ガールズアンドパンツァー×仮面ライダーエグゼイド (ジョルノ利家)
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第0話 DC版

2020/5/10 本文の一部を編集し直しました。


2017年8月 第68回全日本高校戦車道大会 決勝戦 黒森峰女学園 対 プラウダ高校

 

 

 

その日は、試合会場の川が増水するほどの大雨が降っていた。

視界も悪く、この雨のせいで想定していた動きも取れない以上、それを補う為のチーム間での綿密な通信が勝敗を左右するだろうことは分かっていた。

しかしながらそれをうまく出来なかったのは、私がプラウダの作戦にまんまと嵌まってしまったからに他ならない。

こちらが対プラウダ用に重戦車を軸にした作戦を、プラウダ側に上手く利用されてしまい、その対応に追われてしまったせいだ。

戦車の性能や個々の技量において、我々黒森峰とプラウダにそれほどの差は無いと考えるなら、勝負を分けるポイントは指揮官が有能かどうかであり、その点においてはプラウダの方が上であることは間違いない。

プラウダへの対応が後手に回ってしまったのをきっかけに、試合が徐々にプラウダの優勢へと傾いていく。

私は逆転への突破口をなかなか見出だせずにいたばかりか、その焦りのせいからか逆にプラウダに包囲されつついた。

打ち破ろうにもプラウダの包囲は硬く、無理に突破しようとすれば後続に控えている部隊に狙い打ちされてしまうだろうし、かといってこのままではいずれじり貧になり、こちらが撃破されるのも時間の問題だろう。

事前の作戦会議ではこういった場面では別のルートから他のチームがプラウダの背後を突くことで包囲に隙を作る手筈だったのだが、プラウダの絶え間ない砲撃のせいで通信する余裕も無く、他のチームの現状を聞くことさえ出来ない。

絶体絶命とも言える状況で、どうするべきか考えていると、突然、フラッグ車から通信が入った。

 

『隊長、すみません。フラッグ車、撃破されました』

 

一瞬、どういうことか理解出来なかった。

フラッグ車が撃破されたということはつまり、我々の敗北を意味している。

まさかと思い、フラッグ車に本当か尋ねようとしたその時、試合終了の放送が入った。

……ああ、本当に負けたのか。

…いや、負けたのはこの際どうでもいい。いくら西住流の教えを受けていようと、常勝無敗などある訳が無いのだから。

それよりも私にとって問題だったのは、フラッグ車を撃破されたということだ。

今回フラッグ車を任せていたのは副隊長のみほだ。

私の妹でまだ1年生ながら、戦力としては私に優るとも劣らない。その上、柔軟な発想力を持ち、私では到底思いつかないような作戦案をその場で立案・実行する行動力もある。時にはそれが部隊運用の邪魔になることもあったが、それでも優秀な隊員であることには変わりなく、だからこそ今回の副隊長及びフラッグ車車長への起用を他のチームメイト達も了承してくれたのだ。

そのみほに詳しく話を聞こうとフラッグ車の通信手に替わるよう言うと、通信手は『それが…副隊長、川に落ちたチームを助けるんだって急に飛び出して行ってしまって…』と、不安げに言った。

 

………私は頭が真っ白になった。

妹が仲間を助けるために増水している川に入っていった?

いやいや、いくら人助けの為とは言えそんなバカな真似する、はずは…無い……はず。

その瞬間、私の脳内で一つの答えが浮かぶ。

みほの性格を考えると、確かに困っている人を放っておけない一面はある。そのせいで貧乏くじを引くはめになったということも何度か本人から聞いたこともあるが、それでも助けたことを後悔したことは一度も無いとも言っていた。それにみほは昔からあれこれ考えるよりもとにかく行動してみることの方が多かった。大きくなるにつれ段々と大人しくはなってきたが、もしこの最悪な状況でその二つが混じりあったのだとしたら…。

戦車道で使用する戦車には特殊なカーボンが使われており、例え砲弾が直撃しても車内の乗員がケガを負うことはない。

だが、水没となれば話は別だ。万が一の時に備えて水圧のせいでハッチが開かなくなる前に脱出するよう訓練はしてきたが、それを出来るだけの冷静さが当事者たちにあるか分からない。

もしかしたらそうなることも見越してみほは飛び出したのかもしれないが、そもそも服を着たまま水の中へ入ることがどれほど危険な行為か十分知っているはずだろうに。

「悪いが、確認させてくれ。本当に、みほは川に飛び込んだのか…?」

声が震えている…、我ながら情けない。不安に思っているのは彼女らも同じのはず、ならばこそ私が強く在らねばいけないというのに。

『…はい』 

「…そうか」

『すみません、私達も止めなきゃって思ったんですけど、でもプラウダの戦車に狙われていて、それで…!』

「…いや、お前達は悪くない。だから気にするな」

『あ…、はい』

そうして彼女らと何度か話をしている内に、回収車と救護車が彼女らの下にやって来たとの報告があった。

到着まで大して時間はかかっていなかったはずだからこれで一先ずは大丈夫だとは思うが、それでも私は水没した戦車の乗員とみほが無事であることを祈らずにはいられなかった。




前書きにもある通り、本文を編集し直しております。
極力原文のニュアンスを崩さないようにしつつも、伝わりやすさ、読みやすさ等を優先して編集したつもりですので若干文章の感じ方が変化しているかもしれません。


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第1話 戦車道、始めます!/ここから始まるMY WAY!
1-1 DC版


2020/6/27 前書き及び本文の内容の一部を変更しました。



人間に感染し、消滅させる能力を持った新型コンピューターウイルス「バグスターウイルス」によって、ゲーム病と呼ばれる感染症が人々の脅威となっている現代。
しかし、ゲーム病治療のため命懸けで戦うゲームドクター「仮面ライダー」たちの活躍によって、その脅威は徐々に収束しつつあった。
ゲームドクターの一人、宝生永夢/仮面ライダーエグゼイドは小児科医として働きながら、バグスターウイルスの治療のため、そしてバグスターウイルスに感染し、消滅してしまった人々の命を取り戻すため、日々戦い続けていた。


2018年3月末 衛生省 審議官執務室

 

僕の目標であり、命の恩人でもある日向恭太郎先生――今は衛生省の審議官をしているー―から連絡があったのは今朝のこと。

僕に頼みたいことがあると言っていたけれど、その内容は電話ではほとんど教えてもらえず、とにかく衛生省まで来てほしいと言われ、衛生省に到着しても、特に説明も無いままに審議官執務室へと案内された。

部屋に入ると、中央に置かれたソファーに腰かけている二人の男性と目が合った。

「宝生先生、こちらへ。来てもらって早速だが、自己紹介を」

ソファーに対面するよう置かれた椅子に座る恭太郎先生に言われ、僕は姿勢を正す。

「宝生永夢と言います。聖都大学附属病院で小児科医をしています」

「宝生……、では君が噂の仮面ライダーなのかい?」

「へ?」

ソファーの左側に座っている着物を着た中年の男性にそう尋ねられ、思わず変な声が出てしまった。

「あっ、はい、そうです」

「ふむ…、見たところ、あまり頼りになりそうには見えませんね」

「いえ、そんな事はありませんよ。宝生先生はゲーム病の治療に尽力してくれている優秀なドクターですから」

ソファーの右側に座っている眼鏡を掛けた僕より少し歳上の男性の一言は、なかなかグサリとくる一言だったけれど、すぐに恭太郎先生がフォローしてくれた。

僕は恭太郎先生に促され、先生の隣の椅子に座る。

「ではこちらも紹介を。私は、文部科学省学園艦教育局の辻と言います」

「日本戦車道連盟理事長の児玉です」

ソファーの右側の眼鏡の男性が辻さん、そして左側、僕の目の前にいる着物の男性が児玉さん。名前こそ覚えたが、それぞれの役職についてはあまり聞いたことがないものばかりだ。

「宝生先生、いきなりで失礼ですが、学園艦についてご存知ですか?」

「えっと…、すいません、勉強不足で…」

「ああ、別に構いませんよ。では戦車道についてももちろんご存知無いでしょうから、まずはそこから説明しましょうか」

辻さんの説明によると、学園艦とは簡単に言ってしまえば「船の上に一つの町が存在していて、そこにある学校に通う生徒たちによって運用される超大型船舶」で、辻さんは現在運用されている全学園艦についての管理を任されているのだとか。

そして戦車道とは、第二次世界大戦終結までに開発・設計された戦車や戦車用の装備を用いて行う女性のための武道の一つなのだが、現在は練習場所や戦車の維持・管理等の関係から一部の学園艦でのみ盛んなマイナーな武道となってしまっているらしい。児玉さんはそんな現状を打破するべく様々な方々で戦車道の普及に努めているようだ。

しかしながら、そんな二人が衛生省を訪れた理由が僕には全く分からなかった。

「あの、それでお二人はどうして衛生省に?」

「実はこの度、大洗女子と言う学園艦の廃校が決定したんですが、そこの生徒会がなんとか廃校を回避しようと、こちらにある条件を出してきたんですよ」

「ある条件?」

「今年の夏に行われる全国高校戦車道大会で優勝できたら、その時は廃校を撤回してほしい、とね」

「ただ、戦車道というのは素人がすぐに始められるようなものでもない。一応、戦車は連盟から購入出来るが、人員の育成にはそれなりに時間がかかる。隊員に経験者でもいれば話は変わってくるんだがねぇ」

「その学校には戦車道の経験者はいないんですか?」

「4月からその学園に転校して来る生徒が経験者だとは聞いていますから、どうせその生徒を当てにしているんでしょう」

「だが、その生徒にはゲーム病に感染しているとの報告があってな。そこで宝生先生にはその生徒の治療のために学園艦に出向いて貰いたいんだが」

「僕なら構いませんよ」

「そうですか。では、続いてなのですが――」

その後も部屋では話し合いが続いたが、最初の話以降、僕はまったくついていけなかった。

 

 

 

「では、我々はこれで失礼します」

しばらくして話し合いはまとまったようで、辻さんと児玉さんは帰っていった。

「…いきなり呼び出してすまなかったな、永夢」

恭太郎先生はふぅ、と一息つくと、僕に昔ながらの呼び方で話しかける。

「いえ、全然」

「ゲーム病は患者に自覚症状がほとんど無い上、対応出来る医療機関も現状は聖都大附属のCR(電脳救命センター)しか無い。今回、早期発見できたのは患者にとっても、我々にとっても運が良かったと言えるな」

「そうですね」

「正式な出発日時は後でまた連絡するから、聖都大附属病院に戻ったら出発の準備を進めておいてくれ」

「分かりました」

「………」

「恭太郎先生?」

「ああ、実はな、永夢、今回の患者の治療が終わった後も、お前にはしばらくその学園艦に残って貰いたいんだが…」

「別に構いませんけど、それって、他にも患者がいるってことですか?」

「ああ。ここ数日、ゲーム病と思われる症状の患者が生徒を中心に徐々に増加しているとの報告を大洗女子学園艦から何度か受けていてな。いずれの患者もまだ初期段階のようだが、件数は少なくはないらしい。もしかしたら、何らかの原因による集団感染の可能性も充分に考えられる」

「そんな…!」

「現時点では詳細は不明だが、我々としても放置しておくわけにはいかん。現地に行ったら頼むぞ、永夢」

「はい!」



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1-2

2018年4月 大洗女子学園

 

朝の日射しが射し込んでくる。

私の大好きなキャラクター、ボコられ熊のボコの声が入った目覚まし時計が、時間を告げている。

私は目覚まし時計を止め、ぼんやりした頭で部屋を見渡す。知らない天井に見馴れない家具。まるで違う部屋の造りを見て思わず言葉がこぼれる。

「そっか。もう家じゃないんだ」

ふうっと息を吐いて時計を見ると、時刻は7時半を過ぎていた。

このままだと遅刻しちゃう!そう思った私は慌てて顔を洗い、制服に着替え、焼きたての食パンを一枚だけ咥えて家を出る。

少し歩いて玄関の鍵をかけ忘れていたのを思い出したので慌てて戻る。ついでに戸締まりもチェックしてこれで良し!私は誰もいない部屋に向かって「行ってきます」と呟いてからドアを閉めた。そして鍵を閉めて寮を出たその時、私は通学中の他の生徒を見てようやく自分の勘違いに気づく。

そうだ、ここはもう私が通っていた黒森峰じゃない。戦車道が無い大洗女子学園だ。戦車道が無いのだから当然朝練だって無い。だから7時半に家を出たって、別に焦らなくてもいいんだ。

せっかく戦車道の無い学校に来たんだから、今はこの生活を楽しまないと。私は気分を入れかえて、通学路の景色を見ながら登校することにした。

私の目に飛び込んできたのは黒森峰とはまるで違う景色。

見たことないキャラクターが描かれた看板に、美味しそうなパンの香り。全国展開しているコンビニには、大洗女子限定商品ののぼりが立てられていて、興味をそそられる。

見るもの全てに心を弾ませながら歩いていると、いつの間にか学園に着いていた。

ここで私の新しい学園生活がはじまる。

まずはクラスのみんなと友達になろう。そう心に誓って私は正門をくぐった。

 

 

 

 

 

連絡船に揺られること約一時間。大洗女子学園に到着した僕の前に三人の生徒が立っていた。

「あなたが宝生永夢先生ですね。お待ちしてました」

「えっと、君たちは?」

「私たちは生徒会の者です」

「まぁ自己紹介は移動しながらするからさ。とりあえず付いてきてよ」

「車を用意してありますから、まずはそちらに」

「は、はぁ」

言われるがまま車に乗せられる。

正直、高校生が車を運転している事に若干の抵抗はあるけれど、聞けば学園艦では船体上部の広大な都市区画を移動するため、特例として免許取得可能年齢が通常よりも引き下げられているので、高校入学と同時に免許を取得する生徒もいるのだとか。

運転は副会長の小山さんが担当し、広報の河嶋さんは僕の隣に座って一人目の患者である生徒について説明してくれている。残る一人、生徒会長の角谷さんは助手席に座って干し芋を食べていた。

「生徒の名前は西住みほ。普通科に通う2年生で、数日前に大洗女子へ転校してきたばかりです。元々は別の学園艦、黒森峰女学園に通っていましたが、半年ほど前にある事がきっかけで入院。その際、わずかにゲーム病らしき症状が確認されたものの、その後は一切変化が無かったため、3ヶ月後に退院。その後行われた衛生省による再検査の結果、ゲーム病であると診断されています」

「西住さんが大洗に来てから何か変化は?」

「ありません」

「なら、まだ潜伏しているとみて間違いないかな」

「それで、どうやって治療するんです?注射ですか?それとも薬を?」

「いや、ゲーム病の治療には専用の器具を使うんだ。ただ、治療する前に体内に潜伏しているバグスターウイルスが実体化している必要があるんだけど」

「ウイルスが実体化?どういうことだ?」

「バグスターウイルスは感染した患者に過度にストレスを与え、肉体を消滅させることで自分の存在を確立するのが目的なんだけど、多くの場合はその人が大事にしている物や人を傷つけてストレスを与えるために実体化するんだ」

「なるほど!」

「じゃあ西住ちゃんの場合は、まずストレスの要因を見つけないと、てこと?」

「そういうことになるね」

「んー、だったらアレかなぁ」

「何か心当たりがあるの?」

「いやぁ、西住ちゃんがストレス貯めそうなことって言えば、戦車道かなって」

「戦車道……そう言えば大洗女子も今年から始めるんだったよね。でも、なんで戦車道が西住さんのストレスの原因だって思うの?」

「そりゃあ西住ちゃんがうちに転校してきた理由が戦車道だからね」

すか?」



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1-3

午前の授業が終わり、昼休みになった。

休み時間の度にクラスメイトに声をかけようとしたけど、すでに仲の良いグループがいくつも出来上がっており、結局その輪に入ることが出来ない私は一人も友達をつくれなかった。

少し落ち込みながら教科書や筆箱を片付けていると、後ろから声をかけられた。

「か~のじょ、一緒にお昼行かない?」

「ふぇっ、あの、えっと」

「ほら沙織さん、急に声をかけるから西住さんビックリされてるじゃないですか」

「えー、そうかなぁ」

「あ、あのー」

「ああ、私、武部沙織」

「五十鈴華です」

「あっ、西住みほです」

「いや、知ってるから」

「西住さん、これからわたくしたちと一緒にお昼どうですか?」

お昼のお誘い!もしかしてこれって友達をつくるチャンスかも!

 

 

 

食堂に備え付けられている券売機でそれぞれ食券を購入する。

私はB定食、みほは少し悩んでから海鮮丼を選んだ。その後ろに並んだ華がラーメン(大盛り)と日替わり定食(ご飯大盛り)の二枚を購入するのを見て、みほはビックリしていた。私もはじめて見た時はそうだったなぁ。

「五十鈴さん、それ二つとも食べるんですか?」

「ええ」

「両方大盛りですよね?」

「これでも足りないくらいです」

「そ、そうなんですか」

「ほんとビックリするよね。そんな痩せてんのにさ、なんでそんなに入るのか私も未だに分かんないもん」

「ふふ、実はわたくし食べてもあまり太らないんです」

「なんですと!」

ダイエットに励む世界中の女子を敵に回しかねない発言をした私の友人五十鈴華は、腰の辺りまで伸びたキレイな黒髪にすらっとした手足、柔らかな言葉遣いとおっとりした性格の正統派美少女ながら、少しずれたところもあって、多分男子に人気なタイプ。その上食べても太んないとかそんなのヒキョーだよ!

うぅー、私なんてモテるために日々努力して、スタイルを気にして食べ物にも気を使っているっていうのに、なんて羨まけしからん!

このままじゃ嫉妬でおかしくなりそうなので、私は話題を変えることにした。

「そう言えばみほってさー」

「……」

「みほ?」

「は、ひゃい!」

「どうしたの?ぼうっとしちゃって」

「名前で呼ばれ慣れてないからビックリしちゃって」

「前の学校ではお友達にどう呼ばれていたんですか?」

「えーと、西住さんとか妹ちゃんとか副隊長とか」

「副隊長?」

「ちょっと色々あって…」

アダ名みたいなもの?それにしては何か堅苦しい感じ。

「名前で呼びあうようなお友達は?」

「いなかったかも…」

「一人も?」

「一人も…」

みほの表情が暗くなっていく。このままじゃいけない。

「じゃあ私たちがみほの友達になる。ていうか私もう友達だと思ってた」

「えっ?そうなんですか?」

「うん。今日が初めてだけど、一緒にご飯食べるし」

「それだけでお友達になれるんですか?」

「友達ってそんなもんでしょ。まぁ、みほがイヤじゃなかったらだけど」

「そんな、イヤだなんて!」

「だったら決まりね。それと、みほって名前で呼ぶから、私たちのことも沙織とか華って呼んでね」

それを聞いてみほの顔が明るさを取り戻す。そして少し間をあけてから私たちの名前を呼んでくれた。

「沙織さん」

「なぁに?みほ」

「華さん」

「はい。みほさん」

「あの、これからよろしくお願いします!」

 

窓際のテーブルに座って楽しく食事していると、校内放送でみほに呼び出しがかかった。

呼び出したのはうちの生徒会。私個人としては生徒会、とりわけ生徒会長にはあまり良いイメージないのよね。だって思いつきで変なイベントとかやるし、反対意見は権力をちらつかせて黙らせたりするし。

「呼び出し、って私なにかやっちゃったのかなぁ?」

「そんなこと無いと思うけど」

「転校されてきたばかりですし、必要な提出書類が残っているとかでは?」

「書類は全部出したはずなんだけど」

「まぁとにかく行ってきなって。待たせると面倒くさそうだし」

「あ、そうだね。ちょっと行ってきます」

そう言ってみほは席を立ち、食堂を後にする。

 

みほがいなくなってからしばらく経つ。昼休みもそろそろ終わろうというのに、一向に戻ってくる気配がない。

「みほさん、戻ってきませんね」

「そうだね」

「早く戻って来ないとお昼休みが終わってしまいます。まだ海鮮丼も残っているようですし、食べないと勿体ないです」

「あー、時間までに戻って来なかったら華が食べちゃえば?」

「よろしいのでしょうか?」

「仕方ないんじゃない?てゆうかまだ食べれんの?」

「あれぐらいでしたら」

マジか!大盛りのラーメンと定食食べてまだ入るの?それだけ食べてるのにこのスタイル維持できてるとかもう信じらんない!

結局、昼休みが終わってもみほが食堂に戻ってくることはなく、華は残った海鮮丼をペロリとたいらげた。

私たちが教室に戻ると、そこには話しかけるのもためらわれるほど青ざめた顔をして自分の席に座るみほの姿があった。



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1-4

私が生徒会室へ着くと、そのまま奥にある生徒会長室へ通される。

部屋にいたのは生徒会の広報の人と副会長さん、それから生徒会長さんになぜか白衣を着た男の人の四人。会長さんたちは分かるけれど、あの男の人は誰なんだろう?

「いきなり呼びつけてすまなかったな、西住」

「もしかしてお昼ご飯の途中だった?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「そう。だったら本題なんだけどさー、明後日から始まる選択授業で『戦車道』選んでね」

「えっ?」

一瞬意味が分からなかった。大洗女子には無いはずなのに、なぜ会長さんは私に戦車道を選べというのか。

「ちょっと待って下さい!ここには戦車道は無いはずじゃ…」

「実は今年から、うちでもやることになってな」

「西住さん経験者だから、色々教えてもらえると助かるなって思って」

「っ!でも…!」

「嫌なのか?」

「選んでくれたら色々特典付けるよ?授業の単位とか学食タダとか」

「そういう問題じゃなくて……」

「まぁ考える時間はあげるからさ、よぉく考えといてね。断りたいなら断ってもいいけど、その時はこの学校には居られないかもだからそのつもりでよろしくー」

「そんな……」

「話は以上だ。戻っていいぞ」

私は大きなショックを受けながら生徒会室を後にする。

どうしよう?戦車道が無いからって大洗を選んだのに、このままだとまたやらなくちゃいけなくなる。かといって断れば退学になるかもしれない。一体どうすれば良いんだろう?

 

 

 

西住ちゃんが部屋から去ってから、私は一部始終を見ていた永夢先生に話しかける。

「どう?何か西住ちゃんに変化あった?」

「ああ。ごくたまにだけど、体にノイズが走っていた」

「それって危険な状態なんですか?」

「発症はしているけど、まだ大丈夫。さっきの話で動揺はしているだろうけど、そこまで大きなストレスを抱えたわけじゃないみたいだね」

「んー、だったらもう一押しかなぁ」

「なら次は倉庫の戦車でも見せますか?」

「いいねー」

「けど治療のためとはいえわざとストレスを貯めさせるようなことして、西住さんにはホント申し訳ないよね」

「そんなこと言ったって仕方ないだろう。西住のゲーム病を治さなければ、何も始まらないんだからな」

「それはそうだけど…」

「それよりさっさと説明会の準備しなくちゃね。かーしま!」

「はっ!」

私は選択授業の説明会の準備をさせるため河嶋を体育館へ向かわせる。と言ってもプロジェクターを用意するだけなんだけどね。

「あ、そうそう。永夢先生も説明会の時体育館にいてね」

「僕も?」

「うん。永夢先生も戦車道履修者の特典の一つだから」

「はぁっ!?それどういうこと?」

「イケメン年上ドクターと仲良くなれるチャンス!的なアレだよ」

「いや、そういうことじゃなくて!」

「先生は他の患者さんの治療もあるからしばらくはうちにいるでしょ?だから、その間は戦車道の授業を手伝ってもらってみんなと一緒に頑張ろーってこと」

「いやいや、僕戦車道のこと良く知らないし。それに戦車道の手伝いさせるって言ってたけど、そんなこと君の一存で勝手に決められることじゃないでしょ?」

「大丈夫大丈夫。教えるのはちゃんとした教官の人がやるから、永夢先生は練習中にケガしたりとかした時のための救護要員。それにこのことは私の勝手じゃなくて戦車道連盟と文科省、衛生省の偉い人たちからもちゃんとオッケー貰ってるよ」

「本当に!?」

「うん。なんだったら確認してもらってもいいよ」

「……マジかよ」

いやー、戦車道連盟の理事長さんから戦車道始めるなら専門の医療スタッフを配置しないといけないって聞いた時にピンと来たね。

永夢先生には悪いけど、こっちも事情があるからね。背に腹は代えられない。使えるものは親でも何でも使わせてもらうよ。



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1-5

五時間目の授業が始まってもみほは席に座って茫然としたままだった。様子から察するに生徒会に何かされたのは間違いない。出来たばかりとはいえ、私の友達に何かあったのだからこれは放っておけないわ。

みほのおかしな態度に気づいた先生が保健室へ行くよう促すと、みほはフラフラと立ち上がって教室から出ていく。

私はすぐさま後ろの席の華にアイコンタクトし、仮病を使って一緒にみほを追った。

 

 

 

保健室に着いたわたくしたちはそれぞれベッドで休ませてもらうことになりました。みほさんも大分落ち着いてきたのか、さっきまで暗かった表情も少しは明るさを取り戻したように見えます。

「ねえ、みほ。生徒会に何かひどいことされたんでしょ?」

「えっ?」

「だってかなり様子おかしかったもん。なにがあったの?」

「もし言いづらいことでしたら無理にとは言いませんけど、わたくしたちで力になれることでしたらなんでもお手伝いしますよ?」

「…ありがとう、二人とも。さっき私が呼び出されたのは明後日からの選択授業についてだったの」

「ああ、たしかこのあと六時間目の代わりに説明会やるよね」

「それで、選択出来る授業の一つに戦車道があるの。実は私前の学校で戦車道やってたから、それで大洗でもやってくれって言われて…」

「戦車道…。たしか伝統的な武道の一つで、“立派な婦女子になるための乙女のたしなみ”でしたっけ」

「へー、そうなんだ。でもそれ言われてあんななっちゃうってことは、みほは戦車道やりたくないんでしょ?」

「うん……」

「だったら別にやんなくて良いんじゃない?」

「えっ?」

「いくら生徒会が権力持ってるからってさ、人のやりたいこと勝手に決めて良いわけないじゃん」

「そうですよ。わたくしもみほさんがしたいことをすれば良いと思います」

「でもやらないと退学させるかもって……」

「はぁっ!?なにそれ、横暴過ぎるでしょ!文句言おうよ!文句!」

「それは流石に許せませんね。ちゃんとカチコミましょう、みほさん」

「うぅ……」

みほさんは大人しい性格の方ですからあまり乗り気ではないようですが、一人の生徒に対して権力を振りかざすような生徒会の横暴を許すわけにはいきません。ここは決して退いていいところではないと思います。

大事な友人のためについエキサイトしてしまったわたくしたちですが、結局はみほさんの進退にも関わる可能性がある問題ですから、もう少し慎重に、とりあえずはこのあと開かれる説明会で戦車道というものを理解してから改めてどうするか考えることになりました。

 

全校生徒を集めての選択授業の説明会が終わりました。と言ってもその内容のほとんどは戦車道のアピールに使われ、それ以外の授業に関しては説明らしい説明も無かったように思いますけれど。

戦車道連盟から配布されたプロモーションビデオが流れている間、みほさんはスクリーンから顔を背けるように俯いていました。おそらく戦車道そのものに嫌な思い出があるのでしょう。

ただ、わたくし個人としては戦車から放たれる砲撃の力強さには心惹かれるものがありました。それに履修すれば特典として学食の一部メニューが無料になるのだとか。

学食のメニューは学園艦内で食材を生産していることもあり、他の一般的な飲食店と比べれば比較的安い価格設定になってはいますけれど、それでも学生ですから時には財布にあまり余裕がないという日だってあるでしょう。もしその時学食が無料で食べられるというなら、それはかなり魅力的だと思います。

他にも履修者には様々な特典が付くらしく、授業の単位や遅刻の取り消し等々。

そして最後の方になって白衣の殿方が壇上に出てこられました。

その方は戦車道連盟から派遣されたスタッフの方で、授業の手伝いをしていただくということだったのですが、その時わたくしは見たのです。隣に座る沙織さんの目が獲物を狙うライオンのようになっているのを。

 



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1-6

1-6と1-7を統合しました。
内容についての変更はありません。


説明会が終わって教室へ戻る途中、沙織さんが戦車道をやると言い出しました。

私が理由をたずねると、

「いやー、なんか戦車道やったら良い女になれるとか色々言ってたじゃない?それってつまりさ、戦車道やったら男子にモテるようになるってことでしょ?」と。

たしかに戦車道は日々の訓練や試合を通じて礼儀作法を学び、立派な婦女子を育成する武道だし、それが男の人にモテることに繋がると言うのもあながち間違ってはいないのかなぁ?

「ねぇ、みほがやってた時はどうだった?男子にモテた?」

「私がやってた時はそんなこと一度も無かったけど」

「えー?じゃあ他の人は?一緒にやってたっていうみほのお姉さんとか」

「お姉ちゃんも戦車道一筋だったから。でも、隊員のみんなからは凄く慕われてたよ」

「隊員のみんなってそれ全員女の子じゃん!そうじゃなくってさぁ…。そりゃあまぁ、あの映像に出てた人たちとかは私から見ても格好良かったし、同性から好かれるのもなんとなくわかるけどさ」

「確かにわたくしもあの方たちは礼儀や作法がしっかりしていて、どなたも素晴らしい女性なのだろうと思います。まぁ戦車道を始めたからといって男性にモテるようになるかは別としても、沙織さんにはもう一つ戦車道を始めたい理由があるでしょう?」

「えっ、ウソ、もしかして華見てたの?」

「偶然にも、ですが」

「え?なにを?」

「説明会の最後に壇上に戦車道のスタッフの方がいらしていたでしょう?沙織さんはその方目当てで戦車道を始めようとなさっているんですよ」

「ええっ?そんな動機で戦車道を?」

「だって、学園艦で生活してると出逢いのチャンスって限られてくるじゃない?周りには男子なんて一人もいないし。いや、女子校だからそれは当たり前なんだけど」

「あら?沙織さん大洗に戻ったらいろんな方に声を掛けられているじゃありませんか。それが出逢いのチャンスなのでは?」

「あれは商店街のオジサン達だから!チャンスじゃないから!…とにかく、あの人と一緒だったらキツイ練習とかでも楽しく出来ると思うんだよねー」

「…実はわたくしも戦車の砲撃の力強さと学食無料には多少心動かされましたけれど。ですが沙織さん、何か肝心なことをお忘れでは?」

「へ?」

「みほさんのお気持ちです。元々はみほさんが選択授業で戦車道をやるかどうかだったでしょう」

「そうでした。ごめん、みほ!私一人で舞い上がっちゃってたみたい」

「ううん、私は大丈夫だから」

「それで、みほさんの今のお気持ちはいかがですか?」

「……二人には悪いけど、やっぱりやりたくない……かな……」

「そっかぁ…」

「……」

私の発言で沙織さんも華さんも黙ってしまう。

「あ、でも二人が戦車道やりたいんだったら、私は全然構わないから……」

だから二人には、本当にしたいことを選んでほしい。そう言ってくれた二人の気持ちが、私には本当に嬉しかったから。

「…わかった。私、戦車道やらない!」

「わたくしも戦車道はやりません」

「ええっ、なんで!?だって二人とも戦車道やりたいんじゃ…」

「でも私たちが戦車道やってたら、多分みほは嫌な思いしちゃうじゃん。友達に嫌な思いさせるとか私そんなのヤダもん」

「わたくしも沙織さんと同じ気持ちです」

「沙織さん…、華さん…」

「…おそらく生徒会は無理矢理にでもみほさんに戦車道をやらせようとしてくるでしょうけれど、その時はわたくしたちも一緒に戦いますから」

「だからみほは心配しないで。きっとなんとかなるから!」

「…二人とも、ありがとう」

「いいっていいって。それよりさ、選択授業どうする?みほは何かやりたいのあった?」

「あ、じゃあ、そうだなぁ……」

さっき知り合ったばかりの私を友達と言ってくれる。それだけでなく、私の気持ちを第一に考えてくれている。そのことがとても嬉しかった。

特に何か根拠があるわけじゃない。けれど二人が私の味方ていてくれるなら、これからの学園生活はきっと上手くいく、そう思えた。

 

 

 

翌日、私は生徒会に呼び出され運動場の端にある大きな倉庫まで来ていた。沙織さんと華さんも一緒についてきてくれている。

そこで私を待っていたのは広報の人と生徒会長さんの二人。

「我々が用があるのは西住だけだ。お前達は呼んでいないぞ」

「みほが心配だからついてきたんです」

「お話も全てみほさんから伺っています」

「しかし、お前達は部外者だ。関係無いやつが口を挟むんじゃない」

「関係無いってなに!?友達が言うこときかなきゃ退学させられるかもしれないんだよ!?そんなの放って置けるわけない!」

「そちらから一方的に言われるばかりでは不公平です。少なくとも、みほさんとはちゃんと話し合われるのが当然だと思いますが」

「……そうだな。五十鈴ちゃんの言うとおりだ」

「会長!?」

つかつかと倉庫の中へ入っていく会長さん。少し歩いてから立ち止まり、こちらへ振り返って私に問いかける。

「ねえ、西住ちゃん。これが何か分かる?」

会長さんの隣にあったのは一輌の戦車。錆がひどく履帯も外れていてパッと見ただけでは使い物にならないように思えるけれど、転輪や装甲には目立った問題はなさそうだから少し手を加えてあげれば大丈夫そう、そこまで考えて私は我に帰る。

「Ⅳ号戦車…ですよね…」

「へぇ、種類まで分かるなんて流石だね」

「あっ、うぅ…」

「…昨日の説明会でも言ってた、うちで新しく戦車道を始めるって話。あれって実は正確な表現じゃないんだよね。正しく言うなら復活って感じかな」

「復活、ですか…?」

「ああ。…実を言うとうちの財政状況って結構ヤバくてね。なんとかしなくちゃいけないんだけど、他所の学園艦みたいに観光資源になりそうなものがあるわけじゃない。どうしようか悩んでいた時に、文科省からうちにも戦車道を始めるよう通達がきたんだ。正直、そんなことしている余裕はあまり無いんだけど新たに始める学校にはいくらか資金援助するってあったからそれならば、ってね」

「大洗女子では25年ほど前まで戦車道が行われていた記録が残っている。他にも、まだいくつか戦車があることも判明している。もしそれらがそのまま使えるなら、支援金を他にまわすことも出来るだろう?」

「…みほに戦車の鑑定でもさせようって言うんですか?」

「それもだけど、西住ちゃんに戦車道をしてもらいたい一番の理由は西住ちゃんなら結果を出せると考えたからだ。なんたって全国大会優勝常連校で副隊長を任せられていた実力者だからね」

「私はそんな……」

「もし結果を出せれば、大洗女子戦車道復活に湧く地元の人たちから資金援助を受けられる可能性が出てくるかもしれない。それに活躍が話題になれば外から人が来てくれるようになるかもしれない。とにかく、結果を出して大洗女子を盛り上げたいんだよ、私は」

「会長の仰りたいことはよく分かりました。ですがそれならなぜあんな物言いをしたのですか?正直に頼めばこんなことにはならなかったはずです」

「一般生徒にお金がピンチだから手伝って~、なんて普通情けなくて言えないよ。それで、今の話を聞いて西住ちゃんはどう思った?」

会長さんは本当のことを話してまで私の力を必要としてくれている。このまま私が手を差し伸べなかったらきっと大洗女子は……。

「私は…」

その時、頭の中で黒森峰にいた時の記憶がフラッシュバックする。全国大会優勝に向けての日々は、周囲の期待に応えるためにすごく大変でとても辛いものだった。その上結果は出して当たり前で誉められることも無い。練習試合であっても一度の敗北も許されず、勝っても反省ばかりしていた。

「私、は……」

今の話を聞いて記憶の中の風景が黒森峰から大洗女子に変わっていく。きっとここでもそうなんだ。結果だけを求められて、私がしたかった戦車道がなんだったのかさえ見失っていく。用済みと判断されれば簡単に切り捨てられて居場所を奪われてしまうんだ。

そんな悪い妄想ばかりが頭の中で膨らんでしまう。

その時、痛みが全身に走り思わずその場にうずくまってしまう。

「っ!西住ちゃん!?」

「みほ!どうしたの!?」

「みほさん!」

「う、うぅ…」

頭が痛い。

力が入らない。胸が苦しい。

指を少し動かすだけで全身が痛む。

薄れていく意識の中で見えた私の指先は、徐々に消えていくように見えた。

 



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1-7

戦闘回を統合しました。


みほちゃんのゲーム病が発症した。

話の邪魔にならないよう少し離れた場所に待機していた僕は、その様子を見て急いで駆けつける。

みほちゃんのゲーム病は急激に進行しつつある。彼女が消滅してしまう前に手を施さなければ。

「みんな、みほちゃんから離れて!」

心配そうに彼女の背をさする二人の生徒、おそらくみほちゃんの友達だろう二人は、突然現れた僕をビックリした顔で見る。

「あなた、たしか戦車道連盟のスタッフの方ですよね」

「いきなり離れろってどういうこと?」

「いいからさっさと西住から離れてこっちに来い!」

「武部ちゃん、五十鈴ちゃん、説明は後でするから今は言うとおりに従ってくれ」

「…分かりました。離れましょう、沙織さん」

「でも、みほが…」

「この方にお任せしましょう。それでよろしいのですよね、会長?」

「ああ」

「……」

しぶしぶと言った感じでみほちゃんから離れる二人。

その時、みほちゃんの全身がオレンジ色の光に覆われる。光の正体こそ彼女を苦しめているバグスターウイルスであり、そのバグスターウイルスは増殖を繰り返して内部にみほちゃんを取り込むようにその形を変化させながら大きく膨らんでいく。

「ギャオオオオ!」

みほちゃんの体から出現したバグスターウイルスは、ユニオンと呼ばれる巨大な姿を形成する。

「何、あれ…」

「みほさんが怪物に…」

「…永夢先生、これ大丈夫なんだよね?」

「ああ。必ず助けるよ」

「っ!みほ、助かるの!?」

「お願いします!早くみほさんを助けてあげてください!」

「分かってる。みんなは倉庫の中から動かないで!」

ここからは時間の勝負だ。

僕はゲーマドライバーを取り出して腰に装着する。続けてマイティアクションXのライダーガシャットを取り出し、起動スイッチを押す。

『マイティアクションエーックス!』

その瞬間、僕の背後にマイティアクションXのタイトルロゴ画面が表示され、ゲームエリアと呼ばれる特殊空間が生成されていく。

それと同時に僕の人格が「俺」に切り替わる。とは言っても別に二重人格ってわけじゃない。ハンドルを握ると性格が変わる人がいるように、俺はゲームをする時自然と気合いが入って好戦的な性格に変わる。それが「俺」だ。

「ゲームソフト?」

「そんなもの取り出してどうしようっていうの?」

「こいつでみほのゲーム病を治療するのさ。まぁそこで見てなって」

俺はバグスターウイルスを睨みながら構えをとる。

「みほの運命は、俺が変える!変身!」

自分に気合いを入れ直すように宣言し、ゲーマドライバーの左側に備え付けられた二つの装填スロットの右側のスロットにマイティアクションXを装填する。

俺は周囲で回転するキャラセレクト画面からエグゼイドの画像を腕を突き出して選択する。

『レッツゲーム!ムッチャゲーム!メッチャゲーム!ワッチャネーム!?アイムア仮面ライダー!』

変身音声が流れ、白を基調にした四頭身ボディの仮面ライダーエグゼイド アクションゲーマー レベル1への変身が完了した。

「何、あれ…ダサっ」

「あれが仮面ライダーなのか?」

「衛生省からもらった資料とは大分違うなぁ」

「可愛らしいです」

「「「あれが?」」」

なんか後ろで好き放題に言われているが、この姿でしかバグスターユニオンとみほを分離出来ない。

俺はエグゼイドの専用武器であるガシャコンブレイカーをハンマーモードで装備して立ち向かう。

ダッシュで懐へ入ろうとするが、バグスターも俺を近づけまいと薙ぎ払うように腕をブンブンと振り回す。

その攻撃をバックステップで回避しながら、近くにあったアイテムブロックをガシャコンブレイカーで破壊する。

「おっと…だがその程度じゃ俺は止められないぜ!」

『高速化!』

破壊したブロックから出現したのは『高速化』のエナジーアイテム。その名のとおり、仮面ライダーのスピードを上げるアイテムだ。いくらアクションゲームをモチーフにしたエグゼイドでも、レベル1じゃパワーもスピードも低いからアイテムで能力を底上げしとかないとな。

俺はもう一度ダッシュでバグスターに接近する。バグスターも先ほどと同じ攻撃を繰り出すが、スピードアップした俺を捉えられず攻撃は空を切る。

俺はダッシュの勢いを利用して大ジャンプし、ガシャコンブレイカーをバグスターの頭部へ振り下ろす。

「そりゃ!」

『HIT!』

攻撃が当たった瞬間、エフェクトが表示される。与えたダメージはまずまずってとこか。

俺は攻撃の反動を生かして後方へ大きくジャンプし、空中に浮かぶブロックの一つに着地する。

「ギャオオオオ!」

バグスターが右腕にウイルスを集中させて巨大な右腕を形成して殴りかかってくるが、俺は攻撃のタイミングを読んで、ジャンプで回避。別のブロックへ着地する。

「そら、こっちだ!」

「ギャオオオオ!」

ブンッ、ブンッと振り下ろされる腕を挑発の意味を込めてわざとギリギリのタイミングで回避し続ける。

ブロックからブロックへ跳び移りながら、目当てのアイテムが入ったブロックを探し出す。

しばらくしてそのブロックを見つけた俺は、そこへ跳び移るため、攻撃を回避しながらさらにバグスターを挑発する。

「どこ狙ってんだ?俺はここだぜ!」

「ギャオオオオ!」

俺が目当てのアイテムブロックへ跳び移ろうとした瞬間、バグスターが渾身の一振りでアイテムブロックを攻撃するが、それこそ俺の狙い通り!

横薙ぎ攻撃を避けつつガシャコンブレイカーをブレードモードに変化させ、破壊されたブロックから出現したアイテムに切っ先を当ててゲットする。

『マッスル化!』

仮面ライダーのパワーをアップする『マッスル化』によって、エグゼイドの攻撃力が上昇。これで準備は整った。

「よし!一気に行くぜ!」

俺はスピードを生かしてピンボールのように動き回りながら、すれ違う度にガシャコンブレイカーでバグスターを切りつける。

『HIT!』『HIT!』『HIT!』『GREAT!』『GREAT!』

ダメージのエフェクトが変化する。バグスターもヨロヨロとよろめいているし、そろそろフィニッシュと行くか!

俺はゲーマドライバーに装填していたマイティアクションXを一度抜き、左腰のガシャットホルダーにあるキメワザスロットへ挿し替える。

『キメワザ!』

エグゼイドの必殺技の発動準備が整った。俺はガシャットホルダーの上のボタンを押して必殺技を発動させる。

『マイティ クリティカル ストライク!』

上空へ高くジャンプし、前方へ一回転。そのまま右足を突き出しながらバグスターに向けて急降下する。

「ハアァァッ!」

『PERFECT!』

キックを受けたバグスターは数歩後ずさり、自分の肉体を維持できなくなり悲鳴を上げて爆発する。

俺はバグスターから解放されたみほをキャッチすると、後ろで避難している杏たちの下へ走っていく。

「みほ!」

「みほさん!」

みほの友達二人が駆け寄ってくる。

「これでみほの病気は治ったんですよね?」

「いや、まだだ」

「でも、あの怪物を倒したんだからもう大丈夫なんじゃ…」

「さっきのは第一段階。本番はここからさ」

「えっ?」

飛び散ったバグスターウイルスが再び集まり、たくさんの怪人を形成する。

「あんなにたくさん…」

「あれだけの数をお一人で相手にするんですか?」

「あのオレンジ頭はザコキャラだから、いくらいようが大して問題じゃない。それよりも真ん中にいる青いヤツ、あのバグスターがみほを苦しめている原因だ」

「あれが…」

「じゃあ、あいつを倒せば…」

「ああ。みほは元気になる。これから倒してくるから、お前たちはみほを連れて隠れていてくれ」

「分かりました」

「頑張って!」

「ああ、任せとけ」

俺はバグスターの方へ向き直る。

「行くぜ!大 変 身 !」

『ガッチャーン!レベルアーップ!マイティジャンプ! マイティキック! マイティマイティアクション エーックス!』

ゲーマドライバーのレバーを右に開いてレベルアップ。ピンクを基調にした等身大の戦士、仮面ライダーエグゼイド アクションゲーマー レベル2へ変身する。

「ノーコンティニューで、クリアしてやるぜ!」

ガシャコンブレイカーをハンマーモードへ戻すと、一気にバグスターに向かって走る。

「お前たち、行けっ!」

みほに感染した青いバグスター、ソルティの号令を受けて、ザコバグスターたちがこっちに向かって来る。

「どれだけ数を揃えようが、相手にならないぜ!」

ガシャコンブレイカーを一回転させて持ち直し、一番手前のバグスターの懐に入ると、思い切りスイングして吹き飛ばす。

「うりゃ!」

『HIT!』

エフェクトが表示されるのと同時に吹き飛んだバグスターが消滅する。

「まだまだぁ!」

同様の手筈で次々とザコバグスターを蹴散らしていく。

「ハッ!そらっ!ハアッ!」

「ぬうぅぅ…!」

全てのザコバグスターを倒し、残るソルティにガシャコンブレイカーを向ける。

「後はお前だけだぜ、ソルティ!」

「貴様の様なしょっぱいヤツの相手をせねばならんとは…」

「偉そうにしていられるのも今のうちだ!行くぜ!」

俺はダッシュでソルティに近づいていく。それに合わせる様に、ソルティの腕に電気が流れる。

「くらえ!」

「ハッ!」

放電攻撃をジャンプで避け、ガシャコンブレイカーをソルティの顔面に直撃させる。だが、直撃させたのにダメージエフェクトが表示されない。

「!?…だったら!」

一度距離を取り、再びブレードモードに切り替える。そしてマイティアクションXをガシャコンブレイカーのキメワザスロットに装填する。

『キメワザ!』

『マイティ クリティカル フィニッシュ!』

「ハァーッ…タァッ!」

切っ先にエネルギーを集中させたガシャコンブレイカーの一撃を気合いとともにソルティにぶつける。それでも、ダメージエフェクトが表示されることは無かった。

「なんでっ!?」

「次はこちらの番だ。フンッ!」

ソルティの放ったボディブローを受け、吹き飛ばされてしまう。残り体力を示すライダーゲージも半分まで減ってしまっている。

「ぐっ…一撃でこれかよ…」

『永夢、大丈夫か!?』

俺に感染しているバグスター「パラド」が心配している。

「この程度なら、まだ…」

『さっきの攻撃からゲムデウスの力を感じた。おそらくあいつはゲムデウスウイルスに感染しているはずだ』

「ゲムデウスだって!?」

ゲムデウスウイルスはバグスターであっても感染すれば命の保証は無い強力なウイルス。それだけに、適応出来れば文字通りレベルを超えた力を手にすることが出来る。

「…なるほどな。それだったらこの強さも納得だ」

仮にヤツのレベルを100としても、こっちはレベル2。強さの桁が違っているんだから、攻撃が通用しなくてもおかしくはない。

「ならこっちも全力だ!」

俺は二つのガシャットを取り出して、同時に起動する。

『マキシマムマイティエーックス!』『ハイパームテキ!』

マキシマムマイティXはゲーマドライバーの二つのスロットを使用する代わりに最大レベルへパワーアップさせる最強のガシャット。ハイパームテキはマキシマムマイティXに連結させることでマキシマムをさらに強化することが出来る特殊なガシャットだ。

俺はゲーマドライバーに二つのガシャットを装填、ガシャット上部のスイッチを押して変身する。

「ハイパー 大 変 身!」

『パッカーン、ムーテーキ! 輝け~流星の如~く!黄金の最強ゲーマー!ハイパームテキエグゼ~イド!』

エグゼイドのボディが光り輝き、レベルを超えた無敵の戦士、仮面ライダーエグゼイド ムテキゲーマーへの変身が完了する。

「ぬうっ…」

専用武器のガシャコンキースラッシャーを装備して、ソルティとの距離をワープで一気に詰めそのままキースラッシャーで何度も切りつける。

『GREAT!』『GREAT!』『GREAT!』

「ぐわぁっ!」

ソルティを倒すため、俺はハイパームテキのスイッチを押してキメワザの発動準備をする。

『キメワザ!』

「こいつで終わりだ!」

もう一度スイッチを押し、キメワザを発動する。

『ハイパー クリティカル スパーキング!』

ソルティに跳び蹴りを食らわせ、上空にワープして再度キック。それを十数回繰り返し、最後の一撃を食らわせ着地する。

「ぐうぅぅ…」

よろめくソルティに背を向け、杏たちの方へ歩いていく。

「待たせたな、みほ。終わったぜ」

「いやいや、まだ後ろで生きてるじゃん!」

「そうだ!あいつまだ立ってるぞ!どうするんだ!」

「どうするって…じゃあ分かりやすくしてやるよ、ほら」

ソルティの全身に時間差でダメージが与えられ、次々と『HIT!』や『GREAT!』『PERFECT!』のエフェクトが表示されていく。

「ぐわぁぁぁぁっ!」

そしてついに耐えきれなくなったソルティが爆発、消滅する。

『GAME CLEAR』

ゲームクリアのエフェクトが表示され、俺は変身を解除する。

「…確かに、終わってたな…」

「…ですね…」

 

 



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1-8

友達に膝枕されて寝ているみほちゃんを診察するため、首に掛けていたゲームスコープを構えてみほちゃんへ向ける。

「みほさんの病気はどうなったんですか?」

「…大丈夫。バグスターウイルスの反応も無くなったし、もう少ししたら意識もハッキリしてくる筈だよ」

「よかったぁ~」

「ええ。いきなり倒れられた時はビックリしましたけど」

「でも、この人がすぐ来たってことは会長たちはみほがゲーム病、だっけ?とにかく病気だって知ってたんですよね?」

「ああ。そのために永夢先生に大洗女子まで来てもらったからね」

「そうだったんだ。って言うかお医者さんだったんですね」

「うん。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は宝生永夢、聖都大学附属病院で小児科医をしているんだ」

「わたくしは五十鈴華と申します」

「私、武部沙織です!絶賛彼氏募集中です!」

なんだか圧が凄い子だなぁ。でもどことなくだけど大我さんに突っかかっている時のニコちゃんや黎斗さんを叱っている時のポッピーに近い感じがする。

「すいません。沙織さんは女子校生活が長すぎて少々拗らせてしまっている所がありまして」

「ちょっ、変なこと言わないでよ!全然拗らせてなんかないから!」

「拗らせてないなら初対面の人間に彼氏募集中とか言うか?」

「うぐっ!」

「それに永夢先生彼女いるしね~」

「えっ?」

「えっ、そうなんですか!?」

「だからあんまり期待しない方が良いんじゃない?」

「確かに医者って狙う人多そうだから彼女くらいいてもおかしくないか……」

「ちょっと角谷さん!」

「ん、なんかまずいこと言ったっけ?」

「いや、そうじゃないけど、別に嘘吐く必要は無かったんじゃ…」

「ん~、でもさぁ、武部ちゃんほどではないにしても年上の男性にキュンとくる女子高生って意外と多いと思うんだよ。それに医者ってお金持ちなイメージあるじゃない?」

「僕はあんまりお金無いけど…」

「あくまでイメージだから。まぁさすがに金目当てで近づく生徒はいないと思うけど、とにかく余計なトラブルを避ける為には嘘も方便ってやつだよ」

「…分かったよ」

「何話してるんですか?」

「「なんでもないよ」」

僕が最近の女子高生の対応に四苦八苦していると、寝ていたみほちゃんが意識を取り戻す。

「! みほさん、意識が戻ったんですね」

「みほ!大丈夫なの?」

「華さん…沙織さん…うん、もう大丈夫」

「西住ちゃん」

「あ、会長さん…」

「気分はどう?」

「もう大丈夫です」

「そう。じゃあ、返事聞かせてくれる?」

「……」

「やっぱりやりたくない、か…」

「いえ…会長さんが言ってた大洗女子を盛り上げるためなら、やっても良いかなって今は思ってます」

「おぉ!」

「けど、勝つための戦車道なら私はやりたくありません」

「……」

「会長さん。勝つためだけの戦車道はしない、って約束してくれますか?」

「…あぁ。約束する」

「なら、私なんかで良ければ…」

「いいの、みほ?あんだけ嫌がってたじゃん」

「うん。けど、会長さんの話しを聞いて大洗女子のためなら力を貸したいって思ったから」

「みほさんが納得しているならわたくしたちは構いませんけれど…」

「まぁ西住がやると言っているんだから良いじゃないか。それよりお前たちも戦車道やらないか?」

「あー…まぁみほがやるって言うなら」

「…ええ。そうですね」

「おぉ!これで三人は確定ですね、会長!」

「あぁ。…ありがとね」

みほちゃんにとって戦車道はただ勝利するためのものだった。それがいつしかストレスになっていたんだろうけど、これからは楽しく戦車道が出来るように僕も頑張って手伝わないと。

その前にちゃんと自分の仕事をしないといけない。

「それじゃあ僕は衛生省に報告しないといけないからもう行くね」

「あぁ、明日中には戻って来るんだよね?」

「うん」

「それじゃあ戻って来るまでに他の患者についてこっちでも調べておくから」

「ありがとう、助かるよ」

 

大洗女子を離れ連絡船に乗っている間、今回の報告書を作成する。

はっきり言って今回の症状は異常だ。ゲムデウスに感染したバグスターに、そのバグスターが感染した状態で半年も変化が無かった患者。

ゲムデウスの設定上自然発生しているとは考えにくく、誰かが培養してみほちゃんに感染させた可能性の方が高い。だからといって、あのソルティ自身にゲムデウスウイルスに適応出来る力があったとも考えづらい。おそらく、外部に異変を悟られないようにしながらこの半年間でゆっくり時間をかけてウイルスを適応させた第三者がいるはず。

もし、その人物が大洗女子でのゲーム病の流行に関わっているなら、これからの戦いは一筋縄では行かないだろうな。



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第2話 戦車乗ります!/悲しみの先にあるROAD!
2-1


2018年4月 聖都大学附属病院 電脳救命センター(CR)

 

小児科医が衛生省に提出した報告書を読み、俺は小さくため息を漏らす。

『仮面ライダークロニクル』発売をきっかけに始まったゲーム病の被害も一段落したとはいえ、今も病に苦しむ患者がいることは分かっているし、それに対処する為に衛生省がワクチン開発に力を注いでいることも知っている。しかし…。

「新型、か…」

ここに来てゲムデウスウイルスに適応した新たなバグスターの出現。

小児科医はバグスターウイルスの進化に因るものではなく、人為的に造られた物であると考察しているが、その場合、俺にはそんな事をする人間の心当たりは一人しかいない。

「檀黎斗」

「私の名前は檀黎斗“神”だ!」

「お前の呼び名などどうでもいい」

部屋に備え付けられている一台のゲーム機、ドレミファビートの筐体のモニターの中で何らかの書類を作成している檀黎斗に話しかける。

「…それで、何か用かな、鏡先生。世間話に付き合う暇は無いが」

「…何をしている」

「なに、戦車道連盟にゲーム開発を提案しようと思ってね」

「…そうか。そんなことよりお前に聞きたいことがある」

「…何かな?」

「小児科医がゲムデウスウイルスに感染したバグスターと戦ったのは知っているか?」

「あぁ、その報告書の内容なら私も衛生省に呼び出されて取り調べを受けたからよく知っているとも」

「では、お前が仕組んだ事ではないと?」

「勿論」

「…ならこの件についてのお前の考えを聞かせろ」

「そもそもゲムデウスは『仮面ライダークロニクル』のラスボスだ。自然に発生するような存在ではない。にも関わらずその患者はゲムデウスに感染したバグスターに感染している。おそらく、人の手が加えられているというのは間違いないだろう。が、問題はその犯人が誰かと言うこと。これまでにゲムデウスウイルスと何らかの関わりがある人物が容疑者となるが、ゲムデウスウイルスをドクターマイティXX開発時にワクチンプログラムによって消滅させており、衛生省に行動を監視されていて、ほとんど動けない状態にある私はまず除外される」

「だが、パンデミックを引き起こした二体のゲムデウス、檀正宗とジョニー・マキシマも、両方共切除され消滅している。他に容疑者となる人物がいるのか?」

「いいや」

「なら、新たなゲムデウスが誕生したとでも言うつもりか」

「いや。その可能性も考えたが、いかにゲムデウスウイルスと言えど他者に感染するには、バグヴァイザーを使わないと不可能。しかし、既存のバグヴァイザーは全て衛生省に管理され、新たに製造するにしても、幻夢コーポレーションの施設でなければ製造出来ない。よって今回の件での第三のゲムデウスの存在はあり得ないと考えている」

「なら一体誰が…」

「簡単に考えてみればいい。ゲムデウスウイルスを保持し、バグヴァイザーを所有する、いや、所有し得る人物と言えば?」

「…っ! まさか…」

「分かったかな?…私の考えでは今回の黒幕は檀正宗だ」

「…だが、そんなことがあり得るのか?」

「君もヤツの周到さとしつこさはよく知っているだろう。ならば、ヤツがバックアップの一つも取っていないとは考えにくい」

「そのバックアップが存在しているとして、なぜ関係無い人間にそんなことを?」

「ヤツはハイパームテキの攻略に力を注いでいた。なら、その患者を餌に永夢を誘き寄せ、罠に掛けようとしたか…」

「それならヤツの方から通報してくるはずだ。それに、患者が感染したのは約半年前。…もしかして、そこに何か理由があるのか?」

「……培養だ…」

「何?」

「私や永夢がポッピーやパラドを体内で培養した様に、ヤツが力を蓄える為にその患者を利用したとすれば…!」

「遠く離れた場所の人間を狙ったのは自分の存在を隠すため、患者が女子高生なのは思春期の精神的な不安定さによるストレスの増大を利用してウイルスを増殖させて自分の力にするため、か」

「どうかな?私の推理は」

「…確かに筋は通っているか」

「だろう!これを機に、君も私を崇めると良い!」

「あくまでお前の推理を真に受けた場合だがな。答えは衛生省が調査を進めていけば分かることだ」

「なっ!君から聞いてきたんだろう!」

俺は檀黎斗の文句を無視し、再び報告書に目を落とす。

檀黎斗が今言った事は全て想像だ。だが、ヤツは檀正宗の息子、親の考えを読めても不思議ではないか…。鵜呑みにする訳にはいかないが、それが事実である可能性も捨てきれない以上、対策は立てておくべきだろう。

俺は衛生省に向かう為、CRを後にする。俺が部屋を出て行くまで檀黎斗は画面の中で喚き続けていた。

 



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2-2

秋山優花里視点を追加しました。


大洗女子学園 運動場 倉庫前

 

今日から一年間を通しての戦車道の授業が始まる。だと言うのに目の前に集まった生徒の数は私が思っていた以上に少ない。

「かーしま、何人?」

「18人ですね。我々を含めても21人です」

21人、やっぱり少ないなぁ。でも生徒会への評価を考えれば、これでも集まってくれた方かな。

私は手元の資料を見る。これには、現在大洗女子に残っているであろう戦車のデータがいくつか纏められており、その中から今の人数で運用できそうな物をいくつかピックアップしていく。

「うーん、こんなとこか」

選んだのは、倉庫内のⅣ号戦車を含め、Ⅲ号突撃砲、ポルシェティーガー、三式中戦車、M3中戦車の5輌。他にも人数的には問題ない車輌もあるが、戦力として考えるとこれがベストだろう。最大の問題はこれらが見つかるかどうかということだけど…。

「会長、そろそろ…」

「うん?あぁ、そうだな」

河嶋に呼ばれ、皆の前へ出ていく。わざとらしくごほん、と咳を一つ。

「諸君!まずは戦車道の授業を選んでくれてありがとう。我々と共に戦車道を学べば、君たちのこれからの学園生活はより豊かなものとなるだろう!」

「会長!挨拶はいいですから、早く戦車に乗せて下さい!」

そう言ったのは2年C組の秋山ちゃん。そういえば説明会の直後に生徒会に戦車道をやるとわざわざ言いに来たのもこの子だっけ。

「…あー、うん。戦車ね…」

「ん?まさか会長、ウチには使える戦車が1輌も無いとか言うんじゃないだろうな?」

「えっ!?いやいや、ちゃんとあるから」

「だったら見せて下さいよー、戦車」

「そうですよ。ちゃんと見せて下さい」

「分かった分かった。かーしま!」

私は河嶋に倉庫の扉を開けさせて、皆にⅣ号戦車を見せる。

「うっ、これは…」

「随分ボロボロだな」

「へー、これが本物の戦車なんだ」

「これ動くんですか?」

「まぁ、ちゃんと整備とかすればね」

「えっ!だったら今日はⅣ号の整備をするんですか?」

「いや、整備は自動車部に任せるから」

「なら今日は何を?」

「お前達には他の戦車を探してもらう」

「他の?」

「ああ。ここに大洗女子に残っている戦車の一覧表がある。お前達にはこの中に載っている戦車を見つけて来てもらいたい」

「見つけてこい、ということは戦車がある場所についての見当がついていないということか?」

「残念ながらその通りだよ、松本ちゃん」

「ちょっ!会長!その呼び方は止めてくれ!」

「学園艦のどこにあるかわからない状態で探すのはちょっと難しいんじゃ…」

「いや、根性さえあればなんとかなるんじゃない?ね、磯部ちゃん」

「さすが会長!その通りです!」

「根性だけではどうにもならないと思いますけど…」

「まぁ、喋ってても何も始まらないんだから、澤ちゃんもとりあえず探しに行ってよ」

「…分かりました」

とりあえず戦車を捜索するために西住ちゃん達三人に秋山ちゃんを加えた1班、磯部ちゃん率いるバレー部の2班、松本ちゃん達歴史好きが集まった3班、そして澤ちゃん達仲良し一年生の4班に分かれてもらう。

「会長達は探さないんですか?」

「うん?私たちは皆から連絡を受けて、自動車部を向かわせる係だから」

「それ三人も要りませんよね?」

「怠慢だー!」

「横暴だー!」

「生徒会も探せー!」

「探せー!」

「ええい、会長の決めたことにつべこべ言うなっ!お前達はさっさと戦車を探しに行けぇ!」

河嶋、ナイス?アシスト!やっぱり持つべきは権力とイエスマンだなぁ。

 

 

 

結局夕方まで掛かってしまったが、今日1日でなんとか5輌揃えることが出来た。出来たんだけど…。

見つかったのはM3中戦車とⅢ号突撃砲、ここまではいい。問題は残りの2輌、38(t)と八九式中戦車だ。

38(t)はまぁ使えなくはないが、八九式は中戦車と言いつつもそのスペックは中戦車のそれには及ばない。作られた時代を考えれば仕方ない事なんだけど…。

とにかく、今はこの5輌でなんとかしていくしかない。

自動車部による各部品の選定の結果、結構な数の部品を交換する必要が分かったから、まずはその対応をしないと。

はぁ、昼の時間をこっちに使えたらなぁ。

 

 

 

 

SIDE:秋山優花里

 

今日から待ちに待った戦車道授業のスタート!

大洗女子に住んで結構経つけど、まさかこんな日がくるなんて。しかも!目の前にいるのはあの西住流の次女で黒森峰で一年生ながら副隊長を務めていた西住みほ選手が!

あぁ、これは戦車を愛し続けてきた私へ神様がくれたプレゼントに違いない。神様、ありがとうございます!

 

いよいよ授業が始まり、生徒会長が前に出て挨拶を始めたが、一刻も早く戦車に乗りたい私は自分の気持ちを抑えることが出来ず、つい会長の挨拶を遮ってしまった。

しかし、会長の返答はなんだか歯切れが悪く、それに突っ込むようにドイツ軍の軍服と軍帽を着用した生徒が発言し、他の生徒も戦車を見せろと続く。

そしてついに倉庫の扉が開かれ、中には本物の戦車が!

「うっ、これは…」

間違いなくⅣ号戦車のD型なんだけど、長らく整備されていなかったせいで錆びまみれでボロボロになってしまっている。

いや、ここはポジティブに考えよう。このボロボロのⅣ号を私たちの手で甦らせるのだと!

「これ動くんですか?」

「まぁ、ちゃんと整備すればね」

「えっ!だったら今日はⅣ号の整備をするんですか?」

「いや、整備は自動車部に任せるから」

「なら今日は何を?」

「お前達には他の戦車を探してもらう」

おお!他にも戦車が!大洗女子の戦車道は随分前に廃止されたからもう戦車は残っていないと思っていたけど、まだちゃんと残っていたなんて。しかも捜索するチーム分けで西住選手と一緒になった。

いや~、なんというか、最高だなぁ!

 

「私、普通科2年C組の秋山優花里です。本日はよろしくお願いします!」

「五十鈴華です。こちらこそよろしくお願いいたします」

「私、武部沙織!」

「あっ、私は…」

「存じ上げております!」

「わっ!」

「あの戦車道の名門、黒森峰女学園で一年生でありながら副隊長を務めていた西住みほ選手!ですよね」

「あっ、はい。そうです」

「いや~、私小さい頃から戦車が好きで、そこから戦車道も好きになって。あの西住選手に出会えて、私凄く嬉しいです!」

「あっ、私もう選手じゃないから」

「はっ!そういえばそうですよね」

では西住選手のことを私は何と呼べば?初対面だし、失礼の無いように「西住さん」か?それとも会長のように「西住ちゃん」?思いきって下の名前というのも、いや、それもなんだかなぁ…。

「うーん…、うーん…」

「何やら悩みだしてしまいましたね」

「おーい、秋山さーん?」

「あ、あのー、秋山さん?」

「っ!はいっ!なんでしょうか西住殿!?」

「西住殿?」

「えっ?あっ!違っ、そうじゃなくて…」

「いいじゃん、それ!」

「えっ?」

「なんか響きが可愛くない?◯◯殿って」

「たしかに可愛らしいですね」

「ねぇ、私も呼んでくれない?」

「へっ?えっと、武部、殿?」

「うん」

「わたくしもお願い出来ますか?」

「あっ、はい。五十鈴殿…」

「はい」

「よし、仲良くなったところでそれじゃあ戦車探しに行こっか」

「あっ、はい」

なんか◯◯殿呼びで纏められてしまった。でも西住殿とお近づきになれたし、まあいいか。

 

その後我々は五十鈴殿の並外れた嗅覚のおかげ?もあり38(t)を見つけることが出来た。嬉しさのあまりつい38(t)の説明をペラペラと喋ってしまい、武部殿には若干引かれてしまったけれど。

他の班も無事Ⅲ突やM3リー、八九式を見つけたらしい。

他にも見つかっていない戦車はあるが、練習に必要な数は揃ったらしく、明日は洗車と整備を行い、明後日から本格的に練習を始める予定だと言っていた。

ううむ、戦車に乗れるのは明後日かぁ。こうなったら、せんしゃ倶楽部で自主トレだ!



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2-3

本日は、明日からの練習に向けて発見した戦車の整備を行う。

「その前にさぁ」

「? なんです?会長」

「この戦車って誰が何を使うかとか決めてなかったよなぁ」

「そういえばすっかり忘れていましたね。…見つけた者達が見つけた戦車に乗るのでよろしいのでは?」

「そうなるとウチらがⅣ号ってことになるじゃん?それだと人数足りなくなるんだよねー」

「では他から人を引っ張りますか」

「んー…、あ、そーだ。西住ちゃーん!」

「はっ、はいっ」

「Ⅳ号は西住ちゃん達に任せるから。そのかわりに38(t)はウチらで使うからね」

「あっ、はぁ…」

「これで、良し」

「流石です、会長!」

他の戦車はそのまま見つけた者達で使う形で落ち着いた。なお、明日からの練習に向けてそれぞれの呼び方を西住達をAチーム、バレー部連中をBチーム(八九式担当)、歴史好きの集まりをCチーム(Ⅲ号突撃砲担当)、一年生の六人をDチーム(M3リー担当)、我々生徒会をEチームと改めることにした。

さて、整備の前にまずは洗車だ。だが、他の連中は水を掛けあったり、ルビコンがどうだとか騒ぐだけ騒いでちゃんとやろうとしていない。

「まったく、あいつらは本当にやる気があるのか?」

「そんなこと言うなら桃ちゃんも手伝ってよ」

「そうだぞ、かーしま」

「会長もです!」

 

その後もだらだらとやっていたせいか、洗車と簡単な整備だけで時間になってしまった。仕方ないが残りは自動車部に任せるとしよう。

「とりあえず今日はこのくらいでいいだろう」

「あー、つかれたぁ」

「服が汗と油でベトベトだ」

「こりゃ洗濯が面倒ぜよ」

「はやくお風呂入りたーい」

「…今日はこれで終了とする。明日の練習は宝生先生と戦車道連盟から教官が来られる。くれぐれも失礼の無いように!では、解散!」

 

 

 

 

 

「教官かー、どんな人が来るんだろう?やっぱ教官って言うぐらいだからちゃんとした人だよね?」

「多分そうだと思うけど…」

「イケメンかな?優しい人かな?あー、なんか今からテンション上がっちゃうな~」

「五十鈴殿、武部殿はどうされたんです?」

「おそらく明日の練習が待ち遠しいのだと思いますが」

「おお!」

「はぁ…どんな人かなぁ?」

「武部殿」

「ん?秋山さん何?」

「武部殿も明日が待ち遠しいんですよね?」

「へ?…まぁ待ち遠しいと言えば待ち遠しいかな」

「でしたら、武部殿にオススメの場所があるんですけど行きませんか?」

「オススメの場所!?行く行く!あっ、みほ達も一緒に行こうよ!」

「あっ、じゃあ…」

「ご一緒させていただきますね」

「おお!是非!」

 

学園を出て歩くこと十数分、秋山さんの案内で私達が連れてこられたのは小さなお店だった。

「着きました!」

「…何、ここ」

「せんしゃ倶楽部ですよ?」

「うーん…」

「…あの、私何か間違えちゃいましたか?」

「うーん、間違いって言うよりかはさぁ、…秋山さんさっき私にオススメって言ってたよね」

「はい」

「どの辺が?」

「えっ?」

「私いまいちピンと来てないんだけどさ、どの辺が私にオススメなの?」

「え、えーっと……そう!ここなら戦車のプラモデルとか戦車の専門誌とか色々置いてあって、通うだけでも戦車に詳しくなれたり、なかなか他では手に入りづらいレア物が入手出来たりするんです」

「で?」

「えーっと、だから、その…ここで武部殿が戦車について詳しくなれば、教官からの評価とか良くなる、んじゃないかと…」

ふーむ、なるほど。言わんとすることは一応理解出来る。

ここであらかじめ戦車それに戦車道について勉強しておけば、教官の私に対するイメージを良くすることが出来る。イメージが良いってことは言い換えれば好印象ってことで、そうなると当然他の子達と比べて私の方が教官のウケは良いんだから、そしたらその後のこととか色々上手く行きやすくなるよね…。

「あ、あのー、武部殿?」

「…秋山さん」

「はっ、はいっ!」

「連れて来てくれてありがとう!」

「うぇっ!?」

「そっかー、ここで色々勉強して私の魅力を更にアップしておけってことよね。うんうん。流石秋山さん、いや、流石ゆかりんだね!」

「あの、武部殿?さっきからどうしたんですか?と言うかゆかりんって私のことですか!?」

「よーし、そうと決まれば!いざ行かん、私の輝かしい未来へ!」

「ちょっと、ねぇ、武部殿ー!?」

「…わたくし沙織さんとはそれなりの付き合いですけれど、何と言うか、沙織さんって結構チョロい人ですよね」

「チョロっ!?…まぁ戦車道の教官を務める人だから、女性だってなんとなく分かりそうなのにとは思うけど…」

「宝生先生は違いましたけど、沙織さんは本当に連盟から男性の教官がいらっしゃると思っているんでしょうね」

「ちょっと五十鈴殿、助けて下さいよ~、さっきから武部殿の様子がなんだかおかしいんですけど…」

「放っておけば元に戻りますから。とりあえずわたくし達もお店に入りましょうか」

「あー、うん。そう、だね…」



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2-4

お店に入った私は、店内を見てどこか懐かしさを感じていた。と言うのも私がまだ小さかった頃、お姉ちゃんと一緒にお母さんに連れられて似たようなお店に行ったことがあったから。私が行ったお店は熊本にあったから黒森峰や西住流の影響もあってドイツの戦車や軍服を中心に取り扱ってたけど、このお店は幅広く取り扱っているように見える。

「うーん、勉強するにしても、戦車ってなんかどれも同じに見えるんだけどさぁ」

「何をおっしゃいますか!一口に戦車と言っても、国や時代でそれぞれ違うんですから。あっ、例えばこれ、我々が乗るⅣ号戦車ですけど、これとこれの違いとか、分かりませんか?」

「? 一緒じゃないの?」

「違いますよ!こっちがD型、我々が明日乗る戦車です。で、こっちがH型、主砲を長砲身に強化してシュルツェンを取り付けてⅣ号をパワーアップした物です」

「はぁー、そう言われて見るとたしかに違うね」

「そうでしょう!」

「たしかに、活け花でも花の色や活け方が違えば、与える印象も違ってきますものね」

「なるほど。つまりモテとおんなじだね!」

「…多分違うと思う…」

そっか、いままで私の周りにはいなかったけど、これまで戦車に触れる機会も知識も無い人に戦車の違いとか説明するのって難しいんだ。まぁ、ポジションにもよるだろうけど、戦車道をやるだけならそれぞれの違いとか無理に覚えなくてもいいのかもしれないけど。

その後はしばらくみんなで店内のグッズや雑誌を見て回ったり、筐体の戦車ゲームをやったりした。

ふと時計を見るとそれなりの時間になっていた。お店のテレビでも夕方のニュース番組がスポーツの特集をやっている。

「いやー、結構遊んだね。そろそろ帰る?」

「そうですね」

「そうしましょうか」

「あ、うん。そうだね」

その時、ニュース番組が戦車道の話題に切り替わる。その内容に思わず私は振り返ってしまう。

テレビから流れてきたのは、黒森峰にいるお姉ちゃんへのインタビュー。お姉ちゃんは戦車道の勝利の秘訣を聞かれ、「諦めないこと、そしてどんな状況でも逃げ出さないこと」とカメラを真っ直ぐ見つめて答えていた。

私はそれを聞いてショックを受ける。きっとお姉ちゃんに他意は無いんだろう。それでもさっきの言葉は誰にも言わずに黒森峰を飛び出した私のことを言っているように、ただのカメラ目線もこれを見ている私を見つめているように感じてしまう。

「……」

「あ、あー、そうだ!」

突然、沙織さんが何か思いついたようで、思わずびっくりする。

「ねえ、今からみほん家行って良い?そんで、みんなで一緒にご飯食べようよ!」

「まあ、それ良いですね。わたくしもみほさんのお家にお邪魔したいです」

「あ、うん。それくらいなら別に…」

「あのー…」

「もちろん、秋山さんも」

「良いんですか!?」

沙織さん、自分では気づけなかったけどさっきの放送を見て少し沈んでいただろう私を心配してくれたんだろうな。

多分、一人でいたらきっといつまでも放送のことを思い出して引きずっちゃいそうだし、沙織さんの気づかいが私はとっても嬉しかった。

その後、せっかくだからみんなで料理しようということになり、スーパーに寄って食材とかを買ってから私の部屋へ。

「ちょっと散らかってるけど…」

「おぉ!クマがいっぱいでかわいい」

「ボコられ熊のボコって言うの!かわいいよね」

「ボコられ…?」

「あぁ、たしかに所々包帯を巻いてらっしゃいますね。お名前のことも考えると、ボコさんって可愛らしい顔して結構喧嘩っ早いんでしょうか」

「そうなの!ボコはケンカがすごく弱くていつもボコボコにされるんだけど、些細なことで自分からケンカを売りに行っちゃうの!それからーー」

「ストーップ!ボコの話しは後にして、まずは料理しよう!」

「あ、そうだね」

「華はジャガイモの皮剥きをお願いね」

「あ、はい」

「私、ご飯炊きます!いえ、むしろ炊かせて下さい!」

そう言っていそいそとカバンの中から飯ごうを取り出す秋山さん。

「それ、いつも持ち歩いてるの?」

「はい!いつでも野営出来るように」

「きゃあ!」

私達がキッチンに目をやると、華さんの指先から血が流れていた。

「すみません、花しか切ったことが無いもので」

「絆創膏を用意するからちょっと待ってて」

そう言ったものの、私救急箱ってどこに置いたっけ?一人だとケガとかあんまりしないし、ちょっとくらいのケガなら放っておいちゃうしなぁ。

結局料理は沙織さんと秋山さんの二人がほとんど作り、私は特にこれと言ったことができなかった。華さんは「何も出来なくてすみません」と申し訳なさそうにしていたけど、きれいな花を用意してくれた。

みんなで食卓を囲む。こんな賑やかなのははじめてだけどなんだかすごく久しぶりな感じ。料理はどれも美味しかったけど、中でも沙織さん自慢の肉じゃがはとっても美味しかった。

「やっぱり手料理と言えば肉じゃがだからね。これでどんな男の人でもイチコロよ」

「いままで落とした相手もいないのに?」

「と言うか本当に男の人って肉じゃが好きなんですかね」

「そういう噂は聞いたことあるけど」

「だってそう雑誌に書いてあったし間違い無いって!…多分」

 

食事を食べ終え、みんなは遅くならないうちにそれぞれの家へ帰って行った。

今日一日色々あったけど、楽しかったな。

明日からもこんな日が続くと良いんだけど。



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2-5

「ふわぁぁ…はぁ」

欠伸をしながら今日も重い体を一歩一歩目的地へと運んで行く。

私は今、人間の欲の中でもとりわけ強い欲、いわゆる三大欲求の一つである睡眠欲と脳内で激しい戦いを繰り広げている最中、つまり今、物凄く眠い。

太陽は今日もこれでもかと言わんばかりにギラギラと大地を照らしており、その光と熱は私の気力を少しずつ削っていく。

暖かな日射しと眠気のコンビネーションはひどく暴力的だ。だがそれでも、私はこんな所で立ち止まるわけにはいかない。僅かに残った理性を総動員してなんとか足を動かし続ける。

そうして歩き続けて結構な時間が経った頃、ようやく私が通う大洗女子学園が見え始めた。

いつものことながら学園までの道のりは私にとってはまるで天竺かのように長い。その長い道のりを今日も眠気に負けずよく歩いて来た。自分で自分を誉めてやりたい気分だ。

だが、まだ学園までたどり着いた訳ではない。私はもう一踏ん張りするべく大きく伸びをする。その時、住宅のベランダに干された布団が目に入る。それを見た瞬間、脳内で我が家の風景がフラッシュバックする。

ああ、そう言えば布団干してないな。こんな天気の良い日は、布団を干すのにちょうど良いよな。ちゃんと干していれば、あそこに見える布団のようにふかふかで温かくて、倒れ込んだ瞬間に夢の世界へ旅立てる様な布団が私の帰りを待っていただろうな。実に惜しいことをした。…はぁ、私も温かい布団に包まれたい。温かい布団で寝ていたい。いや、別に温かくなくて構わない。とにかく布団で寝ていたい。

「大丈夫ですか!?」

突如私の体に衝撃が加わる。私は声の主に抱き抱えられる形になっていた。眠気に襲われていた私を倒れそうだと判断したからだろうか。

振り向いて顔を確認すると、そこにいたのは私と同じく大洗女子の制服を着た少女。彼女はかなり心配そうに私を見ていた。

…なんでここに大洗女子の生徒がいるんだ?他の生徒は皆既に登校しているはずだが…。そこでふと気づく。おそらくこいつは寝坊でもしたのだろう、と。でなければこんな真面目そうなやつがこんなところにいる訳無い。

「…ああ、大丈夫だ。すまんな」

「本当ですか?今にも倒れそうだったから咄嗟に抱き抱えちゃいましたけど」

そんなつもりは無かったんだが、見ず知らずの人にそんな顔をさせるほど、私の歩き方ってヤバかったのか。意識して治せるとは思えんが、もうちょっとくらいは頑張って歩こうかな。

しかし、遅刻しているであろうこの状況で見ず知らずの他人を助けようなんてよほどお人好しなのか?しかも咄嗟に私を抱き抱えるなんて、色んな意味で凄いやつだな。

「朝が弱くてな。…いつもこうだから、あまり気にしないでくれ」

「そうなんですか?」

「ああ。…ああ、そうだ。助けてくれたのに悪いんだが、ちょっと頼みがある」

「なんですか?」

「すまんが学園に着くまでの間、肩を貸してくれ」

 

校門前では今日も変わらず風紀委員長のそど子が待っていた。こいつにも授業の準備とか色々あるだろうに、ご苦労なことだ。

「冷泉さん、あなた今日も遅刻よ。これでもう何日連続だと思っているの?」

「知らん」

「まったく…。いくら成績が良くてもこのままだと貴女留年しちゃうわよ、わかっているの?」

留年か…。それだけは避けねばならないが、先にこの体質をどうにかしないことにはどうにもならんからな。

「…まぁ、なんとかする」

「それから貴女、西住さん?困っている人を助けるのは立派だけど、それで遅刻するのは良くないわ」

「は、はぁ」

「今回は特別に見逃してあげるけれど、次は無いから気をつけなさい」

「あ、ありがとうございます…」

そど子は真面目だから、見るからに人助けをしているようなポーズをして見せれば遅刻の一回くらいはどうにかなると踏んだが、その通りだったな。

しかし、このくらいではあの時善意で助けてくれた西住さんへの恩返しにはならんか。

「あの、えっと、冷泉、さん?」

「うん?」

「あの、ありがとうございました」

「別に礼を言われるようなことはしていないが」

「えっ?でも、冷泉さんと一緒だったから遅刻を免れられた訳ですし…」

「私は単純にダルかったから肩を借りただけだ。それがたまたまそど子から見たら人助けしているように見えただけだろう。だから別に西住さんが礼など言わなくていい。むしろ礼を言わなければいけないのはこちらの方だ。なにせ命の危機を救われたんだからな」

「そんな事…」

「…もう授業時間か。…この借りは必ず返すから、待っててくれ」



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2-6

大洗女子学園 運動場 戦車倉庫前

 

試合の為の戦車とそれを動かす人間まではなんとかなった。あと足りていないのは戦車を動かす技術だけ。と言うわけで今日は教官を呼んでいろいろと教えてもらう予定なんだけど…。

「教官の方、なかなか来ませんね」

「うん、遅いねぇ…」

たしかに素人に一から戦車道を教えるのに適した人物ってイメージで「それなりにテキトーな人で」とはオーダーしたけど、流石に時間くらいは守ってもらいたいんだけどなぁ。

他の生徒達からも不満の声はちらほらと挙がってきているみたい。一年生の子達なんかは教官の到着を待たずにネットで調べて自分たちだけで動かしちゃおうかなんて言っているし。

戦車の動かし方くらいなら西住ちゃんに聞けば済むことなんだろうけど、流石にド素人に一から全部教えるなんて西住流じゃやってないだろうしなぁ。無論、教官にいつまでもと言うわけにもいかないからいつかは西住ちゃんに任せるしかないのだけど、それはもう少し先だな。

とりあえず教官には早く来てもらいたいんだが…と、空を見上げていると轟音とともにこちらに近づく機体があった。

近づいてきたのは自衛隊のマークが入った大型の輸送機。ギリギリまで高度を下げながら後ろのハッチを開け、学園の駐車場へ戦車を一輌投下する。

投下された戦車は落下の勢いを軽減する為にパラシュートを開いていたもののそれでも勢いは殺せず、学園長の愛車を巻き込みながら豪快に駐車場の端までスライディングした。

「学園長の車が!?」

「登場パフォーマンスにしちゃあちょっと過激だね」

派手な登場をしてくれた戦車はこちらに向けて方向転換する際、学園長の愛車をトドメとばかりにぺしゃんこに踏み潰した。まぁ一度傷が付いてしまったのなら、後はどれだけ傷付いても同じか。

「学園長になんて言えば…」

「何言ってもムダでしょ、あれは」

やっちゃったものは仕方ない。とりあえず諸々の責任については後で大人同士で話をつけてもらうとして、まずは教官に挨拶してもらおう。

「こんにちは。私がみんなの教官を務める蝶野亜美です。よろしくね!」

 

「…女の人だ」

「戦車道の教官なんですから、それはそうでしょう」

「はぁ、やっぱりかぁ…」

 

「みんな戦車道は初めてだって聞いているんだけど……あら?」

生徒達を見回していた教官が一人の生徒に目をつけた。西住ちゃんだ。

「あなた、西住師範のお嬢さんじゃなかったかしら?どうしてここに?」

西住ちゃんの実家、西住流は熊本に本家があり、同じく熊本を母港とする高校戦車道最強の黒森峰女学園にも強い影響力を持つ。その西住流に生まれた女子で戦車道を学ぶのなら当然黒森峰にいるはず。しかし、西住ちゃんは黒森峰ではなく、一から戦車道を学ぼうとしているここ大洗女子にいるのだから、教官が疑問に思うのも当然か。

「ぁ…、その…」

蝶野教官の問いに西住ちゃんは動揺している。でも無理もないよな。ついこの間まで戦車道そのものに対してトラウマじみたものが西住ちゃんの中にあったわけだし、転校の理由についても簡単に言えることでもないもんなぁ。

「教官、西住先輩がどうかしたんですか?」

「ああ、そっか。あなたたちは多分知らないわね。彼女、西住流って言う戦車道では最も由緒ある流派の娘さんなの」

「へー、その西住流ってどのくらい凄いんですか?」

「そうね、西住流の教えを受けている黒森峰って学校があるんだけど、そこは毎年全国大会で優勝したりしているわ」

「全国大会優勝だって!」

「すごーい!」

「じゃあ西住先輩もすっごく強いんだ!」

「えぇっ、いや、私はそんなんじゃ…」

一年生達からの質問でいくらかは西住ちゃんの動揺は治まったものの、今度は期待の眼差しに困惑気味だ。

そろそろ助けに入ろうかとしていると、武部ちゃんが勢い良く手を挙げた。

「教官!質問いいですか!」

「何かしら?」

「戦車道をやったらモテるって聞いたんですけど!」

「モテ?うーん、確かに戦車道をやればモテるようになると言えなくもないわね」

「おお!ちなみに教官はどれくらいモテたんですか?」

「そうね…。簡単に言えば、今まで狙った目標は外したことはないわ。撃破率120パーセントよ」

「120パー!?凄い!」

いや、それって100パーセントでしょ。なんてツッコミは飲み込むとして、機転を利かせたのかそれとも本心からだったのかはともかく、武部ちゃんの質問のおかげでさっきまでとは話題の方向性が随分変わった。

「教官、本日はどのような練習を行うのでしょうか!」

武部ちゃんに続くように、秋山ちゃんが今日の練習内容を尋ねた。待ちきれなかったのかな?

「そうね。今日は早速だけど、実戦形式で本格戦闘の訓練しましょうか」

「ええっ、いきなりですか!?」

「難しそう…」

「大丈夫!戦車を動かすなんてあなたたちが思っているよりも簡単なんだから。こうダーってやってバーってやったら良いのよ」

教官の口振り的にはなんだか簡単そうに感じるけど、言い方がかなり感覚的すぎる。流石にダーやバーがなんなのかくらいは説明があってもいいんじゃないの?

うーん、この人が教官で本当に大丈夫かなぁ…。

 



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2-7

これから練習試合をするわけだけど、みほちゃん以外の生徒は戦車について何も分からない状態だ。

なのでまずはそれを解消する為に戦車を運用する為に必要なポジション毎に各チーム内でそれぞれ分かれて基礎知識を学ぶこととなった。

ポジションは戦車内の指揮を執る戦車長、砲弾を装填する装填手、砲弾を撃つ砲手、戦車を操縦する操縦手。本来はこの4つに加えてもう一つ、他の味方と連絡を取り合う通信手もあるんだけど、今回の練習試合はバトルロイヤル形式なので通信手の出番はないらしい。

レクチャーは今回来てくれた蝶野さん達教導隊の方々が各ポジションに分かれてするのだけど、戦車長を担当する蝶野さんは簡単に戦車長の説明をすると、特に教えることはないとばかりにレクチャーを早々に切り上げ、僕と各チームの車長と通信手の子達と一緒に試合で使用する為の機材の準備をし始めた。

 

「よい…しょ、と。…はぁ、試合やる前からもうへとへとなんですけど。っていうか特に車長の説明とか無かったけど、本当に大丈夫なのかな?」

「こうなったらもうこのままやるしかないでしょ。…それにしても、こういう力仕事は全部河嶋に丸投げしてたからしんどいなぁ。…このまま試合開始までサボるとするか」

「おっ、それ良いかも!」

「ちょっと二人共、あと少しで終わりなんだからもうちょっと頑張ろうよ」

「「はーい」」

 

「ふむ、Aチームの車長は武部さんか。なら西住さんは砲撃手辺りか?…うーむ、どうしたものか」

「あれ、エルヴィンさんどうかしたんですか?」

「ああ、磯辺さん。…いや、別になんでもないよ」

「そうですか」

「あっ、磯辺さん!」

「なんですか?」

「ちょっと相談があるんだが、構わないかな?」

 

「あの、蝶野教官」

「あなたは…Dチームの澤さんだったわね。何か用かしら?」

「あの、こういう機材とかの準備が必要なのは分かるんですけど、さっき教えてもらったの以外で車長に必要なこととかって他に無いんですか?」

「もちろんいっぱいあるわよ。例えば、相手の戦車の動きを先読みしてチームメイトに指示出したりとかまぁいろいろね」

「そういうの、もっと教えてもらったり出来ませんか?」

「あら?準備するの嫌になっちゃった?」

「あっ、いえ、そんなわけじゃないんですけど。でも私、やるならちゃんとやりたくて…」

「…なるほどね。まぁたしかに、車長は試合中に発生したいろんな状況に対して、その都度適切な判断を下したりしないといけないから、澤さんが少しでも勉強したいって思うのも間違ってないんだけど、でもそういうのって多分教わったからって出来るものでもないと思うの。日々の練習とか試合を何度も何度もこなして、そうやってだんだんと身に付いていくものだって私は思っているわ」

「……」

「だからまぁ、初めての試合くらいはあんまり深く考えないで、バーンとぶつかっていくぐらいがちょうど良いの。ほら、習うより慣れろとかって言うじゃない?あんな感じよ」

「はぁ…」

 

勉強の時間が終わり、いよいよ試合を開始することとなった。各チームはそれぞれの戦車に乗り込んで蝶野さんから指示された位置まで移動して行く。みんな初めてだからフラフラしながらだけど、それでもちゃんと動かせているみたいだ。

「これなら大丈夫そうですね」

「素直な子ばっかりだから、みんな覚えが早いんでしょうね」

そして、5輌全てが所定の位置に到着したところで、いよいよ本格的に練習試合がスタートする。

「今回のルールは自分のチーム以外の全ての車輌が動けなくなったら終わり。つまり、ガンガン進んでバンバン撃ってどんどんやっつけちゃえば良いの」

 

「分かりやすくて良いね~」

「なんかシンプルすぎる気もしますけどね…」

 

「戦車道は礼に始まり、礼に終わります。では、一同、礼!」

 

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

 

「それでは、試合開始!」



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2-8

本来であれば原作アニメの展開と同様に練習試合の途中で一旦終了とし次の話へ移行するのですが、今回は試合の決着並びにライダーの活躍までで一区切りとしますのでもう少し続きます。(と言いますかそうでもしないとサブタイトルの回収ができません)


あー、とうとう試合始まっちゃったなぁ。

でも私、自分が何すれば良いかとかまだよく分かってないんだよね。まぁくじ引きで決まったシャチョーだし。

そもそもさ、シャチョーって一体何すればいいわけ?教官に話を聞けば何とかなるかも、なんて思ってたけど実際にはろくな説明も無かったし、その後はいろんな道具の準備とかで大忙しだしさ。

あ~あ、これなら経験者のみほか戦車に詳しいゆかりんがシャチョーだったら良かったのに。いや、そもそもくじ引きで決めようなんて言ったの誰、だ、っ、け、……ってそれ私じゃん!やだ、もー!

……はぁ。こうなったらもう試合が終わるまで頑張ってシャチョーをやるしかないか。まぁ女は度胸とかって言うし、もし何かあってもみほ達もいるし多分なんとかなるよね!

よし、そうと決まればパンツがアホー!じゃなくてパンツァー・フォー、だっけ?とにかく前進前進!

「…で、どこ行く?」

「とりあえず他のチームを探しませんか?」

「他のチームかぁ……生徒会とか?」

「生徒会の38(t)ってどこにいるんです?」

「さあ?」

その時、いきなり凄い衝撃が私達を襲った。なになに、なんなの一体!?

「うわぁっ、これが実際の砲撃!思っていたより凄いなぁ!…いやいや、そんなことよりさっきの砲撃は一体どこから…」

ゆかりんがぶつぶつ言っている間にみほは横のハッチから身を乗り出して辺りをキョロキョロと見回している。ちょっとやめなよ、危ないって!

「沙織さん、後ろに八九式!」

いや、急に八九式とか戦車の名前で言われても分かんないってば!

 

「…凄い音」

「こんなスパイク打ってみたいな」

「よし、まずは目の前のAチームを狙うよ!」

「「「はい!」」」

 

とにかく狙われてるんでしょ!なら早く逃げなきゃ!

「華、今すぐ逃げて!」

戦車の構造上私からの声は華には聞こえづらいはずなんだけど、それでもちゃんと声が聞こえたのかそれともたまたまタイミングが合っただけなのか、ともかくⅣ号は前に動き出し、後ろから撃たれた2回目の砲撃をなんとか回避することが出来た。

このまま逃げ切れればしばらくは大丈夫かも、なんて思ったのもつかの間、進行方向から別の戦車がこっちに向かって来ていた。

 

「ん、Ⅳ号の後方に…あれは八九式か」

「秘密協定の通り、このまま磯辺さん達Bチームと協力してⅣ号Aチームを追い詰める」

「了解」

「しかし、協定を結んだと言っても結局はBチームとも戦わないといけないんだろう?途中で裏切られたりとか、そこのところは大丈夫なのか?」

「あぁ。現状、最大の敵はⅣ号だ。それさえ何とか出来れば、後はⅢ突の敵じゃないし、それに彼女達はスポーツマン、万が一にも裏切りは無いだろうさ」

 

「うそー!前からも来てる!?」

「沙織さん、どうします!?」

「うえぇ!?えーと、えーと…あっ!あっち!あっちに進んで!」

「えっ?どうするんですか?」

「右斜め前!」

「ぐうっ!?」

私が進行方向の指示の為に華の肩を蹴ると、小さく唸り声が聞こえた。それを聞いて少し罪悪感は感じたけど、みほから操縦手はシャチョーからの指示が声だと聞こえにくいから足で蹴って指示してあげるって教えてもらったけど、こんな状況じゃ力加減とかムリだから!もし痛かったら後でいくらでも謝るから、とにかく今は少しでも早く逃げて~!

そんな私の願いが通じたのかⅣ号は少しスピードアップしながら私が指示した方向へ進んで行く。

そして少したったその時、みほが急に「危ない!」と叫んだ。

私はとりあえず華にスピードダウンするように指示すると、上のフタを開けてみほが叫んだ方を見る。そこには本を開いて顔を隠し草原をベッドにしていた一人の生徒がいた。

生徒はフラフラと立ち上がるとⅣ号へジャンプ。でもちょっと失敗したみたいで、半ばぶつかる形になり可愛らしい悲鳴をあげた。

「ふみゃ!…ん、ふぅ。いきなりなんだ?」

「あれ?あなた今朝の!」

「ん?あぁ。今朝は世話になったな」

「あれ、麻子じゃん。て言うか、あんたこんなとこで何やってんの?」

「サボり」

「またぁ!?いい加減にしとかないとおばあちゃんに言うよ?」

「それだけはやめろ!」

私達がのんきに話していると後ろからまた砲撃が加えられる。当たりはしなかったけど、近くまで来てるし、このままじゃヤバいかも!

「危ないから、とにかく中へ入ってください!」

「そうだ!細かい話は後!とにかく入って!」

「…分かった」

とりあえず麻子を空いてる席に座らせ、再びⅣ号をスピードアップして走らせる。

しばらく進むと、目の前に大きな橋が見えてきた。橋の近くまで進むと、みほがⅣ号を停車するよう言うので、華に止まるように指示する。

近くで見たらこの橋結構ボロボロなんだけど、これ大丈夫なの?でも後ろから来てるし、渡るしかないか。

完全に停車すると、みほがⅣ号の誘導のために飛び降りる。

「今降りると危ないですよ!」

「2発目までは多分時間があるから大丈夫!」

そして華がみほの誘導に従って、ゆっくりⅣ号を進ませていく。だけどやっぱり初めての操縦でこんな不安定な場所を進むのは難しいらしく、Ⅳ号が少しずつ左へ傾いていく。

真ん中辺りまで進んだところで、橋を吊り下げているワイヤーが切れたのか橋全体が大きく揺れた。

「うわぁ!」

「落ちる~!」

「いや~!」

 

「今だ!撃てぇい!」

 

「うひゃぁ!」

激しい衝撃が今にも落ちそうな私達を襲う。多分後ろから砲撃が飛んできたんだ。

その衝撃で運良くⅣ号は体勢を持ち直したものの、かわりに華が気を失ってしまった。

「華、大丈夫!?」

「操縦手失神!行動不能!」

幸いケガはしてないみたいだけど、こんなところで操縦できる人がいなくなるってヤバいじゃん!どうしよう~!?



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2-9

今日の私は、もしかしたら今までの人生の中でも一番不幸なのかもしれない。

私のこれまでの人生とは即ち、日中幾度も襲い来る睡魔との戦いの日々であり、その戦いは安眠を得ることでしか決着をつけることが出来ない。

しかしながらその安眠を得るという行為が、私が学生生活を送る上では大きな問題になる。

例えば教室内で眠るとして、それが授業中の場合、教師の話し声程度ならば授業内容も相まって私にとっては子守唄同然で良い睡眠導入剤になってくれるのだが、いざ寝ようとすると高い確率で教師に見つかり声をかけられて結局起こされてしまうし、休み時間になればそれはそれで教室内に響く女子特有の賑やかな話し声が煩わしいので眠るのは難しい。

なら保健室を利用すれば良いのでは?と考えるのは当然なのだが、それはすでに実行済み。

中等部のある日のこと。幸か不幸かそれまで私は保健室を利用するようなケガや病気などしたことが無かったのだが、その日はあまりの眠気に耐えかね仮病を使い、初めて保健室のベッドを利用させてもらった。当然のように私は一瞬で眠りに落ちた。

それからも養護教諭に怪しまれない程度に間隔を空けながら何度も保健室を利用し続けた。静かで余計な邪魔が入ることも無く、まさに理想的な環境だったのだが、流石にやり過ぎたせいか次第に怪しまれるようになり、だんだん利用しづらくなってしまった。

そんな状況で今の私がこの大洗女子内で安眠を得ようとするなら、保健室以外で他に一切の邪魔が入らないような静かな場所が必要であり、私はそんな場所を見つけるべく、眠気と戦いながら頑張って頑張って頑張りながら、校内を探し回ることにした。

しかし、その道のりはあまりにも過酷だった。大洗女子は他の学園艦の学校と比べて、規模が小さい部類に入るが、それでも学園中を歩いて回るにはかなりの時間がかかる。その過酷さに途中で何度も心が折れながら、それでもなんとか探し続けた。そして探し始めてから約一年が過ぎたある日、ついに私は理想郷を見つけ出した。

そこは周囲を木々に囲まれた小さな草原。時おり吹き抜ける風が非常に心地よく、木陰もあるので日射しだってなんのその。

近くには何やら車の通路らしき空間もあるようだが、こんな場所を走る車など今まで私は見たことが無いし、心当たりも無い。つまり、そんなものはこの学園内には存在していないのと同じであり、であるならば私が気にする必要だってないはずだ。

そうと決まれば、草原に寝転んでさっさと眠る準備に入る。そのまま眠っても良かったが日射しが少し眩しかったので、本を顔の上に乗せてガードしておく。

草原のベッド、鳥達の囀ずり、吹き抜けていく風。何とも言えない気持ちよさに包まれながら、心穏やかに、ただ静かに瞼を閉じて、夢の世界へと旅立って行く。

 

……はずだったのに、どうしてこうなった!?

さっきまで目の前に広がっていた木々や草原のベッドは見馴れない通信機器と鉄臭い椅子になり、あの鳥の囀ずりも今や絶え間なく響き続ける爆発音へと変わってしまった。

……はぁ…なんなんだ、一体…。

こちらに近づいてくる大きな音と「危ない!」という声を聞いてそちらを見てみれば、私の目に飛び込んで来たのは戦車とそれに乗る女子二人。よくよく見ればその二人は私の幼なじみの沙織と今朝色々と迷惑をかけてしまった西住さんであり、二人の言うままにこの鉄の塊に乗り込んでしまったのがいけなかったのか?

まったく、こんなんじゃ眠るどころか逆に目が冴えてしまうじゃないか。…ん?それはそれで良いのか?

ふと今座っている座席の周りを見回すと、「初心者向け戦車操縦マニュアル」なる物があった。

ちょうど良い。特にやることも無いし、この騒ぎが収まるまでの暇潰しがてら、読んでみるとするか。

そのマニュアルには操縦席にはどんな物があるかやエンジンの掛け方の手順などといった基本的な事柄から砲撃する前にはしっかり停止するといった技術的なアドバイスについて、更には信地旋回なる物の上手なやり方などが書かれていた。

…なんか、戦車の操縦って面倒そうだな。私だったらやりたくないなぁ。

そんなことを思いながらマニュアルを読み終えたその時、事件は起きた。何とこの戦車の操縦者が気絶したらしい。

幸いケガは無いようだが、それでも車内はパニックだ。沙織ともう一人の天然パーマの子は気絶した子の心配をしており、残る西住さんもなにやら思い詰めたような顔をしている。

「ねえ、みほ、こういう時ってどうするの?」

「誰かが華さんの代わりに操縦しないと…」

「操縦って言ったって、私何にも分かんないよ?」

「私も恥ずかしながら…」

天然パーマの子については知らないが、沙織は戦車の操縦とか絶対無理だろうな。乗れば男にモテるぞ、とでも言えば嬉々として乗り回しそうだが。

「操縦は苦手だけど、私がやるしか…」

「でもみほが運転したら砲弾積むの誰がやるの?」

「それは武部殿が…」

「うぇっ、私!?いや、ムリムリ、そんなの絶対ムリだって!」

三人寄れば文殊の知恵、とは言うが、流石に戦車までは動かせんか。そもそもさっきまで四人で動かしていた物をいきなり三人でどうにかしようというのが無理じゃないのか?

「…なら私が操縦しようか?」

「ふぇっ?」

ん?今誰が何と言った?私が戦車を操縦する?と言うか、なんでそんなこと言ったんだ私!?もしかして、思い詰めた表情の西住さんを見かねてつい口走ってしまったのか?

「えっ!麻子、戦車動かせるの?」

「それはやってみないことには分からん。が、このマニュアルに書いてある通りにやれば良いんだろう?なら、大丈夫なはずだ」

「そう?だったら運転は麻子に任せる!みほもゆかりんも、それで良いよね?」

「私は異論ありませんが…」

「私も大丈夫。けど冷泉さん、もしダメそうならちゃんと言ってくださいね」

「ああ」

…なんだかあまり私らしくない気もするが、まぁ言ってしまったものは仕方ない。どのみち西住さんには恩返ししなければいけなかった訳だし、少しぐらいは頑張ってみるか。



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2-10

冷泉さんが華さんと入れ替わる形で操縦席に座り、マニュアルを見ながらⅣ号を再始動させる。

「冷泉さん、どうですか?」

「ん?…大丈夫」

「そうですか。なら、まずはCチーム、Ⅲ号突撃砲から撃破します。秋山さん、砲塔を回転させてください」

「了解しました!」

「ねぇ、もう一つの戦車って後回しでいいの?最初の攻撃凄かったし、もし当てられたりしたら今度こそヤバいんじゃないの!?」

「あぁ、八九式の火力じゃⅣ号の装甲は抜けないから」

「えっ、そうなの!?」

秋山さんの操作により、戦車の砲塔がゆっくりと旋回し、後方のⅢ号突撃砲に向いていく。

その間にもⅢ号突撃砲や八九式からは砲撃や機銃が飛んでくるが、Ⅳ号は狙いを付けさせないようにうまく動いている。

マニュアルを見ながらやればなんとかってさっき冷泉さんは言っていたけど、操縦が苦手な私からすれば、見ながらでもここまで出来るなんて、本当に凄いなぁ。

「西住殿、目標捕捉しました!」

「分かりました。では、発射用意!」

合図を受けてⅣ号が停止する。

「撃てっ!」

発射された砲弾は轟音を響かせながらⅢ号突撃砲に直撃した。

「Cチーム、Ⅲ号突撃砲、行動不能!」

Ⅲ号突撃砲から撃破の証である白旗が飛び出し、蝶野教官のアナウンスが流れる。

「うわぁ、何これ、凄っ」

「これが、本物…!」

「ひゃあっ!?…あら?」

「あっ、華、気がついたの?大丈夫?」

「あ、ええ。それよりもさっきの音は一体…」

「今のはⅣ号の砲撃音ですよ」

「はぁー、今のが…。凄かったですね…」

「おぉ!わかりますか、五十鈴殿!」

「ええ。さっきから体中がじんじんして、なんだか気持ちいいような…」

「そうでしょうそうでしょう!私もその気持ちわかりますよ。やっぱり、生の迫力ってグッと来ますよねぇ」

「秋山さん、今度は八九式を狙って!」

「えっ?あぁっ、了解です!」

少し慌てながらも秋山さんはさっきやったのと同じようにⅢ号突撃砲の隣にいた八九式を狙う。

 

「うわぁ、こっち見た!」

「キャプテン、どうしましょう!?」

「っ!ここはフォーメーションBだ!」

「「「はい!」」」

 

八九式が砲撃してくるも、焦りからか狙いが逸れている。それに返す形でⅣ号から発射された砲弾は八九式に直撃、撃破に成功した。

「っ!みほ、まだなんか来てるよ!」

沙織さんの報告を受けて再度砲塔を旋回させて前方へ向けると、38(t)がこちらへ砲塔を向けて近づいて来ている。

 

「ふん、西住流だかなんだか知らんが、我が生徒会には遠く及ばないことを教えてやる!くらえぇぇっ!」

38(t)から発射された砲撃は何故か明後日の方角へ飛んでいった。

「ん?かーしま、何か手品でもやった?」

「え?いえ、おかしなことは何も…」

「はぁ…、桃ちゃん、何であんなに外したの?」

「いや、私はちゃんと狙って撃ったんだ!と言うか桃ちゃん言うな!」

 

…一瞬、何が起きたか理解出来なかった。が、すぐに気を取り直して38(t)目掛けて砲撃する。

こちらからの砲撃は明後日の方角へ、と言うことも無く、しっかり38(t)を捉え、撃破した。

「ふぅ、これでなんとか3チーム撃破成功ですね」

「あと誰が残ってるんだっけ?」

「DチームのM3リーですね」

「じゃあ、それ、探しに行こっか。麻子」

「ん…」

 

「うわぁ、先輩達みんなやられちゃったよ…」

「やっぱ西住流、半端ない!」

「ヤバい、なんかこっち来そうだよ!」

「えぇっ!?早く逃げなきゃ!桂利奈ちゃん!」

「あいぃーっ!って、あれれ?なんか動かないよー!」

迫るⅣ号から逃げようとしてぬかるみにはまってしまったDチームのM3リーは、そのまま履帯が外れ行動不能となってしまった。

 

「Bチーム 八九式、Cチーム Ⅲ号突撃砲、Dチーム M3、Eチーム 38(t)、いずれも走行不能。よって、Aチーム Ⅳ号の勝利!」

「あれ?終わった?」

「みたいですね」

「麻子、もう終わったってー。止まって良いよー」

「……」

「ねぇ、麻子ー、聞いてる?」

「冷泉さん?」

「どうかしたんですか?」

「…出来ない」

「何で出来ないのよ?早くブレーキかけなってば」

「…さっきから、体が、思うように動かないんだ…くっ」

「はぁ!?ちょっとどうしちゃったのよ!」

「分からん、だが……ぐぅっ…」

その時、わずかに冷泉さんの体にノイズのようなものが見えた気がした。

「っ!もしかしたら…」

「みほ、何か心当たりあるの!?」

「もしかしたらだけど冷泉さん、ゲーム病かもしれない」

「えぇっ!?」

「えっ!ゲーム病って確か、感染すると消滅しちゃうって言う、あの病気ですか!?だとしたら冷泉さん、今凄く危険な状態なんじゃ…?」

「っ!私、永夢先生に電話してみる!」

 

 

 

「回収車を向かわせるから、戦車はその場に置いて…って、ちょっとAチーム、どうしたの?試合は終了よ。そこで止まりなさい」

「…蝶野一尉、何かⅣ号おかしくないですか?」

「おかしいって?」

「いや、なんとなくなんですけど、さっきまでと動きが違うと言うか…」

「確かに、言われてみればそうかも。それにⅣ号の操縦手の子、結構真面目そうな感じだったし、こんな事やりそうに無いと思う」

「もしかして、パンツァーハイだったりして」

「いやー、それは無いんじゃない」

「つまり、Ⅳ号内で何らかのトラブルが発生してる可能性がある、ってこと?」

「多分ですけど…」

監視塔内の監視室で試合を見ていた蝶野さん達の間でみほちゃん達Aチームについて何やら疑惑が挙がっているようだ。

確かに、ルール通りなら試合終了時まで生き残った戦車は終了後はその場で待機するようになっているみたいだけど、それを破って動き続けるなんて、それこそ経験者のみほちゃんがさせないだろう。やっぱり蝶野さん達が言うように何か車内でトラブルでも起きたのだろうか?

そんな時、ポケットに入れていたケイタイが鳴った。画面を確認すると、武部さんから電話が掛かって来ていた。

「もしもし、武部さん?今、Ⅳ号の様子がおかしいって話が挙がっているんだけど、何かトラブルでも起きたの?」

「永夢先生、大変なの!麻子がゲーム病になったかもしれない!」

マコ?そんな名前の子は履修生の中にはいなかったはずだけど…。いや、今はそんなこと気にしている場合じゃない!ゲーム病で苦しんでいる人がいるなら、誰であろうとすぐに助けないと!

「っ!分かった!すぐ行くから、ちょっとだけ待ってて!」

そう言って電話を切ると、すぐさまゲーマドライバーとガシャットを取り出しながら監視室を飛び出す。

「ちょっと永夢先生、一体どこに行くんですか?」

「緊急オペです!」

「オペって…」

ゲーマドライバーを腰に装着し、マキシマムマイティXとハイパームテキを起動、そのままスロットに装填しムテキゲーマーへの変身を完了した俺は、一度空高くジャンプし、そこから空中ダッシュを繰り返して一気に森の上を駆け抜けた。




令和になりましたね。
これからも作品が完結できるよう努力していきますので、皆様、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

5月8日追記
本内容の一部に誤字報告がありましたので修正しました。
ご指摘していただきありがとうございました。


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2-11

今から7年前に発生した不特定多数への感染による大規模なゲーム病発症事件、通称「ゼロデイ」を機にその脅威が知られるようになったバグスターウイルスに立ち向かう為に仮面ライダーは生み出された。

その変身には、適合手術を受けた者だけが使用出来るゲーマドライバーと、それぞれに各ジャンルのゲームが収録されたライダーガシャットが必要となっているが、その中でも今俺が使用しているハイパームテキは、とりわけ強力なガシャットだ。

ハイパームテキは他のガシャットと同じように誰でも使えるだけでなく、俺専用の特別なガシャットであるマキシマムマイティXと組み合わせることでその真価が発揮される。それがこのムテキゲーマーだ。

ムテキゲーマーは自分へのダメージやゲームエリア内の影響を遮断する特殊能力に加え、他の仮面ライダーやバグスターを圧倒する高い基礎スペックを兼ね備えており、その高いスペックは今回のような現場が比較的近い場所でのオペにおいては、治療行為そのものだけでなく、現場への移動手段としてもかなり役に立つ。

俺はムテキゲーマーの力を使い、わき目も振らずに一気に森の上を駆け抜けて行く。途中にあった大きな川を軽々と飛び越え少し進むと、その先には草原が広がっていた。

「! あれは…!」

その草原の中を、かなりのスピードで走り続けるⅣ号戦車の姿を見つけた。ここからはまだかなり離れているが、それでもムテキゲーマーなら余裕で追いつける。

…それにしても、戦車ってあんなに速く走るものなのか?たしか、沙織から連絡をもらってここまでせいぜい十数秒ぐらいしか経っていないはずだけど。

…まぁ、そんなことは今考えていてもしょうがない。俺は一気にⅣ号戦車との距離を詰めると、戦車の前方に回り込み、ムテキゲーマーのパワーを生かして車体を押さえつけた。

「悪いが、走り回るのももうおしまいだ!」

Ⅳ号戦車はそれでもなお進もうとするが、当然その場から進むことはなく、しばらくして諦めたのか完全に停止する。そしてⅣ号戦車のハッチが勢い良く開き、中から一人の小柄な少女が姿を現した。

おそらく、この子が沙織が言っていたマコって子か。

「おい、お前!無理矢理止めるなんて危ねえじゃねえか!ったく、オレの走りのジャマすんじゃねぇよ!」

少女の口から放たれた言葉は明らかに別人のものだった。彼女の意識は既にバグスターによって乗っ取られてしまっているようだ。

「…お前、モータスだろ?爆走バイクのバグスターであるお前が、なんだって戦車なんか乗り回してるんだ?」

「それがよぉ、オレの宿主、昼間から寝てばっかりでたまに動く時も一切乗り物にも乗らねえくせにストレスもほとんど溜めねえ厄介なやつでさぁ。そのせいでオレもちょっとやる気を失ってたんだが、ついさっき、偶然こいつと出会ってな。普段ならスピードの遅えやつにはまったく興味が無いオレでも、運転出来るってなったら流石にテンションが上がっちまってな」

「…それで今まで乗り回してたのか」

「まぁな。でも、やっぱ物足りねえって言うか、どうしてもオレのバイクと比べちまってさ。こいつ、パワーは文句無えんだが、全然スピードが出ねえんだよな。まぁでも、こいつに乗ってた間になんかレベルアップ出来たから、そこだけは良かったけどよ」

モータスがレベルアップしたと言うことは、それだけ患者が苦しんでいると言うことに他ならない。俺は拳を握りしめ、モータスを睨み付ける。

「でも、やっぱ走るのは気持ちいいぜ。…あ、そうだ。お前、今からオレとレースしねえか?」

「は?するわけ無いだろ」

「何でだよ!?オレとレースしようぜ!」

「うるさいな、お前に構っている時間は無いんだよ!」

俺はガシャコンキースラッシャーを召喚し、ガンモードで装備する。そしてキースラッシャーのキメワザスロットにマキシマムマイティXを差し込んだ。

『キメワザ!』

『マキシマムマイティ クリティカル フィニッシュ!』

「げぇっ!いきなりかよ!」

モータスはマコの姿から自身の姿に変わると、召喚したバイクに飛び乗って逃げ出した。

「っ、逃がすか!」

「永夢先生、待って!」

モータスを追おうとする俺を沙織が呼び止めた。何事かと思い振り向くと、沙織は不安そうな顔で俺を見つめていた。

「ねえ、麻子、大丈夫なんだよね?」

「ああ」

「ちゃんと、助かるんだよね?」

「もちろん」

「…なら、お願い!麻子を早く助けてあげて!麻子、お化けとか苦手で、多分今も怖い思いしてるはずだから…」

「ああ、任せてくれ!マコの運命は、俺が変える!」

 

 

 

自慢の愛車に乗って逃げ出したモータスは、宿主である麻子が先ほど感じた大きなストレスによって急激なレベルアップを果たし、僅かな時間でⅣ号戦車が遠くに見えるほどの距離まで逃げていた。

「まさか仮面ライダーがこんなところにいるなんて思いもしなかったぜ。だが、流石の仮面ライダーもこのオレのスピードには付いてこれなかったみたいだな!ハッハー!」

「ああ?誰が付いてこれてないって?」

「えっ?」

『キメワザ!』

『ハイパー クリティカル スパーキング!』

「ハァッ!」

モータスすら凌駕する超スピードで一気に接近した俺は、すかさずムテキゲーマーのキメワザを発動、ショートワープを駆使した連続キックをモータスに浴びせる。

「ぐわぁぁぁ……ってあら?なんともない?」

「いいや、お前はもうゲームオーバーだ」

「! ぐわぁぁぁぁぁ!」

モータスの体に『HIT!』のエフェクトがいくつも表示され、遅れて来たダメージがモータスの全身を駆け巡っていく。そしてついにダメージに耐えきれなくなったモータスは爆発し、消滅した。

『GAME CREAR!』

爆炎が晴れ、中からマコの姿が現れる。俺はマコの体をそっと抱き抱えると、急いで沙織達の下へと戻った。



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2-12

「…、…子、麻子!」

聞き覚えのある声が、私の名前を呼んでいる。

「冷泉さん!」

「冷泉さん、起きてください」

「れ、冷泉殿ー、だ、大丈夫ですかー?」

…なんだ?沙織以外にも周りにいるのか。

私は目を開けて声の主たちを確認すると、数人の人影があった。どうやら私の周りにいたのは先ほどまで一緒に戦車に乗っていた子達のようだ。

「っ!麻子!気がついた!?」

「…ああ」

「はあ、よかった~」

「あの、冷泉さん、大丈夫ですか?立てますか?」

西住さんから差し出された手を握り、私はゆっくりと立ち上がる。

「すまん、助かる」

「いえ」

「冷泉さん、御気分はいかがですか?」

「ん?ああ、さっきまでと比べれば、大分マシになった」

「それは良かったですね」

「それにしても、私ビックリしちゃいましたよ。急に苦しみだして倒れたかと思ったら、いきなり別人になったみたいになって…」

「なったみたい、じゃなくて、さっきの麻子は別人だったんだよ」

「えっ!?それどういう意味ですか?もしかして多重人格とか…?」

「いや、そういうことじゃないんだけどね。あっ、そうだ。永夢先生、分かりやすい説明お願いしまーす」

沙織が私の後ろの方に向いて声をかける。それにつられるように私も後ろを向くと、そこには一人の男性が立っていた。どこかで見たような顔だが、……誰だ?

「あなたは…」

「僕は宝生永夢。今は色々あって大洗女子の戦車道のサポートをしているけど、本業は聖都大学附属病院の小児科医なんだ」

「はあ」

…ああ、なんだか思い出してきたぞ。以前の選択授業の説明会で、この人を見た気がする。あれだけ戦車道は女性の為のものってアピールしていたのに、そのスタッフが男性なのはちょっとおかしいんじゃないかとその時は思ったが、医者が本業だったのか。

ん?ちょっと待て。さっきこの人は自分のことを何と言っていた?小児科医だと?

確かに、戦車に乗って砲弾を撃ち合う関係上、安全性には十分注意していてもそれでもまだ一定の危険性は残っているであろう戦車道に、不測の事態に備えて医者が関わるのは分からんでもない。だが、そこに何故小児科医が関係しているんだ?普通、こういうのは外科か内科の医者が対応するものだと思うんだが…。

「それだけじゃなくって、永夢先生は仮面ライダーなんだよ!」

「仮面ライダー、ですか?」

「うん」

…仮面ライダーと言えば、以前にニュースで聞いた覚えがあるな。確か、ゲーム病治療を行う医者が変身するヒーローの総称だったか。

それで、その仮面ライダーがいて、先ほどまで私に起きていた異変が治まっている、と言うことは。

「なるほど。つまり、さっきまで私はゲーム病に感染していて、それが原因で色々とおかしくなっていた。で、それを仮面ライダーであるあなたが治療した、とそういうことか」

「うん。麻子ちゃんの人格が豹変したのも、勝手に戦車を走り回らせたのも、全部麻子ちゃんに感染していたバグスターウイルスが原因だったんだ」

「はあー、そういうことだったんですね」

「治療は無事に終わったから、もう麻子ちゃんの体内にはバグスターウイルスは残っていないから安心してね」

「…そうですか」

私は軽く体を動かして、私の意思で体が動かせることを確認する。…まぁ、大丈夫そうだな。

とにかく、これで私に起きた異変も一件落着と言ったところか。

……それにしても、私がゲーム病になるとはな。

「沙織、それからみんなにも、随分迷惑を掛けてしまったな。すまん」

「もー、そんなの謝んなくっていいって」

「そうですよ、私たち全然気にしていませんから」

「ええ」

「私も大丈夫です!」

「…そうか」

「それじゃあ皆、話しは一旦それくらいにして、グラウンドまで戻ろうか。多分他の皆も心配しているだろうし」

「あっ、そうですね」

「よし、それじゃあ戻ろっか」

沙織達がいそいそと戦車に乗り込んで行く。

成り行き上仕方なかったのだろうが、随分と遠くまで来てしまったようだし、どうせなら私も沙織達と一緒に戻るとするか。

そう思って戦車に乗り込もうと手を掛けたところで、私はふと考えてしまう。

別に宝生先生の言葉を疑うわけではない。だが、もしかしたらまだ治りきっていないんじゃないか、もしそうならまた沙織達に迷惑を掛けてしまうんじゃないかと思うと、躊躇してしまって、動けなくなってしまう。

頭ではもう大丈夫だと理解出来てはいるんだがな…。

「麻子?どうかしたの?」

「…ん、いや、何でもない」

「…麻子ちゃん、悪いけど君は僕のバイクで一緒に戻ってくれるかな?」

そう言う宝生先生の傍には、一台の黄色いバイクが置いてあった。ん?そんなバイク、さっきまで無かったような。

「…まぁ、別に、構いませんけど」

「ありがとう、それじゃあ、これ」

私は手渡されたヘルメットを被り、バイクに跨がる宝生先生の後ろに座る。

「落ちると危ないから、しっかり掴まっててね」

「分かりました」

 

「あー!麻子だけズルい!」

「武部殿も宝生先生のバイクに乗りたいんですか?」

「うん。だってああいうの、女子なら結構憧れのシチュエーションじゃない?」

「そうなんですか?」

「うーん、どうだろう…」

「私もあまり聞いたこと無いんですけど」

「もー、みんなもう少し女子力磨いたほうが良いんじゃないの?」

「憧れのシチュエーションと女子力は別に関係無いんじゃないかな…」

 

 

 

沙織達が乗る戦車に付いていく形で宝生先生がバイクを走らせる。バイクが戦車の速度に合わせてゆっくり走っているおかげで、思ったより振動が心地よい。このやかましい走行音さえ無ければ、寝やすそうで良かったんだがなぁ。

それにしても、自分で操縦していた時にはあまり感じなかったが、こうして外から走る戦車を見てみると、実際には結構遅いものなんだな。

「麻子ちゃん、聞こえる?」

「何ですか?」

「君に少し聞きたいことがあるんだ。もし答えにくかったら申し訳ないんだけど…」

「…何でしょうか」

「実は、君のゲーム病を治療している時、君に感染していたバグスターが君について色々言っていたのを聞いたんだ」

「はあ」

「それで、そいつが言うには、君にはバグスターを活性化させるような強いストレスを感じたりすることがあの時までほとんど無かったらしいんだけど、あの戦車に乗ってから急にバグスターが活性化したよね?もしかして、何か戦車に関する悩みとかってあったりするのかな?」

「いえ、そんなことは。と言うより、戦車に乗ったりしたのも今日が初めてなので」

「そうなんだ。なら、他に何か強いストレスを感じる心当たりみたいなものってあるかな?」

「そうですね…」

「…」

「…」

「どう、かな?」

「特には思い当たらないですね」

「そっか」

「ああ、でももしかしたら…」

「もしかしたら?」

「あまり今回の件とは関係無いと思うんですが…、実は私、ゲーム病が原因で両親を亡くしているんです」



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2-13

「…そう、だったんだ」

ゲーム病が原因でご両親を亡くしたと麻子ちゃんは言った。

7年前のゼロデイをきっかけに爆発的に感染が広まったゲーム病は、どんな名医であっても仮面ライダーに変身出来なければ対処できない。だけど、今現在、仮面ライダーに変身出来る人間は限られているし、仮面ライダーの力をもってしても全ての患者の命を救うことが不可能なのは事実だ。

僕自身、ドクターとなり、仮面ライダーの力を得てから、多くの命を救ってきたつもりだ。それでも、手が届かなかった命も多い。麻子ちゃんのご両親も、おそらく僕の手が届かなかった命の一つに違いないはずだ。

「ええ。まぁ、とは言っても、別にゲーム病になって消滅したって訳じゃないんですけどね」

「え?」

「両親が亡くなったのは7年前。宝生先生ならご存知だと思いますが、その当時ゲーム病が一気に知られるようになった原因になった大きな事件があったじゃないですか。その事件でゲーム病に感染した人が起こした交通事故に、両親は巻き込まれてしまったんです」

「交通事故…」

「ええ。私が病院に着いた時には既に両親は亡くなっていました。それに、事故を起こした人もその時にはもうゲーム病のせいで消滅してしまっていて…」

「…」

「…実は、両親が出掛ける前、母と少し口論になってしまって、それでちょっと言い過ぎてしまったと思って、帰ってきたらちゃんと謝らなきゃって思っていたんです。でもそれももう叶わなくて……、だからずっと後悔しているんです」

「そうだったんだね…」

大切なお母さんを傷つけてしまったこと、そしてそれを謝ることが出来ないまま永遠に別れてしまったこと。

麻子ちゃんが今まで抱えてきた想いが、いつしか麻子ちゃん自身も気付かない間に大きな傷になってしまっていたのかもしれない。

心に付いた傷は、いくら時間が経とうと簡単に癒やせるものじゃない。でも、こればかりは麻子ちゃんがどうにかしなければいけない問題だ。僕たち他人が容易に関わっていい物じゃない。

少なくとも、僕にはその資格は無い。

「確かに、今の話を聞く限りでは、君のその想いが知らず知らずの内にバグスターウイルスに感染した要因の一つになった可能性はあると思う。でも、それとは別にウイルスが活性化した原因、つまり、強いストレスを感じた出来事があるはずなんだ」

「他に、ですか?」

「うん」

モータスの口ぶりからして、奴は麻子ちゃんに感染してからかなりの時間、潜伏していたはず。だけどその間あそこまで強力なパワーを身につけることは無かったとモータス自身が言っていた以上、彼女の抱えてきた想いがウイルス活性化の原因とはならない。なら、一体何が原因なんだ?

「…そうだ、麻子ちゃん。今日の体調はどうだった?どこかおかしい感じとかはしなかったかな?」

「今日の体調ですか?そうですね…、私は元々低血圧なので朝は弱いですけど、それは普段からそうですし、特別今日だけ何かって言うのは無かったと思います」

「そう。それじゃあ戦車に乗ってからはどうだった?て言うか、そもそも麻子ちゃんって戦車道選択してたっけ?」

「そこはまぁ色々とありまして…。それよりも戦車に乗ってからのことですけど、戦車に乗ってしばらくは何とも無かったと思います。けど、途中で色々あって戦車を操縦することになった時に、ちょっとだけ違和感があったと言うか…」

「そこちょっと気になっていたんだけど、どうして麻子ちゃんが操縦してたの?確かⅣ号戦車の操縦は五十鈴さんが担当していたはずだけど」

「ああ、それは橋を渡っている時にその五十鈴さんが気絶してしまったので、それで私が戦車の操縦を買って出たんです」

「へぇ、なるほどね。でも操縦したのって初めてだったんだよね?」

「ええ。と言うか、戦車に乗ったこと自体初めてでしたけど。まぁそれでも手元に操縦マニュアルが置いてあったのでそれを見ながら何とかって感じですね」

「そうだったんだ。それで、その時感じた違和感ってどんな感じだったのかな?」

「うーん…。何て言えば伝わりやすいのかは分かりませんけど…強いて言うなら……不安、とかですかね?」

「不安…」

「初めての操縦だったので、それで不安を感じただけだとは思うんですけど…」

本当にそれだけでウイルスが活性化するほどのストレスになるのか?だけど、モータスも麻子ちゃんが戦車を操縦しだしてから強くなったと言っていたしなぁ。うーん…、それだけじゃ無いとは思うんだけど…。

「あの…、大丈夫ですか?」

「へ?ああ、大丈夫。それよりごめんね、変なことばかり聞いちゃって」

「いえ。よく分かりませんけど、宝生先生の仕事には必要なことだったんでしょう?なら構いませんよ」

「そう言ってくれると助かるよ」

そうこうしている間に僕たちは戦車倉庫の近くにまで戻ってきていた。

多少トラブルはあったものの、大洗女子初の試合はこうして無事終了することが出来た。

とは言え、この試合は彼女達にとっては始まりでしかない。大変なのはこれからだ。

僕にとっても他人事ではないし、これからより一層頑張らないと。…とりあえず、麻子ちゃんのことについては貴利矢さんに聞いてみようかな。




色々あって前回から一月経っての更新となってしまいました。
楽しみにしてくださっている皆様には大変申し訳ありませんでした。
今後はもう少し更新ペースをあげられるよう努力して参りますので次回以降も気長にお待ち頂けると幸いです。


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第3話 練習頑張ります!/新たなるCHALLENGER'S!
3-1


8/26 今更ながら章分けを設定しました
   本話より第3話として進めていきます


西住ちゃん達Aチームでなにやらトラブルがあったようだけど、それもすぐに治まったらしく、改めて試合終了の放送が流れた。こうして私達にとって初めての練習試合は終わった。

いやー、実際にやってみて初めて分かったんだけど、戦車動かすのって結構大変なんだね。まぁ今回私は何もやってないんだけどさ。

それにしてもやっぱり西住ちゃんはすごかったなぁ。元々武部ちゃんが車長やってたはずだけど、途中で動けなくなってた時にでもポジション交代したんだろう、まさかの連続撃破による逆転なんて、普通簡単には出来ないよなぁ。

途中まではもしかして、なんて思ったりしたけど、かーしまのミスや西住ちゃん以外素人だったとは言え、全員返り討ちとは、流石西住流。本当に引き入れて良かったよ。これで我が大洗女子の未来も明るいってもんだ。

それにしたって、かーしまのあれはなぁ…。わざと外したと思いたいけど、そんな器用なこと出来るやつじゃないし。多分あいつなりに一生懸命やろうとした結果なんだろうけど、どうにも空回りしているっぽいんだよなぁ。

もしかして変に気負いすぎているのか?別にそれが悪いとは言わないけどさ、こういう練習の時くらいは手抜いたっていいと思うんだけどなぁ。まぁとりあえずは今後のかーしま生大活躍に乞うご期待!ってことにしておきますかね。

さて、それじゃあここで蝶野教官から今回の練習試合の総評やありがたいお言葉をいただこうか。

 

「みんなグッジョブベリーナイス!初めてでここまで出来るなんて素晴らしいわ!特に、Aチームは色々と大変だったけど、よく頑張ってたわね」

「「「わぁ~」」」

蝶野教官に褒められてAチームの面々は嬉しそうにしている。中でも秋山ちゃんなんてこれ以上無いってくらいニヤけてるな。まぁ戦車大好きな秋山ちゃんからしたら蝶野教官は憧れの存在みたいなもんだろうし、そりゃニヤけもするか。

ん?おやおや?よく見たらAチームの人数、なんだか一人増えてないか?

えーと、武部ちゃん、秋山ちゃん、五十鈴ちゃん、西住ちゃん。で、その隣に私くらい背丈の子が一人。やっぱり増えてる。

あの子は、たしか……冷泉麻子、だったか?

試合開始までに冷泉ちゃんが戦車道を選択したなんて報告は無かったはずだが、どうしてあそこにいるんだ?…まぁ細かいことはいいか。あそこにいるのなら本人としてもやる気なんだろうし、さっさと引き入れよう。

「後は日々、走行訓練と砲撃訓練をしっかりやれば大丈夫!何か分からないことがあったら、いつでも連絡してね」

「蝶野教官、ありがとうございました。それでは、一同、礼!」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

 

 

「はぁー、終わった終わったぁ」

「ちょっと疲れましたね」

「ええ。ですが私としてはもう少し戦車に乗っていたかったですね」

「ゆかりん本当に戦車好きだよね。…ん?あれ?ねぇ、なんか臭くない?」

「…そうですね。たしかに、ちょっと鉄臭いような…」

「ああ、それなら多分だけど、ずっと戦車の中にいたせいだと思う」

「えーっ!何それ!?そんなの困るよ!」

「そうは言っても戦車に乗っている以上は臭いが付くのは仕方無いし…」

「でもこれじゃあデートとか出来ないじゃん!」

「いや、お前にデートする相手なんていないだろ」

「っ!こ、これから見つけるもん!」

「これから、か。…戦車道辞めるまでに見つかるといいがな」

「何よー!絶対麻子より早く彼氏作って結婚してやるからね!」

「多分無理だろ」

「多分無理でしょうね」

「多分無理だと思いますよ、武部殿」

「あんた達ねー!!!」

「あはは…」

「やあやあAチームの諸君、試合が終わったばっかりだって言うのに元気一杯だねぇ」

「あっ、会長さん」

彼氏がどうとかで盛り上がっていたAチームの所に、半ば話題を遮る形で私たちは乱入した。あいにくこっちも疲れているんでね、さっさと終わらせるよ。

「ちょっと聞きたいんだけどさぁ、Aチームって5人で良いんだよね?」

「へ?」

「そこにいる冷泉ちゃんも、西住ちゃん達のお仲間なんでしょ?困るなぁ、そうならそうってちゃんと申請してくれなきゃあ」

「いや、私は違うぞ。今回はたまたま巻き込まれただけで…」

「えっ?麻子やんないの?あれだけ操縦上手かったのに?」

「やらん。あんな面倒なことはもうごめんだ」

「えぇ~、一緒にやろうよ」

「そうですよ。操縦もお見事でしたし、冷泉殿は多分戦車道に向いていると思います!」

「ええ。それにわたくし達の戦車をちゃんと動かすにはあとお一人足りていませんでしたし、冷泉さんに手助けしていただけるとすごく有難いです」

「冷泉さん、どうかな?」

「…悪いが、もう書道を選択している。だから」

「ふっ、ここに生徒会長がいるんだよ?その程度どうとでもなる、いや、する!」

「それに今なら特典も色々付いててお得だぞ、冷泉!」

「冷泉さんがやってくれると私たちみんなが助かるんだけどな…」

「……」

ふむ、なかなかに強情だな。さっさと戦車道やりますって言えば良いのに。

「はあ…、なら仕方ないなぁ。そんなに戦車道が嫌なら退学…」

「はぁっ!?」

「も、考えたんだけど、流石に冷泉ちゃんクラスの子をみすみす手放すのは惜しいし、ここは留年くらいにしておこうか」

「留年、か。それくらいなら…、いやそれもマズイか…」

「……留年ってことはさ、麻子は私たちの後輩になるんだよね」

「うん?沙織、いきなりどうした?て言うかお前、何か変なこと考えてるだろ」

「え?だって麻子戦車道やりたくないんでしょ?で、会長は戦車道やらないと留年させるって言ってるじゃない?てことはさ、結果的には麻子は私たちの後輩になるって訳だよね?」

「うん。うん?いや、ちょっと待て、色々とすっ飛ばし過ぎだろ」

「だったらさ、私のことはこれから先輩って呼ばないといけないよね!」

「おい、人の話を聞け。と言うかその理屈はおかしいだろ。一体どうしたんだお前は」

 

「…なんか、武部殿の様子おかしくないですか?」

「もしかしたらさっき、からかいすぎたせいかもしれませんね」

「疲れとかも溜まってたせいだとは思うけど…」

 

「ねぇほら、沙織先輩って。沙織先輩かわいいって言って!」

「余計なものをくっつけるな」

「で、冷泉ちゃんどうすんの?やる?やらない?」

「…わかった、やれば良いんだろ、やれば」

「ねぇ、沙織先輩大好き結婚してって…」

「さっきからうるさいぞ、沙織!」

「……だって…、だってぇ…」

「さ、沙織さん!とりあえずお風呂、行こう?ね?」

「そ、そうです!お風呂行きましょう、武部殿」

「お風呂…。うん、わかった…お風呂行く…」

おいおい、本当に大丈夫か?とりあえず、冷泉ちゃんの言質も取ったし、武部ちゃんのことは西住ちゃん達に任せてさっさと撤退しよう。

「そ、それじゃあ私たちはこれで。冷泉ちゃんも明日からよろしくね~」

そうして逃げるように私たちはその場を後にした。

とにかく、冷泉ちゃんという新たな人員も手に入ったし、これからはこの面子で頑張っていこう。それじゃあ手始めに…。

「かーしま!小山!私たちもお風呂行こっか?」

 




前回の投稿から気付けば早一月以上…。本当に申し訳ないです。
もう少し制作スピードを上げないとですね。

と言うか皆さん的にはこの作品の投稿(更新)頻度ってどうなんでしょうかね?やっぱり遅いんでしょうか。


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3-2

戦車道の授業も終わり、生徒達はそれぞれの時間を過ごすみたいだけど、僕にはまだやるべきことが残っていた。それは練習試合用に会場の各地に設置したカメラの片付けだ。

大洗女子学園にいる間は戦車道連盟の外部スタッフでもあるので蝶野さん達と協力して準備や片付けをするのは当然ではあるんだけど、今回の試合のために設置されたカメラは全部で100台以上もあり、それら全てを僕一人で回収しなければならない。

「あらかじめどこに設置したかは全て記録してあるので、この地図を見ながらお願いしますね。これくらい男性なら楽勝でしょ?」と、蝶野さんは言っていたけれど、僕としてはこの半分でもキツイ。だが、任されてしまった以上は後に引くことも出来ず、僕は必死で練習場内を探し回った。しかし、いくらやる気を出しても回収作業はなかなかうまく進まない。

大洗女子は学園艦の中でも小さい部類に入るそうだけど、その大洗女子の敷地の一割程度を占めているらしいこの練習場のあちこちにカメラを設置してあるもんだから、だいたいの位置は地図で確認出来ても、実際にその周辺まで行って探しだすだけでも一苦労だ。

それでもなんとか探し続けた結果、思っていたよりも多少時間は掛かってしまったけれどついに残すところあと一台、それももう僕の目と鼻の先にあった。

よし、これで最後だ!と、気合いを入れ直し、僕はカメラへと腕を伸ばす。

…ん、あ、あれ?思っていたよりも遠いな。いや、でももうあとちょっとなんだ。僕は体全体を使ってさらに腕を伸ばした。するとようやくカメラを掴むことが出来た。

やった!これでミッションクリアだ!

だがその時、僕の悪癖が発動してしまった。

カメラを掴めたことで気が緩んでしまったのか、僕の体は天を仰ぎながらゆっくりと地面へ倒れていった。分かりやすく言うならズッコケてしまったのだ。

僕は元々運動神経がそこまで良くなく、普段からよく段差も何も無いような所で派手にズッコケてはケガが絶えない日々を送っている。

だから一瞬、ああ、またか…。今回は痣にならなきゃいいなぁ…。なんて思ったりもしたのだが、さすがに今回ばかりはのんきにしている場合じゃない。

これまで苦労して集めてきたカメラを、コケた拍子にぶつけて壊してしまうわけにはいかない。幸い、カメラはさっきコケた時の衝撃で宙に浮かんでいる。なら、この状況で僕が取れる最善手は。

「パラド!カメラを頼む!」

僕は自らの意思でパラドを分離させる。僕の体から飛び出すように出てきたパラドは、少し驚いた表情をしながらもしっかりとその手の中にカメラをキャッチしている。

その姿を確認した次の瞬間、僕の体は地面へと叩きつけられていた。

「ぐうっ!」

ドスンと鈍い音が身体中に響く。…やっぱり、こういう痛みには何度経験したって馴れないな。

さすがにいい加減受け身の一つでも覚えた方が良いとは思うんだけど、いかんせん身に付く未来が見えないんだよなぁ。

「おいおい、大丈夫かよ、永夢」

「…ん、あ、ああ、まぁ、なんとかね」

「ほらよ、カメラなら無事だぜ」

「悪いな、助かったよ」

「まったく、次呼び出す時はちゃんとゲームする時にしてくれよ」

パラドはそう言ってカメラを僕に手渡すと、体をウイルス状に変化させ再び僕の体の中へ入って行った。

ありがとう、パラド。今度一緒に遊んでやるからな。

「ちょっと宝生先生!?大丈夫?」

パラドと入れ替わるように蝶野さんが僕の方へと慌てた様子で近寄って来てくれた。おそらく回収作業に時間が掛かっていたので様子を見に近くまで来てくれてはいたのだろうけれど、さっきの落下の瞬間を目撃して心配してわざわざここまで来てくれたのだろう。

「結構危ない感じで落ちてたように見えましたけど、ケガとか大丈夫ですか?」

「ああ、すいません、大丈夫です。実は僕、いつもこんな感じで、それで周りの人達にも心配ばかりかけてしまっていて…」

「いつもって…。ハァ、さっきはあんなに凄かったのに、人間こうも変わるなんて分からないものね」

「あはは、あの時は文字通り変身してますからね」

「それはそうなんでしょうけど…」

「…それより、任された回収作業はこれで全部ですよね」

「ええ。お手伝い、ありがとうございました。…って、もしかしてさっきコケたのってコレのせいだったりします?」

「え、ああ…まぁ、そう、言えなくもない、ですかね?」

「もう、こんなののせいでケガなんてしちゃダメですよ。カメラなんて試合していればどうせバンバン壊れるんですから、もっと適当に扱ってくれて良かったのに」

「えっ!?」

「あれ?私適当で良いとかって言いませんでしたっけ?」

「言われてないですよ、そんな事…。」

壊したり傷つけちゃいけないと思って結構慎重にやってきたのに…。

「…それにしても、これだけのカメラを毎回準備しなくちゃいけないなんて、戦車道のスタッフも大変なんですね」

「あら?なに言ってるんですか。こんなの全然少ない方ですよ」

「えっ!そうなんですか?」

「ええ。例えば高校戦車道の全国大会なら、最低でも一試合でこれの3倍から5倍は用意しないといけませんからね」

「そんなにも!?」

「まぁ、試合会場がここよりも数段広いからって言うのもありますけど、見に来てくれた観客のために迫力ある映像を映す用のとか、戦車道に馴染みのない人に向けて分かりやすくアピールする用とか、選手達を更に美人に映す用のカメラとか色々とありますから」

「…最後のって必要なんですか?普通、戦車に乗った状態で試合しているんだから、あまり必要じゃないと思うんですけど」

「基本的にはそうなんですけど、戦車道の名門である西住流や島田流では、実際の状況を見ることで試合の流れとかを感じ取りやすくするためや、感覚を研ぎ澄まさせるためにキューポラから体を出すよう教えていたりしてまして、しかもそういう教えを受けた子達ってみんな可愛い子ばっかりなんですよ。だから連盟としてもそういう面から戦車道のファンになってくれる人達がいる以上、あまり軽視も出来ないんです。実際にそれがきっかけになって夕方のニュースで取り上げられたりもしましたからね。あ、もちろんこういうのは選手達本人の気持ちが最優先ですけど」

「…なんと言うか、どこも色々と大変なんですね…」

「ええ。連盟も戦車道人口を増やすために色々と頑張っているんですよ。そんな現状だからこそ、自分達から戦車道やりたいって大洗女子の子達が言ってくれたのが個人的にも本当に嬉しくって、もう私大洗女子のファンになっちゃいましたよ!」

「え?あ、ありがとうございます」

「とは言え立場上あまり肩入れは出来ませんけどね。それでも普段の練習程度なら見れる日もあるでしょうし、宝生先生もわからない事やアドバイスなんかが必要でしたらいつでも構いませんから」

「ありがとうございます」

「ところで…」

「なんですか?」

「宝生先生、この後って空いてます?もしお暇なら、一緒にどうですか?」

ぐいっと右手でビールジョッキを持ち上げる仕草をする蝶野さん。

お酒か…。別に嫌いではないんだけど。

「すいません、せっかくのお誘いなんですけど、まだ報告書とか書かないといけないので」

「そうですか、なら仕方無いですね。それでは宝生先生、残りのお仕事、頑張ってくださいね」

「あはは、ありがとうございます」

そう言って蝶野さんは回収したカメラが入った袋を勢い良く背負うと、鼻歌を歌いながら去って行った。

なんと言うか、パワフルな女性だなぁ。

蝶野さんを見送り、僕は体と心を少しリラックスさせるべく一度大きく背伸びをする。

「…ふぅ、さてと、それじゃあもう一頑張りするか」




幕間的な話なはずですが、予想以上に長くなってしまいました。
現時点ではそこまで書くかどうかは決めてはいませんが、みほ達のお風呂シーンがあるなら次回になるかと思います。


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3-3

今回も会話シーンです。


私達が疲れを癒す為にやって来たのは艦内のとある場所に存在している生徒会専用の浴場だ。この浴場は私たちが生徒会に入る以前から存在していたのだが、設置されている場所が場所なだけに一般生徒にはほとんど知られていない、まさに秘湯だ。が、まぁ今はそんなことはどうだっていいよね。

私たち三人はシャワーもそこそこに湯船に浸かり、今日一日の疲れを癒す事にした。

「いや~、働いた後のお風呂はやっぱり気持ち良いねぇ」

「ええ、まったくですね、会長」

「そんなこと言って、杏は私たちの後ろで干し芋食べてただけでしょ?」

「いやいや、それも仕事なんだってー」

「そうだぞ、柚子。そもそもたかが身内同士での練習試合程度でわざわざ会長のお力を借りる必要など無いだろう。それに柚子も知っての通り、会長は常日頃から我らが大洗女子の未来をより良い方向へ導くために色々と頑張ってくださっているのだ。ならばこそ戦車に乗っている間くらいは我々が努力し、その間会長には干し芋を食べながらゆっくりと休んでいただく、それこそがあるべき理想の形だと、私は思う!」

うんうん。さっすがかーしま、分かってるね~。まぁ、なんか必要以上に美化されちゃってる感はあるけど。

「…桃ちゃん、何言ってるの?」

「ヒィ!」

あ、あれ…?もしかして小山さん、笑ってなくない?いや、顔には満面の笑みが浮かんでいるけど、これ多分目の奥が笑ってないヤツだわ。あーあ、こりゃダメだ。

「…たしかに杏がいろいろ頑張ってくれているのは私も分かってるけど、だからってサボるのはダメだからね」

「分かってるってば」

私だってまだ命は惜しいからね、いざとなったら馬車馬の如く働かせていただきますとも。

さて、私の責任問題?はここら辺で終わりにしたいので、ここからは話題を変えよう。

「それよりさ、私らって戦車道始めたばっかりで、全国大会優勝!って目的こそあってもそれを実現する為にはどうするべきか、とかってあんまり考えてなかったじゃん?ちょっとそこら辺も考えてみようよ」

「そうね。西住さんが入ってくれたけど、それはこれから頑張っていくために必要な最低条件なだけで、それだけで全部上手くいくわけじゃ無いものね」

「とは言っても、今の我々に出来ることなんて基礎練習を何度もこなすしか無いのでは?」

「基礎練はマストだからなぁ。それ以外で何か、ドカンと経験値を稼げるような手段が必要……ってなると、やっぱ実戦ぐらいしか無いのかなぁ」

「仲間内だけでやるのも限界があるだろうし、どこか他の学校と実際に試合出来れば良いんだけど」

「けど、全国大会もそろそろ近づいて来てるし、そうなれば当然他の学校だって練習試合を受けてる余裕なんて無いだろうしなぁ」

「…そうよね」

「…ですよね」

始めるのが遅かった、とは思いたくはない。だがそれでも、さすがにこの時期に、しかも戦車道が復活したてで隊員のほとんどがずぶの素人の学校との試合なんて、普通は受けてくれないだろうなぁ。むしろ私がその立場なら絶対に断る自信がある。

もしこの申し出を受けるような人がいるのなら、そいつは余程の物好きに違いない。

「…まぁ、可能性はゼロじゃ無いだろうし、後で探してみるよ」

「分かった。それじゃあ杏はそっちはお願いね」

「練習の方は私と柚子でみっちりと鍛え上げてみせますので、ご心配なく!」

「ハハハ、そりゃあ心強いね。頼りにしてるよ」

なんて言うか、こういう時のかーしまのこの感じって助かるよなぁ。本人に言うと調子に乗りそうだから言わないけど。

「後は、そうだな…、験担ぎとかお参りとか何かご利益が有りそうな事も今からしておいた方が良いな」

「験担ぎ、ねぇ。確かに、困った時には神頼みっていうのは定番だけど、学園艦には神社も教会も無かったような…」

「うーむ、それ以外で何かご利益が有りそうなモノ…」

「何かあるかなぁ…」

「…。……。……あっ!」

「杏、何か閃いたの?」

「ん、まぁね。アレなら少しはご利益があるんじゃないかな」

「「アレ?」」

 

 

大洗女子学園の艦内には、生徒であれば誰でも、そして何時でも使用出来るお風呂が様々な箇所に設置されている。と言うのも、元々お風呂自体は毎日忙しい船舶科の生徒の為に設置されたものらしいのだけど、それがいつしか運動部や忍道などの選択授業の中でも特殊な授業を選択した生徒も利用するようになり、そこから評判が広がって今では様々な箇所に設置され、全生徒にも解放されるようになったのだとか。

戦車道終わりに誰かと一緒にお風呂に入るだなんて、それこそまだ私が小さかった時以来だから、なんだか懐かしい感じがするなぁ。黒森峰にいた頃は練習が終わっても反省会やら何やらで結構忙しかったから、いつもシャワーだけで済ませてたもんなぁ…。

私たちは体に付いた汚れや戦車の臭いを洗い流し、湯船にちゃぷんと浸かる。はあ、温かくて気持ちいい…。

「あぁ~、生き返った~。やっぱお風呂サイコ~」

「沙織さん、大丈夫?」

「ああ、うん。みほ、ごめんね。さっきは迷惑かけちゃって。なんかもう今日一日でいろんなことが起こり過ぎたのと疲れで、ちょっとパニクっちゃってたみたい」

「ううん。私はいつもの沙織さんに戻ってくれただけで大丈夫だから」

「武部殿、すみませんでした。私、武部殿がそんな状態にあったとも知らずに失礼な事を…」

「ああ、あれぐらいなら昔から麻子とか華に言われてたから別にどうってこと無いの。だから気にしないでいいよ」

「そうなんですか?」

「そうそう」

「あ、ありがとうございます!」

「ふふっ。あ、そう言えば麻子、あんたゲーム病治ったんだよね?」

「ん?ああ、宝生先生のおかげでな」

「なら良かった。よし、それじゃあとりあえず全部元通りになったってことで、ここで改めて私から提案があるんだけど、いいかな?」

「提案?」

「なんでしょう?」

「麻子も正式に私たちの仲間になった訳だし、ここらで戦車に乗る時のちゃんとしたポジション決め、しとかない?」

「確かに、今日のは時間無いからって適当に決めちゃったもんね」

「それに明日からは本格的な練習も始まりますから、今のうちに決めておいた方が良いですね」

「でしょ?それで、まず戦車の操縦は、これはまぁ当然麻子がやるとしてー」

「待て沙織、私はもうそれで確定なのか?」

「だってあんた、他のポジションとか出来ないでしょ?多分」

「それは……まぁ。それに、また何かを一から覚えるのも面倒だしな」

「でしょ?だったら操縦担当で決定ね。で、車長はみほね」

「ええっ!?なんで私が…」

「だって、なんか自然と仕切ってたじゃん」

「確かに、あの指揮はお見事でした!」

「私も西住さんが指揮を執るのに賛成だ。他の二人はともかくとしても、沙織よりは遥かに向いているだろう」

「そもそもわたくし達では戦車道の知識に乏しいですしね」

「でも…」

「みほ、お願い」

「西住殿、お願いします」

「お願いします」

…正直、車長はあまり得意じゃないんだけど、それでも、みんなが期待してくれているなら、私もその期待に応えたい。

「…分かりました。じゃあ、私、車長、頑張ってみます」

「うん、お願いね。で、それから…」

「あの!…わたくし、もし出来るなら、砲手をやらせていただきたいのですが…」

「それは別にいいけど、何で?」

「実は…、わたくし、あの力強い砲声と衝撃に心を撃ち抜かれてしまいまして」

「おお!その気持ち分かりますよ、五十鈴殿!何を隠そう私が戦車の魅力に取りつかれたきっかけも強烈な砲撃の瞬間を見たからでして!砲撃の瞬間に感じたあの凄まじい衝撃、響く轟音!そして狙いを定めた一撃が敵車輌に見事命中し、撃破した時の感動と言ったら!…もう、控えめに言っても最高ですよね!」

「ええ。わたくしとしては、あの時感じた感覚を、今度は自らの手で感じてみたいのです」

「ふーん、それで砲手をやりたいって訳ね。それで、ゆかりんはどうなの?」

「私ですか?…そうですね、そういうことでしたら、砲手は五十鈴殿にお任せします!確かに砲手も戦車好きとしては凄く魅力的なポジションなのですが、個人的には実弾に触れられる装填手も良いかなーと思っていまして。何しろ装填は戦車の生命線、ですからね」

「ほうほう、それじゃ砲手は華で、装填手はゆかりんに決定っと。あと残ってるのって何だっけ?」

「通信手だね」

「その通信手って、何やる人なの?」

「通信手は、仲間の戦車と連絡を取り合う為に通信機の操作をするのがメインですね」

「機械の操作かぁ…、なんか難しそう。そもそもさ、通信機とか使わないで携帯とかで直接話したりしちゃダメなの?」

「うーん、厳密にはダメじゃないかもしれないけど、試合中に一々電話したりするよりも、無線機を使って一斉に連絡を取り合った方が早いから」

「まぁそう言われると、そっか」

「通信手は伝達の要ですから、作戦の成否、ひいては勝敗も通信手次第、とも言えますね」

「え!?」

「もちろん戦車の性能や個人の技量によっても左右されるけど、あながち間違い、でもないかな」

「それぐらい通信手って大事なんですね」

「縁の下の力持ち、って奴か」

「…なるほど。つまり通信手は勝利の女神ってことだ!大洗女子の勝利の女神、武部沙織か…。なかなか良い響きじゃない!何だか急にやる気が湧いてきたかも」

「ふふ、沙織さんがいてくれれば安泰ですね」

「武部殿、頑張って下さいね!」

「まっかせなさい!」

どうやら沙織さんの中では通信手=勝利の女神みたいになっているみたいだけど、重要なポジションであることには代わり無いからそこまで間違っている訳じゃないし、そもそも本人がやる気になっているんだから余計なことは言わないでいいか。

満面の笑みを浮かべながらVサインを掲げる沙織さんと、それを持て囃す華さんと秋山さん。麻子さんは我関せずって感じだけど、ともかくこれで私たちのポジション決めは終了した。

なんとなくだけど、私たちなら上手くやっていけそう。黒森峰にいた時はあまり思わなかったけど、明日からの練習が今から少し楽しみになった。

「じゃあポジションも無事に決まったし、帰りにあそこ寄ろっか?」




前回の投稿から気づけば3か月経ってしまいました。
再放送されたガルパンのアニメはもう終わってしまいましたが、この作品はまだ序盤なので、先は長いなぁと思うばかりです。


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3-4

麻子も私達と一緒に戦車道をしてくれることになったし、戦車に乗る時のポジションもちゃんと決めた。後はここで必要なものを買い揃えれば準備オッケー!

ってな訳で、私がみんなを誘ってやってきたのは学園艦内にある雑貨屋さん。ここってお店が広くて品揃えも豊富だから、いつ来てもお目当ての物が買えるし結構気に入ってるんだよね。

「へぇ、こんなお店もあるんだ」

「あれ?みほここ来たこと無いの?」

「うん。と言うかこっちの方自体来たのが初めてで…」

「みほさんはまだこちらに引っ越して来たばかりですし、それにここ数日は色々とありましたから、艦内のお店などを見て回る時間があまり無かったのではありませんか?」

「それもあるにはあるんだけど、実は寮の近くにコンビニがあったから、大体はそっちで済ませちゃってて…」

「確かに最近のコンビニは品揃えが良くなってきているからな。西住さんの気持ちは分からんでもない」

「えっ、冷泉さんもコンビニよく行くんですか!?」

「ああ。基本週5ぐらいでな」

「週5って…、それは少々行き過ぎじゃないですか?」

「でも滞在時間は短い方だぞ」

「そういう問題じゃないの。ちなみにみほはどれくらいのペースで行くの?」

「私は週3ぐらいかな」

「週3…それもちょっと行き過ぎな気もするけど、麻子のを聞いた後だからかなんか普通な感じだわ」

「でも私、一回行ったら結構な時間コンビニに居るから、総合的な時間だと冷泉さん以上かも」

「それって何分ぐらい?」

「何分って言うか、何時間、かなぁ」

「何時間!?…え、みほは何でそんな長時間もコンビニに居るの?」

「季節限定の物とか、新発売の商品とか、色々な物を見て回ってたらついつい時間が経っちゃってて」

コンビニの品揃えの豊富さは私も同意するけど、だからって普通は何時間も居るほど商品を見たりはしないと思うんだけど。…うーん、やっぱりみほって他の子とはちょっとズレてる気がする。もしかして前に居た学園艦でもこんな感じだったのかな?

「な、なるほどぉ。つまり、西住殿にとってのコンビニとは、私にとっての戦車道ショップのような物、ってことですかね。ね?」

「え?…あ、あーなるほど、そういうことね。…まぁ、みほの気持ちも分からなくはないけど、これからは滞在するのはほどほどにしといた方が良いんじゃない?」

「そうかなぁ?」

「…ところで武部殿、一つお尋ねしたいのですが、武部殿はここで一体何を買うおつもりなんです?私はてっきりせんしゃ倶楽部でトレーニング用品や専門書でも買われるのかと思っていたのですが」

「ああ、それはね…」

私はキョロキョロと辺りを見回して目的の物を探す。お目当ての商品が置いてあるコーナーには着いたから多分この辺りにあるはずなんだけど…。

「あ、あったあった」

私は目的の品を手に取るとみんなの方へ振り向き、それを見せた。

「じゃじゃーん。今日はこれを買いに来たの」

「クッション?」

「そう。実は今日の試合中さ、あの椅子に座ってる間私ずーっとお尻が痛くってね、それで試合が終わったら絶対クッション買いに行こうって考えてたの」

「実は、わたくしも沙織さんほどではないでしょうけれど、少々お尻が痛くって…。クッションがあれば戦車の中で長時間座りっぱなしでも幾分かは楽になりますものね」

「それについては私も同意見だ。今回は短い時間だったから良かったが、あの硬い椅子に何十分も座りっぱなしでいるのははっきり言って私には耐えられん」

「だよねだよね!」

「ええっ、あの硬さがいかにも戦車に乗ってるぜって感じがして良いんじゃないですか。西住殿もそう思いますよね?」

「へ?あー…、まぁクッションはあっても良いんじゃないかな」

「え、えぇぇ……」

「それじゃあ賛成多数ってことでクッション導入けってーい!…で、他にも芳香剤とか色々置きたい物があるんだけど」

「芳香剤ですか!?それは流石に…」

「だって戦車の中鉄臭くってヤなんだもん」

「それも分からんではないが、走行中や砲撃時の衝撃で容器が落ちて中身が溢れたりでもしたら大変じゃないか?」

「そこら辺の対策はちゃんと考えてるってば」

「…まぁ、それなら別に良いんじゃないかな」

「西住殿!?え、本当に良いんですか?」

「うん。戦車の内観だけなら、少しくらいは自由でも良いかなって。それにせっかくならみんなにも楽しんで戦車道やってほしいしね」

「西住殿…」

「あ、後土足禁止にしない?」

「沙織さん、それはちょっとやり過ぎかな」

「あ、ごめん…」

 

 

 

「いやー、大漁大漁!…でも、ちょっと買いすぎたかなぁ」

みんなでお金を出しあい、必要な物は買い揃えた、はず。後はこれらを戦車倉庫内に置いてある私たちの戦車の中に置きに行くだけ。

別に明日にしても良かったんだけど、それはそれで朝とかに風紀委員の人に見つかったりしたらちょっと面倒なことになりそうだし、ならば今のうちにと私はみんなと別れ、一人戦車倉庫を目指すことにした。

みほ達は一緒に付いて行くと言ってくれたけど、買い物に意外と時間が掛かってしまったし、それぞれの帰り道の関係もあったから、せっかくの申し出も断らせてもらった。そもそもみんなを誘ったのは私なんだし、これ以上は迷惑かけられないもんね。

いつもの通学路を通り学園にたどり着くと、そのまま戦車倉庫へ向かう。

倉庫の手前辺りまで来た時、中から灯りがもれてきていることに気づいた。誰かまだ残っているのかな?

私が少しだけ扉を開けて中を覗くと、そこにはツナギを着て何やら作業をしている4人組がいた。

「…あれ?こんな時間に人が来るなんて珍しいね。何か忘れ物?」

「あ、いえ、そういう訳じゃないんですけど。えーと、皆さんは…?」

「私たちは自動車部だよ」

自動車部…。たしか前に河嶋先輩がそんな名前を言ってたような…。

「ここに来たってことは、君も戦車道を履修している一人だよね?なら、簡単に説明すると、私達自動車部は角谷さん達から戦車の修理とかその他諸々を頼まれているんだ。けどまぁその分の見返りとして、こっちも色々と融通してもらったりはしているんだけどね」

「はあ……はあ!?」

生徒会から戦車の修理を頼まれている、ってことはつまり、今日の練習試合でボロボロになった戦車を、明日にはまた使えるようにしてくれているってこと!?しかもたった4人だけで!?え、それってめちゃくちゃスゴくない!?

「え、あ、わ、お、お世話になります!あ、いや、なってます!」

「あはは、お世話してまーす。ところで、君はこんな時間に何しに来たの?」

「えと、戦車内に置く用のクッションとか色々と買ってきたんで、それを置きに来たんです」

「なるほどね。それで、君は何に乗ってる人?」

「えーと、Ⅳ号?戦車、です」

「Ⅳ号ね。修理はもう終わってるから戦車の中に入っても大丈夫だよ。あ、今はここから見て一番奥に停めてあるからね」

「あ、ありがとうございます。…あの、ところで、皆さんは今は何をやってるんですか?」

「戦車の塗装だよ。まぁ私らも塗ってて、このカラーリングはどうかと思うけど、でも依頼は依頼だからね」

自動車部の人が指差した先には、キラキラしたハデ目のゴールドで塗られた生徒会チームの戦車があった。自動車部の皆さんの塗り方なのかそういう塗料なのかは分からないけど、そのゴールドが倉庫内を照らすライトの光を反射してきてすっごく眩しい。

「うわぁ…」

「あはは、なかなか素直な反応だね」

「いや、だってこれは…」

「はは、確かにゴールドカラーの車はたまにあるけど、ここまでキラキラしたやつは無いもんなぁ」

光の反射に気を付けながら顔を近づけてみると、私の顔がはっきり写るくらいのキラキラっぷり。おそらくだけど戦車ってこんなにキラキラしてたら多分ダメだよね。

「他の戦車も見てみる?今はまだ途中だけど、どの戦車も面白いカラーリングばかりだよ」

「あぁ、いや、遠慮しときます…」

苦笑いを浮かべながら自動車部の人と別れ、私は買ってきた商品をⅣ号戦車の中に袋ごとしまうと、頑張ってくれている自動車部の人達に別れを告げ、そそくさと戦車倉庫を後にした。

 

「あー、まだなんか目がショボショボしている気がするぅ…」

帰り道、さっき見た生徒会の戦車の姿が頭に残り過ぎて、少し思い出しただけでも思わずクラっとしてしまう。いかんいかん、頑張れ私!

…明日の練習の時間になったら、あのキラキラゴールドの戦車をはじめとした、「面白い」色の戦車が並ぶんだよなぁ。

ゆかりん、ショックで気絶とかしないといいんだけど…。



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