無冠のおしごと! (神光の宣告者)
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ありふれた朝

『浪速の白雪姫』

『捌きのマエストロ』

『捌きのイカヅチ』

『攻める大天使』

 

将棋の世界で目覚ましい結果を残し、将棋ファンから認められた棋士の多くがこういった二つ名をもらう。

本来二つ名を貰えることはとても光栄で嬉しいことな筈である。

 

レーティング3位、A級在籍年数1期の俺、角井秀人も有り難いことにとある二つ名で呼ばれている。

しかし俺は自分の二つ名が嫌いだった。

なぜなら俺の二つ名とは……

 

 

「はよ起きてくれまへか?『永世無冠』はん。」

 

 

忌まわしい己の二つ名を聞き目を覚ました。

ぼやけていた視界がやがて晴れてくると見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

部屋は薄暗く今が何時なのかはよく分からない。

部屋には俺の他に二人誰か女性がいることが話し声から分かった。

一人は『汚い』などとブツブツと文句を言いながら乱暴の部屋を歩き回っている。

もう一人は『死んでませんよね』と心配そうに呟きながら俺の体をツンツンと触っている。

 

まずは状況を整理するためひ昨日の記憶を徐々に思い起こしていこう。

昨日は玉将戦の第五局で生石さんと対局した。

そしていつものように見事に捌かれて負けた。

ヤケになった俺は会見もそこそこにすぐさま家に帰りそして倒れるまで将棋を指していた……ような気がする。

 

「そろそろ起きてくれまへんか?」

 

妹弟子の内の一人、供御飯万智が俺を踏みつけてくる。

肺を圧迫されて命の危険を感じた俺は動物の本能で飛び起きて万智から距離を取った。

 

「ゲホッゲホッ……お前殺す気か!?」

 

ようやく状況を把握した俺は一人暮らしの俺の部屋に何故かいる妹弟子の存在に気付き飛び起きた。

 

「ほら、死んでないと言うたやろ?」

 

俺の抗議など完全に無視してもう一人の妹弟子である貞任綾乃に話しかける万智。

 

「あ、よかった……。おはようございますです、兄弟子(おにいさま)!」

 

綾乃は子供らしく元気よく挨拶してくれる。

この声のおかげで昨日の敗戦で傷ついた心が少し癒された気がする。

つい可愛がりたくて綾乃の頭を撫でる。

綾乃『ふぇっ!?」犬みたいな声をあげたがすぐにくすぐったそうに微笑んだ。

 

俺が綾乃の可愛さに浸っていると万智が突然掃除の手を止めて恨めしそうにこちらを見てきた。

 

「そない幼女にデレデレしとらんで、そろそろ結婚でもしてくれまへんか?兄弟子の世話ばかりしとったらうちまで婚期を逃してまいます。」

「婚期って……お前まだ18歳だろ。」

「こうしている内にもうちはドンドンとライバル達に差をつけられてるんどす。」

 

そう言って怒る万智を横目にスマホを起動する。

将棋の掲示板を見てみると早くも昨日の俺のスレが立ち上がっていた。

 

 

 

[速報]永世無冠タイトル防衛

 

146:名無し玉将

一年で竜王と名人以外の5大タイトル戦に挑戦して全敗とかある意味凄い記録だろ

153:名無し玉将

マジでタイトル戦だけ弱くなるの何なんだろうな

159:名無し玉将

クズ竜王とか永世無冠が出てきた時はついに将棋の歴史が動き出すと思ったんだけどな

163:名無し玉将

>>159

どうしてこうなった……

165:名無し玉将

永世無冠はもうダメだろ

完全に旬を逃した

 

 

 

「相変わらず好き放題書かれてるな。」

「また掲示板を見てるんどすか。掲示板でどこの誰とも知らん人にボロクソ言われとる暇があったら、誰かと研究会でもしたらどうどす?気も少しは紛れると思うで。」

「この人たちはお兄さまの凄さをまったく分かってないです。」

 

万智と綾乃がスマホを覗き込んでくる。

密着しすぎて万智の豊満な胸の感触がダイレクトに伝わってくる。

これはワザとなのか!?天然なのか!?

 

「し、心配してくれてるのか?」

「何でうちが兄弟子の心配をしなきゃいけないどすか?兄弟子の世話を甲斐甲斐しく焼いてる方が家庭的に思われて都合がええからやってるだけどす。」

 

俺の妄想は一刀両断された。

妹が怖すぎるのだが……

万智は何故か黒いオーラが見え隠れする慈愛に満ちた表情を浮かべてキッチンに向かった。

 

「作ってくれるのか?」

「どうせ昨日から何も食べておられへんのやろ。」

 

万智は文句を言いながらテキパキと野菜を切り始める。

これもイメージ付けの一環なのかもしれないが昔から意外とこういうところは気にかけてくれている。

口は悪いが根は優しい奴なのだ。

 

「ありがとうな。」

 

俺の感謝の言葉は卵をかき混ぜる音にかき消された。

 

 

ーーーーーー

 

 

食卓にはおよそ8億年ぶりにまともな食事が並んでいた。

味噌の香りを漂わせながら湯気を立ち上げている味噌汁に、白く光るご飯、聞くところによると恐ろしいほど高い鮭の塩焼き、そして卵焼き。

まさに日本の朝ごはんの定跡ともいえる品揃えに軽く感動を覚える。

自慢ではないが万智はとても料理が上手い。

特に毎年正月に行われる加奥悦一門会では万智が用意した最高級の食材を使ったおせちが出されるのだがそれは料亭の料理と言われても納得してしまうほど美味しいのだ。

 

こんなに美人で料理も上手い。

どう見ても超優良物件なのにどうして彼氏が出来ないのだろうか。やはり性格が……

 

「何か失礼なことを考えてはりませんか?」

「な、何を言ってるんだ……!?」

 

心を読まれただと!?

やっぱり将棋指しは怖すぎる!!

 

こんな他愛もないやり取りを続けて時間は過ぎていった。

一通り朝ごはんを食べ終えると突然、綾乃が何か言いたげな様子でソワソワし出した。

 

「あの、お兄さま……。私ですね、研修会で新しいお友達ができたです。」

「そうなのか?よかったじゃないか。」

「はい!とっても可愛い友達なんですけどとっても強いんです。」

「それでその子にお兄様の話をしたんですけどそしたら……」

「そしたら……?」

 

綾乃は顔を真っ赤にして押し黙り喋らなくなってしまった。

なぜか気まずい沈黙が流れる。

こういう時は同じ女の万智に助けてもらおう!

万智に視線でSOSを送る。

万智は俺からのSOSを受信しそして……無視した。

やっぱり性格が……

 

「なんどすか?」

「なんでもありません。」

 

顔を赤くしてモジモジしていた綾乃はついに決意を固めたのか近所にも聞こえてしまうほど大きな声でまくしたてるように言い放った。

 

「そのお友達と師匠と私とお兄様の4人で遊びに行くことになりましたです!!」

「なんでそうなったの!?」

 

綾乃の友達の師匠って絶対に俺より年上のプロ棋士じゃないか……。

そんな人と一緒に遊ぶなんて気まずいどころの話じゃないぞ!?

 

「ダメ……でしたか?」

「いいよ!!」

「はぁ……馬鹿どすね。」

 

だってその眼は反則だよ……。

 




竜王のおしごとって20代のプロ棋士いないなぁっと思って書き始めました。

これからよろしくお願いします。


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あり得ない師匠

「こ、こんな服で大丈夫かな?」

「はいっ!!とっても似合ってますです。」

 

笑顔で全肯定してくれる妹弟子が可愛すぎて頭を撫でてあげたくなるが今回ばかりは綾乃の評価は当てにできない。

普段、研究もコンピューターで一人でする俺は基本的に対局以外で人に会うことがない。

だから普段はシャツとジャージ意外の服を着ることがない。

しかし今回ばかりはそんな格好で行くわけにはいかないのだ。

もしもシャツとジャージなどという格好で綾乃の友達に会ってしまえば、俺だけでなく綾乃にまで恥をかかせてしまうことになる。

そして幻滅した綾乃が俺の側から離れて……

それだけは絶対に阻止しなくてはならない!!

 

結局考えに考えた結果、ジーパンとコートを羽織って行くことに決めた。

ちょっとラフすぎる気もするけど少なくとも常識の範囲内には収まっている筈だ。

近鉄電車に揺られること30分、焼肉で有名な『鶴橋』や関西オタクの聖地『日本橋』を通過して今日の目的地の『大阪難波駅』に到着した。

 

「今日の夜ご飯は焼肉がいいです。」

 

綾乃は鶴橋での焼肉の匂いにすっかりやられてしまったようだ。

かく言う俺も香ばしいタレの香りですっかり肉が恋しくなってしまっているのだが。

綾乃にバレないようにさり気なく財布の中身を確認する。

……これだけあれば足りるはず。

帰りの寄り道の算段を立てながら待ち合わせ場所の難波パークへ向かった。

人でごった返した休日の難波パークへと到着すると既にそこには綾乃と同い年くらいの小学生の女の子と高校生くらいの男の子がいた。

 

「おはよう、あいちゃん!」

「おはよう!!」

 

綾乃はその小学生の女の子と楽しそうにキャッキャっと話し出した。

俺はそんな二人の様子を横目にその子の師匠の姿を探した。

この子の師匠は一体誰なのだろう、関西将棋連盟所属の棋士で弟子を取りそうな人……

 

「えっ!?あいの友達のスッゴイ強い兄弟子って角井さんのことだったんですか!」

 

まさか綾乃の友達の師匠が俺よりも年下など誰が予想できただろうか。

しかも、俺どころか将棋ファン全員が知っているほどの大物である。

 

「や、八一くん!?まさか君が綾乃の友達の師匠なのかい!?」

「え、あ、はい。……あいの師匠の九頭竜八一です。年下ですし、呼び捨てしてもらって大丈夫ですよ。」

 

若干16歳という若さで将棋界最高タイトルの竜王を手に入れた天才が弟子を取ってたなんて……

しかも小学生。

俺の中で九頭竜八一に対してある疑念が生まれる。

 

「あの……何か勘違いしてません?」

「い、いや大丈夫だ。安心してくれ。そ、そうだなこれからは八一と呼ばしてもらうよ。」

「「……」」

 

2人の間に気まずい沈黙が流れる。

しかしこれは仕方ないことだ。

そもそも俺はコミュ力が高い方ではない。

研究会も表向きは敵に情報を与えかねないことになるから敬遠していると言っているが、実際は人と話していると必要以上に緊張してしまい将棋に集中できないからコンピューターを使って一人でやっているのだ。

何故か世間では噂が一人歩きしてコンピューター将棋の申し子なんて言われてるけど……。

 

その上さらにこの状況はとても味が悪いのだ。

目の前にいる九頭竜八一とはちょうど2週間後の玉座戦の二次予選で当たるのである。

2週間後に戦う相手と一緒に一日過ごすなど前代未聞だ。

この状況はコミュ力皆無の俺にはあまりに難解すぎる。

俺は脳細胞をフル回転さして最善手を導き出そうとする。

……綾乃には悪いが今回は帰らせてもらおう。

 

「綾乃、ちょっといいか?」

 

綾乃は俺の手を読んでいるのか逆に強烈な一手を放ってきた。

 

「今からあいちゃんの家に行くことになったんですけどいいですよねっ!!」

「うん、いいよ!」

 

その笑顔は反則だよ……。

その隣では九頭竜八一の腑抜けた声が聞こえてきた。

 

「いいよ、存分に指そう!!」

 

もしかして俺たちって意外と気が合うのかな?

俺と九頭竜八一は幼女達に引っ張られながら家へと向かった。

 

余談だがその日俺たちが難波パークを離れた後に血相を変えた警察官が慌てて来たらしいのだが何か事件があったのだろうか……

まぁ、俺たちは巻き込まれなかったので良かったとしておこう。

 

 

ーーーーーー

 

 

結局なし崩し的に八一の家に来ているのだが本当にどうしてこうなった……。

外では小学生らしく騒がしく話していた綾乃とあいちゃんだが一度将棋を始めると静かに淡々と指しあっている。

部屋の中にはペチペチと小気味いい駒音が響き渡っている。

 

一心不乱に将棋に打ち込んでいる小学生組に対してプロ棋士組の間には気まずい沈黙が流れている。

ここはやっぱり練習対局でもした方がいいだろうか。

でも2週間後に当たる相手だしな……

そんな事を考えていると八一がおもむろに駒を並べ始めた。

 

「取り敢えず指します?」

 

遠慮がちにこちらを見上げる八一を見て笑いがこみ上げてくる。

何歳になっても結局俺たちには将棋しかないらしい。

対局が始まるとなぜか会話もすんなりと始まった。

どうやら俺は将棋を指すとコミュ力も上がるらしいやっぱり将棋ってスゴイ!

 

「遅くなっちゃったけど竜王獲得おめでとう。」

パチっ。タン!

「あ、ありがとうございます。」

パチっ。タン!

「会うのは指し始め式の時以来だね。」

パチっ。タン!

「そうですね。」

パチっ。タン!

駒を置く音とチェスクロックの音が規則的に鳴る。

その音の隙間を埋めるように短い会話が続くいている。

 

「角井さんもA級残留おめでとうございます。」

「あぁ、ありがとう……。」

「それにしても凄いな。来年は待ち受ける側なんだもんな。」

「正直今から不安で一杯です。俺なんてたまたま、竜王戦に勝ち星が集中しただけでたまたま勝てたようなものなので。」

「そんな事はないよ。その年で竜王になったのは八一の実力だよ。……八一は将棋の神様に認められたんだよ。」

 

会話をしながら徐々に目の前の少年に対して嫉妬している事を自覚する。

目の前の少年はたった一度のタイトル挑戦でタイトルを獲得した。

俺はもう既に10回以上タイトル戦に挑みながら1度も勝つことができない。

こいつと俺の差は一体なんなんだ。

 

バチンっ!!ダンっ!!

 

部屋中に響き渡るほど大きな音が出たことに驚いて我に帰る。

知らない間に指し手に力が入っていたようだ。

 

八一は少し驚いて動きを止めたがすぐさま盤に目を移し小刻みに体を揺らして手を読み始めた。

 

「誰にも竜王のタイトルを渡す気はないです。」

 

パチっ。タン。

決意のこもった手つきで八一は次の手を指した。

俺はノータイムで八一の王の頭に銀を打ち付けて勝ち誇って言い放った。

 

「これで25手詰めだな。」

「嘘!?……ホントだ。」

 

対局を終えて周りの景色に目を向けるとさっきまで規則的に鳴っていたペチペチという音がいつのまにか消えていた。

違和感を感じて見てみると俺と八一の使う将棋盤に綾乃とあいちゃんがビッチリと引っ付いていた。

 

「二人とも何やってるの?」

「やったー。お兄様の勝ちです!」

「で、でも惜しい将棋だったし。練習対局だし!」

 

二人はいつの間にか対局をやめて俺たちの将棋を見ていたらしい。

兄弟子の俺が勝って嬉しいのか綾乃はピョンピョンと飛び跳ねている。

喜んでくれるのは嬉しいけどはしたないから辞めなさい。

 

「ほら、言ったでしょ。お兄様は最強だって。」

「そんな事ないもん。師匠は竜王タイトル取ってるから師匠の方が強いよ!」

 

あいちゃん、それは私自身が一番よく分かってます……。

 

「で、でも……お兄様はどの棋戦でも強いから。し、失礼ですがあいちゃんの師匠は竜王戦以外はダメダメです!」

「うはっ!?」

 

綾乃……

俺を庇ってくれるのは嬉しいが、それは流石に酷すぎるぞ!?

 

「そ、それは……。でもっ!」

 

まだ続くのかこれ……

次はどんな鬼手が飛び出してくるんだ。

 

「師匠はとっても優しいですっ!昨日もあいの髪を優しく梳かしてくれました。それに寝るまで側にいてくれましたし……。」

 

あいちゃんの暴露話のせいで周囲の空気が一気に凍った。

あいちゃんは自分で暴露したのに顔を真っ赤にして今にも爆発しそうだ。

向かいでは八一がこの世の終わりみたいな表情になっている。

 

「あ、あのこれは違うんです!」

「あいちゃん、羨ましいな……。」

 

浮気が妻にバレた夫の定跡みたいな様子の八一を白い目で見返す。

綾乃に関しては聞かなかったことにしよう。

 

「しょ、小学生が良かったのか……。」

「誤解ですっ!」

「えっ!?師匠は私のことが好きじゃなかったんですか……。」

「いや、あいの事は好きだぞ!?」

 

目の前でここまで見せつけられたら流石にもはや認めないわけにはいかない。

先刻抱いた疑念が確信に変わる、八一はロリコンだ……!

 

再び室内に気まずい沈黙が流れる。

しかしこの沈黙は長くは続かなかった。

突然ドアの鍵を開ける音がして静寂が破られた。




りゅうおうのおしごとの二期が見たいな〜


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根深い関係

突然ドアの鍵を開ける音がして静寂が破られた。

誰だろう?

合い鍵を持っているということは親だろうかそれとも八一の師匠だろうか。

八一の方を見るとあいちゃんの暴露話のせいで元々顔色が悪かったのにだがなぜかさらに顔面が蒼白になっている。

 

ドアを開けて入ってきたのは八一の親や師匠の年齢よりも10歳以上若いと思われる2人の女性だった。

その内の1人はなんと俺も知っていた。

というか将棋指しなら誰でも知っている、『浪速の白雪姫』こと空銀子である。

 

「どうもこんにちは。」

「え!?何で角井先生がこんなところにいるんですか?」

「まぁ、色々あって。」

 

このコミュ力皆無の俺がなぜ将棋界のアイドル的存在の空銀子と話せているのかというと理由がある。

俺は時々空銀子と2人きりで会う仲なのだ。

 

……まぁ会うって言っても研究会もどきでなんだけどね。

 

俺と銀子ちゃんの出会いはもう一年以上前になる。

1年前のある日、俺は自分の対局の記録係が銀子ちゃんである頻度が高いことに気付いた。

気になってその事を聞いてみたところ、俺の棋譜から色々と学びたいことが多くあったらしい。

棋士としてそう言ってもらえるのは素直に嬉しかった。

それから時々、お互いに暇な時に研究会をするようになった。

プロ棋士との研究会だと敵に情報を与えかねないことにもなるが、銀子ちゃん相手ならその心配はなかったし、お互いに必要の以上の会話はしなかったしとにかく俺にとって都合が良かったのだ。

 

「あの人が空銀子先生……。」

 

綾乃はいつも何故か空銀子という名前に過剰に反応する。

確かにいずれは超えなければならない強大な壁だが、綾乃の反応からはそれ以上の何かを感じるような気がする。

まぁ棋士にとって闘争心があることは決して悪いことじゃないしむしろ厳しい局面を乗り切るにはそういった闘争心は不可欠だからいいんだけど……。

 

「銀子ちゃんこそどうしたの?」

 

そう問われると突然、空銀子は対局の時と同じく……それ以上に厳しい表情で俺を睨みつけてきた。

なんか地雷踏み抜いちゃった!?

あまりの鋭さに軽く恐怖を覚える。

呼吸を整えて落ち着いてから銀子ちゃんを見ると、その視線の先は俺ではなくさらにその後ろに注がれていることに気が付いた。

 

「まだいたの小童。」

「おばさんこそなんで来たんですか?」

銀子ちゃんの視線の先にいる9歳の幼女は泣きだすことなどなく、太々しい顔で真っ向から迎え撃った。

2人の間で激しい火花が散っている。

 

「あなたは早く石川に帰りなさいよ。」

「いやですぅ。師匠とずーっと一緒に過ごすんですぅ。」

 

あいちゃんはそう言うと八一の腕に抱きついて挑発的な笑みを浮かべる。

あの空銀子相手にこの立ち振る舞い、末恐ろしい子……。

八一を取られて負のオーラ全開の銀子ちゃん。

一方の八一は顔面蒼白で震えている。

中々離れない2人を見て銀子ちゃんのイライラは最高潮に達しそうだ。

相矢倉のような泥沼の戦いが始まるとその場にいる誰もが思った。

しかし泥沼の戦争は始まらなかった。

もう1人の銀子ちゃんよりも大人な美人が2人の間に割って入ったのだ。

 

「ま、まぁ2人とも落ち着いて。お客さんの前だし……ね?」

「「……フンッ。」」

 

取り敢えずは収まったらしい。

そろりそろりと、八一の隣に行き耳打ちをする。俺はプロ棋士の先輩としてこれからの将棋界を背負って立つ後輩に忠告しておかなければならない。

 

「二股だけは絶対にするなよ。」

「何の話してるんですか!?」

 

ダメだこいつ……。

八一のあまりの鈍感さに頭を抱えているとあいちゃんと銀子ちゃんの喧嘩を止めたその美人は八一と俺に近づいてきた。

 

「助かりました桂香さん。」

「たまたま銀子ちゃんと一緒に近くを通りかかったから寄ったのよ。」

 

桂香さんと呼ばれたその女性はチラリとこちらを見る。

エメラルド色の綺麗な瞳に見つめられてまるで金縛りにあったように目が離せなくなった。

何か会話しなければと口を動かそうとするが上手く言葉を発せられない。

 

「始めまして、清滝鋼介の娘で八一くんの妹弟子の清滝桂香です。」

「あ、えっと、角井秀人です。」

 

しどろもどろになりながら挨拶をした俺を驚いたように見ると突然笑い出した。

 

「ウフフ、同い年のトップ棋士の名前くらい知ってますよ。」

 

桂香さんは俺と同い年らしい。

同い年でこの余裕の差は我ながら情けなくなる。

 

「角井さんの話は銀子ちゃんからよく聞いてるわ。口下手な私を気遣って将棋に専念さしてくれる優しい人だって。」

 

すいません、それは単にコミュ障で話しかけられないだけです。

……とは言えないないので適当に相槌を打ちながら誤魔化す。

 

「それにしても八一くんが小学生以外を家に上げるなんて珍しいね。」

「桂香さんまで……。」

「アハハッ。ゴメンね。八一くんにも同世代の棋士仲間ができて安心したのよ。」

「俺ってそんなに友達少なそうに見えてました……?」

 

八一と談笑する桂香さんはとても楽しそうでそして……とても綺麗だ。

 

「お兄様っ!!」

 

桂香さんに見惚れている俺の服の裾が強く引っ張られる。

見下ろしてみると綾乃が不機嫌そうに口を尖らせて見上げてきた。

怒っているのはわかるのだが服の裾を掴むために背伸びしているのを見るとどうしてもニヤけてしまう。

 

「帰りますよ。」

「え?もう帰るの。」

「帰るって言ったら帰るんですっ!」

 

綾乃に強引に引っ張られる。

何をそんなに怒ってるんだ?

 

「な、何かよく分からないけど今日はありがとう。帰らしてもらうね。」

「ありがとうございます。またいつでも来てください。」

「そうか!桂香さんと角井さんをくっつければ……。」

 

あいちゃんが何やらブツブツと言ってるけどよく聞き取れない。

綾乃に無理やり引っ張られて八一の家を出て行った。

マンションを降りる途中、俺たちを追うように上から桂香さんが走ってきた。

 

「あの、角井さん。対局もあるから難しいとは思うけど、時々は八一くんと話してあげてくれませんか?あの子、あんまり棋士仲間が多くないようにみえるから。」

 

優しい顔で歳下の兄弟子の心配をする桂香さんはまるで慈愛に満ちた女神のように見えた。

 

「機会があれば仲良くしたいと思ってます。」

「それでは失礼します。桂香おばさん。」

 

桂香さんの言い方おかしく聞こえたけど気のせいだよね……。

 

 

✳︎

 

 

マンションを出ると陽は傾いていてすっかりと夕方になっていた。

綾乃は俺の手をガッチリと握ってブンブンと振りながら上機嫌に歩いている。

さっきは怒ってたのに……女の子の機嫌は終盤戦の優位みたいに変わりやすいようだ。

 

「何でさっき怒ってたんだ?」

「はい?怒ってなんかないですよ。」

 

満面の笑顔の綾乃を見ているとさっきの事なんてどうでも良いように思えてくる。

 

「さっ!早く鶴橋に行きたいです。お肉~お肉~。」

 

あぁ成る程、焼肉が早く食べたかったのか。

 

「あいちゃんって子とは仲良くできそう?」

「はいっ。でもとっても強いから私も頑張らないと……。」

 

さっきまでの幸せそうな顔とは打って変わって険しい勝負師の顔に変わる。

綾乃は幼くても立派な将棋指しの1人なんだと改めて実感して嬉しくなった。

 

「そっか、じゃあもっと一杯将棋指さないとダメだね。」

 

手を繋いでいない方の手で綾乃の頭を優しく撫でてあげる。

綾乃は恥ずかしいのか伏し目がちにはにかんでいる。

 

「私もお兄様の家に住もうかな……。」

 

綾乃の最後の言葉は隣を通り過ぎたトラックの音でかき消された。




桂香さんファンよ、増えろ!!


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対決!竜王vs無冠

「応援してますです。」

「私も携帯でこっそり対局見ます!」

 

朝の8時、4月になったとはいえ朝はまだ少し肌寒い。

こんな朝早くから俺は真っ赤なランドセルを背負った2人の幼女と話していた。

……俺が呼んだわけじゃないからね!!

 

「嬉しいけど、授業はちゃんと受けようね。」

 

2人とも幼女であるといつ点では同じなのだが2人の雰囲気はとても異なっている。

姉弟子である万智譲りのお嬢様な雰囲気を纏っている綾乃。

綾乃とは正反対の快活な幼女である水越澪ちゃん。

てか何で俺は朝から幼女の解説をしてるんだよ!!

 

「2人とも学校でしょ。早く行かないと。」

「そうですね、そろそ行かなければなりませんです。でもどうしてもお兄様に一言応援をしておきたくて。」

 

そう言ってはにかむ綾乃はやっぱりとても可愛い。

だらしのない笑みで綾乃の頭を撫でる。

 

「お兄様ぁ……はっ!?そういえば大事なことを忘れていました。万智お姉様からの伝言です。」

 

綾乃はそう言うと狐みたいにニュ〜っと口の端を吊り上げて万智の口調を真似る。

 

「『どうせ負けて病みはるやろうから先に言っときますけどこなたは今日は関東の方に行くので面倒は見られまへん。ちゃんと食事だけは自分で取ってくださいな。』だそうです。」

 

おぉ、中々クオリティの高い物真似だ。

俺の体の事を心配してくれてるのはありがたいのだが今から対局に行く兄弟子にそんな事普通言うかな……。

 

「あ、ありがとう。肝に命じておくよ。」

「それでなんですけどね……も、もしよろしければ綾乃がお待ちしておきましょうか?」

 

綾乃は手を前で重ねてモジモジと恥ずかしそうに小さな声で呟く。

 

「何時になるかわからないしいいよ。綾乃は明日も学校だろ?」

「そ、そうですけど……。うぅお兄様は鈍感すぎです、デリカシーゼロですっ。」

「あっ!?綾乃ちゃん待って~。」

 

綾乃は突然踵を返して物凄い勢いで走り去って行ってしまった。

やっぱり女の子の機嫌は終盤戦の優位くらい変化しやすいなぁ。

 

 

✳︎

 

 

関西将棋会館に入りそのままどこにも寄り道をしないで真っ直ぐと5階の対局室へ向かった。

「あっ!おはようございます。お早いですね。」

 

対局室に入ると高く綺麗な声が出迎えてくれた。

しかしこの声の主は女の子ではない、声変わりをしていない男の子のものである。

小学6年生の奨励会員、椚創多が部屋の中央で駒を丁寧に拭いていた。

 

「おはよう。今日は椚くんが記録員なのかい?」

「はいっ!希望者がとっても多かったので振り駒をして何とか権利を勝ち取りました。」

「そっか、今日はいい将棋を指さないといけないね。」

「八一さんと角井さんの対局なら素晴らしいものになるに決まってますよ!あぁ、今から楽しみだなぁ。」

椚は目をハートマークにして対局を楽しみにしてくれている。

今日行われるのは王座戦の二次予選である。

八一と公式戦で当たるのは今回が初めてだ。

史上最年少でタイトルを獲得した天才棋士と現役最年少のA級棋士の対決だ。

世間的な注目度もそれなりに高い気がする。

俺にとってもこの一局はとても重要な意味をもっと思っている。

 

「おはようございます、八一さん。」

 

程なくして八一も対局室へやって来た。

 

「おはよう。」

「おはようございます。」

 

お互いに素っ気ない挨拶を交わすと駒を一つずつ並べていく。

竜王タイトル獲って以降の八一はスランプに陥って長い間勝利から遠ざかっていた。

しかし先週行われた同い年の神鍋歩夢との対局で八一本来の将棋を取り戻したように見えた。

そして今日は俺にとっては願っても無い状況だ。本来の輝きを取り戻した八一でなければ確かめることができない。

今日の対局で見定めるのだ、自分に足りないものを。

八一にあって俺に足りないものを……。

 

「「お願いします。」」

 

俺は沈んでいく、どこまで深くて広い将棋の海の中へ。

 

俺と八一の初対局の戦型は角換わりになった。

正直に言うと序盤の攻防は上手く立ち回れたと思う。

八一の得意戦法は一手損角換わりだ。

俺としてはこの戦型になるのは避けたかった。

いささか変な手順での角交換になってしまったが通常の角交換将棋にできたのはそれだけで十分心理的アドバンテージがある。

しかし序盤から変な手順で角交換をしたため、従来の王をしっかりと矢倉囲いの中へと移す角換わりの定跡からは完全に外れてしまった。

八一は王を最初の位置から一切動かさないいわゆる居玉のまま攻めの陣形を整えて早めに攻撃を仕掛ける作戦らしい。

それに対して俺の玉は一つ前進して5八の地点にいる。

いわゆる中住まいと呼ばれる囲いである。

玉が中央にいて左右の金と銀がバランスよく配置されたこの囲いで八一の攻撃を向かい打つ。

 

26手目、7五歩で八一の手によって戦争の火蓋が切って落とされた。

八一は6四の地点にいる銀を使って飛車とともに俺の囲いを攻めようという作戦のようだ。

望むところだ。

力強い手つきで同歩と取り開戦に応じた。

 

 

✳︎

 

 

「どっちが優勢なの?」

「まだ互角だ思う。」

「あいちゃんのちちょうとあやのちゃんのおちいちゃんがたたかってるの?」

 

私とあいちゃん、澪とシャルちゃんの4人は学校が終わると同時に全力疾走で学校を飛び出して清滝九段の家に行きました。

なんでそんなに急いでいたのかというと今日は一大事なのです。

今日は私のお兄様とあいちゃんの師匠の八一先生の初対局の日なのです。

 

「学校出る前はまだ開戦してなかったのに突然激しくなったね。」

 

私とあいちゃんはお互いに気が気じゃなくて将棋にはあまり集中できてないけれど澪は純粋に2人の対局を楽しんでいるみたいです。

 

「あいはもう緊張で倒れそうです。」

「私も……。」

「自分たちが戦ってないのになんでそんなに緊張してるの?おっかし~。」

 

澪は緊張でロボットみたいになってる私とあいちゃんを見てゲラゲラと笑っています。

あとで覚悟しときなさい……!

 

「あっ!八一先生が強引に食いちぎろうとしてるよ。」

 

澪の言葉を聞いて慌ててタブレットの覗き込む。

38手目7六歩打。

本格的に飛車先を突破しにいく狙らしい。

でもお兄様なら魔法みたいな手で鮮やかに受け切ってくれる……はずっ!

でも数分後、その予想は鮮やかに外すことになってしまいました。

 

「4六角打ち……厳しい~。」

「えっ!?」

銀の後ろから飛車を狙う攻めの一手。

お兄様は受けるのではなく攻め合いを選択したみたいです。

 

「どっちが早いんだろう……。」

「こう、こう、こう、こう、こう……じゃダメだ。じゃあ……」

 

漠然と盤面を見ていると私とは打って変わって隣のあいちゃんは小刻みに体を揺らして局面を読んでいる。

この意識の差が私とあいちゃんの差なの……。

私が心の中に突然生まれたモヤモヤと戦っているうちにドンドンと局面は進んで行っている。

対局はお兄様の鮮やかな攻めが決まり、八一先生は飛車を逃がさざるを得なくなってしまいました。

これで局面は完全にお兄様が有利になりました。

51手目、すかさず角を敵陣に成り込ませて八一先生の王を追い詰めていきます。

やっぱりお兄様の将棋は綺麗でカッコいい……。

 

「そんな……。」

 

あいちゃんが隣でショックを受けている。

私は自分は何もしていないのに何故か少し嬉しくなってしまう。

最低なことを考えている自分を怒るように右手を強く握りタブレットに目を凝らした。

 

「まだ八一先生諦めてないよっ!」

 

澪の言葉を聞き再び盤面に目を移すと八一先生はさっきまで攻めていた8筋とは反対側の4筋から再び攻めを開始している。

しかしここに来て居玉で開戦したツケが回ってきてしまった。

矢倉というしっかりとした囲いに入っていない王はとても脆い。

お兄様は焦ることなく一枚一枚着実に駒を剥がしていき、八一先生の戦力を削いでいく。

92手目、飛車を取られたところで手が止まりまった。

 

「うーん。」

 

4人の中で誰よりも早くあいちゃんが自分の師匠の敗戦を悟りうな垂れる。

私もあいちゃんに遅れながらもしっかりとお兄様の勝利を確信して小さくガッツポーズをした。

そして程なくしてタブレットに投了の文字が映し出される。

ヤッタ!お兄様の完勝ですっ!

 

「秀人さんは相変わらずチョー強いなぁ。スゴイや。」

「ちちょーまけちゃったのぉ?」

「悔しい~。」

 

私は芸術作品みたいに綺麗な棋譜を眺めてお兄様に改めて惚れ直してしまいました。

 

「カッコよすぎです……。」

「あー、綾乃がスーパー乙女モードになっちゃった。」

「どうしたの?」

「そっか、あいちゃんはまだ見たことなかったっけ。綾乃は秀人さんの会心譜を見るとこうやって違う世界に行っちゃうんだよ。こーなると中々帰ってこないんだぁ。」

 

澪はそう言うと私を無理やり立たせようとする。

私はそれを拒否して一からお兄様の棋譜を見直す。

あぁ~カッコいい。

 

「ほら綾乃帰るよ。あいちゃんも手伝って~。」

「あ、うん。ちょっと待ってね。」

「ほら綾乃、今日はあの作戦するんだろ?行くぞ!」

 

澪の言葉を聞いて現実に帰ってきました。

そうだ!今日はアレをする予定だったんだ。

早く支度しないとサプライズに間に合わなくなってしまいます。

私はガサッと立ち上がって帰り支度を始める。

 

「待っててお兄様。絶対に喜んでもらいます!」

「そうだ。その意気だ!ガンバレ~。」

「私も応援してるね。……あと、どれくらい効果があったか後で教えてね。」

 

澪とあいちゃんも応援してくれている……。

よしっ!私頑張るのですっ!!




作者の将棋知識は初心者並みなのでご容赦ください。


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同い年との帰り道

対局が終わり将棋会館を出たのは午後8時。

完勝した日の夜は目に移る全ての物が美しく光り輝いて見える。

今なら桜ノ宮でイチャイチャしているカップルも幸せな気持ちで見守ることができるに違いない。

俺は充実感と幸福感に満たされて軽やかな足取りで階段を下っていく。

あぁ将棋って素敵っ!!

 

「お疲れ様。」

 

将棋会館を出るとそこには絶世の美人(完勝補正無しでも美人)がいた。

普段の俺ならコミュ障を発揮して黙り込むところだが生憎今の俺には完勝補正がかかっている。

今の俺にできないことはないっ!

 

「清滝桂香さんでしたよね。お久しぶりです。」

「そんなにかしこまらなくていいよ。私たち同い年なんだし、普通に呼んでくれていいよ。」

 

普段の俺ならry

 

「じゃあ……久しぶり、清滝さん。」

「うん。それにしても凄かったね。研修会のみんなと見てたんだけどみんなビックリして歓声あげてたよ。」

「そんなに言われたら照れちゃうよ。たまたま攻めが上手く行っただけだから。それに……俺の欲しい答えは得られなかった。」

意識してしまうことで今まで無理して上げていたテンションが下がってしまう。

桂香はその雰囲気を悟ったのか女神みたいな優しい笑顔になった。

 

「あんな将棋が指せても君も人間なんだね。ちょっと安心した。」

「安心?」

「角井くんってあんまり他の棋士たちといる姿見ないし、将棋マシーンみたいな人かなって思ってたから。」

 

将棋マシーン、本当にそんなものになれるのなら今すぐにでもなりたい。

そうすればあの幻影に悩まされることもないはず。

 

「そんな良いもんじゃないよ。ただコミュ障なだけだよ。」

「そういう人間っぽいところがある方が私は好きだな~。」

 

体の前で手を重ねてそう笑う桂香さんにドキッとしてしまう。

アカン、この人マジで可愛すぎる。

これ以上桂香さんを見るのは心が危険だと判断した俺はわざとらしく咳き込みながら慌てて目をそらす。

 

「と、ところで桂香さんは何でここにいるの?もしかして八一くんを待ってる?」

「違うわよ。帰る途中……たまたま角井くんを見つけたから待ってたの。」

 

普段から対局者の息遣いなどを観察して戦う俺は桂香さんの一瞬の変化に目ざとく気づいてしまった。

桂香さんは何かを隠した。

こういう人の変化に気付けてしまうのはもはや職業病のようなものである。

気付いたところでそれを追求するような度胸は俺にはない。

大体桂香さんも気持ち悪いだろ、大して仲良くもない男に『本音で話して下さい』なんて言っても。

 

「途中まででも一緒に帰りましょっ。」

 

桂香さんは話題を変えるように少しトーンを上げた。

 

「……そうだね。」

 

俺と桂香さんは横に並んで駅を目指して歩き出した。

しかしここでお互いに重要なことを思い出して立ち止まる。

 

「そう言えば角井さんってどこに住んでるの?」

「京都の今出川だよ。」

 

関西将棋会館のあるJR福島駅から桂香さんや八一たちの住んでいる駅に行くには反時計回りの線に乗らなければならない。

一方の俺は時計回りの線に乗って京都に戻る必要がある。

つまり俺たちは……

 

「……私たち駅までしか一緒じゃないわね。」

「そうだね……。」

 

会話は途切れ途切れながらも何となく続いていた。

 

「角井くんは京都の人だったの。どうりで将棋会館で会わないわけね。」

「まぁ京都って言っても万智の住んでる公家の屋敷みたいなところには住んでないから大阪と変わらないよ。」

「そうかなぁ、京都の人からしてみたら大阪なんて泥臭いイメージじゃない?」

「まぁ、それは否定しきれないけど……。」

 

事実万智は重要な対局に負けた後に帰り道で大阪を通ると、あのはんなりとした声で背筋も凍るような強烈な毒舌を披露する。

 

「角井くんも対局の時は八一くんとかにはない気品みたいなものが漂ってるしね。」

「気品!?」

「あれ、気付いてなかったの?」

「そりゃ、自分の対局姿勢なんて指してる時は分からないし自分の対局を見返すこともあんまりしないから。」

「お父さんとかもそうなんだけどプロ棋士の人ってみんな終盤戦が白熱してくると駒を強く打ちつけるじゃない。でも角井くんはいつも静かに指してる印象があるよ。」

「確かに言われてみればそうかな……。でも、銀子ちゃんとかもあんまり感情を出さないし、落ち着いた子な印象があるよ。」

 

俺のその言葉を聞くと桂香さんは突然吹き出した。

そんなにおかしい事言った!?

 

「ウフフッ。銀子ちゃんが落ち着いた子って……アハハッ。」

 

桂香さんは腹を抱えて笑い転げている。

その顔はいつもの上品な大人の雰囲気とはかけ離れた無邪気さがあって可愛いと思ってしまう。

 

「確かによそ行きの銀子ちゃんはそう思うかもしれないけど、実際はそんな事ないわよ。」

「そうなの!?」

 

あの銀子ちゃんが俺の前で猫をかぶってたと言うのか……信じられない!?

 

「そうよ。とっても人見知りで天邪鬼でわがままでそして……どうしようもなく一途な子よ。」

 

そう語る桂香さんの顔は娘を見るように暖かくなっている。

またさっきの無邪気な笑顔とは正反対の姿だ。

将棋会館前で会ってからたった数分の間で色んな顔が見せてくれた桂香さんに心を奪われてしまう。

 

「どうしたの?」

「い、いや何でもないよ。」

 

慌てて視線を外す。

桂香さんは不思議そうに頭を傾げたがやがて元に戻って2人で並んで歩いた。

 

それから程なくして福島駅へと到着した。

 

「あっ、そうだ。これあげるね。」

 

桂香さんは小さな紙を俺の手に握らせてくる。

その中には携帯のアドレスらしき文字の羅列が書かれていた。

まさかこれって……。

 

「私のアドレスだから、後で角井くんのも教えてね。」

「う、うん。わかったよ。」

 

こ、こんな美人のメールアドレスをゲットできるなんてこんなラッキーな事あって良いのか!?

 

「また今度会おうね。」

 

桂香さんは耳元でそう囁くと驚いて固まっている俺を悪戯っぽい笑顔で俺から離れて行った。

本当に今日はいろんな桂香さんを見た気がする……。

 

4月の夜はまだ予想通りまだ少し肌寒かったが俺の心は不思議と暖かった。

それは将棋に勝てたおかげなのかそれとも隣にいる人のおかげなのかはわからない。




取り敢えず一章は次回で終わりになります。


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妹のいる家

桂香さんと別れて暖かい気持ちで家に帰った俺は異変に気付く。

なんと部屋から明かりが漏れているのだ。

朝、家を出る前に電気を消したことは確認している。

合鍵を持っている万智は今日は関東にいる筈だ。

他には俺の家の合鍵を持っている人はいない。

つまり、今俺の部屋にいる人物は不法侵入をしたことになる。

どうしようか……。心臓の鼓動が早くなる。

泥棒だろうか、だとしたら下手に遭遇するより警察に連絡した方が良いのではないか?

物音を立てないようにそっと後退しながら家から出ようとする。

平静を失っていた俺は足元の段ボールに気づかなかった。

 

ゴトン

 

最悪だ。

蹴飛ばされた段ボールは盛大に音を立てながら転がって行った。

部屋から人影がこちらに向かってくるのが確認できた。

……あれ?

この影妙に小さい気がする。

 

「お帰りなさいですっ!」

 

聞き慣れた声を聞いて緊張から解放された俺はその場で崩れ落ちた。

対局の数倍は疲れた……。

 

「綾乃か……。驚かすなよ。」

「あれ?……すいませんです。」

「どうやって俺の家に入ったんだ?」

「はいっ!それは万智姉様から借りてきました。」

 

万智は我が家のセキュリティシステムを軽く見過ぎじゃないか……。

とは言うものの家に帰ってお帰りと言ってくれる人がいるのはありがたい事だ。

このやり取りだけで今日1日の疲れが半減されるような気がする。

まぁ今日は綾乃のせいで普段の3倍疲れたワケなんだけども。

 

「取り敢えず、ただいま。」

「お疲れ様でした。快勝でしたねっ!」

「そうだね。そうなんだけど……。」

「どうしたんですか?」

 

浮かない顔をしている俺を綾乃は心配そうに斜め45度の角度で見上げてくる。

その上目遣いが可愛すぎるっ!

綾乃は将来はアイドルになれるな。

国民のアイドル間違い無しだ。

……いやでもそうすると変な虫がついてしまうか。

やっぱりアイドルはダメだ。

許しませんっ!

 

「お兄様、大丈夫ですか?」

「あ、あぁごめん。何でもないよ。」

 

いかんいかん、綾乃の前では優しいお兄様で居なくてはならない。

嫌われたくないからね。

 

「あのぉ、私今日は頑張ってお夕飯を作ってみたんですけど……。」

 

そう言われてみると確かに部屋の中に食欲を刺激するカレーの匂いが充満している。

この子は本当に健気で良い子だなぁ。

にへらぁとだらしない笑みを浮かべてしまう。

 

「ありがとう。すごく嬉しいよ。」

「はいっ!万智お姉様ほど上手くはないと思いますけど、心を込めて作りました。」

 

綾乃は無邪気に微笑んで俺の腕を掴んで急かすように席に座らせた。

 

いくら溺愛している綾乃の料理とはいえ、冷静に考えれば綾乃はまだ小学4年生だ。

最悪この世のものではないダークマターを作り出していてもおかしくない。

確かに匂いは美味しそうなカレーの匂いを発しているが味もそのまま美味しいとは限らない。

ここは一旦落ち着いて、カレーを遠くから眺めてみよう。

大局観って大事だもんね。

うん、見た目も確かに普通のカレーだ。

だがここで油断してはならない。

もしかしたらルゥが液体ではなく固体になっているかましれない。

スプーンを恐る恐るカレーに突き刺す。

……液体だ!!

どうやら本当に大丈夫なようだ。

 

「いただきます。」

 

口の中に程よい辛さが広がった。

そして辛さが抜けるとその後から苦味が襲って来た。

……苦味?

この疑問を脳が認識する前に俺の意識は闇に消えた。

 

 

ーーーーーー

 

 

「大丈夫ですか?」

 

綾乃の甘ったるい声によって脳が段々と覚醒する。

知ってる天井だ。

 

「大丈夫ですか?お兄様。」

「あ、あれ?」

 

綾乃のカレー食べて、それからの記憶がない。

 

「すいません。カレーが失敗だったみたいです。」

 

そう言ってしょんぼりとしている綾乃を見上げて激しい自己嫌悪に陥ってしまう。

なんで俺はあのカレーを食べきれなかったんだ!!

 

「ごめんね。もう大丈夫だから。ちょっと今日は対局で疲れてたからそれで倒れただけだよ。」

「……すいませんです。次こそは頑張ります。」

 

綾乃は小学4年生にしては賢い子供だ。

俺の言葉がお世辞であることもしっかりと見抜けているようだ。

 

「それはそうとあの……そろそろ足が痺れてきたので起きてもらってもいいですか?」

「足……?」

 

そういえば俺はどこで寝ていたのだろう。

丁度人の体温くらいの温もりを持った柔らかい枕だ。

 

「ふぇっ!?」

 

その正体を探るべく手で触ると綾乃が変な声を上げた。

 

「ん?……ごめん!!すぐどけるから!!」

 

なんて事だ。

幼女の膝枕で寝てたなんて俺はどこのロリコンなんだよ!!

こんなロリコンの兄じゃ綾乃に嫌われてしまう。

すぐにフォローしないと。

 

「ごめんね。いやぁ、やっぱ俺今日は疲れてるみたいだなぁ。早く寝たほうが良いかもな。それに綾乃も学校があるだろ。師匠に電話して迎えに来てもらうよ。」

 

慌てて電話をかけようとする手を綾乃が止めた。

 

「ちょっと待ってください。そのアドレスは何ですか?」

 

綾乃の言葉を受けて自分の携帯に目を向けると今さっき登録したばかり桂香さんのアドレスが表示されていた。

 

「あぁ、帰りに偶然ばったり会ってね。その時に交換したんだ。」

「ふーん、偶然に……。」

 

さっきまであんなに無邪気に笑っていた綾乃が今は氷のような冷たい視線でこちらを見てくる。

 

「私が一生懸命、カレーを作っている間。お兄様はおばさんとイチャイチャしてたわけですか。」

「普通に話しながら帰ってただけなんだけど。」

「口答えしないっ!!」

「はいっ!」

 

別に浮気をしたわけでもないなに何故か浮気がバレた夫の気分が分かる気がする。

 

「それで楽しかったんですか?」

 

ここは正直に言わない方が身のためだろうか。

いや、綾乃は賢い子だ。俺の嘘なんか簡単に見抜いてしまうだろう。

ここは誠意を見せるべきだ!

 

「楽しかったよ。桂香さんって意外とすごく表情豊かなんだよ。銀子ちゃんの事話すときなんてね……」

「もう今日は帰ります。お兄様のバカっ!!」

 

俺の言葉を遮るように綾乃が声を張り上げる。

ご近所さんに聞こえちゃうから声のトーン落としてくれませんかね……。

 

「夜に一人で外に行くのは危ないから待って!」

 

結局、仲直りする代わりに綾乃を一日家に泊まることになった。

しかし後日、貞任家の両親が心配して師匠に連絡し俺が綾乃を泊めたことがバレて大目玉をくらったのはまた別の話だ。




そろそろ原作とも絡めていきたいと思っています


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天衣無縫なお嬢様

「ここだよな……。」

 

関西でも一二を争うお金持ち達が集う住宅街の六甲山。

真っ白な高級住宅が立ち並ぶ中でも一際異彩を放っている大豪邸の前で俺は立ちすくんでいた。

 

「おい。」

「はいっ!?」

 

ドスの利いた声で背後から呼びかけられた俺は飛び上がりながら振り向いた。

そこには黒いスーツとサングラスでビシッと決めた女性が立っている。

若くてスタイルのいい美人……だが、明らかに堅気には見えない。

 

「角井秀人先生でいらっしゃいますね?」

「世間では一応そう呼ばれています……。」

「左様ですか。」

 

恐縮して謎の返答をした俺を笑うでもなくバカ真面目に対応したその女性は俺の肩を掴んで強引にその大豪邸の中へと押し込んだ。

 

「先生のご到着だ!」

 

門を潜るとその先にはさっきの女性と同じように黒いスーツを見にまとった明らかに堅気ではなさそうな男達が一列に並んでいた。

皆一斉に膝に手を置いて「お疲れ様ですっ!!」と言いながらお辞儀をしている。

一糸乱れぬお疲れ様ですコールに感動して拍手をしていると、最初の女性が俺を屋敷の中へと連れて行く。

なし崩し的に連れて行かれてるけど本当に大丈夫なんだよね?

誘拐事件とかに巻き込まれてないよね!?

 

「お初にお目にかかります、角井先生。私は当家の主、夜叉神弘天でございます。」

 

屋敷の中へと入るといかにも上品そうな老紳士が俺を出迎えた。

普通に見るといかにも好々爺と言った感じの人なのだが、庭の光景を目の当たりにした後だとこの人でさえ極道の当主に見えてしまう。……さすがに違うよね。

 

「始めまして角井秀人と申します。」

「わざわざ遠路はるばるありがとうございます。どうぞこちらへ。」

 

夜叉神氏の後を追うように、夜叉と天女の描かれた襖の部屋へと入る。

 

「これが孫娘の天衣になります。」

 

あいと紹介された黒衣の幼女は俺の姿を確認すると腹立たしそうに呟いた。

 

「無冠の方じゃない。」

「うがっ!?」

 

この娘、会っていきなり俺の心を抉ってきやがった!?

 

「何黙ってるのよ。早くこっちに来なさいよ。あなたが私の師匠に相応しいか見極めさしてもらうわ。」

 

天衣ちゃんはそう言うと慣れた手つきで駒を並べ始めた。

可憐な姿からは想像も出来ないほど生意気な子だ。

正直、このまま帰りたい気分だが月光会長にお願いされた手前中途半端なことはできない。

俺は 座布団の感触を確かめて盤の前に腰を下ろした。

 

「駒なんて落とさなくていいわよ。」

 

大駒を取ろうとした手を天衣が止める。

流石にそれは勝負にならないだろうと思ったが本人の希望なので仕方なく平手で指すことにする。

 

「まぁいいけど……拗ねないでね。」

 

天衣ちゃんの初手を見て俺も2手目を指す。

 

ーーー4四歩

 

「ッ!……殺す。」

 

この手を見て天衣ちゃんの目に怒りの炎が宿る。

乱暴な手つきで無防備に晒された俺の歩を取って挑発に応じた。

後手番用のハメ手として非常に有名なパックマンである。

定跡を知らなければ普通に負けてしまういわゆる奇襲戦法であるパックマンだがそれはもちろんアマチュア界での話である。

当然、天衣ちゃんもこの戦法は知っていたようで対局は定石通りに進んで行く。

 

「フフッ。これでいこうかな。」

 

将棋の海の中から淡く光る一つの手を見つけ出して指す。

この先の変化は多様過ぎてこの一瞬では読みきれない。

でもどうしてもこの無限の可能性を指してみたくなるこの深い海の先に何があるのか見てみたい。

ドンドンと深く潜って行く、段々と太陽の光も遠くなって行き暗くなっていくそれでもまだ潜っていく。潜っていく。潜って……

 

「……けた。」

「え?」

「負けたって言ってんの!!馬鹿っ。」

 

気付くと盤上では天衣ちゃんの玉が俺の駒たちで完全に包囲されていた。

いつの間にこんなに進んでたんだ……。

「ゴメン。なんかボーっとしてたみたいだ。」

「ッ!?……あんたなんかに絶対に教わらないわっ!!」

 

天衣ちゃんは大泣きして席を立って部屋から出て行ってしまい、隣で座って見ていた夜叉神氏は長い長い溜め息を漏らした。

 

「すいません。つい熱が入ってしまいました。」

「いや、あれでよろしい。」

 

きっぱりと夜叉神氏は言った。

 

「角井先生のようなお若い方に厳しく躾けていただけて、天衣も勉強になったと思います。」

 

そうは言ったものの恐らく、俺と天衣ちゃんの関係はもはや修復不能なほど悪いものになってしまっただろうなぁ。

これじゃあ将棋を教えることはおろか、口を聞いてくれるかすら怪しい気がする。

 

「今回の弟子の話ですが、大変有り難い申し出なのですが……。」

「ええ、わかりました。やはりあの娘にはあの方しかいらっしゃらないのかもしれません。」

 

俺の言葉を遮るように夜叉神氏は呟いた。

心の中がチクリと痛む。

そうかあの娘にも俺は選ばれなかったのか……。

幼い孫の行く先を案じて悩む夜叉神氏を見ながら俺は深い自己嫌悪に陥った。

 

 

ーーーーーー

 

 

「用事は終わったんですか?」

 

『お疲れ様です』の雨を抜けて屋敷を後にした俺の前に聞き慣れた声がかけられる。

声の主を辿るとその先には見慣れた顔の見慣れない姿があった。

 

「本当に記者やってるんだな。」

「はい。中々似合ってるでしょ?」

スーツ姿が似合ういかにもキャリアウーマンといった雰囲気の観戦記者、鵠こと供御飯万智がドヤ顔で俺を迎えた。

正直めっちゃ似合ってるんだが何となく認めたくない。

その勝ち誇った顔がなんかムカつく。

 

「その風貌になると2、3歳老けて見えるな。」

「あら、私は山城桜花というタイトルを守る立場なのでとても気苦労が多いのですよ。」

 

鵠になっても持ち前の毒舌は顕在のようだ。

いい加減無冠ネタはやめてくれないかな、本当に病むぞ……。

 

「それで何か俺に用事があるんでしょ?」

「察しがいいですね。」

 

そりゃ、万智が俺を迎えにくる為だけにわざわざ京都から神戸にまで来てくれるはずがないからな。

自分で言ってて悲しくなるなぁ。

 

「今から一緒に静岡に行きましょう。」

「今からって…….静岡に着いたら夜になってるぞ!?」

「もちろん、泊まりです。」

 

泊まり……。

万智が俺をお泊まり旅行に誘ってるだと!?

いつの間にそんなに好感度上がったんだ。

まさか万智は世の中で言うところのツンデレというやつだったということか。

普段の俺に対する理不尽とも言える対応はまさに愛情の裏返し。

そう考えると今までの万智の横暴な態度が不思議と可愛く見えてくるなぁ。

 

「……なに気持ち悪いこと考えてるんですか?明後日の女王戦を観に行くだけですよ。」

 

どうやら明後日は月夜見坂と銀子ちゃん女王戦があるらしい。

月夜見坂は万智と仲が良いし、銀子ちゃんと月夜見坂は今の女流棋士の中でトップクラスの2人だ、観戦記者として友として見に行かなければならない対局なのだろう。

 

「でもなんで俺と一緒に行くんだ?それこそ、他のやつ誘えば良いじゃんか。例えば八一とか。あの子、銀子ちゃんの弟弟子だろ?」

 

万智の動きが突如止まる。

万智は狐のようにニュ~っと口を吊り上げて、目を細めてこちらを見てくる。

側から見れば愛想よく笑っているように見えるかもしれない。

しかし長年兄弟子として近くで万智を見てきた俺にはわかる、確実に怒ってる。

どこで地雷を踏み抜いたんだ。思い返せ……

 

「それができたら苦労してまへん……。とにかく記事の取れ高的に兄弟子の解説があった方がいいのです。……来て下さいますよね?」

「……はい。」

 

有無を言わせないお願いを承諾して俺は静岡に向かうことになった。




天衣ちゃんはやっぱり可愛いですよね。


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