Masked Rider in NANOHA (MRZ)
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序章

既に完結したものですので、三日か四日おきで更新します。


「あれ? ここ、どこ?」

 

 確かに先程まで自分は果てしない青空を見上げながら砂浜を歩いていたはず。そう考えて青年はふとある事を思い出した。

 

(そういえば、突然目の前がパッと光ったな)

 

 今の場所に来る直前自身に起きた出来事。それがこの現状の理由なのだろうかと考えて青年は周囲へ視線を動かす。どうも公園らしい。平和そのものといった雰囲気の中を、カップルが、家族連れが、老夫婦が歩いている。

 それを眺め青年は笑顔を浮かべる。するとその鼻にふと海風が香った。それに誘われるように彼が足を動かしてみるとすぐに視界には広い海が広がる。それは彼が先程までいた場所を連想させ、同時に突然の事に動揺していた気持ちを落ち着ける。

 

「……いい所だな、ここ」

 

 穏やかで静かな光景。そして見上げれば気持ちのいい青空がある。視線を戻せばどこまでも続く大海原。それを見ているとさっきまでの悩みも途端にちっぽけなものに見えて―――

 

「いや、見えないって」

 

 と、つい青年は自分の発想に突っ込んでしまう。そして何を思ったのか、とりあえず自分の頬を抓ってみた。もしかしたら夢でも見ているんじゃないかと考えたのだ。

 

「っ!」

 

 鋭い痛みが走る。どうやら夢ではないらしい事が分かった。そう認識し青年は公園の外へ出てみる事にした。現在地を確認しようと思ったのだろうか。公園の雰囲気的には日本のようだがまだ分からないと思い、青年は入口へ向かう。そこには公園の名前だろう名前が刻まれていた。日本語のそれを見た青年は安堵すると同時に途方に暮れるのだが。

 

「海鳴……海浜公園……」

 

 その名に聞き覚えもなく、先程まで自分のいた国は日本からありえない程の距離がある場所。だから彼はどうしてこうなったかを考えて一つの可能性に辿り着いたのかお腹の辺りに手を当てて困った顔で呟いた。

 

「まさか、アマダムのせい……?」

 

 そう呟く青年の名は五代雄介。戦士を意味する力を手にした優しき男。みんなの笑顔のために拳を振るい、少なからず自分の笑顔をすり減らしていた青年。またの名を、超古代の力を持つ戦士クウガ。そう、仮面ライダークウガだ。

 

 五代は周囲の景色を見渡すと誰にでもなく呟いた。それはある意味で彼らしい行動。五代雄介が知らぬ場所に来たのならまず真っ先にしようと考える事だった。

 

「とにかくまずはこの街を冒険してみるか。これからの事はその後で考えよう」

 

 そう言って五代は小さく頷くと歩き出す。目指す先は特にない。当然だ。これは冒険なのだから。彼は知らない。この街で出会う者達や出来事がクウガとしても、そして五代雄介としても大きなものになる事を……。

 

 

 

 平和な一軒家。そこから上機嫌な雰囲気を漂わせて一人の青年が庭に顔を出す。彼はそのまま庭の一角に作った菜園に近付くと雑草を抜き始めた。その菜園は今から半年前、彼がこの家に居候するようになってから作られたものだった。

 彼のたっての希望により実現されてからというものこの家の家計を助けてはいるのだが、一つだけ問題もある。それは、彼は野菜しか育てないという事。そして何故かそれが通常よりも大きくなるという事だった。

 

 青年はどうやら菜園の手入れをしに来たようだった。そこで育てられているのは青年が丹精込めて世話をする野菜達。味は保障される無農薬の一品だがそれに不満を持つ者もいるようで……

 

「よしっ」

「よし、じゃねーよ。いつになったらイチゴかメロン育ててくれんだ」

 

 全ての雑草を抜き終え満足そうに頷く青年に、Tシャツと半ズボンの少女が蹴りを入れつつ文句を述べる。それに青年は怒るでもなく、申し訳なさそうに表情を歪め手を合わせた。

 

「ゴメン、ヴィータちゃん。今は野菜達で場所が埋まってるからさ。それに、今からじゃどっちも今年中の収穫は無理なんだ」

「ならせめて種植えるとかしろよな。ホントに育てる気あんのかよ」

 

 目を吊り上げて青年に迫るヴィータ。それに青年は困り顔をしながら謝るのみ。するとその光景を眺めていた長身の女性が素振りを止めてそこへ割って入った。

 

「それぐらいにしておけ、ヴィータ。何だかんだ言って、お前も野菜が美味しくなったと喜んでいたではないか」

「へっ、それはそれ。これはこれだ」

 

 シグナムの指摘にどこか照れながらヴィータは青年から顔を背けた。その仕草が可愛らしく子供のように見える。そう思ってシグナムと青年は笑顔を浮かべた。何せヴィータは子供扱いが嫌い。そんな彼女だが、時折見せる仕草や言動は子供らしいのだ。それを指摘すると猛烈に恥ずかしがるか怒り出すので二人は言う事はしないが。

 青年はそんなヴィータに微笑んだままその願いを叶える事を決断する。その右手の小指をヴィータへと差し出したのだ。それを横目で見つめるヴィータへ青年は小さく頷いて告げた。

 

「じゃ、約束するよ。野菜達を少し減らして、来年からはちゃんと甘いものも育てるから」

「……約束だかんな。嘘吐くなよ、翔一」

 

 照れながら差し出されたヴィータの小指に自身の小指を絡ませて翔一は頷く。それにヴィータは納得したのか小さく笑った。シグナムはそんな二人を見つめ微かに笑みを見せると再び素振りを再開する。

 

 青年の名は津上翔一。人の新たな可能性に目覚めた男。全ての人間とアギトを守るために戦い、神に勝利した存在。光の神から与えられし神秘の力を使う始まりにして終わりの戦士。またの名を、仮面ライダーアギト。

 翔一はその後八神家の中へと戻る。ヴィータもそれを追い駆けるように家の中へ戻るためか玄関へ向かった。そろそろ時刻は午後三時。おやつを食べるためだ。それを知っているのだろうシグナムの顔には苦笑が浮かんでいる。

 

 翔一は知らない。この家の者達が背負う忌まわしき因縁を。それが自分がここへ呼ばれた理由なのだとは。そしてあの発電所で知った”仮面ライダー”との名。それを彼はここで強く意識する事になる事も……。

 

 

 

 ジェイル・スカリエッティは戸惑っていた。天才科学者として名高い彼が戸惑うなど珍しいのだが、今回ばかりはおそらく誰でもそうなるだろう。何故なら、急に何の前触れもなく人間が現れたのだ。それもただの人ではない。全身を鎧のようなもので覆った人物だったのだ。

 ジェイルが人物と判断出来るのは先程から色々喚いているからであり、そして動きが本当に人間くさい事もある。ともあれこのままでは話も出来ない。そう考えてジェイルは相手を落ち着かせようとした。

 

「……まずは落ち着きたまえ。君は一体何者だい?」

「え? おわっ! 誰だ、あんた!?」

 

 どうやら相手はジェイルに気付いてなかったらしい。声を掛けた途端、軽く飛び跳ねジェイルを警戒するように見つめてきたのだ。少なくてもジェイルのはそう見えた。そんな相手の言葉にそれを聞きたいのはこちらの方だと思ってジェイルが頭を押さえる。だが、ふとある事を疑問に思い尋ねた。

 

「君は……管理局員かい?」

「は? 管理局? いや、ただの仮面ライダーだけど……」

「カメンライダー?」

「あ、そうか。そう言われても普通知らないよな。えっと……」

 

 聞いた事のない名称にジェイルが疑問符を浮かべると彼は何かに納得したようだ。そう言うなり、鎧の人物はベルトのようなものに手を伸ばし、それからバックルらしきものを外した。その途端、鎧が消えて一人の青年が現れた。どこか人懐っこい笑みを浮かべ青年は告げた。

 

「俺は城戸真司。OREジャーナルのジャーナリストやってます」

 

 そう言ってから思い出したように名刺を慌てて取り出す真司。それを見つめ、ジェイルは久方ぶりの興奮と感動に打ち震えていた。見た事も聞いた事もないシステム。そして、管理局を知らないという事は管理外の人間。つまり、それは何をしても管理局が動く事はないという事だった。

 

 これは面白い研究材料が現れた。そう思ってどこか不気味な雰囲気を醸し出すジェイルに真司は不安そうな表情を見せた。その眼差しは若干引いているのが彼の心境を物語っている。

 

(だ、大丈夫かなこの人。それに見られたから仕方ないとはいえ、俺がライダーだって教えちゃったけど良かったか……? にしても……何かここ、やな感じがするなぁ……)

 

 彼の名は城戸真司。戦いを止めるために戦いに身を投じた男。自分のために戦うライダーしかいない中、ただ一人誰かのためにライダーとなった存在。龍の力を宿したデッキを使う騎士。またの名は、仮面ライダー龍騎。

 不気味に笑うジェイルを眺め、真司は困惑しながらおずおずと現在地を問いかける。それに意外とあっさり答えるジェイルに拍子抜けしたのか真司は軽く首を捻った。まだ彼は知らない。目の前の相手がどういう存在かを。そしてこの世界で仮面ライダーの本当の意味を知る事になるなどとは……。

 

 

 本人達も知らぬ何かに導かれ、異世界に現れた三人の異なる仮面ライダー。彼らが出会う事は何を意味するのか。

 

 そして、何故彼らが呼ばれたのか。それは誰にも分からない……。



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戦士と魔法が出会う時

 五代の目の前で展開されている光景。それは、自分が世話になっている家の少女の友達が空を飛び、赤い服の少女に襲われているというものだった。しかも、その少女はその赤い服の少女によってビルへ向かって吹き飛ばされたのだ。

 

 それを五代が見る事になったキッカケ。それは何か嫌な胸騒ぎを感じ、散歩に出た事だ。その最中、不意に周囲の色がまるで抜け落ちたようなものに変わり、変化に驚いていたのも束の間、そんな光景を見たのだ。そして、そんな時五代が選ぶ行動は一つだけ。

 

「なのはちゃんっ!」

 

 少女を助けるために走る。だが追いつけるはずもない。届かない。”今の自分”では。だからこそ、五代は願う。助けたい。守りたいと。

 その時脳裏に浮かぶのは、もう二度と使いたくないと、そう思った力。それを彼は再び使う事を決意する。

 

 それは、誰かを倒すための力ではない。それは、誰かを、笑顔を守るための力。

 

 そんな五代の想いに応えるように彼の腹部にベルト状の装飾品が出現する。それを感じ取り五代は構える。

 それは彼がこの地で叫ぶ二度目の言葉だ。自身の体を超人へ変える力あるもの。失われるはずの命を守る事の出来る姿への変化を促す魔法。

 

「変身っ!」

 

 五代の言葉がアークルと呼ばれるベルトに息吹を吹き込む。中央にある赤い宝石―――アマダムと呼ばれる神秘の輝石が五代の姿を変えていく。それは赤い身体と赤い瞳を持つ古代の戦士。そして現代に甦った英雄。その名は―――

 

「っ!!」

 

―――クウガ。笑顔を守るために戦い抜いた、青空の如き心の勇者。

 

 そして、その身体が飛び上がりながら赤から青へ変わり、ビルに激突しようとしていたなのはを間一髪受け止めた。

 その温もりになのはは驚きながら目を開け、クウガを見て更に驚いた。だが、その瞬間クウガの声にそれが別のものに変わる。

 

「大丈夫? なのはちゃん」

「ふぇ?! ……その声、もしかして五代さん!?」

 

 こうして戦士と魔法は出会う。後に『闇の書事件』と呼ばれる戦い。その幕開けを兼ねて……。

 

 

 

「だ、第四号……」

 

 翔一は驚愕を隠す事もせずに目の前を見つめていた。はやてが寝付いた後、蒐集行為へ出かけたヴィータ達が心配になり、シャマルに頼んで連れてきてもらった彼。

 そこで目にしたのは未確認生命体第四号がヴィータと戦っている光景だった。

 

 いや、正確には戦ってはいない。クウガはヴィータを止めるようにしか動いていないのだ。その証拠に一度もクウガはその拳を振るっていない。ただヴィータの攻撃をかわし、必死にその行動を押さえようとしているにすぎないのだから。

 

 翔一はそんな印象を受けるクウガの行動に疑問を感じるも、元居た世界でのクウガの活躍を知っている以上ヴィータが心配だった。クウガがいつヴィータへ攻撃を開始するか分からないために。

 

「このままじゃヴィータちゃんが……」

「シグナム、どうするの?」

「……介入するか。私があいつを」

 

 抑える。そう言おうとした時だ。それを遮るように鋭い声が翔一から発せられた。

 

「いえ、俺が行きます」

「何?」

「翔一さん?」

 

 二人が揃って翔一を見る。翔一は、何かを決意した眼差しでクウガを見つめていた。その眼差しの強さに二人は何も言えなくなる。普段は大人しく優しい翔一がそんな眼差しをするなど想像もつかなかったからだ。

 

 しかも、その視線は紛れもなく戦士のもの。だからこそ何も言わない。言えるはずがない。それだけの何かが今の翔一にはあったのだ。

 そして、二人の沈黙を了承と取った翔一の腹部にベルトのようなものが出現する。

 

 オルタリングと呼ばれるそれは、彼がもう一つの姿になるためのもの。それと同時に、翔一が左手を腰に、右手を前へとゆっくり動かしていく。

 

(な、何だあれは。いや、それよりもこの安心感は何故だ……?)

(デバイスではないわ。……まさか、翔一さんが私達を平然と受け入れたのも……)

 

 オルタリングが出現した時から翔一の雰囲気が一変した。それを感じ取ってシグナムとシャマルは不思議な感覚を覚えていた。

 歴戦の騎士である二人。そんな彼女達を安心させる翔一の存在。それが一体何を意味しているのか。それを確かめるように二人の視線が翔一へ注がれる。

 

「変身っ!」

 

 翔一が言葉と共に両手でオルタリングの側面を押す。それをキッカケに翔一の身体を光が包んだ。それは、人類に与えられし光の力。闇を払う誰もが持つ可能性の姿。金色の身体と真紅の瞳を持つ神秘の戦士。その名は―――

 

「はっ!」

 

―――アギト。全ての人間のために、全てのアギトのために神を相手に戦い抜いた勇者。

 

 アギトはヴィータとクウガの前へ降り立つ。その突然の登場に戸惑う両者を余所に、アギトはヴィータに対して視線を向けた。

 

「ヴィータちゃん。ここは俺に任せて逃げて」

「そ、その声……翔一なのかよ?!」

「こいつ……クウガに似てる……?」

 

 アギトの声からその正体に察しを付けるヴィータと、アギトの姿に自身との類似性を見出すクウガ。それに構わず、アギトはクウガへ視線を向けた。それに対しクウガもアギトを見つめる。

 

 本来ならば出会う事のなかった二人の仮面ライダー。互いに何か思う事はあれど、守る者のためにその力を使うのは同じ。だが今は、まだその力が重なり合う事はない。互いに互いを見つめ、小さく呟く。

 

「「……どうしてこんな事に」」

 

 

 

 ジェイルは久方振りの満足感を味わっていた。ライダーシステムと名付けた真司の変身能力。それの解析が一向に進まないからだ。

 普通ならばそれに満足などしない。むしろ不満にさえ思うのだろう。だが、ジェイルは違う。自分の知識や技術が通用しない事に喜びを見出していたのだ。

 

「素晴らしい……。鏡の中へ……たしかミラーワールドだったかね?」

「そうそう。でも、ここにはモンスターいないみたいだ」

 

 ジェイルの言葉にいい加減に答える真司。その視線は出された食事に固定されている。真司がジェイルのラボに来て数日。既に真司はここに馴染んでいた。

 最初こそジェイルの性格や行動に戸惑ったが、話してみれば質問には答えてくれるし、住む場所や食事まで世話してくれるので今では変わり者の良い人と思っていたのが彼らしい。

 

「で、真司さん。そのミラーワールドへ行く事が出来るのは、仮面ライダーだけなんですか?」

「いや、行くだけなら何とか出来るけど……ぷはっ、戻ってくる事が出来ないんだよ」

 

 ウーノの問いかけに真司は最後のジュースを飲み干して答えた。それにジェイルが増々笑みを深くする。それを見たウーノはやれやれとため息一つ。

 最近、真司が来てからジェイルが上機嫌なのはいいのだが、本来の研究を放り出しているためだ。

 理由は簡単。正体不明のライダーシステムに魅入られているのだ。ま、流石に残りのナンバーズを仕上げる事は忘れていない。それでもその作業速度は以前に比べて落ちているのであまり歓迎出来ない。

 

 ウーノがどうやってジェイルに研究をさせるか思案し始めたところで研究室のドアが開いた。そこにはメガネをかけた女性が一人立っていた。彼女の名はナンバー4ことクアットロ。頭脳労働専門の狡猾な性格の女性だ。

 

「失礼しまぁ~す」

「げ、クアットロ」

 

 ちなみに真司はクアットロが苦手。何しろ初対面から事ある毎にからかわれ、真司はすっかりクアットロを浅倉とは違った意味で厄介な相手だと認識していた。

 

「あっらぁ、誰かと思えばシンちゃんじゃなぁい。げっ、なんて酷いわねぇ。ウーノお姉様ぁ、シンちゃんが私を嫌うんですぅ」

「当然でしょクアットロ。あまり真司さんをからかうんじゃないわ。……彼は、その気になったら誰にも手が出せなくなるのよ?」

 

 嗜めるウーノ。だが、さり気無く近付いて後半をやや警告のように言うのを忘れない。それにクアットロも渋々頷き、視線を真司へと向ける。

 

 真司は食事の片付けを始めており、それを見てクアットロは少し不満気味にため息を吐いた。本来それは真司がやるべき事ではない。ちゃんと専用のメカがいる。それでも真司は極力自分の事は自分でやろうとしているのだ。

 

 クアットロはそういう無駄が嫌い。しかも今回はジェイル達へ報告しなければならない事もある。それには真司が邪魔となるため、それを取り上げた。

 

「何だよ?」

「これは私が片付けておくから。シンちゃんはチンクちゃんの相手、お願い出来る?」

「いいけど……貸しなんかにすんなよ?」

「はいはい。別にそんな事考えてないから、それよりもチンクちゃんが待ちくたびれちゃうかも」

「分かった。訓練場だよな?」

 

 頷くクアットロを見て真司は研究室を急ぎ目に出て行く。それを確認し、クアットロは視線をジェイルへと向けた。やっと用件を済ませる事が出来る。そんな風に顔には書いてあった。

 

「……それで?」

「はい。ドクターの希望通り、ドゥーエお姉様から例のものが手に入った、と」

「それは良かった。で、ドゥーエは何と?」

「それが……シンちゃんの事を聞いて一度会ってみたいと」

「……戻ってくるつもりなの?」

 

 ウーノのどこか呆れた表情と声にクアットロも同じ表情で頷いた。それにジェイルは一人笑う。それは心からの笑い。一番自分に近いドゥーエが真司に会いたいと言った事が堪らなく嬉しかったのだ。変化していると。

 

 何故なら、ドゥーエはナンバーズの中で一番冷酷で残忍な性格。それが与えられた任務を終えたとはいえ、自分から仕事ではなく帰還を選んだだけでも驚きなのだ。

 ましてや、その理由が正体不明の次元漂流者に会ってみたいとは。だからこそ、ジェイルは笑う。自分から離れ、独自の道を歩き出した存在に。

 

「いやぁ、愉快だ。実に愉快だよ。……ククッ、真司は本当に私の興味を尽きさせないね」

 

 

「……ヘックシッ!」

「風邪か?」

「いや、多分違う。クアットロ辺りが馬鹿にしてんだ、きっと」

 

 どこか心配そうに声を掛けるチンク。それに苦い顔で答える真司。既に真司はラボにいる稼働中のナンバーズから一定の尊敬を受けている。その理由の一つはジェイルと平然と会話している事。ちなみにジェイルは自分が犯罪者だと真司に告げた。だが、真司は―――

 

―――いやいや、ならどうして俺を助けたりすんのさ。犯罪者って、大抵酷い奴だし。

 

 と、そう言ってまったく信じなかったのだ。まぁ、後にそれが真実と知った時も真司はジェイルを悪人とは思えず助けるのだが。

 

 そして、もう一つはその力。戦闘用のナンバー3―――トーレすら勝てないその能力にあった。

 

「じゃ、やろうか」

「頼む」

 

 チンクの言葉に真司は頷き、用意された鏡へと向き合う。そしてカードケース―――龍騎のデッキを取り出し、それを鏡へ突き出した。するとその鏡の自分の腰にVバックルと呼ばれるベルトが装着される。そして、それは実際の真司も同様でそのまま手にしたデッキを片手に―――。

 

「変身っ!」

 

 叫ぶ。そして、そのケースをバックルの位置にはめ込んだ。するとその身体が鎧で覆われる。銀の鎧と銀の仮面の戦士。赤い身体に赤い瞳を持つ騎士の姿へと。

 

 その姿こそ、人が手出しできない世界から襲い来る怪物を倒すため戦い続ける存在。その名は―――

 

「っしゃあ!」

 

―――龍騎。戦いを止めるべく戦う、龍の影を纏う勇者。

 

「さ、始めようかチンクちゃん」

「ああ……それと、何度も言うがちゃん付けはやめろ」

 

 そう言いながらもどこか嬉しそうなチンク。龍騎はそんな彼女に小さく笑うと訓練開始とばかりに身構えるのだった。



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急転

トーレは蓮のポジション。トー蓮と以前呼ばれました。


「ちょっといいですか?」

 

 突然掛けられた声にクウガは戸惑う。今まで未確認と戦っていた時、相手からこんな風に話しかけられた事がなかったからだ。故に若干戸惑うものの、クウガは出来るだけ柔らかい声で返した。

 

「……何かな」

「貴方は……第四号ですか」

「そう……呼ばれてるね」

 

 クウガの答えにアギトは内心驚いていた。本来自分がいた世界にいた存在。それが目の前にいる。そして、人の言葉を話している事に。それはクウガも同じ。最初こそ未確認かと思ったが、どうやら違うらしい事は雰囲気で分かった。先程の少女に対して逃げろと言っていた事からもそれが窺えるのだから。

 だからこそ、クウガは聞かねばならなかった。何故、少女がなのはを襲っていたのかを。目の前の存在が守ろうとした相手。ならばきっと悪い子ではないはず。そう思ってクウガは小さく頷いた。

 

「今度は俺からいい?」

「あ、はい……どうぞ」

「さっきの女の子。俺の知り合いの子を……えっと……」

 

 襲っていた。そう言おうとしてクウガは躊躇う。ヴィータがなのはを襲う事にした理由を聞かねばならない。だが、ヴィータの事を一方的に悪く言うように取られかねない言葉はどうかと、そう思ったのだ。アギトはそんなクウガの沈黙の理由に気付かないが、それが言い出し難そうにしている事だけは理解した。

 

「もしかして……誰かに迷惑を掛けたんですか?」

「……うん、俺の知り合いの子なんだ。それでどうしてかなって理由を聞いたんだけど、お前には関係ないって」

 

 それを聞き、アギトは実にヴィータらしいと思った。だがそれが本当ならアギトとしても許せる事ではない。はやてのために。そう聞いたからこそ彼は蒐集行為を見逃した。でも、誰かに迷惑を掛けるのはそのはやて自身が許さない事だ。

 

「そうだったんですか。すいません! ちゃんと言っておきます」

「えっと……でも、さ。きっと……仕方ない理由があったんだよね。だから、あの子もどこか悲しい目をしてたんだろうし」

 

 クウガは自分と対峙していた時のヴィータの目を思い出していた。まるで、したくない事をしなければならないと言っているような目を。それはクウガには良く分かるもの。かつての自分がそうだったのだから。

 だからこそ理由が知りたかった。どうして望まない事をしなければならないのか。それを聞きたかったのだ。もしかしたら自分が力になれるかも知れない。そう思っていたから。

 

「……四号さん」

 

 そんなクウガの思いを感じ取ったのか、アギトはどこか感動したように呟いた。本当はヴィータ達も蒐集なんてしたくない。だが、それをしなければはやてが死んでしまう。それを防ぐために、四人ははやてと交わした”蒐集はしない”との約束さえ破って行動しているのだ。

 

「四号さんは止めてくれるかな? 俺、クウガって言うんだ」

「あ、すいません。じゃ、俺はアギトって呼んでください」

「アギト? それもかっこいいなぁ……でも、クウガが一番だな、うん」

 

 どこか和やかな空気さえ感じさせる二人の仮面ライダー。だが、周囲はそうはいかない。

 

「ちっ、やるな!」

「速い……そして強い」

 

 空中では、なのはを助けるため現れたフェイトとシグナムが戦っている。その激しい衝突は火花を散らしていた。

 

「やるじゃないのさ!」

「……まだ甘いな。今度はこちらから行くぞぉ!」

 

 一方ではアルフとザフィーラが激しい攻防の格闘戦を行っていた。使い魔と守護獣の戦いは互いの守りたい存在のために磨いた力をぶつけ合っている。

 

「くそ、厄介な奴だ」

「ユーノ君、気をつけて!」

「あの術式……まさかベルカ式?!」

 

 そしてデバイスを損傷したなのはを守るため、ユーノがヴィータを相手に戦っていた。その強固な守りは鉄槌の騎士さえ舌を巻いている。

 

 そんな周囲に気付き、クウガとアギトは互いへ視線を送り―――頷いた。抱いた気持ちが同じだと感じ、二人は力強く地を蹴った。

 

「っ!」

「はぁ!」

「「戦いを止めてくださいっ!」」

 

 二人は近くのビルへと着地するとそのまま両陣営へ戦いを止めてくれるよう呼びかけた。その声にフェイト達もシグナム達も動きを止める。

 その視線はクウガとアギトへ注がれ、アギトを翔一と知っているシグナム達はともかく、クウガをなのは以外人と知らないフェイト達は完全に動揺していた。

 

「もうやめてください。俺達が戦う必要はないんです。なのはちゃんからも何とか言ってくれない?」

「シグナムさん達もやめてください。自分のために人を襲ったなんて聞いたらはやてちゃんが悲しみますよ!」

 

 二人の告げた言葉が両陣営へ動揺を生む。そして、クウガから指名されたなのはが少し驚きながらもフェイト達へ念話を送った。クウガは敵ではなく味方で自分を助けてくれた事。あの姿をしているが本当は人間だとも。

 

 一方、シグナム達も念話で相談していた。アギトとクウガが揃って戦闘する気がない事に疑問を抱きつつも、アギトの言ったはやてが悲しむとの言葉からこれ以上何かアギトが言う前に早期撤退するべしと結論付けた。

 

 そんな風に落ち着いたのを見て、クウガとアギトは安堵した。どうやらもう戦う事はない。全てが片付いたとそう思ったのだ。だが、それが間違いだと二人は気付く。そう、常人離れした感覚をしている二人だけは感じ取ったのだ。

 そう、何者かが自分達を見つめている事を。それがどこからかを確かめるため、クウガは変身時と同じ構えを取った。そして叫ぶ。

 

「超変身っ!」

「え……緑になった……?」

 

 ペガサスフォーム。時間制限こそあれ、全ての感覚が鋭敏になる姿。邪悪なる者あらば その姿を彼方より知りて 疾風の如く射抜く戦士だ。その変化に戸惑うアギトに構わずクウガは周囲を見渡しこちらを窺う仮面の男を確認した。

 

「アギトさんっ! あっちです!」

「はいっ!」

 

 クウガが指差した方向へ向かってジャンプするアギト。一方、なのは達は二人が何をしているのか理解出来ない。そこへ体を赤へ戻しクウガが声を掛けた。

 

「誰か射撃出来る道具持ってないですか? ちょっと貸して欲しいんだ!」

「何に使うの?」

「こっちを監視してる相手がいるんだ。その人、かなり怪しいし、万が一に備えておきたくて!」

 

 クウガはそう答えて視線をアギトが向かった方へと移す。その先にいる仮面の男から感じていた気配を思い出し、クウガは最悪の事態を想定する。仮面の男から感じたのは紛れもない敵意だったがために。

 自身に似たアギトならば大丈夫だろうと思うも、それでも嫌な予感が消えないクウガ。そこへなのはから射撃が出来る物を渡すとの返事が聞こえ、クウガはビルから飛び降りた。間に合ってくれと、そう思いながら……

 

 

 

 ジェイルは困っていた。それは真司から聞いたとある事が原因だった。それは龍騎達十三人の仮面ライダーに関係する重要な要素。その力を無くさないために必要で、モンスターと契約した以上避けては通れない事だ。

 

「餌?」

「そ。え・さ」

 

 真司はいつものように食事を平らげた後、思い出したと言ってその話を切り出したのだ。それは、自身が契約しているモンスターについて。ミラーモンスターは、定期的に餌を与えなければ最後は契約者を襲う。そして、そのまま本能のままに暴れる存在となるのだ。

 それを聞き、何を食べるのかと尋ねた答えにジェイルは初めての絶望感を味わう事になる。何せミラーモンスターの食糧はこの世界では得るのが困難なのだ。それは次の真司の言葉が告げていた。

 

「ミラーモンスターかな? あ、後は……」

「……後は、何だい?」

「人間、だったはず」

「人間、とはね……それは困ったな」

「だろ? どうしよ……」

 

 頭を抱える二人。この世界にはミラーモンスターがいないからだ。そして当然ながら代替手段としての人間なども食糧に出来る訳がない。無論、真司とジェイルの間には最後についての考えの違いがある。真司は、純粋に人を食糧になんて使えないと思っているのに対し、ジェイルはそうそう確保出来ない上後始末が面倒との理由から困っているのだ。

 

 故に、真司がいなくなった後もジェイルはドラグレッターの食糧をどうするかをその天才と呼ばれた頭脳をフルに活用し、考案していた。

 

「……ドクター、真面目に仕事をしてくれないと困ります」

 

 そんなジェイルを、秘書的な役割をしているウーノが呆れつつ見ていた。その手には数多くの書類が抱えられている。全てジェイルへ送られた最高評議会絡みの仕事だ。これをやらなければこの生活もままならないのだが、そんな事はお構いなしとばかりにジェイルは思考を止めようとはしない。

 

「下手に人工生命体を与えると真司が煩いだろうし……」

「ドクター?」

「そうだ、原生生物ならいいか。それも人に危害を加える程の凶暴なものなら生命力も強い……ああ! それを真司に倒してもらってデータ取りにも使えるなぁ! 一石二鳥だ。これで行こう」

 

 ウーノを完全無視して呟き―――いやただの狂言にも近い独り言を告げるジェイル。それを聞き、ウーノはため息一つ。そして視線をジェイルから天井へ移して呟いた。心の底からの本音を。

 

―――ドクターの世話、クアットロに押し付けようかしら……?

 

 

 その頃、真司はと言えばかなりの重労働をしていた。いや、していたというよりはさせられていたが正しいだろう。何せ、それは彼が望むものではなく他人から望まれた事なのだから。

 

「空を飛べないくせに、中々しぶといな」

 

 訓練場での訓練。相手は戦闘向きのナンバーズであるトーレだ。対する真司は龍騎へと変身し、その手にはドラグセイバーを握っている。トーレはそんな龍騎を空から見下ろしていた。その表情は放つ言葉とは裏腹に嬉々としている。

 

「馬鹿にすんなよ! モンスターの中には空飛ぶ奴もいたっつの!」

「なら、見せてみろ。どうやって空の相手に対応するのかを……なっ!」

 

 龍騎の言葉に少しだけ苛立ちを覚えてトーレは姿が消えたように急降下する。その速度はインヒューレントスキル―――ISと呼ばれる特殊能力によるもの。ナンバーズは全員それぞれに固有のISを持っている。トーレのISは”ライドインパルス”と呼ばれる高速移動なのだ。

 その速度はかなりのものがあり、今の龍騎では完全に捉える事は出来ない。しかし、それでも一つはっきりしている事がある。それは必ずトーレは龍騎に接近しなければならないという事。それを既に理解している龍騎は姿が見えなくなったトーレに対し啖呵を切るように一枚のカードを手にした。

 

「何度もやられるかっての!」

 

”GUARD VENT”

 

 ドラグバイザーにカードを差し込む龍騎。それを読み込ませると音声と共に龍騎の肩に盾が出現する。それに速度を乗せたトーレのブレードが叩き付けられるが―――

 

「何だとっ?!」

 

 まったく傷付かなかった。それどころか、強度の差かブレードの方が欠けてしまう。あまりの事に戸惑うトーレ。想定外の出来事に人は弱い。戦闘機人と呼ばれる一種のサイボーグにも近いトーレもその例外ではない。

 その隙を見逃す程龍騎も素人ではない。即座に手にしたドラグセイバーで叩き折るようにもう一方のブレードを斬り付けたのだ。

 

「折れたぁ!!」

「っ?! しまった!?」

 

 自分の武器を失い咄嗟に距離を取ろうとするトーレだったが、そこへ龍騎が手にしていたドラグセイバーを逃がすものかと投げつける。それを危なげなくかわすトーレだったが、そこで距離を取ったのが間違いだと気付いた。

 

”STRIKE VENT”

 

「はあぁぁぁぁぁ……」

 

 ドラグセイバーを投げると同時にカードを読み込ませた龍騎。その右手に龍の顔をした手甲のようなドラグクローを構えていたからだ。それから放たれるはトーレも知る攻撃。ドラゴンストライク、と彼女が名付けた龍騎の技の一つなのだ。

 逃げる事は出来る。だが、トーレに逃げるという選択肢はない。何故ならば今から放たれる技は龍騎の切り札ではないのだ。そう、本命はこの攻撃を失敗した後に放たれるのだろうから。

 

(ここで仕留めなければ、次はアレが来るっ!)

 

 それは彼女の速度を持っても逃げ切れなかった龍騎の最大の技。それを出されれば現状の彼女に勝ち目はない。だからこそこの攻撃を凌ぎ、カウンターを仕掛ける以外に道はない。龍騎は何だかんだで負けず嫌いで熱くなりやすい。つまり、この一撃を避ける事は最後の手段へ移行させる事に繋がるのだ。

 

「はぁ!!」

「おぉぉぉぉっ!」

 

 迫り来る火球とドラグレッダーを紙一重でかわしながら龍騎へ肉迫するトーレ。視線の先で完全に硬直している龍騎を見てトーレは自分が勝負に勝ったと確信した。

 

(もらったっ!)

 

 叩き折られていない方のブレードを龍騎の首元に突きつけるトーレ。だが、その顔に浮かぶのは決して勝利を喜ぶ笑みではない。どこか満足そうで悔しさを滲ませた笑みだった。

 

「……やるな」

「トーレこそ」

 

 龍騎の首元に突きつけられたブレード。それは確かにトーレの勝ちをもたらしただろう。しかし、そんなトーレの後方で唸りを上げるものがいる。ドラグレッダーだ。そう、龍騎はトーレが火球を避けてもドラグレッダーがその後ろに回るようにしたのだ。

 

 つまり相打ち。だが、もしこれが実戦ならば結果としてはトーレの敗北だ。何故なら突きつけたブレードはその先端が折れている。あの時ドラグシールドによって折れてしまったために。尚且つ、龍騎はまだ奥の手を出していないのだ。更なる姿と更なる力をもたらすカード。それをまだ隠しているのだから。

 それを聞いた時、トーレ達は揃って驚愕したのだ。龍騎の可能性とその強さに。だからこそトーレも真司を認めている。戦士ではないのにも関わらず、ここまでの強さを身に付けた心を。それ故にトーレは戦って楽しいと思えるのだ。

 

「とりあえずさ……これ、降ろしてくれよ」

「……いいだろう」

 

 龍騎の頼みに渋々トーレはブレードを降ろす。それに応じるように龍騎も変身を解除した。大きく息を吐き、トーレへ笑みを見せる真司。しかしトーレはそれに顔を背けて歩き出す。

 

「おい、何だよ。どうしたんだって」

「別に何でもない。私は洗浄に行く」

「あ、ズル! 俺も風呂入りたい!」

 

 並ぶように歩きながら二人は言葉を交わす。全体的に言葉を素っ気無く返すトーレに真司はどこかで蓮を思い出して懐かしむように笑みを浮かべた。初めて戦闘した日以来、この二人はいいコンビとして残るナンバーズの戦闘師範役をする事になるのだが、それはまだ先の話……。



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名乗る名は仮面ライダー

ここでアギトが名乗る事、これが今作では大きな意味を持ちます。


「いた……」

 

 クウガに教えられた場所に向かったアギトの視界に仮面の男が見えてきた。あちらもアギトの接近に気付いたのか、まるで待ち構えるようにアギトを見つめている。それを見て、アギトは余計に警戒心を強くする。何故かその視線に強い敵意を感じていたのだ。

 その視線はどこかかつて戦った”黒い服の男”に近い何かがあった。だからこそアギトは警戒心と同時に不気味さも抱いた。黒い服の男は結局正体が分からぬままだったためだ。そういう意味では目の前の相手も正体不明だ。そう考え、アギトは小さく呟く。

 

「一体、あの人は何者なんだ……」

 

 その直後アギトは男の前に降り立った。男はアギトを見つめ、何か戸惑っている。敵なのか味方なのかを判断しかねているというよりは、アギトが一体何なのかを測りかねている風だ。しかし、考えても答えは出ないと察したのだろう。意を決するように男は告げる。

 

「貴様、何者だ」

「何者、か……」

 

 男の問いでアギトの脳裏に甦るのはこの世界に来る前に経験した発電所での戦い。その場所は異常な空間になっていて、アギトはそこで過去のアギト達―――一号やV3にBLACKと出会ったのだ。

 そして、彼らと初めて会話した際一号が名乗っていた名前を思い出したのだ。あの時、ついつられるように名乗ったその名を。それが持つだろう意味。それを思いアギトは微かに頷くと男に対してはっきりと告げる。己が新しい名前を。

 

「俺はアギト! 仮面ライダーアギト!」

「仮面ライダー……だと?」

「そうだ! 闇を打ち砕く正義の光だ!」

 

 脳裏に甦る緑のアギト―――一号の言葉。悪魔と呼ぶべき”邪眼”に対し、彼が叫んだその言葉。その時の力強さを借りるようにアギトは言い切った。その叫びに男は何か可笑しいものがあったのか、低く笑い出す。

 

「ククク……闇を打ち砕く、だと? ならば、何故貴様は蒐集行為を見逃した」

「っ!? どうしてそれを!」

「ふん……まぁいい。とんだ邪魔が入ったが、それもここまでだ」

 

 その瞬間、アギトの体を光の輪が拘束した。バインドと呼ばれる拘束魔法だ。それを何とか打ち破ろうとアギトはもがくが、バインドは微かに亀裂を走らせるだけで砕けはしなかった。だがバインドを力で打ち破ろうとするアギトへ、男はやや感心するように息を漏らしながらもゆっくりと手を向けた。

 

「興味深い力を持っているようだが、生かしておくのは危険そうだ。さらばだ、仮面ライダー……」

「くっ!」

 

 男の手に恐ろしい程の魔力が集束していく。その攻撃は確実に自分を捉え、大ダメージを与えるようにアギトは感じた。それ故、何とか拘束を外そうと足掻くアギト。それに応じて亀裂は大きくなりバインドが砕けそうになる。だが、無常にもそれより早く男の手から魔法が放たれようとした。

 

「死ねっ!」

「っ!?」

 

 しかし、その瞬間何かがそれを阻止するようにそこへ飛来し男を牽制したのだ。

 

「何っ?!」

「今だっ!」

 

 アギトを助けたのは目には見えない何かだった。しかも、その攻撃が今度は完全に男へと襲い掛かる。何とかシールドを展開し男は謎の攻撃を防いでいた。その間にアギトが体勢を立て直し、片手でベルトの側面を叩く。

 

 それにアギトの体が赤くなる。フレイムフォーム。剣を使うアギトの姿。腕力に優れた攻撃力が高いその姿になったアギトはベルトの前へ手をまわす。それに呼応し、ベルトから一振りの剣が出現した。フレイムセイバー。フレイムフォームと、とある姿しか使えない専用装備だ。

 それを手にし、アギトは見えない攻撃を防御している男へ斬りかかった。ここで男が幸運だったのはフレイムセイバーの鍔が展開していなかった事だろう。アギトは相手を倒すつもりはなかったのだ。話を聞き出したいとの気持ちがそこにはある。

 

「はあっ!」

「ぬっ!」

 

 アギトの一撃も先程と同じでシールドで防ごうとする男。だが、その目の前で信じられない出来事が起きる。

 

「ば、馬鹿な……っ!」

「はあぁぁぁぁ!」

 

 アギトのフレイムセイバーがシールドにひびを生じさせていったのだ。男の驚きを他所にアギトはそのままフレイムセイバーをシールドを壊すように押し付ける。

 

「はっ!」

「ぐあぁぁぁっ!」

 

 最後の一押しがシールドを打ち砕き、その剣先が男の腕に掠る。その場所を押さえるようにしながら男はアギトから距離を取った。

 これ以上の戦闘は難しい。そう感じて話を聞こうとアギトが男へ近寄ろうとする。だが男はアギトを睨むように見つめて吼えた。

 

「覚えていろ! 今度は……こうはいかんぞっ!」

 

 その言葉をキッカケに足元に出現した魔法陣の中へ男は姿を消した。追い駆けようとするアギトだが、流石に魔法陣の中へ消えたものを追い駆ける事は出来ない。

 話を聞き損ねた。そう思いながら周囲にもう怪しい気配がないのを確認し、アギトは後ろへと視線を戻す。先程の自分を助けた攻撃。それをやっただろう者の名を呟きながら。

 

「クウガさん……」

 

 アギトが男へ反撃を行った頃、クウガはビルから降って手にしたペガサスボウガンをなのはへと返した。それを恐々受け取るなのは。

 そう、クウガが変化させたのはレイジングハートだった。射撃が出来る物という言葉でなのはがレイジングハートを渡したのだ。

 

 損傷を受けているのでクウガも不安ではあったが、見事にレイジングハートはペガサスボウガンへと変化した。クウガの物質変換能力は原子レベルでおこなうもの。

 つまり、手にしたものがどんな状態でも関係なく、その姿に適したものであれば応じた武器へと変化させるのだ。

 

「……本当に戻った」

”驚き……ました”

 

 自分の手に乗った途端、普段の姿へ戻るレイジングハートを見たなのはは手品を見たかのように呟いた。それに同調するように喋るレイジングハートだったが、損傷のために途切れ途切れだ。クウガはそれを見ながら再び姿を赤へ戻した。

 

 それを見ていた全員が軽い驚きを見せる。超変身自体は理解していた。クウガは最初こそ青で次に赤へ体の色を変え、今は緑となっていたのだから。

 しかし、それを目の前でやられる事にまだ慣れるはずもなく、誰もが小さな声を漏らしたのだ。

 

「ありがとう、なのはちゃん。おかげでアギトさんを助けられたよ」

「えっと、その事で聞きたい事があるんだけど」

 

 なのはへ改めて御礼を述べるクウガへユーノが恐る恐る問いかける。なのはから人間と言われても先程からのクウガを見ているとどうしても人間とは思えないためだ。

 それを見たクウガはユーノの様子からかつての杉田刑事を思い出し、その感覚を感じ取った。すぐにユーノへ視線を向けるとその姿を一瞬にして普段の状態へと戻したのだ。

 

 今度はそれに全員が驚く中、五代はどこか気まずそうに表情を変え、周囲の面々に告げる。

 

「すいません。何か、驚かせてばっかりで……」

 

 ややあってからそこへアギトも戻ってきて同じような事をし、五代と翔一は揃って苦笑いを浮かべる事になる。

 これが二人のライダーが出会った夜の最初の出来事。静かに闇の書事件と呼ばれる流が変わり始めた瞬間だった……。

 

 

 

「嘘だ……」

「チンク、気持ちは分かるがこれは現実だ」

 

 どこか憮然とするトーレと唖然としているチンク。その二人の視線の先にいるのは一人の騎士の―――いや戦士だ。

 

「っとと……あぶね」

 

 巨大なとかげの化物を相手に孤軍奮闘する龍騎。ここはとある管理外世界。三人はドラグレッダーの餌を確保するため、ここに来ていたのだ。本来ならば、三人で協力して倒すはずだったターゲット。それを龍騎は「俺だけでいけるって。二人は女の子なんだし、さ。任せてくれよ」と言ってこの状況だ。

 

 二人が何故龍騎の戦いを見つめ、どこかやるせない気持ちになっているのには理由がある。それは龍騎が相手をしているターゲットの強さ。管理外で原生生物なので個体差があり絶対とはいえない。だが、それでも魔導師ランクに換算すればAAは堅い相手なのだ。それを龍騎は一人で相手をし、尚且つまだ余裕さえある。それが意味する事を考えれば二人の気持ちも分かろうというもの。

 

「今度はこいつだ!」

 

”STRIKE VENT”

 

 龍騎の右手にドラグクローが装着される。龍騎はそれと同時に腕を引いてパンチの構えを取った。それを好機と見たのか巨大とかげは龍騎へ向かって突撃する。

 だが、それは悪手でしかなかった。龍騎はギリギリまで引き付けてその拳を打ち出したのだ。昇竜突破と呼ばれる攻撃。またの名をドラゴンストライク。龍騎の技の一つが巨大とかげの巨体を吹き飛ばす。

 

「……私は、あれを喰らった事があるのだが……?」

「私達へ放つ際はおそらく加減してるんだろう……どこか信じられんがな」

 

 その光景に背筋が凍る二人。既にドラゴンストライクを受けた事のある二人にとって眼前の光景は恐怖でしかなかった。まだ二桁にも満たないが、ある程度戦い底が見えてきたと思っていた龍騎。その底が再び見えなくなったのだから。

 

(真司はどこまで力を隠しているのだ? ……もしや、全力を出せばSランクさえ凌駕するとでもいうのか……?)

(真司の奴、まだ力を隠していたのか。まったく、私には全力を出せと言っているのに! ……帰ったら説教だ)

 

 二人が思い思いに龍騎を見つめる中、勝負は決着の時を迎えようとしていた。先程の攻撃で巨大とかげは横たわっている。それを確認し、龍騎はおもむろに一枚のカードを手にした。そこに描かれているのは龍騎のマーク。それを見た二人は息を呑んだ。

 それをドラグバイザーへ読み込ませる龍騎。それが意味する事を知る二人に緊張が走る。そう、それこそ龍騎の切り札。初めて見た際にトーレもチンクも言葉を失った必殺技を放つ合図なのだから。

 

”FINAL VENT”

 

「はあぁぁぁぁぁ……」

 

 その場で構える龍騎の周囲をドラグレッダーが巻き付くように動いていく。そして、それと呼応するように龍騎も腰を深く落とし―――

 

「はっ!」

 

 ドラグレッダーと共に空へ跳んだ。空高く舞い上がり、その体をドラグレッダーが一瞬隠す。その瞬間龍騎は一回転捻りをし、蹴りの体勢へ入った。それは未だにトーレもチンクも破れない無敵の必殺技。今の龍騎の最大にして最強の攻撃。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 その名はドラゴンライダーキック。ドラグレッダーの火球を受け、その勢いを加えて突撃する荒業。その破壊力と速度は凄まじく、トーレのライドインパルスさえ逃れる事は出来なかったのだ。

 

 龍騎必殺の蹴りが巨大とかげを完全に沈黙させる。そして、それを確認して龍騎をドラグレッダーを見上げた。しばし見つめ合う龍騎とドラグレッダー。やがてドラグレッダーは龍騎の視線から何かを感じ取ったのか、巨大とかげへと近付きおもむろにそれを食べ始めた。

 それに安堵の息を吐く龍騎とトーレ達。もしこれで無理ならやむを得ずジェイルの創る人工生命体を食べさせるしかなかったからだ。それを回避出来た。そう思ってドラグレッダーの体を嬉しそうに龍騎は叩く。

 

「腹一杯食えよ。でも、確かにこんな奴が暴れたら大変だよな。いやぁ、ジェイルさんってやっぱ良い人だよ。人を襲いかねない凶暴な生き物を退治して、それを餌に出来ないか? なんてさ。ホント良い人だな」

「あ、ああ」

「そうだな……」

 

 ジェイルの言った言葉を本気で信じている龍騎。その実情を知っている二人としてはその言葉に何も言えなくなった。こうして懸念されたドラグレッダーの食事問題は解決した。だが、ここでジェイルの予想外の出来事が起こってしまう。それは……

 

「データ、もう取れないよ」

 

 龍騎が強すぎるため、現状の姿で十分相手出来てしまったのだ。本来期待していた龍騎のもう一つの姿。それを使わせる事をジェイルは狙っていたのだが、それは結局出さずじまいとなったのだ。龍騎がその更なる力―――”サバイブ”の力を使う事になるのは、これより遥か先の出来事まで待たねばならなかった……。



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少女達の決意と生まれる絆

先入観こそが守護騎士達となのは達の争いを生んだ最大の理由。なのでそれを持たない者達がいればこうなれるんです、このキャラ達は。


「次元漂流者か……」

「あ、それシャマルさん達も言ってました。俺もそうなんじゃないかって」

 

 あの後、五代と翔一が同じ世界から来たと分かり、シグナム達もクウガの力を見た以上それからは逃げられないと悟ったのか大人しくなのは達に事情を話す事になった。というのも、翔一が言ったはやてちゃんという言葉を五代が覚えていたからだ。

 そして、幸か不幸か五代が世話になっているのは月村家。そこの住人である月村すずかとはやては最近知り合った知人だったのだ。はやての名をすずかから聞いていた五代がその事を翔一に確認し、シグナム達は完全に諦める事となった。

 

 現状へ至った原因にはシグナム達が翔一に管理局の存在を知らせず、それに対しての対応を指示しておかなかったのもある。そしてフェイト達を追って姿を見せたクロノを交えて簡単な説明が始まったという訳だった。

 

「それで翔一君達はその子を助けるために……」

「はい。でも、はやてちゃんは何も知らないんです! 俺達だけが内緒で……」

 

 五代の声に翔一はそう答えて俯いた。その拳は悔しさと無力感からかきつく握られている。シグナム達は翔一の言葉に何も言わないが、否定しないという事はそういう事なのだろう。そう誰もが考え、悲痛な表情を浮かべた。

 何の罪もない少女が死ななければならない。だが、それを避けるためには誰かを犠牲にしなければならない。それを聞いて五代は心が痛かった。

 

 それは、形や状況さえ違えども、以前彼が未確認を倒してきたのと同じだったからだ。みんなの笑顔のために。そう思い拳を振るい続けた五代。しかし、それは裏を返せば自分達のために未確認を犠牲にしていたとも言える。

 無論彼らは殺戮を目的としていたので、厳密に言えば生きるためではなく楽しむためにしていたのだと五代も知っている。だがした事だけを見れば自分も大差ないのではないか。そんな思いが五代に生まれる。

 

 一方、翔一も改めて蒐集行為について考えていた。具体的には聞いていなかったが、クロノの説明によればリンカーコアと呼ばれるある意味での心臓を狙う行為。しかも、下手をすれば蒐集対象は死んでしまうとの事。

 それを聞き、翔一は自責の念に駆られていた。何故もっとちゃんと聞かなかったのか。どうしてはやてが禁止した理由を考えなかったのか。はやてのためにとした事がかえってはやてを苦しめるのではないか。そんな事を思い、翔一は告げた。

 

「何とか……何とか誰にも迷惑を掛けずに蒐集する事は出来ないんですか!?」

 

 その叫びに誰もが悔しげな表情をみせた。特にシグナム達は一際だ。何せそれは彼らが真っ先に思った事だったのだから。

 

「そんな方法があるはず」

「いえ、あります」

 

 翔一の言葉に反応したシグナム。それを遮る形で反論したのはユーノだった。ユーノは語る。手分けしてリンカーコアを持つ生物から蒐集すれば、おそらく時間は掛かるが誰にも迷惑を掛ける事無く蒐集出来ると。

 それでははやての体がもたないかもしれないと渋るシグナム達へ、ならばとユーノは最後にこう言った。その表情に決意の色を宿して。

 

「魔導師からなら蒐集量は多いんですよね? じゃあ、死なない程度に加減出来るなら……僕からも蒐集してください」

 

 その言葉に全員が驚いた。そして、その意図を理解したなのはが意を決して小さく頷いた。どうしてヴィータが自分を狙ったのか。その理由を考えればこの申し出ははやての命を助ける事に必ず役に立つはずだと思って。

 

「私も構わないです。やってください」

「本気で言っているのか?!」

 

 流石にシグナムもなのはまで言い出した事に黙っていられなかった。そして、その流れは止まらずにもう一人の魔法少女の心も動かす。

 

「私も協力します」

「フェイトっ?!」

 

 フェイトまでが二人に同調し、アルフが本気かとばかりに目を見開いた。三人は口々に告げる。確かに蒐集行為はいけない事だ。でも、それでしか助けられない命があるなら助けたいと。

 嘘を言っている顔にも見えないし、何よりもなのはを襲ったヴィータの目を見た五代が言い切ったのだ。したくない事をしている目だった、と。なら絶対にはやてが悲しむような結果にはしないはず。そう三人は強く信じて覚悟を決めたのだ。

 

 三人の決意を聞いて困惑したのはシグナム達だ。先程まで戦っていた相手。しかも管理局に関わっているフェイトさえ、蒐集してもいいと言い出すのは想像出来ない事だった。

 

(本気でこの三人は蒐集を? ……主のため、か。私達がしていた事を許すと、そう言うのか……)

(こいつら……本当にはやてのために? 死んじまうかも知れないって、それを分かってて言ってるんだよな……)

 

 シグナムとヴィータはなのは達が見も知らないはやてのために見せた決意に感じ入る。特になのはに限ればいきなり襲われたにも関わらずにだ。そう考え、二人は余計に表情を歪める。今までの固定概念で動き過ぎていたと。

 話せばきっとなのはは蒐集に協力してくれていた。もしかすればその後も原生生物からの蒐集を手伝ってくれたかもしれない。特になのはを襲ったヴィータはその最初に話を聞かせてと言われた事を思い出し、一人申し訳なく思っていた。

 

(長い間蒐集行為をしてきたけどこんな事は初めてよ。そう、か……私達はとんでもない勘違いをしていたのかもね。はやてちゃんという前例がいたんだもの。もっと物事を違った目で見るべきだったわ)

(蒐集を禁止する主に出会ったかと思えば、主のために蒐集してくれという者と出会う、か。今回は本当に変わった事ばかりだ)

 

 シャマルとザフィーラはその言葉に心を揺さぶられていた。これまで蒐集行為は忌み嫌われてきた。故にどんな理由があろうと許されないと思い込んでいたのだ。しかし違ったと、そう二人は感じていた。誰かを助けるためならば手を貸してくれる者もいるのだと知ったのだから。

 

 そして翔一と五代もまた、そんななのは達に心打たれていた。見知らずの相手のために危険を承知で自分の命を賭ける。危険性は低いと分かっていても中々出来る事ではない。しかもなのは達はまだ子供。

 だから二人は思うのだ。自分に出来る事はなにかないのか。子供達だけでなく大人の自分も何かしなければと。クウガとアギトである二人。その力を何かの役に立てる事は出来ないか。その一念から二人は同時に口を開いた。

 

「「あの、何か出来る事はないですか?」」

 

 当然その言葉がキレイに重なる。それに全員が一瞬呆然となり、そして揃って笑い出した。そこに先程まであった緊迫感や焦燥感がすっかり消えてしまったのだ。そんな笑い合うなのは達を見て、五代と翔一は互いに顔を見合わせ笑い合う。

 そう、分かり合えるのだ、と。話が出来るのなら必ず分かり合える。そう改めて感じて二人も笑う。その笑い声が夜空に響く。敵も味方もない。ただ同じ思いを共有する者として、全員が笑い合う光景がそこにあった……

 

 

 

 ジェイルラボ 温水洗浄室。そこにウーノからチンクまでのナンバーズが揃っていた。そう、揃っているのだ。稼働している五人全員が。

 

「それで……どう? 感想は」

「う~ん、悪くはないわね。でも、あれが本当に強いとは思えないけど」

 

 ウーノの言葉に反応したのはナンバー2ことドゥーエだ。聖王教会への潜入任務を終え、彼女は宣言通りラボへ一旦帰還した。それもつい先程だ。そして真司と初対面をし、その感想がそれ。それには他の四人も強い反論はない。しかし、何か気に障ったのかトーレがまず口火を切る。

 

「確かに真司は見た目からは分からないが強いぞ。それはこれまでのデータが証明している」

「それにぃ、シンちゃんってばチンクちゃんやトーレ姉様を相手に加減までしてるみたいなんですぅ」

「悔しいがクアットロの言う通りだ。まだ手合せ自体は多くはないが、私達は未だにあいつの底が見えん」

 

 トーレに続きクアットロとチンクもその意見を受け入れつつ、やんわりと反論を述べた。それを聞いてドゥーエはおかしそうに笑う。

 

「貴方達、随分とあの男に肩入れするのね?」

「ち、違う! 私は素直に思った事をだな……」

「そうだ。真司の力は底知れん。ドクターすら、まだ解析出来た事は少ないのだ」

 

 慌てるように答えるチンクと冷静だがどこか照れくさいのか顔が赤いトーレ。クアットロはそんな二人を見てニヤニヤと笑みを浮かべ、ウーノは微笑むようにそれを見る。四人の反応を眺めたドゥーエは満足そうに頷いた。

 そして湯船から上がるとそのまま脱衣所へ向かって歩き出す。ドゥーエはその手を脱衣所へのドアへかけたところで何かを思いついたのか、湯船で語らう四人へ振り向くと小悪魔的な笑みを浮かべて告げる。

 

「なら、私があの男の力を出させてあげるわ」

 

 その言葉に四人の会話が止まる。トーレがいち早く立ち直って何かを言おうとするも、その時には既にそこにドゥーエの姿はなかった……。

 

 

 

 その頃、真司はジェイルと共に残りのナンバーズが入っている調整ポッドの前にいた。だが、その様子は落ち着かない。それもそのはず。ナンバーズは全員女性でポッドの中に裸で入っているため、先程から真司はどこを見ていればいいのか分からず挙動不審なのだ。

 

 そんな真司とは対照的に、ジェイルは何の躊躇いもなく調整を行なっていた。現在集中的に行なっているのはナンバー6ことセインとナンバー10ことディエチ。真司との模擬戦を繰り返し、トーレとチンクが提案したのは遠距離戦での龍騎の能力を測ろうというものだった。

 近距離や中距離では未だに龍騎に勝機を見出せない二人。だからこそ遠距離主体に戦える姉妹なら新しいデータが取れるかもしれないと言われ、現在ジェイルはその二人の調整に余念がない。ちなみにセインは真司の「いや、姉妹ならちゃんと順番に出してあげようよ」の言葉から調整している。

 

「……で、ドゥーエの印象はどうかね?」

「へ? っ?! あ、ああ、やっぱ美人だよな。ウーノさんやトーレもそうだけど、ドゥーエさんも綺麗だよ。モデルとか出来るな、あの人」

 

 視線を床に向け、思考を裸から脱却させようとしていた真司。だが、ジェイルの声に視線を上げると再び目に入るのは女性の裸体。それで急いで視線を逸らし、今度は天井へとそれを向ける。

 ジェイルはそんな真司に気付かず、その答えに可笑しそうに笑う。真司は知らない。ウーノからクアットロまではジェイルの遺伝子を基にして創られた存在だと。

 

 真司は、ナンバーズの事をジェイルからこう聞いている。複雑な事情から止むを得ず創る事になった人工生命体だと。そして、その開発責任者がジェイルであり、スポンサーはこの世界の治安維持組織だと教えられていた。

 最初は人工生命体に否定的だった真司だったが、生まれてくる命に罪はないとジェイルに言われ、その考えを改めた。だからこそナンバーズを人間として彼は認識している。実は彼はそれを聞く前から既に人間としか思っていなかったので今更ではあったが。

 

「モデル、ね。まぁ、ドゥーエのISを使えば確かにそれは一番簡単かもしれないねぇ」

「ISかぁ。ドゥーエさんのって何なんだ?」

「ライアーズ・マスク。ま、簡単に言えば変装だよ。誰にも何にも分からない完璧な……ね」

 

 その言葉を聞いて真司は素直に感心した。そしてまるでスパイ映画みたいだと言って笑う。その言葉にジェイルは面白そうに「本当にスパイをしてるんだ」と答えたのはちょっとした気まぐれだったのかもしれない。

 その言葉に真司は驚き、その表情を不思議そうにした。その顔が何を聞きたいかを理解しジェイルは言い切る。ドゥーエがどこに潜入していたのかヒントと共に、そこへ彼が抱いている印象を。

 

「何、偉そうな事ばかり言って、何も世界を変えようとしない連中だよ。宗教絡みだから余計にね」

「へぇ、こっちにも宗教とかあるんだ。で、どんな神様祭ってんの?」

「神様? ……ああ、君の世界では架空の神を祭ってるのか。こちらでは『聖王』と呼ばれた実在の人物を祭ってるのさ」

 

 ジェイルの話を聞いた真司は驚きながらも納得していた。キリスト教はまさにそれだったからだ。古に実在した人物を崇める宗教。本当はキリスト教にも神が存在しそれを崇めているのだが、真司にとって大切なのは自分の知るものと共通点があったという認識だけ。

 

 そして、その聖王がどんな存在かを聞き、真司は素直に感心した。争いが絶えなかった時代を平和にしようと尽力した王。それは、真司がライダーバトルに参加したのと似ていたからだ。

 誰かを殺す事を肯定したくない。だがそれをしなければ多くの人が死んでしまうという矛盾。それを感じながらも戦ったであろう聖王に真司は共感を覚えた。

 

 そんな真司の反応にジェイルは内心呆れながらも嘘偽り無く聖王伝説を語る。その間も手は調整を続けているところが実に彼らしい。

 

「……で、古代ベルカは戦乱から解放されたのさ」

「凄いな、聖王って。あっ! もしかして、今も子孫とか」

「残念ながら初代聖王の子孫はいないよ。ま、その遺物が教会には残されているがね」

 

 どこか興奮したような真司の言葉を遮ってジェイルがピシャリと言い切った。それに真司はどこか肩を落とす。もしいるのならジャーナリストとして是非取材してみたかったのだろう。その姿がどこか滑稽だったからか、ジェイルがつい不用意な事を呟いた。

 

「でも、いつか会えるかもしれないけどね」

「うっそ?! どうして!?」

「あ、いや……! 教えて欲しかったら、龍騎のもう一つの姿を見せてくれ」

「えぇ……でもなぁ……会えるかも、だしな……」

 

 ジェイルの提案に真司が明らかに表情を曇らせる。真司がサバイブを見せるのに躊躇う理由は一つ。そう、直感的に感じ取っているのだ。それは誰かに見せびらかすものではないと。仮面ライダーの力がどれ程危険で恐ろしいものかを理解しているのもある。

 そしてジェイルは悪人ではないが科学者。サバイブを何かに応用しようとして大事になりかねないと真司は思っていた。何よりも龍騎の力は”守るための力”と思っているからこそ、真司はおいそれと使う訳にはいかないと考えている。

 

 トーレ達との手合わせは、本人達が希望し、真司も元の世界に帰った時に勘が鈍っていないようにするのも兼ねてしているだけなのだから。

 

 そんな真司の渋る声にジェイルは計画を話してしまおうかとも考えていた。だが、それをした場合、下手をすれば真司を敵に回しかねないと思って口を噤む事にした。

 龍騎のもう一つの姿。それにも興味は尽きないが、それよりも計画の障害は出来る限り少ない方がいい。そう思い、ジェイルは真司と友好的な関係を築こうとしていたのだ。そう、まだこの頃は。

 

 後に彼は知る。いつしかそれが計算ではなく、本心からの思いになっていた事を。

 

「……そうか。さて、もう少ししたらディエチとセインもロール―――目覚める事が出来るよ」

 

 ロールアウト。その言葉を言おうとした瞬間、真司の鋭い視線がジェイルを刺した。それにジェイルが軽く笑みさえ浮かべて言い直す。創造物ではなく人としての表現へと。

 

「ディエチって……十番目って意味だっけ? で、セインが……」

「六番目よ、真司君」

「おや? どうしたんだいドゥーエ。ウーノ達と久しぶりに会って、会話を楽しんでると思ったんだが?」

 

 真司の言葉に答えたのはジェイルではなくドゥーエだった。そして、どこか不思議そうなジェイルから視線を外し真司へと視線を向ける。その雰囲気がどこかからかう時のクアットロに似ていて、真司は若干嫌そうな表情を浮かべた。そして、その予感は現実のものとなる。何故なら―――。

 

「お願いがあるのよ、真司君。私と戦ってくれないかしら?」

 

 ドゥーエはまるで、お出かけしましょ、とでも言うように笑顔でそう告げてきたのだから……。



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深まる絆、深まる謎

チラリと見えるディケイドの影。これがまさか伏線みたいになってしまうとは……(汗


「……いいでしょう。ですが、闇の書は大変危険なロストロギアです。蒐集を完了した際、起きる事については……」

「承知している。その時は我々も手を貸し、事態の収拾に努める」

「それに四百ページを超えれば管制人格も覚醒します」

「なら、その人にも手伝ってもらえば暴走も何とか出来るかも!」

「みんなで頑張りましょう! ですね!」

 

 リンディの結論にシグナムがはっきりと断言し、シャマルが補足するように告げる。それを聞いた翔一が希望が見えたというように続き、最後に五代がサムズアップで締め括った。

 

 あの後、リンディ達管理局所属のアースラクルーにも五代を始めなのは達による事情説明があり、大体の事情を把握したリンディは全員に対し驚愕の事実を話した。それは、蒐集を終えた闇の書が恐ろしい災害を引き起こすという事実。

 

 それを聞いてシグナム達は驚愕しながらもどこかで納得していた。どうして自分達が蒐集を終えた時の事を覚えていなかったのかを理解したからだ。そして、その事をリンディに告げるとその場に微かに動揺が生まれた。闇の書の一部であるシグナム達が忘れていたという事実。それが持つ意味を考えたのだ。

 

 そして、蒐集行為をなのは達から行いたいとの申し出にリンディは難色を示した。だがなのは達の強い意志とシグナム達の決して死なせはしないとの言葉と眼差しに折れ、まずはなのはが蒐集される事となった。

 身体面での安全を考慮したリンディがなのはへ今日はアースラで泊まる事を提案し、それを聞いた五代がすずかと泊まりがけで遊ぶとの約束をなのはが言い忘れていたと高町家へ連絡する事で万全を喫する。

 

 それと平行し、リンディ達は闇の書自体を詳しく調べる必要があると思い無限書庫での調査を決断。ただ専門チームを組んで年単位で探さねばならない場所であるため、クロノは難色を示す。それを聞いたユーノがそれなら自分が役に立てるかもと言い出し、クロノと共にその場から無限書庫へと向かった。

 その場に残された者達は、五代達が撃退した仮面の男に備える事や魔法生物からの蒐集活動をどうするかなどを話し合う事で話を纏め、転送魔法でアースラへと向かう。その胸にそれぞれ様々なな想いを抱いて……

 

 

 

 

 

 アースラにある医務室。そこになのはとシャマルの姿があった。なのはは恰好を入院着とでもいうような物へ着替えてベッドへ横たわっている。シャマルはその横で椅子に座っていた。そして、リンディの指示か室内には二人以外誰もいない。

 それが自分達へ不信感を抱かせないための措置と知りつつ、シャマルはリンディの判断に好感を抱いた。管理局の人間でありながら守護騎士をここまで信頼しようとする事。それがはやてのためにと動いていた自分達への共感だと思い、決して裏切る訳にはいかないとの気持ちを強くさせるのだから。

 

(伊達に次元航行艦の艦長をしている訳じゃないって事ね。でも、今は感謝しましょう。寛大な処置をしてくれる局員に出会えた事を)

「じゃあやるわね、なのはちゃん」

「はい」

 

 シャマルが静かに闇の書へなのはのリンカーコアを蒐集させる。その行為の辛さになのはは耐える。その表情は痛みに苦しむように歪んでいた。それを悲痛な表情で見つめるシャマル。だからだろうか、ページが十五程埋まったところで蒐集を中止したのだ。

 不意に感じていた負担が消え、どこか違和感を抱きつつなのはは視線を横へと動かす。そこには顔を伏せているシャマルがいた。それがどこか泣いているように見えてなのはは不思議に思って小首を傾げた。

 

「……もう、終わりですか?」

「ええ、これ以上は……今の私には出来ない……っ!」

(そうよ! はやてちゃんと同い年の子から蒐集してるだけでも心が痛いのに、それを限界ギリギリまでなんて出来る訳ないっ!)

 

 シャマルの消え入るような声からなのはは何かを察し、シャマルの手に自分の手を重ねた。それに驚くように顔を上げるシャマル。そんなシャマルになのはは微笑みを浮かべて告げた。

 

「シャマルさんの気持ち、伝わりましたから。だから、そんな顔しないでください。私まで……悲しくなっちゃうから」

「あっ……ああ……」

 

 なのはの言葉がはやての言葉に聞こえ、シャマルは込み上げてくる感情を抑える事が出来なくなり始めていた。自分達がしようとしていた事。それはこんなにも優しい少女へ大人でも堪える辛さを味あわせる事だったのだと、そうシャマルは痛感して目をきつく閉じる。

 

「シャマルさん……?」

「ごめんね! ごめんね、なのはちゃん! ……ありがとうっ!」

「シャマルさん。だから、そんな顔されると私も泣いちゃうから……」

 

 零れる涙を拭う事もせずシャマルは泣いた。泣きながらなのはの体を優しく抱きしめる。それになのはも抱き締め返しながらもつられるように涙を流した。互いの気持ちを思いやる二人。しばらく医務室に二人のすすり泣く声が響く。こうしてなのはとシャマルは一足早く強い絆を築きつつあった。

 

 その頃、フェイト達は今後の事を食堂で話し合っていた。フェイトの隣にアルフが座り、向かいにはシグナムにヴィータ、そしてザフィーラがいた。五代と翔一は二人だけで話したい事があると言ってこの場にはいない。

 緩衝材と成り得る者を欠いた両者はその視線は険しいものの、それは敵意や怒りではなく困難が予想される今後にそれぞれが思いを抱いての事。たしかに若干の警戒心のようなものはあるかもしれないが、少なくてもはやてを助けたいとの気持ちは同じだと思っていたのだから。

 

「まず、私とヴィータさんとアルフでAチーム」

「別に呼び捨てでいいし、敬語もなくていい」

「あ、うん。分かりま……分かった」

 

 ヴィータのどこか呆れるような声にフェイトは意外そうな表情を浮かべて頷いた。それを同じような表情でシグナムとアルフが見つめている。気難しいと思っていたヴィータが真っ先に相手へ気遣い無用と言い出したのはそれだけの印象を持っていたのだ。

 

「んだよ?」

「いや……意外だなぁ~って」

「私もだ。認めたという事か……?」

 

 シグナムの言葉にヴィータは顔を背けて一言悪いかと告げる。その仕草にフェイトは一瞬驚くも、すぐに微笑ましいものを感じてか笑みを浮かべて頷いた。

 

「ありがとう、ヴィータ」

「礼はいいから、さっさと決める事だけ決めようぜ。はやてが寝てる間が一番動き易いんだ」

「そうだな。では、私とザフィーラはBチームか?」

「あー、翔一って奴も一緒だよ。雄介って奴はシャマル……だっけ? それと二人で行動だってさ」

 

 アルフの言葉にフェイト以外の三人が疑問を感じたのか怪訝な顔を見せる。それにフェイトが笑みを浮かべて答えた。

 五代の変身するクウガはアギトよりもフォームチェンジによる汎用性が高い。それを五代から聞いたリンディが戦闘能力的には問題ないと判断したのだ。それに、なのはが回復すれば彼女がそこに合流するので特に心配はいらないともフェイトは語った。

 

 その説明を聞き三人も納得していた。よくよく考えてみれば、どのチームもバランス良く配置されていると理解したのだ。おそらくリンディの決定だろうが、その人選も流石だと三人は思った。

 

(高町を襲撃したヴィータをテスタロッサ達に組ませるのは当然として……)

(翔一をシグナムとザフィーラに組ませるのは、翔一があたしらの中で一番信頼出来るからだな)

(そして、シャマルは現在あの少女と共に過ごしている。その間を取り持つにはあの男が適任、か……)

 

 それぞれがリンディ采配の意図を考え感心する中、フェイトはただ友人であるなのはの心配をしていた。蒐集によって死ぬ事はないが、それでもしばらく魔法は使えない。その間、自分が頑張らないといけない。そう思い、フェイトは誓う。

 

(なのは、ゆっくり休んでて。その間、私が頑張るから)

 

 

 

 

 

 同じ頃、五代と翔一はアースラの休憩所で自分達の話をし合っていてある事に気付き出していた。そう、自分達のいた時間が違うと。それは二人へどこか分かりかけていた共通点への疑問を感じさせる事となる。てっきり変身能力を持つ同じ時代の人間だからだと、そう思っていたのだ。

 

「翔一君、今何って言った?」

「その、未確認が出なくなって二年間何してたんですかって」

「えっと、未確認が出なくなって二年も経ってないよ。だってまだ2001年だもん」

 

 その言葉に翔一が驚く。そして自分は2004年から来た事を告げた。それに今度は五代が驚く番だ。こうしてある程度簡単な事情を説明し合い、五代と翔一は二人して頭を悩ませる。どうしてこうなったのか。その理由を考えるために。

 五代は最初アマダムのせいだと思っていた。だが、アマダムを持たない翔一がこの世界へ来ていて尚且つ自分よりも早い段階で海鳴にいた。では、どうして自分がここに来てしまったのだろう。その理由は一体何だと、そんな風に考えていた。

 

(桜子さんがいれば何か分かったかな?)

 

 思い出すのは未確認との戦いを知識面で支えてくれた女性。彼女の知恵があれば現状も少しは変わったかもと五代は考える。

 

 一方翔一はクウガもアギトの一種だと考えていた。だから五代も海鳴へ呼ばれたに違いないと思っていたのだ。だがそれはどうも違うらしいと翔一も悟った。五代の説明にあったクウガになったキッカケはとてもではないが彼とは違い過ぎるために。

 

(こんな時、先生なら何かいいアドバイスくれるかな?)

 

 思い出すのは彼が長い間世話になった恩人でもある美杉教授。彼は五代にとっての桜子と同じく、翔一にとっては自分を支えてくれた者の一人。その人生論や何気ない一言は、翔一の大きな助けになっていた事もあるのだ。

 

「「う~ん……」」

 

 二人して思うのは同じ事。そして揃ったように唸りを上げ、それに気付いて笑い出す。やがて五代は翔一へ右手を向けてサムズアップ。それに翔一はどこか不思議そうに視線を送った。

 

「大丈夫! きっと何とかなるよ。リンディさん達も協力してくれるし、シグナムさん達もいるし」

「そうですね。で、五代さん……気になってたんですけど、それ何です?」

「これ? サムズアップって言って、古代ローマで納得出来る、満足出来る事をした人に送られる仕草。俺、これが似合う人になりたくってさ」

「そうなんですか……」

「ま、色々大変だと思うし、辛い事もあるだろうけど……さ」

 

 五代はそう言って、もう一度翔一に対してサムズアップする。それを見て、翔一も同じように五代へ返した。

 

「でも大丈夫! だってアギトがいるんだし」

「はい! 絶対大丈夫です! クウガがいますから」

 

 互いに笑顔を見せあい、断言する二人。そして、その視線に宿る希望を感じ取り、更に笑みを深くする。二人の仮面ライダー。その優しき心が完全に繋がり合った瞬間だった。それが意味するのは絶対勝利。いかな悪が現れようと人類に負けはないという事なのだから。

 だが今はそれを誰も知らない。当の本人達さえもそれを気付かない。彼らはまだ仮面ライダーの本当の意味を知らないのだ。二人が本当の意味で仮面ライダーとなった時、それがこの召喚の一つの理由を明らかにする事となる……。

 

 

 

 ジェイルラボにある訓練場。そこに二人の人物がいた。

 

「さ、行くわよ真司君」

「……へ~い」

 

 準備万端といった感じのドゥーエに対し、龍騎はやる気の欠片もなく声を返す。それをトーレが聞いていれば怒鳴っただろう。チンクなら呆れながら注意しただろう。だが、ドゥーエは何も言わず無言で走り出した。その手にしたピアッシングネイルを光らせ、龍騎へと突き立てようと。

 それを見た龍騎は慌てるでもなくデッキから一枚のカードを引き抜いた。そしてそれをドラグバイザーへと挿入する。するとその瞬間、男性らしき機械音声が響く。

 

”GUARD VENT”

 

 龍騎の手に一枚の盾が出現したのを見て、ドゥーエはその狙いを体ではなく顔へと変えた。それには若干龍騎も慌てるものの、即座にかわして距離を取る。だが、そうはさせじとドゥーエが走る。その爪先を突き立てんと龍騎へと迫ったのだ。

 正直早く終わらせたい龍騎は、そこまでするドゥーエを見ていっそわざと負けるかとも考え出していた。すると、そんな龍騎の思考を読んだのかドゥーエが先んじてこう告げた。

 

「もしわざと負けたりしたらトーレが煩いわよ?」

「げっ!」

 

 脳裏に浮かぶトーレの怒り顔。そして、そのまま説教までされる自分を想像し、龍騎は一瞬身体を震えさせる。その瞬間を狙い、ドゥーエは爪を勢いよく突き出し―――

 

「よっと」

 

 龍騎の手にした盾に弾き飛ばされた。防具である盾を攻撃に使った事に一瞬思考が止まるドゥーエだったが、すぐに気を取り直すと龍騎から離れる。だが、飛ばされたピアッシングネイルを取りに行くような事はしない。それに龍騎が軽く驚いた。

 

「取りに行かないのかよ?」

「あら、行ったら何かする気だったでしょ?」

「……バレてるか」

 

 龍騎の手にしているのはストライクベント。そう、ドゥーエがピアッシングネイルを回収しに行ったところにドラゴンストライクを決めようと考えていたのだ。

 

 その龍騎の行動をドゥーエは内心で誉めていた。単なるお人好しではなく、戦い慣れをしていると感じたからだ。先程の盾を使った攻撃もそう。

 どこかで防御にしか使わないと思っているものを攻撃に転用し、相手の思考を乱す。その僅かな隙を突ければ完璧なのだろうが、龍騎はそこまで戦闘の達人という訳ではないのだろうとドゥーエは読んでいた。

 

(でも、厄介だわ。確かにこれはトーレでも手を焼くはずよ)

 

 ドゥーエは知らない。先程の盾を使った攻撃の後、龍騎が敢えて何もしなかったのを。その気になればそこでドゥーエを倒せた事を。だが、それを龍騎がしなかったのには理由がある。

 

(トーレもチンクちゃんも気の済むまでやらないと納得しないんだよなぁ。ドゥーエさんが同じとは思えないけど、不意打ちで倒してもう一回とか言われても嫌だし……)

 

 そういう理由で龍騎は早期の決着を避けた。意外と考えてないようで考え、それが裏目に出る龍騎だった。

 

 結局勝負は龍騎の勝利で終わりを告げた。武器を失ったドゥーエに勝ち目があるはずもなく、元々戦闘用ではない彼女では限界があったのだ。

 そして決着が着いた時、どこか清々していたドゥーエに真司はこう言った。

 

「ドゥーエさんはさ、戦いに向いてないからこれから気をつけてよ」

「……どういう事?」

「いや、スパイとかってさ時々襲われる事もあるし、ドゥーエさん女性だから。もし戦いになりそうだったら無理しないで隙を見て逃げて」

 

 真司はそう心から心配して言った。それをドゥーエは笑い飛ばし、そんな事はないから大丈夫と告げた。そして、ドゥーエはそのまま真司に背を向けて歩き出す。その背中を見つめ、真司はもう一度大声で告げる。

 

「絶対に無理しちゃ駄目だからな!」

 

 その言葉を内心鬱陶しく思いながら、ドゥーエはひらひらと手を振った。何故かその真司の言葉を記憶の片隅に留めて。そして、翌日彼女は管理局への潜入任務へと向かった。彼女がこの時の真司の言葉を思い出し、窮地を逃れる事になるのはこれからかなり先の話……。



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夜の終わり、戦いの始まり

やりたかったのは”だって俺、クウガだし”でした。


 時空管理局内にある無限書庫。そこには名前の通り無限とも思える程の膨大な文献が存在している。無重力空間であり、そこに漂う形でユーノは座禅を組むような態勢をしていた。

 

「どうだ。何とかなりそうか?」

「……検索魔法があるからね。ただ、色々と整理されてないせいで、時間はかかりそうだよ」

 

 クロノとユーノは闇の書に関する情報を得ようとしていた。ただ、無限書庫は長年放置されてきたにも等しい状態だったため、ユーノから言わせてもらえば「宝の持ち腐れ」状態。有益な情報があるにも関わらず、碌に整理もしないせいで必要な情報が見つからないのだ。

 だがユーノが検索魔法と呼ばれるものを使う事が出来たため、本来ならば専門チームを組んで年単位で行う作業を一人で可能とした。今もユーノの周囲にはいくつかの本が回転しながら浮かんでいる。

 

「そうか。すまないが出来るだけ早目に頼む。なのはが復帰する頃にはフェイトが動けなくなるからな」

「……先に僕って考えてたけど、ここの進行具合じゃその方がいいかもね」

「ああ。だが……まったく三人揃って何を考えているんだ」

「人助け、かな」

「それで蒐集させるのか? 君達は本当にお人好しだな」

 

 呆れるようなクロノの言葉にユーノは静かに穏やかに告げる。それはここに来る前に聞いたある言葉。

 

「あの人が、五代さんが言ったんだ。みんなが出来るだけの無理をすれば、きっと何とかなるって」

 

 ユーノのどこか憧れるような声にクロノは黙る。それは、クロノもその言葉に込められた想いを感じたから。きっと五代はそれがどういう事かを知っている。だが、だからこそ言ったのだろう。それが現状を解決する一番の方法なのだと。

 そしてそれは、クロノの口癖にもなりつつある言葉にどこか反論しているようだった。

 

———いつも世界は、こんなはずじゃなかった事ばかりだ。

 

 それを五代が聞けばきっと笑顔でこう言っただろう。

 

―――そうだね。でも、それは悪い事ばかりじゃないよ。

 

 そう、こんなはずじゃない事は良くない予想にも適応出来るのだから。だが、ここに五代はいない。クロノの抱く想いを変える笑顔は、ここにはない。それでもユーノの口を通じて言われた五代の言葉は、確実にクロノの心に届いていた。

 

(……五代雄介、か。冒険家と言っていたが、彼は彼なりに多くの不条理を見てきたんだろうか……)

「クロ助〜」

 

 そんな風に思考を止めていたクロノだったが、突然聞こえた声に戦慄する。そして声のした方へ即座に視線を向け、それが間違いではなかった事を確認した。そこにいたのは猫型の使い魔にして、彼にとって忘れる事の出来ない相手の一人。主に戦闘術を教えてもらった師とも言うべき相手だったのだ。

 

「ロッテか。一体どうしてここに?」

「ん〜、まぁ、お父様に言われてお手伝い。リンディ艦長の方にはアリアが行ってるよ。闇の書絡み、なんだろ?」

「……ああ。そうか、グレアム提督が……」

 

 最後のロッテの囁きにクロノは神妙に頷く。そして、ある人物の協力を聞かされ、クロノに驚きと喜びが浮かぶ。自分の恩人でもあり父親の最後を看取った人物。それがロッテのマスターであるギル・グレアムだ。

 クロノにとってはもう一人の父と呼んでもいいぐらいの関係でもある。クロノが目標とするような人物であり、今も追い駆けている相手なのだから。

 

「クロノ、その人は?」

「お、何か獲物っぽいの発見……」

 

 そんな二人が気になったのか、ユーノが近付きそのいじられ易そうな雰囲気を感じ取ったロッテにロックオンされる。しかし、過去に似たような目を見た事があるクロノがすかさず止めに入った。ここにクロノの不器用な優しさがある。

 

「それで、何を手伝ってくれるんだ」

「ちぇっ……何って資料検索だよ。人手がいるだろ?」

「そうか。ならこいつの手助けを頼む。僕は一度アースラに戻って話し合う事があるから」

 

 クロノの言葉にユーノは疑問を感じたのか、不思議そうに問いかけた。そして、その答えにユーノではなくロッテが反応する事となる。

 

「話し合うって、一体何を話し合うって言うんだ?」

「仮面の男への対応だ。奴の目的がはっきりしない。それを探る事もしなきゃならない」

 

 クロノの言葉にロッテはどこか驚き、訝しむような表情を浮かべた。それを見たクロノが何かを思い出したように告げた。仮面の男とは、守護騎士達を監視していた存在で何故か蒐集活動を見逃していた魔導師の事だと。

 民間協力者によって撃退されたが、その行動目的が不明なので要警戒の相手とのクロノの説明を聞いてロッテは納得し、軽く笑いながら気を付けるようにと忠告半分からかい半分の言葉をかける。それにやや微妙な表情を浮かべてクロノが応じた。

 

 クロノはそのまま無限書庫を後にし、残されたユーノはロッテと共に作業を再開した。だが、ロッテはふとクロノが去って行った方へ視線を向け遠い目をする。

 

(クロ助の奴、いつの間にかクライドに似てきたね。でも……)

 

 最後にロッテはどこか不敵に笑う。それに気付かず、ユーノは検索魔法を使って文献をどんどん分別していき、それと並行して闇の書関連の文献を探す。その表情はまさしく真剣な男の顔だった……

 

 

 

 

 

「よく来てくれたわね。本当に助かるわ」

「いえ、私はお父様に言われただけですから」

 

 アースラの艦長室。そこにはリンディと猫型の使い魔でクロノの魔法の師匠であったリーゼアリアがいた。二人は久方ぶりの再会を喜んだのも束の間、早速本題である闇の書事件へと話を進める。

 だが、その前にリンディは気になっている事を問いかける。それはアリアの腕に巻かれた包帯。その事をリンディが指摘するとアリアはどこか苦笑いを浮かべた。

 

「実は……ロッテとの模擬戦で少し」

「あら、相変わらずね」

「どうにも接近戦はロッテに勝てなくて」

 

 そこから話は事件の今後の動きへと変わっていく。リンディから告げられた守護騎士達の投降と協力にアリアは驚きを隠せなかったようだが、すぐに意識を切り替えて詳しい説明を聞いて納得はした。

 だが、守護騎士達が嘘を吐いて欺いている事を警戒するべきとアリアが告げると、リンディはその心配はないと断言した。もし嘘を吐いているのなら納得出来ない事があるのだ。それは完成時の事を覚えていなかった事。その時の反応は確かに心からの反応だったとリンディは確信していたのだから。

 

 話は進み、完成した闇の書に対する対応へと及んだところで部屋のドアが開いて一人の少年が姿を見せる。

 

「艦長、今戻りました」

「ご苦労さまです、クロノ執務官」

「クロノ、久しぶり」

 

 敬礼し合う二人。それが終わるのを待ってアリアがクロノへ微笑みかける。それにクロノも笑みを浮かべて応えた。アリアはクロノの魔法の師とも言うべき相手だったからだ。しかもクロノへ悪戯をするロッテを嗜めてくれた存在でもあるため、彼にとっては色々と世話になった恩人だ。

 

 クロノは無限書庫で会ったロッテの話をし、それを聞いたリンディはグレアムの配慮に感謝した。グレアム自身も優秀な人物だが、傍にいる二人の使い魔リーゼアリアとリーゼロッテもかなり優秀な人材だったからだ。

 その二人を惜しげもなく協力させてくれる事にリンディはグレアムの闇の書への強いこだわりを感じていた。

 

(グレアム提督も、やはりまだあの人の事を引きずっているのね……)

 

 十一年前、闇の書を輸送していた次元航行艦の艦長をしていたのがリンディの夫であるクライド・ハラオウンであった。その時、艦隊の指揮を執っていたのがグレアム。そこで悲劇は起きた。

 その輸送の最中、闇の書が謎の暴走を始め、クライドは艦のクルーを全て脱出させた後、自分ごと艦を撃たせたのだ。闇の書の暴走によって艦の制御を乗っ取られ、それによる攻撃からグレアム達を助けるために。

 

 その事を自分と同じようにまだどこかでグレアムも引きずっている。そうリンディは思った。

 

「それで艦長、お話があります」

「何でしょう?」

「仮面の男についてです」

 

 その言葉にアリアが若干表情を曇らせる。それにクロノもリンディも気付かぬまま会話を進める。目的がはっきりしない事や守護騎士達を監視していたらしい事などから、敵かもしくは何かの犯罪組織の手の者かもしれないとクロノは告げた。

 それにリンディも同意し、情報を得ると共にその出方も警戒したほうがいいと改めて考え、その旨をフェイト達に告げると結論付ける。と、その話を聞いていたアリアがその表情を二人に分からぬよう変えた。

 

(そうか、クロノ達は闇の書を完成させて破壊するつもりか。それならそれで……)

 

 更に続くクロノ達の話を聞きながらアリアは密かに笑う。彼女達の協力する真の目的。それを果たす意味でもクロノ達の行動は歓迎すべき事だったのだ。

 だが、そこにある人物が現れた事でアリアの表情が一変する。

 

「す、すいません。そろそろ俺達、はやてちゃん家に戻りたいんですけど」

「っ?!」

「あら、翔一さん。もうそんな時間?」

 

 部屋に現れたのはどこか疲れた翔一だった。と言うのも、彼は五代とついつい話し込んでしまい、そこにやってきたエイミィから現時刻を聞いて慌てて食堂へ行き、更に医務室へと向かい、そこからここへ走って来たからだ。

 まず、食堂では蒐集へ向かおうとするヴィータ達を今日は色々あったから休もうと説得し、医務室ではなのはへの謝罪をしようとするも彼女が疲れから寝てしまったため、五代に後日それを言いに来ると伝えて。

 

 そして、最後にリンディに転送ポートの使用と許可、それと帰りの挨拶をしにきたのだった。

 

「ええ。俺達も早く動きたいんですけど……今日は色々あって疲れましたし」

「そうだな。確かに貴方達は一度帰ってくれて構わない。ただ」

「はい、蒐集をする時は必ず皆さんに連絡します。それと勝手にはしません。また明日も来ます」

 

 クロノの言いたい事を察し、翔一はそう強く言い切った。その声と視線にリンディもクロノも安堵の表情で頷いた。二人がシグナム達を信じる事にした理由。それが翔一の存在だった。

 

(やはり、彼なら信頼出来るな)

(まだどこか信用出来ない騎士達も、彼がいれば大丈夫そうね)

 

 そんな二人とは違い、アリアだけはどこか翔一を睨むように見つめていた。その視線を感じ、翔一はアリアへ視線を移す。初めて見る人物から睨まれる事に戸惑う翔一だったが、その理由を思い当たったのか申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめんなさい! はじめまして。俺、津上翔一って言います」

「え? あ、私こそはじめまして。リーゼアリアよ」

 

 その翔一の態度にどこか驚くアリア。翔一は、初対面にも関わらず自己紹介をしなかった事にアリアが怒っていると考えたのだ。

 一方のアリアは、そんな翔一の態度に戸惑うも毒気を抜かれたのか比較的優しく言葉を返した。

 

 その後、簡単にリンディからアリアがいる事の事情を聞き、翔一はその協力に大げさな感謝を述べて三人に苦笑される。そして、翔一は三人に礼と挨拶をしそのまま部屋を後にした。廊下を歩く翔一だったが、その時彼の中である光景が引っかかった。

 

(アリアさん、腕に怪我してたけど……あれ、何か気になるな? どうしてだろう?)

 

 転送ポートへ向かう途中、翔一は何故かアリアの腕の包帯が気になっていた。彼は知らない。その答えが先程の戦いに大きく関わる事だとは。

 

 一方、五代は医務室前でシャマルと会話をしていた。エイミィから教えられた蒐集のチーム分け。それを聞いて、これから共に戦う事になる相手とちゃんと話をしておこうとそう考えたのだ。

 

「そうですか。なのはちゃん、そんな事を……」

「本当に……私達、取り返しのつかない事をしようとしてたんだって……気付きました」

 

 なのはから言われた一言で完全に目が覚めた。誰かを不幸にしてはやてを助けても、はやてが喜ぶはずはなかった。その事に気付かせてもらったのだと、シャマルは真っ赤な目で語った。

 それに五代は優しく笑顔を見せる。何をするにも、何に気付くのも、遅いって事はない。そう言ってシャマルを慰めたのだ。

 

「だって、シャマルさん達はこれで気付いたじゃないですか。はやてちゃんを笑顔にするには、誰にも迷惑を掛けないで蒐集するしかないって。そして、その方法はあって、リンディさん達管理局の人も手伝ってくれる。闇の書の暴走も、みんなでやればきっと何とか出来ます」

「五代さん……」

「大丈夫! 必ずみんな笑顔になれます!」

 

 サムズアップ。それと共に見せる五代の笑顔。それにシャマルも笑顔を返す。心からそう思える。そんな不思議な力が五代の笑顔にはあった。

 そんな事を感じてシャマルは告げた。自分と数日は二人で蒐集に当たる事になるが、自分は戦闘向きではない。だから五代の負担が大きくなると。そんなシャマルの言葉に五代は少し考えて、こう答えた。

 

「う〜ん……その魔法生物っていうのがどんなのか分からないですけど、多分いけます」

「えっと、本当に大丈夫ですか?」

「はい。だって俺、クウガですから」

 

 その言葉とサムズアップ。それだけでシャマルは安心した。そう、きっと大丈夫、と。だからシャマルも笑顔を返す。そして、こう言い切った。

 

「分かりました。なら、サポートは任せてください。だって私、湖の騎士ですから」

 

 サムズアップ。それに五代は少し驚くも、その顔は笑みを浮かべている。向け合う親指。それは、互いの気持ちを向け合うようだった。

 

 

 こうして、この日は終わる。静かに穏やかに”本来の流れ”を変えて。繋がり出した二つの対立するはずだった陣営。それを結びつけたは二人の仮面の戦士。闇の書事件。そこで流れるはずの涙を笑顔に変えるため、今本人達も知らず戦いの幕が上がる……。

 

 

 

 ここはラボ内にある真司の部屋。そこのベッドに腰掛け、ウーノはどこか疲れたようにそう切り出した。

 

「で、相談なんだけど……」

「……何です?」

「ドクターに仕事するよう言ってくれないかしら?」

 

 その発言に真司はやや驚きを見せるもそのまま考え込む。ウーノから相談があると聞いた時、真司は何事かと思った。ナンバー1ことウーノはジェイルの秘書であり、姉妹の頂点に立っている。

 更に、真司の面倒もさり気無く見てくれる優しい美人。それが真司の印象。だからこそ、そんなウーノが弱気になっているのが真司には驚きだった。

 

(ウーノさんって、完璧人間だと思ったんだけど……あ、令子さんと同じか)

 

 元いた世界での上司に当たる関係だった女性。その彼女も自分からは欠点がないように見えたが、その内実は繊細で複雑だった事を真司は思い出した。

 出来る女性程ストレスを溜め易いのかもしれない。そう考え、真司はウーノを少しでも楽にさせようと立ち上がって断言した。

 

「分かった! 俺がジェイルさんを仕事するようにしてみせる」

「……よろしく頼むわ」

 

 そう答えるウーノはどこか投げやりな声だった。

 

 そんな事があった数分後、ジェイルの研究室にややうんざり顔のジェイルとやる気満々の真司がいた。

 

「……で、君がいるのか」

「そうだ! ジェイルさんさ、ちゃんと仕事してくれよ。ウーノさんだけじゃなく、クアットロにまで頼まれるなんてよっぽどだぞ」

 

 研究室へ向かっている途中でクアットロに遭遇した真司は、いつものように絡んでくる彼女にウーノからの頼まれ事を告げて追い払おうとしたのだ。

 だが、頼まれた事を話すといつもの間延び口調ではなく、割かし本気でクアットロに言われたのだ。ジェイルに真面目に仕事させてくれたら、前々から言っていた調理器具を何とかしてやると。そう真司の現状での不満は料理。何せ、栄養さえ取れればいいとジェイル達が考えているため正直美味しくないのだ。

 

 故に真司は得意の料理を作り、全員に美味しいものを食べる喜びを教えたいと常々思っていた。そのためにまずは道具が欲しいとウーノやクアットロに言っていて、それを叶えてくれるとの発言に、真司は凄まじいやる気を出していたのだ。

 

「私はちゃんと仕事しているよ。ま、残りの娘達と君のシステム解析に時間は取られているけど」

「それが問題なんだって! せめてライダーの方は中止してさ、元からの仕事してくれよ」

「嫌だ。私は私のやりたい事をやる。いくら君でも、それだけは譲らないよ」

 

 どこか勝ち誇ったように笑みを浮かべるジェイル。それに真司は頭を抱えそうになるが、ふと良い事を思いついたといった顔でジェイルにこう言った。

 

「仕事片付けてくれたら、サバイブ見せてもいいよ」

「本当かいっ?!」

 

 真司の発言にジェイルは子供のように身を乗り出した。予想以上の反応に驚くも真司は首を振ってそれを肯定する。そして、ジェイルに対してこう言い切った。ただし完全に仕事を片付けたとならないと見せてやらない、と。

 それを聞き、ジェイルはそれまでのマイペースさが嘘だったかのように凄まじい速度でコンソールに向かって指を動かし出した。もう真司が目に入っていないかのように。それを確認し、真司は満足そうに頷いて部屋を出た。

 

 すると、そこに結果を心配してウーノ達四人が立っていた。不安そうな彼女達へ自信満々にVサインを見せる真司。それを見てそれぞれが安堵の表情と共に息を吐いた。こうしてジェイルの仕事が滞る事はなくなった。だが―――。

 

「なぁウーノ。もう仕事は片付いたと思うんだけど……」

「ええ。こちらの分は、ですね。まだ追加分がありますのでこちらも」

 

 ジェイルの仕事が完全に片付く事などない。真司がそれを理由にサバイブを見せなかったのも当然。全てはジェイルに仕事をさせるための作戦だったのだから。

 ジェイルがその真司の目論見に気付いた時にはもう遅かった。どうやったのかを聞いたウーノやクアットロから入れ知恵された真司は仕事をサボったら二度と見せないと告げて、ジェイルの逃げ道を塞いだのだ。

 

 しかし、そう言われた後もジェイルはどこか上機嫌だった。その理由は一つ。真司のやった事。それがジェイルには楽しい事だったのだ。

 

(まさか真司が私を罠にかけるとは……ね。中々強かだね、彼も)

 

 そう思い、ジェイルは嬉しそうに笑う。それは、友人に軽い悪戯をされた事に気付いた者が相手をどこか憎めずにする表情にも見えた。



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仮面ライダーの称号、その意味

やりたかった事は”仮面ライダー”の持つ意味。そして、何故そう翔一が名乗るように思ったかを俺なりに考えました。


 あの日から五代達の蒐集活動は始まった。それぞれが分担し、毎日蒐集を行なう事で少ないページ数でありながらも着実に蒐集は進んでいった。

 それと並行する形でなのはとフェイトがはやてと交流を始めた。同年代の友人が少ない事を何とかしたい翔一の希望と、シグナム達へ蒐集を禁じたはやてへ興味を抱いたなのはとフェイトの希望が重なったためだ。

 

 五代がすずかへ頼み仲介役をしてもらい、二人ははやてと対面した。はやてにとってはすずかという友人を得た事が更に友人を増やす事となり、その嬉しそうな表情になのはとフェイトも笑顔になる程だった。

 

 そしてはやては一気に友人との輪が広がった事に心からの笑顔を見せた。

 

「ほんなら、これからよろしくな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

「うん。また遊ぼうね、はやてちゃん」

「またね、はやて」

 

 こうして生まれた少女達の繋がり。結ばれる笑顔と笑顔。だが、その裏側では―――。

 

「五代さん、気をつけて!」

「来んぞ!」

「はいっ!」

 

 シャマルの援護を受け、ヴィータと共に五代が―――。

 

「来るぞ、翔一!」

「気をつけろ!」

「分かりましたっ!」

 

 シグナムとザフィーラと共に翔一が―――。

 

「「変身っ!」」

 

 そんな少女達の笑顔のために戦っていた。その身に宿した”力”と”想い”を振るって……。

 

 

 

 五代達が蒐集活動を始めて既に一週間が経過した。もうフェイトからの蒐集も終わり、なのはと共に完全に現場に復帰。ユーノも無限書庫での検索を一区切りつけ、三人だけで約四十ページも稼いでいた。

 それもあって管制人格の覚醒までもう少しと迫り、現在持ち上がった難題ははやてへの事情説明と闇の書の暴走をどう対処するかであった。

 

 管制人格の起動には主の承認が不可欠。そのため、そろそろはやてへ蒐集している事を説明しなければならない。それと現在、闇の書が完成する事で分かっているのは恐ろしい災害を招き、下手をすれば地球だけでなく他の次元世界まで消滅させてしまうだろうとの事。

 それをどうにかする術はないのかとリンディ達は守護騎士達に聞いているのだが、記憶からその暴走自体が抜け落ちていたため、シグナム達にも有効な手立てが見つからない。そんな中、ユーノが見つけた文献によれば、闇の書は元々『夜天の魔導書』と呼ばれ、その目的もあらゆる魔法を記録する図鑑に近いものだった事が判明した。

 

 すると、それを聞いたシグナム達がある事を思い出した。それは闇の書の悲劇を終わらせるために必ず何とかしなければならない問題。

 

「転生、か……」

「ああ。だから単に破壊するのではダメだ」

 

 闇の書に備わっている転生機能。その説明を聞き、リンディ達も思い出したのだ。十一年前にアルカンシェルにて破壊された闇の書が何故元通りに再生していたのか。

 そう、その機能を根本から破壊するか、もしくは修正するしかないというのが全員が出した結論だった。というのも、闇の書とよばれるキッカケは何代目かの主が改竄した結果によるバグだったのだ。

 

 ユーノからその事を聞いたリンディ達は、守護騎士達が蒐集完了後の事を記憶していなかったのもバグによる影響と結論付けた。

 

「はやてちゃんを助けて、夜天の書を元に戻す手段があればいいんですけど……」

「そうだね。それが……一番だね」

 

 翔一の言葉に五代も頷く。そしてそれはその場にいる全員の総意でもあった。だが、その方法が思いつかない。リンディ達もシグナム達も何も言わない。

 何が原因で闇の書と呼ばれるようになったのかは分かった。しかし、それに対しての有効的な手段が見つからないのだ。現在、アースラの艦長室で行なわれている会議に参加しているのは守護騎士達と翔一、リンディとクロノにエイミィ、そして五代という面々。

 

 ここにいないなのは達はアリアとロッテの二人に頼み込んで現在訓練中なのだ。何せなのは達は個人での戦いは経験しているが集団戦は未経験。更にアリアやロッテといった実力者相手との戦い自体経験が少ない。

 闇の書の暴走がどうなるかは分からないでも、少しでも強くなっておきたいとなのは達が考えるのも当然と言えた。なので、クロノの師でもあった二人になのは達四人はしごかれている真っ最中と言う訳だ。

 

「……そういえば、少し思いついた事があるんですけど……」

 

 重苦しい沈黙が流れる中、五代が呟いた言葉に全員の視線が向く。それに五代はどこか自分でもまだ分からないという風に告げた。

 

「封印って事なら……クウガの力で何とかなるかもしれない」

「どういう意味か教えてくれますか?」

 

 不思議そうなリンディの言葉に五代は記憶を呼び覚ましながら話し出した。それは彼がかつてクウガとして戦っていた頃に聞いた事。

 

「クウガの敵……っていうか戦った相手を倒す時、必ず浮かび上がる文字があって」

「文字?」

 

 クロノの言葉に五代は頷き、昔桜子に尋ねた事を話し出す。クウガが未確認を倒す時、相手に必ず浮かび上がる文字の意味を。

 それは”鎮める”という意味。そこから桜子が導き出した推測は、おそらく古代のクウガが未確認を長きに渡り封じ込めていた事からも邪悪を封印する力があるかもしれないとのものだった。それを五代は語ったのだ。

 

 それがもし闇の書にも効果があれば封印を出来るかもしれない。そう告げ、五代は締め括りにこう言った。可能性が少しでもあるならこれに賭けさせてほしいと。

 それを聞き、真っ先にそれに賛成したのは翔一だった。彼は語る。自分がいた世界で猛威を振るった未確認生命体を相手にたった一人で戦い抜いたクウガ。その力は、絶対にどんな闇ですら封じ込めると。

 

 そして今はそれだけではないものが翔一にはある。

 

「それに、今は俺も……仮面ライダーアギトもいます!」

「仮面……ライダー……?」

「あ、それ初めて会った時、仮面の男に言ってたやつだよね!」

 

 翔一の発言に全員が首を傾げる中、五代だけが思い出したように答えた。あの時、ペガサスフォームとなっていた五代はアギトが告げた名乗りを聞いていたのだ。五代の言葉に翔一は頷き、簡単にそう名乗る事になった経緯を話す。

 その内容に驚き、そして誰もが言葉を失う。人知れず、平和のために怪物と戦い続けた男達。それが仮面ライダー。翔一は、その名を一号が名乗るのを聞き、自分も彼らのように”心強くありたい”と思って名乗る事にしたのだと。

 

(そうか……翔一の世界には、そんな生き方をした者達がいたのか……)

(あたしらよりもある意味過酷だったろうに……すげぇな)

(私達も修羅場と呼べる戦場を経験してきたけど……たった一人でなんて)

(騎士……いや、戦士と呼ぶに相応しい”漢”達なのだろうな。願わくば、一度会って話を聞いてみたかったものだ……)

 

 シグナムを始めとする守護騎士達は、長きに渡る戦乱を生きてきたが故にその生き様に敬意を払い―――。

 

(人外の力……姿……その哀しみを噛み締めて、たった独り、人々のために戦う。私達管理局も見習いたいわね、その強い心を……)

(強大な力に溺れず、それを誰かを守るために使う、か。本当にヒーローそのものじゃないか……)

(何も知らない人が聞いたら笑うんだろうな。でも、あたしは笑わない。五代さんや津上さんがいるんだから……ね)

 

 平和を守る事に携わるリンディ達にとって、その選択がどれ程厳しいかを想い、密かに尊敬の念を抱き―――。

 

(他にも未確認みたいなのがいたんだ。そして、それを倒していたクウガみたいな人達がいた。戦う事を決意したのは、きっと……)

(アンノウンも、もしかしたらあいつらの生き残りだったのかもしれない。そして、あの人達が戦っていた理由は……そう……)

 

 二人の仮面ライダーは、その自分達に近い存在に親近感と同時にある事を想う。

 

((みんなの笑顔のために……))

 

 その戦う理由。それは、おそらくそのためだと。誰にも知られず、孤独に戦い続けられる理由。その根底にあるものは、その原動力はきっと自分達と同じだったはずと。

 そう想い、五代も翔一も改めて誓う。この力を”みんなの笑顔”のために使う事を。自分達を人知れず守っていただろう存在に応えるために。

 

 そう、クウガでもアギトでもない。”仮面ライダー”として……。

 

 

 

 いつものように食堂に集まるジェイル達。だが、そこに並んでいるのは、いつもの栄養食ではない。半透明の皮で包まれた餃子。それがスープに入ったものと焼いたもの。そして蒸したものが並んでいる。

 それとウーノに無理を言って手に入れてもらった白米。それを大盛りに盛った白いご飯に卵を使った簡単な中華スープと日本的な中華風献立となっている。そんなスープ以外初めて見る料理ばかりのジェイル達はどう反応するべきかと迷っていたが、それを急かすように真司が手を叩いた。

 

「さあさあ! とりあえず食べてみなって! 本気で旨いっ! って思うから!」

 

 その真司の言葉に真っ先に動いたのはチンク。手にしたフォークを焼き餃子へ突き刺し、真司特製のタレをつけて口へ入れた。それをどこか固唾を飲んで見守るジェイル達。真司はそんな反応にどこか心外だという表情を浮かべる。

 やがて焼き餃子を飲み込んだチンクが静かにフォークを置き、椅子から立ち上がって真司に向けて頭を下げた。

 

「すまん……私が悪かった。一瞬でもこれを不味いかもしれんと疑った私を許してくれ」

「チンク……?」

「な、旨いだろ?」

「ああ。これが”美味”という事なのだな」

「っよし!」

 

 笑顔で告げたチンクの言葉に真司がガッツポーズ。それを聞いて、ならばとトーレもフォークを焼き餃子に突き刺してその口へと運ぶ。そしてその口から告げられた言葉は―――。

 

「う、旨い……」

 

 その味に驚くものだった。それに真司の表情がどんどん自慢げなものへと変わっていく。トーレがそう言ったのを受けてジェイル達も躊躇う事なく餃子を食べ始めた。

 

「驚いた……本当に真司さんって料理が得意なんですね」

「信じられないけど……美味しいわぁ」

「真司は凄いね。どうやってこれほどの腕を?」

 

 次々と餃子を食べてはその味を称賛していくジェイル達。真司一番の自信作。それが餃子だった。その美味しさにジェイル達が驚愕と感激を表しながら餃子を口へ運んでいく。それを見つめて真司は笑顔で告げた。

 

「さ、どんどん食べてくれよ! まだ追加あるからさ」

 

 こうして真司の料理係が確定し、ジェイルを始めとした全員は決まった時間に食事をする事にされ、後に箸を使う事も基本となっていく。その食事作法もいつしか真司に厳しく言われる事になり、ラボに日本文化が入り込み始めるキッカケとなっていくのだ。

 具体的には食べる前には「いただきます」と言い、食べ終わったら「ご馳走様」を言う事。それにジェイル達は段々と染まっていき、セインやディエチが加わる頃にはそれは当たり前になっていたりする。

 

 そして、餃子はかなり大目に作ったにも関わらず全て完食された。それに真司が満足そうに頷いて、上機嫌のまま残った食器を片付けようとするのだが……

 

「真司、片付けは私がやろう」

 

 そんな彼へチンクがそう声を掛けた。それに真司は少し驚きながらも振り返り、不思議そうに尋ねる。チンクはラボの中で真司への接し方が一番優しい存在だ。だが、今日は彼が自主的に行った手料理による夕食。なのでチンクが何故手伝うのではなく片付けを引き受けようとするのかが分からなかったのだ。

 

「いや、それは嬉しいけど……何で?」

「何、初めて美味しいという事を教えてもらった礼だ。これで納得出来たか?」

「そっか。なら、手伝ってくれよ。俺一人でやるより、その方が早く終わるしさ」

「いや、だから……はぁ、まぁいいか。そうだな、二人でやろう」

 

 真司の言葉にチンクは一瞬何か反論しかけるが、それを思い留まりやや呆れた表情を浮かべて頷いた。ここで自分の考えを説明をするよりも真司の提案を受け入れる方が結果的に一番いいと判断したのだ。

 

「うし。じゃあ、俺が洗うから、チンクちゃんが拭いてくれ」

「ああ、了解だ」

 

 そう言いながら真司は食器を手にして歩き出す。それに笑みを浮かべて同じように食器を手にしてついて行くチンク。その様子を眺め、クアットロが呟いた。

 

「なんか……あれじゃ兄妹ねぇ……」

「否定は出来ん。チンクは真司を慕っているからな」

「あら? トーレは違うの?」

「私は慕ってなどいない」

 

 そう言い切ってトーレは顔を背けるようにそのままその場を後にする。そして、やや歩いたところでウーノ達に背を向けたままで告げた。

 

「……まぁ、認めてはいるがな」

 

 それだけ告げるとトーレは再び歩き出す。その去り行く背中を見ながらウーノとクアットロは笑みを浮かべた。その言葉がトーレの照れ隠しである事を理解しているからだ。

 だからウーノの笑みはどこか微笑ましく、クアットロはどこかからかうようにそれぞれ笑っている。だが、そんな風に笑う二人をジェイルが楽しそうに見ていた。

 

(やれやれ……いつの間にかウーノやクアットロまでこんな顔をするようになるとはね。真司の影響かな……? まったく困ったものだ。確かに生命の揺らぎは見ていて興味深いが、このままだといずれ問題になるかも……ね)

 

 そんな事を考えるジェイルだったが、その彼の表情もどこか嬉しくて堪らないという顔をしている。真司の影響。それをもっとも強く受けているのは誰であろう他ならぬ彼なのだから……。

 

 

 

「……これでラスト」

「そうか」

 

 真司から手渡される皿をチンクは軽く背伸びをして受け取った。最初、真司は少し屈んでそれをしようとした。だが、チンクが背丈の事を気にしている事を思い出し皿をやや下に出す事で彼女へ配慮する事にしたのだ。

 それをチンクも分かっていたが、それでも僅かに届かず背伸びをして受け取っていたので傍目には可愛らしく見えただろう。そして拭き終わった皿を棚にしまうのは真司の役目。チンクは流石に届かないのでそこは真司に委ねた。だが、その顔はどこか悔しそうだったのは言うまでもない。

 

「……真司、少しいいか?」

「ん? どうしたの、チンクちゃん」

「だからちゃん付けは……いや、もういい。お前に聞きたい事があるのだ」

 

 真司の呼び方に異議を申し立てようとして、チンクは首を振った。それを言い出すと長くなり、尚且つ無駄に終わるからだ。

 チンクはそう思い出し、真司へ本来の目的を話すべくそう切り出した。それに真司は不思議そうな顔をして頷いた。

 

「いいけど……何?」

「どうしてお前は、仮面ライダーになったのだ?」

「どうしてって……」

 

 チンクの疑問に真司は困ったような表情を浮かべる。それは、真司にとって答え難い質問だった。彼が仮面ライダーになったキッカケは、モンスターに襲われる人達を守るため。だが、戦いを続けていく内に真司は知ったのだ。仮面ライダーに課せられた悲しい宿命を。

 それは他の仮面ライダーを倒さねばならない事。その理由は、誰もがその見返りとして得られるある権利を求めているからだった。何でも願いが叶う力。それを手にするために多くの者がライダーの力を手にしていたのだ。

 

 真司は最初それを止めようとしていた。だが、自分が初めて出会ったライダー―――ナイトである蓮はそれを「無駄だ」と切って捨てた。誰かに言われて止めるようなら、最初から戦う事など選ばない、と。

 

(蓮だけじゃない。みんながみんな、戦う理由があった。ライダーになって、叶えたい願いが……)

 

 それは愛する者を目覚めさせる事であったり、不治の病への対抗策であったり、あるいは終わらない戦いであった。そう、真司も全てのライダー達の願いを知る訳でない。だが、己が命を賭けても叶えたい願いがある事は知っている。

 だからこそチンクの質問に答え難いのだ。真司には他のライダーを倒してでも叶えたい願いがなかった。つまり、彼はある意味で仮面ライダーとしては覚悟が不十分だったのだ。

 

(俺は……仮面ライダーになった気でいるだけで、ホントはまだなってないんじゃないか……?)

「ど、どうした? 何か言い辛いのなら別にいいのだ」

 

 真司が珍しく複雑な表情で考え込んだのを見て、チンクは慌てるようにそう言い出した。だが、それすら真司は聞いていなかった。

 

(俺の願い……俺の叶えたい事……それは…………あっ!)

「俺がライダーになったのは、戦いを止めるためだ!」

「ただ、私が……何?」

「誰も殺されない。誰も泣かない。そんな夢みたいな世界。そうだ……そうなんだよ! 俺の願いは、ライダー同士の戦いを止める事!」

「ど、どうしたんだ真司。何を言って」

「ありがとうチンクちゃん! おかげで俺、分かったよ!」

 

 突然興奮したように言い出した真司。その内容はチンクにはあまり理解出来なかったが、それでも自分の問いかけが真司の役に立ったらしい事は分かった。

 喜びのあまり自分の手を握る真司にどこか呆れながらも、チンクは彼の言った仮面ライダーになった理由をきちんと聞いていたのだ。

 

(戦いを止めるため、か。真司、それはいつか私達と……いや、そうと決まった訳ではない! そんな事あってなるものかっ!)

 

 チンクの脳裏に龍騎と対峙する自分達の姿が浮かぶ。ジェイルの思い描く計画。それを実行に移そうとすれば、きっと真司はそれを止めようとする。その最悪の想像を振り払うようにチンクは首を振った。それを見て、真司がやっと落ち着いたのか不思議そうにチンクを見つめた。

 

「どうしたチンクちゃん。俺、何か嫌な事でもした?」

「いや、違う。それよりもまだ聞きたい事がある。そちらはもっと長くなるだろうから……そうだな。ここでは何だし、私の部屋へ行こう」

「それはいいけど……チンクちゃんは女の子だし、部屋に男入れるのは不味いっしょ。だから俺の部屋にしよう。あ、コーヒーとか淹れるよ。それと何かお菓子でも持ってさ」

 

 子供のように笑う真司。それにチンクはやや苦笑するも頷いて歩き出す。その後を追うように真司も歩き出すが何かを思い出して慌てて元の場所へ戻り、棚から二人分のカップを取り出した。

 それを見たチンクは笑みを浮かべつつ、菓子はクッキーがいいと告げてそのまま去ってしまう。それを見て真司が文句を言うもチンクは取り合う事をせず離れていく。そんな態度にも関わらず、真司はブツブツ文句を言いながらも棚から皿を出してクッキーを並べるのだから優しいものだ。

 

 そして真司はカップにコーヒーを淹れながら横目で離れたチンクを見て呟いた。

 

「チンクちゃんも、やっぱ女の子だよなぁ。こうやって男を使うんだから」

 

 ちなみにチンクが真司に聞いた事は住んでいた世界の事だった。懐かしそうに話す真司を見て、チンクは微かに悲しみを滲ませながらも微笑みを浮かべて聞いていた。目の前の男はいつかそこへ帰っていくのかと、そう寂しく思いながら……。



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家族の涙と迷う二人

やりたかったのは炎の中で変身するクウガ。やはり、クウガは炎が似合うと思いまして。


 八神家のリビング。そこでは、シグナム達と翔一がはやてに現在の状況を説明していた。はやての体を闇の書———夜天の魔導書が浸食している事。それを止めるために管理局やなのは達が協力し、蒐集を行なっている事。

 

 そして、その夜天の書のバグを直せるかもしれない管制人格の起動を許可してほしい事。それらを全て話し終えたシグナム達ははやてを見つめた。はやては無言で俯いたまま話を反芻しているのだろう。そして、その答えが出たのか小さく何か呟き顔を上げた。

 

「まず、何でわたしに教えてくれんかった」

「そ、それは……」

「それは何や? わたしが禁止って言ったのを意識してやな? わたしに気ぃつこうてそうしたんやろ。違うか?」

 

 はやてのややきつい言葉に誰も何も言わない。その通りだったからだ。その沈黙が答えと理解したのだろう。はやては瞳一杯に涙を浮かべ、大きな声でこう叫んだ。

 

「何でや! どうして相談してくれんかった!? わたしを大事に思っとるなら余計や! わたしら、家族やなかったんかっ!!」

「はやてちゃん……」

 

 その痛々しいはやての叫びを聞いて翔一は心を痛めていた。誰よりも家族に憧れていた少女、それがはやてだったと彼は知っていたが故に。そう、それは今から半年近く前の事。翔一がはやてと出会った日。そこで彼は知ったのだ。はやてがどれだけ家族というものを欲していたかを……。

 

 

 

「本当に色々凄い戦いだったな……」

 

 邪眼との戦いを終え、バイクで帰路を行く翔一。途中まではギルス———葦原涼もいたのだが、また旅を続けると言って先程別れた。一度店の方にも顔を出すと言っていたので、また会えるだろうと翔一は思い、スピードを上げようとして———突然視界が真っ白になった。

 

(何だっ?! この光は?!)

 

 そして光が収まった時、翔一の目の前に広がっていたのは先程の景色ではなく見も知らない景色だった。何しろ先程までは無人の道路を走っていたのだが、それがいきなりどこかの街中になっていたのだから。

 流石に翔一もこれは参った。ゆっくりとバイクを減速させて路肩に止め、ヘルメットを取って周囲を見渡したのだ。看板の文字は日本語で周囲を歩いている人も日本人ばかり。そこから日本なのは間違いないと判断し、翔一はとりあえずバイクを置いておける場所を探して再び走り出した。

 

 しばらく走って分かった事はここが海鳴という街である事と、どうやら自分がいた世界とは違うという事だ。その理由。それは翔一が店へ電話をかけても繋がらないどころか使われていないと返ってきたため。

 そこで翔一が訪れたのは図書館だった。そこで過去の新聞を見て翔一は自分の予想が正しい事を知る。そこにはアギトの事どころかアンノウンや未確認の事さえ記事には載っていなかったのだ。

 

(……これは……邪眼の仕業なんだろうか……?)

 

 時空を歪ませ、現在と過去を繋いだ邪眼。もしや邪眼がまだ生きていて自分を異世界に送り込んだのでは。そんな考えが翔一の中に生まれる。しかし、そんな事はないはずと思い直し、翔一は思考を切り替えようと視線を新聞から外した。

 すると視線の先に車椅子の少女がいた。その少女は棚の上の方を見つめて動かない。それが何故かを不思議に思った翔一だったが、その理由はすぐに理解出来た。その目が一冊の本を捉えていたのだ。

 

「あ……届かないんだ」

 

 そう呟くや否や、翔一は少女が見つめる棚から本を取って少女に手渡した。それに驚く少女。翔一は笑顔でそれを見つめるが、何故か少女は中々本を取ろうとしない。どうしてだろうと翔一が首を傾げると、少女が申し訳なさそうに口を開いた。

 

「あの……私が取りたかったのはそれちゃうんです」

「あっ、そうなんだ。ごめんね。えっと……どれか教えてくれる?」

「その……その右です。あ、それやなくてその……そう、それです」

「えっと……はい、これ。でも、図書館に来るなんて偉いね。お母さんと一緒に来たの?」

 

 その何気ない翔一の一言に少女の顔が微かに曇る。それを感じ取り、翔一は少女が何か言う前に慌てて頭を下げた。

 

「ごめんっ! 辛い事聞いたみたいだね」

「ええんです。それにしても……お兄さんは良く来るんですか? 何や昔の新聞とか探しとったみたいやけど」

「あれ? 何で分かったの?」

「やって、来るなり係員の人に、ここ二、三年の新聞ありませんか言うてたから」

 

 そう言って笑う少女。それに翔一も暗くなりそうだった雰囲気を払拭出来たと思って安堵し笑みを浮かべた。少女も翔一が悪い人間ではないと悟ったのか、笑顔のままでこう切り出す。

 

「あ、そや。ここで会ったのも何か縁やし……わたし、八神はやて言います。お兄さんの名前は?」

「え、俺? 俺は津上翔一。よろしくはやてちゃん」

 

 これが翔一とはやての出会い。そして、そこで簡単に翔一の事情を聞いたはやては行く宛のない人間と知り、その話を詳しく聞いて決断する。翔一を自分の家に住まわせる事を。翔一はその申し出を有難がったが、流石にそれは色々と問題があると遠慮した。

 はやてはそんな翔一に、せめて一晩だけでもと言って中々退かなかった。翔一はそれがはやての寂しさから来るものだと思い、なら一晩だけと受ける事にしたのだ。そこで彼は知った。はやてが母親どころか父親さえいない事を。

 

 そこからは、はやての孤独感を知った翔一の優しさが炸裂した。泊めてもらう礼と言って作った料理にはやてが驚き、その訳を聞かれた翔一が店で働いていたコックだと答えた。するとはやてはレストランの味だと嬉しそうに言って翔一を喜ばせた。

 一方で翔一は悩んでいた。はやてが一人孤独に暮らしている事を知ったために。更に、久方振りの人の温もりを味わったはやては出来れば元の世界に戻るまでいて欲しいと願ったのも大きい。

 

 翔一にとってもそれはとても有難い事だった。だが、はやてと何の関係もない自分が一緒に住む事が許される訳がない。そう思った時、翔一はかつての自分を思い出した。記憶を失った自分を暖かく迎え入れてくれた真魚達。それとはやてが同じに思えたのだ。

 

(記憶を無くした時は、先生達。帰る道を無くした時は、はやてちゃん、か。俺、本当に人に恵まれてるんだ)

 

 こうして翔一ははやての申し出を受ける事にした。その時はやてが言った言葉。それが———。

 

「なら、これで翔一さんはわたしの家族。そうやな……翔一さんやと他人過ぎるから、翔にぃでどうやろ?」

 

 というもの。そこで翔一ははやてがどれだけ家族を欲していたのかを痛感し、期間限定ではあるがその家族となった。それから少ししてシグナム達が現れ、八神家は一気に賑やかになったのだ。

 

 そんな事を思い出しながら翔一は拳を握り締めた。はやてにとって、自分達がどんな存在だったかを改めて感じ、心からの想いを込めて翔一は告げる。

 

「本当にごめん! はやてちゃんに黙ってた事は確かにいけない事だった。でも、これだけは信じて欲しい。シグナムさん達は、はやてちゃんを家族だと思ってるからこそ内緒にしたかったんだ。出来るならはやてちゃんが知らないまま終わらせたかったから」

「それでも、わたしは……わたしは……っ!」

「ごめんね。俺達、はやてちゃんを助ける事ばかり考えて、肝心のはやてちゃんの気持ちを考えてなかった。本当に……ごめん」

「主、お許しを。我々が、間違っていました……っ!」

「はやてちゃんに、寂しい想いをさせてるって知ってたのに。私達、それを……それを……っ!」

「はやて……ホントごめん。ごめんよぉ〜!」

「主のためにと思ってした事が、苦しめる事になっていた事に気付けず……我らは家族失格です」

「翔にぃ……シグナムとシャマルも泣かんでええよ。ヴィータやザフィーラまで……もうええ……もう、ええから」

 

 そう言ってはやては翔一達へ手を伸ばす。それを翔一はしっかりと掴み、優しくはやてを抱き寄せた。それにはやては涙を流して彼の体を抱きしめる。それを見たヴィータもはやてにしがみついた。シャマルやシグナムはそれに涙ながらに微笑みを浮かべ、ザフィーラは静かに涙を流す。

 翔一達は黙っていた方がいいと判断した自分達の浅はかさを感じ、優しいはやてに辛い想いをさせていた事を痛感していた。そして、そんな自分達へ泣かないで欲しいと願うはやての優しさもまた。

 

 こうして、はやてへのシグナム達の隠し事は消えた。それと同時に八神家に新しい家族が増える事になる。闇の書に眠りし管制人格。彼女が目覚める事でこの事件は終わりへと加速を始める。そして、それが本当の戦いの始まりとなる。

 

 

 

 八神家が管制人格起動に向けて動き出した頃、五代は月村家にある自室にいた。そこには彼以外の人物がいる。メイド服を着た気の強そうな女性だ。

 

「それで明日も出かけるのか?」

「そう。ごめんねイレイン。中々ストンプ見せてやれなくて」

「べ、別にいいって言ってんだろ。それを楽しみにしてんのはファリン達だからな!」

 

 そう言って顔を赤めるメイド服の女性―――イレイン。彼女は、この家にいるノエルやファリンと同じく自動人形と呼ばれる存在だ。そして、そもそもはここ月村家を襲撃に来た刺客でもある。五代が月村家で世話を受ける事になったのは、良くも悪くもイレインが原因なのだ。

 

 簡単に言えば、偶々五代はイレイン達が月村家を襲撃していた時に近くを歩いていた。そして、それを止めるべくイレイン達と戦った。そして、それがキッカケでイレインは月村家でメイドとして雇われ、五代は月村家に居候する事になった。その際、五代とイレインが因縁めいた関係なのを面白がった忍が彼女を五代専属メイドとして任命し、現在に至る。

 

 本来であれば自動人形であるイレインは人間には止められないだろうが、五代はクウガだった。そう、月村家の者達は五代が普通の人間ではないと知っている。燃え盛る炎の中、五代がクウガとなってイレインと戦うところを忍達は見ていたのだから。

 

「そっか〜、でもイレインも見たいって思ってくれてるよね」

「ま……まぁな」

「そっか。よし、じゃ早くこのお手伝い終わらせてストンプ見せるから」

 

 サムズアップ。それを見たイレインはそっぽを向くが、その右手は同じようにサムズアップをしている。それを五代は嬉しそうに見つめ、笑顔を深くする。きっとイレインも笑顔を浮かべていると思って。

 出会った時は敵対した相手。それと今はこうして笑顔を見せ合える事。それが五代は嬉しかった。だからこそ思うのだ。絶対にこの笑顔を守るのだと。自身に宿る力。それはそのためにあるものだと信じて。それでも、五代は思っている事がある。それは、彼だけではなくライダー達がどこかで思う事。

 

―――いつかこの力が必要なくなるといいな。

 

 その五代の願いは誰も知る事はない。彼は知らない。その願いは彼の妹も抱いているものだとは。心優しき兄妹。その再会の日は……まだ遠い。

 

 

 

「仮面ライダー……か」

「そう、異世界で怪物と戦ってた異形の存在……になった人間達だって」

 

 アースラ艦内にある休憩所。そこに二人の使い魔がいた。リーゼアリアとリーゼロッテである。彼女達もリンディ達から翔一の話を聞き、感じる物があったのだ。聞けば、五代も翔一も望んでその力を手にした訳ではない。きっと恐ろしい怪物を相手するために仕方なくその力を手にしたと、そう二人は考えていた。

 

「……その人達からしたら……私達、何て言われるのかな……?」

「犠牲を出そうとしてる事を……かぁ。きっと、止めようとするんだろうね」

「でもそれじゃあ……」

「大丈夫」

 

 ロッテの言葉に何か言いかけたアリアだったが、それを遮るようにロッテが言った言葉と仕草にそれが止まった。

 ロッテのしたのはサムズアップ。その表情は笑顔。だが、それをロッテは自嘲気味に笑ってやめた。

 

「……って、あの五代って奴なら言うんだろうね。そして、きっと何とかしようとするんだ」

「何とかって……相手は闇の書よ」

「それでも……だよ。あいつら……仮面ライダーはそういう存在なんだろ、きっと」

「……闇を打ち砕く、正義の光……」

 

 そう呟いてアリアはロッテと揃って天井を見上げる。出会って一月にもならないが、五代達とも蒐集活動やその手伝いで何度となく顔を合わせ交流を深めた。そして知ったのは、五代達の想いと守護騎士達の想い。

 かつての自分達を悔いながら、だからこそ罰を受けるのは自分達だけでいいとはやてを助けようと必死に足掻くシグナム達。それを支え、何とかはやてを助けようとする五代達。それを間近で見て、感じ、二人は主人であるグレアムに伝える事を悩んでいた。このまま、五代達の計画を支援したいと思ってきている事を。

 

 管制人格が起動すれば、否応無く蒐集完成後の話になる。完全封印を考えるグレアム達にとってその完成の瞬間こそ一番狙う機会なのだ。

 だが、もし五代の、クウガの力が本当に闇の書に効果があるのならそれに賭けたい。誰も犠牲にせずにすむのならそれが一番いいのを二人も理解しているのだ。

 

(お父様……私は……私は……)

(お父様、あたしどうすればいいの。あいつらといると、覚悟がどんどん鈍ってくよ……)

 

 そんな二人に答える者はいない。まるでその答えは、自分達の中から見つけ出せと言われたように。そう、彼女達が迷うのも仕方ない。彼女達は知らないのだ。あの二人が打ち倒した存在の恐ろしさを。仮面ライダー達が託されているものの重さを。

 クウガが倒せしは究極の闇をもたらそうとした白き闇。アギトが倒せしは進化の光を宿せし人間を消そうとした闇の神。共に知らず世界を、人類を救った存在なのだ。だが、彼らも一人でそれを成し遂げた訳ではない。

 

 多くの人々の応援と協力。それ無くして彼らの勝利はない。それをいつか彼女達も、そしてなのは達も知る。ヒーローが勝利を掴むにはその背を支える大きな力が必要になる事を。人類の自由と平和を守るために戦う力。それは自分達にも宿っているのだと……。

 

 

 

 ジェイルラボにある訓練室。そこに何故かやや元気のない龍騎と巨大な砲身を構えた少女がいた。その少女の前には水色髪の活発そうな少女もいる。彼女達二人はほんの二時間前に目覚めたばかりの新しいナンバーズだ。

 

「セイン、ディエチ、真司はあんな奴だが意外と手強い。心してかかれ」

「うぃ〜す」

「了解」

 

 トーレの声にナンバー6ことセインはどこか楽しそうに。ナンバー10ことディエチは無感情に近い声で答えた。活発な少女がセイン。砲身を構えているのがディエチだ。

 対する龍騎だったが、そんな二人とは対照的にやる気のやの字もなかった。その理由は彼の独り言にある。

 

「真司、始めるぞ」

「……何で戦うのさ。俺、今日はトーレ達とやったからいいって言ったのに」

 

 チンクの声に龍騎はそう不貞腐れるように返した。そう、龍騎はつい先程模擬戦を終えたばかりなのだ。しかも、トーレとチンクの二人を相手にした激しいものを。それが終わりゆっくり休みながら風呂にでも入ろうとしていた矢先、ジェイルが二人を連れてきた事に今回は端を発する。

 

「じゃ、自己紹介をしなさい」

「は〜い。あたし、セイン。ISはディープダイバー。ま、簡単に言えばどこでも潜れますよ〜ってとこ。よろしく真司兄」

「し、真司兄?」

「そ。だってあたしよりも先に起きてるし、そう呼んだ方が面白いじゃん」

 

 そうからからと笑うセイン。その明るさが今までいなかった性格だからか真司も嬉しくなり笑顔を浮かべる。それに一人っ子だったため、彼は密かに兄弟に憧れていたのもありセインの呼び方も受け入れる事にした。

 そのやり取りが落ち着くまでディエチは大人しく待っていた。そんなディエチに真司は意外な印象を受けた。何せ、ナンバーズは皆個性豊かで自我が強い者達ばかりだったからだ。

 

「えっと……はじめまして。あたし、ディエチです。ISはヘビィバレル。簡単に言えば……砲撃、かな。よろしく真司兄さん」

「よろしく、セイン、ディエチ」

「……何故私はちゃん付けで、二人は呼び捨てなのだ」

 

 笑顔で答える真司を見つめ、こっそりとチンクが恨めしそうに呟いていた。その周囲からは負のオーラが出始めているが、生憎それに真司は気付かない。それを横目にしながらトーレはジェイルへ問いかけた。用件はこれだけですか、と。それにジェイルがとても良い笑顔で告げたのだ。

 

「今から真司と二人に戦ってもらいたいんだ」

 

 こうして冒頭へと戻る。トーレとチンクの二人を相手に戦った真司は、それはもう疲れていた。そのため本来なら余裕で戦えるはずのセインとディエチ相手に苦戦していた。

 動きは散漫、注意は怠る。挙句にセインにストライクベントを奪われる始末。だが、全員が目を見張ったのはディエチが全力で放ったヘビィバレルの攻撃を龍騎が耐え凌いだ事。

 

 ガードベントで呼び出したドラグシールドを二つ、隙間なく地面に突き立て、それをしっかりと手と体で支えたのだ。さしものドラグシールドも壊れはしなかったもののあちこちが溶けており、ディエチの攻撃力の高さを龍騎は思い知った。

 だがそれでも龍騎はあまり衝撃は受けなかった。何故なら彼はもっと恐ろしい砲撃を知っているのだ。砲撃だけではない。ミサイルなども飛び交う恐怖の光景を。

 

(ま、北岡さんのファイナルベントよりマシだな)

 

 龍騎の脳裏に甦るゾルダのファイナルベント”エンドオブワールド”。あの攻撃に比べればディエチの攻撃は可愛いものだと龍騎は思い一人頷く。

 一方で衝撃を隠しきれないのはジェイル達だった。単純な攻撃力でいえば今の一撃は現在のナンバーズでトップクラス。それを龍騎は防ぎ切ってしまったのだ。それが意味するものは、龍騎はSランク級の砲撃を単身で防ぎ切れるという事。

 

(いやぁ〜、良い物を見せてもらった。でも……今でこれなら一体サバイブはどれ程の力を持ってるんだろうねぇ……)

(これが真司の底力か……? いや、まだ分からん。それにしても……あれ程戦闘中に気を抜くなと言っているのに!)

(あれを耐え切るか。真司の奴、流石だな。私のISが通じないはずだ)

 

 ジェイル達はこれまでの事も含め、色々と考えを抱き―――。

 

(嘘でしょ? あれ喰らって無傷なんて……真司兄、凄いよ強いよカッコイイ!)

(あたしの最大出力だったのに……でも、真司兄さんが無事で良かった、かな?)

 

 直接対峙した者達は、初めて見た龍騎の力を前に感動と安堵を覚えていた。

 

「……もうこれでいいだろ? 俺、風呂入りたいんだけど……」

 

 そんな中、さっさと変身を解いて真司は告げた。その表情はかなり疲れていて今にも倒れそうだ。それにジェイルは苦笑し、誰よりも早い温水洗浄室の使用を許す。これがセインとディエチの初訓練。そして今後恒例化するナンバーズのお披露目光景だった。

 

 

 

 諸事情により、台詞のみでお送りします。

 

「は〜……良い湯だな」

「おっ邪魔しま〜す!」

「へ?」

「真司兄! 背中流したげるよ〜」

「な、何でセインがここにっ?!」

「だ、だから止めようって言ったのに……」

「ディエチまで?! てか、セインは少しは隠せ!」

「あ、真司兄ってばスケベ。あたしの体そんなに見ないでよ〜」

「だから……あたしは……」

「だ、誰かセインを止めてくれ〜!!」

 

 セインはその後やってきたチンクとトーレに鎮圧され、ディエチは軽いお叱りだけで許される事となる。真司? 彼なら顔を真っ赤にしたトーレとチンクに何故か成敗されましたとさ。



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不安を払う笑顔の約束

どんな時でも何とかなる気がする。それがヒーローの凄さ。それを彼らは持っています。そして、同様に彼女達も……。


「えっと……夜天の書やと呼び辛いから……リインフォースはどうや?」

「……管理者権限により、名称変更確認しました。はい、私はリインフォースですね、我が主」

「堅苦しい呼び方やな。出来れば名前で呼んでくれへんか、リインフォース」

「その……我が主では駄目なのでしょうか?」

「う~ん……ならせめて人前では名前呼び厳守や。身内だけならそれでええよ」

「わ、分かりました」

 

 はやての条件にやや困惑しながらも頷くリイン。その様子に誰もが苦笑していた。だが、その中で一人リンディだけが微笑みを浮かべてはやてへ視線を送る。

 

「リインフォース、か。さしずめ祝福の風と言った意味かしら。良い名前だと思うわ」

「いや、そう言われると照れますね。その、管制人格やとリンディさん達も呼び辛いやろ思て」

 

 アースラ艦内の艦長室。そこではやてを加えた今回の関係者全員が見守る中、遂に管制人格が起動した。はやてとの初対面もつつがなく終わり、話は夜天の書のバグについての説明へと移る。闇の書と呼ばれる事になった原因であるバグは防衛プログラムが大きな要因。

 だが、リインフォースがはやての指示で少しではあるが手を出せる事も告げられ、一堂に希望の光が差し込んだ。しかし、はやての体の事等の根本的な解決には至らないので一度完成させてから防衛プログラムを完全破壊してほしいとリインは告げた。

 

 その際、万が一に備えて守護騎士システム等は切り離し、はやての元に残るようにするとも。

 

 それを聞いてユーノが疑問を浮かべた。それは先程のリインの話で触れられなかった部分。そう、管制人格であるリインは厳密には守護騎士ではない。

 ならば防衛プログラムを破壊した後、リインはどうなるのかと。その問いかけに一瞬面食らうリインだったがすぐに表情を戻すと周囲へはっきりと断言した。

 

「大丈夫だ。私なら何とでもなる」

「でも……管制人格なんていう貴方の存在を考えると、まだこの書には何かある気がするんだ」

「何かって……何なの、ユーノ君」

 

 どこか不安そうな表情のユーノになのはも言いようのない不安を感じてそう尋ねた。それにユーノは、あくまで予想だけどと前置いて語り出した。

 

「管制人格を起動させて、こんな簡単に事が終わるならとっくに闇の書なんて物は消えていてもおかしくないんだ。でも、何度も闇の書は現れては恐ろしい災いを起こしている。歴代の主達が完成後の事を調べなかったのもあるかもしれないけど、バグは簡単にどうにか出来るものじゃないって事もあると思うんだ。違いますか?」

 

 ユーノの声にリインは何も言わない。だが、そのどこか諦めたような表情が何よりの証拠だった。それを見て、はやてが信じられないというように呟いた。

 

「……リインフォース」

「鋭いな、少年。そうだ……おそらく私がいる限り、バグは何度でも再生する」

「っ?! じゃあ……っ!」

「私を最終的には―――」

 

 息を呑むフェイトに対してリインが消滅させればいいと答えようとした。だが、そのリインを遮る声がしたのはその瞬間だった。

 

「大丈夫!」

 

 その声の主に全員の視線が集まる。それは五代だった。いつものようにサムズアップを見せ、その表情は笑顔。だが、それに面食らっているのは初対面のリインとはやてのみ。

 他の者達は、それにやはりといった顔をし、一部等は呆れつつ笑みを浮かべ、なのは達や翔一は同調するかのように笑みを見せていた。

 

「リインさんは死にたくないですよね?」

「っ……それは……」

「死にたくないなら、死なせない。殺される理由なんてない。絶対、助けますから。俺達みんなで!」

「そうです。俺達が力を合わせれば、必ず何とかなります!」

「「だから大丈夫っ!」」

 

 五代と翔一の二人が見せるサムズアップ。それにリインは言葉を失う。そこから感じる何とも言えない安心感に。はやても同じように言葉を無くしたが、何かに驚いて周囲を見渡した。そう、二人以外にもサムズアップをしている者達がいたのだ。

 

「な、なのはちゃん達まで……」

「にゃはは、これ五代さんといるとクセになっちゃって」

「うん。でも、不思議とそう思えるんだ。大丈夫って」

「きっと、五代さんがやるからだよ。何があっても大丈夫。その想いがこれに込められているんだ」

 

 なのは達三人の言葉にはやてが何故か納得している横では、リインが同じ仕草をしているシグナム達に驚いていた。

 

「私達も同じだ。私達だけではなく五代と翔一が、仮面ライダーがいる。それだけで……そう思えるのだ」

「ええ。決して何事にも負けない。そんな気持ちにね」

「あたし達だけじゃねぇ。なのは達やリンディ達局員まで手を貸してくれてんだ。それに仮面ライダーが二人もいれば怖いもんなんかね〜よ!」

「……ガラではないが、そういう事だ」

「お前達……そこまで……」

 

 そう言いながらリインも何故かそれを見ていると心が不思議と穏やかになっていく印象を覚えていた。絶対の安心感。必ず、絶対上手くいく。そんな想いがそれから伝わってくるような感じを。

 

 そんな二人と違った意味で驚いている者がいた。それはクロノ。エイミィやリンディはサムズアップをしていたが、彼だけはまだ恥ずかしいのかそれをしていない。が、二人がする事は彼も予想していた。そう、彼が驚いたのはそこではなくある二人までがそれをしていたからだ。

 

「まさか君達まで……」

「その……えっと……」

「ま、まぁ意思表明ってやつかな?」

 

 クロノの言葉にアリアとロッテの二人は何か戸惑いながらもそう告げた。その手はしっかりとサムズアップの形をしている。ロッテの決意表明との言葉を聞き、クロノ達はリインを助ける事と取ったが実際は違う。

 

 二人は決意したのだ。犠牲を出さずにこの事件を終わらせる。そのためにグレアムが思い描いた計画とは違うものを支える事を。サムズアップと笑顔で戦う男と、家族として全力ではやて達を助けようとする男。その二人の心に惹かれた故に。

 

(お父様……この罰は必ず受けます。だから……許してください。初めてのワガママを!)

(信じてお父様。必ずこいつらがいれば……仮面ライダーなら何とかしてくれるよ!)

 

 この瞬間、アースラにいる者達の想いは一つになった。本来ならば有り得ない流れ。それがもたらすのは、果たして希望か絶望か。だが、彼らに不安はない。持てる力の全てを使い最高の結末を掴み取ってみせると。そう強く決意しているのだから。闇の書事件。その幕は近い……。

 

 

 

 その日、真司は困っていた。というのも、いつものように訓練をしてほしいとチンクにせがまれたのだが、同じようにセインが遊んで欲しいと言ってきたからだ。

 真司としてはチンクの日課である訓練に付き合ってやりたい。が、新しく出来た妹分の頼みを聞いてやりたいとも思い悩んでいた。

 

(チンクちゃんとの訓練に付き合ってあげるべきだよなぁ……いや、でも、セインは妹みたいなもんだし……)

 

 そんな風に悩む真司を見て、チンクはセインへ視線を送る。それはどこか非難めいたもの。だが、それを受けてもセインはどこ吹く風とばかりに視線を送り返す。その視線は、別に何も悪い事していないと言わんばかり。そんな二人に気付かず、真司は未だに悩んでいた。だが、ふとその悩みに答えが出る。

 

「そうだ! じゃ、訓練の方法を変えよう。模擬戦じゃなくて俺の世界の遊びにしてさ」

「遊びだと……?」

「真司兄、どんな遊び?」

「あのな……」

 

 これが、ジェイルラボ始まって以来の大騒ぎとなるとはこの時誰も想像しなかった。

 

「何? 新しい訓練法?」

「そうだ。だが真司が言うには人数が多くなければ訓練にならんらしくてな。トーレにも声を掛けてくれと」

 

 トレーニングルームで軽く汗を流していたトーレ。そこへチンクが現れて告げた内容にその表情が訝しむようなものへと変わる。真司の性格を知るトーレにしてみれば、何かあるとすぐに模擬戦をサボりたがる真司が自ら訓練をするなど考えられなかったのだ。

 

 だが、それをチンクも良く知るはずと思い直し、まずは詳しく聞く必要があると尋ねた。

 

「一体その内容はどんなものだ? 人数が多くなければならんとは集団戦のようだが……」

「すまんが私も詳しくは知らん。だが、普段の模擬戦では得られん経験になるらしい。既にセインは参加を表明している」

「……何か嫌な予感はするが……いいだろう。訓練場に行けばいいのか?」

「ああ、そこで待っていてほしい」

 

 返ってきた言葉に一抹の不安を覚えるものの、チンクの言葉に頷いてトーレは訓練場へ向かって歩き出した。その背中を見送ってチンクは小さく呟いた。私は嘘は言ってないぞ、と。その表情はどこか自分を納得させているように見えた。

 

 一方、セインは別の場所で勧誘をしていた。相手は同じ時期に目覚めたディエチだ。その手にしているのは真司のシャツ。そう、彼女は洗濯物を干していたのだ。

 

「新しい訓練? 真司兄さんがそう言ったの?」

「そうなんだよ。楽しくて訓練にもなる遊びなんだってさ。ね、やろうよディエチ」

 

 セインの言葉にディエチは内心で疑問を抱く。真司は、あまり訓練が好きではないとディエチは知っているのだ。そんな真司が本当に訓練になるようなものをしたがるだろうかと、そう考えたのだ。それをセインも理解しているからか、どこか楽しそうに笑みを浮かべて告げた。

 

「気持ちは分かるけどさ、ウー姉達も誘ってやるんだって。みんなで遊ぶなんて面白そうじゃない?」

「……確かにそうだけど……」

「ねっ! やろーよディエチ。きっと楽しいって!!」

 

 ディエチの手を掴んで力説するセイン。それが何かおかしくてディエチは苦笑しながら頷いた。

 

「じゃ、干し終わったら訓練場ね。待ってるから」

「うん、分かった」

 

 元気良く去って行くセインを見送り、ディエチは首を傾げる。一体大勢でやる訓練みたいな遊びって、何なんだろうと考えて。だが、その表情がすぐに嬉しそうな笑みへ変わる。姉妹全員で何かをする事が楽しみなのだ。

 

 彼女は知らない。それはディエチだけではなくウーノ達でさえ初めての経験となる事を。そして、これから増えていく姉妹達との思い出。その最初の一ページでもあるのだから。

 

 そして、勧誘は別の場所でも行われていた。そう、真司によって。これからやる事をこのラボにいる全員を巻き込んだ一大イベントにしてやろう。真司はそう意気込んでいたのだ。

 

「私達も?」

「参加ぁ?」

「そっ! どうせならみんなでやろうって。だってさ、姉妹だろ? たまにはみんなで何かしないと」

 

 書類整理等の事務仕事を片付けていた二人の前に現れた真司は、新しい訓練法を検証してほしいと言って二人の参加を求めた。無論、二人は戦闘用に作られてはいないので訓練などする必要はない。だが、真司の姉妹全員で何かという言葉には、確かに思う事もあるもので。

 

(真司さんの言う通り、今後の計画のためにも妹達とは色々と意思疎通をする必要があるわね。でも……)

(シンちゃんの考案した訓練法ねぇ。みんなでするってところにも興味はあるけど……どうしたものかしら……?)

(やばいな。もう一押ししないと、この二人は動かせないぞ……うしっ!)

 

 何かを悩んでいるように見える二人を動かすため、真司は奥の手を出す事にした。それは何かと言うと、最近理解した二人の弱点を突くもの。即ち―――。

 

「訓練の勝者には、今日の晩飯注文権が!」

「「やるわ」」

 

 その食欲を刺激する事。故に二人は即答だった。その二人の声に真司は隠れてガッツポーズ。そう、真司によって美味しい料理という物を知ってしまったジェイル達は栄養食には満足出来なくなっていたのだ。

 今では三食の真司の料理を密かな楽しみにしているぐらいにまでなり、しかも、真司が話す料理の数々はどれも一度は食べてみたいと思わせるもの。つまり注文権などは、未だに食べた事のない料理を頼む絶好の機会。

 

 ま、ここのところの二人の密かな悩みは体重増加なのだが。

 

(最近運動不足だったし……丁度いいわね。そう、これは体のためよ。決して食事目当てではないわ。……何頼もうかしら?)

(まぁ、私がやるからには勝利確実。少しは体も動かさないとねぇ。体調管理も重要だし……栄養面を考えて何食べるか決めておかないと)

 

 こうしてウーノとクアットロも参加が決定して真司は心から笑顔を見せる。そして、その視線を研究室へ向けた。残る標的は一番運動を嫌がるだろう相手だったからだ。それでもやらねばならない。そう強く決意し真司は呟く。

 

―――待ってろ。後はジェイルさんだけだかんな。

 

 それから五分後。訓練場にラボにいる全員が揃っていた。何故かやる気十分のジェイル、ウーノ、クアットロ。待ちきれないといった表情のセイン。どこか不安や疑問が晴れない感じのトーレとディエチ。そして、どこか楽しそうな雰囲気のチンク。

 

 ちなみにジェイルは言うまでもなくサバイブを見せる事を条件に参加。それと、こっそり注文権も付けさせているところにらしさを感じる。そんな七人を前に真司は満足そうな笑顔を浮かべて頷いた。

 

「じゃ、これからみんなでやるのは、鬼ごっこです」

「「「「「「「鬼ごっこ?」」」」」」」

 

 真司の口から告げられた言葉に七人の声が重なる。それに真司はやはりという顔をして鬼ごっこの説明をした。誰か一人が鬼となり、残りの者は隠れたりして鬼から逃げるもの。鬼に体を触られたらその場で終わり。

 

 鬼は制限時間内に全員捕まえたら勝利。逃げる方は、時間内逃げ切れれば勝利となり、もし勝者が複数いれば日にちを分けて注文に応じると真司は告げた。

 

 そして、決めたルールは変身禁止とIS禁止に攻撃禁止。後は隠れていいのはラボの一部限定で制限時間は一時間とのもの。その間、ただ知恵と体力のみで勝利を目指す事を真司は強調した。もし反則行為をした場合は一週間栄養食と真司が告げると、七人それぞれに大小の戦慄が走った。

 セインとディエチは栄養食の味を知らないので真司の料理が食べられない事を嫌がり、ジェイル達の理由は言うまでもない。誰もが絶対に反則行為だけはするものかと誓う中、真司が告げた言葉にまた不思議がる声が上がる事となる。

 

「じゃ、鬼はじゃんけんで決めよう」

「「「「「「「じゃんけん?」」」」」」」

「あ〜、これもか……」

 

 真司、じゃんけん説明中。すると全員が石が紙に負けるのは理解出来ないと言い出し、真司が説明に困り一時中断。結局、真司の世界ではそれでみんな納得してるとごり押して説明終了と相成った。

 

 そしてじゃんけんの結果、鬼は真司となり、ジェイル達はそれぞれ隠れるために去って行く。律儀に目を閉じ三十数える真司。やがてカウントも終わり、彼は目を開け走り出す。絶対全員見つけてやると呟きながら。

 

 それからはもう騒々しいにも程がある賑やかさだった。真司が最初に見つけたのはトーレ。隠れるのは性に合わんと真司を待っていたのだ。それを聞き、真司は肩透かしを食らった気分になったが、ならばと急いで追い駆ける。

 それに対してトーレは余裕を見せて逃げた。その逃走劇を遠目で眺め、チンクはどこか寂しい気持ちになったのか真司の後ろから声を掛ける。と、彼がそれに気付き目標を変更。だがチンクも素早く、真司は中々追いつけない。そのままチンクは逃げ切り、真司は地面に大の字で転がった。

 

 そうして数分後、真司はおもむろに起き上がると、狙いをトーレやチンクのような運動系からウーノやクアットロの事務系へと変更して動き出す。それを離れて見つめる人影二つ。言うまでもなくトーレとチンクだ。

 

「これで終わりか。ったく、情けない……」

「……もう、私を追ってはこんか……」

 

 呆れるトーレと安堵するチンクだったが、その声はどこか寂しげだった。一方、その頃セインとディエチはと言うと……

 

「こないね……真司兄」

「そうだね……」

 

 揃って入浴中だった。それというのも、セインの考えた作戦が原因。勝つにはどうすればいいか。鬼である真司に触られないようにすればいい。ならばどうするか。簡単だ。真司が体を直視出来ないようにしよう。

 

 そして入浴と相成った。ディエチが同伴しているのは、真司に見つかった際にセインを取り押さえるため。前回の騒ぎで真司がとばっちりを喰らったのをディエチは繰り返さぬようにと考えていたのだ。どこまでも兄想いのディエチである。

 

「ね、ディエチはさ、真司兄をどう思う?」

「え? どうって……」

「あたしさ、真司兄に言われたんだよね。戦闘機人って言葉、あまり使わないでほしいって」

「セインもそうなんだ。あたしも言われた。戦うために生まれたんじゃない。みんな、幸せになるために生まれたんだからって」

 

 セインもディエチもその言葉を言われた時、何かが自分の中で動いたのだ。その言葉は、ある意味で自分の存在を否定する言葉。でも、それに込められたものは紛れも無い真心。戦うために生きるのではなく、幸せになるために生きて欲しい。その言葉の意味を考える度、二人は何故か心が苦しくなるのだ。

 自分達が生まれた訳、その理由。それらを理解しているからこそ真司の言葉は痛い。創造主であるジェイルの目的。それを果たすための存在が自分達なのだ。

 

(真司兄に計画の事は話すなってドクター達は言ってるけど……隠し事するのって何か嫌なんだよね)

(真司兄さんは何も知らずにドクターに手を貸してる。もし、あたし達がしようとしてる事を知ったら……嫌われるかな)

 

 元々ナンバーズには血の繋がりはない。故にその絆は歪だったのだ、本来は。だが、真司がそれを補うようにいた。血の繋がりどころか何の繋がりもない存在。それが何故か、いつの間にかこのラボの中心にいた。

 

 ジェイルやクアットロ等の気難しい者達とは、裏表ない言動や素直な性格で信頼を得て、トーレやチンクは模擬戦や日常の他愛ない事で繋がりを作り、セインやディエチは兄と呼ばれたためか、熱心に世話を焼いている。

 その真司がそれらの出来事を他の者達へ話す事でそれを話題に食事時は盛り上がる。こうして本当の家族のような構図が出来上がっていたのだ。

 

「……ディエチ、あたし決めた事があるんだけど……聞いてくれる?」

「何?」

「もし、もしもだよ? 真司兄がドクターと敵対するなら……あたし、真司兄の味方する」

「っ?! それって」

「だってさ! 真司兄は言ったんだ! 仮面ライダーになったのは戦いを止めるためだって! ……あたし、真司兄と戦いたくないよぉ」

 

 立ち上がり、セインは涙を浮かべながらそう言った。まだ起動してたった五日。それでも、セインは元来の性格故か真司に強く影響されていた。積極的に関わったせいもあるかもしれないが、それ以上にセインがまだ精神的に幼く、また少女だったのも関係している。

 

(あたし、誰が何て言っても真司兄を助ける。お兄ちゃんだもんね、真司兄は)

 

 それは兄妹愛なのだろう。だが、その裏には本人も知らない淡い恋慕がある。今はまだ影すら見せぬ想いなれど、それは確かにセインの中に息づいていた。そんなセインをディエチは見つめ、驚愕と同時に羨望の眼差しを送っていた。

 

(セインは自分の道を決めたんだ。あたしは……そんな事出来ないよ……)

 

 ジェイル達を裏切る事は出来ない。だが真司と戦いたくないのはディエチも同じ。訓練では誰よりも強く、家事を共にしたり、色々な話をしてくれる優しく頼れる存在。それがディエチにとっての真司。

 故に分かるのだ。セインの気持ちは。しかしディエチはそれと同じ決断は出来ない。姉妹を敵にする事など出来ないのだ。それをセインも分かっているのか目元を拭いながらディエチへ言った。

 

「大丈夫だよ。時間は掛かるだろうけど、あたし達で何とか真司兄とドクター達を敵対させないようにしよう」

「……出来るかな?」

「う〜ん……そう言われると不安だけどさ。かなり厳しいとは思うけどやるしかないでしょ」

「そうだ、ね。やるしかないね」

「あ、それとさっきの話は」

「分かってる。誰にも言わないから」

「えへへ、よろしく〜」

 

 そう言ってセインは浴槽へ入り直す。やや冷えた体に温水が心地良い。そう感じてセインは笑みを浮かべる。そんなセインにディエチも笑みを見せ、目を閉じて静かに思う。

 いつか来るかもしれない最悪の事態。それを防ぐために自分も出来る限りの事をしようと。そして既に自分なりの道を選んだセインにそこはかとない姉らしさを見て、ディエチは思う。やはりセインは姉なのだなと。

 

 そんな風にゆったりする二人だったが、この後衣服が脱衣所にあるのを真司に見つかり、呆気なく失格となった。その理由は、男への精神攻撃とのもの。勿論セインは文句を述べたのだが、ディエチが真司の肩を持ってこの件は終わるのだった。

 

 それから十分後。ジェイルの研究室に真司はいた。彼は思いついたのだ。ここなら、ラボのどこに誰がいるか良く分かるのではと。

 

「えっと……確かこれで……お、出た出た」

 

 モニターが複数表示され、その一つ一つに目を向ける真司。すると、その内の一つに話し合うウーノとクアットロの姿があった。何を話しているのか気になった真司はそのモニターをメインへ変更しようとして、コンソールを操作しようとした。しかし―――。

 

「あれ? どれだっけ……?」

 

 操作が分からない。いつもウーノやクアットロが手軽にやっていたので、自分にも簡単に出来るだろうと踏んでいたのだ。だがそこで恐ろしいのは素人の考え。適当にやれば出来るだろうと、真司が何かのボタンを押そうとした瞬間———何かがその手を止めた。

 

「それはダメだよ!」

「おわっ!? ジェイルさんかぁ……びっくりした」

 

 物陰に隠れていたジェイルが飛び出し真司の手を押さえたのだ。それに驚く真司だが、相手がジェイルだと分かると安心し自分が押そうとしていたボタンについて尋ねた。それにジェイルが答えたのは、それは万が一の時用の証拠隠滅システム。つまり自爆装置の起動スイッチだと言った。

 

「そ、そんなもん本当にあるんだ……」

「そりゃあそうさ。ここのデータを……悪用されたら不味いしね」

「なるほど」

 

 どこか皮肉っぽく笑うジェイルに真司は何も疑わずに頷いた。そして、その瞬間何か思い出したようにジェイルの手を掴んで言った。

 

「ジェイルさん、失格だから」

「……今のは無しに」

「無理」

「だろうねぇ……」

 

 容赦ない真司の言葉にどこかがっかりしながらジェイルは肩を落とした。この後、ジェイルはウーノ達を捕まえに行った真司を見送り、トボトボと訓練場へと歩いていく。その背中には何とも言えない哀愁のようなものが漂っていた。

 

 そんな事など露程も知らず、ウーノとクアットロはとある密談を交わしていた。

 

「……じゃ、私が勝ったらクアットロの料理も注文するわ」

「はい。なら、私はウーノお姉様のものを……」

 

 そう、二人が話していたのは勝利後の取引。どちらが残れば互いの注文を頼める。そのため、いざという時にはより逃げられる可能性の高い方を逃がそうとそんな話し合いをしていたのだ。

 そして取引成立と二人が不敵に笑う。この時、二人が安全を考慮して物陰に隠れていなければ結末は変わっただろう。しかし、残念ながら今回はそれが裏目に出た。

 

 後は無事逃げおおせるのみと考えていた二人の肩が同時に叩かれる。それに二人は何かと思い振り向いて———固まった。

 

「ウーノさんとクアットロ、失格」

「どうしてここが……」

「分かったの……」

 

 信じられないとばかりに呟く二人に真司は先程の出来事を告げた。その内容にウーノとクアットロは驚きを抱くと同時に感心していた。確かにラボの施設の使用は禁止されていなかった事を気付かされたからだ。

 それを真司は誰に言われるでもなく思いつき、行動に移した。その機転と発想に二人は改めて真司の怖さを知った。本人としてはそこまで大した事とは思っていないだろう事。だが、それは傍目からは盲点を突いているのだから。

 

(まさかそんな発想へ行き着くなんて……真司さんってたまに恐ろしいのよね……)

(まさかシンちゃんに知略面で負けるなんて……でもぉ、これで次回は私のか・ち……)

 

 やや唸るような二人へ真司は笑みを浮かべて自分も中々やるものだろうと胸を張った。それに二人は少し笑みを浮かべる。その反応が自分を褒めていると察し、真司は笑顔でガッツポーズを取った。そんな真司を二人は微笑ましいものを感じて微笑む。

 

 こうして残りはトーレとチンクだけとなったのだが、結果は言うまでもないだろう。この後真司はトーレとチンクに逃げ切られたのだ。それでも最後の最後まで諦めず追い駆けたのだから大したものだ。そして、時間が終わりを告げると真司はよろよろと訓練場へと向かった。

 

「え〜、それでは結果を発表しま〜す」

 

 訓練場に響き渡る真司の疲れた声。その場にいる者達は、そんな真司にそれぞれ苦笑。彼が奮戦する様を五人はモニターによる中継で観戦していたのだ。故に彼が何故そうなっているかを知っている。

 

「勝者はトーレとチンクちゃん。で、勝者のご褒美として今日の晩飯注文権が与えられま〜す」

「注文、か……何かあるか、お前達」

「ドクター、私は特にありませんので、どうぞご自由に」

 

 チンクはセイン達へ、トーレはジェイルへとそう振ったが、そこにいた全員が揃って首を振った。真司はそれを見て、あくまでも注文権は二人の権利だから自分で決めるべきだと周囲の気持ちを代弁する。

 それに二人は困り顔。だが、このままでは埒が明かないと思ったのかトーレがふとこう口にした。それはラボの者達が初めて味わった辛味。汗を流しながらスプーンを動かした料理だ。

 

「なら、以前チンクが手伝ったアレだ」

「アレか。確かにアレならいいな」

 

 どこか嬉しそうに頷くチンクを見て、不思議そうなセインとディエチ。そんな二人にウーノが笑みを浮かべて告げた。二人が起動する少し前、真司を手伝ってチンクが一緒になって作った料理の名を。

 

「実はね……」

 

 その日、ジェイルラボに食欲をそそる香りが立ち込めた。真司が以前作った香辛料をふんだんに使った本格的チキンカレーと、日本的なとろみのあるカレーの香りが。そして、この日食べたカレーの美味しさに感激したセインが一週間に一度はカレーがいいと言い出し、カレーのレギュラー化が決まる。

 

 その後カレーは後のナンバーズ達にも好まれ、セインは真司のお手伝いからカレーだけは任されるまでになるのだった。



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戦士

やりたかったのはスライダーモードに乗るクウガ。この展開、Arcadiaでの感想で龍がモチーフのアギトと龍を思わせるスライダーモード。そこにドラゴンフォームのクウガで龍が揃い踏み+G3-Xとの共闘を思わせる事が燃えると言われました。


「レイジングハート・エクセリオン」

「バルディッシュ・アサルト」

「「セットアップ!!」」

””セットアップ””

 

 その声に応え、待機状態から姿を変える二人のデバイス。そう、シグナム達のデバイスのように”カートリッジシステム”を搭載し生まれ変わった愛機。それがレイジングハート・エクセリオンとバルディッシュ・アサルトだ。

 

 それを展開し終えたのを見てはやてがリインへ視線を送る。その力強さに頷き、周囲に向かってリインが告げた。それは開戦の狼煙。

 

「では始めるぞ」

 

 その声に全員が頷く。そして、シャマルが旅の鏡と呼ばれる魔法を展開した。その相手はアースラにいるエイミィだ。

 

 既に蒐集も終わりに近付き、残すは二頁と半分。それを埋めるため、エイミィが自分を蒐集させる事を申し出たのだ。それなら完成の時期を自分達で決められるからと。それにクロノが猛反対した。いくら危険が少ないとは言え、何が起こるかわからない。それに、残りが少しなら魔法生物でも十分だとも。

 

 そのクロノに全員が驚いていた。常に沈着冷静を心掛けるクロノ。それがまるで感情をむき出しにしてエイミィに反論したのだ。それにエイミィも驚くも、何故か嬉しそうに笑みを浮かべて言い返した。彼女には分かったのだろう。クロノが何故そうまでして反対したのかが。

 

 けれど、エイミィは局員として告げた。誰かが疲弊する事無く蒐集する事が出来ないのは、防御プログラムと戦う際の致命傷になるかもしれない。だからこそ、大した魔法も使えない自分が適任なのだと。それに尚も反論しようとするクロノへエイミィは念話で告げた。

 

【もういいよ。クロノ君の気持ちは伝わったからさ……ありがとう】

【……そんなんじゃない。僕達には君の管制が必要だからだ】

 

 どこか照れるようで拗ねるような答え。それを聞き、エイミィは心から笑みを浮かべるもそれを隠すように全員に告げた。

 

「あたしもみんなと一緒に戦うよ。隣じゃなく、このアースラからだけど。みんなの笑顔のために、ね!」

 

 それに全員が頷き、笑顔とサムズアップを返した。クロノもやや憮然としながらも同じようにサムズアップを返す。こうして現在に至るのだ。現在アースラはとある無人世界の衛星軌道にいる。そして、五代達はその無人世界で待機。

 

 作戦はこうだ。まずエイミィから蒐集し、完成した闇の書をはやてがアクセスしてリインと共に守護騎士プログラムなどを切り離す。そして、それと並行してなのは達により防衛プログラムへの攻撃を開始。はやてとリインがバグから解放されるために魔力ダメージで大ダメージを与える。

 

 そして解放されたはやてとリインを加え、おそらく独立するであろうバグ本体である防衛プログラムを撃破し、とどめはクウガがその核を封印。その際、起きる可能性の高い大爆発を考慮し、五代が無人世界を希望したのだ。誰にも何にも被害を出さずに済む場所として。

 

 それに応え、リンディ達が見つけ出したかつて資源採掘に使われた世界。それがこの場所だった。今や住む者もなく、ただ荒れ地が広がるのみ。それを見て、五代は真剣な表情で頷いたのだ。ここなら思いっ切り戦える、と。

 

「そういえば、どうして翔一君はバイクを?」

「あ、これですか。きっと空中戦になると思って持ってきたんです。リンディさん達も同じような事聞いてきましたけど」

 

 五代は隣にいる翔一にそう尋ねた。翔一の傍には一台のバイクがある。この世界に来た時に乗っていたものだ。五代は翔一の答えに疑問を感じるものの、それを尋ねる事は出来なかった。感じたのだ。何かが地の底から這い出るような悪寒を。

 

「これで……完成だ」

 

 そうリインが呟いた瞬間、闇の書が鈍く輝き出す。それはそのままリインとはやてを包み込み、その足元にベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。

 

 それを見た五代と翔一は揃って構えた。それは、彼らが戦う意志を表す動作。戦士と変わるための決意表明。

 

「「変身っ!」」

 

 二人の想いに呼応しベルトが光る。そして二人の体を変えていく。それが終わった時、二人を見ていた全員が感じた。絶対に勝てると。闇の書の悲劇をここで終わらせるんだと。

 

 そんな想いを与えた二人のヒーローは、リインと同じ姿をした闇の書の闇とも呼ぶべき存在を見つめていた。

 

「いいか! まずは相手に大ダメージを与える。サポート組は支援に徹し、前線組は攻撃に集中しろ!」

 

 クロノが先陣を切るように手にしたデバイスを構える。そのデバイスの名は”デュランダル”。アリアとロッテがグレアムから与った対闇の書用のデバイスだ。

 グレアムはリーゼ姉妹から心変わりとその理由を聞かされ、何も言わずにデュランダルを渡した。その顔は何か憑き物が落ちたように清々しく、二人はそれを見て改めて思ったのだ。

 

 この事件で誰よりも犠牲を出す事を嫌っていたのは、他ならぬグレアムだったのだと。

 

 その時の光景を思い出しながらアリアは姉妹であるロッテへ視線を向けた。

 

「ロッテ、頼んだわよ!」

「任せろって! 行くよ、翔一!」

「はいっ!」

 

 飛行魔法で飛び上がるロッテに続けとアギトもバイクに跨る。それにバイクが姿を変え、マシントルネイダーと呼ばれるものへと変わった。それに周囲が驚き、防衛プログラムさえ僅かに動揺していた。

 更にそこからマシントルネイダーは形を変え、アギトが跳び上がると同時にスライダーモードと呼ばれる飛行形態へと変わって宙に浮いたのだ。

 

「嘘っ?!」

「空飛ぶバイクかよ!?」

 

 目の前で見ていたリーゼ姉妹が声を上げるのも無理はない。アギトはそんな二人に構わず視線をクウガへ向けた。それだけでクウガは何かを悟った。アギトが何を考えているのかを。

 

「そうか!」

 

 そう言ってアギトの後ろへ飛び乗るクウガ。それに頷き、アギトはマシントルネイダーを上昇させる。その速度は周囲が想像していたよりも早く、クウガだけでなくその場にいる誰もが驚きと同時に希望を抱いた。空を飛べぬ仮面ライダー達が空戦能力を有したと理解して。

 

「よし、超変身っ!」

 

 そしてクウガは今の姿のままでは戦いにくいと判断し、青い体へと変わった。

 

 ドラゴンフォーム。跳躍力に優れ、俊敏さは全フォームの中でも断トツ。その反面、筋力は落ちるために専用武器”ドラゴンロッド”を使い戦う姿だ。

 

 長き物を手に、邪悪をなぎ払う水の心の戦士である。

 

「五代雄介っ! これを使え!」

「っと、ありがとうクロノ君。これ、使わせてもらうよ」

 

 そんなクウガへクロノが渡したのは彼の持つ本来のデバイス”S2U”だ。それをクウガが待機状態から変化させると、その形状がドラゴンロッドへと変わる。更にその上下が伸びたのを見て、クウガは頷く。これで準備は整ったと。

 

 視線を戻せば、シグナムとフェイトを中心になのはとヴィータが的確にダメージを与えている。そこにはこれまでの蒐集活動での経験が活きていた。互いの動きや魔法を理解し、連携を組んでいた事もあるなのは達。それが今防衛プログラムを相手に如何なく発揮されていたのだ。

 

「五代さんっ!」

「分かったっ!」

 

 だが、それでもまだ大きな一撃が加えられていない。それを見たクウガが虚を突いて飛び掛った。三十メートルを一度で跳べる跳躍力を使って。更にそこから放たれるのはドラゴンフォーム必殺の一撃。

 

「おりゃあ!!」

「ぐっ……」

 

 スプラッシュドラゴンと呼ばれる攻撃が防衛プログラムへ炸裂する。突き当てられたロッド。それを押すように防衛プログラムから離し、クウガは落下していく。すると即座にアギトがそれを助けに回る。

 だがその間、クウガの視線は防衛プログラムへ注がれていた。腹部を押さえている防衛プログラム。やがてその手がゆっくり離される。そこには———。

 

「……よし」

 

 封印の文字が浮かび上がっていた。それを確認し、クウガは小さく頷く。更に何故か防衛プログラムはその文字に苦しんでいた。まるで何かに抗おうとするように。それを見たユーノが叫んだ。

 

「やっぱり防衛プログラムはバグによって変質しているんだ! それがクウガの封印エネルギーに対して反応し、沈静化か上手くすると浄化しようとさせているのかもしれない!」

 

 それを聞き、全員に希望の光が灯る。本来ならばきっと苦戦した相手。それが天敵とも呼べる存在がいる事で絶望どころか希望さえ持てるのだから。そんな風に思って周囲が視線をクウガ達へ注ぐ。そこではクウガの攻撃の効果にアギトが手応えを感じて喜んでいた。

 

「五代さん! 効いてますよ!」

「うん。なら、もう一度行くよ!」

「分かりました! 俺が必ず着地地点に回りますっ!」

「お願い!」

 

 二人のライダーは互いのやるべき事を確認し合い、再び行動開始。それに負けるなとなのは達にも気合が入る。

 

「ディバイン……」

「サンダー……」

”バスター”

”スマッシャー”

 

 桃色と黄色の輝きが防衛プログラムの動きを止める。だが、それでいいのだ。何故ならば、その隙を見逃す程ベルカの騎士は甘くない。そう、その近くにはシグナムとヴィータがいたのだから。

 

「レヴァンテイン!」

”シュランゲフォルム”

「アイゼンっ!」

”了解”

 

 連結刃と呼ばれる鞭のような形態へ変わるレヴァンテイン。それを駆使してシグナムは防衛プログラムを拘束する。そこへ間髪入れずヴィータが小さな鉄球を魔力でコーティングしたものを浴びせた。

 それを喰らい、ややよろめく防衛プログラム。そこへ青い光のバインドと緑の光のバインドが現れ、その体を再び拘束した。

 

「逃がさん!」

「五代さん、今です!」

 

 ザフィーラとユーノのバインドを何とか破壊しようとするも、異なる術式のバインドを同時に破壊するのは困難。だが、それでも瞬く間に破壊した防衛プログラムだったが、その僅かな時間さえ———。

 

「おりゃあぁぁ!」

「かはっ……」

 

 クウガにとっては好機となる。その跳躍力を活かし、視界の下から突き上げるようにドラゴンロッドを突き立てたのだ。そして、そのまま勢いを殺さずクウガは防衛プログラムと共に上空へ。するとそこに一つの人影があった。

 

「喰らえ!」

”ブレイズキャノン”

 

 クウガの動きを読み、待ち伏せていたクロノは得意の砲撃魔法を叩き込んだ。器用にクウガが離れた瞬間を逃さずに放つところに彼の優秀さが光る。

 そのダメージと封印エネルギーが防衛プログラムを襲う。そのせいもあってか先程よりも文字が消えるのも遅い、その痛みに苦しむ防衛プログラムを見て、誰もが内心で苦しんでいた。何せ外見はリインなのだ。

 

 相手は防衛プログラムだと頭では割り切っていても、優しい彼女を苦しめているように見える光景にクウガ達は心を痛めていたのだから。そんな時、遂に待っていた報告が入る。

 

【なのはちゃん達、聞こえとるか! こっちは終わった。早くこの子を止めたって!】

 

 はやてからの作業完了の声。それに気持ちを入れ替えるなのは達。それを見てクウガ達も状況を把握し頷き合う。もう少しだと。

 

『魔導師組はとどめに備えて準備! 騎士達と翔一さんで五代さんを援護する形で彼女へ攻撃を続けて。もう一度封印攻撃を仕掛ければ終わるはずだよ!』

 

 エイミィの指示でそれに全員が了解の意志を示す。なのはを始めとした魔導師達は、この後戦う事になるだろう独立する防衛プログラムへの対策のため、簡易的な打ち合わせを開始。

 クロノのデュランダルの氷結魔法で動きを止め、その間になのはとフェイトがそれぞれでダメージを与えつつ大威力魔法の準備。ロッテは二人の護衛を務め、ユーノ、アルフ、アリアの三人はシャマルと共にクウガのとどめの手助けするための転送魔法を担当。

 

 実はこれが今回の一番の要。というのは、クウガの目の前に転送するのではなく、その放つ一撃へ当たるように転送するのだ。そのタイミングはシビアだが再生能力が高いと思われる核を叩くには刹那の間さえ惜しい。

 そう判断し、核への再生時間は極力与えぬためにも三人の魔法制御と精度が重要となるのだ。それを改めて思い返しクロノはユーノ達へ視線を向けた。

 

「いいな? 君達に掛かっているようなものだから気を抜くなよ」

「分かってるよ。僕らだってやる時はやる!」

「そうだよ、少しは信じな!」

「私達が絶対五代さんを、仮面ライダーを手助けします!」

 

 三人の言葉に頷くクロノ。なのはとフェイトもそれを聞き、笑みを浮かべた。その視線の先ではクウガがもう一度スプラッシュドラゴンを炸裂させていた。

 

「どうだ?」

「やったか?」

 

 ヴィータとシグナムが揃って防衛プログラムへ視線を向ける。その途端、はやてが弾かれるように現れた。それに驚くシグナム達だったが、即座にアギトがそれを受け止める。はやての無事に安堵するシグナム達。するとザフィーラが何かを見て叫んだ。

 

「見ろ! 奴の体を!」

 

 その声に全員の視線が防衛プログラムへ向く。見れば、その周囲から紫のような色の暗いオーラが滲み出している。その原因がクウガの付けた文字である事は誰も疑っていない。そう、防衛プログラムの腹部にはその文字がはっきりと浮かんでいたのだから。

 

 だが、その光景にクウガは違和感を抱いた。

 

(何でリインさんのままなんだ……?)

 

 本来であれば、未確認達は文字をきっかけに一様に亀裂を生じ爆発していった。だが、今回はそれがない。それは彼らにあった装飾品がないからだとクウガは知っている。

 だが、リインが解放されないのは不自然なのだ。文字は鮮明に浮かんでいる。しかしその後に続く事が起こる気配がない事に、クウガは一人言い知れぬ不安を抱いていた。

 

 その一方で、アギトもまた不安を抱いていた。それは防衛プログラムから滲み出しているオーラにある。そのオーラを彼は見た事があったのだ。しかも、それはあまり歓迎出来ない状況で。

 

(あれは……”邪眼”と同じものだ……)

 

 そう、彼がこの世界に来る前に戦った邪眼。それが復活した際、全身から滲ませていたのがそれだった。そこへはやてから驚愕の事実が告げられた。

 

「おかしいんや! リインが中に何かおるって言って、そいつがどうも切り離しを邪魔しとるんよ!」

 

 その言葉が意味する事に全員が戦慄する。視線の先では、依然防衛プログラムが苦しんでいた。だが、その雰囲気からクウガとアギトは何かを感じ取っていた。

 

((何かが……出ようとしてる……))

 

 その予想は二人の想像を超える形で当たる。それは、本当の”闇”との戦いへの幕開けだった。

 

 ついに始まった闇の書の闇との決戦。なのは達の協力やクウガの力により防衛プログラムを追い詰めたに見えたのだが、はやての言葉に不安を抱く二人の仮面ライダー。

 

 果たして、闇の書の闇に潜むモノとは? 本当にリインを助ける事が出来るのか?

 

 

 

 いつものように流れる時間。穏やかな日々。それが永遠に続くと誰もが、いや彼だけはそう思っていた。これは、そんな頃の話。

 

「次に目覚めるのは、セッテだっけ?」

「そうだよ。七番目だからね。でも、どうもドクターがセッテやオットー、それにディードは調整をクア姉に任すんだって」

 

 真司の言葉に笑って答えるセイン。だが、後半はどこか残念そうだった。それを聞いて真司も同じように残念そうな表情を浮かべる。

 クアットロが調整を行なう事になった以上、セッテ達の起動はおそらく遅くなるだろうと思ったからだ。クアットロは完璧主義者。自分の納得いくまで三人を起動させないだろうと。

 

「……俺、少しクアットロに起動を早くしてくれないか頼んでみる」

「真司兄……」

「だってさ、やっぱ家族は多い方がいいって。楽しいし、賑やかだし。俺もセインやディエチみたいな妹が出来て嬉しかったしさ。同じ気持ちをセインにも感じて欲しいんだ」

 

 笑顔でそう言って、真司はセインへ手を振って走り出す。行き先はナンバーズの調整室。この時間ならジェイルかクアットロがいるはず。そう思って真司は走る。

 その背中を見送って、セインは嬉しそうに小さく呟いた。何の繋がりもない兄貴分への確かな気持ちを込めて。

 

———やっぱりあたし、真司兄のそういうとこ好きだよ。

 

 セインの眼差しに後押しされた真司は一路クアットロのいる場所へと到着するや、彼女へ先程の願いを口にしていた。ただ、それに対するクアットロの反応はお世辞にも快いものとは言えなかった。

 

「セッテちゃんを早めに出して欲しいぃ?」

「そう。何をするのか知らないけどさ、基本的な事はみんな同じなんだろ? だったら」

「あのねシンちゃん? セッテちゃん達は、私がドクターに任されたの。つまりぃ、私の好きにして、い・い・の」

「っ?! ふざけるなよ! 妹だろ!? 早く起こしてやりたいって思わないのかよ!」

 

 まるでセッテ達をおもちゃのように考えているかのようなクアットロの言い方に真司は感情をあらわにした。いつもならクアットロの茶化す口調などにも真司は怒る事無く返すのだが、今回はその発言に怒りを見せた。

 声を荒げ、視線は確かな怒りを宿してクアットロを睨みつけていたのだ。その鋭い視線にはさしものクアットロも気圧され、一歩後ずさる。普段の真司にはない力強さを感じたからだ。

 

 その後も真司は叫ぶ。確かにクアットロ達は普通の人間とは違う体だ。それでも心があるのだから早く起こしてやって世界を見せてやりたいと。楽しい事や嬉しい事、辛い事や泣きたい事も全部ひっくるめて感じさせて、教えてやりたいんだ。

 そう真司は言い切ると深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして最後にクアットロへゆっくりと告げた。

 

「……少し言い過ぎたかもしれないけど、俺、この話に関しては絶対譲らないから」

 

 そう締め括って真司は部屋を出ようと扉へと向かう。その後姿を黙って見つめるクアットロ。きっと、昔の彼女ならば真司の言葉に反論していたか認めた振りをして流していただろう。だが、今彼女が考えているのはそのどちらでもない。

 

(”人らしさ”なんて戦闘機人には不要。感情を削ぎ落とし、機械に近い存在にする……それが私のプラン。でも……)

 

 視線は扉の前で何故か止まっている真司へと向けられている。何だろうと思ってクアットロが見つめていると、背中越しに真司は口を開いた。

 

「だけど……クアットロがジェイルさんに任されたのも事実だし……俺、納得してもらうまでまた来るからな」

 

 その言葉を今度こそ最後に真司は部屋を出て行った。その言葉の意味を理解し、クアットロはやや沈黙したもののすぐに笑い出した。それは嘲笑うでも馬鹿にするのでもなく、本当に心から可笑しくてしょうがないというように。

 

(”心”……か。それが一番不要って思ってたのに、私が笑ってるのもその”心”のおかげなのよね。もう、シンちゃんのせいよ、私が狂ったの)

 

 そんな事を考え、クアットロは目元を拭う。どうやら笑い過ぎて涙が出てきたようだと、そう思ってクアットロは扉へ向かって告げる。

 

「いいわ。シンちゃんがそう言うなら、セッテちゃん達は心を大切にしてあげる。その代わり、貴方が責任持って教育してね?」

 

 そう呟くとクアットロは調整へ手を加えた。先程まで組み上げていたプランを白紙にし、出来うる限り手を加えず”妹”達をありのまま目覚めるようにと。

 彼女は知らない。先程の涙が笑いから流れたものではなく、嬉しさから流れたものだと。妹達だけでなく自分達全員を心から想った真司の気持ちに触れた事。それが彼女に流させた涙なのだという事を。

 

 ナンバー4、クアットロ。本来一番狡猾であったはずの彼女が変わった。そう、それはまさしく彼女の言った通り真司が狂わせたのだ。戦闘機人ではなく人として機能するように。

 

 この日からクアットロは心無しか物腰が柔らかくなったとセインとディエチは感じるようになる。それはチンクや真司も同じで一体何があったのだろうと全員が首を傾げたが、クアットロはそれに悪戯っぽく笑うのみだった。

 

 後に、ナンバーズ後発組(セッテ以降)の中で姉の中で誰が優しいかを話すようになる。そのトップはチンクだったが、なんと二位はクアットロとなるのだ。その理由はこう。からかいなどをしてくるが、自分達をきちんと見ており、的確なアドバイスやさり気無くフォロー等をしてくれるからと。

 

 また一つ運命が変わる。誰にも知られず、誰も知らず、世界の平和のために動く者がいる。彼は知らない。自分がやがて起こるはずの戦いを未然に防いでいる事を。それを知る時、彼に待つのは一体何か。その答えはまだ分からない。



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受け継がれる正義の系譜

平成ライダーはリアリティ重視で名乗りの類がなくなってしまいましたが、やはり正義のヒーローの名乗りには安心感と頼もしさがあると思うのでこうなりました。


 周囲を覆う重苦しい空気。それは比喩ではない。本当に空気が重くなったのだ。いや、正確には重くなったのではなく息苦しさを覚えるようになったと言うべきだろう。

 その原因は、その場にいる全員の視線が注がれている相手にある。防衛プログラム。またの名を闇の書の闇だ。それを見つめながらアギトは腕の中の少女へ問いかけた。

 

「はやてちゃん、一体何が……」

「良く分かれへんけど、リインがわたしだけは言うて出してくれたんや! このままやと……乗っ取られるって」

「主、それは———っ!?」

 

 はやての言葉を詳しく聞きだそうとしたシグナムだったが、それは出来なかった。突如、恐ろしい程の魔力と威圧感が周囲に溢れたからだ。

 それを感じてシグナムが視線を戻すと防衛プログラムは動きを止めていた。先程まで苦しんでいたにも関わらず、今は身動き一つしない完全な無防備。しかし、誰も何もしようとはしなかった。クウガやアギトさえその異様さに黙って見つめるしか出来ない。

 

 そして、ついに防衛プログラムに動きがあった。一度痙攣したかのような動きを見せたと思った瞬間、リインが叫んだ。

 

「主! 皆! 逃げろっ!!」

 

 その声をキッカケにリインから”何か”が出て行った。黒い塊のようなものが。それは地面へ落下し轟音を立てる。舞い上がる土煙。それに視界が塞がれた瞬間、何か嫌な予感がしたクウガは叫んだ。

 

「超変身っ!」

 

 ペガサスフォームへ変わり、その超感覚で誰もが見えない煙の向こうを見る。その時、クウガは予想だにしない感覚を覚えた。

 

(っ?! これ……あの時と……っ!?)

 

 それは未確認と戦っていた頃に感じた感覚と似ていたのだ。ある時、五代は何故か誰かに見られているような感じを受けクウガへと変身し、ビルの上から周囲を探った事があった。そして、その時も同じようにペガサスフォームへと変わり、超感覚でそれを察知しようとして同じような強烈な威圧感と恐怖心を受けたのだ。

 

 後にそれは未確認の首領であり、究極の闇と呼ばれるダグバであったと五代は知った。今、クウガが受けている感覚はそれと酷似していた。

 

「っ! 超変身っ!」

 

 クウガは急いで体を赤に戻す。あの時は慣れていなかった事もあり、気絶して二時間の変身不能まで陥ってしまった事を思い出したのだ。だが、ダグバと戦いそれを克服した今のクウガはそれに打ち勝つ事が出来た。

 

 マイティフォーム。格闘戦に優れたこの姿が、クウガの従来の姿となっている。

 邪悪な者あらば、希望の霊石と共に、炎の如くそれを倒す戦士である。

 

(姿は見えなかったけど、アレは……不味い!)

「みんな、気をつけて! アイツは……多分クウガと同じぐらいか、それ以上に強いっ!」

 

 クウガの告げた言葉に全員の顔色が変わる。アギトでさえ、その発言には驚いていた。だが彼もその理由に心当たりがあるのか、なのは達に比べればまだ軽いものだった。そう、クウガが恐ろしい感覚を感知していた時、アギトもまたある感覚を思い出していたのだ。

 

(アンノウン……いや、あれは発電所で感じたものと同じだ)

 

 それは忘れもしないあの邪眼との戦いの場となった発電所。そこで何度も感じたものと同じだったのだ。そして、クウガさえ予想出来ない相手の正体にアギトは薄々だが検討をつけていた。

 だが、それは出来る事なら外れていて欲しいと思っている。だからこそ、アギトは口に出さない。言えばそれが本当になりそうだったからだ。しかし、世界は残酷だった。

 

 晴れていく土煙。そこに出来た巨大なクレーター。その中心に”それ”はいた。不気味な異形。だが、それはなのは達にもどこで見た事があるものだった。そう、それはまるであるものに似ていたのだ。

 

―――仮面……ライダー……?

 

 そう誰ともなく呟く。確かに細部は違うがその容姿は仮面ライダーに似ていなくもない。しかしそんな感想が間違いだったと、それが顔を上げた瞬間誰もが思った。

 触覚にも見えるアンテナをつけたそれは、目のようなものが一つだった。その邪悪さと醜悪さになのは達が息を呑む中、やはりと言った声でアギトが叫んだ。

 

「どうして……どうしてお前が生きているんだ、邪眼っ!!」

「あの時の虫けらか。ふんっ、どうしてだと? 貴様ら虫けら共に追い詰められたあの瞬間、我は願った。死にたくないと。その心の声が届いたのだろう……爆発する瞬間、次元の歪みが僅かにだが生じたのだ。それに何とか細胞を送る事が出来たのだが、そこからが長かった。寄生した生物の中で我は復活の時を待ち、ついにその時が来たのだっ!」

 

 邪眼の言葉が意味する事に愕然となる一同。更に邪眼はリインを指差し嘲笑うように語り出す。いつか分からぬ頃に蒐集した魔法生物の内の一匹。それが自分が寄生していた物だった事を。そして邪眼は夜天の書の中でゆっくりと様々なモノを取り込み、その力や能力を自らの物へとした。

 そう、邪眼はいつか復讐しようと誓ったのだ。自らを滅ぼそうとした憎き仮面ライダーに。故に、それを模したこの姿へと変えたのだから。

 

 邪眼はその時の気持ちを思い出したのか忌々しげに拳を握ると、視線をアギトの後ろのクウガへ向けた。それに気付き、クウガは身構えた。

 

「貴様か……キングストーンを持っている者は」

「えっ……キングストーン?」

「妙な変化を起こしているようだが……まぁいい。今度こそ我が創世王になるために貴様のキングストーンを頂く!」

 

 そう言い放ち、邪眼はそこから跳び上がった。その跳躍力は青のクウガに迫る勢いがある。そんな迫り来る邪眼に対してクウガ達は———。

 

「翔一君っ!」

「はいっ!」

「何だとっ!?」

 

 マシントルネイダーを上昇させた。対抗するのではなく距離を取ったのだ。相手が来れない空高くへと逃れ、二人は邪眼へ視線を向ける。そう、これは相手を恐れてではない。クウガもアギトも理解していたのだ。あれと戦うのは自分達の役目だと。

 故に体勢を整えるため、相手の出鼻を挫いたのだ。邪眼は届くと思った瞬間、急にクウガ達が離れたためそのまま落下していく。それを追うようにクウガがマシントルネイダーから飛び降りた。

 

「クロノ君、これ一先ず返すね」

 

 その途中、手にしたS2Uをクロノへ投げ返しクウガは眼下を見つめた。着地する邪眼に続くようにその目の前へクウガも降り立つ。それに対して邪眼が悠然と構えた。クウガも即座に構えようとするが、その隣へアギトも降り立ち二人は共に構えて邪眼と対峙する。

 はやてはザフィーラに預けられ、その腕に抱かれながら二人を見守っていた。邪眼は構えるアギトとクウガの全身を見て、その視線をクウガのベルトに固定する。すると邪眼が何かを感じ取ったかのように吐き捨てた。

 

「またも邪魔するか光の力め。そうか、貴様の妙な力もそれが原因か……どこまでも我に刃向いおって!」

「光の……力……?」

「キングストーンって何だ!? 貴様は何を知っている!」

「貴様らは知らんだろうな。まぁいい。冥土の土産に教えてやる」

 

 クウガは邪眼の言った言葉に何か引っかかるものを感じ、アギトは聞き覚えのない言葉に対して問い掛ける。それを聞いて邪眼は見下すように語り出した。キングストーンに関する事を。

 キングストーンは、古来地球外から齎された神秘の輝石。それに秘められた力は万物の創造さえ可能とする大いなる力を秘めている。そして、その力を完全に制御出来る存在こそ創世王と呼ばれ、名が示す通り世界を自分の意のままに創る事さえ可能になるのだと。

 

 その話を聞いていたクウガが微かに動揺した。邪眼の言った言葉に思い当たる事があったからだ。それは、いつだったかクウガの力を研究していた科学警察研究所の榎田が五代達に言った言葉。

 アマダムはおそらく地球上の物質ではない。彼女はそう言っていたのだ。それだけではない。アマダムは、持ち主の意志に応じて力を発現させる。更に持ち主の状態を常に把握し、持ち主を仮死状態にした後そこから蘇生させる事さえやってのけるのだ。

 

 そして最大の理由。それは大いなる力という言葉で五代が真っ先に思い出した事。それは———。

 

(凄まじき戦士……)

 

 なってはならないと言われていたクウガの最後の姿。それが邪眼の言った大いなる力に相当すると思ったのだ。後は、クウガの対になる存在ともいえるダグバ。彼はグロンギの王とも呼べる存在だったとクウガも聞いている。

 では、それと同じ存在へ変化させるアマダムは王の石とも言えるような気がしたのだ。だが、それでもクウガにとって自身のベルトに宿る石の名は一つだった。

 

「……これはアマダムって言って、キングストーンじゃない」

「アマダムゥ? ……人間共はキングストーンをそう呼んだのか。だが、我には分かる。貴様が先程まで放っていた力。あれは間違いなくキングストーンのものだ。あの時は手に入れ損なったが、今度はそうはいかんぞ!」

「あの時は? ……まさかっ!? じゃあ、あの時BLACKさんを襲ってたのは?!」

「そうよ。奴のキングストーンを奪うためだ。だが、貴様らのせいで失敗に終わったがな!」

 

 忌々しいという感情を剥き出しに叫ぶ邪眼。そんな邪眼相手になのは達が動いた。先程のクウガへの強襲で飛行能力がないのは分かった。だからこそ空戦が可能ななのは達にとって、邪眼は強敵かもしれないが絶望するような相手ではないと踏んだのだ。

 

「レイジングハート!」

”分かりました”

「バルディッシュ!」

”心得ています”

 

 二人の声に呼応するデバイス達。そして、二人は同時にその矛先を邪眼へ向けた。邪眼はクウガとアギトへ視線を向けており、二人には気付いていない。

 それを確認し、二人は叫ぶ。必殺とまではいかないまでもダメージを与える事は出来るだろうと思いながら。

 

「ディバイィィィン……バスターっ!!」

「サンダー……スマッシャーっ!!」

 

 二色の閃光が邪眼へ襲い掛かる。それにクウガ達も気付き、その攻撃による邪眼の隙を突くべく構え直す。だが邪眼は迫り来る閃光に対して片手をゆっくりと突き出しただけだった。

 その行動に全員が疑問を感じる中、回復して体を動かせるようになったリインが叫ぶ。

 

「止めろ! お前達の魔法は通じんっ!」

「「えっ!?」」

「遅いっ!」

 

 その声と同時に邪眼の手に当たった二色の閃光は急速に輝きを失い、漆黒に変わるとそのままなのは達へ向かって反射された。

 それに驚く二人だったが即座になのはは防御魔法を展開し、フェイトは素早く回避する。それを見ていたユーノはリインの言葉から邪眼が何をしたかを予想し愕然となった。

 

「ま、まさかあいつは……」

「そうだ。奴は私から蒐集対象の魔法知識全てを持っていった。そして、防衛プログラムを始めとする私の機能も同様に。残ったのはユニゾン機能だけのようだ」

「どういう事や。それが一体何の———」

「ここにいる者ほとんどの魔法が通用しない。あるいは……認めたくありませんが先程のように利用されてしまうという事です、我が主」

 

 リインの答えに愕然となるはやて。いや、それだけではない。シグナム達を始めとした前線メンバー全員でさえその表情は暗い。この中で蒐集されたのは、なのは、フェイト、ユーノの三人。

 加えてシグナム達はそもそもが夜天の書から生まれた存在。そして、主であるはやても同様にリンカーコアを夜天の書に内包されていた。つまりここにいる者で魔法が通用するのは、クロノとロッテ、アリア、アルフのみ。

 

 それに気付いたからこそ、なのは達の絶望は深い。この中で攻撃力の高い者達が軒並み無力化された。この事実は、それだけ重い。

 

(このままじゃ……負けちゃうよ……)

 

 なのはの不屈の心に不安が押し寄せる。その場にいる全員の心から希望という光を蝕もうとする絶望と言う名の闇。それがなのは達から言葉を奪い、更には笑顔を奪う。もう駄目かもしれない。そんな事が脳裏をよぎる。

 

 だが、それを吹き飛ばすように大きな声がした。

 

「大丈夫っ! 俺達がいるから!」

「五代さん……」

「そうだよ! 俺達が頑張るから! だから、援護をお願いしますっ!」

「翔にぃ……」

 

 消えかけていた希望の灯。それを再び照らす輝きが、圧倒的に不利となっても決して諦めない存在がこの場にはいた。例え相手が何であろうと、必ず最後には勝利すると信じさせる”何か”がある者達。

 

 それを全員が感じ取り、その表情に生気が戻った。その反応に邪眼が驚く。信じられないと言わんばかりに。

 

 邪眼は知らない。目の前の二人は一人でも強大な悪を相手に戦いを挑んだ者達だと。故に彼らは支えてくれる者達がいる事がどれだけ嬉しく、また心強いのかを知っている。だから彼らは絶望しないのだ。

 

「ば、馬鹿な……何故だ。何故貴様らは抗える!? 何故絶望しないっ?!」

「俺達は、お前のような奴のために、誰かの涙は見たくない!」

 

 クウガの胸に宿るは、あの日の誓い。戦士となって戦うと強く思うに至った父の死に涙する少女の姿。それを見た時の悔しさとやるせなさ。それを二度と繰り返さぬために。その決意が周囲へ響く。

 

「そうだ! 全ての人達のため、全てのアギトのため、そしてみんなの笑顔のために……俺達は戦うと決めた!」

 

 アギトが求めたモノは、平和な世界。アギトになる者もならない者も同じように笑って暮らせる事。それを守るために自分は戦うとアンノウン相手に告げた気持ち。それを再度言い聞かせるように言い放つ。

 

「ぬ、ぬぅぅぅぅ! き、貴様らは一体何だというのだっ!?」

 

 そんな二人の目に見えぬ”何か”に気圧されるように邪眼がじりじりと後ずさる。その声に二人は互いを見やり―――頷いてそれぞれの構えを取って叫んだ。

 

「仮面ライダークウガっ!」

「仮面ライダーアギトっ!」

「「闇を打ち砕く、正義の光だっ!!」」

 

 その声に邪眼は以前敗れた記憶を思い出し、なのは達は安心感を抱いて勝利を確信した。仮面ライダーの意味、その本質。それを間接的とはいえ知っているから。それを五代と翔一が名乗った事がどういう事かを知っているから。

 故に心に勇気と希望が甦る。不屈の想いが全員に宿る。みんなの笑顔のために自分達も戦うのだと力強く構えてその視線を邪眼へ向けた。

 

 ここに”仮面ライダー”の称号を真に受け継いだ二人のヒーローが生まれた。それを支えるは魔法を使う者達。人類とライダーが手を組む時悪に負ける事はないのだと、そう敢然と示すように……。

 

 

 

 いつものように流れる時間。穏やかな日々。それが永遠に続くと誰もが、いや彼だけはそう思っていた。これは、そんな頃の話。

 

「本気ですか?」

 

 ウーノは告げられたジェイルの言葉にどこか意外そうな声でそう言った。

 

「本気さ。ドゥーエは無理だけど、君達は可能だからね」

「……それはそうですが」

 

 ジェイルがウーノに指示したのは自身の保険の廃棄。正確には、ジェイルのコピー受精卵の廃棄だった。

 彼は万が一に備え、自分が死んだり計画を実行出来なくなった際の保険にProjectF,A,T,Eの技術を使った自身のコピー受精卵をナンバーズ全員に仕込んでいたのだ。

 

 だが、それをジェイルは稼働中のナンバーズだけでなく調整中のナンバーズからも廃棄しろとウーノへ告げたのだ。その意図する事が分からず困惑するウーノへジェイルは小さく笑った。

 

「くくっ……何、真司に言われたとかではないよ。ただ、私は私しかいないと思ってね」

「?」

 

 不思議そうな反応を返すウーノにジェイルは嬉しそうに語り出した。真司と関わるようになってから強く思うようになった事があると。

 

 それは、今を感謝して生きなければならないという考え。何のために生まれ、自分が何者なのか。それを知るために今まで生きてきたようなものだったジェイル。だが、真司はそんな事を考えてさえいない。なのにも関わらずいつも楽しそうに生きている。だからジェイルは尋ねたのだ。どうしていつも楽しそうなのかと。

 

 それに真司はこう答えた。生きてるってだけで幸せだろ、と。それに、と続けてこう言い切った。

 

―――今はジェイルさん達もいるし。

 

 そうあっけらかんと真司は断言して笑ったのだ。いつ元の世界に帰れるか分からないがそれまではここが自分のいる場所だから。そう屈託のない笑顔で締め括られ、ジェイルは思ったのだ。

 自分が何者だとか、何のために生きるのか。そんな事を考えるよりも今を楽しむ事から始めなければいけないのではないかと。今を呪う者に未来などないのだと強く思わせられた。そう感じたからこそジェイルは決断したのだ。

 

「”今の私”は一人。この感情も考えも私だけのもの。これは紛れも無く私が私だったからこその想い。故にだよ、ウーノ」

「……はぁ~、分かりました。では、そのように」

「頼むよ」

 

 ため息混じりのウーノ。そんな彼女にそう言ってジェイルは仕事を再開する。ウーノはジェイルを少し見つめ、小さく苦笑すると軽く一礼して研究室を後にした。

 ジェイルの答え。それを聞いて彼女も思う事があったのだ。それは、ジェイルの計画が既に変質しているという事。そして、その事が意味するものはある心配事の消滅だった。

 

(あの子達の心配事は無くなりそうね)

 

 下の妹達。セインとディエチの懸案事項だった真司との対立はどうやらせずに済みそうだ。そう考えてウーノも安堵の表情を浮かべて誰にでもなく呟いた。

 

―――本当に……良かった。

 

 ここに誰かいれば、きっとウーノに指摘したに違いない。瞳が潤んでいる事を。今にも涙が流れそうなぐらいになっていると。

 だが、ここには誰もいない。それをウーノに伝える者はない。だからこそウーノは自分の状況に気付いてこう判断した。

 

 妹達を思うあまり、感情が昂ってしまったと。これも真司のせいだと呟いてウーノは目元を拭う。そして、そこにはいつものウーノがいた。彼女はしっかりとした足取りで、まずは調整室で作業しているだろうクアットロへジェイルの指示を伝えるべく歩き出した。

 それを終えたら次はトーレ達を呼び出し受精卵の摘出をしなければならない。きっとそれを聞いてセインは確実に喜ぶだろうとウーノは考え小さく笑う。本当なら、それは怒らなければならない事。だが、不思議と今のウーノにはそんなセインのするだろう反応が微笑ましいものに思えたからだ。

 

(ドクターは私達の創造主。真司さん風に言えば父親。その子を産む事をしなくて済むとなれば、それは嬉しい事でしょうね)

 

 そう考え、ウーノはふと思う事があった。なら、自分達は誰の子を産むのだろうと。戦闘機人である自分達を愛し、女性として扱ってくれる男などいるのだろうか。そう考えた時、ウーノの脳裏に真っ先に浮かんだのは真司の顔だった。

 

(……確かにあの人ならそう扱うわね。戦闘機人という名称さえ言うのを嫌がるぐらいだし)

 

 真司がセインやディエチへ告げていた事を思い出しているせいかやや下を向きつつウーノは歩く。すると、その前方からウーノ向かって歩いて来る存在がいた。真司だ。

 真司はウーノに気付き一度立ち止まって軽く手を挙げた。だが、下を向いているウーノはそれに気付かず早足で歩いている。それに真司は妙な印象を受けるも、ならばと思って彼女へ近寄り―――。

 

「ウーノさん」

「っ!?」

 

 声を掛けた。それに驚き、背筋をピンっとさせるウーノ。それに真司もやや驚いたように体を反らせるが、気を取り直してウーノへ問いかける。一体どうしたのかと。普段のウーノらしくない。そう感じたからこその言葉だった。

 

「ドクターに頼まれた事があったの。それについて考えていたらつい思考に没頭してしまって」

「あー、そういう事か。どうせまた困った事を言い出したんだろ」

 

 納得するも真司はしょうがないなと呟き、ウーノへこう笑顔で切り出した。

 

「何なら、俺がまたジェイルさんに言ってきますよ」

「えっ……あ、その必要はないわ。今回は無理難題とかではないの。ただ、今までのドクターからは想像出来ない事だったものだから」

「そうなんだ。一体どう」

「ごめんなさい。急がなきゃいけないから」

 

 真司の問いかけを遮って、ウーノはやや申し訳なさそうに告げると早足でその場から離れていく。出来るだけ早く妹達へジェイルの決定を伝えなければ。そう思って去り行くウーノの背中を見送り、真司は疑問を浮かべた。その背中がどこか嬉しそうに見えたのだ。

 

「ジェイルさん、一体何を頼んだんだ?」

 

 そんな真司の呟きに答える者はいない。ただ、静寂だけがそこにあった。

 

 ウーノの予想通り、セインはこの話を聞いて嬉しそうに笑った。意外だったのはトーレもどこか喜んでいた事。本人はセインが嬉しそうだったからだと言い張ったが、その場にいた全員がそれを内心で否定していた。

 

 真司だけは何も知らされず、ただウーノ達が以前にも増して明るくなったように感じ、嬉しそうに笑顔を見せるだけだった。



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勇気は不死鳥の如く~Eternal Blaze~

決してライダーだけが怪人を倒せるとは思いませんし、魔法があるなのは達ならば撃破は可能と思います。なので、それをここで示しました。


 邪眼相手に戦うクウガとアギト。初めこそ二人の気迫に押されていた邪眼だったが次第に立ち直り、今は二人を相手に圧倒していた。その原因は邪眼が新しく得た力である魔法にある。

 そのためなのは達も援護を試みたのだが、下手な魔法は邪眼に利用されクウガ達を苦しめてしまうために大した魔法が使えなかった。一方のクロノ達は決め手に欠けていた。そもそもクロノ以外はサポート役が多かったためか強力な魔法がほとんどなく、専らクウガ達の支援に回っていた。

 

 そんな中、ならばとシグナムやヴィータなどは直接攻撃に出ようとしたのだが、クウガ達の攻撃を軽々と受け止める邪眼相手ではそれも厳しいと感じたため、中々手を出せずにいた。

 多くの者達が悔しげに視線を眼下へ向ける。そこでは邪眼相手に苦戦する二人のライダーがいた。

 

「くうぅぅぅ……」

「くそっ、このままじゃ……」

「不味い、よね」

 

 邪眼の一撃に吹き飛ばされるクウガ。それを見たアギトの言葉にクウガがそう続けた。格闘戦だけなら二人は人並み外れた経験がある。だがそこに魔法を組み込まれると調子が狂うのだ。それだけではない。邪眼は電撃を手から放ち、それを魔法を加えて使ってくるのだ。

 特にフェイトの魔法は相性がいいので紫の電撃を纏ったフォトンランサー・ファランクスシフトなどは、なのは達の援護がなければ流石のクウガやアギトといえど大ダメージは必死だったのだから。

 

 だが、そろそろなのは達にも疲労の色が出始めていた。魔力もそうだが、何より精神的な疲労が大きい。仮面ライダー二人を相手にしながら邪眼は優位に立てる程の力を持っている。それと対峙するだけでも精神が削られていくのだ。

 それをクウガとアギトも理解している。故に焦っていたのだ。このままではいずれ押し切られる。そう感じていたがために。そしてクウガは決断する。ここが無理をするところだと。

 

「こうなったら……俺が盾になるから翔一君は攻撃に専念して」

「えっ……盾って、五代さん?!」

「超変身っ!」

 

 動揺するアギトに構わず、クウガはその体を変化させる。赤い体は紫の鎧に変わり、目の色も同じ紫へ変わった。タイタンフォーム。防御力に優れ、力は全フォーム一を誇る。

 邪悪なる者あらば、鋼の鎧を身に付け、地割れの如く邪悪を斬り裂く戦士である。

 

 それを見てアギトはクウガの意図を理解した。そして内心で申し訳なく思いながら、彼もまた姿を変える。金色の体は青くなり、左腕が変化を遂げる。

 ストームフォーム。俊敏性に優れ、風を司る姿である。超変身したアギトはその手をベルトへ回すと、そこから一振りの武器―――ストームハルバートと呼ばれる薙刀が出現した。この姿と、とある姿でしか使えない専用武器だ。

 

「ふんっ! 姿を変えただけで我を倒せるものか!」

 

 クウガとアギトが姿を変えた事にやや驚く邪眼だったが、それもほんの一瞬で立ち直る。すぐさま走り出すとその腕をクウガへ振り下ろした。それをクウガは避けもせず、両腕でしっかりと受け止めた。

 先程まで成す術なく吹き飛ばされていた相手が急に自分の攻撃を受け止めた事に邪眼は流石に動揺を隠せなかった。あの発電所で邪眼が戦ったライダーで超変身出来たのはアギトのみ。しかも、彼はバーニングフォームとシャイニングフォームしか使っていなかったのだ。

 

 つまり、超変身が本来持つ意図。状況に応じるための使い道という事を知らずにいた。単なる強化とは違う超変身の強み。それが今最高のタイミングで発揮されようとしていた。

 

「はぁ!」

 

 クウガの防御力が上昇した事に戸惑う邪眼。その隙を見逃すアギトではない。素早い動きで邪眼の横に回りこむと手にしたストームハルバートで邪眼に斬りかかった。その一撃は確かに僅かな反撃だった。だが、これが初めて邪眼に与えたダメージ。しかも―――。

 

「ぐあっ!」

((っ! 効いたっ!))

 

 邪眼の口から初めて苦痛に呻く声が出た。それを聞き、二人のライダーも手応えを感じた。勝てる、と。決して無敵などではない。そう思ったクウガは受け止めていた腕を払い除け、呻く邪眼に渾身のパンチを叩き込む。

 

「おおりゃ!」

「ぐう!」

 

 力自慢のタイタンフォームの一撃に邪眼も堪らず後ろへ下がる。そこへ更にアギトがストームハルバートで追い打ちをかけようとするも邪眼はそれを何とか電撃で阻止した。そして、それに続けと動き出そうとしていたクウガへ電撃を放ち後退させる。

 クウガは鎧に受けた電撃のダメージがあまりない事を確認すると同時にある事を思いつく。それにはアギトの協力が必要だ。そう考えクウガは邪眼を見つめたままアギトへと声を掛けた。

 

「翔一君! それ貸してくれない!」

「分かりました!」

 

 クウガの提案を疑う事も尋ねる事もせず、アギトは手にしていたストームハルバートを手渡した。それをクウガが手にした途端、ストームハルバートが姿を変えてタイタンソードへと変化した。その刃先が伸びたのを確認し、クウガは小さく頷いた。

 薙刀は刀。つまり切り裂くものである。それ故に変化を起こし、タイタンソードへとなったのだ。そして、それを見たアギトもそれならばとベルトを叩いて再び姿を変える。

 

 青い体が金色を経由し赤い体に。変化が左腕から右腕に変わり、先程と同じくベルトから一振りの武器が出現する。フレイムセイバーだ。

 

 互いに武器を構えるクウガとアギト。だが、クウガはそれを静かに下ろし一言告げる。

 

「行くよ」

「はいっ!」

 

 悠然と歩き出すクウガと合わせるようにアギトもフレイムセイバーを下げゆっくりと歩き出す。それを見ていたなのは達は正直不安で仕方ない。だがどこかで信じている部分もある。仮面ライダーが負けるはずないと。

 

 そう、なのはだけでなく全員が黙って見守っているのだ。その目は諦めた目ではない。何か方法はないかと探る目だ。目の前で戦う二人のヒーロー。その勇姿に応えようと。だからこそ全員が見守っている。僅かでも勝機を見逃さないようにだ。

 

(頑張って! 仮面ライダー!)

 

 そう心で叫んで、なのははレイジングハートを握り締める。先程までの無力感。それを吹き飛ばしてくれた二人の仮面ライダーに自分も出来る事を探すのだと思って決意を新たにするなのはの視線の先では、邪眼が二人に向かって電撃を放つところだった。

 

 目の前に迫る電撃。それをクウガは鎧に受け僅かに後ずさるも、すぐに歩みを再開する。アギトは電撃をフレイムセイバーで切り払いながら歩き続ける。フレイムフォームは感覚が鋭くなっているため、アギトは電撃を落ち着いて対処する事が出来ていた。

 だが、その要因にゆっくり歩いている事も影響している。走っていたのならさしものフレイムフォームもこの電撃に完全に対処する事は難しい。しかし、クウガに合わせてゆっくり歩いているため、それが可能となっていた。

 

 勿論、クウガはこれを狙った訳ではない。しかし、奇しくもクウガの戦法がアギトのフレイムフォームにも良い効果をもたらしていたのだ。これに驚いたのは邪眼である。通用していた攻撃が効果を無くし、しかも相手は悠然と近付いてくるのだ。

 どれだけ電撃を放っても、クウガは怯まず歩みを止めないし、アギトは全てを見事に切り払いながら進んでくる。さながら邪眼の死刑執行人にも思えるような光景だ。最初は二十メートルはあった距離が、気付けば十メートル、五メートルと縮まっていき―――

 

「ば、馬鹿な……」

 

 気付けば眼前に二人のライダーがいた。それに電撃を放とうとする邪眼だったが、その電撃をアギトが切り払う。それに邪眼が怯んだ瞬間、クウガが手にしたタイタンソードを構えた。

 

そして同時にアギトもその手にしたフレイムセイバーを構える。すると、その鍔が展開した。

 

「おりゃ!」

「はっ!」

 

 クウガが右袈裟に、アギトが左袈裟に斬りつける。邪眼の体へ二筋の剣閃が走った。浮かんで消えるクウガの刻んだ封印の文字。それに苦しむ邪眼へ更に二人は強烈な一撃を放つ。

 

「うおりゃあ!!」

「はあぁぁぁ!!」

 

 とどめとばかりにクウガがその切っ先を邪眼の体へ突き立てる。カラミティタイタンと呼ばれる一撃だ。それを受けた邪眼は辛うじて手で止めて貫かれる事を阻止した。

 そこにアギトが真っ向に斬りつけた。セイバースラッシュと呼ばれる必殺の一撃。その威力で邪眼の力が弱まり、クウガがもう一度タイタンソードを突き出した。二つの攻撃をまともに喰らい、さしもの邪眼もこれまでかと思われた。

 

「図に乗るなぁ!!」

 

 だがそれを耐え切った邪眼の両手から放たれた強力な電撃が二人を大きく吹き飛ばした。そして、それを見ていたなのは達にも動揺が走る。邪眼が両手を掲げて何かの魔法を使おうとしていたのだ。

 そして、それが何かを一番最初に理解したのはなのはだった。何故ならそれは彼女が使う魔法だったのだから。

 

「っ!? レイジングハートっ!」

”ロード カートリッジ”

 

 なのはの声に合わせ、レイジングハートがカートリッジを排出する。その数三つ。それを見ていたフェイトもなのはの動きから邪眼の使おうとしている魔法の見当をつけ、その表情を変えた。

 故にフェイトも即座にバルディッシュへ同じ事を頼む。フェイトの言葉に呼応しカートリッジを排出するバルディッシュ。すると、その姿を鎌から巨大な剣に変えた。そんな二人に周囲はまだ理解出来ないようだったが、ユーノは邪眼の周囲に魔力が集束していくのを見て確信した。

 

「スターライトを使うつもりだ!」

 

 その言葉にクロノとアルフだけが驚愕する。他の者達はその魔法を知らない故にいま一つユーノ達の焦りが分からないようだったが、少なくとも碌な事にはならないと感じたのだろう。即座にそれぞれが動いたのだ。

 リインははやてを抱きしめ、ザフィーラとシャマルがその前に立ち絶対死守の姿勢。シグナムとヴィータはアリアとロッテを下がらせ、自分達が防ぐと言わんばかりにデバイスを構え、アルフはクロノと共にユーノと三人で広範囲の防御魔法を展開する。

 

 そして、なのはとフェイトはクウガとアギトの前に立ち、デバイスを邪眼へ向けた。

 

「なのはちゃん……」

「五代さん達はそこで休んでて。あれは私達が防ぐから!」

「フェイトちゃんも……」

「翔一さん達が私達の最後の希望。絶対に守ってみせる!」

 

 そんな二人の驚くライダー達へなのはとフェイトが見せる仕草はサムズアップ。大丈夫。それを無言で告げ、二人の魔法少女は邪眼を睨む。

 

「ふんっ! 小娘如きに何が出来る! 喰らえっ! ダークネスブレイカー!!」

「スターライトっ!」

「ジェットっ!」

 

 迫り来る漆黒の砲撃。それがユーノ達の展開した防御魔法を突き破っていく。だが、それに僅かに勢いを落としたのをなのは達は見逃さなかった。だからこそそれに対して二人は怯まない。背中にいる二人のヒーロー。それがくれた勇気と希望を胸に、不屈の想いで叫んだ。

 

「ブレイカー!!」

「ザンバー!!」

 

 二色の閃光が巨大な漆黒と衝突する。微かに、だが確実に二つの閃光が押されている。それでも二人は諦めない。顔を衝撃に歪ませながらしっかりと大地に足をつけ、漆黒の砲撃を―――その先にいるであろう邪眼を見据えていた。

 

 それを上空で見ていたはやてが堪らなくなったのかリインへ視線を向けた。なのはとフェイトは数少ない友人。しかも自分の事を知って進んで蒐集してほしいと名乗りを上げた者達なのだ。今も家族である翔一を守ろうとしている。

 そう考えたはやての中に一つの想いが生まれていた。その気持ちを素直に言葉として発したのだ。切なる願いの叫びとして。

 

「リインっ! わたしも……わたしも戦いたい!」

「主、気持ちは分かりますが」

「お願いや! 友達が家族のために頑張ってくれとるのに、わたしだけ見とるだけなんて嫌や!」

 

 涙を浮かべ、リインへ告げるはやて。その目に宿る強さを感じ取り、リインは頷いた。そして、はやてに優しく笑いかけて告げる。

 どこまでも私は貴方と共にあります、と。それに嬉しそうに頷くとはやては凛々しい表情でリインを見つめた。それにリインも同じ表情を見せ、二人は声を合わせた。

 

「「ユニゾン・イン」」

 

 はやての体にリインが融合し、彼女用の騎士甲冑と杖が出現する。それと同時に堕天使を思わせる羽が展開された。それを確認し、はやては押されつつあるなのは達の元へと向かう。

 それをシャマルもザフィーラも止める事はしない。はやての決意や覚悟を知るからこそ、臣下ではなく家族として取るべき行動は決まっていた。

 

「行くわよ、ザフィーラ」

「心得えている」

 

 はやての後を追うように二人もなのは達の傍へ。それを見て、アリアとロッテがシグナムとヴィータに目配せで追うように告げた、それに二人も頷き合い、アリア達に目礼を返しなのは達の元へ急ぐ。

 それをユーノは眺めながら攻撃魔法を使えない自分を悔しく思っていた。だが、それを気付いたのかクロノがため息混じりに呟く。

 

「そんな顔をするな。僕らだって十分役に立っている」

「そうさ。現になのは達が拮抗出来るのはアタシらの魔法を突き破ったからだよ」

 

 二人の言葉にユーノも頷き、視線をなのは達に向けた。そこでははやてが魔法を展開しようとしていた。

 

「来よ、白銀の風! 天よりそそぐ矢羽となれ!」

 

 はやての姿に驚いたなのは達だったが、彼女が告げた一緒に戦うとの言葉に笑顔を浮かべ、クウガ達はその言葉にはやてもまた強い心の持ち主だと改めて感じていた。

 そして、そのはやてが力強く紡ぐ言葉は闇を貫く光へ変わる。

 

「フレースヴェルグ!!」

 

 はやてから放たれた魔法の輝きが加わり、三色の閃光となる。それが押され始めていた状況を五分にまで押し戻した。それにクウガとアギトが息を呑む。幼い少女三人が自分達でも防ぐ事が難しいだろう攻撃を押し返そうとしている光景に。

 

「な、何ぃ!」

 

 同様に邪眼の声にも微かに驚きが混ざる。だが、そこから状況は再び膠着状態に陥る。それに邪眼が余裕を取り戻そうとした瞬間、そこにシャマルが降り立ちクウガとアギトを魔法で癒し始めた。

 そしてザフィーラも同じ様に降り立つと邪眼の足を狙ってバインドを放つ。それは何故か妨害も無力化もされない。それにユーノ達が驚くが、どこか邪眼はしまったというような雰囲気を感じさせた。

 

「やはりか。貴様が魔法を無効化ないし利用する際、必ず手を使っていた。ならば、両手が塞がっている今は魔法を防ぐ事は出来んと踏んだが……どうやら当たりらしいな!」

「さすが盾の守護獣だ」

「良く見てるじゃねぇか!」

 

 更にそこへシグナムとヴィータも到着し、そのデバイスを構えた。それと同時に排出されるカートリッジ。シグナムはレヴァンテインを鞘と繋げ弓のようにし、ヴィータはグラーフアイゼンを空高く掲げた。

 それは彼らの最後の切り札。烈火の将と鉄槌の騎士のとっておき。魔法攻撃が通用する今しか使いどころがないと判断し、ここぞとばかりに最大攻撃を選択したのだ。

 

「翔けよ! 隼っ!!」

”シュツルムファルケン”

「轟天! 爆砕っ!!」

”ギガントシュラーク”

 

 互角だった衝突にシグナムの一撃が加わり、ダメ押しとばかりにヴィータの一撃があろう事かその巨大な閃光を後ろから叩いた。それを受けて漆黒を飲み込むように進む巨大な閃光。それはそのまま勢いを止める事なく邪眼へ向かい―――

 

「そ、そんな馬鹿なぁぁぁぁぁ!!」

 

 その体を飲み込んだ。その光景を見ながらユーノだけが疑問を感じていた。なのは達の魔法を何故無効化する事が出来ないのかと。ユーノの見ている中、光が闇を消し去るが如くなのは達の魔法が邪眼を包み込む。そして、その輝きが消えた後には邪眼の姿はなかった。

 

「終わった……?」

 

 なのはの呟きはその場にいた全員のものだった。そこには、最初から何もいなかったように荒野が広がっているだけ。ただ、残った大きなクレーターだけが確かにここで激しい戦いがあった事を物語っていた。

 

 しかし勝利したという確信をクウガとアギトは抱けずいた。むしろ、これで終わりではないと感じ、クウガとアギトは静かに立ち上がる。

 そしてクウガは体の色を紫から赤へと戻したのだ。それに気付いてなのはが小首を傾げる。

 

「五代さん、どうして変身を解かないの?」

「翔にぃまで……」

 

 はやてもアギトが元の金色へ戻った事に不思議そうな表情を浮かべた。グランドフォーム。アギトの基本の姿だ。

 

 二人のライダーは基本形とも言える姿へ戻ると、少女達の疑問へ答えるように視線を一点へ向けた。

 

「うん、それはまだ終わってないからだよ」

「分かるんだ。邪眼は倒せてないって」

 

 そう言って二人の仮面ライダーは視線を先程まで邪眼がいた位置へ向けている。それにつられるように全員の視線がそこへ向いた。そこにはもう何もない。だが、それでもクウガもアギトもそこから目を逸らさない。

 

「「……来るっ!」」

 

 構えるダブルライダー。それに呼応するようにその周囲の空気が蠢き出す。それを感じ、なのは達も身構えた。その瞬間空間が歪み、そこから邪眼が再び姿を現した。それを見て誰もが息を呑んだ。

 邪眼は無傷だったのだ。あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、その体には傷跡一つ残っていなかった。何故。どうして。その気持ちが表情に出ていた。

 

 だが、一人リインだけが気付いていた。邪眼が無傷な理由を。そして、それが意味する事を悟り、リインは絶望にも似た想いを抱いてはやてに伝えた。邪眼は転生機能を備えてしまっている、と。その言葉に声を失うはやて。

 邪眼ははやての表情からリインの言葉を感付いたように不気味な笑いを上げる。闇は不敵に笑う。この場にいる者達へ絶望を与えるために……。

 

 

 

 いつものように流れる時間。穏やかな日々。それが永遠に続くと誰もが、いや彼だけはそう思っていた。これはそんな頃の話。

 

「これで良しっと」

「何かさ……変な気分だね」

 

 持って来たケースを置き、セインは笑みを浮かべる。だが、ディエチはそのケースを見つめて浮かない表情。二人が持ってきたのはジェイルのコピーの受精卵が収められたケース。全部で十一。ナンバー2であるドゥーエ以外全員のものが入っている。

 それをラボの奥深くにある廃棄所へ捨てにきたのだ。本来なら焼却処分などをするのだろうが、それは何となく気がひけたのだ。曲がりなりにも命だと考えてしまったせいもある。よって、こうしてラボの奥深くで永遠に眠ってもらおうという結論に達したのだ。

 

「う〜……ま、仕方ないよ。あれもドクターと同じって考えると……ねぇ」

「そうだけど……何か嫌な予感がするんだ」

「え? まさかあれが独りでに成長して襲ってくるとか?」

「そんなんじゃないけど……」

 

 セインの言った内容にディエチは苦笑する。どこかのB級ホラーのようだったからだ。そんな事を考えたからだろう。先程までの浮かない気分は少しマシになっていた。

 セインが気を遣ってくれたんだと思い、ディエチは小さく笑う。姉らしいところもちゃんとあるんだと思って。ディエチが笑ったのを見たセインはそれを知らず、馬鹿にされたと思ったのかディエチに対してむくれた顔をする。

 

 そんなセインにディエチはやや慌てながら弁解開始。セインはそれを聞きながら、拗ねた顔を見せて歩き出した。

 

「もっと姉としてちゃんと敬ってよ」

「えっと……なら姉として敬われるようになって欲しいな」

 

 ディエチの答えにセインがショックだと叫んで走り出す。それにディエチも慌てて追い駆ける。だがセインの顔はどこか楽しそうだ。ディエチを軽くからかっているのだろう。それを知らずにディエチはセインの後を必死に追いかけるのだった。

 

 騒々しい声と音を響かせながら廃棄所を去っていく二人。この時、ディエチが抱いた不安。その予感が正しかったと二人が気付くにはここから十年近い時間が必要だった……。

 

 

「真司」

「ん? 何だよ、トーレか。訓練ならやんないぞ。今日はもうチンクちゃんとしたからな」

 

 トレーニングルームの掃除をしていた真司だったが、そこに現れたトーレに手を止める事無く掃除を続けていた。そんな真司の反応にトーレは内心苦笑するも、それを彼に見せないようにいつもの顔で告げた。訓練ではなく相談があるのだと。

 それに真司は手を止めて顔を上げた。その反応の違いにトーレは呆れたように笑うと、大した事ではないと前置いてこう言った。

 

「妹達の事だ」

 

 それから十分後、真司とトーレは二人でトーレの部屋にいた。本当は真司の部屋にする予定だったのだが彼の部屋はよくセインやディエチが訪ねてくるため、トーレの意見によって彼女の部屋となった。

 真司はそれでも女の子の部屋だからと別の場所を提案したのだが、トーレの他に都合の良い場所などないとの言葉に切り捨てられこの有様である。押しの強い女性には弱い真司であった。

 

「で、妹達の話って……セイン達?」

「違う。いや、厳密に言えばあの二人もか。まぁ、つまりセイン以降のセッテ達についてだ」

 

 トーレは、残りのナンバースは戦闘用に特化した者が多くなるため、その訓練を自分やチンクだけでなく真司にも担当してほしいのだと告げた。

 それを聞いた真司は微妙そうな表情を浮かべる。真司にとってはセイン達は妹分であり、可愛い女の子達なのだ。いくら戦闘用に作られたからといって、はいそうですねと扱える訳ではない。

 

 だから彼はトーレの言い分に素直に頷く事が出来なかったのだ。それをトーレも理解しているのでこう真司に告げた。妹達が起動したら、まず本人達に真司が尋ねて欲しいと。

 それは戦闘機人として生きるのか、それとも別の生き方を選ぶのかだ。その問いかけが何を意味するのかを察し、真司はどこか信じられないとばかりな表情を見せた。

 

「それって……」

「私の独断ではない。ドクターもお許しになった」

「そっか。ジェイルさんもね……ん? ドク」

「それともう一つあってな。セッテとオットー、ディードの三人はお前が教育しろと言っていた」

 

 真司の言葉を遮り、トーレは早口でそう告げた。そのトーレの反応から真司は自分の抱いた疑問の答えを悟る。ジェイルがその問いかけを許してくれた背景にはトーレの口添えもあったと。だが、トーレの告げた後半部分に真司は首を傾げた。

 何故自分が三人の教育する事になっているのか。その気持ちが顔に出ていたのをトーレは見て、やや呆れながらクアットロがそう伝えて欲しいと言っていた事を教えた。

 

 それを聞いてもまだ真司は分からずやや考える。だが、少ししてその意味を理解しガッツポーズ。それは、クアットロが担当になった妹達を真司に委ねると決めたと分かったからだ。つまり、三人をちゃんと妹として扱うと断言してくれたのだと。

 

「そっか。クアットロの奴、分かってくれたんだな」

「お前に毎日毎日顔を出されるのが鬱陶しいからと言っていたがな」

 

 そう告げて軽い笑みを浮かべるトーレ。気が付けば、真司が来てから様々な事が変わったと思いながら。まず変化したのはチンク。次に食生活とジェイルの考え方。続けてクアットロの物腰にウーノの接し方も変わった。そして何よりも感じるものが彼女にはあるのだ。

 

(私自身も、か……)

 

 戦う事だけが生き甲斐であり生まれた意味。そう思っていたトーレ。だが、それを真司は柔らかくゆっくりと否定していった。ほとんど笑う事などなかった彼女へ、真司は笑った方がいいと事ある毎に言っていた。

 それを最初は鬱陶しいとしか感じてなかったのがうるさい奴に変わり、相変わらずだなに変わり、今ではたまに笑みを見せ合うようになっていたのだから。

 

 訓練終わりにする他愛ない会話。洗浄と表現するトーレに対し、風呂と言えと繰り返す真司。そんなやり取りなどを思い返し、トーレは思う。このまま妹達や真司と静かに暮らすのも悪くないと。

 

(もうドクターも計画に興味を無くし始めているしな……)

 

 つい先日ウーノが姉妹を集めて話した事がある。それはジェイルは計画を変更して、従来の管理局を相手にした反乱ではなく最高評議会を利用してのんびりライダーシステムの研究やその発展系を考えていきたいと考えているとの推測。

 そのため、もうジェイルは”ゆりかご”をただの研究施設に改造し今後に備えようとも考えているのでは。それがウーノの予想だった。そんな事を思い出し、トーレは真司を見つめる。真司は、どうやったら三人をちゃんとした女性に出来るかを必死に考えているようだ。

 

 その表情を険しいものにして、あ〜でもないこ〜でもないと言っている。そんな真司を見てトーレは小さく呟いた。

 

―――このバカめ。

 

 その声には、紛れも無い親しみと愛おしさが込められていた。



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決着

これにて第一部はほぼ終わりました。次回でA’s編は完全終了となります。


「転生機能を……」

「こ、こいつが……」

 

 はやての口から語られた事実。それを聞き、なのは達は愕然となった。転生機能を邪眼が得ている。それはもう邪眼を倒す事は出来ないと告げられたようなものだったからだ。

 しかし、もうそれで絶望するなのは達ではない。そう、いるのだ。不可能を可能に変える存在が。その証拠に、彼らはそれを聞いても諦めたようには欠片も見えない。

 

「倒せないのなら、倒せるまでやるだけだ!」

「そう。みんなで力を合わせれば、絶対に大丈夫!」

 

 アギトの言葉にクウガが続いて断言する。両者共、邪眼から視線を外さずサムズアップをなのは達へ向けて。それに全員がサムズアップを返す。その表情はみな凛々しい。

 その雰囲気に邪眼は苛立ちを隠せない。誰も不安や恐れを抱かない。自分が再生したのにも関わらず、それを意にも介さないクウガ達。絶望を叩きつけても尚、希望の灯を消さない仮面ライダーという存在へ。

 

「おのれおのれおのれぇぇぇぇ!!」

 

 有らん限りの声で周囲を威嚇する邪眼。それに対し全員が構える。恐れはしないと。全員の姿勢が、瞳が物語る。決して闇に屈したりしない。その想いをありったけ込めた心が、その全身から希望という名の光を放つ。

 

「転生するのなら、その能力を封印すればいい!」

「そうよ。ロッテが言う通りだわ。クウガの力なら……絶対に!」

「そうだな。仮面ライダー、援護する。必ず邪眼を封じてくれ!」

 

 ロッテ、アリア、クロノの三人が邪眼に啖呵を切るように声を掛ければ―――

 

「翔一、お前の援護は我らに任せろ」

「おう! しっかり助けてやっからな!」

「安心して戦って」

「ヴォルケンリッターの名に賭け、勝利への道を切り開く!」

 

 シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラがアギトを励まし―――

 

「アタシらがついてるから、しっかりやんなよ、雄介!」

「僕らも全力で支えます!」

 

 アルフ、ユーノがクウガへと声援を送り―――

 

「翔にぃ……五代さん……絶対、絶対勝つって信じとるから!」

「うん。私達も出来る限りの無理をします!」

「だから、頑張って! 仮面ライダーっ!!」

 

 はやて、フェイト、なのはが二人に向かって想いを託す。

 

 そして、それを受け取りクウガとアギトは力強く頷いた。その手に見せるはサムズアップ。絶対の安心感と信頼を与える仕草。それを見た全員が即座に動き出す。邪眼への対応は既に分かった。だが、うかつに手を出せない事には変わりない。

 だからなのは達がやや慎重に邪眼の周囲に展開した。電撃を考慮し、いつでも避けたり逃げたり出来る距離。それをそれぞれが測っていた。

 

 そんななのは達と違い、クウガとアギトは邪眼に対し攻撃を開始した。格闘戦を挑むものの地力ではやはり邪眼にやや分がある。だが、それを二人も分かっている。

 だからこそ邪眼を挟み込むようにして対峙していた。クウガが正面に、アギトが背面に回り邪眼に攻撃を仕掛けていたのだ。

 

 クウガの蹴りを受け止める邪眼。だが、その直後にアギトが足払いをかける。それに邪眼が体勢を崩しかけたところでクウガが残った左足で蹴りを放つ。その衝撃で邪眼がややよろめいたのを見てアギトが跳び上がり、右足で蹴りを叩き込む。

 それでクウガが更に攻撃を仕掛けようとしたところで、邪眼が手を突き出し電撃を放った。それをまともに喰らいクウガが飛ばされる。

 

「ぐっ!」

「五代さんっ!」

「貴様もだ!」

 

 そんなクウガへアギトが一瞬意識を向けたのを見逃さず、邪眼がアギトへも電撃を放つ。それを同じようにまともに受け、アギトも大きく飛ばされる。更に追撃をかけようとする邪眼だったが、そこへ青い閃光が走った。

 それを受け僅かに体を揺らす邪眼。そして、その攻撃が来た方へ視線を向ける。そこではデュランダルを手にしたクロノが目付き鋭く構えていた。ブレイズキャノンを使ったようで、その顔には険しさが見える。

 

「大丈夫か、津上翔一っ!」

「助かったよ、クロノ君!」

 

 邪眼がクロノへ注意を向けた隙を突いて、アギトは体勢を立て直し邪眼と距離を取っていた。それに邪眼が気付いた瞬間、クウガが再び立ち向かった。飛び掛りながらのパンチが邪眼に当たり、そこから更に左、右と腹部へ拳と打ちつける。

 そんな中、ユーノはずっとある事を考えていた。邪眼が使った魔法とその無力化についてだ。邪眼は何故かプラズマランサーではなくフォトンランサーを使っていた。今のフェイトはプラズマランサーを使っているにも関わらずだ。

 

(何故だ? どうして威力の低い魔法を……それになのは達の魔法を合わせた時も何故か無力化していない。この共通点は…………そうか! そういう事かっ!)

 

 ユーノが気付いたのは思考の死角。勝手に思い込んでいた発想。それに気付きユーノは叫んだ。それが現状の打破に繋がると信じて。

 

「なのは! フェイト! 邪眼は蒐集以後の魔法は使えないし無力化出来ないっ!」

「え?」

「どういう事、ユーノ君」

「つまり、蒐集された後から使えるようになった魔法には対応していないんだ! さっきの合体魔法を無力化出来なかったのはフェイトが蒐集後の魔法を使ったからだ! それにプラズマランサーやアクセルシューターを使ってこなかったのもその証拠だよ!」

 

 それを聞いたなのはとフェイトに変化が現れた。先程までは牽制や支援ばかりを考えて動いていたのが途端に攻撃に移ったのだ。

 言われた通りアクセルシューターやプラズマランサーなどを主体に邪眼を攻撃する二人。それを邪眼は受け止めもせず、電撃で相殺したりかわしたりするだけだった。

 

(本当だ!)

(これなら……やれる!)

 

 手応えを感じて表情をより凛々しくするなのはとフェイト。そこでなのはは思い出す。それは、まだフレームが完璧ではないから使ってはいけないと言われたもの。その名は、エクセリオンモード。最大出力を出す事が出来るが、制御に失敗すれば現状ではレイジングハートが壊れてしまうという諸刃の剣。

 大切な相棒とも言えるレイジングハートを危険に晒す事は出来ない。そう思い別の手を考えるなのは。だが、そんななのはの心を読み取ったのかレイジングハートが声を上げる。

 

”マスター”

「どうしたの?」

”エクセリオンモードを使ってください”

 

 驚くなのはにレイジングハートは告げる。確かに制御は難しいがなのはならやれる。そして、自分を信じて欲しいと。そう言われてもまだ決意を決められないなのはだったが、そこにレイジングハートがこう断言した。

 

”信じてください、マスター。私を、そして貴方自身を”

「レイジングハート……うんっ!」

 

 なのははその言葉に感謝し、力強く告げた。

 

「エクセリオンモード、ドライブ!」

 

 それに呼応し、形を変えるレイジングハート。更になのはは続けた。

 

「エクセリオンモードACS、ドライブっ!!」

”ドライブ・イグニッション”

 

 ストライクフレームが展開し、その先端になのはの魔力光が刃を成す。そして周囲に光の羽を展開し、なのはは邪眼目掛けて突撃した。

 それを見てフェイトもザンバーを振り上げそれに続く。その途中でフェイトはバリアジャケットを薄くしていく。元々高くない防御力。それを極力下げる事で速度を求めたフェイトの決戦用の姿。その名は―――

 

「ソニックフォームでなら……バルディッシュ!」

”ソニックムーブ”

 

 音速の名を冠する姿。それは確かにフェイトに従来以上の速度を与えた。更に高速移動魔法を使い、突撃するなのはへフェイトは追いつく。そこで一瞬だけ互いを見やり頷いた。

 

「ぬ?」

 

 そんな二人に気付いた邪眼だったが、既になのはもフェイトもその懐に入り込んだ。そしてそのままなのははレイジングハートの先端にある魔力刃を突き立てる。

 

「エクセリオォォォン……」

「な、何ぃ?!」

 

 知らぬ魔法攻撃に動揺する邪眼。フェイトはそんななのはの上に行き、ザンバーを両手で振り上げた。なのはに続けとばかりに。

 

「プラズマ!」

 

 その声に邪眼が視線を上げれば、ザンバーを大上段に構えたフェイトの姿がある。それを迎撃しようとする邪眼だったがその体が動かない。見れば、全身隈なくバインドで拘束されていた。その色は二色の異なる緑。シャマルとユーノの魔力光だった。

 

「させません!」

「二人共、今だ!」

 

 その言葉に頷くように二人の声が大きく響く。今の自分達に出来る最大の攻撃。それに全てを込めるかのよな叫びが。

 

「バスタァァァァ!!」

「ザンバァァァァ!!」

 

 二つの魔法が重なり合い、邪眼を襲う。その間にクウガとアギトはそれぞれ邪眼を封印すべく動いていた。アギトが必殺の蹴りを放つので、そこへクウガが封印エネルギーを込めた一撃を叩き込む事を決め、二人はそれぞれ散開する。

 なのは達の攻撃で邪眼が弱ったのを確認したからだ。まずアギトが動く。頭部の角―――グランドホーンが展開し、その足元にアギトの紋章が浮かび上がる。そこから前段階の構えを取り、その紋章がアギトの足へ集束されていく。それを感じ取り、アギトはその場から高く跳び上がり———。

 

「はぁっ!!」

 

 ライダーキックを放つ。幾多の悪を倒してきた必殺技だ。それが二人の魔法で大ダメージを負った邪眼へ追い打ちをかける。堪らず大きく後退し、膝をつく邪眼と着地するアギト。それを見たクウガが構えて走り出す。地面を踏み締める度にその右足が熱を増す。一心不乱に邪眼目指して走る。走る。走る。

 

「っ!」

 

 そして、その勢いを持ったまま両足で大地を力強く蹴り跳び上がった。空中で一回転し、そのままクウガはその右足で邪眼へ蹴り込んだ。

 

「おりゃあぁぁぁっ!!」

 

 それはマイティキックと呼ばれる必殺の一撃。しかも、ズ・ザイン・ダを倒した際の強化型。それが片膝をついていた邪眼を更に蹴り飛ばし、その体を大地に横たわらせる。地面に着地するクウガ。その右足から煙を出しながらも視線は邪眼へ注がれている。

 すると受けたダメージに耐えながら邪眼が何とか立ち上がった。その体に浮かび上がる封印の文字。それに全員の期待が注がれる。苦しむ邪眼。だがクウガもアギトもそれを見守りながらまだ気を抜いていなかった。

 

「ふぬっ!!」

「「「「「「「「「「「「「「っ?!」」」」」」」」」」」」」」

 

 期待の眼差しが注がれる中、邪眼が気合を入れた瞬間文字が完全に消えた。全員がそれに驚愕し動きを止める中、それに即座に反応した者がいた。クウガだ。再び構え走り出す。それを見てアギトは何かを思いついたようにマシントルネイダーへと走る。

 それと同時にクウガが跳び上がり、邪眼へ蹴りを放った。それをあろう事か邪眼は叩き落した。その光景を見て全員に戦慄が走る。アギトとクウガの全力の蹴りを受けて尚、邪眼が封印されなかった事だけではない。あれだけのダメージを受けても邪眼がクウガを相手出来る事に驚きを隠せなかったのだ。

 

 しかし、その時クロノがデュランダルを掲げて告げる。まだ諦める訳にはいかないとの想いを込めて。

 

「悠久なる凍土。凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ……凍てつけ!」

”エターナルコフィン”

 

 その唱えられた魔法は邪眼だけを完全に氷の中に閉じ込めた。それを見たクウガはクロノへ視線を送る。そこには疲れた表情のクロノがいた。魔力のほとんどを今ので消費したためだ。だが、それを知らないクウガでさえそんな様子に申し訳なく思うも、気にするなとばかりにクロノが見せたサムズアップにやや驚きながらも嬉しく思ってそれを返した。

 

「ありがとうクロノ君。助かったよ」

「だが、これもおそらく長くは持たない。五代雄介、何か手はないのか?」

「……フェイトちゃん、俺に魔法を当ててくれないかな?」

「え?」

「電気が……いるんだ」

 

 実は先程の一撃でクウガは金の力を使うつもりだった。だが、何故か金の力が発動しなかったのだ。クウガは知らない。それは、無意識で自身がそれをどこかで迷っていたためだと。邪眼が弱っていたため、もしかしたら恐ろしい金の力を使わずとも勝てるのでは。そう思った事が原因だったのだ。

 それを知らず、クウガはフェイトからプラズマランサーを受ける。その魔法の電撃は確かにクウガの中へ吸収された。それに全員が驚きを示したが、クウガは構わず氷付けになった邪眼を見据えた。今度こそ倒してみせる。その決意を抱いて。

 

「五代さん!」

「翔一君? どうしたの」

 

 突然聞こえた声に反応してクウガが振り向くと、そこにはスライダーモードのマシントルネイダーに乗ったアギトがいた。アギトはクウガの蹴りが邪眼に防がれたのを見て考えたのだ。これに乗って加速をつけ、その勢いのまま蹴りつければ更に威力が出ると。

 加えてクウガと同時に自分も蹴りを放つ事で今度こそ封印出来るはす。そうアギトは自身の考えを告げた。それにクウガも最後の一押しには最高だと判断する。金の力だけでも倒し切れない場合があれば、クウガには正直使える手がないにも等しかったのだ。

 

「……そうだね。それでいこう!」

「はいっ!」

「でも、氷が少し壁になるかもしれない」

 

 二人の立てた作戦を聞いて、ユーノは誰に言うでもなくそう呟いた。それにアギトが自信満々に告げる。

 

「俺に任せてください!」

 

 そう言ってアギトは普段の変身とは違う構えを取った。それは、右手を前に出してそこに左手をバツを作るように重ねるもの。それは彼の秘めたる姿への変身手段。強力な力を使える更なる姿の解放方法だ。

 

「変身っ!」

 

 その声でアギトの体が真っ赤に変わる。マイティフォームにも負けない程の赤。角も赤くなり、その体は先程よりも盛り上がっていて見る者全てに力強さを感じさせた。

 バーニングフォーム。アギトの新たな力であり、真なる力を封じている姿でもある。その名の通り、体は炎を纏っていて力と防御力は全フォームの中で一番を誇る。

 

「俺がこれで蹴ります! なら、きっと氷があっても……」

「貫ける……だね!」

 

 その声に全員が頷いた。ここまで来た以上、頼れるのは最早二人の仮面ライダーしかいない。その想いを込めて全員がクウガとアギトを見つめる。希望と信頼、そして期待。その輝きを確かに感じ、二人は頷いた。

 そしてクウガがマシントルネイダーへ飛び乗る。それを確認しアギトが上昇を開始させた。どんどん高く上がり、ある程度離れたところで一気に加速をつけ急降下させたのだ。

 

 その時、邪眼を閉じ込めていた氷が震動し始めた。それになのは達が振り向き、念話である事を伝え合う。そして、氷が砕けて邪眼が動き出そうとした。だが―――

 

「くっ! 何だと?! 体が……動かんっ!」

「残念でした!」

「いくら貴方でも!」

「これだけのバインドは破れまい!」

 

 リーゼ姉妹とクロノが胴体を。

 

「観念しろ!」

「もう終わりだっ!」

「夜天の魔導書の悲劇も!」

「その過ちも全て!」

 

 守護騎士達が両腕を。

 

「お前みたいなのが巣食ったから!」

「闇の書なんて呼ばれたんだ!」

 

 アルフとユーノが両足を。

 

「でも、今日ここで!」

「私達が終わらせる!」

「だから勝って!」

 

 三人の魔法少女達が頭部を。それぞれが邪眼の体を完全に封じる。そして、そんな邪眼の視線の先には凄まじい勢いで向かってくる二人の仮面ライダーの姿があった。

 

「「「仮面ライダーっ!!」」」

 

 なのは達三人の少女の声が二人に届く。それを受け、二人は眼下に見える邪眼を見据え声を掛け合った。

 

「行くよ、翔一君っ!」

「はい、五代さんっ!」

 

 同時に跳び上がる二人。クウガはその最中、全身に電流を走らせ体を変化させる。それはライジングフォームと呼ばれるクウガの強化された姿への超変身。金の力ともいい、これは全フォームを飛躍的に強化するものだ。

 そして、その中でも一番強い力を誇るのが赤の金のクウガ―――ライジングマイティだ。空中で一回転するクウガとアギト。その姿勢を同じくし、邪眼へ向かって突撃していく。その姿はまさしく闇を焼き尽くす炎。

 

「うおりゃあっ!!」

「はあっ!!」

 

 二人はそのまま邪眼を蹴り飛ばし、反動で空高く舞い上がって大地に降り立つ。その先で邪眼は轟音を立て地面に激突した。舞い上がる砂煙。静まり返る空間。そして、ややあってからその砂煙が晴れていくと邪眼が立っていた。

 その胸を手で押さえ、ゆっくりとクウガ達へ向かって歩いていく。それを驚愕の表情で見つめるなのは達へ邪眼はゆっくりと残った手を構えた。電撃を放つために。

 

「残念だったが我は不滅よ。これで……ぐぬっ?!」

 

 だが、その時邪眼に変化が起きる。何故か後ずさると恐る恐る押さえていた手を離していった。するとそこには―――

 

「文字が……浮かんでる」

 

 封印を意味する古代文字を見つめ、呆然とユーノが呟いた。そう、これまで以上にくっきりと色濃く浮かんでいる古代文字を。しかも、そこにアギトのマークも重なっている。

 

「ば、馬鹿な……こんな、こんな事が……」

 

 信じられないと言ったような邪眼の声。それは明らかに今までとは違うものだ。それに誰もが確信した。これで勝ったと。転生機能があるとしてもおそらく再生出来ないだろうとも。

 

 そう、文字を中心に邪眼の体にひびが生じていたからだ。それを見てクウガは小さく心から呟いた。

 

「これで……クウガがいらなくなるといいけど」

「え……?」

「死なん! 我は死なんぞぉぉぉぉ!!」

 

 それを聞いたのは隣にいたアギトだけ。すると、その呟きがキッカケのように邪眼が爆発していく。それになのは達は残った魔力を使い、防御魔法を展開する。そのまま爆発は周囲に広がり、灼熱の炎で包み込んだ。

 

 やがて炎が消え、周囲に落ち着きが戻る。そこへアースラから通信が入った。邪眼が現れてから今まで一切の連絡が出来なかったので、エイミィは全員の無事を聞いて安堵の涙を流した。

 

『良かった……本当に、良かった……っ!』

「エイミィ、気持ちは嬉しいがまだ邪眼の消滅を確認した訳じゃない。そちらで何か妙な反応がないか探ってくれないか?」

 

 涙ぐむエイミィへどこか笑みを浮かべながらもクロノはそう冷静に指示を出す。それを聞きながらはやてはユニゾンを解除した。いや、正確にははやての負担を無くすためにリインから解除しただろう。

 そのままリインの腕に抱かれる形ではやては安堵の息を吐き、その視線を彼女へと向ける。その顔は少し不安そうに曇っていた。邪眼の生存を恐れているのだ。

 

「リイン、どうや? あいつ、まだ生きとるか」

「……いえ、完全に消滅したようです。あの文字は奴の転生機能を封印、もしくは破壊したのでしょう」

「本当に……終わったんだ」

 

 リインの言葉にアリアがそう言ってその場に座り込む。それをキッカケになのはやフェイトも地面に座り込んだ。全員、疲労困憊という状態だった。だが、その顔は揃って笑顔だ。その視線も同じ者達へ注がれている。

 

「つっ……かれたぁ」

「ですねぇ」

 

 その相手―――五代と翔一は地面に寝転がっていた。その顔は疲れは見えるものの、どこか嬉しそうだった。そんな二人を見て全員が笑う。先程までとは大違いの雰囲気だったからだ。だが、それこそ二人らしいと思ってなのは達は笑う。

 そんな笑い声に二人も笑みを浮かべ、ゆっくりと体を起こして無言のサムズアップ。それに全員がサムズアップを返す。こうして後に闇の書事件と呼ばれる戦いは幕を閉じた。だが、それは新たなる戦いの幕開けでもある。

 

 そう、この戦いを後に関係者はこう呼ぶ事になる。『第一次邪眼大戦』と。

 

 ジェイルラボにある廃棄所。そこに置かれた一つのケース。その中に僅かに時空の歪みが生じて”何か”が入り込んだ。それは、そのケースの中身を取り込み、いくつもあった中身は最初からそうだったかのように一つになった。

 そして、それはそのまま静かに眠るように沈黙するのだった。闇は簡単には滅びぬ。そんな言葉がどこからか聞こえてきそうな雰囲気を漂わせて……。

 

 

 

 その日、ジェイルの研究室に真司はいた。理由は一つ。今後目覚めるナンバースの事を相談するためだ。トーレに言われてから色々考えてはいるのだが、中々良い案が浮かばない。そのため、天才と自称するジェイルの意見を聞こうと思ったのだ。

 

「で、考えてきたんだけどさ」

 

 そう言って真司が見せたのは『セッテ、オットー、ディード淑女計画』と日本語で書かれた紙。さり気無く淑女の淑が訂正されている痕跡がある。間違えたのだ。

 ジェイルは既に日本語をある程度読めるようになっていた。というのも、真司が一向にミッド文字を覚えず、情報疎通に難があったためである。それにジェイルは目を通し、呟いた。

 

「……ふむ。淑女、ねぇ……」

「今、家にいるので近いのはウーノさんとディエチかな。チンクちゃんもそう言えない事もないけど、結構過激な部分もあるしさ」

 

 真司は訓練の時に受けたチンクのIS―――ランブルデトネイターの事を思い出しながら言った。あの爆発を自在に操り、真司に勝とうと躍起になるチンクに彼が内心で人は見た目によらないと改めて思わされたのはここだけの秘密。

 ジェイルは真司の書いた内容を見つめ、やや何か考えてから一言呟く。

 

「無理だね」

「そうそう、無理……って、おい」

「いや、何せセッテ達も戦闘型だよ? 元々から支援を考えて生まれたウーノやディエチとは異なるんだ」

 

 ジェイルは真司にも分かるように丁寧且つ簡単に説明していく。それは、三人のコンセプトと製作背景。更に、残りのノーヴェやウェンディに関しても話した。そう、残った少女達は皆戦闘機人の名に相応しい存在なのだと。

 それを聞きながら、真司は余計彼女達を人として生きさせてやりたいと思っていた。戦うために創られた命。だが、その使い方や生き方を決めるのはその本人だ。だからこそ真司は思う。様々な選択肢を教える事。それこそが自分がセッテ達にしてやれる唯一の事じゃないかと。

 

 そんな風に真司が決意を新たにしている時、ジェイルはジェイルで思う事があった。彼は今まで誰かのために動かされてきた。だから己のために世界を変えようと考えたのだ。しかし、真司と出会い、それが間違いだと気付いたのだ。

 

 本当に変えるべきは世界ではなく、自分。自分が変われば世界が変わる。そう気付くとどうだ。嫌々していた仕事は自身が好きな事をするための必要事項と思えるようになり、ただ体のためにと考えていた食事が今では三度の楽しみに変わり、研究しかする事がなかった生活に真司が持ち込んだ将棋―――考えとルールのみで、実際はチェスで代用―――を真司と指す事が加わり、趣味と呼べるものが出来た。

 

(世界を変革する力っていうものは、案外誰もが持っているんだろうね)

 

 今を懸命に生き、楽しもうとする。その生きる事の原点ともいえる考え。それに気付く者こそ世界を変えていくのではないか。そんな事を思いながらジェイルは笑う。それを真司は不思議そうに見つめる。

 今の話で笑うようなところはなかったからだ。そんな真司の視線にジェイルは何でもないと言って話を続ける。

 

「だから、三人を淑女には出来ないと思うよ。ま、不可能とは言わないけどね」

「そっか……じゃ、俺とりあえず頑張ってみるよ」

「くくっ、そう言うと思ったよ」

「ん? 何か言った?」

「いや、気のせいさ」

 

 いつもの表情でジェイルがそう言うと、真司はどこか釈然としないものを感じているようだったが、それでも頷いて部屋を後にした。その閉まったドアを眺め、ジェイルは呟く。

 

―――真司は、本当に見てて飽きないね。

 

 そう呟くジェイルの顔には心からの屈託のない笑みが浮かんでいた。



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流れる涙と少女達の誓い

A’s編終了。次回から空白期編となります。


 アースラによる探査にも邪眼の反応がなかった事で一同に本当の安らぎが訪れた。そして喜びはそれだけでは終わらなかった。

 

「何だと?! それは本当か!?」

「ああ。私自身信じられんが、どうも邪眼が私のユニゾン機能以外を奪っていったせいか、バグの再生は起きる気配がない」

 

 シグナムの声に頷くリイン。そう、リインの中にあったバグ。それが完全に消え去っていたのだ。邪眼がユニゾン機能を奪っていなかった理由は一つ。邪眼ではリインとユニゾンする事は不可能だったためだ。

 しかし、リインは今はユニゾン出来るもののそれもいずれ出来なくなりそうだと語った。ユニゾン機能自体が邪眼の影響か破損しているため、それを修復すると防衛プログラムも復元してしまう可能性があるからだ。

 

 なのでリインは近い内に自分の代わりとなるユニゾンデバイスの製作を考えなければならないとはやてに進言する。だが、はやてはそんな事より確かめたい事があった。

 

「そんなんは後でええ。それで、リインはずっとおるんやな?」

「はい。存在する事自体には影響はありません。その……これからもよろしくお願いします、我が主」

「リイン。うん……うんっ! これからもよろしくや!」

 

 涙ぐむはやてとリイン。それを見てなのは達にも笑顔と涙が浮かぶ。それを五代と翔一は微笑ましく見守っていた。と、そこで五代は何か思い出したような顔をしてなのはへ近付いた。

 

「なのはちゃん」

「ふぇ? 何、五代さん」

「あのさ、ちょっとお願いがあるんだ」

 

 五代が話したのはすずかの事。魔法の事を教えて上げてほしいと、そう五代は頼んだのだ。それになのはは戸惑う事しか出来ない。どうしてそれを教えないといけないのだろうと思うなのはへ五代が告げた理由。それに驚くと同時になのはは納得してしまう。

 

 すずか達月村家の人々は五代がクウガである事を知っているのだ。だから魔法を隠す必要ない。それに加えてアリサもなのはやフェイトが何か隠し事をしている事を気に病んでいた事も告げ、二人へ真相を話してあげて欲しいと告げたのだ。

 

 それを聞いてなのはもフェイトも、そしてはやても安心した。共通の友人であるすずかと気の強いアリサ。その二人へ秘密を作る必要がない事を知ったために。

 五代の事を受け入れたすずかならば魔法ぐらい平気だろうし、アリサもその性格を知るなのはとフェイトは魔法を使えると聞いても怖がる事はないと思えたのだ。

 

「あ、それと……」

「まだ何かあるの?」

「俺、クウガだけどさ。その……怪物かな?」

 

 五代の突然の言葉に驚くなのは達だったが、三人してそれを否定した。例えどんな姿になっても五代は五代だから、と。それを聞いて五代は何か嬉しそうに頷くとサムズアップ。

 

―――ありがとう。その気持ち、絶対無くさないでね。

 

 そう五代は笑顔で告げた。その言い方に不思議そうな表情のなのは達。三人はこの後知る。何故五代がこの時そんな事を言ったのか。何故、自分を例えに出しておきながらどこか誰かを思いやるような言葉だったかを。

 

 そのやり取りが終わったのを見計らって、アリアとロッテが周囲に話があると切り出した。それに誰もが不思議そうにする中、アリアが変身魔法を使った。その姿を仮面の男へと変えたのだ。

 それを見て言葉を失うなのは達。だが、翔一はそれで納得した。あの日見たアリアの腕の怪我。それは自分が負わせたものだったのだと。

 

「ごめんなさい! まさかアリアさんなんて……」

「えっ?! いえ、謝るのは私の方だから!」

「でも、女の人を傷付けたなんて……」

 

 心から謝る翔一にアリアはむしろ逆に申し訳ない気持ちになっていく。そんな二人を他所に、ロッテは今回の事で自分達が考えていた事を全て話した。グレアム達が考えていた完全封印。だが、それも完全ではなく穴があった。それははやてを犠牲にする事が前提の話だからだ。

 それを計画したのが足長おじさんと思って慕っていたグレアムだと分かったはやてだったが、その優しい気持ちは偽りではなく本物だったと信じている。だからこう言ったのだ。

 

「アリアさんとロッテさんがこうやってリインを助ける事に協力してくれた。なら、それでええ。それに、おじさんもデュランダル渡してくれたいう事は二人と同じ気持ちなんやろし……わたしは許すよ、おじさんもアリアさんもロッテさんも」

 

 そこではやては一旦言葉を切る。既に自身の言葉にアリアとロッテが声を失っているのを見て、はやては心からの笑顔で締め括った。

 

―――そうおじさんにも伝えてくれますか? ほんまにおおきに……って。

 

 それを聞き涙を流しながら頷くアリアとロッテ。シグナム達はそんな二人に対し複雑な心境だったが、最後の戦いで二人がいなければどうなっていたか分からないと思ってもいた。

 だからこそ守護騎士達は何も言わない事にした。自分達が太古に犯した罪。その大きさを考えれば、二人の決断に口を出す事等出来なかったからだ。

 

 そうして、色々と落ち着きみんなでアースラに戻ろうとなった時だった。突然、五代の脳裏に声が聞こえた。

 

”若者よ……”

「え……?」

 

 突然起きたあまりの事に五代は足を止めた。それに気付いて翔一が振り返ると小首を傾げた。五代が何か不思議そうな顔をしていたからだ。

 

「どうしたんです?」

「いや、今さ、声聞こえなかった?」

「声、ですか? いや、何も……」

「だよねぇ……」

 

 気のせいかな。そう言いながら再び歩き出す五代。それでも不思議そうに小首を捻っている。それを見た翔一はこれ以上気にしないようにと、疲れたからですよと気を遣う。それに五代も苦笑し、そうだねと頷いた。

 

 だがその瞬間、また五代の脳裏に同じ声が聞こえた。しかも、先程よりもはっきりと。

 

”若者よ、まだ闇は消えていない”

(誰……?)

 

 声に出さず、心の中で尋ねる五代。それに返ってきた答えに彼は言葉を無くす。

 

”我は、アマダムと呼ばれしモノ”

(嘘……)

 

 アマダムは語る。五代が受けた魔力の雷。それにより、失われていた自我が目覚めたのだと。それに疑問を浮かべる五代だったが、それを察しアマダムはこう言った。古代戦ったクウガが何故姿を変えられる事に気付けたか。それは、自分が教えていたからだと。

 それを聞き五代は思わず納得した。自分がクウガとなった時は碑文などに超変身の事が書いてあったが、それは古代には当然無かったもの。最初のクウガは、アマダム自身からそれを教わっていたと言われ、心から信じる事が出来たのだ。

 

 そして、その自我が失われた原因は長きに渡る封印の影響だとアマダムは語る。ダグバを始めとする全ての未確認達。それら全てを見事封印した古代のクウガ。そのために必要なエネルギーはかなりのものとなるだろうと五代も理解出来たのだ。

 

”あれにより、我はその力の大半を使う事になった。だが、完全には失ってはいなかったのだ。その証拠に、見ただろう”

(何を?)

”始まりの戦士の姿を”

(あ……)

 

 九朗ヶ岳で見たイメージ。あれは、アマダム自身が資質ある者のみに見せるもの。そうアマダムは告げるとこう続ける。伝える力は弱ったが、後少しで完全復調するはずだった。それを邪魔したのがダグバとの戦いで受けた傷。

 アマダムへ軽く入っていた亀裂。そこへ更に加えられたダグバの拳。それを受けていたせいでまた機能が弱まった。そしてその弱ったものを魔力が呼び覚ましたと。それだけ話すとアマダムは五代にこう告げた。

 

”今のままでは、闇の力に飲み込まれかねない。もう一人の王の力を求めよ”

(今のままじゃダメ? それに闇の力? ……もう一人の王って、一体誰?)

 

 アマダムの告げる内容に疑問符ばかり浮かぶ五代。すると、その疑問へ答えるように声が聞こえた。しかし、それはアマダムのようでどこか違う声に五代には聞こえた。

 

―――それは、これより誘う場所に……

 

 そう聞こえた時、五代の体が光に包まれる。それに全員が気付き、振り向いたが―――

 

「五代さんっ!」

 

 間に合ったのは翔一のみ。何とか五代の手を掴もうとし、掴んだと思った時には翔一も光に飲み込まれていた。そして光は周囲へ広がり、その輝きに全員が目を閉じた。

 

 しばらくしてその光が収まった後には、もう二人の姿はなかった。そのあまりの事に誰もが声を失う中、なのはとはやてだけがいち早く叫んだ。

 

「五代さぁぁぁぁんっ!!」

「翔にぃぃぃぃぃっ!!」

 

 その悲痛な叫びに答える者はいない。その場に残された翔一のバイク。それだけが、二人がいた証のように残されていた。

 

 この後、アースラやなのは達による懸命な調査が行なわれるものの、二人の居場所どころか痕跡さえ掴めなかった。その一年後、はやては罪を償おうとするシグナム達と共に管理局に入る。それは家族としてシグナム達の贖罪を手伝うだけではなく、翔一達を捜すためだ。

 家族とそのために戦ってくれた恩人。その二人を見つけ出すために。無論、はやてがそんな判断を下したようになのはとフェイトも何もしなかった訳ではない。まず、はやてと共に月村家に行き、五代が旅に出たと誤魔化した。

 

 しかし、それを聞いた瞬間イレインだけがその場を飛び出した。彼女はそのまま五代の部屋へ行き、そこで思いっきり叫んだのだ。

 

「早く終わらせてストンプ見せんじゃねぇのか! この、馬鹿やろぉぉぉぉぉっ!」

 

 今している手伝いが終わったらストンプを見せる。その五代との約束を覚えているからイレインはなのは達が嘘をついている事を悟った。それでもなのは達が好きで嘘を吐いている訳ではないと察し、何か理由があるはずと一人こうして五代の部屋へ来たのだ。

 

 どうしてだと。何故約束を果たせなくなったのかと。ここにはいない五代に向かってイレインは掠れるような声を絞り出す。その目から光るものを流して。

 

 そしてなのは達は親友のすずかとアリサに魔法の事を話し、理解を得ようとした。だが、三人は理解を得ると同時にすずかの秘密も聞かされる事となる。

 『夜の一族』と呼ばれる吸血一族。それがすずかと姉である忍の正体。それを聞いた時、なのは達は五代とのやり取りを思い出した。怪物と尋ねられた際、五代は五代と否定したその言葉。その気持ちを無くさないで。その意味を、想いを思い出して、三人はすずかはすずかだと心から言い切った。

 

 それを聞いて涙ぐむすずかに三人は告げる。五代がそう教えてくれたのだと。それを聞いたすずかは一瞬声を失った後、なのは達が初めて聞くぐらいの泣き声を出した。

 五代はすずかへ約束していたのだ。いつかすずかは自分の秘密をなのは達に話せるようになりたいと願っていた。五代はそれを聞いて、ならば自分の出来る範囲で手を打って手助けするからと返したのだ。

 

 それを話し終わるとすずかの口から五代を呼ぶ声が零れる。それを聞きながら、なのは達は改めて誓うのだった。必ず五代を見つけ出してすずかと再会させるのだと。その気持ちを胸になのはとフェイトもまた管理局で働き始める。そしてその日々で様々な出会いや力、想いを得ていくのだ。

 

 やがて三人の少女は大人へと変わっていく。辛い時に思い出すのは、みんなの笑顔のためにと戦った二人の仮面ライダーの姿。自分達もそれに負けぬように戦う。そう思って日々を生きる三人の知らぬ所で青年達は戻ってくる。それもまた、人知れず人を助ける事になる。

 

 仮面の戦士と魔法少女達の物語は、これから数年後、ミッドチルダにて再開する事となる。

 

 

 

 ただ木々が覆い茂る無人の道路。そこを一台のバイクが走って行く。彼は仲間達に別れを告げ、世界を守るために旅に出たところだった。

 だが、彼が乗るそれは赤い目のようなライトとアンテナがついた独特のもので、全身は青で染め上げられている。その車体には、おそらく何かの文字なのだろうものが大きくペイントされていた。

 

 そして何より特徴的なのは、その彼自身。黒いボディに真っ赤な目をした異形の存在。それが彼の姿。彼もまた、世界を救ったヒーローの一人だ。

 

「……ん?」

 

 その赤い目が何かを見つけた。時速にしておそらく五百以上のスピードは出していたバイクが、実に意外な程あっさり減速して停止する。そこから分かるのはこのバイクが既存の技術で創られてはいない事。

 

 停止したバイクからゆっくりと降り立つ異形の存在。その視線が見つめる先にいたのは―――

 

「人か……でも、どうしてこんなところに……?」

 

 それは気を失い倒れる五代雄介だった。

 

 古代の戦士は、こうしてまた謎の導きによって新たな出会いを果たす。それは、甦るだろう邪悪な闇を打ち倒すための出会い。

 その戦いに勝利した時、戦士の戦いは変わる。仮面ライダーという名が持つ宿命。それを乗り越えて変えていくために。

 

 

 

 ジェイルラボ内、廃棄所。そこへ龍騎は大きなケースを運んでいた。中身はいらなくなった機械の数々。ジェイル曰く、もう必要ないからだそうで名前すらないらしい。仕方ないので真司は勝手にジェイルの作ったオモチャと言う意味で『トイ』と呼ぶ事にした。

 一つ目のロボットで最初はこれを相手にデータ取りした事などを龍騎が思い出していると、ふと何か目に付くものがあった。それは龍騎が運んでいたものよりは小さいが、人一人くらいは入る事が出来るようなケースだった。

 

 そこに入っていたのは何かよく分からない生物らしきもの。その気味悪さに龍騎はきっとジェイルが昔作った実験生物だろうと思った。

 

「ったく、こういう事するなら創るなよ」

 

 そう文句を言って龍騎は去って行く。龍騎は知らない。それがジェイルのコピー受精卵を入れていたものだと。そして、その気味の悪い生物こそ自身の嫌う戦いを生み出すものだと。この時の龍騎は知らなかった。

 

 そしてこの日も平和なまま時間が流れていく。キッチンで夕食の支度をしているのは真司とディエチ。揃ってエプロンと三角巾を着けているため、どこか料理教室や調理実習を思い起こさせる。そんな二人とは違ってエプロンも何も着けていない人物がいた。

 

「ね、真司兄。今日の晩御飯、何?」

「そろそろ寒くなってきたからな。今日は鳥団子鍋だ」

「鍋? どういう事?」

 

 真司の横で言われるままに野菜を切っていたディエチ。その質問に真司は笑って説明する。鍋というのは、色々な具材を用意して出汁や鍋汁を張った鍋でことこと煮るものだと。

 野菜や肉、魚を主に使い、他にも色々な食べ方や楽しみ方があるんだと真司は自慢げに語った。それを聞き、セインが目を輝かす。そして真司に早く鍋食べたいとせっつき出すのは当然と言えた。

 

 それを見てセインらしいと思ってディエチが苦笑する。真司はセインに早く食べたければ手伝えと言ってエプロンを押し付けた。セインはそれを反射的に受け取り、面倒だなと言わんばかりの表情でエプロンを身に着ける。

 

「結局こうなるんだもんなぁ」

「働かざる者食うべからずって言うからな。じゃ、セインはこれを丸めて団子にしてくれ。ディエチは白菜切り終わったら、今度は大根の方頼む」

「うん。面取りっていうのもしておけばいいんだね?」

「お、そんな事まで気付けるなら安心だな。さ、今日も美味い飯作るぞ!」

「お~っ!」

「お、おー」

 

 真司の号令にノリノリで返すセインと少し恥ずかしそうに返すディエチ。だが、二人共に気持ちは同じ。こんな時間が楽しくて仕方ないのだ。

 セインは団子を上手に作っては真司に見せて、それを誉められる度に得意顔。ディエチも大根を綺麗に面取りし、真司がその手際に感心した顔をしてセインが対抗心を燃やす。そんなキッチンから聞こえる三人のやり取りにトーレ達姉三人が微笑んでいた。

 

 トーレとチンクは将棋ルールでチェスを指し、クアットロはセッテの起動準備関係で何かを操作している。ちなみにセッテの起動に時間がかかっている理由は、固定武装の開発の遅れだった。龍騎から得たデータを基に材質から改良しているために時間が掛かっているのだ。

 

 その事を真司にはジェイル自身が説明済み。どういう生き方を選ぶにしろ、身を守る術はあった方がいい。そして、出来るならそれは負ける事のないようにしておくべき。故に道具には万全を期したいとジェイルは語った。真司が納得したのは、そんなジェイルが最後に言った一言。

 

―――大事な娘達だからね。

 

 その言葉に真司は感動したように頷いてこう返したのだ。納得するまでやってくれと。女の子なんだから身を守る方法はあるにこした事はないと強く思って。それにジェイルも感謝して現在に至る。

 

 だが、クアットロがしている仕事は本来なら調整室でやった方が色々都合がいいのだ。それでも何故か最近はこうして食事の時間近くになるとここに来るようになっていた。

 だからこそ、それを常々不思議に思っていたのだろう。トーレがどう指すかを悩みだしたのを見て、チンクがふとクアットロへ視線を向けた。

 

「それにしても、何故クアットロはわざわざここで作業をしているのだ? ここでやらなくても良かろうに」

「いいじゃない。私の勝手でしょ?」

「……素直に調整室で一人は嫌だと言ったらどうだ?」

 

 ずばりと告げたトーレの言葉にクアットロの手が微かに止まるも、それを感じさせない速さで再開しそれを誤魔化そうとする。だが、高速戦闘を得意としているトーレにはそれすら見えていた。おそらくクアットロもそれを承知の上だろう。

 それでも誤魔化すところに滅多に見れないクアットロの可愛さを見つけた気がして、トーレは追求を止めた。チンクもおそらく気付いているのだろうが、同じ気持ちなのか何も言おうとしない。ただ、チェスを指す二人の顔が若干微笑んでいるのは仕方ない。

 

 そうしている間にもキッチンの方から食欲をそそる出汁の香りが漂う。それが三人の食欲を刺激する。今にも鳴りそうな腹の音に内心で怯えながら三人は食事の開始を心待ちにするのだった。

 

 その頃、ウーノはジェイルと共に妹達の調整を手伝っていた。その手元にはある姉妹の情報がある。ギンガ・ナカジマとスバル・ナカジマという二人の名前が書かれたものだ。

 彼女達は、実はジェイルではない存在が作り出した戦闘機人。そのため、ジェイルは彼女達を『タイプゼロ』と呼んでいた。以前はこの二人を自分の下へ連れてこようとも考えていたジェイル。しかし、現在彼がこの二人の情報を求めるのは―――

 

「ふむ、異常はないようだね」

「はい。局にも優秀な人材はいると言う事でしょう」

 

 二人の状態確認だ。既に二人の事をジェイルはこう思っている。ナンバーズの親戚、あるいは腹違いの姉妹と。故にこうして定期的に情報を送ってもらい、その体に異変はないかを調べているのだ。少しはデータ取りの意味もあるのだが、そこはご愛嬌というものである。

 

 ジェイルはウーノの答えに頷き、視線を書類からモニターへと移す。そこに表示されているのは色褪せたような龍騎の姿。そう、ブランク体と呼ばれるものだ。

 真司の話でライダーは最初この姿だと聞き、ジェイルは早速とばかりにデータ取りをさせてもらっていた。そして、その甲斐はあったのだ。

 

 現在の龍騎のスペックはジェイルと言えどもとてもではないが再現出来ない。しかし、このブランク体ならどうにか再現可能なレベルだと分かったために。

 

「……もしこれを私が量産すれば戦闘機人なんていらなくなるねぇ」

「ドクター?」

「いや、少し……ね。最近、真司に嘘を吐いているような気がしてくるんだ」

「ドクター……」

 

 ジェイルはウーノの声に小さく笑って呟いた。全てのナンバーズの起動が終わって研究が一段落したら真司に全てを打ち明ける事を。

 それを聞いて、ウーノは驚きも怒りもしなかった。ただ、静かに笑みを浮かべて頷いて告げた。それがいいと思いますと。その声は、優しさと喜びに満ちたものだった。

 

 それから数十分後、ジェイル達の姿が食堂に揃っていた。

 

「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」

 

 全員揃っての食卓。大きな鍋を囲み、それぞれが箸を伸ばす。

 

「さっきから見てたけど、お肉ばかり取ってるじゃない。少しは野菜も食べなきゃ駄目よ」

「へ~い。でも、あたしは育ち盛りだから必要なのは野菜よりも肉だと思うんだよ」

「育ち盛りなら余計野菜を食べなさい」

「ふむ、この味は中々いいね。色々な物から旨味が染み出しているからかな?」

「とか言ってないでジェイルさんも野菜食べろって!」

「ああっ! そんなに野菜は必要ないよ! 足りないビタミンは錠剤で補充するから!」

 

 肉ばかり取ってウーノに注意されるセイン。野菜をあまり取らないジェイルへ無理矢理野菜をよそう真司。まるで母親と子供のようなやり取りを交わす二組。そんな賑やかな場所とは違い、静かに鍋を楽しむ者もいる。

 

「ほふほふっ! …………っはぁ~、これは美味いな」

「……この味、この深み。この鍋という料理の真の主役はこれかもしれん」

「この豆腐っていう食べ物は中々冷めないね」

「そうねぇ。でも、この淡白な感じは好みかも。あ、ディエチちゃん、それもういい温度よ」

 

 チンクは肉団子の熱さに驚きながらもその肉汁と微かに香る柚子の香りに表情を緩め、トーレは大根を口にしその染み出す味に頷いている。クアットロとディエチは豆腐を箸で四等分し冷ましていた。

 

 そんな賑やかで楽しい食事。初めての鍋に全員が満足し、最後の締めは溶き卵を流して少し蒸らした雑炊。全ての旨味が凝縮されたそれは取り合いになる程の美味しさだった。

 ジャンケンで取り合おうと主張する真司とセイン。年功序列と言うジェイルとウーノ。激しい運動をしている者が優先と言い出すトーレとチンク。そして、そんな六人の目を掠めて密かに食べようとするクアットロを止めるディエチ。

 

「だ、ダメだよクア姉」

「もぅ、ディエチちゃんは黙ってなさい。私は頭脳労働してるから権利があるの」

 

 だが、そんな悪巧みは必ず露見するものと昔から相場は決まっているので―――

 

「「「「「「あ〜っ!!」」」」」」

「ほら! 見つかったじゃない!」

 

 六人が一斉に声を上げクアットロを指差したのだ。それにしまったという表情を浮かべ、クアットロはその場から逃げ出した。それを追う六人。そして一人テーブルに取り残されるディエチ。だったのだが……

 

「……冷めたら美味しくないよね?」

 

 誰に尋ねる訳でもなくそう言い聞かせるように呟いて、ディエチはそっと残った雑炊を自分のお椀へ入れた。そして、それを一口含み後ろへ視線を向けて一言呟くのだ。

 

———幸せ、だな……。

 

 その視線の先では、七人がギャイギャイと雑炊の事も忘れて言い争っているのだった……。



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輝石が取り持つ出会い

遂に参戦の最後のライダー。当初は思いもしませんでしたが、これで正義の系譜と同じになったと教えられた時は我ながら「偶然って凄いなぁ」と我が事ながら感心したものです。


 焚き火を囲み、向き合う二人の青年。片方はご存知五代雄介。今も焚き火に手を当て、暖かさを感じて笑顔を受かべている。問題は、その向かいの相手だ。

 彼は白い上着を着ており、五代とは違う意味での好青年だった。気を失っていた五代を助けてくれた恩人。彼の名は―――

 

「光太郎さんも旅をしてるんですか」

 

―――南光太郎。暗黒結社ゴルゴムの世紀王にして黒い太陽の名を与えられた者。兄弟のように育った親友と戦い、家族のようだった親類を失い、それでも平和を守るために拳を振るい続けた男。またの名を、太陽の子。そう、仮面ライダーBLACK RXだ。

 

「ええ。自分の出来る範囲で自然を守っていこうと思って。もっと人間が自然と共存して暮らせるように」

「……いいですね、それ」

 

 光太郎の語った言葉は五代にとっては嬉しい言葉だった。冒険家である自身とは違うが、どこかそれは亡くなった父に似た感じがしたのだ。五代の父は戦場カメラマンであった。

 戦争の悲惨さや凄惨さを伝える事でみんながいつか争いを止めてくれるようにと願いながらシャッターを切る反面、たまに大自然を撮影してその写真でみんなが心和ませてくれる事を願っていた事を思い出したのだ。

 

「それにしても、どうして五代さんはあんな処で?」

「えっと、何て言ったらいいのか……」

「あ、言いにくいならいいんです」

「……すいません」

 

 そこで互いに黙ってしまう二人。だが、五代は既にここが海鳴でない事は確認している。そして、どうも自分が元いた世界とも違うようだとも。

 何せ光太郎に何年かを聞いて驚いたのだ。まだ平成になったばかり。それを聞いた瞬間、五代はキョトンとした顔をし光太郎に不思議がられたのだから。

 

 なので、こうして光太郎から五代はやや不思議がられているのだが、それを向こうが追求してこないのにはちゃんとした理由がある。

 五代は冒険家なので久しぶりに日本に帰ってきたと言ったのだ。それに光太郎は納得した。年号が変わった事を知らないのはそのせいかと。

 

 五代はそれもあってすっかり安心していた。だが、光太郎はまだ五代をどこか怪しんでいたのだ。不審人物としてではない。何かある気がする。その勘とも言える部分がそう彼に告げていたのだ。

 だからだろう。光太郎はある事を尋ねてみた。それは、おそらく世界中の人々が知っているであろう出来事。外国でも日本人なら教えられるはずの出来事を。

 

「でも、良かったですね。二年近く前だったらゴルゴムに占拠されてましたし」

「え?」

「……知らないんですか?」

 

 光太郎の視線がやや鋭さを帯びる。それを感じ取って五代は迷った。光太郎の問いかけはこの世界の物ならば聞いた事ぐらいはあるものだと悟って。そこから派生し、このままでは自分がまた不審人物と思われてしまうと考えたのだ。

 自分の事を話すか否か。それをどうするか考え出す五代だったが、その決断が中々出来ないでいた。アマダムが何故か何も言ってこないため、五代はどうすればいいのか判断がつかなかったのだ。

 

 アマダムが言ったもう一人の王。それがこの世界にいるのは間違いない。その確信が五代にはある。だが、一体どんな相手でどういう姿か分からない以上捜しようがない。それに、光太郎が五代から何か感じ取ったように彼もまた同じように感じ取っていた。光太郎にも何かあると。

 

「えっと、ゴルゴムですか?」

「ええ。怪人を使い、この日本を一時期占拠した悪魔の軍団です」

「怪人……」

「様々な生物の姿と力を備えた怪物です。今は仮面ライダーBLACKがゴルゴムを倒したので存在しませんけど」

 

 光太郎の告げた名前に五代は表情を変えた。それに光太郎も気付いて五代を見つめる。五代は思い出していたのだ。邪眼との会話で翔一が挙げた名前を。そう、BLACKさん。

 そしてキングストーンを持っていたと邪眼が言っていた事も。きっともう一人の王はその人だ。そう思い、五代は光太郎へ尋ねた。仮面ライダーBLACKについて教えて欲しいと。その問いかけに光太郎は驚くも、五代の眼差しに込められた輝きに何かを感じ静かに語り出した。

 

 自分も伝え聞いただけだけど、と前置いて。それは、思わずクウガとして未確認と戦っていた五代でさえ聞き入ってしまう程の物語。いや、クウガとして戦っていたからだろう。自分に置き換えて考えればやるせなさや無力感ばかり感じてしまう内容だったのだ。

 何故伝え聞いただけの光太郎がここまで詳しい話を出来るのかと言う疑問を忘れてしまう程の、悲しく、辛く、そして救いのない物語がそこにはあった。

 

 たった一人、強大な悪へ立ち向かったヒーロー。そう言えば聞こえは良い。しかし、その異形の力と姿はそのゴルゴムによるものだ。それでも、BLACKは自分のような犠牲者を出さないためゴルゴムへ孤独な戦いを挑んだ。

 多くの怪人を倒し、時に傷付きながらも最後まで戦い抜いた仮面ライダー。BLACKは一度は悪の手で死に瀕したものの見事に復活を遂げ、ゴルゴムを倒した後は人知れず姿を消したのだ。

 

「……じゃ、BLACKさんは今……」

「今は、BLACK RXと名乗ってます。つい最近までクライシス帝国と戦ってましたね。他の先輩ライダー達と共に」

「え? RX? それに先輩ライダーって?」

「名前の方は詳しく知らないですけど、姿が変わったから変えたんじゃないでしょうか? おそらくクライシスとの戦いが原因だと思います」

 

 光太郎は疑問符を浮かべる五代に苦笑しつつ、今度はRXと先輩ライダーについて語り出す。先輩ライダーというのは、RXが現れる以前から人知れず世界を守って悪と戦い続けていた仮面ライダー達なのだと。

 クライシスは異世界からやってきた侵略集団。一度はBLACKを負かしたが、RXとなった後その強さに勢いを削がれて最後は町一つを消し飛ばす程の爆弾を内臓した怪人や、幹部を改造した怪人を使って苦しめた。だが、先輩ライダー達や仲間達の協力を得たRXはそれらを全て倒し、クライシスを撃破し無事地球を守り抜いた。

 

 そして、その怪人の爆弾により首都圏は復興の真っ最中で、RXを始めとした仮面ライダー達は世界の各地で現れるかもしれない悪と戦うために散り散りになったらしいと光太郎は締め括った。

 

「そうなんだ……じゃ、翔一君はここの生まれ?」

「翔一君?」

「あ、知り合いです。仮面ライダーやBLACKさんの事を教えてくれたんですよ」

 

 五代の言葉に引っかかるものを感じ、光太郎は尋ねた。その名前をどうして翔一は知っているのに何故五代はゴルゴムの事を知らないのか。それに五代はやや考えたものの、これはきっと話しても大丈夫だと思って答えた。それがある意味での決定打となると知らずに。

 

「翔一君は、前にBLACKさんと発電所で会った事があるんですよ。だから名前だけは知ってたんです」

 

 そう五代が笑顔と一緒に告げた内容。それに光太郎は驚愕の表情を浮かべた。発電所で出会った彼が知らない名前の相手。それが意味する事は光太郎の中で一つしかなかったからだ。

 あの頃は知らない存在だった一号やV3や未来の仮面ライダーと出会った戦い。しかし、先輩達の名前を知った今、発電所で出会った中で彼が名を知らない相手は一人しかいない。

 だからこそ光太郎は慎重に五代へ尋ねた。翔一は何故五代に仮面ライダーの事を教えたのか。そして何故その存在を五代は信じたのかと。それに五代は困ったような顔をした。さすがに自分もその仮面ライダーとは言えないために。

 

「五代さん、貴方は最近日本へ帰って来たばかりと言ってましたね? なら、いつ翔一さんと言う人から仮面ライダーの話を聞いたんです?」

「その……何て言えばいいんだろうな。俺も翔一君と出会ったのは外国みたいな場所だったし」

 

 五代が苦しみながら答え出したその時、光太郎の脳裏にある声がした。

 

”光太郎よ”

(キングストーン?)

”この者は、我と似た物を持っている……”

(何っ!?)

 

 急に表情を変えて黙り込んだ光太郎に気付いた五代は不思議そうな表情でその顔を見つめる。だが、その五代にもある声が聞こえてきた。しかもそれは予想だにしなかった声。

 

<五代さん……>

<えっ? 光太郎、さん?>

 

 そう、聞こえてきたのは光太郎の声だった。しかし、目の前の光太郎は口を開いていない。それから導かれる答えは一つだった。そう、光太郎は普通の人間じゃない。そこで五代はある結論へ辿り着く。

 

<まさかRXって……>

<はい、俺の事です。でも、教えてください五代さん。何故、貴方にキングストーンと同じような物があるのかを>

<……分かりました。俺、アマダムっていう石が体に入ってるんです。それが、どうも邪眼って奴が言うにはキングストーンと同じらしくって>

 

 五代は邪眼の名を出し、それが言っていた事を光太郎へ語った。光太郎は邪眼という名前に驚いたものの、五代と翔一が協力して倒した事を聞いて胸を撫で下ろす。そして、五代からクウガになった時から今までの話を聞き、彼もまた未来の仮面ライダーだったのだと感じていた。

 

 未確認が出現した時は一号達やRXが現れなかった事を聞いた光太郎は不思議に思うも、申し訳なさを感じて拳を握った。それを見た五代は他の国にも同じようなのが出ていたのかもしれないと告げ、光太郎達を擁護した。

 そして最後に五代はアギトの事を話す。その名を聞いた時、光太郎はやはりと頷いた。あの異様な空間。そこで共に悪と戦った仲間。あれ以来出会う事はなかったが自分の事を覚えていてくれた事には光太郎も嬉しさを感じたのだ。

 

 全てを話し終え、五代と光太郎はそれぞれ息を吐いた。五代はアマダムからもう一人の王を捜せと言われた。それを光太郎はシャドームーンがいない事を考え、自分の事だろうと結論付けると同時に思う事があった。

 キングストーンを邪眼が未だに狙っていた。それだけでも驚きなのに、それを違う形で持つ仮面ライダーがいた事にも驚いた。しかもまだ邪眼は完全に倒せていないのだから。それについて光太郎も五代も確信に近いものを抱いているのだ。

 

 だが、そこで問題になったのはどうやって邪眼がいる場所まで行くかだ。おそらく邪眼は魔法世界にいる。だが、そこへ五代達は偶然移動させられた。つまり行き方が分からないのだ。異なる世界。その考え方を聞いて、光太郎にある可能性が浮かんだ。

 

「五代さん、行けるかもしれない!」

「えっ?」

「俺の仲間に、怪魔界という場所へ行ける力を持つ奴がいるんだ。それを上手く使えば、もしかしたら……」

 

 そう告げる光太郎に五代が力強く頷き、立ち上がると同時にサムズアップ。

 

「大丈夫です! 必ず行けます!」

 

 その言葉と仕草。それに込められたものを感じ取り、光太郎は笑みを浮かべる。やはり、彼もまたライダーなのだとそう思って。希望を与える何か。それを五代から感じたのだ。

 光太郎は五代に続くように立ち上がるとサムズアップを返す。だが、その顔は笑顔ではなく真剣なもの。それに五代はやや驚くが、その次の瞬間、光太郎が笑顔になる。その変化にまた驚く五代だったが、嬉しそうに頷いて笑顔を返す。

 

 こうして五代は光太郎と出会った。そして、それは新たな戦いの幕開けでもある。

 

 五代が光太郎と出会っている頃、科学警察研究所―――通称科警研では一人の来訪者が現れようとしていた。その彼が訪れる事になるのはそこの一室。巨大なクワガタを模したようなオブジェ。それが大きな存在感を出している場所だ。

 そして、それに繋がれた幾多もの配線は全て計測用の機械へと繋がれている。このオブジェのようなものはクウガの頼れる仲間の一人である『ゴウラム』と呼ばれる存在なのだ。

 

 そんなゴウラムを前に一人の女性が首を傾げていた。榎田ひかり。ここで未確認関連の研究をしていた女性だ。彼女は、何やら呟きながらゴウラムを調べている計器へ視線を向ける。そこには何も変化がない。

 それを改めて確認して榎田は頷くとまた視線をゴウラムへ戻す。当然ながらゴウラムにも何の変化もない。それも確認し、榎田は頭を掻き始めた。

 

「……っかしなぁ~。確かに動いたはずなんだけど」

 

 そう、五代が旅だってからまったく動かなかったゴウラム。それが、つい先程微かだが計器に反応があったのだ。それに偶然気付いた榎田は、こうして久方ぶりの徹夜をしゴウラムに付きっきりとなっている。

 勿論愛する息子にはちゃんと許可を貰っていた。四号に関する事と告げると、息子も納得したように頑張ってと言ってくれたのだ。それもあって必ず何か収穫をと思っていたのだが、このままではそれは難しい。そう判断して榎田がため息を吐いた。

 

「でも、これじゃあね」

 

 無駄骨か。そう思って視線を外した瞬間だった。何かが落下する音がしたのだ。しかもゴウラムの上に。その音に視線を戻す榎田。そこにいたのは―――。

 

「人ぉ?! ……しかも、何もない場所から……? どういう事よ……」

 

 ゴウラムの上に寝そべるように倒れている津上翔一だった。とにかく事情を聞かなくてはと動き出す榎田。翔一の呼吸などを確かめながらもどこかその視線は科学者の目をしているのが彼女らしい。

 

 こうして、人の新たな可能性は戦士の仲間や友と出会う。それは、今は相棒を得ていない戦士を助ける事になる。そして、彼に託される戦士への願いと想い。その全てを戦士に伝える事は、彼にも新しい道を開く事となるだろう……。

 

 

 

 ジェイルラボ内にあるナンバーズ調整室。そこに真司はいた。クアットロに来るように呼ばれたのだ。そう、ナンバー7ことセッテが目覚めるとそう言われて。なので喜び勇んで来てみた真司だったが、既にセッテは起動を終えていて全身タイツのようなボディースーツを着ていた。

 それを見て真司はどこか残念がった。そう、目覚める瞬間に立ち会えなかったと妻の出産に間に合わなかった夫のような心境になったのだ。だが、落ち込む彼を見てセッテが告げた一言に真司は驚く事になる。

 

「兄上、そんなに落ち込まないでください」

「あ、兄上ぇ?!」

「何か問題が? 真司兄上と呼ぶと堅苦しいと思われる。そうクワットロ姉上に言われたので兄上だけにしたのですが?」

 

 そう言って不思議そうに小首を傾げるセッテ。その仕草が長身でモデル体型のセッテにはどこか不釣合いだったが、それ故に真司には可愛く見えた。そして、言葉遣いはともかく自分はやはり兄扱いなんだと感じつつ、真司は気を取り直して自己紹介。

 

「ま、それでいいや。俺は、城戸真司。よろしくな、セッテ」

「はい、兄上。私はナンバー7、セッテ。ISはスローターアームズ。簡単に言えば、固有武装のブーメランブレードを自在に操る事です。よろしくお願いします」

 

 笑顔の真司に微かな笑みを返すセッテ。それを見てクアットロはうんうんと頷くと、早速とばかりに真司へ告げた。そう、セッテの初訓練をしてやってほしいと。それに真司はやや躊躇う。そもそも戦う事が好きではない真司は、目覚めたばかりの妹分相手に模擬戦をする事へ乗り気になれようがはずがなかった。

 そんな真司を見たセッテが彼の心境を知るはずもない。自分との訓練を嫌がっている。そうとしか捉えられなかったのだから。

 

「あの、兄上は私とでは……不服でしょうか?」

「あ、いや、そういう訳じゃないけど……セッテは訓練したいのか?」

「はい。早く体を動かしてみたいのです」

 

 セッテが笑みと共に告げた答えに真司が嬉しそうに頷いたのは言うまでもない。早く体を動かしてみたい。その欲求は戦闘機人というよりも人間のそれに思えたからだ。意気揚々とセッテと共に調整室を後にする真司。

 クアットロはそんな二人を見送って小さく笑う。真司が教育を担当する相手はまだ二人いるのだ。オットーとディードの双子コンビ。真司は、オットーとディードが双子と聞いて凄く楽しみだと言っていた。それもあり、クアットロは双子を同時に目覚めさせるべく奮闘中だ。

 

(でもぉ……おそらく起動はオットーよりも先にノーヴェかしらね? ドクターったら、ライダーシステムと並行している割に仕事速いんだから)

 

 そう思ってクアットロはため息を吐く。中々思った通りに事が進まない事への不満を込めて。だが、その割に彼女はどこか楽しそうだった。

 

「さてさて、シンちゃんは驚くでしょうね。何せ、セッテちゃんったら……ふふっ」

 

 目覚めたばかりのセッテだが、その能力は真司が予想するよりも高い。それを知った時真司は果たしてどんな顔をするのだろうか。そう思って笑うクアットロ。その表情はどこか昔の彼女らしさを宿していた。

 

 

 

 訓練場から響く爆音。それは龍騎とセッテが戦っている事によるものだ。セッテはトーレと同じく空戦型。しかも高速戦闘にも対応するという、まさに改良型なのだ。

 加えて彼女の固有武装であるブーメランブレードは材質が改良され、龍騎の使っている金属に近い強度を持っていた。それを自在に操り、セッテは龍騎を相手に優位に立ち続けていた。

 

「兄上、私に気を遣って頂かなくても……」

 

 セッテは先程から龍騎が回避しかしていないのでそう言った。これまでのデータで龍騎の強さを知っているための言葉だが、言われた方はと言えば―――

 

「そんなつもりないから! セッテが凄いだけだからっ!」

 

 本当に回避で精一杯となっていた。変幻自在に飛び回るブレードをかわし、龍騎はそう大声で叫ぶように返す。実際セッテは見事だった。トーレ達からのデータ共有を受け、龍騎の動きや武器を把握し、そこから予測した事を基にブレードを動かしているのだ。

 龍騎としては何とか避ける事しか出来ないのはそこ。更にガードベントを使って防ごうにも、デッキに手を伸ばす隙を与えないようにセッテやブーメランブレードが強襲してくるのだ。おかげで現在まで龍騎は何もカードを使えていない。

 

(このままじゃ……兄貴分として情けなさ過ぎるだろ!)

 

 そう思って状況の打開策を模索する龍騎。セッテはそんな龍騎を見て既に尊敬の念を抱いていた。

 

(さすが兄上。これだけの攻撃を全てかわし切るとは……)

 

 絶え間なく襲うブーメランブレードを避け、自身の攻撃をもかわし続ける事。それはセッテには十分尊敬に値する事だった。行動予測をされているのにも関わらず回避を成功させているのだからだろう。

 

「それに……兄上は追い詰めてからが恐ろしいとトーレ姉上のデータにある」

 

 そう言いながら視線を龍騎の手に向けるセッテ。龍騎はまだ何かするつもりなのか、デッキに手を回し何かカードを取ろうとしていた。

 

(やはりまだ諦めていないようだ。なら、私も最後まで気を抜けないっ!)

 

 小さく頷きセッテはISでブーメランブレードを操作し龍騎へ攻撃を仕掛ける。そして、自身も速度を上げて龍騎を強襲する。それに対して龍騎が取ったのはやはりベントカードの使用。だが、その手がデッキに伸びた瞬間、一つのブレードがその手を狙う。それを龍騎は―――読んでいたかのようにデッキへ伸ばしていた手で叩き落した。

 

「なっ!?」

「今だっ!」

 

 予想外の光景に驚くセッテの見ている前で龍騎はここぞとばかりに素早くカードを引き抜いた。龍騎はセッテがカードを使わせないようにしている事を逆手に取り、敢えてデッキへ自分から手を回す事でブレードを誘導したのだ。

 そして時間差で残りのブレードが襲いくるも、それを蹴り飛ばしながら手にしたカードをドラグバイザーへ差し込む。

 

”SWORD VENT”

「っと、まだまだ!」

 

 上空から現れるドラグソードを手にし、龍騎はそれを左手に持ち替えると更にカードを取り出して差し込む。

 

”STRIKE VENT”

 

 そして右手にドラグクローが装備されたのを見て龍騎はセッテに対して身構えた。セッテもブレードを手元に戻し龍騎を見つめていた。やや睨み合うような形になる二人。そんな中、先に動いたのは龍騎だった。

 だが、空中のセッテ目掛けドラグクローを向けると注意を促したのは彼らしい行動と言える。

 

「上手く避けろよ!」

 

 その声と共にドラグクローから勢い良く炎が放射された。ドラグファイヤーと呼ばれるドラグクローによる攻撃方法の一つだ。その超高熱火炎にセッテは慌てて回避する。だが、上空を逃げ回るセッテの視界を遮るように炎が執拗に追い駆けた。

 それを嫌い飛び続けるセッテだったが、その最中にある事へ気付いた。龍騎は炎をセッテへ向けて放っているがその迫る速度は遅い。彼女は炎で視界をやや悪くされているだけ。冷静になればそこまで恐れる攻撃ではない。そう、反撃に出るのは容易い事を悟ったのだ。

 

 そう判断したセッテは素早かった。その手にしたブーメランブレードをもう一度投げ放ち、龍騎の後ろを取ればいいと考えたのだ。しかし、セッテがブーメランブレードを手にした瞬間、下から何かが彼女向かって飛んできた。

 それをセッテは反射的に叩き落す。なんとそれはドラグクローだった。その瞬間セッテの目が見開かれる。ドラグクローに驚いただけではない。その視線の先には有り得ない光景があったのだ。

 

(そんなっ!?)

 

 その叩き落した先に炎を放っているはずの龍騎がいたのだ。龍騎はセッテが自身を見たと同時にドラグセイバーを手にして跳び上がる。それにも関わらず炎は未だにセッテを追い駆けていた。

 どういう事だと混乱しながらセッテは龍騎の攻撃を受け止める。そこへ炎が近付き、セッテは僅かに熱に意識を取られた。そして見たのだ。ドラグレッダーが炎を自分に向けて吐いているのを。そこでセッテは龍騎の策にはまった事に気付いた。

 

「アドベント!?」

「あったり!」

 

 セッテの視界をドラグファイヤーで悪くした龍騎は、ドラグセイバーを一旦地面に突き立てアドベントを使った。そして召喚したドラグレッダーに炎を吐かせ、自分が如何にも炎を放射し続けているように偽装したのだ。

 一旦地上へ下り、龍騎は失態を悟り微かに動揺するセッテへ向かって炎を吐くドラグレッダーに視線を送るとカードを手にして差し込んだ。

 

”GUARD VENT”

 

 龍騎の肩に一枚。そして左手に一枚ドラグシールドが出現し、それを装備して龍騎はセッテへ向かって再度跳び上がる。その肩についたドラグシールドをセッテへ向けて。そう、ショルダータックルのような攻撃だ。

 それをセッテは回避をしようとするがそれは出来ない。ドラグレッダーが炎を吐いて退路を絶っているのだ。それが先程の目配せによるものだと理解し、セッテは理解した。もう勝負はついたと。このまま粘ればセッテはおそらく勝てる。だが、それは本当の勝利ではないとセッテは知っているのだから。

 

 その理由。それは今もセッテが何度も攻撃を防いでも龍騎がまだドラグセイバーとドラグシールドだけで戦っている事にある。龍騎には空中にいるトーレさえ倒す攻撃があるのをセッテも知っていた。

 

 そして、それを使わないのは加減が難しくて怪我をさせてしまう事を龍騎が恐れているからだとも。

 

(やはり優しいのだな、兄上は)

 

 そう思い、セッテはゆっくりと武装解除し両手を上げると降参の意を示して龍騎の前へ下りた。龍騎はそれを受けて首を傾げながらもそれに応じるように変身を解く。

 

「な、どうして降参したんだ? あのまま続ければセッテが勝てたかもしれないのに」

「そうだとしても、それは本当の勝ちではありませんので。きっと私はこれからも兄上に勝って兄上に負けると思います」

 

 そう嬉しそうな笑みを浮かべてセッテは告げる。そんな彼女に真司は今一つ言葉の意味を理解出来ないのか疑問符を浮かべていた。

 

 

おまけ

 

 温水洗浄室へ向かって歩いている真司。先程の訓練で汗も掻いたのでさっぱりしたいと思ったのだ。ちなみに、前回のような事を防ぐためにセッテには先に汗を流しに行ってもらい、一時間経過してから行くという徹底振りだ。

 

「さてと、脱衣所には……うん。服とかないな」

 

 確認終了とばかりに頷き、安心して真司は裸になって浴室へ入る。マナーとして前はタオルで隠しているが、それが今回は功を奏す形となる。何故ならそこには―――

 

「あっ、お待ちしていました、兄上」

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 全裸のセッテがいた。タオルは持っているものの、自分の体を隠す事無くただ手に持っているだけ。それに真司は慌てて視線を外し背中を向けた。それに小首を傾げるセッテ。彼女としては現状に何ら問題はないと考えているためだ。

 

「? 中々来ないので少々待ちくたびれました」

「い、いやいや……何でいるのさ? ってか、隠せってセッテ」

「一度汗を流したのですが、出た先でセイン姉上に会いまして。起動した妹は兄上の背中を流すものだと教えられました。聞けばセイン姉上達もそうだったとか。それと、隠す必要はありません。相手は兄上ですから」

「セインかぁぁぁ! それと! 兄だから裸でいいとかないから! せめて湯船に入れよ!」

「何故です? 背中を流すのに浴槽では出来ませんが……?」

「そうだけどっ! って、また俺、チンクちゃん達に怒られる~っ!」

 

 そんな真司の予想通り、いつまで経ってもセッテが訓練から戻ってこないのを不思議に思ったクアットロがまさかと思い温水洗浄室へ現れてこの事が発覚したのだった。

 真司はセッテからの説明もあってか今回はそこまで酷い目には合わなかったものの、それでも結構痛い目に遭わされる事となる。

 ちなみにセッテは服はわざわざ戸棚に隠し、真司が来るまで三十分程ひたすら待ち続けていた。背中を流す事や服を隠す事などセッテへ変な事を吹き込んだセインは、真司とウーノに手酷く怒られた。それと、密かにその日の夕食が質素なものになったとさ。



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異世界への導き

StS編に向けて整い始めるライダー側の戦力。それぐらい機動六課成立後は大変な戦いとなっていきます。


 五代は驚いていた。なのは達の世界で魔法を見た時も驚いたが、今はそれ以上に驚いていた。何せ、その仲間を呼ぶ事になった瞬間、光太郎が突然左腕を腰に当て右腕を高々と上げたと同時にある言葉を発したからだ。

 

「変身っ!」

 

 その腕を真下へ下げ、腹辺りで横へ動かす。それを受け、腰の左腕を一度右へ動かしてから左へ戻す。その瞬間、拳を握って。

 それがキッカケで光太郎の体が変化する。始めに光があり、その後爆発するかのように体を輝きが包む。体は鉄を思わせる鎧に、瞳は太陽の如き真っ赤なものへ。その姿はクウガの凄まじき戦士を思い出させるものがあった。

 

 しかし、五代はそれを見て思った。これはなってはいけない姿じゃない。これは、クウガと同じく本来必要とされてはいけない力なのだと。

 

 変身を終えたRXは、どこか呆然とする五代に一度だけ視線を向けると左腕を―――正確にはそこにあるリストビットを顔の近くへ動かし叫んだ。

 

「ライドロンっ!」

 

 それを聞いて何が起きるのだろうと五代は思った。まさか呼んだだけで来るのだろうかと。そんな事を考えて数秒後、地鳴りのような音と共に地面から赤い車のようなものが姿を見せた。

 

「おおっ!?」

「来てくれたか、ライドロン」

「嘘……ホントに来た……」

 

 嬉しそうにライドロンを触るRX。それを見て五代は自分のゴウラムと似たような存在だろうと推測した。そして、ふと思う。今頃ゴウラムはどうしてるのだろうかと。ゴウラムがいれば魔法世界へ戻った後空中戦にも対応出来ると、そんな事を考えたからだ。

 そんな五代へRXが声を掛けた。乗ってくれと。それに頷き、五代は何かに気付いたのか動きを止めた。それを不思議に思うRXだったが、五代の言葉にその理由を悟る。

 

―――本当にいいんですか?

 

 それが意味するものをRXは瞬時に理解した。仮に魔法世界に行けたとしてもまたここに帰ってこれるという保障はない。それを五代は心配しているのだ。それを感じ取ってRXは思う。五代は優しい男だと。

 自分も条件は同じなのにも関わらず、こちらの事を心配しているのだから。そう思ったからこそRXは力強く頷いた。大丈夫と心から思って。

 

「きっと帰れるさ。俺も、君も!」

「……はいっ!」

 

 RXの言葉に五代が頷き返す。そこに込められたのは、互いの帰還を信じる気持ち。それぞれがそれぞれの世界に必ず帰れる。そう強く希望を信じるからこそ、仮面ライダーは仮面ライダーたりえるのだ。

 五代はそれを理解している訳ではない。だがRXが自分の気持ちを知り、そう返してくれた事だけは分かった。しかし乗り込もうとした時、何故かそうしろと言ったRXが待ったをかけた。

 

「君も変身した方がいい。どうなるか分からないから」

「そうですね。分かりました」

 

 その意見ももっともだと思い、五代は両手を腹にかざす。すると、そこにアークルが出現した。それにRXも驚くが、そのベルトがどこか昔の自分―――BLACKのものに近いように思え、懐かしさも感じていた。

 そんなRXの目の前で五代はゆっくり構えた右腕を横に動かしていく。そして、それがある一定の位置にきた瞬間。

 

「変身っ!」

 

 叫ぶ。その右手を左手の位置へ動かし、ベルトの側面にあるスイッチのようなものを押した。それをキッカケに五代の体が変わる。RX程速くはないが、それでも常人には速いと感じるものだろう。

 体は赤く、瞳も赤く、炎を思わせるような外見。それを見てRXは頷いた。その外見も、そして五代の在り方もまさしく仮面ライダーだと実感したからだ。

 

「よし、行こうっ!」

「はいっ!」

 

 今度こそ互いにライドロンに乗り込むRXとクウガ。すると、その横に一台のバイクが近付いてくる。アクロバッターと呼ばれるRXの専用バイクだ。生体メカともいえる存在で、幾度となくそのピンチに駆けつけた心強い味方である。

 そう、彼はRXがBLACKの頃から支え続けたまさしく戦友なのだ。それを見てRXは気付いた。アクロバッターもついて来たいのだと。その気持ちを感じRXは感謝と共に告げた。

 

「一緒に行こう、アクロバッター!」

「アア。イコウ、ライダー」

「バイクが……喋った?」

(あ、でもゴウラムも何か喋ったもんな。それと同じだ。でも……ゴウラム、ほんとに来てくれないかなぁ……)

 

 アクロバッターが喋るのを聞いて、クウガは魔法というならこちらの方じゃないかと思った。だが考えてみればゴウラムも喋る事を思い出し、それと似た様なものだと一人納得する。そして、ふと思ったこの事がもう一人のライダーを呼び戻すキッカケとなるのだ。

 

 一方、RXはそんなクウガの反応に小さく笑い声を漏らしライドロンに告げた。

 

「行くぞ、ライドロン! 異世界へ!」

「なのはちゃん達がいる世界へ!」

 

 二人がそう告げると双方のベルトから眩しい光が発せられた。それが自分をここまで連れてきた光だとクウガは理解すると、戸惑うRXへそう伝えた。その次の瞬間、ライドロンとアクロバッターが走り出す。

 その行動にやや驚く二人だったが、見れば前方に何か穴のようなものが生じている。それがきっと道なのだろうと二台は感じたのだ。勢いよくその穴へ飛び込むライドロンとアクロバッター。そしてその体が完全に穴に入りきると、それは何事もなかったように閉じ、そこには元の静かな空間が広がった。

 

 共に神秘の輝石を持つライダー。それが向かった先は闇が巣食う魔法世界。だが、彼らは知らない。闇が想像だにしない姿で甦る事を……。

 

 

「五代君の知り合い!?」

「……はい。と言うか、ここどこですか?」

 

 科警研にある休憩スペース。深夜のため、ここにいる者は少ない。そのため、榎田が上げた大声に文句を言う者もおらず、翔一は少し耳を押さえながらそう尋ねた。

 彼にしてみれば、いきなり目を覚ましたら白衣を着た女性が立っていて、自分は大きなクワガタの上で寝転んでいたのだ。しかも、目覚めて早々「貴方、誰?」と少々きつめに聞かれ、名前を名乗らされた。

 

 その後、詳しい話をと言われこの場所まで大人しくきた彼は本来の目的であった事を問いかけたのだ。そう、五代はどこだろうと。それに対しての榎田の反応がこれだったのだから戸惑うのも仕方ないと言える。

 翔一の表情に榎田も若干冷静さを取り戻し、小さく咳払いをすると少し確かめるような顔で問いかけた。

 

「科警研って言えば分かる?」

「科警研……警察の施設って事ですか」

「そ。ちなみに、私はここで研究主任をしている榎田ひかり。よろしく」

 

 告げられた名前を何度か呟く翔一。その翔一を榎田はやや怪しむように見つめた。そう、実はゴウラムが反応していたのだ。翔一が触れている間中、ずっと。それは五代が触った時とは違い、活性化というよりは共鳴しているようなものだった。まるで、翔一の何かがゴウラムに作用しているように。

 そこから榎田は翔一に何か五代に似たものがあるのではと考えていたのだ。もし翔一が五代の名前を出さなければ、彼は未確認と疑われていただろう。ゴウラムが反応するだろう物はアマダムとそれに近しい未確認が有していた鉱物しかないのだから。

 

「あの……さっきのおっきなクワガタは?」

「ゴウラム。五代君の頼れる相棒ってとこ。えっと、馬の鎧とも言うんだって」

「馬の鎧?」

「ま、クウガの乗り物の鎧になる存在だって事。古代には馬ぐらいしかなかったんでしょう」

 

 榎田の適切な表現と説明に、翔一は何度も頷きながら差し出されたコーヒーを飲む。そして、それを飲み干して周囲を見回しふと気付いた。人がいない事に。

 厳密に言えば人の気配がないのだ。明かりも必要最低限しかついていない。そこから翔一はやっと自分がいる場所が深夜なのだと気付いたのだ。

 

 そんな翔一を見ながら、榎田は奇妙な感覚を覚えていた。本当に五代に似ているのだ。持っている雰囲気や空気が。そう考えたところで、大事な事を榎田は思い出した。五代の事だ。翔一によれば、五代は光に包まれてそれを掴んで彼はここに来たのだから。

 

「ね、話してくれる。どこで君が五代君と会ったか。そして、どうやってここまで来たのか」

「いいですけど……信じられないと思います」

「大丈夫よ。私も五代君の仲間なのよ。もう生半可な事じゃ驚かないって」

「はぁ……じゃ……」

 

 笑顔で言い切った榎田を見て、翔一はどこか心配するものの、ゆっくりと語り出す。五代との出会いやここに来た経緯を。そこには当然なのは達が使う魔法や管理局の事なども含まれた。それらを全てを話し終えた翔一。

 そんな荒唐無稽な話を聞いた榎田は頭を抱える事無く、冷静に状況を分析していた。勿論、アギトや魔法の話を聞いた時はさすがに驚きはしたが、詳しく話を聞く限りでは彼もクウガに近い存在。それに魔法は進歩した科学のように榎田は感じていた。

 

 それも、警察がもっとも欲しい相手を殺さず確保出来る攻撃法だ。それを使って治安維持をしている点から見ても、その世界はファンタジーではなくむしろSFだと感じたのだ。

 そんな中、今、彼女が考えているのは翔一をどうやって元の世界へ戻すか。そう、魔法世界に。本人を見れば分かったのだ。翔一も五代と一緒なのだろうと。だからこそ、みんなの笑顔のために異世界でもアギトとして戦ったのだ。

 

(何とかして翔一君や五代君の力にならなきゃ……そうだ!)

「翔一君、バイク乗れる?」

「え? はい、乗れますよ」

「よしっ! じゃ、変身して」

「変身、ですか?」

「そう。私の勘が当たれば、どうして五代君じゃなく翔一君がここへ来たのかを説明出来る」

 

 戸惑う翔一に榎田はそう言って歩き出す。ついて来てと言いながら。それに慌ててついて行く翔一。そして、その歩みが一枚のシャッターの前で止まる。それに合わせて翔一もそこで歩みを止めた。

 すると、榎田が何かスイッチを押したのかシャッターがゆっくりと動き出す。そのシャッターの先にあったのは―――一台のバイクだった。

 

「バイク?」

「そう、ビートチェイサー。正式にはBTCSって言って、五代君―――つまりクウガのために開発された専用マシンよ」

 

 榎田の説明に頷く翔一。そして、その外観を見て納得したのだ。雰囲気がクウガに合うような気がしたからだ。だが、そんな事を考える翔一に榎田ははっきりと告げた。

 

「これを五代君に届けて」

「え?」

「聞けば、魔法で空を飛んだりするんでしょう? じゃ、せめて陸上の速度だけでも確保しなきゃ」

 

 そう笑いながら言って榎田は一転してこう告げた。それに、これを使わないと戻る事は出来ないかもしれないから、と。

 それに驚く翔一。その視線は説明を求めるものだ。榎田はそれを感じ、ビートチェイサーを最初にいた場所まで運んで欲しいと返す。理由はその時に話すからと。それに頷き、翔一はそれを動かそうとして止まった。

 

 ハンドルが片方ないのだ。それ故にエンジンもかけられない。どうすればいいのかと戸惑っていると、榎田が「ごめ~ん」と言いながら走ってきた。そしてビートチェイサーの横にあるトランクからハンドルのようなものを取り出し、それを欠けている場所へと差し込んだ。

 それを見て翔一はどこかで似たような光景を見た気がしていた。だがそれを思い出す間もなく、榎田が何か中央にあるパネルのダイヤルを操作した途端に車体の色が変わり、黒を基調としたものへとなったのだ。

 

「凄い……」

「ま、これも機能の一つ。後はここを推せば動かせるから」

 

 そう言って榎田はスタスタと歩き出す。それを見つめ、翔一はビートチェイサーに跨ろうとして思い出す。これはクウガのために作られた専用バイク。つまり、普通の人間ではちゃんと使いこなせないかもしれない代物だ。

 それに榎田も変身しろと言っていた。それは、その事を考えてだろうと。そう考え、翔一はいつもの構えを取る。丁度その時、翔一が全然来る気配がなかったので榎田が振り向いた。

 

「変身っ!」

 

 翔一の体がアギトへ変わる。それを見た榎田は何故か確信する。翔一も五代と同じで、その力を正しい事に使える者だと。その理由は、他でもないアギトの目。クウガと同じ赤い目。そして外見も似ている。

 

(この安心感……やっぱ彼も、アギトも人の味方ね)

 

 それにその全身から感じる雰囲気。それが実に安心感を与えるのだ。そんな風に感じて目を細めて笑みを浮かべる榎田の視線の先では、ビートチェイサーにアギトが跨っていた。それが意外にも違和感なく榎田は思わず感嘆の声を上げた。

 それを合図にアギトはビートチェイサーのエンジンを作動させる。独特のエンジン音を響かせ、久しぶりにビートチェイサーが唸りを上げた。それに頷き、アギトはその車体を走らせる。クウガが乗る事を前提に作られたマシン。それをアギトは完全に乗りこなしていた。その腕前に惚れ惚れする榎田を置いて、アギトはゴウラムの元へ向かう。

 

 そしてアギトがゴウラムのある場所へついて数分後、榎田が少し慌てて現れた。それを見たアギトはゆっくりと榎田に近付いた。変身を解こうとも思ったのだが、わざわざバイクに乗せるだけで変身させない気がしたため、こうしてそのままでいたと言う訳だ。

 

「遅かったですね。何かあったんですか?」

「ん。ちょっと連絡してたのよ」

「連絡?」

「そう。折角だから五代君への伝言を頼もうと思って、ね」

 

 榎田はそう言って笑顔を見せると、アギトに絶対に伝えて欲しいと念を押した。それをアギトはしっかりと頷き、約束した。榎田がそれにサムズアップを見せ、アギトも返す。こうしてアギトへ榎田は伝言を伝えた。その数、三つ。だが、榎田は最後には悔しそうにこう告げる。

 

「本当は後一人いるんだけど、時間が時間でしょ? 彼女は子供相手の仕事だから電話をかけられなかったのよ」

 

 アギトはその相手が誰かを訪ね、榎田に教えてもらう。その相手の事を聞き、アギトも確かに残念に思った。きっと、その三人に負けないぐらい五代へ想いを伝えたい人だろうと思ったからだ。

 そしてそこでアギトへ榎田から何故ここへ翔一が呼ばれたかの説明がされた。その内容にアギトもなるほどと納得する。それならば何故五代が共に来なかったが理解出来るために。

 

「じゃ、よろしく」

「はい!」

「えっと……アギト、だっけ?」

「はい」

「……かっこいいわね、君も」

「ありがとうございます!」

 

 アギトの声に榎田は笑みを見せる。だが、そんな和やかな雰囲気もそこまで。また科学者の顔に戻るとアギトへこう言った。

 

「じゃ、ゴウラムに触って」

「触ればいいんですか?」

 

 言われるまま、アギトはゴウラムに触る。その瞬間、ゴウラムの霊石が反応を示す。それを見て、榎田は自分の考えが間違っていなかった事を実感した。

 何故クウガではなく、アギトがここに来たのか。それは、ゴウラムを使ってクウガの元に行かせるためだ。そう、クウガが来ては世界や次元の壁は超えられない。だが互いが別にいるのなら、そしてそれを誘発出来る存在ならば。

 

 アギトはクウガの元にゴウラムを連れて行くための案内役なのだ。故に、榎田はビートチェイサーを託した。未だに第四号への特別措置は生きている。先程連絡した内の一人である彼も、今回の事が上に知られた際、何とか出来るように以前のチームの面々と相談すると言ってくれた。

 

(突拍子もなかったのに、ホント、息ピッタリなのは変わらないんだから)

 

 彼は榎田が告げた内容に驚きを見せたが、すぐにこう答えたのだ。

 

―――五代は、無いなら無いでどうにかするはずです。なので、送れる物は全て送ってください。

 

 それは、無い事で無理をしないようにとの配慮なのだろう。責任は私が取りますとさえその男は言ってのけたのだから。それを思い出し榎田は笑う。やはり未確認以外での二人のコンビを見て見たかったと心から思いながら。

 

「翔一君、願って! 五代君の元に行きたいってっ!」

「分かりましたっ!」

 

 言われるままに強くアギトは願う。五代の元へ、はやての元へ行きたいと。その瞬間、ゴウラムが急に動き出した。そしてビートチェイサーへ合体する。その光景を見て一瞬呆然とするアギトだったが、榎田の視線が急げと言っているように思えビートチェイサーへ駆け寄る。

 ゴウラムが鎧となって装着されたビートチェイサー、別名ビートゴウラムへ跨り、アギトはそのハンドルを掴んだ。その瞬間、周囲に風が起こり、榎田はそれに少し後ずさりながらもアギトにサムズアップを向けた。

 

「五代君によろしく!」

「はい!」

「それと、君も体に気をつけてっ!」

「はいっ!」

 

 榎田にサムズアップを返し、アギトがそう力強く返事をすると、強い輝きがビートゴウラムを中心に発生する。それに榎田が目を閉じ、開けた時にはアギトもビートゴウラムもいなくなっていた。

 ただ、彼女のずり落ちた眼鏡だけが何かあった事を証明していた。

 

 戦士の導きにより、彼もまた世界を渡る。だが、それは即ち彼の力も必要という事。仮面ライダー、それに託された想いや祈りは、重い。

 こうして、クウガもアギトも共に新たな力を連れて戻ってくる。甦るだろう闇。それを完全に打ち倒すために……。

 

 

 

 ジェイルラボ内セッテの部屋。そこでセイン、セッテ、ディエチの妹組(セイン決定)が揃っていた。話題は一つ。真司の事だ。

 ジェイルが現在ナンバー9であるノーヴェを、クアットロがナンバー8であるオットーを調整しているのだが、真司はその手伝いをしていて最近セイン達と遊んでいない。

 訓練はトーレが煩く言うためかしているので完全に相手をしない訳ではない。ないのだが、やはり以前に比べて三人に割く時間が減ったのは事実だった。

 

「ね、寂しくないの? セッテもディエチも」

「それは……」

「まぁ……」

 

 実際、セインの思っている事は二人も同様に思っていた。セインは普段の他愛ないからかい合い。セッテは真司から聞く地球の御伽噺。ディエチは料理などのコツ。それぞれが真司に教えて欲しい事やしたい事などがある。

 

 そして、何故ここにチンクやクアットロがいないか。その理由は次のセインの言葉にあった。

 

「大体さ、チンク姉達がいけないんだよ。真司兄が折角作った時間を訓練や相談で潰しちゃうんだから」

 

 そう、チンクやトーレは訓練相手に、クアットロやウーノは相談相手にと真司を指名するのだ。そこに実は彼女達なりの思惑があるとは三人は知らない。だが、それが自分達から真司との時間を奪っている事は理解している。

 故に、セインは決意したのだ。姉達から真司を取り返す事を。未だ目覚めない妹達は許す事にした。何せ、自分達も似た様なものだったのだ。そこは仕方ないと割り切れるセインだった。

 

「で、何か考えある?」

「セイン姉上、そこはまず姉上から」

「そうだよ。だからセインはお姉ちゃんに思えないんだって」

「あ~っ! 言ったな、言ったな~。気にしてるのにぃ」

 

 ディエチの指摘にそうやって喚き出すセイン。それを見つめ、ため息を吐くセッテとやや苦笑するディエチ。結局、話し合いの末ある考えが導き出される。それを聞いたディエチはやや難色を示したが、セインの真司は喜んでくれるとの力説に渋々承知した。

 

 その頃、研究室ではジェイルとウーノがある新聞を見て頭を抱えたくなっていた。

 

「不味いね」

「不味いですね」

 

 ジェイルとウーノは揃ってある部分を見て悩んでいた。それは新聞の見出しに当たる部分。そこには大きく『期待の新人、高町なのは大手柄!』となっている。ある任務を終えたなのはは帰還途中に謎の機械に襲撃されたものの、それを何とか撃退し回収する事に成功したのだ。

 そう、彼女は本来ならこの相手に撃墜させられるはずだった。それは無理矢理蒐集行為を受け、その状態でスターライトを撃つという事をした事に端を発する負担のため。そこへ闇の書事件の際、カートリッジを使い守護騎士達と戦闘し、闇の書の闇との戦いでもスターライトやエクセリオンを使用しその体に無理を強いる———はずだった。

 

 だが、思い出して欲しい。まず守護騎士達との戦闘時、彼女はスターライトを撃つ必要がなくなった。そう、クウガとアギトによって。その後も修復されたレイジングハートを使いはしたが、カートリッジを使うような相手は魔法生物にはそうそうおらず、しかもチームで行動していたため彼女の負担は減っていた。

 それとなのは自身の考え方の変化も理由の一つだろう。五代と出会い、彼の考えに触れたユーノからなのはは言われたのだ。無理をする時をきちんと見極めねばならない。でなければ、本当に無理をしなければならない時に無理が出来なくなってしまうと。

 

 それもあり、なのははこう考えたのだ。笑顔が好きな五代。彼と再会した時、ちゃんと笑っていられるようにしようと。何か無理をし過ぎた時、彼が戻ってきて悲しみで顔を曇らせる事のないようにと。

 

 後は事件の起きる時期だろう。まだ早いのだ、本来の流れから考えれば。つまり、本来なら撃墜されるはずがむしろ完璧に近い動きでなのはは謎の相手を撃破した。そして、彼女が撃破した機械というのが問題だったのだ。

 

「あの時、逃げ出したのかなぁ……」

「やはり真司さんが全て掃除したと言った時、確認すべきでしたね」

 

 それは、ジェイルが研究した”ゆりかご”と呼ばれるロストロギアの内部にあった機械だった。

 以前、龍騎がジェイルに頼まれてゆりかごの中にいる『トイ』の原型を全て駆逐した事があった。その際、全部片付けたと龍騎は言ったのだが、その時取った方法はサバイブでのファイナルベント。おそらくその時に撃ち漏らしたのがいたのだろうと、

そうジェイルは考えた。

 

 ちなみに、作業を終えた龍騎からサバイブを使ったと聞いてジェイルは何故教えてくれなかったのかと本気で激怒した。

 

「そうだね。まぁ過ぎた事を悔やんでも仕方ないさ。問題はこれからどう手を打つか……」

 

 記事によれば、管理局がこの機械を調査し出所を突き止めようとしているらしい。だからこそ、二人は悩んでいるのだ。もし、万が一それがゆりかごのものだと判明すれば、このラボ周辺に局員が現れるようになる可能性がある。そうなれば何の拍子でここが発見されるか分からない。

 そう簡単に出所が分かるはずはないが、それでも用心に越した事はないのだ。故に、ジェイルが考え出した方法は一つ。

 

「よし、代わりの研究所をでっち上げよう」

「は?」

「そこで作ってましたという情報を流して管理局を騙そう。確かもう使ってない所が何箇所かあったろう?」

「……分かりました。ではそのように手配しておきます。最高評議会へはどう伝えます?」

「適当に……そうだなぁ。試作した機械が逃げ出したとでもしておいてくれ。後、データはトイのを改変したので頼むよ」

 

 その投げやりな言い方にウーノもため息を吐いて出て行った。この時、ジェイルが取った行動も本来起きるであろう状況を未然に防いでしまう事になる。その違法研究施設へ乗り込んだ首都防衛隊、通称ゼスト隊はもぬけの殻の施設で申し訳程度のデータを手に入れ、一人の負傷者も出さずに任務を終える事となるのだから。

 

 

「へぇ、この子達はノーヴェの親戚なんだ」

「そ。ちなみにノーヴェちゃんの調整がクセ者なのは、そのタイプゼロ達の魔法をISにしようとしてるからですって」

 

 クアットロの話を聞きながら、真司は手元の書類に乗っている二人―――ギンガとスバル―――の写真を見つめた。二人は戦闘機人でありながら、心ある人に拾われ人間として暮らしている。

 それを真司は聞いた時、嬉しそうに頷いたのだ。やはりそう考える人もいるんだと。生まれに拘らず、ちゃんと人として考え、接してくれる人が。

 

「じゃ、オットーは?」

「この子は、シンちゃんがディードちゃんと一緒に出して欲しいって言ったからよ? まさか、忘れてないわよねぇ」

 

 そう、双子ならやはり一緒にと真司が言ったのでクアットロはこうして二人分の調整をせざるを得ないのだ。正直、オットーだけならば今年中に終わらせる自信が彼女にはある。だが、二人一緒となると事情が変わってくるのだ。

 ディードは戦闘型で前衛タイプ。オットーは同じ戦闘型だが後衛タイプなのだ。その異なる仕様の二人を同時に仕上げるのは中々手間といえた。

 

 それでも真司の願い通りにしようとする辺り、クアットロも大分彼に毒されているようだ。今も真司がいるからこそこの調整室にいるようなもので、既にチンクやトーレを始めナンバーズは真司を部屋に入れたりする事に何の問題も抱いていない。

 真司だけはまだどこか抵抗があるようだが、なし崩し的にそれぞれの部屋へ入室させられている。それでどうこう思うような感情を真司へ抱いているのは、現状ではチンクやセインぐらいなのだから。

 

「忘れてなんかないって。感謝してるよ、クアットロ」

「ふふっ、まぁ私も好きでやってるところもあるし。シンちゃんのためだけって訳じゃないからね」

「それでもありがとさん。いやぁ〜、ホント最近みんなが優しくなったよな。ウーノさんもどっかあったトゲみたいな感じが消えたし、トーレも訓練じゃない事で俺を呼ぶようになったし、チンクちゃんは良く家事手伝ってくれるようになったし」

「私はからかう事が減ったし」

「そうそう……って、自分で言うなよ」

 

 真司のノリツッコミに笑みを浮かべるクアットロ。対する真司も笑顔だ。このまま穏やかな時間が過ぎる。そう感じてクアットロは思った。

 

(やっぱりシンちゃんがいると時間の進みが違うわぁ。調子が狂うというより、私らしくなくなるのが難点だけど~……それもシンちゃんだ・か・ら、よね)

 

 そんな風に考え、微笑むクアットロ。その笑みに真司は思い当たるものはないものの、その笑顔がとても優しいものだったので頷いて笑みを見せる。そんな良い雰囲気のところへ運悪くか運よくなのか一人の訪問者が現れた。

 

「真司兄、見つけた!」

 

 セインは勢いよく叫ぶと驚く真司とクアットロを他所に彼の腕を掴むとそのまま調整室から引きずり出した。あまりの事にそれを見送る事しか出来ないクアットロ。真司もそれに反抗する事無く連れ出され、調整室に静寂が戻った。

 だが我に返ったクアットロは先程までの幸福感の反動か、その静けさがかなり寂しく思え大きくため息。そして、セインが連れ出した理由に思考を巡らせ、またため息一つ。

 

 おそらく真司に構ってほしいのだろうと予測したからだ。セイン一人だけでなく、きっとセッテやディエチもそれに参加しているだろうと考え、更にその目的も察しをつけ、クアットロは軽く頭を押さえる。

 

「セインちゃん達ってば、お姉ちゃんの邪魔するなんて良い度胸ねぇ。このお礼はきっちりしてあげなきゃ……ふふっ」

 

 そこに浮かぶは狡猾冷酷状態のクアットロスマイル。しかし、その怒りが三人へ降り注ぐのはまだ先の話。今は、双子の調整に力を注ぐクアットロだった。

 

 一方、セインに連れ出された真司は彼女の部屋にいた。そこにはセッテとディエチもいる。一体何が始まるのか。そんな事を真司が考えていると、セインがベッドに横になってほしいと言い出した。その理由が分からず、真司は説明を求める。

 だが、それに頑としてセインは答えず、横になれば分かるとしか言わない。仕方ないので彼は言う通りに横になった。だが、その表情はその行動が渋々であると物語っている。

 

「じゃ、マッサージするね」

「へ? マッサージ?」

「はい。兄上は最近お疲れですので」

「その……真司兄さんが喜んでくれると嬉しいんだけど」

「もしかして、嫌かな?」

 

 三人の言葉に真司は感動した。最近あまり構ってやれない自分に兄貴としてどうなんだろうと思う事もあったのだ。だが、そんな自分を三人は怒るどころか労わってくれると言う。これを喜ばずして、何に喜ぼう。そう思って、真司は満面の笑みで答えた。

 

「嬉しいに決まってんだろ! んじゃ、お言葉に甘えるか」

 

 そう言って満面の笑みで真司は体の力を抜いた。それを見てセインは頷いて真司の上に乗った。そしてその背中を押し始める。セッテは足の方へ移動し、そのままマッサージを始めた。ディエチはやや躊躇いながら真司の腕を揉み始める。

 その心地良さに、真司は疲れもあったのか簡単に眠りへ落ちた。それに気付き、三人は小さく笑うと真司を起こさないように丁寧に優しくその疲れをほぐしていく。想いを込めて、懸命に。

 ディエチの「下手したら痛がったりする」という予想に反して、真司は起きる事なくそのままマッサージは終了したのだが―――それだけでは終わらないのが世の中というものだった。

 

「な、別に毎日してくれなくても……」

「ダ~メ! 真司兄は頑張りすぎなんだから」

「我々に任せてください」

「し、真司兄さんが嫌なら止めるよ」

 

 そう、この日から三人が毎日寝る前にマッサージをしにくるようになったのだ。真司としては有難いのだが、週に一度程度でいいと思っているためどこか申し訳なく感じていた。それと、こうなってからと言うもの困った事も起きていたのだ。

 

「どうせ、セイン達に癒してもらえるだろ」

 

 そう言ってトーレは訓練の激しさを増し……

 

「やはり、お前は大きい方がいいのか!」

 

 チンクも同じく訓練の過激さが増し……

 

「シンちゃん、私も疲れるんだけど?」

 

 クアットロは、笑顔なのにどこか笑っていない目でマッサージを要求し……

 

「真司さんはいいですね。私も最近疲れ目なのに……」

 

 ウーノは羨ましそうにそう言ってくるのでマッサージをする事になり……

 

(結局、俺の負担減ってないよなぁ……)

 

 そう思う真司だったが、三人が一所懸命体の疲れを取ろうとしてくれているのを感じ、小さく呟いた。

 

―――ま、いっか。

 

 誰かが自分のためにと想い、動いてくれる幸せを噛み締めつつ真司は目を閉じる。彼は知らない。それは、ジェイル達が彼にしてもらった事で感じている事なのだとは。

 

 だが、それに気付かないからこその真司であり、愛すべき”バカ”なのである。



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神や仏はいなくても

遂に魔法世界へ戻ってくる仮面ライダー達。けれど再会出来るのは……。


 新暦71年 ミッドチルダ北部臨海第八空港。本来なら大勢の人で賑わうここは、今は見る影もない程人がいない。それもそのはず、灼熱の火炎で一面覆われていたからだ。

 原因はここに運び込まれたレリックと呼ばれるロストロギア。最高評議会がジェイルへ研究用として手配したものだ。それが、ふとしたキッカケで暴走、爆発したのだ。無論、ライダーシステムに魅入られているジェイルはレリックの輸送を断った。必要ない。そうはっきりと。

 

 しかし、それを良く思わなかったのか最高評議会は無理矢理レリックを送りつける事にしたのだ。何だかんだ言ってもジェイルは『無限の欲望』と名付けられた存在。レリックが手元に来れば、嫌でも研究せずにはいられなくなると踏んで。

 だが、実際に今のジェイルはそんなものに興味は無かった。ライダーシステムの実用化。それにやっとメドがつき出したこの頃、彼はロストロギアなどに一切の興味を感じなかったのだ。

 

 話を戻そう。空港は無残に焼け落ち、到る場所で火の手が上がっている。そんな中、一人の少女が泣きながら歩いていた。少女の名は、スバル・ナカジマ。彼女は両親が揃って休みになる事を利用し、姉と共にこの空港に来ていた。

 だが、活発な性格故姉であるギンガ・ナカジマとはぐれてしまい、そのギンガを捜している中でこの惨状に巻き込まれたのだ。

 

「ヒックっ……お姉ちゃん……どこぉ〜……」

 

 煤にまみれた顔や手。転んだのだろうか腕や足には擦り傷もある。だが、一番注意するべきはこの空港内の温度にある。何せ、救助活動を行なっている魔導師達がバリアジャケット無しでは活動出来ないような場所となっているのだ。

 そこを何も無しで動く事が出来る彼女はセイン達と同じく戦闘機人と呼ばれる存在。普通の人とは違う体を、望まずに持った者なのだ。

 

 だが、そんな彼女もそろそろ疲れが出たのか、大きな石像がある広場まで来たところで座り込んだ。こんな事なら魔導師である母からちゃんと魔法を教えてもらうんだったと、そんな事を考えたからだろうか、少女の脳裏に家族の顔が浮かんできた。

 会いたい。そんな事を思い、寂しくなった少女はふと上を見上げた。空が見えれば、少しは気が紛れるかもしれない。そんな淡い気持ちの行動だった。

 

「え……?」

 

 その目に映ったのは、倒れてくる石像。それが、何故かやたらとゆっくりに見えて―――スバルは目を閉じ、心の中で叫んだ。

 

―――誰か助けてっ!

 

 その声は、普通ならば届かないのだろう。その声にならない叫びは、本当ならば聞こえないのだろう。だが、そんな声を聞き、風よりも速く駆けつける者達がいる。そう、彼らの名は―――仮面ライダー。

 

「危ないっ!」

 

 赤い何かが石像を支える。その声にスバルは目を見開いた。そこにいたのは、赤い体の怪物。だが、何故かスバルには怪物とは思えなかった。その理由。それはその背中がスバルにはこう見えたため。

 

(泣いてる……ような気がする……)

 

 望まぬ力を振るう事。それにまだ悲しみを感じるヒーローの心。それを幼い感受性は捉えたのかもしれない。だが、それも束の間。その赤い存在は石像を反対へ押しのけ、スバルへ駆け寄るとしゃがんで頭を優しく撫でた。

 それが父のようにも、兄のようにも思えてスバルは思わず微笑みを浮かべた。助かった。そう心から思えたのだ。相手もその笑顔に笑顔を返してくれた気が、スバルにはした。だが、そこで思い出したのだ。もう一人、ここにいるであろう存在を。

 

「お姉ちゃんが、ギンガお姉ちゃんがまだっ!」

「大丈夫!」

「え?」

「きっと、大丈夫。俺の仲間が、先輩がいるから!」

 

 サムズアップ。生憎スバルはその意味を知らない。だが、それを見てると何故か安心出来るのだ。絶対大丈夫。そんな根拠のない自信が心を満たしてくれる。そんな気がしてスバルは微笑んだ。

 

「あ、そうだ」

 

 と、そこでスバルは気付いた。まだ大事な事を聞いてないと。故に尋ねる。純粋に、素直に。心から知りたいと思ったから。自分を助けてくれた恩人を、自分にとってのヒーローの名前を。

 

「私、スバル。スバル・ナカジマって言います。えっと、貴方の名前は?」

 

 その問いかけに赤い存在は、躊躇う事無く告げた。

 

「クウガ。仮面ライダー、クウガ」

「仮面ライダークウガ?」

 

 これが、クウガとスバルとの出会い。それは奇しくも、自動人形であるイレインと同じく炎の中というもの。後にクウガは知る。この時出会った少女も、イレイン達と同じような存在だと。

 そして、これが新たな戦いの序章。クウガはこの後、成長した少女達と再会する。だが、それはある意味で悲しみの再会となる。

 

 その頃、少女は必死で妹を捜していた。こんな炎の中に長時間動いていられる程、彼女の妹は鍛えていない。捜す彼女は陸士になるために母から様々な事を教わり、こうして妹を捜しながら逃げ遅れた人達を救助していられる。だが、彼女の魔力も体力も無尽蔵ではない。

 現に今も気を抜いたら倒れそうなぐらい消耗している。そんな彼女だったが、その目だけは強い輝きを持っていた。それは果たすべき目的を持つ者の目。

 

(待っててスバルっ!)

 

 たった一人の妹であり、自分とは色々な意味で姉妹と言える存在。その妹を見つけ出せずに倒れる訳にはいかない。その思いが彼女を、ギンガ・ナカジマを支えていた。

 そして、その足が爆発の衝撃で脆くなった階段へ乗った瞬間、ギンガは浮遊感を感じた。階段が崩れて落ちている。それを認識した時、ギンガはパニックになった。もし彼女が飛行魔法を使えればそうはならなかったかもしれない。もしくは、彼女がウイングロードと呼ばれる魔法を行使すれば良かったのだろう。

 

 だが、まだ陸士としての訓練をまともに受けていない少女に突発的な状況で冷静な判断を求めるのは酷である。しかし、ギンガが無意識にこう叫ぶ事が出来たのは、妹と違ってまだ少し彼女の方が強かったのだろう。

 

「助けてぇぇぇぇ!!」

 

 その叫びに何かが動いた。それは、傍目からは動く液体に見えただろう。それが落下するギンガへ猛スピードで近付き、その体を優しく抱き抱え、崩れていなかった場所へ運んだ。

 

「え……?」

 

 何が起きたのか分からないと言わんばかりに、ギンガは周囲を見渡した。すると、液体のようなものが人型になり、青い人間のようになった。そんな光景にギンガは不思議と恐怖を感じなかった。むしろ不思議と安心感さえある。

 そんな風にギンガが見つめている前で青い存在が光ると同時に黒い体に変わった。それにギンガは驚いて目を見開く。そんな彼女へ黒い存在はゆっくり近付き、しゃがみ込んでその頭を優しく撫でた。

 

「大丈夫かい」

「あ、えっと、ありがとうございます」

「どう致しまして。それで、君はギンガちゃんって名前かな?」

 

 見も知らない相手に名前を呼ばれ動揺するギンガだったが、彼の仲間が助けた相手から姉を助けて欲しいと言われた事を伝えるとその事に納得した。同時に妹の無事も確認でき、彼女としては心から安堵出来た。

 そんなギンガを見て黒い存在は小さく息を漏らして立ち上がる。それは彼女の様子に微笑んだからなのだが、生憎それはギンガには分からない。そのまま立ち去りそうな彼にギンガは慌てて尋ねた。

 

「あ、あの、貴方は誰ですか?」

「俺は、太陽の子。仮面ライダーBLACK RX」

「RXさん……。私はギンガ、ギンガ・ナカジマです。この恩は絶対忘れません」

 

 これがRXとギンガの出会い。こうして、黒い太陽も哀しい体を持った少女と出会う。彼女達が秘める哀しみ。それを、彼は払う光となり得るのだろうか……?

 

 

 新暦71年 ミッドチルダ首都クラナガン郊外。クウガ達が現れた日から三日後の事だ。仮面ライダー達が海鳴へ現れた事による影響は様々なところに現れていた。それは本来起きる事件がなくなったり、事件の内容が変化したりと様々に。

 そう、執務官を目指したある青年にもそれは起きていたのだ。彼は運良く念願の職に就いて働いていたのだが、その運命が今終わろうとしていた。まるで本来の流れと同じようになるようにと。

 

(くそ……ドジったな……)

 

 ティーダはそう思いながら、薄れ行く思考の中である事を考えた。それは妹の事。唯一彼に残された肉親だ。

 

(ティアナ……ごめんな。兄ちゃん、ヘマしちまったよ……)

 

 簡単な任務のはずだった。近くにいたので協力した逃走中の犯罪者の逮捕。執務官として名前が売れ出した自分ならばこれぐらいは余裕だ。その気持ちが油断を生んだのかもしれない。後もう一歩まで追い詰めながら、ふとしたミスで相手が隠し持っていた質量兵器———拳銃で撃たれたのだ。

 

 甘かった。そうティーダは痛感した。相手が何の罪状で追われているのかをちゃんと考えて行動するべきだったと。相手の罪状は質量兵器の違法所持とその密輸だったのだから。

 咄嗟に全力の防御魔法を展開したが、銃弾はそれを砕きバリアジャケットも貫通。更にデバイスまで損傷させた。そのためティーダは飛行魔法を維持出来なくなり、このままでは落下して墜落死は確定していた。

 

 男を見てみれば、そのままティーダが落ちるとこを見ていこうとしているのかその場に留まっていた。相手も悟っているのだ。もう逃げ切れないと。だからこそ、最後にティーダの死に様だけでも見てやろうというのだろう。

 それを理解した途端、ティーダは心の底から悔しさと情けなさを感じた。このままでは死んでも死にきれない。その一心で彼は願った。

 

(せめてあいつだけは俺の手で捕まえたいっ!)

 

 その想いを聞き届けたのだろうか。気付けばティーダは落下が止まっていた。そして、それと同時に不思議な感触を感じたのだ。まるで暖かい金属にでも乗っているかのような感覚を。

 それに気付いてティーダは自分の下を見た。そこには、緑色の大き目の石がある昆虫らしきものがいた。更にその丁度真下に一台のバイクとそれに跨る金色の存在がいた。

 

「ゴウラムさん、その人をお願いします!」

 

 その声に頷くように、ゴウラムと呼ばれたそれはティーダを乗せてゆっくり降下していく。それを横目にし、金色の存在はバイクから降り、戸惑う男へ静かに近付いた。その手にした銃で攻撃する男。だが、それを金色の存在は避けもせず、ただゆっくりと近付いていく。

 銃弾は確かにその体へ命中するもまったくそれを意に介さず金色の存在は歩き続ける。そして男の目の前に立ちはだかり、その手にした銃を奪い取った。それを持ったまま金色の存在は男を捕まえ、ティーダの元へと向かう。

 

 ティーダは男を突き出し自分を見ている存在に不思議な感覚を覚えるものの、怯え竦む男にバインドをかけて息を吐いた。それに応じるように金色の存在も頷いて、ティーダへ尋ねた。

 

「あの……」

「……何だ?」

 

 やや戸惑うが、怪しくても命の恩人だと思いティーダは務めて落ち着いた声で話しかけた。それに相手は躊躇いがちにこう言ったのだ。

 

「ここ、どこです? 貴方は魔導師なんですか?」

「はぁ?」

 

 これがティーダとアギトの出会い。そして、彼はもう一人出会う者がいる。かつてあの美杉家で世話になった少女。それをどこか思わせるような相手に。

 三人の仮面ライダーはそれぞれ魔法世界へ辿り着く。しかし、彼らが出会うにはまだ時間が必要だった。

 

 

 

 新暦67年 とある研究所。そこでジェイルはある者達を待っていた。あの日知られてしまったトイの原型。その情報を操作し、もう一年になる。それは戦闘機人を調べ、動いている部隊を相手にしてもうそれだけと言う事だ。

 これで犠牲にした施設は四つ目。最初の施設だけでは満足出来なかったのか、その僅か数ヵ月後ジェイルの耳に密かに調査している部隊があると情報が入った。それが、ゼスト隊と呼ばれる陸の守護神と評されている精鋭部隊だと分かった時には、ジェイルは思わず顔を覆った。

 

 ベルカの騎士としてオーバーSの力を持つゼスト・グランガイツ。そんな彼を隊長に幾多もの事件を解決し、治安維持に貢献している部隊だったからだ。早目に見切りをつけて欲しいと思い、二つ目の場所はトイのデータをそのまま残し、相手を満足させたと思ったのだ。

 しかし、また数ヵ月後、同じような情報が入る。どうも、かえって簡単に事が運ぶので怪しんでいるらしい。だから仕方なく真司が廃棄したトイを数台持って来て襲撃させたのだが、それを簡単に返り討ちにし、余計ゼスト隊は何かあると踏んだらしく今回もまた現れたのだ。

 

 しかし、今回は今までと違う点がある。一つは、トイの情報も何もない事。次に現在稼動しているナンバーズが全員来ている事。そして最後に控えている変更点。それは……

 

『お~い、こっちは準備完了だぞ~』

「分かった。なら、そのまま真司はそこで待機してくれ」

 

 龍騎がいる事だ。そう、ジェイルは今回ではっきりと終わらせるつもりだったのだ。広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティとしての自分を。きっと管理局は信じないだろうがそれでもだと。

 自分はもう違法行為に手を染める事はしない。その決意をジェイルは持っていた。真司と出会い、そして知った。自分の気に食わない世界だから変えるのではない。自分が変わり、その不自由さえ楽しめばいいのだと。

 

「……もし、真司にもっと早く会っていたら……どうなっていたんだろうねぇ」

 

 感慨深く呟くジェイル。もしかすれば自分はナンバーズさえ作る事を拒否していたかもしれない。そんな事を考え、誰ともなく笑う彼の前へモニターが出現した。相手はウーノ。その表情からジェイルは時が来たのだと気付いた。

 

『ドクター、予定通りゼスト隊が現れました』

「分かった。くれぐれも迂闊に動かないよう頼むよ」

 

 ジェイルの言葉にやや躊躇いがちではあるがウーノは頷いた。そう、ジェイルがいるのは研究施設の入口。たった一人でそこに立っていたのだ。

 勿論、周囲には龍騎達が控えている。だが、それもジェイルが危険に晒されない限り動かないよう言いつけられている。龍騎はジェイルからこう言われているのだ。以前やった事に対するけじめをつけるのだと。

 

 それがどんな事かは分からないが、ジェイルの真剣な眼差しに龍騎は折れた。故にこうして他のナンバーズと共にクアットロのISで隠れているのだ。クアットロのISはシルバーカーテンと呼ばれるもの。

 幻影を作り出したり、姿を隠す事も出来る便利なものだ。そして、周囲の状況はウーノのIS―――フローレス・セレクタリーと呼ばれる力によって把握され、こうして万全の体勢を整えていた。

 

 やがて、前方から三人の局員が現れた。先頭に立つのは、ベルカの騎士であるゼスト・グランガイツ。そして、その脇に控えるのは近代ベルカの使い手であるクイント・ナカジマと、召喚魔導師であるメガーヌ・アルビーノだ。

 他の隊員達は三人の後ろで待機しているため、いつ動き出してもいいようにとウーノが目を光らせている。そんな事も知らず、ジェイルは現れた三人へ軽い感じで声を掛けた。

 

「やぁ。こんばんは」

「っ?! ジェイル・スカリエッティ、だと?」

「そんなっ?!」

「まさか……本当に本人なの……?」

 

 想像にしない展開に三人の表情にも動揺が見える。それもそのはず。確かにこの謎の機械に関わっていると思われていた相手ではあったが、それがわざわざ施設の奥ではなく入口で待ち構えているなどと誰が考えようか。

 そんな戸惑う三人へジェイルは聞いて欲しい事があると切り出した。その必要はないと動こうとしたクイントをゼストが止める。その行為が理解出来ず、疑問を感じるクイントはゼストの視線を追って気付いた。

 

 ジェイルの目が澄んでいたのだ。犯罪者特有の濁りのあるものではなく、どこか信じられるようなものに見えた。おそらくゼストはそれに疑問を抱いたのだろうと判断し、クイントも大人しくその拳をさげた。

 

「……私を捕まえたいのは分かるが、せめて話ぐらい聞いてくれないかな?」

「いいだろう。ただし、それの内容によって罪が軽くなる事も重くなる事もある。慎重にな」

「……ご忠告どうも」

 

 ゼストの言葉にジェイルは苦笑しながら語り出した。それは、ゼスト達からすれば信じられない事だった。ジェイルはもう二度と違法行為に手を出さないと告げ、そしてこれまでやってきた事の全てを収めたディスクを提示した。

 そこには自分に戦闘機人を始め、様々な違法行為を指示した者達のデータが入っているとそう言ったのだ。そして、そのディスクを渡す代わりに一つだけ頼みがあると告げた。その頼みにゼストは耳を疑った。

 

「見逃せ、と?」

「この場は、でいいよ。何も今後ずっとなんて言わないさ」

 

 ジェイルの言葉にゼストは少し考え、頷いた。

 

「隊長?!」

「いいんですか?!」

 

 まさかのゼストの判断にクイントとメガーヌが驚愕の表情を浮かべる。それにゼストは頷いて、ジェイルを見つめたまま告げた。

 何か罠を張っているのなら見逃せなどとは言わないだろうし、もしその気なら周囲に隠れている手勢に襲わせているはず。その言葉に龍騎達は少し驚く。気付かれていたとは思っていなかったからだ。

 

 尚もゼストは続けた。それに今後もではなく今回はと言っている事からも相手も本気で交渉している。何故そう考えたかは知らないが気が変わらない内に情報を得るべきだ。そう締め括り、ゼストはジェイルを見つめたまま口を開いた。

 

「最後に一つ聞きたい」

「何かな?」

「どうして広域次元犯罪者の貴様がこんな真似を……」

 

 ゼストの言葉に龍騎は驚いた。犯罪者。確かにそう言ったのだ。あの隊長と呼ばれた男は。そして思い出したのだ。初めて会った際、ジェイルが自分に言った事を。自分は犯罪者。それが本当だったと知り、龍騎は悩んだ。

 仮面ライダーの力をジェイルはもう少しではあるが形にしている。そう、セッテ達の武器の材質などだ。それを教えたのは自分。もし、ジェイルが犯罪者でそれを悪用したのなら。そこまで考え、龍騎は思い出す。

 

(でも、ジェイルさんは……イイ人なんだよな。娘想いの、ちょっと変わったとこもあるけど、俺の恩人なんだ)

 

 見も知らない自分を受け入れ、食事や部屋などを与え、今は妹分までいる。それに龍騎は知っているのだ。ジェイルが元の世界に戻れる方法も考えてくれている事を。しかも、ただ戻るだけでなく、こちらと行き来出来るように。

 それをウーノから教えてもらった時、彼は嬉しかったのだ。ただ帰すのではなくまた会えるようにとしている。それは、ジェイルもまた自分と会えなくなるのを避けていると分かったから。自分がジェイル達と会えなくなるのが嫌なように、ジェイルもまたそう思ってくれている。それが、堪らなく嬉しかったのだ。

 

 そんな事を考えていた龍騎だったが、ふと視線をジェイル達へ戻した。どうも話し合いは終わったらしく、ジェイルが手にしていたディスクをゼストへ投げ渡した。それを受け取り、すぐに確認して真偽を確かめるゼスト。

 メガーヌはディスクが本物だと分かり、やや驚きながらもゼストへ視線を向けた。それにゼストも頷いて、ジェイルに一言告げて去って行く。次は無い。その言葉にジェイルは苦笑しつつ頷いた。分かっている。そのやり取りは、龍騎にはとても敵対する者同士のものには聞こえなかった。

 

「……ウーノ」

『はい、撤収したようです。しかし、よろしいのですか?』

「こんな事をして老人達に文句を言われるからかい? 別に関係ないよ。言いたいのなら言わせればいい。私は私のやりたい事をする。それだけさ」

 

 ジェイルはそうはっきり言い切って周囲へ大声で告げた。

 

「さ、帰ろうじゃないか! 私達の家に!」

 

 その言葉をキッカケにクアットロのISが解除されセイン達が頷いた。ただ一人、変身を解いた真司だけは頷かず、ジェイルへ視線を向けていた。

 

「本当に……犯罪者だったんだ」

「……ああ。出会った時にそう言ったはずだよ?」

「だよな。……うん、そっか。なら悪いのは……」

 

 真司の次の言葉にその場にいた全員が声を失った。それだけ真司の発言は驚くべき内容だった。

 

―――ジェイルさんに悪い事を止めろって言う人がいなかったからだ。

 

 そう笑顔で言って真司は歩き出す。呆然としているジェイル達を見て、真司は大きく宣言した。これからは自分がジェイルの悪事を止めるからと。もう悪い事はさせないからな。そう告げて真司は歩いて行く。その後ろ姿を見送り、ジェイルは楽しそうに笑い出した。それに感化されたのかウーノ達も笑う。

 

 そう、真司が言った事はとっくに実現されているのだ。あの日、真司がジェイルと出会った時からそれは始まっていた。ジェイルが本来考えていた計画。それを真司は大きく変化させ、今の形にしたのだから。

 

 ライダーシステムを実用化し、管理局へ譲渡する。その見返りとして自分達への不干渉とどこかのどかな世界での生活を送る事。それが今のジェイルの計画。それと並行してジェイルには研究している事がある。

 

(真司のいた世界への帰還方法とその行き来の模索と確立だね)

 

 次元漂流者だが、話を聞く限りでは真司は更に複雑な事情がある。彼のいた世界自体は簡単に突き止められた。管理外である地球。そこなのはもう真司自体にも確認を取ってある。

 しかし、そこには真司の言ったモノがないのだ。それは建物の名前だったり人の名だったりと様々だが、それが何一つとして存在していなかった。そこから導き出されたのが、真司は地球の並行世界出身ではないかと、そういう結論だ。

 

 そのため、今もジェイルはライダーシステムの実用化と並行し、少しずつではあるがそれを調べている。実は、それがあるために未だにノーヴェの目覚めが遅れているのだ。今起動しているナンバースは、ウーノ、ドゥーエ、トーレ、クアットロ、チンク、セイン、セッテ、ディエチの八人。

 残りの四人が目覚めるのは、おそらく後二年ぐらいかかるだろうとジェイルは予測している。それには、その事以外にも理由がある。

 

(真司を驚かせてやりたいからね)

 

 クアットロと話し合い、残る四人を同時に目覚めさせようとしているのだ。そのためクアットロはジェイルの分も引き受け、現在四人の調整を行なっているのだ。それをジェイルが押し付けたと思っている真司が文句も言わずにやっているクアットロを見て感心したぐらいに。

 ちなみに真司は、クアットロが四人分の調整を行なっているのはジェイルがライダーシステムへ掛かりきりだからと思っていた。

 

「さぁ、我々も行こう。お腹も空いた事だしね」

「そうですね」

「今日のご飯は何かしら~?」

「真司はオムライスと言っていたな」

「おおっ! チンク姉の好物だね」

「……わざわざ言わんでいい」

「セッテも好きだよね」

「ええ。ディエチは違うのですか?」

 

 ワイワイ言いながら歩いて行く八人。その視線の先では、真司がジェイル達を眺めて笑っている。そしてセインやセッテに向かってこう告げた。ここから向こうの大きな木まで競争しようと。

 それに意気込んで応えるセイン。静かに、だがしっかりと頷くセッテ。微笑みを浮かべながら参加する意志を見せるチンク。どこか呆れながらも加わるトーレ。ディエチはセインに呼ばれ、少し躊躇いながらも参加し、クアットロとウーノはそんな姉妹達に楽しそうに笑みを浮かべる。

 

 そんな光景を見つめ、ジェイルは真司へ告げた。自分が合図を出すと。それに真司も頷いて、それぞれが位置につく。

 

「それじゃ……スタート!」

 

 その声で一斉に走り出す真司達。必死で走る真司を、トーレが、セッテが、チンクが、セインが、終いにはディエチさえ抜いていく。それに負けるかと頑張る真司だったが、変身している状態ならともかく彼女達に生身のままで勝てるはずもなく、結局最下位で終わった。

 そんな真司を慰めるディエチとチンク。誇らしげに笑うセインとセッテ。へたり込んだ真司を呆れたように見つめるトーレ。それを眺めて歩きながら真司の健闘を讃えるウーノとクアットロ。そして、その光景を嬉しそうに眺めるジェイル。

 

 そんな彼らを見渡して真司は心の底から叫ぶ。

 

―――あ〜! 今度は絶対負けないかんな!

 

 真司のその言葉に全員が笑う。ナンバーズの体の事を知りながらそれを言い訳にしない。その真司の気持ちが好ましいのだ。

 こうして、本来であれば悲劇となったゼスト隊の運命は一人の男によって回避された。それもまた、後に起こる戦いを助ける事になる……。



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戦士と魔法再会する時

時間経過の差が出てしまう両陣営。それとやはり居候が彼を待っています。


 RXがギンガを助けた頃、クウガは言葉を失っていた。呼びかけられただけではない。その声に聞き覚えがあっただけでもない。振り向いた先にいた相手が、自分の知る姿ではなかったからだ。

 白いバリアジャケット。赤い宝石のついた杖。そして二つに纏めた髪。それらはクウガの記憶と完全に一致している。だが、その肝心の相手の背丈がまったく違う。

 

「な……なのは、ちゃん……?」

「うん。そう、だよ、五代さん……」

 

 対するなのはは涙目だ。クウガにとってはつい先程の別れでも、彼女にすればもう五年以上前なのだから当然と言える。瞳を潤ませ、嬉しさを顔に滲ませて微笑むなのは。それにクウガは確かに目の前の相手がなのはである事を実感していた。

 

(五代さん……帰ってきたんだ。帰ってきてくれたんだ!)

 

 なのはは喜びを噛み締めるもクウガの傍にいる少女を見て表情を引き締める。今は感慨に耽っている場合じゃないと。この数年間で人としても局員としても成長を遂げたなのはは、凛々しい顔に戻るとクウガへ声を掛けた。

 

「五代さん、その子は私が連れて行きます」

「……あ、うん。お願い」

 

 なのはの申し出にクウガは意識を切り替えスバルを抱き上げる。それに少し驚くも、スバルはなのはの腕に移されその温もりに笑みを見せる。それになのはも笑顔を返し、上を見上げて何かに気付く。

 そして、クウガへ済まなさそうにこう言った。道を作るのでもう一度この子を抱いててもらっていいですか、と。そんななのはにクウガは自分の知るなのはの面影を強く感じ、嬉しそうに頷くとスバルを預かった。

 

「行くよ、レイジングハート」

”いつでもどうぞ”

「ディバイィィィン……バスターっ!」

 

 なのはの言葉に呼応し、レイジングハートはカートリッジを排出する。そして、放たれた閃光は天井を貫き道を作り出した。それを魅入られたように見つめるスバル。クウガは最後に見た頃よりも若干強力になったように感じ、なのはの成長を感じ取っていた。

 だが同時に思うのは、自分がほんの半日を過ごした間にこちらではどれだけの時間が経過したのかという疑問。しかし、今はそれを聞き出す暇はない。周囲の状況は未だ緊迫しており、一刻も早く脱出を図らねばならない事に変わりはないからだ。

 

 クウガはスバルをなのはへ預け返すと、彼女が知らない存在の事を伝えた。

 

「実は、ここに俺の先輩がいるんだ。俺、その人と一緒に脱出するから」

「先輩? 翔一さんは一緒じゃないんですか?」

 

 なのはの言葉にクウガはやや躊躇いながらも頷く。それに思う事があったのだろうが、なのははそれを言わずに頷き返した。

 

「……分かりました。五代さん、後で色々聞かせたい事と聞きたい事があります」

「うん。必ず会いに行くから」

 

 なのはの言いたい事を理解し、クウガはサムズアップを見せる。それになのはも笑顔でそれを返し、スバルと共に炎の中から出て行った。

 それを見送り、クウガはRXへ連絡をした。アマダムとキングストーンの共鳴を使った通信能力だ。先程RXへギンガの事を伝えたのもこれによるもの。クウガはその意識をRXへ向ける。

 

<先輩、五代です>

<クウガか。こっちは無事救出した>

 

 そこから告げられるRXの話を聞き、クウガは驚いた。何とRXはフェイトと出会ったのだ。そして彼が仮面ライダーだと告げると驚き、クウガの事を話すと更に驚いて涙を見せたらしい。それを聞き、やはりなのはと同じでフェイトも本質は変わっていない事を理解し、クウガは喜んだ。

 RXはギンガをフェイトに預けてこちらを目指していると告げる。残りの救助者も魔導師達やライドロンとアクロバッターが助け出し、もう残っている者はいないだろうと予想するも、クウガに確認するよう頼んだ。

 

 それに応じてクウガもペガサスフォームへ変わりそれを確認し、RXへ残っているのは自分達だけと告げた。それにRXは安堵の息を吐き「そうか」と返す。

 

<じゃ、俺達も>

<ああ、脱出しよう。彼女が言うには、この姿を見られると問題があるからと落ち合う場所を教わった>

<分かりました。なら、そこへ行きましょう>

 

 そう答えてクウガは動き出す。RXから落ち合う場所を教えてもらいながらそこを目指して。同じようにRXもそこへ移動を開始する。だが、RXはある事を考えていた。それは助け出したギンガの事だ。

 そう、RXの目には見えていたのだ。ギンガの体が普通ではない事が。改造人間である自分にどこか似た体をしていた事。機械を組み込まれたその体に、RXは悲しみと怒り、そして喜びといった複雑な想いを抱いていた。

 

(あの体を受け入れ、あんな風に優しく強く生きている。だが、あの技術を使い、いたいけな少女を改造した存在がいる。それは、絶対に許さんっ!)

 

 そんな決意を抱き、RXは空港を脱出した。見れば、クウガも離れた場所にいる。そこへ向かうRX。その後ろからアクロバッターとライドロンも姿を見せ、その後を追うように走り出した。

 こうして空港火災は本来よりも犠牲者を出さずにその幕を降ろす。その影に、二人のヒーローと二台のマシンの活躍を隠して。

 

 

 火災の鎮火を終えたはやては疲れる体を物ともせずある場所目指して走っていた。引継ぎやその他の雑務を指揮官として現れてくれたゲンヤ・ナカジマに任せ、親友二人が教えてくれた場所に向かって急いでいたのだ。共にいたユニゾンデバイスであるリインフォースツヴァイが驚いて置いていかれる程の慌しさで。

 ちなみにゲンヤは仕事をはやてに押し付けられたのではなく、彼女が何か落ち着かないのを察し始めの方を指揮してくれた礼だとそれを自主的に引き受けてくれた。それにはやては心から感謝し、現在に至る。

 

(五代さんが……仮面ライダーが帰ってきてくれた! カリムの予言が本当なら翔にぃも一緒にいるかもしれん!)

 

 はやてが局員となって出会った友人の一人であるカリム・グラシア。彼女はレアスキルとして未来予知のような事が出来るのだが、それがクウガとアギトの再召喚を予言していたのだ。それを知っていた事もあり、はやては全速力で走っていたのだから。

 やがてその視線の先に見覚えのある青年の顔と親友二人、それに見知らぬ男が見えてくる。そこに、いるだろうはずの翔一はいない。はやては湧き上がる不安を押し殺し、徐々に速度を落とした。

 

 そして五代達の目の前で止まり、息を弾ませながらその顔を確認する。五代は急いできたはやてにどこか驚きながらも、彼女が視線を向けると笑顔を浮かべた。それにはやては嬉しさを感じた。あの闇の書事件解決の立役者の一人である五代。その彼は、何も変わっていないと感じたからだ。

 

(ああ、五代さんはやっぱ変わらへんな。ん? でもちょうおかしい気が……)

 

 だが、そこではやては違和感に気付く。五代がまったく変わっていないのだ。内面ではなく外見が。あれから五年以上経過したにも関わらず、五代はあの頃と同じままなのだ。

 それにはやてが戸惑いを感じた時、なのはがやや躊躇いがちに告げた。五代は、あれからたった半日しか経過してないと思っていたらしい事を。それにはやては愕然となった。

 確かに次元世界同士の行き来でも僅かな時間の誤差は生じる事がある。しかしそれはあくまでも僅かでしかない。五年以上も誤差が生まれるなど聞いた事もないため、はやては信じられないとばかりに問いかけた。

 

「ほんまなんですか……?」

「……うん。だから、最初なのはちゃんに会った時は驚いたんだ。俺は半日ぐらいだと思ってたら五年以上も経ってたなんて……ね」

 

 きっと、五代も自分と同じ気持ちなんだろう。再会出来て嬉しいのだが経過時間に差があり過ぎてどこか素直に喜べないのだ。そうはやては理解し、気になっていた人物へと視線を向けた。

 

「で、そちらの方は?」

「あ、こちらは俺の先輩で……」

「初めまして。南光太郎です」

「こちらこそ初めまして。八神はやて言います」

 

 互いに挨拶を交わす二人。そして、それを見届けてから五代はなのは達に話した。光太郎の事や自分に起こった事、そして翔一とはぐれた事を。それを聞いてはやては崩れ落ちそうになった。だが、それを素早くなのはとフェイトが支える。

 そのはやての様子に五代も慌ててこう続けた。翔一とはぐれはしたが、自分が戻ったようにきっと彼も戻ってくるはずだと。その根拠はただ一つ。

 

「だって、翔一君も仮面ライダーだから」

 

 その言葉にはやては顔を上げる。その言葉に込められた想いを気付いたからだ。五代は真剣な声でそう告げた。つまり、まだこの世界は仮面ライダーを必要としている。それを感じ取っているからこそ、五代はそう言ったのだろう。そんな気がしたからだ。

 見れば、光太郎も同じように頷いている。そこで五代はなのは達へ告げた。彼も五代達と同じく仮面ライダーで、しかも翔一が言っていた”仮面ライダー”を名乗っていた存在。それを聞き、はやて達にも五代の言葉を信じる事が出来た。

 

「それで、これからの事なんだけど……」

 

 三人が事情を理解し、はやてが立ち直ったのを見て光太郎はそう切り出した。彼は、三人にライドロンやアクロバッターの置き場所を頼んだのだ。二台は普通の車やバイクへの偽装能力を持たない。そのため、このままでは色々と問題が起きると。

 そう告げて光太郎がその名を呼ぶと、二台はゆっくりと建物の影から姿を現した。その外観を見て三人はその言葉に納得し、はやてがどこか貸し倉庫でも借りて対処すると告げると光太郎は感謝すると共に申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 そして、今度は五代へ三人から質問が浴びせられたのだが、そこへ遅れて来た者がいた。その外見に五代と光太郎が若干驚きを見せる。とはいえ、五代と光太郎の驚きは違うベクトルだったが。

 

「はやてちゃ〜ん、ヒドイですぅ〜」

「小人? いや、妖精なのか……?」

「え? リインさん……?」

 

 リインに似ている。そう思った五代だったが、それになのはが彼女についての説明をした。一方、ツヴァイはそんな五代と光太郎を見て首を傾げていた。どうしてはやて達が人気のない場所で民間人の男性二人と会っているのか理解出来なかったためだ。

 

「はやてちゃん、このお二人はどちら様ですか?」

「えっと、紹介するなリイン。こっちは南光太郎さん。そして、驚くんやないでリイン。そっちがあの五代さんや」

「え〜っ!? あのお姉ちゃんを助けてくれた仮面ライダーさんですかっ?!」

 

 突然の大声に驚くも微笑む五代と光太郎。なのはとフェイトはツヴァイの反応にやっぱりといった表情を浮かべた。ツヴァイは目を輝かせて五代の前へ行き、敬礼をする。やや興奮気味に自分の肩書きを述べるツヴァイに五代はどこか微笑ましいものを感じていた。

 そして自分の懐からある物を取り出しツヴァイへ差し出す。それは名刺。それを受け取り、書かれている文字を眺めてツヴァイが不思議そうに読み上げる。

 

「夢を追う男……二千の技を持つ男……五代雄介」

「うん、よろしく。えっと……リインちゃんでいいかな?」

「はいです!」

 

 五代の呼び方に笑顔を返すツヴァイ。それに五代だけではなくなのは達も笑顔を返す。するとツヴァイが受け取った名刺を上から覗き見ていたはやてが笑顔で呟いた。

 

「リインはええな。五代さん、わたしもそれ欲しいです」

「あ、じゃああげるよ」

 

 はやての言葉に五代はもう一枚名刺を差し出す。それを見てなのはとフェイトも欲しがり、五代は笑顔でそれを渡す。光太郎はそんな光景を見て苦笑していた。彼は五代と出会った際、同じように名刺を貰った事を思い出していたのだ。しかも、その後光太郎はある理由から更に名刺をもらう事になったのだから。

 こうして五代となのは達は再会する。その後、二人は行く当てもないため、はやて達三人の判断により海鳴へ一度行く事となった。それは、三人の誓いの一つでもある事を実現するためでもある。

 

 翌日、五代と光太郎はフェイトの手を借りて海鳴の地を踏む事になる。そこで待つのは五代に会いたがっていた少女と女性。そして、光太郎には信じられない事を知るキッカケにもなる。

 彼が助けた少女。それと同じ存在がそこにもいる事。そして、彼女達の真実を聞きRXは思い知る。人間の業の深さとその愚かさ、そして優しさを……。

 

 

 

「……そうですか。ここがミッドチルダ……」

「ああ。それで、あんたは一体何者なんだ?」

 

 あの後、ティーダはアギトにゴウラムと共に隠れてもらい、犯罪者をやってきた陸士隊へ引き渡した後、こうして路地裏で話していた。だが既にそこにゴウラムはいない。アギトが言うには、まるで何かに呼ばれるように飛んでいったとの事。

 それを聞いて、ティーダが内心で「あちこちで騒ぎになりませんように」と願ったのは言うまでもない。実はゴウラムはクウガの元へと向かったのだ。この世界へ来るキッカケは翔一の願いだが、ゴウラムは元々クウガの相棒なのだから。

 

「えっと、仮面ライダーアギトっていいます」

「仮面ライダーアギト? 変わった名前だな」

「それと……津上翔一とも言います。好きに呼んで下さい」

 

 話している途中でアギトの体が光ったかと思うと、そこには人の良さそうな青年がいた。ティーダはあまりの出来事に目を見開いて驚いた。だが、執務官として様々な事件などに関わってきた彼は、すぐに冷静になって考えた。

 きっとレアスキルのようなものだと。そう結論付け、ティーダは翔一へ頭を下げた。助けてくれた礼を述べるために。それを聞いた翔一はやや慌てて手を振った。彼としては当然の事をしたまでなのだ。そんな反応にどこかで翔一を恐怖していたティーダは自身の醜さを実感する。

 

 そして、もう一度頭を下げた。今度は翔一を恐怖した事に対して。ティーダの行動に戸惑う翔一へ彼は正直な気持ちを告げる。

 

「すまない。俺は、あんたをどこかで怖がった。同じ人間だって思えなかった……最低だ」

「えっと、仕方ないですよ。俺だって、逆だったら少し戸惑いますし。ティーダさんの気持ち、分かります。だから頭を上げてください」

「……すまない。そう言ってくれると助かる」

 

 翔一の心からの言葉にティーダは噛み締めるように言葉を返す。執務官として差別などしてはいけない。どんな相手にも平等且つ公正に対処すべし。そう考えていたティーダだったが、翔一にはそれが出来なかった。それを彼は心から反省したのだ。

 ティーダの反応に翔一はどこか困ったような表情を浮かべる。と、そこで何か思い出したのか翔一はティーダへある事を尋ねた。

 

「そうだ。あの、ティーダさんは執務官なんですよね?」

「あ、ああ。それがどうした?」

「同じ執務官で、クロノって子知りません?」

 

 翔一から出たクロノの名前にティーダは首を傾げた。彼が知る限り執務官にクロノという者はいなかったのだ。そう、この頃クロノは昇進し、アースラの艦長をしていた。役職も提督になり、執務官を退いていたのだ。

 それを知らず、ティーダは翔一に自身の知る範囲ではいないと答えた。それに翔一は驚きを見せるが、落胆したように「そうですか……」と呟いた。もし、ここで翔一がはやての名前を出していれば、展開はまた違っただろう。だが、彼ははやてが管理局に入った事を知らない。故に、有名人となっていたはやて達の名前を出す事はなかったのだ。

 

 一方、ティーダは落ち込む翔一を見て事情を尋ねた。それに翔一はこう答えたのだ。自分はある人にこのバイクと伝言を伝えなければならない。その人がどこにいるかは分からないが、必ず捜し出してみせるのだと。

 それを聞いて、ティーダは自分が力になると申し出たのは当然と言えた。助けてもらった礼もある上、何よりも翔一には当てがない。その点自分ならば局の情報や伝手を使って色々と分かる。そう考えて翔一へ告げたのだ。

 

「えっと、ティーダさんの申し出は嬉しいです。でも、本当にいいんですか?」

「俺達局員の本分は困っている相手を助ける事だ。それにあんたは俺の命の恩人でもあるしな。礼をさせてくれ」

 

 それに翔一は嬉しそうに笑みを見せるが、それでも素直に頷けずどうしようかと決めかねていた。そこにティーダが悪戯めいた笑みを浮かべ、寝床などはどうすると告げた瞬間、翔一は答えに詰まった。

 更に畳み掛けるようにティーダが通貨も文字も違う場所での生活は色々大変だと言い切る。それに翔一は困り顔をし、ティーダを見つめた。それが観念した顔と理解し、ティーダは笑みを見せて遠慮するなと告げたのだ。

 

「……分かりました。それじゃ、お言葉に甘えて有難くお世話になります」

「ああ。でも、俺は仕事上家を空ける事が多いんだ。それだけは理解してくれ」

「そうなんですか。じゃ、俺は留守番してれば?」

「基本そうなるんだが、俺には寮生活の妹がいて時々家へ顔を出しに来るんだ。ティアナって言うんだけどな」

 

 ティーダの話を聞き、翔一は相槌を打ちながら考えた。記憶を失ってから今まで、世話になる所には必ず年下の女の子がいると。そんな事を思いながら、ティーダの案内に従って翔一はビートチェイサーを押しながら歩き出す。

 

 ティーダの話すティアナの事を聞きながら翔一は思い出す。それはティアナと歳の近かった真魚の事だ。

 

(上手くやっていけるかなぁ? 真魚ちゃんとも色々あったし、女の子って難しいからな……)

 

 こうして翔一はミッドチルダに滞在する事となる。そして、彼の存在が本来あるべき未来を変える。寂しがりやで劣等感を持つはずだった少女。その心を大きく変える存在へと。それもまた、人知れず人を助ける事。

 

 

 

 ゼスト隊との交渉から一年以上が経過し、真司は相変わらずの生活を送っていた。訓練や家事をし、時に妹分のセイン達と遊んだり、時にはウーノ達と生活環境向上などを話し合ったりと忙しい毎日を。

 

 そんな真司だったが、この頃から妙な事が起き始める。それは、極稀に見る夢。しかも悪夢と呼んでいい内容のものだ。その一つがこういうものだった。

 そこで彼は同じミラーモンスターの大群と戦っていた。それをサバイブで片付けた彼が元の世界に戻った後、何故か力尽きて倒れる。車にもたれかかるように眠る彼へ必死の形相で声を掛ける蓮。そんな光景を見るのだ。そして最後に、連が何かを決意したようにそこから去って行くところで目が覚める。

 

「……また、か」

 

 この日、その夢を見た真司は全身から汗を掻いて目を覚ました。じっとりとした何とも言えない不快感に顔を歪め、真司は着ていたシャツを脱ぐ。

 その汗に濡れたシャツを床に置き、真司は代わりのシャツを着て立ち上がる。その手に脱いだシャツを持って彼は部屋を出た。向かう先は洗面所。そこにある洗濯籠へシャツを放り込み、顔を洗う。水の冷たさが心地良く感じ、真司は顔を拭いて鏡を見た。

 

「うしっ!」

 

 気合を入れ直す真司。鏡に映るのは、いつもの自分の顔。”ここに来た頃と一切変わらぬ顔”がそこにはあった。そう、髪の長さから髭の長さまで全て同じ顔が。真司はそれに疑問さえ抱かず、普段通り動き出す。

 

「今日は朝食どうするかなぁ。昨日はチンクちゃんのリクエストだったし、今日はクアットロにでも聞いてみるか」

 

 そう言ってキッチンへ向かう真司。こうして今日も一日が始まる。彼の望んだ、平和で穏やかな日々が。

 

「チンクちゃん、それ取って」

「これだな?」

「セイン、そっちはもういいぞ」

「は〜い」

「ディエチ、これ並べてくれるか?」

「うん、分かった」

 

 賑やかなキッチン。エプロンを着けた真司を司令塔に、チンク、セイン、ディエチが助手として動いている。元々キッチンはそこまで広くなかったため、現在は多少手狭になってきていた。そのため中々作業が辛い。と言っても、三人は自分から率先してやっているので不満はない。

 真司は、この状況と今後の人数が増える事を考え、キッチンの厨房化をウーノ達へ頼んでいた。これはジェイルも納得し、現在真司がウーノと相談して調理器具の置き場所からコンロの位置まで、入念に話し合っている。

 

 そんなキッチンの声を聞きながら、トーレはセッテと将棋を指していた。元々はチェスしかなかったのでそれを代用していたのだが、地球へ例の調査をしに行ったクアットロが土産として買ってきたのだ。

 後は、真司が頼んだ煎餅などのお菓子類だったのだが、それは開封僅か十数分で全員の胃の中へ消えた。以来、その味を気に入ったのかラボには煎餅やあられなどが常備される事となった。こんなところにもラボの日本化が起きていた。

 

「……王手」

「むっ……」

 

 セッテの角がトーレの王将を捉えた。王手銀取り。中々の手だ。それを見てトーレに焦りの色が浮かぶ。対するセッテはどこか嬉しそう。そんな二人を眺め、口元に微笑みを浮かべるクアットロ。だがその手は止まる事無く動いている。

 彼女がしているのは残りの姉妹の調整ではない。厳密にはそれに当たるのだろうが、彼女の中ではその感覚は薄いのだ。クアットロがしているのはチンクやトーレの武装改良案。トーレはブレードの材質強化を完了し、もうする事はないと本人は思っている。だが、クアットロから見ればまだ改良するべき点はあるのだから。

 

(トーレお姉様もチンクちゃんも事があれば前線に立つだろうし、出来るだけの事はしたいものね)

 

 そして、チンクはそのコート。高い防御力を持ったそれは『シェルコート』と呼ばれているのだが、クアットロはその強化を考えていた。龍騎のデータを解析し、ジェイルはその一部を実用化したためだ。

 武器の強度を近付け、今はボディースーツの改良にまで取り掛かっている。龍騎と同じとまではいかないが、それに近付けるようにとしているのだ。

 

「おはよう、みんな」

「おはよう」

 

 クアットロがそれを思い出しながら視線を画面へ戻そうとした時、食堂にジェイルとウーノが現れた。それを見て、そこにいた三人が時間を確認し同じ事を思った。もうそんな時間か、と。

 ジェイル達はこのところ決まって同じ時間に現れるようになっていた。それを合図に真司達が料理を並べ始めるぐらいに。今もフレンチトーストを並べていたディエチが、二人に挨拶を返し、やや急いでキッチンへ戻って行った。

 

「おはようございます、ドクター」

「おはようございます、ウーノ姉上」

「おはようございま〜す」

 

 それぞれ挨拶を返し、二人が席についたところで真司達が料理を持って現れる。今日はクアットロの注文で、どこか優雅さを感じるものになった。まぁ、真司がそれにどこまで応えられるかをクアットロは楽しみにしていたのだが、出てきた料理に彼らしいと全員が頷いた。

 まずトマトサラダ。ほうれん草とベーコンを混ぜて炒め、その上に目玉焼きを乗せたポパイエッグ。そして、人参と玉葱、キャベツを入れた野菜スープ。とどめにハムステーキだ。それにフレンチトーストとミルクという洋食式。以上が真司なりの優雅さを感じさせる朝食だった。

 

 並べ終えた真司達も席につき、誰もが視線を彼へ向ける。それに頷いて真司が手を合わせた。

 

「いただきます」

「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」

 

 それに残り八人も続いて食べ始める。やや甘味を抑え目にしたフレンチトーストの味にチンクは満足そうに頷いて、セインがスープの美味しさに顔をほころばせれば、同じようにウーノもその味に笑みを浮かべる。

 セッテとトーレがポパイエッグの卵を最初から崩すか崩さないかで少し揉める横で、クアットロはサラダをディエチに取り分けてもらって礼を述べれば、ジェイルは真司の方がハムが大きいと文句を言って真司が反論する。

 

 そんな賑やかで和やかな時間。そして、食事時の定番といえば雑談。最近の話題は、もっぱらキッチンを含めたラボ全体の改造案。真司が要望したのは実はキッチンだけではない。

 そう、温水洗浄室。つまり風呂もそこには含まれていたのだ。ジェイルはそもそも自分以外の男性がここに来る事を想定していなかった。そのため、風呂に関してはあまり考えていなかったのだが、真司としては現在のままでは気兼ねなく風呂に入れないと文句を言っていたのだ。

 

 その背後には、未だにふざけて入浴しようとするセインの存在があった。しかし、真司はそれを誰にも言っていない。それは、セインがいつも真司に懇願するからだ。姉達に知られたら自分だけでなく真司も怒られるし、何より自分は真司の背中を流したいだけなのだと。

 

 それ故に真司はセインの事を黙っていた。まぁ、さすがに真司が一度本気で「女の子なんだから、もっと自分の体を大切にしろ!」と怒った後は水着を着てくるようにはなったが。

 

「で、どうなんですぅ? 男性用のお風呂の方は」

「それなんだけど……本当にあれでいいのかい?」

「いいの。俺とジェイルさんが入って手足伸ばせるぐらいで」

 

 そう、ジェイルは何度も真司に確認しているのだ。その広さが二人でゆったり出来る程度なのでもっと広くする方がいいとジェイルは何度も言っている。だが、何故か真司は首を縦に振らない。その理由は言うまでもないだろう。セインの乱入をさせないためだ。

 

 しかし、真司は肝心な事に気付いていない。例え浴槽が狭くてもセインには関係ないと言う事を。そう、むしろ好都合でさえあるのだ。遠慮なく密着出来るのだから。そんな事を真司達の話を聞きながらセインは考えていた。

 

(まぁ……さすがにあたしでもそこまで出来ないけど、ね)

 

 そう自問自答し、セインは小さく頬を掻いた。真司を兄と呼んでいるセインだが、この頃からどこかで別の扱いにしたいと思い始めていた。そう、兄ではなく男と。

 自分の愛する男性。そう呼びたいと意識しだしたのは、やはりあの競争での一言。どうやっても普通の人間では勝てないにも関わらず、真司は次は勝ってみせると言った。あの瞬間、セインは真司の考え方を再確認し、そして思ったのだ。

 

(あたし達を”普通の女性”として見てくれるのは、真司兄しかいない……)

 

 そう考え出したら、後はもう坂道を転がるようにセインは急速に真司を意識していった。例の風呂の一件も、真司が怒ったからだけではなくセイン自身も恥じらいが芽生えたために水着を着ただけ。

 そう、真司の一言はセインの女性としての自覚を促したのだ。もし、真司がセインをちゃんと女性として普段から見ているのなら、彼女が二人っきりでいる時、少し頬を赤くしているのが分かったはずだ。

 

「あ、そういえばノーヴェって起きるのいつ頃になりそうなんだ?」

 

 セインが気が付いた頃には話題は妹達の事になっていた。真司の言葉に声を掛けられたクアットロが少し考え、その口に入れていたハムを咀嚼してから答えた。

 

「……まぁ、来年にはならないわ」

「そっか。つまり今年中か」

「そうよ〜。あ、でもでもぉ、もしかすると少し遅れるかもしれないから、確定って訳じゃないわよ?」

 

 嬉しそうに頷く真司へ念のために釘を刺すクアットロ。だが、それを聞いて真司以外がどこか笑みを浮かべる。そう、知っているのだ。クアットロが真司を誤魔化し、驚かそうとしている事は。

 真司はそれに少しだけ残念に思いながらも、クアットロへ信じてるからなと告げた。その言葉に少し嬉しそうにするクアットロ。それを見たジェイルが何か思い出したように呟いた。

 

「……ドゥーエ、呼び戻した方がいいかね?」

「くしゅんっ!」

 

 クラナガンにある地上本部の廊下。そこで一人の女性がくしゃみをした。幸いにしてその姿を誰も見ていなかったが、彼女は周囲を見回し、安堵の息を吐く。彼女は、ナンバー2ことドゥーエ。ISで姿を変えてここに潜伏中なのだ。

 一応、レジアス中将の秘書として働いている彼女は知的なクールビューティーとして通っている。そのため、先程の姿を見られたのではないかと思ったのだ。

 

「……ドクターかウーノ辺りでも噂したのかしら……?」

 

 小さく首を傾げ、彼女は歩き出す。彼女は知らない。自分がいなくなった後、ラボがどんどん明るく賑やかで、そして暖かい雰囲気になっている事を。彼女がそれを知り、少し不貞腐れるのはこれから大分先の話である。



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誰かが君を愛してる

ライダー達を介して関係図や関わり方が変わっていくなのは達。これがクロスの一つの特徴ですかね?


 久しぶりに踏む海鳴の地。とは言っても、五代にとってはつい二日前ぐらいの感覚なのだが。転送ポートとして使っている月村家の庭。そこに降り立った五代と光太郎はとりあえず歩き出した。五代に説明をされながら、光太郎は広い庭を持つ月村家にやや圧倒されていた。

 そして、しばらく歩いた先に一人の女性がいた。紫色の綺麗な髪。それを見た五代は最初忍かと思った。だが、背丈が若干違う事に気付いて思い出す。自分は五年以上後の時代に来てしまった事を。つまり、目の前の女性は五年前はもっと小さかった相手。そう思い至った五代はその相手の名を呼んだ。

 

「すずかちゃんっ!」

 

 その声に女性は一瞬震え、ゆっくりと五代の方へ振り向いた。そこには、何ら変わらない笑顔の五代がいた。

 それを見つめるのは、もう子供らしさを少ししか感じさせないすずか。光太郎は、そのすずかの表情と瞳からおぼろげながら事情を察し、五代から少し距離を取った。

 

「……五代さんっ!!」

 

 走った。叫ぶように名前を呼んで。すずかはその勢いをつけたまま五代へ抱きついた。それを受け止めるも、勢いを殺しきれずに五代はそのまま後ろへと倒れる。

 だが、すずかはそれに構わず五代に抱きついて泣いていた。そのすずかのすすり泣く声に気付き、五代は優しくその頭を撫でる。

 

「えっと、ごめんね。帰るの、遅くなって」

「……いいんです。こうして……帰ってきてくれたから!」

 

 五代の声に顔を上げ、すずかは笑顔でそう言い切った。その目からは涙が流れている。それを見た五代は慌ててハンカチを取り出し涙を拭う。そんな光景を見ながら光太郎も微笑みを浮かべていた。

 それから少しして光太郎の存在に気付いたすずかが恥ずかしくなって五代から離れ、やや慌てるように屋敷へと向かって歩き出した。それが照れ隠しである事を五代も光太郎も分かっていたが、あえて何も言わず苦笑してその後をついて歩き出す。

 

 その途中で五代はすずかから簡単にこの五年間の月村家の事情を聞いていた。

 

「そうなんだ。忍さん、結婚してドイツに……」

「うん。相手はなのはちゃんのお兄さんの恭也さん。五代さんも知ってるでしょ?」

「そっか。あの頃から付き合ってたもんね。で、ノエルさんは二人と?」

「そう。あ、後で電話して。お姉ちゃんもノエルもきっと喜ぶから」

 

 庭から歩きながら話す二人。光太郎はそんな二人の後ろを歩きながら庭を見渡していた。だが、その目はどこか鋭い。

 

(……トラップが仕掛けられている。それだけじゃない。監視カメラや赤外線センサーまで……)

 

 月村家の庭中に設置された仕掛けに気付いた光太郎だったが、どうしてそんな物を仕掛ける必要があるのかが理解出来ないでいた。確かに月村家は裕福なのだろう。だが、これは警備と呼ぶには行き過ぎていると光太郎は思った。

 中には下手をすると相手を殺しかねないぐらいの物もあるのだ。まだ光太郎は知らない。月村家は吸血一族で、その命や技術を狙ってくる者がいた事を。庭にあるトラップはその頃の撃退用の物だった。

 

 光太郎がそうやってトラップに意識を向けていると、すずかが五代に問いかけた。

 

「それで、さっきは聞きそびれたけどあの人は?」

「南光太郎さんって言って、俺と同じ仮面ライダーの先輩なんだ」

「仮面ライダー?」

 

 五代の言った聞きなれない言葉にすずかは小さく首を傾げる。それに五代がクウガと同じような存在と説明した。それにすずかは驚いたが納得はしたようで、意を決したように光太郎の方を向き直った。

 

「あの、私月村すずかと言います。さっきはお恥ずかしいところをお見せしました」

「すずかちゃん、か。俺は南光太郎と言います。それとさっきの事なら気にしないで。大事な人に五年振りに再会出来たら、俺だって感激して思わぬ行動に出るかもしれないから」

 

 光太郎の気遣いにすずかは微笑む。だが、すぐにその表情を改めるとどこか言いにくそうではあったがはっきり告げた。

 

「五代さんと同じ光太郎さんにはお話しします。実は、私は吸血鬼みたいな存在なんです」

「……そうなんだ。じゃ、ここのトラップはそれに関連して?」

「え? 分かるんですか?」

 

 光太郎の言葉に感心したように声を上げるすずか。五代もびっくりしている。何せ、五代も忍やノエルから聞いて初めてその存在を知ったのだから。そんな二人の反応に光太郎は少し悲しそうな声で「うん」と返し手を叩いて明るく告げた。

 すずかが少し人と違うのは分かった。だが自分は気にしない。すずかはすずかだから。そう光太郎は心から言い切った。それが五代やなのは達と同じ言葉だったためか、すずかは嬉しくて涙を流して頷いた。その笑顔は、まるで絵画のような美しさがあった。

 

 そして屋敷へ入った五代はまた再会を果たしていた。相手の名はファリン。月村家でイレインと共に五代を慕っていた女性だ。

 

「ホント〜に、心配したんですからっ!」

「ごめんね。俺もすぐ帰ってくるつもりだったんだけど……」

 

 まるで妹と兄のように見え、光太郎は笑みを浮かべる。その隣ですずかも同じように笑みを浮かべるが、ふと横目に映った光太郎の表情が気になったのか視線をそちらへ向けた。光太郎は笑みを浮かべてはいる。だが、その笑みに影があるのをすずかは感じ取った。

 何かを思い出し、その辛さを堪えているかのような目。そんな風に光太郎の目が見えたのだ。そう、光太郎は眼前の光景からある思い出を連想していた。それは懐かしく悲しい記憶。

 

(杏子ちゃんも、あんな感じだったな。俺達がサッカーで怪我したりすると、よく怒られたっけ……)

 

 思い出すのは、幼馴染の男とその妹。その二人は、今はもう自分の傍にはいない。五代に詰め寄り文句を言いながらも嬉しそうなファリンに、光太郎は過ぎし日の思い出を重ねていたのだ。

 

 その哀しげな瞳にすずかは言葉を失う。五代とは違う哀しみ。それを光太郎は持っている。そんな風に見えたのだ。その哀しげでどこか懐かしそうな横顔。それにすずかは見入る。

 先程聞いた話で光太郎も五代と同じような力を持っている事をすずかも知っている。つまり、変身するという事。それは、人に言えない秘密を抱え孤独と戦ってきたという証。すずかは、そう考えて静かに光太郎の傍へ行き、その手を握る。

 

 それに気付いた光太郎にすずかは小さく、だがはっきりと告げた。

 

―――貴方は、一人ぼっちじゃないです。

 

 その言葉に光太郎は黙った。それにすずかは続けて言った。どこかで光太郎を待っている人がいる。五代にもいたのだからとそう締め括って。

 それに光太郎は心から笑顔を見せ、その手を握り返す。その暖かさに感謝して。その優しさに感謝して。ここは彼が守った世界ではない。だが、きっと己が守った世界にも、すずかのような心の持ち主が沢山いる。

 

 そう思い、光太郎は誓う。決して哀しまないと。どこかで、自分を愛し、信じてくれる者がいる。求めている者がいる。なら、それに応えて戦い続けよう。仮面ライダーは、その気持ちで今日まで世界を守り続けてきたのだから。

 そう固く信じて光太郎は思った。すずかの手の温もり。これを自分達は守るのだと。その時、誰かが玄関を開けて帰ってきたのを光太郎の耳が捉えた。大きな音がし、何者かがこちらに向かって歩いてくるのだ。それをすずかも感じ取ったのか小さく苦笑しながら呟く。

 

「イレインが帰ってきたんだ」

「イレイン?」

 

 すずかの言葉に光太郎は聞き返す。それを彼女が説明しようとした時、リビングのドアが開いた。そこには、買い物袋を両手に提げたメイド姿の女性がいた。

 

「今帰った……」

「おかえりイレイン。それとごめん! 遅くなったけど、もうストンプ見せられるからっ!」

 

 五代の姿を確認し、硬直するイレイン。そんな彼女に、五代は手を合わせて申し訳なさそうに言葉を掛ける。最後には笑顔でサムズアップを忘れずに。それにイレインは呆然としながら小刻みに震え出す。

 そんなイレインに気付き、五代は不思議そうな顔をした瞬間―――その胸に小さくない衝撃を受けた。

 

「っ!!」

「おわっ!」

 

 イレインが荷物を放して五代に抱きついたのだ。それに感嘆の声を上げるファリン。光太郎とすずかは揃って驚き、苦笑する。イレインは泣きながらただ力無く五代を叩いていた。そして五代はそんなイレインに笑顔を浮かべ、静かにただいまと言った。

 それにイレインも消え入るような声でおかえりと返すも、すぐに涙混じりの声で遅いんだよと付け加えるのを忘れなかった。

 

 そんな光景が、たっぷり三分。そして、立ち直ったイレインが照れ隠しに五代を割と本気で殴り飛ばし、それにすずか達が慌てる事でこの再会は終わりを向かえるのだった。

 

 

 

 時刻は午後十時を過ぎ、空には月が昇っている。あの後、五代は全員の前でストンプを披露。その見事さに全員が拍手をし、五代は嬉しそうにそれに応えていた。すずかは自室でそんな光景を思い出しながら月を見上げ、視線を月から目の前の相手へと向けた。そこにいるのは真剣な表情の光太郎だった。

 ファリンやイレインの力などを知った光太郎は、夕食が終わった後、すずかに尋ねたのだ。二人も同族なのかと。それにすずかは違うと返し、自動人形の説明をした。すると、それを聞いた光太郎は表情を険しくし、彼女に聞いて欲しい話があると言ったのだ。

 

 そのため、今の状況になっている。光太郎の眼光は鋭く、一切の虚偽を許さないと告げているようだった。すずかはそんな彼の眼差しに息を呑みつつ、会話を切り出した。

 

「……それで、話って何ですか?」

「自動人形と言ったけど、彼女達は改造されてああなったのかな」

「改造? いえ、ファリン達は元々そういう風に作られたって聞きました」

 

 すずかは以前姉の忍から聞いた自動人形の話をしていく。彼女達は機械ではない。生物と呼んでいい存在でちゃんと生きている。心もあるし、感情だって見せる。だが決して人間を改造してなんかいない事を。

 光太郎はそれを聞いて意を決して尋ねた。誰かがその技術を使って悪用したりしていないか。もしくは、ミッドチルダにその技術を教えていないかと。それにすずかが困惑する。何故そんな事を聞いてくるのか理解出来ずに。

 

「あの……どういう事ですか?」

「……いたんだ。ファリンちゃん達のような体の少女が」

「ミッドに、ですか?」

 

 すずかの問いに光太郎は無言で頷く。その顔は嘘を吐いているものではなかった。それを知り、すずかは愕然となった。夜の一族しか知らないはずの自動人形。その技術を応用したのか、それともたまたまなのか知らないが、それを使った者がミッドにいる。

 これを姉が知れば、烈火の如く怒るだろうとすずかは確信した。それと同時にその子達は平和に暮らしているのかときっと聞くはずだろうとも。

 

(ノエルを連れて行ったのだって、ノエルが希望したからだったし……)

 

 本来なら忍はノエルを残していくつもりだった。だが、ノエルが共にいたいと言ったので忍は仕方なく彼女を連れていったのだ。その表情は言葉とは裏腹にとても嬉しそうだったのをすずかは鮮明に覚えているのだから。

 

 すずかがそんな事を思い出していると、光太郎は自動人形の事を詳しく教えて欲しいと告げた。それにすずかは自分が分かる範囲で、と前置いて話し出す。

 元々は夜の一族が長命で孤独になるのを嫌がって作られた存在。しかし時が進むにつれ、夜の一族を狙う相手が頻繁に現れ、それに対する対抗手段になってしまい、気が付けば後期型は呼び名も変化してしまった事を。

 

 その名は既に在り方が変質した事を如実に表すものだった。

 

「戦闘機人、と呼ばれたそうです」

「……そうか」

 

 光太郎はその話を聞いて複雑な想いを抱いていた。自分の周囲に誰もいなくなる。そんな孤独を避けるために作り出された存在。それは、きっと話し相手が欲しかったんだろうと理解出来る。一人ではない。その証明が欲しかった。そのために、自分勝手ではあるが命を作り出したと。

 だが、時代と共にそれが変わり、ただの護衛や戦いの道具のように扱われる事になってしまった。家族として望まれた者達を自分達の都合で戦闘機械へ変えてしまう。そんな人間の自分勝手さ。それを痛感し、光太郎は拳を握り締める。

 

(どこでも……同じなのか……)

 

 そう考えて光太郎は内心で首を振る。違う、そうじゃないと。すずか達のように同じ人間として考え、家族として愛している者達もいる事を光太郎は知っている。人は愚かで、醜いのかもしれない。だからこそ、賢く、美しくなろうと出来るのだ。

 そう思い直し、光太郎はすずかを見る。すずかはどこか不安そうな眼差しをしていたが、それに気付いて光太郎が笑みを見せるとその顔に明るさが戻った。

 

「ファリンちゃん達がどういう存在かは分かった。でも、すずかちゃんみたいな子なら心配ないね」

「はい。ファリンもイレインも大切な家族です。決して戦闘機人なんて呼ばせません」

「うん。俺は、もう一度ミッドに行ってその子達を捜してみるよ。もしかしたら、すずかちゃんの親戚がいるのかもしれない」

「そうですね。でも、光太郎さん」

「何?」

 

 話が終わったと思って立ち去ろうとする光太郎だったが、それをすずかが引き止めた。不思議そうに振り向く光太郎へすずかはこう言った。もし親戚だったとしても何も言わないで欲しい。幸せに暮らしているならそのままそっとしておいてくれと。

 そのすずかの気持ちに光太郎も笑顔で頷き、約束すると答えた。そして、そのまま光太郎は部屋を後にし、割り当てられた部屋へと歩いて行った。

 

 その遠ざかる足音を聞き、すずかは思う。光太郎が言った言葉を思い返していたのだ。人間を改造してというのは、もしかしたら光太郎の世界で見た事なのかもしれないと。だからあんなにも怖い顔をしていたんだろう。そう感じたのだ。

 すずかは知らない。それは光太郎自身の事を指している事を。だが、すずかはどこかで察していた。光太郎の哀しみ。それは、その事が大きく関わっているのだろう事を。

 

 翌日、光太郎は単身ミッドへ向かう。すずかが連絡し、唯一動けたフェイトと共に。五代へは、すずか達と色々と話をした方がいいと言い残して。そこで光太郎は出会う。あの姉妹と、その体の秘密を知りながらも我が子として愛情を注ぐ夫婦に。

 

 

 

 ミッドチルダにあるそう大きくはない一軒家。そこの小さな庭でバイクを磨いている男が一人いた。翔一だ。彼は、ビートチェイサーを丁寧に磨き上げてその出来映えを眺めて頷いた。

 

「よし」

 

 だが、その視線がハンドルへと移動するとその表情が少し変わる。

 

「……あの時は気付けなかったけど、これガードチェイサーと一緒だよな……」

 

 そう、かつて自分が乗ったG3-Xのバイク。それとビートチェイサーには共通点が多いのだ。名前やハンドル、更には警察が開発した物だという事まで。

 そして、そこまで考えて翔一は思い出す。G3はそもそも第四号、つまりクウガをモチーフにして作られたと聞いた事を。そう考えると、翔一の中にはある仮説が浮かび上がった。

 

(榎田さんがクウガを研究してて、小沢さんはそのデータを使ってG3を作ったのかも。だからバイクの名前もチェイサーなのかな)

 

 本当は違うのだが、生憎翔一はそれを知らない。G3を始めとする一連の開発は全て小沢による物で榎田は一切関わっていないのだ。考えれば分かるはずだ。榎田はクウガの協力者だ。それは五代がどんな気持ちで戦っていたかを知る人物である事を意味する。

 そんな彼女が、いくら防衛のためとはいえ恐ろしい力を生み出す事に賛成するだろうか。神経断裂弾さえ開発に成功した後、どこかで後悔していたのだから。それを知らぬ翔一は榎田と小沢が面識があるかもしれないと考え、元の世界へ帰った時にでも機会があれば聞いてみようかと思った。

 

 そうして翔一がビートチェイサーを前に色々考えていると、後ろから何者かが静かに近付いてくる。そして、考え込んでいる翔一へ声を掛けた。

 

「何してるの、翔一さん」

「あ、ティアナちゃん。……洗濯物は?」

「もう干し終わったけど?」

 

 ティアナはそう言って空になった洗濯籠を見せる。それに翔一も頷いて動き出す。昨日ティーダと共に翔一がランスター家を訪れた際、そこにはティアナがいたのだ。何となく嫌な予感がした事もあり、許可を取って自宅へ戻ってきた事を告げたティアナは翔一を見た時どこか不思議な感じを受けた。

 何故か心穏やかになる雰囲気を。そしてそこで彼女はティーダの口から翔一の説明を聞いて驚いたのだ。兄の命の恩人だと言われたのだから当然だろう。しかし翔一は次元漂流者のため、しばらく面倒を見る事にしたと聞いた時はさすがに小首を傾げた。

 

 それでも受け入れたのは、ティーダは翔一がいなければ確実に死んでいたと言われたからだ。何せそれを聞いた瞬間、ティアナの中で翔一は自分にとっても恩人となったのだから。

 

 ティーダは今日も仕事で家にはいない。ティアナも本来ならば寮生活なので学生寮へ戻ってもいいのだが、今日は休日ともあり翔一とゆっくり話してみる事にしたのだ。しかも、今までと違いいつ戻っても誰かいるというのはティアナにとっては大きな変化だ。

 そこでまず行ったのは家事。翔一は世話になるため家事を率先してこなす。勿論ティアナも出来ない訳ではないが、翔一の方が手馴れているので内心少しショックを受けた。料理もそう。昨夜、翔一が作った料理を食べた時に感じたのは、まるで店の味だと言う事。翔一はティアナとティーダの疑問を聞いて、レストランで働いていたと答えて二人を納得させた。

 

 その後、ティーダが入浴に行った際にティアナは翔一とある事を話したのだが、それもあって彼女は今日家に残っていた。

 

「ね、翔一さん」

「ん? どうしたの?」

「アタシ、将来なりたいものが決まったって昨日言ったじゃないですか」

「えっと、執務官補だよね?」

 

 翔一の言葉にティアナは頷く。兄を支える仕事がしたい。そうティアナは言ったのだ。それは無論昨日のティーダ撃墜未遂事件の顛末を聞いての事。

 

―――今日みたいな事がないように、アタシがお兄ちゃんを支えたい。

 

 そう、実はティーダには特定の執務官補がいないのだ。それはティーダ自身のこだわりのため。彼は事件毎に適したパートナーを選ぶのだ。それは、暗に自分と合う相手がいないと言っている。それを知るからこそ、ティアナは執務官補になり、ティーダを支えたいと思ったのだ。

 

「はい。だからアタシ、来年には陸士の訓練校へ行こうと思ってるんです」

「そうなんだ」

「で、ちょっと翔一さんにお願いがあって」

「お願い?」

 

 翔一の疑問にティアナはやや照れくさそうに答えた。訓練校も寮生活になるが、休みの際は今と同様帰宅が許される。だから休みになったら帰ってくるので料理を教えて欲しい事を。そうティアナが告げると翔一は微笑みながら承諾する。

 実は翔一としてもティアナが顔を見せてくれる事が嬉しかったのだ。彼は記憶を失ってから一人でいる事が少なかった。しかも、この世界では家族が出来ていた事もあり一軒家で一人きりというのが寂しく思えていたのだから。

 

 その旨をティアナへ翔一が告げると彼女はやや苦笑する。大人である翔一がそんな情けない事を言ったからだ。だが、そこである事を思い出しティアナは仕方ないかと納得した。翔一は次元漂流者で知り合いがミッドにはいない事を思い出したのだ。

 実は、翔一は従来の次元漂流者とは違う。管理外である地球に知り合いがいるにはいるし、彼がしっかりと思い出せばミッドにも知り合いはいる。だが彼は五代を捜す事に意識を奪われている節もあり、その情報をティーダが探ってくれているため未だにクロノの苗字を思い出さずにいた。

 

「でもティアナちゃん。それでいいの? だって学校の成績はかなりいいってティーダさんが自慢してたのに」

「たしかに学校の勉強はやりがいもあるし自信があるけど、やっぱりアタシはお兄ちゃんの手助けがしたいから」

「そっか。うん、ならティアナちゃんの好きなようにすればいいよ。俺、応援するから!」

 

 ティアナの強い眼差しを見て納得した翔一が浮かべる笑顔とサムズアップ。それにティアナも笑みを返すが、その仕草に引っかかるものを感じて問いかけた。

 

「えっと翔一さん。昨日からそれよくやるけど、一体何の意味があるの?」

「これ? これはね……」

 

 翔一が教えるのは五代から聞いた意味合い。その話を聞いて感心するティアナ。そして、笑みを浮かべて言ったのだ。翔一にも似合ってると。それに翔一が嬉しそうに笑い、ティアナも似合うようになれると告げた。

 そこでティアナはふと思い出す。まだ翔一が捜している相手の名前を聞いていなかった事を。

 

「そういえば、翔一さんが捜してる人って何て名前?」

「えっと、五代雄介さん。あ、それかクウガ」

「クウガ? あだ名か何か?」

「う〜ん……そんな感じかな」

 

 翔一の答えに何か妙なものを感じるティアナだったが、とりあえずその名を覚えておく事にした。彼女も自分に出来る限りで翔一の手助けをしたいと思ったから。兄を助けてくれた相手。その恩に応えるために。

 

 ティアナは、こうして翔一と時折日々を過ごす。その度に彼が世話になってきた人達の話を聞き、ティアナは思うのだ。本当の強さとは、誰かの笑顔のためにと思い行動する事。それを翔一も五代やリンディ達局員から教えてもらったのだ。

 その事も含めて翔一はティアナへ告げる。ティーダを支えたいと思った優しさを忘れないようにと願いを込めて。それを感じ取り、ティアナは笑みを浮かべて力強く告げた。自分も兄だけでなくみんなの笑顔を守れる人になってみせるからと。

 

 そしてティアナは宣言通りに陸士の訓練校へ入校する事になり、そこで運命の相手と出会う。ルームメイトとなる一人の少女。その名はスバル・ナカジマ。後に親友となるスバルとの日々さえ、本来と違う形に変わる。いずれそこで彼女は知る。スバルを助けた存在。それこそが翔一が捜している相手なのだと言う事を。

 

 

 

 ジェイルラボ内訓練場。そこに四人の少女がいた。その視線は全て目の前の存在へと注がれている。その相手は、先程四人と引き合わされた事で驚きから大声を出し、今もどこか落ち着かない様子だった。

 

「えっと、俺は城戸真司。よろしく」

「僕はナンバー8、オットーです。ISはレイストーム。簡単に言えば光線による多連装攻撃です。よろしくお願いします、真司兄様」

「アタシはナンバー9、ノーヴェ。IS、ブレイクライナー。簡単にいやぁ……空中に道が作れるって事。よろしく、兄貴」

「アタシはナンバー11、ウェンディッス。ISはエリアルレイブって言って、この板を浮かす事ッスかね。よろしくお願いするッス、にぃにぃ」

「私はナンバー12、ディードです。ISはツインブレイズと言いまして、双剣使いです。よろしくお願いします、真司お兄様」

 

 四人は後発組であり、最後のナンバーズである戦闘により適した戦闘機人だ。そんな四人からの自己紹介に真司はもう慣れたのか呼び方への反応はしなかった。ただ、感覚的にウェンディはセインと似た匂いがすると思い警戒していたが。

 ちなみに、各員の表情は以下の通り。オットーは穏やかな笑み。ノーヴェはぶっきらぼうではあるが、どこか嬉しそう。ウェンディは楽しそうに笑い、ディードは柔らかな笑顔だった。

 

 そして、全員の自己紹介が終わったところでジェイルが手を叩く。それに真司がやや身構えた。これまでの経験上、この後の展開が分かっているからだ。そんな真司に目もくれず、ジェイルは四人へ告げた。

 それは、これからトーレ、チンク、セッテの三人を相手に模擬戦をしてもらうというもの。それに頷く四人と肩透かしを喰らい蹴躓く真司。そんな光景を見て、笑みを浮かべるのはセインとディエチだ。トーレ達三人は既に戦闘態勢。クアットロとウーノは訓練場の再点検をしていた。

 

「じゃ、準備をしてくれるかい」

「「「「了解(ッス)」」」」

 

 それぞれ配置につく四人。対するトーレ達は適度に力を抜いているようで少し緊張気味の四人を見て笑みさえ浮かべている。無理も無い。四人は、データ共有があるとはいえ、まだ目覚めたばかり。対してトーレ達は何度も実戦を経験した者達なのだから。

 そう、ドラグレッダーの餌を得るための戦い。それをウーノとクアットロ以外は経験している。龍騎はトーレやチンクに言われた事もあり、最初の戦い以降余程でない限り手を出さないようにしていた。

 

 そのため、トーレやチンクは原生生物相手ではあるが実戦を何度も経験している。セッテもセインやディエチなどと共に餌取りに参加し、命がけの戦いを経験していた。まぁ、彼女達は揃って一度龍騎の助けを受けているのだがそれはご愛嬌というものだ。

 

 そして始まる模擬戦。それを眺めて真司は唸る。トーレ達に翻弄されながらも、それでも何とか喰らいつこうとする四人に。どうやらそれはセインも同じようで、拳を握り声を出している。ディエチも四人へ声援を送っているのは同じ心境と言うところのだろう。

 心情的には、やはり二人は姉よりも妹側。すると、二人の声援が始まってから四人の動きが良くなった。トーレ達と訓練を通じて理解を深めた二人の助言。それに素直に従って。それにトーレ達も気付き、少しだが動揺する。その僅かな隙を四人は見逃さない。即興で見事な連携を組み上げたのだ。

 

「ディード!」

「ええ!」

「しまったっ!」

 

 オットーのレイストームがトーレの退路を絶ち、すかさずディードが攻め込む。それを阻止しようとセッテが動く。両腕のブレードを投げ放ち無防備なディードを狙ったのだが……

 

「させねえぞ、セッテ姉!」

「なっ……馬鹿な!?」

 

 トーレを援護しようとしたブレードをエアライナーが弾き飛ばす。更にその上を疾走しながらノーヴェがセッテへ強襲した。それと同時にチンクの方でも動きがあった。

 

「邪魔は駄目ッスよ!」

「くっ!」

 

 ライディングボードをウィリーさせ、チンクへ向かっていくウェンディ。その狙いは、チンクの二人への支援妨害だ。

 

 そんな光景を見て、クアットロとウーノは軽い驚きを覚えた。三人の中で要になっているトーレ。それを確実に潰すべく、二人で事に当たらせる決断。そして、それをより確実にするため、セッテとチンクの足止めをしに行く行動。

 それらを、四人は一瞬で実行に移したのだ。そして、それを見て感心するジェイル。真司はもうどちらでもなく声を出して応援している。言うなれば小学校の運動会だ。赤勝て白勝てを地でいく応援なのだから。

 

 結局、四人は善戦したものの敗北した。トーレを追い詰めたまでは良かったのだが、やはりディードだけ決定力が足りず、それを見たオットーが援護したのだが高速機動に持ち込まれて分が悪くなったのだ。

 更に、オットーという司令塔兼砲撃手がトーレへ集中した事で拮抗していたノーヴェやウェンディも押し返され、本気になった三人の前に敗北を喫したのだ。

 

「よく頑張ったよ、四人共さ。俺、途中からトーレ達負けるんじゃないかって思ったし」

 

 どこか落ち込む四人に、真司はそう元気付けるように声を掛ける。そう、本当に真司は心から思ったのだ。四人が勝つんじゃないかと。大健闘。その言葉に相応しい程のいい勝負だった。だから、真司はオットーの頭を優しく撫でた。次にノーヴェ、ウェンディ、ディードと良く頑張ったと想いを込めて撫でていく。

 それにどこかくすぐったそうにしながらも四人は笑みを見せた。それに真司は頷いて、今日の夕食は久しぶりにアレを作ると宣言した。それに首を傾げる四人だったが、ジェイル達は上機嫌で笑みを見せた。

 

 そう、真司が言ったアレとは餃子。実は、真司はナンバーズが目覚める度に餃子を振舞っていたのだ。真司が特別な料理と言っていて、滅多に作らないのだ。

 なので、久々の餃子にジェイル達は喜びを隠せない。その周囲の喜びを理解出来ず小首を傾げるノーヴェ達を置き去りに、真司は腕まくりをしながら気合を入れ始めた。

 

「じゃ、セインとディエチは餡を作る手伝いをしてくれ。クアットロとウーノさんは皮で包むのをやってもらうから」

 

 そう言って真司は息込んで歩き出す。ジェイルは呆気に取られているノーヴェ達へ「頑張ったね、汗を流しておいで」と父親のように告げてその後を追う。トーレ達三人もそれに続くように歩き出し、ノーヴェ達へ今後に期待していると激励の言葉を掛けて去って行く。

 ウーノとクアットロも彼女達に良く頑張ったと労いの言葉を掛けて歩き出した。それを見送るノーヴェ達へセインとディエチが近寄る。どこか茫然としているノーヴェ達へ「悔しいだろうけど、次勝てるように頑張ろう」と励まし、その手を掴んで立ち上がらせたのだ。

 

「ま、まずお風呂に行って汗とか流してきな」

「トーレ姉達もいるだろうし、色々と話をするといいよ」

「ありがとうございます、セイン姉様、ディエチ姉様」

 

 オットーがそう言うと、ディエチはやや照れくさそうにしながらこう言った。自分は確かに稼動時間で言ったら姉かもしれないが、呼び捨てでいい。ただ、とある事情があって早く目覚めただけなのだからと。

 それに戸惑うノーヴェ達へディエチは小さく笑うとならばと続ける。

 

「じゃ、あたしもみんなを名前で呼び捨てにするからそれでどうかな?」

「あ〜、あたしはお姉ちゃんって呼んで欲しいかな。順番的にも稼働時間的にも上だし」

 

 笑顔で告げるディエチと苦笑気味で告げるセイン。それにノーヴェ達は顔を見合わせ、笑みを浮かべて頷いた。

 

「分かったよ、ディエチ。それとセイン姉様」

「これからよろしくな、ディエチ。それとセイン姉」

「よろしくッス、ディエチ。それとセイン姉」

「よろしくディエチ。それとセインお姉様」

「あたしはついでみたいに言うな〜〜っ!!」

 

 ノーヴェ達の言葉に対してセインの心からの絶叫が訓練場に響き渡る。それにディエチだけが苦笑するのだった。

 

 

おまけ

 

「いい湯だ〜」

 

 その夜、真司は男湯でノンビリしていた。結局広さは希望通りではなく、大人五人ぐらいがゆったり入れるものになってしまったが、これぐらいならいいかと真司は納得した。ジェイルとも共に入り、ここで語り合った事も何度かあったため、すっかりここは男二人の安らぎの場となっている。

 

「真司兄、いる〜?」

「……セインか。何だ〜?」

 

 突然外からセインの声が聞こえてきた。それにいつもの背中流しかと思いながら真司は用件を尋ねる。それにセインは案の定背中を流しに来たと答えて真司を納得させた。仕方ないなと苦笑しつつ、真司は少し待てと声を掛けて湯船から出る。

 だが、頭に乗せていたタオルを前につけ直し、いいぞと言って呼び入れた彼を待っていたのは予想とはまったく違う状況だった。

 

「お、お邪魔します、真司兄様……」

「あ、兄貴……背中、流すから」

「あっれ〜、にぃにぃ、結構貧弱ッスね〜」

「あの、お兄様……どうかされたんですか?」

 

 何と、入って来たのはオットー達四人の妹分だったのだ。声を掛けてきたはずのセインはどこにもいない。彼女達は当然タオルで体を隠してはいるが、ノーヴェやディードはそれでも中々のものがあった。オットーはしっかり隠し切れているのでセーフ。しかしウェンディだけは隠す気が無いのか大胆にもタオルを頭に乗せているのだから性質が悪い。

 真司はそんな光景にふるふると震え、拳を握る。それに不思議そうな表情のディード。オットーやノーヴェもその様子に気付き、真司を見つめる。ウェンディは何となく察しがついたのか、小悪魔的な笑みを浮かべて耳を塞いでいた。

 

「セイ〜〜〜ンっ!!」

「いいじゃん。あたしやセッテだってやった事なんだからさ!」

 

 真司の怒声を聞いて、セインは悪びれもせずにそう返してその場から立ち去った。それに気付いて追い駆けようとする真司だったが、その腕をウェンディとノーヴェが掴む。

 

「まぁ、いいじゃないッスか」

「背中……流すから」

 

 彼女達にもセインがこう言ったのだ。自分を含め、真司が来てから起動した者は誠意を込めて背中を流すのが通例だと。無論それは嘘なのだが、念のためにと彼女達がセッテに聞いた際彼女も背中を流したと答えたため現状と相成った。

 それでもノーヴェ達は大なり小なり恥ずかしがっているのでいいだろう。真司は一人そんな彼女達を見て興奮する事なく項垂れていた。ノーヴェ達と親睦を深めさせようとしたのだろうが、別にこんな方法を取らなくてもと考えて。

 

(この事でまたウーノさん辺りに怒られるんだろうなぁ……きっと俺とセインが)

「セイン、俺、こんな事頼んでないぞ……」

 

 そんな呟きを聞きながら真司のどこを洗うかを相談するノーヴェ達。結果、背中をノーヴェが、両腕をオットーとディードが、ウェンディが頭を洗うという事で落ち着いた。

 

 今回、真司はお咎めなしとされた。そうなれば最早言うまでもないだろう。セインは姉妹全員一致のお仕置きを受ける事となった。だが、その内容は肉体的ではなく精神的なもの。そう、一週間栄養食の刑という恐怖の内容。

 

 それは、目覚めてからずっと真司の食事を食べていたセインにとってまさしく地獄となるのだった。



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ミッドを駆ける疾風

色々とStS編への種まきが続く空白期です。


「ありがとう。後は自分で何とかするから」

「でも……」

「フェイトちゃんにも仕事があるんだろ? 俺の事は気にしなくていいから」

 

 光太郎の言葉にフェイトは少し申し訳なさそうに頭を下げ、自分の電話番号を書いた紙とある程度の資金を渡した。困ったり、何かあった時はここに連絡してほしいと告げて。それに光太郎は嬉しそうに頷いて、それを大事そうに懐にしまう。出来るだけ使わず済ませようと思いながら。

 その後フェイトを見送り、光太郎は一人ミッドの街へと歩き出した。捜すのはフェイトから教えてもらった住所。自分が助けた少女の事で確認したい事がある。そう言って調べてもらったのだ。そしてそれは比較的簡単に分かった。少女達の親が管理局員で、しかもあの現場の指揮をしてくれた者の娘だったからだ。こうして光太郎は一路ナカジマ家を目指すのだった。

 

(もし、本当に彼女達の両親がすずかちゃんと同じ一族なら、色々と話がし易いんだが)

 

 光太郎はそう考えながらミッドを歩いていく。ミッド西部、エルセア。そこで待つのは、新たな出会いと彼にとっての戦いのキッカケとなると知らずに。

 

 そうして光太郎がミッドで動き出した頃、五代は翠屋で働いていた。そう以前から、彼はただ月村家で世話になるのが嫌でたまに翠屋を手伝う店員でもあったのだ。数年振りに五代と再会した士郎や桃子は彼が以前とまったく変わらない事にさして驚きもせず、帰ってきた事をただ喜んだ。

 それは五代も同じだったのだが、その一方で美由希にはファリン達をあまり泣かさないようにとからかわれ、それに苦笑する事しか出来なかった。そして高町家の者達との再会を終えた後、彼は自分用のエプロンへ久しぶりに袖を通したのだ。

 

「士郎さん、五番さんにブルマンとキリマンを一つずつです」

「分かった」

「桃子さん、三番さんがショコラ追加です」

「は〜い」

 

 よって、現在忙しなく働く五代の姿が翠屋にあった。そんな忙しさの中でも五代に浮かぶのは笑顔。だが、それもたまに何かを思い出すような表情に変わるのだが。

 

(おやっさんとか奈々ちゃんとか、今どうしてるんだろ? 元気……だよなぁ〜)

 

 オリエンタルな味と香りが自慢のポレポレ。そこのマスターで飄々としている飾玉三郎の姿と、その姪の朝比奈奈々の二人の笑顔を思い出し、五代は一人納得しながら頷く。

 そして、再び意識を仕事へ戻した。そこへ来店を告げるベルの音が聞こえ、五代は入口の方へ振り向いて大きな声で言った。

 

「いらっしゃいませ〜!」

 

 その姿こそ本来の五代雄介の姿。戦いなどとは無縁の場所で誰かを笑顔にする男。それを知ってか知らずか来店した者が思わず笑みを浮かべた。それに五代も浮かべた笑顔を更に深くするのだった。

 

 

 

 道行く人に道を尋ねながら、光太郎はやっとナカジマ家に到着した。一見すると日本家屋にも近い雰囲気がある建物で、光太郎が聞いた話によれば何でもここの主人が管理外である地球出身の子孫らしく、この家もその先祖の故郷の住宅をイメージしているとか。

 この辺では有名だと道を聞いた婦人は笑って教えてくれた事を思い出し、光太郎は小さく笑みを零した。見知らぬ者に対しての態度や対応が日本人とあまり大差なかった事を。異世界でも人の在り方はそこまで違わないのだな。そう考えて光太郎は嬉しそうに息を吐いた。

 

 そして気を取り直し、呼び鈴を押す。光太郎自身歩いてみて気付いたのだが、ミッドもあまり地球と光景に大差がなかったのだ。技術面ではかなり先を歩いているようだが、生活面などは光太郎が知る範囲のものばかりだったために。

 その地球との違いや共通点などを感じながら歩いた事で、光太郎としては少しではあるがミッドに親しみを感じていた。

 

『はい?』

「あ、すみません。俺、南光太郎と言います」

 

 聞こえてきた声は比較的若い女性の声。それに光太郎はギンガの姉辺りかもしれないと思い、思い切ってこう切り出した。娘さんの体の事で大事な話がある、と。下手に隠すよりも直球でいこう。そう何故か思った事もあってか光太郎ははっきりと告げたのだ。

 それが正しかったと感じさせるように、それを聞いた瞬間声の主が息を呑んだのが光太郎には分かった。だが誤解をさせてはいけない。そう考えて光太郎はこう続けた。

 

「俺はそちらと争いたい訳じゃありません。ギンガちゃん達の事で話を聞きたいんです」

『……名前まで知ってるのね。分かったわ、どうぞ』

 

 声の主は光太郎の言葉に感じるものがあったのか、そう言って切った。光太郎は相手へ警戒心を与える事になっても後悔はしていなかった。体の事でという言葉に反応したという事は、相手はやはり夜の一族である可能性が高いからだ。

 それならば、きっと詳しい話が聞ける。すずか達ではどこか曖昧だった自動人形の成り立ち。その技術を使って何をしようとしているのか。それを確かめなければならない。そして、もしこの家に住む者達がその技術をまだ使っているとしたら。そこまで考え光太郎は小さく首を横に振った。

 

(今は話を聞く事を考えなければ……行くか)

「お邪魔します」

 

 真剣な表情でナカジマ家の玄関のノブを掴む光太郎。だが、そこで一度深呼吸すると比較的明るい声で中へ入る。そこにはギンガと同じ色の髪をした女性が立っていた。その隣には、この家の主人と思わしき男性がいた。女性は言うまでもなくクイントで男性はゲンヤだ。

 そんな二人の視線はどこか険しい。それを感じ取り、光太郎はまず訪問を許してくれた事に対し小さく頭を下げる。それに少々意外性を見た二人は、光太郎に対する印象を少し変えたのかやや表情を和らげた。

 

「ま、上がってくれや」

「はい。お邪魔します」

「……どうぞ」

 

 ゲンヤの言葉に光太郎が返事を返し、クイントがそんな彼をリビングへ案内する。そこには二人の少女がいた。その一人を見て、光太郎は表情を少しだけ綻ばせる。ギンガが妹であるスバルとお菓子を食べながら楽しそうに話していたからだ。

 

(良かった。どうやら普通の子供として扱ってもらっているようだ)

 

 心からの安堵を表情に滲ませ光太郎は小さく頷く。そんな彼の表情に気付き、ナカジマ夫妻は共に光太郎に対する認識をもう一度改める。そこで光太郎の存在に気付いたのかスバル達がその場から視線を動かした。

 

「あれ? 知らない人がいる」

「こらスバル。そんな事言っちゃ駄目。父さん、その人はお客さん?」

「こんにちは。僕は南光太郎と言います。君達のお父さんとお母さんにちょっと教えてもらいたい事があって来たんだ」

「そう。だから少しの間向こうの部屋で遊んででくれる? 大事な話なの」

 

 クイントの言葉に素直に頷きスバルとギンガは笑顔でリビングを後にする。そんな二人の素直さに光太郎達は笑みを見せた。そしてゲンヤが光太郎へ声を掛け、三人は揃ってテーブルに着く。

 

「……で、二人の体についての大事な話って何かしら?」

「はい。実は、俺の知り合いにいるんです。あの子達と同じ体の子達が……自動人形と呼ばれる存在が」

 

 光太郎の発言に夫妻は揃って驚いた。それを見て、光太郎は月村家の事を話す。無論、吸血一族という辺りの話はせずに。彼らの先祖が自動人形を作り、その残りが今もその家で暮らしている。そこで彼らは家族として、人として平和に過ごしている事を。

 それに対する反応で光太郎は直感で悟る。この夫妻は夜の一族ではない事を。それが余計に光太郎の心配を減らした。この夫妻がギンガ達姉妹の体の事を知りながらも我が子のように育てている。それが嬉しかったのだから。

 

 なので光太郎はその場に立ち上がり頭を下げた。少なからず目の前の夫妻を疑っていた事を告げ、心からの言葉で謝罪したのだ。

 

 そんな光太郎を見て夫妻は互いの顔を見合わせ軽く苦笑すると、二人もその場に立ち上がり頭を下げた。彼らは彼らで最初は光太郎の事をギンガ達を利用もしくは奪いに来た犯罪者の一人かと考えていたのだから。

 そう二人が頭を下げたまま言うと光太郎は少し慌てて頭を上げる。そして夫妻へ頭を上げてくれるよう頼み、むしろそんな二人の反応を当然と思っている事を告げたのだ。そこから光太郎はもう一つ聞こうとしていた事を切り出した。

 

「ギンガ達を改造した相手?」

「ええ、あの技術は間違いなく自動人形と同じものです。もしかするとまだどこかで何者かが彼女達のような存在を作り出している可能性もあります」

「……お前さんはそれを止めたいって言うのか」

 

 ゲンヤの言葉に光太郎は無言で頷く。その顔は真剣だ。そこでゲンヤとクイントは確信する。光太郎もまたギンガ達の事を人として考えているが、その体へ使われた技術自体は嫌っている事を。そこでクイントが二人を保護した時の事を話し出した。

 それが一番光太郎の聞きたい事だろうと考えたのだ。その内容に光太郎は黙って聞き入る。そして戦闘機人という言葉を聞いてすずかの情報を思い出し、ギンガ達とファリン達が同一の存在である事を確かめた。

 

「つまり貴方達は偶然ギンガちゃん達と知り合ったんですか」

「ええ。だからあの子達を作った存在については謎のままよ」

 

 クイントの告げた言葉に光太郎はその拳を握り締める。今もどこかでギンガ達を作り出した存在が生きている可能性がある。もしかしたら、またギンガ達のような苦しみを背負った命を生み出しているかもしれない。そう思ったのだ。

 

「……分かりました。俺はその存在を捜してみます」

「ちょっと、私達でもまだ……」

 

 光太郎に反論しようとするクイントをゲンヤが止め、視線を彼へ向ける。その目は光太郎に聞きたい事があると告げていた。

 

「ところでお前さん、どうしてギンガが戦闘機人だって分かった? それに、いつどこで会ったんだ」

 

 ゲンヤの問いかけはもっともだった。さっき光太郎と出会った際、ギンガは知っている相手を見た様子ではなかったのだから。とすれば、光太郎がどこでギンガと出会い、またどこでその異常性に気付けたのか。それを知ろうと思うのは当然と言えた。

 そのゲンヤの質問に光太郎は言いよどむ。だが、それでも言わねばならない。そう決意し、光太郎は告げた。それで自身の正体が知られる事になろうとも誠意を持って質問に答えてくれた夫妻への礼として。

 

「俺も……実は、少し普通じゃないんです。会ったのは一昨日で場所は火災現場でした。そこでギンガちゃんがそういう存在だって分かったんです」

 

 光太郎の答えに不思議そうな表情を浮かべる二人。それを見て、光太郎はこう続けた。仮面ライダーとの名をギンガに尋ねてみれば分かると。その言葉に二人は驚愕の表情を浮かべた。

 実は二人は娘達から仮面ライダーの話を聞かされていたのだ。それぞれを助けてくれた異形の存在。その話を二人は信じる事にしたのだ。娘達が嘘をつく事など滅多にない故に。そんな二人を置いて、光太郎は逃げ出すようにナカジマ家を後にした。

 

 光太郎の告げた一言の衝撃。それから脱したクイントがすぐに光太郎を追い駆けたが、既にその姿はどこにも見えなくなっていた。

 

 一方、ゲンヤはリビングに残って静かにお茶を飲んでいた。その視線は光太郎の座っていた位置へ向けられている。光太郎の言った自動人形。それは戦闘機人を追い駆けている最中に出てきた名称だったのだ。

 戦闘機人が過去に呼ばれていた名称。故に二人は光太郎の話を信じた。そして、会ってみて分かった事実。戦闘機人は地球で生まれた可能性があるとの事。それを考えてゲンヤは小さく笑う。その地球出身者の子孫である自分が二人の親をしているこの現状に奇妙な縁みたいなものを感じて。

 

「……まさか俺の先祖がその一族って事はねえよな」

 

 考えてゲンヤは馬鹿らしいと笑う。そこへギンガとスバルが姿を見せた。どうやら話が終わったのを理解し、こちらに来たようだった。

 

「ね、お父さん。さっきの人とどんなお話してたの?」

「してたの?」

「うん? そうだなぁ……」

 

 二人の娘の問いかけにゲンヤは少し考え、小さく笑みを見せてこう言った。

 

―――あの兄ちゃんは正義のヒーローでな。かなり悪い奴がいるんだって話してたのさ。

 

 ナカジマ夫妻から話を聞いた光太郎は、フェイトへ早速連絡しアクロバッター達がどこにいるかを聞きだした。その目的はただ一つ。戦闘機人を作り出した存在を捜すため。

 こうして彼はミッドの街を駆け抜ける疾風となる。そしてこの日から、ミッドの裏社会に一つの噂話が囁かれるようになった。

 次々と裏組織を潰しながら、とある事を聞いて回る青いバイクの黒い怪物がいると。その名は、仮面ライダー。

 

 

 

 ティアナは翔一の背にしがみ付きながら、全身に感じる風を心地良く思っていた。そう、今ティアナは翔一が運転するビートチェイサーに乗せてもらっているのだ。

 キッカケは、ティアナがビートチェイサーを動かしてみたいと言った事。だが、免許のないティアナに動かさせる訳にはいかないと翔一が言ったため、ならばと現状へ至っていた。

 

「どう? ティアナちゃん」

「最高っ! 速いのね、バイクって」

「うん。でも、これはもっとスピード出るだろうなぁ」

 

 翔一の問いかけに嬉しそうに答えるティアナ。それを聞いて翔一も頷くのだが、彼は感覚でビートチェイサーの全速力はこんなものではないと思っていた。だが、それを出すためには変身しなければ無理だとも思っている。

 だから翔一は後半は小さな声で言ったのだ。それを聞かれれば今のティアナは速度を上げてと言いかねないと察していたために。それでもティアナは翔一が何を言ったかは分からなかったが何か言った事だけは聞こえたのだろう。翔一に大きな声でこう尋ねた。

 

「何か言った~?」

「何でもない! さ、もう少し飛ばすからしっかり掴まって!」

「オッケー!」

 

 翔一の声に反応し、ティアナは我が意を得たりとばかりに上機嫌な声を返す。そしてより強く翔一の腰に回した腕に力を込めた。それを感じ、翔一はアクセルを解き放つ。それに応え、ビートチェイサーは速度を上げる。こうして、二人の初めての遠出は始まった。

 

 そのままバイクはエルセアの街を駆け、やがて人気のない方へと向かう。単純に景色のいい方を目指して走らせたのだが、ティアナは道を知らぬ翔一の選択に内心で感心していた。その方向にはたしかに景観がいい場所が多かったのだ。ティアナの両親が眠る霊園もそこにあるのだから。

 

「う〜ん……乗ったのは初めてだったけど、バイクっていいなぁ」

「気持ちは分かるなぁ。俺も、初めて乗った時の事忘れてないから」

 

 二人がいるのはそんな中のちょっとした公園。といっても郊外の人気があまりない場所だ。エルセアの端の方。そんな表現がぴったりくるような所だった。

 そこで二人は一度休憩を兼ねて飲み物を飲んでいた。自販機で買った物で、言うまでもなくティアナの奢りだ。翔一がミッドの通貨を持っていないので当然と言えば当然だが、ティアナはティーダから少しぐらいお金をもらっておくようにと軽く釘を刺すのを忘れなかった。

 

「決めた。アタシ、バイクの免許取る」

「そっか。じゃ、取れたら教えてよ。一緒にツーリング行こう」

「うん! あ、じゃそうなったらアタシがそれ乗っていい?」

 

 ティアナの言葉に翔一は頷きそうになるが、はたと止まって少し考えた。そして、やや申し訳なさそうに告げる。五代が見つかればこれを渡さねばならない。そうなったら無理になると考えて。

 

「ごめん。五代さんに渡す物だからティアナちゃんが免許取る前に見つかったらそれは出来ない」

「分かってる。でも、それってそれまでに見つからなかったらいいって事でしょ?」

 

 その問いかけに翔一はやや複雑そうに頷いた。ティアナはそんな反応でバツが悪そうな顔を浮かべた。今の言葉はある意味で言ってはいけない言葉だったと理解して。小さくごめんなさいと謝るティアナへ翔一は気にしなくていいと返した。

 もしかすると事情を話せば五代はティアナへビートチェイサーを貸してくれるかもしれないからと。それに逆にティアナが申し訳なさを感じて「そこまでしてもらわなくていいから」と慌てた事でこの話は終わりを迎えた。

 

 その後、ティアナはビートチェイサーを眺める。黒い車体に赤いライト。そして、ヘッド部分に描かれたクウガのマーク。どこからどう見ても個人の趣味にしては仰々しい気がするのだ。

 翔一はティアナが眺める様子を見て苦笑した。自分も最初同じようなものだったのだ。出来れば最初のような色に変えたいのだが、残念ながら翔一はその操作を覚えてなかった。

 故に、今も本来の配色状態のビートチェイサーだった。これがミッドで有名なバイクになるのはもっと先の話なので、今はこのままでも大して問題にはならない。ちなみにビートチェイサーが有名になる頃、ミッドのバイクメーカーは三台のバイクに影響を受ける事になる。黒いボディのもの、金と赤を基調としたもの、青いボディのものの三つに。

 

「にしても……五代さんって凄い人なのね」

「ん?」

「だって、翔一さんだってアタシからすれば十分凄いのに、その翔一さんが凄いって言うんだから」

「俺、凄いかなぁ……?」

 

 ティアナの言う自分の凄さがあまり実感出来ず、首を傾げる翔一。それにティアナは少し楽しそうに笑って、凄いのは翔一のそういう所だと告げた。いくらミッドとかの知識があるとはいえ、自分がいた世界と違う場所に来て自然体でいられる。それが凄い事だと。

 それを聞いて翔一は納得した。言われて確かにそうなのかもしれないと思ったのだ。そして、それはきっと自分のこれまでが関係していると判断していた。

 

 記憶喪失してから今まで、行く先行く先知らない事だらけだったのだ。そんな環境でも自分を支えてくれる人達と出会い、こうして生きていける。それがきっと自分がどこでもいつでも自然体でいられる要因。

 そう翔一は思い、ティアナへそう告げた。それを聞き、ティアナは余計笑いながら答えた。そういうところなんだと、心から嬉しそうに。

 

「ふふっ……あ〜、翔一さんって凄いよね。アタシ、翔一さんみたいに考えられるようにしてみるわ」

「別に、ティアナちゃんはティアナちゃんの考え方をしてくれれば」

「だから、アタシが、アタシなりの、翔一さんみたいな考え方を目指すの」

 

 そう告げてティアナは少々悪戯っぽく笑い、その場から軽く走り出した。そしてやや行ったところで翔一の方へ振り返り楽しそうに告げた。

 

―――分かった?

 

 それに翔一が頷き、手にした空き缶をゴミ箱へ向かって投げる。それが綺麗に入り、ティアナが感心したような声を出した。すると彼女も負けじと残りを飲み干しゴミ箱へ空き缶を投げた。だが、少し逸れてしまい、外れてしまう。

 それを悔しそうに見つめ、ティアナは空き缶を取りに行き、もう一度翔一の隣へ戻る。それに首を傾げる翔一だったが、ティアナがもう一度ゴミ箱へそれを投げるのを見て苦笑した。

 

(ティアナちゃん、負けず嫌いだもんな)

 

 今度は見事に入り、思わずガッツポーズのティアナ。それに微笑みを浮かべ翔一がサムズアップ。それに気付き、やや照れながらもティアナもサムズアップを返す。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

「そうね」

 

 言い合って二人は笑顔を浮かべてヘルメットを被る。そして、翔一の背にもたれかかるようにし、腰にしっかりと腕を回すティアナ。

 それを確認し、翔一はエンジンを始動させるボタンを押す。唸りを上げるエンジン音を聞き、翔一はアクセルを開ける。その独特の駆動音を響かせながらビートチェイサーは走り出した。

 

 こうして、二人は日が暮れるまで走り回り楽しい一日を過ごす。これがキッカケでティアナは訓練校卒業と同時にバイクの免許を取るのだ。

 

 ちなみに、この事を後に知った某部隊長が翔一へ不満をぶつける事になるのだが、それはまた別の話……。

 

 

 

 横たわる蓮。手渡されるナイトのデッキ。それを受け取り、意を決して変身する真司。彼はサバイブを使い、ファイナルベントを発動させ、そのまま戦いの元凶へと向かっていく。そこにあるのは姿見のような鏡だ。バイクとなったダークレイダーはそのまま鏡を砕かんと加速して―――そこで真司は目を覚ました。

 

「……この夢か……久しぶりだな……」

 

 真司は誰にもなくそう呟く。極稀に見る夢。その複数ある内の一つ。それがこれだった。残りもあまり良い物ではないが、一つだけ共通しているのは結末に救いがない事だけだ。

 戦いを止めようとして戦い、結局無事に戦いを止められた事がない。いや、夢の中にあるにはあった。でも、それが真司の望んだ平和かと問われれば違うと真司は言うだろう。

 

(何でだ? 何でこんな夢見るんだ、俺)

 

 実は彼には未だに分からない事がある。そもそも真司は”どうしてここにいた”のか分からないのだ。そう、何が原因でここに来たのかも。ジェイルに聞かれた際、真司はこう答えたのだ。

 

―――気がついたらここにいた。

 

 それは紛れもない事実。だが、と真司は考える。何故自分はここに来たのだろう。そして、ライダーバトルの事を考えるとどうしても頭が痛くなるのだ。ライダー達それぞれを思い出せそうで思い出せない。

 それでも何とかナイトやゾルダなどの係わり合いが多かった相手は思い出せる。だが、金色の鳥のような格好のライダーなどはどうしてもおぼろげにしか覚えていない。そんな風に記憶が混乱しているのだ。

 

「駄目だ。顔洗って頭をすっきりさせるか」

 

 そう呟いて真司は部屋を後にする。彼が寝ていたベッドの枕には、不思議な事に髪の毛一本として落ちていなかった。

 

 真司の要望を叶える形で改装が終わったラボ。そのキッチンで忙しく動き回るのはチンクとディエチにノーヴェ。それと違ってのんびりとしているのがセインとウェンディだ。そこから離れた場所では、真司がディードに米の研ぎ方のコツを教えている。

 真司が来て五年以上が経ち、ラボも大分様変わりした。まず居住性の向上、次に食生活の変化、最後に規則正しい時間の過ごし方。その全てに真司の影響がある。

 

 居住性は今回の改装が一番の例だし、食生活の変化も語るまでもない。そして、規則正しい時間の過ごし方は、遅くとも朝七時には起床。三十分までに洗面などを終え、食卓へ。そして、当番制で決まっている割り当てに沿って各自が洗濯や掃除などをする。

 正午になったら食卓に着き、昼食を取る。そして、三時にはおやつを用意して真司が食堂で待っているので、食べたい者はそこへ来る事。夕食は七時に取り、事情があって遅くなったり食べれない場合は、事前に真司へ言うと夜食が差し入れられる。

 

 そして、就寝は遅くとも日付が変わるまでにする事。ここが真司の影響だった。ジェイルの体を心配して口酸っぱく彼が言い続けた結果、就寝時間が定められたのだから。それでも事情があって仕事などで夜更かしする場合は許される。

 更に真司からの簡単な差し入れが期待出来るとそんな感じだ。ちなみに、夜食はおにぎりと味噌汁という定番中の定番。具は梅干かおかかで、ジェイルは梅干派でウーノとクアットロはおかか派だったりするのも真司の影響かもしれない。

 

「よし……。ノーヴェ、ウェンディ、それを並べてくれ」

「「了解(ッス)」」

「セイン、こっちは終わったよ」

「オッケー!」

 

 真司から食事を任されるまでになった二人の指示で動くお手伝い三人。全員色違いのエプロンを着けているのが微笑ましい。そんな中、真司がディードに米を研がせているのは今日の夕食用の準備。今日は、少々米が多く必要となるためだ。何せ今日の夕食は真司が教えたある物を全員で食べる事に決まっているのだから。

 

「で、水を切って……のの字を書くように……」

「こう……ですか?」

「そうそう。ディードは筋が良いなぁ。ディエチもだけど良いお嫁さんになるよ」

「お嫁さん……私が……」

 

 真司の言葉に少し驚いたような反応を見せるディードだったが、すぐに微笑みを浮かべる。そしてその視線を真司へ向け尋ねる。本当になれるでしょうかと。それに真司も力強く頷いて太鼓判を押す。

 この調子で覚えていけば、貰い手が多すぎて困るぐらいになると。それにディードは嬉しそうに笑い、こう言った。

 

「でも私は、一人から必要とされればいいのです」

「そっか。確かに旦那さんは一人だよな」

 

 真司の言葉にやや照れるように小さく頷くディード。そんなディードの反応に真司は微笑ましいものを感じ、笑顔を見せる。そんなやり取りを遠目から眺め、不満そうな表情をする者が三人。

 セイン、チンク、ディエチだ。ディエチはあからさまではなく少しだが、残りの二人は違う。その表情は不機嫌そのもの。料理を並べて帰って来た二人が思わず声を掛けるのを躊躇うぐらいに。

 

(真司兄、あたしにそう言ってくれた事ないよね? 何でさ!)

(真司、お前は私にはそう言わなかったぞ。どういう事だ!)

(真司兄さん、やっぱり優しいな。でも、最近私には教えてくれなくなったよね……少し寂しい、かな)

 

 思い思いに考え、真司達に視線を送る三人を見たノーヴェとウェンディは互いに顔を見合わせる。どうしたものかと。

 

「どうするッス?」

「いや、どうするって言ったって……」

 

 指示がもらえなくなった二人は仕方なく残りの料理を運ぶ事にし、キッチンを後にする。その後も真司はディードへ熱心に指導し、三人の心を乱しに乱すのだった。

 

 

 楽しい食事。それがノーヴェ達が目覚めてからは余計に賑やかになった。セインに似たウェンディが一番の原因だろうが、ノーヴェがそれに噛み付く事も要因の一つだ。オットーやディードは騒ぎこそしないが、雰囲気的にはディエチに近いためにそんな二人を諌めたりする事が多い。

 話題を作るもしくは振るのはセイン、ウェンディ、真司。話題を広げるまたは変えるのがウーノ、クアットロ、チンク。相槌を打つ或いは完全に無視するのがトーレ、セッテ、ジェイル。基本静観だが、場合によって口を出すのがオットー、ディエチ、ディード。そして、それら全ての要素を発揮するのがノーヴェだ。

 

 この日の話題は、食事中にも関わらず夕食に関係する事だった。というのもそのためにこの後買い物へ出かける事になっていたからだ。しかも全員で。無論ジェイルは変装するが、おそらく見つからないだろうから必要ないと本人は考えていた。

 

 理由は固定概念によるもの。広域次元犯罪者である彼が堂々と昼間のミッドを歩いているなんて思わないだろうし、もし見つかってもジェイルは構わないと言ってのけたのだ。どうせ自分は捕まったとしても逃がされるだろうからと。

 その意味が分かる者はウーノとクアットロだけ。残りの者はどこか納得出来ない表情を浮かべていた。それでも、ジェイルの事だから何か凄い発明でやってのけるのだろう程度に考えていたが。

 

「にしても、この機会に服とかを買いたいとはねぇ」

「俺のじゃないぞ。みんなだよ、みんな。女の子なのに洋服も持ってないなんて可哀想だろ」

 

 そう全員で出かけるのは何も買うのが夕食用の食材だけではないからだ。ナンバーズ全員の普段着を買う事も兼ねているため、全員で出かける事になったのだから。

 女性でありながら着る物が全身タイツのような物しかない。ウーノはまたスーツのようなものがあるが、それだけだ。故に真司としてはもっと彼女達に女性らしい格好をして欲しかった。トーレは嫌がったが、真司が絶対似合うからと力説し参加させる事に成功した事からもその熱意が分かろうものだ。

 

「それにアクセサリーとかも見せてやりたいし、そもそも街を知らないんだからさ」

「分かった分かった。で、今更なんだが……」

 

 ジェイルの口調に疑問符を浮かべる真司。一体何が今更なのか分からないからだ。ジェイルはそんな真司にこう尋ねた。そう、ミッドに行く彼女達の服装はどうするのかと言う事を。それに真司はしばらく硬直し、その事に思い当り心の底から叫んだ。

 

「忘れてたぁぁぁぁっ!!」

 

 その叫びにジェイルは苦笑した。実は、その辺りはジェイルが前もって用意させていた潜入用―――実際は必要ないと考えていたが―――のTシャツやジーンズで何とかする事になっていた。真司はそれを聞いて安堵の息を吐いたが、トーレやクアットロからもう少し考えろと言われて少し凹んだのはここだけの話。

 

 こうして総勢十三名の団体行動となったのだが、ほとんどが初めての外出に加えて行先も大都会ともあってか視線を忙しなく動かしお上りさん状態。真司は想像していたよりもクラナガンの規模が大きくやや面食らったものの、東京の進化版と思い直す事で何とか平静を取り戻した。

 

 ただお上りさん状態ではない者達もいた。ウーノやジェイルは平然としていて、トーレやクアットロはやや人の多さに閉口していた程度だったのだ。すると、チンクが妹達の抑え役として苦戦しているのに気付き、そのフォローへそれぞれが回った。

 何せセインはウェンディと二人であれこれを指差して騒いでいたし、セッテはディエチと高層ビルばかりの街並みに感心し、オットーとディードは行き交う人の数に驚きながら大都会というものを感じていた。残るノーヴェは騒いではいなかったものの、チンクにどういう服を買えばいいかを聞いて困らせていたので似たようなものかもしれない。

 

「あら、思ったよりも人数が多いわね」

「えっ?」

 

 そんな賑やかな真司達に声を掛ける者がいた。それに全員が視線を向ける。そこにいたのは管理局の制服を着た女性。だが、その顔に真司は見覚えがあった。

 

「ドゥーエさん?」

「そう。久しぶりね、真司君。後、ドクター達もお元気そうで」

「本当に来れたの?」

 

 ウーノの驚いたような言葉にドゥーエは頷き、無理矢理に休みを取ったと悪戯めいた笑みを浮かべる。そう、ウーノが彼女に連絡していたのだ。ラボにいる全員でミッドに出かけると。ドゥーエはそれを聞いて本当に休みを取って会いに来たと言う訳だった。

 そんなドゥーエにウーノやクアットロが相変わらずだと言って笑う。トーレやチンクも笑みを見せ、ジェイルは嬉しそうに笑っていた。真司も彼らのように懐かしさも込めて笑みを浮かべたが、すぐにある事に気付いて視線を動かした。

 

 そう、セイン以下の妹達はどこか居場所がなさそうだったのだ。それがドゥーエの事を知らないからと把握し、真司は全員に説明を始める。ドゥーエはナンバー2でお姉さんに当たる存在だと。それを聞いてやっとセイン達も理解したようで、笑顔を浮かべてドゥーエに近付いた。

 

「ドゥーエさん、こいつがセインです。で、セッテ、オットー、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ、ディードです」

 

 真司の紹介に合わせ、それぞれが簡単に頭を下げ笑みを見せる。それを眺めてドゥーエも嬉しそうに笑顔を見せた。だが同時に当初の計画と違い、この時点で妹達が全員稼動している事に疑問を浮かべた。

 それを予測していたジェイルが簡単に事情を話し、ドゥーエはその内容に唖然となった。真司と関わった事でジェイルは計画を大幅に変更し、管理局へのクーデター紛いの襲撃を止め、どこかで平和に暮らそうと考えているのだから当然だろう。

 

「故に君の潜入も最早あまり意味がないから戻って来てくれても構わないんだ」

「……どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか」

「いや、ごめんごめん。つい、ね」

「ついって……は~、もういいです。じゃあ私もラボに戻ろうかしら?」

 

 ジェイルの能天気さに呆れながらも、ドゥーエはどこか楽しそうに言った。それにウーノやクアットロが嬉しそうに頷き歓迎する。一方、真司はトーレとこれからの事を考えて話し合っていた。全員では人数が多すぎるのである程度の人数に分かれて行動するべきと。

 このままでは多すぎて色々と不便だし、何より目立つ。だから精々三人程度で行動する方がいいと二人は考えたのだ。そしてそれぞれのリーダーとなる人物もそこで選出した。

 

「ウーノさん、ドゥーエさん、クアットロ、チンクちゃんがそれぞれの纏め役って事でどうだ?」

「……そうだな。私よりもこの手の事はクアットロやチンクの方が適任だろう」

 

 真司の人選にトーレも納得した。服を選んだり意見を述べたりなどは、自分よりも妹の方が向いていると思ったのだ。残るジェイルは真司と共に日用品関係を見に行く事になり、こうしてナンバーズは三人ずつで分かれた。

 ウーノは、トーレ、セッテと。ドゥーエは、オットー、ディードと。クアットロは、セイン、ディエチと。チンクは、ノーヴェ、ウェンディと。

 

「じゃ、二時間後にここで集合だね」

 

 ジャイルの言葉に全員が頷き、それぞれ行動を開始する。向かう先はバラバラ。ウーノやドゥーエは大人な雰囲気漂う服が多めの店へ。クアットロはお手軽な感じの雰囲気の店。チンクは、やや可愛い系の店へと。

 真司はそんな四組を眺め、個性が出るなと感じながらジェイルと共に調理器具などを見るべくクラナガンの街を歩き出すのだった。

 

 女性ともあり、彼女達の衣服の買い物はそれなりに時間は掛かった。それでも十二人共それなりに気に入った物を買えたので成功と言えるだろう。トーレやチンクといった者達は、似合わないと言って拒否した事もあったが、それも含めて楽しい時間を過ごしていたのだから。

 

 問題はその後。そう、下着だ。サイズに関してチンクがノーヴェとウェンディの二人に圧倒的戦力差で敗北すれば、楽しげに試着するクアットロにセインとディエチはやや呆れ気味で下着を選ぶ。

 ドゥーエが選ぶ際どい物をどこか躊躇いながらも着けるディードと、それを見たオットーはどこか寂しそうに自分の胸を触ってため息を吐き、ウーノはトーレとセッテがあまりに色気が無さ過ぎる物を選ぶので無理矢理派手な物を何点か買わせるといった強権発動するなど、色々な出来事があった。

 

 女性陣がそんな風に賑やかにしている頃、真司はジェイルと待ち合わせ場所近くの喫茶店でのんびりしていた。色々と欲しい物も買い、真司としては大満足なのだがまだ買い物は終わっていない。

 そう、最後に夕食用の買い物が残っている。それを終わらせなければ、今日の目的は果たせないのだ。何を買おうかと考えて軽く微笑む真司。それを見つめ、ジェイルが思い切って話を切り出したのはそんな時だった。

 

「ねぇ真司」

「ん?」

 

 何か退屈しのぎの雑談か。そう考えて視線を声のする方へ向ける真司だったが、そこには窓からどこか遠くを眺めるジェイルの横顔があった。

 

「このまま僕らと一緒に暮らさないかい?」

「……ジェイルさん」

「君のいた世界がどこかはまだ分からない。でも、君がそこに戻ればまた戦う事になる。君の嫌うライダーバトルを……」

 

 真司はジェイルの言葉に黙った。確かに彼が元居た世界へ戻る事はそういう事だ。モンスターではなくライダー同士の戦い。それは、言うなれば殺し合いだ。たった一人になるまで戦うという悪夢。

 それがもたらすものは何でも願いを叶える力。真司にそれは必要ない。欲がない訳ではない。だが真司は誰かを犠牲にしてでも叶えたい願いなどないのだ。いや、違う。誰かを犠牲にして叶える願いなど間違っていると真司は考えているのだから。

 

「ありがとう、ジェイルさん。でも俺さ、決めたんだ。ライダー同士の戦いを止めさせるって。そのために、俺は……戦うよ。ライダーとじゃない……そのライダーバトルそのものと」

「真司……君は……」

 

 そこでジェイルは真司の方へ顔を向けた。その表情が何を意味するのかを察し、真司は嬉しそうに笑う。やはりジェイルは犯罪者であっても悪人ではないと確信して。だからこそ彼が抱いた気持ちを払拭せねばならない。そう考えて真司ははっきりと告げる。

 

「分かってるよ。それがどれだけ無理な事かなんて。でも、決めたんだ。俺は仮面ライダーとしてライダーと戦うんじゃない。俺は、仮面ライダーとして、ライダーを戦わせる全てと戦うんだ」

 

 真司の言葉にジェイルは言葉を失った。それは、真司の発言がいつもからは想像もつかない程、穏やかで力強く、そして希望に溢れたものだったからだ。そのまま真司は呆然となるジェイルにこう言い切った。

 

―――ライダー同士で殺し合うなんて悪夢は、俺が終わらせる。

 

 その言葉にジェイルは真司の強さを見た気がした。どう考えても不可能に近い事。それを真司は躊躇う事無くやってみせると断言した。誰かじゃなく自分だけが悪夢を変える。それは、ジェイルが気付いた事に通じるものがあった。

 不可能であろうと躊躇わない勇気。それが真司にはある。絶望しか待っていない道だとしても、きっと真司は望みを捨てないだろう。そうジェイルは確信した。何故なら、希望は生命ある者に与えられた力。つまりは、いのちそのものだ。真司は、それを相手に悟らせる人間だ。そうジェイルは思ったのだ。

 

(私のような名を真司に与えるなら、彼は……アンリミテッド・ライフかな?)

 

 そんな事を考え、ジェイルは決心する。もう必要ないと放棄していた龍騎のための力。それを完成させようと。終わりのない戦いに赴く真司に少しでも役に立ててもらえるように。

 真司の決意を聞かされたジェイルは、これから一層ライダーシステムの解析や開発へと専念する。それが完成した時、龍騎は悪夢を壊す力を手に入れる事となる。

 

 

 ナンバーズと合流し、食料品を買い込んで意気揚々と帰宅した真司達。ドゥーエは色々と退職の手続きなどがあるので一端別れたが、夕食時には戻ってくると言っていたので真司としては期せずしてお祝いとなって喜んでいた。

 というのも、今日の夕食は少々特殊なものだったのだ。あまり頻繁にはやらないような食事。それをみんなで楽しもうとしていたのだから。

 

「さ、じゃあみんな手伝ってくれよ!」

 

 真司の号令でそれぞれが動き出す。買ってきた魚や貝などを真司が下拵えする横で、その手伝いをディエチとディードが引き受ける。一方では厚焼き玉子を任されたチンクとセインが真剣な表情を見せていた。

 大事な酢飯作りを任されたのは、クアットロにノーヴェとセッテ、そしてトーレ。四人は酢の匂いに多少むせながらも、二人一組になって懸命に与えられた仕事をこなそうとする。途中の味見で酢飯の美味しさに驚いたノーヴェが何度かつまみ食いをしようとしてクアットロやトーレに注意される一幕もあった。

 

 残されたウーノ、オットー、ウェンディは場所のセッティング担当。真司から広い場所にしないと食べ辛いと言われたためだ。

 ただ一人ジェイルは研究室で仕事中。本当なら皆と同じように手伝いたかったのだが、仕事を片付ける方が先と真司に言われて仕方なくそうしていた。既に真司にお母さん役をされているジェイルだった。

 

 やがて準備も終わりそうなところでドゥーエが帰宅。管理局を辞めて痕跡も綺麗に消してきたと報告し、今後はずっとここにいると告げるとセイン達妹組から嬉しそうな声が上がった。

 真司も嬉しそうに頷き、今日はドゥーエの帰宅記念のお祝いだからと告げた。それに疑問符を浮かべるドゥーエだったが、それは食堂へ案内されて払拭された。

 

「今日は、手巻き寿司でパーティーだ。あ、でもあまり多く載せるなよ。零れたり崩れたりするからな」

 

 そして真司がお手本と言って海苔に適度な量の酢飯を盛り、そこにきゅうりやマグロといった物を載せて巻く。そして、それに醤油を少量たらして口に入れた。

 

「ん! んまいっ!」

 

 それを聞いて待ちきれないとばかりにセインやウェンディにノーヴェがマネして作り始める。それに微笑みながらチンクやクアットロも動き出し、オットーやディードの双子にディエチも一緒になって作り始めた。

 トーレとセッテはやや苦笑しつつ、海苔を片手にあれこれ載せるものを物色する。そんな光景を見てドゥーエは呆然となっていた。クアットロやトーレの変化を感じ取ったからだろう。そこへウーノとジェイルが近付き微笑みながら告げた。これが今の自分達だと。

 

「……そうですか。私がいない間に大きく変わったのね」

「やっぱり気に入らない?」

「どうして? 妹達があんなに楽しそうなのに。難しい事は考えずに私も楽しむ事にするわ。みんなと一緒に、ね」

 

 そうウインクと共に告げ、ドゥーエは真司の傍へと近付くと何が一番美味しいかを尋ね始めた。そんなドゥーエを見てジェイルとウーノは小さく笑う。これで全員揃ったと思って。

 その二人の視線の先ではドゥーエが楽しそうに妹達と食事をしている。その顔は正真正銘の笑顔。そして、そんな二人も賑やかにしている真司達の輪の中へと入っていく。

 

「これ、これ美味しいよチンク姉!」

「そうか? なら……」

「いや、こっちッス!」

「おい、チンク姉が困るだろ。セイン姉もウェンディも程々にしろよ」

「シンちゃ〜ん、これは何?」

「あ、それは穴子って言うんだって。きゅうりと一緒が美味しいらしいよ」

「アナゴ、か。ディエチ、これは何ですか?」

「セッテ、お前はどれだけ試せば気が済むんだ……」

「ドゥーエ姉様、これはいかがです?」

「……うん、美味しいわ。ありがとうオットー」

「ドクター、それは少し載せ過ぎかと」

「いやいや、これぐらいいけるさ」

「いけるかっ! ああ、もう、零れてるじゃないか。だから載せ過ぎるなって言ったのに……」

「真司お兄様、これを使ってください」

 

 楽しくも騒がしい夕食。ついに全員揃ったナンバーズ。運命はまたも変化した。そして真司にジェイルが付けたアンリミテッド・ライフと言う名の意味。それは”果てなき希望”。

 

 それが意味する通り、彼はそうなり得るのか。それとも……。



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語る気持ちと伝える気持ち

ライダーを勝利させている裏には幾多もの要因があります。それはこのなのは世界でも変わらないという事です。


「じゃあお先に失礼します」

「「お疲れ様」」

 

 翠屋での仕事を終わらせた五代は四人分のシュークリームを購入し、士郎達に見送られながら月村家への帰路に着いた。

 海鳴の街を歩きながら、ふと五代はある事を思い出して寄り道をした。その行き先は八神家。無論、五代ははやて達がもう海鳴にいないのを知っている。しかし、翔一との話で聞いたある事を気にしたのだ。

 

「……やっぱり、誰も住んでないんだ」

 

 明かりのない元八神家。五代は来た事がなかったが、翔一やヴィータからの話でどれだけ賑やかで明るい場所だったかは良く知っている。

 外観を一しきり眺めて、五代は視線を家からある場所に移した。そこには確かにここに住んでいた者達の痕跡が残っていたのだ。

 

「……枯れ始めてる……か」

 

 翔一の作った家庭菜園。そこには、おそらく引っ越す前まで世話をし処分する事が出来なかったであろう僅かに残った何かが枯れ始めていた。五代はそれを確認するために小声でお邪魔しますと呟き、庭へと入った。

 ゆっくりと近付き、それを確かめる五代。それはいちごだった。翔一がヴィータとの約束のために用意した物を彼女が苦労しながら育てた物の名残だ。そう、ヴィータは翔一がいつ戻ってきてもいいように家庭菜園の世話をしていたのだ。

 

 それを五代は知らない。だが、何となくその枯れたいちごが寂しそうに見えたので彼は誰にもなく告げた。

 

「ゴメン。抜かせてもらうね」

 

 そう言うと、五代はその枯れたいちごを抜いて菜園の土の中へ埋めた。この家の思い出はもうはやて達が持って行った。なら、これははやて達は知らない物だ。だから枯れたまま朽ちていくのはさせたくない。

 そう思ったからこそ五代は土に埋めた。実はこのいちごは処分出来なかったものではない。翔一との思い出残る家を離れる際、ヴィータはこの菜園の植物を中々処分する事が出来なかった。それを何とか処分したのだが、このいちごはその際に種が零れ勝手にここまで育ったのだ。

 

 静かにその場を離れもう一度八神家を眺める五代。もうここにはやて達の明るい声が響く事はないのだろう。そう考えて微かに寂しげな表情を浮かべる。それが五代にある事を思い出させた。

 

「……翔一君、どこにいるかな」

 

 その五代の呟きは皐月の空へ消える。彼は知らない。既に翔一がこの魔法世界へ戻ってきているとは。五代が翔一と再会するにはまたしばらく時間が必要だった。

 

 

 食事を終え、五代が買ってきたシュークリームをお茶菓子にすずか達は食後のティータイムを過ごす。すると、ふとすずかがこう言い出した。アリサにも会って欲しいと。もう高校生になり、美人になってますよと付け加えて。

 それに五代は苦笑するが、確かにアリサなら美人になっているだろうと思い肯定の意味で頷いた。更にファリンが学校で一番人気なんですよと言うと、五代は軽く驚いた。

 

「じゃ、アリサちゃんはミス聖祥?」

「そう。本人はどうでもいいって言ってますけどね」

「アリサちゃんらしいなぁ」

「で、すずかちゃんが惜しくも二番です」

「ま、本当はすずかお嬢様が一番人気になるはずだけどな。ほら、日本人って外国人然とした女に弱いから」

 

 ファリンとイレインがそう言うと、すずかはやや照れながら紅茶を飲み出した。五代はそんなすずかの反応に笑みを見せる。それに気付き、すずかは困り顔を返して別の話題を始めた。それは五代がいなかった間の話。

 それを五代は楽しく聞いていたのだが、ふとイレインが思い出したように尋ねたのだ。五代の昔話を聞いてみたいと。それにすずかやファリンも興味があったようで話してくれるように頼んだ。誰かにお願いされて無下に断れる五代ではない。ならばと咳払いをして仰々しく姿勢を正したのだ。

 

 それにすずか達が小さく笑う。それに五代も笑みを浮かべると話を始めた。

 

「まずは家族構成から話そうかな。俺、四人家族だったんだけど……」

 

 そこから始まる五代の昔話。小学生の楽しい時期に父を亡くした辛い思い出と、恩師との約束やサムズアップの意味などの出来事。そこから中学や高校などの話をし、大学の話へ移って冒険話になった途端、五代の目が一番輝き出した。

 外国での話や訪れた場所に関する知識や思い出。それらを臨場感溢れるように語る五代。それに三人も引き込まれていたのだが、ふと五代の顔が曇った。それは、何度目かの冒険を一休みし、一旦日本へ戻ったと言った瞬間だった。

 

 まるで、それまで流暢に話していたとは思えない程、五代はぽつりぽつりと話していく。空港で迷子と出会った事や大学に忍び込んで友人の女性に冷たくあしらわれた事などはまだ幾分か良かった。だが、話が長野の遺跡に行った辺りから五代はまるで躊躇うかのような表情を見せた。

 その理由が分からず戸惑うすずか達へ五代は絞り出すような声で告げる。それが何よりの答えになると考えて。

 

「……ここからは、クウガの話なんだ」

 

 五代がそう言うと、三人はそれだけで大体を察した。クウガの話。それは、あの力を使わなければならない状況になったという事。それは、絶対に楽しい事ではない。五代が躊躇う理由はそこにあると誰もが思った。

 だがそれを止める事はしない。それを決めるのは五代だからと三人は考えていたのだ。それを五代も悟ったのだろう。意を決したように話し出す。ただ、残酷な話や聞くに堪えないだろう部分は意図的にぼかし、一条達を始めとしたクウガになったからこそ出会えた人達との話を中心にして。

 

 自分に戦う必要はないと告げ、五代が戦う意思を明確に打ち出すようになった後は全力でそれを支えてくれた一条薫。自分の体を検査し、常に警告と心配をしてくれた五代唯一のかかりつけ医師、椿秀一。クウガや未確認の研究をし、裏で支えてくれた科警研の榎田ひかり。

 自分を未確認として撃った事を謝り、一条に負けない理解者になってくれた杉田守道。同じくクウガを仲間と認め、どこか憧れてさえくれた桜井剛志。中盤からは、誘導や作戦指示などで助けてくれた合同捜査本部の紅一点、笹山望見。

 

 最後に、ビートチェイサーをクウガへ与える事を上層部に具申し、いつも寛大な配慮と思慮深い決断を下してくれた松倉貞雄。

 

 それだけではない多くの人達との絆や協力があったから、五代は、クウガは未確認に勝てたと言い切った。自分一人では、守り切れずに死なせてしまったかもしれない人達がいただろうとそう続けて。

 

「だから俺、良かったと思ってるんだ……クウガになって」

「どうして? だって、五代さんは戦う事は嫌いなんでしょ?」

「……うん。でも、誰かがやらないといけなかった。それに俺が選ばれた。嫌な事もあったし、辛い事もあった。……でもね、だからこそ良かったって思うようにしたんだ」

 

 そこで五代が思い出すのはあの吹雪の中でのやり取り。忘れられない一条との会話。そこで告げたある言葉。それをすずか達へも教えたのだ。

 

———一条さん達に会えたからって。

 

 五代はそう言って黙った。それにすずか達も黙る。静寂が訪れる室内。秒針が刻む音だけが響き渡る。そして、五代は今だからこそ言える気持ちをはっきりとすずか達を見つめて告げた。

 

———それに、あんな思いをするのが俺だけで良かったって。

 

 クウガにもし自分がならなかったら。もし、他の誰かがクウガになっていたのなら。そう考えると五代は今でも怖くなる。決してうぬぼれではない。自分が一番クウガに相応しいなど考えた事もない。だが、唯一、唯一五代が断言出来る事がある。

 それは、タグバとの決戦。あの時、凄まじき戦士でなければダグバには勝てなかった。自分は、憎しみではなく、みんなの笑顔を守る事だけを考えて変身出来た。それがあの力を制御したんだと、今でも思う。だからこそ、五代は思うのだ。自分で良かったと。

 

 あんな想いを、感触を、苦しみを、痛みを、哀しみを、空しさを、誰かに押し付ける事なく自分が終わりに出来て。

 得た物は多く、失った物は少ない。それでも、五代はクウガの力をもう使いたくはなかった。”変身”。それを二度としないですむようにと、心から願っていたのだから。

 だが、まだ邪眼を倒し切れてない以上、クウガの力は必要とされる。翔一のアギトの力もまた同様に。戦っても、倒しても、どこからか悪は現れる。そう五代の話を聞いた光太郎は悲しそうに言った。それでも、戦い続けるのが仮面ライダーなのだと。

 

 五代がそれを聞き、尋ねた事がある。それは、光太郎よりも昔から戦っていた先輩ライダーの事。

 

 終わる事のない戦い。変わらない世界。助けた命が、明日には消えるかもしれない。そんな状況で、自分以外の十一人は諦めずに戦い続けた。戦うためだけの生物兵器。そんな体にされても尚、彼らは人のために戦ったその理由を。

 そこで五代は光太郎から簡単にではあったが歴代ライダーの事を聞いた。改造人間。人でありながら、人でなくなった者。それが仮面ライダーだと言われた瞬間、五代は言葉を失った。

 

 クウガやアギトと同じだと思っていたのだ。何か特殊な力で変身しているのだろうと。だが、違った。それが本当の彼らの姿だと教えられたのだ。彼らの多くは、望んでいないのにその力を与えられ、異形の姿に変えられた。理不尽に人を捨てさせられた。

 

―――そんな事って……。

 

 仮面ライダーの本来の成り立ち。それを知り言葉を失う五代。そんな悲痛な表情の彼へ光太郎はこう言った。どこまで戦っても変わらないかもしれない。そう思った事もあったと。だが光太郎がそんな弱音を漏らすと、始まりの仮面ライダー―――本郷猛はこう言ったのだ。

 

―――例え未来を変えられなくても、見過ごせない今を救えるのなら……俺は、戦うと決めた。

 

 それを聞き、光太郎は改めて思ったのだ。仮面ライダーとは、今を救い、未来を守る者だと。例え未来が変わらないとしても、いつかそれが変わると信じて戦おう。そう彼は心に誓ったのだから。

 五代はその話を聞いた時、自分にはそれは無理だと思いかけた。だが、その言葉をよく考えた途端、無理と言えなくなった。

 それは、自分の父が手紙の結びに必ず書いた言葉と、自分の信念に反する事になるからだ。いつか、世界中の人達が笑顔になれますように。それを思い出し、五代は光太郎達がそれを願って戦っている者達だと思い直した。

 

 そして、五代は自身も仮面ライダーを名乗った以上簡単に投げ出す事はしたくないと思った。そう、彼は何度も言ってきたのだ。自分はクウガなのだと。

 

(なら、必要とされる限りやってやろう。俺だけが辛い訳じゃないって、今ならそう思えるから)

 

 どこかで自分と同じように哀しみながらも、みんなの笑顔のために拳を振るっている仮面ライダーがいる。そう五代は考えていた。その時の事を思い出して彼は若干遠い目をした。

 

「さてと、じゃあそろそろ時間も遅いし、すずかちゃん達もお風呂入って寝た方がいいよ」

「うん。……あの、五代さん」

「何?」

「クウガの五代さんも好きだけど、私はいつもの五代さんが一番好きだから」

 

 そう言ってすずかは笑顔を見せて去って行く。それを笑顔で見送る五代。イレインとファリンはそんなすずかと同じだと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。それを見て五代は嬉しそうに頷いた。

 異世界でも自分は一人ではない。そう改めて感じ、五代は誓うのだ。必ずこの世界でもクウガが必要とされなくなるようにしてみせると。それが彼女達との別れになると知りながらも、その笑顔を守るために。

 

 

 

 様々な魔力光が飛び交う空間。それは全て同じ相手へと向かっていく。本来、魔法は全て非殺傷と呼ばれる状態になっていて、それを解除し殺傷設定と呼ばれるものにすると同じ罪でも途端に罪状が重くなる。

 それ故、余程凶悪な犯罪者でもない限り設定を変更したりはしない。だが、この魔力弾は全てその殺傷設定であった。数十は軽く超えるそれを避けもせず、その相手はそれを叩き落し、あるいは蹴り飛ばし、それを放つ者達の意識を次々と奪っていく。

 

「な、何なんだ……一体、お前は何なんだ!?」

 

 ついに自分一人となった男の問いかけに眼前の相手は立ち止まり、答えた。

 

「俺は、太陽の子。仮面ライダーBLACK RX」

「か、仮面ライダー? ま、まさか……あの仮面ライダーか!?」

「答えろ。戦闘機人を作り、その技術を知っている者はどこにいる!」

 

 RXの問いかけに男は首を横に振る。知らない。自分はその技術を欲しがってはいたが手に入れてはないと。それが嘘の類ではないと判断し、RXは分かったと頷いた。それに安心したのか男は脱力するように力なくその場へ座り込んだ。

 それを見たRXは近くに落ちているデバイスを拾い上げ、ある女性の事を強く思い描きながら心の中で告げる。

 

【フェイトちゃん、ここは完全に制圧した。後の事を頼む】

【分かりました。光太郎さんは一度アパートに戻ってください。今後の事も含めて話をしましょう】

 

 RXは念話を使えない。なので、こうして相手がもっているデバイスを使い別の場所で待機しているフェイトに連絡するのが常だった。あの後、フェイトに連絡したRXはアクロバッター達の居場所だけでなく彼女の情報も頼りに戦闘機人に関係ありそうな組織を片っ端から調べていた。

 フェイトでは踏み込む事が出来ない状態でも、RXは関係なく踏み込みこうして情報を聞き出す。そして、暴れた現場に調査中だったフェイトが気付いたように装い逮捕する。そんな事を始めてもう二週間になっていた。

 

 フェイト達が来る前にRXは念のためと男を気絶させると急いで現場を離れる。外に停めてあったアクロバッターに跨り、フェイトが用意してくれている仮住まいに向かったのだ。途中で貸し倉庫に寄ってアクロバッターを隠し、変身を解くのを忘れずに。

 それは二台を隠してある貸し倉庫からそう離れていない場所にあるデイリーアパート。日雇い労働者用のそこをフェイトは光太郎のために借りてくれていたのだ。

 

「また情報無しか」

 

 そう呟いて光太郎は部屋のドアを開ける。そこには一人の女性がいた。眼鏡が特徴の女性で、フェイトの補佐をしているシャリオ・フィニーノだ。

 

「お帰りなさい光太郎さん。フェイトさんは後十分程で来るそうです」

「そっか。で、シャリオちゃんはそれを伝えるためにわざわざ?」

「そうですよ。本当なら現場に行くはずだったんですけど、フェイトさんがここで念のために待っててって。光太郎さんがよく念話を途中で切っちゃうからですよ?」

 

 シャーリーの言い方に申し訳なさそうに頭を掻く光太郎。彼女の言った通り、光太郎は念話を早々に切り上げて何度かフェイトから注意を受けていた事があったのだ。

 

 それもあり、最近ではフェイトが念話を切るまでデバイスを離さないように彼も気を付けている。

 

「返す言葉もないよ。シャリオちゃんには悪い事したね」

「まぁもういいですよ。光太郎さんも悪気があってしてる事じゃないですし。でも、相変わらず物がないですね、ここ。ちょっと驚きました」

 

 シャーリーはそう言って部屋を見渡す。それに光太郎は苦笑するしかない。何せ、彼はここには寝に帰るぐらいなのだ。故に部屋にあるのは備え付けのベッドと小さな冷蔵庫ぐらい。それも、フェイトがベッドだけではと言って買ってくれた物だ。

 しかも、ミッドの通貨を持たない光太郎はそれにいれる物も買えない。よって中身の飲み物等もフェイトやシャーリーが用意してくれた物だった。光太郎はそこまでしてもらう訳にはと断ったのだが、フェイト達は頑として聞き入れなかった。

 

 調査が難航しかねないものを光太郎は次々と解決に導いてくれているのだからと。そう言われては光太郎も何も言い返せない。こうして現状となっていた。

 

「それで、どうかな。そっちの情報の方は」

「それがあまり。怪しい相手がいるにはいるんですが……」

「ジェイル・スカリエッティ……だね?」

 

 光太郎の言葉にシャーリーは無言で頷く。広域次元犯罪者でフェイトが追いかけている相手。おそらく戦闘機人にも関わっている可能性が高いとフェイトは考えていて、光太郎も何度か犯罪者相手に聞いた事があったが一切情報が入らない存在がジェイルだった。

 だがそれも仕方ない。ジェイルは真司と出会ってからほとんど犯罪行為から手を引いていて、ゼスト隊に情報を渡した後は最高評議会からの依頼も出来うる限り断っているのだから。

 

 それを知らない光太郎達は、ジェイルの事を情報隠蔽に長けた相手だと思っていた。光太郎とシャーリーはそのまま少し互いの事などを話していたのだが、近くに車の停止音が聞こえた瞬間彼女が立ち上がったのだ。

 

「フェイトさんですね」

「みたいだ」

「私、出迎えてきます。光太郎さんはここで待っていてください」

「分かった」

 

 部屋を後にするシャーリーを見送り、光太郎はフェイトから今後の事を含めた話を聞かなければと思い二人が来るのを待った。

 外から聞こえてくるフェイトとシャーリーの話し声。それに光太郎はつい耳を傾ける。本人達は聞こえないと思っているのだろうが、改造人間である光太郎の聴覚はそれをはっきりと捉える事が出来たために。

 

「特に急ぎの案件はありませんし、めぼしい情報もないです」

「そう。なら光太郎さんと今後の事を相談しないとね」

「はい。なので後はお二人でどうぞ」

「しゃ、シャーリー? いつも言ってるけど、私と光太郎さんはそういう関係じゃないって」

「ええ、分かっています。だからこそ二人でどうぞ」

「シャーリー!」

「ふふっ、私は今日の報告書を作成しますからこれで」

 

 そう笑って言いながらシャーリーはフェイトに手を振って去っていく。ご丁寧にフェイトが乗って来た車を使ってだ。これでフェイトは必然的に光太郎に送ってもらうしかなくなると考えたのだろう。

 シャーリーに車を降りて歩いて行けとフェイトが言えるはずもなく、それを止めずにただ困ったように彼女はそれを見送った。そしてため息を吐いて光太郎のいる部屋を目指す。そこまで聞いて光太郎は苦笑し、冷蔵庫からコーヒーとスポーツドリンクの缶を二本取り出した。

 

「お待たせしました」

 

 そう言って入ってきたフェイトへ缶コーヒーが投げられる。咄嗟にそれを受け取るフェイト。それを見て「ナイスキャッチ」と光太郎が笑顔で誉める。その笑顔をフェイトは少し嬉しく思いながら彼の前に座った。

 そして部屋を軽く見回しどこか苦笑するように呟く。相変わらず殺風景ですねと。それに光太郎も同じような表情で同意し頷いた。そこで軽く起きる互いの小さな笑い。そのまま光太郎が手にした缶をフェイトへ差し出した。

 

「まず、今回も無事に終わった事に」

「乾杯……ですね」

 

 カツンと缶同士を合わせ、音を立てさせる二人。これも最近の決まり事。無事に終わった事を喜び、祝う。そんな二人だけのささやかな祝宴だ。

 

 プルタブを開け、互いに口をつけて飲み始める。基本冷蔵庫に補充されるのはコーヒーとスポーツドリンクの二種類。光太郎の好みを知らないフェイトは、自分の義理の兄であるクロノを参考にした故のチョイス。

 クロノは基本コーヒー。スポーツドリンクは訓練などで失った水分を補充するための物で彼が好きという訳ではないのだが、光太郎としてはスポーツドリンクは有難かった。手軽に水分が補充出来るのは、変身して戦う彼にとってはうってつけだったからだ。

 

「……で、どうしようか」

「ミッドで戦闘機人関係へ手を出していそうな組織は今のところありません。たしかに他の管理世界にも闇組織はありますし、戦闘機人関係の技術へ関与してそうな相手もいます。でも、さすがにその確たる情報がない以上光太郎さんを頼る訳にはいきません」

「俺は構わないよ」

「駄目です。今だって、光太郎さんに頼ってばかりですし……」

 

 犯罪を犯しているが逮捕出来ない相手。それを光太郎が踏み込む事で結果的にフェイトは捕まえる事が出来ている。それでフェイトの評価はこのところ良くなる一方だ。だが、それは本来ならば光太郎の手柄でありフェイトのものではない。

 それをどこかで嫌がっている真面目なフェイトの気持ちを察し、光太郎は返す言葉に迷う。しかし、それでも早くナカジマ姉妹を改造した存在を見つけ出さねば。そう考えて光太郎は口を開いた。

 

「でも、もしかしたら今も被害者が出ているかもしれないんだ」

「それでも! ……それでも仮面ライダーの力は、本当は人間同士の事に使う物じゃないはずです」

 

 フェイトのその言葉に光太郎は何も言えなかった。ただ、フェイトの思いは嬉しかった。簡単に人外の力に頼るのではなく、自分達で何とかしようと考える。それは、とても尊い想い。仮面ライダーに頼るのではなく、自分達で何とかしようとする心。

 それを人が失わない限り、仮面ライダー達も諦める事なく戦えるだろう。人と自然が調和する世界。真の平和、それが訪れる日まで。そう思って光太郎は何も言わない事にした。

 

「それで光太郎さんへ一つお願いがあるんです」

「お願い?」

「はい。局の保護施設にいるエリオって男の子の事覚えてますか?」

「ああ、時々話してくれた子だね。フェイトちゃんが弟みたいに可愛がってるっていう」

「実は、その子を私は引き取りたいって思っているんです。でも、仕事の関係で中々相手をしてあげられないから踏ん切りがつかなくて」

「そうか。それで新しい情報が入るまで俺にその子の相手をしてほしいって事だね」

 

 光太郎の言葉にフェイトは頷いた。出来るだけ施設ではなく家庭で過ごさせてやりたいと考えを告げて。それに光太郎は同意し、その願いを喜んで引き受けた。こうして、光太郎は海鳴へ戻りハラオウン家へエリオと共に居候する事となる。

 そこでエリオと過ごす日々。それは光太郎の記憶の中にある思い出を刺激する事になる。そして、エリオの出生の秘密とフェイトの生まれが密接に関わっている事。それをやがて彼は知る事になるのだ。

 

 

 

「なぁ、翔一さん。あんたの言ってたクロノって、クロノ・ハラオウンか?」

 

 ある昼下がり。完全オフのティーダは、翔一が作ったナスの油炒めを食べながらそう問いかけた。他にもナスの味噌汁、マーボーナス、ナスのおひたしが並んでいる。

 その言葉に翔一はそれまでしていた掃除の手を止め、ティーダが告げた名前に目を見開いて頷いた。

 

「そうそう! そうです! クロノ・ハラオウンです!」

「……やっぱりか。あんた、一体いつ頃に知り合ったんだ?」

「え? どういう事です?」

 

 ティーダは翔一へ説明した。クロノはもう一年以上も前から提督に昇進している。故に今まで時間が掛かったのだ。ティーダが念のためと過去の執務官まで当たったおかげでそれが判明したのだから。

 そして、こう続けた。そんな事は知り合いならとっくに知ってるはずだと。そう言われ、翔一は驚いた。彼が知る限り、クロノは執務官だったはずだからだ。そして翔一は何か嫌な予感を覚えた。

 それは、五代が自分よりも後から海鳴に現れたのに自分よりも以前の時代からやってきていた事を思い出したから。だから、クロノの年齢を教えて欲しいと翔一は言った。それに妙なものを感じるもののティーダは記憶を辿りながら答える。

 

「確か……今二十一歳ぐらいだったか」

「そんな……俺が出会った時は十四歳でした」

「どういう事だ?」

「……信じられないですけど、俺、未来に来たみたいです」

 

 翔一はそれからティーダに自分がクロノ達と出会った時の事を話した。それを聞いたティーダは驚愕する。局で知らない者はいない有名人の名前ばかり出てきたからだ。高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて。更に守護騎士達の名前も三人程ではないが有名だ。

 もしかしたら自分はとんでもない人間と繋がりを持ったのではないかとティーダは思った。だが翔一の話を信じれば、彼は異世界に行ってそこから戻った際、五年以上の時を超えた事になる。それは次元世界の法則から見ても異常としか言えないものだった。

 

 なのでティーダは翔一へ分かる範囲で今のはやて達の事を教えた。その内容に翔一はどこか呆然とする。それを見て無理もないとティーダは思った。少女だと思っていた相手が、もう知らぬ間に大人に近くなっていた。そう考えれば、きっとやるせない気持ちにもなる。そうティーダは思っていた。

 

「……ティーダさん。ホントに、はやてちゃんが、捜査官をしてるんですね?」

「……ああ」

「ホントに局で働いてるんですね?」

「あ、ああ……」

 

 だが、そこでティーダは気付いた。翔一の声が沈んでいない事に。それどころかむしろ嬉しそうにさえ聞こえる。気のせいか。そうティーダが思った瞬間だった。

 

「そっかぁ~、はやてちゃん歩けるようになったんだ。良かったぁ~!」

 

 翔一はそう噛み締めるように言うと力強く頷いた。その表情はとても良い笑顔。その言葉を聞いてティーダは思い出した。八神はやては入局当初、車椅子のため自由に動く事が出来ず苦労した事があるという話を。

 つまり、翔一ははやてが第一線で活躍していると聞いて自由に歩けるようになった事を察したのだ。だからあそこまでティーダへ確かめた。本当にはやてなのかと。そんな厳しい職場で働いているのが、自分の知る少女なのかと。

 

(ったく、やっぱ翔一さんはどこかすげぇな)

 

 現状に悩み苦しむのではなく、現状を受け入れてありのまま動く。それを翔一は自然にやってのける。今だって、普通なら動揺し困惑してしまうだろう。それを、翔一ははやての現状を想像し、心から喜んでいる。自分が逆の立場ならとてもではないが真似出来ない。

 そう考え、ティーダは翔一に告げた。伝手を使ってその誰かに連絡をつけるから再会は近いと。それに喜ぶ翔一だったが、ふとその顔が曇った。その理由がティーダには分からない。

 

「どうした?」

「いえ……ティアナちゃんの事を考えて」

「……そういう事か」

 

 翔一がランスター家に居候してから、ティアナは翔一の事をもう一人の兄と呼べる程に慕っている。訓練校へ入校した今も宣言通り休日には翔一に会いに帰って来るぐらいだ。

 そんな翔一がいなくなる。それを聞けばティアナが落ち込む事は確実だ。故に翔一は悩んでいた。自分を受け入れ、純粋に慕ってくれたティアナ。それがこれまでどこか寂しい想いをしてきた事はそれとなく翔一も気付いているが故に。

 

(ティアナちゃんに寂しい想いはさせたくないし、かと言ってはやてちゃん達にも無事を伝えたいし……どうすればいいんだ)

 

 そう翔一が悩んでいるとティーダが気楽に告げた。悩む必要はないと。それに翔一が視線を動かすとティーダは軽く笑ってみせた。

 

「ティアナには俺から説明しとく。だからあんたは会いに行け」

 

 その言葉に翔一は少し考えたが、頷いて感謝を込めて頭を下げた。それにティーダが苦笑する。感謝するのは自分だと考えていたのだ。今まで家事やティアナの面倒見てもらったんだからと。

 それに自身が手間取ったせいで一年近くも時間が掛かった。そう思ってティーダが謝るとそれに翔一は首を横に振った。

 

「いえ、ティーダさんは悪くないです。俺がクロノ君の苗字まで思い出せばよかっただけですから」

「……たく、あんたも大概だな」

「あ、えっと、すみません」

「あはは。気にしないでいいさ。ただ、一つ頼みを聞いてくれないか?」

「何です?」

「たまにでいい。ティアナに会いに行ってやってくれ」

 

 そうティーダはどこか照れくさそうに告げると視線を外へ移す。翔一はそんなティーダに笑顔を見せると、頷いてサムズアップを送った。それを横目で見てティーダも小さくそれを返す。

 

 次の日、ティーダに連れられて翔一は管理局本局を訪れた。そこで青年になったクロノと再会し、そこからはやて達と引き合わせられる事となる。

 再会した途端、はやては涙を溢れさせ、翔一の面倒を見ていてくれたティーダに何度も感謝の言葉を掛けてクロノに苦笑される中、ツヴァイはそんなはやてに戸惑いながらも翔一と初対面を果たして喜ぶのだった。

 

 魔法世界帰還から一年弱。やっと出会えた翔一とはやて。こうして翔一も少女達と再会を果たす。

 そして、ついに戦士に渡される想いと力。今はただ、その喜びのみを誰もが噛み締める事になる。

 

 

 

 ジェイルラボ内廃棄所。ドゥーエは小さなケースを手にそこを訪れていた。目的は一つ。自分の手にしたケースを捨てるためだ。中身はジェイルのコピー受精卵。他の姉妹達同様に彼女もそれを廃棄する事になったのだ。

 そしてドゥーエはケースを安置し来た道を戻ろうとする。だが、その視線がふと止まった。それはある一つのケースへ注がれている。中にあるのは不気味な生物。人型だがどこか醜悪だ。それにさしものドゥーエも顔を歪めた。

 

「ドクターの研究素体のなれの果てかしら? まぁ、いいか。あまり気持ちの良い物でもないし」

 

 そう言ってドゥーエは興味を無くして歩き出す。と、その途中である事を思い出すのだ。ウーノ達の廃棄した受精卵。それを入れたケースはどこにあったのだろうと。だが、それをどうこうしたい訳でもないのですぐに彼女の意識からそれは消えた。

 

 ドゥーエの足音が遠ざかる。それと同時に先程の生物が微かに動き、その腕らしき物から触手が伸びる。それがケースを突き破りドゥーエが置いたケースへ入り込んだ。触手は中の受精卵を取り込み、また元の位置へと戻る。

 

 それに呼応するように生物が痙攣した。すると、低く不気味な声が誰もいないはずの空間に響く。

 

―――これで揃った……。

 

 その声を聞く者はいない。それは、蠢き始めた闇の産声。今しばらく続く平穏。その裏で、静かに悪が目覚めようとしていた。

 

 こうしてドゥーエが戻り、数日が経過した。この間に変化した場所であるキッチンや男湯などを見て、彼女が告げた感想は一言。

 

―――ここ、研究施設でしたよね?

 

 それに真司は当然だと頷いたが、何故かジェイルがそれを否定した。ここはもう研究施設ではなく自宅だと。それに真司はやや意外そうにしながらも嬉しそうな笑みを見せた。ドゥーエはそんなジェイルと真司の反応に苦笑し、改めてジェイルへ詰め寄ったのだ。そう、何でもっと早くに戻してくれなかったのかと。

 それにジェイルは本当に申し訳なさそうに謝った。すると真司も何となく空気を読んで頭を下げたのだ。それにドゥーエは内心微笑みながらも、表面上は渋々といった感じで許した。

 

 現在、時刻は夜。夕食も終わり、後片付けも終えたナンバーズは姉妹揃って入浴中。総勢十二名の大所帯だが、それを許容出来るぐらいに女湯―――温水洗浄室とはもう呼ばない―――は広くされていた。

 これも真司の提案。一度に全員が入れて、尚且つ洗い場もそれを考慮してやるべきだと。まぁ、真司の監修が入った時点でどこか銭湯のような作りと雰囲気になったのは否めない。しかし、それを指摘出来る者は生憎ここにはいなかった。

 

「にしても、兄貴ってやっぱ強いんだな」

「そうッスね~。アタシとノーヴェの二人でやっとッスから」

「当たり前だ。真司は私とトーレを相手に引き分けるのだぞ?」

 

 湯船に浸かりながら言い合うノーウェコンビ。二人は良く一緒にいるのでこう略されるのだ。その二人の言葉にチンクがどこか誇るようにそう返す。そう、今日は真司との訓練を二人が担当したのだ。

 その前日はオットーとディード。真司の強さをデータでしか知らない妹達に、実際の強さを知ってもらおうとジェイルが企画した試みで結果は当然龍騎の勝利。だが、それは内容的にであって実際は引き分けている。

 

 セッテの時と同じで、真司はファイナルベントを封印したままで二人を相手に引き分けているのだ。それは真司が成長しているのもある。トーレやチンク、セッテやディエチとの戦いで真司自身も経験を積み、少しずつではあるがその思考や技術を磨いていたのだ。

 仮面ライダーとしての決意を固めた真司は以前よりも訓練への取り組み方も変化し、少しでも強くなろうとしていた。必ず戦いを止めるためにと考えて。それを感覚で感じ取っているのは以前の真司を知る者達だけだったが。

 

「それに、真司は未だに一度も見せた事のない姿を持っている」

「あ、サバイブだよね。あたしも見た事ないな」

 

 トーレのどこか悔しそうな言葉に、セインが同じように悔しそうに応じる。その悔しさの質が二人はまったく違う所が実にそれらしい。

 

「一度、ゆりかごの中で使ったって聞いたけど?」

「うん。でも、それは誰も見てないんだ。真司兄さん、自分一人で片付けちゃって」

 

 ドゥーエの声にディエチがそう返した。今でも思い出せるのだ。それを聞いた時のジェイルの必死さを。何せ真司を冗談抜きに絞め殺しかけていたのだから。

 もう少しトーレ達が来るのが遅れていたら真司は死んでいたかもしれない。そんな事を思い出し、ディエチは苦笑した。

 

「でもぉ~、シンちゃんが言うにはサバイブは強力すぎてあまり使いたくないそうですよぉ」

「それに、真司さんは本当なら変身もあまりしたくないらしいわ。あれは、誰かを守るための力だからって」

 

 共に体を洗いながらクアットロとウーノが告げる真司の心情。彼女達二人は、真司の事情をそれなりに聞き出し出身世界の特定などをしていた。その関係から真司の内面的な事も他の姉妹に比べると詳しい。

 そんな二人の言葉にどこか感心したように頷いている者がいた。セッテだ。彼女は尊敬する相手と聞かれれば真っ先にトーレと真司を挙げる程、彼らに影響を受けていた。

 

「さすが兄上。力は誇示するものではなく、他者のために使うものと考えているのですね」

「真司兄様……優しいですからね」

「そう言えばお兄様が言っていたわ。本当の強さは、誰かを傷付けるものじゃないって」

 

 セッテの言葉に続き、オットーとディードがそう告げた。この三人は真司が教育担当となっているため接している時間が他の姉妹に比べると多い。そのため、起動して真司の影響を受けるまでが非常に早かった。

 セッテは真司から掃除を、オットーは洗濯を、ディードは炊事をそれぞれ教え込まれていて、暇さえ見つけるとよくラボの家事をしている事からもそれが分かる。最近では真司よりも家事をするようになり、彼は三人のおかげで幾分か楽が出来るようになっていたのだから。

 

「……ホント、真司君って凄いのね」

 

 口々に真司を誉めるような事を言っていく姉妹達を見て、ドゥーエはどこか呆れたようにそう呟く。そんな自分も少なからず影響を受けているとどこかで自覚しながら。こうして姉妹揃っての入浴時間は過ぎていくのだった。

 

「っくし!」

「……抑えてくれないかね」

「仕方ないだろ。生理現象なんだから」

 

 同じ頃、真司達も男湯にいた。中々男二人だけで話す事が出来ないので風呂は貴重な男だけの空間だった。ここで二人は他愛もない事や割と真剣な事まで色々話していた。

 ちなみに今日はナンバーズの今後の事。ジェイルの計画が成功すれば、元から犯罪者であるジェイルはともかくナンバーズはほぼ何の罪もなく世間に出て行ける。その後の事を二人は話し合っていた。

 

「で、何だっけ?」

「体の事をどうするかだよ。中々理解され辛いだろうしね」

「だよなぁ。でも、男ってさ。俺もそうだけど、美人に弱いから気にしないと思うけど……」

 

 真司の言葉にジェイルはどこか楽しそうに笑い、頷いた。確かに真司は単純そうだと、そう言って。それに真司は少し憮然とするも自分で言った手前何も言い返せないまま黙った。そんな真司にジェイルは嬉しそうに笑う。

 

「そんな考えをしてくれる相手がきっとどこかにいるだろう。その相手と巡り合い、愛し合う事を祈るのみだ」

 

 その父親らしい発言に真司が感動した。自分もそれを心から願うと力強く告げたのだ。すると、ジェイルがそんな真司を見つめて一言。

 

―――意外と近くにいると思うんだけどねぇ……。

 

 その言葉に真司は不思議そうな顔をするが、何か自分の中で納得出来るものがあったのか真剣な表情で頷いてこう言った。

 

「そうだな、近所で出会った人に一目惚れってあるもんな」

 

 その答えにジェイルは呆然。真司は尚も続ける。社会に出て初めて出会った相手に恋する事は有り得る。意外と運命の人とは近くにいるものかもしれない。そう言いのけたのだ。

 そんな真司の言葉を聞きながらジェイルは誰にでもなく小さく呟いた。これは相当手を焼くだろうな、と。それに気付かず真司は自説を騙り続けるのだった。

 

 

 

 湯上りのナンバーズ。それぞれが寝間着に着替えるのだが、ここにも個性が出ていた。ドゥーエとクアットロはネグリジェ。ウーノとトーレは無地のパジャマ。チンクは三毛猫がプリントされた可愛らしいパジャマ。

 セインとウェンディはTシャツにハーフパンツ。ノーヴェはそんな二人をどこか嫌そうに横目で見ながらも同じ格好。セッテはデフォルメされた犬の絵のパジャマ。オットーとディードは揃いの絵柄で星や月がプリントされたパジャマと、それぞれ性格や思考が出ていた。

 

 それに全員着替えると揃って向かうのは食堂。水分補給をするためだ。そして、目的はそれだけではない。

 

「で、ミサイルとかビームが一斉にさ」

「……それで良く無事でいられたね」

 

 食堂に着いたナンバーズが見たのはパジャマ姿で話している真司とジェイル。その二人の手にはスポーツドリンクが握られていた。そう、風呂上りに真司はジェイルと食堂で熱を冷ますためにこうして雑談するのだが、その内容はライダーバトルに関する事が多いのだ。

 今もどうやらそれを話しているらしく、ジェイルがやや引きつった表情をしていた。ちなみに真司が話していたのはゾルダと呼ばれるライダーの話。その重火力を想像し、ジェイルは軽く眩暈を感じていた。

 

 そのキッカケはディエチのIS強化案。現状はチャージ等で時間が掛かるため、もっと別の方法や強化法はないか。そう聞かれた真司が砲撃でゾルダを思い出して話していたのだ。まぁ、途中からはディエチの事そっちのけでジェイルが色々と質問していたが。

 

「にぃにぃ、アタシらにも聞かせて欲しいッス」

「おっ、何だ。みんなも熱冷まし?」

「ええ。だから私達にも話を聞かせて頂戴」

 

 ドゥーエがそう言うとセインやウェンディが首を縦に振る。セッテやノーヴェなども同じようで話して欲しそうに真司を見つめていた。それに真司は少し嬉しく思い、咳払いをしてから話し出す。それは、真司が小さい頃読んだマンガの話。

 

 人に創られた存在のヒーローが、生みの親である博士の娘などと共に世界征服を企む悪の科学者と戦うストーリー。だが、ヒーローは完全機械だった故に良心回路と呼ばれる心みたいな物を組み込まれた。しかし、それは未完成で不完全な物だったのだ。

 そのためヒーローは幾度となく苦しむ。良心の呵責とでもいうのか。悪い事と善い事。その区別があまりに曖昧で、時には善が悪になり、悪が善となる事もある。そんな人間の世の不思議さに翻弄されながらヒーローは成長していく。

 

 生みの親の博士を非情な相手に利用され敵の中に人質として使われたり、やっとの思いで倒したはずの悪の科学者が生きていて、それに対抗するようにヒーローの兄が眠りから目覚めるなど。真司は幼い頃の記憶を辿りながら話していく。

 それを聞きながらジェイル達はその世界へ引き込まれていく。特にナンバーズは強く引き込まれる。機械の体。だけど心は人間と同じで迷い悩み苦しむ存在。兄弟とも言える相手を敵として倒さねばならない現実。それは、まるで道を間違えた自分達にも近いものがあるように感じたのだ。

 

 そして、話はいよいよ終盤。ヒーローが仲間や兄弟を人質に取られ、絶対絶命の危機となった。誰もがその後の展開を息を呑んで待つ。だが、そこで真司はそれまでの熱が消え失せる事を告げた。

 

「……でも、この後どうなるか知らないんだよ。俺、何故かそこで読むのやめちゃって」

 

 それに全員が大ブーイング。続きが気になるとセインが言えば、眠れなくなるとウェンディが続く。きっと救出して大団円ですよねとオットーが尋ねれば、誰かまたヒーローの危機を助ける存在が来るのではとディードが言い出した。

 ノーヴェは頭を掻き毟るようにしているのでどうもイライラしているようだ。チンクはそんなノーヴェを宥めると共に、必ず報われるからと諭している。セッテはトーレに良心とは具体的に何かと聞いて困らせ、ディエチはクアットロと自分達がそうなったら嫌だと言い合っているし、ウーノはジェイルに決してもう悪事に手を出さないようにと改めて言い聞かせていた。

 

「……それ、救いがなかったんじゃない?」

 

 そんな中、ドゥーエが告げた一言に全員が止まった。多くの者がそんな事を言うなと言いたそうな視線を向けるが、真司はその言葉にどこか考え、そうかもしれないと肯定した。

 

「それも一つの結末かも。でも、でもさ」

「何?」

「救いがないとしても、それでもヒーローは戦ったはずだ。だって、何もしないで終わる事が一番嫌だから、さ」

 

 真司はそう自分の手をじっと見つめて言い切った。救いがない結末。それが自身を待つとしても決して諦めない。自分が戦う事を止める時はただ一つ。誰かを苦しめるライダーバトルが終わりを迎え、ミラーモンスターが消えたその時なのだから。

 そんな事を考え何ともいえない雰囲気を漂わせる真司にジェイルを除いた全員が見入った。それを知ってか知らずか、更に真司はこう続けた。

 

―――それに……やらなきゃ、何も変わらないから……。

 

 その自分に言い聞かせるような言葉は、普段の真司にはない力強さがあった。誰もが言葉を失う中、ジェイルだけはそれに頷いて周囲に告げた。

 

「さ、そろそろ寝ようか。あまり体が冷えると風邪を引くしね」

 

 その言葉にもっともだと全員が動き出す。口々に就寝前の挨拶を交わし、それぞれの部屋へ戻っていく。それを見送り、真司も部屋へ戻っていく。ジェイルも真司を見送って自室へと戻る。そして、ジェイルはベッドに座ると小さく呟いた。

 

―――救いがない結末を変えられる力。それを必ず君に渡してみせるよ。友人として、ね。

 

 救いがないとしても変わると信じて戦うと決意する男がいる。それを聞いて変えられる力を授けると誓う男がいる。

 本来ならば交わるはずのない道が交錯する時、龍騎士は烈火だけではなく爪を得る。恐ろしい闇を打ち砕く異世界の友からの力として。



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再会する者、出会う者

さらりと防がれるサウンドステージの事件。地味に真司は戦いを止めたり防いだりしているという。


 月村家の中庭。そこに置かれたテーブルを囲む三人の人物がいた。五代とすずか、そしてアリサの三人だ。彼らは久々となった再会を喜び、談笑しながら紅茶を楽しんでいた。

 既に五代達が帰還して三日が経ち、すずかの誘いを受けてアリサが月村家を来訪したのだ。彼女はすずか達の言った通りの美人になっていて、五代は最初見た時別人かと思ったぐらいだった。

 当然ながらアリサは五代がクウガである事を知らなかった。だが、なのは達が魔法を教えた際にすずかからそれを教えられた経緯があり、彼と再会した瞬間こう言った。

 

―――何でアタシに隠してたの!

 

 アリサが五代と出会ったのは、なのはとフェイトが二人で隠し事をしていると思った頃。つまり蒐集活動を本格化した辺りだ。

 二人の事をすずかと話し合うために訪れた月村家でジャグリングの練習をしている五代をアリサが見つけたのが二人の関係の始まり。初対面にも関らずどこか人懐っこい五代に、アリサは好印象を抱いて兄のように慕ったのだ。そしてなのは達の事も当然相談した。これがあったおかげで五代はすずかとアリサに打ち明けて欲しいと言い出す事が出来たのだ。

 

 そんな事を思い出し、アリサは手にしたカップをテーブルへ置いて息を吐いた。それと同時に視線を五代へ向ける。

 

「ったく、アタシが隠し事嫌いだって知ってて言わないんだから」

「ゴメンね。ほら、俺がクウガって事はあまり人に言わない方がいいからさ」

「む、それもそっか。にしても、雄介さんが戻って来たなんてね。すずかも上機嫌になる訳だわ」

 

 アリサは五代を名前で呼ぶ。苗字呼びはあまり好きではないらしく、五代自身も構わなかったためそうなった。ただ、目上である事を考えて”さん”付けではあったが。

 そんなアリサの言葉にすずかが小さく微笑んだ。そして負けじとアリサへこう返す。

 

「アリサちゃんも喜んでるけど?」

「いいでしょ。雄介さんはアタシにとってもお兄さんみたいな人なんだから」

 

 軽い口喧嘩のようなやり取りをしながら互いに笑みを見せ合っている二人。それに五代も笑顔を浮かべる。五年経った今も変わらず仲が良い二人を見て嬉しかったのだ。惜しむべきはその成長を傍で見る事が出来なかった事だが、それでもこうしてその姿を見る事が出来るだけで五代は満足していた。

 なのは達は遠く異世界にいるが互いに連絡は欠かしていない事も五代には嬉しかった。しかし、その方法がメールや電話である事を知った五代は驚いた。ミッドにも地球製の携帯電話が通じるのかと。それにすずかとアリサも頷いて、最初同じ事を思ったと答えた。

 

 その後もそうやって話していた三人だったが、ふと五代の脳裏に声が聞こえた気がした。だが、それはアマダムの声ではない。それ以前に聞いた気がするものだ。

 そう考えて、五代は思い出したように立ち上がって空を見上げた。それに疑問符を浮かべる二人だったが、五代の見つめる先へ視線を動かしてその表情を固める。

 

 そこにいたのは、大きなクワガタ。それがまっすぐこちら目指して飛んでくるのだ。それに気付いて逃げようとするアリサだったが、五代がそれに嬉しそうな表情をしている事に気付いて思い留まった。

 

「やっぱりゴウラムだ! ホントに来てくれたのか~!」

「「ゴウラム?」」

 

 五代の言葉に揃ってそう尋ねる二人。その瞬間、ゴウラムは五代の前に降り立った。それに五代は近付き、懐かしがるようにその体を触っていく。その表情は輝くような笑顔。

 そんな五代と違って、女性二人は何とも微妙な表情。彼女達も昆虫は嫌いではないが、さすがにゴウラムぐらい大きなものは別なのだろう。怖いとか不気味とかいう以前の問題。そう、どう反応していいのか分からないのだ。

 

 そんな二人へ五代はゴウラムを撫でながらその説明を始めた。自分がクウガとして未確認と戦っていた頃、共に戦ってくれた仲間の一人だと。その一人という表現に頭を傾げる二人。それに五代は苦笑しながら、光太郎のバイクであるアクロバッターを例に出した。喋り、自分の意志を持つ存在。なら、それは人と呼んでもおかしくないとの自論を告げたのだ。

 それを聞いてアリサがある事を思った。そのアクロバッターという存在の事もだが、ゴウラムは喋るのだろうかと。その質問に五代はあっさり頷くも、自分しか聞こえないし何を言ってるのかは感覚的にしか分からないと返した。

 

 そのとんでもない内容にアリサは理解を示すも大きくため息を吐いた。五代から軽く聞いた仮面ライダーとの存在。彼らが持つ仲間の異常性に呆れたのだ。

 

「はぁ……何か色々凄いわね、仮面ライダーって」

「そうだね。何でも出来そうな気がするよ」

「う~ん……たしか光太郎さんの話だと、宇宙空間でも活動出来る人や空を自由に飛べる人もいるらしいよ。だからすずかちゃんの言葉もあながち間違ってないかもね」

「ちょっと待って。宇宙空間でも活動とか空を自由にとかって……それを可能にした技術って絶対地球だけのもんじゃないわ」

 

 アリサのどこか恐れるような言葉に二人が揃って視線をアリサに向けた。それを理解し、アリサは自身の予想を告げる。今のミッドにもそんな技術はないはず。ならば、その仮面ライダー達が使う技術は魔法世界よりも先を行っている。

 つまり、その仮面ライダーを作り出した相手は少なくとも地球外の存在か、もしくは異文明や外宇宙の技術を知っている。そして、そんな存在が仮面ライダーみたいな存在を作り出したとしたら企てるものは決まっていた。それに気付いたからこそ、アリサは怖かったのだ。

 

―――仮面ライダーってみんなそれぞれ戦ってた相手がいたんでしょ? じゃ、そいつらは地球の侵略者だったはずよ。じゃないと色々と納得出来ないわ。だって、そんな凄い技術はもっと大々的に発表されるはずだもの。そもそも仮面ライダーだけに使われるはずない。

 

 アリサの結論に五代とすずかが黙る。特に仮面ライダーの事実を知る五代はアリサの言葉に息を呑んでいた。光太郎達が戦っていた相手は自身と違って地球侵略を企てていた宇宙人かもしれない。そう考えていたのだから。

 一方でアリサは自身の出した答えに恐怖を抱きながらも、五代が話した事を思い出してそれを払拭しようとしていた。

 

(でも仮面ライダーはこことは別の世界の存在で、もう悪い奴を倒してくれたんだから大丈夫よ。うん、きっと大丈夫!)

 

 自分を鼓舞するように心の中でそう言い聞かせ、アリサは気を取り直して考える。その横ですずかが五代へある事を確認した。

 

「ねぇ五代さん。クウガはそういう技術とかは関係ない古代の存在なんだよね?」

「う、うん。桜子さんもそう言ってた」

「そっか。なら……もしかしてムー大陸とかアトランティス大陸なんかの話は本当だったのかも」

「……すずかも? アタシもそう考えたとこよ」

 

 二人揃って深刻そうな表情を浮かべていた。それに五代は何か不思議な感じを受けるが、どこかその二人が桜子の碑文を解読している時に似ていて懐かしさを覚えると同時に嫌な予感もしていた。

 そんな五代へ、二人は推論だけれどと前置いて話し出した。クウガが古代の存在ならば、少なくとも五代がいた世界にはそれを実現させる技術があった。それは、もしかしたら超技術を持っていたと言われるインカやマヤにアステカ、更にはアトランティスやムー等の滅んでしまったと思われた者達の技術が関わっていたのかもしれないと。

 

 更に、クウガ以外の仮面ライダーはそれらの技術を基にした超技術で作られた可能性があると二人は言った。そして、それを補足する材料としてすずかが語ったのは光太郎から聞いた人体改造の話。

 それを聞いた瞬間、五代が明らかに反応した事ですずかは確信した。仮面ライダーとは本来人を改造した存在だったのだと。そこから付随して考えればすずかは一つの確信に近い推測を立てる事が出来た。

 

(つまり……光太郎さんは……)

 

 そう、すずかは光太郎の秘密に気付いてしまったのだ。その苦しみを考えて表情を悲痛に歪めるすずか。だが、アリサは生憎光太郎と出会っていないため、その表情の変化に疑問符を浮かべた。

 

(すずか……? 一体どうしたっていうのよ?)

 

 しかし、彼女は目ざとく五代の表情の変化にも気付いた。そこから会話の流れを思い出して、すずかの変化の理由には光太郎と呼ばれる者が関わっていると判断したのだ。

 

「……ま、信じられない話だけど、本当に地球を狙う侵略者がいたって事か。少なくとも、仮面ライダーがいた世界には」

「目的は植民地とか、かな?」

「そんなようなとこでしょ。まったく映画じゃあるまいし……って言いたいけど、なのは達から聞いた魔法も十分それだったものね。なら、地球侵略を考えるヤツラがいても不思議じゃないわ」

 

 どこか呆然となる五代を置いて二人はそう結論付けた。そして、そこまで考えて心から安堵し同時にライダーを尊敬した。

 おそらく知られる事無き敵を相手にたった一人で立ち向かって行ったライダー達。その勝利と生き方に、一人の人間としてアリサもすずかも感じ入ったのだ。

 

(勇敢に戦った人もいた……雄々しく戦った人もいた……。きっと、それは……愛する人や世界を守るために)

 

 五代を知り、光太郎を知るすずかはそう他の仮面ライダー達を判断した。どれだけ辛かったのだろう。どれだけ悲しかったのだろう。自らの正体を隠し、一人強大な相手と戦う。物語としてはいいのだろう。だが、それを現実として考えたすずかは居た堪れない気持ちになった。

 何か代償を求める事無く、ただ守るために戦う。そんな並の者なら挫けてしまうだろう地獄。誰に頼まれたのでもなく、自ら戦いの渦へと身を投げ入れた戦士達。そんな彼らが最後まで挫ける事なく戦い抜けたのは何故か。それを考えた時、すずかに浮かんだ答えは一つだった。

 

(仮面ライダー、だったからだよね)

 

 そこからすずかはこう思うのだ。彼らも一人ではなかったのではないかと。クウガである五代がそうだった。未確認と戦っていた時、彼を支える者達がいた。そんな存在が他の仮面ライダー達にもいたはずだと。

 みんな、それがあったから戦い抜けた。勝利したのは、仮面ライダーの力だけではない。五代が言ったようにみんなの力が合わさったからなのだ。すずかがそう考え静かに涙する横で、アリサもまた仮面ライダーと呼ばれる存在へ思いを馳せていた。

 

(正義の味方……作り話や空想の中しかいないと思ってた。でも、居たんだ……本当に)

 

 五代の事を聞いて、ゴウラムを見た今ならアリサも心から信じられた。恐ろしい相手と戦い、世界を守り抜いた存在がいる事を。誰も知らないその影で、人では倒す事が厳しい者達を相手に、人ならざる姿と力を、とても人間らしい心で振るうヒーローがいた事を。

 

 それを誰にも知られぬようにしたのは、人がそこまで強くないのを知っているからだろう。そして、人を愛するからだろう。

 誰が喜ぶ。自分達の生活が脅かされていると聞いて。たしかにそれを守るために戦う存在がいる事を聞けば希望となり得る。だが、それは希望と同時に絶望への光でもある。彼らが倒れればそこまでなのだ。アリサはその事を理解しその決断に納得した。

 

(だから、知られないように戦ったんだ。知らないままで終わるなら、それがいいって考えて……)

 

 そこまで思い、アリサは呆れた。正気の沙汰じゃない。どう考えても絶望だ。自分が倒れればそこで終わり。助けも期待出来ない。そんな状況で命を賭けて戦うなんて馬鹿げている。そう考えたのだ。

 だが、それを心から否定出来る程アリサは捻くれていない。嫌と言う程分かるのだ。その気持ちが、その考えが。自分がもしそうなったらと仮定すれば、きっと自分はなのは達を頼らない。知られないようにするはずだ。巻き込みたくないから。

 

 そう結論を出したアリサはふとある事を思いついた。もっとこの仮定をし易い相手がいると気が付いて。

 

「……ね、雄介さん」

「何?」

 

 だから聞きたくなったのだ。目の前にいる仮面ライダーに。自分達の絆を深め、なのは達を助けてくれたヒーローに。

 

「雄介さんなら、どうするの?」

 

 クウガならどうするのか。いや、五代雄介ならばどうするのか。彼の戦いをおおまかとはいえ聞いたすずかは、その問いをどこか息を呑んで見守っていた。そんな二人に五代はあっさり答えた。

 

「話してみる」

「「え?」」

「言葉は通じるし、元は同じ人間だし、それに同じ体になった仲間だからさ」

 

 五代は知らない。歴代のライダー達が戦った相手のほとんどは、脳改造を施され組織に忠誠を誓わされている事を。しかし、それでも彼はそうしただろう。意思疎通が出来るのなら、分かり合う事は可能だと信じて。

 そう、五代は知らないが過去にいたのだ。悪の怪人でありながら正義の心に目覚め、ライダーと共に戦った者達が。彼らも闇より生まれし存在。だからこそ光を目指したのだ。かつて、仮面ライダーこと本郷猛はそう言ったのだから。

 

「それでも無理な時は……戦う、しかない……かな」

 

 自分の手をもう一つの手で包むようにしながら、五代はそう締め括った。彼は、まだ拳を振るう事に嫌悪感がない訳ではない。しかしそれは決して恥ずかしい事ではない。むしろ誇る事なのだ。誰かに力を振るう事に何の疑問を抱かなくなっては、仮面ライダーはライダーではなく単なる生物兵器に成り下がってしまうのだから。

 

 五代の言葉を聞いたすずかとアリサは若干の間の後で揃って謝った。アリサは五代の気持ちを考えず、そんな事を尋ねた事を。すずかはそれを止めず聞いてしまった事をだ。それに五代は気にしなくていいと笑った。

 

「別にアリサちゃんは軽い気持ちで聞いた訳じゃないし、すずかちゃんもそうじゃなかったはずだから。例えそうだったとしても、こうして謝る事が出来るなら俺は構わないよ。大切なのは悪い事をしたら謝れる事だと俺は思うし」

 

 笑顔とサムズアップを見せての五代の言葉に二人もそれを返して笑みを浮かべる。これが五代とゴウラムの再会初日の大きな出来事だった。

 

 そして、ゴウラムはこの日から月村家に生息するようになる。生息というのは、科警研と違うからかゴウラムが庭を動き回っているからだ。ちなみに餌は何だとイレインに聞かれた五代が金属と答えると、昆虫図鑑を読んで備えていたファリンがかなり残念がっていた事を追記しておく。

 

 

 

「どうだい?」

「凄く高いです! こんなに違うんですね、眺めって」

 

 光太郎の肩に乗り、エリオは目を輝かせて答えた。ここ、ハラオウン家に光太郎とエリオが来てまだ一週間。それでも、光太郎はリンディやアルフの手助け、それにたまに顔を見せるフェイトの助言などもあり、エリオとこうして良好な関係を築く事が出来た。

 それには光太郎の性格やエリオの素直さ、それに数少ない同性というのも大きく関わっている。ハラオウン家の男性はクロノしかいなかった。だが彼は次元航行艦の艦長をしているため、長期に渡り家にいない。つまり、本来ならばエリオは遊び相手としてアルフしかいない状況となっていたはずなのだ。

 

 フェイトがエリオを引き取る事を躊躇していた要因の一つがそれだった。だが、光太郎という兄のような存在が共にいられる事になったので現状へと相成ったのだ。

 

「よ~し、次は少し走ってみるからね」

「えっ? 走るって―――っ!?」

 

 エリオが問いかけようとした瞬間、光太郎は彼を肩車したまま庭を走り出す。それに驚いて思わず光太郎にしがみつくエリオだったが、徐々にその速度や状況に慣れたのか閉じていた目を開けて目の前の光景を見てみた。周囲の景色が飛ぶように流れていく。その光景を見てエリオは驚いていた。

 

(凄い……肉体強化もしないでこんな事が出来るんだ……)

 

 エリオは光太郎から出会った時に魔法が使えないと聞いていたのだ。その証拠に念話さえ出来ない。だが、フェイトは光太郎をこうエリオに紹介した。

 

―――きっと、ミッドでも五本の指に入るぐらい強い人だよ。

 

 それを今エリオは実感していた。そして同時に思う。魔法が使えなくても、こんなに速く動く事が出来る人がいる。なら、自分も頑張れば光太郎ぐらいになれるのではないかと。加えて自分は魔法が使える。それと一緒に体も鍛えれば光太郎ぐらいにも、それを超える事も出来るかもしれない。

 そんな風にエリオは考えた。そして、光太郎が速度を落として止まったのを確認してからこう切り出した。そこに自身がフェイトと出会ってからずっと抱いている想いを込めるために。

 

「光太郎さん」

「どうしたエリオ君。やっぱり怖かったかな?」

「いえ……あ、確かに最初は怖かったです。でも、光太郎さんがしっかり足を持ってくれたの分かった後は全然怖くなかったです!」

 

 エリオがそう言うと、光太郎は嬉しそうに笑みを返す。それにエリオも笑みを返すが、すぐにそれを消してあるお願いを告げた。

 

「それで、お願いがあるんです」

「お願い?」

 

 エリオはどこか不思議そうな光太郎に意を決して言った。自分も光太郎のように強くなりたい。だから、色々と教えて欲しい。そうはっきり告げたのだ。

 それに光太郎は驚きを見せるも、エリオの顔を見て単なる憧れや思いつきで言っている言葉ではないと理解し少し悩んだ。彼の身体能力は改造されたための物。決して努力で身につけたものではないのだ。

 

 それを話すべきか否か。そう、このままではいつかエリオの期待を裏切る事になる。かといって教えれば、それはそれでエリオの折角の決意に水を差してしまう。

 

(どうすればいい。どうすればエリオ君の気持ちを裏切らず、無駄にせずに済む……)

 

 光太郎がそんな風に思い悩むのを見て、エリオの顔に不安の色が出始める。自分の頼みが光太郎を困らせてしまったと、そう思ったからだ。故にエリオはエリオでどうしようかと考える。何とか光太郎に頷いて欲しい。だが、あまり無理を言い過ぎて嫌われたくないのだ。

 そんな風に二人して思い悩んだ結果、先に答えを出したのは光太郎だった。光太郎は一旦エリオを肩から下ろし、しゃがんで視線を合わせた。まず確かめなければいけない事があったのだ。

 

「エリオ君は、どうして強くなりたいんだい?」

「えっと……僕、もう少し大きくなったらフェイトさんのお手伝いがしたいんです」

「それで?」

「だから強くなって……フェイトさんを守りたいんです。ううん、アルフやリンディさん達も、大切なみんなを守れるようになりたいっ!」

 

 エリオはそう力強く言い切った。その眼差しはどこまでも真っ直ぐで、曇りのないもの。その純粋な瞳と想いを聞いて、光太郎は嬉しそうに頷くとエリオにこう言った。

 

「分かった。俺が教えられる事は教えるけれど、それで必ず俺のようになれる訳じゃない。それだけは忘れないで欲しい」

 

 それにエリオは嬉しそうに頷き、光太郎はそれに頷き返した。そしてこの日から光太郎はエリオと簡単なトレーニングを開始した。唯一エリオがやる魔法訓練は、光太郎自身も魔法を知らない上によく分からないのであまり何か言う事はしなかった。

 しかし、それでも安易にそれに頼る事はしないようにとだけは強く言い聞かせたのだ。どんな時でも、最後に自分を助けるのは力ではなく諦めない気持ち。それをゴルゴムやクライシスとの戦いで理解しているために。

 

 それにエリオも頷き、トレーニングに励んだ。光太郎は腕立てや腹筋などを子供でも無理なく出来る程度のレベルでやらせた。簡単な格闘術も教え、軽い手合せなどもしたのだ。

 勿論鍛えるばかりではなく休憩や休みの日も設け、その際はエリオと疲れてクタクタになるまで遊んだりもした。更にエリオへ色々な話も聞かせ、その知識を広げてもらおうとしたのだ。

 

 フェイトを守る事は、必ずしも管理局に入る事だけではない。そう考えた光太郎は、自分がやっていたヘリパイロットの話もその一環として聞かせた。それだけではない。自身の仲間達の職業であった料理人やカメラマンなども直接的には助ける事は出来ないが、やりようによっては十分フェイトの助けになれると考えて。

 

 そして、光太郎にとってこのハラオウン家はある事を思い出させるには十分な程温もりに満ちていた。リンディが、アルフが、エリオがいる。常に賑やかで温かい笑顔が溢れていた。更に、いずれはクロノとエイミィもフェイトと共にそこに加わる事になるのだから。

 

(……おじさん達の家を思い出すな、ここは。茂君やひとみちゃんは元気にしてるかな……)

 

 ゴルゴムを倒した後、身を寄せた温かい家庭。そこの記憶が光太郎に楽しかった思い出と、悲しく辛い思い出を同時に思い出させる。

 何故なら、世話になった佐原夫妻はクライシスの最後の怪人であるジャークミドラによって殺され、帰らぬ人となったのだ。残された子供である茂とひとみは、光太郎の仲間の一人である的場響子に引き取られ、今もどこかで平和に暮らしているはず。そう光太郎は確信していた。

 

 そんな光太郎の目の前では、アルフが美味しそうに肉を食べ、エリオはリンディに今日の事を聞かれて笑みを浮かべながら答えている。そんな団欒を見て光太郎は思った。

 これを守るためにエリオは強くなりたいと思ったのだと。それは、とても尊い気持ち。誰かのために強くなりたい。それは、自分達仮面ライダーにも言える事だ。そう思った光太郎は、内心誓う。

 

(今度は、前回のようにはならないぞ邪眼。必ず俺が倒してみせる。仮面ライダーBLACK RXが!)

 

 決してこの平和を壊させはしないと。未だ居場所分からぬ邪眼。その復活がいつかは分からないが必ず倒す。今後こそ二度と復活出来ないように。そう強く誓って光太郎は密かに拳を握った。

 

「光太郎さん、お代わりはどうです?」

「あ、すみません。じゃあ頂きます」

「結構食べるよねぇ、光太郎ってさ」

「そういうアルフもだと思うよ?」

「お、言うようになったねエリオ。このこの」

「や、やめてよアルフ。く、くすぐったいからっ!」

 

 そこから始まるアルフとエリオのじゃれ合い。それを見て楽しそうに笑う光太郎とリンディ。こうして今日もハラオウン家の夜は過ぎていく。本来よりも早い賑やかさと少年の笑い声を響かせて……。

 

 

 涙を浮かべ、立ち尽くす赤髪の少女。その名はヴィータ。同じように立ち尽くす桃色の髪の女性と金髪の女性。彼女達はシグナムとシャマルだ。そして、銀髪が美しい女性もまた、同じように呆然と立ち尽くしていた。そんな彼女の名はリイン。

 そんな四人の様子に驚きを感じている者がいた。リインの妹にして八神家の末っ子ツヴァイだ。その彼女の見ている中で、ただ一人屈強な男性だけがツヴァイの隣にいる少女と男性に声を掛けた。

 

「遅かったな、翔一」

「ただいま。ザフィーラさんも元気そうでよかった」

「し、翔一―――っ!!」

 

 翔一の声を聞いた瞬間、溜めていた涙を流してヴィータが飛びついた。それをびっくりしながらも受け止める翔一。それを契機にシグナムが、シャマルが、そしてリインが動き出す。はやてとツヴァイはそんな四人に笑顔を見せていた。

 ティーダによって再会を果たしたはやては、家族全員に何としても今日の夜は家に帰る事と厳命した。それがどういう意味かは分からず、疑問を感じながら帰宅した守護騎士達。そんな彼らを待っていたのは、リビングではやてやツヴァイと微笑む翔一の姿だった。

 

 そのため、しばし呆然となったのだ。これは夢か幻かと。そしてザフィーラの言葉に答えた声を聞いてそれが現実だと理解したと言う訳だった。ある意味で止まっていた時間が動き出し、彼女達の感情を揺り動かして。

 

 ヴィータが泣きつきながら翔一の胸を叩き続け、シグナムとシャマルは涙を拭いながらその無事を喜んだ後、軽く文句と共に彼をこついたり抓ったりしていた。一人リインだけは涙を浮かべて翔一の前に立った。

 

「直接会って礼を言いたかった。本当に、ありがとう……」

 

 それだけ告げるとリインは静かに涙を流す。ザフィーラははやての傍へ行き、家族達の様子を嬉しそうに眺めている彼女へ小さく告げた。

 

「信じて待った甲斐がありました」

「せやな。わたしも同じ気持ちやった」

 

 そう返してはやては翔一達を見つめながら思い出す。自分がクロノに呼ばれて、ツヴァイと共にアースラの艦長室を訪れた瞬間を。

 

(ほんま、頭が真っ白になったんは、翔にぃがいなくなった時以来やったからな……)

 

 居なくなった時受けた衝撃。それと同じ衝撃を持って翔一は帰ってきた。そうもう一度思い返し、はやてははっきりと告げた。

 

「お帰りなさい、翔にぃ!」

「……ただいま、はやてちゃん。それに、ヴィータちゃん、シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさん、リインさん」

「お姉ちゃんもリインなら、リインはどう呼ぶですか? それにリインにもただいまって言ってほしいです!」

 

 翔一の呼び方に疑問を投げかけるだけでなく呼ばれなかった事にツヴァイがそう怒って言うと、翔一は両手を合わせて謝った。そして彼女へもただいまと言ったのだ。呼び方については”リインちゃん”とする事で決着した。それにツヴァイが満足そうに頷くのを見て、はやて達は笑い声を上げる。

 そこから少々遅いが全員揃っての夕食となった。久しぶりの翔一の料理にはやて達は懐かしさを感じている中、唯一ツヴァイだけが初めて味わう美味しさに感激していた。それにはやてが、翔一がレストランで働いていた事を教えるとツヴァイは納得した。その様子に翔一が出会った頃のはやてを重ねて優しく微笑む。

 

 その後もはやて達が翔一がいない間の話をしながら食事は進む。そんな時、はやてがふと思い出して告げた言葉で翔一は自分のしなければならない事を思い出す事となる。

 

「あ、そうそう。翔にぃのバイクもちゃんとこの家にあるんよ」

「そうなんだ……って、バイクで思い出した。クロノ君から聞いたけど五代さんも戻って来てるんだよね?」

「うん、そうや。今は海鳴のすずかちゃん家に戻ってる」

「俺、五代さんに渡す物があるんだ。それ、渡しに行きたいんだけど」

 

 翔一の言葉に全員が不思議そうな表情を浮かべると視線を彼へ向けた。それに翔一は自分がティーダの世話になる前の話。つまり科警研での話をするとはやて達の表情が変わっていく。そう、息を呑みながらだ。

 その雰囲気に翔一が戸惑っていると、はやてが説明したのだ。五代が帰還した際に話した内容を。しかも、そこで過ごしたのは一日にも満たないのに、こちらでは五年以上が経過していた事もだ。

 

 それを聞いて翔一は同じだと確信する。そして更に共通しているのは、二人共に新たな力を連れて来ている事。それは、五代の言葉を借りるなら闇の力に対抗するためとはやては告げた。それを聞き、翔一の表情が険しくなる。彼にもその闇の力に心当たりがあったのだから。

 

「それって……まさかっ!?」

「うん、五代さんも邪眼の事や言うとった」

「あたしらもそう考えてる」

「闇の書の闇さえ飲み込んだ相手だ。そう簡単には死なんという事らしい」

「私達も、色々と調べてはいるんだけど……」

「手掛かり一つ見つからん」

 

 はやての言葉をキッカケに、ヴィータが、シグナムが、シャマルが、ザフィーラがそう告げていく。そんなどこか辛気くさい空気を変えるべく、ツヴァイが明るく言った。

 

「大丈夫です! リイン達には、仮面ライダーが三人もいるですよ!」

「そうだな。ツヴァイの言う通りだ。主も翔一も元気を出して。皆も暗い顔をするな」

 

 そう言ってリインは笑ってある仕草をする。それに全員が笑顔を浮かべてそれを返した。それは、サムズアップ。希望を与える彼らの合図。どんな状況でも諦めず、必ず勝利をもたらす”魔法”。と、そこで翔一ははやてに尋ねた。

 

「はやてちゃん、さっきリインちゃんが言ってたけど仮面ライダーが三人って俺と五代さんと誰?」

 

 それにはやてが嬉しそうに笑みを見せると、こう言った。五代が連れてきた光太郎という男も仮面ライダーなのだと。しかも、その名は翔一が知っている存在。そうはやては告げて笑うと家族達を見渡した。

 

「その名は~……」

「「「「「「仮面ライダーBLACK RX」」」」」」

 

 はやての区切った意味を理解し、六人はそう続けた。その響きを聞いて翔一は驚きと同時に喜んだ。自分が出会った仮面ライダー。それが手助けに来てくれたと、そう思ったからだ。しかもRXはキングストーンを持った存在。つまり、クウガと同じく邪眼を封印出来る可能性を持っている事も考えられる。

 

 そこまで考え、翔一は確信した。自分が戻った理由。それは二人の支援をするためだと。邪眼が狙うキングストーン。それを持つクウガとRXの支えになる。それがアギトの役目なのだろう。そう感じたからだ。

 それともう一つ。この八神家の者達に会うためだとも思った。突然の別れではなく、今度別れる事があればきちんと言葉を交わして別れるために。そう考えて翔一は心に誓う。仮面ライダーアギトとしての誓いを。

 

(絶対に、今度こそ邪眼を倒してみせるんだ。仮面ライダーとして、必ず!)

 

 

 

 ジェイルラボの研究室。そこでジェイルは一心不乱にあるデータを調整していた。しかし、その画面に”Error”と表示される。それにもめげず、ジェイルは再び打ち込みを開始するもまた同じ事が起きる。それは、ジェイルが龍騎に渡したい力のための作業。だが、それは一向に進まない。その原因というか理由はジェイルも把握している。

 

「やはり無理なのか……ベントカードの製作は」

 

 ジェイルが創ろうとしているのは、新しいベントカード。それを決意したのは、真司に聞いたサバイブの力の一端。龍騎だけではなくドラグレッダーも強化されて別の姿に変わるのだと真司は教えた。それを聞いたジェイルは色々と考えた結果、龍騎の強化はその体ではなく使う力にしようと思ったのだ。

 故にベントカードを新しく作ろうとしているのだが、中々上手くいかないのが現状だった。手法としては、実際のベントカードのデータを使い、それを変化もしくは強化しようとしている。しかしそれが成功しないのだ。

 

 ちなみに目指しているのは、真司があったらいいなと言った他のライダーの物。主にトリック等の特殊系のカードだ。だが、それを真司の抽象的な説明だけで再現するのは難しく、現状で可能だと思うのは現在ある物のコピーが精一杯だとジェイルは考えている。

 それと、ブランク体の完全再現までは未だに実現していないが既にある程度までなら終わっていた。現在残った一番の問題はその装着プロセスをどうするか。即ち変身方法だった。瞬間的にしようとすれば、バリアジャケットとなり魔力が必要になる。それでは意味が無いのだから。

 

(元々魔力無しの人間用にと考えているからねぇ)

 

 未だにどうしても変身だけが壁になっているのだ。現状は完全にバリアジャケットで、その強度が従来より二割ほど高いだけ。どうしてもそれが限界なのだ。それ以上を望むと完全再現が不可能になる。

 ただ、これを実際に装着する事に変えると全てが解決出来るのだ。ただ、その分重量や持ち運び等で改善点はある。しかし、それならば強度は実現可能な段階にあった。

 

 そこまでを考え、ジェイルはため息を吐いた。簡単に行くと思っていた事が中々行かない。だが、それにイラつく事はない。真司が自分の世界に帰る日はまだ遠い。それまでに完成させればいい。そう思っているからだ。

 既にライダーシステム自体の解析は順調に進んでいるし、最高評議会もジェイルが仕事を選別しているのを知って以降は興味を持ちそうな物を送ってきているため進みもいい。だが、それも今のジェイルにしてはそこまで興味をそそるものではなかったが。

 

「前途多難だねぇ……」

 

 そう呟くジェイルは、どこか楽しそうに笑っていた。こんな苦労も人生のスパイスさ。そんな風にさえ取れるような表情で彼は伸びをする。無限の欲望はその方向を知らずみんなの笑顔のために向け出していた。

 

 

 その日、ラボに珍しく、いや初めて客人がやってきた。その名は、トレディア・グラーゼ。ジェイルの考えていた計画の同志だ。その彼がここに来たのは、ある事実を確かめる事だった。

 

「……では、本当にクーデターは中止と?」

「ええ。もうドクターには、いえ私達にはそんな気持ちはありません」

「それどころかぁ、今ではマリアージュは私達の敵ですねぇ」

「貴方の考えも分からないではありません。しかし、我々は平和に暮らそうと決めたのです」

 

 信じられないといった表情のトレディアに、ウーノが、クアットロが、トーレが告げる。その後ろには微妙な表情の姉妹達がいる。真司もそこにいたが、彼はトレディアを知らないため、疑問を感じてばかりいた。

 何故ここにジェイル達以外がやってくるのか。そして、クーデターを起こして欲しいと言わんばかりの言い方や雰囲気が真司にどこか嫌悪感を感じさせた。

 

(何でこの人は平和に暮らす人達を苦しめようとするんだ? 管理局って警察みたいなところなのに……)

 

 既に真司は管理局の事を簡単ではあるが教えてもらっている。次元世界の治安維持をし、犯罪者達を逮捕したり裁いたりする組織。つまりは地球で言う警察みたいなものだと。そして、ジェイルに戦闘機人を作るように言ってきたのはそこだとも。

 

 真司はそれを聞いて驚いたものだ。警察が犯罪者に協力を頼み、しかも内容が人体改造と同義だったのだから当然と言える。それについて感じた事を真司が告げると、ジェイルは呆れるように言ったのだ。

 どこでもある事だと。完全真っ白な正義なんてない。どこかで汚れていても、それに気付きもしないのが”正義の味方”の正体だ。そう嘲笑うかのようにジェイルは真司へ答えたのだ。そんな事を思い出している真司の目の前ではトレディアがウーノ達の言葉に表情を歪めていた。

 

「……そうか。それでどうするんだね?」

「貴方を止めるべきなのかもしれませんが……」

 

 トレディアにそう言って、ウーノは視線を彼から逸らす。そして、そのまま視線を真司へ向けた。それに真司は少し驚くも、何となくウーノは自分の意見を求めているような気がして小さく頷いてみせる。

 すると、それにウーノが微かに笑みを見せて頷き返した。真司は意を決してその場から歩き出し、ウーノの隣へ向かう。トレディアはラボにいないはずの部外者然とした真司の存在にやや驚いたようだったが、その視線を鋭くしてその顔を見つめた。

 

「初めまして。俺、城戸真司って言います」

「……トレディア・グラーゼだ」

 

 やや緊張した面持ちの真司。それに対し、威圧感を放つトレディア。そんな二人を見つめるナンバーズ。それでも真司は臆する事なく自身の考えを告げた。

 

「何でクーデターを起こしたいかは知らないですけど、それで何が起きるか考えた事があるんですか?」

「何?」

「革命って、確かに俺のいた世界でも何度かあった。でも、それで亡くなった人が沢山いる。その頃は、言論の自由とか表現の自由とか無かったから仕方なかったのかもしれない……。でも、ここは違う」

 

 真司はそう言ってトレディアを見据える。それにトレディアも強い視線を返す。その眼力に負けないと心で強く思い直し、真司は続けた。

 言葉で変えられる事が出来る。思いをぶつける事で分かり合う事は出来る。犠牲を出さずに、誰かを死なせずに、世界を動かす事は出来る。理想論でしかない。でも、真司はそれを心から信じている。

 誰だって死にたくないし、親しい相手が死ぬのも嫌だ。それを考えれば、どうして犠牲を出そうとするのか。そう真司は問いかけた。それに対しトレディアは躊躇う事なく答えを放つ。

 

「綺麗事で世界は変わらん。現に、今も私がいた世界は内戦の真っ只中だ」

「それでも! それでも俺は殺しあうべきじゃないと……思う。だって……」

 

 その真司の言葉に全員が視線を向ける。それを受け、真司は何かを決意したように息を軽く吐いて言い切った。

 

「憎しみは、憎しみと空しさしか生まないから」

 

 真司は心からそう告げた。ライダーバトルで何度となく見せられてきた人の業と性。その罪深さや醜さを知りながらも、真司は人を信じている。愛する人のために自身の命を賭けられる強さを、見も知らぬ人達のために己の存在を消し去ってもいいと思える優しさを、彼は知っているからだ。

 だからこそ告げる。拳を振り上げる前に、言葉を尽くそう。振り下ろす前に、相手の言葉を聞こう。最後の最後まで分かり合う気持ちを無くさないように。真司はそう思ってトレディアに語った。自分がジャーナリストをしていた事を含めて。

 

「決して言葉は無力じゃない。力を振るうのなら、それはいつでも誰かのためじゃなくみんなのためにしないといけないと俺は思います」

「……甘い。そして青臭い考えだ」

「だけど、それが一番良いって誰だって思ってる」

 

 そう真司はトレディアへ即答した。その言葉に思わず返事を詰まらせたトレディアへ真司は駄目おしとばかりに確認した。違いますか、と。その言葉と彼の目を見て、トレディアは一瞬だがその迫力に気圧された。

 真司は言った事は正論。しかし、それが厳しい現実を知らず、見た事もない者が言っている理想論であったのならトレディアは一笑の下に伏しただろう。だが、真司の目はそういう物を見て、感じてきた者の目だった。そんな悲劇や苦痛を知りながらも、まだ希望を捨てない者の目。それは、トレディアには眩しく恐れるものだった。

 

(そうか……スカリエッティが心変わりをしたのは、この男が原因か。希望を、この者が与えてしまった。混乱による改革ではなく、対話による改革という、そんな夢物語を……)

 

 トレディアは知らない。そもそもジェイルは彼の思想に共感などしていなかった。ただ都合よく利用するために話を合わせただけに過ぎなかったのだ。

 それを知るはずもないトレディアでも真司の言葉にジェイル達の説得を断念した。そして、彼は真司へ背を向けるとこう言った。

 

―――君の考えがどこで変わるか楽しみだ。

 

 その言葉に真司は反論しなかった。トレディアはそんな真司に逆に違和感を感じたが、何も言わずにそれで去って行った。この後、本来ならトレディアは発見したマリアージュを起動させた時、それに襲われ死ぬ事になる。

 しかし、それを防ぐ者がいた。そう、龍騎とナンバーズだ。彼らはジェイルが密かにトレディアへ付けていた発信機を使い位置を特定。マリアージュの危険性を聞いた真司が主導し、それを破壊するべく後を追っていたのだ。

 

 ドラグセイバーで斬り伏せられて地を這うマリアージュ。それを見下ろす龍騎の背へトレディアは呆然となりながらも問いかけた。どうしてここにと。それに、龍騎ははっきり答えた。

 

―――理不尽から命を守るのが、仮面ライダーだから。

 

 それは、時に新暦七十三年の出来事だった。



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今はただ、助けるための変身を

ゆっくりと漂い始めるStS編の気配。


 五代が海鳴に戻って一年が経った。その間特に大きな事件もなく、五代達は平和な時間を過ごしていた。なのは達は仕事が忙しいためか会える回数は多くなかったが、それでも時折顔を見せに来た。

 そして、この日もそうだった。はやてが会いに来ると聞いて五代はすずかとアリサと共に出迎えたのだが、そこに予想外の人物が一緒に現れたのだ。

 

「翔一君っ!?」

「お久しぶりです、五代さん!」

 

 はやてと共に現れたのは事もあろうか翔一だった。しかも更に驚いたのは翔一が押して来たバイクにある。そう、それは五代にとってもう見る事はないと思っていた物だった故に。

 それを翔一は笑顔で五代へ見せた。それを確認し、五代は心から驚いたと言った表情を見せ、大声で叫んだ。

 

「これ、ビートチェイサーだよね?!」

「はい。榎田さんから渡してくれって」

「榎田さん?! ちょ、ちょっと待って翔一君。それ、どういう事?」

 

 驚きの連続に五代はそう言って翔一を見つめた。それにはやてと翔一は苦笑し、すずかは五代の口から出た名前に記憶を呼び起こす。アリサは一人置いていかれたようにしており、それをはやてが気付いて事情説明開始。

 それと同じくして翔一は五代へ説明をした。自分があの光で飛ばされた先の話を。そして、そこで託された物を全て。それを聞いて五代は納得し、同時に感謝した。

 

「そっか……そういう事なんだ」

「はい。あ、それで榎田さんから伝言を預かってるんです」

「伝言?」

「はい。ええと……」

 

 翔一はそう言って一枚の紙を取り出した。それはあの時聞いた伝言をメモした物だ。そして、それを読みながら榎田から言われたままの言い方で五代へそれを告げていく。

 

―――何か大変な事になってるらしいけど、負けないでね。あ、それとお土産よろしく。

 

 それは榎田だと五代はすぐ分かった。簡単だが、あの人らしい。そう思って五代は苦笑した。それに翔一は次の伝言を伝えた。

 

―――まったく、本当に完治したかどうか分からないのに変身したらしいな。しかし、山か海かと思ったら魔法の国か……ホントに冒険してるじゃないか。帰って来たらまた体診てやるから。……あまり無理すんじゃないぞ。

 

 それを聞いて五代は笑みを浮かべる。それが誰かもすぐに分かったのだ。相変わらずの言い方だが、やはり自分の身を案じてくれる所は変わっていない。それが五代には嬉しかった。その笑顔を見て、翔一は次の伝言を告げる。

 

―――どうも君は寄り道に縁があるらしいな。そちらの戦い、俺は助けてやれないがこちらの事は心配するな。……そちらの冒険が終わったら、ちゃんと椿に体を診てもらえ。

 

 その言葉も五代には誰からかすぐに分かった。そして同時に心配するなの意味も。きっと、彼はビートチェイサーやゴウラムの事を言っているであろう事を。故に五代は先程と同じように笑みを浮かべた。翔一はそれに頷いて最後の伝言を伝える。

 が、そこで翔一が若干困り顔をした。それに五代だけでなくはやて達も不思議そうに小首を傾げた。一体何故そんな顔をするのだろう。それが彼らの表情から理解出来た翔一はその理由を告げた。

 

「えっと、たった一言なんです」

「えっ?」

「……窓の鍵、開けとくから」

 

 その翔一の言葉に五代以外の全員が疑問符を浮かべた。今まではどれも五代を励ましたりする内容だったのが、急にまったく関係ないものに変わったからだ。しかし五代だけはその言葉に心から嬉しそうに笑顔を見せる。

 それを見て翔一達は益々疑問を深めた。どこが五代を笑顔にさせたのかまったく分からなかったからだ。当然だろう。この伝言の意味は五代と伝言を告げた彼女にしか分からないのだから。

 

「そっ……か。……うん、そうなんだ……」

 

 故に五代はその一言だけで嬉しかった。彼は知らない。あのダグバと決着を着ける前に会いに行った日の事を。降りしきる激しい雨の中、去り行くその背中を見つめて彼女がそれを消え入るような声で告げていたのを。あの時伝えられなかったであろう想い。それをそこに込めて彼女は五代へ伝えたのだ。

 彼女は五代をクウガとして支えてくれた者達と違い、クウガになる前から支えていた存在。その相手からの何にも負けない励ましと信頼。それがその言葉だと五代は知っているから。

 

 そんな五代に色々と聞きたい気持ちになる翔一達だったが、それを聞ける程彼らは雰囲気を読めない訳ではない。結局五代にその言葉の意味を聞けず終いだった。

 

「あ、それと……妹さんだけは、時間が深夜だったから仕事の関係で電話出来なかったって榎田さんが……」

「そっか……うん、みのりはそうだね。朝早いだろうし、あいついつも眠そうな顔してるもんなぁ」

 

 妹の伝言が無かった訳にすぐに理解を示し、五代は少し寂しそうに頷いた。それでもすぐに茶化すように言葉を続け、周囲の空気を明るくしようとするのが彼らしい。それに翔一達が苦笑した。妹を捕まえてそんな事を言う五代へ軽い注意などをしながら。

 そんな周囲の反応に五代はみのりの事を簡単に説明して納得させようとする。その事もあり、すっかり雰囲気がいつものものへ戻ってのを感じて五代は笑顔を見せてこう言い切った。

 

「それに大丈夫。みのりもきっと榎田さん達と同じ事思ってるから。帰った時、会いに行って安心させるよ」

「はい、そうですね」

 

 その言葉とサムズアップに笑顔の翔一。だが、はやて達はその言葉に素直に笑う事が出来ない。いずれ来るだろう別れ。それがどういう意味かは彼女達もよく分かっているのだから。

 

 その後、五代ははやてから翔一と三人で話があると言われ、月村家の一室にて話をしていた。それは今後の事を踏まえての話。あの空港火災等の大災害が起きても、管理局は陸や海、空と各部署のしがらみやプライドなどが邪魔して中々連携した動きが取れないでいた。

 しかも、横の繋がりは弱い癖に縦の繋がりはきつく、下の者達の意見や要望は中々通らないのが現実だったのだ。陸には陸の、海には海の、空には空の苦労があり、色々と部署や管轄によって不満がある事もその一因。そうはやては語り、一旦息を吐いた。

 

「……でも、それを全て知っとる人は少ない。陸の大半は海や空に不満を持っとるし、海や空も不満持ち。互いの苦労や現状。それをちゃんと知って物を言っとる人は、残念ながら上層部どころか全体にもほとんどおらん」

「そっか。つまり、はやてちゃん達はそれをどうにかしたいんだ」

「そうなんよ。せめて下の方だけでも横の繋がりを思てな。都合良くなのはちゃんは空の所属。フェイトちゃんは基本海や。で、わたしが陸を中心に動いとるし」

「で、どうにかしてそれらの問題を解決……とまでいきませんけど、改善出来るようにしたいなってはやてちゃん達は考えてるんです」

 

 はやてと翔一の話を聞いて五代は頷いた。どこでも同じような話はある。国だったり、警察だったり、組織と呼ばれるものには付き物の話だ。そこではやてが五代に頼んだのは、クウガとして邪眼退治だけではなく災害などの際に救助活動を手伝ってもらいたいという事だった。

 クウガの力なら、普通なら諦めるしかない状況からでも救える命がある。翔一もアギトの力でそれをすると決めた事を五代へ告げた。そのはやての言葉と翔一の決意に五代は考えた。クウガの力は確かに守るための力だ。それでも、五代はそれをあまり大っぴらに使ってこなかった。

 

 その理由はクウガの異常性。だが、海鳴はともかくミッドならそれもあまり考えなくて済む事をはやてが告げた。仮面ライダーはバリアジャケットかそれに準ずる物とミッドの者達には考えられているらしく、何より光太郎がRXとして人助けをしていて知名度が徐々に高まっているために。

 

「……光太郎さんはそれを何て言ってるの?」

「苦笑いしながら、ミッドの人達は心が広い言うとる」

「五代さんも思い出してください。ほら、昔蒐集を手伝ってた時に魔法生物とか見たじゃないですか。あれに比べたら。少し異形なだけのライダーはそこまで驚かないですよ」

 

 翔一の言葉に五代も以前戦った魔法生物を思い出し納得した。確かにクウガやアギトの方が姿形なら人間に近いからだ。

 

「言われてみればそうだね。で、もしそうなら俺ははやてちゃんと?」

「あ、それなんやけどな、どうしようか迷ってるんです。どっちかって言うと、フェイトちゃんの方がええかなとも思うし」

 

 はやてはそれからこう告げた。現在、フェイトは光太郎と協力し戦闘機人と呼ばれる存在を作り出した相手とその技術を持つ者を捜していて人手が欲しい事を。はやての方は翔一だけで十分な程人手がいる。

 それにフェイトの方は相手が相手だけに仮面ライダーの方が都合がいいだろうと考えている事も告げたのだ。それを聞いて五代は頷いた。いざという時、魔法ではなく肉弾戦で戦えるライダーなら、状況などに左右されない。そう判断したからだ。

 

「それに、災害時もフェイトちゃんの傍の方が色々融通利くんです」

「えっと、執務官だから?」

「そうです。わたしは結局どこかの部隊付きになるから自由には動けないもんで」

 

 はやてはそう苦笑し、小さくため息を吐く。そして静かに語り出す。おそらく五代は、どちらともつかない状態になる可能性が高い事。住居はこのまま月村家で構わない事。有事の際はここの転送ポートから、フェイトからの情報や光太郎の勘、自分の頼みなどで動いて欲しい事を。

 送り迎えの転送魔法は完全フリーとなっているリインがやる事に決まっていた。リインは現在八神家の家事を担当していて局員にはなっていないためだ。

 

 その理由はリインの現状にある。はやての現在のユニゾンデバイスはツヴァイであり、リイン自身は既にお役御免となっていた。それに彼女自身も魔法使用自体は問題ないが、邪眼のせいか魔力量が低くなったため満足に前線で戦う事が出来ない状態となっていた。そのため、はやてがリインに家事を仕込み仕事を与えて現在に至る。

 ちなみに光太郎は恐ろしい程の勘で事故などを未然に防いだり被害を食い止めたりしていた。それを聞いた五代達は揃って驚き、光太郎の勘は良く当たるとフェイト達は頼りにしている程である事をはやては楽しそうに告げた。

 

 こうして五代は初めてハラオウン家を訪れる事にする。それは光太郎にその話をするためであった。そこで再会した光太郎やフェイト、アルフに笑顔を見せると同時に、アルフの子供化に驚いた。エリオにもすぐに懐かれ、結婚式以来となるクロノとエイミィには微笑ましいものを感じ、リンディの変わりのない姿に驚いたりもした。

 そして何かあればリインが来て、ビートチェイサーで一人ミッドを駆ける疾風となる。時に光太郎と、時には翔一と、五代は異世界を疾走する。それは今までと違い、誰かを助けるためだけの戦い。暴力を振るうのではなく、困っている人達を守り、助けるだけの変身だった。

 

 日常ではすずか達の荷物持ちとして働いたり、イレイン達と屋敷の掃除をしたり、更に翠屋の手伝いも継続して行なうという頑張りを見せて周囲に笑顔を振りまいた。光太郎と共にエリオと接する事も進んで行い、元来の子供好きを発揮して五代は彼とも親しくなっていく。

 

 一方、翔一ははやて達と共に様々な場所へ行き、聖王教会のカリム・グラシアや修道騎士でその秘書をしているシャッハ・ヌエラ。更にはカリムの義弟で査察官のヴェロッサ・アコースとも面識を得てその交友関係を広げていく。

 それと、ティーダと同じく翔一が世話になったティアナにもはやてが礼を言いたいと言って共に会いに行き、それが縁で二人は面識を得る事となる。そこでティアナは翔一が約束を覚えて家事を教えにこようかと持ちかけた事に喜ぶも、それはもういいからと断るのだった。

 

 代わりにティアナが翔一へある事を教える。それはルームメイトとなったスバルからクウガの話を聞いた事。それを聞いた翔一はティアナにも意外な所で縁が生まれていた事に驚くのだった。

 そして、彼もまた時にマシントルネイダーでミッドを駆ける。はやてと共に人に知られる事無い事件から大きく知られる事件まで関わりながら人命を守る戦いをするために。

 

 こうしてクウガとアギトもRXと同様に魔法世界に顔と名が知られ始める。それと平行するように彼らは出会う者達との絆や思い出、時には思いもよらない縁などを経験しながら更に時を過ごす。

 そして運命の時は来る。新暦七十五年 四月 機動六課設立。その日、ついに事態が動き出す。

 

 

 

 フェイトから来た久々の情報。それを頼りに光太郎は一人ミッド郊外にある寂れた廃屋へとやって来た。フェイトの説明によればこの廃屋は偽装。その地下に秘密裏で何かの研究が行なわれていると思われていた。

 だが、その決定的な証拠が掴めず、フェイトは仕方なく光太郎へ連絡したのだ。それを聞いた光太郎は嫌な予感を感じ、アルフへ頼みミッドを来訪。RXに変身してアクロバッターを駆り現場へ急行した。

 

(……何だここは……。何か不穏な気配がする)

 

 廃墟となった工場跡地。そこを一人歩きながらRXはそう思った。かつてゴルゴムと戦っていた頃、嫌と言う程感じた嫌悪感。それがここから感じられたのだ。

 工場内のトラップを掻い潜り、地下への通路を発見したRXは階段を下りて地下へ向かう。そして、そこでRXが目にした物は信じられない光景だった。

 

「これは……っ!」

 

 薄暗い通路を歩き、時に出会う研究員や警備員を避け、時に気絶させて進んだ先。その大きな空間にあったのは、人が入ったいくつものケース。それも、中に入っている者は全員同じ顔をしていたのだ。

 その事に気付いてRXはゆっくりとケースへと近付いた。養液に浸かり目を閉じている存在を見つめ、並んでいる他のケースの中へも視線を向けるRX。そしてある事を確かめたRXは痛ましい声を漏らす。

 

「培養されているのか……」

 

 RXがそう呟いてケースに触れた瞬間、突如警報が鳴り響く。それと共に現れる大勢の魔導師と武装した警備員。それを見たRXは改めて理解させられていた。ここで行なわれている事は、命の尊厳を踏み躙る行為。そして、この者達はそれを知りながら加担する者達なのだと。

 RXはこみ上げる怒りを拳に宿す。同じ命ある者でありながら、どうしてそれを道具のように扱えるのか。その怒りがRXの拳を揺らす。それに誰かが気付いたのかRXへ攻撃を開始した。飛び交う魔力弾。そして実弾の数々。だが、それをRXは全てその体に受けながらゆっくりと歩き出す。

 

「貴方達はこれを見ても何も感じないのか。命は全て平等なんだ。それを弄ぶ権利は、誰にもないっ!」

「怯むな! 撃てっ! 撃てぇ!」

「……それが貴方達の、いやお前達の答えか!」

 

 そう言ってRXは地を蹴り跳び上がる。それを撃ち落とそうとするが、RXはその攻撃をものともせず地面に降り立つと同時にそこにいた魔導師達を蹴散らした。意識を刈り取り、怯えて逃げる者達は追わず、抵抗する者だけを気絶させていくRX。

 その間、たった一分。それで三十名程いた者達は全員沈黙或いは逃走した。しかし、逃げた者も今頃は外で待ち構えているフェイトによって捕まえられているだろうと思い、RXはその視線を動かす。その先に見えるのはここの制御をしているだろうコントロールパネルだ。

 

「何か役立つデータがあればいいが……」

 

 そう言ってRXはその体を変化させる。それは機械の体。高熱に強いロボライダーだ。ロボライダーは、その能力の一つであるハイパーリンクを使い、ここのデータを全て洗い出す。

 その中にロボライダーは気になる物を見つけた。それは、PROJECTF.A.T.Eと銘打たれた物。自分の世話をしてくれている少女の名前と同じ響きに何か感じるものがあったロボライダーは、それを詳しく調べ始めた。そして、愕然となったのだ。

 

(そんな……ここにいる者達は記憶なども含め完全なコピーだと言うのか?! そして、これを完成させた人物の名に、どうして……どうしてフェイトちゃんと同じ苗字が入っているんだ!?)

 

 その内容。それは、記憶や外見などをそっくりそのまま写した存在を作り出す事が出来るというものだった。そして、その理論を完成させた者の名もそこには記載されていた。

 その名もプレシア・テスタロッサ。ここまで来て偶然と言える程、ロボライダーは鈍感ではない。フェイトの名前の由来。それがこれだとしたらフェイトは。そう考えロボライダーは悲しげに呟いた。

 

「彼女も……誰かのコピーだと言うのか……」

 

 強い悲しみを感じながらロボライダーは残りのデータに何か他にも気になる物がないか調べ、全て調べ終わったのを確認して体をRXへ戻した。RXは自分が見てしまった内容に強い衝撃を覚えていた。

 改造人間とは違う哀しみ。それをフェイトも背負っている。そして、それだけに留まらない事もここのデータには残っていたのだ。それは、ここの研究内容に関連する事。そう、ここでは秘密裏に死んだ者の蘇生を謳い、多額の金と引き換えで死者のコピーを作っていたのだ。その中にRXが良く知る者の名があったのだ。

 

(エリオ君も……そうだったのか……)

 

 エリオと仲良くなったある時、光太郎は彼の昔話を聞いた事があったのだ。エリオがとても荒れていた頃があった事を。エリオはそれを話してどこか悲しそうに笑っていたのだ。そんな自分をフェイトが助けてくれたのだと。

 その意味、そしてフェイトがエリオを引き取りたいと考えた理由。それをRXは完全に理解していた。フェイトはエリオの真実を知っていたのだと。それ故にその哀しみを理解し、救ってやりたかったのだ。

 

 そこまで考え、RXは拳を握り締める。戦闘機人だけではなかった。この魔法世界には、命の尊厳を踏み躙る物が沢山ある。それはゴルゴムやクライシスとは違い、完全にこの世界の人間が自らの手でやっている事だ。

 それが持つ意味を考えRXは拳を握り締める。命を弄び、死でさえ軽んじるような技術。限りある命の尊さ。それを無視するかの如き行い。悪に脅されてでのものではなく、自らが進んで悪魔の道へ手を出した事なのだから。

 

(どこまでも……人間は愚かにしか生きて行けないのか……)

 

 そんな時、誰かが近付いて来る気配を感じてRXは意識をそちらへ向けて構える。だが、すぐにそれが誰のものかを理解してRXは構えを解いた。そこに現れたのはRXにこの場所の事を教えてくれた相手だったのだ。

 

「良かった。無事だったんですね」

「フェイトちゃん……どうして……」

 

 フェイトはやや慌てた様子でそこへ駆け込んできた。そしてRXの姿を見て安堵したように息を吐く。それを見たRXはある事に思い至った。いつものようにデバイスで連絡するのを忘れていた事に。

 つまりフェイトは、突入してから連絡まであまりにも時間が掛かったため心配してやってきたのだ。そう理解しRXは謝った。少し考え事をしていたら連絡するのを忘れてしまった事を。それにフェイトは軽く笑った。

 

「だと思いました。でも、心配したんですよ?」

「ゴメン。それで……逃げて行った人達は?」

「全員確保しました。研究員も同様です。既に陸士隊が来ていてその引き渡しをシャーリーがしてます。それと、私が許可を出すまで誰も来ませんので姿を見られる心配はありませんよ」

「そう。ありがとう」

 

 そう答えるRXだったが、その雰囲気がどこかいつもと違う事にフェイトは気付いた。そして彼が悲しんでいるように感じ、フェイトはその理由を考えようとしたところで周囲に気付いて言葉を失った。

 それをRXは見ても何も言わない。フェイトは周囲のケースを見て何か小さく呟くとRXへ問いかけた。知られてしまったんですね、と。それにRXは確かに頷いた。

 

「……そうですか。もしかして、エリオの事も?」

「ここに……名前が残っていたよ」

「そう、ですか。私の……本当の母さんが、プロジェクトを完成させたんです」

「本当の……そういう事か」

「はい。今の私の名前はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。でも、母さん達の名前につくのはハラオウンだけですから。もしかして気付きませんでした?」

「いや、てっきり父親の苗字なのかと」

 

 RXの言葉にフェイトはなるほどと納得し、そこからぽつりぽつりと語り出した。自身の出生の理由や生い立ち。なのは達との出会いまでとエリオとの出会い。そして、何故養子縁組の話を受けたのかも。

 

「初めて今の母さん、リンディさんに養子にならないかと言われた時は戸惑いました。そんな発想が私にはなかったんです。最初は受けたら私は母さんの子供じゃなくなるって、そう思ってました。でも、それが間違ってる事にある時気付いたんです」

 

 そう言ってフェイトは懐かしむように笑う。例え養子になったとしても自分がプレシアの娘だった事実は消えない。その証として苗字を残せるし、自分の中には確かにプレシアとの辛くとも嬉しい思い出もあるのだから。

 そう考え、フェイトは最終的にリンディの養子となった。それはそうする事が多くの笑顔へ繋がると思ったから。五代や翔一が守ろうとした笑顔。フェイトも同じように笑顔を守りたいと考えたのだ。勿論自分も笑顔になれると考えて。

 

 それら全てを語り、フェイトは告げた。PROJECTF.A.T.Eの基礎を築いた存在がジェイル・スカリエッティである事を。それを聞いてRXは納得していた。何故フェイトがジェイルを追い駆けるのか。その原動力は自身の存在にあったのだと。

 自身のような創られた命。それを生み出す技術を世に広めようとしたジェイル。それを捕らえ、罪を償わせるのがフェイトの生き甲斐の一つなのかもしれない。そう考えたのだ。

 

 だが、同時にRXはフェイトへ伝える事があった。それは彼自身の事。そう、彼もまた普通の人ではない。その事を告げなければと思ったのだ。フェイトの出生を聞かされた今、自分だけ黙っている訳にはいかない。そうRXは考えていたのだ。

 自身の辛い過去を話してくれたフェイトに対する応えとして己の事を話そうと。それが少しでもフェイトの励みになれば。改造人間の哀しみを乗り越え、強く生きている先輩ライダー達の事を思い出し、RXはフェイトへ語りかけた。

 

「フェイトちゃん。俺も君に聞いて欲しい事がある」

 

 RXは静かに語った。確かにフェイトの生まれた理由は辛いものがある。だが、それでもフェイトはフェイトとして生きていけばいい。仮面ライダー達も、自分の体を本来とは違う物に変えられても尚、そう強く思って生きているのだと。

 改造人間。生まれ持った体を切り刻まれ、作り変えられた存在。自分はそういう存在だとRXは告げた。フェイトはそれに言葉を失う。五代や翔一を知る彼女は、RXも同じように人が不思議な力で変身した者だと考えていたのだ。

 

 だが、衝撃を受けると同時に彼女はRXの優しさと強さに心打たれた。そんな哀しく苦しい事を教えてくれたのは自分に対する励ましと気付いたからだ。そしてそこに含まれたものは同情や哀れみではないと気付いて。

 

(私を私と言ってくれた。なのはと同じだ……)

 

 フェイトの最初の友人であり、親友である少女。それが自身が打ちのめされた時言ってくれた言葉。それをRXも、光太郎も言ってくれた。コピーではない。フェイトはフェイトなのだと断言してくれたと。

 自分とは違う自身の秘密に苦しみ、悩み、哀しみながらも強く生きようとする存在。それが同じ事を言ってくれたのはフェイトにとって嬉しかった。自分も強く生きていけるからと、そう言ってもらえた気がしたのだ。

 

「とりあえず、ここを出ようか」

「そうですね。あ、その前にデータを手に入れて行きます」

「なら俺がそれをやろう。その方がきっと早い」

 

 そう言ってRXは再びロボライダーへと姿を変える。初めて見る光景に驚くフェイト。だが、それに構わずロボライダーはフェイトが手にしていたディスクを受け取り、それを差し込むとハイパーリンクでデータを瞬時にコピーする。

 そしてそのディスクを取り出しフェイトへ手渡した。それを彼女が懐へしまうと同時にRXへと戻るロボライダー。それを眺めてフェイトはやや呆気に取られていたものの、やがて小さく苦笑して歩き出す。

 

「どうかした?」

「いえ、凄いなぁって」

「そうかな?」

「ええ。……でも、それだって望んだ力じゃない。便利とかそんな風に考えちゃいけないんですよね……」

「フェイトちゃん……ありがとう」

(そうだ。そうやって考えてくれる人がいるのなら、俺は人間のために戦い続けられる)

 

 自身が抱き掛けた人への絶望。それをフェイトの言葉が払い除けてくれた。その想いを込めてRXは心から礼を述べた。それにフェイトはやや照れたように笑みを浮かべる。

 静かに歩く二人。黒い仮面の勇者と黒い魔法少女。その背はまるで寄り添うように並んでいた。共に、人に言えぬ悲哀を湛えて。

 

 これをキッカケに二人は益々連携を強めて絆を深めていく。仕事では情報提供役と戦闘役として。家庭では助言役や仲介役として。

 光太郎がエリオの事を相談するとフェイトは魔導師の立場で助言を与え、彼女がエリオの事を相談すると光太郎は男として助言を与えた。

 更にフェイトが新たに出会ったキャロ・ル・ルシエという孤独な少女を引き取った事で流れがまた動く。キャロとエリオの本来よりも早い出会い。それを見て光太郎は増々ハラオウン家に佐原家の面影を見る事になっていく。

 

 そして、彼もまた機動六課へエリオとキャロと共に参加する事となる。それは、彼なりの決意と誓いのために。

 

 

 

 ジェイルラボ内女湯。そこに掃除をする真司の姿があった。トレディアの抱いていた計画は、彼がマリアージュの危険性を自身の身を持って経験した事により破棄された。残ったマリアージュも龍騎とナンバーズによって一体残らず倒され、こうして完全に呪われたロストロギアは消え去ったのだ。

 一番強いと思われた軍団長だけが龍騎を苦しめたが、それでもファイナルベントの前には無力で何も出来ないまま散った。そのデータだけは収集され、ジェイルが何かに利用出来るかもと分析している。

 

 そしてトレディアは全てが終わった事を見届け、真司へある決意を抱いてこう述べて姿を消した。

 

―――君のような存在がいつか世界を変えるかもしれないな……

 

 それに戸惑う真司へトレディアはこう続けた。簡単に武力に頼るのではなく、もう一度だけ誠心誠意心をぶつけて行動してみようと。それを真司は嬉しく思い、自分も出来る限りの事をすると去り行く背中へ誓ったのだ。

 それから既に一年以上。その間、真司は合間を見てこの魔法世界が抱える問題を洗い出し、一つの記事を書き始めていた。決してどこかに媚びるのでも否定するでもなく、今をもっと良くするにはどうするべきか。それを自分なりに持てるだけの力でやってみせようと。

 

「これ終わったら、また続き書かなきゃ」

 

 唯一問題点があるとすれば、既にそれは記事ではなく本のレベルになり始めているぐらいだろうか。真司は問題を書いていくだけでは飽き足らず、それに対する自分の考えや感想。更にはこのジェイル達との日々さえ書き綴っていたのだ。

 それを詳しく知る者はいない。ただ、真司が自室でそういう事を書いている事だけは知っている程度だ。一人ジェイルだけはそれなりに細かい事も知ってはいた。彼は何度も真司からインタビューを受けているために。

 

 そうして真司が鼻歌交じりで掃除をしていると、そこへ誰かが走る音が聞こえてきた。それに顔を上げて視線を向ける真司。すると、現れたのはウェンディだった。

 

「にぃにぃ、手伝うッス!」

「お、そうか。じゃ……」

 

 笑顔で手伝いを申し出るウェンディに真司は嬉しそうに仕事を言いつけようとする。だが、そこへもう一人走り込んでくる者がいた。

 

「兄貴っ! その、アタシも手伝う!」

「おっ! ノーヴェもかぁ。二人共感心感心。でも……もうここの掃除も粗方終わりだしなぁ……」

 

 真司がそう考え出した瞬間、ウェンディとノーヴェが互いに囁き合うように会話を始めた。そう、二人は純粋に真司の手伝いに来たのではなくトーレの訓練から逃げてきたのだ。というのも、二人はセイン達三人が毎晩真司にマッサージをしていると知り、自分達もと思って昨日の昼にそれを行った。

 だがそれをトーレに見られていて、今日の訓練はその憂さ晴らしの意味合いが強い事を察知し、こうして逃げてきたという訳だ。しかも、そのままではトーレが追い駆けてくる事を考慮した二人は、ここへ来る途中ある者達を人身御供にしたのだ。

 

「……今頃、代わりに双子がやられてるのか」

「そッス。後でオットーやディードに謝った方がいいッスね……」

 

 そう、二人は洗濯を終えた双子を見つけ、訓練場へ行って急用が出来たとトーレに伝えて欲しいと頼んでいた。素直な二人はそれに頷き、仲良く訓練場へ向かって行ったのは言うまでもない。

 それを思い出し、揃って手を合わせるノーヴェとウェンディ。それを気付かず、真司はやっと良い事を思いついたと言わんばかりに二人へ告げた。

 

「じゃ、二人は男湯の掃除を頼む。俺、やる事あるから」

「りょ~かいッス」

「分かった」

「頼んだぞ~」

 

 真司の指示に従い、二人は隣の男湯へ向かう。まずノーヴェが脱衣所を、ウェンディが浴室を掃除する事にして動き出した。既にその脳裏からはトーレの事などを追い出して。

 

 一方、訓練場でトーレはオットーとディードが倒れ伏しているのを眺めていた。その表情は少し申し訳ないとばかりに曇っている。そう、二人はついさっきまでトーレに無理矢理訓練に付き合わされていたのだ。ノーヴェとウェンディに頼まれていた伝言をトーレに伝えた二人は、何故かそのまま訓練へなだれ込まされたために。

 二人としてもする事はなかったので構わなかったのだが、いつも以上にトーレが厳しい訓練を強いてきたので堪らずへばってしまったと言う訳だった。さすがにトーレも悪い事をしてしまったと思ったのだろう。その近くへ静かに近寄ると二人へ謝りを入れたのだ。

 

「すまんな、オットー、ディード。私とした事がついやりすぎてしまった」

「いえ、僕らがまだ未熟なだけです……」

「はい。お姉様が気にする必要はありません」

 

 横たわりながら二人はそう答えた。その表情はそれが本心からの言葉だと物語っている。それに余計トーレは心苦しいものを感じ、少し待っていろと告げてISを使ってその場から去った。それに疑問を浮かべる二人だったが、そのまま言われた通りそこで待っていた。

 すると、トーレが手にタオルとドリンクを二人分持って戻ってきたのだ。そして二人へタオルを手渡し汗を拭かせる。そしてタオルを回収するのと引き換えにドリンクを手渡した。

 

「ありがとうございます、姉様」

「わざわざこんな事までしてもらって……」

「いや、これは私なりの詫びだ。だから気にするな」

 

 そう言ってトーレは苦笑した。真面目な二人に教育しているのがあの真司だと思い出したのだ。故にこう告げた。二人も少し真司のように肩の力を抜いた方がいいかもしれないと。その言葉に二人は互いに見つめ合い、その言葉を理解して苦笑した。

 真司は肩の力を抜いた状態というより、常に力を抜いたようにしか見えないために。だからこそ苦笑い。あれは真司だからこそ出来る事だろうと思ったからだ。その二人の考えを察したのか、トーレも笑う。

 

「ま、適度に脱力しろという事だ。いつも全力というのもいいが、時と場合を考えて力を入れるようにな」

「「はい、分かりました」」

「ああ。しかし……お前達はそのままの方がいいかもしれんな」

 

 笑みを浮かべて返事をする二人を見て、トーレはやや力を抜いた姿を想像し、そう微笑んで呟いた。それは紛れもなく姉の顔。その優しい顔に二人も微笑む。そんな穏やかな雰囲気漂う訓練風景だった。

 

 時刻は過ぎて夕方になり、ジェイル達が食堂へ姿を見せ始めた頃、最早厨房となったキッチンでは夕食の支度が行われ慌ただしさを増していた。だが、そこでリーダーシップを発揮しているのは、チンクでもディエチでも、ましてや真司でもなかった。

 

「チンクはシチューの仕上げをお願いね。ディエチ、パンは焼けたら適度な大きさに切って頂戴。セイン、セッティングは終わった?」

「終わったよ、ドゥーエ姉」

 

 そう、次女であるドゥーエが一手に取り仕切るようになっていたのだ。真司はドゥーエが戻ってきてからというもの、男子厨房に入らずとばかりに料理から遠ざけられていた。実は、真司がレシピ自体をドゥーエやディエチに伝え、とっておきの餃子さえ既にチンクへ伝授していたため彼がやる必要性が薄れたためなのだ。

 そして、それ以来キッチンはドゥーエを中心にチンク、ディエチ、ディードが料理番をしていて、セインやノーヴェにウェンディがお手伝いとなっていた。オットーやセッテもしない訳ではないが、主だったのはそういう顔ぶれだった。

 

 そんなキッチンの喧騒を聞きながら、真司は真剣な表情でキーボードを叩いていた。それを横から眺めるウーノやクアットロ。セッテは後ろに立って見つめ、更にオットーとジェイルがその横から見つめる。唯一トーレだけは興味はないとばかりに無視していたが、その視線がチラチラと真司を見ているので本心は異なるようだ。

 そんな視線を気にも留めず、真司は文章を綴っていく。今真司が書いているのは、ジェイル・スカリエッティの悲劇とその原因と銘打たれた章だ。如何にしてジェイルが犯罪者となってしまったのか。何故そうなる事になったのかを真司なりに考え、実際の触れ合いを通じて思った事や感じた事などを書き記していた。

 

「……だ~! 駄目だ! これじゃ……ちゃんと書き出せてない」

 

 突然真司が上げた大声に視線を向けていたジェイル達が一斉に驚き、その場で少し体を仰け反らせた。丁度それを合図にしたかの如く料理を持ったノーヴェ達が現れる。その匂いに真司は意識をそちらへ向け、嬉しそうに笑った。

 

「おー、今日はシチューか」

「そうッス。きのこと野菜のクリームシチューッスよ」

「あ、後ディエチとディードが焼いたパンもあるから。よければシチューをつけてどうぞってさ」

 

 テーブルにシチューが入った皿とパンを置きながら二人がそう言うと、それをキッカケにジェイル達も席に着く。そして残りの皿を持ってドゥーエ達が現れ、いよいよ待ちに待った食事の時間となった。

 全員が席に着いたのを確認し、真司は手を合わせる。それに全員が続いて手を合わせた。

 

「「「「「「「「「「「「「「いただきます(ッス)」」」」」」」」」」」」」」

 

 そして始まる楽しく賑やかな食事。ノーヴェがかっ込むように食べれば、セインとウェンディはそれを見て女の子らしくないとからかい、それと対照的に淑女のようなディードとドゥーエやウーノは静かにシチューを口に運ぶ。

 クアットロはジェイルと今後の活動について話し合いながら香ばしいパンを手に取り、ディエチはオットーからパンの味を誉められ照れ笑い。トーレは魚か肉が欲しいと呟き、チンクが同じ事をセインが言っていた事を苦笑混じりに告げる。セッテはシチューにパンをつけて食べ、その熱さに軽く息を吐きながらも笑みを見せる。

 

 そんな平和な光景。だが、シチューを食べながらそれを見た真司が零したふとした言葉が波紋を起こす。

 

「旨いな、今日の飯も。もう俺がいなくても大丈夫だな」

 

 その瞬間、一切の音が消えた。先程まで聞こえていた会話などが全て止まり、全員の視線が真司へ向いていたのだ。

 

「え……何? どうしたんだよ」

「真司兄……どっかいっちゃうの?」

 

 突然の状況に訳が分からずうろたえる真司だったが、涙目で告げたセインの言葉にようやく理解した。周囲が自分の言った考え無しの一言を気にしている事を。彼はただ冗談のつもりに近い気持ちで言った言葉。それをジェイル達は真剣に受け取ってしまった。

 そうジェイル達の反応の意味を悟り、真司は嬉しく思うと同時に申し訳ない気持ちになった。安易に言っていい言葉じゃなかったと感じて。自分がどういうキッカケでここへ現れたかを考えれば迂闊な事は言わない方がいい。そう思うのと彼が席を立って頭を下げたのは同時だった。

 

「ゴメンっ! 俺、そういうつもりじゃなかったんだ! ホントにゴメン!」

「……いや、いいんだ真司。私達も少し過剰に反応し過ぎたね」

「ジェイルさん……」

「みんな分かっているよ。君がここからいなくなろうとなんて考えていないと」

 

 そう言ってジェイルは周囲を見回す。それに反応し、全員が力強く頷いた。その光景に真司はこみ上げるものを覚える。それは感動。そうたった一言で呼んでしまうと、あまりにも簡単な印象を受けるが激しく強く真司の心を揺らす感情の波。

 感謝と感激、そして歓喜。自分をそこまで思い、慕ってくれる事。それを思い、真司は不覚にも涙を見せてしまった。それに全員が気付き、小さく驚く。

 

「真司さん……」

「まったく、意外と涙もろいのね、真司君は」

「……男だろう。そんな簡単に泣く奴があるか」

「あらあら……シンちゃんってば、弱虫ぃ〜」

「だが、それもまた真司らしさだ」

 

 上の姉五人は真司に対し、どこか微笑みさえ浮かべてそう告げる。

 

「真司兄、泣かないでよ。あたしまで泣きたくなるからさ」

「兄上、お気になさらず。私は兄上を信じています」

「兄様、これを使ってください」

「な、泣くなよ、兄貴。ほ、ほらアタシらも気にしてないから……そんな顔、すんなよ」

「兄さん……兄さんが泣くとみんな悲しくなっちゃうから……」

「照れるなんてノーヴェも可愛いとこあるッスね。あ、アタシも同じッスよ、だからいつものにぃにぃでいて欲しいッス」

「そうです。みんなお兄様の笑顔が好きなんですから」

 

 妹達はそれぞれに表情を変えながら真司を励ますように声を掛ける。

 

「やれやれ……これじゃ、私は完全蚊帳の外だね」

 

 そしてそんな光景を見つめ、ジェイルは一人どこか嬉しそうに呟くのだった。

 

 こうしてこの日の夕食はちょっとした騒動を起こしたが、それによって余計真司はジェイル達の暖かさに触れ、ジェイル達は真司の一面に触れる結果となった。時に、新暦七十五年二月。まだこの時は誰も知らなかった。この安らぎの終わりが迫っているなどとは。

 

おまけ

 

「あ〜、情けないとこ見せたな〜」

 

 風呂に浸かり、真司は一人そう呟いていた。五分前まではジェイルも共にいたのだが、つい先程上がっていったのだ。今日も実験をするため彼へ夜食の注文をしていった。その希望は梅入り焼きおにぎりとただの澄まし汁。

 おにぎりを一つは普通に食べ、残りを澄まし汁に入れて突き崩して食べるのが、最近のジェイルのお気に入りなのだ。そんな事を思い浮かべた真司はふとある光景を思い出した。

 

「……俺、愛されてるんだな」

 

 脳裏に浮かぶは改めてそう感じる事が出来た今日の出来事。あの後、真司は涙を拭っていつも以上に笑って見せた。それに全員が嬉しそうな雰囲気に戻り、それを感じ取って真司も嬉しくなったのだから。

 すっかり本当の家族みたいになった。そう実感し、真司は手に湯をすくうと顔を洗う。流れてきそうになった涙を隠すために。誰に見られる訳でもないが、やはり気恥ずかしかったのだろう。これでよしとばかりに頷き、真司は満足そうに息を吐いた。

 

「さて、今日はジェイルさんの夜食を作らなきゃなんないし……もう出ようかな?」

「あら? もう少しぐらいいいじゃない」

 

 突然、真司の後ろから声がした。その声に真司は一瞬硬直し、静かに視線を声のした方へ動かそうとした所で嫌な予感がけたたましい音を立てて鳴り響いた。そこでどうしてかを考えるまでもなく理解し、真司はその行動を思い止まったのだ。

 そう、ここは風呂場。ならば、下手をすればこれまでのセイン絡みの出来事と同じ結末を辿る事になる。そう判断した真司に声の主はどこか楽しそうに笑う。その笑い声が真司の予想が間違っていなかった事を物語っていた。

 

「……何の用ですか、ドゥーエさん」

「釣れないわね。何ってお風呂に入りに来たのよ」

「ここ、男湯だから」

「でもセインは何度か入ったでしょ?」

 

 その言葉にギクリという音が聞こえそうなぐらい真司は動揺した。その顔には何故知っているのかという疑問がありありと浮かんでいる。真司は知らないのだ。ドゥーエがセインの行動を知り、試しにとISで変装し背中を流しに来ていた事を。

 だから彼女は表情を魔女のような笑みに変えて尋ねた。何故セインは良くて自分はどうして駄目なのかと。それに真司が答えようとするが、そこへそれを遮る声がした。そしてその声が一つではなかった事に真司は驚愕を通り越し呆然となった。

 

「ドゥーエ姉様、抜け駆け禁止です」

「そうよドゥーエ。大体真司さんを励まそうと提案したのは私でしょ?」

 

 楽しげに告げるクアットロの声に続くように聞こえる茶化すようなウーノの声。それに真司は嫌な予感が強くなっていくのを感じていた。更に駄目押しとばかりに別の声が聞こえてくる。

 

「な、なぁ、別に風呂でなくても良いのではないか……?」

「チンク、もう無理だ。こうなれば覚悟を決めるしかあるまい」

 

 戸惑いと照れを混ぜたチンクの声と神妙なトーレの声が聞こえてきたのだ。真司は幸か不幸か背を向けているため確認出来ないが、ほぼ間違いなく彼女達は裸であろう事は理解していた。そうでなければチンクの声に照れが混ざるはずはないと。

 しかし、真司はウーノの言った励ましの部分に疑問を感じその意味を尋ねた。すると、それにウーノ達がこう答えた。妹達は真司を直接励ましたが、自分達はそうしてやれなかったと。姉として妹さえした事をしない訳にはいかない。その答えに真司は一瞬納得しかけるも、すぐに思い直して首を振った。

 

「い、いやいや! 気持ちは嬉しいし、分からないでもないけど、別に風呂じゃなくても……」

「妹達とは入ったじゃないですか」

 

 真司の答えにウーノは悪戯っぽく笑みを浮かべて告げた。それを聞いてドゥーエは微笑み、クアットロは同意し、チンクとトーレは何も言わず沈黙する。無論、真司がその反応を見る事が出来るはずもない。ただ、返す言葉を持たないのも事実。

 結局、この後真司はウーノやドゥーエからどんな事をしてもらったかを詳しく話せと言われ、かなり照れながら説明するはめになる。無論、五人によって具体的に励まされる事もなく、からかわれたり悪戯されたりとむしろいじめられたのは言うまでもない。チンクとトーレだけはそうではなかったが。

 

 そして最後に待っていたのはもうお決まりとも言える出来事だった。

 

「じゃ、私が頭を」

「なら、私は右腕」

「くっ……左腕だ」

「じゃあ……背中かしら?」

「ま、待て。私の担当がないぞ!」

「あら、チンクは前でいいじゃない」

「「っ?!」」

「こぉら。シンちゃんは動揺し・な・い・の」

 

 最後の最後にはチンクまでもからかわれ、この日の入浴は真司にとって天国のようで地獄でもあった。ちなみチンクはクアットロと一緒に背中を洗う事になり、真司は安堵したような残念に思ったような複雑な心境になった事を追記する。

 

 

 ジェイルラボ内廃棄所。そこに置いてあるトイが入ったケースへあの謎の生物の触手が伸びる。それは次々にトイへ刺さってはまた別のトイへと刺さっていく。そして全てのトイへ指し終えた生物は触手を自分の手に戻した。

 

―――当面の駒は得た……。後は……。

 

 誰も近寄らない空間。そこに響く不気味な声。静かに育まれる闇の胎動。その覚醒は近い。



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目覚める悪夢

遂にシリアスな展開の龍騎組。片やまだほのぼのなクウガ・アギト・RX組です。


 入念に準備運動をしている二人の少女。一人はオレンジ髪のツーテール。もう一人は青い髪のショートカット。ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマの二人だ。共に愛用している自作デバイスを点検し、体もほぐしたとばかりに互いに見つめ頷き合う。

 

「ティア、頑張ろうね」

「当然。ま、でも気張り過ぎずに行きましょ。これが駄目でも次があるから」

「分かってるよ。でもさ、出来る事なら」

「「一発合格」」

 

 合図もなしに揃ってそう言い合う。その直後二人は相手へ笑みを見せ合った。訓練校でルームメイトとして出会った二人。その理由は共に自作デバイスを有しているからだった。それもあり、二人は早い段階で仲を深めていった。

 

 その際たるものが初回の訓練での出来事。戦闘機人であり、魔法学校に行っていなかったためか自分の力が上手く使えず困っていたスバル。彼女は事もあろうかそこでティアナへ怪我をさせかねないような事をしでかしたのだ。

 だが、それで気落ちするスバルを見たティアナは怒るのではなく少し苦笑気味に励ました。スバルの力は使い方次第では大きな長所となる。そう感じ取って。そして最後にこう告げたのだ。

 

―――ないよりもあった方がいいし、いつか調節出来るようになるでしょ。

―――ランスターさん……うんっ! 私、頑張るよ!

―――よろしい。あ、それとティアでいいわ。親しい相手にはそう呼ばれてたの。で、代わりにアタシもスバルって呼ばせてもらう。いい?

―――いいも何もないよ! じゃ、改めてよろしく、ティア!

 

 それからも苦労は絶えなかったが、二人は不思議と嫌と感じる事はなかった。スバルの飲み込みは早く、少し気を付けるだけでどんどん成長していったし、ティアナも彼女から色々と得たものもあったからだ。

 そこで二人は共に理解した。使いこなせない力は危険でしかない。自分の出来る事を正しく理解し、適切に使う。それこそが強さだと。スバルの人懐っこい性格は翔一の影響を受けたティアナには好ましかったのも追記する。

 

 翔一のように自然体でと心掛けるティアナ。命を助けてくれたクウガとなのはへ憧れを抱き、それを追い駆けるスバル。そんな二人がもっとも強く結びついたキッカケは、ある一つの仕草。

 

「どんな苦労も必ず実る」

「だから、絶対諦めない」

「「それを忘れないなら大丈夫!」」

 

 向け合う親指。そう、それはサムズアップ。これを二人が互いの共通の仕草と知ったのは、スバルが進路希望を書いていた時だった。スバルがその備考欄にティアナとのコンビを希望すると書いていたのを見て、叶わなかったらどうするのかと尋ねた際に返した事がキッカケ。

 笑顔でサムズアップと共に大丈夫と告げるスバルに、ティアナはどこか翔一を重ね合わせて尋ねたのだ。それは癖かと。それにスバルは少し照れながら答えたのだ。

 

 自分を助けてくれた人が励ましでやってくれて以来、ついやってしまうのだと。それに翔一からの話を思い出し、ティアナが「その人って、五代雄介って名前?」と聞いたのだが、スバルは違うと答えてこう返した。

 

―――仮面ライダークウガだよ。

 

 それを聞いたティアナはしばし呆然。それに不思議そうな顔したスバルだったが、どこで会ったのかを聞かれ、空港火災の話をした。それにティアナは納得したものの、結局その後の消息は分からず、手掛かりは”エース・オブ・エース”の高町なのはがその五代と呼んでいたという事だけだった。

 

 あの日、スバルはなのはに抱えられて見た夜空とその暖かさにも憧れ、いつか自分も災害で困ったり苦しんでいる人を助ける仕事に就くと決めた事をティアナへ締め括りに告げた。

 

 そして、その後はお返しとばかりにティアナが翔一から聞いた話をし、スバルと二人で意外な所で縁があったと思って笑い合ったのだ。それ以来、二人は互いの励ましとしてこれをやるようになった。大丈夫や絶対出来ると意味を込めて。

 勿論、成功した際の納得出来るや満足出来るといった本来の意味でも使っていたが。そんな事もあってか、訓練校を卒業した後も二人は共に同じ部隊に配属されて今に至る。

 

「Bランク、かぁ。早かったよね、ここまで」

「そうね。でも、いつも実力的には当然って言われてたでしょ?」

「そうだけど……ティアがいるからここまでこれた気がする」

「はいはい。なら、アタシはあんたがいなきゃ来れなかったわ」

「ティア〜」

 

 少し苦笑するようにティアナが言うと、スバルが嬉しそうに抱きついた。それに照れくさいものは感じるが、スキンシップが好きな性格だと知っているティアナは苦笑い。だが、何かに気付いたのかスバルをやや強く引き離す。

 それに不満顔のスバルだが、ティアナがため息と共に指を指した方向を見て軽く顔に焦りの色が出た。そこには一つの空間モニターが出現していて、試験官である銀髪の女性が映っていた。しかもその顔はやや呆れ顔だ。

 

『仲が良いのは結構ですが、試験会場だという事を忘れちゃ駄目です』

「す、すみません!」

「すみません!」

 

 ツヴァイがスバルへそう注意すると、言われた本人は慌てて頭を下げた。ちゃんとティアナも謝り、ツヴァイはそれに許しを出して自身の名乗りを始める。そしてそれを終えたツヴァイは二人の確認を取った。それにはっきりとした声で答える二人にツヴァイは笑みと共に頷いて試験の説明を開始する。

 

 そんな様子を上空のヘリから見つめる者達がいた。はやてとフェイトにもう一人。ここにいる二人の内の一人と関わり合いが深い男性だ。

 

「ティアナちゃん、合格するかな?」

 

 それは翔一。その視線を眼下でツヴァイの説明を聞いている少女達へ向けている。それにはやてとフェイトは少し苦笑した。事前の資料から実力的に申し分ないと二人は知っているからだ。

 

「大丈夫や翔にぃ。ティアナ達はここまで受けたランク試験は一発で合格してきとる」

「それに、スバルとのコンビは私から見ても十分前線で通用するレベルです。きっと合格しますよ」

 

 そう、実はフェイトはスバルと顔見知りになっていた。というのも、光太郎がスバルとギンガが戦闘機人だと教えたのだ。フェイトも人に言えぬ苦しみと悲しみを知っている。だから、決して二人に変な事を思わないと理解した故に。

 そして、それを聞いたフェイトは早速とばかりにナカジマ夫妻に接触した。戦闘機人事件を追い駆けている最中に名前を報告書で見たからと、そう言って。それから情報を共有し、何度かギンガやスバルとも顔を合わせた。

 

 特にギンガとはあの時の救助の関係もあってか慕われている。再会した際にはRXについて聞かれる事があったものの、自分もどこにいるかは知らないとかわしたが。

 

「心配はいらないっすよ、翔一さん。大丈夫、て奴ですよ」

 

 二人の言葉に翔一が頷いたものの、それがどこかまだ不安そうなのを見たのか操縦席から声がした。その人物の名はヴァイス・グランセニック。彼はヘリパイロットとしてこれから発足される機動六課に配属される者だ。

 今回は本当なら光太郎が担当するはずだったのだが、フェイトの希望でエリオとキャロの方へ六課へ来る確認を取りに行ったために彼へ白羽の矢が立ったのだ。彼はシグナムの武装隊時代の後輩だった事もあり翔一の事もある程度知っている。

 

 その頃にシグナムからサムズアップを教えてもらって以来、彼もそれを癖のようにやり合っていたのだ。翔一はヴァイスのサムズアップを見て少しだけ黙った。だが、それもほんの少しの間だった。

 

「そうか、そうですね!」

「ちょ、わたしらには不安が残ったのに……」

「サムズアップは、絶対です」

 

 翔一の反応を見て軽く拗ねるはやてへフェイトは苦笑しながらそう告げた。そんな三人の視線の先では、説明が終わってティアナとスバルが動き出した所だった。

 

 同じ頃、別の場所でもかなりの好スタートを切った二人を見つめるサイドポニーの女性がいた。その首元には紅い宝石が光っていて、その視線はずっと空間モニターの二人へと向けられていた。

 

「……あの時の子が、こんなに成長したんだね」

”もう四年近くになりますから当然です”

「あはは、そうだね」

 

 感慨深く呟いた一言に対する大切な相棒の味気ない答えに、女性は苦笑して答えた。そして、視線をモニターから外して周囲を見回す。実はここにもう一人いなければならないのだ。

 どうかしたのだろうかと思いながら女性が小首を傾げた瞬間、やっと通路の奥側からその相手が姿を見せた。それに安堵の笑顔を浮かべて女性は相手を手招きする。

 

「始まってますよ、五代さん」

「ゴメン。ちょっと迷っちゃって」

 

 そう五代はなのはへ手を合わせて謝った。それになのはは小さく笑い、視線をモニターへ戻す。丁度分散していたスバルとティアナが合流した所だった。

 その動きを眺め、五代もなのはも小さく感嘆の声を上げた。見るからに分かったのだ。二人が気張っていない事を。緊張し過ぎでも、抜き過ぎでもない。適度な緊張。それをしていると二人には見えたからだ。

 

 その後も危なげなく次々に進んでいく二人。それを見て、なのはは五代へ尋ねた。どうですかと。五代もそれにやや考えて頷いた。

 

「聞いてた通り、元気でいいね」

「ですね」

 

 笑顔とサムズアップ。それになのはも笑って返す。もうすぐ動き出す機動六課。その前線メンバーとしてティアナとスバルは選ばれていた。そこには、確かにはやて達隊長陣の考えや、光太郎と翔一の希望もある。

 だが、それを差し引いても二人には選ばれる程の可能性と才能があると、そう教導官として名を馳せているなのはは断言出来た。そこで思い出すのはその機動六課の主要メンバーの事だった。

 

(でも、ホントに凄い部隊だよね……)

 

 遺失物管理の部署として設立される機動六課だが、その戦力は正直異常と言えた。部隊長に総合とはいえSSランクのはやて。スターズとライトニングという小隊の隊長に、オーバーSランクのなのはとフェイト。更にそこの補佐にSランク近いヴィータとシグナムがいる。これだけでもかなりの陣容だ。

 そこに、民間協力者として五代、翔一、光太郎の三人が加わる。そう、隊長陣しか知らないが仮面ライダーが三人もいるのだ。しかも、なのは達は魔力保有制限の兼ね合いで本来の力を出す事が出来ないが、三人は魔力を持たないし使う必要もないためにその力は制限されない。

 

 それだけの戦力を集中する理由。それはたった一つ。五代達三人がこの世界へ呼ばれた原因を倒すため。そうなのはは思って小さく拳を握る。

 

(あの邪眼を相手にするならそれぐらいしないと、ね……)

 

 なのはの脳裏に甦る不気味な姿。あの当時の自分達にクウガとアギトを揃えてやっと勝てたのだ。それを思い出せば、この戦力でも不安は残る。だが、あの時よりも希望も大きい。それはRXの存在。

 五代曰くクウガよりも強い存在であるRX。それが協力してくれれば、ユーノやクロノ、それにアルフやリーゼ姉妹がいなくても戦力的には負けていない。そう思い直し、なのはは視線をモニターへ戻した。

 

 それを待っていたかのように五代がしみじみと告げる。

 

「もう、あれから四年も経つんだね」

「はい。でも、五代さんも翔一さんもあまり外見が変わらなかったですね」

「そうなんだよ。不思議と髪の伸びも遅くてさ。だからか同じ事をずっとすずかちゃんやアリサちゃんにも羨ましそうに言われたんだ。まいっちゃうよ」

 

 そう言って五代は苦笑する。翔一や光太郎もそうなのにと、どこか腑に落ちないとばかりに呟いて。そんな五代になのはは内心同情するも、親友二人の意見も良く分かるので敢えて告げた。

 

「外見が変わらないって、この年頃になると色々羨ましくなるんですよ」

「そっかぁ……」

 

 それに五代は納得した―――ような顔してからやはり納得出来ないと腕を組んだ。それになのはが小さく笑い、五代もそれに笑みを返す。そこへ無機質な声が響いたのはそんな時だった。

 

”マスター、そろそろです”

「あ、そうだね。じゃあ行きましょうか、五代さん」

「うん」

 

 レイジングハートの声にモニターへ視線を一度向け、なのはは頷いた。そろそろ試験も終わりが見えてきたからだ。なので五代へ声を掛け、案内するように歩き出した。その横に並ぶために五代も歩き出した。

 この後、試験終わりの二人をはやてが正式に六課へ誘いを掛けるのだが、その前にスバルへサプライズをしようと彼女は考えていたのだ。そう、憧れのなのはとの再会と、スバルは知らないだろうがもう一人の憧れであるクウガにも会わせようと。

 

 だが、なのはも五代もそれを知らない。ただ、軽い顔合わせに近いとだけ言われていたのだ。しかし、はやてとの付き合いが長いなのはと五代がそれに気付かないはずはない。歩きながら二人はこんな会話をしていたのだから。

 

―――とりあえず、クウガは秘密かな?

―――そうですね。いずれ機会を見てという事で。

 

 しっかりとはやての狙いは見抜かれている。だが、二人は知らない。翔一のせいでその二人はクウガの正体を知っているなどと。

 

 そうやって五代となのはが動き出した頃、試験会場のゴール地点でスバルとティアナが試験終了の解放感を味わっていた。彼女達としては満足いく内容だったのか、その表情は揃って明るい。

 

「時間も少し残してゴールか。いい感じだったわね」

「うんっ! まぁ、最後の大型だけ厄介だったけど何とかなったし」

 

 そこで笑顔を見せ合う二人。途中さして危ない所もなく、無事に試験を合格出来たと思える内容だった事がそこから分かる。だからだろう。二人は心から喜びに浸っていた。と、そこへ空間モニターが出現し、ツヴァイがそんな二人へ声を掛けた。

 

『これで試験終了です。お疲れ様でした』

「「お疲れ様です!」」

『結果は、言うまでもないですね。正式にはまだですが、合格ですよ~!』

 

 ツヴァイの言葉に二人は密かに喜び膝下で手を叩き合う。だが、それを勿論ツヴァイも気付いていた。しかし、それを注意するような彼女ではない。むしろそんな二人に笑顔さえ向けこう告げたのだ。

 試験合格のお祝いにちょっとしたご褒美があると。それに疑問符を浮かべる二人だったが、その次の瞬間上空から耳に響くヘリの駆動音が聞こえてきた。その巻き起こす風に煽られながら、二人はそこから降りてきた人物に揃って驚いた表情を見せた。

 

「フェイトさん!?」

「翔一さんにはやてさん!?」

「久しぶりだね、スバル。凄かったよ」

「ティアナちゃん、合格おめでとう!」

「いや、二人して中々ええ動きしとったよ」

 

 予想しない人物達と言葉に二人は嬉しいやら照れくさいやら。そんな二人を他所にヘリがそこから離れていく。そして、それと入れ替わりに空から現れる人影が二つ。といっても、一つはちゃんと空を飛び、もう一つはそれに掴まってる状態だったが。

 それに気付き、ティアナとスバルは視線を上げて言葉を失った。そこにいたのは二人が良く知る人物だったからだ。しかし、それは内の一人であってもう一人は初めて会う相手。だが、そう思っていたのも僅かな間だった。

 

「っと、着きましたよ五代さん」

「ありがと、なのはちゃん。不思議な感じだね、空を飛ぶって」

 

 なのはの告げた名前に二人は驚愕。なのはの名前は良く知っている。局員で知らない者はいない程の有名人だ。だが、今二人に強烈な衝撃を与えたのはそのなのはに掴まって降りてきた男性が原因だった。

 五代は、そんな自分を見て硬直している二人に気付き不思議そうな顔を向ける。しかし、何かに気付いたのか笑顔に変わって大声で言った。

 

「合格おめでとう! 頑張ったね!」

 

 サムズアップ。それを見て完全に二人は理解した。目の前にいる者が、自分達が会いたいと思っていた五代雄介なのだと。そして、同時にスバルを炎の中から助け出したクウガなのだと。

 それを悟った途端、スバルは涙を流して頭を下げた。それに戸惑う五代となのはだったが、すぐにその理由が分かる。

 

―――あの時は、本当にありがとうございましたっ!

 

 それがあの時の空港火災を言っていると二人は理解し、同時に五代達はスバルがクウガ=五代を知っている事も理解した。だがどうしてと五代達が戸惑う中、ティアナが翔一さえ戸惑っているのを見て、ため息を大きく吐いて告げた。

 

―――翔一さんが教えてくれたでしょ。五代さんがクウガって。

 

 それに翔一を除いた全員が驚き、翔一へ視線を向ける。翔一はティアナの言葉に不思議そうな顔をして腕を組んで考え込み始めていた。それに彼女が呆れを強くした。

 

「家に来た次の日にアタシと話したでしょ? サムズアップの意味と捜してる人の名前も。そこで言ったじゃない」

「あっ! そうだ。すみません五代さん」

 

 そこでようやく思い出したのか翔一はすまなさそうに手を合わせて五代に謝った。それに五代だけでなくはやて達も苦笑した。一人スバルだけは、そんな事お構いなく五代となのはへ涙で輝く視線を向けていた。

 

(やっと、やっと会えた……やっと言えた……)

 

 なのはもクウガもスバルに取っては命の恩人。燃え盛る炎の中、自分を助けてくれた赤いヒーロー、クウガ。その中から安全な場所まで一直線で連れ出してくれた、なのは。

 その二人にもう一度会ってちゃんとお礼が言いたい。それがスバルの一つの目標だったのだ。それがまさか一気に二人と再会でき、叶えられるとは思わなかったのだ。

 

「ま、翔一君らしくていいんじゃないかな? じゃ、軽く自己紹介」

 

 スバルが感動している間に五代は翔一のうっかりを許した。そして五代は懐から名刺を取り出し、スバルとティアナへ差し出した。

 それを反射的に受け取る二人。だが、そこに書かれている日本語が読めず首を傾げる二人を見て、なのはが苦笑しながら近付くと文字へ指を当てながら読み上げたのだ。

 

「夢を追う男、二千の技を持つ男。で、ここに五代雄介って書いてあるんだよ」

「夢を追う男……」

「二千の技を持つ男……」

 

 スバルとティアナはその大袈裟な文句を感心して聞いていた。五代の話を翔一やはやてから聞いていたティアナはそれが嘘ではないと知っているし、スバルはクウガそのものを見た故にそれを聞いてどこか納得したぐらいだ。

 その後、五代やなのはに何度もお礼を言うスバルをティアナが呆れながら突っ込んだ所で試験は完全終了となった。

 

 

 

 第六十一管理世界 スプールス。自然が多いこの世界はそれを保っていくための自然保護隊があった。その仕事は主に密猟者対策と生態系の把握と保持を目的としていて、他の陸士隊に比べれば平和な時間が多い部署である。

 そこの隊舎前にあるテーブルに光太郎と桃色の髪をした少女と赤髪の少年がいた。二人は局員として働いているキャロとエリオだ。彼らはここ自然保護隊の所属として働いているのだが、近々揃って試験運用の部隊へ異動する事になっている。そのため、今日はその最後の打ち合わせがあった。

 

「それで、二人はフェイトちゃんが隊長をする小隊員になるみたいなんだ」

「そうですか……」

「じゃ、光太郎さんも?」

 

 キャロの言葉に光太郎は苦笑して首を横に振った。光太郎は予備ヘリパイロットとして基本整備員達と同じような仕事をするのだ。それを聞いて二人はどこか残念そうな表情を見せる。加えて光太郎が一緒なら心強かったと揃って呟き、光太郎を困らせたのだ。

 二人がここまで仲が良くなるのは本来なら六課発足した後なのだが、光太郎という存在がいた事がそれを早めた。本来彼ら二人を会わせる事をフェイトは時期を見てと考えるのだが、光太郎は相談された際、同年代と早めに繋がりを持たせてやった方がいいと考えたために。

 

―――は、初めまして。私はキャロ・ル・ルシエです。こっちは、大切な家族でドラゴンのフリードリヒ。

 

 初めてキャロと出会った時、光太郎はその雰囲気から強い寂しさを感じた。目はどこか怯えを隠していて、更に表情は相手のものを窺っているもの。どうもそれをエリオも感じ取ったらしく、その紹介を受けて声を少し抑え、明るさをやや強めて告げた。

 

―――初めまして。僕はエリオ・モンディアルって言うんだ。よろしくキャロ、それとフリードリヒ。

 

 どうもそのフリードにまで挨拶したのがキャロには予想外だったのか、エリオの言葉に彼女は軽く驚きを見せた。しかし、エリオにフリードが軽く懐いたのを見て嬉しそうに笑みを見せたのだ。そして自分はフリードと呼んでいるとエリオへ教えて初めて笑顔を見せた。

 それに光太郎もエリオも喜びを抱いた。やっと笑ってくれた。そう思って笑顔で頷くエリオ。それからエリオとキャロがフリードを交えて仲良く話を始めたのを見て、光太郎は嬉しく思って頷いた。

 

 それからしばらくの間キャロはハラオウン家で過ごしたのだが、そこでの日々は彼女にとって驚きの連続だった。ハラオウン家の者達はキャロを本当の家族のように接してくれたからだろう。

 ます、同い年の自分と似た境遇のエリオ。人見知りするフリードがすぐに懐いた兄のような光太郎とまるで備品のように扱われていた自分を助けてくれたフェイト。姉のような友人のような存在のアルフに優しい笑顔のリンディ。加えてあまり会話する事は出来なかったが、明るいエイミィと真面目なクロノ。

 

 そんな彼らに初めはどこか遠慮があったキャロだったが、光太郎やエリオの性格に触れて人の温かみを感じる事で徐々にそれも無くなっていった。特にエリオとは互いの境遇を話し、共に涙を見せ合った事で強い繋がりを得たのだから。

 

 そんな中、キャロが局員になっているのを聞いたエリオが自分も局員になると言い出したのは当然と言えたのかもしれない。その申し出にフェイトと光太郎は困った。しかし、説得しようとしたフェイトにエリオはこう言った。

 キャロとフリードが大人の中に入ってまた孤立してしまう可能性がある。自分はそんな事にさせたくない。だからキャロ達と共に居たい。その言葉に黙ったフェイトと光太郎へ更にエリオはこう締め括る。

 

―――僕だけ光太郎さん達と一緒にいて、キャロ達は孤独なんてさせたくない。

 

 その言葉にフェイトが感動して涙すると、光太郎はそんな彼女を横目にエリオへ生半可な気持ちではただの同情だと説いた。それにエリオは分かっていると頷いて、自分はキャロと支え合うためにいくのだと答えたのだ。

 その眼差しが鍛えて欲しいと頼んできた時と同じ輝きを宿しているのを感じ、光太郎は小さく頷いてフェイトへエリオの希望を叶えてやってほしいと頼んだ。同じ男としてエリオの決意を支えてやりたい。その一心で。

 

 フェイトはそれにやや迷ったが、エリオと光太郎の二人に頼まれた事もあり苦渋の決断で許可を出した。

 それからエリオはその魔力変換能力や資質の高さから訓練を一部免除され、光太郎とのトレーニングで身に付けた力を発揮。同年代以上の身体能力を見せる事で、キャロの局員復帰から遅れる事半年で同じ自然保護隊に配属となった。

 

 以来ずっと二人はコンビとして支え合っていた。エリオは前衛として未熟ながらも光太郎との訓練やフェイトの助言で成長し、キャロはそんなエリオの姿を見て自分も少しでも力になれるようにと自身の能力を少しずつ高めようとした。

 その際たるものがフリードの制御訓練だった。未だに確実に成功するとは言い切れないものの、努力した甲斐もあってか安定感は増していたのだから。出会ってから今までの事を振り返りながら、光太郎は目の前の少年少女を見つめた。

 

「で、本当にいいんだね?」

「はい。エリオ君と話し合って……」

「もう決めましたから」

 

 そう二人は笑みを浮かべて互いを見つめる。その様子に確認をした光太郎は少し苦笑して頷いた。ハラオウン家で二人の面倒を光太郎が見れたのはそんなに長い時間ではない。と言うのも、キャロは既に局員となっていて、次の配属先が決まるまでの期間しかハラオウン家に居れなかったからだ。

 それでも二人がここまで成長した事。それを思い光太郎は嬉しくなった。二人に共通しているのは、その強くなろうとした根底が大事な人を守るためなのだから。そこに人の強さと優しさを見て、光太郎は膝を軽く叩いた。

 

「よし! じゃ、フェイトちゃんには俺から言っておくよ。二人は、ミッドに行く準備をしておいてくれ」

「「はいっ!」」

 

 光太郎の言葉に二人は笑顔で頷いた。それに光太郎も笑顔を返す。そして二人は定期巡回の時間だからとその場から離れていく。それを見送り、気をつけてと声を掛ける光太郎。すると、その後ろから二人分の気配が近付いてくるのを感じ、光太郎は振り向く。そこには自然保護隊で二人の面倒を見ているタントとミラがいた。

 

「タントさんとミラさんでしたか」

「相変わらず元気ですね、あの二人は。特に光太郎さんが来ると」

「本当にね。それで話は終わりました?」

「はい。すみませんが、もう少しだけ二人をよろしくお願いします」

 

 優しい印象の男性のタント。面倒見の良さそうな女性のミラ。この二人と光太郎は何度か顔を合わせている。忙しいフェイトと違い、光太郎は基本時間が自由に使える。

 そのため、アルフを伴ってよく二人の様子を見に来ていたのだ。つまり、二人へ会いに来る度に必然的にタント達とも顔を合わせる事になるのだから。

 

 その後、光太郎は二人と今後の事を少しだけ話し合い、六課が解散した後の事はエリオ達に一任する事で決まっていると告げた。すると二人はどこか嬉しそうに笑った。エリオもキャロも優秀な魔導師。今はまだ経験や年齢のためそこまでではないが、それを埋めれば凄い人材になるからだ。

 だが、タント達はそれだけではない。二人の性格と、何より弟と妹のように思ってくれているからだと光太郎は知っている。だから、こう続けたのだ。

 

「きっと、二人はまたここへ戻ってきますよ。この仕事が好きみたいだし、何より、お二人がいますから」

「光太郎さん……」

「そうですか。なら、僕達はそれを願って送り出します」

 

 光太郎の言葉に少し目を潤ませるミラ。タントはそんな彼女を見て、優しくその肩に手を置いた。そして、自分達に言い聞かせるように力強く言い切った。その言葉に光太郎はもう一度二人の事を頼み、その場を後にする。

 その背中を見送りながら二人はある事を思い出す。初めて光太郎が来た時、偶然密猟者達がやって来ていたのだ。しかし、そこへタント達が到着する前に彼らは沈黙させられた。そう、光太郎一人によって。

 

 その時の事を思い出し、タントとミラは不思議に思うのだ。何故、そんな力を持つ光太郎をフェイトは局員にしないのだろうと。だが、そんな光太郎を民間協力者として六課は加えた。その理由と光太郎が協力を決めた原因。それがどうしても二人には分からなかった。

 何故ならば、実は二人が自然保護隊に誘ったのだが振られてしまった事があるために。光太郎は自然が好きな事を知り、ならばと思って声を掛けたのだがそれでも丁重に断られたのだから。

 

「光太郎さん、どうして六課には協力するのかしら?」

「分からない。でも、きっとエリオとキャロのためだと思う。ミッドはここよりも恐ろしい事件が起きる場所だ。それから少しでも二人を守りたいんだろう」

 

 ミラとタントが光太郎の真意を推測している頃、エリオとキャロはフリードと共に歩きながら六課の事を話し合っていた。フェイトや光太郎の事だけではなく、二人が久しぶりに会いたい者がいるため、今はその相手の話をしていた。

 

「やっぱり五代さんも来るんだね」

「うん、楽しみだね。フリード、またジャグリング見せてもらえるよ」

「キュク~」

 

 キャロが五代に会った回数は二桁にも満たない。だが、五代が出会った時にジャグリングを見せたため、フリードと共にキャロのお気に入りとなっていた。

 ちなみにストンプも披露した。その演奏にキャロは楽しんだが、フリードは音が色々と鳴る事に少しだけ嫌がる素振りを見せたので以来ストンプをする事に五代は躊躇いを見せ、一度だけの技となっている。

 

「キャロの気持ちは分かるけど、遊びに行く訳じゃないよ?」

「えへへ、分かってるけどお休みとかならいいよね?」

「キュクキュク」

 

 キャロの答えに賛同するように声を出すフリード。それにエリオとキャロは笑みを見せる。小さな翼竜であるフリード。だが本当の姿は二人を楽に乗せられる巨大な翼竜。しかしキャロが制御しないと恐ろしい力になってしまうため、普段は力を抑えた小さい姿をしている。

 

「そうだ。六課に行く前にフリードの制御、もう一度だけ練習しておこうか」

「そうだね。せめて興奮する事がない時ぐらいは完璧に制御出来るようになりたいな」

「キュク?」

 

 楽しげに話す二人。それに首を傾げるフリード。自然に囲まれた中で幼い男女は優しさと強さを磨いていく。その心に光太郎とフェイトの影響を強く宿して。

 

 

 

 ジェイルラボ内研究室。そこでジェイルはある物の最終調整を行なっていた。

 

「これで……どうかな?」

 

 慎重に押されるEnterキー。そして画面に映った文字は”Complete”。それは、実験の成功を意味していた。ジェイルはそれに満足そうな表情を浮かべると小さく頷いた。

 彼が行なっていたのはベントカードの製作。従来考えていた現状にはない物を作り出すのではなく、現状の物を複製する事に力を注いだ結果、ついにベントカードを作り出す事に成功したのだ。

 

 そして、それが意味するのは龍騎の持っているガードベントやストライクベントも同じように作り出せる可能性が高いという事。だが、肝心のファイナルベントだけはその威力のためなのか、それともモンスターの力を使うからなのか知らないが上手くいく気がジェイルにはしなかった。

 ジェイルの手元に現れるベントカード。そこには剣の絵が描かれている。ただ、ドラグセイバーではなくブランク体が使うライトセイバーだった。しかし、それでもジェイルに取っては大きな進歩といえた。

 

(これで、やっと先へ進めるね……)

 

 真司に渡したい力。それへの道がまた一歩進んだ事に喜びを感じつつ、ジェイルは時計へ目をやった。時刻はそろそろ夕食開始の午後七時近く。それにジェイルは慌てて、今完成したばかりのデータを保存して部屋を出て行く。

 

 誰もいなくなる研究室。そこに不気味に現れる巨大な目玉。それは、ジェイルの操作していたコンソールへ近付き、消えた。それと同時に先程のデータが表示され、更に多くのデータが次々と表示されていく。

 そして、それら全てが一瞬で消える。だが消去された訳ではない。複製されたのだ。そう、邪眼によって。闇の書の機能のほとんどを取り込んだ事による蒐集能力。それを、魔法ではなくデータへと切り替えて。

 

―――これで力も得た。残るは……。

 

 徐々に力を取り戻し、そして増しつつある闇。その目覚め、それが訪れる時はもうそこまで迫っていた。この日がラボの平穏の終わりになると、まだ誰も知らないまま時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

「へぇ、姉妹で局員か」

「ああ。まぁ、私は会う事は難しいが、あの子達なら何ら問題ないからね。いつか、会わせてみたいものだよ」

 

 夕食も終わって風呂に浸かりながらジェイルと話す真司。今の話題はナンバーズの親戚であるナカジマ姉妹だった。ジェイルは、彼女達に近々ナンバーズを接触させようと考えていた。それは、姉妹の存在を知った後発組が会ってみたいと言い出したため。

 特にノーヴェは、自分と双子と呼んでもいいスバルの存在に親近感を抱き、是非会ってみたいと強く言っているのだ。他の者達も質こそ違え、二人に会いたいと思っている。そのため、ジェイルとしてはそのタイミングを計るために姉妹の色々を把握していた。出来れば、局員としてではなく個人として行動している時がいいと考えて。

 

「今、どこで働いてんの?」

「姉のギンガは陸士隊の108という所だ。父親が部隊長をしている。妹のスバルは今は陸士隊の386だが、近々異動する話が出ているね」

「異動? どこへ?」

 

 ジェイルが何故そんな情報をと思う真司だったが、彼が管理局と独自の繋がりを持っている事を思い出しそれを聞く事はしなかった。

 そんな真司にジェイルは思い出すように告げた。そのスバルが異動する予定の部隊名を。それが、後に自分達と深い関わりを持つとは知らずに。

 

―――試験運用のための部隊でねぇ。名前は……機動六課だよ。

 

 その後風呂から上がった二人がするのは、最早恒例の熱冷ましの雑談タイム。以前なら全員で食堂に集まり、真司が色々と話を聞かせる憩いの時間だった。今もそれぞれ寝間着に着替え、その手にはカップを持っている。中身はディードが淹れたハーブティーだ。

 寝る前にこれを飲むのが定番になってもう二ヶ月程になる。だが、最近はこの時間も変化していた。真司が話を聞かせるというより話を聞いているのだ。その理由。それは彼が書いている本が大きく関係していた。

 

「で、最高評議会が依頼してきたんだよな」

「そうそう。でも、発案者はレジアス・ゲイズだよ。戦闘機人を欲しがったのは、ね」

 

 真司が執筆中の本。それに関する記述の確認となっていたのだ。後は、ウーノ達それぞれにもインタビューをしていて、自分の生まれに関する意見や感想などを答えてもらっていた。真司はそれをメモしており、本の最後に辺りに載せるつもりでいる。

 今日は、戦闘機人を生み出す事になった経緯。それをジェイルの口から聞いていた。無論、それを知っているウーノやドゥーエでも良いのだが、やはり当事者で開発者であるジェイルが話すのが一番だと誰もが思っていた。

 

 そして、そんな話をセイン達も聞き、改めて色々と考えたりするのだ。自分達の生まれた表向きの理由。それが意味する事や問題点などについて。一方、ウーノ達も知らなかった情報が時々ジェイルから告げられ、考える事もあった。

 そんな感心と驚きに満ちた時間も終わりを告げ、後は寝るだけとなったのだが、そこでジェイルが全員へある事を提案した。それは研究が一段落したのでみんなでどこかに出かけようというもの。それを聞いて真司達が喜びに沸く。

 

「どこに行くッスか?」

「あ、あたし旅行がいいな! それも泊りがいい!」

 

 ウェンディとセインのムードメーカー二人が真っ先に反応を示す。それに呼応するように他の者達も意見を述べ始めた。

 

「泊まりなら……キャンプとか?」

「海辺でもいいかもしれません。潮騒の音を聞きながら眠るのも悪くないかと」

 

 ディエチの言葉にディードが笑みと共にそう返す。だが、そんな情緒溢れる場所よりももっと世俗的な場所がいいと感じる者もいた。

 

「いっそ行楽地で遊ぶのがいいのでは?」

「となると遊園地、ね。騒がしいところはあまり気乗りしないわぁ」

「でもクア姉、行ったら結構楽しみそうな気がする……」

 

 オットーの提案にクアットロが難色を示すようにそう言えば、それを聞いてノーヴェがぼそりと呟いた。すると、クアットロの告げた騒がしいという部分に反応した意見が出る。

 

「ならば映画ならどうだ? 上映している作品を選ぶ事でみなが好きなものを楽しめるぞ」

「あら、いいわね」

「なら、その後はショッピングかしら?」

 

 チンクの意見にドゥーエが賛成し、ウーノが笑顔でその後の予定を告げる。と、ここにきて外出ありきで考えている姉妹達を見つめていた者が所在なさげに呟く。

 

「……ラボでのんびりは駄目なのだろうか」

「お前はたまに真司のような事を言うな……」

「どういう意味だっ!」

 

 セッテが肩身が狭そうに告げた言葉にトーレが呆れつつそう返す。それに真司がやや怒り気味に突っ込んだ。それを聞いて誰もが笑う。その楽しげな声を聞いてラボの主であるジェイルが意見を纏めようと口を開いた。

 

「まぁ、落ち着いてくれ。まずは」

 

 そんな風にそれぞれで騒ぎ出す真司達をジェイルは苦笑気味に止めようとした。だが、その次の瞬間ラボ全体に警報が鳴り響いた。

 それを聞いてジェイルだけが驚愕の表情を浮かべる。そう、それは有り得ない事なのだ。鳴り響く警報の意味。それは、ラボのシステムにハッキングを掛けられているという事なのだから。

 

 即座にジェイルはウーノへISを使ってのシステムチェックを指示。更に、万が一に備え全員に戦闘態勢を告げた。ハッキングを仕掛けた相手がそれだけで終わるとは思えない。そう判断したジェイルは急いで自室へと戻る。

 もしものための緊急手段。それを使わなければならないかもしれないと思って。そして真司のために研究しているデータだけでも守るために。

 

 そんなジェイルを見て、真司はトーレとチンクへジェイルを追ってくれるよう頼む。何があるか分からない以上、誰かが傍にいた方がいいと。それに二人も頷き、更にセッテとウェンディもトーレとチンクに呼ばれてついて行った。

 残ったナンバーズは、とりあえずISで安全に行動出来るセインが全員のボディースーツを取りに行き、トーレ達へ届けてから戻ってくる事に決める。クアットロとオットーはウーノの補佐を開始し、ノーヴェとディエチにディードの戦闘力が高い者はいつ何が起きてもいいように周囲へ警戒をし、ドゥーエは念のために真司へ変身するように告げてコンパクトを取り出した。

 

「この中で一番強いのは真司君なんだから」

「……分かった!」

 

 距離を取り、全身が映るようにして真司はデッキをかざす。出現したVバックルを確認し、手にしたデッキを装着するべく声を発した。

 

「変身っ!」

 

 装着されるデッキ。それが力を発揮して彼の姿を変える。龍騎は変身完了とばかりにいつもの癖とも言える行動を取った。

 

「っしゃあ!」

 

 気合を入れ、周囲へ視線を向ける龍騎。だが怪しい気配はしない。それでも警戒は怠る訳にはいかないと、龍騎は真剣な雰囲気のままその場に立ち尽くす。すると、ウーノが信じられないという声を上げた。

 

「嘘でしょ!? 既にラボのシステムがほぼ掌握されているなんて!」

 

 その声に誰もが言葉を失った。クアットロとオットーもその速度に驚きを隠せないが、それでも抗うためにその手を止めようとはしない。そこへセインが大慌てで戻ってきた。その手にしたボディースーツを手渡しながら彼女はその慌てている理由を告げる。

 

「おかしいよ! トイが何でか動いてて、あたし達を攻撃してきてる!」

「何ですって!?」

「ホントなんだって! ドクターはもうハッキングへの対応を始めてる。で、トーレ姉達がドクターの作業を邪魔されないように戦闘中!」

 

 着替えをしようとしていたドゥーエだったが、その発言にさすがに動揺を隠せない。既に起動する事のないようにされたトイ。それが勝手に動くだけでも変なのに、こちらに攻撃をしてきたとくればそれはもう異常を通り越して非常事態だ。

 戸惑う妹達へドゥーエは鋭い声で早く着替えるように指示を出す。そしてウーノへも今は着替えた方がいいと告げて彼女用の着替えを手渡した。丁度ジェイルの方で動き出した事もあり、その僅かな隙にウーノ達も着替えるべく動く。

 

 龍騎はそれを見ないようにし、ただ耳を澄ませた。すると、どこからか何かが近付いてくる音を聞き付けた。それが何かを理解するまでもなく、龍騎はデッキへ手を伸ばしてソードベントを取り出した。

 

”SWORD VENT”

 

「ノーヴェ、ディエチ、ディード。こっちは俺が守るからお前達は別方向を頼むな」

 

 手にしたドラグセイバーを振り払い、龍騎は見えてきたトイ三体へ向かって走る。だが、三人は龍騎の事が心配なのかそちらしか見ていない。それを見たクアットロが叫んだ。

 

「何ボサっとしてるの! あっちはシンちゃんに任せて、貴方達は別方向に備えなさいっ!」

「「「り、了解っ!」」」

 

 初めて聞くクアットロの大声に三人は驚きながらも返事を返して視線を龍騎から外す。それに笑みを見せるクアットロ。ウーノとドゥーエは三人とは違う意味で驚き、オットーとセインは三人と同じ意味で驚いていた。

 その間も謎の存在によるハッキングは続いた。それに対しウーノ達が抵抗する中、龍騎達は襲い来るトイ達を相手にしながらその異常性を実感していた。それはノーヴェ達も同じだった。

 

「こいつら……前より硬い?!」

「嘘だろ!? アタシの全力でようやくスクラップかよ!」

 

 簡易砲撃を受けても止まらないトイにディエチがそう言えば、ノーヴェは自身の全力でようやく破壊出来たトイに驚きを隠せない。ディードも、手にしたツインブレイズで軽く切り裂けるはずの相手の変化に戸惑っていた。

 龍騎もそれは感じていた。以前に戦った時よりも強度が増している。しかも攻撃速度も上がり、厄介さが格段に上昇していたのだ。一体どうして。そう思うも龍騎達はその手を止めない。

 

 しかし、おかしな事に倒しても倒してもトイが減らないのだ。襲ってくる数自体は少ないため大した事ないのだが、切れ目なく襲ってくるため気の休まる暇がない。それでも龍騎達は戦い続ける。

 一方のウーノ達もおかしな雰囲気を感じていた。ハッキングしている相手はもうシステムを掌握出来るはずなのに、何故かそれが目前まで来ると不気味なぐらい動きを止めるのだ。まるで何かを待っているようなその反応に、ウーノもクアットロもオットーさえも嫌な感覚しか覚えない。

 

 そんな時、ウーノ達の目の前に空間モニターが出現した。

 

『ウーノ、チンクだ』

「どうしたの?」

 

 突然現れた空間モニターに驚きつつ、ウーノは勤めて冷静に問いかけた。チンクはやや焦りながらではあるが、ジェイルが今緊急時の自爆装置を起動させた事を伝えた。そしてそこからチンクは感情を押し殺すかのように語る

 止められるのはジェイルのみなので後十分で脱出しなければならない事や、既にジェイル達は龍騎達の方へ向かっていて、合流次第ラボから脱出し放棄する事を。それに一瞬だが全員が息を呑む。チンクも悔しそうに表情を歪めていた。

 

「それって……」

「あたし達の家、捨てるの?」

「チンク姉、冗談だよな?」

『……事実だ。ドクターでさえお手上げだそうだ』

 

 チンクの告げた内容にディエチは信じられないといった表情をモニターへ向けると、それに続くようにセインとノーヴェが言葉を告げる。その声に込められた嘘だと言って欲しいという思いに、チンクは苦しそうに事実を答えた。

 

「嘘……ドクターでも無理なんて……」

「ラボを放棄……そんな……」

 

  ドゥーエとウーノさえその事実に言葉がない。天才であるジェイル。それが構築したシステムやプロテクトを簡単に掌握出来、ジェイルよりも一歩先んじるような芸当が出来る相手などいるはずがないと思っていたからだ。

 

「……分かりました。では、お待ちしていますチンク姉様……」

「どうかご無事で……」

 

 そんな暗くなる姉二人と違い、オットーとディードは比較的冷静に考えてそれに同意した。だが、その声には明らかに悲しみと悔しさが混ざっている。このラボで家事を積極的にしていた二人にとって、まさしく我が家を失う事は耐え難い。

 それでも姉達も同じ気持ちであると思う事で、それを必死に飲み込んだのだ。既にウーノの補佐を離れ、オットーはディードと二人で龍騎の援護していたのもある。

 

 何故なら、チンクの言葉を聞いた時から龍騎は無言で戦い続けているのだ。疑問も怒りも悲しみも、一切の感情を見せずひたすらトイを倒し続けている龍騎。それを見ていた二人には、自分達が怒り等を出す訳にはいかないと思ったのだ。

 誰よりも悔しく辛いのは、自分達の目の前にいる人物だと、そう思っているから。故に抑え込む。湧き上がる思いを必死になって。

 

「……っ」

 

 龍騎の一撃がまた一機トイを倒す。それを見下ろし、龍騎は拳を強く握り締める。痛感する無力感。ライダーでありながらジェイル達の暮らしを守る事さえ出来ない。ライダーバトルを止めると誓ったはずなのに、ジェイル達の悲しみさえ止められない。

 そう感じ、龍騎は手にしたドラグセイバーを感情のまま振り払う。それが接近していたトイのレーザー部分を破壊し、そのまま沈黙させた。それを蹴り飛ばし、龍騎は大きく息を吸って―――吐いた。

 

「……っ!」

 

 また向かってくるトイ達へ龍騎は挑む。それを支援するべく動くオットーとディード。それを眺めながらクアットロは思う。それは、先程ウーノの補佐をしていた時に見た光景について。

 一瞬しか見えなかったが、とても忘れる事の出来ない光景。それは、廃棄所に映っていたある物。それを思い出してクアットロは呟いた。

 

「あれ、何だったのかしら……」

 

 正直に言えば思い出すのも嫌になるようなおぞましい物だった。だが、だからこそ余計に気になっていたのも事実。何せそれは……

 

―――不気味な大きい目玉が浮んでいるように見えたのだけど……。

 

 この現状を作り出している存在そのものだったのだから。



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果てしない戦いの炎の中へ

これまでの反動のようにシリアスな龍騎たち。そして遂にあの力を使用します。


 試験が終わった後、スバルとティアナの二人は五代達と共に場所を移動し、試験会場から近くの陸士隊隊舎に移していた。そこの一室を借り、はやてから二人はある提案を聞かされる事となる。

 

「「機動六課?」」

「せや。わたしらが立ち上げる部隊。そこにフォワードメンバーとして来て欲しいんよ」

「ど、どうするティア? なのはさん達から凄いお誘いが来ちゃった!」

「どうするって言われたって、こんな話を聞いてすぐ答えを出せる程アタシも大物じゃないわよ」

 

 はやての言葉を聞いて二人は互いの顔を見合わせた。Bランクへ昇進が決まった直後でいきなりの異動話。しかも、誘ってくれたのは局内でも有名な魔導師三人組。更に自分達が憧れる者達も希望してくれたと聞けば気分が高揚するというもの。

 しかも、そこではなのはが小隊長だけでなく教導までしてくれるとなれば尚の事。そんな振って湧いた有り得ない話に動揺しつつ、その言い合う内容はどちらも喜びと嬉しさを滲ませていた。念話を使わないのは、それだけ興奮しているのと、ここにいる者達にはそういう気遣いはいらないと言われているのもある。

 

「それは分かるけどさ」

「じゃ、まずあんたの意見を言いなさいな。それからアタシが意見を言うから」

「あ、それずるい!」

 

 そんなやり取りに五人は苦笑。このままでは埒が明かないと判断し、はやてが即答しなくてもいいと言った瞬間、二人はそれまでのやり取りが嘘のように静かになった。そして、互いの顔を見合わせる。

 

【いい? 同時でいくわよ。どうせ気持ちは一緒だろうし】

【うん!】

「「是非参加させてください!」」

 

 その答えに五人は笑みを浮かべる。その声にはやる気が満ちていたのだ。これなら何が起きても挫けない人間となってくれる。そんな事を思いながらはやては頷いた。

 

「うん、確かに聞き届けました。近々正式な異動通知がいくから待っててな」

 

 その言葉に二人は笑顔を見せ合ってサムズアップ。それを見て五代が軽く笑い、二人へ尋ねた。

 

「スバルちゃんもティアナちゃんもそれの意味を知ってるんだっけ?」

「「はい」」

「そっか。じゃあ、これからもそれが似合う人でいてね」

 

 それに二人は少し驚いたが込められた願いを理解し力強く頷いた。それを見ていたなのはがややからかうように五代へ尋ねたのは流れだったのかもしれない。

 

「五代さん。私達そう言われた事ないんですけど?」

「え? それなら大丈夫だよ。なのはちゃん達も似合ってるから。これからもそのままのなのはちゃん達でいてね」

「何や、どこかおざなりな感じやなぁ」

「そうだね。確かにそんな感じだったかも」

「な、なのはもはやてもやめようよ。五代さんが困ってるから」

 

 はやてとなのはのからかう言葉に五代が苦笑するのを見たフェイトが二人を諌める。だが、それになのはとはやては軽く笑ってこれぐらいなら五代は気にしないと返した。そんな光景を見つめてスバルとティアナはやや驚いていた。

 彼女達が知る高町なのはは、仕事が出来る凄い実力者であり、エース・オブ・エースの異名を持つ若い局員の憧れなのだ。そんななのはがこんな風に歳相応の顔を見せている事。それが二人の抱いていたイメージを崩していく。

 

 そんな二人を見て、翔一はどこか不思議そうに小首を傾げる。何か変わった事でもあったのだろうか。そう思って二人へ問いかける翔一へティアナとスバルが思った事を伝える。すると翔一は成程と納得した。

 

「俺が知り合った頃からなのはちゃんはこんな子だよ?」

 

 それを聞いて軽く意外そうな顔をする二人。だが、翔一にはその方が意外だった。だからこそ何でもないように言ったのだ。

 

「なのはちゃん達だって同じ人間だから。ティアナちゃん達が思ってるような完璧な人なんていないよ」

 

 そのあっけらかんとした言い方にスバルは驚き、ティアナはそこに翔一らしさを見て苦笑する。翔一のらしさを知らないスバルは感心し、そこから翔一へ昔のなのはについての話を聞きたがった。ティアナはそれを横目に、翔一の告げた言葉に対して考えていた。

 

(完璧な存在などいない。そんな事言われなくても当然だったわ)

 

 翔一のように自然体であろうと思っていたが、どこかで考えに変な思い込みが入っていた。なのはも自分と同じただの人。どこまでいってもそれは変わらない。そんな当然の事を気付かなかった事に、自分もまだまだだなとティアナは感じて息を吐く。

 

(翔一さんには、やっぱまだ及ばないわ)

 

 ティアナの視線の先では、スバルへレストランで働いていた事を告げたためか、是非一度ご飯を作って欲しいと懇願されている翔一の姿があった。その親友の行動にもらしさを感じ、ティアナは小さく笑うと若干困っている翔一を助けべくスバルの肩を掴むのだった。

 

 

「凄かったねぇ」

「……そうね。まさか翔一さん達も参加するとは思わなかったわ」

 

 はやて達と別れ、二人は先程までの話を思い出しながら歩いていた。五代と翔一は基本は食堂で働くため、一緒に前線をする訳ではないとはやて達は告げた。クウガの事を知る二人にすればその配属にはやや疑問が残ったが、五代があまり戦う事が好きではないと言った事もあってか納得していた。

 それにスバルもティアナも翔一の料理が食べられる事に喜びを感じていたし、早く食べてみたい物が出来たのも大きい。それは、その話に関連してなのはが絶賛したとある食べ物。翔一やはやても、その味にはサムズアップをせずにはいられない五代の作る料理。

 

「早く食べてみたいなぁ、ポレポレカレー」

「一体何の意味かしらね? カレーは知ってるけど、ポレポレって……どこの言葉よ」

「う~……六課に行けば分かるよ。その時、五代さんに聞こう」

「それもそうね。さて、じゃあ宿舎帰ったら荷物を纏め始めるとしますか」

「おーっ!」

 

 元気一杯答えるスバルに苦笑しながらティアナは歩く。やや前を行くスバルが昼食をどうするかと聞き、ティアナは時計を見つめた。時刻は既に昼になっていて、どこも忙しい時間となっているだろうと予測してティアナは苦い顔。

 スバルもそれに気付いて、同じく苦い顔しながらどこか近くで探す事を提案する。それにティアナも頷き、出来れば安くて美味しい空いてる所がいいと言いながらため息を吐いた。そんな場所はきっとないと分かっているからだ。それを聞いたスバルもそんな所は早々ないと思って苦笑する。

 

 そんな風に会話しながら二人がクラナガンの街を歩いている頃、五代達は五人で食事をしていた。とは言っても店などではなく、部屋を貸してもらった陸士隊の食堂だ。ティアナ達も誘われたのだが、試験で疲れたのと突然の話で驚いたのもあり今日は遠慮させて欲しいと辞退していた。

 

「それにしても、クウガの正体が知られてるとはなぁ……」

「ティアナちゃんとスバルちゃんが出会ったのは、ある意味運命だったのかもね」

 

 はやての言葉に五代は何か不思議なものを感じてそう告げる。それになのはとはやてが腕を組み、自分達もそうだったようなものだと思ってか互いに視線を送り合って苦笑した。

 フェイトはそんな二人のやり取りに笑みを見せるが、何か思い出したのかやや不安そうに視線を五代へ向ける。

 

「エリオは知らないですよね?」

「だと思うよ。戻ってきてから海鳴で変身した事はないし、クウガの姿で会った事は当然ないから。あ、でもRXはどうだろう? 後で光太郎さんにも聞いてみたら?」

「エリオ君と、キャロちゃん……でしたっけ。俺、エリオ君は会った事あるんですけど、キャロちゃんはないんですよね」

「あー、キャロが海鳴におった頃は翔にぃも完全ミッド暮らしで忙しい時やったもんな」

「キャロは優しい家庭的な感じの子ですよ」

 

 なのはの言葉に五代も頷いた。一緒に小さい竜がいるんだと嬉しそうに告げて。それに翔一が軽く驚き、フェイトへ視線を向けた。竜など本来であればおとぎ話の中でしかいない存在。それが本当にいるのかと思ってのだ。

 フェイトも翔一の反応からそれを悟り、フリードと呼ばれていると言いながら執務官服の内ポケットから一枚の写真を取り出した。そこにはフェイトと手を繋いで微笑むキャロの肩に乗るフリードと、光太郎に肩車されてどこか照れているエリオが写っていた。

 

 それを見て翔一は頷いた。キャロの表情や姿から確かに優しそうな感じだと思えたのだ。しかし、その写真を見たはやてが軽くからかうように笑みを見せる。それに気付いたフェイトがどうかしたのかと尋ねた瞬間、それを待ってましたと言わんばかりにこう言った。

 

―――いや、まるで親子やと思ってな。

 

 その一言にフェイトが思考停止し、ややあってから再起動。顔を赤くしながらそんなのではないと反論した。それにはやてが面白がって色々と返す中、五代と翔一は写真を見て笑顔を浮かべていた。

 とてもエリオもキャロも嬉しそうに見える写真。見ているだけで心和む何かがそこにはある。だからだろうか。何かいいよねと五代が言えば、和みますねと翔一が返す。そんな二人の会話を聞きながら、なのはは頬を掻いて呟いた。

 

「こっちとこっちで別空間です……」

 

 隣では、フェイトがあまりにもムキになって反論するのではやてが苦笑しながら謝っていて、反対では五代と翔一が写真をキッカケに光太郎との再会に思いを馳せて会話に花を咲かせていたのだ。

 その両極端な光景を交互に眺めてなのはは一人微笑む。これも自分達らしいかと思いながら。そしてフェイトとはやての会話へ加わり、五代や翔一が言っている光太郎を話題に場の雰囲気を変えていくのだった。

 

 その頃、エリオ達と別れた光太郎は転送ポートにやって来ていた。そこには銀髪の女性が立っていて、光太郎を確認すると柔らかく笑みを浮かべて手を振った。それに光太郎も手を振り返し、女性に近付いた。

 

「待たせちゃったみたいですみません」

「いや、こちらもついさっき来たところだ。それで……もう帰るのか?」

 

 リインはそう言って光太郎へ視線を送る。その視線を受けて光太郎は笑顔で頷いた。もう二人の意志はちゃんと確認出来た。そう思って頷いた事をリインも感じ取って何も言わずに転送魔法を展開した。

 向かう先は当然ミッドチルダの転送ポート。そして、そこから八神家へ向かう事になっている。実は、今夜八神家で六課発足に先立ち結束式を兼ねたパーティーをする事になっていて、リインと光太郎はその準備のためにこれから買い物等をしなければならないのだ。

 

 故に一度八神家へ行き、そこで必要な物を確認してから車で買出しに行く事になっている。光太郎が選ばれたのはそこが理由。翔一はバイクの免許はあるのだが車はない。五代ははやてが是非来て欲しいと言われたので除外。結局、動ける者で車が運転出来る者は光太郎しかいなかったのだ。

 

 アクロバッターを駆ってミッドの首都であるクラナガンから郊外へ向けて少し南を目指す二人。海を眺める事が出来る高台の邸宅。そこに八神家はあった。その玄関先にアクロバッターを止め、光太郎とリインはそこで待ち構えていた人物から声を掛けられる。

 

「あ、お邪魔してるよアイン。光太郎さんもお久しぶりです」

「やあユーノ君。元気そうだね」

 

 八神家に着いた二人を出迎えたのは無限書庫の司書長になったユーノだった。外出用のスーツを着込み、眼鏡をかけた知的な青年。そんな風に成長したユーノがそこにいた。

 

 光太郎がユーノと出会ったのはハラオウン家で世話になり始めた頃。戦闘機人は、もしかしたら地球ではなく魔法世界で生まれたのかもしれない。そう考えた光太郎はそのための情報を得る方法をフェイトへ相談した。それでフェイトが紹介したのが無限書庫。そして、司書長をしていたユーノだった。

 

 ユーノは光太郎から夜の一族の事を聞き、戦闘機人と自動人形の併せて三点で検索をかけて情報を探した。結局それで見つかった情報は、かつて次元世界のどこかに夜の一族らしき種族がいたという事だけ。他に明確なものは見つからなかった。

 だが、それ以来二人に縁が生まれ、主になのは絡みでユーノが光太郎へ意見を尋ねる事になったのだ。というのも、光太郎は五代や翔一と違い色恋にも敏感そうに見えたため。

 

 光太郎はそんな事はないと言ったのだが、現実としてユーノから見れば五代と翔一は鈍感そうに見えていた。事実、二人は女性から異性として好意を向けられているのだ。それにも関らず、それに反応さえ示していない事をユーノは周囲の話で気付いていたのだから。

 そんな二人がユーノにはなのはと重なったのは言うまでもない。ユーノがその事を話すと、光太郎も五代達の事に関しては苦笑気味に同意したのだ。

 

「もう来ていたのか。ユーノ、仕事はどうした?」

「うん、とりあえず僕がやらないといけないものは終わらせたよ。後は僕がいなくてもいいような案件ばかりだ」

「相変わらず大変みたいだね、無限書庫は」

「それでも仮面ライダーに比べれば僕らの仕事は楽ですよ」

 

 苦笑する光太郎にユーノはそう苦笑して返す。リインはそんな二人のやり取りを聞きながら家の鍵を開けた。そして靴を脱いで中へ入っていく。それをユーノと光太郎は見送り、玄関で話し始める。

 話題は、なのはの事だった。まったく意識してもらえないと嘆くユーノへ、光太郎は思い切ってなのはに告白するべきだと提案した。だが、ユーノはそれに難色を示す。今の状態で言っても、なのはは友達でいようと言いそうで怖いと思っているために。

 

「光太郎さんの言いたい事は分かります。確かにそれぐらいしないとなのはは僕を見てくれませんから」

「いや、そうじゃないんだ。なのはちゃんはしっかりとユーノ君を意識しているんだよ。ただ、なのはちゃんはきっと自分の気持ちが分かってないんだと思う」

「どういう事です?」

「多分、昔から近い距離に居過ぎたために、ユーノ君を家族に近い風に捉えてしまっているんだ。だから関係が発展しない」

 

 そう言って、光太郎は杏子の事を思い出していた。彼らもまさにそうだったのだ。家族同然に過ごした相手。だが、杏子は異性として見ていたと光太郎は気付いていた。しかし、それに答える前に彼はそれが出来ない体になってしまった。

 故に、光太郎はユーノとなのはを応援していたのだ。その姿が在りし日の自分達と重なって見えたから。自分と杏子が手に入れる事の出来なかった幸せな未来。それを二人には送ってもらいたいと思って。

 

「……分かりました。僕、言ってみます! 今日、この気持ちをなのはへ……」

「それがいいよ。なのはちゃんも、きっとユーノ君の事を好きなはずさ。俺が保障するよ」

 

 そんな会話が終わったのを見計らったようにリインが買い物メモと籠を手にリビングから姿を見せる。だが、その顔に疑問符が浮かんだ。その視線の先では光太郎とユーノが凛々しい表情で頷き合っていたからだ。

 何かあっただろうかと思いつつ、二人へ声を掛けるリイン。こうして三人は揃って買い出しへと出かけるのだった。

 

 

 辺りを夜の闇が包む中、賑やかな雰囲気が漂う八神家。テーブルには様々な料理が並び、それらは全て翔一とはやてにリインの三人が作った物だ。そして、そのパーティー会場となったリビングには五代達だけではなく、もう二人参加している者がいた。

 

「グレアムおじさんも来て欲しかったんやけど……」

「ごめんなさい。どうしても今日は無理だったの」

「でも、お父様行きたがっていたからさ。ホントだよ?」

 

 彼女達の名はリーゼアリアとリーゼロッテ。あの戦いの際、邪眼を相手に戦った仲間であった。二人は六課後見人の一人であるグレアムの代理としてこのパーティーに参加していた。

 

 実は、邪眼との戦いの後、グレアムははやてを犠牲にしようとした事を悔いて局を辞めようとしたのだ。だが、それを二人とクロノが止めた。二人の仮面ライダーとはやてが守ろうとしたものを無駄にするつもりかと告げて。

 みんなが笑い合えるように、そして闇の書の悲劇を乗り越えるために。そう願って仮面ライダーは戦っていた。はやても最後には全てを知った上でグレアムを許し、感謝さえした事も告げて三人は彼へ迫った。

 

 みんなの笑顔のために。それを目指して戦ったクウガとアギトやなのは達。なのにも関わらず、グレアムがここで局を辞めたらその気持ちを踏み躙る事になる。そう三人は強く断言したのだ。

 

 それを受け、グレアムは考えた。仮面ライダーが戦う理由、その決意。それを三人から聞かされ、局員としてあるべき姿をそこに感じたのだ。故に思った。許されぬ罪を犯したと思うのなら、局員として戦って償うしかない。自分の命を賭けて全ての笑顔のために戦おうとした仮面ライダー。それに応える手段が今の自分にはそれしかないと。

 

 故にグレアムは今も局員として戦い続けているのだ。部署毎のいざこざや軋轢。しがらみや偏見、誤解などを取り除こうと。局員同士が共に手を取り合って、みんなの笑顔のためにと動けるように。

 安易に強大な力に頼るのではなく、小さくても全員の力を合わせてやれる事をやっていこう。グレアムは陸や海、空の者達へそう訴えているのだ。

 

「そうやな。おじさんも頑張ってくれとるから、今のわたし達がおる」

「そ~ゆ~事。それに、六課設立にもお父様の力が関わってるんだからね」

 

 はやてが嬉しそうに言った言葉にロッテがそう軽い感じで続く。その内容が偉そうに聞こえ、アリアが軽くロッテの頭を小突いた。

 

「もう、そんな言い方しないの」

「あはは、ええよええよ。わたしもそう思うし、軽い冗談な感じの言い方やったから気にしとらんわ」

「ロッテさん、相変わらずアリアさんに頭上がらないんですね」

 

 そんな二人のやり取りを見ていた翔一が笑みを浮かべながらそう言うとアリアが笑い、ロッテは苦い顔をした。二人が翔一と再会したのは、彼がはやてと再会して一週間後の事。

 はやてとグレアムとの顔合わせに際し、予期せず再会を果たしたのだ。だが、それははやてによる二人へのサプライズ。グレアムはそれを知っていて二人には何も言わなかったのだから。

 そして、翔一と再会したリーゼ姉妹はしばらく言葉がなかった。それを見た翔一が笑顔でサムズアップしたのを受け、彼女達も幻ではないと涙を流して喜んだ。そんな二人だったが、五代との再会は比較的早かった。

 

 五代が魔法世界に帰還してたった一週間。場所は、五代がリインに連れられ訪れたグレアムの執務室。グレアムが五代へ直接会って礼を言いたいと言ったためだ。そこで二人も五代への再会を果たした。

 前もって聞いていた事もあり、二人はそこまで驚かなかったがそれでも涙は止める事が出来ず、五代はそんな二人に困りながらも嬉しそうに答えたのだ。ただいま、と。

 

 そんな事を思い出しているリーゼ姉妹の横では、ユーノが五代と会話中。話題はすずかとアリサの事。ユーノの事を最初はフェレットだと思っていた二人は、五代から人間だと聞いて驚いたのだ。

 そして、五代を通じてアリサがこう伝えたのだ。このスケベと。それがいつかの温泉の事を言っている事を理解し、ユーノは休みを取って地球へ赴き二人へ直接謝罪をした事がある。おかげでユーノと五代の感動の再会は、どこかケチがついた形となったため、彼としてはどこか悲しいものが残った事件となった。

 

「で、アリサちゃんが良い人がいないって最近よく言うんだよ」

「ははっ、じゃ、こっちの人でよければ紹介するって伝えてください」

「う~ん……そうだね。言うだけ言ってみるよ」

 

 ユーノの苦笑混じりの言葉に五代も同じように苦笑して答えた。光太郎と違い、五代や翔一は中々ユーノと話す機会がない。無限書庫へ行く用事がないのもあるし、そもそも翔一は接点がないのだ。

 一方、五代は冒険家だったのでユーノが考古学者として動く時には共について行っていた。そのため、五代は何度か次元世界を旅した事がある。すずか達に断りを入れ、翠屋の手伝いを休み、リインに送り迎えだけを頼んで。

 

 行き先はユーノが頼まれた調査対象の遺跡の数々。彼と二人で過ごす時間は、冒険に飢えていた五代には心から満足出来る内容だった。何せ、調査が終わると同時にユーノへ感謝の言葉をこれでもかとばかりに述べるのだから。

 まぁ、最後には次もよろしくと頼むので、さすがにユーノも苦笑いを浮かべた事を追記する。それぐらい五代にとってユーノとの遺跡での時間は忘れられないものだったのだ。

 

「でも、ユーノ君っていつの間にか光太郎さんとも知り合ってたんだね」

「ええ。フェイト経由ですけど。戦闘機人の事で」

「あ、ユーノ君。ちょっといい?」

 

 五代と光太郎の話をしようとしたユーノだったが、それを遮るようになのはの声が響く。それに五代が笑みを浮かべ、ユーノを促した。それにユーノが申し訳なさそうに軽く頭を下げ、なのはの方へ向かって歩き出す。

 すると、光太郎が五代の横へ苦笑しながらやってきた。シグナムから一度手合わせをしてくれと頼まれたのだ。六課が始動したら自分達を相手に模擬戦をする気だと光太郎が告げると、五代も苦笑して困りましたねと返す。

 

 そんな時だった。二人に長らく聞こえなかった声が聞こえてきたのは。

 

”若者よ”

(アマダム?)

”光太郎”

(キングストーン!?)

””闇が目覚めた。心せよ、此度の闇は深い……””

 

 そこで声は消えた。だが、五代と光太郎は互いを見合うとその表情と雰囲気だけで同じ事を聞いたと理解した。

 

「聞こえました?」

「ああ。最後には警告まで受けた」

 

 それだけで二人は内容が一致する事を認識。だが、今はまだそれを告げる時ではないと思っていた。せめてこのパーティーが終わるまでは、この時間だけは幸せに浸らせてやりたいと。しかし、フェイトがそんな光太郎達の僅かな変化に気が付いた。

 

(光太郎さんに五代さん……何かあったかな? 少し雰囲気が暗いような……)

「二人してどうしたんですか? 何か楽しんでないように見えますけど」

「そんな事ないよ。ただ、この時間も後少しで終わるんだって思ったらね」

「そうそう。俺もそう思ったんだよ。六課が始まったら忙しくなるからさ」

 

 フェイトのやや窺うような言葉に二人は戸惑うも、五代がそれらしい事を言って答えれば光太郎もそれを受けて笑顔で続ける。それを聞いたフェイトが納得したように頷いたのを見て、五代は飲み物を取りにそこを離れた。

 光太郎もそれについて行こうとしたのだが、その腕をフェイトが軽く掴んだ。それに光太郎が振り返ろうとすると、フェイトが周囲に聞こえない程度の声で告げる。

 

―――後で聞かせてくださいね。

 

 それに光太郎が軽く息を呑む。もうフェイトは既に光太郎から離れていてシグナム達の方へ歩き出していた。しかしその背中がどこか悲しそうに見えたため、光太郎は心の中で謝った。

 

(ゴメン、フェイトちゃん。ちゃんと話すよ。この時間が終わったら、必ず……)

 

 邪眼が目覚めた。それを聞けばこの楽しい時間に影を作る。ならば、せめてこの時間の終わりに告げよう。厳しく激しい戦いの日々。その始まりを、自分達の言葉が告げるのだ。そう考え、光太郎は拳を握り締める。

 どこにいるか分からぬ邪眼。それを必ず見つけ出し、この手で倒すのだと。あの時自分と共に戦ってくれた先輩達はいない。だが、その意志は、その魂は確かにここにあると思って。

 

(異世界に破壊と混乱をもたらす邪眼。俺は、絶対に貴様を許さんっ!)

 

 そう心に改めて誓う光太郎。すると、その頬に何か冷たい感触が当てられる。それに小さく驚きつつ光太郎が振り返ると、そこには二人分の飲み物を手にした五代と料理を手にした翔一がいた。その笑顔に光太郎は笑みを返す。

 

(そうだ。今の自分にも心強い仲間がいる。仮面ライダーの仲間が)

 

 そう思い直し、光太郎は手渡された飲み物と料理を受け取る。その時、光太郎の脳裏にいつかキングストーンが彼へ言った言葉が思い出された。

 

 自分の力を秘密にし、孤独に生きろ。そうしなければ人はその力を妬み、自分を恐れるだろうとの警告を。その言葉に対し、今の光太郎はこう断言出来る。決して孤独などになる必要はない。異なる世界や異なる時代の者達でも受け入れてくれる者はいる。ならば、本当に恐れるのは人ではない。

 

(真に恐れるべきは人を信じる事の出来ない心、か。きっと、それこそが一番の敵なんだ)

 

 そう思う光太郎の目の前で、五代が翔一の皿から一つ揚げ物をもらって口に入れた。すると咀嚼している五代の表情が輝かんばかりの笑顔へ変わる。

 

「これ美味しいね、翔一君」

「それはリインさんが作ったんです。で、これがはやてちゃんで、こっちが俺です」

「へぇ……おおっ! こっちも美味しいね!」

 

 次ははやての作った物を口に入れ、五代はサムズアップ。翔一も嬉しそうに頷いた。そんな光景を見て、光太郎も笑みを浮かべて自分の持つ皿にある翔一が作った物を口に入れた。

 すると、そんな光太郎を翔一がどこか真剣な眼差しで見つめている。それに苦笑し、光太郎は感想を言った。美味いと。それに翔一は笑顔で喜び。五代も同じ物を食べて頷いた。

 

「うん。翔一君のも美味しいよ」

「ああ。さすがコックさんだよな」

「喜んでもらえて嬉しいです。六課でも、俺、頑張ります」

 

 そんな風に盛り上がる三人。それを眺め、フェイトとはやては少し寂しそうな視線を送っていた。

 

「あんな光景を、いつまでも見てたいわ」

「そうだね……」

「……邪眼倒したら、やっぱり……」

「止めよ。この話は、もう何度もしたじゃない」

 

 フェイトの聞きたくないとばかりの声にはやても黙った。二人だけではない。この話はなのはやすずか、アリサさえ交えてした事がある。倒すべき恐ろしい相手。それを倒すために遣わされた存在、仮面ライダー。

 

 故に、それを倒した時、きっと彼らは彼らのいるべき世界へと帰る。それはおそらく二度と会えぬ別れ。

 

 そのため、なのはとアリサは兄にも似た五代との別れを嫌がり、すずかは恩人とも言える五代との別れを惜しんでいる。はやては初めての家族である翔一との二度目の別離を拒否したい。そしてフェイトはその出生を受け止めてくれた光太郎に思う事があるのだ。

 

「ほんま皮肉なもんや。出会わせてくれた神様には、お礼と恨みを同時に言いたなるわ」

「……そう、だね」

 

 会わせてくれた感謝と、二度と会えぬ別れをもたらす事への恨み。三人のいた世界が共に地球である事はなのは達も分かっている。だが、当然だが彼女達の地球にゴルゴムもクライシスも未確認もアンノウンもいない。いた事さえない。

 つまり、三人は地球の並行世界出身。それはいかな管理局といえど行き来出来るものではない。ならば今度別れる時が今生の別れとなるのは必然。そうなのは達は考えているのだから。

 

 そんな事を思いながら、二人は目の前で楽しげに会話する五代達を見つめる。そんな時、二人の脳裏にある言葉が浮かぶ。世界はこんなはずじゃない事ばかりだというクロノの言葉を。今程その言葉のやるせなさを感じる時はない。

 そう痛感しながらもフェイトもはやても口には出さない。言えばきっとあの明るい声が聞こえてくるからだ。誰よりも笑顔が好きな男の声が。

 

―――大丈夫。きっとまた会えるから。

 

 何故かそう言われた気がして二人は小さく笑みを零す。今はそれだけでよかった。いつか別れの時が来てもきっと大丈夫。そんな風に考えながら二人は互いへサムズアップを送り合うのだった。

 

 

 

「……ユーノ君、今、何て……」

「なのはが好きだ。異性として、女性として。もっと分かり易く言うなら……愛してる」

 

 あの後ユーノから話があると言われ、こうして別室で話をしていたなのはだったが、突然の事に頭が真っ白になっていた。ユーノは回りくどい言葉は使わず、最初から想いをぶつけたために。

 最初なのはは好きと言われた時、何で今更と思った。そう、自分もユーノが好きだと知っているはずなのにと。だが、それに続いてユーノが言った『世界中の誰よりも』の言葉に声を失ったのだ。

 

 そんな中、何とか搾り出したなのはの問いかけへユーノは駄目押しの言葉を返した。愛している。これが意味する事をなのはとて理解している。そして、それを理解した瞬間、なのはの視界がぼやけ出す。

 ユーノはそんな反応を見て拒絶かと慌てるが、なのははそうじゃないと首を横に振って否定した。彼女は言われて気付いたのだ。自分もユーノを異性として好きな事に。

 

「嬉しくなっちゃったの。ユーノ君が、私の事そこまで思ってくれてるんだって」

「なのは……」

「それで、ね。一つお願いがあるんだけど……」

「何?」

 

 なのはのどこか躊躇うような、そして恥らうような表情にユーノは不思議そうな表情を返す。それになのはは、やや緊張した面持ちで告げた。もう一度、最初の言葉を言って欲しいと。それを聞いて、自分の答えを言いたいから。そうはっきり言ったのだ。

 ユーノはそんななのはの言葉に顔を真っ赤にして頷いた。正直に言えば、一大決心の末告げた言葉をもう一度と言われた瞬間、口から無理と出かかったのだ。しかし、ここでそれをしなければ掴みかけたものが逃げてしまうと、そう実感してユーノは大きく深呼吸。それを見てなのはは小さく苦笑。

 

「……僕は、なのはの事を愛してる。世界中の、ううん次元世界の誰よりも……」

「ユーノ君……」

 

 最初と込めた想いは同じでありながら、内容を更に深くして告げられた言葉。飾り気ない純粋な気持ちがそこにはあった。なのはの先程止まったはずの涙がまた流れ出す。だが、ユーノはもう慌てない。静かに、優しく、それを見つめてなのはの答えを待ったのだ。

 

「……私も、ユーノ君の事が好き。この気持ちに気付かせてくれて……ありがとう」

「なのは……」

 

 ゆっくりと近付くユーノ。それになのはは少し驚くも、すぐに何かに気付きじっとした。互いの呼吸を感じる距離。ゆっくりと回されるユーノの腕。それを感じて、なのはもユーノへ腕を回す。

 そして、互いの視線を絡ませて笑みを見せ合う。それはこの現状がどこかおかしいと感じてのもの。自分達らしくないが、どこか自分達らしい空気感。それを感じて二人は苦笑した。

 

「こんなに近くでユーノ君の顔見るの、初めてかも」

「僕もだよ」

「ううっ……何かドキドキするね」

「同感。このまま心臓が破裂するって言われても、今の僕は信じるよ」

「にゃはは。それ、困るなぁ」

「うん。僕も嫌だ」

 

 そして、ユーノが回した腕に力を込めた。それを感じてなのはも目を閉じた。ゆっくりと近付いていく二人の顔。そして、互いの唇が重なりそうになった瞬間、ユーノの眼鏡がなのはに当たり音を立てる。

 そのせいで何となくだが失敗したような感じを受け、ユーノとなのはは揃って苦笑い。だが、ユーノがなのはから腕を放そうとした瞬間、彼女の腕が離れまいと余計抱きしめた。

 

「なのは?」

「眼鏡……取って」

「……取ったよ」

「言葉だけじゃなくて、今のももう一度……」

「えっと、今のって?」

「う~、女の子に全部言わせるつもっ?!」

 

 なのはの言葉を遮るようにユーノの口がそれを塞ぐ。それに驚いて目を見開くなのはだったが、嬉しそうに目をゆっくりと閉じていく。その裏で、パーティーは終わりを迎えようとしていた。

 

 同時刻、ベルカ自治区にある聖王教会。そこの一角にあるカリムの自室。そこでカリムは、自身のレアスキル”プロフェーティン・シュリフテン”から導き出された予言を書き記した物を見つめていた。

 

「焼け墜ちる法の船。死者の列。闇の覚醒。冥府を司りし者。甦る王。そして……悪しき世を創ろうとする眼」

 

 その単語が意味する事を改めて考え、カリムは大きくため息を吐く。彼女は機動六課後見人の一人でもある。その背景には、この予言が大きく関わっていた。管理局体制の瓦解。それを予言は暗示していたのだ。

 しかし、この予言を陸は信じる事をせず、海と空もそこまで関心を見せなかった。だが、何かあってはいけないとグレアムやリンディ、更に伝説の三提督と呼ばれる存在の力添えを受け、出来た部隊。それが機動六課なのだ。

 

「でも、どうしてはやてはこの予言を聞いてあそこまで強気でいられるのかしら?」

 

 そう、はやてはこの予言を聞いてから一度として不安を見せた事はないのだ。それは、予言の最後にある一文が原因。

 

―――闇に汚れた仮面で哀しみを隠す戦士。太陽と進化の輝き合わさりし時、龍騎士の咆哮が聖なる泉を呼び戻す。

 

 クウガとRXに告げられた邪眼復活の報。それに含まれた警告を聞き、内心不安を抱く二人。

 それを知らず、結ばれる絆がある。それを知らず、抱く悲しみがある。幾多の想いが、事態の始まりを告げる。そしてもたされし予言。それが意味する物とは?

 

 

 何度目か分からないトイの襲撃を退け、チンク達と龍騎達は合流するやそこから全員で脱出を開始した。道中会話はない。先頭をトーレなどの戦闘特化陣が務め、最後尾は龍騎が引き受ける形で出来るだけ素早く進む一同。

 その間もトイの襲撃は途切れる事なく行なわれたが、全員揃ったナンバーズの前には多少強度が上がっただけのトイは敵ではなかった。そして、やっと出口に近付いた時、その場所に何者かが立っていた。

 

 その人物を見てトーレが動きを止める。後ろに続くジェイル達も同様に。唯一龍騎だけはその理由が分からず、彼らの間を割るようにしてその前方を見て―――呆然となった。

 

「な、何だって……」

「ふむ、貴様が龍騎か」

「どうしてジェイルさんが二人いるんだ!?」

 

 そこにいたのはジェイルだった。しかし、頭髪の色が違う。ジェイルが紫に対し、目の前の相手は漆黒。だが、その外見はそれさえ除けばジェイルそのものだった。

 その謎の相手は龍騎達を一通り眺め、頷いた。手駒には丁度良いと。それを聞いた瞬間、龍騎は嫌な予感を覚えて身構える。それと同時にウーノが叫んだ。

 

「ドクターっ!」

「どうしたんだい!?」

「囲まれてる、な……」

「……これ、クア姉のISだよ」

 

 周囲に出現するトイ達。その光景を見て苦い顔になるチンク。そして、どこか呆然とした表情でセインが呟いた内容にクアットロが嫌そうな表情を見せた。トイが何もない空間から現れたのを見た誰もが理解したのだ。それがシルバーカーテンによるものだと。

 先程まではトイ達が使ってこなかった特殊能力。だとすれば、それを行ったのは目の前の相手しかいない。そう思い、ジェイルは問いかけた。君は一体何者だと。それに謎の相手は無表情で答えた。

 

―――創世王。

 

 その言葉をキッカケに動き出すトイ達。当然トーレ達が迎撃する。だが数が多く周囲を囲むようにしているためにトーレ達も苦戦を強いられた。龍騎はそれを援護したいのだが、創世王と名乗った相手から感じる威圧感から不安を抱きそれが出来ないでいた。

 しかも、逃げようにも出口を相手が塞いでいるので脱出も不可能。トイは次々と補充がかけられ、囲みを突破する事も難しい。そんなまさに絶体絶命の状況に龍騎はある決意をする。

 

「ジェイルさん、後どれぐらいで爆発するかな」

「……後五分弱だよ」

「五分……分かった。じゃ、俺がアイツをどかすからその間に逃げて」

 

 龍騎のその言葉に全員が視線を向けた。トイを牽制、或いは倒しながらナンバーズは龍騎を見つめる。その視線を背に受けながら創世王を名乗る相手へ向かっていく龍騎。だが、それを見た相手はその体を瞬時に変化させる。

 不気味な一つ目の巨体。邪眼完全体と呼ばれる姿へ。その不気味さに嫌悪感を抱いて息を呑む一同だが、それでも龍騎は戦った。手にしたドラグセイバーを振りかざし力強く斬りつける。すると、それを止めもせずに邪眼は受けたのだ。

 

「え……?」

 

 誰かの信じられないとの気持ちを込めた呟きが響く。その視線の先でドラグセイバーが邪眼の肩で完全に止まっていたのだ。傷をつける事さえ出来ずに。それに龍騎は驚愕するしかない。そこへ邪眼が電撃を至近距離で放った。

 それを喰らい、吹き飛ばされる龍騎。更に邪眼は追い打ちをかけ、龍騎の体へ容赦なく電撃が流れる。飛び散る火花と上がる龍騎の呻き声。それが意味するのは龍騎の苦戦、その光景を見て全員に戦慄が走る。

 

 今まで誰よりも強い存在であった龍騎。それを簡単にあしらい、苦しめる存在がいる事に。だが、苦しみながらも龍騎は何とか体勢を整えて立ち上がる。今、この悪夢を壊せるのは自分しかいないと思って。邪眼はそんな龍騎へ嘲笑うように告げた。

 

「貴様では我は倒せん。いや、今のように傷をつける事さえ叶わぬ」

「……やってみなきゃ、分からないだろ」

 

 その挑戦的な言葉に龍騎は一枚のカードを手に取った。それは翼の絵が描かれた物。そして、そのカードを龍騎がかざした瞬間、周囲を炎が包み込む。そのカードこそ、ジェイル達が見たがっていた”サバイブ〜烈火〜”である。

 次の瞬間、ドラグバイザーが炎によって変化を起こし銃のような姿のドラグバイザーツバイとなった。それを見て龍騎は手にしたカードをドラグバイザーツバイへ差し込んだ。

 

”SURVIVE”

 

 普段とは違うくぐもった音声が響くと同時に龍騎の体が変わっていく。その体を包む鎧は、銀から真紅へ。まるで周囲の炎を吸収するかのように変化を起こす。燃え盛る炎に照らし出され、龍騎サバイブは敢然と邪眼を睨みつけた。

 

「これが……サバイブ……」

 

 ジェイルはその姿に見とれ、心から喜びに打ち震えていた。望んで止まなかった龍騎の隠された力。まさしく全てを焼き尽くす炎の化身。その風貌に、その威容に、その力強さにジェイルだけでなく、ナンバーズ達も目を奪われていた。

 邪眼さえ、その状況に身動き一つしない。自身がデータで知る龍騎。それにはそんな姿は無かったからだ。自身が密かに見ていた中にもそれはない。未知なる姿、未知なる力。それに邪眼は恐れを抱いていた。

 

(奴も……クウガ共と同じか?!)

 

 自身を追い詰めた存在であるクウガとアギト。それらが自分を追い詰めるキッカケとしたフォームチェンジ。その一種と感じ、邪眼は微かにだが恐怖を抱いたのだ。そんな恐怖とは対照的に、揃って希望を感じているのがナンバーズ達だ。

 龍騎から感じる力。その姿。それら全てが先程まであった不安を、絶望を焼き尽くす。希望と言う名の紅い龍騎士がそこにいた。烈火を身に纏い、悲しみを切り裂く戦士が。

 

「何? この安心感は?」

「決まってるでしょ? 真司君は仮面ライダーだからよ」

「炎が……真司へ宿ったのか……?」

「綺麗……」

「……見せてもらうぞ、真司。その力を!」

「すごい……凄いよ! 真司兄!」

「兄上なら……きっと」

「兄様、信じています」

「これがサバイブ……兄貴の奥の手」

「勝てる……絶対勝てるよ!」

「ディエチの言う通りッス! あたしらもにぃにぃに負けてらんないッスよ!」

「お兄様、こちらは私達に任せてください!」

 

 炎を越えて襲い来るトイ達を迎撃しながら、十二人の視線が、想いが龍騎へ注がれる。周囲の炎が消えた瞬間、龍騎は静かにファイナルベントを取り出した。それを見てジェイルが我に返る。

 龍騎が自分に言った事を思い出したからだ。逃げ道を切り開く。そのために龍騎は奥の手を出したのだ。だからナンバーズへ向かって叫んだ。

 

「みんな、一度でいい! この囲みを突破するんだ! そして、真司が確保してくれる出口から脱出する!」

「「「「「「「「「「「「了解っ!」」」」」」」」」」」」

 

 その頼もしい声を聞きながら龍騎は手にしたベントカードをドラグバイザーツバイへ挿入した。

 

”FINAL VENT”

 

 それに呼応して現れる烈火龍ドラグランザー。ドラグレッダーが強化された姿だ。以前にも増して強靭に、力強くなったその姿に邪眼は警戒するように身構える。なまじ情報がある分、それが覆ったために不安や恐怖が生まれるのだ。

 

 ファイナルベントの効果でドラグランザーの姿がバイクへ変形し、龍騎はそれに乗り込んだ。目指すは邪眼が塞ぐ出口。そこへ向かってウィリーしながら走り出すドラグランザー。その口の部分から恐ろしい温度の火球を邪眼目掛けて連続発射しながら加速していく。

 

 ドラゴンファイヤーストームと呼ばれるサバイブ後の龍騎最強の切り札だ。その威力を前にして邪眼は立ち向かおうとするが、龍騎はそれを吹き飛ばす勢いのまま突撃を敢行した。

 それと正面衝突する邪眼。その突進を体で止められた事で邪眼は勝利を確信した。だが、龍騎はそれさえ予想していたのかその手に一枚のベントカードを持っていたのだ。

 

”SWORD VENT”

「っしゃあっ!!」

「な、なんだとぉぉぉっ!!」

 

 掴んでいた手にドラグブレードへ変化したドラグバイザーツバイが傷を付けた。カタール状のその刃を片手に直撃させられ、若干だがドラグランザーを抑えていた力が弱まる。その瞬間、好機を逃さず再び加速するドラグランザー。そして、そのまま邪眼を押し出すように外へ運んでいく。

 龍騎は完全に外へ出た所で再度邪眼の手を狙ってドラグブレードをもう一度振るうと更にドラグバイザーツバイで射撃を行う。そのダメージに耐え切れなくなったのか邪眼が堪らずその手を放した。当然その体はドラグランザーによって弾き飛ばされる。

 

 遠くへ飛ばされた邪眼を見た龍騎はドラグランザーを停止させるとすぐにストレンジベントを取り出す。それは、状況に応じてランダムに姿を変える特殊なカード。

 

「これで……とどめだ!」

”STRANGE VENT”

 

 一度挿入されたストレンジベントは読み込まれると違うカードへ変化を起こし、再度読み込まれて効果を発揮する。そして、この状況で変化するのはただ一つ。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 再びウィリー状態で動き出すドラグランザー。そう、変化したのはファイナルベント。ドラゴンファイヤーストームの連続使用という、まさに絶対勝利の布陣。邪眼が体勢を立て直す間すら与えず、そのまま龍騎はその邪悪な姿を踏み潰す。

 断末魔さえ上げる事が出来ずに爆発する邪眼。それと同時にジェイル達もそこに合流した。残り時間は三分を切った。そのため、龍騎達はそのまま急いでラボから距離を取る事になり、必死で走り去る。

 

 こうしてジェイル達はベルカ自治区の夜の闇へと消えて行った。それを見つめている者達がいると知らずに。

 

 ジェイルラボ内研究室。そこにあるモニターに表示されているタイマー。それが残り一分を切った所で停止する。そう、ジェイルしか停止出来ないはずの物を解除した者がいたのだ。それは、黒い髪のジェイル。龍騎が倒したはずの邪眼だった。

 

「一つ散った、か。まぁいい。おかげで龍騎のデータは得た」

 

 そう呟き、邪眼はコンソールを操作する。次々と表示されていくデータ。それは、トイの改良案とナンバーズのデータであった。そこに加えて表示されるPROJECT.F.A.T.Eの文字とマリアージュのデータ。

 更に邪眼が操作して表示させたのはジェイルが当初企てていた管理局転覆計画の予定。それを見て邪眼は笑う。心底嬉しそうに、楽しそうに、そして嘲笑うかのように。

 

―――我が代わりにやってやろうではないか。貴様達が考えた玩具を使って、この遊戯をな。

 

 そう呟く邪眼の後ろには、同じように笑う存在が十人いるのだった。



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動き出す運命の戦士達

ここでStS編で大活躍する彼女の登場です。文字通り龍騎のためにいると言える存在ですしね。


 機動六課始動前日。ミッドに一組の男女がやって来た。とはいっても、少年少女という表現がぴったりの年頃ではあったが。彼らは都会然としたミッドの転送ポートに懐かしいものを感じつつエスカレーターへ足を乗せた。

 

「ずっと籠の中でフリードは大丈夫かな?」

「平気だよ。それにもう少しすれば自由にさせられるから」

 

 共に下りのエスカレーターに乗って話すエリオとキャロ。エリオは両手に子供が持つにしては大きめの鞄を持ち、キャロは両腕にフリードの入った籠を抱えていた。六課への異動が正式に決まった二人は、スプールスからミッドへとやって来たのだ。

 フェイトからの連絡でこの場所に迎えが来る事を聞いていた二人は、エスカレーターを降りると周囲を見渡す。すると、待合所のような場所にいた男性がその姿を見て椅子から立ち上がった。

 

「エリオ君、キャロちゃん、こっち!」

「「五代さん!」」

 

 五代は片手を大きく振って二人へ呼びかける。それに気付き、二人は笑顔で五代の傍へと走り出した。だが、そんな五代の横にキャロが知らない人物がいた。翔一だ。キャロが来ると聞いた翔一は対面を済ませておきたいと考え、二人の迎えを五代と共に引き受けてここにいたのだ。

 そんな翔一へエリオは再会の挨拶をするが、キャロは初めて会うためにやや戸惑いを見せる。そんなキャロへ五代は簡単に翔一の事を話し、エリオがそれに補足を加えた。

 

「ほら、すごく料理が上手くて、レストランで働いてたって教えた人だよ」

「……あっ、ご飯がすごく美味しいってエリオ君が言ってた」

「初めまして。俺、津上翔一って言います」

「あ、初めまして。私はキャロ・ル・ルシエです」

 

 キャロが理解したのを見て、翔一はキャロと視線を合わせるべくしゃがんでそう笑顔で告げた。それにキャロは嬉しそうに笑顔を返して自己紹介。そして、それと共に籠の中からフリードが一声鳴いた。

 それに翔一は軽く驚きを見せたが、前もって聞いていた事もあってかそこまで動揺せずにいる事が出来た。それどころか、籠の中にいるフリードの頭を指で軽く撫でる事さえやってのけたのだから。

 

 それにキャロは驚き、エリオと五代は笑みを見せる。フリードは翔一に対して何も警戒する事無くその行動を受け入れ、頭を優しく撫でられていた。それが心から嬉しそうに見えて、五代は籠を少し開けてフリードへ手を伸ばし喉元を軽く触る。

 それに翔一が猫じゃないですよと言えば、いや、意外といけるかもと五代が返した。そのやり取りを聞きながらエリオが苦笑しつつキャロへ視線を向ける。

 

「翔一さんって、五代さんとどこか似てるよね」

「そうだね。少し驚きかも……」

 

 楽しげに笑うキャロの視線の先では、フリードを二人して撫で続ける五代と翔一の姿があった。この後、五代達は機動六課の隊舎がある湾岸地区へ移動する。その際の足は当然バイク。エリオとキャロの荷物を二台のバイクの後方にバインドで固定し、運転する五代達とハンドルの間に挟まるようにエリオ達が座った。

 

 その道中で軽く会話を交わす五代達。五代はキャロと、翔一はエリオとそれぞれ簡単に近況を話した。やがて周囲の景色からビルが消えて水平線が見えてくる。

 どこか海鳴にも似た雰囲気を漂わせる場所。そこに機動六課の隊舎や宿舎はあった。五代達はそこへ二人を案内した。荷物をそれぞれのあてがわれた部屋に置かせるために。

 実は、もう五代と翔一、そして光太郎は荷物を宿舎へ運んでいた。三人は正規の局員達とは違い、あくまで協力者。そのため、本来ならば局員用の宿舎を使う事は出来ないのだが、そこははやてが部隊長権限で認可を出した。

 

 ちなみに五代と翔一は相部屋で、光太郎とエリオも相部屋となっている。実は、翔一はザフィーラも誘ったのだが、はやてが念のための用心棒としてどうしても自分達の部屋にと言って聞かなかった事を追記しておく。

 その際、はやての意見を聞いたザフィーラが、どこか苦渋の決断をするかのように苦悶の表情を浮かべていたのが翔一には印象的だった。

 

 宿舎前で停止する二台のバイク。新築の綺麗な外観にエリオとキャロがしばし無言で眺めている後ろで、五代と翔一はバインドで固定されていた荷物を前に感心していた。

 

「いや、やっぱり便利ですよねバインドって」

「うん。まったく動いてなかったもんね。急いで荷物運ぶ時には便利だなぁ」

「バイク便の人とかは欲しがりそうです。あ、後は主婦の方とか」

「あー、じゃあミッドのバーゲンは凄いかも。バインド合戦でみんな動けなくなっちゃったりして」

 

 五代の想像に翔一も笑った。するとそんな話をしている二人へエリオとキャロが苦笑気味に告げる。そんな魔法の使い方をしたら問題になると。そして荷物を固定していたバインドを解除し、それを落とさないように五代と翔一が受け止めた。

 

「さ、じゃあ中に入ろうか」

「キャロちゃんはフェイトちゃんと相部屋だからね」

「あれ? なのはさんと一緒じゃないんですか?」

 

 翔一が言った一言にエリオは不思議に思ってそう尋ねた。てっきりそうだと思っていたのだ。親友で仲が良いなのはとフェイト。一部からは怪しげな噂さえ言われる二人なら、きっと相部屋だろうと思っていたのだろう。

 それに五代が苦笑して翔一を見る。翔一もそれに苦笑を返して頷いた。そんな二人の反応にエリオとキャロは揃って顔を見合わせた。

 

「実はね……」

「なのはちゃん、恋人が出来たんだ。それで、一人で部屋を使った方がいいってフェイトちゃんが言ったんだよ」

 

 翔一の言葉に続くように五代が説明。エリオとキャロはその恋人が出来たとの話に驚くのと同時に笑顔を見せた。フェイトから話を何度も聞いた相手であるなのは。エリオは何度か会った事もあるし、キャロも会った事は少ないがその時の事は鮮明に思い出せるぐらいだ。

 強く優しい人。それが、なのはへの二人の共通見解。そんななのはに恋人が出来た。それは、二人にとっても喜ばしい事だった。何故なら、二人はフェイトが光太郎と結婚してくれればいいのにと考えていたからだ。

 

 なのはがそういう風に幸せになってくれれば、フェイトも自身もそうなろうとしてくれるかもしれない。その時、自分達が光太郎とそうなって欲しいと告げればフェイトもその気持ちをはっきりしてくれるはずと。

 エリオもキャロも知っているのだ。フェイトが光太郎を意識しているのは。それが異性としてかどうかまでは定かではないが、それでも他の男性とは違う事は確かだと思っている。

 

「まず荷物を部屋に置いて来よう。案内するから」

「はい」

「でも、私達だけいいんですか?」

 

 五代の言葉にキャロはどこか申し訳なさそうに問いかけた。他の者達はまだなのに、自分達だけ先んじていいのかと思って。それに五代と翔一は小さく笑みを見せて語り出す。実は荷物の運び込みだけはほとんどの者が終わらせている事を。

 大半が持ち運びに時間がかかるものだったり、大きな物だったりと様々だがほとんどの者が既に荷物を寮へ運んでいたのだ。それを知る五代と翔一は二人へこう言った。心配しなくても、皆荷物を多かれ少なかれ運び入れているから二人も気にせず置きに行っていいのだと。

 

「それが終わったら、リンディさん達に会いに行こう。そこで光太郎さんも待ってるから」

「光太郎さんが?」

「待ってるんですか?」

 

 二人の言葉に五代は頷き、行動を促す。早くしないと遊ぶ時間が無くなると言って。翔一はキャロを案内するために女子寮へ。五代はエリオと共に男子寮へと入っていく。荷物を翔一と五代が持ったまま、その隣をエリオとキャロは嬉しそうに笑みを見せながら歩く。

 五代へスプールスの自然や動物との思い出を話すエリオ。逆に、接点が無かったために色々な事を話して理解を深める翔一とキャロ。そんな会話が無人の宿舎内に響くのだった。

 

 

 新暦七十五年 四月。ついに機動六課は動き出した。はやては部隊長として六課の人間全員に自分の思いを語っていた。そのはやての横には、なのは達隊長陣と五代達協力者三人が立っている。

 対して、はやて達の向かい側にはスバルやティアナだけでなくエリオとキャロのフォワードメンバーの姿や、ヴァイスやシャーリーなどの前線魔導師ではない者達の姿もある。更に寮母として参加するアインの姿さえあった。

 

「……なので、ここでの経験を生かして、それぞれがそれぞれの道を歩いていくために、成長出来る場所になる事を切に願ってます」

 

 はやてが話し終えたのを感じ、全員がこれで式は終わったと思った。だが、はやてはどこか楽しそうに笑みを見せると視線を五代達へ向ける。

 

「さて、気付いた方もいると思いますが、こちらにいる三名は局員ではありません。民間協力者として私達と一緒に働いてくれる人達です。皆さんから向かって右側から、食堂で働く五代雄介さん。同じく津上翔一さん。そして、整備員兼予備ヘリパイロットの南光太郎さんです」

 

 突然紹介され若干戸惑う三人だったが、それでもその場で一礼し笑顔で全員へ挨拶をした。五代は明るく、翔一は元気良く、光太郎は爽やかに。それに全員が好印象を受けたのを見て、はやては小さく頷いた。

 

「彼らは次元漂流者でありながら、この次元世界のために力を貸そうとしてくれる人達です。だからこそ、全員気兼ねなく色々と話をしたりして交流を図ってみてください。きっと、皆さんの今後につながる発見があるはずです」

 

 はやての言葉に五代達は苦笑する。一方、言われた方は真面目に受け取っている者もいればどこか疑うような感じの者もいた。それを見ながら五代ははやての意図を考えて呟いた。

 

「はやてちゃん、少し気を遣い過ぎたのかな?」

「いえ、多分俺達を少しからかいたいんだと」

「彼女らしいな……」

「お前達、まだ式は終わっていないぞ」

 

 ぼそぼそと話す三人へどこか呆れるようにザフィーラがそう呟く。それを聞いて微かになのは達が微笑む。こうして機動六課はスタートする。式も終わり、同じフォワードメンバーとしてスバルとティアナはエリオとキャロと顔合わせをする事になった。

 自己紹介を終えて互いの事を簡単に話した後、話題は四人に共通する事に変わる。そう、五代達の事だ。ティアナは翔一、スバルは五代、エリオとキャロは光太郎と、それぞれ関わりが深い相手が異なり、それ故に意外な話や納得の話などをし合っていた。

 

 ティアナとスバルは光太郎の情報がほとんどなく、エリオとキャロは五代と翔一がそこまでない。そのため、どちらかと言えば自分達よりも三人についての情報交換になっていた。

 だが、それもあってかすぐに四人は打ち解ける事となる。敬語を使おうとするエリオとキャロに、ティアナとスバルは普通に話して欲しいと告げたのもその一因。これからは背中を預け合う仲間になるのだし、共に気楽に笑い合っていたいと言って。

 

「ま、馴れ馴れしくしろとは言わないわ。でも、アタシ達は固い喋り方されるよりはそっちに近い方がいいの」

「そういう事」

「……分かりました。なら、これからよろしくお願いします。スバルさん、ティアナさん」

 

 エリオの呼び方にティアナは笑みを見せ、ティアでいいと返す。親しい者やそう呼んでもらいたい相手にはそう呼ばせているからと付け加えて。それにエリオは少し驚くが、嬉しそうに頷いた。

 

「あ、勿論キャロもね」

「はい、よろしくお願いします。スバルさん、ティアさん」

「キュク~」

 

 そうやって四人と一匹が楽しげに会話しているのを少し離れた場所から見て安堵している者がいた。なのはだ。思ったよりも早く打ち解けたようだと思い、小さく息を吐いて笑みを浮かべる。何となくだが、その原因が五代達にあると思ったのだ。

 どこまでも影響を与える人達だと、そう思いながらなのははティアナ達へ近付く。そう、他の者達はオリエンテーションなのだがフォワードである四人はこれから即訓練となっているために。

 

「もう話は終わった?」

「あ、はい」

「自己紹介とポジション、それと……ね」

「光太郎さん達の話を、少し」

 

 ティアナがやや苦笑したのを受け、エリオが同じ表情でそう続けた。それになのはは笑みを見せて、詳しい話は夜に休憩室でしなさいと軽く注意する。そして、そのまま四人を連れて訓練場へと向かう。これがスバル達の六課初日の光景だった。

 

 

 

 格納庫に置いてある四台のバイク。一台はヴァイスの私物。赤色を基調とした物だ。だが、その隣に置いてあるのは青が基調の変わったデザイン。そう、アクロバッターだ。更にその隣はビートチェイサー。その横が翔一のバイクとなっている。

 それを眺め、ヴァイスは光太郎へ視線を向けた。光太郎は自分も乗る事になるヘリを眺め、黙々とその整備をしている。ヴァイスは光太郎の事をあまり知らない。彼の中にある情報といえば、先輩であるシグナムから聞いた僅かなものと今日出会った時に交わした会話だけだ。

 

 それでも、光太郎が好ましい相手だとは思ったし、ヴァイス自身はとても話が分かる同僚だと思ったぐらいだ。先程もバイクの話やヘリの話などをして盛り上がったぐらいなのだから。

 民間とはいえ、光太郎もヘリパイロット。その話は局員としてしかヘリに乗った事のないヴァイスにはとても興味深かった。危険な状況へ向かう局員とは違い、楽しい空の旅を安全に送ってもらうために操縦する民間。その違いと、光太郎が話した世話をしてくれた社長夫妻の事はヴァイスにとっては色々と思う事もある話だった。

 

(でも、どうしてあんなに悲しそうな目をしたのかねぇ……)

 

 しかし、その思い出話をしている時、光太郎はどこか悲しい目をしていた。それにヴァイスは気付いていたが、敢えてそれに触れずにいた。

 自分も聞かれたくない事や言いたくない事の一つぐらいはある。光太郎の目からそれを感じ取ったため、ヴァイスは何も言わなかったのだ。何故ならそれは、自分が取り返しのつかない失敗をしてしまったような目に見えたからだ。

 

「ヴァイスさん、これは何です?」

「あー、今そっち行きますわ」

 

 気が付けば光太郎は整備を外から中へと移していた。そのため、内部機器が分からない光太郎は助けを求めた。光太郎がいた時代は平成元年。ミッドの技術はそこから遥かに先をいっている。だから光太郎には分からない物ばかりだったのだ。

 ヴァイスから機器の説明を受ける光太郎。それは、彼が初めてヘリに乗った時に似ていて懐かしさを感じさせた。何も分からない彼に優しく丁寧に教えてくれた佐原俊吉。彼がゴルゴムとの戦いを終え、心身共にボロボロになっていた際、それを助け再び生きる希望を与えてくれた光太郎の恩人との思い出を。

 

(……おじさん、いつかおじさんは俺に言ってくれましたね。生きる意味を見つけろって。生まれる命には、必ず意味があるんだ。そう信彦をこの手にかけた俺に言ってくれた事、今でも覚えてます)

 

 幼馴染で兄弟のように育った相手。それを自身の手で止めねばならなかった。そんな苦しみと悔恨の日々。それを俊吉は払い除けたのだ。事情は知らぬでも、自分の親戚である光太郎が悩んでいた事に気付き、それに何とか力になってやりたいと動いた事で。

 その姿と優しさに光太郎は立ち上がる力をもらった。その際、言われた言葉を思い出して光太郎は心で告げた。生きる意味、見つけましたと。二度と俊吉達のような犠牲者を出さないために、RXとして戦うと。

 

 そんな事を思いながら、光太郎はヴァイスの説明に頷きを返すのだった。ここで出会った者達を守り抜いてみせると誓うように。

 

 

「じゃ、今日はここまで」

 

 なのはの声が訓練場に響く。その視線の先には、疲れ果てた姿のスバル達の姿があった。なのはの訓練は想像以上に厳しく、四人はついていくだけで精一杯。結局、何にも良い所を見せられないまま訓練は終了したのだ。

 地面に突っ伏している四人を見てなのはは苦笑する。昔は自分もこうだったと思い出して。だからこう告げたのだ。思っていたよりも動けている。この調子で頑張ってくれるなら、必ずそれが報われるようにしてみせると断言までした。

 

「とりあえず、明日からは早朝訓練も始まるからね。今日はこれだけかな」

「あ、ありがとうございました……」

「「「ありがとうございました……」」」

 

 笑みを浮かべるなのはへティアナが何とかそう言うと、スバル達もそれに続いて声を出す。それが少し面白く感じ、なのはは小さく笑う。するとそこへ空間モニターが現れた。それは隊舎内全てに出現していて、五代と翔一の姿が映っている。

 その格好は共にエプロンと三角巾を付けていて、いかにも食堂のスタッフといった感じだ。そののどかさに二人を良く知る者達は笑みを見せ、知らない者達はやや呆気に取られていた。そんな空気を無視するように五代が翔一へ小さく掛け声を発した。

 

『本日より!』

『レストランAGITΩと!』

『オリエンタルな味と香りの喫茶ポレポレが!』

『開店です!』

 

 最初と最後だけ同時に告げ、後は交互に言葉を発しながら告げられた内容。それは食堂の宣伝だった。誰もがその光景と内容に声を失う中、二人はおすすめや一押しなどを次々と告げていく。それを聞きながらなのはは思う。これで六課の人間にも確実に五代と翔一の性格が分かったと。

 更にここで働く者で食堂に行かない者はいない。となれば、否応なく五代と翔一とは関わる事になる。そうなれば、絶対に少なからず影響はあるだろうとも思った。何せ、五代も翔一も天然の人誑しなのだから。

 

(でも、レストランアギトって……翔一さんらしいなぁ……)

 

 自分のもう一つの名前を隠すどころか堂々と使用する所に翔一らしさを感じるなのは。しかし、翔一がアギトだと知っているのは闇の書事件関係者以外では光太郎とツヴァイのみ。

 故に、きっとこの名の意味を理解する事は出来ないだろうと思い直し、なのはは意識をモニターへ戻した。どうやらもう宣伝は終わりのようで、二人は互いに何かないかと聞き合っていた。

 

『まだ何かあった気がするんだけどなぁ……』

『あ、五代さん。あれですよあれ。週一回の!』

『あ~! そうそう。それだ』

 

 盛り上がる二人だが、その後ろには苦笑するはやてと頭を抱えるグリフィスが映り込んでいる。そう、二人がいるのは食堂ではなく何と指揮所。つまり司令室だ。

 そこを頼み込んで使わせてもらっているのだが、どうもそれを段々忘れ始めているようだ。その証拠に、二人は画面さえ見ずに話し出していたのだから。

 

『週に一度、おれの技から何か一つを見せようとしてたんだよ。室内で出来る物にしようとは思うけど……外じゃないと駄目なのもあるからなぁ』

『なら、その時はこうやって中継ですかね?』

『あ、そっか。その手が』

『あ~、五代さんも翔にぃもそこまでや。わたしはいつまでも見ていたいし、聞いてたいけどな。仕事、戻ってくれるか?』

 

 どこか突っ込みのない漫才のような様相を呈してきたのを察し、はやてがそう苦笑しながら止めに入ったところでモニターが消えた。訪れる静寂。しかしその次の瞬間、どこからか笑い声が聞こえてきた。

 それは隊舎全体。二人のやり取りで性格は理解され、はやての冷静な締め方に面白さを感じたのだろう。なのはも確かに笑いを堪えるのが辛かったのだから間違いない。

 

 その証拠にティアナ達は笑っている。その笑顔を見たなのはは思う。この笑顔を守るために六課はあるのだと。なのはとフェイトは六課の設立理由は邪眼対策だと聞かされている。それも勿論あるのだが、はやてはまだなのは達に伝えていない事があった。

 それはカリムの予言。はやて自身もまだどこか不安に思う部分はある。だが、それを考えても仮面ライダーが三人いる事に大きな希望を感じていたのだ。故にカリムからは不安がないように見えるのだから。

 

(私達も五代さん達もあの頃とは違う。邪眼がどれだけ強くなっても、絶対負けないっ!)

 

 不屈の心に燃える希望の灯。それを確かに感じながらなのはは誓う。スバル達をあの頃の自分達よりも強くしてみせると。あのパーティーの後、五代と光太郎から語られた邪眼復活の事実。それに対し、その場にいた全員が決意を新たにしたのだから。

 

 今度こそ完全に倒す。その時の気持ちを思い出し、なのはは四人へ立ち上がるように言った。そしてお昼にはポレポレカレーが食べられるからと告げて笑顔を見せた。それに頷く四人を見て、なのはは先に戻っていると告げてどこか楽しげに歩き出した。

 その様子にキャロだけが意外そうな表情を浮かべる。ティアナはそんなキャロの反応に以前の自身を重ねて苦笑し、なのはも普通の人と同じだからと告げて歩き出した。そうやって歩きながら四人が話すのは昼食の事。カレーを知らないスバルに対し、翔一経由で食した事のあるティアナと地球の日本通であるハラオウン家にいたエリオとキャロはそれを知っていた。

 

「どんなの?」

「何も先入観無しで食べなさい」

「でも、美味しいですよ」

「私は甘い方が好きですけどね」

 

 ティアナは何も言わず、エリオは美味しいと保障をし、キャロは下手な情報を与え、それを聞いたスバルが混乱する。そんな会話をしながら四人もなのはに続けと隊舎へ向かう。視線の先には、真新しい隊舎があった。

 

 

 クラナガンにある時空管理局地上本部。そこの一室であるレジアスの執務室にグレアムがいた。共に向かい合うように椅子に座り、レジアスの秘書をしている娘のオーリスはそんな二人から少し離れた位置でそれを見つめていた。

 グレアムは本局の立場でありながらレジアス達地上を擁護し、支援をしている数少ない陸所属ではない友人。そうなったのはここ数年前からだが、その関係はそれほど悪いものではない。互いに局が発祥した世界を守る事が出来なければ、他の世界を守る事は出来ないと意見は一致しているのもある。

 

 だが、そんな関係にも関わらずレジアスの表情はあまり明るくなかった。それはグレアムが彼へ告げた内容にあった。

 

「それで六課へはあまり干渉するなと?」

「いや、大目に見てくれと言ったのだゲイズ中将。あの部隊は単なる実験部隊でない事は知っているだろう」

「例の聖王教会の小娘の予言とやらか。あんなものに振り回されて……」

 

 レジアスがそうグレアムへ反論しようとした時だった。グレアムは静かに懐からある写真を取り出してテーブルの上へ置いた。それを見てレジアスの表情が変わる。そこに写っていたのは、ヴィータと協力して崩れた瓦礫から男性を助け出しているアギトだった。

 その異形を見て言葉を失うレジアスへグレアムは告げた。彼らは仮面ライダー。邪悪を倒すために異世界より来た者達だと。その異世界という言葉にレジアスは訝しむような視線を見せる。次元世界にそんな存在がいる世界は観測されていなかったのだ。

 

 それを知るグレアムは簡単に説明をした。そう、闇の書事件の真相を。そして機動六課の本当の相手は、その際現れた不気味な存在だと教えたのだ。

 だが、その内容を聞いても信じられないとばかりにレジアスは表情を険しくする。並行世界を渡り、自分達と何の関係もない世界のために戦う者達などがいるとは思えない。そう考えたためだ。

 しかし、それを察してグレアムは小さく言った。彼らの姿勢は局員のあるべき姿と同じではないかと。それにレジアスは言葉が無かった。自分達と何の関係もない世界のために戦う。それは、確かに全ての局員に言える気持ちだったのだから。

 

「彼らは、本来いた世界でも人知れず恐ろしい怪物達と戦っていたそうだ。自分達の力は、全ての生きる者達の笑顔を守るためにあるのだと、そう思って」

 

 そう話すグレアムは、どこか眩しいものを見つめるかのような視線をレジアスへ向けた。レジアスはその視線に何も言えない。彼がもっと地上に人と資金をと叫んでいるのは、地上での被害を減らしたいからだ。その根底には、仮面ライダーと同じく全ての者達の幸せを、暮らしを守りたいとの思いがある。

 

(馬鹿な……こんな存在が本当にいると言うのか。噂は本当だったのか……)

 

 ここ数年ミッドで囁かれるようになった噂。仮面ライダーを名乗る異形達が災害現場や事件現場に現れ、局員や一般市民達を助けているというものだ。実際に目撃した者達もいて、その存在は今や一部の局員達の中では有名だった。

 よく目撃されるRX。それに次いでアギトが多い。クウガも少ない訳ではないが、二人に比べるとどうしても目撃回数は少ない。そして三人に共通するのはただ一つ。仮面ライダーを名乗り、決して人に危害を加えない事。

 

「ゲイズ中将、少し耳を貸してもらえないか」

「……分かった」

 

 グレアムの表情が真剣なものなのを見て、レジアスはきっとこの話絡みだと認識した。互いに身を乗り出し、グレアムはレジアスへこう囁いた。

 

―――六課には、その仮面ライダーが有事に備えて協力している。

 

 その言葉にレジアスは表情を一変させた。グレアムはそう言って再び姿勢を戻す。更に、どこか戸惑うレジアスへこう言った。その内の一人は戦闘機人関係者を追いかけているのだと。それが自分に向けて言われた物と気付き、レジアスはゆっくり視線を上げる。

 そう、光太郎とフェイトは管理局内部に関係者がいるのではと思い、既に調査をしていた。そこにはクイントからの情報が大いに役に立った。ジェイルから渡されたデータ。そこには、戦闘機人関係も当然あった。レジアス・ゲイズの名は戦闘機人をジェイルへ依頼した者として名前が上がっていたのだから。

 

「……何が言いたいグレアム提督」

「私は何もない。ただ、伝言を預かっているのだよ、その仮面ライダーから。君は地上の人間だ。なら、もしかすればその事件の関係者を捕まえる事もあるだろう。その相手に、こう言って欲しいそうだ」

 

 そう言うと、グレアムは一度目を閉じて息を吐く。そして、目を開くと静かに感情も込めずに告げた。

 

「人の命の重みを知るのなら、それを踏み躙る行為に手を出してはいけない。誰かを悲しませて残りを笑顔にしても、今度はその誰かが悲しみを生む。それを考えずに命を弄ぶのなら、容赦はしない」

「……そうか」

「それと、最後にこう言ってくれと。人ならざる哀しみと苦しみは、自分達だけで沢山だ……と」

 

 それだけ伝えるとグレアムは立ち上がった。もう用件は済ませたとばかりに。オーリスはそれを見てレジアスへ視線を向けた。レジアスは何も言わず、最後の言葉の意味を考えているようだった。そして、グレアムが部屋を出ようとした瞬間、その背に向かって言い切った。

 

「グレアム提督、そのライダーとやらに伝えてくれ。その言葉、確かに伝えておく、と」

「……分かった」

「頼む」

 

 人ならざる哀しみと苦しみ。その意味をレジアスはこう取った。ライダー達もまた何らかの犠牲者故に自身と同じ事が起きぬように戦っているのだ。人間の体へ手を加えて恐ろしい存在とする事を防ぐためにと。

 そう考え項垂れるようなレジアスにオーリスは何も言えない。初めて見たのだ。レジアスが激しく後悔している様子など。そんなレジアスへ気付いたのかグレアムがドアの前で立ち止まった。

 

「……レジアス」

 

 その場でグレアムは一度振り返り、公人としてではなく私人として言葉を掛けた。それにレジアスが視線だけ動かして応じる。

 

「私も君も、ライダーには感謝しなければならんな」

「……その話、今度家で飲む時にでも聞かせてくれ」

 

 グレアムの声から彼もかつて何かライダーとあったのだろうと気付き、レジアスはそう返した。その言葉にグレアムは頷いて部屋を出た。それを見届けたレジアスは息を吐いた。自分が指示した事が何を意味するかを改めて突きつけられたために。

 

(いっそ儂自身が戦闘機人になればよかったのかもしれん。儂がスカリエッティにやらせた事は結局犯罪者と同じ事だ。誰かに悲しみを強いて誰かを助けるのではいかん。それをどうして儂は忘れてしまったのだろうな。いつの間にか理想ではなく現実だけを見つめ、内容ではなく数だけを考えるようになってしまっていたとは……)

 

 オーリスはそんな父の姿を見て軽く驚いた。普段の高圧的な雰囲気とは違い、どこか昔の雰囲気に近かったのだ。親友のゼストと夜遅くまで正義について語って飲み明かし、母を困らせていた頃に。だがオーリスがそんな事を思い出している間にレジアスはいつもの雰囲気へと戻っていた。

 

 その後、レジアスは六課への干渉を最小限へする事を決め、自身は無視する形を取った。何か問題を起こさぬ限り、一切の手出しをしない。そうオーリスへ厳命した。

 こうして誰も知らない場所で六課を守るために動く者がいる。ライダーに助けられた者がまた誰かを助ける。その輪が繋がり、やがて大きな力となる。きっとそれが、世界を守る力に変わる。

 

 

 夜の森を歩く真司達。あの後何も起きない事に真司は疑問を抱いたが、ジェイルやクアットロなどはそれに納得していた。そう、邪眼がジェイルの姿をしていた事から一つの仮定を立てていたのだ。

 それは、あれがジェイルの受精卵を使って誕生しているという事。それならばその数は十二いるはずだ。それを証明するように起きるはずだったラボの爆発はなかった。それを踏まえた推測をジェイルは真司へ告げて納得させていた。

 

「で、これからどうするのさ?」

 

 オットーやディエチが枝を集めてISを使って起こした焚き火に当たりながら、真司はそう全員へ尋ねた。聞かれたナンバーズは誰も答えられないのか黙り、ジェイルだけがそれに困り顔で答える。残っている施設などへ行けばいいのだが、それを相手も当然知っている。つまり、自分達が知る場所へは安全を考慮して行けない事を。

 よって、今出来る事はウーノのISで周辺の調査を行い、当面の寝床に出来そうな場所を発見する事。その結果が出るまでは全員で焚き火を囲みながらしばらく話し合いとなった。そうなると話題は必然的にジェイルを模した創世王を名乗った怪物―――邪眼の話となった。

 

 不気味だったと誰かが言えば、どうやってラボに潜入したのかと疑問も上がる。更に一番の問題は、最後に見たISらしき能力。クアットロの物と同質の効果を持つ能力を使った事に誰も言葉がなかった。

 もし、あれが本当にISならば相手は全員のISを使える可能性がある。それを思ってナンバーズが揃って表情を歪めた。言うなれば、自分達の力がその自分達を困らせる事になるのだから。

 

 と、そこでクアットロがある事に気付いて一つの仮説を立てた。それは先程の龍騎との戦いを思い出しての仮説。

 

「もしかしたら、あいつは私達の中にあった受精卵毎にISを使えるのかもしれないわ。しかも、それは何度も使えるものじゃなくて回数制限か制限時間があるのかも」

 

「クア姉、それってどういう事?」

「……分かったぞ。もし奴が私達全員のISを使う事が出来るのなら、先程の戦いで何故私のライドインパルスやオットーのレイストームを使わなかった? それを使えば真司に勝てたはずだ」

「それだけじゃないわ。あいつは使えるはずのシルバーカーテンも使わなかった」

「そうか。使いたくても使えなかったとすれば、時間か回数に制限があると考えるのが妥当か」

 

 トーレの指摘にドゥーエが補足する。それを聞いてチンクがまとめを告げ、真司達はそれに少しだけその表情を緩めて納得していく。これは仮定でしかない。それでも信頼度は高いと感じていたのだ。

 残るISは十一。その中で戦闘に役立つものはそう多くないといえたからだ。安堵の息を吐く真司やセイン達妹組。対してそれでも表情を険しくしているのがドゥーエ達姉組だった。そう、彼女達は気付いているのだ。例え単体では戦闘向きではないISでも、連携すれば恐ろしい力を発揮出来る事を。

 

 ジェイルはそんな周囲の対比を眺め、どうしたものかと頭を巡らせようとしていた。すると、調査していたウーノが視線を彼へ向ける。現在地から一番近い建造物を発見したのだ。

 

「ドクター、ここから約三十分程の場所に建造物があります」

「そうか。なら、そこへ行ってみよう。今は例え局員でもいいから会いたい気分だよ」

 

 ジェイルの笑えない言葉に真司は頷いて返す。そして冗談めかしてこう言った。

 

「これから行く場所が悪い事をしてる奴らの隠れ家だったらいいのに」

「じゃ、それをあたし達が捕まえて管理局に感謝されようよ」

「いやいや、いっそそこを乗っ取って第二の家にするッス」

 

 そんないつもの空気に先程まで誰もがどこか感じていた悔しさや悲しさを薄れさせていく。真司とセインにウェンディのムードメーカーがいつものような話をするだけで全員に笑みが戻っていった。ついさっき住み家を失ったとは思えない程、明るく楽しげに話す真司達の姿と表情で。

 善は急げとばかりに焚き火から長い枝に火を移して簡易的な松明を作るチンク。それを手に先頭を行くのはトーレだ。そのまま真司達はぞろぞろとウーノが見つけた場所へ向かって歩き出す。明かりを手にした事もあってか雰囲気が明るくなると当然話題も変わる。その道中での会話は初披露となったサバイブの話へとなっていた。

 

 セインがかっこよかったと言ったのを皮切りに、口々にその強さと姿に賞賛と感謝を告げていく。真司がいなければあのままどうなっていたか分からない。その思いが全員にはあったのだから。だが、真司は周囲の言葉に照れながらもこう返した。

 

―――でもさ、みんながトイを相手してくれてたから俺はあいつだけに集中出来た訳だし。お互い様だって。助けてくれてありがとな。

 

 その言葉に誰もが真司らしさを感じて微笑んだ。暗い夜道を松明の明かりが淡く照らす。途中でその火を拾った別の枝へ移して、トーレは火傷しないように気を付けながら先頭を行く。

 

 少しでも今の雰囲気を壊すまいとして、セインが今の現状を旅だと思えばと言い出した。それを受ける形で真司がなら今日はキャンプかと続くと、野宿は嫌だとクアットロが文句を言う。そんなやり取りに感化されるように、もう一度風呂に入りたいとセッテが言えば、やや苦笑気味に我慢しろとトーレが応じた。

 せめて衣服をいくつか持ってきたかったとディードが呟けば、オットーはそれに頷き、そんな姉妹達を見たディエチが嬉しそうに笑みを見せれば、チンクも同じような笑みを浮かべていた。ウェンディはトーレから松明を受け取り、ノーヴェとやや先行する形で前を行きながら何かを話している。そして、ウーノとドゥーエは思った程妹達が悲しんでいない事に安心感を覚えていた。

 

 ジェイルはそんな様子を眺めながら笑みを浮かべて歩いていた。家は失ったが家族は守れた。そう思ってジェイルは隣を歩く真司へ呟いた。

 

「真司、あいつをラボから追い出すのを手伝ってくれるかい?」

「当然だろ。あそこは俺にとっても家みたいなものなんだからさ」

「……そう、か。そうだったね」

 

 真司の気負う事ない返事にジェイルは小さく笑みを浮かべるとそう言葉を返す。その後、二人には会話はなかった。ただ土を踏みしめる音だけを響かせて二人は歩く。その耳に聞こえてくるナンバーズの声を聞きながらいつも通りの表情で。

 やがてその視線の先に大きな黒い影のようなものが見えてくる。それが何なのかが分からない真司とジェイルだったが、先頭を歩いていたノーヴェは戦闘機人故に見えたのだろう。それを指さしてこう告げた。

 

「あ、見えたぞ。あれだ」

 

 渓谷の谷間にひっそりとある建物。その説明を聞いた全員が同じ事を考えていた。きっとまともな場所ではない、と。

 

 

「嘘から出た真とはよく言ったもんだよ」

 

 真司はそう呟きながらジェイルと共に周囲の光景を眺めていた。そう、真司が冗談で言った事が的中したのだ。見つけた建物は違法研究施設で、ジェイル達を確認するや否や問答無用で襲い掛かってきたのだから。

 仕方なくトーレ達が応戦。殺さぬように気を付け、加減をしながら施設の奥へと進んでいったのだ。そして、その奥に彼女はいた。小さい妖精のような存在―――融合騎と呼ばれる存在が。

 

 それを初めに見つけたのはセッテだった。拘束されているその体を見て痛々しい気持ちになったセッテは、細心の注意を払ってその拘束を取り除く。自由になったその体は落下を始めるが、それをセッテが優しくその手で受け止めた。

 

「……ぇ?」

「大丈夫か、妖精さん」

 

 真司からおとぎ話を良く聞いていたセッテは、目の前の相手がその中に出てきた妖精だと思い密かに感動していた。一方の相手は、突然見も知らない相手から心配されている現状に混乱していた。

 彼女は一先ずセッテへ礼を述べ、状況を把握しようとする。そこへ施設の制圧が終わったため、のんびりと歩いて真司とジェイルが現れた。するとジェイルがセッテの手にいる存在を見て反応を見せた。

 

「おや……融合騎だね」

「「融合騎?」」

 

 ジェイルの言葉に真司とセッテの声が重なった。ジェイルはそれに苦笑しながらゆっくりと説明を始めた。古代ベルカ時代に騎士を助けるために生み出された存在。それが融合騎。

 それぞれに適正の高い主がいて、それ以外とは融合出来なかったり、出来ても真価を発揮出来なかったりと欠点はあるものの、自分と合った騎士と融合すればその力はかなりの物になる一種のデバイスのような者だと。

 

「……でも、今は全滅したと思っていたんだけどね。そうか、ここは彼女を研究していたのか」

「ドクター、この子は助かりますか?」

 

 セッテの悲しそうな表情にジェイルは静かに視線をその手に乗る存在へ向ける。弱ってはいるが、十分に回復出来るだろう。そう判断しジェイルは頷いた。まずは食事と休息が最優先と言って。

 それにセッテは頷き、手にした融合騎を真司へ託すと急いで施設内部の探索に加わったのだった。融合騎のために必要となりそうな物を探すために。

 

 残された二人は仕方ないのでそこにある設備を使って融合騎の事を調べ始めた。そこで判明したのはあまりにも少ない情報だった。研究データ以外のものはなく、彼女自身に直接関係しそうな事はたった一つしかなかったためだ。

 

「烈火の剣精……」

「それが彼女の識別名みたいだね」

 

 そこに載っていた言葉を聞いて、真司は妙な親近感を感じていた。烈火とは龍騎のサバイブカードの名でもあるからだ。

 しかし、その後ジェイルはこう言った。識別名はあっても名称はないと。つまり、彼女には名がないのだ。それを聞いた真司がなら名前を付けてやろうと決心するのはある意味で当然と言えた。

 

「うし! なら、俺が何か名前考えてやるか」

 

 そう言って真司は手に乗っている小さな命を見つめ、色々と考える。

 

「通り名が烈火みたいなもんだから……じゃあ、紅蓮」

「す、少し怖いよ……」

「なら……真紅とか?」

「あ、何かいいかも……」

「お。それなら……焔は?」

「……さっきの方がいい」

 

 真司の挙げる”烈火”から連想する言葉に融合騎は反応を返す。そのやり取りを聞きながら、ジェイルは一人今後の事を考えていた。とりあえず今日はこの施設で過ごす事になる。ここに残っている食料などを拝借し、その後どこへ向かうかを考えなければならない。

 しかし、真司やナンバーズはともかく彼は犯罪者だ。中々当てなどあるはずもなく、ジェイルは頭を悩ませる。その後ろでは未だに真司による名前挙げが続いていた。

 

「う~ん……龍火」

「……微妙」

 

 三国志に出てくる英雄と同じ響きを持たせたにも関らず、酷評を返され真司は軽く落ち込んだ。だが、龍に対してではないと思い再び考え出す。龍に拘っていたのは、彼女が真司の挙げた龍華の名前に反応し、龍が気に入ったようだったからだ。

 真司はその後も龍を活かした名前を何とか挙げるのだが、どれも彼自身もどこかしっくりこないと思っていた。そこで真司は龍そのものを使うのではなく、その特徴になる物を挙げようと思った。

 

「……よし、アギトはどうだ?」

「アギト……アギト。うん、それがいい」

「うっし! これで決まったな」

「うん」

 

 龍の顎門。炎を吐く口の別名。真司はそこから名付けた。それに彼女―――アギトも気に入り、こうして名前は決まったのだった。

 真司達が出会った融合騎。その名は、烈火の剣精アギト。龍騎士と出会えし古の力。共に烈火を持つ二人の出会いが、また一つ闇に対する力と変わる。



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過ぎ行く日々はOne&Only

と、言う訳で皆様が予想された事が起きます。どうしてもStS編は序盤龍騎が比重が重めです。


 機動六課始動から一週間。その間特に何か動きがある訳でもなく、スバル達は訓練と書類仕事だけで過ぎる日々だった。なのは達も指導や書類仕事ばかり。五代と翔一は食堂で大忙しで働いていた。光太郎はヴァイスと理解を深め、彼の後輩であるアルトからも慕われる事になる。

 

 ロングアーチと呼ばれる部署の所属であるアルトは、フェイトの補佐でもあるシャーリーやアースラで事務官をしていたルキノと共に三人娘と影で呼ばれる密かな人気者。彼女のおかげもあり、光太郎はいち早く他の課員達と親しくなっていく。

 

 ちなみに五代が初披露したのは折り紙。動物や乗り物などを紙で作り上げ、食堂の一角に飾ったのだ。それが女性達の心を掴み、五代が作った折り紙は瞬く間に食堂から姿を消す事となった。その後もたまに欲しがる者がいたため、五代は追加で数点の折り紙を折っている。

 翔一の作る料理は職員達の胃袋を完全に掴み、五代のコーヒーは一部の者に大変気に入られた。リインはそんな二人を補佐しながら、寮母としても精力的に働いていた。男子寮はリインが、女子寮はアイナが責任者となっていて、夜はアイナがいないためにリインが両方の責任者となっている。

 

 食堂を基点に課員達と繋がりを持っていく五代と翔一に対し、光太郎はアルトやヴァイスなどを通じて繋がりを増やしていく。持ち前の勘で探し物を見つけたり、見かけ以上に怪力だったりもその要因となって。

 

 一方フォワードメンバーはといえば、ティアナはなのはの教導が基礎固めばかりしかやらない事に疑問を持って、その意図を尋ねに行くなど自然と疑問を解決するべく動き、スバルは光太郎がかつて一度会った事のある相手と思い出して、奇妙な縁を感じながらも関係を深めていた。

 エリオは光太郎や翔一から五代が長物の扱いが上手いと聞き、それを軽く教わったりしながら中国拳法―――ほとんど五代の自己流に近い―――も教わって少しずつ強さを磨き、キャロは翔一から彼やはやて流の簡単で美味しいレシピを教わり、いつかミラとタントに食べさせると意気込んでいた。

 

 訓練ばかりの日々。それでも、四人は文句も不満もなく過ごしていく。焦りそうになると、五代が、翔一が、光太郎がさり気無くそれを薄れさせ、迷った時には、なのはやフェイト、はやてが言葉や経験などを踏まえて意見を与える。

 ヴィータやシグナムはあまり口を出さないが、それでも四人が聞けばそれに答え、シャマルは優しく相談に乗る頼れるカウンセラーとして四人に認知されていく。ザフィーラは、早朝起きた時に光太郎と手合わせしている光景を目撃され、その強さに四人は認識を改める事になった。

 

 たった一週間。その間に四人は様々な事を知り、また少し成長していくのだった。そして、そんな彼らに新たな力が託される事になる。

 

「……じゃ、今日はここまで」

 

 夕方の訓練を終了し、なのはは座り込む四人へ笑顔でそう告げた。今日はシュートイノベーション。制限時間内になのはへ一撃入れるか、彼女の射撃を時間内避け続ける事が今日の訓練内容だった。

 何とかティアナとキャロが援護に徹し、スバルが突進力を生かして道を切り開いたところをエリオが加速力でその道を突き抜けるという戦法で合格を掴み取ったのだ。

 

「「「「ありがとうございました」」」」

「うん、すぐに返事は出来るようになってきたね」

 

 体力がついてきた事を確認し、なのははそう言って笑う。その言葉にスバル達は苦笑しか出来ない。初日の事を思い出せばなのはの言葉はそういう反応をする事しか出来ないために。

 そしてなのはが歩き出したのを見て、スバル達も立ち上がって後を追おうとした。だが、その時エリオが視界に映った何かに気付いて視線を下げる。そこにはスバル手製のローラーブーツがあった。

 

「スバルさん、それ煙出てますよ」

「え? うわっ!? ホントだ!」

「ティアさんのデバイスも……」

「……みたいね。あ〜、今日かなり酷使したからなぁ」

 

 自作である二人のデバイス。長年使ってきた上に今日の訓練でかなり無茶をしたため、その二つはその寿命を全うしようとしていた。完全に沈黙した自分達の相棒を悲痛な面持ちで見つめ、スバルとティアナは言葉がない。

 手製であるという事は、それだけ愛着もあるという事。初めて使った時から苦しかった事や嬉しかった事などを思い出し、二人はただ黙って物言わぬ相棒を見つめていた。そんな光景にエリオとキャロもどう声を掛ければいいのか迷っていた。

 

 すると、なのはがスバルとティアナの気持ちを汲み取って少し悲しみを込めた声で告げた。

 

「……悲しいけど、その子達は立派に生きて眠ったから本望のはずだよ。二人がどんな思いで使って、そして大事にしてたかは、その子達が一番良く知ってるから」

「なのはさん……」

「そう、ですね」

「だから、今はゆっくり眠らせてあげて。その思いを受け継ぐデバイスを準備しなきゃいけないし……」

 

 二人の手にしたデバイス。ローラーブーツとアンカーガンを指して命と評したなのは。その思いが嬉しくてスバルは瞳を潤ませ、ティアナは頷いた。だが、なのはの告げた思いを受け継ぐデバイスとの言葉に、二人だけではなくエリオとキャロも驚きを見せた。

 その四人の視線を受け、なのはは小さく笑みを浮かべてついてきなさいとばかりに歩き出す。それを追って四人も歩く。向かう先は隊舎内のデバイスルーム。そこでは、目覚めの時を待つ力と想いがあるのだ。

 

「スバルとティアナに専用のデバイスをって考えたキッカケは、実は五代さんと翔一さんなんだ。ほら、あの試験会場で初めて会った時に二人が使ってるのがストレージだったでしょ。五代さん達はデバイスって言うとインテリジェントしか知らないに近いからね」

「それでアタシ達にもインテリジェントを?」

「うん。でも、知ってるとは思うけどインテリジェントは高価で相性もある。だから翔一さんと八神部隊長がティアナのデバイス費用を、五代さんと光太郎さん、それにフェイト隊長がスバルのデバイス費用をそれぞれのお給料から捻出する形で製作したんだ」

「そんな……どうしてそこまで」

 

 スバルの言葉になのはは邪眼の事を言うべきかどうか迷うも、まだその時ではないと思ってこう答えた。それはその内分かるからと。そのなのはの声がやや険しい事に気付いて四人は思わず足を止める。

 何かあると悟ったのだ。スバルとティアナへインテリジェントを作らねばならない理由が。そしてそれがとてもよくない内容だとも四人は察していた。だがそれをなのはへ尋ねる事はしない。その内分かると言われたのなら、自分達はその時を待つだけと思って。

 

 こうしてなのは達はデバイスルームを訪れる。そこで初対面を果たすスバルとマッハキャリバーにティアナとクロスミラージュ。今はまだ眠りし力。それを二人が手にする時、機動六課は本当の始動を迎える事となる。

 

 

 

 夕食の時間となり、再び忙しさを増す食堂。五代は自作のクウガのマークが入ったエプロンをつけ、コーヒーにカレーにと動き回り、翔一も自作のアギトのマーク入りのエプロンをつけ、特製アギト御膳(ご飯、味噌汁、漬物、旬の物を使った和風のおかずが二品)やアギトセット(パン、季節のスープ、旬の物を使った洋風のおかずが二品)の調理に大忙し。

 

 無論、喫茶ポレポレとレストランAGITOには他のメニューもあるが、人気はその二つ。リインはそんな翔一の補佐と五代のサポート、更にそれ以外の雑務をこなす八面六臂の活躍を見せていた。

 ちなみに、リインがつけているのはクウガのマークにアギトのマークが重なったエプロン。邪眼を倒した際のものを五代が表現した唯一無二の物だ。

 

「五代、私とザフィーラにナポリタンを頼む」

「あたしはアギト御膳だかんな」

「私は……はやてちゃんどうする?」

「わたしはセットにするわ。リインもそれでええな?」

「はいです!」

 

 八神家五人の注文を受け、五代と翔一は無言でサムズアップ。リインはそんな二人に苦笑しつつお盆を準備。まず出来上がったのはナポリタン。それを手にしてシグナムとザフィーラは先にテーブルへ。

 ザフィーラは狼の姿でいる事が多いのだが、食事時や鍛錬時はこうして人の姿をする事となっていた。それは翔一が望んだため。彼はザフィーラをペットではなく人と思っているので、狼の姿での食事は禁止と告げたのだ。

 

 二人が席につき、少ししてセットが完成。はやてとシャマル、ツヴァイが動き出し、ヴィータはそれを眺めて不満顔で翔一へ早くしろと急かし出す。それに翔一は苦笑しながらも御膳を完成させてお盆をヴィータへ差し出した。

 

「へへっ、やっぱ美味そうだな」

「お昼にシグナムが食べとるの見て、ずっと言うとったもんなぁ」

「リインは少しもらったです」

「私も迷ったけど、夜あまり食べると太るから」

「なら、夜に甘い物は取るなよ」

「湯上りの甘味が一番いかんと聞いたが?」

 

 賑やかなはやて達。それを見て笑みを浮かべる五代達。更にそこへ外回りを終えたフェイトが顔を出す。その隣には光太郎がいた。車を預けるついでに連れ立って歩いてきたのだ。

 

「お、今は空いてるかな」

「みたいですね」

「いらっしゃいませ」

「独創的な味と料理のレストランアギトか、オリエンタルな味と香りのポレポレ。どちらのご利用ですか」

 

 翔一が笑顔で迎えれば、五代がそれにやや畏まった口調で問いかける。それに二人は苦笑を返し、何を食べるかと話し合う。その間に五代達は返ってきた食器を洗ったり、この後の状況を予想しながら準備を始める。

 やがて二人の意見が決まったのか、フェイトと光太郎が笑顔でポレポレカレーを注文。それに五代が言った言葉に軽く周囲が言葉を失う。

 

「カレー二つね。注文、どうもありが豆板醤は四川の決め手」

 

 その言葉に光太郎もフェイトも苦笑するしかない。五代の言葉で食堂にいた全員が視線を彼へ向けたからだ。そして、その五代の言葉に翔一が頷き、小さく今度自分も何か言わないといけないと呟くのを聞いたリインが軽く頭を抱えていた。

 そんな中、即座に用意されるポレポレカレー。二人がこれを頼んだのは時間が早いのも理由の一つ。それと、これを頼むと五代が必ずサービスとして五代ブレンドのコーヒーをつけるのだ。

 

「はい、これはサービス」

「ありがとうございます」

「いつも思うけど、これでいいのかい?」

 

 採算などを考えてない五代のやり方に光太郎がそう尋ねる。それに五代は笑みを返して頷いた。損して得取れですからと、そう言って五代はサムズアップ。自身で納得出来る行為と思っている。そう光太郎へ示したのだ。

 それに光太郎とフェイトが納得して笑みを見せる。するとその言葉を聞いていたはやてがにやりと笑みを浮かべて五代の方へ顔を向けた。

 

「なら、その分五代さんのお給料から引かせてもらおか」

「あっ! そりゃないよはやてちゃん」

 

 はやての容赦ない言葉で途端にその笑顔を崩す五代。はやてはその反応に笑いながら冗談だと返す。その言葉に安堵の息を吐く五代を見て今度はその場にいた全員が笑い声をあげた。

 こんな風に五代が笑いを取る時は大抵人が絡んでの事が多い。翔一の場合は若干それとは違う形となるが基本は一緒だ。和やかな雰囲気に包まれる食堂。だが、五代と翔一は揃って小さく首を傾げていた。

 

「……遅いね」

「遅いですね」

 

 その理由は未だ姿を見せない若者四人組だった。いつもなら元気良くお腹を空かせたスバルとエリオが現れ、それに続く形でティアナとキャロがフリードと共にやってくる時間なのだ。

 

「何かあったかな?」

「訓練が長引いてるのかもしれないですね」

「ティアナちゃんが反省会してるとか」

「あ、じゃあスバルちゃんがお腹空きすぎて動けないとかはどうです?」

「……五代のはともかく、翔一の意見はどうかと思うぞ」

 

 来ない理由を予想し合う二人に、リインはそうどこか笑いを堪えるように告げる。それにやや反省する翔一と苦笑する五代。そのまま三人は再び意識を仕事へ集中していく。

 その頃、その本人達はなのはから教えられたデバイスの事で頭が一杯だった。スバルとティアナは完全新型で恩人達の想いが作らせたインテリジェント。エリオとキャロは既に持っているデバイスを本格的な物へとするために機能を解除する事となっている。

 

 エリオは槍型のアームドデバイスであるストラーダを、キャロは手袋型のブースとデバイスであるケリュケイオンをデバイスマイスターでもあるシャーリーに預けてきたのだ。

 

「でも、まさかねぇ……」

「アタシ達に専用のインテリジェントなんて……」

 

 スバルとティアナは先程聞かされた話を思い出し、そう言い合った。スバルはローラーブーツに代わる”マッハキャリバー”を、ティアナはアンカーガンに代わる”クロスミラージュ”をそれぞれ与えられる事になっていた。

 それを明日には渡され、訓練に使用する事になる。そう考えると不謹慎だが心が弾むのだ。未知なる力を秘めた新型デバイス。それを使いこなす事が出来ればまた一歩強くなれると考えて。と、そこでスバルの空腹を訴える音が鳴り響く。

 

「あ、あはは……ごめん」

「とりあえず食堂に急ぎましょうか」

「そうだね。五代さん達は待っててくれますけど、早く行ってお仕事終わりにして欲しいですから」

「そうね」

「そうと決まれば急ごう。ポレポレカレーが待ってるよ!」

 

 先を行くように急ぐスバルに三人が笑いながら急ぎ足で歩き出した。その途中でそれぞれのデバイスに想いを馳せて語らうその光景は、既に以前からそうだったような印象さえあった。

 

 

「あ~、生き返るなぁ」

「ですねぇ」

「やっぱり広い風呂はいいよなぁ」

 

 男子寮の風呂に浸かり、表情を緩める三人の男。五代と翔一、そして光太郎だ。エリオもそんな三人と同じように力の抜けた顔をしている。ヴァイスとザフィーラは揃って洗い場で頭を洗っていて、隣のグリフィスは眼鏡が曇るために何度もレンズを拭いては険しい表情をしていた。

 先程までは整備員達や他の者達もいたのだが、五代達が現れるのと入れ替わりで風呂から出ていったため、今はそれだけしかこの場にいない。六課は部隊長がはやてである事もあって日本色が強い。この大浴場もその一つだった。

 

「でも、こうなると温泉に行きたいですね」

「あ、いいね。六課の慰安旅行とかじゃ駄目かな?」

「はやてちゃんは賛成するだろうけど、きっと無理だろうね」

「なら、僕は銭湯って所がいいです」

 

 三人の言葉を聞いたエリオがそう笑顔で告げた。光太郎から色々な話を聞いたエリオ。その中には、そういう暮らしの中の話もあった。五代達もエリオの言葉に懐かしさを感じて頷くと銭湯に関する思い出を語り出す。

 風呂上りの牛乳が美味いと五代が言えば、ラムネもいいですよと翔一が言う。光太郎はコーヒー牛乳も捨て難いと言って、二人に頷かれていた。そんな話に置いていかれた形になり、エリオは完全聞き役に徹していた。それでもその顔は楽しそうに笑っていたが。

 

 やがてヴァイスやグリフィスもその会話へ参加し、ザフィーラはその話を聞きながら海鳴にあるスーパー銭湯の話を出した。その思い出話に翔一も懐かしそうに応じ、五代も聞いた事はあると返して、そこからヴァイスやグリフィスも巻き込んだ銭湯話へと発展した。

 

「女湯と声が筒抜け?!」

「マジかよっ?!」

「そうなんだよ。壁の上が繋がっててさ。先に上がるよなんて伝えたりしてね」

「そうそう。俺はよく上がるのが早いって言われたなぁ……」

 

 グリフィスとヴァイスが反応した事に五代はそう説明し、光太郎は懐かしむように言って遠い目をする。だが、それを聞いた翔一が最近の銭湯はそうじゃないと返し、ザフィーラがそれを肯定する。エリオは五代達の話に人の繋がりを感じていたので、その良さが無くなった事実に軽くがっかりしていた。

 一方、ヴァイスは別の意味で残念がっていた。だが、それを察したグリフィスが呆れたような視線を向ける。加えて覗きをする気ですかと鋭く突っ込み、ヴァイスがそれに何が悪いと反論し始めた。

 

 そんなヴァイスを見てザフィーラがエリオへ静かに告げた。あんな男にはなるなと。それにエリオが真剣に頷いたのを見て五代達三人は苦笑するのだった。

 

 そうやって男性陣が盛り上がっている頃、女子寮の大浴場でも狙ったかのように銭湯の話をしていた。

 

「お風呂にそんなに種類を作るなんて……」

「面白そうですね!」

「うん。機会があったら一度連れて行ってあげたいけど……無理かなぁ」

 

 なのはがやや残念そうにそう告げると、スバルが少し慌てて気にしないで欲しいと手を横に振る。こちらでの話のキッカケは、スバルの湯上りのスポーツドリンクが美味しいとの発言。それに、その場にいたはやてがフルーツ牛乳だと返したところからこの話題は始まったのだ。

 ヴィータがコーヒー牛乳が一番と言うと、それにフェイトが同意し、シグナムは普通の牛乳が至高と断言。それを聞いたシャマルとリインが揃って頷き、ツヴァイとキャロは話についていけずそんな会話に聞き入るのみ。

 

 一人なのははスバルとティアナに地元のスーパー銭湯の内容を話し、それに二人は感心するやら呆れるやら。本来なら、スバル達となのは達隊長陣が共に入浴する事は稀である。訓練終わりに汗を流しに来るスバル達とは違い、なのは達は簡単な書類仕事等を片付け、それから入浴となるからだ。

 しかし、今日はデバイスを見に行った事に付随し食事が遅くなった事が影響した。そのため、このようにスバル達となのは達が出くわしたという訳だった。そして、もう一つ現状へ至った理由がある。

 

 そう、なのはは本来ならば夜遅くまで掛けて訓練プログラムを組み上げるのだが、それを精密に神経質とまで言えるような程作りこんでいないためだ。その要因の一つは、なのはが撃墜されていないため。そして、もう一つは五代の存在だった。

 

 それは、最初の夜になのはが作業していた時の事。何となしに夜の散歩をしていた五代がなのはを見かけたのだ。夜も更け、日付が変わるまで二時間もないにも関らず訓練場の設定をしているのを見て、五代はなのはへ聞いたのだ。何故そこまでしている理由を。

 それになのはは自分が長期間の教導をした事がない事を話し、スバル達のために出来るだけの事をしたいと思っているからだと語った。そこには長期教導をした事のない不安があった。それを聞いた五代はなのはの考えを理解したと頷いたが、こう告げたのだ。

 

―――なのはちゃんが考えている程、人って弱くないよ。

 

 その言葉の意味を判りかねているなのはへ、五代は笑みを浮かべて言った。何から何まで完璧にしなければいけない。そう思うのはいい。だが、それが必ずしも相手のためになるとは限らないと。

 時には、どこか至らない場所があってもいい。それもいい経験として力に変えるのが人なのだ。五代はそう言ってなのはを見た。いい加減にやれとは言わない。しかしあまりにも根を詰めるのは良くないからと、そう告げて。

 

「訓練前に疲れてたら、意味ないよ」

「……そうです、ね。なら、これぐらいにします。細かい調整とかは……それが必要になったらで」

「うん。それでいいよ」

 

 笑い合う五代となのは。そして、揃って歩きながら会話する。なのはが少し冗談で何かミスをしたらどうしようと言うと、五代は少し考えてこう告げた。

 

「大丈夫。失敗しても、後悔しても、悩んでも、困っても、それでもみんな、前に進んでいくんだから」

 

 サムズアップ。それになのはもサムズアップ。自分がどこか迷った時、道を示してくれる笑顔がそこにある。なのははそう考え、ある事を思い出す。自分はエースと呼ばれる存在。優れた空戦魔導師に与えられる称号。それに対し、優れた陸戦魔導師にはストライカーという称号がある。

 どちらも状況を一変させる存在という意味合いが込められているが、五代達仮面ライダーはまさにそれだ。だが、エースもストライカーも彼らには相応しくないと思ったのだ。

 

 そう、言うなればヒーロー。状況を一変させるではない。いるだけで勝てると思う存在。不可能さえ可能にするであろう者。それがあの戦いでなのは達が感じた感覚。絶望を払い、希望を灯す。いるだけで絶対大丈夫と断言出来る何かを持つ者。それが、仮面ライダーなのだから。

 

 なのはがそんな事を思い出している横では、はやて達を見つめる者がいた。ロングアーチ三人娘の一人、ルキノだ。彼女からすればはやて達はエリート魔導師。それがやたらと庶民じみている事に軽い驚きを感じていたのだ。

 

「……い、意外とはやてさん達って庶民的なんだ」

「ルキノ、その気持ちは分かるけどさ、はやてさん達もあたし達と同じようなもんだって。月給聞いたら、そこまで大差あるって訳でもないし」

「そうそう。仕事が忙しくなる割に見返り少ないんだよ。それに、フェイトさん何でもお仕事請けちゃうし……」

 

 女三人寄れば姦しいとばかりにアルト達が会話している視線の先では、はやて達が既に話題を湯上りの飲み物から五代達三人へと変えていて、シグナムが光太郎は模擬戦をしてくれない事をぼやいていた。

 だが、それにシャマルが軽く呆れ気味にため息を吐く。シグナムが模擬戦を望む相手である光太郎。そして同じそれとなく要望している相手の五代。その二人にはある共通点があったのだから。

 

「仕方ないでしょ。光太郎さんも五代さんも基本戦う事が嫌いだし」

「だな。翔一だってどうしてもって言ってやっとだろ」

「……一度でいいと言っているのだが」

「あ~、無理無理。五代さんも光太郎さんも平和主義者や。力を使う事は最後の手段やからな」

 

 はやての言葉にフェイトが頷いた。それを見たシグナムは心の底から残念そうに項垂れる。リインは、そんなシグナムへ苦笑すると同時に大袈裟だなと告げた。それにツヴァイが同意するように頷いた。だが、キャロはどうしてシグナムがそこまで光太郎や五代との模擬戦に拘るのかが分からなかった。

 

(光太郎さんも五代さんも、そこまで強いとは思えないんだけど違うのかな……? 魔法使えないし、シグナムさんよりは弱いような……)

 

 二人が仮面ライダーだと知らないキャロにとって、二人は一般の魔法を使えない者達よりは強い程度の認識。勿論光太郎がザフィーラと手合わせしたのを見たのでかなり凄いとは思っている。それでもバインドなどを使われれば勝てないと思っているのだ。

 そんな風に考えるキャロの後ろでは、スバルとティアナがこの後の事を話していた。休憩室を使って談笑しつつお菓子を食べる事は決まっているのだが、話題を何にするかを決めかねていたのだ。

 

「やっぱり仮面ライダーについてかな?」

「う~ん……でも、噂程度しか話せないでしょ」

「じゃ、なのはさん達も誘ってみようか」

「……時々アンタの素直な思考が羨ましくなるわ」

 

 上司に当たり、しかも仕事などで忙しいなのは達隊長陣。それを雑談に誘って貴重な時間を使わせる事を躊躇いもせずに提案するスバル。そんな彼女にティアナはやや呆れながらそう答えた。

 それを聞いていたのか、なのはが少し嬉しそうに笑みを浮かべて二人へ視線を向ける。そして二人へ構わないと告げながら念話でフェイトとはやてに声を掛けた。内容は、一度スバル達にライダー達の事を話しておこうというもの。

 

 なのはは、今後戦う事になる相手の事だけではなく、共に戦う仮面ライダーについても情報を与えておくべきだと考えた。いざという時に驚いたり、心乱す事がないようにと。そう告げるとフェイトとはやても少し迷ったが、確かにそうしておくべきだと判断した。

 何せ、五代も翔一も光太郎も変身の必要があれば躊躇う事無くすると知っているから。真実を教える必要はない。ただ、事実を教えて心構えだけでもしておいてもらおうと。

 

【それに、スバルとティアナは五代さんがクウガって知ってるんだよ。なら、レアスキルや特別製のバリアジャケットとかで通じる気がする】

【ま、確かにキャロ達にもある程度の情報は知らせとくべきか】

【……いいよ。でも、極力光太郎さん達の詳しい話はしない方向で】

 

 こうして、なのははその場にいた全員に話したい事があると告げ、風呂上りに五代達も含めて話す事になった。それに不思議そうな反応を見せるスバル達へ、なのはは少し真剣な声で告げた。話は五代達や二人のデバイス製作に関する事だと。

 

 

 六課の男子寮と女子寮は渡り廊下で繋がっている。そのため行き来は簡単に出来るのだが、消灯時間になるとその渡り廊下が施錠され、行き来出来なくなるのだ。寮母であるリインに言えば開けてもらう事は可能だが、余程の理由がない限り不可能。

 そして、憩いの場所である休憩室は男子寮側の渡り廊下からすぐの所にあった。そこに五代達は集まっていた。その手には飲み物やタオルなどを持っていて、実に見た目は和やかだ。しかし、放している内容は全てそういう訳ではない。

 

「……で、俺はスバルちゃんと会ったんだ」

「はい。私の忘れられない思い出の一つです」

 

 六課の主だった人間が勢揃いで休憩室にいる異常な光景。寛いでいる格好だが、雰囲気はどこかそうではないのは話題のためだろう。

 あの後、エリオを通じて休憩室へ呼び出された五代達は、なのは達が仮面ライダーの事を教えたいという話に初めこそ戸惑った。が、邪眼がいつ現れるか分からない以上、いつまでも黙っておくのも不味いと思い了解して現在に至る。

 

 まずはなのはやスバルによるクウガの話。事情を知らない者達へ、なのはは五代達をレアスキル持ちと告げた。それは、自身の体を強靭な鎧で覆い、危険な状況に対応させる事の出来る能力だと。

 それを聞いてスバルもティアナも納得していた。クウガの姿を実際見たスバルとそれを聞いていたティアナからすれば、その説明は実にしっくりくるものだったのだ。

 

 そして、二人以外にもエリオやキャロなども理解すると同時に納得していた。どうして何の力もない五代達を六課に誘ったのか。その理由を聞いたと思ったからだ。五代も翔一も光太郎も同じ能力を持つ者達。

 だが、それはあまり頻繁に使うものではない。そうはやてが告げると、五代達もそれに頷いた。出来る事なら使わないままでいたいと五代が言うと、光太郎がそれに無言で頷き、翔一はそうですねと同意したのだから。

 

「じゃ、次はアギトの話?」

「そうや。翔にぃの話やな」

 

 そのままはやてが語るアギトの話。様々な場所で救助活動をしていた時の事を話し、ヴィータやシャマル等が補足などをしながら懐かしむ。ティアナは、自分が知らない所で翔一が災害と戦っていたと知り、その事を自慢もしない所に密かに感心していた。

 エリオ達も翔一が人知れずしていた内容に、素直に尊敬の念を抱いていた。普段明るくどこか抜けているような雰囲気さえ漂わせる翔一が、危険な場所へ赴き、命を助けていたのは、驚きと共に敬意を払う行為だからだ。

 

「……という訳で、翔にぃも立派な災害救助者や」

「でも、俺だけじゃ出来ない事ばかりだったから。はやてちゃんやシャマルさん達がいてくれて、助ける事が出来たと思うよ」

 

 はやての誇るような言い方に、翔一はそう柔らかく否定するように告げた。自分一人では出来ない事ばかり。はやて達が支えてくれたからこその結果だと、そう強く言い切って。

 それに照れくさくなるヴィータを見て、シグナムが小さく笑みを見せる。シャマルとリインは微笑み、ザフィーラは無言。はやては胸を張ってツヴァイはそれの真似をする。

 

「最後はRXだね。私と光太郎さんは、ミッド限定だけど一緒に捜査をしていたんだ」

 

 フェイトが一つ一つ思い出すように話し出す。それは出会いの空港火災から始まって、つい最近までの事件にも及んだ。それを語っている時のフェイトはどこか懐かしむような目をし、声には喜びと感謝が滲んでいた。

 光太郎と出会ったからこそ、今の自分やエリオ達がいる。そうフェイトが言うと、エリオとキャロが頷いて返す。兄のように思っているとエリオが言えば、キャロも同じように感じていると告げた。

 

 そこに込められたのは、親愛。光太郎をただの兄代わりなどではなく、心から慕っているという想い。そして同時に二人はフェイトへも想いを伝える。フェイトが自分達を引き取ってくれたから、こうして笑い合っていられるのだと。

 そこには救われた感謝と出会えた喜びが込められていた。笑顔でありがとうと告げる二人に、フェイトは一瞬言葉を忘れ、その後感極まったのか瞳に涙を浮かべた。それを見た光太郎がそっとハンカチを差し出す。その二人を見つめ、誰もが思った。フェイトと光太郎にも、特別な絆が出来ていると。

 

 仮面ライダーを知り、その正体を知ったスバル達。だが、それは事実であって真実ではない。彼らが背負った使命。その重さと苦しさは、まだ欠片さえ見せられていない。何故ならば、それを完全に知る者は六課にはいないからだ。

 フェイトも光太郎の事情を知りはしたが、五代と翔一の事情を完全には知らない。三人が持つ”人”ならざる痛みと哀しみの記憶。それをなのは達が完全に知る時、六課の戦いは終局を迎えるのかもしれない。

 

「でも、これで話は終わりじゃないんだ」

「うん。六課に五代さん達が協力してくれている理由。それを話さないとね」

「闇の書事件。その真相と結末を、話そか……」

 

 なのはの言葉にフェイトとはやてが続く。その真剣な表情と雰囲気にスバル達は揃って息を呑んだ。闇の書事件自体は局内でも有名な事件。その真相と結末。光太郎も知ってはいるが、詳しい話をもう一度と思い、黙って三人を見つめていた。

 そしてはやてが静かに語り出すのだ。全ての始まりと、ここに至る流れを。闇を飲み込む邪悪な存在との戦いの記憶を。

 

 

「真司、これは?」

「それはラー油。辛いけど、それを使うと美味いんだ」

 

 アギトの質問に真司は笑顔で答える。現在、真司達はあの施設を使って昼食中。メニューは真司の希望で餃子となった。そう、アギトと出会った事を祝うために。チンクが陣頭指揮を執り、真司監修の下餃子は完成し、現在凄まじい勢いでそれが無くなっていた。

 小麦粉から皮を作ったためかなりの重労働になったが、全員の協力で何とか昼食に間に合う事が出来た汗と努力の結晶なのだ。材料も何とか施設にあったので無事に餃子を作る事に成功した。

 

「……辛っ! けど……美味しい……これ、美味しいよ」

 

 真司へ驚きながらも笑みを見せるアギト。名前を付けたためか、アギトは真司を気に入りその傍にいるようになった。セッテも自身を助けてくれたためかアギトは気に入っていて、昨夜は共に寝たぐらいの懐き方だ。

 

 結局あの後、施設を使って真司達は一夜を過ごした。中にいた者達は一室へ閉じ込め、その扱いや今後を踏まえて食事終わりにジェイルが結論を伝える事になっている。いつまでもここにいる訳にもいかないし、違法行為をしていた者達を放置するのも気が引ける。

 そのため、ジェイルは一大決心をしていた。それを決めた理由はただ一つ。あの平和で楽しい時間を取り戻すためだ。邪眼が未だに自分達の家を占拠している事は明白。故に、それを駆逐しなければならない。しかし、今のジェイル達だけでは戦力が足りないだろうと考え、ある事を決断したのだ。

 

「……さて、食事も終わったようだし、今後の事を話そうと思う」

 

 ジェイルの言葉に全員が真剣な面持ちでその顔を見つめた。アギトも簡易的にではあるがジェイル達の素性とここに来た経緯を聞いていた。その際、ジェイルからは犯罪者と言われたが、真司達の性格や接し方などからアギトは彼らを悪人とは思っていなかった。

 きっと何か事情があったのだろうと、そう考えていたのだ。それに真司達は実験動物にされていた自分を助けてくれた恩人。その恩に応えずに融合騎は名乗れない。そう思ってさえいたのだから。

 

(創世王だが何だか知らないけど、真司達の家を取り戻すためにアタシも手伝わないと……)

 

 アギトは融合騎。騎士とユニゾンする事でその真価を発揮する。だが、残念ながらその適正が高い者がいなかった。真司は全員からかなり期待されたものの融合係数は低く、アギトは結局ロードを見つける事が出来なかった。

 それでも簡単な魔法は使える。微々たる力でも、何かの役には立つだろうとアギトは思っている。そう思って表情を凛々しくするアギトの耳にジェイルの声が聞こえてきた。

 

「まず……ここを管理局に教える」

 

 そのジェイルの言葉にほぼ全員が納得した。ここは違法施設。詳しく調べれば色々な事が分かるだろう。そして、ここの者達の処分も局に任せるのが妥当と言えたからだ。しかし、そんな納得が出来る内容から一転、誰も予想しなかった事をジェイルは告げた。

 

「そして、伝える相手はゼスト隊だ」

 

 その瞬間、全員が声を失った。特に真司達ゼスト隊を知る者は絶句。オットー以降の四人は知らない故の戸惑い。アギトは、そんな周囲の様子に困惑していた。

 その状況を見てジェイルは静かに語り出す。自分達が対峙した相手。邪眼がもし想像通りの相手ならば、ラボを使って何をするか予測が出来ない。なら、これは既に自分達の手に負える範囲を超えていると。

 

「だから私達と接点のあるゼスト隊を頼り、管理局と共にそれと対峙する」

「でも、兄貴が倒したじゃんか! なら、今度も……」

「ノーヴェ、君の言う事はもっともだ。でも、真司がサバイブを使って何とか一体だよ? 同時に三体も四体も襲われれば……どうだい?」

 

 ジェイルの諭すような問いかけにノーヴェは返す言葉を失う。それを横目にし、代わりにトーレが口を開いた。

 

「負けるでしょう。我々が手を貸しても無理です。ベントカードは一度の変身で一度きりしか使えない」

「……ファイナルを使ってしまえば真司君もあいつを倒す手がない、って事ね」

「かといって、その都度変身し直す時間をくれるとも思えんしな。……ISも使ってこれるとしたら、次回は今回のようにはいかないかもしれん」

 

 トーレに続くようにドゥーエとチンクが返す言葉。それに全員が悔しい思いをしていた。龍騎が強化した力を使ってでしか倒せない相手。しかし、その真司は自分達と違いただの人。戦闘機人であるにも関らず、その真司に助けられるしかない自分達。その現実にそれぞれが不甲斐無さを感じていた。

 

 だが、アギトがここで抱いた疑問をぶつけた。それは、彼女以外には当然の事として話されていたある単語。

 

「ね、変身って何?」

 

 その言葉に真司が自分のカードデッキを見せる。そして仮面ライダーの説明をするのだが、それがサバイブにまで及んだ時、聞いていたアギトが何か思いついたように表情を輝かす。

 

「ねぇ! その烈火ってカード使ってみせてよ! アタシの通り名と同じだし、見てみたいんだ」

「……まぁ、もう隠す必要ないしなぁ」

 

 アギトの興味深々という目に真司はどこか照れくさいような感覚を覚えるが、既にサバイブを見せる事への抵抗はない。子供のようなアギトの目と純粋に見たいという気持ちに真司は小さい頃の自分を思い出していたのだ。

 幼い頃見ていた架空の存在。正義の味方のショーなどでその姿に憧れた事もある真司としては、アギトの言葉はその頃の自分と同じに思えたのだ。

 

 こうして、真司はアギトへサバイブを見せる事にした。変身を見てアギトは興奮し、更にサバイブの影響で周囲に炎が走った時などは本当に子供のようにはしゃいだ。

 だが、サバイブとなったその姿を見て、アギトは呆然となりながらも呟いた。

 

―――アタシの……理想のロードだ……

 

 紅蓮の炎を纏うような龍騎の姿。真紅の鎧に身を包み、焔を想像させるその威容。アギトはそれを見て心から思ったのだ。自分の仕える騎士は、龍騎しかいないと。

 そして、無意識にアギトは龍騎へと近付いていく。龍騎はそんなアギトに気付き、どうしたのかと尋ねるのだが、それに返ってきた言葉はたった一言。

 

「ユニゾン・インって言って」

「え? ユニゾン・イン?」

 

 その瞬間、龍騎に吸い込まれるようにアギトが消える。その次の瞬間、龍騎の鎧の背後から炎の翼が出現した。その変化に驚く龍騎とジェイル達。融合係数が低いはずの龍騎。それが完璧な程にユニゾンしていたのだ。

 ジェイルは事情を聞こうと龍騎の中にいるアギトへと呼びかけた。すると、龍騎が少し理解出来ていないという感じで彼女の言葉を告げる。どうも真司の時は融合係数が低いのだが、変身してサバイブになった途端、それが著しく変化したのだと。

 

 その理由は分からないが、ジェイルはおそらくサバイブの影響だろうと結論付けた。龍騎の体を変化させるサバイブ。それはきっと体の構造を作り変えるに近い効果があるのだろうと判断して。

 融合係数も、もしかしたらその影響を受けて変化したのかもしれない。それを聞いた龍騎はなるほどと頷いた。一方でアギトは龍騎とのユニゾンに感無量だった。

 

(すごい……すごいよ、この感じ! 間違いない……真司がアタシのロードだっ!)

 

 全身で感じる一体感。力が溢れ出すかのような感覚にアギトは気分が高揚していくのを感じていた。一方の龍騎も龍騎で驚いた事がある。それは魔法が使えるようになっていた事。正確には、魔法の影響を受けるようになったのだ。

 背中に翼が出現したのを見て、試しにと飛行魔法をアギトが使ってみた。すると龍騎が空を飛んだのだ。それを見てトーレとセッテが揃って笑みを見せた。空戦だけが龍騎の不得意な戦場。それを良く知る二人だからこそ、その光景は嬉しく思う物でしかない。

 

(これなら奴が私のISを使おうと……)

(例え空戦に持ち込まれても……)

((負けないっ!))

 

 龍騎の弱点が克服された事。それは喜ばしい以外の何物でもない。相手がサバイブの情報を得た今、龍騎とアギトのユニゾンは何よりの切り札となり得る。相手の情報を逆手に取り、翻弄し困惑させる。

 龍騎が地上戦も空戦も出来るのなら、戦術の幅も大きく広がる。そう考え、トーレは視線をウーノとクアットロへ向けた。どうやら二人も同じ事を考えていたようで、トーレの視線に笑みを返してみせたのだ。

 

 そして、龍騎が変身を解除するのと同時にアギトも強制的にユニゾンを解除された。だが、その表情は笑顔。少し疲れた真司へ向かって、アギトは嬉しそうに言った。

 

―――真司、アタシはアンタをロードに決めた!

 

 その言葉に全員が小さく驚きを見せるが、先程の光景を見れば確かにそれは納得がいくと真司以外は頷いた。真司はどこか自分には相応しくないと言ったのだが、アギトがあまりに熱心にロードになってくれと言うので、条件付きでそれを承諾する。

 条件は一つ。自分と違い、普段からアギトとユニゾン出来る高い適正の相手を見つけたらそちらへ声を掛ける事。ただし、いくら適正が高くてもアギトが気に入らない相手ならその限りではないとは言ったが。

 

「え~? 真司で本決まりでいいじゃないか」

「でもベルカの騎士ってまだいるんだろ? ならきっとその内見つかるって」

「でもなぁ……真司以上の相手はいないだろうし」

「そうか?」

「おう、あんなに相性いい相手なんてそうそういないさ」

 

 そんな風に話す二人。真司の肩に乗っかり、満面の笑みを見せるアギト。そんな笑みに真司もどこか嬉しそうな笑みを返す。それを見てセインがやや拗ねたように口を尖らせ真司へ文句を言い出した。

 会ったばかりなのに仲が良い事に腹を立てながら真司の腕を掴むセイン。ちゃっかり胸を押し当てる事で真司をびっくりさせるのが彼女らしい。それを見たウェンディが面白がって便乗し、更に混沌と化す真司の両脇。

 

 それを見つめて苦笑するジェイルとドゥーエ。微笑ましく見つめるはウーノとクアットロだ。一方で何とも言えない表情を浮かべるのがチンクとトーレ。真司とはしゃぎ合うのをどこか悔しそうに見つめるセッテとノーヴェ。そしてディエチとディードにオットーは純粋に羨ましがっていた。

 アギトはそんなセインとウェンディの行動に不思議そうな顔をしたものの、真司が動揺しているのが面白いのか笑い声を上げていた。こうしてジェイル達は行動を開始する。全ては、あの楽しく穏やかな時間を取り戻すために。



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解明される幾多の謎

ここで五代と翔一がどうして同一世界観ではないのかの説明を。ある意味便利なディケイド設定でした。


「光太郎さん」

「ん?」

 

 六課男子寮。はやて達の話を聞き終え、エリオは光太郎と部屋に戻って眠りにつこうとした。しかし、どうしても気になる事があったのだ。それはRXの事。レアスキルと言われたが、何故かエリオにはそんなものではないような気がしていたのだ。

 明確な理由も根拠もない。だからこそ聞きたいと思った。光太郎の口からその事を。どうして、そんな力を手に入れたのか。それだけがどうしても知りたかったのだ。キャロも竜召喚というレアスキルを持っている。だが、それはキャロが望んで得たものではない。それを本人から聞いていたエリオとしては、光太郎達の変身も何か理由があったのだろうと考えたから。

 

「どうして、変身出来るようになったんですか?」

「……それが、俺の運命だから……かな」

「運命?」

「ああ。ライダーとして、多くの命を助け守る。そのために、俺はきっと……生まれたんだと思う」

 

 光太郎の言葉にエリオは黙った。光太郎の声からどこか悲壮な印象を受けたのもある。だが、それ以上に感じ取ったのだ。自分の生まれた意味を見出し、それを強く信じる光太郎の強さを。

 それは彼が憧れ追い求める男の姿。力に自惚れる事無く、ただ真っ直ぐにその全てを誰かのために使おうとする心。優しく、頼もしく、そして強い在り方がそこにはあった。

 

「……分かりました。答えてくれてありがとうございます」

「ははっ、答えになってなかった気もするけどエリオ君の疑問が晴れたのならいっか。じゃ、寝よう。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 

 共に笑みを見せ合って二人はベッドに横になった。目を閉じ、エリオは思う。いつか自分も光太郎のように己の生まれた意味を見つけたいと。そして、エリオ・モンディアルだけの生き方を歩いて行くのだと、そう強く決意する。

 エリオは知らない。光太郎が告げた言葉。それは、彼にもう一度生きる力を与えてくれた言葉に対する答えだったとは。

 

 同じ頃、五代と翔一はある事を確認し合っていた。光太郎との初対面で聞いたある名称に関する事。

 

「え? ゴルゴムとクライシスを知ってる?」

「はい。だって、一時期大変だったじゃないですか。俺は小さかったですけど、それでも名前ぐらいは」

 

 今日の思い出話を聞いた五代は光太郎から聞いた組織の事を思い出し、翔一へ尋ねてみたのだ。そして、返ってきた答えは五代の予想外のもの。翔一は光太郎の語った組織を知っていたのだ。

 それを聞いて五代は一つの結論を導き出した。それは、自分と翔一や光太郎のいた世界は違うという事。それに伴い翔一が知っているクウガは自分ではない事が分かった。

 

 五代はゴルゴムもクライシスも知らない。にも関らず、翔一はそれを知っている。つまり、五代のいた地球と翔一のいた地球は別世界なのだ。翔一の世界で未確認と戦ったクウガは、五代ではない誰かがなったクウガだ。

 そこまで考えた五代は何故未確認が出た時光太郎達が日本へ現れなかったのか理解した。いなかったのだ。五代がいた世界に仮面ライダーは。クウガが最初の仮面ライダーで、最後の仮面ライダーだったのだから。

 

(……じゃ、クウガのアマダムがキングストーンっていうのも……)

 

 並行世界。そんな言葉が五代の頭の中をよぎる。きっと五代と翔一達の世界は出発地点は同じ。ただ、細かな部分が違うのだ。一つは、ゴルゴムなどの怪人組織の有無。次は仮面ライダーの有無。

 そのどちらも無いのが五代の地球。どちらもあるのが翔一達の世界。故にアマダムをキングストーンとして精製し使ったのがBLACK。原石のまま使ったのがクウガ。そう結論付けたのだ。

 

「翔一君、そっちのクウガって最後どうなったの?」

「えっと……確か未確認がいきなり大量に現れて……それを操ってた親玉みたいなのを倒したって聞きました」

「大量に現れた?」

「はい。そういえば、その時クウガと一緒に未確認と戦った奴もいたとか」

 

 翔一の語る話に五代は困惑した。自分が戦ったダグバはそんな事をしなかったからだ。もしかするとダグバにはそういう力もあったのだろうかと考え、それをすぐに五代は否定した。

 未確認の目的は殺人をゲームとして行なう事。それを一人でするのが未確認のルール。だとすれば、大量の未確認を操って戦わせるのは、ルールに反すると考えたのだ。

 

 そして、そうなると残る可能性は一つしかない。だからこそ、最後の確認をしたかった。故に五代は翔一へ問いかける。

 

「……翔一君」

「はい?」

「その親玉みたいな奴って、四本角?」

「……いえ、違いますね。そんな特徴は聞いた事ないです」

 

 その答えで五代は確信した。翔一の世界の未確認と自分の世界の未確認は違う存在だと。そして同時に思うのだ。自分が苦しみ、悩み、嫌気を感じながら続けた戦い。それを同じようにやる事になった者がいた事を。

 そのもう一人のクウガに五代は思いを馳せる。きっと、そのクウガもみんなの笑顔のために戦っていたのだろうと。そこまで考え、五代はそのクウガに心からのサムズアップを送りたいと思った。

 

 しかし、その時翔一が何かを思いだしたように呟いた。どうしてアンノウンとの戦いの時にはクウガが現れてくれなかったのだろうと。それに五代は考える。翔一も五代の話から薄々自分の世界と彼の世界が違う事を把握したが故の疑問だったのだ。

 すると、五代が搾り出すように答えた。アギトがいたからだろうと。それに翔一は不思議そうな表情を返すが、五代はそれにどこか遠い目をして続けた。

 

「きっと、そのクウガは最初こそアンノウンと戦おうとしたはずだよ。でも、きっとアギトの姿を見たんだ。だからこう思ったんじゃないかな。日本はアギトがいれば大丈夫って。それなら自分は他の場所で現れるかもしれない奴らに備えよう。そう考えて日本からいなくなったかもしれない」

「……海外、ですか?」

「うん。それとも、他の先輩ライダー達に会ったのかもしれない。だから日本をアギトに託して自分はアギトのいない場所を守るんだ……って感じかな」

「それ、五代さんならそうするって事ですか?」

「…………うん。俺は、俺しかいないなら。そう思ってクウガやってた。でも……」

「でも?」

「光太郎さんに会って、先輩ライダー達の話を聞いて分かったんだ。俺しかいないならじゃない。俺が俺だから戦うんだって。クウガじゃないとしても、俺はきっと、未確認をどうにか出来るならどうにかしたいって思ったはずなんだ。だって……」

 

 そこで五代は一旦言葉を切った。そして、深呼吸をした。翔一はそれを見てやや不思議そうな表情をする。五代が何を言うのか分からなかっただけではない。どうしてそれを告げるのに、仕切り直したのかが分からなかったのだ。

 翔一は知らない。五代が言おうとしているのはただの答えではない事を。それは、これからの自分の決意。今までも変わる事の無かった覚悟。彼が戦士となると自覚するに至った明確な意思表明だった。

 

―――こんな奴らのために、誰かの涙は見たくないって、そう思うだろうから……

 

 その言葉に込められた想い。それは、五代の全て。みんなの笑顔のために。それを目指して戦い、自分の笑顔をすり減らしながらも勝利を掴み取った男の心がそこにはある。翔一もそれを感じ取り、黙り込んだ。

 自分はアンノウンと戦う時、五代程の決意があっただろうか。ここまで誰かのためにと思ってアギトになったのか。そんな事を考える翔一。だが、その思った事を五代に伝えると、それに彼は笑顔でこう告げた。

 

「大丈夫! 翔一君だって、アギトとして戦ったのは誰かのためだったはずだよ」

「えっ?」

「真魚ちゃん、だよね。それに太一君に先生。ほら、三人もいる」

 

 五代は言った。自分だって、いきなりみんなを守ろうなんて思わなかったのだ。最初は、父を失い涙する少女を見て、それを二度と繰り返させたくなくてクウガとして戦う決意をしたのだから。

 始まりは一人の笑顔でもいい。大切なのは、それを守りたいと決意した初心を失わずにいれるかどうか。聖なる泉を枯らす事無く、戦える事。それが五代の中での絶対条件なのだ。

 

 こうして、五代と翔一は互いの戦いの記憶や思い出を語り合い、夜明けまで寝ずに過ごしてしまう。翌朝、仕込みに現れない事を不思議に思ったリインが起こしに行くまで、二人は死んだように眠る事となる。

 

 

 一方、女子寮のスバルとティアナの部屋では、先程の話の興奮が冷めやらぬのか二人が会話に花を咲かせていた。

 

「まさか翔一さんが仮面ライダーだったなんてなぁ」

「驚きだよね。私達が目標にしてた人達が、二人してライダーだったんだもん」

 

 二段ベッドに横になりながらそう話す二人。彼女達が災害担当の陸戦魔導師として現場で働き出した頃、流れ出した噂。仮面ライダーを名乗る異形が災害や事件現場へ現れ、局員や市民を助けているという話を思い出していたのだ。

 それがまさか、こんな身近にいた者達のやっていた事だとは夢にも思わなかったと二人は考え笑みを浮かべる。特にティアナは、あの翔一がそんな事をしていたとは思わなかったため一番驚いていたのだ。

 

 スバルは五代がクウガなのでむしろ納得していた。自分の時と同じように人を助けるクウガを想像し、一人嬉しく思っていたぐらいなのだから。と、そこでティアナはふと気付いた。それは翔一に命を助けられた兄の事。

 

「……お兄ちゃんは知ってたのかしら?」

「あ~……どうだろ? でも、可能性は高いんじゃない? だって、ティアのお兄さんは自分を助けてくれた翔一さんを恩人だって言って家に連れてきたんでしょ?」

「となると、お兄ちゃんは知ってたな」

 

 スバルの言葉でティアナは真実を導き出した。あの兄が知らない訳がない。そう、いくら命の恩人だからといって家に連れて来て面倒を見るなんて考えてみれば妙なのだ。きっと翔一がライダーと知っていたからそれを隠す意味もあっての居候だったのだろうと。

 今度会ったら色々と言う事が出来たと思い、ティアナは邪悪な笑みを見せる。それをスバルは見る事が出来ないものの、何故か悪寒を感じて掛け布団に隠れるように体を入れた。すると、疲れていたためかスバルはそのまま静かな寝息を立て始める。

 

 それに感化されるようにティアナも目を閉じて眠りについた。闇の書事件に関する色々な事を聞いたが、二人にとっては五代と翔一の話が占める度合いが大きくそこまで不安要素はなかった。そう、邪眼の話を聞いても。

 

 だが、そうではない者も当然いる。それはダブルサイズのベットに横になっているキャロだった。その隣にはフェイトがいる。普段であればキャロも体を寄り添わす事はあっても密着する事はない。しかし今日は違った。キャロはフェイトにしがみつくようにしているのだ。

 原因は、はやてが語った邪眼の話。その恐ろしさとおぞましさにキャロは恐怖を覚えたのだ。いくら五代達が一度勝ったと聞いても、その時の戦力を考えれば不安になるのも仕方ないとフェイトも思っていた。

 

 高ランクのなのは達三人。そこに制限無しの守護騎士達。更にユーノとクロノ。アルフとリーゼ姉妹を加えた中にクウガとアギトでやっとだったのだ。今はそこからユーノ達五人が抜けて、代わりにいるのはスバル達フォワードメンバー四人と光太郎だ。

 しかしなのは達はリミッターがあり、下手をすればあの頃よりも戦力減といえる。有事の際はそれを解除出来るが、それでも中々厳しい戦いになるだろうとフェイトも思っていたのだ。

 

(キャロ達は、まだ発展途上だから……ね)

 

 既に戦力として完成していたクロノ達。それと比べ、スバル達はまだ実戦経験が圧倒的に足りない。今の状態で邪眼に出会えば怯え竦んでもおかしくないのだ。実際、アルフ達でも邪眼を相手取った時、精神疲労が大きかったのだから。

 今のままではスバル達は戦うどころか動く事も辛いだろうと考え、フェイトはキャロの頭を優しく撫でる。いざとなったらキャロ達を戦わせる事無く、邪眼を倒してみせると思いながら。そんな彼女へキャロの不安に揺れる声が掛けられた。

 

「フェイトさんは……怖くないんですか?」

 

 それにフェイトは柔らかい笑みを見せて頷いた。きっと最初は驚くだろうなとどこか思いながら。

 

「怖いよ」

「え? じゃあ」

「でも、でもねキャロ。私は、戦わないでキャロ達が危険になる方がもっと怖いんだ。だから、戦うんだよ」

 

 キャロの言葉を遮るようにフェイトはそう言い聞かせる。あの頃の自分にはない強さ。それがキャロ達の存在。今なら分かるのだ。何故五代達があれ程まで強かったのか。

 守りたいモノがある。失いたくない者がいる。それだけで、人は強くなれるのだとフェイトは知ったから。そして、もう一つあの頃のフェイトにはない強さの要因がある。

 

(今は、光太郎さんが……RXがいる)

 

 自身が共にこの数年間顔を合わせて来た頼れる相手。どんな状況からでも必ず生還する存在。エリオとキャロの兄のような存在で、自分にとっては背中を支えてくれる大きな存在となった仮面ライダーがいる。それがフェイトの新しい希望の光。

 

「フェイトさん、私、どうしたら……」

「大丈夫」

 

 サムズアップ。それだけでキャロの顔から不安が薄れる。それにフェイトも笑みを浮かべながら、優しく諭すように語り掛けた。

 

「焦る事はないよ。ゆっくりでもいい。キャロはキャロらしく歩いて行けばいい。いつか、キャロも自分だけの強さに出会えるから」

「私だけの……強さ」

 

 フェイトは光太郎だったらどう言うだろうと考えながらキャロへ告げた。自分に大きな影響を与えた光太郎。いつも、どんな時でも希望を与えてくれた男。哀しい秘密を語りながらも、それでも強く生きていけると自分へ告げたRX。

 その心強さにフェイトは感銘を受けたのだ。人ならざるモノになったとしても、心さえ人ならばそれは人なのだ。そうフェイトは強く思う事が出来るようになったのだから。

 

 そんな事を考えながらフェイトは気付いた。キャロがいつの間にか眠っている事に。その寝顔が安らかなものである事を確認し、フェイトは微笑んだ。フェイトの言った言葉を考えている間に、眠気が来て寝たのだろう。

 恐怖も不安もそれで忘れる事が出来たのだ。そう判断し、フェイトも目を閉じた。キャロには言っていない言葉。それは、光太郎がいるから怖くないというもの。フェイトにとってはクウガやアギトよりも身近になった仮面ライダー。

 

(……大丈夫。絶対RXが、ライダーがいてくれれば……)

 

 赤と金、そして黒のヒーロー。その姿が並び立つのを想像し、フェイトも眠りについた。その表情は、キャロに負けない程安らかな寝顔だった。こうしてほとんどの者が休憩室での話で反応を見せる中、唯一雰囲気の異なる部屋が女子寮にあった。

 

『そう、休みはしばらくないんだ……』

「ゴメンね、ユーノ君。スバル達の教導を優先しちゃって」

 

 自室でモニターを使ってユーノと会話するなのは。あの日以来、二人はこうして夜には必ずその日の事を話すようになっていた。申し訳なさそうななのはに対し、ユーノは別にそこまで悲しみはない表情を浮かべていた。苦笑しているのでなのはらしいと感じているのだろう。

 ユーノと話すなのはは寝間着姿。それにユーノがどこか嬉しく思っていたのもある。今までもなのはと夜会話する事はあった。だが、そういう時のなのはは必ず部屋着か制服だったのだ。

 それが今は寝間着姿。つまり、それだけ自分に気を許してくれたという事。そう思い、ユーノはなのはの休暇がしばらくない事にも悲しみは少なかったのだ。

 

『いや、いいよ。……邪眼の相手をするなら、彼女達を鍛えておいた方がいいからね』

「ユーノ君……」

『何も戦力としてじゃない。遭遇した時、彼女達が無事に生き残れるようにだよ。だからなのは』

「うん。ちゃんと心も鍛えるよ。体だけじゃない。……大切なのは、挫けない気持ちだからね」

 

 ユーノの言いたい事を理解し、なのはは笑顔で断言する。自分達が邪眼と対峙した時、挫けそうな気持ちを支えてくれたクウガとアギト。その時、なのはは思ったのだ。いつか、自分も二人のようになりたいと。誰かを励まし、心を支えるような人に。

 教導官になったのはそれがキッカケ。自分の感じた全てを言葉に、行動に込めて伝える。それで少しでも誰かの助けになれたらと、そう思って。

 

 そして、今はそのライダー達と共にスバル達を育てる事が出来る。いつか、なのはは五代達にもスバル達の教導に参加してもらいたいと思っているのだ。それをいつにするかは決めていないが、絶対に実現させてみせると。

 自分が抱いた不安や恐怖と言った負の気持ち。それをスバル達が感じる事がないように心を鍛えてみせる。そう改めて決意してなのはは表情を若干凛々しくした。それに気付いてユーノがどこか言い出し難そうに咳払い。

 

『こほん。えっと……でもねなのは』

「ふぇ?」

『出来るだけ……時間を作って欲しいかなって。ほら、デートとか行きたいし、さ』

 

 ユーノの言葉になのはは顔を赤くする。しかし、それに黙っている訳ではない。頷いて笑みを返す。自分もユーノと同じように二人の時間を作りたいと思っている。そう言葉を添えて。

 その後、二人は少し他愛のない会話をして就寝の挨拶を交わした。その通信を切る間際、ユーノがさり気無くなのはへ向かってこう告げた。

 

―――おやすみなのは。愛してるよ。

 

 その言葉になのはも同じようにおやすみと言葉を返そうとして固まった。そして彼女が立ち直った時にはモニターは何も映さず、ユーノの姿は消えていた。やられた。そう思うもなのはに浮かぶのはやや嬉しそうな悔しさだ。

 

「……もう、あんなの反則だよ」

 

 そう怒るように呟くなのは。だが、少しも表情に怒りはない。そのまま彼女はもう何も移さないモニターに向かって小さく告げる。

 

―――おやすみユーノ君。私も愛してるから。

 

 その声には、心からの想いが込められていた。六課で唯一愛する異性がいるなのは。それが今の彼女を強くし、また同時に弱くしている事をまだ誰も知らない。

 

 同時刻、女子寮の中で一番大きな部屋にはやて達八神家の声があった。寝る前の最後の雑談とばかりに全員で集まっての会話。それは楽しく賑やかなものだった。

 

「しかし……改めて考えると、凄いなぁ」

「クウガにアギト、RXだもんな。しかもRXって翔一が言ってたBLACKの進化したものだっけか?」

「ヴィータ、少し言い方が悪いぞ。進化した姿、だ」

 

 はやての言葉にヴィータが指折り数えるが、そのもの扱いにシグナムが苦言を呈する。はやて達の部屋は大人数のため特別仕様。はやて、シグナム、シャマル、ヴィータ、リインと五人もの女性がいて、更にツヴァイとザフィーラまでいる。

 だからこそ翔一はザフィーラを自分達と同じ部屋へと誘ったのだ。何せ現状ではザフィーラは完全にペット扱い。共有スペースで狼状態になり、犬のような姿勢で眠っているのだから。

 

「でもBLACKの頃でも強かったなら、RXはもっと強いだろうから安心ね」

「五代が言うには、クウガの真なる姿の変化した姿ではないかとの事だ」

「凄まじき戦士、だったか。なってはならない姿だと言っていたな」

「じゃあRXは、そのなってはならない姿って事ですかぁ?」

 

 シャマルの言葉に続いてリインが言った内容にザフィーラが補足をする。それを聞き、ツヴァイがどこか疑問に感じた事を告げた。もしそうならばRXはとても恐ろしい存在という事になるために。ある意味でそれは間違っていないのだが、生憎まだそれを機動六課の誰も知らない。

 とにかくツヴァイの言葉に全員が少し考え、揃って首を横に振った。ツヴァイの言葉は当たっているようで、どこか違うと感じたのだ。RXはなってはならない姿ではなくあってはならない姿。そんな気がしたために。

 

 クウガのアマダムと同じようなキングストーンを持つBLACK。それがとある要因を受けて変化したのがRXだ。それを知る者は光太郎しかいない。

 だが、それを知らぬはやて達でも気付く事がある。それはRXの異常性。フェイトから聞いた話によれば、RXは機械の体と液体のような体になる力を持っているのだ。それはクウガにはない能力。つまりRXは独自の進化を遂げた存在という事。

 

 その結論をはやてが告げると全員が揃って納得し、同時に思ったのだ。もし仮にRXがクウガの真なる姿の変化だとすれば、その真ある姿はどれ程の力を秘めているのだろうと。

 五代が、もう二度と使いたくないとまで断言する力。五代曰く”黒の四本角”はクウガであってクウガでない。もし、それでしか邪眼を倒す事が出来ないとでもならない限り、五代は使う事を決意しないだろう。

 

(……何故なら、究極の闇をもたらす存在らしいからな)

 

 リインは五代から聞いた言葉を思い出す。あの再会の後、五代はふとリインに告げたのだ。クウガが闇の書を封印出来るかもしれないと言った裏には、クウガの秘められた姿の別名も関係しているのだと。

 究極の闇と呼ばれる力を秘めているクウガなら、同じ闇の存在を何とか出来るかもしれない。そう密かに考えたと五代はリインに語ったのだ。それを思い出しながらリインは考える。邪眼が闇だとするのなら、クウガの力もまた闇。しかし、何故かクウガの力は邪眼を倒す事が出来た。

 

「……主、少しいいでしょうか」

「ん?」

「クウガの本質は闇だと五代は言っていました。にも関らず、どうして邪眼を倒せたのでしょう?」

 

 リインの問いかけに全員が驚いた。五代が告げたクウガの本質にも然る事ながら、リインの言った事を事実とすれば確かに納得が出来ないものがあったからだ。邪眼と同じく闇の力を持つクウガ。それが何故同質の存在を倒すに至ったのだろうと。

 

「……待て。確か奴を倒した際、クウガの文字以外に浮かんでいたものがあったはずだ」

 

 そうシグナムが告げるとツヴァイを除く全員がある事を思い出して表情を変える。確かに邪眼が爆発する時、その体には封印を意味する文字以外に浮かんでいたマークがあったのだ。それは、アギトのマーク。そこまで思い出し、シャマルが理解したように告げた。

 それはアギトの秘めた姿を知ればこそ。光を思わせるような姿だと翔一は語ったのだ。それをシャマルが聞いたのはふとした偶然。あの戦いの際にアギトが見せたバーニングフォーム。その話をシャマルがした時、翔一がどこか自慢するように言ったのだ。実は、あれからもう一つの姿になれるのだと。その姿を翔一が光輝くようなものと言った事を思い出し、はやて達へ伝えたのだ。

 

「……では、クウガの闇の力が邪眼の闇を相殺し……」

「アギトの光がとどめを刺した、か。そう考えるのなら……確かに納得は出来る」

「相反する力を持ったライダー。それが偶然揃ったというのか……?」

 

 リインの言葉をザフィーラが引き継ぎ、シグナムが更なる疑問を告げる。それにはやては頷いて答えた。

 

「偶然やないやろな。わたしがカリムと出会う前から、二人が現れる事をどこかで暗示する予言が出とったらしいわ」

 

 そう、それはカリムとはやてが出会った頃の事。カリムが自身のレアスキルについて教えてくれたのだが、その際こんな事を聞かれたのだ。

 

―――はやて、貴女に仮面を付けた知り合いはいる?

 

 それにはやては一瞬何を言っているのだろうと思った。だが、カリムはそのはやての反応に真剣な表情で答えたのだ。実は闇の書事件が起きる前にカリムは予言を導き出していたのだが、それには簡潔に纏めるとこうあった。

 

―――狂いし魔導書、闇を生む。そを封じる相克する仮面の戦士来たりて、これを退ける。しかし、油断するなかれ。闇、消える事無く潜むなり。

 

 その狂いし魔導書をカリムは夜天の書と考え、はやてに心当たりがないかと尋ねたのだ。そう言われ、はやてが真っ先に思い出したのは翔一と五代の事。故にはやてはいたと答えたのだ。今はいなくなってしまったのだと。

 それにカリムは沈んだ顔をしたものの、予言が当たった事にある種の安堵をしていた。そして、それに不思議がるはやてにこう告げたのだ。闇の書事件が終わった瞬間、本来なら発動するはずのない予言が起動した事を。

 

―――……それにあったのよ。きっと仮面の戦士を意味するだろう記述が。

―――ホンマか?!

 

 それにカリムは頷き、予言を語ったのだ。はやてはその内容を聞いて希望を見つけた顔になった。

 

―――戦士、太陽を連れて帰還する時、進化の光、戦士に導かれその友と降り立つ。闇を討ち倒すそのために。

 

 そう、これを聞いていたからこそ、はやては五代と再会した際、翔一の事を聞けると思ったのだ。しかし、結果は不発。何故ならば、翔一はクウガの導きで戻るだけであり、共に戻る訳ではなかったからだ。

 そんな事を思い出し、はやてはその話を全員へ語った。そしてこう締め括った。カリムのレアスキルは年に一度しか使えないもの。それが勝手に発動し、告げたのがライダーの帰還。とすれば、神というモノが存在し、邪眼を倒すためにクウガとアギトを呼び寄せた可能性がない訳ではないと。

 

「……全部、わたしの推測やけどな」

 

 そう言うはやてだったが、誰もそれを笑いはしなかった。神と呼ばれる存在がいるとしたら、まさしくライダーは神に遣われし救世主。しかも、五代も翔一も異なる時代から現れている。とすれば、もうこれは運命だったとしかいえない。

 本来出会う事がなかった二人の仮面ライダー。更にクウガが連れて来たもう一人の仮面ライダー。それこそがアギトが仮面ライダーを名乗るキッカケとなった相手の一人。ここまで揃えば、もう何者かの意志が働いているとしか思えないのだから。

 

(でも……だとすると龍騎士ちゅうのは誰やろ? エリオは龍連れとる訳やないし、キャロは騎士やない。まさか……四人目の仮面ライダーがおるんやろか……)

 

 カリムがつい最近出した予言の最後の一説。それを思い出し、はやては考える。戦士はクウガの別名。太陽はRXの異名。進化の光は、おそらくアギト。ならば、最後の龍騎士もライダーなのかもしれない。そう思い、はやてはより希望を大きくする。

 仮面ライダーが三人でも心強いのに、そこにまだ見ぬライダーが加わる。それは、まさに鬼に金棒だ。予言が当たるのはもう実証されている。ならば後はその龍騎士を見つけ出すだけだ。そう考え、はやては上機嫌で全員へ告げる。

 

「ま、今日は遅いしもう寝よか。この話は、また機会を見て全員でしよ」

 

 その言葉にシグナム達も同意し、それぞれが部屋へ入っていく。最後にリインが、その場に残るザフィーラへどこか済まさそうに視線を送り、告げた。

 

―――すまないな、ザフィーラ。

―――気にするな、アイン。もう……慣れた。

 

 ふっと小さく笑みさえ浮かべて返すザフィーラだったが、その声にはどこか哀愁が感じられた。こうしてこの夜は終わる。それぞれの心に様々な影響を与えて。

 

 この時のはやては忘れていた。その予言には不吉な部分があった事を。そう、それは最後の一文の前。

 

 闇深く、甦る王を包まんとす。戦士、闇に立ち向かいそれを救わん。だが、それこそ闇の始まりなり。

 

 

 ゼスト達は通報を受けてやって来た場所にいたジェイル達に言葉を失っていた。犯罪者であり、次はないと告げた相手。それがよりにもよって違法研究所の場所を通報してきたのだ。しかもご丁寧に自分達を出迎えてまで。

 

「……どういうつもりだ」

「まずはこの研究施設の関係者の事をお願いしたくてね。それと、君達に頼みがあるんだ」

 

 ジェイルの言葉にゼスト達は無言で続きを促す。それにジェイルが苦笑し、告げた。

 

「実は、私のコピーを母体にした怪物が現れてね。それが性質の悪い事に私達の家を乗っ取ってしまったんだよ」

 

 ジェイルはそこから簡潔に邪眼の事を話した。自分のコピー受精卵を使って生まれた不気味な怪物。恐ろしい程強く、魔導師ランクに換算すれば確実Sランクオーバー。それが残り十一体もいる。

 それを聞いたクイントとメガーヌは何を馬鹿なと思ったのだが、それでも嘘だと言い切る事はしなかった。以前出会った時の事を思い出していたのだ。ジェイルが渡したデータが本物だった事を。故に二人にとってジェイルは犯罪者としてどこか異質な存在だったのだ。

 

 それにジェイルが話す間、真司達が真剣な面持ちでゼスト達を見つめていた事も影響していた。そしてジェイルが全てを話し終わると、ゼストはしばらく黙って考え込み、こう尋ねた。

 

「それで、俺達にどうしろと」

「……奴は、私達がとうに捨てたトイを使ってきた。あれはAMF機能が搭載してある。君達管理局には脅威だろう」

「そんなっ?! ベルカ式の使い手だってAMFには手を焼かされるのに!」

「それだけじゃない。大抵のミッド式魔導師はその対処もままならないわ」

 

 ジェイルの告げた内容にクイントとメガーヌが反応を返す。AMF―――アンチマギリングフィールドの略称だ。元々は効果空間内で魔力結合を阻む魔法。そのため、行動のほとんどを魔法に頼るミッド式には天敵ともいえる。ベルカ式にとってもデバイス強化などが出来なくなるため、天敵とまでいかないもののかなりの厄介さを誇る事に変わりはない。

 

「私が作った物だ。その対策も設備と時間さえ与えてくれるのなら可能にしてみせる」

「……つまり、こちらに手を貸すからそちらにも貸せという事か」

 

 ゼストの言葉にジェイルは頷いた。犯罪者との取引自体は珍しい事ではない。だが、それはあくまでも事件の容疑者や実行犯として捕らえた後での処置。おそらくジェイルが望むのは逮捕された後ではなく、現状のままでの取引だろうとゼストは思った。

 それと同時に、何故ジェイル達が自分達を選んだのかも悟ったのだ。以前、データを渡した際に本当に約束を守った事を評価していると。だからこそ今回も理解を示してくれる事を期待されている。ゼストはそう判断した。

 

 このジェイルの話を信じる証拠はない。そして信じてやる理由もない。だが、ゼストは信じたく思っていた。これが何らかの罠だとしても、ジェイル達にメリットは無いのだ。もし、ゼスト達をどうにかする気ならばあの初対面の際に手を出しているのだから。

 そして、何よりもゼストがジェイルを信じたい理由。それは、本人達の目。濁りのない澄んだ目をしている事だ。次はないと言った事を承知で接触してきた事を踏まえ、ゼストはその人生で一番大きな決断を下した。

 

「……詳しい話は隊舎に戻ってから聞かせてもらうぞ」

「隊長……」

「いいんですか?」

「これが嘘でも構わないだろう。あのジェイル・スカリエッティを確保出来るのだ。そして、これが本当だとすればだ。早急に手を打たねば局員だけでなく多くの市民達が危険に晒される」

 

 ゼストはそう二人へ告げ、部下たちへ指示を出した。一班は施設内の関係者を確保し隊舎へ護送し取り調べ。二班は施設内の調査となった。クイントは一班の班長として動き、メガーヌは二班の班長として動く事となった。

 ゼストはジェイル達を連れて先に隊舎へと戻る事にし、二人と別れて歩き出す。それに真司がさすがに待ったをかけた。念のため、せめて一人ぐらい部下をつけるべきだと。すると、それを聞いたゼストだけでなくクイントやメガーヌが苦笑した。

 

「貴方、それ本気で言ってる?」

「隊長、彼は信用しても大丈夫そうですよ」

「そうだな」

「え? え?」

「……真司、それって普通向こうが言い出す言葉だぞ?」

 

 アギトの指摘にジェイル達が一斉に頷き、ゼスト達はどこか楽しそうに笑みを見せる。真司はそれを聞いてやっと何故苦笑されたのか理解した。そう、真司があまりにも心からゼストを心配して言ったものだから周囲は面食らったのだ。

 ジェイル達は真司を良く知るのでそこまで何か言わない。一方のゼスト達は真司のお人好しに好ましいものを感じていた。こうして、真司は出会って早々にゼスト達からもお人好しの称号を付けられる事になるのだった。

 

 容疑者輸送用の車両で隊舎へ向かう真司達。その車中でもジェイルによるゼストへの説明は続いた。そして隊舎に入るとジェイルは早速とばかりにゼストへトイや邪眼に関する詳しい話を始めた。それは真司との出会いからナンバーズ誕生なども含めてのもの。

 それを聞き、ゼストはおぼろげではあるが、ジェイルの変化を感じ取っていた。至って普通の真司がジェイル達と接する事で変わり出した生活。それがジェイル達から歪みを無くしていった。当たり前の事が当たり前でなかったジェイル達。それを真司がゆっくりと自然に正していったのだ。

 

(もしや……あの男、大物かもしれん)

 

 ジェイルの話を聞きながら、ゼストはふとそんな風に思って真司へ視線を向けた。そこにはメガーヌと同じの髪色の少女と楽しげに話す真司とアギトがいた。少女の名はルーテシア・アルビーノ。メガーヌの娘だ。今日は彼女の通う魔法学校が休みのため、こうして隊舎で母親を待っていたのだ。

 彼女も将来を有望視されている魔導師見習い。召喚を得意とする母親同様、その道の才能があり優しく読書が好きな少女だ。そんな彼女はアギトがどういう存在かを教えられその目を軽く見開いているところだった。

 

「融合騎……ホントにいたんだ」

「うん。にしても、ルーテシアは物知りだな」

「ルーテシアちゃんも将来局員になるの?」

「……うん。お母さんのお手伝い出来たらいいなって」

 

 そう言ってルーテシアは柔らかく笑う。その可憐さに真司とアギトは感嘆の声を上げる。まさに美少女といった感じの笑みだったのだ。それと同時に健気な性格も感じ取り、二人は感心したのだから。

 一方、そんな三人を見つめるナンバーズ達は揃って微笑みを浮かべていた。仲の良い兄妹のように見える真司とルーテシア。さっき会ったばかりにも関らず、真司の人懐っこさでルーテシアもすぐに打ち解けたのもある。しかし、一番の原因はやはりアギト。

 

 アギトの明るさと存在は二人の良い会話の潤滑剤となっているのだ。助け出された当初こそ衰弱と実験の影響でどこか物怖じしていたアギトだったが、元気になりサバイブとユニゾンした後からは元来持っていたと思われる快活さを発揮。

 今ではセインやウェンディに次ぐムードメーカーへなりつつあり、真司と共にジェイル達の家族認定を受けるのも時間の問題と見られている。そんな彼女は今もルーテシアと話しながら笑顔を見せていた。

 

「スカリエッティ、参考までに聞いておこう。この件だが、上層部に」

「言わない方がいいだろうね。何も私達の保身のためじゃない。余計な問題を起こすだけだろう」

「……だろうな」

 

 ゼストの言葉を途中で遮ったジェイルの言葉に彼もどこか苦い顔で答えた。彼の上司はレジアスなのだ。そうなればジェイルがいる事でどういう反応を見せるか分からない。そう判断し、ゼストはその後もジェイルと今後のために様々な事を話し合った。

 

 まず、ジェイルがAMF対策をするための設備について。これはクイントが個人的に懇意にしている本局技師に頼み、何とか出来るようにする事となった。次はナンバーズと真司の扱いについて。これは先程の件から派生し、クイントの伝手を使って優秀な執務官を通して無事に事を運んでもらう事になった。

 その人物の名を聞いて、ジェイルは一瞬だが懐かしいようで申し訳なさそうな目をした。そう、それはフェイトだったのだ。彼が基礎理論を組み上げた技術で生み出された内の一人。それを彼は知っていたのだから。

 

「……と、大まかにはこれぐらいだな」

「そうだね。一応、私達の家の場所は教えておくよ。ただ、迂闊な事はしないでくれ」

「分かっている。今は相手を刺激するのは危険が大きいようだ」

 

 そこまで話し合ってジェイルはそっとゼストへ右手を差し出した。それを見たゼストは何をジェイルがしたいのか理解出来ない。すると、ジェイルが苦笑しながらこう言った。事情はどうであれ、協力し合うのだから握手をしようじゃないかと。

 それにゼストは微かに呆気に取られるが、すぐに小さな笑みを浮かべて頷いた。そして、その右手を差し出す。繋がれる両者の手と手。その感触を確かめゼストは思った。違う。今目の前にいるのは犯罪者などではないと。

 

 ここにいるのは平穏を望む一人の人間だ。そう心から思ったのだ。故に誓う。ベルカの騎士として、局員として、そして人としてこの想いに応えようと。

 

(広域次元犯罪者、か。それだけの事をやってきた者をここまで変えた存在、城戸真司……大した男だ)

 

 余程局員よりも局員らしいと思いながら、ゼストはもう一度視線を真司へと向けた。そこでは、真司達が主体となってナンバーズがルーテシアへ穏やかに自己紹介を始めていた。その光景に平和という言葉の意味を見た気がし、ゼストとジェイルは薄く笑うのだった。



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波乱の初戦闘

いよいよ四人のライダーが合流する流れが始まります。


「緊張するね」

「……まあね」

 

 六課所属のヘリに揺られながらスバルとティアナはそう言い合った。その互いの手にはつい先程手渡された待機状態の新型デバイスが握られている。レリックと呼ばれるロストロギア。それが六課が追いかける邪眼に関わるだろう鍵。その裏には聖王教会が関わっているらしいとアルトが噂程度に二人へ言っていたが、そんな事は今のスバルとティアナにとってはどうでもよかった。

 何故なら、この日四人は本来ならばそれぞれのデバイスの試運転を兼ねた訓練をする事になっていた。だが、それをしようとした矢先に六課中へアラートが鳴り響いたのだ。レリックを輸送中の列車が謎の機械に襲撃されているという情報が入ったのはその直後。

 

 よって、即座にフォワードメンバー四人となのはに出動命令が下され、こうしてヘリで現場に向かっていたという訳だった。後でフェイトも合流予定だが、もしかするとそれが遅れる可能性もあるために四人には大小の緊張があった。

 スバルとティアナは陸戦魔導師としての経験があるが、それでも災害担当だった事もあり今回のような荒事は慣れていない。エリオとキャロも同じく荒事の経験値は多くはない。それを知っているなのはは柔らかく四人へ声を掛けた。少しでも緊張を解すために。

 

「大丈夫だよ。訓練通りやればみんななら出来るからね」

「そ、そうですね」

「キャロ、心配ないよ。なのはさんもいるし、フリードや僕もいる。スバルさんもティアさんだって」

 

 それでも表情にやや緊張が見えるキャロに気付き、エリオがその手に自分の手を重ねてそう断言しながら周囲を見渡す。スバルもティアナもそれに頷いて返す事でエリオの思いに応えた。

 最後にフリードが一声鳴いてキャロを励ました。そんな周囲の暖かさにキャロも嬉しく思い、同時に心強くなった。そんな四人を見てなのはは苦笑。やはり上司の自分よりも同僚でパートナーであるエリオの方がキャロの励まし方を知っていると感じたのだ。

 

「とにかく頑張ろう! これが六課での初任務なんだからさ!」

「そうね!」

「はいっ!」

「……はい!」

 

 スバルの掛け声にティアナが、エリオが、キャロが応えて行く。それを聞きながらなのはは笑みを見せた。フェイトの合流は四人が思っているよりも早くなると知っているのだ。だが、そんな彼女も知らない事がある。

 実は、なのは達には内緒でもう一人今回の出動に参加している者がいるのだ。その存在はなのは達が安心して任務を遂行出来るようにと後ろに控えている。ちなみに、その者がヘリを追跡している手段を誰も知らない。

 

「よし、じゃ」

「なのはさん、どうやら飛行型もいるみたいっす!」

 

 気分が盛り上がった四人を鼓舞しようとした瞬間、ヴァイスがやや上ずった声でそれを遮った。それになのはも少し表情を険しくし、頷いた。この中で空戦が出来るのは彼女とスバル。だが、現状ではスバルを空戦に当てる訳にはいかない。

 何故ならば、車両の安全を確保するために四人で事に当たって欲しいからだ。それに相手の戦力が未知数な状況で空戦に不慣れであろう新人を投入する程、なのはは愚かでも無慈悲でもなかった。

 

「ヴァイス君、ハッチ開けて」

「うす。頼みます、なのはさん」

「私が空は抑える。四人は、無理をしない程度でレリックの確保を目指して。必ず私かフェイト隊長も援護に行くから」

「「「「はい!」」」」

 

 なのはの言葉に四人は凛々しい顔で答えてみせる。それになのはは微笑むと、大きく頷き開いたハッチ向かって走り出す。そこから彼女が飛び出すと同時にその胸元から紅い宝玉が姿を見せた。

 それは、なのはの大切な相棒にしてかけがえのない友人でもあるインテリジェントデバイス、レイジングハートだ。それを手にし、なのはは高らかに叫ぶ。

 

「レイジングハート、セェェェット、アップッ!」

”スタンバイレディ。セットアップ”

 

 眩い光に包まれ、なのははその身を白いバリアジャケットに包む。そして、即座に飛行魔法を展開しその足に魔力で出来た翼を出現させた。そこには、管理局にその名を轟かすエースの姿があった。

 

「スターズ1! 高町なのは、行きます!」

 

 前方に見える飛行型のトイを見つめ、なのはは何やら妙な感覚を覚えた。そう、どこかで似たような物を相手にした事があるような気がしたのだ。だが、それを考えたのも一瞬。すぐさま様子見のアクセルシューターを放つ。

 その誘導性を完全発揮するには、なのはといえどもその動きを止めねばならない。だが、その精度を度外視すれば動きながらでも放つ事は出来る。しかし、それでも十分誘導性は高い。本来ならばそれをもって相手をあっと言う間に撃破出来る程に。

 

「シュート!」

 

 だが、そんななのはのシューターをトイは避けてみせた。それも際どくではない。余裕さえ見えるぐらいにだ。それになのはは内心驚愕する。絶対の自信があった一撃ではない。それでも、そんな風にかわされるとは思えないものだった。

 故になのはは相手の戦力を冷静に分析する。今のままでは撃破は難しい。かといって動きを止めればやられかねない。と、そこまで考えた時だった。一体のトイが突然破壊されたのは。

 

 何が起きたか分からないなのはだったが、レイジングハートがその理由を教えた。そう、かなりの遠距離から正確な射撃を行なった者がいたのだ。

 

”マスター、あれを”

「あれって……クウガとゴウラム!?」

 

 そこには、ゴウラムに乗ったクウガの姿があった。ゴウラムはなのはが月村家を訪れた際に五代から彼女へ紹介されている。そのため、なのはにはゴウラムの存在に対する驚きは少ない。今の驚きはゴウラムが魔法を使わず次元世界の壁を超えて来た事に驚いていたのだ。

 一方クウガは緑の体、ペガサスフォームになってなのはを援護した。なのはがクウガに気付いた事を受け、彼もまた彼女へ気付いていると合図するようにサムズアップを送る。それと同時に姿が緑から赤に変わった。

 

 すると、その手にしていたペガサスボウガンがストレージデバイスへ戻る。そう、なのは達を追っていたのはクウガ。万が一に備え、はやての要望に応えてゴウラムを呼び、その背に乗ってヘリを追尾していたのだ。

 クウガはそのままゴウラムでトイを蹴散らすようになのはへ接近する。それに呼応し、なのはもその近くへと移動した。並び合う二人は眼前のトイ達を見つめながら声を掛けあった。

 

「なのはちゃん、大丈夫?」

「はいっ!」

「実はさっきフェイトちゃんは遅くなるって光太郎さんから聞いたんだ。だから、ここはしばらく俺とゴウラム。それになのはちゃんとレイジングハートで頑張ろう!」

 

 そういうと、クウガは再びその姿を変えるべく構えた。

 

「超変身!」

 

 その体を今度は青に変え、クウガはデバイスを振り回す。その瞬間、それがドラゴンロッドへ変化した。それを見てなのはも意識を切り替える。クウガは空戦に対応しただけで得意でない事に変わりはないのだと。

 だから自分が攻撃の起点となってクウガを援護しようと思い、なのはは再びシューターを放つ。だが、それは先程と違い相手を翻弄するような軌道は描かない。そう、それは相手を倒すための攻撃ではなかった。

 

「おりゃ!」

 

 それは、クウガの攻撃を当てるための攻撃。なのはの攻撃をかわす事を利用し、クウガがその回避した瞬間を叩く。それで撃破出来るのはたった一機にすぎない。だが、一機は撃破出来る。だとすれば、この戦いに勝利するのは勿論決まっている。

 

「次、行きますよ!」

「分かった!」

 

 そう、彼ら二人だ。空を自由に翔けるなのはが相手の動きを読み、誘導したところをクウガが叩く。その内、トイ達はなのはが自分達を誘導していると理解したのか、その攻撃をある程度かわさなくなった。

 それにシューターに当たったトイが大したダメージを受けなかったのもある。AMFのためだ。よって、クウガの一撃の方が警戒すべきと思ったのだろう。しかし、それさえなのはにとっては予想内。

 

 それがどういう事かをトイ達が理解するのはすぐだった。一機のトイがなのはのシューターを避けもせず強引に突破しようとしたのだ。そしてその機体がシューターに当たった瞬間、そのボディが見事に砕け散った。

 

「残念でした。それは、多層コーティング弾だよ」

”撒餌に食いつきましたね”

 

 AMFさえ貫ける魔力弾。それをなのはは数ある中にいくつか配置したのだ。AMFを装備していた事に驚いたなのはだったが、それで何も出来なくなる程彼女は弱くはなかった。

 故に彼女は、クウガへ警戒された時のための手段としてAMFに対する魔法を講じたのだから。これに相手は混乱を見せる。クウガを警戒すればなのはに。なのはを警戒すればクウガに倒される事になったために。

 

 こうなればもう彼らに勝ち目はなかった。次第に数を減らすトイ達。だが、まだその数は多い事を見たクウガはそれを一気に片付けるべく再び姿を変えた。それは緑。そして手にしたロッドがボウガンへ変化し、更に体に電流が走る。

 

「これで……なのはちゃんっ!」

「分かりました!」

 

 ライジングペガサスとなったクウガはそのライジングペガサスボウガンの威力を持って一気に仕留めようと考え、なのはへ声を掛ける。なのはもそんなクウガの狙いを悟り、敢えて相手の中心へ跳び込んで囮を買って出る。

 そんな中でなのはとクウガは互いの心の中でタイミングを図っていた。互いに好機を待ちながらついにその瞬間が来た。中心へ跳び込んだなのはを全方位から取り囲むようにトイ達が一斉に襲い掛かったのだ。それを見て二人が同時に叫んだ。

 

「「今っ!」」

 

 放たれるライジングブラストペガサス。三発の電流を纏った空気弾がそれぞれ中央にいた相手を打ち抜いていく。それと同時になのはは高速移動魔法であるフラッシュムーブを使いその場を離脱した。

 トイ達はまるでそれを待っていたかのように爆発を起こしそれに巻き込まれて誘爆していく。しかし、何体かはそれを逃れてクウガへ殺到する。しかしクウガはそれを見ても何も動こうとはしなかった。何故なら、トイ達の頭上には彼女がいたからだ。

 

”ディバイン……”

「バスタァァァ!」

 

 なのはの砲撃魔法がAMFごとトイ達を貫いていく。こうして残っていたトイ達も綺麗に片付けられ、二人は互いにサムズアップ。だがその安らぎも束の間、なのはへ通信が入る。それはロングアーチからの第二波接近中の知らせ。それを聞き、なのはに少しだけ焦りの色が出た。

 出来る事ならスバル達の方へ向かいたい。しかし、クウガ一人では相手の大群を相手にすると辛いとも分かっている。自分の局員としての気持ちはこのままここでクウガと制空権を抑えるべしと告げている。しかし個人としてはスバル達の援護に向かいたい。そんな風に考えた時、なのはにある言葉が思い出される。

 

―――なのはちゃんが思っている程、人って弱くないよ。

 

(そうだ……スバル達は弱くない。私が思っているよりも、ずっと強い。なら……っ!)

「五代さん、もう少し助けてもらっていいですか?」

 

 自分がすべきはスバル達を信じ、ここで空の敵を完全に食い止める事。フェイトさえ合流すればクウガにスバル達の援護に向かってもらえる。そう考え、なのははレイジングハートを構えた。

 そのなのはの考えを理解し、クウガも快く返事を返しながら体の色を青へと変える。なのはから焦りが消えた事に安堵して。

 

「いいよ。フェイトちゃんが来るまで、だね」

”そういう事です”

 

 共に軽く拳を合わせ、迫り来る相手に備える。クウガは手にしたロッドを振り回しながら遠く見えてきたトイ達相手に身構えた。隣のなのはも同様に。ここから先へは行かせない。そんな思いを体中から漲らせて。

 

 

 

 なのはとクウガが合流した頃、スバル達を乗せたヘリは問題の列車の上空へと到達していた。それを開いたハッチから見下ろす彼女達の顔にもう不安はない。何故なら、なのはの元にクウガがいると通信で聞いたからだ。今も自分達のために空の敵を食い止めている。それを聞いた四人は気持ちを引き締めたのだ。

 戦う事が嫌いな五代。それが自分達のためにその戦いをしてくれている。それを聞いてどうして気持ちが昂らずにいられようか。仮面ライダーが戦ってくれている。それも、自分達のために。なら、それに応えようと思ったのだ。

 

「スターズ3、スバル・ナカジマ!」

「スターズ4、ティアナ・ランスター!」

「ライトニング3、エリオ・モンディアル!」

「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ!」

「キュクル〜!」

「「「「行きますっ!」」」」

 

 ヘリから飛び降りる四人。スターズコンビとライトニングコンビはそれぞれ別の場所向かって降りていく。そして全員が互いへ笑みを見せ合い、それをキッカケにその手にしたデバイスへ叫ぶ。

 

「マッハキャリバー!」

「クロスミラージュ!」

「ストラーダ!」

「ケリュケイオン!」

「「「「セットアップっ!」」」」

 

 その声をキッカケに起動する四つのデバイス。それぞれの魔力光の色がその体を包みこみ、その身へバリアジャケットを纏わせる。スターズのそれはなのはの物を意識したデザインのバリアジャケット。対するライトニングはフェイトの物を意識したデザインとなっていて、それぞれに合わせた特別製だ。

 準備完了した四人は二手に分かれて無事に車両の上に降り立つ。スバルは、ローラーブーツの代わりとなったマッハキャリバーの感触を確かめるように軽くその場で足を動かし、ティアナは、アンカーガンの代わりになったクロスミラージュを眺めた。

 

 だが、二人がその新しい相棒へ何か思う前に一機のトイが襲い掛かる。なのはからの報告でAMFを使っている事は二人も知っていた。だが、スバルにはそんな事は関係ない。持ち前の力を乗せたリボルバーナックルでそれを叩き伏せるのみだ。

 力強いその一撃に沈黙するトイ。その光景に安堵するティアナ。しかし、スバルはその感触にどこか言い様のない違和感を感じていた。

 

(何でだろ……あれだけ力入れたのにこれだけしか壊れないなんて……)

 

 彼女の予想ではかなりひしゃげると思っていたのだ。だが、それに反してトイは沈黙はしたものの派手に壊れはしなかった。その事に意識を向けていたスバルだったが、そこへ再びトイが襲い掛かる。

 それをオレンジの魔力弾が迎え撃った。それはスバルの眼前を横切りながらトイへと向かう。その魔力弾は正確にトイを捉えるものの当然AMFによって無力化される。しかし、それでもティアナに少しの焦りも不安もない。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 何故ならその目的はトイを倒すためでもなければ止めるためでもなかったからだ。そう、スバルへ気付かせるためのもの。先程眼前を横切らせたのはそういう事だ。見事ティアナの狙い通りスバルはトイの襲撃に気付き、マッハキャリバーを加速させてトイの攻撃をかわして切り返すと同時に加速を乗せた拳を打ち込んだのだ。

 それに耐え切れずトイは爆発四散した。それにやっと満足の行く結果が得られたスバルは内心ガッツポーズするも、そのマッハキャリバーの凄まじい加速力に若干戸惑いも感じていた。何とかそれを制御し彼女が視線を動かすと、ティアナは既に意識を次の車両へ向けていた。

 

「……どうやら沢山いるみたいね。行くわよ、スバル。相手は魔法が効き難い分、アンタの力を頼りにさせてもらうから」

「うんっ! 代わりにティアはサポートよろしくね!」

 

 スバルの言葉に笑みを返して頷くティアナ。こうして二人はレリックのある貨物室目指して進んで行く。その頃、反対側の車両でもトイとの戦闘が始まっていた。

 

「これで……!」

「ラストっ!」

 

 トイの目のような部分へストラーダが突き刺さる。それが見事にトイの機能を停止させたのを確認し、エリオとキャロは息を吐く。二人はAMFに苦戦を強いられたが、キャロのブースト魔法の加護を受けてエリオがストラーダの加速力を使った突進攻撃でトイを確実に一機ずつ仕留めていた。

 光太郎に言われた安易に魔法に頼るなとの教え。それがあればこそエリオはAMF相手でも何の恐怖もなく立ち向かったのだ。彼は魔法での攻撃が通用しにくいのなら通常攻撃の威力を上げればいい。そう考え、その場で発動する魔法ではなく効果範囲外からの高速移動魔法による加速力を加えた攻撃を選んだのだから。

 

「……エリオ君、凄いね」

「キャロが色々と底上げしてくれたからだよ。でも……」

 

 そう言ってエリオは沈黙したトイ達を見つめた。その強度に最初エリオも驚いたのだ。何せストラーダで傷一つ付けられなかったのだから。故に自身の強みであるスピードを乗せる事で破壊力を増した。それだけではない。万が一を考え、キャロに切れ味や増した速度を更に強化してもらったのだ。

 それに加えて狙った部分は攻撃にも使っていた目のような部分。エリオはそこが一番脆いと踏んだからだ。それが通用した事に内心安堵しつつ、エリオはキャロへ視線を向けてこう言った。

 

―――フリード、本来の姿にする事を考えた方がいいかもね。

 

 それが意味する事を察し、キャロはどこか不安そうな表情を浮かべる。だが、それを見たエリオがその手を握って優しく告げる。キャロなら出来ると。きっと制御して、みんなを守るためにフリードを使役出来るはず。そう想いを込めて。

 それを感じ取り、キャロも小さくだが確かに頷いてみせた。いざとなったらフリードを制御し本来の姿にするとの答えがそこに込められていた。それにエリオは嬉しそうに頷いた。キャロの目に力強さを見たのだ。

 

「でも、AMFの効果範囲外へ行く必要があるから機会を見計らおう」

「そうだね。車両の中は狭いし、やるとしても外でかな」

 

 キャロの言葉に同意し、エリオは視線を別車両に向ける。そこにいるであろう多くのトイを想像したのか表情を凛々しくして。こうしてエリオとキャロも車両内へと足を踏み入れていく。中で待つ多くのトイを警戒しながら。

 

 

 

 なのは達が出動する一時間前、フェイトは光太郎を伴ってゼスト隊の隊舎を訪れていた。少し前にクイントから頼みたい事があると言われ、やっと何とか時間を作って会いに来る事が出来たためだ。

 

 光太郎は運転手として連れて来たのだが、実はギンガへ会わせるためでもあった。そう、今日クイントへ会いに行くと教えると、彼女からギンガが来るので光太郎を連れて来て欲しいと言われたのだ。

 原因は、スバルがギンガへ光太郎がRXだと教えたため。あの話の最後になのは達は関係者以外には言ってはいけないと言ったのだ。だが、スバルからすればギンガは立派な関係者。共にあの空港火災でライダーに出会った者。故に彼女は話したと言う訳だった。

 

(……でも、六課関係者じゃないんだけどなぁ……)

 

 そう思い、フェイトは苦笑。そこまで詳しく言わないでも分かってくれるだろうと思っていたのだ。これは帰ったら軽く注意をしなければと思いながら彼女はこうも考えていた。スバルの過大解釈の相手がギンガで良かったと。

 事実、ゲンヤやクイントもいつかギンガに光太郎の事を教えたいとフェイトへ打ち明けていたのだ。そう、二人が光太郎がRXだと知っているとフェイトが聞いたのは初対面の時。光太郎経由で知り合ったため、フェイトがRXを知っていると聞いた途端二人から言われたのだ。光太郎は元気にしているかと。

 

 そこで軽くだが光太郎と二人の話し合いを教えてもらい、フェイトは思わず言葉を失ったのだ。光太郎が自分から正体を明かした事に。

 

「……何か、こう考えると光太郎さんも翔一さんと同じような気がするなぁ」

「何か言ったかい?」

 

 フェイトの呟きを聞き、光太郎がそう尋ねる。それにフェイトは何でもないと返して隊舎の中へ入って行った。その背中を見つめて光太郎は小首を傾げた。彼は当然フェイトの呟きを聞いていた。だからこそそう聞いたのだ。翔一と自分の何が同じなのかまでは分からなかったからために。

 そして隊舎内に入った二人をギンガが出迎えた。彼女は本来ゼスト隊ではなく陸士隊の108所属。しかし、今日はここへとある捜査の手伝いとして呼ばれていたのだ。そう、それはあの違法施設の件だ。

 

 だがそれは建前で、本当は光太郎に会わせるためにクイントが夫へ無理を言って実現させただけなのは言うまでもない。そのための理由としてあの事件を使っただけなのだから。それを知らないギンガは、案内するべく廊下を歩きながら後ろのフェイトへ小さく不満を述べた。

 

「もう、どうして教えてくれなかったんです?」

「ゴメン。でも、何となく理由は分かるでしょ?」

 

 やや曇り気味の表情でフェイトはそう返してちらりと後ろへ視線を動かす。その声と表情に込められたものに気付き、ギンガは一瞬「あっ」と声を漏らした。しかしすぐに気を取り直し、フェイトへ申し訳なさそうに告げる。

 

「すみません。軽率でした」

「ううん、気持ちは分かるから気にしなくてもいいよ。光太郎さん自身も自分からナカジマ三佐達へ教えてたしね」

 

 フェイトとギンガのやり取りを聞きながら、光太郎はその間何も言わずにいた。フェイトから最初は自分が話すので何も口出ししないで欲しいと言われていたのだ。そんな彼は、フェイトのその言葉でやっと先程の呟きの意味が理解出来ていた。

 翔一が五代の正体を既に明かしていた事。それを指して自分も似ていると評したのだろうと。だからか、光太郎は若干苦笑する。たしかにフェイトの言う通りかもしれないと思って。

 

 そんな光太郎に気付かず、二人はそのままRXの事について話す。ギンガはあの時見たRXの姿が忘れられず、バリアジャケットの色を黒にしようとも思った事があると語ってフェイトが苦笑した。何せ彼女は彼と出会う前から黒いバリアジャケットなのだ。

 光太郎はその話を聞いてどこか照れくさそうに頬を掻いた。まさか自分がそこまで思われていたとは思っていなかったのだ。そして、そんな話をしている間に三人はゼストの待つ部屋と到着した。ギンガは、ここまで案内したら戻ってくるようにと事前に言われていたためそこで二人と別れて来た道を戻って行った。

 

 それを見送り、二人はドアの前で少し佇んだ。部屋の中の気配を感じたために。

 

「……大人数、だね」

「ですね……」

 

 中から感じる気配の数がゼストだけではない事を察知し、フェイトは光太郎の言葉に返事をした。だが、光太郎はそれだけではなく呼吸音等からも正確な人数を割り出していた。その数、十六人。しかも、どうやらほとんどが女性である事まで光太郎は把握していた。

 このまま外で話していても仕方ないと思い、二人は部屋の中へ入った。そこには予想通り大勢の人間がいた。だが、その中の一人を見て二人は言葉を失う。

 

「ジェイル……スカリエッティ」

「……初めまして、フェイト・テスタロッサ。おっと、今はハラオウンがいるね。しかし……ふむ、母親にどことなく似ているな」

 

 表情を険しくするフェイトに対し、ジェイルはどこか懐かしむように告げた。それを見た光太郎は違和感を感じた。広域次元犯罪者として名高いジェイル。そんな極悪人の浮かべる表情にしては、それは穏やか過ぎる気がしたのだ。

 それだけではない。その身にまとう雰囲気もどこか優しいように感じられて、光太郎はジェイルを窺うように見つめた。するとジェイルが視線をフェイトから彼へ移した。その目を見て光太郎は確信した。何があったか知らないが、ここにいるジェイルは決して悪人ではないと。

 

「……フェイトちゃん、まずは話を聞こう」

「ええ。ゼスト部隊長、これは一体どういう事ですか?」

 

 フェイトは光太郎の言葉に頷き、視線をジェイルからその隣にいるゼストへと向けた。その視線を受けたゼストはジェイルから聞いた話を語り出す。その内容にフェイトと光太郎の表情が一変したのは言うまでもない。

 邪眼の居場所などの情報がまさかこんなにも早く入るとは思っていなかったのだ。しかも、ジェイル達は邪眼と既に一戦交え、今後は管理局と共に対峙すると決めているともなれば驚きは尽きない。動揺する二人に対し、ゼストはその協力の便宜を図って欲しいと告げた。

 

「スカリエッティが管理局に協力……邪眼と戦うために」

「そうだ。何とかならないだろうか、ハラオウン執務官」

 

 ゼストの言葉にフェイトは思わず視線をジェイルへと向けた。それに彼は何か言うでもなく視線を返すのみ。その反応にやや意外な印象を受けるも、フェイトは表情を険しくしてソファの空いている場所へ腰を下ろした。

 そうしてフェイトがゼストの提案を考える間、光太郎は気になった事を尋ねようと考えていた。自分が出会った時、苦戦を強いられた邪眼。それを倒した者を知りたかったのだ。

 

「その、邪眼を倒したのは誰かな?」

「お、俺ですけど……?」

 

 そしておずおずと真司が手を挙げると、光太郎はその姿を見て何か不思議な印象を受けた。五代や翔一とも違う穏やかな空気感。優しさと芯の強さを雰囲気からそこはかとなく感じ取ったのだ。だが、それだけではない何かが真司にはある。そんなような気が光太郎にはした。

 

「……どうやって倒したのか教えてもらってもいいかな。俺も以前奴と遭遇した事があってね。その時は手も足も出なかったんだ」

「えっと……それは……」

 

 ライダーの事を話して良い物かと迷う真司。そんな彼の様子から光太郎は何かを悟り、待ったを掛けた。無理に話さなくてもいい。言いにくい事や教えられない事情もあるだろうと。その光太郎の心遣いに真司は嬉しく思うも、話す事は避けるべきかと判断し結局謝罪と共に頭を下げるだけだった。

 その横ではフェイトがゼストと今後の事を話し合い出していた。ジェイルは犯罪者。それを見過ごす事は出来ない。だが、真司達は何の罪もない者達。故にそちらについては手を打ってみせる。それがフェイトの出した答えだった。

 

 それを聞いたウーノ達はやや不満そうな表情を浮かべる。しかし、フェイトの言う事が一般論と理解しているためかそれを口には出さなかった。しかし、そんな事はお構いなしとばかりに待ったと掛けた者がいた。そう、真司だ。

 

「ちょっと待って。ジェイルさんは確かに悪い事をしてたかもしれない。でも!」

 

 その真司の声にフェイトもゼストも光太郎さえ黙って続きを待った。

 

「……でも、今は違う。もう二度と悪い事はしないと誓ってくれた。平和に暮らしていこうとしてた。そして、あの化物を倒すためにゼストさん達と力を合わせようとしてるんです。それに……ジェイルさんは俺にとっては凄い大恩人なんだ。この世界に来て、ずっと面倒を見てくれた人なんだよ。だから……」

「面倒を……それは本当の事ですか?」

「ああ! もし今ジェイルさんを裁くって言うのなら、俺にも一緒に罪を償わせてくれ! 俺がもっと早くジェイルさんを止める事が出来なかったのも悪いんだしさ」

 

 フェイトの訝しむような視線に対して、真司は目を逸らさず言い切った。その視線の真っ直ぐさと力強さにフェイトは息を呑む。それは、何か脅されて言わされているものではない。本当に心からそう思っている者の目だった。

 自分が知っていたジェイル・スカリエッティとは違う顔を真司は知っている。それだけではなくジェイルが犯罪を犯していた事も知っている。にも関らず、彼は自分にもその責任の一端があるとして一緒に罰して欲しいとまで言ったのだ。これにはフェイトも言葉が無かった。

 

(精神操作の類でもなければ、暗示の類でもない。この人は、本心からこう考えている)

 

 今までひたすら追い駆けていた存在。それが、ここにきて擁護する存在が現れた。しかもゼストがそれを肯定したのだ。ジェイルはもう犯罪をしないと以前から決めていたらしく、現在ゼスト達に協力しているのも罪滅ぼしも兼ねた彼なりの償いだと。

 真司とゼストの言葉をジェイルは嬉しく思いながらフェイトへこう告げた。全てが終わった後、法の裁きを受けると。その代わり、真司達には何の罪もないのでその未来だけは守って欲しい。そうフェイトへはっきりと言ったのだから。

 

 その発言にフェイトは完全に言葉を失う。それが裏を感じさせるものであれば、きっと彼女は内心でやはりと思い軽蔑しただろう。それが計算からのものであれば、彼女は怒りにその身を焦がしただろう。

 だが、ジェイルは本当にそう考えていた。確かに戦闘機人はあってはならない存在なのかもしれないが、生まれてきた命に罪はない。罪を負うのは、それを作り出した自分と望んだ世界だ。その言葉に光太郎もフェイトも返す言葉が無かった。それは、自分達にも言われているような内容だったから。

 

(この男……本当に犯罪者だったのか……? いや、きっと変わったんだ。おそらく彼が、真司君がいたから、か)

(まさかこの男にそんな事を言われるなんて……。でも、どうして? どうしてこんなにも心が暖かいのだろう……)

 

 そんな事を考えながら二人はならばとジェイル達の今後を踏まえた話し合いを開始した。機動六課の設立背景を告げ、ジェイル達の反応を見たのだ。邪眼に対し、有効な手段を模索していたジェイル達にとって六課の目的と状況はかなり魅力的だろうために。

 フェイトとしてはナンバーズの力は正直欲しいものがあった。光太郎は真司の隠している力に対しある程度予測を付けたのか、せめて真司だけでも六課に手を貸して欲しいと頼んでいた。

 

 そうして両者の話し合いが進んできた時だ。フェイト達の目の前にモニターが出現した。映っていたのはロングアーチのシャーリー。

 

『フェイトさん、大変です!』

「どうしたの?」

『レリックを輸送中の列車を、謎の機械が襲撃したんです。今、フォワードチームとなのはさんが向かってるんですが、どうも嫌な予感がするって部隊長が仰ってて……。それで、五代さんが念のために後を追ってくれたんですが……』

「謎の機械……まさか……」

 

 シャーリーの告げた言葉に小さくジェイルが呟いた。そして、それを聞いて光太郎とフェイトは互いを見やり、同時に頷いた。

 

「その映像出せる?」

『はい』

 

 そのモニターに表示された映像を見て、ジェイル達がやはりと頷いた。そこに映っていたのはトイだったのだ。しかも、従来のものだけではなく空戦にも対応したタイプまでいる。

 それにジェイルがフェイト達へ言った。あれはAMFを装備していると。それにフェイトの表情が一変した。即座にすぐに現場へ急行すると告げ、部屋を後にしたのだ。それと同時に光太郎は五代へ通信を試みた。

 

<聞こえるか、クウガ>

<光太郎さん?>

<今、フェイトちゃんがそっちに向かった。だが、時間がかかるだろうからそれまで頼む!>

<分かりました!>

 

 頼もしい返事を聞き、光太郎も立ち上がる。すると、その背に向かってゼストが告げた。彼は光太郎の正体は知らない。だが、どことなく察したのだろう。彼が戦士である事を。

 

「気をつけてな。ナカジマの娘を頼む」

「分かりました。それと、ありがとうございます」

 

 そう笑みと共に返し、光太郎も部屋を後にした。その姿が見えなくなった瞬間チンクが呟く。それは光太郎を見たからこそのもの。そしてナンバーズ全員が抱いた疑問。

 

―――どういう事だ。あの男の体も普通じゃないだと……?

 

 そう、彼女達は全員見えてしまっていた。光太郎の体の構造が普通ではない事に気付いてしまったのだ。

 

 だが、何故かそれを大っぴらに言うのは気が引けた。思い出していたのだ。光太郎が真司へ言った言葉を。自分も以前邪眼と遭遇した事があり、手も足も出なかった。にも関らず、光太郎が生きている事。それが意味する事を考え、彼女達は一抹の不安を抱く。

 

 それは、光太郎が邪眼の関係者ではないかという事。しかし、そんな不安を払うように真司が言った。それは、ナンバーズの不安を察してではない。勿論、彼女達が光太郎の異常性を気付いたと知ったためでもない。

 ただ、正直に感じた事を言っただけ。しかし、それが不思議な程不安を減らす内容だった。それは、こんな一言。

 

―――あの人も、邪眼……だっけ。あいつを倒したいって思ってるんだな。

 

 それは、光太郎と面と向かって話した真司だからこそ分かるもの。光太郎の瞳に宿る邪眼への怒りや想い。その一端を微かにだが感じ取れたからこその呟きだったのだ。こうして真司の感想がナンバーズの不安を僅かにだが軽減させる事となる。

 と、そこでギンガが顔を出した。全員分のお茶を運んできたのだ。その両手で二つのお盆を持っているのだが、それがやや危なげに見えて真司がその一つを受け取りに行く。

 

「おっと……」

「あ、ありがとうございます」

 

 ギンガは真司達の事を詳しくは聞いていない。だが、ジェイルの事は知っている。広域次元犯罪者。そんな極悪人だと。しかし、ギンガからすればジェイルはとてもではないがそうは見えなかった。

 現に、今もゼストとどこか親しげに話しているのだ。それに母であるクイントさえ、ジェイルについては一概に悪人とは言えないと言っているのだから。

 

「あれ? フェイトさん達は?」

 

 そこで彼女はいると思っていたはずの相手がいない事に気付いて不思議そうに首を傾げた。それでもすぐに気を取り直し手にしたお盆から湯飲みをテーブルへ置いていく。そんな彼女へ湯飲みを手にしながらチンクが答えた。

 

「何か大変な事になっているようだ。二人して急いで出て行ったぞ」

「ギンガ、残念だったね」

 

 セインがそう言って苦笑するとギンガがため息混じりにやや落胆した。既にギンガはナンバーズとの自己紹介を終えていて、一部とはもう親しくなり始めていたのだ。自身と同じ体の十二人。それを聞いたギンガはジェイルへ怒りを抱きかけたのだが、それをその当の彼女達自身が払拭した。

 ジェイルがいたから今の自分達がいると、そう告げたのだ。その時の彼女達の表情は全員心からそう思っているというものだった事もあり、ギンガはジェイルへ怒りを抱く事が出来なかった。

 

 それからギンガは人懐っこいセインやウェンディを始め、チンクやディエチなどの大人しい者達とも楽しく会話が出来るぐらいになったのだ。ただ、ウーノやドゥーエといった上の姉達とはまだどこか隔たりがあるように彼女は感じていたが。

 

 ギンガの様子をキッカケに彼女と話し出すナンバーズ。その楽しくも騒々しい光景を見つめ、ゼストとジェイルが笑みを浮かべた。

 

「……良い娘達だな」

「だろう? 私の自慢の娘達さ」

「レジアスにも……見せてやる必要があるな」

「……戦うための機械ではなく、生きている人間だと知ってもらうために、だね」

 

 ジェイルの言葉にゼストは無言で頷いた。自分の親友。それが望んだ存在がこういうものだと教えたい。そうゼストは考えていた。治安維持のためにと、それだけのために命に手を加える。それは決して許される事ではないと、そう思うから。

 何よりもこの光景を見てしまったゼストには、戦闘機人という呼び方はもう出来なかった。いや、したくなかった。そこにいるのは歳相応の少女達なのだから。

 

 穏やかに笑みを見せるゼスト。だが、その隣でジェイルは先程見たトイの事を考え、真剣な眼差しをしていた。そう、あれは彼がかつて考えた改良案の一つだったのだ。

 そして、それが意味する事を考えてジェイルは確信した。邪眼が何をしようとしているのかを。とうに彼が破棄した計画。それを実行に移すつもりなのだと。そこまで考えてジェイルは恐怖した。ラボにあったデータ。それを使って邪眼が行動しているのなら、まだ姿を見せていないものがいくつもあるために。

 

(……これは、早急に手を打つ必要があるね)

 

 そう思いながらジェイルは視線を静かに天井へと向ける。本来自分がいるべき場所にいるであろう邪眼。それに対し、密かに告げた。

 

―――私の考えた物を使って動くというのなら、受けて立とう。あの時は遅れを取ったが、今後はそうはいかないよ。

 

 

 

 機動六課内食堂。そこで翔一は一人厨房で仕込みをしていた。五代はなのは達の援軍として出て行ったので当然いない。リインはそんな五代の代わりにカレーなどの仕込みをし、今はテーブルなどのセッティングをしている。

 

(今日はなのはちゃん達が初仕事らしいから、気合入れて料理作ろう。帰ってきた時、とびっきり美味しいご飯を食べさせないと……)

 

 そんな事を考えながら翔一が仕込みをしていた時だ。ふと、誰かに見られているような気がして彼は顔を上げた。すると、そこには信じられない人物が立っていたのだ。

 

「お前は……あの時の……」

「アギト……いや、人よ。貴方から黒い太陽に伝えて欲しい事があります」

 

 そう言うと黒服の男は翔一へ無表情で告げる。その内容の意味は翔一には分からぬものだったが、確実に良くない事だとは分かるもの。

 

―――影の月が……踏み躙られる、と。

 

 ついに繋がった縁。だが、まだ重なり合うまでには至らない。本来よりも手強くなったトイを相手に奮戦する六課の面々。

 

 そして、フェイトとジェイルの確執に変化が起き、これからの流れを変えていく。

 

 そんな中、突如として現れた黒服の青年。彼が言う影の月とは何か? 踏み躙られるとは一体? 物語は、また次の局面を見せ始める。

 

 旧き結晶を使い、悪しき世を創ろうとする眼。そが操るは死者の列と物言わぬモノ。闇の覚醒がもたらすその力の前に、焼け墜ちる法の船。

 

 その予言を変える力は、仮面の戦士達と彼らと心通わせた者達。



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動き出した闇

完全に戦いがここから始まります。まずはクウガとRXが怪人と対峙です。


「ロングアーチ、飛行許可をお願い!」

『了解です! ライトニング1、飛行許可申請を受理しました。どうぞ!』

「了解っ!」

 

 シャーリーの声にフェイトは力強く返事を返し、懐から信頼する相棒を取り出した。金色の三角形。それは彼女のデバイスであるバルディッシュの待機状態だ。それを手にフェイトは叫ぶ。

 

「バルディッシュ・アサルト……セェェェェット、アップ!」

”イェッサー”

 

 慣れ親しんだ声を聞きながら、フェイトはその身にバリアジャケットを纏う。それは漆黒のバリアジャケット。今や信頼するライダーと揃いの色となったそれを翻し、フェイトは雷光のような速度で空へ飛び上がる。

 

「ライトニング1、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン……行きます!」

 

 目指すは彼女の親友とクウガが守る空。一刻も早く現場へ到着せねばならない。そう思ってフェイトは急ぐ。仮面ライダーがいるというのに何故か不安感が消えないのがその裏にはある。他に明確な理由もなく根拠もない。それでもフェイトはその感覚を信じる事にした。

 それにゼスト隊の隊舎を出た時、後を追ってきた光太郎から告げられたのだ。嫌な予感がすると。それはフェイトの中では絶対に近いもの。良い事も悪い事も恐ろしい程の確率で当ててきた光太郎。その言葉と感覚には重きを置いて然るべきと考えて。

 

(待っててなのは! 私が行くまで頼みます、五代さんっ!)

 

 澄み渡る青空を飛びながらフェイトはそう願って速度を上げる。その表情を険しくしたままで。その頃、六課隊舎内の指揮所―――ロングアーチでも不安感に悩まされている者がいた。

 

「AMFか……」

 

 はやてはフェイトから聞いた報告に苦い表情で呟いた。並みの魔導師にとって恐ろしい装備であるAMF。新人達にとってもそれは同じだが、はやてが苦い顔になっているのはそれが理由ではない。

 なのはから教えを受けている四人ならばAMFが相手でも何とかする術を身に着けている。問題は、その戦闘をどれだけの時間続けなければならないか不明だからだ。

 

(いくらスバルとエリオの体力が常人離れしてるとはいえ、長時間魔法無しで戦うんは……)

 

 なのはかクウガが援護に行けば問題はないのだが、現在二人はフェイトが着くまで制空権を抑えるために奮戦中。そのフェイトは先程飛行許可を求めてきたのでそれを受理した。おそらくは最大速度で現場へ急行しているだろう。

 光太郎はフェイトの車を隊舎まで運んだ後、本人の希望で念のため現場へ向かう事になっている。それを聞いたはやては翔一にも向かってもらう事を考えたのだが、さすがにライダーを全員出動させるのは行き過ぎていると思って止めたのだ。

 

「八神部隊長、クウガとスターズ1が第二派と交戦開始しました」

「そうか。ライトニング1はどれぐらいで現着しそうや?」

「現在の速度なら五分……いえ、三分程かと思われます」

「ならライトニング1が現着次第、クウガへ連絡して列車の方へ向かってもらおか。元々ライダーは陸戦が得意やし」

「了解です」

 

 アルト達もAMFの事を聞いた瞬間こそ焦りが生まれたが、その後現れたクウガの姿を見てその安心感を実感しその不安は既にない。はやてにとってはクウガの姿を見るのは久しぶりだったが、やはりその姿には安心感を覚えた。

 更に緑の金の姿を見る事が出来、不謹慎かもしれないが喜びさえ感じていたのだ。話によれば、四つの色全てに金の力―――五代曰くミレニアム特別バージョン―――があり、はやてだけでなく、なのはやフェイト達でさえ密かに見たいと思っている事の一つだったのだから。

 

「ライトニング1、交戦空域に侵入。スターズ1とクウガへ合流します」

「分かった。引き続きアルトは状況把握に努めて、ルキノは各隊員達へのオペレートや。シャーリーは敵の詳しい情報をゼスト隊へ問い合わせてくれるか」

「「「了解です」」」

 

 アルトの報告を受け、はやては三人へ指示を出す。それに反応しルキノがモンター越しにクウガへ先程のはやての指示を伝え始めた。その異形を目の当たりにしてもルキノには微塵も恐怖などはない。

 それはクウガが恐ろしい形相ではないのもあるが、一番はそれが五代と分かっているからだ。今もあの明るい声で彼はルキノへ答えている。

 

『俺はスバルちゃん達の方へ向かえばいいんだね?』

「はい。お願いします五代さん」

『了解っ!』

 

 サムズアップ。それにルキノもついつられてそれを返し、無意識に笑顔まで浮かべる。五代がいつもそれをする時必ず笑顔なのを思い出したからだ。心なしか、それにクウガも笑顔を返してくれた気がして、ルキノはそんな事を考えた自分に思わず笑みを深くする。

 それを隣のシャーリーとアルトが気付くも何も言わない。代わりに二人はルキノへサムズアップをして笑顔を見せる。それを見つめ、はやてとグリフィスも笑みを浮かべる。状況は好転した。何より、自分達にはライダーがいる。その安心感をはやてとシャーリー以外の三人も知る事が出来た。それだけでも収穫といえる。はやてはそう考え、表情を再び引き締めた。

 

「さ、油断せんといこか。まだ何が起こるか分からんからな」

「「「「了解」」」」

 

 いい返事だ。そう思ってはやては視線をメインモニターへ向ける。そこには、次々とトイ達を撃墜するフェイトとなのはの姿があった。

 

 

「……もうそろそろだね」

「そうね。次が貨物室のはず……」

 

 疲れた様子で座り込むスバルの声にティアナはそう答えながら視線を車両から彼女へ戻した。スバルの表情と今までの戦闘風景を思い出し、ティアナはその疲労が少なくない事を把握する。だが、それだからこそ聞かねばならない。そう思って彼女は口を開いた。

 

「どう? まだいけそう?」

「う、うん。何とか」

 

 いける。そうスバルが言おうとした時だ。ティアナが呆れたようにため息を吐いたのだ。その表情と反応を見てスバルは内心苦笑した。読まれていたと感じたのだ。自分がまだ動けそうにない事を隠してそう言うだろう事を。

 

「ったく、アンタは……。いつも言ってるけど、無理は出来る限りしないようにするのがアタシ達の約束でしょ? いいからもう少し休んでなさい」

「でも……」

「そ・れ・に! なのはさんも言ったでしょ。無理しない程度にって。今は、暴走し出しているこの列車を止めて、レリックを確保出来るように最善を尽くす。いい? 最善を尽くすの。決して最高を目指せって訳じゃないんだから」

 

 そう言ってティアナは頬を掻く。欲を言えば彼女とて自分達だけで確保まで持って行きたい。しかし、無理をして何かあってからでは遅いと考え、少し休息を取る事を選んだのだ。何せ、ここまで彼女はスバルにトイの相手を任せてきたのだから。

 AMFの前では、今のティアナの射撃は牽制にもならない。なので、幻術を使い相手を撹乱する事しか出来なかった。しかも、それは魔力を多く消費するためあまり多用が出来なかったのだ。それでもスバルだけに戦わせる訳にはいかないと思った彼女は、要所要所でそれを使って援護を行っていた。

 

(アタシが今出来るのはスバルの支援。それも攻撃面じゃなくて行動面が主になる、か。幻術はもう後何回も使えそうにないし、何とか頭使って少しでもあの子の疲労を最小限にしないと……)

 

 精一杯自分の出来る事を。そう考え、ティアナは周囲を見渡した。そこには先程までスバルと戦っていたトイの残骸が転がっている。しかし、奇妙な事があった。それはその状態にむらがある事。

 半壊しているものや全壊しているものがある中、ほとんど形を残しているものがあるのだ。しかも、数を数えるとそちらの方が多いようにティアナは感じた。

 

(どういう事? スバルの攻撃力は少しだけど訓練を通して上がったはず……。なら、どうして破壊出来てない方が多いのよ……?)

 

 そんな事を考えているティアナを見て、スバルは何を考えているのかを悟った。その視線が向いているものを見たからだ。

 

「……私も変だと思ったんだ。それ、やけに硬いんだよ」

「嘘……じゃ、アンタでそう思うならエリオ達はどうやって対処して……ああ、そうか」

 

 スバルの言葉に何か言いかけるティアナだったが、何かに気付いて納得した、スバルはそれに不思議顔。そんな彼女にティアナは若干苦笑しながら説明を始めた。

 

「あの子は槍使いでしょ? それの強度を上げて、持ち前のスピードを生かして攻撃力高めてるんだわ。それにキャロの得意はブースト魔法だし、AMFの効果範囲外から使えば問題ないわよ」

「そっか! 私が壊した方法と同じ事をやってるんだ!」

 

 自分がトイを完全破壊した時の事を思い出し、スバルは理解出来たとばかりに手を叩いた。それにティアナは頷いて視線を最初の位置へ戻した。そう、貨物室へ。

 

「さて、もう休憩はいいわね? 行くわよ」

「うんっ!」

 

 気合十分とばかりに立ち上がるスバル。それに頼もしいものを感じ、ティアナは笑みを見せてある仕草を送る。それに気付き、スバルもそれを返す。それはサムズアップ。大丈夫との思いと気持ちを込めての仕草。

 そして二人は貨物室へと足を踏み入れる。そこに待っている恐ろしい相手に気付かずに。一方、反対側で戦うエリオとキャロも貨物室へ近付きつつあった。スバルと違い、加速をつけるために魔法を必要とするため、二人はややトイの撃破速度が遅かったためだ。

 

「エリオ君、それで最後だよ!」

「分かったっ!」

 

 キャロの言葉に返事をしながら迫り来る最後のトイの攻撃をかわし、エリオはストラーダをその目のような部分へ突き立てる。それにトイが若干怯んだようになったのを確認し、即座に彼は距離を取った。そしてすかさず高速移動魔法を展開し、もう一度同じ場所へストラーダを突き当てる。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

 その一撃をかわそうにも、既にエリオが動き出した瞬間にトイの命運は尽きていた。音速の矢と化したエリオの前にトイは為す術も無く破壊される。それを見届け、キャロは小さく安堵の息を漏らした。

 二人も後一車両突破すれば貨物室という位置にいた。これでも彼らなりに急いだ方なのだが、やはり力自慢のスバルには及ばなかったのだ。更に彼らはブースト魔法による疲弊も考慮し、最初の一車両目以外はエリオだけの力で戦った事も関係している。

 

 二人は出来る事ならブースト魔法はエリオだけでは倒せない時に使うために残しておこうと考えたからだ。そしてもう一つ。二人がスターズコンビに遅れている理由があった。

 

「エリオ君お疲れ様。少し休もうか」

「そうだね。さっきと同じで一分休んで次に行こう」

「キュク~」

 

 そう言ってエリオとキャロは共に床に座った。そう、こうして必ず一つ突破する毎に小休憩を挟んでいる事がそれ。最初こそしっかり休んでいたが、トイとの戦いにも慣れた現在はその時間を減らし、呼吸を整えるためだけにしていた。

 初めはトイ達相手にエリオとキャロも戸惑いと緊張を隠せなかったが、それも最初だけ。次第にその対処と方法を構築し、二人は互いに支え合って切り抜けていた。エリオがトイを食い止め、キャロがバインドで僅かにでも動きを止めるか、もしくは鈍らせる。そしてその稼いだ時間を使いエリオがとどめを刺す。それを軸にしていた。

 

「……もうスバルさん達は貨物室かな?」

「そうだと思う。僕らも出来るだけ急ごう」

 

 休憩は終わりとばかりに立ち上がるエリオ。キャロもそれに頷いて立ち上がり動き出そうとした。残る車両は一つ。それを超えれば目的の場所だ。そう思って二人は歩こうとした。丁度その時、その貨物室のある方向から大きな音が上がる。

 それは衝突音。しかも、かなりのものだ。それに二人は同時に互いを見やり、同じ事を考えたと理解した。スバル達の方で何か起きている。それも、あまり良くない事が。

 

「急ぐよキャロっ!」

「うんっ!」

「キュク!」

 

 答えると同時にキャロはブースト魔法をエリオへ施す。それに頷いてエリオは高速移動魔法の準備を始めながら次の車両へと向かう。もう悠長に構えていられない。そう感じ取ったが故の行動。

 細かい事を伝えずとも通じ合う二人。そこには、これまでで培った絆の深さが見える。こうしてエリオとキャロも貨物室へと急ぐ。そこに待つ恐ろしい相手。それに苦戦しているだろうスバルとティアナを支えるために。

 

 

 

 貨物室に足を踏み入れたスバルとティアナを待っていたのは、どこか冷たい感じのする少女だった。その姿は、髪の色を除けばセインそのもの。しかしセインを知らぬ二人がそれに気付けるはずもなく、ただその場違いな存在に警戒心を抱くのみ。

 

「女の子……?」

「どうしてここに人が……」

「あ~、やっと来たのか。持ちくたびれたよ」

 

 少女はそう言って笑う。それは笑顔。だが、その笑みにどこか薄ら寒いものを二人は感じた。顔は笑っていても心は笑っていない。いや、本当に笑っているのか分からない。そんな印象を受け、二人は微かに身構える。

 それに気付き、少女は笑顔から楽しそうに口元を歪めて笑みを作る。それは二人の出方が面白くて仕方ないといったものだ。そのどこか不気味ささえある笑みに二人は警戒心を強めた。絶対好意的な相手ではない。そう思ってティアナが尋ねた。

 

「アンタ、何者よ」

 

 その問いかけに少女は鼻で笑うように呟く。それは目の前にいる二人を心底見下したような声だった。

 

―――何者、か。ホント、人は愚かだね。そんな事も分からないなんてさ。

 

 それを聞いて二人は不快感をあらわにした。だが、少女はそれを見て楽しそうに笑い出す。その笑い声は完全に二人を嘲笑うもの。その癇に障る笑い声に遂にスバルも苛立ちを抑えられなくなった。

 

「何がおかしいんだ!」

「あはは……いいよ、教えてやる。あたしの名は、ゼクス。創世王様に創って頂いた僕さ」

 

 ゼクスはそう名乗ると自身がどういう立場かをあっさりと告げた。そんな相手に二人は何となくだが嫌なものを感じる。自分の事を僕などと言い切る事もそうだが、その中に出てきた創世王という響きに何か引っかかるものを感じたからだ。

 そんな二人の反応に構わず、ゼクスは自身が何故ここにいたかを話し出した。彼女はここでレリックを取りに来る相手に伝言を伝えるためにいるのだと。それはこんな内容だった。

 

―――我の邪魔するのなら、その愚かさを身をもって知れ。創造主たる我に逆らう者共よ……

 

 一切の感情を持たず、どこまでも平坦に、どこまでも無表情に告げられる言葉。それに二人は背筋が凍るような感覚を覚えた。見た事のない悪意の塊が全身を包み込むような嫌悪感。それが彼女達の体を駆け巡った。

 

(な、何?! この感じ……怖いっ!)

(足が……竦むっ!?)

 

 そんな内から沸き起こる恐怖に戸惑い怯える二人を見てゼクスは愉しそうに嗤う。

 

「いいね、その表情。確かに伝えてね、お前達の仲間に。あ、それと”仮面ライダー”を名乗る虫けらにも、ね」

「「っ!?」」

「じゃ、あたしはレリックもらって帰るから。バイバイ、弱虫さん」

 

 その言葉に二人の表情を変える。先程までの恐怖は消えた。代わりに沸き起こるのは、ここに来るはずの飛行型のトイを食い止めているある男の事。その事を思い出し、二人はゼクスを睨む。

 その変化にゼクスも気付き、面白くなさそうな表情を浮かべた。その理由。それは弱いはずの存在が強がっているその光景ではない。その目に先程まであった恐怖が欠片として残っていない事だ。それが彼女には堪らなく嫌だった。

 

「嫌な顔。さっきまでの方が見てて愉しかったのにさ」

 

 そんな事を述べるゼクスに対し、二人は互いに告げる。

 

「なら、アンタにも伝えてもらおうじゃないの!」

「お前達のやる事は、絶対私達が止めてみせる!」

「「仮面ライダーと機動六課がっ!!」」

 

 それは誓い。それは願い。それは、確信。共に仮面ライダーと接した事があるからこそ言い切れる言葉だ。五代ならば、翔一ならばこう言い切ってくれる。決して誰にも屈せず、その想いを、生き方を貫いてくれる男達ならと。

 それに彼女達は憧れた。それを目指した。故に、ここで黙っている訳にはいかない。怯え、震え、守ってもらうだけの自分はもういない。彼らの背中に守られるだけでなく、その背中を少しでも支える事が出来る。今の彼女達はそんな存在になったのだから。

 

(私は五代さんのように誰かを笑顔に出来る人になりたい……)

(アタシは翔一さんのように何事にも動じないようにありたい……)

((だから、ここは行かせないっ! 絶対に!))

 

 決して二人は自分達が強いなどと思わない。だが、何もしないままで悪を見逃す事は出来ない。まだその体の震えが消えた訳ではない。それでも、今はそれを上回るだけの何かがある。故に、彼女達は立ち向かう。己の全てを以って、目の前の邪悪に。

 

「……そう。なら見せてやるよ、あたしの本当の姿を。創世王様から頂いた、この力をっ!」

 

 そうゼクスが叫ぶとその体が変わっていく。可憐な少女は、それとは似ても似つかない醜悪な姿へと変化していく。それを見て、二人は無くなりかけていた恐怖心が再び息を吹き返すのを感じていた。

 生理的嫌悪感。それを全身から漂わせる姿。それだけではない。人の姿をしたモノが不気味な化物となっていく光景を見せられるのは、それだけでも精神的にくるものがあった。

 

 やがてその変化は終わり、ゼクスはその本来の姿を見せた。それは、もぐら。だが、牙を剥き出しにして凶暴な形相をするそれは、誰もがイメージするもぐらのものではない。眼はつり上がり、鋭く二人を見据えている。手には触れただけで斬れそうな爪が生え、足にも同様の爪がある。

 スバルとティアナは何とかそれを相手に身構えるが、その体は小刻みに震えていた。それを必死に抑え付け、何とかゼクスを睨むように見つめ返している。それをゼクスは面白くないとばかりに舌打ちし、動いた。

 

「っ?!」

「速いっ!?」

 

 その動きにスバルは言葉を出す事も無く吹き飛ばされ車両を突き破った。それを見たティアナは、どこか鈍重な印象さえ受けるその姿とは正反対の速度に驚きを隠せない。スバルは落下していくのを感じながら痛む体でウイングロードを展開し、何とか窮地を脱するものの受けたダメージは大きく表情を歪めていた。

 

「っ……危なかった……」

「スバルっ!」

「……しぶといね。このあたしの手をあんまり掛けさせないで欲しいんだけど」

 

 相棒の無事に安堵しつつ、ティアナは後ろから聞こえた声に咄嗟に反応する。そう、振り向くのではなくその場から急いで走り出したのだ。その瞬間、ティアナの後頭部に風が起きる。ゼクスの手が薙いだのだ。

 爪によってティアナの髪の毛が数本風に乗って散る。それを感じながらティアナはスバルがいる場所目指して跳んだ。スバルもそれを理解していたのか、ティアナが届く位置までウイングロードを伸ばしそれをサポート。

 

 何とかウイングロードへ着地すると同時にティアナはスバルの元まで走る。ウイングロードはそれに合わせて縮められ、ゼクスとの距離が開いていく。それをゼクスは見つめ、実にあっさりとその場から跳んだ。

 その行動にティアナもスバルも驚きを隠せない。飛行魔法でも使わないと届かないであろう距離。それを単純に助走も付けずに跳んだだけで届かせてみせたからだ。

 

「……で?」

「嘘、でしょ……」

「あの距離……私でも無理だよ」

 

 見せ付けられた自分達との能力の差。それに二人はなけなしの戦意が萎えていくのを感じる。それは、かつて邪眼と対峙した時なのは達も感じた絶望という闇。人外の力と姿、そして邪悪さ。それに対し恐怖や無力感を抱かぬ者はいない。

 それでも、それでも二人は諦めない。震える足に鞭打って、逃げ出そうとする気持ちを奮い立たせ、それぞれに思い出す。それは、己への誓い。

 

 スバルは、あの火災の際に出会った赤いヒーローのようになりたいと。ティアナは、兄を助け、自分を変えてくれた者のようになりたいと、それぞれが誓ったものがある。そして、その者達は決して諦めないと知っているから。

 

「ティア……」

「何よ?」

「援護、よろしく」

 

 その言葉にティアナは驚くでもなく、ただ苦笑混じりに答えた。

 

「援護? 馬鹿言わないで。……アタシが倒すんだから」

「なら、二人で倒そう」

「……ま、それが一番可能性が高いか」

 

 どこか普段通りに会話する二人。だが、共に相手を倒せる自信はない。それでも、逃げない。逃げたら、己の目指す者達に、何よりあの日の自分自身に合わせる顔がないと知っているからだ。

 

「殺しはしないから安心しな。ただ、もう伝言役は諦めてもらうけど」

 

 そんな言葉にも二人はもう反応を示さない。それにゼクスの不機嫌さが増していく。その様子にむしろ二人の闘志が高まっていく。最後の最後まで足掻いてみせる。なのはは必ず来てくれると言ったのだと、そう思い出して。

 

「行くよ、マッハキャリバー」

”了解”

 

 その返事にスバルは心強さを覚える。己にいるティアナ以外の味方の存在に。

 

「頼むわね、クロスミラージュ」

”お任せを”

 

 その一言にティアナは笑みを見せる。己やスバルと共に戦ってくれる存在がいる。それが嬉しくて。

 

「「アタック!」」

 

 その声をキッカケに二人は動き出す。人としての誇りと自身の信念を支えに恐ろしい怪人相手の生き残るための戦いを始めるために。

 

 

 最後の車両を突破し貨物室に着いたエリオとキャロが見た物は、壁に大きく開いた穴ともうかなり後ろになってしまった場所で怪物と戦うスバルとティアナの姿だった。その予想だにしない状況にさしもの二人も一瞬思考を停止したのは仕方ないといえる。

 それでも素早く現状を把握し、二人は自分達のすべき事と出来る事を考え始めた。そしてその数は多くなかった事もあり、二人は互いの顔を見合わせた。

 

「エリオ君、スバルさん達が戦ってるのってもしかすると」

「きっとそうだ。キャロはフリードを本当の姿にして。それで、レリックを持ってフェイトさん達かヘリに合流して欲しい」

 

 状況を考え、エリオはまずレリックの確保を優先した。非情かもしれないが、自分達が援護に行っても二人の助けになるとは思えなかったためだ。その証拠にフリードが先程から怯えているのだ。他でもないあの怪物を見てから。

 だからキャロをまず逃がそうとエリオは考えた。だが、素直に逃げろと言えばキャロは反対する。だからエリオはキャロへレリックの護送を頼むと告げる事にした。キャロはそれからエリオの優しさを感じ取り、申し訳なく思いながらそれに感謝するように頷いた。

 

 そして彼女は怯えるフリードを宥めて、レリックの入ったケースを抱えると告げる。

 

「竜魂召喚!」

 

 キャロの声に呼応し、穴から外に出ていたフリードはその姿を巨大な翼竜へと変えた。それこそがフリードの本当の姿。白銀の飛竜と呼ばれる所以がそこから感じられる。それを見て、キャロは心から安堵した。落ち着いている時でもまだ完璧と言える自信はないため、今回はフリードがやや怯えているので成功するか不安だったのだ。

 しかし、キャロの手をエリオがずっと握っていた事もあり、彼女はその制御に成功した。無論、それだけではなくキャロが六課入隊前から少しずつ制御を可能にするために努力していたのも大きい。フリードの背に乗り、エリオとキャロは見つめ合った。

 

「キャロ、フェイトさん達と合流したら」

「戻ってくるから」

 

 エリオの言葉を遮り、キャロははっきりそう言い切った。それにエリオは思わず言葉を失う。

 

「絶対、戻ってくるから! だからエリオ君も約束して! 絶対待っててくれるってっ!」

「……キャロ」

 

 目に涙を浮かべ、そう告げるキャロ。それにエリオは嬉しく思い、力強く頷いた。それはキャロを安心させるものであり、自分に対する戒めでもあった。キャロを逃がす。それは、キャロを本当に思っての事ではなかったと気付いたのだ。

 キャロを本当に思うのなら、その判断を委ねるべきだった。キャロには戦う力があまりない。そう自分は勝手に考えて戦闘から遠ざけようとしていたと気付いたのだ。

 

(僕はキャロと共に支え合うために局員になったはずじゃないか。なら、この戦いも一緒だ。僕がキャロを守るだけじゃない。キャロも僕を守ってくれているんだ!)

「分かった。キャロが戻ってくるまで頑張るよ」

「約束だよ? 約束だからね!」

 

 キャロの言葉にエリオが向けたのはサムズアップ。それにキャロも頷いた。そして、フリードを飛び出させて列車から離れていく。それを見送ってエリオは後方のスバル達を見つめた。もうかなり離れてしまったが、それでもまだ何とか出来る距離だ。

 そう判断してエリオは疲れた体に喝を入れて走り出す。目指すは列車の最後尾。そこからストラーダの加速力と自分の魔法を使った跳躍で何とか二人が戦っている場所まで行かねばならない。

 

 そんな時だ。車両と車両の連結部からその上へ登ったエリオの前に巨大なトイが出現したのは。それは従来よりも大きな球体型のトイ。しかし、エリオはその存在が厄介な相手だと即座に気付いた。

 

「こいつ、AMFの範囲が広い!?」

 

 まるで鞭のような長いアームを捌きながら、エリオは魔法が完全に発動しない事を確認した。先程までは出来ていたソニックムーブ。それが同じ距離を取っても使えなかったのだ。それは今までの戦い方が使えないという事を意味する。

 疲弊した体。魔力も体力も減ってきたところに現れた厄介な敵。エリオはそれを相手取り、己の未熟さと至らなさを痛感していた。せめて周囲の安全を確認してからキャロを送り出すべきだったと。

 

「でも……まだ負けてない!」

 

 反省をしながら、エリオはストラーダを握る手に力を込める。魔法に頼る事が出来ない事は先程から変わらない。ならば、何も困る事はないのだ。自分の持てる全てを使い、挫ける事無く戦うのみ。何故なら、最後に自分を助けるのは力ではないと彼は知っているのだから。

 

「自分を助けるのは……諦めない気持ちだっ!!」

 

 自分が憧れ、目指す男が教えてくれた言葉。それを思い出し、エリオは吼えた。それと同時に思いっきり床を蹴って跳び上がる。それから少し遅れてストラーダが火を噴いた。魔力による噴射の勢いを乗せ、エリオはそのまま空中へと向かう。

 そこでエリオは真下に見えるトイを見据えて魔力を使う。それは、自分を救い出してくれた女性が使っているものと同じ電撃。そう、AMFの効果範囲外なら魔法は使える。しかも効果そのものは無効化出来ない事はエリオ自身がここまでの戦いで知っていた。

 

「行くぞ、ストラーダ!」

”どうぞ”

「はぁぁぁぁっ!」

 

 魔力を電撃に変えてストラーダに纏わせ、それを落下速度に加速を加えて突撃する。今、エリオが思いつく限りの最大威力の攻撃だ。例え電撃を無力化されても、エリオにとってはどうでもいい事だった。

 まず、目の前の障害を突破する。話はそれからなのだ。故に迷いはない。魔力の電撃は消せないはず。自分の全てを込めた一撃で勝負するのだ。その強い気持ちがストラーダへ伝わったかのようにカートリッジが排出される。

 

 それを合図にエリオは一筋の閃光となる。それを迎え撃とうとするトイだったが、そのアームが彼を捉えようとした途端その体が更に加速した。

 エリオがAMFの範囲内に入る前にアームが届いてしまったがための、些細な、だが致命的な失態。攻撃の瞬間が一番の隙となると理解していたエリオはソニックムーブを使い、加速すると同時にその手にしたストラーダをトイに突き刺したのだ。

 

 そのままトイは天井を破る形でエリオと共に車両の中へ落下する。彼はその衝撃に顔を歪めながらも車両の床にしっかりと両足を着けた。そして全身に力を入れ、そのままストラーダを持ち上げていく。

 

「あぁぁぁぁぁ……っ!!」

 

 ゆっくりとではあるがたしかにトイのボディを切り裂くストラーダ。それをエリオが振り抜いた瞬間、トイは爆発した。だがそれを見届ける事無く、彼は振り抜いた姿勢のまま疲れから意識を失ったのだ。

 その体は爆発で出来た穴へ吸い込まれるように動き、そこから静かに谷底へと落下していく。すると、そこへ何かが接近する。今にも墜落しそうなエリオを見てその手を精一杯伸ばしながらそれは叫んだ。

 

「だめぇぇぇぇぇっ!」

 

 その声にエリオは失っていた意識を微かに取り戻す。目を開けた先には見慣れた桃色の髪の少女がいた。

 

「キャ……ロ?」

「エリオ君!」

 

 フリードの背に乗ったキャロがエリオの体を抱きしめる。その温もりにエリオは自分がトイに勝ったのだと実感した。だが、それと同時に思い出す事があった。

 

「キャロ……どうしてここに? それに……レリックは……」

 

 そのエリオの言葉にキャロは少しだが驚きを見せる。しかし、微かに苦笑した。こんな状況でも心配するのがまずレリックの事だという真面目さに。それを思って苦笑しながら彼女はレリックはもうヘリへ運んできた事を告げた。そしてスバル達にも心強い援軍が向かったとも。

 

 キャロはあの後一番近いだろうフェイト達へ合流するためにフリードを急がせていたのだが、その途中で見たのだ。そう、列車へ向かうゴウラムに乗ったクウガの姿を。それにキャロが驚きを見せると、彼はサムズアップをやって見せた。

 それだけでキャロは彼が五代、即ちクウガだと理解して安心する事が出来た。そのすぐ後にヘリを見つけた彼女はヴァイスにケースを預けて全速力でここへ戻ってきたのだから。

 

「五代さんが、仮面ライダーが行ってくれたから」

「……そっか。なら、安心……だ」

 

 仮面ライダーがスバル達の援護へ向かった。それを聞いてエリオは緊張の糸が切れたように再び目を閉じる。そんな彼の状態にキャロは労わるようにその体をもう一度抱きしめた。自分との約束を守ろうとした槍騎士の健闘を称えて。

 

(スバルさん達の手助けに行きたいけど、エリオ君の事もあるし……)

 

 一度フェイト達の指示を仰ごう。そう決断し、キャロは静かにフリードをフェイト達がいるだろう場所へ向かわせる。その際、少しだけスバル達がいる方向へ視線を向け、彼女は心から願う。二人が無事でありますようにと。

 そして出来るだけすぐに自分も向かうと心の中で告げ、キャロはフリードと共にその場を離れた。丁度その頃、なのはとフェイトも完全にトイを駆逐し、列車へと向かって動き出していたのだった。

 

 

 ゼクスの爪が唸りを上げる。それをスバルは何とか魔法で防ぎ、その硬直を狙ってティアナの射撃が襲うもゼクスはそれを避ける事もしない。ただ眼前のスバルを押し込んでいくだけだった。

 ティアナの魔法はゼクスにはそよ風にも近い程度のダメージしかない。故に、警戒するのは自分を傷付ける事が出来るだろうスバルのみという訳だ。

 

「ぐぅぅぅぅ!」

「へぇ、中々粘るね。さすがは機械仕込み」

「っ!?」

「どうして、アンタがスバルの事を……」

 

 ゼクスが呟いた一言にスバルが動揺し、ティアナは驚愕。その反応にゼクスは嘲笑うような声で告げた。自分達の創造主である創世王は、スバルだけでなく姉のギンガの事さえ知っていると。

 

「出来損ないの改造人間。いや、戦闘機人だったっけ? どちらにしろ同じ失敗作には変わり無いか」

「だったらアンタは……何だって言うのよ……っ!」

「あたし”達”はそれを超えた改造機人。ま、でも創世王様が言うには怪人って表現が正しいんだってさ」

「……怪人」

 

 ゼクスの言葉を聞いてスバルは噛み締めるように呟いた。何故だか、その響きに言い様のない感情を抱いたのだ。改造人間との単語もスバルには気になる。それは、戦闘機人を言い得ているような言葉だったのだ。

 しかし、そんなスバルと違い、ティアナはゼクスの言葉に得体の知れない不安を感じていた。それは、戦闘機人を出来損ないと言い切る事。普通に考えてもスバルやギンガのような力を持つ事は、下手をしたら周囲に恐ろしい結果をもたらす。それにも関らず、それを超えた力に対しゼクスは少しも何かを感じる事がないのだ。

 

 それは、自分の体に対して恐怖も嫌悪感も無くその力を振るう事に何の躊躇いもないと言う事を意味している。それが良い事に使われるのならいい。しかし、どう見てもゼクスはそんな事に使うような相手ではない。

 それを理解し、ティアナは身震いがした。そんな存在を作り出す存在がいて、尚且つ作り出された存在は喜んで他者へ害を為そうとするのだ。それは並の犯罪者よりも恐ろしい。絶対に野放しにしてはいけない。そうティアナが決意を新たにした時だった。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!」

 

 スバルの口から悲鳴が上がる。ゼクスが少し力を込めただけで、先程までは拮抗していたはずの力関係があっさりと覆ったのだ。それを見てティアナは悟る。自分達は遊ばれていた事を。彼女達が必死に足掻くのを見てゼクスは楽しんでいたのだ。

 そう考えた途端、ティアナは怒りを抱いた。必死に足掻くものを嘲笑うような態度に。懸命に生きようとする者を馬鹿にするその言動に。残った魔力を全て使ってでもこの相手には少しでもいいから傷を負わせたい。そう思ったティアナは力強く叫んだ。

 

「ファントムブレイザァァァァッ!!」

 

 彼女が誇る最大魔法。ティアナはそれをゼクス目掛けて放つ。オレンジの魔力光がゼクスへ殺到し、それに少しだがその意識が逸れた。それを感じ取ったスバルも動く。そう、ティアナが狙ったのは自分の攻撃でのダメージだけではない。一撃の破壊力に秀でるスバルを、少しでもいいから動けるようにする事も視野に入れていたのだ。

 

(頼むわよ、スバル!)

 

 そんなティアナの思いに応えるように、スバルは素早くその右手をゼクスの腹部に押し当てる。同時に排出されるカートリッジ。その数、三つ。そして彼女の右手へ集束する青い魔力光。それこそ、スバルの取っておきにして最大の攻撃。

 かつて見たなのはの魔法。それを彼女なりに身に着けたもの。憧れた女性が放った砲撃。それを模した彼女の自慢の一撃。

 

「一撃! 必倒っ!」

「何をするつもりだ?」

 

 ゼクスの眼前に迫るティアナの魔法。しかし、自分の間近くで発動しようとする魔法にも意識を向けなければならない。そんなゼクスへ、スバルはその声を掻き消す声で叫ぶ。

 

「ディバイィィィン、バスタァァァァァッ!!」

 

 零距離で放たれる青い砲撃にも似た攻撃。そして、それとタイミングを合わせたかのように飛来し威力を加えるオレンジの魔力光。ゼクスを飲み込んだそれを見つめ、ティアナもスバルも手応えを感じた。

 それを後押しするように、魔力光の輝きが消えた時にはもう誰もいなかった。それに二人は安堵の息を吐く。もう戦うだけの魔力も体力も残っていない。文字通り全てを出し切った。それ故の安堵。

 

「……もう、何も出来ないよ~」

「同感。レリックはエリオ達に任せましょ……」

 

 寄り添うように座り込む二人。その表情は疲れていてもどこか明るい。やり遂げたという達成感が体の中にあったためだ。そのままの雰囲気で帰った後の事を話し出そうとした所で、非情な現実が二人に襲い掛かる。

 

―――いやぁ、さっきのは中々驚いたよ。

 

 聞こえるはずのない声。それが何故かすぐ近くから聞こえ、二人は表情を強張らせる。周囲にはゼクスの姿はない。しかし、声はすぐ近くで聞こえる。その矛盾。すると、その声の出所にティアナが気付いて愕然となった。

 ゼクスがいた場所。それはウイングロードの下。そう、ティアナ達が座っている真下に爪を使い張り付いていたのだ。それに気付いても、ティアナとスバルは動く事が出来なかった。

 

「IS、ディープダイバー。それを使ってあの攻撃を隠れ蓑にお前達の下に回りこんだって訳」

 

 恐怖と脱力感から何も言葉が出ない二人を見て、ゼクスは嬉しそうにそう言った。そして、器用に爪でウイングロードを移動しながら再び二人の前へと現れた。その姿は、確かに多少ダメージは負っているものの、お世辞にも痛手を負ったようには見えなかった。

 それも二人にとっては恐怖を増す材料にしかならない。自分達の全力を持ってしても、少しダメージを与えるだけが精一杯と分かってしまったのだ。

 

「あれ? もう言葉もないのか。な~んだ。もう少し愉しめるかと思ったのに……」

(どうしよう……もう、立てないよ……)

(何か手は……ないわよね。嫌……死にたくない……)

 

 ケラケラと嗤うゼクス。それが二人の目から希望を奪っていく。なまじ気を抜いてしまった分、その絶望と言う名の毒は深く早く浸透していくのだ。スバルとティアナの様子にゼクスは心から嗤った。それが増々二人の恐怖を加速させていき、それがゼクスの喜びへと変わっていく。

 

(父さん……母さん……ギン姉……)

(お兄ちゃん……)

 

 二人の脳裏に浮かぶは家族の顔と目指す男の顔。互いに最後に思い出すは、自分達を変えるキッカケをくれた相手だった。それが浮かび、二人は願った。なのは達から聞いた闇の書との最終決戦。その際、邪眼相手に五代と翔一が力強く名乗ったそのもう一つの名を。

 

((仮面ライダーっ!))

「さ、じゃあこれで……」

 

 その声と共にゼクスの爪が二人へ目掛け振り下ろされそうになった瞬間、何かがその爪を砕いた。

 

「な、何?!」

 

 突然の事に動揺し辺りを見渡すゼクスだったが、当然その周囲には何も見えない。そこへ更に何かが飛んで来る。

 それは、圧縮された空気弾。またの名をブラストペガサス。そして何かが飛来する音と共に、呆然となっていた二人の目の前へ誰かが降り立った。

 

 それは、スバルにとっては二度目の、ティアナにとっては初めての出会い。赤い体の仮面の戦士だった。

 

「お、お前は確か……」

「クウガ。仮面ライダークウガ!」

 

 その名乗りが先程までスバルとティアナの体を包んでいた闇を消し払う。希望がそこにいた。その背を見つめ、二人は不思議ともう恐怖を感じなくなっていた。どんな相手がいようとクウガがいれば、仮面ライダーがいれば大丈夫だと、心から思えたのだ。

 

「大丈夫? スバルちゃん、ティアナちゃん」

「「はいっ!」」

 

 返事にも自然と力が戻る。戦えないと思っていたはずの体に微かにだが力が戻ってきたような感覚を覚えながら、彼女達は表情を喜びに変えた。それにクウガは頷いて、視線を戻すと同時に構えた。それに応じるようにゼクスも構える。ここに舞台は整った。これを以って、邪眼とライダー達の戦いの第二幕が上がる。

 

 

 フェイトがなのは達と合流した頃、光太郎は乗ってきた車を隊舎前に止めて格納庫へ向かおうとしていた。アクロバッターで現場へ向かうために。しかし、その時光太郎を呼び止める者がいた。翔一だ。

 

「光太郎さん!」

「翔一君? どうしたんだ」

 

 何か妙な表情をしている翔一に光太郎は変な感じを受けた。まるで、何かに戸惑っているように見えたからだ。すると、翔一は光太郎が予想だにしない事を言い出した。

 

「あの……俺が倒した奴がさっき現れて黒い太陽に伝えて欲しい事があるって言ってきたんです」

「何だってっ!?」

「影の月が踏み躙られる。それと自分に出来るだけの事はしたから後は頼むって」

 

 翔一の言葉に光太郎は表情を険しくした。黒い太陽とは彼にゴルゴムが付けた名前で、それを知る者はもう彼しかいないはずだったからだ。それに影の月とは彼のかつての宿敵の事を意味している。

 光太郎もそう結論を出し、翔一へ尋ねたのだ。伝言を頼んだ相手は一体何者なのかと。それに翔一が答える事が出来たのは普通の人間ではないという事だけ。詳しい話は長くなると理解し、光太郎は今はそれだけで十分と判断して頷いた。

 

「分かった。翔一君、ありがとう」

「いえ。光太郎さん、気をつけてください。後、ティアナちゃん達を頼みます」

 

 翔一の言葉に頷き、光太郎はその場から走り出す。格納庫にいたはずのアクロバッターが彼へ向かって来ていたのだ。それに翔一は驚きを抱くも、食堂へ戻るために背を向けて走り出す。今の自分が出来る事は疲れて帰ってくる五代達に心安らぐような食事を食べさせるだけと思ったのだ。

 互いに相手と反対の方向へ走る翔一と光太郎。アクロバッターに飛び乗った光太郎はアクセルターンを決めるとすぐさまアクセルを解き放つ。その音を聞き、翔一は一度だけ後ろを見た。光太郎の姿が遠くなっていくのを見て彼は思う。

 

(大丈夫。光太郎さんと五代さんが行ってくれるなら絶対に)

 

 そんな翔一の信頼を背に受けながら光太郎はクラナガンの街を駆け抜けていく。その脳裏には翔一から言われた言葉がずっと反芻されていた。

 

(シャドームーンが甦るとでも言うのか。信彦はもう、眠ったはずだ……)

 

 思い出すのは幼い子供二人を助け、眠りについた銀の体の戦士。彼の親友であり幼馴染。悪に身を堕としながらも、最後にはきっと、きっと優しい心を取り戻したに違いないもう一人の仮面ライダー。それがシャドームーンだ。

 だが、その命は既に尽き果て、光太郎しか知らぬ場所で眠りについた。そんな存在が甦るはずはない。ましてや異世界であるここへ現れる事はないはず。そう思って光太郎はアクロバッターを加速させる。その姿は青い疾風となってミッドの街を駆け抜けていく。

 

(それにしても……城戸真司。彼も、もしかしたら……)

 

 次に脳裏に思い出すのは、ゼスト隊の隊舎で出会った真司の事。邪眼と戦い、勝利した男。BLACKだった彼が手も足も出なかった相手を倒したという事が光太郎の中では引っかかっていたのだ。その男も、もしかしたら未来の仮面ライダーかもしれないと光太郎は考えて始めてある事に気付いた。

 

(っ?! まさか、自分に出来るだけの事とはこの状況か!?)

 

 自分を含め、時代を超えた仮面ライダーが同じ場所に呼び寄せられている現状。それこそが翔一からの伝言を指していると彼は解釈した。しかも、相手はあの邪眼。甦るために時空を歪め、キングストーンにこだわり、彼とクウガを付け狙う相手なのだ。

 それが仮面ライダーがいない世界にいた。そして、目覚めようとしていた事を察知した者が仮面ライダーを呼び集めた。そこまで考え、改めて光太郎は翔一から詳しい話を聞こうと決意する。それはその伝言を伝えて来た相手との戦い。そこに、この事を説明もしくは解決する手掛かりがあると思ったのだ。

 

 既に光太郎はミッドの市街地を抜け、人気のない郊外を走っていた。列車が走っている場所までもう少しとも言える距離。そこで嫌な予感を感じた彼はアクロバッターを減速させ、周囲を窺うように見渡した。そして彼はある一点で視線を止めるとアクロバッターを停止させたのだ。

 

「隠れても無駄だ。出て来いっ!」

「あら、意外と鋭いのねぇ。小物かと思ったのに……」

 

 その声に反応し、光太郎の視線の先が歪む。そこから現れた相手に光太郎は違和感を感じた。そこにいたのはクアットロそっくりの女性。ただ、髪の色が違う。

 

「お前は何者だ!」

「ふふっ……私の名はフィーア。改造機人よ」

「何っ?!」

 

 フィーアの口から告げられた改造機人との言葉に、光太郎は直感で怪人かもしれないと考えた。そして同時に思い出す。邪眼はジェイルの研究施設を乗っ取った事を。故に、目の前の相手がジェイルと共にいた者と同じ外見をしていても納得が出来る。

 そう考え、光太郎は身構えた。先手を取られる前に動かなければと、長きに渡る戦いの経験からそう判断しフィーアへ攻撃を開始したのだ。

 

「トゥア!」

「ふふっ、結構速いのねぇ~」

 

 光太郎の蹴りをかわし、フィーアはそう上からの物言いで呟く。それを聞いても光太郎は怒りも見せず、冷静にもう一度蹴りを放つ。それをフィーアが受け止め、にやりと笑った。その見かけによらない怪力から光太郎は確信する。

 そう、目の前の相手が怪人であると。いくら戦闘機人といえども女性が今の彼を抑えつける事は出来るはずないのだ。そう判断した光太郎をフィーアはそのまま力任せに放り投げた。

 

「……っ!」

「あら? やるじゃないの」

 

 地面へ激突するかに見えた光太郎だったが、前転しながらその勢いを殺して事無きを得た。そんな彼を見てフィーアもどこか違和感を感じたようだった。だからだろう。フィーアの体が変化を始めた。

 それはカメレオン。どこまでも醜悪にされたその異形。おそらくクアットロが見たのなら激怒する程の外見だ。だがそれを見た光太郎も決意する。その正体を明かす事を。

 

「変身っ!」

 

 今のままの自分では勝てないと悟り、告げる。それは、自身を変える呪文。彼、いや彼らにだけ許された魔法。秘められた人外の力を存分に振るう事が出来る姿。それへの変化を起こす力ある言葉。

 それを受け、光太郎の体が変わる。瞳の中に激しく光が瞬き、腹部の輝石が輝き出す。それを契機に姿が変わる。細胞に稲妻が走り、腕は巨人の剣に、脚は逞しい大樹になっていく。それは黒い勇者。地球を二度守り抜いたヒーローの姿。

 

「俺は、太陽の子っ! 仮面ライダー、BLACKっ! RXっ!!」

「RXですって? でも、データにはそんなライダーはいないはずだけどぉ……」

 

 フィーアはRXの姿を見て不思議そうに呟くも、最後にはこう告げた。

 

―――まぁ、いいわ。この姿になった私に勝てるはずないもの。

 

 その言葉にRXは拳を握りしめる。命を弄ぶだけでは飽き足らず、更にそれを怪人へと改造した邪眼。そして、そんな体になった事に何の躊躇いも迷いも抱かぬ目の前の相手への怒りと哀しみを込めて。RXは右手を振り払うように動かして吼えた。

 

「俺は、貴様達に決して負けないっ!」

 

 それは心からの否定。悪に、闇に屈しないと言う確固たる決意。人ならざる痛みも苦しみも抱かぬ者に負ける訳にはいかない。そう考えるからこそRXは怪人ではなく仮面ライダーなのだ。

 だが、フィーアは違う。自分を美化し、周囲を見下すだろうとRXは悟っていた。ならば、彼の答えは決まっている。他者を見下す者を決して認めはしない。そんな独りよがりの生き方をする者を、彼は許しはしないのだから。

 

「命を弄び、蹂躙する事に躊躇いもない邪眼。それに組するお前を……俺は、絶対に許さん!」

 

 彼は告げる。それは、生命の守護者の宣言。歪められてしまった存在だからこその、強く尊い誓い。それを聞いて、フィーアは不愉快そうに吐き捨てた。

 

「許さない? 馬鹿言わないの。貴方の方こそ覚悟するのねぇ。何者であろうと、創世王様に逆らう者には死あるのみよ」

 

 それと共にフィーアから殺気が流れる。それを感じ取ってRXもまた身構えた。人知れず、ここでも戦いの幕が上がろうとしていた。

 

 

 クウガやRXがそれぞれ戦場へ向かっていた頃、ゼスト隊の隊舎ではギンガとナンバーズは談笑を続けていた。そんな中、真司は一人ある事を考えていた。

 

(光太郎さんだっけ? あの人、どうして邪眼と会った事があるんだ?)

 

 突然現れた邪眼。だが、それと以前会った事があると告げた光太郎に真司は違和感のような疑問を感じていた。邪眼がどこかで現れたとすれば、どこで現れたのか。そして、どうしてジェイルのラボに出現したのか。それも考え始めたのだ。

 そんな時、真司達のいる部屋へクイントが現れた。何故かその表情にはやや険しさが見える。それにゼストが気付いて視線を向けた。

 

「どうした?」

「謎の機械を……トイを引き連れて湾岸地区に現れた者がいるそうです」

 

 その言葉にその場の雰囲気が変わる。ゼストはそれに頷いて部屋を出て行った。真司は閉まったドアをやや見つめていたが、やがて何かを決心して立ち上がる。それに誰も何も言わない。分かっているのだ。真司が何をしようとしているのか。

 だから静かにナンバーズがそれに呼応するように立ち上がった。それをジェイルは苦笑で見送り、一言気をつけてと声を掛けるのみだ。ギンガも同じように苦笑しつつ、真司達を止めようとはしない。彼女も分かっているのだ。

 

「ゼストさん」

「……どうした、城戸」

「俺も、いや、俺達も手伝います」

 

 向かった先は、ゼスト達が話し合っている廊下。そこには、クイントだけではなくメガーヌもいる。三人の視線を受け、真司は告げた。自分達の力は誰かを守るためにある。だから手伝わせて欲しい。そう、三人の目を見て言った。

 それに三人は一度だけ互いを見つめ合い、クイントとメガーヌがゼストへ向かって頷いた。それにゼストが小さく苦笑するも頷きを返す。それを見ていた真司はそれがどういう意味かを察して笑みを見せた。

 

「頼めるか?」

「はい!」

 

 ゼストの声に力強く頷いて真司はその場から走り出す。すると、真司は走りながらも後ろに向かって大声で告げた。

 

―――俺、先に行ってます!

 

 その言葉にゼスト達は苦笑。本来なら止めるところだが真司の性格を知ってしまった以上、もう三人にそれを止めるつもりはなかった。だからこそゼストはギンガへ視線を向ける。

 

「本来ならこちらが動かないとならんのだが、生憎まだ体勢を整えられん。すまないが、保護対象の次元漂流者が危険にならないように護衛を頼めるか、ナカジマ陸曹」

「はいっ!」

「貴方達も行っていいわよ。真司君、心配でしょ?」

 

 メガーヌの言葉にトーレとチンクが頭を下げ、後を追って走り出す。それをキッカケに次々と感謝の言葉を述べながらナンバーズが走り去る。しかし、ウーノとドゥーエだけはその場に残った。

 

「ゼスト部隊長、私達に真司さん達の指揮をさせてくれませんか?」

「私達二人はISが戦闘向きじゃないの。だから後方支援の方がいいかと思って」

 

 それにクイントが理解を示してゼストへ視線を向けた。ゼストもそれだけでクイントの言いたい事を理解したのか軽く頷いたのだ。それにナンバーズの事をこの場で誰よりも理解しているのは二人しかいない事もある。

 下手にクイントやメガーヌが指示を出すよりもウーノ達が出した方が上手くいくだろうとの考えもそこにはあった。案内するようにクイントが二人を連れて歩き出すのを見送り、メガーヌは小さく呟く。

 

「まるで、最初からこうだったような感じがしますね」

 

 その言葉にゼストは言葉を返さない。しかし、その表情はどこか微笑みさえ浮かべていた。ジェイル達がこのゼスト隊に来てまだ二週間にも満たない。それでも、真司を始めとする人懐っこい者達が先頭に立って隊の者達との交流をした結果、ゼスト隊に真司達を変な目で見る者はいなくなっていた。

 

 食堂で真司やドゥーエ達が懸命に働いている姿を見たのもあるだろうし、隊舎内の掃除などをしているのも関係しているかもしれない。だが、一番はやはりその性格。皆、根本は優しく明るいのだ。

 ノーヴェやクアットロのようにやや癖がある者もいるが、概ね人当りは悪くない。加えてナンバーズは皆可愛い少女や美しい女性故に、かつて真司が予想したように男性にはナンバーズは評判がいい。

 

 元々ゼスト隊の構成員は男が多い。そのため、それぞれに気にいる者さえ出始めている程だったのだから。

 

「とにかく、俺達も行くぞ」

「はい」

 

 真司は次元漂流者でナンバーズは民間協力者。しかし、それはあくまでゼスト隊だけの認識。管理局自体では、未だにジェイルは指名手配中の相手でナンバーズはその存在を知られていない。真司はその扱いを次元漂流者とするか否かを判断しかねている事もあって保留としているのだ。

 それは、真司を見つけた場所と時期にある。嘘を吐く事がゼストは出来ない。故に、虚偽報告をしないためにはジェイルとの出会いから記さないといけないのだから。

 

 そんな風に考えながらゼストはメガーヌと共に動き出す。目指すは報告を受けた場所。ミッドの首都であるクラナガンではなく郊外の湾岸地区だ。そこにある目ぼしい建物を考えるも特に心当たりはない。

 何故人気の無い場所に出現したのか。それだけがゼストの中で引っかかる。何か妙な感じを受けつつもゼストは歩く。この後、彼らは知る。人知れず恐ろしいモノと戦い続けていた者を。そして、自分達が対峙しなければならない相手を。



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戦士集いて合わさる時

遂に四人のライダーが怪人と対決です。でも、彼らだけでは最後まで戦い抜けません。それがこの回から描写されています。


 ゼクスの爪が唸りを上げる。それをクウガは冷静に見つめ、その攻撃をかわすと同時に相手の腕を掴んだ。そこでクウガは気付いた。先程破壊したはずの爪が再生を始めている事を。そこにクウガはかつて戦った未確認との相違点を見ていた。

 一方、スバルとティアナは座った位置でクウガとゼクスの戦いを見ていた。気持ちとしては援護をしたいが、まだ戦える程体力も魔力も回復していないためだ。だからこそ余計にその表情には力が入っている。ライダーが怪人と戦うのを気持ちだけでも応援するために。

 

「っ!? クウガ、気を付けて!」

 

 クウガに抑えられた腕とは逆方向の腕。そこの爪が完全に再生を完了する。それに気付いてティアナが叫んだ瞬間、クウガはゼクスの腹に蹴りを放った。

 

「おりゃ!」

「ぐぅ!」

 

 たたらを踏むように後ずさるゼクス。だが、クウガはそれを見ても追撃をかけようとはしない。何となくだが気付いているのだ。迂闊に攻め込めば痛手を負うのは自分だと。それに戦っている場所も問題だった。

 

(ここはスバルちゃんの魔法の上。下手をしたら下に落ちるかもしれない、か。あまり迂闊な事は出来ないな)

 

 ウイングロードでの戦い。それはクウガが格闘戦をやるにはやや不向きな場所だった。直線的な動きしか出来ないし、何よりこれではクウガの決め技が使い辛いのだ。せめて下との距離が十五メートルならば赤のクウガでも平気だ。しかし一番の問題は、そこから下手に落ちればゼクスがスバル達を襲うだろうと考えられる事。

 加えてどう見ても現在の位置は許容出来る高さを超えている。青のクウガでも下からここまで戻れるか分からない。そこまで考えたクウガは戦場を変える事を検討し始めた。そのためにゴウラムを使いたいのだが、肝心の物が無いためそれをどうするか迷っていた。

 

(ビートチェイサー……は六課だもんな。ゴウラム単体じゃ少し厳しいし……)

 

 ビートチェイサーもゴウラムのように呼べば来てくれれば。そんな事をクウガは思う。その瞬間、脳裏に思い出すものがあった。それはRXのバイクであるアクロバッター。

 

「そうかっ! もしかしたら……」

 

 自分とRXの共通点を思い出し、クウガは意を決して叫んだ。

 

「アクロバッターっ!」

 

 その声は確かにアクロバッターに届いた。いや、正確にはクウガのアマダムからの信号を感じ取ったのだ。それはクウガのアークルに使われた石がRXの物と同質の物だという何よりの証。そう、太陽の石の原石という証拠でもある。

 アクロバッターはその声に応じるように動き出した。クウガを知る以上、アクロバッターにとっても彼は共に戦う仲間なのだから。それを視界に入れながらもRXは止める事はしない。クウガはアクロバッターを呼んだ後RXに通信を入れてきたのだ。

 

———先輩、アクロバッター貸してください!

 

 それにRXは即座に了承の意を返した。自分が怪人と戦っているように、クウガもまた怪人と戦っているのだろうと予想したのだ。

 

(頼むぞ、アクロバッター! クウガを助けてやってくれ!)

 

 

 

 ゼクスの鋭い爪をクウガが辛うじてかわして反撃を繰り出した。しかし、それはゼクスへは当たらない。そう、クウガは次第に追い詰められていた。理由は一つ。ゼクスがISを駆使するようになったためだ。

 このままではクウガに勝てないと思ったゼクスはISを使ってその下から攻撃をするようにしたのだ。ウイングロードを壁にし、クウガの足元を執拗に狙う戦法。クウガから攻撃を受けそうになるとその手を引っ込め、その攻撃をウイングロードへと向けさせるのだ。

 

「あいつ……」

「これじゃ……クウガが戦えない」

 

 その光景を見つめ、ティアナとスバルが悔しがる。その時だ。二人の耳にバイクのエンジン音が聞こえてきたのは。いち早くスバルが視線をそちらへ向けると、見た事のある青いバイクが無人でこちらへ走ってくるのが見えた。

 それに彼女は驚きを隠せない。それでも少し前クウガがその名を呼んでいた事を思い出し、咄嗟にウイングロードを伸ばしたのは好判断だった。それに呼応するようにアクロバッターも崖から勢い良く飛び出したのだ。そして、見事にウイングロードへ着地しクウガ目掛けて疾走する。

 

「あれ……どうなってんの?」

「分かんない。でも、きっとクウガが呼んだから来たんだよ!」

 

 その光景を見てティアナが信じられないと言うように声を漏らす。それにスバルも同意するがアクロバッターが向かう先で戦うクウガを見てどこか嬉しそうに拳を握った。そして、アクロバッターの登場はクウガの好機へと繋がる。

 

「な、何っ?! バイク!?」

 

 思わぬ乱入者にゼクスの意識が一瞬クウガから逸れた。それを見逃さず、クウガはその腕を掴み引きずり出したのだ。

 

「うおぉぉりゃっ!」

「しまったっ?!」

 

 そして即座にその腕を放す。一旦態勢を整えるためにゼクスがウイングロードへ着地する。すると、それを待っていたかのようにアクロバッターがそこを掠めるように通過した。その衝撃でゼクスが体勢を崩し倒れるのを見て、クウガはアクロバッターへ向かって走った。

 それに応じるようにアクロバッターが向きを変えて動きを止め、クウガが素早く跨ってアクセルを握る。それを合図にゴウラムがそのボディに融合し、アクロバッターの姿を変えた。それを見て驚愕するスバルとティアナ。それに構わず、クウガはアクセルを解き放ってゼクス向かって走り出す。

 

「スバルちゃん! この道、あの崖まで繋げて!」

「分かりました!」

 

 その頼もしい返事を聞きながらクウガはアクロゴウラムをゼクスへぶつける。そのカウル部分にゼクスを乗せたままクウガは一路陸地を目指した。伸びていくウイングロードをアクロゴウラムは駆け抜けていく。

 ゼクスは思惑通りにはさせまいとしたのだろう。ISを使ってそこから脱出しようとした。だが、何故かアクロゴウラムを透過出来ない事に気付く。そう、ゴウラムもアクロバッターも生きているためだ。

 

 ゼクスのISでは生物を透過する事は出来ない。しかし、アクロバッターやゴウラムが生命体である事を知るはずもないゼクスはただ動揺するのみ。更にゼクスが下手な動きを出来ないようにクウガは速度を上げた。

 

「っ!」

 

 強烈な加速度による重圧がゼクスを襲う。そして、そのままクウガはゼクスを自分が戦い易い場所へと運んで行くのだった。

 

 

 クウガがゼクスを運搬し始めようとしていた頃、RXはフィーアのISに困惑していた。幻影を作り出し視覚やセンサーなどを欺くシルバーカーテンだ。しかも、生み出された幻影の内何体かは幻ではなく分身体。

 それは、かつて彼が戦ったカメレオン怪人と同じ能力。ゴルゴム怪人と同質の力をフィーアは有していたのだ。更に本体は保護色に変わる事でRXの視界から消えていた。勿論、RXの目はそれを見破る事が出来る。しかし、それは落ち着いてその視覚に意識を集中しなければならない。

 

 よって幻影や分身達に紛れるように攻撃をしてくるフィーア相手に、動きを止めてその機能を使う事は出来なかったのだ。その証拠にRXのボディへまた傷が増えた。

 

「ぐあっ!」

「ふふっ……どうしたの? 手も足も出ないのかしらぁ」

 

 幻影と分身達が同じ動きをしながら手負いのRXを嘲笑う。RXは湧き上がる怒りを抑え、対応策を考えた。幻影はただの幻のため恐ろしさは少ないが分身体は攻撃をしてくるので注意が必要。しかもフィーアはそれらに紛れるように動いている。

 その攻撃によるダメージは馬鹿に出来るものではない。実際、彼の体は多少なりとも傷を負っているのだ。何とか現状を打開しなければ不味い。そう判断し、RXはこれまでの戦いから何かヒントはないかと頭を巡らせた。

 

(くそっ……何か、何か手はないか! ……そうだっ!)

 

 そこで思いついたのは相手の視覚を一瞬でも奪おうという事。そのための手段がRXにはあった。彼はその両腕をベルトの上へ置くようにして叫ぶ。

 

「キングストーンフラッシュ!」

 

 その声がキッカケとなり、ベルトであるサンライザーから強烈な光が放たれた。その輝きが辺りを包む。それが幻影を消し分身達を怯ませた。そしてフィーアの姿をも出現させたのだ。

 そう、強烈な光を浴びる事でフィーアはその同化能力を一時的に失ったために。それはクウガと戦ったメ・ガルメ・レと同じ現象といえる。偶然にもRXの使った手段はフィーアにこれ以上ない効果をもたらしていた。目をやられ、フィーアが悶えるように地面に倒れ込む。それを見たRXは勝機と悟り地面を蹴った。

 

「トゥア!」

「な、何? 何が起きてるの?!」

 

 うっすらと視覚が戻った時、フィーアはRXの姿を見失っていた。見渡す限りその周囲には誰もいない。分身達も視界を失っていて、とてもではないが役に立たないとフィーアは理解する。そんな時、フィーアはふと地面に出来た影を見て視線を上へ動かした。

 

「RXっ?!」

 

 だが、その動きはもう手遅れだった。そこにいたのは右拳を握り締めて降下してくるRXがいたのだ。

 

「RXパンチっ!」

 

 高々と空に跳び上がったRXは、その勢いのままフィーアへその拳を突き出した。キングストーンと太陽エネルギーを複合したハイブリットエネルギーが込められた鉄拳。それを喰らい、吹き飛ばされるフィーア。

 だがそれでRXの攻撃は終わらない。彼は着地した瞬間、しゃがむように身を縮め、右手で地面を叩いたのだ。それを合図に彼は再び空へ跳び上がる。それは、彼がBLACKだった頃の必勝の連携技だ。

 

 丁度その瞬間、クウガがアクロゴウラムに導かれるようにそこを通りかかった。視界の端に見えるRXと恐ろしい怪人の姿。それを見たクウガはアクロバッターが予想よりも早く現れた事の理由を悟り、同時に怪人が一体ではなかったと知ったのだ。

 

「RXキックっ!!」

 

 後方宙返りから両足を捻らせて放たれるRXの蹴り。それを見てクウガは驚いた。それは彼が以前放ったものを彷彿とさせたのだ。それはゴ・ガドル・バとの戦いで黒の金の姿になった際、決め技として放った蹴りと似ていたために。

 故にクウガはRXにあの時の自分の姿を重ねその勝利を確信する。そんなクウガの目の前でRXの蹴りがフィーアに炸裂した。堪らずかなりの距離を吹き飛ばされるフィーア。それでも何とか立ち上がるが、既にその体からは火花が出ていた。RXの攻撃で内部から崩壊が始まったのだ。

 

「う、嘘……こんな事が、こんな事が!」

 

 うわ言のようにそう呟きながらフィーアは首を横に振る。それを見つめるRXは何も言わない。ただ、黙ってその姿を見つめ続けていた。

 

「創世王様ぁぁぁぁぁ!!」

 

 その絶叫と共にフィーアの体が後ろに倒れる。直後起きる爆発。RXはそれを見て思った。またこうして怪人との戦いが始まるのだ、と。彼にとって見慣れた感さえある光景。邪眼が名乗っている創世王との名。

 否応なく彼へゴルゴムとクライシスの事を思い出させる事ばかりだった。決して戦いが終わる事はない。人が自然を破壊し続ける限り、いずれ第二第三の怪魔界が生まれる。そんなクライシス皇帝の言葉を思い出して、RXは拳を強く握り締める。

 

(違う! そんな事にはならない! 決してこの世界の人達も、自然を破壊し、自らの星を死に追いやったりはしないっ!)

 

 脳裏に浮かぶのはこちらで出会った者達の顔。優しく平和を願い、自然を愛する者達。更に時代を超えて出会った想いを同じくする二人の男を思い出して、RXはもう一度心の中で告げる。

 

―――もしそうだとしても、俺は決して絶望しない。この胸に、この心に彼らの笑顔がある限り……

 

 そしてRXはクウガが去った方向へ視線を向けて走り出す。万が一に備えてその手助けに入ろうと思いながら。

 

 

 

 RXとフィーアが戦っていた場所からそう離れていない場所。そこへクウガはアクロゴウラムを急停止させた。そのためゼクスは勢いをつけたまま宙へと投げ出され、勢いよく地面へ体を叩き付ける。その音を聞きながらクウガは確認を取るようにアクロゴウラムへ視線を向けた。

 

「大丈夫? まだいけそう?」

「アア。ダイジョウブダ」

 

 クウガの問いかけに平然と返すアクロバッター。それを聞いたクウガは頷き、視線をゼクスへ戻した。先程の衝撃が相当大きかった事もあってかゼクスの体勢が安定していない事を見て、それを好機と思ったクウガはもう一度アクロゴウラムを発進させる。

 その車体が加速していき、先端の角の部分に封印エネルギーが集束していく。これならいける。そう強く感じながらクウガはそのままアクロゴウラムをゼクスへ突撃させた。

 

「がはっ!」

 

 最大時速八百キロ。その速度へ瞬時に到達し、封印エネルギーを加えたアクロゴウラムの突撃。その名は、ダイナミックスマッシュ改めダイナミックアタック。実はそれはアクロバッターだからこそ出せる一撃でもあった。

 アクロバッターはRXのハイブリットエネルギーを受けてアクロバットボーンと呼ばれる必殺技を放つ事が出来る。だがクウガにはハイブリットエネルギーはない。故にその繰り出された一撃は、かつてアクロバッターがバトルホッパーと呼ばれていた頃の技に近いものだったのだ。

 

 全身へ強い衝撃を受けたゼクスは軽く五十メートルは跳ばされて再び地面へ叩き付けられる。その身に受けた凄まじい威力のためかゼクスはその場から起き上がる事も出来ずもがいた。

 

「嫌だ! 死にたくないよぉぉぉぉぉ!」

 

 その叫びにクウガはゼクスを見て思わず顔を逸らした。その姿が怪人からセインそっくりの少女の姿に戻っていたためだ。その光景にクウガは心を痛めていた。いくら未確認と同じような存在とはいえ、少女を自分が殺す事になるとそう思ってしまったから。

 ゼクスの全身に浮かぶ封印を意味する巨大な文字。そのエネルギーがゼクスの全身に駆け巡り、行き場を失った膨大なエネルギーが起こす事は一つ。

 

「覚えてろ……クウガァァァァ!!」

 

 それは爆発。暴走したエネルギーに耐え切れず、ゼクスの体は爆散した。だが、その断末魔の内容にクウガは違和感を感じて顔を動かした。

 

「覚えてろって……どういう事だ……」

 

 それが地獄に落ちろなどの恨み言ならまだ彼も納得出来た。しかし告げられたのはどこか死に際には相応しくない捨て台詞。まるで仕返しをするとでも言っているような内容だとクウガには思えた。

 その意味を彼が考えているとRXがその場へ姿を見せた。するとその視線がクウガが乗っているアクロゴウラムへ動き、軽く戸惑いを見せたのだ。

 

「やりました先輩。ゴウラム合体アクロバッターボディアタックで」

「……長くないか、それは」

「えっ?」

 

 ぼそりと告げられたRXの一言。それが一条とのやり取りを彷彿とさせ、クウガは思わず声を出した。それに気付かずRXは少し考えて彼へこう提案した。

 

「ライダーアタックとかライダーブレイクにしたらいいんじゃないか?」

「あ、それいいですね! じゃ、ライダー……ブレイクで」

 

 そのどこか気の抜けるような返事にクウガらしさを感じてRXは内心苦笑しながら頷いた。そして視線をアクロゴウラムへ戻す。それにクウガも視線を動かし、静かにアクロゴウラムから降りた。

 すると、ゴウラムがアクロバッターから離れて互いに元の状態へ戻ったのだ。クウガはゴウラムが石にならない事に内心安堵しつつ、どこかで納得していた。

 

 やはりゴウラムとアクロバッターは似ていると。共に己の主人とも言える存在の呼びかけに応えて現れる事。意志を持っている事。何より、ゴウラムが融合したにも関らずアクロバッターに大きな異常も変化も無かったのだ。

 どこか疑問が消えないRXへクウガは簡単にゴウラムの事を話して聞かせて納得させた。そして自身がアクロバッターを呼べたように、RXもゴウラムを呼べるかもしれないと彼は告げたのだ。

 

「……そうか。ゴウラムは、君にとってのアクロバッターなんだな」

「多分そうです。言葉みたいなのも喋りますし」

「そうなるとやはりゴルゴムの技術は超古代のものが発祥なのか……」

「そうかもしれませんね。もしくは、ゴルゴムは間違った道を歩いた古代人で、昔のクウガが守った人達は正しい道を歩いた古代人かも」

 

 クウガの言葉にRXは不思議と納得した。怪人を使い、人間を支配しようとしたゴルゴム。それとは逆に怪人を倒して人間を守ろうとしたリント。ならばその歩き方は正反対だ。そう考えRXは思う。だからこそクウガの力は世紀王などと呼ばれる物ではないのだと。

 それは、守るための力。クウガは決して支配などをするための存在ではない。誰かを危険から守るためだけにある力なのだ。そう感じ、RXはクウガへ共に列車へ向かおうと告げる。それに彼も頷き、二人はそれぞれの相棒と共に動き出すのだった。

 

 

 光太郎が六課隊舎から走り去った直後、そこを目指して歩く小さな少女の姿があった。しかし、その周囲にはトイが合計二十はいる。それらを引き連れ、少女はゆっくりと六課隊舎を目指していたのだ。

 

「……あれが創世王様の障害、か」

 

 そう呟いてチンク似の少女―――フュンフは憎々しげに視線を隊舎へ向けた。その姿は、やはり髪の色以外はチンクそのもの。フュンフは片手を静かに挙げると、それを隊舎へ向けると一言告げた。

 

―――行け。

 

 それに呼応し、トイが一斉に隊舎へ向かっていく。だが、それを阻む者がいた。その者達の攻撃がAMFを搭載しているトイを軽々と貫いていく。物言わぬ残骸となった二機のトイを眺め、フュンフは微かに表情を歪める。

 

「私の邪魔をするのは誰だ?」

「烈火の将、シグナム」

「鉄槌の騎士、ヴィータ」

 

 二人の騎士はそう告げてフュンフの前に降り立った。二人は隊舎に接近するトイの反応を感知したロングアーチの要請を受け、こうして出動してきたのだ。だが、二人はフュンフを見て何か嫌な既視感を抱く。

 

(何だ……? 奴の気配、どこかで……)

(こいつ何かに似てるような……)

 

 何故か悪寒がする。どこかで近い感覚を感じた事がある。そこまで考え、彼女達はそれが邪眼と対峙した時だと思い出した。故に相手の外見に惑わされずに戦おうと気を引き締め直す。それをフュンフも感じ取り、歪んだ笑みを浮かべた。

 それに僅かにだが彼女達の表情が険しさを増す。邪悪な笑み。決してチンクならば浮かべぬだろう笑みに嫌悪感を抱いたのだ。どこまでも他者を見下すような印象を与えるその表情。そして、雰囲気に。

 

「守護騎士か。貴様らのデータは必要ない。いるのはアギトのデータだ」

「アギトのデータだと?」

「お前、どうしてアギトを狙ってんだ!」

「答える必要はない。創世王様に逆らった愚か者共に天誅を下す。それが私に与えられた使命なのだ」

 

 フュンフはそう言うと、手から何本もの糸を放つ。それは特別製の鉄糸。フュンフのISを生かすために作られた特殊装備だ。それをかわし、二人はフュンフへと迫る。だが、それにもフュンフは慌てる事もなく、むしろ嬉しそうに口の端を歪めた。

 それに違和感と同時に嫌なものを感じるシグナムとヴィータ。それが間違いでなかったと二人へ告げるようにフュンフは小さく呟いた。

 

―――爆ぜろ。

 

 その言葉を合図に鉄糸が爆発する。IS、ランブルデトネイター。金属にエネルギーを込め、爆発物に変える能力だ。鉄糸はいつの間にか二人の背後にも回っていて逃がす事なくその体を爆発へ巻き込む形となっていた。

 しかし、それであっさり終わるようなベルカの騎士ではない。爆煙が晴れた先にいたのは連結刃で身を守ったシグナムと、防御魔法を展開して事無きを得たヴィータの姿だった。それにフュンフは何の反応も示さず、再び鉄糸を放つ。

 

「同じ手は喰わんっ!」

 

 今度はそれをシグナムが連結刃で弾いた。そして、それと同時にヴィータがフュンフへ向かって魔力弾をぶつけるべく動く。手にしたグラーフアイゼンを振りかざし、前方に出現させた魔力弾を勢い良く叩き飛ばしたのだ。

 それがフュンフへ殺到しその体を煙が包む。それを見て二人は一旦距離を取った。何故だか切り込むのはしてはいけない気がしたのだ。まだ相手には何かある。そんな確信めいた予感があった。

 

【ヴィータ】

【ああ、分かってる。こいつはやべぇ】

「どうした? もう終わりか……?」

 

 煙の中から聞こえるフュンフの声。しかし、二人の前に現れた時、その姿は煙に包まれる前とは別人だった。それは蜘蛛。巨大な蜘蛛の怪物がそこにはいたのだから。二人はそれに息を呑む。

 やはり邪眼の関係者だと思った事だけではない。その異様と不気味さ。何よりもその邪悪さに嫌悪感が沸き起こったからだ。決してこの世界に存在していいものではない。そんな気持ちさえ抱く相手に彼女達は臆する事なく動いた。

 

「舐めるなっ!」

「行くぞっ!」

 

 騎士の誇りに賭け、この怪物を倒す。そう思って動く二人だったが、その攻撃をフュンフは避けようともしなかった。それに疑問を抱いた二人がその狙いに気付いた時にはもう遅かった。

 二人の振り下ろされるデバイス。その先に二機のトイが盾のようにやってきたのだ。身代わりになって沈黙するトイ。その瞬間を狙ってフュンフは口から糸を吐いた。それは、先程から使っていた鉄糸。それが二人を絡め取る。そして、即座に大気に触れ硬化した。

 

「どうだ、私の特製鉄糸の味は。これは大気に触れると瞬時に硬くなり、相手の動きを封じる事が出来るのだ」

「くっ……」

「駄目だ……動けねぇ……っ!」

「無様だな、守護騎士。まるで芋虫だ」

 

 フュンフの勝ち誇ったような声を聞いて、二人は足掻こうとするものの体を包む糸は微塵も解けそうにはない。それを見てフュンフは嘲笑いながらその足でヴィータを足蹴にしようとした。

 その時だった。突如、フュンフの体を封じるように緑のバインドが出現したのは。それにフュンフが驚くのと同時に二人を捕らえていた糸を何かが断ち切ったのだ。それは青い魔力光で出来た棘のようなもの。それが地面から突き出てきたのだ。

 

「「っ!」」

「ちっ、残りの守護騎士か!」

 

 体が自由になったのを感じるや否や二人はその場から離れる。それを忌々しげに見つめるフュンフの視線の先には騎士甲冑に身を包んだシャマルとザフィーラの姿があった。

 

「シグナム、ヴィータちゃん、大丈夫?」

「してやられたようだな」

「ああ」

「悪い。助かった」

 

 シャマルとザフィーラと並ぶように移動し、シグナムとヴィータはデバイスを構える。そして念話で彼らへ告げたのだ。相手の吐く糸に気をつけろと。それを聞いていたかのようにシャマルのバインドを破壊したフュンフが動き出した。

 それに反応し、四人もそれぞれ動き出す。シグナムとザフィーラが前線を務め、ヴィータがその援護をするように動き、シャマルは後方から支援と指示を出す。ヴォルケンリッターとしての本領発揮とばかりにチームとなって戦う四人。

 

 そのまま彼らはフュンフの吐く糸に気をつけながら、その連携を以って少しずつではあるが怪人を追い詰め始めた。だが、それもすぐに終わりを迎える。そこへ厄介な存在が現れたのだ。

 それは、フュンフを劣勢に追いやっているシグナム達へ凄まじい速度で接近。そしてそのまま後方のシャマルへ襲い掛かった。

 シグナムとザフィーラがその存在に気付いた時にはもう遅かった。ヴィータが何とかそれを阻止しようとするものの間に合わず、その刃はシャマルが展開した防御魔法をあっさりと切り裂いていった。

 

「きゃあぁぁぁぁっ!」

 

 彼女の腕から流れる鮮血を見て、シグナム達に悔しさと怒りが浮かぶ。それでも即座に三人はシャマルの傍へ移動し、守るようにフュンフと突然現れた相手を睨み付けた。

 

「何を手間取っている、フュンフ」

「ドライか。何、少し遊んでいただけだ。もう終わらせようと思っていた」

「良く言う。苦戦していたではないか」

 

 黒髪のトーレ―――ドライはその言葉を鼻で笑い、視線をシグナム達へと移した。何とかシャマルは自分で傷を癒しているものの、そのダメージは大きくこれ以上の戦闘は厳しいと言わざるを得ない。

 そう判断したのかドライはつまらなさそうに鼻を鳴らすとその姿を変える。それは蟷螂。両手が鋭い刃となり、不気味な目でシグナム達を見つめながら隣のフュンフへ告げた。

 

「不本意だが創世王様のためだ。ここは共闘するぞ」

「ふん! お前が手を出したいのなら勝手にしろ」

「チッ! 誰が好きで貴様などに手を貸すものか」

 

 ドライの手助けをまったく感謝もしないフュンフ。むしろ余計な事をと言いたそうだった。それにドライも苛立ちを感じた事を隠そうとしない。そのやり取りを聞き、シグナム達に焦りが生まれる。

 四人で息を合わせ何とか怪人を追い詰める事が出来ていた。だが、それがもう一体増え尚且つシャマルは負傷した今、劣勢となるのは必至だった。加えてシャマルの守りのためにザフィーラを後方に下げなければならない。

 

 そう考えた四人は視線を互いへ向けた。その眼差しに宿る光を見て、四人は揃って頷いて構える。

 

 決して諦めない。そうその輝きは言っていたのだ。守護騎士として、そして仮面ライダーと共に戦った者としてここで退く訳にはいかないと。能力では劣るとしても、せめて気持ちだけはライダーと同じように強くありたい。

 それが彼らを支えていた。例え勝てない相手だとしても、自分達の後ろには守りたい者がいる。ならば、背を向ける事等出来るはずはないのだ。力の限り戦い、それを守る事。それこそが、彼ら守護騎士の役目なのだから。

 

「ヴィータ、あのカマキリは私がいく」

「分かった。あたしはあのクモだな」

「ザフィーラ、二人のフォローをお願い」

「心得ている。だが、お前を守る事が最優先だ」

 

 どこか悲壮な雰囲気さえ漂わせる四人だったが、そこに二つの声が聞こえた。

 

「シャマルは私が守ろう」

「カマキリは俺が引き受けます!」

 

 その声に四人の視線が動く。そこにいたのはリインと翔一だった。シグナム達の危機を知り、はやてがリインへ念話で救援を頼んだのだ。そして、翔一は彼女と共にこうして四人を助けるべく付いて来た。ライダーとしてだけでなく、八神家の一員として家族を守るために。

 はやてはまだなのは達が任務中のためロングアーチを離れる訳にはいかない。それに相手が怪人でははやてはむしろ不向き。故にリインと翔一に頼るしかなかったのだ。そのはやての気持ちを二人は背負ってきたのだから。

 

「「「「アイン! それに翔一(さん)!」」」」

 

 自分達の家族が助けに来た事に喜び、四人に明るさが戻る。リインは素早くシャマルに近付くと治療魔法を掛け始め、翔一は二体の怪人の前に立つように歩き出す。それを見て二体の周囲に残ったトイが集まり出した。

 

「シグナムさんとザフィーラさんでクモを頼みます」

「ああ」

「任せろ」

 

 頼もしい返事に翔一は頷き、視線をヴィータへ移す。その視線はどこか申し訳なさそうだ。

 

「ヴィータちゃんは、残った機械の相手を頼んでいいかな?」

「……それはいいけどよ、終わったらお前の助けに入ってやっからな」

 

 やや照れくさそうにヴィータはそう言ってトイへ向かって動き出す。そしてシグナムとザフィーラがフュンフへ挑みかかり、翔一はドライを見据えて構える。

 

「変身っ!」

 

 一瞬にして姿を変えてアギトはドライへ敢然と立ち向かう。それを見守るように見つめるシャマルとリイン。こうして隊舎前で二つの怪人戦が始まった。丁度そこへ近付く大勢の人影がある。それに真っ先に気付いたのは当然ロングアーチの面々だ。

 

「はやて部隊長、隊舎近くに多くの人間が近付いて来ています!」

「何やて?」

「あ、待ってください。首都防衛隊から通信です。……彼らの多くは民間協力者で、一人だけ局員だそうです。所属は陸士108」

 

 シャーリーの告げた言葉にはやての表情が変わる。108は彼女の恩師とも言うべき男性が部隊長を務める部隊だったからだ。それを考え、はやては通信を開かせる。モニターに映った相手は彼女も何度か会った事のある相手。ゲンヤの娘のギンガだった。

 どうしてここにとはやてが問い質す前に彼女ははっきりと告げた。援軍に来た、と。そして、その周囲にいる者達の顔を見てはやては驚いた。そう、チンクとトーレを見たからだ。

 

 ウェンディのISで飛行出来ないチンクとディエチは運ばれ、トーレのように空を飛べる者は飛行し、ギンガとノーヴェは共に真司の腕を抱えるようにして走っている。アギトはそんな真司の肩に乗っていた。ちなみにセインは邪魔にならないようにとISで地面の中を移動中。

 

『ぎ、ギンガ、その子達は……』

「民間協力者です! 詳しい説明は後でします! 今は、手伝いの許可を!」

 

 はやての言葉を遮ってギンガは切羽詰った声で告げる。その視線の先には十数機のトイを相手にやや苦戦するヴィータがいたのだ。それをはやても気付き、躊躇う事無く頷いた。

 

『ギンガ陸曹、協力感謝します』

「いえ、ではまた後ほど……」

 

 通信が切れた瞬間、今度は別のモニターが出現した。それにはウーノが映っている。

 

『トイを連れて現れた相手は、どうも私達のコピーから作られた怪物よ。今、六課の人間が戦ってるわ』

「成程、だからはやてさんがどこか驚いてたのか。了解。なら、真司さんはここで」

「ちょ、ちょっと待って。今降ろされたら……おわっ!」

 

 ギンガはノーヴェへ目配せし真司を放す。ノーヴェもそれに応じて腕を放し、彼は地面に尻餅をつく形で着地。そのままギンガは走り去り、ノーヴェもその後を追うように走り抜ける。更にウェンディ達やトーレ達が通り過ぎて行く。

 それを見送る形になりながら真司は小さくため息を吐いて立ち上がった。と、その足元からセインが現れると胸元からコンパクトを取り出す。その意図を計りかねる真司へ彼女はそれを向けて笑う。

 

「真司兄。ほら、これで変身していきなよ」

「まだギンガは真司の力を知らないからしょうがないって。でも、これで教えてやれよ。真司は、強くて優しい仮面ライダーだってさ」

 

 そう言ってセインとアギトが笑う。真司はそれに頷き、取り出したデッキを構えた。それを合図にその腰へVバックルが装着される。次の瞬間、そこへ真司はデッキを挿入した。

 

「変身っ!」

 

 その体に鎧を纏う真司。それを見てアギトとセインも頷いた。そこには赤き龍騎士がいたのだ。

 

「っしゃあ!」

 

 真司が龍騎へ変わったのを見てセインは走り出す。その後を龍騎も負けじと追って走り出した。アギトは龍騎と並走するように飛び、戦場へと向かう。トイの相手はトーレ達に任せ、自分は怪物の相手をしなければ。そう思って龍騎は急ぐ。そこで待つ異世界の仮面ライダーとの出会いを知らずに。

 

 

 

 フュンフと戦うシグナムとザフィーラだったが、やはり苦戦を強いられていた。吐き出す糸は身動きを封じるだけではなく爆発して攻撃にも使える厄介なものだったために。先程まではその使い道をしていなかった事を思い出し、二人はフュンフが言った遊んでいたと言葉はハッタリでは無かったと感じていた。

 そんな時、シグナムの左腕が何かに当たる。それが硬質化した糸だと気付き、彼女は即座に離れた。しかし、それを気付かぬフュンフではない。瞬時に糸は爆発を起こし、シグナムへ少なくないダメージを与えたのだ。

 

「くっ!」

「ここはもう私の巣だ。お前達に勝ち目はない」

 

”AD VENT”

 

 獲物を追い詰めたと言わんばかりのフュンフ。そこへ何かの音声が響き、燃え盛る炎が押し寄せた。それに糸が次々と燃やされ消えていく。その光景を見た三人の視線が一斉に同じ場所へ動いた。そこには赤い龍がいた。口から高温の炎を吐き、邪悪な巣を焼き払うドラグレッダーが。

 そして、その龍の隣には騎士がいる。手には剣を持ち、体を銀色の鎧で包んだ騎士。それを見て、シグナムとザフィーラはどこかクウガ達と同質の安心感を感じた。一方のフュンフはその姿に苛立ちを感じていた。

 

「龍騎か。貴様もここに来るとはな!」

「龍騎?」

「それが奴の名か」

 

 忌々しげに吐き捨てるフュンフ。それでシグナムとザフィーラは乱入者の名を知る。龍騎はそんな言葉を聞いても何も反論せず、シグナム達へ視線を向けた。

 

「俺も手伝います! こいつ、早くやっつけましょう!」

 

 その言葉と雰囲気に二人は五代や翔一と似た印象を龍騎から感じ取った。故に互いへ視線を向け頷き合い、龍騎へ頷いてみせる。それに龍騎も頷いて、三人はフュンフへ対峙した。その構図に若干フュンフが警戒した瞬間、シグナムの一撃が反撃の口火を切った。

 

「紫電一閃っ!」

 

 放たれるシグナム自慢の一撃。それにフュンフも微かにではあるが怯み、そこを突く形で龍騎とザフィーラが動き出す。そんな光景を遅れてきたアギトは見て驚いていた。シグナムが使う燃え盛る炎。その騎士然とした雰囲気。何よりも、直感で感じ取ったのだ。シグナムは自身と相性が良い相手だと。

 烈火の名を持つアギト。同じくシグナムも烈火の名を持っている。だがアギトはそれを知らぬでも感じ取った。自分のロードになる資格をシグナムが有していると。その瞬間、アギトは真司との約束を思い出した。

 

 彼と違い、普段から融合係数の高い相手を捜し、気に入ればそちらをロードにする事。

 

(アタシは真司をロードって決めた! でも、真司と約束したし……)

 

 信念と約束の間で揺れるアギトの前で龍騎達の戦いは続いていた。フュンフの吐く糸が一番警戒するべき攻撃と判断した三人は、それを何とかしようと動き出していた。

 

「そこだ!」

 

 まずザフィーラの魔法がフュンフの糸を防ぎ、更にその手を固定する。それを好機と捉え、シグナムがレヴァンテインを振り払った。それと同時に排出されるカートリッジ。それは剣を別の形へ変えるための予備動作。

 

”シュランゲフォルム”

 

 連結刃となったレヴァンテインを動かし、フュンフを攻撃するシグナム。それを糸で絡め取りフュンフは攻撃を防いだかに見えた。

 

「な、何っ!?」

 

 だが、糸はレヴァンテインの周囲を炎が包んだ事で燃やされ消える。シグナムの魔力変換資質は炎。それを使って彼女は魔力でレヴァンテインを燃やして糸を断ち切ったのだ。

 先程ドラグレッダーが炎を使って糸を焼き払っていた事。そこからシグナムは糸が高温の炎に弱い事を見抜き、これを狙っていたのだ。こうして自由を取り戻したレヴァンテインは、そのままフュンフへと襲い掛かる。

 

「飛竜、一閃っ!」

 

 放たれたシグナムの一撃が怪人の体を炎で包む。もがき苦しむフュンフの隙を見逃さず、ザフィーラがバインドを口へ出現させた。更に周囲を包囲するように魔法の棘を展開し完全に怪人をその場へ封じ込める。

 

「ここだっ!」

 

 二人が作り出した最大のチャンス。それをものにせんと龍騎は一枚のカードを取り出した。それは彼のマークが描かれたもの。

 

”FINAL VENT”

 

「トドメは任せてくれ!」

 

 龍騎はそう二人へ告げてその場で構える。それをシグナムとザフィーラだけでなくトイを片付けたヴィータ達も固唾を飲んで見守った。龍騎の周囲を巻きつくように動くドラグレッダー。そして、龍騎はその場から大きく跳躍した。

 その瞬間、龍騎のやろうとしている事を知るセインなどは全員勝利を確信し、シグナム達はその体勢から繰り出される技を想像し、同じような印象を受けていた。そう、それは邪眼を倒したクウガとアギトの姿を思い出させるもの。赤い体のライダーが放つ必殺の一撃なのだから。

 

「うおぉぉぉぉっ!!」

「お、おのれぇぇぇぇ!!」

 

 ドラゴンライダーキックがフュンフを蹴り飛ばす。その衝撃でバインドが壊れるものの、フュンフは自由を取り戻す事もなく地面を二転三転しながら断末魔と共に爆発し果てるのだった。

 龍騎がこうやってシグナム達と協力して怪人を撃破したように、少し離れた場所で戦うアギトもまた魔法世界の者達の協力を受けて怪人との戦いを行う事となる。

 

「ぐっ!」

「ふんっ! その程度か、仮面ライダー!」

 

 ドライの高速機動にアギトは翻弄されていた。トーレ以上の速度を出すその力の前に遂にアギトがその場から大きく飛ばされる。だが、距離を取った事でアギトはベルトの側面を叩いてその姿を変えた。

 それは赤い体。五感が鋭くなるフレイムフォームとなったアギトはベルトからフレイムセイバーを取り出すと静かに構える。それを見たドライは警戒する事もなくISによる高速機動で接近した。

 

「ふんっ! 姿を変えたところで私の動きは」

「はぁ!」

 

 超感覚を発揮するフレイムフォーム。それは、かつて邪眼の電撃を切り払ってみせた程の恐ろしさ。故にその場で静かに佇めば、接近してくるドライを捉える事は造作もない事だった。

 ドライの言葉を遮るように繰り出された一撃は、完全にその動きを捉えてその肩に浅くない傷を付ける。その痛みにドライが表情を歪めた。その傷のために僅かにだが速度が落ちたのを見逃さず動く者がいた。

 

「IS、ライドインパルス!」

 

 それは高速戦闘を得意とするトーレだった。彼女はトイの相手を妹達に任せ、一人アギトの援護に来たのだ。理由は特にない。強いてあげるのなら、龍騎が六課の援護を受けていたので彼女もアギトの援護をしに来ただけだろう。

 その色合いがどこか龍騎を思わせるものがあったのも関係しているかもしれない。ともあれ、トーレのブレードの一撃がドライの肩にアギトのそれ程ではないが傷を作った。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

「私と同じ声で叫ぶな。気分が悪くなる」

 

 不意打ちの一撃による痛みからドライが上げた絶叫。アギトの隣に降り立ったトーレはそれにそう嫌そうに告げる。アギトはその言葉でトーレとドライの声が同じ事に気付き、納得するように頷いていた。そして思い出したように頭を下げたのだ。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「……礼はいい。ちっ、来るぞ!」

 

 アギトの低姿勢にやや面食らいながらも、トーレは視界の隅で立ち直るドライを見て鋭く告げる。そこへ二つのブーメランが飛来し、ドライの動きを阻んだ。それを見たトーレは苦笑し、アギトは驚いた。

 それをやってのけたセッテは戻って来たブレードを腕に付け直しながらドライを睨む。敬愛する姉と同じでありながら異形となった相手。そして、その醜い在り様に怒りを燃やしていたのだ。

 

「トーレ姉上、私も助太刀します。それと」

「あ、俺はアギトです。仮面ライダーアギト」

「「仮面ライダー!?」」

 

 アギトの名乗りにトーレとセッテの声が重なる。龍騎から話を聞いている二人にとって、仮面ライダーとは龍騎と殺し合う存在でしかない。しかし、何故かアギトはそんな二人の反応に驚く事もせず、何かに弾かれるようにその場を動いた。

 

「危ないっ!」

 

 アギトのフレイムセイバーが視線を逸らしていたトーレを狙い放たれたドライの鎌を防ぐ。それにトーレは我に返ると同時に思う。目の前の相手は誰かと殺し合うような性格ではないと。根拠はない。だが、その行動にトーレはアギトを今は味方をしてもいい相手と思う事にした。

 

「セッテ、今はまずこの化物を倒すぞ。詮索はそれからだ」

「心得ました」

 

 そう思ってのトーレの言葉。それにセッテも同じような印象を抱いたのか特に反論もなくそれに頷いてみせた。そして彼女は二人の横へ移動すると身構える。相手が三人となった事に不快感を感じるドライは威嚇するかのようにその手を擦り合わせていた。

 

「アギトと言ったな。後で少し聞きたい事がある」

「はいっ!」

「アギト、か。彼女の名と響きが同じですね」

「言ってる場合か。行くぞっ!」

 

 三人はそれをキッカケにドライへ向かっていく。既に龍騎達の方も大詰めになっている事をトーレは感じ取り、セッテと一計を案じる事にした。アギトはそれを知らず、ドライの動きを見切ろうと神経を研ぎ澄ませる。

 トーレとセッテは二人してドライの高速機動の要を見破っていた。それは、背中の羽。それがトーレ以上の速度を出させ、そして制御しているのだ。故に、それをどうにかしようと考え、トーレはセッテのISを使って動きを制限させる事にした。

 

 スロータアームズにより、二つのブレードが前後からドライを襲う。それをかわそうとするドライだったが、その瞬間左右からトーレとセッテが突っ込んだ。その体に取り付き、動きを僅かにだが鈍らせるために。

 

「ぐっ! 貴様ら、離れろ!」

 

 二人の狙いを理解し振り払おうとするドライだったが、それの成功と引き換えに羽を切断される事となった。振り払う事に気を取られたために前後から迫るブレードを避け損ねたのだ。

 結果、綺麗に切断されるドライの羽。それがドライの姿勢と速度を乱す。その時を待っていた二人は素早く動きドライの体をアギトの方へ向かって蹴り跳ばした。

 

「「後は頼む!」」

 

 その声にアギトは頷くでも声を返すでもなく、手にしたフレイムセイバーの鍔を展開させる事で応えた。バランサーでもあった羽を失い体勢を整える事が出来ないドライをしっかりと見つめ、アギトはその手にしたフレイムセイバーを構えた。

 眼前に迫るドライをアギトはその手にしたフレイムセイバーで迎え撃つ。それはさながら居合の達人のような雰囲気さえあった。何とかアギトの攻撃を軽減しようと両手の鎌で防御するドライ。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 しかし、その行動は意味を成さない。一刀両断とばかりにセイバースラッシュが見事にドライの体を切り裂いたのだ。そして、その体は左右に分離しそのままアギトの横を通り過ぎると後方で爆発するのだった。

 

 

 

 ウイングロードの上でスバルとティアナはクウガと入れ替わるようにやって来たなのはとフェイトに事情を説明し、二人を驚かせていた。怪人の存在もそうだが、それが人の姿をしていた事が恐ろしい意味を持っていたからだ。

 そう、それは怪人が日常に紛れる事が可能だと言っているようなもの。しかし、彼女達は知らない。そもそも仮面ライダー達はその日常に潜む闇を見つけ、影となって戦い続けていたのだから。

 

「……そう。それで、今は五代さんが怪人をね」

「はい。光太郎さんのバイクが走って来て、そしたら大きなクワガタがそれにくっついて……」

 

 なのはの言葉にスバルが興奮気味に話し出す。その荒唐無稽な話を聞いてなのはもフェイトも軽い疑問を感じたが、ティアナがそれを肯定したのでそれが事実だと信じる事にした。

 ゴウラムの事をただクウガの仲間としか聞いていないなのはとフェイトとしては、また聞く事が出来たと思った。それとは逆に、アクロバッターが勝手に動く事はあの空港火災の際に知っているので、そちらには納得していたが。

 

 するとそこへフェイトの指示でエリオをヘリに運び終えたキャロがフリードと共に現れた。その巨大なフリードの姿にスバルとティアナは驚きを見せ、なのはとフェイトはそれが意味する事に驚きよりも笑みを見せた。

 そしてフォワードメンバーの疲弊具合を考え、なのはとフェイトは同時に同じ決断を下す。即ちここからは自分達の仕事だと。だが、それは決してスバル達が役立たずだからではない。それも含めて指示を出そう。そう考え二人は視線を向け合った。

 

「列車の方は私達で何とかしよう、フェイト隊長」

「そうだね。キャロ、スバルとティアナをフリードに乗せてあげて。六課での初出動でいきなり厄介な存在を相手によく頑張ったし、大事を取って今日はもうヘリで六課へ戻って休んで」

「お疲れ様。今日は訓練を休みにするからゆっくり休んでね」

「「「お疲れ様です」」」

 

 フェイトの言葉に三人はどこか疲れた顔で嬉しそうに笑みを浮かべ、なのははそんな彼女達に微笑ましいものを感じながら心からその頑張りを称えるように告げた。それにしっかりと返事を返すスバル達。

 なのはとフェイトはその様子からスバルとティアナの心の強さを見せられ、互いに念話で嬉しそうに話していた。

 

【まさか、怪人相手に立ち向かえるなんてね。スターズコンビは凄いな】

【にゃはは、昔の私達よりも凄いもんね。怪人相手に二人なんて、今でも少し不安だもん】

【そうかも。でも、もしそうしなきゃいけないってなったら……】

【勿論やってみせるよ。私とフェイトちゃんだけでも倒してみせるから】

 

 強がりではない何か。それがそのなのはの声には宿っていた。フェイトもそれを感じ取り、頷いてみせる。彼女も同じなのだ。決してあの頃と同じにはならない。いつまでも怯えるだけの自分達ではないとの想いがそこにある。

 今度怪人と対峙する時には毅然と立ち向かってみせよう。そう思ってフェイトは視線をキャロへ向けた。スバルとティアナがフリードへ乗れるようにするキャロは頼もしい表情をしていた。出会った頃の脆そうな印象はまったくない。

 

(私を強くしてくれる支え。それが、今は沢山増えた。あの頃とは違うんだ……)

 

 拳を握り、フェイトは力強く自分に言い聞かせる。もうライダーの背中を見つめるだけではない。その背を支える事が出来るようになってみせる。それだけの強さを手に入れたのだ。力ではなく、心を鍛えて。

 なのはは、今はその柱にクウガとユーノを据え、フェイトは、RXにエリオとキャロを据えた。二人は知らないが、はやては当然アギトと家族達を据えている。あの邪眼との戦いで三人の少女が得たのは恐怖だけではなく決意と覚悟。

 

 そして、強い希望と可能性。仮面ライダーの存在がもたらす奇跡。それを目の当たりにしたために、三人は強く願ったのだ。今度共に戦う事があるのなら、背中を見るだけではなくその背を守りたいと。

 

 それは、守られる存在ではなく共に歩む存在になりたいというもの。力は及ばずとも、せめて心だけは同じ場所にいたい。それは、仮面ライダーと共にあった者達が揃って抱く想い。魂だけは、魂ぐらいは共にありたい。

 仮面ライダーになりたいとは、絶対思わない。それは彼らに対する裏切りだ。望んで得た力ではない。それをなのはもフェイトもはやても知っている。ならばそれを求めるなど論外。自分達は今のままで足掻く。

 

((それが、ライダーと共にあるための最低条件……だよね))

 

 そう想い、二人は何かに気付く。そう、それはバイクの駆動音と何かの飛行音。どうやらスバル達もそれに気付いたようで、視線をそちらに向けて輝く笑顔を見せていた。それになのはとフェイトもその相手を理解し、笑顔を浮かべてそちらへ振り向いた。

 

 そこには、列車と並走するように走るアクロバッターに乗ったRXとゴウラムに掴まるクウガの姿があった。六課の初任務はこうして終わりを迎える。フォワードメンバーは未知なる敵を前に一歩も退かない強さを見せ、なのは達は改めてこの部隊の可能性を見出した。

 

 その頃、六課隊舎前は異様な雰囲気に包まれていた。その原因は互いに見つめ合って沈黙するアギトと龍騎。自分達と共通点の少ない龍騎に疑問符を浮かべているアギトと、仮面ライダーは基本自身と敵対する者と考える龍騎。

 そのため、互いに相手の出方を窺っていたのだ。どう会話を切り出そう。そう考える二人をシグナム達とナンバーズ達は見守るのみ。一人ギンガはどちらの立場にもなれず居心地が悪いように困惑していた。

 

「あんたも……ライダーなんだ」

「はい。貴方も仮面ライダーなんですか?」

「まぁ。で、どうする?」

「えっと……何をです?」

「俺と戦うのかって事。あんたにも叶えたい願いがあるんだろ?」

「え? 願いって?」

 

 どこか互いの認識が違うような受け答え。それを聞いて、周囲も疑問を浮かべた。そして至ってシンプルな答えに辿り着く。

 

「真司、どうもこいつはお前の知っているようなライダーとは違うようだ」

「翔一、どうやらあいつはお前とは違う世界のライダーらしい」

 

 チンクとシグナムの言葉に両者はとりあえず変身を解除する。そして、そこで真司は完全に翔一が自分とは異質のライダーだと悟る。カードデッキを所持していない事に気付いたのだ。つまり、それは自分と違い、デッキの力で変身している訳ではない証拠。

 そこまで考えて真司は先程までの自分の発言を詫びた。挑発的だったからと。それに翔一も頭を下げた。ちゃんと事情を話すのが遅くなったせいで誤解を与えたんだからと。それに真司がそれは自分だと返し、翔一も負けじと自分がと言い始め、このままでは埒が明かなくなると踏んだ周囲が動いた。

 

 翔一をシグナムが、真司をチンクが止める事で謝罪合戦は不発に終わったのだ。

 

「丁度ええ感じにみんなおるか」

 

 そこへロングアーチから解放されたはやてが現れ、全員に任務の成功と怪人が他にも現れていた事を告げた。列車の暴走はRXがロボライダーになり、ハイパーリンクを使って制御を奪い返して事無きを得た。

 また、その二体も創世王の手下だった事やセインとクアットロにそっくりだった事を告げられると真司達から怒りが漂い出した。それにはやても共感出来るため、若干怒りの色が顔に宿った。

 

「ま、それもクウガとRXが倒してくれた。でも、気になる事をクウガが言うとってな」

「何?」

「覚えてろ言って死んだらしいんよ。それがどうも気になったみたいで」

『おそらく邪眼はプロジェクトフェイトを使って怪人をコピー出来るのでしょう』

 

 ウーノの言葉を聞いたはやての表情が変わる。そう、それは下手をすれば今回の比ではない怪人軍団がいつ襲って来るか分からない事を意味していたのだから。

 故にはやては表情を真剣なものへ変えて考え出す。そうなった場合どうやって対処するか。また被害を抑えるためにはどうするべきか。それらを目まぐるしい速度で考え始めたのだ。

 

「でも、おかしいよ」

「何がだ、セイン」

「だって、コピーを作れるのなら今だって何体も送ってくれば良いじゃん」

 

 そのセインの言葉に全員が盲点を突かれたように黙った。そして邪眼は何らかの理由で同じ人物のコピーは一体しか作れないのではないか。そうセインが結論付けようとした。だが、それを聞いて異を唱える者がいた。シャマルだ。

 

「待って。もしかしたら、邪眼は遊んでいるのかもしれない」

「どういう事や?」

 

 シャマルはフュンフの言っていた遊んでいたと言う言葉を出して、こう告げた。邪眼は一気にこちらを押し潰そうと出来るからこそ、敢えて遊んでいるのではないか。いつでも倒す事が出来る。故に少しずついたぶるような手段を選んでいると。

 

 そう考えれば、色々と納得が出来る点も多い事も理由になった。最初にジェイル達のラボを奪った時も全員で襲い掛かれば龍騎達を倒す事が出来た。それにも関わらずしなかった。それをクアットロが告げるとはやてもシャマルの考えを理解してそれに続いた。

 そう、今回の列車襲撃もそうだったのだ。レリックを奪えたにも関らず、敢えて奪わず伝言を伝えるために残していた。それにさっきの隊舎襲撃もそう。その気になれば、あの二体以外にも怪人を投入して攻め込み、ライダーが三人揃っていたとしても六課を壊滅させる事が出来たはずなのだから。

 

 挙げられていく内容を聞き、全員が邪眼への怒りを燃やしていた。侮られている。しかも、徹底的に。いつでも倒せると言わんばかりの対応をしている邪眼。それに正直に怒りを吐き出し悔しがる程、この場にいる者達は自惚れてもいなかった。

 確かに怪人を大量に送り込まれれば現状では対処し切れないのは間違いないからだ。仮面ライダーがいかに強いとはいえ、人数は限られている。同時多発的に襲撃されれば手が足りない場所がどうしても出てくるのだ。

 

「……奴は、我々を使ってゲームをしているとでも言うのか」

「それが一番近い認識でしょうね。悔しいけど、私達じゃ怪人を一人で倒す事は出来ないから」

 

 どこか怒りを秘めたようにシグナムが呟いた言葉をシャマルが悔しそうに肯定してみせる。それを聞いて翔一と真司以外の者達が一様に拳を握り締めた。ライダーのように一人で怪人を倒す事が出来れば。そう思って誰もが無力感を感じていたのだ。

 

「な! 兄貴やこいつがいるじゃないか! 他にもライダーがいるんだろ? なら」

「ノーヴェ、いくら真司達が強くても精々相手出来て二体が限度だ。しかも、奴等は私達のISと素材となった生物の力を組み合わせて使ってくる。苦戦は免れんだろう」

 

 トーレの諭すような言葉にノーヴェが悔しそうに唇を噛む。真司や翔一はそんなノーヴェに掛ける言葉がなかった。ノーヴェが感じている悔しさは彼らの悔しさでもあるのだ。大量の怪人に対する無力感。それを二人はライダーであるが故に余計に感じていた。

 

 そんな時、そこへゼスト達が遅れて現れた。真司達がそれに気付き、はやて達は何故ゼスト達がここへと思いその説明を求めた。そこでゼスト達が真司達を保護していた事を聞き、全てを納得出来たのだ。そしてそれを受けてならばとはやてが口を開いた。

 

「グランガイツ部隊長、真司さんだけでも機動六課へ預けてもらえないでしょうか?」

 

 突然の勧誘。しかも相手は次元漂流者ともいえる者だ。その申し出にゼスト達は困惑するが、はやてがロングアーチに言って出現させたモニターを見て言葉を失った。そこには醜悪な怪物と戦うアギトや龍騎の姿が映し出されていたのだ。

 

「これが仮面ライダー……そして、これが六課の敵」

「不気味……なんてものじゃないわ。これは具現化した恐怖そのものよ」

 

 息を呑むようなメガーヌとクイントの言葉を聞き、はやてとゼストは視線を交わす。

 

「グランガイツ部隊長。これらは間違いなくライダーを狙ってきます。こないな事は言いたくありませんが、今回の事で真司さん達をそちらが預かっている事を怪人達は知ったはずです。次の襲撃があればクラナガンの危機に繋がる可能性も」

「八神二佐、そちらは何か勘違いしているようだ。こちらには城戸達を引き渡す権利などない。その身の振り方を決めるのは彼ら自身ではないだろうか」

 

 ゼストはそう言って真司達を見る。ナンバーズはそれに少し戸惑いを見せるが、真司は翔一へ向かって力強く告げた。

 

―――俺、戦うよ。仮面ライダーとして怪人や邪眼と。あんた達と、翔一さんと一緒に。

―――ありがとうございます。邪眼を倒して平和を取り戻しましょう!

 

 笑顔を見せ合う二人。それを見てナンバーズも意を決した。ゼスト隊でも邪眼とは戦えるだろう。だが、六課は邪眼対策の部署としての意味合いが強い。つまり、ゼスト隊よりも邪眼に関する情報や戦いは多い。

 それは自分達の家を取り戻すための力が手に入るという事でもある。その最終目的を果たすため六課に協力するのも悪くない。そう判断したのだ。それにこのままでははやての言った通りクラナガンの街に多大な被害を出す事も考えられる。

 

 それを考慮し、彼女達もまた六課へ身を置く事を決めた。どこかで翔一達異世界のライダーに興味を抱いたのも要因の一つとして。周囲の反応を見てゼストとはやては薄く笑みを浮かべた。

 

「どうやら決まったようだ。少々出過ぎた物言いをした事をお許し願いたい」

「いえ、わたしこそ局員としての嫌な部分をお見せしてしまいました。なのでそれで御相子としてください」

 

 両部隊のトップ同士が話をする横では、新しく加わる事が決まった真司達へ翔一達が笑顔を向けていた。

 

「互いの自己紹介は後でするとして、とりあえず俺達はどうしたらいいんだ?」

「あ、すみません。俺、食堂戻らないといけないんです。料理の仕込み途中なんで」

「待て翔一、私も行く。では主、また後ほど」

 

 真司の問いかけに翔一はそう思い出したように言って隊舎内へ走り出し、リインもそれを追うように走り去る。それを聞いて真司が何故か腕まくりを始めた。その理由を即座にナンバーズだけが悟り、苦笑を浮かべた。

 

「よし、じゃあ俺達も手伝うか。行くぞディード、ディエチ、チンクちゃん」

「はい」

「うん」

「まったく、お前と言う奴は……」

 

 真司を先頭に走り出す四人。彼らは翔一達を追い駆けるように隊舎へと向かって行く。その背を見送るノーヴェだったが、このままここに留まるのも嫌だったのかぽつりと呟いた。

 

「……アタシも行くか」

「お、ならアタシも行くッス。手伝いは多い方がいいッス」

「あ、あたしも行く!」

 

 ノーヴェとウェンディが仲良く走り出せば、セインが置いていくなとばかりにその後を追い駆け始めた。その姿を見て周囲の者達は微笑んでいた。その一人であるセッテもこのままではいけないと思ったのか視線を動かす。

 

「トーレ姉上、クアットロ姉上、私達も行きましょう」

「……まぁ、世話になるのだしな」

「そうねぇ。初めが肝心とも言うし……」

 

 セッテが歩き出すのをキッカケにトーレとクアットロもそれに続いて動き出す。こうしてその場に残ったナンバーズはオットーのみとなった。そんな彼女はモニターに映る姉二人へ今後の動向を尋ねていた。

 

「ウーノ姉様とドゥーエ姉様はどうするのですか?」

『ドクターと一緒にそちらへ行くわ』

『構いませんか?』

 

 ドゥーエがそう答えりとウーノがゼストへ許可を求める。それにゼストが苦笑気味に頷くとモニターが消えた。それに呼応するように彼はメガーヌへ転送魔法を使って隊舎へ戻るよう指示を出す。その意図を察し、メガーヌとクイントが若干苦笑した。

 それを後目にオットーが動き出そうとした瞬間、これまでの流れを眺めていたヴィータが六課を代表して呟いた。

 

―――お前ら、馴染むの早そうだな。

 

 その言葉にオットーの後を追おうとしていたアギトが笑みと共に答えた。

 

―――おう。真司がいるからな。

 

 その言葉に何故か全員が心から納得した。そんな周囲の反応に楽しそうな笑みを浮かべてアギトはオットーの後を追う。それから遅れる事少ししてはやて達も隊舎目指して歩き出し、ゼストを先頭にクイントとギンガもそれについていく。

 ゼストははやて達六課の人間へジェイルの事を話す必要もある。クイントとギンガは怪人達と六課が戦う以上この事件はもう他人事ではないからだ。その情報や対処なども話し合うべき。そう考えて三人も六課隊舎へと足を踏み入れていく。

 

 こうしてこの日の戦闘は終わりを迎える。ついに揃った四人の仮面ライダー。対する邪眼が擁するはナンバーズの力を持った怪人達。しかし、彼らは知らない。まだ邪眼には恐ろしい手駒がある事を。それはミッドを炎で包む事の出来る邪悪な存在。

 

 死者の列は群を成し、死人を喰らいて増え続ける。冥府を司る者求め、彼らは行く。



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心へ響く先人の言葉

クウガで外す事の出来ない言葉。それと共にあの男の言葉がなのは達へ伝わります。


 六課に戻った五代達を待っていたのは翔一達と見知らぬ者達だった。しかし、それは五代とスターズ、それとライトニングコンビだけ。フェイトと光太郎は揃ってそこにいた者達へ驚きを見せた。

 食堂で忙しそうに働く者達。それは言うまでもなく真司達だ。更にそれを眺めているゼスト達の姿もある。それに疑問を浮かべるフェイトと光太郎。すると、それに真司も気付いたのか光太郎達へ手を振って笑顔を見せた。

 

「あ、さっきはどうも」

「城戸さん……どうして六課に?」

「それに君達まで……」

 

 フェイトが不思議そうに声を出すと、光太郎もそれに続いてナンバーズを見つめてそう告げた。しかし、それに真司達が答える前にスバルとティアナがセインを見て言葉を失う。

 

「あ、アンタ……」

「あの時の怪人?!」

「あ~……そうなんだ。あんた達があたしのコピーと会ったんだね」

 

 二人の言葉にセインは苦笑。そこで現状を説明すべく翔一達が隊舎前の出来事を話し、五代達も納得した。そこへ転送魔法が展開され、メガーヌと共に三人の人物が現れた。それに真司達が嬉しそうな表情を見せる。そう、そこにいたのはウーノとドゥーエに一人の男性だった。

 

「何でジェイル・スカリエッティが……」

「まぁ、それが普通の反応だろうね。ああ、安心してくれ。何もしないし、する気もないよ。今の私にあるのは邪眼、だったか。あれに対する恨みや怒りだから。そこについては君達以上に私は深いつもりだ」

 

 はやての驚きと戸惑いが混ざった反応にジェイルは変に飾る事もせずにそう返してから周囲に宣言するように告げた。それにまだどこか信頼出来ないという反応を見せる六課の者達が一斉に注目した。

 その視線を受け止め、ジェイルは真剣な眼差しで断言する。それは何の打算も計算もない言葉。彼の素直な想い。そして真司達も同じくするものだ。

 

「私は奴から私達の家を、思い出を取り返したい。例え相手がどれ程凶悪で強力だったとしてもだ」

 

 それに真司達は頷き、五代達は呆気に取られた。フェイトはジェイルの言葉に嘘がないと感じ、すぐにそんなはずはないと思い返し悩んでいた。そんなフェイトの反応を見たのかジェイルは自嘲気味に笑みを浮かべた。

 六課の他の者達も同じような気持ちだろうと判断したからだ。だからこそ、これだけは言っておかねばならない。そう思ってジェイルははやてを見つめて告げた。

 

「私の事は信じてくれなくても構わない。ただ、真司達は信じてくれないだろうか。私の大切な娘達と大切な友人だけは……」

「……ええやろ」

 

 そんなジェイルの言葉にはやては戸惑いを隠せなかったが、その発言に込められた思いを感じ取り、頷いた。それに真司達は先程の戦いでの功績もある。そちらに関しては六課の中でも疑う者はいないのだから。

 そう考え、はやてはジェイルの事をどうするかを相談すべく早急に後援者の一人であるカリムへ会う必要があると判断した。既に状況はかなり急激な変化を起こしている。予言に出てきた龍騎士。それが龍騎だと判断した今、その事についても話し合う事があったのだ。

 

 それに、ゼストとジェイルが約束したAMFへの対抗策も手を打ってもらう必要がある。そこまで考え、はやてはやる事が多いと思って小さくため息を吐いた。

 一気に戦力が増えたのは良かったが、その反面問題も増えたのだから。しかし、邪眼の居場所が分かった以上、こちらから打って出る事も出来る。そう考えて、彼女は悪い事だけではないと思い直した。

 

「さあ! 難しい話は終わったし、食事にしましょう! 今日は、いつも以上に気合入れて作りましたから!」

「そうだよな……。あ、俺も手伝ったんで、どうか食べてみてください!」

 

 その場の空気を変えようと翔一が一際大きな声でそう言うと、真司もそれに続けと声を出す。それに五代も乗っかって周囲へ声を掛けた。

 

「まずはみんなで食事にしましょう! これからの事はこれから考える。これまでの事はもうここで終わり。切り替えていきましょう!」

 

 サムズアップ。それにその場の空気が幾分が和らいだ。五代の、翔一の、真司の笑顔が見ている者達を和ませる。そして、まずはスバルとエリオの大喰らいが空腹に耐えかねてテーブルに着き、それに反応しティアナとキャロも座りだせば、なのはがフェイトへ声を掛けてテーブルへと動き出す。

 光太郎もそれに頷いてテーブルへ移動しようとして、ふと見つめられていると察して振り向いた。そこにはナンバーズがいた。その視線が問いかけているものを悟り、彼は少し真剣な表情で尋ねた。

 

「何か用かな?」

「……お前達の体は……どうなっている」

 

 光太郎だけではなく五代にも翔一にも体に人らしからぬものがある。それを視る事が出来たナンバーズ。そして、そんな全員を代表して告げたチンクの言葉に光太郎はさして驚く事もなく真剣な表情でこう答えた。

 

―――それは、今夜にでも話そう。翔一君達と真司君やスカリエッティも交えて。

 

 それに全員が揃って頷いてナンバーズもそれぞれに動き出す。それを眺め、光太郎は話す時が来たのかもしれないと思った。それは改造人間の事。戦闘機人であるナンバーズ。それを知れば、否応無くスバルの事にも話が及ぶ。

 彼女が自分と親戚とも言える相手だけにその話をさせるとは思えなかったのだ。故に、光太郎は自身の体についても話すべきだと決心していた。それは戦闘機人よりも異形である自分を知らせる事で、六課の者達がスバル達に抱く恐怖を自分へ向けさせるため。

 

(彼女達は俺達のような被害者じゃない。生まれながらにそうだったのならそう考えるのが当然だ。それに、例えその体が人と異なるとしても心は紛れも無く人間。そう考えてもらえるのなら、俺は……)

 

 その決意の視線の先では、真司作の餃子に翔一とはやてが驚愕しレシピをせがんでいる。それを見てなのは達だけでなくナンバーズさえも笑い声を上げていた。その光景を今だけのものにしたくない。そう思って光太郎はテーブルへと移動を始めるのだった。

 

 

 

 それから少ししてモニターが六課中に出現する。はやての口からジェイル達を六課で預かり、協力して事に当たる旨を告げるためだ。すると、予想通りにあちこちでざわめきが生まれた。しかし、それをはやては鎮めようとはしない。

 代わりにはやては真司を手招きした。彼はそんな彼女の行動に不思議そうに自分を指差しながら歩き出す。はやては真司へこう頼んだのだ。この中で本当のジェイルを知っているのは真司だけ。故に、それを六課の者達に伝えて欲しいのだと。そこには、はやて自身の気持ちも込められていた。

 

 広域次元犯罪者であるジェイル。それをすぐ信頼する事など局員ならば出来るはずもない。だからこそ一般人である真司に語って欲しかったのだ。怪人と戦い、六課を守った仮面ライダー。その彼ならば、自分が言うよりも信憑性がある。そうはやては考えたのだ。

 真司ははやての気持ちを知らぬでも、これがここでのジェイル達の扱いに大きく関わると気付いて意を決して話し出した。

 

「えっと、俺は城戸真司って言います。地球の日本生まれで、ミッドへは気がついたら来てました」

 

 突然の見知らぬ人物にざわめきが少しだが小さくなる。真司の言葉の真実を見極めようとしているのだ。それを感じながら、真司は簡潔に自分とジェイルとの出会いを話した。

 真司は言った。悪いのはジェイルだけじゃない。ジェイルに悪い事を悪いと言ってやる者がいなかったのがいけなかったのだと。それどころかジェイルへ悪事を強要する存在さえいた事を告げた。

 

 しかし、その名を真司が言おうとした瞬間、ゼストとジェイルが揃って止めに入った。それにははやて達も疑問を浮かべた。真司も同様に。すると、ゼストがモニターへ向かって告げた。

 

―――それを知る事は……君達の危険に繋がる。

 

 それだけで全員が何となくだが理解した。理解してしまった。ジェイルに悪事をさせていた相手。それが何なのか。はやてもフェイトも仕事柄そういう噂に触れる機会は多いためか周囲よりもその表情は暗い。

 一方の真司はジェイルから軽く指摘を受けていた。無闇にその事を話しては駄目だからと。それは、管理局員達に与える影響が大きいため。そして下手をすれば、それを知るだけで命を狙われる事にもなりかねないのだから。

 

「最高評議会っていうのは、それだけ用心深いんだよ」

「……そっか。知らない方がいい事もあるもんな」

 

 ジェイルの言葉に真司はジャーナリストとして納得した。情報を知る事は危険にも近付く事になる可能性がある。その事を思い出したのだ。知る事は必ずしも良い事だけではない。知らない方が良い事もある。

 それを以前真司は聞かされたのだ。OREジャーナルの編集長や先輩である令子に。報道に携わるのなら知る事の危険性を常に頭に入れておけ。そんな感じの事を言われた事があったのだ。

 

 真司がそんな事を思い出している横で、五代と翔一は元々ジェイルの事をそこまで知らないからこそ思う事があった。それは、根っからの悪人はいないという事。

 真司と出会う前のジェイルは本当に犯罪者だったのだろう。しかし、真司と知り合い、触れ合った事でその心が変化していった。それはジェイルが悪人ではなかったからだ。

 

 真司が言ったように悪い事を悪いと言う存在がいなかったために犯罪者となった。つまり純粋だったのだと。自分のしたい事をしていたジェイル。それをちゃんと正し、修正する人間がいてさえやれば彼も今のような優しい心の持ち主になれる。そう結論付け、二人は笑みを浮かべた。

 

「……真司君も仮面ライダーだね」

「そうですね。俺達も負けないようにしないと」

 

 二人は揃って知り合いに警察の者達がいる。故に、犯罪者という者達の中にはなりたくてなった者達だけではない事も聞いていた。そして複雑な境遇にいる事が多いのは何となく理解していた。

 

「五代さんと翔一さんは……信じるんですか?」

「なのはちゃんは無理?」

 

 平然とジェイル達を信じるような発言をしている二人に、なのははやや戸惑うようにそう声を掛けた。だが、それに対して五代が返した言葉に彼女は即答出来なかった。それはなのはも真司の言葉を信じたいと思っている証拠。

 ただ、局員としての部分がどうしてもそれを素直に頷かせてくれない。見ればフェイトもはやても同じような表情だ。真司の言葉を信じたい。だが、それを責任ある立場で、尚且つ影響力を与える存在である自分達があっさりと示す訳にはいかない。

 

―――疑っていたら敵は見つけられるかもしれない。でも、信じなければ仲間は見つからない。

 

 六課の者達が迷いを見せている中、どこからともなくそんな言葉が響いた。それに全員の視線が動く。それを言ったのは光太郎だった。

 

「俺の先輩の一人。仮面ライダーV3が教えてくれた言葉だ。これを、先輩はある人に言われて思い出したそうだ。仮面ライダーとしてだけじゃなく、人として大切なのは相手を信じる事だと」

「……それを言った人もライダーなんですか?」

 

 光太郎の言葉に痛い所を突かれてその重要性を噛み締めるはやて達。それを横目に翔一がそう問い返す。それに光太郎は首を横に振って告げた。

 

「その人は、ライダーじゃない。でも、誰よりも仮面ライダーらしい人だったと聞いた……」

 

 その言葉に誰もが疑問を浮かべた。光太郎も聞いた話のため詳しい事は知らない。だが、光太郎にその男の話をしたV3やZXは確かにそう言ったのだ。ライダーよりもライダーだった男だと。

 名前までは聞けなかったが、その男の話は先輩ライダー全員が知っていた。そして全員が口を揃えて言ったのだ。仮面ライダー0号と呼ぶべき男。変身能力がなくても、人類の平和と自由のために命がけで戦える男。故に、仮面ライダーの原点であり理想なのだと。

 

 光太郎がその話をすると、それを聞いて五代も翔一もある者を思い出す。五代は一条の事を、翔一は氷川の事を思い浮かべた。二人に変身能力はない。それでも怪人が現れれば誰かの暮らしを、命を守るために命がけで戦っていたのだ。

 その姿を思い出し、二人は光太郎の告げた話に感じ入った。彼らも知っていたのだ。仮面ライダーよりも仮面ライダーらしい者達を。そして真司も光太郎の話に強く心を打たれていた。仮面ライダーの意味がまったく違うだけではない。その在り様も正反対だったのだから。

 

(他の世界のライダーは、自分のためにじゃなく誰かのために戦っていたんだ。それだけじゃない。ライダーじゃない人だって、命がけで……)

 

 そう思って真司は心から悲しくなった。異世界では人を守り助ける存在であるライダー。それが、何故自分の世界では殺し合う存在なのだろうと。全てのライダーが手を取り合い、モンスターと戦う。そんな事にどうしてならないのだろうか。そんな風に思い、真司は強く拳を握り締める。

 

「ジェイルさん……俺、決めたよ。元の世界に戻ったら蓮や北岡さん達に、俺の世界のライダーにこの話を聞かせる。笑われたって、馬鹿にされたっていい。仮面ライダーは、こうあるべきだって言い続けるよ」

「真司……」

「ライダーは、いつでもみんなのために戦うんだ。自分のためじゃなく、みんなのために」

 

 真司はそう言い切って五代達へ視線を向けた。それは、その言葉が合っているかと尋ねる目。それを感じて、五代達三人は揃って頷いてサムズアップ。それを見た真司は心から嬉しそうに頷いてサムズアップを返す。

 

 そして、そんな四人を見てスバル達フォワードメンバー四人が意を決してナンバーズに近付き出した。それにやや困惑しながらも彼女達はスバル達を見つめた。

 

「私、スバル。スバル・ナカジマ。まだ全部受け入れる事は出来ないけど、それでもこれだけは言える。私は、貴方達を信じたい。だから、これからお互いの事を知っていこう」

「アタシはティアナ・ランスターよ。ティアナでいいわ。アタシもスバルと一緒。まだ完全に信頼は出来ない。でも、それはそっちもだろうし……ま、互いに信じ合えるようになりましょ」

「僕はエリオです。エリオ・モンディアル。僕は、貴方達を仲間って思いたい。だから、僕も貴方達から仲間って思われるように頑張ります」

「私はキャロ・ル・ルシエです。こっちは大切な家族のフリード。貴方達は私達の家みたいな六課を助けてくれた。なら、次は私達が貴方達の家を助ける番です。私の力は小さいけど、この恩は絶対にお返しします」

 

 そう言ってスバル達は揃って笑顔で告げた。これからよろしくと。それにナンバーズはやや呆気に取られるが、やがて小さく笑みを見せて答えていく。

 

「私はウーノよ」

「ドゥーエ。よろしく」

「……トーレだ」

「クアットロ」

「チンクだ」

「あたしはセインだよ」

「セッテと言う」

「オットーです」

「……ノーヴェ」

「あたしはディエチ。よろしくね」

「ウェンディッス」

「ディードと申します」

 

 それを見つめ、はやて達は苦笑した。ゼスト達は微笑みさえ浮かべている。ジェイルと真司は二人で笑みを見せ合って喜んでいた。五代と翔一、光太郎はその雰囲気から和やかなものを感じ取り、頷いた。

 そして、それをキッカケにアルトが、ルキノが、シャーリーがナンバーズ達へ自己紹介を始めた。それを見てはやては改めて光太郎達の影響力を感じていた。先程までは、真司の話を聞いて迷っているだけだった六課の者達。それが、光太郎達の会話を聞いただけで、こうしてジェイル達を信じてみようと動き出したからだ。

 

 そんな風にはやてがどこか嬉しそうにその光景を眺めていると、ゼストがそれにこう言った。

 

「俺の隊よりも早いな」

「……仮面ライダーがいますから」

 

 そのはやての答えにゼストは頷き、視線をクイントとメガーヌへ向けた。二人は揃って真司とジェイルへ注意をしていた。それは先程の事だけではない。六課であまり勝手な行動はしないようにと、母親のような事を言っていたのだ。

 

「真司君、スカリエッティが犯罪者って言うのは事実なんだからね。だから、ちゃんと周囲に今は違うって理解してもらえるように頑張って」

「はい。ありがとうございます、メガーヌさん」

「いいのよ。それと、またあの子と遊んでくれると嬉しいわ。アギトちゃんも一緒に、ね」

「おう。ルーがそう望むって言うならいつでも行くさ」

 

 メガーヌの言葉にアギトはそう応じて笑みを見せる。ルーテシアだと長くて呼び辛い。そうアギトが漏らすと彼女はその呼び名を提案したのだ。真司もそれに倣いルーちゃんと呼ぶ事にしたのは言うまでもない。

 

 そんな真司とアギトの横では、ジェイルがクイントからある事を頼まれていた。

 

「……スバルを、私の娘の事を頼むわ。あの子、ノーヴェ達の事に気付いているだろうから」

「分かっているよ。それに戦闘機人なんて呼称は私も、もう聞きたくないしね」

「そう……。貴方も、色々あったのね」

「ほとんどが真司が来てからさ。でも……悪くない事ばかりだったよ」

 

 そう言って笑うジェイル。それにクイントも小さく笑みを返し、和やかな空気がそこから感じられる。フェイトとなのはは、そんなゼスト隊とジェイルと真司の関係を見て心から驚いていた。

 ゼスト隊の名は空と海で働いていた二人であっても知っている。陸の番人とまで言われる精鋭部隊。それがジェイル達を受け入れ、更にどう見てもその関係は局員と犯罪者のそれではなかったのだ。

 

 そんな光景を見つめ戸惑う二人にはやてが静かに近付いた。

 

「信用はまだ出来ん。でも、信頼はしてみよ。少なくても、真司さんだけは私は信じられる」

「……そうだね。私も城戸さんと、あの子達を信じる」

「私は……真司さん達全員を信じてみる。五代さん達のように……」

 

 なのはの言葉に二人は軽く驚きを見せるものの、その影響を受けた人間を思い出して苦笑しつつ納得。なのはに強い影響を与えたのは五代。ならば、誰かを疑って痛い目を見ないより、誰かを信じて痛い目を見る事を選ぶだろうと、そう思ったのだ。

 そして自己紹介も終わりが近付き、残るは隊長陣だけとなった。シグナムやシャマルなどが自己紹介をする中、ジェイルがふと視線をフェイトへと向けた。それにフェイトも気付くものの、何か反応を返すかどうか迷い、何か動く事はなかった。

 

「……次、フェイトちゃんだよ」

「あ、うん」

 

 なのはの声で意識を切り替え、フェイトは真司達へもう一度自己紹介。それが終わったのを見てはやてが締め括りとばかりに自分の紹介を終え、その場は解散となった。

 だが、ジェイルははやてとフェイトの二人から話があると部隊長室へ連れて行かれ、ナンバーズは宿舎の場所を案内し部屋を割り当てるためリインが外へと連れ出した。残された真司とアギトは食堂で五代達と話しながら片付けなどをする事になった。

 

 ゼスト達はジェイル達に別れを告げたが、何かあればいつでも手を貸すと言って真司達だけでなくはやて達を喜ばせた。ギンガはどこか後ろ髪を引かれる思いだったが、ゼスト達と共に去って行った。

 こうして波乱を呼んだ初任務の日に六課は新しい力と絆を得る。そして、それに伴い知らされる事実もあった。それはこの夜の事。日も落ち、シフトも夜勤に切り替わり始めた頃、六課隊舎の食堂には主だった者達が集まる事になるのだ。

 

 

 

「……まずは、集まってくれてありがとう」

 

 周囲を見渡して光太郎がそう告げると少なからず苦笑が漏れる。別にそんな畏まらなくてもと、そう思う者が多かったからだ。食堂にいるのは休憩室でライダーの話をした際と同じ顔ぶれ。それにジェイル達が加わったものだ。

 光太郎ははやてに告げたのだ。自分がこの状況について気付いた事に関して意見が欲しい。だから、出来るだけ主だった者を集めてくれないかと。それにはやては応え、この状況になったのだ。

 

「今日集まってもらったのは、この状況にある程度の予想が立ったからなんだ。それについて意見を聞こうと思って」

「……あいつの事も含めて、ですか?」

 

 翔一の言葉に光太郎は頷いた。だが、周囲はそれに疑問を浮かべる事しか出来ない。それを察してか光太郎が話し出す。

 

「まずは、俺と翔一君が出会った発電所の話をしよう。初めて邪眼と戦い、先輩達と出会った時の話を……」

 

 共に何か嫌な気配を感じ訪れた発電所。そこは時空が歪められていて、過去と未来が繋がった状態となっていた。そのため、過去で行なった行動が未来へ影響し、逆に未来でした事が過去に影響を与える。そんな空間と化していたのだ。

 そんな光太郎の切り出しに誰もが言葉を失った。しかし、それを疑う者はいない。それを話している光太郎は真剣そのもので、思い出して頷く翔一を見たからだ。

 

 そこで二人が知った事は、五万年前に死んだ世紀王だった邪眼が滅んだはずの悪の組織を使い、自分の体を復活させようとしているという恐ろしい計画だった。しかし、その発電所に作られた秘密基地にあった通信設備が過去や未来と繋がっていた事がその計画崩壊のキッカケとなる。

 そう、それによって異なる時代の四人のライダーが繋がりを持つ事が出来たのだ。通信越しに四人は繋がり、それぞれがそれぞれの時代の悪を倒す事で一致団結した。そこから始まるライダーの時代を超えた共闘。

 

 そして、それぞれの時代の企みを阻止しながらBLACKとアギトは一号やV3と共に邪眼を追い詰めていった。最後にはその空間の性質を活かし、まだ復活前の邪眼の体を一番過去の時代にいた一号が破壊して全てを終えた。

 そこからは光太郎に代わって翔一が話し出した。彼らは邪眼の体が生成されていた部屋に行き、一号の起こした事が影響を及ぼしていく事を確認したのだが、翔一の時代だけはもう既に体が無かった。つまり、一号が破壊して影響を及ぼす前にもう邪眼は復活を果たしてしまったのだ。

 

「俺は急いで通信室へ戻った。そして、その事を話すと光太郎さん……BLACKさんだけ連絡が無かったんだ」

「俺が通信室へ戻ると不意を突かれて地下にある空洞へと落とされた。そこで見たんだ。復活した邪眼の姿を」

 

 そこから再び光太郎が話を引き受け、語る。邪眼の力は凄まじくBLACKは危機に陥ったものの、様々な要因が重なり過去と未来からアギト達三人が救援に現れた。そう光太郎が話すとスバルが目を輝かせた。エリオなどは拳を握りヒーローショーを見ている子供のような雰囲気さえ出していた。

 同じように、なのは達もその話に完全に引き込まれていた。ライダーの武勇伝。そうとも言える話だが、それはそんな簡単なものではない。いくつもの時代を超え、人知れず悪と戦い、平和を守る戦いなのだから。

 

 そして話は終盤へと移る。四人の力を一人に集め邪眼に対抗しようと一号が提案し、その役目を負ったのはアギト。三人のアギトの光を貰ったんだと、翔一はそう語って光太郎から話を引き受けた。

 三人の力を受けたアギトは苦戦しながらも邪眼に膝をつかせた。だが、その時邪眼が再び時空を超えて逃げようと動き出したのだ。それを察した四人は全ての力と想いを込めたライダーキックを放ち、邪眼へとどめを刺した。だが……

 

「そこで翔一君や先輩達に時間が来ちゃってね」

「時間?」

「うん。俺達は別の時代の存在だから、邪眼が消えて空間が戻る時に元の時代に戻されたんだよ」

 

 その際、四人は重なる事のない手を重ね合わせるようにし、互いの姿と助けを決して忘れまいと誓い合うように言葉を交わしたのだ。それを光太郎と翔一が感慨深く語る。そして、話を終えた光太郎と翔一を見てジェイルが呟いた。

 

―――仮面ライダーとは……そんな生き方が出来る者達なんだね。

 

 それに全員がジェイルへと視線を向けた。ジェイルはそれに小さく笑みを見せ、悲しそうにこう続けた。

 

「もし、もし昔の私が今の話を聞いたのなら一笑に付しただろうね。でも、今の私はそんな事が出来ない。君達の生き方を聞いて感動してしまったからだ。他者のために人知れず戦う。何て馬鹿らしく、何て偽善的で……何て気高く強い生き方なんだろうね、それは」

「ジェイルさん……」

 

 真司はジェイルの言葉から底知れない憧れを感じた。彼は自分とは違う仮面ライダーの生き方を聞いて心を打たれた。そんな風に自分も生きる事が出来たら。そう思ったからこそ先程のような事を言ったのだろうと真司は考えた。

 そして、ジェイルの感想は誰もが思った事だった。なのは達は以前リンディ達から聞いた話で知ってはいた。だが、こうして改めて聞き、思ったのだ。何て優しく強い者達なのだろうと。

 

(光太郎さん達の名乗りを聞いて、翔一さんがどうして”仮面ライダー”を名乗りたいと思ったか、今なら分かる……)

(翔一さんは、憧れたんだ。人知れず悪と戦い、みんなの笑顔を守り続けていた仮面ライダーに……)

(自分も、そうでありたい。アギトの力を、そう使い続ける事が出来る者でありたい。そう考えたんやな、翔にぃは)

 

 彼女達はそう思い、同時に自分達がもし同じ力を得ていたのならそう考えると思って納得した。一方、初めてライダーの戦いの記憶の一端に触れたスバル達はまた違った感想を抱いていた。

 

(クウガだけじゃなく、仮面ライダーは昔からみんなを助けてたんだ。例え、それを誰も知らないとしても……)

(声無き声。それに呼ばれて戦う……か。作り話みたいでも、信じる事が出来る。クウガとRXの姿を見た今なら……)

(決して力に溺れず、恐ろしい怪人相手に戦い続ける。それがどれだけ凄い事なのか、今の僕は知っている)

(怖くて、嫌で、逃げ出したい。でも、それをしなかったのは……それを誰かに押し付けたくなかったから)

 

 彼らは知っている。五代や翔一、光太郎と関わった故に彼らがどんな人間かを。決して争いを好まない。だからこそ、そんな彼らが怪人相手に戦い続けたのは優しさだと思った。誰かを悲しませたくない。怪人を知って怖がったり、恐れたりしながら生きる事にならないように。

 そんな思いで彼らは戦ったのだろうと。だが、四人は知らない。その思いも空しく、未確認もアンノウンも、果てはゴルゴムやクライシスさえ人々の知るところとなってしまったのだから。

 

 そして、五代達本来の仮面ライダーと触れ合っていた四人とは違い、真司しかライダーを知らず、更に仮面ライダーが自分の願いを叶えるために戦う者だと思っていた者達がいた。故にナンバーズが受けた衝撃はスバル達以上だった。

 

(自分を犠牲にしてでも、他者のために戦う……真司さんと一緒だわ)

(そう……異世界のライダーと真司君は同じだったのね。怪物の犠牲になる人を出さないために変身する。そんな優しい存在……)

(その体は異形。だが、心は人のまま。本来仮面ライダーとは……戦士でありながら戦いを否定する存在か)

(シンちゃん……嬉しいでしょうねぇ。自分の選んだ道が本物の仮面ライダーと同じだったんですもの)

(人ならざる力、か……。それを、自分のためでなく誰かのためにとは。私達も……そうなれるだろうか?)

(カッコイイ……カッコイイけど……何か悲しいよ。こんなに優しい人達なのに……どうして戦わないといけなくなるのさ!)

(真の強さ。それを彼らは知っている。いや、知らずとも身に着けている。私も……彼らのように強くありたい)

(見てるだけの自分は嫌だった。助ける力があるのなら、それを使う事を躊躇わない。例え、それで人々から疎外されたとしても……)

(邪眼と戦って、倒して、また戦って……かよ。それをあいつらは誰かに頼まれた訳でもねえのにするんだよな。……強いはずだぜ)

(光太郎さん達も真司兄さんと同じなんだね。ライダーの力は守るために使う。絶対に自分のためには使わないんだ……)

(いや、何か凄い話を聞いたッス。でも、あの二人は邪眼と戦ったらしいッスけど、五代って人は何で戦ってないんッスかね……?)

(あの方達は、傷付く事を恐れず戦う人になる事を選んだ。自分の住む町を、世界を、邪悪に渡さぬそのために……)

 

 ナンバーズが揃って神妙な表情を浮かべる横で真司は強く心を動かしていた。自分と違い、望んでライダーになった訳ではない者達。それでも、それを誰かのために使う事を選んだ男達。それを知り、余計に自分の世界のライダー同士の戦いを止めたいと思ったのだ。

 誰かを不幸にして、犠牲にして手に入れたい願い。それは間違っているのだと、心から叫びたい。何故なら、それは自分の抱いた悲しみや怒り、悔しさを、その犠牲にした誰かに押し付ける事になるからだ。負の連鎖を断ち切る希望。それを、真司は光太郎達の姿からも貰った気がした。

 

(俺達の世界でのライダー。それは、願いを叶えるために戦う奴でしかなかった。でも、これからはそうじゃない。俺が変えてみせる。みんなのためにって戦う奴が仮面ライダーだって、そう教えてくれたから。そう信じさせてくれる人達に出会ったから!)

 

 蓮は、もしかしたら理解を示してくれるかもしれない。そう思い、真司はふと小さく笑う。龍騎とナイトの二人でモンスターを倒し、誰かを助け守る日々。その想像がとても笑えるものだったのだ。

 そう、彼の動きや行動に不満や文句を述べる蓮。それに納得しながらも反論する自分。そんな凸凹ダブルライダーの図しか浮かばなかった。とてもではないが、光太郎達のようにはならないだろうと思ったのだ。

 

 そして邪眼との話の余韻がやや残る中、更に光太郎は話を続けた。それは、自分までの仮面ライダーについての話。そう、未だに五代とフェイト以外は知らない話をするためだ。

 改造人間。その話を聞いて大きく反応したのはスバルとティアナだ。ゼクスがそう言っていた事を思い出しただけではない。何故その言葉を光太郎が知っているのかと思ったからでもあった。

 

「五代さんや翔一君と違って、俺や先輩達は人間を改造し生まれた改造人間。それが元々の仮面ライダーだったんだ」

 

 フェイトと五代は何故光太郎がここでその話をしたのか、理由を何となくだが察していた。

 

(光太郎さん……スバル達の事を話しやすくするために)

(そっか……あの子達は戦闘機人なんだっけ)

 

 光太郎の話を聞いて一同は言葉を失っていた。それを感じ取り、五代とフェイトは無理もないと思った。彼らでさえ聞いた当初は信じられない気持ちになったのだ。人を改造し、異形の存在へと変える。それを聞いて、スバルやナンバーズ達は揃って表情を変えた。

 

 光太郎は自分だけではなく先輩ライダーの事も含めて話した。突然組織に誘拐され、五体を切り刻まれ、骨を鋼に変えられた。筋を、脈を、肉を、毛皮を強靭なものに造り変えられ、その体は兵器と成り果てたのだと。

 だが、それでも残されたものがある。そう光太郎は続けてこう言い切った。彼も含めた仮面ライダー達全員の想い。そして信念であり決意をそこに込めて。

 

「それでも、先輩達には魂が残った。人としての、気高い魂が。例え機械の体になったとしても、心さえ、心さえ人であれば決して生物兵器ではないと、そう信じて戦ってきたんだ」

 

 それを聞き、五代とフェイトは頷いた。そして翔一も。仮面ライダーになった五代や翔一。仮面ライダーの本来の姿を教えてもらっていたフェイト。三人はそれ故に光太郎の言葉に納得し、理解した。そんな三人に遅れる事数瞬、スバルとティアナが頷いた。

 戦闘機人であるスバル。その秘密を本人から聞いたティアナは、光太郎の言った言葉の根底に流れるものこそスバルとギンガの気持ちだと思ったのだ。故にその言葉は彼女が言いたい事の代弁でもあった。

 

「……私、それ分かります。だって、私も同じようなものだから」

「スバルっ!?」

 

 ざわつく食堂内。エリオ達は戸惑いを浮かべ、なのは達隊長陣はスバルの事を知っているためかその顔が驚きに包まれている。一方、ティアナはスバルの言おうとしている事を察しそれを止めようとするが、それに彼女は笑みを見せて首を横に振った。

 

「いいんだよティア。私、光太郎さんみたいに変身は出来ないですけど、普通の人じゃないんです。戦闘機人って言うんですけど……」

 

 その言葉にナンバーズ達と真司が驚いた。知らなかったからではない。まさか自分から話し出すとは思わなかったからだ。そこで語られるスバルの簡単な生い立ち。それに言葉がないエリオ達。しかし、その場を覆う雰囲気は重苦しいものではない。

 それは光太郎の話を聞いたから。そう、誰もが感じ入ったのだ。仮面ライダーの生き方とその気持ちに。人ならざる力と姿、その哀しみを乗り越えて独り戦い続けるその覚悟と決意。それを聞いて尚、戦闘機人に差別的な思考を抱く者はいない。

 

 更に、実際にスバルを見て接した以上、その言葉の意味を余計に感じたのだろう。そんなスバルの告白が終わり、それにエリオが意を決して何かを言い出そうとした瞬間、光太郎がそれを阻止するように声を出した。

 

「スバルちゃん達は、俺達とは違うよ。君達は始めからそういう存在として生まれてきたんだ。それは、一つの人種だ。人として生きていた者達を捕らえて改造する改造人間とは違うんだ」

 

 それを聞いたエリオは、何故かそれが自分にも言われているような気がしていた。始めからそういう風に生まれた以上、それがどんなに普通の人と違う境遇だとしてもその者は人なのだ。そう光太郎が言ってくれたように思ったのだ。

 

(光太郎さんは……僕の事を知ってるのかもしれない……)

 

 そう考えエリオは一瞬目を閉じた。そして誓った。自分の生まれを決して卑下しないと。胸を張って生きよう。エリオ・モンディアルとしてではなく、他でもない”自分”として。その想いを込めた眼差しをエリオは光太郎へ向けた。

 それに光太郎は嬉しそうな表情を返し、頷いた。エリオもそれに笑顔で頷き返し同時に思う。光太郎に自分が鍛えて欲しいと言った時、どうして戸惑ったのか。そして、どうして自分のようにはなれない可能性があるとしか言わなかったのか。その理由を悟ったのだ。

 

 光太郎は否定しなかったのだ。エリオが改造人間である自分と同じぐらいの力を身に付ける可能性を。望みがないにも等しいそれを、光太郎は否定しなかった。エリオは知らない。それは、エリオのためだけではない。光太郎自身の気持ちにも繋がっているのだ。

 絶対、人類は平和を築いてみせる。必ず、人と自然が調和する世界になる。そんな未来を光太郎は否定したくないから。だから、僅かな可能性を否定したくなかったのだ。例えそれが、どれだけ馬鹿げているとしても。

 

「……翔一君、あの男との戦いを話してくれないか?」

「分かりました」

 

 周囲の雰囲気が落ち着いたのを見計らい、光太郎は翔一にそう頼んだ。それに翔一が頷いて話をすべく光太郎と位置を交代する。

 

「あの男って誰の事や?」

「この状況を作り出した存在さ」

 

 はやての問いかけに光太郎はそう答え、翔一へ視線を向けた。それに頷き、翔一は話し出す。

 

「実は……今日ある男が光太郎さんへの伝言を俺に頼んできたんだ。出来る限りの事をしたから、後は頼むって。そいつは、俺が元いた世界で戦っていたアンノウンって言う怪人達を操ってた奴なんだけど……」

 

 翔一は簡単にアンノウンの説明やそれらと黒の青年を交えた最終決戦の話を始めた。G3-Xやギルスと三人で戦った最初で最後の戦い。その内容も先程の邪眼戦と見劣りしないもの。故に聞いている者達にも再び熱が生まれていく。

 翔一は告げた。その黒の青年は彼らに対してこう言い切った事を。人間の運命は自分が握っているとの発言だ。その証拠に、その頃翔一達の世界では謎の自殺者が後を絶たなかった。それを聞き、全員が驚きを見せた。

 

 無論、翔一達はその存在に対し敢然と立ち向かい、これに勝利した。そして、最後に翔一はこう締め括った。

 

「それ以来謎の自殺者はいなくなって、もうアンノウンも現れなくなったんだ」

「……やはりか。神、とでも言うべきかもしれないな、その相手は」

 

 光太郎の呟きに全員何も言わなかった。同じような感想を抱いたのだ。人間を死へ誘い、異形の存在を意のままに操る存在。それは、神という表現がぴったりきたのだから。それだけではない。はやて達八神家の者達は以前の推測を思い出して言葉を失っていたのだ。

 まさか本当に神と呼べそうな存在がいて、それと翔一が戦ったと聞けば余計に。不自然な予言とライダー関連の内容。その全てを納得させる事の出来る事実がこんなところから出てくるとは誰も思わなかったのだから。

 

 と、そこでスバルが手を挙げて五代へ問いかけた。それは、彼女が一番クウガが好きだからこその質問。だが、それは五代にとっては一番思い出したくない事に繋がるもの。

 

―――五代さんは、最後どんな奴と戦ったんです?

 

 純粋な疑問。そこに他意はない。興奮していたのもあるのだろう。光太郎や翔一が自分達の戦いを語る事に少しも嫌悪感を示さなかったのもそれに拍車を掛けたのかもしれない。しかし、五代は二人とは違う。

 ゴルゴムもクライシスもアンノウンも始めから多くの犠牲者を出した訳ではない。確かに犠牲になった者達もいる。だが、それが世間として大きく取り上げるレベルになったのはかなり時間が経過してからだった。

 

 だが、彼が戦った未確認生命体はすぐに世間に知れ渡り、その恐怖は日本中を襲ったのだ。そう、彼らは明確に殺人をゲームとして行なっていた。それに歴代ライダーが戦っていた怪人と違う点が未確認には存在していた事もある。

 

 スバルの問いかけを、五代は誤魔化す事が出来た。しかし、それを良しとしなかったのだろう。搾り出すような声でたった一言だけ告げた。

 

「……未確認の王様みたいな奴だったかな」

 

 五代が思い出すのは、たった一日で三万人もの人間を殺した第0号の事。そして、あの吹雪の中での殴り合い。嫌な感触を感じながら、拳を振るったあの時。どこまでも嗤いながら暴力を振るっていた第0号。それに対し、五代は涙を流しながら暴力を振るった。

 まさに誰も知らない世界の命運を賭けた殺し合いだった。そう、殺し合いだ。決して戦いなどと五代は表現しない。彼にとって、クウガになって未確認と戦う事はそういう意味だったのだから。

 

 人間のために怪人を殺す。歴代の仮面ライダー達も、どこかで戦いに嫌悪感を感じていた。だが、それを持ち前の正義感と優しさで抑え込み、拳を振るい続けた。しかし、それが心の負担となっていたのは言うまでもない。

 五代は、それがもっとも大きかった。誰よりも暴力を振るう事を嫌う五代。クウガになって戦う事は、彼から笑顔を奪う事だった。勿論、彼だけではない。争う哀しみを仮面に隠し、ライダーは戦い続けたのだから。

 

 しかし、光太郎や翔一が自らの戦いを語る事に嫌悪感がないのは、彼らの相手が最初から異形の怪物だったためだろう。五代が相手にした未確認は元々人類と同じ存在で、クウガである彼と同じような鉱石を有した民族。故に、余計に五代へ殺人を意識させる事に繋がったのだ。

 

 そんな五代の声から何かを感じ取ったのかスバルは何も言えなくなった。それだけではない。先程まで周囲にあった熱気が一気に冷めたのだ。五代は六課のムードメーカーだ。いつも笑顔を絶やさない太陽のような存在。それが、初めてなのは達の前で影を見せた。

 それに誰もが驚き、そして同時に悟ったのだ。五代にとって、クウガとしての記憶は思い出したいものではないのだと。

 

「……ごめんなさい」

「ううん、いいんだよ。気になるよね、こういうのって。俺も、好きなドラマの最終回とか見逃すと気になるから。分かるよ、スバルちゃんの気持ち」

 

 五代は申し訳なさそうなスバルの声に明るくそう答えた。それが五代の気遣いだと誰もが気付く。それでも、誰もそれを口にしない。そんな気まずい雰囲気を感じ取り、何とかそれを変えたいと五代は思って動き出す。

 そして、厨房からボウルやコップなどを持ってきて、それをお手玉の要領で動かし始めた。ジャグリング。五代の技の一つだ。その光景にキャロとエリオは懐かしさを感じ、スバル達はその突然の行動に呆気に取られるものの、その見事さにそのまま見つめた。

 

 しばらくその曲芸は続き、誰もが感動はしないものの感心はしていた。いや、ツヴァイやアギトなどは感嘆の声を上げていた。やがて、それを器用に近くにいたスバルやティアナ達へと投げ渡し、五代は笑顔で締め括った。

 

「これが、俺の二千の技の一つ。ジャグリングです」

 

 それにツヴァイとアギト、キャロとエリオが拍手をした。それに呼応するようにスバルやティアナ達も拍手をし、食堂を拍手の音が包んだ。それに五代は嬉しそうに笑みを見せて一礼する。

 そこには、先程の気まずさはなかった。だが、まだぎこちなさが残っている。そう、ジェイル達と六課メンバーの間にある壁のようなものだ。先程も拍手をしたのは六課の者達に加えてセインやウェンディ、アギトなど限られた者だけだったのだから。

 

 それを感じて五代はある話をする事にした。それは、五代が感動した恩師の教え。そして、その後の彼を、五代雄介を五代雄介たらしめる事になった思い出。

 

―――五代雄介……こういうのを知ってるか。

「真司君達は……これ、知ってるかな?」

 

 彼が脳裏に思い出すのは、恩師である神崎昭二の言葉と姿。一方、スバル達は突然五代が話し出した事に呆気に取られた。それはそうだろう。彼が聞いているそれは、彼が広めたとも言える仕草なのだから。

 

―――古代ローマで、満足出来る、納得出来る行動をした者にだけ与えられる仕草だ。お前も、これに相応しい男になれ。

「古代ローマで、満足出来る、納得出来る行動をした人にだけ与えられる仕草なんだ。みんなも、これに相応しい人になって欲しい」

 

 しかし、徐々にだが誰もが気付いていく。それは、五代が誰かに言われた事を再現しているのだと。そう、彼がしているのはその代名詞とも言えるサムズアップなのだ。

 そして五代の話す姿を見て、誰もがぼんやりとだが別の人物の影を見ていた。学校を知る者は教師を、知らぬ者でも誰かに物を教える者を想像した。

 

―――お父さんが亡くなって、確かに悲しいだろう。でも、そんな時こそ、お母さんや妹の笑顔のために頑張れる男になれ。

「家が奪われて、確かに悲しいと思う。でも、そんな時こそ、大切な人や家族の笑顔のために頑張れる人になって」

 

 恩師が自分へ語りかけてくれたその言葉を、想いを噛み締めるように思い出しながら五代は語る。あの時の自分が受けた感銘。それを、この場にいる者達にも感じて欲しい。これから待ち受けるだろう過酷な戦い。それを、全員が笑顔で乗り越えられるようにとの願いを込めて。

 

―――いつでも誰かの笑顔のために頑張れるって、凄く素敵な事だと思わないか。

「いつでも誰かの笑顔のために頑張れるって、凄く素敵な事だと思うから」

 

 その締め括りの言葉に、誰もが五代の原点を知った。これが五代を今のような男にしたのだと。

 

「五代さん……今のって……」

 

 ジェイル達が何とも言えない気持ちになっている中、真司が何かを確かめるように声を発した。それに五代も何を言おうとしたのか気付いたのだろう。小さく頷いて、話し出した。

 

「これ、俺が小学校六年生の時に先生から教えてもらった言葉を少し変えたものなんだ。俺さ、これにすっ……ごく感動して。絶対、これに相応しい男になるんだ! ……って思ったんだ」

 

 その五代の懐かしむような声に誰もが黙った。話を聞いて感動したり、憧れる事はあるだろう。だが、それを時間と共に忘れてしまうのが普通だ。しかし、五代は忘れなかった。いつまでもその時の想いを、感動を失う事なく今日まで生きている。

 それがどれ程尊敬に値するのか知らぬ彼らではない。誰もが改めて五代の凄さを感じていた。それがただ信念としてだけではなく、行動として出来ているのが五代の凄さなのだから。

 

 そんな五代は、何事もなかったかのようにスバル達に渡したボウルなどを回収して厨房へと向かう。そして、五代が戻ってきたのを見てジェイルが声を発した。

 

「……私も話をしてもいいかな?」

 

 ジェイルの窺うような声に、はやてがどうぞと頷いた。それにジェイルは頷き、立ち上がって五代のいた位置へ歩き出す。

 

「じゃあ、私の話も聞いて欲しい。何、彼らと違い私自身の話ではないよ。邪眼がこれから取りうるだろう動きについてさ」

 

 それに六課の者達と真司の表情が変わる。一方ナンバーズは、上の姉六人とディエチはどこか納得したように頷き、下の五人は真司と同じように驚きを見せていた。

 

「奴は、私の作った物を利用して動いている。おそらくだが、それは私が真司と出会った頃まで思い描いていた計画を基にしているはずだ」

 

 ジェイルはそこから語り出す。それは、本来ならば真司へ新たな力を託す際に教えるはずだった過去の話。管理局転覆にも近い犯罪。その一部始終だった。そして、ジェイルはマリアージュにも言及した。そう、軍団長のデータを使って怪人を作る可能性もあると予想したのだ。

 そして、マリアージュの厄介さと凶悪さを聞き、誰もが言葉を失った。死者を喰らい自身とする増殖機能。死ぬ際は恐ろしい程の爆発を起こし、火災の原因にもなりかねない特徴。それら全てが危険物でしかなかった。

 

「……最終的には聖王のゆりかごを使うだろうね。それで、ミッドチルダを攻撃するつもりだ」

「聖王のゆりかご……名前から察するに、恐ろしいもん持っとったんやな」

「だが、それを使うためにはある者が必要不可欠だ。そう、聖王家の一族だよ」

 

 ジェイルがそう語った時、真司が勢い良く椅子から立ち上がる。思い出したのだ。かつて聖王の話を聞いた時、ジェイルから会えるかもしれないと言われた事を。

 

「まさかっ!? あの時会えるかもって言ったのは……」

「覚えてたんだね。そうさ。私は聖王の血を、正確にはその遺伝子を手に入れていたんだよ」

「……そして、それを使ってコピーを作った」

 

 フェイトがやや怒りを滲ませて告げる。それをしっかりと受け止めてジェイルは頷いた。

 

「……そうだよ。今なら決してやろうとも考えないだろうね。ともかく、それを邪眼も手に入れようとするだろう。だが、そちらに関しては下手に動かなくてもいい」

「どうしてです?」

 

 五代の質問にジェイルは少しだけ苦笑して告げた。その作られた聖王のコピーは、ある者達が時期が来るまで培養し彼のラボへ運ぶ手筈になっている。自身の手でそれをしなかったのは、万が一を考えたある者達が警戒しての事だろうと彼は語った。

 そのため、ジェイルさえどこでそれをしているかは知らないのだ。彼自身そこまで執着していなかったのもある。それを聞いてはやて達も納得はした。だが、すぐにとある問題に気付く。

 

「ちょっと待って。それじゃ、いつか邪眼のところにその子は運ばれるんですか?!」

「そうなるが、心配はいらないよ。それを知っているのは私だけ。それ自体は会話のみでデータは残っていないし、邪眼は精々聖王のコピーがいるとしか知らない。別のコピーを作りたくても、もう遺伝子はないしね。そして輸送ルートは予測出来るし、後はそこで待ち受ければいいだけさ。時期は、確か予定通りだとおそらく……後一月半から二月後ぐらいだね」

「その間に私がISを使い、培養しているだろう施設に当たりをつけます。それと同時に万が一に備えてもおきますので」

 

 ウーノがそう締め括ると、なのはも理解はしたのか少し安堵の表情を見せた。そして、ジェイルは更に全員へ告げた。

 

「後、先程話に出たマリアージュだが、それを生成する存在の居場所も突き止めるべく動こうと思う。邪眼が知る事はないが、マリアージュを作り出せば嫌でもその個体が話すだろうからね。時間は多少掛かるだろうが、必ず公開意見陳述会までには見つけてみせるさ」

「……公開意見陳述会、か。やはりそれを狙っていたのだな」

「確かに、次元世界中に管理局の敗北を見せ付けるにはうってつけの舞台だわ」

 

 シグナムとシャマルがジェイルの口から出た期限にそう呟いた。はやてもフェイトもなのはも同じ気持ちだった。多くの報道機関が詰めかけ、一般の人々の目に触れる機会だ。その警備は厳重極まりない。それを少数で突破し、痛手を負わせたとなれば管理局の権威失墜は大きい。

 ジェイルの狙いは実に単純。故に効果は大きい。邪眼が同じ舞台を選ばないはずはないだろうと誰もが思った。邪眼が遊んでいるとすれば、そここそが遊びの最後を飾るだろうと考えたのだ。

 

 仮面ライダーとその協力者達。更に次元世界を守る管理局までも無力化して見せる事で、多くの者達に絶望という名の闇を与えるそのために。だが、そんな企みを理解して黙っていられるような者達ではなかった。

 

「そんな事、絶対させない!」

「そうです! 俺達が力を合わせれば、邪眼なんて!」

 

 真司と翔一が邪眼の企みに対し、強い怒りを見せる。それに周囲も同調していった。

 

「わざわざ待つ必要もないよ。あいつらの居場所は分かっているんだ!」

「そうだ! アタシ達全員で攻めれば、邪眼共を驚かしてそのまま勝てるぜ!」

 

 セインとノーヴェがそう言いながら立ち上がる。共に拳を握り締めているのがらしさだろう。

 

「ノーヴェの言う通りッス! 向こうはアタシらを舐めてるッスから、そこを突けば……」

「油断している今が好機とも言えます。奴も、我々がいきなり総攻撃をかけてくるとまでは思わないでしょう」

 

 ウェンディもノーヴェ達に続けと立ち上がり、その握り拳を彼女と合わせる。ディードは立ち上がりこそしなかったが、少し興奮気味にそう告げた。それにスバル達フォワードメンバーも賛同しようと立ち上がった瞬間、光太郎がそんな熱気を冷ますようにはっきりと告げた。

 

「俺は、反対だな」

「俺も光太郎さんと同じだよ。まだ、邪眼の本拠地に行くのは早いと思う」

 

 更に五代までがそれに呼応する。見れば、ウーノ達上の姉達に、はやて達さえも同じような意見なのか冷静な表情をしている。

 

「俺は、数多くの怪人と戦ってきた。その経験から言わせてもらえば、未知の怪人と戦うのは危険が付き物だ」

「俺もそう。未確認も凄く恐ろしい力を持った奴ばかりだったんだ。でも、その力を警察の人達が分析したり、解明して対抗策を打ってくれたから勝ってこれたんだよ」

 

 二人はISの厄介さを直に感じたために改造機人の恐ろしさをはっきりと告げた。きっと邪眼はまだ戦った事のない怪人を送り込んでくる。それらと戦い、情報を得てからでも攻めるのは遅くない。光太郎はそう考えていると周囲に説明した。

 シグナム達もそうだった。フュンフのISを応用した攻撃には苦しめられたのだ。しかし、翔一はドライのISにそこまで苦しむ事が無かったためにそこまで脅威を感じる事が出来なかったし、真司は全員のISを知っていた。そのため、二人は改造機人の恐ろしさをあまり感じる事が出来なかったのだ。

 

「……つまり、邪眼がこちらを侮っている間に情報を集め、各怪人への対抗策や手段を構築しておこうと?」

「そうだね。ライダーが四人いるのなら、怪人を最低でも四体相手出来る。向こうが同じ怪人を送ってくる事は当分ないだろうし……」

 

 グリフィスの言葉に光太郎がそう応じた。しかし、その最後の部分にアギトが疑問を感じたのかこう尋ねた。

 

「何でさ?」

「一度負けた相手を、すぐに送る程邪眼も馬鹿やないだろうって事や。つまり、こちらが知らん怪人を送って情報収集するはず」

「シグナムやヴィータがフュンフから聞いた話だと、邪眼は仮面ライダーのデータを欲しがってるみたいだし、ね」

 

 その疑問にはやてとフェイトが答えた。それを聞いて真司達も納得する。光太郎と五代は邪眼がデータを集める事を利用し、逆に自分達が怪人のデータを得ようと考えているのだと。

 しかし、光太郎はともかく五代は違った。彼は純粋になのは達が何も知らないまま怪人と戦う事は避けたかっただけなのだ。

 

 そう、魔法生物などはよかった。何故なら、魔法生物は元々管理世界にいた存在。しかも、クロノ達から聞いた管理局の常識では、子供であっても大人のように扱われるのが局員だ。

 それに、多くの情報や支援が確立している状況なら、例え子供のなのは達でも戦場に立たせる事にそこまで抵抗はなかった。

 

 しかし、怪人は違う。あれは例え大人であろうとも普通は人間が戦える相手ではない。一条達でも、様々な条件や武器を揃えて何とかだったのだ。いかになのは達が魔法を使えるからといって、その戦場に何も知らないまま立たせる事は出来ない。五代はそう考えていたのだから。

 本音を言えば、五代は自分達ライダー以外を戦わせたくない。特にエリオやキャロといった子供達などは。だが、それを直接言う程、五代は管理世界の常識を知らない訳ではなかった。二人は、幼いながらも決意と覚悟を持って局員になったのだから。

 

(なら、一緒に戦うしかないよね。出来るだけ危険にならないように、俺達が頑張って)

 

 決して守るなどとは言わない。エリオもキャロも自分にはない力を持った者。ならば、あの邪眼との戦いでのなのは達と同じだ。矢面に立ったのは自分達。それを後ろから支えてくれたのがなのは達なのだから。そう思って五代は自分へ言い聞かせるように小さく頷いた。

 

「とりあえず、当面は専守防衛や。それと、出来るだけライダー達が邪眼が知らん力や技は使わんですむよう私らが援護しよ」

 

 はやての言葉に五代達四人が感謝するように頷いたのを見て、なのは達も頷きを返す。

 

「私やウーノはトイのAMFを何とか出来るようにしよう。シャリオ君だったね? 設備を貸してくれるだけでなく君も手伝ってくれると助かるんだが」

 

 ジェイルは視線をウーノへ向けてからシャーリーへそう告げた。それに彼女は少し考えるも、決意を固めて力強く頷いた。それでもう話し合いは終わったと誰もが感じ取った瞬間だった。

 

「みんなで頑張りましょう!」

 

 五代がそう締め括ってサムズアップをする。それに六課の者達は揃ってそれを返し、ジェイル達はやや困惑した。意味自体は先程の話で聞いたが、やはりまだ抵抗があるのだろう。

 すると、五代は光太郎と翔一を呼んで何かを話した後、真司へ視線を向けた。それに気付き、真司が何かと思って視線を返す。それに五代は笑顔を見せて手招きした。

 

「……じゃ、行くよ?」

「っしゃあ!」

 

 何かを五代から聞かされ、真司は気合十分とばかりにそう答えた。それが何を意味するかを察しながらも、なのは達もジェイル達も何も言わなかった。ただ、ジェイル達にはどこか諦めにも似た表情が多かったが。

 

「「「「みんなで頑張ろうっ!」」」」

 

 五代達四人の笑顔とサムズアップ。今度は真司が加わった事でジェイル達もそれを返す事が出来た。こうして全員がサムズアップを送り合って、この日は終わりを迎えた。

 

 これが、機動六課の本当の戦いの日々の始まり。そして、後に語り継がれる事になる伝説の始まりでもあった。



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結ばれる絆 繋がる思い

まずはゆるやかな時間を。それと同時に不気味な流れも……。


 朝日がカーテンの隙間から差し込む室内。そこにある二段ベッドで五代と翔一が寝ている。そしてソファベッドにも誰かが横たわっていた。その人物は、窓から差し込む光に若干見じろきするが起きる気配はない。

 代わりに二段ベッド上段で寝ていた五代が目を覚ました。上段で寝ているので窓からの光が入ってくるために大抵彼が一番に目を覚ますのだ。翔一は下段なのでその光があまり差し込まないので五代より早く起きる事は少ない。

 

 五代は静かに目を覚まし、天井に腕を当てないようにしながら伸びをした。若干眠いのか目を細めたまま、彼はゆっくり梯子を下りて窓のカーテンを完全に開け放つ。

 

「……翔一君、真司君、朝だよ」

 

 その声にソファベッドに寝ていた真司が目を覚ました。翔一も同じように目を覚まし、その場で伸びをしようとして上のベッドに腕をぶつける。その音に五代と真司が少しびっくりし、視線を翔一の方へ向けた。

 

「……すいません」

「またやったんだ」

「またって……あ、いつもの事なんだ」

 

 苦笑する翔一へ五代がそう言って笑う。それを聞いて真司がやや呆れるように笑みを見せると、翔一と五代が揃って苦笑しながら頷いた。そう、あの後真司は五代と翔一と同じ部屋に割り当てられた。ジェイルと同じ部屋がいいのではと真司は思ったのだが、それはそのジェイル自身が断ったのだ。

 理由は真司が五代達異世界のライダーから様々な話を聞いて自分の糧にして欲しいと彼が考えたから。それにジェイルも一人で考えたい事がある。故に、彼ははやて達に一人の部屋にして欲しいと頼んだのだから。

 

 こうして真司は五代達と同じ部屋となり、本来ザフィーラが使うはずだったソファベッドが真司の寝床になったのだ。

 

「……さ、じゃ顔とか洗って食堂の仕込みに行こうか」

「そうですね」

「はい」

 

 五代の言葉に頷いて二人も動き出す。それぞれ洗面所へ向かい、順番に顔を洗いながら他愛もない話をし身支度などを整えてから部屋を出て行く。そこでも歩きながら互いの世界の話をし、三人は寮の入り口で光太郎と出くわした。

 彼はザフィーラと毎朝手合わせをしている。今もそれを終えて一旦寮の部屋へ戻ってきた後だったのだ。真司はその事を聞いて自分も何か鍛える事をした方がいいのかと思ったのだろう。光太郎へそう質問したのだ。それに光太郎は少し考えたが、軽く笑って答えた。

 

「真司君の好きにすればいいよ」

「好きに?」

「そう。俺だって最初から鍛えていた訳じゃない。でも、怪人と戦うなら体は鍛えた方がいいと考えたんだ。変身出来ない時やする前に襲われた時、少しでも対抗出来るようにね」

 

 光太郎の話を聞いて真司だけでなく五代達も納得するように頷いていた。彼らも怪人と変身する前に戦闘するはめになった事がある。その際、確かにいいように翻弄されてしまったのだから。それを思い出し、五代と翔一は光太郎の意見から彼が実に多くの怪人と戦ってきたのかを理解した。

 きっと光太郎は自分達よりも変身する前を襲われる事があったのだろうと。だから、そのための対処法を必要とした。二人はそう判断し同時に思う。自分達もこれからそういう機会があるかもしれないと。ナンバーズと外見が似ている改造機人は、暮らしの中に入り込んでくる可能性もあるのだから。

 

 と、そこで翔一がある事を思い出した。それは光太郎と手合せをしていた相手の事。

 

「あ、そういえばザフィーラさんは?」

「訓練場の方へ行ったよ。今日は彼女達の初訓練を兼ねた全員での模擬戦だからね。はやてちゃん達もいるはずだ」

 

 翔一の言葉に光太郎はそう答えて視線を訓練場へと向けた。それにつられるように五代達も視線を動かした。その先からは微かに爆発音のようなものが聞こえてくる。

 

「……ちょっと見に行こうか?」

「あ、俺行きます」

「じゃあ……俺も。ティアナちゃんの頑張ってるところ、見てみたいし」

「……なら、俺も行こうかな」

 

 五代の提案に真司が是非と賛同し、翔一もティアナの訓練風景を一度見てみたいと思い賛同した。光太郎は、ふと今後戦うであろう怪人戦を見越した助言を与えるべきかと考え、頷いた。

 

 こうして四人は揃って訓練場へと向かって歩き出す。その間の話題は四人の中でも異質な真司の世界のライダーについてだった。個人が作り出したシステムにより変身すると聞いて三人は驚きを浮かべた。

 更に、改造などしなくてもデッキがあれば変身出来るという話に、三人は感心すると共に少し暗い表情を見せた。気付いたのだ。それが何を意味し、そして何を引き起こすのかを。

 

「……それ、極端な話、誰でもライダーになって恐ろしい力を使えるって事だよね?」

 

 五代の告げた言葉に真司は真剣な眼差しで頷いた。分かったのだ。何を三人が考えたのか。彼らと違い、ライダーになる事に条件も何もいらないとなれば単純に子供でも極悪人でもなれるという事。

 それは、本来正義を、平和を守るための存在であるライダーをまったく逆の存在へと変える事になりかねない。実際、真司は知っている。犯罪者である浅倉がライダーの力を手に入れ、欲望のままにそれを振るっている事を。

 

 だが、それを真司は五代達に言う事はしなかった。言えばそれが愚痴になる。更に、それから発展してライダーバトルの話になろうものなら、きっと五代達は何とかしたいと考えるだろう。真司の世界を助けたいと。出来るのなら、そんな悲しく理不尽な戦いを止めたいと。

 それは、真司にとっては甘い毒。自分の力で自分の世界を変える。そう決意した以上、五代達の優しさに甘える事は出来ない。そう結論付け、真司は自分へ言い聞かせる。

 

(その優しい気持ちを向けてくれるだけで十分だ。俺は、五代さん達の姿と生き方から戦う勇気と諦めない希望をもらったんだ。俺達の住む世界は、俺達で守る。それは、決して忘れちゃいけない事なんだから)

 

 故に三人に心配や不安を抱かせる事はあまり言わないようにしよう。真司はそう考え、三人へ話したのはどのライダーもミラーモンスターと契約しているので、定期的にミラーモンスターを倒さなければ契約が維持できずに力を失ってしまう事だった。

 それを聞き、ならば永久にモンスターを倒し続けなければいけないのではと三人は考えたが、真司はそれにこう告げた。必ず戦いを止める術はあるはずだ。それをいつか見つけ出して戦いを止めてみせる。そう言い切ったのだ。

 

「……そっか、真司君も仮面ライダーだもんね」

「はい! 俺、仮面ライダー龍騎ですから!」

 

 五代の言葉に真司は笑顔で頷き、力強く宣言する。それを聞き、光太郎が少し考えて呟いた。

 

「龍騎、か。中々迫力ある名前だね」

「え? 俺は光太郎さんの方が凄いと思いますよ。太陽の子なんて名乗るんですから」

 

 名乗りが一番強そうなのはRXだと、そう翔一は告げた。それを聞いた真司がなら自分も何か考えようかなと言い出し、五代も翔一もそれに考えこむ。光太郎はそんな三人に苦笑した。彼が太陽の子と名乗ったのは生まれ変わったからこそのものなのだ。

 以前は、ただ仮面ライダーBLACKとしか名乗っていなかった。その事を光太郎が話そうとした時だ。前方から凄まじい爆音が響き渡ったのは。

 

「……凄いな」

 

 光太郎の呟きは、五代達の呟きでもあった。訓練場を舞台になのは達隊長陣とスバル達四人がチームとなり、ナンバーズを相手取ってした。数の上では勝るナンバーズだが、なのはとフェイトの二人が揃って主戦力たるトーレとチンク、そしてセッテを抑え、シグナムがディードとオットーを、ヴィータがなのはとの戦闘経験を活かし射撃型のディエチとウェンディを苦戦させていた。

 スバルとノーヴェが一騎打ちの様相を呈すれば、ティアナはクアットロと幻術対決をしているし、エリオは素早い動きでドゥーエを撹乱している。キャロはフリードの背に乗り、上空からセインを攻撃していた。彼女のISによる奇襲を出来なくするために。

 

 ウーノはそんな妹達を何とか支援しようと戦略を練るが、それを上回る速度でなのはやフェイト達隊長陣が戦術をかき乱すのでそれが上手くいかない。ここになのは達とナンバーズの経験の差が出ていた。

 今まで姉妹全員で連携などを取った事のないナンバーズと違い、なのは達隊長陣は何度も連携を取ってきている。スバル達は四人での連携こそ取った事がないものの、それぞれ所属していた部隊での連携などは当然経験済み。

 

 つまり集団戦の経験値が違い過ぎたのだ。大勢で動く事の難しさはナンバーズよりもなのは達の方が知っていたと、そういう事だ。はやてやシャマルは模擬戦の様子を見つめてそれを感じ取っていた。

 ナンバーズは、今まで集団戦をやる機会などなかった事や実力的に上の相手が複数いる状況を体験した事がないのだと。それは彼女達の環境を考えれば当然なのだが、それでもすぐに敗北しない事に驚きも感じていた。

 

 五代達もそんな光景を見て沈黙する。そこへ彼らに気付いたザフィーラが静かに近付いていく。その動きを知るはずもなく真司は思った事を素直に呟いた。

 

「嘘だろ……トーレ達が完全に抑え込まれてる」

「フェイトちゃんは元々高速戦闘が得意だ。そしてなのはちゃんは、そんな彼女と幼い頃から模擬戦などを通じてその速さに慣れている」

「シグナムは、そんなフェイトやなのはが未だに苦戦する実力者だ。ヴィータはそのシグナムをして、守りに徹すれば勝つ事が出来ないと言わしめる相手だからな」

 

 光太郎がなのはとフェイトの両隊長の説明を、ザフィーラは両副隊長の説明をし、真司はそれに頷いて納得の表情を見せた。

 

「スバルちゃんは、ノーヴェちゃんだっけ? あの子と同じような戦い方だけど、お母さんやギンガちゃんから色々教わってるから」

「ティアナちゃんは、どうも相手を抑え込む事だけ狙ってるみたいだし、エリオ君やキャロちゃんも相手に勝とうとは思ってないみたいですね」

 

 五代と翔一は揃ってスバル達四人の説明をした。それを聞いて、真司はやはり六課に来たのは間違っていなかったと感じていた。彼は集団戦をした事がない。つまり、ナンバーズへ集団戦の方法を教える事は出来なかったのだ。

 だから、今回はそれが差として出てしまった。いかにウーノが指示を出そうにも、それはなのは達からすれば簡単に理解出来る事。いくらデータ共有があるとはいえ、実際やってみなければ分からない事は往々にしてある。それを真司は嫌と言う程見せられていた。

 

 そう、真司はナンバーズを数ではなく実力で抑え込んでいるなのは達を見て驚きを感じていた。そして光太郎達が告げる内容がその驚きに納得を与えていく。しかし、五代達はそんな風に感心する真司に対し逆に自分達も感心している事を伝えた。

 何せかなりの実力者であるなのは達を相手に五分の戦いをしているのだ。特に、シグナムやヴィータは守護騎士として幾多もの戦いを経験している。それを相手にし、数がいくら多いとはいえ互角に渡り合うのなら大したものだと。

 

 そう感じたからこそ五代達もナンバーズへ賞賛を送る。それに真司は我が事のように喜んだ。そのまま実に五分以上もナンバーズはなのは達を相手に善戦を続けた。しかし、セインがキャロが空から降りてこないと踏んで、苦戦する姉妹の応援へ向かったところからその膠着が崩れた。

 そう、セインが動けばキャロも動ける。しかもフリードのブレスは上空から地上へ攻撃出来る手段のために厄介といえる。更にセインが向かった相手も悪かった。援護対象はノーヴェだったのだ。それは彼女が完全に陸戦だったからこその選択。

 

 しかし空を飛べない三人に対し、キャロは限定的ではあるが空戦の手段を有していた。つまり、結果としてスバルは空からの支援を受けて戦う事となった。セインがISでスバルの不意を突こうとしても無駄だった。常にマッハキャリバーで動き回るスバルを捉えるのはセインでは厳しかったのだ。

 こうしてセインとノーヴェがスバルとキャロの前に敗北し力の均衡が崩れた。そこからはまるでドミノ倒しのような展開となる。スバルがティアナの、キャロがエリオの援護へ向かい、コンビとなった彼らを相手にする事となったドゥーエとクアットロはやや押していた展開から一転苦しくなったのだから。

 

「……良くも悪くも経験になる展開だ。スバルちゃん達は味方を信じて戦い続けて、その努力と辛抱が必ず報われるという事を知っただろう。逆に彼女達は、どれだけ相手を抑えていても、相手が一人増えるだけで簡単にそれを覆される事もあると思い知っただろう」

「そう、ですね」

 

 光太郎のどこか満足そうな言葉に翔一が神妙な顔で頷く。これが訓練だからこそ光太郎の言う言葉は正しかった。経験として積める時に積む。実戦では、これは危険に繋がるのだから。

 

「均衡って、崩れ出すと早いんだ……」

「うわぁ……こりゃ、後でセインがみんなから怒られるかな?」

 

 五代は初めて見る集団戦の怖さと凄さを象徴する光景に息を呑み、真司はそのキッカケを作った妹分へ苦笑いと同情の想いを送る。そうして、四人の見ている前で最後に残ったトーレがフェイトに負け、訓練は終了となった。

 

 

 

 激戦後の訓練場。そこにいるは疲れ果てたナンバーズと息を弾ませるなのは達。しかし、なのは達四人はともかくスバル達四人はナンバーズと同じように疲れ果てていた。

 

「……凄いな。さすがはエースオブエースと言ったところか」

「あー、やっぱりその呼び方を知ってるんだ」

 

 チンクの言葉になのははそう苦笑い気味に答えた。それにチンクも苦笑を返し頷いた。知らない方が珍しいだろうと告げて。それになのはが小さく笑みを見せた。認めたくないがそうだろうと思ったのだ。

 彼女は管理局員の中でも露出度が高い。そのため至る所でその称号は言われていたのだ。チンクはそんななのはの笑みを見て柔らかい笑みを浮かべた。やはりどれだけ凄いと言われていても、人の子なのだと感じたからだ。そうして、二人はそのまま笑みを見せ合う。

 

「騎士の名は伊達ではないと言う事ですね。感服しました」

「是非、また手ほどきを」

「いや、私は物を教える事が不得意なので遠慮させてくれ。しかし、確かお前達は双子だったか。見事な連携だった」

 

 オットーとディードの言葉にシグナムはやや苦笑したものの、二人の戦い方を思い出し心から誉めた。歴戦の騎士からの言葉に二人は嬉しそうに光栄だと返して笑みを見せる。シグナムはそんな二人に優しい笑みを浮かべた。

 仲の良い双子だと思っただけではない。見ていて、実に心が穏やかになる笑顔だったのだ。故に思う。こんな二人が戦いの中ではなく平和な暮らしの中で生きられるようになって欲しいと。まるで姉のような表情でシグナムは二人を見つめ続ける。

 

「驚いたよ。まさか、私にここまでついてくるなんて」

「いや、私こそ同じ気持ちだ。さすがはチームライトニングの隊長なだけはある」

「お見事でした」

 

 感心したようなフェイトの言葉にトーレが同じような声を返し、セッテがそれを肯定するように頷いた。そして、三人は同時に笑みを見せた。口に出さずとも分かる。いつかまたやろうと思っているのだ。高速戦闘に対処出来る者はいる。だが、高速戦闘が出来る者はそう多くない。

 だから、不覚にも訓練中彼女達はこう思ってしまったのだ。楽しいと。全力で速さを追求し、動き、戦える。翻弄するのではなく、速度の限界を迎えてからが勝負となる感覚。それが堪らなく嬉しかったのだ。故に、無言ではあるが視線で約束する。またやろうと。

 

「中々やるじゃねぇか。実戦経験がないのに立派なもんだ」

「……それほどでも」

「いやぁ~、ヴィータさんこそさすがッス。ベルカの騎士は、二対一でも強いんスね」

 

 笑みさえ浮かべるヴィータ。それにディエチは小さく苦笑を返し、ウェンディは疲れた表情のままそう答えた。そんな二人の対応にヴィータは満足そうに頷いた。そう、二人はヴィータが気にするであろう子供扱いをしなかったのだ。それどころか、ちゃんと年上として敬意を払い、敬語さえ使っているのだから。

 ヴィータは知らない。二人にはチンクという身長が低いが立派な姉がいる。故に、ヴィータへの態度はそこからの経験によるものだ。チンクも身長を気にしている。そう、二人はそれに触れる事が自分達にどういう結果をもたらすかを熟知しているのだから。

 

 そんな風に隊長陣と戦っていた者達は比較的明るい雰囲気だったのだが、新人組と戦っていた者達はそれとは違う空気感を漂わせていた。

 

「……色々と似てるね、私とノーヴェ」

「……ああ」

「今度さ、ゆっくり手合わせしようよ。シューティングアーツ、教えるから」

「……考えとく」

 

 スバルの申し出にノーヴェは嬉しく思うも素直に頷けず、そう返す事しか出来ない。自分のモデルとなった相手。そう知っているからこそ彼女はスバルにどう接していいか分からなかった。会いたいと思っていた相手であり、クイントからある程度話を聞いて理解は深めたつもりだったのにだ。

 なのに直接面と向かった途端、何を話したらいいのか分からなくなってしまった。それでもこれだけは言っておこう。そう思ってノーヴェはスバルの方を向いて告げた。

 

「あ、ありがとな……スバル」

「……うんっ!」

 

 名前で呼んでもらえたのが嬉しかったのか、それともノーヴェが礼を告げたのが嬉しかったのか。どちらにしろ、スバルは心から笑顔を見せて頷いた。それにノーヴェはやや照れくさくなったのか再び顔を背ける。

 そのやり取りを眺め揃って微笑んでいる者達がいる。ティアナとクアットロだ。二人は訓練場に再現された瓦礫を椅子代わりに腰掛けていた。両者共に顔には若干の汚れがある。

 

「それにしても驚いたわぁ。まさか、魔法でISに対抗するなんて」

「……かなり危なかったけどね。今回勝てたのは運が良かっただけ。今のアタシ個人じゃ貴方には勝てないわ」

 

 どこか感心したようなクアットロへティアナはそう答え苦笑した。実際、あと少しでもスバルが来るのが遅れれば魔力が底を尽き、クアットロの幻影に飲み込まれていただろう。そう思うからこそ彼女は正直にクアットロの力を認めた。

 するとクアットロがそれを否定するように小さく首を振った。たしかに個人ではティアナはクアットロに勝てないだろう。だが、現時点で既にティアナは一点に置いては彼女に勝っている部分がある。そう思ってクアットロは告げた。

 

「でも、貴方の力は上手く使えば戦局を変える手段となる。私のISよりも精巧だもの」

「嘘……アタシは貴方の方こそ精巧だと思うわよ? だって出現させる数だけじゃなく動きまでつけられるんだから」

「私のISは元々戦闘機人にも通用するようにしてある。けど幻術はそうじゃないでしょ? それなのに貴方の幻影は私にも判別出来なかった。それが理由よ」

「……そう。それはスバルがいたからなんだけど、そう言われればそうかも」

 

 そこで会話は途切れる。だが互いに表情は笑っていた。仲良くやっていけそうな気がする。そう二人は感じていたのだ。そのまま無言で笑みを見せ合う二人。そこから少し離れた場所ではエリオがドゥーエと話をしていた。

 

「やるじゃない坊や。まさか、勝てる勝負を捨てるとは思わなかったわ」

「どういう事です?」

「その気になれば勝てたでしょ? 坊やのスピードに、私はまったくついていけなかったのだから」

「……本当にそうならそうしてます」

 

 エリオは声にやや警戒するような気持ちを込めた。それにドゥーエは意外そうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。理解したのだ。彼が自身の狙いをどこかで感付いていた事を。

 

「……気付いてたの」

「僕だって、ただ何も考えずに槍を振るっている訳じゃないんです。相手の動き、思考、そういう事を予想したり考えながら戦っているつもりです」

 

 エリオはそう言ってドゥーエへ尋ねた。自分がここぞと思った瞬間、必ず何か嫌な予感がしたのは何故なのかと。それにドゥーエは嬉しそうに笑う。まるで姉が弟を誉めるような優しい笑みで。

 ドゥーエは、エリオの動きにはついていけなかった。だが、見えてはいた。だからこそ、エリオが勝負を着けに来た瞬間を狙おうとしていたのだ。その感覚をエリオは直感的に察知していた。故にいつも決め手を放つ事が出来なかったのだ。

 

「……て訳よ」

「やっぱりそうだったんですね。目線が僕を追ってたんで、もしかしたらと思って正解でした」

 

 そんなドゥーエの狙いを聞いて、エリオはどこか納得したような表情を浮かべていた。その顔を眺めドゥーエはやや意外な印象を受ける。幼いのに凛々しさがそこから見えたからだろう。なので笑みを浮かべて彼の頭へ手を置いた。

 

「クスッ、小さくても騎士って事かしら」

「そんなんじゃないです。でも、誉めてくれてありがとうございます」

 

 エリオはドゥーエの妖艶な笑みと頭を撫でる手にドギマギしながらそう答える事しか出来なかった。それにドゥーエが余計に可愛らしく思い、その体を軽く抱き寄せ囁く。

 

―――ね、年上のお姉さんは嫌い?

 

 それにエリオは赤面した。無論、それがからかいだと理解はしている。だが、理解していても間近に感じる女性特有の諸々がエリオに与える影響は大きい。フェイトとは違う接し方。それは、親代わりを心掛けたフェイトとは違い、ドゥーエは長年姉をやってきたからだ。

 同じようで違う心構え。それにドゥーエは弟を持った事はない。だからだろう。エリオの事を少し気に入ったのだ。素直で謙虚。実にからかい甲斐のある相手なのだから。

 

「ふふ、冗談よ。でも、好きになってくれると嬉しいわ」

「それは……なるかもしれませんけど」

 

 楽しそうに笑うドゥーエにエリオは微妙な顔を浮かべた。彼女の雰囲気や性格は嫌いにはならない。だが、今のだけで彼には分かった事があった。それをエリオは告げる。

 

―――僕、ドゥーエさんみたいな人、苦手かもしれません。

 

 エリオのどこか困ったような声にドゥーエは小さく微笑む。きっと、この子は好青年になるだろう。その時、隣にいる相手は幸せ者だ。そんな感想を抱き、ドゥーエはエリオへ告げた。なら嫌われないように気をつけると。

 あちこちで明るい会話がされる中、一人膝を抱えている者がいた。その後ろには困惑するキャロとフリードがいる。そう、彼女の視線の先にいるのは先の模擬戦の敗因となってしまったセインだった。

 

「……えっと」

「いいんだよ。あたしが動いたせいで負けちゃったんだしね」

 

 キャロは目の前で落ち込むセインへ何と声を掛ければいいか分からなかった。確かにナンバーズを敗北へ導いたのはセインの行動だったのだから。だが、キャロはセインが悪いとは思っていなかった。彼女が逆の立場でもあそこで動いたのだ。

 状況を変えなければいけない。そう思い、行動したセイン。その気持ちも考えも分かる。だから、キャロは何とかセインを励ましたかった。勝負は時の運とも言う。今回こそセインの行いは悪手になったが、もしかすればそれがキッカケでキャロ達が負けていたかもしれなかった。

 

 そう考えてキャロは小さく頷いて息を吸った。

 

「それは違うと思います」

「へ?」

 

 キャロはセインの言葉を否定したかった。悪い訳ではない。それが今回は良くない方向へ転がっただけなのだとの気持ちを込めて。

 

「セインさんは自分に出来る事を一生懸命にやっただけです! それが、たまたま良くない結果に繋がっただけで……行動自体は、良かったと思います!」

「……キャロ」

「だから、自分を責めないでください。私、セインさんが動いた時、少しだけ焦ったんです。セインさんのISは姿が見えなくなるから」

「でも、何故かどこ行ったかが分かったんだよねぇ。……ん? もしかして、見破った方法とかある?」

 

 キャロの言った言葉に少しだけ嬉しくなり、セインは笑みを浮かべる。だが、改めてキャロが語った姿が見えないとの部分からいかにして自分の位置を把握したのだろうと思った。その質問にキャロは少し申し訳なさそうな表情をし、視線を隣にいるフリードへと向けた。

 それからセインは何かに気付き、まさかと思いつつ尋ねた。もしや、フリードが匂いか何かで見つけたのかと思いながらどうやってと。それにキャロが返した答えは彼女の予想通りだった。

 

 セインが移動した際、キャロは一度フリードを地上へと降ろしたのだ。自分を危険に晒す事でセインをおびき出そうと考えて。だが、セインがそれで姿を見せない事に焦りを感じたキャロは、早く位置を把握しなければスバル達の誰かが危ないと思ってフリードを上昇させようとしたのだが……

 

「……そうしたら、フリードが顔を地面に近づけて急にスバルさん達の方へ動き出したんです」

「それで、か。ははっ、動物の五感を甘くみちゃいけないって事だね」

 

 セインは若干呆れ気味に笑ってから息を吐いてキャロを見た。それにキャロが不思議に思い首を傾げる。

 

「何です?」

「……ん。さっきはありがとって。あたしさ、ああ言ってもらえて嬉しかったよ。優しいんだね、キャロはさ」

 

 そう言って笑顔を見せるセイン。それにキャロはセインも優しい人だと言って嬉しそうに笑顔を返す。そんな風にそれぞれが互いに小さくではあるが絆を結んでいくのを見て、ウーノははやてと共に苦笑いを浮かべていた。

 

「まさか、模擬戦一回でここまで良い方に転ぶなんて、ね」

「やね。しかしウーノも凄かったなぁ。一度傾いた流れ、何とか少し食い止めたやないの」

 

 セインの動きから傾いたナンバーズ敗北への流れ。それをウーノは懸命に阻止しようとした。切り崩されたノーヴェ達をただ犠牲にするのではなくそこへ奇襲としてセッテを送り込み、更に一時的にではあるがそれぞれの隊長陣の応援へ向かおうとしていたスバル達へディエチによる砲撃を行なわせ大いに苦しめたのだ。

 

「本当に少し、よ。結局それが原因でウェンディがヴィータさんに追い詰められ、ディエチの支援も間に合わず敗北。私が出来たのは、精々負けるのを先延ばししたに過ぎなかったわ」

「それでも、や。実戦ならあの稼いだ時間は必ず活きる。他の部隊から援軍が来てくれるかもしれんし、仲間の誰かが態勢を立て直す事も出来る。指揮官として精一杯の事をした言うんは立派や」

「……そうかしら?」

「わたしはそう思うよ。それに、初めての集団戦でこれだけやってくれた事が頼もしいとも感じた。さすが姉妹やな。息ピッタリやった」

 

 はやての言葉にウーノは少し自慢げに笑みを浮かべ、断言した。

 

―――当然よ。私達はナンバーズなんだもの。

 

 その言葉が聞こえていたのかナンバーズ全員が頷いてみせる。そんな光景を見たなのは達が小さく笑みを見せサムズアップを送った。それに一瞬驚くナンバーズだったが、同じような笑みを見せてそれを返した。それが何を意味するかを悟り、全員に笑みが浮かぶ。

 そんな心和む風景を見つめ、五代達は笑顔が絶えなかった。まだ少しぎこちないがナンバーズのサムズアップも良く似合うと思ったのだ。しかし、五代と翔一には気になった事があった。それは、ウーノの言ったナンバーズという表現。

 

「……真司君、ナンバーズってどういう意味?」

「えっと、確かジェイルさんが言ってたのは、昔アルハザードとか言う世界があったらしいんです。で、そこの言葉の数字とみんなの名前の響きが一緒だったはず」

「へぇ……だからナンバーズなんですね」

 

 真司の思い出すような言葉に五代と翔一は納得する。だが、その名を直訳して五代は若干表情を曇らせた。

 

「でも、数字達ってあまりいい意味じゃないね」

 

 それに翔一も頷いた。真司は言われてみれば確かにと思ったのか、やや意外そうな表情で考え出した。これまでナンバーズとの意味を深く考えてこなかったからだ。一人光太郎だけはそんな五代の発言から今後の展開を予想して苦笑する。ザフィーラもどうやら同じ想像に至ったのか苦笑いを浮かべていた。

 

 そしてその予想通り、五代が視線をナンバーズへと向け大きな声で尋ねた。その内容に光太郎やザフィーラだけでなくなのは達さえ苦笑する事となる。

 

「ねえ! ナンバーズじゃなくてシスターズじゃ駄目かな~?」

 

 五代の問いかけにナンバーズが一斉に同じような声を返す。それに苦笑しながら彼はその場から走り出しなのは達の近くへと動き出した。それに呼応するように翔一と真司も走り出したのを見て、光太郎はザフィーラと互いに苦笑しながらその後を歩いて追う。

 そしてナンバーズ達の近くへ着いた五代は自分の思った事を話し出した。数字達という意味はあまり良くない気がすると。だから、それに代わる総称を考えてもいいのではないか。そう彼から伝えられるとウーノ達は揃って困惑した。

 

 今までそんな事を考えた事も無かったからだ。確かに数字達というのはどこか実験対象や機械の管理などを連想させる。そこまで考え、ならばとウェンディが手を挙げて五代へ尋ねた。

 

「なら、何か良い案ないッスか?」

「あれ? さっきのは駄目?」

「駄目ッス。もう少し捻りが欲しいッスねぇ」

「厳しいなぁ……」

 

 容赦のないウェンディの返しに五代はそう言って苦笑する。そこへ翔一と真司もやってきて次々と思いついた名前を告げて始めた。女の子だからガールズはどうだと翔一が言えば、それにウーノが自分はもう少女という見かけじゃないと拒否。

 ならばと真司が告げたのはキャンディーズ。しかし、それに五代と光太郎が揃ってセンスが古いと突っ込み、却下。そのやり取りの意味が分からないウーノ達へ、翔一が自分達の世界にいた昔のアイドルグループの名前だと告げ、それになのは達までが笑った。

 

 結局良い案は出ず、総称はナンバーズのままでいこうとなりかかった時だ。突然翔一がこれだという顔をして全員に言った。

 

「ヴァルキリーズはどうでしょう!」

「……戦乙女達、か。確かにそれはいいかもしれんな」

 

 翔一の告げた言葉の意味を訳し、シグナムが意外そうな表情で頷いた。そして視線をウーノ達へ向け、意見を伺う。それに十二人が顔を見合わせた。若干の間の後、彼女達が揃って頷いた。

 

「……いいと思うわ。最初ガールズと言った人とは思えないぐらい」

「そうね。少なくてもガールズよりはマシよ」

 

 ウーノとドゥーエがそう言って翔一へからかいを込めた笑みを向ける。それに翔一は多少すまなそうに頬を掻いた。

 

「異論はない」

「いいんじゃない? 私は結構気に入ったわ」

「うむ、私もだ。私達を指すに相応しいような意味だしな」

 

 トーレ、クアットロ、チンクは共に肯定し見直したという視線を翔一へ送る。その視線を受け、翔一が嬉しそうな笑みを返した。

 

「カッコイイね。じゃ、あたしはヴァルキリー6ってとこか」

「スターズやライトニングと同じように呼称するのなら、そうですね。私はヴァルキリー7か」

 

 互いに意見を言って、揃って自身の呼称を呟くセインとセッテ。それに五代が反応し7って何かカッコイイねと告げて二人から理由を聞かれていた。五代がそこで教えたのは某有名映画のエージェントだった。その簡単な話に二人は感嘆の声を上げる事となる。

 

「……でも、戦乙女か。一体どういう存在なんだろう」

「知らねぇよ。聞いてみたらどうだ」

 

 オットーの言葉にノーヴェはそう返し視線を翔一へ向けた。だが、それを聞いていた光太郎が小さく笑みを浮かべて二人へ声を掛ける。地球の神話に出てくる存在との説明を始め、二人はそれに興味深そうに耳を傾けた。

 

「何か、思わぬ展開になったね」

「そうッスねぇ。でも、新しい呼び方に新しい家。新しい事づくめで嬉しいッス!」

「心機一転にはいいかもしれません。私達も六課の一員として、これから邪眼と戦うのですから」

 

 それぞれの様子を見てディエチがそう言えば、ウェンディが頷きつつ明るく笑う。ディードもそれに笑顔を浮かべ頷き返した。そこへ真司が顔を出し、何を話しているのかと尋ねて三人が先程の話を聞かせ出す。

 

 そんな光景を見てなのは達も微笑みを浮かべていた。本当なら戦っていたかもしれない存在。それとこうして笑い合う事が出来る。そのキッカケは、やはり仮面ライダーだったのだから。

 真司がジェイル達と出会ったからこその現状。そして、それを比較的簡単に受け入れている自分達。それも五代や翔一、光太郎と出会えたから。そう、改めて思ったのだ。自分達の縁を強く深く繋いでいるのは、やはり仮面ライダー達なのだと。

 

「……勝てるよ、これなら」

 

 なのはの呟きにフェイトとはやてだけではなくシグナムやヴィータも視線を動かした。

 

「絶対勝てる。邪眼がどんなに強い怪人を送り込んできても……」

「そうだね。私達にスバル達、五代さん達仮面ライダーが四人……」

「もしもの時はリーゼ姉妹もおるし……」

「更にヴァルキリーズ、か。確かに戦力としては十分だ」

「それだけじゃねえ。ゴウラムにアクロバッター、ライドロンもいんだ。呼び出しゃ、ドラグレッダー……だったか。それまでいるんだしよ」

 

 ヴィータの言葉に四人は揃って頷き、笑う。バイクであるアクロバッターや車のライドロン。それに巨大クワガタのゴウラムさえ、自分達は平然と仲間として受け入れている事に気付いたのだ。意志を持つ三体の存在。

 更に、頼もしい赤龍に高性能バイクであるビートチェイサーや空飛ぶバイクのマシントルネイダーもある。実に多彩な仲間達だ。そう考え、五人は視線を五代達へ向けた。そこでは、ヴァルキリーズやスバル達から仕込みはいいのかと言われ、五代と翔一、真司が揃って慌て出しているところだった。

 

 それを見つめ、なのは達は心から願う。こんな平和な時間を、出来ればもっと長く過ごせるようにと。

 

 

 

 六課の食堂は密かに管理局内でも有数の充実振りを誇っている。翔一のレストランに五代の喫茶店、そして真司が加わった事により簡単な中華が出せるようにもなったためだ。まぁ、ほとんど注文されるのが餃子になるだろう。

 ともあれ、三人はエプロンをつけて忙しく動いている。リインは五代と翔一を補佐しながら、真司を補佐する新しく加わった存在へと目を向けた。そこには、五代作のクウガマーク入りエプロンをつけたセインとチンクがいた。二人は真司の助手として食堂預かりとなったためだ。

 

「……手際がいいのだな」

 

 そんな二人の動きを見て、リインは感心したように告げた。それにセインとチンクは笑みを返す。何せあのラボでの暮らしで真司の手伝いを始めたのはこの二人だったのだ。故にこういう事の経験値は少なくない。

 

「まぁ……」

「慣れているからな」

 

 そう言いながらも二人は手を止めはしない。餃子の餡を練っているのだ。真司は一人黙々とそれを皮に包んでいる。ちなみに彼のエプロンもクウガマークだが、五代達と同じように自分用の龍騎マークを入れた物を作ろうと密かに決意している真司だった。

 

 そんな光景を見つめる者がいる。それはアギト。彼女は一応部屋割りとしてセッテやトーレと同じ部屋となったのだが、立場としては真司の融合騎。故に日常では真司の傍にいようとした。しかし、真司は料理中なので邪魔をしないようにと考え、こうして食堂のテーブルに文字通り座って眺めているという訳だ。

 

「……暇だ~」

「なら、リインのお仕事を手伝って欲しいです」

 

 アクビをし呟いた独り言。それに答えが返ってきたので、アギトは視線をそちらへ向けた。そこには、やや拗ねたようなツヴァイの姿があった。両手を腰に当て、いかにも不満気といった様子でアギトを見つめている。

 

「……何だ。リインか」

「何だじゃないです。アギトも少しは仕事してください。ロードの傍にいたいのは分かりますけど、お料理のお手伝いは私達の大きさじゃ難しいです」

「う……それは……そうだけど」

「だから、リイン達はリイン達で出来る事をしてロードのお役に立つです。さ、来~る~で~す~!」

 

 そう言ってツヴァイはアギトの手を掴む。それにアギトは躊躇いを見せて若干抵抗するも、すぐにツヴァイの言う事が正しいと判断したのか肩を落とした。それを見たツヴァイは彼女が観念したのだと理解し満足そうに頷いた。

 こうして二人は仲良く連れ立って飛んでいく。目指す先ははやて達の働く指揮所だ。それを見送り、リインは苦笑した。妹の気持ちが良く分かったからだ。ツヴァイも翔一の手伝いがしたい。だが、それをするには色々と不便な事が多いのだ。故に、ツヴァイははやての傍でデスクワークをしている。アギトにも、同じように出来る事を与えたかったのだろう。

 

(同じような意識を抱いているのだろうな、ツヴァイは。アギトと良き友人となってくれる事を願うばかりだ)

 

 リインはそう思い、視線を時計に向けた。もう一時間程で昼休みの時間になる。そうなれば戦争だ。そう考え、リインは気持ちを切り替えて動き出す。

 

「……リインさん、ちょっと味を見て」

「分かった」

 

 五代の言葉に頷き、リインは手渡された小皿を受け取る。そして、そのカレーを口に入れて頷いた。それに五代は小さく満足そうな声を出し、カレーの入った鍋に蓋をする。ちなみに五代もリインさんとリインちゃんと呼び分ける事でアインとツヴァイとの区別をつけている。翔一と同じ呼び分けだ。

 

「五代、そろそろ……」

「あ、そうだね。翔一君、真司君、準備は間に合いそう?」

 

 味見を終えたリインが時計を見て五代へ声を掛ける。それに五代もリインの言おうとしている事を理解し、二人へ視線を向けた。

 

「大丈夫です!」

「……うし! 任せてください!」

 

 二人の声に頷き、五代は視線を動かす。

 

「セインちゃんとチンクさんは?」

 

 チンクをちゃん付けで呼ぼうとした五代だったが、そう呼んだ時彼女がどこか嫌そうな顔をしたため、こうしてさん付けに直した経緯がある。そう、チンクは男性陣の誰にもちゃん付けをさせなかったのだ。真司以外には。

 その理由はチンク本人にしか分からない。それでも、何となくだが六課女性陣は気付いていた。真司だけの呼び方にしたいのだろうと。五代や翔一はそうではなかったが、雰囲気からそれを感じ取ったのだ。

 

「だいじょーぶだよ!」

「ああ、昼休みまでには終わらせる」

 

 その二人の返事に笑顔を返し、五代は周囲に告げる。

 

「じゃ、もう少し頑張ろう!」

 

 それに全員が威勢よく声を返し作業を再開する。それからしばらくして昼休みとなり、ぞくぞくと現れる課員達で食堂は活気づく事となる。それに五代達は忙しく対応しながら笑顔を浮かべるのだ。何気ない日常。それこそが何よりの幸せだと感じながら。

 

 

 

 五代達が食堂で最後の準備を終わらせようとしていた頃、指揮所ではグリフィス達の他にクアットロにオットーとディードの姿があった。クアットロはシャーリーの場所に座り、アルトやルキノと話しながらデスクワークをこなし、オットーはグリフィスと共に雑多な作業を処理していた。

 ディードはそれぞれへコーヒーや紅茶を淹れ、雑用を担当している。シャーリーはジェイルやウーノと共にAMF関連の作業をしているためここにはいない。その代わりとしてクアットロがその穴を埋めているのだ。

 

「で、シンちゃんが後始末する事になったのよ」

「あらら……」

「真司さんって、結構面倒見いいんですね」

 

 クアットロの話す昔話を聞いてアルトとルキノは思わず手を止めて苦笑する。昼休み近くなったのでいつでも切り上げられるような仕事をしつつ軽い雑談をしていたのだ。昼食はシャーリーが戻って来てから四人で行こうと約束しているため、もうしばらくはこの状況だろう。

 アルトとルキノは真司と会ってまだ二日目。だが、その話の中の真司が実に想像し易く二人は思わず笑ってしまう事ばかりだったのだ。そしてさり気無く語られるジェイルの話も二人には意外だった。特に、徹夜したため風呂で寝てしまい、風邪を引いて寝込んだ話などは笑い話かと思うぐらい面白かったのだから。

 

 そんな給湯室のOLのような雰囲気もある三人の後ろでは、グリフィスがオットーと共にディードの淹れてくれたコーヒーと紅茶で一息吐いていた。

 

「……助かったよオットー。君が手伝ってくれたおかげで、普段の半分ぐらいの時間で済んだ」

「こんな事でよければ、いくらでも」

「グリフィスさんも大変ですね。部隊長補佐といえば、何かと責任も重いでしょうし」

 

 コーヒーを飲み終え、グリフィスが告げた言葉にオットーは軽い笑みで答えた。それに彼は嬉しそうに笑みを返し再びコーヒーを口にする。ディードはそんなグリフィスを見つめ、労わるように声を掛けた。

 それにグリフィスは苦笑しながら頷いて、でもやり甲斐はあると返した。そこから始まるグリフィスの仕官学校時代の話。それは、学校という物を知識でしか知らない二人にとっては全てが驚きと感心に満ちたものだった。全寮制や多くの実習に研修。苦しくも楽しかったとグリフィスが締め括れば、二人もその言葉の意味を噛み締め、頷いた。

 

 それをはやてはぼんやりと眺めた後、視線を横へ移した。そこには慣れないデスクワークに悪戦苦闘するアギトと、それを支えるツヴァイの姿がある。

 

「……これで……どうだ?」

「そうですね……うん! 大丈夫ですよ~」

「へへん、どんなもんだい」

「むっ、調子に乗るのはまだ早いですよ。リインだって、これぐらいはもう一人で出来るです」

 

 ツヴァイのやや嗜めるような声にアギトは少しだけ苛立ちを感じたのか不機嫌そうな表情を浮かべる。そして、その視線をツヴァイへと向けた。

 

「あのなアタシは」

「でも、初めてでミスなく出来たのは凄いです。お昼食べたら一休みして、次のお仕事を片付けるですよ」

 

 アギトの文句を遮る形でツヴァイはそう誉めるように告げた。そう、彼女もはやてに同じような事を言われたのだ。初めは失敗して当然。だから、それをしなかったのなら凄い事なのだと。故にツヴァイはアギトを誉めた。それに毒気を抜かれ、アギトはやや拍子抜けしたような表情を見せるものの、ツヴァイの笑顔に何も言わず頷いた。

 

(リインもすっかりお姉ちゃんやな。うんうん、ええ事や)

 

 末っ子の成長を感じ取り、はやては満足そうに笑う。そして時刻が昼休みとなったのを確認し、席を立ってツヴァイとアギトへ声を掛けた。食堂に行こうと。それに二人が嬉しそうに返事を返したのは言うまでもない。

 

 その頃、デバイスルームで速く正確な操作でキーボードを叩くジェイルがいた。その隣ではシャーリィが同じような事をしていて、ウーノはその後ろでISを使い作業中。すると、その二人の手の動きが同時に停止した。

 

「……理論上はこれでいいはずだ」

「でも、逆転の発想ですよね、これ。まさかAMFにAMFをぶつけて相殺させるなんて……」

 

 ジェイルの出した方法にシャーリーは感心したように呟いた。ジェイルの考えた方法。それは、機能として組み込まれているトイのAMFを同じようなシステムを搭載したトイを使い、中和もしくは相殺するという物だった。

 AMFは魔力結合を阻止するもの。だが、そのAMFも本来魔力を使って発動する事の出来る防御魔法なのだ。ジェイルはそこに注目し、AMFを無効化するAMFを作る事にしたのだ。それはAMFにしか影響を与える事が出来ないが、故にトイにはこれ以上無い対抗手段となる。

 

「でも、これからが問題だよ。素材には先日手に入れた比較的原型を留めている物を使うとして、肝心のAMFC―――アンチマギリングフィールドキャンセラーはまだ理論さえないのだから」

「まったくの0から始めるのかぁ。何か燃えてきますね」

「そうだねぇ。これが平和に役立つものであり続けるように願うよ」

「……皮肉ですか、それ」

 

 ジェイルの言った言葉が管理局から犯罪者に技術が流れる事を懸念しているように聞こえ、シャーリーは少しだけ怒ったように答えた。だが、それに彼は少し慌てた。意図しない意味が込められてしまったと気付いたのだ。

 

「ああ、すまない。そう言うつもりじゃなかったんだが……いかんね。不快な気持ちにさせて悪かったよ、シャリオ君」

 

 ジェイルが本当に申し訳なく思っていると感じ、シャーリーは小さく笑みを零しこう告げた。謝罪は言葉じゃなくて態度で示して欲しいと。だが、その声には優しさがあった。それにジェイルは頷き、手を再び動かし出す。それにシャーリーも応じるように手を動かし出そうとして時計へ目をやった。

 

「あ、こんな時間だ。すみません、私アルト達と一緒に昼食行く約束してるんで」

「そうか。なら私達も休憩としよう。ウーノ、区切りはつきそうかい?」

「はい、もう終わります。それと、クアットロへシャリオさんと一緒に食堂へ向かうと伝えておくわ」

「ありがとうございます。ならウーノさんも一緒に食べましょうよ」

「それがいい。君もシャリオ君達から色々と教えてもらう事もあるだろう。私は真司達の冷やかしでもしながら食べるとするよ」

 

 こうしてジェイル達も揃って食堂へと向かう事となる。その途中で話すのはやはりAMFCの事。ウーノはそんな二人に小さく呆れながらも笑みを浮かべる。ジェイルが研究面の討論が出来る相手などラボではいないに近かったからだ。

 ジェイルは何をするにも基本孤独。故に真司の存在がジェイルを変えた。更にシャーリーはジェイルに対してウーノ達のように敬意を払っていない。だからこそ容赦なく意見や反論を言える。それがジェイルにとっては新鮮な経験といえるのだから。

 

 一方、スバル達新人四人は揃ってデスクワークの真っ最中。昼休みとなったのでキリの良い所で中断したいのだが、ティアナはともかくスバルはこういった仕事は苦手。エリオとキャロはデスクワークとはほぼ縁のない自然保護隊だったのためかそれが遅い。

 よって、三人は今もティアナに手伝ってもらいながら頑張っていた。いや、実はティアナだけではない。ドゥーエもそれを手伝っていた。ティアナがスバルを、ドゥーエはエリオとキャロをそれぞれ手助けしていた。

 

「……ここ、綴り間違ってるわよキャロ」

「え? ……あ、本当だ」

「で、エリオはここの数字が一桁多いわ」

「……凄い。よく分かりますね?」

「ま、地上本部で少し働いてたから、ね。分からない事あったら私に聞きなさい。全部教えてあげるから」

 

 ドゥーエはなのは達隊長陣だけに自分が過去に管理局に潜入していた事を話した。そして、その経歴を見込んでなのはとフェイトがエリオとキャロのフォローを頼んだのだ。

 それに応えるように頼れるお姉さんといった感じでドゥーエはエリオとキャロのミスを指摘していく。それに二人は感謝しつつ仕事を片付けていた。そんな優しい雰囲気を見つめスバルはどこか羨ましい視線を送っている。ティアナはそれに気付いてため息を吐いた。

 

「別にいいのよ。アンタもドゥーエさんに教えてもらっても。代わりに、アタシはもう二度と手伝わないから」

「え……? あ! ち、違うんだよティア。私は」

「言い訳しない。する暇あるなら手を動かす。さっさと終わらせないとアタシ一人でご飯食べに行くわよ?」

 

 その言葉にスバルは一心不乱に画面と睨めっこ。それを横で見て、ティアナは無言で何度も頷く。そんな光景を見てなのは達は揃って微笑む。実にヴァルキリーズが馴染むのが早いと感じたのだ。

 今朝の模擬戦が一番の要因だとは思う。だが、やはり大きな原因は真司だろうと思っていた。真司の優しさがヴァルキリーズを変え、それがこの状態に繋がっているのだから。しかし、それを差し引いても思う事がある。

 

「ドゥーエさん、エリオとキャロが可愛いんだろうね」

「……私としては、かなり複雑な気持ちです」

 

 時折エリオへドゥーエがちょっかいを出すのだ。笑える事から少し笑えない事まで。キャロはそれにドキドキしているエリオを見て、ドゥーエへからかいを止めてくれるように頼んでいるが、そうすると今度は彼女がその標的にされていた。

 そんなじゃれ合いをしながらも、ちゃんと仕事を進ませてやっているので誰も文句は言えない。シグナムなどは、文句を言わないからむしろ自分の分のデスクワークを代わって欲しいと考えているぐらいだ。

 

 ドゥーエは今もエリオへ軽く胸を当てて反応を楽しんでいる。それをキャロが止めさせようとするも、今度は彼女の頬へドゥーエが頬を擦り寄せ微笑んだ。その光景は若干微笑ましくもある。それを眺めヴィータが呆れたような顔をした。

 

「でもよ、あれは年下のガキと遊んでるようなもんだぜ」

「そうだな。まるで誰かの相手をする主や翔一のようだ」

 

 その言葉にヴィータが一瞬口ごもり、睨むような視線をシグナムへ送る。それを平然と受け流し、シグナムは画面との戦いを再開していた。そんな二人を見てなのはとフェイトは苦笑。そして彼女達は示し合わせたかのようにスバル達とほぼ同時期に仕事を中断するのだった。

 

 

 

 六課の格納庫。そこにはアクロバッターだけでなくゴウラムとライドロンの姿もあった。光太郎と五代は相談し、今後の事を含めて二体を六課に常駐させる事にしたのだ。そのため、光太郎はかねてより潜ませていた海中からライドロンを呼び出し、五代はゴウラムにここにずっと居て欲しいと声を掛けたのだ。

 ゴウラムはそれが伝わったのか現状のように格納庫で大人しくしていた。アクロバッターが言うには五代や翔一に光太郎の言う事には理解を示しているのだが、その理由まではゴウラム自身も理解していないようで、アクロバッターが良く分からないと締め括ったのだ。

 

「……これがライドロン」

「で、こっちがゴウラムッスか」

 

 作業服姿のディエチは優しくライドロンの車体を触る。何故だが不思議と暖かい気がして彼女は小さく微笑んだ。同じ格好のウェンディもゴウラムを触り似たような感想を抱く。その横で一人トレーニングウェアのノーヴェはアクロバッターを見つめて告げた。

 

「でも、アタシはこいつが一番驚きだ」

「ドウシテダ?」

「……いや、だってな」

「バルディッシュモハナス。ソレトオナジコトダ」

 

 その反論にノーヴェは返す言葉が無かった。確かにインテリジェントデバイスやアームドデバイスなども話す。それとアクロバッターの違いなどそこまでない。だが、それでもノーヴェは光太郎から聞いた事を思い出すと、こう言わずにはいられなかった。

 

「でも、大破したのに甦るとかはねえよ! しかも前よりパワーアップとかどうなってんだ!?」

「あー……それは確かにデバイスじゃ無理だよね」

「ある程度の損傷なら直せるらしいッスけどねぇ」

 

 ノーヴェの指摘に二人も苦笑いで同意。光太郎とヴァイスはそんな三人の様子を見て笑っていた。ちなみにヴァイスも初めてアクロバッターが喋った時、同じように驚いた。そして、ノーヴェが言われたような事を言い返され反論出来なかったのだ。

 そのつい数時間前の出来事を思い出し、ヴァイスは苦笑して光太郎へ視線を向けた。光太郎は今も嬉しそうにアクロバッターと話す三人を見つめている。その目が以前とは違い、心から嬉しそうに見えた事にヴァイスは一人安堵した。

 

(光太郎さんの体の事を聞いた時は色々と思う事はあったが、あの後のスバルへの言葉を考えるにやっぱこの人はすげえよ。あの時の悲しそうな目は、きっと昔の思い出とかに関係してんだろうな……。いつか、それを分かち合える相手、見つけてくださいよ……光太郎さん)

「お~い、そろそろお喋りは終わりにしろよ。昼飯食ったら仕事の続きだ! ディエチとウェンディは俺達の整備の手伝い。ノーヴェはザフィーラの旦那か光太郎さんと組み手だかんな」

「「「了解(ッス)」」」

 

 それに三人は返事を返し動き出す。三人は整備部の預かりとなっていた。ただし、ノーヴェは本人の希望で光太郎から手ほどきを受けるためなので厳密には違うのだが。ディエチとウェンディはヴァルキリーズの中で大掛かりな特殊装備を所持しているため、その整備法を更にしっかりと磨くようにと整備部配属となった。

 

 ヴァイスを先頭に歩き出す整備員達。その一番後ろを歩きながら光太郎はノーヴェ達と話していた。

 

「……お昼後は変身して戦うから。怪人相手の生き残る方法を自分で見つけ出してくれ」

「了解。よろしく頼むな、光太郎……さん」

「あはは、呼び捨てでもいいよ。真司君が言ったのかな? 年上は敬えって」

 

 光太郎の言葉に頷くノーヴェ。それに光太郎は微笑ましいと感じ、笑顔のままで告げた。無理にそうしなくても構わない。本当の敬意は言葉遣いじゃなく態度で示すものだと。ノーヴェ達はそれを聞いて少し意外そうな表情を返す。

 それに光太郎が疑問を感じると、それを察したディエチがやや困ったように答えた。姉の一人に呼び方から拘る者がいる事を。それに光太郎は納得すると同時に誰だろうかと考え、何となくだが正解が分かった気がした。

 

(確かセインちゃんだったか。彼女、どこか真司君と似ているし、そういう事を言いそうだ)

 

 そんな事を考える光太郎。すると、ノーヴェとウェンディが彼の表情を見てそれを悟ったのかはっきり告げた。

 

「「ちなみに、それはセイン姉(ッス)」」

「……あー、そうなんだ」

 

 どう反応するべきかと迷う光太郎へ二人によるセインとの思い出話が始まった。それを聞きながら光太郎は改めて思う。やはりヴァルキリーズは人間だと。他愛もない事で喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。感情を表し、実に様々な顔を見せるのだから。

 今も二人の話にディエチが補足したり、或いは修正したりと賑やかに話している。それを聞いて光太郎は誓うのだ。この少女達が笑顔でいられるような世界にしようと。自分に出来る事は小さいだろうが、それでも必ず成し遂げてみせるのだ。そう強く誓い、光太郎は歩く。その視線の先にある笑い合う三人の少女達の笑顔を見つめて。

 

 

 

 六課の者達が昼休みを過ごし出していた頃、トーレとセッテは訓練場の後片付けを終えてシャマルから簡単な手当てを受けていた。二人は朝の模擬戦後もはやてに断りを入れて自主訓練をしていたのだ。シャマルは、一応の監視役兼万一のための救護員としてはやてに頼まれここにいた。

 そんな二人の視界に映っているのは、ラボに居た時はあまり見る事の無かった青空。それに何故か心洗われるような気がして、ふと二人は揃って笑顔を浮かべた。

 

「どうしたの? 空を見上げて笑ったりして」

「いや……良い天気だと思ってな」

「はい……」

 

 その言葉にシャマルも視線を上に向け、空を見つめた。気持ちの良い青空が広がっていて、シャマルは確かに二人の言う通りだと思った。

 

「そうねぇ……でも、別にそこまで珍しいものじゃないでしょ? ラボに戻ってからだっていつでも見られるんだもの」

 

 その言葉に、二人は何故か何かこみ上げるものを感じた。ラボへ戻る事が出来ると言われた喜びなのかそれともラボを失った事を思い出しての悲しみなのかは分からない。しかし、シャマルの言葉は二人にとって大きな意味を持っていた。

 

「……そうだ、な。確かにその気になればいつでも見られるか」

「ええ。もしもっといい景色が見たいなら……邪眼を倒したらみんなでお出かけすればいいわ。お弁当とか持って……ね」

 

 シャマルの告げた言葉に二人は少しだけ不思議そうな反応を見せる。ジェイルは犯罪者。故に邪眼を倒した後は罪を償う事となる。それをシャマルが知らぬはずはないと思ったのだ。それを彼女も気付いたのだろう。微かに真剣な表情でその理由を告げた。

 

「全てが終わった後、はやてちゃんやフェイトちゃんがスカリエッティの罪を軽く出来るよう動く事になってるの。だから管理世界なら出かける事も可能になるはずよ」

 

 その言葉に二人は返す言葉を失う。はやてやゼストがジェイルの罪の軽減をしてくれるだろうとは彼女達もどこかで予想していた。だが、まさかフェイトまでがそれをしてくれるとは思っていなかったのだ。

 それをシャマルも察したのだろう。真剣な眼差しを二人へ向けて教える。フェイト達はジェイルのために罪を軽減するのではない事を。そう、彼女達は真司とヴァルキリーズのためにそれをするのだ。心からジェイルの改心を信じる真司。そして、同じように改心したが故に人らしく生きるヴァルキリーズ。そんな両者のためにはやてもフェイトもジェイルを許す気になったのだと。

 

「この話、フェイトちゃんとスカリエッティには黙っていてね。本人達はまだどこか整理が出来てない部分もあるだろうから」

「分かった。教えてくれて感謝する、先生」

「私からも礼を。それと、手当てありがとうございます」

 

 トーレとセッテの言葉にシャマルは笑顔で頷き、立ち上がる。既に時刻は昼食時。なので食堂へ行こうと告げたのだ。それに二人も頷きを返して立ち上がった。先頭を行くシャマルが翔一の料理の腕を自慢すると、セッテが負けじと真司の事を自慢する。トーレはそれを聞きながら軽くため息を吐いた。

 この後、セッテはアギト御膳を。シャマルは特製餃子定食を食べて互いの認識を改める。トーレはそんな二人を他所にポレポレカレーを食べて、食べ慣れていた真司のカレーとの違いを感じるのだった。

 

 ベルカ自治区内ジェイルラボ。そこで邪眼は今後の事をどうするかを考えていた。フィーアからの報告で聞いた名前。それは邪眼にとって忘れる事の出来ないものだったからだ。

 仮面ライダーBLACKだった者の参戦。クウガと同じくキングストーンを持つ存在。そして、それが邪眼にとって意味するのは創世王への道が開けたという事に他ならない。

 

 ドライを始めとする四体を失ったが、既に次のコピーの創造を開始しているため戦力に何も問題はないのだ。それに、ライダーの新しい情報を得る事は叶わなかったが、それでも収穫がなかった訳ではない。龍騎達がクウガ達と合流し、手を組んだ事は分かったのだから。

 これで両者に注意を払う必要がなくなり、邪眼としては不安材料が減ったともいえる。それに今は、二つのキングストーンを手に入れる機会が生まれた事の方が邪眼にとっては大きい。

 

「予想外の邪魔者までいたようだが、かえって好都合よ。我が真の創世王になるために、必ずやキングストーンは手に入れる!」

「創世王様、それについて私に考えが」

 

 邪眼の言葉に一人の女性が声を掛ける。それに邪眼が視線を背後へ動かした。そこにいたのはドゥーエそっくりな黒髪の女性。

 

「む、ツバイか。良かろう、申せ」

「はい。ただ倒すだけでは面白みがありません。内部から……というのはいかがでしょう。それも、信じていた者に裏切られたと思いながら」

 

 そう告げてツバイは邪眼へと近付き何事かを伝えた。それを聞いてその狙いと意味する事を理解し、邪眼は愉快と言わんばかりに嗤う。

 

「……良かろう。ならば行け! 奴らに絶望と恐怖を与えるのだ!」

「はっ!」

 

 その言葉に頷き、ツバイはその場から静かに立ち去る。その背を見送る事無く、邪眼は愉しそうに嗤い出した。自分を相手に決して絶望しなかった仮面ライダー。それに、今度こそ絶望を味わわせる事が出来る。そう思いながら。

 

 放たれた闇の刺客。それは、偽りの仮面を使う相手。いつ、どこで、誰に成り代わるのか。それとも、未だに知らぬ相手に化けるのか。そして、それとは別に動くであろう怪人達。密かに、だが確実に闇の足音がミッドチルダに近付きつつあった。



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深まる理解 ちらつく不安

光太郎がいる事で五代達は本来の怪人やその組織の動き方を知ります。ライダーを標的にする作戦とは無縁できた三人にとって、昭和のライダー達が経験した事は想像だにしない内容ですしね。


「じゃ、今日はここまで」

「「「「あ、ありがとうございました……」」」」

 

 早朝の訓練場に響くしっかりとした声と疲れた声。それは、いつもならばなのはとスバル達のもの。だが、今日は違った。その声の主はRXとなのは達隊長陣のものだった。今朝はRXが隊長陣四人を相手に訓練をする事になっていたために。

 その発案者は当然シグナムだ。怪人と戦うためには、それと戦い熟知した相手から実戦的な教えを請うべきだ。そう主張した彼女になのは達も同意したのだ。例えそれがRXと模擬戦をしたいシグナムの欲望から生まれた提案だったと分かっていたとしても。

 

 光太郎はシグナムの考えに理解を示し、初めてなのは達は仮面ライダーとの模擬戦をする事となった。結果としてリミッター状態のなのは達では四人がかりでもRXには勝てない事が分かった。

 なのはの砲撃はロボライダーの装甲で耐え切られ、フェイトの高速移動にはバイオライダーのゲル化で対処され、シグナムの剣技はリボルケインやバイオブレードを以って互角に渡り合い、ヴィータの強固な守りをRXキックは打ち破ったのだから。

 

「……スバルちゃん達、大丈夫?」

「は、はい……」

「何とか……ですけどね」

「つ、強いですね、五代さん」

「色々と姿が変わってびっくりしました……」

「キュクゥ……」

 

 そしてなのは達から離れた場所では同じようにスバル達が揃って疲れ果てていた。隊長陣だけではなくスバル達にも怪人戦を見越した経験を積ませるべきだと光太郎は考え、その相手を任された五代は、クウガとして四人の訓練を行なった。

 本来ならば、彼はクウガの力をスバル達に向けたくはない。だが、怪人と遭遇した際に自分との戦いから学んだ事が役に立つかもしれない。そう思い、五代は今回の事を引き受けた。全ては、四人を死なせないために。

 

 スバル相手にはマイティの格闘能力で渡り合い、ティアナにはペガサスへ変わっての超感覚で幻術を見破り、手にしていたクロスミラージュを片方奪う事でボウガンを作っての精密射撃で戦う。エリオにはタイタンの防御力を活かした肉を斬らせて骨を断つ戦法で彼の欠点である一撃の軽さを突き、キャロにはビルの残骸を利用したドラゴンの跳躍力でフリードへ対抗した。

 

 四つの能力をそれぞれに合わせて使い分け、主にその相性の良いものを基本に戦う。それは、五代が未確認に対してやってきた事の延長だ。相手の得意を上回るかその苦手を突いて立ち向かう。その判断の妙こそが五代の力なのだから。

 

「じゃ、ここまでですね」

「そうだな。いや、それにしても姿がころころと変えられるとかって……アギトって凄いんだなぁ」

「そう言う龍騎もですよ。何もない場所から武器を出せるなんて……」

 

 残るアギトと龍騎はヴァルキリーズを相手に訓練をしていた。流石に十二人を二人で相手するのは大変だったが、それでもドラグレッダーを加え、アギトのフォームチェンジなどを駆使し制限時間を凌ぎ切ったのだ。

 龍騎はサバイブを使わず、アギトもバーニングやトリニティは使わなかった。だが、それでも二人は何とかヴァルキリーズを相手に奮闘した。

 

「……三色の悪夢だったわ」

「まさかベルトから武器とはね。ドクターが聞いたら絶対実現しようとするわ」

「赤い騎士が基本と思っていたが、金色の闘士が基本形とはな。しかも青や赤への変化も一瞬。隙がない」

 

 ウーノはアギトの超変身を、ドゥーエはその際の武器の出し方を、トーレはその変化の光景をそれぞれ思い出していた。その呼吸はやや乱れている。

 前線としてアギト相手に戦ったトーレと最後衛でありながらもモニターでその光景を見ていたウーノとドゥーエ。故にその精神的疲労は強い。

 

「シンちゃんが厄介になったわ。一人だとただの隙だったのに、二人になった途端それをショウ君が補うもんだから」

「ああ、かえって手を出せん。迂闊に手を出せばこちらがやられる」

「ISも二人してほとんど無力化するか対処してくるしね。あたし、何度地面の中で刺されると思ったか……ブルブル」

 

 クアットロは龍騎とアギトの連携を、チンクは直接相対した感想を、セインはIS使用時の事を思い出し語らっていた。彼女達はライダー二人が協力した時の恐ろしさと頼もしさを実感し、どこか複雑な表情で会話を続けた。

 

「兄上はサバイブを使わずとも強いとは知っていたが、ドラグレッダーが協力するとあれ程までに手がつけられないとは……」

「まさか背に乗って、空中戦を限定的とはいえやってのけるとは思いませんでした」

「しかも、攻撃しようとするとあいつが炎吐きやがるし」

 

 セッテは龍騎との戦闘風景を、オットーはそこで彼がやってのけた行動を、ノーヴェはその結果を思い出してそれぞれに苦い顔をしていた。龍騎が見せたドラグレッダーの意外な活用法。その厄介さを再確認するように意見を述べ合いながら彼女達は腕を組むのだった。

 

「真司兄さん、また強くなった気がする」

「あ、それアタシも思ったッス。何て言うか、こっちの動きを予想してる時があるような気がしたッス」

「きっと、私達の行動をある程度記憶しているのでしょう。ここぞという時は大抵対処されましたから」

 

 ディエチは龍騎の様子を、ウェンディはぶつかってみた感想を、ディードはその理由を告げた。龍騎の力量を測り直し、頼もしく思って笑っているのはここぐらいだ。

 

 そんな三箇所の様子を眺め、はやては隣にいるシャマル達へ声を掛けた。自分達も近い内に同じ事をしないといけないかもしれない。そう思ったからだ。実際見た事のあるクウガやアギトはそこまで驚く事は無かったが、RXと龍騎の力は色々と驚きが多かったのもある。

 それはつまり、見知らぬ怪人と戦う時感じるであろう感覚と同じものだ。未知なる力や姿。それを見せられた時、大胆に行くにせよ慎重に行くにせよ対処に困るのは事実なのだから。

 

「……な、シャマル達はどう思った?」

「正直に言えば、味方で良かった。そして、あの力を使うのが翔一さん達で良かった……という所」

「私も同意見です、主。幾多の騎士や魔導師を見てきましたが、あの四人のような力と心の持ち主は中々いないでしょう」

 

 シャマルとザフィーラはやや真剣な表情でそう告げた。ただその能力だけではなくその使い方にまで意識を向けているのは流石歴戦の騎士といえる。仮面ライダーの持つ意味を彼らは改めて考えていたのだ。

 強大な力を持った事に恐れながらも、それを待ちわびる者がいればどんな場所でも飛び込んで行く。牙無き者の牙であり、盾無き者の盾となるその在り方はまさしく守護者。人類を、生命を守るために遣わされし使者といえたのだから。

 

「リインは、純粋に嬉しいです。仮面ライダーが四人もいて、こんなに強いんですから!」

「アタシもリインと同じ気持ち。真司だけじゃなく雄介も翔一も光太郎も頼もしいよな! 特に翔一は真司と同じぐらい強いし!」

「まったく……お前達は気楽だな」

 

 一方、ツヴァイとアギトは素直に四人の強さに喜びを感じていた。唯一の弱点でもある空中への対処も四人のライダーがそれぞれ有している事も知った今、その心に不安は無かったのだから。

 クウガはゴウラムとペガサスボウガンによる射撃。アギトはマシントルネイダーとストームハルバートによる竜巻。龍騎はドラグレッダーにストライクベントによるドラゴンストライク。RXはその驚異的な跳躍力とボルティックシューター。その力を目の当たりにした事で二人は確信したのだ。ライダーは負けないと。

 

 そんな二人の無邪気さにリインは苦笑した。だが、その気持ちは良く分かるからかその声には優しさが混ざっている。ちなみに、アギトが翔一を絶賛するのは言わずとしれた名前のためだ。自分と同じ名前。それ故、アギトは翔一の事も気に入っていたのだから。

 

 そんな意見を聞き、はやてもどこか苦笑しながら頷いた。そして全員を呼び集める。明日の訓練は自分達も含めた大掛かりなものにすると、そう告げるはやてに全員が驚きを浮かべるもすぐに納得した。

 怪人達は最低でも十二体。更にそこへマリアージュが加わればどれ程になるか予想も出来ない。そうなれば、部隊としては後方に控えていなければならないはやてやシャマル達も怪人へ挑まねばならない。その時に備え、戦える力を持つ者は出来うる限り経験を積んでおくべき。そんな考えを誰もが抱いたのだ。

 

 怪人の存在が明らかになった以降、早朝訓練は怪人戦を見越したものへ変わり、夕方の訓練は従来通りの連携や基礎固めのものとなっているのもそういう事だ。なのは達としては両方とも基礎固めにしたいのだが、怪人は魔導師戦とは違う部分が多く自分達だけの教導では補えないと理解しているため、意見役として光太郎に手伝ってもらっていた。

 それと並行する形でAMF対策の訓練も行われている。トイのAMFを無力化する研究はジェイル達によって進められているが、それが実現するのがいつになるか分からないためだ。実際はスバルやヴァルキリーズはAMFを気にせず戦う事が出来る。だが、ティアナ達はそうもいかないために。

 

「……てな訳で、明日はわたしやシャマル達も入れて頼むな、光太郎さん」

「分かった。なら、その前にみんなに守ってもらいたい事がある」

 

 光太郎の言葉に全員が疑問符を浮かべた。そんな事など何かあっただろうかと、そう思ったのだ。それを光太郎は気付いたのだろう。真剣な表情でこう告げたのだ。

 

―――変身した後は、常にライダーとしての名前で呼んで欲しい。俺だけじゃなく五代さん達もだ。

 

 その言葉の意味は五代達にも分からなかった。何故そうしなければならないのか。そんな事を誰もが聞こうとしたが、それに先んじて光太郎がはっきり言い切った。

 

「これは、無関係の人達に俺達がライダーだと知られないためだ。俺達がライダーだと知ると助けた人達へ邪眼の魔の手が及ぶ事もある。人質にされる事や知らず利用されるかもしれない」

「……光太郎さんは、そういう経験が?」

 

 シャマルが聞き辛そうに尋ねた事に光太郎は躊躇いなく頷いた。怪人達はライダーを倒すためならば何でもする。光太郎はそう言ってゴルゴムやクライシスのやってきた事を簡単にだが語った。それを聞き、全員が声を失う。いや、五代だけはそれに頷いていた。

 彼が戦った未確認も自分のゲームを成功させるために恐ろしい事を平気でやってのけたのだ。そう、怪人とは自分の笑顔のためにみんなの笑顔を犠牲にする者だと、五代はそう考えていた。

 

(だから光太郎さんは名前を隠そうとしてるんだ。邪眼がすずかちゃんやアリサちゃん達のような存在を狙わないように)

 

 自分が世話になった少女達を思い出し、五代は拳を握り締める。何も知らず海鳴で暮らす者達はなのは達の関係者だ。つまり、邪眼が六課を狙う限り海鳴の者達へ危険が及ばない事はないだろうと思えたのだ。

 ならば自分達の誰かが傍についてやりたい。だが、下手にライダーが動けばそれを狙った邪眼のせいで危険を招く事にもなりかねない。そう考え、五代はやりきれない気持ちになった。ライダーとしての力を持ちながら守りたい者達を守れない。敵の狙いが分かっていても、事が起きるまで動く事が出来ないのがここまで辛い事だとは思わなかったのだ。

 

 五代がそんなライダーとしてのジレンマを感じている中、翔一と真司は光太郎達歴代ライダーがどんな戦いをしてきたのかを何となくだが察し、改めて自分達との違いとその過酷さを痛感していた。

 

(アンノウン達もアギトを狙ってたけど、闇雲に人を巻き込まなかった。でも、怪人は違う。犠牲を出す事を躊躇わないんだっ!)

(ミラーモンスター達は、あくまで生きるために人を襲ってた。怪人は、ライダーを倒すためだけに平気で人を襲うのかよっ!)

 

 互いに戦っていた相手との違いを思い、同時に怪人への怒りを燃やす。罪もない人達を平気で踏み躙り、犠牲にする怪人。仮面ライダー達が戦い倒してきた理由を感じ取り、二人は誓う。自分達も仮面ライダーとして邪眼とその怪人達を絶対に打ち倒してみせると。

 

「……そか。分かりました。なら、今後変身後はクウガ、アギト、龍騎、RXで統一します」

 

 はやてがそう告げ、確認を取るように全員へ視線を送る。それになのは達も頷いた事でこの話は終わりとなった。そして明日の模擬戦の事を話し合う事になり、光太郎になのは達隊長陣やウーノが中心となって意見を出し合う。

 今日のように分かれて対戦相手のライダーをローテーションさせるのがいいとなのはとフェイトが言えば、ウーノはチーム分けを変えてそれぞれの連携を高めるべきだと意見する。はやてはそれに賛成をするもスバル達四人のチームは連携だけで言えばヴァルキリーズよりも劣るため、それをやや懸念しせめてスバル達は固定にしたいと告げた。

 

 だが、光太郎はそんな四人の意見を聞いてどこか意を決したように告げた。怪人戦を念頭に置いただけでなく連携なども磨く事が出来る方法。それを考えて。

 

「それらもいいけど、明日はヴィータちゃんを抜いたスターズと五代さん、同じくシグナムさんを抜いたライトニングと俺、はやてちゃん達八神家と翔一君、ヴァルキリーズと真司君で分かれての四つ巴の戦いはどうかな」

 

 その提案にその場にいた者達が揃って驚いた。それは、つまり敵対する相手が三つもいるという状況。更に、それぞれにライダーが必ず一人いる。だが、そこまで考えて誰もか気付いた。光太郎が意識した狙いに。

 

「複数の怪人を相手取る事になった時のため、ね」

 

 ウーノがそう言うと、光太郎は小さく頷いた。チーム単位とは言え、異なる相手と同時に戦う事になる。数の上では有利なヴァルキリーズでも、もし同時に三方から攻撃されれば苦戦は必死。

 そう、これは集団戦の経験と同時に数で勝る相手にどう戦うのか。また、力で及ばぬ相手にどう立ち向かうのかを学ぶための意見だと誰もが理解した。

 

「なら、とりあえず光太郎さんの意見を基本にしよか。細かい部分はまた今夜わたし達代表で決めるとして、この場はこれで解散や」

 

 はやての言葉で周囲が一斉に動き出す。スバルはノーヴェやウェンディと楽しげにライダー達の能力について話し、ティアナはクアットロと今回の訓練について話し合いながら互いに四人のライダーを支援するにはどうするべきかを考えていた。

 エリオはドゥーエに絡まれるものの、それをウーノが嗜める。エリオはそんな彼女に感謝を述べると同時に、気になっていた龍騎の変身方法を尋ね出す。キャロは、セインとセッテにクウガのフォームチェンジの種類を教え、更にクウガがやってのけたデバイスの変化を不思議そうに伝えていた。

 

 なのはとフェイトはトーレへRXの使った高速戦闘への対処を伝え、苦笑しながらもその有効性に納得し合って援護と連携方法を考案すべく意見を出し合う。

 シグナムはディードへクウガとアギトだけではなくRXも剣を使う事を伝えていた。それにディードは驚きを見せ、ベルトから出したのかと尋ねる。アギトと同じ原理ではと思ったのだろう。それにシグナムが頷き、そこで二人はRXとアギトの共通点に気付いて不思議な印象を抱いた。

 

 ヴィータはディエチへRXの能力を簡単に伝え、その凄さと頼もしさに笑みを見せていた。ディエチはその内容に呆れるが、それでも話に聞くRXなら有り得るのだろうと思った。何せ、どんな傷も太陽の光があれば治してしまうと聞いているのだ。

 

 はやてはアギトへ明日の訓練の際、自分達の味方として参加して欲しいと頼んでいた。理由は、真司達の人数が多いので少しでも戦力差を埋めるためだ。シグナムとの相性が良さそうだと真司がはやてに告げていたため、一度彼女とユニゾンをしてみて欲しいと考えたのもある。

 それにアギトは少し戸惑いを感じるも、はやてがそれに対して自身の考えを伝えた。もしシグナムとも高いシンクロでユニゾン出来るのなら、戦力が強化されるだけではなく戦術も増える事になると。アギトはそれに理解を示し、試しにやってみると返した。

 

「何か、もうみんな馴染んだなぁ……」

「お前が言うな」

 

 そんな周囲の光景を眺め、真司が嬉しそうに呟くとチンクが軽く呆れながらそう返す。六課に一番最初に馴染んだ真司。そんな彼が意外そうに告げる事ではないと思ったのだ。

 チンクの言葉に真司がやや苦笑気味に視線を動かす。そこではオットーがザフィーラとシャマルから後方支援の助言を受けていた。指令系統の重要性と故の欠点を教えられているのだろう。しきりに感心したように頷いていた。

 

「でも、ホント昔から居たみたいな感じだよね」

「ですね。リインもそんな気がするですよ」

 

 五代の言葉にツヴァイはそう頷くように答え、笑みを見せた。それに翔一とリインも笑顔を見せる。同じ事を二人も感じていたからだ。たった数日。それで真司達は六課に凄まじい速度で馴染んでいた。

 食堂にいる真司達三人は当然ながら課員達に親しみを持たれていたし、整備員達と関わるノーヴェ達はそこからの繋がりで徐々に人気を得ていた。ウーノは社交性の高いシャーリーと仲良くなった事で彼女を通して友好を深めていたし、ドゥーエはエリオやキャロの面倒を見るだけではなく他の雑務にも手を貸す事で少しずつではあるが課員達からも頼られるようになっていた。

 

 好戦的なトーレとセッテは、同じような性格のシグナムと良く手合わせをする事になったためか交替部隊の者達と食事を共にしたりしていたし、クアットロ達はグリフィスやはやての手伝いとしてロングアーチで働いているためにアルト達と仲を深め合っていた。

 アギトはツヴァイと行動を共にするようになり、多少言い争う事もあるがそれは誰が見ても微笑ましいもの。それもあって課員達の癒しとなっていた。唯一ジェイルだけは未だに六課に馴染み切ってはいないが、広域次元犯罪者という偏見の目で見られる事は減っていた。

 

 食堂での真司達との会話や仕事をしているシャーリーの証言などから、もう悪人ではなくなっているという事が周囲にも理解され始めたのだ。

 

 誰もがツヴァイの言葉に笑みを浮かべるそんな穏やかな雰囲気の中、翔一がいつもの明るい表情で告げた。

 

「早く邪眼を倒して、ライダーが必要ない世界になって欲しいですね」

 

 その言葉に五代達ライダーとスバル達にヴァルキリーズは頷いた。ツヴァイやアギトも同様に。だが、なのは達隊長陣と八神家の者達はどこか素直に頷けない。それもそのはず。彼らは五代達が邪眼を倒せば元の世界に帰ってしまうと知っているのだ。

 故にその心境は複雑。邪眼は倒したい。だが、五代達とは別れたくない。矛盾しているのは分かっている。それでも、なのは達はこう願うのだ。邪眼を倒した後も五代達と過ごしたいと。彼らは知っている。五代達にはそれぞれの世界にその帰りを待っている者達がいる事を。

 

 だから、願う。出来るのなら、五代達の世界との行き来が可能になるようにと。今のなのはにとっての希望は恋人のユーノが無限書庫で検索してくれている事と、ジェイルの研究している並行世界への行き来だ。

 

(ユーノ君がせめて五代さん達の世界への連絡方法とか見つけてくれれば……。それに、ジェイルさんの研究次第じゃ……)

 

 フェイトやはやてにはまだ教えていないが、なのははジェイルと一度だけ二人だけで話した事がある。それは、ジェイル達が来て翌日の夜。いつものように訓練のプログラムを組み上げ、自分も軽く体を動かしておこうとした時の事だ。

 そこを散歩していたジェイルが通りかかったのだ。そして、なのはの自主訓練を見学し感心したのか拍手を送ったため、それに彼女が気付いたという訳だった。一人で犯罪者と話すなど、本当ならば有り得ない事。しかし、なのはにとってジェイルは犯罪者でありながら共にライダーを支える者ともいえる。

 

 だから、なのはは聞いてみたのだ。邪眼を倒したら真司も五代達と同じで元の世界に戻されるかもしれない。それでもいいのかと。それにジェイルはやや面食らったようだったが、どこか笑みを浮かべながらこう言った。

 

―――もし仮にそうなっても、私は必ず真司のいる世界へ行ってみせるよ。

 

 その言葉があまりにも自然すぎて、なのはは言葉を返す事が出来なかった。行けないとか行けるようにしてみせるではなく行ってみせる。それは、自分が真司のいる世界へ行ける事をまったく疑っていない証拠。

 声を失ったようななのはへ、ジェイルは更にこう告げた。諦めるなんて言葉は、今も昔も自分の中にはないと。為せば成る。為せねば成らぬ。そう真剣な表情でジェイルは言い切り、なのはへ視線を向けて軽く笑って問いかけた。

 

―――君の世界の諺だったはずだが……違うかい?

 

 それになのはは少し意外に感じながらもそうだと頷いた。ジェイルはそれに頷きを返し、こう告げた。

 

―――私は真司と別れる事を止める事はしない。だが、そのままにはしないさ。どれだけ時間が掛かろうと、また会いに行く。……必ずだ。

 

 それになのははジェイルの想いを見た。犯罪者から一人の人へ戻ったジェイルの心。それを感じ取り、なのははつい漏らしてしまったのだ。自分達の想いを。五代達と別れたままにはなりたくないと考えているのを。

 その話を聞いたジェイルは無言だった。それになのははやや苦笑する。真司との再会を諦めず、今も足掻き続けるジェイルからすれば自分達はどれ程情けないかを理解したのだ。

 

―――でも……強いんですね、ジェイルさんは。私達は、それを諦めちゃってました。……無理だろうって。

―――そんな事はないさ。君達も十分強い。私が受け入れなかった事を受け入れようとした。それもまた強さだよ。

 

 その答えが意外だったため、なのはは目を見開いてジェイルを見る。ジェイルはそんな彼女へ告げたのだ。五代達の世界へも行けるように頑張ってみせようと。それは、自分達の家を取り戻すために力を貸してくれた六課のため。そして、自分と同じようにライダーとの永遠の別れを拒否したいなのは達のために。

 そんなやり取りをしてなのはとジェイルは別れた。それを思い出し、彼女は思う。もしかしたら、自分もジェイルも根底にある想いは同じなのではないのかと。自分を変えてくれた存在へ、かけがえのない思い出をくれた存在へ何か恩返しをしたいと。

 

 それが、なのは達は早く帰れるように邪眼と戦う力を支える事で、ジェイルは真司の世界への道を繋ぐ事だったのではないか。

 

「……なんてね」

 

 そう一人呟き、なのはは視線を集団の中心にいる男へ向けた。それは五代。今はツヴァイやアギトへストンプの話を聞かせている。どうも今度の出し物はそれに決まりそうだとなのはは思った。何せ、ウェンディやセインも興味津々と言った表情で聞き入っているのだから。

 

「じゃ、今度はストンプを見せるよ!」

「「「やった(です)っ!」」」

 

 そんななのはの予想通りに五代が笑顔でそう告げると、アギトとツヴァイ、それにセインが嬉しそうに声を上げる。さり気無くノーヴェとスバルも喜んでいて、それをウェンディとティアナが見て苦笑していた。

 一方、フェイトやはやては揃って一度しか見た事のないストンプを思い出していた。様々な物を使って音を出し、それをリズム良く演奏していく。それは一度しか見ていなくても記憶に焼きつく光景。五代が月村家のキッチンで披露したのは実に見事だったのだから。

 

 ちなみにシグナム達は見た事がない。翔一も同様に。五代が二人へストンプを見せたのは、珍しくなのは達三人が揃って休みを取れ、すずか達と泊まりで遊んだ際だったのだから当然だ。

 周囲へ自身の持つ特技を語る五代を見つめ、感心するような呆れるようなため息を吐いてウーノは呟いた。

 

「……二千の技って言うのは本当なのね」

「そうだ。五代は実に様々な特技を持っている。役に立つものから立たないものまでな」

 

 シグナムは苦笑混じりに答えると、自身も初めて聞いた時同じような印象を抱いた事を思い出した。クアットロはその答えに納得するも、次なる疑問を近くにいたシャマルへ尋ねた。

 

「夢を追う男って言うのはどういう意味なの?」

「えっと、いつか世界中のみんなが笑顔になれるようにって。それが五代さんの夢なの」

「それはまた……あの男らしい夢だ」

 

 トーレは五代らしさをそこから感じて笑みを浮かべた。それにクアットロもシャマルも笑みを浮かべる。ならばとオットーが隣を歩いていた翔一へ視線を向けた。

 

「翔一さんの夢は何ですか?」

「俺? 俺は……自分の店を持つ事かな」

「それで店の名がレストランアギトかよ。お前らしいな」

 

 翔一の笑顔の答え。それにヴィータがやっと名前の付け方に納得出来たのか呆れながらも嬉しそうに言葉を返す。こうなると残る二人へも質問が来る事になるのは誰の目にも明らかだった。ザフィーラはそんな周囲を代表するかのように口を開く。

 

「城戸、お前は何だ?」

「俺の夢……とりあえずはここでの戦いを止める事かな?」

「ぶれないですね、真司さんは」

「それが真司らしさでもあるからな」

 

 真司は自分に問いかけるように答え、それを聞いてフェイトとチンクがそう笑顔で言い合う。こうして最後となるのはやはりこの男だった。仮面ライダーを自ら名乗った彼へディエチが問いかける。

 

「光太郎さんは?」

「あ、僕も聞きたいです」

「私も」

 

 エリオとキャロもそれに興味があるのか視線を向ける。光太郎はそれに小さく笑うが、噛み締めるようにこう言った。

 

「人と自然が共存する世界だよ。いつか……きっといつか、人は本当の平和の意味に気付いてくれる。それまで、俺は平和を阻む全てと戦う。仮面ライダーとして、南光太郎として」

 

 その決意は、五代とどこか近いものがあった。五代の想いが希望なら、光太郎の想いは願望だ。みんながいつか笑顔になると信じる五代。きっと平和になると信じる光太郎。神秘の輝石を持つ二人のライダーは、共に人間を心から信じていた。

 いや、その可能性を信じているのだ。少しでも昨日より今日を、今日より明日を良くしてくれる。そう願うから彼らは、仮面ライダーは人を守り続けるのだ。例え未来を変えられないとしても、今を救えばその可能性はゼロではないと。

 

「……ティア」

「何よ?」

 

 誰もが光太郎の遥かな夢と決意に眩しさを感じている中、スバルはティアナへ声を掛けた。

 

「私も戦うよ。局員としてだけじゃない。スバル・ナカジマとして、平和のために」

「……ったく、すぐに影響受けて。はいはい、仕方ないからアタシはティアナ・ランスターとしてそれに付き合ってあげるわ」

「あらあら、ティアナは相変わらず素直じゃないわね。でも、私そういうの嫌いじゃないわ」

 

 そんな二人の会話を聞いてドゥーエが笑みを浮かべて告げた言葉にティアナはやや慌てスバルは苦笑。ドゥーエとしてはティアナの態度がどこかクアットロを思わせる故に、つい微笑ましく思ってしまうのだ。

 周囲もそんな二人に笑みを浮かべている。それに気付いて余計ティアナが恥ずかしくなったのか早足で歩き出した。その後を追うようにスバルも速度を速める。そんな二人を見たノーヴェは悪戯めいた顔をしてその背中を追う。

 

「おい、アタシも協力してやるよ」

「え? ノーヴェも?」

「ああ。何せスバルだけじゃティアナの負担にしかならねえだろうからな」

「む、そんな事言うんだ。ノーヴェは私の事言えないと思うんだけど?」

「だからアタシがいるんスよ。これで大丈夫ッス」

 

 スバルがノーヴェの言葉に振り向き速度を落として会話を始めると、そこへ見計らったかのようにウェンディが顔を出す。ティアナはそんなやり取りが聞こえていたのか、その場で振り返ると視線で問いかけていた。どういうつもりだと。

 それにノーヴェとウェンディが二人が自分達と似てるからだと揃って告げる。その答えにスバルとティアナは一瞬茫然とするも、たしかにそうかもと感じて納得。そしてティアナはウェンディの存在に感謝するようにサムズアップを送り、彼女もそれを返す。

 

 スバルとノーヴェは揃ってその光景に不満を抱くも口には出さず。そんな様子に誰もが笑った。その笑い声はやがて全員のものとなり、ミッドの空へ響くのだった。

 

 

 

 ベルカ自治区にある聖王教会。その一室であるカリムの執務室では、クロノとロッサが彼女と三人である事について話し合っていた。はやてから報告のあった予言の龍騎士。龍騎の事に関連する諸々だ。神と思わしき相手と翔一が戦い、これに勝利した事などもそれには含まれていた。

 無論、それをカリムとロッサはその部分を信じる事が出来なかった。だがクロノは違う。クウガとアギトを実際その目で見、邪眼と戦ったためにその話を信じる事が出来たのだ。それを彼は二人へ告げる。神であろう相手にアギトが勝利した事を信じると。

 

「では、はやての話は事実だと?」

「ええ。貴女とロッサは知らないでしょうが、仮面ライダーの生き方は僕ら局員が……いや、人が目指す理想そのものです。例え神であろうと、それが生命を滅ぼし害を為すのなら彼らは立ち向かい、勝利してみせるでしょう」

 

 クロノはそう断言した。その一切の迷いも躊躇いもない声に二人は互いの顔を見合わせる。クロノは嘘や偽りを言う者ではない。そう知っているからこそ、カリムもロッサもその報告を信じる事にした。

 彼らは何もはやての報告をまったく信じていなかった訳ではない。だが、全てを信じる事は出来なかったのだ。特に、その神と思わしき相手と戦ったなどは。

 

「……分かりました。でも、まさか翔一さんがそんな凄い人だったなんて……」

「気持ちは分かるよカリム。僕だって同じさ。どこからどう見ても、お人好しの天然さんだったしね」

 

 二人は翔一との出会いを思い返し、そう苦笑しながら言った。そう、あれは今から三年前の事だ。はやてが紹介したい人がいると言ってカリム達の前に連れて来た男。それが翔一だった。そして、はやてはカリム達へ告げた。翔一こそ仮面の戦士の一人なのだと。

 その証拠とばかりに翔一は目の前で変身してみせた。その異形を見たカリム達は驚きを見せたが不思議と恐怖は感じなかった。シャッハもそれは同じだったらしく、珍しく身構える事もせずにアギトをまじまじと見つめていたのだから。

 

 カリム達が見つめる中、はやてはこう告げた。翔一がいたからこそ今の自分達があると。そして、これから起きるであろう事件にも翔一が力を貸してくれるから。そう笑顔で告げるはやてを見てカリム達は思わず苦笑してしまう事となった。

 何故なら、隣のアギトが驚いたように反応し聞いてないと言い出したのだ。そこから二人の話が始まり、カリム達はそのやり取りを聞きながら笑いを堪える事が出来なかった。少女と異形の存在が至って平然と会話する光景。それも、こんな会話をしていたのだから。

 

―――何や。翔にぃは人助けしてくれんのか?

―――いや、そうじゃなくて、どうして言ってくれなかったの?

―――言わんでも頷いてくれる思った。

―――まぁ、そうだけど……

―――ならええな!

―――え? うん。

 

 その光景を思い出し、カリムとロッサは揃って笑う。そう、あれだけで分かったのだ。例え姿形が変化しようともアギトは翔一なのだと。だが、カリムは仮面ライダーを知りながらもはやて程の信頼感は持たなかった。故に、あの予言に不安を抱いていたのだから。

 しかし、今回の話を聞いてカリムははやての不安の無さに理解が出来た。神と戦い勝利してみせた仮面ライダー。その力を知っていたからだろうと。本当はそうではないのだが、カリムがそれを知る事は出来ない。

 

「それにしてもジェイル・スカリエッティと協力する事になるなんて。改心したとありますが……」

「確かに信じられない話でしょうね。しかし、彼も仮面ライダーといたとの事ですからきっとその影響を受けたのでしょう」

 

 カリムの言葉にクロノは頷き、五代や翔一を思い出してそう結論付けた。何せ復讐を考えていたリーゼ姉妹さえ変えてしまった二人だ。きっと、そのジェイルといたライダーも同様の影響力を持っていたのだろう。そうクロノは考えていた。

 ロッサはそんなクロノの考えが分かったのか苦笑して頷いた。カリムはどこか楽しそうに微笑んでいる。そう、二人はクロノやはやてを見てその言葉に説得力があると思ったのだ。

 

「クロノ君もはやてもその一人だもんね」

「確か……こう、でしたか?」

 

 二人がクロノへ見せたのはサムズアップ。今や五代と関わった者達共通の仕草だ。いや、それだけではない。なのはなど影響を受けた者達が静かにではあるが管理局に浸透させていたのだ。そのためか、それは五代を知らぬ者達にはなのは達の代名詞にもなりつつあった。

 

「そんなに良くやるか?」

「うん」

「ええ」

「……そうか」

 

 二人の笑顔の即答にクロノはやや苦笑混じりに答えた。あの邪眼との戦いが終わった後、クロノは五代と翔一のようなあり方に憧れた。それは力を欲するのではなく、いつでも誰かのために戦おうとする姿勢だった。

 彼も元々そういう事を目指していた。だが、具体的な目標を得たクロノは以前にも増して執務官として職務に励んだ。犯罪者であろうと、反省を示し更生しようとする者は心から世話を焼き、例え上司であろうと差別や偏見を持つ者には断固として立ち向かった。

 

 いつか二人と再会出来た時、胸を張って会えるようにと考えて。その甲斐あってか五代とは結婚式で再会が叶い、翔一とは期せずして再会した。その時、クロノは二人の凄さが改めて分かったのだ。

 二人は時間を超えてしまったにも関らず、自分と再会した時それをもう気にしていなかった。そんな状況にも関らず自然体でいられる二人の姿に改めてクロノが感心したのは言うまでもない。自分も彼らのように、誰に対しても何に対してもそんな心構えでいたいと思ったのだから。

 

「そうそう。確か、近々ホテルアグスタでロストロギアオークションが行なわれるのです。それでロッサがスクライア司書長に同行するのだけど、そこへ六課を向かわせる事は出来ないかしら?」

 

 五代達の事を思い出していたクロノへ突然カリムが告げた内容。それに彼は軽い疑問を感じたが、そこに出て来た名前からその理由を悟った。

 

「まぁ、六課は表向き遺失物関係の部署ですから可能ですよ。ただ、公私混同はどうかと……」

「クロノ君は堅いなぁ。これはちゃんとした仕事だよ。それに、邪眼だっけ? それがロストロギアを狙わないとも限らないでしょ。……レリックの事もあるし、ね」

 

 最後のロッサの言葉にクロノは息を呑んだ。確かに予言には旧き結晶という記述がある。それがロストロギアであるレリックである事は報告から間違いない。だが、もしも邪眼が他のロストロギアにも興味を示すとすればアグスタが危ないのだ。

 そこで扱われるロストロギアは危険性がない物だが、邪眼がそんな事を知るはずもない。それに、もしかすると邪眼ならば危険性のないロストロギアさえ劇薬のような物へ変質させる事も出来るかもしれない。そんな風に考え、クロノは用心するに越した事はないと結論付ける。

 

「……そうだな。念のため、六課にはアグスタへ向かってもらおう」

「そうそう。僕も久しぶりにはやてに会いたいしね」

「ロッサ。そういう事は思っても口に出さないの」

 

 カリムの軽く叱るような声にロッサは少しだけおどけてみせた。それに二人は呆れつつも楽しそうに笑みを浮かべる。そして、そのまま三人は今度の事を見据えた話を再開するのだった。

 

 

 同時刻、本局内無限書庫。ユーノはそこでリーゼ姉妹に手伝ってもらいながら従来の仕事と並行してある事を調べていた。それは、幼馴染であるはやてからの依頼。

 

「……聖王のゆりかご。二つの月の魔力を使い、凄まじい力を発揮する浮遊要塞か」

「恐ろしいわね。でも、決して」

「無敵じゃないさ。ライダー達もいるんだしね」

 

 手に取った本を読んでユーノが呟いた言葉。それにアリアとロッテがそう応じた。二人は闇の書事件以後、前線から退き後進の育成へ力を注いでいた。クロノがそれを薦めたためだ。二人には人材育成の方が向いていると言って。

 その裏にはグレアムとの時間を取れるようにという配慮がある事を二人は察していたが、敢えてそれを指摘する事はせずクロノの提案へ乗ったのだ。現在二人は様々な訓練校へ赴き、その指導に当たっている。

 

 ユーノは二人の声に頷き、視線を本へ戻す。はやての依頼であるゆりかごの調査。資料自体は聖王関連ともありかなりの物があったが、ゆりかごはその中でもかなりの要素を占めていた。

 曰く、古代ベルカの戦乱を収めるに至った要素の一つ。聖王さえ乗っていれば、二つの月の魔力を受け無限にも等しい力を発揮する。攻守に渡り優れた力を持つその性能故に、聖王はそこで生まれ死んでいく事を選ぶだろうと言われた程だ。そのような意味合いからゆりかごと名付けられたらしい。

 

 その記述を読み終え、ユーノは静かに息を吐く。詳しい話は聞いていないが、なのはが言うには邪眼はかつて仮面ライダーが倒してきた怪人を創り出し送り込んでくるだろうとの事。それは、五代へ何度も戦いを強いる事になる。

 ユーノはそう考え、何とも言えない気持ちになった。ユーノは五代と接し、共に次元世界の遺跡について話した事もある仲だ。その絆は、下手をすればなのはやすずか以上かもしれない。

 

(五代さんは、戦いを嫌っている。いや、クウガになる事自体もどこかで嫌がってる。でも、きっとクウガだから戦うって……そう、言うんだろうな……あの人は)

 

 ユーノが思い出すのは五代と過ごしたある夜の事。遺跡近くでキャンプを張り、二人で焚き火を囲んでした話。ユーノが五代へ尋ねた事がキッカケで始まった、忘れる事の出来なくなった思い出。

 

―――五代さんの世界の古代人は、どんな暮らしをしてたんです?

 

 考古学者として純粋に気になったからのそれに、五代は桜子から聞いたおぼろげな知識を思い出し何とか話した。農耕民族で争いを好まず平和で穏やかなリント。それが、自分達の先祖に当たる民族と五代が告げると、ユーノはそれに頷いたが同時に疑問も抱いた。ならば、何故クウガのような存在を生み出したのだろうと。

 それに五代は簡単に未確認の話を聞かせた。残虐で残忍な戦闘民族グロンギ。アマダムと同質の鉱石を体内に宿し、その力を使って殺戮を楽しんでいたのだと。それにユーノは納得し、そのための自衛手段としてクウガが誕生したのだと結論付けた。

 

―――と言う事は、その古代のクウガもグロンギと戦ったんですね。

―――うん。それで、未確認を封じ込めたんだって。アマダムの力を使ってね。

 

 五代の答えにユーノは違和感を感じた。何故古代のクウガは封印しか出来なかったのだろうと。どうして現代に甦ったクウガである五代は封印ではなく倒す事が出来たのだろうか。それをユーノが五代へ問いかけると、彼もそんな事は考えてもみなかったと告げ、腕を組んで考え出した。

 焚き火の爆ぜる音だけが周囲に響くそんな静寂。だが、五代がやがて苦い表情を浮かべた。それにユーノは気付き、どうしたのだろうと見つめた。すると、五代はユーノへ自分が思いついた推測を告げた。

 

―――俺がさ……未確認なんかいなくなれって思ったからじゃないかな。

 

 その言葉の意味がユーノには理解出来なかった。五代は、そんな彼へアマダムの説明を始める。持つ者の意思に応え、力を与えるアマダム。故に古代のクウガはグロンギを倒すだけではなく、愛する者達を守りたいと考えた。殺すのではなく護る。それに重きを置いた気持ちだったからグロンギを封じるしかなかったのではないか。

 その推測にユーノは理解を示し、こう補足した。もしかすれば、平和で温厚なリント達の文化には”殺す”という概念自体が無かったのかもしれないと。だから勝利してもグロンギが死ぬのではなく、破壊や殺戮が出来ないようにする事しか出来なかったのではないか。

 

 それに五代は感心したように声を漏らし、何かを考えてそうかもしれないと肯定した。そして桜子とユーノは話が合いそうだと思い、五代は笑顔で彼女の事を話し出す。そこから始まる五代の思い出話。それをユーノは聞き、相槌を打ったり、質問したりとしていたのだが、やがて五代がふと呟いた。

 

―――やっぱり……俺、冒険家でいたいなぁ……

 

 それがユーノにはとても儚く聞こえた。何故ならば、五代はクウガとして戦う宿命を背負ってしまった。仮面ライダーとして人知れず闇と戦う使命を。ユーノはそれを考え、五代の呟きが秘めたものを感じ取ったのだ。

 

―――……戻れますよ、絶対。

 

 だからこそユーノはそう言い切った。それは、五代が”クウガ”ではなく”冒険家”として過ごせるようになると言ったのだ。五代もその言葉の意味を気付き、驚きを見せる。そんな彼へユーノはこう続けた。

 

―――冒険だけする五代さんに……必ず戻れます。クウガとしての寄り道は、きっとここで終わりますから。

 

 その言葉に五代は声を失った。ユーノが言った言葉が、あの吹雪の中での一条の言葉を思い出させたのだ。こんな寄り道はさせたくなかったとの言葉。故に、五代はユーノに一条の面影を重ねた。

 そして、五代はその言葉を噛み締めて笑顔を返した。その笑顔と共にサムズアップを添えて。それにユーノもサムズアップを返す。そんなとある夜の思い出だ。

 

「……スクライア司書長、またロウラン提督から資料請求がきています」

 

 そんな事を思い出していたユーノを女性の声が現実へ引き戻した。その相手へユーノは視線を向ける。そこにいたのはやや鋭い目をした眼鏡の女性。つい最近無限書庫へ配属されたルネッサ・マグナスと言う名の司書だ。

 

「分かった。検索はこちらでやるから後は君に任せていいかな、ルネ」

「はい。では……」

 

 ルネッサはユーノの言葉に頷き、検索魔法で導き出された棚へ向かって書庫内を移動していく。それを見つめ、リーゼ姉妹が感心したように呟いた。

 

「彼女、もうそこまで出来るのね」

「大したもんだ」

「まあね。事務能力も高いし、実際結構助かってるよ」

 

 ユーノがそう言うとリーゼ姉妹はレティに感謝しないといけないと言って苦笑する。ユーノもその表情を見て同じように苦笑。何せ、その見返りとして無限書庫への資料請求依頼が増えているからだ。リーゼ姉妹はそれを知らないが、その性格は知っているため予想出来たのだろう。

 その後も三人はゆりかごについて調べると同時に並行世界関連の資料も探す。そして近く行なわれるロストロギアオークションの話がここでもされる。そこへ出席する事になっているユーノへ軽いからかいをしつつ、三人は時間を過ごすのだった。

 

 

 

 地上本部にあるレジアスの執務室。そこでオーリスは機動六課からの報告に頭を痛めていた。怪人を自称する謎の生命体が隊舎を襲撃してきた。それを裏付ける映像と証言を前にしてだ。

 彼女はレジアスに報告する前に自分が軽く目を通そうと思ったのだが、見なければ良かったと思ったぐらいに後悔していた。

 

「……何なのよ、これは。一体、何だって言うのよっ!?」

 

 化物としか表現出来ない怪人の姿。それと戦う異形の存在、仮面ライダー。しかも報告では、その化物は量産可能である可能性も示唆されていれば尚の事。これで不安にならない方がおかしいと思えるような内容がその報告書には記載されていたのだ。

 

「……六課は、仮面ライダーはこんなのと戦うというの?」

 

 レジアスが唱える質量兵器の解禁。それをしたとしてもこれには勝てないとオーリスは思った。中途半端な魔法も簡単な質量兵器も意味を成さない。そんな印象を与えるには、怪人の見た目と能力は十分だった。

 精鋭揃いで陸への侵略者と揶揄される六課でさえ、仮面ライダーがいなければ倒せなかっただろうと書かれていれば余計だろう。実際見た映像もそれを裏付けていた。怪人達へとどめを刺したのはいずれも仮面ライダーだったのだから。

 

 実は、オーリスはグレアムがレジアスへライダーの話をした後、独自でライダーの事を調べていた。そこで分かった事は彼女が思っていたよりもライダー達と遭遇した事のある者は少なくなく、いずれもその遭遇時に同じ感想を抱いた事。

 

―――不思議と安心感を覚えた。

 

 みな、恐怖よりも頼もしさを感じていたのだ。その外見よりもその行動へ意識を向けて。そして、もう一つ分かったのは彼らはミッドでしか目撃されていないという事。三人が三人とも独自のバイクを駆り、颯爽と現れていたのだ。

 まるで、声にならない叫びに導かれるように。罪無き命を、失われそうな未来を救わんとするかの如く。市民だけではなく局員達にまでその活躍と存在は広まっていて、風にその名を呼べばやってくると言った都市伝説さえ生まれる程に。

 

「……父さん、もしかしたら今は、陸だの海だの言ってる場合じゃないかもしれないわ」

 

 今後起きるであろう怪人達の動きを予測したものを見つめ、オーリスは誰にでもなく呟いた。管理局が一丸となって事に当たらなければいけない。そんな風に感じさせる内容がそこにはあったのだから。

 それは、はやてが光太郎から教えてもらった歴代の組織が目指したもの。あくまでも、ライダーから聞いた情報として書かれたある言葉。だが、それは管理局にとって見逃す事の出来ない言葉。

 

 怪人達の目的は、世界征服である……。



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初連携と決意の言霊

某所で名台詞と評して頂けた箇所がある回です。OPの歌詞をイメージしてのものでしたが、それ故にらしさが出たのかと思います。


 あの光太郎発案の模擬戦は実に多くの課題を六課に理解させた。それは、ライダー達への支援や連携の難しさだ。結果はRX率いるチームライトニングが勝利した。やはりRXの能力の高さと経験の多さがライダー戦にもチーム戦にも有利に働いたためだ。

 しかし、一番の要因はフェイトがRXと多くの時間を過ごしていた事。そう、結果として一番ライダーとの連携が取れていたのだ。クウガとなのはもいい動きを見せていたのだが、やはり接近戦が出来るフェイトに比べると彼女は援護はともかく連携がやや不向きだった。

 

 一方、はやてはアギトとの共闘自体が初めてであり、広範囲魔法を得意とする彼女では連携そのものが難しかった。ザフィーラやヴィータなどは接近戦もこなせるためいい動きを見せていたのだが、汎用性が高いRXやクウガの前では苦戦を強いられ敗退。

 ヴァルキリーズは龍騎との連携はそれなりだったものの、龍騎はベントカードの使用が一度きりなのが響いて敗北。それでも人数を活かして善戦したので満足出来る内容といえる。

 

 ちなみにシグナムとアギトのユニゾンは高い融合係数を発揮。その力はユニゾン龍騎には及ばなかったものの、強烈な存在感を周囲に示した。アギト自身も本気で、真司と出会う前に会っていれば即決だったと思ったぐらいに。

 しかし、まだ彼女は真司からロードを変更する気にはなれず、シグナムとは求められればユニゾンする相手に留めるのみだった。真司としてはもうロードにすればいいと思ったのだが、それを決めるのはアギト自身とも考えているのであまり強くは言わなかった。

 

 こうしてそれぞれが感じたのは、ライダーに無理に合わせるのではなく自分達の出来る事を懸命にやろうとすればいいという事だった。実際RXとフェイトがそうだった。互いが互いの動きに合わせるのではなく、互いの最善を尽くす事に傾注した結果見事な連携へ繋がっていったのだ。

 

 そして、次の日から早朝訓練は形を変えた。RXがライダー達の戦力を底上げする事と互いの連携を高めるためにライダー同士で二人一組となっての訓練を開始。なのは達はスターズとライトニングの小隊としての連携とフォワードメンバーの連携を意識した訓練をスタートした。

 ヴァルキリーズは十二人での連携と並行し、どんな組み合わせでも高い連携を出来るようにとの訓練を始めた。はやてはシャマルやザフィーラ、リインと共にそれぞれの訓練を見学したり、時に参加したりしながら意見や感想を言う役目を担う事となる。

 

 この日もそんな実りある訓練を終えて五代達はそれぞれ通常業務をこなしていたのだが、はやてへある人物からの連絡が入った事で事態は動き出すのだった。

 

「ホテルアグスタの警備?」

『ああ。ロストロギアオークションが行なわれる事は知っているか?』

 

 部隊長室の椅子に座りながら、はやては書類を片手に画面に映るクロノへそう反応した。彼はその言葉に頷き確認を取り始めた。はやてもその事を少し聞いていたのか特に疑問を浮かべる事なく頷く。

 それをキッカケにクロノが簡単な経緯を説明し出した。邪眼がレリックなどのロストロギアに興味を抱いたとすれば、そこを襲う可能性がない訳ではない。そのため、念のため六課に出動依頼を出したいのだと。

 

 それを聞いてはやてはすぐ理解を示した。邪眼の恐ろしさは管理局自体には知られていない。いや、知られないようにしたと言う方が正しいかもしれない。リンディを始め誰もが思ったのだ。邪眼の存在を知れば管理局全体に恐怖心を与える事になりかねないと。

 

 闇の書の闇をも飲み込み、自分の力へと変えた邪眼。そんな存在がいて、尚且つこのミッドを狙っているとなれば混乱は必死だ。何せ、歴戦の騎士であるヴォルケンリッターや幾多の現場を経験したクロノ達でさえ、それと対峙した時は神経をすり減らしたのだから。

 であれば、一般の管理局員がどうなるかなど簡単に予想出来る。だから、誰も邪眼の存在を知らせるつもりはなかったのだ。前もって心構えをしておける者はいい。だが、大半がそれに立ち向かう事が出来ずに恐怖に飲まれてしまうだろうと。なのは達も、仮面ライダーがいたからこそ何とか立ち向かえた部分があったために。

 

「……分かった。なら、翔にぃ達も連れていくわ」

『そうしてくれ。ああ、それと念のためそちらにも一人はライダーを残しておいた方がいい』

「そやな。なら、ヴァルキリーズと真司さんには残ってもらうわ」

『そうか。たしか龍騎、だったな。一度その城戸真司という男にも会ってみたいが……』

「今度カリムのとこ行く時、連れてくわ。なのはちゃん達と五代さん達も連れてこ思っとったし」

 

 はやてがそう言うとクロノは少し楽しみだと告げて通信を切った。はやてはその最後の言葉に小さく笑みを浮かべ、なのは達へ部隊長室へ来るように連絡を入れるのだった。

 

 

 

 六課所有のヘリが空を行く。だが、その中に乗っているのはフォワードメンバーであるスバル達だけではない。シャマルやザフィーラと言った後方支援のはずの者達もいるのだ。

 しかし、その代わりになのは達隊長達の姿がない。シグナム達副隊長はいるというのにだ。その理由というか、キッカケは今から遡る事一時間前までに遡る。

 

 あの後、真司達に残ってもらう事になり、なのは達はヘリでアグスタまで向かう事になった。だが、五代と翔一が念のため自分達はバイクで向かう事を提案したのだ。それは、怪人戦になった時の事を見越しての事。はやて達もそれに納得し、二人はバイクでとなった。

 すると光太郎がならば自分もアクロバッターでと言い出し、ライダー三人はヘリではなくツーリングの様相を呈する事になった。そこでティアナが何かを思い出したように五代への頼んだ事。それがこの後の流れを決定づけたのだ。

 

―――今度休みになった時、ビートチェイサーを貸してくれませんか? それで翔一さんと約束してたツーリングをしたいんです。

 

 それを五代が快諾したのだが、はやてがその言葉に反応しどういう事か詳しく内容を聞き出した。そして何を思ったのか、彼女は話したい事が出来たので翔一のバイクでホテルへ向かうと言い出したのだ。ティアナが翔一のバイクの後ろに乗り、デートもどきをした事に思う事があったために。

 当然それに周囲がやや困った反応を見せる中、翔一は別に構わないと告げて一件落着―――かに見えた。しかし、今度はフェイトが自分も光太郎の後ろに乗って行きたいと告げた。それは、ホテルの場所を知っている者がいた方がいいだろうとの考え。

 

 確かにヘリを追走すればある程度の道は分かるが、念には念をとの説明に周囲も納得したのだが、その裏に何かある事をなのはだけは気付いていた。

 

 それを知るはずもない光太郎は、助かるとばかりに笑顔を浮かべフェイトへヘルメットを手渡した。それを受け取りどこか嬉しそうに笑みを返すフェイトを見て、なのはが自分も五代の後ろへ乗ると言い出したのは、もう流れとしか言いようがなかった。

 仕事に向かうというのにどこか遊びに行くかのような雰囲気の二人。そのお目付け役として自身は行こうと考えたのだ。そんななのはの気持ちは五代にも分かったのだが、これでは彼女も同じではないかと思ったのは当然だった。

 

 故に五代は苦笑しながらなのはへ予備のヘルメットを渡し、こうして隊長三人はそれぞれライダーのバイクの後ろに乗ってアグスタを目指す事になったのだ。

 

「……私もビートチェイサー乗りたかった」

 

 窓から下の道を走る三台のバイクを見つめ、スバルが羨ましそうにそう呟く。それを聞いて、隣に座るティアナが少しだけ自慢するように心の中で呟いた。

 

(アタシは乗ったもんね。今度は自分で運転出来るから楽しみだわ)

 

 小さく笑顔になるティアナ。それに気付かず、スバルはずっと視線を下へ向けていた。それを見つめるエリオとキャロは苦笑するものの、自分達もいつかアクロバッターやライドロンに乗せてもらおうと考える。

 しかし、それは口に出さずにいようと念話で話し合い二人は笑う。それを眺めてシグナム達八神家は微笑むのだった。

 

 一方、そんな事を知るはずなく三台のバイクがヘリを追い駆けるように走っていた。先頭はアクロバッター、続いてビートチェイサー、翔一のバイクという順に。フェイトは光太郎からアクロバッターの前身であるバトルホッパーの事を聞いていたし、なのはは五代とアグスタにはユーノも来ている事を話題に楽しそうに話していた。

 だが、はやてはずっと翔一へ恨み言のような愚痴のような言葉を投げかけ続けていた。それは、ティアナとの出来事を聞いたが故のもの。彼女の妹分としての密かな憧れ。それを知らぬ間に他者が叶えていたのだから。

 

「……何で教えてくれんかった?」

「いや、言う必要もないかなって思って」

「わたし、再会して最初の休みに言うたやんな? 翔にぃのバイクに乗せてもらうんが小さい頃からの憧れやったって。なのに一番がわたしやなかったなんて……」

「あ、ごめん! そうだったね! 本当にごめんっ!」

「ええよええよ~。どうせ翔にぃにとってわたしはそれぐらいの存在やったんや」

 

 ふてくされるように口を尖らせるはやてに翔一は何も言う事が出来ない。そう、はやては密かに翔一のバイクに乗せてもらう事を夢見ていた。翔一が帰ってくる事を信じて休みの日にバイクを洗ったりしながら一途に思い続け、彼女は彼が帰ってきてすぐの休みにその夢を実現した。だが、それが自分が叶える前に別の女を乗せていたとなれば拗ねたくもなるというものだ。

 確かに言う必要はなかっただろう。翔一ははやての憧れを”自分のバイクで”の部分にこだわっていると考えていたのだから。しかし、はやてとしては”翔一の運転する”バイクにこだわっていたのだ。その認識の違いが実に男女の差を示している。

 

 そのまま二人の間に気まずい空気が流れる。何とか互いに落としどころを探すものの、中々いい考えが浮かばず沈黙したままだった。そんな二人とは違い、どこか兄妹のような雰囲気さえ漂わせ、五代となのはは会話に花を咲かせていた。

 

「そっか。考古学者としてロストロギアの解説を……」

「はい。昨日話した時、ユーノ君が少し緊張するって言ってました」

「ははっ。ユーノ君らしいね」

「でも、まさか行く事になるなんて思わなかったです」

「きっと驚いて、すっごく喜ぶと思うよ、ユーノ君」

「はいっ!」

 

 そう嬉しそうに言ってなのはは笑う。それを感じ取り、五代も笑う。共にユーノとは浅からぬ関係がある二人だが、なのはにとってはそれだけではない。彼女からすれば五代は自分の生き方に大きな影響を与えたもう一人の兄のような存在だ。

 困った時や悩んだ時、迷った時にも五代の言葉やその考えが彼女の道の助けとなったのだ。みんなが出来る限りの無理をすればきっと上手くいく。いつでもみんなの笑顔のために。そんな言葉の数々がなのはのこれまでを支えてきた。

 

 彼女が教導隊に入った時もそう。自分がいつか人に教える事が出来るようになるのか、どうすれば自分の全てを伝える事が出来るのか。そんな事を考えた時、五代ならどう言うかと考えて、なのははこう結論付けたのだ。

 自分を分かってもらう事も、他人を完全に理解する事も出来ない。そんな事は神様でもなければ無理。だから、少しでもいいから互いを思いやって、分かり合えるようにするしかない。そのために自分がまず相手を思いやる事から始めようと。

 

(この人は何を言いたいんだろう。何を伝えたいんだろう。そんな風に考えるようになったら、いつの間にか自然と教導官になってたんだよね……)

 

 人を理解しようと努力する。それが人に理解してもらう一番の方法。それをなのはは自然と体現していたのだ。教える事は押し付けではなく伝える事。少しでも自分から何かを得てもらう事が出来れば、それが教導なのだ。それがなのはの持論になっていたのだから。

 

 そんな風になのはが今の自分の指針を思い返している前方では、フェイトが光太郎と既に話題を変え少し真剣な話をしていた。

 

「……そうか。やはりジェイルさんも知らないと」

「はい。スバル達とは違う技術を用いてトーレ達を生み出したと言ってました」

「そうなると……一体どこに」

「分かりません。もしかすると、もうどこかで亡くなった可能性もあります」

「そうならそれでもいいんだが……」

 

 光太郎の搾り出すような呟き。フェイトはそれが聞こえないでも何となく察したのだろう。同じように表情を歪ませていた。スバル達姉妹を作り出した存在。それは、未だに情報がないままだった。ジェイルから聞けたのはナカジマ姉妹がジェイルの使った技術とは違う技術で生み出されたという事だけで、ジェイル自身もそれが誰の手によって作られたのかは知らないとの事だった。

 光太郎はそれを聞いて、残念に思う気持ちと同時にどこかで嬉しく思っていた。ジェイルが言ったのだ。自分以外で戦闘機人を作っている者はおそらくいないと。その証拠は、未だに戦闘機人を使った犯罪や事件が起きていない事だ。

 

(こうなると、戦闘機人の技術はあまり広まっていない可能性がある。このまま、埋もれていってくれれば……)

 

 ジェイルをして簡単に作り出す事は出来ないと言わしめる戦闘機人。ジェイルは自身の持つ技術をもう広めるつもりはないらしく、このまま闇に葬りたいと考えているのだ。それを聞いた光太郎は真司へ仮面ライダー十四号の名を贈りたくなった。

 真司がジェイルを変えたからこそ、戦闘機人の技術を世に広めずにいたのだから。そして、それの放棄と隠滅まで考えている。これは、仮面ライダーとしてはかなりの意味を持つ事だった。改造人間とどこか近いものがある戦闘機人。それを作り出す技術を捨てさせるという事は、将来改造人間を生み出す可能性を完全に絶つ事にもなるのだから。

 

 そんな事を考えている光太郎の視界の先に大きな建物が見えてきた。それがアグスタだと理解し、彼は後ろのフェイトへ軽く視線を向ける。

 

「フェイトちゃん、そろそろホテルに着くよ」

「あ、本当ですね」

 

 光太郎に言われ、フェイトはどこか寂しそうに声を返した。その瞬間、光太郎は自分へ回されていた腕の力が少しだけ強くなったのを感じる。まるでこの時間が終わるのが嫌だと言うようなフェイトの反応を。

 そして、その底に秘められた感情を考えた光太郎は表情に一瞬喜びを浮かべるもすぐに悲しみへと変えた。それが正しいかは分からないが、もしそうならと考え彼はこうフェイトへ返した。

 

「そんなに気に入ったなら、今度また休みにでもこうして乗せるよ」

「えっ?」

「いや、腕の力が強くなったからね。まだ乗っていたいのかなって。バイクには車とは違った魅力があるから、そこを気に入ったのかなって思ったんだ」

 

 光太郎は敢えてフェイトの気持ちに気付いてないようにそう軽い感じで告げた。それを聞いたフェイトの反応から自身の推測を確かめようと思ったのだ。すると彼女はどこか戸惑いを抱くも笑顔で是非と返した。それに光太郎は頷き、少しだけ速度を上げた。

 フェイトの気持ちは自身が予想したようなものではないのかもしれない。そう判断し、光太郎はアクセルを解き放つ。光太郎は知らない。まだフェイトは自身の彼への想いに気付いていないだけなのだと。黒い勇者と黒い魔導師。この二人の歩く道はまだ交わり続ける。

 

 その頃、六課で留守番を任された真司達はそれぞれの場所で懸命に働いていた。

 

「……うし、これでいいかな」

「どれ? ……五代の味に近いが、やはりどこかお前の味だな。まぁ、それでも美味しいからいいが」

 

 カレーの仕込みを終えた真司。その身につけるエプロンは龍騎のマーク入り。そう、つい最近真司は自分用のエプロンを完成させたのだ。無論、チンクとセインが欲しがったのは言うまでもない。

 その後ろからリインが味見とばかりに少しだけ小皿に取り、真司に対しそう評した。それに彼は喜べばいいのか落ち込めばいいのか分からず反応に困っている。それを見て、リインは楽しそうに笑った。

 

 チンクとセインはそんな光景を見て苦笑。今日は五代も翔一もいないためレストランAGITΩと喫茶ポレポレは休業となり、代わりに一日だけの営業という形で食事処花鶏(あとり)が開店する。そこで出来るだけ二人の味を再現しようと真司が奮起しているが、悉くリインの厳しい評論の前に撃沈しているのだ。

 

「真司兄、苦戦してるね」

「何、あまり堪えておらんさ」

 

 そういう二人は花鶏の一押しである餃子の仕込み中。しかも、今日は五代と翔一がいないために手伝いとして、更にここに加わっている者が二人いた。

 

「はい。こっちは終わったわよ」

「チンク姉、後何すればいい?」

 

 ドゥーエとノーヴェが受け持っていた仕込みを終え、視線を二人へ向ける。彼女達はそれぞれ手伝う相手や組み手相手がいないため、手が空いている所を真司がスカウトしてきたのだ。その声にチンクが次の指示をリインへ求め、それに従いドゥーエ達が動き出す。

 

「しかし、こんなに餃子の餡を作って大丈夫か?」

「心配ないって。絶対足りなくなるからさ」

「そうそう。兄貴の餃子は六課でも人気だし、今日はあの二人もいないからな」

「一応ポレポレカレーやアギトセットなどを真司が再現するが……おそらく人気は餃子へ集中するだろう」

「そ。だからいつも以上の量を確保しておかないとね」

 

 リインの疑問へ四人はそう返して笑みを見せる。そこから真司の餃子に対する自信を見て彼女は嬉しそうに笑った。真司とヴァルキリーズの信頼関係を改めて見たために。そこからリインへ四人は真司の餃子に関する思い出を語り始める。

 そんな女性五人が和気藹々と開店の支度を進めていく隣では、真司が一人黙々とアギトセットとアギト御膳の再現に挑んでいた。きっとそれもリインの受けはそこまで良くないだろう。それでも彼はめげずに頑張るのだ。それが城戸真司という人間故に。

 

 一方、いつもと変わらぬ顔ぶれの場所もある。それはデバイスルーム。ジェイル達のいる場所だ。だが、いつもと違う事もある。そこにいる者達はこの日も対邪眼対策に励んでいたのだが、やっている作業が若干異なっていたのだ。

 

「シャーリー、これはどうかな?」

「……凄い。これなら組み込みを開始出来ます!」

「そうかい。それは良かった」

 

 ジェイルはシャーリーの言葉に笑みを返すと視線をモニターへ戻した。今二人が取り組んでいるのはAMF対策ではなく六課魔導師のデバイス強化だった。龍騎からのデータを使った材質強化や魔力弾の威力向上などだ。

 無論AMF対策も並行して進めてはいる。だが、一向に進まぬ物よりも多少なりでも進む方へ意欲が向いても仕方ないだろう。ちなみにジェイルはシャーリーから愛称での呼びかけを許可された。というよりは彼女がそれを求めたのだ。仲間であるのだから余所余所しいのは嫌だと。それにジェイルは少し意外そうな表情を浮かべたが、有難く受け取ったという訳だ。

 

「ドクター、例の施設も外れです。こうなると、あの辺りが怪しいですね」

「そうか。意外と大胆だね、老人達は」

「のようです」

 

 ウーノはISを使い聖王のコピーが培養されている施設を割り出していた。残った箇所も少なく、しかもそれはミッドの中心部に近い場所ばかりなのだ。故にジェイルは大胆と評し、ウーノもそれに同意したのだから。

 それと施設の割り出しが一段落してきた事もあり、ウーノはそれと並行して進めている事があった。それはジェイルが関わっていた管理局関係者であるレジアス・ゲイズとのコンタクトだ。

 

 理由は一つ。ジェイルが一番接触を持っていた相手だったから。邪眼が自分を装ってレジアスと接触する事を懸念したジェイルは、ウーノへ彼への連絡を一番に命じた。そしてジェイルはレジアスへ現状を伝え、協力して一手打つ事にしたのだ。

 それは、邪眼から接触があった場合、何も知らぬ風に応じて意図的に地上本部の正しい内部情報を教える事。おそらくそれを聞いた邪眼は裏を取って確認するだろう。それを逆手に取るのだ。

 

 つまり、それが正しい情報であればある程邪眼はそれを信じる。故に、その行動はそれに準じたものへと変わるはず。それを利用して邪眼を叩くためだ。

 

(それは、ドクターの手の内へ自ら嵌ってくれる事を意味する。そう、手薄だとしてもそこには局員ではない邪眼達の天敵を配置すればいいのだから)

 

 ウーノはそう考え、小さく笑う。ジェイルの立てた計画を使って動く以上、必ず公開意見陳述会で大きな行動を起こす。それを外して動く事も考慮しているが、ウーノは絶対にそうだと思っていた。ジェイルを基にして生まれた邪眼。その思考は、どこか昔のジェイルに引っ張られる部分があるはずだと。

 管理局の権威を失墜させ管理世界全体へ自らの存在を刻ませる。そして、世界を自分の思うままに動かしたい。そんな事を考えていたように昔のジェイルは見えたのだ。

 

「あ、それでジェイルさんアレなんですけど……」

「やはり厳しいかい?」

「いえ、みんなのバリアジャケットに適応させる事は出来ます。ただデザインは変更出来ませんよ?」

 

 シャーリーの返答にジェイルは少しだけ残念そうに頷いた。アレとは龍騎から得たデータを基にしたバリアジャケットタイプの強化装甲。ブランク体の強度を目指し作り出したものだ。それをジェイルは、なのは達へのバリアジャケットに流用する事を考えた。

 その際、外見をあれと同じにする事で怪人達を驚かそうと考えていたのだが、シャーリーはそれを拒否したのだ。何せ、あまりにも無骨なのだ。六課の前線メンバーは女性が多い。それがあんな甲冑みたいな姿になるのは正直彼女は見たくなかったのだから。

 

「駄目かなぁ……アレ」

「「駄目です」」

 

 それでもと思って呟かれたジェイルの言葉。それを即座にシャーリーとウーノが斬って捨てた。その容赦の無い言葉にジェイルは残念そうに肩を落とし、それを見て二人は静かに笑みを浮かべ合う。そんなデバイスルームの風景だった。

 

 そして普段よりも顔ぶれが足りない場所がある。そう、指揮所だ。一番の責任者であるはやてがいないため、どこかしっくりこないようでオットーが空席の部隊長席を眺めて呟いた。

 

「……どこか落ち着かないですね」

「そうだね。でも、留守を任されたのは信頼されている証拠だよ」

 

 オットーのため息交じりの言葉に、グリフィスは始めこそ苦笑したものの笑顔で締め括る。ディードはその意見に同意するように頷いた。

 

「そうですね。これははやてさんからの信頼の証と思って頑張ります」

 

 彼女の言葉にグリフィスだけでなくオットーも頷く。その三人が話している横でツヴァイとアギトが仲良くデスクに座って仕事中―――のはずだったのだが、何故かツヴァイはアギトの後ろに立っているだけで何もしようとはしない。

 

「アギト、どうです? 出来そうですか?」

「う~……無理だぁ! アタシには出来ねー!」

 

 ツヴァイのどこかからかうような声にアギトはそう叫んで頭を掻き出した。ツヴァイの補助も無しで仕事が出来ると意気込んでいたアギトだが、まだ仕事を始めたのはつい最近。故に一人で出来るはずもなく、アギトは完全に手を上げた。それにその場の誰もが笑みを見せる。

 

「じゃ、あたしが手伝うよアギト」

「あ、なら私も」

「アルトもルキノも自分の分をやってくれ。リイン曹長、アギトの補佐を頼めますか?」

「あは、了解です」

 

 アギトの愛らしさに笑みを浮かべながらアルトとルキノが言い出した内容。それにグリフィスは部隊長代理らしく苦笑しながらそう指示を出した。それにツヴァイが頷いて、アギトの隣へ移動しその手伝いを始める。

 それにアルトとルキノが少し不満そうな表情を返すものの、グリフィスが若干鋭い視線を見せると黙って自分達のコンソールへ視線を戻した。それに満足そうに頷くグリフィスとコンソールへ逃げた二人を交互に眺め、クアットロが軽く笑う。

 

「情けないわねぇ……」

「グリフィスさんの迫力勝ちですね」

 

 姉と同じくオットーも苦笑してその両者を見つめる。その後、彼女達も仕事へ戻る。和やかな雰囲気もありつつ、やはりどこか厳しい雰囲気もある指揮所。その独特な空気感を心地良く感じながら、彼らは仕事に励むのだった。

 

 同時刻の六課の格納庫。そこでウェンディとディエチは自分達の武装を手入れしながら過ごしていた。その傍にはトーレとセッテがいる。二人はいつものように自主訓練を終え、する事もないためか何と無しに格納庫へ来たのだ。

 そしてライドロンやゴウラムを見つめながら不思議そうに何かを考えていた。意思を持つ生体メカ。それは一つの生命体だ。そう、クウガとRXは龍騎と同じく意思を持つ相棒を有している。そう考え、二人が抱いた事があった。

 

「……共通点が必ずあるな」

「はい。必ずしも四人全員にではないですが、クウガとアギトの超変身やRXとクウガの腹部の石のようにそれぞれの間には複数の共通点が見られます」

 

 仮面ライダー達の共通点。それがかなり似ているものが多い事。それが二人の抱いた事だった。クウガとアギト、RXにある別の姿への変化。アギトとRXの武器の出現位置。そういう細かな部分での類似点がよく見られる。龍騎はそこまでないが、そのとどめが蹴りである事は四人に共通する事だ。

 しかも、仮面ライダー達はほとんどその蹴りによって怪人を打ち倒してきた。それを光太郎経由で知った時、五代達は意外そうな表情をしたものの、自身が知らず歴代の仮面ライダーと同じ決め技を使っていた事に喜んだのだ。

 

 そういう事も含めて異世界の仮面ライダーである龍騎やクウガにも、人の未知なる可能性たるアギトでさえ、RX達従来の仮面ライダーと似ている点が多い。まるで何者かが仮面ライダーという存在に対し、同じ要素を持たせたかのように。

 神と呼ばれそうな相手と戦ったアギト。もし、その相手が仮面ライダーを作ったとなればそれも納得出来る。しかし、その可能性は低いだろうとトーレ達は思った。まず、最初の仮面ライダーは人体実験の末に誕生した。更に、彼らを改造した組織は揃って違う組織だ。

 

 繋がりはあったのかもしれないが、だとしても妙だとトーレは考えた。何故、いつも仮面ライダーは生み出されたのだろうか。いや、正確には仮面ライダーと同じような外見と能力を有した存在を。しかも、それらが決まってその組織の敵となる。

 光太郎にもしその疑問をぶつければ、彼はこう答えただろう。仮面ライダーは天敵なのだと。それは、病原菌を駆逐するために動く白血球のように悪に対する自浄作用として現れるのだと。

 

 だが、光太郎も知らない事がある。一号達歴代ライダーが生み出された理由。それは、とある計画のためだったとは。一号からZXまでが協力し、打ち倒した大首領。そう、彼こそが仮面ライダーの基になった存在なのだ。

 だが、だからこそ言える。仮面ライダーの基になったのは大首領故にその天敵となりえたのだと。最後の者の名を冠するZX。彼はその大首領からこう評された。99%の同調、1%の拒絶と。

 その1%こそが仮面ライダー達に共通する要素。そう、それは魂。いかに強力な力を持とうと、使う魂が歪んでいればそれは決して強さにはならない。歴代の仮面ライダー達が性能面で劣るにも関らず、次々と現れた最新鋭の怪人を相手にして勝てたのはまさにそれだったのだから。

 

「もしかしてさ、クウガとRXのキングストーンだけじゃなくて、アギトや龍騎も含めた四人に共通する何かがあるのかもしれない」

「例えば何ッスか?」

 

 ディエチの告げた言葉にウェンディが不思議そうな表情で問いかける。それに彼女は困った顔をし、何とか考えようとするが中々いい考えが浮かばずに沈黙した。すると、それにトーレが自分でも納得していないままに告げた。

 

「……仮面ライダーの名を誇りにするRX。仮面ライダーになろうとするクウガ。仮面ライダーであろうとするアギト。仮面ライダーを変えようとする龍騎。その在り方の変遷が影響し合っている事ぐらいしか浮かばんな」

 

 その言葉に三人がしばし考え込んで―――頷いた。もしかすると、仮面ライダーという名の持つ意味とその重さを見つめさせるために四人は出会ったのではないのか。そんな風に思えたのだ。

 だが、それはきっと偶然だろうと四人はそれぞれで結論付け、話題を変える。それは、最近密かに白熱している討論。そう、四人のライダーの中で誰が一番強いかだ。キッカケは素朴な疑問。四人のライダーが全力で戦ったら、誰が勝つのだろうというもの。

 

 それにスバルはクウガ一択。ティアナは心情としてはアギトだが、能力的にRXを推していて、エリオとキャロもそれに続く。ツヴァイはアギトを推し、アギトは龍騎。ウーノは冷静にクウガを選んだ。RXは確かに強いだろうが、クウガには金の力と四つのフォームチェンジがあるのがその理由。

 ドゥーエはアギト。まだ隠している能力があると聞いているのが理由。トーレ、チンクは龍騎。理由は敢えて書かない。クアットロはクウガ。理由はウーノと同じものに加え、クウガにもRXと同じ石がある事を加味してのもの。

 

 セインは龍騎。これも、理由は言うまでもない。セッテは悩んだ結果RXを選んだ。理由は剣を決め手として戦うからだった。しかし、RXが使うリボルケインは剣のように見えて本当は杖。それを彼女が知る事はないが、それでも彼女はRXを推しただろう。

 オットーとディードは龍騎。唯一ユニゾンで空戦を可能とする事が大きな決め手になると考えたのだ。ノーヴェはクウガ。理由はどの距離にも適応出来るその力。ディエチもクウガ。理由は五代が恐れる力があるという事。それを使うと全てを壊してしまうようなものだろうと考えるからこそ、ディエチはクウガが最凶だと思ったのだから。ウェンディはアギト。理由は簡単。神に勝ったという一点のみ。

 

「だから、リボルケインなら例えサバイブでも……」

「いや、いかなRXもファイナルベントを無傷でとはいかん」

「チッチッチ、アギトが竜巻起こしてみんなまとめちゃうッス」

「……クウガならそれを紫の鎧で耐え切るんじゃないかな?」

 

 自分の推すライダーの話をする四人。だが、この話をすると必ず最後に引き分けと言う結論で締め括られる。何故ならばそれは次の言葉に集約されていた。

 

 仮面ライダーは誰もみな強いとの結論に。

 

 

 

 ホテルに着いたなのは達は早速とばかりにシャマルからある物を渡された。それは綺麗なパーティードレス。仕事着とシャマルは笑っていたが、あながちそれも間違いではない。ホテルアグスタで行なわれるオークション。それは少し格調高い雰囲気が漂うものだからだ。

 その会場へ管理局の制服で入るのは少し憚られる。何せそこまで問題のある催し物ではないのだ。故のドレスだった。潜入任務とでも言えばいいのだろうか。とにかく、ホテルの中はなのは達隊長三人と光太郎に翔一が担当となり、外は五代とスバル達フォワード四人、それに守護騎士達となった。

 

 並んでホテル内を歩く光太郎とフェイト。だが、光太郎がフェイトの格好を見てどこか苦笑しながら告げた。

 

「分かってはいるけど、やっぱり何か違和感があるね」

「そうですね。私だけだと少し恥ずかしいです」

「なら、俺もそれに合わせてタキシード辺りを用意してもらえば良かったかな」

「ふふっ、そうして欲しかったな。あ、何なら貸衣装もありますよ?」

「ははっ。じゃあ喜んで、と言いたいけど遠慮させてもらうよ。いざとなったら今の格好の方が動き易いからね」

 

 黒のドレス姿のフェイト。それが微笑むのは実に様になっていた。光太郎はそう思いながら会話中に視線をさり気無く周囲へ動かす。気配などにも怪しいものはない。ここは安全かと考え、フェイトへ視線を戻し笑みを向ける。

 それにフェイトも笑みを返し二人は再び歩き出す。他愛もない会話を交わしながら周囲へ注意を払う事を忘れずに。しかし、フェイトの顔には薄らと朱が浮かんでいた。初めてドレスを着て家族以外の異性と歩く事。それが若干の気恥ずかしさを与えている。

 

 少なくてもフェイト自身はそう思っていた。そう、今は。そのまま二人はホテル内を歩き回る。その様子は服装に多少の違和感こそあれ恋人然としていた。

 

 一方、はやてと翔一はホテル内である人物と出会っていた。

 

「「ロッサ(さん)!?」」

「や。久しぶりだね、はやて。それと、翔一さんもお元気そうで……」

 

 いつもの白いスーツ姿でロッサはにこやかに笑って二人へ声を掛けた。そして、はやてのドレス姿を見て一度軽く頷くと視線を翔一へ向けた。

 

「そういう格好も良く似合うじゃないか。翔一さんもそう思いますよね?」

「あ、はい。俺もそう思います」

 

 ロッサの問いかけに答える翔一だが、その声に普段の明るさがない。それにロッサも気付いて不思議そうに視線を隣のはやてへ動かす。はやての表情もどこか普段とは違う事を確かめ、彼は何か二人の間であった事を悟った。

 

 こういう場合ははやてから聞くよりも翔一から聞く方がいい。そう判断し、ロッサは翔一へ近付き小声で事情を尋ねた。そこで聞いたはやてとの会話から彼は大体を把握し軽く苦笑する。はやての可愛らしい面を見たからだ。

 なので彼はそのまま翔一へある事を耳打ちする。それに翔一は若干驚くも成程と思って納得した。その男二人のやり取りを眺めはやてはややむくれる。自分を無視されているような気がしたからだろう。それに目ざとく気付き、ロッサは素早く翔一から距離を取って咳払い一つ。

 

「……じゃ、僕は僕で仕事があるから」

「そか。またな、ロッサ」

「アドバイスありがとうございます、ロッサさん」

 

 二人へ手を振ってロッサは去って行く。翔一の感謝を聞き、ロッサは改めてその姿勢を尊敬した。年上年下に関わらず、誰にでも敬意を持って接し純粋に気持ちを伝えてくる。やろうと思っても中々出来ない事だ。それを翔一は意識もせずにやってのけている。

 

(やっぱり翔一さんはすごいね。僕も、是非ともああでありたいよ。それにしても……)

 

 ある程度歩き、ロッサはちらりと後ろを見る。もうそこに二人の姿はない。翔一が自分のアドバイスに従い、別の場所へ連れて行ったからだ。それを確認し、一人笑みを浮かべるロッサ。

 

(どこか、昔のはやては罪悪感から少し生き急いでいるようにも見えたけど、翔一さんが戻ってきた後はそんな感じもしなくなった。それどころか……)

 

 今は兄を慕う愛らしい妹だ。そう思い、ロッサは小さく誰もいない場所へ告げる。それは、はやての兄的立場を自称するからこその言葉。偽りない素直な気持ち。

 

―――僕の方こそありがとうですよ、翔一さん。貴方ははやてをただの女の子にしてみせる。それは僕が中々出来なかった事だ。同じ兄的立場としては少々悔しいぐらいですよ。

 

 ロッサがそんな風に思っている事を知らず、彼に教えてもらったサロンへ翔一ははやてを案内していた。そこは少し落ち着いた雰囲気があり、どこか大人の場所といった感じさえある。しかも、折良く誰も居らず静かだった。

 それにはやては中々良い雰囲気と思うも、隣の翔一がどうしてここへ連れて来たのかが理解出来なかった。ロッサの入れ知恵とは分かるのだが、一体何のつもりでと。すると、翔一が彼女の方を向き直り、素直に頭を下げた。それにやや疑問を感じているはやてへ翔一ははっきりと言った。

 

「ごめん! まず、俺がはやてちゃんの話を聞いた時に言うべきだったね」

「……何を?」

「俺が言う必要はないって思っても、はやてちゃんは隠し事をされるのは嫌だって思う子だった。だからティアナちゃんとの事も言っておけば良かったんだって」

 

 ロッサが翔一へしたアドバイスはこれだけ。とりあえず謝り、そしてティアナとの事を包み隠さず何でも話すと言えばいいと。翔一はその意見に納得しこうして実践したと言う訳だ。

 そんな翔一の真っ直ぐさを見る事で、はやても自分の子供っぽさに気付いた。翔一はただティアナが乗りたいと言ったからバイクに乗せてやっただけ。そこに何も邪なものはない。少女の願いを叶えてやろうとしただけに過ぎないのだと。

 

(それをわたしは考えず、ただ翔にぃがわたしより先に他の子をバイクに乗せてた事だけ見とった。……あかんなぁ。ティアナが翔にぃの妹分やったから嫉妬しとったみたいや)

 

 純粋な好意からティアナをバイクに乗せてやりたかった翔一。その行いを自分はどうして受け止めてやる事が出来なかったのか。そう思い、はやてはある行動を取る。

 

「ごめんなさい」

「え? はやてちゃん?」

 

 はやてが頭を下げた事に翔一は戸惑いを見せる。どうしてはやてが謝るのか。それが彼には分からない。彼の中では悪い事をしたのは自分なのだから。

 

「翔にぃは言うてくれた。こっちで自分のバイクに乗せたのはわたしが初めてやって。ならそれでわたしは満足しておけば良かったんや」

「……じゃ、これでこの話は解決だね」

 

 笑顔で翔一がそう言うと、はやても頭を上げて笑顔を返す。そして少しだけ休憩しようとなり、サロンで二人は一時を過ごす。はやての格好を見て、出会った頃の事を思い出して感慨深く翔一が呟けば、はやてはいつかウェディングドレスが着れるだろうかと言って悩ましくため息を吐いた。

 

「はやてちゃんはいいお嫁さんになれるから心配しなくていいと思うよ?」

「そうは言うても……わたし、今までお付き合いさえした事ないから不安になるんよ」

「そっか。じゃ、まずはロッサさんに誰かいい人を紹介してもらおう」

「やっぱそういう出会いしかないんかなぁ」

 

 そう言って苦笑するはやてに翔一は微笑む。どんな形でも出会いは出会い。そう言って彼は笑う。かつての自分と彼女がそうだったように、意外と運命の出会いは思わぬ形でやってくるものなのだと。

 それにはやても頷いて笑顔を見せる。そこからはやてが結婚式では翔一とバージンロードを歩きたいと言い出し、彼を大いに困らせる事となる。そんな仲良し兄妹といった二人のやり取りはこの後十分近く続くのだった。

 

 その頃、なのはは一人廊下を歩いていた。目的の場所はオークション会場であるホテル内のホールだ。当初はフェイトが行くつもりだったのだが、ユーノがいる事を知った五代がなのはを行かせて欲しいと頼み現状へ至る。

 勿論、なのはが内心で五代の配慮に感謝したのは言うまでもない。今もこれから会えるだろう愛しい相手の事を思ってだろうか彼女の足取りは軽かった。

 

(ユーノ君、驚くかなぁ)

 

 思い浮かべるのは恋人の顔。あのパーティー以来直接会ってはいないが毎晩話している相手。なのはにとっては、今一番大事な存在となった男性だ。

 

「……あ、ここだ」

 

 会場となっているホールの扉を見て、なのははその取っ手へ手をかけて静かに開ける。会場はまだ準備中らしく閑散としていた。だが、そこに彼女が求めていた相手がいた。檀上に上がり、軽い打ち合わせをしているのかオークションの司会らしき男性と数回言葉を交わしている。

 その光景が珍しく思え、なのははしばしその様子を眺めていた。無限書庫以外で働いているユーノの姿を見るのは新鮮だったのだ。やがて打ち合わせも終わり、男性がユーノから離れていく。それを見てやっとなのはは意識を切り替えた。

 

「ユ~ノ君」

 

 気付かれないように静かに歩き、ある程度近付いたところでなのははユーノへ声を掛ける。それにユーノは軽い驚きを見せながらも視線をなのはのいる方へと向けた。そして、その存在を確認して驚きと共に笑顔を見せる。

 

「なのはじゃないか。どうしてここに?」 

「えへへ……お仕事でだけど、来ちゃった」

 

 はにかむなのはにユーノは一瞬意識を奪われるも、何とかその場から動き出した。久しぶりに出会えた事は嬉しいものの、互いに仕事で来ている事は忘れていなかったのだ。歩きながら互いの格好を見て違和感を感じる二人。ユーノはなのはのドレス姿を誉め、お返しとばかりになのはがユーノの正装を誉める。

 連れ立って歩くその姿は距離感から言っても恋人そのものだ。腕こそ組んでいないが、もし許されるなら二人は即座にそうしていただろう。そんな二人が目指す場所は特にない。ホールを出て廊下を歩きながらとりあえず静かな場所を探した。

 

 だが、その間の話題はあまり恋人然とはしていないものだったが。

 

「……そう、やっぱりないんだね」

「うん。並行世界自体は実在すると言われ続けているけど、誰も行った事がない。どうも五代さん達のように来た人もいないみたいでね。だから文献もあまりなくて……」

「しかも、全員地球の並行世界」

「それも直接繋がってるのは翔一さんと光太郎さんだけ。それでも、時代が十年以上も違う。五代さんと……城戸さんだっけ。二人はそれぞれ違う世界だし、これはもう神様の仕業とかの話だよ」

 

 ユーノが冗談めかして言った言葉になのはは思わず立ち止まる。何も知らないユーノでさえそう思うのであれば、やはり五代達を自分達の世界へ呼んだのは翔一が戦った相手なのだと改めて思ったのだ。

 つまり、それはジェイルやユーノは神の域に挑もうとしている事を意味する。そう思ったなのはは恐怖を覚えた。人でありながら神の領域へ挑む。それは、下手をすれば恐ろしい結果をもたらすのではないかと。

 

 ユーノはなのはが立ち止まった事に気付き、視線を後ろへ向けた。そして彼女のその表情から何かを察したのかゆっくり近付き、その肩に優しく手を乗せた。

 

「ユーノ君?」

「大丈夫だよなのは。僕は、絶対に五代さん達との絆を断ち切らせたりしないから。例え相手が神様でも、ね」

 

 事情を知らぬでもユーノはなのはの目を見てはっきりとそう言い切った。なのははその言葉にジェイルの言葉を重ねる。諦めないと感じさせる力強さ。どこまでも再会を、その縁を信じるその眼差しになのはは微笑んでみせた。

 その笑みにユーノも頷き、もう大丈夫と思ってその手を放そうとする。だが、その瞬間なのはがそんな彼へ顔を近づけた。そして、ユーノの頬にその唇を重ねたのだ。それにユーノが目を見開くのとなのはが離れるのは同時だった。

 

「な、なのは? 今のは」

「ユーノ君がカッコイイ事言って励ましてくれたから、そのお礼だよ」

 

 顔を少し朱で染めて告げるなのはにユーノも同じような反応を見せて何も言い返せない。可愛いと思っただけではない。その行為が自分達が恋人になったのだと改めて感じさせてくれたからだ。

 その眼差しに相手への想いを乗せるように見つめ合う二人。この後、二人は実に三分以上もそこにそうしているのだった。

 

 

 

 なのは達がそれぞれの時間を過ごしている頃、ホテルの周囲でスバル達は五代と共に警戒に当たっていた。シグナム達はホテルからやや離れた場所で偵察や警戒を行なっている。五代が四人と共にいるのは怪人が現れた場合の対処のためだ。

 スバル達はまだ実戦経験が少ない。それに、空戦が出来るシグナム達と違い、基本陸戦しか出来ない四人は逃げるにも苦労するだろう事を懸念しているのもある。そのためにクウガである五代と共に配置されたのだ。

 

「へぇ、ユーノさんってそんな人なんですか」

「そう。物知りで、なのはちゃんの恋人。無限書庫ってとこの司書長してるんだったかな。優しいけど、芯はしっかりしてるんだよ」

 

 今、五代は四人へユーノの事を話していた。キッカケは五代が自分もユーノに会いたかったなと呟いた事。それを聞いたスバルがユーノとは誰なのかと聞いた事からこの話が始まったのだ。ユーノの容姿から始まり、出会いや共に過ごした思い出などを話し、最後に五代はそう締め括った。

 警戒中ではあるが何かあればシャマルが気付くし、光太郎の勘が働くと思っているのもそんな風にリラックス出来ている理由。そう、五代も四人も話をしながらも注意は怠っていない。常に視線は周囲を見ているし、下手に場所を動かずに五人で固まっているのだから。

 

「なのはさんの恋人で無限書庫の司書長……」

「凄い人ですね~」

 

 そんな人物と五代が知り合いという事にティアナはどこか意外そうな印象を受けた。それは仕方ない。五代が無限書庫へ行くような相手に思えないのだ。

 実際、五代は無限書庫へ行った事はないに等しい。ユーノと彼は遺跡関係の時ぐらいしか行動を共にしなかったのだから。そしてスバルはティアナとは違い、普通に彼が誉めるから感心しているだけだった。

 

「フェイトさんとも幼馴染ですよ」

「じゃ、はやてさんともそうだね」

 

 ユーノの事をフェイト経由で知るエリオはそんな二人へ追加情報を与え、キャロはそこからはやてとの関係に気付いてそう告げた。そんな風に任務中とはいえ、和やかな雰囲気が漂う五人。

 だが、そこへ密かに近付く存在があった。それはクラールヴィントの索敵からも逃れ、静かに五人へ迫っていた。だからこそ、その時五人以外にその存在に気付ける者がいたのはまさに幸運としか言えなかった。

 

 その存在―――フリードは、空中ではなくキャロの傍にある木陰で横になって休んでいた。しかし、その閉じていた目が何かを感じ取って急に見開いたのだ。

 

「キュクル~!」

 

 接近する何かを威嚇するかの如く突然フリードが吼えた。それに全員が意識をそちらへ向け、同時にフリードが吼えている方向へ視線を向けた。そこには何の変哲もない大地が広がるのみ。だが、ヴァルキリーズと出会い、それぞれのISを知った今、五人はそれだけで臨戦態勢へ入る。

 

「「「「セットアップっ!」」」」

「変身っ!」

 

 戦闘態勢へと入る五人。そう、フリードが反応を示したのは地面。それは、セインと同じISを使うゼクスの接近を意味していた。そう、フリードはあの初めての模擬戦で見せた嗅覚によりその接近へ気付く事が出来たのだ。

 ゼクスも五人が臨戦態勢を取った事を察知したのだろう。地面からその姿を見せたのだ。その姿に予想が間違っていなかった事を理解し、ティアナがスバルへ指示を出す。

 

「スバルっ! ウイングロード!」

「そっか!」

 

 ティアナの考えを即座に理解し、スバルはウイングロードを展開する。そして、それと同時にティアナがエリオとキャロへ叫んだ。

 

「アタシ達はウイングロードから援護! クウガはそのまま怪人の相手をお願いします!」

「「「了解っ!」」」

 

 相手のISによって狙われる可能性を無くすためにティアナがウイングロードを使おうとしている事に気付き、三人はそれぞれ動き出す。ゼクスもその狙いを理解し彼女達の妨害をしようと動き出した。だが、そうはさせじとクウガが自らゼクスへ掴みかかり、四人がウイングロードへ移動する間の時間稼ぎをする。

 まだどこか怯えるフリードを宥めつつ、急いでウイングロードを駆け上がるキャロとその後ろを守るように走るエリオ。ティアナはスバルと共にウイングロードを地面から離して完全にゼクスのISが意味を成さない位置に陣取り、クウガの援護をすべく動き出していた。

 

「アタシ達のするべき事はクウガの援護。スバル、アンタは一撃離脱限定で接近戦。ただし、接近に使ったウイングロードはすぐに消す事! エリオは苦手かもしれないけど魔法主体で中距離戦よ。隙を見て接近してもいいけど気をつけなさい。キャロはフリードを元に戻して状況に応じてブレス攻撃。アタシは副隊長達へ報告しながら幻術で援護する!」

「「「了解っ!」」」

 

 ティアナの指示に頷きを返し、スバル達が動き出す。ティアナは念話でシャマル達へ連絡しつつクウガの援護すべく幻術を使い始めた。その眼下で格闘戦を繰り広げるクウガを助けるために。

 

「な、何っ?!」

「これ……ティアナちゃんの」

 

 突然クウガが増えた事に驚くゼクス。しかも、赤のクウガだけではなく青や緑、紫もいるという混成だ。クウガはそれがティアナの魔法だと気付き、一瞬だけ視線を上へやった。そこには、幻術を使い少し苦しそうな表情でサムズアップをするティアナがいた。

 それにクウガは頷き、困惑するゼクスへ攻撃を開始する。本音を言えば彼は超変身を駆使して戦いたい。赤のクウガよりも緑のクウガの方がゼクスには向いていると彼も理解はしているのだ。ISを使われても、緑の超感覚ならば把握出来るだろうとの読みがそこにはある。

 

 だが、今は出来るだけ赤のままで戦おうとも思っていたのだ。あまり邪眼側に自分の力を知られる訳にはいかない。あの戦いの時、邪眼の前で使った色は赤と紫の二色。青と緑は見せていないのだから。

 

(緑を使うならそれでしか駄目な時!)

 

 クウガはそう思い、ゼクスとの格闘戦を再開する。幻術に困惑していたゼクスだったが、先程まで戦っていたクウガが赤だった事を思い出し向かって来るクウガへ反撃を開始。その攻撃を受け止め、クウガはゼクスと力比べの様相を呈する。と、そこへ凄まじい速度で接近するスバルの姿があった。

 

「やあぁぁぁっ!」

「ちっ!」

 

 繰り出される飛び蹴り。それをかわすため、一旦クウガから離れるゼクス。しかし、スバルはそのまま再び距離を取って離れていく。それに攻撃しようとしていたゼクスが悔しげに舌打ちした。

 

「クウガ! ティアの幻術の意味、考えて!」

「意味……?」

 

 去り際にスバルが叫んだ内容。それに少し疑問を浮かべるクウガだったが、その色とりどりの幻影を見て何かを悟る。ティアナの狙い。それが何かを理解して。

 

「……そうかっ!」

「サンダーレイジっ!」

「小癪な!」

 

 その声に呼応するようにゼクスの周囲へ雷が降り注ぐ。エリオがゼクスの頭上で使った魔法によるものだ。それにゼクスがエリオへ攻撃を試みようとし、視線がクウガから外れる。それを見たクウガは好機と構えた。

 

「超変身っ!」

 

 そして体の色を赤から緑へ変える。クウガはゼクスをアクロゴウラムの突撃で倒した事を考え、封印の文字を刻む攻撃を一度だけでは仕留め切れない可能性があると判断した。故に確実に倒すためには二度文字を刻む必殺の一撃を与える必要があると考えたのだ。

 緑に変えたのは電撃に怯むゼクスを攻撃するため。接近せずにダメージを与える事を考えるとそれしかなかったためだ。それを見た瞬間、ティアナが手にしていたクロスミラージュの片方をクウガへ投げた。そして、同時に幻術で作り出していた緑のクウガにも変化を与える。

 

 本物と幻影が同時にペガサスボウガンを手にする。そう、ティアナが混成にしたのはクウガが色を変える事で本物をゼクスに分からなくするため。そのため、ティアナはスバル達に視線をクウガから外させるようにと追加で指示を出していたのだ。

 

「くっ! 死ね、クウガ!」

 

 エリオがクウガの変化に気付いてその場を離れた事を受け、ゼクスは雷を振り切って近くにいた赤のクウガへ爪を突き刺した。しかし、それは幻。そして、同時に他の赤のクウガも消える。それにゼクスは驚きを隠せない。

 自身が戦っていたクウガは確かに赤だったのだから当然だ。すると、ゼクスが何かに気付く。緑のクウガが武器を手にしている事に。それに意識を向けて戸惑った隙を見逃さずクウガがブラストペガサスを放った。

 

 それがゼクスの体を直撃し、衝撃でその場から軽くその体を吹き飛ばした。クウガはそれを見て体を赤へ戻す。そして、手にしていたクロスミラージュを感謝と共にティアナへ投げ返し、とどめを放つべく構えた。

 封印を意味する文字に苦しむゼクスだったが、クウガの予想通りそれも何とか耐え切って立ち上がった。だが、一体何が起きたのか理解出来ないという雰囲気でゼクスは周囲を警戒するように見渡した。そこへキャロの声が響く。

 

「フリード、ブラストフレア!」

 

 本来の姿に戻ったフリードの口から放たれる火炎。キャロは、怯えるフリードへこう言って宥めた。

 

―――ここで怯えているだけじゃ、誰も助けられないし何も出来ない。私が一番嫌なのは、そのせいで誰かが傷付く事なんだ。だから、フリードの力を貸して欲しいの。

 

 そのキャロの言葉にフリードは応えた。フリードとキャロは精神面で繋がっている。故にフリードの怯えはキャロの怯え。それを乗り越えた心を感じた事により、フリードもそれを克服する事が出来たのだ。二人の思いを込めた炎。それにゼクスがややたじろいたのを合図にクウガは走り出す。

 

 それを見たティアナは、魔力の全てを使いゼクスの全方向に赤のクウガを出現させる。それによって視界を塞ぎ、クウガの妨害を阻止するためだ。結果、火炎を振り払ったゼクスが見たものは、自分を取り囲むような大勢のクウガの姿だった。

 それが幻術とはゼクスも理解している。それでもどれかは本物かもしれないと思い、慌ててISを使って逃げようとした。だが、それを読んでいたスバルがマッハキャリバーで加速してその体に組み付いたのだ。

 

「そうはさせないっ!」

「くっ! 放せ!」

 

 セインから聞いたディープダイバーの欠点。それは、生物を透過出来ない事ともう一点。自分以外もISの効果で透過させる事が出来るが、バリアジャケットなどの不純物があるとそれが出来ない事。

 故にスバルは自分を使いIS使用を阻止していた。更にクウガへの援護も兼ねるために最後の一押しをしようとその体を押さえ込もうとする。だが、ゼクスもそれに対し全力でスバルを振り解こうとした。

 

(不味いっ! このままじゃっ!)

 

 振り解かれる。そうスバルが思った瞬間、キャロのブースト魔法がその身に宿った。

 

「我が乞うは、巨人の腕。青き拳士に逞しき力を!」

”ブーストアップ ストロンガー”

「っ! キャロ、ありがとっ!」

「なっ! 振り解けないだとっ!?」

 

 腕力強化を受けたスバルはゼクスを押さえ込んだまま上空へウイングロードで駆け上がる。戦闘機人だからこそブースト魔法だけで怪人と拮抗する事が出来る。スバルはそう考え、自分の体に感謝した。そして同時に思う。この体でしか出来ない事があるのだと。

 機械が組み込まれた忌まわしき体。だが、それがこうして役に立てる。仮面ライダー達と同じように自分もこの体を誇りに思おう。気高い人の魂。それを失わず、どこまでも人として生きて行くために。

 

(それに……私にはみんなが、六課の仲間がいる!)

 

 スバルの目に強い輝きが宿る。一人では出来ない事でも、協力し合えばその限りではない。そう考えてスバルは視線を少しだけ下へ向け頷いた。そこに見えた頼もしい姿への合図として。

 

「放せぇぇぇぇっ!」

「なら、放してあげるよっ!」

 

 その言葉にスバルはウイングロードを宙返りの状態にし、ゼクスの希望通りその体を放した。そして自身は即座に別のウイングロードを展開し空を駆ける。

 一方、完全に空中へ投げ出される形となったゼクスへ迫る者がいた。クウガが跳び上がっていたのだ。それは、スバルの動きから予想を立てたティアナがクウガへこう告げたから。きっと空中に運ぶつもりだと。そう、空中ではゼクスのISは無力。故に、もうゼクスにクウガの攻撃を防ぐ術も逃げる場所もない。

 

「次こそ、次こそ殺してやる! 仮面ライダーっ!!」

 

 取るに足らないと思っていたスバル達に翻弄され、何も出来ぬまま”また”クウガに負ける事に悔しがりながらゼクスは叫ぶ。クウガはそれに構わず、ある事を思い出していた。それは、彼がRXの蹴りを見た事で感じた事から生まれた思いつき。

 ライダーとして戦うRXのとどめとして叫ばれた言葉。それを意識して、自分も必殺技としての意味合いを込めた一撃を放とうと。それは、彼は知らないが歴代のライダー達がそう叫んで悪を倒してきた言霊なのだ。

 

「ライダーキックっ!」

 

 叩き込まれるマイティキック。いや、ライダーキック。一号から綿々と受け継がれてきたライダーの決め技。それが、クウガにも受け継がれた瞬間だった。その悪を許さぬ想いを込められた一撃がそのままゼクスの体を大きく蹴り飛ばす。

 そして、大地に叩き付けられると同時にゼクスが爆発した。それを見届け、スバル達に笑顔が浮かぶ。初めてみるライダーと怪人の戦いの決着。その派手さと安堵感から歓声が上がる。

 

 しかし、クウガにはそれが聞こえていない。クウガとして勝利した時、必ず感じる空しさ。それを今日は強く感じたのだ。それは、ライダーキックと叫んだ事が原因。思ったのだ。他のライダー達は何度その技を叫び、こうして怪人を倒してきたのかと。

 何度戦う空しさや心苦しさを感じていたのだろう。どれだけこの嫌な感触を味わい、それでも前を向いて歩いているのだろうか。その心の強さに思いを馳せ、クウガは五代へと戻る。そして、後ろから聞こえるスバル達の声に振り向いて笑顔を見せた。それに四人が笑顔でサムズアップを返すと、彼もそれにサムズアップを返す。だが、どこかそれには普段はない何かがあった。

 

(先輩達……俺、決めました。クウガはライダーになって、ライダーを超えてみせます。貴方達とは違う世界で、仮面ライダーの在り方を俺が変えてみせます)

 

 怪人と戦うのではなく災害と戦う存在へ。いつかそうなってみせる。クウガの力を、仮面ライダーの力を戦闘ではなく救命に使う。それが、五代なりに見つけた仮面ライダーの在り方。自分の世界で他のライダーが生まれる可能性はないに等しい。だからこそ、自分の世界では自分が仮面ライダーの意味を決める事になる。

 未確認のような存在がもう出ない事を五代は信じている。だからこそ、クウガは怪人からではなく災害から人を守る者になろう。人知れず守る事の出来ない相手の自然災害や人災。それを相手に戦う。それはきっと険しい道。だとしても、いつか理解されると思って歩こうと。冒険家として世界を巡りながら、自分の見える範囲で一つでも多くの命を、未来を守りながら。

 

 そんな風に五代が新たな決意を抱く中、シグナム達がようやく合流する。ティアナ達へ合流しようとした彼らには大量のトイが襲撃してきたのだ。そのため、その撃退に少し時間を取られ合流するのが遅れてしまったと言う訳だった。

 

「……そうか。しかし、ゼクスとはな」

「意外だったよな。知らない奴をぶつけてくると思ったのによ」

 

 ティアナの報告を聞き、シグナムが言った言葉にヴィータも同意するように返した。予想していた展開と違う相手の出方。それに今後の事をもう一度話し合う必要性を感じていた。そして、周囲への警戒を怠らないようにすると共に、はやて達へ怪人の襲撃があった事を報告する。

 

「もしかすると、邪眼も下手に自分の手札を見せずにライダーのデータを知ろうとしているのかも」

「その可能性はあるな。今後の出方次第では、こちらもまた考えなければならん」

 

 シャマルの言葉にザフィーラがそう応じ、シグナムとヴィータも頷いた。そんな守護騎士達を見つめながらスバルが五代へふと思った事を問いかけた。

 

「どうしてライダーキックって言ったんですか?」

 

 自分が知る限り、クウガはそんな事を言ってなかったはずだ。スバルはそう思ったからこそ五代へ聞いた。それに五代は少し迷うような表情をするが、いつものように笑って言った。

 

「何かさ、トドメ! って感じ、しない?」

「……そう言われると」

「確かにしますね」

 

 成程といったスバルの声にエリオがそう続いた。何せ、聞いた瞬間思ったのだ。これでクウガが勝ったと。それだけの何かがあの叫びにはあった。そうスバルが言うと、五代は言霊について話し出した。日本の考え方であるそれ。言葉には魂がこもる。故に、言い続ければそれが現実になるとさえ言われる事もあるのだと。

 五代はライダーキックという言葉にこれで終わって欲しいとの想いを込めたと語った。もう立ち上がる事がないように。そんな祈りにも似た気持ちがあった。それに一番理解を示したのはスバル。彼女も一撃必倒と叫んで攻撃する時がある。それは、まさにその言霊だと感じたからだ。

 

「私も確かに言うな」

「あたしもだ」

「私は……特にないなぁ……」

「私は叫び自体がそれだ」

 

 そんな話を聞いてシグナムが会話に参加すれば、ヴィータもそれに同意。シャマルは苦笑して、ザフィーラは小さく笑みを見せる。

 こうして、ホテルアグスタでの戦いは幕を下ろす。だが彼らは知らない。ゼクスが倒された瞬間、一機のトイが密かにその場から離脱していた事を……。

 

 

 

「ゼクスの奴め。勝手に出て行ってやられるとはな」

「でも、おかげでクウガの能力の一つは確認できました。どうも射撃が出来る姿のようです。詳しい事はまだ未知数ですが、きっとそれに即した能力を有しているはず」

「ふむ、視覚が優れるというところか」

「おそらく。向こうは見られていないと思っているでしょうが、私の目は誤魔化されません」

 

 ウーノと同じ姿の黒髪女性―――アインスはそう告げて不気味に笑う。創世されたゼクスは邪眼の許可も取らずにクウガへの復讐を考えて出撃して行ったのだ。それに気付き、密かにアインスが妨害用と観察用のトイを送り込み、自身の特殊能力とISを併用しデータを収集するための捨て駒にしたのだ。

 今、邪眼はライダーを完全に倒すための方法を模索している。一斉に全ての怪人を送り込んでもいいのだが、それでは折角の遊戯がすぐに終わってしまう。故に、少しずつその力を知り、それが通用しない存在を作り出そうとしているのだ。全ては、仮面ライダーに絶望を与えるために。

 

「……それで、人形の方はどうなっている」

「は、そちらは現在アハトに任せています。完成次第、まずあの世界に送り込みます」

「奴等の関係者が住んでいた世界に管理局はない。さて、どう対処するのだろうな」

 

 そう言って笑う邪眼の視線の先にはなのは達の個人データが表示されていた。その一部には当然ながらこうある。出身世界、第九十七管理外世界『地球』と……。



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機動六課、海鳴へ

サウンドステージ1の話です。ですが、今作では当然ほのぼのだけで終われるはずもなく……。


「ロストロギア関係の?」

「出張任務、ですか?」

「そう。これが終わったらヘリポートに集合。留守番は……多分また真司さん達かな」

 

 なのはの口から語られた言葉にスバルとティアナは揃って残念そうな表情を返した。また真司達が留守番をする事に申し訳なさと寂しい気持ちを抱いたのだ。

 

 あのアグスタでの戦いから既に一週間が経過したが、一度として怪人は動きを見せていない。それに対してなのは達が不安を抱く中、五代達は揃って不安は抱いていなかった。

 特に光太郎はこう告げた。邪眼の目的が自分達のキングストーンとデータなら下手に人を襲う事はしないはずだと。世間に怪人を知られる事なく時を待ち、最大の効果を狙える時期でそれを知らしめるはずだろうから。それが光太郎の根拠だった。

 

 その言葉にはやてもジェイルも納得した。下手に怪人を人々の前に見せ、それがライダーに敗北しようものなら邪眼の与える絶望は薄れると思ったのだ。そう、例え後にライダーを敗北させても、怪人をライダーが倒したという実績は消えない。

 それはつまりライダーがいる事がそのまま希望へと繋がる可能性を持つのだから。だからこそ、邪眼が襲うとすれば周囲に気付かれない場所。そう結論を出し、六課は隊舎周辺とロストロギア関係の研究施設などを重点的に警戒していた。

 

「そうですか。なら、もし怪人が現れたら真司さん達が?」

「そうなるね。それと、念のために手が空き次第だけどアリアさんとロッテさんが応援に来てくれるから心配いらないよ」

 

 なのはの口から出た名前に二人が驚いた。その名は以前闇の書事件の話を聞いた時に出た名前だったからだ。

 

「確かその二人って……」

「邪眼と戦った人達ですね!」

「うん。真司さん達だけでも大丈夫だとは思うんだけど、一応ね」

 

 そんな会話をしながら歩く三人。同じ頃、別の場所でも同じ話題がされていた。

 

「やっぱり真司さん達は他の世界へ行けないんですか?」

「……そうだね。色々と難しいんだ。真司さん達は、少し扱いが特殊だから」

 

 エリオの寂しそうな言葉にフェイトは同じような声で答える。それを聞いてキャロが残念そうに項垂れた。既にキャロはセインと仲を深めていて、その流れで真司ともよく話す。光太郎がしっかり者で優しい兄なら、真司はどこか頼りないけど楽しい兄。そんな風に思っている相手だけに、彼女はその同行がまた望めないのが悲しかったのだ。

 

「真司さん達、少し可哀想です」

「キャロ、気持ちは分かるけどそんな事言っちゃ駄目だ。真司さん達は確かに制約が多い。でもあの人達はそれを苦に思ってない。なら、それを可哀想って思うのはこっちの勝手な思い込みだからね」

 

 エリオのはっきりとした言葉。それに二人は驚きを感じるが、その正しさに頷いてキャロは自分が間違ってたと言って少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。それにエリオが少し慌ててそんな事はないと言って慰める。

 二人はそこから雰囲気を変えるためかこの出張任務の事について話し出した。それを眺め、フェイトは小さく微笑む。エリオの言った言葉。それはかつて光太郎がエリオへ告げたものと似ていたからだ。

 

 キャロの境遇に同情するように局員になろうと言い出したエリオ。それに光太郎は哀れんでいくのは駄目だと告げた。それにエリオは頷き、支え合うために局員になると答えたのだから。きっとその時の事が今の言葉へ繋がっているはず。そう思ってフェイトは笑みを零した。

 

(どこか光太郎さんらしくなってきたね、エリオ)

 

 幼い槍騎士を見てフェイトはそう思う。影響を受けただろう男の姿をその背に幻視しながら。その後、なのはとフェイトの両隊長は一旦隊員二人と別れて部隊長室へ向かったため、スバル達とエリオ達はそれぞれ先にヘリポートへと向かう事になる。

 そこには既に五代達の姿があった。五代と翔一はヘリを背にして真司と話しており、光太郎はヘリポートの橋の方で佇んでいる。その視線は空ではなく遠くに見えるクラナガンの街を見つめていた。

 

(……何事もなければいいが)

 

 彼の勘が告げていたのだ。何か嫌な予感がすると。それも、このミッドだけではなくこれから行くだろう場所に対しても。故に光太郎は迷っていた。自分がこちらに残るべきか否かを。既に五代と翔一がはやて達と同行する事は決まっている。こちらには真司とヴァルキリーズが残る事になっているが、それでも何か不安が消えないのだから。

 

 そんな風に思い悩む光太郎を見つめ、五代と翔一は真司と共に不思議そうに首を傾げていた。

 

「何かあったのかな?」

「何かを……考え込んでるみたいですね」

「やっぱ、アクロバッターとかを置いて行きたくないんじゃないかな」

 

 そんな感じで話す三人。実は真司は五代達の見送りをするためにやってきていた。本当は仕込みなどをしようと思っていたのだが、五代達が別の世界へ出かけると聞き、ならばと思ったのだ。前回と違い、別の世界へ行くとなれば何かあったら帰ってくるのも容易ではない。そう思ったからこそ、真司は見送りにきたのだ。

 

「到着! って、真司さんも来るんですか?」

 

 駆け足で現れたスバルは視線の先にいた真司を見て不思議そうに問いかけた。それに真司が見送りに来たと告げると納得したが、どこか残念そうだった。ティアナはその後ろから現れ、そんなスバルに呆れる。真司がいなければ誰がもしもの時怪人と先陣切って戦うのかと、そう言って。

 それにスバルが苦笑しつつ分かっていると答えた。そこへエリオ達も姿を見せ、真司を見てスバルと同じような反応を示して五代達が苦笑した。真司は二人にもスバルと同じ内容を告げるが、その表情は心持ち申し訳なさそうだった。

 

「って訳なんだ。ごめんな。一緒に行ってやれなくて」

「いえ、分かってますから」

「もし出来たら、お土産買ってきます」

 

 エリオとキャロの言葉に真司が軽く笑みを見せて、感謝と共にその頭を撫でる。それにくすぐったいやら嬉しいやらのキャロとエリオ。だが、エリオは視界の隅に見えた光太郎の方へ視線を向けた。

 そして真司達から離れてその傍へと歩き出す。光太郎は一度も視線をクラナガンの街並みから逸らす事無く佇んでいた。その横顔が思いつめている事を察し、エリオは僅かな躊躇いを感じつつ声を掛けた。

 

「……光太郎さん」

「ん? エリオ君か」

「どうしたんですか? 何か悩んでるみたいに見えます」

 

 エリオがそう言うと光太郎は苦笑した。そんなに顔に出ていたのかと思ったのだろう。しかし、エリオの表情がどこか不安そうなのに気付き、真剣な眼差しでその顔を見つめる。隠し事は出来ないと悟ったのだ。

 

「実はね、何か嫌な予感がするんだ」

「それって……」

「その可能性がない訳じゃない。でも、必ずって訳でもない」

「それでも僕は信じます。光太郎さんの勘が外れた事、ないですから」

 

 エリオの力強い肯定。それをどこか嬉しくも悲しく思い、光太郎はその肩に軽く手を置いた。自分の勘が外れた事はない。それは、決していい事ではない。何せ、大部分が悪い事に繋がるものばかりなのだから。

 だが、それを光太郎は必ず防ぐ。もしくは変えてくれるとエリオは信じているのだ。故の信頼。それを受け、光太郎は頷いてみせる。丁度そこへなのは達隊長陣が姿を見せた。それに気付き、光太郎はそこへ近付くとはやてへ開口一番こう告げた。

 

「はやてちゃん、俺は残るよ」

「えっ?!」

「どうしてです?」

 

 突然の光太郎の言葉に心から驚きを見せるフェイト。はやてはそれに理由を尋ねる。光太郎はそれに自分が感じている嫌な予感を話し、念のために自分も残ると告げた。それに対して誰も反論出来なかった。この数年間、光太郎の勘は恐ろしい程の的中率を誇った故に。

 更に、今回は邪眼絡みとなればそれを無視する事は出来ない。だからフェイトは自分の寂しい気持ちを押し殺し、はやてへ視線を向けた。

 

「はやて、光太郎さんには残ってもらおう。ライダーが二人いれば、余程の事がない限り心配ないし」

「……ええんやな?」

 

 はやての問いかけにフェイトは軽く笑みを返して頷いた。本当ならば一緒に連れて行きたい。エリオやキャロもそれを望んでいる故に。だが、それは自分のただのわがままだ。だからこそフェイトは、悲しみを振り切ってライトニングの隊長としての判断を下した。

 

「六課を……シャーリー達を頼みますね、光太郎さん」

「ああ」

 

 互いに見つめ合うフェイトと光太郎。フェイトの眼差しは微かな憂いを帯びている。光太郎はそこで確信する。彼女が自分へどんな感情を抱いているのかを。だからだろう。彼はその表情に影を落としてフェイトからさり気無く顔を背けて歩き出す。

 一方、そんな二人を見たなのはとはやては複雑な心境だった。フェイトが光太郎へ想いを寄せている事を二人は気付いている。だから友人としては光太郎を同行させたい。しかし、局員としてはそれが出来ない。万が一邪眼が怪人を複数送り込んできた場合、龍騎だけでは守りきれない場合がある。もしくは、守りきれたとしてもその手の内をかなり明かしてしまう可能性があるのだ。

 

(もどかしいな。フェイトちゃんの事、応援しようって決めたのに……)

(すずかちゃんもアリサちゃんも、久しぶりに光太郎さんに会いたいって言ってたんやけどなぁ……)

 

 なのははどこか昔の自分に近いフェイトに対して、はやては先程連絡を入れた友人二人に対して申し訳なく思いながら視線を周囲へと向ける。

 

「さ、なら行こか。六課はグリフィス君を初め、RXと龍騎にヴァルキリーズが守ってくれる。それに、リーゼ姉妹も来てくれる事になっとるから心配いらん」

「じゃ、みんなヘリに乗って」

 

 はやてとなのはの声に呼応し、スバル達がヘリへと乗り込んでいく。それを見送り、真司は隣へと歩いてきた光太郎へ視線を向けた。

 

「いいんですか?」

「当然だよ。俺達は邪眼を倒すためにここにいるんだ。それを忘れるフェイトちゃん達じゃないさ」

 

 明るく答える光太郎。しかし、その声の奥底には悲しみがあるように真司には聞こえた。それを確かめようと思う真司だったが、それをヘリの轟音が阻止する。飛び上がっていくヘリ。それを見送る真司と光太郎。

 やがて遠くなったヘリを見て光太郎は無言で隊舎内へ戻って行く。その後ろ姿がもの悲しげに見えた気がして真司は一人呟く。

 

―――そんなに悲しいなら、何でそれを分かち合おうとしないんですか。

 

 鈍感な彼でさえフェイトと光太郎の雰囲気がどこか違う事に気付いたのだ。故に真司は不思議でしょうがない。人とは違う光太郎の体。それを受け入れ、共に歩いてくれるだろうフェイト。

 その彼女と好意を抱き合いながらも、それを敢えて押し殺すその姿勢が。真司は知らない。光太郎が背負った悲哀。それこそが、元来仮面ライダーの持つ”人”ならざる悲しみだと。

 

 

 

「フェイトさん……」

 

 キャロは先程から何も言わずに窓から外を見つめているフェイトに言いようのない悲しさを感じていた。エリオもそうだった。先程の光太郎はフェイトが好意を向けているのを知りながら、それを避けたように見えていたのだから。

 

(どうして光太郎さんはフェイトさんの気持ちを避けるんだ? まるであまり喜べないみたいな……あっ!)

 

 エリオはそこで気付いた。気付いてしまった。何故光太郎がフェイトの気持ちを無視するしかないのか。それは、彼が仮面ライダーだからだという事に。光太郎は言った。仮面ライダーは人知れず平和のために戦うと。それは、終わる事無い戦い。それを光太郎は夢にまで語った。

 ならば、その道を自分以外に歩かせるはずはない。フェイトの想いを受け止める事が出来ないのはそのためだ。別れが訪れた時、フェイトの悲しみが少しでも少なくすむように。決して自分などについてこないように。そう思っているからこそ、光太郎はフェイトと親密になるのを避けているのではないか。

 

 そんな風にエリオがある意味で光太郎の心境を当てている横で、スバルとティアナはこれから行く場所をなのはから聞いて驚いていた。それはなのは達の故郷だったのだから。地球は日本、海鳴市。そんな、まるで誰かがなのは達をそこへ行かせようと図ったかのような場所へ六課は向かう。

 

「やっぱり魔法文化が無いんですか」

「うん。私やはやて部隊長みたいな人が稀なんだ」

 

 ティアナの納得したような声になのはは頷いて答えた。ティアナは翔一との付き合いから地球がどういう場所かは大体聞いていた。魔法を使える者などほとんどいない。それどころが魔法そのものさえ知らない世界だと。

 スバルはむしろ納得していた。自分の父親であるゲンヤは地球出身者の子孫。故に魔力は無い。そんな事を知っているからこそ彼女は笑顔で頷いていた。

 

「ですよね。うちのお父さんも魔力無くって」

「スバルさん、クイントさんそっくりですから」

「ギンガさんもですけど、本当に似てますよね」

 

 キャロとエリオの言葉にスバルは嬉しそうに頷く。それを聞いて五代は少し複雑な表情を浮かべた。光太郎から聞いた話によれば、スバルとギンガはクイントの遺伝子を基に作られた戦闘機人。故にその関係は親子というよりは最早クローンに近い。

 キャロとエリオはそんな事を知らない。それだからこそ心からスバル達が似た者親子だと感じているのだろう。その素直さに喜びを感じつつ、スバル達の生まれの重さに微かな悲しみを抱く五代。だが、その時ふと思い出す事があった。

 

(しかし、スバルちゃん達がイレインやファリンちゃんと同じだとは思わなかったなぁ。今日、すずかちゃんが二人を連れてくるとスバルちゃんに紹介出来るんだけど……)

 

 自動人形と戦闘機人は同一の存在。そう知った時、五代は驚きと同時に納得していた。外見からは信じられない程の能力を発揮するスバルやイレイン。それが同じと言われ、心から頷けたのだ。そして、そのどちらも優しい心を持っている事にも。

 五代はイレイン達がスバルやヴァルキリーズの事を知ったらどんな反応をするのかと考えて一人笑う。そんな五代の横で、翔一ははやて達八神家の面々と会話に花を咲かせていた。リインはエリオやキャロぐらいの大きさになったツヴァイの格好を直し、笑みを浮かべていた。

 

 ツヴァイはアウトフレーム―――つまり外見をある程度まで操作する事が出来、最大まで大きくすると十歳児程度の身長になるのだ。地球には普段のツヴァイを受け入れるような土壌がない。故に、混乱や騒動を避けるためにその状態になる必要があった。

 ちなみにリインが同行しているのははやての個人的な要望。だが、それを止める事は誰もしない。家族の同行を希望する気持ちは分からないでもない。それにリインがいるとツヴァイの笑顔が一際嬉しそうだったのもある。

 

「……よし。これでいいぞ、ツヴァイ」

「ありがとうです、お姉ちゃん」

「礼はいらない。姉として当たり前の事をしただけだからな」

「それでもです」

 

 姉妹仲良く笑顔を見せ合う二人。それを横目にし、微笑みを浮かべるはやて達。ちなみに、ツヴァイの巨大化を見たスバル達は揃って軽い驚きを見せた事から始まる一騒動があった。驚くスバル達に対し、五代と翔一は以前に何度か見た事があるために平然としていた。そしてスバル達にそこまで驚く事じゃないと言ったのだ。

 だが、そんな二人も初めて見た時は同じような反応を見せた事をはやて達から告げられる。それにスバル達が五代と翔一へ軽く文句を言ったために、二人が揃って頭を下げて場を和ます結果で終わったが。

 

「ま、わたしらはちょう寄る所があって、別の転送ポートから海鳴入りや」

「すずかちゃん家の庭からだよね」

 

 翔一の言葉にはやては頷いて視線をなのは達へ向けた。

 

「そういう訳やから、わたしらは別行動や。後で合流はするけどな」

「了解。ヴィータ副隊長とシグナム副隊長も部隊長達と一緒ですね?」

「ああ。私達はロングアーチからの直接指示で動く」

「ま、そういう事だ」

 

 二人がそう答えたのを聞き、なのは達は揃って頷く。八神家は全員で行動し、なのは達はそれぞれで動く事で話し合いは終わり、こうして出張任務は始まったのだ。

 

 

 

 海鳴にある湖畔のコテージ。普段人がほとんど寄り付かないような静かなそこへなのは達は現れた。ここは、現地の協力者がなのは達に貸し出してくれている待機所であり転送ポートだ。その協力者は、今回の事をはやてから聞かされ、今ここへ向かっている最中だったりする。

 

「……ここが」

「海鳴……」

「綺麗な所ですね」

「いい景色……」

「キュク~」

 

 スバル達四人が初めての海鳴に思い思いの反応を示し、それになのはとフェイトは笑みと共に頷いていた。五代はそんな六人とは違い、第二の故郷とも言える街に来た事を嬉しく思っていた。その気持ちが行動となって表れるのが彼らしさだ。

 

「は~るばる来たぜ、海鳴~!」

 

 そんな風にはしゃぐのも仕方ない。有名演歌歌手の歌を使ったそれに全員が一瞬呆気に取られ、すぐに笑い出す。その笑い声に五代は嬉しそうに振り向き、照れたような笑みを見せた。

 そんな平和な雰囲気の中、遠くから聞こえてくる音がある。それは車のエンジン音。それが段々そこへ近付いていた。それに全員の視線が音の方へ動く。すると、そこから現れたのは一台の車。そして―――一人の女性の姿だった。

 

「なのはっ! フェイトっ! 雄介さんっ!」

「「「アリサ(ちゃん)っ!」」」

 

 車の窓を全開にして、アリサは大声で呼びかけた。その自慢のブロンドが日差しで輝く。それを見た三人が嬉しそうな声を返して走り出した。スバル達四人はそんな光景に苦笑。まるで遊びに来たような印象を受けたからだ。

 だが、そんな風になってしまう気持ちも分かるため、それをとやかく言うつもりは四人にはない。それよりも今は現れた人物の事を教えてもらおうと思い、その後を追った。

 

 車から降り、アリサは笑顔でなのはとフェイトの手を取った。こうして直接会うのは本当に久しぶりだったのだ。五代の方はそこまででもない。何せ彼はこの四月まで海鳴で暮らしていて、アリサも顔を合わせる事はあったのだから。

 

「ったく、いきなり連絡してきたと思ったら今日来るなんてね。驚かすのはアタシの役目だってのに……」

「にゃはは、ごめんね」

「この任務自体が本当に急なものだったから」

 

 アリサのやや文句めいた声に二人は苦笑。五代はそんな三人のやり取りを見て笑顔を浮かべている。そこへスバル達が追いつき彼へ尋ねた。あの女性は誰なのかと。それに五代は実にあっさりと答える。

 アリサ・バニングスと言ってなのは達隊長三人の幼馴染。少し素直じゃない所があるが、優しく綺麗な女性。五代がそんな風に説明すると、それを聞いていたのかアリサが少し照れたように視線をスバル達へ向けた。

 

「えっと……ま、まぁそんなとこよ」

「否定しないの?」

 

 フェイトのややからかうような声になのはが笑う。アリサはそれに少しだけ戸惑うが、開き直り何も間違っていないと言い切った。そんなアリサに全員が笑みを見せる。そして、サムズアップをアリサへ送った。それに彼女もすかさずサムズアップを返すも、その直後やや苦笑しながら五代へ言った。

 

「もうその子達にも伝染させたんですか?」

 

 その表現に五代が苦笑。だが、その表現もあながち間違っていないと感じたのかそれを否定はしなかった。そんな五代の反応に今度は周囲が苦笑する。場の雰囲気が和んだのを受け、アリサは五代達と一緒にいるという感覚を強く覚えて微笑みを浮かべた。

 

「とりあえず、今日はアタシとすずかで出かける約束してるの。だから、夕食は一緒にここで食べましょ」

「それは構わないけど……いいの?」

「当然! 仕事だけど、少しは息抜きも必要でしょ?」

 

 アリサのウインクと共に告げられた言葉になのはとフェイトは嬉しそうに頷き返し、五代は笑顔を浮かべた。そしてアリサはすずかを迎えに行くと告げて車に戻るとそのまま走り去って行った。

 それを見送り、なのはとフェイトは全員で手分けして探索魔法と併用し街にサーチャーとセンサーの設置をすると告げて動き出す。最後に、今回はロストロギアの捜索任務である事を踏まえ、念のため調査は用心するようにと忠告して。

 

 こうしてなのはは五代と、スバルはティアナ、ライトニングは三人でそれぞれ歩き出す。一方その頃、別働隊の八神家組は月村家の庭でその家の主となったすずかと再会を果たしていた。

 

「そか。なら、夕方にまた会おな」

「うん。翔一さん達もまた」

 

 久しぶりの再会を喜んだのも束の間、アリサがなのは達にしたのと同様の話をすずかははやてに聞かせた。なので、夕方にもう一度ゆっくり話そうとなり、これから仕事のはやて達と出かけるすずかはそう言い合って歩き出す。

 

 すずかは迎えに来るアリサを待つために門前で待ち、はやて達は海鳴での指揮所になるコテージへ向かうために月村家の車を借りた。道中の運転はシグナムが受け持ち、はやて達を送った後はそのままフェイト達と合流して車で行動となる。

 ヴィータはそこから単独で飛行魔法によりセンサーを上空から散布する事になった。まぁ、その後はスターズに合流するのだが。リインはファリンやイレインと共に夕食のために色々な準備をする事になり、月村家に残る事にした。

 

 ツヴァイも手伝うと言ったのだが身体的な面から却下となった。それよりもはやての手伝いを頼むと姉に言われれば、ツヴァイも頷くしかなかったのだから。コテージへ向かって去っていく車を見送るリイン達三人。

 そしてその小さくなった車を見てイレインがぽつりと呟いた。彼女が一番会いたかった相手への気持ちを込めるように。

 

「……にしても五代は別の場所、か」

「ああ。期待させてすまない」

「リインさんが気にする事じゃないですよ。それに、来てるなら後で会えますし」

 

 イレインの残念そうな声にリインがそう申し訳なさそうに言うと、ファリンが笑みを浮かべて言葉を返した。まだ五代と離れて三ヶ月にもならないが、それでも二人にとっては長い時間だった。更に最近はもう一人の家族でもあったゴウラムさえいなくなってしまったため、二人は五代を身近に感じる事が出来なくなっていたのだから。

 

 だが、今日は久しぶりに会える。光太郎は来ないのが残念ではあったが、二人としては早く夕方にならないかと思うぐらい楽しみであった。それもあってかファリンが喜びを表情へ浮かべて先陣を切るように口を開いた。

 

「さ、準備を始めましょう! 道具や調味料を運ばないといけませんから」

「なら私は車をガレージから出してくるな」

「では、私達は荷物を持ってこようか」

「ですね」

 

 イレインが軽く小走りで去るのと同時にリインとファリンは連れ立って屋敷の中へ向かう。互いに近況を話しながら笑みを浮かべる二人。すると、リインの視線がふと何かに止まる。それは綺麗な大広間の柱。正確には、その一部にある傷だ。

 リインがそれに不思議そうに首を傾げるとそれにファリンも気付き視線を追って疑問の正体に気付いた。そして、リインへ向かって懐かしそうに告げる。その傷がこの家の者にとって何を意味するかを教えるために。

 

「その傷は、思い出の傷なんです」

「思い出?」

「はい。あれは、まだ忍お嬢様とノエルお姉様が屋敷にいらした頃です……」

 

 その時の光景を思い出すようにファリンはゆっくり語り出した。それは、忘れる事の出来ない光景。燃え盛る炎の中、それに照らし出されるように戦う戦士の姿。それを思い出して、懐かしそうに、嬉しそうに彼女は語るのだった。

 

 

 

 その日、月村家に一人の男がやってきていた。名を月村安次郎。忍とすずかの親戚に当たる男だ。しかし、彼はノエルとファリンを引き渡すようにと二人に言ってきた。金儲けと自身の欲望のために二人を利用しようと企てて。

 忍はその裏にある邪悪な企みに気付いていたのでそれを拒否。そして、その日の夜。突如として月村家を巨大トレーラーが強襲。そこから現れたのがイレインだった。

 

 彼女は安次郎が見つけ出した自動人形。しかも、イレインは自分と同型の意思を持たない自動人形を操る能力を有していた。そのため、ノエルとファリンが忍とすずかを守るために戦ったが多勢に無勢。徐々に追い込まれていった。

 最早ここまでかと誰もが思った時だ。イレインは勝ち誇る安次郎へ反旗を翻し、その顔を強打して意識を奪った。そう、イレインは従来の自動人形とは違い、主に対する加害制限が無かった。その対処として掛けられていたリミッターがあったのだが、解除条件が主を侮辱されるという曖昧な条件のため、既に忍の暴言によって解除されていたのだ。

 

―――ありがとう、月村忍。あんたのおかげでもう芝居せずにすむよ。

 

 そう言ってイレインは驚く周囲に対して攻撃を再開しようとした。そこへノエルからの連絡を受けた恭也が参戦。挟み撃ちの形を取って形勢を立て直す事に成功する。しかし、そこまでだった。御神の剣士である恭也はまさに強者。

 だが、あくまでも生身の人間だ。傷付いても腕を無くそうとも止まる事無い自動人形の前では、その剣技も心理的な効果がなく炎燃え盛る中で彼の体力がいつまでも続く訳ではなかった。そして、その動きが鈍った所を量産型のブレードが斬り裂こうとした時だった。何者かが量産型を突き飛ばしたのは。

 

 それに全員の視線が集まる。その人物こそ五代だった。

 

「……それで、五代さんは呆気に取られる恭也様へ大丈夫ですかって言って、イレインへ向き直ったんです……」

 

 五代はイレイン達へ向き直ると尋ねた。何故こんな事をするんだと。それにイレインは答えようとせず、一体の量産型を五代へ差し向けた。それにノエルやファリンが動こうとするが間に合わない。恭也も神速を使おうとするも、体力低下のために出遅れてしまった。

 誰もが五代の死を覚悟した。だが、五代は死ななかった。そのブレードが当たった瞬間、その部分が白い鎧に覆われていたのだ。それをキッカケに五代の体全体がその姿を変えていく。それは白のクウガ。グローイングフォームと呼ばれる戦士の力が弱った時やその覚悟が鈍い時になる姿だ。

 

 その変化に恭也達は声が無かった。戸惑い、恐れ、躊躇い。幾多もの感情が渦巻き、誰も何も出来なかった。しかし、クウガは違った。その変わった己の手を見つめ、小さく呟いた。

 

―――……また、こうするしかないんだ。

 

 そんな風にぽつりと呟き、クウガは迷いながらも量産型へ拳を振るった。その一撃に量産型は軽くよろめくようにたたらを踏む。そこへクウガは回し蹴りを放ち、その体を完全に外へと吹き飛ばした。それで量産型の一体は沈黙したのだ。

 それに誰もが息を呑む。突然目の前に現れた謎の存在。それが異形へと変化し自動人形をたった二発で倒してしまったのだから。イレインはそれに怒りを燃やし、残る全てを一斉にクウガへ差し向けた。それにクウガは拳を一度だけ見つめ、どこか躊躇いながらも立ち向かった。

 

 クウガは懸命に戦った。それに呼応し、恭也達も反撃を開始。クウガが多くの量産型を引き受けたため、恭也達が各個撃破でその援護をし形勢は逆転した。それに危機感を感じたイレインは逆転を狙って単身クウガへ襲い掛かった。

 残った量産型を恭也達へあてがい、クウガと一対一で戦うイレイン。量産型と違い明確な意思を持つイレインにはクウガも苦戦を強いられた。そして、遂にその首をイレインの電磁鞭が捉えた。その電撃を受けて柱にもたれかかるようにクウガは倒れたのだ。

 

 そんなクウガの首元へブレードを突きつけ、イレインは勝ち誇ったように告げる。

 

―――さっきこんな事をした理由を聞きたがったな。私はこいつらが邪魔だ。だから、私のためにこいつらを殺す。それが、こんな事をした理由だ!

 

 その言葉を言い終わるのと同時にイレインは勝利を確信してブレードをクウガ目掛けて突き刺した。しかし、それをクウガは紙一重で避けるとイレインを殴り飛ばしたのだ。

 

「驚く私達を尻目に、五代さんはこう言ったんです。邪魔だからって……」

 

―――邪魔だからって、そんな事のために誰かを殺させない。

 

 そう断言し、クウガは構えた。それは、戦士が姿を変える際に取る構え。戦う意思を、その覚悟を示す、五代にとってはもう二度とする事のないはずだったもの。

 

―――変身っ!

 

 その声と共に白い体はまるで周囲の炎を吸い込むように赤く変わっていく。そして、その頭部の角が立派な物へ変化したのを見て誰もが言葉を失った。イレインでさえこう思ったのだ。もう、目の前にいるのは先程までの存在とは別の相手だと。

 クウガは炎にその身を照らし出されながらイレインへとゆっくりと歩き出す。イレインはその光景に恐怖を感じるも何とかそれに立ち向かった。その電磁鞭をクウガ目掛け放つがそれを彼は自らの手で受け止めて掴んだのだ。

 

 流れる電撃を物ともせず、クウガはそれをキッカケにイレインを自分の前へ引っ張った。当然イレインは体勢を崩す。クウガはそうやって自分の前へ来たイレインの首元へ手刀を叩き込んだ。それはイレインの意識を刈り取るもの。

 それと同時に残っていた量産型の動きも止まる。それに安堵する恭也達を余所に、クウガはイレインの体を優しく抱き抱えて忍の傍へ近付いた。そして戸惑う忍に対しこう頼んだのだ。

 

「この子を許してやってくれないかって。きっと話せば分かってくれるはずだから。そんな風に五代さんは言ったんです」

「……そうか。それでは、この傷は……」

「はい。五代さんが変身するキッカケになった時のモノです」

 

 そう言ってファリンは傷を優しくなぞる。この傷を残そうと言い出したのは実はイレインだった。その後、彼女は意識を取り戻すと五代達から揃って怒られたのだ。それに戸惑い、状況を把握しかねているイレインへ五代が言った。

 まずは思っている事や考えた事を話して欲しいと。それを聞かないと力になれないから。それにイレインは呆気に取られたが、そこで彼女はある事に気付いた。それは自分の調子がよくなっている事。そう、調整されていたのだ。それも完璧なまでに。

 

 その礼代わりとしてイレインは自分の事を五代達へ話した。人間のように好き勝手生きるために自分の正体を知っている者達を全て消そうと思った事を。それに五代は、自動人形の事を知る知らないに関わらず、自分のために誰かを泣かせてはいけないのだと説いた。

 でなければ、今度はその泣かせた誰かが誰かを泣かす。そうやって悲しみの連鎖が続くのだからと。それを聞いたイレインがそれに自分は関係ないと言おうとした瞬間、五代ははっきりこう言い切った。それは必ず最後には自分へ帰ってくると。

 

 そんなやり取りを経てイレインは月村家で生活する事になった。当初の理由は外で暮らしていくだけの資金も何もないからだった。それに世間の常識が無かったのもそれに拍車をかけた。五代は忍から恭也を助けてもらった礼と、イレインの事についての責任を取るという形で無理矢理居候となった。

 

 それをファリンがリインへ語り終わった時だ。二人の背後から声がしたのは。

 

「その傷は、私の忘れちゃいけない記憶の証でもある」

 

 それはイレインだった。その声に二人は視線を向けるが、その言葉の意味をリインは理解したのか視線を傷へと戻した。

 

「私は悪い事をした。それは、絶対に消える事のない事実。だから、それを忘れずに生きようって決めたのさ。五代の奴や私を受け入れてくれた忍お嬢様達へ恩返しするためにも、な」

「……そうか」

 

 闇の書として多くの命を殺めてしまったリインにとって、そのイレインの言葉は良く分かるものだった。まさに彼女自身の気持ちと同じだったのだから。

 故にリインは何も言わず、その決意と気持ちに思いを馳せた。一人ファリンは少し空気が妙なものになったのを感じ取り、明るく手を叩いて雰囲気を変えようとした。

 

「さあさあ、早く荷物を纏めてコテージに行きましょう。五代さん達を驚かせないと」

「そうだな。アイン、行こうぜ」

「ああ」

 

 三人は傷から視線を外し厨房へ向かって歩いていく。その話題を今日の夕食時の事に変えながら。楽しそうに、嬉しそうに、三人は話すのだった。

 

 

 

 海鳴の街を歩きながら五代となのははそれぞれ感慨に耽っていた。なのはにとってはかなりの、五代にとってはわずかの期間だが共に慣れ親しんだ場所には変わり無いのだから。

 

「何か懐かしいです」

「そうだよね。俺でもそうなら、なのはちゃんはもっとだよね」

 

 変化していない街並みを眺め、二人はそう話す。だが、なのはは少し苦笑気味にこう告げたが。

 

「でも、あれ? お仕事中なのに帰ってきちゃったって感じしますけど」

「あ~、それは何か分かるなぁ」

 

 そう話しながら笑顔で歩く二人。そことは違う離れた場所では、スバルとティアナが海鳴の穏やかな空気を感じていた。それと共にミッドとの共通点に気付いて会話をしている。

 

「何か和むねぇ」

「そうね。ミッドの田舎とかに近いかも」

「いいなぁ、こういう感じ」

「ま、アタシも嫌いじゃないわ」

 

 そう言いながら歩く二人だったが、スバルが何かを見つけ足を止めた。それにティアナも気付き、視線をスバルの見ている方向へ向ける。そこにあったのは移動式のアイスクリーム販売所だった。

 サンプルらしき物がいくつか並んでいて見ているだけでも楽しめるのだが、ティアナは隣の相手が何を考えてそれを見つけたのかを薄々勘付いていた。

 

「……アイスクリーム屋ね」

「ね、ね、ティア」

 

 予想通りのスバルの輝くような目を見て、ティアナはやはり買い食いを考えているのだと確信した。なので一瞬注意でもしようかと思ったが、ある事に気付き、それを許してやる事にした。きっと、頭ごなしに注意するよりも簡単にスバルが諦めるだろう事実を。

 

「買ってもいいけど、あんたこの世界のお金、持ってるの?」

「あっ……」

 

 無情にも告げられたティアナの冷静な指摘にスバルは沈黙。地球、それも日本の貨幣などスバルが持っているはずもない。故にスバルの買い食いは自然に阻止される。

 そんな落ち込む子犬のようなスバルを見て、ティアナは軽くため息を吐いた。そして、こう言ってスバルの立ち直りを促す。それは、念話でなのはに頼んでみればいいとの提案。それにスバルは割かし本気で思い悩み、ティアナはそれに心から呆れとある種の尊敬の念を抱く。

 

(五代さん達に一番近いかもしれないわね、この子の反応って)

 

 同じ頃、チームライトニングも海鳴の街を歩いていた。だが、その中核であるフェイトにはどこか影がある。本来ならここにいて楽しく過ごす事が出来たはずの相手がいない。それがフェイトの心に影を落としていた。

 勿論、彼女とて光太郎の判断が良いのは理解している。そして、それを支持した事も間違っていないと思っている。いるのだが、フェイトはどこかそれを否定しかかっていた。

 

(光太郎さんと一番上手く動けるのは私。なら、いっそ私も残って備えた方が良かったんじゃ……)

 

 実際に怪人が現れた際、龍騎やヴァルキリーズではRXと上手く連携出来ないのではないか。そんな事から発展した発想は、知らずフェイトの醜い部分を浮き彫りにさせる結果となる。それはフェイトへエリオが告げた言葉がキッカケ。

 

「フェイトさん」

「何?」

 

 マルチタスクで一方で光太郎の事を考えながらエリオへ対応するフェイト。だが、そんな彼女へエリオはきっぱりと告げた。

 

「真司さん達を信じてください」

 

 それにフェイトは思考を停止した。どういう意味か分からなかったからではない。嫌と言う程に理解したからこそ、フェイトは思考を停止してしまったのだから。自分は今何を考えていたと。信じると決めた真司やヴァルキリーズをどこかで役不足と思っていなかったか。自分が一番RXの傍にいるべきだと決め付けていなかったか。

 そう思い、フェイトは自分の醜さに嫌悪感を感じた。これでは光太郎に合わせる顔がない。人の醜さを見ながらも、人の強さや優しさを信じようとする光太郎。そんな彼と共にあるためには自分もそうでなくてはいけない。故に、フェイトはエリオへ心から感謝を込めて頷いた。

 

「……そうだね。信じるよ。真司さんもヴァルキリーズも、きっと光太郎さんと一緒に六課を守ってくれるって」

「はいっ!」

 

 フェイトの表情がいつものものに戻った事に嬉しく思いながらエリオは笑顔で頷いた。キャロはそんな二人のやり取りを聞きながら、服の中に隠しているフリードへ笑みを浮かべて声を掛ける。

 

「今日のフェイトさんどこか変な感じだったけど、やっと戻ったよ。エリオ君って凄いね」

「キュク」

 

 頼もしく感じる槍騎士の姿にキャロは微笑みを浮かべて視線を向ける。それにエリオは気付いて振り向くと笑顔を見せた。そこへ丁度車に乗ったシグナムがクラクションを鳴らし、その存在を教える。こうしてライトニングは本当の形となって捜索へ当たるのだった。

 

 一方、コテージに辿り着いたはやて達は指揮所としての準備を進めていた。ザフィーラと翔一は共に力仕事担当。シャマルはこの任務を依頼してきた聖王教会との連絡をしている。相手はシスターシャッハ。八神家とは馴染みの深い相手だ。

 シャマルがシャッハと任務についての打ち合わせをする横で、はやてはツヴァイと二人で光太郎の感じた予感に備えるべく、グリフィス達との連絡を密に取れるよう通信機能の確認を行なっていた。

 

「……はい。では……」

「何かあったか?」

「捜索対象のロストロギアの持ち主が夕方までには特定出来そうだって。ただ、それよりも遅くなる可能性があるかもしれないから覚悟しておいて欲しいとも言われたわ」

 

 シャマルの告げた内容に全員から安堵と苦笑を浮かべる。そして早速とばかりにシャマルが念話でなのは達へそれを教え始めた。こうして、一先ずはやて達は光太郎の予感が告げていたのはロストロギアの方ではないと考えた。となれば、残る可能性は少ない。

 そのため、はやて達に微かな不安がよぎる。そう、この海鳴に邪眼の魔の手が迫っていると考えたのだ。そしてそれが意味する事を考え、はやてがはっきりと周囲へ告げた。

 

「警戒は怠らんようにしよ。ロストロギアが危険でも、邪眼が来てもええように。でも、あまり緊張しすぎるのも駄目やからな。程々にしよか」

「そうだね。光太郎さんの予想が外れてよかったってなるかもしれないし」

 

 翔一がそう言うと全員が笑顔で頷いた。そうなってくれるといいと口々に言い合って。こうしてはやて達は不測の事態に備え心構えをしておく事にした。それをなのは達へも伝えるのと同時にはやてはすずか達との夕食をどうするかを悩んでいた。

 もし邪眼が五代と翔一を狙ってくるとすれば二人を巻き込みかねない。だからといって離れているのも危険かもしれない。きっと、邪眼は自分達の事を調べあげているに違いないのだ。

 

(ここは、多少危険があっても一緒に居てもらうべきやな。いざとなってもライダー二人にわたしらがおれば安全や)

 

 そう結論付け、はやては視線を空へ向けた。視界に広がる澄み渡る青空。それに眩しさを感じるがはやてはそれにこう思うのだ。この空のように、何事もなく過ぎてくれればいいのにと。

 

 そんな事を露も知らずに道路を走る一台の車がる。アリサ運転のものだ。助手席にはすずかの姿がある。楽しげに会話をしているが、その話題は当然この後の夕食に終始していた。

 

「やっぱ、バーベキューよね」

「そうだね。折角のコテージだし」

「ファリンさん達が調味料とかは用意してるんでしょ?」

「うん。リインさんも一緒に準備を手伝ってくれてるから、材料はこっちで用意しようかなって」

 

 すずかの言葉にアリサはよし来たと言わんばかりに頷き、車の速度を少しだけ上げる。それがアリサの気分が上機嫌になってきた証拠だと思い、すずかは笑みを浮かべた。アリサはお祭り好きだ。だから、こういうイベント事には目が無い。

 今もどうやってなのは達を驚かすか、または喜ばすかを真剣に考えているのだろう。そう思い、すずかはある人物の事を思い出して少しだけ寂しそうな表情を見せる。それにアリサが気付き、不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたのよ?」

「光太郎さんと会えなかったのが残念だなって」

 

 その告げられた名前にアリサも同意するように頷いた。彼女もそれは残念に思っていたのだ。初めて会った時、不覚にもいい男だと思った相手。しかし、フェイトの光太郎を見る目から何かを気付き、アリサは軽くため息を吐いたのだ。

 どうしてこうも自分が少しいいなと思う相手には戦う気を起こせない相手がいるのだろうと。そう、実はユーノもそうだった。初めて会った本当のユーノの姿。その好青年ぶりにアリサは少しいいなと思った。だが、ユーノと少し接している内に分かったのだ。

 

(ユーノはなのはの事が好きだって分かったのよねぇ。雄介さんはお兄さんって感じだし、翔一さんはアタシには合わない感じだし……まったく、アタシにはどうしていい人がいないのよ?)

 

 もういっそ多少性格に難があってもいい。唯我独尊を地でいくような男や、気弱で人前で自分の意見をはっきり言えないような男でも構わない。あるいは自分のような素直に気持ちを言う事が出来ない男や男らしくあろうとするが美人に弱い男でも。

 そこまでして自分にもいい人が現れて欲しいと、そんな風に心から思うアリサ。しかし、そんな彼女は意外と基準が厳しい。なので、いい人を見つける前にどこかで妥協出来る部分を作らねばならないと、この後相談を受けたはやて達から揃って同じ事を言われる事になる。

 

「確かにね。ま、またきっと会えるでしょ」

「そうだね」

 

 楽しげに話す二人。その顔には当然ながら欠片の不安も無かった。今日はこのまま何事もなく楽しく過ぎていく。そんな風に思いながら車は風を裂くように走るのだった。

 

 

 

 時間も過ぎ、辺りを夕日が包みだした頃、なのは達スターズはヴィータも合流してロングアーチからの指示を待っていた。だが、その五人の手にはアイスが握られている。あの後、スバルは散々悩み五代へ相談。それに苦笑した五代は、手持ちからいくばくかのお金を渡してスバルとティアナへアイスを買ってきて欲しいと頼んだのだ。

 

 無論、それは彼の分だけを買うには多い。そう、五代は自分のお使いをしてもらう代わりにお駄賃として二人にもアイスを買ってきていいと告げたのだ。そこへ狙ったようにヴィータが合流し、当然ながらアイス好きな彼女を五代がその話へ乗せない訳がない。

 こうして副隊長のお目こぼしも受けたスバルが心から感謝して走り出し、ティアナはそれに呆れつつも五代へ頭を下げて心なしかどこか嬉しそうにその後を追った。その結果が五人が手にしているアイスだ。

 

「……ホント、五代さんに感謝しなさいよ」

「分かってるよ。でも、出来るならダブルが良かったなぁ」

「ちょっと、アンタ本気で感謝してる?」

 

 そんな会話をする二人の隣では、なのはとヴィータが五代のした行為に微笑みを浮かべていた。立派な局員で上司でもある彼女達が許可するには少々問題がある買い食い。それを民間協力者である五代ならば何の気兼ねもなく出来るからだ。

 しかも、彼女達の分も五代の善意からの物であれば断るのも気が引ける。そういう公明正大な言い訳を得て、なのはもヴィータもこうして二人と同じようにアイスを食べているのだから。

 

「ご馳走様です、五代さん」

「何かわりぃな」

「いいからいいから。何かさ、こういうのもいいよね。みんなで遊びに来てるみたいで」

「お仕事なんですけど……」

「あ……じゃ、親睦を深めているって事で」

 

 なのはの苦笑混じりの答えに五代はそう言って笑う。その屈託のない笑顔になのはも笑って頷いた。それならいいですと。それにヴィータも同意するように頷いて三人は余計に笑みを深めた。そうして五人がアイスを食べ終わったのを見計らったようにロングアーチからの念話が入る。

 一旦全員コテージに帰還し、食事を兼ねた休息を取るように。そこには、ロストロギアも危険性がなく後は広域探査の結果待ちとなった事も要因としてある。それになのは達は了解と返し、即座になのはがフェイトへ念話を送る。それはこれからどうするかと言う相談。

 

 フェイト達はシグナムが車で動いていたので、その後はなのは達を迎えに行くと返した。それになのはは感謝と共にある場所で待っているを告げてから念話を切った。

 

「……と言う訳で、私達は翠屋に行こうか」

「「翠屋?」」

「そうか。それはいいな」

「いいね。スバルちゃん達にも味わってもらおう。桃子さん自慢のケーキや士郎さん自慢のコーヒーなんかを」

 

 なのはの挙げた名前に疑問を浮かべる二人に対し、ヴィータと五代は名案だと笑顔でサムズアップ。そして、翠屋の説明をしながら五人は揃って歩き出す。向かう先はなのはと五代にとっては馴染みの喫茶店。その途中、なのはは携帯で母である桃子へ連絡を入れる。

 急に行って驚かせる事のないようにと思ってのその配慮。それと同時にある程度の商品を用意してもらうのを頼み、更に五代もいると伝えるとスバル達にも聞こえる声で待っていると返事があった。それに五代もなのはもヴィータさえも苦笑し、スバルとティアナは意外そうな表情を見せる。

 

「……五代さんって、なのはさんのご両親にも好かれてるんですか?」

「にゃはは、五代さんは六課に来るまでうちで働いてたんだよ?」

 

 ティアナの言葉になのはは無理もないかと思いつつそう答えた。そして、そこから五代が翠屋での話を始めるとなのはとヴィータもその話に耳を傾けた。彼女達も知らない時の五代の話はとても面白く楽しいものだったのだ。

 そんな風に話しながら目的の場所に着き、そのドアをなのはが開ける。それと同時に鳴った来客を告げるベルの音で三人の人物が一斉に声を掛けた。

 

「「「いらっしゃいませ」」」

「久しぶり、お父さん、お母さん、お姉ちゃん」

「おかえりなのは。また綺麗になったな」

「おかえり~」

「ちょっと父さんも母さんも止めなよ。なのはは仕事でこっちに来てるんだから」

 

 なのはの笑顔に士郎と桃子が帰宅を喜ぶかのような言葉をかけ、それに美由希がやや呆れ気味に指摘する。だが、その彼女もどこか嬉しそうに笑っている。

 スバルとティアナは桃子の姿を見て驚愕していた。いくら何でも若すぎると思ったのだ。なのはぐらいの年の子がいるとは思えないような容姿。それに、二人して同じ感想を抱いた。

 

((お母さん、若っ!))

 

 そんな二人とは違い、五代もなのはと同じように三人へ挨拶を始めた。だが、その視線が美由希へ移った時、五代の表情がどこか楽しそうなものへ変わった。

 

「ご無沙汰してます士郎さん、桃子さん。あれ? こちらの方はモデルさんかな?」

「も~、美由希ですよ五代さん」

「ああっ、美由希ちゃんか。いや、気付かなかった」

 

 苦笑しつつ指摘する美由希。それに五代は一際驚いたように反応を返す。これも五代なりの挨拶。美由希は自分に彼氏が出来ないと五代にぼやいた事があり、その理由として自分が美人じゃないからと告げた。それ以来、こうして事ある毎に五代は美由希を誉めるのだ。

 それは世辞ではない。言われる事で自覚する事もある。そう信じるからこそのもの。美由希もそれを知っているからこそ、そんな五代の気持ちが嬉しいのだ。兄である恭也はこんな事を言ってくれる相手ではなかった事もその一因。故に美由希にとっても五代は頼れる兄に近い感覚があった。

 

 そして、なのはがスバルとティアナの紹介をし、二人が礼儀良く挨拶をする。そしてフェイト達が来るまで店で待たせてもらう事になったのだが、五代が大人しく待っているはずはなく……

 

「はい、モンブランですね。飲み物は、アイスティー……っと。かしこまりました」

 

 そこには、以前使っていたエプロンを付けオーダーを受ける五代の姿があった。既にピークは過ぎたものの、忙しいのは変わり無く五代は進んで手伝いを買って出たのだ。なのは達はそんな五代に感心するも苦笑していた。

 何せ、それは六課の五代をどこか彷彿とさせるのだから。それだけではない。なのはにとっては何度か見た光景でもある。だからだろう。なのはもスバル達へ待っているように告げ、その手伝いを始めたのは。こうして二人が働く姿を眺め、スバルとティアナは意外そうに呟いた。

 

「「なのはさんが店員してる……」」

「……小さい頃から偶にやってたぞ」

 

 局の憧れであるエースオブエース。それが管理外世界の喫茶店でウェイトレスをしている光景は、どこか不思議な印象を二人に与えた。それにヴィータがどこか苦笑しながら呟く中、フェイト達が翠屋に現れる。が、忙しそうに働くなのは達の姿を見て軽く驚きを浮かべる事となる。

 

 その頃、コテージ付近では料理の腕を振るうははやてと翔一の姿があった。更にリインもそれを補助するように動き、ファリンとイレインはテーブルのセッティングなどをしている。シャマルとザフィーラは六課との連絡中。未だに何の異常もないため真司達はいつものように過ごしていると教えられていた。

 ただ、光太郎だけはやはりまだ警戒しているため、なのは達が帰るまでは宿舎に帰らずに待っているとの事も告げられる。それを聞き、二人は揃って警戒を強めた。

 

「そう、分かったわ。ありがとうアルト」

『いえ、もし何かあったら必ず連絡します』

「頼む」

 

 そうザフィーラが告げると通信が切れた。それに互いに視線を送り合い頷く二人。ツヴァイはいつもは出来ない配膳の手伝いをしてリインから誉められ、ファリンとイレインからも微笑まれていた。

 そんな和む光景を見たシャマルは笑みを見せるも、すぐそれを消してはやてへ近付いた。彼女は鉄板で焼きそばを作っていて、食欲をそそる匂いが漂っている。それに顔が綻ぶのを感じながらも、何とか表情を崩さないようにしてシャマルははやてに耳打ちした。

 

 それにはやては特に驚いた様子もなく頷き、翔一へ視線を向ける。翔一はアリサ達が買ってきてくれた材料を仕込み、バーベキュー用に串に刺していた。その材料を持ってきた二人は、現在ツヴァイの可愛さに笑みを浮かべながらテーブルでなのは達の帰りを待っていた。

 

「翔にぃ、光太郎さんはわたしらが帰るまで寝ないらしいわ」

「……そうなんだ。なら、俺達も気を抜きすぎないようにしないと」

 

 その翔一のどこか納得した答えにはやては小さく頷き、シャマルへ視線を戻す。それにシャマルも軽く笑みを浮かべて頷き、ザフィーラの元へと戻っていく。張り詰めるのは良くないから適度に気を抜こう。はやてと翔一の会話からそんな風に感じ取ったのだ。

 そんな時、コテージ近くに車のエンジン音が聞こえてきた。それにすずか達が揃って反応を示す。はやてと翔一はそんなすずか達の反応に気付かれない程度の笑みを浮かべて料理を続けた。

 

「いい匂い!」

「ですね!」

 

 我先にと車から降りたスバルとエリオが開口一番そう言い合って走り出す。

 

「少しは我慢しなさいよ」

「でも、お腹空きました……」

 

 そんな二人に呆れながら後から降りてきたティアナがため息を吐けば、キャロがそんな二人を擁護するようにそう告げた。

 

「……良かった。シャマルは何も手を出してないようだ」

「マジか。それなら……飯は期待出来るな」

 

 副隊長二人は家族の一員の料理不参加をどこか安堵したように言い合い、それを聞いた五代が苦笑していた。翔一から少し聞いたシャマルの失敗談。それの多くは料理関係だったのだから。そんな五代達を見つめ、なのはとフェイトは苦笑し合った。

 

「やっぱりどこか休暇みたいだね」

「そうだね。いつか本当にこんな風にみんなで来れたらいいな」

「真司さんやヴァルキリーズ、かな」

「……スカリエッティも、ね。いないと真司さん達が気にするから」

 

 なのはの言い方に軽い戸惑いを感じつつもフェイトはそう告げた。それからなのははまだフェイトの中のわだかまりが消えてないのを感じた。だが、その声に嫌悪も憎悪もないのに気付き、少しだけ安心もしていた。

 これなら、いつかフェイトとジェイルも分かり合えるのではないかと思えたからだ。既になのははジェイルに対して犯罪者などという印象はない。しかし、彼女はそれを周囲にも要求する気は無い。ジェイル自身も言っていたのだが、した事は消えないのだ。

 

(ジェイルさんは、フェイトちゃんに対してどこか負い目を感じてる。フェイトちゃんは、そんなジェイルさんの態度に負い目を感じてる。優しいんだね、二人共)

 

 きっと二人は互いの気持ちを分かり合おうとしているのだろう。そう思い、なのはは笑う。それにフェイトは気付かず、ただなのはが漂う匂いに微笑んだのだと思い、同じように微笑む。そして二人もはやて達を手伝うために動き出した。その姿はやはり休暇を楽しむ女性にしか見えないと気付かぬままに。

 

 

 

 大勢で賑わうテーブル。話題の中心人物が五代なのは仕方がないだろう。いつでもどこでもムードメーカーは五代なのだから。今もすずかやアリサだけではなくファリンやイレインにも話しかけられ、それを活かして五代はスバル達への橋渡し役をしているのだ。

 すると、そこへ車のブレーキ音が聞こえてきた。その音で全員が視線をそちらへ向けると、そこには美由希とアルフ、そしてエイミィの姿があった。それにスバルとティアナは見慣れない相手が二人いる事に首を傾げて五代へ尋ねた。

 

「あの、美由希さんと一緒にいるのは誰です?」

「一人は使い魔みたいですけど……」

「あっちの女の人はエイミィさん。クロノ君の奥さんで、フェイトちゃんの義理のお姉さん。で、もう一人はフェイトちゃんの家族でアルフさん」

 

 五代の言葉に名前を挙げられた二人が手を振って応じた。その気さくさにスバルもティアナも親しみ易さを感じて笑顔を見せる。こうして食事を兼ねた紹介の時間が始まった。はやてが、まるで休暇の慰安旅行の様相を呈したと表現すると、それに周囲から同調するように笑いが起きる。

 そして乾杯の後、アリサを筆頭に現地の者達の自己紹介が始まった。とはいえ、既に五代が簡単に紹介している者達がほとんどのため、実質はすずか達月村家だけのようなものだ。彼女達の次は当然ながらスバル達四人の自己紹介だった。

 

「それで、私は五代さんやなのはさんみたいに、困ったり苦しんでいる誰かを安心させてあげられる人になろうと思ったんです」

「なので、アタシは兄や翔一さんのような誰にでも同じような態度で接する事の出来る人を目指しています」

「だから、僕は光太郎さんを目標に色々な鍛錬に励んでいます」

「いつか、真司さん達と一緒にここに来れたらと思います」

 

 四人に共通するのは締めにライダーとの関わりを示す言葉を持ってきた事。それを聞き、アリサ達は揃って五代達ライダーの影響力を感じていた。真司だけは彼女達も良く知らない。それでも、五代や翔一と同じような、いい意味で存在感のある人物だとは思った。

 四人の自己紹介が終わった後、自然と話題はここにいない光太郎や会った事さえない真司の事になるのもその存在感故の事。だがそんな中、五代はスバルを手招きし、イレインやファリンと改めて引き合わせた。そして、三人へ互いの共通点を教えたのだ。

 

「……って事なんだ」

「そうですか。この子も」

「私らと同じなのか」

 

 五代から聞かされたスバルの生まれ。それに二人はどこか嬉しそうに笑みを見せてその頭を撫でた。スバルも急に聞かされた事に驚きはしたが、二人が自分達の姉にも当たる存在と思え、嬉しく思っていた。

 ヴァルキリーズが大勢で仲良くしているのを見ながら、彼女はどこかで羨ましく思っていたのだ。ギンガだけでなくもっと自分にも姉妹がいればと。そんな時に出会ったファリンとイレイン。それにスバルは勝手ながら姉認定をした。

 

「あの……ファリンさん、イレインさん」

「はい?」

「ん?」

 

 スバルの声に何か変な感じを覚え、二人は不思議そうに声を返す。それにスバルは意を決して告げる。

 

「お二人を私のお姉ちゃんって思ってもいいですか?」

「「……は?」」

「……駄目ですか?」

 

 何を言われたのか一瞬理解出来なかった二人だったが、スバルはそれに構わずにそう問い直す。その子犬のような可愛さに元々妹分であるイレインが反抗的な事もあったファリンが嬉しそうにその体を抱きしめた。

 それにスバルが驚くものの、それが受け入れだと理解し笑顔を見せる。イレインもそんなスバルに何か思うものがあったのか、ファリンとは逆からその体を抱きしめて笑った。

 

 その光景を見て五代は頷いていた。生まれが特殊な三人。だからこそ、その出会いに縁を感じたのだろう。魂の姉妹とでも言えばいいのだろうか。五代はそんな事を考え、三人にサムズアップ。それに三人も気付き、満面の笑みでサムズアップ。

 一方、なのは達は幼馴染同士での会話に花を咲かせ、今はなのはとユーノの事を話題にして彼女を困らせていた。何せ唯一の恋人持ちとなったなのはだ。それに対して四人は年頃という事もありそれぞれに思う事もある。

 

「で、単刀直入に聞くけど、どこまでいったの?」

「あ、アリサ……」

「さすがにそれは……」

 

 直球な質問にフェイトとすずかが苦笑。だが、はやてはそれに同意するかのようになのはへ視線を向けてこう言った。

 

「キスぐらいはしたやろ?」

「ううっ……どうしても言わないと駄目?」

「「駄目(や)」」

「「よ、容赦無い……」」

 

 軽く涙目ななのはに対し、アリサとはやては即答。そのあまりの速さにフェイトとすずかはなのはに同情しつつ、やはり興味はあるのかそれを止めようとしない。こうしてなのははユーノとの関係をある程度まで話す羽目になる。

 とはいえ、まだキス止まりなので別に話しても問題無かったのだが。ちなみに、それを聞いてはやてとアリサが軽くがっかりしたのを追記しておく。その後もガールズトークは続き、なのはの受難は終わらなかった。

 

 エリオとキャロはアルフやエイミィとの再会に喜びを見せ、楽しげに会話していた。エリオにとってもキャロにとっても、二人は人の優しさや温もりを教えてくれた存在。過ごした時間はそこまで多い訳ではないが、それでも思い出は沢山あるのだから。

 

「そうかい。光太郎は六課にね」

「はい……」

「一緒に来てくれるはずだったんですけど……」

「仕方ないさ。邪眼が動き出したなら、仮面ライダーはそれに備えて当然だ」

 

 やや申し訳ないような二人を見て、エイミィはそう明るく言って気にしないようにと続けた。

 

「そうそう。会えなかったのは残念だけど、ま、その気になれば会えるしね」

 

 アルフが少し笑みを浮かべてそう告げるとエリオとキャロはそれに頷いた。彼女へいつか六課に遊びに来て欲しいと付け加えるのを忘れずに。それにアルフは嬉しそうに笑みを見せるも、何かを思い出してやや表情が曇る。見ればエイミィも同じような表情だ。

 それにエリオとキャロが疑問を浮かべるが、エイミィがそんな彼らへ告げた。邪眼との戦いはどうなっているのかと。それに二人も表情を引き締める。知り合ったヴァルキリーズを基にした怪人を創り出し、六課へ差し向けてきている。そう二人は言ってこう締め括った。

 

「「でも、六課にはライダーもいるから大丈夫です」」

 

 二人揃ってその手はサムズアップをしている。それにアルフもエイミィも頷いてサムズアップを返す。互いに見せ合うは信頼の笑顔。ライダー達の強さを知っているからこそ、その心に絶望はない。不安があろうとも、それを上回るだけの希望があるのだから。

 そんな四人の傍ではティアナが美由希からなのはの昔話を聞かされ、驚くやら笑うやらと忙しく表情を動かしていた。実は運動音痴気味だとか機械関係にやたらと強いなどの知らない話は、ティアナの中にあったなのはのイメージを大幅に変更させるだけのものがあった。

 

「……で、家のパソコンはなのはに一回全部バラバラにされてね」

「凄いですね」

「あたし達もビックリしたよ。いや、でもちゃんと組み立てたんだから大したもんだと思ったけどね。そのなのはカスタムは未だに現役だよ」

「なのはカスタムって……何か凄そうですね」

 

 美由希の出した呼び方に苦笑しつつ、ティアナは視線を美由希から後方のなのはへ移した。それに美由希も視線を動かし感慨深く笑った。フェイト達と楽しげに話す姿はただの年頃の女性としか見えなかったのだ。

 

「そんななのはが今は先生してる。しかも、結構人気者なんだって?」

「はい。若い子の憧れですよ。エースオブエースって呼ばれてますし」

 

 ティアナがそう楽しそうに言うと美由希もそれに笑みを返す。視線の先では、なのはがはやてとアリサからユーノといつ結婚するのかとからかわれている所だった。それに大弱りしているなのはを見て二人は笑ったのだから。

 ティアナの中に、もう完璧人間としてのなのはのイメージはない。誰であれ、どこかに欠点や弱点がある。そしてそれを補うだけの才能や技術が必ず誰にでも眠っている。なのははそれを目覚めさせたのだ。そう考えるからこそティアナも思う。

 

(アタシも……いつかアタシだけの何かを見つけ出してみせる。他の誰にも負けないオンリーワンを!)

 

 視線の先では、あまりのはやてとアリサのしつこさにフェイトやすずかへ助けを求めるなのはの姿があった。それに二人が苦笑すると風が流れる。少し優しく涼やかな風が。

 

 その風を感じながら翔一達も眼前の光景に笑みを浮かべていた。リインと手を繋いでご機嫌なツヴァイは終始笑顔を絶やさない。翔一はそんな姿に子供らしさを感じて微笑む。と、それを見てリインが口を開いた。

 

「いいものだな」

「そうですね。アインさんがいるから、リインちゃんも嬉しそうですし」

「嬉しそうじゃなくて嬉しいですよ。お姉ちゃんがいると、心が暖かくなるです」

 

 周囲がそれぞれに繋がりを持ったり、深めたりするのを見ながら翔一とリインは微笑み合い、ツヴァイはそんな二人の間でニコニコと笑っていた。普段は中々仕事をしている場所の関係で共に過ごす事が出来ないリイン姉妹。だからだろう。こうして共に長い時間を過ごせるのはツヴァイにとっては嬉しくて仕方ないのだ。

 

 そんな会話をしながら笑い合う三人を見つめ、シグナムが呆れるように笑みを浮かべていた。

 

「まったく、これは一応仕事なのだがな」

「シグナム、貴方も一応って言ってるわよ?」

「ま、きっと誰もが同じ気持ちだろうよ。どっか休暇みてえな雰囲気だからな」

「それは否定せんが、気を抜きすぎるなよ」

 

 守護騎士達は周囲の光景を見ながら笑みを浮かべる。彼らも口をついて出る言葉はやはり和んでいるものばかり。こうしてある程度の時間を過ごした一同は汗を流す事になる。

 そして話し合いの結果、海鳴市にあるスーパー銭湯へ向かう事になった。無論、その話を聞いた瞬間スバル達が揃ってあの話題になった場所だと気付き、小さく喜んだのは言うまでもない。

 

 

 

「はい、いらっしゃ……団体様ですか?」

「そうです。大人が……十八人と子供が四人です。あ、支払いはわたしがしとくから、みんなは先に行っててええよ」

 

 突然の団体客に戸惑いを感じながらも愛想よく対応する店員。それに無理もないと苦笑しつつはやてが全員分の支払いを始める。そんな彼女の言葉通り、なのは達は一足先に店内へと足を踏み入れていく。

 その雰囲気は和気藹々といったもの。まぁ、スバルがヴィータに対し大人料金にするのかと言って軽く睨まれたりはしていたが概ね平和だった。そして五代達は当然の如く男湯へ。キャロはエリオへ手を振ってフェイト達と共に女湯へ向かった。それにエリオは少しだけ安堵していた。

 

 実は、キャロはどこか性別を気にしていない時がある。自然保護隊での日々での中にこのような出来事があったのだ。

 

 その日、色々と疲れたエリオは浴室へ向かい疲れを落とそうとしていた。時間は遅く、他の隊員達は既に入浴を終えた後だったのだが、そこへキャロが一緒に入ろうと現れたのだ。勿論裸で。

 エリオはそれに慌てて背を向けたものの、今でも思い出そうとすれば容易に思い出せるぐらいその光景は脳裏に焼きついてしまったのだ。時にエリオとキャロが六課に来る二ヶ月前の出来事だ。

 

(良かった。キャロが男湯に来なくて。決まりを見たら、十一歳以上の男女はちゃんと分かれないといけないってあったから)

 

 自分達は十歳。ぎりぎり決まりに抵触しない年齢だ。だが、キャロもエリオだけならともかく五代達もいるので男湯に行こうとは思わなかったのだ。それは、エリオが寂しくないから。そう、あの時もエリオが一人なのを気の毒に思い、キャロは行動したのだから。

 

「エリオ君、湯上りには何を飲む?」

「あ、僕は……コーヒー牛乳でしたっけ。それで」

「お、いいね。じゃ、俺はフルーツにしようかな」

「俺はラムネにしておきます」

「……入る前から出た後の話をするな」

 

 楽しそうに話す五代と翔一を見て、ザフィーラはそう苦笑しながら指摘する。そして五代達は衣服を脱ぐ前にエリオのためにと銭湯のマナーを教え始めた。それにふんふんと頷くエリオを眺め、ザフィーラは思うのだ。やはり彼もまだ子供なのだな、と。

 

 その頃、女性陣は既に脱衣所から浴室へと移動していた。様々な種類の風呂が点在するのを眺め、感心しているのはスバルとティアナだ。その手にタオルを持ってスバルは周囲を見渡し、ティアナはそんな彼女を軽く注意していた。

 

「ったく、あまりキョロキョロすんじゃないわよ」

「いやぁ~、話に聞いた通りだったもんだからつい」

「ま、それは同意するけど……。で、どうする?」

 

 どこから入るのかを決めるべくスバルへティアナは意見を求めた。それにスバルはとりあえず一番大きな風呂へ向かおうと提案。それにティアナも頷いた。

 と、そこへ遅れて現れた相手がいた。当然二人の視線はそちらへ向く。そこにはスバルと同じように周囲をキョロキョロと見ていた少女がいた。キャロだ。

 

「キャロはどうする? 私達は一番大きなお風呂行こうと思うけど」

「あ、その前に体洗いたいです」

「うっ、そうね。そうした方がいいか」

「あはは、だね」

 

 キャロの言葉にティアナは失念していたという顔をし、スバルも年下から入る前のマナーを指摘された形になり、やや苦笑気味に同意した。こうして三人は体を洗うために歩き出す。

 洗い場にはなのは達がいた。五人の美女が揃って体を洗う光景はやや銭湯の光景としては浮いたものがあるが、本人達には当然そんな感じはしないため平然と会話をしながら過ごしていた。

 

「やっぱなのはは体のバランスいいわね。これはユーノがいつか鼻血でも出すんじゃないかしら」

「あ、アリサちゃん、その話はもう止めてよ~」

 

 なのはの整った全身を眺め、アリサは少し悔しそうに告げる。だが、後半はやはりからかう事を忘れないのがアリサクオリティだ。なのははそんな言い方に苦笑するも、いつかユーノの前でこの状態になるのかと考えたのか顔には赤みが差していた。

 

「フェイトちゃんは相変わらずお肌スベスベだよね」

「す、すずか、くすぐったいよ」

 

 すずかの手がフェイトの体を優しく撫でる。それにこそばゆいものを感じてその身をくねらせるフェイト。すると、それを見ていたはやてが何かを思いついたように頷いたかと思うとフェイトとすずかの間へ移動した。

 

「そうやですずかちゃん。そないに軽く肌を触るからくすぐったいんや」

「「だからって胸に手をやらない」」

 

 言葉と共に伸ばされたはやての手を彼女達は同時に止めるとぴしゃりとそう言い切った。勿論、そのままの姿勢ではやては二人から軽くお叱りを受ける。それを見たなのはとアリサは呆れつつもはやてらしいと笑い、その後は五人で思い出話を始めた。

 そんな感じで盛り上がるなのは達から離れた場所では、美由希達が熱めの檜風呂で表情を緩めている。四十三度という熱さだが、それも慣れてしまえば心地良いのだ。五人は小さく聞こえてくるなのは達の会話に笑顔を見せていた。

 

「いや、あの頃と変わらないね。なのはちゃん達はさ」

「早々変わるもんでもないだろ。まぁ、外見はかなり変わったかもしれないけど」

「アルフ、それは当然だよ。あれからどれだけ経ったと思ってるの。なのは達ももう二十歳になるんだよ?」

 

 なのは達の関係が魔法と出会った頃と変わらない事。それを確かめながら美由希達は目を細めるように笑った。ファリンとイレインは三人ほどなのは達との付き合いがある訳ではない。そのため二人の話題は違う人物の事だった。

 

「て事は、五代が来てもう十年近くになるんだな」

「そうですね。もう少し早く帰って来てくれれば、お嬢様やお姉様にも会ってもらえたのに」

 

 恭也と忍はつい最近ノエルを伴って日本へ遊びに来たのだ。無論、五代との再会自体はもう何年前に実現している。それでも外国暮らしの忍達とは中々会えないのも事実。五代も海鳴に戻ってから数える程しか忍達と会っていなかったのだから。

 そこから話題は忍達の結婚式へ移る。そう、忍と恭也だけでなくそこにいた者達全員の共通した思いは一つ。そこに五代がいなかった事を残念に思った事だ。エイミィは辛うじて五代だけは結婚式に参列してもらえたが、やはり翔一がいなかった。

 

「……恭ちゃんも忍さんも、五代さんにも見て欲しかったって言ってたもんね」

「そうだな。あの時の忍お嬢様は綺麗だった」

「恭也さんもです。とても凛々しかったですから」

「あたしやクロノ君も、翔一さんがいなかった事は未だに少し気にするからねぇ」

「仕方ないさ。でも、二人共写真で見て言ってたじゃないか。この場にいれなかったのが残念だって」

 

 そんな風に話し、その場の空気が若干しんみりとしたものになった。そう、思い出してしまったのだ。五代達にもそういう思いをさせている相手がいるかもしれない事を。それぞれの世界で彼らを待つ者達。それもその時の自分達と同じ気持ちを抱いているのではないか。

 そう思い、五人は何も言わない。ただ黙って湯の熱さを感じるだけ。しかし、何故か先程までは熱かったはずのそれを、今は少し冷たく感じていた。

 

 一方男湯でも五代達が体を洗い終わり、それぞれに思い思いの湯船へと浸かっていた。エリオは五代と共に行動し、翔一はザフィーラと昔来た時を思い出して楽しそうに会話をしていた。

 

「どう? 初めての銭湯は?」

「凄く面白いです。こんなに色々なお風呂があるんですね」

「だよね。ここは俺も初めて来たけど楽しいもんなぁ。次、あれに入ろうか?」

「はいっ!」

 

 五代の指差したジャグジーに視線を向け、エリオは元気良く頷いた。その頭の片隅には仕事中だからあまりはしゃいではいけないとの思いがあるが、それでも五代の雰囲気に子供らしくなっていく事をエリオは止められなかった。

 五代と共に彼は湯船を出るとその横を歩きながら視界に入った打たせ湯に興味を抱き、それについて質問を始めた。それに五代が話を始めるとエリオはそれに聞きながら足を進めていく。そんな光景を別の場所から眺め、翔一とザフィーラは揃って笑顔を浮かべていた。

 

「エリオ君、楽しんでますね」

「そうだな。本来なら注意の一つでもする所だが、あいつの場合は切り替えが出来るからな。大目に見よう」

「ですね。でも、何かいいですよね。こういうの」

「ああ。だがしかし……これではまるで旅行だな」

 

 ザフィーラの言葉に翔一はそれですと言わんばかりに頷いた。そして、いつかの話を実現したいと言い出した。そう、六課での慰安旅行だ。今度は真司達も一緒に海鳴へ来たい。そんな話をザフィーラは聞きながら苦笑する。

 その理由。それは、その話が邪眼を倒した事が前提になっているだけではない。ジェイルの罪も無かった事のようにされていて、誰も犠牲になった者がいないのだ。そんな夢物語のような話をザフィーラは嬉しそうに、だがどこか悲しそうに聞き入るのだった。

 

 念話で湯上りのタイミングを合わせ、全員は休憩所のような場所でそれぞれに飲み物を手にしていた。そこでも少し揉め事のようなやり取りがあったが、それは敢えて詳しくは語らない。キッカケは牛乳は瓶の物か紙の物かどちらが美味しいかだ。結果だけ言えば瓶派のイレインが紙派のファリンを論破した。

 その議論は聞いている五代達を納得させたり、驚かせたり、苦笑させたりと様々な反応を示させた事を記す。そんな楽しい時間を過ごし待機所であるコテージへ戻ろうとした時だ。なのは達のデバイスに反応が現れたのは。

 

 それになのは達が動き出す。五代と翔一は念のため美由希達の傍で待機する事になった。変身したくても海鳴では結界でも張らないとライダーの姿になる訳にはいかない。

 それに、もし邪眼が手を出してくるのならすずか達が危険になる。そう判断したはやてにより、二人はそのまますずか達と共になのは達を待つ事になったのだから。

 

 飛び去っていくなのは達と走り去るスバル達を見送り、五代と翔一は光太郎の嫌な予感が当たりつつあるような気がしていた。そんな二人を見てアルフがやや明るい表情で笑いかける。

 

「大丈夫さ。いざとなったらアタシやアインがフェイト達の所まで転送魔法を使うから」

「そういう事だ」

「ありがとうアルフさん」

「お願いします」

「あたし達はどうしようか?」

「そうだね……万が一って事もあるし」

 

 本来ならもう帰ろうと思っていたエイミィと美由希もそんな五代と翔一の雰囲気からどうしようかと考え出す。下手に動いてそこを襲われでもしたら大変だと思ったのだ。それに気付き、イレインとファリンが全員で動けば大丈夫と言い出し美由希を送るために翠屋の方へ歩き出す。

 それに五代達も頷いて、どこか遠慮する美由希とエイミィへ笑顔を見せた。きっと、大丈夫だからと。だが全員で動くとさすがに人数が多いため、五代組と翔一組で分散する事になった。その旨をリインが念話でなのは達へ告げる中、そのメンバーが決まった。

 

「じゃ、俺はエイミィさんを送っていきます」

「うん。俺は美由希ちゃんを送るよ」

 

 そして翔一がリインと共にエイミィを、五代がアルフ達と共に美由希を送る事で分かれて歩き出す。丁度その頃、海鳴市の外れにある者達が現れた。その者達は一人を除き、全員がまったく同じ外見でバイザーのような物を装着している女性。

 そんな彼女達に一人の女性が無機質な声で告げた。それは、たった一言。命令通りの相手を狙えとの指示。それにその女性達は頷いて動き出す。その遠ざかる背中を見つめ、そこに残った者が吐き捨てるように呟いた。

 

―――”人形”というのは中々どうして言い得ている。精々捨て駒に使わせてもらうとするか……

 

 そう呟いて彼女―――黒髪のオットーとでも呼ぶべきアハトはその場から音も無く消えた。その消え去る瞬間、アハトは小さく呟く。他の奴らは上手くやっているだろうかと。そう、アハトは邪眼の指示でこの海鳴にとある物の実験を兼ねて襲撃を行なわせたのだ。

 狙いは六課の関係者達。仮面ライダーの正体をある程度知った邪眼だったが、当然ながら彼らとの深い関係者は魔法世界にはいない。なので、なのは達の関係者を狙う事にしたのだ。

 

 こうして海鳴に放たれる悪の魔の手。それが牙を向けるのは本来なら力を持たぬはずの者達。しかし、忘れてはならない。彼らには仮面ライダーがついているのだから。

 

 

 

「これで終わりね……」

「意外と面倒だったけど、何とかなったね」

 

 やや疲れたようなティアナの声にスバルがそう明るく返す。ロストロギアはただ逃走するしか出来ない物だった。まぁ、分裂したようになって本体を分からないようにしてきたがそれだけだ。斬撃などを無効化したものの、ならばとフォワード四人は魔法で足止めを決行。

 その際防御魔法を使用してきた事には若干驚いたが、それでミスをするような四人ではない。結果として相手の防御魔法をスバルとエリオが突破し、そこを突いてキャロが確保したのだ。今はキャロがシャマル達の監督の下、ロストロギアの封印処理を行なっていた。

 

「……ふぅ、出来ました」

「お疲れキャロ」

 

 初めての封印処理に息を吐くキャロにエリオは笑顔で声を掛ける。短時間とはいえ、初めての四人での連携。それも見事なまでにやり遂げた事にティアナ達は達成感を感じていた。その成功の裏には確実に訓練やアグスタでの経験が活きている。

 なのは達も上空からその一連の流れを見て満足そうに頷いていた。彼女達の成長を感じ取っていたのだ。そして後は五代達と合流して帰るだけとなった時、フェイトの頭に念話が聞こえてきた。相手はアルフ。

 

【フェイト、大変だ!】

【アルフ?】

【敵だよ! しかも複数。女みたいなんだけど、どこか機械みたいって言うか。とにかく今は雄介とファリン達が相手にしてる!】

 

 それだけでもう十分だった。フェイトは即座にアルフが言っている内容を口に出して周囲へ伝えた。それになのはが即座に反応。一路五代達がいるだろう場所へ向かっていく。だが、はやて達八神家は別の方向へ向かって動き出した。

 悟ったのだ。翔一の方にも何か動きがあるだろうと。フェイトはそれに気付き、なのはと同じ方向へ向かう事にした。はやて達は人数が多い。更に構成員は歴戦の騎士であるヴォルケンリッター。ならば自分はなのはと共に五代の応援に向かおうと。

 

 一方、スバル達は隊長陣から聞いた内容に驚きつつ翔一達の居る場所目指して走っていた。五代のいる場所よりもそちらの方が近いとシャマルから念話があったためだ。

 

「邪眼の仕業かな!」

「分からない! でも、おそらくそうでしょうね!」

 

 シャマルが展開した結界内をマッハキャリバーで走りながらスバルはティアナへ尋ねた。彼女はエリオとキャロと共に本来の姿へ変わったフリードに乗って移動している。やがて彼女達の視界の先にアギトとリイン、それにエイミィの姿が見えてきた。

 それだけではない。はやて達八神家が勢揃いし襲い来る謎の女性達と対峙していたのだ。しかしまだ反撃らしい反撃はしていない。そう理解し、スバル達は即座にその理由を把握すると大声を出した。

 

「「「「エイミィさんの護衛は任せてくださいっ!」」」」

「よっしゃ、これで攻めに転じる事が出来るな」

「そうだね。ティアナちゃん達に後ろは任せよう」

 

 聞こえてきた頼もしい声。それに笑みを浮かべてはやてが呟けば、アギトも頷いて応じる。リインは魔法を長時間使う事が出来ない。しかも強力な魔法は使用する事自体が厳しい。そのため、相手もエイミィを守るリインばかりを狙ってきていたため、アギト達は防戦をせざるを得なかったのだ。

 しかし、スバル達がリインの援護についてくれれば攻撃に出る事が可能。そう判断し、アギト達は無言で視線を交わす。それだけで何を考えたかを理解し合い、八神家の反撃が幕を開けた。

 

「行くぞ!」

「アイゼンっ!」

「レヴァンテイン!」

 

 ザフィーラ、ヴィータ、シグナムが右方向の敵を迎え撃つように動き出せば……

 

「はっ!」

「行くで、リイン!」

”はいです!”

「クラールヴィント、お願いっ!」

 

 アギト、はやて、シャマルが左方向を引き受けるとばかりに動き出した。リインはそんな六人を支援するためにバインドを使って相手の動きを制限しようと試みる。そこへスバル達が駆けつけ、エイミィを守るリインの前で構えた。

 

「アインさん、戦闘は私達が引き受けますっ!」

「すまない。なら私はエイミィの護衛に専念する。それと、倒した際はこいつらの爆発に気をつけろ」

「爆発? ……まさか、こいつら!?」

 

 リインの口から告げられた単語にティアナが何かを思い出して驚愕する。その表情と反応からリインも彼女が正解を導き出したと悟って頷いた。

 

―――ああ、おそらくマリアージュだ。

 

 同じ頃、五代達の方でもマリアージュに対して反撃を開始していた。防戦一方だったところへなのはとフェイトが現れたためだ。それだけではない。マリアージュを引き受ける人間が多くなった事で、すずかとアリサの護衛をアルフ一人で可能となったのだ。

 それはこの中で一番戦闘能力が高い人物の参戦を意味する。そう、五代だ。フェイトがイレインと共に前線を引き受け、なのはとファリンがそれを的確に援護。そして五代は一人もっとも先頭でマリアージュと戦っていた。

 

「くっ! 倒した時が一番厄介ってのは嫌なもんだ!」

 

 イレインは目の前で爆発したマリアージュを見てそう吐き捨てる。無事に美由希を送り届けてコテージに向かっている途中、突然現れた怪しい女性。自動人形であるファリンとイレインにはその異常性が即座に理解出来たため、不意を突かれる事は避けられたのが唯一の救いだろう。

 

「きゃっ! やりましたね!」

 

 マリアージュの攻撃をかわすも、その一撃がメイド服を切り裂いた事に怒りを見せてファリンはブレードを構え直す。その後ろでは、すずかとアリサが揃ってクウガ達の雄姿を見守っていた。

 突然現れた襲撃者。殺意も何もなくただ機械のようにこちらを殺そうとする無表情の相手。そんな異様な存在に最初こそ恐怖に飲まれた二人だったが、ファリンとイレインの奮闘やなのはとフェイトの参戦、それにクウガの姿がそれをかき消した。

 

「頑張れ! なのは! フェイト!」

「ファリンもイレインも気をつけて!」

 

 もう今の二人に怖いものは無い。だが戦う力はないため、今はせめて気持ちだけでもと思い声援を送っている。親友と家族へ声援を送り、そしてその声を一番先頭で戦う優しい男へ向けた。

 

「「負けるな! 仮面ライダー!!」」

 

 その声に応えるようにクウガはマリアージュを蹴り飛ばすと振り向き様に彼女達へサムズアップ。それだけではない。なのは達もそれぞれマリアージュを撃退しサムズアップを二人へ向けた。その直後起きる爆発。それを見ながら二人もサムズアップを返し笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 マリアージュを全て倒し終わった事を確認し、はやては視線をアギトへ向けた。彼は何故か最後に相手したマリアージュのいた位置で立ち尽くしている。それに何か妙なものを感じてはやてはその傍へ近付いた。

 

「どないした?」

「……うん。何か妙な感じがしたんだ」

「妙?」

 

 返ってきた言葉にはやては首を傾げた。アギトは変身を解かず、そのまま視線を上へ向ける。それに続くようにはやても視線を上に向けた。そこには星空が広がるのみ。すると、アギトはこう言った。あまりにも手応えが無さすぎたと。それが何を意味するかを察して息を呑むはやてへ駄目押しとばかりにアギトはこう続ける。

 

「それに戦っている間中、あいつらは執拗にエイミィさんを狙ってた。まるで、目的は最初からエイミィさんだったみたいに」

「……マリアージュの試運転を兼ねた六課関係者を狙った襲撃。そう言いたいんやな?」

 

 はやての苦い声にアギトは頷いた。それを聞いていた守護騎士達も浮かない表情だ。光太郎が危惧していた状況。それをまさかこんな形で知る事になるとは思わなかったからだ。当のエイミィは、かつて管理局員だったためそこまで気にしていなかった。むしろ覚悟していたとまで言ったぐらいだ。だが、はやてはそうではない者達を知っている。

 非日常との接点など自分達としか無いような大切な存在。それを思い出し、はやては一先ずシグナム達にエイミィを送っていくように頼んで視線をスバル達へ向けた。その表情は指揮官としてしっかりしたもの。だが、その内心はそうではないと誰もが悟っていた。

 

「一旦、待機所に戻ろか」

 

 それを表すように、声にはどこか疲れたような響きがあった。こうしてはやて達はコテージ向かって動き出す。同時刻、なのは達も同じような結論に辿り着いていた。何せ、マリアージュは揃ってファリンやイレイン、そしてすずか達ばかりを狙ってきたのだから。

 それに気付いたのかアルフは美由希がいなくて良かったと心から告げた。御神の剣士である美由希でも武器を持たない状態でマリアージュと戦えるはずもなく、仮に倒せたとしても恐ろしい爆発を起こす相手にはきっと大怪我を負わされただろうからその言葉は間違っていない。

 

 それになのはも同意し、視線をクウガへ向けた。彼は念のためと言って緑に変わり、周囲の様子を窺っている。すずか達が超変身を見た時に揃って驚いていたのだが、それがなのはに昔の自分を思い出させたのは言うまでもない。

 しかし、そんな風に和んだのも一瞬だった。何故なら今回の相手の狙いはこれまでと違ってライダーではない。だからこそ、なのはだけではなくフェイトさえその表情は暗い。

 

「……フェイトちゃん、今回の狙いは」

「間違いないよ。絶対すずか達だ。ファリンさんやイレインさんがいたから良かったけど、これがもし……」

 

 そこで二人は揃って沈黙した。巻き込んでしまったと思ったのだ。しかも、これで終わりではないだろうとも思って。邪眼が自分達の関係者に目を付けたのならきっとまた何か動きを見せるはず。そして、その標的になるだろう親友や知人達へ彼女達が打てる手は驚く程少ない。

 そう考えて気落ちする二人を見て、すずかとアリサが互いの顔を見合わると揃って頷いた。二人はそのままなのはとフェイトへ近付き、励ますために彼女達の手をその両手で優しく握る。

 

「そんなに気にしないで、なのはちゃん」

「すずかちゃん……」

「そうよ。雄介さんの話を聞いた時からどこかで覚悟はしてたんだから」

「アリサ……」

 

 そう、二人は五代を通じて聞いたライダーの話から、その敵がいるのならいつか自分達を狙う可能性があると予想していたのだ。何故なら、過去仮面ライダーが戦った相手は地球を侵略しようとした存在。ならば、人体改造などを行う者達が選ぶ手段は卑劣極まりないもののはず。

 そう考えた二人はなのは達のせいではないとはっきりと言い切った。悪いのは六課ではなくその敵。悪逆非道の限りを尽くす邪眼なのだと。その思わぬ言葉に言葉を失うなのはとフェイト。そんな二人へすずかとアリサは力強い笑みを返して告げる。

 

「アタシ達はアタシ達なりに用心するわ。それに、今回の事で敵も簡単には手出し出来ないって分かったでしょ」

「それに、私達にはファリンやイレインがいるし、アルフさんに美由希さんだっている。私だって普通の人よりは強いって事、忘れないで」

 

 言葉と共に向けられる笑顔。それはなのはとフェイトを元気付け、周囲に安心を与える笑みだ。ファリンとイレインもそんな二人の言葉に力強く頷き、その時は任せろとばかりにサムズアップを見せる。それに二人も感謝するように頷くと笑顔を浮かべた。

 五代は変身を解除し、そんな光景を見つめて拳を握り締めていた。今までも何度か未確認との戦いでやるせなさを感じた事はある。だが、今回はそれとは質が違う。何せ襲われるだろうと分かっているのに守れないのだから。

 

(俺や翔一君、光太郎さんに真司君。ライダーを一人は海鳴にいるようにしたい。でも、それで戦力が減った所を邪眼が襲うとしたら……いや、もしかするとそうする事自体が海鳴へ怪人を送り込ませる原因になるかも……)

 

 守る力を持つ自分達。だが、それが敵を呼び込む理由になりかねない。そう思うと、五代は悔しくて仕方ない。未確認との戦いで感じる事の無かった無力感。それを、今五代は強く感じていた。

 そのジレンマこそ、歴代ライダーがどこかで感じていた感覚。守る力を持つ自分達がいる事がその守るべき者達を危険に晒してしまうという矛盾。事件をクウガ抜きで起こしていた未確認相手では起きようのない事態に、五代は何とも言えない気持ちになった。

 

 そんな五代に気付いたのかアルフが小さくため息を吐くとその隣へと近付いた。

 

「あんま気にすんなって。いざとなったら助けに来てくれるんだろ?」

「それは……うん」

「ならそれでいいよ。あんた達が来るまで絶対誰も死なせないし傷つけさせない。勿論、アタシ自身もね」

 

 アルフの言葉に五代は嬉しく思っていつもの笑顔を返す。当然、その手にはいつもの仕草があった。アルフもそれでこそだと告げて笑顔とそれを返す。こうして出張任務最後の騒動は終わりを迎えるのだった。

 

 

 

 待機所の掃除等を終わらせ、はやてはすずか達へ別れを告げていた。その表情は心なしか明るい。そう、なのはとフェイトから二人の気持ちを聞かされたのだ。故にはやてはならば自分が気にしていては二人に申し訳ないと決意。気持ちを入れ替え、絶対に守るのだと心に誓ってこうして立っていた。

 

「じゃ、今度は休暇中に来るわ」

「そうしなさい。あ、その時は光太郎さん達も連れてきなさいよ」

「城戸さんって人にも会いたいし、ヴァルキリーズだっけ。ファリン達の親戚の子達にも会いたいからね」

「うん、絶対連れてくるよ」

「待ってて」

 

 幼馴染五人はそう言い合って笑顔を向け合う。その横ではスバルがファリンとイレインへ元気良く挨拶していた。

 

「今度は、ギン姉も連れてきます!」

「楽しみにしてるからね」

「今度は泊まりで来い。色々と五代の話を聞かせてやる」

「はいっ!」

 

 親戚の姉とも言える二人との出会い。しかもそれが自分達と同じぐらい幸せに暮らしている。それをギンガやノーヴェ達が聞けばどう思うだろう。そんな事を考えながらスバルは笑顔を浮かべた。それに二人も笑顔を返す。

 それを少し離れた場所で見つめ、ティアナ達は微笑んでいた。五代と翔一はなのはやスバル達の様子に笑顔を浮かべっぱなしだ。守護騎士達も心配していた再襲撃がなかった事に安堵し、リインは眠そうなツヴァイを抱き抱えて母のような笑みを見せている。

 

 やがて話も終わり、五代達は手を振ってすずか達と別れた。またねとそう告げ合って。これで全てが終わった。そう思って帰路に着く五代達だが、六課に戻った彼らが見たのは予想だにしなかった光太郎達の姿だった。

 食堂で疲れ切ったように眠るヴァルキリーズと真司にアギト。グリフィス達は指揮所で仕事中だが、下手をすると疲れて寝ているかもしれないと光太郎は苦笑した。そういう光太郎はまだ意識もしっかりしているが、それでもどこか疲れが見える。更に、そこにはいないはずの者達の姿までもあったのだ。

 

「……ゼスト隊の皆さんにギンガまで」

「すまんな。少し寝かせてやって欲しい」

「何が……あったんですか?」

 

 ゼストは光太郎と同じく起きてはいる。だが、やはり今にも気を抜いたら眠りそうなぐらい疲れが見えた。ギンガはクイントと共に寄り添うように眠っているし、メガーヌさえソファをベッドに眠っている。そんな光景を見てはやてが息を呑んだ。

 何せ、何もグリフィス達から報告や連絡が無かったからだ。しかし、帰ってきたらこの現状だ。故に事情を聞こうとはやてが光太郎へ尋ねた。その時、そこへ五代達にとっては久しぶりに、スバル達にとっては初めて聞く声が聞こえてきたのだ。

 

「はやてさん、その気持ちは分かるけど」

「みんな疲れてるだろうし、明日にした方がいいだろうね」

 

 リーゼ姉妹がその場へ姿を見せて五代達へ微笑みかける。それに喜びを見せる五代達だったが、二人の状態に疑問を浮かべた。彼女達だけはまだ元気そうだったのだ。

 

「聞きたい事や言いたい事は分かるけれど、今日はロッテの言う通りもう休んだ方がいいわ」

「幸い明日はあたし達がオフだからね。朝食食べがてらにでも話すよ。ね、光太郎」

「ああ。とにかく、今日は疲れた。残って良かったと思ったぐらいにね」

 

 その光太郎の言葉から全員が大体の事情を理解した。ここにも邪眼の襲撃があったのだと。五代達が海鳴で過ごしていた頃、何が六課であったのか。それは翌朝に語られる事になるのだった。



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連戦

前回の裏側です。それと、光太郎にしか出来ない展開も少しだけ。


 五代達を見送った光太郎は一人格納庫へとやってきていた。今回居残りを決めた時、フェイトが一瞬見せた悲しみ。それを見て光太郎は確信した。フェイトが自分へ異性として想いを抱いている事を。

 アグスタでのやり取りでも薄っすらと感じていたが、それを完全に理解した瞬間、光太郎は何とも言えない気持ちになった。嬉しさはある。光太郎から見てもフェイトは十分美人だ。しかし、光太郎には隣を歩かせる訳には行かない理由が多くある。

 

 一つは、彼が元々居た世界で想いを寄せてくれた女性である白鳥玲子への配慮。もう一つは、光太郎がこの世界の住人ではない事。本来の世界へ帰還すればおそらく二度とこちらには来れなくなるだろうため。

 そして、最大の理由。それは、彼が仮面ライダーである事。人ならざる身体と人知れず悪と戦い続ける宿命。それを背負う自分と寄り添う事は誰にもさせたくないと光太郎は考えているからだ。

 

(フェイトちゃんの傍に長く居すぎたのか? ……いや、それだけじゃない。互いの秘密を知り合ったのも大きいだろう。そうか……ある意味で似た者同士と考えているのかもしれないな)

 

 フェイトの好意のキッカケをそう結論付ける光太郎。確かにそれもあるだろう。フェイトの出生は他者に軽々と話せるものではないのだから。しかし、それだけでフェイトが光太郎を愛する訳ではない。

 一番の理由は、その心と在り方。内面的なものこそフェイトがもっとも重視する部分。故に、フェイトは光太郎へ惹かれていったのだ。自然を愛し、平和を愛する光太郎。悪い事は許さず、誰が相手であってもそれを正そうと行動出来る男。そんな光太郎だからこそ、フェイトは知らず好意を愛情へ変化させてしまったのだから。

 

「あれ? 光太郎さんは行かなかったの?」

「一緒に行くって思ってたッス」

 

 光太郎が顔を見せた事に多少疑問を浮かべるディエチとウェンディ。それに光太郎は思考を切り替え、笑顔を浮かべて答えた。

 

「そうだったんだけどさ、ちょっとこっちでやる事が出来てね」

「そうなんだ」

「じゃ、忙しい感じッスか?」

「いや、まだ大丈夫だよ。どうして?」

「いやぁ、聞きたい事があるんスよ。ほら、光太郎さんの言う先輩ライダーって何人いて、どんな人達なのかって気になって」

 

 ウェンディがそう言うとディエチも興味があったのか頷いた。自分も気になると。それに整備員達の手伝いをしていたノーヴェも耳聡く反応し振り向いた。

 

「アタシも聞きたい!」

 

 その仲間外れするなと言わんばかりの声に光太郎は苦笑。それぞれの先輩ライダー達の名前と簡単な話だけならと前置き、彼女達へ話し出した。まずは一号。技の一号とも呼ばれる程の多彩な必殺技を持ち、これまで多くの怪人と戦った事もあり、様々な状況や戦術にも対処出来る歴戦の強者。

 ショッカーという悪魔の軍団を倒した後も休む事無く怪人達と戦い続ける英雄。心・技・体の全てにおいて優れた頼れるライダー達のリーダーでもあるのだ。

 

 次は二号。力の二号と異名されるだけあり、技にも豪快なものが多い。更に、一号と同じく多くの戦いを経験しているため、そこからくる助言や勘は信頼出来るものがある。

 その戦いはまさに嵐。闇を蹴散らす旋風の如し。更に、その真紅の拳は怒りの紅。悲しみを砕き、悪を打ち倒すためのものなのだ。そして、一号と二号は共に連携を取れば負ける事はないという伝説を持つ”ダブルライダー”。

 

「……はぁ~、凄いッスね」

「ダブルライダーって、今の光太郎さん達も二人になれば同じだよ?」

「そうじゃなくてね。先輩達の場合は人数を意味するんじゃなく、一号と二号だからこその”ダブルライダー”なんだよ」

 

 感覚の問題なんだと光太郎は笑って言った。それに何となくだがウェンディ達も納得。それを確認し、光太郎は続きを話す。

 

 仮面ライダーV3。ダブルライダーの力と技を受け継ぐ最強の呼び声も高いライダー。二十六の秘密を持ち、その特殊能力を駆使されればRXといえど勝つ事は難しいと思わされた存在。

 ダブルタイフーンと呼ばれる命のベルトがもたらすエネルギーは、変身だけではなく攻撃にも転じる事が可能。その”逆ダブルタイフーン”は強力な反面、一度使用すると三時間変身が出来なくなる諸刃の剣でもあると光太郎は告げた。

 

 そしてライダーマン。様々なアタッチメントを使いこなす彼。V3が戦っていたデストロンの科学者であった彼は最初こそ自身の復讐のためだけに戦っていたが、最後にはV3と協力し自らの死も覚悟の上で命を賭けて東京を守った。その事でV3から仮面ライダー四号の名を贈られたのだ。

 強く優しい男。故にどんな相手であろうと弱者を踏み躙る者へは立ち向かい、その存在を許さない。自身が知らず犯してしまった過ちに苦しみながらも、それを償うために戦い続ける四号ライダーだ。

 

「一号と二号の力と技を……」

「三時間変身出来ない、か。使い所を間違えたら危ないけど、それだけ凄い威力なんだろうな」

「アタシとしてはV3よりもライダーマンッス。何で名前が一人だけ仮面ライダーで始まらないのかって思ったッスけど、これで納得ッス」

「ライダーマンは先輩達の中で一番頭脳戦が得意なんだ。色々な発明や発見をしたり、かつて敵組織の人間だった事を利用し、敢えて敵の中へ入り込む事で先輩達を助けた事もあるらしい。仰々しい特殊能力は無くても、知恵の使い方次第では戦局を動かす事が出来る事を示したライダーだよ」

 

 光太郎の補足に三人は揃って頷いた。彼女達の長女であるウーノ。彼女もまさにそうなのだ。ISは戦闘向きではない。それでも、それを活用し戦術や戦略を練る事でヴァルキリーズの司令塔を担っているのだ。光太郎は、三人がそんな風に自分の話を理解してくれた事を確かめ、更に続ける。

 

 仮面ライダーX。深海用の改造人間―――カイゾーグとして生まれたため、海中の強さは他を圧倒する。更にライドルと呼ばれる特殊武器を所持し、それを使った攻撃も強みの一つ。

 光太郎は知らないが、実はその体を改造したのは父親。それは、瀕死の息子を助けたい親の愛情故の措置。だから、Xはその思いを無駄にしないために戦っている。海を愛した父。そんな父の平和への叫びが波の音となって聞こえ続ける限り、今日もXライダーは行くのだから。

 

 次はアマゾンライダー。野生的な動きや技で相手を翻弄し、決め技はキックよりも腕の鋭い刃を使った大切断を多用する。更にギギとガガの腕輪と言う古代インカの力を秘めた物を使えば、その力はおそらくライダーの中でトップクラスにもなる。

 彼は自然と人をこよなく愛し、トモダチのためならどんな相手にも勝利してみせる。明日の世界を守るため、今日もどこかでアマゾンは戦っているはずだと光太郎は言い切った。

 

「深海って、そんな所でも怪人は動けるの!?」

「凄いッス。でも、逆に考えれば当然ッスよね。世界征服するなら、どんな場所でも戦えないと話にならないッスから」

「アマゾンは古代の力か。クウガみたいだよな」

「確かに近いものはあるね。先輩もインカの秘術を受けてライダーになったらしい。もしかすると、小さな接点ぐらいはあるかもしれない」

 

 光太郎の指摘に三人は軽く驚き、クウガと歴代ライダーの共通点に少し嬉しそうに笑った。五代に話せばきっと喜ぶだろうと思ったからだ。そんな三人の表情に光太郎も笑顔を浮かべて話を続ける。

 

 仮面ライダーストロンガー。電気人間と呼ばれるため、その技は電気を使う物が多い。しかもチャージアップというフォームチェンジをする事で、時間制限はあるものの凄まじい力を発揮する事も出来る。

 天が呼ぶ。地が呼ぶ。人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ。そんな口上が決め台詞の漢。正義の心をカッと燃やす熱い正義の戦士だ。

 

 次はスカイライダー。名の通り唯一空を飛べるライダー。セイリングジャンプと言う飛行能力は、多くのライダーが苦手としていた空中戦を完全に自分のものとしたのだ。更に一号を凌ぐ技の数を誇る。

 専用バイクでのライダーブレイクという攻撃で壁や怪人を砕く事も出来、地上戦でもかなりの力を発揮出来る万能型の仮面ライダーなのだ。

 

「電気か。エリオやフェイトさんみたいな感じかな?」

「チャージアップってクウガの超変身と何が違うんだ?」

「角が銀色になって、全ての力が大幅に強化されるんだ。俺も見た事はないけど、そう先輩は教えてくれたよ」

「空中戦をものにした唯一のライダーッスか。残念ながら、龍騎がもうそれを名乗らせないッスよ」

 

 ウェンディはそう言って不敵に笑みを浮かべた。ノーヴェとディエチはそれに頷き、光太郎は苦笑。実際、アギトとユニゾンしなければならない龍騎は本当の意味ではスカイライダーに及んでいない。しかし、それを言い出すのは無粋とも思ったのだ。

 何故ならウェンディは、別にライダーに優劣をつけているのではなく単純に思った事を口にしていると分かっているからだ。故に光太郎はそれに構う事無く話を続けた。

 

 仮面ライダースーパー1。宇宙開発を目的に生まれた改造人間。ファイブハンドと言う特殊装備を使いこなし、たった一人で二つの組織を相手に戦い抜いたライダー。唯一、本人が希望した平和利用の改造人間である事も他との相違点だ。

 更に、二台のマシンを使い分け、状況に応じた使用法であらゆる場所を駆け抜ける事もあった。赤い正義の血を燃やし、銀の機械の腕を振るう金の心を持つ男。だからこそ、彼は惑星開発用改造人間S-1ではなく仮面ライダースーパー1なのだから。

 

 最後は仮面ライダーZX。脳以外は全て機械というパーフェクトサイボーグ。そのため全身に武器が内蔵してあり、その能力や戦い方から忍者ライダーとも言われる事もある。彼も最初は復讐心で戦っていたが、先輩ライダー達と触れ合った事で仮面ライダーとして目覚め、その名を名乗るようになったのだ。

 悪の渦を、深い闇を裂く稲妻のような電撃。そんな激しさを兼ね備えた熱風のような色の存在。その名に込められた意味というのは、仮面ライダーとしての完成形と言う”最後の者”を示しているのかもしれない。そこまで告げ、光太郎は息を吐いた。

 

「……と、以上の十人が俺の先輩達。名前と能力はざっとこんな感じかな」

「忍者ライダー……ドロンって消えるんッスかね?」

「いや、見えないぐらい速いんだ。トーレ姉達が見失うぐらいにさ」

 

 ウェンディとノーヴェがどこか楽しそうに話す横でディエチだけはその雰囲気が違った。

 

「自分で望んで仮面ライダーになった人もいたんだ……」

 

 ディエチが驚きを浮かべて告げた言葉。それに光太郎は首を静かに振った。スーパー1は、仮面ライダーになりたかった訳じゃないのだと。彼はただ、自分と両親の夢のために、そして人類の夢のために宇宙開発用の改造人間になる事を望んだのだ。

 決して戦うために、仮面ライダーになるために改造されたのではないと、はっきりと告げた。それに三人は神妙な表情で黙った。自身との違いを感じたために。彼女達は生まれた時から普通の人とは違う身体だった。だが、中には夢のために敢えて普通とは違う身体になる者もいる事を知って。

 

 その事実はとても不思議で、そしてどこか理解出来てしまったのだ。真司が彼女達へ尋ねた戦闘機人として生きるか人として生きるかを選ぶ事。それをスーパー1は、改造人間として生きる事を選んだのだ。それは、欲望のためではなく自分と多くの者達の夢を叶えるために。つまり、みんなで幸せになるためにだ。

 

「……その人は、誰よりも人らしい心の持ち主だったんだね」

「そうだな。だから、夢のために自分を捧げる事が出来たんだ。きっと、それが多くの人の笑顔に繋がるって思ったから」

「でも、それを怪人との戦いに使うはめになった……辛かったはずッス」

 

 光太郎は三人の言葉にこみ上げるものを感じていた。もしこれをスーパー1―――沖一也が聞いたのならどう思うだろうと。少ない情報からその心境に思いを馳せる少女達へ、きっと一也は感謝と笑みを返すだろう。

 更に、君達も人らしい心の持ち主だと力強く告げたに違いない。そう考え、光太郎は嬉しく思った。一也だけではない。全てのライダー達が三人の言葉に同じ気持ちを抱くだろうと思ったからだ。

 

 強大な力に憧れるのではなく、それを持たざるを得なかった事に対して思いを馳せる。そして、その使い道とその気持ちを思いやり、悲しみを抱く。これが本来の人間なのだ。決して他者を顧みず、自分だけを守ろうとするのではなく、自分と他者を大切に考えその心を汲み取ろうとする。

 そんな存在と思うからこそ、仮面ライダー達は人間を愛して守り続けるのだから。光太郎はそう改めて思い直し、手を叩いて動き出した。

 

「さ! 話はお終い。みんなで仕事に戻ろうか」

「「「了解(ッス)」」」

 

 そう元気よく返事をし、三人は口々に光太郎へ話の礼を述べ仕事へ戻る。それを見つめ、光太郎はこれだけでも残った甲斐があったと感じていた。

 

(先輩達、帰ったら是非聞かせたい事があります。俺達の戦いは決して無駄じゃないって事と、人を守る事は間違っていないって事を改めて思う事が出来る話を……)

 

 絶対に戻って歴代ライダー達に聞かせるのだ。この魔法世界での出来事を。明日を変える事が出来ると信じる力をくれる思い出。それを他のライダーにもと、光太郎はそう強く誓うのだった。

 

 

 

「何かアインさんがいないと変な感じだね」

 

 ぽつりと呟かれたセインの言葉にチンクも頷いた。今までどんな時も食堂に居たリイン。それが今回に限りいない。その違和感はやはり拭えない。それでも、あのアグスタの時と同じようにドゥーエがいるし、更に今回はトーレとセッテが手伝いをしてくれる事になっている。

 

「そうだが、その分今日は手伝いも多い。ディードも出来たら来ると言っていたしな」

「そっか。でもセッテはともかくさ、トーレ姉はあまりやった事ないけど大丈夫かな?」

「……まぁ、セッテと共に簡単な事を任せよう」

 

 セインの指摘にチンクもラボでの日々を思い出し、トーレが家事を手伝った事の少なさに思い至って苦笑混じりにそう言った。セインも同じように苦笑しつつ視線を真司へと向ける。

 真司は一人で五代と翔一が朝やってくれた仕込みを引き継ぎ、食堂の準備を進めていた。だが、何故かその表情が曇っているような気がしていたのだ。セインもチンクもそれを先程から感じている。見送りに行く時まではいつも通りだったのに、帰って来た時はやや暗いように見えたのだから。

 

(何があったんだろう、真司兄)

(あの様子では自分から話し出す事はなさそうか。やれやれ、今度は何を抱えたのだ?)

 

 二人して軽くため息さえ漏らし、それに気付き合って顔を見合わせ苦笑。そして、意を決してチンクが真司へ声を掛けた。

 

「真司」

「ん? 何さ?」

「見送りで何があった?」

 

 真司相手に回りくどい聞き方は意味がないと知っているチンクはそうはっきりと尋ねた。それに真司はどこか躊躇う感じだったが、何かを思いついたのか一度頷いて視線をチンク達へ向けて告げる。

 光太郎が何故かフェイトと距離を置こうとしていると。それだけで二人は大体を察した。それは光太郎の気持ちだ。仮面ライダーである光太郎。その人生はきっと過酷なもの。故にその隣を歩かせる事はしたくないだろうと。そう、それはある者にも当てはまるのだから。

 

「……真司、それは私達が容易に口出し出来る問題ではない」

「そうなんだよな、やっぱ。俺なりに考えてみたんだけどさ、簡単に出来る事なら光太郎さんも受け入れてるはずだし」

「難しいよね、ライダーに恋するって」

「だなぁ……」

 

 セインの複雑な想いを込めた言葉を普通に頷く真司。それにチンクもセインも微かに笑みを浮かべるが、同時に小さく悲しみも浮かべた。

 光太郎とは違った意味で仮面ライダーとして生きる真司。彼もまた同じような結論を出すのではないか。そう二人も思っている。願いを叶えるために殺し合う真司の世界のライダー。それを変える、もしくは止めるために戦う真司。彼の生き方もまた苛烈になるだろう事は想像に難くない。

 

 優しい真司は光太郎とは違う反応を見せるかもしれないが、それでもその隣を歩く事をさせるようには思えなかった。チンクもセインも、未だに真司へその胸の内を明かす事が出来ないのは拒絶される事を恐れているから。この時間を、この雰囲気を失いたくないからの弱さ故に。

 

「でも、きっと光太郎さんも気付いてるはずさ。人は一人じゃ生きて行けない。それは仮面ライダーだって同じだって。どこかで誰かと支え合うから、ライダーもまた人なんだってさ」

「……そう、だな」

「真司兄が言うと説得力あるよ。何せ、仮面ライダーだし」

 

 真司の告げた言葉。それが二人の中に希望を灯した。それは、もしかしたらとの淡いもの。真司ならば、この想いを受け止めて頷いてくれるのではないか。そんな風に思う事が出来たのだ。そんな事を思い笑顔を見せる二人を見て、真司も嬉しそうに笑顔を見せるのだった。

 

 そんなどこか和やかな食堂とは違い、指揮所ではグリフィスがはやての代わりを務めるため、いつも以上のデスクワークに多少忙しそうに手を動かしていた。

 その隣でオットーがそれを支えるために手伝いをするのももう当たり前の光景になり、アルトとルキノはクアットロと三人でデスクワークをしているし、ディードはそれぞれに飲み物を用意してデスクに置いていた。

 

「では、私は食堂の手伝いに行ってきます」

「頼むねディード。今日はアインさんもいないから」

「美味しい料理期待してるって、真司さんに言っておいて」

 

 ルキノとアルトの言葉にディードは笑顔で頷き、指揮所を後にする。それを見送ると二人も視線を前に戻した。

 

「しかし、管理外への出張とは大変ですね」

「しかもぉ、行き先はなのはちゃん達の故郷でしょ?」

「何か妙だよな」

「ええ。だからこそ光太郎さんはこちらに残ったのでしょう。これが邪眼の仕業かもしれないと考えて」

 

 オットーの言葉にクアットロが続けて告げた言葉。そこに全員が感じているだろう事をアギトが代弁した。その会話を聞いてグリフィスはやや険しさを覗かせて答えた。彼自身、どこかでこの任務は邪眼絡みではないと思っているが、それでも現状の指揮官である自分が警戒していると周囲に思わせる事で全体に緊張感を持ってもらおうと考えていたのだ。

 それを周囲も理解したのだろう。先程までとは違った空気が室内を満たす。それは適度な緊迫感。いつ何があってもいいようにとの心構えをした雰囲気だ。それにグリフィスは内心で笑みを浮かべる。やはりこの部隊はいい部隊だと思ったのだ。

 

(こうして上の者の雰囲気を感じ取ってくれる。そして、上は下の者達の気持ちや行動を支えてやれる。どこでもこうであって欲しいけど……)

 

 それが中々厳しいのは彼もよく知っている。人事部の人間で彼の母であるレティからも多少なりと聞いている話。管理局全体のしがらみや管轄争い。そう、内輪揉めだ。特に顕著なのが陸と海の確執。もっと人と資金をと叫ぶ陸。担当する事件内容のため、優秀な人材と資金は優先的に回して欲しいと考える海。どちらにも一理あり、故に難しい問題なのだ。

 確かに海の事件は下手をすれば次元世界を危機に陥れるレベルのものが多い。対して陸はまだその世界で留まるレベルばかりなのは認めざるを得ない。だが、だからこそ陸を重視するのもグリフィスには分かるのだ。

 

(陸は治安の基本だ。そこが乱れれば安全も何もない。特に、管理局発祥世界のこのミッドがそうなら余計に……)

 

 だからといってレジアスのような過激な発想には至らない。質量兵器の限定的な解除。それが新たな火種になる気がグリフィスにはしているのだ。そこまで考え、彼は小さく首を振った。今はそんな事を考えている場合ではないと思ったのだ。

 今ははやての代わりに部隊長としての責務を果たす事。それこそが自分に与えられた仕事なのだと。グリフィスはそう思い、少し鈍り出していた指の動きを戻す。それにオットーが気付いたのか小さく笑みを浮かべた。

 

「こちらは終わりましたよ、ロウラン部隊長」

「オットー、その呼び方は止めてくれないか?」

「ですが、この方が感じが出ると思います」

「……今はそれぐらいの責任感を感じた方がいいのか」

 

 オットーの軽い冗談にグリフィスは苦笑混じりにそう応じる。はやての代わりだけではなく、一日だけでも自分なりの部隊運営をしてみようか。そんな風にさえ思い、グリフィスはそう告げたのだ。

 しかし、そんな彼の反応にクアットロが楽しそうに振り向いた。その顔にはからかいの色が強く浮かんでいる。それを見てグリフィスは少しだけ嫌な予感がしていた。

 

「あら? じゃ、どう呼んで欲しいのかしらぁ?」

「いや、別に呼び方は普通で」

「部隊長補佐って言い難いし、長いもんなぁ。あ、なら司令代行ってどうかな?」

「何か余計偉くなった感じだよ、それ」

「あ! ならさ、ニセ部隊長とかは?」

 

 ある意味予想通りのクアットロの疑問にグリフィスが答えるものの、それを遮るようにアルトが言った内容にルキノが苦笑。そこへアギトが軽くふざけたように挙げた呼び名に二人が笑ってそれがいいとふざけだす。

 それを聞いたクアットロが視線で意見を問えば、グリフィスは困ったように首を横に振る。オットーはそんなやり取りを笑みを浮かべながら聞き、さり気無くグリフィスのやりかけの仕事へ手を出し始める。そんな指揮所の一幕だった。

 

 一方で何があっても変化しない場所もある。それはジェイルとシャーリーがいる場所。デバイスルームだ。

 

「これで……どうだ?」

「……あ~、駄目です。これじゃ対消滅は出来ないですよ。弱体化が精々です」

 

 共にモニターを見つめるジェイルとシャーリー。二人が先程から試しているのはAMFCだ。何とか理論は完成させ、以来シュミレーションを繰り返しているのだが思うような効果が出せていない。原因はAMFのみに効果を出させるための調整の難しさだ。

 強ければAMFと同じく他の魔法も無力化してしまうし、弱ければ効果がない。故に先程から微調整を繰り返し何度と無く挑戦しているのだが、それが中々上手くいかないのだ。

 

「しかし、やっと一定の効果を出せるレベルにはなったね」

「そうですね。これで二歩ぐらい前進でしょうか?」

「そうだねえ……まだ実装レベルではないし、調整は難航しそうだから……一歩だよ」

「ジェイルさん厳しいですね。でも、大きな一歩ですよ」

 

 ジェイルの辛口感想にシャーリーは小さく笑みを浮かべるが、それでも進んだ事を喜んでそう笑顔で告げた。それにジェイルも頷き、視線をモニターへ戻す。

 邪眼が自分の開発した物をいつまで使うかは分からない。だが、必ずそれを上回るようにしてみせる。少なくても邪眼の一方的な展開にはさせないと。そのためにジェイルは、AMFCだけではなくブランク体の再現を目指したバトルジャケットや龍騎のためのベントカード作成を同時進行で進めていたのだ。

 

(バトルジャケットは私が実験してもいいんだが、生憎運動は苦手だし……誰かうってつけの人物はいないかね?)

 

 総重量などを思い出し、ジェイルはとてもではないが自分には無理だと思った。実はバトルジャケット自体の製作は完了している。後はそれを着て実験するだけなのだが生憎とそれを任せる事の出来る相手が六課にはいなかった。

 フォワードメンバーは訓練で疲れているし、ヴァルキリーズも同様。ライダー達はそれぞれが忙しく働いているし、かと言って他の課員達を頼れる程の信頼関係がジェイルにはまだない。よって、バトルジャケットは未だ日の目を見る事なくデバイスルームの片隅に眠っているのだ。

 

「でも、ライダーシステムを開発した人って凄いですよね。あれを独力でやったんですから」

「確かにね。でも、その使い道は間違っている。私が言えた事ではないが、科学はみんなの笑顔のためにある物だよ」

 

 ジェイルがそう真剣な表情で言うのを見て、シャーリーは声を失う。かつてその言葉と正反対の道を歩いていたジェイル。それが心からそう言った事に驚いただけではない。その声に込められた気持ちに気付いたからだ。

 それは、仮面ライダーに人殺しを強いた事への怒り。そして、更に真司へ望まぬ戦いを強いる事になったその物への激しい怒りだ。その静かな怒りを感じ取り、シャーリーは改めて真司のした事の大きさと五代達の影響力を知った。

 

 だが、それだけではない。そのジェイルの表情は実に漢らしかったのだ。いつものどこか飄々としたような雰囲気でもなければ、仕事中に見せる科学者としての顔でもない。一人の男がそこにはいた。

 

(ジェイルさんもやっぱり男の人なんだな。ううん、それだけじゃない。きっと、ジェイルさんも後悔してるんだ。自分がトイを作った事や……誰かの笑顔を壊す物しか作っていなかった頃の自分を)

 

 ジェイルはシャーリーが何も言わなくなったのに気付き、ふと視線をそちらへ向けた。当然ながら二人は視線を合わせる。

 

「どうしたんだね、シャーリー」

 

 その瞬間、シャーリーが我に返る。そしてやや慌てたように手を振った。なんでもないと。それに若干の違和感を感じるジェイルだったが、ならば気にする事はないと思ったのだろう。特に何も言わず視線をモニターへ戻した。

 そして再びAMFCの微調整を開始する。それを見つめ、彼女は気付かれないように息を吐く。多少熱を持った自分の顔に手を当て、己へ問いかけるように小さく呟いた。

 

―――どうしたんだろ? まさか……私、ジェイルさんに惚れたとかないよね?

 

 その問いかけを彼女は自分の心の中で笑い飛ばす。そんな事はないと。ただ驚いただけなのだ。胸に当てた手が感じる鼓動がやけに煩く鳴っているように感じるのもそのため。そう自分を納得させ、シャーリーもジェイルの補佐をすべく席に戻る。

 ただ、その顔の熱はそこまで嫌じゃないと彼女は思って軽く微笑む。微かに、だが確かな変化がここにも起きつつある。絶えず変わらぬ事などないのだと証明するかのように。だが、デバイスルームにいるべきはずのウーノはそこにはいない。そう、彼女は普段とは違う場所にいたのだ。

 

 それは訓練場。そこでいつものように自主訓練を終えたトーレやセッテと共に隊舎へと向かって歩いていたのだ。

 

「で、例の施設は判明したのか?」

「ええ。もう行動まで把握済み。後は時間を待つだけよ」

 

 ウーノはトーレの問いかけにそう答えた。今日はシャマルがいないため、普段彼女がしている救護員をウーノが代わったのだ。そこには、もう彼女がやっていた仕事が落ち着いたのも関係している。

 聖王のコピーを培養している施設の特定と監視。そして万が一のための備えなどをウーノはもう片付け、最近は専らレジアスとの連絡ばかりをしていた。レジアスも怪人の脅威を目の当たりにし手を打つ必要があると感じたらしく、ライダーへの秘密裏の協力さえ考えているのだから。

 

「ならば、残る問題は怪人達の能力ですね」

「それと、私とドゥーエが警戒しているのはスパイよ」

「……そうか。ライアーズマスクだな」

 

 トーレの言葉にセッテが息を呑み、ウーノは苦々しい表情で頷いた。ドゥーエのコピーがいるのならそのISを使わぬはずはない。誰に変装するかは分からないが、おそらく六課に近しい者達に化けるだろうとウーノもドゥーエも考えている。

 性質の悪い事にそれを見分ける方法は無いに等しいため、僅かな癖や些細な違和感を頼りにするしかない。そのため、ウーノはいざとなったら光太郎に頼ろうと考えていると告げた。

 

 それに二人も納得。光太郎ならばその勘から本物と偽者の区別をしそうだと。それに流石のライアーズマスクも仮面ライダーへの変身までは不可能。ならば、ライダー達四人だけはいつでも頼る事が出来る。

 そこまで考え、トーレもセッテも安堵した。正直に言えば六課の誰かを疑うような事態にはなって欲しくない。もっと言えば、自分達の姉妹を疑う事にはさせたくないのだ。

 

「まぁ、心配はいらないわ。邪眼が誰に化けさせるかしらないけど、六課に潜入する事自体が命取りになるのだから」

「そうだな。南で駄目なら緑のクウガに頼もう」

「確かにそれも手ですね。きっとクウガならライアーズマスクであっても見破ってくれます」

「それに、五代さんがそういうやり方は許さないでしょうしね」

 

 そのウーノの締め括りにトーレとセッテも頷くように笑う。人を欺くような事を五代は決して許す事はないだろうと、そう心から思えたのだ。それが誰かを笑顔にするための事ならば見逃す事もあるだろうが、そうでないのなら絶対に見過ごす事はないだろうから。

 

 そんな少し暗い話から始まった三人の会話も、五代の事を話し出したところから徐々に明るい内容に変わっていく。今は真司が食堂で頑張っているだろうとウーノが告げると、トーレとセッテが手伝う事を思い出し、対照的な表情を浮かべた。

 セッテは久しぶりの家事手伝いに楽しみさえ感じているが、トーレは数える程しかない家事手伝いに不安しか感じていない。そんなトーレに気付いてウーノは小さく笑った。

 

「花嫁修業とでも考えたら?」

 

 その言葉にトーレが顔を真っ赤にしながらも馬鹿な事を言うなと一蹴。それを聞いたセッテは少し不思議そうに尋ねた。

 

「トーレ姉上はどこにも嫁がないつもりですか?」

 

 それにトーレは当然だと答えようとして何故か躊躇う。そして、結局それが出来ず、捨て台詞のようにこう言うのが精一杯だった。

 

———答える必要はないっ!

 

 そう告げるとトーレはやや早足で隊舎へと向かっていく。その背を見つめ、軽く首を傾げるセッテと小さく笑うウーノ。彼女の人間らしさを好ましく思ってウーノは呟く。変わったものねと。それに昔のトーレを知らぬセッテは増々疑問を抱くのみだった。

 

 

 

 その頃、ゼスト隊の隊舎ではギンガが荷物を纏めていた。出向期間の終了がきたためだ。あの違法施設の事件は適切に処理されたものの、ジェイル達の事は結局上層部へ報告する事は出来なかった。邪眼の存在を明かすのはゼスト達にもはばかられたのだ。信じるはずはないと思ったのもある。

 そして、同時に仮面ライダーの事も報告する事は躊躇われた。今は希望と絶望が混在する状況だ。それをもし何らかの形で世間が知れば、必ず希望よりも絶望へ目が向いてしまう。そう結論を出した彼らは、邪眼が動き出す前に一度ゼストが個人的に繋がりのある陸の代表格であるレジアスと話し合う事になった。

 

 更にクイントはギンガと共に夫のゲンヤと示し合わせて、自分達と108だけでもいざという時に備える事を提案した。メガーヌは出来る限り陸だけでも横の連携を取れるようにと関係各所への働きかけをする事に意欲を見せて、ここでも六課とは違う形で邪眼へ備え始めていた。

 

「じゃ、母さん。またね」

「ええ、あの人によろしく。あ、その前にスバルによろしくね」

 

 そしてギンガはこの日休暇となっていた。なので所属する108へ戻る前に六課へ顔を出し、シャーリーとジェイルに頼んで簡単なデバイスチェックをしてもらうと考えていたのだ。勿論妹であるスバルと久しぶりに食事をとも考えていたが。

 

「真司君達へもね。ルーテシアと今度遊びに行くって伝えておいて」

「はい」

「八神二佐へは、有事の際俺達だけでも協力すると伝言を頼む」

「分かりました」

 

 二人の言葉に笑顔を返し、ギンガはゼスト達の前から立ち去った。それを見送り、ゼスト達も業務に戻る。ギンガはそのままクラナガンの中心部から離れるように歩く。正直何か乗り物を使いたかったのだが、余計な出費を抑える事と体のために湾岸地区まで歩く事にしたのだ。

 

(スバルとティアナは頑張ってるかな? フェイトさんや光太郎さんと話が出来るといいんだけど……)

 

 これからの事を考え、嬉しさのあまり小さく笑みさえ浮かべてギンガはその足取りも軽やかにクラナガンの街を行く。やがてその周囲の風景が高層ビルから青空と海原だけになり、潮風が香るようになった。

 日も高くなり、昼近くなった頃、ギンガは六課隊舎近くに辿り着いていた。視線の先に見える六課隊舎に彼女は逸る気持ちを抑える事なく走り出す。すると丁度格納庫からノーヴェが出て来た。それを見てギンガは大声を出して手を振った。

 

「ノーヴェ!」

「え? ……ギンガ?」

 

 昼食時の席を確保するため、ウェンディ達よりも先に食堂へ行こうとしていたノーヴェ。しかし、何故か外に出たらいないはずの相手がいて、こちらに大声で呼びかけてくる。そんな状況でどうしてここにと言わんばかりの表情を見せるのは当然だ。

 

 そんなノーヴェの顔や反応が自分の愛しい妹と重なって見え、ギンガは笑顔を浮かべてこう告げた。

 

「遊びに来たよ!」

「……はぁ~?!」

 

 予想だにしない答えにノーヴェは全力で疑問を浮かべた。そんな彼女へギンガは走る勢いそのままに抱きついた。それを咄嗟に受け止めようとするも、やはり堪えきれずに二人は後ろへ倒れる。しかしその体が地面へぶつかる瞬間、それを支える者が現れた。

 

「っと、危ないよ二人共」

「ふぅ……助かったぜ、光兄」

 

 光太郎の声に安堵の息を吐き、ノーヴェは体勢を立て直しながらそう返した。同じように体勢を立て直していたギンガだったが、その呼び方に軽い驚きを見せる。兄と呼んでいるのかと、そう思ったのだ。ギンガの疑問を察したのかノーヴェはやや戸惑いながらも仮面ライダーの話を聞かせ始める。

 その間、光太郎は何も言わず黙ってギンガを見つめるのみ。そして簡単な仮面ライダーの話と光太郎の体の事を理解し、ギンガは何かを少し考えていたようだったが、その結論が出たのか頷いて笑顔を向けた。

 

―――確かに、親戚のお兄さんって感じです。私も光太郎兄さんって呼ぼうかな?

 

 そんな明るいギンガの声に光太郎は少し照れくさそうだが嬉しそうに笑みを返した。だが同時にそれは勘弁して欲しいとも告げたのだが。そんなやり取りを聞いて、ノーヴェは笑みを見せてギンガへサムズアップ。ギンガは、それがスバルの癖となっている仕草と気付きながらも、やや不思議そうに感じてそれを返す。

 すると、そこへ仕事にけりをつけて昼食を食べるために外で出て来たウェンディとディエチが現れる。そしてノーヴェと同じくギンガの姿に疑問を浮かべたので、先程と同じ答えを彼女がする事でその場は決着となった。

 

 そんな彼女達が向かおうとしていた食堂は大賑わいを見せていた。そこで忙しく働くのは戦乙女給仕隊。チンク、セイン、ドゥーエを中心とし、ディードにセッテとトーレを加えた六人だ。それぞれが龍騎マーク入りやクウガマーク入りといったエプロンを付け、動き回っている。

 真司は一人黙々と料理を作り続けていたのだが、それを見かねたウーノがリインのエプロンを借りて手伝いを買って出ていた。そんな、いつも以上に華やかな食堂の光景を見てヴァイスは苦笑する。

 

 目に見えて男性課員達の反応が良いのだ。女性達は普段とあまり大差ないが、男性達の様子は明らかに違う。それぞれがノリの良いセインやドゥーエに声を掛けたり、懸命に働くチンクやディードへは進んで動く事でその負担を軽減させ、セッテやトーレには抱いていたイメージをやや覆されたのか感心や意外そうな反応を見せていた。

 しかし、彼ら全てに共通している事がある。それはその顔。男性陣はみな嬉しそうなのだ。リインなどが相手をしている時もそうなのだが、今日は真司以外は女性ともあってか余計にややだらしない表情が多い。

 

(やれやれ……どいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって)

 

 男というのはやはり皆同じようなものだなと内心で思いながら、ヴァイスは真司に向かって注文を告げた。

 

「おう、すまねぇが真司風ポレポレカレーを一つ頼むぜ」

「はい。盛りは普通でいいかしら?」

「あ、ああ……」

 

 しかし答えたのはウーノ。エプロンを付け、普段とは違った家庭的な雰囲気を漂わせていた。その差にヴァイスは不覚にも少し視線を奪われ、これでは自分も周囲の事を言えないなと思いながら頬をかく。

 そこへ光太郎達も姿を見せた。ギンガは初めて見る昼食時の六課食堂にやや驚きと楽しさを見せ、光太郎は忙しく働いている真司達に笑みを浮かべた。その二人を置いてノーヴェ達は姉や妹達の手伝いを簡単にしようと動き出した。

 

「チンク姉、アタシも手伝うよ」

「ノーヴェか。気持ちは嬉しいが今はいい。そうだな……食事を終えたら、頼む」

 

 ノーヴェの申し出に笑顔を返し、チンクはそう告げた。その言葉にノーヴェは頷きながらも彼女の持っていた空のグラスなどを持って行ってしまう。それを少し苦笑しながらもチンクは嬉しそうな顔を見せた。

 

「じゃ、これは持ってくッス」

「ありがと、ウェンディ。助かるよ」

 

 それとは違い、セインとウェンディは互いに笑みを向け合っていた。ウェンディの教育担当がセインだった事もあり、この二人は本当に色々と近いものがある。その一つである他者の気持ちを有難く受け取る性格がそこには如実に現れていた。

 

「……ホントにいいんだね?」

「ええ。久しぶりの家事ですし……」

「こうしているとあの頃を思い出せる。だから、手伝いは遠慮させて欲しい」

 

 ディエチはディードとセッテの答えに何かを思ったのか少し苦笑い。そして、了解と小さく告げて二人から離れていく。二人はオットーと共に真司から家事を教わり、よくしていた事を思い出したのだ。

 だが、六課に来てからはそういう事をする事もなくなり、二人ととしては少し何かが溜っていたのかもしれない。そう考えてディエチは笑う。何せ、現に今の二人の表情は輝いているのだから。

 

 そんな風に三人が動いている中、ギンガは光太郎に苦笑されていた。注文量がとても多かったからだ。一つは全てのメニューを注文したため。もう一つは、妹のスバルと同じくかなりの量を食べるためだ。

 真司もウーノもスバルやエリオの事を思い出したのかやや呆れつつも料理に取り掛かる。その際、ウーノが何人かを呼び戻すのは当然。こうして、ホールにトーレ、セイン、セッテ。厨房にドゥーエ、チンク、ディードが常駐となる。よってウーノは三人と入れ代わりにホールの手伝いとなった。

 

「……やっぱり姉妹だけあって食べる量も似てるね」

「そうなんですよ。おかげで食費が家計費を圧迫して、一時期大変だったんです」

 

 そこから始まるギンガの笑えない話を聞いて光太郎は呆気に取られた。ギンガが管理局入りを決意したのは、両親に影響されただけではなく家計を助けたいとの思いもあったのだと。スバルは、空港火災に遭うまで管理局入りなど考えていなかったが、クウガやなのはとの出会いで純粋に局へ行く事を決めた。

 そうギンガは言って、どこか楽しそうにこう締め括る。自分はどこか現実を見て、でもスバルは夢を見て局入りしたのだと。その分、スバルの方が自分よりも芯は強いはずだから。そう実に楽しそうに言い切ったのだ。

 

 だがそれに光太郎は柔らかく反論した。例えそうだとしても、今もそれだけで局員をしている訳ではないだろうと。その言葉にギンガは若干驚きを見せたが、ゆっくりと頷いた。今の彼女は確かに明確な目標を持って局員として働いている。

 あの空港火災での出来事。失われるはずだった自分の命。それを助けただけではなく他の救助者も助け出していたRX。そして執務官でありながらも単身危険な場所まで救助活動をしていたフェイト。そんな二人の姿こそ、今のギンガが追いつこうとしている背中なのだ。

 

「……そうですね。今の私は明確な目標があります。仮面ライダーのように、失われる命や未来を守る人になる。それが私の目指す姿ですから」

「そうか。なら俺は、その目標にされた時のままで歩き続けるよ。一つでも多くの未来や命を守りながら」

 

 光太郎の静かな決意。それを込めた言葉にギンガは嬉しく、そして憧れるような思いで頷いた。そこへノーヴェ達が戻ってきたので全員で昼食を食べる事にし、光太郎達は賑やかな一時を過ごす事になる。

 

 

 

 日も暮れ、夜勤シフトの者達が動き出した頃、光太郎は一人ヘリポートからクラナガンの街を眺めていた。先程ロングアーチから聞いた話によれば海鳴のロストロギアは無害に近い物らしく、今は広域魔法の結果待ちとなっているとの事。

 光太郎はそれに安堵したが、同時にまだ何か嫌な予感が消えていない事に新たな不安を抱きアルト達に伝言を頼んだのだ。それは、五代達が帰ってくるまでは寝ずに待っているという言葉。

 

 そして、その後はこうして外を眺めていたのだ。何か起きるとすれば中ではなく外。当然そう考え、光太郎は見張りにも似た気持ちでここに佇んでいたのだから。

 

(何度でも甦る怪人、死者を喰らう古代の遺産、そして……強大な闇となった邪眼。決戦をする事になった時、必ず奴らは俺と五代さんを狙うはずだ。二つのキングストーンを、その手中にするために……)

 

 それで創世王になる事が出来るとは光太郎自身は思っていないが、邪眼はそれを本気で信じているのだろうと考えてはいる。故に、最終決戦で注意するのはクウガと自分だと思っていた。

 キングストーンもアマダムも奪われればそれぞれの命に関る。そのため、絶対に奪われていけないのだ。更に、光太郎が懸念するのは五代から聞いたクウガの最後の姿。究極の闇をもたらす姿の事だ。

 

 それを聞いた時、光太郎は直感的に感じた事がある。それは、その姿こそが自分のかつての姿の原型ではないかと。聞けば、クウガと対になるような存在はその体の色が白かったらしい。黒と白という対称的な存在。それは、BLACKとその宿敵の名にも共通するものがあったのだ。

 ブラックサンとシャドームーン。それは太陽の石と月の石という名のキングストーンを持つからこその名前。しかも、色合いは黒と銀。もしかしたら、月の石はゴルゴムの手を加えられたために本来ならば変身後は白い色になるはずが変化してしまったのではないか。そんな風にさえ考えたのだ。

 

(凄まじき戦士はきっとBLACKの原型。だが、ゴルゴムはその安定性を増させるために本来あった様々な能力を無くした。それがRXとなった時、覚醒と変化を起こした。アマダムは意志によって力を与える。悲しみや怒りの感情がキッカケで起きたロボライダーやバイオライダーへの変身は、まさにそれだ)

 

 そう、光太郎はこう考えていた。ロボライダーは紫の特徴や緑の武器を継承し、バイオは青の姿と込められた意味を発展させたもの。そしてRXへの変化は封じられていた凄まじき戦士への変身機能を太陽エネルギーが制御し、変化させたためではないか。

 そんな推測を光太郎は立てていた。太陽は生命の源。故にその輝きを強く浴びたため、その力を闇から光へ性質を変えたのではないのかと。

 

「何黄昏てるんすか」

「……ヴァイスさんか」

 

 光太郎がそんな事を考えている所へ軽い声が聞こえた。それに光太郎は小さく笑みを浮かべて振り向いた。そこには缶コーヒーを両手にしたヴァイスの姿があった。

 彼はその片方を光太郎へ向かって投げた。それを光太郎が受け取ったのを見て、自分の分のプルタブを開ける。そして、そのまま彼の隣へと歩いてきて軽く笑みを浮かべて尋ねた。

 

「自分が言った事で周囲に変な緊張を与えちまった。それを少し後悔してるって、そんなとこですかね?」

 

 その言葉に光太郎は何も言わない。そうだろうとも思う。だが、そうでないとも思っている。故に答えるのが躊躇われたのだ。言えば、そこから話が変な方向になってしまうような気がして。

 そんな光太郎の心境を察したのか、ヴァイスは少しバツが悪そうに頬を掻き、視線を彼が見つめていた方へ向けた。そして、噛み締めるように告げた。

 

「光太郎さんは、自分のした事を悔やむ時ってあるんすか?」

「……それがない人はいないと思うな」

 

 光太郎の答えにヴァイスは違いないと苦笑。だが、その後すぐに真剣な表情になって言った。でも、心から悔やむような事はそうそうないと。それに光太郎は視線をヴァイスへ向けた。その横顔は遠くを見つめていた。

 

「俺はね、昔は武装隊ってとこにいたんす」

「……シグナムさんの後輩だったらしいね」

「聞いてたんすか。なら話は早い。俺はね、そこでそれなりには腕に自信がある狙撃手だったんですよ」

 

 そこからヴァイスは簡単に自分の過去を話し始めた。何故自分が機動六課にいるのか。どうして武装隊を離れてヘリパイロットをしていたのか。そのキッカケになったある事件を。それは、ある立てこもり事件。ヴァイスはそこで狙撃手として犯人を狙撃するように指示を受けた。

 そして狙撃場所へ移動し、そこからスコープで狙いを定めようとした時だった。犯人は人質を取っていた事を受けての狙撃だったのだが、よりにもよってその相手が彼の妹だったのだ。

 

 それがヴァイスから集中力を奪った。外してしまったらどうするとの迷いや不安が彼から冷静さを失わせたのだ。結果、魔力弾は何と妹の目を直撃。だが、それで動揺した犯人は武装隊員によって取り押さえられ、結果事件は解決した。

 だが、ヴァイスはそれを最後に狙撃手を退いた。妹の目は魔力弾が非殺傷だったためにそこまで大きな悲劇にはならなかった。失明こそしたものの命に別状はなく本人は気にしていなかったのだから。しかし、もうヴァイスにデバイスを持つ気はなかった。

 

「……要するに俺は弱かったんす。妹が捕まっていたのなら、余計自分で助けてやろうって思わないといけないんですがね……」

「いや、そんな事はないよ。どれだけ固い決意を抱いていても、親しい人間を使われる事で鈍る事はある。迷ってはいけないと思っても、非情になりきれないなんてざらです」

 

 その光太郎の答えにヴァイスは視線を彼へ動かした。その言葉に実感が込められていただけではない。光太郎の苦い気持ちがそこから感じ取れたからだ。視線の先で光太郎は何かを思い出し、きつく唇を噛み締めていた。

 光太郎は思い出していたのだ。かつてのシャドームーンとの戦いで創世王が取った手段を。劣勢になったシャドームーンを助けるため、創生王は一度だけその姿を信彦へと戻したのだ。信彦の自分を呼ぶ声にBLACKだった彼は戦いを放棄して傍へ駆け寄った。

 

(分かっていたはずだった。もう信彦ではないなんて事は。でもあの時、俺は信彦の姿と声にそれを忘れた。仮面ライダーBLACKではなく南光太郎として動いてしまった。それが、一時的とはいえゴルゴムに日本を明け渡す事になってしまった……)

 

 そう、その直後信彦はシャドームーンへと戻り、油断し切っていたBLACKをサタンサーベルで襲い、その命を結果的に絶った。だが、光太郎は知らない。シャドームーンも一時的に姿が戻った自分を見てキングストーンを奪わずに撤退した事を。

 その後、彼はクジラ怪人の助けを受けて復活。その時の迷いを振り切りシャドームーンへトドメを刺し、見事創世王を打ち倒して日本を、世界を守りぬいたのだ。

 

「……妹さんは、ヴァイスさんを恨んでいるんですか?」

「……そうだったら、幾分楽だったかもしれない」

「そんな事は言っちゃ駄目だ。ちゃんと向き合って、先に進めるのならそうした方がいい。会う事さえ出来なくなる前に」

「光太郎さん……あんたやっぱり……」

「……俺もね、妹みたいな子がいたんです。でも、俺はその子から大切な人を奪ってしまったんだ。恨んでるとか恨んでないじゃない。俺自身がその子に合わせる顔がない。それに、今その子がどこにいるのかも俺は知らないんだ。でも、ヴァイスさんは違う。許してもらえるのなら、会って話す事が出来るのならそうするべきだ。したくても出来ない人だっているんだから」

 

 光太郎がそう言うと、ヴァイスは少し迷っているような表情を見せる。そんな時だ。光太郎に嫌な感覚が走る。それは、あの発電所の戦いで感じた感覚に近いもの。ゴルゴムと戦っていた事によく感じた一種の予感。故に光太郎はすぐに視線を隊舎周辺に巡らせた。

 すると隊舎の方へ向かってくるトイの集団とヴァルキリーズに似た者達を見つけた。その顔を見て光太郎はヴァイスへ告げる。戦いの時が来たとそう思って。

 

「ヴァイスさん、怪人の襲撃だ! 俺は先に迎撃するから、他のみんなに連絡を!」

「っ?! りょ、了解っす!」

 

 その返事を聞きながら光太郎はヘリポートから迷う事なく飛び降りた。その最中、力ある言葉を叫ぶ。

 

「変身っ!」

 

 RXへと変わり、大地へと着地する。即座に視線を前に向け、その視覚を駆使し見えていない場所に他の怪人が潜んでいないかを探るために。そんな彼へトイ達が襲い掛かる。その攻撃を掻い潜るように走り、RXはその内の一体へ拳を繰り出し沈黙させた。

 そして即座に跳び上がり、空中にいた二体へ両足を叩き込む。更にRXはそのトイを足場に更に空高く舞い上がる。そして、直後起きた爆発のためかその姿を見失う地上のトイへその落下の勢いを乗せたままRXは手刀を放つ。

 

「RX! チョップっ!」

 

 その攻撃に耐え切れるはずもなくトイがまた一体散る。RXはその残骸へ一度だけ視線をやり、距離を取った。すると先程までRXがいた位置に糸のようなものが降り注ぐ。それはすぐに爆発を起こして消えた。

 

「……やはりそう簡単にはいかんか」

「当たり前でしょ。私を一度倒した相手なんだから」

「無駄話はそこまでにしろ。どうやら他のライダー共はいないようだな。なら、ここで貴様のデータを取らせてもらうぞ、RX!」

 

 フュンフの言葉に馬鹿にするように答えるフィーア。そんな二人のやり取りへ吐き捨てるようにドライは告げ、視線をRXへ向けてそう言い放った。

 

「来るならこい! 俺は逃げも隠れもしないっ!」

 

 威風堂々宣言するRX。その迫力に三人も若干怯むがその姿を本来のものへ変えた。蟷螂、カメレオン、蜘蛛といった姿を見てRXは構えた。かつてのゴルゴム怪人に近い雰囲気を感じ取って。複数の怪人を相手取るのは初めてではないが、それでも苦戦する事は明らかだったのだ。

 そう、一人だったのなら。しかし今の彼は孤独ではない。そこへ遅れて真司達が姿を見せたのだ。そして三体の姿を見て臨戦態勢を取るヴァルキリーズ。真司はウーノが出現させたモニターに映る自分の姿を使い変身した。

 

「変身っ!」

 

 真司の体を覆うように出現する龍騎のシルエット。それが体に重なり、真司は龍騎へと変わる。

 

「っしゃあ!」

 

 気合十分とばかりに構える龍騎。こうしてRXと龍騎の初共闘が実現した。ウーノは司令塔として後方に控え、直衛をドゥーエとオットーが引き受け、ディエチはその傍で支援砲撃をする。残りはウーノの指示によりRXと龍騎の援護へ分散するように散った。

 

「いい? 決して無理はしないで。私達はそれぞれの全力を出す事が出来ればいいの。後はRXと龍騎を信じましょう!」

 

 ウーノの言葉に姉妹達が頷くように声を返して動き出す。RXはカメレオンと蜘蛛へ、龍騎は蟷螂へと向かっていく。それを受け、RXの方へはクアットロ、チンク、セイン、ノーヴェが援護に向かう。そして、トーレ、セッテ、ウェンディ、ディードが龍騎の援護となった。

 それを見守りながらもウーノは戦術を組み立て始める。オットーとディエチはISを使い、的確な支援を可能とするべくまずはトイを迎撃。ドゥーエはロングアーチへ怪人達のデータを取るように頼みつつ、周囲へ警戒を怠らない。

 

 そこへ遅れるようにアギトが姿を見せた。龍騎の奥の手となったユニゾン。それは邪眼戦までお預けとなった。そのため、アギトは本来出番がない。だが、居ても立ってもいられなくなり、何か手伝える事はないかとここへやってきたのだ。

 

「アタシも! アタシにも何か手伝わせてくれよ!」

「アギト……気持ちは嬉しいけど……」

 

 そう答え、ドゥーエは視線で前方を示す。そこではそれぞれが怪人と激しい戦いを繰り広げている。そこにアギトが入れる余地はない。それを理解しアギトはやや悔しそうな表情を見せるものの、何かに気付いたように顔を上げてドゥーエへ告げた。

 

「な、もう翔一達に連絡した?」

「したと思うけど? ね、ロングアーチ」

『今やってるんだけど、次元世界との通信が妨害されてるみたいで……駄目だ! 繋がらない!』

 

 アルトの声にアギトがやはりと言った表情で頷く。そして、疑問を浮かべるドゥーエにこう告げた。

 

「何かさ、身体がビリビリする気がするんだ。きっと、電波か何かで連絡出来なくしてる奴がいるんじゃないか」

「……そうか。どこかでデータ収集してる奴がいるって事ね」

 

 アギトの指摘にドゥーエは納得した。いくらデータ収集すると言っても、戦いながらでは色々と見落としや正確なものは取れない可能性がある。故に、どこかでこの様子を見つめている怪人がいるのでは。

 そう考えたドゥーエだったが悔しそうに爪を噛んだ。それを見つけ出すための人手が足りないのだ。自分達の誰かを動かすにしても、一人二人では怪人相手は辛い。だからと言ってここで複数を動かすのは不味い。

 

(相手に気付かれたら意味がないわ。どうにかして気付かれないように……そうだ!)

「ロングアーチ、ギンガは今どうしてる?」

『彼女なら、デバイスチェックが終わったからそっちに行こうとしてるよ』

 

 そんなドゥーエの問いかけに答えたのは新たに出現したモニターのジェイル。そのモニターにはリボルバーナックルを装着するギンガの姿も映り込んでいる。それを見てドゥーエは頷いて告げた。

 

「ギンガ、貴女に頼みたい事があるの」

 

 その内容を聞き、ギンガは真剣な表情で頷いて走り出す。ジェイルはそれを見送り、ドゥーエへこう伝えた。既に万が一に備えてゼスト達にも連絡がいっている事を。それに、ギンガには自分が新しい力を渡したからと。それにアギトもドゥーエも笑みを浮かべて頷いた。

 戦力としてはこれで何とかなる。怪人がもう一体増えても何とか許容範囲だと。そう思ってドゥーエとアギトは視線をウーノへ向けた。ウーノも話を聞いていたのかその視線だけで何を二人が言いたいのかを理解し、力強く頷いた。

 

「三体はこちらで完全に引き受けましょう。その監視役はギンガとゼスト隊にお願いするわ」

「いざとなったら、アタシがそっちへ援護に行くよ」

「そうがいいかもしれません。あまり融合係数は高くないですが、ゼスト部隊長はユニゾン出来ましたから」

 

 アギトの提案の意味に気付き、オットーがそう告げると二人も納得し頷いた。そして、再び彼女達は目の前の戦闘に意識を集中する。自分達のすべき事を果たすために。

 

 

 

 その頃、六課隊舎から離れたとある場所ではアインスが自身のISと特殊能力を併用してデータ収集と遠距離通信の妨害を行なっていた。全ての通信を妨害しなかったのは、それをすると彼女のデータ収集にも支障が出るため。あまりにも強力なため、邪眼のいるラボへのデータ送信さえも邪魔してしまうのだ。

 だから地球へ行ったであろう別働隊との連絡を妨害するしか出来なかったのだ。しかし、アインスは現状を観察して満足そうに笑みを浮かべていた。

 

「クウガとアギトがいつまで経っても出てこない。おそらく海鳴へ向かったのね」

 

 今、海鳴にはアハトが完成したばかりのマリアージュを引きつれ襲撃を行なっているはず。それを思い出し、六課の行動が早い事に若干感心するアインスだったが彼女は知らない。彼らはそれを受けて海鳴へ出かけた訳ではない事を。

 

「本当なら人形共も怪人にしたかったのだけれど……」

 

 マリアージュが怪人に出来ない理由。それはその体が起こす爆発だ。その厄介さが怪人にするための改造手術の妨害となったのだ。何せ、全身を拘束した状態にしただけで自爆し、改造施設を破壊したのだから。

 故に邪眼はマリアージュの怪人化を諦め、そのままの捨て駒として使う事にした。自爆兵器としても活用する事を考え始めていて、その手段を現在アハトが考案中だ。

 

 そこまで考え、アインスはふと何かが接近する反応を察知した。そして、それは凄まじい速度でその前へと立ちはだかった。

 

「……タイプゼロ・ファーストですって? どうしてここに……」

「違う! 私は、陸士隊108所属! 陸戦魔導師、ギンガ・ナカジマっ!」

 

 アインスの呟きにギンガはそう返した。その宣言はどこかRXを思わせるような雰囲気がある。そして、その足に装着されているのはマッハキャリバ−の同型機でもある”ブリッツキャリバー”だ。ジェイルが与えた力とはこれの事。

 スバルと戦い方が似ているギンガのために彼はシャーリーからマッハキャリバーのデータを見せてもらい、独自に改良を加えたのだ。ギンガはそれをジェイルから渡された時、こう言われた。

 

―――これをみんなの笑顔のために使って欲しい。

 

 それがジェイルなりの贖罪の気持ちから出た言葉だとギンガは理解し、笑みと共に頷いて受け取ったのだ。その手にあるリボルバーナックル。それはかつては母であるクイントが使っていた物だ。だが、ギンガが局員になったのを祝うためにクイントがその片方を渡してくれた。

 そして、スバルもまた同様に。その込められた思いは、常に自分の想いは傍にいるとのもの。現在クイントは新しいリボルバーナックルをつけているが、その型は敢えて古い物と同じにしている。ギンガは自身へ託された二人の想いを感じ取るようにゆっくりと拳を握る。

 

「貴女が邪眼の手先ね。通信妨害とデータ収集、すぐに止めてもらうわ!」

「出来るかしら……戦闘機人でしかない貴女に」

 

 その言葉と共にアインスの姿が変わる。それはフクロウ。森の賢者と呼ばれる鳥だが、怪人の素材となった時点でその面影はない。ギンガはかつて映像で見た怪人の姿を思い出し、やはり邪悪さは同じだと改めて痛感。

 その怯える気持ちを奮い立たせ、身構える。自分には母とジェイルの想いを託されたデバイスがある。ならば、怖くはないと。そう思い、ギンガは小さく告げる。今の自分は一人ではないと確かめるために。

 

「行くわよ、ブリッツキャリバー」

”了解です”

 

 ギンガはその返答に微かに笑みを浮かべると、意を決してアインスへと立ち向かった。自分のすべき事は怪人の妨害。ドゥーエから頼まれたのはその一点のみだった。故にギンガは無理をするつもりはない。

 自分の出来る範囲で相手を牽制し、時間を稼ぐ。いつか来るライダーを、ヴァルキリーズを信じて。その思いでギンガはウイングロードを展開し空を駆け抜ける。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

(みんな、待ってるから! それまで絶対にこいつは逃がさないっ!)

 

 

 ギンガが戦闘を開始した頃、RX達は一度戦った相手とはいえ苦戦を強いられていた。原因はフィーアのISによる他二体への支援。幻影を創り出して龍騎達を惑わすのだ。従来の仮面ライダーと違い、龍騎には視覚に特殊な能力はない。そのため、本物の見極めが出来ないのだ。

 そして、それはヴァルキリーズにも同じ事が言える。確かに龍騎と違いセンサー機能は搭載されている。だが、それを以ってしても怪人となったフィーアのISは見破れなかった。

 

 周囲の苦戦を見て、RXは以前と同じようにキングストーンフラッシュを使う事も考えたのだが、あの時と状況が違う事を考えると迂闊にそれが出来なかったのだ。そう、念話の出来ないRXでは声に出さずに他の者達へ注意を促す事が出来ない。

 故に、怪人達へ知られず、しかもこちらに影響を出さずに無力化する事は不可能だった。更に彼はフィーアとフュンフを相手にしている。クアットロ達の援護があるが、やはり決め手に欠けるのは否めない。

 

(何か、何か考えるんだ! どうすればこの現状を打破出来る……?)

 

 その時、RXの視界に格納庫が入った。それを見たRXはある事を思いつく。そして、それを実行に移すために視線をクアットロに向けて告げた。

 

「クアットロ、俺の幻影を出すのと同時に、一度だけ俺の姿を隠してくれ」

「分かったわ」

「すまないがチンク達はそのまま少しだけ足止めを頼む」

「「「了解!」」」

 

 その声を合図にRXの幻影が出現し、彼の姿がクアットロのISにより消える。そして、そのままRXは格納庫へ向かって走り出した。RXが事実上戦闘から撤退したため、強力な前衛を欠いたチンク達が若干押され始める。しかし、それでも彼女達は決して弱音は吐かない。

 そこへウーノからクアットロへある作戦が提案された。それに頷き、クアットロは即座に念話でセインへ、口頭でチンクへ指示を出す。

 

「チンクちゃん! 煙幕っ!」

「了解だっ! IS、ランブルデトネイター!」

 

 クアットロの指示にチンクが応じ、手から放たれたスティンガーと呼ばれるナイフが次々と爆発を起こす。その煙にフィーアとフュンフが視界を塞がれ、僅かだが動きが鈍る。それを見てクアットロがセインへ視線をやって頷いた。それに応じるようにセインはノーヴェへ声を掛ける。共に動くために。

 

「ノーヴェ! 掴まって!」

「おう!」

 

 二人はそのままセインのISで地面へと沈んでいく。そして、煙が晴れた時には二体の前からセインとノーヴェは消えていた。ただし、それは本物の話。クアットロは二人の幻影をそこに出現させたのだから。

 

「何がしたかったのだ?」

「ホントねぇ。ただの目眩ましかしら?」

 

 しかし、それを聞いてクアットロとチンクは笑みを浮かべた。その反応から二体が揃って疑問を感じてその意味に気付く。だが、それはもう遅かったのだ。二体の後方から跳び上がるように出現する影がある。それはノーヴェ。

 それに二体の意識が向いた時、待っていたとばかりに二筋の閃光がその身体を直撃した。それは、オットーとディエチがクアットロとウーノの立てた戦術に応えた攻撃。横薙ぎに発射された射撃で本物を特定させる事が目的だったのだ。

 

 それに体勢を崩す二体を待っていたかのように、そこをノーヴェの一撃が襲う。

 

「一撃! 粉砕っ!」

 

 ジェットエッジがフィーアを、着地して放つガンナックルがフュンフを捉え、その身体を再度揺らす。そして、そのままノーヴェをセインが再びISで彼女を回収し撤退させる。その見事な連携にクアットロとチンクにも笑みが浮かぶ。

 だが二体がそこから立ち直るとその笑みも消える。中途半端に怒らせてしまったと感じたからだ。しかし、それでも自分達が相手から一本取った事には変わり無い。そう思い、先程とは違う不敵な笑みが二人に浮かぶ。

 

「チンクちゃん見た? さっきのあいつらの無様さ」

「ああ。滑稽だったな」

「貴様らぁぁぁぁ!」

「調子に乗らないで!」

 

 二人の嘲笑うような言葉に二体は揃って怒りを見せる。それに内心冷や汗を掻きながらも、ある事に気付いた二人は笑みを深めて告げた。

 

「「弱い犬程よく吠えるな(わねぇ)」」

 

 その直後、赤い風が怒りに燃える二体の前を横切った。それに吹き飛ばされるように地面を転がる二体。それはライドロンだった。そして、その運転席が解放されRXが降り立つ。だが、当然ながらその姿は誰にも見えない。

 そのため、クアットロはRXの姿を見えるようにした。それを受けて彼は周囲へ告げる。

 

「クアットロ達は俺の後ろへ! ライドロン、さっき言ったように動いてくれ!」

 

 その声に応えるようにライドロンは龍騎達の方へ向かう。そして、それを見届けてRXは立ち上がる二体の方を向いて叫んだ。

 

「キングストーンフラッシュ!」

 

 あの時と同じ光がRXの前方を包む。消し払われる幻影。視覚を封じられ、動けなくなる分身達。そして、同じように視覚を封じられた二体。それを見るなりRXは跳び上がった。それと同じくして地面からセインとノーヴェが姿を見せた。

 今まで二人はセインの指に仕込まれたヘリスコープアイで様子を窺っていたのだ。そんな時、RXが告げた内容に嫌な予感を感じ取り、セインはそれを引っ込め上に上がってきたのだった。

 

「セインちゃん、遅いわよ」

「ゴメン。何か嫌な予感がしてさ」

「話は後だ。一体はRXが倒してくれる。残りは私達でやるぞ!」

「チンク姉、アタシに考えがある。手を貸して!」

 

 ノーヴェが告げた言葉にチンクは頷き返し、その手にしたスティンガーをフュンフへ投げつけた。それが見事にフュンフの身体に突き刺さったのを見てノーヴェはエアライナーで走り出す。

 丁度RXがその拳をフィーアへ叩き込んだのを見ながらノーヴェは勢い良く跳び上がった。同時にRXも再度空に舞う。そして、二人はその落下速度を加えたまま怪人へ蹴りを放つ。

 

「RXっ! キックっ!!」

「吹っ飛べぇぇぇぇっ!!」

 

 RXキックがフィーアを蹴り飛ばし、ノーヴェの蹴りがチンクのスティンガーをフュンフの体内へと入り込ませた。そして、二人は反動を利用し着地。その直後チンクがスティンガーを爆発させる。

 

「これで終わりだ!」

 

 そう、自分の蹴りだけでは威力が足りないと考えたノーヴェは、チンクのISを使い体内から怪人を破壊する事を考えた。そのために自分の蹴りを使い、スティンガーを怪人の体内へと送り込ませた。どんな強い怪人でも身体の中までは鍛えられないと考えて。

 チンクの声をキッカケにフュンフは爆発。フィーアもそれを追うように散った。それを見届けたRX達は視線を龍騎達の方へ向ける事無く走り出す。目指すはギンガが戦っている場所。一刻も早く行かなくてはと、そう考えて。

 

(待っててくれギンガちゃん。油断するなよ、龍騎!)

 

 

 

「どうした! アギトの方がまだ手強かったぞ!」

 

 ドライの高速機動。それに龍騎は完全に翻弄されていた。改造人間であるRXや超変身出来るクウガやアギトと違い、常人が変身しただけの龍騎には感覚を鋭くする術がない。そして、それに対抗するような武器も無かった。

 トーレやセッテ、ディードが懸命にその動きを捉えようとしているが、幻影も多く本物を見極める事さえ難しい。ウェンディは射撃を使い幻影を消しているのだが、その度に幻影が再度出現し、いたちごっこの様相を呈していた。結果、龍騎達は完全にドライ一人に封じ込められていたのだ。

 

「くそっ! このままじゃ……って、うわっ!」

 

 体勢を立て直し、アドベントを使おうとする龍騎。しかし、そこへドライの鋭い鎌が振り下ろされる。何とか回避するものの、僅かに胸を掠り火花が散る。それでも龍騎は怯む事無くその手に別のカードを手にした。

 それはサバイブ。そう、もう彼はアギトとのユニゾン以外はデータを粗方取られている。故に、龍騎は迷わない。今は接近戦に適した状態よりも射撃戦に適応する方がいいと思ったのだ。

 

「これで!」

 

 周囲を覆うように出現する炎。それに僅かだがドライが怯む。それを見逃さずトーレとディードが動いた。

 

「IS、ライドインパルス!」

「IS、ツインブレイズ!」

 

 高速移動と瞬間加速。それを駆使し、二人はドライへダメージを与える事に成功する。しかし、その狙いは僅かに外した。二人が狙ったのはドライの羽。高速機動の要であるそれを切り落とせばこの戦いを有利に出来るはずだった。

 だが、ドライとてそれを熟知している。前回のようにはいかないとばかりにその腕で二人の攻撃を受けたのだから。そして、そんなドライの行動に悔しさを覗かせながらも二人はその場から離脱した。

 

”SURVIVE”

 

「俺はウェンディと射撃で援護する! トーレ達はそのまま接近戦を続けてくれ!」

「「「「了解(ッス)!」」」」

 

 龍騎の声に四人は気合を入れ直すように答え、ドライへと攻撃を再開する。龍騎はドラグバイザーツバイで射撃を行い、幻影を消す作業を始めた。二人の攻撃に幻影の数が少しずつだが減っていく。

 しかし、ある一定まで減らすとまとめて数が戻った。それに舌打ちするウェンディと驚く龍騎。だが、それでも諦めずに龍騎は射撃を続けた。それにウェンディも感化されるように射撃を再開。

 

 一方、トーレ達はドライの攻撃に防戦一方になりつつあった。やはり一番速度が速いトーレを凌ぐドライにセッテやディードも自分の身を守るだけで精一杯になっていたのだ。

 それでも、三人は諦める事無く立ち向かい続けた。一つは意地。そしてもう一つは、自分達を惑わす幻影を消し続ける存在がいるから。

 

(真司は我々を信じている……)

(兄上の期待に応えるためにも……)

(ここは退けない……)

 

 追い詰められていく中でも、三人の目には静かな炎が燃えている。どんな些細な事でも見逃さず、好機に変えてみせるとばかりに。そんな中、龍騎達の側面を塞ぐようにライドロンが現れた。それに視線を向けた龍騎達だったが、その瞬間ライドロンが自分を盾にするように車体を傾けその視界を塞いだ。

 それに疑問を感じる龍騎達は直後起きた閃光にドライが苦しんだのを見てその訳を理解した。きっとRXが自分達の目を守るためにライドロンを遣わしてくれたのだと。そしてその後に待っていたのは待ちわびた勝機だった。

 

「幻影が消えたぞ!」

「今が好機です!」

 

 トーレの声にディードが頷くように応じ、セッテは即座にブーメランブレードを投げ放つ。それが眩しさに苦しむドライの羽を綺麗に斬り落とす。

 

「兄上、ここはお任せを!」

「ウェンディ、トドメを託す! 行くぞ、ディードっ!」

「はいっ!」

 

 セッテの声にトーレが即座に声を返して動く。そして呼応するようにディードがそれに続いた。ウェンディは言われた意味を正しく理解し、ライディングボードにエネルギーを集束させていく。

 それを龍騎を黙って見つめる。信じる事にしたのだ。任せてくれと言われた事を。それでもいざという時のためにその手には一枚のカードが握られていたが。

 

 トーレの攻撃が羽を失い苦しむドライの鎌を綺麗に切り落とし、更にディードがツインブレイズでその腹部を斬る。それが小さくはない傷を付け、更にそこへもう一度ブーメランブレードが襲い掛かった。それが完全にドライへの大きな傷を作る事となる。

 痛みに叫び声を上げるドライ。それを聞きながらも、ウェンディは集束したエネルギーをそこへ放つべく狙いを定める。そして、それが定まった瞬間、トドメを告げるように叫んだ。

 

「エリアルキャノン、発射ッスっ!!」

 

 なのはの砲撃を彷彿とさせる閃光がドライの傷を直撃。そこから閃光はドライの内部を破壊し、その身体を崩壊へと誘う。それが爆発を起こすまでを見届け、龍騎達もギンガのいる場所へ動き出そうとした時、ウーノの切羽詰った声が響いた。

 

「トーレ! そこから離れて!」

「なっ!?」

 

 トーレを襲ったのは砲撃だった。それをトーレはISを使い際どく回避する。

 

「今の……まさか……」

「あたしのIS、だね。きっと、まだいるんだ」

 

 その攻撃を見たオットーがやや警戒するように呟くと、ディエチが苦い顔をして答えた。それを聞き、難を逃れたトーレが舌打ちする。

 

「チッ、ディエチのコピーを使った怪人か。遠距離からの精密砲撃とはやってくれる」

「どうしましょうか。下手には動けません」

「かと言ってここで留まればまた攻撃される。困ったわね」

 

 ディードの言葉を受けてドゥーエがそう告げると、ウーノが視線を砲撃があった方へ向けた。そして、何かを調べ表情を曇らせる。

 

「相手の位置が分かったわ。ギンガが戦っている辺りよ」

「じゃ、下手したらギンガ達も危ないッス!」

「兄上、行ってください。隊舎は私達が守ります」

「姉様達は戦闘で疲れているでしょうから、援護役に僕が一緒に行きます」

 

 オットーの言葉に龍騎は感謝すると走り出す。それを追うようにオットーが動こうとしたのを見て、ディエチがそれを引き止めた。

 

「待って。あたしも行く」

「なら、アタシはギンガ達にこの事教えてくる!」

 

 ディエチの申し出が自身のコピーと戦うためだと理解したオットーは、その気持ちを察して彼女を抱えるように飛んだ。アギトはそれに続くようにギンガがいる場所へ向かって行った。それを見送ってウーノはトーレ達へ視線を送る。

 そこには苦笑が混ざっていた。その意味を問い質そうとしたトーレ達だったが、すぐにその意味に気付いた。海上から飛行型のトイが集団で向かって来ているのを見たからだ。怪人との戦いを終えた直後だが、相手がトイならばまだ平気だ。そう思い、トーレ達は力強く笑みを見せた。

 

 唯一ドゥーエだけはこの後の展開を予想し、トーレ達へ聞こえるように呟いた。

 

―――少しぐらいは後ろへ通してもいいわよ?

 

 その呟きに彼女達は小さく笑うとなるべく楽をさせると返してトイの迎撃へ向かっていく。その背を見送りながらウーノとドゥーエは頼もしく感じて微笑むのだった。

 

 

 

「くっ!」

「どうしたの? 私のオリジナルが戦闘用じゃなかったからって油断したのかしら?」

 

 アインスの言葉にギンガはそんな事はないと返そうとするが、そんな事をしても意味はないと思い黙ってその飛んでくる羽をかわす。アインスはその翼の羽を飛ばし、攻撃に転用していた。既にギンガの身体のあちこちにはその羽がいくつか刺さっている。

 厄介なのは、その羽が抜けない事とそこから血が流れ出る事だ。おかげで時間をかければかける程、ギンガは意識が薄れていくのを感じている。そこから、相手は自分を殺す事ではなく捕まえる事を狙っていると彼女は悟っていた。

 

 何故ならば攻撃は先程から羽ばかりで直接攻撃は数える程しかないのだ。意識を失い、倒れるのを待つ。そんな事を思わせる相手にギンガは戸惑いを感じながらも、その目的をこう推測していた。

 

(きっと私を怪人にして、光太郎さん達を苦しめるつもりなんだ。絶対、そんな事はさせない!)

 

 消えかける意識を奮い立たせ、ギンガはウイングロードを走る。接近は危険だという事は最初の行動で知った。だが、ギンガには接近戦以外の戦い方がない。魔法も遠距離で有効性が高いものがないため、ギンガは打つ手無しの状態だった。

 出来る事といえば、今のようにウイングロードを使い距離を取り続けるだけ。しかし、アインスは飛行能力を有しているためにそれもあまり大きな効果を見せてはいない。どうするか。そうギンガが打開策を考えようとした時だ。

 

「さ、これでお終いよ!」

「そんなっ!?」

 

 アインスの宣言と同時に放たれる羽。その数は、今までの比ではない。ギンガの視界全てを覆うようなそれを見て、彼女は今までのアインスの狙いを理解した。いつでも今のような攻撃は出来た。だが、敢えてギンガが弱るまでそれを温存し、どうあっても絶望するしかないタイミングを待っていたのだと。

 

 だが、ギンガはそれでも諦めなかった。全てを防ぐ事が出来ないならせめて一矢報いようと考えて。それの呼応し、左腕のリボルバーナックルがカートリッジを排出する。そして回転を始めるリボルバーナックルを掲げ、ギンガは敢えて羽の中へ突入した。

 それはアインスも予想していなかったのか少し驚きを見せる。そして全身に羽を突き刺しながらもギンガはその拳をアインスへ突き出した。

 

「一撃! 必勝っ!」

 

 己のありったけを込めてギンガは叫ぶ。彼女にはスバルのように憧れから生み出した独自の魔法はない。だからこそ、彼女がここで放つのは元からリボルバーナックルで使える魔法。しかし、想いだけはそれに匹敵するだけの強さを込めて。

 

「リボルバァァァァシュートッ!!」

 

 ギンガの拳がアインスの翼を捉えた瞬間、それを打ち抜くように魔力の風が解放された。そして、その威力が翼に穴を開ける。その瞬間、アインスの痛みに喘ぐ声が響く。それを聞きながらギンガは嬉しそうに微笑み、そのままウイングロードから落ちていく。

 

(やったわ、これで少しはやり返す事が出来た。時間稼ぎ、出来たかな……)

 

 もう身体が動かない。出血が多すぎたのかそれとも全身の羽が原因かは分からない。だが、もうギンガにそこから助かるだけの力は無かった。不思議と恐怖はない。ただ、与えられた事を最後までやり遂げる事が出来なかった事だけが悔しかった。

 そんなギンガの視界に、ふと彼女に似た姿が見えた。最後に幻覚でも見てるのかと思い、ギンガは小さく笑った。だが、するとその相手は一層速度を上げてギンガへ近付いた。

 

「親を置いて先に逝くなんて、させないわよ!」

 

 クイントはギンガの身体を抱きとめるようにし、ウイングロードの上を駆け抜ける。その際、一瞬だけ苦しむアインスの姿を見てギンガが相手に何かをしてダメージを与えた事を理解して小さく笑みを見せる。だが、すぐに厳しい表情でギンガへ告げる。

 

「無茶は大目に見れても、無理は許さないって教えたでしょ!」

「……母さん」

 

 クイントの表情から自分がかなりの心配をさせたと実感し、ギンガは小さく項垂れた。だが、そんなギンガへクイントは先程までの表情を一変させ、微笑んでみせた。

 

「分かってくれればいいの。それと、よくやったわギンガ。後は母さんに……ううん」

「どこを見ている!」

 

 自分から完全に視線を逸らしギンガと話すクイントへアインスは怒り心頭といった雰囲気で襲い掛かる。だが、その攻撃がクイントへ届く事はない。その一撃を止める存在がそこにはいたからだ。

 

「ゼスト隊に任せておけ」

 

 クイントの言葉を受け継ぐように、ゼストがデバイスでアインスの攻撃を受け止めながらそう言い切った。そして、その隣へメガーヌが転送魔法で現れ、ギンガの身体に簡単な治療魔法をかける。

 

「これで一先ず大丈夫のはず。でも、油断は出来ないわ」

「ありがとうメガーヌ。なら、このままギンガを任せていい?」

「ええ。六課へ搬送したらすぐに戻ってくるわ。隊長、いいですか?」

「構わん。急げっ!」

 

 メガーヌの問いかけに答えつつ、ゼストはアインスを睨みつける。クイントはゼストを援護するべく動き出し、メガーヌはギンガを抱え転送魔法でその場から離脱する。

 それを見たアインスの表情が歪んだのを見て、ゼストは相手がギンガを狙っていたと考える。故にその目的も先程のギンガと同様の結論を出した。そして、ゼストは静かに怒りを燃やし、手にした槍状のデバイスへ力を込めるように握り締める。

 

「部下の愛する娘を化物にさせる訳にはいかん……なっ!」

「なっ!?」

 

 ゼストの全力で自分が少し押された事に軽く驚きを見せるアインス。そこへクイントが両手のリボルバーナックルを唸らせ襲いかかる。

 

「はぁ!」

 

 それをかわし、一度距離を取るアインス。クイントはゼストの隣で止まり、視線をアインスへ向け続ける。その目には確かな怒りが浮かんでいる。愛する娘を、ギンガを殺しかけた相手。それを思うとクイントは出来る事なら何も考えずにがむしゃらに戦いたいのだ。だが、長年局員として生きてきた身体が、思考がそれを許さない。

 それに、怒りに我を忘れてはいけないと彼女は思っている。何故なら、いついかなる時でも、優先するべきは相手を倒す事ではないからだ。そう、それはただ一つ。

 

(守るために戦う。決して勝つためじゃない。私達は、守るために戦うんだ)

 

 そう思い、クイントは拳を握る。そして視線をアインスの翼へ向けた。ギンガが開けただろう穴。それがゆっくりと塞がっているのだ。それが完治すればアインスは今以上の空戦能力を発揮してしまうだろう。

 ならば、もう一度同じようなダメージを与えるだけだ。そう思い、クイントはゼストへ念話を使う。自分が相手の気を惹き付けるのでギンガが与えた傷を大きくして欲しいと。それにゼストが頷いたのを見て、クイントは走り出す。

 

 アインスの羽に気をつけながらその距離を詰めるように動くクイント。ゼストはそれとは違う方向からアインスへ接近するべく動いている。

 

「ギンガの分、きっちりお返しさせてもらうんだから!」

「やれるものならやってみなさい!」

 

 こうして、ゼスト隊と怪人の初戦闘が始まった。一方、その頃援軍としてそこへ向かっていたRX達は予想外の攻撃にその行動を邪魔されていた。

 

「くっ! 何て正確な射撃なんだ!」

「これはきっとディエチちゃんのISよ」

「これじゃ……わっ! ギンガの所に行けないよ!」

「セイン姉だけでもISを使って先行すればいいんじゃ!」

 

 そんなノーヴェの提案にチンクが苦い顔をした。

 

「いや、それは不味い。ちっ! ……奴は我々の生命反応を追って攻撃している。ISといえどそれを消す事は出来ん」

「ならどうするってのさ!」

 

 セインの声と共に再び砲撃が放たれる。それを何とかかわし、全員が視線を砲撃の来る方向へ向けた。しかし、何故か次の砲撃がこない。それにヴァルキリーズが警戒する中、RXだけはその視覚を最大限に使い、射手のいる場所を見つめていた。

 そして、そこで展開されている光景を見てRXは一人頷いた。それにクアットロ達は少し疑問を感じるが、すぐに何かを思い出したのか笑みを浮かべた。

 

「「「「龍騎ね(か)」」」」

「ああ。今オットーにディエチと三人で戦闘を開始した。しかし、龍騎が紅い鎧になっていたんだが?」

「サバイブだ。そうか、龍騎は能力をほとんど邪眼に知られているのを逆手に取ったか」

 

 RXの告げた内容にチンクはそう返した。RXは、その言葉からサバイブというのが龍騎の超変身だろうと察しをつけたのか納得するように頷いた。そしてRX達は走り出す。目指すはギンガがいる場所。そこで孤軍奮闘しているだろうギンガを助けるために。

 その頃、アギトはやっとギンガのいた場所へ辿り着いていた。砲撃に苦しむRX達を横目にし、申し訳なく思いながらも彼女は狙われない事を利用してこうして先に目的の場所へ来れたのだ。そこで彼女が見たのは予想だにしないものだった。

 

「ギンガ? ……じゃない! ゼスト隊だ!」

 

 視線の先で怪人相手に戦うのは以前世話になったゼストとクイントの二人だけ。ギンガとメガーヌの姿が見えない事からアギトはきっと何らかの理由で戦場を離れたのだと理解した。未知の怪人相手にギンガは一人で戦っていた。そのためにダメージを負ってしまったのではないかと。

 メガーヌはきっと彼女の離脱を手伝うためにいないのだろう。そうアギトは納得してゼストへ念話でここの近くにもう一体怪人がいる事と、そちらへ龍騎達が向かった事を伝えた。

 

【それと、アタシも協力するよ。ゼスト部隊長、ユニゾンして一気に攻めよう!】

【いいのか? いや、分かった。協力感謝するぞ、アギト】

 

 一瞬アギトの矜持を考えて迷ったゼストだったが、彼女自身がそれを意識していない事に気付いてそう返した。その言葉にアギトは頷いてゼストの傍へと向かった。

 そして、ゼストはアギトとユニゾンしてアインスへと立ち向かう。その外見が変化した事にアインスは僅かに疑問を感じたようだったが、大した問題ではないと判断したのか特に何か言う事は無かった。

 

 そこへギンガを搬送し終えたメガーヌが現れた。そして、ゼストの変化を見てアギトの協力を悟り、小さく笑みを浮かべると自身も手を貸すべく召喚を行なう。

 

「頼むわ、ガリュー!」

 

 ガリューと呼ばれた人型昆虫のような存在は、メガーヌの声に頷きを返すとゼストの援護をするべくアインスへと向かって行く。それを見たクイントも負けじと動き出し、アインスは四対一の状況に追い込まれた。

 それでも羽を使い三人を怯ませようとしたのだが、アギトの魔法がそれを焼き払う事が出来たために自身の最大の武器を封じられる形となった。それでもゼスト達は油断する事無くアインスと戦った。

 

 羽の迎撃をゼストとアギトが引き受け、アインスへの攻撃をクイントが、その援護をガリューとメガーヌが受け持つ事で着実にアインスを追い詰めていく。

 

「こ、こんな……こんなはずは……」

 

 自分が追い詰められている事にアインスは信じられないと言わんばかりの声を出した。それを聞き、ゼストがはっきりと告げた。

 

―――お前達の弱点はただ一つ。自分達以外の者を見下している事だ。それでは俺達に勝てん!

 

 その言葉にアギトは同意を示すように彼のデバイスへ炎を纏わせた。クイントとメガーヌはそれを見て援護するべく動き出し、ガリューもそれに続かんとする。炎の槍を構え、ゼストはフルドライブと呼ばれるものを使うべく準備を始めた。

 それは凄まじい加速と力を与える機能。しかし、その反動も凄まじいまさに諸刃の剣なのだ。故に外す事は許されない。一撃必殺が信条の攻撃なのだから。それをよく知る二人の女性は息を合わせるように叫んだ。

 

「メガーヌ!」

「クイント!」

 

 アインスの両側から二人はバインドを仕掛ける。それをアインスはかわそうとするが、そうはさせじとその身体をガリューが取り押さえた。

 

「くっ! おのれ!」

 

 結果、アインスの身体は拘束される。それを何とか破ろうとするが、それよりも早くゼストが動く。

 

「「隊長っ!」」

「フルドライブ!」

”行っけぇぇぇ!!”

 

 身動き出来ないアインスを炎の槍が貫いた。そして、そこにトドメを刺すべくアギトが魔法を使う。それは、ユニゾンした相手と共に魔力を使う事で発動する強力なもの。その名は轟炎。

 ゼストとアギトの二人分の魔力を使い生まれた炎。それが槍を通してアインスを内側から焼き尽くす。それを見守り、ゼスト達は何も言わない。最後まで気を抜く訳にはいかないとの思いがそこからは見て取れる。

 

 やがてアインスは焼き尽くされ、そこには灰だけが残った。それに安堵の息を吐くクイントとメガーヌ。ゼストはアギトとユニゾンを解除すると、やや疲れたような声で周囲に告げた。

 

「まだ終わってはいない。念のため、俺達もライダーと合流するぞ」

 

 それにクイント達も頷いて動き出す。するとそこへRX達が現れた。初めて見る本物の仮面ライダーの姿に興奮するクイント。それを少し呆れつつも諌めるメガーヌ。ゼストはRXから大体の状況を聞き頷いていた。

 アギトは怪人と戦った事をクアットロ達へ話し、それを聞いた彼女達から無事で良かったと言われ、嬉しく思って笑みを返す。そして彼らは一旦六課隊舎へ戻る者と龍騎達の援護へ行く者と分かれる事にして動き出すのだった。

 

 

 

 クラナガンの街と湾岸地区の境目。その一角にあるちょっとした丘。そこでツェーンは砲撃を続けていた。最初は油断している龍騎達を狙った。だが、どうも距離があったせいで勘付かれて失敗したため、今度はアインスの所へ向かおうとしていたRX達を狙ったのだ。

 距離も近くなったので遠距離狙撃ではなく中距離狙撃に切り替える事が出来たおかげもあり、連射速度を上げる事が出来た事もあってそちらは思うような成果が出せた。本当ならば、彼女はアインスなど援護したくない。だが、邪眼のためと思う事でそれを実行していた。

 

「……中々当たらないな。やっぱり多少狙いをつける方がいいかも」

 

 そんな事を楽しそうに呟きながらツェーンは再度砲撃を放とうとして―――それが出来なかった。その視界に真紅の騎士と二人の少女が見えたからだ。

 

「……龍騎。それに出来損ないが二人、か」

「ホントにディエチそっくりだ」

「兄様、騙されないでください」

「そうだよ。こいつは外見だけを真似した怪人なんだから」

 

 初めて見る怪人の通常体に小さく驚きを見せる龍騎。それにオットーとディエチが現実を告げて構えた。それに龍騎も頷いて構える。それにツェーンは無表情で背中にある砲身を向けた。

 それにディエチが持ってきたイノーメスカノンを構えて対抗するべくチャージを開始。だが、相手の方が早く砲撃を放った。それをオットーがISを使って食い止めようとする。微かに、だが確実に押されていくレイストーム。

 

「くっ……ディエチ、まだ……?」

「ゴメン。もう少し待って……」

「なら俺も!」

 

 苦しそうなオットーの声にディエチは申し訳なく思うも首を横に振った。それを見て龍騎はシュートベントを使おうとするが、それをオットーが止めた。まだ見せた事のない力は出来る限り使わないように。そうオットーは言って小さく苦しみながらも笑みを浮かべた。

 こんな事ぐらいで負けない。そう告げてオットーは龍騎に笑みを見せた。それに龍騎が何も言えず戸惑う中、ディエチのチャージが完了した。

 

「お待たせ。あたしの全力、加減無く行くよ。IS、ヘビィバレル」

 

 解き放たれるディエチの全力砲撃。それがレイストームと合わさり、ツェーンの砲撃を飲み込んだ。そしてそのままツェーンへ押し寄せる。眩い閃光が爆発を起こす。しかし、まだ誰も油断はしない。

 ディエチは砲身の冷却時間を考えて少し距離を取り、オットーは周辺一帯をプリズナーボクスという結界で覆う。それは怪人を万が一にも周囲へ逃がさないためと、自分達の戦いを見られないようにするためだ。

 

 やがて立ち上った煙が晴れると、そこには亀の姿をした怪人がいた。もし、その姿を一号や二号、もしくはV3が見ればある怪人を思い出しただろう。その外見は、それだけその怪人の姿に酷似していたのだ。

 だが、その凶悪さと禍々しさは段違い。背にした巨大な砲身。吊り上がった目と鋭く尖った牙。それは、まさに名付けるのならカメバズーカ変異体とでも呼べるような姿だった。

 

「さっきのは中々良かったよ。でも、あれじゃあたしは殺せない」

「ディエチ、砲身が冷却出来るまでは僕の傍に。兄様は前衛をお願いします!」

「っしゃあ!」

 

 返事と共に龍騎は手にしたソードベントを読み込ませ、ツェーンへ斬りかかった。だが邪眼さえ怯ませたその一撃がツェーンには通用しない。刃は少しもその身体を傷付ける事無く止まり、それを当然のようにツェーンは見つめていた。

 戸惑う龍騎へツェーンは呆れたように告げた。自身の強度は邪眼を超えるのだと。大体硬そうなのは見た目からでも分かるだろうに。そんな事を言った後、ツェーンはドラグバイザーツバイを掴んで龍騎を殴り飛ばす。

 

 それで龍騎はドラグバイザーツバイを放してしまった。そのまま地面を転がる龍騎。そこへ追撃をかけようとするツェーンだったが、その行動を止めるように幾多もの光線がその身体を襲う。

 だが、それを察知したツェーンは背中をそちらへ向けて攻撃を無力化した。それに三人は驚きを見せるが、それでもオットーは攻撃を止めなかった。見えたのだ。龍騎がドラグバイザーツバイを取り戻そうと起き上がったのを。

 

「背中を向けたままでいいのですか? こっちの行動が見えないでしょうに」

「関係ないよ。お前達が何をしようとあたしの甲羅は砕けない」

 

 勝ち誇るようなツェーンの声にオットーはいつかの邪眼を思い出しほくそ笑む。何故なら、そんな風に自信満々に言っていた邪眼は龍騎に負けたのだから。それに、今は自分達も力を貸せる。なら、負けるのは自分達ではなく相手の方だ。そう思ったが故の笑み。

 

「……チャージ完了。いつでもいけるよ、オットー」

 

 そこへ聞こえるディエチの準備完了の言葉。それにオットーは静かに頷き、視線をツェーンから龍騎へ移す。龍騎はツェーンの視界から逃げるようにしながらその距離を詰めていた。その狙いを理解しているオットーとディエチはそれを支援するべくある行動に出た。

 龍騎が丁度ツェーンの真後ろに近付いたのを見て、オットーはレイストームによる攻撃を中断した。それにツェーンが気付いて振り向く。すると、その視界に真っ先に龍騎の姿が入る。それにツェーンが何か反応を見せる暇も与えず、ディエチが砲撃を放った。

 

「喰らえっ!」

「何度やっても……」

 

 無駄だ。そうツェーンが言おうとした時だった。背中を向けようとしたツェーンを龍騎が後ろへ回り込んで抑えたのだ。そして、その腹部に砲撃が当たるようにした。きっと腹部は背中よりも柔らかいはず。そう考えた龍騎と、きっと彼ならそう考えくれると信じて動いたオットーとディエチの思惑通りに。

 

「くっ……放せ!」

「行けっ!」

 

 龍騎の声と同時にディエチの全力の砲撃がツェーンの腹部に炸裂した。その衝撃が完全に殺せず、ツェーンから苦痛に呻く声が漏れる。そして龍騎は素早くドラグバイザーツバイを取り返すと、一枚のカードを取り出してそれへ読み込ませた。

 

”STRENGE VENT”

 

 読み込まれたカードは瞬時に別のカードへ変化し、再度読み込まれる。その効果を龍騎はある意味で予想していた。

 

”SHOOT VENT”

 

 その声と共にドラグランザーが出現し、龍騎のドラグバイザーツバイが示す場所へ火球を放つ。龍騎は邪眼がストレンジベントの効果を正しく理解していないと踏んで使用したのだ。きっと距離を取って戦う方がいいツェーン相手ならばシュートベントに変化してくれると予想して。

 狙いは当たり、龍騎が示したツェーンの腹部へドラグランザーはメテオバレットを吐き付ける。その高熱と威力にツェーンが堪らず後ろに退いたのを見てオットーが叫んだ。

 

「兄様! トドメをっ!」

 

 ツェーンの身体を封じ込めるようにレイストームを使い、オットーは龍騎へトドメを託す。ディエチも同じような期待の眼差しを向け、それに龍騎は頷いてファイナルベントを取り出した。

 

「行くぞ、怪人!」

 

”FINAL VENT”

 

 バイクに変わったドラグランザーに乗って龍騎はツェーンへ向かっていく。何とか背中を向けたツェーンだったが、そこへドラグランザーが火球を連発していく。更にそこへディエチの砲撃が加えられる。それは冷却弾。

 

「真司兄さん、お願い!」

 

 狙いは急激な温度差を利用した構造崩壊。全てはオットーの戦術だ。そして、そのまま龍騎は突撃を敢行する。オットーとディエチの信頼に応えるために。

 

「打ち砕けっ!!」

「そんなぁぁぁ!?」

 

 さしものツェーンの甲羅も温度差による構造崩壊には耐え切れるはずもなくその強度を落としていた。そこへ加速をつけたドラグランザーの突進を受けては耐える事は出来ずに圧殺される。ツェーンが爆発四散したのを見て安堵の表情を見せ合うオットーとディエチ。

 龍騎も変身を解除しほっと一息。怪人が全部で五体にもなる攻勢。それはかなり厳しい戦いになったと感じたのだ。しかし、これが自信になったのも事実だった。そう、クウガやアギトだけでなくなのは達がいなくても五体の怪人を相手に勝利出来た。それが持つ意味は大きい。

 

「……とりあえず戻ろうぜ。さすがに疲れたよ、俺」

「そうですね」

「お疲れ様、真司兄さん」

 

 こうして海鳴組の裏側で起きた六課襲撃は終わる。六課の完全勝利という形で幕を下ろしたのだった。

 

 

「で、どこでアリアさん達が出てくるんですか?」

 

 これまでの話を簡単に聞いてスバルは全員の気持ちを代表して告げた。それにロッテが苦笑して答える。

 

「実はね、この後戦いの後始末とか何やらでみんな慌しくなったんだよ」

「私達はその途中の方で六課に来たの。勿論手伝いはしたけど、戦闘はとっくに終わっててね」

 

 アリアの言葉に光太郎が頷いた。ロングアーチは様々な雑務に追われ、ヴァルキリーズは初めての連戦に披露困憊。アギトはゼストとのユニゾンと魔法使用のためダウン。真司も頑張ってはいたのだが、サバイブの長時間使用と食堂の後片付けのために疲れ果てた。

 ギンガは先述の戦いによるダメージから眠り続け、メガーヌはそんなギンガのために懸命に治療魔法を使い続けたので疲れから眠った。クイントはギンガの看病と初めての怪人戦の精神的疲労が祟って同じく眠ったと言う訳だった。

 

「……それで光太郎さんとゼストさん以外寝とったんか」

「そういう事。でも、相手の怪人の新しい情報も入ったしこちらの収穫は大きい。相手も多少は情報を得ただろうけど、それを活かせるとは思えないから大丈夫さ」

 

 はやての言葉に光太郎はそう答え、笑ってみせた。それに翔一が不思議そうに尋ねた。

 

「どうしてです?」

「簡単さ。奴らは、それを活かせないから怪人でしかないんだ」

 

 その光太郎の答えに五代が分かったとばかりに笑顔を浮かべて告げた。

 

「つまり、他者を見下すと痛い目を見るって事ですね!」

「そう。これを無くす事が出来るのなら、怪人は怪人じゃなくなる。だから言ったのさ。活かせないだろうって」

 

 その結論に全員が納得。そして、同時に思う。邪眼側が本格的にライダーのデータを集めにきていると。そして、そのために取る方法が凶悪になりつつあるとも。そう感じたからこそ、はやてがゼスト達へ視線を向けた。

 今回六課が無事で済んだのはゼスト隊の三人の協力があればこそだったからだ。それにギンガの訪問もそれに含まれる。だからこそ、はやては一度椅子から立ち上がり四人へ頭を下げた。

 

「ゼストさん、それにクイントさん、メガーヌさん、ギンガもほんまにありがとうございます」

 

「気にしないでくれ。俺達は同じ局員だ。なら、願いは同じはず。違うか?」

 

 その言葉にはやては嬉しく思い、力強く頷いた。それを見つめ、全員に笑顔が浮かぶ。だが、フェイトがふと思った事を口に出した。

 

「でも、これで邪眼が未だに見せてない怪人は……」

「ドゥーエさんのコピー、セッテのコピーにオットーのコピー。それと……」

「ノーヴェのコピーとウェンディのコピーに……」

「ディードさんのコピーです」

 

 なのはの挙げていく名前にそれぞれが指折り数える。そして、それをティアナとキャロが締め括る。それを考え、一体どんな怪人なのだろうと誰もが思考を巡らせる。今回戦った新しい怪人は、共に特殊能力が厄介極まりない相手だった。

 出血を促し続ける羽。邪眼さえ怯ませたサバイブの一撃を無効化する強度の甲羅。それはライダーであっても苦戦する事を意味する。ならば、なのは達が苦しめられるのは言うまでもない。

 

「しかし……まだ半数も残っているんだねぇ」

 

 ジェイルの何とも言えない言葉に誰もが頷いた。まだ未知なる怪人が六体もいる。いつまた海鳴へも襲撃を仕掛けるか分からない以上、今回のような事もない訳ではない。そう考えたウーノはせめてとある人物へ視線を向けた。

 

「ギンガ、貴女だけでも六課に協力する事は出来ないかしら?」

「あ、それいいね。で、ヴァルキリーズにおいでよ」

 

 ウーノの告げた言葉にセインがそう続けた。それを聞いたフェイトとはやてがそれぞれに視線を合わせて頷いた。

 

「ギンガさえ良ければ、私達がナカジマ三佐に掛け合ってみるよ」

「本当ですか?」

「勿論や。怪人と初めて遭遇して、痛手を負わせたなんて大したもんやし」

「どうするの、ギン姉?」

 

 スバルの問いかけにギンガが真剣な表情で頷いたのは言うまでもない。こうしてギンガはゼスト隊への出向を終えた翌日に六課への出向が決まった。表向きは、先日の隊舎襲撃事件の関係者として捜査に協力する事となって。

 ギンガを加え、六課の戦力は強化された。だが、それでもまだ不安は尽きない。その後ウーノとドゥーエから語られた懸念。ライアーズマスクを使ったスパイ。それに全員が驚愕し、同時に納得したのだ。そして、ゼスト達はゼスト達でそれらしい事があれば連絡するとなり、三人は六課を去って行った。

 

 邪眼の襲撃を退けた六課。しかし、まだ相手には見せていない手札がある事を思い出し、改めて気持ちを引き締める。そんな中、加わる新たな力。その名はギンガ・ナカジマ。彼女を加え、六課はその力を着実に増していく。全ては、邪眼を倒すそのために……。



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六課の休日 前編

原作とはまるで違う雰囲気と流れ。ですが、あのキャラはでてくる訳で……。


「よし、今日はここまでにしよう」

「はい!」

 

 訓練場から離れた場所にある海岸。そこでRXは周囲へ特訓の終了を告げた。それにアギトが応じ、龍騎が少し疲れたように座りながら相方を務めていたクウガへ視線を向けた。

 

「やっぱクウガはいいよなぁ。棒切れだって武器に変えるんだからさ」

「でも、龍騎みたいに自分で武器を好きに出せる訳じゃないからね。どっちもどっちだよ」

「そうですね。俺達それぞれの長所を活かして、連携出来るようにしないと」

「基本格闘だけで戦える俺達と違い、龍騎は武器が必要な事が多い。だが、それはクウガやアギトも超変身後は同じ事が言える。なら、緊急時は互いの武器を貸し合ったりする事も必要だろう」

 

 そんなRXの言葉にアギトと龍騎が頷く中、クウガが少し申し訳なさそうに謝った。彼の武器は手を離した瞬間元の物へ戻ってしまう。そのため、貸したりする事は出来ないからだ。それを考えての謝罪に三人は少し苦笑する。

 別にそこまで気にする事はないと考えていたからだ。故に告げる。気にしなくていいと。逆にクウガはそれぞれの姿に対応する物さえあればいいのだからある意味では武器に困らない。時には一般的なデバイスがあれば必要な要素を全て満たす事も可能だからだ。

 

 それをRXに指摘されクウガも成程と手を打った。そんな風にライダー達が話す横では、なのは達隊長陣四人がスバル達を集めて今日の訓練結果を話していた。

 

「……で、実は今日の訓練が新しい段階へのテストも兼ねてたんだけど」

「結果は……合格だね」

 

 なのはとフェイトの言葉に四人が嬉しそうに笑みを見せ合う。怪人との戦い。ライダーからの教え。隊長達の指導。そこに、四人それぞれの努力も合わさり、スバル達は既に一線で活躍出来るような能力を身につけていた。

 それでも、なのは達が合格と認めたのはただその力が向上しただけではない。その心の強さをしっかりと見極めたからこそだ。そして、それに伴い四人のデバイスも次の段階への機能を解放する事となった。それにスバル達が表情を引き締めた。

 

 彼らからすれば、強力な力を持つという事はとても責任を伴う事なのだ。ライダー達を見ていたからこそ、新しい力を託される事の重さを知っている四人。故に、その顔に浮かぶは喜びではなく責任感だ。

 

「まぁ、お前達に言うまでもねえが、力の善悪は使う奴の心で決まる」

「それに第二段階の力は各自によって様々だ。その扱いには十分注意しろ」

「「「「はいっ!」」」」

 

 ヴィータとシグナムの言葉に四人は真剣な眼差しと声で応えた。それになのは達は笑みを浮かべる。そして、こう告げた。六課発足から今まで休暇らしい休暇はなかったので明日は四人を完全休養にすると。

 それに四人がそれぞれ嬉しそうな笑顔を見せるも、すぐにそれが曇る。それになのは達は一瞬不思議そうな表情をするも、即座にその理由へ思い当たって沈黙した。

 

「……でも、いつ邪眼が動き出すか分からないのに」

「休んでなんかいられません」

 

 スバルとティアナの言葉にエリオとキャロも頷いた。自分達の力は微々たる物でしかないかもしれないが、それでもライダーを助ける事が出来る。なら、有事に備えておくべきではないか。そう四人は考えた。

 そんな四人の思いになのは達は頼もしさと嬉しさを感じるも、だからこそ休んで欲しいと告げた。もしもの時は呼び出すし、余程がない限りライダーが四人揃っている時点で心配はいらないから。そう安心させるように。

 

「それにね、休むのもお仕事の内だよ?」

「そうだ。身体をしっかりと休めて英気を養うのも重要だ」

「それにな、お前らが先に休まないとあたしらが休みを取れねえだろうが」

「ま、まぁ、ヴィータ副隊長の言い方はともかく……みんなが休まないと私達も休めないのは分かるでしょ?」

 

 なのは達の言葉に納得し、四人は苦笑した。そして最後になのはの告げた「休める時に思いっきり休んでおいて」の一言に、四人は元気良く返事を返すのだった。

 

 その頃、ヴァルキリーズはと言えば訓練場にいた。そこで、はやて達も一緒になって訓練を行なっていたのだ。訓練場に爆音と大声が響いているのはそのため。それと共に時折はやて達の声も聞こえていた。

 

「ヴァルキリー10! それと11! ちゃんと相手の動きを見とるか? 狙いが甘くなってきとるよ!」

「すみません!」

「気をつけるッス!」

 

 トイへ牽制するための射撃を行なうディエチとウェンディ。だが、その狙いが少しずつ甘くなっている事に気付いたはやての檄が飛ぶ。それに二人が反省すると同時に声を返し、再び精度を心がけた射撃へ意識を集中する。そんな二人にはやては嬉しく思って頷くと魔法による援護砲撃を再開した。

 

 その少し前方では、シャマルがクアットロとオットーと共に中衛として前衛への指示を受け持っていたのだ。だが、そこでもシャマルの指摘が行われていた。

 

「ヴァルキリー4、それにヴァルキリー8。一旦後方へ下がるわよ。貴方達はヴァルキリーズの第二の司令塔だから前線の変化には気を配ってね」

「あら、いつの間に。下がりまぁす」

「いつの間にか前線が少し後退したのか。了解です」

 

 トイだけとはいえ二人が相手するにはやや分が悪い数がいる。そのため、シャマルは警戒をするよう呼びかけたのだ。クアットロとオットーはISによる支援のためにその場を動いていなかったのだが、前線が少し押されたために後退していた。

 それを気付かずにいたため、両者はシャマルの言葉に現状を正しく理解して後退を始めた。その前線ではノーヴェがザフィーラと共にトイを相手に奮戦していた。

 

「ヴァルキリー9、まだISや武装に頼り過ぎだ。純粋な格闘だけでも切り抜けられるようにしろ」

「くそ、了解だっ!」

 

 魔法を極力使わずに戦うザフィーラを見てノーヴェは自分の未熟さを感じると共に、それを指摘されるまで気付かなかった事に悔しさを滲ませながら答えて拳を振るう。一方、そんな二人とは違う場所ではトーレ達がリインと共に遊撃隊として動いていた。

 

「ヴァルキリー3、7、12。お前達は速度にやや重きを置き過ぎなきらいがある。状況によっては敢えて遅くした方が対応し辛い事もある事を忘れないでくれ。緩急をつけて戦う事を意識してみて欲しい」

「「「了解」」」

 

 その速度を活かして苦戦する場所や奇襲への対応をしながら動く三人。その速度へ変化をつけて相手を撹乱した方がいいとリインが告げる。それに三人は意識をしていなかったという風に感心し、頷いて返す。

 

 このようにはやて達四人を助言役として、ヴァルキリーズは指摘や注意を受けたりまたは直接指導をされていた。彼女達が相手をしているのは仮想敵として出現しているトイの集団。それだけではない。今後も現れるだろう強敵もそこにはいた。

 

「おっと! ……やっぱり速いね」

「ヴァルキリー6、気を抜くな! 後ろだ!」

「私が行くわ! はあぁぁぁぁ!」

 

 チンクの声にセインが振り向く前にギンガがドライへ向かっていく。そう、彼女達が更に相手をしているのは怪人のデータを基に再現した物。だが、さすがに何体も出現させるのは容量的にも厳しいため、こうして一体出すのが限度なのだが。

 ちなみにドライが選ばれたのは一番データ蓄積が多いため。遭遇した二回共に隊舎前で、しかも特殊能力も高速機動以外特にないと判断された。そのため、再現度も高く経験を積むには最適なのだ。

 

「ヴァルキリー2、ヴァルキリー0の支援に!」

「了解よ!」

 

 ウーノの指示にドゥーエは応じ、ピアッシングネイルを構えて走る。ギンガの攻撃をドライがかわしてその背後を突こうとしたのを見て、ドゥーエはこのままでは間に合わないと判断する。そこで彼女がとった手段は意外な事だった。

 

「このっ!」

 

 そのピアッシングネイルを伸ばしての攻撃。それがドライの背中を突くものの深手とはいかない。それでもその狙い通りの場所へ爪は刺さった。それは羽の付け根。そう、ドライの高速機動の要でもある場所への攻撃だ。

 故にドライの動きは僅かにだが鈍り、意識がギンガから僅かに逸れる。その間にギンガは体勢を整え、その場を離脱。そしてチンクがISを使ってそれを援護。すかさずセインがISを使い、ドゥーエの真下で待機する。

 

 ドゥーエが棒立ちになっているのを見てドライが襲い掛かるが、それに彼女は余裕の笑みを浮かべて手を振った。直後、その場からその姿が消え、ドライを困惑させる。その隙を突くようにギンガとチンクが動いた。

 

「ヴァルキリー5、コンビネーションバースト、行くわよ!」

「了解だ! ランブルデトネイター!」

 

 チンクの放ったスティンガーがドライの身体に突き刺さる。そして、その内一つが当たった瞬間爆発する。それによろめくドライ目指してギンガはウイングロードを疾走しながらリボルバーナックルを回転させる。

 狙うは一点。相手の身体に刺さったスティンガーのみ。そこへ全力の拳を叩き込むのだ。それは、ノーヴェがフュンフへ行なった攻撃の再現。あれをヴァルキリーズでは一種の怪人撃破攻撃として、ノーヴェとギンガ限定で行なうチンクとの連携技としたのだ。

 

「はあぁぁぁぁ……はぁっ!!」

 

 スティンガーを身体の内部へ押し込むようにギンガがその拳を叩き込む。更にそこへ零距離のリボルバーシュートを放ち、それをより確実のものとするのがギンガ流。

 その衝撃で軽くギンガとドライの距離が開く。それを見てウーノは勝利を確信すると頷いた。

 

「今よ!」

 

 ウーノの声と共にチンクがスティンガーを爆発させる。これでドライは何とか倒した。だが、休む間も無く新たに出現したフュンフを片付けるべくギンガ達は走り出す。その後、トーレ達の援護を加えてそれを撃破した所でヴァルキリーズも訓練を終えた。

 そして、ここでもはやての口からヴァルキリーズに翌日の一日自由行動を告げられ、十三人は揃ってどう過ごすかを話し出す。セインなどの行動派はクラナガンの街に出るべきと言えば、オットーなどの温和派は宿舎でノンビリするのも悪くないと答える。

 

 結局、それぞれが好きに過ごす事になり、街に行く者、六課で過ごす者、そして自主訓練に励む者と分かれる事になったのだった。

 

 

 

「じゃ、スバル達も明日はお休みなんだ」

「そうだよ。私はギン姉とチンク、ノーヴェにウェンディの五人で遊ぶ事にしたんだ」

 

 時間は夕刻。既に午後の訓練も終わり、スバルはセインと共に湯船で汗を流していた。話題はやはり翌日の休みについて。既に姉と出かける事にしていたスバルは、更に加わった三人に嬉しさを感じてご機嫌だった。

 

「あたしはさ、クア姉やディエチと一緒に映画見に行くんだ。初めてだから今から楽しみだよ」

「映画かぁ。私達はゲームセンターとかかな?」

 

 そんな風に話す二人の近くではティアナがクアットロにウェンディを交えて戦術を話し合っていた。とはいえ、内容は怪人対策ではなくライダーへの支援方法だったが。

 

「幻術だと一種の撹乱にはなるけど、所詮そこまでなのよ。手助けとは言い難いわ」

「それは私のISもよ。ま、それでも無いよりはマシでしょ」

「う~ん、あのカメレオンみたいに分身を出せればいいッスけどねぇ」

 

 ウェンディがフィーアの特殊能力を思い出してそう告げると、ティアナとクアットロが頷こうとして同時に何かに気付いたのか息を呑んだ。それは幻術とISを合わせて出来るかもしれない事を考えたのだ。そして、互いの表情からそれを相手も思いついたと察した二人は不敵な笑みを見せ合った。

 

「ね、クアットロ。何を考えたの?」

「きっと貴女と同じよ、ティアナ」

 

 そう言って、二人は呼吸を合わせるように頷き合う。視線を合わせ、同時に口を開いた。

 

「「本物のように動く幻影」」

 

 その言葉で互いに笑みを深め、聞いていたウェンディがやや不思議そうに首を傾げた。今でもそういう事が出来るのではないのかと思ったからだ。実際、クアットロのISはそういう事を実現しているのだから。

 そんな風にウェンディが考えていると、それに気付いたのだろうティアナが苦笑混じりに説明を始めた。確かにシルバーカーテンは幻影を動かす事が出来る。しかし、それはあくまで簡単な動きだけ。複雑な動きは出来ないのだ。

 

 だが、まずティアナが幻術を使い虚像を出現させる。そこにISを重ね、厚みを増して動きを与えてやるのだ。まだ発想でしかないがやってみる価値はある。そうティアナが締め括ると、クアットロも同じように考えているのか力強く頷いた。

 

 そんな風に幻惑コンビが新たな着想を得ている横で、キャロがディエチと後衛としての苦労を語り合っていた。フルバックのキャロと同じように最後衛として支援砲撃がポジションのディエチ。故に、抱く不安と目指す理想は似ているのだ。

 

「怖いのは前線を抜けてくるような怪人だね」

「それと、背後を取りそうな相手ですね」

 

 具体例として二人が思い浮かべるのはドライやフィーアだ。接近戦が不得意な二人にとって距離を詰められる事は致命的。なので、そうなる前にどう対処すればいいか。もしくはどう逃げればいいのかを述べ合う。

 そんな二人が目指したいのは緑のクウガ。鋭い感覚で相手の接近や奇襲を察知し、正確な射撃でそれを打ち抜く。キャロはフリードがいるので少し違うが、それでも憧れる戦い方ではあるのだ。

 

「どうやったらあれだけの感覚を身につけられるかな?」

「私達の場合は訓練あるのみです。せめて近づけるようにって」

「……キャロは頑張り屋さんだね」

「ディエチさんもだと思いますよ」

 

 互いに笑みを見せ合いながら二人はその後ほのぼのと翌日の事を話す。そうやってスバル達が大浴場で寛いでいる頃、休憩室には珍しい組み合わせが実現していた。

 

「……そっか。じゃ、定期的に緑になってみた方がいい?」

 

 五代の言葉にウーノとドゥーエは苦笑して首を横に振って告げる。そこまでしなくてもいい。ただ、光太郎や誰かが周囲の者に何か違和感を覚えるような事があった時だけ緑の力で観察してくれればいいと。

 その目的は敵のスパイを見つけ出す事ではなく内部の疑心暗鬼を防ぐため。故に、必要がない限りそんな事をしてくれなくていいのだと二人は口を揃えて言った。

 

 あの出張任務の翌日に話し合った事の一つであったスパイ対策。結局は光太郎の恐ろしい程の勘に頼る事になったが、それとは別にウーノ達は五代にこうして頼んでいたのだ。

 だが、それを多用して欲しくない理由は一つ。緑のクウガには欠点があるためだ。それは一定時間過ぎると二時間変身出来なくなる事。それを邪眼に知られる訳にはいかない。スパイを見つけ出すにしても、そのためにクウガの情報を与えるつもりはない。そうウーノ達は考えているからこそ、頻繁にクウガの力を使う事は望んでいなかったのだから。

 

「……だから、変身はこちらか光太郎さんが必要としたらでいいわ」

「クウガの力を頼るのは光太郎さんの勘でも分からなかった時。つまり、最後の手段にするつもりなのよ」

「……分かった。じゃ、光太郎さんやウーノさん達に希望されたら緑になればいいんだね?」

「ええ」

 

 五代の言葉にウーノが頷き、その話はそこで終わった。話題が終わったためドゥーエが次の話題として五代へ翌日の休みの事を話し出す。ティアナ達も休みになるから、きっと翔一とバイクで出かけるだろうと。

 それに五代が笑みを浮かべて、もう昼食時に翔一と約束していたと告げる。それにウーノが行動が早いと苦笑し、ドゥーエは行動的だと笑う。ちなみに明日は本当なら五代と光太郎は六課に残って仕事をし、翔一と真司が休日としての扱いになる。

 

 だが、実際には翔一を除いた三人は明日の予定を入れられている。はやて達三人と共に聖王教会へ行く。それを今日の昼食時にはやてから五代達は告げられていたのだから。

 

 ちなみに、今度なのは達が休みになった時は自身と光太郎が休み扱いになる予定なのだと五代は告げた。それにウーノとドゥーエが疑問を浮かべた。どうしてその組み合わせなのだろうと思ったのだ。それに気付き、五代は説明した。どうも、それを決めたのははやてだが提案者はなのはなのだと。

 五代がその話を昼食後に聞かされた時、そうフェイトが付け加えたのだ。その時彼女が小さく笑っていたので、五代はきっと何かあったのだろうと思ったのだが詳しく聞く事はしなかった。

 

(あの時のフェイトちゃん、どこか嬉しそうな笑顔だったもんなぁ)

 

 なのはがその隊長陣とクウガとRXの休みを合わせようと言い出した時、はやては反論したかった。それでは自分が翔一と過ごす事が出来ないと思ったからだ。しかし、それをなのはも分かっていたのだろう。どこか不満そうなはやてへこう告げたのだ。

 

―――はやてちゃんはお休みだから、翔一さんと二人でレストランアギトを切り盛りすればいいんじゃない? ほら、出来るなら翔一さんのお店を手伝いたいって言ってたでしょ。

 

 最後にリインと真司にポレポレを任せればいいと付け加えるのも忘れずに。こうしてはやては翔一と二人での食堂経営という状況を想像し、観念したように頷いたのだ。

 勿論、内心で楽しみにしている事などなのはやフェイトには分かっていたのだが。それを口に出す程二人は空気を読めない者では無かった。

 

 そしてはやては分かっていたのだ。何故なのはがそんな事を言い出したのかを。フェイトと光太郎が共に過ごせるようにするためだと。故に彼女は親友のためと思ってその提案を呑んだという訳だった。

 

「それで、ウーノさんとドゥーエさんはどうするの?」

「私はしばらく例の施設を監視しないといけないの。今週辺りに動く予定だから」

「私はエリオとキャロの保護者役よ。いらないだろうって思うんだけど、フェイトが念のためってね」

 

 ドゥーエのやや呆れた声に五代とウーノが苦笑した。ドゥーエがエリオとキャロへよくちょっかいを出している事をフェイトはたまに注意をしているのだ。それが、こういう時には頼る。それはドゥーエの事を信頼している証拠のようなものだからだ。

 

「トーレさんやセッテちゃんはまた訓練?」

「多分ね」

「オットーとディードは、朝はアイナさんの手伝いをして、後は読書して過ごすらしいわ」

「そっかぁ~。双子だけあって行動も似てるよね、オットーちゃんとディードちゃん」

 

 そんな風に三人はしばらく他愛もない話を交わし、スバル達がそこへ現れたのをキッカケに互いに風呂へと向かう。こうして休憩室は消灯まで人が絶えない。そうしてスバル達が飲み物や菓子などを手に楽しく語らいを始めた頃、デバイスルームではジェイルが一人通信を行っていた。

 

『バトルジャケットだと?』

「魔力を持たない者のためのバリアジャケットとでも言えばいいのかな。勿論それだけじゃなく攻撃面でも並の魔導師や騎士を超えるだけの力はあるよ」

 

 ジェイルはモニターに映ったレジアスと話していた。本来ならば、この話は自分達の生活を守るための交渉にするべきものだったが、状況を鑑みたジェイルは今は少しでも怪人に対抗出来る手段を構築すべきだと判断。

 そのため、レジアスへバトルジャケットのテストを頼もうと思ったのだ。魔力を持たずに実力で地上の中将まで上り詰めたレジアスならば、テストをしてもらうのにうってつけと思ったのもある。

 

『……それならばあの化物共と戦えるのか?』

「まあね。でも、現状では勝つ事は難しい。まぁ、データが蓄積されれば改良出来る。それに、今でも時間稼ぎや上手くすれば撃退ぐらいは可能なはずだ」

『そうか……いつ受け取りに行けばいい』

「いつでも。ただ、明日はやて君達は外出するらしい。だから会わずにすむのは明日ぐらいだよ」

 

 ジェイルの言葉にレジアスは小さく笑うとはっきりと告げた。自分ははやて達と会ったところで何も躊躇する事はないと。力強く断言した彼だったが、その後に声の調子を変えると続けてこう言った。

 はやて達と自分が互いへあまり良い感情を抱いていないのも事実。故に自分が協力している事は伏せておきたい。自分はあくまでも六課ではなくライダーに協力しているのだから。そうレジアスは語った。

 

 それにジェイルは内心で苦笑しながらも頷いた。そして、バトルジャケットは明日の昼前にレジアス本人が査察を兼ねて取りに来る事で決着した。

 

「色々と忙しいのではないのかい?」

『海との話し合いはグレアムとオーリスで進めている。それに、今はこの街を化物から守るための事が最優先だ』

 

 レジアスの言葉にジェイルは納得し、モニターを切った。そしてレジアスが最近目指し始めた事を思い出して小さく呟く。

 

―――しかし、陸も海もない管理局、か。彼も変わったね……

 

 あの報告を見たレジアスは怪人の脅威を認識した。娘であるオーリスからの意見もそれに拍車をかけた。今は陸だ海だと言い合っている場合ではないかもしれないと。その意見にレジアスは反論しようとしたが、目の当たりにした怪人の凶悪さや恐ろしさは確かにそう思わせるには十分だった。

 

 そのために彼はリーゼ姉妹やクロノなどを通じて邪眼の恐ろしさを知っていたグレアムと協力し、地上と本局の長きに渡る確執を取り除こうと動き出していた。

 無論、彼への反発もあった。それをレジアスはこう一喝したのだ。互いの主張を押し付け続ける事が本当に自分達の理想への道か。今は少しでも陸の安全と、そこに住む人々の暮らしを安定させるべきではないのか。どちらが重要かの主張などは後でも出来る。必要なのは、今を救う事だと。

 

 怪人との戦いによる被害。それはまだ大きく出てはいない。しかし、あのレリック輸送事件の際に出た被害はトイの仕業と認知されていた。その際、六課が提出した報告書に記載された”トイの目的はレリック”との事実。それをレジアスは持ち出し、こう告げたのだ。

 犯罪者が密かにレリックをミッドへ持ち込んだ場合、どうなるのか。それを狙うトイの出現。そして、それによるレリックの暴走。それが重なれば、どれだけの被害が出るか分からないのだから。

 

 そこにはジェイル経由でレリックが暴走すると恐ろしい事になるとレジアスが聞いた事も関係していた。あの空港火災。その原因がジェイルへ送られるはずだったレリックと聞いてレジアスは絶句したのだから。

 故に、今は海への不満や怒りを飲み込み、現状を少しでも改善する。有り得るかもしれない危機。それを未然に防ぐ事こそ自分達に与えられた仕事ではないのか。その言葉にレジアスの支持者達も反論する事なく従ったのだ。それは、レジアスが海に屈したのでも志を折った訳でもないと分かったから。

 

 レジアスは純粋に地上の平和を願い、少しでも要求を通して人々の暮らしを守ろうと考えていると彼らには伝わったのだ。そこまで考え、ジェイルはふと何かに気付いた。

 

「……まさか、彼も償おうとしているのか? 戦闘機人を望み、少なからず怪人誕生へ加担してしまった事を」

 

 そんなジェイルの呟きは誰に聞かれる事無く消えた……。

 

 

 

 夜更けの部隊長室。そこになのは達三人の姿があった。明日の事を話すために集まっていたのだ。休憩室や宿舎の自室では色々と気を遣うため、こうして人の来ない場所を選んだという訳だ。

 

「聖王教会かぁ。私は行った事ないけどどんな所?」

「そやな……まぁ、想像通り教会や。ちょう規模が大きいけどな」

「会う相手はそこにいる騎士カリム、だったよね。話自体はシグナムやクロノから何度か聞いた事があるけど、真司さんにも会いたいなんて」

 

 それぞれ手に飲み物を持ち、している話題は翌日の外出に関してだった。色々とあったが現状の報告とライダー達の紹介を兼ねて、一度六課の後見人であるカリムへ会いに行く事になったのだ。

 本当ならばライダーが誰も六課にいない状態は好ましくない。だが、つい二日前に行なったジェイル達が所持していた施設の調査。そこでの戦いでフュンフを初めとする怪人三体とマリアージュを撃破した事もあり、なのは達はこう予想した。またしばらく邪眼達の動きはないだろうと。

 

 これまでの戦闘の起きた周期を鑑みて、その予想はかなり高確率で当たると思われた。それもあってライダー四人の外出が可能となったのだ。

 

「真司さんはクロノ君の希望や。ほんまは翔にぃも連れて行きたいんやけど……」

「ティアナのため、だね。はやてちゃん、おっとなぁ」

 

 翔一といつか一緒にツーリングをしたい。そんな約束を交わしていたティアナ。それを叶えさせてやるため、はやては敢えて翔一を連れて行く事を止めた。そこには、ティアナの立場が昔の自身とだぶった事が関係している。

 加えて彼女にはあの幼い頃の日々と思い出がある。ならば、ティアナへ翔一との思い出を作らせてやっても構わない。そんな風に思い、はやては大人の女になる事にしたのだ。本音を言えばやはり一緒に来て欲しいと思ってはいたが。

 

「そや。わたしは大人になったんや」

「はやて、若干無理してるような気が……」

「フェイトちゃん、それは思っても口にしたら駄目だよ」

「……そういえばグリフィス君がわたしらがおらんとデスクワークが大変や言うとったな。フェイトちゃんは、残ってその手伝いでもしてもらおか。なのはちゃんと光太郎さん達だけ連れてこ」

「は、はやて!?」

 

 フェイトの言葉にややムッとした表情になり、はやては両目を閉じてそう冷酷に告げた。それにフェイトが若干慌てる。すると、それを聞いてはやては片目を開けて視線をフェイトへ向けた。

 

「何や?」

「……ごめんなさい。謝るから私も連れて行ってください」

 

 その申し訳なさそうな声にはやては満足そうに頷いた。なのははそんなはやてを見て苦笑い。実にはやてらしいと思ったのだ。フェイトの気持ちを察しながらそれを応援しているにも関らずこういう手段を取る事が。

 フェイトははやてが許してくれた事に安堵の表情だが、なのはには分かる。そこには光太郎と離れる事を回避出来た事への安堵もあると。最近光太郎がフェイトと距離を置くようになったとなのはもはやても気付いている。その原因が何かは明確には知らない。しかし、確実に光太郎が改造人間である事が関っているのは間違いないとそう二人は判断していた。

 

 フェイトも光太郎が距離を置くようになったのは感じ取っていたが、それをどうこう言う事は無かった。最初は自分が何かしたのだろうかと悩んでいたが、エリオが何かをフェイトへ告げた後は違う事で悩むようになったのだから。

 今、フェイトはどうすれば光太郎との距離を縮める事が出来るかを真剣に考えている。なのはも何度か相談を受けたのだ。その度に結論として出たのは、ちゃんと自分の気持ちと向き合うしかないというものだったが。

 

(でも、フェイトちゃんはまだそれが出来ないんだよね……こう考えると私も結構鈍感だったんだなぁ)

 

 そこで自分へ想いを伝えてくれた相手を思い出し、なのはは少しだけ頬を赤めた。それだけ自分を愛し、その気持ちを伝えて気付かせてくれたのと改めて感じたからだ。幸せ者だなと思いつつ、なのははいつものような雰囲気に戻って話すフェイトとはやてを見て嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。

 

 一方、男湯では遅めの風呂に浸かりながら光太郎から昔の話を聞く真司の姿があった。決め技や戦った怪人の事など実に多岐に渡る話をしてもらっていたのだ。それは、彼が書いている管理世界の本とは別の物を書くための取材。仮面ライダーの事をある程度書き綴り、自分の世界へ戻った際の説明材料などにしようと考えたのだ。

 

「へぇ、昔はライダーキックって言ってたんですか」

「ああ。BLACKだった頃はそうだね。RXになった時、蹴り方も変えたから名前も変えたんだよ」

 

 そんな話を横で聞きながら翔一とエリオは興味深そうに頷いていた。

 

「なら俺も今度から蹴る時はそう言います。五代さんも、そう叫んで蹴ったら心なしか威力が上がった気がするって言ってましたし」

「じゃ、俺もライダーキックって言おうかな。それにその方がこう、俺もライダーだって気持ちを強く持てそうだし」

「いいんじゃないかな。怪人を倒したい、みんなを守りたいと思う気持ちがそこに込めてあれば」

 

 光太郎がそう締め括ると、エリオが何かを呟いてから三人へこんな事を問いかけた。

 

「なら、変身ってどんな気持ちで言ってるんですか?」

 

 その質問に三人は揃って呆気に取られ、それから思い思いに悩み出す。実を言えばそこまで彼らに深い考えや気持ちはない。いや、決まった気持ちはと言うべきだろう。ある時は怪人への怒り。ある時は戦う決意。またある時は誰かを守るためや助けたいとの思いなのだから。

 そして、その質問に対して真っ先に答えたのは真司。基本的にモンスターを倒すためにしか変身しない彼にとって、龍騎になる時の気持ちは全て根底は同じだからだ。もう誰も犠牲にさせない。そんな思いで変身していると真司は告げた。

 

 それに翔一も続く。自分も今は誰も悲しまずに済むようにと思って変身していると。アギトの力は守る力。全ての人を守り、助けるためにある。そう思っているから。そう翔一は言い切った。

 しかし、光太郎だけは答えが出てこなかった。それは、ある意味当然とも言える。彼は二人と違い、ある意味では同胞とも言える相手と戦ってきた。確かに怪人や怪魔界の者達は人の心を持たぬ存在だ。怪物という表現がぴったりくる相手だったが、それだからこそ思うのだ。彼らは、脳改造までされた自分の成れの果てではないかと。

 

(俺も下手をすればシャドームーンのようになっていた。秋月の小父さんが助けてくれなかったら、俺も……)

 

 幸運が重なって仮面ライダーとなった光太郎。変身とは、二人とは違い別の姿になるのではなく自分の本当の姿へ変わる事を意味する。故に、そこに込める気持ちは複雑だ。光太郎自身は、今の姿こそ自分の本当の姿と思っている。しかし、どこかでこうも思うのだ。本当の南光太郎は、あの十九歳の誕生日の夜に死んでしまったのだとも。

 

 あの夜、自分は南光太郎ではなく仮面ライダーBLACKへ生まれ変わった。だから、変身とは光太郎にとって決意でも覚悟でもなくライダーとして戦うとの宣言。そう、あの日クモ怪人達を前に自分の意志で変身をした時から彼は誓ったのだ。人知れず人のために戦う事を。見つけたのだ。それが、俺の青春だと。

 

「……俺は、意思表示だね。ライダーへ変わるための」

「そうなんですか」

 

 エリオのどこか意外そうな声に光太郎は頷き、少しだけ懐かしむように笑みを浮かべた。エリオはその笑みに悲しみと決意を見た気がして何も言えなくなった。しかし、光太郎の隣へ静かに近付き、こう小さく告げた。

 

―――僕は、大きくなったら光太郎さんを追い駆けます。例えどこかにいなくなっても絶対捜してみせます。今は見つめる事しか出来なくても、平和のために戦う事を仮面ライダーだけに任せませんから。

 

 その言葉に光太郎は何かを言おうとして―――止めた。エリオの人生はエリオが決めるべきだと思っただけではない。嬉しかったのだ。辛く険しく苦い道。それを追い駆けようとしてくれるその気持ちが。

 実際に歩んでくれずともいい。そう思ってくれただけでも光太郎には何にも負けない励まし。一人じゃないとあの日すずかに言われた言葉を思い出し、光太郎は思う。

 

(この世界は優しい場所だ。どこにも愛が溢れている……)

 

 心からそう思い、光太郎は優しい笑みを見せる。それにエリオも嬉しそうに笑みを返して頷いた。そんな二人を見つめて翔一と真司も笑顔を浮かべた。自分達が守りたいものはこういう光景なのだと、改めて感じながら。

 

 

 

 その日の宿舎前はいつもとは違う賑わいを見せていた。スバルとウェンディが楽しげに談笑する横で、ギンガとチンクがそれを見つめ微笑んでいる。四人はノーヴェを待っているのだ。彼女は寝坊したため、現在急いで身支度を整えている。

 そこから少し離れた場所では、ビートチェイサーに乗って今か今かと翔一を待つティアナの姿がある。翔一が自分のバイクの点検をしてからと言い出し、現在格納庫で点検中のためだ。ビートチェイサーは前もって彼女自身が昨日の内にヴァイスや光太郎に手伝ってもらいながら整備などを終えていた。

 

 エリオとキャロはドゥーエから互いの手を繋いで歩くようにと厳命されていた。クラナガンの街は人が多い。そのため、はぐれないよう気をつけなさいと。彼女は二人の後ろをついていくように歩くがあまり邪魔するつもりはないと告げ、その意味合いを理解したのかエリオが多少慌てていた。

 そんな光景を眺め、柔らかく微笑むなのはとフェイト。はやては部隊長室で仕事をある程度片付けている。グリフィス達への負担を少しでも軽くしようとしているのだ。故に二人も見送りが終わり次第、時間まで少しでもデスクワークを片付けるつもりだった。

 

「じゃあフェイト、行ってくるわ」

「うん。二人をよろしくね、ドゥーエ」

「行ってきます」

「お茶菓子でも買って帰りますから」

 

 フェイトへ手を振ってエリオとキャロは仲良く手を繋いで歩き出す。その姿が兄妹のようにも幼い恋人にも見えてフェイトは嬉しそうに微笑んだ。それと同時に離れた所からバイクの排気音が聞こえてくる。それに即座に反応したのはティアナだ。

 

「やっと来た。翔一さん、おそ~いっ!」

 

 格納庫から宿舎目指して走ってくるバイクを見てティアナがどこか嬉しそうにそう叫ぶ。それを周囲が聞いて苦笑した。どう聞いても怒っていないのは明白だからだろう。そんな周囲の反応に構わず、ティアナはヘルメットのバイザーを戻していつでも走り出せるようにして翔一を見つめた。

 

「ゴメン! お詫びに今日のお昼は奢るから」

「当然。さ、じゃ行きましょ」

 

 どこから聞いても恋人のようなやり取りにしか聞こえない会話だが、それを誰かが指摘する暇も与えず二人はなのは達へ手を振ってそのままバイクで走り去った。目指す場所はあの時行った公園だ。それをスバル達が見送ったところでノーヴェがようやく姿を見せた。

 スバルの服を借り、上は赤いTシャツで下は白のハーフパンツという格好だ。そう、ヴァルキリーズは普段着をラボに置き去りにしたため、六課の者達で体型が近い者などから服をある程度貸してもらうしかないのだ。幸い普段着を着る事などは滅多にないのでそこまで困らなかったが、今日は全員が休日のためにアルトやルキノなども彼女達へ適当な服を貸していた。

 

 ちなみにスバルはある時を境に赤の色を好むようになった。その原因は語るまでもないが、ノーヴェは髪の色が赤なので余計に似合う印象があった。

 

「悪い。遅くなった」

「気にしないでいいよ。ギン姉、ノーヴェ来たからもう行こっか」

「そうね」

 

 こうしてスバル達もなのは達へ手を振って動き出す。それを最後に宿舎前はいつもの静けさを取り戻した。それに一抹の寂しさを感じながらもなのはとフェイトは隊舎向かって歩き出す。すると、フェイトがこんな事を言い出した。

 

「……何か、大家族みたいだね」

「にゃはは、それじゃ……長女は誰?」

「う~ん……ウーノかな」

「長男は光太郎さんかザフィーラだね」

「真司さんは?」

「エリオがいるし末っ子ではないけど……」

 

 互いに笑みを浮かべてくだらない事を話題にしながら二人は歩く。せめて今日は何もなく平和で過ぎていきますようにと、そう心から願いながら。

 

 その頃、スバル達よりも先に動き出していたセイン達は到着した二度目のクラナガンの街を懐かしく眺めていた。

 

「いや、ある意味変わってないね」

「そうねぇ。でも、あの時はあの場所がブティックだったわよ?」

「そうなんだ。クア姉って記憶力いいね」

 

 ディエチが感心したように告げるとクアットロが当然というように胸を張った。それにセインが小さく笑みを浮かべる。クアットロは普段姉らしく行動している。後発組から頼られる事も少なくないからなのだが、今日のような姉らしくある必要が少ない場合はこのようなふざける一面も見られるのだ。

 セインとしてはそんなクアットロが大好きなので、今日のような状況はとても喜ばしく思っていた。そんな和やかな雰囲気のまま三人は映画館へ向かう。まだ上映時間には早いのでそこで上映されている物から何を見るかを決める事となった。

 

「サスペンスホラーなんていいんじゃない?」

「あたしアクション!」

「……ら、ラブストーリーは駄目かな?」

 

 しかし当然のように見事に好みが分かれ意見がバラバラだった。結局、上映時間を逆算し最初にディエチの希望を叶えてからセイン、クアットロの順になった。実は効率を考えて無駄無く見るなら、クアットロの映画を最初に見る方が良かった。しかし、妹達の方を優先させてやろうと考えたクアットロが順番を敢えてそうしたのだった。

 無論、それをセインとディエチは気付かない。クアットロが二人に先んじて提案したためだ。こうして上映時間まで三人は近くを適当に見て歩く事にする。あの平和だった頃に戻った気になり、彼女達は知らず笑顔が増えたのは言うまでもない。

 

 

 

 光太郎運転の車で五代達はベルカ自治区にある聖王教会へやってきていた。真司や五代はその景観にやや感動していた。ヨーロッパなどにある大聖堂を思わせたからだろう。長い歴史があるはずと五代が言えば真司もそれに同意し、作りが地球の方と似てますとどこか嬉しそうに返す。

 そんな二人を見てはやては笑い、なのはとフェイトは聞いてはいたのか二人よりも感動は薄い。光太郎は周囲の人々を見て平和で穏やかな雰囲気を感じ取り、笑みを浮かべていた。

 

 そうやって少しの間周囲を眺めさせていたはやてだったが、時間もあるのでと五代達に告げて動き出す。そして、少し歩くと入口の扉の前で一人の女性が立っていた。

 

「お待ちしていました、騎士はやて。そして、皆さん」

「お久しぶりです、シスター。こちらはカリムの秘書もしてるシャッハ・ヌエラさんや」

 

 はやての紹介にシャッハは軽く頭を下げる。それに五代達も会釈を返し自己紹介。五代と真司だけは名刺を取り出してシャッハに驚かれる一幕もあった。

 

「では、こちらへ。騎士カリムとクロノ提督がお待ちです」

 

 先導するように歩き出すシャッハ。その後ろをついて行きながら、真司は五代へ彼女が挙げた二人の人物について尋ねた。五代はクロノは知っているもののカリムは知らないため答えられないため、彼にそう申し訳なさそうに告げる。それは光太郎も同様だ。

 そんな三人へフェイトが笑みを浮かべて言った。六課でカリムの事を話せる程知っているのははやて達八神家だけだと。そんな話をしている間に五代達は一つの扉の前で止まった。いや、正確にはシャッハが足を止めたのだ。

 

「騎士カリム、騎士はやてとご友人方をお連れしました」

「入ってもらって」

 

 数回扉をノックし掛けた声に涼やかな声が返ってくる。それを聞いて真司が直感で美人だと思い、その旨を五代に告げる。それに五代もそうかもと応じ、光太郎が苦笑した。なのはとフェイトもそれを聞いて苦笑していたからだ。

 一人はやては思わせぶりな笑みを見せてどうだろうと告げる。そんな六人を見てシャッハはどこか意外そうな表情を浮かべていた。彼女ははやての事をよく知っている。だが、なのはとフェイトに関しては世間一般と同じ程度の感覚しかない。

 

 故に、二人が年相応に振舞っているのが新鮮に映った。それと、五代の雰囲気や真司の雰囲気にどこか翔一にも似たものを感じたため余計にそう顔に出たのだ。

 

「ま、とりあえず入ろか」

「そうだね」

 

 はやての言葉になのはが頷き、六人は部屋の中へと足を踏み入れる。シャッハはお茶の用意をするのでと告げると一旦下がった。室内に入った五代達が見たのは落ち着いた雰囲気の家具とテーブルに着く美しい金髪の女性。そしてクロノの姿だった。

 

「ようこそ、聖王教会へ。私はカリム・グラシアと申します。以後、お見知りおきを」

 

 カリムの自己紹介に五代達五人がそれぞれ自己紹介をして視線を隣へ移す。クロノはそれに軽い笑みを浮かべて応えるが、真司だけは初対面のために簡単な自己紹介をした。

 そして、それぞれが席に着いて話し出そうとした瞬間、フェイトがクロノへ少しからかうように告げた。

 

「久しぶりだね、お義兄ちゃん」

「……その呼び方は止めてくれと言っただろ」

「あ、クロノ君照れてる」

「俺はいいと思うけどなぁ。何が嫌なの?」

 

 クロノの恥ずかしがるような反応になのはと五代がそう返す。それとは別に真司は光太郎からクロノとフェイトの関係を教えられその反応に納得していた。きっとクロノが照れているのは呼ばれ慣れていないからだろうと。

 彼も最初はセイン達から兄と呼ばれ戸惑ったが今はもうそれが普通になっている。その体験談を真司が話すとクロノはやや驚いたようだったが、何かに気付いて頷いた。

 

「そうか。君も仮面ライダーだったな。五代や津上と同じか」

「え? 俺と五代さん達が同じ?」

 

 クロノの言葉に疑問を浮かべる真司だったが、聞いていたなのは達はどこか納得したように声を漏らした。

 

「つまり、自然体だと言う事だ。変にキバったりせず、ありのままに受け止める事が出来るんだろう。いや、尊敬するよ」

「そんなんでもないと思うけど……誉めてもらえるのは嬉しいな」

「翔一さんもそんな感じでしたね。しかし……」

 

 真司の反応に微笑みを浮かべるカリムだったが、改めて五代達三人を見つめて頷いた。そう、翔一と同じような空気感を感じるのだ。まるで同じような何かを秘めているような。

 それは、きっと仮面ライダーとしての力だろうとカリムは結論付け一人納得する。そして、はやてから現状を詳しく説明してもらう事にした。邪眼の目的とその手駒。狙っている行動時期とその理由。それら全てを語ってもらおうと。

 

 しかし、その前にはやてはカリムへある事を頼んだ。それはあの予言を五代達にも聞いてもらいたいとの提案。そこから自分達では分からない事も分かるかもしれないからと。それにカリムも頷き、視線でクロノへある事を頼む。

 それはカーテンを閉める事。予言の準備だ。とはいえ、もう今年の予言は行なわれているためそれを出現させる事しか出来ない。だが、それでも念には念をとの処置だった。

 

「……これがその予言です。良く当たる占い程度のはずですが、今回はどうやら確定と言っても良さそうですね」

 

 カリムが見せたそれが知っている文字である事に気付いた五代は若干嬉しそうに笑う。

 

「これ、古代ベルカ文字って奴ですよね?」

「はい。私のレアスキル”プロフェーティン・シュリフテン”は失われてしまった古代ベルカの力なのです」

 

 五代はユーノとの付き合いで少しだけだがベルカの事も学んだ。ミッド文字もベルカ文字も大元は同じだったようだが、ユーノ曰く細部が違うらしいのだ。しかし、五代にはその違いが今一つ分からなかったという苦めの思い出がある。

 なのは達も少し睨むように見つめていたがやはり読めるはずもなく断念。そこでカリムが翻訳した物を読み出した。それを聞いて五代は思わず息を呑む事となる。

 

 旧き結晶を使い、悪しき世を創ろうとする眼。そが操るは死者の列と物言わぬモノ。

 闇の覚醒がもたらすその力の前に、焼け墜ちる法の船。

 死者の列は群を成し、死人を喰らいて増え続ける。冥府を司る者求め、彼らは行く。

 そして古の王甦り、影と闇を争わす。しかし闇深く、甦る王を包まんとす。戦士、闇に立ち向かいそれを救わん。だが、それこそ闇の始まりなり。

 闇に汚れし仮面で哀しみを隠す戦士。太陽と進化の輝き合わさりし時、龍騎士の咆哮が聖なる泉を呼び戻す。

 

「……翻訳が完全ではない部分もありますが、こんな感じの文章になるはずです」

 

 カリムがそう告げると、ある事に気付いて光太郎が真っ先に視線を五代に向けた。

 

「五代さん、この最後の部分はあの姿を指してるんじゃ?」

「……多分、そうですね。そっか……そうなるのか、俺」

 

 五代が何かを思い出し何とも言えない表情になったのを見てなのは達が不思議に思う。予言の何が五代を反応させたのかが今一つ分からなかったのだ。そんななのは達へ、五代はゆっくりとある言葉を告げる。

 それは、彼にとって忘れる事の出来ない言葉。そして、決してあってはならない状況。たった一度だけ、五代雄介が自分を見失った時になりかかった恐ろしい存在への警告。

 

「聖なる泉枯れ果てし時、凄まじき戦士雷の如く出で、太陽は……闇に、葬られん」

 

 その言葉になのは達は驚愕する。その冒頭の単語が予言にそのまま出てくるからだ。更に続けられた内容もあまり良い物ではない。はやては凄まじき戦士の事を聞いていたが、その聖なる泉との単語は知らない。

 そのため、誰もが五代へその言葉の意味を教えて欲しいと視線で訴える。それに五代は静かに息を吐いて語り出した。あの黒の四本角のクウガの事を。究極の闇をもたらす忌わしき姿の事を。

 

 その頃、ミッドチルダ某所にある違法研究施設から一台の車両がある場所目指して動き出した。その積荷には幼い少女が入ったポッドと鎖で繋がれたケースが二つ混ざっている。向かう先は、ベルカ自治区にあるジェイルラボ。

 だが、その動きを監視する物がある。それはその施設に備えつけてある監視カメラ。それをウーノがISで管理下に置いていたのだ。即座に施設のコンピューターにハッキングをし、その車両が例の聖王のコピーを運んでいると分かるや否やウーノは隊舎で仕事をしていたシグナム達へ連絡した。

 

 まだこの時は誰も知らなかった。既にその車両へトイが向かっていようとは……。



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六課の休日 後編

色々と今後の伏線が張られる話。そして遂にあの子が六課へ来ます。


 異様な息苦しさか室内を覆っていた。その原因は五代の語った話。ゴ・ジャラジ・ダとの戦いで垣間見た黒い目のクウガ。そのキッカケの緑川高校の事件も語り、その痛ましい内容になのは達だけでなくゴルゴムなどの非道な作戦を知っている光太郎さえ言葉を無くしていた。

 語っている間、五代もその時の事を思い出したのかその拳を握り締めていたのがその証拠。多くの未確認と戦った五代が唯一憎しみに囚われかかった戦い。それが、そのジャラジとの戦いだったのだから。

 

 息苦しいと感じたからかクロノが立ち上がってカーテンと共に窓を開けた。そこから入る風が全員の表情を少しだけ和らげる。

 

「……聖なる泉は優しい心って意味で、それが枯れるって事は憎しみに心が支配されているって事なんだ」

 

 五代が最後として告げた言葉に全員が理解した。優しさを無くす時、クウガは仮面ライダーではなく怪人となってしまう。そういう意味だろうと誰もが納得する。そして、ややあってから真司がふと不思議に思った。

 聖なる泉を取り戻すと予言ではなっている。しかも、それにはRXやアギトだけでなく龍騎士。つまり自身も要因の一つと考えた。となれば、まず疑問なのは五代が憎しみに囚われるのだろう理由。正直、真司には五代が誰かに憎しみを抱くなどとは思えなかったのだ。例え邪眼がどれ程卑劣な事をしたとしても、五代は憎しみではなくみんなの笑顔のために戦うだろうと。

 

「大丈夫! 五代さんが凄まじき戦士にならないように私達が支えます」

 

 そんな事を真司が考えているとなのはがはっきりとそう告げた。その表情はとても優しい笑顔。そして、見せるサムズアップ。なのはは告げる。力では及ばない自分達でも心ならば五代達と並ぶ事が出来る。なのははそう言ってフェイトとはやてを見た。それに二人も頷き、笑顔を見せる。

 決して憎しみに囚われないように、優しさを失わないようにしてみせると。どんな時でも、五代をいつもの五代でいられるように頑張るから。そんな風にフェイトとはやても力強く告げたのだ。それを聞いて黙っているようなクロノではない。

 

「五代、なのは達だけじゃない。僕やユーノ、アリアにロッテだっている。それに六課の仲間と仮面ライダーが三人もいるじゃないか。予言なんか気にするな。そんな忌まわしいさだめの鎖から解き放ってみせるさ」

「クロノ提督の言う通りです。予言はあくまで予言。それが的中したとしても、少しでもよりよい結果を望むならば必ずや最後には希望を掴み取るはずです。私は、五代さんも皆さんもそういう強さの持ち主だと信じています」

 

 告げられたクロノとカリムの励ましに五代は心から嬉しく思い、全員へサムズアップを返す。それになのは達もサムズアップを返して全員が笑顔になる。そこへシャッハがお茶の用意を整えて姿を見せた事で完全に空気は明るいものへと変わるのだった。

 

 一方、同じベルカ自治区で事件が起きようとしていた。例の聖王のコピーを運んでいたトラックを追い駆けてシグナムとヴィータが動いていたのだ。

 

「ウーノの報告ではこの辺りのはずだ」

「でもよ、それらしいのは少しも……」

 

 ベルカ自治区へ続く道。その上空を飛行しながら二人は周囲を見回していた。ウーノから告げられた聖王のコピーを運んでいる車両。それを見つけ、確保するためだ。しかし、先程から一向にその姿が見えない。

 それに二人は若干の焦りを見せていた。どこかで行き違ったのか。或いは別のルートを選んだのかもしれない。そんな不安を感じながら二人はウーノの言葉を信じて捜し続けていた。そんな時、シグナムの視界にあるものが映る。

 

「あれは……トンネルか。ヴィータ、私が見てくる。お前は万が一に備えて待機していてくれ」

「おう」

 

 トンネル内で何かトラブルが起きて停車している可能性もないとは言い切れない。そう判断したシグナムはヴィータへそう告げると一人トンネルへと降りていく。そして、そこでシグナムは見たのだ。横転するトラックと数機のトイを。

 即座にレヴァンテインを構え、トイへ立ち向かうシグナム。同時に念話でヴィータを呼ぶのも忘れない。いくらトイが数機とはいえ油断してはいけないと思ったからだ。AMFはベルカの騎士たるシグナムにはさして脅威ではない。それでも、獅子は兎を倒すにも全力を尽くすとばかりにシグナムは念には念を入れたのだ。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 まずは手近な一機をその剣撃で沈黙させる。ジェイルによってレヴァンテインの強度が増した事もあり、トイはそれだけで動かなくなった。それに手応えを感じる彼女へ残るトイが攻撃するも、それを危なげなくかわしてシグナムはそれらへ肉迫する。

 そのまま駆け抜けるようにトイの間を走り抜け、一機を撃破しつつ反撃に備え体の向きを変える。だが、それはもう必要なかった。何故ならばそこには頼もしい仲間であり家族の姿があったのだ。

 

「すまんな、ヴィータ。助かった」

 

 ヴィータは残ったトイをグラーフアイゼンで叩き潰して佇んでいた。それに笑みを浮かべシグナムが礼を述べると彼女はやや照れたように顔を背ける。

 

「別に必要ねーとも思ったけどな。で、トラックの積荷は?」

「これからだ」

 

 二人は横転するトラックの荷台の中を確認するべく近付いていく。そして、その中を見て言葉を失った。そこには割れたガラスのような破片とポッドがあるだけだったのだ。そこにいるはずの存在が綺麗にいなくなっていた。

 それに二人は不味い事になったと理解。すぐにウーノとロングアーチへ連絡を入れつつその周囲を調べ始める。するとすぐにヴィータがあるものを見つけたのだ。それは下水道への入口。しかもそこへ何か硬い物を引き摺ったような後が続いていた。

 

「あたしはここから追い駆ける」

「分かった。私は、念のため付近の捜索を続けよう」

 

 頷き合って二人は別れた。シグナムはロングアーチの指示を受けながら、ヴィータはウーノの案内を聞きながら動き出す。共に早く見つけないと危険だと判断しながら。そう、トイが襲撃した事から二人はある推測を立てていた。

 それは例のコピーがレリックを持っているのではないかという事。残っていた痕跡。あれがレリックの入ったケースか何かだとすれば、またトイがコピーを襲うかもしれない。そんな危機感を胸に二人は捜索に乗り出す。無事であってくれと願いながら……。

 

 

 

「えへへ、やっぱこれだよ」

「そんなに乗せられる物なんだな、アイスって」

 

 満面の笑みでアイスを手にするスバル。その数、何と六段。しかもそれを両手に持っているのだから大したものだ。ノーヴェはトリプルなのだが、それが可愛く見えるような光景だ。チンクとギンガはダブルで、ウェンディはダブルとシングルの両手持ち。

 そこから考えてもスバルのアイスがいかに常識外れか分かろうというものだ。彼女達は、まずはアイスを食べたいとのスバルの提案に乗ってこうしてアイスを購入したのだが、その後の行動を決めかねていた。

 

 というのも、スバルとウェンディはこの後の行き先をゲームセンターにする事で合意した。しかし、意外にもノーヴェが服を見たいと言っていたためだ。それを受けてギンガとチンクは別れて行動しようと告げたのだが、それには三人揃って拒否を示した事が更なる混迷を生んだ。

 折角の外出。初めての休日。それを五人で過ごす。それ自体はスバル達三人に共通する気持ちだったために。なので、とりあえずはアイスを食べながら考えるとなり、五人は揃って店先に用意されていた簡易椅子へ座った。

 

「いや、初めて二段重ねのアイスを食べるッスけど不思議なもんッスね。落ちないかどうか不安になりながら食べるっていうのは」

「余程うっかりしない限りは大丈夫よ」

「しかし、色々な味があるのだな。少々驚いた」

 

 笑みを浮かべながら告げるウェンディへギンガはそう笑顔で答える。昔は彼女もそう思っていた事を思い出して。チンクは店頭での光景を思い出して微笑む。彼女が知る味の倍を超える数の種類があり、それを見ているだけで正直楽しくなってしまったのだ。

 故に本来一つで済まそうと思ったアイスが二段になったという訳だ。そんなチンクの言葉を聞いてノーヴェが同調するように口を開く。自分も迷ったと。だから彼女も三段にしてしまったのだ。上からストロベリー、ミルク、メロンという選択のノーヴェ。対するチンクはチョコミントにバニラだ。

 

「ね、この後の事だけどさ。まずは服を見に行こう。で、その後でゲームセンターってのはどうかな? ゲーム機は無くならないけど服は無くなるからね」

 

 スバルが手にしたアイスを舐めながら笑顔でそう提案した。それにノーヴェがやや嬉しそうに笑みを見せる。ウェンディはその言葉にそれもそうかと納得し、ギンガとチンクは微笑みと共に同意した。

 そして決まったのなら善は急げとばかりにスバルが立ち上がり動き出す。それにやや慌てるようにノーヴェも立ち上がって後を追う。ウェンディもそれに続けとばかりに歩き出し、それにギンガとチンクは苦笑しながら立ち上がる。

 

「で、スバル? 行くお店は決まってるの?」

「えへへ、実は特になかったり」

「アタシはギンガのオススメがあればそこがいいッス。あ、スバルのでもいいッスけど可愛い服のお店で頼むッスよ」

「アタシは動き易い服が置いてあればいいけどな」

「道行く店々を軽く覗いていけばいいではないか」

 

 そんな風に賑やかに話しながら歩く五人。そこから通りを三本隔てた通りをエリオとキャロがドゥーエに案内されるように歩いていた。

 

「……で、ここは……前は喫茶店だったかしら」

「そうなんだぁ。でも、ドゥーエさんってクラナガンに詳しいんですね」

「まあね」

「あ、そういえば昔住んでいたとか」

 

 エリオの言葉にドゥーエは頷いて笑う。もうあれからどれだけ経ったのかと思ったのだ。レジアスの秘書として潜入し、最高評議会への接触を窺っていたあの頃。もう、それがはるか昔の事に思え、ドゥーエは時の流れに思いを馳せる。

 もし真司がいなければ未だに彼女は地上本部にいて、最悪六課の敵になっていただろう。今は愛しい弟と妹のように接している二人の少年少女にさえ、敵意や殺意を向けたかもしれない。そう考えてドゥーエは小さく苦笑した。

 

 有り得なかった事を考えても仕方ないと結論付けたのだ。そんなドゥーエの反応にエリオとキャロは不思議そうな表情を見せる。二人には彼女が何を理由に苦笑したのか分からないために。すると、そんな彼らに気付いてドゥーエが少し馬鹿な事を考えたと答えると、その背中を押すように歩き出した。

 そして歩きながらラボでの日々を話し出す。それにエリオもキャロも笑ったり驚いたりしながら笑みを見せる。そんな風に楽しく過ごしていた三人だったが、突然エリオが足を止めた。それにキャロが不思議そうに小さく首を傾げる。だが、ドゥーエはその意味に気付いて同じように足を止めていた。

 

「……ドゥーエさん」

「ええ、間違いないわ。下からね」

 

 エリオは自然保護隊での日々で培った聴覚で、ドゥーエは戦闘機人としての能力でそれぞれ足元から聞こえる僅かな音を感じ取っていた。そして、それを念のため確認するようにエリオが耳を地面に当てる。

 そして立ち上がると彼は真剣な眼差しでドゥーエを見つめた。それが意味する事を察し、ドゥーエはキャロへ視線を向ける。その視線の質が真剣なものだと分かるや否や彼女も同じく真剣な表情へ変わった。そうして三人は近くの下水道への入口を探し、その重い蓋をエリオとドゥーエが開ける。

 

 音の正体を確かめようと彼らはすぐにそこから地下へ降りようとした。だが……

 

「えっ……」

「女の子……?」

「みたいね」

 

 そこから幼い少女が姿を見せたのだ。着ている服はボロボロで衰弱しているように見える存在が。すると少女は三人の姿を見て安心したのだろうか気を失った。慌ててその少女を支えるドゥーエ。エリオとキャロはそんな痛ましい姿にやや悲しそうな顔を見せるも、その少女の足元に気付いて軽い驚きを見せた。

 そこには鎖で繋がれたケースが一つあり、更に鎖の先端が不自然な切れ方をしていたのだ。まるでもう一つ同じようなケースが繋がっていたように。

 

「これ……もう一つあったみたいだけど、何のケースかな?」

「……分からない。ドゥーエさん、その子を頼んでいいですか? 僕らは念のために地下の様子を見て来ます」

 

 直感でケースの中身と少女の正体を悟ったエリオは事態を重く見た。その判断から出た言葉にドゥーエは少女から視線を彼へ移し、鋭く告げた。

 

「待ちなさい。まずは連絡よ。それと、この子は三人で見るべきね」

 

 その理由が分からないキャロへドゥーエが告げたのは、一瞬だが見えた少女の瞳の色合い。そう、両目が異なる色をしていたのだ。それは文献に残る聖王の特徴と同じ。更にその格好も現れた場所も尋常ではない。そのため、ドゥーエは下手をすると邪眼が動いている可能性もあると指摘。なので、今は下手に動かず待機するべきだと締め括った。

 それにエリオはやはりと納得し、下水道の探索を一旦中止する。キャロは直ちに六課へ連絡を入れてヘリと他の者の応援を待つと共に、残ったケースを慎重に調べた。結果、レリックが入っていると判明。そこへロングアーチからシグナム達が見つけたトラックの情報が入り、少女が聖王のコピーである事が確定した。

 

 そのまま待つ事数分で近くにいたスバル達がそこへ駆けつけた。トイが下水道から侵入してくる可能性があるため、少女をそのまま三人が守り、五人が残ったケースの探索とトイの撃破をする事になった。

 デバイスを起動させるスバルとギンガに対し、ノーヴェ達は若干不安があった。素手でも戦えるノーヴェやスティンガーを常に隠し持っているチンクと違い、ライディングボードで戦うウェンディは特にだ。そのため、ドゥーエは彼女へ自分のピアッシングネイルを手渡した。

 

「何でドゥーエ姉はこれを持ってるんッスか?」

「街だと何があるか分からないでしょ? そんな時に二人を守るためよ」

 

 冗談めかしてウインクと共に告げるドゥーエに全員が苦笑した。何も起きなくてよかったとエリオとキャロが言えば、スバル達もまったくだと頷いて。そして五人は次々と下水道へ降りていく。それを見送り、キャロは五人の無事を、エリオはヘリが到着次第追い駆けようと準備をし、ドゥーエは抱き抱えた少女を見つめて思う。

 

(ここまで一人で頑張ったのね。……ごめんなさいね。私が貴女を苦しめたようなものよ。だから、せめてこれからは守り抜いてみせるわ。命に代えても、ね)

 

 優しく前髪を撫で上げ、ドゥーエは視線を空へと向けた。遠くから聞こえてくるヘリの音。それに真剣な眼差しを向けながら。

 

 

 

「ちっ! やっぱり当たりかよ!」

 

 襲い来る複数のトイを相手取り、ヴィータは舌打ちをした。あれからそれなりの距離を進んだ所で別の道からやってきたトイと接触したのだ。しかし、その最中彼女へ知らせが入る。それは目的の相手は既に保護され、現在六課のヘリがその搬送のために向かっている事。それを聞いてヴィータはシグナムはその護衛に付くべく動いているだろうと推測した。

 

(ザフィーラの奴は隊舎の守備があるから動けないだろうし、シャマルは多分そのヘリに同乗しているはず。隊舎の守備は……双子達とトーレにセッテもいるか。なら怪人が一体ぐらい来ても何とかなりそうだ)

 

「ウーノ、怪人の反応は本当にないのか?」

『ええ。どうやら、本当にトイがレリックに反応しただけみたい』

「了解だ。なら、さっさと全部黙らせてジェイルの実験用にしちまうか。アイゼンっ!」

”了解”

 

 カートリッジを排出し、ヴィータはアイゼンを振りかざす。そのまま彼女はトイの攻撃を避けつつそれらへ迫る。そして、その一撃がトイを二機纏めて壁に向かって殴り飛ばした。更にヴィータはその場で体を回転させ、残るトイへと襲い掛かる。

 ラケーテンシュラークと呼ばれる攻撃。それは高速回転しながら相手を攻撃する荒業だ。ヴィータはそれを以ってトイの体を打ち砕く。そのままヴィータはトイの集団を駆逐し、先を目指して進む。その理由はスバル達。

 

 彼女達はレリックのケースを探索しながらトイを倒しているのだが、ウェンディはやや武装に不安があるので援護して欲しいとウーノが告げたからだ。

 

(ったく、こうなるとあいつらの外出は色々と問題が多いな。ジェイルの奴、固有武装もデバイスみてえに待機状態とか考えろよ)

 

 そんな事を考えつつ、ヴィータは進む。一方スバル達もトイの集団と遭遇し戦闘を開始していた。スバルとギンガが前衛を務め、ノーヴェがウェンディとコンビで中衛を、チンクは全体の援護を行なっていた。

 

「これで……っ!」

「ラストォォォォ!!」

 

 ナカジマ姉妹の拳が最後のトイを打ち砕く。それを見届け、安堵の息を吐くウェンディ。やはり自分には接近戦は向いていないと実感したのだ。トイ相手ならばまだ戦えるがそれでも一人では辛く、ノーヴェとチンクがいて何とか無事に済んだ部分が大きいために。

 しかし、そんな彼女へノーヴェが手を差し出した。それにウェンディが疑問符を浮かべると、そんな彼女へノーヴェはからかうような笑みを見せながらこう言った。

 

―――お疲れさん。慣れない割に頑張ったじゃねーか。

 

 その告げられた言葉にウェンディが軽くむっとするも、即座に何かを思いついたのか同じような笑みを浮かべる。それにノーヴェが不思議に思うと彼女はその手を握ってこう返す。

 

―――いやぁ~、お姉ちゃんが支えてくれたッスからね。

 

 その姉が自分だと理解した瞬間、ノーヴェが恥ずかしそうに顔を背けた。彼女は姉扱いされる事がほとんどない。そのためこう言われるとどうしても嬉しく思って照れてしまうのだ。その反応にウェンディがニヤニヤし、スバル達はそんな二人に小さく微笑みながら周囲の警戒を始めた。

 だが何もそれらしい気配はなく、ロングアーチからの報告でも追加のトイはいないとの報告が入る。それに安堵して彼女達は探索を再開する。そして、そう時間は掛からずにレリックのケースは発見される。同時にヘリがエリオ達の近くへ到着して、少女はシャマルとシグナムが責任を持って搬送する事になったのだった。

 

 

 

 クラナガンでスバル達が少女絡みの事件に立ち向かっていた頃、ティアナは翔一とエルセアへの道を走っていた。そのティアナだが、今は何故か若干安堵したようにビートチェイサーを走らせていた。

 その理由。それは一度彼女が好奇心から速度をもっと出してみようとした事だ。元来クウガ用に開発されたビートチェイサーの最高時速は420キロ。そこまではさすがに出せなかったものの、そのあまりの加速力と速度にティアナは焦ったのだ。そこから何とか落ち着いて速度を落として安定した状態にして現在に至ると言う訳だ。

 

(さっきは焦ったわ。でもこれ、一体何キロまで出せるんだろう? 五代さんに帰ったら聞いてみようかな)

 

 そこでティアナは翔一から聞いた話を思い出していた。このビートチェイサーはクウガのためのバイクだという事を。そこから考えれば、普通のバイクの速度など軽く超えているはず。そう結論付けてはいた。だが、具体的にどれだけだせるのかはやはり気になるものだ。

 

「ティアナちゃん! 見えてきたよ!」

 

 そんな時彼女の耳に翔一の声が聞こえた。意識を前方へ向けると確かにあの頃と同じ景色が見えてきていた。

 

「本当だ。じゃ、休憩しましょ!」

「了解!」

 

 二人揃って思い出の公園へとバイクを止める。そして、あの時と同じ場所へ歩き出す。勿論、自販機で飲み物を買うのを忘れずに。

 

「ティアナちゃん、何飲む?」

「そうね……じゃ、翔一さんと同じので」

「分かった」

 

 そう笑顔で言葉を返し、翔一はボタンを押す。ティアナは周囲へ視線を向け、思いっきり体を伸ばした。ここまで二人は結構な距離を走ったのだ。しかし、ティアナは楽しい時間だったと感じている。正直に言うと、あの時のように翔一と同じバイクで走る方が嬉しさは強い。だが、今回のように自分で運転し共に走るのは楽しさが強い事を知り彼女は笑みを浮かべた。

 

 そんな風に景色を眺めているティアナの頬にふと冷たいものが押し当てられる。それに小さく驚きながらもすぐにそれが誰によるものかを察して彼女は嬉しそうに振り向いた。

 

「もう! 翔一さん、おどかさないでよ」

「ごめん。ちょっとやってみたくなって。はい、これティアナちゃんの分」

「ったく、そういうとこは子供みたいなんだから……」

 

 翔一の笑顔にティアナは苦笑しながら缶コーヒーを受け取った。そのまま二人はあの時と同じように隣り合って地面に座る。吹き抜ける風。静かな空間。何もかもがあの時と同じだった。唯一違うとすればティアナの心境ぐらいだろうか。

 あの頃、彼女は翔一を優しい居候ぐらいにしか思っていなかった。だが、今はもうそんな感覚ではない。もう一人の兄。いや、頼れる仮面ライダーにして憧れる相手だ。

 

 出会った時から彼女をどこか導いていた翔一。それは、訓練校に行った後も変わらなかった。はやてと再会した後も、翔一はティーダからの頼み通り時折訓練校を訪ねティアナへいつも差し入れを渡していたのだ。

 それは半分以上スバルに食べられてしまうのも常だったのだが、それでもティアナは嬉しく思っていたのだから。その時、彼女が軽く悩みや迷いを話すと翔一はそれに一緒に考え、そして必ず意見を述べる。そして、最後にこう言って締め括るのだ。それは、ティアナの指針となっている言葉。

 

―――どんな答えでも今のティアナちゃんがそう決めたのなら、きっとそれが今のティアナちゃんにとっての正解だよ。

 

 それは今を悔やむ事無く生きる事。もし明日後悔する事になったとしても、その時の自分が決断したのならそれがその時の正解。振り向いてもいいが立ち止まり続けてはいけない。翔一はそう言ってくれたのではないか。そうティアナは今も考えている。

 自分のままで自分だけの道を行く。翔一がアギトと知った今だからこそ、彼女は余計に思うのだ。例え姿形が変わっても、それを人たらしめるか否かはその在り様なのだと。ティアナにとって、翔一達の変身とは自分のままで戦士に変わる事を意味するのだから。

 

(アタシだけのオンリーワン。それはまだ見つからないけど、焦る必要はないんだ。翔一さんを見てるとそう思える。いつかきっと見つかる。自分の出来る事を懸命にしていれば……絶対に)

 

 そう思いながら翔一を見つめるティアナ。それに翔一も気付き、視線を彼女へ向けて笑みを浮かべた。それに少しだけ顔を赤めるも彼女も同じく笑みを返す。彼女が初めて兄以外で深く関った男性。その雰囲気や考え方は独特で、気がつけば自身へ大きく影響していた。

 しかし、それが少しも嫌ではなく、むしろどんどん自分もそうありたいと思えるような相手。尊敬出来、信頼も出来、そして共に歩きたいと思う人。それが今のティアナにとっての翔一になっていた。

 

「さて、今日のお昼は何を食べようかな~?」

「ティアナちゃんの好きなものでいいよ。俺、結構お金あるし」

 

 舌なめずりでもしそうなティアナの言葉。それに翔一は気にするでもなくさらりと答える。彼は六課での給料をほとんど使う事がない。よって、その管理自体ははやてがしているのだが、今日はその彼女が翔一へ多めの資金を渡していたのだ。それが自分とティアナへの配慮だろうと理解した翔一は、はやてへお礼を述べると共に絶対に何かお土産を買ってくると告げていた。

 

「へぇ、そんな事言っちゃうんだ。なら高そうな場所でもいいわね?」

「どうぞ」

「……ホント躊躇いがない。翔一さんはさすがだわ」

 

 呆れつつも嬉しそうに笑い、ティアナはコーヒーを飲み干した。そしてゴミ箱を見つめて―――狙い定めて缶を投げた。それは綺麗にゴミ箱に入り、ティアナは小さく笑みを見せる。翔一も同じように缶を投げて見事にゴミ箱へ入れる。

 そのアッサリさにティアナは少しだけ苦笑。自身は狙っての成功に対し、翔一は何も考えずの成功だったからだ。まだ先は長いと思いながらティアナは立ち上がる。翔一も立ち上がり、二人は揃ってバイクへと向かって歩き出す。

 

 行く店はティアナが知っているので翔一はそれについていく形で並走する事に決まり、二人は共にヘルメットを被ってそれぞれバイクに跨った。

 

「じゃ、行こう」

「ええ」

 

 互いに笑顔で声を掛け合い、それを合図にバイクは走り出す。ティアナは風を感じながら視線を少しだけ隣の翔一へ向ける。

 

(……こうしてずっと走っていたいな、翔一さんと)

 

 少女の顔から、ほんの少しだけ女の顔に変えてティアナは笑みを浮かべる。こんな時間がいつまでも続いて欲しいと願いながらバイクは走る。あの頃と違う気持ちをティアナへ確かに感じさせながら。

 

 その頃、六課隊舎でも警戒態勢が解除された事を受けてオットーとディードが揃って安堵の息を吐いていた。今回はトイのレリックへの反応が原因で怪人達は動いていないと分かったからだ。トーレやセッテもどこか安堵している。それを見てオットーはその理由を悟った。

 

(やはりライダーがいない状態での怪人との戦闘は避けたいですからね)

 

 トーレもセッテもライダーがいなくても怪人と戦うだろうが、そこに不安が尽きないはずとオットーは感じていた。自分達だけでも怪人と戦う事は出来る。しかし、やはり仮面ライダーがいるのといないのでは安心感が違うのだから。

 そこまで考えた所でオットーは別の事へ意識を向けた。それは今からここへ運ばれてくるだろう少女の事。聖王のコピーであるその子が来る事で邪眼の襲撃はより一層激しさを増すだろうと思ったからだ。

 

「オットー、食堂で読書の続きをしましょう。あそこなら何かあった時、すぐに動けるわ」

「そうだね。そうしよう」

 

 まだ気を抜ききる訳にはいかない。そんな風にも聞こえるディードの言葉にオットーも同意して頷いた。宿舎から本を取ってくるため立ち去るディードを見送り、彼女は視線をトーレ達へ向けた。

 トーレ達も彼女達と同じような事を考えたらしく自主訓練を終了してこのまま隊舎内で待機する事に決めていた。すると、時計を見てセッテが何かに気付いてやや慌てるように動き出す。

 

「どうしたのですか、セッテ姉様」

「オットー、もうそろそろ昼食の時間だ。急がないと混み合ってしまう」

「……今はアインしかいないからな。手伝うのだそうだ」

 

 トーレの言葉にオットーは納得したように頷いて、ならば自分もと動き出すのは当然だった。そして同時にディードへその旨を伝え、読書は手伝いが終わったらとなった。

 嬉しそうに話しながらその場を立ち去る二人を見つめ、トーレはやや呆れながらため息を吐く。だが、自分だけになったのを認識するとどこか迷うような表情になり、考えこんだ。

 

(私も……手伝った方が良いだろうか?)

 

 リインとセッテ達が手伝うとしても普段の人数にはまだ足りない。彼女は料理など出来ないが片付けや皿洗いぐらいなら出来る。そう考え、トーレは面白くて仕方ないといった風に笑い出した。

 戦闘機人として生きようと思っていたはずの自分が、いつの間にか人として生きる事を選んでいる事を思い出したからだ。その原因と理由を悟り、トーレは小さく呟く。

 

―――まったくあのバカめ。どこまで私を変えれば気が済むのだ。

 

 そう呟くトーレの表情には心からの笑みが浮かんでいた。とても人間らしい優しい笑顔が。そしてトーレも二人に遅れてその場から動き出す。向かうは当然食堂だ。妹達だけに働かせる訳にはいかないと自身を納得させ彼女は歩く。

 

 同じ頃、指揮所でも事態の収拾が始まっていた。一連の出来事に対してのはやてからの指示が入ったのだ。そこにいる光太郎ならば怪人が動き出している事を察知しているかもしれないとの期待もあり、グリフィス達はその返答を待っていたのだから。

 

「分かりました。では、気をつけて戻ってきてください」

 

 グリフィスがそう言って通信を切ったのを聞いてシャーリーが視線を向けた。今日はクアットロがいないため、彼女はジェイルとの共同研究を中断して従来の所属であるロングアーチにいたのだ。

 

「はやて部隊長は何だって?」

「とりあえず、現状では休暇の者には連絡を入れないようにって。下手に心配させる必要はないって事らしい。スバルやエリオ達はまた休暇状態へ戻すようにとの指示だ」

 

 その答えに指揮所の誰もが笑みを見せた。光太郎が傍にいるはやてがそう告げたという事は、やはりこの襲撃がトイだけの単独と判断出来たからだ。ならば、無理に休暇中の者達を集める必要はない。そこまで考え、ふとアルトが問いかけた。

 

「五代さん達は?」

「もう話も終わるそうだからじきに戻ってくるだろう。途中真司さんをクラナガンに降ろして、それからあの人も休暇らしい」

「それにしても、本当に良かったですか? アギトは真司さん達と一緒にお出かけしなくて」

 

 ツヴァイの言葉にアギトは躊躇う事無く頷いた。確かに最初は迷ったが、何も自分は決まった仕事がある訳ではない。ならば、好きな時に真司達と過ごす事が出来る。そう考えたため、アギトは同じような存在であるツヴァイの手伝いを取ったのだ。

 

「おう。それに、お前はアタシに仕事教えるって言ってくれたじゃねーか。だから、アタシはそれに応えたい。休みはお前と同じ時でいいさ」

「アギト……分かったです!」

 

 その笑顔で告げられた内容にツヴァイは嬉しそうな表情を見せる。ユニゾンデバイスと融合騎。似ている二人は既に友人となっていた。おそらく次元世界にも自分達以外いないであろう存在。故に、その絆は深く強い。

 そんな風に友情を感じている二人を見てグリフィス達も微笑む。そこへヘリからの通信が入り、ルキノがそれに応答する。そしてそれを終えると、彼女はグリフィスへ視線を向けた。

 

「保護した少女は衰弱しているものの命に別状はないそうです。それでシャマル先生が医務室の準備をして欲しいと」

「分かった。手の空いてる者に頼んでおく」

「あ、なら私がジェイルさんに頼んでおくわ。あの人、医療方面も詳しいだろうし」

 

 シャーリーがそう応え、即座にデバイスルームのジェイルへ通信を入れる。それを見ながらふとアルトが呟いた。

 

「今日はこれでいいけどさ。邪眼がこの子の事を知ったらこれからどうなるかな……?」

 

 それに誰もが不安を感じた。邪眼が気付かぬままでいてくれるなどと誰も思えなかったために。必ずどこかからこの事を知り、少女を手にしようと動くだろう。それは、今まで以上の激しさを伴った隊舎の襲撃。ライダー四人と六課の総力をぶつけるだろう戦い。その事を考え、ルキノがはっきりと告げた。

 

「大丈夫だよ。何があってもライダーは……六課は負けないっ!」

 

 その手はサムズアップを作っていた。それに誰もが頷いて同じ仕草を返す。希望を失う事無く戦う。それを可能にする魔法の仕草。その安心感を感じながら全員が動き出す。今、自分達が出来る精一杯を行なうために。

 

 

 

 平穏を取り戻した六課隊舎に一台の車が現れた。そこから降り立つのは大きなケースを手にした一人の男性。そう、レジアスだ。表向きは査察官としてここへきた彼。実際はバトルジャケットを受け取りに来ただけだ。

 だが、一応ポーズとして査察もするためにレジアスは事前連絡なしでやってきた。彼はゆっくりと隊舎へ向かって歩き出す。その後ろから宿舎から本を手にしたディードが歩いてきて、そんな彼の姿に違和感を感じた。

 

(……見た事のない方ですね。まさか、スパイでしょうか?)

 

 姉達が言っていたライアーズマスクによるスパイ懸念を思い出すもディードは小さく首を振った。何故なら、目の前の男性は六課関係者のようには見えなかったのだ。今も隊舎を見つめ何か呟いている。

 

「あの、何か御用でしょうか?」

 

 背中から聞こえたその声にレジアスは振り向き、ディードの格好に違和感を覚えた。陸士の制服ではなかったからだろう。しかし、非番の者かと考えてそれを指摘する事はしない。

 

「すまんが責任者を呼んでくれるか。査察官が来たとな」

「査察? 分かりました。では、こちらへ」

 

 受け答えからスパイではないだろうと結論付けるディードだったが、査察との単語には不思議そうな表情を浮かべた。その反応にレジアスはどこか幼さを感じるも、無言で彼女の後ろをついて行く。

 その内心で非番の者を働かせる事になるのは申し訳ないと思っていたが、今は少しでも時間が惜しいために。それもあってレジアスは彼女以外の者へ応対してもらおうと考え、そんな事を述べたのだ。

 

 ディードはレジアスをロビーへ案内し、一礼して指揮所へ向かった。その後ろ姿を見送ってレジアスは苦い顔をする。

 

(やはり、あのような年齢の者達を魔力あるなしで差別せざるを得ない現状はどうにかせねばならん。魔力があろうとなかろうと、時代を作るのは若者なのだ)

 

 幼い少年少女さえ魔力を有しているだけで管理局は良い条件で勧誘する。その反面、大人であろうと魔力のない者は冷遇される。魔導師主義とでも言えばいいのだろうか。非殺傷が出来ない事や万が一の際に身を守る術がないという理由で、魔法の使えない者達はどうしても管理局では難色を示されるのだ。

 それを何とかして改善し、誰でもその気持ち一つで平和のために働けるようにとレジアスは動いている。局員として大切なのは魔力ではなく平和のために働きたいという気持ち。そう考えるからこそ、彼は多くの陸士達から慕われているのだ。

 

 改めて管理局の抱える問題を見つめた気がしたレジアス。そこへディードが戻ってきた。グリフィス達からヘリの受け入れと念のための邪眼警戒のため少し待って欲しいと告げられたために。

 実はディードはそれを受け、オットーへ食堂の手伝いは出来ない事を告げていた。自分がその査察官の相手をしようと考えていたのだ。

 

「申し訳ありません。今立て込んでいるので、もう少しお待ち頂けますか?」

「そうか。なら構わん。簡単な案内を頼もうと思っただけだ。儂一人で勝手に見させてもらう」

「でしたら、私がご案内します」

 

 レジアスの言葉にディードはそう笑顔で答えた。それには彼の方が困惑した。非番だろうディードにこれ以上働かせるのは忍びない。そう本心を告げると、ディードはその気持ちに笑みを見せてこう言った。

 

「お気になさらず。これは私が好きでやる事ですので」

「……そうか。では頼む」

 

 中々出来た若者だと、そう思いながらレジアスはディードの案内で歩き出す。こうして二人は六課隊舎を見て回った。最後に彼がデバイスルームを見たいと告げた時はさすがにディードも慌てたものの、レジアスは心配はいらないと告げた。

 そう、彼はこう言ったのだ。ここにジェイルがいる事は知っていると。それについて何かするつもりもないとの言葉を聞いて、ディードは目の前の相手が誰かを何となく察した。六課にいるジェイルの存在を知り、査察官として来るような相手など彼女には一人しか心当たりがなかったからだ。

 

 それでも一応ジェイルへ確認を取り、その予想が正しいと理解してからディードはレジアスを部屋へと入れた。

 

「では、どうぞ……レジアス中将」

「すまんな。案内助かった」

 

 ディードの言葉に軽く手を上げ、レジアスは室内へと入っていく。それを見送り、ディードは複雑な心境だった。案内している最中彼女達は軽く雑談をしたのだが、その時の印象はとても戦闘機人を欲しがるような強硬派のものではなかったのだ。

 

(もしや、あの方もみんなの笑顔のためにと思っていたのでしょうか。戦闘機人の力で、誰かを守ろうと……)

 

 生憎レジアスの本心をディードは理解出来なかったが、今まで抱いていた彼へのイメージが大きく変わったのは事実だった。タカ派で強引な手法の人物。それが、本質は優しい人物なのではと思えるように。

 ディードがそんな風にレジアスの印象に思い馳せている頃、室内ではジェイルとレジアスが初めての直接対面を果たしていた。

 

「これが……バトルジャケットか」

「そうだよ。重量は出来る限り軽減したけど、今はそれでも三十キロはある。体を鍛えていない者では着るだけでトレーニングだよ」

 

 その言葉をレジアスは鼻で笑った。若い頃から魔導師達と共に現場で働き、魔力がない事を揶揄されぬためにここまで来たのだ。そんな彼は未だに肉体面でも現役なのだから。

 

「ふん、儂を甘く見るな。今でもそこらの魔導師には体力面で負けはせん」

「なら結構。一度着てみるといい。君の体に合わせてはいるが一応確認をしておいてくれ」

 

 それに頷き、レジアスはバトルジャケットを着装するべくそれが置いてある棚へ近付く。胴体部や脚部などを身に着けていき、最後に頭部を装着する。外見は完全にブランク体だが、その様子を翔一が見たのならきっとG3-Xを思い出しただろう。

 確かに感じる重量感にレジアスは若干の動きにくさを覚える。だが、それでも想像した程ではないと感じていた。その要因は内部に設けられたジェネレーターにある。大気中の魔力を吸収し、それを使って僅かではあるが装着者の負担を軽減しているのだ。

 

「……どうだね?」

 

 軽く動いているレジアスへジェイルは感想を尋ねた。それに彼は両手を握り締めてややぶっきらぼうに答える。

 

「まだ違和感はないとしか言えん。強度等は戻ってから確かめてみよう」

「そうしてくれ。データや要望はウーノへ頼むよ」

 

 そのジェイルの言葉に頷いてレジアスはバトルジャケットの頭部を外した。その顔には汗がはっきりと浮かんでいて、バトルジャケットが着るだけで体力を奪う事を示していた。その後、レジアスはジェイルからバトルジャケットの機能説明を聞き、それを簡単に書き記した物を受け取った。

 バトルジャケットはそのまま持ち出すのは色々と問題があるので、持参したケースへしまいそれを手にしてレジアスが部屋を後にしようとした時だ。ジェイルが彼へこう告げた。

 

―――君を案内したのが、私の自慢の娘の一人だよ。

 

 それにレジアスは足を止めた。ジェイルに娘がいる訳はない。もしそんな風に呼ぶ相手がいるのならそれはある者達しかいないのだ。それを理解したからこそ、彼は足を止めた。

 

「……あれが戦闘機人だと言うのか」

「そうだよ。分かったかい? 私達は揃って勘違いをしていたんだ。戦闘機人なんて言っても、それはやはり人なんだ。戦うための機械じゃない。その意思や心は無くせないんだよ。結局私が出来たのは……あの子達に重い物を背負わせる事だけさ」

 

 ジェイルの悔いるような声にレジアスは何も言えない。何故ならば、それを彼にさせたのは元を辿ればレジアスだからだ。犯罪者だったジェイルに違法行為をさせる。以前であれば、それ自体に良心が痛む事は無かった。

 しかし、今のジェイルを見て良心が痛まぬレジアスではない。ジェイルが更生しようとしている事は最高評議会を通じて何となくだが感じていたし、通信を通じて知ってはいた。だが、直接会って余計に悟ったのだ。ジェイルが本当に更生しようとしている事と自分が彼にさせた事の重みを。

 

(儂が考えていた戦闘機人の構想は、間違っていたのか……? いや、そもそもの出発点がいけなかったのだ)

 

 誰かを助け守るために誰かに犠牲を強いる。それがもたらす結果を考えた時、レジアスはグレアムが伝えた仮面ライダーの言葉を思い出した。

 

―――誰かを悲しませて残りを笑顔にしても、今度はその誰かが悲しみを生む。

 

 その言葉がいかに正しい言葉だったかを今更ながらに痛感し、レジアスは両目を閉じて顔を上げた。決して己が抱いた考えの基は間違っていない。しかし、結果を急ぎすぎるあまりに大切な事を見落としてしまった。

 自分が誰かを守るために犠牲になるのなら問題は無かっただろう。しかし、その犠牲を他者に強いてしてしまった。例え一人を犠牲にして次元世界全てを守る事が出来るとしても、その一人の犠牲を最初から肯定してしまってはいけなかったのだ。そう結論を出し、レジアスはジェイルへ告げた。

 

「ならば、儂は貴様に重い物を一つ背負わせたのだな」

「……なに、あの頃の私が好きでやった事さ。君が気にする事じゃない」

 

 そのジェイルの言葉にレジアスは小さく驚きを浮かべた。

 

(……あの娘と同じ事を言いよって)

 

 ディードが自分を案内する時に口にした言葉を思い出し、レジアスは何とも言えない気持ちになった。ジェイルの言葉が自分を気遣ったものだと理解したからだ。それに対し、レジアスは僅かにある事を言うべきか逡巡するが、何かを決意してジェイルへ告げる。

 

 ただ、その背を向けたままで、声には何の感情を込められていなかったが。

 

―――それでもだ。それと気遣いはいらん。ただ、その気持ちには感謝してやる。

 

 それにジェイルが呆然となる中、レジアスはそのまま部屋を後にした。沈黙が訪れるデバイスルーム。レジアスが去ったのを見届け、ジェイルはようやく我に返った。そして、扉へ向かって小さく告げる。

 

―――してやる、か。やはり君は偉そうだね。

 

 その声には呆れと不満が混ざっていたが、その顔には確かな笑みが浮かんでいるのだった。

 

 

 

 無限書庫。そこでユーノは六課からの依頼をこなしていた。それはマリアージュ関連の情報調査。ウーノをはやてから紹介され、二人で協力しながらある存在を調べていたのだ。

 それはマリアージュを生成する事が出来る冥王と呼ばれる存在。古代ベルカの王の一人、ガレアの王イクスヴェリアだ。そして、二人はその位置を特定する事に成功していた。ユーノが見つけ出した資料を基にウーノが足跡を丹念に辿った結果だ。

 

『これが少しでも邪眼への牽制になればいいのですけど』

「そうだね。こちらでも、もう少し邪眼対策になりそうな物を探してみるって伝えておいてくれ」

『了解しました。はやて部隊長に伝えておきます』

「うん、お願いするよ」

 

 ウーノの答えにユーノも笑みを返し、そこでモニターは消えた。するとそれを待っていたかのようにユーノへ近付く者がいた。

 

「スクライア司書長、探し物は見つかったのですか?」

「ルネか。うん、でも困った場所にあってね。ちょっと苦労しそうだよ」

 

 ルネッサの問いかけにユーノは苦笑混じりで答えた。そう、彼女はユーノの助手としてこの事に関っていた。最初は一人でやろうと思っていたユーノだったが、それを知った彼女が手伝いを申し出たのだ。普段の仕事も多くあまり負担を掛けるのはよくないと考えたのだろう。

 ユーノはその申し出に申し訳なく思って断ろうとするも、彼女の告げた「もし疲れが見えでもしたら恋人が心配する」との一言の前に折れて現状と相成った。だが、実はルネッサはユーノの手伝いをしながらもウーノとは接点を持とうとせずにいた。

 

 それを気になったユーノがどうしてか聞くと彼女はやや躊躇いがちにその理由を答えたのだ。

 

―――自分から人と接するのは苦手なので……

 

 それにユーノも納得。確かに彼女は自分から誰かに話しかけるのは苦手だったのだ。無限書庫に来た日から今までもそうだった。自分から声を掛けるのは必要な時や業務に関わる時のみで、それ以外は決して自分から関わる事はないのだ。

 故にいつも誰かが声を掛けないと喋らない。ユーノはそれを思い出し、更にウーノとの話を聞かれると不味い事も多いと考えてそれを正す事はしなかった。

 

「困った場所、ですか」

「そう。実はね……」

 

 ユーノがルネッサへその場所を話すと確かにと彼女は頷いた。そして彼へこう告げたのだ。すぐには探しにいけないですねと。それにユーノは悪戯っぽく笑みを見せて軽く答えた。

 

―――どうだろうね?

 

 同時刻の六課隊舎内医務室。そこでシャマルは一人の少女を見つめていた。その眼差しはやや険しさを含んでいる。

 

「……この子が聖王のコピー」

 

 まだ小学生になるかならないかぐらいの外見にも関らず、今後背負う事になるだろう事実。その重さにシャマルは表情を辛そうに歪めた。それを敢えて教える必要はないが、ずっと黙っていていいものでもない。

 話す事になるのがいつで誰になるかまだ分からない。せめてその時には少女が自身の事を受け止められるぐらいに強くなっている事をシャマルは願った。

 

(レリックの入ったケースをつけていたのもそれを使って聖王としての力を引き出させるため。ジェイルさんはそう教えてくれた……)

 

 搬送するのと入れ代わりに部屋を出て行ったジェイルが自身へ告げた言葉。それを思い出して彼女はため息を吐いた。邪眼がこの少女の存在を知るだろう事はシャマルだけでなく誰もが覚悟していた。

 何せ、この少女はトイの襲撃を受けたために保護されたような部分もある。つまり、トイが動いた事から邪眼が今回の事の顛末を調べるだろうと。故に、今もロングアーチが例のトンネルを警備している陸士隊へ警戒を呼びかけているのだ。

 

「今後は、この子が戦いの鍵になるのかしら」

 

 昏々と眠る少女を見つめ、シャマルはそう呟く。その声には明らかな悲しみが込められていた。そこへザフィーラが姿を見せた。彼は眠る少女を見つめると視線をシャマルへ動かす。その眼差しに気付いたのかシャマルは振り向くと何かあったのかと問いかけた。

 

「今主達が帰ってきた。もう心配はいらん」

「……そう。良かった」

「それと、もう一つ朗報だ。ユーノと共同で調査を進めていたウーノが、先程マリアージュを生み出す存在の現在位置を特定したとの事だ」

 

 その言葉にシャマルが驚く。既にマリアージュとは何度か戦っているのだが、仮面ライダー達にしてもその存在は厄介だった。倒した際に起きる爆発がその原因。基本接近戦で戦うライダー達にとってその爆発力は脅威。故に早めにマリアージュをどうにかしたいと考えていたのだ。

 なので、その報告はまさしく朗報だった。シャマルがそう思い笑みを見せるとザフィーラも同じ笑みを返す。しかし、何かを思い出してその表情が曇った。

 

「どうしたの?」

「いや、その存在がいる場所が少々問題でな」

 

 シャマルはその言葉に小首を傾げる。どこに居るとしてもいけない場所はないと思ったからだ。だが、ザフィーラから告げられた言葉に彼女は自分の考えがある意味で間違っていたと知る事になる。

 

「海の中だそうだ。まぁ、行く手段については南にあてがあるらしいから心配はないがな」

 

 それを聞いたシャマルだったが、それでもまだ不安は尽きないのか不安そうな顔を見せる。何事もなければいいと呟きながら彼女は視線を眠る少女へと向けるのだった。

 

 

 

 ベルカ自治区にあるジェイルラボ。そこで邪眼はトイからの情報で聖王のコピーの居場所を把握していた。トイが六課の者達に破壊された事。そして、トイが追跡していた相手がレリックを所持していた事。それらから邪眼はコピーを六課が保護し匿っていると判断したのだ。

 

「……ふむ、しばらくは動かないでいるか。奴らはこちらを警戒するだろうが、あくまでも我の目的はキングストーンだ」

 

 そう自分を納得させるように呟く邪眼。確かにこの遊戯には多少面白みを感じているが所詮邪眼にとっては戯れ。邪眼にとって大切なのは二つのキングストーンのみ。しかし、そこへアハトがマリアージュを連れて現れて邪眼の前に跪いた。

 

「創世王様、ご報告があります」

「何だ?」

「はっ、ツバイからの報告でマリアージュを生成する存在の居所が判明しました。六課もそこへ向かうようなのでそれの確保を許可して頂きたいのです」

 

 その後もアハトは言葉を続けた。その存在を改造する事でマリアージュを操作する事が出来るかもしれない。そうなれば自爆操作も改造も可能となる。そう出来ないとしても今以上の速度でマリアージュを量産出来ればライダー達への攻撃には十分である事を。

 それを聞き、邪眼も頷き許可を出した。それにアハトが感謝を述べ立ち去ろうとすると、何故かそれを邪眼が止めた。その理由が分からないアハトが疑問符を浮かべていると、背を向けたまま邪眼はこう尋ねた。

 

「ツバイの方はどうなっている?」

「はい、既にある程度計画を変更したものの進行しています。後は時期を見て行動を起こすだけです」

 

 勝手に計画を変更した事に邪眼は少し不満そうだったが、アハトが告げた変更内容に納得した。それならばライダーに絶望を与える事は出来なくともその心に影を作る事は出来るだろうと判断して。邪眼は嗤う。その時が楽しみだと。その笑い声を聞いてアハトも邪悪な笑みを浮かべた。

 

 オットーと同じ顔が不気味に歪む。そして邪眼へ一礼してアハトはマリアージュと共にその場を去った。六課が動く前に生成する存在を確保するために。

 

「ツバイの報告によれば、奴らもすぐに動き出す可能性があるらしいし……」

 

 急がなくては。そう思ってアハトは歩く。計画の実行日は近い。それまでに何とかして邪眼の期待に応えねばと。しかしアハトは、いや邪眼以外の誰も知らない。

 

 邪眼が、そもそも自身以外に何も期待などしていない事を……。



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感じる絆 深める絆

ヴィヴィオ登場で動き出す様々な事。主になのはが、ですが。


 あの休暇騒動から明けて一日。医務室にはなのは達隊長陣と五代達四人のライダーの姿があった。当然シャマルもそこにいる。集まった理由は他でもない。先日保護した少女。それが目を覚ましたと聞いて会いに来たのだ。

 少女は見知らぬ場所に戸惑い困惑していたが、それをシャマルが落ち着かせた。その役に立ったのは以前五代が作った折り紙。それをシャマルは少女に与え、気を逸らしたのだ。今も少女の手には折り紙で出来た鶴がある。

 

「……それで、この子の名前なんだけど」

「名乗ったらしいな。確か……ヴィヴィオだったか」

 

 シグナムの言葉に頷きを返すシャマル。その名前を聞いて彼女は確信したのだ。聖王と呼ばれた存在の名はオリヴィエだった。ならば幼い頃に近いような名を名乗っていてもおかしくはないと。

 ヴィヴィオは愛称のようなものだったのではないか。そう推論を告げるシャマル。それに誰も反論はしなかった。全員の視線は折り鶴を手にし、楽しそうにしているヴィヴィオへ向けられている。

 

「でも、確か最初はここから出ようとしてたって聞きましたよ?」

「ママやパパを捜す。そう言ってたんですよね?」

 

 五代と翔一の言葉にシャマルは頷きながら視線を全員へ向けた。

 

「どうする? この子、無意識に親を求めてる。ううん、自分を守ってくれる相手を」

「子供だからなぁ。とりあえず俺達で面倒を見ないと」

「じゃあ、ヴァルキリーズの中で決まった仕事のないセッテちゃんかな」

 

 真司の言葉を受け光太郎がそう告げると全員がそれに小さく笑みを浮かべて納得した。セッテは面倒見がいいからだ。アギトとの触れ合いからも分かるように、彼女はやや不器用ではあるが親しみをもたれる性格をしている。

 だから誰もその意見に反対はしない。こうしてヴィヴィオの事はセッテに一任される事となったのだが、そこで少し困った事が起きてしまう。それはヴィヴィオが手にしていた折り鶴を落としてしまった事から始まった。

 

「あっ……」

 

 手から落ちた折り鶴は風に乗るようになのはの足元へ。それに彼女はすぐに気付いて拾い上げると笑顔で折り鶴をヴィヴィオへ手渡した。

 

「はい、これ」

「ぁ……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 やや人見知りをするようなヴィヴィオの反応になのはは微笑ましいものを感じた。すると、ヴィヴィオがなのはをじっと見つめる。それを不思議に感じるも、なのはは何かなと優しく笑顔で問いかけた。それに対するヴィヴィオの言葉は周囲の空気を凍らせた。

 

―――ママやパパは見つかった?

 

 それになのはは返す言葉を思いつかなかった。見つかる訳がない。その答えは既に分かっている。しかし、それを言えばこの少女の心を悲しみに満たしてしまうだろう。だが、嘘を吐く事も出来ない。その板ばさみにあい、なのはは助けを求めて視線を五代へ向けた。

 

「ヴィヴィオちゃん、だよね。よく聞いて欲しいんだけど、ヴィヴィオちゃんのママやパパにはまだ会えないんだ。けど、パパもママも凄く遠くでヴィヴィオちゃんの事を大事に思ってる。だから今は、会える日まで元気に笑顔でいて欲しい」

「今は会えないの?」

「そう。ごめんね。俺達も方法があれば頑張るけど、今はまだ会うのが難しいんだ」

 

 五代の言った言葉は嘘ではない。今は会えない。そう、ヴィヴィオの本当の両親は既に亡くなっている。だから五代はこう言ったのだ。”今は”会えないと。泣きそうになるヴィヴィオを励ますように、五代は笑顔でその頭を優しく撫でた。

 なのは達はその五代の言動に驚きと感心の念を抱いた。彼は妹の仕事の関係で幼い子供との触れ合いに慣れている。故に、どうすれば子供が納得してくれるかを理解していた。嘘を吐かないように、だが必要でないのなら悲しませる真実を教えないようにする。

 

 その繊細な心を守るように、純粋な想いを壊さぬように注意を払い、ちゃんと真摯に向き合う事。それが五代なりの答えだったのだ。

 

 五代の手の温もりにヴィヴィオは泣きかかった顔を笑みへと変えた。そして、五代はその笑顔にサムズアップ。それを見つめ不思議そうに首を傾げるヴィヴィオ。そんな光景に誰もが微笑んだ。心和む子供の無垢な笑顔に純粋な反応。

 それが見る者全員へ優しさを与える。そのやり取りのせいか、そのままヴィヴィオは五代の事を気に入ったようにその腕をしっかりと掴んで離さなくなった。それに五代だけでなく誰もが苦笑する。結果、ヴィヴィオは五代預かりで食堂を定位置とする事になり、セッテは五代の代わりに働いてもらう事で落ち着いた。

 

 そしてそれから数分後の食堂にはいつもの顔ぶれにセッテとヴィヴィオが加わっていたのだった。

 

「……完全に懐かれてますね」

 

 翔一はそう呟いて視線を隅にいる五代とヴィヴィオへ向けた。五代は現在ヴィヴィオへジャグリングを披露し、その顔を笑顔にしていた。

 

「だよな。保父さんってとこか」

「五代なら適任ではないか」

「だよねだよね。あたしもそう思う」

 

 チンクの言葉にセインも同意し共に笑顔で五代達を見る。セッテはリインと共にテーブルの設置などをしているが、その視線はやはりヴィヴィオへ向いていた。彼女の世話好きの性が疼いているのだろう。とはいえ、それが周囲に発覚したのはつい最近の事。

 アギト繋がりでセッテはツヴァイにもよく関わっていたのだが、それだけではなくエリオやキャロの世話も買って出る事もあった。それを何度となく見たトーレに言われて本人も自覚し、実際ヴィヴィオの事も相手をしたくてしょうがないのだ。

 

「……セッテ、もう後は私がやるから五代の手伝いをしてくれ」

「分かった」

 

 リインのどこか呆れつつも微笑ましい声にセッテは即座に頷いて歩き出す。その背中はどこか嬉しそうに見えてリインは小さく笑った。セッテは五代と何かを話した後、ヴィヴィオの隣に立ってその頭を優しく撫でて自己紹介。

 セッテの柔らかい笑みにヴィヴィオも少し警戒心が薄れたのか自分の名前を名乗る。そしてセッテは五代の横に移動して視線で彼へ何か告げた。それに五代が頷いたのを見て、何が起きるのだろうと思ってヴィヴィオは二人を注視する。その次の瞬間……

 

「はい!」

「……はっ、はっ、はっ」

 

 五代の手から投げ渡されるお手玉。それをセッテは受け取り、そのままジャグリングへ移行する。五代がしていたジャグリングを引き継ぐようにセッテが見事にそれを披露するとヴィヴィオの目が輝いた。

 同時に、それを何気なく見ていた翔一達も思わずその手を止めていた。まさかセッテがジャグリングを出来るようになっているとは思わなかったのだ。彼女がジャグリングを覚えようとしたのはアギトがそれを気に入ったため。故に彼女は密かに鹵獲したトイを使って練習していた。その見た目はかなりシュールだったが。

 

「……セッテの奴、いつの間に」

「うわぁ……普通に凄いよ」

 

 妹の披露した隠し芸に姉二人は驚くやら呆れるやら。それは翔一と真司も同じ。だが、二人は純粋に感心していた。

 

「やりますね、セッテちゃん」

「ああ。俺も知らなかった。こうなるとオットーやディードも五代さんの技、何か覚えてたりしないかな?」

 

 真司が思い浮かべるはセッテと同じく自分が色々と教えた双子。姉妹の中でも家事を得意とし、既に指揮所の顔ぶれに加わった二人だ。ヴァルキリーズで仕事が決まっているのは実は全員ではない。

 ウーノ、ドゥーエ、チンク、セイン、ディエチ、ウェンディ。たった半数しか所属部署を決められてはいないのだ。残りの者達は、実は自主的に仕事をしているだけに過ぎない。クアットロにオットーやディードはロングアーチの手伝いを。ノーヴェは整備班の手伝いで、トーレとセッテは基本訓練ばかりなのだから。

 

「すごいすご~いっ!」

 

 ヴィヴィオは満面の笑みでセッテと五代のジャグリングへ拍手を送っていた。そう、今度はセッテから五代へお手玉が移動しジャグリングを継続していたのだ。そして、その間隔を短くする事で完全な大道芸の様相を呈していく。

 それを最初は感心するように見ていたヴィヴィオだったが、次第に五代とセッテが楽しそうにしているのを見て笑顔へと変わっていった。それに五代とセッテの笑顔が深くなり、それがまたヴィヴィオを笑顔を深くしていく。そんな笑顔の連鎖が始まっていた。

 

 気が付けば食堂を通りかかる者達さえその光景に足を止めていた。翔一達だけでなく食堂の周囲がその二人が織り成す光景に心を奪われていたのだ。

 

「これで……」

「はい……終わりです」

 

 最後は互いにお手玉を半分ずつ所持してヴィヴィオへ一礼する。その瞬間、割れんばかりの拍手の音が鳴った。それに驚く五代達だったが周囲を見て納得。そう、それを見ていたリインが途中からはやてに告げモニターで中継させていたのだ。

 仕事中にとはやても思ったが、邪眼や怪人との戦いで多少なりとも六課は緊張している。それを少しでも和らげる事が出来ればと思って許可を出したと言う訳だ。

 

 鳴り止まぬ万雷の拍手に嬉しそうに笑顔を見せる五代。セッテはやや恥ずかしそうだったが、それでもどこか誇らしげに笑顔を浮かべていた。そして、五代はそんなセッテに視線を向けて頷きをみせる。その意味にセッテも気付いたのか頷き返した。

 二人は揃ってもう一度両手を上げてから、ゆっくりと両手と頭を下げる。それにもう一度大きな拍手が起こり、そこでこのちょっとしたイベントは幕となった。

 

 

 

「凄かったね、五代さんとセッテ」

「そうね。息ピッタリだったわ」

 

 スバルの言葉にティアナも同意を示す。二人はもう意識を仕事へと戻していた。突如勤務中出現したモニターに驚いた二人。何事かと思って視線を向ければ、そこでは五代とセッテがジャグリングをしている様子が映し出されていたのだ。

 実際、六課の者達全員がそれを見て驚いていた。既にヴァルキリーズは六課の中に溶け込み、そのメンバー達もみな好意的に受け入れられている。更に、そこへギンガが加わった事もそれに拍車をかけた。

 

 局員であり、ヴァルキリーズの表向きの隊長を任されたギンガ。それが更に潤滑油となって今一つ交流の少なかった者達とヴァルキリーズを繋いでいったのだ。具体的には、隊舎内で働きながらもデスクワークなどを担当するバックヤードとだ。

 基本六課の書類仕事や通常業務に関われないヴァルキリーズ。それをギンガがいる事で接点を有した。ギンガがバックヤードと会う時に必ず誰かを同行させた。それは自分の親戚とも言える彼女達を紹介するために。

 

「あれがジャグリングよね。ストンプっていうのはどういうの?」

 

 だから、ここにギンガがいる。スバルがデスクワークを苦手なため、ティアナと二人でその補佐をしているのだ。そんなギンガの問いかけに向かいのエリオが答えた。

 

「簡単に言うと即興演奏です。その場にある物を使って音を奏でるんです」

「聞いてると楽しくなるんですよ。ただ、色々な音が鳴るからかフリードは少し苦手みたいです」

「そうなんだ。私も一回聞いてみたいわ」

 

 エリオとキャロの言葉にギンガは納得しやや悔しそうにそう告げる。そんな声にドゥーエは苦笑した。実は五代の週一回の技披露なのだが、リクエストはやはりストンプが圧倒的に多いのだ。五代としてはそれでもいいのだが、やる場所がいつも厨房では面白くないと考えていた。

 そのためいつかは格納庫を使ってやってみたいと告げていて、密かに彼は整備班と相談中。それについての話をドゥーエはディエチから教えてもらっていた。ここの整備班はみんなお祭り好きなので喜んで協力しているらしいと。

 

「なら五代さんに頼んでみたら? 食堂にあるリクエスト用紙を使えばいいし」

「そっか! その手があったわね!」

 

 ドゥーエの言葉にギンガは何故もっと早く気付かなかったのかとばかりに頷いた。その声になのは達が苦笑しつつ視線を一斉にギンガへ向けた。

 

「ギンガ、気持ちは分かるけど駄目だよ。貴方はスバル達にとっては局員としての先輩なんだから。ちゃんと仕事して」

「おう、お前がしっかりしないでどうすんだ」

「少しは落ち着け」

「え、えっと……そういう事です」

 

 なのは達四人から注意された事でギンガは慌てて席を立ち何度も頭を下げる。そんな彼女を見つめスバル達は揃って苦笑した。正直な話、五代達が絡むと誰もがこういう風になるのだ。それをなのは達も分かっている。あまりきつい言い方をしないのはそういう訳だ。

 故にスバル達もそれぞれデスクワークに意識を向けつつ、この後待つ訓練へ思いを馳せる。今日の午後はスターズとライトニングが共同でヴァルキリーズと模擬戦を行なうのだ。今のスバル達も最初の頃のヴァルキリーズならばどこかで勝てると思えた。しかし、今のヴァルキリーズにはギンガがいる上にそれぞれの成長もある。

 

(どうなるか分からないけど、きっとギン姉とノーヴェが私を潰しに来るはず……)

(クアットロは最近中衛をしてるし、互いの援護は厄介と理解してる。またアタシとやりあうのかしら……)

(僕の相手にはおそらくセッテさんが来る。フェイトさんをトーレさんが抑えるつもりで)

(私の相手はディードさんかな? きっと空戦の出来る人が割り当てられるだろうから気をつけないと)

 

 四人は仕事を片付けながら模擬戦の事を考える。相手が誰か。またどんな手段や作戦を講じてくるか。そんな事を予想しながらスバル達は仕事を黙々と片付けるのだった。

 

 

 

「……これでこいつは終わりだな」

「そうですね。お疲れ様です、アギト」

 

 息を吐いて制服の上を開けるアギト。それはツヴァイが身に着けている制服と同じ物だ。そんな二人を見てはやては思う。あのレジアスによる査察の結果、六課の業務に直接関る者は民間協力者であろうと制服を着用するようにと告げられた。

 つまり、ある意味で誰がライダーかを認識するためでもある。そう、実はこれに五代達は含まれないのだ。その理由。それはレジアスによる例外規定。管理外出身者はその限りではない。それを聞いた時、はやては理解したのだ。レジアスが何を目的にそんな事を言い出したのかを。

 

 仮面ライダーが六課に協力している。それをレジアスが知っているのははやても理解している。グレアムを通じて彼女はその事を聞いていたのだから。レジアスが違法行為に手を染めていた事も、真司の書いている本を見せてもらった時に知った。だから、はやてはレジアスをいつかのグレアムと同じように思っていた。

 守りたいモノがあった。それを守るためには何かを犠牲にしなければならなかった。それが正しくないと知りつつ、それをしなければ多くの者達が不幸になると思い、許されざる道を歩き出した。

 

(おじさんと同じや。レジアス中将も、誰かの笑顔を守るために犠牲を肯定する道を選んだ。それが正しくないってどこかで思いながらも、それ以外手がないって思うたから)

 

 そこまで考え、はやては息を吐く。初めてレジアスを知った時は何て高圧的でいけ好かない相手と思った。地上のためというのは分かるが、そのために危険な質量兵器を解禁しようとしていたのだから。

 はやてはその質量兵器が普通に存在し使われている世界出身だ。故にその脅威を誰よりも理解していた。魔法にも殺傷設定があるが非殺傷設定もある。だが、拳銃などはそもそも誰かを傷付ける事しか出来ないのだ。

 

 しかし、陸の現状を理解している今は違う。そこまでしてでも人手を確保したいのだと分かる。多発する凶悪犯罪。それに陸士部隊は疲弊しているのだ。優秀な魔導師の多くは海や空に取られ、陸には高ランク魔導師などあまり居らず慢性的な人手不足。

 それは正直海や空もなのだが陸は特にそれが酷い。だからこそ、レジアスは魔法が使えなくても違法魔導師や凶悪犯罪者を捕まえる事が出来るようにと簡易的な質量兵器の解禁を求めている。

 

(魔力のあるなしで差がつく今の管理局体制は確かに問題かもしれん。でも、それを変えるのは力やなくて言葉でないとあかん)

 

 綺麗事で変えられるならそれが一番いい。その言葉を以前はやては五代から言われた事があった。そう、あれはいつかの災害救助での出来事。アギトとクウガの二人が手を取り合って行なった火災現場の救助作業。

 アギトがストームフォームで風を操り、それを利用してはやてが氷結魔法で炎を消す中、クウガはタイタンフォームで崩れた瓦礫をどけながら、時折ペガサスフォームになっては逃げ遅れた者達の場所を把握して救助するを繰り返した。

 

 結局、現地の陸士隊の災害担当が現れた頃にはもう粗方救助は完了していて、はやてはその初動の遅さに内心苛立ちを感じながら後を託したのだ。そして、自分達以外誰もいなくなった所で彼女はつい愚痴ってしまったのだ。

 

―――どうしてもっと早く動けんのや!? 手続きなんかどうでもええ! 管轄も知らん! そんな事しとる間に、誰かの大切な人が死んでしまうっていうのに……っ!

 

 そんなはやての言葉を聞いて五代も翔一も何も言わなかった。そう、災害担当の陸士はこう苦い顔で言ったのだ。来るのが遅くなった理由は、現場が自分の部隊の管轄と別の部隊の管轄の境界線だったためだと。互いの部隊長が色々と揉めた結果、遅くなったのだ。

 それにはさすがにはやて達も文句を言いそうになったが、それを何とか押し止めた。目の前の相手へ言っても仕方ないと出かかった言葉を飲み込んで。故のはやての愚痴。すると彼女は真剣な表情でこう告げた。今から管轄問題で揉めた部隊の両隊長へ文句と共に多少圧力を掛けてくると。

 

―――人の命よりも互いの面子とプライドを優先した馬鹿達や。こういう事はあまり好きやないけど、こうでもせんと死んだ人が浮かばれん。

 

 そんなはやての言葉に五代は何かを思い出したのか苦い顔をした。それでもそれを振り切るようにこう尋ねた。それで本当にいいのかと。そうはやてがしたとして、もしかしたらその相手が今度は同じように別の誰かに圧力を掛けるかもしれない。それを受けた人がそれをまた別の人にする。そんな風に続いていくかもしれない。

 その言葉にはやては反論に詰まるも、綺麗事だけでそういう相手は変えられないと悲しむように答えた。それに対して五代は呆れるでも怒るのでもなく、ただ少し寂しそうな表情を見せてこう優しく告げたのだ。

 

―――そう、だよね。でも綺麗事で変えようとしないと、はやてちゃんもいつかその人達と同じになっちゃうよ?

 

 その言葉にはやては今度こそ言葉を失った。翔一はそんな彼女へ微笑みと共に告げる。

 

―――大丈夫。俺ははやてちゃんを信じてるよ。はやてちゃんなら、今日の事を活かして次に繋げてくれる。また同じ事が起きても、今度はもっと犠牲を減らす事が出来るって。

 

 それこそが本当に亡くなった人達が望む事じゃないか。そんな風に翔一は締め括った。それに五代も頷いてはやてを見つめた。はやてはそんな二人の言葉に少し黙って考え込んでいたが、何かを決意して頷くと視線を二人へ向けて力強く告げた。

 

―――せやな。わたしがせなあかんのは、そんな人らの相手やなくて亡くなった人達の犠牲を無駄にせん事やったわ。おおきにな、五代さん、翔にぃ。

 

 そんな過去の記憶を思い出し、はやては密かに拳を握り締める。あの時の誓いは今もその胸に残っている。だからこそ邪眼の被害者を一人として出したくないのだ。怪人やトイだけでなく邪眼にも誰一人として殺させない。

 それだけではない。邪眼を倒した後の六課はあらゆる災害と戦うための部隊となるのだ。要望があればどこにでも行き、失われそうな命を、未来を守る。それがはやてが作りたかった理想の部隊なのだから。

 

「今日のお昼は何にする?」

「私は……特製餃子定食」

「じゃ~、私はポレポレカレーにしようかしら?」

 

 アルトの問いかけにルキノはやや考えてそう告げるとクアットロがならばと続き、視線をグリフィスへと向けた。それに彼は苦笑しながらルキノと同じく餃子定食と答えた。それにルキノが嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「美味しいですよね、あれ」

「そうだね。この前真司さんから教えてもらったんだけど、餃子を一つスープに入れて少し待つとまた違った美味しさが味わえるんだ」

「あ、それ確かに美味しそう」

 

 会話に花咲くグリフィスとルキノ。その雰囲気を見たアルトがこそこそと席を離れてクアットロの近くへ移動する。そして横目で二人を見ながら小声で尋ねた。

 

「あの二人、どう思う?」

「そうねぇ……最近よく仲良さそうに話してるし……」

 

 そんな風にひそひそと話す二人に気付かず、ルキノとグリフィスは楽しそうに会話を続ける。オットーとディードはそんな光景を眺め小さく苦笑し、視線を後ろへ向けた。そう、はやても苦笑していたのだ。

 

「……誰一人として仕事に意識を向けてくれませんね」

「ほんまや。困ったもんやね」

「ふふっ、でもこういうのも偶にはいいです」

「うん、ディードの言う通りだね。ただし……本当に偶にでお願いしたいけど」

 

 仕事が滞ってしまうから。そんなオットーの締めにはやてとディードが苦笑いで頷く。そんな周囲にツヴァイとアギトは気付かず、ただ真面目に仕事に取り組んでいる。そんな指揮所の一幕だった。

 

 

 

 格納庫でライドロンを磨き上げる光太郎。それを手伝うのはディエチだ。そう、次の戦いの場になるだろう場所。そこへ向かうためにはライドロンの力が必要不可欠なのだ。そのため、光太郎はいつも以上に丹念に磨いている。ディエチもライドロンが喜んでいるような感じを受けているのかその手にも力が入っていた。

 その隣ではウェンディが口笛混じりにビートチェイサーを磨いていて、ノーヴェはアクロバッターを担当していた。ライダーマシンの手入れは彼女達の大切な仕事の一つ。こうして毎日綺麗にしているのだ。

 

「これ終わったら、アタシが翔一さんのバイク磨くッス」

「分かった。なら、アタシはヴァイスの奴な」

 

 そしてライダーマシンではないがヴァイスのバイクも手入れの対象。もっとも、これも見た目的には翔一のバイクと大差ないのでノーヴェ達からすれば十分ライダーマシンの範疇だったりするのだが。

 実は、未だにアギトは彼女達の前でマシントルネイダーを使っていないため、その事をヴァルキリーズは知らない。そしてスバル達もまた同様に。聞けばきっと驚く事は確実だ。何せ、空を飛ぶ事の出来るバイクなのだから。

 

「光太郎さん、こっちは終わったよ」

「ありがとう。じゃ、ディエチちゃんはゴウラムを綺麗にしてやってくれ」

「了解。……ゴウラム、おいで」

 

 光太郎の言葉にディエチは頷き、視線を上へと向けた。そこには光太郎が作りあげた廃鋼材を使ったゴウラム用の待機場所がある。五代からゴウラムの食べ物を聞いたはやてが用意した物を使って作ったのだ。

 ディエチの声にゴウラムは本来反応を示さないが、それでもそこから降りてくる。アクロバッターが呼んでいるからだ。ディエチの前に降り立つゴウラム。それに彼女は小さく笑みを浮かべると手にした水拭きでその体を拭いていく。

 

 そんな風にディエチがゴウラムを綺麗にし始めたのと入れ代わりでノーヴェがアクロバッターを磨き終わる。その仕上がりに彼女は満足そうに頷いた。そんな彼女へアクロバッターは感謝を述べるのもいつもの事。

 

「カンシャスル、ノーヴェ」

「いいって……それと、また今度乗せてくれな」

「アア、コンヤニデモクルトイイ」

 

 その答えに嬉しそうに笑みを見せるノ−ヴェ。そう、彼女はティアナやヴァイスからバイクの魅力を聞かされバイクに乗ってみたくなったのだ。しかし、免許のない自分では運転は許されない。そんな風に思い途方に暮れていると、ある日ノーヴェの様子に気付いたアクロバッターが尋ねたのだ。最近元気がないがどうしたのかと。

 主人と同じで優しい奴と思い、ノーヴェはその原因を伝えた。すると、アクロバッターが自分に乗ればいいと答えたのだ。それを聞いてノーヴェは一瞬呆気に取られたが、確かにそれなら問題ないと頷いた。

 

 以来、ノーヴェは必ずアクロバッターの手入れを買って出る。光太郎さえ驚くぐらいの頻度でするものだから彼がその理由を気になって調べるのは当然だ。そして、アクロバッターから理由を聞いて光太郎は微笑ましく思い、今も黙ってそれをさせている。

 ウェンディはアクロバッターと仲良く話すノーヴェを見つめ、どこか苦笑するように息を吐いた。ノーヴェは周囲にそこまで気付かれていないと思っているのだが、実際かなりの者は密かにアクロバッターに乗っている事を知っている。

 

 もっとも乗りたいと希望する者達はティアナのように自分で乗りたいという者が少なく、大抵が五代達と共に乗りたいという者ばかりのため、そこまで問題になっていないだけだ。

 

(ノーヴェはホントに可愛いッスね。一応お姉ッスけど、どこか妹みたいッス)

 

 最後の一拭きをし、ビートチェイサーから少し距離を取ってウェンディは仕上がりを確認。その見事さに惚れ惚れし、翔一のバイクへと向かう。その外見の凡庸さに少しため息を吐きながら、ウェンディはその車体を磨き始める。

 

「……いつになったら、お前とアタシは勝負出来るッスかねぇ……」

 

 軽くだがウェンディはマシントルネイダーの事を聞いていた。というのも、ウェンディのISを見た翔一が親近感を感じたために。自分のバイクにもそれと同じような事が出来る。そう翔一に言われたウェンディはいつか勝負したいと申し出た。翔一もそれに頷いたのだが一向にその機会が来ないまま。

 

 その原因を考え、ふとウェンディの脳裏を嫌な考えがよぎる。

 

(まさか……翔一さん、忘れてるとかないッスよね……?)

 

 天然系の翔一の性格を思い出すも、ウェンディはさすがにそれはないかと自分を納得させた。きっとまだそんな余裕がないだけだと。しかし、このしばらく後ウェンディがこの事をティアナに話した時、彼女は知る。

 かつて翔一は五代がクウガであると告げた事をティアナに指摘されるまで綺麗さっぱり忘れていた前科があると。

 

 

 

 デバイスルームに響くキータイプの音。勿論ジェイルとシャーリーが出しているものだ。今は作業を分担しジェイルはバトルジャケットの改良を、シャーリーがAMFCの微調整を行なっていた。

 レジアスは昨日の今日で多くの要望とデータを送りつけていた。ウーノからそれを渡されたジェイルは苦笑しつつも嬉しそうだった。何せ、レジアスはその最後にこう記していたのだ。

 

―――これは、人々の希望となる。

 

 その言葉にジェイルは一瞬思考が止まったが、すぐに再起動して呟いた。

 

―――私は……希望を作り出せるのか……?

 

 かつては誰かを絶望させる物しか作れなかった自分。それが、あろう事か人々の希望を作り出す事が出来る。その事実にジェイルは歓喜に打ち震えた。無限の欲望と名付けられた自分が、まさか希望を紡ぎ出す事になるなど誰が予想出来ただろうか。

 そう思った彼はレジアスの何にも負けない励ましに奮起した。だからこそ、彼はその持てる力を注ぎバトルジャケットの改良に勤しんでいるのだから。

 

 そんなジェイルを見てシャーリーは少し複雑な心境だった。つい一昨日までは二人の共同作業で進めていたAMFC。それが、今日からしばらく自分だけでやる事になってしまったのだ。

 無論、ジェイルがやっている事が邪眼との戦いに役立つだろうとは彼女も思っている。それでも、一度として自分へ意識を向けずに作業するジェイルに悲しくなったのだ。

 

(ジェイルさん、真剣なのはいいんだけど……少し寂しいな。この前までは色々話しながら仕事してくれたのに)

 

 年上の元犯罪者。シャーリーにとってそんな相手だったはずのジェイル。それが今では色々とためになる話なども交えつつ、自分へ指導までしてくれる頼もしいパートナーだ。最初はどこかで疑ってはいた。本当に改心したのかと。だが、共に仕事をするようになってからはそれを心から信じる事が出来るようになっていった。

 それだけではなく真司が言っていた言葉の意味も知る事が出来た。ジェイルは純粋だったのだ。ただ自分のやりたい事をしていた。それを止める者がいなかった事。その過ちを正し、注意してやる者がいなかった事がジェイルを犯罪者へとしていった原因の一つだと。

 

「……早くそれ、終わらせてくださいね」

 

 真剣な表情で仕事に打ち込むジェイルへシャーリーは小さくそう告げるとその意識を割り振られた仕事へと向けた。その横顔は、やはりどこか寂しそうに曇っているままで。

 

 

 

「そう、妹さんと今度会うから何か贈り物を……ね」

「ああ。悪いな、今手が空いてて、意見を参考に出来そうなのはあんたぐらいなんだ」

 

 六課隊舎のロビー。そこにある椅子に座ってウーノはヴァイスと話していた。ジェイルの仕事を手伝おうと思っていたウーノだったが、バトルジャケットでは自分が役に立てる事はないと思い、ならばと指揮所に向かおうとしていたところを彼に呼び止められたのだ。

 話がある。そう言われた時、ウーノは不思議にしか思えなかった。自分へヴァイスが話す事など心当たりがなかったからだ。故に多少疑問に感じていたのだが、その内容を聞いて納得していた。やや気まずい妹と会うためのプレゼントを買いたいのだが、男の自分では中々いい考えが浮かばないので意見が欲しい。そう言われたのだから。

 

「ま、確かにアルトさんは手が空いてないでしょうしね」

「なっ……どうしてアルトの名前が……」

「だって指揮所へ向かおうとしてたでしょ? なら、貴方が頼りにしそうなのは彼女ぐらいだわ」

「……そんなに分かり易いか、俺」

「ええ」

 

 ウーノの笑顔での断言にヴァイスは苦笑して頭を掻いた。自分ではそこまで単純ではないと思っていたのだが、どうも妹の事になるとそうでもないようだ。そう思い、ヴァイスは小さくため息を吐いた。それは自分への呆れを込めたもの。

 そんなヴァイスを見てウーノは何となくだが真司を重ねた。共に妹分には甘く分かり易い行動を取る存在。そんな共通点を見出し、ウーノは微笑みを浮かべた。

 

「さて、じゃあ気を取り直して聞くか。何がいいと思う?」

「そうね……年齢にもよるけど、安全策でいくなら好きな食べ物かしら」

「食べ物ねぇ……他には?」

「小物はどう? もしくは装飾品」

「成程。髪飾りとか何て良さそうだな」

「そうね。あ、後は……」

 

 ヴァイスとウーノはそうやってしばらく話し合う。ヴァイスの妹であるラグナの事を聞き、ウーノはその話にやや熱を帯びさせる彼へ苦笑しつつ最後まで話を聞いてやった。真司も以前はセイン達の事を話す時そうだったのだ。

 それを思い出し、ウーノは妹を持つ男はみな同じなのだろうかと思った。そして、その想像に思わず笑ってしまい、その反応にヴァイスが不思議そうな表情を浮かべる。今の自分の話にはそんな笑う要素はなかったはずだったからだ。

 

 それを指摘するヴァイスへウーノは理由を話す。少し考え事をしていたら、それがちょっと面白いものだったために笑ってしまったと。その内容を聞きたがるヴァイスを彼女は秘密の一点張りで退ける。

 そこをザフィーラとの自主訓練を終えたトーレが通り、どこか楽しそうな二人の様子を見て意外そうな表情をみせる。そして近くの時計を眺め、自分に気付かず話す二人へやや呆れたように告げた。

 

―――まだ昼休みでもないのにこんな所で油を売っている暇があるとは羨ましいな。

 

 その言葉にヴァイスとウーノが揃って時間を見て立ち上がる。ヴァイスはこんなに話し込むとは思っていなかったし、ウーノもここまで長引くとは考えていなかったのだ。そのため、互いにする事を思い出して動き出す。

 無論、互いに礼を述べ合って。話を聞いてくれた礼と話をしてくれた礼。そんな二人を眺めトーレは苦笑した。ヴァイスの反応が真司を連想させたのだ。どこにも似たような奴はいるものだ。そんな風に感じトーレも歩き出す。向かう先はシャワールーム。汗を流すためだ。

 

「本当なら風呂がいいが、さすがに今は入れんしな」

 

 つい不満を口にしてしまうトーレ。そうなのだ。宿舎は現在の時間は掃除中。それは大浴場も例外ではない。シャワーも悪くはないのだが、ラボでの生活で大きな湯船に浸かる事になれてしまった身としては、やはり広々とした場所で寛いでいたいのだ。

 そんな彼女だが、これが真司と出会う前はシャワーの方が好きだったと聞けばその変化が良く分かるだろう。というのも、真司がトーレに教えたある事が原因なのだが。それは、風呂に入った方が体が適度に疲れよく眠れるというもの。それを聞いて彼女は自分で確かめたのだ。どちらが眠るまで時間がかかるかを。

 

 結果として、当然シャワーよりも風呂に浸かった方になった。故にトーレは最初こそ睡眠時間のために風呂を選んでいた。今はでその理由がまったく違うのだが。

 

(いっそ夕方まで待つか? ……いや、やはりシャワーを浴びておこう)

 

 昼になって食堂に行った時、真司に汗の匂いがすると言われては恥ずかしい。そう考え、トーレは歩く。その発想自体が既にどこかおかしい事を彼女は気付かない。ともあれ、トーレは一人シャワールーム目指して歩くのだった。

 

 

 

 昼休みとなり、多くの者で賑わう食堂。だが、そこで食事を取るなのはの隣に座っているのはフェイト達ではなかった。

 

「どう?」

「おいし~」

 

 なのはから感想を尋ねられ、ヴィヴィオは笑顔でそう答えた。彼女が食べているのは翔一作のオムライス。アギトセットやアギト御膳という選択肢もあったのだが、翔一が小さな子供ならそちらの方がいいと思い作ったのだ。

 何故ヴィヴィオの面倒をなのはが見ているのか。それは時期が重なったとしか言いようがない。彼女は早めに仕事を切り上げ、フェイト達の分の席を確保する事も視野に入れて食堂へ来たのだが、そこで五代とセッテにヴィヴィオの事を託されたのだ。

 

―――ごめん! お昼休みの間だけヴィヴィオちゃん、お願い出来るかな?

―――私達も手伝わないと大変ですので。

―――あはは、いいですよ。お仕事頑張ってくださいね。

 

 そんなやり取りを思い出し、なのはは微笑む。視線の先には口の端にケチャップをつけたヴィヴィオの顔がある。その幼さと可愛らしさになのはは笑みを浮かべると、そっとナプキンを手にしてその口回りを拭いた。

 

「もう、口についてるよ? ……はい、取れた」

「ありがとう!」

 

 朝とは打って変わって明るくなったヴィヴィオになのはは少々驚きを見せる。五代達との触れ合いがその下地になっているとそう感じて。その明るさに心からの笑顔を返してその頭を撫でる。良く言えました。そんな風に思いながら。

 そこには、いつもよりもどこか大人になったなのはがいた。母親らしさとでもいうのだろうか。それとも、幼いヴィヴィオと接しているからの大人らしさなのか。どちらにせよ、遅れて来たフェイトはなのはを見てそんな事を感じていた。

 

「あ、フェイトちゃん、こっちこっち」

「う、うん」

 

 やや意外そうに食事の乗ったトレーを手にして立ち尽くすフェイト。そんな彼女に気付いてなのはは笑顔で手招き。それに若干戸惑いながらフェイトは動き出した。微笑むなのはと笑顔でオムライスを食べるヴィヴィオ。その光景はどう見ても親子だ。フェイトはそう感じながらそれを口にする事はしなかった。

 何となくだが、そう言ってしまうとなのはが変な意識をしそうだと思ったのだ。ユーノと恋人となったなのは。十年越しの恋は実った瞬間から一気に花どころか種までつけそうなぐらいなのだから。

 

(毎晩連絡してるらしいし、次の休みにはデートするんだよね)

 

 数ヶ月前からなのはが服装に興味を持ち出した事をフェイトは知っている。その理由を彼女は理解していた。好きな人に誉めて欲しい。可愛いと、綺麗と言って欲しい。そんな女の欲望だろうと。

 元々なのははそこまで服装にこだわる事はなかった。化粧なども最低限で、装飾品などもあまり欲しいとは思わなかったのだから。しかし、なのははユーノと想いを通じ合わせた後から、それらに興味を抱いた。

 

 昔から大人びいていたアリサやすずかに助言をもらいつつ、なのはは少しずつではあるが女らしさを身に着けて言った。昔は読まなかったファッション誌が月一度の購読書になるとは思わなかったとは本人の談。

 

「なのははもう食べたの?」

「うん。ヴィヴィオにも少し分けたんだけど、ポレポレカレーをね」

「カレーもおいしかったよ」

 

 なのはの言葉にヴィヴィオは満面の笑みでそう答える。それになのはだけでなくフェイトも笑みを浮かべた。エリオやキャロは出会った頃からどこか子供らしくない部分もあった。それはいい意味でなのだが、それでもフェイトとしては寂しく思う事もあったのだ。

 だからヴィヴィオの反応や表情は心和ますものがある。歳相応の子供らしい言動。それはフェイトにとってはどこかでエリオやキャロに望んでいた光景なのだ。故に心が和み表情が緩む。子供好きな彼女の性格がそこに出ていた。

 

「ふふっ、そうだね。ポレポレカレーは美味しいよね」

「うんっ!」

「あっ、ヴィヴィオ~? また口にケチャップついてるよ」

「え? 取って取って~」

 

 すっかりヴィヴィオの母親役をしているなのはにフェイトは小さく苦笑する。だからだろうかちょっとした思いつきのつもりでこんな事を念話で告げた。

 

―――なのは、ヴィヴィオのお母さんみたいだね。

 

 その言葉になのはは思わずヴィヴィオの口を拭く手を止めた。そして、疑問符を浮かべるヴィヴィオに気付きその手を再び動かし出す。それと同時にフェイトへ先程の言葉の返事を返す。

 

―――そう……かなぁ? でも、不思議と悪い気はしないよ。

 

 その声にフェイトは小さく笑う。何せ、なのははやや苦笑していたのだ。しかし、そこからなのはの反撃が始まった。フェイトに対して光太郎との距離感が近い気がすると告げたのだ。

 

【フェイトちゃん、光太郎さんとの事どうするの?】

【だから私は別に……】

【異性として意識してる訳じゃない、だよね。じゃ、一度考えてみるといいよ。光太郎さんから愛してるって言われたらどうなるかって】

 

 なのはの言葉にフェイトはその状況を想像し―――若干の間の後赤面する。それになのははしてやったり顔で笑みを零すと駄目押しの一言を告げた。

 

―――意外とね、自分の気持ちって分かってるようで分かってないものなんだよ。私もそうだったし。

 

 その言葉に込められた想い。それに気付いたフェイトは思わずなのはへ視線を向ける。そこには彼女へ微笑みかけるなのはがいた。その笑顔の優しさに言葉を無くすフェイトへなのはははっきり告げた。後悔しないようにねと。

 それに神妙な表情を返すフェイトだったが、やがて何かを決心するように小さく頷いた。そんな彼女に嬉しそうになのはも頷いて笑みを浮かべる。その光景にヴィヴィオは小さく首を傾げるも、残ったオムライスを片付けるべくスプーンを動かす。賑やかな食堂の中、小さな変化が生まれていた……。

 

 

 

 激しい音が響く訓練場。スターズ&ライトニングVSヴァルキリーズの戦いはもう終盤を迎えていた。以前の教訓を活かして戦略を立てるウーノ。それを支えるクアットロとオットー。そして、そんな三人の指示や考えを理解して動くトーレ達。

 そこには以前の団体戦で敗北した彼女達の姿はなかった。見ているはやて達さえそう感じたのだから直接相手をしているなのは達は余計にだろう。怪人戦とライダーとの共闘。それで培われた全てがヴァルキリーズにいい結果を与えていたのだ。

 

 一方、ヴァルキリーズもなのは達―――特にスバル達四人の成長をひしひしと感じていた。以前ならば、それぞれが一対一にされるとそれに拮抗しようとしていたのだが、今はそうなるとどうにかして互いの連携を取れるよう動き出すのだ。

 あのアグスタで見せた連携。それは怪人を相手に勝つ事は出来なかった。だが翻弄する事は出来た。その事実が四人に連携の大切さと強さを教える事となった。自分達四人でも力を合わせれば強力な敵にも負けないと。

 

 そんな前回以上の接戦を展開するなのは達を見つめ、はやては参加しなかった事を悔やんでいた。何も模擬戦が好きな訳ではない。だが、見ていれば分かるのだ。なのは達が互いに戦う事で成長しているのを。

 ライダーと共にあるために、そして邪眼を倒すために少しでも強さを。そんな想いを両者からひしひしと感じる事が出来るのだから。

 

「……今度はこれにわたしらも加わって、ライダーを第三軍にしての模擬戦をやろか」

 

 だからこそ、そんな事を考えた。そう、まだはやて達もライダー達も経験した事のない状況。それは、ライダー四人の連携対旧六課の全戦力を結集しての連携。そこから得られる事はおそらく最後の決戦を勝ち残るための力になる。

 そう判断し、はやては隣で模擬戦を見つめるリイン達へ告げた。それにリイン達も頷いてみせた。唯一ライダーの中で見学していた光太郎もその言葉に賛同する。先輩ライダー達と違い、彼はあまり他のライダーとの連携を経験していない。しかも、そもそも五代は他のライダーとの連携自体未経験だったのだから。

 

(俺達四人が協力する戦い。それがきっと邪眼との最後の戦いになる。それに負ける事は許されない。今の内に少しでも、俺達も連携を考えていかないと……)

 

 視線を空へ向ける光太郎。もう太陽は暮れ出して夕日へと変化している。その暖かくもどこか寂しい色合いに遠い目をし、誰にでもなく彼は告げた。

 

―――先輩達、見ていてください。俺達が邪眼を完全に倒すところを……

 

 あの発電所で共に戦った一号とV3だけではなく他の先輩ライダー達へも光太郎は誓う。きっと来れるのならここへ現れ戦ってくれるだろう歴代ライダー達へ。今もどこかで悪と戦っているだろう仮面ライダー達。

 その魂を受け継ぐ者として光太郎は決意を新たにする。三度目はなくしてみせると。一度目は発電所、二度目は無人世界。そこで仮面ライダーに敗れた邪眼。しかし、どちらも逃げ延びて災いを起こそうとしている。だからこそ、次は必ず倒すのだと。

 

(お前に教えてやるぞ、邪眼。悪ある限り、仮面ライダーは不滅だと。そして、正義の系譜に終わりはないと……)

 

 そんな事があった日の夜の休憩室は賑やかだ。スバル達前線メンバーだけではなくアルトやルキノなどもそこにはよく顔を出すために。加えて、今はここにヴァルキリーズの後発組も常連化しているので余計だろう。

 

「いや~、今日の模擬戦も色々とためになったねぇ」

 

 スバルの言葉に周囲が笑みと共に頷きを返す。今の休憩室メンバーはスバル達フォワードメンバー四人とノーヴェにウェンディだ。もう少しするとギンガなども姿を見せるだろうと誰もが考えていた。今はほとんどが大浴場で疲れと汗を流しているのだから。

 

 あの模擬戦は白熱し、結果は何とヴァルキリーズの勝利に終わった。敗因は、健闘していたスバルがギンガとノーヴェの協力の前に敗北したため。そう、奇しくも前回と同じく一人の敗北が全てを決めたのだ。

 

 スバルと倒した二人はそれぞれキャロとティアナに襲い掛かった。ティアナにはギンガ、キャロにはノーヴェが攻撃に参加した事で一気に情勢が変わった。なのは達は無論それを助けに行きたかったのだが、前回から経験を積みデータ共有で彼女達の動きなどを学んだトーレ達がそれを許さなかった。

 そう、彼女達は揃ってなのは達の援護妨害だけに集中したのだ。それは前回エリオやキャロが狙った事。自分が勝つ事に拘るのではなく全体の勝利を考えての行動。それにより、なのは達隊長陣は援護にも行けず無理に突破する事も叶わなかった。

 

 そして、さほど時間が掛からずティアナ達も敗れ、ヴァルキリーズは残った全戦力を結集し包囲する形でなのは達を攻撃。前方と後方、側面さえも押さえた猛攻にさしものなのは達も追い詰められ、敗北したのだ。

 そう、いかになのは達が強くてもその魔力も体力も無限ではない。故にウーノは考えた。最初から強い者を倒すのではなく倒せる者から倒していこう。自分達がなのは達に勝るモノは人数。それをもっと活かした戦術を組み立てるためには相手の数を減らす必要があると。

 

「……私がギン姉に動きをほとんど読まれてたのが痛かったなぁ」

「そうね。でも、それを承知でアタシもあんたとギンガさんをぶつけたんだし、あんただけの責任じゃないわ」

「ノーヴェさんもスバルさんの動きを知ってたのも響きましたね」

 

 ティアナの言葉にエリオはそう続いた。それにスバルとノーヴェが苦笑した。その理由はスバルがノーヴェに教えているシューティングアーツ。それを通じてノーヴェはスバルの動きを理解していたのだ。それは逆を言えばノーヴェにも同様の事が言えるのだが、ギンガがそれを上手くフォローするようにしていたのでスバルはそれを突く事が出来なかったという訳だ。

 

「まぁ、アタシらはスバル達四人の中の誰かを倒せばいいって思ってたッスからね~」

「ああ。だからアタシとギンガは一番戦い易いお前を選んだって訳」

 

 その言葉にスバルは完全に苦笑い。ティアナはそこからヴァルキリーズの考えを読んだのか悔しそうにしていた。何故、自分と対峙していたのがクアットロではなくウェンディだったのかを理解して。

 自分と射撃対決に持ち込め、幻術を使ってもそれを射撃で判別出来る事。更に、いざとなればISで逃走する事も可能な存在。ティアナはそれを警戒していた事を思い出して苦笑する。つまりウェンディは彼女がリーダーシップを発揮出来ないように差し向けられた相手だったのだ。

 

(きっとクアットロ辺りの差し金ね。アタシをそこまで重視してくれるのは嬉しいけど、まだまだアタシはリーダーなんてもんじゃないわ。ま、期待されてるようだしやってやりましょ)

 

 密かにライバル視しているクアットロ。それが自分を意識してくれている事に喜びを感じつつ、ティアナは今はそれに応える事が出来ない。故に、必ずそれに応えられるようになってやると、そう彼女は決意した。

 そんなティアナの前ではキャロが遅れて現れたセイン達へ飲み物を手渡していた。それをセインは笑顔で受け取り、チンクはややすまなさそうに受け取るところに性格が見える。

 

「はい、どうぞ」

「すまんな」

「ありがと、キャロ」

 

 可愛らしいパジャマのチンク。実はそれはフェイトが間違えて大きめを買ってしまったキャロの物。セインが着ているのもパジャマなのだが、そちらはアルトの物で多少可愛げはあるもののチンクよりは幾分大人の雰囲気だ。

 二人は飲み物を手に空いている場所へ座った。そして、セインが盛り上がっているスバル達を見て話題は何かをキャロへ尋ねた。

 

「で、何話してんの?」

「えっと、今日の模擬戦の事を話していたんです」

「成程な。確かに話題にはもってこいだ」

 

 キャロの答えにチンクは少し微笑むと、視線をスバル達ではなく自分の後方へ向けた。気配を感じ取ったのだ。そこには湯上りだろう翔一と真司がいた。手には差し入れだろう果物が載っている皿がある。

 

「五代さんがみんなで食べて欲しいって」

「どうもパフェ用に仕込んだみたいなんだけど、余っちゃったらしくてさ」

 

 そこには缶詰のものだろう黄桃や蜜柑、そしてバナナと多少のサクランボがある。それに目を輝かすのはスバルとセインだ。ウェンディとティアナは寝るだけにも関らずそれを食べて太りやしないかと年頃の女性らしい事を考えている。

 チンクは真司から皿を受け取り、五代はどうしたと聞いていた。キャロはエリオとケーキの材料みたいだと話して笑っている。翔一は休憩室の中を見渡し、他に誰かいないかを確認して頷いていた。

 

 ちなみに五代は風呂上りをヴィヴィオに捕まり、現在なのはの部屋で絵本を朗読中。なのははそれを見て微笑ましく思っていたりするのだ。

 

「……そうか。ヴィヴィオにな」

「あの子、五代さんをパパみたいに思ってるのかな」

 

 真司は今日一日のヴィヴィオと五代を思い出してそんな風に呟いた。確かにヴィヴィオは五代の後ろをよくついて行ったのだ。スバル達は昼休みしかヴィヴィオと顔を合わせる機会がなかったが、それでもその光景を想像出来たのか笑みを零す。

 

「いや、感覚は近いかもしれないけど俺はパパじゃないと思います。だってあの子、なのはちゃんはママって呼びましたから」

 

 その翔一の発言に食堂で働いている者達は思い出したように頷くと、同時にスバル達から驚きの声が響いた。そう、ヴィヴィオはあの食事終わりに仕事へ戻るなのはを見送ってこう言ったのだ。

 

―――ママ、いってらっしゃい。

 

 それを食堂で働いている者達は揃って聞いて驚いたのだ。なのはもその呼び方にはさすがに足を止めたものの、フェイトが何かを告げると少し戸惑いながらそれに手を振り返したのだから。

 

 その一連の流れを話して翔一は全員に告げた。もしかしたら、ヴィヴィオは父親よりも母親を強く求めているのではと。その言葉に真司は納得。人はみな母から生まれてくる。だからヴィヴィオも母親の方を強く捜していたのかもしれないと、そう考えたのだ。

 

 そして、そこから始まる話題はなのはとユーノの事。結婚前に子供が出来たのは問題ではと、そうどこか楽しそうにセインが言えば、それをキッカケに結婚に迫れるとウェンディが応じる。ティアナは翔一へ視線を向け、チンクは真司へ視線を向け、それぞれに意見を尋ねる。

 表向きは男性の意見を聞きたいと言っていたが事実は違う。ともあれ、二人もそれに真剣に考え込み、スバルは単純に関係ないと思っていた。エリオもキャロも同じだったが、セイン達の意見を聞きながらフェイトと光太郎の事に役立てられないかと考えていた。

 

 そんな風に賑やかになる休憩室。その一方で、格納庫前では光太郎とフェイトが夜の海を見ながら話し合っていた。

 

「……明日にでも光太郎さんと翔一さんで先行したい、ですか?」

「ああ。今度の相手は海底遺跡にいる。なら、ライドロンじゃないと行くのは難しいだろう。本当はクウガを連れて行きたいが、あまり俺と一緒に行動はさせたくない」

 

 フェイトの問いかけに光太郎はそう答えた。その意味を理解しフェイトは頷いた。キングストーンとアマダム。それこそが邪眼が狙う本当の目的。だから、万が一に備えて二人は別々の場所にいる方がいい。

 戦力が分散している状況で二人が同じ場所にいるのは邪眼にとって好機でしかない。そう二人は判断したのだ。なので、クウガと似た力を持つアギトを連れて行くのだとフェイトは考えた。

 

「でも、いくらなんでも早すぎるんじゃ……」

「分かってる。でも、嫌な予感がするんだ」

「そんな……」

 

 今度の場所は邪眼でもそう簡単には気付けないだろう場所。そうフェイトだけじゃなくはやてもジェイルも考えていた。なので入念に準備をして行こう。そんな風に今日話し合ったばかりなのだから。

 しかし、どうも光太郎は早めに動くべきと考えているらしい。それが意味する可能性は二つある。一つは邪眼達もイクスの存在を調べていてその居場所を見つけたという事。それともう一つ。それはかつてウーノから聞いたある推測に基づく発想。

 

(どこかで情報が漏れた。そういう事だね……)

 

 今回の調査結果はかなり限られた者達しか知らない。まず、はやてと守護騎士達。フェイトとなのはに光太郎。そしてジェイルとウーノにユーノだ。この中で情報を漏らす者がいるとは思えないが、それでもフェイトにはそれを心から否定出来る要素がなかった。

 

(まさか……もう六課にスパイが入り込んでいるの?)

 

 ライアーズマスクを使い、邪眼の手先が六課の者に化けている。そう考え、フェイトはそれを即座に否定した。もしそうなら光太郎が何も言わないはずはない。であれば、その可能性があるのはただ一人。

 しかし、それをフェイトは否定したかった。もし仮にそうならば、なのはは毎晩別人を最愛の男性と思って愛を告げている事になるのだ。それを伝える事はフェイトには出来ない。

 

(ユーノが偽者かもしれないなんて、言えるはずがないっ!)

 

 言えば、なのはとユーノの間に違和感が生まれる事は明白だ。そうなれば二人の関係にも嫌な変化を与えかねない。それに、そこから相手に気づかれ本物のユーノが危険に晒される可能性もある。

 そこまで想像し、フェイトは光太郎へ視線を向ける。すると二人の視線が交差する。光太郎はフェイトが黙ったのに気付き、その様子を窺っていたのだ。フェイトの眼差しから何かを感じ取り、光太郎はその傍へ駆け寄った。

 

 そして小さく震えるフェイトの体をそっと抱き締めようとして、一瞬だが光太郎は躊躇いを見せる。しかし、その躊躇いを振り切り、フェイトを励まそうと優しく抱き締めた。

 

「フェイトちゃん、大丈夫だ。何が起きても、大丈夫だから」

「……光太郎、さん……」

「俺達がいるし、六課は負けない。最後には、必ずみんなで笑顔になれるさ」

 

 光太郎の言葉に五代の影響を感じるフェイトだったが、それでもその温もりに考えていた嫌な想像が消えて行く。体を襲った不安も失せていき、フェイトは感謝を込めて光太郎の体を強く抱き締め返す。

 だがその瞬間、光太郎の体が軽く強張ったのをフェイトは感じ取った。それが意味する事を察して彼女は反射的に光太郎から体を離す。そして、どこか悲しそうな瞳で光太郎へ視線を送る。何故、と。どうして自分を拒絶するような反応を返すのかと。

 

「……フェイトちゃん、俺は……」

「関係ないっ! 改造人間とか仮面ライダーとか宿命とか関係ないっ!!」

 

 光太郎の言葉を遮るようにフェイトは叫んだ。それは自分の本心。今日なのはに気付かされた自分の想い。それをここで告げよう。その決断をフェイトは下した。でなければ、光太郎には届かないと思ったからだ。

 光太郎の態度が自分を守るためだと彼女は薄々気付いていた。更にエリオから聞いた推測もそれを肯定していた。故にフェイトは決断した。ここで自分の偽らざる気持ちを伝えようと。

 

「光太郎さんは私に言ってくれた! 私は私だって! なら、それは光太郎さんも同じでしょ? 改造人間でも、仮面ライダーでも、光太郎さんは光太郎さんです!」

「フェイトちゃん……」

「光太郎さんの歩く道が厳しく辛い事なんて知ってます。私だって執務官をしているんです。平和のために戦う事がどんな事を意味するか。嫌って程知ってますっ!」

 

 フェイトの涙ながらの言葉に光太郎は何も言えなかった。自分がフェイトへ取った距離。どうもそれが余計フェイトの心を苦しめてしまったと感じたからだ。完全に突き放す事でしかもうフェイトを自分から離す事は出来ないのか。そんな風に考え、光太郎は天を仰いだ。

 気付いたのだ。もう遅い事に。フェイトは既に自分を追い駆ける覚悟を決めているだろう。であれば、突き放したとしてもそれが自分を思いやっての事と気付いてその気持ちを更に強めてしまうはず。

 

 だが、そんな光太郎の予想に反してフェイトの答えは違った。

 

「……私、光太郎さんを愛してます。今日、私はこの気持ちに気付きました」

「フェイトちゃん……」

「だからお願いです。私の好きな貴方でいてください。生まれや育ちの事を気にしない、貴方のままで」

 

 フェイトの告白が杏子からのものに聞こえ、光太郎は驚いたような声を出した。それにフェイトは真剣な表情でそう告げる。決して自分を卑下しないで。改造人間だとしても光太郎は人間だと胸を張ってくれとの想いを込めて。

 それを感じ取って胸を詰まらせる光太郎へフェイトは慈愛に満ちた笑顔を見せた。分かっているのだ。彼が自身の告白へどう返すのかを。故にそれを言わせる前にフェイトは己の決意を告げた。

 

「私の気持ちに光太郎さんが答えられないって分かってます。でも、せめて……好きなままでいさせてください」

 

 その言葉と表情に光太郎は完全に言葉を失った。フェイトは微笑みながらも泣いていたのだ。叶う事のない想い。それでもいい。光太郎が自分を嫌いでないのならずっと好きでいよう。だから、この想いだけは覚えていて欲しい。

 そんな風に聞こえるフェイトの笑み。その美しさに光太郎は黙って見つめ続ける。白鳥玲子とは違う形での愛情表現。そしてどこか秋月杏子を思わせるような言葉。それに光太郎は心から感謝と謝罪の念を抱いた。しかし、それを告げる事はしない。それはフェイトの望む事ではないからだ。だから、こう告げる。

 

―――……俺は今夜の事は絶対に忘れないよ。例え、何があっても……

―――ありがとう、光太郎さん……

 

 光太郎の告げた精一杯の答え。それにフェイトは大粒の涙を流した。それに光太郎は笑みを浮かべ、静かに彼女へと近付いていく。彼はそのまま黙って隣に立ち、彼女が泣き止むまで傍にいた。

 その無言の優しさが嬉しくも切なくて、フェイトは泣き止んだ時にこう言った。泣き止ませたいのか泣かせたいのか分かりませんと。それに光太郎はどこか嬉しそうに苦笑する。するとそれにフェイトも苦笑した。

 

 今までと変わらない雰囲気。だが、確実に関係は変わった。それを感じながら二人は笑う。いつまでもこうしていたいと心のどこかで願いながら……。

 

 

 

 ベッドで眠るヴィヴィオ。その寝顔に五代となのはは揃って微笑んだ。その寝顔の安らかさと心に感じる穏やかを愛おしく思って。ヴィヴィオがこうして眠った事により、絵本朗読から解放された五代はいそいそと部屋を後にするべくドアへと向かう。

 何せここは女子寮。リインの許可は取っているが出来る限り用件が済んだのなら男子寮へ戻られねばならない。それに五代が急ぐには訳がある。もうすぐ消灯時間となるためだ。

 

「じゃ、俺は部屋に帰るね」

「はい。お休みなさい、五代さん」

「お休み、なのはちゃん」

 

 軽く手を振って五代が出て行くのを見送り、なのはは視線を入口から別の方へと向けてある物へ近付いた。それは部屋に設置された端末。それを操作し、彼女はモニターを表示させる。すると、一分としない内にユーノがそこに映り出た。

 

「ごめんね、遅くなって」

『いいよ。にしても、どうして声を抑えてるの?』

 

 なのはの声量が小さい事に気付き、ユーノは不思議そうに尋ねる。それに彼女は苦笑しながらモニターから体を動かした。そこに見えるは安らかな寝顔で眠るヴィヴィオの姿。それにユーノは納得。そう、昨夜の話でヴィヴィオの存在自体は聞いていたのだ。

 

『成程ね、その子が原因なんだ』

「うん。それでね、ユーノ君。一つ聞いて欲しい事と相談があるんだけど……」

『何?』

 

 なのはがどこか戸惑うような表情をしている事に疑問を感じるもののユーノは笑顔で尋ねる。それになのはがヴィヴィオからママと呼ばれている事を話し、彼へ軽い驚きを与える。それでも彼は、ヴィヴィオが本能的に保護者を求めているとのシャマルの推測を聞くと納得した。

 だがそれだけで終わるのではなく、ちゃんとなのはが優しく母性を感じさせたからだろうと告げるのを忘れない。それになのはがやや照れるのは仕方ない。そのまま、まだそんな歳じゃないと苦笑を返すが、やはりどこか嬉しそうにユーノには見えた。

 

 その呼び方の話が少し落ち着いたのを見計らい、ユーノは相談について彼女へ切り出した。一体何を相談したいのだろうと。それになのはは最初見せた戸惑いを見せる。だが、意を決してユーノへ告げた。

 

―――出来ればヴィヴィオを引き取ろうかなって……思ってるんだ。

 

 その言葉にユーノは笑顔で応じようとして―――微かに表情を固まらせる。そして、一度深呼吸をするとなのはを見つめて告げた。

 

―――分かってるの、なのは。その子を引き取る事は、かなり”重い”よ?

 

 それはヴィヴィオの将来を案じるだけではない。聖王のコピーである彼女を引き取る事でなのはの今後への影響を想像するからこその言葉だ。それになのはも頷き、真剣に考えていると返した。それにユーノが小さく息を吐いて苦笑する。その表情になのははユーノが何を考えたかを悟り、同じように苦笑した。

 

『じゃ、とりあえず僕はいつでも引き取れるように手続きの準備を進める事にするよ』

「ありがとうユーノ君」

 

 やはり自分と同じで下手に施設などに行かす事は出来ないと考えてくれた。そう思い、なのはは心からの笑顔でそう告げた。それにユーノは笑みを返し、やや照れるようにこう言った。

 

「どういたしまして。まぁ、おそらく将来僕の娘になる訳だしね」

「にゃはは、ユーノ君って……え?」

 

 そこでユーノが言った言葉になのはは思わず思考を止めた。その視線の先には真剣な表情のユーノがいる。その雰囲気から彼女は一つの予想を立てる。それは彼女がどこかで待っているもの。だが、まだ先になるだろうと思っていたある言葉。

 そんななのはの思いを感じたのかユーノは軽く息を吐くとはっきりと告げた。その時の事を、なのはは終生忘れる事が出来なくなる。

 

―――結婚しよう、なのは。邪眼を倒して、平和になったその時に。

 

 プロポーズ。まだデートさえしていないにも関らず、ユーノは求婚した。だが、考えてみればこの二人はあのジュエルシード事件の頃から二人で行動する事が多かった。ならば、その絆と関係は深いといっても過言ではない。

 現に、なのはもそんなユーノの言葉に驚きよりも喜びを強くしていたのだから。目は潤み、顔は赤い。だが涙は流さない。それはまだ今ではないと思っているから。だからなのはは微笑みを浮かべるとユーノへ答えた。

 

―――幸せにしてね?

―――勿論。……ヴィヴィオも一緒に、ね。

 

 どちらも邪眼が倒されないとは欠片も思っていない。四人の仮面ライダーがいる。それだけで、あの邪眼戦を経験した二人には勝利を確信出来るのだから。だからユーノの言葉になのはも頷いた。

 

 最後は軽くおどけるように告げるユーノ。そんな彼になのはは嬉しそうに笑うとモニターへ近付いた。それに不思議そうな表情を浮かべるユーノだったが、彼女の顔が自分に近付いてくるのを見てその行動理由を悟る。

 そして、モニターのなのはが彼と完全に顔を重ねる。モニター越しのキスとでも言えばいいのだろうか。ともあれ、それにユーノは軽く思考停止。そんな彼へなのはは真っ赤な顔で締めの言葉を告げて通信を切った。

 

「信じてるからね、あなた。お休み」

 

 そして静寂が訪れる司書長室。その中でユーノは最後のなのはの言葉を反芻し、喜びに打ち震えていた。勢いに近い形になったが求婚して受け入れられた。しかも、最後には”あなた”発言だ。これを喜ばずに何を喜ぼう。これで今夜の徹夜も耐え切れる。そんな風に思ってユーノは気合を入れた。

 その姿を密かに見つめる影がある。それは、ユーノとなのはの会話を盗み聞いていた闇の住人。それを証明するような邪悪な笑みを浮かべて闇はそこから去った。これは使えると、そんな事を呟きながら闇は消える。夜の中へ溶け込むように……

 

 目覚めた聖王。その心にあった不安の影を散らした五代と六課。穏やかに関係の変化を起こす者達がいる中、蠢く不気味な影がある。平穏の裏にある闇。それが牙を剥く日は……近い。



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解禁! ダブルアギトと光る杖

遂にあの武器が使用されます。未だに決めポーズまで含めてのカッコよさで人気が高い、あの攻撃です。


「海底遺跡かぁ……行ってみたかったなぁ」

 

 食堂での仕込み中、突然そんな事を呟いた五代へ真司が不思議そうな視線を向ける。彼は光太郎から聞いていたのだ。五代が留守番を頼まれた際、あっさりと承諾した事を。

 

「あれ? でも五代さんすんなり留守番を引き受けたって聞きましたけど?」

「いや、だって光太郎さんが残ってくれって言ったからさ。ライダーの先輩が信頼してくれたなら応えたいって思うじゃん。それと、俺が行ったら……調査しないで冒険しちゃうし」

 

 五代の笑みと共に告げられた言葉に真司も納得して苦笑。今、光太郎と翔一はライドロンを使ってミッド湾岸地区にある海底遺跡に調査に向かっている。更にアギトとツヴァイもそれに同行し、現地に到着次第、転送魔法の座標を送信するなどの連絡役をする事になっていた。

 五代は真司と共に六課に留守番。ヴァルキリーズは希望する者だけが海底遺跡の調査班に加わる事になっている。実は六課に残る事が確定しているのはスターズだけ。ライトニングは転送準備が出来次第、遺跡へ向かう事となっている。

 

 そんな二人とは違い、チンクとセインはリインと共に忙しく働いている。とはいえそれはいつもの仕込みなので慣れたもの。リインとチンクは互いに食材を刻んでいて、セインは五代の代わりにカレーの番だ。

 そしてセッテはヴィヴィオの世話をしていて二人してどこか楽しそうに笑っている。あの休暇騒動から既に二日が経過し、もうヴィヴィオはすっかり明るくなっていた。今はここ食堂で六課の新しいマスコットキャラとしての位置を確立しつつある程に。

 

「ねぇねぇ、セッテはどうして五代さん達のお手伝いしないの?」

「ヴィヴィオが退屈しないように相手をするためだ」

「え? ヴィヴィオはみんなが働いてるところを見てるだけで楽しいよ?」

「そうなのか? なら、私も姉上達を手伝ってくるとしよう。ヴィヴィオはここで大人しくしていてくれ」

「は~い」

 

 ヴィヴィオの言葉に意外そうな表情を見せるも、それならばとセッテは厨房の方へ歩いて行く。その背中を見送るヴィヴィオはにこにこと笑っている。彼女は当然のようになのはと共に寝る事になり、基本昼間は五代達の目の届く場所である食堂にいる事になった。

 もし外に行きたいと言い出した時はザフィーラが相手をする事になっている。そのため彼も昨日から食堂に常駐していた。そんな彼の仕事はヴィヴィオの監督役だけではなく必要に応じての力仕事だ。

 

 セッテを加え活気付く厨房。ヴィヴィオはそれを眺め、本当に嬉しそうに笑っている。そんな食堂へ思わぬ客人が現れた。

 

「こんにちは」

「真司、久しぶり」

「メガーヌさん! ルーちゃんも!」

 

 アルビーノ親子の来訪。それに真司だけでなくチンク達も驚いた。五代やリイン達はメガーヌはともかくルーテシアと会った事はない。だが外見から娘である事は悟った。そして、二人は厨房へ近付いて笑みを見せる。

 メガーヌに促されてルーテシアが初対面の者達へ挨拶を兼ねた自己紹介をし、それに五代達が同じように返す。そこへザフィーラがヴィヴィオを連れて近付いた。それに全員の視線が向く。ザフィーラは、ルーテシアとヴィヴィオが歳が近いので友人になってもらおうと考えたのだ。

 

 六課にはエリオとキャロぐらいしか幼い者がいない。しかし二人はもう局員として働いているため、あまり子供らしくない部分が多いのも事実。なので学生をしているルーテシアならばいい相手になると思ったのだ。

 五代達もザフィーラの考えが何となく分かったのかルーテシアへヴィヴィオを紹介した。そして、それを受けてヴィヴィオが笑顔で元気良く名前を名乗り、その活発さにルーテシアが微笑んだ。

 

「私はルーテシア。呼びにくかったら、ルーでいいよ。よろしくね、ヴィヴィオ」

「うん。よろしく、ルー」

 

 微笑み合う二人。それを見て誰もが笑顔になる。と、そこへタイミングを計ったのかのようにエリオとキャロがやってきた。遺跡への転送準備が整った事を受け、これから出発する事を五代達へ伝えるのと遺跡調査へ加わるセッテを呼びに来たのだ。

 戦闘向きであるセッテが遺跡調査へ向かうのには訳がある。それは光太郎の勘が告げたものが意味する事にあった。邪眼がイクスヴェリアを狙っているのは間違いない。故に遺跡では確実に怪人との戦闘になるだろうと予想したのだ。

 

 代わりに留守番するヴァルキリーズは基本的に戦闘に不向きな者達だが、ノーヴェとウェンディは残る事にしているしディエチも残る。そのため、ヴァルキリーズもそこまで戦力を失う訳ではなかった。

 そして当然ながらエリオとキャロもルーテシアと出会い、軽い自己紹介をする。特にキャロとルーテシアは共に召喚魔導師。その共通点に二人は喜び、機会があればゆっくり話をしようと約束しエリオ達はセッテと共に食堂を後にする。

 

 ルーテシアはそれを手を振って見送り、同い歳の友人を得た事を喜んでいた。それだけではない。キャロもエリオも局員。自分もその気になれば今にでも局員になれるという事を確認させてくれる存在でもあったのだから。

 メガーヌはそれに気付いてやや困り顔をするも、ルーテシアはそれを分かっているのかこう告げる。ある意味で母親を安心させつつ諦めさせるような内容を。

 

「大丈夫。局員になるのはまだ先だから」

「まだって……もう、なる事は決まってるのね」

 

 ルーテシアの言い方にメガーヌは苦笑する。同じように五代達も苦笑した。何故ルーテシアが局員を目指すかを知っている真司達。一方五代達はそれを知らないが、おおよその見当はついたのだ。

 そう、母であるメガーヌに憧れてだろうと。どこでも子は親を見て育つのだなと、五代は思った。彼も父の背を見て冒険家になったような節がある。やはり血は争えないのだろう。知らず子は親の影響を受けるものなのだ。

 

 そんな事を五代が考えている横では真司がルーテシアへアギトが今はいない事を伝えていた。それに少し残念そうな表情を見せるも、なら帰ってくるまで待っていると返しルーテシアはメガーヌへ視線を向ける。

 それにメガーヌも笑みを見せて頷いた。ただし、はやての許可が下りなければ駄目だと告げて。それを聞いたルーテシアはなら問題ないと笑った。それに全員が不思議顔。だが、リインはその理由を悟った。

 

「もう主に許可を取ったのか?」

「はい。始めは驚かれましたけど、お母さんの返事と同時に許しをもらいました」

「マルチタスク、か。ルーお嬢さんも大した物だ」

 

 チンクの言葉にルーテシアは小さく笑い、真司が抜け目ないと言って笑った。こうしてアルビーノ親子は六課に滞在する事になり、ヴィヴィオはルーテシアから魔法学校の話などを聞いて学校への興味を持つ事となる。

 

 一方、なのは達チームスターズはいつものようにデスクワークを片付けていた。しかし、そこにチームライトニングの姿は当然ながらない。スバルとティアナは空席となっている向かい側を見つめ、揃って同じ事を思っていた。

 

(確かに場所が場所だから、私達も六課を離れちゃ不味いって分かってるけど……)

(海底、か。何かあっても、もしかしたらすぐに援護に行けない可能性もあるし……)

 

 ヴィヴィオという邪眼が狙うだろう存在。それがいる今、六課の防備は一層気を配らないといけない。その事は分かる。だが、やはり不安があるのだ。今回の戦場になるかもしれない場所には。

 そうやってスバルとティアナが不安を微かに抱く中、なのはとヴィータはそこまで不安を抱いていなかった。その理由は当然信じているからだ。RXを、アギトを、そしてライトニングの者達をだ。特になのはとヴィータは、自分達隊長陣四人を相手に五分以上の戦いをしたRXの力を知っている。故にそこまで不安はない。

 

「……いざとなったらリインかアギトがシグナムとユニゾン出来る。戦力的にはかなりマシだ」

「そうだね。それに、万が一の時には、ね」

 

 なのはの言い方にヴィータは何かを思い出したのかどこか不安そうにではあるが頷いた。そう、今回アギトが参加する事になったのには訳がある。それは翔一との関係での話。あの四つ巴の模擬戦で判明した事実。

 それがある種での翔一とアギトの奥の手。ただし、実戦で使った事はないため未だにその力は未知数。そして体に掛かる負担も同様に。故にヴィータには若干の不安がある。だから彼女は出来るならそれを使う事のない事を願うのみだった。

 

「ああ……でも、出来れば使わないで済んで欲しいけどな」

「ふふっ、翔一さんが心配なんだよね? ヴィータちゃん」

「ばっ!? ちげ~よ!」

 

 なのはの指摘に顔を真っ赤にして反論しようとするヴィータ。それをなのはは笑みを浮かべて聞いている。そんな二人を見てスバルとティアナは揃って苦笑した。やはり隊長陣も人の子だと思って。そして一度だけ顔を見合わせると彼女達は小さく頷いて顔をなのは達へと向けた。

 

「「なのは隊長、ヴィータ副隊長、仕事してください」」

 

 そのどこか事務的な声に二人は動きを止め、咳払いをすると何事も無かったかのようにデスクワークを再開した。それを見て起きそうになる笑いを押し殺しながらスバルとティアナも努めて真面目な表情で仕事を続ける。そんなどこか和やかな雰囲気の中、スターズは平和に過ごすのだった……。

 

 

 ミッドチルダの湾岸地区。そこのとある海底にそれはあった。古代遺跡。それはこれより少し先の時代に発見されるはずのもの。とはいえ、それはここでは語るまい。ライドロンはその強固な顎の部分を使い、そこの一部に穴を開ける。そこへその車体を入り込ませ海水が浸入しないよう食い止めた。

 そしてRXとアギトがまず降り立ち、その環境が常人でも平気なものかを確認する。それを確かめ、二人がライドロンへ視線を向けるとそこからツヴァイとアギトが現れた。四人は周囲を見渡して崩壊の可能性がない事を確認し、早速とばかりに転送魔法の準備に入る。前回遠距離通信が妨害された事を受け、今回は念のために通信手段を電波に頼らないものにした。それは……

 

<アクロバッター、こちらは無事到着した。そう、ノーヴェちゃん達へ伝えてくれ>

<リョウカイダ>

 

 キングストーンを使った連絡。これならば大抵の妨害手段では邪魔されない。格納庫には整備員達と共にノーヴェ達もいる。後はそこから報告してもらえばいいだけ。RXが連絡を終えたと同時に光太郎へと戻る。それに呼応し、アギトも翔一へと戻った。

 その間にもツヴァイとアギトが転送魔法の準備を進めてそれを終える。最初にここへ来るのはライトニングになっていた。その後、ヴァルキリーズの希望者達となるのだ。

 

「凄いな……これ、本当に昔の人の手で作ったんですよね」

「ああ。ここの世界の人達も、古代には想像も出来ない超技術を有していたのかもしれない」

 

 通路の壁に手を当て翔一はしみじみと呟く。光太郎もその凄さに感じるものがあるのかやや感動するように答えた。すると、そんな二人へツヴァイがやや自慢げに胸を張って告げた。

 

「そうなのですよ。古代には、アルハザードと呼ばれる超技術の世界があったのです」

「何でも、下手すりゃ死人さえ生き返らせる事も出来たんじゃないかってな」

 

 ツヴァイの言葉に続いて告げられたアギトの言葉に翔一と光太郎が揃って息を呑んだ。人の蘇生。それは確かに超技術だ。だが、それは翔一にはあの神のような青年を思い起こさせるものがあったし、光太郎には歴代ライダーから聞いた改造人間技術の大本を思い起こさせた。

 どちらにも共通するのは、実在すれば人の手に余る技術だという事。そして、命の尊厳にも大きく関る事だと思った。簡単に死人が生き返る。それは、命の尊さを軽視する事になりかねない。命は一つ。だからこそ重く儚い。故に守るのだから。

 

 そんな風に考える二人に気付かず、ツヴァイはアルハザードが今は滅んでしまった事を話していた。アギトもある程度は知っているのかそれに相槌を返している。そこへ転送魔法陣を使ってフェイト達チームライトニングが現れた。

 

「到着、だね」

「ここが……海底遺跡」

「凄いです……」

「翔一、南、怪人の気配はあるか?」

 

 軽く笑みを見せるフェイト。エリオとキャロはそれに頷くも子供らしく周囲の光景にやや驚きを見せた。シグナムはすぐにライダー二人へ敵の事を尋ねるところがらしい。それに光太郎達は首を横に振るもその表情が緩む事はない。

 そう、光太郎の勘が、翔一の何かが告げているのだ。ここで何かが起きると。それを二人の表情から察し、シグナムも表情を引き締める。そして後から来るヴァルキリーズと翔一、アギトが行動を共にし、ライトニングと光太郎、ツヴァイが共に行動する事で一致し先に光太郎達がその場を後にした。

 

 それを見送り、アギトは翔一を見つめる。実は彼女にはある考えがあり、それを彼へ伝えておこうと思っていたのだ。

 

「な、実は翔一に相談があるんだけど」

「何?」

 

 アギトは翔一へある事を耳打ちする。それに翔一は頷いて真剣な表情でその時はお願いすると返した。それにアギトは凛々しい表情で頷いた。そこへ丁度よくトーレ達が現れる。ヴァルキリーズの参加者はギンガ、ドゥーエ、トーレ、セッテ、オットー、ディードの六人だ。

 残りは六課に残り有事に備えている。指揮官役のオットー、前線役のギンガにトーレとセッテ。護衛役のドゥーエとディードという考えの編成だ。彼女達はその場に残っていた翔一達を見てどういう事かを察した。

 

「翔一さんとアギトが私達と行動、ですね?」

「うん。よろしくね、ギンガちゃん」

 

 ギンガの確認に頷く翔一。それを聞いてセッテが少し困った顔をして告げる。

 

「……変身したらややこしいですね」

「またそれか。だが確かにそうだな。オットー、その時はどうする?」

 

 その発言に苦笑しつつも意見を聞こうとトーレは指揮官役の妹へ問いかけた。それにオットーは僅かに考え、簡単に解決策を思いつく。

 

「その際はライダーと呼びましょう。それなら混乱せずにすみます」

「単純だけど、いい案だわ。それでいきましょ」

 

 ドゥーエが誉めるようにオットーへ視線を向ける。それに恐縮ですと苦笑を返すオットー。翔一はその呼び方にやや嬉しそうな笑みを浮かべた。ライダーと呼ばれる事を少しだけ誇りに思ったからだ。

 今の翔一にとって仮面ライダーの名は憧れでもある。名乗る事に躊躇いはないが呼ばれる事はあまりない。故に、嬉しく思うも気持ちを引き締めた。その名に恥じないようにしなければと。こうして翔一達も歩き出す。向かうは光太郎達とは逆方向。冥王イクスヴェリア。その存在を捜すために……。

 

 

 周囲に気を配りながら慎重に歩く光太郎。古代の遺跡には罠などがある可能性もある。そう考えての事だ。魔法などで探査する事も出来るが、何よりも確実なのは己の感覚。そのため、光太郎は鋭い眼光で辺りを見回していた。

 フェイト達もその後ろを歩きながらなるべく下手な事をしないように壁から離れて歩いている。先程から会話はない。ツヴァイもシグナムの肩に乗りながら真剣な表情で周囲を見渡していた。

 

「……妙だ」

 

 そんな時、ふと光太郎が呟いた。それに全員が視線を向ける。光太郎は足を止めフェイト達へ振り向く。

 

「さっきから風が流れているんだけど、ここにきてそれが俺達の来た方にじゃなく違う方向に流れている。どこかに通風孔があるのか……もしくは……」

「他の場所から侵入した者がいる。そう言いたいのか?」

 

 シグナムの言葉に光太郎は無言で頷いた。それに全員の表情が険しくなる。その可能性がある者はただ一つ。故に、先程よりも気を引き締めて歩き出す。風の流れる方向へと。しばらく進み、光太郎達は大きな広場のような場所へ出た。

 そこにはあるものがあった。それは少女が入ったポッドらしきもの。それを見た光太郎達は直感で悟る。それがイクスヴェリアだと。しかし、周囲にはそれを操作するような物さえなく、どうやって目覚めさせるかが分からなかった。

 

 全員で隈なく周囲を調べるもそれらしい物は見つからず、光太郎達は困り果てた。無理矢理出そうとすればどうなるか分からない。しかし、グズグズしていたら怪人達がやってくる可能性もある。

 どうするかと六人で考え始めたその時だ。遠くの方で爆発音らしきものが聞こえたのは。それに全員が頷き合い、戦闘態勢を取る。ここにも敵が来るとそう感じたからだ。ポッドを守るようにその前に陣取り、フェイト達の視線が光太郎へ注がれる。

 

「変……身っ!」

 

 RXへ変わり、その能力を以って周囲を探る。するとその聴覚が複数の足音を捉えた。しかも、その足音のほとんどは同じ存在の物だ。それが意味する事を理解しRXは告げる。マリアージュ達が来る、と。

 それを聞いてツヴァイがシグナムとユニゾンする。怪人も相手する可能性がある事を考え、出来るだけ準備をしておくに越した事はないと判断したのだ。それにツヴァイ単身ではマリアージュ達を相手にするには力不足が否めないのだから。

 

 だが、その時RXは妙な感覚を覚えた。それはあの発電所で感じたもの。それが意味する事を理解しRXはまさかと思いながらもフェイト達へ呼びかける。

 

「みんな、気をつけるんだ。何か嫌な感じがする」

「分かった。前線はRXと私がする。エリオ、お前はキャロの護衛をしろ」

「了解ですっ!」

「キャロは支援をお願い。私はRXとシグナムの援護に回るから」

「はいっ!」

 

 それぞれに勇ましく返事を返し、エリオもキャロも身構える。それに三人も頷き、視線を前方へと向けた。やがてそこへ複数の足音と共に複数のマリアージュと、フェイト達が予想だにしなかった相手が現れる。

 唯一その存在を予想していたRXは強く拳を握り締めた。だがその相手を知るフェイトとシグナムは息を呑み、初めて見るエリオとキャロは表情を恐怖に染めた。そこにいたのは……

 

「まさかと思った。だが、本当に貴様が出てくるとはな、邪眼っ!」

「その威勢。姿が変わったのは知っていたが態度は変わらんようだな世紀王よ」

 

 邪眼の言葉にRXは一歩だけ前に出る。そして、視線を少しだけシグナムへ向けた。その意味を理解し彼女は頷いてみせる。それを合図にRXは一人邪眼へと向かっていく。同時にシグナムもマリアージュ達へと向かって走り出した。

 フェイトもそれに呼応しマリアージュへ攻撃を開始。エリオは邪眼の威圧感を振り払るように頭を振る。そして彼はキャロを守るように構えてシグナムやフェイトの攻撃を避けて向かってくるマリアージュを睨みつけた。キャロはまだ恐怖に飲まれていたが、エリオ達の様子やRXが邪眼と戦う姿を見て何とか立ち直る。

 

「ハーケンセイバー!」

「はぁぁぁぁっ!」

 

 フェイトの放つ魔力の刃をかわしたマリアージュの一体をシグナムが胴薙ぎにする。そのまま彼女は即座に別のマリアージュへと向かう。それとほぼ同じくして起きる爆発。フェイトはそれを横目に、また別のマリアージュの相手をし始める。

 エリオはキャロのブースト魔法を受けながら単身マリアージュ相手に奮戦していた。それは、シグナムとフェイトが大半を抑えているために彼が相手するのは一体か二体で済んでいた事もあるが、それでも安全に対処出来ているのは彼自身の成長と言える。

 

「ストラーダ!」

”どうぞ”

 

 マリアージュは身動き出来なくなると自爆する事。それを理解しているエリオはその動きを制限するように動く。その狙いはしっかりと彼が守っている少女に理解されていた。故に、キャロはそれを見て力強く告げる。

 

「そこっ! アルケミックチェーン!」

 

 バインドの一種であるそれがエリオの相手をしていたマリアージュの動きを完全に抑える。それが振り解けない事を悟り、マリアージュは自爆する。エリオはそれを察知し、高速移動魔法で即座に離脱すると同時にもう一体へと槍を振るう。

 マリアージュをチームライトニングが完全抑える横でRXは一人邪眼と戦っていた。あの発電所ではいいようにやられた相手。それを相手にRXはある確信を抱いていた。

 

(いける……RXとなった今なら、俺だけでも邪眼を倒せる)

 

 そう思うも油断はしない。そう、警戒すべきは相手の強さではなくその数。ジェイルが六課に告げた邪眼の復活方法に関る情報。それによれば、まだ邪眼は十一体いるのだから。

 つまり、この邪眼さえ捨て駒に出来る。おそらく本体となるのは最後まで残った個体なのだろう。故に、この邪眼は自分のデータ取りに利用する可能性が高い。そこまで考え、RXは吼えた。

 

「邪眼っ! 貴様が何を考え、何を企てようとしても無駄だ! 俺達仮面ライダーがいる限り、悪が、闇が栄える事はないっ!」

「ほざけ!」

 

 互いの手を押さえ合っていたRXと邪眼だったが、その声をキッカケに離れる。その際RXへ邪眼が電撃を放つ。それを彼は間一髪避け地を蹴った。そして邪眼の体を押さえるようにしながらその巨体を投げる。

 そして更に追い打ちとして再び地を蹴り、立ち上がる邪眼へ勢い良く拳を繰り出す。そう、RXパンチを。それは彼がこれまで怪人を倒してきた流れ。それに気付き、エリオ達三人には期待が浮かぶ。だがフェイトとシグナムには不安しかない。

 

 そんなシグナムの反応をユニゾンしているツヴァイが疑問を感じた。

 

”どうしたですかシグナム。これでRXが勝ったですよ?”

「いや、おそらくあれでは終わらん」

「そう……あの時だって、私達にクウガやアギトが何度も攻撃を決めてやっとだったんだ」

 

 シグナムの言葉を聞いてフェイトが噛み締めるようにそう続く。それを聞いたエリオとキャロが信じられないという表情を浮かべた。丁度その時RXがその蹴りを邪眼へ叩き込んだ。捻りを加え、繰り出される両足によるライダーキック、RXキックが邪眼に見事直撃する。

 その衝撃に邪眼は地面を滑るように飛ばされた。その勢いが終わると同時に邪眼が膝を地面につける。しかし、それだけだ。邪眼は何事も無かったように立ち上がったのだ。

 

 それを見てエリオ達三人に戦慄が走る。一方、RX達はどこかでやはりと思っていた。だからだろう。RXはもう一つの自分の必殺技を使うしかないと感じていた。それは、多くのクライシス怪人を倒してきたもの。破られた事はあるが、それでも彼が絶対の自信を持って使える技、

 しかし、それを使う前に邪眼が再び攻撃を開始する。それにRXは対処するために動くしかない。電撃を駆使しながら接近されれば格闘戦もこなす邪眼にRXも中々それを使う隙を見出す事が出来ない。

 

 シグナムとフェイトは残ったマリアージュを早く片付けRXの援護に向かおうとする。だが、焦りが大きな痛手を生じる可能性がある事を彼女達も知っている。それ故、二人は急ぎつつも冷静に対処しようと心掛けた。エリオとキャロもRXの技が邪眼を倒せなかった事に受けた衝撃を何とか振り払い、フェイト達の援護にシフトしつつあった。

 

 周囲が奮戦する中、RXは邪眼に苦戦しながらも何とか隙を作り出そうとしていた。全ては邪眼を倒すために。

 

 

 光太郎達とは逆を進んでいた翔一達も罠を警戒し周囲に気を配りながら歩いていた。ヴァルキリーズは戦闘機人としての能力を最大限活用しながら周囲を調査し、翔一はアギトを肩に乗せ警戒するように歩いている。

 すると、翔一が突然立ち止まった。アンノウンを察知する時と似た感覚。そう、発電所での感覚を感じたために。そんな時、ディードが何かに気付いて足を止めた。そこにあったのは巨大な蜘蛛の巣。正確には大きな穴が糸で塞がっている光景だ。それを見て誰もが悟る。既に怪人がここへ侵入していると。そう、フュンフの糸だと思ったからだ。

 

「みんな、気をつけて! ここには……」

 

 翔一が自分の感じた事から警戒を呼びかけようとしたその時だ。何かが翔一達へ迫っていた。それをいち早く察知したのはオットー。彼女は全員が視線を穴へ向けている間も周囲の索敵などを怠らなかった。司令塔として常に現状を把握し、どんな事態にも対処する事が出来てこそ指揮と言える。そう彼女はシャマルやグリフィスから教わっていたのだ。

 

「IS、レイストーム!」

 

 迫り来る閃光を同じ閃光で迎え撃つオットー。それを見て、全員が身構える。翔一も即座に変身の構えを取った。

 

「変身!」

 

 ライダーへと変わった彼は視線を前方の相手―――黒髪のオットーであるアハトへ向けた。やや押され気味だったレイストームを見たギンガがリボルバーシュートを加えたのはその時だ。相殺される閃光と閃光。それに少しだけ視線を動かし、アハトは無機質に呟いた。

 

「さすがに気付く……か。少しはダメージを与えたかったんだけど」

「オットーのコピーか。たった一人ではないだろう。早くフュンフを呼んだらどうだ?」

 

 トーレの言葉にアハトは呆れたような表情を見せる。まるで彼女を馬鹿にするかのように。その反応にライダー達は疑問を抱いた。

 

「フュンフ? ああ、その糸を見たからか。残念ながらあの役立たずはいないよ。二回も失敗したからね。今はラボで大人しくしているさ」

「何だと? では、あの糸は一体……」

「セッテ、可能性は二つよ。一つは別の怪人がいてそいつの能力。そしてもう一つは……」

 

 そこでドゥーエは視線をアハトへ向ける。それにアハトが邪悪な笑みを返した。それに全員の緊張感が増す。

 

「そう、あれは僕がやったのさ。創世王様に頂いた……この姿で!」

 

 アギト達の目の前でおぞましい姿へ変化するアハト。その変貌に誰もが嫌悪感を抱く。もう何度となく見てきた怪人達の姿。だが、それでもそれに対する生理的嫌悪感は消えない。むしろ強くなるぐらいだった。生命を弄ぶかのような存在を作り出す邪眼や、その姿や力に対し何ら疑問も悲しみも抱かぬ怪人達に。

 

―――覚悟しろ。僕はフュンフのような失態はしない。

 

 そこにいたのは蜘蛛の怪人。だが、それはフュンフとは違う。そう、猛毒で知られるタランチュラだ。かつてゴルゴム怪人にもハチ怪人とツルギバチ怪人という親戚関係の怪人がいた。邪眼は元々世紀王。故に、その事を知っていたのかもしれない。似た様なモチーフから生まれた怪人の事を。

 

 アハトはそのおぞましい顔にある口から何回も糸を吐く。それを回避するライダー達。糸は網のように展開し接着した部分を軽く腐食させる。毒が混ざっているのだ。それを横目で確認し、警戒すると共に誰もが攻撃に移ろうとするのだが、アハトがその手足から閃光を放った。レイストームだ。

 

「チッ!」

「手足からね……でも!」

「……遅い」

 

 トーレにドゥーエ、セッテは軽々とかわしてアハトへ視線を向け、反撃に転じようと動き出す。

 

「相殺する必要もないね……」

「ええ。これなら……」

「目を閉じてでも避けられるわ!」

 

 その狙いの甘さを訝しむオットー。同じような印象を抱いたのだろうディードも彼女の意見に同意し、ギンガは疑問を抱く事なくトーレ達に遅れるなと走り出した。

 

「おっと!」

「はっ!」

 

 やや余裕さえ見せるアギト。それにライダーも続くようにそれをかわす。そんなライダー達を見つめ、アハトは何もしようとはしない。トーレ達が揃って攻撃に転じるのを見ても、だ。ただ悠然とそこに立っているだけ。それに気付いてオットーとライダーは同時に嫌な感覚を覚える。

 そして、オットーが何かに気付いたように表情を変えて後方を振り向いた。それにライダーもつられるように顔を動かし言葉を失う。そこには先程吐かれた糸が網のように展開していたのだ。放たれた閃光はそこへ向かっている。

 

「しまったっ!? あの糸にはこういう意図があったのか!」

 

 閃光は網に当たってその角度を変えたのだ。それらは計算されたかのように後方からライダー達を襲う。その速度を初撃よりも速めて向かっていく閃光。それは完全にアハトへ攻撃しようとするトーレ達を狙っている。それを瞬時に理解したオットーは慌てて振り向きながら叫んだ。

 

「姉様達っ! 回避をっ!」

「もう遅い……」

 

 オットーの叫びに重なるアハトの声。そしてその前方に同時に着弾する幾筋もの閃光。それらはアハトに攻撃しようとしていたトーレ達へ殺到し、轟音を響かせる。オットーにディード、それに二人のアギトは攻撃に転じようとしていなかったため何とか回避出来た。

 しかし、それでも何とかだ。おそらく攻撃しようとしていたトーレ達は避ける事が出来なかっただろう。そう思い、ライダーは拳を握り締める。オットーも同じように拳を握り、自分が気付く事が出来なかった事を責めるように唇をかみ締めた。

 

 だがその時、一瞬だが彼女の表情に驚きが浮かぶ。しかしそれをすぐに消し悔しそうなものへ戻した。そんな二人とは違い、アギトは糸が相手なら自分の出番とばかりに後方で網を作る糸へ向かった。

 

「アタシが全部焼き尽くしてやる!」

 

 その声と共に生まれる炎が糸を包む。これで無力化出来た。そう彼女が思ったのを嘲笑うかのような光景がそこにはあった。

 

「なっ!?」

「フュンフの物と同じ手段が通用するなんて思わない事だ。言ったはずだ。僕はフュンフとは違うと」

 

 アハトの糸はアギトの炎では燃えなかった。それに衝撃を隠せない彼女を小馬鹿にするようにアハトはそう告げた。それに悔しそうに表情を歪めるアギトだったが、何を思いついてライダーの傍へと移動する。

 それを見つめながらもアハトは攻撃しようとはしない。ただ、トーレ達がいた場所を踏みつけながら前に出る。そう、今アハトの前にライダーが立ちはだかっているのだ。下手に動けば痛手を受ける。レイストームを使っても、ライダーはそれを完全に見切り反撃を繰り出す。反射させて当てようとしても、その時間だけでライダーには十分な時間となるだろう。

 

 そこまで分かっているからこそアハトは迂闊な動きはしない。自分は他の者達とは違う。その思いからアハトは比較的慎重に行動していた。しかし、そこへ閃光が襲い掛かる。オットーの攻撃だった。

 オットーは冷静さを欠いたような表情でアハトへレイストームを放っていた。ディードはそれを止めようとしているが、聞く耳持たないとばかりにオットーは感情のままアハトへ攻撃を続けた。

 

「よくも姉様達をっ!」

「オットー、落ち着いて!」

 

 そんなディードへオットーは微かにだが視線を向けた。それを見ただけでディードは双子故に何かを悟る。だが、それを表情に出さぬように努め、必死にオットーを止めようとした。

 

「……ふん。怒り、というものか……くだらない」

 

 攻撃を受け止めながらアハトは二人の事を吐き捨てるように呟いた。ライダーはオットーの様子を見て攻撃に参加しようと動きを見せたが、それはアギトのある提案によって止められる。

 

「ライダー、アレを試してみようぜ。アレならもしかしたら……」

 

 アギトの告げる予想を聞きライダーは頷いた。そして、視線を一度だけオットー達へ向ける。するとディードが少しだけ彼へ視線を向けた。その視線が託すようなものだった事にライダーは軽く驚くも、それに応えようとばかりに小さく頷き返して動き出す。

 目指すは先程アギトが燃やせなかった糸の網。そしてその前に立つとライダーは片手でベルトの側面を叩く。それがその体を赤く変える。炎を司るフレイムフォームだ。更に、二人のアギトは声を揃えた。

 

「「ユニゾン・イン」」

「何だとっ?!」

 

 アハトの動揺を見たオットーはちらりと視線を相手から外し、その後方の瓦礫へ動かした。それを相手に気付かれないように戻すと彼女はディードへ目配せをする。それに互いしか分からないぐらいに頷きを返し、ディードは静かに時期を窺う。

 ダブルアギトはユニゾンを成功させた。そう、あの模擬戦で彼女は感じ取ったのだ。フレイムフォームにも自分との適正があると。とはいえ龍騎程の完璧さはない。だが、それでもシグナムと同程度の融合係数はある。フレイムフォームは炎を司る姿。更にその姿は剣士。烈火の剣精であるアギトにとって、これまたとない相手といえたのだ。

 

 ユニゾンしたライダーは体の周囲に炎を猛らせながらベルトからフレイムセイバーを取り出す。すると、それを手にした瞬間刀身が激しい炎で燃え盛った。アギトの炎熱魔法が火をつけたのだ。

 それを構え、網目掛けて振り下ろすライダー。その一撃が燃えなかった網を斬り裂き、燃やす。それに確信を得たライダーは居合いのような構えを取る。その鍔が展開すると同時にフレイムセイバーの炎が一層激しくなった。

 

”行くぜ、翔一!”

「分かったっ!」

 

 互いの気持ちを一つにするように声を掛けあう二人。そのまま二人は声を揃えて叫ぶ。

 

―――轟火! 一閃っ!!

 

 横薙ぎの剣閃はそこにあった網を全て綺麗に焼き払う。それにアハトが驚愕して僅かにだが攻撃の勢いが弱まった。それを感じ取り、オットーはここぞとばかりにレイストームを最大にし攻撃を相殺させて叫ぶ。

 

「今ですっ!」

「「「「「あぁぁぁぁっ!!」」」」」

 

 アハトの後方にある瓦礫を軽く吹き飛ばすため、再びオットーがレイストームを放つ。すると、そこからトーレ達が飛び出した。それと呼吸を合わせアハトへ立ち向かうディード。そう、あの瞬間オットーにギンガから念話が聞こえたのだ。全員何とか生きている。だが、ダメージも酷いため、何とか反撃するために上の瓦礫をどうにかして欲しいと。

 それを実行するため、オットーは賭けに出た。激情からレイストームを使ったように見せかけ、双子故の相互理解を利用してディードにも協力してもらい、アハトが周囲に意識を向ける事のないようにしようと。そこに丁度良くアギト同士のユニゾンが起き、これ以上無い援護となったのだ。

 

 後方と前方から同時に、しかも一方はもう倒せたと思った者達に襲われアハトは混乱した。そこへトーレ達の一撃が炸裂していく。

 

「もらったわ!」

 

 ドゥーエの爪がアハトの足を一本切断する。彼女はそのまま隣を駆け抜けた。それに続くようにトーレがブレードを構えて襲い掛かる。

 

「油断したな!」

 

 見事な攻撃は相手の足を二本斬り落とし続くセッテへ弾みをつける。負けてなるかと彼女も吼えたのだ。

 

「そこだっ!」

 

 セッテのブレードが二本を切り裂く。その視線は前方から向かって来る妹への期待を宿している。それに応えるようにディードは凛々しく叫ぶ。

 

「これでっ!」

 

 ツインブレイズが僅かとなった足を斬り落とし、最後の一本をギンガへと託す。ディードの言葉を受け、ギンガは残る力の全てを拳へ込めた。

 

「ラストっ!」

 

 最後の一本をその拳で打ち砕く。それを見届け、オットーがライダーへ視線を向けた。この中で一番攻撃力が高い存在であり、怪人の天敵である頼れるヒーローへ。

 

「ライダー、トドメをっ!」

 

 その声に応えるようにライダーはアギトとのユニゾンを解除し、グランドフォームへ変わって構えた。その頭部の角―――グランドホーンが展開し両足にその力が集約していく。それを感じ取り、ライダーは跳び上がった。そして失った脚部から火花を噴き出しているアハトへその必殺の蹴りを放つ。

 

「ライダーキックっ!!」

 

 その言葉と共に放たれた蹴りはアハトの体を完全に捉えてその体を吹き飛ばす。アハトが地面に激突するのから微かに遅れてライダーは着地した。彼はアハトへ体を横向きにしたまま、静かに蹴る前の姿勢で構えていた。そこへ聞こえてくる声がある。

 

「無駄じゃない……僕の死は……無駄じゃないっ!」

 

 ライダーの新しい力。それを見る事が出来た。そう思って叫ぶアハト。その叫びと共にライダーが体の向きを変え、アハトへ背を向けると展開していた角が元に戻る。するとそれを合図にするかのようにアハトは爆発し散った。

 

 その断末魔に誰もが思う。確かに無駄ではないと。そこに込めた意味は、これでまた平和へ一歩近付いてみせるからという強い想いだ。その時、戦いを終えたからかライダーは翔一へ戻るとすぐ倒れこんだ。

 それを咄嗟に支えるオットーとディード。おそらくユニゾンのせいだろうと誰もが結論付け、ギンガ達もダメージが酷いため六課へ連絡し誰かに迎えに来てもらう事にし、彼らはそのまま待機する事となるのだった。

 

 

 アギト達がアハトとの戦いを終えようとしていた頃、RXはフェイト達と協力しながら邪眼と対峙していた。しかし状況は劣勢といえた。その理由はRX達の後方にあるポッド。邪眼はそれを射線上に入れて電撃を放つために。

 RX達はそれからポッドを守るために動かざるを得なくなり、必然的に防戦一方となっていた。更にエリオとキャロ、ツヴァイは邪眼の威圧感からの疲れが出始めていて、フェイトとシグナムはそれに軽い焦りを感じていたのだ。

 

 RXも周囲の様子を見て、改めて自分の奥の手を出すしかないと決意を固め、邪眼へ飛び掛る。それは邪眼の電撃を誘うためのもの。案の定邪眼はRXへ電撃を放つ。それを受けて彼が落下するのを見て鼻で笑う邪眼。それ自体が彼の狙いと知らないためだ。

 

「「「「RXっ!」」」」

「どうやらここまでのようだな」

 

 急いで駆け寄るフェイト達。彼女達も邪眼同様RXの狙いを知らない。一人余裕の言葉を発する邪眼に構わず、RXは小声である事をフェイト達へ告げると再び立ち上がる。そして、その右手を高く上げ左手を腰に添えた。

 その直後RXから眩しい光が放たれる。それに邪眼は目を逸らした。その隙を突いてフェイト達が一斉にバインドを施す。狙いはその脚部。動きを封じるためだ。そしてそれを見届け、RXは左手をベルトへ回す。

 

「リボルケインっ!」

 

 ベルトから出現する輝く剣のようにも見える武器。それがRXの必殺武器、リボルケインだ。彼はそれを回すようにして右手に持ち替えるとその場から跳び上がる。邪眼はそれに気付いたのか目が眩み狙いがおぼつかないまま攻撃を放つ。それをRXはかわしながら邪眼へリボルケインを突き立てた。

 邪眼の体を貫くリボルケイン。それは邪眼の体から火花を噴き出させる。そのダメージに耐えながらRXへ電撃を放とうとする邪眼。しかし、その動きをRXは左腕で撥ね退けるように阻止して、更に残した右手で強くリボルケインを押した。

 

「グオォォォォッ!」

「邪眼、覚えておけ! 例え何度甦ろうと、俺達仮面ライダーがいる限り、平和の灯は消えんっ!」

「お、おのれぇぇぇぇっ!!」

 

 悔しげな声に力がない事を感じ取り、RXは邪眼から離れるとリボルケインで己の名を書くように動かす。その背後で全身から火花を散らしながら邪眼は仰向けで倒れこんだ。その瞬間、RXの動きが止まり、若干遅れて爆発が起きる。

 

 こうしてRX達も邪眼の襲撃を退けた。するとポッドが急に動き出したのだ。それに困惑するRX達の前で一人の少女が目を覚ます。

 

―――……何でしょう? 何か暖かな光を浴びたような……?

 

 少女―――イクスはそう不思議そうに呟くとすぐに悲しそうに目を伏せた。自分が目覚める事が何を意味するかを思い出したのだ。だが周囲にいるRX達に気付いた彼女はその顔を上げる。最初に目にしたRXの姿に驚いたイクスだったが、何かを察したのか特に何か言う事もなく周囲を見渡してマリアージュの残骸を見つけてこう尋ねた。

 

「貴方達の目的もマリアージュなのですか?」

「ああ、俺達はそれを利用する悪い奴らと戦っている。だからマリアージュを止める手段を教えてくれないか?」

 

 RXの優しく暖かな声にイクスも嘘ではないと感じたのだろう。分かりましたと頷いて歩こうとしたのだ。だが、その体は長きに渡る眠りのため弱っていたためふらついた。それを見たRXが咄嗟にその体を支え、そのまま抱き上げた。

 

「あ、その、申し訳ありません」

「気にしないでいい。さ、行こう」

 

 静かに立ち去るRX達。その後翔一達とそれを助けにきたスターズと合流し、光太郎はライドロンで、残りは転送魔法で海底遺跡を後にする。隊舎に戻った光太郎達はそこであった戦いを語り、邪眼自身も遂に動き出した事を知ってそろそろ決戦は近いと感じ取った。

 故に、今後はより一層の激戦を覚悟しなければと誰もが思う。翔一はイクスと共に精密検査のために医務室へ。ギンガ達も負傷が酷いため、念のためにジェイルがシャマルに協力する形で治療に参加する事になった。

 

 アギトは待っていたルーテシアと久しぶりの再会を果たし喜ぶと共に、彼女へ友人としてツヴァイを紹介した。その事にツヴァイは密かに喜び、ルーテシアもアギトに似た存在との出会いに笑みを浮かべる。

 ヴィヴィオは似たような境遇のイクスとの出会いに何か因縁めいたものを感じ、エリオやキャロへどういう子なのかをしきりに尋ねて二人を困らせる。そんな光景に周囲は笑顔になっていく。

 

 一方、光太郎は邪眼の行動からある推測を立ててそれをはやて達へ伝えた。それは、あの決戦が予想される日の事。そう、邪眼は自分の体を一つ残して全て投入する可能性があると。それに五代と真司は最悪一人でも邪眼と戦い倒してみせると覚悟を決める。はやて達も決して挫けないと誓い、その心構えを固めた。

 

 こうして六課はまた新たに決意する。複数の邪眼との戦いへの思いを固め、その心に火を灯す。希望という名の強き火を。

 

 

 見事邪眼とアハトを退けた六課。しかし、その代償としていくつかの情報を明かしてしまう事になってしまう。それでも、彼らに迷いはない。

 イクスを守り抜き、邪眼の手に残る切っていない手札はもう多くはない。そんな有利な状況だが、楽観視する者はいない。

 運命の日である公開意見陳述会。その日が、もう近くまで迫ってきているのだから……。



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穏やかな時間

クウガの日常BGMな回です。平和、という言葉の意味がこの回にあると思います。


「しまった!?」

 

 龍騎の手からドラグセイバーが弾き飛ばされる。それを見て即座にドラグセイバーを射撃で遠ざけるティアナ。そのため、取りに行こうとしていた龍騎の動きも止まる。更にそこへスバルとギンガが襲い掛かった。

 その攻撃をかわす龍騎だったが、二人の息の合った連携に隙が中々見出せずデッキへ手を伸ばす事が出来ない。そのすぐ横ではアギトが苦戦していた。相手はフェイトとトーレ、それにセッテだ。高速移動を主体に動かれているのだが、フレイムフォームへの超変身を阻止されているため翻弄されていたのだ。

 

「不味い……このままじゃ……」

 

 何とか動きは見えているので致命傷は受けていないが、それでも徐々にダメージが蓄積されている。何とかフォームチェンジをしようとするのだが、その度に魔法が、ブーメランブレードが、トーレが襲い掛かる。

 そう、クウガと違い超変身にベルトを叩く必要があるアギト。その欠点を三人は突いていたのだ。龍騎はベントカード、アギトはフォームチェンジと互いの特徴であり弱点とも言える部分を突かれている。これは今までの敵が狙ってこなかった事だ。それを執拗に攻められる事で、二人は自分達の弱点をもう一度再確認していた。

 

 一方、そこから離れていない場所でもクウガが苦戦していた。

 

「くっ! これじゃ……」

 

 クウガは周囲に自分の武器となる物がない事に気付き、やや焦り気味に視線を動かす。彼の相手はシグナム達守護騎士四人とリインにアギト。更にエリオとキャロもいる。彼らは徹底してクウガの行動を制限していた。

 超変身してもその力を最大限発揮出来ないようにと。そう、何もないのだ。クウガの武器へ変えられる物が。あるのは石ころや瓦礫のみ。棒切れ一つ落ちていないのだ。これではペガサスボウガンどころかドラゴンロッドやタイタンソードも生み出せない。

 

 確かに超変身の特徴を活かして戦う事は出来る。だが、クウガは知っている。超変身はその専用武器があって初めてその真価を発揮する事を。今もタイタンでユニゾンしたシグナムの炎の剣撃やヴィータの鉄槌を防ぎ、時にはエリオの速度に惑わされながらもその攻撃を受け、シャマルやキャロのバインドをその力で無理矢理破壊している。

 ザフィーラの格闘には素早くマイティへ戻り、対処する。リインの設置型のバインドは偶にペガサスになる事でそれを見抜いていた。だが、どこまでも防戦なのだ。現状を打開出来ない。そのため、クウガもまた自分の弱点を思い知らされていた。

 

 そして、そんな風にライダー三人が苦戦している頃、RXは一人奮戦していた。そう、残った者達は全てRXへと攻撃していたのだから。

 

「ボルティックシューター!」

 

 ロボライダーの手にした銃から高エネルギーが放たれる。それをなのはの砲撃魔法が迎撃するが、負けじとロボライダーが連射するのを見てディエチが自分の砲撃を加え押し返した。だが、その砲撃を受けてもロボライダーは軽く飛ばされただけで立ち上がる。

 そこへディードが襲い掛かった。瞬間加速を使った攻撃にロボライダーはかわし切れずその体から火花が散る。それでも、ディードは追撃する事無く身を退いた。そこへ殺到する広範囲魔法の光。はやての魔法だ。ツヴァイとユニゾンし、その持てる力を発揮した状態の魔法。それは正確にロボライダーだけを襲った。

 

「くっ! まだだっ!」

 

 その魔法の中をゆっくりとだが歩いてくるロボライダー。だが、そこへ追い打ちのようにウェンディのエリアルキャノンが火を噴いた。その衝撃にさしものロボライダーもたじろいた。それを待っていたかのようになのはとオットー、そしてディエチが息を合わせて攻撃を放つ。

 ディバインバスターとレイストームの輝きにイノーメスカノンの閃光が合わさり、大きくロボライダーを吹き飛ばす。そして起こる激しい爆発音。強く地面に叩き付けられるロボライダーの体からは煙が出ている。

 

 そこへノーヴェが走りこんでくる。とどめとばかりにガンナックルを構え、倒れるロボライダー目掛けて振り下ろす。その瞬間、その体が液状に変化しその場から離れた。それを見たチンクとクアットロが周囲へ警戒を呼びかける。バイオライダーになったからだ。

 それにその場にいた全員が表情を険しくする。RXの二段変身で一番厄介な能力を有しているのがバイオライダーと知っているために。それを受け、即座にウーノが戦術の変更を指示する。ドゥーエはセインと共にバイオライダーのゲル化を何とかするべく動き、ディエチはいちかばちかの冷凍弾を準備し始める。

 

 バイオライダーは自分へ的確な攻撃を考え、実行する周囲に感心と頼もしさを感じていた。そう、もう彼は何度となく自分の弱点や欠点を敵に突かれていた。そのため、それを思い知る事はない。逆にそれに気付き、対処しようとするなのは達へ敬意さえ抱いていた。

 

(俺の能力に慣れたのもあるんだろうが、それでも諦めずに戦う姿勢は大したものだ。これなら、どんな怪人相手でも臆する事無く戦える)

 

 こうしてこの日の早朝訓練は過ぎていく。本来は旧六課対ヴァルキリーズ対ライダーだったのだが、それを光太郎の提言により六課対ライダーとなったのだ。それは、ライダー四人を邪眼や怪人に見て立てての事。

 そのため、なのは達は協力し合って四人のライダー相手に戦っていた。各自の欠点を的確に突き、追い詰めていくなのは達。だが、それも分断出来ていればこそだった。クウガがドラゴンの跳躍力を駆使し、アギトと合流した所からライダー同士の連携が始まったのだ。

 

 クウガとアギトはあの邪眼戦で一度連携を経験している。そのため息を合わせる事が出来た。更に近くにいた龍騎もそれに加わった事で形勢が五分へと変化する。そして、三人はそれぞれの力を合わせ現状を打開していく。

 アギトがフォームチェンジする時間をクウガと龍騎が作り、ストームフォームが竜巻を引き起こす。それを避けてフェイト達がやや距離を取ったのを見て、龍騎がクウガへドラグセイバーを拾って渡した。それを手にクウガはタイタンへ超変身。タイタンソードを手にし、竜巻を悠然と超えていく。

 

 フェイト達が高速戦闘を仕掛けようとするも、龍騎がストライクベントを使いドラグファイヤーでそれを妨害。シグナム達へはアドベントで呼び出したドラグレッダーが向かい、そこへアギトも援護に入って奮戦。

 クウガはフェイト達への対抗手段としてペガサスを使用し、龍騎からドラグクローを借りる。それがペガサスボウガンに変化したのを見てクウガ以外が驚いた。ドラグクローは炎を打ち出す事が出来る。つまり射撃が出来るのだ。クウガはそれに一縷の望みを抱いたという訳だ。

 

 その正確無比な射撃はフェイト達の動きを牽制する。そこを龍騎が元に戻ったドラグセイバーを手にし攻撃開始。だが、それでも人数的な不利は覆せないと踏んだアギトは遂にある姿を使用した。

 それはストームとフレイム、グランドの力を兼ね備えた姿。トリニティフォームと呼ばれるものだ。初めて見るその姿に誰もが息を呑む。そう、両腕と体を見ただけでそれがどんな力を有しているのかを理解したのだ。

 

「行きますっ!」

 

 アギトはそう告げると、手にしたストームハルバードとフレイムセイバーを同時に動かす。それが炎を纏った竜巻を生み出した。その勢いに言葉が無い一同。しかし、クウガと龍騎はすぐに我に返るとそれを好機とするべく動き出す。

 クウガは紫の金の力を発動し自分の防御力を高め、龍騎はサバイブしてからシュートベントでそれを援護。そこへ遂にRXも合流し四人は反撃を開始したのだが、結果は時間切れの引き分けに終わる。

 

 しかし、四人の仮面ライダーが協力した力は凄まじく、誰もが恐ろしさを感じると同時にその頼もしさに再び希望を強くしたのだった……。

 

 

 

「おはよー、イクス」

「おはようございます、ヴィヴィオ」

 

 訓練場で参加者達が簡易的な反省会を終えた頃、ヴィヴィオは医務室にいた。イクスに会うためだ。共にベルカ時代の存在である二人。だが、ヴィヴィオにはまだ教えられていないのに対し、イクスには既にそれが伝えられていた。

 だが彼女はヴィヴィオを聖王とは呼ばないで欲しいとのなのは達の頼みを受け、その理由を聞いてそれを承諾。加えて、ある意味では重要参考人ともいえるイクスをただ保護するだけではいけないと思ったはやてはすぐに手続きを開始。彼女を自分が後見人をする事で一人の人としての権利を所持させたのだ。

 

「ね、今日は遊べる?」

「そうですね……。シャマル先生に聞いてみなければ分かりませんがおそらく大丈夫です」

「ホント!? じゃ、また五代さんにジャグリング教えてもらおー」

「ええ」

 

 楽しげに笑うイクスへヴィヴィオも嬉しそうな笑みを返す。あの海底での戦いから既に三日。イクスの容態は不思議な程に安定していた。本来目覚めるはずではなかった彼女。それが異常らしき異常を見せなかったのだ。その原因は定かではなかったが、ジェイルはイクスの話からある仮説を立てた。

 

 それはキングストーンの光を浴びたためではないかというもの。邪眼を怯ませる際に放ったそれがイクスを結果的に目覚めさせた。それ故、その神秘の輝きが彼女の状態に一役買っているのではないかと。

 光太郎もその仮説にそうかもしれないと返す事しか出来なかった。過去に何度も不思議な事を起こしてきたキングストーン。それならば、確かにそういう事を引き起こしてもおかしくなかったからだ。そんな事を知らない二人は、歳の近い友人として他愛もない雑談に花を咲かせていた。

 

「でも、イクスってどこか話し方が違うよね」

「そうでしょうか?」

「うん。ヴィヴィオと話す時ぐらいもっと楽にしてよ~」

「楽、ですか? これでも普通に喋っているのですが……」

「え~、ホントにぃ?」

 

 イクスの言葉に嘘だといわんばかりに不満顔を見せるヴィヴィオ。それに彼女がやや困り顔を見せた。ヴィヴィオが聖王と知っているため、どこかに敬う気持ちが生まれてしまうためとは言えない。

 かと言って、丁寧な言葉遣いを止められる程イクスは単純ではなかった。故に困る。だが、ヴィヴィオはそんな彼女の反応を見てこれ以上言っても困らせるだけと理解したのだろう。小さくため息を吐いてこう告げた。

 

「う~、もういいよ。でも、もっと仲良くなったら考えてね」

「もっと仲良くですか……はい、分かりました」

「うん!」

 

 今よりも親密になったら丁寧な口調を止めて欲しい。そう取ったイクスはそれならばと頷いた。本人が強く希望している事もあるし、何よりも彼女にとってヴィヴィオは初めて出来た友人。その望みを叶えてやりたいとそう思ったのだ。

 こうして二人はそのまま会話をシャマルが戻って来るまで続ける。その光景は誰が見ても子供同士の親しげなやり取りにしか見えなかった。

 

 所変わってデバイスルームではジェイルが充実感を感じていた。レジアスから送られたデータを基に改良した改造バトルジャケット。それが遂に完成したのだ。外見についてはレジアスから希望があったため、従来とは違うものへと変わった。

 大きな変更点はそのフェイス部分。ブランク体のものではなくある物をモチーフにしたデザインへ変更されたのだ。正直ジェイルはそれをどうかと思ったのだが、レジアスがそれを強く希望したのでそうしたのだ。更に全体的に仮面ライダーらしさも増し、鎧というより強化服のイメージに近くなったのも大きい。

 

 今、ジェイルはそれをシャーリーと無言で見つめていた。彼女もその外見にやや難色を示すものの、それが魔力を持たない者でも怪人と戦えるようにする装備と知っている。なので特に何も言わないでいた。

 

「……これで、AMFCを手伝ってくれますか?」

「ああ。もう、これで私のやりたかった仕事は終わったからね。後は義務を果たすだけさ」

「むっ! 私が頑張ってやってた事はついでですか?」

 

 ジェイルの言い方に不満を表すシャーリー。それに彼は少し苦笑し謝った。

 

「すまない。そんな事はなかったんだ。許しておくれ、シャーリー」

「……まぁ、いいです。じゃ、また今日からよろしくお願いしますね、ジェイルさん」

「こちらこそ」

 

 笑顔で手を差し出すシャーリーにジェイルも笑みを返してその手を握る。だが彼女の頬は微かに赤みを帯びている。それにジェイルは気付くも指摘する事はない。自分と久しぶりに仕事を出来るのが嬉しいのだろうと考えたからだ。

 実際彼はシャーリーと共に仕事を出来るのは嬉しかった。今までは一人でやるしかなかった研究。それについて意見や感想をくれる相手。それがシャーリーだったのだから。こうして、二人はまた以前と同じように様々な事を話しながら仕事を始める。

 

 今の急務はAMFの無力化の確立。現状では弱体化が精々なのだ。それを何とか無力化までもっていきたい。そう二人は思っているのだ。ある程度微調整を続けるが、やはりそう簡単に上手くはいかない。

 そんな時、シャーリーが何気なく悔しそうに告げた一言がジェイルにある発想をもたらす。それは、何度目かの微調整失敗の時。彼女がその結果を見て呟いたのだ。

 

―――あ~あ、この効果が二倍になればなぁ。

 

 それにそう単純にはいかないと答えようとして、ジェイルははたと気付いた。今まではトイ一機で無力化を成功させようとしていた。だから出力調整に難航している。だが、今の弱体化の出力を二機で共鳴させる事が出来たらどうなるかと。

 そう考えた瞬間、ジェイルは即座に手を動かした。そして、その発想を仮定ではあるが入力しシミュレーションする。その結果は一瞬シャーリーの思考を停止させる程の衝撃があった。

 

「嘘……成功だ。成功ですよ、ジェイルさんっ!」

「……そうか。何も一機で相手のトイの無力化に挑む必要は無かったんだ。相手は一機一機で強力なAMFを展開してるだけ。それを合わせる事で強化してる訳じゃない。なら、こちらは協力してそれに立ち向かえばいいんだ」

「成程。でも、これって私達らしくていいかも」

 

 シャーリーの呟きにジェイルも頷いた。邪眼達は連携を取らず強力な個人で事を成そうとしている。それに対抗する自分達は互いの力を合わせる事で立ち向かっているのだ。まさに六課らしい発想と言える。そう考え、ジェイルは噛み締めるように言った。

 

―――見せてやろうじゃないか……。微々たる力でも、合わせる事で巨人さえ倒す事が出来るとね。

 

 それにシャーリーも頷き、二人はAMFCの共鳴システムの開発へ取り掛かる。その顔に浮かぶは希望の輝き。立ち込めていた暗雲。それを貫くような一筋の光明。それを見出した今、二人には力強い気持ちしかないのだから。

 そのまま、二人は昼食時まで一心不乱に作業に没頭した。ちなみに二人を現実に引き戻したのは互いの空腹を告げる音だった事を追記しておく。

 

 

 六課隊舎からすぐの格納庫。そこの前でヴィヴィオとイクスが揃ってお手玉を手にジャグリングの練習をしていた。先生は五代のはずだったのだが、セッテがその代わりを引き受けていた。

 そんな彼女は現在、二人の姿を見て口出ししようかまだ黙って見守るべきかと迷っている。あまり世話を焼きすぎると本人達のためにならない。そう五代にも真司にも言われたからだ。

 

 そんな光景を見て苦笑する光太郎とディエチ。ノーヴェとウェンディはやや呆れが混じっているが笑顔だ。とてもかつて聖王と冥王と呼ばれた者達とは思えない光景がそこにある。だが、それでいいと光太郎は思った。

 誰もが過去に縛られる事無く歳相応の生き方を出来る事。それこそが平和なのだと、そう強く思ったのだ。更にセッテ達は下手をしたら自分達と戦っていたかもしれない者達。それがこうして共に笑い手を取り合っている事に光太郎は希望を感じていた。

 

(ほんの些細な事で運命は変わる。なら、俺達はそれを信じて戦おう。俺達が助けた命が明日をよりよくしてくれると、そう強く願って)

 

 そう、一人一人が世界を守り支えていくヒーローなのだ。どんな小さな事でもそれが世界を変えていく。それを知るからこそ、光太郎はこの時間がどれだけ大きな意味を持っているかを考えた。

 どんな相手とも分かり合える。それが心を持った相手ならば。いや、もしかするとそうでない者でもそうなれるかもしれない。そんな事を考えながら光太郎は笑う。目の前の光景に微笑んで。

 

「あ~、ヴィヴィオもイクスも落としちゃったね」

「結構イイ感じだったッスけどね~」

「イクスって、意外と不器用なんだな。何か見た目は器用そうに見えたんだけど」

 

 お手玉を揃って地面に落とすヴィヴィオとイクス。それに悔しそうな表情のヴィヴィオ。イクスは不思議そうに何故落としてしまうのかを考えている。それを見たセッテはもう我慢出来なくなったのか二人へ近付きあれこれと助言を言い出した。

 そして実演も見せて二人から拍手をもらっている。セッテはそれに嬉しそうに笑みを見せジャグリングを続けていく。それにノーヴェ達が揃ってため息を吐き、苦笑し出した。

 

「セッテがやっても意味ないッス」

「だよなぁ。ヴィヴィオ達に教えないといけないのにさ」

「駄目だ。あれ、完全に目的忘れてるよ」

 

 そんな風に会話する三人。そこへやや呆れ気味の声が響く。

 

「で? お前らはいつまで油売ってんだ?」

 

 ヴァイスはそう言ってノーヴェ、ウェンディ、ディエチの順に軽く頭を叩く。それに三人が軽く謝ってそれぞれ仕事に戻っていく。光太郎はそれに苦笑し自分もと思って動こうとした。だが、そんな彼へヴァイスが小さく告げた。

 

「今度、休み取って妹に会いに行って来ますわ」

「……そっか。うん、きっと上手くいくと思います」

「ははっ、そうなるよう頑張りますよ」

 

 そう言ってヴァイスも仕事へ戻ると、光太郎も彼の後に続くように歩き出す。いつものようにライダーマシンを綺麗にしようと動き出すノーヴェ達を眺め、光太郎は小さく笑みを浮かべる。今日も格納庫は平常運転だった。

 

 同時刻、ティアナとギンガはデスクに向かい滑らかに指を動かしていた。それに負けないようにとエリオとキャロも動かしていく。ただ一人、スバルだけがやや鈍い動きだった。以前までエリオとキャロの補佐をしていたドゥーエはそこにはおらずシグナムの補佐をしている。二人に手がかからなくなったためだ。

 ちなみにドゥーエに補佐を頼んだシグナムを見た新人達は、デスクワークが苦手な彼女を可愛いと思ったとか何とか。しかし、そこになのはとヴィータの姿がない。そう、今日は隊長陣の休みの日なのだ。とはいえ、前線を支える隊長を一気に全員休ませるのは色々と不味い。故にスターズの二人が休みとなっている。

 

「今頃、高町はスクライアと会っている頃か。お前は休みになったらどうするつもりだ、テスタロッサ」

「光太郎さんにバイクを出してもらう事になってます。私もデートですよ」

「はぁ~、いいわね。私も今度真司君にでも頼もうかしら?」

 

 ふと気になったのかそれとも今やっている仕事が複雑だったからなのか。息抜きをするようにシグナムが尋ねた事へフェイトは笑みを浮かべて答えた。その笑顔はとても自信に満ちている。光太郎は想いに応える事は出来ないまでも受け止めてはくれる。それがフェイトに女性としての美しさと自信を与えていた。

 その雰囲気を感じ取り、ドゥーエは羨ましいといわんばかりにため息を吐くもイイ事を思いついたとばかりにそう続けたのだ。それにフェイトが何に乗るつもりと尋ねると彼女は冗談めかして答えた。

 

―――火を吐くバイクよ。

 

 それが龍騎サバイブのファイナルベントだと察しフェイトとシグナムが揃って笑った。そんな物でミッドを走るなとシグナムが言えば、フェイトが大騒ぎになりますと続ける。それにドゥーエが話題になって面白いと思うと返して三人で笑う。

 そんな光景を眺めスバル達は揃って小さく笑みを見せた。何となくこんな空気が堪らなく嬉しく思えたのだ。早く邪眼を倒しこんな時間が当然となって欲しい。そんな風に思いながら五人は手を動かしながら話し出す。

 

「次の休みが待ち遠しいねぇ、ティア」

「……アタシは別に」

「え? どうして?」

 

 ティアナの素っ気無い返事に疑問符を浮かべるギンガ。だが、それにティアナが答えるよりも早くスバルが少し意地悪な笑みを浮かべて告げた。ティアナは次の休みが翔一と一緒じゃない可能性があるから不機嫌なのではと。

 そう言った瞬間、ティアナが無言のままスバルへじと目を向けた。その眼差しに思わずスバルが申し訳なさそうに頬を掻くがギンガ達は苦笑する。ティアナもそんな周囲に呼応するようにその眼差しをすぐに消して小さく息を吐いた。

 

「ったく、しょうがないわね。これで勘弁してあげるわ」

「あはは、ごめんティア。ちょっとからかってみたくてさ」

「はいはい。じゃ、これで満足したでしょ? 仕事へ戻りなさい」

 

 それにスバルの表情が変わる。その様子に微笑み、ティアナも仕事へと意識を向けた。だが、その内心ではスバルを鋭いと感じていたが。そう、ティアナは異性として翔一の事を意識し出していたのだ。食堂に行った時もつい翔一に視線がいってしまうのもその一つ。誰に対しても笑顔で接する翔一を見て嬉しく思う反面、少し怒りも感じるようになったのもそれが原因。

 

―――アタシだけ笑顔を見せて欲しいな。

 

 そんな想いを抱いてしまう程、今のティアナは完全に乙女になっていた。そこで彼女が不安に思うのははやての存在。はやては自分と同じぐらいかそれ以上に翔一の事を想っているのではないかという事。あのアグスタに行く際の事を思い出せばそう思ってしまうのも無理はない。実際は兄妹的な気持ち故の行動だったのだが、それをティアナが知るはずはない。

 

 彼女もあの頃は別にそこまで気にもしなかった。だが、今は気になるのだ。はやてが職務を忘れてあんな事を言い出した理由。もし自分が逆の立場なら確かにああ言い出していたと、そう考えてしまったからだ。

 

 そんな事を考えてティアナがややもの鬱げな表情を浮かべる中、スバルは視線をエリオとキャロへ向けて同じ事を聞いていた。

 

「ね、二人は今度の休みはどうするつもり?」

「はい、一度スプールスに行こうかと」

「お世話になった人達や動物達に会いたいなって」

 

 笑みを浮かべてそう告げるエリオとキャロ。それにスバルとギンガが成程と納得。その時には邪眼を倒して平和になっているはずだから。そうエリオが言うとキャロもそれに頷いた。

 ギンガはそんな二人に微笑み、自分も父親であるゲンヤに会いに行こうかと思った。クイントも彼女もスバルも今は彼とは別の部隊にいる。しかも彼女とスバルは寮生活なので、二人には中々会う事が出来ないのだ。

 

「私は……一度家に帰ろうかな。父さんや母さんに元気な姿を見せないとね」

「あ、なら私もそうしよ。ついでに、久しぶりに母さんのご飯も食べたいし……」

「アンタの場合、そっちが本命でしょ」

 

 スバルの言葉に思考を切り替えたティアナが的確に突っ込んだ。それにスバル以外が苦笑する。それを受けてスバルがやや照れながら頬を掻いた。

 

「バレたか……」

 

 そう言った瞬間全員が声を上げて笑う。それをフェイト達も微笑んで見つめるがそれも少しだ。揃って五人へ仕事をしなさいと注意し彼女達もまたデスクワークに戻る。ここでも平和な時間が流れているのだった。

 

 

 時刻は昼時。食堂では翔一と真司、それにリインやチンクにセインといったいつもの者達が忙しく働いている。だがそこに五代の姿はない。彼はなのは達に会わせて休日となったため外出しているのだ。光太郎も今日は休み扱いだが、ヴィヴィオとイクスヴェリアがいる今はライダーの数を減らす訳にもいかないと考えたので別日に変更してもらっていた。

 

 ちなみになのはもヴィータも出かけていて六課にいない。そして、五代の代わりに今日の食堂にはある人物が手伝いとして参加していた。

 

「翔にぃ、アギトセット上がったで」

「了解。ありがとう、はやてちゃん」

 

 はやてからアギトセットを受け取り、翔一は微笑んだ。それに彼女も笑みを返し再び調理へ戻る。以前フェイトから提案された翔一とのレストラン運営。それを今日はやては行なっていた。

 なのはとヴィータだけではなく彼女も休み。なのでこうして翔一と揃いのエプロンを着け上機嫌で働いていたと言う訳だ。リインはそんな二人を邪魔しないように見守っているし、真司達はそんな二人を見て微笑みを浮かべている。

 

「何かはやてちゃん、機嫌がいいよな」

「まぁ、当然だろう」

「そうだよね。翔一さんと二人で頑張ってるってのがいいんだろうし」

 

 真司の言葉に共にいたいと思う相手がいる身のチンクとセインが答える。彼女達もはやての気持ちが分かるのだ。それに彼はそういうものかと思い、頷いて手を動かしていく。チンクとセインはそんな反応に苦笑し何気なくを装って彼へ小さく告げた。

 

―――真司、好きな相手と一緒に居れるだけで女は嬉しいものだぞ。

―――そうだよ。例え、相手が自分の好意に気付いてなくてもね。

 

 そう笑みと共に告げた二人の言葉に成程と納得する真司だったが、どこか何かを匂わせるような言い方だった事に気付き疑問を浮かべた。そんな風に考え込み始める彼を見て二人は互いに視線を向け合って小さく笑う。

 微かに色めいている者達を見たリインはやや楽しそうに呟く。盛んな事だと保護者や親のような気持ちで。だがそこで彼女はふと思う。自分にもそんな相手がいつか出来るだろうかと、そんな風に考えたリインは苦笑する。自分も影響されていると気付いたのだ。

 

(恋愛、か。私には関係ない話だと思っていた。しかし、考えてみるのもいいかもしれんな。私もシグナム達も”人”なのだから)

 

 優しい主や友人達。それが彼女達をどう捉えているかは明確だ。人として生きて欲しい。そう、人らしさの意味を今のリインは知っている。光太郎から聞いた仮面ライダー達。その在り様こそ人らしさなのだ。

 心さえ人らしくあるのならそれは人。ならばリインには心がある。はやてを愛し、守護騎士達を愛し、妹を愛している。それだけははっきり言えた。だからこそ彼女は思うのだ。自分達もまた人なのだろうと。

 

「どうしたアイン? 何か嬉しそうだな」

 

 そこへザフィーラが現れた。ヴィヴィオとイクスヴェリアを連れていて、まるで父親のような様子だ。その後ろからはセッテも戻ってきている。それを見ながらリインは軽く笑みを浮かべると少し悪戯めいた表情で答えた。

 

「ザフィーラか。何、恋でもしてみようかと思ってな」

 

 その答えにザフィーラが一瞬声を失い、すぐに楽しそうに頷いた。それはいいなと、そんな風に言って。それに彼女も頷き返すと静かに彼へ近付いた。そして、そんなリインの行動にやや戸惑うザフィーラへこう囁いたのだ。

 

―――相手も意外と近くにいるかもしれん。

 

 それにザフィーラが驚いて目を見開くと、リインはクスクスと笑って厨房へと向かって歩き出す。その後ろ姿をやや茫然と見送って少ししてからザフィーラが小さく笑った。

 

「アイン、今のお前を見ていると強く思う。翔一達と出会えて良かった、とな……」

 

 そこでザフィーラは思う。おそらくだが五代や翔一がいなければリインを助ける事は叶わなかった。もし邪眼がいなければそれはそれで助ける事が出来なかったとも思う。しかし、邪眼だけがいたのならは自分達は勝つ事が出来なかったと。

 あの戦いを勝利出来たもっとも大きな要因。それは二人の仮面ライダーが自分達と共にいたから。そう思うからこそ、今の彼の心には神に対する感謝にも似た感情が浮かんでいた。その気持ちのまま、ザフィーラはリインの背を見つめて小さく呟く。

 

―――お前がもう悲しまずに済むよう、私が必ず守り抜こう。盾の守護獣の名に賭けて。そして、一人の人としてな……。

 

 その頃、偽装状態のビートチェイサーがクラナガンの街中を走っていた。そこを歩く内の何人かがその外観にクウガのバイクを見たのか思わず振り返る。だが、その色合いが違うのを見てきっとそれを模したのだろうと考えたのか興味を失くして視線を戻した。

 そんな事に気付きもしないで走るビートチェイサー。向かう先はベルカ自治区。そう、五代は聖王教会へ行こうとしていた。そうなったのには訳がある。実は、はやてを通じてカリムが五代をクッキーパーティーに招待したのだ。

 

―――冒険の話を聞いてみたいと思いますし、義弟のロッサやシャッハも五代さんとお話したいと言っていますので。

 

 そうはやてから聞いた五代は、ならばと休みの予定も無かった事もあってそれに応じる事にしたのだ。一応仕込みなどは手伝い、昼休みで忙しくなる前に隊舎を出発して。聖王教会までの道のりは一度しか見た事のない道。だが、それでも記憶に残る景色と照らし合わせて五代はビートチェイサーを走らせる。これも一種の冒険だと思いながら。

 やがて都会然とした景色が徐々に少なくなっていき、ゆっくりと自然の比率が増えていく。そんな光景に心を和ませつつ五代は思う。カリムが自分を呼んだ理由は決して冒険の話だけが目的ではないだろうと。黒の四本角のクウガ。その事を詳しく聞きたい。そんな事をどこかで思っているはずだ。

 

 そう結論付け、彼は噛み締めるように呟いた。

 

「俺だって、あの姿にはもうなりたくないし……」

 

 それでも光太郎が言うように、邪眼が自分達へ複数で襲い掛かってくるのなら最悪それさえ考えなければならない。そう言える程、今の五代のあの姿への認識は変わっていた。あの姿はなってはいけない姿ではない。だが、出来る事なら使ってはいけない力だと。

 どうしてもそれでなければならない事態。そうでなければ黒の四本角の姿は使ってはいけない。そう、彼にとってはクウガの力も同じだ。本当ならば仮面ライダーの力は使う必要などないもの。それを使うためにはある程度の条件が必要なのだ。命を、未来を守る。その力でなければ守れない相手から。

 

 壊す者でありながら守る者。それが仮面ライダーだと五代は思っていた。闇を壊し、光を守る。その在り方を決して忘れてはならない。彼は光太郎から仮面ライダーの話を聞いてその想いを強くした。

 いつでもその力は、戦いは、みんなの笑顔のために。それこそが自分達仮面ライダーの絶対条件なのだと、そう考えながら五代は遠くに見えてきた教会に小さく笑みを浮かべ速度を上げた。

 

(今はとりあえずクッキーを楽しみにしよう。後、ロッサさんってどんな人かも気になるし……)

 

 どこまでも自分は自分。そんな風に思い、彼は一人笑顔を浮かべる。まだ見ぬロッサの人柄などへ思いを馳せて。そうやって五代がベルカ自治区を疾走していた頃、本局にある無限書庫は司書長室になのはの姿があった。その隣にはユーノがいる。

 二人は室内にある来客用のテーブルに着き、そこにはなのはによる手製弁当があった。色とりどりのサンドイッチに唐揚げや卵焼きなどの基本的な作りで、軽い遠足みたいだとはユーノの談。その中のおかずの一つである卵焼きを彼女はユーノへ食べさせていたのだ。

 

「はい、あ~ん」

「あ、あ~ん……」

「美味しい?」

「…………うん、美味しいよ」

 

 食べさせた方も食べた方も顔を真っ赤にさせる奇妙な食事風景。他に人目がないとはいえ、やはり照れるものは照れるのだ。しかし、どちらも視線を逸らしてはいない。そう、もう二人は婚約をしたような関係故に。

 生憎ユーノはまだ婚約指輪を用意出来ていないが、出来るだけ早く用意しようと思っている事からもそれが分かる。なのはに言い寄る者がいるとは思えないが、それでも念には念をと考えているのだ。それをなのはに告げたら心配性だと苦笑されたユーノだった。

 

 実は、やっとなのはが休みと相成ったのだがユーノが合わせられずデートはご破算。結局、こうして彼女が無限書庫を訪れる形となっていたのだ。しかも、彼女は午前中は仕事の手伝いまでしている。それも少しでもユーノとの時間を得るための行動なのだ。

 

 互いにサンドイッチを手に取り一口運ぶ。そこで互いに思わず笑みが零れるのは愛する者といる幸せ故だろうか。そのまま二人は心持ちゆっくり食事を楽しんだ。愛しい相手との時間を噛み締めるように。

 そうして弁当の中身を全部食べ終えた時、なのはがふとある事を思い出した。それは久しぶりに訪れたからこその疑問。

 

「そういえば、少し来ない間に新しい人が増えたんだね」

「ルネの事? うん、六課が出来て少し後ぐらいにレティ提督が紹介してくれたんだ。何でも、元々は戦災孤児らしくてね……」

「そうなんだ。苦労してるんだ、あの子」

 

 ユーノの告げた内容になのはは表情を曇らせる。管理世界は管理局が関っているためある程度の治安を維持している。だが、管理外世界の中には世界規模で内戦を続けている場所もある。それを知るからこそなのはは悔しく、そして辛く思った。彼女達は管理外では何も出来ない。その存在を否定されていたり、拒否されていたりするからだ。

 するとなのはへユーノは小さく声を掛ける。決して無力なんかじゃないと。管理局体制が絶対正しいとは思わない。だが、それで助ける事が出来ている命もあるし、守れる明日があるのだから。そう優しく告げるユーノの言葉になのはも頷いた。

 

「そうだね。それに、もしかしたらそんな世界にはライダーみたいな人がいるかもしれないし」

「そうかもね。仮面ライダーはそういう理不尽がまかり通る場所でこそ戦うはずだ。僕らが知らないだけで、実は彼らのような人はいつでもどこかで戦っているのかも……」

 

 そんなユーノの声が思い詰めるものだと気付き、なのははその理由へ即座に思い当った。ユーノが何を考え何を思ったのかを。だから彼女は表情を笑顔に変えて告げた。

 

―――大丈夫! 仮面ライダーは一人じゃないから!

―――……そうだね。僕らと五代さん達のように、きっと多くの人達がその背を支えているはずだ。

 

 互いにサムズアップを向け合う。その顔は笑顔だ。そして落ち着いてからユーノがぽつりと呟く。結婚式には五代達四人も居て欲しいと。それになのはも静かな声でそうだねと返す。邪眼を倒した後、五代達がすぐ帰ってしまうのではないか。それだけが二人の心配事であり不安だった……。

 

 

 海鳴にある月村家。そこのメイドであるファリンとイレインは、庭仕事を終えて互いに庭先で寛いでいた。あの五代達が来た日以来一度として邪眼による襲撃は行なわれず、海鳴の街は平和そのものだった。それでも未だに誰一人として気を抜いていない。

 高町家の美由希と士郎だけではなくハラオウン家のエイミィやアルフにリンディさえも、いつ何があってもいいように心構えだけはしていた。すずかとアリサもそれは同じ。護身用にスタンガンなどを所持しているのだ。それがどこまで頼りになるかは分からないが無いよりはマシとの考えで。

 

「……平和だよな」

「そうですね〜、一応お姉様の方も何事もないようですし……」

 

 あの事件があった後、ファリンはドイツにいる忍達へ警告した。マリアージュのような恐ろしい相手がそちらにも現れるかもしれないからと思って。だが、そちらにも一度として襲撃は無かった。それでも彼らは完全に気を抜く事は出来ないでいた。

 

「でも、絶対に気を抜き過ぎるなって士郎さんも言ってたしな」

「ええ。こうやって、私達の警戒心が緩んだところを狙ってくるかもしれませんからね」

「……五代の奴、元気でやってるよな?」

「当然です。だって、五代さんはクウガですよ!」

「そう、だよな。そうだった」

 

 そう言ってイレインは笑う。ファリンも同じく。二人は視線を上へと向ける。そこには気持ちのいい青空が広がっている。五代が好きな空。それを見上げて二人は願う。五代の無事を。そして、また共に過ごせる事を心から。

 

 その頃、ヴィータはゼスト隊の隊舎にいた。休日なのだが、それを彼女は邪眼対策に使う事にしたのだ。そう、公開意見陳述会。その日が刻一刻と迫っているために。

 今、彼女はゼスト達三人とその日の警備体制について話し合っていた。ゼストはレジアスと会い、邪眼に対しての対策を求めたのだが、彼は公に事を荒立てる訳にはいかないとそれを一蹴。しかし、グレアムとの話し合いの進行具合を教えてこう告げたのだ。

 

―――今は動けん。だが、奴が動いた時にはこちらも動く。奴らが絶望を振りまくのなら、儂らは希望を見せてやろう。

 

 その言葉と共にレジアスはゼストへ全てが終わったら話したい事があると告げ、そこで会談は終了となった。その時のレジアスの表情が自分の良く知る顔だった事を確認し、ゼストはその言葉を信じて待つ事にしたのだ。

 希望を見せる。それがどういう事かは分からない。だが、それが邪眼達への反撃を意味するぐらいは彼にも分かる。故に、ゼストは六課とだけではなく108とも連携し有事に備える事にしたのだから。

 

「……だから、108にはあたしが教導に行ってマリアージュ対策と怪人戦をある程度意識した事を仕込んでくる」

「そうか。こちらもマリアージュ対策だけは練っておく」

「それと他の陸士隊にもマリアージュ対策ぐらいは伝えておきましょう。それだけでも違うはずです」

 

 ゼストの言葉にメガーヌがそう続く。それにヴィータは頷いた。怪人はやはり実際見ないと信じる事は出来ないがマリアージュだけは別。あれはもう第一級危険ロストロギアに指定されていた。そう、幾度かに渡る戦闘の結果出た被害。それをマリアージュの仕業にして上層部に報告したのだ。

 なので、現在はマリアージュ対策だけならば納得させる事が簡単だ。しかも、それが地上の守護神と言われるゼスト隊からなら余計に。そう判断し、ヴィータは助かると告げた。彼女はちゃんと礼儀を弁える人物だ。どんな相手でも階級が上であれば一定の敬語を使って接する。だが、今の彼女はゼスト達へそんな言葉遣いをしていない。

 

 その理由はたった一つ。ヴィータの言葉に対するゼストの言葉に、それはあった。

 

「気にするな、ヴィータ副隊長。俺達は共に邪眼と戦う仲間なのだからな」

 

 仲間。それがあるからこそヴィータはゼスト達へ敬語を使わない。何故か。簡単だ。仲間に上も下もない。みんなが同じなのだ。立場も年齢も関係ない。共に悪を憎み、今日の笑顔を、明日の平和を願う者同士なのだから。

 

「……でも、ありがとうって言わせてくれ。正直、六課はどこか陸の部隊から疎まれてる部分があるしさ」

「そうなのよね。むしろ、六課はライダーと管理局を繋いでくれた部隊なのに」

「仕方ないわ。はやて部隊長を初め、主な構成員が海や空の人間だもの。でも、それがかえっていい方向に活きてる」

 

 クイントの悔しそうな言葉。それを聞いてメガーヌも同じような声を返す。しかし、後半には噛み締めるような声に変わった。それにヴィータ達は頷く。

 実際、六課が他の陸士隊から疎まれるような存在となる事を見越し、その隊舎はかなりクラナガンから離れた場所になったのだが、だからこそ邪眼の襲撃の被害が最小限で済んでいる。

 更に、六課と係わり合いが多い陸士隊はゼスト隊ぐらいだ。よって他の陸士隊が邪眼による襲撃対象となる事もなく今日まできた。それを考えるとメガーヌの言葉は的を射ていたのだから。

 

「こういうのを日本語で怪我の功名、と言うのだったか。それとも災い転じて福と成すだったか?」

「意味合い的には前者の方が近かった気が……? 今度フェイト執務官に聞いておきます」

「とにかく、もう一度か二度襲撃があると見て、問題はやはり……」

「ああ。絶対公開意見陳述会だ。あいつら、怪人が邪眼も合わせて全部で二十一体もいやがるしな」

 

 ヴィータの言葉にゼスト達がやや疑問符を浮かべた。総数が足りないのだ。邪眼の残りは十体。ヴァルキリーズを基に生まれた怪人達が十二体。二十一体では一体足りない。そう思ったのをヴィータは気付いたのだろう。嫌悪感をむき出しにして告げた。

 邪眼はおそらく自分を一体残し、保険にするはずだと。それにゼスト達も怒りと嫌悪感を露わにした。自分さえ捨て駒に考え、それに何の躊躇いもない邪眼に。命を何とも思っておらず、ただの消耗品のように使い捨てるその在り方へ強い怒りを感じたのだ。

 

 そこで話し合って決めたのは邪眼の相手は基本ライダーに任せようという事。その理由はあの無人世界での戦いからの経験だ。ヴィータ達守護騎士さえ邪眼と対峙した時はその神経を酷く疲れさせた。

 しかも、あの海底遺跡で再戦したフェイトとシグナムが改めてそう告げたのだ。やはり邪眼相手は色々と疲れると。現にあの後エリオとキャロ、ツヴァイは揃ってダウンした。六課隊舎に着いた瞬間緊張の糸が途切れて眠ったのだ。

 

 そこから考えて、怪人相手にはもうスバル達もヴァルキリーズも慣れたが邪眼だけはやはり別格となるだろうと結論付けた。

 

「……総勢九体の邪眼。それに対し、こちらはライダーが四人」

「二体一の構図ね。しかも、下手をすれば誰か一人は三人相手に?」

「いや、光太郎が言うにはその一体はあたしらへ向かってくるんじゃねえかって。新人達やヴァルキリーズの末っ子辺りは結構耐えるのだけで精一杯だろうからさ」

「そこへ残った怪人が全部。しかも、まだ知らない怪人が何体かいる……」

 

 六課だけで支え切れる数ではない。怪人だけでも多いのにそこへマリアージュも加わるのだろうからだ。そう、イクスヴェリアにはマリアージュを制御する力があった。だが、それは彼女が生み出したマリアージュに限るものだったのだ。

 邪眼が生み出している個体に関しては彼女は無力。だが、それを誰も責めなかった。むしろ安心したのだ。イクスヴェリアを助ける事が出来た事に。利用されれば、今以上にマリアージュが増える。それは一番忌むべき事態へ繋がるのだから。

 

 マリアージュによる自爆攻撃。それを展開されれば、事は地上本部だけに留まらない。クラナガン全体に広がる可能性もあったのだ。だが、現状でそれは可能性が低いと予想されていた。

 それは邪眼の行動目的。その目的は世界征服よりも創世王になる事へ重点を置いているのだ。つまり、クラナガンを火の海にする事があるとすれば、それにはRXとクウガを倒すという状況が必要となる。

 

 無論、これが楽観的な見方であると誰もが思っていた。しかし、その可能性を強く否定出来ないのも事実なのだ。あの無人世界での戦いを経験した者達は特に。

 

「とにかく、決戦の時は近い。その際は、俺達ゼスト隊だけで怪人を最低でも一体は倒してみせる」

「頼む。あたしらも出来る限り怪人を倒してみせるから」

「そちらから提供されたデータを参考に、私達なりに対処法を確立させるわ」

「お互いに頑張りましょ!」

 

 そう言ってクイントが見せたのはサムズアップ。それにヴィータも同じ仕草を返した。ゼストとメガーヌもそれに呼応しサムズアップを見せる。ライダーを支え、助け合う者達共通の仕草がそこにはあった。そして、それと同時に笑顔もまたそこに……。



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その日、機動六課 前編

初の三部構成。原作では悲壮感溢れる展開になった話ですが……。


 六課隊舎内のミーティングルーム。そこに主だった者達が全員集まっていた。理由は、明日に迫った公開意見陳述会のためだ。

 

「……とりあえず、隊舎にはアギトと龍騎を残す事にした」

「なら、俺と光太郎さんが地上本部へ?」

 

 光太郎の告げた言葉に疑問符を浮かべ、五代が問いかけた。それは他の者達も同じだ。邪眼の目的を考えればクウガとRXが一緒にいるのは絶好の機会となってしまう。だが、光太郎はそんな五代の問いかけに頷くとはっきり告げた。それは、ある種の宣戦布告。そして周囲への決意表明。

 

「そう。俺と五代さんで邪眼を全て引き受けるつもりだ」

 

 その言葉に全員が息を呑んだ。だが、五代はやや何かを考えて頷き、光太郎の目を見つめて応えた。

 

「分かりました。やりましょう。クウガとRXなら邪眼を全部相手に出来ます」

「ああ、そして必ず倒してみせよう。その代わり……」

 

 光太郎が言いにくそうにしたのを受け、なのはが力強く宣言した。

 

「怪人達は、私達が引き受けます!」

「スターズとライトニングで最低四体は相手してみせますから」

「ヴァルキリーズだって三体は倒してみせるさ!」

「ゼスト隊が一体はやってくれるやろし、負ける事はあらへんよ」

「隊舎にはアギトと龍騎がいる。だからこちらの怪人達は心配ないわ」

 

 強がりではない宣言。特にウーノの言葉に翔一も真司も即座に頷いた。ヴィヴィオとイクスヴェリアがいる六課隊舎。おそらく怪人達はそれを奪取しに来るだろうと、そう考えて隊舎にもライダーを二人にヴァルキリーズの半数近くを残す事になった。

 それにザフィーラとシャマル、それにリインも加わる。防衛戦力としても申し分ないだけのものがある。そう、ジェイルによって地上本部襲撃の段取りは説明されていた。そこでは、ヴィヴィオがもし六課に保護された場合の対応も想像し話された。

 

 ジェイルは六課が手薄になるのを見越し、隊舎へ少数精鋭でヴィヴィオの奪取を企てるだろうと。だが邪眼達にはマリアージュがある。そのため、予想される戦力は少なくても怪人三体にマリアージュが数体。

 なのでヴァルキリーズはウーノを始めとする支援を得意とする者を隊舎に残し、トーレ達戦闘を得意とする者達を地上本部へ向かわせる事になったのだ。

 

「トイのAMFは、先日完成したばかりのAMFCで無力化出来るはずだ。ただし、まだ絶対ではない。あまり過剰な期待はしないでくれ」

「それと、準備出来たガジェットもそこまで多い訳じゃないんです。なので、あまり破壊されないように注意してください」

 

 ジェイルとシャーリィが告げる言葉になのは達が頷く。AMFCを搭載したトイは区別をするためにガジェットと呼称する事になった。ガジェットの制御はウーノなどの指揮役が受け持つ事となり、今回はクアットロがガジェットを制御して地上本部組に参加する事となっている。

 

 こうして全員による当日の打ち合わせが終わり、解散しようとした時だ。五代が全員へ呼びかけた。

 

「みんな、頑張ろうっ!」

 

 サムズアップ。それに全員が笑顔でそれを返す。冷静に考えれば戦力差は大きい。それでも不安よりも希望が大きいのはやはり誰もが信じているからだ。仮面ライダーを、そして自分達の事を。どれだけ強い敵が現れても決して負けない。挫けはしない。

 そんな強い心があるからこそ、六課の者に絶望はない。そして、なのは達スターズ&ライトニングは地上本部の警備へと向かい、ヴァルキリーズ参加組は明日の朝まで待機し、光太郎と共にヘリで地上本部へ向かう事となった。五代はビートチェイサーを使用する。

 

 翔一と真司を始めとする留守番組の振り分けは、リインがヴィヴィオとイクスヴェリアの護衛を担当し、ザフィーラとシャマルが残るヴァルキリーズと共に怪人の迎撃をする事になっていた。怪人が大勢襲い来る事も考えたのだが、邪眼の行動を推測するとやはりヴィヴィオやイクスヴェリアよりも創世王への執着の方が強いと予想されたのだ。

 

「アインさん、ヴィヴィオの事をよろしくお願いします」

「安心してくれ。お前の娘もイクスも必ず守り抜く」

 

 なのはの言葉にリインはそう返し、優しく微笑む。ヴィヴィオとなのはの関係はもう六課内では完全に親子と認識されていた。唯一ママと呼ばれ、ヴィヴィオから慕われているなのは。その姿は誰もが和む光景なのだから。

 イクスヴェリアもはやてが夜天の主と聞いて軽く驚きを見せた。実物を見た事はなかったが、夜天の魔導書の名を聞いた事はあったらしい。なので、自分と六課の繋がりに運命を感じたと思っていたのだ。

 

 ヘリポートへ向かうため、ミーティングルームを出て歩き出すなのは達。それを外で待っていたヴィヴィオとイクスヴェリアが気付き、笑顔で出迎えた。

 

「ママ、もうお出かけ?」

「うん。ヴィヴィオ、アインさんの言う事をちゃんと守って留守番しててね」

「う〜……五代さん達は明日だよね?」

「そうだよ。だから、そこまで寂しくないでしょ?」

 

 なのはとヴィヴィオのやり取りに五代達が微笑む。一方、イクスヴェリアは自分の護衛を務めてくれるリインへ感謝を述べていた。

 

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

「気にしないでくれ。イクスも私からすれば家族のようなものなのだから」

「家族、ですか?」

 

 リインの表現に軽い驚きを浮かべるイクスヴェリア。それにリインが笑みを浮かべて頷いた。そこへはやても顔を出し、こう告げる。

 

「そや。イクスはもう六課の一員。それに、わたしが責任者やしな。ある意味八神家の一員とも思うてる」

「私が……八神家の……」

「あ、別になれって訳やないよ。そうわたしは考えてるってだけやから」

 

 はやての少々慌てた声にイクスヴェリアは小さく微笑み、分かっていますと返す。そして彼女達八神家の者達へ頭を下げた。それに若干面を喰らうはやて達へ、イクスヴェリアはそのままでこう告げた。

 

―――不束者ですが、よろしくお願い致します。

 

 その言葉にその場の全員が言葉を失い、そして笑顔を浮かべた。はやてが嬉しそうに何度も頷き、ツヴァイは嬉しさのあまりアギトと手を繋いで騒ぎ出す。アギトはそんな彼女に苦笑しながらも、その嬉しさを理解してそれに付き合っていた。

 シグナムとシャマルは互いに笑みを向け合い、ザフィーラとリインは微笑みながら何かを言い合っている。五代達はそんな八神家を祝福し、そしてヴィヴィオは友人が家族を得た事に喜びを感じて笑顔を浮かべる。

 

 決戦の前の小さな喜び。それに誰もが心を和ませ、そして改めて誓う。決してこの幸せを失わせはしないと。そう、強く心に抱いて……。

 

 

 ヘリポートで見送りをする五代達とヴィヴィオにイクス。五代達が傍にいるとは言え、ヴィヴィオはどこか寂しそうな表情を見せていた。それになのはが苦笑するも、その目線の高さにしゃがんで笑いかける。

 

「ヴィヴィオ、ちゃんと帰ってくるから」

「うん……」

「約束」

 

 なのははそう言って小指を差し出す。それが何を意味するのかを理解し、ヴィヴィオも小指を差し出して絡めた。指きりの歌を口ずさむ二人。それに周囲も微笑みを見せる。やがて歌も終わり、二人揃って指を離す。

 

「約束破ったら、針千本だからね」

「うん!」

「あ、それと……帰ってきたら話したい事があるから」

「お話?」

「そうだよ。ヴィヴィオにとっても、ママにとっても大事なお話」

 

 なのはのその言葉からフェイトは何かを察して軽く驚き、そこから小さく笑みを浮かべた。そしてヴィヴィオの肩に手を置いて優しく笑みを浮かべて告げる。楽しみにして良い子で待ってるようにと。それにヴィヴィオも頷き、笑顔を返した。

 なのはもフェイトもそれに笑顔を返して歩き出す。はやてはイクスから武運を祈られたためやや苦笑していたが、それがどこかシグナムやリインを連想させたのか嬉しそうに頷いた。スバルはノーヴェと拳を軽く合わせてまた明日会おうと約束し、ティアナはウェンディやクアットロへ待っていると告げている。

 

 ギンガは似たような立場のチンクと微笑みを見せ合い、妹達を守るとの誓いを交わしあっていた。エリオはドゥーエからからかいを受けるも小さく告げられた無事を祈る言葉に小さく頷く。その横でキャロはセインに気をつけるようにと言われて元気よく返事を返していた。ヴィータとシグナムはシャマルやザフィーラに隊舎の者達を託し、それぞれヘリへと向かって歩き出す。

 それを全員が見送り、やがてヘリのハッチが閉まる。そしてゆっくりとそのローター部分が回転を始め、ヘリを浮かびあがらせていく。それにヴィヴィオや真司が大きく手を振り、五代達も手を振って送り出す。

 

 遠ざかるヘリ。それが見えなくなるまで誰もそこから動こうとしなかった。どこかで感じているのだ。これが最後の戦いへの前哨戦になると。故に、この見送りが持つ意味は大きい。勝利への出発。邪眼へ引導を渡す為の大事な一戦。

 それが明日なのだ。なのは達地上本部組は留守番組よりも激戦が予想されるのもある。そう、留守番組の者達はそれがあるからこそ余計にこの見送りに込めた意味は強いのだから。

 

「……明日で全てが決まるんですね」

 

 ぽつりと翔一が呟いた言葉。それに誰もが頷いた。あの無人世界での戦いからもう十年近く。その長きに渡る戦い。それがいよいよ幕を迎えようとしている。そう感じ、五代は特に思うものが強かった。

 そして、それは翔一と光太郎も同様に。彼ら二人はある意味発電所から戦い続けているようなものだからだ。三人とは違い、真司は邪眼との因縁が長い訳ではない。だが、それでもその思いは三人に負けぬものがある。

 

 彼は長年暮らしていた場所を奪われ、コピーとは言え自分が家族のように思っている少女達と戦う羽目になったのだ。その怒りや悲しみは三人に匹敵する。

 

(明日でクウガとしての寄り道が終わる。だから、絶対に負けられない!)

(アギトとして……そして仮面ライダーとして、明日は負ける訳にはいかないんだ!)

(邪眼……あの発電所での借りを返す。そして、もう二度と復活出来ないようにしてみせるっ!)

(明日の戦いに勝って、そのままの勢いで俺達の家を取り戻す! 絶対負けないかんなっ!)

 

 静かに拳を握る五代と光太郎。表情を真剣なものに変え、ゆっくりと拳を握る翔一。そして、力強く拳を握り締める真司。それぞれに込めるは明日への決意と覚悟。仮面ライダーとして、そして一人の人として大切なものを守るために戦おう。その気持ちを新たにしたのだ。

 やがて誰からともなくゆっくりと隊舎へと戻り始める。その足取りは重い。明日の戦いへの重圧や不安を感じているためだ。しかし、その表情は決して暗いだけではない。笑顔ではないが沈んでもいない。誰もが信じているのだ。勝利を、平和を。

 

「ノーヴェ、ウェンディ、明日は気をつけてね」

「おう。それはそっちもだかんな」

「そうッスよ。ディエチも気をつけて欲しいッス。接近されたら危ないッスからね」

 

 参加組である二人へディエチが心配そうな声を掛ける。それにノーヴェもウェンディも明るい声を返す。それどころか彼女の方が心配だと返したのだから。それにディエチが苦笑。無言で頷き、それに応えた。

 トーレはセッテと共に参加組。なので、留守番組のウーノとドゥーエへ万が一の際の事を相談していた。それは予想に反して隊舎へ怪人が多かった場合だ。トーレとセッテは空戦専門。その移動速度もかなり速い。それを活かし、緊急時は地上本部から隊舎へ向かう事を話し合っていたのだ。

 

「では、その時は……」

「ええ。ディエチに信号弾を撃たせるか私かロングアーチが連絡するわ」

「それと、二人一緒でなくてもいいわ。どちらかでも来てくれれば助かるから」

「了解だ。まぁ、願わくばない事を祈るがな」

 

 トーレの締め括りに三人揃って頷いた。留守番組の戦力はオットーにディエチとディードの三人。ウーノとドゥーエはどちらかと言えば支援型に近いからだ。そう、残るのはその五人。残りの七人が全て地上本部へ投入されるのだ。

 これはヴァルキリーズ全員で話し合った結果。ギンガも含めた十三人で色々と加味し出した結論。基本防衛戦になるだろう隊舎戦。ならば、自分から切り込む者より支援に向いた者がいい。そう、ライダーを援護するのに適した者達だ。

 

 チンクも候補に挙がったのだが少しでも戦力を地上本部へ向かわせるべきだとなり、半分ずつではない振り分けとなったのだ。トーレ達四人が能力を知る怪人達への対処法を確認し合う横で、クアットロがチンクとセインの三人で真剣な表情を見せ合っていた。

 

「結局、スパイは来なかったわねぇ」

「そうだな。情報漏れも疑われたが、スクライア司書長だったか? 彼の真偽も確かめられたしな」

 

 あの海底遺跡の一件を受け、光太郎と五代がユーノへ面会しに行き確認したのだ。その結果、ユーノは白となり、あの一件は邪眼達も偶然辿り着いたとなった。

 

「でも、まだ能力の分からない怪人が六体、か」

 

 セインがそう不安そうに呟くと、それを聞いたオット−が口を開いた。

 

「逆です、セイン姉様。もう六体しかいないんです」

「ええ。オットーの言う通りです。半数はもう能力もある程度分かっています。なら、警戒するに越した事はありませんが、恐れすぎる必要はありません」

 

 その言葉にセインだけでなくクアットロやチンクも軽い驚きを見せる。だが、すぐに笑みを浮かべて肯定するように頷いた。そうだ。例え能力が分からない怪人が相手だとしても、自分達のISは知っている。それに姿からある程度の想像もつく事が多い。

 そう思い、セイン達は視線をある者達へ向けた。そこには既に笑みさえ浮かべて話す翔一と真司の姿がある。彼ら二人は邪眼が攻めてきた場合の事を話していた。戦力的に一番手強い邪眼。それを相手に勝利するにはライダーである自分達が引き受けるしかないからだ。

 

「じゃ、いきなりあの姿を?」

「はい。明日はもう最後だと思って一気に片付けようと考えたんです」

「そっか。なら、俺もそうしようかな?」

「いえ、城戸さんは最後の最後まで温存した方がいいです。邪眼との決着まで」

 

 翔一が温存していたアギトの姿を使う事を決意したと聞いて、真司は自身もユニゾンを使おうかと迷った。しかし翔一の言葉にそれを思い留まる。邪眼との決着。それは言うまでもなくラボを取り返すための戦いだ。それが本当の意味での最終決戦。

 だから、翔一は真司へ告げたのだ。そのラボでの戦いで決め手となるべきは龍騎だと。ラボで暮らし、ジェイル達と共に思い出をそこに残してきた真司。そんな真司がラボを取り戻すキッカケとなって欲しい。そう翔一は思っていたのだから。

 

 それを感じ取り、真司は力強く頷いた。邪眼の知らぬ自分の力。それを解禁するのは最後の最後まで取っておくと。そんな二人の会話を聞きながら五代と光太郎もまた決意を新たにしていた。

 

「……光太郎さん、俺もいざとなったら」

「いや、五代さんそれは」

「分かってます。でも邪眼を大勢相手にするには……それしかないですよね?」

「……そう、だとしても……それ以外の可能性を諦めちゃいけない」

 

 光太郎の答えに五代は思わず言葉を失う。そんな事を言われるとは思わなかったのだ。光太郎はそんな五代へ告げた。凄まじき戦士の力を使うのは本当にそれ以外に打つ手が無くなった時だけ。それまではどんなに絶望的でも足掻き続ける事だと。

 そこで彼は語る。自分も諦めず戦った結果、RXからロボライダーやバイオライダーへの変身を得た事を。それを聞き、五代もまた思い出した。自分も初めて超変身したのは赤のままで足掻き続けての結果だった事を。

 

(そっか。俺、気付かない内にどこかで甘く考えてたのかも。一度制御出来たから今度も出来るって。まだ黒の金のクウガもあるし他の色の金もある。それを全部使い切っても駄目だったら、その時が四本角の出番なんだ)

 

 一度やってのけた事実。それが知らずどこかで自分の中の凄まじき戦士への危険性を鈍らせていたと、そう五代は思った。あれは簡単に使ってはいけない力。光太郎の方がそれを熟知していたと。

 それは光太郎がRXの力を恐れているからだ。太陽の光ある限り、無敵に近い力を持つRX。それと凄まじき戦士は同じような存在と考えるからこそ、光太郎はその力を安易には使わないで欲しかったのだ。

 

(もし凄まじき戦士が暴走すれば、それは邪眼以上の脅威になる。そして、最悪の場合は……いや! そんな事にはさせない! 俺が何としても阻止してみせるっ!)

 

 脳裏に浮かんだ最悪のシナリオ。それを振り払い、光太郎は周囲へ告げた。絶対に最後まで諦めないで欲しいと。諦めなければ、必ず奇跡を起こせるから。そう力強く言い切った。それに全員が頷き、ヴィヴィオが手を上げて叫ぶ。

 

「諦めないぞ! お〜っ!」

 

 それに誰もが笑みを浮かべ、声を返す。幼い命が告げる言葉。それに大きな勇気をもらって……。

 

 

「父さん、本当にいいんですか?」

「ああ、もう迷いはない。皮肉なものだが、邪眼とやらのおかげで踏ん切りがついた」

 

 地上本部はレジアスの執務室。そこでレジアスは娘のオーリスと明日に迫った公開意見陳述会の最終確認をしていた。そこで彼はこれまでの質量兵器の解禁ではなく、まったく別の物の許可を得ようとしていたのだ。

 それは先日ジェイルから届いた改良型バトルジャケットだ。そのフェイスにオーリスは疑問を浮かべたが、レジアスはむしろそれに満足していた。自分の希望通りだったからだ。そして、そこには行く当てを失った初期のバトルジャケットも残されていた。

 

「でも、明日にあの化物が襲ってくると予想されています」

「だからこそ、これを儂が使うのだ。そして見せなくてならん。これこそが、魔導師にも騎士にもなれぬ者達の希望だと。魔法に並ぶ護るための力なのだと」

 

 レジアスが噛み締めるように告げる言葉。それに込められた想いは強い。魔力がなくても戦える力。非殺傷を出来ずとも、相手を止める事が出来る防御力と制圧力。唯一の難点はその重量だが、それでも訓練すれば誰でも装備出来るようになる適応性。

 全てにおいて、このバトルジャケットはレジアスの理想だった。質量兵器に該当する要素はないのも大きい。そう、これはあくまで鎧。剣でも銃でもないのだ。オプションで剣や盾を使う事は出来る。しかし、それにはベントカードが必要。しかも一度きりの消耗品。ならば、それを厳正に管理すればいいだけだ。

 

 確かにまだ色々と穴はあるかもしれないが、それでも製造技術は現在ジェイルのみが有している。犯罪者へ流れる事があったとしても早々作り出せないようにする事も可能だろう。何せ、彼はアルハザードの申し子”アンリミテッド・デザイア”なのだから。

 そう考え、レジアスは内心笑う。犯罪者だったジェイルをここまで信頼している自分にだ。いかに改心したとはいえ、相手は広域次元犯罪者。それをここまで信頼するなど、以前の自分であれば有り得ないと。

 

(ふん、ゼストだけでなくスカリエッティまで感化されたか。グレアムが言った通り、仮面ライダーとやらは凄まじい影響力を持っているようだ。明日、奴らの力と姿を次元世界は知る事になるのだろうか……? だとすれば、それについても何らかの対策を……いや、その時になってから考えれば良い)

 

 もしかすれば、その姿を見せる事無く怪人達を倒してしまうかもしれない。そんな風に思い、レジアスは笑う。そんな父の姿を見たオーリスは小さくため息を吐いた。随分機嫌がいいと思ったのだろう。なので彼の口癖とも言うべき事を尋ねたのだ。

 

「……全ては、地上の平和のために、ですか?」

 

 オーリスの呆れたような呟きにレジアスは即座に声を返す。そして、その後に続く言葉に彼女は言葉を失う事となった。

 

―――いや、全ての者達の笑顔のために、だ。

 

 

 

 無限書庫内司書長室。そこへユーノはある者から呼び出されていた。大事な話があって、あまり人目に付きたくないと。実は彼自身、本来ならばそれに応じたくなかった。何故ならば今のユーノはその相手を警戒していたからだ。とは言え、表向きは違う。これまで信頼し頼りにしていた相手なのだから。

 だが、光太郎や五代と久しぶりに会った際聞いた事がキッカケで彼はその相手を探った。人事部のレティから情報を入手し、更に詳しく相手の個人情報を洗った。その結果は彼へ恐ろしい事を教える事となり、現在の警戒心へ繋がっている。

 

「申し訳ありません、スクライア司書長。わざわざお呼び出しして」

「いいさ。で、何の用だい?」

 

 そこでユーノは静かに深呼吸をした。

 

「……ルネ」

 

 ユーノの目の前には司書であるルネッサ・マグナスが立っていた。彼女はその端正な表情を少しも変える事無くユーノへ告げた。最近自分の事を調べているのはどうしてかと。それにユーノは平然と返す。

 司書全員の事を把握出来ないで司書長は名乗れない。そう親友であるクロノから言われたからだと。自分もそれに確かにと思い、悪いとは思ったがそれぞれの個人データを可能な限り閲覧させてもらった。そう迷う事無く言い切った。

 

「何か他に質問はあるかい?」

「いえ、ありません」

「そう。もし気に障ったのなら謝るよ、ルネ」

「あ、その、私は別に……」

 

 ルネッサはユーノの言葉に気にしていないと返そうとしたのだろう。だが、それを遮るように彼は告げた。

 

―――ただし、君が本当にルネッサ・マグナスなら、ね。

 

 その言葉にルネッサの表情が微かに変わる。どういう意味だ。そんな言葉が聞こえてきそうな視線をユーノへ向けていた。それに彼は内心で軽い焦りを感じていた。万が一に備え手はいくつか打ってはある。だが、それでも不安は尽きない。対策の中の一番有効なものはいつ動くか分からなかったからだ。

 

 それに彼の調査結果が教えた答え。それが、目の前の相手がルネッサ・マグナスではない事を示していたからだ。それを今から相手に突きつけるしかない。そう決意し、ユーノは口を開いた。

 

「君は本当に上手く誤魔化したよ。レティ提督でさえ信じ込むぐらい、精巧な個人データだった。でも、精巧すぎた。君は僕に何て言った? 戦災孤児だと、そう言ったよね?」

「……ええ。それが何か?」

「じゃ、どうして同じ個人データが二つあるんだろう?」

 

 そこで初めてルネッサに驚きが浮かんだ。ユーノはそれに構わず続ける。自分が調べたところ、ルネッサ・マグナスと言う人物はそれなりにいた。だが、戦災孤児でとなると途端に数を減らしていき、残ったのは二人だけ。

 もしかしたら戦災に合う前と合った後かもしれない。そうも考えた。だが、調べてみると両方とも完全に同一人物だったのだ。その内容もまったく同じと言っていいもので、違いがあるとすればたった一つだけだった。

 

「作成者のミス? いや、違う。そもそも戦災孤児のデータを二つ作る事が有り得ない。それに、何よりも唯一の違いがあった。現在地さ」

 

 片方はヴァイセン。そしてもう片方は言うまでもなくミッドチルダ。そこまで知ったユーノは即座にヴァイセンの方を本物だと決めた。その理由は特にない。だが、もう一方を偽者とする理由はある。それは……

 

―――あの海底遺跡の場所を知っていたのは六課関係者以外では僕ともう一人。そう、君だよルネ。いや、おそらくツバイとでも呼べばいいのかな?

 

 そうユーノが告げた瞬間、辺りを静寂が包む。だが、徐々に緊迫感が増していくのを彼は体で感じていた。その口の中はカラカラに乾いている。今まで感じた事のない緊張と恐怖が体を襲う。それをユーノは振り払うように全身に力を込める。そして、鋭く目の前を睨みつけた。

 やがてルネッサは笑い出した。それはユーノの言葉が楽しくて仕方ないと言うように。それでも彼は目を逸らさない。一しきり笑ったところでルネッサはゆっくりと声量を落とすとユーノへ鋭い視線を向けた。

 

「戯れの穴として残しておいたけど、詳しく調べる事はないと思ってたわ。一度調べられた後にはね」

「ああ、本当ならそうだったよ。でも、さすがにあの海底遺跡は疑われる要素だ」

「ふふっ、お人好しばかりと思ったけど無条件に信じてる訳じゃないのね?」

「残念ながら、ね。そうしたかったけど、邪眼のせいで疑う事をせざるを得なくなったんだよ」

 

 ユーノがそう言うと、ルネッサは姿を変え黒髪のドゥーエそっくりに変化する。それを見て彼は心から小さく呟いた。

 

―――本当は、最後まで信じていたかったんだ……

 

 だが、その噛み締めるような呟きを聞いたツバイは吐き捨てるように告げた。

 

―――馬鹿ね! この世で他人など信じられるものかっ!

 

 その言葉にユーノは目を伏せた。そして、ゆっくり眼鏡を外す。そう、眼鏡は伊達。ユーノが眼鏡を掛けた理由は一つ。自分は学者として生きようと決めた際、それらしくなるようにと掛けただけだったのだから。

 ツバイはそんなユーノに妙な迫力を感じ、やや意外そうに注視した。彼女の調査ではユーノは戦闘能力が無いに等しい。だからこそ、こうして対峙する事になっても一欠片の不安も抱いていない。

 

 そんな視線を受けつつもユーノは眼鏡を外すと、それを静かに内ポケットへしまう。それは、ある決意。学者である自分ではなく一人の男としての自分であると示すため。そして、彼はツバイへ向かって言葉を放つ。

 

「仮にそうだとしても……僕は、僕は……」

 

 その声は震えていた。だが、それは決して恐れから来る震えではない。それは別の感情から来る震えだ。それは怒り。ツバイの告げた言葉に対する抑えきれぬ怒りがユーノを動かしていたのだから。

 

「僕は、誰かを疑わなきゃ生きていけない世の中なんてご免だっ!!」

 

 故に吼えた。目を見開き、地を揺るがさんとばかりの大声で。それにツバイも無意識に一歩だけ後ずさった。仮面ライダーでもエースでもない男の叫び。それが怪人をたった一歩でも退かせたのだ。

 

「なっ……」

「覚えておけ、怪人! 僕らは確かに賢くも強くもない存在だろうさ。でも、お前達が思う程愚かでも弱くもないっ!!」

 

 それは、人類を代表しての啖呵。仮面ライダーと関ったが、なのは達と違ってその背を支える事が出来ぬ自分だからこそ抱いた想い。傍で戦う事も出来ないからこそ、怪人に恐怖する訳にはいかなかった。魂だけは気高くあろう。彼もまた知らず、なのは達と同じ心境に辿り着いていたのだから。

 

「ふんっ! 寝言は寝て言うのね……」

 

 ツバイはそう告げると、その体を変えていく。それは蠍。手の爪と尾から液体が流れており、それが床に落ちて穴を開けた。その周囲からは何やら害のありそうな煙が発生している。ユーノはそれを見て即座に動いた。それは入口の傍にあるスイッチを入れるため。

 その狙いに気付き、ツバイは軽く感心したような声を出す。そう、彼が作動させたのは空調。換気をさせる事で有毒ガスを排出させたのだ。

 

「やるじゃない……」

「力が無いから知恵ぐらいは、ねっ!」

 

 その声と共にユーノはバインドを展開する。チェーンバインド。彼が得意とする魔法となったものだ。バインドなどの支援魔法。それをユーノは徹底的に磨いた。攻撃が出来ずとも、それで誰かの助けになる。それをあの無人世界での戦いで知ったのだ。

 ツバイの動きを封じようとするチェーンバインド。それをツバイがかわしながらユーノへ迫る。それに彼は慌てる事無く対処した。ツバイの爪がユーノを捉えようとするその瞬間、その体が消える。それに驚くツバイ。そして同時に前もってそこに設置されたバインドが発動する。

 

「なっ!? これは一体?!」

「それは僕が部屋に入った時に設置したものさ。そして転送魔法は短距離なら今みたいに即興で出来る」

「味な真似をっ!」

「お褒めに預かりどうも。じゃ、お引取り願おうかっ!」

 

 再び転送魔法を展開するユーノ。転送先はベルカ自治区はジェイルラボ。本当ならば彼とてここで倒したい。だが、自分にそんな力がない事を誰よりも彼が知っている。故に危険がない場所へ転送する。

 その転送先の座標自体は既にウーノから聞き出し済み。出来る事なら六課へ転送しライダー達に撃破してもらいたいが、その打ち合わせを聞かれる可能性を考慮し出来なかったのだ。

 

「おのれ! 雑魚の分勢でっ!」

 

 転送魔法で消える瞬間、ツバイはその爪をユーノへ伸ばした。それがその腹部を捉えようと襲い掛かる。咄嗟に防御魔法を展開したユーノだったが、長距離転送中のためかその構造は雑になってしまった。

 結果、爪はあっさりとそれを貫きユーノへ傷を作る。それでも彼は咄嗟に身を引いて掠るぐらいに留めた。だが、その爪には強力な毒が流れている。それが僅かな傷からでもたしかに入り込んだのだ。

 

「ぐっ! て、転送っ!!」

 

 腹部に走る激痛に苦しみながらもユーノは意識を切らす事無くツバイを転送した。そして、それを見届けた瞬間堪らず床へと倒れ込む。するとそこへ勢い良く現れる者がいた。

 

「ユーノっ!?」

「や、やぁ遅いよクロノ」

 

 それはクロノだった。彼は翌日に控えた公開意見陳述会のため、一人本局へ戻って海の人間としてグレアムと打ち合わせしていたのだ。それをユーノは彼から聞き、その用事が終わり次第司書長室へ来てくれるように念話で頼んでいたのだ。それが、万が一に備えての手だった。

 クロノは倒れるユーノの顔を見て血相を変えた。素人目から見ても分かるぐらいに良くないのだ。一応ユーノも自分へ回復魔法を使っているが効果は薄いらしく、その顔色は優れない。それを確認しつつクロノは素早く彼を支えるように抱え、即座に本局中への緊急回線を開いた。医療班だけにしなかったのはそれだけ慌てていたからだろう。その内の一つに映る局員が、クロノの姿を見て不思議そうに問いかけた。

 

『どうされました、クロノ提督?』

「司書長室へ救護班を早くっ! ユーノが、ユーノがっ!!」

「お、落ち着きなよクロノ。君らしくない……」

「喋るなっ! 毒にやられたらしい! 誰でもいいっ! こいつを助けてくれっ!!」

『わ、分かりましたっ! すぐに向かわせます!』

「急いでくれっ!」

 

 通信中、クロノもあまり得意ではないが回復魔法を掛け続けていた。しかし、その視界が薄っすらと滲む。ユーノの顔色がどんどん酷くなっているからだ。それでも諦めないでクロノは魔法をかけ続ける。目の前で親友が弱っていくのを実感しながら、それでも懸命に。

 どこかで無駄だと理性が告げる。だが、それを上回る声で諦めるなと叫ぶ意思がある。クロノは折れそうになる心を奮い立たせ、ユーノの手を強く握る。その手は軽く血で汚れていた。だが、それをまったく気にする事もなく、クロノはユーノへ呼びかける。

 

「しっかりしろ、ユーノっ! お前はこんな事で死ぬような奴じゃないだろ!?」

「……クロノ、頼みがある」

「分かった! 体が治ったら何でも聞いてやる!」

「今じゃなきゃ……駄目なんだ」

 

 クロノの手を握り返すユーノ。その力は弱いが、何故か不思議な強さがあった。それにクロノは何かを悟る。だが、それを顔に出す事無く頷いた。それにユーノは小さく感謝を告げ、ズボンのポケットの物をなのはに届けて欲しいと告げた。

 それにクロノがズボンのポケットを探ると、出て来たのは少し洒落た小箱だった。それに彼の視界が完全に滲んだ。開けるまでもなくそれが何か分かったのだ。何故なら、それは彼もかつてエイミィへ手渡した物だったのだから。

 

―――この馬鹿、これはお前の手で渡さないと意味がないんだぞ……?

―――勘違い、しないでよ。それは、婚約指輪さ。結婚……指輪は……っ! 僕から、渡すよ……

 

 その言葉にクロノは目を見開いた。今、ユーノは何と言ったと。そう、結婚指輪は自分で渡す。それが意味する事を理解し、クロノは涙を流しながら悪態をついた。気弱になっていたのは、自分の方だと気付かせた事に対する皮肉も込めて。

 

「こいつめ、人を前座に使う気か。しかも体が治ったらと言ったのにな。まぁいいさ。言った手前ちゃんと叶えてやる。だが、代わりに絶対死ぬなっ!!」

 

 それにユーノは言葉を返さない。ただ、静かに震える手である仕草を返した。それにクロノが泣きながら笑みを浮かべてそれを返す。それはサムズアップだった。その何よりの返答をクロノが嬉しく思っているところへ大勢の局員が現れる。

 同時に担架などが運ばれた。彼らはクロノからユーノの治療を引き継ぎながら去っていく。ただ一人残った者がクロノへやや躊躇うように問いかけた。付き添いますかと。それに彼は首を横に振ると黙って歩き出す。

 

「僕にはしなければならない事がある」

 

 その言葉に疑問を感じる局員へクロノは振り向かずに告げた。

 

「親友から受けた頼まれ事がある。僕は、必ず応えると約束した」

 

 それを無言で見送る局員。クロノはそのまま司書長室を出ようとして―――何かへ気付いたのか立ち止まる。そして、床の穴を詳しく調べてくれと言い残して部屋を出た。ゆっくりと廊下を歩くクロノ。だが、その歩みが少ししたところで止まる。

 そこで彼はいきなり壁へ拳を叩きつけた。更にその唇からは血が出ている。表情は憤怒を表していた。それをクロノを良く知る者が見たのなら、きっとこう言っただろう。こんなクロノは見た事がないと。

 

―――初めてこんな気持ちになったな。あれをやった怪人は……絶対許さんっ!

 

 彼はそこから自分が艦長を勤めるクラウディアへ通信を入れる。その告げられた内容に混乱するクルー達。だが、クロノの表情と眼差しに誰もが黙り、やがて諦めたように笑みを浮かべ頷いた。それにクロノは感謝を告げると通信を切る。

 そのまま彼は黙って歩き出す。そこにいるのはクロノ・ハラオウン提督ではなかった。そこにいたのは、親友を傷付けられて怒りに燃える一人の男だった……。



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その日、機動六課 中編

遂に姿を見せる怪人軍団。迎え撃つ六課と管理局。その結末はどうなるのでしょうか?


 苦戦の末、黒い龍騎を倒した龍騎はナイトと共にビルの屋上に立つ。その雰囲気は激戦を制したにも関らずまだ戦士のものだった。その理由はその見つめる視線の先にある。

 二人の眼前に存在するは同じミラーモンスターの大群。それを放置すれば大変な事になると二人は考えていた。だがその体に残る疲労はかなり強く、冷静に考えればこれ以上の戦闘は出来ない。それでも龍騎もナイトも絶望したようには見えなかった。その証拠に二人はどちらともなく躊躇いさえ見せずにそのモンスターの群れの中へ向かっていく。

 

 と、そこで真司は目を覚ました。全身に感じる気怠さを忌まわしく思いながら彼は片手を動かして目元へ置いた。

 

「……この夢、か」

 

 そうぽつりと呟いて真司はゆっくりと起き上がる。毎度の事ながら、これらの夢の後、彼は信じられない程の汗を掻く。真司は汗で張り付くシャツを脱ぐとそれを手にして動き出した。まだ寝ている二人を起こさないように気を付けながらだ。

 シャツを洗濯籠へ入れた彼はその場から静かに引き返して三段ボックスの引き出しを開ける。それが真司のタンス代わりなのだ。取り出したシャツを着た彼は静かに窓へと近付いていく。カーテンを少し動かし外を眺める真司。だが、その表情は困惑していた。

 

「何でこのタイミングで見るんだよ……」

 

 悪夢にも等しい夢。それをよりにもよって大事な決戦前に見る事に不安と苛立ちを感じたのだ。今日は公開意見陳述会。邪眼達が総攻撃をかけてくるだろう日なのだから。

 そこで見たのが同じミラーモンスターの大群との戦い。それが真司にはマリアージュを連想させる。そして黒い自分の姿。それは強敵である邪眼や恐ろしい怪人を思わせた。結果としてそれに勝利出来るのはいい事だ。だが、その後がいただけなかった。あれでは、まるでライダーがマリアージュに押し潰されると暗示させるようだったために。

 

 そんな風に思て真司は軽く首を振る。なのは達と協力して仮面ライダーが負けるなどはあるはずがない。そう言い聞かせるように真司は頬を軽く叩いた。

 

「っしゃあ!」

 

 気合は入れ直した。そんな風に声を出す真司。だが、その声で五代と翔一が揃って目を覚ます事になり、彼は申し訳なく思って二人へ頭を下げる事となった。

 そのまま彼らがいつものように食堂の仕込みを始めてすっかり隊舎が普段通りの様子へ変わり出した頃、地上本部にいるなのは達は警戒を続けていた。朝日を浴びながら地上本部周辺を歩いているヴィータとスターズコンビ。その目には他の局員達とは違って疲れの色があまりなかった。

 

「結局夜襲は無かったですね」

「ああ。もしかしたらマリアージュ辺りでも散発的にけしかけてくるかと思ってたんだけどな」

 

 スバルの呟きにヴィータはそう返した。時刻は八時を指している。普段ならここから一日が始まると思うのだろうが、生憎今回は徹夜明けだ。それでも交代で仮眠を取り、出来る限り疲労を取ってはいる。

 しかも六課の面々はある種の確信があるため、仮眠もそこまで気を張る事無く取れた。邪眼が狙うのは絶対に意見陳述会の最中。なので、六課とゼスト隊は仮眠を緊張する事無く取る事が出来た事もあり、他の者達よりも疲れがないのだ。

 

「やはり全戦力を集中させるつもりなんでしょうか?」

 

 ティアナは周囲に他の局員がいない事を確認しそう尋ねた。六課とゼスト隊以外には邪眼の事は未だに伏せられているために。マリアージュだけはその出現の詳しい経緯を伏せられ、危険指定のロストロギアとしか認知されていない。故に、全戦力という言葉は周囲には理解されないし疑問を抱かれる事にもなりかねない。だからこそティアナは周囲へ気を配ったのだ。

 

「多分な。だから本番まではあまり緊張すんな。後、絶対奇襲になるはずだからうろたえんじゃねえぞ」

「「はい!」」

 

 ヴィータの言葉に返事を返す二人。その力強さに彼女も満足そうに頷き、三人は視線を周囲へ向けた。現在なのは達隊長三人とシグナムは地上本部内の警備をしている。中はデバイスの持ち込みが禁止されているので本来彼らは無力に近い。

 だが、六課の者達は密かにデバイスを所持している。実は怪人の危険性を認識しているオーリスが秘密裏にはやてへ告げたのだ。六課所属の者に限り、内部へのデバイス持ち込みを見逃すと。

 

 それを聞いたはやてはオーリスの処置に感謝した。怪人が地上本部内部に侵攻してくるのは明らかだったからだ。そのために内部にはライダーを行かせたかったのだが、それも色々とあって中々困難だったのだから。

 非常時になれば彼らでも入る事は可能だ。しかし、平時では民間協力者では入る事は厳しいと言わざるを得ない。故に、なのは達は出来るだけ自分達で地上本部内は防衛するしかなかった。それ故にデバイスの所持を見逃してもらえるのは有難かったのだ。

 

「……本番までもう少しか」

【フェイトちゃん、そっちは?】

 

 なのはは歩きながら別の場所を見回っているフェイトへ念話を送る。一応念のために警戒をしているのだ。六課に対してのスパイが無かったため、彼女達は地上本部襲撃に関っているのではとそう判断した事がそこにはある。

 はやてはその旨をオーリスへ伝え、警備の重要人物などを二人で密かに調査中。だが、そう簡単に判明するものではないと分かっているため、精々出来てある程度注意を払うぐらいだったが。

 

【こっちは問題ないよ。何となくだけど、疑い過ぎるのも良くないと思うし】

【どうして?】

【疑ってるとみんな敵に見えるけど、信じると仲間に見えるでしょ?】

 

 それが光太郎の言った言葉の変化だと気付き、なのはは微かに笑う。フェイトは疑うよりも信じていようとしているのだ。万が一裏切られても動揺しないで対処すればいい。そう言いのけたようなフェイトの考え方に。なので、なのはもそれに頷くように返事を返した。そして同じ言葉をはやてへも念話で伝える。

 

【成程な。うん、了解や。オーリスさんにもそう伝えとく】

【理想論だけどね】

【綺麗事で済むならそれがええ。そやろ?】

 

 はやての言葉になのはは一瞬答えに詰まった。それがどこか五代の言葉に聞こえたからだ。そんな彼女の心境を理解したのかはやてが少し悪戯っぽく告げる。これは五代から教えてもらった言葉だと。その言葉になのはは納得。そして、心から賛成するように答えを返した。

 

―――うん、そうだね。それが一番いいんだもん。

 

 そう返すと同時になのはは立ち止まって窓を見る。そこからは丁度六課隊舎がある方角を見る事が出来た。そこにいる五代とヴィヴィオへ意識を向け、彼女は小さく微笑む。何があっても絶対に勝ってみせると思いを強くし、なのはは一人頷いて再び歩き出す。その表情は、誰が見ても分かるぐらい自信に満ちていた。

 

 

「え? ゴウラムは使わないんですか?」

「うん。アクロバッターが言うには翔一君の言う事も理解してくれてるらしいし、こっちは戦える人が少ないから残しておくよ」

 

 五代はそう言ってゴウラムを撫でる。彼があの未確認との戦いでゴウラムを必要とする時のほとんどは金の力による被害を防ぐためだった。確かに空戦をするためにも呼ぶ事はあるかもしれないが、今の彼にはゴウラムを頼って自分が空戦をするよりも頼れる仲間がいる。

 そのため、ゴウラムを翔一達に託しても構わなかった。いや、むしろ託したかった。少しでも隊舎を守る力を増やしたい。そんな想いが五代にはあったのだから。ヴィヴィオにイクスという幼い存在。それを守る事が出来るようにと。

 

「分かりました。じゃ、遠慮なく頼りにさせてもらいます」

「頼むね。俺も向こうで頑張るから」

「行ってらっしゃ~い」

「ご武運を」

 

 そう言って五代はビートチェイサーへ乗るために歩き出す。翔一とヴィヴィオにイクスだけがそれを見送る。同じ頃、残りの者達はヘリポートで光太郎達を見送っていたからだ。

 

「真司君、もしかするとこちらにも邪眼が来る可能性もある。その時は……頼む」

「任せてください! 俺と翔一さんで返り討ちにしてやります!」

「アタシもいるしな!」

 

 光太郎の不安を吹き飛ばす程の笑みを返す真司とアギト。それに彼も笑みを返して頷いた。邪眼の残る数は十体。一体を本体として残すとすると九体が自由に動ける計算になる。光太郎は、昨夜自分がもし相手ならばどうするかを考えた。

 ライダーが四人。それを必ず分散させると読み、自分も半数程度に分かれて動くのではと。なのでウーノと協議した結果、邪眼が隊舎にも現れる可能性が高いと予想。その対策をウーノはグリフィス達と練る事にしていた。

 

「トーレ、気をつけてね」

「ああ。万一の際は任せろ」

 

 ウーノの言葉にトーレは凛々しく頷いた。ヴァルキリーズで攻撃の要となる役割を担う彼女は、おそらく空から襲い来るだろうドライ達を相手にする事になる。そのため、トーレはセッテとコンビを組み、それに対応する事にしていた。

 更には万が一の際の助っ人としても期待されているため、その双肩にかかる責任は重い。だが、彼女にはその事が不思議と嬉しく思えていた。頼りにされている。それがトーレに無言の力を与えていたのだから。

 

「セッテ、エリオとキャロに怪我しないようにって改めて言っておいてね」

「分かりました」

 

 ドゥーエの言葉に笑みを浮かべてセッテは答える。エリオとキャロの二人とドゥーエの仲は誰もが知るように良好だ。エリオはややドゥーエを苦手としているが、それでもキャロと共にフェイトとは違う意味で慕っている。なのでドゥーエからの言葉は二人に少なからず力になるとセッテも思うからこそ、確実に伝えるとの気持ちで頷いていたのだ。

 

「ではな、ディエチ。留守を頼む」

「アタシ達も頑張るッスから」

「無理、すんなよ」

「うん。ありがとうノーヴェ。チンク姉とウェンディも気をつけて」

 

 手を振り合うディエチとウェンディ。ノーヴェは少し照れくさそうにではあるが手を振っている。チンクはそんな妹の姿に微笑み、ディエチへ顔を向けて小さく頷いた。地上本部で三人はスターズと協力する形で動く事になっている。

 それはノーヴェとウェンディのコンビがスバルとティアナのコンビに近いからだ。つまり、なのはやヴィータもその動きや考えを理解し易く指示を出す事が出来る。更に、コンビ同士の連携も出来るため、戦力的に見てもかなりのプラスになるためだ。

 

 チンクはヴィータと同じくサブリーダー的な役割を期待されている。姉としてのフォローと実戦経験の多さから来る安定感でスバル達を支えて欲しい。そうなのは達から頼まれているのだ。加えてISも支援向きになっている事もあり、怪人戦の決め手としても動けるのでかなり重要な位置付けと言える。

 

「オットーちゃんにディードちゃん。シンちゃんの事、頼むわね」

「はい。クアットロ姉様もお気をつけて」

「ガジェットの制御もあるので色々と大変でしょうが、ご武運を」

 

 ヘリの中に積まれた数機のガジェット。それを制御しながらクアットロは戦う事になっていた。彼女自身はライトニングと協力する事になっているが、ガジェットはスターズとライトニング双方の援護へ向かわせないといけないのだ。

 それによる複雑な行動を余儀なくされているため、二人はクアットロの事が心配だった。本来ならばウーノやオットーもそこに加わっての三人で分担する事で負担を軽減するのだが、今回はそれが出来ない。かと言ってオットーが地上本部に行く事も出来ないのだ。

 

 そんな二人の気持ちを理解してるのかクアットロは自慢するように笑みを浮かべて言い切った。自分を誰だと思っているのかと。それだけでオットーもディードも笑みを返した。もうそれだけで言葉は要らなかった。妹達の気持ちを受けた姉は感謝しつつも逆に励まし、それを受けた二人が笑みと共に頷く。

 

「セイン、お前はややそそっかしい時がある。それに気をつけろ」

「は〜い。リインさんは、ヴィヴィオとイクスの護衛頑張ってください」

「大丈夫よ。私やザフィーラもいるんだし」

「こちらは心配いらん。互いに全力を尽くせばいいだけだ」

 

 唯一姉妹とではなく守護騎士三人に声を掛けられているセイン。ヴァルキリーズの中で一番のムードメーカーである彼女はその分そそっかしい。リインがそれを軽く嗜めるように言葉を掛ける。その姉のような雰囲気にやや苦笑を浮かべながらもセインは言葉を返した。

 シャマルとザフィーラはその彼女の反応に微笑み、安心させるように答えていく。そしてザフィーラの言葉は周囲の気持ちを代表していた。その証拠にその場の誰もが力強く頷いたのだから。

 

 こうして地上本部組も出発した。残った者達は来たるべき時に備えるために隊舎へと戻る。今日は長い一日になるだろうと誰もが感じながら……。

 

 同時刻、レジアスの執務室を思わぬ人物が訪れていた。その人物はある物を貸してもらうためにレジアスを頼ったのだ。邪悪な爪に倒れて眠る一人の男の無念を晴らそうと考えて。

 

「……いいだろう。確かにそれもデータとして役に立つだろうからな」

「ご理解感謝します、レジアス中将」

「まさか海の貴様が儂に頭を下げにくるとは思わなかったぞ……」

 

 そう言ってレジアスはどこか楽しそうに笑みを浮かべた。今彼の目の前にいるのはこれまで彼が嫌ってきた本局で名を轟かせてきた相手だったのだ。

 

「それで、一体どういうつもりだクロノ・ハラオウン」

 

 クロノはその言葉に両拳を握り締める。彼がここに来たのはある物をレジアスから借りるために他ならない。それはもうレジアスが必要としていない物だった故にあっさりと許可は出た。全てはユーノの借りを返すための行動。

 そう、今のままでは怪人と戦う事は出来ても倒す事が出来ない。そう判断したクロノは即座に六課にいるグリフィスを頼った。何か怪人に対抗する手段や方法はないかを聞くために。相手をグリフィスにしたのは昔からの知り合いである事に加えてもう一つ理由があった。

 

 それは口が堅い事。クロノの雰囲気から何かを悟ったのかグリフィスは突然の質問に対して詮索もせず、黙って彼へバトルジャケットの事を話した。そして、それが今どこにあるのかをジェイルから聞き出す事さえしたのだ。

 その情報を頼りにクロノはレジアスへ会うための行動を起こした。半ば強引にはなったが、オーリスへ怪人の事で相談があると告げてレジアスとの対面に成功したのだ。クロノはレジアスにこう頼んだ。バトルジャケットを貸して欲しいと。しかも局員としてではなく一個人として。

 

 その理由をレジアスは聞く事はしなかった。彼はハラオウン家が本局に幅を利かせているためにクロノを嫌っていた。だが、仮面ライダーやグレアムとの接点を作り、クロノ達もまた平和を願っている事を知った今、かつて程の嫌悪感は無くなっている。

 更に、クロノはいきなり彼へ頭を下げた。駆け引きも何もなく、ただ真心だけをぶつけたのだ。ならばレジアスはそれを利用する事が出来なかった。もう陸と海の関係改善も進んでいる。ここでそれをこじらせる訳にもいかなかったために。

 

「今日、奴らは行動を起こします。僕は、本来ならばそれに関る事は出来なかったのですが……」

「そういえばクラウディアは現在艦長不在のまま任務に就いているらしいな。何でも艦長が急病だと聞いたが?」

「ええ。怒りに我を忘れています。なので、そんな者は次元航行艦の艦長失格です。事実上の失職ですよ」

「貴様、そんな性格だったのか。聞いていた印象と大分……」

 

 レジアスはクロノの言葉に内心驚きを感じるもどこか意外そうに言葉を返す。だが、それを言い終わる前にクロノがこう告げた。

 

―――誰にでも、絶対に許せない事が一つはあります。それでも、自分を抑える事が出来るのが正しい局員なら……

 

 そこでクロノは一旦言葉を切る。そして、レジアスを見据えたまま告げた。

 

———僕は、局員を辞めますよ。

 

 その言葉と表情にレジアスは一瞬息を呑んだ。だが、すぐに笑い出した。冷静沈着の優秀な人物。そんな風に聞いていたクロノが自分へ言い放った啖呵。それに不覚にも感動してしまったのだ。海にも骨のある奴がいたと思って。

 何せ提督までなった者が局員を辞めるとまで言ったのだ。しかも、ある意味で敵対する陸の代表格である自分へ。それが意味する事を考え、レジアスはクロノの評価を変える事にした。陸と海の確執をクロノならば取り除いていけるかもしれないと。

 

「そうか。ならばもう何も言わん」

「……感謝します、中将」

 

 そう告げるとクロノは立ち上がって一礼し、バトルジャケットを入れたケースを手に退室しようとする。そんな彼にレジアスは一言だけ声を掛けた。

 

―――お前に儂の事を任せたい。この事が終わったら時間を取ってくれ。

―――……分かりました。全てが終わった時にその話を聞かせてください。

 

 クロノはそう返して部屋を後にした。その答えにレジアスは小さく笑みを浮かべる。クロノは自分の罪状を知っているのだろうと理解して。そこでレジアスはふと思うのだ。オーリスの言うように陸だの海だの言っている場合ではなくなった。だが、そのおかげで知れた事もあると。

 海にも陸にも共通する思いがあった。そして、それを抱く者は思ったよりも大勢いる。クロノはきっと地上も本局も差別しないだろう。そう考えてレジアスは悔しそうに呟く。もっと早くに気付くべきだったと。海にも自分と同じ理想を持ち、願う者達がいた事に。

 

(地上だけではなく全ての世界の平和。それこそが局員の願い。こんな基本的な事を信じる事が出来なくなるとはな)

 

 上層部はともかく現場の者は決して互いを見下したりする者ばかりではない。そうもっと早く信じる事が出来れば良かった。そんな事を思いながらレジアスも動き出す。間近に迫った運命の時刻。それに備えるために。

 

 

 

 そしてそれから時が流れ、遂に公開意見陳述会が始まった。その事を音や雰囲気で感じ、警備の陸士達にも緊張が走る。当然六課の者達もそれは同じだった。

 

「……始まりましたね」

 

 エリオが噛み締めるように告げた言葉に光太郎達が頷いた。ライトニングの指揮を執るべきフェイトとシグナムは本部内部にいる。なので現在のリーダーはクアットロが引き受けていた。光太郎は周囲に怪しく思われないように陸士の制服を着ている。

 襲撃の本命時刻へ突入した事に六課の者達は揃って警戒を強めた。光太郎は出来る事なら変身したいと思いながらもせずにいた。RXの能力を使い、万全の態勢で索敵などを行いたいのだ。だが今それをやってしまえば無用の混乱を招きかねない。

 

 故にヴァルキリーズがその能力を最大限に発揮する事で索敵を行なっていた。クアットロとセインはライトニングと共にいるが、トーレとセッテはゼスト隊の傍にいる。スターズはヴィータとチンクを中心とし警戒をしている。

 一人五代はビートチェイサーに乗ったまま地上本部近くで待機していた。その理由はビートチェイサーの置き場に困ったのと、本部警備をする陸士がバイクで来るのはさすがに怪しまれるためだ。格好は陸士の制服なので、周囲には地上本部周辺の警備と取られているのかあまり不審がられていなかったが。

 

「……始まったんだ。じゃ、そろそろかな」

 

 五代は聞こえてきた音声に呟き、周囲へ視線を向けた。警備自体はもっと本部に近い場所で行なわれている。そのため人々の注意は自分へ向けられてはいない事を確認し、彼は変身の構えを取った。

 

「変身!」

 

 緑のクウガへ最初から変身し、その感覚を使い周囲を探る。聞こえる様々な音や見える様々な景色。その中に怪人の姿やトイを捜す。そして、それをある程度行って制限時間前に赤へ戻る。だが、クウガは少し時間を置いて再び緑へ超変身し索敵を行なう。

 光太郎のように普段から鋭い感覚を発揮出来る訳ではない五代。そのため、こうするしか彼には敵への対処がなかったのだ。すると、その聴覚がある音を聞きつけた。独特の羽音。それが意味するものを理解したクウガは即座に赤へ戻るとビートチェイサーの通信機能を使用した。

 

「みんな、あのカマキリが来るから気をつけて!」

 

 ビートチェイサーの通信機能を改造し簡易的デバイスと同じにする事で得た機能。これは一旦ロングアーチを経由して関係者のデバイスへ伝えられる。それを聞いた者達が周囲へ注意を呼びかけた瞬間、地上本部へ強力な砲撃が行なわれた。

 

「これは……カメ怪人のものか!」

「遠距離砲撃ねぇ。なら、ここは……クウガにお願いしてもいいかしら?」

『分かった!』

 

 クアットロはそう通信を送る。クウガはそれを聞き、彼女の狙いを理解した。そして近くにいた局員を見つけて声を掛けたのだ。

 

「あの、すみません!」

「何だっ!? え、あ、仮面ライダー……?」

「少しデバイス貸してください! すぐに返しますから!」

 

 砲撃に備えてだろう身構えていた局員。当然声を掛けられ驚きを見せるも、相手がクウガであり丁寧且つ真剣に頼んだ事を受けてやや戸惑いながら手にしたストレージデバイスを差し出した。クウガはそれを受け取ると緑へ変わる。

 それに驚く局員を無視し、彼は更に金の力を発動させる。相手の特徴は邪眼以上の強度。それに対抗するためには金の力を使わざるを得ないと判断したのだ。倒した後の爆発を一瞬心配するクウガだったが、これまでの怪人の爆発を思い出して場所によっては大丈夫と踏んで小さく頷く。

 

(金の力で倒した時、トイの爆発は思ったよりも大きくなかった。なら、あの未確認の爆発は金の力が原因じゃないはず!)

 

 ライジングペガサスとなったクウガは、その更に研ぎ澄まされた感覚を駆使し高層ビルの屋上から砲撃を行なうツェーンを発見。素早く照準をそれへ合わせ、手にしたライジングペガサスボウガンの引き金を引いた。

 

 放たれた三発の電撃を纏った空気弾がツェーンを直撃する。その内の一発は背中の砲台を破壊した。そう、クウガは倒せなかった時の事を考え、攻撃手段だけでも失わせようとしたのだ。

 ツェーンはそのダメージにビルの屋上を転がるが何とか立ち上がる。それを見届けクウガは赤へ戻って息を吐いた。これで砲撃は阻止したと。そう全員へ連絡しようとした瞬間、地上本部から爆発音が響いた。

 

「何だっ!?」

「おいっ! どうしたんだっ!? ……駄目だ! 本部と通信出来ないっ!」

 

 クウガの声と同時に局員がそう告げる。それだけでクウガは内部で怪人が暴れていると察して動揺する局員へデバイスを返すとビートチェイサーに跨った。彼は地上本部の内部へ向かおうと考えたのだ。唸りを上げるエンジン。その爆音が局員へクウガの行動理由を気付かせた。彼は離れていくその背中へ慌てて叫ぶ。

 

「あっ! 裏の方に車両用の搬入口があるんだ! そこからならバイクでも行けるっ!」

「ありがとうございますっ!」

 

 後ろから聞こえる局員の声に大声で礼を返しクウガは走り去っていく。その背中に局員が期待を込めて大声を上げる。

 

―――頼んだぞ、仮面ライダーっ!

 

 その声にクウガは背中越しのサムズアップを返し、そのまま地上本部搬入口へと向かって消えた。一方、光太郎達はそれぞれの場所でトイとマリアージュ、そして怪人との戦闘を開始していた。

 他の陸士達もトイやマリアージュとの戦闘を開始している。トイのAMFには苦労しているが、数があまり多くないためか絶望的ではなかった。ゼスト隊が率先してマリアージュを引き受け、108隊も対AMF対策をゲンヤがはやてを通じて聞いていた事やヴィータの短期教導もあってかトイを相手に善戦していた。

 

「AMFだろうが……」

「アタシらには関係ないッス!」

 

 それはその半数近くを向けられた六課にも言える。AMFが意味を成さないヴァルキリーズが中心となってトイを主に相手取り、スターズやライトニングがマリアージュを主に相手にする事でそれを凌いでいたのだ。

 

「マリアージュも……」

「対処さえ分かればっ!」

 

 動きを止めれば勝手に自爆する。それを利用するティアナ。スバルはそれを援護しつつ、持ち前の力を使い撃破も行なう。だが、四人はそれらを相手にしながらも厄介な存在にも気を配っていた。

 

「そこだっ!」

「やばっ!?」

「そうはさせないッス!」

 

 フュンフの糸がティアナの足を捉えようとする。それをウェンディの放った攻撃が阻止する。エネルギー弾に当たった糸はそれで誘爆したように消えた。ティアナはそれに安堵し、視線だけでウェンディへ礼を伝える。

 それに彼女はウインクを返してその場を離れた。そこにもフュンフの糸が放たれたのだ。回避しつつもその糸をエネルギー弾で除去するウェンディ。それと並行するように、ある程度トイを片付けたノーヴェが加速をつけて突撃する。

 

「おぉぉぉっ!」

「馬鹿がっ! 正面など……」

「馬鹿はそっちだよ!」

 

 ノーヴェを迎撃しようとするフュンフ。すると、その背後からスバルが同じように迫る。ノーヴェへ対処すると背面からの攻撃に、スバルへ対処すると正面攻撃される。しかし、それでもフュンフは慌てなかった。

 その長い蜘蛛の手足を使い、両方へ攻撃を同時に行なったのだ。それがそんな事も出来るのかと驚く二人を突き刺そうと迫る。その攻撃はそのまま二人の顔を貫こうとしていた。だがそれは叶わず終わる。

 

「なっ!?」

「「行け(行くッス)っ!」」

 

 ティアナとウェンディの射撃が打ち砕いたのだ。それを信じていたスバルとノーヴェは加速をつけたまま拳を構える。そして視線だけで語り合うとその勢いを乗せたままで拳をフュンフへ放った。

 

「「クロスナックルッ!!」」

 

 リボルバーナックルとガンナックルによる挟み撃ち。それが見事にフュンフを捉えた。その衝撃に体を揺らすフュンフへ二人はそのまま同じ方向へ蹴り落とすように回し蹴りを放つ。

 そこにはティアナとウェンディがいた。ティアナはファントムブレイザーを、ウェンディはエリアルシュートをフュンフへ発射するべく準備万端で構えている。スバルとノーヴェはそれが命中するのを見届ける事無くそれぞれ空への道を作り出し駆け上った。

 

「「これでっ!!」」

 

 フュンフが体勢を整えきる前にティアナとウェンディが攻撃を直撃させる。そのダメージを受けてもまだフュンフは健在。即座に立ち上がると口から糸を吐いて二人へ攻撃したのだ。

 二人はそれを際どく回避するがその後が続かないのか動きを止める。若干焦った表情を浮かべるティアナとウェンディ。そんな二人へフュンフはとどめの糸を吐き出そうとして、嫌な予感を感じてそこから離れた。それと同時にスバルとノーヴェが蹴りの体勢でそこへ落ちてきたのだ。

 

「おのれ、自身を囮にするとはな!」

「惜しいっ! 気付かれたか」

「でもいけるよティア」

「ああ。でも、トイ共がまだ少し残ってるな」

「そうッスね。アタシらが完全に排除しとくッス」

 

 それぞれにフュンフから視線を外さず言葉を交わす四人。ライダー無しでも怪人を相手出来る事を確かめて闘志を燃やす。サムズアップを交わし合い、彼女達は散開して動き出した。

 

 一方、ヴィータもチンクと共に怪人を相手にしていた。しかも、トイとマリアージュはスバル達四人が相手となったので完全に怪人だけに集中出来る状態で。その相手はこれが初戦闘となるノインだ。つまり黒髪のノーヴェで完全近接型。距離を取って戦える二人には有利な相手だ。

 しかし、それでも二人は油断しない。エアライナーを使い、地上戦と限定的空戦を行えるのだ。チンクはノーヴェとは動きが違う事に気付き、ヴィータはその正体を現す前に出来るだけダメージを与えようとしていた。

 

「んなろぉぉぉぉぉっ!!」

「遅いんだよ!」

 

 ヴィータの攻撃を余裕さえ感じさせるように避けるノイン。だが、そんな彼女へヴィータは馬鹿にしたような笑みを返す。それにノインが何かを言おうとした瞬間、そこへ数本のスティンガーが殺到して爆発した。

 そう、ヴィータは攻撃速度を調節する事でノインの回避先を誘導し、それを理解していたチンクがそこへスティンガーを投げ放っていたのだ。全ては確実にダメージを与えるために。煙に包まれて落下したノインへヴィータは呆れるように告げた。

 

「遅いんじゃねぇ。遅くしたんだ」

「そういう事だ」

 

 ヴィータの狙いも分からず、目先の事にだけ反応したノイン。だからこそ、爆発の衝撃でエアライナーから落下する羽目になったのだ。そんな無様な様子に二人は憐みさえ込めた目を向ける。ノインはその声を聞きながら体勢を整えて無事に着地すると二人へ鋭い視線を向けた。その表情は侮られた事に対する怒りを宿している。

 

「そうかよ……なら、もう手加減はいらないな」

「「前置きはいいから早くしろ」」

 

 ヴィータとチンクは呆れたように同じ言葉を告げる。最初から本気で戦っている二人。手加減というのは実戦でするものではないと思っているからこそ、二人はノインの言葉に心底呆れたのだ。

 それに完全にノインがキレた。その姿をおぞましく変化させたのだ。その姿はアルマジロ。その姿から二人はある程度の能力を予想する。

 

(あの皮膚……下手すりゃかなり硬いな。無理は……アイゼンのためにも程々にすっか)

(丸まっての攻撃を得意とするのだろうか? とすれば、その時はスティンガーが通らんな)

 

 そう考え、二人は微かに互いへ視線を向ける。その眼差しから互いに注意する事が理解出来ていると踏み、小さな笑みと共に頷いた。そこへノインのエアライナーが展開される。それを確認する前に二人はその場を離れる。そこを凄まじい速度でノインが通り過ぎた。

 チンクの予想通り、その体を丸めて。更に、エアライナーを上昇させる事でかなりの高度へ自分を運んだ。すると、そこから下に向かってエアライナーが展開される。しかも、一本ではなく複数を絡ませるように。

 

 それにヴィータとチンクの表情が悔しげに変わる。そう、その道は複雑に入り組んでいてどれがどこへ繋がるかすぐには理解出来なかったのだ。これでは攻撃がし辛いし下手な防御も出来ない。

 

「死ねぇぇぇぇっ!」

 

 叫びと共にその入り組んだ道へ駆け下りてくるノイン。それを眺め、二人は小さく呟く。これは厄介な戦いになりそうだと。それでも表情に不安はない。部下や妹が露払いをしてくれた以上負ける事は出来ない。そう思って二人は凛々しく立ち向かうのだった。

 

 

 RXはクウガからの個人通信を受け、本部内部の方を任せると返して身構えた。そう、今彼の前には邪眼がいる。しかし一体だけ。他の怪人達はエリオ達が相手にしていてそこにはいない。RXは他にも邪眼がいるのかと思い警戒しているのだが、一向に現れる気配がなかった。

 それだけで彼は嫌な予感がしていた。九体の内、半数が本部へ向かっていると仮定するとここには一体しかいない。では、四体か三体は内部だ。だが本当にそうかとどこかで訴えるものがあった。だからこそ嫌な予感がしているのだ。自分の予想が外れている事とそれが更なる悪夢を引き起こす気がして。

 

「くっ!」

 

 邪眼の放つ電撃をかわし、RXは一番考えたくない想像をしていた。それはこちらの予想を逆手に取り、一体だけをこちらへ差し向けて残りを全部隊舎へ向かわせている事。そんな考えがちらつき、RXは拳を握る。

 もしそうだとしても今ここから動く訳にはいかないために。そう、エリオ達が戦っている怪人の中には初めて戦う相手もいるのだ。黒髪のウェンディそっくりの存在―――エルフは、その正体を未だに明かす事無く戦っている。その手にライディングボードを所持しているのもウェンディと同じだった。

 

 エリオ達が相手にしている怪人の数はたった二体。アインスとエルフだ。クアットロのISで撹乱しつつ、エリオが高速移動で翻弄しキャロがフリードのブレスでアインスの羽を迎撃。セインはISで地面に潜み、相手に対し時折奇襲を掛けていた。

 不安要素は多いが、トイとマリアージュは他の陸士達が相手をしてるためかそこまでおらず、早々に片付ける事が出来ている。それだけが唯一の幸いだった。

 

「クア姉、そっち行った!」

「分かってるわよ!」

 

 ガジェットの制御をしつつクアットロはISも制御している。それを悟ったアインスが彼女を先に仕留めようと動いていた。セインとキャロがそれを相手にしているのだが、中々厳しい状況としかいいようがない。二人には強力な攻撃方法がない事がその一因だ。

 今はアインスの羽をキャロが、セインがISでクアットロの移動と回避を補助していた。エリオはエルフがそちらへ手出し出来ないようにひたすら足止めに徹している。しかしその状況はお世辞にもいいとは言えない。

 

「フリード、ブラストレイ!」

 

 それを見たキャロはフリードに怪人達の牽制を任せ、自分はエリオに対しての援護へ集中し始めた。バインドも試みてはいるのだが、相手の攻撃にも注意を払わなければいけない。そのため、的確なタイミングでの使用が出来ないでいた。

 そんな風に苦戦するエリオ達。そこへ剣閃と共に焔が駆け抜けた。剣閃はクアットロを狙っていたアインスを迎撃し、焔はエリオへエネルギー弾の連射をしていたエルフとRXと対峙する邪眼を襲う。それにその場の視線が動く。そこには一人の騎士がいた。

 

―――すまん、遅くなった。

 

 周囲へ希望を与えるようにシグナムはそう言ってアインスを弾き飛ばす。そして、全員へ聞こえるように告げた。

 

「内部の怪人はなのは隊長と八神部隊長が中心となって戦っている。更に、確認はされていないがクウガも戦闘中らしい。私達はここを片付けた後、そちらへ援護に向かうぞ」

 

 それにエリオ達が力強く頷き、一度体制を整えるため集合する。それを見たRXは邪眼をシグナム達から離すべきと考えて地を蹴った。邪眼はそれを追うようにその場から離れていく。シグナム達はそれだけでRXが何を狙って動いたかを理解すると無言で頷いた。

 二体を任されたのだと。その信頼に応えるべく彼らは視線を怪人から逸らさず、睨むようにしていた。シグナムは念話で自分とセインでアインスを相手取り、エリオとキャロでエルフを相手にするように指示を出す。クアットロへは両者の支援をしつつ状況把握に努めるようにと。

 

 それを聞いてまず動いたのはエリオだった。手にしたストラーダを突き出すように構えて雄々しくエルフを睨んだのだ。

 

「じゃ、僕が先陣を切ります! ストラーダッ!」

”ソニックムーブ”

 

 エリオはエルフへ速度を活かし突撃する。それに対して射撃を行なおうとするエルフを見たキャロがそうはさせないとブースト魔法を使った。それにより速度を増したエリオがエルフの真横を通り抜ける。

 それが相手の脇腹へ傷を作った。するとエルフは傷をなぞるように触ってどこか楽しそうに笑みを浮かべる。その反応にキャロは一瞬恐怖を感じるも両足に力を込めてそれを耐え切った。

 

「中々やるじゃない。このままじゃ倒すのは面倒って事ね」

 

 そう言ってエルフは姿を変える。それはヤマアラシ。背中に無数の棘を持つ動物だ。エルフはにやりと笑うと、持っていたライディングボードに乗ってキャロへと突撃を敢行した。同時に背中の棘を射出しエリオを狙う。

 それを必死に回避しながらエリオは避けきれないものはストラーダで弾きつつエルフを追い駆けた。キャロは自分へ迫り来るエルフに対し迎撃ではなく退避を選択。動きを止めたままでは危ないと考えたのだ。

 

「フリード、上昇して!」

「おっと、逃がさないよ」

 

 ライディングボードを踏み台にしてエルフは高く跳び上がった。それは上昇を開始していたフリードをあっさり追い越す。キャロがそれに僅かに気を取られた瞬間、エルフはその鋭い爪を振り下ろした。

 その一撃がフリードの顔へ直撃しそうになった時、下から何かが物凄い勢いで飛び上がって爪を弾く。その正体はエリオ。ストラーダの力を使い、ロケットのように垂直上昇を敢行したのだ。そしてそのまま彼はストラーダでエルフの追撃を迎撃する。

 

「キャロ! 下に向かってブレスをっ!」

「えっ?!」

「早くっ!」

 

 エリオは落下を始めながらキャロへそう指示を出した。エルフも同様に落下を始めていたので攻撃する絶好の機会だとは彼女も理解している。だが、このままではエリオも巻き込んでしまうと思ったのだ。しかしすぐにある事を思い出したキャロはフリードへ毅然と告げる。

 

「フリード、ブラストフレア!」

「何っ?!」

 

 エルフはまさか味方ごと攻撃すると思ってなかったのか思わず声を発した。そこへフリードの火炎が放たれる。すると、それが直撃する前にエリオはストラーダを下に向けて先程と逆の事を行なった。

 それにより加速度的に落下速度を上げるエリオ。だが、エルフにはそんな事は出来ない。何とか少しでも早く落下するようにするもエリオ程の速度が出るはずもなく、その体は火炎に少なからず当たったのだ。

 

 それはエリオを攻撃しようとしていたエルフの棘さえ焼き尽くす。地上へ接近したのを見たエリオはストラーダの噴射で速度を調整しつつ体勢を何とか立て直して無事着地。そのまま火炎をくぐって落ちてくるエルフへ追い打ちの魔法を放った。

 

「サンダーレイジっ!!」

 

 それがエルフの体を直撃する。電撃が駆け巡り、火炎との連続攻撃にエルフは軽くよろめく。それでも膝をつくだけで立ち直り、ライディングボードを手にしてエリオへそれを向けた。放たれるエネルギー弾。だがそれを熱線がかき消した。

 

「チッ!」

「エリオ君大丈夫?」

「うん、キャロのおかげだよ」

 

 エリオへ声を掛けつつキャロはフリードとその隣へと戻る。完全に睨み合う形となる両者だが、エリオもキャロも戦って分かった事があった。それは、今の自分達なら怪人は絶対に倒せない相手ではないという事。だが油断は出来ない。少しでも気を抜けば殺されかねない事には変わりないのだから。

 

「キャロ、援護はお願いするよ」

「分かった。絶対支えるからね、エリオ君」

 

 互いに小声で信頼を告げる。そして、エリオは再びエルフへと向かっていく。それを助けるべくキャロもフリードと共に動き出した。それと同じようにシグナム達もアインス相手に五分の戦いを展開していた。シグナムが羽の迎撃と前線をする横でセインはクアットロの護衛をする形で。

 クアットロが制御するガジェットが厄介と理解したアインスは残ったトイを出来る限り彼女へと差し向けたのだ。故にセインがその撃退を受け持っている。シグナムはクアットロのISによる虚像を利用して戦っていたのだが決め手に欠けていた。

 

(やはりアギトかリインがいなければ辛いか? リミッター状態では今一つ届かん)

 

 先程から二度程自慢の剣技を叩き込んだのだが、それでもアインスは健在なのだ。少し弱っている感じはある。だが、それも二発叩き込んでやっとだ。とどめを刺すためにはどれだけ同じ事を繰り返せばいいのか。そんな思いがシグナムの中に生まれる。

 だが、そこで彼女は小さく笑った。ならば何度でも叩き込めばいいと、そんな事を思い始めていたのだ。あの無人世界での邪眼との戦い。あの時のクウガやアギトの言葉。それだけではない多くの者達の言葉を思い返し、シグナムは自分へ言い聞かせるように呟く。

 

―――倒せるまでやるだけ、か。

 

 小さく笑みさえ浮かべて、彼女は手にしたレヴァンテインを握り直して悠然と構えた。そして刀身に炎を纏わせアインスへと向かっていく。放たれる羽をその刀身で焼き払い斬りかかるために。それをアインスは羽ばたいて上昇する事でかわす。

 しかしその時、その頭部に何か大きな衝撃が走った。アインスの意識がそれへ向く。その目に映ったのは少し壊れた一機のガジェットの姿。シグナムを援護するべくクアットロがアインスへと向かわせたのだ。そう、アインスの回避行動を妨害するためともう一つの目的のために。

 

「このっ! ガラクタ風情でっ!」

「だが貴重な隙を作った」

 

 苛立ちからアインスがガジェットを破壊するも、その背後からシグナムが現れる。彼女はアインスが振り向く前にその剣を全力で振り下ろした。

 

「紫電一閃っ!!」

 

 これまでの二回よりも完璧な状態で決めた一撃。それがアインスの背中を大きく傷付けると同時にその体を落下させた。シグナムはそれを追い駆ける事はせず、その場である物を使うために素早く準備を始める。それを見たクアットロが機を逃すなとばかりにセインへ叫んだ。

 

「セインちゃん、私はいいからあいつを逃げられないようにして!」

「了解っ!」

 

 ISを使い落下したアインスへ接近するセイン。彼女はその足を掴むと地面へ引き込んだ。当然アインスは完全に地面へ埋まったようになる。セインはそのままその場を離脱し、それを察したクアットロが上空のシグナムへと合図を出した。

 

「今よ!」

「翔けよ! 隼っ!」

”シュツルムファルケン”

 

 放たれるはシグナムの切り札。何とか地面を砕いて脱出しようとするアインスだがそれも間に合わず。魔力の矢は身動きが取れなくなったアインスを直撃した。しかし、シグナム達はそれでも気を抜かない。煙が晴れた先には翼がボロボロになったアインスがいたのだ。

 

「私の翼をよくも……よくもぉ!」

「まだ立てるんだ。厄介だね」

「そうね。でも、かなり効いてるみたいよ」

「ああ。しかもこれでしばらく空を飛べまい。セイン、ここからは今まで以上に頼りにするぞ」

「了解! 頑張るからねっ!」

 

 怒りに燃えるアインスに対し、油断など欠片もする事なく彼女達は再び動き出す。アインスを完全に倒すために己の全てを出し切るつもりで。こうして地上本部前で繰り広げられる六課と怪人の戦いは僅かに六課が優勢となっていた。

 

 

「……来た」

「ですね」

 

 隊舎の外で龍騎とアギトを始めとする者達は怪人達を迎え撃つべく戦闘態勢を取っていた。地上本部との連絡が途絶した瞬間から留守番組は隊舎前で襲撃に備えていたのだ。

 眼前に現れたのは邪眼と怪人達。それに複数のトイとマリアージュだ。そちらは任せて欲しいとウーノ達が二人へ視線を送る。それに頷き返し、二人のライダーは視線を邪眼へ向けた。

 

「やはり待っておったか、仮面ライダー共!」

「まずはキングストーンを持たぬ貴様らから始末してくれるわ!」

 

 邪眼が二体揃って告げた言葉。それに二人はそれぞれに構え、告げる。仮面ライダーとして、そして人としての闇に対する決意表明を。

 

「「俺達は絶対負けないっ! 仮面ライダーも、人間も、絶対に闇へ屈しない!」」

 

 それに呼応するようにウーノ達も力強く頷いて見せる。その様子を全ての課員達が祈るように見つめていた。隊舎内のあちこちで流れる映像を不安気な眼差しで見守っているのだ。リインは食堂でヴィヴィオとイクスを抱き抱えるように見つめていた。

 グリフィス達は少しでもアギト達を支えるべく周辺の索敵や地上本部への連絡手段の模索を続け、ジェイルは今も一人デバイスルームでトイのガジェット化を進めている。だが、邪眼の姿を見た彼は別の事に取り掛かっていた。

 

「何とかして……何とかして間に合わせてみせる!」

 

 龍騎へ渡すための力。それをこの戦いが終わった後で渡すために。彼には嫌な予感がしていた。急がなければいけない。それが間に合わねば龍騎の危機へ繋がるかもしれないと。それがジェイルを駆り立てていたのだ。

 

 そうやってジェイルが一人作業に没頭する中、隊舎前では戦闘が開始されていた。邪眼の相手をそれぞれアギトと龍騎が引き受け、隊舎前から離れるように移動する一方で、トイをディエチが迎撃しマリアージュをシャマルとドゥーエが防ぐ。

 ウーノは周囲からの増援がないかを警戒しながら状況の把握に努め、ザフィーラはディードやオットーと共に怪人の相手をしていた。相手は二体。フィーアと初めて見る相手。黒髪のディード———ツヴェルフだ。

 

「私のコピー……ですがっ!」

「遅いですよ」

 

 激突する双剣と双剣。その衝突音を聞きながらザフィーラはフィーアと対峙していた。彼は相手が隊舎内にいるヴィヴィオ達を狙って周囲へ同化する事を懸念し、ある手段を講じるべく魔法を展開する。それは彼の得意魔法とも言えるものだ。

 

「うおぉぉぉぉ!」

「な……周囲を棘で囲んだ?」

「これで姿を消そうとも、抜け出す際は居場所を明らかにする事になるぞ」

 

 ザフィーラは一人でフィーアを倒すなど考えていなかった。今一番防がないといけない事。それはフィーアが隊舎内に侵入する事だ。ヴィヴィオとイクスの安全確保。それこそがザフィーラの第一目的だったのだ。

 オットーはそんな彼の狙いを理解している。故に、もしその一角が崩れた時は即座にレイストームを叩き込むつもりでいた。この戦闘は防衛戦。ならば勝利条件は敵の全滅ではなく全員の生存とヴィヴィオとイクスを守り切る事なのだから。

 

「この戦い……時間との戦いかもしれません」

 

 オットーはそう小さく呟くと視線をディードの方へ向けた。初めて戦う怪人に苦戦するだろうディードを援護するために。そう、彼女はザフィーラの事を心配していない。何故なら彼は盾の守護獣の異名を持つ者。ならば守りに徹すれば負ける事はないと信じているのだ。

 

 それぞれに展開する戦闘。それを一通りモニタリングしながらウーノは一人疑問を抱いていた。前もって出していた予想に反している点が多かったために。

 

―――怪人の数が予想よりも少な過ぎるわ。これじゃヴィヴィオ達を奪取する事なんて出来ないって分かるでしょうに……

 

 そんな彼女の呟きは誰に聞かれる事なく戦闘による音で消える。未だ姿を見せていない複数の邪眼や残る怪人達。それを考えると不安は尽きないが、それでもウーノは意識を切り替えて目の前の戦闘へ集中する。まずは今を切り抜ける事が最優先だと己へ言い聞かせながら。

 

 

 遂に始まった管理局と邪悪の戦い。それぞれが善戦する一方、ゼスト隊やなのは達はどこで誰と戦っているのだろうか? そして、邪眼は本当に九体がこの襲撃に参加しているのか? 未だ姿を見せない怪人達はどこに? その答えは、まだ誰も知らない……。



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その日、機動六課 後編

ライダー達の活躍と隊長陣の活躍がメインですが、他のキャラ達も負けていません。これが終盤への布石です。


「シャッハさん! 相手の糸には毒が混ざってますから気をつけて!」

「了解ですっ!」

 

 なのはの声に応じるようにシャッハはアハトの吐く糸をかわして接近する。ここは地上本部は会議室前の廊下。そこでなのはとはやてはシャッハと共にアハトと戦っていた。会議へ出ていたはやてはともかく何故ここになのはがいるのか。それは彼女が一番注目されているだろう会議室が狙われる事を危惧して向かっていたためだ。

 そうして少しした途端爆発音がしたのを受け、なのははフェイトと連絡し合った。結果、彼女は外の方へ向かい、なのはは内部を引き受ける事になった。六課の者ははやてとシグナムが会場にいる事を考え、出来るだけ内部戦力を増やしておこうとしたのだ。

 

 爆発音がした場所は地下の動力炉。そこには既にクウガが向かったのをフェイトからなのはやはやては聞いている。それ故目の前の相手に集中していた。

 

 廊下前で戦うなのはとシャッハ。それを後方で支えるのはツヴァイとユニゾンしたはやてだ。その後ろにはカリムの姿もあった。そう彼女は出席者の一人。その護衛としてシャッハも同行していた。それもあって即席ではあるがチームが組めていたのだ。

 怪人を初めて見た他の局員達はやはり怯えや恐れを見せていたが、はやてが越権行為と思いつつ周囲の警戒と防衛へ集中させている。ただレジアスは違った。彼は怪人が襲撃がしてきたのと同時に何かを決意した表情で先程から何かを準備していたのだ。

 

「カリム、頼みがある!」

「貴方達のリミッター解除ね」

「せや! わたしの代わりになのはちゃん達のもお願いっ!」

 

 カリムが告げたリミッターとは、はやてを始めとする隊長陣五人の魔力量を制限している処置だ。しかし部隊長であるはやてのそれを解除出来るのは後見人のカリムとクロノだけ。しかも隊長陣の解除ははやてにも出来るのだが、それはロングアーチが受け付けなければならない。つまり六課との通信が出来ない以上彼女には不可能なのだ。

 この状況に至り、制限を受けたままでは厳しいとはやては判断。自身を含めた全員に全力を出させて欲しいと訴えた。カリムもそれを理解したのだろう。すぐさま解除の手続きを始めるべく動き出す。はやてはその間もアハトの吐く糸を凍らせ、反射攻撃を阻止していた。既にある程度情報を得た相手だった事もあり、なのはもレイストームを放つ手足を重点的に狙っている。

 

「唸れ、ヴィンデルシャフト!」

 

 シャッハはヴィンデルシャフトを振り上げ、アハトの手足を打ち砕こうと迫った。だが、それを阻止しようとレイストームを放つアハト。その瞬間シャッハの姿が消えた。それを見たアハトが忌々しげに舌打ちする。そして、すぐに後方へ視線を向けてレイストームを放とうとした。

 これまでも彼女の移動魔法で似たような光景を見てきたからだ。だが、それを易々とさせる程シャッハと共に戦う存在は甘くない。閃光を放とうとするアハトへなのはの魔法が襲い掛かったのだ。

 

「シュートっ!!」

 

 アクセルシューターがアハトの手足を襲う。それはその部分を破壊する事は出来ないものの攻撃の射線を変える事に成功する。

 

「くっ! 小癪な!」

「それほどでもないよ!」

 

 アハトが苛立ちを込めた声を放つとなのはへレイストームを撃とうとするが、それを待っていたかのように手足の一本が砕かれた。それにアハトの呻き声が上がる。シャッハはそれを聞きながら再びなのはの前へ戻ってきた。

 

「お見事です、なのはさん」

「いえ、シャッハさんがいてくれればですから」

「くそっ! 人間の分際でぇ!」

 

 シャッハの得意魔法は移動系。彼女はそれを活かしアハトへ攻撃していた。セインのディープダイバーと肩を並べる事が出来るそれは予想以上に有効だったのだ。

 アハトとしては六課の前線メンバーでもないシャッハのデータなどあるはずもなく、その力には驚くしかない。更にこれまで前線へ立った事のないはやての魔法についても情報がなかった事もあり、完全に予想を覆されていたのだ。

 

 そう今回の襲撃で邪眼側の誤算は一つ。それは彼らが得たデータは穴があった事。六課隊長陣のリミッター解除時のデータもなければ、シャッハやゼスト達などのデータもない。彼らは重きを仮面ライダーに置きすぎたためにそれ以外の者達への警戒を怠ったのだ。そしてそれは仮面ライダーが戦ってきた組織に共通した驕り。彼らを支える者達のデータ。それこそが本当は一番必要としなければならないものなのだから。

 

「さ、残りの手足も砕いていきましょう!」

「はい!」

 

 ライダーがいなくても何とか出来る。そう自信を深めた二人。だが、そこへ嫌な笑い声が聞こえてきた。そう彼女達が思ったのには理由がある。なのはは声に聞き覚えがあったため。シャッハはその声の雰囲気に嫌悪感を感じたためだ。

 そこに現れたのは蠍の怪人、ツバイだった。その姿に警戒を強めるなのは達。するとツバイはなのはを見て嘲笑うように高笑いを続けた。それに誰もが眉を顰める。アハトさえ怪訝な雰囲気を隠さない。

 

「……何がおかしいんだツバイ。正直、僕も苛立つんだけど」

「だって笑えるんだもの。愛してるとか言っていたのに、その相手が大変な事になっていてもこうして平然としていられるんだから」

 

 そのツバイの言葉になのはだけが反応した。視線を向けられただけではない。愛してるとの言葉を言う相手がいるのは自分だと思ったからだ。そんな風になのはが考えたのを悟ったのかツバイが不気味に笑みを見せた。

 

「あら……もしかして知らないの? 昨夜、私があの眼鏡男と戦った事を」

「っ!? ユーノ君の事?!」

「ええ。私の爪が掠ったから、今頃大変でしょうねぇ。何せ、私の爪からは……ククッ」

「そうか。傷口から毒が入ったはずだ。じゃ、もって数日か」

 

 ツバイの言いたい事を理解したアハトの言葉になのはは愕然となった。その体から力が抜けそうになり、意識が真っ白になっていく。生まれて初めて感じる程の絶望が彼女へ押し寄せたのだ。

 最愛の男性が残り数日で死んでしまう。今まで感じた事のない程の喪失感がなのはの不屈の心へひびを入れていく。それは愛が人へ与える弱さ。誰かを愛すると人は強くも弱くもなる。その言葉をなのはは実感していた。

 

 崩れ落ちそうな程脆さを露呈したなのはを眺め、ツバイは満足そうに嗤う。六課の柱であるなのは達の心に絶望を与える。それが彼女の狙いだった。そこでその材料を探るために選んだのが無限書庫。そしてツバイは得たのだ。エースオブエースと呼ばれるなのはの唯一にして最大の弱点を。

 それはユーノとの関係。毎晩言葉を交わし、愛を育んでいる事を利用して絶望をと思っていたのだ。それが今、最悪のタイミングで効果を発揮しようとしていた。管理局で知らぬ者はいないなのはが見せる脆さ。それに後方支援をしていた局員達がざわつき始める。

 

「そんな……ユーノ君が……」

「傍についてなくていいの? もう会えなくなるかもしれないのに」

「しかも最後には骨さえ残らず消えるんだ。まぁ、でも行かせる気はないよ」

 

 ツバイの言葉に無意識で走り出そうとしたなのはへアハトが告げた言葉が突き刺さる。その様子を見たシャッハは無理もないと思い、彼女から視線を外してヴィンデルシャフトを構えた。はやてもシャッハを援護するべく表情を凛々しくすると、動きを止めたままのなのはへ怒鳴り声を上げた。

 

「なのはちゃんっ! 気をしっかり持って!」

「はやてちゃん……」

「ユーノ君が心配なんは分かる! でも、今行ってどうなるんや!!」

 

 はやての言葉になのはは反論しようとしたが、その眼差しを見てある事を思い出して言葉を失う。はやてはかつて家族と思っていた翔一と突然引き離され、五年以上にも渡って会えずにいた。何とか再会を果たせたとは言え、もしかすればそのまま二度と会えなかった可能性さえあった事を。

 今なのはが抱いている想い。それに近い物さえ抱く事が出来ないまま翔一と別れたはやて。そんな彼女がした事は翔一を捜してあちこちへ行くのではなく、ひたすら再会を信じて待ち続ける事だった。

 

(はやてちゃんだって、あの時こんな気持ちだったんだ。でも……私は……)

 

 はやてと自分の状況の違いを思い出し、なのはは俯いた。そう、今のなのはとはやてには決定的な違いがある。だからこそなのはは一刻も早くユーノへ会いに行きたかったのだ。

 

「でもね、はやてちゃん……。ユーノ君は、ユーノ君はね、死んじゃうかもしれないんだよ?」

「っ!?」

「今も苦しんで、私の事を呼んでくれてるかもしれない。会いたいって……」

 

 なのはの涙ながらの答えにはやては表情を驚きに変えた。そこにはエースオブエースはいなかった。そこには、ただ恋人を思い弱気になっている一人の女性がいるだけだった。そんななのはに見切りをつけたようにはやては視線を外す。だが、最後にこう告げた。

 

―――なら、さっさとこいつら片付けよか。そしたら、なのはちゃんは会いに行ってええから。

―――…………うん。ありがとう、はやてちゃん。

 

 涙ながらに微笑み、なのはは心からの感謝を告げる。それにはやては何も返す事無く二体の怪人を睨みつけるだけ。指揮官としてこの後待っているだろう邪眼との戦いを考えれば、当然なのはを離脱させる訳にはいかない。

 それでも、はやては組織としてではなく個人としての感情を優先した。それにカリムが小さくため息を吐くが、その表情は彼女の心境へ理解を示すように苦笑している。シャッハもそんなやり取りを聞きながらどこか楽しそうな笑みを浮かべた。しかしそれもすぐにそれを消してアハト達へ向かっていく。

 

 はやてはその動きを援護するように魔法を放つ。ただ怪人が増えた事を受け、現在の戦場である狭い廊下からどうにか外へ連れ出せないかと考えていた。怪人が連携を取る前に分断しなければならないと悟っているのだ。

 一方、なのはは先程よりも鋭い動きを見せていた。だが当然のように戦況は良くはならない。ツバイが増えた事でシャッハに掛かる負担が大きくなり、先程までとは違って攻撃を行なう事が出来なくなったのだ。そこへ折よく状況を打開するための手段が発動した。

 

「オールリミッター解除。リリースタイム、六時間」

 

 カリムの声と同時にはやてとなのはが動いた。なのははフラッシュム−ブを使って二体の背後へ。その動きに合わせ、シャッハが正面から二体へ襲い掛かる。はやては周囲へ大声で謝りを入れながら廊下の壁を吹き飛ばそうと魔法を放った。

 

「ちょう壊しますけど堪忍してください!」

”行きますよっ!”

 

 壁へ向かって放たれるフレースヴェルグが轟音を立てて大きな穴を作る。それに呼応するようになのはがディバインバスターでツバイを穴へと吹き飛ばした。そして、それを追うように彼女はそのまま外へ向かったのを見てはやても後を追おうとして―――ある事を心配してシャッハへ念話を送る。

 

【一人でも大丈夫です?】

【心配いりません。足止めぐらいならば出来ます!】

 

 その力強い答えにはやては感謝を返し、なのはを追って外へ出た。シャッハはそれを見送る事もなくアハトとの戦闘に集中する。はやてがいなくなったため、相手の糸攻撃を防ぐ手立てがないからだ。

 それでもここに残ったのは接近戦が得意ではないアハトを相手する方がマシと思ったから。故にシャッハは奮戦していた。しかし、その糸の網を使った反射攻撃をアハトが始めると形勢が不利になっていく。

 

 見かねた他の局員達が援護しようとするのだが、ある者は怪人の力と姿に恐怖し碌に動けず、またある者は自分達では力になれないと感じて悔しがっていた。カリムは少しでもシャッハの負担を減らそうと動けぬ者達へ避難を呼びかけていた。

 

「くっ……聞いてはいましたが、厄介ですね」

 

 反射されるとレイストームの速度や威力が上昇する。しかも、その糸はちょっとやそっとでは排除出来ない。なのはやはやてから聞いていた情報通りの厄介さ。それをその身で痛感しながら、シャッハがどうするかと考え始めた瞬間、その場に何かの音声が響き渡った。

 

”SWORD VENT”

 

「みなしゃがめっ!」

 

 そして廊下にひしめく者達へ指示を出すと何者かがアハトへ剣を投げつけたのだ。シャッハはそれが自分を援護するための行動と判断し、誰がしたのかを確認する事無く即座に動く。だが、カリムとオーリスや他の局員達は揃って視線を後方へと向けていた。アハトも向かってきた剣を避けてその相手を確認するや軽い驚きの声を出す。

 何故ならば、その相手はバリアジャケットではない格好だったのだ。仮面ライダーに近い印象を与える黒のボディースーツ。腰にはベルトがあり、中央にはブランク体のバックル。上半身を守るように装着されているプロテクター。腕には、龍騎と同じようなバイザーがある。そして何よりも特徴的なのはその顔。

 

「ドクロの仮面、だと……? 貴様、何者だ」

「何者でもいいだろう。一つ言えるのは、人間の味方で怪人の敵。それだけだ」

 

 アハトの声にそう答える髑髏男。それが彼―――レジアスの気持ちを表していた。戦闘機人という違法行為に手を出した事。それだけではない数々の汚い裏の所業はどこかで犠牲を生んだ。ならば、自分は贖罪しなければならない。そう思った故の髑髏。亡き者達を弔い、自らも死人となって戦うとの意思表示なのだから。

 

 思わぬ援軍の登場に戸惑うアハトの姿を見て髑髏男は走り出す。拳を握り締め、その速度を加えたままアハトへ向かって繰り出した。その意外な速さにアハトは回避が遅れる。ただの人間が出せる速度ではなかったのだ。

 更にその拳の威力もアハトの想像を超えていた。ただの人間には出せない程の破壊力がその場から五メートルも怪人を飛ばす。それにアハトだけでなく周囲も言葉を失った。中でも彼の正体をいち早く悟ったカリムとオーリスは余計に言葉がない。その髑髏男がアハトへ告げた内容がある者達を連想させたために。

 

(レジアス中将……もしや貴方は……)

(父さん、やはり貴方も……)

 

 仮面ライダーを知る二人だからこそ、髑髏男が言い切った言葉はそれを彷彿とさせた。人類の味方。そして怪人の敵。それは仮面ライダーの在り方だったからだ。多くの局員達が見守る中、髑髏男とシャッハは共に協力しアハトを追い詰め始めていた。

 アハトが吐き出す糸。それを髑髏男が手にした盾で展開を阻止するとシャッハが魔法を駆使してアハトを翻弄する。相手が二人になり、尚且つ両者が接近戦タイプだった事もあってかアハトは狙いを絞れなくなっていた。

 

 そこを突いてシャッハが、髑髏男が攻撃を加えていく。その一撃一撃は小さなものかもしれない。だが、それがいくつも積み重なっていく事でやがては大きなダメージとなっていく。

 

「くそっ! ちょこまかと……」

「また背後ががら空きですよ!」

「させるかっ! っ?! いない!?」

「儂を忘れるなっ!」

「しまっ」

 

 背後を取ってアハトの注意を引き付けたシャッハ。それは髑髏男のための陽動。アハトが攻撃しようとした時には既にその姿はなく、代わりに髑髏男の飛び蹴りがその体を襲ったのだ。その衝撃にアハトは廊下を転がるも立ち上がるのが遅い。それに彼は手応えを感じて小さく頷いた。

 弱ってきていると悟ったのだ。なのは達との戦いで受けたダメージ。そこへ更に自分やシャッハで与えてきたダメージが重なってアハトを追い詰めたと。すると、彼へ何かが飛んできた。それを反射的に受け取る髑髏男。それは最初に投げ放った剣だった。

 

「これは……」

「あった方が良いかと思いまして」

「そうか。心遣いに感謝する。なら奴へとどめを刺すとするぞっ!」

「承知しましたっ!」

「図に乗るな。人間風情がぁぁぁっ!!」

 

 怒りに身を任せるようにアハトが立ち上がると同時にレイストームを放つ。それを見たシャッハは移動魔法で回避して後方へと回り込む。だが髑髏男は自身の後ろにいる局員へ当たる事を察しその場で手にした盾を構えて閃光を防いだ。

 しかし、既に毒による腐食で強度を失いつつあったそれは徐々に溶け始めている。もうもたないかと髑髏男が思った瞬間、彼の盾が完全に消えたのだ。阻む物が無くなった閃光はそのまま髑髏男を襲う。

 

 だが、それは予想だにしない者達によって阻止された。彼の体を守るように幾多もの魔力光が盾を作り出していたのだ。

 

「レジアス中将、ご無事ですかっ!」

「例え戦う力はなくても守る事は出来ます!」

「今の内に体勢を立て直してくださいっ!」

 

 後ろで守られるしかなかった局員達の中にいた魔導師達がプロテクションを展開していた。当然カリムもその中にいる。彼女達の姿を見たレジアスはしばし呆然となるものの、我に返ると同時に一枚のベントカードをバックルから取り出した。

 それは龍騎で言うファイナルベント。ジェイルが苦労の末に作り出した擬似的ファイナルベントだ。改良前にはなかった物であり、レジアスの怪人を倒せる力をとの希望を叶えるべく生み出された力だった。

 

 その描かれたマークは”M”と”R”を組み合わせたマーク。仮面ライダーを意味するそれは、偶然にもライダーの父とも言える立花藤衛兵が描いた物に酷似していた。それをバイザーに挿入し髑髏男は息を吸う。

 

”FINAL VENT”

 

 その脳裏に浮かぶのは、今まで出会ってきた者達の顔。そして遠き日の愛する妻と娘の笑顔だ。それを守りたいとの気持ちを込めるように彼は剣を握る手へ力を込める。いや、それだけではない。

 魔力が無い者達を代表し、更には戦う力無き者達に代わりその牙となるための覚悟と、怪人に恐怖するだろう全ての人々の怒りと悲しみを振り払う決意もそこへ込めて彼は構える。

 するとその剣へ魔力の輝きが宿っていく。周囲の魔力を体の一部に集め、攻撃力を増させて放つ事。それが髑髏男のファイナルベントなのだ。剣の変化にアハトが注意を向けたのを察し、シャッハも動いた。彼女は背後から手にしたデバイスを唸らせて渾身の力を込め叫ぶ。

 

「烈風っ! 一迅っ!!」

 

 排出されるカートリッジ。振り下ろされるヴィンデルシャフト。それは完全にアハトを捉え、その体勢を崩してレイストームを停止させる。それを好機とばかりに髑髏男は走り出す。アハト目掛けて走り、その勢いのまま床を蹴った。そして剣を振り上げて彼は吼える。

 

―――怪物め! 人間を舐めるなぁ!!

 

 思い切り振り抜いたその一撃はアハトへ見事に炸裂しその体を後方へと吹き飛ばした。凛々しく構えるシャッハの隣へ着地する髑髏男。彼らの雰囲気はまだ闘志に満ちている。二人はそのまま倒れているアハトへ視線を向けると小さく頷き合った。

 

「く、くそ……まだ僕は負けていないぞ」

「ならばこれでっ!」

「終わりだっ!」

 

 辛うじてアハトはその場にゆっくりと立ち上がる。だが、そんな彼へシャッハと髑髏男が迫った。繰り出される剣と棍による一撃。それが本当にとどめだった。戦闘でのダメージによる内部ダメージと髑髏男の剣から体内へ叩き込まれた魔力エネルギー。そこを剣と棍が貫き、決壊寸前だったアハトの最後を演出した。

 

「僕が負ける? ただの人間如きに? ハハッ……そんなの認めないぞぉぉぉぉぉっ!」

 

 爆発するのを見越して距離を取る二人。それを見届けながら断末魔を残してアハトは爆発する。その散り際や遺言に対し髑髏男は一人自嘲気味に呟いた。

 

―――儂の望んでいた戦闘機人はこういうものだったのかもしれんな……。

 

 

 会議室前での戦いにツバイが加わろうとしていた頃、クウガは一人動力炉で邪眼と戦っていた。誰もいない孤立無援の状況で彼は奮戦していたのだ。

 

「ぐぅ!」

 

 邪眼の豪腕がクウガの体を捉えて空中へ叩き上げる。それでも彼は何とか体勢を立て直すと着地した瞬間距離を取った。すると先程まで居た位置に電撃が放たれる。それを見て安堵しながらクウガは周囲を軽く見渡した。

 

(駄目だ。武器に出来そうな物がない……)

 

 そこにあるのは瓦礫ばかり。地下駐車場に置いてきたビートチェイサーまで戻ればタイタンソードが確保出来るがそれは厳しいために。邪眼を引き連れてそこまで戻る事は構わないのだが、もしそこに一般局員がいたら。そういう厄介な事になる可能性がある以上、クウガにその選択肢はない。他者を巻き込む事を彼は一番嫌う。故に、この場所で戦い続ける事を選んでいるのだから。

 

「一人では我には勝てんぞ」

「そんな事ない。俺だって、クウガだって……仮面ライダーだから!」

 

 そう言ってクウガは構える。武器がないとしても諦めないと。仮面ライダーとの名。それを名乗るだけで不思議な力が湧いてくるのだ。自分以外の勇気ある者達。それが共にいてくれるような感覚を感じるのだから。

 そんな事を思いながらクウガは邪眼へ向かっていく。もう能力を隠す必要はない。いや、逆に言えばもうそんな余裕はない。自分の全能力を使い、凄まじき戦士にならずに邪眼を倒す。それが今のクウガの決意なのだ。

 

 邪眼がその腕を振り下ろす。それを見てクウガは横に跳んだ。だが、それを叩き落すように邪眼が腕を動かす。しかし、それは空振りに終わった。

 

「何ぃ!?」

 

 クウガの体の色が青に変わったため、その跳躍力が変化していたのだ。初めて見るその姿に驚きを浮かべる邪眼を余所に、クウガはそこから再び地を蹴ってその頭上へ跳び上がる。そして、そこから紫へ変化して蹴りの姿勢を取った。

 そこへ邪眼が電撃を放って迎撃を試みるも、それは紫の鎧に緩和され姿勢を崩し切る事は出来ない。そのまま邪眼を蹴り飛ばすクウガ。その威力に邪眼が軽く後方へ下がる。

 

 クウガはそれに小さく頷くと共に赤へ戻った。それはRXの変化を利用しての攻撃を思い出してのもの。それは思ったよりも有効だと確信していたのだ。しかし、やはり決定打に欠けるとも感じていた。

 せめてどんな色のでも構わないので武器が欲しいと考えるクウガ。すると、何かを思い出して視線を瓦礫へとやった。使えるかもしれないと考え、彼はそれへ近付き手に取ると体の色を紫へ変える。

 

 丁度邪眼がそこへ電撃を放つがクウガはその攻撃を鎧で受け流して瓦礫をその手で砕き始めた。

 

「無意味な事を……」

 

 石礫をしてくるとでも考えたのか邪眼は馬鹿にするように呟く。だが、クウガはそれに構わずに砕いた瓦礫を更に砕いていく。それを見た邪眼は嫌な予感がしたのか動き出した。クウガはそれに気付き、急ぎ目で瓦礫から作った物を握り締めた。

 それは急ごしらえの石器。いや、石で出来た刃だ。そう、クウガが思い出したのは武器を使う未確認の事。彼らは小さな装飾品を武器にしていた。つまり、どんな大きさでも武器に出来る要素さえあればいいのだと気付いたのだ。

 

「おりゃ!」

「ぬぅ!」

 

 手にした刃はタイタンソードへ変化し、クウガを攻撃しようと迫っていた邪眼を牽制した。更にクウガは一気呵成に攻めるべく金の力を解放した。銀がメインだった鎧が紫色に染まり、その力強さを増させるのを見て邪眼が驚きを浮かべた。

 ライジングタイタンとなったクウガはそんな邪眼へ斬りかかった。ライジングタイタンソードはその間合いが変化している。それだけではなく攻撃力も増加しているため、タイタンソードと同じ感覚でいた邪眼へ軽い動揺を与える事になった。

 

 斬りつけられた場所に封印を意味する文字が浮かんでは消える。だが、その都度邪眼が苦しんでいるのを見てクウガは金の力なら倒せる事を確信した。しかしここではとどめを刺す事が出来ないとも気付いていた。あの無人世界での戦いで最後に邪眼が起こした爆発。それに近い爆発を起こすとも限らないために。ここは地上本部の動力炉。それに誘爆でもしたらどうなるか分からないのだから。

 

(せめて外に出れば何とか出来るかもしれない。ダメージを与えながら被害の少ない場所を探さないと……)

 

 それでも弱らせる事は必要だと思い、クウガはそのまま邪眼を攻撃しつつゆっくりとではあるが戦場を変えるべく戦う。その頃、クウガがツェーンを狙撃した高層ビル屋上で雷光が煌いていた。フェイトがツェーンと一人で戦っていたのだ。フェイトの魔法を物ともせず、ツェーンは背中の砲身から拡散弾のようなエネルギー弾を発射した。彼女はそれを回避しつつプラズマランサーをお返しに放つ。

 

―――こっちは俺が引き受けるからフェイトちゃんにはビルにいるカメ怪人をお願いしたいんだ。

―――カメ怪人……っ! じゃ、最初の砲撃はやっぱり!

―――うん、一応俺が射撃で砲身を壊したけど再生するだろうからね。

―――分かりました。砲撃させないように頑張ってみます。

 

 最初は爆発音が聞こえた場所へ向かっていたフェイトだったが、ビートチェイサーで搬入口からやってきたクウガと出会った事で現状へと至っている。

 その後、急いで外へ出た彼女がツェーンのいるビルへ到着した時には、クウガが懸念した通り砲身の修復が終わりかけていた。再び地上本部へ砲撃を仕掛けようとしているのを把握し、フェイトはそれを阻止するため速攻でザンバーを使って砲身にダメージを与えたのだが、それでは長距離砲撃を不可にしただけで砲撃自体は可能だったのだ。

 

「あいつを倒すのは、今の私じゃ厳しいね……」

”ですが、不可能ではありません”

「クスッ……ありがとう、バルディッシュ」

 

 長年の相棒からの断言にフェイトは微笑みを浮かべて答える。だが、すぐに表情を引き締めて視線をツェーンへ向けた。砲身を彼女へ向け攻撃を続けるツェーン。以前は温度差を利用した構造崩壊に加えて龍騎のファイナルベントで撃破した事をフェイトも知っている。それから考え、彼女は自分一人では背面の甲羅を突破するのは不可能だと結論付けた。

 唯一撃破の可能性があるとすれば、正面のまだ強度的に弱い部分。そこを狙うしかないだろうと考えてフェイトは動く。そんな彼女をツェーンの砲撃が容赦なく襲った。

 

「落ちろっ!」

「っ! 当たる訳にはっ!」

”ソニックフォーム”

 

 今必要なのは自身の自慢である速度。そう判断したフェイトの意を酌んでバルディッシュがバリアジャケットを変化させる。防御力を下げる事で速度を上げるフェイトの決戦用の姿。それがこのソニックフォーム。

 だが、それは無人世界での邪眼との戦いで見せた姿とは異なっていた。その時よりも更に防御力を下げ、更なる速度を出す事に特化した”真ソニックフォーム”なのだ。

 

 フェイトは砲撃をかわしながらツェーンの隙を探す。しかし砲撃は絶え間なく続き彼女の反撃を許さない。何とか隙を見つけフェイトが攻撃しようと試みるも、そうなるとツェーンは背中を向ける。それに表情を歪めながら彼女は再び距離を取るしかない。

 そんな事を続けていると、ふと力が湧くような感覚をフェイトは感じた。それがリミッター解除だと察した彼女はバルディッシュを握る手に力を込める。反撃の時は来た。そう自分へ言い聞かせるように。

 

「今なら全力のザンバーが撃てる!」

 

 意を決してフェイトは動いた。ツェーンの砲撃を正面から避けながらの吶喊。少しでも掠ればそこまでの行動にツェーンは微かに疑問符を浮かべるが、好機とばかりにフェイトを迎撃した。威力よりも範囲や弾数を意識したそれを、フェイトは最低限の挙動で避けていく。

 そしてザンバーを突き出すように構えた瞬間、その体が雷光となった。ソニックムーブを使い加速したのだ。ツェーンがそれに目を見開く。その次の瞬間には、ツェーンの腹部をザンバーが貫いて―――はいなかった。

 

「くっ……通らない!」

「残念だったね。これで終わりだ」

 

 フェイト向かって砲身を向けるツェーン。それを見た時、彼女にある考えが浮かぶ。それが有効か否かを考える前にフェイトは動いた。砲撃を引き付け、土壇場でかわして上へ飛ぶ。だが彼女の攻撃力では自分を倒せないと踏んだツェーンはそれに余裕を見せていた。

 フェイトはそれに内心感謝し、手にしたザンバーを迷う事無く砲身へと突き入れる。そこで攻撃すれば両者共にただでは済まない。それを理解しツェーンはフェイトへ問いかけようとした。

 

「何を……」

 

 だが、それが言い終わる事は無かった。フェイトはツェーンの疑問に言葉ではなく行動で答えた。

 

「トライデントッ! スマッシャー!!」

 

 ザンバーを通して流れる三対の電撃。それは砲身を通してツェーンの体へ流れる。そう、体の中へ。硬い甲羅を貫く事が出来ないのなら最初から甲羅に覆われていない部分を使えばいい。そうフェイトは思いついたのだ。

 最初にザンバーで砲身を攻撃した際一切威力が軽減されていなかった事。それを思い出したフェイトは砲身からなら自分の攻撃を直接叩き込めるのではないかと考えたのだ。その目論見は当たり、ツェーンは体の内部を駆け巡る電流に動けないでいた。

 

「お、おのれ……」

「バルディッシュ!」

”ロード、カートリッジ”

 

 このままでは自分が負けると判断したツェーンは、せめてフェイトと共倒れになろうと砲撃を行なおうとする。それに気付いたフェイトが呼びかけた意味を理解し、バルディッシュはカートリッジを排出した。その数、二本。

 そして、それを確認するやフェイトは手にしたザンバーを振り上げながら力強く叫ぶ。砲身の上の部分を切り裂いてツェーンの悲鳴を耳にしつつも凛々しく告げた。とどめの一撃をとの想いと共に。

 

「プラズマ! ザンバァァァァァッ!!」

 

 再度同じ場所へ叩き付けられる一撃。それは砲身を完全に破壊しながらツェーンを襲う。その電撃と斬撃は内部からツェーンの崩壊を促していく。しかも、フェイトを狙って放とうとしていたエネルギーもそれに影響され、ツェーンは屋上から軽く吹き飛ばされながら空中で爆発四散した。

 それを見届けてフェイトはすぐさま動き出す。目指すは六課隊舎。そう、彼女からは見えたのだ。隊舎付近から上がる煙が。地上本部はRXとクウガに多くの六課メンバーがいる。ならば、自分は速度を活かして隊舎の救援に向かおうと考えたのだ。

 

(待ってて、みんな。ここは頼みましたからね、RX!)

 

 

 スターズやライトニングが怪人と戦っているように、ゼスト達と共にいたトーレとセッテも二体の怪人を相手にしていた。自分達の方へ向かってきたトイやマリアージュを片付けながら空から強襲してきたドライ達を迎撃していたのだ。

 そこには今まで戦った事のない相手もいた。それを見たゼスト隊がドライを引き受けてくれたので、二人はそちらへ集中出来たため何とか対処出来ていた。向かってくる羽を避けるトーレとブレードで弾くセッテ。二人は揃って視線を同じ方向へ向けていた。

 

「やはり空戦タイプだったな」

「ええ」

 

 トーレとセッテが相手にしているのは黒髪のセッテ———ズィーベンだ。既に正体を表していてその姿はコンドル。スローターアームズを利用しアインスと同様の効果を持つ羽を自由に操るため、二人は苦戦を強いられていた。

 そう、トーレの腕にはその羽が一つ刺さっている。そこから流れる血が止まらなかった事から彼女は羽の効果を理解し、これ以上当たる訳にはいかないと回避しているため中々踏み込む事が出来ないでいたのだ。

 

 セッテがISを駆使し何とか対抗しているもののやはり有効打にはなり得ず、トーレはブーメランブレードが作った羽の穴を突いてズィーベンへ攻撃を仕掛けていた。だが、すぐに羽を放たれるために踏み込む事が厳しい。

 それでも二人は諦める事なく戦い続けていた。その近くではゼスト隊がドライを相手に奮戦している。それが二人の背中を支えていた。その戦況は徐々にではあるがゼスト達が押している。故にこのまま押さえ続ければ必ず援軍として彼らが来てくれると信じていたのだ。

 

「気に入らないな、その顔は。創世王様に盾突くだけで飽き足らず、そのお命まで取ろうと言うのか?」

「ふん、当然だ。奴は私達のラボを奪ったのだからな」

「それに気に入らないのは私の方だ。私のコピーでありながら異形となる事へ嫌悪感や恐怖感を欠片として持たないとは。恥を知れ」

「馬鹿な事を。この姿にどうしてそんな事を思う? これは素晴らしいぞ。創世王様が与えてくださった強い力だ」

 

 歓喜に震えるような声を発するズィーベンにトーレとセッテの眼差しが鋭さを増す。力を得る事に貪欲であり、尚且つそれを振る事へ何の躊躇いも抱かぬ事。それは今の二人にとって聞くに堪えない言葉だった。故に告げる。己が信念と心情を。目の前のもう一人のセッテへ、有り得たかもしれないもう一つの可能性へ。

 

―――そんなものは強さではない。今のお前はただの化け物だ。

 

 揃って告げた言葉。それがズィーベンの神経を刺激する。再び始まる空中戦。そうやってトーレとセッテが善戦する横では、ゼスト達がドライ相手に接戦を繰り広げていた。

 

 ゼストとクイントは前衛としてドライの高速機動に翻弄されつつも痛手を負う事無く戦い続けていた。メガーヌはガリューを召喚して己が護衛として自身はゼスト達の援護をしている。他の隊員達は残ったトイやマリアージュの撃破を行っていたのだ。

 

「ちっ! ……まだ速いな」

「あ~もう! すばしっこいわね!」

「でも最初に比べれば見えるぐらいにはなりました。次が勝負です」

 

 前もって聞いていた怪人のデータを基に対抗策を練ってはいたのだが、実際戦ってみると当然だが中々思ったようにはいかない。それでも、少しずつその動きの要となっている羽へダメージを与えてはいた。その方法はある意味で彼らだからこそ出来るものだった。

 

「くっ……またか!」

 

 ドライの口から忌々しげな声が漏れる。その理由こそ羽を攻撃している方法だ。それは設置型のバインド。少しでも動きを鈍らせたり止めたりするためのそれ。メガーヌがしている援護とはそれの設置だった。

 ゼストとクイントの動きを熟知している彼女だからこそ的確に二人の死角へ設置出来る。ドライもそれを理解しているのだが、死角以外からの攻撃をしても二人へ痛手を負わせる事が出来ないためそうせざるを得なかったのだ。

 

 バインドに絡まり、動きを僅かにだが止めてしまうドライ。それを見て駆け抜けていくようにクイントが羽へリボルバーシュートを叩き込む。だが、それが直撃する前にドライがバインドを無理矢理破壊し脱出した。

 しかし、打ち出された魔法が風に刃のような威力を持たせドライの羽を傷付ける。そう、逃げられる事を見越してのリボルバーシュート。これを繰り返し、少しずつではあるがドライの機動を鈍らせる。これがゼスト達が考えたドライ攻略法だった。

 

「そこだ!」

「行って、ガリュー!」

 

 そして遂にその動きがゼスト達にも完全に捉えられる程度にまで鈍った。それを見たゼストが動き、メガーヌがそれに続くようにガリューへ指示を出す。それに呼応してガリューがゼストの援護へ動き出したのに合わせ、クイントが両手のリボルバーナックルを構えて再びウイングロードを疾走する。

 

「メガーヌ、後よろしく!」

「分かったわ!」

 

 クイントの言葉に返事を返し、メガーヌは転送魔法を準備し始めた。その転送相手はクイントでもなければゼストやガリューでもない。その相手とは敵対しているドライだった。

 

「調子に乗るなっ!」

 

 ゼストを迎え撃とうとするドライの視界に映る景色が突然変わる。先程はゼストが見えていたにも関らず、一瞬後には自分へ向かってくるクイントが見えたのだ。何が起こったのか理解出来ず戸惑うドライ。

 その体へメガーヌが転送魔法を使って前後を入れ替えたのだ。それをドライが理解すると同時にゼストの攻撃が炸裂した。彼が片方の羽を綺麗に斬り落とし、駄目押しとばかりにガリューがもう片方を引き千切る。

 

 それに苦悶の表情を浮かべるドライへゼストはフルドライブを発動しクイントのいる方向へ弾き飛ばす。それを待っていたのかのようにカートリッジを二本ずつ排出させる二つのリボルバーナックル。クイントはそれをドライ目掛けて力強く突き出した。

 

「リボルバーインパクトっ!!」

 

 声と共にドライの腹部を激しく強打するクイント。更に素早く相手の体を蹴り落とした。すると、凄まじい音と共に地面へ激突するドライ目掛けて彼女がウイングロードから飛び降り、蹴りの姿勢のまま着地したのだ。

 その痛みにドライが声にならない声を出す。それを見たメガーヌは再びドライへ転送魔法を使用した。それは上空で待ち構えるゼストの真上へとその体を移す。今度は思い通りにさせないと反撃を試みようとするドライだったが、その体をガリューがすかさず羽交い絞めにした。

 

「おのれっ! 放せぇ!」

 

 必死にもがくドライだが蓄積されたダメージ故かその力は弱い。そうこうしている間にもゼスト達はとどめを刺すべく準備を始めていた。

 

 バインドの準備を始めるメガーヌと二度目のフルドライブを仕掛けるべく構えるゼスト。クイントは彼の逆方向へと回り込んで視線をドライへ合わせた。するとガリューがメガーヌの意図を読み、絶妙なタイミングでドライから離れるとそこを見計らったバインドが拘束に成功。

 それを合図にクイントが動き出したのを見てゼストもフルドライブを使用した。背後からリボルバーナックルを突き出すクイントと、前方から凄まじい勢いで迫るゼスト。その挟み撃ちを喰らい、ドライは絶叫を上げた。ゼストの槍とクイントの拳がその体を貫いたのだ。

 

「な、何故だ……? 何故こうもいいように」

「貴様らは自分の力を過信し過ぎている」

「あなたは少しでも相手に負けない努力をした? 私達はした。それが勝負を分けたのよ」

 

 二人はそう告げると同時にドライの体から離れた。そして空中から地上へ落下するドライへは目もくれず、ゼスト達はそのままトーレ達の援護へと向かうとズィーベンを睨みつける。次はお前だとその眼差しで告げるように。

 一方、怪人に襲撃されていないでも奮戦している者がいた。それはヴァルキリー0と呼称されるギンガだった。彼女は一人六課の者達から離れた場所でトイやマリアージュ相手に戦っていたのだ。そう、父親率いる108の者達と共に。

 

「こっちも片付いた! ギンガ、お前はもう戻れ!」

「お言葉は嬉しいですが遠慮させてもらいます! まだマリアージュが残っていますので!」

 

 ゲンヤの言葉にそう返すとギンガはブリッツキャリバーを加速させマリアージュへと向かっていく。現在、彼女は一人従来の所属である108隊と協力し、苦戦する他の陸士隊を助けながら地上本部を襲うトイやマリアージュと戦っていたのだ。

 

 その理由は色々ある。父親のゲンヤが心配だった事や同僚で先輩のラッド・カルタスが気になったのもある。何よりも自分の本来いるべき部隊を守りたかったのだ。

 そのため、ギンガは光太郎達に許可をもらってそうしていた。そしてそうして良かったと今のギンガは心から思っている。トイ相手には善戦していた108だったが、マリアージュがそこへ加わると途端に苦戦し始めたのだ。

 

 だが、ギンガがいた事でそれもすぐに立て直す事が出来た。彼女はAMF影響下でも無関係の戦闘機人モードを使いマリアージュを率先して撃破。トイの相手を周囲へ任せて戦い続けたのだ。

 正直この後でAMF下でも魔法が使える事を誰に指摘されると思っていた。それが原因で自分の体の事を話す事になるかもしれないとも。だが、ギンガはそれでもいいと判断した。それで誰かを守れるのなら、この体が誰かの笑顔を守れるのならと。

 

(私も気高く生きる! 人の心は、魂は……決して無くさないから!)

 

 絶体絶命の危機から自分を助け出してくれた仮面ライダー。そんな彼から教えられた事実。それがギンガの心を強くしていた。例え機械と同じだと言われても、心は人だと言えるようにしよう。胸を張って自分は人間だと思えるように。その想いが宿った拳が勢いよくマリアージュへと放たれた。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 眼前のマリアージュを殴り飛ばし、ギンガは残るマリアージュ達へ睨みを利かせるように吼えた。

 

―――かかって来なさい! 心を持たない貴方達には、私は絶対負けないっ!

 

 そこには、どこかで”普通”に憧れていたギンガ・ナカジマはいなかった。そこにいるのは、”普通”でないからこそ出来る事があると知った一人の人間がいるだけだった。

 

 

「そこよ!」

「おっと! そうはいかんで!」

”ですっ!”

 

 ツバイの尾の攻撃を回避し即座にその場を離れるはやて。同時に尾から落ちた毒が地面を溶かすのを見た彼女は氷結魔法でそこを凍らせる。それにツバイが悔しげに表情を歪めるもはやてを追撃しようとはしない。なのはの砲撃がツバイのいた場所をなぎ払ったからだ。

 その砲撃をツバイはかわせず腕を組んで耐える。先程から遠距離主体の二人を相手にツバイは防戦一方だった。ドゥーエの事を知っている二人はツバイの爪の基がピアッシングネイルだとすぐに気付いた事もあり、ユーノが陥ったような事にはならなかったのだ。

 

「少し派手に行くよ! エクセリオンバスタァァァァ!!」

「くっ!」

「そこや!」

”フリジットダガーです!”

 

 追撃として放たれたなのはの砲撃を嫌がり、ツバイがその場を離れるとそれを見越していたはやてがツヴァイと共に魔法を放つ。その氷結魔法がツバイを直撃した。それは、相手を凍りつかせる短剣。その数、約三十。それが当たった場所を少しではあるが凍りつかせていく。

 無論、はやて達はそれで倒せるとは思っていない。だが多少なりでも動きを止める事が出来れば良かったのだ。それで大技を準備出来る時間を稼ぐ事が狙い故に。その証拠にはやては既に次の魔法の詠唱を開始していた。なのはも彼女の援護をするべく砲撃魔法のチャージを始める。

 

「レイジングハート!」

”チャージ開始”

 

 そんな時、凍結で動きを鈍止めていたツバイが突然叫ぶと周囲の凍った部分の氷を吹き飛ばした。それに驚く二人へツバイは即座に爪を伸ばし、チャージしているなのはを攻撃する。その狙いはただ一つだった。

 

「あの男と同じようにこれで死になさい!」

 

 ユーノと同じ方法で殺そうとするツバイ。その言葉を聞いてもチャージを開始していたなのはは動く事が出来なかった。これで死んでしまう。そんな思いがなのはの脳裏に一瞬よぎる。それでも彼女は目を閉じる事無く迫ってくる爪を睨みつけた。するとその時思わぬ事が起こったのだ。

 

”ブレイズキャノン”

 

 響き渡る女性のようなデバイス音声。それと同時に青い魔力光が毒の爪を弾き飛ばす。それに大きく驚くなのは達。ツバイはその攻撃に警戒をしたのか多少距離を取り、視線を攻撃が向かってきた方向へ向けていた。そこにいたのは色が抜け落ちたような龍騎だった。

 

「そうか……貴様がユーノを襲った怪人か」

 

 彼はそう告げるとその手を握り締める。そしてなのはとはやてもツバイの爪を弾いたのがクロノの得意とする魔法だった事に気付き、その相手が誰かを理解し視線を向ける。彼はその手にS2Uを所持していた。

 そう、旧バトルジャケットを纏っているのはクロノだとそこで二人は確信した。何故、どうして。そんな疑問が浮かぶも今はそれよりも頼もしい援軍が現れた事に対しての喜びが上回った。

 

「「クロノ君っ!」」

「加勢するぞ二人共。後、こいつだけは絶対ここで倒すからな」

 

 そう言ってクロノはS2Uを待機状態へ戻すと一枚のベントカードを取り出してバイザーへ入れる。

 

”GUARD VENT”

 

 出現した盾を手にしクロノは走る。更にもう一枚ベントカードを使い空いている手に剣を持った。なのはとはやてはそれを見つめながら再びツバイを倒すべく魔法の準備へ戻った。ツバイの爪や尾を盾で防ぐクロノ。だが、その毒が盾を少しずつ腐食させていく。それでも彼は恐れる事なく戦う。

 あの時、自分が少しでも早くユーノの元に行っていればあの光景は阻止出来た。その後悔がクロノを突き動かしていた。怒りと悲しみ、そして親友への想いが少しずつツバイを追い詰めていく。途中からは腐食した剣を捨てS2Uへと持ち替えて。

 

「ちっ! あの男といい、貴様といい、どうしてこうも雑魚の分際でぇ!」

「黙れ! 僕はともかくあいつの事を雑魚とは言わせない! あいつは、自分の力だけでお前を撃退した勇者だ!」

 

 毒を盾で防ぎ、魔法を的確に使いながらクロノはツバイをある位置まで誘導していた。それに気付かずツバイは反撃しながら彼の思惑通りに動いていく。そしてツバイがある位置へ到着した瞬間、なのはとはやてが頷いた。

 それを見る事なくクロノは盾を投げ放つと即座にバインドを施す。それはチェーンバインド。ユーノの得意魔法だったそれをクロノは敢えて選んだ。目の前の怪人へ一人挑んだ親友への想いを込めて。好んで使う魔法ではないそれをクロノが迷う事無く選択したのはそういう事だ。

 

 その魔力の鎖で身動きが取れなくなるツバイからクロノは距離を取り、S2Uを構えて視線を微かに動かす。そこには彼の予想通りの光景が広がっていた。

 

「響け! 終焉の笛っ!」

”特大のいきますよ~っ!”

 

 はやての声と共にシュベルトクロイツという杖が高々と掲げられる。なのはもそれに合わせてレイジングハートの照準を動かした。二人が狙うは勿論ツバイ。その後方には広い水平線が見えるだけ。そう、クロノは二人が大威力魔法を心置きなく使える場所までツバイを誘導しつつ戦っていたのだ。

 

「ディバイン……バスターっ!!」

「ラグナロクっ!!」

”ラグナロクっ!!”

「スティンガーブレイド! エクスキューションシフトっ!!」

 

 三色の攻撃が絡み合うようにツバイを直撃する。それに抗えるはずもなくツバイは断末魔さえ上げる事が出来ないまま消滅した。その魔法の余波は水平線へと消えていき、辺りへ静けさが戻る。終わったとはやてが安堵した時にはなのはがクロノへ駆け寄っていた。

 

「クロノ君、ユーノ君はどうなってるのっ!?」

 

 その言葉にクロノはバトルジャケットを外すと懐から小箱を取り出し彼女へ手渡した。ユーノからの頼まれ物だと告げて。それだけでなのはは何かを察して小箱を開ける。そこには彼女の予想通り指輪があった。

 

「ユーノ君……っ!」

「それは婚約指輪だそうだ。だから……本番用はあいつ自身が渡すらしい」

「えっ……」

 

 その言葉になのはは無意識に顔を上げた。その意味が一つしかなかったために。クロノはそれを肯定するように頷き告げる。最後にはサムズアップさえ見せたから間違いないと。その瞬間、なのはの両目から涙が溢れ出した。

 ユーノの名を呟きながら彼女は涙を止める事が出来ない。なのははそのまま小箱ごと指輪を抱き締めるのみだ。クロノは居辛そうにしているはやてへここは自分に任せてくれと念話で告げる。それにはやては感謝し即座に飛び立った。その背を少しだけ見送り、クロノはなのはへ優しく声を掛ける。

 

「ユーノがいる場所へ案内しよう。立てるな?」

「……うん」

 

 こうしてなのははクロノと共に戦場を後にする。その一方ではやては愛する家族達を助けるために動いていた。なのはの気持ちを理解して痛む胸を押さえながら、彼女は仲間達の元へ向かうために急ぐ。

 

(なのはちゃん、わたしは信じとるよ。必ずラボでの邪眼との決戦までに戻ってくるって。やから、今は行ってええから。ユーノ君によろしくな)

 

 きっと他の者達も事情を聞けば分かってくれるだろう。例え、自分の判断が指揮官失格だったとしても構わない。はやてはそう思って表情を凛々しくする。と、その視界の隅に映った物が彼女の顔を驚きに変えた。六課隊舎のある方から煙が上がっているためだ。

 それでもはやてがしたのは現状把握に努めながらヴィータ達と合流する事だった。カリムから聞かされる現状に思考を巡らせ、どうするべきかと考えをまとめようとした彼女はある光景に意識を奪われる。

 

「クウガが邪眼を一体相手に戦ってる。なら、残りは隊舎か? それとも……」

”はやてちゃん、今はクウガの援護です!”

 

 はやての疑問へツヴァイはそう返して行動を促す。それに彼女も意識を切り替え、クウガへ接近しつつ援護射撃を開始する。嫌な予感がするとどこかで不安に思いながら……。

 

 

 地上本部での戦いが激しさを増し始めた頃、隊舎前の戦いも激しさを増していた。トイとマリアージュを片付けた事により、ディエチがディードの援護へ行き、シャマルがザフィーラの援護へ向かったのだ。

 ドゥーエはウーノの傍で護衛と並行し周囲へ目を光らせている。フィーアは未だにザフィーラの作った戦場から抜け出していない。ツヴェルフはディードとオットーの連携の前に中々攻め切る事が出来ないでいた。全体的に見れば状況は五分。

 

 しかし、そんな戦況にも関わらずウーノとドゥーエは細々とした部分でどうしても納得いかない事があると思っていた。

 

「絶対ゼクスは来ると思ってたのよ」

「ええ。あれ程強襲や奇襲に長けたISはないものね。でも……」

「そう、何故かいない。フィーアは予想通りだったし、知らない怪人を送り込んでくる事も予想内だったのに」

「後気掛かりなのは邪眼の数が予想より少ない事か。一番予想通りであって欲しいところが違うってのは嫌な感じ」

 

 二人はそう言い合ってやや黙った。そして揃って視線を一瞬だけ隊舎へ向けた。同じ予測を出したと感じてすぐにウーノがロングアーチへある事を伝えて備えを頼む。ドゥーエは彼女の言葉を聞きながらある者達を心配していた。

 サバイブとのユニゾンは使わないと真司が決めたものの、いざと言う時のためにと龍騎へついていった融合騎アギト。邪眼を一人で倒すために出し惜しみはしないと言っていた仮面ライダーアギト。たった一人でも邪眼をもう一度倒してみせると決意した龍騎の三人を。

 

 彼らは、今隊舎から多少離れた場所で激戦を繰り広げていた。それを映したモニターをウーノは横目で見ながらもメインである怪人戦への注意を怠らない。そう、一番突破されてはいけないのは自分達が守る場所だと理解しているのだから。

 

「ディードっ!」

「そこです!」

 

 レイストームで動きが微かに止まった瞬間を突いてディードがツヴェルフの体を斬りつけた。それは小さな傷を作るも怪人の再生力がすぐに治してしまう。それでもツヴェルフは我慢の限界とばかりに表情を変えて呟いた。

 

「そうですか。そんなに死にたいのですね。もうどうなっても知りませんよ」

「……ディード、ディエチ、来るよ」

「ええ……」

「了解。ここからが本番だね」

 

 相手の威圧するかのような言葉にも三人は少しも恐れる事無く表情を引き締めていた。未知の怪人を相手にする事自体はもう何度か経験済み。ならば、今彼女達が恐れるのは相手の正体ではなく不安や恐れなどで本来の力を出せなくなる事だ。

 故に三人は構える。三人での連携も出来ない訳ではない。怪人を倒す事は出来ないかもしれないが撃退は出来る自信が三人にはあった。三人は相手を倒す事ではなく隊舎と自分達を守る事に重きを置いているのだから。

 

 そんな三人の前でツヴェルフはその姿を変えていく。それは蜂。しかもスズメバチだ。耳障りな羽音が響く。先程まで持っていた双剣が両手に融合され、その剣先からは何かの液体が滴っている。それが地面へ落下した途端そこへ小さな穴を開けた。

 

「毒、だね」

「気をつけましょう。腐食するかもしれませんし」

「あたしは援護に徹するから、二人は思う存分戦って!」

「「了解!」」

 

 オットーとディードの返事に応えるようにディエチはツヴェルフ向かって砲撃開始。散弾状のエネルギー弾をツヴェルフが危なげなくかわすもそこへレイストームが放たれる。咄嗟に両手の剣で防いだツヴェルフはあろう事かその閃光を双剣で切り裂いたのだ。

 その光景に息を呑むオットーへツヴェルフは臀部を向けると針を発射する。だがそれを即座にディードが叩き落し、そのままツヴェルフへと迫った。その加速力に驚く彼女の背後を取り、その双剣がその首を落とさんと振り下ろされる。

 

「ディード!」

「チッ!」

 

 だがディエチが放った砲撃が間一髪ツヴェルフを捉えてその攻撃を阻止する。その間にディードは一旦距離を取って小さく安堵の息を吐いた。

 

【ディード、迂闊に接近しちゃ駄目だ。あいつもドライと同じで羽を使って瞬間加速を制御している】

【みたいね。じゃあ、出来るだけ羽を狙ってみる】

 

 オットーからの念話にそう答え、ディードは再び動き出す。その背を見守りながらオットーはディエチの砲撃の隙を補うようにレイストームを使い、その援護を受けてディードはツヴェルフへ立ち向かう。

 

 一方、フィーアを相手にしているザフィーラとシャマルはそのISと特殊能力に手を焼いていた。シャマルはザフィーラが作った戦場の外から支援をする形で戦いを支えているのだが、攻撃魔法を使えない彼女では幻影や分身を搔き消す事が出来ないのだ。

 

「テオラァァァァ!!」

「残念。それは幻影よ」

 

 ザフィーラの渾身の一撃を受けて幻影が消える。そこを狙って動く分身達。だが、その動きをすかさず緑の魔力光が止めた。シャマルのバインドだ。それが分身達を見事にその場へ拘束している。

 

【ザフィーラ、今の内よ!】

【すまん。助かる】

 

 シャマルが作った時間を使い、ザフィーラは即座にその場から離れて身構える。その眼差しを鋭く動かし彼は周囲を警戒していた。実は、先程から二人はフィーア本体に一度として攻撃を加える事が出来ないでいたのだ。幻影と分身に周囲との同化というフィーアの能力。それにザフィーラとシャマルは有効な手段を持たないためだ。

 それでも隊舎へ侵入させないために二人は奮戦していた。防衛に徹する事で時間を稼ぎ、邪眼と戦っているアギトか龍騎のどちらかでも戻ってくれば一気に形勢逆転出来るからだ。なので、二人に焦りはない。今は守る事が勝利と知っているのだから。

 

 ザフィーラは幻影と分身に気を配りながら姿を消したフィーアの位置を探る。そう、ザフィーラは守護獣。その嗅覚を使い、フィーアのいる位置を特定出来ないまでも接近を悟る事が出来ていたのだ。

 そのため、むしろ焦りがあるのはフィーアの方ともいえる。ザフィーラの作った戦場から出る事も出来ず、接近は悟られて攻撃も防がれる。加えて分身達も有効打を与える事が出来ないまま。極めつけにツヴェルフの方も状況を好転させる事が出来ないときていた。

 

(仕方ないわね。アレは私としてはあまり使いたくないのだけど……)

 

 このままでは自分が邪眼に見捨てられるかもしれない。そう思ったフィーアはある攻撃を使う事にした。それはフィーアの美意識でもあまり好ましくない攻撃法。

 

「……っ!?」

「どういう事?!」

 

 何か嫌な予感を感じ、ザフィーラはその場から離れた。するとその腕を何かが掠り傷を作る。彼は感じる痛みに表情を微かに歪め、それを見ていたシャマルは驚きを隠せない。何が起きたのかが理解出来なかったのだ。しかしザフィーラはそれだけで何かを理解したのか納得するように息を吐いた。

 

【厄介だな。奴め、舌を使いだしたらしい】

【舌……? あっ! それって】

【ああ、カメレオン特有の獲物の捕らえ方だ。どうやらそこまで追い詰められたようだ】

 

 ザフィーラの言葉にシャマルが警戒心を強めた。今までそれを使ってこなかった事を思い出し、フィーアの心境を悟ったからだ。つまり本気になっている。それは裏を返せばなりふり構わず攻撃してくるだろうという事だ。

 シャマルはそう考えると同時に周囲の状況を見た。フィーアと戦う自分達にツヴェルフと戦うオットー達三人。そしてデータ取りをしているウーノの護衛をしているドゥーエは下手に動けないためにやや悔しそうだ。

 

 それぞれ精一杯の努力はしているものの状況を変える事が出来ない。せめて何かキッカケを作らねば。そう考えたシャマルの脳裏に浮かぶのは今は沈黙している頼もしい仲間達だった。

 

(こうなったら……頼ってみるしかないかも)

 

 決断するやシャマルはある場所へモニターを出現させる。そこに映し出された者達の代表格へ彼女は叫んだ。

 

「アクロバッター、貴方達の手を貸して!」

 

 その声に反応しアクロバッターが動き出す。RXからの許可も即座にもらったのだ。更に彼はゴウラムとライドロンへも呼びかける。こうして格納庫から頼もしい援軍が姿を見せた。

 アクロバッターはゴウラムと共にオットー達へ加勢し、ライドロンはザフィーラ達へ加勢するべく向かっていく。それを見て慌てたのは二体の怪人だ。ライダーがいないにも関らず自分達へ向かってくるライダーマシンに驚きを見せたのだ。

 

「なっ!?」

「無人で動いている?!」

 

 ディードと切り結んでいたツヴェルフへ突進するアクロバッター。ツヴェルフはそれを回避しようとするも、そこを狙って放たれたディエチの砲撃に直撃して地面に落下した。更に駄目押しとばかりにオットーがレイストームを叩き込むと、ディードがその隙を逃さず羽をツインブレイズで切り裂いていく。

 その間にゴウラムがアクロバッターへと融合。アクロゴウラムとなった彼は三人の中で一番身軽なディードへ声を掛けた。怪人戦をBLACKやRXと共に潜り抜けてきた彼だからこそ分かったのだ。今が勝利を掴む時だと。

 

「ノレ、ディード」

「え? ……っ! 分かりました!」

 

 少しの間を置いてその申し出が何を意図してかを理解し、ディードはアクロゴウラムに乗った。だがそれは跨るのではなくシート部分に文字通り乗ったのだ。そして走り出すアクロゴウラム。ディエチとオットーはその先を見て狙いを理解したのか構えた。

 フラフラと立ち上がるツヴェルフへアクロゴウラムが本来よりも速度をかなり抑えて突撃する。その直前、ディードがシートから跳んだ。アクロゴウラムの突撃を受け宙へ舞うツヴェルフ。そこにディードが待ち構えていた。

 

「IS、ツインブレイズっ!!」

 

 双剣が煌きツヴェルフを斬って傷を刻む。そこへ狙ったように二色の閃光が華を添えた。レイストームとへヴィバレルの光と突撃で受けた封印エネルギーが作用し怪人の最後を飾る。それを見届けた彼女達は一度だけ嬉しそうに頷くも即座に動き出した。ディエチは援護の指示を受けるためにウーノ達の傍へ、オットーとディードは邪眼相手に苦戦しているだろうライダーの元へと。

 

 そうやってツヴェルフが散る少し前、ライダーマシンの援軍を得たシャマルがライドロンへ頼んだのはそのライトを最大にしてザフィーラ達を照らす事だった。RXが二度に渡って実証した事を思い出しての指示なのだが、効果がないかもしれないとどこかで思ってもいた。それでもやらないよりはマシだと考えた彼女はライドロンに一縷の望みを託した。

 

 案の定効果はなかったものの、その光量に一瞬だけ分身達が怯んだ。それを好機と見たザフィーラが分身達を魔法で一掃する。この戦場を作った鋼の軛と呼ばれる魔法だ。地面から突き出した棘が分身達を貫き、あるいは鞭のように切り払っていく。それで苦しむ分身達へは目もくれず、ザフィーラはシャマルへ礼を告げた。

 

「さすがだなシャマル。おかげで邪魔者は片付ける事が出来た」

「いいのよ。これで残るは……」

 

 姿の見えないフィーアへ告げるようにシャマルは言葉を発した。それにザフィーラも頷き、周囲への警戒を強める。すると、ライドロンがシャマルを守るようにその車体を動かした。直後、ライドロンの車体に火花が散る。それを見た二人に動揺が走るが、何とか心を落ち着けると同時に状況を把握したのは歴戦の騎士達故だ。

 シャマルは悪いと思いつつもライドロンの影に隠れ、ザフィーラは自身の作った戦場から出る。フィーアが既にそっから抜け出ていると理解しているのだ。しかしそのタイミングがいつかまでは分かっていない。

 

「奴め……いつの間に出たのだ?」

「きっとライトを使った時よ。どこかを砕き、そこをISで誤魔化したんだわ。私も貴方もライトを使った瞬間は視線を分身達に向けてたもの」

「そういう事。中々鋭いじゃない」

 

 ザフィーラの呟きに答えたシャマルの言葉。それを聞いてフィーアは感心したように、だがどこか上からの言い方を返した。それに二人は頷き合うとシャマルがライドロンの中へ乗り込んだ。ザフィーラはそれを守るように立ち、嗅覚を頼りにフィーアの居場所を突き止めようとする。

 内心ではフィーアを閉じ込めたいと考えていたが、それはもう叶わない事を察しているのだ。それと共にある推測を彼は浮かべていた。フィーアがこのまま隊舎に侵入する事も出来ないだろうというものだ。

 

(奴はやたらとプライドが高い。いいようにやられたままでは終われんはず。つまり、私達を倒すまでは隊舎へは行かないだろう)

 

 それではフィーアがザフィーラ達から逃げ出すと捉えられても仕方ないからだ。他ならぬ自身がそう考えるはず。そう結論付けたザフィーラは念のために周囲へこう告げた。

 

「こちらに何とか一矢報いたようだが、所詮それだけだ。お前では我らを足止めする事しか出来ん。姿を消す事しか能の無いお前には、な」

 

 その声に返事はない。だが、ザフィーラは直感で感じ取っていた。フィーアが今の言葉で怒りを覚えたと。漂う殺気が強くなったのだ。これで最低限の目的は達成出来るかと思い、ザフィーラは不敵に笑みを浮かべた。それさえも相手に対する挑発とするために。

 

 それに殺気が殺意へ変わったのを受け、ザフィーラは目論見が上手くいったと内心で安堵する。そして意識を切り替えるように息を吐いて呟く。守るか、と。自分らしからぬ振る舞いもここまで。後は守護獣の名に相応しくあろう。彼はそう思って悠然と構える。姿の見えない敵相手に毅然としたままで。

 

 

「くそっ! これで……どうだ!」

 

 龍騎が手にしたドラグクローを強く前へ突き出す。ドラゴンストライクだ。それを受けても邪眼は多少後ずさるだけ。それに龍騎は舌打ちをしたくなる気持ちを抑え、諦めずに一枚のベントカードを取り出す。それは龍騎のマークが入ったカード。

 

”FINAL VENT”

 

 龍騎はサバイブを安易に使うのではなく通常の姿のままで邪眼を相手にしていた。それは何も考えなしの行動ではない。サバイブになるとカードが増えたり、あった物が無くなる事から龍騎はある推測を立てた。サバイブになるとそれまで使ったカードとは別物になるのではないかと。

 故に彼はこの姿のままでファイナルベントを使い邪眼を弱らせる事にしたのだ。あのラボからの脱出戦ではサバイブでのファイナル二連発で撃破出来た相手。それを考えれば、龍騎としては少しでもベントカードを有効に活用するしかないと思ったのだ。

 

「はあぁぁぁぁ……」

 

 龍騎の周囲を巻きつくように動くドラグレッダー。そして、腰を深く落とし龍騎は跳ぶ。空中で一回転し捻りを加えながら落下していく龍騎。

 

「ライダーキックッ!!」

 

 願わくばこれで終われ。そんな思いを込めた蹴りが邪眼へ炸裂する。それに邪眼は地面を滑るように飛ばされた。着地しそれを見つめる龍騎。しかし、その手には既にサバイブのカードが握られている。彼はどこかで察しているのだ。これで終わらないと。

 それを裏付けるように邪眼は膝を地面につけるも悠然と立ち上がる。それはドラゴンライダーキックが必殺ではなくなった瞬間だった。それでも龍騎はうろたえる事無くサバイブのカードをかざし、ドラグバイザーを変化させる。

 

”SURVIVE”

 

「こっからだ……」

 

 サバイブし龍騎は出し惜しみはしないとばかりにシュートベントを使う。ドラグランザーが邪眼向かって火球を放つもそれを物ともせず、邪眼は龍騎向かって迫り来る。それを見た龍騎はソードベントを使って切れ味を増した状態で迎え撃つ。

 

「真司ぃ……アタシ、信じてるからな」

 

 アギトはその様子を離れた場所から見つめる事しか出来ない。龍騎から危なくなるまで隠れていろと言われたためだ。アギトは万が一の切り札。それが邪眼にやられては意味がないとの理由に彼女は渋々ながら納得したのだから。

 邪眼と戦う龍騎を見つめ、アギトは拳を握り締める。光太郎から聞いて知った仮面ライダーの本質を思い出し、彼女は龍騎の勝利を信じた。闇に抗い、それに打ち勝つ存在。加えて龍騎は炎の化身でもあるのだと。

 

「貴様のデータはもう十分だ。ここで死ね、龍騎!」

「言ってろ! データデータって、そんなもんで全て分かれば苦労しないんだよっ!」

 

 邪眼の電撃を喰らいながらも龍騎はそう啖呵を切る。そこへ更に電撃が放たれるも、それを素早く回避して彼は立ち上がった。そしてその脳裏に浮かんだ逆転の秘策を試すべく龍騎はベントカードを取り出す。

 それは言うまでも無くファイナルベント。ここで勝負を決める。そんな思いがそこに込められている。それを見て邪眼は構えた。一度は防いだ事実があるドラゴンファイヤーストーム。だからだろう。邪眼には焦りはない。

 

”FINAL VENT”

 

 それでも龍騎は迷う事無くそれを使う。バイクへ変形したドラグランザーに跨り、龍騎は邪眼目指して走り出した。それと同時に一枚のカードを手にして彼は邪眼を見据える。

 ウィリー状態で火球を放つドラグランザー。その火球に耐えながらも邪眼は突進を受け止めようと待ち構えていた。やがてその距離が縮まっていき、五メートルも無くなった瞬間だった。周囲にあの音声が響いたのは。

 

”STRENGE VENT”

 

「うおぉぉぉぉ!」

「何だとっ?!」

 

 音声と同時に龍騎が跳び上がった。ドラグランザーと共に。それは邪眼の知らない攻撃。そしてそれは龍騎の賭け。ストレンジベントは状況に応じて変化する特殊なカード。それはサバイブのファイナルベント中に使えばある物へ変化してくれるのではないか。そんな博打から生まれた一度限りの夢の連携技。

 

 龍騎の背後へドラグランザーが回り込む。それを察して龍騎が回転しながら蹴りの姿勢を取った瞬間、ドラグランザーは火球を放った。その勢いを受けて突撃する龍騎。そう、ドラゴンライダーキックだ。いや、厳密に言えばそれは本来のものとは違うだろう。

 だが、その光景はその名前に相応しいものだった。龍の火炎を背に受け、騎士は猛然と邪眼へと向かっていく。文字通り、邪悪を許さぬ烈火となって目の前の闇を焼き尽くさんとするかの如く。

 

「ライダァァァァキィィィックッ!!」

 

 必殺の言霊を込められた蹴りが邪眼を大きく吹き飛ばす。その強烈な威力に邪眼が地面へ強く叩き付けられた。龍騎は着地したまま黙ってそれを見つめ続ける。もう手札は出し尽くしたからではない。感じたのだ。この上ない手応えを。暫し流れる沈黙。すると、邪眼が静かに起き上がった。それでも龍騎は慌てる事無く見つめ続ける。

 

「これで……これで勝ったと思うな、仮面ライダー」

「……思う訳ないだろ。まだ、俺はラボを……ジェイルさん家を取り返してないんだから」

「そうだ。そこを貴様らの墓場にしてやる! ゆりかごこそ、貴様らの墓場だぁぁぁぁ!!」

 

 そう言い残し邪眼はその場で爆発した。それに龍騎とアギトは揃って疑問を抱く。ゆりかご自体は確かにラボにある。だが、そこが墓場になる事はないはずなのだ。ジェイルの研究施設のほとんどはゆりかごとは別の場所なのだから。

 龍騎は一度変身を解除して動き出す。アギトは彼の勝利を告げるために隊舎へ向かい、真司はもう一体の邪眼のいる場所を探すために。そこで戦うアギトを援護しようと考えて彼は走る。その彼が助けようとしているライダーもまた邪眼を倒そうとしていた。

 

 龍騎とは別の場所で邪眼と戦うアギトは既に相手を追い詰め始めていた。トリニティフォームを使い邪眼に少しずつだが確実にダメージを与えていたのだ。

 三つのフォームの力を合わせ持つトリニティフォームの能力は既にアギトの力を知っていた邪眼を驚かせていた。フレイムセイバーとストームハルバートを手にし、アギトは電撃を切り払いながら邪眼に攻撃を加えていたのだから。

 

「ま、まさかこれほどとは……」

「ここまでだ、邪眼!」

 

 アギトは邪眼へとどめを刺そうと両手の武器を構えた。それに邪眼は両手から電撃を放つ事で対抗しようとする。それを武器を交差させる事で防御するアギト。彼はその威力に軽く後退するもすぐに体勢を立て直し、邪眼向かって走り出す。

 炎と風がその手にする武器へ宿っていき、それを感じながらアギトは邪眼へ向かって迫る。向かって来るアギトを電撃で迎撃する邪眼だが、それを彼は燃える竜巻を巻き起こして防いだ。しかもその竜巻は邪眼へと襲い掛かる。

 

「何だと!?」

 

 直撃する訳にはいかないと跳び上がって回避する邪眼だったが、その眼前にはアギトがいた。

 

「はあっ!」

「ぐおっ!」

 

 動揺する邪眼に叩き込まれるファイヤーストームアタック。その威力に邪眼が大きく吹き飛ばされる。そして地面に激突した後三回程転がった。アギトはそれを見ながら着地すると両手の武器を地面へ突き刺し構えた。

 その瞬間、その頭部の角が展開する。アギトの足元に出現する彼の紋章。それは両足へと収束していく。その力を感じ取り、アギトはその場から大きく跳び上がった。丁度その時、邪眼が勢いを殺して何とか立ち上がった。

 

 そんな邪眼が見たもの。それは、自分へ蹴りを放つアギトの姿だった。それはライダーシュートという必殺技。弱った邪眼を完全に倒す決め技となった。

 

「ライダァァァキックっ!!」

「ぐふっ……あ、アギト……その力、やはり光の力か」

 

 意味深な言葉を残し倒れる邪眼。その体はアギトの角が元通りに戻ったと同時に爆発四散する。その爆音を聞きながら彼は光の力という言葉を思い出してふと自分のベルトへ目をやった。自分が変身する際の光。あれをかつて発電所で出会った仮面ライダー達は持っていた。その事を思い出したアギトは一つの推測を立てた。

 

(もしかして、俺の世界の仮面ライダーはみんなアギトの力を持ってたんじゃ? だから怪人達が強化されても戦い続ける事が出来たのかもしれない)

 

 自分がいくつもの姿に変化出来た事を思い出し、アギトはそう考えた。一号を始めとした歴代ライダー。性能では劣るはずの彼らが何故最新鋭の怪人達を相手に勝利出来たのか。その影には、アギトの力がどこかで作用していたのではと。

 進化を促すアギトの力。それが改造人間となった仮面ライダー達にも少なからず影響した。それをアギトはどこかで感じたのかもしれない。もしくは、あまり関りのない自分と歴代ライダー達との繋がりをそこに欲したのかもしれない。

 

 アギトは自分の拳を静かに握り締めると、何かを決意するかのように小さく頷き走り出す。目指すは隊舎前の仲間達。彼らへ自分の勝利と健在を示すためにアギトは急ぐのだった。

 

 

「トゥア!」

 

 大地を蹴って跳び上がるRX。邪眼の放つ電撃を飛び越え、着地した瞬間にその姿を変える。既に勝負の決着も近いと感じたのだ。そのために邪眼の電撃への対策を試してみよう。そう考えた彼は隠していた力の一つを解放する。

 不思議な光がその体を包み、消えた時には機械の体を持つロボライダーがそこにいた。攻撃力と防御力に優れ、生半可な物理攻撃は悉く無効化するメタルライダーだ。その変化に邪眼が興味深そうな反応を見せる。

 

「ほう、貴様もクウガのような事が出来るのか」

「ボルティックシューター!」

 

 その言葉に答える気は無いとばかりに、ロボライダーは出現させたボルティックシューターで攻撃を開始する。それを電撃で対抗する邪眼。しかし連射能力で勝るロボライダーがそれに撃ち勝つ。ボルティックシューターを喰らい後退する邪眼へロボライダーは容赦なく追撃を加える。

 それでも邪眼も連射の合間を狙って電撃を放ちロボライダーへダメージを与えた。それに負けじとロボライダーも反撃する。しかし、このままでは耐久力的に邪眼が若干有利だろうと考えたロボライダーは、地面にボルティックシューターを発射して煙幕を張った。

 

「目晦ましか? 小癪な真似をしおって」

「今だっ!」

 

 RXへと戻り、彼は力強く地を蹴った。全感覚に神経を集中し、邪眼の位置を特定した彼はその両足で蹴りを叩き込む。更に蹴りを邪眼へ炸裂させた反動を利用しRXはもう一度空へと舞い上がる。そしてそこからもう一度蹴りの体勢に入った。それは彼が先輩ライダーから聞いた技の一つ。敵を蹴りつけた反動を利用して再度必殺の蹴りを放つもの。その名もライダー反転キック。

 

「RX! 反転キックッ!!」

 

 その威力は単純に通常のRXキックの二倍。しかも彼は同じ場所へ叩き込んだ。それは連続ライダーキックと呼ばれる技の複合。よってその威力はただの反転キックを超えていた。その威力に邪眼も堪らず大きく後ずさる。

 それを見てRXはとどめを刺すべくベルトへ手を回した。それに呼応するように現れる光の杖。リボルケインを手にし、RXは三度宙へと舞い上がる。そして先程のキックのダメージが抜け切らない邪眼へ手にしたリボルケインを突き刺したのだ。

 

「こ、この力……やはり貴様もか、世紀王!」

「何の事だ!?」

「光の力、それを貴様は取り込んだのだ」

「光の力……? そうかっ! アギトの光の事か!」

 

 RXは邪眼の告げた言葉からある結論に辿り着き、納得した。それがもしかすると自分の体の変化に大きく影響したかもしれないと思いながらRXはリボルケインを強く押し込んでいく。

 この戦いを切り抜けた後待っているだろう最終決戦。それを前に五代と翔一に話す事が出来た。そう考えながらRXは邪眼からリボルケインを引き抜くとその場にRXと署名するように手を動かす。邪眼はその場にゆっくりと倒れながら火花を散らし地面につくと同時に爆発した。

 

(RXへの変化……BLACKの原型……もしかしたら、俺はクウガとアギトに大きく関係しているのかもしれない……)

 

 そんな事を思いつつRXはその場から走り去る。まだ怪人と戦っている者達がいるからだ。それを助け守る。それが仮面ライダーの使命。そう、故に彼は戦う。受け継いだ正義の戦士の称号に恥じぬために。

 

 一方、邪眼と戦うクウガははやてという援軍を得ていよいよ戦いの大詰めを迎えようとしていた。

 

「結界展開完了です。思いっきしやったってください!」

「うん、じゃあはやてちゃんは他のみんなを!」

「そうしたいんですけど、実はわたし、結界魔法得意やないんです」

”なので、離れると維持が難しいですよ!”

 

 地上本部周辺で邪眼と戦うクウガ。彼は何とか外へ追い出す事に成功したのだが、撃破するための場所を中々見つける事が出来なかった。そこへはやてが合流した事により、クウガは念のために結界魔法を使ってもらう事を提案。

 それにはやても呼応し、かつてユーノから蒐集した結界魔法を展開した。だが、それはあくまで使えるだけ。ユーノ程の精度はないため、はやてはその場を離れる訳にはいかなかったのだ。それを理解しクウガは若干戸惑うも、そこを狙って邪眼が電撃を放つ。

 

「そこだ!」

「させないっ!」

 

 はやてを狙って放たれた電撃。それを庇って紫の鎧へ直撃を受けるクウガ。金の力で底上げされた防御力は少しも怯ませる事無く彼を守る。その頼もしさにはやてとツヴァイは勇気をもらい、結界維持へ意識を向ける。

 クウガは、はやての言葉から邪眼を早く片付けようと動き出した。結界維持を続けるはやての負担を考え、更に他の場所で戦う仲間達の援護に向かうために。故に彼は手にしたライジングタイタンソードを下げ悠然と動き出す。

 

 それを見た邪眼はかつての記憶を呼び覚ました。クウガがアギトと二人で電撃を物ともせず進んできたあの光景を。

 

「ぬぅぅぅ! 仮面ライダーめっ!」

 

 あの時と同じにはならない。そんな気持ちで電撃を放つ邪眼。それを受けてもクウガは歩みを一瞬も止めない。あのガドルとの戦いから金の力を常時発動出来る今、彼を止める事は難しい。それは邪眼も例外ではなくその焦りと恐れを増加させていく。そして、その距離がクウガの間合いへなった瞬間、彼が動いた。

 

「おりゃあぁぁぁ!」

 

 繰り出されるライジングカラミティタイタン。紫の金のクウガの必殺技が邪眼に炸裂する。だが、クウガはそれだけでは終わらない。すぐに剣を引き抜き、邪眼を殴り飛ばすと姿を変える。それは青。即座に金の力を発動しライジングドラゴンとなったクウガはその跳躍力で後ろへ下がる。

 はやての隣へ降り立ったクウガは、ライジングタイタンソードから変化したライジングドラゴンロッドを振り回すと凛々しく構えた。それだけではやては何かを察し小さく頷く。それを合図にしたのかクウガは再び空へと跳び上がった。その驚異的な跳躍力が立ち上がった邪眼の頭上まで彼の体を運んだ。

 

「うおりゃあっ!!」

 

 叩き込まれるライジングスプラッシュドラゴン。青の金のクウガの必殺技だ。その一撃が先程の攻撃による封印エネルギーに苦しむ邪眼へ追い撃ちをかけた。邪眼はそれを受けて尚、捕らえたとばかりにロッドを掴む。だが、クウガはロッドを掴む手をしっかり握り締めると脇に抱えるように持ち直し、邪眼を持ち上げるように動かした。

 そのまま回転しながらクウガはそこから見える海原目掛けて邪眼を放り投げた。その回転の勢いに負けたのか邪眼の手が離れて海原へと飛んでいく。その体には金の力で強化された二つの封印エネルギーがしっかりと刻まれている。そこからひびを生じさせながら邪眼は叫んだ。

 

―――次は負けんぞぉぉぉぉ!!

 

 その声がキッカケのように爆発する邪眼。その爆発はクウガが思ったよりも小さかったものの動力炉で起きていれば被害は大きかっただろうと思わせるぐらいではあった。クウガは金の力を消し、手にしたドラゴンロッドを地面へ着けると息を吐く。

 それに軽い笑みを浮かべながらはやては結界を解いた。色を戻していく景色の中、クウガは思う。邪眼の告げた次。それが本当に自分達が考えている状況だろうかと。それでもクウガは走る。はやてと共に仲間達目指して。まだ怪人が残っているかもしれないと考えて……。

 

 

 モニターに映る隊舎前の戦況が六課に有利になり始めた辺りから課員達の不安が消えた。更にそこへ二人の仮面ライダーも現れた瞬間、歓声が沸き起こる。残る怪人はフィーアのみという事もあり、ウーノ達が若干安堵の表情を浮かべているのを見たヴィヴィオとイクスは両手を握り、既に勝利ムードを漂わせている。

 同じようにその場にいる誰もが勝利を確信していた。いや、ある二人の人物だけはそうではなかった。その二名だけは浮かれる周囲とは違い、何かを警戒するようにしながらその光景を見つめていた。

 

「イクス、これでもう大丈夫だね!」

「はい!」

 

 最初こそ初めて見る邪眼や怪人の姿に恐怖した二人だったが、それを相手にしても勝利して戻って来た仮面ライダーの姿や六課メンバーの活躍に揃って強い希望と勇気を貰っていた。二人の視線の先にあるモニターではアギトがフレイムフォームへ変わってフィーアの気配を探っている。

 もう勝利は目前だ。そんな風に思い、ヴィヴィオとイクスは互いに手を繋いでモニターを注視していた。そんな二人を抱き抱えているリインにも微笑みが浮かぶ。だが、次の瞬間少女達を抱き締めていた感覚が消える。

 

「「えっ……?」」

 

 それに二人は何かあったのかと思って後ろを振り返った。だが、そこには優しいリインではなく不気味な怪人がいた。その後方には弾き飛ばされたのかリインが倒れている。それを見た二人は駆け寄ろうとしてその動きを止めた。ゼクスがその腕を二人の前へ向けたからだ。

 

「おっと、行かせないよ」

「あ……あ……」

「っ……どいてください」

 

 怯えるヴィヴィオを庇うようにイクスは前に立って毅然と告げた。しかし、その足はどこか震えている。戦乱の時代に生まれた彼女ではあるが、当然今までその眼前に敵が攻めてきた事はない。つまり今回のように恐ろしい状況になった経験はないのだ。

 それでもイクスはヴィヴィオのために勇気を振り絞った。仮にも王と呼ばれただけではない。自分を友人と思ってくれている少女を、ヴィヴィオを守りたかったのだ。初めて得た友人を守りたいとの強い想いがその小さな体に大きな勇気を与えていたのだから。。

 

「どいてくださいねぇ……嫌だと言ったら?」

「ならば……無理矢理通ります!」

 

 凛と告げるイクスの声にヴィヴィオは不思議と心が熱くなっていく。自分とそこまで歳が変わらないだろうイクス。それが毅然と怪人へ言い放つ言葉の力強さに。

 

「イクス……」

(そうだ。ママも五代さんも言ってた。どんな時でも笑顔でいられるようにって頑張るのが、本当の強さなんだって!)

 

 自分に影響を与えてくれた二人の人物の言葉と笑顔。それを思い出しヴィヴィオは意を決して頷いた。そこへ突然念話が聞こえる。それに驚くヴィヴィオだったが、その相手の優しい声に落ち着いて小さく頷いた。同じようにイクスにもヴィヴィオと同じ内容が念話で告げられていた。その相手の力強い言葉に彼女は勇気付けられながら信じていると言葉を返す。

 

「……まぁ、創世王様は最悪死んでいても構わないって仰ってたし……」

 

 だからゼクスの脅すような言葉にも二人は怯えを見せない。それがかつてのスバルとティアナを彷彿とさせ、ゼクスは苛立ちのままにその腕を振り上げた。

 

「「今だっ!」」

「何っ?!」

 

 それを待っていたかのように動き出す二人。それに驚きを隠せないゼクスの爪を襲う衝撃。それは一定間隔でゼクスの爪を一本一本砕いていく。それでもゼクスは二人目掛け腕を振り下ろす。それは僅かにヴィヴィオの髪を掠り、毛が宙に散る。

 それでも止まらず二人は走り抜け、リインの傍へと駆け寄った。ゼクスはそれに舌打ちをしISを展開して逃走する。その際、床に散った髪の毛を数本掴んで。リインは念のため二人を抱えると飛行魔法を使い天井近くへと上がる。

 

 そのまま待つ事数分後、外で戦っていたフィーアも倒れた事で完全に隊舎前は平和を取り戻した。それを受け、ロングアーチも六課内の非常警戒態勢を解除。リインは二人を床に下ろし、その頭を優しく撫でた。

 

「よく頑張ったな、二人共」

「えへへ、リインさんが声を掛けてくれたからだよ」

「私もそうです。ヴァイスさんが絶対守ると言ってくれましたから」

 

 照れ笑いを浮かべるヴィヴィオ。イクスも笑みを浮かべ、視線をゼクスの爪を狙撃していたヴァイスへと向けた。それに気付いた彼がやや苦笑しつつもサムズアップを返す。それに彼女もサムズアップを返す。それを見てヴァイスは過去の悪夢を吹っ切れたと感じていた。

 ウーノ達を通してロングアーチから頼まれたゼクス対応。リインはヴィヴィオ達を確保し離れないようにする事。ヴァイスに託されたのは、万が一に備え狙撃でゼクスの攻撃手段を破壊する事だった。

 

 正直、ヴァイスは自信が半分半分だった。実際イクスヴェリアに爪を向けたゼクスを見た瞬間、かつての事件を思い出して息を呑んだぐらいだ。だが、その瞬間ある言葉が頭をよぎったのだ。過去を乗り越えられない自分が光太郎へ言った言葉が。妹が捕まったのなら余計自分が助けてやろうと思わないといけない。

 

 それを思い出した瞬間、ヴァイスはそれまで封印していたデバイス―――ストームレイダーを無意識に起動させていた。

 

―――そうだ。今度こそやってやろう。

 

 そう己へ言い聞かせ、彼はあの頃の妹を彷彿とさせるイクスを助けるべく過去を打ち抜く事が出来たのだ。勇敢に怪人と対峙する少女へ念話を送り、不安や恐怖を少しでも軽減出来るように努力して。

 

―――絶対に守るから相手が腕を振り上げたら走れ。信じてくれ。必ず……守るから。

 

 その思いの丈を乗せた言葉通りにヴァイスは引き金を引いた。かつて大事な者を守れなかった狙撃手は、見事過去の悪夢を撃ち抜いてみせたのだ。

 

「……待たせちまったな、ストームレイダー」

”お帰りなさい、ヴァイス・グランセニック”

 

 小さく呟かれた言葉に返された言葉。それにヴァイスは軽い驚きを見せるも、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべ告げた。

 

「ああ……ただいま」

 

 その噛み締めるような言葉は歓声に沸く周囲の声に掻き消える。こうして管理局最大の危機は終わりへ向かっていく。この後、地上本部組と隊舎組の報告で襲撃に参加した邪眼の数が四体だった事が確認された。

 残っていた怪人達もゼクスが失敗したのを契機に倒された者と撤退した者がいた。バトルジャケットが怪人へ有効だった事も分かり、レジアスはその結果を以ってその配備を世間へ訴えた。その動きはきっと良い方向へ向かうだろう。

 

 だがそんな明るい報告ばかりだったのもそこまで。はやてから告げられたユーノの事実。それは五代達へ怒りと悲しみを与える。その気持ちや勝利の勢いを乗せたままラボへ攻め込みたい六課だったが、疲弊しているのも事実故に明日ラボへ突入する事を決め、それぞれが決意を新たにする。

 

 残る邪眼は六体。その残された理由がゆりかご起動とライダー抹殺のためだと、この時誰も知る由も無かった……。



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平穏、そして決意

戦い終わって、な雰囲気。何とか激戦を制した後なので多少気が抜けるのは仕方ない。でも、そこへ闇は次なる手を打ってくるのです。


 地上本部襲撃から数時間が経過し、既に六課の者達は隊舎へ戻ってそれぞれに休息を取っていた。明日に控えたラボ奪回戦を兼ねた最終決戦。それに備えて体を休めている者達がほとんどの中、ロングアーチの面々も様々な処理を終えた事もあり今はコーヒーや紅茶を手に談笑していた。

 

「お疲れさまです、グリフィス部隊長補佐」

「ルキノもね。まさかビートチェイサーの通信機能を利用して陸士達のデバイスへ連絡なんて考えつかなかったよ」

 

 グリフィスの言葉にルキノは照れくさそうに笑みを返した。地上本部への通信手段を失った時、彼女はビートチェイサーを中継してのデバイス間通信を提案したのだ。それをシャーリーが即座に試み、実行に移す。多少作業に手間取ったものの遠隔操作で出来る類だった事もあり、それは想像以上に早く実現した。

 そして本部との通信手段を失って狼狽える陸士達を繋ぎ、その動揺を沈静化する事に成功。更にトイやマリアージュに苦しめられていた者達へ108やゼスト隊の健闘を聞かせる事で励まし、最後に仮面ライダーも戦っていると教えればもう不安は無かったのだから。

 

「あれがある意味で被害を抑えたもんなぁ」

「それをやってのけたシャーリーも凄いよ。でも、一番はやっぱりグリフィス部隊長補佐でしょ。立派だったと思うな、あの演説は」

「いや、演説じゃないし立派って訳でもないよ」

 

 シャーリーがグリフィスの言葉に頷き、アルトもそんな彼女の手腕を褒めるが彼を褒めるのも忘れない。それにグリフィスは困惑した表情を返す。そう、彼は六課を代表して全ての陸士達へ語りかけたのだ。

 

―――落ち着いて対応してください。相手は手強いが勝てない相手ではありません。もし戦う事が厳しいのなら素早く撤退をお願いします。逃げる事は恥ではなく反撃のための準備だと思って欲しいのです。戦える者は手を取り合って、戦えない者は出来る範囲で生きるために足掻いてください。ここで相手が一番痛手に思うのは、誰も犠牲にならずに生き残る事ですから。

 

 そうグリフィスは告げた。その真摯で静かな声は六課に対し思う事があっただろう者達にさえ届き、大きな被害を出す事無く地上本部を守っていた者達は耐え切る事が出来た。グリフィスはその一因にはなったと思っているが、それが全てではないと知っているからこそ困惑していたのだ。

 陸士達それぞれが生き残ろうと懸命に足掻いた。そして、そんな彼らを勇気付けたのはやはり仮面ライダーの存在。恐ろしい怪人を相手に一歩も引かずに勝利する仮面ライダー。そして、ミッド中で人命救助をしていた彼らが参戦していると聞いた瞬間、陸士達の目に希望の光が戻ったのだろうとグリフィスは思っているのだから。

 

「気持ちは分かるけど、もっと胸を張っていいよグリフィス。貴方が立派だったのは、ここのみんなが知ってるんだから」

 

 そんな彼の気持ちを察してのシャーリーの言葉にルキノもアルトも頷いた。それにグリフィスはやや困惑するも嬉しそうに笑みを見せる。そんな彼へ三人が同時にサムズアップ。するとグリフィスも即座にそれを返してみせた。その瞬間、指揮所に四つの笑い声が響く。最後の戦い前の一時の安らぎ。それを噛み締めるように四人は過ごすのだった。

 

 その頃、隊舎屋上にあるヘリポートではヴァイスとシグナムが語らっていた。その手にはコーヒーがある。風は夕方ともありやや涼しさがあり、静かにその場を吹き抜けていく。それに心地良さを覚えながらシグナムはコーヒーに口を付けて一息吐くと視線をヴァイスへと向けた。

 

「そうか。お前がイクス達をな」

「ええ。昔取った何とかって奴っすよ」

 

 小さく笑うヴァイスを見てシグナムは少し意外そうな表情をした。だがすぐにその理由に気付いて笑みを見せる。ヴァイスがゼクスを撃退した事をリインから聞き、その状況を詳しく彼から教えてもらっていたのだ。それ故彼女は彼が過去の失敗を乗り越えたと知った。正確な狙撃を以ってヴィヴィオとイクスを怪人から守れた事実がその証拠だと。

 

「何すか?」

「いや、過去を乗り越えたのだなと思ってな。いい顔をするようになった」

「そうすか。ちったぁいい男になりましたかね?」

「ああ、今口説かれれば困るぐらいにはな」

 

 シグナムの茶化すような言葉にヴァイスは言葉を返そうとして―――その声が真剣なものだと気付いて声を失った。そんな彼へ彼女は少しだけ楽しそうな笑みを見せて歩き出す。そして背中を向けたまま一言告げた。

 

―――と、アルト辺りは思うだろう。

 

 それにヴァイスが呆気に取られた。それを雰囲気から悟りながらもシグナムは振り返る事もせず隊舎の中へ戻っていく。それを見送ってからやっと彼は我に返った。そのまま苦笑すると空を見上げる彼。

 からかわれたと理解しつつも、ヴァイスは嬉しかったのか笑みを浮かべていた。あのシグナムが自分をいい男だとは認めてくれた。口説かれれば困るとまではいかないだろうが、少しは考えるぐらいにはなった。そう言ってくれたのだと考え、彼は楽しそうに呟く。

 

―――姐さん、今の言葉忘れませんよ。いつか姐さんを困らせるだけの男になってみせます。

 

 彼によって守られた少女二人は食堂でリイン達と過ごしていた。ヴィヴィオはリインに後ろ髪を少し切って整えてもらっている。ゼクスによって髪を軽く散らされたためだ。イクスはそれを見つめ、ザフィーラはツヴァイとアギトへ明日の事を話している。今日の戦いでも温存された龍騎の奥手。その役目をいよいよ明日アギトが果たす事が来るためだ。

 

「そうか。では、明日こそお前と龍騎のユニゾンの出番か」

「おう、アタシと真司の奥の手だ。邪眼の奴も知らないからな。盛大に驚かしてやるさ」

「ふふっ、ですが気をつけてくださいね」

 

 ザフィーラの言葉に笑顔で応じるアギト。力強いその声にイクスが笑みを浮かべた。今回、龍騎は一人で邪眼を相手に立ち向かい勝利した。その戦いを見ていたアギトは龍騎が何故自分を最後の切り札にしたのかを理解したのだ。

 邪眼はアギトが知る限り無敵の龍騎がファイナルベントを正味三枚使ってようやく倒せる相手。しかも、まだ別の姿を隠しているとなれば余計に恐ろしい存在と言える。最悪龍騎だけでは邪眼の本当の姿には勝てないかもしれないのだ。もしかすると自分がユニゾンしても勝つのは難しいかもしれないとまで思ったぐらいだ。

 

「分かってるって。……アタシだって簡単に勝てると思う程馬鹿じゃないからな」

 

 そんな事を考えアギトがやや真剣な表情に変わる。するとツヴァイが彼女を安心させるように笑顔を見せた。

 

「大丈夫です! リイン達と仮面ライダーは負けません!」

「リインの言う通りだ。五代も翔一も南も城戸も負けん。もし危機に陥る事があったとしても我々が手を貸せばいい」

 

 そのザフィーラの断言にアギトは嬉しそうに頷くと何かに気付いて視線をヴィヴィオ達の方へ向けた。それに倣うように三人も視線を動かす。丁度髪を整え終わったらしく、リインがヴィヴィオの髪を優しく撫でていた。

 

「……よし、これでいい」

「ありがとアインさん。えっと……イクスどう? 変じゃない?」

 

 リインの言葉にヴィヴィオは礼を述べるとイクスへ背を向け不安気にそう尋ねた。リインはそんな彼女に苦笑した。そこまで大きく切ってはいないから見せても仕方ないのだ。イクスもそんなリインと同じ考えを持っていたのだろうが、表情には出さずにヴィヴィオの後頭部を見て笑顔で頷いた。

 

「ええ、とても可愛いです」

「ホント?」

「はい。ヴィヴィオが心配するような事はないです」

 

 そこまで言われてヴィヴィオも納得出来たのか嬉しそうに頷いた。そして改めてリインへ礼を告げるとイクスの手を掴んで走り出す。行き先は五代達がいる会議室。今そこで五代達三人のライダーが大事な話をしているのだ。

 ヴィヴィオは話の邪魔をしに行くのではなく少し変わった自分の髪型を見て欲しいだけ。そう予想したイクスだったがそれは結果として三人の邪魔になってしまうと判断し、苦笑しながら彼女の手をしっかりと掴んでこう告げた。

 

「五代さん達のいる部屋へ行こうとしているのですか?」

「そだよ?」

「まだお話をしているかもしれません。邪魔になってしまうのでは?」

「なら廊下で待てばいいよ」

 

 ヴィヴィオの受け答えでイクスは自分の予想が当たった事を理解し、ならばとばかりに小さく微笑んでこう提案する。それなら何か飲み物を差し入れればどうだろうと。それにヴィヴィオが急停止。イクスはそれに転びそうになるものの何とか耐え切り安堵の息を吐いた。

 それにヴィヴィオは謝りを入れるも、やや不満そうに「もっと早く言って」と文句を述べる。イクスはそんな彼女を可愛らしいと思うも、少しお姉さん風を吹かせるように「最初に行き先を教えてくれなかったからですよ」と反論した。その正論にヴィヴィオが言葉に詰まってあえなく降参。だが、互いに浮かぶは笑み。

 

「じゃ、何か持ってこー」

「そうですね。アインさんなら五代さん達の好みを知っているはずです」

 

 そう言い合い、二人はまた来た道を戻っていく。その声は当然食堂にも届いていたため、リイン達が微笑みを浮かべながら五人分の飲み物と軽いお茶請けを用意し始めていた。だが、周囲に何故かモニターが出現する。それへ誰もが視線を向けて絶句する事になる。

 

 

 六課隊舎内医務室。隊舎内が穏やかな雰囲気で満ちている中、そこには少し沈んだ表情のヴィータとシャマルがいた。ノインとの戦いでヴィータが浅くない傷を受けてしまったためだ。彼女はチンクとの連携で五分の戦いをしていた。だがつい撃破にこだわってしまったため思わぬ反撃を受けた事がその理由。

 咄嗟に自慢の防御魔法を展開して重傷にはならなかったものの、それがキッカケでその後彼女達は苦戦する事になった。それでもチンクの持つシェルコートの防御力と彼女自身が守りに長けていた事もあり、クウガとはやてが現れるまで耐え凌げたのだ。援軍がはやてでなければ少し危なかったかもしれない。そうシャマルに彼女は言われたのだから。

 

「はい、診察終わり。はやてちゃんのおかげで傷は綺麗に治ってるけど無茶し過ぎよ。もう私達の体ははやてちゃんでもすぐには治せないんだからね」

「分かってる。ある意味人間に近くなってるってんだろ?」

「そういうレベルじゃないの。今の私達はもう完全に生命体と言っても過言じゃない。仮に息を止められればそのまま消えるだけ」

 

 シャマルの言葉にヴィータは一瞬驚愕するもすぐに悲しそうに俯いた。以前の彼女であればどこかで喜んだ事実。しかし、今の状況ではむしろそうではない方が嬉しかったのだ。その理由はただ一つ。

 

「そっか……いざとなりゃ翔一達の盾になれるかと思ってたのによ」

「ヴィータちゃん……」

 

 消滅してもはやての魔力があれば復活出来るのであれば、最悪誰かのために身を挺する事が出来ると考えていたのだ。その考えが分かったのだろう。シャマルも複雑な表情を返す事しか出来ない。どこかでヴィータも自身の体の事を分かっていたはずなのだ。それでもそんな事を思うぐらい彼女は翔一の事を慕っている。

 

 はやてと共に八神家で過ごした時間の中、ヴィータが一番影響を受けたのは翔一だった。口汚い彼女を怒る事もせず、注意するとしても女の子だからとだけ。決して怒ったりせず、ヴィータと笑顔で接していた翔一。

 彼女が公園に行き出し老人会の者達と仲良くなった時、彼は差し入れとしてヨモギ団子を作って持たせた事がある。それを食べながら老人達はヴィータへこう言ったのだ。いいお兄さんだねと。それに彼女は照れくさそうに小さく頷いた。そんなヴィータだけの思い出だ。

 

(あたしは翔一のために何かしてやりたかった。でも、いつもあたしはしてもらうばっかりだ。だから今回こそはって……そう思ったのによ)

 

 脳裏に思い出す記憶の一ページに懐かしさを感じてヴィータは天井を見上げた。明日の戦いに勝利すればこの世界は仮面ライダーを必要としなくなる。それが意味するのは翔一達との別れ。故に彼女は最後に翔一の役に立ちたかったのだ。翔一が嫌がろうともその命を守れるのならと。

 だが、それは出来ない。復活出来ないのならそれは翔一だけでなくはやてを始めとする多くの者達を悲しませるだけにしかならないからだ。人と同じような限りある命となった今、ヴィータは別の意味でも悲しかった。

 

「なぁシャマル……」

「……何?」

「はやてが死んだら、あたし達も消えるんだよな」

 

 そのヴィータの言葉にシャマルは頷いた。それを見て彼女は小さく何かを呟いてから寂しそうに俯いて告げる。

 

―――じゃ、翔一と再会出来るのを待ち続けるのも無理だな。

―――そうね。……もうはやてちゃんが生きている間で仮面ライダーを必要とする事がない事を願うわ。

 

 ヴィータの言葉の意味を悟り、シャマルは噛み締めるように答えた。本当を言えばそんな事を考えているヴィータを叱らねばならない。だが、そんな事が彼女には出来なかった。ヴィータは静かに泣いていたのだ。

 やっと得た限りある命。だが皮肉にもそれは愛しい家族との再会と万一の手助けの方法を奪った。どこかで望んでいた物が手に入った時、違う何かが失われた。これを皮肉と言わずして何と言うだろう。シャマルはそう考え、ゆっくりとヴィータへ近付いた。

 

「大丈夫」

「……何でだよ?」

「ヴィータちゃんの気持ちは分かる。でも、考えてみて? 翔一さんがまたここへ呼ばれる事は本当にヴィータちゃんが願う事?」

「それは……」

「違うでしょ? だから大丈夫。待ち続けるんじゃなくて会いに行けばいいんだから」

 

 そのシャマルの発言にヴィータは涙を止めてゆっくりと顔を上げた。そこには真剣な表情のシャマルがいた。彼女は戸惑うヴィータへこう告げた。こちらへ来れたのだから行けない事はない。ならば、ユーノが探している平行世界への連絡手段から派生し行くための方法も見つけ出せばいいのだと。

 その言葉にヴィータは呆気に取られた表情からゆっくりと嬉しそうな表情へ変わっていく。その目には先程までとは違う涙が溜まっている。その意味を察してシャマルは微笑む。ヴィータもそれに力強い笑みを返し、目元を拭ってこう言った。

 

―――明日、絶対勝ってやる。それでジェイルの奴にも手伝わせて翔一へ会いに行けるようにしてみせるかんな!

 

 そんなヴィータをシャマルは姉のような眼差しで見つめる。そしてふと思うのだ。既にヴィータや自分がジェイルが元広域次元犯罪者だったと思わなくなっている事を。それどころか自然と仲間として扱っている事実へ気付き、彼女は微かに苦笑する。

 

―――まだ真司さん達と出会って半年にもならないのになぁ。

 

 どこか呆れるような声で小さく呟き、シャマルは視線を窓へと向けると両手を合わせた。そこに広がる夕日に明日の勝利を願うかのように。

 その夕日を同じように眺めている者達がいた。フェイトとはやてだ。部隊長室で二人は紅茶が入ったカップを握って外の景色を見ていたのだ。

 

「ほんま、無事に終わって良かったわ」

「うん、人的にも物的にも六課の被害は軽微。地上本部の方も思ったより被害は抑えられたしね」

「そこはロングアーチの機転と各陸士達の力や。きっと向こうはわたしらやライダーの力って言うやろけど、絶対それはちゃうもん」

「ふふ、そうだね。みんなが出来る限りの無理をした。その結果が死者ゼロに繋がってるはずだから」

 

 厳しい戦いを切り抜け久しぶりの安らぎを得たような気分だった彼女達だが、互いの無事を喜び合って少し雑談するともう会話の内容は重くなりつつあった。

 

「でも負傷者は結構出たし、本部自体や周辺の被害は馬鹿にならん。それに、個人的に気になってる事もある」

「邪眼の数と残した言葉、だね」

「せや。ゆりかごを墓場にする言うてたらしいけど、そこはラボとは別の部分。動かすには聖王の血族が必要」

「ヴィヴィオを狙った襲撃は凌いだ。これでゆりかごは動かせないはずなんだけど……」

「光太郎さんは何て?」

「……もしかしたらって言ってたけど……」

 

 フェイトは光太郎が考えた邪眼の目的とゆりかごの起動法を話す。六体の内、一体を本体にするのは変わらない。それ以外の四体は仮面ライダーへ差し向け、もう一体は六課への刺客とするはずと、そこまで言ってフェイトは何故か表情へ怒りを滲ませる。それにはやては気付くも不思議そうに見つめた。

 フェイトは一度呼吸を整えると、こう続けた。そして本体へゆりかごを起動させるための力を持たせるだろう事を。それを聞いたはやてがその方法を教えてもらおうとして、彼女の怒りの原因に気付き言葉を失った。

 

(そうか。そういう事やな……)

 

 結局邪眼の目的を阻止する事が出来なかった事を理解し、はやては悔しげに表情を歪ませる。今回の襲撃であった戦いははやても全て聞いている。その中にフェイトが怒り、尚且つゆりかごを起動させる事が出来る可能性を邪眼が得る機会があった事に思い至ったのだ。

 その悔しさを流し込むようにはやては紅茶を飲み干す。フェイトもそれに倣うようにカップを傾けた。共に大きく息を吐き、どちらともなく互いの顔を見つめて笑みを浮かべる。揃って考えた事が同じだと感じたからだ。

 

「これで悔しさはないね」

「やね。このお返しを明日邪眼に叩き込んだる!」

「うん、なら私も。明日で……全て終わらせるために」

「……そうやな。明日で全て終わるんや。全て……」

 

 そう言って二人は悲しげな表情を浮かべる。邪眼を倒した後の事を考えたからだ。共に想いを寄せる相手がいなくなる。それを覚悟はしているが、それでも辛いものは辛い。特に翔一と二度目の別れをしなければならないはやてにとって、この時間は最後の時間とも言えるのだ。

 フェイトはそれを理解しているからこそはやてへ告げる。後悔しないためにも伝えたい事は伝えた方がいいと。それにはやてはすぐ答える事が出来なかったが、それでも小さく頷きを返した。フェイトは知らない。はやての心にはある一人の人物の顔が浮かんでいる事を。

 

 そうして少しの沈黙があった後、二人が揃って意識を向けたのは共通の親友とその恋人の事だった。今頃どんな気持ちでいるのだろう。言葉を交わす事は出来ているか。そんな事を思った二人は強く願う。決してなのはとユーノが不幸にならないようにと。

 

 その願いを送られたなのはは本局にある医療施設の一室にいた。集中治療室のようなそこは本来ならば面会は許可されない。だがクロノがそこを何とか許可を取り付け、なのはをユーノへと合わせたのだ。

 

「ユーノ君……」

 

 ベッドに静かに横たわるユーノの周囲にはいくつもの機械がある。なのはは彼の手を握り締め、悲痛な表情を浮かべていた。そんな彼女にクロノは言葉がない。ここまでなのはが弱く見えたのは初めてだったのだ。

 ジュエルシードの時も闇の書の時も強くあったなのは。それが一人の男の状況でここまで弱々しくなるとは思えなかったのだろう。だが、それも無理はないと彼は考えた。ユーノはなのはにとって結婚さえ誓った存在。更に彼女が魔法と出会うキッカケになった運命の相手と言ってもいいのだから。

 

(いつの間にか、お前の存在はなのはの中で大きくなってたんだな。いや、当然か)

 

 あの後、クロノは移動しながらなのはへ事実を伝えた。ユーノが強力な毒に犯された事。そのせいで少しずつ体が弱っている事。毒が内臓等を腐敗させようとしている速度を何とかゆっくりに食い止めている事を。

 それらを聞く度になのはの表情が暗くなるのを見ながらクロノは隠す事なく全てを伝えた。隠すよりも事実を教えておく方がいいと思ったからだ。なのはは芯は強い。それ故、彼は彼女が自分で立ち直る事を期待したのだ。

 

「ね、見て。ユーノ君のくれた指輪、サイズ違うから緩いんだ。結婚指輪も同じ大きさで頼んだりしてないよね? だったら、ちょっと嫌だな。指のサイズ教えるから早く起きてよ。そして一緒に指輪見に行きたいな。ねぇユーノ君も……そう、思うよね……っ!」

 

 最初こそ儚げな笑みを浮かべていたなのは。だが、言っている内にそれも崩れていき最後には完全な泣き顔へと変わった。それを察しクロノは静かに病室を出る。彼女の泣き声を聞かないようにと思っただけではない。ここからは二人きりにしようと思ったのだ。

 

 明日、六課は邪眼との決戦を迎える。場所はベルカ自治区のジェイルラボ。クロノもそこへ参加しようかと思っていたが止める事にした。一番の目的であったユーノの仇は取った。確かにまた同じ怪人が現れるかもしれないが、それはもうユーノをこうした怪人ではない。そう考えて彼は決めたのだ。何よりクラウディアクルーにいつまでも負担を掛け続ける訳にもいかないと。

 

(僕の次の戦いは局員としてのものだ。個人の感情はもう片付けた。それになのはを支えるのは僕の役目じゃない。それは、あいつに任せるさ)

 

 そう自分へ言い聞かせるとクロノは念話を送る。その相手は分かったと一言だけ返した。彼はそれに小さく笑うとクラウディアに戻るために歩き出す。そこへモニターが出現した。そこに映し出されたのは一人の局員。それはクロノがあの時床の穴の解析を頼んだ相手だった。

 彼はクロノへある事を告げる。それを聞いてクロノは目を見開いて問い返した。本当かと。それに彼は力強く頷いて、何とか間に合わせてみせると返した。その内容を噛み締め、クロノは一度だけ病室へ振り返った。

 

「お前の葬式なんかしたくないからな、ユーノ。もう少し頑張れよ」

 

 そう笑みと共に呟いてクロノはその場から去る。その頃、病室ではなのはが突然聞こえてきた念話に驚きを浮かべていた。

 

【なのは、泣かないで】

【ユーノ君っ?!】

 

 思わず目の前のユーノを見つめるなのはだが、当然彼は未だに目を閉じたまま。だが、意識はしっかりしていると理解したのか彼女は先程とは違う涙が流れるのを感じた。

 

【念話ならまだ出来るんだよ。それもいつまでか怪しいけどね】

【驚かせないでよ。心臓止まっちゃうかと思った……】

【ごめん。それと指輪はどう?】

 

 ユーノの言葉になのはは泣き笑いを見せて答えた。デザインは好みだけどもサイズが違って緩いと。それを聞いた瞬間、ユーノはやや呆気に取られ、勘で頼んだのがいけなかったのかと反省。なのはへ聞くと驚かす事が出来ないと思い、秘密裏に事を進めた事を告げた。

 それを聞いたなのはは苦笑しつつ注意した。驚かすなら別の方法にして欲しいと。それにユーノも了解と返事を返し最後にこう告げる。

 

【体が治ったら、一緒に式場探しにでも行こう】

【その前に結婚指輪を買いに行こうよ。式場はその後ね】

 

 それになのはは驚く事もなくただ嬉しそうに返事を返した。その内容に彼が苦笑しつつ同意するのを聞いた彼女は最後に一言告げる。

 

―――絶対幸せにしてね?

 

 それに彼は返事をしなかった。だが、なのははそれに不満を感じない。何故なら、彼女の握り締めていた手をユーノが弱くだが握り返してきたからだ。それが何よりの返事だと思い、なのはは笑顔を浮かべ数回言葉を交わして病室を後にする。向かうは自分の居るべき場所。そこで帰りを待っている仲間や親友達、それとヴィヴィオに会うために。

 

(ヴィヴィオへ話さないといけない事もあるし……今は少しでもみんなの顔が見たい)

 

 迫る最後の戦い。それに備えるためにもとなのはは一人転送ポート目指して廊下を走る。愛しい男性との約束を叶えるためにも明日の戦いは勝たねばならない。その想いを強くし彼女は急ぐ。不屈の心へ愛と勇気を宿らせて。するとそんな彼女の近くにもモニターが出現する。そこに映る光景になのはは思わず足を止める事になるのだった。

 

 

「いい演説だった」

「よせ。とてもではないがそう思えん」

 

 地上本部はレジアスの執務室。そこにグレアムの姿があった。怪人が撤退したのを受けてレジアスはバトルジャケットのままで全管理世界に伝えたのだ。今回地上本部を強襲した存在の正体やそれと戦い続けていた者達の事を。そう、六課と仮面ライダーの事を。

 その内容を疑う者はいなかった。実際目の当たりにした者達は元より、他の管理世界の者達には以前六課が提出した戦闘映像を見せる事で理解と納得を与えたのだから。そしてレジアスはそれを周囲が理解したのを見計らい告げたのだ。

 

―――怪人のような主義主張に関係なく人々の暮らしを脅かす者が今後も現れる可能性がある。それに対抗するには魔法だけでは駄目なのだ。全ての者達が、平和を守りたいと願う者が誰でも戦える術を持てるようにしたいと儂は考えた。そのためにこのバトルジャケットは生まれた。訓練次第で誰でも装着出来、武器は基本己の体。魔力の有無に左右されない性能とどんな環境でも適応させる事が可能な汎用性。これらは全ての者の笑顔を守るためにある。今すぐにとは言わないが、これを配備する事を許して欲しい。そう、誰かを倒す力ではなく誰かを守る力として。誰もが正義を、未来を、平和を守る事が出来る時代にするためにっ!

 

 そう締め括ったレジアスの言葉に大きな拍手が起きたのは言うまでもない。簡易的な質量兵器の解禁ではない主張に賛同する者達は多く、加えてアハトとの戦いでバトルジャケットは既にその有用性を示した事。それらを踏まえてグレアムは今後の事を見据えて告げた。

 

「さて、これで君は言った事に責任を取らねばならんな」

「……そうか。まだ全てを明かすには早いか」

「いや、もう明かす事は出来んよ」

「何?」

 

 レジアスの自嘲気味な言葉にグレアムはそう同じような声で答えた。それに疑問を浮かべるレジアスへ彼は語る。闇の書事件の際、自分が何を考えどうしようとしたかを。それを聞き、レジアスは言葉がない。

 次元世界のために一人の少女を犠牲にするを是とした。それが持つ意味は重い。管理局員としては当然だ。だが、人として見た場合それが果たして正しいのか。多くを救うためなら少数は見捨てられてもいい。それを肯定する事になってしまうからだ。

 

 命に貴賎はない。全て平等に守られ、扱われなければならない。それが理想なのだ。レジアスはそこでやっと以前グレアムが言った言葉の意味を理解した。仮面ライダーがグレアムにその選択をさせずに済ませたのだと。犠牲にされるはずのはやてが生きている事や、グレアムが今も管理局員として戦っている事からもそれを察する事が出来た。そして、どうしてグレアムがもう明かす事が出来ないと言ったのかも。

 

「この汚れた手で贖い続けろと言うのか……?」

「そうだ。汚れたからこそもうそれを誰かにさせないために戦う。それが私達に出来る唯一の贖罪だ」

「……仮面ライダー達がそう言ったのか?」

「いや、これは私が勝手に思っている事だ。しかし、彼らに報いるにはそれしかないと考えている」

 

 全てを秘めたまま、生きる。それは辛く厳しい道だ。いっそ明かしてしまえば楽になる。だが、それをしたところで自分が犯した罪の犠牲者は報われるのかと問われれば答えは否だ。故に自分の過ちをもう繰り返させないために敢えて卑怯者のそしりを受ける。明かすのは死した後でいい。例えそれで死後自分がどれだけ批判されようと、それで誰かの未来を、笑顔を守れるのなら。そこまで考えてレジアスは呟いた。

 

―――戦い続ける事でしか、償えんのだな……

―――何、始めてみれば辛くも何ともない。仮面ライダーがいなければそれさえ出来なかったと思えば、な。

―――……違いない。

 

 そう言って二人は笑い出した。共に人には言えぬ罪を犯そうとした。未然に防がれたとは言え、それは許される事はない。それを忘れず、自分と同じ事をせざるを得ない事態を無くすために戦う。ここにきてそれを共にする同志が出来たと、そう思ったからだ。

 

 そこへオーリスがカリムとシャッハを伴って現れる。これからレジアスが自分の知る全てを話す事にしていたからだ。彼女達は二人して笑い合うレジアスとグレアムに不思議そうな表情を見せた。だがその雰囲気から何かを悟ったのだろう。三人も柔らかな笑みを浮かべてソファへと近付いた。

 

「お話は終わったのですか?」

「ああ。さて、まずは予言について詫びなければならんか?」

「必要ありません。貴方は既に行動でそれを示してくれました」

 

 レジアスの言葉をカリムはそう言って終わらせた。それには周囲も苦笑するしかない。

 

「中将、まずは何を?」

「オーリス、今は非公式な場だ。階級での呼び方は止めてくれ」

「くすっ、はい、分かりました……父さん」

 

 変わった。そうオーリスは感じた。だが、それが少しも嫌ではない事に気付きつい笑みがこぼれたのだ。遠い記憶の彼方にあった父親の顔。それが今戻ってきたとオーリスは思った。

 カリムとシャッハもレジアスの雰囲気の変化に気付き、軽い驚きと共に小さく笑顔を見せた。グレアムもそれを見て笑みを浮かべる。そこからは、どこか和やかな雰囲気のまま話が進んだ。レジアスが教えたのは最高評議会の事。それを平和的に何とかしなければならないと。

 

 レジアス自身も今なら分かる。彼らも彼らなりに平和を守ろうとしているのだろうと。故に何とか手を取り合いたいと思ってはいた。しかし、それが厳しいだろうとも思っている。どこかで彼らは自分達が主導にならなければならないと考えているからだ。

 そう言うとカリムとグレアムが同じ結論を告げた。彼らの存在を明らかにし、管理局の大掃除をすればいいと。そのためにはレジアスに矢面に立ってもらう必要がある。そう言われた彼は迷いもなく頷いた。望むところだとさえ言い切ったのだから。

 

「だが騎士カリム、これ幸いと教会の影響力を増そうとはしないでくれ」

「あら、それは考えませんでした。今は管理局員としてここにいますので」

「カリムはそこまで恥知らずではありませんよ、レジアス中将」

 

 シャッハがやや苦笑しながらそう言うとレジアスが若干憮然とした表情を返す。聖王教会で大きな発言力を持っているカリム相手だからこれぐらい確約させないといけない。そう彼が告げると周囲が苦笑した。

 

「やはり変わっていないですね」

「いや、こうでなくてはな」

「お気持ちは分かりますが……」

「そうですよ父さん、少しは信用してみては?」

 

 そんな四人の反応にレジアスが余計憮然とする。その様子に四人がおかしいと言わんばかりに笑った。その声にしばらくレジアスは不機嫌な顔をしていたのだが、やがて耐え切れなくなったのか彼も小さく笑う。

 

―――こんな風に笑えるのだな、この者達とも……

 

 かつては毛嫌いするだけだった相手。それと今はぎこちなくではあるが友好的に話す事が出来る。ゆっくりとだが変わっている事を実感しながらレジアスは思う。いつか本局だけではなく教会とも心から手を取り合う日が来るようしたいと、四つの笑い声を聞きながら強く誓うのだった。

 

 一方、その外では警備をしていた陸士達が撤収作業を始めていた。心配された第二波攻撃もない事を受け、本部が警戒態勢を解除したのだ。その作業をしている中に一組の陸士夫妻の姿があった。

 

「無事で良かったわ」

「そりゃこっちの台詞だ。聞けば怪人とやり合ったらしいじゃねえか。もう若くないんだからあまり無茶すんな」

「何よ失礼ね。私はまだ現役です!」

 

 クイントの反論にゲンヤは苦笑で応じる。それを見てゼストとメガーヌは笑みを浮かべていた。怪人の脅威は去ったとはいえ、警戒自体はすぐ解かれた訳ではなかった。そのためゲンヤとクイントは互いの事が心配でも中々話す事が出来ずにいたのだ。

 六課は翌日の戦いのために早々と撤収したが、他の陸士隊は別。だがそれについて誰も文句はなかった。レジアスによって語られた真実。それが六課への揶揄や良くない噂さえも吹き飛ばし、同じ平和を守る仲間と認めさせたのだから。

 

「ま、お前が現役なのは分かってるがよ。相手が化物だ。心配するのは当然だろ」

「まぁそうでしょうけど……」

「お前に先立たれるのは嫌なんだよ」

 

 ゲンヤがそう言うとクイントが一瞬止まり、それから嬉しそうに彼へ抱きついた。その様子を見てゼストとメガーヌは苦笑するしかない。他の者はいないとはいえ、やはり熱烈な夫婦仲を見せ付けられるのは辛いものがあるのだろう。

 ゼストは未だ独り身でメガーヌは離婚している。共に理由は仕事の忙しさなのだが、決して独身を貫きたい訳ではない。故にそんな光景を見せられれば仲睦まじいと思う反面いつかは自分もと思ってもおかしくなかった。

 

(相変わらずだな、この夫婦は。妻、か。この事件が片付いたら、俺も少しは考えてみるか……)

(もう、クイントもゲンヤさんも仲が良いのはいいけどこっちの身にもなって欲しいわ。やっぱり似た境遇同士の方が上手くいくのかしら……?)

 

 そう思ってメガーヌはふと視線を隣にいる者へ向ける。ゼストはナカジマ夫妻を見つめ柔らかい笑みを見せていた。それに彼女は少し意外な印象を受ける。ゼストがそんな表情をするのは珍しい訳ではない。それでも、あまり見れるものでもなかったのだ。

 メガーヌがそう思って見つめ続けている事に気付き、ゼストが視線をそちらへ向ける。絡み合う視線。それに何故か気恥ずかしいものを感じてメガーヌは目を逸らした。

 

「どうした、メガーヌ?」

「い、いえ、何でもありません」

 

 そんな二人を見つめる一対の視線がある。いつの間にかゲンヤから離れ、同僚と上司の事を眺めていたクイントのものだ。

 

「もしかしてメガーヌって……」

「おい、あまりいい趣味じゃねえぞ」

「いいじゃない。親友と上司の幸せを願っても」

「……だから、それがいい趣味じゃねえってんだよ」

 

 お節介を焼きたいとの気持ちを全身から滲み出しているクイントを見て、ゲンヤは呆れたようにそう告げる。そして同時に思うのだ。あれ程の事があったにも関らず、こうして他愛もない話が出来る幸せを。スバルを、ギンガを、そして自分達を守ってくれた立役者である仮面ライダーの事を思い、ゲンヤは小さく呟く。

 

―――ありがとよ。お前さん達が俺の大切なもんを守ってくれた。この礼は、いつか必ず返すぜ。

 

 その瞬間、彼らの周囲にもモニターが出現する。そこに映っていた相手に陸士達がざわつき始め、ゼスト達も言葉を失う事になるのだった。

 

 

 

 六課課員用宿舎。そこにある女性用大浴場。今、そこにはギンガを除くヴァルキリーズが勢揃いしていた。休憩室はスバル達が使っているため、大人数で話せる場所としてここを選んだのだ。話題はいよいよ明日に迫ったラボ奪回だった。

 

「遂にこの日が来たわね」

「ええ。明日、私達の家を取り戻す」

 

 ウーノの声にドゥーエが頷いて返す。取り戻すとの言葉に万感の想いを込めて。それに全員が力強く頷いた。みな想いは同じなのだ。

 

「撃破した怪人達は上手くすれば明日はいないかもしれん。だが油断は禁物だ」

「残った邪眼は六体。ライダー達が最低一体ずつは引き受けてくれる」

「で、もう一体は本体だから、あたし達が相手にするのは残りの一体」

 

 トーレの希望的予測に誰もが逆に気を引き締める。そう、最初はいなくても長引けば途中から現れる可能性もあるのだから。チンクはそれを踏まえ、一番の難関である相手の話を切り出すとそれを受ける形でセインが噛み締めるように告げた。

 ヴァルキリーズで邪眼を一体引き受けたい。それを彼女達ははやてへ願い出ていたのだ。自分達を家から追い出した邪眼。それを自分達の手で倒したいと。その希望を聞いたはやては躊躇いもなく許可を出した。ただし誰も欠ける事のないようにと条件を付けて。

 

 その時の事を思い出したのか誰もが目を閉じる。すっかり馴染んだ六課の空気。自分達もいつの間にか仲間になっていた。そう改めて思って小さく微笑む。だが、それもセッテの言葉で消えた。

 

「邪眼の強さはもう嫌という程理解した。だが、私達姉妹が力を合わせれば……」

「勝てない相手じゃない。絶対に」

「ああ。明日、あの目玉野郎に見せてやろうぜ。アタシ達の強さを!」

 

 静かな意気込みを込めたセッテの言葉にオットーが噛み締めるように続く。無敵ではない。それを知っているからこそ二人に不安はない。自分達姉妹が全員で手を取り合えばなのは達隊長陣でさえ打ち負かせたのだ。邪眼の一体などそれに比べれば恐れるに足らない。ノーヴェはそんな周囲の気持ちを代弁するかのように握り拳を見せて言い切った。その言葉に全員が無言で頷きを返す。

 

「でも、用心はしておくべきだね。邪眼はライダーみたいな姿にもなれるらしいし」

「そうッスね。聞いた話じゃ動きもかなり速くなるらしいッスから」

 

 警戒するようなディエチの声に呼応してウェンディが告げた言葉。それは今回の提案を許可した時、はやてが教えてくれた事。闇の書事件の際、邪眼が取った姿。それがライダーに近い姿だった事を聞いて、その特徴などから邪眼も変身するかもしれないと考えたのだ。二人の言葉に誰もが改めて明日の戦いの厳しさを思い出す。しかし、それを聞いても不安よりも希望が強い。そう、何故ならば彼女達は知っているのだ。

 

「大丈夫です。姿を真似ただけでライダーになれる訳ではありません。仮面ライダーとは、お兄様達のような心を持つからこその仮面ライダーなのですから」

 

 ディードの言葉に込められた想いを誰もが抱いていた。仮面ライダーを名乗れるのは、彼らのような気高い魂を持つ者達だけだと。姿をどれだけ似せようと、闇では仮面ライダーにはなり得ない。故に相手が仮面ライダーでないのなら負ける要素はあるはずもなかった。

 何よりもそんな事さえ関係なく不安を吹き飛ばす魔法があるのだ。そう、それは今ディードが見せている仕草。そして周囲も返しているサムズアップだ。それが勝利への合図。何があっても負けないと心強くする魔法の仕草なのだから。

 

 この後、彼女達は戦いを終えた後の事を話し合う。ジェイルの事だけが不安だがそれでもはやて達が罪の軽減に尽力してくれると聞いている今、強く心配する事ではない。

 それよりもはっきりさせておきたい事があると、そうセインが言い出した時、誰もが何の事だろうと首を傾げた。そんな周囲へセインは真剣な表情で問いかけた。

 

―――みんなは真司兄の事どうするの? あたしは助けに行きたい!

 

 それがどういう意味だと尋ねる者はいなかった。チンクはそれに迷う事無く答えた。

 

―――当然手を貸す。それ以外に選択肢はない。

 

 それに続いたのは予想だにしなかった者だった。

 

―――そうよねぇ。大体、シンちゃんには責任取ってもらわないといけないし。

―――同感だ。私をこんな風にしたのだからな。途中で逃げられる訳にいかん。

 

 クアットロとトーレの言葉には、さすがに全員が驚きを見せた。だが、トーレがそれに照れているのに対しクアットロが平然としていたのはらしいとしか言い様がない。それならばと口を開いたのは後発組だ。

 

―――私は兄上が教育担当ですので。

―――僕も兄様にもっと色々教えて欲しい。だから一生教わり続けます。

―――私もオットーと同じ意見です。お兄様から教える事はないと言われない限り学ばせて頂きます。

 

 真司に教育されていた三人の言葉。それに周囲は様々な反応を見せた。セッテの言い方に呆れれば、オットーの言葉には笑みを浮かべる。ディードのオットーを引き合いに出してのらしい言い方には納得すると同時に苦笑い。そしてそんな言葉を聞いた以上、負けてられないとばかりに残った者達も口を開いていく。

 

―――アタシもにぃにぃともっと遊んでもらいたいッスから放っておかないッス。それに、そっちの方が楽しいのは分かり切ってるッスからね。

―――兄貴はアタシ達に生き方を決めろって言ってくれた。だからアタシは兄貴を助ける。それだけだ。

―――そうだね。あたし達は真司兄さんを助けたい。それなら兄さんも受け入れてくれるんじゃないかな。

 

 あっけらかんと告げるウェンディとは対照的に凛々しさを表情に出すノーヴェとディエチ。だが、共通するのは三人も真司と共にいたいという事。ただ、ここで得た仲間や友人達と離れるのも心苦しくもある。しかしその気持ちを吹き飛ばすように二つの言葉が放たれた。

 

―――結局、姉妹揃って真司君の支えになりたいって事でしょ? ならきっと六課のみんなも笑って送り出してくれるわ。

―――きっとこれから先の龍騎の戦いは辛いでしょうけど、私達が手を貸せばすぐに終わらせる事が出来るはず。その後でこっちへ帰ってくればいいのよ。ドクターが行き来の手段を確立してくれるでしょうしね。

 

 想いを告げずでも周囲には分かった。ドゥーエとウーノもまた同じ気持ちなのだと。ウーノの言った龍騎の戦い。それが邪眼との戦いではない事も全員が察している。真司が元の世界へ戻る日が来るとすれば、そこで待つのはライダーバトルだ。

 それを彼は止めるために戦う。彼女達はそれを支えたい。仮面ライダーでなくても出来る事がある。そう知った以上、もう迷いはない。戦いを止めるために戦う龍騎を支える。それが今の彼女達共通の願いなのだから。

 

 邪眼を倒した後は龍騎を支える戦いが待つ。そう思うもそれはまだしばらく先の事だと考えて彼女達は笑う。彼女達はあの予言を知らない。そして、五代達が一度消えた事を知らない。故に思いもしない。龍騎も同じように邪眼を倒した時、消える運命にあるのではないかなどとは。

 

 ヴァルキリーズがそんな話をしている頃、ギンガを加えたスバル達も休憩室で談笑していた。もう暗い話題になりそうな物は片付け、今は明るい話題をしていたのだ。そう、邪眼を倒した後の事だ。

 スバルはギンガに海鳴へ行ってファリンとイレインに会おうと提案していたし、ティアナは上手くすれば六課の主要メンバー全員で出かける事も可能かもしれないと言い出していた。エリオとキャロはティアナの話が実現出来るといいと思って、その際の行き先はスプールスでキャンプなどはどうかと提案。ギンガはそれもいいと笑顔で頷いていた。

 

「あー……夢は広がるねぇ」

「そうね。邪眼がいなくなれば仮面ライダーは戦う必要がなくなるし、少しは翔一さん達も休めるでしょ」

「ジェイルさんは海鳴へ行く事は難しいかもしれませんけど、僕らと一緒なら管理世界へは行けるかもしれませんし」

「そうしたら、みんなでお出かけできるね」

「かなりの大人数だけど、祝勝会みたいでいいかも」

 

 笑顔で話し合う五人。明日はその夢を可能に出来るかもしれない日々を掴むための大事な決戦。そう思うも変な気負いはない。邪眼の圧迫感にも少しではあるが触れたエリオとキャロ。映像ではあるが隊舎前に現れた姿を見ていざという時の心構えだけはしたスバルとティアナにギンガ。

 明日自分達が相手にするのは生き残った怪人達やトイにマリアージュ。だが怪人達はなのは達隊長陣も参加して相手をする事になっている。それ故に不安はない。シャマルにザフィーラまでも投入しての最終決戦。隊舎の守りはゼスト隊が念のために引き受ける事になっているのもある。

 

「明日はビートチェイサー達も総動員だし、まさしく最後って感じだね」

「そうね。ライドロンは地下から突入出来るから奇襲も出来るし」

「アギトのバイクは滑空出来るから、それで突入するつもりだって翔一さんは言ってました」

「アクロバッターは龍騎が乗って行くみたいです」

「ゴウラムはいざって言う時の空戦用だし……うん、穴はないわね」

 

 話せば話す程不安がなくなっていく。そう思い五人は笑みを深めた。

 

「明日は全力を出し切ろう!」

 

 スバルの声に四人がそれぞれ力強く答える。その手は五人共サムズアップを形作っていた。こうして彼らも明日への気持ちと戦いの後への期待を抱く。訪れるだろう別れを知らぬままに。そこへもモニターが現れる。そこから聞こえてきた言葉に五人は怒りを抱く事になるのだった。

 

 

「これを持って行くといい」

 

 ジェイルはそう言って一枚のベントカードを真司へ手渡した。それは間違いなく龍騎マークのベントカード。そう、ファイナルベントだ。

 

「じぇ、ジェイルさん、これっ!」

「奥の手だ。何とかコピーする事に成功したんだよ。ただ、現状それ一回限りだろうがね」

 

 そう言うとジェイルは苦笑してモニターを見せた。そこには何も映さなくなった画面がある。真司はその意味が最初こそ理解出来なかったが、段々とその状態に至った理由を把握したのか同じように苦笑した。

 ジェイルはファイナルベントのコピーを成功させた代償にデバイスルームの機器を駄目にしてしまったのだろうと。幸いにして犠牲になったのはジェイルが個人で使わせてもらっていた分だけなので、現在行っているスバル達のデバイスメンテナンスには影響はない。だが、これははやて達に怒られるだろうと思い、真司は苦笑いのままでジェイルへ告げた。

 

「ありがとうジェイルさん。でも、さすがにこれは……」

「いいさ。私がはやて君やシャーリーに怒られておくよ。それよりも……」

「ああ。これ、大切に使わせてもらう」

「邪眼は一番君のデータを有している。そこが逆に君の強みだ」

「分かってる。アギトのユニゾンにこの有り得ないもう一枚のファイナル。俺の切り札として取っておくよ」

 

 そう言って真司とジェイルはどちらともなく手を差し出し握手を交わす。互いの表情は凛々しい。視線だけで言葉を交わす二人。しばらくそうしていたが、真司はそのまま何も言わずにデバイスルームを後にした。

 その背中を見送りジェイルは呟く。まだ最後の仕事が残っていると。そう、彼に残された最後の仕事。それは平行世界への行き来の確立。真司が邪眼を倒した際いなくなるとしても、その後を追えるために。そして、自分達を受け入れ温かく接してくれた六課のために。

 

 それに今のジェイルにはある目的がある。それは光太郎の世界へ行き歴代ライダー達に会ってみたいという夢だ。戦闘機人の技術を広めるつもりはないが、改造人間の技術は詳しく知りたいと考えていたために。

 人体を機械に合わせる事が難しい戦闘機人の技術と違い、改造人間はどんな人間にでも機械を適応させる事が出来る。それを医療関係に活かせないかと思っているからだ。命を弄ぶためにではなく命を助けるために科学を使っていきたいとの思いがそこにある。

 

「私の贖罪は、まだこれからだ……」

 

 無限の欲望と呼ばれた自分。その欲望を向ける先を全ての笑顔のためにしよう。それが今の自分の欲望だと、そう心から思いながら彼は手を動かし始めようとして―――ふとある事を思い付く。それを試してみるためにもと彼は急いで何かを作り始めた。自分達とライダー達を引き離そうとする運命を逆に利用するために。

 

 一方真司は会議室を目指して歩いていた。そこで行われているライダーだけの話し合いに参加するために。だが、既にその話し合いはある意味で終わりを迎えようとしている事を彼は知らない。

 

「えっ……アギトの力がRXの基?」

「凄まじき戦士がBLACKの原型……」

「ああ、そうだと思う。リボルケインはベルトから出現する。アギトの武器と同じ原理だ。それに、太陽の光を受けて変化を起こしたしね。BLACKは体の色やその存在が世紀王と呼ばれていた事からも、凄まじき戦士に近い物がある」

 

 光太郎の話を聞き、五代と翔一は少し考えて頷いた。そして同時に思うのだ。何故RXが恐ろしい力を持っているのか。その理由がクウガとアギトの力をあわせ持ったからと言われれば不思議と納得出来たために。

 二人の仮面ライダーの能力を合わせ、更にそこへゴルゴムの技術が融合した結果だとなればそれは当然と言える。光と闇を象徴する二人のライダー。その力を両方融合した存在がRXならば、仮面ライダーとして最強と言えるかもしれない。

 

「……そういえば邪眼はアギトの力を光の力って言ったんですよね?」

「そうです。俺もそう言われました」

「それがどうかしたのか五代さん」

「実は、以前無人世界で邪眼と戦った時、クウガのベルトを見て光の力がどうのって言ってたんです」

 

 五代はそう言って自分の仮説を告げた。どうしてクウガが仮面ライダーの姿になったのか。それはアギトの力をベルトに込めてあるからではないかと。アギトの力がアマダムに作用しクウガの姿を決定したのではないか。そう五代は考えたのだ。

 

 それを聞いた光太郎も翔一も言葉が無かった。確かにクウガの姿が仮面ライダー然としていた理由に納得が出来てしまったのだ。アギトは神がおそらく与えた力。その姿が仮面ライダーらしくあった。いや、もしかすると仮面ライダーはショッカーを初めとする悪の組織の首領が神の力で変化するアギトを目指した物だったのでは。そう光太郎は推測を立てる。

 

 創世王も、もしかするとアギトの力を有していたかもしれない。光太郎はそう考え、一つの結論を告げた。

 

―――五代さんの地球にも俺達の地球にもアギトの力は存在していた。ただ、五代さんの世界ではそれを何らかの方法でベルトに集中したんじゃないかな。

 

 それに五代は驚きを見せて考え込んだ。元の世界に帰った時、色々と桜子に聞く事が出来たと思いながら。翔一はそれに頷きながらアギトの力がクウガにも影響していたのかと思い、少し嬉しそうにしていた。歴代ライダーだけではなくクウガとも繋がりがあったのだろうかと思い、自分が思っていたよりも仮面ライダーと繋がっていたと考えたからだ。アギトこそ仮面ライダーの原型かもしれない。そんな事さえ考えながら、翔一はふと思った事があった。

 

―――どうして邪眼はアギトの力を知っていたんですかね?

 

 その言葉に二人も表情を変えた。邪眼が光の力と呼んでいたアギトの力。それを邪眼はどこで知ったのか。もしかしたら、過去の世紀王だった邪眼を倒したのはアギトの力を持った相手だったのでは。そう五代が告げると光太郎が勢い良く立ち上がった。

 

「俺が倒した創世王は過去の世紀王だ! だとすれば、邪眼を倒したのは創世王のはず……」

「なら、その創世王はアギトみたいな力を持ってたのかもしれないですね」

 

 光太郎の言葉に翔一が告げた言葉。それに五代も頷いた。RXへの変化が偶然ではなく元から期待されていたのではと、そう言って光太郎に問いかけたのだ。

 

「……いや、偶然のはずだ。俺が宇宙空間に放り出されたからこそRXは生まれたんだ」

「それが早めただけだったってのはないですか? 本当は時間をかけてRXに変化したとか」

「それに、光太郎さんももう一人の世紀王を倒したんですよね。じゃ、創世王っていうのが本来はRXの状態を意味したとしたらどうです?」

 

 翔一と五代の言葉に光太郎は返す言葉がなかった。確かにそう言われればそうかもしれないと思ってしまったのもある。RXが突然変異ではなく本来キングストーンがもたらすはずの変化だった。

 だとすれば、何故世紀王が五万年に一度の皆既月食に生まれる者から選ばれるのか。それがアギトの力を持つ者を狙ってのものだとすれば、RXの変化は創世王を意味する事になる。ここにきて自分の変化の謎に理屈がついた気がして光太郎は複雑な気持ちになった。

 

 自分が出会った未来の仮面ライダーと異世界の仮面ライダー。それと出会った事がここまで自分に大きく関るとは思わなかったのだ。それは五代と翔一も同じ。まさか自分達の力が合わさった存在がいるなどと思わなかったのだから。

 その時、会議室のドアが開けられる。それに気付いて三人の視線がそちらへ向かって動いた。そこには申し訳なさそうな表情の真司がいた。彼は両手を合わせて謝りながら室内へと入る。と、ドアを閉め忘れている事に気付いて一瞬止まった。

 

「本当にすいません。遅くなりました」

「大丈夫だよ、四人で話す事は後回しにしたから」

「そうなんだ。じゃ、今まで何を?」

「俺達三人に関する事です。RXがクウガとアギトに関係してるかもしれないって」

「ああ、実は」

 

 その話を詳しく教えようと光太郎が口を開いた時、その場に空間モニターが出現した。なのは達の目の前にも出現したそれに映るのは、何とジェイルの姿をした邪眼だった。

 

 管理世界全てに出現した空間モニター。それを六課の者達が、ゼスト達が、レジアス達が、全ての者達が見ていた。そこから邪眼が語るのは仮面ライダーへの宣戦布告。そして世界征服のための前準備だった。

 

「この放送を聞いている全ての人間共に告ぐ。我が名は創世王。この世界を統べる者だ」

 

 その発言に動揺が走る。何を馬鹿なと言う者達は呆れているし、ジェイルの顔を知っているだろう者達は怒りに震えている。それらの反応を見ているのか邪眼は楽しそうに顔を歪めて続けた。

 

「今、我の手元には聖王と呼ばれた者のコピーがいる。そしてゆりかごというロストロギアと呼ばれる物もある。どんな物か分からぬ者のために簡単に教えてやろう。古代ベルカの戦乱を止めるキッカケとなった物だそうだ。これでどれ程の物か分かるだろう」

 

 その発言に誰もが言葉を失った。更に邪眼は続ける。明日、そのゆりかごの力を以ってミッドチルダを攻撃し、その後は管理世界毎に付けられた順番で侵略を開始する。だが、もし自分へ忠誠を誓い平伏すのなら助けない訳ではない。それどころか管理局亡き後の世界支配において重要な地位にするとまで言ったのだ。

 邪眼はそれだけではなくこれまでの怪人達の姿を見せて恐怖心を煽る。トイのAMFやマリアージュの特徴なども教え、加えて怪人達などを大量に複製出来る事を告げる事でまだ仮面ライダーの力を良く知らぬ者達へ絶望を与えていく。

 

「さて、ここからは仮面ライダーとその仲間達。貴様らへの忠告だ」

 

 その言葉に六課とその関係者全員が表情を引き締める。と、ジェイルはある事に気付いた。ここからは他の管理世界には映らず、ミッドだけの放送になっていたのだ。その理由は仮面ライダーを良く知る者達に聞かせるためだろうと結論付け、彼は密かに怒る。どこまでも人を見下す邪眼へ。そしてそれをただ黙って見ている事しか出来ない自分にも。

 

「遊戯はもう終わった。次は今までのようにいくとは思わん事だ。最早あの役立たず共は使わん。代わりに聖王とやらのコピーを差し向けてやる。怪人ではなくただの人間を、な。仮面ライダーや貴様らは何の罪もないそれを相手に戦えるか? もし、大人しくキングストーンを引き渡して軍門に下るのならば忠誠と引き換えに命だけは助けてやる」

 

 そう言った瞬間、邪眼は邪悪な笑い声と共に姿を変えた。しかし、それはおぞましい完全体でもなければ究極体でもない。それは、一つ目の銀色をした仮面ライダーだった。そう、仮面ライダーだったのだ。それに誰もが息を呑む中、それを見た光太郎は思わず叫んだ。

 

―――あれはシャドームーンと同じだっ!

 

 邪眼の体は銀色の甲冑のように変化していた。だが、腹部には緑の石ではなく紅い石が見える。そこまで確認し、光太郎はあの青年の言葉を思い出した。影の月が踏み躙られる。それはこれを意味していたのだと。

 恐怖の対象として、何より邪眼の姿として使われる事になったかつての親友の姿。それを光太郎は怒りに震えながら睨みつけた。最後には人の心を取り戻して眠ったシャドームーン。その姿をこうして利用する事に激しい怒りを覚えたのだ。

 

 映像はそこで切れた。隊舎内に沈黙が訪れる。直後、再び主だった者達の前に空間モニターが出現しはやてが告げた。会議室に集合するように、と……

 

 かくして終幕の鐘は鳴らされた。管理世界へ恐怖と絶望を以って圧力を掛けた邪眼。仮面ライダーを知らぬ者達にその闇は強烈に作用する。

 ゆりかごの起動迫る中、六課は最後の戦いへの結束を固めるべく集う。全ては、みんなの笑顔のために……。



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すべては君を愛するために

本当の意味での決戦前夜。それぞれの時間と過ごし方。不安が消えない中、それでも希望を信じて彼らは朝を迎えようとします。


 会議室に集まったはやて達。その表情は当然ながら暗い。最後に見た邪眼の姿。それに関して誰もが聞きたい事があったのだ。そう、光太郎が叫んだシャドームーンとの名。それを五代と翔一から聞いたために。

 しかし彼はどこかそれを話す事を躊躇っているようにも見えたので誰もがその気持ちが整理されるのを待っていた。実はその実態は少し違う。彼は気持ちの整理だけではなくある予感を感じて一人の人物が来るのを待っているのだ。すると、そこへ慌てたようになのはが現れる。

 

「ごめん! 今戻ったよ!」

 

 その姿へ全員の視線が注がれた。それに彼女は少し恥ずかしそうに頬を掻いた後、感謝を告げて頭を下げた。自分の感情を優先してくれた周囲へだ。それに誰も文句を言う事は無かった。確かに組織に属する者としては軽率な判断かもしれないが、六課はどこかそういった雰囲気ではない。それに誰もがなのはの気持ちを汲み取っていたのだ。

 

 愛する者が死んでしまうかもしれない。そうなれば会いに行かせてやりたいのが人というものだ。それになのはは必ず戻ってくると信じていたのもある。そして彼女が現れた事による周囲の騒ぎも落ち着いたのを見計らって光太郎が口を開いた。

 

「……これで全員揃ったし、あの銀色のライダーのような存在について話そうか」

 

 その言葉に誰もが頷いて光太郎を見つめた。それを受けて彼は語り始める。それは自分の過去を話す事にも繋がる話。五代やフェイトさえ知らない光太郎の隠していたい過去の一頁だ。故に光太郎は前置きにこう告げた。

 この話を聞いて自分に何を思ってくれても構わない。それだけの内容だから、と。その言葉に全員が何も言わずに視線だけで了承を返した。それを合図に始まる話。それは光太郎がまだBLACKとして戦っていた頃の事。ゴルゴムとの戦いが激しさを増した記憶だ。

 

「あれは、シャドームーンと言う俺と戦った世紀王を模しているんだ。邪眼は俺と戦った時、一度その姿を見ている。おそらくそれをイメージして体を変化させたんだろう」

 

 それを皮切りに光太郎はシャドームーンの事を簡単に話した。自分の幼馴染であり親友であった秋月信彦。それがゴルゴムによって改造された姿こそがシャドームーン。脳改造までされたため、記憶こそ持っているが完全に世紀王となってしまい戻す事が出来なかった事さえも。

 そこまで話した時点で誰もが言葉を失っていた。光太郎の過酷な宿命の一端。それに触れただけではない。まさか彼がそこまで話すとは思わなかったからだ。別に話さなくても構わない部分であるはずの情報。そう誰もが思った。だが、それを光太郎は無視してこう続けた。

 

「だがシャドームーンは、俺がRXになってクライシスと戦っている最中、突然復活して姿を見せた。その記憶のほとんどを失いながらも、世紀王としての執念だけで打倒RXを唱えて」

 

 それに誰もが違う意味で言葉を失う。一度倒されたはずのシャドームーンが蘇った事もそうだが、記憶を失いながらも宿命の相手だけは忘れていなかった事に。それだけRXとシャドームーンが因縁の関係なのだと誰もが理解した。

 光太郎はRXとして戦ったシャドームーンとの最後の戦いの結末を語った。それこそが彼が一番言いたい事だったのだ。勝負に負けたシャドームーンは彼にクライシスの企みを阻止する事を託し、自身は傷ついた体を押して人質になった子供達を助け出して眠りについたと。

 

「俺はあの時、シャドームーンは信彦に戻ったと思ってる。だからこそ、邪眼のあの姿は許す訳にはいかない!」

「光太郎さん……」

 

 フェイトは光太郎がどうしてここまで詳しくシャドームーンの事を話したのかを理解した。親友であった存在。それが最後の最後で人らしい心を取り戻してくれた。そう信じていたい。そのままで終わらせておきたかった相手であるシャドームーン。それを邪眼がよりにもよって模倣した。

 綺麗な思い出を傷を付けられたように感じたのだろう。いや、安らかに眠った親友を踏み躙られたと考えたに違いない。そう考え、フェイトは光太郎へ視線を向ける。

 

 今彼はシャドームーンの能力を思い出せる限り語っていた。その表情はもう戦士のものだ。周囲は光太郎の話に思う事があるだろうがそれを言う事はしない。同情も批難も出来るはずがないからだ。

 仮面ライダーの敗北が意味する事。それを思えば光太郎の決断は当然だった。しかし、それを聞いて想像する者と実際行った者との間にある壁は厚い。誰もが自分ならば出来るだろうかと自問する。愛する家族や親友を敵として、その命を絶つしか平和を守る術がないと言われたらと。

 

「……これが俺が知るシャドームーンの能力だ」

 

 光太郎がそう締め括ると会議室に沈黙が訪れた。その重さを作り出した彼は内心で謝った。感傷に流され、聞かせてはいかない事さえ話してしまったと思って。自分が親友を手にかけた事はいい。だが、それを他者が聞けばどう思うかなど分かっていたはずだったのだ。

 それでも、光太郎は言わずにはいられなかったのだ。自分の中で大きな傷であり大切な思い出である存在。それをあんな形で汚した邪眼への怒りが彼を動かしてしまったのだから。

 

 気まずい沈黙の中、一番に口を開いたのは真司だった。

 

「俺も……最悪それをしなきゃいけないかもしれなかった。だから、邪眼のした事がどれだけ光太郎さんを傷付けたか分かります」

「真司君……」

「自分が悩み苦しんで、やっとの思いで倒して眠らせた相手を、よりにもよって利用されるなんて絶対許せる事じゃない。俺だって、もし同じ事されたら黙ってられないから」

 

 ライダーバトルをやっていた真司。だからこそ彼にはシャドームーンがナイトである蓮に重なって見えたのだ。自分と蓮だけが残ったとして、もうどちらかが倒れるしか戦いを止められないとなった時、自分がどうするかを考えて仮定すればこの話は他人事ではなかった。

 今の彼ならばそれでも諦めないだろう。しかし、五代達に出会う前の彼だったらそれを選んでしまったかもしれない。故に真司は光太郎の心情を思いやって拳を握り締めた。その言葉に今度は五代が続いた。

 

「俺は、単純に人の触れられたくない部分を平気で踏み躙るやり方が許せない。しかも不気味だった前と違って、今度は静かに眠った仮面ライダーの姿を真似するなんて余計に」

「五代さん……」

 

 光太郎は五代の言葉に心が熱くなった。シャドームーンはゴルゴムの指揮を執った存在。それは悪だ。それでも、五代は仮面ライダーと呼んだのだ。それは脳改造された事を考慮し最後の行動から判断してだろうと察して、光太郎はその優しさに密かに視線で感謝の意を告げた。翔一も五代の仮面ライダーとの言葉に頷き、光太郎へ視線を向けてこう言った。

 

「邪眼に教えてやりましょう! シャドームーンの姿をしたって、お前じゃ本物には及ばないって」

「翔一君……ああ!」

 

 翔一の言葉に光太郎は握り拳を見せる事で応じる頃には、静かに会議室の空気が変わり出していた。悲しみや戸惑いに満ちていたそれが闘志や決意で満たされ始めていたのだ。それを感じてかなのは達の表情にも明るさが戻る。

 そして、はやての口から明日の決戦についての最終通告がされた。本体以外の邪眼はライダーが一体ずつ相手にし、残る一体をギンガを除いたヴァルキリーズが相手にする。邪眼が怪人はもう使わないと言ったが、撤退した怪人達は健在している事もあり全てを信じる訳にはいかないのでスターズとライトニングで相手をする事に決めた。

 

 トイやマリアージュはガジェットと共にはやて達が相手をし、本体はそれらを片付けてから総力戦を以って打ち倒す事で同意して。誰も不安や恐怖は抱いていなかった。その場にいる全ての者達が凛々しい表情を見せていたのだ。それを頼もしく思いながらはやては部隊長として口を開く。

 

「ええかみんな。明日の戦いは単なる奪回戦やない。真司さん達の家を、わたし達の世界の平和を、みんなの笑顔を取り戻す戦いや」

「そうだね。だからこそ、絶対負ける訳にはいかない!」

「みんなで力を合わせよう! そして、必ずここにいる誰も欠ける事無く邪眼に勝とう!」

 

 はやてに続いたフェイトの言葉は全員の気持ちを代弁した。なのははそんな言葉を受けて周囲へ告げる。それは願い。それは誓い。そしてその手にはいつもの仕草がある。そのサムズアップに誰もが力強く応じる。込めた想いはただ一つ。この戦いを最後にしてみせるとの決意だ。

 

 こうして最後の打ち合わせを兼ねた話し合いは終わりを迎えた。そして、それぞれに最後の夜が訪れる。”この”機動六課として過ごす最後の安らぎの刻が……。

 

 

「ママ、お帰りなさい」

「ただいま、ヴィヴィオ」

 

 廊下で一度再会したものの会議室での話し合いに参加するためにしっかりとした会話が出来なかった二人。故に改めてなのはとヴィヴィオは挨拶を交わす。その表情は共に笑顔だ。

 なのははヴィヴィオの体を優しく抱き締め、その無事を心から喜ぶ。フェイトやはやてから怪人にさらわれそうだったと聞いた時、彼女はユーノの元に行った事を少し悔やんだぐらいだった。だが、リインやヴァイスの支えとイクスの存在がヴィヴィオを守ったと知り、先程彼女は三人へ礼を述べてきている。

 

 今、二人はなのはの部屋に戻り、話をするべく向き合っていた。地上本部へ向かう直前になのはが言った大事な話をするために。

 

「あのね、ヴィヴィオ。お出かけする前にママが言ってた事覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。帰ってきたら大事なお話があるって」

 

 それになのはは嬉しそうに笑みを浮かべて頷くとヴィヴィオの頭を静かに撫でる。それにくすぐったそうな反応を返すヴィヴィオを見て、彼女はその目を見つめて尋ねた。本当に自分の子供にならないかと。ヴィヴィオはその言葉に驚くもすぐに嬉しそうに頷いた。その反応を見てなのははどこかでこう思った。ヴィヴィオは本当の両親とは会えないと察しているのかもしれないと。

 だからこそ、なのはは意を決して告げる事にした。ヴィヴィオの生まれについてを。隠し続ける事は出来る。それでもいつそれを知るか分からないのなら自分の口から教えてやりたいと思ったのだ。かつて親友であるフェイトが受けた衝撃。それと同じ事にならぬためにと。

 

「いい? よく聞いてねヴィヴィオ。ヴィヴィオは聖王って言う人の……コピーなの」

「え? コピー?」

「そう。だからこれから先、ヴィヴィオは生まれの事で苦しむ事があるかもしれない。でもそれに負けないで欲しいんだ」

 

 なのはは思いの丈を込めて告げる。フェイトも直面した出来事である”自分が誰かのコピー”であるという重たい事実。それをまだ幼い少女へ告げるのは正直なのはもかなり苦しい。だが、だからこそ彼女が言わねばならなかった。

 ヴィヴィオの親になると決めた以上、これはその資格を得るための最低条件だと言い聞かせてなのはは語る。ヴィヴィオが不安にならないよう、細心の注意を払って彼女は事実と今後の不安を告げていく。それでも最後にはこう言うのを忘れない。それは、フェイトを立ち上がらせる力となった言葉。嘘偽りないなのはの気持ち。

 

―――でもね、何があってもママはこう言うよ。ヴィヴィオはヴィヴィオだからって。誰かのコピーなんかじゃないって。

 

 その言葉に自分の生まれ方などに困惑していたヴィヴィオがなのはを見た。その視線は助けを求め縋るようにも見えた。だからだろう。なのはは優しく微笑むと彼女の体を静かに抱き寄せる。その温もりを感じ、ヴィヴィオは嬉しくなったのか顔を擦り付けるように抱き締めた。

 なのははそれに微笑みを浮かべた。それはまさしく母の笑み。そして彼女はそのままヴィヴィオへ告げる。それは自分の事。そうユーノとの婚約の事だ。期せずして父親まで出来るかもしれないと思ってヴィヴィオは満面の笑顔を見せた。

 

「じゃ、ヴィヴィオにパパが出来るの?」

「そうだよ。今度お休みになったら、一緒に会いに行こうね」

「うんっ!」

 

 ユーノが危ない事は伝えない。それはなのはが信じているからだ。ユーノが死なずにいると。女の勘もある。だが、サムズアップをしたユーノがその約束を破るはずがないとクロノも信じるように、なのはもそう思っていたのだ。

 それ故にヴィヴィオへは言わない。今は少しでも笑顔を曇らせたくないから。万が一など考えない。最悪の結果などない。そう自分に言い聞かせるようになのはは笑う。邪眼を倒して、次の大きな戦いは結婚に向けてのものだと、そう心から信じて。

 

 なのはがヴィヴィオと深い絆を結んでいた頃、光太郎とエリオはベッドに腰掛けたまま無言で見つめ合っていた。明日に迫った決戦を前に、エリオにはどうしても光太郎へ言っておかねばならない事があったのだ。

 

「光太郎さん、聞きたい事があります」

「何だい?」

「この戦いが終わったら、光太郎さんはまた旅に出るんですよね? 平和を守るための旅に」

 

 エリオの言葉に光太郎は無言で頷く。それに彼は表情を微かに悲しみに変えるも、それでもすぐにそれを消して真剣な眼差しで告げた。

 

―――だから、約束して欲しいんです。また僕やキャロに、フェイトさんに会いに来るって。

 

 それに光太郎は即答が出来なかった。ここへ来れた理由を考えれば、もうこの世界へ来る事は出来ないだろうと思ったのだ。しかし、エリオの眼差しが彼へ問いかける。どうして返事をしてくれないのかと。

 エリオもそれを絶対に叶えて欲しいとまで言わない。ただ光太郎の気持ちが聞きたかったのだ。自分達との別れを良しとせず、いつか再会を果たしたいと考えてくれるのか否かを。そんなエリオの考えを感じ取ったのか光太郎は一度息を吐くと笑顔で答えた。

 

―――分かった。約束するよ。必ずまた君達に会いに来る。いつになるか分からないけど、絶対に……

 

 その言葉にエリオが一瞬驚きを浮かべると瞳を潤ませて頷いた。自分が言って欲しかった言葉。それを光太郎が言ってくれた事に感極まったのだ。そんな彼の頭へ光太郎は優しく手を置いて笑う。

 

「こら、男の子がこんな事で泣いちゃ駄目だぞ」

「な、泣いてません」

 

 そうやや恥ずかしそうに返し、エリオはその手の温もりを忘れまいと思う。そんな風に二人が兄弟みたいな時間を過ごしているように、フェイトもキャロとまるで姉妹か母娘みたいに寄り添って話していた。

 

「明日で全てが終わるんですね」

「そうだね。邪眼を倒してもう怪人も生まれなくなるから」

 

 笑顔のキャロにフェイトも笑みを返す。だが、その雰囲気がどこか暗い事にキャロは気付いた。何か悲しい事を堪えている。そう、それは以前海鳴への出張任務で見せた顔にそっくりだったのだ。

 光太郎と別行動になった事を悲しんだフェイト。それと同じ表情を今の彼女はしていた。キャロはそれからある事に思い当たる。それは、この戦いが終われば仮面ライダー達は必要なくなる事。つまり光太郎はすぐにでも旅立ってしまうかもしれないという事に。

 

(そっか。だからフェイトさんは悲しそうなんだ……)

 

 本当の理由を知らないキャロだったが、悲しみの大本は察する事が出来た。故にフェイトの手を掴み、ある仕草を伴って力強く告げる。

 

「大丈夫です!」

「え……?」

「光太郎さん達は勝手にいなくなったりしないですから。絶対、私達に一言ぐらい言ってくれるはずです」

「キャロ……」

 

 自分の悲しみを感じ取ったのだろうと思い、フェイトは嬉しくなって微笑みを浮かべる。その言葉がどこか自分の考えている別れに一筋の希望を与えてくれたように思え、キャロの髪を優しく手櫛で梳いた。

 それをくすぐったく思いながらもキャロは嬉しそうに笑う。その光景を見てフェイトは小さく微笑んである疑問を浮かべた。今の自分達は母娘のように見えるのだろうか。それとも姉妹のように見えるのだろうか、と。

 

 その答えを自分で出して彼女は笑みを深くする。どちらでも間違っていない。時に母娘で時に姉妹。そんな関係が自分達を言い表しているのだと結論付けたのだ。

 

「実は、今日スバルさん達とお話してたんです。この戦いが終わった後、みんなでキャンプとかに行きたいねって」

「それはいいね。みんなで、か……」

「はい。光太郎さん達だけじゃなくて、ジェイルさん達も一緒に」

 

 キャロの言葉にフェイトは一瞬だけ驚きを見せるもすぐに微笑みを浮かべて頷いた。彼女もジェイルの事をそこまで憎く思う事はなくなっていたのだ。少なくても以前のように恨んでいたりはしない。特にシャーリーから聞いている事が大きかった。

 ジェイルの仕事振りや性格などを一番身近で見聞きしているシャーリー。その報告はフェイトの信頼出来る情報だ。ただある時を境に、そこへ個人的な感想が混じる割合が増えたように感じてはいたが生憎彼女はその理由までは気付けなかった。

 

 そんな事を思い返してフェイトはふと考える。ジェイルがいなければ、もしかすると自分は生まれていなかったかもしれないと。皮肉な話だが彼の基礎研究があったからこそ彼女は生まれ、そして怪人や邪眼が生まれてしまったのだ。

 やはり悪いのはジェイルだけではなくその技術を使う者にもある。特に命を気軽に扱うような技術はあってはならないと、そう結論を出してフェイトは内心で呟く。

 

―――私も戦い続けよう。忌まわしき技術で生まれたからこそ、もう二度とそんな技術を使わせないために……。

 

 

 

 月明かりの下、翔一は隊舎前に呼び出されていた。相手は言うまでもなく妹分のはやて。大事な話があると言われ、彼は何だろうと思いながらやってきたのだ。だが、その手には夜は冷えるからと用意してきたホットココアがある。

 それを翔一ははやてへ渡した。その温かさに少しだけ彼女が微笑む。その笑みに彼も嬉しそうに笑みを返しその隣へ自然に立った。そこが翔一の自然な立ち位置となったのはいつだろう。そんな事を思いながらはやては時間の流れを感じていた。

 

「な、翔にぃ」

「何?」

「もう、出会ってから十年以上経つんやね」

「そうだね。でも、俺が途中抜けてるから実質は半分ぐらいだけど」

 

 気にするでもなく明るく翔一はそう言ってホットココアを口にした。その熱さに少し顔をしかめるが、即座にはやてへ熱いから飲む時は気をつけてと言うのを忘れない。そんな翔一にはやては相変わらずだと思って笑みを零す。

 だが、その表情が少しだけ寂しそうに曇った。それを出来るだけ気取られないように彼女は翔一から若干顔を背けた。そしてそのままこう切り出した。本題を話すと。それに翔一が不思議そうな表情をはやてへ向けた。

 

「それはいいんだけど、一体どんな話? 邪眼関係じゃないんだよね?」

「そや。これはわたしの個人的な話やから」

 

 はやてのその言葉に翔一が増々分からないという顔をする。それに顔を背けているはやてが気付くはずもない。だが、意を決して振り向き翔一へはやては告げた。

 

―――前も言うたよね? わたしが結婚する時は翔にぃとバージンロードを歩きたいって。

 

 その言葉に翔一は息を呑んだ。はやてが自分へ何を言いたいかに気付いたからだ。それは父親が受け持つ役割であり、両親の亡くなったはやてからすれば兄へ代役を頼む事。つまり彼女が結婚する際、翔一に新郎の隣までのエスコートをお願いしたいという事だ。

 しかし、翔一はその意味を理解した。はやてが自分と永遠に別れるつもりはないと言ってくれたと。だから、翔一は戸惑いながらも真剣に考える。自分はおそらく邪眼を倒せば元の世界に戻る事になる可能性が高い。それでもはやてが告げた言葉へ真摯に答えなければと思って。

 

(はやてちゃんの気持ちは真剣だ。俺はそれにきちんと向き合わないと……)

 

 いなくなるだろう自分へ大仕事を頼んできた。その気持ちをちゃんと受け止めるために翔一は悩んだ。本音を言えばここへまた来れると彼は思っていなかった。それを正直に伝えるべきかを。はやての心に少なからず傷を作るのではないかとの思いが翔一の中に生まれる。それでも嘘を言う事も出来ない。そこまで考え、翔一は実に単純な結論に達した。

 

「はやてちゃん、ありがとう。俺、凄く嬉しいよ。こうやってはやてちゃんのお兄さんとして扱ってもらえて」

「翔にぃ……」

「でも、俺は今までここに残れるって思ってもいなかった。だからはやてちゃんのお願いへ簡単に頷く事は出来ない」

「そう……やろな」

 

 はやてはどこかで予想していた。翔一は素直だ。きっと一度別の世界へ飛ばされた時から邪眼を倒したら帰還する事と思っていたのだろうと。だからそこまで衝撃はない。だが、俯いて落胆した。再会の約束はしてもらえないのだから当然と言える。

 しかし、そんな彼女にへ翔一はゆっくりと近付いてその肩に手を置いた。それにはやてが顔を上げる。翔一はいつもの優しい笑みを浮かべていた。

 

「でも、今からはやてちゃんの兄としてちゃんと戻ってくる事を意識するよ。それに……結婚式はもう少し先だよね?」

「えっ……それって……」

「うん。俺、絶対ここへ戻ってくるからさ。必ず、妹の結婚式へ出席出来るように」

 

 それが再会の約束だと理解した瞬間、はやては溢れる涙もそのままに笑顔で彼へ頷いてみせた。翔一はそれに笑顔を返し、その流れる涙を拭き取ろうとポケットを探る。しかし中々出てこないのか不思議そうにポケットを探り続けた。

 それを見てはやてがいつもの翔一だと内心笑うも、その表情はやや拗ねたようにこういう時ぐらいしっかり兄らしく決めて欲しいと文句を言うのは当然の流れだ。それに彼が申し訳なさそうな顔でやっと取り出したハンカチを差し出した。

 

「もう! 相変わらずやな、翔にぃは」

「ごめん。次から気をつけるから」

 

 差し出されたハンカチを受け取りながらはやてがそう言うと翔一は申し訳なさそうに手を合わせて謝る。それに彼女は呆れたようでどこか楽しそうな笑みを浮かべた。その様子を離れた場所で隠れるように見ていた者がいた。

 

「……翔一さんとはやてさん、仲良しだな、やっぱ」

 

 ティアナは眼前の光景を見て誰にでもなくそう微笑むように呟いてから寂しそうな顔へ変わる。スバルがギンガと共に相談したい事があると申し出たので、彼女はギンガが使っていた部屋を今夜は使う事になっていた。しかし緊張や普段と違う部屋のためか中々寝付けず、宿舎を出て軽く気分転換に散歩しようと外へ出た矢先に前の方を歩く翔一を見かけたのだ。

 声を掛けようとしたのだが、その先に彼を待っているであろうはやてが見えたため、気になった彼女は悪いと思いつつも物陰に隠れて一部始終を見てしまった。ただ、距離が開いているために会話までは聞こえなかったのだ。しかし、様子だけを見れば二人が仲を深めたようにしか見えないため、ティアナは二人が兄妹仲を確かめ合ったと捉えた。

 

(お兄ちゃん、どうしてるのかな? 心配、してるよね。六課が明日ゆりかごへ向かうのを分からないはずないもの)

 

 寂しさの理由はそこ。二人を見てしばらく会っていないティーダの事を思い出したのだ。連絡を取ろうとも思ったのだが、彼は忙しい執務官なので彼女は結局通信出来なかった。いや、しなかったのだ。すれば弱音を吐いてしまうそうだったために。なのでティーダからの連絡を待ったのだがそちらは一切なかったのだが、その理由に彼女はふと思い当る事があった。

 

「そっか……アタシが出来なかったようにお兄ちゃんも出来なかったんだわ」

 

 次元世界の命運を賭けた決戦前夜。つまり、その心境を想像してティーダは敢えて連絡をしなかったのだ。すれば妹の気持ちを乱してしまうかもしれないと考えて。そうティアナは結論を出して小さく苦笑する。するとそんな彼女へクロスミラージュからサウンドメールを受信したと告げられた。

 

「サウンドメール? 一体誰よ?」

”お兄様です”

「……お兄ちゃん、か。クロスミラージュ、再生よろしく」

”かしこまりました”

 

 微かな間の後聞こえ出すティーダの声。それは正直緊張しているものだった。ティアナを励まそうとしているのだが、どう聞いても逆に不安になるような言い方や内容。それに彼女は最初こそ苦笑していたのだが、段々と無言になっていく。

 気が付けばその目元には涙が浮かんでいた。ティーダの不器用だが一生懸命に励まそうとしている様子を想像し、ティアナは胸が一杯になっていくのを感じていた。幼い頃から自分を育ててくれた親代わりの兄。その思い出が彼女の中へ溢れ出す。

 

―――もう、何よ。聞いてるだけでイライラしてくるじゃない……

 

 泣き笑いの顔でそう呟くティアナ。その声は泣いているせいか掠れている。しかも最後には容量限界を忘れていたのか中途半端なところで終わったのだ。その瞬間、ティアナは思わず吹き出した。知らず抱えていただろう色々なものをそれと共に吐き出したのを感じながら。

 

「……あー、笑ったわ。クロスミラージュ、アタシもお返しにメール送るわ。文句の一つでも言ってやんないと」

”文章だけにしておきますか?”

「ううん、音せ―――やっぱそうして。後、口頭筆記よろしく」

”かしこまりました”

 

 兄と同じ事になりかねないと思ったのかティアナはそう告げて返信内容を文章だけにした。その内容はメールの酷さへの文句と不満。そして一言だけの感謝。それを送り返し、ティアナは大きく背伸びした。これでぐっすり寝れそうだと強く確信して。

 

 そこで彼女はふと視線を動かす。まだはやてと翔一が話しているのを確認しティアナは小さく告げた。

 

「ありがとうございます翔一さん、はやてさん。二人のおかげでアタシもお兄ちゃんと繋がってたって分かりました」

 

 そう言って彼女は宿舎へと向かって歩き出す。明日に控えた最終決戦。それに対する不安などを微塵も感じない背中がそこにはあった。

 

 

 

「明日はここには襲撃はないと思うが、一応気をつけてくれ」

「はい。アインさんがいるので大丈夫ですし、ゼスト隊の方々も来て下さるので安心です」

 

 宿舎内にあるはやて達八神家の部屋。そこでイクスはシグナムの言葉に笑顔でそう返した。今、ここにははやてと翔一を除く八神家が全員勢揃いしている。つまりザフィーラは狼状態だ。

 

「そうだ。それに万が一怪人の生き残りなどが来ても、イクスとヴィヴィオは私が守り切るから心配するな」

「お姉ちゃん、頼もしいです」

「でも、無理は程々にね」

 

 ツヴァイの言葉に頷きながらもシャマルが軽い注意をする。ゆりかごを起動出来る手段を得た邪眼。それがもうヴィヴィオやイクスへ執着する事はないとは彼女も思っている。だが念には念をとの気持ちがシャマル以外にもあった。

 

「シャマルの言う通りだ。今日の事を忘れるな」

「それはそうだが……」

「これぐらいにしよーぜ。あたしらは邪眼共を倒して、アインはゼスト隊と一緒にイクス達と六課を守る。それだけでいいじゃねえか」

 

 これ以上は変な雰囲気になりそうだと思ったヴィータが告げた言葉に誰もが理解を示し苦笑した。単純明快だからこそ、それが一番分かり易いと思って。そこからはある事について話し合う。それは、今ここにいない二人の事だ。

 翔一を呼び出している事は全員が知っている。それがどういう事かを知っているから上手くいって欲しいと思っているのだ。しかし翔一の事を知る守護騎士達は不安が尽きないのもまた事実。

 

 一番の敵は天然さだとシグナムが言えば、それにシャマルとリインが同意する。ヴィータは翔一が素直故に全てをありのまま受け止めている事を不安として告げ、ザフィーラがそれはありそうだと同調した。

 しかし、ツヴァイがそんな五人へ不思議そうにこう呟いた。例え何があっても翔一は自分達の家族ではないのかと。それにイクスを除く全員が固まった。イクスは急に押し黙った五人を見てクスクスと笑い出す。

 

―――リインの言う通りかと思います。一番新参の私が言えた事ではないですが、八神家は何よりも心の繋がりで家族となるのですから。

 

 その正論に誰もが恥ずかしそうな表情を見せる。ツヴァイはイクスと共に微笑み合っていた。八神家の末っ子であるツヴァイとイクス。それ故二人は一番八神家の愛情と絆を知っている。

 時に母であり姉でもあるはやてと父であり兄である翔一。姉的立場だが時に失態を見せて周囲を和ませるシャマルと、男性顔負けの頼もしさを持つが反面やや不器用なシグナム。妹的立場と姉的立場を切り替えられるヴィータに、寡黙だがしっかりしているザフィーラ。そして誰に対しても慈愛を見せるリイン。その五人から様々な事を教えてもらい、また与えられてきたのだ。

 

「そうだな。お前達の言う通りだ。さて、ではそろそろ寝る準備をしなさい」

「はいです」

「分かりました」

 

 リインの言葉に明るく返事をして二人は揃って洗面所へと向かっていく。その背を見送りながらシャマルが小さく微笑んだ。

 

「アインもすっかりお姉さんが板についたわね」

「ああ。見事なものだ」

「これぐらい誰にでも出来るようになる。まぁ、確かに多少の慣れはあるだろうがな」

 

 リインはそう笑みと共に返して二人の後を追う。その少し後に聞こえてきたリインのツヴァイへの軽い注意。それにやや拗ねたように反論する彼女と苦笑するイクスの声にシグナム達は家族らしさを感じて小さく笑った。まだ八神家となって日が浅いイクスもちゃんと家族になっている事を改めて実感しながら。

 

 そんな八神家とは違い、静かに過ごしている家族もいる。明かりを落として真っ暗な室内に聞こえる呼吸音。しかし、それは寝息ではない。ここはスバルとティアナの部屋。つまり今夜ここにいるのはナカジマ姉妹だ。

 

「……ギン姉、まだ起きてる?」

「……どうしたの?」

 

 ティアナへは相談があると言ったスバルだったが実際は違った。珍しくスバルがギンガへ甘えたくなったのだ。今夜は一緒に寝て欲しいとそう思って。それにギンガは快く了承し現状へと至る。しかも二人はスバルが寝ている二段ベッドの上段で揃って横になっていて、尚且つその手は繋がれていた。

 スバルがそうして欲しいと言い出したからなのだが、ギンガはそこから彼女が不安になっていると気付いている。その理由さえも既に把握済みで、自分の事ではなく明日六課を守る母親の事だと踏んでいたのだから。

 

「明日、母さんはここを守ってくれるんだよね」

「そうよ。通信でも凄い意気込んでたじゃない。六課の心配はせずに、邪眼を思いきり叩きのめして来なさいって」

 

 やはりかと思いつつギンガは明るい口調でそう返した。そう、最終決戦を控えていたためか寝る前にクイントはゲンヤと共に通信を入れてきたのだ。それは想像も出来ない厳しい戦場へ行く娘達を励ますために。そして少しでもその緊張を和らげるためにだと彼女達は悟った。だから二人も笑顔で絶対に無事に帰ってくると言い切ったのだから。

 

「でも、残った怪人が全部ここへ来たら……」

「スバル……」

 

 その言葉でギンガは妹の抱いていた不安を確信した。スバルはずっとそれだけが頭に渦巻いていたのだ。今日の戦いで残った怪人は少ない。だが、その能力はどれも厄介だった事を彼女は聞いている。

 それが本当に自分達へ向かってくるのならまだマシだ。何せ彼女達は何度も怪人戦は経験しているし、なのは達隊長陣も共に戦える状態なら負けはないと思えるのだから。しかし、隊舎を守るゼスト隊はそうはいかない。リインが残っているとはいえ六課に残された戦力はそれだけなのだ。

 

 怪人が三体もいれば制圧されかねない程度の戦力。スバルはそれ故に不安だった。光太郎の予想により、怪人達は邪眼に忠誠を誓っているため隊舎を襲撃するよりもその護衛に回るはずと判断された。それでもスバルは不安が消えないのだ。

 

 それを感じ取ったギンガは小さくため息を吐くとその体を軽く抱きしめる。その温もりにスバルは抑えていた何かが込み上げそうになっていた。細かに震える体。それを包み込むようにギンガの優しい声がその耳へ響く。

 

「スバルは嫌なのね。自分が母さん達と一緒に戦えない事や六課のみんなを守れない事が」

「……そう、なんだと思う」

 

 その時、スバルは気付いた。ギンガの体も微かに震えている事に。思わず顔を上げるスバルが見たのは、初めて見るようなギンガの顔だった。

 

「私だって同じ気持ちよ。でも、だからって母さん達に加勢する訳にはいかない。邪眼を倒さない限り、この戦いは終わらないんだから」

「ギン姉……」

「明日が怖いのはみんな一緒。だから一生懸命戦うの。それに、母さん達を助けるには私達が少しでも早く邪眼を倒す事。……違う?」

 

 ギンガの問いかけにスバルは肯定するために静かに首を振る。その目がもう不安を振り払ったと告げていた。それにギンガは嬉しそうに頷き返す。二人共に震えはもう治まっていた。だが、その手が離れる事はない。まるでそれが姉妹の絆を意味しているように強く結ばれている。

 

―――ありがとギン姉。明日、頑張ろうね。

―――ええ、それとありがとうは私もよ。おやすみスバル。

―――……おやすみ、ギン姉。

 

 微笑み合って目を閉じる二人。そしてあまり時間もかからず眠りへ落ちた。その見る夢が同じなのか彼女達は揃って笑みを浮かべる。繋がれた手が二人の夢と心を結び、笑顔を作り出す。明日の戦いを生き残れるようにと……。

 

 

 

「え? それ、どういう事だよ」

「だから、この戦いが終わったら、お前にはシグナムさんの手助けをして欲しいんだよ」

 

 真司の言葉にアギトは言葉がない。ロードと決めた彼からの最後の頼みと言う切り出し方で始まった内容は要約すればそういう事だった。邪眼を倒した後は自分ではなくシグナムをロードとして生きてくれ。それを理解しアギトは複雑な気持ちを真司へぶつけた。

 何故なのかと。真司の世界の事を少しでも聞いたアギトとしては当然この戦いが終わった後はその手助けをするつもりだった。しかし、真司はその彼女の気持ちは嬉しいと言った上でこう告げた。

 

―――俺の世界の戦いは、俺の世界の人の手で終わらせなきゃ駄目なんだ。

 

 それに込められた覚悟が分からぬアギトではない。それは仮面ライダーとしての言葉。その名が人を影ながら守り続けてきた存在だったと知ったからこその宣言だと。だからアギトは何も言えなくなる。真司は優しくお調子者だ。だが、その心が一度決まったらもう動かない事も知っている。

 故に気付いたのだ。もう自分では真司の心を動かす事が出来ない事を。ロードとして認めた真司。だからこそ、その気持ちを尊重したい。アギトはそう決意して流れる涙を拭い告げる。

 

「……分かった。でも、まだアタシのロードは真司だかんな!」

「ああ、分かってるって。だからさ、明日は頼りにさせてもらうからな!」

「おう、任せろ!」

 

 笑顔を向け合う二人。烈火の炎が結んだ絆。それを明日は遺憾なく発揮する。そう誓い合い、アギトは真司へ尋ねた。ユニゾンはいつ使うのかと。それに真司はやや悩んだ。邪眼次第だが、下手をすると最初からそこまでしないといけない可能性もあると考えて。

 故に出したのはその時次第だという答えだった。それにアギトが神妙な表情で頷いた。シャドームーンと同じ姿になったのが本体だとすると、残りも同じような姿をとる可能性がある事に気付いたのだ。となれば今までとは違った動きや力を発揮する。それは完全に出たとこ勝負になる要素が大きい。

 

 しかも、邪眼が一番データを得ているのは龍騎。だからこそ一番邪眼が倒し易いと考えるのは真司だと予想出来る。アギトはそう結論付けて最後の確認をした。今まで以上に手強くなるだろう相手への手立てはあるのかと。

 それに真司はしっかり頷き、自分を信じて欲しいと笑顔で告げる。ジェイルからそのための切り札をもらったと力強く言い切って。その頼もしさにアギトも笑みを返す。そして彼女は明日に備えてもう寝ると告げてトーレ達の部屋に戻って行った。それをしばらく見送って、真司はある事を思い出していた。

 

(もしかしたら、邪眼の奴は……)

 

 頭に浮かぶある予想。それが何故かずっと頭を離れないのだ。彼のデータが一番邪眼に収集されている事から想像した推測。もしそれが合っているとしたら、邪眼が何故ライダーのデータを得ようとしていたのかが納得出来るのだから。

 だが、どこかでその予想が外れて欲しいと彼は思っている。それが当たれば自分が一番恐れている状況になるからだ。だが、それでも戦う事を止めたりはしない。そう真司は自分へ言い聞かせるように呟く。

 

―――明日で全部終わらせてやる……

 

 これまで見てきた悪夢を終わらせるためにも絶対負けられない。そう強く決意して彼もベッドへと向かう。その頃、休憩室で五代とジェイルが話していた。消灯時間も迫っており、普通ならばゆっくり話していられないのだがこの二人は違った。

 

「榎田さん、ねぇ」

「はい。きっとジェイルさんと話が合うと思いますよ」

 

 五代の告げた名前を復唱してジェイルは腕を組んだ。ここに彼らがいる理由は実は同じようなものだった。ジェイルは色々と思う事があって寝れなかったため、少し気分展開に飲み物でもとここへ来た。すると五代が先に休憩室にいたのだ。そこで彼はジェイルの話を聞いて「そうなりますよね」と嬉しそうに笑ったのだから。

 

「私としてはむしろクウガやゴウラムを生み出した古代の方に興味があるね。えっと、そっちに詳しいのはさく……?」

「桜子さんです。沢渡桜子。俺の大っ…………切な、仲間の一人です!」

 

 ジェイルはそんな五代の言葉に苦笑。今、彼は平行世界への手がかりにでもなればと思って五代の世界の話を聞いていた。未確認の事ではなくクウガやゴウラムなどの事を中心に。そこで五代が嬉しそうに話したのがクウガの戦いを支えた者達との話だ。

 ジェイルはその話を聞いて、五代が以前も六課のような存在と共に戦っていた事を知り納得していた。何故五代がここまで六課の中心にいるのか。未確認対策本部の者達のように、知らず誰もが五代を支えようとしていたのかもしれないと、そう結論付けたのだ。

 

「そうか。で、その桜子さんならある程度はクウガの事を知っているんだね?」

「はい。もしかすると今は碑文の解読も終わってるかもしれないし、もっと色々分かってるかもしれないです」

「ふむ……例えば?」

「そうですねぇ……実はゴウラムがみんなに聞こえるように話す事が出来るとか」

「アクロバッターじゃないんだよ? まぁ、確かにそうなっても不思議はないから笑えないんだが」

 

 五代の言葉にジェイルは苦笑気味に言葉を返す。バトルジャケットやAMFCにかかりきりで調べる事は叶わなかったが、彼からすればライダーマシンも調べてみたかったのだ。だがその時間が確保出来るはずもなく、精々がシャーリーがビートチェイサーを改造する際に得たデータぐらい。

 それでもかなり興味深い物ではあったのだが、それをジェイルが五代に話したために余計榎田と話が合うと思われた。特に榎田とジェイルは似ている部分があると五代は感じていたのだ。仕事に集中するとすぐに周りを気にしなくなるのがその一番の原因。

 

「ですよね。いっそゴウラムが何て言ってるかを分析してもらえたらなぁ」

「アクロバッターが通訳をすれば不可能じゃないね。もっとも、それはかなり面倒な作業になりそうだ」

「あ~、俺が聞いた声を文字に起こしてアクロバッターの翻訳を聞いて、ですもんね」

「一覧表を作るのに最低でも半年は見た方がいいだろうが、仮に出来ても意味がないように感じるのは私だけかな?」

「あ、気付きました? 実は俺も別にそこまでしなくてもいいような気がしてました」

 

 そこで二人は揃って笑い出した。そんな和やかな雰囲気だが話が切れるタイミングというのは必ずやってくる。そこでジェイルは五代に聞いてみたい事があった事を思い出し、尋ねる事にした。

 

―――ところで、君は元居た世界とこの世界とが行き来出来る手段があるとしたらどうする?

 

 それに五代は軽い驚きを見せる。だが、すぐに真剣な表情で考え込み始めた。ジェイルはその間、何も言わずにそれを見つめた。五代は彼の告げた言葉の意味を噛み締めるように考えていた。もしそれが本当にあるのなら純粋に嬉しい。だが、とも思うのだ。

 それが制御出来るものではなく自分のように突発的にしか出来ないものだとすれば問題だ。それに仮に制御出来るとしてもいつ問題を起こすか分からない。五代は様々な可能性を考えて自分の答えを出して頷いた。

 

「答えは出たみたいだね」

「はい。俺は……簡単にそれを使って欲しくないですね」

「簡単に? どういう意味か、もし良ければ理由を聞かせて欲しい」

「……俺、こう考えたんです。確かになのはちゃん達をおやっさん達に会わせてあげたいし、榎田さんとジェイルさんがみんなの笑顔に繋がるような物を作ってくれるとかありそうだと思ったんですよ。きっとすごい楽しくて嬉しい事が一杯ある。でも、それってホントにいい事だけなのかなって」

 

 五代は自分がどうしてここへ来たのかを思い出して語った。神のような存在が導いた。だとすれば、それは本当ならあってはいけない出来事ではないのかと。交わるはずのない者達が出会う事は、本来ならば有り得ない事。つまり奇跡。それを人為的に成し遂げようとすれば、どんな恐ろしい事が起きるか分からない。そう告げて、五代はこう締め括る。

 

―――でも、安全に出来ないとかなんて思わないし、ジェイルさん達ならそれをやってくれる気がします。だから、俺、信じて待ってます!

―――ハハッ、真司も大概だが君もかなりだね。分かった。君達が心配する事が起きないレベルになるまで安易に使わないと約束するよ。

 

 五代の笑顔でのサムズアップを見て、ジェイルは少し呆れながらも嬉しそうにそう返した。その手はサムズアップを形作っている。五代もそれに頷くようにサムズアップを少しだけ前に押し出した。ジェイルもそれに苦笑して頷く。

 そして互いに立ち上がり部屋へ戻るために動き出す。歩きながら軽く明日の事を話す二人。ジェイルが勝利を願っておくと告げると、五代は嬉しそうにありがとうございますと返す。そんな風に夜は過ぎる。その翌朝、彼らを待っていたのはミッド上空を浮遊する巨大な存在を映し出すモニターだった。

 

 

 

 広い空間。そこにただ一つ玉座のような物がある。そこに一人の女性が座っていた。ヴィヴィオと同じ髪の色で同じ瞳。だが、背丈が違う。成人女性と呼んでもおかしくない身長だったのだ。女性は自身の前に立つ存在へ楽しそうに告げる。

 

「パパ、いつでも攻撃開始出来るよ」

「そうか。ならば、いいと言うまで待機しろ。もうすぐここへ来るだろう客人に備えねばならんからな」

「うん」

 

 笑みさえ浮かべて女性は頷く。それを聞きながら邪眼は通信を行うためにモニターを出現させた。それはウーノのISと同じ能力。モニターに映るは五つの存在。形だけならば仮面ライダーに見えるそれらは、全て邪眼の分身だ。

 しかし内四体は究極体でさえない。一体だけ究極体がそこには映っている。邪眼はそれを見て小さく頷くと告げた。仮面ライダーと全ての人間に絶望を与える時が来たと。それに五体が揃って頷くとこう返した。

 

―――全ては創世王になるために……。



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邪眼の大逆襲! ライダーVSライダー!?

お約束の展開。だからこそ否応なく盛り上がります。ヒーローが一番苦戦するのはやはり己の能力+αを持つ相手ですし。


 ベルカ自治区にあるジェイルラボ。そこを目指して走るのはライドロンとアクロバッターだ。ライドロンにはがディエチと共に乗り込み、アクロバッターは龍騎が駆ってその後ろにはセインが乗っている。そして二台を追走するように残るヴァルキリーズが走っていた。

 一方ゆりかごへはクウガとアギトを伴ったなのは達が向かっている。スライダーモードのマシントルネイダーにアギトが乗り、ゴウラムを伴ってスバルとギンガが展開したウイングロードをクウガの乗るビートチェイサーが駆け上がっていた。ティアナ達はヘリでゆりかごまで接近している。

 

 六課の目的はラボの奪還とゆりかごの停止。故に陸と空に別れる形にはなったものの、最後には決戦場となるゆりかごで合流する事になっている。邪眼の本体は必ずそこにいると考えられていたからだ。隊長陣のリミッターも既に解除されていて、文字通り全力での戦いとなろうとしていた。

 

 だが、なのは達がある程度ラボやゆりかごへ接近した途端、両拠点からトイ達が出現する。それを迎撃しながら進む六課の面々だったが、そこへ思わぬ助けが現れた。それは管理局員達と修道騎士達だ。六課を援護するように空戦魔導師達がゆりかごの周囲に展開するトイを迎撃し、修道騎士達がジェイルラボへの道を切り開いていく。

 邪眼の告げた次元世界征服を阻止するために誰もがその力を振るっていた。その裏には、ゆりかご起動を受けたレジアスとカリムの二人による共同宣言がある。ライダーや六課だけに戦わせはしないとの想いが彼らを突き動かしていたのだ。

 

―――この次元世界に生きる全ての者の自由と平和のために、人として総力を挙げて戦おう。

 

 邪眼の恐怖に飲まれていた者達へ二人は告げた。人として気高く生きるか、邪眼の僕として屍のように生きるか。それを選んで欲しいと。無理強いはしない。ただ、戦うのは何も武器を手に取るだけではない。自分達の勝利を願い、祈るだけでも立派な戦いなのだからと。

 更にそこへ、グレアムが本局を代表して地上本部との共同戦線を張ると告げると大きな驚きが局員達に走った。邪眼に対抗するには管轄などを超越し、全ての局員が力を合わせて立ち向かわねばならないと彼は言い切るとこう締め括ったのだ。

 

———自分達が何故局員になろうと思ったのか。何を守りたいと願い、誰を助けたいと考えたかを思い出して欲しい。

 

 それによって動いた多くの者が道を切り開く中、六課の者達はそれぞれの戦場へと向かっていく。自分達を支えてくれる者達の思い。それを背中に受けながら……。

 

 

「ここが……」

「うん、あたし達の家だよ」

 

 ライドロンを入口前に止め、RXはその中を見つめた。ディエチは色々と思う事があるのかやや強張った表情を浮かべている。あの日、邪眼に乗っ取られた思い出の詰まった家。そこを遂に取り戻す日が来たのだと、そう強く思ったからだ。

 その隣ではアクロバッターを止め、龍騎がセインと共に同じ気持ちを抱いていた。やはり思い出すのはあの脱出戦。逃げ出す事しか出来なかったあの日。それから半年近くが経過しようとしていた。だが、もう今の自分達はあの時とは違う。そう思い、二人は静かに拳を握る。

 

「いよいよだね」

「ああ。今日、俺達はここを取り戻す」

 

 ラボ付近に展開しているトイやマリアージュはシャッハを始めとする修道騎士達が相手をしてくれている。それでも苦戦を強いられているのは間違いないため、RXはライドロンとアクロバッターをそちらの援護へ回す事にしていた。既にシャッハへはウーノが連絡しているので混乱もない。

 ここからは自分達の足で歩くだけだ。そんな事をRXが考えているとそこへ残るヴァリキリーズが集合した。更にアギトも龍騎の肩へ乗り、ラボ奪回の戦力は揃った。全員が全員ラボの入り口を真剣な面持ちで見つめている。その様子にRXは小さく頷き語りかけた。

 

「みんな、これを最後の戦いにしよう。決して気を抜かないでくれ」

「絶対にみんな揃って邪眼を倒して、それで終わりにするんだからな」

 

 龍騎がそう言うと全員が無言で力強く頷く。それにRXと龍騎も頷き返しラボの中へと足を踏み入れる。それと同時にライドロンとアクロバッターがそこから離れ、シャッハ達が戦っている場所へ向かって走り出した。

 その音を聞きながらRX達は急ぐ。邪眼がここに何体いるかは分からない。しかし、最低でも一体はいると考えられていた。もし一体だった場合はヴァルキリーズにその相手を任せ、RXと龍騎はゆりかごへ向かう事にしていた。

 

 RXと龍騎を先頭に走るヴァルキリーズ。アギトは龍騎の横を飛んでいる。やがてその足が広い空間に出たところで止まった。そこは、かつて食堂だった場所。一家団欒の象徴であり、幾多の思い出渦巻く懐かしい空間。だが、そこにはテーブルも椅子も無かった。

 完全な大広間。そんな印象しか与えない場所へと変貌していたのだ。RXとアギトはその変化を知らない。だが、龍騎達は皆揃ってその変化に気付き、悲しみと怒りを抱いていた。その思いを込めた視線をそこにいる存在へ向けて。

 

「邪眼……」

「ふむ、龍騎がこちらに来るのは予想通りだったが世紀王もこちらとはな。まぁいい。ここで二人揃って死ぬがいいわ」

 

 究極体となった邪眼がそこにはいた。その言葉に構えるRXと龍騎。だが、そんな二人の前に出るようにヴァルキリーズが歩み出た。

 

「RX、ここは私達に任せてくれるかしら」

「他にも邪眼がいるかもしれないし、ラボを自爆させられたら大変でしょ」

「ここは私達が引き受けた。まずはラボの安全を取り返してくれ」

 

 ウーノの言葉を引き継ぐようにドゥーエとトーレがそう告げる。それにRXは頷き、即座に走り出した。制御を取り返すには自身の力が一番だと理解したからだ。だが、龍騎はそこに残ったままだった。彼も頭では分かっている。自分もRXと共に行くべきだと。しかし、邪眼の姿が今までと違う事などを考えると不安なのだ。

 

「シンちゃん、心配しないの。私達は大丈夫よ」

「姉妹全員揃っていれば何も恐れる物は無い」

「そういう事。だから行って。真司兄」

 

 クアットロとチンクの言葉が龍騎を優しく促す。そしてセインの言葉に背中を押されるように彼は頷いて走り出した。その後を追うようにアギトも動くが、それを狙って邪眼が電撃を放った。しかし、それは無駄に終わる。ブーメランブレードがそれを受け止めたからだ。

 

「アギトにも、兄上にも手出しはさせん」

「お前が不意打ちをするなんて予想済みだ」

「そういうこった。それに、お前の相手はアタシらだ!」

 

 セッテは静かに怒りを込めた声を邪眼へ放ち、オットーも珍しく声に怒りを乗せている。ノーヴェが拳を合わせるように構え、そう啖呵を切ると隣にいたディエチがイノーメスカノンを構えてそれに続いた。

 

「ここであたし達を倒さない限り、真司兄さん達を止める事は出来ないから!」

「ま、そんな事は絶対ないッスけどね!」

「私達の家を、思い出を……返してもらいます!」

 

 ウェンディとディードがそう告げると、ヴァルキリーズは揃って身構える。視線は鋭く邪眼を睨み、決して恐れているような風には見えない。それを見て邪眼は小馬鹿にするように笑うと、その手から電撃を薙ぎ払うように放った。

 それをオットーが即座にレイストームで相殺したのを合図にトーレ達前衛組が動き出す。ウーノは念のために周囲を索敵し、怪人などの奇襲への警戒を強める。クアットロはISを使って前線を援護しながら動き回り、ドゥーエはウーノへ放たれる電撃を警戒して護衛をしつつ、邪眼の隙を窺っていた。

 

 チンクは中衛として援護や支援、或いは前線へと切り替える事で如何なく姉としての実力を発揮し、ディエチは的確な射撃を与える事で後衛としての役目を果たす。オットーは司令塔の役目を行いつつも中衛として援護もこなす動きを見せ、ウェンディはISを使っての撹乱と援護を集中的にこなしていた。

 

 トーレはセッテと見事な連携を見せて邪眼と戦い、ノーヴェはディードと共にその間隙を縫うように動いている。セインは何とか邪眼の動きを止めようとSでの妨害を試みるが、中々思ったように行かずに苦戦していた。

 それぞれが自分の出来る事を精一杯する事で、かつてなのは達が苦戦した究極体を相手に善戦していた。勝てる。そんな気持ちが全員に強くなっていくのも当然と言える程に……。

 

 

 ヴァルキリーズが究極体と戦闘を開始した頃、RXと龍騎はアギトを連れてジェイルの研究室へと辿り着こうとしていた。ラボの制御を完全に邪眼から奪い返し、自爆などを出来ないようにするために。だが、研究室の前に思いもよらない存在が立っていた。

 

「あれはっ!?」

「黒い……龍騎?」

「嘘だろ……」

 

 RXがその姿に驚き、アギトはどこか信じられないとばかりに呟き。龍騎は呆然とその相手を見つめた。そこには黒い龍騎が扉を塞ぐように立ちはだかっていた。それは真司が夢で見たままの姿であり、彼がどこかで予想していたものだった。

 リュウガと呼ばれる存在に酷似した相手。それは戸惑うRX達へゆっくりと足を踏み出した。だがその気配に覚えがあったRXは視覚へ意識を集中させ、その正体を見抜いた。

 

「これは……邪眼っ!」

「ふん、そうだ。我だ」

 

 黒い龍騎はRXへそう答えた。邪眼は手に入れた龍騎のデータを基に自分の体を改造した。そう、邪眼が考えた仮面ライダーへの絶望。それは、自分と同じ姿の相手と戦い敗北させる事だったのだ。真司は自分がどこかで考えていた結果に嫌な汗を流すも、邪眼を見据えて拳を握る。その横で、アギトが眼前の相手に対して心から怒りを込めて叫ぶ。

 

「何だよ! 龍騎同士で戦うみたいじゃんかっ!」

「龍騎よ、今日ここで貴様を倒し、我が本物の龍騎となってくれるわ!」

 

 そう言うと邪眼は一枚のベントカードを取り出した。それはソードベント。それを左腕のバイザーへ挿入すると同時に走り出す。龍騎も負けじとソードベントを手に取り、ドラグバイザーへ挿入する。

 互いに剣を手に切り結ぶ龍騎と邪眼。その力関係はやや邪眼が押している。それを見たRXは加勢しようとするがその動きを龍騎が制した。

 

「ここは俺に任せて、先輩はラボの方をお願いします!」

「龍騎……分かった!」

 

 龍騎から初めて呼ばれた先輩との言葉。それに感じ入るものを覚えながらもRXはジェイルの研究室へと向かっていく。龍騎は仮面ライダーとして自分の役目を自覚した。自分が邪眼を食い止め、RXへラボの安全を確保してもらうと。

 龍騎は去っていくRXを横目にしながら邪眼との力比べを続けていた。しかし、それも次第に追い込まれていく。元来普通の人間である龍騎と世紀王として改造されている邪眼では能力差が大きかったのだ。やがて龍騎が膝をつけて押し込まれる形にまでなってしまう。アギトはそれを見て魔法で援護しようとするのだが、何故か龍騎の雰囲気がそれをするなと告げているような気がして動けずいた。

 

(真司には何か考えがあるんだ。なら、アタシはそれを信じて待つだけだ!)

 

 信頼するロード。その気持ちを汲み取り、アギトはただ待ち続ける。自分の力を必要とされる瞬間を。その時、龍騎は体勢を崩す覚悟で邪眼の手を目掛けて蹴りを放った。互いに体勢を崩す両者。だが、崩す気でいた龍騎は即座に立ち上がり一枚のベントカードを手にした。

 

”STLIKE VENT”

 

「はあぁぁぁぁ……はっ!」

 

 ドラゴンストライクを邪眼目掛けて放つ龍騎。それを邪眼は冷静に対処した。手にしたベントカードを使い、その攻撃を無力化出来る手段を講じたのだ。

 

”GUARD VENT”

 

 邪眼の前に出現した二枚の盾がドラゴンストライクを防ぎ切る。それに龍騎は一瞬だけ悔しさを感じるもすぐに立ち直って動き出した。手にしたドラグクローで邪眼へ殴りかかる龍騎。それを手にしたドラグシールドで受け、即座にドラグセイバーで反撃する邪眼。

 それを見つめアギトはただ待った。龍騎がユニゾンを使うと決意する瞬間を。それまで自分は魔力を温存しその時に備えるのだ。アギトはそう心に誓い、龍騎の戦いを見つめていた。その視線の先では龍騎が徐々にではあるが確実に追い込まれ始めていた。

 

(邪眼はきっとジェイルさんのデータを基にしてカードを作ったはずだ。なら……)

 

 自分が使えるカードはほとんど邪眼も使える。だが、龍騎はそれならばとあるカードを手にした。それはファイナルベント。これならどうだとばかりに龍騎はそれを使い、構えを取った。邪眼はそれにうろたえる事も無く一枚のベントカードを手にした。そのカードを見て、龍騎とアギトの声が重なった。

 

「「なっ!?」」

 

 それはまごう事無きファイナルベント。龍騎は邪眼が使っているのはジェイルが研究していたデータを使った物だと思っていた。故に最近やってのけたファイナルのコピーは出来ないだろうと踏んだ。だが、そんな龍騎の考えを読んだのか邪眼はどこか自慢そうにファイナルベントをかざして告げた。

 確かに邪眼の使っているベントカードの大本はジェイルのデータ。しかし、そのままではモンスターの力を持った状態にはならないため、邪眼は密かに独自に研究を進めていたのだ。怪人作成のついでにドラグレッダーを模した生物を作り出し、それを自分の中へ取り込む事で契約と同様の結果を手にした。そう告げて邪眼は嗤う。

 

「ふはははは、こうして我が貴様と同じような力を得た以上、最早勝ち目はないぞ龍騎」

「そんな事認めるかっ! 俺は絶対に諦めない!」

 

 龍騎はそう叫ぶと大地を蹴った。それを見て邪眼も跳び上がる。同じ高さになり、両者は蹴りの体勢を取る。その背後には赤い龍と黒い龍が控えていた。

 

「ライダァァァキック!!」

「ふんっ!!」

 

 背に火球を受け、相手向かって突撃する龍騎と邪眼。その蹴りが激しくぶつかり合う。そして共に弾き飛ばされ、轟音を響かせるように地面へと叩きつけられる。アギトは急いで龍騎の元へ向かった。そこには何とか立ち上がろうとする龍騎がいた。

 その視線を前方へ向け、彼は一枚のカードを手にした。それはサバイブ。先程の激突で分かったのだ。攻撃力は完全に邪眼が上だと。それを証明するように邪眼は平然と立っているのだから。このままでは不味い。その気持ちが雰囲気から滲み出ていた。

 

「ふむ、まだ動けるか」

「当たり前だ! そう簡単にやられてたまるかっ!」

 

 龍騎はそう吼えるとカードをかざす。周囲を炎が包み、龍騎はドラグバイザーツバイへサバイブのカードを差し込んだ。

 

”SURVIVE”

 

 ややくぐもったような電子音声と共にその体が真紅へ変わる。それを見届け、邪眼も一枚のカードを取り出した。それは烈火のカードではない。ましてや疾風でも無限でもない。だが、ある種のサバイブだった。書かれた文字は闇黒。邪眼が自分のために作り出した擬似サバイブとでもいうべきカードだ。

 

”MUTATION”

 

「見るがいい。これが貴様を超える龍騎の姿だ」

 

 邪眼の体を漆黒の闇が包み、その姿を変えていく。サバイブ龍騎を思わせる鎧だが、その先端は鋭く鋭角化していて禍々しい印象を与える。それだけではない。背中には不気味な翼のような物まで生えていた。その醜悪な姿に龍騎もアギトも言葉がない。そんな二人を見下すように邪眼は告げる。ここからが本番だと……。

 

 

「よし、これでもう心配はいらないな」

 

 ジェイルの研究室で制御を取り戻したRX。ロボライダーのハイパーリンクにより邪眼の影響を全て排除したのだ。そこへモニターが表示される。そこに映っていたのはシャドームーンの姿をした邪眼だった。

 

『世紀王よ、今すぐゆりかごへ来い。来なければ、貴様の仲間の命がないぞ』

「何っ?!」

『我はもう使わんと言ったのだが、あの駒共の生き残りが勝手に動いている。他のライダー共は我の分身達と戦っているから手が出せんようだ』

 

 邪眼はそう言うとモニターを切り替えた。分割表示されたそこにはどこかの通路で怪人達と戦うチームライトニングと八神家。更に別の場所で怪人と戦うスバルとティアナにギンガが映っていた。そして大広間のような場所で一人の女性と戦うなのはの姿もある。

 

「みんなっ!」

『貴様が早く来なければ残る分身はこやつらへ投入する事になる』

「くっ!」

 

 邪眼の告げた残りの分身が意味する事を理解しRXは急いで研究室を出る。彼は苦戦しているだろう龍騎の手助けをしようと思っていたのだ。その予想通り、やや場所を移したのか邪眼相手に苦戦する龍騎の姿が研究室近くの通路にあった。彼へ内心すまないと思いながらRXはラボを脱出するべく走る。

 食堂で戦っていたはずのヴァルキリーズがいなくなっている事に疑問を抱きながらも彼はその無事を信じて走り続けた。向かう先はゆりかご。本来であれば彼では行く事が出来ない空高い場所。そこへ向かう手段が今のRXには一つだけあったのだ。

 

 外へ出たRXは空を見上げるとその姿を確認し頷く。そして左腕を口元へ寄せて叫んだ。

 

「ゴウラムっ!」

 

 その声を受け、ゆりかごの外で局員達と共にトイと戦い続けていたゴウラムが動き出す。RXの呼びかけに応じるように、その速度を活かして素早く大地へ向かって降下していくゴウラム。途中でトイを何機か蹴散らしRXが見える位置までその高度を下げた。

 RXはそれを確認すると大地を蹴った。その六十メートルもの跳躍力を発揮しゴウラムの背に見事着地してみせたのだ。RXが乗った事を感じるとすぐにゴウラムはゆりかごへ向かって動き出す。襲ってくるトイを物ともせず、ゆりかごへの最短ルートを通って。

 

「頼むぞ、ゴウラム。俺をゆりかごへ連れて行ってくれ」

 

 RXはそう言ってゴウラムから視線をゆりかごへ向けた。そこで待ち受ける自分の相手。それが先程ラボで見た龍騎と同じ結果だとすれば、かなり厄介な相手だろうと思いながら彼は拳を握る。例えどんな相手だろうと決して負けはしないとの強い気持ちを込めるように。

 

 ラボへRX達が足を踏み入れた頃、クウガ達はビートゴウラムとマシントルネイダーによる突撃でゆりかごに穴を開けて突入口を作っていた。その中でクウガ達を待っていたのはマリアージュ数体と十数体のトイ。

 それをクウガとアギトが愛機を使い蹴散らした。特にクウガはゴウラムを分離させてビートチェイサーの機動性を如何なく発揮。ジャックナイフなどに代表されるテクニックの数々でマリアージュとトイへダメージを与え、弱ったところをなのは達が撃破していった。

 

「じゃ、わたし達はアギトやライトニングと一緒に動力炉を目指すから。ギンガはなのは隊長達と一緒に」

「なら、ヴィータ副隊長ははやて部隊長達の援護に向かって。私達はクウガと一緒に玉座へ向かうから」

 

 はやて達へヴィータを同行させようとなのはが告げた言葉。それにヴィータは何か言おうとするも、その気持ちに感謝してはやて達と共に動力炉へ向かう。ゆりかごの構造自体はユーノが既に調べ上げていた事もあり、停止させるための方法は理解していた。

 だが、当然それを阻止するために邪眼も対策を練っているはず。そのため、動力炉へ戦力を多めにする事にしたのだ。なのは達はヴィータの代わりにギンガがライトニングから参加し、四人で玉座を目指す事になった。

 

―――また後で。

 

 隊長三人の再会を誓う言葉を合図に全員が動き出す。クウガはゴウラムへ外で戦う局員達を助けてやって欲しいと告げてから動き出した。ユーノが調べておいてくれた見取り図を参考に目的の場所まで行く両者。だが、その動きが偶然にも同時に止まった。

 

「黒い……クウガ?」

「待っていたぞ、キングストーンを持つ者よ」

 

 クウガ達の前に立ちはだかったのは漆黒のクウガ。その腹部には紅い石が輝いている。時同じくしてアギト達の前にも恐るべき相手が立ちはだかっていた。

 

「えっ? 黒いアギト?」

「光の力よ。今度こそその力を我の物に」

 

 アギト達の前に現れたのは漆黒のアギト。こちらにも腹部には紅い石がある。その姿に言葉を失うなのは達だったが、すぐに二人の仮面ライダーは同じ判断を下した。

 

―――ここは俺に任せて、みんなは先へ!

 

 それは眼前の相手は自分しか倒せないと思ったから。そして、偽者とはいえ仮面ライダーと戦わせる事は出来ないと考えたのだ。なのは達もその気持ちを察したのか何も言わずに素早く先へ進んで行く。それを見送りながら、クウガもアギトも邪眼がそちらへ手を出さないように牽制していた。そして完全に自分達だけになったのを見計らって二人のライダーは同じ行動に出た。

 

「くっ!」

 

 ビートチェイサーのエンジンを吹かし邪眼へ突撃するクウガ。それを相手が受け止めようとするのを見た彼は即座に前輪を上げて攻撃する。それで邪眼がややふらついたのを見て今度は後輪を跳ね上げるようにしながら攻撃を加える。それは未確認との戦いでもよくやった攻撃方法だ。

 こうしてバイクを手足のように使い、敵と戦う。それは歴代ライダー達がやっていた事。クウガもまた知らずライダーらしく戦っていたのだ。しかし、邪眼もやられてばかりではない。何とか体勢を整え、ビートチェイサーの前輪を掴むと力任せに振り回した。

 

 堪らずクウガはビートチェイサーから落とされ、地面に叩きつけられる。そこへ駄目押しとばかりに邪眼が電撃を放つ。それを際どくかわし、クウガは戦闘態勢を取った。そしてそのまま変身時と同じ動きをして叫ぶ。

 

「超変身っ!」

 

 紫の姿。タイタンフォームとなり、クウガはビートチェイサーからトライアクセラーを引き抜いた。それが瞬時にタイタンソードへ変化する。そしてそのまま邪眼へゆっくりと歩き出す。それを邪眼は慌てる事無く構え、迎え撃つ姿勢を取った。それに嫌な予感を感じながらもクウガは歩みを止めない。距離を徐々に詰めて行き、その間合いが自分のものになった瞬間、勢いよく手にした剣を突き出した。

 

「おりゃあっ!」

 

 邪眼へ突き刺さるタイタンソード。だが、それを邪眼は静かに見つめ両手でしっかりと握り締めた。それを見たクウガはある光景を思い出す。ゴ・ガドル・バとの初戦闘。相手は自分の攻撃を受けてその武器へ対応する姿へ変化したのだ。

 クウガはそれと今の光景が似ていると感じタイタンソードを抜こうとした。しかし、邪眼はそれを抜かせまいとするようにしっかりと固定している。更に焦るクウガへ邪眼は片手を瞬時に離してパンチを叩き込んでタイタンソードを奪った。

 

「ぐぅ!」

 

 思わずたたらを踏むクウガ。そして彼は見た。邪眼が手にした瞬間、漆黒のタイタンソードへと変わったのを。加えて邪眼も黒い鎧姿へ変わったのだ。

 

「っ!? 超変身した?!」

「貴様の力は既に調べた。不完全な物ではあるがキングストーンの原石を取り込んだ我にはこれぐらい造作もない」

「キングストーンの原石? 取り込んだ?」

 

 邪眼の告げた言葉にクウガは戸惑う。それに邪眼は答える事はなく手にした剣をクウガへ振り下ろした。それを咄嗟に避けるもクウガの鎧が綺麗に斬られる。その切れ味はクウガの物以上だ。それを悟り、クウガは急いで姿を変える。

 青の体へ変わり、紫の欠点である動きの鈍さを突いて戦おうとするクウガ。しかし、それを見た邪眼は再びその姿を変える。鎧が消えクウガと同じような体へ変わったのだ。それは漆黒のドラゴンフォーム。それと共に手にしていたタイタンソードもドラゴンロッドへ変化した。

 

「そんな……」

「貴様の出来る事は我にも出来る。もう、貴様に勝ち目はない!」

 

 言葉と同時に跳び上がる邪眼。それに負けじとクウガも跳び上がる。その跳躍力は邪眼の方が僅かに上。それにクウガが驚くのと邪眼がロッドを突き出すのは同時だった。

 炸裂する邪眼の一撃。クウガはそれによって地面へと激しく叩きつけられる。それでも何とか立ち直り、構えるクウガ。この状況に否応無くガドルとの戦いが蘇ってくる。超変身を駆使してもその上を行かれた苦戦の記憶が。

 

「それでも……やるしかっ!」

 

 あの時と同じように邪眼から距離を取りクウガは構えた。その体が赤へ変わり、同時に電流が走る。赤の金の力。それを使って邪眼と戦おうと。邪眼はそれを見ても何も言わない。あの時のガドルと同じように悠然と立っていた。

 それにクウガが嫌なものを感じつつもそれでもと走り出す。右足に熱を感じながらクウガは走る。走る。走る。その勢いを乗せたまま地を蹴り、一回転して蹴りの姿勢を取った。

 

「ライダー! キックッ!」

 

 その一撃が邪眼を直撃する。だが、邪眼は飛ばされる事は無かった。何歩か後ろへ下がっただけ。それで止まり、立ち直った。その胸には封印を意味する文字がしっかりと刻まれている。

 

「……やはり、その力は電気が原因か」

「っ!? まさか!?」

 

 自身を眺め、邪眼が告げた言葉にクウガは動揺した。邪眼が何故自分の一撃を受けたのか。その理由を理解したために。邪眼は金の力を正確に理解してはいなかった。だからこそ、自分にその力を使わせ把握しようとしたのだ。

 

 動揺するクウガを見つめ、邪眼は自身へ電撃を浴びせた。それがしばらく全身を駆け巡った後、綺麗に消えた。するとその体が変化する。それはさながら金の力を使った時のように。それを見てクウガは息を呑んだ。

 金の力を使ったガドルはそれを格闘戦にしか使ってこなかった。しかし、邪眼は自分と同じ能力を有している。それはこれまで自分が使ってきたそれぞれの金の力を相手に使われる事を意味していた。

 

「さあ、我の一撃を受けてみるがいい」

 

 邪眼が構えるのを見てクウガも構える。目には目を、歯には歯をと。互いに走り出す両者。同時に跳び上がり、蹴りの体勢を取るクウガと邪眼。その繰り出す蹴りがぶつかり合う。そして……

 

「ふぬっ!」

 

 それに競り勝ったのは邪眼だった。クウガは勢いを殺しきれずに床へ叩き付けられる。それでもクウガは何とか立ち上がろうとしていた。そんなクウガを邪眼は不敵に見つめる。闇の反攻は始まったばかりだと、そう告げるかのように。

 

 一方アギトもクウガが邪眼へビートチェイサーによる攻撃を仕掛けたようにマシントルネイダーを用いて攻撃を始めていた。

 

「このっ!」

「ちっ!」

 

 相手にはなく自分にある力。それを使う事で邪眼へダメージをと思うアギト。だが、マシントルネイダーはビートチェイサーと違いあまりバイクアクションには向かない。そのため、出来るのは精々ぶつかるかすれ違い様に攻撃するぐらいしかないのだ。

 

「チョロチョロと目障りだ!」

 

 邪眼が放った電撃をかわすアギト。だがこのままではあまり相手へ有効打を与えられないと思いマシントルネイダーから降りた。

 

「邪眼! お前がアギトの姿を真似ても、アギトの光はお前に味方しないぞ!」

「ふん! ほざいておれ。光の力などなくとも貴様の真似事ぐらいならば出来るわ!」

 

 走り出す邪眼を前にアギトも動く。邪眼の蹴りを避け、反撃に拳を繰り出すアギト。それを邪眼は受け止め、お返しとばかりに拳を放つ。それをアギトも受け止めるのだが、その力比べは長くはもたなかった。邪眼は元来怪力の持ち主だった。それが母体となっている偽アギトの力は本物よりも上。そう、改造人間だった邪眼。それを基にしている偽ライダー達はその性能において本物達よりも勝っていたのだ。

 

「むんっ!」

 

 邪眼がアギトの拳を握り潰そうと力を込める。それに気付き、アギトは素早くその足で腕を蹴り上げた。その衝撃で邪眼から解放されると同時にアギトは距離を取る。今のままでは純粋な力で負けると理解したからだ。

 故にベルトの両側を叩く。それに応じてその体が変化した。赤い右腕と青い左腕の金の胸。三つの力を使いこなすトリニティフォームだ。昨日の戦いで自身を打ち倒した姿へ変わったアギトを見ても邪眼はうろたえる事も無く走り出した。

 

 アギトは自身のベルトから出現した二つの武器を手に邪眼へ向かっていく。フレイムセイバーとストームハルバートを振りかざして邪眼へ攻撃するアギトだったが、その攻撃を受けても邪眼は止まらない。それらを些細なダメージだとばかりに受け流しアギトへ攻撃をし続けたのだ。アギトはそんな邪眼に驚きを感じるも諦めずにその二つの武器を同時に動かした。

 

「はっ!」

「ぬぅ!」

 

 邪眼へ炸裂するファイヤーストームアタック。しかし、その一撃を受けて邪眼は微かに苦痛に動きを鈍くするも止まらない。それどころかお返しに強烈な威力を持った拳をアギトへ叩き込んだのだ。それにアギトは堪らず吹き飛ばされる。

 手にしていた武器を手放しながら床を二転三転するアギト。それでも何とか立ち上がってあの構えを取った。それはライダーキックの構え。それに呼応しその角が展開した。足元に出現するアギトの紋章。それがその両足へと宿っていく。

 

「はっ!」

 

 その場から跳び上がり、アギトはその両足を邪眼目掛けて突き出すようにした。それはあの戦いで邪眼を倒した一撃。従来のライダーキックよりも強力なライダーシュートだ。

 

「ライダーっ! キィィィィクッ!!」

 

 その蹴りを受けてさしもの邪眼も後ずさった。だが、アギトは着地すると同時にある構えを取る。それはバーニングフォームへの変身ポーズ。悟ったのだ。邪眼が自分の一撃を耐え切ると。それを証明するように邪眼は俯いたままで嗤い出した。

 

「ふ、ふふふ……やはりそうだ。今の我ならば光の力にも負けはせぬ」

 

 邪眼の言葉を聞きながらアギトはその姿を変えた。燃え盛る炎の闘士、バーニングフォームへと。それを見ても邪眼は反応を示す事もなく構えた。それが蹴りの前段階のものと理解しアギトは走り出した。その拳に込めた炎の力。それを叩きつけるために。

 それを見た邪眼がその場から跳び上がり、迫るアギトへ蹴りを放つ。それを迎撃するようにアギトは拳を突き出した。だがその拳が当たる前に邪眼の蹴りがアギトを捉えて蹴り飛ばす。その威力に床を滑るように飛ばされるアギトだったが、何とか威力を殺す事が出来たのか転がる事はなかった。

 

 バーニングフォームは全フォーム中一番防御力が高い。そのため、邪眼の攻撃にも耐え切る事が出来た。しかし、そのダメージを完全に殺す事は出来なかった。アギトは膝をついたまま、肩で息をしていたのだ。

 

「この力……どこから……」

「冥土の土産に教えてやろう。レリックと呼ばれるあの石。あれこそキングストーンの原石だ」

 

 邪眼の口から語られた内容にアギトは愕然となった。邪眼はレリックを独自に調べ、それが人体に大きな影響を与える事を知った。それが暴走すると恐ろしい爆発を起こす事や、それを使う事で驚異的な成長を促す事が可能な事も。邪眼はそこからレリックこそがキングストーンの原石だと認識した。そして、自分の体へ取り込み完全に融合する事で現在の力を手に入れたのだとそう締め括った。

 

「あの器に一つ。我に四つ。それだけしかレリックは無かったのでな。仕方ないので、残った一体は以前貴様らと戦った姿にしたのよ」

「器……? じゃあっ!?」

「そうとも。当初の計画通り聖王と呼ばれた者のコピーにも使ってやったわ。培養後の急激な成長を遂げさせるには丁度よかったのでな。今頃は貴様の仲間と戦っているだろう」

 

 邪眼の告げた内容にアギトは玉座へ向かったなのは達の事を思い出した。ヴィヴィオと同じ存在。それを敵にして果たして戦えるのだろうか。そんな事を思ったのだ。

 

「さて、お喋りはここまでだ。じっくりと貴様に絶望を与えてやるぞ、仮面ライダー!」

 

 邪眼はその言葉と同時にアギトへ向けて両手から電撃を放つ。それを何とか避けるアギト。秘めた力を解放した以上負ける事は出来ないとその拳を握って。そんな彼を邪眼は余裕さえ感じさせる雰囲気で見つめる。どう足掻こうと無駄と言い放つかのように。

 

 

「嘘やろっ!?」

”ライダーが危ないですっ!”

 

 はやてとツヴァイは突然出現したモニターに映る映像に思わず叫んだ。自分が知る限り無敵のライダー達。それが軒並み苦戦しているのだ。クウガもアギトも龍騎も自身に似た姿の相手と戦い、揃って苦しめられているのだから。

 二人だけではない。フェイト達ライトニングもシャマル達も信じられないとばかりの顔をした。今、はやて達は動力炉へ向かう通路でノインとズィーベンにエルフを相手に戦っていた。三体だけとはいえ、やはりその特殊能力は厄介なものがあるために苦戦をしている。そんな最中の出来事だった。

 

「金のクウガが……追い詰められてる」

「龍騎だってサバイブを使ってるのに……」

 

 エリオとキャロは邪眼相手に苦戦している二人のライダーの姿を見て困惑していた。二人にとってライダーは最強の存在。いかなる敵にも屈する事無く戦い、勝利を掴むヒーローなのだ。それがそれぞれの秘めた力を解放してるにも関らず、邪眼に苦戦している事が信じられないのだ。

 

「くそっ! 伊達にライダーの姿してねぇって事か!」

「そのようだ。奴め、このためにライダーのデータを欲しがったのだな」

 

 ヴィータは吐き捨てるように告げ、迫ってきたノインの体当たりをかわす。シグナムは声こそ冷静だが、そこには悔しさのようなものが混じっていた。自分達が邪眼へデータを与えないようにすると誓ったはずだった。それでも、あの公開意見陳述会での戦いで四人のライダーは邪眼を相手にその手の内をかなり明かす事になってしまった。

 その遠因に自分達が怪人との戦いを長引かせてしまった事が関係しているとシグナムは考えていた。それはヴィータも同じ。更に彼女は、クウガとはやてが来なければ危ないところまでなってしまったのだから余計にその思いが強い。

 

「どこを見ている!」

「はやてっ!」

 

 そんな中、アギトの苦戦に意識をやや取られたはやてへズィーベンが斬りかかる。しかし、それをフェイトがザンバーを以って防ぎに入った。はやては彼女の声で我に返るとズィーベンへ射撃魔法を放つ。ツヴァイがそれを制御し、ズィーベンはそれをブレードで迎撃しながら後退した。

 フェイトは更にプラズマランサーを放ちズィーベンを牽制する。手にしたブレードでそれらを叩き落すズィーベンの姿を見ながらフェイトははやてへ視線を向けずに告げた。

 

「はやて、今は怪人を倒す事に集中しよう」

「フェイトちゃん……」

「大丈夫。ライダーは……絶対負けない!」

 

 そう力強く言い切ってフェイトはその姿を変えた。真ソニックフォームとなったフェイトはその手にしたザンバーを握り締めてズィーベンへ攻撃を開始する。

 フェイトもライダー達の苦戦に心乱していた。だが、それでもあの無人世界での戦いを思い出して何とか冷静になろうとしていたのだ。仮面ライダーは決して負けない。その思いを強くする事で彼女は戦い続ける事が出来ていた。

 

「はやてちゃん! 私達で怪人を倒したら、動力炉にはヴィータちゃんとザフィーラに行ってもらえばいいわ!」

「残りは来た道を戻り、アギトの援護とクウガの援護へ向かえばいいのです!」

 

 エルフの針を防ぎつつシャマルとザフィーラがそう叫ぶ。彼らにとってアギトは家族。だからこそ、今自分がすべき事を思い出していた。はやてへ告げた言葉は落ち着いて現状を考えて欲しいが故のもの。それを理解し、はやても頷きを返す。そして周囲を素早く見渡して告げた。

 

「八神家全員でハリネズミとアルマジロを引き受ける! フェイトちゃん達は三人でコンドルを頼むわ!」

 

 その言葉に全員が勇ましい声を返す。フェイト達三人は指示に従ってズィーベンを集中的に狙い始め、シグナムはヴィータとザフィーラの三人でノインとエルフへと向かっていく。シャマルはそんな三人を援護するように魔法を使い、はやては射撃魔法を使いつつ広範囲魔法を使える隙を窺う。ライダー達への一番の援護。それは今の相手を倒す事だと。そう、誰もが自分に言い聞かせて。

 

 同じように怪人相手に善戦する者達がいた。それは玉座の間へ続く通路で戦闘中の三人の少女達。残った一体であるゼクス相手にスバル達が懸命にその力を使って戦っていたのだ。

 

「ギン姉、そっち!」

「くっ……このっ!」

 

 地面へ拳を叩きつけるギンガ。しかし、それは無駄に終わる。既にそこには狙った相手はおらず、ただの廊下でしかなかったのだ。

 

「残念でした」

 

 ゼクスはギンガをあざ笑うように離れた場所から顔を出す。それにスバルとギンガは忌々しげな表情を返す事しか出来ない。ティアナは二人とは別の位置からそんなゼクスへの対処法を考えていた。

 共にいたなのはには先に玉座へ向かってもらい、彼女達はここでゼクスの相手を引き受けているのだ。正直ゼクスはそこまで苦戦する相手ではないとどこかで思っていた三人。そう、これまで何度となく戦い撃破してきた事があるからだ。

 

 だが、改めてライダー無しで戦うと厄介な相手だと認識を改めるのにそう時間はかからなかった。ISで自由に床を移動し、その鋭い爪だけを出現させて攻撃する事も出来るゼクス。今はティアナだけウイングロードに残り、スバルとギンガは通路でゼクスと戦っていた。

 そうしているのには訳がある。三人してウイングロードを駆使して戦おうとするとゼクスがISで玉座の間へ行く可能性があったからだ。そうなればなのはが奇襲を受けてしまう。そう、スバルとギンガは自身を囮にゼクスをここに引き付けていたのだ。

 

(このままじゃ駄目だわ。何か、何か考えないと……)

 

 ティアナはゼクスのISを無力化する方法や封じる方法をひたすら考えていた。だが、そんな事が早々思いつくはずもなくその思考は袋小路に入り込もうとしていた。それに、先程から見せられているライダー達の戦いも彼女の焦りを助長する要因となっている。

 クウガが、アギトが、龍騎が、三人の仮面ライダーが邪眼相手に善戦する事さえ出来ずにいいようにやられている。早く助けたいとの気持ちがその思考を乱していく。だが、ふとティアナはある事に気付いた。それでも三人は諦めずに挑み続けていると。

 

(何を焦ってるのよ。あの人達は自分より強い相手を前にしても諦めないで挑み続けてる。決して助けてなんて言ってない。ならアタシ達がするべきは何? 絶対にあいつをここから逃がさず生き残る事でしょ!)

 

 ライダー達の助けに行く前にまず目の前の相手を確実に、そして誰も死ぬ事なく倒す事が最優先。そう考えた瞬間、ティアナはある作戦を思い付く。そのためには完全にゼクスの意識から自分を戦力として数えさせないようにする必要がある。故にティアナは内心心苦しく思いながらも厳しい指示を出した。

 

【スバル! 危険だけどあいつのカウンターを狙って! ギンガさんはスバルの後方に回って挟み込むようにしてください!】

【【了解っ!】】

 

 ティアナは相手が確実に姿を見せるようにし攻撃時を狙って反撃を叩き込む事を二人へ頼んだ。そんな危険しかない方法を少しも嫌がらずにスバルは頷き、ギンガも文句も言わない。それに感謝しつつティアナは作戦を成功させるための準備へ入る。

 スバルとギンガもライダー達の姿を見て自分の出来る最大限をやろうと決めたのだ。強大な相手を前にして諦めずに戦うライダー達。絶望に飲まれる事無く抗うその姿。それが二人の危険と向き合う勇気を支えていた。一度はその苦戦の様子から希望を無くしかけたスバルとギンガだったが、だからこそと思い直した。

 

(クウガは、五代さんは私を助けてくれた。なら、今度は私が助ける番だ! こいつをギン姉やティアと一緒に倒してクウガの応援に行くためにっ!)

(あの日、私は出会った。人ならざる体を持ちながらも気高く生きる人に。その人と同じような力や姿を使って他者を苦しめる邪眼。その手下である怪人に決して負ける訳にはいかないっ!)

 

 ライダーに対して思う事が六課の中で一番強いナカジマ姉妹。故に邪眼が取った姿は決して認められるものではない。仮面ライダー自体を汚すようなその行為。それを許す事など出来はしない。

 だから、二人はティアナの提案に頷いた。少しでも早くゼクスを倒すために。自分が危険だとしても構わない。危険は覚悟の上だ。ここで傷つく事を恐れていたら、ライダーの助けになどなれないのだから。

 

 ゼクスが使うIS———ディープダイバーの事はセインから彼女達も詳しく聞いている。そのため、それを察知する事が難しい事も知っていた。だが、攻撃する時は必ず姿を見せなければならない。だからこそティアナは考えた。自分にはスバルやギンガのような力はない。怪人を倒すために必要な物が自分には不足している。故に怪人戦で自分がすべき事は有効な作戦や手段を考案する事だと、そうティアナは考えているのだから。

 

「いつまで隠れてる気? 私達相手でもそうするしか戦えない臆病な性格だってのは知ってるけど、それでよく改造機人とか威張ってられるね」

「やめなさいスバル。言っても無駄よ。どうせそれを認める事が出来ないぐらい情けないんだから」

 

 ティアナが密かに作戦を進行しつつある中、スバルとギンガはゼクスへ挑発を行っていた。ゼクスが姿を見せない限りは攻撃出来ないため、見え透いた方法だがこれしか手がなかったのだ。本来こんな事を言うのは彼女達も性に合わない。だがスバルもギンガもどこかで本心からそう思っていた。

 性能に頼る事でしか戦えない怪人達。仮面ライダーはその能力を駆使するだけでなく自分の技術を磨く事を怠らない。そこには、明確な差がある。与えられた物に満足し、それに胡坐を掻く事しか出来ない怪物と、与えられた物を更に昇華しようとする人間の差が。

 

(翔一さんも自分の持ってる力を出し切るように戦ってる。アタシも負けてられない……)

 

 モニターに映るアギトの姿に励まされるようにティアナはその魔力を使ってある事を成し遂げようとしていた。その前方ではスバルとギンガの挑発に苛立ったゼクスが怒りに燃えて姿を見せているのだった。

 

 そうして誰もが相手を倒そうと奮戦する中、なのははそれが出来ないでいた。それだけではない。追い詰められ始めていた。その理由は相対している相手にある。彼女の相手はコピーとはいえ人間であり、加えてなのはには一番敵として認識する事が難しい存在だったのだから。

 

「くっ……止めて! 私は貴方と戦う気はないの!」

「煩いっ! パパの敵は私が倒す!」

 

 ヴィヴィオと同じ目、同じ髪、同じ声をした女性がなのはを襲う。玉座に着いたなのはを待っていたのは玉座に座った一人の女性だった。それがヴィヴィオのコピーだとすぐに理解したなのはだったが、それを攻撃する事は出来なかった。

 ProjectF.A.T.Eを使って生まれ、誰かのために利用される存在。そう考えた瞬間、それが親友や愛する娘と同じに見えたために。いくら邪眼によって生み出されたとしても、なのはにはそう思った瞬間戦える相手ではなくなってしまったのだ。

 

 女性の拳を防御魔法で防ぐなのは。だが、それが拮抗したのは一瞬だった。すぐにそれを女性の拳が突破しなのはを殴り飛ばす。床に激しく叩き付けられるなのはへ女性は憎々しげな視線を送る。

 

「私は知ってる。お前は私のママを殺した奴らの仲間だって。だから私達を殺しに来たんだってそうパパが教えてくれた」

「違う……貴方の本当のパパも、ママも、ここにはいないんだよ?」

「黙れっ! パパはいる! ママを返せっ!」

 

 女性の言葉になのははゆっくり立ち上がりながら答える。そして同時に邪眼の吹き込んだ内容に激しい怒りを燃やす。何も知らないに近い状態だった女性へ自身を父と認識させ、母を殺されたと言い聞かせる。それがどれだけ卑劣な事か。

 その感情を抑え、なのはは女性へ諭すように優しい声で語りかける。思いやろう。相手の気持ちを、心を。拳を振るう前に言葉を尽くせば分かってもらえると信じて。なのははそう思ってレイジングハートを待機状態へ戻した。女性の放った攻撃をかわす事もしないで。

 

「なっ!?」

 

 突然のなのはの行動に女性も思わず動きを止める。それに構わず、なのはは無手のまま女性へ声を掛けた。

 

「ごめんね。貴方が苦しいのも悲しいのも代わってあげる事が出来ない。でも、それを思いやるぐらいなら……私にも出来るよ」

「嘘だっ! ママを殺したお前に……そんな事出来るもんか!」

「私が貴方のママを殺したって、そう思うならそれでもいい。それでも、これだけは信じて。私と貴方は同じ人間。だから、ちゃんとお互いを理解し合おうってすれば、絶対思いやる事は出来るって」

 

 なのははそう言いながら女性へ静かに歩み寄る。それに女性は少しずつ後ずさる。なのはの優しい笑顔と声。それが秘めた暖かな力に気圧されるようにじりじりと下がる女性。なのははそんな女性を安心させるように腕を伸ばす。

 距離を縮め、なのはが女性を優しく抱きしめる。それに女性が一瞬震えた。その瞬間、女性がなのはへ拳を打ち出した。それがその体を捉える。だが、それがなのはを吹き飛ばす事は無かった。その一撃は力無くなのはの腹部を叩いただけ。

 

「どうして……? どうしてお前は私に攻撃しない? 私達を殺しに来たんじゃないの……?」

「違うよ。それにこうして言葉が交わせるなら、気持ちを伝えあえるのなら武器はいらない。私達がここに来たのはみんなの笑顔を守るためだから」

「……みんなの笑顔?」

「うん。その中には貴方の笑顔も入ってるんだ。だから信じて。私達は貴方のママを殺したりしてないって」

 

 女性の目から敵意が薄れていくのを見てなのはは心からの笑顔でそう告げた。それに女性は言葉を失い、顔を伏せた。色々と考えているのだろう。そう判断してなのはは女性の反応を待った。すると、突然女性が顔を上げて叫んだ。

 

「っ!? 避けてっ!」

「えっ?」

 

 それに疑問符を浮かべるなのはだったが、その理由はすぐに理解させられた。その体を強く殴り飛ばされたからだ。壁に叩き付けられるなのは。それをやったのが女性しかいないと分かってはいる。だが、何故となのはは思った。女性は殴ったにも関わらず避けてと呼びかけたからだ。

 

「ど、どうしたの……?」

「分からない! 体が勝手に……駄目っ! 止められないっ!」

 

 疑問符を浮かべるなのはへ女性はそう困惑するように叫び再び襲い掛かる。それを見たなのはは悲しさに表情を変えながらも仕方ないとばかりにレイジングハートを起動させた。女性を止めるべく彼女は動く。そんな二人を密かに見つめる存在がいると知らずに。



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Prey~永遠のために 君のために~

苦戦するライダー。それでも諦めずに戦う姿になのは達も励まされるように奮戦する。一人では敵わない相手だとしても、協力すれば、連携すればその限りではないと。


 ゆりかごについたRXはすぐに邪眼がいるだろう玉座の間へ向かって走り出した。邪眼の本体がいるとすれば、それは玉座しかないと思ったからだ。だがその行動はすぐに終わりを迎えた。

 

「待っていたぞ、世紀王」

「邪眼……っ!」

 

 突如として空間が歪み、邪眼が現れたのだ。その姿は彼の予想通りRXと同じ姿。黒い目をした漆黒のRX。まさしくBLACKだ。そんな全身を闇のような色で包んだ邪眼を見つめ、RXは構えた。

 

「ここで貴様を倒し、真のキングストーンを手に入れる」

「そうはいかん! 俺は、俺達は必ずお前の野望を打ち破ってみせるっ!」

 

 RXは力強く宣言すると邪眼へ向かって走り出す。RXは邪眼の姿を見て嫌な予感を覚えていた。本来はキングストーンが太陽エネルギーを受けて変化したBLACKがRX。故に姿を模しても力は同等と出来るはずはない。だが、邪眼が姿だけで満足するだろうか。そこまで考え、RXは一つの推測を立てる。それが外れていて欲しいと思いながらRXは邪眼へ拳を繰り出した。

 それを当然邪眼は受け止める。その力はRXとほぼ互角。それだけで彼は自身の嫌な予感が当たった事を感じ取る。クウガとアギトの力を融合させたかもしれない自分。それと同じような力を有しているだけで確信が出来たのだ。

 

「邪眼、答えろ! 貴様はキングストーンをどこで手に入れた!」

「ほう、気付きおったか。ならば教えてやる。レリックと呼ばれる石。あれこそがキングストーンの原石だったのだ」

「何っ!?」

「地球外よりもたらされたのは間違いではなかったのだ。しかし、まさかこの世界がキングストーンを産出していたとはな」

「では、キングストーンもアマダムも基はレリック……いや、レリックこそがアマダムと言うのか!」

 

 RXは合点がいったとばかりにそう告げた。次元漂流者ならぬ次元漂流物。それが自分とクウガの力の源だった。そう考えると、この世界に自分が呼ばれた理由がまた少し変わってくる。邪眼と戦うためだけではなく災いを呼ぶだろう石を砕くために遣わされたのではないか。恐ろしい力を持つ石。それを正しい事に使える自分が間違った事に使われる事を止めるために。そして、二度とその力を使えぬようにと。

 

「そうだ。故に今の我は貴様と大差ない力を有している。古に取り込もうとし、吸収出来なかった光の力。その欠片を何とかかき集める事でな!」

「やはり貴様はアギトの力に敗れたのか!」

 

 邪眼の言葉にRXは自分の予想が当たっていたと知り、この姿へ至れた原因に納得した。アマダムを取り込み、アギトの光を僅かにだが加えた事で近い存在へとなったのだろうと。そこで邪眼がRXへ蹴りを放つ。それを残った片腕で迎撃し、お返しとばかりにRXは即座に蹴りを放った。

 邪眼がそれを叩き落しもう一度攻撃を加えようとする。だが、それを嫌いRXが一旦距離を取った。そして彼は邪眼がどこまで自分と近い能力を有したのかを確かめるために、ここはダメージ覚悟で動こうと決意する。

 

「トゥア!」

 

 跳び上がり、そこから後方宙返りをしながら蹴りの体勢へと移行する。それを見て邪眼も負けじと跳び上がり、前方宙返りから同じ姿勢へ移行した。

 

「RX! キックッ!」

「しゃらくさいっ!」

 

 ぶつかり合う両者。しかしその拮抗は長くは続かなかった。邪眼は両手から電撃を放ちRXの体勢を崩したのだ。それにより邪眼がRXを蹴り飛ばす。床に激しく叩き付けられるRX。邪眼は余裕さえ感じさせるように着地すると悠然と構えた。

 対するRXも立ち上がったものの、その胸からは白い煙が出ている。電撃によるダメージと蹴りのダメージ。それが集中したために。胸を押さえながら彼は邪眼の力を把握し悟る。純粋な力は互角程度。だが、そこに邪眼特有の特殊能力が加わる事で自分の上をいくと。

 

(このままでは不味いかもしれない。せめて太陽の光さえ差し込んでいれば……)

 

 体を襲う痛みを感じてRXは視線を上へと向けた。そこには当然ながら天井がある。万物を照らす光はない。何とかして太陽の光を差し込ませれば勝ち目はある。そう考えるRXだったが、その方法を思いつく前に邪眼が電撃を放った。

 それをかわし、RXは戦いながらその方法を考えるしかないと動く。自分の隠しているもう一つの姿。それを使うのはそれを思いついた後かそのための手段にしようと考えて、今は電撃に対抗するべくロボライダーへ姿を変えたのだ。

 

「ボルティックシューター!」

「喰らえっ!」

 

 ロボライダーが放つ攻撃を邪眼は電撃で迎え撃つ。地上本部での戦いでは連射速度で勝ったボルティックシューター。しかし、邪眼が鈍重な姿から素早い動きを可能とした姿へ変わったためにその連射が通用しなくなっていた。

 ロボライダーの動きは遅い。そのため、邪眼は動きながら電撃を放つ事で連射速度の低さを補っていた。前回とは違い邪眼へダメージを与える事が出来ないロボライダーはその体に電撃を受け火花を散らす。

 

「ぐっ! これでは……やられるっ!」

「その姿の貴様の欠点は把握している。長所はその防御力と攻撃力のようだが、反面俊敏性は著しく落ちる事をな!」

 

 邪眼はそう告げるとその場から跳び上がり拳を繰り出した。それを迎撃しようとするロボライダーだったが、その動きは間に合わず邪眼のパンチがその体へ直撃する。その衝撃に軽く飛ばされ、床を転がるロボライダー。そこへ邪眼が追い詰めようと電撃を放った。

 しかしその瞬間ロボライダーがRXへと戻り、素早くその場から離れて電撃を回避する。それに悔しげに邪眼が舌打ちをするのを聞きながらRXは一旦距離を取った。その体には浅からぬダメージが蓄積されている。

 

(ロボライダーでも駄目だ! 奴に対抗するにはやはりバイオライダーしか……待てよ? そうかっ!)

 

 ロボライダーとバイオライダーの二つを使い分ける事。それがRXとなった今の自分の持ち味だ。そう思い出した彼はそこから派生して逆転のための策を思いつく。そのためには邪眼の油断を誘う必要があり、もう一度ダメージ覚悟で邪眼と格闘戦をしなければならなかった。

 それは下手をすれば大きな痛手を負う事になる。だが、それでもRXは躊躇わない。誰がこのピンチを救うのかと自問すれば、答えは自分しかいないのだ。最後に自分を助けるのは諦めない心。いつかエリオへ教えた言葉を思い出してRXは小さく拳を握った。

 

 そんなRXの様子に邪眼が苛立ちを見せる。まだ絶望していない事や諦めが見えない事に。だからだろうか。邪眼はRXの不安を煽る。

 

「何かを思いついたようだが、無駄な事だ。我に勝てる要素はないぞ、世紀王っ!」

「違うっ! 俺は世紀王じゃない! 仮面ライダーだっ!」

 

 ゴルゴムの世紀王ではなく自分は正義の戦士たる仮面ライダーだ。その確固たる信念を告げるRX。それこそは人類を影ながら守り抜いていたヒーローの姿だった。

 

 そしてその姿をしかと受け継いだ者達がいる。本来であれば知るはずのなかった”仮面ライダー”との称号の意味を知り、それに相応しくあろうとする者達が。その中の一人は一人ジェイルラボで戦っていた。

 

「くそっ!」

「死ね!」

 

 ドラグブレードを手にして龍騎は邪眼へ斬りかかろうとするが、それを邪眼が片手から電撃を放つ事で迎え撃つ。その電撃を龍騎は間一髪かわすとそのまま一撃を加える事に成功した。軽く火花が散るもそのダメージを物ともせず、邪眼は龍騎へ拳を叩き込み更に追い撃ちとして電撃も放ちその体を大きく吹き飛ばす。

 

 床を転がる龍騎を見てアギトが悔しそうな顔を浮かべていた。あの後、変化した邪眼はその不気味な翼で飛行して龍騎を徐々に追い詰めていった。しかも強化された邪眼の耐久力はこれまで以上に高く、今のように龍騎の攻撃を敢えて受けて反撃する事もざら。それでも龍騎は未だにユニゾンを使おうとはしなかった。そう、彼は目の前の光景に耐えられなくなり一度駆け寄ったアギトへこう告げたのだ。

 

―――邪眼がファイナルを使ったらユニゾンだ。

 

 それが何を狙っているのかはアギトには理解出来なかった。サバイブでのファイナル自体はもう見ているから同じ事を邪眼もするだろう事は彼女も分かっている。だが、それを使用したらユニゾンとはどういう事なのだろうと。

 しかし、それを詳しく聞く事が出来るはずもなく龍騎はアギトを振り切るように邪眼へ立ち向かっていたのだ。現在彼女は龍騎と邪眼の戦いを見守りながら必死にその時を待ち続けている。時折危ないと思う時もあるが、いざという時に遅れないために距離を一定に保ちながら。

 

「真司! 負けるなっ!」

「おうっ!」

 

 せめて声援だけでも。そう思い、アギトは声の限りに叫ぶ。それを受けて龍騎は邪眼の攻撃を避けながらある仕草を返す。それはサムズアップ。それを見ただけでアギトは分かった。龍騎が諦めていない事を。

 五代を知る者達にとってサムズアップが持つ意味は大きく多い。故にアギトもそれを返す。そして、視線を先程から表示されているモニターへと向けた。そこには同じように邪眼相手に苦戦するライダー達の姿がある。

 

「ちくしょう……翔一にもアタシが力を貸せたら……」

 

 赤い体のアギトが邪眼相手に苦戦している。その体に猛る炎を見て彼女は悔やむ。炎の闘士といった風貌のバーニングフォーム。それとも自分ならばユニゾン出来るだろう。そうすれば邪眼に苦戦する事無く戦えるだろうに。そう思ってアギトは拳を握る。

 それだけではない。実はクウガの基本形もロボライダーもアギトはその気になればユニゾン出来るのだ。マイティフォームは炎を意味しているし、ロボライダーは炎の王子との異名を持つ。それはアギトとの適正がある事を意味しているのだから。

 

 それを知らず、アギトが自分の体が一つしかない事を悔やむ中、龍騎は邪眼相手に悪戦苦闘していた。シュートベントでの射撃は回避されるか手にした盾で防がれ、基本となる地上戦自体でも差をつけられ、更にはその地上戦さえ中々出来ないのだから。

 それでも龍騎は機会を窺っていた。必ず邪眼がとどめを刺しにくる時がやってくる。それは、きっと地上戦となる。そう、自分のファイナルと同じだとすればバイクでの突撃になるだろうからだ。

 

(耐えるんだ。俺は諦めないってあの日誓ったじゃないか! ライダーバトルを終わらせるって決めたんなら、これぐらいで音を上げる事なんか出来ないだろっ!)

 

 自分の中に抱いた叶えたい願い。それを果たすためにもこんな事で諦める訳にはいかない。追い詰められながらも龍騎はそう思って体に力を込める。倒れそうになる自分を励まし、手にしたドラグブレードを構えた。

 

「ふん、まだ抗うか」

「当然だ! 俺だって、仮面ライダーなんだ!」

 

 邪眼の言葉に龍騎は敢然と告げる。それは、彼が本当の意味での仮面ライダーの名を悪へ名乗った瞬間だった……。

 

 

「ぐっ!」

 

 アギトの体を邪眼の攻撃が襲う。それを彼は何とか両腕で防いで距離を取った。それを詰めるように邪眼が電撃を放ちながら迫って行く。アギトはその電撃をかわしながら反撃の隙を窺っていた。

 

 今、アギトと対峙している邪眼の姿は最初とは変わっていた。それは漆黒のタイタンフォーム。だが顔だけはアギトのまま。邪眼は超変身を使ってアギトを追い詰めようとしていたのだ。

 最初こそアギトも驚きを隠せなかったが、それでもクウガと救助をしていた日々や五代から聞いていた話などから能力を思い出し何とか対処する事が出来ている。それでも少しずつダメージを負う事は避けられてはいない。そんな中、アギトは一つの光明を見出そうとしていた。

 

(さっきからクウガの超変身はしてくるけどアギトの超変身は使ってこない。 てっきり温存してるのかと思ってたけどこの様子だと違うみたいだ……。そうか! あれはアギトの光がないと出来ない! なら、まだ何とかなるかもしれない!)

 

 アギトが危惧していたのは邪眼がアギトとクウガの超変身を同時に使ってくる事だった。つまり、紫の鎧を装備して防御力を高めた上で腕をフレイムフォームへ変化させて攻撃力を高めるという併用を。

 だが、邪眼は一向にクウガの超変身しか使用してこない。そこから考えてアギトは希望を見出した。そう、彼は同時に三つの姿の力を使える事が出来る。しかし邪眼は一つの姿の能力しか使えないのだから。

 

 そんなアギトの雰囲気から邪眼は何かを感じ取ったのか鼻で笑いような声を出して告げた。

 

「何を考えているかは知らんが、今の我に貴様は勝てん。もう貴様の力の全ては見せてもらったのだからな」

「それがなんだ! まだ俺は戦える。それに、俺が勝つ事を信じてくれてる人達がいるんだ。その思いが俺を勝たせてくれる!」

「馬鹿め! 思いなどで勝てるものかっ!」

 

 この魔法世界で出会った者達の顔を思い出してアギトが告げた言葉。それに邪眼は吐き捨てるように声を返し電撃を放つ。それを両腕で受け止め、アギトは一瞬だけ視線を上へ向けた。逆転のための最後の切り札。それを使うために太陽が見えるようにしないといけないと考えて。

 そのための手段はすぐに思いついたがそれを行うには少し時間がかかる。それに今は邪眼へ少しでも反撃しないといけない。そう思ってアギトはマシントルネイダーへ向かって走り出す。すると、それに呼応するようにマシントルネイダーがスライダーモードへと変化した。

 

 それに飛び乗り、アギトは邪眼へと立ち向かう。バーニングフォームは動きが遅い。それを補うためにアギトは愛機を使う事にしたのだ。だが、それだけではない。アギトがスライダーモードにしたのはもう一つ理由があった。それこそが空が見えるようにするための手段。

 

「おのれ……ちょこざいな!」

「はっ!」

 

 邪眼の攻撃をその速度を以って避けるアギト。更に距離を取り、加速をつけてその車体を傾けて邪眼へ攻撃する。ドラゴンプレスと呼ばれる攻撃法だ。それを邪眼は何とか受け止めるものの、さすがにそれには力負けしたのかそのまま壁に激突した。

 アギトはすぐにそこから離れ、もう一度距離を取ろうとする。だが、そこへ見えない何かが襲いかかる。それがアギトの肩を直撃するも彼は何とか落ちる事なく耐え切った。しかしその当たった場所からは白い煙が出ている。

 

「緑の力……」

「これならばその速さに惑わされる事もない。観念しろ、アギト!」

 

 邪眼の手には漆黒のペガサスボウガンが握られていた。邪眼はクウガと違ってその武器の要素が無くても自分が変化させた武器からなら別の変化をさせる事が出来る。邪眼はあの地上本部でクウガがやったように床の破片からタイタンソードを作り出した後、それをペガサスボウガンへ変えて攻撃したのだ。

 邪眼の余裕綽々の言葉。それを聞いたアギトはそんな言葉に真っ向から吼えた。絶望を促そうとする邪眼。それに決して屈しないとばかりに、その気持ちを示すように構えて毅然と言い放った。ここにいない多くの者達の声援を受け取ったかのように。

 

「それはお前の方だ、邪眼! 俺達の勝利を願ってくれる人が、共に戦ってくれる人がいるのなら、絶対に仮面ライダーは闇に負けないっ!」

 

 仮面ライダーとの名を聞き、それに憧れて名乗ったアギト。それは今や憧れからではなく、本物の言葉として告げられていた。闇を打ち砕く正義の光として。

 アギトと共に無人世界で仮面ライダーを名乗ったクウガもまた邪眼相手に苦戦していた。邪眼が得た金の力。それによる攻撃のために。

 

「ぐぅぅぅぅ!」

「どうだ? 今まで自分がやっていた事をされる気分は」

 

 漆黒のライジングタイタンがライジングタイタンを押さえ込む。両者の手にはライジングタイタンソードが握られている。あの後、何とか邪眼からトライアクセラーを取り返したクウガだったが、予想した通りにそこから金の力を使った各フォームとの戦いを余儀なくされていた。

 だが未だに邪眼はペガサスフォームを使っていない。その理由としてはクウガが使わないのと使うための理由がないからだ。邪眼はクウガが基本的に変わった色に対応するように自身を変化させている。それは同じ力でクウガを圧倒するためだ。

 

 実はそのためクウガは何とか邪眼に対抗出来ていた。自分の長所である超変身を駆使される事にはなったが、邪眼はそれを同じ色同士しかぶつけてきていない。それ故、クウガはやや分が悪い程度で戦況を抑える事が出来ていたのだ。

 そう、邪眼はどこかで遊んでいるとクウガは感じていた。本気で倒すつもりならば自分を全力で叩き潰せるはず。それをしないでじわじわと弄り殺すような真似をしていると。そこに何とか付け込む隙があるかもしれないとクウガは考えていた。

 

(何か……何か考えないと。俺が緑にならないと邪眼も使ってこないから、青で一旦距離を取って……)

 

 そこでクウガはある事を思い出した。そして、一つの逆転出来る可能性に辿りつく。だが、それは賭けの部分が強い。しかしクウガに迷いは無かった。それにはまず前準備がいると思い、クウガは意を決して動く。

 

「くっ……超変身!」

「無駄な事を……」

 

 クウガはライジングドラゴンへ変化し、素早く地面を転がると邪眼の腕を手にしたロッドで叩き上げる。それで邪眼が手にしたソードを落としそうになるも、次の瞬間邪眼は姿を変えて漆黒のライジングドラゴンへとなった。

 落としかけたソードをしっかりと掴み直して漆黒のロッドへと変える邪眼。クウガはそれでも構わず跳び上がった。それを追うように邪眼も跳ぶ。だが、クウガは垂直に跳び上がっていた。それに邪眼が違和感を覚えるも、そのままクウガへロッドを突き出す。その瞬間、クウガが信じられない動きに出た。

 

「ここだっ!」

「何っ!?」

 

 クウガはそれを天井を蹴る事でかわしたのだ。そしてすれ違うように床に着地して再度跳び上がる。落下を始めていた邪眼へライジングスプラッシュドラゴンを放つクウガ。それに邪眼が軽く舌打ちするも、ロッドを薙ぎ払うように動かしてクウガを弾き飛ばす。

 床に叩き付けられそうになるクウガだったが、それでも体勢を立て直すと素早く邪眼から距離を取った。それを見た邪眼は追いかける事もせずその姿を変えた。それは漆黒のライジングペガサス。同時にその手にしたロッドがボウガンへと変化し、邪眼はクウガを狙う。

 

「くぅ!」

 

 クウガの体を電撃を纏った空気弾が襲う。それでも彼は何とか青の金の跳躍力で回避した。しかし掠めた痛みのためにクウガは着地と同時にしゃがみ込むも、すぐに立ち上がって邪眼の方を向いてその姿を変える。

 緑の金のクウガ。ライジングペガサスとなり、邪眼を見つめたのだ。そこへ邪眼が再びライジングブラストペガサスを放つ。それを超感覚で見切り、クウガは危なげなくかわした。そこへ邪眼が残った片手で電撃を放つもそれも辛うじて彼は回避してみせる。

 

「おのれ……だが避けるだけでは勝てんぞ、クウガ!」

「どうかな。やってみなくちゃ分からないよ。だって、俺は……仮面ライダーだから!」

 

 それは自分が本物のクウガだからとの意味を込めた言葉。それだけではない。仮面ライダーの在り方を変えると誓ったクウガ。これは、その彼が元来の意味での仮面ライダーを名乗った事を意味していた。

 

 己が姿を模した闇へ敢然と立ち向かう四人のライダー。相手との力の差を感じながらも決して諦めないのは、その背を支えてくれている者達を知っているから。人々が彼らへ届ける祈りと願い。それがいつでもその心を強くしているのだ。

 故に彼らは負けない。屈しない。みんなの笑顔のために。その言葉を胸に拳を、蹴りを放つ。仮面に争う悲しみを隠してヒーローは戦う。自分達の力が必要なくなる日を少しでも早くするために……。

 

 

 ライダー達がそれぞれの偽者との戦いを続ける中、はやて達は怪人相手に善戦していた。その要因の一つに邪眼が見せているライダーの戦闘が関係している。RXが現れたもののそれが苦戦するのを見た時はやはり違った意味での動揺が走ったが、四人の仮面ライダーが少しも諦めていないのを理解しはやて達も同じ気持ちを持とうとしたのだ。

 

「これで死ねっ!」

「頼むぜ、シグナムっ!」

「ああっ!」

 

 ヴィータとシグナムを襲うエルフの針とライディングボードから放たれる射撃。それをヴィータが自慢の防御魔法で受け止める。その威力に少しずつひびが入っていくも、ヴィータは微塵も恐怖を感じていない。自分達の勝利を信じているからだ。

 それを盾代わりにしながらシグナムはボーゲンフォルムへレヴァンテインを変え、必殺の一撃を放つべく構えた。そして一瞬目を閉じて息を吸うとヴィータから飛び出す。いくつもの針がシグナムの体を掠め、傷を作っていく。だが、それでも彼女は怯む事無くエルフへ向かってその矢を放った。

 

「穿て! 隼っ!」

”シュツルムファルケン”

「なっ!? こんなものでぇぇぇぇ!」

 

 その一撃がエルフの攻撃を突き抜けながら進み、その体を捉えた。シグナムが告げたようにその体を穿つように突き刺さるシュツルムファルケン。その痛みにエルフの攻撃が止まる。瞬時にヴィータが魔法を解除して素早くエルフへと向かった。未だ残って飛び交う針に構わず、その体を傷だらけにしながら。

 そして手にしたグラーフアイゼンを振りかざし、その突き刺さる矢を力一杯叩こうとする。そう、それはチンクとノーヴェが生み出したコンビネーションの応用。ベルカの騎士二人による即興にして見事な連携。

 

「しまった!?」

「行け! ヴィータっ!」

「一撃! 粉砕っ!」

”テートリヒシュラーク”

 

 二人の狙いに気付いたエルフだったが、もう遅かった。ヴィータによって放たれた痛烈な一撃との名に相応しい攻撃。それがエルフの腹部に突き刺さっていた魔力の矢を完全に体内へと叩き込んだのだから。そして同時にその体も叩き飛ばし、ヴィータがグラーフアイゼンを振り抜いたと時を同じくしてエルフが爆発した。

 

 一方、はやてはシャマルとザフィーラと共にノインの相手をしていた。相手が展開した複数のウイングロードにザフィーラが鋼の軛を使ってその体当たり攻撃の速度を落とさせる。そこを狙ってシャマルがバインドを展開。それを破壊されてもはやてがフリジットダガーで追い撃ちをかける事を基本にしてノインの攻撃を防ぐか或いは弱体化させていたのだ。

 

「この……」

 

 体中のあちこちが凍結したような状態のノイン。それでも動けるところに怪人たる所以がある。だがその勢いは最初に比べれば見る影もなく落ちていた。それに反比例するようにはやて達の気迫は高い。

 

”はやてちゃん、詠唱完了です!”

「準備完了や。行くで、シャマル! ザフィーラ!」

「ええ!」

「心得ました!」

 

 はやての声で二人が飛び上がる。それにノインが何事かと視線を動かすが、はやてはそれに構わず告げた。

 

「遠き地にて闇に沈め……デアボリックエミッション!」

 

 それは本来であればはやてを中心とした広範囲型殲滅魔法。だが、今はそれをツヴァイが範囲を制御する事で辛うじてノインだけを収める程度に調整していた。ノインは急いでそこから逃れようとするが既に魔法の範囲外には無数の棘が出現している。

 

「逃がさんっ!」

「ちっ!」

 

 ザフィーラの魔法に逃げ道を塞がれたノイン。だが、それでも諦めずに棘を砕こうとしたのだろう。そのまま棘に向かって拳を叩きつけようとして―――その動きが拘束された。幾重にも施されたバインドとクラールヴィントのワイヤーによって。

 

「これで終わりよっ!」

「こんなものぉぉぉぉ!」

 

 それでもノインは自慢の力でそれらを破壊しようとする。だが、それが叶う事は無かった。シャマルの拘束が砕かれようとした瞬間、二色の魔力光が新しくバインドを施したからだ。それはヴィータとシグナムのもの。

 それが再びノインの動きを封じる。ザフィーラとシャマルがそれに気付き、二人へ視線を向けて力強く頷くと再度バインドを施す。それにヴィータとシグナムも同じように頷き返した。その時には彼ら四人の視線は揃ってノインではなく一人の女性へ向けられている。

 

「こいつで決まりやっ!」

”無に返るですっ!”

「があぁぁぁぁっ!」

 

 その体を襲う強力な魔力攻撃に苦しむノイン。はやてがこの魔法をとどめにしたのには理由がある。今はここにいないリイン。それが得意とした魔法がこれだったのだ。共に戦う事が出来ないリインの分として、はやてはツヴァイと共にこれを選択した。文字通り八神家の総力を結集させるために。

 その結果、ノインは威力に耐え切れなくなったのか体中から火花を噴出させて散った。それを見届け、何も言わずにヴィータとザフィーラは動力炉へ向かって走り出す。それと同時にはやて達はフェイト達の援護に向かう事無く来た道を戻り出した。フェイト達はそれに気付くも何も言う事無く戦い続ける。

 

 今、自分達がするべきは何か。それを誰もが理解している。そして信じていたのだ。互いの成功と勝利を。故に迷いはない。フェイトは遠ざかるはやて達を見て、小さく一度だけ頷くとエリオとキャロへ向かって告げた。

 

「私達もこいつを倒してRXの助けに行くよ!」

「「はいっ!」」

 

 二人が返事をするのと同時にフリードが吼えた。それにフェイトは一瞬だけ笑みを浮かべるも、すぐに凛々しい表情へ戻して眼前のズィーベンを睨む。その体は軽く傷を負っていた。

 放たれる羽をフリードが火炎で燃やし、それで迎撃出来なかった分をエリオが魔法で焦がして道を作り、そこをフェイトが駆け抜けるのをキャロがブースト魔法で支援して確実にズィーベンへダメージを与えていた成果だ。

 

 だが、それはあまり大きなダメージではない。もたもたしていると回復されてしまう程度。故にフェイトはここで自分の最後の切り札を切るつもりだった。

 

「バルディッシュ!」

”ライオットフォーム”

 

 手にしたザンバーが双剣へと変化していく。それがリミットブレイクと言う名のフェイトの最後の切り札だ。しかし、これはまだその一つの姿でしかない。フェイトが体を襲う負荷に微かに表情を歪める。それでも彼女は毅然とズィーベンへとその速度を活かして立ち向かっていく。その姿、まさに閃光。

 放たれる羽を物ともせず切り払いながらズィーベンへと果敢に斬りかかるフェイト。それと同じくしてエリオもストラーダを手に突撃を敢行した。羽を腕や肩に受けて感じる痛みと脱力感。それらを捻じ伏せるようにして血を流しながら彼は進む。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

”スピーアアングリフ”

 

(諦めない! 絶対に僕は諦めない! フェイトさんを、光太郎さんを助けるためにっ! そして、キャロを守るために!!)

 

 胸に抱くはあの日の決意とあの日の言葉。手助けしたいと願った女性への想い。それに対して憧れる男性が与えてくれた信念。そして、今や共に支え合う仲となった大事な相手への密かな気持ちさえ込めて、エリオは雷光のように加速していく。

 

(私だけの強さ、見つけましたフェイトさん。私には、フェイトさんが、光太郎さんが、そしてエリオ君がいてくれる! だから……もう何も怖くないっ!)

 

 そんなエリオをキャロが後押しをする。自慢のブースト魔法に大切な相手である小さな槍騎士へのありったけの思いを込めて。一度として目を逸らす事無く、力強い視線をエリオへ向けたままに彼女は告げた。

 

「我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に駆け抜ける力を!」

”ブーストアップ アクセラレイション”

 

 エリオの速度がそれによって更に加速し、閃光となってフェイトと並ぶ。二対の閃光はズィーベンの両翼を見事に貫いた。

 

「ギャアァァァァ!!」

「くっ……」

「エリオ!?」

 

 だがエリオは着地すると同時に羽による出血と脱力感からしゃがみ込んだ。それでもその目には力がある。だから彼は心配するフェイトへ視線を向けて叫んだ。

 

「フェイトさんっ! 今はとどめを!」

「エリオ……任せてっ!」

 

 その眼光がどこか光太郎のように感じられ、フェイトは息を呑むもすぐに頷いて手にしたバルディッシュを再びザンバーの姿へ戻す。しかし、それは従来のザンバーとは違う。それこそフェイトの切り札の最後の姿、ライオットザンバーだ。

 それを振りかざし、フェイトは翼を失い苦しむズィーベンへ猛然と斬りかかる。フェイトが振り上げた両腕を見て、キャロが再びブースト魔法を使う。母のようにも姉のようにも接してくれた女性を支えるために。

 

「猛きその身に、力を与える祈りの光をっ!」

”ブーストアップ ストライクパワー”

 

(エリオ、キャロ、ありがとう。二人の想い、受け取ったよ。だから、この一撃で終わらせる!)

 

 その魔法を受け、フェイトはズィーベン目掛けて大上段からの一撃を放つ。その一撃を放たせるために動いてくれた二人の子供達への想いを乗せて。

 

「一刀! 両断っ!」

「創世王様ぁぁぁぁ!」

 

 フェイトの全力による魔力刃での斬撃はズィーベンを見事に捉えた。その大量の魔力エネルギーがその体内へ送り込まれ、それに耐え切れずズィーベンは爆発四散する。それを見届け、フェイトはふらりと体を揺らして座り込んだ。

 リミットブレイクと呼ばれるライオットは多大な負荷を体に与える。それを短時間とはいえ行使したためだ。キャロはフリードへエリオの事を託すとフェイトへと駆け寄った。そしてすぐに回復魔法を使ってその体を癒す。

 

 フリードはエリオに刺さった羽を燃やすために口から炎を吐き出した。それは彼へ向けられる事はなくその近くへと向けられている。エリオはその意図を察して体を動かし羽だけをその炎で焼いた。

 

「ありがとうフリード」

 

 エリオはフリードへ礼を述べつつ羽を何とか焼いていく。それに伴い体を襲っていた脱力感が軽減出来た事を確認し、エリオはフェイトとキャロの傍へと近寄る。フェイトもキャロもエリオの姿を見て安堵したような表情を返した。だが、エリオはある事を念話でキャロに提案しながらそれを口頭でフェイトへも告げた。その内容にフェイトは不思議そうな表情を返す事となる。

 

「フェイトさん、僕らは動力炉に行こうと思います」

「え?」

「ヴィータ副隊長とザフィーラさんだけでも大丈夫とは思うんです。でも、もしかしたらって」

 

 エリオはキャロの言葉を簡単に説明した。動力炉が強固な物だとすれば、その破壊に時間を取られる可能性がある。そこへ自分とキャロが行けば加速を加えたりブーストによって破壊力を増させる事が出来るために時間を短縮出来るはずだと。

 フェイトはその目的がヴィータとザフィーラの早期戦線復帰だと理解し、許可を出すように頷いた。彼女の判断に笑みを返してエリオとキャロはフリードを元に戻して動力炉を目指して走り出す。それを見送り、フェイトは自分へ喝を入れるように息を吐いて立ち上がる。そして来た道を戻り始めた。RXを助け、この戦いを終わらせるために。

 

 

 

 ラボ内にある訓練場。そこでヴァルキリーズは邪眼と戦闘していた。食堂では跳躍力を活かしきれないと感じた邪眼が場所を移動したためだ。そこでヴァルキリーズは邪眼を相手にしているのだが、初めの頃の善戦が嘘のように苦戦を強いられていた。

 その原因は邪眼がISを使い出したからだ。それはライドインパルス。トーレのISだ。その超高速機動に撹乱されるヴァルキリーズ。トーレとセッテ、ディードは何とかついていっているがノーヴェがやや置いて行かれ出したために連携が乱れ始めたのだ。

 

「ちっ! 奴め、速度はドライよりも上か!」

「ちょっと不味いわね。ノーヴェちゃんが結構攻撃力的に通用してたから、トーレ姉様達が決定力不足になり出してるわ」

 

 チンクは援護のスティンガーを投げる事が出来ず、悔しそうに眼前の光景を見つめた。クアットロもやや焦りを表情に浮かべている。二人の目の前には懸命に邪眼の動きについて行こうとするノーヴェとそれに苦しみながら対処しているトーレ達の姿がある。ディエチやオットーにウェンディの三人もその援護の手が止まりがちになっていた。速度が速すぎるため、下手に攻撃するとトーレ達に当たる可能性が大きいからだ。

 

「オットー、どうする?」

「今は待つしかないよ。幸い、邪眼は優先的にトーレ姉様達前線組を狙っている。なら、僕らは姉様達が邪眼の動きを鈍らせてくれるのを信じて備えよう」

「今は耐える事がアタシらの戦い……ッスね」

 

 ウェンディの言葉にオットーが頷き、それを見てディエチも分かったとばかりに頷いた。姉達が命懸けで戦うのを見守る事しか出来ない自分達。それに堪らない悔しさを覚えるも、それを来たる時まで溜めて邪眼にぶつけようと。そんな三対の視線が見つめる先では、凄まじい速度で動く邪眼へ必死に喰らいつこうとするトーレ達の姿があった。空戦三人は邪眼の速度に振り回されながらも諦める事無く追随していた。

 

「くっ……追いつけん!」

「防ぐ事は出来ても攻撃が……っ!」

「速さが……違い過ぎます」

 

 トーレはブレードを使って邪眼の攻撃を牽制もしくは防御していたが反撃が一向に出来ない。それはセッテも同じでスローターアームズを使う暇さえなかった。防戦一方。そんな言葉が見事に当てはまるのだ。

 ディードは瞬間加速で邪眼の攻撃タイミングをずらす事で対応していたが、それはあくまで防御にしか有効ではない。攻撃には瞬間加速の速度は遅いのだ。常に超高速で動く邪眼相手にはそれ以上の速度を以ってしか対抗出来ないと現状三人は考えていた。

 

「ふん、所詮は出来損ないよ。我に勝てると思うな!」

 

 両手から電撃を放とうとする邪眼。しかし、その体を何かが壁のように受け止め狙いを逸らす。それはエアライナー。ノーヴェが展開した空駆ける道だ。

 

「何だとっ!?」

「へっ! こういう使い方も出来んだよ!」

 

 超高速戦闘になってからは完全に置いて行かれてしまったノーヴェだったが、だからこそ何か出来る事はないかと考えていた。そこで思い出したのが初めての模擬戦でセッテのブーメランブレードを弾き飛ばした時の事。

 自分のISならば、邪眼の障害物として展開出来るのではないか。そう思い、ノーヴェは実行に移した。一瞬でも隙を作る事が出来れば。僅かにでも動きを鈍らせれば。そう、後は姉妹達が何とかしてくれると信じて。

 

 そして、その考えは微塵たりとも間違ってはいなかった。それを見た瞬間、邪眼以外の全ての者が目を輝かせたのだから。瞬時にそこからの戦術を組み立てるウーノ。それを聞くまでもなく察して動いたのは、当然姉妹の中でもトップクラスの速度と戦闘経験を持つ者だった。

 

「そこだっ!」

 

 トーレがまるでノーヴェの行動を予期していたかのような動きで邪眼へダメージを与える。それが、ここから始まる大反撃の開幕の合図だった。エアライナーで体勢と速度を殺された邪眼へ、トーレがかまいたちのように傷を与えて行く。

 

「行けっ!」

 

 セッテはそれと合わせるようにブーメランブレードを投げつけ、それを見事に操作していく。トーレの攻撃する場所とは逆方向を攻撃していくブレード。それに邪眼が体勢を整えようと上へ動くもそれは既に察知されていた。

 

「させませんっ!」

 

 ディードは邪眼が必ず上に逃げるだろうと読んでいた。側面はトーレとセッテが押さえ、下にはノーヴェがいる。そう、意図的に上方を隙として作ってあると気付いたのだ。故にそこへ待ち伏せた。邪眼が少しでも動きを見せた瞬間、その加速力を活かした一撃を叩き込むために。その華奢な体からは想像も出来ないような重い一撃を受け、邪眼が再び体勢を崩す。そこへ、嵐の如き閃光が走る。

 

「逃がさないっ!」

 

 ディードの動きはオットーにとって予想通りだった。だからこそ、ディードが邪眼へ攻撃を加えた直後に自身のISを発動させる事が出来たのだから。おそらくノーヴェがやった方法はもう通用しない。ならば、この機会を逃せば邪眼を倒す事が出来なくなる。オットーはそう考え、もう邪眼がISを使えないようにダメージを与え続けるしかないと判断した。それを理解したようにそこへ更なる閃光が華を添える。

 

「これでっ!」

 

 イノーメスカノンから放たれたディエチの全力砲撃。普段は心優しく大人しい彼女。だが、だからこそ戦いを生み出す邪眼は許せなかった。しかも自分達の家を奪い、真司達へ自分達そっくりの姿をした分身を向かわせた事も同じく。怒りの砲撃はレイストームの光と挟み込むように邪眼の体を襲っていた。そこから抜け出そうとする邪眼。しかしそれが叶う事はなかった。

 

「まだまだッスっ!」

 

 限界を超えた出力のエリアルキャノンがその動きを阻止する。ウェンディは邪眼の体を吹き飛ばす程の威力でそれを放った。ライディングボードが少々熱から溶けた事からもそれがどれだけの無理をさせたのかが分かる。壁に叩きつけられ、地面へと落ちた邪眼。すると、その足が地面へと引きずりこまれた。それに邪眼は気付くも訓練場はそもそもどれだけの攻撃をしてもいいように作られている。故に邪眼が全力で叩く事にも耐えるだけの耐久性があった。

 

「これでしばらくISは使えないよっ!」

 

 セインはそんな邪眼から離れた場所に出現し姉妹達へそう告げる。彼女は戦闘向きではない自分の力を有効に使える状況を待っていた。だからこそ、教育を担当していたウェンディと連携して今の状況を作り出したのだ。

 そうして身動きが取れなくなった邪眼へ走り出す者がいた。その者は手にした武器を構え、邪眼へと突き出そうとしている。それはドゥーエ。邪眼はそれを見て動く両腕を使って電撃を放とうとするのだが、突然彼女の姿が消えた。そして瞬時にその姿が増えて現れる。

 

「やらせないわよっ!」

 

 クアットロはそう言いながら邪眼を鋭く睨む。それに邪眼が忌々しげな雰囲気を見せると昔の狡猾な笑みを返して笑ってみせた。クアットロはウーノを経由してドゥーエの狙いを知り、それを援護するために動いた。

 敬愛する姉の一人であるドゥーエ。その理由は彼女の中では今と昔で若干異なる。昔は味方に優しく敵に容赦なくが信条だったドゥーエに尊敬の念を抱いていたクアットロ。しかし、今はそれに加えて愛する者のためなら危険にも平然と飛び込んでいける事もその対象だった。

 

「もらったわっ!」

 

 幻影に気を取られる邪眼へ姿を消したままドゥーエは頭部へとピアッシングネイルを突き立てた。その瞬間爪先が折れるも邪眼から痛みに呻く声が上がる。それに恐ろしい笑みを浮かべるも、ドゥーエは追撃を止めすぐにそこから離れる。

 思い出したのだ。真司と初めて会った際、言われた言葉を。戦闘向きじゃないから戦わずに逃げて欲しいとのものだ。自分は戦闘型ではない。故に必要以上の攻撃は禁物だと。離れるドゥーエへ気配を察知したのか邪眼が電撃を薙ぎ払うようにして放った。それがドゥーエに直撃しそうになった瞬間、それを代わりに受ける者がいた。

 

「そうはさせんっ!」

 

 チンクは強化されたシェルコートでそれを受け止めると、苦痛に表情を歪めつつもお返しとばかりにスティンガーを投げ放つ。それが邪眼の腹部へと殺到し次々と突き刺さって行く。そして、それを見て誰もが思った。勝つにはここを物にするしかないと。

 

「今よっ!」

 

 ウーノは戦術の全てを伝える事無く理解し、やってのけてくれた姉妹達に感謝すると共にそう力の限りに叫んだ。それを背に受け、凄まじい勢いで駆け抜けていく者がいた。

 

「家から出てけぇぇぇぇぇっ!!」

「ば、馬鹿なぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ノーヴェの渾身の一撃がスティンガーへ叩き付けられる。それは刺さっていた全てのスティンガーをその体内へと深く突き入れた。だが、地面に突き刺される形となっている邪眼はそこから動く事はない。

 だからノーヴェはエアライナーを展開しそのまま上方へと駆け抜ける。それと同時にチンクがスティンガーを爆発させた。全てのスティンガーによる爆発力は邪眼を内部から破壊させ、その体を内側から崩壊させる。訓練場に起きる激しい爆発。それをヴァルキリーズは呆然となりながら見つめた。

 

 やがてそれが完全に収まったのを受け、ウーノが確認作業を開始。それを誰もが固唾を呑んで見守る。やがてそのウーノの手が止まり、静かに告げられた言葉は……

 

―――反応……消失。私達の……勝ち、よ……っ!

 

 勝利の報は涙と共に告げられた。それに誰もが同じように涙を流す。まだ終わってはいない。だが、今だけは、今だけは勝利に少し浸らせて欲しい。そう誰もが思いながら涙を流していた。取り戻したと。自分達の家を、今、この手で取り戻したのだと思う事を許して欲しいと。だが、それも本当に少しの間だった。すぐに全員が目元を拭い、視線をモニターへと移す。

 

 そこにはジェイルの研究室近くで戦う龍騎の姿があった。苦戦をしながらも決して諦めず、泥臭ささえ感じさせるように必死に抵抗している姿が。それに誰もが一瞬笑みを浮かべて頷いた。

 

―――行きましょ。真司君を助けるために。

 

 そのドゥーエの言葉に全員が凛々しい表情で頷き返してその場から走り出す。本当の意味で家を取り返すために。

 

 

 

「これでも喰らいな!」

「このっ!」

 

 スバルはゼクスの鋭い爪を何とか受け止める。だが拮抗出来るのはほんの僅か。すぐにその怪人の力に押し込まれる。それを助けるべくギンガが背後から攻撃するのだが、それでもゼクスは動じない。そこで彼女はゼクスへ零距離のリボルバーシュートを炸裂させた。

 それにはさすがにゼクスも体勢を崩し、スバルはならばと同じ事を行う。互いにゼクスを盾にしながらリボルバーシュートを放つナカジマ姉妹。それにゼクスの力が弱まったのを感じてスバルは素早く体勢を整える。

 

 あの後、スバルとギンガはティアナの提案通りゼクスとの接近戦を挑み続けていた。ISを使われないようにするため、いつも以上に距離を詰めながらだ。そのため、二人は普段以上の緊張と危険を強いられている。それでも二人は文句も言わず懸命に戦っていた。

 ティアナは今もウイングロードの上から二人の戦闘を見つめていた。しかし、ゼクスはそちらへの注意をもう払っていない。ティアナはゼクスが姿を見せた瞬間から少しも動く事無く様子を窺っていたのだ。

 

「どうやら、あいつはお前達を見捨てたみたいだね」

「ティアがそんな事する訳ない! 勝手な事言うな!」

「そうよ! ティアナには何か考えがあるんだから!」

 

 ゼクスの言葉に二人はそう返して構える。確かに先程からティアナがまったく援護も何もしない事は気付いていた。それでも、二人はティアナを信じていた。きっと何かゼクスを倒す手段を考えているのだろうと。故にその信頼は揺るがない。その二人の無条件の信頼がゼクスには腹立たしい。少しとして不安も疑心も抱かない事に怒りさえ覚えるのだ。

 

「はっ! 言ってなよ。ISを使われたら、あたしに手も足も……」

 

 そうゼクスが馬鹿にするように告げようとした瞬間だった。その体へ一筋の射撃魔法が叩き込まれたのは。ゼクスはその襲撃でよろめきながら何が起きたのか理解出来なかった。一方でスバルとギンガはそれを見るなり瞬時に動き出した。

 その魔力光はオレンジ。ティアナの魔法のクロスファイヤーシュートだったのだ。本来は複数の魔力弾で攻撃する魔法だが、ティアナはそのバリエーションとして魔力弾を収束させる事で簡易的な砲撃魔法へと昇華させた。

 

 しかし、少しとしてウイングロードのティアナは動きを見せていない。ゼクスが一体何故と思った時、その体がバインドで拘束される。そして、それと同時にティアナがゼクスの側面に現れた。

 

「なっ!?」

「今よっ!」

「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

 その光景に驚くゼクスを無視するようにティアナは叫ぶ。ティアナはゼクスが自分から意識をスバルやギンガへ向けたのを察し、気付かれないようにフェイクシルエットと併用しオプティックハイドという姿を消す事が出来る魔法を使って密かにウイングロードから移動していた。そしてそのまま彼女は待っていたのだ。ゼクスを倒せる瞬間が来るのを。

 スバルとギンガのリボルバーナックルが唸りを上げると同時にカートリッジが排出される。そのまま二人は動けないゼクスへその拳を叩き付けた。その衝撃にゼクスが軽く呻く。更に同時にそこからリボルバーシュートを放ちゼクスへダメージを与えた。

 

「「よしっ!」」

「間を開けないで! 一気に畳み掛けるのよっ!」

 

 二人の手応えを感じて漏れた言葉にティアナは鋭い声を出す。するとギンガが素早くゼクスへ再度バインドを施した。ISを使われないためだ。ゼクスがそれに気付いて即座に拘束を解こうとするもスバルがとどめとばかりにその左拳を腹部に叩きつける。その目の色を金色に変えて。それは、スバルがどこかで忌避していた力。しかし、目の前の相手には相応しいと思えた力。

 

「IS、振動破砕っ!!」

「あ、あぁぁぁぁぁ!?」

 

 スバルの戦闘機人としての技。その最初で最後であろう発動。それはISに頼り切り、相手にその事への対策をさせたゼクスへの戦闘機人としてのスバルなりの餞別だった。

 

「こ、この力は……使えないはずじゃ……」

「使えないんじゃない。使わなかったんだよ。……昔はこれを使うと自分が嫌でも人と違うって思うからだった。でも、今は違う。これは私の切り札だからだっ!」

 

 振動破砕によって内部構造を崩壊させられていくゼクスへスバルはそう言い切った。きっと自分の事を知っていただろうぜクス。だが自分のISへの警戒はまったくといっていい程していなかったのを理解していたのだ。

 まるで自分のISがどれ程戦闘機人へ効果を発揮するかを忘れているように。そして目の色を普段のものへと戻したスバルは、今度こそ本当の終わりとばかりにそこから残した右腕に魔力を収束させていく。それは、魔導師としての彼女の自慢の技。

 

「一撃っ! 必倒!!」

 

 その言葉にありったけの想いを込めて。それは”人間”スバル・ナカジマとしての渾身の一撃。

 

「ディバイィィィン……バスタァァァッ!!」

 

 脆くなったゼクスを青の魔力光が吹き飛ばして行く。ティアナはその光景に安堵し、ギンガはゼクスの消滅を確認すると二人へ視線を向けて告げた。

 

「今フェイトさんへ連絡したら、向こうも怪人を倒してライダーの援護に向かってるらしいわ。だからライダーの方はフェイトさん達へ任せて、私達はなのはさんを助けに行きましょ!」

 

 その言葉を聞き、ティアナとスバルは頷き返してモニターを見た。そこに映るライダー達は苦戦しながらも少しずつではあるが形勢を変えつつある。それに希望を見出し、スバルはティアナやギンガと共に走り出した。目指すは玉座の間。そこにいるなのはと共に邪眼の本体と戦うために。そして、ヴィヴィオのコピーを止めるために。

 

 そのコピーである女性と対峙しながらなのはは必死に呼びかけ続けていた。突然体の自由を失って暴れる女性を落ち着かせるその目は哀しみを宿している。

 

「頑張って! 絶対止められるはずだから! 貴方の体なんだよ!」

「それが……嫌っ! どうして言う事を聞いてくれないのっ!?」

 

 なのはの言葉に答えながら女性はその拳を容赦無く振るう。それを避け、時に防ぎ、なのはは懸命に言葉を掛け続けていた。どこかで女性の動きは邪眼によるものだと考えてその内心に怒りを抱いて。

 ここにいるはずだった邪眼。それが何故かいない。その事がずっとなのはの中で気になっていたのだ。必ず自分達を見ているはずなのにと。その理由は出現しているモニター。自分達だけではなく他の場所さえ映し出しているそれを制御しているのは邪眼のはずなのだ。

 

(もしどこかで様子を見ているとして、それがライダー達の場所ならライダー達が気付くはず。でも、そうじゃないのなら……)

 

 自分のいる玉座の間しかない。そう結論付け、なのはは魔力弾を装いサーチャーを放つ。先程から見られているような感じがするのだ。そこへ女性が猛烈な勢いで迫る。その繰り出される拳を辛うじて受け止めるもなのはは表情を歪ませた。

 

「お願いっ! 私を止めて!」

「でもっ!」

「怖いの! 私が私じゃなくなってるみたいで……だから助けてっ!」

「っ!?」

 

 女性の言葉と表情になのはは息を呑んだ。ヴィヴィオに重なって見えたのだ。助けを求め、縋るような目。自分に起きている事が怖くて仕方ないとばかりに怯える顔。それを見て、なのはは意を決した。その手にしたレイジングハートを握り締め、女性へ真剣な眼差しを向ける。それに女性も気付き、その言葉を待った。なのはは拳を防御魔法で受け止めつつ女性へ問いかける。

 

「かなり痛いかもしれないけど……我慢出来る?」

「……うんっ!」

 

 なのはの言葉に女性はどこか嬉しそうに頷いた。それになのはも小さく微笑みを見せるが、すぐにそれを消して叫ぶ。

 

―――レイジングハート! ブラスター、行くよ!

―――ええ、いつでもどうぞ。

 

 それは、なのはの切り札。そして同時に諸刃の刃。自身の能力をブーストさせるブラスターモード。それは、フェイトのライオットと同じくリミットブレイクと呼ばれる最後の切り札。

 なのはの声に呼応しブラスタービットと呼ばれる物が出現する。それはなのはとレイジングハートが制御する魔法の補助的役割を果たす物。それを使い、なのはは女性の事を止めようとしていた。

 

 思い出したのだ。ジェイルがヴィヴィオに関して言っていた事を。レリックを使ってその力を解放させる。それを思い出し、非殺傷魔法によるダメージでレリックだけを破壊しようと考えたのだ。

 

「まずは動きを止める……」

「あぁぁぁぁ!」

 

 なのはの動きを阻止するかのように女性が襲い掛かる。だが、その動きは始めの頃と比べてどこか切れがないと感じられるもの。やはり無理矢理動かさせられるのを嫌がっているのがその原因だろう。なのははそう思いながらその攻撃を何とか受け止める。

 そして同時にビットが女性の腕をバインドで拘束した。それはなのはが初めて習得した高位魔法。レストリクトロックと呼ばれる魔法だ。更にそれが足にも出現し完全に女性の動きを止める。準備は整った。そう判断しなのははレイジングハートを構えて女性へ告げる。それは、強くも優しい声。ヴィヴィオに対してかける母親の声。

 

―――怖いかもしれないけど、絶対大丈夫だから。

 

 その手はサムズアップをしていた。それを見た女性は、何故かそれに安心感を覚えたのか柔らかく笑みを見せて頷いた。それになのはも頷き返して叫ぶ。

 

「これが私の全力全開っ!」

”スタンバイレディ”

「スターライト! ブレイカァァァァァッ!!」

 

 ありったけのカートリッジを使ってまでの収束魔法。それはなのはの自慢の一撃、スターライトブレイカーだった。女性へ向かって放たれる星光の輝き。ビットからも放たれたそれを女性は受け止める。

 その凄まじい奔流は女性を飲み込み、その体を強烈に痛めつけていく。苦しみ叫ぶ女性の声を聞きながらもなのはは決してその勢いを弱めようとはしない。だが、その表情は悲しみに歪んでいた。こんな事をしなければ助ける事が出来ない己の未熟さに。そして、自分のために女性を利用した邪眼への怒りも込めて。

 

「ブレイク……シュゥゥゥゥトッ!!」

 

 その声と共に砲撃がより一層激しさを増して女性を襲う。すると、女性の体から紅い結晶が出現した。レリックだ。それがなのはの砲撃により見事に砕け散る。それを合図に砲撃は消失した。なのははブラスターの負担からしゃがみこむものの、すぐに顔を上げて目の前を見た。

 そこには、幼い少女が倒れていた。ヴィヴィオと同じ外見の少女が。それを見た瞬間、なのはは立ち上がってその傍へ駆け寄った。倒れ込むその体を優しく抱き抱えるために。そっと慈しむように少女の体を抱きかかえるなのは。その温もりに少女は目をゆっくり開けてなのはへ視線を向けた。

 

―――……助けてくれてありがとう。

 

 その瞬間、なのはは目に涙を浮かべた。だが、それを落とす事無く頷き、笑みを返して告げる。

 

―――どういたしまして。

 

 その瞬間、レイジングハートが点滅した。それが伝えた内容になのはは戸惑う事になる。レイジングハートが告げたのはサーチャーによるエリアサーチの結果。その内容は玉座の間には邪眼の反応はなかったとの報告だったのだから。



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REVOLUTION OF DEEP BREATH

力のみで相手を圧倒しようとする怪人。それに対し、己の全能力やマシンを駆使してライダーは対抗する。逆転の切っ掛け、それは諦めずに抗い続ける先に……。


 少女を抱き抱えたまま、なのはは周囲に自分達以外誰もいないとの報告に戸惑いを露わにしていた。視線のようなものはずっと感じている。しかし、レイジングハートは一切反応がないと応じていた。それに疑問が隠せないなのはだったが、それでも意識を切り替えてすぐに次の指示を出す。

 

「……レイジングハート、一応他のエリアもお願い」

”大丈夫ですよ。既に捜索中です”

「ありがとう」

 

 自身の思考を察しての相棒の返事に感謝しつつ、なのはは腕の中で眠る少女をどうするかと考えていた。ヴィヴィオと同じく聖王のクローンとも呼べるその存在は今後厄介なものになる。だが、それでもなのはには一つしか選ぶ道はない。少女はヴィヴィオの妹も同じ。ならば彼女の娘も同然なのだから。

 そう思い、なのははもう一度優しく少女を抱きしめる。その温もりに軽く微笑むなのは。そこへ聞き覚えのある音が聞こえてきた。その音が意味する事に気付いたなのはは安堵の表情を浮かべて視線を動かす。そこには予想通りスバル達がいた。

 

「「「なのはさんっ!」」」

「スバル、ティアナ、ギンガ……」

 

 どこか喜びを浮かべながら走ってくる三人へなのはは微笑みを返した。自分が無事だった事に安堵しているのだろうと、そう考えてなのはも喜びを表情に込める。それを感じ取りながら三人はなのはの腕の中に納まっている少女へ視線を向けた。

 

「この子が……」

「うん、ヴィヴィオのコピーの子」

「もう大丈夫なんですか?」

「レリックを破壊したし、もう戦う理由もないからね。後は邪眼を倒すだけなんだけど……」

 

 スバルとティアナの言葉になのははそう返していきながら表情を曇らせた。この少女の目の前ではそれは難しいと分かっているのだ。少女が暴走した原因は確実に邪眼。だがそれを少女へ証明する手立てがない以上、邪眼は彼女にとっては父親のままだからだ。

 ティアナもその事へ気付いたのか悔しげに唇を噛んでいる。スバルは眠る少女の横へ屈み、その髪を優しく撫でていた。幼い少女を自分勝手に戦場へ送り込んだ邪眼への怒り。それと共にこみ上げる少女と戦わず済んだ事への安堵感をその手にのせるように。

 

 そんな中、ギンガは一人周囲へ視線を動かしていた。邪眼がいないので不思議に思っているのだ。ギンガもなのはと同じく邪眼がここで待ち構えていると思っていたのだから。その様子になのはも気付き、先程のレイジングハートからの報告を伝えた。それに彼女達は戸惑うが、今は更なるエリアサーチの結果待ちとの言葉に頷いて周囲の警戒を始めた。

 

 未だに出現しているモニターには邪眼と戦うライダー達の様子と様々な場所が映っている。と、そこでティアナがある物に気付いた。

 

(あれ、今通り過ぎたのって……?)

 

 ゆりかごに進入する際作った入口から何かが入り込んだのだ。一瞬しか見えなかったそれはアギトがいる方向へと向かって行く。ティアナはその影に見覚えがあったが、どうしてそれがアギトのいる方向へ行ったのかまでは分からなかった。

 しかし、それがアギトの助けになると理解していたので不安はない。別のモニターへ目を向ければフェイトは走りながらではあるがライダー達へ向かっているし、はやて達もアギトの戦っている場所へ近付きつつあった。クウガへの援護にはそのままシャマルかシグナムが行くのだろうと予想し、ティアナは呟く。

 

「龍騎にはヴァルキリーズがいるからいいとして、残るは邪眼の本体だけ、か」

 

 その本体がどこにいるのか分からないがおそらくライダー達が負けるか勝利するまで現れないだろう。そう結論付け、ティアナはスバルとギンガになのはの護衛を任せ、自分は少し体を休める事にした。先程のゼクスとの戦いで魔力を消費したためだ。それを受け、ギンガはスバルと共になのはの傍に立ち、どこから襲われてもいいようにしていた。だが、ティアナが座ったのを見てその視線を周囲から動かさずにスバルへ声を掛ける。

 

「スバル、貴方もちょっとだけ休みなさい。さっきIS使ったでしょ?」

「ありがとギン姉。でも大丈夫だよ。そこまで長い時間じゃなかったし」

「それでもよ。休めそうな時に休んでおきなさい。……ほんの少しの差が勝敗を分けるかもしれないんだから」

 

 ギンガの噛み締めるような声にスバルは黙った。そう、ライダー達が勝利した後待っているだろう邪眼との決着。それは今までとは比べ物にならないぐらいの激戦だ。そんな時に疲労を残していてはどうなるか分からない。そうギンガは考えていた。スバルもそんな考えを察したのか小さく頷くとギンガへ明るく声を掛けた。

 

「なら少しだけ休ませてもらうね」

「うん、私もティアナが休憩終わったら休ませてもらうわ」

 

 ギンガはそう言うと優しく笑みを見せた。それにスバルも頷き、その場に座り込んだ。なのはは二人のそんなやり取りを聞きながら微笑む。やはり姉妹はいいなと改めて思って。笑みを浮かべたままなのはは少女へ視線を落として頭を撫でた。出来れば眠っている間に決着を着けたいと、そう願うように……。

 

 

 

 目には見えない空気弾がクウガを襲う。しかしそれを彼はペガサスの超感覚で視認し避ける。それに苛立ちを感じながらも邪眼は再度射撃を行う。そんな事を両者はもう何度か繰り返していた。だが、遂にその転機が訪れる。

 それこそクウガが待ち望んでいた瞬間。そしてクウガの賭けが成功した瞬間でもあった。クウガを襲う空気弾が途絶え、何かが床へ落下する音だけが響く。クウガはそれに気付き、視線を邪眼へと向けた。そこには……

 

「な、何故だ……? 何故力が失せていくのだ!?」

 

 そこには漆黒のグローイングフォームがいた。足元にはペガサスボウガンから戻ったただの瓦礫が転がっている。それを確認しクウガは体を赤へと戻すと邪眼へ向かって静かに告げた。

 

「時間が来たんだ」

「時間だと?」

「緑の力は感覚が鋭敏になるんだけど、それでアマダムに凄い負担をかけるみたいで制限時間があるんだ。それを過ぎると二時間変身出来なくなる」

 

 クウガはそう言い切って邪眼を見つめた。本来ならばクウガの姿でもいられないのだが、邪眼はグローイングフォームのままだった。邪眼は変身不可能ではなくクウガの本来の力を失った状態で止まっているのだろうと、そう判断しクウガは邪眼の反応を待った。

 実は邪眼が緑の姿を取った時、既にクウガの賭けは半分成功していたのだ。ペガサスフォームの制限時間を知らない邪眼。それを突いての逆転を成し遂げるには先に邪眼をペガサスへ超変身させなければならなかったために。

 

 故に、邪眼がペガサスへ変わった時点でクウガは姿を戻さないように自分もペガサスへ超変身し時間を稼いだのだ。そして、結果は彼の予想通りとなった。

 

 クウガから告げられた情報に邪眼は驚き、戸惑う。自分が知っていて邪眼が知らないクウガの弱点。それこそ、五代雄介が本物のクウガである証明。自分の長所も短所も把握し、迷い悩みつつも前へ進む五代雄介。みんなの笑顔のためにとの信念を持つ彼が変身するからこそクウガは仮面ライダー足り得るのだから。

 

 邪眼のように力に溺れ、それを自分のためにしか使わないような者はクウガになれても仮面ライダーにはなれないのだ。クウガが見つめる中、邪眼は必死に体を変化させようとしていたが、やはりその体は一切変化しなかった。それを確認してクウガは頷いて告げた。

 

「これでお前は二時間超変身が使えない!」

「くっ……まだだっ!」

「っ!」

 

 威圧感を失った邪眼へ走り出すクウガ。それを阻むように邪眼が電撃を放つ。しかし、レリックの力に頼る姿になったためかその速度も威力も恐ろしい程低下していた。全速力で走るクウガは襲い来る電撃を恐れる事なく駆ける。それと同時にその足が熱を増していくのを感じながら。

 クウガはその勢いのまま跳び上がり、一回転しながら蹴りの体勢へ移行する。そこを狙った邪眼の電撃が放たれるも、それをその蹴り足が弾くように突き出された。その光景に邪眼がたじろいた瞬間、その体へクウガのライダーキックが決まる。それが邪眼を吹き飛ばし床へ激しく叩きつけた。だがまだ邪眼は倒せていない。胸部の封印の文字に苦しむ様を見たクウガはそれを悟り、もう一度ライダーキックを放つべく構えようとして―――一度深く息を吸った。

 

「……これでっ!」

 

 そして呼吸を整えて構えその体を走り出す前の姿勢へと変えた瞬間、全身を電流が迸り体の色を赤から黒へと変える。黒の金のクウガ、アメイジングマイティだ。その変化に気付かずふらふらと立ち上がろうとする邪眼。そんな相手目指してクウガは走る。それと共にその両足が床を踏みしめる度に熱を増していき、その度にクウガの中へこの一撃でとどめにするとの想いが高まっていく

 やがて邪眼との距離がクウガの間合いとなる。その瞬間、クウガは力強く床を蹴って跳び上がった。そこから一回転し両足を繰り出す攻撃。それはゴ・ガドル・バを倒した際と同じ体勢。今のクウガが放てる最強の攻撃。

 

「ライダーキックっ!!」

 

 七十五トンもの破壊力を誇る必殺の蹴りが、立ち上がったばかりの邪眼を捉えて蹴り飛ばした。再び床に叩き付けられる事になった邪眼。その腹部には二つの封印を意味する文字が浮かんでいる。

 それが邪眼の体に亀裂を生じさせていくのを見ながらクウガは思う。まるで凄まじき戦士となった自分と戦っていたようだったと。黒い目の自分。それが否応無くそれを連想させたのだ。聖なる泉を失ったクウガは怪人と同じ。それをまざまざと見せられたようなものだった。

 

(……手強かった。俺が戦った未確認って、みんな同じように手強いって思ったのかな?)

 

 どこか場違いな事を考えつつ、クウガは邪眼の爆発を見届けてビートチェイサーへと駆け寄った。邪眼による攻撃で倒れたが幸い壊れてはいない事を確認し、クウガは小さく安堵の息を吐いた。だが、激戦が予想される玉座の間に持って行っては万が一もあるため、どうしようかと考えたクウガは一先ず置いてきたトライアクセラーを取りに行く。

 それを差し込んで動かせるようにした彼は視線を玉座の間の方へと向けた。邪眼の本体を倒した後、このゆりかごから脱出するためにビートチェイサーを使えるようにしよう。そう考えたクウガはビートチェイサーを駆って玉座の間目指して走り出した。

 

(光太郎さん、翔一君、真司君。俺、先に行ってます!)

 

 必ず来るだろう三人の仲間への思いを胸にクウガは走る。その先で待つだろう邪眼目指して……。

 

 

 

 クウガが邪眼を倒すためにペガサスの欠点を利用したのとは違い、アギトはその長所である部分を突いて状況を変え始めていた。それは音。それも騒音と呼ばれるレベルのものだ。五代と語り合った互いの昔話。そこで聞いた初めてペガサスになった際の記憶。それをアギトは思い出したのだ。

 

「はあっ!」

「ぐぬっ!? さ、させんぞっ!」

 

 マシントルネイダーが爆音を轟かせて邪眼を襲う。それを回避して電撃を放つ邪眼だったがその動きは何故か鈍い。そう、バイクの出す音が鋭くなった聴覚を痛めつけているのだ。しかもその音は止まる事なく響き続けて邪眼を苦しめる。全ては、ペガサスの超感覚は使いこなすのに心構えがいるとの五代の経験談からアギトが思い付いた作戦。

 超変身をこの戦いで初めて使った邪眼。故にまだその能力を使う事に慣れていないと踏んだアギトは、近くで大きな音を出して戦う事にしてみたのだ。スライダーモードではあまり音が出ないため、通常状態へ戻して攻撃しているのはそういう事。

 

 対する邪眼は別の姿へ変わって反撃をすれば平気なのだが、そうすると今度はスライダーモードにされた際の速度へ対処し切れなくなるかバーニングフォームの打たれ強さや怪力に負けてしまう。そう、超変身を駆使した戦いの経験値がない邪眼ではその真価を発揮させる事が出来なかったのだ。

 

「お、おのれ……小癪な真似をぉぉぉぉぉ!」

 

 邪眼が怒りに任せて放った電撃がアギトを直撃する。しかし、それを持ち前の防御力で耐え切ったアギトは感じる痛みを押し殺すようにマシントルネイダーで突撃した。その衝撃で吹き飛ぶ邪眼。アギトがそれに手応えを感じて頷いた瞬間、そこへ一つの存在が近付いてきた。それはアギトが願っていた援軍。そして邪眼にとっては想定外の邪魔者。

 

「ゴウラムさん……本当に来てくれたんだ……」

「な、何だと!?」

 

 両者の視線の先にいるのはゴウラムだった。アギトはクウガが強く思えば来てくれるとの言葉を信じて、助けに来て欲しいと願ったのだ。自分の言葉も理解してくれるとの一点に賭けて。それは邪眼を倒すための最後の一押し。太陽の光をここで浴びる事を目的としていた。

 アギト一人でもやろうと思えばゴウラムがいなくても何とかなる。しかしそれは確実ではない。故にゴウラムの協力を頼んだのだ。そんなアギトの考えを読んだのかゴウラムはそのままの勢いでマシントルネイダーへと接近していく。

 

 それを見てアギトはマシントルネイダーから跳び降りた。するとマシントルネイダーが瞬時にスライダーモードの状態へ変化し、そこへゴウラムが装着される。ゴウラムトルネイダーとなったのを見届けたアギトは邪眼へ向かって走り出した。これから自分の思い描く事を成功させるために。そして自身の偽物を打ち砕くために。

 

「ゴウラムさん、天井を突き破ってください!」

「何をするつもりかしらんがそうはさせんぞっ!」

「はっ!」

 

 アギトの言葉に従って動き出すゴウラムトルネイダー。それへ電撃を放とうとする邪眼だったが、それを阻止するようにアギトが飛び掛かる。その右拳に燃え盛る炎を宿して。それを見た邪眼はペガサスの姿からタイタンの姿へと変わる。その鎧ならばダメージを軽減出来ると踏んだのだろう。

 

「貴様の攻撃など受け止めてくれるわ!」

「ライダーパンチっ!!」

 

 繰り出される紅蓮の鉄拳。それは悪を許さぬ正義の鉄槌。力の二号との異名を持つ仮面ライダー二号のそれと同じ拳が邪眼の体を直撃する。その一撃は何と邪眼の鎧へ亀裂を生じさせた。当然ダメージも殺せるはずもなく邪眼はその場から大きく吹き飛ばさせる。

 一方、アギトの言葉を受けたゴウラムトルネイダーは、加速をつけその角を使って天井へ突撃していた。そう、マシントルネイダーをアギトが操縦せずとも動けるようにする。それが彼がゴウラムの協力を願った理由だった。

 

 ゴウラムトルネイダーは見事に大きな穴を開け、そこへ太陽の光を差し込ませる。アギトは邪眼が立ち上がる前に急いで光の下へ向かうと深く息を吸った。すると、それに呼応するようにその体が太陽の光を浴びて変化を起こす。

 赤く盛り上がった体は弾けるように消え、そこから銀色の体が出現した。それこそアギトの秘めた姿、シャイニングフォーム。それを見た邪眼は微かに息を呑む。かつて邪眼を倒せし者が放っていた光を思い出して。

 

「忌々しい光めっ! また我の邪魔をするのか!」

 

 邪眼の言葉を無視するようにアギトはベルトへと手を回すと、そこから出現したシャイニングカリバーを両手に歩き出した。それを見て邪眼は怒りのままに電撃を放つが、アギトは手にしたシャイニングカリバーで切り払いながら徐々に走り出した。襲い来る攻撃を物ともせず、アギトは邪眼へ迫るとその刃を振り落とした。

 

「はあっ!」

「馬鹿な!? 我が負けるなどと……有り得ん!」

 

 それはシャイニングクラッシュと呼ばれる攻撃。高速で何度も斬撃を叩き込むそれが繰り出され、邪眼を守る鎧全体へ亀裂が走る。それでも邪眼は何とか踏み止まると反撃に右拳を放った。そのパンチをアギトが素早く左手のシャイニングカリバーで払い、お返しとばかりに右足で蹴りを繰り出して邪眼を下がらせるとその場から跳び上がった。

 そこへゴウラムトルネイダーがすかさず回り込み、アギトを乗せると一旦距離を取るように動き出す。その上で構えるアギトの視線の先には彼の紋章が出現していた。その位置は丁度邪眼の真上。準備が完了したアギトに合わせるように体勢を整えた邪眼へ体当たりを敢行するゴウラムトルネイダー。それを受けて宙に叩き上げられた邪眼を待っていたのは同時に跳び上がっていたアギトだった。

 

「なっ?!」

「ライダーキィック!!」

 

 アギトの紋章を通り抜け、空中で邪眼を蹴り飛ばしたアギト。それと同時に邪眼の身を守る鎧が砕け散って激しい爆発を起こす。アギトはその爆発を貫くように床へ着地する。こうしてゴウラムトルネイダーとの連携技を以って邪眼へとどめを刺したアギトだったが、ふと何かに気付いて振り返った。

 そこにはアギトを見つめるはやて達がいた。アギトが邪眼へとどめを刺す瞬間を見ていたらしく、表情は喜びに満ちている。勿論その手はサムズアップを形作っていた。アギトもそれを返すとはやて達へと駆け寄ってその無事を喜んだ。

 

「はやてちゃん無事だったんだね! シグナムさんもシャマルさんも無事でよかった」

「当然や。ところで翔にぃ、それがアギトの最後の姿なんやな?」

「そうだよ。これが俺の切り札」

”カッコイイです!”

 

 ツヴァイがそう言ったのにはやても笑顔で頷き、アギトの全身を改めて見つめた。その力強さに彼女は思わず笑みを浮かべる。それに気付かず、シグナムとシャマルはアギトの姿を見つめ、かつての邪眼を倒した推測が間違っていなかったと感じていた。

 

「確かに光の姿と言えなくもないな」

「ええ、光を放っているみたい」

「ほんまやね……と、ゆっくりしてる暇はなかったわ。急いでなのはちゃんのいる場所へ行かんと」

 

 アギトの輝くような胸部を見つめながらシグナムとシャマルはやや感心する声を漏らす。はやてもその感想には同意したが、今は一刻も早く玉座の間に行かないといけないと思い出して周囲を促した。

 それに頷き返し、アギトはゴウラムトルネイダーへ飛び乗るとはやて達へ乗るように呼びかける。少しでも消耗を抑えようと考えて。それと戦いが終わった際の脱出に備えるためでもある。邪眼との戦いは激戦になる事間違いない。それで疲弊した自分達が確実に脱出するための備えにしようと考えたのだ。

 

 アギトの言葉を受け、はやて達がそれぞれゴウラムトルネイダーへ乗る。ただ安定感や定員を考えて彼女達は座る形だった。すると、そうやって動き出そうとしていたアギト達の横を何かが通り過ぎていく。それはある程度疲れが取れたために飛行魔法を使い出したフェイトだった。それに気付くもアギト達は呼び止める事無くその後を追う。

 

(フェイトちゃん、光太郎さんが心配なんだ。俺も手助けに行かないと!)

 

 既にかなり前を行くフェイトを見つめながらアギトは思いも新たにゴウラムトルネイダーを動かした。向かう先はRXのいる場所。今の自分ならば邪眼に遅れは取らないはず。そう確信してアギトは前を見据える。その先で待つ最後の敵との対決を意識するように……。

 

 

 

「最早ここまでだな、龍騎」

「くそ……」

 

 床に倒れ込み、鎧から煙を出している龍騎を見下ろし邪眼はそう冷酷に告げた。龍騎は何とか立ち上がろうとするも、もうそんな力もないのかただ床に伏せるのみ。アギトはそんな龍騎を見つめ今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。何度ユニゾンしようと思ったか。何度魔法を使って助けようかと考えたか。しかし、それをしようとする度に龍騎がアギトへ視線を向けたのだ。まだ駄目だ。そんな風に言うように。

 

「真司ぃ……」

 

 掠れる声で呟くアギト。そう、それでもやられてしまっては意味がない。彼女はそう考えながらもどこかで信じている事もある。それは、龍騎ならばここから何か逆転してくれるのではないかとの希望。だからこそ、それに一縷の望みを賭けて見守り続けている。邪眼はそんなアギトの最後の希望を消し去ろうと、その手に一枚のベントカードを取った。それはファイナルベントだった。しかしその瞬間、龍騎が何とか立ち上がり同じくファイナルベントを手にした。

 

「ほう……また相討ちにもっていくつもりか?」

「違う。今度は俺が、俺達が勝つ!」

「真司……?」

 

 龍騎の告げた言葉に疑問符を浮かべるアギトだったが、そこでようやく龍騎が言っていたユニゾンのタイミングを思い出した。そして何故その瞬間を指定したのかも理解してアギトはその顔に希望の輝きを浮かべた。

 

(そうか、そういう事かっ! 分かったよ、真司!)

 

 邪眼はそんなアギトに気付く事もなく馬鹿にするようにファイナルベントを使う。それに呼応して出現する漆黒龍がバイクへと変形していく。それと同時に龍騎もファイナルベントを使用し、ドラグランザーが変形していく。それに乗り込む龍騎。アギトも素早くその肩へと乗った。邪眼はそれにやや怪訝そうな反応を示すが、大した事は出来ないと思ったのか同じようにバイクへと乗り込んだ。

 

「行くぞっ!」

「来いっ!」

 

 同時に走り出す二台のバイク。共にウィリー状態で火炎弾を吐き出しながら進む。だが、その途中で邪眼には信じられない声が響く。互いの距離がもういくらもなく後はぶつかり合うだけとなった時に。

 

「ここだっ!」

 

 龍騎の声にアギトも頷き、二人は同時に叫ぶ。

 

「「ユニゾン・インっ!」」

「なっ!?」

 

 その声と同時に炎に包まれるドラグランザー。アギトの炎熱加速によって速度と攻撃力を増させた状態で突撃するドラグランザーに邪眼は息を呑む。だが、それでもまだ勝ち目はあると踏んだのだろう。そのまま両者はぶつかり合う。それが拮抗したのは僅かな時間だった。ドラグランザーが口を開いて、相手目掛けて再度火炎弾を吐いたのだ。それはアギトが使った轟炎だった。ドラグランザーを龍騎の使うデバイスと見立て、アギトがその口から吐かせたのだ。勿論、それには従来のドラグランザーの火炎弾も加えて。

 

 その強烈な一撃を受けて邪眼側の体勢が乱れた瞬間、龍騎達が押し返すように邪眼を弾き飛ばした。若干威力を相殺される形になりながらも邪眼へダメージを負わせる事に成功した龍騎。彼は邪眼よりも先に立ち上がるとその背に出現した翼を使って空へと飛び上がる。

 それを見た邪眼が負けじと空へ飛び上がるが、もう空中戦でも邪眼に勝ち目は無くなっていた。ファイナルでの衝突に敗れてダメージを負った状態では飛行そのものをアギトに任せている龍騎とは飛行速度が違ったために。しかも邪眼と違い龍騎は攻撃だけへ意識を集中する事が出来る。一人で全てをやろうとする邪眼と二人で力を合わせる龍騎とアギト。その結果は誰が考えても分かろうものだった。

 

「馬鹿なっ! 龍騎が我を上回るなど……っ!」

「たしかに俺だけじゃお前を超えられないかもしれない。でも俺にはアギトが、仲間がいる! だから超えられるんだっ!」

”一人で何でも出来るなんて思ってるお前に、アタシらが負ける訳ねーっ!”

 

 鍔迫り合いの最中、龍騎はアギトと共にそう言い切った。そこへドラグランザーが火炎弾を放って邪眼の気を引く。その隙を見逃さず龍騎が動いた。遂に邪眼の背にある不気味な翼を切り落としたのだ。それに伴い邪眼が床へと落下していく。そして龍騎も追い駆けるように床へと降下した。

 激しい音を立てて地面へ叩き付けられる邪眼と静かに降り立つ龍騎。そこで龍騎は告げた。もう後がないぞと。それを聞いた邪眼はある事に気付いて笑い出した。もう龍騎には自分を倒す手立てはない。ファイナルを使った以上、残る手札はストレンジのみ。それを凌げば勝つのは自分だと思い出したのだ。

 

「後がないのは貴様だ、龍騎。残った一枚で何が出来る! それがファイナルと同じ効果だとしても、それを耐え切れば我の勝ちだっ!」

「……そうかよ。なら、お望み通りにやってやる!」

 

”STRENGE VENT”

 

 邪眼の言葉に応えるように龍騎はストレンジベントを使った。それが一旦読み込まれてから別のベントカードへ変化し再度読み込まれる。

 

”FINAL VENT”

 

 それは邪眼の予想通りサバイブのファイナルベントへ変わった。その効果で再びバイクへと変わるドラグランザーへ乗り込み、発進させる龍騎。その車体が炎に包まれ、邪眼目掛けて突撃する。

 それを見た邪眼はアドベントを使い、漆黒龍を盾として使った。吐き出される火炎弾を邪眼は漆黒龍を盾にして防ぎ、その後の突撃に備える。そんな邪眼のやり方に強い怒りを覚える龍騎とアギト。そして自身と同じような存在を捨て駒に使う邪眼へ怒りを込めるようにドラグランザーも吼える。

 

 更に邪眼は漆黒龍を前へ突き飛ばして、ドラグランザーの勢いを弱めるようにぶつけた。ドラグランザーは踏み潰すようにして漆黒龍を撃破し、怒りと悲しみのまま邪眼へ突撃する。だが、その勢いはやはり衰えていた。それを見てほくそ笑む邪眼。これならば持ち堪えられる。そう感じたのだ。しかし、そんな思いを打ち砕くようにそこへ有り得ない音声が響き渡った。そう、たった一度与えられたチャンス。それを龍騎がものにした瞬間だった。

 

”FINAL VENT”

 

「なんだとっ!?」

 

 それは邪眼が知らない龍騎のもう一つの切り札。ジェイルが託した有り得ないはずのもう一つの龍の牙。通常状態時のファイナルベントがドラグランザーを本来の状態へと変え、龍騎の体が空へと舞い上がる。

 

”行けぇぇっ!”

 

 アギトの魔法による翼が龍騎を押し上げる。異世界にて龍騎士が得た力。アギトの炎とジェイルの爪。それが今結集し、悪夢を砕く力となって邪眼へ叩き込まれようとしていた。

 龍騎の体に巻きつくように動くドラグランザー。それがその体を一瞬だけ隠すと、龍騎は一回転捻りを加えながら蹴りの体勢へと移行していく。その瞬間、龍騎の体を真紅の炎が包み込む。アギトの炎熱加速だ。更にそこへドラグランザーの火球が放たれれば最強の必殺技が完成する。

 

「そんな馬鹿なぁぁぁぁ!!」

「ライダァァァァキィィィック!!」

 

 逃げようとした邪眼よりも速い速度で迫る龍騎が放つはファイヤードラゴンライダーキック。それが見事に邪眼を打ち砕き、爆発させた。龍騎はその爆発に包まれながらも平然と着地する。そして、それが収まるのを見届けて頷いた。すると、そこへ大勢の足音が聞こえてくる。龍騎がそれに気付いて振り向くと、そこにはヴァルキリーズがいた。全員が龍騎の姿を見て何かを悟り、笑みを浮かべながらサムズアップを見せる。

 

「みんな、無事だったんだな」

「ああ、当然だ」

「言ったはずだぞ、姉妹が揃えば負けないとな」

「あたし達にかかれば邪眼の一体ぐらい楽勝だよ!」

 

 サムズアップを返してからの龍騎の言葉にトーレがあっさりと返すと、それに続いてチンクとセインが言葉を紡ぐ。だが、その表情は喜びに満ちていた。今度こそ完全にラボを取り戻したとの想い故にだ。

 

「兄上もご無事で何よりです」

「苦戦していたようですが、兄様なら勝利すると信じてました」

「お怪我はありませんか?」

 

 セッテ、オットー、ディードという真司が教育係をしていた三人が揃ってその傍へ近付き彼の体を心配する。それに龍騎は拳を握ってみせる事で返事とした。その行動に誰もが小さく笑う。その場が和やかな雰囲気に包まれるもすぐにウーノが表情を凛々しくして口を開いた。

 

「少し休んでいたいけど、時間が惜しいわ。ゆりかごへ急ぎましょう」

「真司君、いいわね?」

 

 現状を確認し周囲へそう告げるウーノに続いてドゥーエが龍騎へそう問いかける。それに彼は力強く頷き返す。邪眼との最終決戦を考えれば変身をし直さねばならないが、ゆりかごへ向かうには飛行魔法が必須。ユニゾンは体にかける負担が大きいため、今は現状の状態でゆりかごまで飛び、そこで解除するべきだと考えたのだ。

 

「なら、善は急げッス!」

「行こうぜっ!」

 

 ウェンディとノーヴェが周囲を元気付けるようにそう告げて走り出すと、全員がそれに続けと動き出した。空を飛べない者達は空を飛べる者達が運ぶ事になり、チンクとセインをその腕に抱えて飛行する龍騎。その制御をアギトに任せ、龍騎はこの後待っているだろう戦いへ意識を向ける。

 

(絶対三人も勝ってるはずだ。なら、俺も急がないとな!)

 

 自分の先輩とも言える三人の仮面ライダーの勝利。それを心から信じながら龍騎は空を翔ける。その目に見える巨大な浮遊要塞で待ちうけるだろう戦い。それに必ず勝利してみせるのだと己へ言い聞かせて……。

 

 

 

「RXパンチ!」

「ふんっ!」

 

 RXパンチと邪眼のパンチが交差する。それが互いへあと少し届かずに止まり、即座に両者が次の攻撃を放つ。同時に放たれた蹴りはぶつかり合い、火花を散らして下ろされた。そこからもう一度拳を繰り出そうとするRXへ邪眼がすかさず電撃を放つ。それがRXの腹部を直撃し、その体を後ろへと飛ばした。床を転がるRX。それを見つめ、邪眼はゆっくりとRXへ近付いていく。蓄積されたダメージからかRXは立ち上がろうとしない。その体を邪眼が足蹴にする。

 

「無様だな、世紀王。所詮、ここまでだったという事だ」

「くっ……」

 

 RXが最初の頃の威勢を無くしたのを見て、邪眼は勝ち誇るように笑う。そして、とどめとばかりに踏みつけていた足を大きく上げて―――一気に落とした。だが、その瞬間RXの体が液体のように変化し邪眼の周囲を駆け巡った。それに戸惑いと驚きを隠せない邪眼。その液状のRXは邪眼の背後へ回った瞬間、実体化してその体を蹴り飛ばした。

 

「トゥア!」

「ぬおっ!?」

 

 体勢を崩す邪眼だったが、何とか踏み止まり即座に振り向いた。そこには青い体の仮面ライダーがいた。邪眼が初めて見る姿となったRXだ。

 

「き、貴様は……」

「俺は、怒りの王子! RXっ! バイオっ! ライダー!」

「バイオライダーだと?!」

「バイオブレードっ!」

 

 邪眼の驚く声を聞きながらバイオライダーはその腕から専用武器であるバイオブレードを出現させた。それを手にして邪眼へ向かっていくバイオライダー。それに対して邪眼は立ち直って電撃を放つ。しかし、あろう事かバイオライダーはそれを手にしたバイオブレードで受け止め、振り払われた電撃のエネルギーが周囲に火花を散らす。

 邪眼はそのバイオライダーの行動に微かに怯む。バイオブレードは電磁波などを受け止める事が出来るため盾としても使える事を悟ったのだ。その邪眼の動揺を見逃さず、バイオライダーは宙へ跳び上がった。それを見た邪眼が迎撃しようと動くもその行動を無駄にさせるようにバイオライダーは両手を交差させて叫ぶ。

 

「バイオアタック!」

「何っ!? ぐぬっ!」

 

 ゲル状となったバイオライダーは放たれた電撃をあっさりと無効化して高速で邪眼へと突撃しその体勢を崩す。更に着地した瞬間、彼は実体化してその手にした刃を構え逆袈裟に斬り上げた。バイオライダーの必殺技であるスパークカッターだ。それが邪眼へ更なるダメージを与えてふらつかせる。ここが好機だと踏んだバイオライダーは素早く姿を変える。鋼鉄の体のロボライダーへと。

 

「ぐっ……貴様ぁ!」

「俺は炎の王子! RX! ロボライダーだっ!」

 

 一度打ち破ったロボライダーに変わった事に疑問を感じる邪眼だったが、好都合とばかりに攻撃をしようとする。だが、ロボライダーはボルティックシューターを邪眼ではなく天井へと向けた。そして邪眼の電撃を耐えながらロボライダーが放った攻撃は見事に天井を破壊する。それと同時にロボライダーがRXへと戻っていく。これまでのダメージが蓄積されたその体へ太陽の光が降り注いだ瞬間、邪眼は目を疑った。

 

「な、何だとっ!?」

 

 RXの体が瞬時に癒えていったのだ。今までのダメージが嘘のように消え、そこには万全な状態に戻ったRXがいた。あまりの出来事に邪眼は言葉がない。そんな邪眼へRXは体中から眩しい輝きを発すると戦闘態勢を取った。その輝きに怯むように後ずさる邪眼。そこへRXの声が放たれた。

 

「太陽の光ある限り、俺は何度でも甦るっ!」

「そんな馬鹿なっ!?」

「罪無き人々を襲い、異世界を混乱と恐怖で支配しようとする邪眼。俺は、絶対に貴様を許さんっ!」

「ほざけっ! 回復しただけで調子に乗るなっ!」

「行くぞっ! トゥア!」

 

 再開する両者の戦い。だが当然ながら回復したRXとは対照的に邪眼は受けたダメージのためか動きが鈍っていた。その影響なのか電撃もどこか最初の頃の凄まじさを失っている。RXはそう感じながら冷静に邪眼の状態を分析していた。

 電撃をかわして邪眼の背後へ下り立つRX。そして、邪眼が振り向く前に後ろ回し蹴りでその体勢を崩した。更に追い撃ちとばかりに再び宙へ舞うRX。するとその姿勢が蹴りの体勢へと移行していく。だが、それは後方宙返りからのRXキックではない。それはかつての自身の必殺技と同じ姿勢。違いは片足ではなく両足での蹴りである事だろう。

 

「ライダーキックっ!!」

 

 故にRXキックとは呼ばない。しかし、以前と違いキングストーンのエネルギーだけではなく太陽エネルギーを加えたその威力はBLACKの頃の比ではない。奇しくもクウガが邪眼へ放ったものと同じ蹴りが邪眼へ炸裂しその体を大きく蹴り飛ばした。堪らず床を転がる邪眼を見ながらRXは着地すると同時に左手をベルト部分であるサンライザーへ回した。そこから出現するは光の杖。邪悪を許さない太陽の輝きを具現化したRXの必殺武器。

 

 それを手にしたRXはリボルケインを回すようにしながら右手へ持ち変えると、体を起こそうとする邪眼へ向かって走り出す。それに気付いて邪眼が電撃を放つ。迫る電撃をRXは転がるように回避する。そこへ追撃の電撃が放たれるもそれを彼は宙へ舞う事で避けながら邪眼へ迫る。

 

「トゥアっ!」

「落ちろっ!」

 

 RXを撃墜するべく放たれる最大威力の電撃。それを見たRXは手にしたリボルケインを投擲する。それが邪眼の腹部へ突き刺さり、その体を跪かせた。同時にRXも電撃で落下させられる。しかし即座に立ち上がったRXは邪眼の腹部へ刺さるリボルケインを手にするために駆け出した。

 リボルケインのエネルギーに苦しみながらも何とかRXを迎撃しようと拳を打ち出す邪眼。その攻撃を前転するように回避しつつRXはリボルケインを掴んで強く突き入れる。それが邪眼の体から火花を吹き出させた。

 

「こ、こんな事が……こんな事がぁぁぁぁ!!」

「邪眼っ! 五万年前、アギトの光に敗れた時点で、貴様は既に滅ぶ事が決まっていたんだ!」

「何故、何故だ……何故我が勝てぬ……不完全とはいえ、光の力さえ取り込んだというのにっ!」

「力に溺れ、どこまでも他者を見下す貴様にアギトの光は味方しない! そして、自分一人で勝つ事が出来ると思い上がった。それが―――貴様の最大の敗因だっ!」

 

 その瞬間邪眼の手がRXの首を掴む。しかしRXはそれを振り払う事もしない。無言で更に強くリボルケインを突き入れるのみだった。それが邪眼の体から抵抗する力を奪っていく。ゆっくりと離れる邪眼の手。そして遂に邪眼からリボルケインが引き抜かれた。全身から火花を噴出させながら邪眼はもがくように消滅に抗おうとする。それを後ろにし、RXは勝利のサインを描いていく。それが終わると同時に邪眼が後ろへ大きく倒れ込み爆発して果てた。

 

 その爆風に身を晒しながらRXは視線を天井に出来た穴へ向けた。先程よりも上昇が遅くなった事を感じてそれを確かめていたのだ。そこから見える空は先程よりも迫る速度が遅くなっており、彼が抱いた予想を裏付けている。

 

「……きっと動力炉を破壊したんだな。これで後は玉座の」

「RXっ!」

 

 現状から事態を把握するRX。そこへ女性の声が聞こえてきた。それに反応したRXが振り向いた先には喜色満面のフェイトがいた。彼女は先程の爆発を聞いてからここへ現れたため、今自分の目の前にRXがいる事でその勝利を理解した故の喜びだ。

 

「フェイトちゃん、無事だったか」

「はい。エリオとキャロもヴィータ達と一緒に動力炉へ向かって、さっき破壊出来たと連絡が」

「そうか。なら、残るは……邪眼の本体だけだ」

 

 フェイトの言葉を聞いたRXはクウガへその旨を教えるべく通信を行いつつ周囲に映るモニターへ視線を向けた。フェイトもそれに倣い、視線をモニターへ向けて彼の言葉へ頷く。アギトははやて達と共にゴウラムトルネイダーで移動していて、龍騎はヴァルキリーズと共にゆりかごへ向かっている。そしてクウガは既になのは達と合流していたからだ。全員が無事健在である事を確かめ安堵する二人。これで全ての戦力が揃うとそう思ってフェイトはそっとRXへ近付いた。

 

「あの、光太郎さん」

「……何だい?」

 

 フェイトの呼び方から何かを察したRXは優しい声を返す。フェイトもそれを理解し笑みを浮かべるが、すぐにやや躊躇うような表情へ変わった。そんなフェイトに小さく笑みを浮かべるRXだったが、それでも黙ってその続きを待つ。

 やがて意を決したフェイトはRXへ抱きついて告げた。絶対に共に帰ろうと。それにRXは驚く事無くフェイトの肩へ手を静かに置いて頷いた。その温もりを嬉しく思いつつ、フェイトは名残惜しそうに離れた。そこにはもう魔導師としてのフェイトが立っていた。

 

「行きましょう、RX」

「ああ!」

 

 二人は揃って走り出す。その光景はお互いにとっては馴染みとなった雰囲気を与える。それを感じながらRXは思う。先程見た中に邪眼はどこにも映っていなかった。そう、邪眼の本体は自分達を待っているのだろうと。

 

(俺達が全員玉座の間に揃うのを待っている。その理由は……何だ?)

 

 その狙いが読めず、RXは困惑しながら走る。何か嫌な予感がするとの不安を振り払うように玉座の間を目指して……。

 

 

 

 玉座の間でクウガと合流したなのは達はその姿に軽い驚きを見せていた。黒の金のクウガはRXに近い印象を与えたのだ。それについてなのは達が尋ねるとクウガはこう答えた。

 

「これが俺の安心して使える最後の姿なんだ」

「「「安心して?」」」

 

 その言葉になのは以外が疑問符を浮かべる。なのはだけはそれが何を意味するかを理解し納得していた。そして、スバル達へ凄まじき戦士の事を説明する。クウガでさえ制御出来るかどうか不安になる力。それがクウガの本当の最後の姿なのだと。その言葉から三人はその恐ろしさを感覚的に感じ取った。仮面ライダーでさえそれを使う事に不安を抱く力。それは、本当に恐ろしいものだと思えたのだ。そんな三人にクウガは優しい声で告げる。そんな力を使わなくても自分は邪眼に勝てるから大丈夫との自身の想いを。

 

「大丈夫。ここには俺だけじゃなくて三人も仮面ライダーがいる。それにスバルちゃん達だっているしね」

「五代さん……はいっ!」

 

 憧れの人物から頼りにされている。そう感じてスバルは嬉しそうに握り拳を見せた。ティアナもギンガもそんなスバルに笑みを向け、なのはもそんな雰囲気に笑みを零す。そこへレイジングハートからの報告が入った。

 

”マスター、反応がありました”

「っ!? どこ!?」

 

 なのはのその声にクウガ達が雰囲気を変える。戦士のそれへと。そんな空気を感じながらなのははレイジングハートが告げた邪眼の現在位置に驚きを隠せない。それは事もあろうに玉座の間だったのだ。一度は反応がないと言われたにも関らず、そこにいるとの報告になのはは思わず視線を玉座へ向けた。すると、それに呼応するようにそこへ空間の歪みが出現した。次の瞬間にはそこに邪眼が座っていた。クウガはそれに驚きを浮かべるもすぐになのは達を庇うように前へ移動し毅然と構えた。

 

「まぁ待て。今は我にも戦う気はない」

「どういう事よ!」

 

 邪眼の第一声に困惑するなのは達。ティアナだけはそれが何かの作戦ではないかと思い、警戒するように叫んだ。それに邪眼は小さく笑うとこう言い切った。

 

―――絶望を与えるのは、ライダー共が全て揃ったところで始めんとな。

 

 それにクウガ達は納得してしまった。納得してしまったのだ。あまりにも邪眼らしい理由のために。だが、警戒を解く事はしない。いつ攻撃されてもいいように身構え、その視線は邪眼へと注がれていた。同時になのはは腕の中で眠る少女をどうするかと考える。下手な事をしてまた邪眼に利用されると不味い。そう思うなのはへ邪眼が少女の事に気付いてつまらなさそうに告げた。もう利用価値の無い物に用はないと。それを聞いたなのはが反射的に鋭い視線で邪眼を睨みつける。それでも沸き上がる怒りを何とか押し殺して彼女は少女を優しく後ろの方へ下ろした。

 

 しかし、クウガはそんななのはへ少女を連れて一度ゆりかごから出る事を薦めた。それならば何の気兼ねもなく戦えるだろうからだ。だが、それを聞いた邪眼はもうこの部屋から出る事は許さないと告げる。もしそれを破るのなら、いますぐにでもこのゆりかごを墜落させるとも続けて。それにクウガ達が疑問符を浮かべる。今もゆりかごは静かに上昇を続けていたからだ。邪眼はそんなクウガ達の考えを理解し嘲笑うかのように言い放った。

 

「既に聖王は力を失った。にも関らず、どうしてこのゆりかごは浮いていると思う? 我がそのコピーの遺伝子を取り込んでいるからだ。しかし、我がここから消えるだけでこの船は墜落する。動力炉も……先程破壊されたのでな」

 

 邪眼がそう告げるのと同時にそこへRXとフェイトが現れ、玉座に座る邪眼に気付いて警戒しながらクウガ達の方へと近付いていく。しかし、邪眼が少しも攻撃をしてこない事に疑問を抱き、RXはクウガの隣に立つと視線を邪眼へ向けたまま尋ねた。

 

「どういう事だ、クウガ」

「邪眼は俺達が全員揃うまで待つつもりです」

「……そういう事か」

 

 クウガの返事にRXは理解したとばかりに頷いて邪眼を睨む。フェイトも同じ事をなのはから聞かされ、同じように邪眼へ睨みつけるような視線を向けた。この期に及んでまだ自分達を侮っていると感じたからだ。しかし、邪眼の余裕を自分達が壊す事はしない。全員揃ってからの方が戦力的にも確実だからだ。邪眼がどんな策を弄してきたとしてもそれならば勝てる。そう誰もが思っていたのだから。

 

 やがて、そこへアギトとはやて達が現れた。そして同じように邪眼に気付くも誰も攻撃していない事と攻撃されていない事を悟り、不思議に思いながらも警戒しつつクウガ達へと合流する。それぞれが事情を説明される中、フェイトはエリオ達へ念話を使い玉座の間の状況を伝えていく。それから少ししてヴィータ達が現れる。玉座に座る邪眼に目つきを鋭くするも、事前に聞いていたためそのままクウガ達へ合流した。

 

「ご苦労さん、ヴィータ。ザフィーラもお疲れ様や」

「エリオ達が来てくれて助かったぜ。あたし達だけじゃもう少し手こずったからな」

「どういう事?」

 

 はやての言葉に小さく笑みを浮かべるヴィータ。その答えにシャマルが少し不思議そうな声を返す。それに答えたのはザフィーラだった。

 

「ヴィータの突破力をブーストで底上げし、エリオがそのヴィータを背負う形で突撃して破壊力を増させて、やっと動力炉を破壊出来たのだ。最初二人でやった時は傷一つつかなくてな」

「そうか。よくやったな、エリオ、キャロ」

「いえ、お役に立ててよかったです」

「でも、おかげで少し疲れました」

 

 シグナムの言葉に少しだけ嬉しげに答えるエリオとキャロ。そんな二人に笑顔を浮かべる周囲。アギトはクウガとRXへビートチェイサーの近くにゴウラムが待機している事を伝えていた。それに二人は頷き、いざとなった時の脱出手段を考えていく。

 やがてそんな三人の耳に大勢の足音が微かに聞こえてきた。それが何を意味するかを考え、三人は小さく頷き合うとなのは達へ告げる。龍騎達がもうすぐここへ来る事を。それになのは達も頷き返し、気持ちをもう一度引き締め直す。

 

 そして邪眼が通路の方を見つめて小さく呟いた。

 

「来たか……」

 

 それと同時に龍騎がヴァルキリーズとアギトを伴って現れた。その互いの無事を確認し合って喜びを見せる一同だったが、すぐにそれを消して合流すると同時に邪眼に対して構えた。それを見つめ、邪眼はゆっくりと玉座から立ち上がる。待ちに待った瞬間がやってきたと、そう感じながら。

 

「さて、ようやく揃ったか。別れの言葉は交わしたか?」

「そんな必要はない!」

「覚悟しろよ!」

「俺達が揃ったのならっ!」

「もう絶対負けないっ!」

 

 RXが、龍騎が、アギトが、クウガが告げていく言葉に全員が頷き、凛々しいままに邪眼を睨む。それを受け、邪眼は高笑いを上げると一言だけ返した。

 

―――では、絶望の幕を上げるとしよう……

 

 遂に邪眼との最終決戦の時が来た。揃いし四人の仮面ライダーとなのは達を前に、邪眼は少しも動じる事無く立ちはだかる。果たして、邪眼の余裕は一体どこからくるのか? 予言はどのような形で現実となるのか? そう、誰もそれを知らないのだから……。



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憎悪

クウガファンには見覚えのあるタイトルでしょう。ならば、今回はその時と似ています。違いがあるとすれば、それは……。


 ライダー達と邪眼の戦いは激しいものだった。シャドームーンと同等の力を得た邪眼は能力だけで言えばRXと互角。更に元々の能力がそこへ加わっているため、その場の誰よりも強かった。苦戦するクウガ達を見たなのは達はその援護をしようとしたのだが、とある事情で軒並み無力化されていたため、それが出来ずにいた。

 そう、邪眼が何かの操作を行ったためかゆりかご内に強力なAMFが発生したのだ。ユニゾンさえ解除される程のその中では、さしものなのは達であっても魔法の行使は出来なかった。だが、スバルとギンガのナカジマ姉妹やヴァルキリーズは戦闘機人としての特性を生かして援護を試みていた。

 

 しかし、ヴァルキリーズもクウガ達の戦いに参加する事は厳しいというしかなかった。シャドームーンの能力を得た邪眼は、両手から電撃以外に緑色の破壊光線を放つ事も出来るようになっていて、その気になれば空間転移までやってのける。その力の前に対抗出来たのは仮面ライダー四人のみだったため、邪眼との戦いを彼らに託し、彼女達は身を守る事も難しいなのは達を護衛するしかなかったのだ。

 

「くっ……本当にシャドームーンと同じ能力を得ているのか」

 

 RXは邪眼と直接対峙し、嫌悪感と焦燥感を合わせた声で呟く。BLACKだった頃もRXとなった時も苦しめられた相手の強さをまざまざと思い出して。だが、今はその時と違い仲間のライダーが三人もいる。それにも関らず苦戦しているのだ。

 その要因はRXにも分かっている。なのは達の存在だ。魔法を使えない状態では自分の身を守る事さえ出来ないため、邪眼の攻撃に晒される度に自分達の誰かが守りに入る。時には全員でそれをしなければならない時もあり、徐々にだがダメージを負わされていたのだ。

 

 しかもRXが回復が出来るようにと天井を崩そうとすると、必ずといっていい程邪眼の妨害が入る。先程の戦いでのデータが邪眼へ送られているという何よりの証拠だ。ダメージが蓄積していくのを感じながらもRXは懸命に邪眼へ立ち向かう。その視線の先には龍騎とアギトが邪眼の攻撃からなのは達を守っている。

 

(ちくしょう! みんなが集まるのを待ってたのはこのためかっ!)

(最初からはやてちゃん達を無力化して、俺達の枷にするつもりだったんだ!)

 

 邪眼の破壊光線を手にしたドラグブレードで防ぐ龍騎とシャイニングカリバーで弾くアギト。その心境は怒りと悔しさに満ちている。その後方には、悔しさを表情に押し出しながら身動きの取れないなのは達がいた。出来る事ならここから脱出して欲しい。しかし、そうすると邪眼が空間転移を使ってなのは達へ何をするか分からないし、最悪ゆりかごを墜落させて地上へ大きな被害を与える事にもなりかねない。そう考え、二人は手にした武器へ力を込める。

 

 既に護衛のナカジマ姉妹とヴァルキリーズに疲れが出始めており、偽物達との戦いもあって少なからずライダー四人も疲弊している。このままでは邪眼に押し切られると誰もが思いながらも、誰も、特にライダー達は諦めてはいなかった。それは、今も主体となって戦うクウガの言葉がそのまま理由だった。

 

「クウガよ、我に勝てる方法を教えてやる。それは、後ろの足手まとい共を見捨てる事だ」

「そんな事はない! なのはちゃん達がいるから俺達は今日まで戦えた! 今だって、魔法が使えなくても俺達と一緒に戦ってくれてる!」

「馬鹿な事を……。魔法の使えない者達が戦える訳はない。存在価値のないものに生きる意味はないのだ」

「違うっ! それは誰かが決める事じゃないし、決めていいものじゃない!」

 

 邪眼のエルボーを受け止め、クウガはお返しとばかりに拳を放つ。それを残った片手で叩き落し、邪眼は即座に蹴りを放った。それを喰らいクウガが軽く下がるが、それと入れ替わるようにRXが邪眼へと挑む。その蹴りを捌く邪眼だが狙っていたクウガへの追撃は出来ずに終わる。RXが攻撃している間に体勢を整えたからだ。それでも邪眼は焦りを感じる事さえなく、つまらなそうに鼻を鳴らすとRXへ攻撃を再開した。

 

 邪眼とクウガ達の戦う様を見つめ、なのは達は揃って言葉がなかった。クウガが告げた内容。それが嬉しく思う反面、それに応える力がない事が悔しくもあったために。

 

「五代さん……っ!」

「何とかAMFを無効化出来れば……」

 

 なのはが流れそうになる涙を堪え、小さく五代の名を呼ぶ。心だけは共にあろう。その気持ちをクウガ達が感じ取ってくれている事を悟ったのだ。そんな噛み締めるようななのはの声を聞き、フェイトは現状を打破出来る一番の方法を考える。魔法が使えなくても共に戦う事。それはそういう事だと考えて。

 するとフェイトの言葉を聞いたウーノがすぐにある事を思い出す。それは、現在も外の空戦魔導師達を援護しているガジェットの存在。それを集結させれば、このAMFを無効化ないし弱体化出来るはずと思いついて。それをクアットロとオットーも思いついたのか、三人はすぐに互いへ視線を向けるとガジェットを制御しゆりかご内部へ来るように操作する。

 

「今、ガジェットを誘導しているわ。でも、おそらくAMFへ干渉出来るのは長くないはずよ」

「干渉出来るのなら十分や。少しでも時間を作ってくれるだけでな」

 

 ウーノの言葉にはやてはそう真剣な眼差しで返し、周囲へ視線を動かす。それだけで、全員がはやての言わんとしている事に気付き無言で頷いた。クウガが言った魔法が使えないでも戦う。それは気持ちを決して折らない事。最後の最後まで諦めず、希望を持ち続ける事。

 それを噛み締め、誰もがこのままで終わりたくはないと思っていたのだ。今も目の前で邪眼の攻撃から身を挺して守ってくれているライダー達。その背中を守るためにも。そしてその隣へ並び立つためにも。

 

「ギン姉、ティア、エリオ、キャロ……私達でクウガを助けよう。私とギン姉で邪眼の周囲を走り回ってクウガの援護ね」

「分かったわ。その隙にティアナはクウガへ接触して」

「クロスミラージュを片方渡して武器にしてもらうため、ですね。なら、アタシが残った魔力で幻影を出して支援役へ回ります」

「僕は邪眼の電撃を魔法で相殺しつつ高速移動でそのお手伝いをします」

「じゃ、私は状況に応じてブースト魔法を使っていきます」

 

 各自のするべき事を頷き合うスバル達。そんな風に五人が反撃の打ち合わせをする中、その隣ではシグナム達がアギト援護の打ち合わせをしていた。

 

「我々はアギトの援護だ。まずシャマルの魔法でライダー達を回復させるぞ」

「任せて。それが終わり次第後方支援へ回るわ」

「うし、あたしとシグナムでその時間を作るとすっか」

「ならばその間のシャマル達の守りは任せてもらおう。邪眼の攻撃を全て防ぎ切ってみせる」

「リインもシャマルのお手伝いするですよ」

 

 守護騎士として、そして家族としてアギトを助けようとシグナムが締め括る。その言葉にヴィータ達も頷いた。同じように当然ヴァルキリーズも龍騎を助けるための段取りを話し出している。

 

「私達は龍騎ね。でもガジェット制御中の私達を護衛してもらいたいから人数を割り振りましょう」

「全員では些か数が多いからな。龍騎の援護は私が先陣を切ろう」

 

 ウーノの言葉にトーレが同意し己の決意を示す。その目には邪眼への逆襲を待つように闘志が燃え盛っていた。

 

「私やオットーちゃんも碌に動けませんからねぇ。攻撃力に難のあるドゥーエお姉様は護衛確定かしら?」

「そうね。ま、ウーノよりは私の方が打たれ強いでしょうし」

「私とウェンディもだ。シェルコートやライディングボードで盾代わりになってもいいからな」

「賛成ッス。望むところッスよ」

 

 チンクの言葉にウェンディが凛々しい表情で応じる。

 

「あたしは邪眼の隙を突いて地面に沈めてみるよ」

「私はトーレ姉上と共に攻撃ですね」

 

 セインとセッテは軽く拳を握り、そう凛々しく告げた。

 

「ガジェットが安定するまでは僕やクアットロ姉様はISを使えない。出来るだけ早く戦線復帰するつもりだけど気を付けて」

「おう、それまでアタシらがしっかり守ってやるさ。ヴァルキリーズが息を合わせりゃ負けはねえ」

 

 オットーを安心させるようにノーヴェが力強い口調で言い切った。それに全員が頷きを返す。

 

「あたしは護衛と援護両方に回るよ。そういう役割も必要だろうし」

「そうですね。ライダーの頑張りに何としても応えましょう」

 

 ディードの締め括りにもう一度全員が頷いた。ただ一人アギトだけが悔しそうにしている。今の彼女はもう戦う力のほとんどを残していないために。ユニゾンした際に魔力を使いすぎた事もあり、もう出来る事は残されていないに近い。それでも自分は何か出来るはずだ。そう思ってアギトはその悔しさを口に出す事はない。その代わりに告げたのは己がロードの気持ち。

 

「絶対に諦めないかんな!」

 

 そんなアギトの言葉に真司を感じて、ヴァルキリーズは笑みを浮かべながら決意を新たにする。なのは達三人も、そんな周囲と気持ちを同じくするように自分達が援護すべき相手を見つめていた。

 

「RXは太陽さえ差し込んでいれば無敵……」

「でも、もう邪眼もそれを知っているから絶対に天井を破壊させないようにしてる」

「せや。だからわたし達が代わりに動いて太陽が見れるようにしよか」

 

 三人はそう言い合って決意を固める。魔法が使えない今、自分達が出来る戦いは使えるようになった時の事を考える事。数少ない時間。それを絶対に逃さないようにするために。なのは達がそうして反撃の機会を窺う中、ライダー達と邪眼の戦いは苛烈を極めていた。

 

「ぐっ!」

「そこだ」

「五代さんっ!」

 

 邪眼の拳とクウガの拳が衝突する。その重さに思わず呻くクウガ。その僅かな隙を突いて邪眼が回し蹴りを放ち、クウガを大きく蹴り飛ばした。床に叩き付けられ、クウガは立ち上がる事も出来ず呻くのみ。それを見た龍騎が邪眼によるクウガへの更なる追撃を阻止せんとドラグブレードで斬りかかる。だが、それを邪眼はあっさり受け止めるとお返しとばかりに膝蹴りを放った。

 

「邪魔をするな」

「がはっ!」

「真司さんっ!」

 

 その一撃が龍騎の腹部を襲い、龍騎が思わずしゃがみこむ。邪眼はそんな龍騎を蹴り飛ばし、とどめとばかりに電撃を撃とうとした。そこへアギトが割り込み、シャイニングカリバーで電撃を切り払ってそのまま邪眼へ斬りかかる。すると、邪眼はその一撃をあっさりと受け止めた。思わず息を呑むアギトへ邪眼は拳をその顔へ叩き込んだ。

 

「どけ」

「ぐあっ!」

 

 龍騎の横に重なるように倒れるアギト。邪眼はそれへ追撃を加える事無く瞬時に後ろを振り向いて破壊光線を放つ。それが後方から迫っていたRXを足止めした。

 

「くっ!」

「そうはいかんぞ、世紀王」

 

 邪眼の言葉を聞きながらRXはすぐに体勢を整えて構えた。しかし、他の三人はそうもいかない。そう、あの偽者達との戦いで受けたダメージ。それを太陽の光で回復出来たRXと違い、三人は自然回復した分しか疲れを癒していないためだ。つまり、その体調は万全とは程遠い。

 そんな体でシャドームーンと同等以上の邪眼と戦っていたため、その疲労は既に限界近くまで迫っていた。それでも三人は何とか立ち上がると邪眼に対して構えた。そんな姿を見た邪眼は三人を嘲笑う。息も絶え絶えのその様子を馬鹿にするように。

 

「ハハハハハ、無様だな仮面ライダー。世紀王を除けば瀕死の状態か」

 

 その言葉にクウガは、アギトは、龍騎は構えを崩す事無く告げる。

 

「それでも……俺達は戦うっ!」

「そうだっ! お前みたいな奴がいる限り、何度だって立ち上がる!」

「俺達は仮面ライダー! みんなの希望なんだっ!」

 

 肩で息をしながら、三人はそう言い切った。それぞれ本当ならば仮面ライダーとの名に込められた意味を知らない者達。そんな者達が邪眼へ宣言する言葉と姿にRXは感銘を受けていた。改造手術ではない方法でライダーとなった三人。それがもう既に自分達と同じ気持ちで仮面ライダーを名乗っている。そう強く感じる事が出来たからだ。

 それは、人は誰でも仮面ライダーになれるとRXへ告げていた。例え変身出来なくても、その心が自然を愛し、平和を愛するのならその者は仮面ライダーと同じなのだと、そうRXへ信じさせるだけの輝きがあったのだから。

 

「邪眼っ! 貴様がどれだけ追い詰めても無駄だ! 人は絶対に絶望には……闇には屈しないぞっ!」

 

 邪眼の背後からRXが告げた言葉。それにクウガ達だけでなくなのは達も力強く頷いた。その光景が邪眼へあの無人世界での光景を思い出させる。転生したにも関らず、なのは達が一切絶望しなかった光景を。それが邪眼の怒りを燃え上がらせる。この場にいる全ての者達の心を闇で包んでやる。そう言わんばかりにこう言い放ったのだ。

 

「ふんっ! 精々ほざくがいい。そこまで言うのならば絶望を見せてやる!」

 

 そう言い放つと邪眼は空間転移でその場から消えた。それに誰もが警戒する中、クウガは即座に超変身しライジングペガサスへと変わる。その超感覚を使い、邪眼がどこに現れるのかを察知するためだ。そしてクウガはその出現位置を予測したのか慌ててそこへと走り出す。

 その体が緑から青へと変わり、クウガは床に横たわっていた少女へと飛びついた。それと同時にそこへ邪眼が出現するとその手から破壊光線が放たれる。その攻撃は少女を庇うようにしていたクウガへ直撃した。

 

「ぐぅぅぅぅぅっ!」

「やはり貴様が気付いたか、クウガ!」

 

 狙いを潰されたように見えた邪眼だが、その反応はむしろ上機嫌だった。そう、邪眼は最初から少女を餌にクウガを倒す事を狙っていたのだ。その理由は、クウガがなのは達の精神的支柱になっているため。なのは達の心を闇に包むには、まずクウガを始末する必要があると判断したのだ。

 

―――クウガっ!?

 

 全員の叫びが響く中、その攻撃に耐え切れなくなったクウガが五代へと戻る。その光景になのは達が息を呑む中、弾かれるようにライダー達が動いた。邪眼へ更なる攻撃をさせないために、アギトが注意を引くために飛び掛り、それに応じて龍騎はドラグブレードを手になのは達へ駆け寄った。彼女達を守るように動きつつ、後ろへ下がるように告げると龍騎はアギトの援護へと向かう。そしてRXは五代と少女を守るべくバイオライダーへ変化して即座に近寄っていた。

 

「五代さんっ!」

 

 五代の体を軽く抱き抱えるバイオライダー。瞬時にその視覚機能を使い、状態を把握する。その命に別状はない事を確かめ小さく安堵するバイオライダーだったが、すぐに意識を邪眼へと向けた。邪眼はアギトと龍騎の二人を相手に余裕さえ感じさせていた。疲れから動きの鈍る二人へ、拳を、蹴りを叩き込み、とどめとばかりに電撃と破壊光線を薙ぎ払うように放つ。

 それが二人を吹き飛ばして床へと転がすと同時に、爆音と煙が周囲を覆って二人がどうなったのかをなのは達から隠す。だがそれもほんの僅かな時間だった。煙の中から二人の体が転がり出たのだ。

 

―――アギトっ!?

 

 はやて達八神家とティアナの叫びが響く。彼らの視線の先では気を失ったのかアギトが光に包まれていた。そのまま変身が解けると、額から血を流して倒れる翔一の姿へ変わる。そして、そんな叫びと同時にヴァルキリーズの叫びも響き渡っていた。

 

―――龍騎っ!?

 

 龍騎も変身が解け、真司の姿へ戻っていた。真司は翔一と違い、額だけでなく口からも出血しているのか血が流れている。そんな光景になのは達が絶句した。初めて見るライダー達の敗北。五代が、翔一が、真司が力及ばず倒れている様子に。

 それでも、まだなのは達は絶望しない。何故ならば、まだ邪眼と戦うライダーがいるからだ。たった一人となっても、三人の復活を信じて戦う戦士が。その最後の希望であるRXは邪眼と戦いながら強く願っていた。そう、三人が再び立ち上がる事をだ。

 

「残るは貴様だけだ、世紀王」

「まだだ! まだクウガ達は負けていない! そうだ! 仮面ライダーは負けないっ!」

「世迷い事を……奴らはもう死んだも同然よ」

「死ぬものか! 戦いが終わるまで、いや、戦いが終わろうとも仮面ライダーは死なないっ! 死なないんだっ!」

 

 邪眼の言葉を力強く否定していくRX。しかし、やはり邪眼の力は強大。一人で善戦するRXも空間転移を多様してのヒット&アウェイに劣勢を余儀なくされていく。何とかバイオライダーへ変化してそれに対処するも、やはり反撃に繋げられない状態が続いていた。

 

 それを黙って見ている事しか出来ないなのは達は、その光景に誰もが悔しさに拳を握り締めていた。そんな中でなのは達が出来たのは五代達三人を護衛する事。

 気を失っていたため、セインがISを使ってその体を少しでも安全な場所へ運んでいたのだ。そして残った少女を運ぼうとした時、その動きに邪眼が気付いた。

 

「何をこそこそとっ!」

「っ?! トゥアっ!」

 

 邪眼の動きを阻止しようとバイオブレードを動かすバイオライダーだったが、僅かにそれは遅かった。放たれた破壊光線は一直線にセインを目指している。ゲル化すれば何とか間に合うが、邪眼がなのは達へ攻撃する危険性を考え、バイオライダーはその場を動く事が出来ない。よって、バイオライダーは苦渋の決断を下すようにその場に残り、邪眼から放たれた電撃をバイオブレードで受け止めた。

 

「セインっ! かわせ!」

「まだ避けられるぞ!」

 

 シグナムやチンクの声を聞きながら、セインは迫り来る攻撃を前に迷っていた。このままでは死ぬと分かっているにも関わらずだ。急いで決断を下す必要があるこの状況でセインを迷わせていた理由。それは彼女の背後にあった。そこにはセインが避難させようとしていた少女がいたのだ。即ち、守るか逃げるかをセインは迷っていたのだ。

 

 もし少女を守ろうとすれば自分が死ぬ。しかし逃げれば少女が確実に死ぬ。だがセインは戦闘機人。並の人間よりも頑丈に出来ている上ボディースーツもある。死ぬ可能性は少女よりも低い。そこまで考えてセインは視線を背後へと動かした。

 

「危ないからそこを動いちゃ駄目だよ」

 

 その言葉に少女は戸惑いを返すだけだった。そう、既に少女は意識を取り戻して不安そうな表情を浮かべている。その顔を見たセインは攻撃から少女を守る事を決意した。戦闘機人である自分の耐久力にボディースーツの防御力を考えて、まだ生き残れる可能性があると信じて。何より、幼い命を見捨てないために。

 少女を背にし、ISで体を半分床に潜らせるとセインは両腕を交差させて防御の姿勢を取る。光線の威力に体を飛ばされないようにだ。そこへ放たれた破壊光線が迫っていく中、誰もがセインの行動に息を呑んだ瞬間、飛び出すように動く者がいた。

 

―――パパ、もう止めてっ!

 

 その小さな体がセインの代わりに破壊光線の直撃を浴びる。その口からは耳を覆いたくなるような絶叫が漏れていた。その声に気を失っていた五代達が目を覚ます。すると、その視線が当然のようにその声の主へと動いた。そこには思わず目を覆いたくなるような光景があった。

 

―――っ?!

 

 だから三人は言葉が出せなかった。なのは達やセインも眼前の光景に何も言えないまま目を見開いている。誰もが驚愕の表情のまま声を失ったように沈黙していた。やがて光線は途絶え、その直撃を受けていた者がゆっくりと崩れるように倒れる。その体を咄嗟にセインは受け止めた。

 

「う、嘘でしょ……何で出てきたりしたのっ!?」

「パパ……どうして……? この人達、私の事を……助けて、ようと……したんだ……よ?」

 

 涙ながらのセインの言葉が聞こえていないのか、少女は邪眼へ疑問を投げかけた。その内容に誰もが言葉にならない。涙を流し、少女の体を抱きしめるセイン。その生命活動が弱くなっていくのを戦闘機人としての能力が教えてくるのだ。それにセインは余計に涙が止まらない。いや、セインだけではない。ヴァルキリーズは全員それを悟っていたし、ナカジマ姉妹も同じように少女の鼓動が弱くなっていくのを感じて涙を流していた。

 

 なのは達でさえ、直感として理解していた。もう少女が助からない事を。それでもなのはは流れる涙を拭う事もせず少女の元へ駆け寄った。セインはそれに気付いて少女の体をそっとなのはへ差し出す。少女の体を優しく受け取り、なのはは強くその手を握った。

 

「駄目だよっ! 諦めちゃ駄目だからっ! 絶対、絶対助けるからっ!!」

「……お姉、さん。私……お姉、さんに……あや、まらな、いと……」

「いいよ! もういいからっ! だから喋っちゃ駄目っ!!」

「悪い、人なんて……言っ、て……ごめ、ん、なさい……それと……あり、が……とう」

 

 なのはの言葉に少女は最後には笑顔で礼を述べて静かに目を閉じた。言い終えた事で張り詰めていたものが切れたように。なのはは、その握っていた手から力が抜けたのを感じた瞬間、思わず叫んだ。玉座の間に少女の死を拒絶する絶叫が響き渡り、誰もが涙を流す。一部はその拳を床へ叩きつけながら悲しみの涙を、悔しさの涙を流した。

 そんな中でもバイオライダーは邪眼を牽制していた。それでもその心中は穏やかではない。少女の言葉やなのはとのやり取りを聞き、きつく拳を握り締めていたのだ。今、その脳裏に甦るは佐原夫妻の事。最後の最後で守れず死なせてしまった存在の事だ。

 

(守れなかった……俺はまた守れなかったっ!)

 

 後悔が激しい悲しみと怒りの気持ちをバイオライダーに抱かせる。その仮面で流れる涙を隠しつつ、それでも邪眼に対して睨みを利かせるのを忘れないように彼は戦う。その背後では、真司と翔一が我に返ってその手を握り締めていた。

 

「ちくしょぉぉぉぉぉっ!」

「どうして……どうしてこんな事にっ!」

 

 真司の怒りと翔一の悲しみがなのは達の心に響く。これだけの者がいながら、幼い少女一人守れなかった。その気持ちが全員の心に怒りと悲しみと悔しさを抱かせる。すると、その声に邪眼が動きを止めた。そして、少女の亡骸を抱きしめ涙するなのはを眺め、吐き捨てるように言い放った。

 

―――役立たずが。失敗するだけでは飽き足らず、最後には邪魔までしよって。

 

 その言葉で全員が睨むように邪眼へ視線を向けたその時、玉座の間の空気が重くなった。それを感じ取って誰もが息苦しさを覚える中、その原因に気付いたバイオライダーだけがまさかと思い、邪眼に隙を見せる事になる危険を冒して後ろを振り向いた。

 

「っ!? 五代さん、駄目だっ!」

 

 その声に全員の視線が五代へと注がれる。五代の体は普段の変身ではない現象を起こし出していた。黒いオーラが全身を覆うその光景を見て、誰もが嫌なものを感じる。そう、まるで闇を纏うようだったのだ。

 

 五代は激しい憎悪を邪眼へ抱いていた。幼い少女を自分のために利用した事。それが負けるとあっさり利用価値がないと告げた事。更にそれを殺した事にまったく後悔も反省もしていない事。それらが否応無く邪眼への怒りを起こさせる。

 そこへ追い打ちのようにその視界へ入ってきた光景も不味かった。一つは少女を失って涙を流す親しい人達。それが五代にあの緑川学園以上の悔しさと無力感を叩き付ける。邪眼と互角に戦えるだろう力を秘めたクウガ。その力を使う事を忌避した事で流れる涙が生まれてしまった。それは五代が戦士となると誓った状況と似ている。

 

 もう一つは死した少女の外見。五代にはヴィヴィオと同じにしか見えなかったのだ。故にその姿がどうしてもヴィヴィオに重なってしまう。明るく未来と希望に満ちた世界を生きる事が出来たはずの命。それが夢さえ見る事が出来ずに死んだ。ヴィヴィオと共に笑い合えたはずの少女に対して、五代は強い無念と悲しみを抱いたために、それ以上の憎しみを邪眼へ抱いてしまっていた。

 

 殺す事を楽しむ未確認と殺す事を何とも思わない邪眼。その共通点はただ一つ。自分のために他者を平気で踏み躙る事。そんな奴らのためにこれ以上涙を見たくない。だが、今のままの五代では倒す事が出来ない。その事実が五代へ黒い体の四本角のクウガへなる事を思い浮かばせる。もうあの力を使うしかないと。

 それは、普段の五代であれば疑問や戸惑い、躊躇いと苦悩がある答え。しかし、今の五代にはそれはない。一度制御した事がどこかでその事を後押ししてしまっていると知らずに、五代は邪眼を許せないとの強い思いを胸に口を開いた。

 

―――あの子を殺してしまったのに、掛けてあげる言葉がそれ……? あの子はお前の事をパパって慕っていたのに……最後にかけてあげるのがそんな言葉なのかっ! あの子はっ! まだ青空だって見た事が無かったのにっ!!

 

 五代がそう叫んだ瞬間、その体が変わる。全身を漆黒で染め上げた姿へと。禍々しい印象しかないそれに誰もが言葉を失う。中でも五代から詳しい話を聞いていたバイオライダーだけは、その顔を見て最悪の展開になったと悟った。

 

(目が黒い……やはり制御出来ていないのか!)

 

 眼前の存在は漆黒の目をしていた。それに邪眼が少しだけたじろくも、すぐに立ち直って走り出す。今の自分を追い詰められる者などいないと思っているのだ。

 

「また姿を変えたところでっ!」

 

 邪眼が床を蹴り、凄まじき戦士へ攻撃した。シャドーキックと同じ姿勢のそれを見た凄まじき戦士は、あろう事か立ち尽くしたままでそれを受ける。その一撃を喰らっても、悠然とその場にしっかりと経ったまま動く事なく耐え切ったのだ。それに誰もが驚きを見せる中、凄まじき戦士はお返しとばかりに無言で邪眼へ手をかざしたその瞬間、邪眼の体が炎に包まれる。

 凄まじき戦士は炎で苦しむ邪眼へ無言で近付くと、その胸部へ拳を叩き込んだ。その一撃で邪眼の体が大きく飛ばされる。その体は床ではなく壁に激突し落下した。そのダメージをものともせずすぐに立ち上がる邪眼だが、凄まじき戦士が既にその体目掛け飛び蹴りを放っていた。

 

「ぬおっ!」

 

 再び壁へ激しく叩き付けられる邪眼。そこへ追い撃ちをかけるように駆け寄り、凄まじき戦士は連撃を叩き込んでいく。すると邪眼はこのままでは不味いと悟ったのだろう。両手から破壊光線を放って一旦凄まじき戦士を下がらせた。そして、瞬時に空間転移を使って玉座の間から撤退した。

 それになのは達が僅かな安堵の息を吐く。ただ一人だけバイオライダーはRXへ戻ると、素早くなのは達の前に立ち凄まじき戦士へ戦闘態勢を取った。それに誰もが違和感を感じるものの、そんな周囲へRXが切羽詰まった声を出した。

 

―――今のクウガは我を失っている! 止めないと全員やられるぞっ!

 

 その意味をなのは達三人は瞬時に理解した。凄まじき戦士に五代がなってしまったのだろうと。真司もいつかの話を思い出し、よろよろと立ち上がろうとした。翔一もそれに続いて立ち上がろうとするが、二人は未だにダメージが抜けていないためかその体がふらついている。

 それに気付いた周囲が二人を支えるように動く。止めようとしないのは、その性格を知っているからだ。止めても止まらないと。そんな周囲の見ている目の前でRXが炎に包まれるも、ロボライダーへ変身し、その炎をエネルギーとして吸収する事で対処した。

 

 その様子を見た凄まじき戦士は、ロボライダーにその力が通用しないと理解してか直接攻撃へと切り替える。それを迎え撃つロボライダーが自慢の力を活かしたロボパンチを放った。だが、炎のエネルギーを加えたそれを凄まじき戦士は平然と受け止めたのだ。

 

「くっ! これでも駄目か!?」

 

 予想以上の強さを持つ凄まじき戦士に驚愕しつつ、ロボライダーは何とかその力を使って凄まじき戦士を止めようとする。しかし、それを容易に振り払う凄まじき戦士にロボライダーは力では太刀打ち出来ないと理解した。追い詰められたロボライダーはそこからバイオライダーへ変化し、速度を以って凄まじき戦士へ対抗しようとする。すると、その高速機動を見た凄まじき戦士は無言で手を動かした。それが実体化しようとしたバイオライダーを炎で包む。

 

「ぐあっ!」

「「バイオライダーっ?!」」

 

 予想だにしない結果にエリオとキャロが思わず叫んだ。バイオライダーの弱点は高熱。しかも、それが通用するのも実体化する僅かな間でしかない。それを瞬時に悟り攻撃した凄まじき戦士の恐ろしさをバイオライダーは思い知っていた。

 実は高熱が弱点とはいえ、バイオライダーは五千度まで耐え切れるだけの耐久力がある。つまり凄まじき戦士の使う炎の温度はそれを超えていた。凄まじき戦士にはバイオライダーでも対抗出来ないと分かり、彼だけでなくなのは達にも焦りが生まれる。

 

 四人のライダーの中で一番強いと思われていたRX。それが全ての能力を駆使しても凄まじき戦士に勝てないと思わされたからだ。特にバイオライダーは、その特殊能力から無敵だと思われていたから余計だろう。

 炎に苦しむバイオライダーがRXへ戻り、やがて光太郎へ戻ったのを見て誰もが息を呑んだ。翔一も真司も未だ戦える状態ではなく、光太郎さえ変身を解かれてしまった。残された手段はもう何もない。そう思った時、そこへガジェットがやってきた。それを受けてウーノ達が行動開始。ガジェットのAMFCを最大にし、何とか魔法を使えるようにAMFを弱体化させていく。

 

 すると、それを感じ取ったのか凄まじき戦士がガジェットを破壊しようと動き出した。破壊衝動に突き動かされるようにガジェットへその足を進める凄まじき戦士。その行動を止めようと動く者がいた。

 

「五代さん、止めてくださいっ!」

 

 スバルは凄まじき戦士へ抱きつくように止めに入った。自分の憧れのヒーロー。それが周囲へ破壊と混乱をもたらす事をしようとしている。それがスバルには耐え切れなかった。あの空港火災の日、自分を危機から助けてくれたクウガ。今度はそれを自分が助けるんだ。そんな思いがスバルを動かしていた。自分が灼熱の炎に焼かれる事になったとしても構わないと、そう覚悟を決めて。

 

 そんなスバルの行動に、微かにだが凄まじき戦士の動きが鈍る。その事に気付いた真司はふと思い出した事があった。それを試そうと思い、真司は小さく頷くと翔一へある事を告げた。それに翔一も理解を示し光太郎の元へと向かうのを余所に、スバルが命懸けで凄まじき戦士を止めるのを見てなのはも行動を起こしていた。腕に抱きしめていた少女の亡骸を静かに床に下ろし、その表情は凛々しいままに凄まじき戦士へと駆け寄ったのだ。

 

「もういい! 五代さん、もういいんですっ! いつもの優しい五代さんに戻ってください!」

 

 スバルと同じように凄まじき戦士の体を全力で止めようとするなのは。少女の死を悼み、それを何とも思わなかった邪眼。それに対して五代が怒り、そして憎しみさえ抱いてしまったのはなのはにも分かった。優しい彼女も同じ気持ちになったからだ。

 それだからこそ、なのはは五代にいつもの彼へ戻って欲しかった。誰かを憎む五代など見たくないとばかりになのはは心から叫ぶ。それにも凄まじき戦士は小さな反応を見せるものの、その手をゆっくりと動かそうとした。

 

 だが、その手を大勢の者達が止める。五代を好きだからこそ、その暴走を止めたいと願う者達が命を賭けて阻止する。強力な力で相手を捻じ伏せる。それはクウガの在り方ではない。そう誰もが感じたからこそ、心から五代へ呼びかける。我を忘れて仲間を苦しめるような行動を取る現状。それを何とか止めたい。その思いはその場にいる者達全員の総意だった。

 

 そうして誰もが五代へ元に戻ってくれるように呼びかけていく。そんな中、ウーノ達三人によって制御されたガジェットがAMFに干渉し魔法の使用と可能にしようとしていた頃、邪眼はゆりかご最深部にてその様子を見つめていた。そしてある事に気付く。それは、凄まじき戦士と自分の共通点。それに思い当たって邪眼は嗤う。自分にもまだ勝機はあると、そう思いながら。

 

「このまま奴らが自滅し合ってくれればよし。もしそうでなくても……」

 

 邪眼は嗤う。もう自分に負けはないと確信して。故に余裕を持って玉座の間の様子を見つめる。そこでは、凄まじき戦士が自分の動きを止める者達を振り払おうとしていた。

 

 同時刻、玉座の間付近で待機していたゴウラムトルネイダーに異変が起き始めていた。まるで何かに怯えるように震え、その全体が少しではあるが色褪せようとしていくように……

 

 ヴィヴィオとそっくりな少女の死。それが引き金となり、遂に五代は凄まじき戦士へとなってしまう。

 その力を以って邪眼を撤退させるも、相手を失った事で攻撃の矛先はなのは達へと向いた。

 そんな絶望に真司が見出した微かな希望。

 それが凄まじき戦士を止めるキッカケとなるのだろうか……?

 

―――そして古の王甦り、影と闇を争わす。しかし闇深く、甦る王を包まんとす。戦士、闇に立ち向かいそれを救わん。だが、それこそ闇の始まりなり。



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目覚めろ! その魂!

遂に決着。次回で最後です。


「やめてください五代さん! こんな事をしてもあの子は喜ばないし、生き返る訳じゃないんですっ!」

「そうです! あの子が悲しむだけですっ!」

 

 エリオとキャロが涙ながらに凄まじき戦士の両足を押さえる。二人にとっては優しく楽しいお兄さん。それが五代だった。だからこそ、今の姿は見ていられない。そう、今の状態は怪人と同じだったのだ。力を感情のままに振るい、周囲へ危害を加える。それは二人にとって許せる事ではない。局員としても、人としても、そして五代を好きな者としても。

 だから止める。命を賭けて。幼いからこそ、二人にも少女の死は辛く苦しく悲しいものだった。それを優しい五代がどう感じたかなど、言うまでもなく理解していたからだ。凄まじき戦士の恐ろしさを知っても尚止めに入る勇気。それはこの二人以外にもあった。

 

「五代、止めろよ! お前、こんな事をしたい訳じゃねえだろ!」

「五代さん、駄目っ! 貴方は誰よりも人を傷つける事が嫌いなはずでしょ!」

 

 ヴィータとシャマルは凄まじき戦士の右腕を必死に止めていた。初めて五代と会った日、共にその在り方に触れた二人。ヴィータは、したくもない蒐集行為をする自分の苦しみを悟られた。その目がしたくない事をせざるを得ない悲しみを宿していたとして。

 シャマルは、なのはから蒐集した後にその悲しみを和らげてもらった。何にも気付いて始めるのに遅い事はないと、そんな優しい言葉と共に五代の気持ちに触れて。つまり二人は五代に救われた面があったのだ。本人は決してそんなつもりはなかったが、結果的に二人はそう感じたからこそ、その時のお返しとばかりに動いていた。

 

「もう止めてよ! いつもの五代さんに戻ってよぉ!」

「五代っ! もういいんだ! あの子もお前のそんな姿は望んでいない!」

 

 セインとチンクも凄まじき戦士の左腕を懸命に押さえていた。食堂で共に働いた仲間であり、真っ先に自分達と六課の溝を無くそうとしてくれた人物である五代。その人柄をヴァルキリーズで誰よりも知っているのがこの二人だった。

 いつも笑顔でひょうきんなところがある五代の事は、二人も好ましく思っていた。誰かが悲しんでいれば、それを笑顔にしたくて頑張る性格。それが想いを寄せる真司にも似て、二人にとっては心安らぐ相手だったのだから。

 

 こうしてスバルとなのはが体を、残りの部分を彼らが押さえる。だが、それも限界があった。凄まじき戦士自体の力はこの場の誰よりも強力。いくらその動きが鈍り弱まっているとはいえ、人の身で押さえ続けるには限度がある。それでも、誰かが振り払われる度に別の誰かが凄まじき戦士へと駆け寄り、その体を押さえ付ける。五代を元に戻すために。そして、元に戻った時に悲しむ事が少ないようにと。懸命に、必死に、誰もが五代を五代であり続けさせるために足掻いていた。

 

 その奮闘に触発されたように玉座の間付近で滞空していたゴウラムトルネイダーにも変化が起きる。合体しているゴウラムが色褪せ崩れそうになった瞬間、その全身を光が包んだのだ。マシントルネイダー部分に秘められたアギトの光。それがゴウラムの崩壊を阻止していた。

 そう、アギトの光は進化の光にして、白服の青年が人類に与えた力。それが凄まじき戦士が出現した事によるゴウラム消滅の危機を辛うじて防ぐ。闇に抗う力を失わせまいとするように。実はもう一つゴウラムの即時消滅を阻む要素があった。それこそが真司の見つけた微かな希望。そして、聖なる泉を呼び戻すという予言の意味に繋がっていた。

 

 凄まじき戦士が一気になのは達を振り払う。それとAMFがガジェットのAMFCに干渉されて弱体化したのは同時だった。ウーノの告げた言葉を合図にその場の全員の瞳が輝く。そんな中、なのは達も真司が気付いたある事を見る。凄まじき戦士が制止を振り払った後、床に倒れたなのは達が苦しんだのを見て、僅かではあるが動きを鈍らせる事に。

 

 それに真司の抱いた希望が間違っていなかったと感じる光太郎。だからなのは達が振り払われると同時に動く。凄まじき戦士を後ろから取り押さえ、周囲へ叫んだ。自分達の頭上を狙ってくれと。それが何を意味するかなど最早説明されるまでもなくなのは達は理解している。

 

「なのはちゃんっ! フェイトちゃんっ!」

「うんっ!」

「やるよ!」

 

 はやてがシュベルトクロイツを構える。なのはとフェイトがそれに倣うようにレイジングハートとバルディッシュを構えた。三人はありったけの想いを込めて魔法を放つ。三色の光は絡み合うと天井を貫き、玉座の間へ大きな穴を作る。そこには当然太陽と雲が存在し、目の覚めるような青空が広がっていた。

 光太郎はそれを見上げて頷くと、凄まじき戦士の顔を空へ向けさせた。それに微かに、だが確かに凄まじき戦士は反応した。その視線を逸らす事なく頭上へと向け続けたのだ。その漆黒の目が青空を見つめる。光太郎はその瞬間、凄まじき戦士から離れてある構えを取った。それはRXの構え。右腕を握り締め、左腕を腰に当てたその構えを光太郎が取ると、同時に翔一も立ち上がってある構えを取る。右腕を前にし、左腕を腰に添えるアギトの構えを。

 

 二人がそれぞれの構えを取った瞬間、その体から光が出現する。それはかつて邪眼と戦う際、彼らがした事に近い事。自分達のエネルギー(この場合はアギトの光と思われる)を合わせて凄まじき戦士へと送ったのだ。

 

「五代さんっ!」

「俺達の光、受け取ってくださいっ!」

 

 二人は真司が考えた思いつきに従い、これを計画した。全てはあのカリムから聞いた予言を意識した行動だ。闇に汚れし仮面で悲しみを隠す戦士。それが凄まじき戦士の事を意味するとして、三人が考えた五代救出作戦。それは、きっとその後の部分がそれに当たるとしての仮定の下に考えられた。

 太陽と進化の輝き合わさりし時、龍騎士の咆哮が聖なる泉を呼び戻す。なので、まず光太郎と翔一がかつての事を思い出して、自分達のエネルギーを合わせることにした。その目論見通り、凄まじき戦士へと二人のエネルギーが合わさったものが吸い込まれる。そして、それが起こった瞬間、凄まじき戦士のアークルが光り出した。それが翔一の変身する時とそっくりだと気付いた二人は確信する。クウガのベルトはやはりアギトの光を内包していると。そう、故にクウガは超変身を制御出来るのだ。不安定のはずのアマダム。それをアギトの光が支え、導いていたのだから。

 

 二人の光を受け取った後、凄まじき戦士から感じていた圧迫感が心なしか弱まったと感じて真司が叫ぶ。ここからは自分の仕事だと、そう強く己へ言い聞かせるように。

 

「五代さんっ! あんたはよくこう言ってたよな! 青空を見てると、心が洗われる気がするって!」

 

 真司は叫んだ。予言の最後の部分は、自分が叫ぶ事で五代が聖なる泉、即ち優しい心を取り戻すとあったからだ。だとすれば、それはこの言葉だろうと踏んだ真司は心から叫んだ。青空が好きな五代。その心に届けとばかりに。

 その言葉を聞いて凄まじき戦士は何か苦しみ出す。それで誰もが淡い期待を抱いた。五代に戻ってくれるのではないかと、そう思って誰もが息を呑んで見守っていた。しかし次の瞬間、凄まじき戦士がした行動は苦しみながらもその手を空へ伸ばす事だった。まるで助けを求めるかのようなそれを見て誰もが悟った。誰よりも凄まじき戦士を止めようとしているのは五代自身だと。

 

 そう考えた時、全員の脳裏にこれまでの光景が思い起こされる。なのは達へ攻撃する事や苦しませる度に躊躇いがあった凄まじき戦士。それは、五代の聖なる泉が枯れ果てたのではなく闇で汚れてしまっているためだ。優しさよりも憎しみが多くなってしまったから泉が濁っていたのだ。

 

 真司の言葉に反応を示す凄まじき戦士。しかし、まだ何かが足りない。凄まじき戦士をクウガへと戻す要素が。それが何かと周囲が考える中、真司だけはその凄まじき戦士の手を見つめ、ふと閃いた。

 

「……もしかしてっ!」

 

 その視線の先にある凄まじき戦士の手は、まるで空を掴もうとしているようにも、拳を握り締めようとしているようにも見えた。だが、真司はそれが何をしようとしているかを察した。そして、そこからある言葉を思い出す。五代を元に戻せるとすれば、その言葉が一番ではないかと。故に真司は力の限り叫ぶ。この声よ届けとばかりに、凄まじき戦士ではなく五代雄介へと向けて。

 

―――五代さんっ! これを思い出してくれっ!

 

 真司が叫びと共に見せたのはサムズアップ。真司の声に視線を動かした凄まじき戦士は、それにまるで息を呑んだかのように反応する。同様に周囲も真司へと視線を向け、その手が作る形を見て小さく声を漏らした。それは、形こそ違え、その場にいる者達全員にとって思い出深い光景と酷似していた。なのは達が自分達の記憶を鮮烈に甦らせている中、真司は思いの丈を込めて叫ぶ。

 

「古代ローマで、満足出来る、納得出来る行動をした者にだけ与えられる仕草だ! あんたは、これに相応しい男だったよな!」

 

 あの日、六課と合流した真司達となのは達を隔てる壁のようなものを少しでも払拭させようとした五代。真司は五代が自分達へ教えてくれた言葉を懸命に思い出しながら叫んでいた。そして、その言葉を聞いた周囲も真司のやろうとしている事を理解していた。

 

 五代が”五代雄介”たる根底である教え。その言葉で抱いた気持ち。それを思い出させようとしているのだろうと。だから、誰もが静かに見つめる。真司の言葉が五代へ届くようにと願いながら。

 

「あの子が死んで、確かに悲しいと思う! でもそんな時こそ、誰かの……みんなの涙を止めて、笑顔にするために頑張れるのが五代雄介じゃないのかっ!」

 

 その言葉に凄まじき戦士が動いた。その手が真司へと向けられる。それが意味する事に気付いて誰もが一瞬息を呑むものの、真司だけはそれにも怯まず最後とばかりに吼えた。

 

―――思い出してくれよ五代さん! いつでもみんなの笑顔のために頑張れる! それが、仮面ライダーだってっ!!

 

 その声が玉座の間に響き渡る。水を打ったように静まり返る空間。真司は凄まじき戦士を見つめ続けた。そしてその手が動いた瞬間、誰もが炎に包まれる真司の姿を想像して目を閉じる。だが、一向に真司の叫ぶ声も炎が燃え盛る音も聞こえてこない。それに気付いてゆっくりと一同が目を開けていく。そこには、凄まじき戦士はいなかった。いや、確かに凄まじき戦士はいた。たが、その存在から感じる雰囲気が違う。何よりも、その手はある形を作っていたのだ。誰もがそれが意味する事にまさかと思う中、スバルがその目を見てすぐにその原因に気付いた。

 

―――目が……赤くなっている。

 

 その呟きと同時に”クウガ”から声が返ってきた。そう、その手はサムズアップをしているのだから。

 

―――……そうだね、真司君。今の言葉、すごく心に響いた。それと、光太郎さんと翔一君の光、とても効きました。あれで少し怒りが和らいだんで。

 

 その声に真っ先に反応し、クウガへ走る者がいる。その者が見つめる中、クウガは疲れからか五代へと戻っていく。それを見届け、その者の体が床を蹴って宙へ舞う。そのままの勢いで満面の笑顔を浮かべながらスバルは五代へと抱きついた。

 

「五代さんっ!」

「おっとっ!」

 

 慌てて受け止める五代だが、疲れた体では当然受け止めきる事は出来ずに床へ倒れこんだ。その五代の表情はすっかり普段のそれに戻っている。それを確認し、五代の胸に顔を埋めて涙を流すスバル。その温かさを感じて五代は優しい笑みを浮かべてその頭を撫でた。

 

「ありがとう、スバルちゃん。なのはちゃん達も本当にありがとう。みんなの声が俺を最後の最後で止めてくれてた」

 

 その言葉にスバルが顔を上げると笑顔でサムズアップ。そして、それに続くようになのは達も一斉にサムズアップをした。五代はそれに嬉しく思いながらサムズアップを返した。しかし、その表情が何かを見てすぐに曇る。その五代の視線の先には、静かに横たわる少女がいた。五代はスバルを体から優しく離すと、ゆっくりと少女へ近寄る。その安らかな死に顔を微かに痛ましく思いつつ、五代は静かにその髪を撫でた。慈しむように、別れを告げるように。

 

「助けてあげられなくて……ごめんね。でも、約束するよ。絶対、君の事は忘れないから」

 

 五代の言葉に誰もが頷き、表情を凛々しくする。その時、光太郎が何かを悟って表情を険しくした。

 

「っ?! 邪眼が来るぞっ!」

「五代さん達は私の傍にっ!」

 

 その言葉に誰もが表情を険しくすると同時にシャマルがそう叫ぶとその手を高々と掲げた。五代達三人が何とかシャマルの近くへ辿り着くと、彼女は澄んだ声で詠唱を始める。それは、静かなる癒しの名を持つ回復魔法。

 

「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで」

 

 それが傷付き、疲れていた三人の体を瞬時に癒していく。その効果に驚く三人だったが、その表情がすぐに険しいものへと変わる。再び玉座に座る形で邪眼が出現したのだ。それを天井の穴から降り注ぐ太陽の日差し越しで見つめる光太郎。そこへ体を本調子に戻した五代達も並び立ち、眼差しも鋭く邪眼を睨む。それを受けても邪眼は平然としていた。そして、五代達へつまらなさそうな声でこう切り出した。

 

「自滅はしなかったか。面白味のない奴らだ」

 

 それに誰も言葉を返す事はしない。特に五代はもう憎しみには飲まれないとばかりにその表情を凛々しくするのみだ。いつもならば、そんな反応を返す事に苛立ちを見せる邪眼だが、今回はそうではなかった。そんな五代達の反応にもさして苛立つでもなく、ゆっくりと玉座から立ち上がると彼らを一度だけ見回し徐々に嗤い出した。

 それが癇に障る高笑いになるまではそこまで時間はかからない。それでも誰も邪眼へ口を開く事はしない。嗤いたければ嗤え。それぐらい今の五代達は心を乱すような隙はなかったのだ。そんな五代達の態度も今の邪眼には嘲笑う要素でしかなかった。

 

「くっくっく……先程の力、中々凄かったぞクウガよ。だが、それが自分達の最後を彩る事になるとは思わなかったようだな」

「どういう意味だ!」

 

 さすがにその言葉には無反応とはいかなかったのか、翔一が代表するように声を出した。すると、邪眼は自分の腹部を指差して告げる。これはアマダムなのだと。それだけで五代と光太郎は理解した。邪眼が何を考え、何をしようとしているのかを。

 

「不味いっ!? 奴は凄まじき戦士へ超変身するつもりだ!」

「邪眼っ! それはお前をも滅ぼす力だぞ! 分かっているのかっ!」

「はっ! どの道貴様らを殺さねば気がすまん。それに、我は創世王となるのだ。あの力如き、御してみせるわっ!」

 

 そう吠えるように告げると、邪眼は低い声で唸り始める。やがてその体が黒い闇のような影のようなものに包まれていき、その姿を変えていく。銀色の身体は白い身体へ変わり、所々に金色のラインが入る。それを見ていた五代だけが、その光景の意味する事を悟り息を呑んでいた。

 

(第0号と同じだ……)

 

 それは、忘れられない姿。五代にとっては悪夢のような相手。あの吹雪の中、殺し合った存在。それと変化した邪眼は酷似していた。ダグバのような体に変わった邪眼は、体に溢れる力を感じて内心歓喜に震えつつも努めて冷静に告げた。

 

「見たか。貴様らが声高に叫ぶ変身など、我にかかれば造作もない。それに、この力ならば……貴様らに勝てるっ!」

 

 自分の手を握り締め、そう言い切った邪眼に対し、五代達四人が取った手段は一つだった。それぞれが変身ポーズを取る。それだけでなのは達に期待と希望が強くなった。そう、そうなのだ。その目の前に広がるのは、初めて見る光景なのだから。

 四人の仮面ライダー。それが同時に変身する最初で最後の瞬間。そう考え、誰もが邪眼の変貌で抱いた恐怖と不安を抑え付ける。今から見つめる光景こそ、奇跡の瞬間なのだと言い聞かせるように。

 

―――変身っ!!

 

 青空に太陽が眩しく輝き、玉座の間へ光を注ぐ。それを見ながら四人は姿を変える。光太郎は黒の鎧を、真司は銀の鎧を、翔一は金の鎧を、五代は赤の鎧を纏う。しかし、そこでなのは達は見た。光太郎の姿がRXではないものへ変わっていたのを。それはBLACK。光太郎が五代へ自身の太陽エネルギーを全て与えていたために起きた珍事だ。

 すると、ゆりかごが上昇しているためか四人へ日差しが当たる。更に周囲を烈火が覆ったのをキッカケにそれぞれの鎧が変化した。そうして炎が消えたそこには、四人のヒーローがいた。クウガアルティメットフォーム、アギトシャイニングフォーム、龍騎サバイブ、BLACKRXという、四人の仮面ライダーが雄々しく並び立っていたのだ。

 

「俺は、太陽の子! 仮面ライダー、BLACKっ! RXっ!!」

「仮面ライダー! 龍騎っ!!」

「仮面ライダーアギトっ!!」

「仮面ライダー……クウガっ!!」

 

 名乗りと共に構える四人。その力強さと頼もしさがなのは達に笑顔を、邪眼に苛立たしさを与える。闇より生まれし光の力。それこそが”仮面ライダー”。故に彼らは闇と戦う。いつの世も人の影となって、その魔の手に敢然と立ち向かうために。

 今、なのは達の前に並び立つ者達はまさしく勇者。人には言えぬ痛みと悲しみを抱き、一人でも戦おうと決めた優しくも強い者。その背を見つめ、なのは達も思いを新たにした。この背に守られるだけにはならない。それが強さなのだと。

 

「ふん、貴様らがどれだけ足掻こうとも無駄だ。既に我は究極の力を手に入れたのだ。最早勝ち目はないぞ」

 

 そんな勝ち誇るような邪眼の言葉を聞いて、まずはなのはが口を開いた。

 

「そんな事ない。貴方が手に入れたのは滅びの力だよ」

「そう、過ぎた力は身を滅ぼす。それはいつの時代も同じ」

「それに気付かず、ただ力を求めるだけのあんたにわたし達は負けへん」

 

 なのはに続けとフェイトとはやてが告げる。五代はそれを知っていた。だからこそ、凄まじき戦士となってもどこかで自分を止めようとしていた。そう三人は考えていた。故に邪眼には決して負ける訳にはいかないとも。あの幼い日に仮面ライダーと出会った三人。人ならざる力を使う事に理由を必要とし、常に他者のために振るい続けた存在。それを知っているからこそ、誰よりもその思いは強い。

 

 そんな三人の言葉を受けて邪眼が忌々しく思う中、スバルが問いかけた。

 

「お前は、何で仮面ライダーが怪人に勝てるかって考えた事がある?」

「どうして性能で勝る怪人がライダーに勝てないのか。どうして卑怯な真似まで使う怪人が正攻法のライダーに負けるのか……ってね」

「僕達はその答えを知った。お前達が必要ないと切り捨てた人間の心。それこそがその答えだったんだ」

「守りたい人が、守りたい場所がある。それがデータなんかじゃ計れない強さをくれるんだって」

「気高い人としての魂。それがない怪人にライダーを倒せる訳がなかったのよ」

 

 スバルの問いかけの意図するもの。それを理解し、ティアナが、エリオが、キャロが、ギンガが告げていく。六課での日々。それだけではない。彼ら五人はそれぞれに深くライダーと関った。戦いで、日常で、その優しさと強さに触れた。そして知った。本当の強さとは何かを。決して力などではない。誰かを倒すのではなく、誰かを守れる事。みんなを泣かせる真似をするのではなく、みんなを笑顔にする事。それが強さなのだと、五人は教えてもらったのだ。

 

 その五人にも邪眼は苛立つ。圧倒的に不利な状況にも関らず、毅然としている事。それが邪眼の神経を逆撫でしていた。そこへシグナム達が告げた。

 

「貴様は我々に絶望を与えると、そう言った。だが、それは無理な話だったのだ」

「お前があたしらに絶望を与えられるとすれば、それはライダーが死ぬ時だかんな」

「でも、残念ね。仮面ライダーは死なない。そう、死なないのよ」

「例え貴様が四人を消し去ったとしても、我らは絶望しない。何故ならば……」

「リイン達の心の中に、ライダーはいつでもいるのですっ!」

 

 シグナムの言葉に、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、ツヴァイも応じていく。守護騎士として幾多の戦場を経験したシグナム達。だからこそ、翔一や光太郎が告げた仮面ライダーの戦いは胸に響いた。たった一人で巨悪に挑み、誰かに賞賛される事無く戦い抜いたその在り方。誰かに誇るでも、伝えるのでもなく、ただ人々が平和に暮らせるだけでいい。そんな生き方を選んだ者達。シグナム達にとっても、ツヴァイにとってもどんな物語の英雄よりも英雄らしいと思ったのだから。

 

 はっきりと何があろうと絶望しないと告げた八神家の者達。そこへ更に言葉をぶつける者がいた。ウーノだった。

 

「それに、貴方はこの期に及んで気付かないのね」

「一人で私達を倒せるって、そう思ってるのでしょうけど」

「貴様には無理だ。仮面ライダーでもない貴様ではな」

「力が正義……そぉんな馬鹿な事を信じる限り、勝ち目は絶対にないの」

「本当の正義の意味を知らぬお前が、我々を、ライダーを倒せるはずがない」

「戦いを止める。そのために戦うのがライダーなんだから!」

「貴様のような力を誇示するだけの愚か者に明日はない」

「誰かと支え合う事でしか生きられない。それは弱さかもしれない。でも、それを強さに変える事も出来るのが僕達人間だ」

「恐れも痛みもない。守りたいって思う気持ちがあれば……アタシ達はそれだけで戦えるっ!」

「優しさも甘さも弱さって切り捨てる事しか出来ないお前に、あたし達は屈しない!」

「ホントの強さは、そんな事まで全てひっくるめて生きる事が出来る事ッス!」

「どんな危険に傷付く事があっても、未来を信じて歩く事が出来る。それが……」

「諦めないって事なんだ!」

 

 ウーノの言葉。それがドゥーエの、トーレの、クアットロの、チンクの、セインの言葉を引き出して、セッテの、オットーの、ノーヴェの、ディエチの、ウェンディの、ディードの、アギトの言葉を紡がせる。

 真司と触れ合い、仮面ライダーの別の姿を知った彼女達。それだからこそ、五代達との出会いが大きな意味を持った。仮面ライダーの本当の姿。それが真司の在り方と同じだったのだから。故に邪眼へ告げる。いくら変身しようとも無駄だ、と。仮面ライダーの強さの秘密。それを理解しようともしない限り、勝ち目など絶対に有り得ない。

 

 邪眼がなのは達の言葉に激しい怒りを感じてその拳を握る。それでも、自分の優位は揺るがないとばかりに悠然と佇み、はっきりと告げた。

 

「よかろう。そこまで言うのならば向かってくるがいい。創世王たるこの我に勝てると言うのならな!」

 

 その邪眼の言葉を受けて戦いが開始された。走り出すライダー達。それを見た邪眼の手が真っ先にクウガへ向けられると同時にその全身を炎が包む。しかし、それをクウガは受けても僅かによろめく程度で走り続けた。そのまま炎を体に纏わせながらクウガは邪眼へ拳を叩き込む。それがしっかりとその場所へ封印を意味する文字を刻んだ。それはすぐに消え去るも、それに構わず続けてクウガは邪眼の体を蹴り飛ばした。

 

「おりゃ!」

「ぐぬっ!」

 

 少し下がりながら呻く邪眼。それでもあまり効いていないように立ち直った。一度は手も足も出せずにやられた相手。それと戦ってもほとんどダメージがない。その事実が邪眼へ余裕を与える。

 だが、そこへすかさず追撃を加えようとする者達がいた。アギトと龍騎だ。二人は同時に跳び上がると、その体勢を蹴りへと移行させた。ダブルライダーキックと呼ばれる状態へと。

 

「「はあっ!」」

「舐めるなっ!」

 

 しかし、それは邪眼の手から発射された破壊光線で迎撃される。更に追い撃ちでその手を向けようとする邪眼。それを見たRXは両手を腰に当て、力強く叫ぶ。

 

「キングストーンフラッシュっ!」

「ぬっ! ……小癪な真似をっ!」

 

 サンライザーから放たれた光は邪眼の体を揺らし、その行動を妨害する。それに怒りを抱いて邪眼はその手をRXへと向けた。眩しい光の中、邪眼の力がRXへ炎を発生させるはずだった。しかし、RXのそれが狙ったのは邪眼の注意を自分へ引き付ける事だったのだ。

 邪眼がRXへ手を向けた瞬間、その腹部に何かが直撃するように飛来した。それは電撃を纏った空気弾。それに気付いた邪眼は咄嗟に手をそこへ動かした。そしてすぐに視線を動かすと、そこには漆黒のライジングペガサスボウガンを手にしたクウガの姿があった。ただ、そのボウガンに刻まれた文字部分は黒ではなく元来の緑。

 

 そう、五代は凄まじき戦士の力を完全に制御していた。あの吹雪の中で変身した際と同じ結果になるように、みんなの笑顔を仮面ライダーとして守れるようにと強く願って変身する事で。

 クウガの手にしたボウガンが瞬時にロッドへ変わる。ティアナから渡されたクロスミラージュ。それは、今のクウガにとって頼もしい存在だった。一番の利点は射撃と斬撃が可能な事だ。今のクウガは、一度武器に出来ればそこから全てに変化させる事が出来るのだから。

 

「貴様ぁ!」

「みんな、あいつのアマダムを狙って! あれが傷付けば邪眼の変身も出来なくなるから!」

 

 その声と共にクウガがその場を蹴ってライジングドラゴンロッドで邪眼を襲う。それに続くように三人のライダーも動き出した。この場にいる者達にとって、邪眼の力で一番厄介なのは自然発火。だがそれは、発動させるために手を向ける必要がある事に誰もが気付いていた。事実は違う。本当はその視線だけでも出来るのだが、任意で標的を決めるために無意識で手を使っているだけなのだ。

 しかし、それをクウガも邪眼も知らない。特に邪眼は凄まじき戦士がやった行動を模しているのだから余計に。そうとは知らず、邪眼に対してライダー達は連携を以って対抗した。邪眼と同等の力を持つクウガと太陽光で治癒出来るRXが前線を担当し、アギトと龍騎は二人の援護として立ち回る。

 

 四人がそうやって戦う中、なのは達もただ見ているだけではなかった。邪眼の動きを封じるためにとはやてが密かにユニゾンを完了させ、氷結魔法の詠唱を開始。ティアナはクアットロとキャロの三人である事を実行に移すべく相談していて、残った者達も自分達の出来る範囲でライダー達を援護しようと動き出していたのだ。

 

「ウーノ、AMFCはどれだけ持続出来そうだ?」

「現状……おそらく五分よ。それ以上はガジェットが耐え切れないと思うわ」

 

 シグナムがレヴァンテインを構えながら尋ねた言葉にウーノはそう返した。クアットロとオットーを制御役から解放し、たった一人でガジェットを運用している彼女。その声には若干の苦しさが滲んでいる。それでもその表情は凛々しいまま。そんなウーノの言葉を聞いて誰もが頷いた。魔導師達は揃ってその時間を有効活用するために動き出す。

 

「それだけあれば十分だっ! その五分、必ず守り切るっ!」

 

 ザフィーラはそう言うと、邪眼の周囲へ無数の棘を出現させた。それで邪眼の動きが一瞬止まる。そこを見逃さず、棘を砕きながら放たれる砲撃があった。それはなのはとディエチのもの。ディバインバスターとイノーメスカノンの攻撃だった。腹部を狙って放たれたものだったのだが、それに気付いていた邪眼が当然防御する。それでも二人は構わなかった。何故なら、それは単なる攻撃だけではなく足止めも兼ねていたのだから。

 

「はやてちゃん、今だよっ!」

「ライダー、離れてっ!」

「アーテムデスエイセスっ!」

 

 なのはの声とディエチの声が響き、それを合図に邪眼の周囲を吹雪が襲う。はやての発動させた氷結魔法だ。玉座の間の一部を凍て付かせるそれが邪眼の体を包む。かなりの効果範囲を持つこの魔法。それをツヴァイが制御し、玉座の間の半分程で範囲を止めていた。

 だが、誰もそれで邪眼の動きを止められるなどとは思っていない。これは所謂準備段階。邪眼を倒すためのなのは達なりの戦い。それの開幕を告げる合図だ。今の邪眼へは生半可な攻撃では通用しないと誰もが感じていた。だからこそ加減は出来ない。文字通り全力の攻撃を叩き込む。そのために全員が残った魔力と体力を総動員する覚悟を決めていた。

 

「ライダー! レリックの事は私達に任せてっ!」

「絶対に変身を解除させてみせるから!」

 

 全員を代表して、スバルとティアナがそう告げる。それに四人のライダーは頷きながらも邪眼への警戒を怠らない。今は魔法の効果で動きを止めている邪眼だったが、それが本当に凍結しているからではないと感じ取っていたからだ。何かを狙っている。そう察したが故に四人は密かに話し合う。邪眼撃破までの方法と万が一に備えての対処法を。なのは達を信じていない訳ではない。しかし、今の邪眼は凄まじき戦士と同じ。その力を警戒するに越した事はないのだ。

 

「行くよっ!」

「おうっ!」

「ええっ!」

 

 スバルの声にノーヴェとギンガが応じる。邪眼の腹部にあるアマダム。それに傷もしくはひびを入れる事が出来れば状況は好転する。そのため、なのは達は賭けに出る事にした。邪眼を倒すための第一陣に選ばれたのはこの加速力と突破力に秀でた三人。

 同じようにトーレやエリオも候補に挙がったのだが、結局スバル達に決まったのは邪眼へ奪われると利用されかねない武装がないため。そして、凍結している床を踏む事無く接近出来、自由に動き回る事が出来るのも選ばれた理由の一つ。ウイングロードとエアライナーを展開し、スバル達が走り出して邪眼へ接近した瞬間、氷が吹き飛ばされた。

 

「掛かったなっ!」

 

 視界に捉えたスバル達へ邪眼がその手を向ける。邪眼の能力である自然発火がスバル達を襲った。だが、その炎が三人を包む前になのはが有り得ない行動に出た。

 

「ディバイン! バスタァァァッ!」

「何だとっ?!」

 

 なのはの放った閃光はスバル達ごと邪眼を襲う。咄嗟に防御する邪眼。そして、それこそがスバル達三人が選ばれた最後の理由。魔法の輝きが消えた先には、邪眼の両腕を取り押さえるギンガとノーヴェに腹部へ拳を突き立てているスバルの姿があった。その体を襲っていたはずの炎は綺麗に消えている。

 そう、なのは達は炎を防ぐ手立ては少ないが消す方法ならあると思いついたのだ。それは魔法の威力を以ってその炎を消し払う事。もしくは全身をその輝きで包む事で、炎を生み出しているだろう要因を吹き飛ばせるのではないかと考えたのだ。

 

 だからこそ、スバル達三人が選ばれた。耐久力など前衛組の中でトップクラスである三人ならば、加減してあるとはいえなのはの砲撃にも耐え切れると信じて。

 

「ば、馬鹿なっ! 味方ごと攻撃するなどとっ!」

「「スバルっ!」」

「振! 動! 拳っ!」

 

 邪眼の驚きも聞き流し、二人は全力で腕を押さえながら叫ぶ。それに呼応し、スバルはISではなく自身の技として振動破砕を応用した。指向性を与える事で反動と負担を軽減したそれは、邪眼のアマダムへ少なからずダメージを与える事に成功する。しかし、すぐさま邪眼が三人を振り払った。それをトーレとセッテが受け止め、即座に撤退。追撃として邪眼が強力になった破壊光線を放つも、それをフェイトとオットーが迎撃した。

 

「プラズマザンバーっ!」

「レイストーム!」

 

 雷光と閃光が合わさり、破壊光線を食い止めようとする。だが、その威力は大きく二人の攻撃が押され始めた。それを見てウェンディがライディングボードを構えて、限界以上に集束させたエネルギーを発射した。

 

「エリアルキャノンもあるッスよ!」

「チッ!」

 

 ウェンディの放った攻撃を加え、その輝きは見事に邪眼の光線を相殺する事が出来た。その代償に、ウェンディの持っていたライディングボードは、二度に及ぶ限界以上のエネルギーに耐え切れず、発射口が完全に歪んでしまった。もう攻撃には使えないとウェンディは判断し後方へと下がる。まだ防御用には使えるからだ。

 そこから始まる邪眼の猛撃。まるでこのままではアマダムからの力を失うと気付いているかのように、形振り構わず攻撃を開始したのだ。だが、それを迎撃或いは相殺する者がいた。クウガだ。彼は自分も良くは知らない凄まじき戦士の力を使う邪眼を見て、心からそれを防ぎたいと思いながら力を振るった。それにアマダムが応えたのだ。

 

 眠っていた自我。それが再び目覚めてクウガへ教えたのだ。邪眼の振るう力への対処や正体を。故にクウガは自分の能力を総動員し、アマダムの言葉を聞きながら邪眼へと立ち向かった。

 

”空間転移は位置を特定する事で反撃する。我が共鳴を感じる場所を指示するから、そこへ攻撃せよ”

(分かった!)

 

 アマダムからの指示に即応し場所を移動するクウガ。そしてその場で腰を落とすと力強く拳を突き出した。

 

「おおりゃ!」

「ぐおっ!」

 

 瞬間移動した邪眼だが、出現すると同時にクウガの全力の拳が叩き込まれた。それは不意を突こうとしていた邪眼への最高のカウンターとなる。しかもクウガは、ダグバとの戦いと同じくその拳を腹部へと命中させたのだ。

 

「「今だっ!」」

 

 その破壊力に怯む邪眼を見て、アギトと龍騎が再度跳び上がる。そのまま蹴りの姿勢へ移行する二人。それは、あの”ダブルライダー”必殺の攻撃。強敵を悉く粉砕してきた最強技の一つ。

 

「「ライダーダブルキック!!」」

 

 以前光太郎から聞いた先輩ライダーの合体技。それを思い出しての攻撃は邪眼の背中を大きく蹴り飛ばした。その威力に床へ倒れこむ邪眼へ更なる攻撃が放たれる。それははやての魔法。動きを止める牽制を兼ねた射撃魔法だ。

 

「制御は任せたで、リイン! フリジットダガー!」

”そこですっ!”

「させんわっ!」

 

 その攻撃を電撃で撃ち落す邪眼へブーメランブレードが飛来、その周囲を飛び交って牽制する。そこへ複数のスティンガーと魔力でコーティングされた鉄球が押し寄せた。邪眼はブーメランブレードを迎撃しようとしていたが、先にスティンガーと鉄球を落とすべきかと考えた。なので、そちらへ破壊光線を放つもそれを読んでいたようにブーメランブレードがそれを受け止める。

 

「やはりそうくるか」

「自らの武器を犠牲にするだとっ?!」

 

 破壊力に負けて砕け散るブーメランブレード。それが起こした爆発を煙幕のようにしつつスティンガーと鉄球が姿を隠す。やがてその中を抜けて二つの攻撃は邪眼へ殺到する。

 

「「爆ぜろっ!」」

「チィ!」

 

 チンクとヴィータの声と共に爆発するスティンガーと鉄球。それに邪眼が微かに視界を塞がれ、その視覚へ意識を向ける。そしてその視覚が二人を捉えるものの、攻撃を放つ前にそこへ何かが突撃した。それはバイオライダーとトーレにディードだった。高速機動をする事が出来るバイオライダーを先頭に、トーレとディードがISを使って続いたのだ。邪眼の攻撃を受けても回復が可能なRX。そのため、思いきった行動に出られたのだ。

 

「スパークカッター!」

「ぬおぉぉぉぉ!」

「ツイン!」

「インパルスっ!」

 

 バイオライダーの必殺技が邪眼へ炸裂し、体勢を崩した瞬間を狙ってディードとトーレの体が交差した。その二人の連携技が邪眼へ追い撃ちをかける。だが、まだ邪眼は立ち直るとその目から怪光線を発射した。それを辛うじて回避するなのは達だったが、その着弾地点を見て誰もが息を呑んだ。

 それは、あの少女の亡骸が横たわる場所だったのだ。最悪の光景に周囲が悔しさを感じ、邪眼だけがほくそ笑んだ。しかし煙が晴れた先に見えたのは、両腕を交差させて立ち尽くすセインとドゥーエの姿だった。

 

「こ、今度は守れた……ね」

「これで……少しは償えたかしら……?」

 

 セインはあの時庇われた事を指し、ドゥーエはヴィヴィオ達の基となった聖王遺物を持ち出した事を指していた。共に罪悪感から動いたのだが、一度だけ視線を後ろへやって微かに笑う。そこには安らかに眠る少女が無事なまま存在していたのだから。それに安堵し二人はその体に受けたダメージのためにそのまま床に倒れる。

 その二人を邪眼から守るためにチンクとウェンディが素早く動く。一方邪眼はその結果を見て舌打ちした。それで先程の攻撃が狙ったものだと気付いたクウガ達。しかし、怒りを感じるも憎しみには変えない。

 

「死者へ平気で攻撃を加えるとは……アギト、行くぞっ!」

「おうっ!」

”シュランゲフォルム”

「お前だけは……絶対に許さないっ!」

”スピーアアングリフ”

「調子に乗るなぁ!」

 

 シグナムとアギトがユニゾンする。魔力を失った状態でも、シグナムとならば龍騎と違い体力面なども問題ないとアギトは思い、微かに回復した魔力を炎熱加速に注ぐ事にしたのだ。

 エリオも怒りを力に変え、邪眼へ向かって攻撃を開始する。連結刃が唸りを上げ、エリオはジェット噴射で接近する。邪眼はその二人の攻撃を見て、破壊光線で迎撃しようと腕を動かそうとして―――緑色のバインドに雁字搦めとされた。

 

「これはっ?!」

「今よっ!」

 

 シャマルの作り出した僅かな隙。それを二人は待っていたかのように攻撃を放つ。それは、変換資質を持つベルカの騎士ならば基本とも言える攻撃。変換した魔力を高密度に武器に付与し、打撃として撃ち込むというもの。

 

”ぶちかませ!”

「飛竜!」

「紫電!」

 

 炎と雷が手にしたデバイスへ宿る。示し合わせた訳ではないが、奇しくもそれはシグナムの技の複合となった。

 

「「一閃っ!!」」

「がはっ!」

 

 烈火の将の合わせ技を喰らい、膝をつく邪眼。そこで気付いたのだ。最初感じていた溢れんばかりの力が消え失せ始めている事を。慌てて視線を腹部へ向ける邪眼。そこには大きなひびを生じさせたレリックがあった。スバルの振動拳とクウガのパンチ。それが直接的に破壊を演出し、他の者達の攻撃も少しずつではあるがその亀裂を大きくさせていたのだ。故に邪眼の体を駆け巡っていた凄まじい力も徐々に弱まっていたのだから。

 

「お、おのれぇぇぇぇ!」

「それじゃ打ち合わせ通り頼みます、なのはさん!」

「任せて。行くよ、クアットロ!」

「ええっ! お願いね、キャロちゃん」

「はいっ!」

 

 怒り狂う邪眼を見てその余裕が無くなった事を悟り、遂にティアナ達が動いた。フェイクシルエットとシルバーカーテンを重ね合わせ、それをキャロのブーストを受けて動かす三人の合体技とでもいうべきものがそこに出現した。

 

 それは、銀色の仮面ライダー。そう、シャドームーンだ。光太郎から聞いた特徴を基に再現したその姿は、まさしく本物と同じ。ティアナ達は考えたのだ。眠りについたシャドームーンを踏み躙った邪眼へ光太郎が抱いた怒り。それを少しでも晴らしたいと。

 予想だにしない光景に動揺する邪眼。すると、シャドームーンは邪眼向かって動き出した。邪眼も幻影と分かっているのだろうが、それはただの幻影ではなかった。その全身はなのはが制御する魔力弾を隠している。つまり、動く爆弾なのだ。

 

「くっ……猪口才な!」

 

 攻撃してもされても小さなダメージを受ける。それに苛立つ邪眼。一方、それを見たRXはティアナ達の考えに深い感謝と感動を覚えていた。幻影であろうとシャドームーンと共闘している状況を感じさせた事にだ。

 

(シャドームーン……いや、信彦。お前がここにいればこうしてくれただろうな)

 

 そう思い、拳を握り締めるRX。この瞬間こそ自分が待ち望んでいた状況だと、そう言わんばかりに邪眼へと向かって走り出す。そして、邪眼と戦うシャドームーンの隣へ立つと同時に横へ視線を向けて告げる。

 

「行くぞ、シャドームーン!」

 

 幻影へ語りかけると同時に構えるRX。その瞬間、何故だかRXは声が聞こえた気がした。

 

―――いいだろう。今回だけは手を貸してやる。

 

 それに内心驚きを感じるものの、RXはその場から跳び上がる。それに続くようにシャドームーンも跳び上がり、二人は同じ姿勢を取った。それは両脚で相手を蹴るRXキックとシャドーキックの体勢だ。

 

―――ダブルキックっ!!

 

 見た目だけは二人の世紀王が力を合わせたように見える光景。それに誰もが何とも言えない感慨を受ける。邪眼はその攻撃を受けて大きく後ずさった。それと同時に邪眼のレリックが光を失う。それを見つめながら立ち上がるRXとシャドームーン。そして両者は少しだけお互いを見つめ合う。まるで本人同士が向かい合っているかのように。するとシャドームーンは無言で片手を差し出した。それにRXは驚きを感じる事もなく自然とその手を握り返していた。

 本人も何故そうしたのかは分からない。だが目の前の相手が本物の秋月信彦が変身したシャドームーンに思えたのだ。握手を交わす二人の世紀王。そこでティアナ達の限界が来たため、シャドームーンが消えていく。それを一時も目を逸らさずに見送るRX。その瞬間、ウーノが倒れるように態勢を崩しながら叫んだ。

 

「ごめんなさい! AMFCも限界よっ!」

 

 一人でガジェットの制御を任されたウーノは五分のところを何とか六分まで継続させていた。その負担に崩れたウーノの声を受け、なのは達が視線をクウガ達へ向けた。それに頷きを返し四人は構える。視線の先にいる邪眼はその姿を究極体へと退化させていた。

 

「俺から行くぞっ!」

 

”FINAL VENT”

 

 龍騎の前に出現するドラグランザー。バイクへ変形し、それへ乗り込む龍騎。すると、その上にRXが飛び乗った。

 

「頼むぞ、龍騎!」

「任せてくれ、先輩っ!」

 

 その声で走り出すドラグランザー。ウィリー状態から火球を邪眼目掛けて放つドラグランザーだったが、普段ならばそこから踏み潰すような動きを見せる。しかし、この時は違った。そのままの状態で邪眼へ突撃したのだ。邪眼はそれを受け止めようとするが、それは出来ずに終わる。ドラグランザーから跳び立ち、RXがその体へ蹴りを叩き込んだためだ。その反動でRXが宙に舞う下をドラグランザーが駆け抜ける。そして体勢を崩した邪眼へ龍騎はその勢いのまま体当たりをぶちかました。

 

 大きく飛ばされる邪眼。それを待っていたかのように走り出すのはクウガだ。そのクウガの隣には二つのアギトの紋章が出現していく。アギトはそれを前に構え、長く息を吐いていた。

 その先でふらふらと邪眼が立ち上がった。その瞬間、クウガが、アギトが床を蹴った。回転するクウガと紋章を抜けながら加速するアギト。それが完全なタイミングで邪眼へ蹴りを極める。

 

「「ダブルライダーキックっ!!」」

 

 合計二百トンを超える破壊力が見事に炸裂した。その威力に邪眼が大きく吹き飛ばされていく。激しく床に叩き付けられながらも再びゆっくりと立ち上がる邪眼に誰もが息を呑んだ。すると、その体から紫色のオーラが漂い始め、空間が歪み出したのだ。

 

 それを見たRXはその意味に気付いた。そう、発電所の戦いでも同じ事が起きたのだ。その際、一号はこう言った。邪眼は精神エネルギーとなって逃げるつもりだと。なので、そうはさせないとばかりにRXは両手を腰に当てて叫ぶ。

 

―――キングストーンフラッシュ!!

 

 その時、不思議な事が起こった。邪眼の体から漂っていたオーラが消え失せ、歪み出していた空間が元に戻ったのだ。それを受け、四人は邪眼を囲むように散る。

 

「な、何故だ!? 何故肉体を捨てる事が出来んっ!?」

「これで貴様はもう逃げられないぞ!」

「観念しろ、邪眼!」

「今度こそ……今度こそ終わりにしてやる!」

「ここで決着を着けましょう!」

 

 RXが、龍騎が、アギトが、そしてクウガがそう告げていく。そして、なのは達の見守る中、四人のライダーが床を蹴った。その体を回転させながら、四人は同じ言葉を紡いでいく。

 

―――ライダァァァァァキィィィックっ!!

 

 四方向から炸裂するライダーキック。それが邪眼の体へとどめの一撃としての役割を果たす。体中に生じた亀裂からエネルギーを放出するようにたじろぐ邪眼。それを見つめながらも構えを解かない四人。

 

「これで勝ったと思うなよ……光あるところに闇は必ず生まれる。我を倒そうと、いつか再び同じような存在が現れるだろう」

 

 邪眼の言葉に悔しげに表情を歪めるなのは達。それがある意味での事実だと知っているからだ。悪は無くならない。それは人がいる限り何時までも続く戦いなのだ。なのは達はそう思って拳を握る。しかし、そんな言葉に真っ向から反論する者がいた。

 

「闇あるところに……光もまた生まれる!」

「人が希望を……優しさを失わない限り!」

「俺達は……仮面ライダーは必ず現れる!」

「例え、それが終わらない戦いだったとしても……今を救えば明日が変わると信じて!」

「「「「俺達は戦うっ!」」」」

 

 その言葉に誰もが力強く頷いた。邪眼はそれを聞きながら嗤いながら散った。その直後ゆりかごが大きく震動を始めた。邪眼を失った事で敢然に制御を失ったのだ。すぐにゴウラムトルネイダーを呼び寄せるRX。クウガは一人急いでビートチェイサーを取りに走る。

 体力が底を尽き始めていたなのは達を逃がすため、ライダー達は総力を挙げて動き出した。ウェンディはライディングボードをISで浮かし、何とか自分を含め三人は連れて行けると告げた。それに続いてキャロがフリードを元に戻して脱出する事を提案する。

 

 ただ強力なAMFが戻ってしまった以上フリードを戻す事さえ難しい。こうして、一先ずクウガが少女の亡骸を抱き抱えたなのはをビートチェイサーで入口まで運ぶ事になり、アギトはゴウラムを分離させマシントルネイダーではやてとティアナにヴィータにシャマルを運ぶ。

 RXはゴウラムへ指示を出し、その背にディエチとギンガを乗せてくれるように頼むと、自分はキャロを抱き抱えて走り出す。ウェンディは傷付いたセインとドゥーエを乗せて動き出し、龍騎はドラグランザーにウーノとクアットロを乗せ、自分は残りの者達を励ましながら走る。

 

 そして入口に辿り着いたクウガ達を待っていたのは、ヴァイスの操縦するヘリと独断で行動していたティーダだった。落下を始めた事でギリギリヘリが接近出来る高度になったため、なのはは少女を抱いたままハッチ目掛けて飛び降りた。

 途中AMFの効果範囲外となった事を察したなのはが飛行魔法を使い無事にヘリへ到着したのを見届け、クウガは再びビートチェイサーを走らせゆりかごの中へ戻る。アギト達はそれと入れ替わりにそのままヘリへと到着し、はやて達を降ろした。

 

「じゃ、俺は残ったみんなを運ぶから」

 

 アギトはマシントルネイダーの特性を活かし、そのままゆりかごからの脱出に活躍する。ティーダもゆりかごへ接近し、飛行魔法の使えない者達を受け止めての救助活動へ参加した。

 

「すみません、ティーダさん」

「助かる」

「いえ、気にしないでください。対AMF訓練をしてない俺にはこれぐらいしか出来ないんで」

 

 チンクをヘリへ運び終えたティーダへシャマルが礼を述べる。それにティーダは軽い笑みを浮かべ、最後には悔しそうに呟いて再び空へと舞い上がった。そんな彼にティアナが思わず声を上げて叫ぶ。

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 それにティーダが視線を動かす。それを受け止め、ティアナは笑顔で告げた。あのメールでは文字でしかなかったある言葉を、自分の心からの気持ちで言うために。

 

「ありがとうっ!」

「……おう」

 

 返って来たのは、柔らかい笑みとサムズアップ。それにティアナもサムズアップを返す。こうして何とか全員脱出出来たクウガ達だったが、ヘリの許容量にも限界があるため、キャロがフリードを元に戻してその代わりをする事になり、フリードの背にはフォワードメンバー四人にギンガが乗った。

 RXはクウガと共にゴウラムへ乗り、アギトははやてと共にスライダーモードのマシントルネイダーで降下する。龍騎はドラグランザーに乗り、それにチンクとセインも伴った。そうして六課が離れた事を確認した管理局は衛星軌道上に展開した艦隊を以ってゆりかごを破壊して全ては終わりを告げる。

 

 これがレリック事件———後に関係者達から第二次邪眼大戦と呼ばれる戦いの終焉。次元世界を恐怖と混乱に陥れようとした邪眼の野望は潰え、再び管理世界に平和が戻った瞬間だった。その頃、その現場からそう離れていないベルカ自治区は聖王教会ではある異変が起こっていた。

 

「こ、これは一体……」

 

 カリムは自分の目の前で勝手に発動した自身のレアスキルに困惑していた。今、彼女の見ているモニターには無事な姿を見せた仮面ライダー達と六課の姿があった。これでもう怪人による恐怖は終わったと、そう確信した矢先の出来事。そして、そこに表示されたのは今回の予言に一文加えられたものだった。

 

 かくして闇は滅び去り、戦士、帰還の途に着かん。

 

 

 長きに渡る戦いは幕を下ろした。仮面の戦士達と魔法少女達の出会いは多くの笑顔と未来を守り、失われるはずの命を助けた。だが、始まりがあれば終わりがある。まだその足音を彼らは知らない。繋がり結ばれた絆が紡いだ物語。その最後の一ページは近い……。



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青空になる~Stay the Ride Alive~

これで完結となります。お付き合い頂きありがとうございました。
近々arcadiaに残っている作品を一部削除しようと思っていますので、そちらも気になる方はお早目に。
削除対象はこれ(Masked Rider)と英霊達と~の二作で合計三タイトルです。


 ゆりかごが消滅するのを見届け、五代達は心から安堵していた。全てが終わった。そう誰もが感じていた。そして邪眼が倒れたのと同じくトイやマリアージュも局員達や修道騎士達の手によって倒れ、完全に戦いは終了した。死者は奇跡的に出ず、負傷者はある程度いたものの完全勝利と呼ぶに相応しい結果を残して。

 その代償ではないがなのは達は満身創痍。五代達ライダー達も肉体面はともかく精神面は疲れ果てていた。故に変身を解いて、全てが終わった達成感と安心感でその場に座り込んでいた。なのは達もそれと同じように座り込んでいたが、はやては何とか立ったまま、部隊長らしく周囲へ作戦終了を告げる。

 

―――これを以ってラボ奪回と邪眼撃破戦終了、やな。みんな……ほんまにお疲れ様。

 

 その瞬間全員がサムズアップをした。はやてもそれに頷いてサムズアップを返す。その光景を、ティーダとヴァイスはやや離れた場所に置いてあるヘリの傍から見ていた。二人は、自分達がその輪の中へ入る事は出来ないと思い、離れていたのだ。最終決戦を潜り抜けた者達だけが共有出来る雰囲気。そう理解していたからだ。

 故にティーダはそれを見届け、ヴァイスと軽く言葉を交わしてその場を静かに去る。自分は色々と面倒事があるのでそれを処理しないといけないと、そう執務官の顔で言い残して。去り行く背中を敬礼で見送り、ヴァイスは視線をなのは達へ戻す。

 

 今ははやてもその場へ腰を下ろして苦笑している。疲れていたから早く座りたかったと語り周囲を笑わせていた。その和やかな様子を眺め、ヴァイスは小さく笑みを浮かべながら視線を空へと移した。そこには澄み渡る青空が広がっている。トイと戦っていた空戦魔導師達や修道騎士達も既に撤収を終えていて、もうこの場に残っている者達はいない。

 自分が操縦するヘリを護衛したり、救出作業を影ながら支えていた彼らの事を思い出し、ヴァイスは改めて感謝の意を伝えなければいけないと考えていた。それぞれの管轄や所属を超えた連携や協力。それには当然ぎこちなさがあった。それでも、ヴァイスは思う事がある。

 

「今日の事は、絶対これからの管理局や次元世界を変える。そんな気がするぜ」

 

 その呟きが風に消えるのと同時に、五代達の方でも誰かが空を見上げて口を開いた。

 

―――本当に……終わったんだな。

 

 真司がぽつりと呟いた言葉に誰もが言葉にならない気持ちを抱いた。全てが始まったのが翔一の海鳴出現とすれば、もう十年以上前になる。いや、邪眼が復活した時からとすればもっと昔だ。そんな長きに渡る戦いが今終わった。そう考える光太郎は一番感慨深いものがあった。

 世紀王として生まれた邪眼。それが異世界にまで転移し、破壊の限りを尽くそうとしていた。本当ならばそれを阻止する仮面ライダーはいないはずの世界で。たしかに戦える者達はいた。なのは達を始めとする管理局や聖王教会の者達だ。だが、それだからこそ思う事があった。

 

「仮面ライダーが四人いた。なのはちゃん達がいた。そして管理局や教会の人達が、大勢の人達が支えてくれた。だから……勝てたんだな」

 

 そう、きっとRXだけでも、龍騎だけでも、アギトだけでも、クウガだけでも邪眼には勝てなかった。四人揃っていても、なのは達がいなければ勝てなかった。管理局や聖王教会の協力がなければ多くの犠牲者が出ていた。全てが揃っていたからこそ、ゆりかごでの戦いも地上本部の戦いも勝てたのだ。

 そう思っての言葉に五代達も頷いた。自分達が経験した中でも類を見ない程の激戦だったのだ。シャドームーンを模した姿も凄まじき戦士の力を有した姿も、一人では勝つ事はおろか善戦する事も厳しかっただろう。そう思う三人は笑顔を浮かべて告げていく。

 

「先輩達が三人もいたし、ジェイルさん達やなのはちゃん達もいたから俺は戦い抜けた。それに、ラボへの道を切り開いてくれたシャッハさん達やゆりかごまでの道を守ってくれた局員の人達も手を貸してくれた。仮面ライダーの意味と在り方、そして本質。それをみんなが教えてくれた」

「俺だってそうです。だから、仮面ライダーの名前をちゃんと名乗れるようになって嬉しかったし、呼ばれたりした事が凄く嬉しかった。クウガに会えて、BLACKさんと再会出来て、龍騎っていう同級生……って言えばいいのかな? とにかく先輩ライダーの話も聞けたし家族だって出来た。もう言う事ないです」

「うん、俺も。光太郎さん達と会えた事はすっ…………っごく、嬉しかった。なのはちゃん達からも色々教わる事があったしね。特に、真司君には先生とは違う意味で忘れられない言葉をもらったし」

 

 そんな三人の言葉になのは達も笑う。先程まで命懸けで全次元世界の命運を賭けた戦いをしていたとは思えない雰囲気に。それに誰かがふと隊舎に残してきた者達の事を思い出したのだろう。早く六課に帰ってヴィヴィオ達を安心させてやろうと告げたのだ。それに全員が頷きを見せて立ち上がった時だった。先程まで誰もいなかったはずの場所に一人の男性が立っていた。しかも、その格好は黒一色。誰もがそんな相手に息を呑むが、翔一が誰よりも早く叫んだ。

 

―――今度は一体何の用だ!

 

 その言葉に誰もが気付いた。目の前の青年はあの神と思わしき相手なのだろうと。そんな彼は全員を見つめて一言告げた。時がきましたと言う短い言葉を。それに表情を驚愕に変えるのは、なのは達ライダー達が帰る事を知っている者達だ。スバル達はその言葉の意味が分からずに困惑している。そして五代達四人はやはりと思って神妙な表情をしていた。

 彼ら四人が邪眼を倒すために呼ばれた事は予言から明白だった。であれば、その原因がなくなればもうこの世界に留まる理由はない。それを真司さえどこかで察していたのだ。実を言えば別れがここまで早いとは思っていなかった。しかし光太郎は既に覚悟が決まっていたのだろう。誰よりも早くこう切り出した。

 

「アクロバッター達も連れて行ってくれるのか?」

「ええ。貴方達三人をちゃんと元居た世界へ戻します」

 

 光太郎の問いに答える青年。だが、その中にあった三人との表現に五代が疑問を抱いた。

 

「ちょ、ちょっと待って。三人って……」

「黒き闇、黒い太陽、それにアギト。その三人です」

「え? じゃあ……俺は?」

 

 青年の告げた表現に真司は自分を指差した。何故自分が含まれていないのか。その疑問対して青年が告げた言葉はあまりにも衝撃的だった。

 

―――今の貴方は正確には人ではありません。消えかけた命を繋ぎ止め、それらしく見せているだけです。

 

 その言葉に誰もが耳を疑った。だが、真司だけはその言葉で全てを理解―――いや、思い出した。自分が最後に見た光景を。そう、それこそあの夢。蓮に揺さぶられ、何事かを叫ばれている光景だ。全てを思い出し、真司は神妙な表情で自身の手を見つめた。

 

「……そうか。俺、女の子を助けて……その時の傷が原因で」

「はい、死に瀕していました。なので、私がその命を取りとめたのです。あのライダーの在り方が歪んだ世界で、唯一ライダーらしくあった貴方を邪眼への対抗者とするために」

「待て。では真司は死んでいるというのか?」

「正確にはまだ死んではいないという事です。ですが、私が彼をこのまま元の世界へ戻せばいずれそうなる事になります」

 

 トーレの問いかけに青年はあっさりと答えた。それに驚きを見せる周囲へ更にこう続ける。だからこの十年あまり一切変化もしなかっただろうと。その瞬間、ウーノ達が息を呑んだ。確かにそうだった事に気付いて。初めて出会った時から何も変わったところが無かったと。

 それに思い当ったなのは達が言葉を失っている中、真司は平然と笑った。全てに納得が出来たという風に。しかし、一つだけ気になっている事があった。それについて予想している事はあるのだが、それだけをちゃんと確認しようと思い尋ねた。

 

「俺が見てた夢って、もしかしてパラレルワールド?」

「おそらくそうです。生と死の狭間にいるから見てしまったのでしょう」

「……そっか。じゃあ”俺”は絶対に死ねないな」

 

 真司のその声は真剣なものだった。どの世界でも自分は本当に願いを叶えられる結末は無かった。故に自分が全ての城戸真司の想いを受け継いで叶えてみせるのだと、そう強く思ったのだ。青年はそれに何も言葉を返す事無く、微かに笑みを浮かべるのみ。まるで真司がそう言うだろうと分かっていたように。

 

 真司に関しての衝撃発言から周囲が脱したのを見て、青年はなのは達へ告げた。別れを告げなさいと。それに覚悟をしていたなのは達は頷けた。だが、スバル達知らなかった者達は一斉に動揺を見せた。まだ信じられないのだ。それを察してなのはがかつての無人世界での出来事を話した。邪眼を一度倒した時、五代と翔一が消えた事を。そして五代は光太郎と共にミッドチルダへ戻った際の出来事を、翔一が科警研へ行った話を語る。

 

 その内容にスバル達は言葉を失った。全てが邪眼を倒すための流れだとすれば、この後どうなるかは理解出来た故に。そこでなのは達はどうしてそれをスバル達へ伝えなかったのかの理由を告げる。

 

「ごめんね、私達も迷ったんだ」

「もしかしたらって……そんな気持ちがあったから」

「でも、出来るなら知らんままで終わって欲しかったんよ」

 

 隊長三人の言葉にスバル達が不満を口にしようとするも、それを遮るようにシグナムが口を開いた。

 

「お前達の気持ちは分かる。それでも教えて欲しかったと、そう思ったのだろう」

「でもな、はやて達の気持ちも分かってくれ。もし悲しまないで終わるならそれがいいって、そう考えたんだ」

「それに、三人を責めるなら私達も同罪よ」

「我らも知りながらお前達には隠していたのだからな」

 

 守護騎士達の鎮痛な表情にスバル達は何も言えなくなった。確かに何事もなく四人が残るのならそれで済ませたいと思う気持ちは理解出来ないでもなかったのだ。そう、それはライダー達の戦いと同じ。知らないままで終わる方がいい。下手に悲しませたり不安にさせるのならいっそ……と。

 それでも、納得は出来ない。特にスバル達の中で一番その怒りを強くしていた者は。彼女は拳を握り締めて叫んだ。その行動に誰もが意外そうな表情を見せる。

 

「それでもっ! それでもアタシ達は教えて欲しかったです! 下手したら、大切な人達に、自分達が目指す人達に別れの言葉を言えなかったかもしれなかったんですよ!」

「……せや、な。みんなはあの頃のわたしよりも強いもんな。みんな堪忍してや。わたし達はちょうみんなの事をみくびっとったわ」

 

 もしかしたら自分は翔一へ想いを告げる前に会えない状況になっていたのかもしれない。そんな思いがティアナを動かしていた。それにはやても理解と納得をした。あの無人世界で自分が感じた想い。それをティアナ達にも味あわせるところだったと、そう思い至ったのだ。

 

 そうして、それを見つめていた青年は無言で視線を真司へ向けた。それに気付き、真司も視線を青年へ向ける。

 

「……城戸真司、貴方には秘められた可能性があります」

「可能性……?」

「それを私が目覚めさせれば、きっと貴方は更なる力を得るでしょう」

「そんなのがあるのかよ……」

 

 青年の言葉に意外そうな表情の真司。自分にそんなものがあるとは思えなかったのだ。それでも真司はそこから青年が何かを言う前に小さく笑うとこう言い切った。

 

―――でもいらない。俺は今のままで足掻くよ。その力ってのは、必要ならいつか自分で目覚めさせてみせるし、必要ないならそれに越した事はないからさ。

 

 それに青年は小さく驚きを見せるも、すぐに薄い笑みを浮かべた。まるでその答えに満足するように。彼が知る”仮面ライダー”らしさをそこに感じたのだろう。故にもう何も言わない。人間は全て彼の子供だ。その子供が望まぬものを与える程、彼は親馬鹿ではないのだから。

 

「では、そろそろ別れを。私が干渉出来るのも限界があります」

「そうなんだ。じゃ……」

 

 青年の言葉を聞いて五代が少し寂しそうな顔をする。本当に別れを告げなければならない。そう改めて突きつけられたために。だがすぐに気を取り直すとなのは達へ視線を向けて微笑みかける。それだけで誰もが悲しむのではなく微笑むのだから五代雄介という男がどれ程凄いかが分かるというものだ。

 五代は悲しみの別れにするつもりはなかった。あの無人世界では何も言う事が出来なかったが、今回は言葉を告げる事が出来る。なら、単なる別れではなく次に続くものにしたいと思っていた。だから誰よりも笑顔でいよう。その気持ちで五代は言葉を切り出そうとして―――少し離れた場所を見つめて不思議そうな顔を見せた。

 

「あれ?」

 

 その五代につられるように青年以外の全員が視線を後方へ動かして言葉を失う。そこには四人の人物がいた。そう、ここにいるはずのない者達だ。彼らは少しずつ五代達がいるところへ近付きながら何事かを言い合っていた。

 

「ちょっとメガーヌ、ここでホントにいいの?」

「もう、ヴァイス陸曹からの座標通りに来たから大丈夫よ」

「二人共、それぐらいにしておけ。む、見慣れない者がいるな」

「黒服……? ああ、気にする必要はないよ。ある意味この戦いの功労者だ」

 

 姿を見せたジェイル達に五代達が声を揃えて疑問をぶつける。何故ここへ来たのかと。しかしその答えをジェイル達が言おうとする前に、青年が周囲へよく通る声でこう告げる。あまり時間はありません、と。それに五代が思い出したとばかりに頷いて、今度こそ別れの言葉を切り出した。

 

「まずは俺から。えっと、短いような長いような不思議な時間だったけど……そうだね。すっ…………ごく楽しかった。これで本当は会えなくなるんだろうけど、心配しないで。晴れない空がないように、行けない場所はないから。だから、きっとまた会えるよ」

 

 締め括りは笑顔のサムズアップ。五代を象徴する光景になのは達が笑みと、そして微かな寂しさを見せる。ジェイルはその言葉で全てを察し、ゼスト達もその雰囲気で何かを悟って複雑な面持ちとなった。それでも涙は見せない。五代がそれを嫌うだろうと思うから。涙の別れではなく笑顔の別れ。それは再会を信じるための約束。そんな風に誰もが思う中、五代の後を受けたのは翔一。

 五代と同じく悲しくなるような言葉を言う気は翔一にもなかった。ただ自分の素直な気持ちを告げよう。そう単純に思って、翔一は五代の笑顔に負けないぐらいの笑顔を見せて全員へこう切り出した。

 

「俺、帰ったらまた料理の勉強を続けます。絶対店を開くんで、いつかみんなで来てください。あ、名前はここと同じでレストランAGITΩにするつもりですから。美味しい時間を約束します」

 

 その言葉にも全員が頷く。口々に楽しみにしていると返すなのは達。翔一が言うと不思議と本当になりそうな気がしてくると、誰もがそう思いながら心から笑顔を浮かべていく。そして、それを見て嬉しそうな笑顔を見せながら真司が一歩前に出た。ある意味で元居た世界へ戻る事が危機となる真司。故にその事で抱かれている懸念を払拭しておこうと考え、気楽な表情で口を開く。

 

「俺は……まぁ戻ったらいきなりピンチなんだけど、頑張って何とかするよ。どんな時でも諦めないのがライダーだもんな。で、誰でもいいから俺の書いてた本を保管しといてくれないか? あれ、公にするには色々と問題が出来たからさ、修正したいんだよ。だから頼むな。俺は向こうで光太郎さんから聞いた事をまとめてライダーの本にしておくから」

 

 真司の告げる内容に誰もがおかしそうに笑った。死ぬかもしれないのに根拠もなく何とかすると言いのけた事と、別れの間際に言うにはあまりにも普通すぎた事に。しかも、それでいてちゃんと再会の約束も兼ねている。それに気付いて誰もが笑った。

 本についてはジェイルが責任持って引き受けると返すと、真司は安堵するように息を吐いた。それを横目で見ながら、光太郎が笑顔のままで口を開く。自分が最後になる事を理解しながらも変に気負う事はないと思い、唯一仮面ライダーを最初から名乗っていた者としての言葉を。

 

「最後は俺だね。正直、俺はこの世界で人に絶望しかけた。でも、フェイトちゃんが、それにみんながそれを吹き飛ばすぐらいの希望をくれた。人間は決して弱くない。決して愚かじゃないって、そう信じさせてくれるような、ね。だから、今度は俺がみんなへ希望を与える番だ。もし、自分達だけじゃどうにも出来ない時は俺達の名を呼んでくれ。仮面ライダーは、誰かが心から望む時に必ず現れるから」

 

 光太郎の締め括りに五代達も頷いた。光太郎の言葉はまさしく仮面ライダーの言葉だった。人間が自分達の力だけではどうにも出来ない時、風と共に現れ、嵐のように戦い、朝日の中へ去って行く。それが彼ら仮面ライダーなのだ。

 なのは達もそんな光太郎の言葉に希望をもらい、絶対に忘れないと返す。そして、安易に頼る事もしないとも。それに光太郎は嬉しそうに頷いた。するとそこへアクロバッターとライドロンが姿を見せた。無人で動く二台を見て驚くゼスト達とその反応に思い出し笑いをするなのは達。

 

 一人五代だけが慌ててその場からヘリへと走る。それから少ししてビートチェイサーのエンジン音が周囲へ響き渡ると、五代がそれに乗って戻ってきた。そして、もう少しで忘れていくところだったと呟く五代に笑いが起きる。そんな和やかな空気の中、四人へなのは達もそれぞれ言葉をかけていく。

 

「五代さん、すずかちゃん達へは何かないですか?」

「あ、じゃあ……元気でねって。それとまた会おうねって言っておいて」

 

 なのはの言葉に五代はそう返す。それになのはは小さく微笑んで頷いた。きっと親友であるすずかも同じ事を思っているだろうと感じたのだ。

 

「光太郎さん、いつか夢……叶うといいですね」

「うん、ありがとうフェイトちゃん。君も体に気をつけて。リンディさん達にもお世話になりましたって伝えておいてくれるかな」

 

 光太郎の言葉に笑顔で頷くフェイト。その目に光るものはない。彼女が再会を信じているのがそこから分かる。

 

「翔にぃ、約束忘れんといてな」

「分かった。その時のためにタキシードを用意しておく」

「うん。あ、本番で緊張してこけたりせんよね?」

「それはないよ。はやてちゃんに恥をかかせたりしないから」

 

 そんな兄妹のような会話をするはやてと翔一。とても別れの言葉には程遠い雰囲気がそこにある。

 

「……何か、こう考えると俺だけなのはちゃん達と関りが薄いんだなぁ」

 

 そんな三組を眺めて苦笑する真司。決して羨ましいとかではなく、なのは達三人と五代達との繋がりの深さを改めて感じていたのだ。しかし、それを聞いて楽しげな笑みを浮かべながら真司へ近寄る者達がいた。

 

「真司さんには私達がいるじゃないですか」

「え? あ、そういう意味じゃないから」

「あら? じゃ、どういう意味か教えてくれる?」

「えっと、ただ五代さん達となのはちゃん達のやり取りが何かいいなって思っただけで……」

「まったく……お前はどうしてそういう誤解を受ける事を言うんだ」

「シンちゃんは最後までぶれないわねぇ」

 

 クアットロの締め括りに呆れながらも楽しげに笑うウーノ達。ドゥーエの質問に対する真司の答えが実にらしくて、トーレがため息混じりに放った言葉。それが全てだった。そんな四人の笑いに真司が少し苦笑する。ラボでの生活の様々な状況で自分を支えてくれた四人。その彼女達相手にはやはり敵わないと感じたのだ。

 

「真司、待っていろ。絶対に助けに行くからな」

「ドクターの力、甘く見ないでね、真司兄」

「兄上、それまでご武運を」

「ああ、待ってる。三人も元気でな」

 

 チンクの言葉に真司は嬉しそうに頷いた。そして、心配そうなセインとセッテの頭を軽く撫で、安心させると同時に言葉をかける。周囲とは明確に異なる寂しげな気持ちをチンクとセインが抱いていると知らずに。

 

「兄様、また色々な事を教えてもらいに行きます」

「それに兄貴の話ももっともっと聞きたいしな」

「うん。だから真司兄さん、元気でね」

「おうっ! お前達が来てくれるまでは何があっても死なないからな!」

 

 若干潤んでいる三人の瞳。それが何を表しているのかを悟り、真司は一際明るく声を返した。そしてオットー、ノーヴェ、ディエチの頭を少しだけ乱暴に撫でる。異世界で出来た妹達へ精一杯の感謝と想いを込めるように。

 

「にぃにぃ、次に会う時は下町ってのを案内して欲しいッス」

「アサクサ、でしたか? 楽しみにしていますので」

「分かった。旨い物とか面白い物とか沢山教えてやるからな」

「真司、アタシは忘れないから。アタシの最高のロードは仮面ライダー龍騎だって」

 

 ウェンディとディードの頼みに真司は任せろとばかりに応じて胸を叩く。それに楽しそうな笑みを浮かべる二人の頭を同時に撫でた。その微笑みを記憶に刻みつけるようにし、アギトへは無言で力強く頷く事で返事とした。それだけでアギトも真司の気持ちを感じ取って嬉しそうに頷き返す。

 そして今度はスバル達が五代達へ別れの言葉をかけていく。その場の雰囲気が明るいためか彼らの顔も晴れやかだ。また必ず会えるとの強い確信を抱いているように、誰の顔にも悲しさや辛さは浮かんでいなかった。

 

「五代さん、今度はゆっくり冒険の話を聞かせてください」

「いいよ。あ、冒険のお土産でインドネシアの魔除けの仮面とかもあるから、渡してもいいか桜子さんに聞いておくね」

「あの、それって逆に呪われたりしないですよね?」

「呪われる、かぁ。そんな事を思ってる人はぁ……の~ろ~わ~れ~る~ぞぉ~」

 

 五代がスバルの申し出に嬉しそうな表情で応じるも、その後半部分でギンガがやや不安そうな言葉を返す。それを面白がった五代が若干ふざけると二人は揃って楽しげに笑った。

 

「あ、あの、翔一さんに聞きたい事があるんですけど」

「どうしたの?」

「こ、恋人とか……いますか?」

「恋人? いないなぁ」

「いないんですね? ……よし、ならチャンスはある」

「え? チャンス?」

 

 翔一の言葉に慌てて何でもないと両手を振るティアナ。それを見たはやてがどこか面白そうに表情を変える。それを見つめてなのはとフェイトは今後のティアナを思って苦笑していた。

 

「光太郎さん……約束、忘れませんから」

「絶対、絶対また会いに来てください!」

「ああ。エリオ君もキャロちゃんも仲良くね。自然保護隊へ戻るのなら、ミラさんやタントさんの言う事を守って、絶対無理をしないようにするんだよ」

 

 揃って返事を返す二人の体を軽く抱きしめ、光太郎はゆっくりと体を離す。そして、二人の頭を優しく撫でると微笑みかけた。それに二人はこみ上げるものがあったのか、微かに目に光るものを浮かべながらも微笑み返してみせる。

 

「城戸、お前の本が出来るのを楽しみにしてるぞ」

「出来上がったら両方とも最初に買わせてね」

「スカリエッティの事は私達や八神部隊長達で何とかしてみせるから」

「はい、よろしくお願いします。それと、出来たらお礼に皆さんへプレゼントしますから安心してくださいよ」

 

 メガーヌの言葉に感謝して頭を下げた真司だったが、頭を上げると心配するなとばかりにそう言い切った。そんな真司にゼスト達は笑う。本当にお人好しだなと改めて感じて。

 

「翔一、達者でな」

「今度は菜園残しておくかんな。今度こそいちごやメロン、育てろよ」

「世話はアインやみんなでするからね」

「お前の食事の味は忘れん。後、駄洒落もな」

「お姉ちゃんへの伝言をどうぞです」

「じゃあ……食堂を頼みます。それと、最後まで手伝えなくてすみませんでしたって伝えておいて」

 

 異世界で得た家族達からの言葉に翔一は笑顔で頷いていく。ヴィータとツヴァイは涙を目に浮かべながら笑っていた。シグナムとザフィーラは柔らかく微笑み、シャマルは優しげに笑う。それに翔一はもう一度力強く頷いた。唯一の肉親を失った自分に出来た新しい家族の顔を焼き付けるように。

 

 その後も口々に言葉を掛け合う五代達。そこに悲しみの涙はない。あるのは明るい笑顔ばかりだ。決してこれが最後ではない。そう誰もが強く信じているような雰囲気がそこにはある。そして最後とばかりにジェイルが真司へ歩み寄った。

 

「真司、これを持って行ってくれ」

 

 ジェイルが差し出したのは一つの機械。ジェイルが急ぎで作っていたものだ。それを見つめて真司が疑問符を浮かべる。周囲もまた同様に。一体これが何かを探ろうとする目を向ける真司を気にもせず、ジェイルはどこか満足そうに告げた。

 

「これは強力な発信機だ。もしかすればこれで君の世界への座標が分かるかもしれない」

「じぇ、ジェイルさん、それ本当?」

「かなり強力なものだからね。でも、分かったからといってすぐに行けるとは限らない。安全性が確立されるまでは使わないと約束しているからね」

「約束、ですか?」

「ジェイルさん……」

 

 ジェイルの告げた約束との部分に小首を傾げる翔一とは違い、五代はその言葉に嬉しそうに笑顔を返す。五代の反応にジェイルは小さく笑い、手を振った。

 

「いいって事だよ。本当は君達の分も用意したかったんだが……」

「いいんです。真司君は俺達とは違ってただ相手を倒すだけじゃ終わらない戦いをしている。なら、ジェイルさん達の力が必要なのは彼の方だから」

 

 光太郎の言葉に五代と翔一も同意するように頷いた。だが五代達との再会をそこに見出そうとしていたのか、ジェイルは残念そうな表情で軽く下を向く。すると光太郎は驚くべき事を話し出した。それはかつて自分は時間軸を超えた事がある事。過去の自分を助けるために未来の自分が時を超え、空を駆けてやってきた事実。それを光太郎は語った。詳しい話はされなかったが、その荒唐無稽な出来事に誰もが唖然とすると共に、改めて光太郎の凄さを感じた。

 

「きっと俺は……いや、仮面ライダーは時代や空間を超えられるんだ。俺達を本当に心の底から必要としている場所が、人がいる限り。だから、また必ずここへ来れるさ。俺達がこれを永遠の別れにしたくないように、そちらもそう思い続けてくれるのなら」

 

 その言葉にそれぞれが笑みを浮かべる。想いは時空を超え、世界をも超える。それはこの場にいる全員が知っていた。目の前にいる四人の来訪者をその証拠として。そして、青年がそこで話が終えたのを見計らって静かに五代達へ歩み寄った。

 

「私も改めて人間の可能性とその凄さを見せてもらいました。いかなる困難にも屈せず乗り越える力。どんな相手とも分かり合おうとする心。それをこれからも無くさずに生きてくれる事を願います」

 

 その言葉が子の成長を願う親のようにも思え、誰もが妙な気持ちを抱く。それを感じ取ったのか青年は優しく微笑むと手をゆっくりと五代達四人へ向けた。すると四人の体が光り始めた。それは段々輝きを増し、なのは達一部の者へあの無人世界での光景を彷彿とさせる。誰もが眩しさに目を閉じる中、青年の声が全員の脳裏に響く。それは感情を感じさせない声だったが、微かな優しさを感じる事が出来るような声でもあった。

 

―――これで私の役割は終わりました。ここからは貴方達の想い次第です……

 

 声が消えると同時に光も消える。なのは達が目を開くと、そこには誰もいなくなっていた。ゴウラムやアクロバッターなどもなく、四人がいた証は何も残っていなかった。それでも、なのは達は泣かない。誰が言い出したでもなく、視線を空へ向けてその手を動かす。その手をある形へ変化させ、全員が笑顔を見せた。

 

 笑顔とサムズアップ。自分達の誓いであり、思い出の魔法。いつか必ず再会するとの誓いを送り、なのは達は空を見つめ続けた。青く澄み渡る青空を……

 

 どれぐらいそうしていただろう。やがて誰かが六課隊舎へ帰ろうと言い出した。その声に促されるように動き出すなのは達。そこへヴァイスが慌てて走ってきた。理由が分からず不思議に思うなのは達へヴァイスは息を切らしながら告げた。

 

―――く、クロノ提督からなのはさんに急ぎの話があるって通信が……。

 

 それになのはが疑問符を浮かべながらストームレイダーを経由してレイジングハートを使った通信に切り替える。すると、そこに映ったのは微かに微笑むクロノと共に一人の人物が映っていた。その相手の顔を見てなのはは我が目を疑った。

 

「ゆ、ユーノ君……?」

『お疲れ様、なのは。フェイトやはやて達もお疲れ』

「どうして?! 体は大丈夫なの!?」

 

 なのはの言葉にユーノは苦笑しながらゆっくり説明を始めた。あのツバイとの戦闘で床に落ちた毒が作った穴。そこに付着していた毒を、クロノの指示で分析した局員が何とか解毒剤を作り出す事に成功したのだ。それを投与され、一命を取り留めたとユーノは語って苦笑する。

 

『クロノがその可能性に賭けて指示してくれなかったら危なかったよ』

「ユーノ君……本当に……良かった……っ!」

 

 微笑みかけるユーノに感激のあまりなのはは涙を流す。それに動揺する周囲とは違いユーノは優しく笑みを浮かべて慰め始めた。そんな恋人同士のやり取りを聞きながら誰もが笑みを浮かべる。何も言わず、ただ静かに微笑み続けるフェイト達。ただ、ユーノだけが気付いていた。なのはの涙に五代との別れから来るものが含まれている事を。

 

 

 

 光太郎は気がつくと五代と共に魔法世界へ突入した場所へ立っていた。その傍にアクロバッターとライドロンがいる事を確かめ、光太郎はしみじみと噛み締めるように呟く。

 

「戻って来たんだな……」

「ライダー、イコウ。マダタビハオワッテイナイ」

「…………ああ!」

 

 アクロバッターの言葉に光太郎は力強く頷くと、そのシートへ跨ってアクセルを唸らせると同時に姿を変える。RXはアクロバッターを駆ってライドロンを伴って走り出す。やがてライドロンは元居た倉庫へと戻るために途中で別れて去った。それを横目に見送りながらRXはある事を思って頷いた。

 まずは先輩達へ会いに行こう。一刻も早く伝えたい事があると。その思いがアクロバッターを加速させていく。未来と異世界の仮面ライダー達。そして魔法世界で出会ったかけがえのない仲間達との思い出を。心強くしてくれる多くの思い出達を共有するために。そう考えてRXは通信機能へ意識を向けた。

 

『先輩達、聞こえますか?』

『RXか!? 急に通信が出来なくなったから心配したぞ!』

 

 RXの通信へ応じたのは一号だった。おそらく全員が聞いているのだろうと思い、RXは嬉しく思いながら簡単に邪眼との事を語った。それに一号と二号、V3にライダーマンが感慨深そうに声を漏らした。彼ら四人はあの発電所の戦いに関っている。邪眼の事も知らない訳ではなかったからだ。だが、それに対して情報を持たない他のライダー達は別の事に疑問を抱いた。

 

『RX、君は異世界だけではなく未来のライダーにも会ったと言ったな。では、また新たな悪が現れるのか?』

『いえ、彼は改造されたんじゃないんです。突然変身能力を得たと、そう聞きました』

 

 Xの質問にRXは翔一からの話を思い出して答えた。その事が意味する事に全員が息を呑んだのを感じて、RXは無理もないと思いつつ告げる。

 

『心配しないでください。アギトは俺達と同じ仮面ライダーです。それは本郷さん達が知ってます』

『……そうだな。彼は確かに仮面ライダーだった。例え改造人間ではないとしても……いや、改造人間ではないからこそ、きっと俺達よりも辛いはずだ』

『そうか。改造された訳ではないのに、突然人とは違う姿と力を得てしまった。それは俺達よりも辛いだろう』

『じゃあ、遠い未来で彼に……アギトに出会う事があれば、俺達はどう接すればいいんでしょう……』

 

 一号と二号の言葉を受けてスカイライダーが呟いた言葉。それに誰もが答えを出せずに悩む。改造人間の孤独や辛さならば彼らも分かる。しかし、人でありながら変身する力を得たとなれば事情が違う。故に言葉が浮かばない。確かにRXも五代や翔一と出会う前ならば悩んだだろうが、彼らを知った以上その答えは簡単に出た。

 それだからだろうか。無意識にRXは通信であるにも関らず、あの仕草―――サムズアップをしながら答えを告げた。

 

『大丈夫です。その時は、笑顔で話しかけてください。彼は自分の体の事を誇りにしていますから』

『……そうか。彼もその体が自分のプライドか』

『はい。だからこそ仮面ライダーアギトを名乗っているんです』

 

 V3の言葉にRXは返事を返してこう続ける。是非全員へ渡したい物と話したい事があると。それに一番最初に興味を示したのはアマゾンだった。

 

『コウタロウ、何くれる? ウマイ物か?』

『異世界のライダーからの預かり物です』

『異世界のライダーから、ねぇ。一体何だってんだ?』

『手紙? ……じゃないのか。なら……何だ?』

 

 ストロンガーが告げた言葉を受けてZXが予想した単語。それにRXが反応を返さなかったので、二人はそこから考え始めたのか黙り込む。その事を感じ取ってスーパー1が笑った。かつては死闘を演じた関係にも関らず、今では同じ話題で会話している事の不思議さを思い出したのだ。

 

『ははっ、それも楽しみだけど、俺はその思い出話に凄い興味があるな』

『では、通信では何だし一度合流しよう。それでいいだろうか?』

 

 ライダーマンの問いかけに全員が応じ、集合場所を話し合い始めた。それを聞きながらRXは思う。ここにはいない者達の事を。

 

(俺は忘れない。クウガ、アギト、龍騎、そしてなのはちゃん達。君達との日々は、時間は決して忘れやしない!)

 

 唸りを上げるエンジン音。誰もいない道を一人走るRX。脳裏にあのミッドチルダでの日々を思い出しながら、その手に握るアクセルを開け放っていく。まるで過ぎ去りし日々を追い駆けるように。未だ見えない明日を迎えに行くように。

 そこへ集合場所が告げられる。それに了解と返し、RXは急ぐ。そして、誰にでもなく呟いた。それは、彼の中に残る一つの約束への思い。何があっても必ず果たすと決めた誓い。時空を超えても叶えなければならない大切な少年との思い出。

 

「キャロちゃん、エリオ君、フェイトちゃん……いつか会いに行くよ。絶対に……いつの日か……」

 

 その呟きが風に流れていく。太陽を浴びて遠く彼方へ去って行くRX。その彼の右手はあの仕草を作り、青空へ向けられている。彼の旅は終わらない。人が自然と共存し、本当の平和を掴むその日まで彼は戦い続けるのだ。いつの日にかその戦いが終わり、その旅が意味を変える時まで……。

 

 

 

「っ……ここ、は……?」

 

 体中に感じる痛みと脱力感に耐えながら、真司はゆっくり目を開けた。そこには去って行く蓮の背中が見える。それに気付いて真司は引き止めようと声を掛けようとするも、痛みが邪魔してそれも出来ない。そうこうしている間にその背中が遠くなり、やがて見えなくなった。それで気が抜けたのか真司は再びその瞼が重くなっていくのを感じていた。何とかそれに抗おうとするも、徐々に目が閉じていく。

 

(諦めるかっ! みんなに約束した以上絶対死ねない……っ!)

 

 薄れゆく意識の中、閉じかける瞼を開こうと必死になる真司。だが、その抵抗を嘲笑うかのように全身から力が抜け、意識が遠のいていくのを真司は感じ取っていた。これで死ぬのか。そんな事が脳裏をよぎった瞬間、突然痛みが和らいでいく。それを感じた真司は不思議に思いつつ、先程とは別物のように軽くなった瞼を開けて視線を動かす。すると、その両隣にいるはずのない者達がいた。

 

「ど、どうして……?」

「間に合ったね、真司」

「今、薬で応急処置をしましたから。でも、無理は駄目ですよ」

 

 ジェイルとシャーリーは笑みを浮かべながら真司に肩を貸して立ち上がらせる。疑問符を浮かべる真司へ、ジェイルが見せたのは何かの機械だった。それは受信機。真司の持っている発信機の反応を辿り、ジェイルは転送ポートの技術を応用して作り上げた装置を使いここへ来た事を告げる。しかし、現状では来る事しか出来ないとジェイルは教えて苦笑した。それに唖然となる真司を見たジェイルは、楽しげな笑みを浮かべてこう答えた。

 

「心配ないさ。こちらで同じ物を作ればいいだけだからね。だが、やはり時間の誤差が予想以上に大きいな。こちらでは君がいなくなって三ヶ月以上も経過しているのに……。まぁ、おかげで助ける事が出来たからよしとしよう」

 

 そこでジェイルは話を締め括った。その説明に納得しながらも、真司は何故シャーリーがいるのか不思議に感じていた。その疑問を感じ取ったのだろう。シャーリーはここにいる理由を説明した。この世界へ来るためにジェイルに協力し、転送装置を作り上げたシャーリーは多忙なフェイトに代わり、名目上はジェイルの監視役としてついてきた。

 その必要は既にないと苦笑するジェイルと、その言葉にやや照れた反応を見せつつそれらしい事を言って誤魔化すシャーリー。そんな二人のやり取りに、何とも言えない安らぎを覚えて真司が微笑みを浮かべた。

 

 更に詳しい話をしようとする二人だったが、そこへレイドラグーン達が再び出現した。それを見て真司は戦おうとカードデッキを手にするも、その手をシャーリーが優しく止めた。

 

「今の真司さんじゃ戦うのは危険です。第一、真司さんが無理をする必要はないんですから」

「え? どういう事?」

 

 レイドラグーンの群れを見ても少しとして恐怖を感じていないジェイルとシャーリー。その様子に疑問符を浮かべた真司へシャーリーは小さく微笑みながらある方向を指さした。

 

「ほら」

「……あれって」

 

 シャーリーの指差す方向には、十二人の女性がいた。その姿を見て真司は言葉を失う。それは紛れも無くナンバーズー―――いやヴァルキリーズだった。彼女達は一度だけ真司を見ると微笑みや手を振ったりとそれぞれに反応を示し、すぐに視線を前方へ戻すと表情を戦士のものへと変えた。

 

「数は多いけど、怪人程ではなさそうね。でもみんな、気をつけて」

「前線指揮は頼むわね、オットー。ウーノは私が護衛するから」

「了解です、ドゥーエ姉様。クアットロ姉様は護衛と援護をよろしくお願いします」

「はいはーい。お任せよ」

「行くぞセッテ。遅れるな」

「はい、トーレ姉上」

「あたしはここで援護射撃に徹するからね、セイン」

「りょ~かいっ! なら、あたしは真司兄達を護衛するよ」

「ならアタシもいく。接近戦出来る奴がいた方がいいだろ」

「では私も参ります。ドクターとシャーリーさんもいますので」

「アタシはお姉達の援護に回るッス!」

「ヴァルキリーズの力を見せてやるぞ、ミラーモンスター!」

 

 聞こえてくる声に思わず笑みが零れてくる真司。その目の前で繰り広げられ始めた光景を眺め、真司はジェイルとシャーリーへこう告げながら離れた。

 

「ごめん、やっぱり俺も戦うよ。女の子達だけに戦わせるのは嫌だから。それに……」

 

 真司はそう言って足を止めると後ろを振り返って力強い笑みを見せる。

 

―――それに、俺、仮面ライダーだから。

 

 その言葉に二人は苦笑しながら頷いた。ただ、無理はしないでと念を押して。それに真司は頷くとデッキを手にしたまま歩き出す。途中で車のミラーへデッキをかざしてVバックルを出現させると、ゆっくりとその中央へデッキを装着し、龍騎は立ち止まった。

 

 そのしっかりと立つ姿を見てジェイル達に笑みが浮かぶ。龍騎もそれに気付いて小さく頷くとその場で構えて叫んだ。それはある意味でこの世界そのものへの宣戦布告。

 

「絶対諦めないからな! 俺は、俺達はこの戦いを止めてみせる!」

 

 龍騎の言葉に誰もが心強さを感じて頷く。そこからヴァルキリーズの動きが変わったのを見たシャーリーは、ドラグセイバー片手に走り出した龍騎へ視線をやって呟いた。やはり仮面ライダーの存在は大きいのだな、と。

 龍騎は戦う。彼と志を同じくする者達と共に。共に戦う仲間であるジェイルとシャーリーという二人の頭脳がライダーシステムを解明し、戦いを止める術を見つけ出してくれると信じて。一度だけその手が青空へ向かってあの仕草をする。ここにいない者達へ自分の健在を告げるように。

 

 こうして彼の戦いは終わり、ここからは彼らの戦いが始まった。龍騎と十二人の戦乙女達を合わせた十三人の”仮面ライダーSPIRITS”を持つ者達の戦いが……。

 

 

 

「ここは……あの時の道だ」

 

 翔一は眼前に広がる光景にそう呟くと、バイクへ跨り走り出す。目指すは自分が住まう街。そこで色々な事を確かめなければと思ったのだ。その途中で公衆電話を見つけたため、翔一は居ても立ってもいられずそこへ駆け込み急いで電話をかける。早く繋がってくれと思いながらコール音を聞く翔一。すると数コール後に願いが通じたのか繋がった。かけた場所は彼が長きに渡り世話になった家。そして、電話に出た相手は翔一のよく知る相手だった。

 

『はい、美杉ですけど』

「真魚ちゃん! 俺だけど、今何年?」

『俺って……翔一君? しかも今何年って……いきなり何?』

「いいから教えてくれない?」

 

 翔一の声が普段と違う事に疑問符を感じながらも、真魚はやや不思議そうに告げた。そう、2004年と。その答えに翔一は驚くも礼を言って電話を切ろうとする。だがそこで真魚は気付いたのだ。何か翔一の身に凄い事が起こった事を。それもアギトの力を使わねばならない状況のはず。そこまで読んだ真魚は素早かった。

 

『待ってっ! ……翔一君、ちゃんと理由を聞かせて』

「それはいいけど……きっとかなり驚くよ?」

『今更そんな事言うんだ。もう慣れっこよ。翔一君絡みはそれが普通でしょ?』

 

 真魚の苦笑混じりの声に翔一も苦笑した。今から向かうと告げ、翔一は電話を切ると電話ボックスから出ると伸びをして笑みを浮かべる。自分の体に大きな変化が起きなかった理由を何となく察したのだ。おそらくあの青年が、消えた頃とあまり大差がないように配慮してくれたのだろうと。

 内心で意外といい人かもしれないと思って翔一は一人笑う。もし機会があれば、自分の料理を食べてもらいたいと考えて。そんな時、ふと視線を感じて翔一は顔を動かした。そこにはその青年が立っていた。

 

「……アギト、あの時といい今回といい貴方には驚かされるばかりです。あの賭けはどうやら彼の勝ちになりそうですね」

「賭け? 彼?」

「おそらく、もうこの世界はアギトを必要としないでしょう。ですが、仮面ライダーは別のはずです」

「それって……つまり……」

 

 翔一の言葉に青年は無言で頷き、静かに美杉邸のある方向を指差した。

 

「今はお行きなさい。貴方を待ちわびる者の元へ。貴方の道に幸多からん事を……」

「はいっ! えっと、色々とありがとうございました! 貴方も、いつか俺の開く店に来てください!」

 

 翔一の笑顔の申し出に青年は若干驚きを浮かべる。しかし、すぐに微笑むと頷いて消えた。それを見送り、翔一は笑顔でバイクへ跨った。そして走り出すバイクと共にその体がアギトへ変わる。それに伴いバイクもマシントルネイダーへと変化していく。

 人気のない道を駆け抜けながらアギトは思う。青年の言った”アギトは必要ないが、ライダーは別”との言葉の意味を。それは進化の光としてのアギトではなく、仮面ライダーとしてのアギトは求められ続けるという意味だろうと。

 

(俺の役目はきっとそういう事だ。これからアギトとなる人達へ仮面ライダーとしての生き方を教え、怪人にさせない事。それが仮面ライダーアギトの仕事だ!)

 

 自分の与えられた役割を自覚し走るアギト。いつかまだ見ぬ先輩ライダー達にも会いたい。そう思った時、その脳裏に浮かぶ者達があった。それはあの異世界で世話になった二人の少女の顔。その二人との思い出を思い返してアギトは小さく呟いた。

 

「そうだ。真魚ちゃんに色々と意見をもらおう。はやてちゃんやティアナちゃんと再会した時、何か美味しいお菓子でも渡してあげたいし……」

 

 きっと年も近いから良い意見をくれるはず。そんな事を考えながらアギトは道を走り抜ける。その右手にあの仕草を作り、空へと向けたまま。同じ青空の下にいるだろう先輩ライダー達とあの異なる世界の大切な者達へ思いを込めて……。

 

 

 

 白い砂浜。どこまでも続く青空と海。それが意識を取り戻した五代が最初に見たものだった。それが自分が海鳴へ飛ばされる前に見ていた景色だと理解し、五代は周囲を見渡す。すると、傍にはビートチェイサーとゴウラムがあった。本来ならここにあるはずのない姿を見て、五代はあの出会いが夢でなかった事を実感した。

 

「夢じゃ……ないんだ」

 

 そう呟いて五代は視線を上へ向ける。眩しい日差しに手で影を作りながら、どこまでも広がる青空を見つめた。そして小さく頷くと、五代はビートチェイサーへ跨った。しばらく帰らないと決めた日本。だが、自分は五年以上帰っていない。そう考え、なら一度帰ろうと思ったのだ。何よりもビートチェイサーとゴウラムを科警研へ返さねばならないし、自分の体も診てもらいたい。そう決断した五代は素早かった。ゴウラムがその意思を感じてビートチェイサーへ合体し、ビートゴウラムへと変化するのを見てからアクセルを解放したのだ。

 

 唸りを上げて走り出すビートゴウラム。五代はそれに乗ったまま構える。それは変身の構え。ビートゴウラムで安全に走るためにはクウガになっておく必要があると考えたからだ。

 

「変身っ!」

 

 変身を終え、クウガは走る。どこかで連絡手段を見つけ、一条か榎田辺りにでもビートゴウラムの輸送手段を手配してもらおうと考えながら砂浜を抜け、道へ出ようとしたその時、クウガの耳に懐かしい音が聞こえると同時に懐かしい声が聞こえた。

 

『五代! 聞こえるか、五代!』

「一条さん?!」

『五代か! やっと繋がったな……。それで今どこにいる?』

「キューバです。丁度良かった。今から日本に帰ろうと思うんですけど、ゴウラムとかいるんでどうしようかと思ったんですよ」

 

 通信範囲を超えているにも関らず繋がった事に疑問を抱くも、クウガはそう返した。どうもそれは一条も同じらしく、キューバと聞いて驚いていた。しかし、今はその原因を探るよりもビートゴウラムの輸送を考える方が先と判断したのだろう。すぐにそこで少し待機するように告げ、何かを誰かと話す声が聞こえてくる。クウガはそれにもしやと思い、大声で尋ねた。

 

―――もしかして、対策本部の人達が揃ってるんですか?!

―――そうだよ、五代雄介君。全員ではないが、主だった者は揃っている。

 

 そのクウガの問いかけに答えたのは、よく知る一条ではなく本部長の松倉の声だった。それに続くように耳馴染みある桜井や杉田の声も聞こえてくる。最後には笹山も声を出し、クウガは嬉しさを噛み締めながらふと疑問に思った。それは一条達が集まっている事だ。自分がなのは達の世界に行ってから十年以上が経過している。にも関らず、何故未だに彼らが揃う事が出来るのだろうと。

 

「あの、すみませんが今って2001年ですよね?」

『は? ええ、そうですよ?』

 

 クウガの質問に答えた笹山の声はどことなく理解しかねるというものだった。それを聞いたクウガは一瞬言葉に詰まった。自分が過ごした時間と元の世界の時間がすれていると気付いたのだ。だが、そこで何故自分があの五年間で外見が変化しなかったのかを理解した。

 

(そっか。俺、あの時から体の変化する時間、ゆっくりになってたんじゃないかな。だから全然変わらなかったんだ)

 

 きっとあの青年の力だろう。そう結論付け、クウガはやはり神様みたいな相手だったと感じて頷いた。そこへビートゴウラムから杉田の声が聞こえてきた。

 

『五代君、とりあえず今からそっちへ一条が行く事になった。さすがにすぐにとはいかないが出来るだけ早くするつもりだ。それで、今は奇跡的に連絡が取れているが、何が原因で通信が繋がらなくなるか分からないんだ』

「分かりました。幸いこの辺りは海岸ですし、ビートチェイサーをここに止めて近くで野宿して待ってます」

『そうか。すまないがよろしく頼む。しかし、よくもまぁキューバと繋がったもんだ』

「ホントですよ。いや、さすが科警研の技術は凄いですねぇ」

 

 クウガの軽い口調に杉田達の笑いが起こる。それにクウガも笑い声を上げようとして、はたとある事を思い出した。それは、ビートチェイサーがシャーリィによって改造されている事。それが原因で遠距離通信が可能になってしまったのではないだろうか。そんな事を考え、クウガは榎田達へくれぐれもこの事を内密にしてもらおうと頼む事にした。簡易的デバイスと同じ機能を積んだビートチェイサーを分析し、何かの拍子でその技術が悪用される事を防ぐために。

 

『五代さん。戻ってきたら冒険の話、聞かせてくださいよ』

「いいですよ。桜井さんが喜びそうなとびっ…………きりの奴がありますから。期待しててください」

 

 クウガの言葉に嬉しそうに楽しみにしてますと返す桜井。そこで通信が切れた。そこまでの一連の流れにクウガは懐かしさを感じながら空を見上げた。そこに広がる空に、ふとなのは達の笑顔が見えた気がしてクウガは軽く驚く。だが、何かを思って小さく頷くと空へ向かって手を動かす。それをあの形へ変えて、クウガは誰にでもなく告げる。

 

―――ありがとう、みんな。俺も忘れないから……。

 

 自分のいる世界だけでなく、異世界を含む全ての世界が争いのない世界になってくれる事を願ってクウガはそう告げた。きっとまた笑顔で会える日が来る。その時は一条達となのは達を会わせる事が出来るはず。そう信じてクウガは自分の手を見つめた。

 

(いつか、これをみんなで見せ合える時がくるといいな)

 

 そう思いながら、クウガは黙って青空とそれを見つめ続けた。自分達の共通の仕草となった”サムズアップ”を……。

 

 

 

 青空の下、小さな庭先を元気よく走る子供達がいる。ヴィヴィオとイクスだ。六課解散と同時に同じ学校へ入学した二人は幸運にも同じクラスとなり、リインが迎えに来るまで高町家で遊ぶのが常となっていた。

 

 既にゆりかごが落ちてから半年以上が経過し、ミッドチルダは日常を取り戻していた。仮面ライダーの名は管理世界中に広まり、彼らの乗っていたライダーマシンを模したバイクがミッド中で見られるようになった程に。

 レジアスとグレアム達との協力の下で行われている管理局改革は、少しずつではあるが効果を見せていて、バトルジャケットは既に少数が生産配備された。現在治安維持隊としてその力を発揮していて、ジェイルのデータをフェイトから託された技術仕官のマリエル・アテンザによって、近々増産が行われる予定となっている。

 

 あの後、ゆりかごが落ちたのを受けて最高評議会の存在は白日の下に晒され、民衆からは批判と理解の両方を受ける事となった。それでも、本来ならば死んでいる者が裏で全てを動かそうとの行いは許されず、彼らは世界をその時代に生きる者達へ託して退く事を決意せざるを得なくなった。レジアスは、そんな彼らへ決して後悔させる結果にはしないと誓い、その最後を見送った。

 

「あ、ヴィヴィオ見て。あの雲、ライドロンみたいです!」

「どれ? ……あ、ホントだ。ライドロンみた~い!」

 

 二人は揃って空を見上げる。そこにはやや歪な楕円形の雲があった。ライドロンに見えるかと言えば、正直微妙なところだろう。だが、それでも二人にはいいのだ。そうと思える要素があるだけで子供は十分なのだから。

 

 あれからヴィヴィオと親密になったイクスは、固い喋り方を何とか克服する事が出来た。それでも所々丁寧になってしまうのはご愛嬌というもの。本人曰く、中々砕けた喋り方にするのは苦労するとの事で、それを聞いたシグナムが「誰かとは真逆だな」とヴィータへ言った事で八神家は一つの思い出を得る事となったのだが、それはまた別の話だ。

 

「五代さん達……今頃どうしてるんだろうね?」

「きっと元気なはずです。それよりも、ジェイルさん達は真司さんと合流出来たでしょうか?」

 

 ラボからヴァルキリーズと共に真司の反応を追って消えたジェイル。彼は書類上はもう罪を償う必要が無くなっていた。それは、はやて達やレジアス達の機転によるもの。邪眼が全管理世界へ行った通信。その際、ジェイルの姿をしていた事を利用し、邪眼が犯罪者のジェイルだったとしたのだ。

 つまり、邪眼が倒れたために犯罪者ジェイル・スカリエッティは死んだ事になった。邪眼がミッド限定とはいえ、その姿を大勢の見ている前で変えたのも大きい。今のジェイルは、邪眼によって捕まっていた何の罪もない本人とされているが、それでも本人は罪を償う気でいる。それとこれは別だと、そう言い切っていた。しかしその心遣いには感謝し、戻ってきた時にはこれまで以上にみんなの笑顔のために尽くす事を誓って、ジェイルは転送装置から真司の世界へ旅立ったのだ。

 

「そっちこそ心配ないよ。その内、こっちに戻ってくるんじゃない?」

「そうだといいですね。早く会いたいな」

 

 ヴィヴィオの言葉にイクスはそう返して笑う。残暑の日差しは鋭く、吹き抜ける風はやや熱い。その時、ふと思い出す事があったため、ヴィヴィオが表情を曇らせた。

 

「どうしました?」

「うん。もうすぐゆりかごが落ちた日でしょ? それでビビの事を思い出したんだ」

 

 ヴィヴィオの言葉にイクスも少し悲しげな顔をした。ヴィヴィオの告げたビビとは、あの邪眼に殺された少女の事。なのはは戦いが終わった後、ユーノと共に手続きを進めてヴィヴィオと死んだ少女を自分の娘とした。少女のような悲劇を忘れないためにも、そして親の愛を知らずに眠った少女へせめてもの愛情を注ぐためにもと。

 だから名前はヴィヴィオから取った。ヴィヴィオの姉妹なら名前も近いものをと、そう考えてなのはとユーノが付けた。ちなみに、なのはとユーノは籍は入れたもののまだ式を挙げていない。五代達だけではなく、ジェイル達さえいない状態では絶対式を挙げたくないと二人の意見が一致しているからだ。

 

「……みんなで行けるといいですね、お墓参り」

「うん、そうだね……。会いたいな、みんなに……スバルさん達だけじゃなくて仮面ライダーにも」

 

 イクスの告げた”みんな”に五代達も含まれている事に気付き、ヴィヴィオは小さく頷いてそう返すと黙った。イクスもそれに応じて黙り込む。

 

 六課が解散した日以来、なのは達でさえ全員で集まる事は出来なかった。ジェイル達がいないのもあるが、それぞれが多忙なのもある。なのはは航空戦技教導隊へヴィータを連れて戻り、フェイトは次元航行艦付きの執務官としてティアナを補佐に復帰。はやてはレジアスの頼みを受け、地上の治安維持と災害救助を主とするバトルジャケット部隊”特務六課”部隊長として、ツヴァイや残る守護騎士達と共に忙しい日々を送っている。

 スバルはミッドチルダ湾岸救助隊へスカウトされ、レスキュー隊員として活躍し、エリオとキャロは自然保護隊に復帰して、以前よりも目覚しい働きを見せていた。ギンガは108へ復帰し、捜査官として奮闘中。リインは家事をしながら八神家の留守を守っている。

 

 グリフィス達もそれぞれに自分達の目指す進路先に進む者、そのための経験を積むための部署へ異動する者、原隊へ復帰した者とみなバラバラとなっていた。今や”機動六課”はライダーと共に次元世界を守った伝説の部隊となり、そこの出身者は初めて会う者達から必ずといっていい程仮面ライダーの話をせがまれるのが常となっていた。

 

 ヴィヴィオとイクスが揃って無言のまま空を見上げる。だが、その瞳には光るものがあった。どこかでもう会えないのではないかと考えたのだろうか。すると、その涙を止めるように二人の目の前へ灰色のオーロラが出現した。驚く二人を余所に、そこから一人の男性が姿を見せる。無愛想な表情の彼は首元にあるトイカメラを揺らして歩みを止めた。そしてそのまま突然の事に戸惑う少女達にも気付かず、周囲を見渡して呟いた。

 

―――ここは、何の世界だ……?

 

 時代が望む時、仮面ライダーは必ず蘇る。それは本来、仮面ライダーがいなければならない事態になっている。もしくはなるという事を意味する。

 だが、今回はどうなのだろうか? 何せ、ヴィヴィオとイクスが出会った相手は世界の破壊者。全てを壊し、全てを繋ぐ者なのだから……

 

 新しい道が開かれようとしている。それがどんな道かは分からない。しかし、その先にはきっと彼らが望む未来があるはずだ。

 

 光と闇の果てしないバトルを止めようとする者達が、生きている激しさを体中で確かめながら進む者達が、誰かが平気な顔で夢だと笑う事を信じる者達が、そして、伝説は塗り変えるものだと示した者達が、心から願う明日が……

 

 誰かの声無き声が響く時、ヒーローは現れる。その涙を笑顔へ変えるために……。



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