『コミュ障の女性提督の話』 (鈴羅木)
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グラーフと仲良くなるようです
居酒屋鳳翔にて
「それで提督、相談って何?」
蒼龍が不安そうに言う。
「私って……グラーフに嫌われてるかな?」
突拍子も無い質問に蒼龍は目を丸くする。
「私はそんなこと無いと思うけど。どうしてそう思うの?」
「だって私、グラーフがうちの鎮守府に来てからほとんど会話してなかったから……日本に来てわからないことも沢山あるはずなのに何のサポートもしてあげられなくて……」
本当に情けない限りである。
「じゃあグラーフさんとお話ししてみたらどう?」
私は思わず「え?」と素っ頓狂な声を上げた。
「何言ってるの無理よ!無理!蒼龍も私が重度のコミュ障だってこと知ってるでしょ⁉︎」
「いいえ!私にいい考えがあるから!任せて任せて!」
鳳翔さんの所で何か話しているみたいだけど他の客の声に掻き消されて聞こえなかった。
「提督!今度の火曜日のフタマルマルマルに居酒屋鳳翔の前で待ってて!」
絶対に無茶苦茶なことしたなこの子……
「わかったわ……」
私は腹を括った。
火曜日フタマルマルマル居酒屋鳳翔前
「今日はやけに静かだなぁ」
普段なら外まで客の声が聞こえているはずなのに全く声が聞こえなかった。
「すまないAdmiral、少し遅れてしまった」
凛々しい声に驚き振り返るとそこにはグラーフがいた。
「ふえっ⁉︎グラーフ⁉︎なんでここに?」
変な声が出てしまった。恥ずかしい。耳まで真っ赤になってるんだろうなぁと思う。
「Admiralが一緒に行きたいからこの時間に来るようにと蒼龍から伝えられたのだが?」
してやられたと私は思った。しかしここまで来たら引き返すわけにもいかない。
「う、うん。じゃあ行こうか」
「いらっしゃいませ。あら、珍しいですね。提督がグラーフさんと来るなんて」
お艦が微笑みながら言う。
「あ、右奥のお席でお願いします」
その時私は二つ、不審な点に気がついた。
まず、席がほとんど空いているのに席を指定されたこと。そして一航戦、二航戦の四人が変装してこちらを見ていること。
前者は蒼龍が落ち着いて話せる場を設けてくれたのだろう。それに関しては本当にありがたいと思う。でも変装してるのは絶対にふざけてる。特に一航戦の二人。赤城のあれはなんなんだ。シルクハットにサングラスに付けひげ……加賀はサングラスにスーツ…メン・イン・ブラックじゃないんだから…
「どうした、Admiral?」
「あっ、いや、なんでもないよ!」
緊張しすぎてぎこちない歩き方になりながらも席に座る。
「私はビールとポテトサラダを」
「じゃあ私はオレンジジュースと唐揚げをお願いします」
「Admiralは酒は飲まないのか?」
「わ、私全然…お酒とか飲めなくて…」
「そうか」
全く会話が続かないのでこっそり蒼龍にLINEを送る。
[会話続かないんだけど…どうしよう]
[グラーフとたくさんお話ししたいって言えばいいんじゃない?]
[そんな直球に言えないよ…]
[大丈夫だっていざという時は私たちもいるし!]
かなり不安は残るものの勇気を出してグラーフの名前を呼ぼうとしたその時……
「Admiral」
「ひゃい!」
またしても変な声が出てしまった。
「Admiralは、その、私のことをどう思っている?」
思いもよらない質問に若干戸惑ってしまう。
「え?私は…グラーフのことを信頼できる仲間だと思ってる…けど、私……グラーフに全然話しかけてあげられなくて……嫌われてるんじゃないかなって…」
恥ずかしさと申し訳なさで涙が止まらない。
「フフッ、泣くことはないAdmiral。私はあなたのことを嫌ったりなどしていない。自分に話しかけてくれないだけでその人を嫌いになる程私の器は小さくないぞ」
「本当に……?」
か細い声で問いかける。
「あぁ、本当だ。admiralは心配性だな」
安心してさらに涙が溢れる。
「おまたせしました。ビールとポテトサラダ、オレンジジュースと唐揚げです」
お艦は私が泣いていることに何も言わずにカウンターに戻っていった。
「そんなに泣くな、admiral。冷めないうちに食べよう」
「そうだね」
たわい無い話をしながら小一時間ほど経った時。
「提督が酒が飲めないのは意外だったな」
「うん、初めてお酒を飲んだ時に少ししか飲んでないはずなのに歩けなくなるほど酔っちゃって、それからは全く飲まないの。あれが最初で最後かな」
少し照れながら言う。
「私のビール、一口飲んでみるか?」
数秒間思考が停止する。
「え?え⁉︎でも……それって…間接……キス…」
「どうした?」
間接キスのところは聞こえていなかったようだ。
「い、いいの?」
「あぁ、ここのビールは格別だ。一口程度なら問題ないだろう」
恐る恐るジョッキを手に取り口へ運ぶ。
一口飲むとビールの炭酸の刺激が喉を通る。
「うーん…ちょっと苦い…」
飲み慣れていないというのもあるのだろう。しかし世のおっさん達がこれを美味そうに飲むのはよく分からない。
「ならその唐揚げを食べながら飲めばいい。少し苦味が緩和されるぞ」
「う、うん。やってみる」
言われた通りにしてみる。すると先ほどよりも苦味が気にならない。
「あ、ちょっと美味しいかも」
なんだかんだで二回も間接キスしていることに気がついて顔が熱くなるのがわかる。
「admiral、とても顔が赤いな。もう酔ってしまったのか」
「うん、そうみたい」
酔いが三割恥ずかしさが七割と言ったところか。
酔いも覚めて落ち着いて来たところでグラーフが口を開いた。
「もうそろそろ帰るとしよう」
「うん」
席を立ってカウンターへ向かう。やはり一航戦と二航戦の四人はヒソヒソと話をしながらこちらを見ている。
「あ、グラーフ。私が払うよ」
そこまで高い金額でもなかったので私が払おうとすると
「いや、せっかく誘ってくれたんだ。私が払う」
「じゃあ、割り勘にしようか?」
「あぁ、そうしよう」
結局割り勘で払って居酒屋鳳翔を出た。
「うわっ、寒〜」
12月上旬、本格的に冬が始まる頃だ。
「admiral、少し散歩しないか?」
「うん、いいよ」
このまま帰っても良かったが時間もあるのでグラーフと散歩することにした。
幸い今日は綺麗な満月が見えたので比較的明るく、沿岸部なので波の音が心地よい。
「admiral、今日は何の日か知っているか?」
今日?12月8日?全く心当たりがなかった。
「ごめん、わからない」
「今日は私、グラーフ・ツェッペリン の進水日、つまり誕生日だ」
少し驚くと同時に焦りも生じた。
「えっと、その、誕生日プレゼントとか用意してないの…ごめんなさい。今度絶対に渡すから」
私が謝るとグラーフは笑いながら
「いや、そんなことはしなくていい…ただ…その…お願いと言うか我が儘と言うか…」
グラーフが言葉に詰まる。
「お願いがあるなら言って。できる限りのことはするから!」
「そ、そうか。ならadmiral、admiralは今までに誰かと、その、キスをしたことはあるか?」
唐突な質問に焦りを覚える。
「いや…ない…」
いかんせん私は昔から人とコミュニケーションを取るのが苦手で恋愛などには無縁だったのだ。
「なら、admiralのファーストキスを私にくれないか?」
10tと表記されたハンマーで頭を殴られたのかと思うほどの衝撃的なお願いだった。
「へ?ちょっ、ちょっと待って!何で⁉︎」
「admiralはどんな時でも冷静に対処して沢山の海域を奪還して来た。皆がadmiralを信頼するように、私もadmiralを信頼し、admiralと沢山話したいと思うようになった。そして今日、admiralと沢山話せて、わかったんだ。私はadmiral、あなたのことが好きだ」
嫌われていると思っていたグラーフからの突然の告白に私の頭は真っ白になっていた。
「私も…今日、グラーフと話してみて私ってグラーフのこと……好きなのかなって思った…」
なんだこの女はと思うかもしれないがグラーフの凛々しいところは以前から気になってはいたのだ。ただコミュ障で話せなかっただけなのだ。
「だから……いいよ」
グラーフの唇と私の唇が触れ合う。初めてのキス。今まで経験したことがないほど鼓動が早くなっている。
「admiral……」
「グラーフ……」
おそらく今お互いの考えていることは一緒なのだろうと思う。
「グラーフ…今から私の部屋に……来る?」
リミッターが外れたのか、心臓が破裂しそうなくらい恥ずかしいことを言ってしまう。
「……いいのか?」
少し躊躇い、グラーフが聞き返す。
「うん……」
「ありがとう……」
そこから部屋に着くまでお互い何も話さずに黙々と歩いた。
「あの…グラーフ……私こう言うの初めてだから…その…」
勢いでここまで来てしまったものの、そういった経験のない私は女同士でどうするかなど知る由もなかった。
「admiral、部屋の電気を消すぞ?」
薄暗い部屋の中、グラーフがこちらに近づいてくる。そして僅か数秒の間に
「うわっ!」
私はグラーフに押し倒されベッドの上で仰向けにされてしまった。
「admiral…私に任せてくれ。私は空母だが…夜戦もできる」
目にも留まらぬ速さで私の服を脱がせていく。気がつけば私もグラーフも一糸纏わぬ姿になっていた。
「admiral…愛している」
「私もだよ…グラーフ」
翌朝、青葉新聞に私とグラーフがキスしている写真が載ったのはまた別のお話。
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