身を震わせる。
「帰って来てくれよ……! サイハ!」
そんな彼の姿を見ても、顔色1つ変えない白髪の青年。
「あの時には戻れねェ。ましてや、何1つ守れやしなかった、惨めな自分には……」
白髪の青年は、音も立てずに空中に浮遊した。
「全てはこれからなんだ。だから、邪魔をするなシュウ」
白髪の青年は、空中で両手を広げる。
すると、荒れ地に残っていたかつてのビルや建物等も、空中に全て浮遊し、白髪の青年の元に集まる。
「もう、終わりなんだよ」
「──終わりじゃないっ!」
茶髪の青年の全身を、黒色の甲冑のようなものが包む。
そして茶髪の青年は、地面を蹴る。
およそ、ビル1つ分の高さの跳躍をしてみせると、すかさず空中を蹴る。
白髪の青年をかなり下に捉えた茶髪の青年は、そのまま白髪の青年に向かい降下する。
途中、茶髪の青年は、両手からジェット気流のようなものを生み出し、更に降下のスピードを上げる。
「うおおおぉ!」
茶髪の青年は、今度は両手を前につきだす。
茶髪の青年の2倍はあろうかという黒い物体を、高速で5つ程、白髪の青年に向けて射出する。
白髪の青年に近付いてくる黒い物体は、既に音速の域だ。
だが、白髪の青年は動かない。
黒い物体は、5つ共、白髪の青年に殺到した。
瞬間、ゴーンと、鐘の音が鳴り響くかのような音がしたあとに、黒い物体が弾かれる。
その光景は、まるで磁石の同じ極同士を近付けた時のようであった。
茶髪の青年は、攻撃が弾かれる事は想定内だったのか、そのまま高速で白髪の青年に肉薄する。
白髪の青年は軽く舌打ちをすると、今度は自身の元にあったビルや建物等を、茶髪の青年に向かい射出した。
ビルや建物が、まるで滝のように流れる光景だが、茶髪の青年は怯むことなく立ち向かう。
「サイハぁ!」
「終わりだァ! シュウ!」
彼らの戦いは、後に人類史上前にも後にも見ない、最悪の伝説となった。
この戦いの意味を語るには、彼らが決めてきた数々の決断を、まずは語らなければならない。
巡りゆく時の中で、彼らが選んだ道が、この戦いを生み出したというなら、どこで道を踏み外したのだろう。
かつての友に向けた視線が、今や命を奪う者に向ける視線となって、それが交差する。
──その日、荒れ地は消えた。
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~ 第1話 模擬戦闘試験前 ~
投稿はしたことがありません。文がおかしい所があるかと思います。その時は教えて頂けると幸いです。
これからも応援宜しくお願いします。
見渡せば、荒廃した世界が続く。
崩れたビルに、無人と化した都市。
灰色の空の元には、草木が1つも生えていない大地が広がる。
しかし、1つだけ奇妙な物が存在している。
それは、高さ100メートルの壁で覆われた別世界。
外の朽ち果てた建物とは違い、そこには真新しい建造物が立ち並んでいる。
そして、その中枢には、巨大なタワーが
その頂上で、何やら物思いに
「やっぱり、何も飾られていない方が好きだな」
最近、彼は気が付いたらよくここに来て、空と地上を眺めている。一人になりたいわけではない。
何故か、この場所に導かれるように来ていたのだ。
青年は、随分と長くなった茶髪を、ゆらりと風に
海のように青かった空は、今では灰色の空へと成り果てた。
そして、地平線上に見える陸地には、ビルや建物が微かに見える。
だが、それらは崩れ落ち、過去に都会と呼ばれていた場所は、今では廃都と化している。
「……もう、1年か」
何故ここに来ていたのか、青年は今になっても分からない。
ただ一つ分かることは、この空や土、風や雲など、姿形がどんなに変わったとしても、あらゆる物が愛おしく見えてしまうということだ。
1年前──
西暦2050年。
死後転化ウィルス。
通称『END』が地球上に降り注がれ、世界のおよそ半分の人類がウィルス発症者となり、絶命した。
そして、最悪なことに、絶命した人間達は『ENDS』と呼ばれる化け物と化した。
ENDSは、人間と似ても似つかない容姿をしており、とてつもない身体能力と、硬い表皮を持ち合わせていた。
それゆえ、重火器等の通常兵器ではまるで歯が立たず、すぐに世界は混乱を極めた。
結果、発展途上国から先進国まで、
日本も、過去に平和主義を
壊滅的状態だった。
そして、その状態を変えようと立ち上がったのが、ある巨大組織。
疾病対策機関。通称『CDA』
彼らは唯一ENDに対抗できる
救助された人々は、そんな彼らを『救助部隊』または『希望の部隊』と呼び、英雄視している。
中には彼らに従い、人々を助けようとする者達も現れた。
しかし、日本にはまだ沢山の人々が取り残されているのは事実。
その為、救助した人々の中から有志を募り、新たな救助部隊を数多く編成する。
そして、更なる救助活動を展開させるのが、今の日本の目標であり、希望でもある。
2人も、その希望に繋がる1歩をようやく踏み出した。
「──おい、シュウ」
鋭い声音だが、どこか暖かみのある声。
シュウと呼ばれた青年は、聞き慣れた声を後ろから掛けられ、ゆっくりと振り返る。
「あぁ、サイハか」
凛とした声で、シュウはサイハという青年に応える。
そこには黒髪の、シュウと同い年と見られるサイハが、気だるそうに立っていた。
「そろそろ俺達の出番だ」
「分かった。すぐ行くよ」
黒髪の青年。サイハは、シュウの体を見て唸る。
「それにしてもシュウ……お前、またたくましくなったよな」
茶髪の青年。シュウは、サイハに指摘された体を見て、苦笑いする。
確かに、サイハに指摘された体は筋肉質で、とてもたくましい。
「まあね。でも、着痩せしてるんだけどな」
「それでもかよ」
二人は軽く笑い合う。
少し間が空き、同時に頷くと、CDAが所有するトレーニングルームへと移動する。
訓練から1年。
サイハとシュウの2人は、1年間、みっちりと訓練を積み重ね、年に1度行われる卒業試験に参加した。
1年間だ。
長く感じる者もいれば、短く感じる者もいる。
2人は前者。
あまりにも長い時間だと感じた1年だった。
何故なら、2人を突き動かす物が、他の訓練兵とは比べ物にならないからだ。
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~ 第2話 模擬戦闘試験 ~
── サイハ視点 ──
エレベーターに乗り、地下20階で降りる。
トレーニングルームと呼ばれるここは、膨大に広がっていた地下空間をそのまま改造し、作られた場所だ。
何でも、核爆弾を20回落としても大丈夫な作りらしい。
既に100人と少しの訓練兵が、そこには集まっていた。
見事にやりきった様な清々しい顔をしている者や、自信なさげに顔を落としている者。
様々な人間がそこにはいる。
先程、訓練兵から一般の兵士に上がるための卒業試験が開催された。
およそ5時間に及んだ試験は、1年の間に
様々な観点から訓練兵の実力を見て、戦場で充分な戦績が残せるかを教官が判断する。
また、それらの分野を平均化して、
階級は一番下のF-から始まり、一番上ではSSSとなる。
そして、俺の目指すべき最低の階級はB-。救助部隊の入隊資格が得られるからだ。
何故ここまで階級にこだわるのか……それは、いわば出世だ。
救助部隊に入隊することが出来れば、自分のキャリアにも繋がるし、救済階級が高ければ高いほど、出世の幅が広がる。
自分の世界が変わるのだ。これは何としても救済階級をあげなくては……。
というのが、普通の考えだ。
訓練兵のおよそ8割の人数が今回の卒業試験に参加しており、非参加者の中にはもう1年訓練を受け、確実に合格を決めようとしている者達。
また、このまま世界が平和になるまで、無駄な訓練を呑気に受け続けようとしている者達も、少なくとも存在する。
「んなことじゃつまんねェよ」
無論、俺とシュウは別だ。
1年前、誰よりも救済意欲を狩り立たされた俺達には、この卒業試験は成長の過程にすぎない。
出世等、眼中に無いのだ。
──あの日の決意は、揺らいでなんかいない。
数分待つと、トレーニングルームの中央に位置する高台に、教官が登った。
1年前と変わらず、目が異様に血走っており、呼吸も荒い。
酒と煙草のやりすぎだろうな。
訓練兵の間では『ハゲ教官』と呼ばれているらしいが、本名は『
一年前と変わった事と言えば、真相が一切の謎に包まれた、急激なハゲ化くらいだろう。
「ちゅううもおおくッ!」
そしてこの馬鹿みたいに大きな声だ。
毎度のことながら、俺を含め、訓練兵全員の鼓膜をキリキリと震え上がらせる。
「これより、最終試験である、模擬戦闘試験。成績優秀者同士での決闘を行う。なお、今回は異例であり、成績優秀者が複数名いるため、2対2の決闘とする!」
そう、話には聞いていたが、今回は優秀な奴が多いらしい。その為、この模擬戦に勝利することが出来れば、『例の部隊』に所属出来るかもしれない。
これは何としてでも、勝利する必要がある。
「それでは、まず、NO.88、前へ!」
「へい」
これは俺の番号だ。そして、俺のペアは……。
「次、NO.100、前へ!」
「は、はい!」
凛とした声が辺りに響く。
俺のペアはシュウだ。
シュウは俺の元へと駆け寄ってくる。
「頑張ろうね、サイハ。宜しく!」
「あァ、宜しく頼む」
実は……事前にだが、自分のペアとなる相手は知らされていた。
それがシュウだった。
シュウは俺の親友であり、戦友だ。
改めて、シュウがペアで良かったと思う。
「NO.88とNO.100、この2名をもって、チームAとする!」
俺達のチームは決まった。後は相手のチームだが……。
「どうせ俺だろ?」
上ずった声でしゃしゃり出てきたのは、訓練を受けていた時に、よく俺に話し掛けてきた
田辺は、今回の戦闘技術試験では3位を取っている。気は抜けない。
猿のような顔立ちに角刈りと、まさしく猿と呼んでいいのではないか、そう思える男だ。
「む……そうだが、呼ばれるまでまたんか! NO.95!」
「すいませーん」
教官の指摘に対し、軽く応える田辺。
コイツの性格は、1年を通してよく分かった。他人を下にしか見ていないクソ野郎だ。
「次、NO.45、前へ!」
「はい」
清涼な声を放ち、静かに前へ出てきたのは、よくシュウと戦闘訓練を行っていた清水だった。
清水は、今回の戦闘技術試験で2位という好成績を叩き出している猛者だ。気を抜いたら一瞬で負けてしまう。
顔は少々イカツイが、物静かな性格だ。だが、どこか熱いものを持っている奴だ。
「……って、まてよ」
ここで1つ疑問に思う。
相手チームの戦闘技術の高さに。
「NO.95とNO.45、この2名をもって、チームBとする!」
ちなみに俺はというと……。
「よお、零乃。お前大丈夫なのかぁ? 何せ、戦闘技術の試験では50位だろ? ここにいちゃまずいんじゃねーか? 自分の身の為にも」
満面の笑みで田辺は声を掛けてくる。
思わず舌打ちが出てしまう。
田辺……本当に気に食わない奴だ。
すると、教官は咳払いをし、模擬戦闘について説明し始めた。
「これから模擬戦闘を行うにあたって、ルールを説明する。まずはそこにある、各々好きな武器を取り、戦ってくれ」
教官が指を差した方向には、黒い敷物が引かれてあるテーブルがあった。
その上にはナイフやら剣、様々な武器が置かれてある。
ただ、刃物等の刃の部分は、切れないように細工が施されてある。
「武器の殺傷能力は限りなく無くしてあるが、戦闘不能と見られる相手に、継続して攻撃するようであれば、失格とする。
また、フィールド外に出た者も失格とする。
医療班がいる為BAVの能力は使用して構わんが、威力にだけは気を付けるように。
後はどんな手を使っても構わん。
相手チームを無力化したチームの勝利とする!」
『どんな手を使っても構わない』か。面白い事になりそうだ。
俺は1つの作戦を思い付き、それをシュウの耳元で告げる。シュウは不思議がっていたが、すぐに納得してくれた。
この勝負、必ず勝たせてもらうぞ。
早速、俺とシュウは、自分の装備を選ぶ事にした。
俺は小型のナイフを選んだ。非力でも扱い易く、尚且つ攻撃も早く繰り出せる。
シュウは刀にしたようだ。シュウであれば、刀であろうと、俺のナイフよりも素早く攻撃を繰り出せるだろう。
そして、シュウはテーブルに引かれていた黒い敷物をひっぺがし、自分の体に
「サイハ! これ、中々かっこいいと思わない!?」
シュウは目を輝かせながらはしゃぐ。
白い訓練用の服を、黒い敷物が覆い隠す。
確かに、まるでマントを羽織っているようで、中々かっこいい。
「各々、準備は良いか?」
教官が声を上げる。どうやら、相手チームの準備が終わったようだ。ここからでも見える。
田辺は短刀。清水は刀か。
俺はすかさず手を上げる。1つ忘れていた事があった。
「どうした? 88番」
「ちょっとトイレ」
一瞬で場が沈黙したのが分かる。
だが、仕方がない。生理現象なのだから。
「……分かった。行ってこい」
そう言われると、俺は急いで駆け出した。
ーーー
位置は記憶した。
残り2分。
腕に付いている
これらは非常に便利だ。
特に、この腕輪型のガジェットは普及率も高い。
AIとリンクしているこのガジェットは、道に迷ったりした時等は、親切にもホログラムを展開して、音声解説もしてくれる。
作ってくれた技術者に感謝だ。
戻って来ると、フィールドの準備が整っており、全員が中に集まっていた。
円形のフィールドを、青色の光の壁が囲んでいる。
恐らく、あれから出たら失格ということだろうな。
フィールドは半径50メートル……広すぎず狭すぎずか。
俺もフィールド内に入り、シュウの隣に立つ。
相手チームを見る。
すると、田辺がニヤケ顔でこちらをみている。アイツの狙いは確実に俺だろうな。
「それでは、チームA、チームBをもって、模擬戦闘試験を行う! 各々全力で戦うように!」
教官が合図をしようと手を上げる。
両チームに緊張が走る。
フィールド外の訓練兵達も、皆、
「始め!」
教官が手を下ろす。
その合図と同時に、清水が
狙いはシュウだ。
──突如、清水の回りを蒸気が覆う。
かと思えば、その蒸気を凪ぎ払い、清水は前傾姿勢で突っ込んできた。
清水は身体能力を強化したのか、先ほどよりも動きが倍近く早い。
清水のBAVの能力は、自身の身体能力を強化する事だ。
BAVは、まだ謎が多いとされる力であるが、その力は、大きく分けて3つ。
1つ目は、自身の身体能力を大幅に強化する『身体強化型BAV』。
2つ目は、炎や水、雷や風、重力等を発生させたりするなど、まるで魔法のような能力が扱える『異能型BAV』。
3つ目は、自身の体を生成、変形させたり、重度の傷を負っても治療することが出来る『増殖型BAV』。
いずれもまだ謎が多いが、これらが主なBAVの力と言われている。
清水はシュウの元にたどり着くと、即座に抜刀──鋭い斬撃を浴びせる。
それにはシュウも抜刀で応じ、火花が弾ける中、つばぜり合いが起こる。
シュウが清水の刀を押し返すと、清水はすかさず横に刀を振るう。
──が、シュウはそれを簡単に弾く。
1合、2合、3合……。
激しい打ち合いが始まる。
しかし、最初は攻勢に転じた清水も、シュウが前に踏み出すと後退し、防戦一方になる。
シュウは今回の戦闘技術試験での成績は、郡を抜いての1位だ。
戦闘技術試験とは、BAVを用いての、対人戦闘スキルを見る試験のことだ。
シュウのBAVの能力は、今のところ不明だ。
何でも、BAVを身体に付与した時、訓練兵全員が能力を扱えたのに対し、シュウは能力が発現すらしなかったと言う。
つまり、シュウは能力が扱えない状態で、戦闘技術試験1位という結果を残している。
シュウの対人スキルには、BAVを扱った清水ですら太刀打ち出来ない程だ。
残り1分か。
「お前の相手はこっちだぁ!」
奇声が聞こえたかと思い、そちらを見ると、何やらバスケットボール程の火球が、高速で俺に向かって飛んできた。
「くそ!」
瞬時に横へ飛び回避する。
目標を見失った火球はそのまま直進していき、壁に着弾。
火球は凄まじい勢いで爆発した。
あれに当たっていたら、軽い火傷ではすまなかっただろうな。
「おいおい~。後ちょっとのとこで避けるなよな……」
残念そうに肩を揺らす田辺。
だが、もうその手には新たな火球が生み出されている。
田辺のBAVの能力は異能型。特に炎を生成することに特化している。
俺は田辺に背を向け、走る。
俺が走った瞬間。先ほど立っていた場所に、
とても温かいとは言えない。猛烈な熱波が俺を包み込んだ。
あまりの熱さに顔が歪む。
俺は戦闘が苦手だ。
俺のBAVの能力は重力操作。
自身から5メートル離れた所までの重力を、上下左右へ自在に操る事が出来る。
力の大きさ、また、力を及ぼす場所、面積も操れる。
その気になれば、壁に大穴だって開けられる。
だが、重力を操作するには時間が掛かる。それも、離れれば離れるほど……だ。
俺から1メートル離れた場所の重力を操作するのにも、最速で5秒は掛かる。
つまり、俺のBAVの能力は戦闘に不向き。
先ほど田辺が言っていた通り、俺は今回の戦闘技術試験では50位だった。
50位だ。田辺や清水のような成績上位者とは次元が違う。
まあ、シュウはさらに次元が違うのだが。
「おいおい零乃ぉ。いつまで逃げ回ってんだよ~。
早く俺にやられろよ~。お前をやれねーと、清水の助太刀いけねーだろ?」
すぐ真後ろから、上ずった声が聞こえてくる。
田辺達の作戦は、まず、戦闘能力が高い清水がシュウを押さえる。その間に、田辺が俺を倒し、最後に、シュウを2人で叩くつもりなのだろう。
田辺達の作戦は分かっていた。
何故なら、その作戦が一番シンプルであり、効率的だからだ。
そして、俺達の作戦は──
「だから、時間稼ぎしたって無駄だっての。早く俺にやられろ! お前の作戦は丸見えなんだよ!」
俺が粘る間に、シュウが清水を倒す。そして、最後に田辺を叩く。俺達の作戦を、田辺はそう踏んだようだ。
とうとう、フィールドの端へと追い詰められた。
田辺はニヤケ顔で俺に近付いて来る。
「やっと追い詰めたぜ。零乃ぉ。
てっきりお前の事だから、何かしでかして来るんじゃないかと思ったが……俺の考え過ぎかぁ!」
ジリジリと近付いて来る田辺。
その表情は、まるで勝ち誇ったような得意顔だ。
「……はっ」
「何がおかしい?」
しまった。
笑いが堪えきれなかった。
田辺の顔がひきつる。
確かに、俺達の作戦は時間稼ぎが目的だった。
しかし……。
「1つ教えてやるよ。田辺」
「な、なんだ?」
俺がゆっくりと前に歩き始めると、田辺は遂に、後退りし始める。
わざとらしい笑みで、田辺へと向き直る。
「もっと考えろよ」
「ど、どういう──」
カウント0。
突然爆発音が鳴り響く。
かと思えば、照明が全て消え、トレーニングルーム全体が暗黒に包まれる。
さあ、ラストスパートだ。
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~ 第3話 暗闇の中で ~
── 三人称:チームB ──
『メイン電源故障の為、予備電源に切り替え中。照明復旧まで、後2分』
機械的なアナウンスが流れる。
「どーなってんだよ!? おい清水! 聞こえるか!?」
先程、シュウと清水が激戦を繰り広げていたが、照明が消えてからというもの、一切物音がしなくなり、田辺は不気味がっていた。
(くそっ、何も見えねえ! それにしても、何だって照明が消えやがるんだ。まさか、零乃が!)
田辺は、サイハが照明を司っている発電機に、何か細工でもしたのではないかと推測した。
(確かアイツはトイレに行くとか言ってたな。その間、発電機に細工をする時間くらいあったはずだ。独りでに照明が消える訳がねえからな)
田辺なりに、サイハがとりそうな行動を予測した。
(照明が消える前、大きな爆発音がした。ということは、発電機に何かしらの爆発物を仕掛けたか、あるいはアイツの能力……? いや、アイツの能力は5メートルまでしか扱えないはず。トレーニングルームから発電機の場所までは、あまりにも遠すぎる)
田辺の予測は的を射ていた。
──だが、決定的な結論にたどり着けずにいた。
(だとしても……だ。照明を消してどうする? 何をアイツは企んでるんだ)
今は視界が慣れていないので、暗闇しか見えない田辺であるが、訓練兵の服装は白色。いずれ視界が慣れれば、サイハの姿を視認する事が出来る。
次第に、田辺の口角は上がる。
(照明を消すことで一時的にパニックにさせ、その間に闇討ち……か? 確かに、暗闇でいきなり襲い掛かれば、本人の注意力に左右され、戦闘能力の差は縮まる)
……だが。
「俺が見えないって事は、お前も見えないってことだよなあ? 零乃ぉ! いずれ視界も慣れる。その時がお前の終わりだ! 今の内に降参するんだなあ!」
(所詮はただの悪あがきでしかない。零乃を這いつくばらせた後に、清水と峰山をリンチすれば終わりだ。何せ、火球は後3発撃てる。これは勝ち確定だな)
内心ほくそ笑む田辺。
清水がシュウを押さえている間に、田辺がサイハを倒す。そして、シュウを2人で叩く。
「──降参するのはお前だ、田辺」
聞き慣れた、田辺にとっては聞きたくない声が聞こえたと同時。田辺は即座に火球を生み出そうとする。
「ぬおおっ!」
しかし、それも間に合わず、とてつもない勢いで横へ吹き飛ばされる。
サイハの重力操作によって飛ばされたのである。
暗闇の中のせいか、気付くのが遅れたのだ。
どんどん迫りよってくるフィールドの壁。
(ヤバイ、ヤバイヤバイ! フィールド外に飛ばされる! こんなところで……あんなヤツに)
「負けられるかぁ!」
田辺は瞬時の判断で、自身の前に火球を生成、爆発させる。
すると先程の勢いは失速し、地面に何度も転がったが、何とかフィールド内に踏みとどまった。
ノロリと、田辺は起き上がる。
先程余裕を見せていた田辺であるが、今はボロボロで、余裕も無くなり、殺意に満ちた表情を浮かべている。
「カスの分際で……俺にたてつくんじゃねぇよ!」
田辺は、自身の両腕に火球を生成する。
すると、周りは明るくなり、田辺がもっとも倒したい相手──サイハの姿がハッキリと視認出来た。
「ははっ! 最初からこうすれば良かったんだ!」
サイハは、田辺に再び背を向け、走る。
「馬鹿が! 何度も逃がすかよぉ!」
田辺も、サイハを逃がすまいと、走り出す。
田辺はプライドが高い。
サイハが訓練兵になる前では、戦術頭脳では1位だった。
戦闘技術も高く、清水に次いで2位。
訓練態度や人柄を除けば、田辺ほど優秀な人材はいないだろう。と、教官達は言っていた。
だが、サイハやシュウが訓練兵になり、その成績もアッサリと抜かれ、プライドはズタズタ。
いつからか、2人を妬むようになっていった。
特に、1位であった戦術頭脳の成績を抜いたサイハに、その妬む気持ちは向いていた。
「オラアッ!」
「ぐっ!」
サイハに接近した田辺は、サイハの真後ろに火球を着弾させる。
サイハは爆風で吹き飛ばされた。
倒れこんだサイハに、田辺はすぐさま近付くと、足を振りかぶり、全力でサイハの腹部を蹴りあげた。
何度も、何度も……。
「ぐっふ……!」
田辺が数回蹴りあげると、サイハは吐血した。呼吸も乱れ、苦しそうに息を吸う。
「へへっ、思い知ったか! お前が最初から大人しく殺られてりゃ、こんな事にならなくて良かったんだ! 全部お前がっ! お前があァ!」
「がはっ!」
田辺は渾身の力で、サイハの腹部を蹴りあげ、頭を踏みつける。
「終わりだァ! 零乃ォ!」
田辺は持っていた短刀を取り出し、サイハの首元に当てる。
田辺の表情は、今までにないほど、狂喜に満ちた表情だ。
「ハ……ハァ……終わるのは……ハァ……お前……だ! 田辺!」
「黙れ!」
田辺が短刀を振りかぶると同時。どこかで金属音と、鈍い音が響く。
「チームB。残り1人!」
「何だと!?」
教官の言葉に、田辺は
(清水が殺られたってことか!? どーなってやがる!)
「ハァ……まだ気付か……ないのか? 俺が……お前に初めて攻撃を仕掛けた時……多少なりとも、視界が慣れてきた……事に」
「……どういうことだ?」
田辺の額に、生暖かいものが流れる。
「暗闇の中……ハァ……唯一見えるもの。それは……俺達の服装の……色だ」
「……まさか!?」
「もう……オセェよ」
田辺は、何かに気付いたかのように、素っ頓狂な声をあげた。
訓練兵の服装。
それは、白を基調とした色だ。
暗闇の中、唯一見えやすい物と言えるだろう。
だが、それが黒色の場合。言わずとも知れた事だ。
(武器を選ぶ時、峰山の奴がふざけた事をしてると思えば……)
「全部っ! この時の為の
『照明、復旧します』
機械的なアナウンスが再び流れる。
──パッと、周りが明るくなる。
田辺は目を凝らし、
すると、何やら黒い物体が、高速で田辺に接近してきた。
「んなっ!?」
田辺はすぐさま、手に残っていた火球を目の前で爆発させ、黒い物体……シュウから距離を取る。
だが、シュウは田辺が取った距離をもろともせず、一気に詰めてくる。
「クソが! クソクソクソ! 俺はこんなところでっ! 終わっちゃいけないんだあぁァ!!」
田辺は、再度両手に火球を生み出し、シュウに射出する。
2つの火球は、シュウの目の前に着弾。
凄まじい爆音と業火、そして、黒煙が立ち込めた。
「なにぃ!?」
しかし、シュウはすり足を応用した足さばきとステップで、火球を回避。
黒煙を切り開いて来た。
「うわああああァ!!」
そして、シュウは遂に接近し、絶叫する田辺の首元に刀を振る。
田辺は瞬間的に目を閉じる。
だが、いつまでたっても衝撃が来ないのを怪しんで、ゆっくりと目を開ける。
田辺が目を開けると、シュウの刀は、田辺の首元でピタリと止まっていた。
「田辺君。君の負けだ」
「俺が……ま……け……?」
シュウの言葉に、田辺は呆然と立ち尽くす。
(俺が、この俺が……こんな奴等に)
「嘘だ。嘘だあああァ!!」
田辺の周りを、炎が覆い尽くす。
「くっ!」
信じられない程の熱さに、思わずシュウは後方へステップする。
そして、田辺は再度、両手に火球を生成──
「ガッハ……ッ!」
突如、田辺は吐血し、倒れこんだ。
「医療班!!」
教官が叫ぶと、背中に軍刀が
彼等は皆、増殖型BAVを所持しており、傷の治療等を施す事が出来る。
2人が田辺の元へ向かい、1人がサイハの元に向かった。
「ちょっといい?」
「あ……あァ」
ショートボブで、紫の髪色をした、何やら生気の無さそうな少女がサイハに語りかける。
生気の無さそうな雰囲気とは裏腹に、少女の瞳は黒曜石のように光り、生気がある。
「今から治療する」
彼女はサイハの首元に手を当てる。
すると、だんだんとサイハが負った火傷、擦り傷等が無くなっていく。
「内蔵に多少のダメージがあるけど、すぐに治る」
「……ありがとう。ところで、田辺は?」
サイハは、倒れこんだ田辺に目を向ける。
「彼は、恐らく臨界値に達した」
「……やっぱりな」
BAVには、
その臨界値を越えて力を使ってしまうと、使用者に身体的なダメージが加わり、最悪な場合、死に至る。
強大な力を使えるが為のリスクとも言える。
田辺は、その臨界値を越えて力を使い、代償を負った。
「でも、大丈夫。あの程度なら死にもしないし、後遺症も残らない」
「そうか」
コイツは見ただけで何でも分かるのだな。と思うサイハである。
「これで終わり。じゃあ」
「ありがとう」
治療が済み、立ち去ろうとする少女。だが、何かを思い出したかのように立ち止まる。
「あなた達の戦闘。とても面白かった。ナンバー100に宜しく伝えといて」
「あァ……分かった」
?マークを浮かべるサイハにそう言い残し、少女は去って行った。
かと思えば、黒色のマントを羽織ったシュウが、駆け足でサイハに寄る。
「サイハ、大丈夫?」
「あァ。何とかな」
最初はサイハに心配そうな顔をしていたシュウであったが、次第に顔が緩んできた。
「作戦。上手くいったね!」
その言葉に、サイハも顔が緩む。
「そうだな。あっ、シュウ」
「なに?」
「俺を治したやつが、お前に宜しく伝えてくれって」
「え?」
?マークを浮かべるシュウ。宜しくと伝えられる事に、全然見当もつかないのである。
「その人って、名前は?」
「しまった。聞いてない。俺たちと同じ位の少女だったがな」
「なにそれ。サイハっておっちょこちょいだなあ」
「お前にだけは言われたくない」
お互いしばらく無言が続き、堪えきれず、笑い出す。
しばらく笑った後、お互い頷く。
「ここからだね」
「あァ」
シュウがサイハに手を差し伸べ、サイハは手を取る。
立ち上がると、教官がトレーニングルームの中央に位置する高台に上った。
「チームB全員が戦闘不能になった為、チームAの勝利とする! これより、結果発表を行う!」
卒業試験の結果で、サイハとシュウの今後がきまる。
だが、サイハとシュウには関係ない。1つの目標しか見えていないからだ。
『希望の部隊』に入隊し、多くの人々を救う。という事だけを。
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~ 間話 変わりゆく世界 ~
── ?? ──
「やはり、予言は間違いないと?」
「間違いないらしい。まさか、僕の子供がね……」
同じ頃、西日本CDA支部の中枢。タワーの最上階の一室で、重圧なテーブル越しに会話する2人の男がいた。
窓は特殊な光学技術で遮られ、必要最低限の光しかない。
テーブルの中央には、黒い球体のような物があり、そこからは、ホログラムが展開されている。
先程の模擬戦闘を眺めていたのだ。
「息子さんなら大丈夫です」
落ち着いた声音を発したのは、西日本CDA支部の天才とうたわれた、
茶褐色の髪を額の部分で半分に分け、キチンと整えられた髪。
堀が深い、ハーフのような顔立ちから、女性受けは必須であろう。
「貴方の息子だからと言って、ひいきしている訳ではありません。東堂教官によれば、BAVを扱えないのにも関わらず、戦闘技術1位という結果を残しています。いずれ力が使えるようになれば、予言通り──」
「それが恐いんだ」
ホログラムを停止させ、コメカミを手で押さえる壮年男性。
彼は疲労からか、目元には
そんな彼を見た十朱は、何も言葉が出てこない。
「十朱大尉……いや、今は少佐か」
「はい」
壮年男性は、肩に掛かる程の茶髪をくくらず、少しヨレヨレになってしまった軍服を、着替えようともしない。
しかし、十朱はそんな彼を見て、だらしないとは思わない。
圧倒的な信頼を寄せているからだ。
「彼等を……息子と零乃君をどう思った?」
壮年男性は鋭い眼光を十朱に向ける。
その言葉に、十朱は何か決心をしていたのか、すぐに口を開いた。
「彼等は大きく成長出来ると思います。是非、私の部隊に入隊させ、成長を見守らせて下さい」
「な……」
その答えには、戸惑いを見せる壮年男性。
何故なら、十朱の率いる部隊こそ、
つい先程まで訓練兵であった2人には、荷が重すぎると思ったのだ。
「なるほど……でも、それは……過大評価しすぎなんじゃないかな?」
「そんなことはありません。息子さんは圧倒的な戦闘センスをお持ちです。BAVを所持している相手にもひけをとりませんでした。戦闘技術面だけを見れば、救済階級はSクラスでしょう。しかし……」
十朱は何かを言いたげな、苦い顔をする。
「馬鹿だからね」
真顔で即答する壮年男性。
「……すみません」
「いや、いいんだ。アイツが悪い」
「それにしても……」と壮年男性は言葉を続ける。
「十朱少佐。君は見たかい? 零乃君の力を」
「ええ。零乃は力を隠していましたね」
「見て記憶した物……恐らく、動かない物を、自身から100メートルまでの距離であれば、重力を操れる力……」
壮年男性と十朱は、見た事を全て分析していた。
「零乃は、戦闘技術こそ足りないものの、戦術技能では圧倒的大差の1位をとっています。特に、先程の戦術は驚かされました。零乃はトイレに行くと言って、発電機の場所を記憶し、破壊。この事は、監視カメラの映像によって明らかになっています」
十朱は、腕に付いているガジェットのホログラムを展開して、壮年男性に監視カメラの映像を見せる。
映像には、サイハが発電機を見て、足早に立ち去っていく姿が映っていた。
その後、模擬戦闘開始から2分。突然発電機が、何かに押し潰されるように破壊されたのだ。
「フィールドの端から端までの到着時間等を計算して、トレーニングルームの壁を挟んだ発電機に、一番近い距離で力を使い、破壊したんだろう」
壮年男性は見取り図を広げ、サイハがいた場所と、トレーニングルームの壁の反対側にある発電機を、指で押さえる。
「その為、暗闇戦闘になる事は分かっていた。だから、あらかじめ武器が置かれてある黒い敷物で、息子さんにカモフラージュを施したと思われます」
──突然、ドアがノックされる。
壮年男性が入室の許可を出すと、スーツ姿の、2人の少女が入ってきた。
壮年男性が聞くよりも前に、十朱が話し出す。
「彼女達には、彼等のサポートを……つまり、彼等のオペレーターとして
十朱が話し終えると同時、1人の少女がパタパタと急いで前に出てきた。
少女の背負っているリュックが、少女が動くたび、ガサガサと音をたてる。
彼女は金髪碧眼と、まるで太陽のように美しく、明るい雰囲気の少女だ。
「あ……あの! 私、
勢いよく
「「あ」」
壮年男性と十朱の声が重なる。
「あ……あわわ! 大変です!」
四つん這いになってリュックの中身を拾おうとする少女に、更に追い討ちがかかる。
「きゃあ! 返して下さいっ!」
華やいだ声が辺り一面に響く。
皇が落とした物に、円盤の形をした掃除型AIが群がった。
掃除型AIは、皇が落とした物を『ゴミ』と判断して、容赦なく吸引しようとする。
「イタズラはそこまでだ。ララ」
みかねた壮年男性がそう言うと、テーブルのホログラムが勝手に起動した。
ホログラムは、何やら人の形を映し出す。
映し出されたのは、ツインテールの、メイド服を着用した少女だった。
切れ長のまつげと、腰まで届いている髪が、清楚な雰囲気を醸し出している。
『ちぇー。ハジメっちってばおもんないのー』
ララと呼ばれた少女は、頬を膨らませる。
「いいから、早く掃除型AIを退けなさい。皇君が困っているだろう?」
『……分かったよーだ』
壮年男性の言葉に、ララは渋々、掃除型AIに命令を下した。
掃除型AIは元の位置に戻る。
「す……すごい。操れるんですか?」
皇はその場に座り込んだまま、呆気にとられている。
「
「
優雅な足取りで前に出てきたのは、長い黒髪の少女。
銀色の眼鏡をしており、その奥には、澄んだ紫色の瞳。
彼女のスレンダーな体を
彼女は皇とララに
「これは名刺かい? 今時珍しいね」
壮年男性は不思議がりながら、名刺を確認する。
名刺には、『五十嵐 涼華』と綺麗に象(かたど)られている。
「
「
壮年男性が「あっ」と、何かを言い出そうとするも、
「それと、私の階級は曹長ではなく、特務曹長です。
「わ……分かった。本当に申し訳ない。そうだった。君の名前は、
「厳密に言うと、名前は五十嵐特務曹長ではなく、
「……むぅ」
司令と呼ばれた壮年男性は、遂にぐうの音も出なくなった。
「おおっほんっ!」
十朱がわざとらしく咳払いをして、場の空気を整える。
「とにかく、彼女達には、彼等のオペレーターとして就いてもらいます。宜しいでしょうか?」
「うーん……」
壮年男性は腕組みをして、考える。
「例の組織からのカモフラージュにもなる……か」
ポツリと、壮年男性が呟く。
「分かった。十朱少佐。君を信じる」
「ありがとうございます」
壮年男性は立ち上がり、十朱の元に向かう。
壮年男性は、周りには聞こえない程小さな声で──
「君の判断が正しいかは分からない。だけど、僕は君を信じている。これからの判断は君に委ねる。頼んだよ」
「分かりました……。
サイハとシュウ。
2人にとっての世界が……変わろうとしていた。
BAV、階級紹介。
零乃才羽(ぜろのさいは)
階級……??
BAV……異能型
異能型……重力操作
峰山秀(みねやましゅう)
階級……??
BAV……??
田辺(たなべ)
階級……??
BAV……異能型
異能型……火
清水(しみず)
階級……??
BAV……身体強化型
身体強化型……身体能力強化
東堂(とうどう)
階級……教官
BAV……??
峰山創(みねやまはじめ)
階級……司令
BAV……??
十朱薫(とあけかおる)
階級……少佐
BAV……??
皇栞菜(すめらぎかんな)
階級……特務曹長
五十嵐涼華(いがらしりょうか)
階級……特務曹長
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~ 第4話 それぞれの道 ~
── サイハ視点 ──
「これより、卒業試験の結果を発表する!
配属される部隊階級が低い順に名前を呼ぶので、心して聞け!」
模擬戦闘試験は終了して、教官からの結果発表が行われる。
ここで、俺達が配属されるであろう部隊が決定する。
死力は尽くした。
だから後悔はない。
「まず、NO.28大塚、救済階級F-! お前は訓練のやり直しだ! さっさとここから立ち去れ!」
容赦の無い言葉が大塚に告げられた。大塚は悲しみに顔を歪め、立ち去る。
教官から次々と名前が呼ばれていく。
その結果。再訓練は『16名』となった。
「次に、西日本CDA内部の、治安統制の役目を持つ部隊。治安隊の入隊者を発表する!」
この治安隊は、世界が西暦の頃で言うと、警察みたいなものだ。
CDAには、数多くの避難者が生活している。
避難者には、最低限度の生活保護が与えられるが、中にはその状況に耐えられない人々がいる。暴動を起こしたり、犯罪行為をする人々もいるだろう。
治安隊は、そういった事に対する抑止力になる。
「NO.21米津、救済階級D-!」
結果。治安隊の入隊者は『64名』となった。
「次に、壁の警護に携わる、駐屯隊の入隊者を発表する!」
CDA支部には、巨大な壁が、その周りを取り囲むようにそびえたっている。
駐屯隊は、その壁を警護する役割を持っている。
「NO.90神田、救済階級C!」
駐屯隊の入隊者数は、『38名』となった。
「次に、今は日本の希望ともされている、救助隊の入隊者を発表する!」
教官の声明と同時、訓練兵から歓声が上がる。
壁の外では、現在でも、1年前の惨劇により、逃げ遅れた人々が多くいる。
救助隊は、そういった人々に降りかかる脅威を振り払い、救助するのが目的だ。
この救助隊こそ、俺とシュウがずっと入りたいと思っていた場所だ。
その為に今まで努力してきたんだ。
「お前は呼ばれねぇよ」
横から上ずった声が聞こえる。
そちらを向くと、清水の肩を借りている田辺がいた。
田辺は、先程ようやく治療が終わり、意識を取り戻したばかりだ。
だと言うのに、田辺はもう起き上がっている。
医療班の腕が良いのか、はたまた田辺の生命力が強いのか。
まあ、そこはどうでもいい。
「呼ばれねェってどういう事だ」
「……ふん」
田辺は一瞥くれると、清水と共に、そのまま教官がいる高台へ歩き出した。
「何だアイツ」
「NO.95田辺、NO.45清水、同じく救済階級B! 上がってこい!」
田辺と清水は、おぼつかない足取りながらも、教官がいる高台へ上る。
教官から何かを渡された2人は、高台から下りていく。
「サイハ! 呼ばれた?」
トイレに行っていたシュウが、ちょうど帰ってきた。
「シュウ。いや、まだだ」
「……そう」
顔を落としたシュウは、そのままそこら辺で右往左往しはじめた。
シュウは先程から落ち着いていない。
目元を泳がせ、ソワソワしている。
見ているこっちもソワソワしてくる。
「シュウ。いい加減落ち着けよ。そうやって何回トイレを往復するつもりだ。もう5回目だぞ」
シュウの動きがピタリと止まる。
「俺達は死力を尽くしたんだ。今後がどうなったって、後悔なんてないだろ?」
そう言って、シュウの目を見つめる。
シュウは何かが吹っ切れたのか、俺の言葉に頷く。
「そうだね。後悔なんてない!」
シュウの目付きが変わった。
そうだ。
それでいい。
「俺達が進むべき道はただひとつ」
「「救助隊!」」
シュウと声が重なる。
「だから、入れねぇって言ってんだろ?」
またもや、上ずった声が聞こえる。
田辺だ。
「田辺くん……もう、体調はいいんだね」
「心配される覚えはねーよ」
シュウの問い掛けに、無愛想な返事をする田辺。
「清水君も」
「……うん」
清水は普段無口なのだが、シュウとだけは、よく話す姿を見てきた。
同じ訓練相手として、色々と話すことがあったのだろう。
「やっぱり、峰山君には勝てなかった。今まで君とずっと訓練をしてきたけど、1度も勝つことが出来なかった」
「清水君……」
清水はうつむきながら話す。
清水にもプライドがあったろう。
仲の良かった人物から、自分の得意分野の成績が抜かれるというものは、嬉しい反面、悔しかったはずだ。
「峰山君には才能がある。でも、俺が負けたのはその才能の
清水の言う通りだ。
シュウは力が使えない分、この1年、誰よりも努力した。
勿論才能もあると思うが、コイツは努力という
それは、俺が一番見てきた──
「零乃ッ!」
「うわ!?」
突然田辺からヘッドロックをかまされた。
力が強い分振りほどけないし、痛い。
「お前、あの時照明に何をしやがった? 吐け!」
「バカ! いてェって! 離せ!」
何とか田辺のヘッドロックを回避することが出来た。
──そして、俺達の作戦と、俺が隠していた力を田辺達に伝えた。
「はあ!? そんなの予想つくはずねぇだろ! 峰山の黒い敷物だってそうだが、お前のその力なんか誰も予想出来ねぇって!」
俺の力……俺は自身から5メートルまでなら、狙った対象の重力を自在に操る事が出来る。
──しかし、俺が視界に捉えて『記憶した物』、『動かない物』という
シュウには、俺が照明を消す事と、黒い敷物でカモフラージュをしておくようにと伝えた。
この力はかなり限定的で、使いどころがあまりないのだが、今回の試験でその力を発揮してくれた。
「だよね! 本当驚いたよ!」
「何喜んでだよ峰山。ぶっ殺すぞ!」
キラキラと目を光らせるシュウに対して、火球を生み出そうとする田辺。
「予想出来ないのは当たり前だろうな。だって、隠してたからな。力」
「はあ!?」
田辺は青筋を浮かべる。
田辺が怒る理由は分かる。
だが、勝つ為だったのだ。仕方がない。
俺達訓練兵は、全員、誰がどの力を持っているか、知ることが出来る。
何故なら、俺達訓練兵は、同じ釜の飯を食べ、同じ空間で過ごしてきた。
日々の訓練等も全員で一緒にやってきた。
シュウ以外の、他の奴等の訓練の様子を見る機会も多かったので、全員の力を把握出来た。
その為、あらかじめ田辺達のBAVの能力を知ることが出来たし、向こうからも知られてたって事だ。
だが、裏を返せば、訓練時に力を知られなければ、訓練兵に情報が流れないということになる。
つまり、俺は力を隠して、この時の為に取っておいたってわけだ。
だから、俺の力で不意を突くことが出来た。
全ては
その事に、田辺は腹を立てているのだろう。
田辺は、俺が力を隠していた事に怒っているのか、体を震わせている。
しかし、俺が言いたい事も分かるのか、目をそらして舌打ちをする。
田辺は落ち着いたのか、俺へと向き直る。
「まあ、その……お前の力を見抜けなかった事もそうだが、戦術をろくに考えなかった俺が悪い。……負けたよ」
田辺はそう言うと、俺に手を差し出した。
「田辺……」
「田辺君……」
シュウは俺の前にやって来ると、田辺の手を握る──
「いや、お前が先かよ」
「田辺君! あの火球……とてもっ! とても格好良かった! 俺なんか、まだ力使えないからさ、今度出し方教えてよ! もしかしたら、俺にも使えるかもしれない!」
シュウは俺のツッコミを華麗にスルーした。
「お……おぅ」
そんなシュウを見て、田辺は完全に引いている。
「……ぷはっ!」
清水は笑いを堪えきれなかったのか、高笑いをしだした。
「NO.21滝沢、救済階級B-! 救助隊に入隊する者は、計4名。よく頑張った!」
「なるほど、入れねェってそういうことか」
「どゆこと?」
シュウは?マークを浮かべる。
救助隊は、外に出て、人々を助けるのが目的だ。
だが、彼らを纏める者が必要になる。
そして、その救助隊を纏める、救助隊の中から
「気付くのがおせぇんだよ。
田辺と清水は、俺とシュウに敬礼をする。
──その瞬間、教官から新たな声明が放たれる。
「これより、
その声明に、周囲の訓練兵達がざわつき始める。
どうやら、とんでもないことになってきたようだ。
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~ 第5話 希望の部隊とは ~
── サイハ視点 ──
「このCDA直轄救助部隊は、CDAアメリカ本部から選任された猛者が集まる、日本の要(かなめ)の部隊だ!
今回、異例で数名入隊する事になる。この部隊に配属されるのは──」
田辺と清水は、胸の辺りをゴソゴソしだす。
何かを胸に付けたのか、胸の辺りを確認すると、黒色の、盾の形をしたバッチが付いていた。
バッチの中には、十字の形を模した軍刀が描かれている。
「早く行けよ」
「おめでとう。2人共」
田辺と清水は俺達に敬礼する。
それには、俺達も敬礼をする。
「──NO.88零乃才羽、救済階級A!!
88番、上がってこい!」
「へいへーい」
周りの兵士達は混乱気味に2つに割れ、道を作る。
道を作られた後は静かなもので、声明でのざわつきから一変。
靴底と、床の擦れる摩擦音だけが、会場に響き渡っていた。
ゆったりとした足取りで階段を上がり、体一つ抜けた高台から、周囲の人間を見る。
皆、希望に満ちた視線を俺に向けて来る。
そして、教官はマイクを手に取る。
俺は教官がマイクを使う所を初めて見た。恐い。
周囲の訓練兵達も、きっと同じ気持ちだ。全員が教官の動向を探っている。
何せ拡声器を
普段はマイク等使わずとも、地声で会場全体に響き渡る声量で話し始めるのだが……。
今回は何故か、マイクを
もう一度言う。恐い。
教官はゼエゼエと荒い呼吸をしながら、マイクを力強く握りしめる。
教官がマイクを口元に近付けた時、俺含め、周囲の訓練兵達の肩が跳ね上がる。
「NO.88は体力面ではやや劣るが、類稀ないセンスで見事にカバーしている。
そしてなにより、卓越した頭脳を持ち合わせており、IQは180を有に超えている。
よって、直轄救助部隊の作戦指揮、兼戦闘要員として、戦績を幅広く上げてくれると判断し、この部隊に入隊させた」
意外と声は落ち着いており、ハウリングも起こってない。
不気味だ。
ここまで何もないと本当に不気味だ。
「そして、もう一つの理由は、ある人物からの
会場がざわつき始める。
誰が? 何も聞かされてねェぞ。
「CDA直轄救助部隊の隊長であり、少佐でもある、
またまた会場がざわついた。
CDA直轄救助部隊を統べる作戦隊長。
そして、西日本CDAでは、若くして階級はSSの超大物ときた。
その彼からの推薦だ。どうもキナ臭い。
性格上、何か面白い事でも考えついたのか。
まあ、その事に関しては後でいくらでも追求できる。
すると、教官が再び口を開く。
「そして、もう一人。直轄救助部隊に加わる人間がいる」
教官は深呼吸をして、手に持っているマイクを後ろへと放り投げた。
マイク持った意味あんのかよ。
「もう一人? 誰だ?」
会場からそんな声が聞こえるが、もう既に知っている。
いや、知っていた。
俺が入れて、何で奴には入れない。
「NO.100峰山秀、救済階級A! お前も上がってこいっ!」
「は、はいっ!」
シュウの
先程シュウを呼んだ勢いで、教官のテンションがMAXを超えたのか、高台にある表彰台を素手で叩き割った。
化け物かよコイツ。
シュウも此方に向かって歩き始める。
訓練兵達は、ようやく状況が理解出来たのか、皆、シュウに対して敬礼しだした。
シュウは高台に上がる。
「NO.100は、生まれ持った戦いの才能がある。体力面も他より優れ、武道武術においても他を寄せ付けない程の腕前だ。
ただ、馬鹿な事だけは認めざるをえない。だが、この馬鹿さ加減が、秘めたる強さの秘訣かもしれんなぁ?」
教官は、ニマニマと笑いながら、シュウに熱い視線を向けている。
「き、恐縮です! 教官殿!」
「だろう? 恐縮だろう!? ワッハハ!」
「ハイ! 縮み上がります! アッハハ!」
横目で眺めながら若干引く。いや、かなり引いている。
ここ1年で、教官の
そして何より、コイツらは波長が合っている。
喉奥から石でも吐き出そうか……という勢いで、ゴホンと教官が咳払いをし、話し出す。
「彼ら2人には、ここに上がってもらう予定などなかった。
ましてや直轄救助部隊など……まだ遠い存在だと、私自身も、他の教官達もそう思っていた。
だが、彼らには本当に驚いた。まさか、この年で直轄救助部隊に入れるとは思ってもみなかったのだ!
この2人は、我ら教官達の
立派に戦ってくれよ、お前達!」
教官の涙混じりの熱い言葉に胸が詰まった……。
なんてことは100%ありはしない。どこぞの熱血漫画でもない限りは。
だが、俺の隣で鼻水垂らしながら、ワンワン号泣している馬鹿の姿がそこにはあった。
というか、
「ハ、ハイッ! 全力で務めさせて、いだだく所存で、ございまするぅ!
教官殿も、今まで以上の活躍を期待しで、おりまずっ!」
文法能力皆無のシュウが、泣きながら、途切れ途切れの言葉を並べているせいか、何を言っているのか理解できない。
おまけに敬礼なんかしている。
シュウの解読不能な感謝の気持ちが届いたのか、教官の頬に、一滴の雫が伝った。
「よく言っだっ! 100ばぁあん!」
「ハイ、ぎょうかああん!」
「んんばっひゃくばぅあん!」
「ぎょぉおがぁあん!」
シュウと教官は、お互い強く抱き合い、号泣しながら名前を叫びあっている。
俺はその様子を、マジ嘘1000%の笑顔で見守る。
もう、帰っていいかな……。
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~ 第6話 直轄救助部隊 ~
── サイハ視点 ──
教官からの発表は無事に終了。
それぞれの部隊に配属される事が決定した新兵たちは、これからお世話になる部隊へ向かい、挨拶を兼ねたブリーフィングを行うらしい。
大号泣をかました誰かさんのお陰で、トレーニングルームを最後に出た俺達は、まだ知らされていない、直轄救助部隊のいる駐屯所をブラリと探し始める。
「おいおい、まだ泣いてんのか? いい加減引くぞ?」
「うるっさいなぁっ、いいだろどうだってぇ」
「……はァ」
鼻水をすすりながら、とぼとぼと歩いているシュウの後ろを、更にとぼとぼとついていく。
「教官。いい人だったね、サイハ」
「あ、あァ。そうだな」
あんなの、只のうるさい頑固オヤジみたいなもんじゃねェか。
だが、実質いい人なのには変わりない。
1年間、戦いの基礎から応用までを、事細かく教えてくれていたのだ。
自分たちの成長を願い、悩み、考え、喜んでくれる。
この1年で、もう1人の父親ができたような感覚だった。
「あの教官の為にも、沢山助けないとな」
シュウは何かを決意したように、後方にあるトレーニングルームへと振り返り、ビシッと敬礼をする。
俺は先程教官から貰った、金色のバッチを確認する。
田辺達のバッチ同様。
盾の形をしたバッチには、十字の形をした軍刀が描かれている。
俺もトレーニングルームへと振り返り、軽く敬礼をする。
「あァ、そうだな」
シュウのその言葉には、率直に賛同する事が出来た。
ーーー
俺とシュウは、支部内を散々歩き続けた。
結果、方向音痴なシュウに道を選ばせたのが運の尽き。
タワーの地下20階~1階までを細かく調べ、見事に迷い、受付カウンターまで来る羽目になっていたのだ。
出だしからとんでもない状況だ。
「あ、あのーすみません」
「はい。なんでしょうか?」
シュウは受付の女性に恐る恐る話し掛ける。
受付嬢はキラキラした瞳、透き通った声、そして満面の笑みでシュウの顔を見つめている。
俺はその様子を、高みの見物をするかのように、後ろから眺めている。
「し、CDA直轄救助部隊の駐屯所に行きたいんですけど」
「はい。CDA直轄救助部隊作戦計画会議室ですね。でしたら、そちらのエレベーターで35階まで上がって頂いて、エレベーターを降りて、すぐ左に曲がってください。真っ直ぐ歩いて頂くと、目の前に
「
流石、こんなに大きい基地の受付嬢だ。
シュウはテレテレと頭を下げている。
そして、再度受付嬢に深く頭を下げたシュウは、こちらに駆け寄ってきた。
「さぁ! 場所もわかったし、
シュウは改心の得意顔を俺に見せつけ、グッドポーズを披露した。
「おまえ、意味わかってんの?」
俺はこの時、人生で一番の真顔をシュウに披露する事が出来たと、自身が持てる。
ーーー
そんなこんなで、直救会議室の扉の前に辿り着いた。
「え?」
唖然とする。
何かが、憧れじゃないが、俺らの中の『直轄救助部隊』というレッテルが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
地味に高い想像力を恨む。
「なんか、思ってたのと違げェな」
「う、うん。なんか……」
全体的にボロい。
「扉は何回もペイントされたような感じがするね」
「おまけに鍵式だ。今時オートじゃねェなんて、終わってるぜ」
階の一番奥に部屋を構えている割には、威厳が釣り合っていない。
所々ペイントが剥がれ落ちた扉を前にして、緊張するかと思ったが、案外そうでもない。むしろ、この扉で少し期待が下がった感じだ。
本当に日本の希望の部隊なのか?
「ま、細けェことは中に入ってからじゃねェの?」
「そうだね。サイハ、挨拶どんなのにする?」
「普通に名前と意思表示くらいでいいだろ」
「しまらないなぁ。これからお世話になるとこだよ? もうちょっと工夫とかないの?」
「ないね。それだけ」
シュウは肩をすくませ、ため息を一つ。
そう、特に力む必要はない。マイペースが一番だ。他人に自分の流れを乱されたら、たまったもんじゃ──
「──じゃあ、いくよ!」
ここにいたわ。俺のペースを乱す奴がここにいたわ。
「お、おい!」
まだ心の準備が出来てねェよ!
シュウが扉に手をかける。だが、その動きは止まる。
扉を手にした瞬間伝わってくるのだろうか。
自分が救助された部隊に
そしてこれからは、自分が
シュウの頬を汗が伝う。
緊張か。
久しく感じなかった感覚が、体中にピリピリと伝わっていくようだ。
シュウも今、同じ感覚なのだろう。
果たして、ここで結果を残すことができるのか。ただ頭が他人より優れているといったって、所詮軍隊は体力勝負。
どこまでついていけるかわからないが、やれるとこまでやり切るんだ。
考えない時は考えない。めんどくさいからな。
よし、覚悟は決まった。
「──シュウ。いくぞ」
「うん!」
シュウは扉を思い切り開ける。
そして、初めて目の当たりにした。扉の先に広がっていた風景を──
「やーっときたぜ。遅せぇぞルーキー」
「いいじゃないか。遅刻ではない。減点だがな」
「おお! 新人、新人でゴザル!」
「うるっさいぞ騒ぐな。驚かせてわるいな」
「てか、2人少佐の推薦だろ!? すげえなオイ!」
「あら、2人とも可愛いわね。うっふ」
「きもいぞオカマ」
4人の先輩が一気に声を上げる。
そして部屋の片隅に、
CDA直轄救助部隊のサブリーダー。救済階級はS。役職は中尉。
何事にも冷静沈着で、公私の区別はきちんとつけている大人な人。
十朱とは訓練兵時代からの知り合いで、とても馴染み深い存在らしい。
いやいや、そんな一気に喋られても、わかるものもわからねェよ。天羽さんはともかく、そもそもこんなユルっとしてていいものなのか?
すると、隣のシュウが1歩踏み出す。
「あ、あの! 本日付けで入隊する事になりました!
峰山秀と申します!
よ、よろしくお願いします先輩!」
「「お……」」
おおおぉぉ!!
湧き上がる先輩達からの歓声。
「せ、先輩! いい響きすぐるぅ!!」
「だが、先輩と言うのはどことなく不確かな気が」
「細かいことは気にしないでいいの!」
「いいねぇ! 生きがいいじゃんか!!」
先輩方は一気にシュウへ押し寄せる。
やばい。出遅れた。
出遅れたよどうしよう。
とりあえず、早く挨拶しなければ。
「あ、あの──」
「ヘイヘイ諸君おはよーう」
まるで二日酔いした壮年男性のような声を発し、俺の後ろから、頭を
俺の言葉を遮り、扉から入ってきたのは、十朱 薫少佐だった。
「て、てめェ!」
頭に乗っている十朱の手を、勢いよく振り払う。
「よっ。相変わらず目つき悪いなぁ、お前」
顔の堀が深く、ハーフのような顔立ち、まるで都会のホストのようだ。
十朱は、1年前、俺達が窮地に陥っている所を、救ってくれた恩人だ。
救助部隊に入りたいと思ったのも、全ては十朱が、俺達を救ってくれたからなのかもしれない。
だが、俺は十朱が嫌いだ──
「「──御早う御座います少佐!!」」
一瞬であった。
シュウの周りに群がっていた先輩達は、一斉に十朱に向かい敬礼をする。約5秒程の敬礼だったが、洗練された動きに、ただただ固唾を呑む事しかできなかった。
そして何より、体を突き抜ける先輩方の挨拶で、『CDA』という、組織の統率力がしっかりと取れている事が見えた。
一気に場の空気が引き締まったのがわかる。十朱はよしと頷いた。
「入隊隊員は峰山1人だけじゃない。ほら! 挨拶挨拶」
十朱は、俺に挨拶をしろと言わんばかりに、ハニカミながら背中を軽く叩いてくる。俺の心理を悟ったのかは知らないが、気に食わない奴だ。
「零乃才羽です。よろしくお願いします」
「おう。よろしく!」
「よろしくねー」
「よろしくお願いします」
先輩達から声が返ってきて、少しホッとする。
若干シュウの影に収まるかと思ったが、今の所は大丈夫そうだ。
「よーし。揃ってるからミーティング始めるぞ。まあ、2人外に出てるがな。……あぁ、2人には悪いが、立ったままで聞け」
言われるがままに、俺達は部屋の端っこの方に並んで立つ。
「最初に言っとくが、今日の出動は無しだ。このところENDSの動きが大人しいってのもあるが、今日は違う。それはな、俺達CDA直轄救助部隊に、新たなメンバーが加わったからだ!
救助部隊も増やせる。大助かりって訳だ。こいつらの階級は訓練兵から異例のA。俺はこいつらを第9分隊、第10分隊の隊長に任命しようと思ってる。
まぁ、この実力ならすぐに実戦に出ても問題はないが、今日はこいつらに、各隊長の仕事を確認してもらおうと思う。
他には、サポーターの紹介や部隊編成。部屋の割り振り。実戦の前にやってもらいたい事は山ほどあるんだ。
まぁ、一気にやんなくてもいいから少しずつやってけ。わかったな?」
俺とシュウは同時に固く頷いた。
「よし、いい面構えになって帰ってきたな。歓迎するぞ。よっしゃおまえらぁ!」
「「イエッサー!!」」
先輩達はどこから出したのか、手に爆竹とライター。クラッカーなんて、どこの指の関節を使って20個も片手に持っているんだろう。
なんとなーく先は読めたが、出来ればやめて欲しかった。もう、手遅れなのだが。
「「ようこそ我が部隊へー!」」
数分に渡る歓迎の儀式『爆竹祭り』は、爆音と十朱の高笑いが、俺達の鼓膜をさらに震え上がらせただけで幕を閉じたのだった。
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~ 第7話 似合わない名字 ~
── サイハ視点 ──
「ひでェ目にあった」
「……全くだよ」
耳鳴りがまだ続いている。治まる気配は欠片もない。
歓迎の儀式かは知らないが、耳元で爆竹をぶっぱなされ、すぐさま十朱に外へ連れ出されたと思ったら、その当人は綺麗さっぱり雲隠れ。
挙句の果てには、治安隊屯所前のベンチで待つ事になるとは。
訓練兵卒業試験の発表は終わったばかりだというのに、何時間も経過したような気分だ。
十朱はまだ来ない。
遂に待ちくたびれたので、ベンチにふんぞり返るようにだらける。
「クソ、いつまで待たせんだ? 十朱の野郎……」
俺はアイツの事が気に食わない。
適当な事を抜かしてると思えば、たまに上からものを言いやがる。
威張りきった人間が、下の人間を見下ろす感じではなく、相手を
いつから俺達の教育を任されたのかは知らないが、アイツはいつか必ず見返してやる。
1年前の、何も出来なかった俺とは違うって事を、絶対に証明するんだ。
「誰が、十朱の野郎だ?」
「ひゃあ!?」
誰が聞いても情けないと答えるであろう。か弱い乙女のような悲鳴を上げ、ベンチを離れたと思う。
耳元に、優しく息を吹きかけるように
か弱い乙女のような悲鳴が出ても仕方がないじゃないか。
俺が座っていたすぐ真後ろに、噂の十朱はいた。
一体いつからいたのか、全く気付かなかった。
シュウは気付いていたのか、既に立ち上がり、見事な敬礼をしていた。
……てか、気付いてたら先言えよな。
「……おまっ! ふざけんなよ!?」
俺は十朱に、先程から止まっていた呼吸を全て吐き出すかのように責め立てた。
「おいおい、何だその態度は。俺、一応上官だぞ?
十朱はおどけた態度で、やれやれ……といったような身ぶりそぶりをしている。
「上官が気配消して、いきなり背後から現れるかよ!」
「上官は気配消して、いきなり背後から現れてもいいのだよ!
「はァ!?」
得意顔をする十朱と言い合いをしていたら、ベンチに座っていたシュウは俺の隣に来るなり、モジモジし始めた。
トイレならすぐそこなんだけどな。
「あ、あの……それでどうなったんですか?」
シュウはおずおず、といった様子で十朱にたずねる。
どうやら、話すタイミングを見計らっていたようだ。
「ん? あぁ、問題無しだ。とりあえず、スピアに戻るぞ」
「すぴあって、タワー……じゃなくて、
「ああ、俺らはスピアって呼んでるんだ。
そこにお前たちが使ってたトレーニングルーム、俺達の直救会議室やら色々あるんだが、とりあえず、お前ら専用の執務室も準備してあるから、帰るぞ」
「は、はい!」
俺らは歓迎の儀式の後、十朱に連れ出され、色々な施設を見て回った。
スピア内で暮らすことになる部屋。専用の屯所。
それからスピアを出て、治安隊の屯所へ赴き、そこのお偉いさんと挨拶やら、治安隊の施設を自由に行き来出来るようになるという権利書等を貰った。
貰ったと言っても、形が残る紙ではなく、ガジェットのデータに、その権利書の情報等が追加されただけなのだが。
正直、こんな権利書必要ないと思うのだが、隊同士でのいざこざを防ぐ為にも、この権利書等は必要なのだろう。
その間にも、期待の新人とやらを一目見ようとしたのであろうか。
はるばる駐屯隊の屯所から来た、お偉いさんからの直々の挨拶。
治安隊の若い女性隊員達からの黄色い声援(男性達の視線を尻目に感じながら)。
何故、俺達がここまではやし立てられるかと言えば、それは俺達が入隊する前に流れた噂にあるという。
その噂の内容はこうだ。
『訓練期間僅か1年にして、特殊部隊に入隊した高校生』というものらしい。
確かに、こうやって噂を聞くと凄いと感じるのかもしれない。
そりゃ1年の訓練で、しかも学生が特殊部隊に入ったとあらば、誰だって驚くし、注目もするか。
そういう意味では、俺達は異例なんだろう。
先程シュウから話を聞いたんだが、あの時、少しばかり鋭い目線も感じていたらしい。物珍しさで来て、野次馬が向ける羨望の眼差しとは違う。獣の様な視線。
軍事組織は強く、そして、認められた者だけが上へとのし上がっていく、弱肉強食の世界だ。
今では天才だ、異例だ。とか言われてるが、実際、力の差などあって無いようなもの。
今の現状に満足して、自身を鍛える事を止めれば、すぐに足元をすくわれるだろうな。
慢心は駄目だ。今の状態を維持していこう。
そんな事を切り抜けていく内に、かなり疲れた。体がダルイ。
十朱が先頭をスタスタ歩く。その後ろを、俺とシュウがついていく。
だが、シュウの歩くスピードが若干早い気がする。しかも、目が爛々と輝いていた。『専用の執務室』という言葉に興奮しているに違いない。
一年前にも、こんな事があったような気がする。遠いようにも感じるが、こういった場面で早くも感じられる。
「お前達の救済階級は、訓練兵から異例のAだから、いきなり分隊長に任命される。いわゆる、リーダー的なもんだな。
CDA内の依頼の処理、物資見積の作成、隊員の教育……その他諸々。まぁ基本こっちじゃ地味な仕事ばかりだが、戦闘の時はお前らは
ま、俺はこれでも直救の司令官だから、お前ら分隊長達を、俺が仕切ってんだけどな!」
十朱は、俺達にウケると微塵でも思ったのか、思ってないのかわからないが、高らかにいきなり笑い出す。
正直ウザイ。
ーーー
そうこうしている間にスピアに着いた。
スピアはCDA支部の中央に位置しており、高さはおよそ250メートルで、50階建て。
そして、その隣には、先程俺達がいた治安隊の屯所がある。
スピアの屋上から見る景色は、シュウ曰く絶景らしい。
──が、俺はあまり好きではない。荒廃してる世界しか見えないからな。
スピアの外観は、ここからでは見たまんま、普通のビルだ。
だが、作りは普通のビルとは異なる。
壁は特殊な鉱材で出来ており、窓は防弾仕様。そして、スピアの頂上は、鋭利な槍のように先がとがっている。
CDAの中央に位置し、外観が槍の様になっている事から『セントラルスピア』と名付けられたそうだ。
「で、次は一体何を? 少佐殿」
俺は十朱に、少しおどけた様子で聞いた。
「お前達には、これからサポーターに会ってもらう」
「さ、さぽーたー……?」
十朱の言葉に、シュウは疑問を浮かべ、首をかしげる。
「身の回りの世話や、事務的な仕事を受け持ってくれる。まぁ秘書って思っときゃいい。お前らはまだ若いからな。いきなり他の隊長達と同じボリュームの仕事をさせるほど、俺は鬼じゃねぇ。少しでも、お前らにかかる負担を軽くするようにと手配した」
ナイス十朱。
仕事の説明聞いてめんどくさいとか思ってたけど、そういうことなら俺は無敵だ。
「……お前達の方が立場は上だが、そいつらは丁度半年前に試験から就任した奴らだ。
一応、お前らの先輩にあたるから、節度は保てな」
先輩か、全部仕事を押し付けるのは無理だな。
スピアに入り、エレベーターで44階まで上り、5分程歩いたところで、十朱がある扉の前で立ち止まる。
「ここは零乃の執務室だ。まぁ、きっちり挨拶しとけ」
「……はぁ」
無意識に溜め息がこぼれる。
先程まで訓練兵であった俺達が、今や皆から、羨望の眼差しで見られる英雄のような立ち位置になるとは、誰も予想しなかっただろう。
俺達に、こんな大役が
本来、喜ぶべきことなのかもしれないが、そういった気持ちが芽生え、喜びよりも不安が勝る。
「……え!?」
シュウは後ずさり、短くも大きな声をあげた。
「ん? 峰山、どうかしたのか?」
「い、いえ……何でもありません」
十朱はシュウを見やる。
シュウは目を見開き、少し動揺したかと思うと、ぶんぶんと頭を振り姿勢を正した。
トイレ……そんなに行きたかったのだろうか。
「大丈夫かお前……まぁいい。峰山はこっちだ」
「は、はい!」
そう言ってシュウは、十朱に違う部屋へと連れていかれた。
1人になる。
このまま突っ立ってても何もないしな。
「……まァ、入るか」
黙って扉を開く。
まだサポーターとやらは来ていないようだ。
部屋の一番奥には、何やら白い机があり、その脇にもう一つ机がある。
他にも、観葉植物やら応接用の机。小さなキッチンには、コーヒー用のコップやバリスタが置いてある。
充分生活できそうな部屋だ。
奥の白い机に添えられている椅子の
いつも持ち歩いているウエストバッグを自分の机に置き、椅子を眺める。
「よっ」
それにダランと腰をかけた。
見た目は固そうだと思ったが、それとは真逆に、椅子はふかふかしている。扉を閉め忘れたが、この座り心地を前にすると、そんな事はどうでもよくなる。
なんだこれ、超気持ちいい……。
「おおォ。こりゃあいいわ……」
クルクルと椅子を回す。
同じ景色が延々と繰り返され、視界がそれに慣れてくる。回すスピードは徐々に早くなり、スピードが最高潮に達したと同時に足を上げる。
フワッとした感覚が、まるで俺に空を飛んでいるかのような錯覚を与えてくれた。
そう、俺にも翼はきっとある。
「あっはは〜」
「あ、あの!!」
華やいだ声がすると同時に、俺の翼は跡形もなく消し飛んだ。声のした方を見ると、いつの間にか見知らぬ少女が扉の前に立っていた。
滲み出てくる汗。
「「……」」
扉、閉めときゃよかった。
俺に声を掛けたのは、スーツ姿の金髪碧眼の美少女だった。
背は俺より少し小さい。
大きい瞳は潤んでおり、まつげは長い。俗に言うパッチリお目目だ。
髪の長さはセミロング。サラサラとした髪の左側には、花柄のゴムで縛った髪が、ちょろんと垂れ下がっている。
黒のスーツがとことん似合わない少女だ。
スーツの隙間から見える白シャツは、ボタンが2つほど空いており、着こなし方はまぁまぁだ。
見事にラフってる。
「ほ、本日付けで、零乃才羽隊長の補佐を務めることになりました!」
若干緊張しているのか。少女の華やいだ声は、鈴のように少し震えている。
そして、机にそそくさと寄ってきた。
できれば、今は近寄って欲しくない。
もう、どういう対応をしていいかわからないんだ。
「こ、これ!!」
少女は両手を前に突き出して、1枚の紙切れを全力で渡してきた。
なんだこれ。
メモ帳か何かを破いたのか。少々小汚い紙切れには、直筆で何か書かれている。
「これ……名刺か?」
少女はホッとした表情を見せ、黙って頭を縦にこくこくと振る。行為を悟り、名刺と断定して紙切れを見る。
『零乃才羽専任サポーター 皇 栞菜』
と、そこに記されていた。
「スメラギ……カンナ?」
俺がそう言うと、少女の顔がパアッと明るくなり、頭を縦にこくこくと振る。
「はい! 皇 栞菜です! 凄い。私の名前を読み間違えずに言えた人って少ないんですよ?
今日からよろしくお願いします隊長!!」
華やいだ声でそう言うと、
「あ、あァ……よろしくな」
なんて似合わない名字だ。
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~ 第8話 常識的な3/1 ~
── サイハ視点 ──
サポーターが配属されて、3回目の朝が来た。
また面倒臭い1日が始まる。
洗面台で顔を洗い、頭上へ直立してる髪を、気だるい手つきで直していく。
整った髪をかき分け、部屋のクローゼットを開ける。
普段と同じ。
いつもの訓練服を手に取り、着替えようとするが、その手は止まる。
幸せを全て吐き出すかのような溜息をした後に、クローゼットを閉め、リビングへと向かう。
リビングの隅には、クローゼットとは別に、衣類収納ラックがある。
そのファスナーを開けると、中にズラッと並び、綺麗にアイロンがけされた黒めの服がある。
それらを見て、次第に口が釣り上がった。
「まさか、俺の人生でこれを着ることになるとはな」
俺は数ある『
そう。
先日、直轄救助部隊専用の
礼服、準礼服、儀式用の軍刀、制服、野戦服、そして、卒業試験で貰ったバッチなどなど。
とにかくたくさん種類がある。
でも、そこまで礼服や準礼服、儀式用の軍刀に出番はなく、規則も緩い方だから、先輩らは制服や野戦服を適当に着てるらしい。
しかし、黒を基調とした軍装だったのは良かった。
俺はモノクロゴシックが好きだからな。
軍刀の
だが、俺の本日1番の
黒がなんだ、軍刀がなんだ、動きづらくてありゃしない。
部屋を出る前、真剣に悩んだ末に、制服のジャケットを脱ぎ捨て、その下に着ている白のドレスシャツを晒す。
そして暖かく、案外動きやすかった、礼服の黒色チノパンツを履く。
結果、白黒のモノトーン系軍装が出来上がった。
まあ、かなり着崩しているが、他の先輩達もこういう服装なのであまり問題はないだろう。
だが、先程から少々周りの視線が気になるのは、俺の服装が独特過ぎるからだろうか。
そんな事を思いつつ階段を降りていると、1人の男性隊員とすれ違う。
「おはようござ──」
「?」
彼は俺の服装を見るなり、言葉を詰まらせる。
俺は自分の服装を再度確認した。
うん。おかしくない、おかしくない……はずだ!
「──います」
そして彼は、そそくさとその場を立ち去ってしまった。
「……いや何なんですかァ? その間はァ」
俺の言葉から逃げるように(俺の服装を見て逃げたとは思いたくない)、
話は
きっと、彼の心は何処か遠いところへ遠征に行ったのだろう。もう帰ってくることはなさそうだ。
かなり興奮した様子だったが、俺としてはとことんどうでも良かったので、適当に格好良いとだけ告げて部屋から追い出した。あれから興奮し過ぎて
有り得るのが怖い。
そんなこんなで、セントラルスピア1階の大食堂へ辿り着く。
辺りを見渡すが、救助隊の隊員達がポツポツといるだけで、シュウの姿はまだない。ずっと待っていてもしょうがないので、俺は日替わり定食と牛乳を頼み、朝食を食べ始める。
ーーー
そろそろ30分が経過し、ぼちぼち人も混み始めてきた。
上唇の端っこをぺろりと舐め、俺はラストスパートをかける。
「んー、やっぱり朝から唐揚げは腹にくるな……ん?」
だいぶ食欲が失せるも、勿体無い誠心をフル活動中の俺は、頑張って唐揚げを食べ続ける。
すると、何やら周りの隊員達の視線が、食堂の入口方向へ徐々に集まり始めている事に気が付いた。
更に、自分の肌があわだっている事に気付くのも、そう時間はかからなかった。
何なんだこの嫌な予感は。頼む、俺の予感が外れてくれ。最悪の事態が起こってしまう……。
そう、最悪の事態。
いや、タイミングと言ったほうがいいか。
シュウが食堂にやってきたのは、俺が最後に残した唐揚げを
「ぶぶぉっ!」
最後の唐揚げは、シュウの姿を見て、不覚にもそんな吐息と共に噴き出した。
俺の口から天高く飛び出した唐揚げは、宙を無惨に舞い、床へ落下した。
するとすぐに、円形型の、床を這う掃除型AIがやって来る。AIは俺の唐揚げを素早く、かつ丁重に回収した。ものの10秒で、集まる──回収。といった一連の動作を終えたAIは、俺の元から去って行く。
「……」
無言で掃除型AIを見送り、再度シュウへと向き直る。
何故シュウを見て唐揚げを噴き出したかと言うと、アイツの服装が、異色を極めていたからだ。
まず、儀式用の軍刀だ。
恐らくCDA内では誰も装備していないであろう軍刀を、アイツは現在装備している。
ハッキリ言おう。それだけでもう浮いている。
そして、今年の新入隊員では俺とシュウしか渡されていない、黒と金色を基調とした『特別礼服』を着用。
更に、昨日見せに来た、黒色で、背中に大きく軍刀の
服装はかっこいいが、それと相反して、髪はボサボサ。目元は
今のシュウを何かに例えるならば、ホームレスが偶然スーツを手に入れて、着てみたら「あ、やっぱりホームレスだ」という感じだ。
ウン、アイツ絶対昨日寝れてないナ。
てか、特別礼服をフルで装備してるのは、立場上かならず特別礼服を着なければならない、直轄救助部隊隊長である十朱と、シュウくらいだろ。
本当にアイツの将来が楽しみだ。いろんな意味で。
「言いたい事が多すぎて全然言葉が出てこねェ……」
俺が一人頭を抱えている事など
こっちに近付いて来ないでくれ! 頼むから! 同じ分類だと思われる!
「よっ、サイハ。はやいねー」
棒読みとも捉えられる声音で、シュウは容赦なく話し掛けてきた。
「……いやオマエさァ、寝れてないのはしょうがねェが、社長出勤もいい加減にしたほうがいいぜ?」
「サイハが早すぎるんだよ。十朱隊長もさっき食堂きてたし」
「……だからアイツが社長なんだよ」
俺のツッコミを無言でスルーしたシュウは「お、日替わりは唐揚げか」と、目を輝かせながら椅子に座る。
近未来的な──いかにもなテーブルにシュッと穴が開き、そこから白飯、味噌汁、唐揚げがトレイに乗って、シュウの前に出てくる。
最近の技術者は沢山の便利道具を発明するんだが、技術者全員が面倒くさがり屋なのでは、と思う。そのうち、動かなくても生きていける世界になるぞこれ。俺は大歓迎だけど。
シュウは大きな
うん、実にオールマイティーな食べ方だ。だが、いただきますを言わないのは減点だな。味噌汁で白飯を流し込むのも減点だ。
「サイハ。最近の調子はどう?」
シュウは水を飲み、少し落ち着いてから話し掛けてきた。
「あァ、居住エリアの人間から来るクレームの対応ばっかだ。めんどくせェ」
「なんだサイハもか。俺もだよ」
「いいじゃん。お前体動かすの好きだろ」
「いや、なんか頭を使う仕事がわざと回されて来てるような気がしてならないんだよね……気のせいだと良いんだけど」
「……は?」
逆だろ。
回ってくる仕事絶対逆だろ。
これはあれか。個人が持つ得意分野の、わざと逆のスタイルで仕事をさせるという、よく漫画とかであったやつか。現実では新手の嫌がらせでしかない。
俺はこんなアホみたいな事をさせる奴は、一人しかいないのを知っている。
「十朱ェ……」
「……?」
「なんでもねェよ」
まあ、それは置いておいてだ。
コイツに聞きたかったことがある。シュウの補佐はどんな奴がしているのだろう。俺のとこの補佐と変わんねェのか?
もし比較的同じ知能だとすると……。
「お前の所の補佐はどんな奴なんだ?」
「うーん、仕事的には助かってるんだけど、何か先生っぽいんだよね……苦手だよ」
「ほォ、俺のとこと真逆だな。正直いらねェんだよな。仕事の邪魔でしかねェ。
体力使う仕事はそこそこやってくれるけどよ」
「「……」」
俺の考えは違ったようだ。
この見事にアンバランスな
だが、これ以上話すとただの愚痴になりそうだ。これくらいにしてそろそろ行くか。
「まァ、今日も1日頑張ろうぜ」
「……そうだね」
そういうと、食べ終えた皿を乗せたトレイが、またシュッと机の中に消えていく。
大食堂を後にし、道中すれ違う救助隊の隊員達に軽く会釈をしながら、執務室へ向かう。正直執務室とは名ばかりで、ただの事務所みたいなものだが。
エレベーターに乗り、44階まで着くとそこで降りる。スタスタと廊下を歩いて執務室に着いた。
大食堂から執務室への移動時間はおよそ10分。広いのはいいと思うが、もう少し近くにしてくれても良かったんじゃないかと思う。
扉を開けて中に入るが、まだ
顔合わせの次の日。
いわゆる、
よくありがちな言葉を並べただけだったが、それがかなり
頭に逆発想マシンでも取り付けているのか。
出勤時間から数10分がたった。
「す、すいませーん! 遅れました!!」
走って来たのか。華やいだ声は、荒れた呼吸で少しせわしなく聞こえる。
「何回目だ」
「え……?」
「お前のすいませーんを聞くの。これで何回目だと聞いてるんだよスメラギ補佐よォ」
「え、と……ちょっと電卓持ってきていいですか?」
皇は落ち着いた呼吸を取り戻しつつ、何か考えたと思えば、走る体勢を取る。
「いや、待て! 3回だ! ……もういい。今日は?」
「あ……へ、へい!」
Hey?
礼儀もへったくれも無いアメリカンな返事をした皇は、いそいそと自分の机を漁り、書類を探す。
これも初日に教育として話してあるし、資料も渡してるんだけどな。
いい加減、前日に
「はい。今日の業務は34ブロックの、おて……? えっと」
「あ? どした」
「あ、あの……すみません。これ、なんて読むんですかね?」
皇は、まるで産まれたばかりの小動物のように、びくびくしながら聞いてくる。俺はそんな様子を気にもとめず、書類を受け取り、読んでいた箇所を見つける。
『34ブロックの御手洗様から、トイレの流れが悪いとの申し出により、原因調査の依頼』と書かれていた。
「みたらいだ」
「そ、そうでしたね! みたらいさまからトイレ──」
「はいはい34ね。とっとと支度していくぞ」
「は、はぃ……」
駄目だ。効率が悪すぎる。顔はいいが、頭の出来が微生物並だな。
ーーー
準備を終えた俺と皇は、エレベーターに乗り、1階へと下り始める。
ガラス張りになっているエレベーターから、ぼーっとスピア内を眺める。数秒ごとに次々と変化する景色が、実に心地いい。そして振り返ると、壁に囲まれた世界が一望できる。
CDA西日本支部は瀬戸内海上に、中国地方と四国地方を繋げるように存在する。その為、北と南は陸。東と西は海となっている。
そして、CDAをぐるりと1周囲っているのが、高さおよそ100メートルの壁。通称『CLA』だ。
CLAには港がいくつか存在し、そこで外国からの物資搬入が行われている。
そしてCDA支部内には、壁の警備を担当している駐屯隊の屯所が4箇所設けられている。CLAの東西南北に1箇所ずつと言った方が、イメージしやすいだろう。
補足だが、直救部隊と西日本救助部隊は、スピア内にそれぞれ屯所を設けている。どちらもCDA外で助けを待ってる人、逃げ遅れた人々を救助している。
まぁ、説明はこのくらいにして、居住エリアの位置を確認するか。
ここセントラルスピアから3キロ程先に、巨大な半円状の輪っかが、360度スピアの周りを囲んでいる。
これが、救助された人々が何不自由なく暮らしている『居住エリア』だ。
なので上空からCDAを見れば、2重の丸の真ん中に黒い丸があるような光景になるだろう。絵描き歌を作るとなると、かなりつまらない歌になるはずだ。
「……はァ」
実は、居住エリアに行くのは、今回が初めてだ。
ここ最近は、居住エリアに住む人々から日常品の発注要請や、クレーム対応ばかりだった。
今まで、直に居住エリアの人々と関わる事なんて無いものだから、不安が募る。
「あの!! 私ってやっぱり、使えないですか?」
空気が重いのを悟ったのか、皇は突然喋り出した。
「……いや、使えなくねェよ」
嘘をついた。現段階でだ。
「で、でも。いつも考えてた事が上手くいかなくて……それでいつも空回って、それで……」
「たぶん考えた結果、オマエは忘れる訳だ。それを上手くいかないと勘違いしてる。まずは、考えた事を忘れない方法を考えろ……てか、これも忘れるかもしんねェのか。ちょっとまってろ」
皇から妙な視線を感じるが、ジャケットの内ポケットに入っている手帳を取りだし、皇に手渡す。
「これは……?」
皇は手帳をクルクルと回し、凝視する。
「手帳だ」
「てちょう……」
「手帳は書くことに意味がある物だ。
覚えられなかったら、これにやる事書いて自分で管理しろ。気に入らなかったら捨てていい」
コイツの口から悩みを聞くのは初めてだな。頭は微生物だが、多少は考えてるってことだ。傾向としちゃ、悪くは無いな。
「今も全力でやってんなら、それはそれでかまわねェ。漢字だって読める奴は読めるし、読めねェ奴には読めねェ。そこで漢字を覚えるのもいいが、俺が教えればいい。
いいか、優先順位を考えろ。まずは自分に出来ることからだ。俺がやれねェ事を、お前がやれ。いいな?」
気の利いた言葉が思いつかない。
これが響くかどうか……。
「わ、わかりました!! 私、頑張ります!!」
皇は胸の前で両腕ガッツポーズを取り、ニコッと笑う。
なんて眩しい笑顔なんだろう。その輝かしい美貌と相まって、まるで太陽だ。
──何てことは一切思わない。
これまでの事と、この輝かしいガッツを比較してみろ。9:1だ。
てかコイツ、俺が手帳って言った瞬間、よく分からない顔したよな。大丈夫か。
ここはあえて厳しくいこう。皇の為にもなるからな。
「遅刻に関しては、お前のやる気不足なのはわかってるよな?
スメラギ。次遅刻したら罰ゲームだ」
「ええぇ!? そんな!! 何が待ってるんですか!?」
罰ゲームと言った瞬間、皇は顔をひきつらせ、整った顔が絶望の色に染まる。
ここまで表情がコロコロ変わると楽しいな。でもこれは皇の遅刻癖を改善させる良い機会だ。少し
「はっ、そりゃ遅刻してからのお楽しみだ。先に言っておくが、俺は生粋のドSだからよろしく」
「そ、そんなぁ……」
皇は肩を落とし落胆する。
これでもう皇は遅刻しないだろう。
まず常識的に考えて、遅刻すること事態あり得ないんだが。
ブックマークして頂いた皆様。大変お待たせ致しました。
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~ 第9話 忘れられないもの ~
── サイハ視点 ──
長いエレベーターが地上へ到着すると、俺達はスピアを出て、そこから駅まで歩く。
その道中、俺達の前をバスが横切る。チラリと車内を覗くと、車内には運転手が乗っておらず、利用者のみが乗っているという、なんとも不思議な光景が広がっていた。
あれは移動補助型AIだ。CDAでは、AIが幅広く活躍している。例えば、朝食時に俺の唐揚げを回収した憎きアイツ。その他にも、壁の警護に携わる、駐屯隊の補助的な仕事を担う、飛行監視型AI。電車やバス等を、目的地まで勝手に運転してくれる移動補助型AI等々。そして、今から行く駅なんかも全てAIが運転、管理しているのだ。人の世も末ってやつか。
因みに、料金は0だ。CDAではお金を使うという概念が存在しない。欲しい物はある程度支給もされるし、今朝食べた朝食なんかも全て無料だ。まさにここは、人類にとっての楽園ってわけだ。
ーーー
俺達はスピアの目の前にある駅で電車に乗り込み、居住エリアまで移動した。
その間に、皇は色々とやらかしてくれた。それは電車に乗り込む前の事であった。
スメラギ『隊長、喉乾いてませんか? 私取ってきますので、何が良いか教えて下さい!』
俺『え? お、おう。じゃあ、カフェオレ(気がきくじゃないか)』
──数分後。
スメラギ『隊長! お待たせしました! どうぞ!(ニコッ)』
俺『おう、ありが──……おい、スメラギ』
スメラギ『はい!』
俺『これ、ブラックなんだけど……』
俺・スメラギ『……』
まあ、それはまだ……まだいいほうだ。
問題は電車から降りた時だ。
スメラギ『やっと着きましたね! 居住エリアまで後少しです!』
俺『そうだな。てかスメラギ、工具箱は? あれが無いと今日何もできないぞ』
スメラギ『あ、危ない! 電車に忘れたようです! ちょっと取ってきますね!』
電車『ドアが締まります』
スメラギ『あっ、あー! 待って下さい!』
俺・スメラギ『……』
「……何でそんなに鈍臭ェんだよオマエは」
「す……すみません」
もう、疲れた。
ーーー
そんなこんなで色々あったが、今は居住エリアの中にいる。ここは何と言うか、外とは世界が違う。上を見上げれば
しかも妙に居心地がいい。風も吹いるし、気温もまた絶妙だな。この気候は『春』そのものだ。一体風はどうしているのだろうか。
「これは……どうなってんだ?」
すると皇が「これはですね……」と呟きながら、リュックの中を漁り始める。ながいこと探していたが、ようやく目当ての物を見つけたのか、それを手に高々と掲げる。
「テレレテッテレー! メモ帳ー」
へぇ、メモ帳なんかもってたのか。マメだな。
……ん? まてよ? はァ!?
「オマエ手帳もってんじゃねェか!!」
「え? これメモ帳って言うんですけど……」
皇は眉をひそめ、こちらを見てくる。
「何で俺が知らない風になってんだよ、ちげェよ!!
あーもうクソ! 俺の周りは馬鹿ばっかかよ……」
「隊長大丈夫です。これを見てください」
「あァ?」
皇が持っているメモ帳に目をやると、CDA内の情報が事細かく、綺麗に色々と
「ほォ……」
「ふふん!」
メモ帳の中身はほとんど平仮名で書かれているが、見映えはいいようだ。開かれているページは最初の方なので、皇がCDA内を初めて回った時か。サポーターになるために、頑張って書いたんだろうな。この時のやる気を、今の仕事にも発揮して頂きたいものだ。
「じゃあ、早速読んでいきますね!
まず始めに、あの空や太陽は、全てドームに映し出された巨大ディスプレイによる映像らしいです!
太陽自体は熱を持ってなくて、地熱や空調で温度管理をされているらしいですね。いわゆる、
「いや、もう少し言葉を選べよ」
「でですね!? あのドームには隠し玉が──」
「聞いちゃいねェ……」
しかし、初めて皇に感心したかもしれない。これを書いていた頃の皇は、多少は仕事熱心だったんだろうな。
皇の話によると、あの穏やかな風の正体は、どうやら空調を良くするために流れている風らしい。いわば換気だな。
そしてこの居住エリアには、朝と夜もちゃんとあるらしく、それぞれの時間帯で明るさや温度が調整されているとのこと。
問題は電力だ。支部内には様々な発電設備が整っているが、主力となっているのは地熱、風力、波力、太陽光らしい。それだけで足りるのか疑問だが、現に問題なく設備が動いているので大丈夫なのだろう。しかし地球に優しい発電方法だな。
それにしても凄く綺麗な眺めだ。昔を思い出す。
居住エリア内には大きな建物等はなく、仮設住宅ばかりで特に面白味はない。
そりゃ、面白味も何も無いところでずっと暮らしてたら、
そうして、その鬱憤を俺達にクレームとしてぶつけることで、鬱憤晴らしをしてるんだろうな。
「おにーちゃん、おねーちゃん!」
ふと、背後から幼い声がきこえる。
振り返ると、まだ小学生にもなっていないと思われる男の子と女の子が、仲良く手を繋いでいた。よく見ると、2人の腕には、何やら銀色の腕輪のようなものが付いていた。
「どうしたの? 迷子かなぁ?」
「迷子じゃないよ。遊んでたの!」
「そう、おねーちゃんも一緒に遊んじゃおうかな」
皇が2人の手を引こうとしている。
「スメラギさん? 今はお仕事中。
遊んだら駄目って、教わらなかったんですか?」
俺は一芝居打ち、再び皇と歩き始めた。
あとで腕輪について皇に聞くと、居住エリアに住んでいる人間は腕輪をつけ、心拍数や体温。いつも
これもENDから人々を守り、新たな犠牲者を出さない予防法なのだとか。
「……ここか」
「ここですね!」
皇の話を聞いている間に、34ブロックの仮設住宅に到着した。
仮設住宅は真っ白な塗装がされており、とてもシンプルに作られている。
すぐさま34ブロックの管理室にいき、無線機で御手洗さんを呼びかける。
それは皇担当だ。
「直轄救助部隊で~す! 御手洗様はいらっしゃいますかー?」
「……直轄救助部隊です!」
「あっ……直轄救助部隊ですっ!」
すると、仮設住宅から1人のお婆さんが出てきた。お婆さんは俺達の姿を見ると否や、シワついた顔を更にシワクチャにして喜んでくれた。
「あぁ、水道屋さんかい? すまんねぇ、わざわざ来ていただいて……」
「あ、あの。直轄救助──」
「ここの排水口が詰まっててねぇ。トイレも流れやしないんだよ」
皇の言葉を聞こうともしないおばあちゃんは、要件と詳細を一方通行で伝えて、家に戻っていった。
「あ、あれ……」
「後は任せるって事だろ。はァ、めんどくせェがやるか」
「は、はい!!」
持ってきた工具箱からプラスドライバーを取り出し、さっそく作業に取り掛かる。
排水口が詰まる原因として考えられるのが、給水ポンプがイカれてるか、水の配管に何かが詰まってるか、だ。
御手洗宅の近くを見渡すと、水配管の集合体があったのでまずはそこを調べることにする。
水配管の集合体と、本管をつなぐ部分のボルトを取り外し、器具を掴んで挟んでおく。そこに仕切りを入れて元をたどれば、原因がわかるはずだ。
「スメラギ。仕切り」
「しきり……しきり……あ、これですね!」
「……おいおいおい」
絶句しそうだった。手渡された物。それはうちわだった。
「す、すみませーん。持って来るの忘れちゃって……」
「流石にないわ」
無能のサポーターは放り、別の手段を使おう。
多少強引なやり方だが、マンホールを開けて、中を這っている配管1つ1つに、俺の力を使い、水が排出される方へ重力で水を流し、水が流れて来ない場所を探そう。
時間が掛かり、下手したら配管を壊してしまいそうだが、
「ま、待ってください!」
皇は俺の肩を掴み、華やいだ声を少し震わせながら懇願する。
「私も連れて行ってください!」
「駄目だ」
「……嫌です! 連れて行ってくださいっ!」
コイツは一体何がしたいのかがわからない。自ら位を落としに来ているのか? それとも、喧嘩を売ってる?
だがそれ以前に、俺はドSだが、外道ではない。
女をわざわざ汚い所へ連れていくなんて、そんな行為は絶対に行いたくないし、しない。
彼女は別の分野で頑張れば良いのだ。汚れ仕事は俺だけで充分だろ。
「隊長は、私の事がお嫌いですか?」
俺の肩を掴んでいる皇の手が、震えている。
「いや別にそんな訳じゃ……」
「なら私も行きます。先に降りますので、隊長は後で」
俺の肩を手で押し、皇は前へ出る──。
「──だから邪魔でしかねェのがわからねェのか!!」
「ッ……!!」
皇は一瞬肩を震わせ、下を向く。そして下唇を噛み、苦渋の表情を浮かべる。
嘘半分だとしても言い過ぎたな。もっと言葉は選ぶべきだったのかもしれない。だがなぜだ。失敗を犯す為に付いてくるのか?
だとしたらなぜ。まさかこの仕事に不満が?
上からの圧力。理不尽な要求。だから早く辞めさせられる為に、わざとミスを犯すか。
「スメラギ、正直に答えろ。この仕事は嫌か?
嫌なら俺1人でもやれるって十朱に──」
「そ、それは違います!! 隊長の下で仕事が出来て、とても……本当に光栄で!」
「じゃあ何故、お前はそんなにミスをしにくる」
すると皇は右手で頬を掻き、モジモジしだす。若干彼女の顔が火照ったように赤い。
「そ、それはですね……」
ん? 何故そこで頬を赤らめる。いったいどこにそんな要素が存在した。
「初めて隊長にお会いした時……私、見てしまったんです」
「な、ナニ……を?」
無意識に危機を悟った俺は、頭の中の情報を総動員させる。
まさか……。そんな、やめてくれ。俺の傷を再び抉ろうと言うのか。皇と初めて会った日──俺の黒歴史リストが更新された日だ。名付けて『
……やめよう。
そんな俺のめでたくも
──ハッ。
まさかコイツ、あの時の俺の様子を見て?
いやいやいや、それはない……ないだろ。
なんてったって、俺の
自分で言うのもあれだが、あんな子供染みた事をしたのだ。引かない奴がいるわけがない。そうだ、もう何も考えない。俺は何も考えないゾッ。
「あ、あの時の隊長の笑顔はとても……とても素晴らしかった、です。あの笑顔が、私はいつの間にか
皇は俺から目を逸らし、耳まで顔を赤く染め上げながら告げる。
「す……好きです」
てかやっぱり、笑顔云々じゃなくて、黒歴史の翼であり、更新日(笑)じゃねェか!!
「……くそゥ」
顔が熱い。
きっと今、俺は物凄く赤面しているだろう。
底知れぬ恥ずかしさと、自身の情けなさによって。
「でも、隊長はあの時から一向に笑ってくださらない、むしろ怒ってばっかりで。
だから、私が笑わせようと思ったんです!」
ん? てことは皇は、
「……まさか、やっぱわざとミスをしてたってことか?」
「ま、まぁ……わざとじゃないミスもありますけど」
皇は少し口を尖らせ、パッチリとした潤んだ瞳を、下へ向ける。
俺は溜め込んでいた息を吐く。そして大きく息を吸い込み声の限りに叫ぶ。
「こんの大大大バカがッ!!」
俺はここから、永遠に語り継がれる事になるであろう、伝家の宝刀、右手チョップを、皇の頭に軽く直撃させる。
「あうっ!!」
軽くした筈なのだが、皇は頭と膝を抱え、座り込んでしまう。
俺は気恥ずかしくも、皇の目の前に座り込む。そして、皇の顔を覗き込むように語りかける。
「あのなァ。お前がクソくだらねェミスを連発するから、俺は怒ってんだ。
しかもわざととは、タチが悪すぎる。相手を怒らせることしかしてないからな」
皇は頭を上げ、顔をこちらに向ける。その顔は呆気(あっけ)に取られたような表情だ。自分は一体何をしていたんだろう。そういった表情をしている。
「無理に笑わせる必要なんてなかったんだ……」
「そういう事だ。
現に俺は、仕切りとうちわを間違えてました……そういうのでは絶対に笑わねェよ。普段もあんま笑わねェがな」
すると皇は何を思ったのか、パアッと顔を明るくする。
「わかりました! 私、これからはちゃんと一生懸命頑張りますね!!」
「あァ、期待はしてんだかんな。
よし、仕切り持ってこい。リスタートといこうじゃねェか」
「えへへ……わかりました!!
よーし! では、執務室から仕切り取ってきます!!」
皇は元気良く立ち上がり、両腕ガッツポーズをかます。そして
「──いや、走れ!!」
「ハッ! ……はいっ!!」
パタパタと一所懸命に走る小さな背中を見送る。
「いいコンビじゃないか」
「うわっ!!」
背中からいきなり声を掛けられる。
そこにいたのは、原因調査の依頼を申し付けた
こ、このばあちゃんも気配消せるのかよ……。いや、俺の注意不足なだけか。
「……はァ、んなわけねェよ。
もう少し頭の回る奴だと良かったんだが」
「でも、今のあんたの顔を見たら、そうは思えんがねぇ?」
ん? 顔?
顔を全力で擦る。すると、顔の筋肉が
「あ、あれ。何だよ、これ……」
「それが、あの子の言っていた
『忘れられないもの』か。
「ふっ……まぁ。
今の所は」
俺は、皇の姿が見えなくなるまで、一所懸命に走る小さな背中を見送った。
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~ 第10話 一抹の不安 ~
── シュウ視点 ──
「くっそ……」
荒くなった呼吸に合わせるように、絶え間なくリズムを刻む心臓が、ボロボロになって
俺の周りには、緑色と灰色が混ざりあったかのような、ゴツゴツしい外骨格に覆われた、人間ではない何かが数10匹、いや、数100匹が取り囲んでいる。
ENDSだ。
1年前、この世界は、ENDSと呼ばれる化け物の出現により、崩壊した。
そのENDSに対抗する為に人類が作ったBAV。
CDAという特務機関に入れば、誰もが手に入れられる力……の、筈なのだが、何故か俺は使えない。もしかしたら、持っていないのかも。
人知れず努力して、何とか卒業試験で、BAV無しの戦闘技術1位という結果を残せた。
だが、それも一瞬の事だろう。
聞いた話だと、BAVには
その力を使い慣れ、どれ程細かく繊細に、又、強力に扱えるかが、数値に影響を及ぼすのだとか。
卒業試験の時、BAVを投与して、それほど時間はたっていなかった。
まだ力を上手く使えないときに、たまたま俺が勝っただけなんだ。
俺はあの日、そう自分に言い聞かせ、今、この瞬間も努力をし続けてきた。
……だが。
「ほ、本当に強いんですね……ENDSが怯えて近付いて来ないだなんて……」
俺の目の前にいる、髪色は紫色の、ショートボブの少女に話し掛ける。
先程この少女は、ENDS5匹を瞬殺した。
ENDS1匹で、銃火器で武装した兵士50人は相手取る事が出来るというのに、この少女は5匹を瞬殺したのだ。
強すぎる。
そういう事もあってか、2~30メートル離れた場所でENDSが俺達を様子見しているんだ。
ところで、俺はこの少女と戦闘をしている。
理由は分からないが、いきなり襲われたのだ。
少女はバカみたいに強い。
努力しても、絶対に敵わないものはあるんだと、再認識させられた。
そして、さようなら。
「頑張った方だと思うけど、タイチョにお嬢様は守れない。残念」
そう言って、少女は手を複雑に動かすと、黒いウネウネとした物体が出てきた。少女はイタズラに微笑むと、手を前に勢いよく突きだし、黒いウネウネとした物体を、俺に向けて射出した。
ーーー
西日本支部に移り住み1年。俺とサイハが直轄救助部隊に入隊し、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしている。
以前との生活環境が全く違うここは、まさに一つの船みたいなものだ。ここから外に出ることは叶わず、諦めて灰色の空を見上げると、視界の端には巨大な壁が映りこむ。
実に良い眺めだ。
この状況を何かに例えるならば、まるで鳥籠(とりかご)に捕らわれた鳥のようであろう。だが、捕らわれている鳥の中にも、外へ飛び立つ時を今か今かと待つ鳥も存在するのだ。
「……はぁ」
まあ、その鳥が俺なんだけどね。
……冗談はさておき、今か今かと時を待てども、昨日と何も変わらないこの状況に、ただ身を任せていた。
ふと、両手に持っている2つの爆弾おにぎりへと目を向ける。
「まったく、休憩時間は短いっていうのに、飯貰って来るって言ったアイツはどこ行ったんだよ」
腹の減り具合が限界を感じだす中、半ば愚痴混じりに呟く。
今、俺達2人は昼休憩だ。と言っても、スピアで働いている全員が昼休憩なのだが。
「はァ、悪い。遅くなった」
怒りが最高に達する直前に扉が開かれ、白と黒の異色な軍装姿のサイハは、額に汗を流し、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる。
「それは殊勝なことですね。
30分も私と爆弾おにぎりズを置き去りにして、爽やかな汗を流し、ゆっくり歩いてのご登場とは。
余程あなたは、私と爆弾おにぎりズをいたぶりたいようですね」
そう言ってわざと仁王立ちをして、いかにも、私怒ってるんですけどアピールをサイハにしてみせた。すると、サイハはそんな俺の気迫に押されまくったのか、若干引きぎみになる。
「配給所が混んだのは久しぶりだったんだよ。
てか、何だ
サイハは右手の甲を使い、左頬をなぞらせ始めた。
な、なんだこの動きは……?
新手のダンス?
いや、違うな。サイハは俺に何を伝えたいんだろう。指もピンッとたててるし、これじゃまるでオカm……。
──ハッ。
「そ、そんな訳ないだろ!? イガッ! ガ、イガラシさんの真似だよ」
瞬時にサイハのそれを止めさせる。つい勢い余って噛みまくったが、何とか止めることに成功した。
サイハが俺に何を伝えたいのかは分かった。だが、俺は男であり、女のような男ではないのだ。
「イガ、ガイガラシ? お前のオペレーターか?」
「ちがう!
サイハが眉をひそめる。だが、サイハの右手がまだ頬を擦っているせいか、つい右手に気をとられてしまう。眉をひそめるのもいいけど、いい加減右手は下ろして欲しいんだよなあ。
「……そう、イガラシさん。俺、初日に堂々と、満面の笑みで
「はっ、ゴジュラシはないわ。てか、貰ってきたぞ」
サイハは軽く笑いながら応答し、ビニール袋に入ってあるサンドイッチをヒラヒラと見せつける。
食事をする際は基本的に大食堂で食べるか、時間が無い場合は大食堂の隣にある、『配給所』と呼ばれる場所で食事を受け取り食べるか。
この2択となっている。
「だよね……じゃあ食べようか」
最初はホカホカだったが、手に持ち続けたがために、微妙な温度になった爆弾おにぎりのラップを引きちぎる。
これが人肌の温もりというやつか。自分の肌の温もりって、寂しいな。
サイハは
几帳面だな。
ここで昼飯を食べ始めたのは、ちょうど一週間前だ。
それまで食堂の定食メニューをたらふく頬張っていたのだが、何やらサイハが「もうここには居られないな」と、俺の服を凝視しながら言うのだ。
訳がわからない。
そんなこんなで食堂以外で食べる事になったのだが、問題となったのは場所だった。高校の時、俺達は校舎の屋上など、高い場所でよく飯を食べ、休んでいた。
その鳥の様な本能にまたも逆らえず(俺だけかもしれない)、俺達は上を目指した。
しばらく経ち、セントラルスピアの48階に、誰も使っていなかった少しオシャンティーなテラスを見つけた。
テラスは外に面して風が心地よかった為、そこが俺達の休憩所となっていった。
初めてここに来た時、サイハは外の景色が嫌だったそうだが、次第に慣れていき、今はここを気に入っている感じだ。
若干高校生活の名残でもあるので、慣れるというよりは、これが俺達にとっては普通って感じ。
昔と変わらない、なんの変哲もない昼休みだ。
「今日も朝からずっとデスクワークか?」
サンドイッチを頬張りながら、サイハは口を開いた。
「ほんとやめてほしいよね。いつからインテリ設定なの俺って」
まったく、俺の世界観もなにもあったもんじゃない。
誰がこんな仕事ばかり回してきてるんだ。
サイハは残りのサンドイッチを食べ終え、腰を上げる。
そして手摺に腰掛け、空を見上げる。
「俺も結構体動かす仕事多いけどよ、助手にやらせてる所もあるぜ?」
「へえ、サイハのとこはうまくいってんだ」
「最近はな」
妙に涼しげに答えてる。ほんとにうまくいってる顔だ。
俺はおにぎりを食べ終えて、2つ目の爆弾おにぎりを開ける。
そしてゆっくりと寝転がる。
「いいなあ、サイハそんなにコミュ力高かったっけ?」
「んー微妙。あいつが変に喋ってくるから、こっちも返事するみてェな感じだな」
「スメラギさん……だったっけ?」
「あァ」
頭をポリポリ掻きながら答えるサイハ。
羨ましいな。
俺がサイハとスメラギさんの距離が縮まったと感じたのは、二週間ほど前だった。
ふらふらと廊下を歩いてる時に、ふと窓の外を覗くと、サイハとスメラギさんがいがみ合いながら歩いているのを見かけた。その時に、以前の絡み方とはどこか違う。お互いの腹の中を見せあった後の様な感じがしたのだ。
極めつけに、サイハの態度ががらりと豹変している。嫌いな人をとことん遠ざける性格のサイハは、最初の頃、スメラギさんと話してる姿を1日2度程見るくらいであったが、今では、もう俺と同じくらい喋っている。いや、俺とより喋ってるかも。
その点、俺ときたら……。
「はぁ……イガラシさんはいつになったら心を開いてくれるのやら~」
「
サイハは両手を空に伸ばし、グッと背伸びをした。
よっこいせとか言いながら立ち上がる。
「うん。……っておい!」
「いいじゃねェか、ゴミ捨て頼んだぜコミュ障くん」
サイハは去り際に、自分が食べたサンドイッチのゴミを投げつけ、急ぎ足で扉の向こうへ消えていった。
俺はゴミ箱じゃないんだっての。
ーーー
ゴミを捨て、慌てて執務室に戻る。
扉を開けて中に入ると、イガラシさんは既に作業を始めていた。一週間前までは「遅かったですね、早く作業にとりかかってください」くらいは言ってくれたが、最近は一瞬ギロっと睨みつけ、再び自身のパソコンに目を向けるパターンが主だ。
今回もそのパターンだ。
「ご、ごめん。ゴミ捨てに行ってた」
いつも通りの謝罪をすると、イガラシさんは溜め息を1つ。
「それは殊勝なことですね。この部屋にもゴミ箱があるのに、ましてや別のゴミ箱へわざわざ捨てに行くとは。余程午後からの仕事を引き延ばしたい様です」
「あ、あはは……」
一言も二言も多いのが、この五十嵐涼華の基本だ。
「それと、朝私が使ってたマグカップ。というか、私が使っている物は全て私物なので、隊長が洗わなくても結構です。お気を使わせてしまい申し訳ありません」
ペコリとイガラシさんは頭を下げる。
「そ、そう? 俺は別に気は使ってな──」
「──まぁ、どうでもいいんですけど」
……ほんとに余計だ。
完璧なプロポーションを持ち合わせている彼女だが、1つ難があるとすれば、その性格だろう。人とのコミュニケーション能力が欠如しており、ジョークなど全く通じない。高校でボケの限りを尽くした俺とは、真逆の性格といえる。
彼女と出会った
──1ヶ月前。
俺が直轄救助部隊に入隊した初日。
サイハと別れた俺は、トアケ隊長に連れられ、俺専用の執務室とやらまで案内された。
トアケ隊長は仕事がまだ残っていると言って、何処かへと消えていった。
1人になり、腹の底から不安が襲ってくる。
頭は決して良くなかった。むしろ悪いほう。
職務とか俺にできるかな、何かそういうの全部やってくれる人がいいなあ。
そんな甘い要望を密かに持ち、そっと扉を開く。
「し、失礼しま~す」
中には机が2つ。一番奥とその斜め方向にもう1つ。
そして一番奥にある机の前に、後ろを向いていて顔は見えないが、長い黒髪の女性が立っていた。
後ろ姿からでも分かる。とても綺麗な人だ。
「3分前にはここにくると、十朱少佐から承っていたのですが」
「へ!? えっと、すいません。少し遅れしまって……」
あの少佐ゆっくり案内しやがって。
どうするんだよこの空気。
「今後、このような事はないようにしてください。
峰山秀さん。貴方は隊長なんですから」
だ、誰だこの人……。
いきなり連れて来られたと思えば、次は説教ときたぞ。
彼女は綺麗な黒髪をなびかせ、
人工の光に照らされる彼女の肌は、雪のように白く綺麗だ。銀色の眼鏡に映し出される澄んだ瞳は、紫色に輝いており、スッとした眉毛と、綺麗な顔立ち。
だが、その綺麗な顔立ちも、今は不機嫌に染まっている。
「本日より、峰山秀隊長の補佐を務めさせて頂くことになりました」
優雅(ゆうが)な足取りで歩き、胸ポケットから名刺をスッと差し出してきた。
『峰山秀専任サポーター 五十嵐 涼華』
と、綺麗に
彼女が見事に着こなしている黒のスーツが、先程の動作と相まって、大都会を行き交う、現役バリバリのキャリアウーマンを思い立たせた。
「こんな綺麗な女の人がサポーターだなんて、思っても見なかったよ。
よろしく!
俺は自身の持てる爽やかさと笑顔を全面に押し出した顔で、ゴジュラシさんに手を差しのべる。
人の名前はしっかり呼んであげないとね。
すると、ゴジュラシさんはため息を1つ。極めつけに、銀色の眼鏡をクイッとあげる。
「よろしくお願いします。峰山隊長。
それと、私の名前は
話に聞いていた通り、戦闘面
「……はい、その通りです。すいません」
そうして俺は、イガラシさんという一抹の不安を抱えながら、CDAの業務に取り移る事となる。
──というのが経緯。
俺は戦場に出て、誰かを助ける事が仕事だと思っていたのだが、それはとんだ見当違いみたいだ。
少佐や中尉。位が高い人間が戦闘で実力を発揮し、後始末と言えば聞こえが悪いが、救助した人々の居住区画決定などを取り仕切るのは、分隊長の役目だそうだ。
そうして、CDAによせられる業務が、ランダムに各分隊長へ分担させられ、それぞれの毎日の仕事となっている。
因みに、俺達を爆竹で見送った先輩方は、少佐や中尉と共に名を
仕事は、その他にも沢山ある。
だが、新任隊長に任される通常業務。
その業務の大半を締めるのが、居住エリアの市民から寄せられてくる、クレームの対応だった。
「何を突っ立っているんですか、行きますよ」
「え! ああ、ごめん。どこにいくんだったっけ?」
「駐屯隊の屯所で、これから
「お、おえらがた……」
イガラシさんはいつの間にか業務を終えていた。
書類をトントンと、机の上で整えてからクリップで
几帳面だな。
そういえば、イガラシさんって何となくサイハに雰囲気似てるような──。
「──って、あれ、いない!?」
考えていたら、イガラシさんは執務室を後にしていた。
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