ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに (クラウンドッグ)
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ボーダー入隊編
クロウ・アームブラスト


初投稿です!
よろしくお願いします!


その感覚は、かつて味わったものと良く似ていた。尤も、その時は記憶を封印されていて、おまけにセンスのいい仮面まで着けさせられていたのだが。

 

微睡みから覚醒するような、あるいは水面から顔を出すような感覚。

 

 

かつてその感覚を味わったのは、自分がジークフリードなんて名乗り出す少し前の話だった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

完全に意識を取り戻したクロウ・アームブラストはゆっくりと瞼を開ける。

 

 

 

そこには近代的な街並みが広がっていた。クロウの記憶にある、時代の最先端を行く街、クロスベルに勝るとも劣らない風景が視界を埋め尽くしている。

 

 

 

「ここ、どこだ?」

 

 

 

そこでクロウは根源的な疑問を口にした。自分は仲間たちと共に相克を乗り越え、そしてリィンや相棒と共に大気圏外に脱出したはずだ。

そこから先の記憶はないが、まさか目覚めたらこんな都市にいるなんて思いもしなかった。

 

不死者であるこの身は相克が終われば消え去るのみだったはずなのに、未だにこの世に存在している事さえ謎だ。まさかここがあの世なんて事はあるまい。

 

 

クロウはひとまず歩いてみる事にした。とりあえず地理がつかめればここがどこなのかわかるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてクロウによる調査が始まった。

3時間かけてわかった事は、ここはまずゼムリア大陸ではない事。導力技術がなく、しかし文明の発展度合いで言えば間違いなくゼムリア大陸を凌駕していた。そしてここ三門市では、近界民(ネイバー)と呼ばれる異世界人から侵略を受けている、という事だった。

しかし三門市もただ侵略を許すわけもなく、界境防衛機関《ボーダー》なる組織が日々近界民(ネイバー)と戦っているのだとか。

 

 

異世界からの侵略者と戦うなんて、いったいどこのフィクションだと笑いたくなったが、自分たちの戦いも振り返って見れば大概頭がおかしいものだ。20歳そこらの若者たちが世界の命運を懸けて戦うなんて世も末だ。……いや、まさしく世も末だったわけだが。

 

 

 

 

と、かつての戦いを思い出しながら苦笑していたクロウの目の前に黒い稲妻が落ちる。

その直後に耳をつんざくサイレンの音が鳴り響いた。

 

 

 

『緊急警報。(ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください」

 

 

繰り返されるアナウンスは、今ここが近界民(ネイバー)の侵略を受けている事を意味していた。

 

黒い稲妻と思ったそれは近界民がこちらの世界に渡るための門だったのだ。

 

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

門から現れるのは三体の近界民。一体はバンダーと呼ばれる捕獲・砲撃用のトリオン兵で、もう二体はモールモッドと呼ばれる戦闘用のトリオン兵だ。

 

 

本来ならトリオン兵を運ぶ門はボーダーの誘導装置によって警戒区域という民間人立ち入り禁止地区にのみ開くのだが、現在三門市ではそうした誘導の効かないイレギュラーな門が開くようになっていた。

クロウの眼前に開いた門もその1つである。

 

 

 

「チッ…」

 

 

舌打ちをしてクロウはトリオン兵の前に立つ。

二丁拳銃やダブルセイバーを失っているとは言え、戦った事もない民間人よりはマシだろう、という判断だった。とにかく、ボーダー隊員が来るまで時間を稼げれば良い。

 

迫り来るモールモッドのブレードを躱し、バンダーから放たれる砲撃を避ける。相克を戦い抜いたクロウからすれば対処に易い相手だ。

 

 

(しかもこいつらーーー)

 

 

こう動けばこうする、という動きが決められているように感じた。

それはまさしくその通りで、トリオン兵はプログラムされた動きしかできない。クロウは開戦わずか数分でそれを見破ったのだ。

 

 

いつまで凌げば良いのやら、わからないクロウはいっそ倒してしまおうかと考えた。

しかし、通常兵器ではトリオン兵にまともなダメージは与えられないという話だ。だがそれでも多少ならダメージを与えられるのではないだろうか。

 

武装を失おうとも、身体に刻まれたチカラは無くしていない。

それは、ジークフリードになったときに与えられたチカラ、あるいは呪い。

 

その名はーーーー

 

 

「動くな………!」

 

 

『アイ・オブ・バロール』ーーーーバロールの魔眼。

見ただけで殺すという最高位の魔眼ーーそのレプリカをクロウは埋め込まれていた。

 

魔眼に見つめられた三体の近界民はしかし、外殻にわずかに亀裂を走らせただけだ。通常兵器ならぬ魔眼でも、トリオン兵には効果が薄いようだった。

 

 

 

 

その後、二分も凌いだだろうか。

 

 

 

「鈴鳴第一、村上現着」

 

 

ボーダー隊員がやってきた。右手に剣を、左手には盾を構えた物語の勇者さながらの男だが、その目は確実に戦況を把握するだけの冷静さが備わっているのが見て取れた。

 

 

村上 鋼ーーーーNo.4攻撃手(アタッカー)としてボーダー内でも有名な彼だが、三体のトリオン兵を翻弄するクロウを民間人と知って驚きの表情を浮かべる。

 

てっきり非番の隊員が応戦していると思っていたのだが、まさか生身の民間人がトリオン兵を相手にしているなど、考えもしなかった。しかもトリオン兵の外殻にはわずかだが亀裂が走っている。この傷もこの民間人がやったのだとしたら、人間としては規格外だ。

 

 

「スラスター、オン」

 

 

村上は左手の盾ーー『レイガスト』を剣に変形させると、オプショントリガー『スラスター』を発動し、そのままバンダーに投擲する。

 

レイガストはそのままバンダーの目ーーートリオン兵の弱点ーーを貫く。

 

 

 

 

クロウは村上がトリオン兵を任せるに足る力量を持つ事を確認すると、

 

 

 

「あとは任せたぜ!」

 

 

と言い、もう一度『アイ・オブ・バロール』を発動。モールモッド二体の動きを封じると、逃げ惑う人混みに紛れて姿を消した。

 

 

 

「待て!」

 

 

村上は叫ぶがクロウは応じず、去っていく。村上は距離を詰めて来るモールモッド二体を、

 

 

 

「旋空孤月」

 

 

右手の剣ーー『孤月』のオプショントリガー『旋空』を発動して沈黙させる。

 

 

 

これにてイレギュラー門から現れたトリオン兵の対処は完了したのだがーーーー、生身でトリオン兵に対抗できる人物という大きな謎が出来てしまった。

 

 

 

「なんなんだ、彼は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

 

 

イレギュラー門での件を報告した村上は、ボーダー本部司令、すなわち最高司令官である城戸に呼び出されていた。

 

 

会議室に入ると、そこには3人の男たちが待っていた。

 

 

 

最高司令官、城戸正宗

本部長、忍田真史

玉狛支部支部長、林藤匠

 

 

(この面子は……)

 

 

珍しい組み合わせというわけではないが、いつもここにいる鬼怒田や根付、唐沢がおらず、この3人だけというのが、今日村上が上げた報告が、この()()()()()()()()()組織に所属している3人の琴線に触れたという事なのだろう。

 

 

「聞きたい事がある。村上隊員、今日遭遇したという男は名は名乗らなかったのか?」

 

 

まず聞いてきたのは城戸だった。顔の傷を指でなぞりながら。その作業はまるで過去を忘れないためにやっている儀式のようにも思える。

 

 

 

「いえ、すべて報告書にまとめた通りです」

 

 

簡潔に村上が返すと、今度は忍田が聞いてくる。

 

 

「身長は180センチ程度、白髪で赤い目だったというのは本当か?」

 

 

「間違いありません。日本人離れした容姿だったのでよく覚えてます」

 

 

忍田の問いに肯定すると、3人は顔を見合わせる。

 

 

「こりゃ、似過ぎでしょう。身長から特徴、生身でトリオン兵と渡り合う所まで」

 

 

林藤が言うと、城戸と忍田も唸るように肯定する。

 

再び傷をなぞりながら、城戸記憶を掘り返す。思い出の中の男を瞼に映しながら、その名を呟く。

 

 

「ああ、似ているな………リィン・シュバルツァーに」




ってな感じで第1話となります!
さぁさぁ、伏線ばらまいていきますよ(笑)!


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クロウ・アームブラスト②

二話!
開始早々に絶望?回です。


クロウが三門市に来てから1週間が経過していた。

その間にイレギュラー門を開く原因となったラッドというトリオン兵は排除され、三門市には平和が戻ったかに見えた。

 

 

しかしボーダーは2つの問題を抱えていた。

1つは人型近界民と思しき人物が三門市に潜伏している事。こちらはすでにA級7位の三輪隊が正体を特定する直前だった。

もう1つは村上鋼が対面したという男について。生身でトリオン兵を凌げるほどの猛者でありながら、トリオンの反応がない事からおそらくトリガーを持たないと推測される。

生身でトリオン兵の前に立つなど自殺行為でしかないのだが、旧ボーダー時代から現在まで組織に籍を置いている者らは、そんな規格外な人物をもう1人知っていた。

 

 

リィン・シュバルツァー

 

 

そのリィンの話から考えるに、村上が遭遇したのはクロウ・アームブラストである可能性が高い。

 

そして、もし件の人物が本当にクロウ・アームブラストだとしたら、生身でトリオン兵と渡り合うだけの戦闘センスをボーダーで活かしてほしいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

1週間、クロウは三門市で潜伏していた。

 

自分の日本人離れした容姿から近界民である疑いをかけられる可能性がある事を充分に理解しているのだ。

それ以上に、村上というボーダー隊員に顔を見られたのが痛い。生身でトリオン兵と戦うなんてのは、いくら市民を守るためとは言えやり過ぎだった。自分が相当に目立ったであろう事は想像に難くない。正直、三門市にいるのは危険だと思うほどだ。

 

 

しかし、それでもクロウが三門市を離れなかったのは、偏にリィンの存在ゆえだった。

自分はリィンと共に大気圏外に飛び出した。ならば、リィンも同じように三門市に来ていてもおかしくはない。

そもそもこの三門市がーーというよりはこの世界がーー、ゼムリア大陸で言う《外の理》の世界なのかすらわからないが、それでもリィンを探す価値はあると思っていた。

 

タイミングも良く(というのは少し憚られるが)イレギュラー門なんてものも出現しており、根っからのお人好しであるリィンならば生身でトリオン兵に立ち向かっていて話題になってもおかしくはないーーーーと、踏んでいたのだが。

結果は空振り。リィンの影どころか噂話すらない。あの正義漢が襲われてる民衆を助けないなんて想像つかないがーーー、あるいは。すでにボーダーに捕まっている可能性がある。自分もそうだが、リィンの風貌は目立ち過ぎるのだ。

 

 

 

「となると、次の一手は……」

 

 

もしすでにリィンがボーダーの手の内にあるのなら。そしてクロウの情報を開示しているとするなら。

 

 

 

 

このまま動かなければ、何も変わらない。何かを変えるにはまず動く事だーーークロウは20年という短い人生でそれを嫌という程知っていた。

 

 

 

だから………

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

 

 

「ボーダー本部所属の者です。クロウ・アームブラストさんですね?ボーダーまでご同行願えますか?」

 

 

 

クロウに声をかけたのは20代半ばの男。理知的な瞳はどこかかつての仲間ーーマキアスーーを思い出させる。

その男の横には顔を強張らせた2人の少年たちも控えていて、なるほどこの3人は1つのチームなのだと理解する。

 

 

「ああ、こっちから頼みたかったところだ。あんた、名前は?」

 

 

 

「東春秋です」と答えた男にクロウは「じゃあ、東の旦那よ」と自分の聞きたい情報を直球で尋ねる。

 

 

「リィン・シュバルツァーという名前を聞いたことはあるか?」

 

 

その問いかけに東はふと意味を考えるが、その役目は自分のものではないと悟り、首肯する。

 

 

「その名前を聞いたことはあります。……それについても我々に着いてきてもらえればわかります」

 

 

 

☆★

 

 

 

ボーダー本部に連行されたクロウが通されたのは司令室だった。

そこには、いつも話し合いをしている6人が揃っていた。

すなわち、総司令 城戸、本部長 忍田、開発室長 鬼怒田、メディア対策室長 根付、外務・営業部長 唐沢、玉狛支部・支部長 林藤の6人だ。

皆が揃ってクロウを見つめていた。

 

 

 

 

「ご足労をかけてすまない。きみがクロウ・アームブラストという事で間違いないかな?」

 

 

 

まず話しかけたのは忍田だった。トリオン兵と生身で渡り合うクロウを招き入れて護衛もなしに話し合えるのは、ノーマルトリガー最強とされるこの男がいるからだ。

 

忍田の問いにクロウは肯定する。

すると忍田は城戸と林藤に目配せすると、さらなる問いかけをクロウに向ける。

 

 

「私は忍田という。きみはリィン・シュバルツァーという名を聞いたことはあるか?」

 

 

「聞いたことがあるもなにも、そいつは俺が聞こうとしてた事だ。あんたたちはリィンを知ってるんだな……?それも、試すように俺に問いかけるくらいには」

 

 

 

鋭い、と室内の全員がクロウの認識を改める。風体はゆるゆるとしたものだが、その赤い瞳は引き締まっており、真実を見逃さぬ意思を秘めていた。

 

 

 

「そうだ。我々はリィン・シュバルツァーを知っている。そしてきみがクロウ・アームブラストである事には……少しばかり疑いが残っている」

 

 

そこで城戸が重々しく口を開く。会話の主導権を握らせるまいと、クロウが偽者である可能性を指摘した。忍田が城戸を叱責するように名を呼ぶが、城戸は無視して言う。

 

 

「七つの色を答えたまえ。きみが本当にクロウ・アームブラストというのならわかるはずだ」

 

 

それはリィンからの伝言でもあった。もしクロウが現れた時、自分が不在でクロウが本物か確信が無かったら、こういう質問をすればいい、という提案を、城戸は覚えていた。

 

訳知りの忍田と林藤は、ただ城戸が意地悪くしているだけではないと理解したが鬼怒田や根付、唐沢は何の事かわからない。

 

 

当のクロウは………困惑していた。

七つの色を答えろ、という問いかけにではなく、自分とリィンの扱いの差についてだ。

ボーダー上層部がクロウを疑っているのはわかる。そしてリィンを全面的に信用しているという事も。それがこの問いかけからわかることだ。

それならリィンに面通しすれば、自分がクロウであることの確認はとれるはずだ。

 

それをしないのは、いったいどういう事だ……?

 

 

 

困惑していても、クロウは答えるしかない。自らがクロウ・アームブラストであるという証明をする他ないのだ。

 

 

七つの色を答えよ。

 

リィンが城戸に託したこれは、自分たちが戦った彼らを示している。

 

 

 

「まずは、《蒼》」

 

 

《蒼の騎神》オルディーネ

クロウを起動者として、リィンの第一相克の相手として立ち塞がった。

敗北の後仲間となり、リィンと最期まで共にした。

 

 

 

 

「次に、《紫》」

 

 

《紫の騎神》ゼクトール

《猟兵王》ルトガー・クラウゼルを起動者とした騎神で、リィンの第二相克の相手として立ち塞がった。

王と呼ばれる威風堂々たる姿で、最期は子供たちに看取られて安らかに眠りについた。

 

 

 

「《銀》」

 

 

 

《銀の騎神》アルグレオン

《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットを起動者とする、リィンの第三相克の相手。250年の研鑽の果てに至高に到達した槍捌きはまさに凄絶で、大いに苦しめられた。

相克の後、諭されてすべての元凶を倒すため協力しようとすると突如現れた乱入者により命を奪われた。

しかし、残された力を託す事でリィンたちは救われたのを覚えている。

 

 

 

「《緋》」

 

 

《緋の騎神》テスタ=ロッサ

皇太子セドリックを起動者とする、リィンの第四相克の相手。

帝国の呪いに囚われた哀れな少年だったが、友の声にて正気を取り戻し、最後は《千の武器を持つ魔神》としての力を充分に発揮した。

 

 

 

 

「《金》」

 

 

 

《金の騎神》エル=プラドー

《翡翠の城将》ルーファスを起動者とする、リィンの第五相克の相手。

父を超えるという目標のもと、牙を磨いていたルーファスは騎神でも最高峰の性能を誇るエル=プラドーの起動者となり、かつ不意打ちで《銀》の翼を奪った事からすでに最強の敵と成り果てていた。

しかし、その猛攻を凌ぎ切りリィンは喉元に剣を突き立てた。

 

 

 

「《黒》」

 

 

 

《黒の騎神》イシュメルガ

すべての元凶にして、帝国の呪いそのもの。

獅子の心を持つ男を起動者とした、リィンの最終相克の敵。

絶対的な力を振るい、すべてを塗り潰す黒の本質を体現した悪意そのものであった。

 

 

 

「そして、《灰》」

 

 

《灰の騎神》ヴァリマール

リィン・シュバルツァーを起動者とした、相克の覇者。

 

しかし、イシュメルガの悪意を抑えきれず、呪いに染まってしまう前にこの次元でイシュメルガを倒す機会を得たとして大気圏外に飛び立った英雄。

 

 

 

 

 

 

 

脳裏に刻まれた戦いの記憶。それを言い切ったクロウに林藤がニヤと笑う。

 

 

「本物ってことで間違いないな。城戸さん」

 

 

 

「ああ、認めよう。きみがクロウ・アームブラストだと」

 

 

 

「そりゃ光栄だな。で、俺を連れてきたのはそのためじゃねえよな?……リィンの話、聞かせてもらおうか」

 

 

これでようやく本題に入れる。

ボーダー上層部が気味が悪いほどの信頼をリィンに置いている意味がわかる。

あわよくば、リィンの居場所も。

 

 

 

「落ち着いて聞いてほしい」

 

 

一息入れて、忍田が切り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リィン君……リィン・シュバルツァーは4年前に亡くなっている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

リィン・シュバルツァーは死んでいた。それも、4年も前に。

 

第一次近界民侵攻と呼ばれる、三門市に初めて近界民からの侵攻があったのが4年前だった。それまでボーダーは現在のように大々的な組織ではなく、近界民と関係を結ぶ事を目的とした細々とした組織だったのだ。それが今で言う旧ボーダーだ。そしてリィンは旧ボーダーに所属していた。

 

リィンが旧ボーダーに所属したのは第一次侵攻から3年前……今から7年前の事だった。

 

リィンは、第一次侵攻で命を落としたわけではなかった。

第一次侵攻の直後、全身を黒い何かで覆われ急激に衰弱したのだと言う。本人はそれを“呪い”と言っていたらしいが……

 

己の死期を悟ったリィンは(ブラック)トリガーとなった。

黒トリガーとは、優れたトリオン能力を持つ者が己の命と全トリオンを注ぎ込み完成する兵器だ。言わば黒トリガーとは、それを造った人そのものとも言える。

 

とにかく、4年前にリィンは黒トリガーとなって死んだ。それが結論だった。

 

 

 

 

司令室から出たクロウは目眩を覚える。ぐるぐると視界が廻る。ぐるぐると思考が廻る。

 

 

何故、リィンと自分とで三門市に来たのに7年もの時差がある?

何故、リィンは急激に衰弱した?

何故、リィンは黒トリガーになった?

 

何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故ーーーーーーー

 

 

 

悲しみで動けなくなる前に、思考をする。足を動かす。

 

ふらふらとした足取りではあったが、クロウはいつの間にか目的地に到着していた。

 

 

 

ふと、城戸の言葉を思い出す。

 

 

「シュバルツァーの最期を看取った男がいる。会っていくといい。シュバルツァーが唯一弟子と呼んだ男だ。名はーーーー」

 

 

 

 

 

壁に打ち付けられたプレートを見る。そこにはこう刻まれていた。

 

 

 

『夜凪 刀也』




という感じで怒涛の第2話でした。

クロウを主人公にしたのは、クロウが好きなキャラクターというのもあるんですが、リィンが主人公だと無双してハーレムを作るイメージしか湧かなかったからです。

その点クロウだと安心して見れますよね!ね?


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夜凪 刀也

いきなり異世界に来たかと思ったら、一緒にいたはずのリィンは四年前に死んでた。

という絶望回からの第3話。

オリジナルキャラクターが登場します。


「コーヒーでいいか?」

 

 

部屋に招き入れられたクロウはソファに腰を下ろし、そんなクロウに夜凪は尋ねる。

 

「ああ、ブラックで頼む」

 

 

 

「りょうかーい」と言って夜凪はインスタントのブラックコーヒーを作って持ってきてくれた。

 

 

夜凪刀也ーーーーリィンの弟子だった男。リィンの最期を看取った男。

そう紹介された男はまるで友人に会うような気安さで、緊張したクロウを迎え入れたのだった。

 

 

 

 

 

「おまえがクロウ・アームブラストか……、話は聞いてる。師父…リィンさんの言ってた戦友……いや、悪友だったかな」

 

 

クロウの向かいのソファに座ると、夜凪は記憶を探るようにゆっくりとまばたきをする。そして、ぼそりと呟く。「変わってないな」と。

 

 

聞き取れなかったクロウが「ん?」と聞き返すも夜凪は何でもないとかぶりを振って、背筋を正す。

 

 

「じゃあ、改めて。夜凪刀也。リィン・シュバルツァーの弟子で、その最期を看取ったのはおれで間違いないよ。聞きたいことがあるなら答える」

 

 

 

すでに上層部からクロウの話を聞いていた夜凪はそう切り出した。彼と一緒にいた時間は長くはなかったが、それでもこの世界においてリィンと最も親密に付き合ったのは夜凪だ。

 

 

「……リィンは本当に死んだのか?」

 

 

短い沈黙の後、クロウは尋ねる。

リィンの死が信じられない。相克の間は死に場所を探しているようでもあったが、仲間たちとの絆がリィンをこの世に留める決意を固めさせた。

《黒》の呪いに侵された時も「必ず戻る」と言って空に飛び立ったのだ。

 

そのリィンの死が信じられないのは、クロウにとって当然の事だった。

 

 

 

ーーーーーだが。

 

 

 

「亡くなったよ。……正確に言うならば黒トリガーになった。黒トリガーってのが何かは知ってるか?」

 

 

 

夜凪の言葉は、先ほどの忍田と名乗った男のものと同じだった。

 

 

 

黒トリガーとは、優れたトリオン能力を持つ者が、自身の生命と全トリオンを引き換えに造り出す規格外のトリガーの事だ。

黒トリガーは作った人間の人格や感性が強く反映されるため、適合者以外は起動する事もままならない兵器だ。

 

その話を初めて聞いた時は「まるで騎神のようだ」と内心で思ったものだ。

 

 

そして、リィンの遺した黒トリガーは好き嫌いが激し過ぎるようで、現在のボーダー隊員では起動が不可能だったらしい。そこにはこの夜凪も含まれるのだろう。

しかし、クロウならば起動できるのではないかとボーダー上層部は考えていた。そうなればボーダーの戦力は大幅にアップし、クロウはリィンの形見とも言える黒トリガーを得ることができる。まさに双方に利益のある取引だとは唐沢の言だ。

 

クロウは、リィンを喪った悲しみをいったん脇に置いて考えた。リィンがこの世界のために力を遺したのなら、自分がそれを使って正義の味方の真似事をするのも悪くはない、と。それがリィンの遺志を継ぐ事になるなら。それがリィンの遺した黒トリガーを手に入れる事になるなら。ボーダーに入隊しても構わないと。

 

 

と、そこまでクロウが語ると、夜凪はおもむろに「あ、それ嘘だわ」と言ってのけた。

 

 

「は?」

 

 

「本物はこっち」

 

 

夜凪はデスクの中から1つのトリガーを取り出してクロウの目の前に置いた。

 

 

 

「それが、リィンさんの黒トリガーだよ」

 

 

 

「どういうことだ?」

 

 

上層部の話では、誰も適合できる者がいないため本部で厳重に管理しているという事だったが……いや、それよりも嘘とはどういう意味だ。

 

夜凪は薄く笑むと「じゃあ一から説明しようか」と、ボーダー上層部が厳重に管理している黒トリガーと、夜凪が所持していた黒トリガーについての説明を始めた。

 

 

 

「まず、死期を悟ったリィンさんは己を黒トリガーにした。それがこれ」

 

 

夜凪が目の前のトリガーに視線をやる。夜凪はリィンの黒トリガーを秘密裏に所持していたわけだ。最期を看取ったならば、その黒トリガーを隠すのも容易い。

しかし、ならば上層部がリィンの黒トリガーと思っているものはなんだ?

 

 

「リィンさんは黒トリガーになって死んだ。ならその黒トリガーは上層部に回収されるはずだったんだけど……ここでリィンさんは一計を案じた」

 

 

その答えはすでにクロウも推測していた。しかし、その手段がわからない。

 

 

 

「それは…別の黒トリガーを用意して、それを自分の黒トリガーとして上層部に回収させよう、といったものだった」

 

 

 

方法自体はシンプルだ。しかし、別の黒トリガーとはどこから用意したのか。聞く限り黒トリガーとは非常に希少価値の高いもののはずだ。

 

 

「その別の黒トリガー……どこから準備したのか?答えは簡単ーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「なに……!?」

 

 

 

そこで初めてクロウが驚愕に口を開いた。そんな情報は初耳だし、そもそもどうやって黒トリガーなんてものをリィンは持っていたのか。

 

 

 

「その黒トリガーは、リィンさんがこの世界に来た時からもっていたものらしい。曰く、相棒の黒トリガーだとか」

 

 

 

「ーーーーー!」

 

 

 

語る夜凪でさえ、リィンの言葉は謎が多かったのだろう。セリフの端々に疑問を感じながらも発している感じだ。

 

しかし逆に、言葉を向けられたクロウは、それだけで理解した。

相棒(ヴァリマール)の黒トリガー……なるほどそういう事なら話はわかる。

リィンが最初から黒トリガーを持っていたという事にも。その黒トリガーが誰にも起動できない事にも。

 

 

 

 

「なるほどな。それで、その相棒の黒トリガーとリィンの黒トリガーを取り替えて、上層部は相棒の黒トリガーを、あんたはリィンの黒トリガーを手に入れたわけか」

 

 

「そう……しかも上層部はリィンさんがそもそも黒トリガーを持ってた事を知らないから、誰も俺が黒トリガーを持ってるなんて思わない」

 

 

なんとも周到な話だ。完全犯罪とでも言えばいいだろうか。どこか夜凪は自慢げに語っているようにも思えた。

 

 

「それで?どうしてそんな真似をしたんだ?リィンが一計を案じた…って言うからにはリィンの指示って事だろうが」

 

 

だが、疑問はそこだ。

どうやって上層部を誤魔化しているのかはわかった。ならば、そうまでする目的は何なのか。

 

 

 

「すべては、仲間たちの元へ帰るため。それがリィンさんの願いだよ」

 

 

 

☆★

 

 

四年前

 

とある病室。

 

そこには、男が2人。

1人は病床に伏せており、死を間近にしている男ーーーーリィン・シュバルツァー。

もう1人はその傍らで、師の死に際を看取ろうとしている男ーーーー夜凪刀也。

 

 

「おれはもう長くない………わかってるな、刀也?」

 

 

おもむろに切り出したのはリィンだった。対する夜凪は沈鬱な表情を浮かべながら「はい」と答える。

 

 

「リィンさんの黒トリガーと、相棒の黒トリガーを取り替えて、上層部を騙す」

 

作戦の概要を言葉にする。すでに涙は流した後だった。

 

 

「ああ。そして、もしクロウが君の前に現れたら、その黒トリガー(おれ)と共におれたちの故郷に行ってくれ」

 

 

 

ゼムリア大陸への帰還。仲間たちとの再会。それがリィンの願いだった。

しかし、それが果たされる事はない。リィン・シュバルツァーは死ぬ。《黒》の呪いに侵されて。

《黒の騎神》イシュメルガーーーー悪意に目覚めた騎神。己を神にしようと世界大戦を目論んだ存在。

リィンはそのイシュメルガの呪いによって死にかけている。相克に敗れてなお、勝者を蝕むだけの呪いーーー悪意。勝とうが負けようがすべてが《黒》に染まるなら、相克なんて茶番じゃないか、と夜凪は叫んだ。

 

 

「すまない。君をおれのかってな願いに巻き込んでしまう」

 

申し訳なさそうにリィンは言う。

申し訳ないと思っているのは夜凪の方であるのに。

一ヶ月前に起きた、近界民による大侵攻。そこでリィンはより多くの市民を救うために《黒》に侵されるのを承知でヴァリマールの遺した黒トリガーを起動した。

 

黒トリガー『七の騎神(デウス=エクセリオン)

 

相克を勝ち抜いたヴァリマールの黒トリガーは、適合者の資質により七つに形態変化する鎧を纏わせるものだった。その七つの形態とは無論、騎神の事を云う。

そして、この場合の適合者とはゼムリア大陸で騎神の最後の起動者(ライザー)だった者を意味する。相克が終わった今、新たに起動者が選定される事はないからだ。

 

その黒トリガーを起動してしまったが故に、リィンの呪いは加速してしまった。

 

 

あの時、もっと自分が強ければリィンは無茶をしなかったのではないか。

その考えが頭から離れない。

 

 

「おれは、リィンさんの弟子ですから」

 

 

巻き込まれても構わない。もっと早くに巻き込んで欲しかった。手遅れになる前に。

自分はリィンに比べて力もないし、経験もない。技の冴えなんか比べるまでもなく、精神面でも遥かに劣る。

だけど、それでも………大規模侵攻の時(あの時)頼ってくれてよかったじゃないか。

 

 

 

夜凪は、それを言葉にはしない。

 

しかしリィンはそれを理解しているのか、ベッドの上から手を伸ばして夜凪の頭を撫でる。

 

 

「そうだな。……そうだったな」

 

 

中学生から伸びなかった身長の夜凪はリィンとは少しばかり身長差がある。修行中はこうやって頭を撫でられたのをよく覚えていた。

 

 

「リィン、さん………」

 

 

その頭を撫でる手が、弱々しくなっている。それがどうしても悲しい。リィンの衰弱を如実に現しているようで。現実を厳しく突きつけられているようで。泣きそうになる。

 

 

「それじゃあ、頼んだぞ。我が一番弟子、夜凪刀也……君は最高の剣士になれる。俺なんかより、ずっとすごい剣士に。たった半年しか修行はつけてやれなかったけど、君には才能がある。だから胸を張れ。……胸を張って、おれの一番弟子が立派に育ったって事を確認させてくれ」

 

 

 

言われて夜凪は胸を張る。ついでに満面の笑みも浮かべてリィンを見送る姿勢をとる。

 

 

 

「……120点だ」

 

 

笑って、リィンは。

リィン・シュバルツァーという人間は、黒トリガーになった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「仲間たちの元へ、帰る……?」

 

 

 

それがどういう意味かわからない。リィンはどうやってゼムリア大陸に戻ろうとしたのか。そもそも戻る手段はあるのか。

 

その疑問について、夜凪が説明を始める。

 

 

 

「そもそも、近界民ってのがどこから来るか知ってる?」

 

 

近界民ーーー異世界からの侵略者というからには異世界から来ているのだろう。しかし、その異世界がゼムリア大陸である事はありえないはずだ。

トリガーやトリオンなんてものがそもそもなかった。

 

 

「近界民は、近界(ネイバーフッド)と呼ばれる場所に浮かぶ国から来てる。まあ、宇宙を漂う星みたいなイメージかね」

 

 

「ああ、なんとなく想像できた」

 

 

「近界民は国から遠征艇を出して、そこからこの三門市に門を開けて侵略してきてる構図になる」

 

 

ここまでは近界の概要だ。本題はここから、とばかりに「それで」と継ぐ。

 

 

「リィンさんは考えた。国が無数に浮かぶ近界の内のどれかに、自分たちの世界があるんじゃないか、と」

 

 

 

「ーーーーー!?」

 

 

 

驚愕するクロウ。しかしすぐにその論の矛盾に気づく。

 

 

「待て……、近界に浮かぶ無数の国々があるならその国々どうしで争う事もあるんじゃないか?俺たちの世界はトリガーなんて概念はなかった」

 

 

侵攻の戦力となる大部分はトリオン兵だ。そして、トリオン兵には通常兵器の攻撃は効果が薄い。

ゼムリア大陸には、そういったトリオン兵から被害を受けたなんて話はなかった。

 

 

ニヤリ、と夜凪が笑う。

そんな疑問は尤もだ。だが、リィンがそれに気づかないはずがない。ならばあるはずだ。ゼムリア大陸にトリオンあるいはトリガーという存在が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーそういうことか」

 

 

 

ーーーーーーー《外の理》

 

結社《身喰らう蛇》の使徒や執行者が扱う武器……外の世界からやってきたというマクバーン……塩の杭……

 

 

そういった人知の及ばぬものが、トリガーだったーーーーーそういう事なら納得できる。

 

なら《身喰らう蛇》はトリガー使いの集団で、近界の国々から侵略してくる外敵を排除するための組織だったーーー?

そんな話は聞いた事がない。いや、幻想機動要塞でカンパネルラは何と言っていた…?ーーー実験?

まさか、ゼムリア大陸そのものがどこかの国の実験場なのかーーー?

 

 

 

思考が飛躍し過ぎている。推測に推測を重ねただけなのに、妙に符合する点が多い。

 

 

「わかったみたいだな」

 

 

夜凪の声で現実に引き戻される。

 

思考の渦から抜け出したクロウは夜凪の次の言葉を待つ。

 

 

 

「リィンさんから聞いた話になるけど、塩の杭と呼ばれるアーティファクト。マクバーンと名乗る焔の化身。それらは通常兵器の効き目が薄い………あるいは世界そのものに破壊をもたらすようなものだったはず」

 

 

 

「ああ、その通りだ。それらが別の国から紛れ込んできたトリガーだったとしたら……話は通るかもしれない」

 

 

 

「おそらく、おまえたちの国は一定周期でこの世界に近づいては離れる惑星のような国家なんだと思う。そして、その周期というのが()()ーーーー」

 

 

 

 

ーーーー七年

 

 

それが何を意味しているのか、クロウはすぐに理解した。

 

 

 

リィンと共に宇宙に向けて飛んだクロウだったが。その速度には差があった。その距離には差があった。

 

その差が、七年という結果に繋がったのだ。

 

 

 

 

大気圏外を目指したリィンとクロウ。大気圏を出た先には近界の宇宙が広がっている。

その宇宙に出た先にこの三門市がある世界があったのだろう。先に大気圏外に出たリィンだけが、三門市に招き入れられた。

リィンーーーヴァリマールが三門市に消えた事によりクロウの駆るオルディーネの眷族化の効力も消え、ヴァリマールの黒トリガーの一部として取り込まれた。

オルディーネを失ったクロウは大気圏と近界の付近を彷徨い、七年後ーーー再び最接近した三門市に進入する事となった。

 

 

 

ゼムリアという国が三門市の世界に接近して、さらに次に接近するのが七年後………という事だ。

 

その七年というのが、リィンとクロウが三門市に現れた時間差になっていたわけになる。

 

 

 

 

「じゃあちょっと待て。おれは…というかおれとおまえはそのリィンの黒トリガーを持って、離れていくゼムリア大陸に向かわなきゃならねえのか?」

 

 

 

「だな。ちなみに俺が黒トリガー持ちってことはバレちゃいかんから、ノーマルトリガーのみで、俺とおまえでチームを組んで、それから遠征の選抜に通んないといけない」

 

 

 

「遠征部隊ってわけか……目指すにはどうしたらいい?」

 

 

 

「約500人からなるボーダー隊員の中で10番目くらいには入りたいよね」

 

 

 

「オイオイ……マジかよ」

 

 

「まあ個人で言えばクロウ、おまえはもうA級レベルだと思う。おれもフリーのA級だし………だけど、遠征ってのは基本部隊単位で行くからなー。連携力が未知数の俺とおまえが組んでA級目指すってなると相当厳しい。ランク戦ってのがあるんだが、そこに参戦するとなると新規の部隊はB級最下位からになるから………うん、一言で言うとやばい」

 

 

 

遠い目になった夜凪にクロウが苦笑しながら「やばい、かー」と冷や汗を流す。

 

 

 

「やる?」

 

 

片眉を吊り上げて挑発するように聞く夜凪にクロウとニヤリと笑い、

 

 

「ったりめーだ!」

 

 

☆★

 

 

 

「では、受理した。ようこそ、クロウ・アームブラストくん……界境防衛機関《ボーダー》へ。君の入隊を歓迎する」

 

 

 

クロウの入隊志願書を受け取った忍田が快活に笑う。

 

 

「夜凪に会って、なにか変わったか?」

 

 

「ああ、目標ができた」

 

 

「目標?」とおうむ返しに聞く忍田に、クロウは何でもないように、しかし不敵に笑って言った。

 

 

「まずはA級を目指す」

 

 




というわけで第3話でした。

書いてて疲れた。特にゼムリアと三門市が惑星軌道上で最接近するくだりを上手く表現できたか自信がない……


とりあえず、怒涛の展開はここまでで。次回からは原作に合流します。

クロウがボーダーに入隊しました。まず最初はC級から……ただしB級に上がると同時に(以下略 秘密だよ

目標としては夜凪とクロウで部隊を組む→A級になる→遠征部隊に選抜される→ゼムリアを目指す。です。


どうなることやらどうなることやら……乞うご期待!



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クロウ・アームブラスト③

ようやく漕ぎ着けたボーダー入隊編!

章で『ボーダー入隊編』という風にしました。



時期でいうと、ちょうど遊真と同じタイミングでクロウが入隊する事になります。





1月8日 ボーダー隊員正式入隊日

 

 

 

「おーおー、さすがに正義の味方の組織だな。入隊者がわんさかいやがる」

 

 

 

「はっはっは、まあみんな正義の味方って響きは好きだからなぁ」

 

 

 

今日をもってボーダーに入隊するクロウに付き添って夜凪も入隊式に立ち会っていた。

 

ボーダーは基本的に若い者を優先して採用する。トリガーを使う才能ーーーーつまりトリオン、そしてそれを生み出す見えない器官……トリオン器官が成長する期待がもてるからだ。

 

そういう意味もあり、入隊する者のほとんどは中高生だ。現存する隊員もそれと同じで大学生や大学院生は年長の部類に入る。

戦闘員であるトリガー使いを除くオペレーターやエンジニアはトリオンの大小を問わないためそれに準ずる事はないが。

 

というか、そもそもボーダーが若い組織だ。公に認知されてから約4年しか経っていない。この業界における年長者(ベテラン)がいないのだ。

 

 

 

という事もあり、クロウが今季入隊者の中では最年長のようだった。

見た目も目立つし、隣にA級の隊員はいるしで、クロウは会場でかなり目立っていた。

クロウ以外にも髪が白いとかで目立つ者もいたが………

 

 

 

夜凪はその者らを見て「玉狛……あれが……」なんて意味深に呟いていたが、忍田本部長が挨拶に出てきて、そんなざわめきは一瞬にして静まり返った。

 

 

「ボーダー本部長 忍田真史だ。君たちの入隊を歓迎する。君たちは本日C級隊員……つまり訓練生として入隊するが、三門市の、そして人類の未来は君たちの双肩に掛かっている。日々研鑽し正隊員を目指してほしい。君たちと共に戦える日を待っている」

 

 

短いが、それ故に内容の詰まった挨拶だった。この言葉でどれどけの人間が奮い立つだろう。忍田には上に立つもののカリスマが備えられていた。

 

 

忍田は挨拶が終わると、後はA級5位の嵐山隊に任せて退場した。

 

嵐山隊はテレビや広報などの仕事をこなしつつA級の5位に君臨する部隊だ。

近、中距離戦を得意とするオールラウンダーが3人に遠距離戦を主とするスナイパーが1人という隙のないバランスの良い部隊で、テレビなどの宣伝も行うため顔がいい。ちなみに夜凪は「はっはっは、イケメンは滅びろ」と言うような人種である。

閑話休題。

 

 

 

ボーダーの戦闘員となるポジションは大まかに分けて3種ある。

 

 

攻撃手(アタッカー)……ブレード型のトリガーを使って白兵戦を展開するポジション。

銃手(ガンナー)……銃型のトリガーを使って中距離戦を繰り広げるポジション。

狙撃手(スナイパー)……狙撃銃のトリガーを使って遠距離から精密射撃を狙うポジション。

 

 

他にも射手(シューター)万能手(オールラウンダー)特殊工作員(トラッパー)、果てには完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)なんてものまでいるが、大まかに分けると近距離のアタッカー、中距離のガンナー、遠距離のスナイパーという風に分けられる。

 

 

 

スナイパー志望は嵐山隊のスナイパー佐鳥について専用の訓練場に行き、アタッカーとガンナー志望はこの場に残り嵐山から説明を受ける。

 

C級隊員は訓練生の身分であり、B級に昇格して正隊員にならないと防衛任務につけない事。どうやってC級からB級に昇格するのか、という事。

 

ボーダーのトリガーには、基本的に8つの武装がセットできる。C級がセットできるのは1つのみだが、何の武装を選ぶのかは自由だ。

 

 

嵐山は左手の甲を見ろ、と言う。そこに表示されているのは、自分が選んだトリガーをどれだけ使いこなしているかを表す数字だと。

 

 

「その数字を『4000』まで上げること。それがB級昇格の条件だ」

 

 

なお、ほとんどの人間は1000ポイントからのスタートだが、仮入隊の間に高い素質を認められた者はポイントが上乗せされてスタートする。

 

即戦力として期待されているわけだ。

 

 

 

そんな嵐山の言葉でポイントの上乗せされた者たちは注目を浴びる。そんな中で妙に得意げにしている3人組がいた。そいつらを仮にエリート3人組(3バカ)と呼ぶとして、そいつらでもせいぜい2200くらいが良いところだ。

 

そんな3バカと同じように得意げにしている男が、夜凪の隣にいた。クロウである。

クロウの左手の甲にある数字は『3990』ーーーーB級まであと10ポイントである。評価点は10点刻みのため、これがC級隊員に与えられるポイントの限度額となる。

要は「はよB級上がれ」という事である。

 

さすがにこんな高ポイントからのスタートはボーダーでも古株の夜凪でも見た事がない。そんなところに上層部の狙いが透けて見えるがーーーー当の本人はそれを知ったか知らずか得意げな表情を崩さない。

 

 

 

具体的なポイントの上げ方としては2つ。

訓練で上げるか、個人ランク戦で奪い合うか。訓練は満点で20点、ランク戦の場合はポイントの高い者に勝てば多く獲得でき、低い者に勝っても獲得ポイントは少ない。逆も然りで、ポイントの高い者に負けても失うポイントは少ないが、ポイントの低い者に負ければ多くポイントを奪われる。

 

 

 

ボーダーに入隊したC級隊員は、まず戦闘訓練に連れ出される。

いきなりで酷かもしれないが、これで戦闘員としての適正が測られるわけだ。

相手はボーダーが集積したデータから再現されたトリオン兵バムスターを小型化したものだ。それでも象以上のサイズなのだからはじめてトリオン兵に立ち向かうC級隊員が萎縮するのも無理はない。

戦闘訓練はこのバムスターを5分以内に倒せ、という内容だった。

 

 

「おい夜凪、最速タイムはどれくらいだ?」

 

 

最初に名前を呼ばれたC級隊員が訓練室の中で逃げ回りながらトリガーで攻撃しているのを尻目に見ながらクロウはそんな事を聞いてきた。

 

 

「確か4秒だったかな。記録保持者は緑川っていう今はもうA級部隊のアタッカー」

 

 

「4秒、だな。わかったぜ」

 

 

係員に名前を呼ばれてクロウの順番が回ってくる。クロウはニヤリと笑うと訓練室に向かう。

 

 

「おうおう、派手にデビューしてこい」

 

 

不敵に笑んだクロウの意図を察したように夜凪は訓練室に向かう背中にそう言ったのだった。

 

 

 

 

「始めっ!」

 

 

その合図で戦闘訓練は開始され、5分のカウントが減っていく。

 

 

クロウが選んだトリガーは『レイガスト』だった。

ブレード型のトリガーでありながら、シールドモードにも切り替えられるアタッカー用のトリガーだ。刃の形状を自由に変形できるのが特徴だ。

同じく変形機構をもつアタッカー用トリガー『スコーピオン』と迷ったものの、耐久力という面でクロウは『レイガスト』を選んでいた。

 

 

始め、の合図でレイガストは形を変えていく。完成した形状はもちろん、ダブルセイバー。クロウがゼリムア大陸で得意としていた武器だ。

 

クロウはレイガストの形状変化を見届ける事なく跳躍しーーーー、トリオン兵の弱点である口腔内の目を破壊した。

 

 

瞬時にカウントが止まる。

 

 

「き、記録1秒…!?」

 

 

 

歴代記録を塗り替えたクロウに場は唖然とする。しかしクロウが訳ありだと知っている嵐山や、そしてクロウの左手のポイントを知っている者はその強さに納得した。

 

 

 

ズドンと倒れ落ちるバムスターの上に着地したクロウは夜凪の方を見て笑ってみせる。

 

 

「ま、これが真の実力ってやつだ」

 

 

夜凪もまた「はっはっは」と快活に笑うと「さすがだな」と続けようとして、さらなる歓声にかき消される。

 

 

 

クロウとはまた別の訓練室で、また最速タイムが更新されたらしい。

 

 

記録は0.6秒。いや、とある3バカが「まぐれだ!計測機器の故障だ!」と言ってやり直し、0.4秒。

 

 

 

「おーおー、俺よりやべぇやつがいるみたいだな」

 

 

記録を更新されたクロウは特段いつもの通りでそう呟く。そういえば記録を塗り替えた彼は夜凪が「玉狛」とか呟いていた男の子ではないか。

 

彼も自分と同じような訳ありなのだろう、とクロウはあたりをつける。再現された小型バムスターを葬った動きは、戦えるやつの動きだった。

 

 

 

 

最速レコードが2度塗り替えられる、なんて珍事が起こったものの戦闘訓練は無事終了した。

 

 

 

 

訓練室からはけていくC級たちの中から現れるようにして、1人の男が姿を現わす。

その男を現わす言葉はボーダー内部においても多い。

 

A級3位部隊隊長

個人総合ランク3位

永遠の158センチ

 

風間 蒼也

 

 

 

その風間が無名のB級隊員に、ランク戦を申し込んだ。

 

 

 

 

 

 

なんだなんだ?と興味深げにC級隊員たちが集まってくるが、これから起きるのが一方的なものだとわかっているボーダー隊員たちがC級を訓練室から追い出していく。

 

 

クロウも追い出されそうになるが、夜凪が自分の連れだと説明するとクロウも訓練室に残ることを許された。

 

 

「おすおす烏丸、これどういう状況?」

 

 

夜凪は軽快に歩いていくと、もさもさした男前に状況の説明を求める。

 

 

「ヨナさん。あー、これは風間さんがやってきて三雲が受けちゃった感じですね」

 

 

「それはわかる」

 

 

もさもさした男前は烏丸というらしい。烏丸は尤もな説明をするが夜凪はそれは前提としてわかってるが、というツッコミを入れる。

 

 

「風間さんが三雲くんの実力が見たい、と言ってこうなりました」

 

 

そこで烏丸の隣にいた女子が夜凪の聞きたいことにピンポイントで答えた。

 

 

 

「ほーん、なるほどね。サンクス木虎」

 

 

なんてやり取りをしている内にすでに無名のB級隊員ーー三雲は3度目のダウンを喫していた。

 

 

 

「おいおい、実力が見たいって言っときながら手加減なしかよ」

 

ぼやく夜凪に、烏丸は「まあ風間さんですからね」と応じる。

 

 

「ところでヨナさんはどうしてここに?」

 

 

「おれはこいつの付き添いだよ」

 

 

 

夜凪はクロウに視線をやって答える。すると烏丸や木虎の視線もクロウを向き……

 

 

「なるほど、じゃあこの人が……」

 

 

木虎は嵐山隊の1人だ。一時期クロウの捜索が命じられていた嵐山隊は、クロウの素性について軽く聞かされていた。

 

 

 

「クロウ・アームブラストだ。よろしく頼む」

 

 

視線を向けられたクロウは低頭する。烏丸はまだしも木虎は生真面目そうな雰囲気だ。「てなワケでよろしく頼むわ♪」と言うのは躊躇われた。

 

 

 

「それで、おまえは……」

 

 

クロウの挨拶が終わり、夜凪の視線はその場にいたもう1人に向けられる。白い髪に黒い訓練服。小柄だが、戦闘訓練におけるクロウの記録を塗り替えたのは彼だ。

 

 

 

「空閑遊真だよ。よろしくね、クロウさんとヨナさん」

 

 

 

「よろしく、夜凪刀也だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三雲ダウン」

 

 

すでに三雲は20は負けていた。勝ちはなし。

木虎はやめさせてください、なんて言うが、当の三雲はまだ諦めるつもりはないらしく、その目から光は失われていない。

 

 

 

が、風間の方がもう要件は済んだようで、立ち去ろうとするが去り際の言葉に三雲が奮起し、さらにもう一戦交える事となる。

 

 

 

「ふむん?『風刃』の事でも言われたか?」

 

 

 

風間が三雲を気になったのは、おそらく『風刃』絡みだと目していた夜凪は呟いてみせる。

 

 

「風刃?」

 

 

「風刃がどうかしたの?」

 

 

クロウは風刃の存在そのものを知らず、遊真は風刃がどうされたか知らない。

呟いた夜凪は烏丸に「これ言っていいのかな?」と確認をとって、クロウだけに教える事にした。

 

 

遊真には「おまえはあとで三雲に教えてもらえ」と言って遠ざける。

 

 

「風刃は黒トリガーだ」

 

 

黒トリガーというワードにクロウがピクリと反応する。

 

 

「つくったのは最上宗一って人でな、その人の弟子だった迅ってやつが持ってたんだが……、先日とある条件と引き換えに風刃を本部に引き渡した」

 

 

とある条件?本部に引き渡した?

突っ込みどころが多い説明にクロウがハテナマークを浮かべると、夜凪は「一から説明する」と言った。

 

 

「まずボーダーには3つの派閥がある。1つは近界民は排除するよの城戸司令派。もう1つは市民の安全が第一だよねの忍田本部長派。最後の1つは近界民にも良いやついるから仲良くしようぜの玉狛支部。迅は玉狛支部のメンバーね。

城戸派が第一勢力だったけど、黒トリガー持ちの近界民が玉狛支部に入るってんで城戸派は慌てた。これまで優勢だったのが黒トリガー一本で覆っちゃうわけだからな。そこでその黒トリガー争奪戦が繰り広げられて、その結果として迅が黒トリガー『風刃』を本部に差し出す事でボーダー内のバランスはそのままに、黒トリガー持ちの近界民はボーダー入隊を許されたってわけよ」

 

 

 

「じゃあ、その黒トリガー持ちってのは……」

 

 

 

クロウの視線が遊真を向く。遊真はこちらの視線には気付かずに三雲と風間の模擬戦を観戦中だ。

 

 

「だろうね、たぶん」

 

 

「たぶんかよ」

 

 

「あくまで噂……だけど、それで間違いないと思う。おれの直感は鋭いんだぜ?」

 

 

ツッコミを入れるクロウに、夜凪はニヤリと笑ってみせる。

 

 

 

 

「スラスターON!」

 

 

三雲の気合の乗った声が訓練室に響き渡る。

『スラスター』とはレイガスト専用のオプショントリガーで、トリオンの噴出によりブレードを加速させるものだ。

 

加速したレイガストを受けた風間は、そのまま壁際まで押し切られた。壁際まで来ると三雲はレイガストをシールドモードに変更し、さらに変形させる事で風間を壁際に閉じ込める。

そしてシールドに開けた一点の穴からトリガーの弾丸を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三雲ダウン」

 

 

シールドの穴から風間のスコーピオンの刃が三雲の首を貫いていた。

 

 

しかし……

 

 

「風間ダウン」

 

 

三雲の放った弾丸は風間の左胸を大きく吹き飛ばしていた。

 

 

 

 

「引き分けか……、B級が風間相手に」

 

 

知恵を絞った戦い方は好ましいと言わんばかりに夜凪は口角を上げる。クロウも「おれもああいう戦い方は嫌いじゃない」と呟きーーー、2人して訓練室を立ち去った。

 

 

 

 

☆★

 

 

その後の訓練でクロウは満点を取り続け(結果としては遊真に次ぐ2位だった)ーーーー左手のポイントが4000を超える。

 

 

これでクロウはB級ーーーと、思いきや。

 

 

 

「ねえ、クロウさん。おれと勝負してよ」

 

 

白い悪魔がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

クロウと遊真が個人ランク戦をやる事になってから数分後、その様子を観戦できるモニターの前には人だかりができていた。

2人ともがC級でありながら、戦い慣れた動き。そして戦闘訓練の結果からこうなるのは当然のようにも思えた。

 

 

そんな人だかりから少し離れたところで、三雲が頬に冷や汗を流しながら様子を見守っているのを発見した夜凪は話しかける。

 

「おすおす、はじめまして。三雲修……だったよな」

 

 

「あ、はい。あなたは……」

 

 

 

「夜凪刀也。風間との模擬戦は見たけど、あいつに一矢報いるとは、おぬしなかなかやるな」

 

 

ころころと表情の変わる夜凪の登場に冷や汗が止まらない三雲。風間と同じくらいの背丈なのに一目で年上とわかる老け顔。また濃いキャラクターだ、と頭を抱える。

 

 

 

「玉狛で空閑とチームを組むつもり?」

 

 

そして、夜凪はするっとまだ明かしてない事実について尋ねてきた。

 

 

 

「はい、そのつもりです」

 

 

 

「なるほどね。じゃあ空閑が、迅が風刃を差し出してまで入隊させたかった近界民で間違いないわけか」

 

声のボリュームを落として言う夜凪にギョッとする三雲。空閑が近界民である事はトップシークレットにも等しい秘密だ。

 

 

「どこでそれを?」

 

 

夜凪と同じく声のボリュームを下げた三雲に、当の夜凪は不敵に笑って「おれの直感はするどいのさ〜」と誤魔化す。

 

 

「吹聴するわけじゃないし安心していいよ。………お、始まるな」

 

 

 

夜凪の言葉にホッと一息つくのも束の間、モニターでクロウと遊真の模擬戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊真が選んだトリガーはスコーピオンだ。スコーピオンの特徴は切れ味鋭く、軽く、刃の形状を変形できる点に加え、体のどこからでも出し入れ自由ということ。ただし耐久力は低く受け太刀には向かない。

 

 

レイガストの特徴は、ブレードモードもシールドモードの切り替えが可能であり、その形状を自由に変化できる点だ。シールドモードがあることからわかる通り、耐久力は高い。しかし攻撃力という面で見ればスコーピオンには劣り、加えて重い。

 

 

 

 

1本目

 

遊真の不意打ちが成功し、クロウの首が飛ぶ。

 

 

 

2本目

 

遊真を正面に捉えたクロウだったが、スコーピオンの特徴である、どこからでも出し入れ可能という利点を活かされて敗北。

 

 

3本目

 

遊真の攻撃を受け切ったクロウが、追撃を行う合間に鋭い一撃を放ち勝利。

 

 

4本目

 

不意打ちで片腕を無くしながらも善戦するクロウだったが、トリオン漏出過多により敗北。

 

 

5本目

 

遊真の不意打ちを見破ったクロウがまず足を切り落とし、機動力を奪った所でとどめを刺す。

 

 

 

 

5本が終わったところで、「ふぅ〜」と息を吐き出す夜凪と三雲。どうやらお互い息を止めて見入っていたらしい。

 

 

「おまえの相棒やばいな。今からA級でも通用するレベルだぞ」

 

 

「いえ、クロウさんこそすごいと思います。重いレイガストで空閑のスコーピオンに着いていけるなんて…」

 

 

 

 

2人の評価も知らずに、勝負は後半に突入していく。

 

 

 

 

6本目

 

遊真のスコーピオンがクロウのトリオン体にある2つの弱点のうちの1つであるトリオン供給器官を貫くも、同時にクロウのレイガストが遊真の首を飛ばす。引き分け。

 

 

7本目

 

遊真の猛攻を凌いだかと思ったら首を飛ばされていたクロウ。体の中で刃を枝分かれさせて増えたように見せかける枝刃(ブランチブレード)にやられる。

 

 

8本目

 

ダブルセイバー・レイガストの綺麗な連撃が決まり、防御に回った遊真をそのままスコーピオンごと叩き切って勝利。

 

 

9本目

 

ここで始めてレイガストのシールドモードを展開したクロウが、シールドバッシュで遊真の体勢を崩したところを追撃して勝利。

 

 

 

 

 

ここまで、互いに4勝1分け。次で勝負が決まる10本目

 

 

 

対面した2人はこれまでのように即座に勝負を仕掛けるわけではなく睨み合った。

 

 

「強いな、空閑」

 

 

「クロウさんこそ。後半はほとんどとられちゃったし」

 

 

「は、ほとんどとってやっと互角のスコアなんだがな…」

 

 

「……じゃ、決着つけよっか」

 

 

 

楽しい、とそんな事を思うクロウと遊真。互いに全力でやり合っても、生身は傷つかない。トリオン体だから痛みもなく戦い続けられる。こうやって何度でも経験を積める。ランク戦というシステムは良く考えられている。

 

 

 

 

互いに駆け出した2人は睨み合っていた中央で刃を交える。

遊真の速度に乗ったスコーピオンでの攻撃を捌くだけで精一杯だ。しかも遊真は決してクロウの正面に立とうとはしない。常にクロウの周囲を回って死角を取ろうとしている。

だがクロウもそんな事は百も承知で、死角に回ろうとする遊真にタイミングを合わせてステップを踏み、遊真を正面に捉える。

 

 

瞬間、レイガストをシールドモードに切り替えて遊真に叩きつける。吹き飛ばされて体勢を崩した所にレイガストをブレードモードに再度切り替えたクロウが追撃する。

レイガストは確実に遊真の首筋を捉えーーーー受け止められる。

 

 

 

「同じ手はくわないよ」

 

 

 

見ると、遊真の首からはスコーピオンが生えており、それでレイガストを受け止めたようだった。やはり耐久性の問題かひびが入っているが、一瞬止められればそれでいい。

 

 

レイガストを受け止めつつ遊真は右腕を振り上げる。その手には枝刃で薄く伸ばされたスコーピオンがあった。

 

クロウはかろうじて首を飛ぶのを避けたものの、首筋を大きく切り裂かれてしまう。途端にトリオンの漏出が始まる。放っておけばトリオン漏出過多で負けてしまうほどの傷だった。

 

 

速くカタをつけないとな、と遊真を見据えるクロウだったが。

 

遊真は距離をとって建物の屋上に立ち、冷ややかな目でクロウを見ている。

 

 

 

「ごめんねクロウさん。ここは確実に勝たせてもらうよ」

 

 

 

遊真はそう言うと、建物の影に消えていく。遊真を追ったクロウだったが、地形踏破訓練でも遊真に負けていたクロウが追いつけるはずもなく、やがてトリオン漏出過多で勝敗は決した。

 

 

 

 

クロウ XX○X○△X○○X

空閑 ○○X○X△○XX○

 

 

最終戦績として、クロウの4勝5敗1分けとなった。

 

 

 

「くぁ〜、負けちまったか!」

 

対戦ブースから出てきたクロウはそう言って少しだけ悔しそうにした。

同じく対戦ブースから出てきた遊真はクロウの元へ歩いていき、ぺこりと頭を下げる。

 

 

「おつかれさまでした、クロウさん。最後は逃げて悪かったね」

 

 

 

「いや、いいさ。戦略的撤退ってやつだろ。おれも同じ立場ならそうする」

 

 

 

どうやら2人は勝負を通して友情を育んだようだった。

そこに2人の保護者である夜凪と三雲がやってきた。

 

 

「おーす、おつかれさん」

 

 

「あ、夜凪先輩」

 

 

「ヨナでいいぞぅ。みんなそう呼んでるし」

 

 

「了解、ヨナさん」

 

 

軽妙に遊真と会話した後、夜凪はクロウの左手の甲を見た。

 

 

3258

 

 

ポイントは大幅に減っていた。

 

 

「ふむふむ。こうなったか」

 

 

クロウと遊真のポイント差はそれこそ3000ほどあった。ポイント差があればそれだけ勝敗時のポイント移動が大きいという法則のせいでクロウのポイントは大幅に削られていた。

 

 

そこで三雲が夜凪の独り言が何を意味しているのかを理解した。

 

 

「あれ、クロウさんはさっきまでポイント4000以上でしたよね。ということはもうB級なんですか?」

 

 

「やー、たぶん違うな」

 

 

三雲の疑問を即座に否定する夜凪。これはいつもの直感ではなく、()()()()()()()()()()()からそう言えるのだ。

 

本来、C級とB級A級は模擬戦を行う事はない。そもそもC級のトリガーは訓練用だし、装備できる武装の数が違うからだ。

そういった事情から、仮にC級がB級A級と模擬戦をしてもポイントの移動はない。

 

しかし、今回の模擬戦ではポイントの移動があった。という事はクロウはまだB級と認められていなかったという事だ。

本来、ポイントが4000を超えた時点でB級昇格。そしてポイントが4000を切ってもC級に降格する事はない。だから本当ならクロウはB級隊員でおかしくないはずなのだが。

 

 

そもそも入隊初日でポイントを4000を超えた者は過去に存在しない。そういう意味で入隊初日の人間がポイント4000を超えても自動でB級昇格が行われるシステムが構築されていなかったのかもしれない。

 

と、そういった説明をすると三雲は驚きながらも納得してくれたようだ。適当な推論を並べただけなのでそう感心されると心苦しい夜凪だった。

 

 

 

「さてさて、これはどう上に説明したもんか……」

 

 

 

面倒な事になった…と頭をかく夜凪。

上層部の狙いは明白だ。まずクロウをB級に昇格させてから、黒トリガー『七の騎神』を渡してS級隊員とする。ボーダーの戦力を向上させるのが狙いだ。

しかしC級隊員はS級に任命する事ができない。だからクロウの初期ポイントは3990なんて高いものだったのだ。

 

 

そして、夜凪が上層部から言われていたのが。

クロウの入隊を見守りポイントが4000になったのを見届ける事だった。

 

ポイントが4000になったらもうB級っしょ!と考えていた夜凪はクロウと遊真の模擬戦を軽い気持ちで観戦していたのだが、ポイントの移動があったのでは話が違う。

 

 

 

「あー、これは怒られるやつだな。城戸さんが激おこになるやつだ」

 

 

怒られる未来を予感したようで夜凪は頭を抱えて、クロウを連れて司令室に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

1月8日ボーダー入隊日

 

クロウ・アームブラストは一時4000ポイントを超過するも、直後のランク戦で大幅にポイントを失い現在のポイントは4000に満たない事からC級隊員扱いとする。

*入隊初日の4000ポイント超過者を自動でB級に昇格するシステムの構築を提案する。

 




という感じの4話でした。
戦闘訓練で歴代記録を更新するも、すぐに抜かれ、さらには個人ランク戦では敗北しC級残留というクロウの不遇回。

クロウはまだ遊真に勝てません!トリオン体での戦いの経験の差が出ちゃった感じです……
一応クロウをフォローしておくと、遊真でもクロウと正面から当たるのはまずいと考えて常に死角を取ろうとした、というくらいですね。




ここで突然の表紙裏風のキャラ紹介




老け顔剣士(もどき)トーヤ
八葉一刀流にこだわる初代剣術バカ。子供の頃変顔で遊び過ぎて13歳からデコのシワができている。ボーダーではかなりの古株だが、後輩たちから先輩扱いされる以外ではだいたい扱いが雑。闇が深い。リィンからモテスキルは受け継いでいない。


あれ表紙裏なのか裏表紙なのかわからん……誰か教えてください……(汗
トーヤこと夜凪刀也の紹介でした!

クロウのぶんはまだできてません!!


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夜凪刀也②

大規模侵攻直前の1話!

ここまで喋ってただけの夜凪刀也が、ついにその実力を見せ始める……


火花が散る。何合も切り結んだ後に距離をとって相手を見定める。

 

 

 

黒ずくめの男だった。黒いコートに黒いズボン。ベルトは灰色だが髪色まで黒。黒ずくめと言って過言ではない格好だ。

 

それは、リィンが着用していたものと同じデザインのように見えた。

 

 

手には太刀…を模したブレード型トリガー『孤月』が握られている。

 

 

孤月を握る黒ずくめの男ーーー夜凪は対峙するクロウを油断なく見据えていた。

 

 

 

 

 

仕掛けたのはクロウだった。ダブルセイバーの形をしたレイガストで流れるような連撃を夜凪に叩き込むが、その全てを避けるか防ぐかして夜凪は無傷のまま凌ぎきる。

 

 

クロウが次のアクションに入る前に夜凪は孤月を構え、

 

 

「一の型」

 

それを聞いたクロウはバックステップで距離を取ろうとするが、読んでいた夜凪はさらに距離を詰めて孤月を振るう。

 

 

「『螺旋撃』」

 

 

孤月の描く軌跡をなぞるようにトリオンが噴出し、その渦にクロウは飲まれて身動きを封じられる。

 

 

「二の型『疾風』」

 

 

その隙を突いて夜凪は、最速の踏み込みで孤月を振るい、クロウの胴体を両断した。

 

 

 

 

10本勝負終了

 

クロウ XXX○X○○X○X

夜凪 ○○○X○XX○X○

 

 

 

 

C級のブースで行われる個人のランク戦。それでクロウと夜凪は模擬戦をしていた。クロウは未だC級のためポイントの移動はない。

 

 

「うし、4本とったぜ」

 

 

これまでたびたび夜凪と模擬戦をしていたクロウだったが、10本中3本までしかとった事はなかった。今回の4本は初の快挙だ。

 

 

「日に日にトリオン体に慣れていってるな。さすがクロウ…略してさすクロ」

 

 

トリオン体とは、トリガー起動者のトリオンにより構築される戦闘用のボディだ。トリガー起動の意思表示で使用者の生身はトリガーホルダーに格納され、戦闘用のボディに換装される。

 

 

「な〜にがさすクロだ!こちとら見知った動きに6敗もしてんだぞ」

 

 

わしゃわしゃと夜凪の頭をヘッドロックする。

夜凪の使う八葉一刀流は、リィンを師匠として伝授された剣術だ。しかしその完成度は低い。パワー、スピード、テクニック…全ての面でリィンに劣っているのだが……勝てない。

 

夜凪はいつものように「はっはっは」と笑い、

 

 

「おまえは早くB級に上がれよ。そんな訓練用のトリガーだけだから勝てないんだろ」

 

 

と軽々しく言う。クロウは「少しくらい手加減しろよ」と言いたくなるが、そこは我慢して「……おう」と返事をする。

 

 

夜凪がフル装備なのに対して、クロウは訓練用のレイガストだけで模擬戦に臨んでいた。そこにも敗因がありそうだが、知っている動きに敗北するのはそれ以上の理由がありそうだ。

 

 

 

ボーダー入隊日から数日が経過して、クロウのポイントは現在3585まで上がった。ほぼほぼランク戦で稼いだものだが、クロウのポイントはC級では最高クラスのため、獲得できるポイントは少ない。

 

 

「んじゃ、がんばって。おれはおれで孤月のカンを取り戻したいし、適当に相手を探すわ」

 

 

「ああ。おれに勝ったんだから、そう軽々しく負けてくれるなよ」

 

 

「善処しますよー」

 

 

 

2人は軽妙なやり取りを終えると、一旦別れる事にした。

クロウはB級に昇格するためのポイント稼ぎに。夜凪は孤月を使うカンを取り戻すために。互いに個人ランク戦の相手を探しに行った。

 

 

 

☆★

 

 

「おぃーす、荒船。おつかれさん」

 

 

夜凪が見つけたのは荒船だった。

B級荒船隊隊長、荒船哲次。元々アタッカーだったが、スナイパーに転向した経歴を持つ。

 

 

「ヨナさんじゃないすか。珍しいですね」

 

 

「おまえこそ。久々に孤月でも使いたくなった?」

 

 

 

「はは、まあそんなとこです。ヨナさんは?」

 

 

「おれもソロのランク戦やろーかなって思って。近々チーム組むし、孤月のカンを取り戻しておきたいし」

 

 

何気ない夜凪の言葉を聞いて荒船は驚く。荒船の知る限り夜凪がどこかの部隊に所属していた事はない。

 

 

「え、ヨナさんどこかの部隊に入るんすか!?うちに入ってくださいよ」

 

 

スナイパー3人で遠距離戦に特化している荒船隊にとって、近、中距離で戦えるオールラウンダーの夜凪は欲しい人材であった。

 

 

 

「はっはっは。どこかに入るんじゃなくて、おれが隊長で部隊を新しく立ち上げるんだよ」

 

 

「…なるほど。夜凪隊ってわけですか。でもなんで突然?」

 

 

「ああ、まあ……遠征部隊を目指そうと思って」

 

 

「じゃあA級を目指すんですね。でもヨナさんならどこかのA級部隊に入る方が早いんじゃないすか?ヨナさんの実力なら引く手数多でしょ」

 

 

「はは、そんなそんな」と謙遜しつつ、真剣な表情を浮かべて夜凪は荒船を真っ直ぐに見つめる。

 

 

「それじゃ意味がないのよな。夜凪隊にはもう1人メンバーが入る予定なんだよ。名前はクロウ・アームブラスト…聞いたことある?」

 

 

「ああ、噂になってた………、今季入隊の有望株でしたか」

 

 

 

とまあ、そこまで語った夜凪だったが、クロウが近界民(たぶん)であることは秘密だ。「うむうむ」と返事をしつつ、

 

 

「そういえば荒船、暇か?」

 

 

「…ああ、孤月のカンを取り戻したいんでしたっけ。付き合いますよ」

 

 

質問の意図を察してくれた荒船は個人のランク戦に付き合ってくれると言う。

 

 

「でも、いいんですか?勝敗に問わず今のポイントが崩れますけど」

 

 

夜凪は今のポイントが好きだと言うことで、最近は孤月でのランク戦をやっていなかった。

 

 

「カンスト感あって好きだったけど……、まあ別に構わん」

 

 

「了解です。じゃあやりましょうか」

 

 

 

そういったやり取りの後、2人は模擬戦を行う。

 

 

 

「おれも1万の大台かなー」

 

 

自分の勝利を夢想して、ランク戦後のポイントがどうなるか考える夜凪であった。

 

 

 

孤月:9999

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「おほ〜、あっぶねぇ」

 

 

10本勝負が終わり、ブースから出てきた夜凪はそう呟く。

 

 

 

結果は夜凪の6勝4敗。クロウとの模擬戦ばかりしていたせいで変な癖がついていて、2本先取された時はさすがに焦った。

 

 

 

「さすがっすね、ヨナさん」

 

 

「荒船こそ。助かったよ、孤月のカンは取り戻せた」

 

 

 

と、2人が健闘を称えあっているところで、訓練室に大人数のC級隊員たちが入ってきた。

それを引き連れてるようにして先頭を歩くのは三雲と緑川だ。

 

 

 

 

「お、三雲。これ、どした?」

 

 

聞くが、だいたい事情は察していた。

おおよそ、三雲と緑川が模擬戦をする事になって、風間と引き分けたという噂に釣られてC級隊員がゾロゾロとついてきているのだろう。

 

 

「あ、夜凪さん。この人とランク戦をする事になって」

 

 

「……ふむ、そうか。がんばれよ」

 

 

問題は、そのランク戦をどっちからふっかけたのか、という点だ。

おそらく緑川からなんだろうが……その意図が幼稚なものである事はなんとなく読める。

 

 

夜凪と同じく荒船も緑川の意図を察したようで、見咎めるような視線を送るが、緑川はどこ吹く風だ。

 

 

 

三雲では緑川には勝てないだろう。三雲の実力では緑川には届かないし、緑川は風間のような整合性の取れた動きをするタイプではない。たとえ100回やろうとも三雲は緑川には勝てないだろう。

 

 

しかし、本人たちがランク戦をやろうと決めたならば、それを止める道理はない。ただ夜凪は緑川に、

 

 

「あんまり新人イビリするなよ」

 

 

と、耳打ちした。自分の考えが読まれている事に狼狽しつつも緑川はブースに入り、三雲も同じようにブースに入って個人ランク戦は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「10本勝負終了。10対0、勝者緑川」

 

 

アナウンスが告げる10本勝負の終わり。さして時間もかからず終わった10本勝負。予想通り勝者は緑川だった。

 

 

「お、ヨナさんじゃーん。久しぶりじゃない、ここ来るの?」

 

 

モニターで観戦していた夜凪に後ろから声をかけたのは米屋陽介という、A級の三輪隊のアタッカーで、槍型の孤月を使う人物だった。その傍らには遊真と、玉狛支部のお子さまである林藤陽太郎(5歳)がカピバラに乗っていた。

 

 

「おう米屋か。それに遊真に陽太郎も」

 

 

「ひさしぶりだな、とうや」

 

 

カピバラにまたがりつつ大物風に手を挙げる陽太郎に「はっはっは、久しぶり」なんて返しながら、状況を尋ねてきた遊真に肩を竦めて「お察しの通り」と答える。

 

 

緑川はブースから出て三雲に「実力は大体わかったからもういいや、帰っていいよ」なんて言っている。

あの言い方はないよね、なんて内心でぼやくだけの夜凪と違って遊真は怒ったようで、そのまま緑川に10本勝負を申し込む。

 

 

 

その模擬戦は、緑川が2本先取こそしたものの残る8本は遊真が奪い、結果としては8対2で遊真の勝利となった。

 

 

「よくやったゆうま!おれはしんじてたぞ!」

 

ブースから出てきた遊真に陽太郎が労いの言葉をかける。

 

 

そんな時だった。

 

「遊真、メガネくん、それにヨナさんも」

 

 

メガネくんと呼ばれたのは三雲だ。三雲は風呂に入るときも寝るときもメガネを手放さないような顔をしている。オールウィズメガネだ。

 

 

訓練室に現れたのは、迅だった。

 

 

「どもども」なんて言ってやってくる迅は、どこか夜凪と似た雰囲気であった。

そんな自称、実力派エリートは先に名前を呼んだ3人に言った。

 

 

 

「ちょっと来てくれ。城戸さんたちが呼んでる」

 

 

 

 

 

その後、緑川が三雲に謝ったり、三雲が「風間先輩とは24敗1引き分けだったからな!」と宣言して噂の一人歩きを指摘したり、遊真と緑川がライバル関係を結んだり、という事もあったが事態は収束し、三雲と遊真、それに夜凪とついでに陽太郎も迅に連れられて城戸たちが待つ部屋に向かった。

 

 

 

「失礼します」

 

そう言って入室すると、

 

 

「遅い!何をモタモタやっとる!」

 

 

という鬼怒田の怒声が飛んでくる。迅は「いやー、どもども」と受け流し、陽太郎が「またせたな」とまた大物ぶる。鬼怒田は取り乱した様子で「なぜおまえが居る!?」なんて言う。そこで玉狛支部所属のオペレーターの宇佐美栞が陽太郎に「陽介はどこいったの?」なんて聞くが陽太郎は「かれはよくやってくれました」返す。

まったく話が通じない面白さがあった。

 

そこで城戸が「時間が惜しい。早く始めてもらおうか」と雰囲気を締め直す。

 

 

 

ボーダーの調査で近々、近界民の大きな攻撃があるという予想が出た。先日は爆撃型の近界民1体の攻撃で市民にも犠牲が出ているし、ボーダー側としては万全の備えで被害を最小限に食い止めたい、という説明を受ける。

 

遊真が呼ばれたのは、遊真に近界民としての意見を聞きたいという事からだった。

 

「近界にはいくつもの国がある事はわかっとる。いくつかの国には遠征もしとる。だが、まだデータが足らん。

知りたいのは、攻めてくるのがどこの国で、どんな攻撃をしてくるかということだ!」

 

鬼怒田がさらに説明に補足する。遊真は「そういう事ならおれの相棒に訊いたほうが早いな」と言って、遊真の服からにゅ〜っと黒い炊飯器のようなものが出てくる。

 

それはレプリカと名乗り、遊真の父親に造られた多目的型トリオン兵という自己紹介をする。そして、自分の中には遊真とその父親が旅をした近界の国々の記録がある事を明らかにした。

 

 

しかし、その記録を開示する前に、ボーダーの最高責任者である城戸に、情報の提供と引き換えに遊真の身の安全を保障させた。

 

 

「確かに承った。それでは、近界民について教えよう」

 

 

無機質な声で、レプリカは説明を始める。

 

 

近界民(ネイバー)の世界…すなわち近界(ネイバーフッド)に点在する「国」は()()()の世界のように国境で分けられているわけではない。

近界のほとんどを占めるのは果てしない夜の暗黒であり、その中に近界民の国々が星のように浮かんでいる。

それらの国々はそれぞれ決まった軌道で暗黒の海を巡っており、ユーマの父、ユーゴはその在り方を『惑星国家』と呼んだ。

太陽を回る惑星の動きとは少々異なるが、惑星国家の多くは()()()の世界をかすめて遠く近く周回している。

そして、()()()の世界に近づいた時のみ、遠征船を放ち(ゲート)を開いて侵攻することができる。

“攻めて来るのはどこの国か”…その問いに対する答えは“現在()()()の世界に接近している国のうちのいずれか”だ」

 

 

 

しかし、そこまではボーダーもわかっていた。

知りたいのは“それがどの国か”、その“戦力”、その“戦術”だ。

 

しかし、それを語るには、ここにある配置図では不十分だとレプリカは言う。

その視線は部屋の中心に投射された近界の地図を捉えていた。

 

それにレプリカの持つデータが追加される。ざっと見積もっても元の配置図の10倍はあった。

 

 

「これがユーゴが自らの目と耳と足で調べ上げた惑星国家の軌道配置図だ」

 

 

レプリカは更に説明を続ける。

 

配置図によれば、現在こちらの世界に接近している惑星国家は4つ。

海洋国家リーベリー

騎兵国家レオフォリオ

雪原の大国キオン

神の国アフトクラトル

 

 

「その4つのうちのどれか……、あるいはいくつかが大規模侵攻に絡んでくるというわけか?」

 

 

城戸の問いにレプリカは「断言はできない」と返す。

 

 

「未知の国が突然攻めてくる可能性も僅かだがある。

また惑星国家のように決まった軌道を持たず、星ごと自由に飛び回る『乱星国家』も近界には存在する」

 

 

 

しかし、そんな細かい可能性を考え出したらキリがない。

先日の爆撃型のトリオン兵と偵察用小型トリオン兵を大規模侵攻の前触れとして考えると、確率が高いのはキオンかアフトクラトルという話になった。

 

ひとまず議論はその2国を相手を仮定して進む。知りたいのは相手の戦力と戦術……特に重要なのは黒トリガーがいるかどうか。

 

レプリカの情報によると、キオンには6本、アフトクラトルには13本の黒トリガーが存在したとのこと。しかし、黒トリガーはどの国でも希少なため通常は本国の守りに使われ、遠征では多くても1人までとのこと。

それに遠征に使われる船はサイズが大きいほどトリオンの消費も激しいため、攻撃には卵にして大量に運用にできるトリオン兵を使い、遠征の人員はできる限り少数に絞るのが基本となる。

 

 

つまり、敵の主力はトリオン兵で人型近界民は少数という事だと結論できる。

人型近界民の参戦も考慮しつつ、トリオン兵団への防衛を中心に防衛体制を詰めていく事となる。

 

そこで三雲に話が振られる。三雲には爆撃型と偵察型の両方を経験した数少ない人物のため、何か意見があればいつでも言ってくれ、との事だった。

 

 

「では、夜凪……どう思う?」

 

 

そしてついに夜凪に話が回って来る。

 

何故、夜凪刀也がこの会議に呼ばれたか。その理由は、夜凪のサイドエフェクトにある。

高いトリオン能力を持つ人間は、トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼして稀に超感覚を発現する事がある。そういった超感覚をサイドエフェクトと呼ぶ。

 

夜凪のサイドエフェクトはランクSに分類される超感覚……『超直感』だ。

 

 

 

夜凪はこのサイドエフェクト『超直感』による意見を求められているのだ。

 

 

「ん〜、まあ参考程度に聞いてほしいんですが…攻めて来るのはアフトクラトルって国ですね。それにたぶん、黒トリガーも1本じゃない」

 

 

無論、ただそう直感しただけだから根拠はない。しかし側に夜凪はこのサイドエフェクトで不意打ちや狙撃がまったく通じない事は周知の事実だった。

 

夜凪の言葉に衝撃を受けつつも、議論は進む。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

そして、数日後。

 

 

運命の日はやって来た。

 

 

 

 




という感じの第5話でした!4話と比べて短いですが、切りがいいので。


次回から大規模侵攻編突入!


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大規模侵攻編
侵攻開始


大規模侵攻編開幕……!


そろそろ無双しないと……(使命感

大規模侵攻編ですが、ついにクロウが黒トリガーを………


「門の数、38…39…40……依然増加中です!!」

 

 

三角市の空は暗く染まり、空間には黒い穴が穿たれる。

 

 

近界最大級の軍事国家、アフトクラトルによる大規模侵攻が始まる。

 

 

 

作戦室では本部長の忍田の指示が飛ぶ。

 

 

「任務中の部隊はオペレーターの指示に従って展開!トリオン兵を撃滅せよ!!1匹たりとも警戒区域から出すな!!非番の隊員に緊急招集を掛けろ!全戦力で迎撃に当たる!!戦闘開始だ!!」

 

 

 

 

門から侵攻してきたトリオン兵はいくつかの集団に分かれてそれぞれの方角へ市街地を目指していた。

本部基地から見て西、北西、南、南西、東の5方角だ。

 

 

その報告を受けて忍田は、厄介だと考え込む。

 

 

「どう思う?」

 

 

そこで忍田は夜凪にそう聞いた。『超直感』のサイドエフェクトを持つ夜凪なら敵の狙いを看破できると思ったからだ。

 

 

「陽動ですね。でも追わないと市民に被害が出る」

 

 

「そうだな。

現場の部隊を三手に分けて東、南、南西の敵にそれぞれ当たらせろ!」

 

 

三方角の対処はこれで良い。ならば残る西と北西は?

忍田は「心配はいらない」と聞いてきた根付メディア対策室長に返事をする。

 

 

「西と北西にはすでに、迅と天羽が向かっている」

 

 

迅悠一……S級隊員だったが黒トリガーを手放した事でA級隊員となった。サイドエフェクトで未来が分かる上に戦闘能力はノーマルトリガーでもボーダー最強クラス。

 

天羽月彦……黒トリガー持ちのS級隊員。戦闘能力だけなら風刃を装備した迅にも勝る、文字通りボーダー最強の戦力。

 

 

 

しかし、夜凪は忍田の判断に異を唱える。

 

 

「いや、西と北西は天羽だけで充分でしょ。迅は遊撃に回した方がいい駒だ」

 

 

そう自分の直感が囁きかけてきている。5方角への侵攻は陽動…それなりに強い駒はあるだろうが、黒トリガー持ちの天羽がいるなら問題はない。

 

夜凪の直感の鋭さを知っている忍田はすぐに具申を聞き入れて迅に連絡を取り、遊撃に回るように指示した。

 

 

残る3方角に向かうトリオン兵にはトラップで足止めし、防衛隊員の到着を待つ。

次第に数々の部隊が現場到着を報告してくる。

 

 

ひとまずはこれで……かと思いきや

 

 

「まだかな」

 

 

まだ敵は何か手があるのだと、夜凪の直感が語りかけてきた。

 

それに答えるように新型のトリオン兵の出現が報告された。その新型に妨害されて、他のトリオン兵が市街に向かうのを阻止できない事も。

 

それに対しての忍田の判断は早い。B級の合同部隊で、市街地を防衛しに行く。助けに行く順番は非難が進んでいない地区が優先される。

 

 

 

その裏で夜凪は、どこか腑に落ちないものを感じていた。

トリオン兵の分散は、戦力の分散という戦術においてやってはいけないタブーだ。しかし、そのタブーを犯すだけの利点があるという事。

 

分散されたトリオン兵は本当に陽動か?

それについては、陽動で間違いないとサイドエフェクトが告げたのだから間違いない。

じゃあ新型は?新型のトリオン兵…『ラービット』はトリガー使いの捕獲を目的としたトリオン兵だ。なら、即戦力となるトリガー使いの捕獲が目的か?違う。小型トリオン兵で偵察してきた奴らがこちらのトリガーに緊急脱出(ベイルアウト)機能がある事を把握してないわけがない。

 

「ーーーーそういうことか」

 

 

そこまで思考して、敵の狙いを理解する。

 

トリオン兵の分散は、市街地が狙いに見せかけた陽動で、本当の狙いは市民の避難を誘導してるC級か!

 

 

 

「爆撃型が本部基地に向けて突撃してきています!」

 

 

オペレーターの慌てた声が作戦室に響き渡る。

 

モニターを見ると爆撃型トリオン兵『イルガー』が2体、ボーダー本部基地に向けて突撃をしてきていた。

 

 

「砲台を使って撃ち落とせ!」

 

 

 

「ダメです!弱点部をガードされてます!」

 

 

イルガーは空を旋回して爆弾を投下するのだが、一定以上のダメージを受けると自爆モードに切り替わり、突進を始める。自爆モードに切り替わるとイルガーは弱点をガードしてさらに撃破しにくくなるのだ。

 

 

「総員衝撃に備えろ!」

 

 

忍田の指示に従って作戦室の全員が身構える。

 

しかしーーーーーーー

 

 

 

衝撃はいつまで経ってもこなかった。イルガー2体が撃破されたのだ。

 

 

 

 

 

「どうやら間に合ったみてぇだな」

 

 

モニターに映し出されたのは蒼色の騎士だった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「これが……」

 

 

「そうだ。これがリィン・シュバルツァーの遺した黒トリガー」

 

 

大規模侵攻にあたり、特例としてC級隊員ながら黒トリガーの所持を認められたクロウは、黒トリガーの保管室に案内されていた。

 

 

「上層部の人たちはアンタがこれを起動できると思ってるらしいけど、どうなの?」

 

 

案内したのは寺島雷蔵という、開発室のチーフエンジニア。クロウの使うレイガストや、広範囲爆発弾である『メテオラ』の開発者だ。

 

 

「さあな。試した事はないが……」

 

 

そう言いながらクロウは黒トリガーを握る。

 

ドクン、と脈動を感じる。同時に脳裏に浮かぶ相克の記憶。《黒》の声がかすかに聞こえた気がした。

 

 

「いけるぜ」

 

 

「起動もせずに……」

 

 

 

そこで、館内にアナウンスが入る。

爆撃型トリオン兵が基地に向けて突撃してきているという事だった。

 

 

 

「俺が出る!寺島、案内助かったぜ!」

 

 

 

クロウはそう言うと、黒トリガーを持ったまま駆け出す。最短距離で屋上まで向かうと、すでにイルガーは目の前だった。

 

 

 

「は、初陣の相手にしちゃ役不足だな」

 

 

そして、そのまま屋上から飛び降りる。

 

 

 

「『七の騎神(デウス=エクセリオン)』起動」

 

 

 

相克が終わり、灰のもとで再び統合された『大イナル一』。そこから分割された力の欠片のひとつを、呼び出す。

 

かつての相棒の名を。

リィンと共に相克を勝ち抜いた《蒼の騎神》の名を、呼ぶ。

 

 

 

「来い!オルディーネ!!」

 

 

 

蒼が纏う。

それはかつて起動者(ライザー)として騎神を操縦していた時の感覚とは違う、まるで自分自身が騎神になったかの如く。

 

手にはゼムリアストーン製のダブルセイバーが握られていた。いや、ゼムリアストーン製に見えるが、これもトリオンによって形作られているのだろう。

 

 

 

「はは、なんか……随分と久しぶりな感覚だな。またよろしく頼むぜ、相棒」

 

 

 

 

「ーーー応!」と聞こえたのは、たぶん幻聴なのだろう。

 

 

クロウは目の前の敵に集中する。まずはあいつを叩っ斬ろう。

 

 

 

重力に従って落ちるだけでなく、後背部のユニットからトリオンを噴出させて加速。急降下の勢いのままにイルガー2体を真っ二つにした。

 

傷ひとつない基地外壁を見てクロウは呟く。

 

 

「どうやら間に合ったみてぇだな」

 

 

 

☆★

 

 

「クロウくんか!?」

 

 

モニターに映し出された蒼色の騎士人形を見て忍田が叫ぶように聞く。

 

 

「ああ、忍田さんか。こちらクロウ・アームブラストだ」

 

 

「適合したか!」と鬼怒田がガッツポーズする。根付も新たな戦力の増加に喜んでいる。

 

そんな中、城戸はいつものまま「灰色ではない、か…」などと呟いていた。

その呟きを耳にした夜中は目を細めるも、杞憂だと思考の果てに追いやる。

例え四年前の近界民侵攻の時に、城戸がリィンがあの黒トリガーを使った姿を目撃していたとしても《灰の騎神》と《蒼の騎神》では外見が違う。本当のリィンの黒トリガーが別にあるという発想には至れないだろう、と。

 

 

 

「おれは今から警戒区域を回る!隊員たちへの連絡は頼んだぜ!」

 

 

 

クロウは忍田といくつか言葉を交わすと、遊撃として動くと宣言した。黒トリガー『七の騎神』には連絡機能がない。今は肉声をトリオンの集音器で拾っているだけだ。

クロウの姿を見たら隊員たちは、新手のトリオン兵か人型近界民だと思うだろう。そういう勘違いを防ぐためにクロウは司令部に連絡を頼んだのだ。

 

 

「わかった、健闘を祈る!」

 

 

「応よ!」と言うとクロウは背中のユニットからトリオンを噴出して彼方へと飛んでいく。

計測値からしても風刃や、ひょっとしたら天羽の黒トリガーをも上回るかもしれないだけの数値が叩き出されていた。クロウの存在だけで戦況が変わるほどのものだろう。

 

 

 

「爆撃型、後続3体来ます!」

 

 

「3体だと!?クロウくんへの連絡は?」

 

 

「返答ありません!通信機能未搭載の黒トリガーのため音声が通じていません!」

 

 

 

クロウならイルガー3体を落とすのは容易だろう。しかし、脅威を認識できていないのでは意味がない。

 

 

「1匹までなら砲撃で落とせる!残る2匹をなんとかせい!」

 

 

鬼怒田がそう言う。とあるC級隊員による外壁ぶち抜き事件以降、耐久度を上げているのだが、それでもさらなる後続がある可能性を考えると今はできるだけ基地を無傷のままにしておきたい。

 

 

「1匹は慶が落とす!残る1匹は……」

 

 

 

「俺が出ます」

 

 

そこで夜凪が立ち上がった。自分が出るのはここだと直感が告げているのだ。

 

 

 

「夜凪くん……ここか?」

 

 

「はい、このままここにいても俺は役立たずです。もう直感で指示を出す段は過ぎた……あとは忍田さん、お願いします」

 

 

 

「わかった。…鬼怒田さん」

 

 

「わかっとる」

 

 

鬼怒田が返事をしつつ手元のパネルを操作する。すると夜凪の足元にボーダーのマークが浮かび上がった。

 

 

「ワープ起動する。行き先は?」

 

 

「屋上で!」

 

 

鬼怒田が「わかった!」と言うと同時に夜凪の足元のマークが淡く輝き、司令室から姿が消える。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「おっ、来たなヨナさん」

 

 

 

基地屋上で夜凪を出迎えたのは太刀川だった。A級1位部隊隊長、太刀川慶。個人総合ランキング1位にしてNo.1攻撃手。現役のボーダー隊員では間違いなく最強の男。ただし大学の単位がやばい。

 

 

 

「おう、すまんが時間がない。話は聞いてる?」

 

 

 

「ああ、あれを1匹ずつだったか?」

 

 

太刀川は接近してくるイルガーに視線をやりながらそう言う。

どうやら司令室から連絡が来てるようだった。

 

 

「うし、じゃあやるか」

 

 

夜凪の言葉と同時に2人が屋上を駆け出す。目標はすでに自爆モードに切り替わり、弱点部をガードしているイルガーだ。

 

 

屋上から跳ぶ瞬間、夜凪は言う。

 

 

「太刀川、踏ませろ!」

 

 

夜凪の言葉に太刀川は「了解!」と笑い、その足元に『グラスホッパー』を展開した。

グラスホッパーとは、言ってしまえば、飛べる板だ。それを踏む事でグラスホッパーの板と垂直方向に跳ぶ事ができる。

 

 

太刀川は夜凪の意図を察して、夜凪をグラスホッパーで飛ばす。

急加速した夜凪はイルガーに接近する。しかしその横をさらなるスピードで太刀川が飛んでいく。

太刀川は基地に突撃してきているイルガー1匹を見事に孤月二本で叩っ斬る。それはNo.1アタッカーの名に恥じないだけの剣の腕だ。

 

 

対照的に夜凪はイルガーの弱点を守る歯ーーを模した盾ーーの前に着地する。

 

 

「悪いな、太刀川みたいに綺麗に斬ってやれないよ」

 

 

孤月専用のオプショントリガーである『旋空孤月』ーー瞬間的にブレードを拡張するものーーを使えば可能かもしれないが、夜凪のトリガーの8つの枠全ては孤月を除き、A級隊員の特権である新トリガーの作製を駆使して(鬼怒田に無理を言って)つくりだした……否、師の技を模倣した夜凪刀也専用のオプショントリガーで埋まっている。

 

 

「三の型」

 

その内の1つを起動する。トリオンによって燃え上がった孤月の刀身が赤熱する。

 

 

「『業炎撃』!」

 

 

叩きつけられる孤月とそれを包む炎。

力任せの一撃は、イルガーの歯盾を砕き散らしーーー、むき出しになった弱点を夜凪は孤月で突き刺した。

 

 

 

「他愛なし……ってか」

 

 

最近見たアニメーション映画の髑髏面の暗殺者の真似をしてセリフを吐く。墜落するイルガーをクッションに着地した。

 

 

上を見ると、基地の砲台が最後のイルガーを撃ち落とした頃だった。

太刀川はすでに忍田の指示で新型を斬りにいったようだ。

 

夜凪は司令部との通信を繋げると、忍田に告げる。

 

「忍田さん!敵はこれからも爆撃型を散発的に投入してくると思う。とにかく一発も食らったらだめだ!基地が保つとしても、それ以外の所で綻びが出る……そこが分岐点になるかもしれない」

 

 

 

迅なら「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」と言う所だ。夜凪の超直感は彼の未来予知ほど正確ではないが、自分の知らない事象にまで直感が及ぶのは迅のサイドエフェクトに勝る一点である。

 

 

それを知っている忍田はやはり、夜凪の言葉を重く受け止めて「わかった」と返事をする。

 

 

「おれは遊撃に回ります。なにかあれば連絡してください!」

 

 

夜凪は言い切ると通信を切る。

同時に地面を強く蹴って駆け出す。その顔には、薄い笑みが貼り付けられていた。

 

 

「さてさて、異界の侵略者に俺の八葉がどこまで通じるやら……試すいい機会だな」




大規模侵攻編第1話でした!

最初から飛ばしすぎだって?それはおれもそう思う。
まさかの初回からクロウが騎神の黒トリガーを起動するっていうね……


七の騎神(デウス=エクセリオン)
相克を勝ち抜いたヴァリマールの黒トリガー。大イナル一として再錬成されるまえに黒トリガーと化したため無尽蔵に力を湧き出す《鋼》の性質は有していない。
《灰の騎神》が取り込んだ6つと自己を含めた7体の騎神のうちの1体を起動者の適正に合わせて、鎧として纏わせる黒トリガー。
要はリィンが起動すればヴァリマールの鎧を纏い、クロウが起動すればオルディーネの鎧を纏い、リアンヌが起動すればアルグレオンの鎧を纏う。
高い防御性能を誇り、武装は相克時に装備されていたものがそのまま格納されている。
倒した敵の力を奪う事が可能で、逆に力を与える事で眷族にする事ができる。
サイズは起動者の身長〜騎神の全長まで自由に調節できる。



なんのひねりもなく騎神!という感じですね。精霊の道とか転移とかそういう便利機能も生きてます。ただ使う場面があるかどうか、使える条件が整うかどうかは微妙です。
それに加えてスキル『終わらない相克』を発動!(笑
眷族って言っても命令権とかないし……たぶん力を吸収したほうがいい。


なんか夜凪が主人公くさくなってきた……どうしよう。


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抗戦、開始

表紙裏風キャラ紹介「老け顔剣士(もどき)トーヤ」の末尾に一文追加しました。

「リィンからモテスキルは受け継いでいない」


以上!
大規模侵攻編第2話、開始します!


「らああああああ!」

 

 

 

ダブルセイバーが縦横無尽に振り回される。そのすべては無駄がなく、効率的に敵を倒すための動き。

それは確実にトリオン兵を駆逐していく。

 

 

 

クロウは警戒区域の外に出ようとするトリオン兵の群れを倒していた。

市民に被害を出さない事はもちろん、B級合同部隊が早期に戦線に出れるようにするためである。

B級合同部隊は、市街に向かうトリオン兵を確実に駆逐するためにかつてA級に在籍していたB級1位、2位部隊と、任務に入っていた数部隊を除く全部隊で行動している。そんな彼らの仕事を減らしてやれば、合同部隊が戦線に復帰する事ができるわけだ。

そして、門誘導装置がある以上は、門が警戒区域の外に開く事はありえない。上手く事が運べば合同部隊と警戒区域で戦う部隊で敵を挟み撃ちにできるかもしれない。

 

 

 

 

 

しかし、そうは問屋がおろさないというもの。

 

 

倒したトリオン兵の内部から新たなトリオン兵が姿を現わす。それはトリガー使いの捕獲を目的とした新型のトリオン兵ラービットだ。ラービットはこれまでのトリオン兵とは一線を画す強さを誇る。装甲は厚く、パワーとスピードが両立する。単独で挑めばA級隊員すら食われかねないほどの戦力。

 

 

それが、3匹。

しかもその3匹はノーマルタイプのプレーン体ラービットではなく、各々が特別なトリガーの能力を有するモッド体ラービット。

 

 

「例の新型ってやつか」

 

 

クロウが呟くのと同時に、一体のラービットが砲撃を放つ。「うおっ」と言いつつも余裕をもって回避したクロウだったが、直後に砲撃は囮だったと悟る。

 

オルディーネの鎧を纏うクロウのトリオン体に、黒い欠片のようなものが複数くっついている。

 

 

「これは…」

 

 

これ単体では直接的な破壊力はもたないが、それ以上になにかまずい布石になっているのでは、と考える。

 

思考の間に砲撃を撃ったラービットが飛翔してクロウの眼前に迫っていた。

振り被る拳に防御の姿勢をとったクロウ。しかしラービットのパンチは予想以上に重く、地面まで吹き飛ばされてしまう。

 

起き上がろうとしたクロウだったが、鎧に付けられていた黒い欠片が他の黒い欠片と結びつき、地面に縫いとめられ…それを振りほどく出力を出すのに一瞬の時を求められる。

 

その刹那に、3体目のラービットが腕を液状化し、クロウが縫いとめられている地面の下まで潜らせると、液状化させていた腕を刃状にしてクロウに突き刺すーーーー!

 

 

 

 

しかし、オルディーネの装甲には傷一つない。

ブレード程度では、鎧を貫く事はできない。

黒トリガー『七の騎神』はトリオン体には防御力の違いがない、という前提を覆す破格の鎧を備えていた。

 

 

 

黒い欠片を振りほどき飛翔したクロウは見事な連携を見せた3匹のラービットを見下ろす。

 

 

「飛翔・砲撃タイプに、液状化タイプ、磁力タイプ…とりあえず新型には3つ以上のパターンがあるわけか」

 

 

 

それを知っても、無線機能のない七の騎神では誰に報告する事もできない。

 

ならば、口頭で伝えればいいまでの事。

 

直後ーーーーー

 

 

 

 

「旋空孤月」

 

 

 

振り回された刃は、先端に行くほど速度と威力が向上する孤月専用オプショントリガー『旋空』。

ボーダーにおける旋空の最高の使い手が使うそれは、発動時間にしてわずか0.2秒、射程は40mという脅威を誇る。

その旋空は、使い手の名を冠してこう呼ばれるーーーー『生駒旋空』と。

 

 

 

 

生駒旋空ならば、ラービットの厚い装甲すら斬り捨てる事ができるだろう。しかも、わずか0.2秒、さらに不意打ちの斬撃など誰に防げるという話だ。

 

 

 

 

磁力タイプのモッド体ラービットは生駒旋空によって真っ二つにされる。それに気を取られた残る2匹のラービットを、クロウは瞬く間に切って捨てた。

 

 

 

「ありゃ、えらい強いな。さすが黒トリガー……」

 

 

救援に来たつもりが、そんなものは必要なかったと言わんばかりのクロウに生駒はそう呟く。

 

B級3位部隊隊長、生駒達人

No.6攻撃手にして、ボーダー最高の旋空の使い手。

 

 

 

「いや、助かったぜ。新型には飛翔・砲撃タイプと液状化タイプ、磁力タイプが混じってる!全部隊で共有してくれ!」

 

 

クロウは七の騎神の能力で、すでに合同部隊が近くまで来ていることを把握していた。

それと一旦合流する事を考えれば、新型を即座に倒すより様子見をして性能を見た方が良いと思ったのだ。

 

 

 

すでに本部から「蒼い騎士は味方の新たな黒トリガーだ」と通達が来ていた合同部隊はクロウを敵とは認識せずに近づいて来ている。

 

 

クロウと合同部隊は情報交換をすると、すぐに別れた。

合同部隊は当初の通り、市街を目指すトリオン兵の排除に。クロウは事態の変化を聞きつけて、警戒区域で闘うボーダー隊員たちの元へ向かう事にした。

 

 

どうやら人型近界民が猛威を振るっているらしい。忍田から頼まれたクロウはそのまま最寄りの人型近界民の迎撃に向かう。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「風間がやられたって!?」

 

 

 

無線で風間の緊急脱出の報告を受けて夜凪はまずいと直感する。

 

風間はA級でも3位の部隊を率いる猛者だ。しかも個人総合でも3位というボーダーでもトップクラスの戦力。

その風間が敵にほぼ何も出来ずに敗北したという報せに夜凪は戦々恐々とせずにはいられなかった。

 

 

無線からはさらに敵が人型近界民であること、黒トリガーであること、液状化するブレードを使うこと、正体不明の攻撃により体内から攻撃してくる可能性がある事まで伝えてくれる。

 

 

交戦していた風間隊は、風間が緊急脱出した事もあり、現在は退却していると聞く。付近にはB級下位部隊もいるが、足止め程度にしかならない事も聞くと、夜凪は躊躇わず、B級下位部隊を敵の黒トリガーの足止めに回すように伝える。

 

敵黒トリガーの進行方向には本部基地がある。基地に侵入されるのだけは何としても防がねばならないと夜凪の直感が囁いていた。

 

 

 

「海老名隊と間宮隊を足止めに向かわせた。それでどうするつもりだ、夜凪くん?」

 

 

無線の相手は忍田に変わっていた。

夜凪は一切の躊躇もなく叫ぶ。

 

 

 

「俺がいきます!」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

エネドラは憤っていた。

それが何に対する憤りすら、今は思い出せない。

 

 

今はただ、『泥の王(ボルボロス)』を操り敵を切り刻む事に快楽を覚える。

 

 

 

 

向かってきた敵を切り刻む。

 

 

「雑魚が」

 

 

吐き捨てる。

 

ストレスは発散できず、募るだけ。

 

いつからだったろうかーーーーそれは、思い出せる。

 

自分の右目が黒くなり始めた頃だ。

 

 

アフトクラトルの角……トリガー(ホーン)ーー正式名はトリオン受容体ーーは、幼少期に優秀な者に取り付けられる。そのおかげでアフトクラトルの角付きはトリオンの量が常人と比べて遥かに優る。

 

しかし、角付きになるリスクも勿論存在する。

トリガー角が脳にまで根を張ると人格が破綻し、最後には死に至る。

 

角付きに選ばれた時は誇らしかったし、それ相応の恐怖もあった。

だが、そんな恐怖も仲間たちとの満ち足りた時間が忘れさせてくれる。エネドラは優秀だった。同年代では敵なし…1つ2つ上の世代であるハイラインやミラすら認める程の文武両道。

そんなエネドラが黒トリガーに選ばれたのはある種必然だったのかもしれない。

『泥の王』ーーー自らを固体、液体、気体に変化させる事ができる特異な黒トリガーはエネドラを更なる高みへと導いた。

 

アフトクラトルにおいても国宝の使い手に次ぐ程の実力者として名前を挙げられるほどに名声を得た。それに快楽を覚えるようになった時、エネドラはふと自分の変化に気がついた。

 

自分を満たすのは名声だったか?あるいは富か?違ったはずだ。仲間たちとの日常こそが自分の宝だったはずだ。

 

 

 

じわり、じわり。

 

 

 

日に日にエネドラは自分が何者であるかわからなくなってくる。

暇さえあれば模擬戦を行い、相手をめちゃくちゃにする。始めの頃はそれでストレス発散ができていた。

 

 

 

 

じわり、じわりと。

 

 

問題は、模擬戦でどれだけ敵を切り刻んでもストレスが発散できなくなった頃に起こった。

 

じわりじわりとエネドラを蝕んでいたトリガー角が、脳にまで根を張った証。眼球が黒に染まり上がる。自分が自分でなくなる感覚に恐怖したエネドラは正気を失い、泥の王で周囲を傷つけた。

それはアフトクラトルにおける大事件となった。国宝の担い手によってその場は収まったものの、周囲のエネドラを見る目は一変した。

畏敬は恐怖に、孤高は孤独に変化した。

 

 

エネドラの不幸は、優秀に過ぎた事だった。優秀だった彼は他人に頼るという事ができなかったのだ。

トリガー角に端を発する問題を1人で抱え込み、そして暴発した。

 

 

 

元の人格は見る影もなく破綻し、その聡明な頭脳も陰りを覚えた。

思考に靄がかかるとでも言うべきか、エネドラの行動は直情的なものになった。

 

 

泥の王は幸か不幸か、強くエネドラが頭を捻らずとも敵を滅するだけの力を有していた。

 

 

 

 

 

 

 

追尾弾嵐(ハウンドストーム)!」

 

 

3人の敵部隊がエネドラに一斉攻撃する。

B級21位部隊、間宮隊の追尾弾嵐は3人全員がフルアタックする攻撃力の高い技として知られている。

しかし、どんな攻撃も敵に実体がなければ無意味。トリオン体を液状化して追尾弾嵐を躱したエネドラは面倒そうに視線を上げ、それと同時に敵部隊の直下まで潜り込ませていた液状化ブレードを突き上げた。

 

 

 

「うぜぇな、くそ雑魚が」

 

 

 

無機質な『緊急脱出』という音声が重なり、3つの光が基地へ飛んでいく。

 

 

さっきの透明になるトリガーを使う3人部隊はなかなか良かったが、それ以外は雑魚だ。

玄界(ミデン)の進歩も目覚ましい」などとヴィザは言っていたが、泥の王にかかればなんてことはない。

 

 

 

 

「すまんがここから先は通行止めだ」

 

 

 

だから、新たに現れた1人の男にもさして期待はせずに、その足元に液状化ブレードを忍び込ませた。

 

 

☆★

 

 

 

「すまんがここから先は通行止めだ」

 

 

 

なんとか間に合った夜凪はエネドラに向かってそう言う。

直後、嫌な予感がしてその場から跳び上がると、地面からブレードが突き出ているところだった。

 

 

 

夜凪刀也のサイドエフェクト『超直感』の真価は、戦闘時において発揮される。それこそ未来予知ではないかとすら言われる程の直感は、不意打ちや狙撃を完全に無効化し、ほとんどの攻撃は避けるか防がれるかされてしまう。

 

夜凪にダメージを与えるには、それこそ避けられないほどの飽和攻撃か、夜凪の剣技を上回るほどの武で圧倒するしかない。

 

 

そういう面で言えば、初見殺しこそが真髄の泥の王は夜凪に対して最悪の相性だった。

 

 

 

「あん?」

 

 

 

どういう仕掛けだ?とエネドラは考える。最初に会敵した3人組ーー風間隊は音か振動かで泥の王を避けていた。泥の王のネタが割れているのなら、先程戦った2部隊ーー海老名隊と間宮隊はどうして泥の王を避けられなかった?

簡単な話だ。音、もしくは振動を捉えられる者がいなかっただけの事。

 

なら今、目の前にいるこいつは?

風間隊と同じく音か振動に敏感なやつなのか?

 

 

少しだけ、頭の靄が晴れる。初見で泥の王を防ぐだけの猛者を倒すために思考を回転させる。

 

 

これはどうだーーーー?

 

エネドラは自己を僅かに気体化させると、それを夜凪の体内に潜り込ませようとしてーーー距離を取られる。

 

 

 

 

警戒区域の民家ーーーもはや住人の退去したその屋根に乗って夜凪は呟く。

 

 

「な〜んかやべぇな。固体、液体とくれば次は気体かな?」

 

 

エネドラは気体化の能力についても知られている事に驚愕する。気体ブレードはこの玄界では一度しか見せてない技だ。しかも、夜凪の言い草はたった今、食らってもいないのに看破したかのようなーーーー

 

 

 

夜凪の思考は至極単純。

固体、液体、気体……水の三要素である。夜凪は高卒後は大学に入学しなかった、ボーダーでは珍しい低学歴組だ。そんな夜凪は知識が乏しいがために「あれ?固体、液体とくりゃ次は気体じゃね?」という発想に至ったわけだ。

 

 

 

「六の型ーーー『緋空斬』」

 

 

 

エネドラから距離を取った夜凪は孤月を振り上げると、オプショントリガーを発動する。

 

八葉一刀流、六の型『緋空斬』

 

それは緋き斬撃が空を飛ぶ剣技。旋空とは違う本物の飛ぶ斬撃である。

 

 

泥の王で広げた気体を裂き、液体となったエネドラの肉体の大部分を斬り飛ばす。しかし、エネドラにダメージはない。まさしく糠に釘といった感じだ。

 

 

「ハッ、多少は良い腕してるようだが、所詮は猿だな」

 

 

泥の王に敵はない。少なくともこの玄界には。アフトクラトルに帰ればそれこそ自分以上の強者もいるが、それはそれ。玄界の猿如きに遅れはとらない。

 

挑発を受けた夜凪はしかし、平然としたまま孤月を肩に担いでエネドラを見据えた。

 

 

「猿、か……力に振り回されるだけの阿呆に言われたくはないな。力は所詮、力ーーーどう使うかは自分次第なわけだが、おまえはその黒トリガーに振り回されてるだけに見える」

 

 

夜凪の言葉は正鵠を射ていた。

泥の王は強い黒トリガーだ。それは誰が使っても同じで、別段エネドラが優れたトリガー使いである事を意味するわけではない。

トリガー角が脳にまで根を張る前までは、泥の王を上手く操り国宝の使い手に次ぐ程の実力者と謳われたものだが、今ではその評価も地に落ちた。

 

泥の王を使うのではなく、泥の王に使われているというのはエネドラも自覚しているところだった。

 

 

 

こんなわかりやすい挑発、前なら乗ってやるどころか痛烈な皮肉を返していたところなのだが。

どうも思考に靄がかかったように上手い言葉を思い付かない。

 

代わりに自分の喉から絞り出されたのは、激昂の叫びだった。

 

 

 

「うぜぇんだよ、くそ雑魚がああぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

泥の王による気体ブレード、液体ブレードによる乱斬撃。

それは風間隊にやったものよりも広範囲で、逃げ場などない攻撃。

 

 

 

しかし、

 

 

「二の型」

 

 

気体がブレードと化すより速く、液体ブレードが地面から突き上がるより速く、

 

 

 

「『疾風』」

 

 

 

夜凪の孤月はエネドラを斬り裂いた。

 

 

 

 

 

エネドラは、泥の王は強いが決して無敵というわけではない。

トリオン体には、2つの弱点がある。

1つは『トリオン供給器官』、もう1つは『トリオン伝達脳』である、生身で例えるならトリオン供給器官は心臓で、トリオン伝達脳は文字通り脳だ。

心臓か脳をやられれば死ぬ、というのはトリオン体であっても変わりはない。当然、頭と胴体を切り離されれば死ぬことも変わりない。

 

エネドラの泥の王はこの2つの弱点を液体化、気体化できない。そうしてしまったら供給器官や伝達脳としての役割を果たせないからだ。

だから、エネドラの体内には2つの弱点は確実に存在する。しかし、エネドラは首を飛ばされても胸を吹き飛ばされても死なない。

それは供給器官と伝達脳を、自己の体内でたえず流動させているからだ。不意打ちを食らっても良いように弱点を固体化の能力でカバーする事も忘れてはいない。

 

不意の銃弾くらいなら防げるが、確実にそれを弱点を狙ったブレードの一撃までを防ぐだけの硬度を、固体カバーは備えていない。

 

 

 

「な……」

 

 

風のように軽やかに、風のように鋭く。夜凪の孤月はエネドラの弱点を斬っていた。

 

 

 

エネドラの肉体がトリオン体のそれから生身へと変化する。

 

 

「てめぇ……どうやって」

 

 

エネドラは敗北の屈辱に打ちひしがれながら、どうして夜凪が自分の弱点の場所をピンポイントで斬り裂けたのか尋ねる。2つの弱点は固体カバーに包んで自分の体内をたえず動かしていた。まぐれでかする事はあっても、ピンポイントで狙い撃ちなんてできるわけがないのだ。

夜凪の太刀筋は確実に弱点を狙ったものだった。

 

 

エネドラの疑問に、夜凪は孤月を鞘に納めながらいつもの調子で答える。

 

 

 

「悪いね、おれの直感は鋭いんだ」




VSエネドラ戦終了!

出てきた会でやられるなんてエネドラ、なんて不憫な子……
まあ、夜凪のサイドエフェクトに泥の王はすこぶる相性悪いので、そういう事でひとつ。

かってにエネドラの過去を作ってしまった!これはエネドラがいつか仲間になる伏線かもしれません……?


諏訪隊、風間隊、活躍なし!(ほんとすまん

次回、クロウVSランバネイン!


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ジョーカー、あるいは……

更新が遅れてすまぬ……
引っ越しとかゲームとかが忙しかったんだ……





東春秋……ボーダー隊員では年長の部類に入る彼は、かつてはA級1位の部隊を率いた『最初の狙撃手(スナイパー)』。

戦術理解度が非常に高く、隊員のすべてに慕われていると言っても過言ではない男。

そして、上層部以外では唯一、夜凪刀也がチームを組まない理由を知っている存在。

 

 

 

 

その東が、苦戦していた。

相手はアフトクラトルの人型近界民、ランバネインだ。

 

シールドを貫く圧倒的な火力により隊員たちを落とされてしまうも、合流した荒船隊の面々や来馬と共にランバネイン撃破の術を探っていた。

 

しかも、厄介なのはランバネインに加えて新型トリオン兵がその援護をしている点だった。飛翔・砲撃の特性を持つラービットが2体。

 

 

合流していた柿崎隊はラービットを撃破しようとしてランバネインに発見され、緊急脱出に追い込まれてしまった。

 

ラービットが炙り出しを行い、ランバネインがトドメを刺す。ランバネイン単体でも厄介だが、ラービットがそれに拍車をかけている。

ランバネインは強力なシールドを装備していて且つ常に余裕をもって狙撃にも対応できるように構えている。そこでラービットが砲撃で市街地を破壊して潜伏している隊員たちを炙り出す。

 

単純だがそれ故に強力な作戦だった。

打開できないわけではないが、今の面子だけでは無理だ。少なくともA級隊員が3人は必要だ。もしくは太刀川や天羽のようなジョーカー、あるいは……

 

 

 

 

☆★

 

 

 

警戒区域ーーーそれは、四年前の第一次近界民侵攻で被害を受けた地域の事だ。

多くの死者を出したあの日から、ここから人はいなくなった。警戒区域の中心にボーダーの本部があるのみだ。

 

破壊の痕が目につく。破壊された家屋は少なくはないが、多くもない。まさしく戦争後の景色とでも言うべきもの。

 

 

もしも………もしも。あの時《大地の竜(ヨルムンガンド)》と《千の陽炎(ミル=ミラージュ)》が激突していたら、こんな光景が生まれたのだろうか。

 

帝国と共和国の戦争は本格化する前に阻止できた事は喜ばしい。だけど、その後の世界を見る事ができなかったのは心残りだ。

 

スタークとの約束を果たせなかったのも、リィンを生還させる事ができなかったのも……

 

 

 

ーーーーー感傷だ。

 

 

今からでも遅くない、と思う。

 

スタークとの約束を果たすのも、黒トリガー(リィン)を連れて帰るのも。

 

 

 

「そのためにも、ここを切り抜けなきゃな……」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

クロウの登場にまず気づいたのはランバネインだった。

 

東らを捜しつつ、しかし新手の不意打ちにも対応できるよう割いていた意識に、蒼の騎士の姿が引っかかる。

 

 

猛スピードで飛来する蒼色の騎士人形。遠目にも見えるそれは、普通のボーダー隊員たちとは明らかに違う。

玄界の黒トリガーか?とランバネインは思考を巡らせる。見たところ鎧を身につけているようだが、珍しい。防御力は如何程のものなのだろうか?

 

 

 

「新手か!くらうがいい!」

 

 

真っ直ぐに向かってくるクロウに向かって銃を連射するランバネイン。その手にあるのはアフトクラトルの強化トリガー『雷の羽(ケリードーン)」。雨あられと尽きぬ砲撃が広範囲を破壊するトリガーだ。

 

 

ボーダーのシールドを容易く貫通する攻撃力を持つ弾丸をーーーー

 

 

 

「おおおおおっ……!」

 

 

 

ーーークロウはダブルセイバーを回転させて弾く。

 

さながら、緋き魔王の千の武器を防いだ時のように。

 

 

 

しかし、そこでさらにクロウを狙う砲口がふたつーーーー

 

ラービットがトリオンを集約させ、砲撃を蒼の騎士に向けて放とうとしていた。

 

クロウを視界に捉えたランバネインがうった策ーーー自らを主攻と見せてラービットを伏兵と化し、射程距離に収めるというもの。

正面からの攻撃には強くとも、三方向からの同時攻撃には対応できるものか。

 

 

 

 

「ーーー見えてるぜ」

 

 

だが、クロウにとってはそんなものは見え透いた策だった。

武のみならず知にも長けたクロウにとり、その程度は策とさえ呼べない。

 

 

 

投げ放たれるダブルセイバーは弧を描きラービット2体を切り裂き破壊する。クロウの得意とする『ブレードスロー』だ。

 

 

 

「武器を失くしてどう防ぐ!?」

 

 

 

それをランバネインは隙と判じた。ラービットを破壊されようとも雷の羽の弾丸を撃ちこめればその時点で勝ちだ。

 

 

マシンガンの如く乱射されるトリオン弾はしかし、容易く回避される。破壊力に加えて連射速度が売りの雷の羽…その弾速は決して遅くはない。

しかし、相手が悪過ぎた。

 

 

元々、オルディーネは飛翔能力に長けた騎神だった。そして『七の騎神』の一部となってもその能力は健在だ。

 

銃口に近づけば近づくほど上がるはずの命中率を馬鹿にするように、クロウは空を泳ぐ。

 

 

その様子を見てランバネインは理解する。釣られたのは自分の方だと。初めから避けなかったのは何故か?ラービットによる砲撃を誘発するためだ。

クロウはB級合同部隊と会った際に、すでにランバネインに加えて新型がこの場にいると聞いていた。

しかし、発見できたのはランバネインだけだった。ならば、自分を囮にして新型を釣り出し撃破すれば良い…というのがクロウの狙いだったのだ。

 

 

クロウにとってこの程度は策とさえ呼べない。なぜなら、敵は自分の掌の上なのだから。

 

 

 

 

ランバネインへの肉薄と同時に2体のラービットを破壊したダブルセイバーがクロウの手に戻ってくる。

 

 

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

 

「らあああああ!!」

 

 

 

 

さらに連射速度を上げる雷の羽に、さすがのクロウも被弾する。しかし、ただの一発で騎神の鎧を砕けるはずもなく。

 

被弾覚悟で突撃したクロウだったが、東らを相手にしてなお余裕のあったランバネインの全力を傾けられては、一太刀の元に切り捨てられるはずもなく。

 

 

 

 

狙撃銃の弾丸さえ防ぐ高性能なランバネインのシールド3つが重なり、クロウの一撃を防ぐ。一瞬の抵抗の後に砕けてしまうシールドだが、ランバネインはその間におよそ5発の弾丸をクロウに撃ち込んでいた。

 

 

 

交錯の後に飛び退いて距離を取る2人。

 

 

クロウの鎧にはヒビが入りーーー

 

 

「なるほどな………貴様が…玄界(ミデン)のーーー」

 

 

ーーーランバネインは左腕を失っていた。

 

 

その攻防を見ていた東は光明を見出す。クロウこそが求めていたジョーカー、あるいは

 

 

「ーーー切り札(ワイルドカード)か!」




短いですが今回はここまで!

ワイルドカード、本来の意味とは違いますがクロウのクラフトとかけて使わせてもらいました。



『《蒼の騎士》、軌跡の果てに』は出水、米屋、緑川のA級3バカが東たちの救援に来なかった世界線です。


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境界を守る者としての意地

東たちボーダー隊員に頑張らせたい、と頑張った結果。


《蒼の騎神》オルディーネは、七の騎神のなかでも最弱の部類だと、かつて《黒》のアルベリヒに言われた事があった。

 

別格である《黒の騎神》を除き、上から《金》と《銀》…魔神の力を宿した事のある《緋》…《灰》、《紫》、《蒼》が横並びだと。

まあ、そんな下馬評を覆してリィンは相克を制したわけなのだが。

 

 

 

しかし……確かにクロウは自分の力不足を感じていた。《緋》の魔王には心臓を貫かれ。《紫》には実力負けしており、《銀》の250年の研鑽には及ぶはずもなく、《金》の輝きには畏怖すら覚え、《黒》の圧倒的な力の前には死を覚悟した。

 

 

だが。クロウはそのすべてに勝利してきた。第一相克で《灰》に敗れたとは言え、その後は《灰》と肩を並べて勝負に挑み、その悉くに勝利した。

 

 

いわば《蒼の騎神》オルディーネは…クロウ・アームブラストはリィンに次ぐ相克の覇者とも言える。

 

 

 

 

「いや、それはさすがにねーな」

 

 

 

と、クロウは自分の思考を切り捨てる。

 

自分はいの一番に負けた身だ。リィンとヴァリマールだって自分たちを完全な形で吸収していたら単騎でも《黒の騎神》と勝負できただろう。

 

だから、自分は敗者なのだ。そうでなくても、とうに終わっちまった身だ。何の因果か、とんだボーナスステージに立たされたものだったが……まさか、その先まであるとは思わなかった。

 

三門市なんて異世界に来て、そこでおまえが死んだと聞かされて、さらにはゼムリア大陸に連れて帰れ……とは。

 

 

「どんだけ利子が高いんだって話だな」

 

 

たったの50ミラから始まった関係。それが、帝国を内戦に巻き込み、世界大戦を食い止め、果てには異世界にまで及ぶなんて考えもしなかった。

 

 

 

 

 

 

「戦闘中に考え事とは、ずいぶんと余裕だな!」

 

 

 

 

片腕を失ったランバネインだが、冷静さまでは失ってはいなかった。

雷の羽の連射は、片腕を砲口と化し、もう片腕でそれを支える事で成り立っていた。

片腕を失った今では、雷の羽の連射は不可能に近い。できない事はないが、ここぞという場面にとっておいた方が賢明だ。

 

 

しかし、雷の羽の連射なくしてクロウを仕留めるのはかなり難しい。飛翔能力の高さもそうだが、なにより鎧の防御力が厄介だ。

雷の羽を5発撃ち込んで、ようやくヒビが入った程度。完全に砕くにはいったいどれだけの弾数がいるだろうか。

 

 

こういう時は、誘うに限る。

 

付近にはまだボーダー隊員がいた。彼らの撃破にシフトしたと見せかけてクロウの隙を誘う作戦をとる事にしたランバネインは、弾丸を地面に撃ちつけて粉塵をまき散らした。

 

煙幕だ。それは周囲一帯を包み込み……ランバネインの姿を隠した。

 

 

 

煙幕に隠れたランバネインは背中のユニットから雷の羽の弾丸を放つ。腕砲に威力は劣るものの速射性は段違いで複数同時で撃つ事もできる。

 

 

四方八方に撒き散らされた速射砲が、建物や瓦礫の影に隠れていたボーダー隊員たちを炙り出す、あるいは仕留める。

 

 

ふたつ、空に光が走った。緊急脱出によりボーダー隊員が本部基地に送られる光だ。

 

 

ランバネインの速射性でやられたのは荒船隊のスナイパー隊員である穂刈と半崎。東と来馬は射線から外れており、荒船は片腕を失いながらも何とか回避した。

 

 

 

 

「そうくるかよ!」

 

 

クロウは瞬時にランバネインの狙いを看破する。

これが自分の隙を誘う策である事も。

 

重要度で考えればいい。クロウ・アームブラストという戦力は普通のボーダー隊員と比較にならないほどだ。

東たちを見捨ててでもランバネインを撃破するのが良手だ。見捨てると言ってもボーダーのトリガーには緊急脱出が組み込まれていて、戦闘不能になったら自動的に本部基地に戻るだけ。リスクと呼べるリスクはない。

 

 

そんな事は知っている。この場で何が最善手がわかっている。

 

 

だが。クロウ・アームブラストという人間はここで仲間を見捨てるという選択をしない男なのだ。それはゼムリアのⅦ組の仲間たちと共に戦う中で堅固になった感情だ。

 

 

 

 

 

 

煙幕の中でランバネインを倒すべく動こうとしたクロウの足元を銃弾が穿つ。ランバネインの雷の羽の攻撃ではない。ボーダの規格の狙撃銃による、行動の制止だ。

 

「ーーーーー!」

 

 

それは東が撃ったものだった。「大丈夫だ。だから今は動くな」……そういった意思表示だ。

 

 

察したクロウは動きを止める。彼らも立派な戦士なのだ。自分が庇護すべき対象ではない。ここで助けに動くのは彼らに対する侮辱にも等しい。

 

 

 

ここを凌げばランバネインにはもう手はない。これはクロウを倒せないと判断したランバネインが隙を作り出そうとした苦肉の策だ。

 

これ以上はない。ここを過ぎれば勝ちが決まる。

 

 

だが、この場面を逃がすボーダーではない。

 

 

 

 

 

 

指示を出した東を筆頭にボーダー隊員たちが動き出す。煙幕の中にあってもランバネインは冷静だ。クロウの制止のための狙撃から東の位置を割り出していてもおかしくはない。

東は現在の狙撃ポイントを離れ、来馬は荒船の援護に向かい、荒船はランバネインに向かって疾駆する。

 

荒船の手にあるのはブレード型トリガーの『孤月』だ。荒船は今でこそ狙撃手(スナイパー)だが、およそ8ヶ月前まではバリバリの攻撃手(アタッカー)だった。それも、ボーダー内にも数えるほどしかいない8000点越え(マスタークラス)

 

 

 

「アタリではないが!」

 

 

敏く荒船の存在に気づいたランバネインは、相手がクロウではない事に落胆した様子も見せずに、落とされていない片腕を向ける。

連射性は低いが片腕のない今では腕砲を使わずにそのまま手から弾丸を撃った方がいい。

 

 

2発、雷の羽の弾丸を放つ。

 

 

1発でボーダー規格のシールドを貫通する破格の威力。しかし、シールドが重なっていたらどうだ?

 

 

 

半透明の盾が3枚重ねられる。

荒船のサブトリガーの1枚、援護に回った来馬のメインとサブ両方のシールドで合計3枚。

 

2枚の盾を破壊して1発目の弾丸が消える。あと1発の弾丸を止めるのには単純にあと2枚のシールドが必要だ。

 

しかし、シールドが追加される事がはない。さらに荒船は守る範囲を絞って防御力を上げるどころか、シールドを薄く広げた。

 

 

すべては、東の作戦通りに。

 

 

 

 

「ーーーーー」

 

 

静かに引き金が絞られる。

 

 

東が構えた狙撃トリガーは弾速重視の『ライトニング』。トリトン能力がそのまま弾丸の速度に直結するライトニングは威力は同じ狙撃トリガーである『アイビス』や『イーグレット』に劣る。

 

 

しかし、ライトニングで充分なのだ。そのスコープの先にランバネインの姿はないのだから。

 

 

 

 

瞬間、着弾。

 

 

2つの銃弾が激突する。雷の羽とライトニングの弾丸だ。

東が狙っていたのは雷の羽の弾丸だったのだ。

 

狙撃された雷の羽の弾丸はその場で爆発し、その爆風で煙幕を散らす。

ランバネインはその爆風に煽られて体勢を崩してしまうが、荒船はシールドを広げていたおかげで爆風をやり過ごす事ができた。

 

隙のできたランバネインに荒船が切り込む。ランバネインも咄嗟にシールドで弱点をカバーするが、荒船の孤月は弱点を狙わずにランバネインの片脚を切り飛ばす。

 

 

 

今回の戦い、自分は主役ではない。

 

脇役は主役を輝かせるために体を張れればそれで良い。

 

 

 

「やるな…だが!」

 

 

片脚を失ったランバネインはクロウの攻撃を予期しながら。敗北を悟りながら、ランバネインは続ける。

 

 

「ただでやられるわけにはいかん!」

 

 

背中から放てる弾丸をすべて荒船に叩き込む。舌打ちしながら緊急脱出する荒船。

 

 

そして、振り抜かれるダブルセイバー。

 

 

 

「見事なチームワークだ」

 

 

 

ランバネイン、撃破。

 

 

 

 

 

 

 

トリオン体の換装が解け、生身となったランバネインが倒れたまま呟くように語りかける。

 

 

「よもやこの俺が8人足らずしか仕留められんとは……ヴィザ翁の言う通り玄界の進歩も目覚ましいという事か。……何より、その黒トリガーの些細が気になるところだが」

 

 

「こいつは俺の相棒……いや、とある七つのチカラの欠片さ」

 

 

「七つ……?『ワールドトリガー』か?」

 

 

「なんだと?」

 

 

 

 

会話も短く、ランバネインの左手の手首がチカリと光る。身につけていたブレスレットから黒い穴が周囲にいくつも広がった。

 

その穴のすべてから棘が飛び出しクロウを狙う。クロウは棘を跳びのいて躱すと、ランバネインの背後にさらに大きな穴が開いた。

 

 

「退却よ、ランバネイン。あなたの仕事はここまでだわ」

 

 

穴から顔を出したのは黒い角をつけた女だった。この穴はどうやらワープのようで、ランバネインに声をかけた女こそがそのトリガーの使い手だった。

 

 

「はっはっは!不意打ちも通じんのでは完敗だな!楽しかったぞ、玄界の戦士たち……特に蒼き騎士よ。縁があったらまた戦おう」

 

 

 

「待て!『ワールドトリガー』ってのはーーー」

 

 

 

クロウの問いかけが届く前にワープゲートは閉じられランバネインと女の姿が消え去る。

 

新たな謎を残して、初めての人型近界民戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

☆★

 

 

少し前ーーーーー

 

 

 

「悪いね、おれの直感は鋭いんだ」

 

 

エネドラを下した夜凪はいつもの調子でそう言った。

 

 

 

「直感、だと……?んなもんでーー」

 

 

自分の攻撃を見切るどころか、弱点まで発見するなんて思えない。そう続けようとして夜凪の言葉に答えを得る。

 

 

「サイドエフェクトだよ」

 

 

言った瞬間、エネドラの背後に門が開いた。門からは黒い角の女がエネドラに手を差し出している。

 

やられた、と思った。この問答は迎えが来るまでの時間稼ぎだったのだ。

 

 

しかし次の瞬間、妙な予感がした。

 

ーーーー仲間割れする?

 

 

 

「おせーんだよ!」

 

悪態をつきつつ差し出された手に掴まったエネドラに、女ーーーミラは「あら、ごめんなさいね」と言いながら、その腕を門で切り取った。

 

 

予感しつつも驚愕する夜凪。仲間割れする理由もわからなければ、門を操るトリガーの性能も底が見えない。

 

 

夜凪が脅威に思ったのは、テレポート系ではなくゲート系のワープ使いだからこその反則的な攻撃力だ。門で対象を空間ごと斬り裂ける能力と察せられる。そんなものにはどんな防御でも無意味だ。

加えて門で攻撃を跳ね返したり、相手の背後に開けば不意打ちする事も可能だ。

 

 

惜しそうに泥の王に手を伸ばすエネドラにミラは「回収するのは『泥の王』だけ。あなたは用済み」だと言いとどめを刺す。

 

 

「とても悲しいわ……昔は聡明で優秀な子だったのに」

 

 

 

エネドラは遠征部隊の長にして自分を裏切る決定をした者の名を恨めしそうに呟きながら果てーーーーそれを見届けたミラが門を閉じる前に、夜凪は孤月を振り抜いた。

 

 

「緋空斬」

 

 

空を疾る斬撃はしかし、門によってあらぬ方向へ飛ばされてしまう。

 

 

 

「泥の王を倒したトリガー使い……」

 

 

夜凪を見てミラは呟く。泥の王は黒トリガーであり、その戦闘能力は折り紙つきだ。「泥の王を使って普通のトリガーに負けるのは致命的」とエネドラに告げるほどに。

その泥の王を易々と退けた夜凪をここで倒しておくか、それが可能なのかミラは見定めようとしてーーーー

 

 

「二の型、疾風」

 

 

 

「ーー速いっ!?」

 

 

一足で間合いを詰めた夜凪の孤月を黒トリガー『窓の影(スピラスキア)』の小窓で削り飛ばす。ワープゲートを操るミラにとってそれだけの反応しかできなかったのは恥辱であった。

敵の銃弾をまとめて返却してやるのは勿論、手練れの脳天を一撃で破壊した事もあった。強者である事の自負、味方の役に立てているという誇りがミラにはあったのだ。

 

その誇りを打ち砕く……否、置き去りにする夜凪のスピードにミラは脅威を覚え、そして冷静になった。

 

第一目的はこの遠征を成功させる事だ。優先すべきはボーダーC級隊員ーーー雛鳥たちの確保。自分のプライドなんか二の次だ。

 

夜凪は脅威ではあるが、一人で戦況を覆せるほどの規格外ではない。しかし万が一、自分が倒されてしまえば今回の遠征の成功率は著しく低下するだろう。窓の影というトリガーは戦闘向けの黒トリガーではないが、それを使えるか否かで遠征の明暗を分けるほどの代物だ。この場で自分が落とされるリスクは踏むべきではない。

 

 

 

 

決めてしまえば早いもので、夜凪が次の技を繰り出す前にミラはワープゲートを閉じて夜凪の前から姿を消していた。

 

 

 

 

「……退いた、か?」

 

 

ワープゲートなんて反則的なトリガーを使う相手に油断は禁物だ。夜凪は警戒しつつもミラの退却に納得していた。

人型近界民が攻め込んで来るというのは、なかなかにリスキーだと思っていたのだが、ワープゲートを扱えるトリガーがあれば話は別だ。何せすぐに助けにこれる。そういう意味ではミラはアフトクラトルの遠征の生命線とも呼べる存在に等しいはずだ。

だからこそ、交戦せずに退却を選んだ。実に合理的な判断だ……と理解する。

 

 

夜凪は刀身の半ばから削られた孤月を消して再生成すると鞘に納めた。次にすでに死亡したエネドラに視線を向ける。

 

 

「報・連・相は大事だよね」

 

 

そうひとりごちた後、無線でボーダー本部に連絡しエネドラの死体を回収してもらう事となった。




どこに挟むか悩んでた夜凪vsエネドラのその後!
やはりエネドラの生還ルートはなかったのだ……


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格の違い

実は前回の話は、もっとクロウが活躍する予定でした。
しかし、あまりにも他のボーダー隊員の活躍の場面がなくなるため、ああいった感じになってしまったのです……!

話の最序盤の独白がほぼほぼ無意味になるという………



上手くいっていた。

 

 

 

三雲修は空閑遊真と別行動をとった後、木虎と合流しラービットを一体撃破した。しかし、連続投入されたラービットにさすがの木虎も対応できずキューブ化され取り込まれてしまう。

その後、玉狛第一の木崎レイジ、小南桐絵、烏丸京介の助けにより窮地を脱する。

 

 

 

上手くいっていた……

 

 

 

民間人の避難をしていたC級隊員が狙いだと判明し、C級隊員たちを連れてボーダー本部に退避する三雲だったが………

さらにトリオン兵に囲まれてしまう。ラービットの数こそ少ないものの、50は下らないトリオン兵の群れ。目的のC級隊員たちを狙っての襲撃に、玉狛第一の面々でも対応が遅れてしまい……

 

 

 

 

 

 

迫る影を消し飛ばす、空を破る閃光。

 

 

 

密集するよう誘導されたトリオン兵をまとめて消し飛ばしたのは、トリオンモンスターと話題のC級隊員、雨取千佳のアイビスだった。

 

 

 

トリオン兵を一蹴した三雲とC級隊員たち、玉狛第一は、さらにA級1位部隊の射手 出水公平、同じくA級の米屋と緑川と合流した。

ボーダー最強の部隊と言われる玉狛第一とA級の3バカ(弾バカ、槍バカ、迅バカ)が揃い、余程の事がない限りは崩れないフォーメーションが出来上がった。

 

 

 

 

上手くいっていた……はずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

「金の雛鳥か」

 

 

 

アフトクラトルの遠征艇の中で、そのリーダーであるハイレインが報告を受けて呟く。

 

それは尋常ならざるトリオンを誇る千佳を指しての事だった。

 

 

 

「そろそろ頃合いか。……ミラ」

 

 

 

「はい、出られるのですか?」

 

 

 

「本来は出るつもりはなかったが、ああも手練れが揃われては出るしかあるまい。俺とヴィザ、ヒュースで金の雛鳥と雛鳥の捕獲にいく」

 

 

 

 

そして、遠征艇から三門市に新たなる門が繋がった。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

 

 

三雲修は、軍師であり策士である。

それは先の風間とも模擬戦からでも、後のB級ランク戦でもわかる事だ。

とても中学生とは思えない知識と知恵、工夫で勝ちをもぎ取りにいく。

その能力はボーダーでも上位に食い込むであろう。

 

 

しかしそれは、あくまでボーダー内部に限った話である。

 

アフトクラトル遠征隊の隊長であるハイレインは、自国では領土争いで日々謀略を重ね、戦となれば陣内で策を練る。『神の国』と称されるアフトクラトルを四つに割る内の一つの領主としての判断力にも長ける。加えて上に立つもののカリスマもあるとなれば、三雲に優っている点など一つもない。

 

これこそが軍師として、策士として、戦士として、隊長としての格の違いである。

 

 

 

 

 

 

 

その門に気づいたのは、玉狛第一に着いて来ていたレプリカの子機…ちびレプリカだった。

 

 

 

 

「ヴィザ、本気でやれ」

 

 

 

 

黒い門から飛び降りた3人の人型近界民を視認し、杖を掲げた老人がトリガーを作動させる。

 

 

 

「ええ………、『星の杖(オルガノン)』」

 

 

 

 

 

「伏せろ」

 

 

ちびレプリカの声に咄嗟に反応できたのは、A級の面々だけだった。

 

 

アフトクラトルの狙いがC級である以上、彼らの至上目的は千佳であるとわかったレイジが弟子を庇うべく突き飛ばす。

 

 

レイジの右腕は三雲を星の杖の射程圏外に押し出し、その先にいた千佳を刃から守り抜きーーーー切り飛ばされた。

 

 

 

それだけでなく、杖の老人の周囲は切り裂かれている。ボーダー隊員たちはもちろんのこと、建物や地面まで御構い無しだ。

 

 

 

 

着地した3人の人型近界民を見て戦々恐々とするC級隊員たち。彼らの大半は先の星の杖によりトリオン体の換装が解除され生身となってしまっている。

 

 

そこに追い打ちをかけるように大量のトリオン兵が投入される。

 

 

 

 

「三雲!おまえはC級を連れて避難しろ!米屋、フォローしてやってくれ」

 

 

 

「りょーかい」

 

 

「…了解!」

 

 

 

足止めを買って出たのは玉狛第一と出水と緑川だった。米屋はC級をボーダー本部に続く避難路に導く三雲のお守りに任じられる。

三雲も優先順位を鑑みて素直にレイジの指示に従う事にした。

 

 

 

しかし、それをアフトクラトルの面々が許してくれるはずもない。

 

 

 

 

「逃がすか」

 

 

ヒュースが『蝶の楯(ランビリス)』で銃をつくると千佳に向かってトリガーを引く。しかしそれに気づいた三雲が腕でガードし事なきを得る。

 

さらに追撃しようとしたヒュースだが、そこに烏丸のアステロイドが撃ち込まれる。

 

 

「おまえたちの相手は俺たちだ」

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「ここまで、来れば……!」

 

 

 

三雲と米屋はC級隊員たちを連れてボーダー本部に繋がる緊急用の避難通路の入口まで来ていた。

三雲が手をかざすとロックが解除され、ドアが開いた。

 

 

あとはここからC級をボーダー本部に逃せばミッションコンプリート…という段になって彼らの前にラービットが現れる。

 

 

 

「千佳、みんなを連れて逃げろ!」

 

 

三雲が指示を出すと千佳は「うん!」と返事してC級の仲間たちと共に避難通路に入っていく。

 

そうはさせまいとラービットは大きな腕を振り上げる。

 

 

気づいた三雲がレイガストをシールドモードで構えるが、ラービットの剛腕は人ひとりなら易々と吹き飛ばしてしまうほど。吹き飛ばされた三雲が避難路を破壊してしまうところまで予期した米屋は、三雲の背にシールドを2枚重ねた。

 

今の最優先はC級隊員の避難だ。避難通路の崩落は避けなければいけない。C級を狙うラービットの拳を三雲が受け止めるのならば、三雲がそのパンチで吹き飛ばされないようにすれば良い。

シールド2枚のフルガードならば、三雲のレイガストで軽減したパンチの威力は殺しきれるはず。これなら最悪、三雲がレイガストとシールドのサンドイッチで緊急脱出するだけで済むーーーー

 

 

しかし、予想とは往々にして裏切られるもの。

ラービットは振り上げた拳を防御に回す。迫り来る弾丸から身を守るために。

 

狙撃銃のトリガー『イーグレット』はトリオン量に比例して飛距離が伸びるという特性がある。ゆえにラービットはどこから狙撃されたのかわからない。代わりにその目が捉えたのは、獰猛な影だった。

 

 

瞬間、しなる刃。

 

 

ブレード型トリガー『スコーピオン』2つを無理矢理に繋げたその技は、まるでカマキリの如くして、マンティスと呼ばれている。

 

そのマンティスの考案者にして使い手であるB級2位影浦隊隊長、影浦雅人が参戦する。

 

 

影浦のマンティスはラービットの防御を掻い潜り腹部を引き裂いた。

 

 

「ゾエ!」

 

 

影浦が愛称で呼ぶのは悪友でありチームメイトの北添尋。

 

さらに北添が登場し、メテオラをラービットの引き裂かれた腹部に撃ち込んだ。

よろめきながらも倒れぬラービットの弱点を、今度こそイーグレットの狙撃が仕留め打つ。そのイーグレットの使い手こそ影浦隊のスナイパー、絵馬ユズルだ。

 

 

 

影浦隊のコンビネーションは瞬く間にラービットを撃破した。その動きはA級部隊に相当する。事実B級上位部隊はA級予備軍と呼ばれており、今のB級1位と2位の部隊はかつてA級だったほどだ。

 

頼もしい援軍に安堵の息を漏らす三雲と米屋。

 

 

 

三雲は玉狛第一と出水、緑川が人型近界民と交戦している事を伝える。

すると影浦は「面白そうだ」と言って米屋と共に救援に向かう。

 

 

「僕も行きます…!」

 

 

その後に続こうとした三雲だったが、影浦と米屋に制止される。

三雲修はまだまだ未熟である。本来はB級としての実力さえ持たぬ、ただのメガネ。特例でC級からB級に昇格したものの、その実力はようやくトリオン兵モールモッドを倒せるほどだ。

 

 

そんな自分が加勢に言ったところで、意味がないのはわかっていた。ゆえに2人の制止を三雲は受け入れた。

その後、三雲は避難通路から本部へ避難するC級の援護をする事になった。避難路の位置が敵に漏れている事は考えにくいが、C級隊員たちは星の杖の攻撃によって大半がトリオン体を破壊されて生身の状態だ。B級隊員がそばにいてやるだけで心強いだろう。

 

 

 

 

そして、三雲修は自らの無力を思い知る事となる。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

凶悪。

 

その一言に尽きる。

 

 

神の国、アフトクラトルの玄界侵攻の人型近界民であるヒュース、ヴィザ、ハイレインのコンビネーションは、おそろしく緻密でありながら大胆、そして穴がないものだった。

 

 

 

「『卵の冠(アレクトール)』」

 

 

 

ハイレインの操る黒トリガー『卵の冠』は、自らのトリオンを生物のカタチとして放ち、それに触れたトリオンをキューブ化させる能力を持つ。それはトリオンで構成された武器も同じ事だ。防御すら許さぬ最悪の敵。

 

 

 

その卵の冠の能力を理解したボーダー隊員たちは必然的に回避を選択する。

そこに、

 

 

「蝶の楯」

 

 

アフトクラトル最新鋭のトリガー、蝶の楯は無数の欠片により構成される。その真価は磁力と斥力。

磁力と斥力により超高速となった欠片の弾丸は回避する隙などなくガードするしかない。欠片を1つでも身に受けたら最後、磁力によって行動を制限される最巧の敵。

 

 

蝶の楯の弾丸をガードしたボーダー隊員らに襲いかかるのは、もう1つの黒トリガー。

 

 

 

「星の杖」

 

 

 

星の杖、アフトクラトルの国宝であるこの黒トリガーに、すでに緑川と木崎が緊急脱出していた。

 

不可視の斬撃はシールドさえすり抜ける……と思われていたが、緊急脱出した木崎が、その正体を見抜いていた。

 

 

円周上を疾る刃。それこそが星の杖の能力だ。星の杖を中心に大小様々な円を作り出し、そこに刃を走らせる。シールドをすり抜けると勘違いしたのは斬撃は正面からではなく横からだったから。不可視だと思ったのは、ただ単に見えないくらい速いだけだ。

 

 

 

 

ハイレインが誘い出し、ヒュースが動きを止め、ヴィザがしとめる。

 

 

この3人の連携はその形が基本であり、また凶悪であった。

 

 

 

 

無論、基本があれば応用もあるのが世の常だ。

 

 

 

 

 

 

 

「どうすんのよ!?このままじゃジリ貧だわ!」

 

 

「耐えるしかありません。C級を避難させた米屋が影浦隊を連れて戻ってくるのを待ちましょう」

 

隊長である木崎を緊急脱出に追い込まれていたが、玉狛第一の小南と烏丸は冷静さを失ってはいなかった。

 

 

現在、玉狛第一はヒュースとヴィザの2人組と対峙していた。

すでに緊急脱出してしまったが、緑川と木崎によりハイレインはヒュースとヴィザから離され、出水と単独で戦っている。その出水にはちびレプリカが同行し、卵の冠の柔軟な攻撃から出水を守っていた。

 

 

ヒュースとヴィザの連携では、先ほどのハイレインの役目をヒュースが負う形となっていた。

 

つまりは誘導、それに加え本来の役割である足止めもだ。幾分か効果は落ちるもののしかし、ヒュースはその両方をやってのけるほどには優秀だった。

 

 

 

こういった敵地では、一般民を脅かす事により敵兵を分散させるのが良く効く手だと知っているヴィザだが、今回においてはその作戦は使えそうにない。

ボーダーによって門を誘導されてから、各方向に分散させたトリオン兵らがほぼすべて撃破されているからだ。

どうやら相当の使い手が市民の守りに入っているらしい、とヴィザは考えていた。ならば、今求められるのは現状の打破。

 

玉狛第一の動きから、援軍が向かって来ていることを察知したヴィザは手札を切る。

 

 

トリオン兵に指示を出して玉狛第一を襲わせた。ラービットならぬ既存のトリオン兵ならば足止め程度にしかならぬ。しかし、ほんの1秒でも気を逸らせればそれで充分。

 

 

呼び出したのは捕獲用のバムスター。玉狛第一の隊員たちのような熟練のトリガー使いを相手にすれば1秒も保たずに倒されるであろう雑魚。

しかし、相手の視界から自分を消すその巨躯が今は重要なのだ。

 

 

 

「邪魔よ!」

 

 

視界を奪われた小南と烏丸はすぐにヴィザの狙いを察する。この目隠しの裏でヴィザが星の杖を解放すれば、避けることは困難だ。

 

 

 

「小南先輩!」

 

 

仕掛けた小南を制止するように呼びかけるが、すでに遅い。

 

 

小南の『双月』は一撃でバムスターを狩り、ヴィザの星の杖の刃は小南を捉えーーーなかった。

 

 

 

一足でバムスターまで距離を詰めた小南はそのままトリオンの弱点である目を破壊、そのまま高く飛び上がった事で星の杖の刃を躱していた。

 

 

攻撃手3位、天性の戦闘センスを持つ小南だからこそできた、老練の達人の読みすら上回るアクション。

 

 

飛び上がった小南は爆散する前のバムスターを蹴ってヴィザに向かって加速する。

バムスターの爆散によって生じた爆風を受けてさらに加速。体勢を崩さぬ事に苦心しながら、無機質な音声を聞く。

 

 

「『接続器(コネクター)』ON」

 

 

小南の両手にある2つの小型の刃が接続され、大きな戦斧へと変形する。

 

 

 

 

一撃でヴィザを両断するべく豪快に戦斧を振りかぶった小南。2段階の加速によりすでにヒュースの援護は追いつかない。

 

 

もらった!と小南は確信する。

 

 

 

そして、そのまま。

 

 

 

再び無機質な音声が現実をアナウンスする。

 

 

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 

 

一刀、両断。

 

 

 

戦斧を振りかぶったまま、小南のトリオン体は2つに分かたれた。

振り抜いた体勢のヴィザ、その手にあるのはトリオンの剣である。

星の杖とはただ円周上に刃を走らせるだけではなく、その杖の中に刀を隠す黒トリガー。

 

 

 

「仕込み杖か!」

 

 

星の杖が中〜遠距離を得意とするトリガーだと思っていた玉狛第一からすれば、まさに悪夢の如き事実だ。

しかもあの老人は単純な接近戦でも強いと烏丸は見抜いた。

 

 

 

米屋と影浦隊が到着するまで、あと3分弱。

 

 

判断は一瞬。

 

 

「『ガイスト』起動」

 

 

 

烏丸が判断するのに止まった一瞬を撃ち抜かんと、ヒュースが蝶の楯の超速弾丸を撃ち放つ。

しかし、烏丸は刹那の間に姿を消した。そこに無機質な音声だけを残して。

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

機動戦特化(スピードシフト)

 

 

 

瞬く間にヒュースの背後に回り込んだ烏丸は防御の薄い左腕を斬り飛ばす。

さらなる一撃を加えようとしたところで、小南を切り裂いた神速の一刀が抜き放たれる。

 

ヴィザの振るった一太刀を距離を取って躱した烏丸からは、トリオンが漏出しているのが見てとれた。

 

ガイストとは、あえてトリオン体のバランスを崩す事によって武器や脚にトリオンを集中させてパワーやスピードを上げるトリガーだ。

もちろん、トリオンを漏出させるため長続きはせず、およそ3分という時間制限を過ぎたら緊急脱出してしまう短期決戦用の切り札だった。

 

 

 

そのガイストを起動させた烏丸を見てヴィザは「ほう…」と感心したように漏らし、少しだけ笑んだ。

 

 

「あなたがこの部隊のジョーカーだったか」

 

 

 

☆★

 

 

 

 

出水vsハイレインは、ほぼ互角のまま状況は沈着していた。

 

ハイレインのトリガー、卵の冠はトリオンならば何でもキューブ化してしまうという凶悪な性能を持ち、さらにはキューブ化したものからトリオンを吸収する能力すらあるが、生物を模したトリオン攻撃しかできないため、単純なスピードだけならヴィザの星の杖どころかヒュースの蝶の楯にすら劣る。

 

その代わりにトカゲやクラゲを模した攻撃で敵を足元から崩す搦め手を使うのだが、今回に限ってはその搦め手は成功していない。

 

鳥のトリオン攻撃で出水の意識を上に引きつけてトカゲのトリオン攻撃で足元からキューブ化させるつもりだったのだが、ちびレプリカがシールドを張った事により防がれてしまった。

ちびレプリカのトリオン量は少ないが、下からも攻撃があると警戒されたのが何よりの痛手だ。

 

 

しかし、スピードでは劣るとは言え卵の冠のトリオン弾をすべて撃ち落とす出水の実力はさすがA級1位部隊の射手。弾バカと呼ばれるだけはある。

 

その出水は、ハイレインの卵の冠の能力について考えていた。卵の冠はトリオンならば無差別でキューブ化してしまう恐ろしいものだが、逆にトリオン以外の物質には効かないのではないか?

 

 

仮説はあったが、それを実行する事はできない。対応に手一杯というのもあるが、生き埋めにするにも瓦礫が少ない。というか戦闘の余波で近場の建物は全て倒壊してしまっている。

 

 

「だけど逆に……」

 

 

それは、狙撃手の射線を遮るものがないという事だ。

 

 

 

 

瞬間、着弾。

 

 

「む……」

 

 

ハイレインを守るようにその周囲を泳いでいたサカナの形をした卵の冠の防壁の一部がキューブとなる。

 

 

「やーっと来たか」

 

 

安堵の息を漏らす出水。遠くでスコープを覗くのは影浦隊のスナイパー、絵馬ユズルだ。

出水の救援要請を受けて影浦隊は絵馬をヘルプに寄越したのだった。

 

 

 

「狙撃手か……だが……」

 

 

 

サカナの防壁を増加させるハイレインだが、その意識のズレを見逃す出水ではない。

 

 

 

「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 

出水の両の手に現れるトリオンキューブは、ただの1秒も待たずに1つのキューブに変化する。

 

 

「『変化弾(バイパー)』 + 『炸裂弾(メテオラ)』 = 『変化炸裂弾(トマホーク)』」

 

 

合成弾。出水が考案した射手用のトリガーを練り合わせる技術。二種類の弾を組み合わせて様々な効果をもたらす事ができる。

バイパーとメテオラを合成してできたトマホークは、軌道を操作できる炸裂弾だ。

 

 

トマホークはハイレインを囲むとサカナの防壁にぶち当たり、周囲を派手に照らす。

サカナの防壁はトマホークの炸裂によって大幅に削られ、キューブと化して地に落ちて行く。さらにハイレインは爆風に煽られて体勢を崩してしまう。

 

ハイレインは防壁を増やすか体勢を整えるか選択を迫られる。瞬時に後者を選ぶが、それが間違いであったと刹那ののちに痛感する。

砂埃舞う状況において狙撃は困難である。そんな当然の理解を覆す技量を、絵馬ユズルが持つと知らぬがゆえに。

 

 

 

イーグレットから放たれた弾丸がハイレインの腹部を撃ち抜く。

脇腹を大きく削られたハイレインは渋面をつくりながらサカナの防壁を増加させる。

次いで、二度の狙撃。サカナの防壁がキューブと化す1発。残る1発は防壁の間をすり抜けて右足を貫いた。

 

 

 

着地したハイレインを出水のアステロイドが追撃する。それはサカナの防壁でなんとか防ぐが、トリオンの漏出がひどく継戦は困難に思われた。

 

 

出水はハイレインの様子を見て勝利を予想する。あれだけトリオンが漏れていれば、ボーダー隊員なら緊急脱出は必至だ。それはこの黒トリガー使いも同じであろうと。

 

 

しかしーーーー、

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

黒い門が開き、女の人型近界民が現れる。

 

 

 

「エネドラの始末、終了しました」

 

 

「ああ」

 

 

「それと」と女の人型近界民ーーーミラはさらに門を開き、多数のトリオン兵を出現させた。

 

 

「必要かと思いまして」

 

 

「良くやった」

 

 

ハイレインはそう言うと、卵の冠でトリオン兵をキューブ化させてトリオンを吸収する。さらに吸収したトリオンで傷を修復したのだった。

 

 

「おいおい……反則だろ……!」

 

 

「さらばだ、玄界の射手」

 

 

出水の背中に当たる卵の冠の攻撃。ミラの黒トリガー、窓の影によってワープしてきたものであった。

 

 

緊急脱出、と無機質な音声が出水公平の敗北を伝える。

 

 

 

☆★

 

 

 

「チッ」と珍しく舌打ちしたのは迅だった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

隣を駆けるのは黒トリガーを起動させた空閑遊真だ。

 

 

「最悪だ……こんなときに、食い合った……!」

 

 

迅のサイドエフェクトは未来予知。可能性のある未来の世界を見ることの出来る千里眼だった。

と言っても、実際に目にした事のない人物の未来は覗けないし、遠い未来になるほど精度は低い。しかし逆に近い未来の出来事ならば高確率で予知した事が現実になる。

 

その未来予知で、迅は自分の予知の最悪が更新されるのを視てしまった。

 

 

 

「?」を浮かべる遊真に迅は説明する。

 

 

「俺のサイドエフェクトだけど、ボーダーにはそれに似たサイドエフェクトを持つやつがいる」

 

 

一瞬の間を置いて迅は、その者の名を語る。

 

 

「夜凪刀也……ヨナさんの『超直感』だよ」

 

 

「ヨナさんの……で、それが?」

 

 

「ヨナさんも自分の直感に従って最良の未来を掴み取ろうとする。俺も同じように最良の未来を予知で引き寄せようとする」

 

 

2人の男が未来に干渉しようとする。するとどうなるか?

 

 

そんな問いかけに悠真は当然のように「良くなるんじゃないの?」と答える。

 

 

「未来はそんな単純なもんじゃない」

 

迅はらしくなく焦った表情で続ける。

 

未来とはいい未来から悪い未来まで順番に並んでいるわけではなく、最善の道と最悪の道が隣り合ってる場合もあり、揺れ動く未来はレールを転がる玉のようなもので、ちょっとした干渉で弾かれて隣のレールに移るものだと。

 

今回、迅が選び取ろうとした未来は、最高から2〜3番目のものだった。そこから1番近い最悪の未来では、三雲修が死んでしまうものだった。

 

しかしたった今、視た未来では運命の玉は正真正銘、掛け値無しの最悪のレールの上に乗ってしまっていた。

それこそ刀也がサイドエフェクトで掴み取ろうとした最善の未来のレールのすぐ隣にあった最悪の未来だった。

 

 

 

「………避難通路から基地に逃げるC級とメガネくんが、やられる」

 

 




主人公どころか刀也すら出ない展開(笑)

A級3バカが東の救援に来なかった世界線という説明は前々話くらいの後書きで説明しましたが、そのためC級の援護に早く駆けつけられたというわけです。
しかし、C級の援護が万全になってしまったがためにハイレインがヴィザ、ヒュースと共に出撃してしまったわけですね。

それと、原作では開かなかった緊急用の避難通路の扉が開いたわけですが、イルガーの特攻どころかエネドラの基地への侵入すら許さなかったからです。その2ファクターがなければ避難通路は使える事としました。
そして、避難通路が使えれば最善の未来へと繋がると直感した刀也がイルガーの特攻から基地の絶対死守を指示しエネドラを基地に侵入させなかったのです!
しかし、その最善は三雲修の腕に「蝶の楯」のマーカーがつけられた事で最悪に変貌してしまった……というのが今の状況です。


時系列がだいぶグチャっとなったので整理。

人型近界民と交戦開始→風間がエネドラに敗れる→クロウとランバネインが交戦→刀也がエネドラと交戦、勝利→クロウがランバネインに勝利→ミラがハイレインに合流(イマココ!


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剣士。受け継ぐもの

物語が思い浮かんで、矛盾のないように辻褄を合わせる。それがピタリとはまった時って気持ちいいよね。


今がそれです。


真っ直ぐの長い道のり。ボーダー本部基地へと繋がる緊急用の避難通路で、三雲修は冷や汗を流した。

 

先程、出水の緊急脱出の報せを受けたばかりだ。その少し前には小南の、さらには木崎レイジと緑川の緊急脱出もあった。どうやら敵はかなり強いらしい。

 

 

今まではどこかで大丈夫だろう、と高を括っていた。しかし、尊敬する玉狛第一の先輩たちがこうも短時間でやられた事実を知って三雲は少しだけ怖気付いた。等間隔に並ぶ蛍光灯が薄暗く照らす通路が、絶望的な未来を暗示している気すらしてきて、そんな幻想を振り払う。

 

 

 

三雲は振り返ってC級たちの様子を見る。C級たちの大半は人型近界民の攻撃によってトリオン体の換装が解けて生身となってしまっている。トリオン体のスピードで基地まで退避したい所だが、それをやると生身のC級たちを置いていってしまう事になる。

生身のC級隊員たちはすでに肩で息をしていた。命が危険に晒されている状況で固くなるなというほうが無理な話だ。

 

 

三雲はC級隊員たちを置き去りにしないように、しかし可能な限り最高速度で通路を進んだ。

 

 

そして、薄暗い廊下の先に、さらなる闇を垣間見た。

 

 

闇は円の形を成して、そこからトリオン兵が出現した。門から現れたのは蝶の楯タイプのラービットだ。

 

 

「新型……!」

 

 

なぜここにピンポイントで来ることができたのか、それを考える一瞬でラービットは先手を打っていた。

 

腹部から射出される無数の欠片。三雲はレイガストをシールドモードにして防ごうとするが、欠片は散弾銃のようにばらけてレイガストのシールドを躱してC級隊員たちにヒットした。

 

振り返る三雲。幸いな事に欠片そのものには殺傷能力はないようでトリオン体、生身かまわずに欠片が体にくっついているだけだった。

 

 

しかし、ならばこの攻撃の意味はなんだ?

 

それを思考する刹那が、どうしようもなく三雲修の戦闘経験の少なさを示していた。

 

 

ガチン、ガチンという音が連鎖する。C級隊員たちは体に付着した黒い欠片に引っ張られてるようにくっついていた。

 

 

これはーーーーー磁力!?

 

 

思考、理解。すべてが遅い。

 

 

 

ガチン、と引っ張られた三雲。先程のラービットの攻撃は防いだが、それより以前ーーーーヒュースの攻撃から千佳を守った時に、三雲の腕には蝶の楯の欠片が付着していた。

 

 

「ぐっ……アステロイド!」

 

 

腕を床に張り付けられながらも三雲はトリガーを切り替えてアステロイドをラービットに向けて放つ。しかし、三雲のトリオン量は平均以下。ラービットの外皮を貫くだけの威力がなかった。

 

防ぐ必要もない、とばかりにラービットは迫るアステロイドを胴体で受け止める。アステロイドを受け止めた体勢のままさらに欠片を放つ。

 

 

その欠片群は三雲を床に拘束し、残るC級隊員たちを完全に無力化した。

 

 

 

なす術なく訪れた最悪の展開。免れ得ない無力感に苛まれるのも束の間。

黒い欠片に拘束されながらも千佳が三雲に向かって手を伸ばしていた。

 

 

「修くん…わたしのトリオンを使って」

 

 

千佳も動かず、唯一セットした狙撃銃のトリガーは使えない。しかし三雲のセットしている射手用のアステロイドなら片手で撃つことができる。

 

 

蝶の楯の拘束で非常に重い腕を上げて千佳と手を繋ぐ三雲。「トリガー臨時接続」の音声が心強い。

 

 

「アステロイド!!」

 

 

叫ぶと、形成されるトリオンキューブ。それは三雲修が展開するアステロイドのトリオンキューブとは比較にならず、ボーダー最高クラスのトリオン量の射手、出水のそれよりも遥かに巨大なものだった。トリオンキューブの大きさは単純に規格外の破壊力を表している。

 

 

トリオンの弾丸、ならぬ砲撃は確実にラービットに向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、悲しいかな。世には相性というものがある。

 

 

 

 

無数の欠片を繋ぎ合わせてシールドを作り出したラービットは、千佳のトリオンで三雲が放ったアステロイドの砲撃を、跳ね返した。それはあたかも、鏡が光を反射するように。

 

 

跳ね返されたアステロイドは三雲たちの頭上を通過し、通路を崩壊させる。

崩落した通路はアステロイドの威力を物語り、同時に退路が断たれた事も示していた。

 

例え退路が断たれていなかったとしても、すでに蝶の楯の欠片の磁力により拘束されてしまっている。

これで、何もかもが通じなかったと痛感させられて、終わり。

 

 

 

ラービットの胸部が開き、触手めいた何かが三雲を捕らえる。

 

 

「修くん!」

 

 

千佳が三雲の名前を呼ぶが、三雲は目を合わせずに……目を合わせる事もできずに。諦めたように呟いた。

 

 

 

「千佳……すまない………」

 

 

 

そうして、三雲修はトリオンキューブとなってラービットの腹部に収められたのだった。

しかし、ラービットのトリガー使いの確保がこれだけで終わるわけがなくーーーーーー

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「じゃあおれ、急いだ方がいいよね?」

 

 

 

迅の予知した最悪の未来を聞いた遊真は、そう尋ねた。

 

 

 

「ああ、頼む」

 

 

当初の予定からはずれるが、もう遊真は迅とスピードを合わせる理由がなかった。

迅の返事を聞いた遊真は、無表情のままに「わかった」と言って足元に印を描いた。

 

 

『弾』印(バウンド) 五重(クインティ)

 

 

ものを弾き、跳ね飛ばす効果を持つ印。たったの1つでボーダー製のグラスホッパーの倍以上の効力をもつそれを、五つ重ねる。

 

 

遊真はそれを踏みつけると、音速を超えたスピードで三雲たちの元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

スピードが少し落ちた頃に遊真は自分の左手に話しかける。

 

 

「レプリカ!オサムたちの位置はわかるか?」

 

 

 

すると、ニュー…と遊真の左手から自律型トリオン兵のレプリカが出てくる。

 

 

 

「反応がロストする以前は緊急用の避難通路にいたようだ。まずはそこに行ってみるというのはどうだ?」

 

 

 

「わかった!」

 

 

地下にあるはずのそれの場所をレプリカが伝えなかったのは、そこは、見ればわかる、からだった。

 

千佳のトリオンで三雲が撃ったアステロイドはラービットの欠片の反射盾により跳ね返され避難通路を崩壊させたが、アステロイドの威力はそれだけに留まらずに地下から地上を打ち抜く光の柱と化したのだった。

 

ぶち抜きとなった地上と崩落した地下通路の前には、多くのバムスターが集まっていた。

 

 

「なんでバムスターが……」

 

 

「ユーマ、疑問は尤もだが」

 

 

 

「わかってる。『強』印(ブースト) 二重(ダブル)

 

 

 

遊真の背中に現れた印は、そのままパワーアップを意味している。

さらに『弾』印を発動させてバムスターを一体破壊すると、

 

 

 

『鎖』印(チェイン)

 

 

 

破壊したバムスターを鎖で拘束し、『強』印のパワーそのままに振り回して周りのバムスターを乱雑に破壊した。

 

 

 

避難通路に降り立った遊真が見たのは、換装の解けた生身のC級隊員たちだった。

 

 

 

「ひ、人型近界民!?」

 

 

「いやでも、なんでバムスターを…!?」

 

 

「あ、おまえ!白い悪魔!?」

 

 

 

遊真の黒トリガーの姿を初めて見る者は、遊真を敵と見て怯えるが、この場での遊真の幸運は、いつかの3バカがいた事だった。

C級ランク戦で遊真にフルボッコにされた3バカは、遊真の黒トリガー姿は初見だったが、恐怖ゆえにその顔を覚えていたのだ。

 

 

「なにがあった?」

 

 

いつになく真面目な、機械のような遊真の冷たい瞳に3バカを筆頭とするC級隊員たちは何があったか遊真に伝えたのだった。

 

 

 

 

曰く、ラービットの強襲により三雲が敗北。その場の全員が蝶の楯の欠片により拘束された。ラービットはトリオン体の隊員たちをキューブ化して離脱し、その後バムスターが生身のC級隊員を捕獲にやってきた。

 

 

「なるほど….」

 

 

「ラービットはトリガー使い捕獲用のトリオン兵だ。生身の人間を捕獲、回収する術はないようだ」

 

 

レプリカはラービットの性能を理解したようで、わかりやすく説明した。だからこそ民間人捕獲用のバムスターが駆り出されたのだろう。

 

 

「ならオサムたちはどこに……?」

 

 

三雲や千佳たちトリオン体の隊員をキューブ化して捕獲したラービットはどこへ行ったのか。次の問題はそれになる。

 

 

と、考える遊真が何者かの気配を感じ取って通路から地上を見上げた。

そこにいたのは、3人組の黒いスーツに身を包んだ男たちだった。

 

 

「おっ、いましたよ二宮さん。こいつでしょ、玉狛の黒トリガー」

 

 

「迅さんから連絡ありましたからね、こんなに速いとは思いませんでしたが」

 

 

 

「チッ……早く上がって来い」

 

 

 

 

遊真が地上に戻るとそこにいたのは、やはり戦場には似つかわしくないスーツ姿の男たち。しかし、このホスト崩れたちこそがB級1位の二宮隊であった。

 

 

 

「空閑遊真だな」

 

 

「そうだけど」

 

 

 

「俺と来い。ラービットを追う」

 

 

 

「ここは俺とこいつで守るから、二宮さんと行ってきな」

 

 

こうして隊長の二宮と遊真が隊員をキューブ化、回収したラービットを追撃する事となり、隊員の犬飼と辻が崩落した通路のC級たちを守護する役目に割り振られた。

遊真としても、こうした効率的なやりとりは嫌いではない。二つ返事で了承して二宮と行動を共にするのだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

手の甲のタイマーは、残り40秒を切っている。

 

 

 

ガイスト…それが使える時間は残りわずかとなっていた。しかしそれは逆説的にそれだけの時間稼ぎができたという事だ。

 

 

モードは常に機動戦特化。このスピードについて来れる者はボーダーにも数少ないであろうという自負はあった。ガイストの初代の使い手には遥かに及ばないとしても、ガイストを使う自分はボーダー内部でも屈指の強者であるという自負が。

 

 

だが、かすりもしない。ありえない、なんだこの老人は!?

 

 

 

 

ヴィザは少しだけ残念そうな顔をして、烏丸の攻撃を凌ぎながら言う。

 

 

「玄界の勇士よ、見事です。……しかし、悲しいかな」

 

 

少しだけでもダメージを与えなければ。かするだけでいい、触れるだけでいい。どこかに剣を突き立てなければ。

ガイストのトリオンの割り振りをさらに機動力に注ぐ。こうなればすでに残像ができるほどのスピードになる。見えるはずがない。対応できるはずがないのだ。

 

 

「あなたは優秀な戦士ではあっても……」

 

 

 

なのに、なぜ………

 

 

最後の一瞬、残るトリオンを一太刀に込める。踏み込みを鋭く、機動力に割り振ったトリオンをすべて孤月に注ぎ込む。

 

踏み込んだアスファルトが割れ、孤月は溢れ出るトリオンで白く輝き剣風を纏う。

 

 

「ーーーー剣士ではない」

 

 

 

烏丸の全霊の一撃を星の杖のブレードを重ねて防ぎ、動きの止まった烏丸を仕込み杖の刀身で切り裂いた。

 

 

「動きが合理に寄り過ぎていて、読むに容易い」

 

 

緊急脱出。またひとつ、基地へと星が流れる。

 

 

 

「さらば、玄界の勇士よ」

 

 

 

緊急脱出により玉狛支部に向かう烏丸を見ながら、呟きーーーー

 

 

 

「ーーーーッ!?」

 

 

 

途端に寒気を感じた。否、殺気と言うべきか。その殺気の根源から抜き放たれるのは蟷螂のカマ?否、それは断じてマンティスなどというものではなく死神の鎌の如く。

 

 

身をかがめたヴィザであったが、しなる刃に浅く顔を裂かれてしまう。

 

 

 

「チッ……間に合わなかったか」

 

 

影浦雅人が、到着した。その獰猛な眼は烏丸がガイストを起動してなお手も足も出なかった老練の達人に向けられている。

 

 

 

「ほう……戦士の次は獣とは。玄界の組織はなかなかに面白い人材を育てているようだ」

 

 

 

ガイストを起動した烏丸を眼前にした時と同様、ヴィザは少しだけ笑む。これから起きる戦いに、心躍らせるように。

 

 

そのヴィザに撃ち込まれる、3発のメテオラ。グレネードランチャーの形をしたトリガーを構えるは影浦隊の北添だった。

 

しかし、むなしくも3発のメテオラは宙空で爆散する。

 

 

 

「ええ!?」

 

 

弾に狙撃するような変態がボーダー内にいる事は知っていたが、北添の目には何もなくメテオラがただ爆散しただけにしか見えなかった。

 

 

「ゾエ!ジジイの黒トリガーだ」

 

 

しかし、影浦はそれが何かちゃんと理解していた。普段は不真面目な影浦だが、こと戦いとなれば話は別だ。しかも、相手は極上と来ている。

駆けつける最中に玉狛第一と人型近界民の交戦記録は見ていたし、緊急脱出した隊員たちから通信で色々と助言も受けた。黒トリガーの使い手と戦うのに、こうもお膳立てされては。

 

これを愉しまない手はないーーーー、

 

 

 

 

「しかし、獣では私には勝てませんよ」

 

 

 

刹那、影浦の体が上下二つに分かたれる。

 

 

 

「ーーーーなっ!?」

 

 

 

影浦雅人にはサイドエフェクトがある。『感情受信体質』というものだ。自分に向けられる他人の意識や感情が肌に刺さる感覚がある…というのは本人の談。

影浦はそのサイドエフェクトで今まで狙撃や不意打ちが通じない存在として扱われていた。しかし、のちに影浦が語る事になるが「普通のやつは攻撃してしてくる時、攻撃するより先に『攻撃するぞ』って感情が刺さってくる」「こんなに感情を消して攻撃してくんのはこいつ以外じゃ東のおっさんくれーのもんだ」。

つまり、不意打ちや狙撃が効かない影浦だが、その攻略法はいたって単純。感情を消して攻撃すれば影浦は感情を受信できずに、後手に回る。

 

単純明解。しかし感情を消して攻撃するなどとは歴戦の猛者でも難しいものだ。

だが、アフトクラトルの国宝を預かる達人ならば話は別というもの。

 

 

 

無論、影浦はサイドエフェクトなしでも一流の攻撃手だ。だが、相手は一流など遥かに置き去りにする剣聖だった。ただ、それだけの話なのだ。

 

 

 

 

星の杖の能力を解放したヴィザは影浦を切り裂いてなお、油断なく仕込み杖の剣を構える。

緊急脱出、の音が聞こえ始めてから影浦の手が鋭く動く。そこから放たれるのはマンティス…ヴィザが死神の鎌のように感じた技だったが、すでに見られたマンティスはヴィザを切り裂く前に仕込み杖の剣に叩き切られて消失した。

 

 

「…チッ……なんてジジイだ」

 

 

影浦雅人、緊急脱出。

 

ちゃんと理解していた。星の杖の能力も、仕込み杖も。だが、理解だけで届く範囲ではなかったのだ。

 

 

「ウソ……カゲがこんなあっさり……!?」

 

 

「貴様もだ」

 

 

「えっ?」

 

信じられないように言葉を漏らす北添の背後から、ヒュースが現れる。声を発したのと同時に欠片を繋ぎ合せて車輪を形成し、回転させて北添を真っ二つにした。

 

 

 

影浦に続いて北添も緊急脱出する。

 

 

 

「ほっほ、さすがは最新鋭のトリガー………保護色も実戦レベルまで練り上がってますな」

 

 

ヒュースは蝶の楯の特性の一つである保護色を活かして物陰に潜んでいた。増援が来ると読んだヴィザが、その増援を正面から引きつけておいて、ヒュースは裏から挟撃するのが目的だった。

 

 

「お戯れを。翁1人でも充分だったでしょう」

 

 

 

「…さて。しかし玄界も層が厚いようです。これ以上面倒になる前に金の雛鳥を捕獲して戻りましょう」

 

 

 

「わかりました。蝶の楯」

 

 

 

ヒュースは蝶の楯の欠片を背中に集まると宙空にレールを作り、磁力と斥力を用いて空を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、やっぱこっちだったか。おれの直感は鋭いな」

 

 

空を飛ぶヒュースとヴィザを見てそう言うと、男は孤月を振り抜いた。

孤月から放たれるのは緋色の斬撃。旋空とは違う、掛け値無しの飛ぶ斬撃。

 

 

 

 

迫り来る斬撃に気づいたヒュースとヴィザ。対応すべくヒュースが手を向けるがそれをヴィザが制する。

 

 

「ここは私にお任せを。ヒュース殿は雛鳥の捕獲に」

 

 

「了解しました」

 

 

 

蝶の楯の欠片が背中を離れ、ヴィザは落下する。

 

 

「星の杖」

 

 

そして星の杖を解放して緋い斬撃を霧散させた。

着地したヴィザは緋い斬撃を飛ばしてきた男を見て、ガイストを起動した烏丸や獣の殺気を身に纏う影浦に見せたものより深く、笑んだ。

 

 

 

「玄界には勇士が揃っていると思っていましたが…よもや戦士だけでなく、剣士までいるとは」

 

 

 

剣士、というワードにピクリと反応したその男は「なるほど」と呟き、眼前の達人が自分と同じであると理解した。

 

 

 

「アフトクラトルのヴィザ…と申します」

 

 

堂々と名乗りをあげるヴィザを前に、男も名乗る事にした。

 

 

「ボーダー所属……いや、《剣聖》の弟子…夜凪刀也」

 

 

 

 

相見えた剣客は、ただ刃を交わすのみ。

 

 




うおおおお!一日で更新!最速!(たぶん



長くはないが内容は詰めたつもりだぜ!(寝不足で脳死中



またまた時系列がおかしくなったので整理。

出水敗北→烏丸敗北→影浦、北添敗北→避難通路強襲、刀也とヴィザが交戦→迅が最悪の未来を予知→遊真と二宮隊が合流

うーん、原作のボーダー隊員が負けすぎ!いや、だって星の杖ってチートでしょ。レプリカの助言がなければ最初で全滅もありえた……
というかどうしても重石をつけないと星の杖を見切れない件について。

まあ、見切れなくても直感で避けられるから刀也とヴィザが戦うんだけどね!


影浦のサイドエフェクトが働かなかったのは記述の通り、ヴィザが攻撃に感情を込めない達人だから、です。遊真や東にできるなら、それ以上の年月を戦いに費やしたヴィザ翁ができても不思議じゃないよね。
というわけで星の杖を避けられる候補から影浦脱落。影浦のサイドエフェクトなら星の杖に対応できるのではないか、という烏丸の予想はハズレ!残念。


影浦はエネドラとなら良い勝負をしそうな気がする。避ける限定だけど。


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未来への分岐

おおぉ……おおぉ………また、またも葦原先生がご病気とな!?
無理せず休養なさってほしいものです。そしてどうかワールドトリガーを完結まで!!



さあさ、期せずしてボーダーの未来を最悪に導いた刀也ですが、その罰とばかりにヴィザ翁と戦う事になってしまいました。いくら超直感があっても星の杖を相手にしては分が悪いでしょ!

前話を書き上げてそう思いました。


リィン・シュバルツァー

それは、かつてとある世界を大戦の危機から救った英雄の名である。無論、それは彼一人で成し遂げたものではなく、仲間と共にやりとげた偉業だ。

世界を救う偉業を果たしたリィンは、20歳という若さで≪剣聖≫と呼ばれるに相応しい実力を持っていた。

 

ボーダー所属から≪剣聖≫の弟子と言い直した刀也は、不退転の覚悟をもってそう名乗ったのだ。

 

 

 

≪剣聖≫の弟子として、八葉に連なる剣士の一人として、この戦いは負けられないものと己に強く認識させるために。

 

 

 

先に仕掛けたのはヴィザだった。刀也は『超直感』のサイドエフェクトを持つがゆえに、強敵相手には基本的に後手に回る。後手に回ると言っても、それは遅れをとるわけではなく、後の先をとるためである。

 

距離をつめて星の杖から剣を引き抜くヴィザは、対照的に弧月を鞘に納める刀也の狙いをカウンターだと看破する。ヴィザの剣速はアフトクラトルでも指折りだ。面白い、合わせられるものならやってみせろとばかりに剣を握る手に力を込める。

ヴィザの読みは正確であり、刀也が納刀した構えから発動する戦技(トリガー)は五の型の『残月』だ。カウンターの構えをとる刀也を見て退かないヴィザは、自らの剣技に自信があるものと見える。

 

 

至近距離に踏み込んだヴィザの横一文字の一閃。それを紙一重で、身をかがめて躱した刀也は、

 

 

「残月」

 

 

トリガーを発動させる。

 

後の先をとるこの技は、超直感のサイドエフェクトをもつ刀也と相性が良く、完成度は師であるリィンと比較しても9割に値するほどだ。

 

 

 

抜刀と同時にかがめた体勢から飛び上がり、斬撃を加える刀也だがヴィザは振り切った体勢から驚くべき速度で剣を構えなおしてガードする。

完璧なタイミングでの残月を防がれた刀也の表情にはしかし、驚きの色はない。この老境の剣士ならばそれくらいはやると思っていたからだ。初めて見た瞬間からヴィザを師と同等か、あるいはそれ以上の使い手だと刀也は見抜いていたのだった。

 

だから。次のトリガーを発動する準備はできている。五から六へ。一切の無駄のない洗練された戦技の移行。

 

 

「緋空斬」

 

 

空中で弧月を振るい、緋色の斬撃がヴィザを狙い撃つ。残月の威力を殺しきれずにわずかに体勢を崩していたヴィザにガードさせて、地面に縫いとめる。

さらにもう一度緋空斬を放ち、ヴィザの回避を封じたところで着地、二の型のトリガーを起動ーーーーー

 

 

「疾ーーーっ」

 

 

させようとして、その場を飛び退く。

目の前を神速の斬撃が通り過ぎていく。ヴィザがもつ星の杖の能力を解放したのだと理解するが、やはりそのスピードは視認できない。いくら交戦記録があるとはいえ、この神速の斬撃を躱すのは不可能に近い。自分もサイドエフェクトがなければやられていた。

 

 

 

「星の杖…よもや初見で避けられるとは」

 

 

防御から転じて星の杖での刀也の撃破を狙ったヴィザだが、星の杖のブレードを避けられた事に驚く。これまで玄界の部隊と戦った記録を見てはいるのだろうが、それにしても見事に避けられた、と。

 

 

 

「…ノーモーションから発動できるのか」

 

 

厄介だな、という言葉を飲み込んで刀也は弧月を構えなおす。まずはこの老人の余裕をはぎ取るところから始めよう。

 

 

 

剣士たちの戦いは、続く。

 

 

 

☆★

 

 

 

「……ありゃ、なんだ?」

 

 

 

空を裂いた光の柱の位置を激戦区と見たクロウは、そこへ向かって飛行していた。

が、その途中で、妙なものを目にする。ラービットだ。もちろんラービットそのものが妙なのではない。ただのトリオン兵であるはずのラービットを回収するために、ランバネインを撃破した後に現れたワープ使いの女ーーーミラが出向いていることだった。

 

 

アフトクラトルの狙いがC級隊員であることを思い出したクロウは、今まさに回収されようとしているラービットはかなりの数のC級隊員をさらった個体であると理解した。

 

 

 

「させるかよ」

 

 

クロウはダブルセイバーを投げ放つ。以前から得意としていた戦技の一つ『ブレードスロー』だ。くるくると回りながら飛来したダブルセイバーはラービットを破壊し、その腹部に収められていた多数のキューブを地面にさらし落とした。

寸前に気付いたミラはダブルセイバーを避けて、戻ってきた得物をキャッチしたクロウを睨みつける。

 

 

 

「玄界の黒トリガー…!」

 

 

 

ランバネインを撃破したクロウの出現を前にミラはわずかに判断をにぶらせた。クロウの撃退か、キューブの回収か。優先順位としては後者が高い。このキューブには金の雛鳥が混じっている。ラービットの腹からぶちまけられてしまったせいでどれがそうなのかわからなかくなってしまったが、とにもかくにもキューブの回収が優先だ、と。

その判断は正しい。合理的だ…奇しくもヴィザがそう語ったように、だからこそ読みやすい。

 

 

キューブを回収しようと窓の影で門を開いた、その刹那。

 

 

「馬鹿が」

 

 

狙撃銃から放たれる、正確無比な一射。

 

ボーダーの狙撃訓練では堅実に1位をキープする、A級三輪隊のスナイパー、奈良坂透のイーグレットから撃ち放たれたものだ。

 

 

窓の影で開かれたワープゲートの先にはアフトクラトルの遠征艇があった。遠征艇を破壊されては帰還できなくなってしまう。それでは金の雛鳥を確保したとしても意味がない。

遠征艇の破壊を防ぐためにミラはワープゲートを閉じざるを得ない。ここと遠征艇を直接つなげてキューブを回収する手が封じられてしまったわけだ。

 

 

 

「それはもう見た」

 

 

交戦記録は共有済みだ。ミラの黒トリガー、窓の影はワープゲートを作り出すトリガーであることはすでに割れている。

能力がわかったとて、それだけで倒せるような易い相手ではないが、味方に一流の狙撃手がいれば話は別だ。少なくとも安易な逃亡やキューブの回収は阻止できる。

 

C級隊員たちが捕獲されたと聞いた三輪隊が、救出にやってきた。

 

 

「奈良坂、古寺…準備はいいな。交戦開始だ」

 

 

ハンドガンと弧月をもって三輪がミラを挑発する。それは同時に「その手は通じないぞ」という牽制でもあった。

 

隊員であるスナイパー2人に合図を出して戦闘開始。C級隊員が奪われるか否か、決戦の狼煙があげられた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「ふむ……」

 

 

 

剣を交え始めてからおよそ5分が経過している。

星の杖の能力を解放した回数はすでに10を超えていた。それなのに、不可視の速さを持つブレードが当たらないのには何か仕掛けがあるのだろう。

 

おそらくはサイドエフェクト。攻撃を感知するタイプのものであるとヴィザは考えていた。

 

 

星の杖の能力で刀也を近寄らせないヴィザだが、すでに味方は全員が交戦しているという状況連絡があった。しかも、戦況は拮抗しているという。

当然ながら、今回は侵攻ではなく遠征。戦力はそこそこだ。

 

だからこそ、国宝の担い手である自分が状況を変えなければいけない。

 

 

もう少しだけこの剣士と技を競い合ってみたかったが………、とヴィザは勝負を決めにかかる。

攻撃を感知して避けるタイプには、たとえ感知したとしても避けられないほどの飽和攻撃が有効的だ。

 

 

「星の杖」

 

 

その能力を最大解放する。すべてのブレードを攻撃に回す。たった1人にオーバーキルも甚だしいほどの死の刃。

 

避ける間もない刃が迫るーーーーー、その前に。

 

 

 

 

「疾風」

 

 

 

円周上を疾るブレードが刀也を点に集まる前に。その間を通り抜ける。

 

 

 

「なっ!」

 

 

目で追えないスピードのブレードを避けたのはもちろん、踏み込むという選択肢を選んだ刀也の胆力に驚嘆する。

 

しかし、疾風の踏み込みではヴィザまでは届かない。単純な距離の問題だ。星の杖の能力解放で近寄らせてもらえなかった刀也とヴィザの距離は疾風一回では届かないほどに離れていた。

 

 

鞘から孤月を引き抜く前に、疾風を中断して別の技を発動させる。

 

 

 

「緋空斬!」

 

 

 

すべてのブレードを攻撃に回していたヴィザは、緋空斬を仕込み杖の剣で斬り裂いた。ヴィザが緋空斬を断つのに注力した一瞬で刀也はヴィザの視界から消える。

 

だが、消えた刀也をヴィザはすぐに発見できた。消えたはずの刀也はヴィザのすぐ隣にいたのだ。剣聖を想起させるほどの、濃密な剣気を纏って。

 

 

 

「万物流転ーーーーー」

 

 

☆★

 

 

 

 

 

大規模侵攻前

 

 

 

「風刃は、迅が持っておいた方が良いんじゃないですか?」

 

 

 

軍議の終わりに、忍田が「何かあるものはいるか?」という確認をした際に、刀也は爆弾をぶっこんだ。

 

風刃は最上宗一が黒トリガーとなったもので、その使用者は迅だった。

 

だが、遊真が玉狛支部に所属し、ボーダー内のパワーバランスが崩れる事を懸念した城戸派が玉狛に奇襲を仕掛けるも迅に撃退され、風刃を本部に引き渡すことで遊真の玉狛支部入りが認められた。

 

そういった経緯で風刃は迅の手を離れて本部預かりとなっているわけだが、風刃の使用者候補第1位である風間が辞退した事で、風刃の使い手が決まらないまま大規模侵攻を迎えようとしていたのだ。

貴重な黒トリガーを遊ばせておく手はない、というのがボーダーの総意だが候補者である風間の辞退により、話は宙ぶらりんのままであった。

 

 

 

「また、いつもの直感か」

 

 

鋭い目つきで城戸が刀也を睨む。

 

 

 

「はい。風間が辞退した以上、迅が風刃を使うのが最善手かと。他の候補者たちが使うにしても、迅はもちろん風間以上に使いこなせるわけがないですし」

 

 

風刃の能力は単純だ。物体に斬撃を伝播させる。つまり視界の中ならどこまででも射程内であり、かつ必中。

シンプルイズベストとはまさに風刃のためにあるかのような言葉だ。

 

そして、風刃と迅のサイドエフェクトは相性が抜群に良い。

 

 

 

「もし今回の侵攻で被害者が出た場合、風刃を使わなかったのは市民に対して負い目になります。それに、本来一枚岩であるべきはずのボーダー内部で派閥争いがあり、それによって貴重な戦力を削いだ事がマスコミに露呈でもしたら…とんだ醜聞ですよね?」

 

 

ニヤ、刀也は不敵に笑う。その言葉はまさに迅に風刃を使わせないと黒トリガー争奪戦の事をマスコミにたれ込むぞ、と言わんばかりのものであった。

 

 

 

「……城戸司令、懸念はわかりますが。優先順位はまず市民の安全でしょう」

 

 

 

そこで刀也をフォローするように根付が城戸に提言する。

根付はメディア対策室の室長だ。ボーダーの情報操作を一手に引き受けている、世論コントロールのプロだ。

 

 

今回の侵攻の後は、間違いなく記者会見を開く事になるだろう。その時に記者たちに余計なところを突かれたくはない。

これでもし世論が揺れれば、ボーダーに許された数々の特権が失われる可能性すらあるのだ。

 

 

 

「………」

 

 

城戸は瞑目したまま顔の傷をなぞる。

懸念されるのは、大規模侵攻の後に迅がそのまま風刃を保持する事だ。活躍次第では「風刃の持ち主はやっぱり迅しかいないよね!」という声がボーダー内部で高まるかもしれない。そうなってしまえば城戸ですら迅から風刃を取り上げる事はできないだろう、それこそ根付に情報操作をしてもらうか…

 

 

鬼怒田は「バカな事を言うな!」と言いたそうな顔をしているが、大規模侵攻の後処理を考えると刀也の意見を聞き入れるのがベストだとわかっているがゆえに口を挟む事はない。

 

 

城戸はゆっくりと目を開けると、

 

 

 

「いいだろう、迅の風刃の使用を認める。ただし、大規模侵攻の後は本部に返納するように」

 

 

 

あっさりと迅の風刃の保持を認めた。

 

 

「そりゃもちろん。……感謝しますよ、城戸さん。ヨナさんも」

 

 

迅はこうなる未来が見えていたのか、飄々と謝意を示した。

 

 

 

ホッと胸を撫で下ろす刀也と根付。より良い未来のために、被害は最小限に抑えるべきだ。結局のところ、城戸もその結論に落ち着いたのだ。

それに今は、黒トリガー争奪戦の時と状況が違う。今は本部にクロウ・アームブラストがいるのだ。彼が七の騎神を起動できれば、天羽と併せて風刃有りの玉狛支部と同等以上の戦力となるだろう。

 

 

 

 

こうして軍議は終わりを迎える。

そうして風刃は再び迅の手に戻る。例えひと時であったとしても。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

迅は少しだけ負い目を感じていた。他でもない風刃そのものに対してだ。

黒トリガーはそれを制作した人物の写し身…形見でもある。

いかな理由があるとは言え、それを自ら手放した事を、迅は負い目に感じていたのだ。

 

「形見を手放したくらいで最上さんは怒ったりしないよ」

 

黒トリガー争奪戦の後、太刀川や風間に言ったセリフだ。

それは、その通りなのだろう。だけど、形見を手放して自分が負い目に感じるかどうかは話が別だ。

 

 

だが、例え負い目があったとしても。

 

 

「風刃、起動」

 

 

それで剣を鈍らせる事を他ならぬ風刃が許してくれないだろう。

 

 

 

「行くよ、最上さん」

 

 

 

ノーマルトリガーを解除して迅は風刃を起動させる。

 

 

標的は、人型近界民の1人ーーーーヒュースだ。

 

 

 

 

 

 

ヒュースは優秀な男である。

角つきである事はもちろん、若くして遠征部隊に選ばれたのがその証だ。

戦術理解度も高く、戦闘能力も申し分ない。扱いの難しい蝶の楯を自由自在に操る事ができるのはアフトクラトル本国でも数えるほどしかいない。

 

 

 

だが、いかんせん相手が悪かった。

 

 

 

 

ヴィザと別れてから数分もしないうちに、新たなる敵と遭遇した。

そいつは、先程の男と同様に届くはずのない剣を振り抜いた。

 

今はヴィザと戦っている男ーーー刀也と同じように斬撃を飛ばすトリガーを持っているのか、と思いガードを固める。

 

しかし、斬撃は飛んでこない。ならば、あの素振りはなんだったのか。

 

 

 

そこまで思考して、ヒュースの首は胴体と分かたれた。

 

 

ガードを緩めたわけではない。油断など微塵もなく、慢心なんて以てのほか。

 

 

 

しかしそれでも、黒トリガーは相手が悪過ぎたのだ。

 

 

 

 

トリオン体から生身に戻る際にヒュースは自分を仕留めたのが何かを理解する。それは斬撃だ。地面から、壁面から襲い来る斬撃。おそらくは物体を伝播する斬撃。それが8つ。自分は首だけでなく五体をバラバラにされたのだと。

 

 

 

 

 

 

ヒュースを戦闘不能に追い込んだ張本人、迅はヒュースが生身になった事を確認すると風刃を解除してノーマルトリガーを起動させる。

 

バリケードトリガー『エスクード』を踏み台にして瞬時にヒュースと距離を詰めると、スコーピオンを突き立てた。

 

 

呻き声をあげるヒュースだが、死んではいない。

 

ボーダーのトリガーは基本的に生身の人間を傷つける事ができないようにできている。たとえ孤月で斬られたとしても、アイビスで狙撃されたとしても気絶するに収まる。

 

 

迅は手っ取り早くヒュースを気絶させると、手首のブレスレットーーアフトクラトルのビーコンーーを破壊した。これによってアフトクラトル側は仲間の位置を掴んでいたようだ。

 

未来はまだ決まってはいない。ヒュースが置いていかれる未来もあるが、もしアフトクラトルが金の雛鳥(雨取千佳)を確保したならば、ヒュースは連れて帰られるだろう。

その時に少しでも足止めになれば、あるいはその後の捕虜交換に使えれば……と思い迅はヒュースの未来を、この世界に固定した。

 

 

気絶したヒュースを見つからないように隠して、迅は再び風刃を起動する。

 

 

次の行き先は、無謀な未来を託され、それを叶えようと足掻く1人の剣士の救援だ。

 

 

☆★

 

 

 

「アステロイド」

 

 

二宮の横に展開された三角錐のトリオンキューブから無数の弾丸が放たれる。

B級1位二宮隊の隊長である二宮匡貴は、本来B級などという地位にいるべきではない人材である。

とある不祥事の責任をとって今はB級に甘んじているが、その実力は…個人総合2位、射手ランク1位。射手の王とさえ呼ばれる男こそが二宮だ。

 

 

 

「……追いつかれてしまったか」

 

 

その二宮のアステロイドを防ぎきったのはアフトクラトル遠征部隊の長であるハイレインだった。

いくら二宮がボーダートップクラスのトリオンを誇り、圧倒的な火力を出せるとは言え、ハイレインの黒トリガー、卵の冠の防御は易々と破れるものではなかった。

トリオンならば何でもキューブ化してしまう卵の冠の特性は、射手とすこぶる相性が悪い。

 

 

だが。

 

 

 

「『弾』印二重」

 

 

それを覆せるだけの力があれば、話は別だ。

 

 

遊真は空中で身を翻すと展開した『弾』印を踏みつけて、ハイレインの目の前の地面を蹴り砕き、めくり上がったアスファルトをハイレインに投げつける。

 

卵の冠はトリオンにしか作用しない。トリオンではない物質にはただ当たって砕けるのみ。

投げつけられたアスファルトに触れては消えていく卵の冠でつくり出されたサカナたち。防壁を削られたハイレインは本気でまずいと感じる。

 

 

 

 

「アステロイド」

 

 

再度、射手の王から撃ち放たれるアステロイド。両攻撃のアステロイドはアスファルトを砕き散らしてハイレインを蜂の巣にする。

 

 

 

「ぐ……」

 

 

全身が穴だらけになったハイレイン。しかしすぐに卵の冠で先程二宮のアステロイドを防いだ際にできたキューブからトリオンを吸収して傷を修復する。

 

 

「黒トリガーか。まさかここで足止めをされるとはな」

 

 

 

二宮だけではなく遊真がいたからこそハイレインは厄介だと断じた。ミラは金の雛鳥を捕獲したラービットを確実に回収するために別行動をとったが、それが裏目に出たようだった。

敵襲にあったようで、苦戦を強いられているという。ならば、ヴィザに救援に行ってもらうのが良いだろう。自分が行っても良かったのだが、黒トリガーと優秀な射手が相手では少しばかり時間がかかりそうだ。

その点、ヴィザの相手はノーマルトリガー1人のみ。いくら戦闘力が高かろうが、ヴィザが敗北する姿は想像できない。

 

だからここは、足止めされるのではなく、足止めをするのだ。

 

 

ハイレインの、その頭脳の回転が、裏目に出た。

その思考は結果的に先の言葉を嘘に変えてしまった。そして、遊真のサイドエフェクトは父から黒トリガーと共に受け継いだ『嘘を見抜く』というもの。

 

 

 

「こいつも囮だ」

 

 

すでにアフトクラトル側は千佳を捕獲している。ならば、あとはアフトクラトルはただ回収して撤退すればいいだけ。それをしないのは、そうする事ができないからだ。

だから、その問題を取り除く間の足止めを買って出たのが、このハイレインなのだ。

 

 

「レプリカ、頼めるか」

 

 

その答えを共有した遊真とレプリカ。

 

 

 

「承知した」

 

 

 

ノータイムで答えたレプリカは分身…ちびレプリカを残して、遊真たちの元を去っていく。

 

 

レプリカの狙いが何なのかはわからないが、そうはさせないとハイレインは卵の冠で鳥をつくり出してレプリカを狙う。

 

 

「「させるか」」

 

 

遊真と二宮、2人の声が重なり、レプリカを狙った鳥はすべて撃ち落とされる。

 

 

 

 

未来の分岐点まで、あと300秒。

 

 




それはあらたなる分岐。最善から最悪へ、そして再び最善へと戻るための最後のピース。

すべてのピースがぴたりとはまった時、理想の未来は訪れるだろう。
パズルなんてのは、そういうもんだ。ぜんぶの欠片を綺麗に収めたときにだけ、完成した絵図が現れる。

たとえどれだけの邪魔があったとしても、パズルを完成させること。
それが最善の未来を掴み取るためのたったひとつのやり方だ。




はい、というわけで決戦に入り込んだ大規模侵攻編です!
たぶんあと1話か2話くらいで戦いは終わります。さらわれた修や千佳を取り戻すためにクロウと刀也、遊真が組む展開なんて面白そうなんて考えてますわー


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その剣、未だ届かずして

『焔』に目覚め、『暁』を切り開き、『落葉』を経て、『無仭』に至る。


彼の、その軌跡を知っている。


「万物流転ーーーー」

 

 

イメージするのは、常にあの人の姿。

 

遠い、遠い、あの背中。

 

 

あの人は20歳で免許皆伝を認められたという。

 

 

自分はすでにその年齢を超えている。だけど、あの人の高みに到達できたとは思えない。

 

 

 

 

「ーーー無は有にしてーーーーー」

 

 

 

あの人の高みに到達できるとは思えない。

 

 

だけど。

 

 

ここで、自分が定めた限界を破らずして何とする。

 

あの人の弟子を名乗った以上、情けない姿は見せられない。相手がいくら強かろうと、負けられない。

 

今ここで、限界を超えろーーーーー!

 

 

 

「有はまた無なりーーーーーー!」

 

 

 

今日くらいはいいだろう?

限界を超えるなんて無茶をやったって、それくらいの成長は見逃してくれ。

 

だって今日は、俺の誕生日なんだから。

 

 

 

 

そうして夜凪刀也は開眼する。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

黒トリガー窓の影を有するミラが、本気で受けに回ったら撃破できるものはアフトクラトル本国でも数少ない。

 

そのミラを相手に、三輪隊とクロウは攻めあぐねていた。

 

 

ワープゲート使い相手には直線的な攻撃は相性が悪い。狙撃はもちろん、近接戦闘では遠くにワープさせられる事もある。

逆に効果的なのは曲線的な攻撃や、途中で折れ曲がる攻撃なのだが、クロウのブレードスローは警戒されており、三輪は軌道操作可能なバイパーを装備しているのだが、拳銃型のため決定打となる威力ではない。

 

 

しかし、ミラも主目的である雛鳥の確保をしなければいけない以上はその場に縛り付けられる事になり、戦況は拮抗していると言えた。

 

 

 

 

「……近界民め」

 

 

 

業を煮やした三輪が攻めに入る。拳銃からアステロイドを連射してーーー

ミラがワープでそれを三輪に返そうと、三輪背後にワープゲートを開く。

 

 

「来たな、馬鹿が」

 

 

だが三輪はそれを躱した上で、さらにワープゲートに向かって今度はバイパー撃つ。

撃ち出される弾丸は黒く染まっており、鈍い。だがワープゲートならば距離は関係なく。

 

ミラがアステロイドをはね返そうと開いたワープゲートに、三輪のバイパーが新たに撃ち込まれる。

 

 

しかし、そのバイパーがミラに着弾する事はなかった。

 

 

 

さらにもう一つ、ワープゲートが開かれる。

 

黒いバイパーはそれに吸い込まれーーー三輪に当たった。

 

 

 

「それはもう見たわ」

 

 

敵がワープゲートを利用してこちらに攻撃を当てようとするのは、いつもの事だ。ミラにとり、三輪の作戦は読みやすいものであった。

ワープゲートを誘発する攻撃を、望み通りにワープゲートで返してやり、そこから放たれる本命の攻撃をさらに返却する。

さらに上手い相手にはあと何度か繰り返さなければ通じない手ではあるが、この少年にはこれで充分だったようだ。

 

 

バイパーが当たった三輪にダメージはない。されど、三輪はまるでミラに跪くように倒れてしまう。

 

黒い鉛が、三輪のトリオン体を捉えていた。

 

鉛弾(レッドバレット)と呼ばれるオプショントリガーである。

銃タイプのトリガーと組み合わせて使われる上級者向けのトリガーだ。

その効果は、着弾した相手を鉛の重量で拘束するというもの。シールドをすりぬけるという強みがある反面、トリオン消費量が激しく、弾速が遅くなるという弱点もある。

 

今回、三輪はバイパーとレッドバレットを組み合わせた。ミラに避けさせずに重りをつければ勝機が生まれると考えたからだ。

しかしミラが一枚上手だったようで、そこまで読まれていた。

 

ミラを拘束するはずのレッドバレットは、代わりに三輪を縛る鉛と化してしまった。

 

 

 

三輪の異変を感じ取ったクロウと奈良坂、古寺はミラに攻撃を仕掛けるもーーー

 

 

 

「遅いわ」

 

 

 

一歩、遅かった。

 

 

三輪がワープゲートを細かくした棘で貫かれ、緊急脱出する。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「秀次……!」

 

 

 

迫り来る卵の冠の攻撃をすべて撃ち落としながら、二宮は本部へと流れた星を見やった。

三輪秀次は、二宮のかつてのチームメイトだ。A級1位、東隊のメンバー。今は解散してしまったが、三輪の事は気にかけていた。

 

 

 

「どうやらあっちも佳境みたいだね」

 

 

 

こことは違う、もう一つの決戦。C級たちの保護という面では、三輪隊が交戦する近界民の方が重要度は高い。

 

 

 

「行っていいよ」

 

 

 

二宮の様子を感じ取った遊真はそう言った。

 

 

 

「俺の弾幕がなくて大丈夫なのか」

 

 

「ん、まあ作戦は考えてるよ」

 

 

軽々しく言った遊真だが、その彼も黒トリガーだ。ならば、この場は信じる事にして、自分は三輪隊と合流した方がいい。

 

 

「ここは任せる」

 

 

 

瞬時に判断を下した二宮は振り返る事なくミラの迎撃に向かう。

 

 

 

そして、残された黒トリガー2人が対峙する。

 

 

 

「行かせてよかったのか?」

 

 

 

攻撃の手は緩めず、ハイレインは遊真に問う。

 

 

 

「援護はありがたいけど、あの手数だと間違っておれまで被弾しかねないからね」

 

 

 

事もなげに答える遊真は、次のアクションに入る。

 

 

『盾』印(シールド)七重」

 

 

右手を翳した先に、シールドが7枚重ねられる。

 

 

「『弾』印三重」

 

足元には跳ね板を3枚重ねたものを。

 

 

 

その他にも二宮とハイレインが撃ち合っていた間に仕込んだものがある。

 

 

これで決めるつもりで、遊真は『弾』印を強く踏みつけた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「ーーーー壱!」

 

 

壱の型、螺旋撃

 

 

「むっ…」

 

螺旋を描く剣閃の軌跡をトリオンが後追いし、それに巻き込まれたヴィザは束の間動きが鈍った。

 

 

 

「ーーーー弐!」

 

 

 

弐の型、疾風

 

 

「速い……!」

 

 

体勢を崩したその隙に、風のように軽やかに、鋭い刃を刻む。

 

 

 

 

「ーーーー参!」

 

 

 

参の型、業炎撃

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

疾風でトリオン体を斬られつつも、この連撃から逃れねば、とヴィザは無理に体勢を整えて炎を纏った一撃をガードするも、想像を超えた重さに吹き飛ばされてしまう。

 

 

 

「ーーーー肆!」

 

 

 

肆の型、紅葉切り

 

 

吹き飛ばされて着地した先で、穢れのない一刃が通り過ぎるのを見る。刃紋などないはずのトリオンの刀にそれを見た気さえする。

ヴィザは一瞬遅れて防御するも肩先を切り裂かれてしまう。しかし、返しの一太刀は、確かに刀也を捉えたはずだった。

 

 

 

「ーーーー伍!」

 

 

伍の型、残月

 

 

しかし、水面に残った月は捉えられぬが道理。

ヴィザの一撃を躱した刀也はそのまま大きく孤月を鞘から引き抜いた。

一度見たはずの技の鋭さにヴィザは堪らんとばかりに距離を取る。

 

 

 

 

「ーーーー陸!」

 

 

 

陸の型、緋空斬

 

 

距離を取ったのが、仇となる。

空を駆ける斬撃がヴィザに迫る……ここでようやく星の杖のブレードが戻ってくる。能力を解放して緋空斬を打ち消しーーーー

 

 

 

「ーーーー漆」

 

 

 

ーーーー距離を詰めてきた刀也の瞳に魅入られた。

 

 

 

 

漆の型、無想覇斬

 

 

抜刀、刹那の七斬撃。

 

 

そのすべてを星の杖のブレード使って受け止める。ヴィザの顔から余裕は消え去っていた。しかし、代わりにあったのは焦燥ではなく感謝。戦士多き玄界の地で、よくぞこれほどの剣士と巡り会わせてくれたという戦場に生きる者の笑み。

 

さあ、見せてくれ……この先を。この技の終わりを、剣聖の技を。

 

 

 

この戦技が決まれば己が敗北するであろう事はヴィザにはわかっていた。しかし、それでもこの剣技を最後まで見たいと思ってしまう。

 

 

 

「八葉一刀ーーーー」

 

 

 

布石は打った。『無仭』へ至る道標。七つの剣技。八葉の粋。

あと一振りで届く、剣聖の背中。

 

 

 

 

 

 

「ーーーー無じ…ん………っ」

 

 

 

 

されど、その剣、未だ届かずして。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

クロウ&三輪隊狙撃手vsミラは沈着していた。

三輪が落とされた事により、ボーダー側は慎重に動かざるを得なくなってしまったのだ。

ワープゲートという破格のトリガーを相手に、狙撃はここぞという時でないと意味を得られず、クロウも安易に攻めればワープゲートで遠くに送られてしまう。

 

 

状況を打破する術がない。C級隊員のキューブを奪わせないので手一杯なのだ。

 

 

 

 

 

「アステロイド」

 

 

 

 

状況を打開せんと現れたるは射手の王、二宮匡貴。

 

 

 

「新手ね」

 

 

 

ハイレインから二宮が行くと報されていたミラが慌てる事はなかった。しかし、状況が悪くなった事は否めない。

 

二宮の扱うトリガーは銃を使わず、トリオンキューブからそのまま弾丸を発射するシュータータイプのもの。三輪の銃型のアステロイドやバイパーと違い、複数の弾丸を同時に発射できる利点を持つ。

しかも二宮は合成弾すらも扱える、名実共にNo.1シューター…射手の王だ。正面からの火力ではボーダー内でも1、2を争う。

 

 

ワープゲートをかいくぐり、致命打を与えるという意味では対ミラ戦において最有力。

 

 

 

そんな二宮は、牽制としてまずアステロイドを撃った。並の相手ならこれで戦闘不能。一流が相手だったとしても不意打ちなら手傷を負わせる事もできる。

そんなレベルの弾幕だ。

 

 

だが、それは悪手であった。

 

 

 

二宮はトリオン量に優れる射手。トリオンモンスターこと雨取千佳を除けばボーダーでもそのトリオン量はトップ。

そして、ボーダーの弾丸やシールドは、そんなトリオン量の差がモロに出る事を、すでにアフトクラトル側は把握していた。

 

ボーダーが交戦記録を束ねて敵を打倒するように、アフトクラトルもまた情報共有をもって対抗する。

 

 

ゆえに、軽いジャブのつもりで撃ったアステロイドが大きなカウンターとなって返ってくることもあるのだ。

 

 

 

二宮の到来を予期していたミラは、自分に向けて撃たれたアステロイドをもれなくワープゲートで別の場所に逃した。

しかしそれは今までとは違い、撃った相手に撃ち返すのではなく。

 

 

 

 

 

 

ワープゲートが開く。

そこから放たれるのは、射手の王のアステロイド。

 

 

 

「二宮さんのアステロイド…!?」

 

 

 

狙われたのは、三輪隊の狙撃手たちだった。

 

これまでの攻撃でははね返しても避けるか防御されるかだったが、それが二宮のアステロイドなら話は別。弾幕と言える量、ボーダートップクラスのトリオン量という質を兼ね備えた暴力は、まさしく蹂躙と形容するに相応しい。

 

 

シールド1枚なら間違いなく破られる。2枚のシールドを同時展開する全防御(フルガード)でも防げるかは怪しい。

だが、フルガードが2つならば、確実に防げる。

 

 

 

アステロイドに貫かれて穴だらけにされてしまった古寺。その手が向けられた先には奈良坂がいて、奈良坂自身のフルガードと古寺のフルガードで二宮のアステロイドはシャットアウトされていた。奈良坂には傷ひとつない。

 

 

「古寺…!」

 

 

自分より狙撃技術に優れる奈良坂を守った瞬時の判断は、さすがA級隊員。奈良坂に「後は頼みます」と言って古寺は緊急脱出した。

 

 

 

 

ワープゲートは閉じてアステロイドの弾幕は終わった。奈良坂はいつも通りに冷静に…

 

 

「ああ、任された」

 

 

古寺の意思を受け取った。

 

 

 

 

 

 

二宮は三輪隊に謝罪しながら、ミラを倒すための最適解を組み立てていた。

有効なのはバイパー及びメテオラ。軌道が変化するバイパーと範囲攻撃のメテオラならばワープゲートをくぐり抜けるないしは無効化されない。

 

 

バイパーとメテオラの合成弾であるトマホーク、ハウンドとメテオラの合成弾であるサラマンダーも良手ではあるが、弾速は遅くなってしまう。アステロイドをはね返せるだけのスピードのミラならば軌道が変化したとしてもはね返されてしまう可能性がある。まあ、そもそもバイパーをトリガーホルダーにセットしていないが。

 

 

 

戦闘と戦術どちらもいける、という自負のある二宮はミラ打倒の道筋を立てる。そこには奈良坂の支援は必要だが、未知数たる蒼の騎士はむしろありがた迷惑な戦力だ。連携がとれない。

 

 

「おい、そこの蒼いおまえ」

 

 

「………おれか?」

 

 

唐突に呼ばれたクロウは問い返し「そうだ」と肯定される。

 

 

 

「ここはいいから、もう1人の黒トリガーを頼む。ここから東に1km先で、白チビが戦っている。……白チビも黒トリガーだが、勝つのは難しいだろう」

 

 

「ここはいいのか?」

 

 

「心配はいらん。さっさと行け」

 

 

「ハッ…頼もしいこった」

 

 

クロウから視線を外してミラを睨みつける二宮に、クロウもこれ以上の問答は無意味だと感じ取り、東に向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

知っていた、わかっていた。

 

なのに、期待してしまった。

 

 

今日ならできるのでは?今日なら届くのでは?

 

 

そんな幻想を抱いてしまった。

 

 

 

 

剣の極致。剣聖の証明。リィン・シュバルツァーの到達点。

 

その一端でも垣間見る事ができるのではないか、と。淡く儚い幻想。目が覚めれば消える泡沫の夢。

 

 

 

『八葉一刀、無仭剣』

 

 

八葉一刀流における八の型は無手の型。武器を失っても戦うための型。八葉一刀流を学ぶ者はまずこの型を叩き込まれる。

しかし、それはあくまでも表向きの話だ。

 

剣技極めれば、身剣合一と成るべし。

 

 

平たく言えば、剣を手足の如く操れば、それが剣の極致である、という考え。

剣は抜かずとも良い。なぜなら我が身は剣と同一ゆえに。

 

 

八葉一刀流で、1番初めに学ぶ無手の型がどうして八番目の型なのか。それは、八葉は八の型に始まり八の型で終わるからである。

無手の型を学び、剣の頂に至るにつれて剣をまさしく無手如く操るということ。

 

ゆえに八葉の奥義は『無仭(やいばなき)』なのである。

 

 

 

刀也は修行の半ばにして、それを気づいた。本来、剣の境地に達してようやく悟るはずの答えに、道半ばにして気づいてしまったのだ。

 

趣味が高んじて磨かれた想像の果てに気づいた答えを師匠に問いただすと、是という。リィンが刀也を自分より才能があると言ったのはその点についてだった。

 

きっとそれは、気づいただけで理解していないのだと思う。

1+1の答えが2だと誰もが知っている。だがなぜ答えが2になるのかわかっているものは少ないのと同じように。

答えが『それ』だと知っているだけで、なぜ『それ』になるのかを理解していない。

 

だから刀也は剣の境地を知りながら、そこに至れない。

 

 

 

 

『無仭剣』を発動するためには、一の型から七の型までの剣技を流れるように連続しなければいけない。

瞬時のトリガー切り替え、技の洗練に精神が摩耗する。魂が悲鳴をあげる。

それが意識とトリオン体の接続を切断してしまうのだ。

 

それが、刀也が最後の一振りを前にして倒れてしまった理由である。

 

 

 

「………非常に残念です」

 

 

 

本当に、言葉通りに残念な表情をするヴィザ。

ヴィザは、例え敗れるとも最後まで見たい、と思わせられた剣技に出会えたのは初めてだった。

 

 

「願わくば貴方の師匠と………いや、これは無礼が過ぎますな」

 

 

無仭剣はそれほどの剣技なのだ。そして無仭剣でなければ、この老境の剣士を倒せないと踏んだが故に行動不能のリスクを背負って刀也は無仭剣を使おうとした。

賭けには惨敗。技は最後まで決まらず致命的な隙を晒している。

 

 

 

「せめて最後は我が剣で……」

 

 

 

ヴィザは星の杖のブレードではなく、剣で刀也を両断しようとした。

精神とトリオン体のリンク断絶は易々と起こる事ではないが、起こってしまえば復帰は容易ではない。

ゆえに反撃はない、あったとしても迎撃は万全だ。だから最後は自らの手で相手をくだす。

 

それは対峙した剣士への敬意でもありーーーーまた、ある種の油断でもあった。

 

 

 

 

「アフトクラトルのヴィザ……、尊敬の念を込めてヴィザ翁と呼ばせてもらいますが…」

 

 

 

「……最後の言葉ですかな?」

 

 

 

「問わせていただきます。ヴィザ翁…貴方にとって剣とは?」

 

 

 

「ただひとつの種類の武器……されど果て無き荒野。長い人生を輝かせてくれるもの……この答えでどうでしょう?」

 

 

 

「…………それが、貴方の答えか」

 

 

「左様」と返答したヴィザはトドメを刺すべく剣を振り下ろす。しかし、僅かながら回復した刀也は孤月で剣の軌道を逸らす。ヴィザの剣は刀也の肩口を切り裂く。

 

 

 

「おれにとっての剣とは、憧れだ」

 

 

「………」

 

 

弱々しいながらも徐々に手足に力が戻ってくる。断絶されたリンクが復帰しようとしている。

 

今すぐに目の前の剣士を倒さなければ。ヴィザはそう考えるが、体は意識に反して動かない。刀也の答えを聞きたいと思ってしまっているのだ。

らしくない。非常にヴィザらしくないが、類稀なる剣士に出会えたのだから、その人物の答えにも興味があった。

 

 

「おれを助けてくれたあの人の背中に追いつく………いや、あの人の背中を守れるようになるための、たったひとつの道」

 

 

リィンの背を追うのではなく、リィンの背を守れるための剣。肩を並べて共に戦うための道。

今はもう叶わない夢。それでも追い続けるのは……黒トリガーとなったリィンに誇れる自分になるため。

 

 

「だから、負けるわけにはいかないからあの人の弟子を名乗って貴方との戦いに臨んだ」

 

 

 

ただ1人の剣士として、ヴィザに勝ちたいと思ったから。

戦士ではなく剣士として戦いに臨んだ。

 

 

「結果は……惨敗。自分の未熟を実感した。そりゃ負けるさ、積み重ねてきたモノが違う」

 

 

負けた理由はそれに尽きる。普通に戦って勝てないから分の悪い賭けをやるしかなかった。

 

 

「だけど、おれは知ってた。知ってたんだよ………

あの人も仲間と一緒に戦ってたって事をーーーーーーーーー!」

 

 

リィンとて1人で戦っていたわけではない。強敵を相手にしては剣聖でも勝機は薄い。

だけど、仲間と一緒ならどんな壁でも乗り越えられる。

 

 

夜凪刀也は、それを知っていたーーーーー!

 

 

 

 

 

ヴィザの勝ちだった。刀也vsヴィザの戦いはヴィザの勝利で終わり。

ヴィザと戦っていたのが本当に刀也1人だけなら、の話だ。

 

 

刀也の独白は時間稼ぎだと気付いていた。それでもあらゆる事態に対応できるように緊張の糸は張り巡らせていたつもりだった。

刀也が回復して切りかかってきても、新手が現れても、長距離狙撃を受けても。対応できる構えだった。

 

 

しかし、地を疾る斬撃への対応は無理だった。

 

 

 

 

「な………!?」

 

 

 

風刃の遠隔斬撃が、ヴィザを斬り刻む。

 

しかし直前で気づいたのかブレードを防御に回し風刃のおよそ半数は防御する。

 

 

ここで生じた隙を刀也は見逃さない。

立ち上がった刀也は風刃が炸裂したその瞬間にヴィザの胸を孤月で貫いた。

 

 

 

「……勝ちはもらいます」

 

 

刀也とヴィザの試合はヴィザの勝ちでいい。だがボーダー対アフトクラトルの勝負の勝ちは譲らない。

 

 

 

 

ヴィザのトリオン体の換装が解除される。しかし、風刃を喰らいながらもヴィザは刀也に剣を突き立てていた。討たれるのならば、せめて1人でも道連れにすべく向かってきた刀也に剣を向けたのだ。

 

 

 

刀也の孤月はトリオン供給器官を貫いたが、ヴィザの剣は刀也のトリオン供給器官をわずかにずれていた。風刃で腕が損壊してしまったが故の誤差が出た。

 

 

だが、このトリオン漏出量ではすぐに戦闘不能ーー緊急脱出だろう。相討ちは成った、と思われた瞬間。

 

 

 

「トリガー解除(オフ)!」

 

 

刀也は自ら換装を解いて生身に戻る。

 

 

「なにを……?」

 

 

刀也が何を考えているのかヴィザは理解できなかった。トリガーを解除して緊急脱出を免れたのはいいが、トリオン体の損壊やトリオンを消費した量は変わらない。次にトリガーを起動した瞬間に緊急脱出するのがオチだ。

 

 

「別に生身でやり合おうってわけじゃないからご安心を。……まあ貴方は生身でもかなりやりそうですけど」

 

 

ヴィザの肉体は老人とは思えないほど引き締まっているのが服の上からでも見て取れる。生身で喧嘩したらボーダーで最強と噂される刀也でもヴィザと殴り合うのは気が引けた。

 

 

「迅、助かったけど30秒稼げ、は無茶だ」

 

 

そこで風刃を装備した迅が現れた。無仭剣の失敗直後に迅から通信があり、風刃で援護するから30秒稼いでくれ、と言われた時はどうしようかと思った刀也。なんとか時間稼ぎはできたから良かったものの。

 

 

「でもヨナさんならやってくれると思ってたよ」

 

 

 

「軽いよ、ノリが!じゃあこれ頼むわ」

 

 

いつも通りの迅にツッコミを入れる刀也は、ポケットから取り出したノーマルトリガーを迅に投げて渡した。

 

 

それを受け取った迅はしばらく刀也を見て「なるほどね」と呟いた。

 

 

「未来が見えたか?おまえはおれに借りがあったはずだが」

 

 

それは大規模侵攻前に風刃の使用者に迅を推した時の事を言っていた。迅はすぐに察するも、その借りを今使う必要はない、とばかりに言葉を返す。

 

 

「そうだね……ここはおれよりヨナさんが行った方が良さそうだ。ノーマルトリガー(これ)はおれにヨナさんのフリをしろって事でOK?」

 

 

「ああ、ここにおれのトリガーの反応があってくれた方が良い。……言ってる意味わかるよな、予知者」

 

 

「うん、本部には黙っとくよ。だから、その代わりに……ちゃんと救ってきてね」

 

 

 

「交渉成立だな、よし、じゃあ行ってくる!」

 

 

 

迅は風刃を解除して刀也のトリガーを起動する。これで、ここに刀也がいたという反応が本部では検知される。

刀也がそんな事をしたのは、自分が所有するもう一つのトリガーを使うためであった。

 

 

 

取り出す、トリガー。

それこそはリィン・シュバルツァーが遺した黒トリガーだ。

ボーダー本部に黙って所有している、刀也が使用者の破格のトリガー。

 

使用したのは過去に一度のみだが、その時の感覚は覚えている。

忘れられない、理想の体現と言うべきだろうか。

 

 

そして刀也は、黒トリガーの名を呼んだ。

 

 

 

 

 

Ⅶ"s(セブンス)ギア、駆動」

 

 

 

 

 

 




開眼した(物理)。奥義開眼ではなく、目を開けたという意味。

あれ……?なんか刀也が主人公っぽい……?

無仭剣についての解釈はもちろん捏造です。
書いてる途中に思いつきました。ゲームプレイ当時から仭って刃なん?と思ってたけど、無仭が無手と同意ならまず八の型が叩き込まれる理由の裏付けにもなるかな、と思いましてございます。
無仭剣は七の型の後は納刀するだけだろ?というツッコミは無視する!


20巻面白かったです!そしてカバーをめくった下にあるキャラクターのユニークな説明が「カバー下」である事が判明。嵐山さんのおかげ。合掌。


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帰らせはしない

ヴィザ撃破!からの『Ⅶ"sギア』の起動!!

まあ刀也が単独でヴィザを倒せるわけがないのよね。百戦錬磨のヴィザを倒すには、それこそ遊真のようなジョーカーか風刃による星の杖射程外からの不意打ちしかないという結論に至りました。
クロウが戦ってたら面白い事にはなりそうですが。


ハイレインにとって、それはまるで読めていた一手。

 

あらゆるトリオンをキューブ化させる卵の冠。それを破るための手段として、遊真が選んだのはシールドを7枚張り、かつ急速接近する事でシールドすべてがキューブ化される前にハイレインを撃破しようとしたわけだ。要はゴリ押しである。

しかし、ただの猪突猛進ではなく計算された突撃。レプリカの本体と別行動になった以上はもう多重印は難しい。ハイレインが二宮と撃ち合っていた際にせっせと仕込んだ印すべてを使って、ここでハイレインを倒す。

それが遊真の経験から導き出された勝つための最善手だった。

 

 

 

確かに卵の冠を破るための良手の典型例がそれだ。しかし、有効的であるがゆえに今までもそうやって卵の冠を打破しようとした敵も多く存在した。

遊真のとった最善手はハイレインにとってすでに経験済みのものだった。

 

 

 

なにも、仕掛けていたのは遊真だけではない。ハイレインもまた、二宮との撃ち合いの最中に罠を仕掛けていたのだ。

 

 

 

『弾』印を踏みつけたはずの遊真だが、思ったほどのスピードはでない。ハイレインとの距離を一瞬で詰めるはずが、そうはならなかった。

 

見ると、『弾』印三重の内の二重は足元に忍び寄って来ていた卵の冠から生み出されたトカゲによりキューブと化してしまっていた。ゆえに『弾』印は多重印としてではなく単体の印としてでしか機能しなかった。

単純に三分の一のスピードしか出ない。誤算だった。いくらシールド7枚張りとはいえ、このスピードではキューブ化されてしまう可能性がある。

 

 

だが、この勝機を逸してしまえばレプリカの補助なしでハイレイン撃破は困難となる。だから、迷いはない。ぜんぶ使う。

 

 

「『鎖』印」

 

 

地面に仕掛けていた5つの『鎖』印が起動し、ハイレインをぐるぐる巻きにして拘束する。

しかし、鎖はハイレインに触れた先からキューブと化してしまう。拘束できたのなんてほんの一瞬だ。

だが、もちろん遊真の仕掛けもこれですべてではない。

 

 

 

「『射』印」

 

 

さらに8つ、射撃の印を解放する。二宮ほどとはいかないまでも、弾幕と言っていい弾数がハイレインに向かって撃ち込まれる。

 

素早い二連撃に、ハイレインの卵の冠は追いつかない。

鎖で拘束された一瞬の遅れが、致命的となる。卵の冠での防御が間に合わない。鳥もサカナも、ハチもクラゲもトカゲも。その生成が追いつかない。

 

 

弾丸が、ハイレインのトリオン体を射抜く。右脚を撃ち抜き、脇腹を抉り、側頭を掠める。

 

だが、ハイレインの意識はそこには向いていない。そもそも銃撃は防ごうとはしておらず、生成が追いつかないのではなく『射』印にはもともと自分の周囲を泳がせていたサカナで受け流すつもりだった。

ここまでの損害は想定外だが………

 

 

ハイレインとてただでやられるわけもなし。

シールドで卵の冠で生み出される鳥やハチから己を守る遊真。しかし、乱雑に襲ってきていたはずのそれらが急に統制されたように一点突破を試みてきた。

キューブ化させるのは一部分のみ。狙いはシールドを貫いたその先だと言わんばかりにシールドを一枚一枚貫通してきていた。

 

遊真がハイレインを撃破するのが早いか、ハイレインが遊真をキューブ化するのが早いか……

 

結果としては、ハイレインに軍配が上がった。

 

 

『盾』印7枚を貫いたハチの群れが、そのまま遊真に殺到する。遊真がハイレインを殴る寸前だ。その一寸の差で遊真はハイレインに届かない。シールドを貫通したハチが遊真の手に触れたその瞬間、遊真の手はぐにゃりと形を保てなくなる。キューブ化する前兆の、まるでダメージを与えられないであろうその腕を、遊真はそのまま……否、新たな仕掛けを施して振り抜いた。

 

 

『錨』印(アンカー)

 

 

『錨』印は三輪のレッドバレットを模してつくられた印であり、その効力はレッドバレットと同じく敵を重石で拘束するというもの。『射』印と混ぜて使うのが主たる使い道なのだが、直接相手に触れる事でも発動できる。

 

卵の冠をくらい、歪んだ腕でダメージを与えられないと考えた遊真は咄嗟に『錨』印でハイレインの動きを制限しようと試みたのだ。

 

 

 

遊真はハイレインに一撃を加えたあと、歪んだ右腕を肩からちぎり取る。ちぎり取られた腕はそのままキューブ化して、遊真の右肩からはトリオンが漏出する。

 

 

ハイレインも『射』印で撃ち抜かれた箇所からのトリオン漏れが酷く、手近なところには回復に使えそうなトリオンキューブはなく、トリオン体の修復もままならない。

 

 

戦況は膠着した。

 

 

そこに《蒼の騎士》が現れる。

 

 

 

☆★

 

 

 

二宮の対ミラとしての基本戦術はメテオラで視界を防ぎつつ、窓の影のワープゲートをくぐり抜ける軌道でハウンドを撃ち、ガードが空けばアステロイドを叩き込むーーーというものだった。

 

 

二宮のフルアタックハウンドは、四方八方からミラに襲いかかる。まさに逃げ場のない蜂の巣というやつだ。

その全てを窓の影で他所へ飛ばす事もできるのだが、さすがにトリオンの消費が激しい。ヒュースはまだしもヴィザの回収は絶対しなければならない。そのためのトリオンは温存しなければいけないし、先ほどのように狙撃手を狙ったとしても、その攻撃をキャンセルする手段を二宮はもっているようで、攻撃のはね返しも徒労となる。

 

二宮は同時発動可能なトリガーは2つ、というルールを利用していた。ボーダーの規格のトリガーはトリガーホルダーに8つのトリガーをセットできるのだが、そこから併用して使えるトリガーは2つというルールがある。旋空やレッドバレットなどのオプショントリガーは別だが、トリガーを同時に3つ以上は起動できないようになっているのだ。

 

3つ目のトリガーを起動したら1つめのトリガーが消える、と簡単に言えばそういう事だ。実際は利き手用のメイントリガー、副装備のサブトリガーに分かれるのだが、二宮がやっているのは、自分の弾トリガーが窓の影のワープゲートに取り込まれた瞬間に次のトリガーを起動して、ワープゲートに入り込んだ弾トリガーの効力を無にしている、という事だ。

 

 

ゆえに、ミラが二宮の放った弾トリガーをワープゲートを通してはね返したとしても、その弾トリガーから攻撃力は失われているため意味がないのだった。

 

 

 

そのためミラは先ほどから二宮の弾を避けるために小刻みなワープを繰り返していた。

 

 

 

ハウンドにはトリオンを探知して追尾する機能がある。小刻みなワープ程度ならば、ハウンドがどちらに動いたかでミラのワープ地点を割り出せる。

 

 

「奈良坂、タイミングは掴めたな?」

 

 

「はい、いけます」

 

 

ミラを追ってハウンドが軌道を変えた瞬間、二宮はメテオラを撃ち出す。ミラは再びワープして避けようとするが、奈良坂の狙撃銃ーーライトニングーーが二宮のメテオラを撃ち抜き、空中で炸裂させる。

 

爆風に煽られたミラは体勢を崩してしまい、そこに二宮の一手が叩き込まれる。

 

 

「ハウンド + ハウンド = ホーネット」

 

 

ハウンドとハウンドの合成弾。アステロイドとアステロイドの合成弾であるギムレットが、アステロイドの特徴である高威力を更に伸ばすように、ホーネットはハウンドの特徴である誘導能力を高めたもの。

 

 

 

爆風で煽られたミラに突き刺さる、ホーネットの弾丸。トリオン体の各部に穴が空き、このままでは戦闘不能もかくや、という段になってミラはようよう腹をくくる。

 

大窓を使用してホーネットから逃走。さらに追ってくる弾をさらに大窓で二宮に返却する。

二宮は新たなトリガーを起動させる事でホーネットを消し去り、動きの変わったミラを見やった。

 

 

ミラとて黒トリガー。窓の影は戦闘向きとは言えないが、それでもノーマルトリガー相手に遅れを取るなどあり得ない。

それが例え二宮のような破格とも言える相手であっても。完全勝利を捨てれば、いくらでもやりようはある。

 

 

 

 

 

「悪いわね……悪あがき、させてもらうわ」

 

 

 

☆★

 

 

遊真とハイレインの戦闘は、膠着したと言って過言ではない。

どちらともトリオン体の一部を失っており、決め手といえる手段を打てないためにどちらとも消極的にならざるを得ないのだ。

 

 

遊真は、かつての戦闘で死んだはずだった。敵国の黒トリガーにやられて死ぬはずだった所を父親に助けられた。遊真を助けた父親、有吾はそのまま遊真に黒トリガーを遺して死した。

本来そこで死ぬはずだった遊真の肉体は有吾の黒トリガーの内側に封印されていて、今もゆっくりと死に向かっている。

その遊真の生身の肉体が黒トリガーの内側に封印されているのなら、トリオン体換装前の姿はなんなのか?

それも、トリオン体だ。ゆっくりと死に向かっている体の代わりに黒トリガーで作られた仮初めのトリオン体。

 

本当の肉体は封じられているため、死にかけた時点で肉体年齢は止まり、遊真は小学生とさえ間違われるような外見なのだ。

 

 

遊真はたとえ戦闘体を破壊されたとしても、生身さえトリオン体のため戦う事が可能だ。遊真にとってこれは、最後の手段、秘中の秘といえよう。

 

しかし、そんな秘中の秘さえハイレインには相性が悪い。

卵の冠はトリオンにのみ作用する。いざとなれば換装を解除して逃げればハイレインはどうしようもない。

だが遊真はトリオンの戦闘体を解除したとしても、生身さえトリオン体だ。黒トリガーの力が使えなくなればすぐにキューブ化されるのがオチだろう。

 

 

だから遊真は消極的にならざるを得ない。

 

対してハイレインも遊真ほどの使い手を足止めする事に意味を見出していた。

1番重要なのは、この遠征が成功するかどうかだ。すでに雛鳥たちは多数確保しているが、金の雛鳥も連れて帰れれば次の神の座は決定したようなもの。だから、遊真をミラの討伐に動かさないのがハイレインの現在の至上目的だった。

遊真が消極的になるのなら、同じく負傷しているハイレインも無理して積極的に攻める必要はないのだ。

 

 

しかし、状況とはえてして変わるもの。

ミラの方に向かった二宮の代わりに、ランバネインを撃破したという黒トリガー使いがこちらに向かってきているという。

それとほぼ同時にミラが手傷を負ったと通信で聞いたハイレインの判断は早かった。

 

 

玄界のトリガーには通信機能は通常装備のようだが、遊真の黒トリガーは違うと見抜いたハイレインは、ミラと連携する。

 

遊真が消極的ならば、多少防壁を減らしたとしても支障はない。

 

 

 

ハイレインの手元に小さなワープゲートが開きーーー、そこに卵の冠から産まれたトリが吸い込まれるように消えていった。

 

 

窓の影の能力を知らない遊真はそれが何かわからず、戸惑いながらも周囲を警戒するが何もない。ならばトリはどこへ消えた?

ハッとした遊真だが、遅い。もし仮に遊真がミラと対峙し窓の影の能力を知っていたのなら、もし遊真の黒トリガーに通信機能があったのなら。二宮に迫り来る危険を知らせる事ができたかもしれないのに。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

悪あがきをさせてもらう、と言って不敵に笑むミラに、二宮は何もさせまいとアステロイドを叩き込む。

 

アステロイドは当然のようにワープゲートに吸い込まれ、同時に二宮の目の前に展開した出口側のワープゲートから吐き出される。

 

 

これまでと同じ要領で新たなトリガーを起動してはね返されたアステロイドを消去する二宮。

 

その背中に、軽い衝撃。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

二宮の背後に開いた、もう1つのワープゲート。そこから放たれたハイレインの卵の冠からつくり出されたトリが二宮のトリオン体を蝕んでいた。

 

 

入口と出口のワープゲートをそれぞれ2つ開くという芸当を、二宮の前で披露した事はなかったミラ。

 

 

「切札とはこういうものよ」

 

 

二宮は油断していたと言える。ミラのワープゲートによる攻撃のはね返しを無効化する手段を見出し、それを過信していた。ワープゲートを同時に開けるのは1つの入口出口のみだと思い込まされていた。

それはかつて、東の薫陶を受ける以前の、トリオン量にあぐらをかいていた頃の二宮。射手の王という異名は、単に射手No.1だからではなくまさしく二宮の王らしい普段の態度から来ている。それはつまり、傲慢。二宮匡貴という男の根源。王たる資質が、今回ばかりは勝利を遠ざけた。

 

 

例え射手の王であっても、黒トリガー2本の連携の前には敗れる他なかった。

 

 

 

 

だが、ただでやられるわけにはいかない。二宮は緊急脱出する前に、アステロイドを消すために起動したトリガーをミラに差し向けた。

 

 

 

「ハウンド!」

 

 

「窓の影………少しは学びなさい」

 

 

 

呆れたように声を出すミラは窓の影のワープゲートで、ハウンドを奈良坂の周囲に放った。

二宮の悪あがきは、味方を撃破するという最悪の展開として結実した。

 

 

 

そして、ボーダー隊員2人をハイレインとの連携で退けたミラはトリオンを漏れ出す腕を押さえながら、もう一度「窓の影」と唱える。

 

 

金の雛鳥を含む、多数の雛鳥………トリオンキューブの回収が完了した。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

門が開く。いや、正しくはワープゲートというべきか。近界民が通常使うそれよりも遥かに利便性の高い黒トリガーによるワープゲート。

 

 

「ヴィザ翁、お迎えにあがりました」

 

 

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

 

そこから現れたのはトリオンキューブを回収して遠征艇に戻ったミラ。戦闘不能になったヴィザの回収にやってきたのだ。

 

 

しかし、そこには当然のようにヴィザを撃破したボーダー隊員と思しき人物がいた。

飄々としていて、どこか掴みづらい雰囲気の男は迅悠一。自称実力派エリートの迅はしかし、ヴィザの回収を止めようとはしない。

それを不思議に思った当のヴィザが「止めないのですか?」と尋ねる。

 

 

「ええ……そりゃあ。ここでアンタを捕らえたら、アフトクラトルは今度は本気でここを攻めるでしょ?」

 

 

 

「………なるほど、そこまで視ていましたか」

 

 

 

サイドエフェクトである未来視により、ヴィザを捕虜とした場合の未来をこそ迅は憂いていた。国宝の1つである星の杖と、その担い手が共に囚われたとなればアフトクラトルも領地争いという段ではなくなってしまう。

アフトクラトルが本気で攻めてくれば、玄界は終わりだ。だから迅はここで手を出す事はしなかった。

 

 

ぷつり、と黒い穴に消えていくヴィザとミラ。

その姿を見届けて、迅はいつものように呟くのだ。

 

 

「はい、予測確定」

 

 

 

☆★

 

 

 

エラー

 

 

と、そういった意味の文言がモニターに表示される。

「え?」と声をあげるミラ。何度操作してもそれは同じで。

 

 

 

多数の雛鳥を確保し、さらには金の雛鳥まで手に入れた。これで帰れば遠征は大成功。四大領主の1人である主人ハイレインが次代の実権の掌握が決定する。そのはずなのに。

 

 

あとは、遠征艇の待機命令を解除して帰還命令を出すのと同時にハイレインを回収すればそれで終わり。それなのに。

 

 

 

 

 

「どうして待機命令が解除できないの……!?」

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

アフトクラトルの遠征艇。そこに忍び込んだ一体のトリオン兵。黒い炊飯器のような外見の彼こそが、遠征艇のコントロール権限を支配していた。

 

 

 

「帰らせはしない」

 

 

 

無機質な声はしかし、相棒に託されたがゆえの重みを有している。

 

 

心を有したかの如きトリオン兵。レプリカ。それが彼の名だ。

 




レプリカーーー!

原作とは逆に、アフトクラトル遠征部隊を帰らせないために艇の支配権を得たレプリカ先生でした。
しかしレプリカ先生の活躍はまだ序の口よ……


まじ二宮さんサーセン!主人公勢を活躍させるためには原作勢には多少無能になってもらわなければいけないという悲劇。
遊真にしても、無理矢理相打ちという形にしました。書いてた途中で「あれ?これ遊真勝ちそうじゃね?」と思ったのは秘密。

あと『窓の影』のポテンシャルについては捏造です。ワープゲート多数展開とかできてたかな…?とか思いつつ二宮退場のために、ワープゲートの多数展開は可能!という事にしました。


主人公勢活躍云々と言いながら、今回の話でもクロウ、刀也は出てこないという……次話に期待!


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『Ⅶ』の刃が届く時

クロウ・アームブラストは前提から違うのだ。

ボーダーの誰と比べても。
アフトクラトルの誰と比べても。


クロウだけは、前提からして『違う』


アフトクラトル遠征艇の支配権を掌握したレプリカは、ミラからのアクセスを弾いたのち、艇から新たなゲートを三門市に開く。

しかし、それは侵略者の出現を意味しない。

空中に穿たれた黒い穴からこぼれ落ちたのは、アフトクラトルの今回の遠征における、最大の戦果。金の雛鳥を含む、多数の雛鳥を封じ込めたトリオンキューブだ。

 

 

ほぼすべてーー避難路でトリオンキューブ化されたものーーを逃したレプリカは、今度は帰還命令を実行した。

 

 

 

 

ところで、ミラに発見されてしまう。

 

 

 

「自律型トリオン兵…!侵入されていたなんて………っ!」

 

 

レプリカを窓の影の小窓で真っ二つにしたミラだが、艇のコントロールを取り戻せはしなかった。帰還命令の解除もできず、すでに艇が発進するカウントダウンが始まっていた。

 

 

 

これはまずい。考え得る限り最悪の展開。いや、まったく想定外の最悪だ。

 

捕獲した雛鳥の大部分には逃げられ、さらには遠征隊のリーダーであるハイレインを置き去りにしてしまう危機だ。領主であるハイレインが玄界に捕えられてしまえば、他の領主たちがハイレインの領地を荒らす未来が透けて見える。黒トリガーの損失よりも領主たちは、次代の実権を争うハイレインの脱落を選択するだろう。

 

だが、まだ起死回生の手はある。ハイレインとレプリカが逃がした雛鳥を回収する。遠征艇の帰還命令が実行されるまで、あと60秒。事ここに至り、出し惜しみはしない。ミラはランバネインとヴィザにハイレインの救出を頼み、自身は雛鳥のトリオンキューブの回収に向かった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

アフトクラトルの遠征艇から逃がされたトリオンキューブは戦闘痕の残る路地に乱雑にばらまかれていた。いくらレプリカでもトリオンキューブを逃がす先を選ぶ余裕はなかったようで、ボーダー隊員にも見つからずに放置されていた。

 

己の幸運に思わず笑みをこぼすミラだったが、その視線の先…路地の奥に1人の男がいることに気付いた。全身黒ずくめの男。エネドラを容易く撃破した剣の使い手。

 

 

「二の型」

 

 

刀也は腰に提げた弧月の柄に手をかけた。

ミラはその構えに、先ほどの素早い切り込みが来る事を予見する。確かにその技は速いが、この距離ならば対応できる。大窓で彼方まで転移させてやる、とばかりに手をかざして、

 

 

「窓の」

 

 

 

「疾風」

 

 

 

そんな抵抗さえ許されず、一刀のもとに両断される。

 

 

 

「そんな…さっきとはまるで……!?」

 

 

 

先ほどとは比べるべくもない速度、技の冴え。当然だ、これはリィンの『疾風』。≪剣聖≫の『疾風』だ。

 

 

 

「ああ、おれもそう思う」

 

 

 

未だ比較するのさえ遠い師父の技に、放った本人がミラの言葉を肯定し。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

遠征艇の帰還まで60秒。

状況についてはすでに報告を受けたハイレインは、わずかに焦りを見せる。

 

 

金の雛鳥を含む多数の雛鳥を逃がされたのは痛い。ミラが回収すると出たようだが、できるのだろうか?

わずかばかりだが、他の雛鳥は確保できている……しかし、遠征の費用と秤にかければ天秤がどちらに傾くか……

 

しかし、ここで黒トリガーを確保できれば………

 

 

 

遊真を見ながらハイレインは思考するが、たった60秒で遊真をトリオンキューブにして撤退するのは不可能だと判断し、遠征艇からの門が開かれる。

 

 

 

 

 

「さらば」と告げようとしたところで、それは飛来した。

 

 

くるくる、なんて勢いではない。まさしく空を裂くほどの回転を伴って投げ放たれた双刃剣。

 

 

辛うじて防御に成功するハイレインだが、勢いに押されて門から遠ざかってしまった。

 

 

 

 

「そう簡単に帰らせるかよ」

 

 

現れたのは、蒼い甲胄の騎士。ランバネインを倒したというダブルセイバーの使い手だ。

 

 

「その声……クロウさん?」

 

聞き覚えのある声に遊真が反応した。ボーダー隊員伝手に蒼い騎士が味方とは知っていたが、それがクロウとは思いもしなかった。

だが、クロウは心強い味方だ。黒トリガーを使っているなら尚更のこと。

 

 

「ああ、遊真か……ひどくやられたみてぇだな。ま、あとは任せとけよ」

 

クロウは遊真の様子を見て戦闘不能直前だと判断する。まずは敵のリーダーにここまでダメージを与えた事を讃えたいが、それには時間が足りないようで、ハイレインのダメージからあとは自分一人でも大丈夫だと宣言した。

 

 

黒トリガー2人に囲まれては是非もなく、ハイレインは撤退に全力を注ぎ込む。

 

 

残るトリオンすべてを卵の冠にまわして、鳥やサカナなどの防壁を増加させる。これなら、どんな妨害があろうと門まで無事に辿り着けるーーーー

 

 

 

「………と、思うじゃん?」

 

 

 

付近の瓦礫を砕き、蹴り飛ばしたのは米屋だった。瓦礫は卵の冠から産み出された生物の形を潰してハイレインに激突する。トリオン体であるハイレインにダメージはないが、これで卵の冠はトリオンにしか効かない事が証明された。

これまで推測はあっても、試した者はいなかったため希望的観測の可能性もあったが、卵の冠はトリオンにしか効果がないという事がわかった。

 

 

 

「なるほどな……トリオンにしか作用しない弾か」

 

 

 

七の騎神には通信機能がなく情報が得られてなかったクロウだが、米屋の機転により卵の冠の弱点を理解した。

 

 

「なら、こうだな」

 

 

ニヤ、と笑うとクロウは七の騎神を解除した。

 

 

「生身に…?」

 

 

生身になったクロウ。いくら卵の冠がトリオンにしか効かないとは言え、無謀だと誰もが思う。

 

 

だが、クロウだけは違う。

 

 

 

「おし、あげてくぜ!」

 

 

蒼い闘気が炸裂する。

身体力を底上げする『デスティニーブルー』。ゼリムア大陸での戦いの最中に目覚めたクラフトだ。

 

 

そこからさらに。

 

 

「動くな……!」

 

 

 

敵を拘束する魔眼『アイ・オブ・バロール』。

 

 

ピクリ、と動きが止まった一瞬でクロウはハイレインに肉薄する。生身にあるまじき速度。トリオン体でのスピードを上回るそれは、まさしく人間業ではない。

 

 

クロウだけは、前提からして違うのだ。

 

 

 

生身での戦いが基本であったゼムリアで鍛えられたクロウは、むしろトリオン体の方が枷。意識の速さにトリオン体が着いてこなくて、遊真には遅れをとった…というのは言い訳臭いが。

 

だが、生身なら話は違う。自身の、クロウ・アームブラストの最高のパフォーマンスが発揮できる。

 

 

 

卵の冠の防壁は意味をなさず、クロウに当たっては弾けて消える。

しかし、いくら生身の性能が良いとは言え、トリオン体にはトリオン以外では大したダメージが与えられない……というルールも、クロウは忘れていない。

 

 

「貸しな、オルディーネ」

 

 

だからクロウは、七の騎神からオルディーネのダブルセイバーだけを取り出して、一切の防壁を取り払われたハイレインの胸に突き立てた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

空が、晴れた。

 

 

近界民の襲来と同時に、空に渦巻いた暗雲は消え去り、それは同時にアフトクラトルの撤退を意味していた。

 

 

 

 

「迅」と、呼ばれて実力派エリートは通信からの声に耳を傾ける。

 

 

 

「この結果は、おまえの予知の中ではどのあたりの出来だ?」

 

 

声の主人はボーダーの司令官である城戸だった。その質問に迅は一拍置いてから答える。

 

 

「………最高の結果だよ。ボーダー本部に侵入されるパターンも、A級B級が捕まるパターンも、民間人が死にまくるパターンもあった」

 

 

だが、最高の結果でも、これだ。

民間人に死者はなく、それはボーダー隊員とて同じ。だがC級隊員は連れ去られた者がいる。

アフトクラトルの遠征が決定した時点で、ボーダーに被害が出る事は確定していた。最高の結果でも犠牲はある……それだけの戦力がアフトクラトルにはあったのだ。

 

だけど。それでも。掴めた最高の未来の前には、こう言うべきだと迅は思った。

 

 

「……みんな、本当によくやったよ」

 

 

最高から最悪へ、そこから最高に返り咲いた未来にはヒヤヒヤした迅だったが、早いーー刀也が黒トリガーを起動したーー段階で未来が確定したのは良かった。

そこからさらに、ヴィザを見逃す事によってさらなる未来の最悪も予防できたし、これを最高の結果と呼ばずしてなんとする。

 

 

「……なるほど。………わかった、御苦労」

 

 

迅の答えを聞いて、城戸はそう言うと通信を終える。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

民間人

死者 0名

重傷 11名

軽傷 34名

 

ボーダー

死者 0名

重傷 0名

行方不明者 16名(すべてC級隊員)

 

近界民

死者 1名(近界民の手に因る)

捕虜 1名

 

 

 

対近界民大規模侵攻、三門市防衛戦、終結。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「……ヒュース殿は、間に合いませんでしたか」

 

 

アフトクラトル遠征艇の中で、ヴィザは残念そうに呟いた。

 

 

「ビーコンは破壊されていた。……金の雛鳥も捕り逃しては、ヒュースは連れて帰れない」

 

 

アフトクラトルにも事情があった。それを理解しているヴィザは「なるほど」と呟いて黙する。ヒュースほど優秀な人材は稀で、しかも手ずから剣を教えたほどだ。惜しくないわけがない。

 

 

「元より決めていた事だ。連れ帰ればヒュースは我々の敵になる」

 

 

「うーむ、もったいない。金の雛鳥が手に入っていればなあ」などとランバネインは言い、捕え損ねたミラは気まずそうにしたので「おっと」と顔を背ける。

 

エネドラとヒュースの2人がいなくなり、スペースの空いた艇を満喫するようにランバネインは腕を広げる。

 

 

ハイレインとランバネインの兄弟が僅かばかりやり取りをしたのち、ハイレインはいつも通りの真顔で皆に告げる。

 

「エネドラ、ヒュースの件はともかく、当初の目的は達成したとは言い難い。本国に着くまで、あと一仕事してもらうぞ」

 

 

 

☆★

 

 

 

彼方の星にて、七の騎神の力が観測されたという。

 

玄界……トリガーとも、導力技術とも違う文明の発達した星。

 

 

 

それを起動したのは誰かという確認と、そして七の騎神を持ち帰れという命令が下された。7年前とは状況が変化したためか、あるいは別の理由か。

 

 

 

「こんな命令、聞いてやる義理はねえが……まあ、懐かしい顔に会えそうだからな」

 

 

呟いて、赤衣の長身は遠征艇に乗り込む。

 

 

 

 

こうして、混沌の火種は蒔かれた。

蒼の騎士と剣聖の後継が、焔の魔人と対峙する日はまだ遠く。




大規模侵攻、終結!
やっとこさ終わったでござる。生身クロウはトリオン体クロウより強いっていうね。たぶんボーダー規格のトリガーでトリオン体になるより生身で戦った方が強いよね。


大規模侵攻編については、あと少しだけ続きます。

トリオンキューブより復帰した三雲修は、雨取千佳を自身の力で助ける事を諦めてしまった事実によって精神に傷を負った。そこに、追い討ちをかけるように記者会見が始まり……?

次回『折れたメガネよ、立ち上がれ』


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折れたメガネよ、立ち上がれ

今回の登場人物

メガネ
精神がぽっきり折れた。メガネを外すかもしれない危機。


ねつき
優秀だけど驚き役もやれる大人の万能手。


とーや
良い事を言う時は、だいたい誰かの受け売り。


クロウ
大人と子供の精神を併せ持つハイブリッド。


良く相手を見定めろ。

 

三雲修は自分にそう言い聞かせる。相手が使っているのはレイガスト一本のみ。他のトリガーはセットしていないか、使う気がないのか……

とりあえず、この一本勝負ではレイガストしか使わないと仮定して進めよう。

 

 

 

早く鋭く、流れるような連撃だが、レイガストを変形させるような事はないようだ。それに、シールドモードにするほど自分も攻めきれてはいない。だから、狙うのは引きつけてからのカウンター。

 

 

 

 

踏み込んできた相手のレイガストを、自分のレイガストをシールドモードにして防ぐ。

 

 

「アステロイド!」

 

 

そこに弾速重視の通常弾の叩き込み、躱すために身を屈めた相手に、

 

 

「スラスター、オン!」

 

 

レイガストをブレードモードにしてオプショントリガーであるスラスターを起動、そのままぶった切りに移行する。

が、そこまでは相手も読み通りだったようで、ひらりと避けられたどころかぶった切りをレイガストで受けて、その反動で回転して突きを放ってくる。

そこからは必勝パターンだ。敵の攻撃を利用しての反撃、からの踊るような連撃で沈める………だが、この必勝パターンで何度も敗北している三雲だからこそ見える勝ち筋があった。

 

突き出されたレイガストを集中シールドで防ぐ。孤月やスコーピオンならシールドは貫かれていたであろうが、それらより攻撃力に劣るレイガストなら防げると思ったが、その通りだったようで、ここで始めて三雲の対戦相手は少しだけ驚いた顔をした。

 

 

さらにそこに、シールドモードに変化させたレイガストでスラスターを起動、シールドチャージを敢行する。スラスターの勢いのままに相手を壁際まで押し込んだ三雲は周囲に散らしたアステロイドを一斉に撃ち放つ。

 

 

 

 

「スラスター、オン」

 

 

 

だが、それでもまだ足りなかったようで。

 

 

 

 

「十本勝負終了。10対0。勝者アームブラスト」

 

 

 

 

三雲はクロウに敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

「最後はなかなかだったじゃねえか。スラスターを使わなきゃやられてたぜ」

 

 

 

対戦ブースから出てきたクロウは三雲に話しかける。三雲くらいが相手ならレイガスト一本で充分だと考えてただけに、最後の最後でスラスターを使わされたのは少し悔しかった。

 

 

「いえ…完敗でした。さすがですね、クロウさん」

 

 

「完敗なもんかよ。おれはウチの隊長からトリガーセットを露見させるなと言われてたのに、思わずスラスター使っちまったんだからな。ランク戦前に1つ情報を与えちまったわけだ」

 

 

「ランク戦……ですか」

 

 

クロウと語る三雲だったが、その表情は暗い。そこにランク戦というワードが加わって三雲はさらに表情を暗くした。

 

 

「……どうかしたか?」

 

表情の変化に気づいたクロウは問いかけてみるが三雲は「いえ……」と言い淀むのみ。

まったく……テロ組織の親玉ってわけでもあるまいに、同じ組織の仲間に何を言い淀む必要があるのか。

さらに言葉を連ねようとしたところで、そこに刀也が現れた。

 

「おまた〜」

 

「おう、諸々の申請は終わったのか?」

 

「うん、ぜんぶOK。B級21位夜凪隊結成だ」

 

 

クロウと刀也とオペレーターの3人部隊の夜凪隊。その申請書類の提出のため刀也は部屋を離れていたのだが、そんな事を知らない三雲は刀也を訪ねて部屋を訪れていた。

 

 

 

☆★

 

 

大規模侵攻から1週間が経っていた。なんとなく遊真や千佳と顔を合わせ辛いと感じた三雲は玉狛支部の面々からは距離を置き、本部の先輩たちの部屋を訪れて有難い話を聞く、という自分でも何を目的とした行為なのかわからない旅を始めていた。

その末にたどり着いたのが夜凪刀也の部屋だった。

 

 

 

「あの、三雲ですが……夜凪さんはいますか?」

 

 

 

「刀也なら今は席を外してるぜ。何か用か?」

 

 

部屋を訪れた三雲の応対をしたのはクロウだった。

 

 

「いえ、用事があるわけじゃないんですが……もし時間があるならお話でも、と」

 

 

「……まあ、戻ってくるまでに時間はかからねえと思うし、中で待っておくか?コーヒーくらいなら出すが」

 

 

「そうですね………」と考え込んだ三雲は何を思ったのか、突然クロウを真正面に見据えて、

 

 

「クロウさん、良かったらぼくと個人ランク戦をしてもらえませんか?」

 

 

と、そんな事を提案してきたのだった。

 

 

☆★

 

 

 

「それで、話があるって?」

 

 

 

「本題は?」と最初から聞き出すような遠慮のなさで、刀也は切り出す。

観察からの想像が、刀也の生まれ持った才能だった。八葉の極みについてもこれのおかげで知れたと言える。その観察からの想像によれば、三雲には何らかの迷いがあり、それは大規模侵攻に基づくものであると刀也は見ていた。

 

 

 

「はい……その、夜凪さんはどうしてボーダー隊員になったのかな、と思いまして」

 

 

なんだその質問は……とばかりに刀也は片目を瞑る。わずかな黙考の後に刀也は語り始めた。

 

 

「きっかけは、近界民に襲われた所をボーダー隊員に救われて……、その人がカッコ良かったからかな。その人みたいになりたい!ってのが1番最初の動機だよ」

 

 

「それは…憧れ、ですか?」

 

 

「憧れ……そうだな。憧憬、希望、理想……そんなとこだかな。んで、三雲……そんなおまえはどうしてボーダーに入隊したのかな?」

 

 

 

鋭い、とは言えない、まるで学校の教師のような切り返しに、三雲は自らの記憶を想起させる。

幼馴染である雨取千佳。その兄である雨取麟児は三雲の家庭教師だった。千佳は破格のトリオン量ゆえに近界民に狙われていた。雨取麟児は妹想いの兄であり、また優秀な男でもあった。

彼はとあるボーダー隊員と取引してトリガーを入手。門の向こう側へと渡ったのだ。雨取麟児に「自分に何かあったら千佳を頼む」と言われていた三雲は、千佳を守る力を得るためにボーダーに入隊した。

 

 

 

「……別に言わなくてもいいけどさ、その理由はおまえだけのもんだろ。最初の動機を忘れちゃいかんよ。初心忘るべからず、って言うだろ」

 

 

 

千佳を守る、その目的のためにボーダーに入隊した。

だけど、この前の大規模侵攻では何もできずに無様にキューブ化されただけだった。千佳を守れず、最後には千佳を守る事を諦めた。

 

あの時言った「すまない」は諦観から出た言葉だと三雲は自覚していた。だからこそ、止まってしまったのだ。

三雲修は自分がそうすべきだと思った事からは逃げない……逃げたが最後、立ち向かえなくなる人種だ。それはまるで巨木のような生き様だ。しかし一度折れれば立ち直れない。枝のように風を受け流せはしないのだ。

 

 

 

「……でも、ぼくには力が足りませんでした。ボーダーに入隊した理由を、達成できるだけの力が」

 

 

 

「……それが結論でいいのか?三雲、おまえ自身はそれでいいのかよ?」

 

 

 

痛ましい三雲の独白に、クロウが口を挟む。おまえはそれで納得できるのか?と。結論に納得できないからこそ、人は諍う生き物ではないか。三雲はまだ中学生だが、なかなかに聡い。そんな事がわからないわけじゃないはずだ。

 

 

「いいわけがない。でも、ぼくには……」

 

 

 

「おまえはまだ若いだろ。何も今から諦めるのは早すぎるとは思わないか?」

 

 

三雲は自分と同じように成長の止まった不死者ではない。未来のある若者だ。そうなれるかもしれない理想を追いかけるべき年齢だ。だが、三雲は徹底的に折れてしまっているらしく、どうやら普通の言葉では届かないようだった。

 

 

「力が、ない。空閑みたいな経験も、千佳みたいなトリオンも、迅さんみたいなサイドエフェクトも………ぼくには何もない。B級に上がれたのだって空閑や迅さんのおこぼれをもらっただけで……本当はC級止まりだった。分不相応だったんです、ぼくにB級隊員なんて肩書きは……だってぼくには力がないんだから……!」

 

 

ここまで語るつもりはなかったであろう三雲だったが、刀也の誘導とクロウの言葉により、本心をさらけ出してしまっていた。

 

思わず吐露した三雲の本心に、いったいどれだけの影響を与えられるかわからない。だが、これだけは言っておかなければいけない、と刀也は空気を吸い込んだ。

 

 

「力があろうがなかろうが、おまえが正隊員なのは変わらん。それとも、ずっと訓練生のままが良かったのか?自分は目標のために頑張ってますーってポーズを取り続けるだけが目的だったのか?……違うだろ。無いものを有るとするのは欺瞞だ。逆も然りで、おまえにはB級に上がった…その事実は嘘じゃない。目的が達成できない理由を、本当はC級止まりの実力だから、とか…自分が未熟であることの言い訳にするなよ」

 

 

辛辣とも取れる刀也の言葉はしかし、三雲に「諦めるな」と語りかけている。クロウのように直裁に言うのではなく、追い詰める事で答えを引き出そうとする刀也の泣きっ面に蜂の巣作戦は、三雲には効果覿面であり。刀也はさらに続ける。

 

 

「いいか、三雲………三雲修よ。力ってのは所詮、己に続くものでしかない。

振るうのはあくまで“己”の魂と意志ーーー、最後にはそれがすべてを決するもんだ」

 

 

 

どこかで聞いた事があるような刀也のセリフに首をかしげるクロウだが、その言葉を向けられた三雲は感銘を受けたようで、沈んでいた表情が嘘のようになっていた。

 

 

「だから三雲、己を貫き通せ。己の信念を、貫徹しろ」

 

 

言い切ると、刀也は真面目な表情を不敵な笑みで隠すと「じゃ」と言ってテーブルを立つと部屋に戻る。クロウもそれに続き、立ち去る2人に三雲が「ありごとうございました!」と大声で礼を告げた。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、そのやりとりが交わされたのはボーダー隊員が立ち入り自由なラウンジであり、刀也が三雲を立ち直らせたこの件は後に「夜凪隊による三雲懐柔作戦」と言われたとか言われないとか。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

大規模侵攻から1週間が経過し、やや落ち着きを取り戻した三門市。落ち着いて来たからこそ、始まるものもあった。

 

記者会見である。今回の事件についてボーダーから事情を聞こうとしたメディア陣が会場に押し寄せてきていた。

 

こんな事は予想通りだったボーダー上層部は、淀みなくメディア陣の質問に答えていく。メディア対策室室長の根付の独壇場と化していた会場だったが、流れを変える質問がでた。

 

狙われたC級隊員たちのトリガーには緊急脱出が装備されていない事が近界民に把握されていたのか。その原因はイレギュラー門で現れたトリオン兵を訓練生がトリガーを使って撃破したからではないか、というもの。

 

その訓練生というのが三雲であり、質問をした記者は根付の仕込みであった。マスコミにわかりやすいネタを提供し、記者の矛先をボーダーから1人の隊員に誘導するためのものだ。

手ぶらで帰せば何を書かれるかわからない。有る事無い事書かれてボーダーの特権が失われては事である。マスコミまじマスゴミというわけである。

 

これで終われば根付さんファインプレーだったわけだが、記者会見の場には唐沢によって三雲が連れて来られていた。

刀也の言葉によって若干ハイになっている、あるいは精神が厨二…もとい中二に回帰している三雲が、である。

 

 

 

三雲は壇上に上がると「な…ちょ…」と狼狽える根付を一瞥して、件の訓練生が自分であると明かしたのち、質問があれば自分が答える、と言い出した。

 

記者たちの質問に正直に、少しだけ中二チックに答えていく三雲。

 

 

「ぼくはヒーローじゃない。誰もが納得するような結果はだせない。ただその時やるべきことを、後悔しないようにやるだけです」

 

 

開き直っているだけとも取れるセリフに、さらに突っかかってくる記者たちに三雲は言い放つ。

 

「ぼくには、三門市にいるみなさんを守れるだけの力はありません。だけど、力を振るうのは、あくまでも己の魂と意志……、無力でも守りたいという願いを捨てる事だけはありません」

 

 

さっそく刀也の言葉を引用した三雲。どこか得意げなのはやはり、まだ中学生ということの証左だろうか。

だが、そんな名言にも心踊らぬマスゴミたちは三雲に「どう責任をとるのか」と聞く。

 

三雲は、先程と変わらぬ信念をもって「取り返す」と宣言した。

 

 

 

その意味が理解できない記者たちに、城戸が三雲の言葉を補足するように説明した。

ボーダーでは連れ去られた人間の奪還計画を進めていること、無人機での近界民世界への渡航、往還試験は成功している事など。

 

近界遠征を『今から行く』という事にしたのだ。

 

 

 

近界民の世界に打って出る、という大スクープを手にした記者たちは、会見が終わるとざわつきながらも足早に会場を出て行った。

 

 

 

☆★

 

 

 

「………さっそく使ったな、三雲」

 

 

記者会見の中継を見ていた刀也はボソッと呟く。

 

 

 

「なあ、このセリフって………」

 

 

その呟きを聞いていたクロウが尋ねると、

 

 

「リィンさんの受け売りだよ」

 

 

刀也はそう答えたという。




はい、ここで唐突なカバー下風キャラ紹介



帰ってきた不死者 クロウ
死んだと思ったら生きてた不死者。ボーダー内におけるトリオン体より生身の方が強いランキングNo.1をひた走るが、トリオン体ではイマイチのもよう。武力と知力を兼ね備えるが、上層部の評価はそれなり。リィンという前例がいるせい。


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幕間♯1
黒の声、3人目


魔の手は伸びる、無窮の果てに至るため。《鋼》の力を得るために。

黒く染まる。塗りつぶされる。


されど侮るな。これなるは『七の騎神』なれば。


大規模侵攻が終結した翌日。

民間人の救助やトリオンキューブにされた隊員たちの救出がひと段落した頃、クロウはボーダーの司令室を訪れていた。

 

 

そこには不眠不休で指示を出していた忍田と、総司令官である城戸が残っていた。ノーマルトリガー最強の男といえど、不眠不休での指示は堪えるものがあったようで、忍田はわずかばかり疲労の色を見せていた。城戸はと言うと、その鉄面皮はいつもの通りで忍田ほど疲労してはいないようだった。

 

 

 

「クロウくんか。どうかしたのか?」

 

 

 

「ああ、少し話があってな」

 

 

 

言うと、クロウは手に持っていたトリガーを机の上に置いた。そのトリガーとは『七の騎神』。リィン・シュバルツァーが遺した黒トリガー……現存のボーダー隊員では起動できず、クロウのみが適合し今回の大規模侵攻においてアフトクラトルの人型近界民を複数撃破した破格だ。

 

 

 

「おれはこいつーーー『七の騎神』を返却する」

 

 

それはきっと、クロウの中では覆らない事項なのだと言葉に込められた決意から城戸と忍田は感じ取る。「何故だ?」と問うとクロウは机に置いた黒トリガーを撫でながら告げる。

 

 

 

「リィンを死に追いやった呪いーーーーそれは知ってるよな?」

 

 

今より4年ほど前の話だ。第一次近界民侵攻の後にリィンを蝕んだという呪い。若いながらに圧倒的な強さを誇ったリィンを瞬く間に衰弱させたという黒の声。

それをリィンは「呪い」と称してボーダーの連中に語っていた。

 

 

 

「このリィンの黒トリガーは、どうやらその呪いまで受け継いじまったらしくてな……今回は大丈夫だったが、もし次に起動したらおれまで呪いに侵されるかもしれない」

 

 

アフトクラトルとの戦争も終盤に差し掛かった頃、クロウは禍々しい声を聞いた。「ヨコセ」という呪言は、まさしくイシュメルガの意思なのだろう。ただの一言、霞むような声音のそれだったが、聞いただけで怖気が立った。

あんな声に精神を保てるやつは、そうはいないだろう。それこそ獅子の心がなければ瞬時に支配されてしまうような誘い。

 

 

城戸は「わかった」と言うと七の騎神は本部で保管しておくように宣言した。目を見ればわかる。クロウも必要に迫られれば容赦なく力を振るうような人種であると。例え呪いに侵されるとしても、黒トリガーの力が必要な場面に陥れば、七の騎神を使うだろう、と。

だからここは、引き下がっておこうと考えたのだ。

 

 

☆★

 

 

退室したクロウは「ふう」と息を吐き出す。

黒トリガーの返却は受け入れられるだろうと思っていたが、あのスカーフェイスは中々に表情が読めずに嫌に緊張してしまった。

さすがに飄々としたままとんでもない事を言い出す《猟兵王》や鉄と血に塗れても命を果たした仇敵には程遠いものではあるが。

 

 

なにはともあれ、これでまた一つ楔を打ち込めたわけだ。

 

刀也から聞いた話によると、城戸はどうやら『七の騎神』が本当にリィンの黒トリガーか疑っているようだ。しかし、黒トリガーがリィンの呪いまで引き継いだとなれば、七の騎神はリィンの黒トリガーであるという説が有力になってくる。

刀也が秘密裏に保持するリィンの本当の黒トリガーを隠すための仕掛けだ。

 

 

 

「悪いな、オルディーネ……」

 

 

久しぶりに会えたというのに、すぐに手放す事になってしまって。

いや、本来なら7年前に全部終わってたはずなのだ。また会えた事にはヴァリマールに感謝しないといけない。……相克の後の黒トリガー化のため、イシュメルガを内包しているのは致し方ないものではあるが。あの悪意を内包しているのいうのはとんでもないリスクだ。黒トリガーの使用を重ねて、もし身体を乗っ取られでもしたら、この三門市が火の海になる事だろう。

 

その因縁についても、いずれは決着させないといけないのかもしれないな。

 

 

 

 

「クロウくん」

 

 

司令室からクロウを追って忍田が姿を現した。わざわざ追ってきてまで声をかけるあたり、司令室では話しにくい内容なのか。

 

 

「忍田さんか。どうかしたか?」

 

 

「ああ………今回は良くやってくれた。きみのおかげで多くの者が救われたと思う」

 

 

 

「大した事じゃない、黒トリガーがあったからこその結果だ」

 

 

 

「ふ……謙虚な事だ。今回の功績できみには特級戦功が与えられる事になっている。それできみは晴れてB級隊員になれる。…夜凪と隊を組むんだろう?」

 

 

「特級戦功…確か、プラス1500点だったか。ああ、おれは刀也と隊を組むつもりだぜ。夜凪隊だ」

 

 

 

「夜凪隊か………ふ、彼が隊を組むとなると感慨深いものがあるな」

 

 

 

刀也が隊を組むのが感慨深い、という忍田の発言にわずかに目を細めたクロウ。夜凪刀也はクロウと会う前からすでにどこかの隊に所属しないフリーのA級隊員だった。

A級というのは個人ではなれず、部隊としてA級になった者だけに与えられる立場である。しかし、刀也以外にフリーのA級隊員がいないかと問われればNoである。隊に所属しないフリーのA級隊員もわずかだが存在する。その代表格となるのは迅だ。かつて玉狛第一に所属していた迅だったが、黒トリガーを手に入れてS級隊員となり、玉狛第一を離隊。先の黒トリガー争奪戦の後に黒トリガーを本部に納めた事でA級へと戻った。

フリーのA級となる手段は、まず部隊としてA級になり、その後隊を離れる事。現在においてはそのやり方でしかフリーのA級隊員になる事はできないのだ。

 

 

だが、刀也はそんなまどろっこしいやり方でA級になったわけではなかった。否、そんなやり方をする以前から彼はA級隊員であったのだ。

旧ボーダー……現在のボーダーの前身となる組織に所属していた刀也は、旧ボーダーがボーダーになった際に、“先達として後輩を導く立場”という事でA級隊員とされた。それは旧ボーダーに所属していた全員がそうで、木崎や小南、迅も最初からA級だったのだ。管理職となった忍田や城戸などはそれに含まれる事はなかったが。

 

 

こうした“最初のA級隊員”である刀也が、未だ無所属のA級隊員である事をクロウは常から不思議に思っていた。《最初の狙撃手》として名高い東は指導者の如く隊を結成しては隊員が育ったのを見届けて解散、また次の隊を結成……としていっているのに対して刀也の有様は、ある種の堕落、怠惰とも言えた。

 

しかし、実際の刀也は怠惰とは縁遠い生活を送っている。鍛錬、研鑽、修行……そういった日々を繰り返しながら、休日と定めた日には思いっきり自堕落な生活を送る…というオンオフの切り替えがはっきりし過ぎるものではあるものの……

そういった刀也の在り方は、後輩たちにとっては尊敬できるものであり、また親しみを持てるものであった。

「手っ取り早く強くなりたかったらヨナさんを頼れ」と言われるほどにボーダー内での評価を持つ。

 

 

そんな刀也だから、隊への誘いは数多い。太刀川隊、冬島隊、風間隊……A級3トップからの誘いに始まり、B級部隊まで刀也を引き入れようとする。もちろん、加古隊や二宮隊、その他すでにメンバーが揃っている隊からの誘いはない等、すべての隊から入隊を誘われているわけではないが、その実力はどこにいっても通用すると認識されていた。

 

だからこそ、刀也が隊に所属していない事はクロウにとって謎だったのだ。

 

リィンの願いを叶えるため、来るかもわからないクロウを待っていた?違う、刀也にとってクロウは“来たならば共にゼムリアに赴く”ための人物であり、その登場を人生を通して待つような人格ではない。

ならば何か?刀也の瞳の奥に恐怖が潜んでいる事をクロウは見透かしていた。それは“隊を組む”事に対しての恐怖だ。しかし、そんな恐怖に打ち克つだけの決意をリィンから託されていた刀也はクロウと隊を組む事を選んだのだ。

 

 

刀也が隊を組む事に対して恐怖を抱く理由を、この忍田は知っているのではないか?「感慨深い」と言った忍田にそれを尋ねようとして、その前に忍田からの質問が飛び出した。

 

 

「きみは入隊する時に言ったな“まずはA級を目指す”と。それはA級隊員になって遠征部隊に選抜される事を目的としたものか?」

 

 

「…ああ、そうだ。夜凪隊の目的は遠征部隊に選抜される事だ」

 

 

 

「…………では、きみたちは未知なる星ーーゼムリアを目指すつもりか」

 

 

忍田の問いから、ここに繋がる事を半ば予測していたクロウだがゼムリアという単語が出た事には些か驚く。リィンのやつはそこまで話していたのかと。

 

 

「そこまで聞いてたのか。……そうだな、おれの…いいやおれたちの目的はゼムリアに帰る事だ。それはリィンの遺志でもある」

 

 

 

「そうか……やはりそうなのだな。リィンくんには色々と助けられたし、力になってやりたいが………」

 

 

そこで忍田は佇まいを、忍田真史個人からボーダー本部長忍田のものへと変化させる。

 

 

「ボーダーの本部長として、遠征中におけるきみたちの離脱は認められない。

次回の遠征の目的はアフトクラトルに攫われたC級たちの奪還が主となるだろう。

今回の侵攻で特級戦功を得た2人がチームを組めば、次回の遠征隊に選抜される事は目に見えている。

だからこそ、そんな破格の隊員であるきみたちを手放す事はできない。平時ならまだしも遠征中という非常時ではなおさらだ」

 

忍田はこう言っているのだ。ボーダーを抜けたいのならそうすれば良い。だが遠征の最中に突然離脱する事は許さない、と。それは限りある遠征隊の戦力を減少させるし、何よりきみたちが危険だと。

 

 

「………それについては、説得するための材料を捜索中だ。いずれあんたを説得してみせるぜ。……刀也は遠征中にしれっと離脱するつもりだったみてえだがな、それを見破ったらやつがいたんなら無理ってもんだな。………だから、遠征に行くまでになんとか途中離脱が認められるように説得してみせる」

 

 

 

本部長である忍田の言葉に、クロウは真っ直ぐな決意で抗する。それは遠征中に黙って消えるつもりだった刀也の邪道とは違う、正道の決意。

きちんと説得して、笑顔で見送られる事を目的に据えた、正しい道だ。

 

しかしそれは、酷く難しい問題だ。遠征中の離脱が許されるはずもないから、刀也は黙って消えるつもりだったのだ。これを聞けば刀也は「はあ!?なにやっちゃってんのかなあ、バカなの?」と言う事だろう。しかし「説得なんて事できるわけ……いや、おまえなら……」と続けるはずだ。

クロウなら何とかしてくれるのではないか。そう思わせてくれるだけの魅力がクロウ・アームブラストにはあった。

 

 

堂々と宣言したクロウに、忍田は「ふ」と笑い、それに負けぬだけの義務感を持ってクロウと対峙する。

 

 

「いいだろう、きみたちが遠征半ばで離脱する事を許可できるだけの材料を揃えて説得しに来るといい。私も全力をもって抗弁させてもらうとしよう、きみたちのような魅力的な人物、貴重な戦力を手放すのは惜しいからな」

 

 

 

「ハッ……ぐうの音もでねえほどの完璧なロジックを用意してやらあ。待っててくれよ、忍田の旦那。おれたちはきっと、ゼムリアに帰る」

 

 

 

クロウの未来に希望を抱く瞳に、わずかな期待を寄せながら忍田は「ああ、まっている」と言い残して去っていく。

クロウも宣言した以上はどうにかしなければ、と決意を新たにして刀也の部屋に戻る。

 

 

 

 

その後「はあ!?なにやっちゃってるんのかなあ、バカなの死ぬの!?」という刀也の予想通り…否、僅かばかりだが予想以上の罵倒を受けて、正しい道を辿りゼムリアを目指す事を再度決意したのだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「オペレーター?」

 

 

クロウと忍田のやり取りを聞いて、正道でゼムリアに到達する事を決意した刀也は、次なる問題をクロウに提示した。

 

それはオペレーターの存在だ。隊を組むにはオペレーターが不可欠。それが自分たちには欠けているのだと刀也はクロウに説明した。

 

 

「そう、オペレーター。周囲の状況を隊員に伝えたり、色んな支援をしてくれる役割だな。隊員が4人までなのは、オペレーターの処理能力の限界が4人までとされてるからなのよね」

 

 

「へえ、だれかアテはあるのか?」

 

 

「まー、中央から誰ぞ派遣してもらうのでも良いんだけども……できるなら優秀な方がいいよね?」

 

 

「そうだな、周囲の状況の把握なんてのは戦闘においては欠かせないファクターだ。それを司るってんなら優秀なやつの方がありがたいな。現場だけじゃどうしても対応できない場面ってのはある」

 

 

ゼムリアの戦いでは、共に戦う全員が戦闘員でありオペレーターでもあった。ARCUSの戦術リンクにより連携するだけでなく、周囲の状況を確認、伝達していた。ARCUSがなければやられてた場面はいくつもある。

 

 

「うってつけのやつがいる。…誘いにのってくれるかどうかはわからんけどね」

 

 

そう言った刀也の顔には先を見越した苦労の色が落ちていた。

 

 

 

☆★

 

 

刀也に案内されて到着したのはエンジニアたちの集う部屋だ。開発室と呼ばれるここでは、日夜トリガーの改造や新トリガーの開発に明け暮れるワーカホリック共が所狭しと作業している。

 

 

「……お?ちょうどやってるみたいだな」

 

 

刀也の視線を追うと、そんなワーカホリックたちが大きなモニタに釘付けになっているのがわかり、そのモニタには2人の男女が対峙してる様が映されていた。

 

 

 

男の顔には見覚えがある気がしたクロウだったが、彼はもう少しふとましい体格だったはずだ。

 

そんな思考をしている内に2人の対決は始まった。

 

 

 

先制したのは女の方だった。瞬く間に男に肉薄すると孤月で胴体を薙ぎ払うように剣戟を繰り出す。しかし男も黙ってやられるはずもなく、孤月をレイガストで受け止めた。

 

「スラスター」

 

 

そのまま男はスラスターを起動して、退く女に浅い斬撃を刻みつけた。

 

 

トリオンが漏れる。血が噴出するようにトリオンが漏出する。

それを見たエンジニアたちは「始まるぞ」「いよいよか」とざわめき出す。

 

 

 

モニタの女が笑みを深くした。

 

 

「さあ行くよ!『リード』」

 

 

そう言った瞬間、女から漏出したトリオンが弾丸に形を変えて男に襲いかかる。

 

 

「……試作にしてはまあまあだね」

 

 

レイガストをシールドモードにして弾丸を防いだ男は、そう評価を口にする。

 

 

 

「どこ見てんだい?」

 

 

コイツの真価はこんなもんじゃないだろう、と言わんばかりに再び距離を詰めた女が孤月での連撃を叩き込む。その孤月の刃には漏出したはずのトリオンが巻きついており、ブレードの威力を向上させているように見えた。

 

 

孤月の連撃に耐えきれずレイガストのシールドが破られる。しかし男も黙ってシールドが割られるのを見ていたわけではない。

 

 

「メテオラ」

 

 

至近距離で炸裂したメテオラから身を守るべくシールドを展開した女だったが、無傷で済むわけがなくさらにトリオンが漏出する。しかし、それは彼女にとって望むべくもない展開であった。

 

 

 

自身のトリオン体から漏出するトリオンを孤月に纏わせて、その刀身を伸ばす。それはまるで旋空孤月のような遠隔斬撃を可能にして、中距離から男を滅多斬りにする。

男は再度レイガストを生成してシールドモードで耐え凌ぐが、これでは先ほどと変わらぬ展開。シールドを破られるのがオチである。

 

 

「スラスター」

 

 

故にスラスターを起動して、その推進力でもって女に接近する。近づいた瞬間にレイガストをシールドモードからブレードモードに切り替えてぶった切りを行う。

 

だが、ブレードの長さを見切った女はぶった切りを紙一重で躱すと漏出したトリオンで槍を形作り男を串刺しにした。

 

 

 

体勢を崩した男に追撃するように女は孤月を振るう。男はメテオラを起動していたが、その弾速より女の孤月が男を叩っ斬る方が早かった………はずなのだが、孤月の刀身を伸ばしていたトリオンが霧散し、リーチを失った孤月は空を切る。女が再度孤月を構える前にメテオラが着弾。女の敗北が決定した。

 

 

「いやー、やられちまったね!」

 

 

そう言ってエンジニアたちの試作トリガー実践室から姿を現したのは、先ほどの女。快活な笑みを浮かべていて、負けた事を気にしているという雰囲気を出していない。これなら気を使わずに接する事ができるというものだった。

 

 

「おっ!?」という声と同時に女はずかずかとこっちにやって来て、刀也の肩を叩いた。

 

 

「ヨナさんじゃないか!ここに顔出すなんて珍しいね。何かあったのかい?」

 

 

刀也は若干勢いに押されたのかいつものような笑いではなく、「ははは」と乾いた笑みをこぼして、

 

 

「陽子…おまえに頼みがあってな」

 

 

 

女の名前は沖田 陽子(おきたはるこ)

元はトリガー使いだったが卓越した戦術眼、戦闘技術とは裏腹にトリオン能力の低さゆえに戦闘員の道を断念した。その後はオペレーターとしての技能を一通り修めたのち、エンジニアに転向したという、ボーダーでも屈指の顔の広さを持つ女傑。

エンジニアとなった今では試作トリガーが実戦に耐えうるかのモニターをやっている。

 

 

 

「おれ、今度隊を結成するんだけど、その隊のオペレーターになってくれない?」

 

 

 

駆け引きも何もあったものではなく、直裁に頼み込んだ刀也。陽子はその性格故に回りくどいやり方を嫌う傾向にある。それを踏まえての頼み方だったが…

 

 

「悪いけど断らせてもらうよ」

 

 

そんな事は意に介さずしてお断りする陽子。陽子は、マイウェイをマイペースでモデルウォークすると言われる加古望とは違う意味で我が道を行く女であった。

 

 

「取り付く島もねー」とぼやく刀也の前に、陽子と戦っていた男が現れる。

ブツブツ言いながら考え込むように歩く様は、先ほどの勇猛さとは打って変わっており、エンジニアの性を示しているようでもある。

 

 

「あ、雷蔵」

 

 

と、刀也がその名を呼んだ。寺島雷蔵、開発室のチーフエンジニアである。

スリム体型のイケメンと言って過言ではないその姿に「はぁ!?」とクロウが大きく反応した。

 

「雷蔵って…あの寺島雷蔵か!?」

 

 

クロウが驚いたのは雷蔵の体型が記憶と乖離していたからだ。大規模侵攻時、つまり昨日はふとっちょのインドア派みたいな典型だったのだが、なんだ今のこの様は。

 

トリオン体でも食事はできるが、食べた実感…いわゆる満腹感が得られないため太りやすいのだが、それを気にせず食べ過ぎた結果がクロウの知る雷蔵の姿であり、今の雷蔵の姿はそれ以前の孤月でトップ攻撃手だった頃のトリオン体だった。

 

 

 

「ん、クロウじゃないか。ああ、ヨナさんと隊を組むのはきみなのか」

 

 

 

クロウの姿を認めた雷蔵は、クロウの疑問そっちのけで納得する。と、今度は雷蔵の発言に引っかかった陽子が視線をクロウにやった。

 

 

「へえ…見ない二枚目がいると思ったら、あんたがクロウ……クロウ・アームブラストかい」

 

 

「あ、ああ…そうだが……?」

 

 

妙な迫力でもってクロウを睨みつける陽子。その視線はクロウの肉体を精査し、目の奥の気力さえも見抜いた。

 

 

「誰にも起動する事ができなかったあの黒トリガー…七の騎神を起動できたっていうのも、まぐれじゃないみたいだね。ハッ…いい目つきじゃないさ。実践室に入りな、あんたの腕を見てやるよ!」

 

 

なにこの急展開…?とぼやきたいクロウであったが、刀也のアイコンタクトを受けて、黙って実践室に入る事とした。

実践室こと試作トリガー実践室は、訓練室と同じ仕組みでできている。トリオン無制限というルールが陽子のトリオン不足という穴を埋めて、上位攻撃手としての実力を遺憾なく発揮させる場となっていた。

 

 

 

 

 

「ほらほらほらほら!」

 

 

陽子の孤月による連続攻撃を前にクロウは守勢に回っていた。陽子にとってクロウの使うレイガストは戦い慣れた相手。レイガストの製作者である寺島雷蔵との試作トリガーを用いた模擬戦で幾度となく目にした扱い方は、まるでダンスパートナーの如く見知った相手と化していた。

 

 

 

しかし、クロウは凡百の使い手ではない。未だ完全にはトリオン体には慣れていないものの、その実力は8000点以上(マスタークラス)と同等以上だ。

 

 

そら、もう見切ったぞ。

 

そう言わんばかりの鋭い斬撃が陽子を襲う。絶え間ない攻撃の間に反撃を加える間隙を見つけたクロウの実力に、思わず陽子は頬を吊り上げた。

 

 

「いいじゃないか……久々に燃えるねえ………!」

 

 

クロウの反撃に退いた陽子だったが、それは悪手であった。

シールドモードになっていたクロウのレイガストが、本来の形に戻っていく。それは慣れ親しんだ得物、ダブルセイバーの形状だ。

 

 

 

「スラスター、オン!」

 

 

 

ダブルセイバーの形をとったレイガストをクロウは投げ放った。『ブレードスロー』…スラスターの推進力を加えたそれは、以前にも増した勢いでぐるぐると回転しながら陽子に迫る。

 

 

「とんだ曲芸だね!」

 

 

回転するレイガストの刃圏は広い。確実に避けるために陽子は跳躍する。

 

 

 

「そうくると思ってたぜ」

 

 

しかし、陽子がそんな的確な判断を下すであろうと予測したクロウの方が上手であった。

戻ってきたレイガストを掴み取ると、空中で動けない陽子に肉薄し、その刃を突き立てる。

陽子はシールドでそれを阻もうとするがクロウの攻撃力がそれを許さず、陽子のトリオン体を両断した。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「あっはっはっは!」と大笑する陽子。また負けたというのに、まるで勝ったかのような高笑いだ。

 

 

「いやー、負けた負けた!こんな見事に負けたのは久々だよ」

 

 

「いや、あんたトリガーを2つしか使ってなかったじゃねえか。フル装備ならどうなってたかはわかんねえだろ」

 

 

「何を言うんだい。あんたが2つしか使わなかったから、あたしも2つまでしか使わないって決めてたんだよ。だってそうしないと公平じゃないだろう」

 

 

 

本当に、心からそう思ってるかのような女傑にクロウは苦笑いを浮かべる。

 

 

「おい刀也、この女…男前すぎるだろ」

 

 

同じく苦笑いの刀也は「だろ?」と同意を示す。

 

 

「面白いじゃないか。いいね、気に入った!ヨナさん、前言撤回させてもらうよ、夜凪隊……そのオペレーターはあたしがなろうじゃないか!」

 

 

新作トリガーの開発よりクロウ・アームブラストへの興味が勝ったようで、陽子は前言撤回し、夜凪隊に入ると宣言した。

 

そこに「何を騒いどる!」と開発室長である鬼怒田が姿を現した。キューブ化された隊員たちを救出し、仮眠をとっていたところにこの騒ぎだ。疲れ果てた中年でも目を覚ますと言うもの。

 

 

「ああ、鬼怒田室長。あたしは開発室から抜けるからよろしく頼むよ」

 

 

「……何だと?」

 

 

 

寝ぼけているのか言葉の意味が理解できない、否…優秀な人材を惜しむがために理解したくないのか聞き直した鬼怒田に陽子はもう一度、セリフをそのまま繰り返した。

 

鬼怒田が理由を尋ねると、夜凪隊のオペレーターになるからだと素直に答えた陽子に開発室に残る意思はないと理解した鬼怒田は陽子の転属を許可した。

 

 

 

手続きのために退室しようとする夜凪に「ちょっと待て」と声をかけた鬼怒田。

 

 

「沖田をオペレーターとして引き抜くという事は、今回のランク戦は本気で行くつもりか?わかっているだろうが、クロウ・アームブラストを隊員として部隊を結成するならB級スタートになるが」

 

 

「わかってます。……最下位から上位に登り詰めるなんてカッコよくないです?」

 

 

 

「そういう問題じゃないわい!」

 

 

キラン、とばかりに変な格好の付け方をした刀也に鬼怒田が青筋を立てながらツッコミを入れる。

 

 

「貴様の特注トリガー…B級ランク戦では使用禁止だからな」

 

 

「ええ!?」

 

 

鬼怒田の言った刀也の特注トリガーとは八葉一刀流の剣技を模したトリガーの事である。これらのトリガーはA級の特権を駆使して作成してもらい、使用していたもの。

B級になるならばそれらの特権で作られたトリガーは使用不能になるのが当然の帰結と言えた。

 

 

「ええ!?じゃないわい。当然じゃろう、貴様はB級になるのだからな」

 

 

もちろん刀也とて気づかなかった落とし穴ではないが、気づかないフリしてしれっといけないかな、と考えていた。自分でも考えが甘いとは思っていたが。

 

 

「ぶーぶー……はぁ、わかりましたよ。ぶーたれてもどうせ聞いてくれないんでしょ……」

 

 

 

「なにをぶーたれる必要がある。聞いておるぞ、貴様はあの剣術にこだわらん方が……」

 

 

「鬼怒田さん」と名を呼ぶ事で刀也は鬼怒田の言葉を制した。その先は言って欲しくないのだと、哀しげな目が訴えていた。

 

そこでパッと表情を変えた刀也がいやらしくニヤリと笑う。

 

 

「やつは大変なものを盗んで行きました……」

 

 

神妙な顔をして、そしてすぐにニヤついた。

 

 

「あなたの部下でーす!」

 

 

そして陽子の肩を抱こうとしてぶん殴られる。

 

 

 

そんなこんながあって、夜凪隊はオペレーターをゲットしましたとさ。




「やつは大変なものを盗んでいきました。あなたの心です」的なのをやろうとして失敗した刀也。これで陽子が頬を赤らめでもしたら完璧にエロ漫画ルート突入でしたね、危ない危ない。


ちなみに陽子が雷蔵とも模擬戦で使っていた新作トリガー『リード』は当作の創作トリガーです。
漏出したトリオンを何とかして使えないか、というのを模索した結果できたのが『リード』という設定です。大規模侵攻で得たトリオン受容体のデータを用いて以前からの妄想を何とか形にした結果ですね。大規模侵攻から一晩(トリオンキューブから隊員を救出してヘトヘトのはずなのにトリガー角に釣られて徹夜)で研究した変態たちの成果です。


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B級ランク戦編
B級ランク戦、開幕


B級ランク戦開始前。

隊長は?夜凪刀也だ。
隊員は?クロウ・アームブラストだ。
オペレーターは?沖田陽子だ。

あと、ランク戦に足りないものは?

そう、隊服だ。


忘れてはいないか?クロウがかつて《C》と呼ばれていた時の衣装を。
思い出してほしい。刀也は何の羞恥もなくリィンの黒コートを着込んでいた事を。

あえてひらがなを使おう。

かれらは、あたまがわるいーーーー!


沖田陽子を引き抜いて1週間。夜凪隊の申請を行い、それは無事に受諾された。

B級21位部隊、夜凪隊結成だ。

 

そんな夜凪隊より注目を受けている部隊があった。先の記者会見でヒーローとなった三雲修率いる玉狛第二(三雲隊)だ。

 

しかし、夜凪隊とて知名度では負けていない。むしろ古参の隊員たちは夜凪隊をこそ注目していた。

 

 

そこでメディア対策室、ボーダー内の広報を担当する服部が2人にインタビューをした。

 

 

 

『今回、本気で勝ちに行くつもりです。……まあ、B級2位以下に負ける気はしないかな』

 

 

ーーーーボーダーマガジン、B級ランク戦開始前の抱負より一部抜粋。

 

 

 

刀也はここぞとばかりに挑発していた。

このボーダーマガジンは隊員たちに無料で支給されているものであり、そこには各ポジションでのナンバーが提示してあったり、隊員の戦闘能力をグラフ化していたり、今回ならランク戦に向けての意気込みが記載してあった。

それを娯楽として楽しむ者もいれば、読み込んで情報収集だと宣う者もいる。そして、こういった雑誌に求められるのは総じて刺激である。

 

刀也の挑発的な言動は波紋を呼び、基地を歩けば睨みつけられるのが常となっていた。

 

 

 

加えて、インタビューを受けたものの堅実な挨拶をした三雲は記者会見で見せた胆力も評価され、手強いのではと囁かれていた。

B級22位、最下位からの下克上が期待される、という広報部のコメントまで付いていた。

 

どうやら夜凪隊と玉狛第二を対比して見せるようにわざと編集しているようにも感じられる。

 

 

敵意の篭った視線を向けられる夜凪隊であったが、クロウはもちろん刀也も陽子も相当肝っ玉がでかいようで、堂々と道の真ん中を闊歩する姿はむしろ顰蹙を買い、ランク戦になったら袋叩きにしてやろうと冗談のような同盟を組む隊もあったという。

 

 

そんな噂もどこ吹く風とばかりに余裕綽々の表情だった夜凪隊はーーーー

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「なあ、どうすんだこれ……ランクはもう明後日からだろ?」

 

 

「………困った。これは困った」

 

 

現在、隊室で頭を抱えていた。テーブルに広げられているのは白紙だ。いや、何も記入されてはいないがPCで打ったと思われる綺麗な明朝体の文字が左端で「隊服デザイン案」と形を成している。

 

 

 

すっかり忘れていた、とばかりに四時間前に「あ」と呟いた刀也はすぐさま隊服のデザインの考案に取り掛かった。

自分は今のままの隊服でもいいのだが、クロウがどうしても嫌だと言うから新たなデザインの隊服でランク戦に臨む事になったのだ。

 

 

クロウも服を選んで買う分にはセンスはあったが、自らデザインするとなると筆が鈍ってしまう。刀也も私服はそれなりのセンスだが「ボーダーの隊服って基本的にコスプレだろ?」精神の持ち主のため暴走して変な方向に全力疾走しかねない危うさがあった。

陽子に至っては「アタシはオペレーターだから関係ないね。…久しぶりに他の隊のオペレーター連中と話をしてくるよ」と隊室から逃げ出す始末。

 

 

ここに、夜凪隊史上最大の危機が訪れたのだ。

 

 

「ランク戦自体は明後日から…隊服を間に合わせるなら最低でも明日にはデザイン案を提出したいところだな………」

 

 

初戦から揃った隊服だと格好いいだろ?という意見はクロウと刀也で合致しており、どうしても明日中にはデザイン案を完成させなければいけなかった。

 

 

壁掛時計を見ると時刻は22時。「これ、徹夜だよな…刀也?」と聞くクロウに刀也はにこやかに「せやな!」と応えたという。

 

 

 

それから数時間、あーでもないこーでもないと2人は意見を出しあって、やがて日は登る。

 

 

「…もう朝か」

 

 

時計を見てクロウが伸びをする。すでにコップのコーヒーは飲み干してから数時間。カフェインも切れる頃合いだ。

 

 

「………完成したな」

 

 

隊服デザイン案を書かれた紙を持ち上げて感慨深く呟く。

 

 

「よし、じゃあ提出してくるわ!」

 

 

目の下にクマをつくりながらも元気よく隊室を出て行った刀也を見送り、クロウはソファにダイブして目を瞑る。

寝る前の一瞬、ふと冷静になり……

 

「あのデザインで良かったんだよな………?」

 

 

呟くも睡魔には抗えず、眠りに落ちていったのだった。

 

 

☆★

 

 

B級ランク戦開始当日。

徹夜で考案した隊服に袖を通し、いざランク戦へ!

 

の前に鏡で自分たちの姿を確認する。うん、絶対的に微妙…略して絶妙である。

 

 

「…なあ刀也、これ……」

 

 

「言うな!なにも言うな…!おれたちは頑張ったんだよ…それだけは嘘じゃない…」

 

 

 

またどこぞの創作物から丸パクリしたようなセリフが刀也から飛び出す。しかしそんなセリフにクロウも全面同意する。こればっかりは追及してはいけないと本能が叫んでいた。

 

 

鏡に映る20代の男性たちは、絶妙に厨二風の恰好をしていた。コスプレ染みたボーダーの隊服を嫌い、スーツを隊服として設定しそれが逆にさらにコスプレっぽくなってしまった二宮隊よりも。

黒のロングコートを着こなす太刀川隊は「うおー!カッケ―!」と絶賛するだろう。王子隊の若干イタい隊服デザイン(それでも妥協したという話)を考案したという王子隊オペレーターである橘高早矢も「イイネ」と賛同するだろう。

しかし、それらの少数派を除く大多数からは苦笑を浮かべられること間違いなしだ。

 

 

しかしクロウは≪C≫やジークフリードの衣装に身を包んだ事のある剛の者。そして刀也もリィンの遺志を遂げようとする鋼の精神の持ち主だ。2人は円陣を組むと「ゴーイングマイウェイ…ファイヤー!」と奇声をあげてランク戦に向かった。

 

 

ちなみに陽子は「へぇ、いいんじゃないかい」と夜凪隊の隊服デザインを評価したという。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「B級ランク戦開幕!1日目、昼の部をお届けします。実況は宇佐美。解説はこちらの方々です」

 

 

「二宮だ」

 

 

「三雲です。よろしくお願いします」

 

 

実況には玉狛第1、玉狛第2のオペレーターである宇佐美栞、解説にはB級1位部隊の隊長である二宮、記者会見で一躍有名人になった三雲が選ばれていた。B級ランク戦の初戦だけはあり、豪華な面子だと観客席は盛り上がる。

 

 

 

「初戦は17位間宮隊、19位茶野隊、20位常盤隊、21位夜凪隊の4つ巴ですが、ずばり注目のチームはどの部隊でしょう?」

 

 

 

「夜凪隊だな。夜凪さんは元々A級隊員だった、B級下位部隊なら一人で蹴散らすだけの戦力がある。それにマップ選択権もあるから優位に進める事ができるだろう」

 

 

 

「ぼくも夜凪隊です。隊長の夜凪さんはもちろん、隊員のクロウさんもすごい強さで…、今季のシーズンのランク戦初参加というぼくの隊との共通点もあるので」

 

 

 

「なるほど、つまりライバルとして注目してると」

 

 

「そんな、ライバルなんて…」

 

 

恐れ多い…と言おうとして思い留まる三雲。これは宇佐美からの試験に等しい。夜凪隊を超える意志はあるのかと。ランク戦を続けていけばいつか夜凪隊と対戦する日もあるだろう。畏怖するのではなく、乗り越えるべき壁として認識できるのか、という問いかけ。力量の差がどうとかは関係ない。そういった力を振るうのはあくまで己の魂と意志・・・そう教えてくれたのは他でもない夜凪刀也なのだから。

だから、ここでライバル宣言してもいいはずだ。あなたを、夜凪隊を超えると。

 

 

 

「いえ、そうです…夜凪隊はライバルとして注目してます」

 

 

三雲は頬に冷や汗を垂らしながらも、解説の場で堂々と宣言した。それは紛れもない宣戦布告であり、挑戦状を叩き付けられた2人は後に「受けて立つ」と笑みを浮かべたという。

 

 

 

 

「マップが決まったようだな、市街地Aだ」

 

 

玉狛第2の決意表明を尻目に二宮が言外に注意する。モニターに表示されたのはスタンダードなマップである市街地A。ステージ選択権があるのは試合で1番順位が低いチーム。今回の場合、該当するのは夜凪隊だ。

 

 

 

「市街地A…最もスタンダードなステージですね。これはいったいどういう意図なんでしょう?」

 

 

 

「スタンダードなステージはそれだけ波乱が起きにくい、実力差が明確にあらわれる。……要はそういう事だ」

 

 

 

「夜凪隊は他の部隊との実力差を見せつけるためにこのマップを選んだとの推察。そういえばランク戦の意気込みに夜凪隊長は『B級2位以下に負ける気はしない』と言ってましたね。『負ける気はない』ではなく『負ける気はしない』というのがまた挑発染みたコメントでしたね」

 

 

マップ選択の意図はおよ二宮と宇佐美が語った通り、であり「かかてこいよ、蹴散らしてやるから」という夜凪隊の声が聞こえるようである。

 

 

 

「はは…大胆不敵というか…」

 

 

三雲は夜凪との付き合いもあり、ある程度はその人となりを把握している。だからボーダーマガジンの夜凪のコメントが明確に挑発しているものだとわかる。しかし夜凪とロクに喋ったことがない他の隊員たちならどうか。たとえ挑発とわかていても乗る。それはもうノリノリでだ。それもこれも夜凪隊の面々がこれ見よがしに基地を肩で風を切って歩いている様を見せつけたからだ。

 

 

ここで宇佐美がB級ランク戦についての説明を始める。

B級は上位、中位、下位グループに分かれて、グループ内で3つ巴又は4つ巴で戦い、ポイントを奪い合う。1人撃破につき1点、他の隊が全滅した上で自分の隊が生き残っていたら生存点として2点が加算される。

前シーズンの順位を引き継ぎ始まり、順位に応じた初期ボーナスポイントが付く事になっている。

そしてランク戦終了時に1位と2位だった部隊にはA級への挑戦権が与えられる事となっている。

 

ほどなくして各隊員がステージのランダムな位置に転送されランク戦が開始された。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「作戦はガンガンいこうぜ!だ」

 

 

 

「テキトーだな」

 

 

 

ステージ選択をして作戦タイムに移行した夜凪隊だったが隊長が立てた作戦はただガン攻めしようぜ、的なものだった。

 

 

 

「まあ、いいんじゃないかい。B級下位に苦戦するようなアンタらじゃないだろ?」

 

 

しかし、そんな夜凪の作戦に賛成するのは陽子。どうやら陽子は自分所属する隊の力を信じているようで、そう言われてはクロウもあきらめるしかない。

 

 

「ハッ、たりめーだ」

 

 

そんな返事に刀也と陽子は満足げに頷いた。

 

 

 

「よし、じゃあもうちょい詰めるぞ」

 

 

作戦を詰めるという刀也。ガンガンいこうぜをこれ以上どう詰めるというのか。

 

 

 

「とりあえずクロウ、レイガストとスラスター以外禁止な」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

「あ、あとバッグワームとシールドも使っていいぞ」などど言う刀也はクロウの苦情をまったく受け付けないモードに変貌した。

「なんでだよ」と聞くクロウだったが、返ってきた答えはおよそ予想通りだった。

 

 

「トリガーセットが割れてないってのはかなりのアドバンテージだからな。B級下位はそれを捨ててまで勝ちに行く場面じゃない」

 

 

「それは…負けそうでも、か?」

 

 

「仮に負けそうでも、だ。むしろ俺かお前のどっちかは落とされて次の油断を誘うのでもいいな」

 

 

仮に負けそうでも、指定されたトリガーだけしか使ってはいけない、と言う刀也にクロウはかつてない本気度を感じ取った。

“何事にも全力で取り組むぜ”なスタンスの刀也が「負けても」と言うのは、その負けが次の勝利に繋がっているからだ。刀也はランク戦の一戦一戦に全力に取り組むのではなく、B級ランク戦そのもの…否、遠征に選抜される事を第1目標として、それを達成するためだけに全力を尽くしているのだと理解した。

 

 

「わーったよ。隊長の指示に従うさ。………でもな、別に勝ってもいいんだろ?」

 

 

ニヤ、と笑うクロウに刀也も「ハッ!」と笑い、

 

 

「ああ“別に勝っても構わんのだろう?”だ!」

 

 

いつか見たアニメーションの英雄のセリフを口にした。

 

 

 

 

「そろそろ始まるよ!」

 

 

そんな風に男2人が和んでいると、キッとした表情の陽子がそう告げた。

 

 

「気合い入れて行っといで!」

 

 

「ああ、夜凪隊の成り上がり伝説の開幕だ!な、クロウ!」

 

 

 

「おう、見せつけてやるとしようぜ。おれたちの…誰にも邪魔はできねぇ、おれとおまえの英雄伝説をな!」

 

 

 

 

そして彼らは転送され、B級ランク戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

市街地Aのステージに転送された各隊員たちはそれぞれレーダーを見て仲間がどこにいるか、どこに敵がいるかを確認する。このレーダーは緊急脱出と同じくトリガーに標準装備されている機能だ。

 

 

「クロウ、どこにいる?」

 

 

「中心よりちょい北東だ。刀也、おまえは?」

 

 

「南西の端にいる。…手分けして各隊を撃破しよう」

 

 

「了解だ。やられんなよ、隊長?」

 

 

 

2人は無線(こちらもトリガー標準装備)で会話しながら、手分けして敵部隊を殲滅することに決めた。

B級下位部隊は基本的にランク戦開始後、隊の合流を優先するのが常だ。これは上位チームにも当てはまることであり、隊の連携を重視した戦術でもあるのだが、夜凪隊はその定石を無視して対戦相手を探すことにした。それは自分は負けないという自信と、全対戦相手のポイントを根こそぎかっさらうための速攻の意味があった。

 

 

 

「あれは…間宮隊か。刀也、強襲するぜ」

 

 

 

「了解。こちらも茶野隊を発見した。交戦開始する」

 

 

 

クロウと刀也はちょうど合流を果たした間宮隊、茶野隊をそれぞれ発見。交戦に入った。

 

 

クロウはバッグワームを使っておらず、その接近は間宮隊にとって把握していた会敵だった。そして実際にクロウと間宮隊が相対したのは、間宮隊が得意とする中距離であり、間宮隊の三人は一斉にハウンドを起動する。メイン、サブの両方から放たれる全隊員のフルアタックハウンドは『追尾弾嵐(ハウンドストーム)』と呼ばれ強力な技として知られている。

B級下位部隊としては破格の攻撃力を誇る間宮隊のハウンドストームを前にして、しかしクロウはひるむ様子をまったく見せない。

それどころかむしろ好戦的な笑みさえ浮かべて、

 

 

「甘えよ」

 

 

レイガストを構えてスラスターを起動、加速されたブレードに合わせて跳躍し、ハウンドストームを潜り抜けて間宮隊に肉薄。レイガスト一閃。クロウは一太刀のもとに間宮隊の面々を緊急脱出させた。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「ここで間宮隊が緊急脱出!ハウンドストームをものともせず…クロウ隊員、これは強い!」

 

 

 

観客席ではそんなクロウの活躍に沸いていた。ブレードトリガーとしては人気のないレイガストだが、その特徴を活かしたクロウの戦闘技術に魅了されたと言ってもいい。

しかしそんなクロウの活躍とは裏腹に、隊長である刀也はクロウほどの活躍は見せていなかった。

 

クロウと違い、バッグワームを起動していた刀也は茶野隊への奇襲が成功した。それで隊員の藤沢を緊急脱出させたのはいいものの、その後は茶野の二丁拳銃による弾幕の前に防戦一方と化していた。

1対1で交戦している茶野と刀也をレーダーで発見し好機と見定めた常盤隊がすぐそこまで迫って来ていた。それを実況である宇佐美が説明し、「ランク戦前の挑発のせいで刀也が挟撃を受けるのではないか」と推測する。

 

 

その様子を見た解説の二宮がゆっくりとまばたきをして、

 

 

「これは悪辣な罠だ。茶野隊長に苦戦していると見せかける事で常盤隊を誘き寄せるためのな。常盤隊がクロウ隊員のもとに向かわなかったのは間宮隊を瞬時に撃破したクロウ隊員の火力を恐れてだろう。だが夜凪隊長はすぐに倒せるはずの茶野にあえて苦戦して見せることで自分のほうがクロウ隊員より弱いのだと印象付けた」

 

 

「心理的な誘導という事ですね。しかし挟まれてしまっては危険なのは変わらないのでは?」

 

 

すべてを説明するわけではなく、話を解説に振ることで実況席を、観客を考えさせる宇佐美。そんな気遣いを感じつつ三雲は所見を述べる。

 

 

「夜凪隊長はまだ弧月、シールド、バッグワームしか使ってません。残るトリガーに何らかの切り札があるんじゃないかと思います」

 

 

「なるほど、確かにトリガーセットが判明してないのはかなりのアドバンテージです。そろそろ常盤隊が茶野隊長、夜凪隊長の交戦場所に到着するようです」

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

はめられた、と気付かないほど常盤隊は間抜けではなかった。

茶野と接戦を繰り広げる刀也を確実にしとめるために部隊の合流後、刀也を倒しに向かう。茶野に苦戦するくらいだ、全隊員でかかれば負けることなどあるはずがない。大口を叩いたことを後悔させてやる。

 

 

常盤隊がその場に到着する。それを視認すると同時に刀也は素早く踏み込み茶野を両断すると、今度は常盤隊に視線を向ける。茶野に苦戦していたのは自分たちを誘き寄せるための罠だったのだと常盤隊が気付いたのはその時だ。

あれは獲物を追う狩人の瞳だ。視線に射抜かれた常盤隊の面々はさしずめ蛇に睨まれた蛙の如く硬直してしまう。

 

一瞬の忘我の後に撤退をしようとするも時すでに遅し。

 

 

 

「旋空弧月」

 

 

距離を詰めた刀也は旋空を発動。散り散りに逃げようとしていた常盤隊の3人を一刀のもとに切り捨てた。

 

 

 

そこに、狙い澄ましたような狙撃弾が放たれる。

常盤隊は4人部隊であり、そこにはスナイパーも含まれていた。常盤隊の最後の1人が、仲間を緊急脱出させた男へ引き金を引いたのだ。

 

迫る弾丸は必中不可避のものであるはずだった。しかし刀也には超直感のサイドエフェクトがある。常盤隊の狙撃手がこの場にいないことを知っていて、なおかつ超直感があれば狙撃であろうと避けるに易い。

 

 

頭をひょいと動かして狙撃を回避した刀也は「見ぃつけた」と不気味に笑むと、常盤隊の狙撃手の位置をクロウに伝え、その後2分と経たず夜凪隊の勝利が決定した。

 

 

☆★

 

 

「ここで決着!夜凪隊の完勝です!生存点含め11ポイント獲得、暫定順位6位!なんと中位をすっとばして一気に上位部隊に躍り出た!夜の部次第ではこのまま上位残留もありえます。これは超新星現る!といったところですかね?」

 

 

「そうだな、夜凪隊長はもちろんのこと、クロウ隊員もA級並みの実力だ。実際B級上位くらいの力はあるだろう。しかし、今回のは夜凪隊の作戦が上手くハマり過ぎた結果だ。いつも同じ実力が発揮できるとは限らない。…今回の勝利に驕らず、なお精進する事を期待する」

 

 

「ただ単に戦うだけでなく、心理的な誘導もそうですが盤外戦術も駆使する夜凪隊のやり方は、相手を作戦にハメるためのものだったという印象を受けます。そこまで考えてランク戦に臨む部隊の覚悟に身が引き締まる思いです」

 

 

二宮、三雲が続けて答え、宇佐美が満足げに頷くと「また次回に期待が高まります!」と締めてここにB級ランク戦、1日目昼の部が終了した。

 

 

 

☆★

 

 

 

「夜凪隊大勝利〜!」

 

 

「イエ〜イ」とハイタッチするクロウと刀也。そこに陽子も加わり、夜凪隊のスタートはバッチリだったと改めて理解する。

 

 

「いいスタートダッシュがきれたな、刀也」

 

 

「おう、さすがはクロウ。略してさすクロだ」

 

 

「2人とも、良かったよ!」

 

 

ひとしきり騒いだところで陽子がぱん、と拍手をして意識を締める。

 

 

「とりあえず上位に食い込んだわけだが、おそらく夜の部の結果で中位に落ちるだろう。B級中位部隊ともなれば今回みたいに圧勝はできないよ。ヨナさん…次もトリガーの解禁はなし、なんて言わないよね?」

 

 

「それはねーよ。次回からは確実に勝ちに行こう。俺も孤月と旋空だけって縛りも解くし、クロウ…おまえも他のトリガーを解禁して良し!」

 

 

「オーケーだ!このクロウ・アームブラストの真の実力ってやつを見せつけてやるとするぜ」

 

 

締まったはずの空気が再び緩むものの、クロウも刀也も慢心していない事を看破した陽子は微笑むのみ。

 

 

 

こうしてB級ランク戦は開幕した。波乱の幕開け、冒険の夜明け。星の彼方に向かう旅路、その一歩を、確実に進めた夜凪隊なのであった。

 

 




夜凪隊の隊服はFGOの魔王信長の第二再臨(織田吉法師)の金属の装飾を外した感じで、帽子がバンダナみたいになってます。

クロウのバンダナが戻ったよ、やったね!

なお刀也は左右反転の衣装となっております。利き手の方を自由にしたいよねって事のようです。


なお最初のイメージはプリヤの雪下士郎(アーチャーインストール時)でしたが、あれは厨二過ぎた……!さすがに徹夜してあたまがわるいクロウと刀也でも「これはないな」と結論する事でしょう。


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先達の威厳

現在、ボーダー内での評価は 刀也>クロウとなっています。
これまでの積み重ねによる信頼が主たる理由ですが、クロウがB級に上がって以降、個人ランク戦をやっていない事にも起因します。(vs三雲は例外)
これは刀也の意向によるもので、クロウのトリガーセットがバレないようにするためです。
B級になり、トリガーをフル装備できるようになったクロウはA級でもエースを張れるくらいには強い…という設定です。


「B級ランク戦初日、夜の部を実況していきます。本日の解説者は…王子隊の蔵内隊員、そしてもう一方…昼の部で鮮烈なデビューを果たした夜凪隊の夜凪隊長にお越しいただきました」

 

 

 

B級ランク戦初日、夜の部が始まろうとしていた。

実況席にはA級5位嵐山隊の綾辻。解説にはB級5位王子隊の蔵内と刀也が座っている。

 

 

「対決するのは15位松代隊、16位吉里隊、18位海老名隊、22位玉狛第二の4つ巴となります。

夜凪さん、蔵内さん、今回の注目すべきポイント、あるいは部隊はどこでしょう?」

 

 

 

「まあ、玉狛第二だよな。トリオンモンスターの雨取千佳、白い悪魔こと空閑遊真、立ち上がった英雄、三雲修……B級下位じゃ頭抜けた実力を持つ部隊である事は確かでしょう」

 

 

「それでも、昼の部で夜凪隊が見せたような完勝は難しいかもしれない」

 

 

 

刀也が玉狛第二を注目すると言えば、蔵内はその見立ては甘いのではないかと指摘する。

「…松代隊か」とすぐに理解した刀也の言葉を継ぐように絢辻が説明する。

 

 

「なるほど、確かに松代隊には落としにくいポジションであるトラッパーの箱田隊員がいます。彼を落とせるかどうかでポイントが変わりますね」

 

 

そこで、ステージが決定したようでそれがモニターに表示される。選択されたマップは市街地A、昼の夜凪隊と同じステージを選んだ玉狛第二の意図が読み取れる。

 

 

 

「選択されたステージは市街地A。これにはどんな意図があると思われますか?」

 

 

「市街地Aは標準的なマップ…どのポジションが有利とかはないステージだな。だからこそ、実力差がはっきり出る。……玉狛第二は圧勝する予定なんじゃないですかね」

 

 

「ヨナさんに同意だ」

 

 

市街地Aについての意見は刀也と蔵内で同じだった。しかしやはり問題は松代隊のトラッパー。……玉狛第二なら力業で撃破できるかもしれないが。

 

 

 

「そういえば先ほど、三雲隊長を“立ち上がった英雄”を表現されましたね。それはどういう意味でしょう?」

 

 

そこで、とうに終わったはずの話題が掘り起こされる。自分で言っておいてなんだが恥ずかしいセリフである。しかしそんな様子はおくびにも出さず、刀也は“ヨナさん”のキャラクターを貫徹する。

 

 

 

「おれはね、1度も折れない鋼の精神の持ち主よりも、1度折れてしまったとしても、それでも立ち上がる人間の方が好きなんだよ。………先の大規模侵攻で三雲は1度心が折れてしまった。理由は知らんが、自分を支えていたものが根幹から崩れ落ちてしまった気になっただろう。

おれはそんな三雲を見ていられず、とある言葉を送った」

 

 

「とある言葉とは?」

 

 

「力というのは所詮、己に続くものでしかない。

振るうのはあくまで“己”の魂と意志ーーー、最後にはそれがすべてを決する。

………渋くね!?」

 

 

最後の一言がなければ渋かったであろう。

 

しかし、その刀也のセリフに蔵内が食いつく。「それは精神論か?」と。言われた刀也はわざとらしくニヤリと笑い、

 

 

「太刀川あたりが聞いたら、精神力云々で勝負が決まるわけがないとか言いそうだけどね。まあそうさな、精神論だよ。けど、精神が肉体を凌駕するのは、医学的に証明されてるもので、ピンチに突然強くなる…というのも実は非現実じゃないんだよ。ほら火事場の馬鹿力ってやつ。体を壊さないために脳がかけてるリミッターを解除する…という仕組みらしい。

まあ、生身の話なんですけどねー!」

 

 

オチがそれかよ、とばかりに観客たちが失笑する。

しかし、と刀也は続けない。道化ぶるのもいいが、それだけで穢していい言葉ではない事を理解しているからだ。

 

 

 

「そろそろ始まるようだ」

 

 

一段落したところで蔵内が視線をモニターに集める。各部隊が転送され、ランク戦が開始された。

 

 

序盤に松代隊と吉里隊が遭遇し、それぞれ1人ずつ落ちた所を遊真が強襲。一気に5点を獲得する。自分を除く隊員の敗北を受けて松代隊の箱田が自発的に緊急脱出。海老名隊と玉狛第二の一騎打ちとなる。

海老名隊はバッグワームで身を隠すも、雨取千佳のアイビスによる砲撃で炙り出され、そこを遊真に撃破される形で2人が退場、残るスナイパーが勝ち目なしと見たか自発的に緊急脱出をして玉狛第二の勝利が決定した。

 

 

「ここで乙川隊員が緊急脱出、決着がつきました。9対1対1対0…玉狛第二の勝利です!これで玉狛第二はB級9位に浮上、次の対戦相手は鈴鳴第一、漆間隊、諏訪隊の四つ巴となりました!」

 

 

高らかに玉狛第二の圧勝を告げる綾辻が、刀也と蔵内に総評を求める。

 

 

「インパクトのある試合でしたね。とにかく玉狛が強い!しかし、今回はあくまで力押しでしかなかった。……それでどうにかなるだけの実力差があったからこの結果だったものの、中位に行くと話は違う。作戦立案能力が問われる事になるでしょう。玉狛第二の真価が問われるのはそこからになるでしょうね」

 

 

 

「今回は玉狛の強さに目が行くが、松代隊の箱田、海老名隊の乙川が自発的に緊急脱出したのはある種の英断ではあるが、粘ってみても良かったのではないかと感じた。ランク戦はあくまで部隊同士の模擬戦だ。実戦を想定しなければ意味はない……精進してほしい」

 

 

 

刀也、蔵内と続き、聞き届けた綾辻が締めてB級ランク戦1日目が終了した。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「夜凪隊の次の相手は11位の那須隊、12位の荒船隊だよ」

 

 

1日目の結果が出て、夜凪隊はB級8位になった。上位部隊には入り損ねたが刀也は「中位の方がポイント獲り易いからいいじゃん」と言っていた。

 

刀也が那須隊と荒船隊について説明している中で、クロウはふと荒船の名を思い出した。大規模侵攻でランバネインと戦った際にアシストしてくれたのが荒船という男ではなかったかと。

 

 

 

 

「マップ選択権があるのは荒船隊だから…たぶん選んでくるのは市街地Cかな。スナイパー有利マップだから。あと那須も障害物は関係ないとばかりにバイパーで攻めてくるだろうから注意で」

 

 

軽く説明したところで、刀也は言葉を切って「んじゃ」と部屋を出て行った。個人ランク戦をやりにいったらしい。孤月以外のトリガーの感覚を取り戻したいらしく、最近は時間ができたら個人ランク戦に興じている刀也であった。

 

クロウも刀也に着いていきたい欲求はあったが、トリガーセットの内容がバレない内は禁止だと釘を刺されている。三雲との模擬戦でスラスターを見せたためさらに厳しく取り締められている状況だ。

 

 

今日も今日とてクロウは隊室でレイガストを振る。生身とトリオン体の性能の差は埋められないものだが、自己の認識を改める事はできる。

生身の感覚で踏み出しても、トリオン体では出遅れるなんて良くある話だ。そのせいでまだ刀也に勝ち越せていない。……今は刀也も八葉一刀流のトリガーを禁止されてノーマルトリガーのみで構成したトリガーセットなので、そのせいで負けてるのもあるが。

 

夜凪隊の隊室は刀也の部屋を改修したものであり、他の部隊の隊室より広い。これは刀也が室内で剣を振り回せるような広さが欲しいと懇願した結果であり、今はクロウがそれ広さを活かして訓練に励んでいた。

 

 

「…もうちょい、だな」

 

 

 

レイガストを振り回し、クロウは呟く。

生身とトリオン体での認識の齟齬が埋まるまで、もう少し。次のランク戦までには仕上げて見せる、と意気込んでクロウはさらに深くレイガストのグリップを握りこんだ。

 

 

 

☆★

 

 

「お、どしたこれ?」

 

刀也が個人ランク戦のブース前に到着すると、そこはわずかに賑わっていた。

その中心にいたのは遊真と緑川、米屋に村上だ。どうやら遊真と村上がランク戦をやる流れになっているようだった。

 

 

「あ、ヨナさんじゃん」

 

 

次のB級ランク戦で玉狛第二と村上の所属する鈴鳴第一が対戦する事になっている。村上は対遊真を想定し、その仮想敵を求めてこの場に来たそうだが当の遊真を見つけ、村上の目的を知った遊真が「それなら自分が相手になる」と言い出したらしく、村上のサイドエフェクトを知る米屋らが止めようとしているところに遭遇した刀也だった。

 

 

「みんながウソをついてないってのはわかる。だからその理由が知りたくなった」

 

 

皆の制止を聞きなお好戦的な笑みを浮かべる遊真に、刀也も忠言を向ける。

 

 

「マジでやめといた方がいい。次のランク戦で勝ちたいなら、ここで村上とやるのは悪手だよ」

 

 

 

「ヨナさんまで…」

 

 

 

刀也が止めてもまだ遊真のやる気は失われない。確かに相手の戦い方を掴むために模擬戦をやるのは効果的だ。しかしそれで得られる効果が村上は他者と段違いなのだ。そしてそれこそ、遊真と村上の個人戦を皆が止める理由でもあった。

 

 

「村上、言っていいか?」

 

 

「はい、かまいません」

 

 

遊真は勝つために村上を観察しようとしたのだろう。だが、その観察が逆に敗北につながっているのだとしたらどうするか。遊真の性格を把握するために、村上のサイドエフェクトについて刀也は説明した。

強化睡眠記憶……人は眠っている間に記憶の定着を行うのだが、村上はそれが他人より優れているのだ。何かを体験してから眠れば、村上はそのほぼ100%を自分の経験に反映できる。そんなサイドエフェクトについて。

 

 

それを聞くと、さすがの遊真でも渋面をつくった。それでも「やめとく」と言わないのは歴戦の経験からかどうかは刀也にはわからない。あるいは刀也の思惑を察して、思考のクセを掴ませないようにしているのか。

 

 

「あ、だったらさ〜」

 

 

押し黙った遊真に変わり米屋が口を挟む。いい事を思いついたと言わんばかりの表情で、

 

 

「ヨナさんがそれぞれの相手をするのはどう?」

 

 

そんな突飛な事を言い出した。

米屋の発案は、刀也が遊真も村上のトリガーを借りて、遊真のトリガーを使って村上と、村上のトリガーを使って遊真と模擬戦を行う…というものだった。

 

 

「まあ、いいけども」

 

 

その個人戦では自分のトリガーを使わないため、もちろんポイントの移動はなしだ。今さらポイントを稼ぎたいとは思わないが、スリルが減るのは少しばかりいただけない。

しかし先輩としての寛大さを見せつけるには良い機会かもしれない、と刀也は米屋の発案を受け入れた。

遊真と村上も了承し、ここに変則的な模擬戦が開始された。

 

 

 

 

☆★

 

 

「お手並み拝見」

 

 

そう言うと遊真は素早く踏み込んでスコーピオンで切りつけて来る。刀也はそれをレイガストのシールドモードでガードし、孤月で遊真を切り払おうとするが、遊真は後退して孤月を危なげなく避ける。

 

 

 

村上鋼のトリガーセットは

メイン

孤月

旋空

シールド

フリー

 

サブ

レイガスト

スラスター

シールド

バッグワーム

となっている。レイガストをシールドとして使う攻守のバランスの取れた剣士といった印象のトリガーセットだ。

 

 

村上の戦い方を真似ようとすれば、確かにできるだろう。しかし、それはしないと模擬戦の前に断っておいた。

だから今の刀也は村上のトリガーを使い、その影法師に徹するのではない、村上のトリガーを使う夜凪刀也なのだ。

 

 

「スラスター、オン」

 

 

攻めに転じる刀也。村上ならここでどっしりと構えたであろうが、刀也は自分の戦い方を貫く。超直感による回避力を頼りにした攻撃に偏重したスタイル。

刀也はスラスターを起動し、シールドチャージの要領で遊真に肉薄するが、遊真にとりロングレンジからのスラスターなど見てから避ける事さえ可能だ。ギリギリまで引きつけてから横に回避し、ついでとばかりにカウンターを放つも刀也もそこまでは織り込み済みであり、スコーピオンの刃を孤月で受けると、スラスターの勢いを回転に変じさせ足払いを仕掛ける。

遊真は跳び上がり足払いを避けるが、同時にそうさせられたのだと気づく。

跳び上がってしまえば空中で身動きは取れず、そのまま断ち切られるのみだった。

 

 

「旋空孤月」

 

 

 

そんな感じで5本勝負は終わり、最終的な戦績は3対2で刀也の勝利だった。

 

 

 

☆★

 

 

「おー、おつかれさん」

 

 

ブースから出た遊真の頭をわしゃわしゃと撫でる米屋。刀也はトリガーを村上に返しながら「さすがですね」と賛辞を受ける。

今度は村上が遊真のトリガーを使用する刀也と戦う番だ。

 

 

自分のトリガーを渡しながら遊真も「さすが」と刀也に話しかける。

 

 

「クロウさんとこの隊長……やっぱ強いね」

 

 

「そりゃそーだろ。ヨナさんはボーダーでもかなりの古株だしな」

 

 

そこに米屋と緑川が混ざり、会話は雑談の様相を呈してきた。

 

 

「おれが入隊してきた頃にはもう個人ランク戦にはあんまり顔を出してなかったみたいだけど、かなり強いってのは聞いてたよ」

 

 

緑川は「そういえばまだヨナさんとやった事なかったなー」と続けてごちる。

 

 

「ブレード型トリガーは全部マスタークラスだったな。弾トリガーもかなり使ってたっけ?」

 

 

米屋の問いかけに「ああ、そうだな」と答えた刀也は肩をすくめて軽く笑う。

 

 

「まあ一応オールラウンダーってやつだよ」

 

 

孤月:10103

スコーピオン:9352

レイガスト:8588

アステロイド:8003

ハウンド:6098

バイパー:5020

メテオラ:4085

 

 

 

 

 

 

刀也と村上がブースに入り、模擬戦が開始される。

 

 

「どっちが勝つかな?」

 

遊真は素朴な疑問を口にする。

 

 

「鋼さんじゃないかな。なんたってNo.4攻撃手だし」

 

それに村上だと答える緑川。米屋もそれに賛同する。No.4という数字はそれだけの重みを持っているのだ。

 

 

「ヨナさんがフル装備ならわからないけど、白チビのトリガーじゃ厳しいだろ」

 

 

刀也が個人ランク戦でバリバリやっていた頃を思い出しながら米屋は言うがしかし、彼らは失念していた。

村上が勝ち越せていない数少ない相手である影浦…、刀也のサイドエフェクトが彼のサイドエフェクトに似ているという事実を。

 

 

☆★

 

 

「…っと」

 

 

苦戦している、と刀也は感じていた。頬につけられた一条の傷からわずかにトリオンが吹き出す。村上の堅実な戦い方はちょっとやそっとじゃ崩せない。自分のトリガーならいざしれず遊真のトリガーという事もあり刀也は劣勢を強いられていた。

 

 

遊真のトリガーセットはメインとサブにスコーピオンとシールド、あとはバッグワームのみというシンプルなもの。グラスホッパーでもあるかと思っていたがアテがはずれた。

 

 

 

「さすがに…No.4は伊達じゃないか」

 

 

攻めあぐねているのは村上も同じだ。大振りには手痛い反撃が待っている事を知っている。迂闊には攻撃できない、が。だからこそ村上は踏み込む。

スコーピオンは攻撃に偏重したトリガーだ。耐久力はさほどない。刀也が孤月を使っている感覚で受けに回れば、その防御を突破できるはずだと村上は考えた。

 

しかし村上の予想通りに動くほど刀也も甘くはない。常に右にサイドステップを踏む刀也は、村上のレイガスト側に身を置き、孤月からの攻撃を遠ざけていた。

刀也はそうして村上の攻撃を凌ぐが、そのままでは自分も攻撃が届かない。なんせシールドモードのレイガストが目の前にあるのだから。今もチビチビとスコーピオンで切りつけているが割れるまではまだまだかかりそうだ。

 

ならーーー、と刀也はさらに一歩踏み込む。

 

至近距離。剣の間合いからさらに距離を詰めた盾の間合いだ。この距離ならシールドバッシュが有効であり、村上はスラスターを起動して盾で刀也を強かに殴りつけた。

が、しかし確かな手応えはあるものの、それは人のものではなく。

 

 

半透明のシールドの中でニヤ、と笑う刀也。動かせない代わりに耐久力を上げる、シールドを固定モードで起動して刀也はシールドバッシュを防いでいた。

その刀也の足下のアスファルトが砕けているのを見て村上は思い切り上半身を仰け反らせた。スウェーバックというやつだ。

その直後、地面から突き出た刃が村上の頭があった空間を通り抜けていった。刀也はレイガストの殴打を防ぐと同時にスコーピオンを地面に潜らせて攻撃するもぐら爪を仕掛けていた。

しかしそれも歴戦の村上には通じず、ゆえにここまでは予想通り。

 

もぐら爪を避けるために大きくのけぞった村上は、すぐに攻撃できる体勢ではなかった。刀也はシールドを解除するとスコーピオンを突き出した。村上はレイガストでガードしようとするが、突如としてスコーピオンの刃がうねり、レイガストの防御を避けて村上のトリオン供給器官を貫いたのだった。

 

 

 

「ーーーマンティス」

 

 

ライバルとも言える男の技を、刀也が使うとは思ってなかった村上は驚きを声にした。それは影浦が考案したスコーピオン二本を無理矢理繋げる技術。鞭のようにしなるスコーピオンの動きはまさしく千変万化と言えるだろう。

 

そんなこんなで5本勝負が終わり、最終戦績は3対2で刀也の勝利だった。

 

 

 

☆★

 

なんとか村上に勝ち越し、先輩としてのメンツは立たせた刀也は疲労困憊の様子でブースから出て大きくため息を吐く。

 

「ふひぃ〜、疲れたー」

 

刀也と同じくブースから出てお疲れ様です、と言う村上にはまだ余裕がありそうで刀也はムッとした顔をつくる。

 

「なーんか余裕だなぁ、村上。手ェ抜いてた?」

 

 

「いや、全力でしたよ。負けました、さすがはヨナさん」

 

 

「なんかバカにしてない?気のせい?」

 

 

「気のせいですよ」

 

 

「扱いが雑だわ。確信」

 

 

遊真たちと合流すると、刀也はトリガーを遊真に投げ返し、「これで満足か?」と遊真と村上にレビューを尋ねる。

 

 

「まあ…うん、参考にはなったよ。ありがとうございました、ヨナさん」

 

 

歯切れが悪い遊真。本当はもっと村上の戦い方を知りたかったのだろうが、本番の事を考えるとメリットよりデメリットの方が大きいと考えた末の結論だ。後悔はなさそうだが、満足げでもない。

 

 

「俺も助かりましたよ、久々にヨナさんとやれて楽しかったですし」

 

 

村上もまた軽い様子で感謝を告げる。2人のレビューは☆3くらいに落ち着きそうだった。刀也は「そう?ならいいんだけど」と返事をして。

 

 

「あ、ヨナさんヨナさん。だったら次はおれとやらない?」

 

 

そこに米屋が割り込んできた。緑川も「おれもー!」と顔を出し、「それならついでにおれも」と村上が笑う。「じゃあおれも」とさらに遊真まで加わり、

 

 

 

「よぉし、いいだろう!順番に並べぃ!ぶっちのめしてやるわぁ!!」

 

 

後輩たちに詰め寄られ、半ばヤケになった刀也はそう叫んだ。

こうして刀也はボーダートップクラスの攻撃手たちと個人戦をやる事になったのだった。

 

なんだかんだで全員に勝ち越したという………

 

 

 




刀也は狙撃トリガーとトラッパー用トリガー以外ならほぼ全てのトリガーを使いこなす事ができます。ただバイパーは苦手。
四年以上ボーダーに所属している刀也は色んなトリガーに手を出した過去があるわけです。
一時期は《スーパーオールラウンダー》と呼ばれていたが「なんかバカにされてない?」という事で却下された渾名でした。



☆★
2019/7/28修正
ROUND2の玉狛第二の相手を香取隊→漆間隊
那須隊を10位→11位、荒船隊を11位→12位


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ROUND2、ファイッ!

虚飾。

カッコつけたいだけならまだいい。カッコつけるのは男の生き方だ。
だけどこれは、ただ認められたいだけ。それはきっとカッコ悪い事だ。

それらしい、と認められたいだけ。

そんな偽りで塗り固めた自分が嫌いで、でもそんな自分を変える勇気もなくて。


雁字搦め…自分に言い聞かせる?
本当はわかっている。こんな鎖…簡単に引きちぎれる。でも拘束から抜け出そうとしないのは、鎖につながれて動けないというパフォーマンスだった。


「じゃあ、作戦通りに頼むぞ」

 

 

「おう、任せとけ刀也」

 

 

 

無線越しの会話を終えて刀也は前を向いた。

 

 

 

 

B級ランク戦ROUND2が開始していた。

 

 

8位夜凪隊、11位那須隊、12位荒船隊による三つ巴。マップ選択権のある荒船隊は市街地Cを選んでいた。狙撃手有利のマップ…3人全員がスナイパーである荒船隊からすればここ以上に戦いやすいステージもないだろう。

 

 

開始早々、荒船隊の全員と那須隊のスナイパー、夜凪隊の2人がバッグワームを起動し、レーダーには那須隊の那須と熊谷の反応があるのみだ。

 

 

「マーカー付けといたよ。近づいたらアラート鳴らすからそのつもりでいな」

 

 

レーダーの反応によると那須と熊谷は合流したようだ。陽子はその2人に識別マーカーを付けた事をクロウらに報せる。

 

 

「荒船隊の位置は?」

 

 

「予測データを送る」

 

 

事前に組んだ作戦では、狙撃の効かない刀也を囮に荒船隊を狙う方針だった。

レーダー上に荒船隊の予測位置が表示され、刀也はそこに向けて疾駆した。

 

 

 

☆★

 

 

「始まりました、B級ランク戦ROUND2夜の部!転送直後に夜凪隊と荒船隊、那須隊の日浦隊員がバッグワームでレーダー上から姿を消した!」

 

 

快活に実況しているのは海老名隊オペレーターの武富桜子。解説席にいるのは「おれのツイン狙撃見た?」でおなじみの佐鳥賢と緑川だった。

 

 

「荒船隊は高台を目指す!夜凪隊もそれを追う!那須隊は日浦隊員のみ高台を目指し、那須隊長、熊谷隊員は合流を優先したようです」

 

 

「ヨナさんの足が速いね。荒船隊の位置を把握してる動きだ」

 

 

緑川がモニターに映る刀也の姿を見て確信する。沖田陽子の予測位置のデータは正確性に優れており、ほぼデータと同じ位置で荒船を発見した刀也。

 

 

「おっと、まずは荒船隊長と夜凪隊長が接敵!互いに孤月を抜いた!」

 

 

「荒船さんは今でこそ狙撃手だけど8ヶ月前までは攻撃手だったからね。“寄れば弱い”って狙撃手の常識は通用しない」

 

 

そこに佐鳥から荒船について解説される。剣も狙撃もマスタークラスの荒船。彼の野望はすべての距離で戦う事ができるパーフェクトオールラウンダーの量産にある。自分の経験をメソッド化して訓練で誰でもパーフェクトオールラウンダーになれるようにするのが目的であり、攻撃手から狙撃手への転向はその夢の途上といった所だ。

 

 

「仕掛けたのは荒船隊長!マスタークラスの意地を見せるか!?」

 

 

☆★

 

 

「おっと、荒船か」

 

 

「ヨナさん…!」

 

 

高台に登ろうとする荒船を見つけて刀也は孤月を抜いた。同じく荒船も孤月を鞘から引き抜き構える。

こんなに早く刀也と会敵するのは嫌な誤算ではあるが、不幸中の幸いというべきか自分と当たった。これが半崎か穂刈なら刀也に為す術なくやられていただろう。彼らは純粋な狙撃手でしかない。

 

まずい展開だが最悪ではないーーーそう自分に言い聞かせて荒船は踏み込む。

 

 

 

「甘い」

 

 

渾身の突きはしかし、容易くガードされたどころか手痛い反撃まで待っていた。

刀也は突き出された刃を孤月で防御。そのままぐるりと孤月を地面に押し付けて荒船の体勢を崩す。そこに蹴りを入れて後ずさりしたところに回転斬りをぶち込む。

 

荒船の胸板を刀也の孤月が大きく切り裂く。漏れ出たトリオン量は致死には至らず、されど確実に戦力を削ぐだけのものではあった。

 

 

「まだまだいくぞ」

 

ニヤリと笑うと刀也は孤月を打ち込んでいく。荒船は連撃の前に防戦一方だ。しかし、これはこれで妙だと荒船は感じる。刀也の攻撃は確かに防ぐだけで手一杯だが……本当にこれだけか?もっと苛烈ではないのか?

先日の個人ランク戦での大立ち回りについては聞き及んでいた。A級攻撃手である米屋や緑川はおろか、No.4攻撃手である村上鋼まで上回ったという話だ。そんな男が自分程度を撃破できないなどあり得るのか?

 

釣りだと荒船は瞬時に看破する。前回のROUND1でも夜凪隊は刀也が囮になり、クロウが撃破するという形で狙撃手を倒していた。

今回もおそらくそれが狙いなのだと理解する。おそらく荒船に苦戦していると見せかけて、それを隙だと思わせて狙撃を誘発するための罠。

 

 

しかし、それなら好都合というもの。

 

そこで荒船は隊員たちが狙撃ポイントについた事を通信で伝えられ、刀也を倒すための策を実行に移す。

 

超直感のサイドエフェクトを持つ夜凪刀也は狙撃が効かない男として影浦と共に名前が挙がる。3人全員が狙撃手である荒船隊からすれば悪夢のような相手ではあるが、だからこそ対策も怠らない。

 

 

刀也の超直感は、どこに弾丸が来るかまではわからない。ただここはヤバい、だとか、ここならいける、だとかがわかるだけだ。

そこを突くのが今回の荒船隊の策だった。

 

 

本来の形とは少し違うが、いいだろう。3対1の形は出来上がった。

 

 

☆★

 

 

「荒船隊が夜凪隊長を囲んだ!そして荒船隊長が攻撃に転じる!」

 

 

それまで防戦一方だった荒船が反撃に出た事で観衆は一気に沸く。しかし一瞬の後に彼らは目を見開き、沈黙する事になる。

 

 

 

荒船が斬りかかると同時に夜凪は狙撃の気配を感じ取る。3人同時の攻撃。それが刀也を撃破するための荒船隊の策であった。正確には同時ではなく少しばかり時間差がある。刀也が逃げるであろう先も狙撃銃のスコープは捉えていた。

 

 

 

荒船の孤月を受ければ穂刈の狙撃に、荒船の孤月と穂刈の狙撃を避けても、避けた先には半崎による狙撃が待っている。

 

しかし、刀也が選んだのは荒船隊が用意した筋書きではなく。

 

それは迎撃にして攻撃。

 

弓を引くように自己の身を引き絞った刀也は呟く。

 

 

「旋空ーーーー」

 

 

迫る刃、放たれた弾丸。

そのどちらもを切り裂くのは《剣聖》の弟子を名乗る男。

 

 

「ーーーー孤月」

 

 

番えられた矢が放たれるが如き勢いで刀也は旋空を起動。孤月の刃を拡張し、迫り来る狙撃弾を両断し、肉薄する荒船の孤月を弾き飛ばし、その横腹に大きな裂傷を刻み込んだ。

 

 

 

☆★

 

 

 

「……神業」

 

 

実況も忘れて武富は呟いた。それだけのことが起こったのだと理解した。

武富と同じように沸いていたはずの観客たちさえ驚愕に言葉を失っていた。

 

 

例えば、目の前で展開されたアステロイドを切り落とすのなら、きっとトップクラスの攻撃手ならできるだろう。

しかし、どこから撃ってくるかわからない狙撃銃から放たれた弾丸を切り裂くのは不可能だ。よしんば超直感があったとしても、“どこから撃ってくるか”、“どこを狙っているのか”まではわからない。

 

だからこそ“神業”と称する他ない。

 

しかし、そんな刀也の理不尽さを先日味わったばかりの緑川は「ヨナさんならこれくらいやりそうだよね」といち早く正気を取り戻し、武富に「桜子ちゃん、実況実況」と注意する。

 

「…ッ、失礼しました!荒船隊の連携技を夜凪隊長が旋空孤月で撃墜!!狙撃した穂刈隊員に迫るようにクロウ隊員が動き出しました!」

 

 

「やっぱ釣りでしたね。そこまで予測してたけど、力技で突破されちゃ後がない。……いやホント影浦先輩といいスナイパーにとっては悪魔のような相手だね、ヨナさんは」

 

 

佐鳥は荒船隊は刀也の狙いを看破していて、逆に利用してやろうとして失敗した事まで見抜いていた。その上で刀也のサイドエフェクトをチート染みたものだと感想を漏らす。

しかし、そんな佐鳥の愚痴は誰に聞かれる事もなく会場に溶けていったという。

 

 

☆★

 

 

 

「やばいな、これは」

 

 

倒置法系スナイパーである穂刈が、自身を追いかけて来ているクロウを見て呟いた。

まるで前回の再現。ROUND1の夜凪隊の狙撃手を釣る作戦、それを知りながら引っかかってしまった……否、それを逆手に取った作戦すら刀也が上回っただけ。

 

 

しかしまだ、最悪ではない。二の矢たる半崎は刀也が避けた後の追撃役だったため狙撃しておらず、また位置がバレていない。それに荒船にはまだ切り札がある。

 

 

 

「スラスター、オン」

 

 

起動の声を聞いて穂刈は振り返りながら身を屈める。直後、真上を通り過ぎていったレイガストに戦慄しながらも好機だと思った。

クロウはスラスターを起動してレイガストを投擲した。なら今は何も武器がないはず。シールドを起動したとしても1枚…防御の薄いところを狙えばいい。

 

起き上がって体を地面に固定し、迫るクロウに照準を合わせーーーー緊急脱出。

 

 

 

「ーーなっ……!?」

 

 

 

何が起こったのか、穂刈が最後に見たのは投げたはずのレイガストをクロウがキャッチしているところだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

2つの孤月がぶつかり合う音が路地裏に響いている。

 

しかし拮抗は長く続かず、押し負けた荒船に蹴りを入れて徹底的に体勢を崩す。そこに突きを入れてさらに敗北まで追い込む筋書きを刀也は描いていた。

 

 

穂刈に撃たせた以上、もう荒船と切り結ぶ理由はない。

半崎が気になるが、自分とクロウのどちらかが生きていれば撃破する事は可能だろう。

 

 

荒船の孤月を弾き飛ばし、勢いに押されてバランスを崩したところに切り込む刀也。孤月の再生成は間に合わず、イーグレットを構える暇は与えない。ここでおまえは脱落だ、と言わんばかりに刀也は孤月を振りかぶる。

 

しかしここで荒船が第3の武器をとる。

 

 

左手に現れたカタチは拳銃。それを孤月を振り上げた刀也に突きつけ、引き金を引く。

 

 

ハンドガンの登場に面食らった刀也だが持ち前の超直感が働き、致命傷になるはずだったそれを、ただのダメージとして受け取る。顔面に穴を穿つはずだった弾丸は横面を抉るだけに留まった。

 

わずかにアクションの遅れた刀也だが、そのまま孤月を振り抜く。しかしそこにはシールドが展開されており孤月の一撃を防いでいた。そこに再び撃ち込まれる弾丸。先ほどと違い弾数はおよそ5つ。

 

避ける事もままならず、刀也はシールドを起動してそれらを防いだ。

 

 

 

「お互い、サブトリガー解禁ですね」

 

 

フッ、と荒船が笑う。刀也が弾丸を防いでいる間に孤月を再生成したようで右手に孤月、左手に拳銃というスタイルになっていた。ちょっとカッコいいな…と疼く心を抑えて刀也は冷静に思考する。

 

 

ここまで自分と荒船がバッグワームを使って孤月で斬り合っていたのは、那須隊に見つからないようにするためだ。しかし、事ここに至りすでに荒船隊単独では刀也を撃破する事は不可能だと判じてバッグワームを解除、戦場に那須隊を呼び込むつもりだ。

 

 

「はっ……そういやイーグレットでもすでにマスタークラスだったか。だったら、次に行くのは道理か」

 

 

 

攻撃手でマスタークラスになり狙撃手に転向。狙撃手でマスタークラスになったから銃手トリガー解禁という所なのだろう。荒船の野望を知っていたならば予想して然るべきだった展開だ。

 

 

「ええ……ヨナさんにどこまで通用するか、試させてもらいます!」

 

 

「オーケー、じゃあ第一の試験だ。おれを倒してみせろ」

 

 

売り言葉に買い言葉、の勢いで会話する刀也と荒船。映画好きである荒船と創作物好きの刀也はこういったセリフ回しに漠然とした憧れがあった。そんなやり取りを交わせた楽しい、という気持ちは内に秘め、2人の戦いはさらに激化していくのだった。

 

 




刀也と荒船はきっと仲良し。


ついに始まったROUND2ですが、那須隊の出番がない……!那須隊は次回から頑張ってもらう予定です。


ちなみに先日の個人ランク戦の結果は
vs村上 6対4で勝利。感想「搦め手しか通用しねぇ…」
vs米屋 6対4で勝利。感想「幻踊うぜぇ…」
vs遊真 7対3で勝利。感想「スコーピオンオンリーでこの強さはヤバス」
vs緑川 8対2で勝利。感想「正直だね。いい子いい子」



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クロウ・アームブラスト④

クロウと刀也のw主人公だった……!?(気づいた

でも今回はクロウが主人公の回です。


「クロウ隊員が穂刈隊員を撃破!というかなんだレイガストのあの挙動は!?」

 

 

刀也の神業しかりクロウのブレードスローにしろ未だ見たことのない技に興奮冷めやらぬ観客席。

 

 

「オリジナルのトリガー…じゃないよね。B級だし。え?なんなのあれ」

 

 

佐鳥はオリジナルのトリガーによる設定でレイガストを戻ってくるように制御しているのではないか、という自らの推理を否定する。

 

 

「まーヨナさんの部隊の人だし、何でもアリなんじゃないの」

 

 

緑川に至っては思考を放棄していた。

穂刈を撃破したブレードスローは、ただの技術だ。まるでブーメランのように双刃剣が戻ってくるように投擲する技術。しかし観客はそんな事を知る由もなく、ただ神業に続く曲芸に驚き沸き立つばかり。

 

とりあえず考えるのを後にして武富桜子は実況に戻る。

 

 

「夜凪隊長が荒船隊長を追い詰めた!ここで荒船隊長が反撃!なんとハンドガンを装備している!」

 

 

「荒船先輩はもうイーグレットでも8000点取ってたね。なるほど、次は銃手トリガーか」

 

村上経由で荒船の野望を聞いていた緑川は納得し、モニターに視線を固定する。

 

 

「弾はなんすかね?アステロイド?バイパー?ハウンドかな?メテオラじゃないのはわかるけど」

 

 

佐鳥が気にしたのは荒船が抜いた拳銃にセットされている弾の種類が何か、という点だ。モニターに映る刀也もそれを気にしているようでいまいち踏み込みが浅いように思われた。

 

 

 

☆★

 

 

 

銃口から放たれる弾丸を孤月で切り払う、あるいはシールドで防御する。

 

弾の種類はおそらくアステロイド。少し距離をとって観察してみれば、弾道変化もなく追尾もなし。バイパー、ハウンドである線は消えた。あるいはわざと追尾させてないハウンドの可能性もあったが、そこまで見極めるとなると時間が足りない。

那須隊が接近している。挟まれれば逃げ切れないだろう。だから多少強引にでも荒船を落とさなければいけない。こうやって焦らせるのも荒船の手の内かもしれないが………

 

弾の種類をアステロイドと断定。射手のアステロイドと違い、銃手のアステロイドは銃口の向く先にしか飛ばない。これの対処法として、銃口を向けられるより早く動けば良い、というのが刀也の出した結論だった。

 

 

刀也はバックステップで荒船と距離を取り、シールドでアステロイドをガードしながら旋空を起動。横一文字の斬撃を荒船は跳んで避ける。そこに追撃しようとする刀也を荒船はアステロイドで牽制しようとして、その姿を見失った。

 

 

グラスホッパーを踏みつけて加速した刀也はすれ違い様に荒船の左腕を切り落とし、そのまま旋空孤月で両脚を切断した。

 

着地した刀也は荒船が孤月からイーグレットに持ち替えたのを視認して、咄嗟にガードする。左腕を失い、ろくに照準をつけられないはずの銃口はしっかり頭を捉えており、それゆえ容易く防御されてしまった。

 

 

次弾の装填を許さず、刀也は荒船にトドメをさすべく近づくと。

荒船の頭部が吹き飛んだ。狙撃だと瞬時に理解する。

 

「那須隊、来るよ!」

 

それと同時に陽子からの警告。レーダーを見ると、確かに那須隊の2人が目と鼻の先にまで来ていた。

 

 

☆★

 

 

「おーっと!これは夜凪隊長が追い詰めた荒船隊長を日浦隊員がかっさらった!那須隊に得点だ!」

 

那須隊のスナイパー、日浦が荒船の頭を撃ち抜き1得点。しかし次の瞬間には日浦が狙撃されて緊急脱出する。

 

 

「今度は日浦隊員が狙撃された!これは荒船隊にポイン…いや!夜凪隊の得点です!!撃ったのは…クロウ隊員!この人狙撃もできたのか!?」

 

 

狙撃合戦はまだ続く。次はクロウに向けてイーグレットの引き金が引かれる。構えているのは荒船隊の最後の1人である半崎。しかし放たれた弾丸はクロウに届く前にレイガストに阻まれて消え去ってしまう。

 

 

「半崎隊員の狙撃!しかしクロウ隊員、これは読んでいた!」

 

 

「うわー、完全に狙撃手の動き理解してますねこれ」

 

 

「撃ち返した!脚に当たったね」

 

 

武富、佐鳥、緑川と続く。

クロウは陽子との協力により半崎の位置をかなり正確に掴んでいた。それによりレイガストで事前に防壁を張っておく事ができたのだった。

反撃したクロウの狙撃は上半身をガードする半崎を嘲笑うように脚部を撃ち抜き、機動力を奪った。

 

 

「半崎隊員の脚を奪った!クロウ隊員はこれを追う!そしてここで夜凪隊長が那須隊と会敵した!」

 

 

☆★

 

 

 

「クロウ、そっちは?」

 

 

「日浦は撃破、今から半崎を追う。そう時間はかからねぇ」

 

 

「了解、できるだけ早く頼むわ」

 

 

クロウとの通信を終えて刀也は対峙する2人を見やった。那須玲と熊谷友子…那須隊の名コンビだ。基本フォーメーションは熊谷が前に出て孤月で攻撃と防御、那須がバイパーで仕留めるというもの。そこに日浦の狙撃まで加われば相当に厄介だが、今回は狙撃までは心配しなくていい。

 

 

「くまちゃん、夜凪さんの相手はお願いね」

 

 

「任せて!今日こそ師匠超えさせてもらいますよ!」

 

 

那須と熊谷は短いやり取りを終えると戦闘体勢に入る。刀也としてはクロウが半崎を倒してこちらに向かって来るまで時間稼ぎしたいところだが《鳥籠》とさえ呼ばれる那須のバイパーには後ろがかりになってしまえば即座にやられてしまうという予感があった。

 

 

「師匠って呼ぶなよ、何度目だこれ?」

 

 

二本の孤月がぶつかり火花を散らす。

B級ランク戦、2日目夜の部が後半戦に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

☆★

 

 

「師匠!稽古つけてくれません?」

 

 

「師匠言うなし」

 

 

自分より15cm以上背の低い師匠が熊谷友子にはいた。

夜凪刀也…ボーダーが今の形になる前からの古株らしく、周囲の面々からはヨナさんの愛称で親しまれている男。

 

刀也は頑なに熊谷の事を弟子とは認めなかったし(他にも刀也の事を師匠呼びする者たちもいるが全員同じ)、熊谷はそれでも刀也を師匠と呼び続けた。

 

そう呼ぶのは、いつか越えたい存在だからである。

夜凪刀也はボーダー内では名の通った剣士だ。孤月のポイントは「カンストっぽくて好きだ」という理由で9999で止まっているが、実力は1万ポイントを上回ると噂されているほど。

そんな刀也は特注のトリガーで派手な技を使う事ばかり注目されているが、熊谷が着目したのは捌きの技術だった。『超直感』のサイドエフェクトを持つ刀也だが、決してそれ頼りの回避、防御ではなかった。

「確かにおれのサイドエフェクトは“攻撃が来る”というのはわかるけど“どこから”“どんな攻撃が”来るのかはわからない。だから必要なのは“どこから”“どんな攻撃が”来るのか予測できるだけの観察力と経験だよ」と刀也は語った。

 

観察と経験…どこから、どんな風に攻撃が来るのかという予測。熊谷は刀也に稽古をつけてほしいと言って、それを磨いた。その結果、マスタークラスでこそないものの、熊谷は優秀な孤月使いとして知られるようになった。

 

 

那須隊のスタイルが今の形に落ち着いてからしばらくして、刀也の孤月ポイントが1万を超過したという話を聞き、直接問い詰めた熊谷。

 

「ちょっとやりたい事ができてな」

 

ニヤリと笑った刀也と廊下の先で合流したのは今季入隊の有望株であるクロウ・アームブラストだった。きっと刀也がお気に入りのポイントを崩す程の理由を得たきっかけは彼なのだろうと思うと、少し悔しかった。

本当は自分が師匠超えを果たして「悔しかったらもっとがんばってくださいよ」なんて言うつもりだった。

それで刀也は本気を出して、攻撃手ランクを駆け上っていく。ヨナさん、なんて愛称は少し馬鹿にされてると思った。そんな人が並み居る強豪をばったばったと薙ぎ倒していくのはどんなに痛快だろうと思っていた。自分もそんな人の弟子として胸を張りたかった。

 

ただ、それだけだった。

 

一度だけ見た夢。口にするのもバカバカしい夢想。

 

自分の師匠はすごいんだぞ、と自慢したいだけの感情だった。

 

 

 

しかしなんだ、これは。試合前のもやもやした気持ちはわくわくに変わった。刀也の視線はいつになく自分を真剣に射抜いている。

 

 

「今日こそ師匠超えさせてもらいますよ!」

 

 

 

「師匠って呼ぶなよ、何度目だこれ?」

 

 

振り上げた孤月はいつもより軽い気がした。

 

 

 

 

凄烈にして苛烈にして激烈。刀也の剣戟はそう評する他ない力を帯びていた。

稽古と称した模擬戦は本当に稽古をつけてくれていただけだと思い知った。力の差を思い知った。やはり自分の師匠はすごいのだと思い知った(思い知らせた)。だから何だと言う話なのだ。

今の自分は夜凪刀也の弟子の熊谷友子である以上に、那須隊の熊谷友子なのだ。これだけで負けてやるわけにはいかない。

 

 

刹那に3つの斬撃を加えたかと思えば、ゆらりとした動きで死角から襲ってくる。緩急、出入りを駆使した刀也の攻勢。A級隊員でも1セットやり合えば落とされるだろうそれを熊谷は捌き、捌き、捌く。

 

 

「やるな、くま」

 

 

「これでも師匠の弟子…ですから!」

 

 

鍔迫り合いの距離での会話。一瞬の会話の後に刀也はバックステップで熊谷から距離を取った。那須のバイパーが先程まで刀也がいた場所を通り過ぎていく。

 

刀也が緩急や出入りで熊谷を攻めているのは、那須のバイパーを警戒しての事だった。バイパーは弾道を変化させる事ができる特殊弾だが、その扱いの難しさ故に、実際には事前に数パターン登録して使うというのがほとんどだ。しかし那須はリアルタイムで弾道を引き、変化させる事ができる。

バイパーが苦手な刀也にとって那須は素直に尊敬できる相手であり、警戒対象でもあった。

 

しかし那須も射手である事から接近戦は苦手だ。まず熊谷を倒してから那須を倒す計画を立てていたのだが、予想以上に熊谷が冴えていて攻めあぐねている。

これはまずいと直感する。那須のバイパーは一瞬ごとに刀也との距離を詰めて来ているし、このままでは熊谷は崩せないし。かといって背中を見せて逃げればすぐに蜂の巣にされる事は目に見えている。

 

これは多少のダメージを覚悟して飛び込むべきか。判断を下した刀也はグラスホッパーを起動。熊谷に肉薄するが、集中した熊谷は孤月で刀也の勢いを止める。

そこに広角度からバイパーが撃ち込まれる。前後左右からの変化弾を前に刀也は再度グラスホッパーを踏み、上に逃げる。

 

しかし。

 

「マ?」

 

バイパーは刀也が上に逃げる事を予想していたかのように軌道を変化させて刀也に迫る。

 

グラスホッパーは間に合わず、シールドも同様。ならば孤月で切り払うのみーー!と意気込んだものの、すべての弾を切り落とす事ができるはずもなく。

刀也はトリオン体の節々に風穴を開けられつつ墜落した。

 

 

そこに再びバイパーが放たれる。今度は上への脱出口のない鳥籠と呼んで差し支えない飽和攻撃。

 

「無理だな、これ」

 

 

生存を諦めた刀也は、攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「アステロイド」

 

 

サブにセットしていたアステロイドを起動。細かく分割して弾速にトリオンを割り振って広範囲に撃つ。

角度を付けて撃ち込まれるバイパーよりも、アステロイドの方が早く、それは那須のバイパーが刀也を緊急脱出させるより早く到達するはずだった。

 

しかし、そこに熊谷が割って入る。シールドを展開して1発さえ那須玲のもとにはいかせないという前衛としての覚悟。

 

 

そこまでが、刀也の予測通り。

 

ボロボロになった体で孤月を構えて、一閃。

 

 

「旋空孤月」

 

 

広範囲に撃たれたアステロイドから那須を守るためにはシールドを薄く広げなければならない。だが、薄くなり耐久力の落ちたシールドでは旋空孤月は防げない。

熊谷ごと那須をぶった斬るつもりで刀也は孤月を振り抜いた。

 

 

結果として旋空孤月は熊谷を撃破するに留まった。熊谷の捌きが刀也の孤月の軌道を逸らして那須を守ったのだ。

 

 

「さすがですね、師匠」

 

両断された熊谷はどこか晴れ晴れしい表情で刀也に賛辞を送り。

バイパーに貫かれた刀也はやれやれと言った体で、

 

「那須までぶった斬るつもりだったんだけどな」

 

暗に「おまえもさすがだよ」と褒めて、両者ともに緊急脱出。

 

 

 

☆★

 

 

 

「ここで半崎隊員が緊急脱出!夜凪隊にポイントです!」

 

 

刀也と那須が斬り合っていた最中、クロウは半崎を撃破していた。そのまま刀也のもとへ急行するも一歩遅く、刀也は目の前で緊急脱出してしまう。道連れに熊谷まで撃破したのはさすがと言うべきか。

 

 

「夜凪隊長を那須隊の連携が撃破!しかし熊谷隊員を道連れにした夜凪隊長、元A級の意地といったところか!」

 

お互いの隊の人間を同時に失ったクロウと那須が対峙する。

あとは自分たちだけ、背後を気にする必要はない。全力で相手を叩き潰すのみ。

モニターからでもそんな2人の闘志が見て取れるようであり、この決戦を前に観客たちは固唾を飲む。

 

「残るは那須隊長とクロウ隊員のみ。そして2人が向かい合った!2日目夜の部、最終局面に突入です!」

 

 

☆★

 

 

「那須を視認したぜ。交戦開始だ」

 

 

「クロウくんを確認したわ。始めるわね」

 

 

 

2人が向かい合ったのは中距離。バイパーを操る那須が得意とする距離だ。

那須は当然のようにバイパーを起動して逃げ場のないようにクロウを囲う。しかしクロウは包囲されるより早くレイガストをシールドモードにしてスラスターを起動しバイパーを弾きながら那須に接近する。

 

しかし、爆発。

 

「それは読んでたわ」

 

クロウの接近を読んでいた那須はメテオラで迎撃。クロウのスラスターによる急速接近は対戦記録から常套手段だと読み取れる。

中距離においてはバイパーで攻め、スラスターで接近してくればメテオラで中間距離まで押し戻す。それが那須の立てた対クロウの戦術だった。

 

 

「チッ……こりゃあ……!」

 

 

クロウのレイガストはメテオラをまともに受けながらも割れてはいない。クロウのトリオン量は平均的なトリガー使いのおよそ倍。それが那須のメテオラを受けてなおレイガストが破壊されていない理由でもあった。

 

しかし、レイガストの端にわずかばかり亀裂が入っているのをクロウは見て、無理矢理突っ込むのは危険だと判断した。

 

 

 

クロウは一旦那須から距離を取る事にした。那須のバイパーは中距離で脅威を発揮するがクロウのレイガストやシールドの硬さから考えれば耐え凌ぐ事は十分可能だ。

 

 

「どうだクロウ、やれそうか?」

 

 

通信越しに刀也が尋ねてきた。離脱した隊員はこうして無線で援護する事ができる。

 

 

「あー、もうちょい見ときてぇ気持ちもあるが……」

 

 

那須のバイパーの使い方は勉強になる。鳥籠とまで呼ばれるバイパーの弾道操作。

 

 

「やれってんならやるぜ。シールドを張ってスラスター切り…多少リスキーだがな。確実性を求めるなら別の方法もあるが……いいか、刀也?」

 

 

レイガスト使いの攻撃手、というだけでなくイーグレットさえ使える狙撃手であるという事を明らかにしたクロウの、更なる奥の手。

 

 

「……オーケーだ!パーフェクトオールラウンダー候補としての実力を見せつけてやれ!!」

 

 

僅かな逡巡の後に刀也はクロウの切り札の使用を許可する。次への切り札として秘匿しておきたかった最後の手札だが、これ以上クロウを拘束しておくのも、後のためにならないと判断した。

 

 

「任せとけ。オレ様の真の実力ってやつを見せてやるぜ!」

 

 

 

クロウが逃げる足を止めて那須に向き合うと、意外そうに「あら」と那須は言った。

 

「逃げるのはおしまい?」

 

 

「ああ、終わりにしようぜ」

 

 

 

覚悟を決めたクロウに那須も警戒を強める。そしてバイパーで鳥籠を発動しようとして、トリトンキューブを分割しーーー

 

 

「スラスター」

 

 

クロウはレイガストをシールドモードに広げてスラスターを起動。グリップを離し、盾だけが那須へ肉薄する。

 

それはさすがに予想外だったのか那須の顔が驚愕に染まる。射出されたバイパーは大きく弾道を変化させる前に広く展開されたシールドモードのレイガストに当たって消える。

 

しかしレイガストは那須に到達する前に消え去った。

クロウがレイガストに代わるメイントリガーを起動したからだ。それだけではない。クロウが新たに起動したのはメイントリガーだけでなくサブトリガーもだった。

 

両手に構えられたのはハンドガン。

 

「それは…知らないわ」

 

鳥籠を発動するはずだったバイパーはレイガストに打ち消され、次の起動は間に合わない。シールドもそうだ。回避も不可能。

那須はクロウの二丁拳銃から放たれる弾丸を身に受けて緊急脱出するのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「ここで試合終了!7対2対0…勝者は夜凪隊です!!」

 

 

那須が緊急脱出し、B級ランク戦2日目夜の部が終了した事を告げる。結果としては夜凪隊の勝利。圧勝と言っていいほどのポイントを獲得した夜凪隊はB級上位に食い込んだ。

 

 

「この試合で夜凪隊はB級5位に上昇!次の対戦相手はB級1位二宮隊とB級3位生駒隊です!これまで快進撃を続けてきた夜凪隊が遂にB級上位に挑戦する事になります!これは次の試合が楽しみですね!

それでは佐鳥さん、緑川さん。今回の試合についての総評をお願いします」

 

 

「やっぱ1番はクロウさんの中〜遠距離トリガーでしょ!新披露のトリガーで2得点あげてますからね!」

 

 

「荒船さんも銃手トリガー使ってたけど、まだ拙い感じがあったよね。クロウさんは使い慣れてたように見えたし…ポイントも1人で4点!MVPはクロウさんだね!」

 

 

佐鳥と緑川が1番はじめに言及したのはやはりクロウについて。これまではシールドやバッグワームを除きレイガストしか攻撃用トリガーを使っていなかったクロウ。何か他のトリガーをセットしているかもしれないと予想されていたが、まさか銃手トリガーに加えて狙撃トリガーまで扱えるとは想定されていなかった。

 

「有利なステージを選んだために荒船隊は夜凪隊に優先的に狙われてたように思えます。荒船隊は今回1ポイントも得られませんでしたが、これについては?」

 

 

「ヨナさんに目をつけられたのが痛いよね。あの人狙撃効かないし…作戦も立ててただろうけど、物の見事にやられちゃったね。悔しいだろうなぁ。動きは悪くなかったんだけど狙撃手の位置取りをクロウさんに把握されてたのがアウト!そもそもクロウさんが狙撃手って情報がないから無理もないんだけど」

 

 

「あー、あの神業!どうやったらあんな事ができるのかな?迅さんでもやらないよ、あんなこと。クロウさんは狙撃手がどこに潜んでいるかアタリをつけてたみたいだよね、半崎先輩の狙撃も防げるように予め対処してたみたいだし」

 

 

解説が下手な2人が揃って解説席にいるため、武富は話の起点を作ってやらねばならない。荒船隊についての解説を求めると、2人は夜凪隊に狙われていた事を説明する。

次は那須隊について。

 

 

「那須隊はいつも通りな感じでしたね。那須隊長と熊谷隊員が合流し日浦隊員は狙撃…クロウ隊員に落とされてしまいましたが、今回は熊谷隊員の動きがキレていたように思います」

 

 

「そうだね、くま先輩は受け太刀が得意なんだけど今回は特に冴えてたね。ヨナさんの攻撃を上手く捌いてた。最後に道連れでやられちゃったのは仕方ないね、アステロイド散弾からの旋空って即死コンボでしょ」

 

 

最後まで切り札をとっておいた刀也が上手ではあったが、それ以上に熊谷が刀也に切り札を使わせた時点で今回、熊谷の評価は上がっていた。

 

「おれは攻撃手の事はわからないから日浦ちゃんの動きについて言うけど、荒船先輩を落とした判断は良かったと思うよ。その後の離脱も間違いじゃなかったけど、やっぱりクロウさんが狙撃手だった事が計算外だったんじゃないかな。あそこで落とされてなきゃもっと活躍できたと思うよ」

 

 

「確かに終盤、日浦隊員の援護があれば那須隊長との連携で勝利していた可能性もあります。では今回の夜凪隊の勝因としては、最後まで狙撃手を残さない戦術をとった…という事ですか?」

 

 

 

「だね。ヨナさんは狙撃が効かないけどクロウさんはそうじゃないだろうし、ヨナさんが那須隊と戦闘開始した時点で最後の狙撃手の半崎先輩を落としに行ったのが良い判断だったんじゃないかな」

 

 

「半崎は良い狙撃手だからね。戦闘中の那須先輩やクロウさんを狙撃する事も不可能じゃなかったはずだから、夜凪隊の優先的に狙撃手を狙う作戦はやっぱり良い判断だったと思うよ」

 

 

緑川にしても佐鳥にしても、夜凪隊が狙撃手を優先的に狙っていた事は理解しており、それが今回の勝因である事を説明する。

 

 

「なるほど、初めから終盤の展開を見越した戦術が今回勝敗を分けたということですね。ROUND2夜の部は以上になります!解説は佐鳥さん、緑川さんでした。ありがとうございました!」

 

 

 

 




「マ?」「マ」
※「マジで?」「マジです」

あれ…?クロウが主人公のはずの回が……

いつのまにか熊谷の独白まで加わってこれじゃヨナさんの回じゃないかぁ〜!
熊谷の独白が加わったのは謎。作者にアルコールが入っていたせいだと思われる。

と、思った前半でしたが、後半はクロウが巻き返してくれて話タイトルにふさわしい活躍を見せてくれました。
さすがはクロウ。略してさすクロ


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B級上位

ボーダーの隊員ってみんないいやつだよね、と思う。基本的にB級以上の隊員しか知らないわけですが、彼らもボーダー全体で見れば上位グループに位置しますね。
嫉妬とかしないだろうか、と。原作の玉狛第二の快進撃に嫉妬するやつらが出てもおかしくないだろーと思いながら。
そういう意味では香取隊は人間臭くてグッド。


夜凪隊の面々はランク戦勝利を祝うと、それぞれ思い思いに散って行く。

陽子は帰宅し、クロウと刀也は隊室に戻ろうとしたところで、試合を観戦していた来馬と村上、諏訪、笹森、解説をしていた緑川に囲まれた。

 

 

「やってくれたなヨナさん!たった2戦で最下位から上位グループまで上り詰めやがって〜!」

 

 

「おめでとうございます」

 

 

 

諏訪は刀也にヘッドロックをしながら頭をぐりぐりを撫でる。「あれ、おれのほうが年上だよね」と言いつつも嬉しそうな刀也。笹森は「正確には最下位じゃありませんけど」と諏訪の言葉を訂正しつつ再度祝いの言葉を告げる。

 

 

 

「いやー、それにしてもクロウさん大活躍だったね。単独で4点…ヤバイね。遊真先輩よりヤバイね」

 

 

緑川はクロウという戦力をヤバイと表現し、来馬もそれに追従する。

 

 

「確かにすごかったね。クロウくんはパーフェクトオールラウンダーを目指してるの?」

 

 

「いや、別にそんなわけじゃねーんだがな。ま、大人になれば色んな事情があるってワケさ」

 

 

来馬の問いかけを躱すクロウ。クロウは遊真とは違い、モロに外国人な名前であり、人型近界民だと推測する者もいるだろうが、それについての答えはまだ出ていない。ボーダー上層部からは外国の傭兵部隊にいたという設定をいただいている。

 

 

「いつか、戦ろう」

 

 

村上は今日のクロウの戦いっぷりに興味をもったようで、近いうちに個人ランク戦でも、と持ちかける。

クロウも短く「ああ」と返し、そこに。

 

 

「し〜〜しょ〜〜〜お〜〜〜〜!」

 

 

くま、こと熊谷友子が突っ込んでくる。目指すは師匠と仰ぐ刀也のもとである。まさしくクマのような突進に恐れをなした刀也は諏訪を生贄にエスケープ。諏訪は死んだ。嘘だ。熊谷は諏訪に激突する寸前に止まり「なんで逃げるんですか」と睨みつけてきた。

 

 

「いやだって怖い」

 

 

ノータイムで答えた刀也にため息をつきながら熊谷は改めて向き直り、

 

 

「師匠、また稽古つけてください。さっきのランク戦で何か感覚が掴めた気がするんです」

 

 

「ん〜…ま、いいけど。クロウ、おまえは…」

 

 

どうする?と続けようとしたところで、荒船がクロウに「少しいいか」と話しかけているのを目撃する。

荒船の野望はパーフェクトオールラウンダーを量産する事だ。そのためにまず自分がパーフェクトオールラウンダーとなり、そのメソッドを確立するつもりでいる。先のランク戦で見せたクロウの戦い方にパーフェクトオールラウンダーの片鱗のようなものを感じ取ったのだろう。話をしたいと思うのは当然だ。

 

 

「おれはちっとばかし荒船と話をしてくる。またあとでな」

 

 

刀也は「りょーかい」と返して2人はそこで別れる事になった。クロウは荒船隊の隊室に、それ以外は個人ランク戦に向かう。

 

 

☆★

 

 

「来たな、狙撃界の新たな星が」

 

 

クロウが荒船隊の隊室に入ると、まず出迎えたのは穂刈だった。

狙撃界と書いてスナイプ界と呼ぶ、よくわからないものの動静を見つめる倒置法系狙撃手だ。

 

「ゆっくりしていってね」と言いつつも荒船隊オペレーターの加賀美倫は帰宅の用意をしていた。陽子もそうだが、やはり女子は早めに帰るのが常識なのだろうとクロウは理解する。

 

 

「じゃあおれも今日は家でメシ食うんで、おつかれっす」

 

 

加賀美と同じように帰ろうとしているのは半崎だった。ダルい、が口癖だが狙撃技術は荒船隊ではトップを誇る。

 

 

 

半崎と加賀美が退室し、残された3人はひとまず座る事にした。テーブルに置かれた茶菓子をつまみながら話を始める。

 

 

「まずは…上位昇格おめでとう。悔しいが完敗だった」

 

 

「0点だったしな、ウチは」

 

 

夜凪隊、那須隊、荒船隊の三つ巴は7対2対0という結果だった。夜凪隊が生存点込みで7点獲得。対して荒船隊は良いとこなしの0点。

 

荒船が銃手トリガーを抜いた場面もあったが、刀也が相手では分が悪く、最終的には那須隊の日浦に撃破された形になる。

 

 

「選んだのが市街地Cだったからな。狙撃手有利のマップなら荒船隊が脅威になるだろうから先に狙う…ってのが作戦だったんだが…うまくハマったみてえで良かったぜ」

 

 

「狙われていたわけだ、道理で」

 

 

荒船も穂刈も優先的に狙われた理由を説明されて納得する。刀也は直感的に見えて実は理に適った行動をする。直感で危機を察知し、理性で敵を絡め取る。ヨナさんと慕われる彼が実は狡猾な男だと荒船は知っていた、のに。

 

ああ、簡単に言葉にしたけれど。やはり悔しい。

荒船は歯噛みする。夜凪刀也を撃破するための布陣を考えた。それは容易く破られた上に神業まで見せつけられた。初めて銃手トリガーを抜いた。ただのオールラウンダーを相手にするように追い詰められた。悔しい、悔しい、悔しい。

 

それを打ち明ければ「後悔なき反省など軽い!その悔しさをバネに飛翔せよ荒船!フハハハハ!!」と高笑いする刀也の姿が想像できてまた腹が立つ。しかしそんな腹立たしさや悔しさを今は横に置き、自分よりパーフェクトオールラウンダーに近いであろうクロウに視線を向ける。

 

 

「クロウ…と呼ばせてもらってもいいか?」

 

 

「ああ、かまわねぇぜ」というクロウの返事を受けて荒船は本題に入る事にした。

 

 

「じゃあクロウ…おまえはパーフェクトオールラウンダーを目指しているのか?」

 

 

「いや、別に目指してるわけじゃねぇ。ただおれは元からそういう戦い方ができたってだけだ」

 

 

「元から…?どこかの支部の秘蔵っ子ってわけじゃなさそうだが…、それにクロウ・アームブラストという名前も完全に日本人名じゃないよな?クロウ…おまえは…」

 

 

「野暮だぞ、荒船」

 

 

クロウの言葉に元から抱いていた疑問が再燃した。すなわちクロウ・アームブラストとは何者か?

しかしその問いかけは穂刈によって制される。事情を知られたくない奴なんてボーダー内だけでもごまんといる。それを探るのは野暮だと。

 

 

 

「ま、お察しの通りおれはこの国の人間じゃねえ。おれが元いた国じゃ命懸けの戦いなんてのもしてたしな。今の戦闘技術はその頃に磨かれたスキルってやつさ」

 

 

しかしクロウはさらりと答えて見せる。核心に触れる事なく、しかし嘘でもなく。カバーストーリーに現実味を持たせるにはいくつかの真実を織り交ぜるのが効果的なのだ。

 

 

クロウの経歴に絶句する荒船と穂刈。異世界からの侵略者ではなく人間同士で殺しあう、本物の戦場にいたという告白はそれだけの重みをもっており、クロウのB級上がりたてとは思えない強さに納得した。

 

 

「そうだったんだな…すまない、ぶしつけだった」

 

 

帽子をとって頭を下げる荒船にクロウは「別にいいさ」と流して。

 

 

 

「それで、荒船。パーフェクトオールラウンダー…つまり全距離で戦えるやつの動き方について話がしたいんじゃなかったか?」

 

 

話を本題に戻す。荒船は「そうだったな、ありがとう」と言うと再び帽子を被って話をする態勢に入る。

 

 

「じゃあまずは狙撃トリガーを使ってる最中にどこまで寄られたら中距離トリガーに切り替えるかだが……」

 

 

 

☆★

 

 

熊谷たちをぞろぞろと引き連れて個人ランク戦のブースを訪れた刀也は「お」と声をあげる。その視線の先には香取葉子がいた。最近は個人ランク戦には参加しておらず、チームの模擬戦…すなわちB級ランク戦に集中している彼女がここにいる事に少しだけ刀也は驚いたのだ。

 

 

しかしソファで小休止している香取に話しかけず、その横を素通りしていく。ガヤガヤと話しながら、さも気づいていない風を装って。

 

 

 

「待ちなさいよ」

 

 

通り過ぎて三歩進んだところで香取に呼び止められる。

 

 

「おお、香取か。ここにいるのは珍しいな」

 

 

気づいていたのに、たった今気づいたように返事をする刀也。しかし香取は刀也に教えを受けた人物の1人であるため、この無視が意図的なものである事をわかっていた。

 

 

「ムカつく」とボソリと呟いた香取は、軽く深呼吸をして心を落ち着ける。夜凪刀也の行動、仕草はすべて周りの人間をコントロールするための演技だ。しかもこの場合は、無視されて苛立った香取がどんな反応をするのか観察する、という悪趣味なものであり、香取は努めて香取葉子らしくない選択をする。

 

 

 

「B級上位昇格オメデトーゴザイマス」

 

 

「ありがとう香取。そういや香取隊が入れ替わりで中位に降格したんだったか」

 

 

ピキリ、と香取のこめかみがひくついた。挑発に乗るなと自制する。この先輩の悪趣味や悪辣な事を香取はよく知っている。他の奴らに言われたらブチギレ済みで個人戦でやり合っている頃合いだった。

 

 

こめかみに怒りマークを作りながらも平静を装おうとする香取に刀也はくすりと笑う。香取にはまた挑発されていると思われそうだが、刀也としてはそんな悪辣な意図はなく、香取の反応がいちいち面白いから意地悪をしているだけなのだ。

 

 

 

「納得いかない」

 

 

「うん?」

 

 

「アンタ、今日のランク戦で1点しか獲れてなかったじゃない。アタシはこの前のランク戦で2点獲った。……それなのになんでアンタが上位に行ってアタシらが中位に落ちなきゃいけないのよ」

 

 

それはチームの得失点差で順位が変わるからだ、という尤もな説明をしたところで香取は納得などしないだろう。そんな事は百も承知で、ただムカつくから意味もない悪態をつきたいだけ。

 

 

「おまえが納得しなくても世の中は回る。……香取よう、おれは確かに1点しか獲れなかったけど部隊としては生存点込みで7点。B級ランク戦で試されるのは部隊としての強さだ。個人だけで競いたいならここにずっといればいい」

 

 

「………やっぱ、アンタの言い分は正しすぎてムカつく。それで、ここには何の用なワケ?ぞろぞろと取り巻きつれちゃってさ」

 

 

 

苦虫を噛み潰したように渋面をつくる香取だったが、挑発にのるなと再び自制して今度は刀也がここに来た理由を尋ねた。

 

 

「くまと個人戦やる事になって」

 

 

「ふーん」と言った香取は思考して、次は自分が挑発的になってやろうと考えた。

 

 

「そんなやつとやり合うより、アタシと個人戦した方がいいんじゃないの?今後のためにも上位部隊のエースの実力、今なら特別に見せてあげるわよ」

 

 

そんなやつ呼ばわりされた熊谷が一歩前に出ようとするも刀也に「ステイ、ベアーガール」と制される。

 

 

「ははは、今日のくまはキレてるぞ。それこそおまえにも劣らないほどにはね。なんだぁ香取、そんなに個人レッスンをつけて欲しいのか?」

 

 

そんなやつ、からベアーガールにジョブチェンジ…された熊谷は腹いせに刀也の脇腹をつねる。トリオン体だからダメージはないが生身ならかなり痛いであろうつねり方だった。熊少女と呼ばれるのは嫌らしいと学習した刀也だった。

 

香取が返答をする前に刀也は言葉を続ける。

 

 

「だけど残念でした。今日はくまと個人戦やるって決めてんだ。…どうしてもってんならくまと遊んだ後に、一本だけ本気見せてやるけど?」

 

 

「誰が…」

 

 

そんなのやるか、と言おうとした香取だったが刀也の“本気”に釣られた取り巻き連中が「やるやる」と言い出し、それに名乗りをあげないのも何か負けた気がして。

 

 

「じゃあ、おれがくまと個人戦やってる間に代表1人決めといて。トーナメントでも総当たりでもいいからさ」

 

 

「夜の部の後でもうきついし」と笑う刀也の“本気の一本”争奪戦が幕を開けたのだった。

 

 

☆★

 

 

目の前に香取が転送されて来た瞬間、刀也は少しだけ驚いた顔をした。

 

モニターを眺めながら、熊谷は同じようにモニターを見ている諏訪に声をかけた。

 

 

「あの2人、仲悪いんですか?」

 

 

「あ?あー、わかんねぇな。2年くらい前だったかな…少しの期間、香取はヨナさんに弟子入りしてたんだが…その時は仲良さそうにみえたぜ」

 

 

「弟子入りですか?香取が師匠に?」

 

 

「本人は師匠と呼ばせてはいないみてぇだがな。まあ可愛がってたぜ」

 

 

そこは自分と同じなのかと熊谷はホッと一息。

 

 

「あの2人、一緒にいるところをたまに見かけるけど、険悪って感じじゃなさそうなんだよね」

 

 

「仲が良いほど…というやつですか」

 

 

来馬の言い分を村上がフォローし、熊谷は「なるほど」と納得する。先ほどのやり取りもどこか軽快さを感じさせるものではあった。ひどい悪態と挑発の応酬だったが、それは仲が良いからこそできたものだと。

 

しかし、そこでモニターに映る香取の唇が「死ね」と動いたのが見えた。自分は読唇術を心得ているわけではないが「死ね」くらいはわかる。香取は言うと同時に駆け出して拳銃から弾丸を放つ。

香取は刀也と同じく近距離と中距離の両方で戦えるオールラウンダーだった。

 

 

「あの、ホントに仲悪くないんですか?」

 

 

少し呆れながら呟いた音は誰にも届く事なく空に消え去っていった。

 

 

 

☆★

 

 

目の前に香取が転送されてきたのを見て刀也はわずかに驚いて見せる。そして次にニヤついてみせた。

 

 

「おっと、おまえが来たのか香取。順当に村上あたりが勝ち上がると思ってたが……」

 

 

「確かに村上先輩は強かったわよ。だけど今日はアタシが勝った。さ、始めましょうよ、先生?」

 

 

“先生”というのは“師匠”と呼ばれるのが嫌な刀也が自称弟子たちに使わせていた呼び名だ。それでも師匠と呼ぶバカチンはいるが、この香取は素直に先生と呼んでくれている。

ただ今回の“先生”呼びは挑発染みた呼び方であった。

 

 

「なんだ、そんなにおれとヤりたかったのか?」

 

 

挑発には挑発を。年頃の乙女が聞けば紅潮しそうなセリフを吐いた刀也。さきほどから個人レッスンだのヤりたかっただの曲解すれば淫靡なセリフばかりを使っていた。

しかし香取は乙女らしく恥じらう事もなく、絶対零度の視線で刀也を睨みつけ、

 

 

「死ね」

 

 

そう吐き捨てて、駆け出した。

 

夜凪刀也vs香取葉子 個人ランク戦、開始。

 

 

 

香取はまず拳銃をホルスターから抜いてドカドカと撃ち始める。しかし刀也を捉えている弾丸はその内の3割にも満たなかった。それ以外は刀也の逃げ道を塞ぐような軌道を描いている。

 

刀也は回避より防御を選ぶ。というよりは回避を選択すれば間違いなく被弾するため防御をするしかない、というのが本音だ。

 

 

シールドを張って迫る弾丸を防ぎ、逆襲の旋空孤月を放つ。逆袈裟の斬撃は跳んで回避される。しかし、そう回避させる事が目的の旋空孤月。狙い通りの避け方をした香取をアステロイドで蜂の巣にしてやろうとした刀也だが、その前に香取の拳銃が火を吹き、刀也はシールドを起動したまま防御に専念する。

 

香取にとって、ひとつひとつのアクションで敵の選択肢を狭める刀也やり方は見知ったものであった。さっきの旋空孤月だってそう。跳んで回避させるのが目的だった事はわかっている。

しかし、刀也がアステロイドを起動して放つより、すでに拳銃を出している自分の方が早いと思ったからそれに乗ってやったのだ。

 

 

さらに拳銃でアステロイドを撃ちながら、刀也のシールドを削っていこうとする香取だが、刀也とて防戦一歩ではない。

シールドを割られる前に旋空孤月を二閃。今度は避けさせる事を目的としたものではなく、本気で獲物を仕留めるための旋空孤月。しかし、香取葉子もさすがであり、刀也が構えた瞬間に離脱し斬撃から逃れる。

 

 

「逃がすか」とグラスホッパーを踏みつけて香取に肉薄する刀也だが、同じように香取もグラスホッパーを起動して同じだけ距離を取る。グラスホッパーによる急速離脱の途中でトリガーを切り替えて両手に拳銃を構えて連射する香取に、刀也は追撃を断念して再びシールドを張る。

 

 

それを見て香取は確信する。夜凪刀也はサブに1つしかシールドをセットしていない!

普通はメインとサブの両方にシールドはセットしておくものだ。しかし、目の前の男はそんなセオリーなんて知った事かと高笑いするようなやつだ。きっとこの推測は外れてはいないはず。

 

 

シールドを割られては堪らんと刀也は退いて建物で射線を切る。ここで追撃をすれば手痛い反撃が待っている、と考えるのが常道なのだが…今ばかりは本気で押していると感じた香取はそのまま追撃に移る。

曲がり角で刀也とエンカウント。アステロイドを起動して発射準備完了といった様だった。

放たれるアステロイドを香取はグラスホッパーで跳んで回避する。だがそこに再び放たれるアステロイド。アステロイドの2段撃ち…刀也の常套手段だ。しかしそれ故に香取はそこまで読んでいる。

さらにグラスホッパーを踏みつけて回避した香取は勢いをつけて刀也に落下する。手にはスコーピオン。事ここに至り香取はようやく接近戦を刀也に挑む。

 

だが、まだ遠い。

気づく。「まだだ」と。

笑う、「まだまだだな」と。

 

 

「3段撃ちだ」

 

アステロイドを分割し、1段目の弾幕は避けさせ、2段目の弾幕で次はないと思わせ、3段目で仕留める。

そういう思惑だったのだと香取は気づいた。

 

 

しかしシールドを起動するにも間に合わず、アステロイドも3段に分けたため残る弾数も少ない。「押し切れ」と刀也が笑ってる気がして、少しだけムカつく。いつまで先生を気取っているつもりなのか。

 

そのまま流れる勢いで落下。刀也は避けようとするが間に合わず右脚を切断される。香取はトリオン体の節々に穴を空けられながらも致命傷だけは防いでおり、そこで楔を打つ。

 

 

孤月が振り抜かれる前にその場を離脱して香取は再度拳銃を撃ち放つ。頭と胸を守るシールドを無視してガラ空きの脚を狙う。

右脚に続いて左脚を削り、完全に機動力を奪う。だけど、まだ油断するなと本能で理解している。

 

香取の拳銃は刀也を、刀也の周囲の地面を砕く。

なにかやばい、と直感した刀也はグラスホッパーで宙に身を投げ出した。トリオンの漏出がひどく、今にも緊急脱出しそうなくらいだが…それでも簡単に負けてやるわけにはいかない。

 

ヒュ、と風を切る音が聞こえて、それは刀也の眼前を通り過ぎて行った。「チッ」と香取が舌打ちをする。どうやら今のが切り札だったらしいと刀也も理解する。

 

それは2つのスコーピオンを繋げたマンティスーーーその応用技であった。

地面に突き刺しておいたスコーピオンを拳銃で砕き周囲の地面ごと宙に浮かせ、そこにもう一本のスコーピオンを伸ばし、宙に浮くスコーピオンと繋げてマンティスにする。

銃弾を防ぎながら、死角からの刃も防げるやつはそうそういないだろう。それこそ刀也の超直感か影浦の感情受信体質、迅の未来視などのサイドエフェクト持ちぐらいでなければ初見で回避、防御は難しい。

 

今度は刀也が重力に任せて落ちる番だった。勢いのままに香取に斬りかかる。拳銃のアステロイドはシールドで防ぎながら肉薄、横一文字に孤月を叩きつけるがしかし、香取が新たに起動したシールドに防がれてしまう。普通のシールドで孤月を防ぐのは余程のトリオン差がない限りは難しいが、シールドの面積によって耐久力が変わる、という特性を利用できれば不可能ではない。

 

それは極点集中シールドだ。シールドの面積を小さくして防御力を上昇させる、対斬撃特化のシールド。長い棒のように小さくしたシールドで孤月を防いだ香取は勝利を確信する。あとはスコーピオンを突き刺すだけで勝敗が決する。

刀也が考案した極点集中シールドで刀也の孤月を防ぐ。なんとも痛快な話であった。思わず笑みがこぼれて、それが目の前の男の顔にも貼り付けてある事を理解しーーー緊急脱出。

 

香取葉子の敗北が決定した。

 

 

☆★

 

 

今のは何だ、と観戦していた全員が思考する。

終始香取が押していた。考えられる限り最高の試合運びをしたと言ってもいいだろう。刀也の考えを読み、その上をいっていたはず。

最後の一合、孤月をシールドで防いだと思ったら香取の首が切断されていた。

 

 

個人戦が終わり、なんとか勝利した刀也は「ぷひー」と安堵の息を吐き、負けてとにかく悔しい香取は「もぎゃあああ!」とのたうち回る。

放っておけばブースに篭って出てこないであろう香取を迎えに行って、想像通りドタンバタンと転げ回る香取を見て刀也は苦笑した。

 

 

「おら香取、出るぞ」

 

 

「負け犬なんかほっといてよ」

 

 

「放っておいてほしいならもっと平気なフリしろよ。いいセンいってたんだし、落ち込むなって」

 

 

「負けたら意味ない」

 

 

軽く慰めようとしても香取は相当落ち込んでいるようで、取りつく島もなさそうであった。しかし、たったそれだけで説得を諦める刀也ではなく、「無意味じゃない」と香取の言葉を否定した。

 

 

「今回、おまえはおれを追い詰めた。あと一歩のところまで。その前には村上からも一本取ってる。香取、おまえは強くなってるよ。確かに負けてしまったらこれまでの努力は無駄になるかもしれない。だけど、その努力によって得られた成長は無意味じゃないと思う。無駄だけど、無意味じゃないんだよ…香取」

 

 

真面目な顔して声をシリアスなトーンに落とす。しかし香取は「プッ」と吹き出しで笑顔を見せた。

 

 

「なにそれ、意味わかんないし。無駄なのに無意味じゃないって…相変わらずそんな表現が好きでいらっしゃるんですね、先生は」

 

 

落ち込んでいた気持ちはどこへやら。すっかりいつもの調子に戻った香取を立たせてブースから出る。

 

 

☆★

 

 

ブースから出た2人を熊谷らが迎える。皆口々に「おつかれ」と声をかけてくれる。刀也は「おうおう」と手を挙げて香取は少し恥ずかしそうに顔をそらす。

 

 

「ねえヨナさん、最後のなんだったの?」

 

 

と、いの一番に聞いてきたのは緑川だった。

追い詰められていたはずの刀也が、逆に香取の首を飛ばしていたあの技について。

 

 

「あ、それ気になるね」

 

 

「突然刃が変形したように見えましたが」

 

 

来馬はもとより村上も気になっていたようで、その時の事を思い出しながら言葉にしていく。

 

 

「幻踊……じゃねーのか?」

 

 

「刃がしなったように見えましたが…」

 

 

諏訪は孤月の刃の変形を幻踊によるものではないかと推測するが、刀也は「それは違うな」と即座に否定。笹森の予想には不敵に微笑んで見せるだけで答えは与えない。

 

 

「ねえ、教えて下さいよ師匠!」

 

 

熊谷に至ってはすでに思考を放棄。教えを請う弟子モードに突入していたが、刀也は「だから師匠って呼ぶな」と熊谷の懇願を一刀両断した。

 

 

「ま、それは宿題って事で。この場にはライバルも多いし詳細は教えられん」

 

 

防がれたはずの孤月の刃が変形し、香取の首を断った技については秘密にすると刀也は言う。

そこでライバルと表現された事に少しばかり喜ぶ面々がいた。昇り竜の勢いでB級の順位を駆け上がる刀也に好敵手であると認められている事を嬉しく思ったのだ。

 

 

「新技と言えば、香取もそれっぽいのやってたな。ほら、あの…マンティスの応用か?」

 

 

「ああ、あれ。別に大した事じゃないでしょ。やってる事はただのマンティスなんだし」

 

 

そのマンティスでさえ凡人には難しいのだが。刀也は若干呆れつつも「いやいや大したもんだよ」と褒め讃える。

 

 

「おれもアレにやられました」と村上が告白する。確かに香取の新技であれば村上を倒す事も可能だろう。刀也はサイドエフェクトがあったからこそ回避できただけで、普通はあんな初見殺し…対応できるはずがない。

 

そう言ってまた褒めると、香取は照れ臭そうにしながらも受け取ってくれた。

 

 

「じゃあ香取、くまに謝っとけ」

 

 

「なんで」

 

 

「香取」

 

 

有無を言わさぬ圧力、というよりは「わかるだろ」と諭すような瞳に射掛けられて香取は熊谷を下に見た発言について謝罪した。

 

 

「その…ごめん」

 

 

香取に罵倒された事などすでに頭から抜けていた熊谷は「いいよ」と素直に許す。

謝られた熊谷も忘れていた事だったが、こういった話はけじめが大事なのだと年長組の刀也は知っていた。

 

かくして事態は落着し、B級ランク戦2日目の夜は更けていくのだった。




アタッカーは攻撃手、シューターは射手なのにパーフェクトオールラウンダーはパーフェクトオールラウンダーと表記する本作。そのうち完璧万能手と修正するかもしれない。読みは変わらずパーフェクトオールラウンダーで。



ちなみに。
ヨナさんとの本気バトルを賭けて戦った面子は以下の通り。
香取、村上、来馬、諏訪
緑川は昼に遊真と個人戦を行い、ごっそりポイントをもっていかれていたので「今日はもうこれ以上減らせない」という事で不参加。笹森も見学。
トーナメントを行い、香取vs来馬で香取が勝利、村上vs諏訪で村上が勝利、香取vs村上で香取が勝利し、挑戦権は香取に与えられました。
その間ヨナさんはくまに10本稽古をつけていたようです。


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夜凪刀也の一日

これまでクロウよりヨナさんの方が出番多くね?という疑問に対しての言い訳。
ROUND2までヨナさんにとってクロウは秘匿しておきたい戦力であり、なるべく隊員たちと接触しないように言っていた。ボーダー隊員たちもクロウの容姿や名前からどことなく近づき難い雰囲気を感じとっており、会話の機会は少なかった。
というのがあります。

ですがROUND2で中距離、遠距離トリガーを解禁した事で戦力として秘匿する必要がなくなり、ヨナさんからの縛りは解除され、今後はバリバリ個人ランク戦にも顔を出すつもりのようです。

ちなみにクロウが黒トリガー『七の騎神』を起動できる事は、まだ上層部と一部の隊員しか知りません。


夜凪刀也。

リィン・シュバルツァーの唯一の弟子にしてボーダーの古株。狙撃トリガー以外の汎用トリガーを使いこなすボーダー屈指の実力者。ヨナさんの愛称で親しまれている。

サイドエフェクト『超直感』を持ち、神懸かった回避能力、常人離れした思考で相手を追い詰める策士。

人は好いのだが、彼を知る生徒多数は盤外戦術をも駆使する様から「実は過去に悪の組織で働いていたのでは?」と囁かれるほどである。

 

そんな夜凪刀也だが、ボーダーでは一定の評価を得ており、頼られる事もままある。

例えば個人ランク戦に付き合ってほしいだとか、稽古をつけてほしいだとか、後輩の面倒を見てほしい、だとかだ。

 

 

 

「これ、つまらないものですが」

 

 

そう言って紙袋を差し出すのは三雲修。今回、烏丸経由で三雲を強くしてほしい、という依頼を受けた刀也は快諾し、予定の時間通りに隊室にやってきた三雲から差し入れを受け取った。

 

 

「おー、気がきくな。ありがとう」

 

 

まさか中学生でこんな気配りができるとはなかなか大したタマである。刀也もコーヒーを淹れてやり、対面したソファに座って三雲に貰った菓子をつまむ。

陽子とクロウはエンジニアたちのたむろする開発室に顔を出しに行っている。彼らの分もとっておこう。

 

 

「うまいな」と感想を述べてから、穏やかながらも真面目な表情で三雲を見据えて「強くなりたいんだったか?」と話を始めた。

 

 

「はい、この前のランク戦は勝てましたが、空閑が村上先輩と相討ちになった後、ぼくたちは1点も取れませんでした。今後、序盤に空閑が落ちればチームとして点が取りにくくなる…それを考えれば、ぼくが1人でも点を取れるように強くなれば、と思ったんです」

 

 

「なるほど」と片目を瞑りながら刀也は三雲の悩みを理解する。確かにエース級の空閑さえ倒せば玉狛第二は恐るるに足らず…という印象はある。三雲はまだまだ未熟だし、雨取は人が撃てない。

 

 

「わかった、じゃあ修行は後日行うとして。今日はまず実力測定という事で」

 

 

「はい、わかりました」

 

 

実力を測る、という事になり個人戦のブースに向かう刀也と三雲。道すがら刀也は尋ねてみる。

 

 

「そういや、おれんとこ来る前に嵐山隊と出水のとこに行ったんだっけか?」

 

 

「はい、嵐山先輩たちには中距離で戦うコツを教わりました。木虎からは、まだ学ぶ段階にない…って言われちゃいましたけど」

 

 

 

「ほーん」と言いつつ刀也は木虎の言葉に納得していた。確かに三雲はまだ学ぶ段階にないと言える。例えばここで刀也が技を教えたとして、それをランク戦で無理に使おうとすれば逆にチームの足を引っ張る事もありえるし、そもそも技を十全に使いこなす事も不可能だろう。

 

 

「それで出水先輩には合成弾を教わりに。唯我先輩に100勝したら教えてくれる約束になりました」

 

 

「合成弾ね」とまた刀也はため息を吐くように呟く。合成弾も強力ではあるが難易度は高い。それにトリガーはセットするだけで多少トリオンを食う。トリオン量が少ない三雲には不向きだろうと考えた。

しかし、唯我に100勝とは出水も考えたものだ。唯我を相手にするには三雲ではまだ少し役不足だが、練習相手にはちょうど良いくらいの格上だろう。攻撃のタイミングや防御or回避の選択の訓練を行う事で間接的に合成弾を操る難しさを教えるつもりに違いない。

 

 

木虎にしろ出水にしろ、刀也より三雲の事を考えて育てようとしている。

 

刀也は求められれば応じるが、それによって得られる結果については言及しない。かつて刀也に稽古を付けてもらった人物は個人で見れば強くなったが、個人技に寄ってチームの和を乱し、部隊のランクは下降した…という者もいる。

 

それが「手っ取り早く強くなりたければヨナさんを頼れ」と言われる由来だ。個人技を教えこまれて、しかしそれをどう使うかは自分次第。後進の育成について刀也は劇薬のように扱われていた。

 

 

「合成弾も使えれば強力な武器だからな。がんば」

 

 

そして無責任に放り出すのだ。

教えてやったんだからできるだろう?ではなく教えてやったけど使うか?とニヤつきながら。

 

 

 

と、そこで通路の向こう側から人影が現れた。ビシッとしたスーツを着こなしながらも、どこか人の良さそうな雰囲気を(意図的に)漂わせているのは営業部長の唐沢だ。

 

 

「お疲れ様です」と会釈を過ぎようとする刀也を「そういえば夜凪くん」と呼び止める唐沢。

 

 

「B級上位昇格おめでとう。快進撃らしいじゃないか」

 

 

「はは、ありがとうございます」

 

 

「この勢いは…風間隊以来かな?」

 

 

「ああ、カメレオンが流行った時の」

 

 

 

軽妙なやりとりに三雲は黙るのみで、この2人がまったく本心で会話していない事だけはなんとなく感じ取る事ができた。

 

 

 

「でも次はどうかな?相手はあの二宮くんだ。君もボーダーマガジンで上位2部隊以外には負ける気がしないと言っていたが…ROUND3はB級王者が相手だ」

 

 

「確かに」と刀也はいつも通りニヤつく。本人としては不敵に笑ってるつもりらしい。

 

 

「二宮隊と影浦隊は警戒していますよ。でも、だからこそもう布石は打ってあります」

 

 

もう布石は打ってある。そう言う刀也は自信ありげだ。二宮隊と言えばとある不祥事の責任を取らされる前はA級部隊だった。隊員が1人抜けた今でもA級で十分通用するだけの実力はある。

だからこその布石。だからこその対策。やってこその夜凪刀也だった。

 

 

「ほう。なかなか自信があるみたいだね、お得意の盤外戦術か。………ああなるほど、そういう事か」

 

 

そんな刀也の自信に、唐沢は刀也が打ったという布石について理解した。

 

 

「勘づくの早すぎでしょ」

 

 

「おれはラグビーやってたからね」

 

 

「いやそれラグビー関係……ありますね。切り替えが早い」

 

関係ないでしょ、と言おうとしたが思い留まりスポーツマンの鉄則である切り替えの早さが今回理解に至った理由だと推察する。

 

 

「はは、そういう事」

 

 

「ははははは」

 

 

どうあっても空虚なやりとり。刀也と唐沢にどこか似たものを感じた三雲はそこでようやく口を挟んだ。

 

 

「その布石って、どういう事ですか?」

 

 

「それについては自分で考えるといい。ヒントは…思考を切り替える………もっと言えば考え方を逆転させるのさ」

 

 

「ホントにわかってらっしゃる」

 

 

唐沢は三雲にヒントを与えて去っていく。そのヒントに刀也は自分が打った布石について本当に唐沢が理解していると判断した。あれだけの会話でよくわかったものだ。

さすが大人は違う……いや、元々悪の組織で働いていたって噂もあるし、だからわかったのかな?と考える刀也であった。

 

 

 

 

☆★

 

 

「お、なんかやってるな」

 

 

個人戦のブースに入ると、そこではいつもより多くの人が集まっていた。

 

 

「お、刀也じゃねえか」

 

その中心にいたクロウが刀也を見つけて手を挙げた。クロウの周囲を見ると、太刀川や迅といった攻撃手ランクでも1,2を争う面々が揃っていた。

 

 

「うわー、なにこの面子。濃い」

 

 

「こんなに集まってどうかしたんですか?」

 

 

 

刀也はボーダーでも屈指の有名どころが集まっている状況に笑い、三雲は何事かあったのかと問いかける。

 

 

「別にただ遊んでただけだ。ま、このチョビヒゲのダンガー野郎に絡まれて辟易してたところではあるが」

 

 

「ぶふっ」

 

 

「ダンガー(笑)」

 

 

クロウの返答に迅と刀也が吹き出す。ダンガーとはdangerの事だ。読みはデンジャー。太刀川という男は大学生にもなってdangerをダンガーと呼ぶバカなのである。

ちなみについ先日まで刀也もダンガー呼びしてた。閑話休題。

 

 

「笑うなよ」

 

 

太刀川が赤面して怒っているがこれは恐ろしい。これは危険。これはダンガーである。

刀也が言うとまた迅が吹き出した。

 

 

「そのくらいにしておけ」

 

 

と、そこで太刀川に救い手のが差し出される。風間だった。

ひとしきり笑った後で刀也は「あれ?」と気づきクロウに尋ねた。

 

 

「そういやクロウ、開発室に行ってなかったっけ?」

 

 

「ああ、そっちでの用事は済んだ。陽子はまだ残ってるが」

 

 

そんなところだろうと思っていた刀也は「了解」と軽く返して、太刀川らから視線が集まっている事に気付いた。

 

 

「偶数になったな」

 

 

「いま暇か?」

 

 

 

太刀川の呟きと風間の直接的な聞き方に「ははーん?」と状況を把握した。この場にいたのはクロウ、迅、太刀川、風間、村上の5人。もしチーム戦でもやろうとすれば3対2に分かれてしまう。この5人と実力が伯仲していて、かつ暇な人物を探していたのだろうと考えられた。

 

 

「残念ながら暇じゃないんだな、これが」

 

 

しかし暇ではないと答える。隣にいた三雲の背を叩いて「三雲に稽古つけてやらにゃいかんからな」と笑ってみせる。

太刀川は「えー」とぶーたれるが、迅はいつものように「なるほど」と言い、風間も村上も理解を示してくれた。

 

 

「あんまりおれの後輩をイジメないでくれよ、ヨナさん」

 

 

クロウたちは結局3対2でチーム戦をやる事にしたらしく、個人戦のブースを去っていく。去り際の迅の言葉に「イジメねーよ」と返して、刀也と三雲は個人戦を始めた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「まずは…おれが攻めるよ。5本、防御主体で動いて。反撃もできるならやって。後の5本はそっちから攻撃を仕掛けて。とりあえず10本それでやろう」

 

 

刀也はまず三雲の攻防の技術を見極めようと考えた。攻撃主体と防御主体で分けて模擬戦をやる事でわかりやすくしようと思ったのだ。

 

 

「わかりました」と少しだけ緊張した様子の三雲に微笑んでみせて「じゃあいくぞ」と宣言してから、グラスホッパーを踏んだ。

 

孤月の急速接近に、三雲はレイガストを構える事で対応してみせる。鍔迫り合いの距離、この距離ならどうすべきか。

 

 

「アステロイド」

 

 

三雲が判断を下すより早く刀也がアステロイドを展開し撃ち放つ。眼前の孤月に気を取られていた三雲はアステロイドに反応する事はできず、そのままトリオン体を貫かれる。

 

 

続く2本目。

 

 

「アステロイド」

 

初っ端から通常弾を起動してそれを三雲に向かって撃つ。てっきり避けるかと思いきやレイガストで防御した三雲に孤月を振るう。オプショントリガーである旋空も発動して拡張された斬撃を三雲はレイガストを防いで見せるが、そこまでだった。

 

返す刃を再び拡張させて首を刎ねる。

 

 

 

3本目

 

 

「アステロイド」

 

再び、アステロイドを開始と同時に起動。その半分を撃ち三雲に防御させ、その間に接近して孤月を打ち付ける。レイガストでガードする三雲だが、角度をつけて攻撃してくる刀也に対してアステロイドを低速散弾にして自身の周囲に漂わせようとするが、その前に刀也のアステロイドが三雲を撃破する。

アステロイドの二段撃ちだった。

 

 

 

4本目

 

 

三度序盤にアステロイドを撃ち、やはり三雲は防御する。そこにグラスホッパーで接近し、孤月を振り抜き、阻まれて半透明のレイガスト越しに視線が交わる。

それも一瞬。刀也はシールドモードのレイガストを掴むと、それを引っ張って三雲の体勢を崩す。予想の埒外だったのか三雲は何ら対応できずそのまま孤月に串刺しにされた。

 

 

 

5本目

 

「旋空孤月」

 

今回は開始と同時に旋空孤月。横一文字の斬撃を三雲は屈んで回避してみせた。返しの旋空孤月はレイガストで軌道を逸らして防御する。

続いて刀也はアステロイドを起動して散弾として撃ち、ガードさせたところに接近して孤月を振るう。これもまたガードされるが本命はアステロイドの二段目。しかしこれは三雲も警戒していたようでスラスターを起動して射線から逃れる。

それだけに留まらず、着地する前にアステロイドを散弾として撃ち、刀也の追撃を阻止した。

 

 

続けてアステロイドを速度にトリオンを割り振って撃ち、刀也の接近を拒む。刀也は近づくためにシールドを薄く広げて起動。三雲のスピードにトリオンを振ったアステロイドくらいなら薄いシールドで充分だ。

 

と、思わせるのが目的なのだろうと看破する。

もう少しで孤月の間合い、という段になって三雲はスラスターで加速。ブレードモードのレイガストで刀也に肉薄する。薄く広げたシールドではスラスターで加速したレイガストを防ぐ事はできないと目した三雲の誘い出しだったが、その狙いを見破っていた刀也はグラスホッパーでレイガストの斬撃から逃れて、無防備な背中を見せる三雲を旋空孤月で真っ二つにした。

 

 

 

 

6本目

 

 

「じゃあここから5本、攻撃主体で。おれも反撃できそうならするけど」

 

 

ここで攻守交代。三雲も緊張はほぐれたようで自然体のまま頷いた。そのままきっと表情を引き締めて「いきます!」とレイガストを構えた。

 

 

「アステロイド!」

 

三雲はまずアステロイドを放ち、それを刀也に避けさせる。

 

 

「スラスター、オン!」

 

 

避けさせた地点に、スラスターを起動しレイガストで加速して切り込む。

 

 

が、「遅い」と。

レイガストの斬撃をひらりと躱した刀也は、アステロイドで迎撃。レイガストをシールドモードに変える間もなく三雲は撃破された。

 

 

 

7本目

 

レイガストを構えながら刀也との距離をある程度詰めた三雲はアステロイドを起動するが、撃たない。アステロイドは待機させたままレイガストで刀也に切りかかった。

数合切り結んだ所で待機させていたアステロイドを撃つ。さきほど刀也が見せた、アステロイドと剣撃による擬似的に2対1を作り出す戦法だ。

 

 

しかし、甘い。

 

スラスターを起動してここぞとばかりに攻め込んでくる三雲のレイガストを避け、その腕を掴みアステロイドの射線に三雲を置く。

自らのアステロイドによって三雲は敗北する。

 

 

 

8本目

 

 

まずアステロイドの散弾で刀也をその場に縫い止めた三雲はスラスターで肉薄してレイガストを叩きつける。それは当然のように孤月に受け止められたが、そこで再度アステロイドを起動、自身を影にしてトリオンキューブを隠しており刀也はそれを視認できていなかった。

鍔迫り合いのままスラスターで加速したレイガストで刀也を押し退ける。たたらを踏んだ刀也に向けて隠していたアステロイドを発射。

 

「惜しい」

 

 

しかし、何かあると読んでいた刀也はグラスホッパーを使い、窮地を脱する。

ボーダーのトリガーは旋空やスラスターなどのオプショントリガーを除けば同時に発動できるのは2つ。メインとサブ、どちらかのトリガーが起動されてなければ警戒してしかるべきなのだ。

 

 

「アステ…」

 

 

「スラスター、オン!」

 

 

しかし、三雲もアステロイドを避けられるのまでは織り込み済み。ゆえにそこからが本命の攻撃となる。

刀也がアステロイドを撃つ前にレイガストをブレードモードに切り替えて投擲。スラスターで加速された刃を、刀也はアステロイドで迎撃するか孤月で受けるか一瞬迷ってしまう。刹那の後に孤月での防御を選択、迫るレイガストを刀身で受け流すと、次に三雲はアステロイドを撃ってきた。分割する手間を省略した1発まるごとの弾丸。

 

 

今度は迷わない。起動しようとしていたアステロイドをグラスホッパーに切り替えて、近くの民家の屋根に着地する。三雲のアステロイドは空を切るのみだった。

 

この8本目において、これ以上の展開はありえないだろうと予感した刀也は決めにかかる。アステロイドを細かく分割して三雲の退路を切った後、旋空孤月を振り抜き両断。

 

 

 

9本目

 

 

三雲は初手にアステロイドを起動した。先程までとは違い、当てるのではなく退路を塞ぐための牽制として放たれたそれとほぼ同時にスラスターでレイガストを加速。

 

弾撃と斬撃による挟み撃ちだ。刀也も良く使う技ではあるが、これには弱点があった。

 

「アステロイド」

 

刀也はトリオンキューブを生成すると分割して角度をつけて上下に散らし、撃つ。

スラスターで加速していた三雲は急速なる迎撃に対応できず、そのままアステロイドにトリオン体を貫かれてしまった。

 

 

 

10本目

 

 

これが最後の1本だと、三雲は気を引き締める。

 

夜凪刀也は、風間蒼也のように理性的な戦い方をするわけでもなければ、緑川駿のように野生に寄った戦い方をするわけではない。その中間、理性と野生の融合、あるいは両立。

きっと、万が一の勝ち目もないのだろうと思う。でもそれは、まともに戦った場合の話だ。今回の10本勝負において刀也は三雲の実力を測るために手を抜いている。

最初から本気を出して三雲の実力を見る前に倒してしまっては意味がないからだ。だからそこがつけいる隙になる。というかそこしかつけいる隙がない。

 

 

おそらく、最も良い勝負ができたのは8本目。あの局面からさらに発展した攻撃に繋げる事ができれば、勝機はある。

 

 

8本目と同じく初手はアステロイド。弾速にトリオンを割り振り、散弾のようにばら撒く。それは刀也にガードさせて動かせないための牽制だ。

狙い通りに刀也はシールドでアステロイドを受け切る。そこにスラスターで加速したレイガストを叩きつけようとして、刀也の姿は遠ざかった。

グラスホッパーで距離をあけたのだ。先程の焼き直しではいけないのだと理解した三雲は一手省略して次の展開に移る。

 

 

「スラスター、オン」

 

 

三雲はレイガストをシールドモードにしてスラスターを起動。広げた盾から手を離して加速させる。

 

急速接近するシールドモードのレイガストに、刀也は対応できない。グラスホッパーの再起動には秒にも満たないが時間がかかり、旋空孤月で両断しようにも、この10本目は刀也が防御重視でやる番だ。結局シールドで防ぐという判断に落ち着いた。

 

 

「アステロイド」

 

 

続いて三雲がアステロイドのトリオンキューブを生成した事で、刀也はその狙いを看破した。

 

これは、この技は……

 

 

放たれたアステロイド。それを阻むはずのレイガストは三雲が消して、刀也の身を守るのはシールド1枚のみ。

 

 

この技は、クロウが那須を撃破する際に使ったものだ。

 

同じレイガスト使いであるクロウの戦い方を参考にしたのだろうと理解し、急所を守るシールドの範囲の外…二の腕や腿をアステロイドに削られる。

 

10本目にして初のダメージ。三雲は戦闘センスは壊滅的だが、考えて戦う事のできる人種だった。風間との模擬戦でも見せた通りの戦いぶりに刀也の口角はつり上がる。

 

着地した刀也は攻撃したくなる気持ちを抑えて三雲を見据えーーー、眼前にアステロイドが迫ってきている事に気づく。

再生成には早過ぎる…という事は2段撃ちか!

未だに展開を続けていたシールドでそれを防ぎ、その間に三雲がスラスターで接近してきているのがわかった。

加速したレイガストを、シールドの上から叩きつける。2度にわたるアステロイドの掃射とスラスターによって加速したレイガストの一撃によって、刀也のシールドは砕け散る。

 

が、しかし。

 

三雲の接近に気づいていた刀也は一歩退いており、レイガストの射程から逃れていた。シールドを割られる事も想定済みだった。

振り降ろされたレイガストを踏みつけ、退いた分の一歩の距離を詰める。

 

「アステロイド」と三雲が言う前に刀也は孤月を振るい、三雲の首を切り落としたのだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

「まず評価だが」

 

 

「おつかれ〜」と緩んだ表情を見せたのもつかの間、刀也はすっかり先生モードに突入していた。自販機で飲み物買って三雲に与え、近場のソファに腰掛ける。

 

 

「五段階評価で、3ってところだな」

 

 

つまり中間程度の実力はあると刀也は言った。

 

 

「さっきの10本勝負で色々見せてもらったけど……まあ、まだまだ甘い。判断力、対応力、観察力、想像力…その他諸々、平均的なB級下位の印象だった。けども、展開を左右して相手を追い詰める様はA級並み…いいセンスだ」

 

芝居がかった様子で「いいセンスだ」と言う。何かの決め台詞なのだろうかと三雲は推理した。

 

 

「C級は展開に流される。B級は展開を利用する。A級は展開を操る。その“場面”を作り出す技術については優秀だけど、その場面を作り出すだけの実力がないから、評価は3だ。

よほど緻密な作戦を立てないと、その強さは発揮できないな。今後の精進に期待、というところかね」

 

 

その後もつらつらと思った事を言っていく刀也。三雲は頷きながらその言葉をありがたく拝聴する。

 

 

「じゃあ、次回から本格的な修行って事で。おれが玉狛支部に行くから。日程についてはメールですり合わせよう」

 

 

「え、指導してもらうのにわざわざ玉狛に来られなくても、こちらから伺いますが」

 

 

「いやいや、おれも本命前だからね。本部で色んな技を試すログを残したくないのよ。あと、烏丸とかレイジにも久々に会いたいし」

 

 

 

「なるほど、そういう事なら」

 

 

後日、玉狛支部にて修行を開始する事になった三雲は、再度刀也に感謝して別れる事にした。

去っていく三雲の背中に、声をかけた刀也は一瞬だけ迷ってやはり言う事にした。

 

 

「おれは仲間が強くなるのは許容するけど、ライバルを正しく育てようとはしない。おれからものを教わる時は、それを忘れるなよ」

 

 

いつもなら、こんな事は言わない。ただ技を教えて、それで終わり。

だけど三雲修は正しく育ってほしいと思ってしまった。だからこその忠言。それに留めておくのは、これまでの生徒たちとの扱いの差を広げないための、自身の心に対する言い訳だった。

 

 

☆★

 

 

携帯電話が着信音を鳴らす。画面を見てみると相手は陽子だった。開発室に行ったはずだが、もう用事は終わったのか。あるいは手伝いに呼び出されるのか。

適当な推測を並べながらも通話を開始すると、「おうヨナさん」といつもの快活な声音な聞こえてきて、妙にナーバスになっている自分がバカらしく思えてきた。

 

 

「今、どこにいるんだい?隊室に木虎ちゃんが来てるよ」

 

 

「木虎?……なんか約束してたっけか?」

 

 

「いや、突撃訪問らしいが」

 

 

もしかして約束をすっぽかしてしまったのでは、という刀也の心配は陽子の即答によってバッサリ切り捨てられる。

 

しかし、木虎が自分に用があるのは珍しい。そう思って「用件は?」と尋ねたら陽子は木虎に代わると言って電話を木虎に預けたようだ。

 

 

「もしもし、木虎ですが」

 

 

「うん、何か用でもあったか?」

 

 

「今、どこにいるんですか?」

 

 

用件を告げずにどこにいるかと問いかけてくる木虎の声が、わずかな怒気を孕んでいる事に気づいた刀也は、その問いに答える事にした。

 

 

「個人戦のブースの前。……人がたくさんいるが」

 

 

「構いません。今から行きます」

 

 

木虎の宣言からすぐに電話は途切れた。思ったより激おこらしい、と刀也はため息をついて、携帯電話をポケットに戻した。

 

 

 

三雲との模擬戦のあと、刀也はどうにも気力がなくなりソファに座ったまま個人戦に勤しむ者たちに視線を向けていた。

設置されている大型モニターでは主にC級隊員たちがポイントの奪い合いをしており、B級以上の隊員たちはいつもより少ない。

そういえば、クロウたちがチーム戦をすると言っていたから、そっちに人が集まっているのだろうか、なんて考えたりもした。

 

 

少しすると、可愛い顔で眉根を寄せた木虎がずかずかと歩いてきて、刀也の目の前で歩を止めた。距離にして1mもない。刀也を見下ろすように視線をやる木虎に「よう、どうした?」といつも通りに声をかけた。

 

 

「どういうつもりですか?」

 

 

冷たい目で見下ろしてくる木虎に、刀也は一瞬だけ目をそらす。いつもなら「何の事かな?」ととぼけるのだが、木虎は真剣そのものであり、わかっている事について聞き返すのは憚られた。

 

 

「三雲の件か」

 

 

疑問符をつける事なく、木虎の用件を言い当てる。木虎「そうです」と肯定してから言葉を続ける。

 

 

「三雲くんはまだ個人技を磨く段階ではありません。今はチームとしての連携を向上させるべきでしょう」

 

 

「そうだな。例えば…『スパイダー』、『ダミービーコン』あたりか」

 

 

三雲修はまだ個人技を磨く段階ではない。という点については木虎と同意であり、チームの連携力向上を目的にした場合、三雲に適したトリガーはスパイダーやダミービーコンではないかと呟く。

 

 

「わかっているならどうして………!いえ、あなたはそういう人でしたね」

 

 

それがわかっていながら、刀也は三雲に教えない。それに腹を立てた木虎だったが努めて冷静になり、また冷たい目で刀也を見下ろす。

 

木虎の対人欲求では、同年代…今回の場合は三雲には“負けたくない”のだが、それ以上に無様なさまは許しがたいのだろう。

他人のために怒る事ができる木虎を、少しだけ羨むように見た刀也は一瞬の後に開き直ったようにソファにふんぞり返る。

 

 

「そうだよ…おれはこういう人間だ。それは木虎……おまえも身をもって知ってる通り」

 

 

かつて木虎は、期待の新人としてボーダーに入隊した。トリオン量は少ないながらも初回の戦闘訓練では9秒という記録を叩き出した大型新人。

 

期待の新人は、手の空いていた古参の隊員の“生徒”となり、様々な技を学んで、個人ランク戦においてはB級隊員相手に無双し、嵐山隊にエースとしてスカウトされた。

そうして鳴り物入りでA級デビューを果たした木虎だったがチームランク戦では個人技に寄った戦いをして自部隊を窮地に陥れてしまう事もしばしばあった。

 

 

古参の隊員(夜凪刀也)は、個人技を教えただけであり、チーム戦術を木虎に授けなかったのだ。

 

 

それから嵐山隊が以前の戦力を取り戻すにはしばらくの時間を要した。

 

今でこそ広報をこなしながらA級5位の座に君臨する嵐山隊だが、そうした苦難の時期があったのを、2年以上前からボーダーに在籍していた者たちは知っている。

 

嵐山隊は木虎を入れてから弱くなった。

そんな心無い批評に傷ついた木虎を何度見かけた事か。

 

玉狛第2は三雲が暴走して弱くなった。

そんな言葉を三雲が投げかけられる事がないように、そんな強さを身につけさせてしまう元凶に話をつけにきたのだ。

 

しかし、ソファにふんぞり返る瞬間、少しだけ見せた悲しげな瞳が木虎から言葉を奪った。

 

噂だけは聞いた事がある。

夜凪刀也が、隊を組まない…組まなかった理由。弟子を“生徒”と呼び、師匠と呼ばれる事を忌避する理由。

ボーダーの記録からも抹消された、第0次ーーー

 

 

「木虎」と名前を呼ばれて、思考の海から浮上する。目の前には夜凪刀也が、ふんぞり返った体勢から前に重心を移動して、腿の上に肘を乗せ、さらにその上で指を組んで顎を乗せ、視線は虚空を見つめていて。

 

 

「おれでダメなら、おまえが導いてやればいい」

 

 

声色に何も混ぜる事なく、無感情に言い放った。

木虎は「あなたが正しく育てれば良いじゃないですか」と言いそうになるのを我慢して、別の言葉を模索する。

 

実のところ、刀也にきちんと後輩を育てて欲しい場合、たった一言を告げればいいのだ。「あいつを、正しく導いてくれ」と。

しかし、木虎は三雲に対してそこまでしてやる義理はない。そう思い飲み込んだ言葉を刀也は見破ったようで薄く笑った。

 

なら、今のこれはなんなのだ、と尋ねるかのような笑みに木虎は顎を引いて睨みつけるように刀也を見る。意趣返しとばかりに、トラウマを刺激するかのような一言を放つ。

 

 

「先生…あなたの過去になにがあったのかは知りませんが、それで後輩に迷惑をかけるようなら、そんな思い出は捨ててしまえばいいんじゃないですか」

 

 

 

あまりにも無遠慮な一言に、刀也は顔を伏せた。きっとひどい表情になっている。こんな顔は誰にも見せられない、と思うほどに。

 

刀也は立ち上がると一歩前に出て木虎と並び、すれ違う肩越しに声をかける。

 

 

「用件はそれで終わりか?なら帰らせてもらうが」

 

 

自分でも驚くほどの低い声。しかし木虎は臆せずに、視線を合わせずに答える。

 

 

「はい。もう用はありません」

 

 

それはまるで決別の言葉のようで。

 

 

「そうか」

 

 

別れの挨拶もなく、刀也はその場を立ち去った。




あれ…?シリアスさんが仕事をしている…だと?

これでもか、という程の刀也回でした。そして木虎及び嵐山隊の過去を創作!木虎は刀也の生徒であり、個人技は高まったがチームの1人としての動きは学んでおらず、部隊の足を引っ張ってしまった……という過去。
今ではチームとしての戦術も学び名実共に嵐山隊のエースとなった木虎ちゃんです。
別に先生の事は嫌いじゃないんだからねっ!


次回!「クロウ・アームブラストの一日」


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クロウ・アームブラストの一日

偽りはやがて本物へと昇華し、失ったはずのそれは色彩を帯びる。

これはきっと、そんな青春の続きだ。


クロウ・アームブラストが近界民である、という事実を知っているのはボーダー上層部の人間と一部の隊員たちのみだ。しかし、最近になってクロウは近界民ではないかという噂が立っている場所があった。開発室である。

 

B級ランク戦ROUND2より数日。クロウは開発室のエンジニアたちとすっかり打ち解けていた。というのもクロウは来るたびに、徹夜で働いていた者、長時間の集中作業で疲れ切っているものたちへの差し入れをもってきていたのだ。それに加えてもともとの人間性からクロウがエンジニアたちと懇意になるのは時間の問題であった。

そんなクロウがなぜ近界民と疑われているのか、だが。

 

 

「完成図はこんな感じなんだが」

 

 

と、エンジニアの一人がクロウにPCの画面を見せる。モニターに映し出されていたのは剣と銃が一体化した武器…ゼムリア大陸においてブレードライフルと呼ばれた武装だった。

 

 

「ああ、いいんじゃねえか」

 

 

クロウが現在、開発室に入り浸っている理由は新トリガー開発の協力のためだ。これまでにない斬新な発想、銃剣一体型の武器トリガーのアイデアなどを提言し、すでに開発の段階に突入していた。そういった新トリガーの提案が有用に過ぎる事から、それらが近界民の知識なのではないかと疑われているわけだ。

 

ボーダーは対近界民組織だ。大規模侵攻が行われた三門市に基地を構えたことから隊員は必然三門市民が多い。三門市民が多いということは、それだけ大規模侵攻の被害を受けた者も多いというわけで、近界民に恨みを持つ者も少なからずいる。それは戦闘員やオペレーターだけではなく当然エンジニアも含まれる。

 

近界民への復讐心が燃え立つ…が、クロウの提案する新トリガーの話を聞けばうらみつらみ等そっちのけでエンジニア魂が沸き立った。ということで、クロウの現状はエンジニアたちに近界民であると疑われながらも「別にいいんじゃね?」と放置されているものであった。

 

 

 

「それとこっちの『戦術リンク』だったか…これはやっぱりリアルタイムじゃないと意味ないよな。今の技術だとどうしても情報の伝達に1秒弱のタイムラグが出てしまうんだが…」

 

 

 

「そうだな。1秒弱なら及第点な気もするが…コンマ5秒以内のラグなら実戦にも耐えうるんじゃないか?戦術リンクが実装されれば攻撃手の連携もかなり向上すると思うぜ」

 

 

クロウが提案している新トリガーは2つだ。1つは『戦術リンク』でもう1つは『ブレードライフル』。『ブレイブオーダー』は無理だと思うので提案していない。

2つとは言ってもブレードライフルについては数種類提案していた。≪猟兵王≫の『バスターグレイブ』や≪紅の戦鬼≫の『テスタ=ロッサ』をはじめとした凄腕の猟兵、元猟兵たちが愛用していた武装を。

 

 

ブレードライフル類については順調だが戦術リンクに関しては開発は難航している。クロウからすればコンマ1秒のズレも命取りの世界で戦ってきたため、コンマ5秒というのは妥協だったが、まったく開発が進まないよりはいいだろうとエンジニアたちに提案する。

 

 

「今日も来たんだ」

 

 

「よう雷蔵、邪魔してるぜ」

 

 

そこで奥の扉からのっそりと姿を現したのは寺島雷蔵であった。目の下にはくまができていて一目で徹夜したのだとわかる。

 

 

「雷蔵…大丈夫かい?徹夜もほどほどにしなよ」

 

 

その雷蔵に声をかけたのは沖田陽子だ。夜凪隊にオペレーターとしてスカウトされる前はエンジニアだったため雷蔵の徹夜姿など見慣れていたが、それでも一応声はかけておく。姉御肌の片鱗が見えた…といったところか。

ここに刀也までいれば夜凪隊勢揃いだったわけだが、残念なことに隊長である夜凪刀也は開発室に来ていない。「今日は来客があるから」と隊室でアニメを見ながら言っていたため留守番だ。

 

 

 

「陽子も来てたのか。まあ、キリのいいところまで…と思ったらね」

 

 

キリのいいところまで仕上げようと考えたら徹夜してしまった等とんだワーカホリックだ。しかし、そのわりにはクロウ提案の新トリガーの開発には加わっていないようで、それを疑問に思い尋ねると、

 

 

 

「ようやくデータの吸い出しが終わったからね。今日はそれをラッドにインストールしてただけさ」

 

 

 

「ああ……あの黒い角の」

 

 

「起動はまだだけどね。鬼怒田さんにも立ち会ってもらわないといけないから」

 

 

「なるほど」と納得した陽子だがクロウには何やら話が見えない。聞いてみるが「一応機密だから」ということで教えてはもらえなかった。

 

 

「そういや雷蔵、リードの方はどうなってる?」

 

 

リードとはクロウが初めて開発室を訪れた際、陽子が試用していた新作のトリガーだ。能力は、漏出した自己のトリオンにカタチを与えて使用する…といったものだ。

漏出し霧散するだけだったトリオンを武器として使える傑作トリガー…になるはずだったのだが。

 

 

「陽子が開発チームを抜けてからは進んでない。あれからどう改良すべきかの指標がない。リードはあれで完成だよ、とんだ失敗作だね」

 

 

しかし、いざ完成してみたら失敗作であった。漏出したトリオンを固めて弾丸にしても、あるいは刃にしても普通のトリガーを使ったほうが速いし強い。漏出したトリオンにカタチを与えるにも強いイメージ力が必要で、戦闘中での使用はリアルタイムでバイパーの弾道を引くより難しいと結論が出た。そもそもダメージを受けてからでないと力を発揮できないトリガーなど失敗作でしかない。

陽子は「ふぅん、そうかい」と残念そうに引き下がる。もともとは夢のあるトリガーだったためか相当に悔しそうだ。しかし開発室から抜けた自分に口を挟む権利などないと思っているのか、それ以上を陽子は言わなかった。

 

 

 

 

☆★

 

 

それから3時間が経過し、さすがのワーカホリック共も皆見事にダウンした。中にはトリオン体に換装して不眠を貫こうとする猛者もいたが陽子の忠言を受けてしぶしぶ眠りに就いた。

 

開発室を出た後は陽子はオペレーター仲間と話しに行き、クロウは個人ランク戦でもしようとC級のブースに向かった。

 

 

ブースの前まで行くと、その場の全員が大型のモニターにくぎ付けになっておりにわかに沸き立っているのがわかった。クロウもつられてモニターを見上げると、そこで戦っていたのは迅と太刀川。クロウは2人ともろくな面識はないが、2人ともがボーダー屈指の実力者である事は聞き及んでいた。実際に2人の戦いを見ていると、なるほどゼムリアでも通用するであろうくらいには強い。

やがて勝負は迅の勝利に終わり、ブースから出てきた2人を見て観客と化していた隊員たちがざわつき始める。

 

騒ぐ隊員たちを尻目に太刀川のもとへ行こうとした迅だったが、観客たちの中に珍しい人物を見つけ思わず声をかけていた。

 

 

「クロウさんじゃん、珍しいじゃないここにいるの」

 

 

「なんだ、知り合いか迅?」

 

 

目の前に来た2人に、クロウはチャンスなのではないかと感じた。ボーダーの攻撃手において1,2を争う強者を前に、自分の力が通用するか試してみようと思い返事をする。

 

 

「いや、最近はよく来てるぜ。…つってもここ数日だけどな。おまえたちこそアツいバトルを繰り広げてたみてぇだが…ここはひとつ、おれも混ぜちゃくれねえか?」

 

 

「お、おれと太刀川さんの間に割って入るつもり?クロウさんの隅におけないねえ」

 

 

「クロウ…思い出した。確かヨナさんとこのやつだよな。忍田さんや鋼からも聞いてたな」

 

 

茶化す迅と、クロウについて師匠や目をかけてる後輩が噂していたのを思い出した太刀川。

 

 

「マスタークラス以上の実力は間違いないんだったか。いいな、面白くなってきた。やろうぜ」

 

 

ランク戦が趣味とのたまう太刀川は思わぬ強敵の登場にテンションが上がり、クロウの提案に乗る。迅は「お先にどうぞ~」と太刀川に順番を譲り、ここにクロウVS太刀川の個人戦が開始された。

 

 

 

☆★

 

 

 

ルールは10本勝負。マップは市街地A。天候は晴れ。

 

晴れだとイーグレットのスコープが光を反射して見つかる事も考えられたが、太刀川の実力を知るには剣の間合いで戦う必要があると思ったクロウは特に反対もなくルールや設定を承諾した。

 

 

「さあ、行くぞ」

 

 

会敵すると同時に抜刀した太刀川。得物は弧月だ。クロウもレイガストを得意のダブルセイバーの形に変えて、2人は激突する。

 

最初の衝突。トリオンで鈍く光る刃を交わす。

 

 

「そら、もう一本だ」

 

 

鍔迫り合いの最中、太刀川がもう一本の弧月を抜く。それを振るいクロウの首を落とそうとするが、屈んで躱されぐるりと回転したレイガストを叩き付けられる。それは弧月で防いだものの螺旋の如き一撃に吹き飛ばされてしまう。

 

空中で体勢を立て直した太刀川は着地と同時に地面を蹴ってクロウに肉薄し、二刀の弧月でそのトリオン体を切り捨てんと縦横無尽に振り回す。弧月二刀流こそ個人総合ランク1位である太刀川慶の本領だ。

 

 

しかしクロウもそう易々とやられるわけもなく、双刃のレイガストで太刀川の二刀流を捌いていく。数合、十数合、数十合と打ち合い、それでも決着はつかず迅以来のライバルの出現に太刀川は口角をつり上げた。

 

 

「いいねぇ、やるなクロウ!」

 

 

「そりゃどーも!」

 

 

間断なき弧月の連撃に防戦一方だったクロウは、語尾を強めて反撃に移る。

 

 

「スラスター!」

 

 

繰り出された二刀をレイガストをスラスターで加速して弾き、太刀川の体勢を崩す。まずいと感じた太刀川はグラスホッパーを踏んでレイガストの間合いから逃れる。クロウのレイガストは太刀川に掠る事すらなく振りぬかれる。が、しかしクロウの狙いははじめからそこではなかった。

クロウはスラスターの勢いのまま回転し、遠心力の乗ったレイガストを投げ放った。

 

武器を投擲するという荒業に目を剥いた太刀川だったが、グラスホッパーの起動が間に合い、なんとか回転するレイガストの刃圏から逃れる。

 

 

「旋空――――」

 

 

グラスホッパーから弧月にトリガーを切り替えた太刀川は武器を失ったクロウを旋空弧月で葬ろうとして、その背中から両断される。

 

 

「なっ…!?ブーメランかよ」

 

 

投げたはずのレイガストを綺麗にキャッチするクロウを見て太刀川は何が起きたのか理解した。回転するレイガストはどういうわけか投げられた後で戻ってくるブーメランだったのだと。

 

 

こうして1本目はクロウが勝利した。

 

 

 

 

その後もクロウは太刀川と一進一退の攻防を繰り広げ、10本勝負は5対5で終わりを迎えた。

 

 

 

 

「いやー、強いなおまえ!」

 

 

自分と互角の勝負をしたクロウを気に入ったのか、太刀川はクロウの肩をばんばんと叩く。

 

 

「まさか太刀川さんと互角とはね。やるなあクロウさん」

 

 

太刀川も迅もクロウの実力には驚いているようで共に称賛を送る。

 

 

「太刀川さんと互角って、誰が?」

 

 

と、そこに村上が疑問を伴って訪れる。

 

 

「お、村上か。奇遇だな」と手を挙げてあいさつする太刀川に迅が「おれが呼んだんだよ」と告げる。どうやら迅は未来視のサイドエフェクトで太刀川が村上を呼び出す未来が見えたらしく、それなら先に自分が働きかけて太刀川の手間を省いてやろうと思ったようだ。

 

 

「こいつだよ。クロウ・アームブラスト。そういやもうランク戦はしたのか?」

 

 

クロウも村上もB級である事からすでにランク戦で戦った間柄なのかと予想した太刀川だったが、残念ながらハズレ。「太刀川さんはもっとランク戦を見なよ」と迅には呆れられる始末だった。

 

 

「太刀川さんと10本勝負で引き分け…予想以上にすさまじいな」

 

 

「そうだ村上。こいつは危険だ。ダンガーなやつだぜ」

 

 

「それを言うならデンジャーだ」

 

 

そう言って現れたのは風間だった。その登場に太刀川は「げっ、風間さん」と体が勝手に一歩退いてしまう。

 

 

「風間さん…レポートの提出期限は来週だったはずだ」

 

 

風間がこのC級ランク戦のロビーに現れたのは自分が大学のレポートから逃げ出したのが原因だとあたりをつけた太刀川は言い訳がましくそう言い放つ。

 

 

「確かに提出期限は来週だが、太刀川…おまえはなにか1文字でもレポートを書いたか?」

 

 

「うっ」と言葉に詰まる太刀川。それだけで太刀川のレポートが手つかずのまっさらの状態であることがこの場の全員が理解する。

提出期限が来週のレポートに1文字も書いていないのはさすがに致命的であり、またいつものように手伝うハメになる事を予感しながら風間は太刀川を呼び戻しに来たのだった。

 

 

「それこそダンガーじゃねえか」と皮肉ったクロウを見て太刀川は妙案を思いつく。

 

 

「そ、そうだ風間さん。こいつ知ってるか、クロウっつってヨナさんとこのルーキーだ」

 

 

「ああ。知っている」というと風間はクロウ対太刀川のスコアボードを見て「ほう…」と息を漏らした。大学の成績ならまだしもボーダーでの戦績は優秀である太刀川と互角の実力を持つクロウに関心を抱いたようだった。

 

 

「かなりやるようだな……どうやらその風格は伊達ではないか」

 

 

風間の興味は太刀川のレポートからクロウに移ったようで、太刀川は自らの妙案が上手くいった事に内心でガッツポーズをする。

 

 

「おもしろい。今からおれとランク戦をしないか?」

 

 

「待てよ風間さん。まだクロウはおれとの決着がついてない」

 

 

「おまえはクロウより先にレポートと決着をつけろ」

 

 

「そういえばクロウ、前にいつか戦ろうって言ってたよな?」

 

 

 

風間はクロウとランク戦をしようといい、太刀川は阻もうとするも撃沈。その隙に村上が先日の約束を持ち出してバトろうとする。

 

 

「おいおい、大人気だな」と少しばかり嘆息したクロウを見かねて迅が提案した。

 

 

「ならさ、団体で模擬戦でもやらない?チームを2つに分けてさ。エキシビジョンマッチみたいな感じで」

 

 

「いいなそれ」と太刀川が食いつき、風間は「どうチーム分けするつもりだ?」と団体戦に乗り気であり、「おれも賛成です」と村上も了承した。

しかしチーム戦となると、このままでは人数差が出てしまう。もとより部隊間のランク戦では人数差があることなど常ではあるのだが、エキシビジョンマッチならできるだけ公平な条件で戦いたい。

 

 

 

太刀川や風間といったトップランクの攻撃手たちが集まっており、さらにその太刀川と互角の勝負をしたというクロウに釣られてロビーにいたC級の隊員らはちらちらとこちらの様子を窺っており、その端に見知った顔がある事に気づいたクロウが手を挙げてその人物を呼び寄せる。

 

 

「刀也じゃねえか」

 

 

呼ばれた刀也はC級隊員たちの視線に晒されながらクロウらに近づき、集まっている面々を見て「うわー」と苦笑いする。

 

 

「なにこの面子。濃い」

 

 

その隣に着いてきていたのは三雲で「こんなに集まってどうかしたんですか?」と聞いてくる。刀也が言っていた来客とは三雲の事だったのだと理解する。三雲の問いには「別にただ遊んでただけだ」と答え、その後わざとらしく肩をすくめてやれやれと言ったていで太刀川に視線を流し、

 

 

「ま、このチョビヒゲのダンガー野郎に絡まれて辟易してたところではあるが」

 

 

クロウの言葉に迅はこらえきれずに吹き出し、刀也は「ダンガー(笑)」と笑う。

 

 

「笑うなよ」少しむすっとした太刀川に睨まれて、刀也は「いや~ん」とばかりに自分の肩を掻き抱く。

 

 

「太刀川さんが怒ったわ!こわ~い、きけ~ん、ダンガー!」

 

 

また吹き出した迅を尻目に風間が「そのくらいにしておけ」と悪ノリの流れを断ち切った。

 

 

「あれ?そういやクロウ、開発室に行ってなかったっけ?」

 

 

笑い終えた刀也に、開発室での用事が済んだものだと告げるのとほぼ同時に太刀川は「偶数になったな」と呟いた。

刀也に「いま暇か?」と聞く風間。クロウは刀也をエキシビジョンマッチに呼び込むつもりなのだと理解し、問いかけられた刀也は一瞬考えるそぶりを見せた後に、

 

 

「ははーん?」

 

 

わかったぞ、と言わんばかりの声を出す。

「残念ながら暇じゃない」と語った刀也は三雲に稽古をつけるつもりらしかった。

 

候補にフラれたクロウたちは諦めて人数差ありでエキシビジョンマッチをやる事にし、C級ランク戦のロビーを後にした。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「おい迅。おまえ…これ見えてたのか?」

 

 

エキシビジョンマッチにおける組み分けは公平にジャンケンで決める事になった。その時から普段より3割増しでにやついていた迅はこの結果になる事がわかっていたのだろうか。

 

 

 

「見えてたよ。人数的には不利だけどがんばろうね、太刀川さん」

 

 

「おまえとチームってのも、たまには悪くねーな」

 

 

チームA…太刀川慶、迅悠一

チームB…風間蒼也、村上鋼、クロウ・アームブラスト

 

組み分けは、以上の通りとなっていた。この結果になった瞬間、村上は「マジですか」なんて漏らしていた。村上ほどの使い手から見ても組ませるとやばい相手なのだろう。“こいつと一緒なら負ける気がしない”というやつなのかとクロウは考える。

 

 

 

「それで迅、作戦はどうする?」

 

 

隣を走る迅に太刀川はどういった作戦でいくか尋ねる。太刀川も大学の単位はヤバいとはいえ戦術はいけるクチだ。しかし未来視のサイドエフェクトを持つ迅には一歩劣る。

 

 

 

「ん~、そうだね。まずは……おっと、こりゃまずい」

 

 

作戦を立てようとした迅が太刀川を見やると、自分もろとも吹き飛んでいる未来が見えた。軽い調子で「太刀川さん避けてー」と迅が忠告すると同時に、重砲が放たれた。

迅の忠告を受けた太刀川の行動は速く、グラスホッパーで射線から逃れる。迅も壁トリガー『エスクード』を利用して離脱した。

 

 

重砲は先ほどまで迅らがいた場所に着弾すると建物を粉々にする。

 

 

左右に分かれるように跳んだ太刀川が「おいおいなんだありゃ!?」と迅に無線で話しかける。

 

 

「たぶんアイビスだね。気を付けて太刀川さん、まだ来るよ」

 

 

迅の予言通り、一際高いマンションの屋上から重砲が連続で放たれる。太刀川と迅を引き離すように撃たれるアイビスは、まさしく分断を目的とされたものだろう。

 

 

「ただのアイビスでこの威力が出るわけがない…ってことはトリガーを臨時接続してやがるな」

 

 

そう太刀川は推測する。風間も村上もクロウも平均以上のトリオン量を誇る。そんな3人が臨時接続でもすれば、玉狛の大砲にこそ及ばないものの重砲と呼ぶには充分な威力をアイビスで発揮できる。

 

 

「分断されちゃったけど、どうする太刀川さん。いったん合流する?」

 

 

「いや、このままのってやろう。合流を優先してもかたまって移動する以上はさっきの二の舞だ」

 

 

「了解。負けないでよ太刀川さん?」

 

 

「ぬかせ迅、おまえこそおれ以外にやられんじゃねーぞ」

 

 

太刀川はにやりと笑み、迅は額に乗せていたサングラスをキチンと装着する。2人は言葉を交わしたあと、それぞれの方向に向かって走り出した。

 

 

 

☆★

 

 

 

「やつら、分断の策にのったようだぜ」

 

 

クロウはそう言いながらアイビスを消す。このエキシビジョンマッチに際してクロウはイーグレットからアイビスに持ち替えていた。それも重砲による敵の分断を行うためである。

 

 

「よし、ならば作戦はフェーズ2に移る」

 

 

敵の分断を行ったのは各個撃破を狙ったからだ。チーム分けで3人チームとなったクロウたちは人数差を利用した作戦をとる事にしていた。

 

2対3ならば、お互いのクセまで掴んでいる迅と太刀川の阿吽の呼吸に敗北する可能性があった。

しかし1対2と1対1の2つに分ければまだ勝機はある。

 

 

「おれが迅さんの担当でしたね」

 

 

「ああ、頼むぞ村上。おまえがどれだけ保つかがカギだ」

 

 

その作戦では太刀川にはクロウと風間、迅には村上が当たる事になっていた。

 

 

 

「できるだけ早く来て下さいね。おれも守りを硬めて時間を稼ぎますが……相手が迅さんじゃそう長く保ちませんから」

 

 

 

「わかっている。では行くぞクロウ。作戦通りにな」

 

 

「おう、任せろよ風間。村上も頼むぜ」

 

 

「ああ、そっちも」

 

 

こうして3人は別れて、それぞれ太刀川と迅と対決しに向かう。

 

 

 

☆★

 

 

ピカ、とアパートの屋上が光る。何度も見たことがあるこれは狙撃の合図だ。

撃ったのはクロウ。アイビスから放たれた弾丸は先程の重砲から数段威力の落ちたものだったが、受けてしまえば緊急脱出は確実だ。

 

太刀川は余裕をもって避けるが、それが陽動である事を看破していた。

 

 

真正面から狙撃する馬鹿はいない。狙撃は相手の視界の外からやるのが常道だ。しかし、そんなセオリーを無視したのは、これが陽動であるからだ。

 

チラリとレーダーを確認すると光点が太刀川に肉薄してきていた。しかし視界に映る人影はない。

 

「カメレオンか!」それが風間の得意とするカメレオンを利用した奇襲であると理解した太刀川はグラスホッパーで跳躍し、空中で孤月二刀を振りかぶる。

 

 

「旋空孤月」

 

 

大雑把に狙いをつけて斬撃を拡張する。

 

手応え……アリ。

風間の腕が斬り飛ばされ、トリオンが漏出する。そこを狙って再び孤月を振るうが、今度は躱されてしまう。

 

と、そこで風間がカメレオンを解除して姿を現したかと思うと、跳んで空中の太刀川に接敵する。

左腕を失った風間だったが、スコーピオンの特性を活かして二刀では対応できない手数で太刀川を攻め立てた。

 

 

「う、お、おお!?」

 

 

なんとか致命傷は避けつつもジワジワと削られていくのがわかった太刀川はグラスホッパーを起動してさらに空中に逃げる。グラスホッパーや弾トリガーを持たない風間はこれで追撃の術を失う。

 

が、ここで風間は空中で一回転すると、その遠心力を利用してスコーピオンを投擲した。太刀川は驚きつつも孤月で投擲されたスコーピオンを弾くと、返す刀で落下していく風間を両断しようとして、迫る風切り音にシールドを展開する。

 

シールドに防がれたレイガストは、そのままくるくると回転してクロウの手に戻る……その前にクロウは二丁拳銃を構えていた。

 

連射されるアステロイドとハウンドにシールドを割られた太刀川は被弾しながらもグラスホッパーを踏みつけて射線から逃れる。

 

 

「逃げられたな。追うか?」

 

 

風間と合流したクロウは姿を消した太刀川を追うか提案するが、風間は「いや」とすぐに否定した。

 

 

「太刀川の事だ、ここらに潜んで機を伺っているはず。少し時間はかかるが一帯の家屋を破壊するぞ」

 

 

すでにレーダーからも太刀川を示す光点は消えていた。バッグワームで隠れているのだ。

 

「あいよ、了解」

 

 

クロウの肩に風間の手が置かれて、再びトリガー臨時接続が行われる。クロウはアイビスを構えると躊躇いなく引き金に手をかける。

 

ドガン、と銃声が響いて周囲の建物を破壊していく……が、太刀川は現れない。

 

 

「まさか……村上の方に向かったのか?」

 

 

自分が太刀川の生態を把握できていなかった事にどれだけ驚愕しているのか、風間はトリオン体ながら冷や汗を流しながら呟いた。

 

すでに周辺の建物はあらかた倒壊してしまった頃だった。隠れる場所を潰す意味もあったが、これだけ隙を晒しているのだから途中で太刀川の強襲があると踏んでいた風間は予想外だったらしく、新たな可能性を探り始めていた。

 

 

しかし、クロウは確かに太刀川の殺気を感じ取っていた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「やっぱおまえがこっちか、鋼」

 

 

「はい、迅さん。足止めさせてもらいます」

 

 

迅と村上は会敵していた。堂々と足止め宣言する村上に迅は相手チームの作戦が各個撃破であると確信を抱く。

 

 

村上は静かにレイガストと孤月を構えた。右手に盾を、左手に剣を。防御重視のそれは迅をして容易に突破できないNo.4攻撃手の守勢の構えだ。ちなみに攻撃重視の場合は右手に孤月、左手にレイガストを持つ。

 

 

「足止めね……そんな消極的な考えでこの実力派エリートを相手にするつもり?」

 

 

「それがおれの役目ですから」

 

 

挑発的な迅だったが、村上は役目を任されたのだというプロ意識でそれを受け流す。

すでに両者ともに構えており、間も無く戦闘が始まる。

 

 

 

迅が踏み込み、村上がシールドモードのレイガストでスコーピオンの剣撃を防ぐ。間隙を突いて反撃を叩き込むつもりだった村上だが、絶え間なく打ち込まれるスコーピオンに反攻の糸口が見出せない。

 

しかし村上に焦りの色は浮かばない。自分の役目はあくまで足止め。それが果たされるのならば反撃なんてしなくていい。

現にスコーピオンの生みの親である迅を相手にここまで保っている村上の存在は大きい。いくら風間とクロウと言えども総合1位である太刀川を崩すのは容易ではない。それこそ迅と太刀川が合流してしまてば一網打尽にされる可能性すらありえるのだ。

それを阻止できているだけで成果を出していると言える。

 

 

自分の猛攻を耐え凌ぐ村上に迅は内心で驚嘆していた。さすがはNo.4攻撃手だと褒め称えたいくらいだ。スコーピオンを持つ迅は太刀川と同等の実力を持つ、ボーダー現隊員では紛れも無い最強格の1人だ。

 

そういえば、と迅は村上がこれだけ自分の猛攻を凌ぐ理由を理解する。村上はスコーピオン二刀流の影浦や遊真とライバル関係なのだ。要は迅と似たスタイルの2人と多くの戦闘経験があるからこそ、ここまで見事に対応しているのだと。

 

 

しかし、その2人にはない手がまだ迅にはあった。

 

「エスクード」

 

バリケードトリガーであるエスクードを、村上の足元からせり上がらせて高く空中に弾き飛ばす。同じようにエスクードが地面からせり出す勢いに合わせてジャンプした迅は村上に肉薄する。

 

「スラスター!」

 

体勢は崩れてしまっていた村上は防御という選択肢を捨てて、己を切り裂かんと迫るスコーピオンをレイガストのオプショントリガーであるスラスターを発動して、その斬線から逃れた。

 

体勢を整えて着地した迅と村上。危ない一瞬だったと厳しく迅を睨みつける村上だったが、迅はまだ余裕そうで「なかなかやるじゃん」などと言っている。

 

 

「おれなんかまだまだですよ。迅さん、一手ご教授お願いします」

 

 

楔を打ち込まれたと村上は感じていた。守勢に回っていれば再びエスクードで打ち上げられる。だったら攻勢に転じるしかない。

 

村上は孤月とレイガストを入れ替えて攻撃重視の構えをとった。

 

 

「なるほどね、わかったよ。この実力派エリートが相手をしてあげよう」

 

 

 

☆★

 

 

「来るぞっ、風間!」

 

 

「なにっ!?」

 

 

太刀川が瓦礫に隠れて孤月を振りかぶり、旋空を発動しようとした瞬間にクロウは風間に呼びかけて回避を促す。

 

壁越しの旋空孤月はクロウと風間の2人を捉える事なく空を切る。

 

「なにぃ!?今の避けるかフツー!?」

 

完全にとったと思っていた太刀川は目を剥きつつも反撃に備える。

 

 

「飛べ!風間!」

 

 

クロウはレイガストを構えると、それを風間に踏ませてから振り切る事で風間を弾丸の如くして飛ばす。

 

加速した風間は太刀川に肉薄し、斬られる事も構わずにスコーピオンを繰り出す。

 

トリオン体の活動限界が訪れて、風間が緊急脱出する。太刀川はやはり致命傷は避けていたが、トリオンの漏出がひどく長くは保たないように見えた。

 

だが、クロウとやり合うくらいはできると踏んだ太刀川は前を向きーーー

 

風間の緊急脱出の影響で巻き上がった粉塵の先のクロウは、アイビスを構えていた。

 

この距離の狙撃かよ!と太刀川は驚きつつもトリガーの切り替えは間に合わないと踏んで、アイビスでの銃撃を孤月で斬り捨てようと判断し、それは果たされた。

 

クロウが引き金を絞った瞬間、太刀川は孤月を振り抜きアイビスの弾を両断した。

 

だが、太刀川の腹部には穴が空いていた。

 

 

「な、に……?」

 

 

「影手裏剣ならぬ影撃ちってな。そら、まだまだいくぜ!」

 

 

クロウがやった事は、アイビスの下に拳銃タイプハウンドを構えており、アイビスと同じタイミングで発射する事だった。いくら重い狙撃銃と言えどこの距離で外すわけはなく、ハウンドはアイビスの影に潜み太刀川を穿ったのだ。

 

 

アイビスから拳銃タイプのアステロイドに切り替えたクロウは二丁拳銃を太刀川に向かって連射する。

シールドを展開した太刀川だったが、アステロイドとハウンドの両方に対応するには自らもシールドを2枚使わなければならず、後手に回った事を自覚する。

 

 

「いや、後手って言うより詰みだなこりゃ。……おまえが来なきゃの話だが、迅」

 

 

「わかってるよ太刀川さん。もう着く」

 

 

元々のトリオン差的にクロウが有利であり、風間の特攻もあり太刀川は少なくないトリオンを失っていた。このままではいずれシールドごと削り倒されるのが目に見えている。

 

しかし太刀川にはまだ余裕があるようで、それを見て取ったクロウは村上に無線で話しかけた。

 

 

「村上、今どうだ?」

 

 

「すまない。迅さんを抑えられそうにない。そっちに追い詰められてる!」

 

 

「わかった」と短く返したクロウは、今頃太刀川たちも無線で連絡してるに違いないと思った。太刀川の余裕は迅と合流できそうだからだ。

 

 

レーダーを確認すると、迅がこちらに来るまでもう時間がない。このままで太刀川のシールドを割れるかどうかは微妙だった。なら、銃で無理なら剣でやればいいだけだ。

 

クロウは二丁拳銃からダブルセイバー・レイガストに持ち替えると太刀川に接近する。

太刀川は待っていましたと言わんばかりにシールドから孤月に切り替えて、その刃にトリオンを込める。

 

 

「旋空ーーー」

 

 

「孤月」と太刀川が孤月を振るう前にクロウがスラスターで跳び上がる。一刀を躱したクロウだったが、太刀川は二本目の孤月で旋空を起動し、振り切る。

 

が、それは再び空を切る。

 

スラスターの勢いを利用して跳んでいたクロウがレイガストを手から離したのだ。そうなっては重力によって落ちるのみだが、クロウの上昇まで計算して斬撃を放った太刀川からすれば埒外の出来事であり、二刀を振り切った死に体の今では何もできない。だがクロウは違う。落下しながら二丁拳銃を太刀川に向ける。

 

 

「終わりだ!」

 

 

☆★

 

 

「村上、今どうだ?」

 

 

「すまない。迅さんを抑えられそうにない。そっちに追い詰められてる!」

 

 

突然の無線にわずかに集中がブレる。クロウの返事を聞く間も無く苛烈な連撃が村上を攻め立てた。

 

痛み分けとばかりに突き出した孤月を握っていた右腕を切断され、シールドモードのレイガストごと蹴られて地面に叩きつけられる。

 

 

「どうした鋼!そんなもんか?」

 

 

立ち上がると村上は「まだまだ」と答える。すでにその顔面にすら亀裂が入っており、右腕を失った事でトリオンの喪失もかなりだとわかる。

 

「スラスター、オン」

 

孤月を失った以上、レイガストで戦うしかない。村上はレイガストをシールドモードからブレードモードに切り替えるとスラスターを起動して迅に接近する。しかし、その刃が届く前にエスクードの壁がせり上がり村上と迅を隔てた。

 

スラスター切りによってエスクードの壁を両断するが、迅の姿を一瞬でも見失った事に危機感を覚えた村上は、切り裂いたエスクードの先を見ずに身体を反転させ、空中に跳び上がった迅を見つける。

 

 

迅の両手が蛇のように動き、それが何なのか理解しつつも村上は驚かない。迅はスコーピオンの開発者だ、その派生の技を使えても何ら不思議ではない。

 

マンティス……蟷螂を意味するそれはスコーピオン二刀を繋げる荒技だ。それによって刃圏を拡大したスコーピオンに切り裂かれながらも、村上は更にスラスターで加速。その場で一回転したのちレイガストを迅に向かって投げ放った。

 

クロウのブレードスローを模した技だった。村上のサイドエフェクトである強化催眠記憶によって“剣が手元に戻ってくる”という特性以外は本物と遜色ない完成度の技に仕上がっていた。

 

しかし、いくら本物に近い完成度を誇るブレードスローとは言え、そんな大振りを迅が未来視において読み逃すはずがなくあっさり避けられると、村上は再びエスクードで空中に打ち上げられた。

 

 

 

メインにセットしてあるシールドを起動しても変幻自在のスコーピオンの前には無意味であり、サブにセットしてあるトリガーにしても同じ。

「終わりだ!」と視界の端で聞こえた気がして、そこで迅は村上を掴むと目標に向けて投げた。

ピシピシと音を立てて崩れていく村上のトリオン体だったが、まだ緊急脱出するほどではなく。

 

 

 

迅に投げられた村上は太刀川を追い詰めていたクロウに激突した。

 

 

「うおっ!?」と驚くクロウだったがすぐさま体勢を立て直しーーーー

 

 

 

「太刀川さん!」

 

 

 

「おう!」

 

 

 

まるで戦術リンクばりの阿吽の呼吸を見せた太刀川と迅に、少しだけ郷愁に駆られる。

 

 

太刀川は旋空孤月で村上を緊急脱出させ、迅がクロウにスコーピオン二刀を叩きつける。クロウは二丁拳銃でそれを受け止めるが、さすがに耐え切れずに肩に深い裂傷を負ってしまう。

 

 

迅の腹部に蹴りを入れて弾き飛ばしたクロウはすぐにレイガストを起動して、呼吸を合わせて挟み撃ちを実行してくる2人を迎撃した。

 

スラスターを起動して一瞬の内に回転、太刀川と迅を来た通りに弾き返してそのまま太刀川に向かってブレードスロー。迅にはハウンドで牽制する。

 

 

太刀川は投擲されたレイガストを孤月で弾く。迅はハウンドをスコーピオン一刀で捌きつつ、村上にしたようにエスクードをクロウの足元から生やして空中に突き飛ばした。今度は自分も同じようにエスクードで空中に跳び上がり、クロウに抱きついたかと思うと身体からスコーピオンを突き出してクロウを拘束する。

 

 

「おいこら離せ」とクロウはわめくが迅は無視して太刀川に視線をやり「やっちゃって」と言った。

 

 

 

「ーーーー旋空孤月」

 

 

 

太刀川は孤月を一閃し、迅ごとクロウを両断し。

 

 

ここにエキシビションマッチは終了した。

 

 

☆★

 

 

「か〜っ!負けちまったな!」

 

 

緊急脱出したあと、戦った面子と合流するとやけに明るい声音でクロウは風間と村上に「わりぃな」と謝った。

 

 

「おれが足を引っ張りました。すみません、迅さんの足止めができなくて」

 

 

「いや、それを言うならおれたちの方だ。太刀川を撃破できていれば」

 

 

村上と風間も、それぞれ自分の落ち度を反省していた。

そこに太刀川と迅がしたり顔でやってきて「どーもどーも」と3人に声をかける。

 

 

「さすがに総合ランキング1位とそのライバルはものが違うな。恐れ入ったぜ」

 

 

「いやー、それを言うならクロウさんこそそうでしょ。最後も押し切られてたかもしれなかったし」

 

 

好物のお菓子の袋を開けて「ぼんち揚食べる?」なんて聞きながら迅はクロウとの最後のやり取りを思い出す。

 

 

「なんだ、そんな未来が見えてたのか?」

 

 

迅の言葉に太刀川がぼんち揚をもらいながら食いつく。

 

 

「まあね。あの時仕留められなかったら負けてた未来もあったよ」

 

 

迅の言葉に皆それぞれが息を漏らす。2対1という場面でありながら、太刀川と迅を倒す可能性もあったのだと他ならぬ迅が言った事でクロウの評価はさらに上がっていた。

 

 

その後、思い思いに言葉を交わした5人はほどなくして別れた。

 

隊室に戻る廊下で今日の出来事を思い返し、ふと「楽しいもんだな」と漏らす。

 

まるで学生時代に戻ったようだった。トワがいて、アンゼリカがいて、ジョルジュがいて。わいやわいやと騒いだ1年。上級生になりⅦ組の連中と知り合って。あの甘ったれた後輩に50ミラ借金して。

 

そんな青春の続きが、ここで始まったような。

 

 

「これくらいの寄り道なら構わねぇよな、リィン?」

 

 

ゼムリアに帰る旅路でも、この程度の寄り道は構わないだろう?と鼓動しない胸に手を当ててクロウは呟くのだった。

 

 




更新が遅れてすまない………
あのね、ゲームが楽しすぎるのがいけないんだ。

ちょいと解説
この話は前話『夜凪刀也の一日』と同じ時系列です。同じ一日をクロウと刀也の時点で描かせていただきました。
はい、というわけで次回は『夜凪隊の一日』の予定です。今回より少し時間は進み、夜凪隊の面子が玉狛支部に遊びに行きます。乞うご期待。


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夜凪隊の一日

前話の最後に明かしましたが、クロウは未だ不死者の身です。不死者であるという事は……?


「やほー!遊びに来たぜ、おれがな!」

 

 

 

「うむ、よくきたトーヤ。ゆっくりしていくといい」

 

 

 

B級ランク戦ROUND3を目前に控えた夜凪隊は玉狛支部に遊び(特訓)に来ていた。

玉狛支部はボーダーの勢力を三分する派閥の1つである“近界民にも良いヤツいるし仲良くしようぜ”をモットーとする玉狛支部派の総本山だ。

そんな所に本部所属の人間が赴くのはどうか?と問われれば特に問題はない。空閑遊真入隊直前の玉狛支部に黒トリガーが二本あった状況ならまだしも、今はそう切迫した状況ではないし、ボーダーはそこまで派閥争いが活発な組織ではないからだ。

それに加え、夜凪隊はどこの派閥にも属しておらず離反のリスクがないため、何の問題もないというのが上層部の考えだった。

 

 

 

玉狛支部に到着した夜凪隊の面々を迎えたのは林藤陽太郎。玉狛支部派の首魁たる林藤支部長の息子だった。

 

重ねて言うが、特に政治的な意味合いはない。ふざける刀也と5歳の陽太郎のやりとりにはツッコミが不在。同伴していたクロウと陽子も微笑ましそうに見ているだけだった。

 

 

それから二、三言だけバカ丸出しの会話を続けてから夜凪隊の面々は居間に通された。

玉狛支部はボーダー本部のように大きい建物ではない。使われていなかった水道施設を買い取って使っているのだということを刀也は思い出していた。元々はこの玉狛支部こそがボーダー本部だった。4年前の第一次大規模侵攻以前の話だ。半年に満たない僅かな期間だったが、刀也にもここで過ごした記憶はあった。

 

 

「ヨナさんじゃん!あれー、今日来る日だったっけ?」

 

 

訪問者に気づいたのか、上の階から小南と烏丸が顔を出した。事前に連絡していた刀也だったが、いつものように戯けて「サプラ〜イズ!」と腕を広げてみせた。

 

 

「え?ウッソ!なんのサプライズよ!?」

 

 

別にサプライズパーティーでもサプライズプレゼントでもないのだが、なぜか嬉しそうにする小南に“騙されやすいなぁ”と思いながら烏丸に視線をやる。

 

 

「もちろん小南先輩へのサプライズパーティーですよ。みんなからプレゼントがあります」

 

 

「そうなの!?気が効くじゃないとりまる!それでいったいどんなプレゼントが………」

 

 

「すみません、嘘です」

 

 

「え?」と呆然と烏丸を見つめる小南。向かい合う2人は美男美女でありパッと見は映える絵面だが、嘘をついた事を悪びれもしない真顔の烏丸と呆然とした表情の小南では、ただの面白い絵面でしかなかった。

「ですから、嘘です。サプライズなんてありません」とキッパリ言う烏丸にわなわなと小南は震え出して「騙したな〜!」とポカポカ殴り出した。刀也を。

 

刀也はされるがままに「ハッハッハ。相変わらず小南はかわいいなぁ」と笑う。当の小南は「もう騙されないわよ!」と激したままであったが。

 

 

「そのへんにしておけ、小南」

 

 

と、そこに現れたのは落ち着いた筋肉こと木崎レイジ。ボーダー唯一のパーフェクトオールラウンダーであり、1人で一部隊と数えられる破格の戦力だ。

 

 

「来たな、刀也。話は聞いてる」

 

 

「おうレイジ。今日はすまんが世話になる」

 

 

 

木崎レイジ、小南桐絵、烏丸京介の3人がボーダー最強の部隊と呼ばれる玉狛第一のメンバーである。その3人の弟子となったのが、今ランク戦で夜凪隊と同じく話題になっている玉狛第二の三雲、空閑、雨取だった。

 

 

「そいつがクロウ・アームブラストか」

 

 

木崎は刀也と短く挨拶を交わすと、今度はクロウを見た。刀也が肯定すると小南が興味深げにクロウを見やって、

 

 

「へえ、そいつが噂の?遊真からも話を聞いてるわ。でもホントに強いの?」

 

 

「弱いヤツは嫌いなんだけど」と常々言っている小南らしい挑発的な目線と言動。叩かれるがままにされていた刀也は締まらないながらもニヤリと笑んで「おれより強いぜ」と言う。

 

 

「ヨナさんがそこまで言うのね、面白いじゃない。あたしと模擬戦しない?」

 

 

「ま、時間があればな。木崎…話いいか?」

 

 

小南からの挑戦をあっさりと断ったクロウ。前日に刀也から「玉狛には小南桐絵って戦闘狂がいるから気をつけろ」と忠告を受けていたからであった。実際には小南は戦闘狂と言われるほどのバトルジャンキーではないものの、かつては攻撃手ランクNo.1だったボーダー最強の一角だ。

機会があれば戦ってみたい気持ちはあるものの、今日は木崎と話をするのが優先だ。

 

 

「ああ、奥の部屋で話そう。宇佐美、茶菓子を出しておいてくれ。饅頭やどら焼きがあったはずだ」

 

 

宇佐美が「おっけー。了解でーす」という返事を聞き届けてから、木崎はクロウを伴って奥の部屋に引っ込んでいった。

それと入れ替わるようにして二階から玉狛第二の面々が顔を出す。

 

 

「あれー、ヨナさんたちじゃん」

 

 

「あ、もう来てたんですね」

 

 

「こ、こんにちは…」

 

 

 

並んで階段を降りてきた3人は刀也らの前で立ち止まる。

 

「おすおす、お邪魔してますぜ」と軽く手を挙げた刀也を見てから、三雲が遊真と雨取に説明する。

 

「今日は夜凪隊の皆さんがこの支部に来ることになってたんだ。僕は夜凪さんと訓練するけど、2人はどうする?」

 

「おれも今日は特に用はないし、ヨナさんと遊ぼうかな。クロウさんも来てるんでしょ?」

 

 

「私は午後から本部で狙撃手の訓練あるから」

 

 

話を聞くと雨取以外は玉狛支部で夜凪隊の面々と今日を過ごすつもりらしかった。

 

 

「話はまとまったか。んじゃあ三雲、早速始めるか?」

 

 

「はい、お願いします!」

 

 

「おれはしばらく小南先輩と模擬戦やってるから、終わったら声かけてよ」

 

 

遊真は刀也と戦った事はない。だから今日の機会を逃したくないのだと言うと小南と共に別室に向かう。

 

 

「宇佐美、訓練室借りるぞ。烏丸、お前もついてこいよ」

 

 

刀也は宇佐美の「はーい」という返事を聞くと三雲と烏丸の2人を連れて訓練室に向かう。

 

 

「それじゃあ宇佐美、あたしらも情報交換するとしようか」

 

 

「そうしよう!陽子さん、お茶菓子はなにがいい?」

 

 

 

隊員たちがそれぞれ別れるとオペレーターである陽子と宇佐美も情報交換と称してお喋りタイムに洒落込む事にしたのだった。

 

 

☆★

 

 

 

「それで話とはなんだ?」

 

 

宇佐美の運んできた饅頭を食べながら木崎がクロウに問いかける。

クロウも同じく饅頭を飲み込んで「パーフェクトオールラウンダー育成メソッドについての事なんだが」と切り出す。

 

 

「荒船の野望とかの話だな。それがどうした?」

 

 

「ああ、それの作成を手伝って欲しいと思ってよ。メソッド発表の時はちゃんと荒船と連名にしておくからよ」

 

 

「手伝いか…それは別に構わないが、それをなぜおまえが頼む?これは荒船の野望だろう?」

 

 

「まあそうなんだがな。その野望にはおれも一枚以上噛ませてもらってるからよ。すでにパーフェクトオールラウンダーである木崎、それに近い技術を持つおれ、攻撃手と狙撃手でマスタークラスになり、銃手トリガーに手を出した荒船……3人が協力すればメソッドの確立は格段に早くなるはずだ。もちろん荒船の了解は得てるぜ」

 

 

 

「ふむ」と考え込む素振りを見せる木崎。荒船の了解を得ているのなら協力を惜しむ理由はない。しかしクロウの一枚以上噛んでいるという発言がどうしても気になる。

 

 

 

「わかった、協力しよう。だがクロウ…どこか焦っている気がするのは気のせいか?」

 

 

木崎の言及にクロウは少し驚いた様子で「慧眼だな」と言うと、

 

 

 

「ま、ちょいと悪だくみをな。この世に悪党ほど勤勉な奴もいねえだろ」

 

 

肩をすくめて戯けてみせた。それにどこか刀也を幻視した木崎はこれ以上の言及も無意味だと悟り、同じように肩をすくめて「確かにな」と笑う。

 

 

ここにパーフェクトオールラウンダー育成メソッド確立のメンバーが揃い、これからさらにメソッド確立は加速するのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「そこでアステロイド!」

 

 

刀也の指示が飛び、三雲はアステロイドを発射する。人形がアステロイドに貫かれてバラバラになったのを確認すると、刀也は「OK!OK!いい感じだぞ」と拍手する。

 

 

刀也が三雲に教えているのは“技”である。“状況に応じた戦闘術”と言い変えても良いかもしれない。

例えば、刀也がROUND2で熊谷を破ったアステロイド散弾からの旋空孤月などがそれに当たる。

 

三雲はレイガストを盾として使う防御寄りの射手。刀也とはスタイルが違うが、刀也もいろんなトリガーをつまみ食いしては面白戦術を生み出している。その中から三雲のスタイルに合った技を授けていた。

 

 

いつもなら技をバンバン教えて放逐するだけだったが、実は先日の木虎の言葉が若干効いていて刀也は少し反省していた。年下の美少女に責め寄られてショックを受けていたのだ。

 

だから、今日三雲に授けた技はわずかに2つ。昼を挟んでみっちり仕込んでやった甲斐もあり、完成度も中々のものとなっていた。

 

 

「うし、じゃあ今日はここまでにしとくか」

 

 

「まだやれます」

 

 

自分がグロッキーになっているのを見て刀也が判断したと思ったのか、三雲は即座に言葉を返すが、刀也は「そうじゃなくて」と言う。

 

 

「今度はおれが特訓したいのよ。烏丸、準備できてる?」

 

 

次はおれの番だ、と刀也は三雲から視線を切ると訓練室に隣接しているモニタールームの烏丸に声をかけた。これまで烏丸には三雲を指導するためのシュミレーターの設定をしてもらうついでに、刀也の特訓の準備を進めてもらっていた。

 

 

「ええ、準備はできてます。三雲、代わってくれるか?」

 

 

訓練室に入ってきた烏丸は三雲にシュミレーターの設定役を頼み、ここに刀也の対二宮特訓が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

しばらくの後。

 

「ふい〜」

 

 

と言いながらくたくたの体で訓練室から出てきた刀也。三雲は苦笑いしながら「お疲れ様です」とドリンクを手渡す。

 

 

「サンキュ。成功率は7割ってところかね…ま、上出来かな」

 

 

三雲に礼を言ってからひとりごちる刀也。そんな刀也に三雲は気になっている事を聞いた。

 

 

「夜凪さんって万能手なんですよね」

 

 

「そうだな」

 

 

「でも万能手って攻撃手トリガーと銃手トリガーを6000点以上取るのが条件じゃないですか。それなのに夜凪さんが使ってるのは射手トリガーですよね?」

 

 

 

もったいつけて一拍置き、ドリンクを飲み込んで答えようとした刀也だったが、烏丸がさらりと言ってしまう。

 

 

「ヨナさんは銃手トリガーでも6000点以上とってる」

 

 

「え、そうなんですか!?」

 

 

「すごすぎる」とばかりに驚く三雲に、自慢げに小鼻を膨らませて「そうだ」と答えてやる。

 

 

「これでも古株だからな。スナイパー用とトラッパー用のトリガー以外はある程度使えるぜ。射手トリガーを使ってるのは銃手トリガーより自分に合ってると思ったからだな。銃口の向いてる方にしか弾の飛ばない銃手トリガーより色々と小細工ができる射手トリガーの方が性に合ってるってわけよ」

 

 

銃手トリガーには銃手トリガーの、射手トリガーには射手トリガーの利点がある。その双方を体験した上で刀也は射手トリガーを選んでいるのだ。「小細工ができる」というのも刀也お好みの搦手の事を指している。

 

 

「小細工と言うと少し表現が正しくない気がしますけど……さっき教えてもらった技のような事ですね?」

 

 

三雲は刀也の言わんとしている事を理解して記憶を掘り返す。先程教授してもらった技のひとつ。技術的に攻撃を当てる技はもちろんだが、心理的な揺さぶりで防御を剥がす技を教えてもらった。そういった技には銃手トリガーより射手トリガーの方が向いているという事なのだろう。

 

 

「おれはバイトがあるんでこの辺で。ヨナさん、三雲の事は頼みますよ…しっかり導いてやってください」

 

 

そこで息を整えた烏丸が席を外す。しれっと刀也に三雲を押し付けている。“しっかり導いてやれ”とは刀也に正しくボーダー隊員として後輩を育てさせるためのキーワードだ。このキーワードがなければ刀也はただ技を教えて放逐するのみ。だが“正しく導け”と言われれば別だ。刀也は先達としての教えを後輩たちに授け、責任を持って成長を見届けるのだ。

それは決して軽いものではない。界境防衛機関ボーダーの任務は命にまで関わる事もあるからだ。

 

 

「…わかったよ」

 

 

そんな刀也の苦悩を知ってか知らずか、烏丸は返事を聞き届けると「それじゃあ」と言って部屋を出て行く。

普段の軽妙な雰囲気が重苦しいそれに変じたのを感じて三雲はおそるおそる刀也に尋ねる。

 

 

「あの…何か気になることでも?」

 

 

本当は「気に触ることでも?」と尋ねたかった三雲だが、いつもと違う雰囲気の刀也に気圧されてか、表現を和らげる。刀也はそんな三雲の心情を感じ取り柔和な笑みを浮かべた。

 

 

「なんでもないよ。夕飯まではまだ時間あるし、少し話すか?」

 

 

そうして、少しばかりの小休止とした。

 

 

☆★

 

 

 

「へー、じゃあ陽子さんたちも遠征部隊を目指してるんだね」

 

 

「そういう事さね。まさか玉狛第二も同じ目標を掲げてるなんて思わなかったけど」

 

 

一通りの情報交換を終えた宇佐美と陽子の会話はすでに雑談の様相を呈していた。煎餅などをかじりながら談笑混じりに言葉を交わす。

 

 

 

「しかし、玉狛第二……今のままじゃ遠征部隊選抜は厳しいんじゃないのかい?おたくの三雲が遠征を公にした事で初めて行われる公開遠征だ。少なくともB級上位が最低条件だろう」

 

 

「ん〜、悔しいけどその通りなんだよね。せめてあと1人前衛がいればなぁ。その点、夜凪隊はいい感じなのかな?」

 

 

「ま、うちのはどっちともA級隊員含めてもトップクラスの実力だからね、戦力的な不足は今のところ感じちゃいないよ」

 

 

「おお〜、自信満々ってやつだね。ヨナさんはもちろんだけどクロウさんだっけ?彼も相当強いよね」

 

 

「ああ、あいつは特別だな。ヨナさんが十全の状態で戦って互角だ。それにまだ“齟齬がある”らしい」

 

 

クロウの言うそれは生身とトリオン体の微妙な感覚のズレだ。そのズレはボーダーに入隊してから修正してきているものの、未だ若干の齟齬がある。引いたはずの引き金は一瞬遅れた弾を吐き出し、振ったはずの剣は未だ振りかぶったまま。その感覚のズレが、まだ少しだけ残っている。

 

しかし、そんな事は知らない宇佐美は「齟齬?」と頭を傾げる。そして思い出したように「あ、そういえばさ」と話を切り出す。

 

 

「まだ旧ボーダーだった時代にね、クロウさんと似た人がいる写真を見つけたんだ。雰囲気とかは全然違うんだけど、髪とか目の色がほとんどおんなじなの!」

 

 

「へえ」と興味深げに呟く陽子。クロウと似た髪と目となれば白髪に赤目だろうか。日本であれば目立つ特徴だろう。少し待つと宇佐美が件の人物の写った写真をもってきた。

 

 

 

「これは…確かに似てるね」

 

 

見ると、そこには確かに白髪に赤目の男性が立っていた。精悍な顔立ちながら柔和な雰囲気だ。どこか人を安心させるような頼もしさを感じさせてくれる。

 

 

 

「名前はリィン・シュバルツァー……聞いた事ある?」

 

 

「リィン・シュバルツァーだって!?」

 

 

宇佐美が出した名前に驚愕する陽子。隊室でたびたびクロウや刀也の口から出る名前だ。聞けばクロウとは同郷で刀也の師匠であるらしい。

 

 

 

「え、なになに?知ってるの陽子さん?」

 

 

「クロウやヨナさんの知り合いらしい」

 

 

「あ、ヨナさんの師匠って人だっけ。クロウさんとはどんな繋がりがあるの?」

 

 

同郷だと宇佐美に教えてやると「うーん、同郷かあ」と言って、

 

 

「じゃあクロウさんも近界民なの?」

 

 

「本人曰く“たぶんそうだ”と」

 

 

軽々にクロウが近界民が否かを話し合う2人。宇佐美は玉狛支部派で近界民に偏見はなく、陽子も気にしない性質だ。本部で話せば間違いなく問題になるであろうやり取りもこの2人にとっては雑談のようなものである。

 

 

「たぶん〜?また微妙な言い方だね」

 

 

「クロウのいた世界にはトリガー技術がなかったそうだ。だから自分が近界民であるのか確信がない、と。もしかしたら本当の意味で異世界の住人かもしれないな…とも言っていたな」

 

 

「へえ〜、面白いね。トリガー技術がないから生身でもあんなに強いのかな。伝え聞いた話だけど、リィンさんもトリオン体より生身の方が強かったらしいからね」

 

 

「トリオン体より生身の方が強いって……そりゃ魂消た話だね」

 

 

「でしょ?まあそんな2人が同郷なら納得できるよね」

 

 

「確かに」と陽子は笑うのとほぼ同時に烏丸が荷物を持って部屋から出てきた。

 

 

「おや烏丸…?ああ、バイトかい?」

 

 

 

烏丸と同じ部屋にいたはずの刀也と三雲がいない事を疑問に思った陽子だったが、すぐさま烏丸はアルバイトをしていた事を思い出して疑問は氷解した。

 

 

 

「ええ、ヨナさんと三雲はまだ訓練中です。夕飯時になったら呼んで、と言ってました」

 

 

「りょうか〜い。ってあれ?今日の夕飯当番は小南じゃなかったっけ?そろそろ準備始めるように言ってこないと」

 

 

 

宇佐美はそう言うと小南を呼びに向かう。烏丸もバイトで支部を出発して部屋には1人陽子だけが残される。

 

天井を見上げて瞑目した陽子は「フ…」と笑い、呟いた。

 

 

「点と点が繋がってきたねぇ……」

 

 

 

☆★

 

 

 

「それは…“強くあれ”って事ですか……?」

 

 

 

刀也の言葉に三雲はそう聞き返す。刀也は隊長としての役割について三雲と話し合っていた。内容は隊長としての心構えについて。“隊長は部隊の精神的支柱であるべし”と言う刀也の言葉を三雲はそう解釈したのだった。

 

いつもと違い真面目トーンである刀也と、アフトクラトル襲撃後刀也に毒された三雲とでは、こういった会話の相性はばっちりでありツッコミ不在の今、三雲はさらに中二の精神を取り戻してしまうだろう。

 

 

少しだけワクワクしながら自らの考えを披露した三雲だったが「いや、違う」という刀也の答えにがっくりと項垂れる。

 

 

 

「“強くあれ”じゃなくて“強くなれ”って言ってるんだ。強くあれ…って注文よりよっぽど楽な目標だろ?……というかおまえはその点、すでに合格ライン超えてるしな」

 

 

刀也に褒められて一転、「いやぁえへへ」と照れる三雲。実にわかりやすい反応に刀也は嘆息して言葉を続けた。

 

 

「例え強くあったとしても、実際に強くなければそれは“強がり”に過ぎん。本当は弱いのに…それを自覚してるのに………強がって、大切なものを喪う。そうなってしまえば時すでに遅し、だ。……いくら後悔してもあいつらは戻って来ないし、いくら反省しても後悔が恐怖となって身を苛む。それが強くもないのに強がった馬鹿の末路さ」

 

 

続く刀也の言葉を三雲はやはり重く受け止める。“強くもないのに強がれば悲惨な未来が待っている”と。そんな未来を回避するために“強くなれ”と言っているのだと理解した三雲は、やけに実感のこもった話について刀也に尋ねる。

 

 

 

「その話…もしかして夜凪さんの……?」

 

 

「ああ、実話だな。詳しくは話せない事になってるが、ボーダーでも噂好きの奴なら知ってるかもな」

 

 

「それって守秘義務…緘口令ってやつですか?」

 

 

「そうだな、実際に知ってるのは上層部とアレを生き残ったおれともう1人だけ…まあ、都市伝説程度には噂になってるけど」

 

 

 

思ったよりも重い内容に三雲は口をつぐむ。すると刀也は押し黙った三雲を見て雰囲気を一変し「話はここまでだな」と打ち切る。

 

 

「さ、小南のカレーが待ってるぞ」

 

 

☆★

 

 

 

「お、意外といけるな」

 

 

「小南、カレー作るのは上手いからな」

 

 

小南の作ったカレーを口にしてクロウが感想を言うと、刀也が小馬鹿にするように補完する。

 

 

「カレー“は”って何よ!そういうヨナさんは何が作れるわけ?」

 

 

「おれにはレイジ直伝の肉野菜炒めがあるし。あと目玉焼きとか…おれ半熟の目玉焼き作るのは超上手ぇよ!?」

 

 

「おいおい…それ料理かよ……?」

 

 

「おやクロウ、あんたは料理できんのかい?」

 

 

「まぁな…元いたところじゃ仲間たちと一緒に作ってたもんだ。興が乗れば独自の料理なんてのも作ったし、ちょいと手順を間違えただけで珍妙な料理ができたりしてな。なかなか奥が深いもんだぜ、料理ってのは」

 

 

「ほう、どうやらクロウは料理の心得があるようだな。しかし、そういう意味で言えば、毎回同じ味を提供できる小南のカレーは素晴らしいものでもあるな」

 

 

「レイジさん、それって手順を固定してるだけって意味だよね?」

 

 

「ちょ、宇佐美!?いい感じにまとまったんだから蒸し返さないでよ!」

 

 

「あはは…でも美味しいですよ、小南先輩のカレー……僕は好きです」

 

 

「おれもオサムと同じだ。小南先輩のカレーは美味い」

 

 

「おさむやゆうまの言うとおりだ。こなみのカレーは美味い。らいじん丸もお気に入りだと言っている」

 

 

そんな談笑を交えながら、夕食は終わり。

 

 

 

「じゃあ、またそのうち来るわ。今日はありがとな」

 

 

ピッ、と指を立ててカッコつけながら刀也は別れの挨拶を切り出す。

 

「いえ、こちらも助かりました」と返事をした三雲。それを皮切りに玉狛支部のメンバーがこぞって挨拶をする。それが一通り終わったあと、クロウもまた別れを告げて、

 

 

「それじゃあな、木崎…これから世話になるぜ。それと…今度来た時はもう1人も紹介してくれよな」

 

 

不意の発言に玉狛のメンバーが凍りつく。クロウが言うこの場にいない“もう1人”とは支部長である林藤でもなければバイトに行った烏丸でもない。

支部の奥の部屋に押し込まれて夜凪隊の眼前に顔を出す事がなかった、ある人物についてだった。

 

クロウはその人物について知らないが、自分たちを観察するような視線には気付いていた。気配の察知ーーーリィンには及ばないが、クロウもそれを体得しているのだ。

 

 

「む、さすがだなクロウ……まさかヒュー…もがっ!?」

 

 

「こらっ!黙ってなさい陽太郎!」

 

 

気取って答えを告げようとした陽太郎の口を塞いで小南が黙らせる。そういった反応に刀也は「ははーん」とニヤついて“合点がいった”とでも言うように「なるほどな」と見透かしたように玉狛メンバーを見やった。

 

 

「アフトクラトルの捕虜か。道理で本部で噂を聞かないと思った」

 

 

先の第二次大規模侵攻の折、この世界に攻め入った人型近界民6人の内、1人は同じ近界民に殺され、もう1人は見捨てられ捕虜になったという話だ。

本部において様々な情報源を持つ刀也は、アフトクラトルの捕虜について噂を聞かない事に疑問を抱いていた。しかし、それが玉狛支部にいたと言うなら納得だ。玉狛はボーダーきっての親近界民派…本部に軟禁し暗殺のリスクを抱えるより正しい選択だろう。

 

 

 

「ちょっ!なんで知ってるわけ!?」

 

 

「正解かよ……刀也、おまえのカンも伊達じゃないな」

 

 

「ま、おれは直感が鋭いからね」

 

 

 

小南の反応に確信を得たクロウが刀也の観察眼を褒めて、刀也はわざとらしく胸を張る。その様子に玉狛の面々はため息を吐きながら、代表するようにして木崎が一歩前に出た。

 

 

「刀也、クロウ、沖田…わかっているとは思うがこの事は……」

 

 

「ああ、言わねーよ」

 

 

「本部に了承ももらってんだろ?だったらいたずらに喧伝しても得はないわな」

 

 

 

 

「うむ、これはごくひじこーなのだ。よろしく頼むぞ、トーヤ、クロー、ハル姉」

 

 

 

陽太郎の念押しに「了解だ」と笑ったクロウと刀也、陽子は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 




という感じの『夜凪隊の一日』でした。やっとこさ刀也の過去にちょい触れた!って感じですね。詳しくはまた後の話にて。


モチベさんが仕事をしないのよ。そりゃデータが2回も飛べばストライキ起こすのもわかるけどさぁ。


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ベスト・エンカウント

前話でなぜ実力派エリートが登場しなかったかって?

彼はこの時期忙しいのだよ(忘れてたとは言えない


「ボーダーのみなさん、こんばんわ。三輪隊オペレーターの月見です。B級ランク戦ROUND3、夜の部の実況を務めさせていただきます。解説にはA級太刀川隊の太刀川隊長、B級東隊の東隊長に来ていただいております」

 

 

「どうぞよろしく」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

と、月見の紹介にそれぞれ応える。

 

 

B級ランク戦ROUND3が幕を開けようとしていた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「おさらいしとこう。今回は三つ巴だな。相手は二宮隊と生駒隊」

 

 

 

夜凪隊作戦室にて、ROUND3前の最後のミーティングが行われていた。

 

 

 

「どっちの部隊も強敵さ。その中でも特に気をつけておくべきなのが…」

 

 

 

「二宮と生駒…だな。豊富なトリオンを活かした《射手の王》二宮と、ボーダー随一の間合いを持つ旋空使い生駒」

 

 

 

陽子の注意に「わかっている」と言わんばかりにクロウは特に注意すべき敵として二宮と生駒の名を挙げる。

 

 

「その通り、二宮とはまともに戦うなよ?正面にからやり合って勝てる相手じゃないぞ……今はまだ、な。それと生駒の旋空孤月にも注意ね、壁越し旋空でも当てられたら洒落にならん。その点は陽子…サポート頼むぞ」

 

 

「おうさ、大船に乗った気で任せときな!」

 

 

「へっ、頼もしいもんだな。さあ、もう少し作戦をつめるか」

 

 

 

☆★

 

 

 

「そういや今日ヨナさんが相手やん?それだけでもヤバいのにクロウって知ってる?」

 

 

「ログは見ましたわ。那須ちゃん相手にほぼ完封だったやつでしょ」

 

 

 

「2万回見ました!」

 

 

 

ROUND3を目前に控え、尚もいつも通りを貫くのは生駒隊。呑気な話題を提供しているのは隊長である生駒達人だった。攻撃手である南沢海が「2万回見た」と言って「ウソつけ」と狙撃手の隠岐考ニがツッコミを入れるまでがワンセットである。

 

 

「俺こないだ個人戦のブースに行ってんけど、太刀川さんがおったんや。戦ってたのがクロウでな、太刀川さん相手に五分五分で引き分けてたわ。もう1発で名前覚えるわ!」

 

 

「そりゃヤバいっすね。あの人、まだ点数は低いけどパーフェクトオールラウンダー並みに警戒しとくべきやな。隠岐、マークしといてな」

 

 

「走れる狙撃手なら射線も読まれ難いやろ。頼むで隠岐」

 

 

オペレーターである細井真織が念押しして隠岐は「了解っす」と返事をする。これでもいつもよりは対策を練った生駒隊なのであった。

 

 

 

☆★

 

 

「さて、今回は二宮隊、生駒隊、夜凪隊の三つ巴だけれど……解説のお二人はどんな展開になると予想されますか?」

 

 

「そうですね……転送位置にも寄ると思いますが、この3部隊は合流を最優先とするチームではありません。地力のある隊員は近場の敵からポイントを獲れるだけ獲ろうとするのではないかと」

 

 

「東さんと同意見だ。特に二宮は個人での得点力も高く、隊員と連携しなくても2,3点は固い。……まあ、そこらへんも加味して夜凪隊なんかは作戦を練って来そうだけど」

 

 

月見のアバウトな問いかけに東と太刀川がそれぞれ応える。まだ始まってもいないROUND3のため東は無難に、太刀川は先日のクロウとの一件から期待も込めて夜凪隊寄りにコメントした。

 

と、そこで大型モニターの表示が切り替わる。映し出されたのは見慣れた街並み。市街地Aだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

「生駒隊については生駒はもちろんな事、注意すべきは狙撃手の隠岐だな。グラスホッパーを使う、動ける狙撃手だ。一回見つけたらもう逃したくはない相手だな」

 

 

「機動力のある狙撃手だよ。しかも今回はROUND2でクロウ…あんたが狙撃のセオリーを知ってるとバレてる状況だ。レイガストでの防御壁を躱すために隠岐は変則的に立ち回るだろうねぇ」

 

 

「なるほどな……隠岐を釣り出すなら、何か手を考えなくちゃならねぇわけだな」

 

 

対生駒隊について作戦を詰める夜凪隊の面々。生駒はもちろん狙撃手の隠岐も重要だという話から、射手の水上敏志に移り変わる。

 

 

「あとは水上にも注意な。二宮には及ばんが充分B級上位で通用してる射手だ。アステロイド!とか言ってハウンド撃って来たりするし」

 

 

「あー、そんな子供騙しに引っかかるか?」

 

 

「これが意外と難しいのさ。例えハウンドを撃つつもりでも自分でアステロイドと言えばトリガーの切り替えをミスったりするもんだからね」

 

 

陽子の説明にクロウが「なるほど」と納得すると、刀也が生駒隊最後の1人である南沢について語る。

 

 

「攻撃手の南沢は……まあ、普通だ。油断しない限りは大丈夫だろ」

 

 

 

クロウの動画を「2万回見た」と豪語した南沢はこうして要警戒対象として外されたのであった。

 

 

☆★

 

 

「市街地Aですか。標準マップですけど……今回って夜凪隊に選択権ありましたよね?」

 

 

「ROUND1の時は実力誇示のために、地力の差が明確に出る市街地Aを選んだのよね。今回の意図は……二宮隊長、どう思いますか?」

 

 

辻が夜凪隊の選択した市街地Aに疑問を抱き、問題提起する。オペレーターの氷見亜季がROUND1の時の意図と合わせて二宮に話を振った。

二宮はと舌打ちすると「俺が知るか」と吐き捨てる。二宮もまだ夜凪隊のマップ選択の意図を図りかねているのだ。

 

 

「まーヨナさんの部隊だしね。台風とか雪とかの環境設定を弄る可能性はあるし、一応注意はしておかないと」

 

 

「夜凪さんにしろクロウさんにしろ実力はマスタークラス以上よ。当たる時は2人で連携してね」

 

 

氷見の忠告に犬飼と辻の2人が「了解」と返す。二宮は不機嫌そうな表情を崩さず言う。

 

 

「いつも通りやれば、おれたちが勝つ。いくぞ」

 

 

 

☆★

 

 

「マップは市街地Aのようです。前々回のROUND1の時と同じマップですが、これは夜凪隊の得意なステージという事でしょうか?」

 

 

「そいつはどうだろうな。ヨナさんは場所によって戦術も変えてくるし、クロウもどこでも戦える。特別に市街地Aが得意というわけじゃない限りは有利の取れないマップを選択する意味がないし……なんか考えがあるんじゃねーか?」

 

 

 

「夜凪隊を見たのはまだ2回だけなので何とも言えませんが………太刀川の言う通り、何か特別な意味があって市街地Aを選択したのではないかと思います。単なる市街地での戦闘ならば二宮隊、生駒隊の方に分がある。それを覆すだけの作戦があるんじゃないかと思いますね」

 

 

 

次は月見と太刀川、東が夜凪隊の選択マップについて意見を述べ合う。月見の問いに対し今度は2人とも同意見だった。“夜凪隊は何か特別な意味をもって市街地Aを選択した”と。

しかしそれは裏を返せば“特別な意味がない限り市街地Aでは夜凪隊は勝てない”というものであった。

 

そして、その真実を知る時はすぐそこまで迫って来ていた。

 

 

 

「B級ランク戦ROUND3まであとわずか……まもなく試合開始です」

 

 

☆★

 

 

「本命の二宮隊についてだが」

 

 

と話を切り出したのは刀也。自信ありげに笑うと言葉を続ける。

 

 

 

「まあ気にすべきは二宮だけだな。犬飼は銃手アステロイドで、辻は孤月でマスタークラス……まさに教科書通りの兵士だが……きれいにまとまっただけの奴に負ける気はないだろ?」

 

 

それは挑発的な笑みでありクロウは当然のように「たりめーだ」と返す。そこで刀也はふと表情を崩し、

 

 

「二宮隊に鳩原がいれば話は別なんだが……まあよかろ。二宮隊で注意すべきは二宮だ。間違っても正面に立つなよ」

 

 

 

「了解だ。二宮とやり合う事になれば逃げの一手でいいのか?」

 

 

 

「その時の状況で判断しよう、フレキシブルにな。おれが残ってれば2人がかりで、もしおれ1人で二宮とバトる事になれば……」

 

 

 

「…秘策があるんだったな?」

 

 

刀也の対二宮の秘策。玉狛支部で烏丸に二宮の真似をしてもらい仮想二宮…通称にのまるとして特訓に付き合ってもらった例の技だ。

 

刀也はまた笑みの種類を変える。今度は薄く微笑み、

 

 

「ああ、二宮はおれが倒す」

 

 

そう宣言した。

 

 

 

☆★

 

 

 

転送が終わり、見慣れた市街地Aの街並みが視界を埋め尽くす。クロウはすぐさまレーダーを確認すると、隊員の位置を示す光点が1つ少ない事に気づいた。

 

 

 

「今バッグワームで隠れたのは隠岐か?どうする刀也、おれもまずは隠れておくか?」

 

 

「序盤はいいだろ。クロウはそのまま暴れまわれ。二宮以外ならたぶん勝てる」

 

 

「一応マーカー付けとくよ。隠岐の射程に入ったらアラート鳴らすからそのつもりでいな」

 

 

 

「了解だ」とクロウは返事をして最も近い光点に走る。

レーダーから消えた隠岐と思しき光点は、幸か不幸かマップの西端に転送されていた。クロウは中心から少し離れた北で、周囲には2つの光点があった。1つは少し南の中心地、もう1つは東に行ったところだ。クロウはまず中心地に向かう事にしたのだった。

 

 

クロウが向かっている先から姿を見せたのは南沢だった。どうやら南沢もこちらに向かって来ていたようで、予想地点より早く会敵してしまう。

 

しかしクロウに焦りはなく、むしろ好都合だとばかりにレイガストでダブルセイバーを形作る。

 

 

「南沢を見つけた。始めるぜ」

 

 

 

☆★

 

 

 

クロウからの通信を受けて、刀也は再びレーダーを見る。刀也が転送されたのは東端付近。近くには1つの光点しか表示されていない。しかもその光点は迷う事なく刀也の方に向かって進んで来ていた。刀也もバッグワームを使っておらず、レーダーからは消えていない。それはその光点の人物も同じだ。

 

こんなにも自信満々に浮いた駒を獲る動きをする候補は3人。二宮、生駒、南沢だ。犬飼や辻、水上あたりならもうバッグワームを使って奇襲を狙う頃合いだろう。

 

 

クロウが南沢を発見した事で候補は2人に絞られる。二宮か生駒か……刀也としてはどちらでも良い。旋空使いとしては生駒に一歩劣る刀也だが、戦術の幅は利がある。

二宮が相手なら、例の秘策を披露するまで。

 

 

 

レーダーから光点は消えず、あと1つ角を曲がれば会敵する。

 

 

走り抜けて、お互いに視認。驚く事はなく、両者ともに武器を構えーーーーない。

 

 

「おっと、二宮か。こりゃいかん」

 

 

相手は二宮だった。二宮匡貴。射手の王。No.1射手にして総合ランキングは太刀川に次ぐ2位。ボーダー最高峰のトリオンを持ち、1対1なら最強の呼び声もある猛者。ボーダー最強の一角である事は間違いない。

 

 

そんな二宮と近い位置に転送され、挙句にはつけ狙われる?そんな、なんて。なんてーーーーー幸運。なんたる僥倖。これほど理想的な展開はない。

 

 

だからこそ、背中を見せる。ほくそ笑みながら、二宮匡貴を討つ秘策を開始する。

 

 

 

☆★

 

 

駆け抜けた先にいたのは夜凪刀也だった。曲がり角から姿を現した彼を見て、二宮は予想通りという以外の感慨は湧かない。

マップの東端にぽつんと2人だけ転送されて、お互いを浮いた駒だとばかりにポイント獲得のために動いたのだ。己の実力に自信のある者でしかありえない。

 

すでにクロウと南沢が戦い始めている事を犬飼から聞いていたし、生駒は辻とぶつかっている。残る候補は刀也のみだった。

 

だから、予想通りなのだ。夜凪刀也の実力はボーダーでもトップクラス。しかし自分には及ばない。だから、

 

 

「おっと、二宮か。こりゃいかん」

 

 

そうして逃げられるのは慣れている。

二宮に狙われては、取れる選択肢は少なくなる。ひたすら逃げて時間稼ぎか、捨て身で相討ちを狙うか、落とされる前提で何か仕事をするか、だ。

 

 

刀也が時間稼ぎをするのは予想の内。夜凪隊にはクロウ・アームブラストという強力なパーフェクトオールラウンダーもどきがいるのだ。刀也が二宮を引きつけている間だけで彼は戦場を蹂躙するだろう。

 

故に二宮は刀也を速やかに撃破しなければいけない。……が、そうやって焦らせる事こそが夜凪刀也の常套手段なのだ。

焦りは禁物。油断もなしだ。戦い慣れたマップだ、いつも通りやれば勝てる。

 

 

 

「ハウンド」

 

 

二宮はトリオンキューブを生成すると三角錐の形に分割して追尾弾を放つ。しかし刀也はシールドと孤月を駆使して二宮のハウンドをすべて捌く。

 

さすがにやる。二宮は久しぶりに対峙する刀也の実力を再認識する。やはりフルアタックでなければ刀也を仕留めるのに時間がかかりそうだ。幸い、狙撃手の隠岐はマップの正反対である西端。クロウはマップ中央で南沢とやり合っている。

メインとサブの両方の弾トリガーを解禁しても、その隙を突かれる心配はない。

 

 

来た道をそのまま戻る刀也が曲がり角の先に消える。「逃すか」と走って追いかけた二宮がその先で見たのは、壁だった。

 

バリケードトリガー、エスクード。主に地面から生やす事で盾とする事ができるが、動かせないという欠点を持つ。

せり上がる壁の先で刀也が手を振っているのが見えた。「アディオス」とニヤケ面もおまけで。

 

なるほど、確かにエスクードはシールドよりも硬い。時間稼ぎにはもってこいなのだろう。しかもこんな広くもない路地で使えば道をまるごと封鎖できる。いかにも夜凪刀也らしい小細工だ。

 

 

「ハウンド + ハウンド = ホーネット」

 

 

トリオンを追尾する機能を持つハウンドを合成して、より強い追尾能力を持つホーネットを作り出す。エスクードを避けた先を逃げる刀也を撃ち抜くつもりでトリオンキューブを練り合わせる。

 

やはり三角錐のそれが、撃ち放たれる……その前に。

 

 

二宮の胴が2つに分かたれた。

 

 

☆★

 

 

 

「アディオス、二宮」

 

 

旋空孤月を振り切ってから、もう一度そう言う。

 

 

二宮匡貴ーーーーー緊急脱出。

 

 

しかし、落ちる前に二宮は発射直前だったホーネットを刀也に差し向ける。刀也はグラスホッパーを踏んで誘導半径から逃れる事でそれを躱した。顔には相変わらずの笑みで、

 

 

「お土産グレネードなんて食らうかよ。ホーネットだけど」

 

 

そう宣うのだった。

 

 

“上手く行った”と刀也は一息つく。これこそが秘策。対二宮戦における秘技。タネを明かせば簡単だ。

エスクードで自分を隠し、テレポーターで相手の背後宙空に瞬間移動。旋空で叩っ斬る。

 

 

しかし、たったそれだけの秘技を叩き込むためにいったいいくつの布石を打った事か。

 

1つ目、B級ランク戦開始前のボーダーマガジンの特集にて刀也は「二位以下の部隊に負ける気はしない」と答えた。これは裏を返せば二宮隊は警戒に値する、という事に他ならない。

 

2つ目、クロウという強い駒を見せつけておく事。これによって二宮は“刀也が時間稼ぎをして、その間にクロウが点をとる”という風に作戦を解釈した。

 

3つ目、マップに市街地Aを指定した事。市街地Aはド標準マップ。どの部隊も一度は経験した事がある普通のステージだ。これは二宮隊に“いつも通り”である事を強調するためだった。

 

4つ目、バッグワームをクロウにも使わせなかった事。二宮は狙撃手が潜んでいる時は基本的にメインとサブの両方を使う全攻撃をしない。狙撃手を警戒していつでもシールドを張れるようにするためだ。しかし、周囲に狙撃手がおらず敵が逃げているとなれば得点のために全攻撃を解禁する事もあり得る。二宮の防御を薄くするために、隠れた敵がいる可能性を排除したのだ。その点、隠岐が西端に転送されたのは幸運だった。

 

 

これらの刀也が打った布石によって、二宮は完全に思考をコントロールされていたと言っても過言ではない。

 

二宮にとって警戒されるのはいつも通りで、市街地Aなんて戦い慣れたマップで、刀也の逃げるという選択肢は理に適っていて、周囲に狙撃手はいない。

 

“いつも通り”ーーーいや、むしろ序盤に後顧の憂いなく強敵を撃破できるのは幸運だとさえ思わせた。

 

 

そんな隙を作り出し、突く。

 

二宮という男に勝つために刀也が練った“秘策”の全体像がそれだ。

 

 

秘策は成り、一番の強敵は消え失せた。

 

 

「なら、あとはこのラウンドを勝つだけだ」

 

 

☆★

 

 

「衝撃的な展開です。なんと1番初めに緊急脱出したのは二宮隊長です!」

 

 

ランク戦の見物人たちは驚愕していた。あの二宮匡貴が、射手の王が、真っ先に緊急脱出?どんな波乱だ。どんなジャイアントキリングだ。

 

普段は冷静な月見ですら驚きを隠せていない。月見はかつてのA級1位東隊のオペレーターだった。東春秋を隊長とした向かう所敵なしの最強部隊。今では隊員たちは散り散りになってしまったが、当時の隊員が今では全員が己の部隊をもっている。二宮、加古、三輪……二宮隊もある不祥事が起こるまではA級部隊だった事を考えると、すべての部隊がA級であった事がわかる。

それだけの人材を育てられる東塾スゲェ、という結論に落ち着くのだが、今はそんな旧東隊でも屈指の得点力を誇り、被撃破率も低かった二宮が何もできずに緊急脱出させられてしまった事が問題なのだ。

 

 

「あれは……いったい何が起こったのでしょう?」

 

 

我に帰り刀也の秘技について予想しつつも、戦術の師である東に答えを求める。いち早く冷静を取り戻していた東は「推測ですが」と前置きして語り始めた。

 

 

「狭い路地に誘い込み、エスクードで通り道を塞ぎつつ自分の身を隠す。次にテレポーターを発動して相手の背後宙空に瞬間移動し、旋空で斬る……おそらくそういった技だと思います」

 

 

「かー、出たな…ヨナさんの初見殺しが。容赦ねーなまったく」

 

 

東の見解に太刀川が感想を述べる。刀也の初見殺しについては上位攻撃手のなかでは噂になるほどである。実力で勝てないと見るや発動する初見殺しの数々。ストックしている技を放出し勝ちをもぎ取りにいく刀也のスタイルだ。

 

 

「この技は相手の視界から消えるというのが肝ですね。テレポーター単体でも初見殺しのコンボに繋がりますが、瞬間移動の先は“視線の先数十メートル”という弱点もある。エスクードで姿を隠して視線を読ませない、というのが重要なポイントではないでしょうか。それにエスクードで姿を隠してから、色んな技に派生する事もできますね。例えば…この初見殺しの秘技を見せておいて、次はテレポーターではなく旋空孤月でエスクードごと相手を狙う、なんてのも考えているかもしれません」

 

 

「相変わらずえげつない技だな。……しかし二宮が上手く釣られ過ぎた気もするな。ヨナさんお得意の盤外戦術か?」

 

 

 

「それは夜凪隊長の心理誘導で二宮隊長が簡単に撃破されたという事でしょうか?」

 

 

太刀川も驚くだけではなく、刀也の布石により二宮が撃破された事を見破っていた。夜凪刀也の盤外戦術がえげつない事くらいは周知の事実だ。しかし二宮ほどの知者を誘導する事ができるのかという疑問に太刀川はあっけらかんに「そりゃそうだろ。じゃないと二宮があんな簡単にやられるわけがない」と返す。それから一息おいて、

 

 

「ヨナさんに本気で対策とられたら、勝てるやつなんていねーよ」

 

 

 




二宮さんの不遇会。あれ…?大規模侵攻に続き二宮さんが不遇だぞ?別にイケメンが嫌いってわけじゃないんだからねっ!


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それは後に、ある決意を生んだと想起させる一戦。

失敗が成功の母となるように、敗北もまた勝利への糧となる。


二宮匡貴が撃破された。衝撃的な展開ではあるが、二宮隊の面々に焦りはない。勝つ事もあれば負ける事もあるのが世の常だ。強いという事実はただ負け難くなるだけに過ぎず、力の差がそのまま勝敗を分けるわけではない。

 

二宮隊はそれを理解しているのだ。しかし、まだ負けが決まったわけではない。二宮隊の隊員である犬飼と辻はボーダーでも数少ないマスタークラスの使い手だ。そんじょそこらの相手に遅れはとらない。

 

 

 

刀也に真っ二つにされた二宮は隊室の緊急脱出用のベッドに投げ出されて、悪態をつく代わりに舌打ちする。まんまとやられた。完全に自分が狩る側だと思っていた隙を突かれた。しかし、そんな事は後だ。まだランク戦は終わっていない。

 

二宮は立ち上がると氷見の横に向かい、ヘッドセットを装着する。

 

 

「すまない、落とされた」

 

 

素直に謝罪し、戦況を聞き出すと自分が落とされてから変わりはないようだった。

 

二宮は隊室から指示を出す。例え自分がやられたとしても二宮隊はまだ負けてないのだ。負けてなどやるものか、と静かながら闘志を燃やして。

 

 

☆★

 

 

「…刀也の秘策は見事に嵌ったみてぇだな」

 

 

空を翔ける緊急脱出の光を見て、クロウは刀也の秘策の成功を確信した。一瞬遅れた二宮撃破の報せが入り、自分も負けてはいられないとレイガストのグリップを力強く握り込む。

 

 

クロウと南沢の戦いはクロウが優勢であった。近接戦では当然のように上回り、グラスホッパーで離脱しようとすれば銃トリガーで蜂の巣にする。

クロウのログを2万回見たと豪語していた南沢だが、現物は記録よりもずっと強く感じるようで、味方に救援を要請していた。

それに応えたのが隠岐と水上で、2人はこちらに向かって来ていると言うが、間に合うかどうかは怪しい所だ。

 

しかし、状況が南沢を味方していた。付近にいた犬飼がクロウを攻撃し始めたのだ。おそらくは二宮というエースを失った二宮隊は強敵同士を食い合わせる作戦に切り替えたのだろう。現に辻は生駒をこちらの場所に誘うような戦い方をしているという話だ。

 

 

クロウも二宮隊の動きについては陽子を通して把握していた。おそらくは自分を中心に乱戦を始めるつもりなのだろう。しかも間が悪い事に自分が内側にいるのだ。攻撃に晒されやすく、逃げにくい。囲いができる前にさっさと立ち位置を変えたい所だが、それを南沢と犬飼がさせてくれず、どちらかを倒そうとすれば必ず邪魔をされる。

 

突破しようと思えば可能だが、多少のリスクは背負わないといけない。

 

 

「辻、生駒は抑えに行く。そっちはなんとか頼むわ」

 

 

刀也は辻がこちら側に引っ張って来ている生駒を止めにいくようだ。そうなるとこちらで生駒以外の生駒隊メンバーが揃ってしまう事になるが、刀也はエースである生駒を止める方に価値を見出したようだった。

 

クロウは「了解だ」と言って考えを巡らせる。辻が生駒をこちらに引っ張って来ているのは、ここで乱戦を起こすため……もっと言うなら点を取りやすい状況を作るためだ。だが辻と生駒が足止めされれば、こちらで乱戦は起きにくくなる。

 

 

「だったら犬飼はそっちに行くんじゃねえか?」

 

 

となれば、生駒隊のほとんどが揃うこちら側より辻と合流可能で、生駒と刀也という駒を潰し合わせる事ができる方に行くと考えるのが自然だ。

 

通信越しに刀也は「あー、そっか、そうだよな」と納得する。これで作戦を改めるかと思ったが、刀也の考えは変わらず「そっちはそっちで頼む!おまえならできるさ!」と激励を貰うクロウだった。

 

 

 

☆★

 

 

「おまえならできるさ!」と言って通信を終えた刀也。問題は犬飼がどのタイミングで動くかだと考えていた。二宮を倒した刀也はすでに辻、生駒のいる方角へ向かっている。今回バッグワームはセットしてきていないため、その動きはレーダーで一目瞭然だ。犬飼が早い段階で動き始めてくれれば、その分クロウと南沢の一対一の時間が長くなり、おそらくは点が取れるだろう。しかしその逆……生駒隊が合流してからその場を離れるとなればクロウは数的不利のまま次のバトルに移る事になる。

 

「あー、人が足りねぇ」

 

せめてもう1人いれば違った展開を作れたかもしれないが、今はぼやいている場合ではない。

レーダーを見るとすでに犬飼が動き始めていた。さすがの判断の速さだと称賛する。辻、生駒との元々の距離は犬飼の方が近い。しかし機動力においては刀也が優っているため、おそらく到着はほぼ同時になるはずだ。

 

地を蹴って加速。減速してきた所でテレポーターを使用…さらに距離を稼ぐ。また地を蹴って加速……その繰り返しを何度かすると、目的の場所に到着した。

 

 

 

「旋空ーーー」

 

 

 

目測の距離はおよそ100m。生駒が構えた先にいたのは辻だった。すでに体勢を崩しており、一瞬の後に両断されるのが直感が囁かずとも理解できた。

 

 

 

「ーーー孤月」

 

 

刹那の斬撃が辻を真っ二つにする。No.6攻撃手、生駒達人が放つ旋空は本人の名を冠して“生駒旋空”と呼ばれる。旋空という孤月のオプショントリガーは斬撃を拡張するという触れ込みのトリガーだ。その射程は効果時間と反比例する。つまり発動時間が短ければ短いほど旋空は長い距離を斬り裂く事ができるわけだ。

生駒のそれは、発動時間は0.2秒にして距離およそ40m。普通の孤月使いの旋空が発動時間1秒の距離15mと比較すると、その凶悪さは一目瞭然だ。この生駒旋空をもって生駒達人はボーダー随一の旋空使いとされている。

ちなみに刀也は旋空使いとしてはボーダー2位で、発動時間0.5秒の距離25mだ。

 

 

それが、刀也は気に喰わないのだ。

 

 

 

「旋空ーーー」

 

 

テレポーターで一気に距離を詰めて、互いの間合いに入る。そう言って、刀也が振り切るまでに生駒は「旋空孤月」と孤月を構えてから振り切っていた。

 

しかし、2人の旋空孤月は互いのトリオン体を薄く切ったのみ。もう一度旋空合戦と洒落込もうとした2人だったが、視界の端に映った犬飼が銃を構えていた。

 

刀也と犬飼に向かってばら撒かれる銃弾を2人はシールドを張って防ぎ、距離を取る。

攻撃手たる辻がいない今、銃手の犬飼が単独で点を取るのは厳しい。しかし犬飼はサブウェポンとしてスコーピオンを装備していたはずだ。20〜30mは銃手の距離だが、自分はそれを覆せるだけの武器(旋空)がある。うかつに近寄ってグサリ、なんてされたら洒落にならん。

そう考えた刀也は犬飼に接近するが、生駒も考えは同じようで犬飼との距離を詰めていた。

 

 

そこで刀也の視線が自らの背後を映している事を理解した犬飼は、二宮がやられた時を思い出して、そこに向けて銃弾を置く。何もない、誰もいないはずの空間が揺らぎ、そこに刀也が現れた。犬飼のアステロイドは刀也に無数の風穴を開けるが、刀也の構えに一寸の淀みなく。

 

 

「「旋空ーーー」」

 

 

前後から同じ音が発される。刀也にしても生駒にしても、犬飼を相手ごと旋空で叩き斬るつもりなのだ。どの道生き残るルートのない犬飼は、自分のアクションが間違っていなかった事を信じてーーーー

 

 

 

「「ーーー孤月」」

 

 

犬飼澄晴ーーーー緊急脱出。

 

 

「ああ…くっそ……」

 

 

その声は、刀也の口から紡がれてーーーー

 

 

夜凪刀也ーーーー緊急脱出。

 

 

横一文字の斬撃は犬飼の首を断っていた。縦一文字の斬撃は犬飼の首から股下までを切り裂き、刀也さえもを両断していた。

 

勝ったのは、生駒達人だった。

 

 

☆★

 

 

「辻隊員に続き犬飼隊員、夜凪隊長が緊急脱出!生き残ったのは生駒隊長です。が、ポイントは二宮隊、夜凪隊に一点ずつ……犬飼隊員と夜凪隊長の相討ちという形になります」

 

 

 

「おー、こりゃ犬飼は大金星だな。つーかヨナさんがまたわけわかんねぇプライドを発揮したか?」

 

 

実況席で月見が状況を説明し、太刀川が夜凪離脱について声を出す。

本来負けるはずのない相手に負けてしまった刀也の有り様を“変なプライドのせい”だと言及したのだ。

二宮を瞬殺できるほどの策を巡らせた刀也が、何の考えもなしに生駒と旋空合戦をしたためだ。“旋空で負けたくない”というプライドが真正面からの勝負に発展し、それが敗北に繋がったのだ。そこには二宮を倒した……要は“仕事はした”という油断もあったかもしれない。

 

 

「これでステージには落とされた南沢隊員以外の生駒隊とクロウ隊員のみが残されている状況になりました。生駒隊が数的有利をもっていますが、クロウ隊員の実力はROUND2で知れた通りです。果たしてどうなるかは未だわかりません」

 

 

普通に考えれば生駒隊が有利だ。しかしクロウの実力には目を見張るものがある。そう言ったのは東だ。近接戦においてはすでにボーダートップクラスとも渡り合えるし、銃撃戦に持ち込まれても十分勝てるだけの力はある。その上狙撃技術もマスタークラス以上に冴えている。

しかし、援護がない以上はおそらく負けてしまうだろう……というのが見解ではあるのだが、そこまでは言わない。

 

 

「早い展開ですが、すでに終盤に入りつつあります。ここでクロウ隊員と水上隊員が交戦開始。一対一ならクロウ隊員に分があるように見えますが、付近には隠岐隊員も潜んでいます。これはクロウ隊員には厳しい状況に見えますが…」

 

 

☆★

 

 

「アーステロイド」

 

 

「こいつが水上か」とクロウはひとりごちる。すでに南沢は撃破していた。辻、犬飼に続き刀也まで緊急脱出し、残るは自分と生駒隊のみ。

水上は優秀な射手だが、二宮のように単独で点を稼げるほどの能力は持たない…というのが刀也から聞いていた水上の評価だった。比較対象が強過ぎるというのもあるが、確かにポイントゲッターというより仕事人という印象を受ける。

ここで姿を現したのは、クロウに勝てると思ったからではなく部隊にとっての最悪を避けるためだ。生駒隊にとっての最悪はクロウを見失い、各個撃破される事だ。クロウにはそれができる狙撃があるし、だからこそこの場に縫い止めておきたいのだ。

 

 

水上が「アステロイド」と言って放ったのはメテオラだと瞬時に理解したクロウは二丁拳銃に持ち替えて撃ち落とす。トリオンが炸裂し轟音と共に火炎が爆ぜるも、それに構わず続けて引き金を引く。

 

水上はメテオラを撃ち落とされた事に驚きつつも続く銃撃をシールドで防ぐ。トリオンの差があるせいか、シールドにはすぐにヒビが入ってしまう。サブのシールドを起動して全防御に移ろうかとも考えたが、そうしてしまえばおそらくクロウは銃撃をやめて接近戦を仕掛けてくるだろうと見抜いた。射手は近づかれてはお終いだ。

 

 

ゆえに、反撃。

 

 

「アステロイド」と言ってハウンドを放つ。さすがにハウンドの弾速だと撃ち落とせないのか、クロウは距離をとって弾を躱そうとするが、生憎それはトリオンを自動追跡する追尾弾。避けても追ってくるハウンドにクロウはシールドで対応する。

それは二丁拳銃が一丁に変わった事を意味し、水上は反撃の機を掴んだとばりに今度は本当にアステロイドを撃ってきた。その間にシールドを割られていくつかの弾丸が水上のトリオン体を穿つが、いずれも急所ではない。

 

 

「スラスター、オン」

 

 

拳銃が瞬く間にレイガストに変化したかと思うと、息吐く暇もなくスラスターで加速したクロウが肉薄する。撃ち放ったアステロイドはレイガストに弾かれ消えてしまった。

誘われてしまったのか、と水上は思考する。メテオラならレイガストを割られる恐れがある。ハウンドなら視線誘導で防御を躱されてしまうかもしれない。だが直線のアステロイドなら?その答えが今の状況だ。

 

スラスターでのシールドチャージを水上はシールドで受け止める。クロウの左手には拳銃が握られており、それは見当違いな方向に銃口が向けられていたが放たれた弾丸は緩やかなカーブを描いて水上に迫ってきた。

 

「ハウンドかい」と毒づきながらもそれをシールドで防いだところで自らの不覚に気づく。

 

 

クロウはレイガストをブレードモードに変形させるとシールドの隙間を縫って斬撃を叩き込んだ。一撃目で両脚を断ち、二撃目で首を断つ。水上の緊急脱出は必然だった。

 

 

 

「旋空ーーーー」

 

 

跳躍。

 

「孤月」の声と共に拡張された斬撃は回避するクロウの左足を切断した。舌打ちしたクロウは孤月を振り切った姿勢の生駒を視認した。生駒が来る前に身を潜めるはずが、思った以上に水上に手こずってしまったせいで生駒に捕捉されていた。

生駒との距離はおよそ40mほど。生駒旋空が最も威力を発揮する距離だ。クロウの選択肢は接近戦しかありえなかった。今の距離では銃トリガーは火力不足だし、距離をとって狙撃をしようもんならその隙を隠岐に突かれるだろう。

 

クロウは左手にレイガスト、右手にハウンドのまま生駒との距離を詰める。ハウンドを撃ちながら走る。生駒が孤月を防御に使ってくれるなら儲け物だったが、そう上手くはいかない。

生駒はシールドでハウンドを防ぎながら旋空の構えに移る。一瞬の後に斬撃を解放する、が横殴りの旋空孤月はクロウが深く身を沈めた事で回避される。

 

クロウの距離に入るまで、あと3回は旋空孤月が撃てる。超人的な回避もそう何回もできないだろう。生駒は続く二閃目は袈裟斬りするように旋空孤月を振るう。

先程の横殴りの斬撃と打って変わって今度は縦の攻撃を、クロウは長躯を翻す事でひらりと躱す。空中でスラスターを起動し、生駒との距離を一気に詰めるつもりだ。

しかしそれは生駒にとっても都合の良いアクションだ。スラスターでは急に体勢変更もできない。旋空孤月の的になるだけだ。再びの横一閃の斬撃。地を這うようにスラスターで進むクロウを一刀両断するはずの旋空は、いとも容易く避けられてしまう。

 

生駒の視界からはクロウが消えたようにさえ感じられた。それほど急激な方向転換があったのだ。馬鹿な、すでに片足はないのにどうやってそんな動きをしているのだ。そんな疑問はクロウが消え去った地点にあったグラスホッパーが氷解させた。

 

グラスホッパーを踏みつけてさらに加速しながら前方中空に躍り出たクロウはスラスターの勢いそのまま生駒をぶった切る。生駒もグラスホッパーは予想外だったようで、それがクロウの挙動を読み間違えた原因となり敗北した。

 

これであとは隠岐を探し出して撃破するだけ……そんな事を考えたクロウだったが。

 

しかし、B級上位をキープする生駒隊の底力はそんなものではなかったのだ。

 

 

 

銃声が鳴り響き、クロウの頭に穴が空く。

 

 

「…やられたな」

 

 

振り向いたクロウが見たのは、生駒旋空によって通った射線の向こうでライトニングを構えた隠岐だった。

距離はわずか20m……狙撃手のセオリーから離れた動きゆえ、見逃してしまった隠岐の…否、生駒隊の乾坤一擲の一発だった。

 

 

クロウ・アームブラストーーー緊急脱出。

 

 

 

☆★

 

 

「ここでクロウ隊員が緊急脱出!ROUND3夜の部、試合終了です。残ったのは生駒隊の隠岐隊員…生存点が加算されます。しかし最終戦績は5対4対1で夜凪隊が逃げ切りました」

 

 

ギリギリの点差で夜凪隊は勝利した。二宮、犬飼、南沢、水上、生駒を撃破し5点。生駒隊は辻と刀也の撃破で2点に生存点を加えて4点。一点差での勝利と相成った。

 

月見が「ここでこの試合の総評をお願いします」と太刀川と東にコメントを求める。

 

「まぁ1番でかいのは二宮が真っ先に落とされた事だよな」

 

 

と言い切った太刀川は続ける。

 

 

「あれで二宮隊はいっきに得点力を失ったな。辻や犬飼も確かにできる方だが、単独でヨナさんやクロウには勝てんだろ。生駒隊には狙撃手がいるし常に背後を気にした状態じゃ勝てる相手にも勝てない。…つまり合流するしか手は残されてなかったわけだが、それも辻が落とされた事でアウト。ただヨナさんのテレポート先を読んで1得点を挙げた犬飼は上手かったな」

 

 

「確かに二宮隊長が緊急脱出したのは衝撃的でした。夜凪隊長の見事な技が決まりましたね。しかし、その夜凪隊長も中盤で脱落してしまいました」

 

 

「ありゃヨナさんの悪い癖が出たな。生駒相手に旋空で勝負しようなんざ無謀にも程がある。二宮相手にしたみたいに“勝ち”に拘っておけば負ける事はなかっただろうに」

 

 

「確かに、あの場で夜凪が生駒隊長を撃破できずとも足止めしておけば結果は違ったものになったかもしれません。今回の生駒隊の勝因は狙撃手を切り札としてとっておいた事です。最後にクロウを撃破したのも隠岐でしたからね。彼はこの試合、あの一発しか撃っていません。だからクロウも位置を捕捉できていなかったんでしょう。夜凪が生き残っていれば、サイドエフェクトで隠岐の狙撃も回避できた可能性もありますが、そう言った意味でも中盤で勝負を仕掛けにいった夜凪の選択は英断とは言い難いでしょう」

 

太刀川に続き東にまでもが刀也の行動を責め立てる。要は「勝てる勝負をフイにしやがって何考えてんだ馬鹿野郎」という事である。しかも今回刀也は二宮対策でエスクードとテレポーターをトリガーにセットしていた。これらを駆使しておけば足止めや時間稼ぎは容易かったにも関わらず、旋空孤月で生駒と勝負しようとした事がそもそもの間違いなのだ。

 

 

「そして終盤ですが、生駒隊を単独で相手どったクロウ隊員でしたが惜しくも敗れました。これは先程、東隊長が仰った通り隠岐隊員が最後まで息を潜めていた事がキーポイントになるでしょう」

 

 

「今回、クロウは隠岐を除く生駒隊のメンバー全てを相手にして勝利しています。撃破された中でも特にいい仕事をしたのは水上でしょう。彼の時間稼ぎがなけれな生駒隊はクロウを見失った可能性があります。そうなった場合は各個撃破されていた公算が高いです」

 

 

実況席から見てもクロウの強さは際立っていた。生駒旋空の間合いから距離を詰めて生駒を撃破した事もそうだが、常に隠岐の狙撃に備えながら南沢や水上を相手取った事も大きい。最後は生駒隊の連携の前に破れ去ってしまったわけだが、得点面で見ても今試合のMVPはクロウだと言えた。

 

そこで太刀川が何を言いたそうにしていたが「ふーむ」と唸るだけで黙る。太刀川の体感としては、この試合のクロウより自分と戦った時の方が強い気がしたのだ。「どこか後手に回っている……いや、少し違う。あれは指示待ちか」と誰にも聞こえないように一人で納得する。

 

 

「この試合の決定打となったポイントは3つ。二宮の早期撃破、夜凪の敗北、生駒隊の連携です。まず二宮が落ちた事で二宮隊、生駒隊は作戦の変更を余儀なくされたでしょう。2点目、夜凪が生駒に負けた事でクロウが1人で生駒隊を相手にする展開になりました。3点目、今回の生駒隊は良く連携が取れていました。南沢と水上の時間稼ぎに生駒の射線を開けるための旋空、隠岐の潜伏……どれか1つが欠けていればこの結果には繋がらなかったでしょう」

 

 

 

「東隊長から総評を頂いた所で、昼の部の結果と併せて順位が変動します。二宮隊、生駒隊は現在の順位のまま不動、夜凪隊は4位にアップしました。加えてROUND4の組み合わせも決定しました。昼の部は2位影浦隊、3位生駒隊、4位夜凪隊、5位に上がってきた玉狛第二の四つ巴。夜の部は1位二宮隊、6位王子隊、7位東隊の三つ巴となります」

 

 

 

☆★

 

 

「すまねえな、最後は落とされちまった」

 

 

「いや、あたしの責任だよ。隠岐を見失っていた。アラートはするつもりだったんだけどねぇ」

 

 

「いい。今回のはおれが悪い」

 

 

 

その頃、夜凪隊では簡易的な反省会が行われるはずだった。まずクロウが落とされた事に謝罪したが、同じく隠岐を見失っていた陽子も自分の責任だという。しかし刀也はこの試合で生存点が取れなかったのは自分のせいだと言ったきり押し黙る。

いつもは“切り替えが大事だ”と反省点をぺらぺら語る刀也だが、今回は黙ってしまっている。

 

クロウはもとより、陽子も豪快ながら人の機微にも敏い。刀也の心情を読み取っている。いま刀也の心中にあるのはROUND3の反省などではない。生駒に負けてしまった悔しさだけだ。

 

これでは反省会どころではないため、クロウは次のROUNDの組み合わせが決まった事を告げる。

 

 

「刀也、陽子。次の組み合わせが決まったぜ。……また、生駒隊が相手だ」

 

 

陽子は「ハッ」と大仰に笑う。

 

 

「いいじゃないか、早速リベンジの機会ってわけだね」

 

 

刀也もようやく顔を上げて、少しだけいつもの調子を取り戻し薄く笑む。

 

 

「なるほど、こりゃ生駒隊対策をとらにゃいかんな」

 

 

 

こうしてB級ランク戦三日目の夜は更けていくのだった。

 




月見さんのキャラがあんまりわからないでござる。

ある程度親しい人には砕けた口調で話すけど、公の場であったり上司との会話ならこんな喋り方になるんじゃね?という考えでした。


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最後の切り札

B級ランク戦ROUND3が終わったら、原作者葦原先生が読者に媚びすぎてしまったと認めたアレが登場します……!


B級ランク戦ROUND3が終わり翌日、クロウが目を覚ましたのはドアの開閉音でだった。しかしそれは自室のものではなくその隣に位置する隊室のいずれかのドアによるものだ。

 

気配を探ってみると、訓練室に刀也が入って行った事がわかった。

“ランク戦の翌日は思いっきり休む!”と言い休日宣言している刀也だが、これではいつもと同じ朝の鍛錬だ。おそらく昨日、生駒に敗れたのが効いているのだろう、と判断したクロウは再び眠りにつく。

 

 

夜凪刀也は未だリィン・シュバルツァーには及ばない。

からかい甲斐のある後輩でもなければ、甘ったれた悪友でもない。肩を並べて戦うには役者不足だ。

成長してほしいと思った。自分と肩を並べて戦えるくらいには。仲間だと、対等な関係だと言って、誰もが納得してくれるように。

だからクロウはあくまで“クロウ・アームブラストの手の届く範囲”でしか本気を出さない。作戦にしろ状況判断にしろ、刀也に決断させている。これはⅦ組の重心として皆をまとめ上げてきたリィンと同じ道を辿らせるためだ。

そんな事ではいけないとクロウもわかっている。リィン・シュバルツァーと夜凪刀也は別の人間だから、同じ道を辿らせる必要はないのだ。同じ経験をさせて、リィンのコピーにしてはいけないのだ。

だけど、刀也にどこかリィンの影を追ってしまう。リィンの弟子で八葉一刀流の使い手という事もあるだろう。きっとそれ以上に刀也がリィンの背中を追っている事が大きい。

 

それが悪い側面を見せたのが昨日のランク戦だ。刀也は剣技で負ける事をひどく嫌う。1つの技の完成度で敗北する事を恐れているのだ。それが生駒と旋空で勝負した理由のはずだ。

剣力で劣っているのはいい。だけど剣技での敗北は許されない。何故なら自分はリィン・シュバルツァーの弟子だから。という強迫観念。譲れない一線……プライドというやつなのだろう。

 

夜凪刀也の目的は…というか、クロウと刀也の目的は“ゼムリア大陸にⅦ"sギア(リィン)と共に帰る事”である。刀也はそれを達成するためならば、どんな事でもやってのける…というスタンスなのだが、先のような剣技に拘って勝利を逃す事もある。矛盾しているのだ。“こうすべき”とわかっているのに“こうしたい”に傾き動いて為すべき事を成し遂げられない状態になってしまっている。

“こうすべき”というのは当然、勝利を至上として動く事であり“こうしたい”というのはリィンから授かった剣技で勝ちたいという願いである。刀也も頭では優先順位はわかっている。だけど師の教えも大切にしたい事も確かなのだ。

 

“こうしたい”で“こうすべき”を為せるのがベストなのだが、このボーダーという組織はそう簡単ではない。“こうしたい”を捨ててでも“こうすべき”に傾倒させる方が刀也としても後悔せずに済む。

 

 

「そろそろ先輩がおせっかいを焼くべきなのかもな…」

 

 

眠る間際、クロウはそう呟いたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「へぇ」と思わず声に出た。眼前にはトリオン兵ラッドがいる。ただしガラス板越しであり、件のラッドは通常のそれとは違い黒く染められており、おまけにどこかで見た事のあるような角を生やしていた。

 

 

「陽子、こいつは?」

 

 

「アフトクラトルの人型近界民の死体から角をラッドに付け替えたものさ」

 

 

アフトクラトルによる大規模侵攻の際、敵方の人型近界民には死者が出た。ボーダーはそれを回収し研究していたのだが、その過程でトリガー角ーーートリオン受容体に、元の人型近界民の記憶が残っていた事が判明した。これはトリガー角が脳と一体化していたものと考えられている。

ならば、と思いトリガー角をラッドに付け替えてトリオンを注入したら、人型近界民エネドラの記憶を有したトリオン兵が完成した。

 

 

「今日はその実験日だったのさ」

 

 

「開発室のやつらが少し時間を前倒しにしたみたいだけどね」と陽子は付け加えた。

 

クロウは陽子に連れられて開発室に来ていた。理由としてはラッドのエネドラの実験がある日だったためである。本当なら目覚めの時間に間に合うはずだったのだが、開発室の連中が実験を前倒しにしたせいで少し遅れてしまっていた。

この話は本来陽子には関係のない話なのだが、開発室を去った後も陽子は雷蔵などと仲良くしていたため情報が転がり込んできたのだ。刀也も連れてくるつもりだったのだが、誘いはすげなく断られてしまっている。

 

 

「ん?なんだ来とったのか」

 

 

そこに鬼怒田が現れる。エネドラッドへの質問を終えたようだが、どうにも表情は優れなかった。

 

 

「鬼怒田さん、あの人型近界民から情報は得られたと聞いてるんだがねぇ…どうしたんですかい?」

 

 

「それが問題なのだ。奴は素直すぎる……こうもあっさり情報を渡されては信用ならんのだ」

 

 

「確かあいつって味方に殺されたんだよな。なら恨みがあるから知ってる事を話したって線はねぇか?」

 

 

鬼怒田の言葉にクロウが返す。裏切られたんだから忠義を尽くす必要はないはずでは?という推測だが、鬼怒田は「そうかも知れんが」とのみ返す。

 

 

「夜凪は来とらんのか?こういう時にはあやつの直感が頼りになるのだが……まあいい。今は夜凪より適任がおる」

 

 

夜凪刀也のサイドエフェクト『超直感』は言葉の真偽を確かめるのに有用だ。しかし鬼怒田はそんな刀也よりも適任がいると言った。不思議そうな表情で察したのか、鬼怒田はその答えを言う。

 

 

「玉狛の空閑だ。あやつのサイドエフェクトは『嘘を見抜く』というものらしい。どれだけあてになるのかは知らんがな」

 

 

ぶっきらぼうに言い放つと、ついでに遊真がボーダー本部に向かってきている事まで告げる。それにはアフトクラトルの捕虜も一緒のようで、そちらからも情報が得られないか話してみるという事らしい。

そろそろ到着するという事で鬼怒田も会議室に向かおうとした所をクロウが呼び止めた。視線をエネドラッドにやって「あいつについて2〜3点聞きたい事があるんだが」と言うと、鬼怒田は腕時計を確認して3分のみの質問が許可された。

 

 

「あのラッドは黒いトリガー角を付けてるが、あれがないとエネドラの記憶やらはトリオン兵に移し替える事はできないのか?」

 

 

「いや、そんな事はない。トリガー角……正式名称はトリオン受容体というらしいが、それからデータは吸い出している。トリガー角がなくてもそのデータさえ入力すればトリオン兵にエネドラの記憶を与える事は可能だ」

 

 

クロウは鬼怒田の答えに「なるほどな」と返す。聞きたい事はすべて鬼怒田が答えてくれていた。感謝を告げると、鬼怒田は「何か企んどるんじゃなかろうな?」と顔を近づけてきた。

 

 

「は、そうかもな。でもボーダーにとって悪くない謀だ」

 

 

クロウのいかにも怪しい答えを聞くと「ふん」と鼻を鳴らして鬼怒田は会議室に向かって行く。

 

 

「こいつは切り札になるかもしれねぇな……刀也にも話すとするか」

 

 

鬼怒田の背中を見送ると、クロウはそうひとりごちるのだった。

 

 

☆★

 

 

鬼怒田ら上層部が玉狛から運ばれてきたアフトクラトルの捕虜と話している間に刀也を開発室に連れて行こうと考えたクロウは隊室に戻り、そこから訓練室に顔を出した。

 

 

「…違う。まだ鋭く……いや、タイミングが重要で……そうか、タイミングなら抜刀の瞬間で……残月なら……」

 

 

訓練室では刀也がぶつぶつ言いながら孤月を握っている姿が見れた。名前を呼ぶとハッとしたようにこちらに顔を向ける。

 

 

「クロウか。どうかしたか?」

 

 

「ああ、実はさっき開発室に行ってきたんだがーーー……」

 

 

 

そこでクロウは自分が開発室で見た光景について伝える。エネドラの記憶データの事や、それを別の器に移し替える事ができる事について。

そして、そこから発展してそれが自分たちの悪巧みの切り札になるかもしれないという事まで。

 

 

 

刀也はクロウの話を聞くと「なるほど」と何度か呟いて理解と納得を示す。

 

 

「確かにそれなら切り札になるな。今まで準備してきたやつじゃ少し弱いと思ってたけど、言ってる事が実現できればかなり強いカードになる」

 

 

クロウは「そうだろ?」と言いながら、刀也も気づいたそもそもの難点について言及する。

 

 

「だが、どうやって上層部の連中を説得する?自分で言っておいてなんだが、相当難しいと思うぜ」

 

 

刀也も“実現できれば”と言っているし、クロウとしても同意見。

それだけ難易度が高いのだ……

 

 

 

エネドラを部隊に迎え入れるという事は。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

クロウが刀也と共に開発室に向かっていると、同じように遊真と三雲と菊地原を連れた鬼怒田に出会う。軽く挨拶を交わして開発室を目指す。

ほどなくして再びラッドにトリオンが注入されてエネドラの人格が目覚める。

 

鬼怒田は再びエネドラッドに質問を投げかけ、遊真がそれを嘘か真か見極める。

エネドラッド曰く、アフトクラトルは4つの家が領地を争う国だそうだ。そのうちの1つの領主が遠征隊のリーダーだったハイレイン。そのハイレインが自ら、しかも黒トリガー使い達を率いてこっちの世界に来たのは、アフトクラトルの“神”……アフトクラトルという国を支えるマザートリガー*1と一体化した生贄がもうすぐ死にそうだからという話だ。次の神候補を探すために遠征をしたのだという。

その神が死ぬと国そのものが死滅する。風が吹かず、雨も降らず、夜も明けない。

神に選ばれた人物のトリオンの大小により星の規模も変わるため、神は厳選しなければならないのだ。そうして神を厳選してきたからこそアフトクラトルは“神の国”と呼ばれるようになったという事だった。

 

エネドラッドはさらに「攫われた人たちを取り返しに行くならアフトクラトルまで道案内する」とまで言う。

尋問に対して協力的すぎるエネドラッドに疑念を抱いた鬼怒田が「何が狙いだ?」と問いかけると、

 

 

「説明するまでもねえだろ。オレを裏切って殺した連中をぶっ殺すためだ」

 

 

そう語るエネドラッドだったが、そこで遊真のサイドエフェクトが反応する。遊真は「全部じゃないけど部分的にウソだ。何か他にも目的がある」と見破った。

 

尋問はひとまずこれで終わりとなる。しかしすべての質問が終わったわけではなく、これからの協力も遊真は約束された。

 

 

それから遊真たちは開発室を出ていくがクロウと刀也は残ったまま。陽子は奥の方でお喋りに興じている。

 

 

「なんだ、まだ何かあるのか?」

 

 

そんな2人に鬼怒田が声をかける。クロウにしろ刀也にしろ、他の隊員と比べたら発想の種類が違う。クロウは近界民である事があるし、刀也は近界民を剣の師匠と仰いでいた。それと先刻のクロウの質問から何かしら嫌な予感は感じ取っていた鬼怒田である。

 

 

「鬼怒田さん、クロウから聞いたんですけどエネドラの記憶のデータ化はできてるんですよね?」

 

 

「そうだが……」

 

 

「それって、そのデータを載せたトリオン兵を作ればそれなりに有能な兵士をすぐにでも量産できるって事でよろしい?」

 

 

「ああ」と鬼怒田。この時点で嫌な予感はしていた。なんなら今のセリフから刀也らの考えが何であるかさえ感じ取っていた。

 

 

「しかも今からでも記憶は積み重ねる事ができるわけですよね。データのコピペが可能ならトリオン兵を一体作ってそれを優秀にすれば、後はコピペでそれと同等の兵士をわんさか産めますよね。……これってボーダーの戦力がかなり底上げされません?」

 

 

 

「だが、トリオン兵の運用は禁止されとる。知らんわけではあるまい」

 

 

鬼怒田の言う通り、ボーダーにおいてはトリオン兵の運用は禁止されている。第一次大規模侵攻で三門市が近界民に蹂躙された事は記憶に新しい。たった4年前の恐怖だ。そして近界民の尖兵であるトリオン兵こそが恐怖の象徴となっている。ゆえに、市民の恐怖を呼び起こすトリオン兵の運用は禁止されているのだ。

しかし、そんな事は些細な問題だとばかりにあっけらかんとした様子で刀也は語る。

 

 

「トリオン兵の造形を人型にすれば良いでしょう。見た目を人間っぽく着色すれば問題ないでしょう。ボーダー隊員のトリオン体は見た目の設定を変更できる……その応用で何とかなるレベルなんじゃないですか。それにエネドラも元は人型近界民だし、人の形をしたトリオン兵なら市民の恐怖を煽る事もなくなる」

 

 

刀也の論に一理あると鬼怒田は思ってしまった。今までトリオン兵を運用できなかったのはボーダーで禁止されているからで、人型のトリオン兵を運用してはどうか、という案も出ていたが、それよりは成長性のある中高生を隊員にした方が良いと結論が出ていた。しかしそれはトリオン兵にプログラムする戦闘技術が拙いものになると想定されていたからだ。現に侵略してきているトリオン兵はB級隊員でも撃破できる雑魚ばかり。戦闘用に生産されているモールモッドですら役不足だ。そんな中で人型のトリオン兵でいったいどれだけの活躍が期待できるだろうか?

しかし、トリオン兵に搭載する知能が戦闘を熟知しているものなら話は別だ。例えば太刀川の戦闘技術をそのままコピーしてトリオン兵に載せたとすれば、それだけで太刀川と同等の働きができるトリオン兵の完成だ。しかもトリオン兵を用意すればするだけ太刀川のような隊員を増殖させる事ができる。それに何より使い捨てが可能だ。

 

 

「なるほど、面白い試みになりそうだが……提案するからには何かあるんだろう?」

 

 

「そう、それだ」とクロウが飛びつく。

 

 

「その試作トリオン兵をウチの夜凪隊で運用させる事はできないか、と思ってな。これはその提案さ」

 

 

鬼怒田は鼻を大げさに鳴らすと「そんな所だろうと思ったわい」と言う。

この試みは成功すればボーダーという組織そのものが生まれ変わる可能性すら秘めている。発表そのものは後々になるだろうし、発表にこぎつけるまでは出来るだけ伏せておいた方が良い事案だ。ろくにデータもない内から表に出していては現隊員や市民からの非難は必至。しかし今の体制よりも良い結果を出せる証拠となるデータが揃えばそれで反対意見も押し切れる。

が、やはりそこまで持っていくための期間、情報の秘匿は遵守しなければならない。そうした意味でもこれを提案してきた夜凪隊は適任だと思えるのだ。

 

クロウや刀也はおそらくそこまで理解しながら提案してきている。クロウが切れ者である事もそうだが刀也も根付を尊敬していると日頃から言うだけはあり、情報の大切さを知っているようだった。

 

 

鬼怒田は逡巡するかのように一瞬だけ視線を逸らすと、やれやれとでも言いたげに「わかった」と続ける。

 

 

「この話はわしの方から上にもっていく」

 

 

この件について上層部の方で議題に上がる事が決定したのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「とりあえずは第一関門突破…ってとこか」

 

 

鬼怒田との会話を終えて開発室を出た所でクロウが刀也に話しかける。刀也もほっとした様子で「そうだな」と息をついた。

 

 

「だが、ウチでエネドラ搭載のトリオン兵試作1号を運用するのは厳しいんじゃねえか?何か使える手はあるのかよ、刀也」

 

 

クロウも提案しておいて心苦しいのだが、ボーダー歴の浅い自分よりは刀也の方が上層部の譲歩を引き出せるのではないかと思って水を向けるが、刀也は唸るだけだ。

 

 

「まあ、案がねえなら何とか考えるしかねえよな」

 

 

「……ああ、できるだけ使いたくないが一応、手段はかんがえてる。でも実際、おれたちの悪巧みが成功すれば全部思いのままになるからな。それを成し遂げるための必要経費と考えれば……」

 

 

刀也が何を考えているか瞬時に理解したクロウは「まさか」と呟くが、それ以上の言及はしない。

立ち塞がる壁は未だ大きく、障害も多い。

だが、それを乗り越える事ができれば後は突き進むのみ。

 

 

計画はまだ、始動したばかりだ。

 

*1
近界の世界、夜の海を回る星を作っているトリガー。クイーントリガーとも呼ばれている。星そのものを形成するトリガーで、神はこれと一体化して寿命が尽きるまで星の面倒を見る役割




刀也とクロウがどんどん腹黒くなっていく(笑)
いやクロウは元からテロ集団のリーダーだったし、刀也も来るかどうかもわからないクロウを待ち続けたイカレポンチだから、地道な悪巧みなんて大好物に決まってるよね(偏見


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《C》

実力派エリートの優雅な暗躍。三門市を散歩して、それで給料を貰っているそうです。


「数多の現実や困難を前にただ立ち竦むのではなく、ある一つの想いを抱いて明日は続く道を歩んでいくーーーーそれを『夢』というのよ」

 

 

いつかの夢。煌く思い出。幸せな記憶。

 

 

ありえない事を成し遂げようとする彼らの心情を嬉しく感じた。

 

 

でもそれはーーーその『夢』は叶う事はなかった。

 

 

 

 

そこまで回想した所で、クロウはこれが悪夢の中である事を理解した。

なぜならこれは、自分が死んで終わる物語。決してハッピーエンドに成り得ない御伽話。

そして、どうしてこんな悪夢を見ているのか。クロウは記憶を呼び起こす。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

クロウの最近の趣味はもっぱらランク戦だ。チームランク戦もそうだが、主にやっているのは個人のランク戦。ボーダーに入隊した当初はゼムリアでやったようなカードゲームに手を出してみたものの、ルールが複雑に過ぎたりカードの種類が膨大だったりで断念した。一緒にプレイする人がいなかったのもゲームを辞めた一因である。

 

 

ゼムリアにおいて“戦闘”とは命を危険に晒す行為であった。強敵が相手だろうと、弱敵が相手だろうと大なり小なり生命の危険はあった。事実クロウは紅蓮の魔神と敵対し、仲間の路を切り拓く形で命を落としている。

 

しかし、この世界において戦闘で生命の危機が訪れるのはごく稀だ。それこそ緊急脱出機能のない黒トリガーのトリオン体を破壊されれば、その場に生身が放り出されて命を落とす可能性が出てくる。

だが、ランク戦などの隊員同士の模擬戦や普段の戦闘においては生身が傷を負う事はない。

 

それもトリオン体という生身の代替品で戦闘を行い、敗北した場合でも緊急脱出機能が働いて生身はボーダー本部に転送されるからだ。

ボーダー本部に攻め込まれるのが弱点ではあるが、そんな事はまずないし、ボーダー本部には常に隊員がいて防衛も十分と言える。

 

だから隊員たちは安心して戦えるのだ。“命の危機がない”というだけで怪我を恐れず戦える事はトリオン体のーーー否、ボーダー最大の長所である。

しかしそれ故に。気軽に戦えるという事実があるために隊員たちの意識の低さが散見される。

《界境防衛機関ボーダー》とは、異世界からの侵略を防ぐ唯一の砦だ。隊員たちはそれを自覚しているのだろうか。自分たちが倒れれば、この世界は異世界から侵略されてしまうという事を。

具体的に言えばクラブ活動感覚でボーダーに所属している輩が多過ぎる。世界の守護者である自覚を持たず近界民と戦う若者たちが。

 

しかし、それも悪い事ばかりではない。そんな気軽に正義のヒーローごっこができるからこそボーダーには若者が集うのだ。異世界からの侵略を防ぐ盾が。

 

 

 

ランク戦とは良く出来たシステムだ。これによってボーダーの隊員たちの才能は開花を早めている。何度も何度も戦闘を重ねて経験を積みあげる。ポイントを奪い合うのだから真剣にもなる。

 

 

 

クロウもそんな経験を積み重ねている途中であった。

 

 

本日の個人ランク戦の相手は風間と村上。太刀川は先日死にそうな顔で「処刑パーティーに呼ばれてしまった」と言っており欠席。迅は何やら三門市を散歩しているそうだ。

風間や村上と数十回とランク戦をした所で昼になった。個人ランク戦のロビーも人がまばらになっていたが、クロウは未だわずかにあるトリオン体と生身の差異を確認するために風間と村上を見送った後、再びブースに入った。

 

 

その後30分ほどランク戦をして、迎えに来た刀也と共にブースを出て昼食を摂るべく食堂への通路を進んでいると、廊下を曲がった先から長身の美女が現れた。

クロウのかつての相方であるヴィータ・クロチルダと比肩する美貌。年若いせいか身体のメリハリと色気はいささか落ちるものの、それでも十二分に美女と呼んで然るべき女であった。

 

彼女の姿を視認した瞬間、刀也の目が細められたのをクロウは見逃さなかった。

 

美女とすれ違う直前「あら、ヨナさんに…クロウくんだったわよね」と呼び止められる。

 

 

「私、A級加古隊の加古望。よろしくね」

 

 

差し出された手をクロウは「よろしくな」と握り返す。そこで、いつもなら「おすおす、なにしてんだ?」と気軽に隊員に話しかける刀也が黙っている事を疑問に思い、横目で見やるが刀也は片目を瞑ったまま動かない。

刀也をヨナさんと愛称で呼ぶ相手にはそれなりに気軽に話しかけるのが夜凪刀也という人物だったはずだが、この加古は例外のようだった。

 

 

「突然だけど、あなた……うちの部隊に入らない?」

 

 

「おい、隊長がいる前でその隊の奴を気軽に引き抜こうとするなよ」

 

 

そこでようやく刀也が口を開く。先程の雰囲気とはうってかわっていつもの気軽さが顔を覗かせる、ため息めいたツッコミだ。

 

 

「あら、別にいいじゃない。“大事なのは本人の意志”でしょ、先生?」

 

 

加古の一言で、かつて刀也と加古が師弟関係にあった事を察する。加古は刀也から視線をクロウに戻す。

 

 

「うちの隊員は全員、頭文字《K》で揃えてるの。あなたもどうかしら?」

 

 

「悪いが断らせてもらうぜ。美女からの誘いを蹴るのは流儀じゃねえんだけどな」

 

 

クロウは加古の誘いを断る。そもそもクロウが夜凪隊に所属しているのはゼムリアに戻るという特殊な目的のためだ。加古隊にいてはその目的が達せられる事はないだろう。

 

 

「そう言うと思ったわ」

 

 

軽々しく誘いを断られた加古はしかし、当然のようにクロウの答えを予想していたようだった。軽妙なやりとりに刀也は嘆息した。

 

 

「それに、おれの頭文字は《K》じゃなくて《C》だしな」

 

 

そして加古の誤解を正しておく。クロウの頭文字は《C》であると。

 

 

「なん……ですって……!?」

 

 

大仰に驚いて見せる加古に刀也は嘆息を深めて、

 

「CROWでクロウだぞ。KUROUじゃないぞ。カコ、お前大学行ってるくせにさてはバカだな?」

 

 

文字通り刀也にバカにされた加古は少しだけむくれたものの、すぐに表情を元に戻して「お昼はまだかしら?」と聞いてきた。

それに「今から食堂に行こうとしていた」と答えると、

 

 

「なら、今からうちの隊室に来ない?炒飯をご馳走してあげるわ」

 

 

思いっきり眉根を寄せた刀也を見たクロウの疑問が氷解するのは、加古隊の隊室にて太刀川を発見した時であった。その瞬間、太刀川が“処刑パーティー”と呼称したのが加古のオリジナル炒飯祭りである事を理解したのであった。

 

 

☆★

 

 

 

ゼムリアでは様々なものを食べた自信があったクロウだったが、配膳されたものを見て、それが過去の料理すべてを超越したナニカである事を一瞬で見抜いた。

絶品には程遠く、普通の料理とも違う。珍妙料理とは似て非なる加古の炒飯。たまに調理に失敗した時にできるものに類似する品である事は辛うじてわかった。食べると状態異常となるアレだ。

 

それを口に含んで嚥下した瞬間、悪夢状態に陥ったのだーーーーと、クロウは回想を終えた。

 

自己が悪夢を見ていると自覚したからか、クロウの意識は急速に浮上を始める。五感が徐々に戻ってくる。

 

周囲の音が、会話が聞こえてきた。

 

 

 

「何か、あるのか?」

 

 

「別にないけど」

 

 

刀也は聞くが、加古はすぐに否定する。「そうか」と短く返事をした刀也に「でも、そうね…」と加古は会話を続ける姿勢を見せる。

 

 

「もし、よりを戻そう…って言ったらどうする?」

 

 

「正気かどうか聞く」

 

 

「狂気の沙汰だと思うわ。だって夜凪さん…どこかに行くつもりでしょ?」

 

 

「加古……」

 

 

太刀川もクロウも、ついでに連れてこられた堤もダウンしており隊室では擬似的に2人きりという状況ができていた。そのせいか、2人の互いの呼び方は先程クロウと廊下で会った時と変化していた。

 

 

「私のカンは鋭いのよ」

 

 

懐かしむように、愛おしむように。笑うように刀也のセリフをトレースした加古に、やはり刀也も笑んで「勝てないな」とこぼす。

 

 

 

「でも、それが恋ってものでしょ?それに最近の夜凪さん、格好良くなってきてるし。この前のランク戦で二宮くんを倒した手際にはシビれちゃったわ」

 

 

 

「………」

 

 

加古の言葉に大袈裟にため息をついた刀也。狂気の沙汰こそが恋。恋は盲目。それをわかっている乙女の決意が如何程か。

 

 

「……それで、過去は吹っ切れたのかしら?」

 

 

加古の目から見て、出会った当初の刀也と今の刀也とではまるでイメージが違う。加古が入隊した時期の刀也は近寄り難い雰囲気があった。それから3年の月日で雰囲気は柔らかくなり“ヨナさん”になったわけだが、今の夜凪刀也はそれとも違う。

今の刀也はまるで雌伏の時を終えた鳥が飛び立つが如く。

加古が「格好良い」と言ったのはそこだ。だがそんな評価は受け入れられないと言うように情けない雰囲気で「いや」と刀也は答えた。

 

いつになく重苦しい答え方に加古も短く「そう」と返すのみ。

 

ボーダー古株の隊員では知れている噂がある。あくまで噂なのだが、それが刀也が近寄り難い雰囲気であったとされる理由だと加古は目している。

ここで加古は“踏み込んでみようかしら”と思考する。自分は恋する乙女を自称しているのだ。愛する人が過去に何を抱えているのか知りたいのが当然だと自分に言い聞かせる。

 

 

「ねえ、そろそろ教えてくれないかしら……4年前の件について」

 

 

加古が切り出すと刀也の纏う雰囲気がさらに一段重苦しくなる。ゆっくりと加古に視線を向けると、

 

 

「東さんには聞いてないんだったな」

 

 

と1人で納得する。それからしばらく唸った後、「やっぱり話せない」と結論した。しかし加古は納得できず、責めるように問いかけた。

 

 

「あの噂は本当なの?過去を吹っ切ったから部隊を立ち上げたんじゃないの?」

 

 

「過去は背負うものだよ。ずっと引きずって、それで雁字搦めになったまま……でも、そうだな…クロウが来てくれたのが契機になった。いや……クロウが来たら立ち上がるという事を決めていたから、おれは立ち上がる事ができた」

 

 

刀也の言葉を聞いて加古はクロウを見る。“クロウが来たら立ち上がると決めていた”とはどういう事だろうか?言葉のニュアンスから深い事情がある事を読み取った加古だが、その真相まではわからず、刀也もまた語らない。

 

 

「……こうなった以上は過去に囚われている場合じゃないのかもな。…だけど、すまん。まだ話す気にはなれない」

 

 

加古が問い詰めた事により刀也の黙秘するという決意はかなり軟化していた。いつか話してくれるだろう事を期待して加古は「わかったわ」と一応のところ納得する。

 

 

会話が途切れた所で刀也はさっと立ち上がって加古隊室を出ようとする。ドアの前で立ち止まると半身だけ振り返って、

 

 

「炒飯、美味かった」

 

 

言い逃げるようにしてドアを潜ろうとした刀也に加古が声をかける。

 

 

「また、いつでも食べに来てちょうだい」

 

 

「……っ」

 

 

答えようとした刀也だったが、何か言ってしまってはそれがこの場に留まる理由になってしまう事を悟り、右手を挙げて応えるだけにしたのだった。

 

 

 

刀也が隊室から出て行ってすぐ、むくりとクロウが体を起こした。太刀川や堤はまだ死んだままだ。

 

 

「おはよう」とそんなクロウに加古は柔和な笑みを向ける。クロウが「驚かないんだな?」と聞くと、加古は「だって」と続ける。

 

 

「さっき、あなたを見た時に起きてそうだと思ったから」

 

 

タイミングは刀也がクロウの名前を出した時だった。その際に加古は視線をやったクロウが起きていそうだと思ったのだ。

 

加古の観察眼に嘆息したクロウは、刀也と加古の会話で気になった事を聞いてみる事にした。

 

 

「“あの噂”ってのは何なんだ?」

 

 

「あら、知らないのね。クロウくんは鋭そうだから、てっきりもう知ってるかと思ってたけど」

 

 

「刀也が抱えてる問題は、刀也自身が解決すべきだと思ってたからな…今までは積極的に知ろうとはしなかった。だが今は仲間としてあいつを支えてやりたいと思ってる。教えてくれないか」

 

 

 

クロウの答えに「なるほどね」と言った加古は「あんまり言いふらしちゃダメよ」と念を押して、言う。

 

 

 

「あの噂っていうのはね…、“第0次近界遠征”の事よ」

 

 

 

☆★

 

 

“第0次近界遠征”……それが何なのかはわからなかった。加古も詳細は知らないのだ。

しかし、噂に曰くそれは4年前の出来事で、その遠征には夜凪刀也も随行していたのだと。

 

 

「どうにも深い事情がありそうだな……」

 

 

加古隊室を出て廊下を歩きながらクロウはひとりごちる。自分は今の夜凪刀也しか知らない。自分が玄界に来る以前の、ましてや4年前の刀也など知るはずもない。しかし、だからと言って知らないままでいいわけはない。

刀也とは“ゼムリアに戻る”という共通の目的を持つ仲間にして、亡き悪友の弟子でもある。面倒を見るというわけではないが、何か重い荷物を抱えているのなら、それを分けて欲しいのだ。例え実際に何かできるわけではないとしても、支えてやりたいと思うほどには刀也を友人だと思っている。

 

 

甘ったれの悪友の弟子は、師匠とは違って1人で抱え込みたいタイプのようだ。

 

 

「これも因果ってやつか…」

 

 

刀也は《C》だった頃の自分に似ている。表では愛想の良い顔(ヨナさん)をしていて、裏では目的のために手段を選ばず邁進する。

 

願わくば表の顔のすべてをフェイクと断じない事を。その最期まで似る事のないように。

 

最期…そう、《 C (クロウ)》は死んだのだ。そして不死者として甦った。

 

 

悪夢を見たせいで死んだ時の光景を思い出し、クロウの思考は転じる。

 

 

不死者として甦ったのだ。すべては《蒼の騎神》の起動者として《七ノ相克》を果たすために。

 

《相克》を果たすまでの限定的な命…ボーナスステージと呼んだこれは、いったい何故いまも続いている?

 

 

答えは1つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

《相克》が、まだ終わっていないからだ。




加古さんがヒロインをしているだと…!?初期構想にはあったけど加古さんの入隊時期を考えて無理だと思ったけど、良く考えたら普通に矛盾なく行けるルートだったためヒロインに返り咲いた加古望さんでした。ヒロインと言ってもたぶんクロウとヴィータのような関係ですかね、たぶん。

それと第0次近界遠征ですが、捏造設定です。もしかしたら原作でもあるかもしれんけど!まだそんな設定なかったよね?ね?


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見極めのROUND4

前話においてとても重要な事を説明し忘れていた……!

加古さんの殺人炒飯が振る舞われたのは刀也以外の面子です。いろんな食材が混ざった面白い炒飯と普通の炒飯が蓋をしたまま配られて、各人がそれを選んで食べるというロシアンルーレット形式の炒飯パーティーだったわけですが、刀也は持ち前の超直感で殺人炒飯を回避したようです。


B級ランク戦ROUND4が目前に迫り、穏やかに作戦を説明する刀也をクロウは落ち着いた様子で見つめていた。

 

 

先のROUND3において刀也は生駒に旋空孤月で敗北した。己の得意とする旋空孤月で敗北したのだ。心中穏やかではいられないはずだ。

 

なのに今は落ち着いているように見える。この態度がフェイクなのか、あるいは切り替えたのかはわからないが、クロウはこのラウンドで刀也の事を見定めようとしていた。

 

戦力としてはボーダーでもトップクラス。まあまあ頭も切れる。数多のトリガーを駆使する戦術はクロウですら目を見張るほど。

 

しかし、まだ心の部分に甘えがある。それはプライドというもので、堅持すべきか捨て去るべきか、刀也の中でも決まっていないのだろう。

 

 

もしも今回、プライドにこだわって負けるようなことがあればクロウは刀也を一喝するつもりだ。“甘ったれるな”と。

 

 

 

「クロウ、聞いてるか?」

 

 

刀也に声をかけられて、焦点を作戦板に合わせる。

 

 

「ああ。玉狛の狙いは分断って話だろ」

 

 

「そうだ。今回のラウンドで玉狛第二が選んだステージは河川敷。中央の橋を落とせばステージは川を挟んで分断される。玉狛には雨取…大砲もあるし橋を落とすのは楽な作業だろうな。そして橋を落としてもグラスホッパーやスラスターがあれば川を渡るのは可能だ。それらを持たなくても援護さえあれば渡ることはできるし……となれば、渡川を阻害する悪天候に設定するのがわかる」

 

 

「十中八九“暴風雨”だろうねぇ……あれほど東西の分断に適した天候はない。それに暴風雨だとしたら狙撃も鈍らせる事ができる。“人が撃てない”雨取ちゃんと狙撃戦ができる狙撃手を封じる一手としては良手だ」

 

 

刀也の推測を陽子が補強する。雨取が“人を撃てない”というのはこれまでのランク戦のログを見ていればわかる事だ。もしかしたらライバル視する夜凪隊に一泡吹かせるためにそう思わせてるだけかもしれないと考えてもいたが、先日玉狛支部に行った際に玉狛第二も遠征を目指している事が判明した。遠征を目指しているのならポイントは一点でも欲しいはず。ならば夜凪隊に大砲ドッキリを成功させるために雨取での得点を封印してきたのだとしたら、それは三雲らしからぬ悪手だ。という結論に至り雨取という狙撃手は“人を撃てない”と仮定して作戦を組み立てている。

 

 

「理想は玉狛が橋を落とす前にどちらかの岸で合流、そっち側を殲滅してからグラスホッパーなりスラスターなりで川を横断、もう片方の岸で戦う。分断された場合はそれぞれの側で点を獲る。自分の側が終わったらもう片方の救援に向かう。これでいいか?」

 

 

刀也は説明を終えるとまるで伺いを立てるかのようにクロウに視線をやった。

 

 

「ああ、いいと思うぜ。ただ、橋が落とされなかった場合はどうする?」

 

 

そこでクロウは考えられていなかった可能性に触れた。試すような質問に刀也はわずかに目を細めて答えた。

 

 

「もちろん玉狛が橋を落とさない可能性もある。そもそも橋を落とすのは敵同士を食い合わせるつもりだって推測が前提だし。総合力で劣る玉狛が勝つには敵が潰し合ってる横からポイントをかっさらうしかない。それができるのは空閑遊真だけ…だけど、あいつもグラスホッパーを持ってるし川を渡れるから、玉狛としてはまず橋を落として戦局を分けるのがマストなはず。初めてのB級上位に加えて四つ巴だしね。片方の側を制してもう片方に渡ってポイントを獲る…というのが玉狛の狙いだと思う。……だから橋は落とされるはず…だけど、もし落とされなかったとしても合流はなしだ。作戦通りの早期合流ができなかった場合は常に橋を落とせる位置に雨取がいると考えた方がいい。橋を移動中に落とされて川にドボン、ステージ外に流されて緊急脱出…なんてのもあり得る。開始直後以外で川を渡る時は必ず橋を使わないようにしよう。……影浦隊には優秀な狙撃手がいるし、狙われるかもしれないな」

 

 

「影浦隊の狙撃手……絵馬ユズルだったか」

 

 

影浦隊の狙撃手の名前は絵馬ユズルであると言ったクロウに刀也は少しばかり意外そうな顔をして「よく知ってるな」と感心する。

 

「そりゃログを見れば名前くらいはな」とクロウは返し、続ける。

 

 

「それで影浦隊への対策はあるのか?さっきから玉狛ばっかりにかまけているようだが」

 

 

「対策は特になし。生駒隊にも言える事だがあいつらはただ強いだけだ。その場その場で勝つために最大限のパフォーマンスを発揮するが、そもそも勝つための作戦を練ってない」

 

 

「そういった面で言えば今回の最大の敵は玉狛第二だねぇ。だが影浦隊にしろ生駒隊にしろ“ただ強いだけ”でB級上位に居座ってんだ。対策はいらないにしても注意は必要だろうね」

 

 

しかし勝つための戦術なくして勝ってきたのが影浦隊や生駒隊だ。厄介ではなくとも強敵である事は間違いない。陽子の注意喚起にクロウと刀也は「そうだな」と素直に応じる。

 

 

「個人の戦力で言えば頭一つ抜けてるのは影浦だな。罰点食らってなきゃ攻撃手ランキング一桁台なのは間違いないし。生駒も攻撃手ランキングNo.6だったかな、注意すべきなのは壁越しなんかの旋空だろう。あとは北添の適当メテオラにも注意な、あれで吹き飛ばされたー…なんて笑い話にしかならん」

 

 

つらつらと手元の文章を読み上げるかのように注意点を挙げていく刀也に、陽子は密かに驚いていた。ここまで隊員たちの事を把握しているのは年季のおかげもあるだろうが、相当に研究もしているのだろうと。それだけに今回のランク線への本気度が窺える。今までどこか浮世離れした雰囲気で“本気”というものを見せていなかった夜凪刀也という男が、全力を傾けるべき事があるのだと察する。そして刀也が本気を出すに至った理由…クロウに視線を向けた。

 

 

「そういえばログを見てて思ったんだが…影浦って狙撃されてないよな?」

 

 

そこでクロウはログを見ていて気づいた疑問を口にする。影浦は狙撃を躱すだとか射線を読むとか以前に、狙撃されていないのだ。狙撃手のスコープがそもそも影浦を捉えようとはしていない。

 

 

「言ってなかったか。影浦はサイドエフェクト持ちだ。“感情受信体質”って言ってな、感情が刺激として突き刺さる感覚があるらしい。だから狙撃とかは効かないわけだな。まあそれで誘導する手もあるが……あとは感情を消しての攻撃も有効って話だな」

 

 

「なるほどな」と言いながらもクロウは刀也の舌足らずな説明をクロウは脳内補完する。感情が突き刺さる感覚という事は、どこに攻撃が来るかまで把握できるのだろうと理解する。

 

 

 

これで一通り作戦会議と各隊の説明まで終わり、ランク線開始時刻まで残りわずかとなっていた。

 

空いた時間を潰すように何気なく陽子はクロウに笑みを向けながら問う。

 

 

「どうしたんだいクロウ?いつもならここらで軽口の一つでも挟んでるのに、今日はやけに静かだねえ」

 

 

それにクロウは一瞬だけ黙してから答えた。

 

 

「…本当ならランク戦で甘ったれた事やった時に言うつもりだったんだが……まあいいだろう。だが、時間もねえし手短にいくぜ」

 

 

一拍おいて、刀也を見やる。いつになく真剣な眼差し、真摯な態度に刀也もわずかに眉根を引き締める。

 

 

「優先順位を間違えるなよ、夜凪刀也。おれたちの目的を忘れるな」

 

 

言われて、少しだけ目を剥く刀也。即座に「クロウ、おれの…」と言いかけるも陽子が転送開始の時刻だと告げる。

 

 

転送の間際、やはり刀也は落ち着いた様子でクロウに言った。

 

 

「おれはどこまでいっても八葉一刀流の剣士なんだよ」

 

 

言い切って、姿が消える。視界が移り変わる。転送終了、B級ランク戦ROUND4、開幕。

 

 

☆★

 

 

「…生意気言いやがって」

 

 

「へっ」と笑うようにクロウは呟く。転送が終了しランク戦が開始した直後の事であった。

ステージは河川敷A。天候は予想通りの暴風雨だ。クロウが転送されたのは東岸の南側に群立するアパートの一室である。

 

 

通信で刀也と連絡を取り合うと、どうやら刀也は西岸の土手近くに転送されたようで、橋が落とされない内に東岸に移動するつもりだと言う。

 

アパートの屋上に移動して橋を見ると確かに刀也がこちらに向かって移動して来ているのが視認できる。

クロウに刀也の姿が見えたという事は、それはまるきり他の隊員にも当てはまる。この暴風雨により川の水位が高まった今、西岸と東岸を繋ぐ橋はランク戦の行く末を握る鍵となる。影浦隊と生駒隊がどこまで玉狛の意図を察しているのかはわからないが、橋に注意を向けるのは必然である。

 

 

そしてそれらの注目を集めるように、暴風雨に逆巻く雷鳴にすら似た轟音がフィールドを揺らした。

 

雨取千佳のアイビスから放たれた大砲が、橋を砕いたのだ。

 

 

続けて撃たれるアイビスにより橋は完全に崩落し東西の岸を繋ぐ唯一の道は断たれた。

 

急いで刀也に声をかけると「ノーダメージだがちょいとやばめ」との返答。まだ余裕はあるようだ。

 

 

「おれは雨取を獲りに行く。大砲はこっちの岸から撃たれてたからな」

 

 

雨取のアイビスは東岸から撃たれていた。東側のビルの屋上からの狙撃。すでに移動しているだろうが陽子がすでにマーカーを着けている。予測位置の特定はできていた。

 

 

「了解。おれがそっちに向かってたから、クロウが東岸にいるってのは多分バレてる、注意な」

 

 

刀也が開始早々に橋を渡ろうとしたのは部隊の合流を急いだため、というのは露見しているだろう。クロウもそれは承知であり、しかし雨取を討つために行動に移る。

 

 

 

もう少しで雨取の予測位置に到着するという所で、視界の端を白と藍色が疾った。

 

 

身をひねって迫りくる斬撃を躱し、その勢いのまま蹴りを入れて敵を建物の壁面に叩きつける。

 

 

「そう簡単にはいかないか。やるねクロウさん」

 

 

しかしその蹴りを防ぎクロウと距離を取ったのは空閑遊真。玉狛第二のエース、先のランク戦においてNo.4攻撃手村上と相討った猛者である。

 

 

「遊真……!なるほどな、おまえがここにいるって事はこっちで正解ってわけだ」

 

 

「それはどうかな?おれがここにいるのは、この場に潜んでるチカを守るってフリかもしれないよ」

 

 

「なるほどな、じゃあおまえを倒して真偽を確かめさせてもらうとするぜ!」

 

 

言って、クロウはレイガストをダブルセイバーの形にして駆け出す。

 

こうしてボーダー屈指の近接戦闘能力を持つ2人の戦闘が始まるかに思われたが、

 

 

「楽しそうな事してんなァ…おれも混ぜろよ」

 

 

スコーピオンの乱斬撃を繰り出して現れたるは影浦雅人。攻撃を察知して回避行動に移ったクロウと遊真であったがわずかにトリオン体を切り裂かれていた。

 

 

「かげうら先輩……」

 

 

「こりゃまた油断ならねえ奴が来たな」

 

 

クロウと遊真は乱入者を相手に更に気を引き締め、戦闘を再開するのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

嫌な予感はしていた。きっと自分が渡り切る前に橋は落とされるだろうと。

いや…きっとそれどころじゃない。もっと悪い事が起こる布石が打たれているとさえ感じた。

 

轟音が鳴り響き閃光が飛来する。雨取千佳のアイビスによる狙撃だ。これによって橋は落とされる。刀也はグラスホッパーを起動して西岸に戻るが、その最中にアステロイドによる射撃に襲われた。

速度に割り振って撃たれたアステロイドは撃破ではなくトリオンを削るための戦法。三雲が土手で刀也を迎撃する。

 

 

「おい、大丈夫かよ刀也?」

 

 

「ノーダメージだがちょいとやばめ」

 

 

そんな時にクロウから安否を問われ、答える。三雲の射撃のすべてに対応した刀也はノーダメージである事を伝え、さらにこの先で囲まれる事を予感し“やばめ”だと言う。

しかしクロウはそれを余裕と受け取ったのか「そうか」と言って雨取を獲りに行くと言った。西岸東岸で分かれてるため援護なぞ期待してはいないがもうちょっと気遣ってもいいんではなかろうかと刀也は思う。言ってもただの愚痴になるため言わないが、その代わりに東岸にクロウがいる事がバレてる可能性がある事を示唆した。

 

土手に着地した刀也を待っていたのはアステロイドによる多角的な射撃。跳躍し躱したと思ったのも束の間、再びアステロイドが刀也に迫る。二段撃ちだと理解して回避ではな間に合わないためシールドを張る。

 

アステロイドの弾幕を受け止めたかと思えば次はレイガストをスラスターで加速した三雲が切りかかってくる。

 

良いコンボだ。しかし……

 

 

「まだ甘い」

 

 

三雲がレイガストを振り抜く前にグラスホッパーを三雲の腹部に展開し、吹き飛ばす。体勢が崩れた三雲を追撃しようとアステロイドを起動した所でヒュルルルと音がした。「ち」と舌打ちをすると同時に刀也はグラスホッパーを踏んで、それの爆発範囲から逃れた。

 

 

北添の適当メテオラだ。せっかく三雲を撃破できそうだったのに、これはうざい。幸か不幸か刀也が吹き飛ばしたせいで、三雲もメテオラの爆発範囲から逃れていた。

 

刀也の着地と同時に三雲も体勢を立て直し、仕切り直しとなるが実力差は歴然であり刀也が孤月を起動して旋空を発動するまでの時間は1秒にも満たない。未だ経験値の低い三雲は、本気の刀也に為す術もなく撃破される。はずなのだが、

 

 

背後から気配を感じた刀也は三雲に向かわせるはずだった旋空孤月を振り返りながら、回転の勢いのままに南沢に叩きつける。

しかし南沢は「うわっ」と驚きつつも刀也の旋空孤月を身を伏せる事で避け切った。

 

 

「あちゃー、気づいてたのヨナさん?」

 

 

「そりゃな。近くにゾエの適当メテオラもう1発来てたし」

 

 

と言うが早いか、またもヒュルルルと音がした。北添の持つメテオラをグレネードとして放つグレネードガンの銃撃だ。これが炸裂するとメテオラでどかんとなる寸法なのだ。

 

レーダー頼りの適当な射撃とは言え、3人も固まっていれば狙われるのは必然。これに救われた三雲はまだしも得点のチャンスを奪われた刀也と南沢は示し合わせたかのように北添の元へ向かう。遅れて三雲も刀也らの後を追ったのであった。

 

 

 

☆★

 

 

「チッ、ちょこまかと…!」

 

 

舌打ちしてクロウを睨みつけたのは影浦。遊真も同じくクロウの嫌がらせに苛立っていた。

 

影浦が乱入してからクロウは戦い方を変化させた。最初こそレイガストで2人と対決していたものの、今は二丁拳銃に切り替えて中間距離から2人の邪魔をするかのように銃撃を繰り返している。

 

 

その距離の取り方というのが絶妙で、遊真がグラスホッパーを使っても一瞬では詰められない距離、影浦がスコーピオン2本を繋げるマンティスを使用してもギリギリで届かない距離である。

うざったらしい事この上ないが、クロウを倒すべく距離を詰めようとすれば互いに背中を切られる事を承知しているため遊真と影浦は動く事ができない。

 

クロウもあえて2人を倒すような事はしなかった。今はまだ“面倒な相手”程度の扱いでいい。下手に藪を突いて蛇を出しても敵わない…機が訪れるまでは現状維持だ。

 

遊真にしても影浦にしてもボーダー屈指の攻撃手。いかにクロウとて容易く捌ける相手ではない。スコーピオンという軽量で体のどこからも出し入れが可能な刃を縦横無尽に振るう彼らと、防御力には優れるが重量があるレイガストを扱うクロウではそもそもの手数が違う。1人だけならまだしも、下手にちょっかいをかけすぎて2人が協力してクロウを排除対象に定めでもしたら大変だ。

 

だから付かず離れずの距離で牽制するように銃撃を重ねる。

 

 

“機”とはなにか?クロウが待つ機会とは。

刻一刻と事態は変転する。まだ遊び足りない影浦を嘲笑うように、点を獲りたい遊真を焦らせるように、漁夫の利を狙う水上を誘うように……すべてはクロウの読み通りに。

 

 

陽子によるとクロウのいる東岸に転送されたのは6人。その内2人が早々にバッグワームを使いレーダーから消えた。おそらくは狙撃手…玉狛の雨取は確定として、残る候補は2人。影浦隊の絵馬か生駒隊の隠岐のどちらかになる。

ここで東岸いる事が判明した人間を整理する。クロウ、遊真、雨取、影浦、そしてちらりと遠目に見えた水上。水上は生駒隊の射手だが、ここで注目したいのはその動きだった。

水上は今はレーダーから消えているが、その前にまずクロウら3人のバトルを遠目に見ていた。クロウが気づいたのはこのタイミングで、そのまま弾トリガーで強襲して来るかと思われたが水上はそうはせずにぐるりと回り込んだ。その動きに意味を見出すとするのなら、それはきっと狙撃手の位置取りとの兼ね合いだ。より良く連携するために水上は回り込む必要があった。そう仮定するならば、東岸にいる残り1人の狙撃手は隠岐となる。

 

 

 

間もなくクロウら3人の戦いの中心地に3発のメテオラが着弾する。舞い上がる粉塵が視界を占領し、続く炸裂弾の飛来と狙撃に狙われたのはーーー空閑遊真だった。

 

水上と隠岐の狙っていたのはクロウと遊真であった。初撃のメテオラで倒せれば万々歳で、それを避けられるのは折り込み済みで次撃は隠岐による狙撃。粉塵により直接姿は見えないがオペレーターからの視覚支援とレーダーである程度の位置は把握できている。引き金を絞る隠岐、視界不良を嫌ってグラスホッパーで緊急離脱した所をさらに水上のアステロイドで追撃する。

 

影浦には“感情受信体質”があるため不意打ちや狙撃は無効化される。そのためクロウと遊真の2人を狙ったコンビネーションだったのだが、初撃のメテオラで舞い上がった粉塵の中を探査するレーダーから一つの光点が消えたのだ。当然困惑した隠岐だったが、狙う的はまだ残っていた。

消えたのはクロウだ。水上と隠岐の狙いを看破したクロウは粉塵の煙幕が張られると共にバッグワームでレーダーから隠れ、すぐにその場を離れた。となると必然、狙われるのは遊真となる。

 

クロウの目的は隠岐の撃破だ。“狙撃手がいる”というだけで動きが制限されてしまうランク戦。未発見だった狙撃手の位置が特定できるだけで展開が変えられるなんてザラだ。ついでに前回のROUND3でも隠岐にやられていたためそのリベンジも込みでクロウは隠岐を倒しに向かっていた。

 

隠岐は水上との連携で遊真にダメージを負わせた事を確認すると狙撃手のセオリー通りにそれまでの狙撃位置を離れた。しかしクロウに狙われているとは思ってもおらず、そのアクションはクロウの予想通りであった。

次なる狙撃ポイントに移るために駆け抜けた路地の先にクロウは待ち構えており、隠岐はイーグレットを構える間もなく、グラスホッパーで離脱する間もなく撃破されてしまう。

 

 

「さあ、まずは1点だ」

 

 

☆★

 

 

「B級ランク戦ROUND4!開始直後から熱い戦いが繰り広げられています!まず点を取ったのは夜凪隊、1点リードです!」

 

 

今日も今日とてランク戦の実況を務めるのは武富桜子。解説席に座っているのは風間と加古だ。

 

 

「やるわね、クロウくん。隠岐くんと水上くんの連携を逆手に取って隠岐くんを炙り出したのね」

 

 

「クロウは影浦や空閑と違い中間距離で戦っていた。スコーピオンでやり合う2人より余裕があった……視界が広かったのだろう。それが水上の発見に繋がり、2人の連携技の隙を見出すきっかけになったのだろう」

 

 

A級部隊の隊長2人に解説させるという何とも贅沢なランク戦に今日の観客はいつもより多目だ。加えてROUND3で二宮を瞬殺したと噂になった刀也目的のC級隊員たちも多くいる。

刀也の初見殺しは一見して簡単だ。二宮を撃破したのも結局はエスクード、テレポーターの組み合わせ…誰にでもできるように感じられる。そんな技を盗んでやろうと、B級に上がったら自分もこれでジャイアントキリングをしてみせるぞと、そんな考えで観に来ている者たちが多かった。

 

と、そんな所で観客席がドっと沸く。開始直後に放たれてからというもの沈黙していた大砲が再び火を吹いたのだ。ビルの屋上から放たれたアイビスの弾丸は堤防を吹き飛ばし、増水していた川の水を町中に引き込む。

 

 

「おーっとこれは!東岸が水に浸かってしまった!玉狛の水攻めです!生駒隊の連携によりダメージを負った空閑隊員をカバーするためか!?グラスホッパーを持つ彼なら足場環境の悪さは関係ない!」

 

 

B級ランク戦ROUND4、暴風雨という特殊な条件で始められた戦いは新たな局面に移り変わろうとしていた。

 




いつの間にか連載を開始して1年が経っていたという……ビックリですね。
1周年企画という事でなんぞアンケートでもとろうかと思いましたが3票くらいしか入らなくて作者の精神が無事死亡するまでの未来が見えたのでやめておきます。
近い内にBBF風紹介やらカバー裏風紹介やらを纏めたものを出しますのでそれで勘弁してください!


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「破る」とき

守破離

修業に際して、まずは師匠から教わった型を徹底的に「守る」ところから修業が始まる。師匠の教えに従って修業・鍛錬を積みその型を身につけた者は、師匠の型はもちろん他流派の型なども含めそれらと自分とを照らし合わせて研究することにより、自分に合ったより良いと思われる型を模索し試すことで既存の型を「破る」ことができるようになる。さらに鍛錬・修業を重ね、かつて教わった師匠の型と自分自身で見出した型の双方に精通しその上に立脚した個人は、自分自身とその技についてよく理解しているため既存の型に囚われることなく、言わば型から「離れ」て自在となることができる。このようにして新たな流派が生まれるのである。

wiikipediaより引用


北添尋。影浦隊の銃手。体格の良い彼はしかし、足が遅い、的が大きい、程度の弱点しかない。銃手としての能力は平均的に秀でていて、レーダーであたりをつけて撃つ“適当メテオラ”は「これはうざい」とやられた隊員らの評判だ。

 

そんな優秀な銃手の北添だが、今回ばかりはその弱点が致命的だ。

 

 

足が速い刀也と南沢はすでに北添の近くまで迫っていた。グラスホッパーを使い高速機動を行う刀也と南沢から少し遅れて三雲も追ってきている。

 

その時、再び轟音が響いた。雨取千佳のアイビスが東岸の防波堤を破壊したのだ。町に水を呼び込む浸水の計だろう。グラスホッパーを持つ空閑にはハンデにならない。なるほど良く考えていると刀也は三雲の評価を上げる。

 

 

やがて北添の背中に追いすがった刀也と南沢、一歩リードしているのは南沢だ。

 

 

「もらいっ!」

 

 

 

グラスホッパーを踏み込みさらに加速した南沢は孤月を構えて北添に斬りかかる。しかし逃げていたはずの北添はくるりと身を翻してアサルトライフルを連射した。

 

「わちゃちゃ!」と奇声をあげながら南沢はシールドを張り、撃ち出されたアステロイドを受け止める。その横をすり抜けるようにして刀也が前に出た。

刀也にとり北添の反撃は予想できた事柄であった。そのため南沢に先手を譲り北添の反撃の的としたのだ。

 

グラスホッパーを連続で使い、的を定めさせずに刀也は北添に迫る。しかしあと一歩という距離に入ると同時に超直感が危機を報せてきた。北添に突撃を仕掛けるはずだった足でそのまま後方に跳躍する。それとほぼ同時にイーグレットによる狙撃弾が刀也を掠める。絵馬の狙撃だ、あのまま突っ込んでいたら頭を撃ち抜かれていただろう。

 

 

絵馬の援護により得られた時間で北添は銃口を南沢から刀也に変える。ばら撒かれるアステロイドの弾丸をグラスホッパーで避けながら、南沢が孤月を構えているのを刀也は見ていた。

一瞬の後に抜き放たれる旋空孤月をやはりグラスホッパーで避けるも北添の銃口は変わらず刀也を狙い続けている。グラスホッパーの連続展開による動き方も読まれつつあり、避け切れないと判断した刀也はシールドを固定モードで起動する。耐久力が上がる代わりに動かす事ができないが、それによって刀也は北添のアステロイドをすべて防ぎ切った。

 

そこでようやく三雲が追いつき、アステロイドのキューブを展開する。狙いは刀也だ。刀也は北添、南沢、三雲の3人から囲まれていた。囲いの内側は圧倒的に不利であり、刀也のようなタイプは攻撃してこそであり、避けるのではなく防ぐ選択をした今ならばいずれシールドも砕かれて緊急脱出するのが落ち。

二宮さえも倒した今季ランク戦のダークホースの1人を撃破するために三雲ら3人は一時的に協力する姿勢であった。

 

3人の攻撃が重なり、刀也のシールドが砕かれる。次撃でとどめ、といった所で刀也の首がぐるりと何もない方に向いた。

 

 

3人の視線は刀也の視線の先に向き、攻撃もまた然り。何もない場所にアステロイドが、旋空が叩き込まれる…がそれもすべて空を切る。当然、そこにはないもないのだから。

攻撃が別の方向を向いた刹那、刀也はグラスホッパーを展開し北添に肉薄。すれ違いざまに首を切り得点する。

 

刀也はそのまま駆けていく。狙いは絵馬であった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「ここで夜凪隊長が得点を挙げました!3人に囲まれ窮地かと思われましたが、切り抜けるだけでなく北添隊員を撃破!というか何が起こった!?」

 

 

北添、南沢、三雲、おそらく絵馬も刀也が視線を向けた何もない場所に狙いを定めていた。

当然のように空振り…なぜそんな異常事態が起きたのか、武富にはわからない。観衆の大半もどうしてすぐにでも倒せそうだった刀也から狙いを外したのか理解できていない。

しかし解説の2人は何が起こったのか理解していた。加古はいつものように「ヨナさんらしいわね」と微笑むのみで、風間が解説の役割を果たすべく、何が起きたのか説明する。

 

 

「前回のROUND3で夜凪は二宮を倒して見せた…あまりにも鮮やかな手並でだ。テレポーターを使った技は目に焼き付いているだろう…特に今回、夜凪隊と戦っている連中はな」

 

 

「夜凪隊長を警戒し、対策を練ってきているわけですね」

 

 

「それを逆手に取った。夜凪はテレポーターが警戒されていると読んでいた。だからあらぬ方向を向いてテレポーターを使うと思わせた。テレポーターの出現先は視線の先数十メートル…北添たちは夜凪が出現するはずの場所に向けて攻撃したつもりだろう。だが実際には夜凪はテレポーターを使わず北添たちの攻撃が逸れた隙に囲いを抜けた」

 

 

「警戒されているからこその効果的なフェイント…!」

 

 

「だけど無傷とはいかなかったようね」

 

 

モニターを見ると刀也のトリオン体には削られた痕があった。三雲のアステロイドによる傷だ。三雲は刀也のテレポーター出現先にもアステロイドを向けていたが、それがフェイントである事も予想してアステロイドを分割し2ヶ所に攻撃していた。

片方が空振りでも、どちらか片方は当たるように。最新の“生徒”らしい刀也の底意地の悪さを理解したような三雲に観衆は少なからず評価を上げていた。

 

 

西岸の状況が移り変わるのと同じように東岸でもさらに戦闘は激化していた。

 

 

☆★

 

 

東岸の防波堤を破壊した閃光は空閑遊真の守るビルの屋上から放たれていた。序盤に橋を撃ち落とした狙撃位置から変わらず雨取千佳はずっとそこにいたわけだ。

なら今は?今もまだビルにいるのか?まだ移動していない事も考えられるし、今度こそ移動したとも考えられる。雨取は普通の狙撃手だ、狙撃する毎に位置を変えている。………と、悩ませる事すら玉狛第二の作戦の内なのだろう。

 

何も勝つために雨取を必ず倒さなければいけないというわけではないのだ。狙撃手という厄介な駒ではあるが人が撃てないのなら脅威度は低い。

それに今は雨取は浮いた駒でもある。クロウは追って点を獲りたい場面だからこそ戦っている遊真たちに奇襲を仕掛けるという選択肢もある…意識の隙を突くのだ。

 

戦場慣れしている遊真には効果が薄いかもしれないが、影浦や水上などには有効だろう。否、影浦には感情受信体質があるから実質的に狙い目になるのは水上のみだ。

 

 

クロウはバッグワームを起動すると素早く駆け出す。

 

 

 

奇襲を仕掛けたはずの水上はしかし、劣勢に追い込まれていた。

遊真にダメージを与えたまでは良かったが、問題はそこからだ。町が浸水し、動きが鈍くなってしまう。トリオン体ならば動ける範囲だが足場になりそうな建物は粗方雨取のアイビスにより吹き飛ばされてしまっている。

 

それでも死角というのはあるもので、グラスホッパーを持つ遊真は物陰に隠れては奇襲を仕掛け、再び姿を消すという一撃離脱の戦法を取るようになっていた。

遊真が姿を消したという事は水上は影浦と一対一の真似事をしなければならないのだ。遊真による奇襲は影浦に向いているとは言え、水上に影浦の相手は荷が重い。

 

やがて水上の目前に影浦のマンティスが迫った瞬間、

 

 

「スラスター」

 

 

その刃を横から割り込んだクロウのレイガストが叩き割る。

 

すでに満身創痍の水上は動けず、追撃しようとした影浦にはハンドガン型のハウンドで牽制し、横からかっさらおうとする遊真はスラスターで突っ込む前に撃っておいたハウンドで足止めする。

 

 

続くレイガストの一振りで水上を緊急脱出させる。

 

 

「2点目」

 

 

☆★

 

 

刀也に狙われた絵馬ユズルの判断は早かった。かつてA級ランク戦でやり合った時もそうだったが、刀也に狙われて逃げ切れる狙撃手は稀だ。それに狙撃も効かないとなれば、ひたすらガン逃げして時間を稼ぐか落とされる事を前提で何か仕事をするかという話になる。いつもなら前者を選ぶ絵馬であったが、今回のROUND4、北添が点を獲れずに緊急脱出させられた事に加え影浦も十全に動けない状況にあると言う。ならば、とスコープを覗く。丸いレンズの先に捉えられたのは南沢であった。

 

 

 

刀也が逃げたその場に残ったのは三雲と南沢。本来なら歯牙にもかけられず敗北するはずの三雲は遮蔽物などを使いながら巧みに南沢の攻勢をいなしていた。

それに南沢は忘れているかもしれないが、刀也には超直感のサイドエフェクトがある。ならば影浦隊劣勢の今、狙撃手である絵馬が選択するのは三雲か南沢の狙撃。

そのため三雲は壁抜きの狙撃なども警戒しながら遮蔽物に身を隠して南沢が絵馬に狙撃されるのを待っているのだ。南沢が撃破されればバッグワームで身を隠して刀也と生駒を潰し合いをさせ、横から点を獲れるかもしれない。

 

 

三雲の読み通りほどなくして南沢の頭が撃ち抜かれる。それとほぼ同時に刀也が向かった方からも緊急脱出の光が空を駆けるのが見えた、おそらく絵馬だろう。

 

十中八九、刀也はすぐにでも戻ってきて三雲を撃破するつもりだろう。その前にこの場から姿を隠してここに向かってきているであろう生駒と潰し合ってもらう。

 

 

しかし、すべてがそう上手く運ぶわけがなく。

 

 

オペレーターである宇佐美がレーダー上に現れた光点がすぐ近くにいる事を報せる前にーーー

 

 

「旋空孤月」

 

 

生駒旋空により三雲は両断されていた。壁抜き狙撃ならぬ壁越し旋空……二宮さえもを撃破せしめる生駒の旋空孤月による攻撃だった。

 

 

 

南沢、絵馬、三雲と続いた緊急脱出に刀也は何が起きたのか正確に把握する。

 

 

「三雲は今回いいとこなしか……これがなきゃ」

 

 

と自らのトリオン体から煙のように漏れ出るトリオンを見る。テレポーターを使うと見せかけて囲いを脱出する時に三雲につけられた傷は刀也の腹部を深く抉っていた。

 

 

「まったく…大した生徒だ」

 

 

騙されたのだとしてもただでは済まさないという意思を感じる刀也。B級上位の洗礼を与えてやるつもりが、まさか先生を撃破するという快挙を与えてしまうかもしれないという危機だ。

 

すでに傷を負ってから2分は経過している。トリオンの漏出は止まらず、おそらく5分後には緊急脱出してしまうだろう。

 

その前に西岸を決着させなければいけない。生駒達人ーーー勝負だ。

 

 

 

 

それはまるで、武道家同士の決闘のようであった。

 

ランク戦は言ってしまえば近界民との戦闘を模する隊の合同訓練。小さな戦争と言っても良い。

 

だがそこには静謐があった。木の葉の1枚さえ音をたてる事を遠慮するかのような。

 

互いを視認できる距離。

 

夜凪刀也と生駒達人。

 

 

構えは、同時。

 

 

☆★

 

 

水上を撃破したクロウに迫る遊真と影浦。クロウは今やレイガストを振り切った体勢ーーー打てる手はないという判断なのだろう。

 

 

「甘いぜ!」

 

 

そのままスラスターを起動し、勢いのままに回転切りを放つ。かつて使っていた戦技クリミナルエッジを模した技に、クロウに襲いかかっていた2人は弾き飛ばされる。

 

しかしいち早く体勢を立て直した遊真はグラスホッパーを使い影浦に肉薄する。クロウのハウンドから致命となるものだけをシールドで受けーーー派手に着水した影浦にスコーピオンを突き立てる。

 

 

影浦雅人、緊急脱出。

 

 

遊真に影浦をかっさらわれた形になったクロウだが、焦りはなかった。東岸に残るのはあと遊真と雨取のみで、すでに四肢の節々に穴が空いている遊真を倒せば後は雨取を探して撃破すれば良いだけ。

 

そんな勝利への確信を曇らせるように、遊真が叫ぶ。

 

「今だチカ!」

 

 

合図と同時にアイビスを撃つ雨取。狙いは遊真とクロウの中間。地面を穿ち、粉塵という名の煙幕が2人を包む。

 

 

「ここで大砲かよ…!」

 

 

驚くクロウだったが、その行動は早かった。再びクリミナルエッジの要領でレイガストを振り抜き、その剣風で粉塵を吹き飛ばす。

 

するとすぐ近くにあったのは瓦礫に突き刺さった遊真の右腕ーーーああ、煙幕が晴れていなかったらこれを遊真と勘違いして攻撃していたかもしれない。

 

 

「惜しかったな」

 

 

背後に回り込んでいた遊真にスラスターを起動させたままのレイガストを投げつけ胴体を2つに分かつ。

刹那、遊真の残った左腕が蛇のように動き、スコーピオンの刃がクロウに迫ったが、わずかに距離が足りずそのまま砕け散る。

 

 

「マンティス…!この土壇場でまた成長しやがるか」

 

 

遊真が緊急脱出するのと同時に遠くのビルからもう一つ同じものが空に登っていく。雨取千佳のものだろう、防波堤と周辺の建物を破壊した後は移動していたわけだ。確かにさっきの煙幕の時も大砲は遠くからだった。

 

通常、緊急脱出は本人の意思でいつでもできるようになっているがランク戦の時は60メートル圏内に敵がいない事という条件が追加される。玉狛はいつでも雨取が緊急脱出できるように距離を取らせたのだった。

 

 

「さて、こっちは終わったぜ刀也。見せてみろよ…おまえの意地ってやつをな」

 

 

☆★

 

 

構えは、同時。

 

 

「「旋空ーーーー」」

 

 

決着は、一瞬。

 

 

「ーーーー孤月」

 

 

先に剣を振るったのは生駒だった。0.2秒の凄技、拡張された斬撃を刀也は半身になって避ける。

避けられたが生駒にはまだ余裕があった。まだ距離は40メートルある。つまりまだ刀也の旋空は届かず、自分だけが攻撃できる距離……のはずだった。

 

 

 

 

「ーーーーー残月」

 

 

 

視界がずり落ちていく。刀也は剣を振り切った体勢で、そのまま緊急脱出していった。

 

自分が斬ったのか、と思いもしたが違う。生駒の旋空孤月は見事に避けられていた。

 

自分の視点が地面まで転がって、ようやく生駒は理解する。

 

ああ、斬られたのは自分の方だーーーと。

 

 

 

生駒達人、緊急脱出。

 

 

B級ランク戦ROUND4、閉幕。

 

 

☆★

 

 

 

「生駒隊長が緊急脱出!試合終了です!最終スコアは8対2対1対1…夜凪隊の勝利です!」

 

 

実況の武富はクロウと刀也で3点ずつに加えて生存点で8点である事を補足する。

 

 

「B級上位でここまで点差が開くのは珍しいですね…夜凪隊、圧倒的です!」

 

 

「では解説のお二人には総評をお願いします」と武富は風間と加古に話を振る。

 

 

「今回は玉狛の土木作業が派手だったな。あれで東岸は空閑とクロウ以外は機動力を奪われた。事実、その2人以外は点を取れていない」

 

 

「そうね。生駒隊の2人もなかなかいい動きだったけど、防波堤が壊されたから逃げる事もできずにやられちゃったし、影浦くんも動きが鈍って空閑くんに遅れをとった…と言ってもクロウくんが崩した所を突かれた感じだけど」

 

 

「東岸に集ったエース級の中ではクロウが頭一つ抜けていた印象だな。町への浸水も上手く利用していた。西岸についても同じだな、このラウンドで唯一夜凪に対抗できる影浦が東岸にいた事で、夜凪に対抗できる隊員はいなくなった」

 

 

遊真や影浦といった猛者、玉狛第二の戦術、生駒隊の連携……そのどれもがクロウを崩す事は敵わなかった事を風間は指摘し、加古も支持する。そして話は東岸から西岸へと移り変わる。

 

 

「その夜凪隊長も中盤に緊急脱出の危機に陥りました。しかしそれも機転を働かせて脱出、逆に得点の機会を掴みました」

 

 

「ただ別の方向を向くだけ……テレポーター使いがやるとあれだけ騙されるのね…前回二宮くんがやられた印象が強かったっていうのが1番の理由になるだろうけど」

 

 

「だとしても、あまり褒められた回避方法ではないがな。夜凪の事だ、おそらくすべて計算ずくだろうが、何か一つでも欠ければあの場で撃破されて1点も挙げられないといった事にもなりかねなかった」

 

 

「確かに…実際あの時三雲くんに付けられた傷で緊急脱出しちゃったし。生駒くんと戦うのに間に合ってよかったわね」

 

 

「夜凪隊長はトリオン漏出過多で緊急脱出しました。生駒隊長と戦った直後ですね……と、そういえば最後の夜凪隊長の旋空孤月…生駒旋空と同じくらい伸びませんでした?」

 

 

「伸びたな」「伸びたわね」と風間と加古は何気なく肯定する。

 

 

「驚く事でもない。夜凪は剣術バカだ……いずれ生駒と同等の旋空を使えるようになるであろう事はわかっていた」

 

 

「それに最後のアレは……“残月”ね」

 

 

加古の聞き慣れぬ言葉に「残月?」と武富は聞き返す。

 

 

「ヨナさんがこのB級ランク戦前まで使っていたトリガーで再現したある剣術の型の一つよ。今回見せたアレはその応用って所かしらね」

 

 

「……脱線し過ぎたな」

 

 

風間はそう言うと、話を夜凪隊のものからランク戦の総評へと戻す。そこで三雲に厳しい言葉が投げかけられ、三雲はそれである決意をするのだが、それはまた別の話。

 

 

☆★

 

 

ROUND4を大勝利で終わらせた夜凪隊の面々は嬉しげにハイタッチをしていた。

 

 

「やるじゃないかあんたたち!大勝利だよ!」

 

 

「陽子のオペレートがあったおかげだ。それにクロウも、東岸は激戦だったろ?」

 

 

「それほどじゃねえよ。玉狛の作戦についちゃ想定内だったしな」

 

 

ひとしきりお互いを称え合ってからクロウはいつか悪友に向けた顔を刀也に向ける。

 

 

「やったじゃねえか、刀也……どうやら1つ、壁を乗り越えられたようだな」

 

 

「ああ……何も、難しい事じゃなかったんだ。それがわかったのはクロウ、おまえのおかげだよ。だから、ありがとな」

 

 

ランク戦前と同じように穏やかな表情で刀也はクロウに礼を言う。その表情はまるで、初めて鬼の力を制御できたリィンと瓜二つでクロウは思わず笑ってしまう。

 

 

「なんだぁ?おれが礼を言うのはそんなに変かよ?」

 

 

「いや、そうじゃねえよ。……ただ少しリィンに似てきたなと思っただけだ。それで刀也、ランク戦前に何か言いかけたよな?陽子が時間だからって簡単に言い換えただろ?ちゃんとあの時の言葉を聞かせてくれよ」

 

 

刀也は“リィンに似てきた”と言われて少し驚きつつも嬉しそうだ。クロウはそのままのノリでランク戦前に刀也が言いかけた事を聞いてみる。今ならこっ恥ずかしい事でも気兼ねなく言ってくれる気がしたからだ。

 

 

「あー、あれね……おれの起源は八葉一刀流なんだよ。おれがここにいる最初の理由は、リィンさんの八葉一刀流に魅せられたからなんだ。だからボーダーに所属する夜凪刀也は八葉一刀流を骨子としているもので、それが欠けたらおれはおれでなくなってしまうんだよ……とこんな感じ」

 

 

それを陽子は興味深そうに「へえ」と息を漏らすがクロウは「ほうほう」とニヤつく。ここで刀也が自分が誘導された事に気付いて赤面するも、余計な言葉は発しなかった。

 

こんなセリフを恥ずかしがらずに言えたら本当にリィンに似てきたと言えるだろうが、その点刀也はまだまだのようだった。

 

 

☆★

 

 

ROUND4夜の部も終わり、暫定順位が更新される。

 

8点という高得点を叩き出した夜凪隊はB級ランク1位に輝くのだった。

 




夜凪刀也くん、ちょっぴり覚醒!

そしてクロウは相変わらず強いようです。本来影浦のような猛者が相手なら苦戦や敗北もありえるのですが、今回は玉狛の浸水の計により勝利しました。
玉狛第二については原作よりROUND4は活躍できた感じですね。三雲きゅんの幸運値をだいぶ上げてました。


『旋空残月』
五の型『残月』を旋空で再現した技。
抜刀からの旋空弧月は生駒旋空と同等の速度と射程を兼ね備えている。


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差し出す物は

みんな大好き頼れる実力派エリート。未来が視えるという彼はたいへん便利です。


ピクリ、と雰囲気が変わったのを感じ取る。

 

それは穏やかで、苛烈で、流麗で、荒々しくて…どこまでも人間の矛盾というものを孕んだ気配。

 

ふと、あり得ざるものを幻視した。

 

我が悪友よ。きっとおまえは、こいつの中で生きているんだな。

 

 

でもこいつは、おまえとはまるっきり違う道を行こうとしている。

 

これまで形に拘ってきた小癪な男が、自らの殻を破り大空に羽ばたこうとしている。

 

 

おれはどうすればいいんだろうな。未だ自分の立ち位置を図りかねている。

 

おれにとって刀也は何なんだろう。肩を並べて戦う仲間か、導くべき後輩か、悪友の忘れ形見…ってのは少し違うか。

 

 

おれはどうすればいいんだよ…なぁ、リィン……

 

 

 

☆★

 

 

 

「甘ったれんじゃねぇって話だな」

 

 

思考の海から浮上して、眼前の相手を見やる。この模擬戦の相手こそは先日のランク戦にて1つの壁を乗り越えた我ら夜凪隊の隊長、夜凪刀也だ。

 

 

5本先取の模擬戦で、今は互いに4本ずつ勝ち星を挙げている。すでにトリオン体での感覚を掴んだクロウは実力で刀也を上回っていたが、刀也もストレート負けは遠慮したいのか、二宮を撃破したような初見殺しでもって互角まで持ち込んでいた。

 

 

しかし今はどうだ、この最終戦は。リィンの姿を幻視するほどの剣気を纏っているではないか。事ここに至り、勝利に拘るのでなく技にてクロウと勝負しようとしている。

 

 

 

刀也は孤月を構えたままグラスホッパーを連踏みして加速する。相手との距離を一瞬で詰め、すれ違い様に鋭い斬撃を繰り出す剣技の模倣。

 

 

「偽疾風」

 

 

そのスピードはクロウでさえカウンターを撃つ事はできず、回避に専念する。グラスホッパーで空中に逃げ、スラスターを起動してレイガストを投げ放つブレードスロー。

刀也はそれを半身になって避ける。その構えは居合いのものであり、先のランク戦で生駒を降した旋空の間合い。

 

 

「旋空残月」

 

 

0.2秒の斬撃はしかし、リィンの残月を知っているクロウからすれば避けるに容易いもので、先程と同じようにグラスホッパーで斬線から逃れる。

 

空中のクロウを狙い撃とうと刀也はアステロイドを起動しようとするが、クロウが二丁拳銃に持ち替える方が速い。射線から逃れるようにして刀也は建物の陰に転がり込む。

 

クロウは再びレイガストに切り替えるとスラスターで加速しながら刀也に強襲を敢行する。直上…死角であるはずのそこにはきっちりと罠が用意してあった。

アステロイドの低速散弾がバチバチと弾け、刀也にクロウの襲撃を報せる。スピードに乗ったクロウのスラスターぶった斬りを、刀也は何とか受け流し、グラスホッパーの跳び板をクロウに押し付けることによって距離を取った。

 

 

吹き飛ばされたクロウが視線を上げると、刀也は見たこともない構えをしている。

 

 

「穿空孤月」

 

 

それは旋空孤月による刺突。旋空というオプショントリガーは存外扱いが難しく、斬撃という線の攻撃である以上は味方との連携もシビアになる。穿空孤月はそんな線の攻撃を点の攻撃に変化させたものだ。今まで練習してきた刀也だったが、今やっと実用的な段階に入った。

 

 

クロウもこれが旋空孤月による刺突だと気づくが回避が遅れて右腕を根本から刈り取られてしまった。

 

しかし刀也もこれで決めるつもりだったのか、突きを放った姿勢は完全に死に体。好機と見込んだクロウはハウンドを撃ち散らしながら刀也に肉薄、レイガストに持ち替えてさらに距離を詰める。

刀也はグラスホッパーを踏んで後方に逃げるが、クロウはグラスホッパーとスラスターを起動して超加速、刀也の眼前に迫る。空中である以上、受け流す事はできず、刀也は打ち飛ばされ、そこにクロウが撃っておいたハウンドが到達。刀也は穴だらけにされるのであった。

 

 

☆★

 

 

「じゃあおれは行くけど、クロウも来る?」

 

 

模擬戦が終わり、一息ついた刀也はそのまま作戦室に向かうようだ。

 

 

通達はすでに来ていた。近日中にあると思われる近界民の侵攻。それへの対策会議だ。刀也は超直感を当てにされて招集がかかっているわけだが、クロウは違う。確かにクロウは先の大規模侵攻やランク戦で好戦績を納めている。しかしそれは匹夫の勇としか評価されていないのだ。

ゼムリア大陸において他の国からの侵略はなかった。それどころかトリガーの概念すらなかった。クロウの知る侵攻はあくまでゼムリアの戦争に沿ったもの…トリガーを扱うボーダーや近界の戦争とはわけが違う。

 

しかし、だからと言って役立たず認定されているのも癪なのでクロウは刀也について行く事にした。

 

 

 

 

 

作戦室への道すがら、刀也はクロウに尋ねる。

 

 

「そういや、トリオン体での戦闘には慣れたか?」

 

 

「ああ、もうバッチリだ。感覚のズレも矯正したしな。ここからおれの真の実力ってやつを見せてやるよ」

 

 

「頼もしいな」と笑った刀也は、ふと穏やかな表情を浮かべて、

 

 

「おまえが来てくれて良かったよ、クロウ」

 

 

「ありがとう」と言葉を続ける。突然の感謝にクロウは肩をすくめて「おいおい、いきなりどうした?」と聞く。

 

すると刀也は“クロウがゼムリア大陸での戦闘スタイルでランク戦をやっているのを見て、トリガーで八葉一刀流の剣技を模するという着想を得た”と言う。

先程の模擬戦で見せた“偽疾風”や“旋空残月”がそうだ。

 

 

「おまえが来なきゃおれは、まだたぶんあの部屋で一人…剣を振ってああじゃない、こうじゃないと自己満足してただけだったろうしな。おまえが来て、リィンさんを知っているクロウ・アームブラストがいてくれたから、おれは今のまま…甘えたままじゃいけないって奮起できた」

 

 

ボーダーの者たちにとって八葉一刀流は“夜凪刀也の扱う剣術”でしかなかったが、本物ーーー八葉の《剣聖》であるリィンの剣技を知るクロウが来た事で刀也の八葉一刀流はリィンの劣化版である事がわかってしまう。

もちろんクロウがそれを吹聴する事はないが、刀也が自身の堕落に目を向けるきっかけになったのだ。

 

刀也の目標はリィン・シュバルツァーと肩を並べて共に戦うこと。今はもう叶う事のない夢だけど、それでも刀也は夢に見る。

そんな漠然とした夢が、クロウが来た事で明確に形を結び始めた。リィンと共に戦っていたクロウに認められれば、それはリィンと共に戦えるという証明になるからだ。

それまでトリガーで再現していた八葉一刀流…リィンの剣技の劣化コピーでしかないそれらを使うのが急に恥ずかしくなった。そのカタチに甘えているように感じられたからだ。“自分は八葉一刀流の剣士である”というポーズ。要するに虚飾だ。

 

 

だが刀也は先日のROUND4で自己の虚飾を粉砕し、自らの殻を破り、自分だけの八葉の剣技を生み出した。

その結果、刀也は真の意味で“自分を八葉一刀流の剣士である”と認識できるようになったのだ。

 

そうしたすべてのきっかけであるクロウに感謝を告げる。

こんな事、普段は恥ずかしくて言えないけど何気ない会話のようにすればそれも幾分かは緩和される。

 

 

クロウもまた穏やかに微笑み「そうかよ、そりゃ良かったな」とあえて他人事のように感謝を受け取った。

 

 

2人の会話が心地良く終わりを迎える頃、作戦室の扉の前に到着した。

 

 

☆★

 

 

今回招集がかかっているのは、いつもと変わらぬ上層部の連中とA級部隊の隊長に加えて東、迅という面子だった。ただし県外にスカウトに出ているA級部隊の隊長は除かれる。

 

最後に迅と風間が現れて会議が始まりを目前に迎えた時、刀也がすっと手を挙げた。

 

 

「少しよろしいですか」

 

 

「なんだ」と聞く城戸にはわずかに警戒の色がある。先の大規模侵攻前の会議でも刀也は“迅に風刃を持たせるべきだ”と爆弾を投下した。

今回は何事だ、とばかりに周囲は静かに色めき立つ。

 

 

「今回の議題には無関係な事で恐縮ですが、提案したい事がございまして」

 

 

刀也がビジネスマンらしい礼儀正しさと気楽さを兼ねた声音でそう言うと、何人かは咎めるような視線を送ったが直接的な批判や反論はなく、発言を許可されたものと受け取る。鬼怒田の名前を呼ぶと「うむ」という返事と共に手元のコントロールパネルを操作し、中央の立体スクリーンに画像が表示された。

 

 

「えー、まずは私の方から説明させていただきます」

 

 

鬼怒田はコントロールパネルから手を離すと起立して声を張る。

 

「実は先日、夜凪隊の方から提案がありました」と前置きをしてから鬼怒田は説明を始めた。

 

 

それはアフトクラトルの人型近界民エネドラの死体…トリオン受容体からサルベージされた記憶データをトリオン兵に搭載し運用してはどうか?というもの。

 

 

「馬鹿な!?ありえない…!」

 

 

ダン、と机を叩いて立ち上がったのは三輪だった。三輪隊の隊長である三輪秀次は4年前の第一次大規模侵攻の時に姉を失っている。“近界民憎し”の感情でA級部隊の隊長にまで登り詰めた城戸派の急先鋒だ。

 

怒りの眼は鬼怒田以上に刀也に向けられていた。

夜凪刀也…旧ボーダー時代から組織に所属する古株。ついこの前までへらへらと腑抜けた表情でボーダー本部内を徘徊していたくせに、近頃はやけに気合いの満ちた目をしている。

こいつも迅と同じで間に合わなかったくせに。姉さんを助けてくれなかったくせに……

 

と、まるで聞こえてくるようで。

 

 

「アンタは近界民の怖さを知らないからそんな事が言えるんだ!親しい人を奪われた事がないから……!」

 

 

実際に、そんな悲痛な叫びを向けられる。

作戦室の面々もまた三輪の言葉に思い返す事があるのか、目を伏せる。

 

「失った事ならある」といち早く顔を上げた刀也は三輪を真っ直ぐに見据えて言う。

 

 

「失った事はある。自分の判断ミスで、同じ釜のメシを食ったやつらを死なせてしまった。自分の力不足で、一生ついていくと心に決めた人が死んでしまった。おれだって、失った事はあるんだよ…三輪」

 

 

悲しそうに、しかしはっきりと口にした刀也に三輪は少しだけたじろいでしまう。刀也から視線を逸らし、それでようやく気づく。城戸や忍田が厳しい視線で刀也を射抜いている事を。

 

 

「失礼。機密でしたね」

 

 

刀也も城戸らの視線に気づき、しれっと謝罪する。機密というワードを使うあたりがまたいやらしいが、そこに触れる者はいなかった。

 

ごほん、と咳払いをすると鬼怒田は「では続けます」と説明を再開する。

 

 

まずメリットとして挙げられるのは“戦力の増強”だ。

鬼怒田はエネドラの記憶データを搭載した人型トリオン兵と平均的なB級隊員の戦闘シミュレーションの記録を開示する。エネドラの勝率は7割を上回っている。

 

 

「しかもこれはまだ、こちらのトリガーについて説明したがばかりのもの。これから経験をつませ、記憶データを更新し続ければさらなる飛躍が望めるでしょう」

 

 

「加えて言えば、このトリオン兵を複数体運用し、そのすべての経験をフィードバックすれば短期間で飛躍的な成長ができる」

 

 

鬼怒田に続いてクロウまでが利点について喋り始めた。

 

 

「例えば1体には攻撃手として学習させ、次の1体には銃手の、次の1体には狙撃手の…と学習させれば、すぐにでも完璧万能手の完成だ」

 

 

「そんなに上手くいく話か?」

 

 

鬼怒田やクロウの熱弁とは裏腹に冷静そのものの態度で疑問を呈したのは東。それには冷静な東と同じ温度で刀也が答える。

 

 

「それは実際にやってみないとわからないと思いますが…エネドラの戦闘シミュレーションの仮想敵であるB級の平均といえば6000点前後になるでしょう。それに対して勝率7割は普通に強い。今のまま運用を開始したとしても、防衛任務は楽にこなせるでしょう」

 

 

「なるほど」と理解を示した東は一旦引き下がってみせる。誰が見ても未だ質問があるのは明らかだったが遮ることを遠慮し、質問は最後にまとめるつもりのようだ。

 

 

「2点目のメリットですが“コスト削減”です」

 

 

ひとまず“戦力の増強”についてはこれでよかろう、と鬼怒田は2つ目のメリットについての説明を始める。

 

 

1つ目のメリットである“戦力の増強”が果たされれば必然、現隊員でエネドラのより弱い者は不要になる。C級はもちろん、B級も大半が戦力外通告(クビ)だろう。そうなると大幅な人件費が削減される。それはまだ年若いボーダー隊員が命を懸けて切った張ったをしなくても良い組織に変化できる可能性も示唆している。

それに何も削減できるのは金だけでなくトリオンもそうだ。

 

前線に出るエネドラ=トリオン兵はあくまで大元の記憶データをダウンロードした存在に過ぎず、使い捨てが可能だ。つまり一般的なトリガー使いのトリオンの大半を注ぎ込んで発動する緊急脱出機能をつけなくていいのだ。

 

 

「これは後でも説明しますが、緊急脱出の代わりにある機能を追加しとります。これもある程度トリオンを食いますが、緊急脱出ほどじゃない。つまり余裕のできたトリオンで別の兵装を追加することも可能なのです」

 

 

言い切った鬼怒田は「ふぅ」と一息つく。

エネドラをトリオン兵にして運用することの利点は大きく分けて鬼怒田の挙げた2つ。鬼怒田ももっと大仰に語れば良かったものを、まるで箇条書きのような説明のせいで作戦室の面々の感触はいまいちだ。

このプレゼンのために口のうまい根付や唐沢をこちらに勧誘しようかとも考えた刀也だったが、「あんまり好感触だとそれはそれで困る」というクロウのアドバイスに従っていた。

 

 

鬼怒田は次にエネドラをトリオン兵にして運用するリスクについて語る。

 

まず1つ目“トリオン兵運用による市民の恐怖のぶり返し”。

これについては運用するトリオン兵が人型である事、外見を人っぽくコーティングできる事からリスク回避は可能だと説明する。

 

2つ目は“反乱の危険性”について。

エネドラのトリオン兵を多数運用し、それ以外のボーダーの戦力が低下した所で裏切られたらどうなるのか、という懸念。

これについても当然答えは出ている。トリオン兵に自爆機能を搭載する事で無問題だ。

この自爆機能というのが、鬼怒田が先程語った“緊急脱出の代わりに追加した機能”であり、この自爆が作動するのはトリオン兵が破壊された時*1と、ボーダーに叛意を抱いた時だ。既存の緊急脱出は隊員の意思でその機能を発揮する事ができるため、その応用でエネドラのトリオン兵がボーダーに反逆しようという思考を検知した瞬間に自爆が作動するように設計したと鬼怒田は語った。

 

 

「リスク管理はできている」と宣言して鬼怒田は着席した。

ひとまずこれで説明は終了だ。まだ中央の立体スクリーンには資料が映し出されており、それを見続ける者や俯いて思考にふける者など、反応は様々だ。

 

 

 

「…なかなかいい考えなんじゃねーの?今説明された点でこりゃいかんってとこあったか?」

 

 

「慶、そういう問題じゃないだろう」

 

 

静寂を打ち破り、肯定的な意見を発した太刀川に、腕組みをして黙っていた忍田がストップをかける。

忍田は立ち上がっていつも以上に真面目な顔で作戦室の面々を見遣る。

 

 

「いくら敵だったとは言え、その遺体から回収した記憶を使い捨てのトリオン兵に搭載して使役するなど、断じて許されるべきではない…非人道的だ!」

 

 

「本人は快諾しています」

 

 

忍田の言う通り、そもそもの大前提として。メリットやリスク以前にこんな事が許されていいはずがないのだ。

しかし、そんな怒りに冷や水をかけるように、刀也は言った。

本人の、エネドラの承諾は得ているのだと。

 

 

「な、に……?」

 

 

一瞬、何が言われたのかわからなかった忍田に「当の本人が喜んで引き受けたって事だよ」とクロウが追撃する。

 

 

「おれも一度は死んで不死者として甦った事があるから言えるが……どんな形であれ未練を果たせる機会を得られるってのは死者にとっての福音だ。そこはもう他人が常識で縛っていい範疇じゃない」

 

 

上層部の連中はリィンから自分の話を聞いているだろうと推測したクロウの実体験を交えた言葉に作戦室は一時騒然となる。

 

忍田が自失したかのように座ったところに「そこで」と刀也が切り込む。

 

 

「このエネドラのトリオン兵の試験運用を夜凪隊に任せてはもらえないでしょうか。幸い部隊の人数には空きがありますし…提案した者の責任でしょう」

 

 

「責任を果たすというよりは、功績を欲しがっているように聞こえるな」

 

 

皆の理解が追いついていない状況での畳み掛けるような提案を押し留めたのは風間だった。風間の兄は旧ボーダーの一員だった。その兄からクロウの事を聞かされていた風間は忘我も一瞬で、すぐに刀也たちの狙いが何かを探り始める。

 

 

「そのふたつは同じだな、風間。責任を果たしたからこそ功績を得られる。責任という過程を完了させれば功績という結果に到達する」

 

 

「おれはおまえと言葉遊びをするつもりはない」

 

 

「そうか、おれもだ」

 

 

刀也の戯言をバッサリを切って捨てた風間だったが、刀也自身はそんな事には気にも留めない。「それで」と風間から視線を切って城戸を見つめる。

 

 

「城戸さん。どうですか、この件…夜凪隊に任せてはもらえませんか?」

 

 

エネドラのトリオン兵の試験運用を夜凪隊に任せてはもらえないかと問う。がこれはエネドラのトリオン兵の試験運用をする前提での話だ。相手もその前提で是非を語ってくれれば儲け物だったが、そんな子供騙しは城戸には通用しない。

 

 

「任せるもなにも、私はそもそもこの話をーーーー」

 

 

否定の言葉が紡がれる。そう理解した刀也は「もしも」と声を張り上げる。

城戸は口をつぐみ、会議室の視線は一斉に刀也を向いた。

 

 

「もしも、この話を受けてくれるのならーーーー」

 

 

ポケットに手を突っ込んで、掴んで、出す。

 

 

「おれは、これをボーダー本部に差し出します」

 

 

皆に見えるように掌の上に乗せられたそれは『Ⅶ"sギア』だった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「……って感じなんだが、勝算はあるか?」

 

 

時は遡る事1日前。翌日のエネドラ=トリオン兵運用プレゼンの是非をクロウと刀也は迅に視てもらっていた。

迅はサイドエフェクト“未来視”を持つ。そのため「なら最初から話を通して、なんなら成功するかどうか視てもらえばいいんじゃね?」という結論に至った。

 

 

成功率はどれほどかと問うたクロウに迅は「う〜ん」と後頭部をがしがしと掻く。

 

 

「それだけじゃたぶん無理だね。でも、ヨナさんがポケットに入れてる“それ”を使えば十中八九、成功するかな」

 

 

その問いに迅はプレゼンだけでは運用の提案は弾かれると答え、加えてどうすれば成功するのかまで言ってくれた。

 

 

刀也は降参するようにため息をついてポケットから『Ⅶ"sギア』を取り出す。

 

 

「おまえに隠し事はできないな。でも、十中八九ってどういう事だ?これを出しても80〜90%しか成功しないと?」

 

 

「いや、それを出せれば城戸さんはきっと提案を飲む。だけど、それを出す前にプレゼンを打ち切られる可能性もあるってこと」

 

 

迅の言葉に刀也は「なるほど」と納得する。城戸は今でこそ冷酷な司令官然とした人物だが、前は善良な人柄だった。今でもその残滓はあり、人の話を最後まで聞く事はする。

しかし、それ以外の人物ーーーーー

 

 

「まあ、ぶっちゃけ風間さんと秀次だね」

 

 

「秀次?」と聞きならぬ名前を復唱したクロウに刀也が三輪隊の隊長だと説明する。

 

「風間蒼也と三輪秀次…問題はこの2人か。城戸司令派でもこの2人はその色が強い…太刀川や冬島さんたちと違って忠誠心が篤いと言うべきかね……」

 

 

「なるほどな。2人ともA級の隊長だし人望…つまり影響力もあるってわけか」

 

 

クロウの意見を「そゆこと」と肯定し、刀也は「それで対策は?」と迅を見る。

 

 

「まともに喋らない事だね。煙に巻くって言うのかな、そういうのヨナさん得意でしょ?」

 

 

「おまえはおれを何だと思ってんだ…」と苦い顔をする刀也に「説得は無理なのか?」とクロウが問いかける。

三輪の事はあまり知らないが、風間については何度も話したし、個人ランク戦でもやりあった仲で、なんとなくの人となりはわかっているつもりだ。

風間ならきちんと説明すれば味方になってくれるのではないか?と言うと刀也と迅は目を丸くして驚いた様子を見せた。

 

 

「まあ、無理じゃなかろうがな……手間がかかり過ぎると思う。なんと言ってもあの風間だからな、一分の隙もないロジックを用意せんとならん」

 

 

「上司である城戸司令からの命令って形で受け入れさせた方が早いってわけか」

 

 

刀也の説明を聞いてクロウも理解と納得を示す。刀也は肩をすくませて、

 

 

「風間にしろ三輪にしろ…あとは香取もか。ああいったバリバリの城戸司令派を説得するのはまず無理って思った方がいい。……いや香取はいけるか?」

 

 

いかにも残念そうに語る刀也だったが香取が味方にできないかふと思案する…が「やっぱ手間がかかり過ぎるな」と1人で結論する。

 

 

「手間がかかるからって手を出さないの、ヨナさん?」

 

 

ニヤついた迅に刀也もジト目になりながら、

 

 

「時間が惜しいだろがよ。てか手を出すって不穏な響きはなんだ」

 

 

「えー?そりゃヨナさんが加古さんにやったような事だよ」

 

 

会心の一撃に思わず「ぐぅ!?」と顔を仰け反らせる刀也。そんな2人のやり取りを見てクロウもまた「ふっ」と笑う。

 

 

「なんだなんだ、刀也…やっぱあのキレーなネーチャンに手ぇ出してたのか」

 

 

クロウの追撃に吐血するような仕草をしつつ、

 

 

「あれはむしろ傷心につけ込まれて手を出された側だぞ、おれは!」

 

 

と早口に力説する。

「それ加古さんにも同じこと言える?」と迅に言われ刀也はついにダウンした。

 

 

「はー……、剣がどうたら悟ったこと言っても、やっぱやることやってんだな」

 

 

続くクロウの死体蹴りに刀也はビクンと反応し、口許の血を拭うような動作をしながら立ち上がる。

 

 

「クロウ…おれぁ知ってんだからな、おまえが中央オペレーターのおねーさま方とよろしくやってるってな!」

 

 

ビシィ!と突きつけるようにクロウを指差した刀也だったが、あまりダメージは与えられなかったようで、「それがどうした」とクロウは平然としていた。

 

 

「まあ夜凪隊の男は女たらしだって事だね」

 

 

何か綺麗な感じで終わらせようとした迅に「違うわ!」と2人の声が重なり、やはり2人同時にわなわなと震え出す。

 

 

「それは違うぞ…迅!夜凪隊にはおれたちより遥かに女たらしなやつがいる!」

 

壁を叩く刀也に、力が入ってるなー、と思う迅。自分が始めた茶番だが、こうもノリが良いと逆に困惑する。

と同時に、夜凪隊にまだ隊員がいたか?と不思議に思うが、その疑問はすぐに氷解する。

 

「まさか…」

 

 

「そのまさかだ。沖田陽子……やべえ女たらしとはこいつの事さ。タイプは違うがアンゼリカ……おれの故郷のツレを思い出したくらいだ」

 

 

クロウの言葉に「あー、陽子さんね」と納得を示す迅。男よりも男前な陽子は女子からたいそうモテる。いつぞやのバレンタインでは山のようにチョコレートを貰っていた事を思い出した。

 

 

「そういえば」と迅が話題を切り替えると、クロウと刀也の2人は一息で茶番の雰囲気を霧散させた。道化のような外面で周囲を欺きつつも根は真面目な2人らしい挙動だ。

 

 

「かなり遠い世界の未来なんだけどさ、どうして根付さんや唐沢さんを雇わなかったの?」

 

 

迅が言ったのは幾重にも重なる未来の可能性の話だ。根付や唐沢を誘って明日のプレゼンに参加させなかったのは何故か?という質問。

刀也が横目でクロウに説明を促す。

 

 

「刀也にも説明したが…プレゼンが大成功するのも考えものでな。この件についてのおれたちの目的はエネドラのトリオン兵の試験運用を任される事だ。しかしプレゼンが大成功して、はい即時に運用開始です…となったらそれは叶わないからな。だから、このプレゼンは失敗も許されないが大成功も遠慮したい難しい案件になってるってわけだ」

 

 

「なるほどね」と納得した迅は「でも」と続けて一段と鋭さを増した視線を刀也に向ける。

 

 

「それを差し出してまでやる事なの?もう2人の目的は視えてるから言うけど、今回のプレゼンでそれを差し出してしまえば、ヨナさんの手に返ってくる可能性は極わずかだよ」

 

 

迅の忠告にしかし、刀也は柔く笑んだ。

 

 

「それが聞けて良かった。もしこれを差し出してプレゼンが成功するのだとしても、おれの元に戻ってこないならプレゼンは諦めるつもりだった。……だけど、おれの手にこいつが再び戻ってくる可能性があるなら、その未来を掴んでみせる」

 

例え1%に満たない僅かな確率なのだとしても、と聞こえそうなほどに硬い決意に迅は瞠目する。

 

 

「これは…あの人から預かったあれを渡す日も近そうだね」

 

 

小声で何か呟いた迅に「何か言ったか?」と聞き返す刀也だったが、迅は「いいや何も」と誤魔化すだけだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

刀也の掌に乗ったそれに作戦室の総員の視線が集まる。

それが何か知る者、それが何か知らぬ者…反応は様々であれ“夜凪刀也がこの場で出すのだからとんでもない代物に違いない”というのが見解であった。

 

 

「それは、なんだ?」

 

 

確認するかのように問いかける城戸に刀也は「これは」と即答しようとするが、名前を呼ばれた事で東に制される。

 

 

「いいのか?今ならまだひっこめられるぞ」

 

 

東は刀也の掌にあるものが黒トリガー『Ⅶ"sギア』である事を知っている。何せ東はかつてⅦ"sギアを起動させた刀也に命を助けられた事がある。

それが刀也にとって命に等しい大切なものだと知っているからこそ、刀也を止めようとしているのだ。

 

しかし刀也は儚い笑顔を一瞬だけ見せると、先程と同じ音を紡いだ。

 

 

「これは、『Ⅶ"sギア』……リィン・シュバルツァーが黒トリガーとなった姿です」

 

 

「なっ!?」と同じ音が幾重にも重なり響く。「バカな!」と立ち上がったのは鬼怒田だった。

 

 

「リィン・シュバルツァーの黒トリガーは『七の騎神』のはずだ!」

 

 

激した様子を見せた鬼怒田を忍田が抑え、代わりに厳しい視線を投げかける。

 

 

「夜凪くん…では君は今まで嘘をついていたという事か?君は四年前『七の騎神』がリィンくんの黒トリガーだと言ったはずだな」

 

 

「ああ、それについては言葉足らずだったようで申し訳ない。リィンさんの()()()()()黒トリガーって意味です。それでこっちはリィンさんが黒トリガーに()()()もの。これが正真正銘、リィンさんが全トリオンと生命を注ぎ込んだ黒トリガーだ」

 

 

もはや言葉遊びですらない子供の言い訳じみた説明だったが、嘘をついていないという意味において刀也を責められる者はいなかった。

 

忍田は詰問を躱された格好になったが、怒りはせずに逆に微笑んだ。

 

 

「…そうか。あの時、君に助けられた時から“君には何かある”と思っていたが、その正体がリィンくんの黒トリガーだったとはな。驚きと同時に納得したよ」

 

 

忍田もまた着席し、残す関門は城戸のみとなる。

 

 

「やはり隠し持っていたか」

 

 

城戸は顔の傷をなぞりながらそう言った。

「やはり?」とおうむ返しに聞くと、

 

 

「四年前の大規模侵攻の時、私は灰色の騎士人形が近界民を倒していく様子を目撃していた。当時はそれが何かわからなかったが、今ならわかる。あの灰色の騎士人形も『七の騎神』の形態のひとつだ。そうじゃないかね?」

 

 

この場にいる面子にとって『七の騎神』の姿は先の第二次大規模侵攻で見た、蒼色の騎士人形の姿だ。城戸の言葉に頓珍漢な印象を受けつつクロウの答えを待つも「そうだ」との回答。

 

 

「クロウ・アームブラストを本物かどうか見極めるための質問に用意された答えの色こそが『七の騎神』に格納された騎士人形の色だと推測している。しかし、騎士人形はリィン・シュバルツァーが死ぬ以前にも目撃された。ならば『七の騎神』以外にリィン・シュバルツァーの黒トリガーがあると考えるのは当然の事だ」

 

 

クロウも刀也も城戸の見事な推理に称賛の言葉も出ない。「正解ですよ」とぽつりとこぼした刀也は「それで?」と話を戻す。

 

 

「我々の提案…飲んでいただけますか?」

 

 

 

☆★

 

 

 

城戸の答えは“保留”であった。

今は攻めてくるであろう近界民への対策が先決とのこと。それを言われてしまえば「そうですよね、てへっ」とするしかない。

 

しかし、その近界民の侵攻で『Ⅶ"sギア』を使い、その力を証明できればエネドラのトリオン兵の試験運用を夜凪隊に任せると城戸は約束した。

 

 

一部の者たちは「『Ⅶ"sギア』をボーダーに渡さんかいダボがぁ!」と言ってきたが「こりゃ個人の持ち物じゃボゲェ!」とゴリ押しした。

 

 

ともあれ、すべては次の侵攻で刀也が、Ⅶ"sギアが活躍できるかが鍵となるのであった。

*1
市民にトリオン兵の残骸を目撃されるのを防ぐため




今回の作戦会議ですが、原作とは違う面子に加え会議室も変えてます。対ガロプラ戦前の会議室は何人か立って話を聞くような小会議室でしたが、今作の対ガロプラ戦前の会議室はアフトクラトル侵攻前に使っていた大会議室です。




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紹介
BBF&カバー裏風紹介!


ちょっと遅くなってしまいましたが、1周年記念ということで登場人物の紹介をさせて頂きます。
紹介する人物は以下の通り。

夜凪隊
夜凪刀也
クロウ・アームブラスト
沖田陽子

リィン・シュバルツァー


また、この『BBF&カバー裏風紹介!』公開にあたり、大規模侵攻編に挟んでいた『BBF風紹介!』は非公開とさせて頂きました。


ボーダー本部所属B級1位 

夜凪隊

無数の戦術で敵を圧倒する千変万化の無敗部隊!

夜凪刀也の通称“初見殺し”とクロウ・アームブラストの近距離、中距離、遠距離攻撃を活かした隙のない戦闘スタイルで今季ランク戦では無敗、瞬く間に1位に登り詰めたダークホース。

 

PARAMATER

近:5

中:4

遠:3

 

MEMBER

夜凪刀也(隊長) AR

クロウ・アームブラスト AT

沖田陽子 OP

 

UNIFORM

濃紺のインナーに黒と赤の上着とピッチリとした黒金のボトムスにそれを隠すような半外套を着用

一見目立つだけのような隊服だが、ノースリーブで動きやすかったり足運びを隠す事が可能な半外套で、意外と実用性はある。

これをデザインした人物は時間と睡魔に襲われていたと供述しております。

 

FORMATION&TACTICS

???

???

 

 

 

夜凪刀也(よなぎとうや)

 

PROFILE

ポジション:オールラウンダー

年齢:22歳

誕生日:1月20日

身長:160cm

血液型:AB

星座:かえる座

職業:不明

好きなもの:創作物(漫画、アニメ、ドラマ、映画、ゲームなど)

 

FAMILIY

 

RELATION

リィンー師匠

クロウー同志

陽子ー仲間

 

TRIGGER SET

MAIN

孤月

旋空

スコーピオン

空き

 

SUB

アステロイド

シールド

バッグワーム

グラスホッパー

 

PARAMATER

トリオン:6

攻撃:9

防御・援護:7

機動:9

技術:8

射程:5

指揮:5

特殊戦術:7

TOTAL:56

 

悪辣なる盤外戦術と冴え渡る直感で相手の思考を誘導する実力派!

旧ボーダー時代からの古株でほぼすべてのトリガーの特徴を知り尽くしており、それを活かした“初見殺し”は有名。サイドエフェクト“超直感”はあらゆる不意打ちを無効化し、また盤外戦術による思考誘導や「本気で対策を練られた場合は勝つ事は不可能だ」と太刀川に言わしめるほど高い実力を持つ。

 

 

クロウ・アームブラスト

 

PROFILE

ポジション:アタッカー

年齢:享年20歳

誕生日:?

身長:180cm〜

血液型:?

星座:?

職業:?

好きなもの:ギャンブル

 

FAMILY

祖父

 

RELATION

リィンー悪友

刀也ー???

陽子ーチームメイト

 

TRIGGER SET

MAIN

レイガスト

スラスター

拳銃(アステロイド)

イーグレット

 

SUB

拳銃(ハウンド)

シールド

バッグワーム

グラスホッパー

 

PARAMATER

トリオン:9

攻撃:12

防御・援護:9

機動:7

技術:8

射程距離:9

指揮:9

特殊戦術:2

TOTAL:65

 

遠・近・中を蹂躙する完璧万能手候補!

すべての距離において隙のない完璧万能手候補。状況判断や決断力に長けており、瞬時に相手の作戦を見抜き利用する事さえ可能。トリガーに触れて半年も経たない内にNo.1アタッカー太刀川と相違ない実力を有するようになった才覚と経験は本物。

 

 

沖田陽子(おきたはるこ)

 

PROFILE

ポジション:オペレーター

年齢:20歳

誕生日:5月22日

身長:167cm

血液型:A型

星座:うさぎ座

職業:大学生

好きなもの:スリルを感じるもの、面白いもの全般

 

FAMILY

 

RELATION

刀也ー先輩

クロウーチームメイト

 

PARAMATER

トリオン:1

機器操作:8

情報分析:8

並列処理:8

戦術:8

指揮:7

TOTAL:40

 

現場目線で話せる姉御肌のオペレーター!

前まで一線で戦う戦士だったからこその視点で隊員たちを導く異色のオペレーター。自らの経験に裏打ちされた知識から相手の作戦を分析する事を得意とし、作戦立案能力や指揮能力にも長けた隊長顔負けのボス適正を持つ女傑。

 

 

 

リィン・シュバルツァー

 

PROFILE

ポジション:ー

年齢:享年23歳

誕生日:5月

身長:178cm

血液型:?

星座:?

職業:士官学院教官

好きなもの:釣り、温泉

 

FAMILY

 

RELATION

クロウー悪友

刀也ー弟子

 

TRIGGER SET(旧ボーダーのため汎用トリガー運用以前のもの)

孤月

旋空

シールド

ガイスト(試作)

 

PARAMATER

トリオン:10

攻撃:15

防御・援護:10

機動:10

技術:10

射程:4

指揮:9

特殊戦術:2

TOTAL:70

 

 

今は亡き《剣聖》

夜凪刀也が師匠と仰ぎ、クロウ・アームブラストが悪友と呼ぶ旧ボーダー時代の英雄。忍田をしてボーダー史上最高の人物とされる剣の達人。第一次近界民大規模侵攻の後、原因不明の病により23歳にして病没。

 

 

 

 

 

以下カバー下風紹介!

 

 

老け顔剣士(もどき)トーヤ

八葉一刀流にこだわる初代剣術バカ。子供の頃変顔で遊び過ぎて13歳からデコのシワができている。ボーダーではかなりの古株だが、後輩たちから先輩扱いされる以外ではだいたい扱いが雑。闇が深い。リィンからモテスキルは受け継いでいない。

 

 

 

帰ってきた不死者 クロウ

いろいろあったけど寝てたから覚えてない不死者。刀也とのやり取りではツッコミ役がいないのが最近の悩み。柿崎に頼もうかと考えるも心労を鑑み諦めるくらいには理性を有していた。クールキャラを演じようとしたものの三枚目キャラが板についていたため失敗、しかし女性陣にはその方がウケがいいようなので結果オーライらしい。

 

 

 

ヨッ、アネゴォ! ハルコ

女子からは囲まれて男子たちは跪かせるモテモテ番長スタイルを地で行く女傑。言動からして男前で、気遣いもできるが姉御肌が抜けないせいでなかなか男が寄ってこないのを密かに気にしてる乙女でもあるようだ。

 

 

 

スーパーシスコン リィン

気分によって目や髪の色がコロコロ変わる妹大好き剣士。しれっと攻略ヒロインに義妹を入れてるあたり相当の女たらし。人たらしでもある生粋の主人公属性。非の打ち所のない好青年のように見られるが実はムッツリスケベ。




今回のはあくまでBBF風〜という事で作者としての考えではなく、できるだけキャラを客観視して紹介文などを作ってみました。
夜凪刀也のトリガー構成は普段のもので、二宮に使ったような初見殺しのためのトリガーは都度セットしています。普通にシールドをサブにしかセットしてないあたり慢心が見られる……

あとクロウの誕生日とか身長とかわからないんですよね…ちょっと調べたくらいじゃ出てこないし。知ってる人いたら教えてください!


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幕間♯2
28.5話 4人目


人生を流星に例える人がいた。
宙に輝く一筋の流れ星。綺麗だとか儚いだとか、あとは願いをつぶやいたり。
でも記憶に残るのは一瞬だ。
だって、宙を見上げれば自分より鮮烈な光を放つ星は数えきれないほど煌めいているのだから。

だけどそれは、自らが光を放つのを止める理由にはならない。他にどんな偉大なる人物がいようと、自分の足を止める理由にはならない。
一瞬で燃え尽きる人生であろうとも、自分がいた証を人々の記憶に残すのだ。たとえ刹那であろうとも。


エネドラの記憶データを人型トリオン兵に搭載して運用するという案には、エネドラ本人の協力が必要不可欠だ。

 

メリットやリスクを語る以前に人道的な問題がある。そういう所に過敏な連中を黙らせるには“本人の快諾”がちょうどいい。

 

 

そんなわけでクロウと刀也はエネドラの説得を試みていた。

 

 

 

「ーーーって話があるんだが、どうだ?鬼怒田の旦那ーーーあの狸みてーなオッサンの協力も取り付けてる。あとはおまえがうんと言えば、計画は始動する」

 

 

エネドラッドへの説明を終えたクロウはそう言って話を締めた。

 

エネドラ=トリオン兵の運用の具体的なシステムは、まず大元のエネドラの記憶データをAIと化したもの(今のエネドラッド)を司令塔とし、そのデータを人型トリオン兵にインストールする。記憶データのすべてをインストールしようとすると容量が膨大になるため、任務遂行に必要なデータのみのインストールが理想となる。

記憶データのインストールが完了したトリオン兵はその数だけの分身の術のようなものだ。トリオン兵は実践で得たデータを大元の司令塔に還元し、それがまた記憶データとして保存されて経験となる仕組みだ。

このトリオン兵がデータを司令塔に還元できない場合があって、それがボーダーに対して叛意を抱き自爆システムが作用した場合。そのトリオン兵の記憶データは毒として処理される……要は自爆したらそのまま放置されるのだ。

 

と、そんな点まで余さず伝える。エネドラに対するメリットとデメリットは最低限説明しなければならない誠意だ。ただでさえエネドラはハイレインに騙されて裏切られたため警戒心は高めだ。だから事前にデメリットを説明する事でこれがただのうまい話ではないと証明する。

 

わずかな沈黙の後、黒い角を生やしたラッド…エネドラは「ナメてんのか」と一言こぼした。

 

 

少しばかり唸るようにしてクロウと刀也はアイコンタクトする。この反応も当然予想の内だ。

ただ説明しただけではダメだと刀也も直感していた。

 

だから、交渉はここからだ。

 

 

「特段おまえを見縊ってるわけじゃないよ。アフトクラトルって大国で黒トリガー『泥の王(ボルボロス)』の使い手に選ばれるくらいだ。そりゃ優秀な人材だろうさ」

 

 

突然のヨイショにエネドラは一つしかないラッドの目玉を細めて刀也を見る。

 

 

「だけど裏切られて殺された。おまえはボーダーに協力する理由を“自分を殺した奴らをぶっ殺すため”だって言ったな。それはどこかの誰かに任せていい復讐なのか?」

 

 

挑発するかのように刀也が問いかけ、

 

 

「復讐なんてもんは自分でやってこそだろ……それこそ全てを託せる同志に委ねるくらいが妥協点のはずだぜ」

 

 

実体験を基にした言葉でクロウが揺さぶる。

 

それをエネドラは「ケッ」と吐き捨て、クロウと刀也の2人に試すように睨みつけた。

 

 

「自分で復讐できる機会を恵んでくださるってわけか…玄界の猿は随分と上から目線でいらっしゃる」

 

 

“復讐は自分でやってこそ”というクロウに対する痛烈な皮肉。自分でやってこその復讐の機会を“与えられる”のは果たして自分でやったと言えるのだろうかというような。

しかしクロウは間を置かず「そうだ」と傲岸に言い放つ。

 

 

「利用できるものは何でも利用して復讐を果たす……それがなりふり構わねぇ復讐者の姿だ」

 

 

クロウも自らの記憶を引っ張り出して、苦い顔をしながらもそう言った様にエネドラはまた「ケッ」とそっぽを向くが、今度はなんとはなし元気がなさそうな声音である。

 

刀也はこれでもまだ弱いと直感していた。エネドラを説得するにはまだ足りないと。

 

 

 

「エネドラ……おまえにとって『泥の王』って何だったのかな?」

 

 

「……なに?」

 

 

突然の話題の転換にエネドラは思わず聞き返す。

刀也はエネドラの最期を思い出しながらゆっくりと言の葉を紡ぐ。

 

 

「黒トリガーは使い手を選ぶ。その選定理由が何かはわからないが……何かしらの因縁があって黒トリガーに選ばれたんじゃないかって思う。何世代も前のものなら違うかもしれないけど…………」

 

 

「エネドラ」と再び名前を呼ぶ。その最期を思い出す。

“泥の王はオレの……”と、ミラに奪われた泥の王に手を伸ばしていた。

その先の言葉を発する前にエネドラはミラに殺されてしまったが、それこそが何か重要なピースのような気がしてならないのだ。

 

 

「おまえと泥の王の因縁はなんだ?」

 

 

 

問われてエネドラは回想を始める。過去を、原点を、振り返るために。

 

 

真っ先に思い出すのはやはり、適合した瞬間だ。

 

起動と共に生身からトリオン体に換装され、成功という声が実験室で響く。トリガー角も黒く染まり、エネドラの黒トリガー使いとしての人生の幕開けだった。

 

黒トリガー『泥の王』は自身のトリオン体を固体、液体、気体に変態させる事ができる半ば反則じみたトリガーだった。それによって執れる戦法も数えきれないほどあったし、一時期は国宝の担い手に次ぐ実力者と称された事さえあった。

 

ああ、この辺りが人生のピークだった。後は転がり落ちるようにすべてを失うだけの時間だった。

 

 

トリガー角が脳にまで根を張るという恐怖に正気を失い、仲間を傷つけた。狂気を抑えようとしても、思考に靄がかかったようになってまたムシャクシャした。

 

信頼を失った。仲間を失った。人格を失った。

 

でも、泥の王だけは残っていた。

 

最後の砦のように思えた。自分が“エネドラ”だという事を証明するための。

 

 

時折、泥の王から聞こえてくる幻聴。きっと都合の良い幻。

叱咤するような、励ますような、まだ“エネドラ”を諦めるなと言うような……

 

 

 

失った。奪われた。泥の王さえも。

 

 

 

今ならわかる。裏切られたのは自分が暴走したせいだ。黒トリガー頼りの爆弾を遠征隊に選ぶのは遠征先で捨てるためだ。いつ自陣の者を傷つけるかわからない奴を捨てるのは領主として当然の決断だ。

 

でも、それでも許せない事はある。取り返さなくてはならないものがある。

 

いつだって自分の傍に寄り添ってくれた家族を取り戻す。そのためなら故国を裏切る事さえ厭わない。

 

なぜなら、泥の王はオレのーーー祖父(ジジイ)だ。

 

 

 

遠くを見ているように焦点が合ってなかったエネドラの目がこちらを向く。

 

 

「ケッ、てめぇらに教える義理はねぇよ」

 

 

その目には先ほどまではなかった決意が宿っているように感じられる。

 

 

「どうやら、答えは得たみてぇだな」

 

 

「教えなくていいんだよ。おまえが考えるきっかけになればそれで」

 

 

こうも容易くこの決意に誘導されたのは癪だが、エネドラの思いは協力に傾いていた。

 

 

「おれたちにはおまえが必要なんだ……頼む」

 

 

そこに、2人して低頭されては協力するしかないというのがエネドラの心情だった。

 

 

「あーあー、協力してやるぜ猿ども。だがわかってんな…?ここまでやったからにはこの提案、絶対通せよ」

 

 

少しだけ投げやりに言ったエネドラだが、クロウと刀也にはそれが照れ隠しのように見えて微笑ましく思ってしまう。

そこでクロウが「そうだ」と悪戯を思いついた子供のような声音で提案する。

 

 

「呼び方も変えなきゃダメなんじゃねーか?エネドラだとアフトクラトルの人型近界民だとわかる奴もいるだろうし。ジークフリードとかどうだ?」

 

 

尤もな提案に自分で黒歴史認定した時の名前をしれっと混ぜるが、

 

 

「ああ?なんだその安っぽい名前は」

 

 

「やすっ…!?」

 

 

即時のツッコミに言葉を失ったクロウを横目で見る刀也は必死に笑いを押し殺している。生前のリィンがジークフリードの時のクロウの真似(迫真)をした時のことを思い出していた。

 

 

「んー、そうだな。エネとかどうだ?省エネみたいでいい感じじゃない?」

 

 

「オイ猿てめぇ、雷蔵に省エネの意味くらいは聞いてるからな」

 

 

エネドラの怒りを孕んだ眼差しに「しまった」と刀也は笑う。エネドラッドは雷蔵とちょくちょく映画を見てるのだ。雷蔵がぼそっと省エネについて口を滑らせていても不思議ではない。

 

 

「どうせならこのオレを崇めるような名前にしやがれ」

 

 

「自分じゃ考えねーのかよ」

 

 

「名前なんてのは他人が付けるもんだろうが」とエネドラは言って、その後も3人であーだこーだ言い合う。

 

クロウは“ジークフリード”を拒否されてヘコみ気味であり刀也はボケが止まない。1時間ほどして「グランでいいんじゃね?」とあくびをしながら刀也が言った。

 

 

「グランだぁ?んだその適当な名まーーー」

 

 

「そうかー、グランド(偉大なる)からとったんだけどなー、エネドラは気に入らないかー」

 

 

もはや演技をするのも億劫だというような棒読みだったが、

 

 

グランド…グラン……いや、よくよく聞くとなかなか良い名前じゃねーか。気に入ったぜ」

 

 

その意味に釣られてエネドラは気に入ってしまう。これには発案した刀也も苦笑いだった。

“どうする?”と刀也はクロウにアイコンタクトを送るも、1時間も無駄な時間を過ごした気がしたクロウは“いいだろ”と返事を寄越した。

 

クロウはダッと立ち上がり、

 

 

「いいじゃねーか、グラン!偉大なおまえにピッタリだぜエネドラ!よし、じゃあ今日からおまえはグランな!よろしくなグラン!」

 

 

捲し立てるようにエネドラの名前を決定した。

“偉大なおまえにピッタリ”だと持て囃されたエネドラもまたいい気になり「よろしくな」なんて言っている。

 

こうして4人目の仲間…エネドラ…もといグランがパーティーに加ったのだった。




という感じですね。うーん、ちょろい。

エネドラの過去を捏造しました!なんと泥の王はエネドラのおじいちゃんだったのです!……うん、許してね。


大規模侵攻編後の『幕間 黒の声、3人目』を章で『幕間♯1』サブタイトルで『黒の声、3人目』としました。
今後、仲間加入のエピソードは『幕間♯〜』という風にしていきます。


今後はエネドラの事を基本的に“グラン”と表記します。


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ガロプラ編
その背中


ガロプラ編開幕です。


迅の未来視によると、今回の敵の狙いのひとつは雨取千佳であるらしい。

 

前回のアフトクラトルによる大規模侵攻の時のように雨取を遠くに逃してしまえば、その割を喰らうのは市民になるようなので、手の届かない遠くの地でもなく鉄壁のボーダー本部内でもなく、敵の餌として釣り出せる位置に配置する事となった。

 

その護衛を仰せつかったのが雨取が所属する玉狛第2と村上鋼、夜凪刀也である。

 

 

「何かと縁があるみたいだな。よろしく頼むぞ三雲隊」

 

 

玉狛第2…三雲隊の面々を前にして刀也は緊張を感じさせずに笑う。それで三雲も僅かながら緊張を緩和されたようで「こちらこそよろしくお願いします」と返す。

 

 

「それにしても、まさか黒トリガーを隠し持ってたとは。さすがヨナさん」

 

 

うーむ、と考え込むフリをしながら遊真が言った。

刀也は今後Ⅶ"sギアを手放す事になるだろう未来を理解しながら、しかし悲しみは滲ませずにいつも通りに振る舞う。

 

 

「まーな。持ってるだけで使わないのも宝の持ち腐れだし、今回思い切ってカミングアウトしたわけよ」

 

 

ふと一瞬、遊真が真顔になる。

 

 

「つまんないウソつくね」

 

 

そう看破した。

 

 

「…そうか、そうだったな。あー、くそ…ミスったな」

 

 

遊真にはウソを見抜くというサイドエフェクトがある。それを忘れていた刀也は迂闊な発言をしたとばかりに頭を掻く。

 

 

「大切なら大事って言えばいいのに。相変わらず面倒臭い性格だねヨナさん」

 

 

「大切なものだからこそ、そうだと言えない時もあるもんさ。せっかく格好つけようとしてんのに嘘だとかやめて!」

 

 

またそうやって戯けてみせた刀也だったが、脳裏には終わったはずの思考が再起していた。

そうだ、大切なんて言えるわけがない。エネドラ=トリオン兵の運用の取引材料にⅦ"sギアを使うように発案したのは刀也自身だ。自らそんな事をしておいて大切だなんて言うのは虫が良すぎる。

それと、例え手放したとしてもいずれ取り戻すつもりだからさよならは言わないぜ、的な強がりでもある。

 

 

 

「すみません、遅れました」

 

 

そこに村上が小走りで現れる。刀也は腕時計を確認してから「いやー、まだ大丈夫だな」と笑う。予測作戦開始時刻はかなり余裕をもって設定してあり、それより10分以上の猶予があるうちにこの場に配置されるメンバーが揃った事になる。

 

それから幾ばくか作戦会議やら談笑をしていると、刀也と雨取の視線が同時に東に向く。

 

 

「来る……!」

 

 

「千佳には近界民の気配がわかるんです」と説明したのは三雲だった。

 

 

「サイドエフェクトか。ヨナさんの超直感も同じ方向だし間違いなさそうだな」

 

 

村上が理解を示すのと同時に空に黒い孔が穿たれた。近界民の使う門だ。いつもの防衛任務の数倍の規模だが、先日のアフトクラトルの時の比べれば大した大きさではない。

 

故にこそ今回の防衛戦は市民には伝えない対外秘の任務となっているのだ。加えてランク戦も通常運転でB級中位夜の部に参加する香取隊、柿崎隊、那須隊は防衛戦に加われない。

 

 

「Ⅶ"sギア、駆動」

 

 

夜凪刀也の肉体がトリオン体に換装される。それはいつもの隊服ではない漆黒。黒いコートに灰色のベルト、袖口には少しばかりの赤。その姿は以前までの刀也の戦闘体での服装と相違なく、しかし変化はそれだけにとどまらず黒髪は銀色に、黒眼もまた灼眼へと移り変わる。

 

 

「まぁ、なるようになる」

 

 

いつもとは違う雰囲気の夜凪刀也は、いつもと同じように言葉を投げかける。

その背中から放たれた安心感はいつものような演出された声音ではなく、存在そのものが発する色。

 

「はい」と返事をしたのは遊真を除く3人。さすがに戦争を知る遊真は楽観視を咎めるような視線を送るが刀也はどこ吹く風である。

続いて三雲が、遊真が、雨取が、村上がトリガーを起動する。

 

 

いち早くレーダーを確認した刀也は「予想通りだな」と呟く。

 

 

「やっぱり雨取のトリガーの反応を記録してたみたいだ。敵部隊のおよそ30%がこちらに殺到してきている。総数は100弱…おれが捌くつもりだが……とりこぼしは頼むぞ」

 

 

今度は「了解」と4人の返事が揃う。

 

「奇襲に注意しろよ」と言い残してから刀也はこちらに向かってきているトリオン兵たちの迎撃に向かう。雨取らをぎりぎり視認できる距離で止まると、そこで迎撃の準備を始める。

 

 

「敵は多数…いかに師匠の剣技を再現できるトリガーであっても、我が技量にて捌き切れる数でもなし。なれば範囲攻撃が最適となるが必然。最高火力、最高範囲を兼ねる戦技は些か以上に目立つため封印するとして、であるならば」

 

 

錠前に鍵を差し込むイメージ。Ⅶ"sギアの2つ目の能力を解放する。

 

 

ARCUS(幾多の縁絆紡ぎし証)、開帳」

 

 

それはリィン・シュバルツァーが紡いだ縁、結んだ絆の記録を武器として編むチカラ。

次の瞬間、刀也の手には十字槍が握られていた。

 

 

「力を貸してくれ、ガイウス・ウォーゼル」

 

 

 

☆★

 

 

ついに始まった。……いや、始まってしまったと表現してもいいかもしれない。

 

 

「金の雛鳥を確保できたなら、おまえたちを従属国から同盟国に格上げしよう」

 

 

アフトクラトルの四大領主の1人、ハイレインはそう言った。

 

 

「ロドクルーンにはこの件は伝えていない。小国ながら精鋭揃いのガロプラだからこそ信用に値すると考え話している」

 

 

嘘だ。これ以上ない嘘っぱち。もし本当に金の雛鳥とやらを確保してアフトクラトルに引き渡したとして、それでハイレインが次代の実権を握れたとしても決して履行されない約束。

そんな事はわかっているはずなのに、すがってしまう自分は若輩なのだと思う。

 

でも……それでも。

 

 

「故郷を好き勝手に踏み荒らされるのはもう嫌なんだよ!」

 

 

自棄か決意か、路地の先に佇んでいた男にレギンデッツことレギーは叫ぶ。しかし男は眉ひとつ動かさずに、十字槍を構えた。

 

 

戦技(クラフト)再演ーーーゲイルストーム」

 

 

槍から放たれた竜巻が戦場を貫く。

レギーと共に進行していたドグもアイドラも風の圧力に吹き飛ばされてしまう。その内の大半がバラバラに砕けるがレギーの指示によりシールドを重ねたアイドラの活躍によって竜巻による刺突は防ぐ事ができた。

 

 

「ドグ!」と犬型のトリオン兵に指示を出して散開させる。様々な角度に散ったドグ、その目からビームが放たれる。目標は十字槍の男。タイミングを合わせてレギーも跳躍し『剣竜(テュガテール)』を起動、刺々しい尾の叩きつけを見舞う。

 

 

「アルティアムバリア」

 

 

しかし、届かない。不可視の障壁に阻まれてドグのビームもレギーの剣竜の尾の叩きつけも、届かない。

男はバリアの中で散弾銃を構えていた。いつの間にか十字槍は手から失われており、必中不可避の距離で向けられた銃口にレギーはやられた、と思考する。

 

続く銃声はレギーを襲わない。否、助けられたと理解していた。攻撃を防がれて硬直したレギーを助け出したのはトリオン兵アイドラだった。しかしただのトリオン兵ではない、手動モードに切り替わったアイドラ…人の手により遠隔で動いているトリオン兵だ。

 

 

「レギー、連携して戦って。翁も援護するってさ」

 

 

耳許のイヤホンから無線で指示が飛んでくる。遠征艇で全体の戦況を見ているヨミからの指示だった。

 

 

「わかってるさ。連携して、あいつをやる!」

 

 

☆★

 

 

初手で削れたのはおよそ2割の敵。上々とも言える結果だ。しかも敵のトリオン兵の中に一体だけ動きが違うやつがいるのも早々にわかったのも大きい。

 

 

「よし、次の手だ」

 

 

そう言って刀也はマキアスのショットガンを手放す。刀也の手から放たれたショットガンは重力に従って落下する事なく宙に浮かんだ。その隣を見てみるとガイウスの十字槍、ミリアムのアガートラムが同じようにふよふよと浮いていた。

 

 

続いて刀也の手に現れたのは紫電の剣と銃。「雷神功」と言って戦技を発動して身体機能を強化する。雷と見紛う速度で踏み込み、剣を振るう。

 

 

「紫電一閃」

 

円形に放たれた斬撃は敵を切り刻みながら中央に引き寄せる。回避できたのはレギーと手動アイドラのみ。

しかし宙に逃げられては追撃したくなるのも当然だ。刀也は銃の引き金を連続で絞り、宙空の2体を滅多撃ちにする。アイドラのシールドはわずか2発で砕け、その身をもってレギーを守る。アイドラという盾も瞬時に穴だらけとなりガラ空きのはずのレギーは剣竜を振り回して銃弾をなんとか弾いた。

 

着地というより墜落したレギーに更なる追撃を仕掛けようと武器を取り替えたところで超直感が警報を鳴らす。

 

掴んだ双剣を防御に回し、アイドラのブレードを防ぐ。

これほど鋭い不意打ちを仕掛けてきたのがトリオン兵だという事に疑問を覚えた刀也だったが、すぐに理解する。

 

 

「ーーー乗り換えたのか!」

 

 

先程のレギーを庇って破壊されたアイドラを操縦していた者が、他のアイドラに乗り換えた。

アイドラが遠隔操作可能な事実を知らなかった刀也だが、1体だけ特別な動きをするのは遠隔で人が操作しているのなら話は通る。

 

距離を取ったアイドラに刀也は「双剋剣」と言って黒と白の斬撃を叩き込む。アイドラはシールドを張るも虚しく斬断されてしまう。

 

 

と、そこで直感は更なる警鐘を打ち鳴らす。先程とは比にならない脅威が襲いかかってくるという理解。直上を見上げると、そこにはちょうど生身からトリオン体に換装する鬼がいた。

 

双剣を手放し、魔導杖を掴む。

 

 

「おおおおお!」

 

 

鬼は砲身と化した腕から爆撃とも言える弾丸を連射した。それは地面を抉り土埃を巻き上げ、刀也の姿を隠した。

 

 

「やったか!?」

 

 

鬼ーーー角付きの人型近界民であるランバネインはそう言うがーーー

 

 

「いや、まだだ!」

 

 

その背後で様子を窺っていたレギーが否定する。玄界の脱出機構は空を駆けると情報提供して来たのはアフトクラトルのはずなのに、もう忘れたのかとでも言いたげだ。

 

 

「ーーーーパレス・オブ・エレギオン」

 

 

やがて土埃が晴れるとそこからは無傷の刀也が杖を構えて現れた。それを視認した瞬間、ランバネインが撃ったはずの弾丸がレギーたちに向かって殺到してきた。

急遽アイドラが列を成してシールドを重ねるも『雷の羽(ケリードーン)』の威力は凄まじく、盾となったアイドラの悉くを蹴散らしてようやく消滅した。

 

刀也を守護していた半透明のシールド… パレス・オブ・エレギオンが消えた瞬間を見計らって生き残っていたアイドラとドグが再び突貫を仕掛けてくる。

攻撃が重なる地点を跳躍して脱した刀也は魔導杖を手放し、真紅の宝剣を握り込む。

 

 

「戦技再演ーーー四耀剣」

 

 

そのまま落下した刀也は勢いのままに宝剣を地面に突き立てる。溢れた力の奔流は連携を仕掛けたトリオン兵の全てを粉砕した。

残心をするのも束の間、四耀剣の射程外にいたアイドラが再度の不意打ちをするが刀也は宝剣をひと薙ぎして迎撃する。しかしアイドラもそれは予想していたのかシールドで受けると同時に自らバックステップを踏んで威力を殺す。

 

 

アイドラ、ランバネイン、レギーと並び立ち、刀也は「なるほど」と呟く。

 

 

「角付き…アフトクラトルか。それに一体だけ妙に鋭い動きをするトリオン兵を操縦してるのはヴィザ翁か?太刀筋に見覚えがある」

 

 

言って、刀也は様子を窺うがアイドラからの返答はない。少しして「自分で言うのが良かろう!」とランバネインが騒いだため、無線越しにヴィザが刀也に語りかけ、それを伝えるようにランバネインに頼んだと理解する。ランバネインに拒否されては残念極まりないが。

 

 

それにしても、と刀也はアイドラをしげしげと見る。

人型のトリオン兵で、しかも遠隔操作可能とは。エネドラのトリオン兵化計画にはうってつけのように思える。口が利けないのが玉に瑕だが、そこは開発班に改良してもらえば無問題だ。

 

ややもあって「もういい、おれが話す」とレギーが言った。ヴィザとランバネインのやり取りを不毛に感じたらしい。

 

 

「お久しぶりです、玄界の剣士よ。我が太刀筋から正体を見破るとは見事です。……だそうだ」

 

 

「ふむ…お褒めに預かり光栄……」

 

 

「ですが」と言葉を続けながら、宝剣を振るうと忍び寄っていた隠密タイプのドグを切り砕いた。

 

 

「こんな時にも不意打ちを欠かさないのはさすがの戦巧者と言うべきですかな?あるいは無粋?」

 

 

宝剣を手放して「まあ」と肩を竦める。

 

「あなたたちまでが囮ですかね。雨取(本命)にはあのワープ女って所かな。あっちには頼りになる後輩がいる事だし、こっちはこっちでやらせてもらうかね」

 

 

刀也が手放し、追従するように浮遊していた七つの武具が光を灯した。

 

 

ARCUS(幾多の縁絆紡ぎし証)、駆動」




短いですが今回はここまで!

Ⅶ"sギアの本領が発揮されるまであと少し!なんか設定を考えてて「チートくせぇ」と思いましたが黒トリガーだしいっか!と作者は考えるのをやめた…


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トップスリー

一方その頃、他の場所では……という回です。


「奇襲に注意しろよ」と言って三雲らの前から刀也は走り去った。見える距離にはいるが、即時救援は不可能。雨取の狙撃がありはするものの対外秘のミッションのためアイビスは使用禁止されている。ならイーグレットやライトニングを使えば良いのではないか、という話になるが「狙撃銃一丁の援護なんてないのと一緒だ。ランク戦じゃあるまいし」と言うのが刀也の言であった。加えて刀也も動きながら戦うタイプのため誤射する可能性も考慮して援護射撃はなし、という事でまとまった。

 

こちらから援護できないという事は逆もまた然りであり、だからこそ刀也は奇襲に注意するよう言い残したのだった。

 

100という相手にたった1人で大丈夫なのだろうか?

三雲が心配になってそわそわしていた所に「大丈夫だ」と村上が声をかけた。

 

 

「ヨナさんの強さは知ってるだろ?あの人は孤月一本で勝負すれば太刀川さんにも負けない。それに今は色んな戦い方をしてるから、こうなったらボーダートップクラスの戦力だ」

 

 

「詳しいんですね?」

 

 

「まあ、昔からいる人だしたまに目立つ事をするしね」

 

 

「そういえば、前にA級のランク戦に出てたとか聞いたんですけど」

 

 

三雲が言ったのは先日のROUND4の解説に呼ばれていた加古の言葉からの予想である。それに村上は「ああ」と当時の事を思い出す。

 

 

村上がボーダーに入隊した頃のA級ランク戦に刀也は腕試しと称して1人で臨んでいた。16ラウンドある内のランク戦で勝利したのはわずかに2回。夜凪刀也は当時も強かったが、対応に易い相手となっていた。

 

八葉一刀流は八つの型があり対応力に優れた剣術であるが、トリガーとして再現した戦技は別だ。一度起動したトリガーは途中でアクションを止める事ができないため八葉一刀流のモーションを見切った連中からすればこれ以上ないカウンターのチャンスになる。刀也は現ボーダー設立わずかの時点で八葉一刀流の剣技を模したトリガーを使い始め、(たまにやる遊び以外では)ずっとそれを主力としてきたため、太刀川くらいの四年選手となると見飽きるくらいに見切った技なのだ。

 

そういった事もあり刀也のA級ランク戦での勝率は低かった。と、そういう説明を三雲にする。

 

 

「……もしかして夜凪さんは八葉一刀流を使わない方が強いんじゃないですか?」

 

 

説明を聞いた三雲がふと疑問に思った事を口にすると、村上は「あー…それは」と言いにくそうに刀也が戦っている方向を向いた。ちょうど戦闘が始まった所のようだ。

 

 

「そうだ。ヨナさんはあの剣術に拘らないほうが強い。本人は認めたがらないけど。でも今はB級ランク戦でオリジナルトリガーの使用は禁止されてるから本来の…というのもおかしい表現だけど、容赦ないヨナさんが見れる」

 

 

村上の言う“容赦ないヨナさん”というのは八葉一刀流に拘泥せず、己のベストと思えるアクションを起こせる。それには相手の思考を誘導する奸計も込みだ。

 

 

「…すごい」

 

 

村上の視線につられて三雲も刀也の戦闘情景に目を向ける。シンプルな感想に村上も同意し、

 

 

「さすがに黒トリガーは別格だな。でも、そんなすごいヨナさんに合わせられるのは太刀川さんみたいなトップランカーたちだけだと思ってたけど……まさかルーキーが、むしろヨナさんを引っ張っていくほどの実力を持っていた事も驚きだ」

 

 

村上のセリフに三雲は1人の男を想起する。

 

 

「クロウさんですね。……今回は夜凪さんとは一緒にいないみたいですけど、どこに配置されてるんですか?」

 

 

「それはーーーー」

 

 

☆★

 

 

「さあて、来賓のご到着だ。しっかりもてなしてやるとするか!」

 

 

壁を、あるいは床を潜り抜けるトリガーを駆使してその場に出現した2人の男を見て言ったのはクロウだった。

 

 

「そうだな、一丁やるか」と孤月を抜いたのは太刀川。

「一応おれたちが最終防衛ラインだからね?気を抜かないでよ」とスコーピオンを握ったのは迅。

攻撃手ランキングNo.1にして総合ランキングNo.1である太刀川。その太刀川のライバルである迅。太刀川や迅を相手取り勝るとも劣らぬ実力を示したクロウ。ボーダーのトップスリーとも言える面子が並び立っている。

 

 

ガロプラの目的は“遠征艇の破壊”だ。アフトクラトルの甘言…“金の雛鳥を確保できればガロプラを同盟国に格上げする”という展開は理想的だ。夢のようだと言い換えてもいい。しかし所詮は夢であり現実的ではない。宗主国であるアフトクラトルの要請であるため人員を割く事になってしまったのは確かな痛手だ。

手を伸ばしても届かない夢とは別に、ガロプラは現実的な目的を設定していた。それが“遠征艇の破壊”。アフトクラトルの目的のひとつであろう玄界の目をガラプラに向けさせるという目論見を躱しつつ、玄界の追撃を避けるための手段であった。

 

その目的を阻むため、遠征艇の防衛に駆り出されたのがクロウ、太刀川、迅の3人だった。

 

 

「まずはーーー牽制するぜ」

 

 

二丁拳銃を構えたクロウはそれぞれトリガーを起動したガロプラの遠征部隊の男たち、ガトリンとラタリコフの間を分けるように連射する。

 

 

飛び退くように分かれた内の小さい方ーーーラタリコフに迅と太刀川が肉薄する。グラスホッパーを踏んだ太刀川を待ち構えていたのは『踊り手(デスピニス)』と呼ばれたトリガー、浮遊する円形の刃だ。4つ5つは捌いて見せるものの、いかんせん数が多くラタリコフを仕留める前に距離を取られてしまった。

 

しかし、そこに迅の追撃。踊り手の円刃をひらひらと避け、あるいは受け流しラタリコフに接近する。迫るドグは太刀川が旋空孤月で片付け、胸に刃を突き立てる刹那ーーーー

 

 

 

「ーーーー迅!」

 

 

クロウに呼び止められ、振り返る間もなくその場を飛び退きーーー銃弾がトリオン体を掠める。撃ってきたのはガトリンだった。その右腕がガトリング砲に変化している。

 

 

「あらら……」

 

 

ガトリンとクロウを交互に視る。無数の未来が次々と映っては消えていく。クロウも戦法は豊富だがガトリンも相当であり、そのため未来視の精度が低くなっているのだ。

 

ガトリンの右腕がガトリング砲に変わっているのを見て驚いたのはラタリコフも同じだった。ガトリンは遠征部隊の隊長であり、その実力は折り紙付きだ。そんな男の腕を、自分が見ていないたったの一瞬で切り落としたクロウの実力を測りかねているのだ。

 

 

たったの一合で自分の右腕を切り落とすだけでなく左腕にまで刃を食い込ませたクロウにガトリンも脅威度を上げていた。

二丁拳銃を連射したクロウに接近したガトリンは『処刑人(バシリッサ)』の大刃4つをクロウに向けて振り下ろしたが、クロウは二丁拳銃をレイガストに持ち替えてそれを受け止めるだけでなくスラスターを起動しダブルセイバーを回転、大刃を弾き返すのみならずガトリンの右腕を切断した。左腕までいければ上出来だったが、弾かれた勢いに乗って跳んだガトリンには届かなかった。

ガトリンは切られた右腕に新たなトリガーを取り付けてガトリング砲に変化させ、ラタリコフを襲う迅に銃撃を浴びせたのだった。

 

「こいつは良く切れそうだ」

 

 

ガトリンの処刑人を見て太刀川は悠長に感想を漏らした。処刑人はガトリンの背中から伸びる4本のアームに取り付けられた大刃だ。もしかしたらガトリンの右腕となったガトリング砲は大刃と付け替えが可能な処刑人の部品かもしれない。

と、そんな事を言っている間にガトリンは傷ついた左腕をラタリコフに切らせて、そこに新たなトリガーを取り付けた。いかにも重砲という呼び方が相応しい砲口にエネルギーがチャージされているのを見てクロウは咄嗟にレイガストをシールドモードに切り替えた。

ガトリンの左腕に新たに取り付けられた重砲からの砲撃は遠征艇を隠した格納庫に向けられており、クロウはガトリンと格納庫の中間に位置していた。放たれた砲撃をクロウはレイガストで受け止め、さらにスラスターで持ち上げるようにして砲撃の軌道を天井方向に逸らした。

まともに食らえば緊急脱出間違いなし、頑丈な格納庫でも1発で砕かれるだろう威力の砲撃を防いだクロウは死に体になっており、そこを頭に刃を取り付けたドグが狙うが、サイドエフェクトで展開を読んでいた迅のエスクードによりドグの攻撃は阻まれ、クロウは体勢を立て直す。

 

 

「あっぶねー。いきなり終わる所だった」

 

 

「ナイスカバー、クロウさん」

 

 

「いや、助かったぜ迅」

 

 

クロウらと同じくガトリンたちも体勢を立て直しており、二、三言交わしている。

 

 

「連発してこない所を見るにクールタイムがあるみてぇだな。迅、視えるか?」

 

 

「うん、いくらかチャージに時間がかかるみたいだね」

 

 

「できれば次を撃つ前に倒したいもんだが…どうする?」

 

 

「太刀川と迅で小さい方をやってくれ。その間おれがでかい方を食い止めておく」

 

と、クロウが提案した作戦はこうだ。

クロウがガトリンを足止めしている間に迅と太刀川でラタリコフを倒し、その後3人でガトリンを撃破する。

ただし迅はあまり前がかりにならず、未来視でガトリンの遠距離攻撃やドグの援護に対処するように。

 

 

迅と太刀川はその作戦に了解しラタリコフに向かって攻撃を仕掛ける。当然ガトリンが妨害しようとするがクロウがカバーに入り、戦闘再開と相成った。

 

 

 

 

☆★

 

 

夜凪刀也の背後に控える7つの武具が光を放つ様を見て三雲は「綺麗だ」と無意識に呟いていた。遊真も雨取も村上も似たような反応だ。

 

 

「気をつけろ!ワープ女が来るかもだぞ」

 

 

そこに刀也から無線で警告を出され、ハッと我に帰る三雲たち。次の瞬間、空間に穴が穿たれてそこから伸びた手が雨取を捕らえんとするが、遊真と村上の鋭い剣撃により撃退された。

 

 

「ヨナさんの指示がなかったら少しやばかったな」

 

 

「だね。だけどこの奇襲が失敗したから敵はきっと次の手を打ってくる」

 

 

と、村上と遊真が会話した直後、門が再度開かれてバムスターやモールモッドなどのトリオン兵が姿を現した。その進行方向は市街地の方面である。

 

敵の目的は明らかに戦力の分散だ。刀也と雨取たちを確実に連携不可能な距離まで引き離すこと。もしここで市街地に向かうトリオン兵を放置して雨取を捕らえる事ができなくても代わりに市民を捕獲すれば良いという考えなのだろう。

そこには立て続けの侵攻による市民の恐慌、ボーダーの権威失墜という狙いもあるかもしれない。

 

 

「どうする?」

 

 

聞いた村上に、玉狛第2の視線は隊長である三雲に集められた。三雲はここで追うメリットやリスクを天秤にかけ、すぐに答えを出した。

 

 

「追いましょう!」

 

 

「ヨナさん、おれたちは市街地に向かうトリオン兵を追うよ」と刀也にすばやく伝達した遊真に、反応もまた早かった。

 

 

「了解!市街地に入らせんよう頼む。あと人型のやつには気をつけろ、近界民が遠隔操作してるやつが紛れ込んでるかもしれん」

 

 

遊真も同じように「了解」と返す。

 

 

「いざとなれば……空閑、わかってるな?」

 

 

通信越しの刀也の言葉は、いつもに増して真剣味を帯びたもの。刀也の言う“いざ”という時とは、真に市街地が危機に晒された場合と雨取が捕獲されそうな場合であろう。

その忠告に遊真はいつものように答えた。

 

 

「うん。躊躇わないよ、おれは。ヨナさんこそやられないでね」

 

 

「ハッ!言いやがる!言うからにはそっちもちゃんと仕事しろよ!」

 

 

遊真の返答に刀也は大仰に笑い、三雲たちにエールを送った。通信は終わり、三雲らと刀也は本当の意味で二手に分かれる事になった。

 

 

 

☆★

 

 

ARCUS(幾多の縁絆紡ぎし証)、駆動」

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定開始。

 

ガイウス・ウォーゼルーーーー合致。

 

ミリアム・オライオンーーーー合致。

 

マキアス・レーグニッツーーー合致。

 

サラ・バレスタインーーーーー合致。

 

クルト・ヴァンダールーーーー合致。

 

エマ・ミルスティンーーーーー合致。

 

オーレリア・ルグィンーーーー破却。

 

 

第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束解除、『蒼焔』解禁。

 

第三拘束解除、『暁』解禁。

 

第四拘束解除、『落葉』解禁。

 

第五拘束解除、『黒葉』解禁。

 

第六拘束解除、『無仭』解禁。

 

第七拘束封印継続』

 

 

 




ガトリンやそのトリガー『処刑人』の設定は妄想です!ガトリング砲とか…あったらいいな。


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リィン・シュバルツァーの到達点

ちょっと更新遅れちゃったかな?すまぬ!
GWはちょっとゲームが忙しかったんだ。


『Ⅶ"sギア』はリィン・シュバルツァーが黒トリガーとなったもの。そのすべてを注ぎ込んでカタチとなったもの。

 

その“すべて”には当然、リィン・シュバルツァーを蝕んでいた“黒の呪い”も含まれる。

 

“黒の呪い”は能力の制限という形でⅦ"sギアを汚染している。

 

その汚染を除去するために必要なのがARCUS(幾多の縁絆紡ぎし証)だ。

 

リィン・シュバルツァーと共に戦った仲間たちの武具を召喚し使役する儀式。

 

儀式を成功させれば能力の制限は少しずつ解放される。

 

 

 

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定開始』

 

 

それは人の声ではなく、機械音声のようなもの。言ってしまえばアナウンスだ。

 

 

それが刀也の脳内だけで響いているのか、それとも他の者にも聞こえているのかさえも定かではない。

 

ふと直感が働き、三雲らに警告を出す。

 

 

「気をつけろ!ワープ女が来るかもだぞ」

 

 

通信を隙と見たかランバネインとレギーが連携して仕掛ける。雷の羽による重砲の連射と剣竜の重撃。

 

 

そのすべてを。

 

 

「踊れ」

 

 

叩き落とす。

 

刀也の背後に控えていた7つの武具が光を伴って空中を自在に飛び回る。

 

十字槍が、白き傀儡が、散弾銃が、導力銃と剣が、双剣が、魔導杖が、宝剣が、乱舞する。

 

 

 

「…とてつもないな」

 

 

「……ッ!」

 

 

それにランバネインは感想が口から溢れ、レギーは言葉を失っている。2人の連携が撃ち落とされる間、アイドラを操るヴィザは観察に徹していた。

 

三雲らの方でも状況の変化があったようで、新たに開いた門から出現したトリオン兵を撃破しに行く事にしたようだ。

 

そんな折、刀也は控える武具を見て微笑む。これこそ刀也以外の誰にも見えないが、刀也の瞳はしっかりと幻影を写していた。その武具の持ち主たちの横顔を。

 

 

『ガイウス・ウォーゼルーーーー合致』

 

 

 

槍が、納刀されていた太刀に吸い込まれるようにして消えた。同時にガイウスの幻影も消え失せる。

 

 

 

「む、武器が消えた…?」

 

 

『ミリアム・オライオンーーー合致』

 

 

アガートラムとミリアムの幻影が太刀に吸い込まれて消える。

 

 

『マキアス・レーグニッツーー合致』

 

 

散弾銃とマキアスの幻影も。

 

 

「よくわからないがーーーチャンスだろこれは!」

 

 

刀也の操る武具が消えたことを好機と捉えたレギーが再度突貫する。ランバネインも援護しようと雷の羽の砲身を構えたが、アイドラ=ヴィザに制止される。

 

 

飛び上がり、重力も加算した叩きつけをやろうとしたレギーを襲うのは、緋色の飛ぶ斬撃。

 

 

攻撃に向けていた意識を防御に切り替えてガードする、が勢いに負けて元いた位置にまで押し戻されている。

 

 

『サラ・バレスタインーーーー合致』

 

 

緋空斬を放ち、抜刀した体勢の刀也。その手に握る太刀にまたもや武具が吸収され。

 

 

「残念だがな、もう遅い」

 

 

そして、死神にも似た宣告をした。

 

 

『クルト・ヴァンダールーーー合致。

 

エマ・ミルスティンーーーーー合致。

 

オーレリア・ルグィンーーーー破却』

 

 

 

立て続けに武具が飲まれるように消えて、6つの輝きが太刀に宿る。

 

 

『第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束解除、『蒼焔』解禁。

 

第三拘束解除、『暁』解禁。

 

第四拘束解除、『落葉』解禁。

 

第五拘束解除、『黒葉』解禁。

 

第六拘束解除、『無仭』解禁。

 

第七拘束封印継続』

 

 

「今回も第六拘束までか……条件はⅦ組とそれ以外か……?まあいい」

 

 

太刀の鋒をレギーらに向けて、「いざ参るぞ」と一言。

 

 

「駆動完了。『無仭』発動」

 

 

☆★

 

 

「薄気味悪いくらい上手くいってるな」

 

 

スコープを覗き込みながら言ったのは東春秋。《最初の狙撃手》と渾名されるボーダー屈指の狙撃手にして後進育成の名手。

 

その東が言い知れぬ不気味さを感じ取っていた。

 

 

「そうですか?」と返事をしたのは古寺章平。三輪隊の狙撃手の1人であり地形戦には造詣が深い事でボーダー内では名前が通っている。

 

 

「敵戦力の3割が夜凪さんの方に行ってて、指揮官は風間隊が押さえてる……相対的にこっちが楽になるのは当然じゃありませんか?」

 

 

「それはそうだが…」

 

 

確かに理屈では古寺の言う通り。しかし東の経験と直感が一筋縄では終わらないと予測していた。

 

 

「夜凪からの報告では今回の侵攻にアフトクラトルも便乗してるという話もある。最悪、あのとんでもない黒トリガーが出てくる事も想定しておこう」

 

 

そこで東は同じく理屈で古寺や周囲の狙撃手たちの警戒度を上げる事にした。

 

 

 

やがて正面からの敵も減ってきた段階で、見知った形がトリオン兵の軍列に加わった。アイドラやドグとは一線を画す存在感はラービットだ。

 

 

「新型…!?ここでか?」

 

 

先の大規模侵攻で大きな被害をもたらしたトリオン兵ラービット。その性能はA級隊員に勝るとも劣らぬほどだ。

 

 

「総員、アイビスに持ち替えて新型を狙え!」

 

 

しかし、その脅威度故に対応訓練は怠っていない。

大規模侵攻時に得たデータとのシミュレーションでアイビスの銃撃を何度も叩き込めば装甲が砕ける事はわかっている。その他の脆い場所も。

プレーン体とモッド体3種の行動パターンもすでに読めている。

大規模侵攻の時ほどの脅威とはならないーーーーーはずなのだが。

 

 

「人型がシールドを重ねて新型を守ってる!?」

 

 

「なんだあいつ…これまでのどの新型とも動きが違う!」

 

 

そんな不気味な予感は前線が押され始めた事で周囲にも伝染していく事になる。

 

 

 

☆★

 

 

 

不気味さを感じていたのは何も玄界の兵だけではない。ガロプラの遠征部隊副隊長であるコスケロも同種の薄気味悪さを感じ取っていた。

 

今回の遠征はアフトクラトルの要請によるもの。本来ならガロプラ、ロドクルーンのみで行われるはずだった侵攻にアフトクラトルが参加しているのは、前回の侵攻での成果が少なかったからだと思われる。

 

アフトクラトルの最優先目標は“金の雛鳥”。これを確保するためにガロプラを焚き付けレギーを拐かしたまでは理解できる。“金の雛鳥”確保のために、戦術としては愚の骨頂である戦力の分散をしたのも、ガロプラとしては痛手だが意図は理解できる。

 

 

だが、これはなんだ。

 

アフトクラトルのトリオン兵としては最高の戦力を誇るラービットの最新モデルを、正面で苦戦するガロプラを助けるために5体も投入するのはどういう了見だ。

 

 

確かに正面で負けてしまえば、戦闘はそのまま終わりと言っても良い。ガロプラの遠征艇に加わっているアフトクラトルの面子もガロプラの退却には従う他ないからだ。

“金の雛鳥”の確保も新たな敵黒トリガーの出現で難航していると聞く。ならその黒トリガーを撃破し“金の雛鳥”を確保するまでの時間稼ぎとして正面戦闘にラービットを投入した?否。それなら“金の雛鳥”の方にラービットを投入した方がマシだ。

 

アフトクラトルの目的は未達成のまま、遠征は終わる。

ハイレインはそんな負け戦にこだわるような人物ではなかったはずだ。彼なら戦力を温存し次の機会を伺う定石に従うはずなのに。

 

ならば今のこの状況が示すのはーーーー

 

 

「戦いの最中に考え事か?ずいぶん余裕だな」

 

 

コスケロはいらぬ思考を中断し、眼前の3人を見やった。

 

すなわち、風間隊の面々を。

 

 

「余裕なんてないよ」

 

 

言いながら、コスケロはドグと連携して攻撃を仕掛ける。瓦礫の隙間に仕込んでおいた『黒壁(ニコキラ)』を一斉に立ち上がらせ半球状のドームを作ろうとするが、風間隊の3人はそれが完成する前に黒壁から逃れようと跳躍する。

 

そこを狙い撃つのがドグの光線だ。しかしそれも跳躍と同時にシールドを展開した歌川と菊地原により防がれてしまう。が、それでも成果がないわけではなかった。

黒壁は歌川の脚を捉えていた。今や歌川の右脚部には黒壁の粘性物がとりつき、まともに走れない状態になっている。

 

 

黒壁は半固体、半液体のスライムのようなトリガーだ。ブレードトリガーなどに黒壁の一部が付着するとブレードが切れなくなったり、腕に付けば武器が握れなくなり、脚に付けば踏ん張りが効かなくなる。殺傷力こそないものの、相手に不利益なトリオン効果を与えるトリガーである。

 

 

「内側からスコーピオンで切れるか?」

 

 

「…無理です」

 

 

付着した黒壁をスコーピオンを体から生やす事で切除できないか風間が提案するも不可能だった。

 

 

「じゃあ切るよ」

 

 

そんなやり取りの後、菊地原が歌川の右脚部を切り落とした。

 

 

「足スコーピオンでなんとかなるでしょ。カメレオンの併用は無理だけど」

 

 

宣告から1秒もなく脚を切られた歌川は苦い顔をするが、コスケロ相手に足を使えないのは致命的なため、結果的には時間短縮ができて良かったと思うべきだろう。

 

 

風間隊が言葉を交わす間も戦闘は止まらない。

ドグをけしかけながらコスケロは再び黒壁を仕込んでいく。黒壁による奇襲は菊地原のサイドエフェクト“強化聴覚”で避けられているが、ドグとのコンビネーション次第では先程のように避けられない事もある。

 

「おれたちの役目はこいつを抑える事だ」

 

 

しかし、問題ないとばかりに風間は言い放つ。ボーダー本部の方に現れた敵の増援で慌てつつあった菊地原と歌川も少し落ち着いて、コスケロを相手に集中する事ができるようになる。

こうした風間のクレバーな判断があってこそ、風間隊はA級3位という実力を保持しているのだ。

 

 

☆★

 

ボーダー本部内に侵入した人型近界民は3人。その内の2人はガトリンとラタリコフだ。残る1人は途中で行き先を阻むボーダー隊員の足止めをしていた。

ガロプラ遠征部隊の紅一点、ウェン・ソーである。

対峙するのは狙撃手を除く影浦隊と弓場隊。

 

ウェン・ソーは自らの右腕とほぼ全てのドグを失ってようやく影浦の特質を掴んだ。即ちサイドエフェクト“感情受信体質”による回避性能の高さを。

 

 

影浦は相手の攻撃を察知できる。攻撃しようとする意思を受信し精度の高い回避力を有する。その点で言えば刀也のどこに攻撃がくるかわからない“超直感”、読み逃しのある迅の“未来視”より優れていると言えよう。

 

加えて影浦は回避力もそうだが攻撃力も攻撃手の中でトップクラスである。根付にアッパーカットをくらわせて10000点没収されなければ今でもランカーだった事は間違いない。

 

 

そんな影浦を相手に、ウェン・ソーは勝つ事をやめた。

とは言っても負けを許容するわけでもない。影浦への攻撃が読まれるのなら、その他を先に倒してしまえば良い。

 

まずは鈍間ながらも気が利く銃手、北添に目を向ける。

 

 

「『藁の兵(セルヴィトラ)』」

 

 

トリガーを起動し、実体のない分身で敵を惑わせる。

 

 

「なっ……」

 

 

「増えた!?」

 

 

一瞬にして倍増どころではない増加にボーダー隊員たちは驚くも、隙は見せずウェン・ソーに攻撃をしかける。

 

その攻撃のほとんどが分身をすり抜けるも、どれか一体にだけ手応えがあった。

 

これで偽物の中に本物が混じってる事がわかったが、どれが本物かはわからない。

普段なら北添のメテオラで吹き飛ばすのだが、今回の防衛戦は対外秘でありメテオラが解禁されているのはボーダー本部でも深部にある格納庫のみだ。

 

影浦の、北添の、弓場の、帯島の攻撃の尽くがすり抜け、あるいは防がれる。

ふと帯島が頭上を影が横切った事に気付いた。普段なら気にしない程度のものだが、この場においてはありえない事象だった。

見上げた帯島は何かが浮いているのを発見した。藁の兵のタネだと理解した帯島はアステロイドをそちらに向ける。

 

 

「上ッス!弓場さん!」

 

 

「帯島ァ!良く気付いた!」

 

 

同じく弓場も二丁のリボルバーを天井付近で浮遊するそれに向けた。

おそらく光を反射する事で分身を作り出しているのだろう、仮説を証明するようにデバイスを破壊する毎にウェン・ソーの分身が減ってきていた。

 

 

しかし、それでもウェン・ソーが北添を撃破する方が速い。トリオン供給機関に刃を突き立てられた北添は「えぇ、こっちじゃないの」と言って緊急脱出するのだった。

 

 

☆★

 

ああ、これか。これがそうなのか。アイドラ越しにヴィザは理解した。

 

これが、あの時に見れなかった剣技の完成形だ。

 

 

 

 

「ーーー壱」

 

 

壱ノ型『螺旋撃』

 

 

荒々しく渦巻く炎の如き闘気が周囲のトリオン兵を砕く。

 

 

 

「ーーー弐」

 

 

弐ノ型『疾風』

 

 

残像の追随すら許さぬ神速の斬撃が重なり、すべての敵を逃すまいとする。

 

 

 

 

「ーーー参」

 

 

参ノ型『業炎撃』

 

 

燃え盛る炎が叩きつけられる。それはまさしくガードを破壊する一撃。

 

 

 

「ーーー肆」

 

 

肆ノ型『紅葉切り』

 

 

鋭い一閃が通り過ぎる。滑らかに過ぎる剣撃は斬られた事にさえ気付くのが遅れる程だ。

 

 

 

「ーーー伍」

 

 

伍ノ型『残月』

 

 

居合の構えから放たれる大斬撃は、水面の月の如く。一瞬の溜めを隙と見誤ったレギーに手痛い反撃を見舞う。

 

 

 

「ーーー陸」

 

 

陸ノ型『緋空斬』

 

 

空を駆ける緋色の斬撃は逃げる者の逃走を許さず。

 

 

 

「ーーー漆」

 

 

漆ノ型『無想覇斬』

 

 

抜刀、一閃。ランバネインに七つの斬撃を刻み込む。

 

 

 

「ーーー八葉一刀『無仭剣』」

 

 

壱ノ型から漆ノ型まで、繰り出された斬撃が収束する。

 

これこそが八葉一刀流の秘奥義。リィン・シュバルツァーの到達点。夜凪刀也の目指す頂。

 

 

 

太刀を鞘に納めた刀也。無仭剣はすべての敵を斬り払っていた。ドグやアイドラなどのトリオン兵団、レギーやランバネインまで。

 

 

「なるほど、大胆だとは思ってたけど」

 

 

消え去ったレギーやランバネインの姿。おそらくはボーダーの緊急脱出を真似た技術だろうと当たりをつける。

 

その事を本部に伝え、刀也は考える。どちらに行くべきだろうか、と。

ボーダー本部の防衛ではラービットの新型、星の杖のブレードを使うのが何体か現れたらしい。

三雲たちの方は今のところ増援はないが、いつ雨取が狙われるかわからない恐怖はあるだろう。

 

ボーダー本部防衛戦については、いくら星の杖の能力の一部を使えるからと言っても多勢に無勢だろう。

三雲らの方もいざとなれば黒トリガーを使うように遊真に言っている。

 

なら、ここで待機するのが良かろうと結論する。どちらにも動けるように。どちらにも動けるぞと敵方を牽制するために。

 

待機の姿勢を決め込んだ刀也の視界の端に、彼が現れたのはそれからすぐの事だった。

 

 

☆★

 

 

最終防衛線である格納庫前の戦闘では、クロウは押されつつあった。

 

対峙するガトリンには僅かばかりの余裕があった。精鋭揃いとされるガロプラの遠征部隊長らしい経験の厚みから、ガトリンはクロウの長所を発揮させない戦い方をしていた。

 

 

クロウの一瞬の技の冴えは敵ながら称賛に値するものだ。特に会敵一番に自身の腕を落とされたガトリンは驚いていた。

だからこそ、その技の冴えが発揮される近距離戦を拒んでいた。二丁拳銃による銃撃も避けるか防がれるかされ、近づこうとすれば4つの大刃が襲いかかってくる。銃撃と剣撃の組み合わせも対処されてしまう。

 

ガトリンにとって幸運だったのは、クロウが常に格納庫をカバーできる位置でしか動かない事だ。大砲を警戒しての事だろうが、それがガトリンとクロウの戦況がガトリンに傾いている一助になっている。

 

クロウにしても、戦況を激動させたいという思いはなかった。

迅と太刀川はラタリコフを押している。ドグはすべてあちらに行っているが、それでも迅らの優勢は変わりない。そして迅と太刀川がラタリコフを撃破し、こちらに加われば勝利できるはずだ。だから、その時をクロウは待っていた。

 

ガトリンの大砲のチャージがいつ終わるかわからない。そのため迂闊に攻勢に出る事はできないがジリ貧なのはガロプラ側の方だ。クロウには先程のように大砲の射線を逸らす技術がある。

 

ガトリンも同じ結論に至ったのか、中間距離での戦闘をやめて大砲を構えた。クロウの背後にある格納庫に向けて。

 

それをクロウはハッタリだと断じる。前回防がれたのと同様の状況での砲撃など失敗する。それに大砲を撃つ際には、後方に吹き飛ぶのを防ぐためか大刃を地面に突き刺していたが、今回はそれをしていないのだ。

 

 

好機と見たクロウはハウンドを撃ち散らしながらレイガストに持ち替えて接近する。

ハウンドは大刃によってすべて防がれてしまうが、すでにクロウの間合いに入っていた。

レイガストを振り上げたその時、クロウの全身を踊り手の円刃がズタズタに切り裂いた。

 

 

「な、に……!?」

 

驚愕と共にレイガストを構えていた腕が切り落とされた事に気づく。生まれた刹那の硬直で、

 

 

「さらばだ」

 

 

ガトリンの大砲が放たれる。大刃による支えもなしで、しかし至近距離にいたクロウを外すはずもなく。トリオン体を貫いて、遠征艇を隠した格納庫に向けて進む。

 

だが、その砲撃を阻むべく床面からいくつもの壁がせり出して来た。迅のエスクードだ。それが幾重にも張り重ねられ、砲撃の軌道を逸らす。ガトリンがブラフのために支えを使用しなかったのもあり、大砲が着弾したのは格納庫の隅の方だった。

 

 

 

攻防の要たる踊り手をクロウに向けた事で、ラタリコフは太刀川に撃破されている。

迅は“未来視”によって大砲が格納庫に直撃するのを防ぐためメインとサブのエスクードを重ね張りして、隙ができた所をドグに襲われ大きくトリオンを漏出させた。緊急脱出も遠くないだろう。

 

いつかと同じように胸に大穴を開けられ、緊急脱出するまでの間の一瞬でクロウは考える。

 

自分が落ち、迅が落ち、太刀川1人でガトリンに対抗できるのか。

 

難しいだろう。失敗すれば遠征の延期は決定的だ。数年ほどの遅れが、いったいどれほど自分からゼムリアを遠ざけるのか。

 

それは避けなければいけない。自分のために、刀也のために、リィンのために。

 

 

そのためなら、禁忌の力に頼る事にいっさいの躊躇いはない。

 

 

クロウは、ポケットに入っている“それ”に触れた。

 

 

「使っちゃダメだ!クロウさん!」

 

 

叫んだ迅は、いったい何を“視た”のか。

 

しかし、クロウは確かに言霊を紡いだ。

 

 

 

「七の騎神、起動」

 

 




本作においてはB級ランク戦の上位、中位、下位の昼の部と夜の部は別日にやってる事にします。諸事情による!


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星、墜つ

それは希望の消失。不可能の具現、絶望の根拠。


それがいつから視えていたのか、今はもう覚えていない。

 

幸せなものもたくさん視てきた。

 

だけど不幸の方が多い。

 

世の中で幸不幸のバランスがとれてる事なんてない。世界はいつも理不尽だ。

 

 

はじめはこれを神の恩寵とすら思った。唯一無二の運命を撃ち破る力だと。

 

 

 

失った。喪った。託された。

 

 

これは呪いだ。未来が視えるのに変えられない事を嘆けという神の裁定だ。

 

それでも、少しでも未来を良くするために足掻く。

 

 

必死さを隠して、余裕綽々な顔で、趣味だと嘯いて。

 

迅悠一は今日も暗躍する。

 

 

 

☆★

 

 

届かないのだ。どれだけ高く跳んでも、どれだけ手を伸ばしても。

 

 

恩師を死なせた。その友も。あれだけ強かった人たちでも運命に逆らう事はできなかったのだ。

選択肢はあったはずなのだ。生死を分かつ境界線を見切る事など容易かったはずなのだ。

 

それでも、彼らは死に向かった。それは誰かを助けるためか、より多くを救うためかはわからないけれど。

 

ひとつ共通してるのはそういった選択をした人ほど躊躇や後悔をしない事だ。

 

 

 

それはクロウ・アームブラストにも当てはまる。

 

リィン・シュバルツァーがそれで死んだと知っているのに。次に使えば呪いが自身を蝕む事もわかっているのに。

 

 

ダメだと叫ぶが、きっと届かないだろう。

 

 

 

「七の騎神、起動」

 

 

 

胸に大穴を穿たれ緊急脱出寸前だったクロウを蒼い鎧が包み込む。

 

 

「いくぜ、オルディーネ」

 

 

☆★

 

ボーダー本部防衛戦については終結が近づきつつあった。

 

投入されたラービットの新型モッド体は、アフトクラトルの国宝、星の杖を模倣したものだったが、展開できるブレードはわずか2本、加えてスピードも本物の半分程度だった。国宝ゆえに再現が難しいのか、戦力としては他のモッドよりわずかに勝る程度。使い手の老練もなければ対応力に優れるボーダー隊員たちに敗れるのは当然の道理だった。

 

妙な動きをするアイドラが2体いるが、それにもA級隊員を複数当てれば済む程度。指揮を執る者がいないはずなのにトリオン兵団が組織だった動きをするのは少し気にかかるが、それでも勝利への道筋は見えていた。

 

先刻の妙な予感は気にし過ぎだったか、と東が息を吐いた頃。他の場所でも決着が付きつつあった。

 

 

☆★

 

 

風間隊vsコスケロでは、戦況は膠着している。

しかしそれが望ましい事態である事は確かだ。いくらトリオン兵団の統率がとれていると言っても最低限でしかない。コスケロの指示なくば追加戦力込みでもボーダー隊員たちに勝てるはずもない。

 

風間隊の目的はコスケロを抑えておく事の一点につきる。やられるのは論外だが、撃破したとしても懸念がある。遠隔操作が可能と思しき人型トリオン兵アイドラの操縦に移られたら、いったいどれがその個体なのか一目にはわからない。

 

それに夜凪刀也からの報告によれば今回の人型近界民は緊急脱出を使うらしい。これで大胆な動きも説明がついたし、おそらくノーマルトリガーにしか装備できないだろうため黒トリガー使いの参戦はないのが濃厚な線だ。

 

ならば本部防衛戦においてもこれ以上の追加戦力はないはずで、だからこそコスケロを正しく抑えておく事が風間隊の目的であった。

 

 

 

影浦隊&弓場隊vsウェン・ソーについても決着は近い。

北添は撃破されてしまったものの、その間にも藁の兵による分身を写し出すデバイスは破壊されていた。

分身の減少で撹乱能力が落ちていくウェン・ソーでは影浦はもちろんのこと、二宮と並ぶタイマン最強候補に名前が挙がる弓場、孤月とアステロイドを併用する防御力の高い帯島の撃破は難しい。

そもそも影浦が相手にいる時点で最初からウェン・ソーに勝ち目はない。これはどれだけチェックメイトを遅らせる事ができるかの勝負であったのだ。

 

散々遅延に精を出したウェン・ソーだったが、チェックメイトを示す刃は目前に迫っていた。

 

 

 

 

そして、すでに戦闘を終えたはずの刀也の前にはーーーー

 

 

 

☆★

 

 

 

「そこにいるのはわかってる。出てこないなら攻撃する」

 

 

言って刀也は苦笑する。まさか自分の人生でこんな漫画のようなセリフを言うことになるとは。

 

警告からわずか、建物の影から出てきたのはフードをかぶった中背の男。

「フードをとれ」と刀也が言うと素直に男は従う。出てきたのは特徴的な角。アフトクラトルのトリオン受容体ーー通称トリガー角と呼ばれるそれだ。

 

 

「玉狛にいるとかっていうアフトクラトルの捕虜か。なるほどな、確かに逃げるのなら今回の襲撃に便乗して姿を晦ますのは良手……だけど遅かったみたいだな。おまえさんのお味方はぜーんぶ倒しちまった」

 

 

いつもの調子でふざけた口調の刀也だったが、油断は微塵もない。あのアフトクラトルの遠征部隊に選ばれるほどの俊英だ。

 

 

「蝶の楯、起動」

 

 

アフトクラトルの捕虜ーーーヒュースの言葉はなく、トリガーを起動する事で返答とした。瞬時にヒュースの周囲を無数の小さな黒い三角錐が覆う。その欠片のひとつひとつが磁力や斥力を発生させる極小の端末だ。

 

やはり戦いになるような展開に刀也は苦い顔をする。話に聞いた限りではヒュースの操る蝶の楯は刀也と相性が悪い。

 

超直感を持つ刀也だが、回避力に優れると言われるのはある程度攻撃されるであろう箇所が予想できるからだ。しかし蝶の楯の黒い欠片はその数ゆえに攻撃する箇所を絞られない、飽和攻撃が可能。しかもその欠片が数個でもトリオン体に付着すれば磁力によって動きを制限される。剣技によって敵を仕留める事に長ける刀也には一瞬の制限が命取りになる。

 

 

 

しかしそれは、あくまでノーマルトリガーで戦ったら…の話だ。

 

 

 

「ARCUS、開帳」

 

 

刀也の手に青き大剣が握られる。

 

 

「戦技再演ーーー蒼裂斬」

 

 

回転して放たれた斬撃は地面を抉りヒュースに向かう。ヒュースはそれを避けると蝶の楯の欠片を刀也に差し向ける。

 

まるで砂鉄だ、と思いながら刀也は再度剣を振るう。極光を伴う斬撃はアルゼイド流の奥義に連なる戦技のひとつ。

洸刃乱舞で迫りくる蝶の楯を斬り払うと、刀也はパッと大剣を手放し、ラウラの面影と共に太刀に吸い込まれていく。

 

 

「ARCUS、駆動」

 

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定開始。

 

ラウラ・S・アルゼイドーーー合致。

 

第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束封印継続。

 

第三拘束封印継続。

 

第四拘束封印継続。

 

第五拘束封印継続。

 

第六拘束封印継続。

 

第七拘束封印継続』

 

 

「駆動完了。『焔』発動」

 

 

燃え盛る焔を顕現させた太刀を抜いた刀也が一閃すると、再び距離を詰めて来ていた蝶の楯の黒片が灼き払われる。今度は刀也から距離を詰めて一閃、ヒュースの防御を打ち破る。

 

 

「ーーーー斬」

 

 

一閃。『焔の太刀』が炸裂する。

 

 

☆★

 

 

レイガストの光刃とは違う鉄の剣。クロウ本来の得物、オルディーネの専用武装である双刃剣が握り込まれる。

 

 

「蒼の騎士人形…!アフトを退けた黒トリガーか!」

 

 

事前の情報でガロプラ側は七の騎神について知っていた。曰く、今回の遠征にも参加するランバネインと、その兄でありアフトクラトル四大領主であるハイレインの兄弟を撃ち破った破格だと。

 

 

背面のブースターが火を吹く。それはグラスホッパーを用いた跳躍より速く、スラスターを起動させたレイガストより強靭な加速。

 

オルディーネを纏ったクロウが雄叫びを挙げてガトリンに迫る。振るわれる双刃剣を処刑人のアームで防ぐが、たったの一撃で切断されてしまう。

黒トリガーの出力ならばアームを折られる事も想定内だったのか、ガトリンに驚愕はなく残った3本のアームで逃げ場を無くすように大刃を差し向けるが、すでにクロウの姿はそこにはなく。

 

ガトリンは報告にあった機動力の高さを実際に目にして舌を巻く思いだ。距離を取ったクロウが構える双刃剣には暗黒を思わせるオーラを立ち上らせており、勝敗を決するつもりだという事が見て取れる。

 

機動力と同じように特筆されていた防御力の前にはガトリングガンの弾など物ともしないだろう。ならばアームの大刃で迎え撃つ他なく、ガトリンは油断なくクロウを見据えた。

 

 

再度ブースターを起動させて加速するクロウ。迎撃に大刃を振り下ろすガトリンだったが、迫る蒼の速度は先程の比ではない。

閃光の如くガトリンの攻撃を通り抜けたクロウは、ガラ空きとなった背中に暗黒の十字を叩き込む。

放たれたエネルギーは床面を削り、ガトリンに斬撃を刻み込む。それこそはゼムリアにおいてクロウがオルディーネに搭乗した際の奥義とした“デッドリーエンド”である。

 

必殺の奥義を防御もなく受けたガトリンに敗北以外の道はなく、両断されたトリオン体から発生するようにして小規模の黒い孔が空間に穿たれる。

 

侵攻に使われる門にも似たそれが近界民の緊急脱出だと理解し、それが今回の作戦の大胆さに繋がったのだと把握する。

 

 

「ふう」と一息ついてトリガーを解除したクロウ。七の騎神と共にノーマルトリガーも解除され、その場に生身で放り出される。

 

緊急脱出直前で同じくトリガーを解除した迅がクロウに無事を確認する。

 

 

「ああ……」

 

 

「大丈夫だ」と続けようとして、ドクンという脈動と共に“声”を聞いたクロウ。胸に激しい痛みを感じたクロウはそのまま意識を手放してしまう。

 

どさり、と倒れたクロウに迅と太刀川は駆け寄り言葉をかけるが返事はなく。

 

 

「こちら太刀川。クロウが倒れた。至急応援を頼む」

 

 

本部に連絡を入れて救護を求める。しばらくして意識を取り戻す事になるクロウだが、この瞬間に聞いた声がいつまでも耳の中でこだましているのだった。

 

 

     ヨコセ…吾ノモノダ……総テ……

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

『焔の太刀』による斬撃をヒュースは辛うじて避けていた。正確には回避ではなく何とか受け流したというべきか。

刀也の短期決戦を目的とした強引な攻めは被弾を覚悟したものであったが、太刀を振るう際にトリオン体に付着した蝶の楯の黒片の磁力により攻撃を逸らされた事により仕留めるに至らなかった。

 

それでもヒュースにダメージがないとは言えず、刀也にも黒片が未だ付着したままであり磁力が働く範囲外に出たため戦況は膠着した。

互いに必殺とも言える遠距離武器は持たず、刀也の遅延を目的としたような戦法にヒュースは半ば諦観を抱いていた。

 

それは勝利へのものではなく、故郷への帰還の話だ。

 

 

ヒュースはガロプラの遠征にかこつけて故国に帰還するつもりだった。事前に手に入れた情報によると、アフトクラトルの遠征は失敗と断じて良い結果だった。そのためガロプラの遠征に便乗して再度雛鳥の確保を行うはずだ。

その最重要たる狙いは“金の雛鳥”である雨取千佳になる事は間違いなく、迅の予知では前侵攻同様、雨取を遠くに逃せば市民に多大な被害が出るためアフトクラトルの手が届く範囲に配置しなければいけなかった。

 

 

狙い目は、そこだった。

 

 

“金の雛鳥”雨取千佳。そのトリオンは黒トリガーにすら匹敵する、アフトクラトルの“神”にふさわしい生贄。

彼女を捕獲して遠征隊に合流すれば諸手を挙げて迎え入れられるだろうと思った。

 

自分は帰還を果たし、主人は生贄の運命から逃げられる。

 

 

最善、最高の手段。

 

 

 

しかし、ヒュースの思惑通りに事は運ばない。

 

まずは配置されたはずの位置に雨取がいなかった事が大きい。夜凪刀也の超直感のせいでもあるし、そうなるように状況が動いた事もある。

次に刀也に見つかった事だろう。黒トリガーを起動した彼を相手にしてはガロプラの若き俊傑たるヒュースでも分が悪く、さらに刀也に雨取狙いであることを察されてしまう。

それからは撃破ではなく足止めに徹した刀也を相手にヒュースはろくに逃げの手も打てずに遅々とした戦闘を繰り返すのみ。

 

この場に遅れた原因として陽太郎との別れを惜しんだ事は、タイムロスには数えない。

 

 

 

「このへんでやめとこうぜー。もう遅いってわかってんだろ」

 

 

緋空斬で蝶の楯の黒片を弾き飛ばしながら刀也はヒュースに語りかけた。

刀也はエネドラの話から、ヒュースは何の手土産もなしにアフトクラトルに帰れない事はわかっていた。ならばその手土産として雨取千佳を選ぶのは妥当なところ。

 

雨取を追わせないように、自分も負けないように。という条件を両立させるため磁力が働かない距離から緋空斬で牽制を続ける戦法にシフトした。

 

それは転じてヒュースのためにもなる事だ。

 

答えないまま諦観を秘めた表情のヒュースに刀也はさらに言葉を続ける。

 

 

「今回の襲撃に乗じて帰るのはもう無理だ。なら、別の手段での帰還を目指すしかない。おまえにとっての希望はボーダー側の遠征だ」

 

 

本来は秘匿されていた“近界への遠征”はアフトクラトル侵攻の後に責任を問われた三雲が“取り返す”宣言をした事で公のものとなった。

対外的には初となる遠征の名目はアフトクラトルに連れ去られた人材の奪還。当然、アフトクラトルを目指す事となる。

 

 

「次回の遠征メンバーに選抜される事。それこそおまえが唯一故郷に帰れる手段だ」

 

 

ヒュースほどの人物であれば夜凪隊にスカウトしたい刀也であったが、近々エネドラも加入する事だし、ランク戦シーズン中の悪目立ちが過ぎると判断する。

 

 

「玉狛の部隊に入るといい。今回の襲撃に合わせて雨取を捕獲しようとした事、黙っといてやるから」

 

 

もし刀也がヒュースを見逃していたら、ヒュースは雨取たちに追いつき、そして黒トリガーを起動した遊真に撃退されていただろう。

“雨取を狙った”という事実の露見は玉狛第二への加入を阻害する大きな要素となる。

 

 

「………わかった」

 

 

暫しの沈黙の後にヒュースは蝶の楯を解除した。暗い表情なのは変わらないが、微かに未来への希望を感じさせる瞳ではあった。

「ならさっさと帰れ」と見送った刀也。ほとんど同時に侵攻を凌ぎ切ったという情報が入り、太刀を納めてトリガーを解除する。

 

 

Ⅶ"sギア…リィン・シュバルツァーの黒トリガー。その力を存分に振るった今回の防衛戦。

今回の防衛戦でⅦ"sギアの力を見せつけて、エネドラの入隊を許可してもらうつもりだったが、その代わりにⅦ"sギアは手放さなければならない。

 

しかし迅の予知によると、Ⅶ"sギアが刀也の手に戻る未来は僅かながらも可能性として存在するらしい。

ならばその未来を掴み取ってみせる!というのが刀也の強気だが、実際に取り戻せるか否かについては不安だ。

しかしその不安はおくびにも出さないように我慢して、Ⅶ"sギアを手に取って言い放つ。

 

 

「一時の別れです、リィンさん。次に会った時にはすっごい成長してるつもりなんで、どうかご期待ください」

 

 

優しげな顔で強がって、別れを告げる。トリガーとなったリィンからは当然のように返事はなく。

 

そこで刀也に“クロウが倒れた”との一報が入るのだった。

 

 




短いですがガロプラ編、終了です。


次回はまた幕間を挟んでから新章突入するつもりです。

この世界でもヒュースと陽太郎は順当に絆を結んだようです。そして夜まで起きてた陽太郎がヒュースに蝶の楯を返還した世界線のようです。


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幕間♯3
16.5話 2人目


なんか駆け足になってる気がする…

時系列的には17話→16話となっています。今回の16.5話はその間のお話です。


「はあ!?なにやっちゃってんのかなあ、バカなの?」

 

 

隊室に戻って事の次第…忍田に遠征中に途中離脱する思惑がある事を話した旨を説明すると刀也は見事に予想通りの反応を示した。

 

 

「はぁ…それで?明かしたからにはそれなりの方策があってか?」

 

 

秘密を洩らしたのはなんらかの次手を考えているからか、とため息交じりに聞く刀也。しかし否というクロウに「ぱ~」と物理で気が抜ける声を出して一拍おいてから、

 

 

「そんじゃどうすんべ」

 

 

なげやりに、あるいはぞんざいに言葉を吐きかける。クロウへの罵詈雑言もほどほどにして未来に目を向けた刀也ではあるが、その様相は考えるのもメンドクサイ…と言っているようだった。

 

 

 

「さて、どうするか……忍田の旦那を説得する材料はねぇのか?秘蔵のエロ本とか」

 

 

 

「アホか」

 

 

「今は電子書籍の時代だ」と続けて刀也は、次の手は?とクロウに視線をやる。

 

小ボケを挟んで否定する刀也は本当に参っている様である。クロウは軽々に離脱計画を話したことを反省するが、仲間に黙って出ていくなんて不義理が過ぎる。きちんと別れを済ませて、笑って見送られた方がいいに決まっているのだ。刀也が自分やリィンのようにならないためにも。

 

 

「説得材料がねえなら作るしかないな。…本当になにもないのか?」

 

 

本気の表情になったクロウを見て刀也は唸りながら考え込み「ないことはない、けど…」と歯切れも悪そうに机を漁り、1冊のノートを引っ張り出した。表紙にはでっかく㊙と書いてある。

 

 

「マル秘…っておい」

 

 

まるで子供の落書き帳のようなノートにクロウは失笑するが刀也は「ははは」と笑い、雰囲気が大事なんだよ、と言った。

 

 

「こいつはおれがこの4年で書き溜めた秘蔵にして死蔵の初見殺しの技の数々だよ。子供騙しだけど…まあ、だからこそ初見殺しなんだな」

 

 

少し古ぼけたノートを広げて見せる刀也だが、絵心はないようでページの中心を棒人間が泳いでいるようにしか見えない。その代わり文字はびっしり書き込まれていて、これが決して子供が落書き気分で作ったノートではないと理解する。

しかしそれでも構図がわからずハテナマークを浮かべるクロウに刀也は実践を申し出て、初見殺しと呼ばれた技の数々を披露した。

それはエスクードとテレポーターを併用した奇襲だったり、旋空弧月に見せかけた弧月とスコーピオンの合わせ技だったり、弾トリガーを誤解させての蜂の巣だったりと種類に富んでいたし、真に初見殺しと呼んで差し支えないものだったが。

 

 

 

「でもこれだけじゃ弱すぎるだろ」

 

 

結論を出したのは刀也だ。それにはクロウも同意見であり、これだけでは忍田を説得できないと断じる。

 

 

再び隊室で頭を抱える2人。しばらくしてクロウが名案を思い付いたとばかりに顔を上げる。

 

 

「おれの技能を、そのノートみたいにまとめるってのはどうだ?」

 

 

それは遠中近…すべての距離を制することができる完璧万能手にもつながる戦法を記した書物となるだろう。

 

 

「ありだな…完璧万能手育成メソッドの確立……となると荒船とは競合…?いや協力して連名ならいけるか。あとレイジにも手伝ってもらったがいいな」

 

 

クロウが提案した完璧万能手育成メソッドの確立は荒船哲次の野望である。すでに攻撃手としてマスタークラスに至った荒船は今は狙撃手の技能を習得中だ。より完璧万能手に近いのはクロウだが、すでにメソッド確立に動いている荒船を競合相手にするのは面白くない展開であり、今まで売った恩を全部買い戻してでも味方につけたい人材である。*1加えてすでに完璧万能手としてボーダー最高の戦力に数えられる木崎レイジにも協力を仰いだ方がよい。

 

そこまで話し合って、いい線はいっているが決め手に欠ける気がする2人。

 

 

結局、良い手が浮かばず消沈したクロウらだったが、この話はまた後日にするという事で落ち着く。

 

 

その後、一服したところで唐突に刀也は言った。

 

 

「おれたち夜凪隊は、B級からスタートすることにした」

 

 

言葉足らずは刀也も自覚していることで、説明を始める。

まず、自身が単独で部隊を立ち上げた場合はA級からのスタートになる事。そこにクロウを加えることでA級部隊のまま難なく次回の遠征部隊選抜戦に参加できるであろう事。

対してクロウが最初から夜凪隊に所属している状態で部隊を結成した場合はB級スタートになる事。

 

 

「裏技があるもんだな。んで、そんな裏技を知ってんのにわざわざB級で始めるつもりなのはなんでだ?」

 

 

「理由はいろいろある。まず1点目として、ルールとして定められちゃいるけどクロウも言った通り裏技…抜け道に等しい。そんなのでA級になっても顰蹙を買う。要は嫉妬だがな。2つ目、経験を積むため…クロウのな。おまえならもうボーダーでもトップクラスに迫るだろうけど、まだトリオン体に慣れてないし、そのためね。んで3つ目、B級ランク戦で、おれたちの強さを誇示するため。なんで夜凪隊が遠征隊に選ばれないんだーってなるくらいに圧倒的な強さを見せつけて、遠征部隊に選抜されるための後押しにしたい」

 

 

「ふむふむ、なるほどな。正しい手順でA級に昇格して、その軌跡を見せつける事で遠征部隊選抜のための示威にしたいってことだな」

 

 

「そう、A級は強いしな。今のクロウじゃ負けに行くようなもんだし、B級からコツコツやったほうがどことも揉めん。おれもちょっと前にA級ランク戦に挑んだらシーズン中に3回くらいしか勝てなかったしな。まあおれも感覚とか取り戻すためにB級からやりたいわけよ」

 

 

 

刀也の説明にクロウは納得したように頷いて、

 

 

「わかったぜ。それじゃあB級から始めるとするか…おれたちの成り上がりの軌跡をな」

 

 

「成り上がりの軌跡とはなんとも締まらんが…がんばろーぜ、クロウ」

 

 

笑んで刀也は拳を突き出す。対するクロウもニッと口角を上げてそれに応える。コツン、と拳がぶつかって、

 

 

「おう、刀也」

 

 

言ったクロウに刀也が眉を吊り上げる。

 

 

「いつの間にか呼び方変えてんのな。いいんだけども」

 

 

「いい加減、夜凪じゃ他人行儀臭くてな。今後は名前で呼ばせてもらうぜ。おれたちは同じ目的を掲げた同志ーーーもとい、仲間だからな」

*1
荒船の野望は1部の人たちには知れており、成果を横取りするような形で発表すればクロウたちの敵に回る者もいるため




刀也くんが仲間になる回でした。まあ元から仲間と言えばそうなんですが。

プラス、夜凪隊がなぜA級からスタートしないのか疑問に思ってた読者の皆さんにその答えをお披露目する回でもあります。
A級B級の仕組みうろ覚えだったのでBBFを読み直しました。ので、ここらへんの設定は公式通りのはず…

あと、覚えている人いるかわかりませんが刀也が最初からA級隊員だったとかいうあれはBBFによるとあり得ない設定でした。ごめんなさいね。

第0次近界遠征での1件や八葉一刀流に固執した刀也を哀れに思った上層部が、刀也を食わせていくために給料が出るA級に任命したという設定が爆誕した瞬間でした。


次回の前書きあたりでⅦ"sギアについて解説します。


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不惜信用のコンゲーム
現実はだいたい想定外の事が起きる


Ⅶ"sギア 

製作者:リィン・シュバルツァー
構成素材:黒の呪い
適合者:夜凪刀也

能力
生前のリィン・シュバルツァーの剣技を扱う事ができる。が、奥義とされるものは黒の呪いにより制限されている。
ARCUSを開帳する事により、リィンが縁を結んだ人物の幻影と共に武具を召喚する事ができる。召喚した武具を鍵として制限を解除する事が可能で、鍵となれるのは新旧Ⅶ組のみ。制限を解除する事で奥義が発動可能になる。
ARCUSの“開帳”で武具を呼び出し、“駆動”で呼び出した武具が鍵となれるか選定し、適合した武具の数だけ制限を解除する“駆動完了”のフェイズに分かれている。



「それじゃ話が違う!」

 

 

まるで机を叩くような勢いで言葉を発したのは夜凪刀也だった。その声に秘められていたのは憤りというよりは焦燥に近いものだ。

 

先程のセリフはまさに約束を違われた側の決まり文句であった。

 

 

 

ガロプラの遠征から一夜明けた翌日。

 

 

刀也は上層部から呼び出しを受け、司令室に向かう。そこにいたのは玉狛支部長の林藤を除くいつもの面子だ。すなわち城戸、忍田、鬼怒田、根付、唐沢の5人。いずれもボーダーの中核を為す存在であり、5対1という人数比だとまるで面接を受けているような気分になる。

 

緊張するのは柄ではない刀也はいつも通りを装って「失礼します」と入室した。

座る5人の前にゆったりと立つ刀也にかけられた第一声は忍田からの労いだった。

 

 

「昨日はご苦労だった。君の活躍がなければ我々はもっと苦戦していただろう」

 

 

苦戦はしても敗北はありえなかったが、と続けたいであろう忍田に微笑を浮かべつつ軽く会釈をする事で返事とする。肯定も否定も、今は遠い。Ⅶ"sギアは風刃などとは違い、まさしく“リィン・シュバルツァーになる”とでも言うべき黒トリガー。

他人の力を己が物のように振るい増上慢できるほど刀也は自己否定していない。

 

 

「Ⅶ"sギアの戦力…観測させてもらったが大したものだ。我々はその黒トリガーの価値を認める」

 

 

対ガロプラ戦における刀也の戦闘は観測されていた。監視されていたわけではないが、トリオンの出力などは把握されているだろう。そもガロプラ戦以前にⅦ"sギアの能力はすべて詳らかにしていたため、性能についてはデータは取られている。ガロプラ戦における狙いは実戦で使えるのかどうか、という点だった。

 

 

「君の提案に乗ろう。エネドラを核にしたトリオン兵の運用を認める」

 

 

忍田を言葉を継ぐようにして城戸が本題を告げる。今回の戦果。対ガロプラ防衛戦における刀也の目的。ゼムリアへの帰還を果たすためのクロウと刀也の“最後の切札”。エネドラの知能を搭載した人型トリオン兵の運用。

 

 

「昨日の防衛戦で敵が使っとったトリオン兵…アイドラというらしいが、それを鹵獲できたから人型トリオン兵の開発は大幅に時間短縮ができるじゃろう。隊員らと同じように運用するにはまだまだ改善点があるだろうが、ひとまず夜凪隊には鹵獲した一体をいくらか改良したものを回すが…3日待て」

 

 

鬼怒田は鹵獲したアイドラを刀也らに受け渡すと言うが、たったの3日である程度まで仕上げられると言わんばかりのワーカホリックぶりに片眉を吊り上げて「無理しないようにお願いしますよ」と気遣った。すでに鬼怒田の目の下には隈ができており、昨日から今日にかけて徹夜したものと思われた。

 

 

「トリオン兵の運用とは…バレた時を思うと頭が痛いですねぇ…どれほど市民感情を煽る事になるか。今から建前でも考えておかないと。いざとなったら提案者として矢面に立ってもらいますが、いいですね?」

 

 

続いて根付が苦悩を刀也に向けた。刀也はリスペクトしている根付の意図を察し、少しばかり恭しく礼をしたまま言う。

 

 

「根付さんのシナリオ通りに演じればいいだけなら、喜んで」

 

 

アフトクラトルの侵攻後の記者会見とは違い、仕込みだけではなく仕込まれた側も喜悲劇のように想いを懺悔してやろう、とアイコンタクトを交わす。

 

 

「…では、提出してくれ」

 

 

忍田の視線を受け止め、刀也はポケットからⅦ"sギアを取り出して躊躇いなく机に置く。

友達にまたね、と言うような気安さで、感傷は不要と言わんばかりに。執着を見せるのは弱味を見せるのと同じだと考えて。

 

 

「君に提案がある」

 

 

刀也が黒トリガーを机に置いたのを確認して、城戸はそう言った。

 

 

「人型トリオン兵の試験運用を太刀川隊に任せる気はないか」

 

 

 

思考に、刹那の空白。

 

 

次の瞬間「それじゃ話が違う!」と刀也は叫んでいた。敬語すら忘れるほどに頭に血が上っていた。

 

言ってから失敗したと気付く。

 

 

いつもの夜凪刀也なら「ないです」の4文字で返事していたはずなのに、激情を見せたのはそれだけ件の提案に賭けているのだと白状させるかのような罠。

 

城戸は約束を守るという確信をもって差し出したⅦ"sギアを渡した直後の提案だ。上司からの提案でも蹴る事ができる人格の刀也だが社会人経験がある故にそれは命令のようにも感じられて。まるで強盗のような論理に腹を据えかねて激した刀也。

 

この中でそんな手を打てるのは唐沢くらいのものだろう。城戸は腹に一物あるが根は善人だ。忍田も正義漢然としているから容疑者から除外となる。鬼怒田はそういった事には疎く、根付も情報操作には一家言があるが個人に揺さぶりをかけて真実を露呈させる術に長けているわけではない。

 

つまり犯人は唐沢だ。この罠を仕掛けた下手人は。元々悪の組織に所属していたと言われるだけはある悪辣。さすがに上層部を相手に化かし合いでは分が悪い刀也であった。

 

怒りを込めて未だ一言も発さない唐沢を一瞥する。座っているため必然見上げる形になる唐沢は“君がそういう人種ならそれなりの対処法はある”とでもいうような目である。

確かに刀也と唐沢はこのB級ランク戦のROUND3の前に少し話したが、あれで刀也の人格を把握して提案という罠を設置したとでもいうのだろうか。

 

 

ともあれ、これで刀也の執着は露見した。Ⅶ"sギアへの、トリオン兵の試験運用への。文字通りそれらの切札を奪われるだけという形になるのは避けたい。次の手があると思わせるような余裕を出したい所でもあるが、それで切札を失っては元も子もない。そのため、刀也の対応はどうしても中途半端なものになってしまう。

 

 

「…失礼。お断りします」

 

 

一瞬で取り繕ったのは見事であるが、すでにハリボテの冷静だと看破されている。“お断りだバカヤロー!”でごり押せば城戸の提案は引っ込められ、夜凪隊にトリオン兵の試験運用の権利は舞い戻るだろうが、それは弱味にもなる。

だから刀也は断る正当な理由をでっち上げなければいけないのだ。

 

 

「これは、君のため…夜凪隊のためにもなる提案だ」

 

 

城戸はそう言って会話を続ける。“夜凪隊は次の遠征部隊に選抜される事を目標としていたな?”という確認に刀也は“ええ”と答える。直接城戸に話したわけではないが忍田から伝わっているだろうとは考えていた事柄だ。

 

 

「確定ではないが、次回の遠征はこれまでにない大規模なものになる」

 

 

それはそうだろう、と刀也も頷く。アフトクラトルの侵攻によって奪われた人員を奪還するための作戦になるはずだ。

トリオン兵団がいたとは言え、一部隊でボーダーの戦力といい勝負をしたアフトクラトルに攻め込むのだ。いつもの遠征のように三部隊程度では精鋭を揃えた所で成功の望みは薄い。

 

となれば遠征艇をサイズアップして運べる人員を増やすのが妥当だ。そんな芸当を可能にする人物が玉狛にはいる。“確定ではない”というのはおそらくまだ玉狛に話を通していないからだろう。

 

しかし、それでもまだ不足する。アフトクラトルに連れ去られたと思われるC級隊員の数は16人。とても遠征艇ひとつで運べる数を超えている。

そこまで考えれば遠征艇をニ機以上で編隊を組んで遠征するだろう事までわかる。

 

 

「そして、遠征の件をマスコミに掴まれた以上はあまり時間をかけてもいられない。アフトクラトルがまだこちらの世界に近い内に作戦を始めたいのもあるしな」

 

 

忍田が城戸の言葉を継いで“理由”を話した。

その理由は大規模な遠征を行うというものに対してだけに向けられたものではなく、刀也はまさかと思う。

しかし、己が直感がそのまさかを肯定している。

 

 

「そのため今回のB級ランク戦はROUND8で打ち切り、その後遠征部隊選抜戦を行う事になった」

 

 

遠征の時期を早めるーーーそれは夜凪隊がA級に上がれない事を意味している。A級部隊になれないという事はつまり遠征部隊に選抜されない事も。

いとも容易く訪れる絶望に刀也の思考は鈍る。

 

こんな所で終わるのか、と。自分の手の届かない所で、大人たちの決定で。簡単に、容赦なく、Ⅶ"sギアすらを奪われてーーーーー

 

いいや、否。断じて否。

 

この話はそれだけでは終わらない。

 

 

「それに合わせ、遠征選抜戦にはB級ランク戦終了時に2位までの部隊に参加できるようにした」

 

 

B級1位、及び2位の部隊が遠征部隊に選抜される可能性もあると忍田は言う。これまではA級でも選りすぐりのメンバーのみを乗せた遠征艇の敷居を下げるという決定。それに併せて城戸の提案の意味も刀也は理解した。

 

 

つまり試作トリオン兵などをランク戦に連れていって足を引っ張られてB級3位以下に転落することを考えて城戸はあのような提案をしたのだ。

その事を実際に城戸の口から説明されてやはりそうかとひとりごちる。

 

善意100%ではないが、ほのかな甘さを感じさせる提案だった。タイミングが悪辣だったのはどうにも言い繕えないが。

 

 

 

「心配無用です。それに太刀川たちに後輩の育成が務まるとは思えません……唯我の例もありますし」

 

 

「どうあっても、我々の提案を飲む気はないと?」

 

 

「いえ、太刀川隊に比すれば夜凪隊の方が適任であると思うだけです」

 

 

 

“では他の部隊ならばどうだ?”と提案されても、その尽くを破却する用意が刀也にはあった。後進の育成においては安心安全の東塾も今は奥寺と小荒井で満員御礼。適性という面で見れば刀也は後輩の育成は東に次ぐ評価を得ている、悪い癖がでなければだが。

 

 

「ならば、実際に比べてみるのはどうでしょう?」

 

 

と、ここで初めて口を挟んだのは唐沢だった。適任である事を主張するのなら実力で証明せよ、という事らしい。

 

上司からの提案と言う形である以上どこかで折れる必要があると思っていた刀也は唐沢のこの提案を飲むことにした。

 

「わかりました」と刀也が返事をしたことで夜凪隊と太刀川隊の模擬戦が行われることが決定した。

 

模擬戦が行われるのは鬼怒田が宣言したエネドラの知能を搭載した試作トリオン兵が両部隊に仮入隊してから7日後となった。

 

☆★

 

 

 

「ふひぃ〜」と全身から脱力した気配を見せた刀也。背中には司令室の扉、上層部との謁見を終えて強張った体をほぐすためのルーチンだ。

 

 

脱力したまま向かうのは隊室…ではなく、病室だ。理由としてはクロウの見舞い、あの男は昨日から1度も目をさまさない。話によると黒トリガーを使ったようだが、それでリィンがそうなったように呪いに侵されたのだろうか。

しかし、クロウの体にはリィンにあったような赤黒いアザは見られない。おそらくリィンよりも呪いに蝕まれている度合いはマシなのだろう。

 

容体は心配ではあるが、先程の話し合いにクロウがいればもうちょっとマシな状況になったのではないかとも思う。そう考えると「無茶しやがってあのやろう」と少し怒りがこみ上げてこないでもない。病室に着いたらデコピンでも一発かましてやろうと刀也は決意した。

 

 

 

ガラリ、と病室のドアを開けて一歩中に入ってみるとそこではベッドから半身を起こしたクロウがりんごをかじっていた。

 

 

「起きとるんかい!」

 

 

心配して来てみれば心配された当の本人が平気な顔でりんごをかじっていると言うのは安心でもあるが、しかしデコピンの決意を固めた直後にこれとはなんともやり切れない感もある。

 

 

「お、刀也じゃねえか」

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

色々と言いたいことを我慢して大丈夫かと尋ねた刀也。クロウは手に持っているりんごを弄びながら神妙な顔つきになった。

 

「まぁ今のところは小康状態ってところだな。たまに声が聞こえてくることもあるが、これ以上あの黒トリガーを使わない限り進行するってことはなさそうだ」

 

 

「それは、呪いが、か?」

 

 

「ああ。この世界でリィンを死に至らしめた黒きイシュメルガの呪い…あれは本来、人に乗り移る悪意だったが、奴を吸収したヴァリマールが黒トリガーになった事で本体は七の騎神から離れられなくなったみてぇだ」

 

 

「その辺の事情はリィンさんからちらっと聞いてるけど、要は七の騎神を使っている時間に比例して呪いが進行するって考えでいい?」

 

 

「そうだ」と肯定したクロウに刀也は「明日のランク戦、いけそうか?」と聞く。クロウは問題ないと返事をして、

 

 

「確か…弓場隊と鈴鳴第一だったか?」

 

 

「うん。どっちも油断ならない相手だけど…まあ二宮隊ほどじゃないかな」

 

 

ずっとB級上位を維持し続けている弓場隊と、中位から這い上がってきた鈴鳴第一。弓場隊は一人チームから抜けて今期は余裕がない。ソロのランク戦を好む弓場がほとんど部隊ランク戦にかかりきりな状況だ。鈴鳴第一は村上は脅威だが来馬と太一はそれほどでもない。

脅威度としては玉狛第二と五分五分、といった所だろう。

 

「あと一つ、大切な話があるんですが」と切り出した刀也は先程の司令室での提案の結果をかいつまんで話した。

 

 

「はっ、そいつは一杯食わされたな。まあやっちまったもんは仕方ねぇ」

 

 

切り替えて行こうぜ、とクロウは刀也を励ます。わざとらしく項垂れていた刀也も元気を取り戻したように「おう」と返事をした。

 

 

「それに、考えようによっちゃ渡りに船な提案でもあるしな」

 

 

クロウの言葉に数瞬考えて、「お、言われてみればそうだな。やるじゃんおれ」と刀也は自賛する。「調子のんなよ」とクロウが苦笑して、二人は神妙な顔つきになる。

 

 

「思ったより時間が少ない。切り崩し…始めていくか?」

 

 

「ああ、まずは太刀川隊からだな。件の模擬戦にかこつけて話をしてみるとするか。……太刀川隊なら大丈夫なんだよな?」

 

 

「たぶん。口外無用と言う必要はありそうだけど。それにただじゃ言う事聞かないだろうから、模擬戦の副賞として“勝ったら言う事聞く”とかやってた方がいいかも」

 

 

「なるほどな、じゃあそれでいこう」と結論したクロウ。刀也も薄く笑んで会話が終わる。

これは切札を使った後の話である。忍田を説き伏せた後の。正しく見送られるために打つ、離反の一手の。

 

 

 

 

 




Ⅶ"sギアの補足説明

黒の呪いの本体は『七の騎神』に封じられているため、Ⅶ"sギアを使用する事で呪いが使用者を侵す事はない。“呪いを受けたリィン”が黒トリガーになったため。

ARCUSによる奥義制限解除は、Ⅳでリィンが名前を取り戻す時シーンをイメージした設定です。本当は絆レベルがあった人物は合致としたかったのですが作者の記憶がおぼろげなため却下しました。
呼び出せる武具はARCUSで戦術リンクを繋いだ(かもしれない)人物のものです。


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未来を臨む協力体制

【速報】気力氏、無事死亡。

たいへん長らくお待たせしましたが、短めです。なぜなら試合部分をかなり端折ったからです。なぜ端折ったかと言うと後書きだけという段になって文がすべて吹っ飛んだからです。


B級ランク戦ROUND5夜の部の組み合わせは1位夜凪隊、5位弓場隊、7位鈴鳴第一であった。

選択されたフィールドは市街地D…大型ショッピングモールを中央に備え、道幅の広い道路の多いマップ。

 

転送が終わり、ROUND5が開始する。

 

刀也はショッピングモールに転送されていて、すぐに鈴鳴第一の村上と会敵する。何合か応じた後、クロウから「二虎共食の計といこう」と作戦を提示されて窓を割って夜の闇に躍り出る。

 

 

ショッピングモールにはすでに鈴鳴第一が集結しつつあり、弓場もすでにその入口に到達していた。

刀也は村上を弓場にぶつけるとクロウの元へ駆けていく。

 

その頃クロウは帯島と交戦状態にあった。本来の実力差であれば瞬時に切り捨てる事が可能な相手ではあるが、帯島が引き気味に戦っている事に加えて外岡の狙撃を警戒して踏み込めずにいるのだ。

 

そこに刀也が合流する。夜凪隊は帯島を挟み攻撃を重ねるが、あえて撃破はしない。帯島をいたぶる事で外岡の狙撃を誘発しようとしているのだ。

 

 

場面は変わり、鈴鳴第一と弓場は熱戦を繰り広げていた。

鈴鳴第一は村上を盾として来馬が全攻撃を行うという新たなフォーメーションで弓場を相手に優勢に立ち回っている。

太一の狙撃を警戒してショッピングモール内で戦闘をしていた弓場だが、刀也とすれ違う際に「停電には気をつけろ」と助言されていた。もし本当にそうならば停電を起こすためには人を割かなければいけない。鈴鳴の2人が目の前にいる以上は太一が停電を起こす役なのだと理解した弓場は外岡に援護を頼んでショッピングモールから飛び出す。

弓場を追って来馬と村上もショッピングモールを出て、外岡に狙撃される。しかしその狙撃は予想していたものであり村上はレイガストで容易く受け止めた。

だが、村上の意識が一瞬でも狙撃に向いた瞬間を狙って弓場が前に出る。二丁拳銃の銃口を来馬に向けて引き金を引く。来馬の危機に村上は再びレイガストで射線を遮るも、途中で弾道が変化し来馬に向かっていたはずのトリオン弾は村上を貫いていた。

来馬を庇う性質を有する鈴鳴第一という部隊の特性を見越して弓場はバイパーを使って村上を撃破したのだった。

それと同時に来馬のアサルトライフルから放たれたハウンドが弓場を蜂の巣にする。

 

村上に続き弓場が緊急脱出。更には弓場を援護した外岡も太一に狙い撃たれて緊急脱出するのだった。

 

 

立て続けに空を走る緊急脱出の光に夜凪隊は残った相手は鈴鳴第一の来馬と太一であると看破する。すでに外岡が撃破されているのなら帯島を相手にしても意味はなく。帯島の抵抗も虚しく刀也の新技…旋空の射程を短くする事で効果時間を伸ばす“旋空延月”により撃破されてしまう。

 

 

その後夜凪隊はショッピングモールで鈴鳴第一と対峙する。鈴鳴第一はダミービーコンで撹乱しつつ停電による奇襲を行おうとするも、実行役の太一が刀也に捕捉される。

太一を追う刀也は嫌な予感を感じつつも先に進み、予期しないタイミングでの停電により太一にトリオン供給機関を撃ち抜かれてしまう。しかし緊急脱出する刹那に旋空孤月を放ち太一を道連れにするのだった。

 

予期せぬタイミングでの停電により奇襲を受けたのはクロウも同じであった。停電した瞬間に来馬のハウンドがクロウに迫るが奇襲を予想していたクロウはレイガストで致命的なものだけを防ぐ。ハウンドを捌いたと思ったのも束の間であり、クロウの背後でメテオラが爆ぜる。爆風に煽られて体勢を崩したクロウを来馬が追撃。多角的に放たれたハウンドにクロウも穴だらけにされるも、レイガストを盾に突撃、サブの拳銃で来馬を倒したのだった。

 

 

結果は5対3対1で夜凪隊の勝利。しかし辛勝であり解説からは批評を受けるのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「や」と手を挙げて姿を現したのは迅であった。相変わらずぼんち揚げを手に気軽に夜凪隊の隊室に入ってくる。

 

「さっきのランク戦の結果には満足してる?…わけないか〜」

 

言って、すぐにクロウや刀也の表情が曇った事から嘆息する迅。

ひとまず飲み物を与えて4人でテーブルを囲む。

 

「ま、一応まだ無敗だしいいんじゃないの?」

 

「そうだねぇ…B級1位の座は揺るがず、だ。何がそんなに気に入らない?」

 

迅の言葉に陽子が乗っかり2人に訊ねる。クロウはようやく苦い顔を崩して、

 

 

「無敗ってのは目的じゃなくて手段だからな。…ま、確かにランク戦より太刀川隊との模擬戦に頭がいってたってのは事実だぜ」

 

 

無敗というのは“夜凪隊は強い”というイメージを定着させるための手段である。そのイメージを固定化する事で万が一遠征隊に選ばれなかった場合にはボーダー隊員らを扇動して選抜のやり直しを要求するつもりであった。

 

 

「つーか、鈴鳴の最後の策はエグくね?ログで見たけど遠隔停電とかどうやって防げって話だよ」

 

「夜凪隊にやられた人たちはみんなそう思ってるだろうね」

 

 

刀也の愚痴を聞いて笑いながら「初見殺しは夜凪隊の十八番でしょ」と指摘した迅に言葉を詰まらせる。

「それはいいだろ」とクロウは言って、迅に要件を促した。

 

 

「あたしは出とくよ」

 

 

気を利かせて退室しようとする陽子をクロウが呼び止める。

 

「迅、ここに来たって事はそういう事でいいんだよな?…だったらもう陽子にも話しといた方がいいんじゃねえか?」

 

 

迅の首肯を見届けて刀也に問う。

 

 

「そうだな、そろそろ陽子にも聞いといてもらおう。夜凪隊の仲間だしな」

 

 

クロウ刀也が言っているのは“ゼムリアへの帰還”やそのための“悪巧み”についての事だった。

 

先日、エネドラ=トリオン兵の運用について未来視してもらった際に迅とは少しだけ話をしていて、今後協力してくれるのなら隊室に来てくれ、という話になっていた。

その迅が来たという事は協力の意思の表明であり、きちんと説明するなら陽子にも話を通すべきという流れだ。

 

陽子も再び着席し、情報の共有が為される事になる。

コーヒーを飲んで舌で唇を湿らせたクロウが徐に語り始めた。

 

「まず…おれと刀也の目的は、おれとリィンの故郷である“ゼムリアへの帰還”だ」

 

 

「リィン…リィン・シュバルツァーだね。ヨナさんの剣の師だって言う。それにゼムリア……それがクロウ、アンタの故郷の名か。聞いた事のない国名だが、やはり近界にあるのかい?」

 

「ああ、おそらくはな。おれたちの世界にはトリガーやトリオンなんて概念はなかった。…名前を変えて存在していたかもしれないが……まあ、そう考えれば色々と符合するもんがあるって事だ」

 

 

ゼムリアにはゼムリア大陸しかなかった。他の大陸なんかは存在せず、海を渡ろうとしても戻って来てしまうという世界の在り方だった。それを逆に女神の証明とする者どももいるが正直苦し紛れの解釈だ。

それが本当に女神の証明であると仮定するならば、おそらくは何らかのトリガーを使って世界をそこで区切っているのだろうと考える事が可能だ。リィンやクロウがゼムリアを離れて三門市に来れたのは“大イナル一”という規格外が女神の枷を外せるだけの力を持っていたから。

推測に妄想を重ねただけの推論だが、妙に筋が通っている気がする。

 

 

「おれたちはその目的のために遠征部隊に選ばれる事を第一の目標としている」

 

 

クロウを思考の海から浮上させたのは刀也の続く言葉。

 

 

「当初おれは遠征中に無断で離脱するつもりだったけどクロウが忍田さんに話したらしくて……んで、忍田さんを説得してきちんとゼムリアに向かうって感じになってる」

 

 

「へぇ…忍田本部長を納得させるだけの材料を揃えてるのかい?アンタらみたいな実力者はそう簡単には手放したくないはずだよ」

 

陽子の言う通り、ボーダーにおいてクロウと刀也は屈指の戦力だ。黒トリガーを使える人員という事からも手放し難いだろう。しかし、それよりも問題なのは…

 

「織り込み済みだ。ボーダーから脱退する事自体は隊員の自由意志に委ねられてるから問題ねえはずだが……遠征中に、ってタイミングが最悪だ」

 

 

「まあそれでも納得させるだけの材料をかき集めてる段階なんだよね、今は」

 

クロウの言う通りであり、しかし最悪のタイミングでの脱退を許可される程の材料を集めているのだと刀也は言う。

 

「なるほど、エネドラの件もその一環というわけだね」

 

と、そこで迅が口を挟む。

実際には実績作りというよりはもっと悪辣で子供じみた一手ではあるが、クロウと刀也は揃って頷く。

 

 

話が一段落し、皆がコーヒーを啜る。ふぅ、と一息ついて「しかし迅」と刀也が話しかけた。

 

 

「おまえが協力してくれるのは正直意外だった。何か良さげな未来が見えたとか?」

 

 

迅悠一は飄々としていて掴み所のない実力派エリートだが、その実“未来視”のサイドエフェクトを持つが故に責任感は人一倍どころではない。

 

それは世界が平和である事への責任という、常人には分かち難い重荷である。

だから迅はお人好しのように見えて実際は刀也も顔をしかめるレベルで外道じみた手を打つ事もある。

 

その迅がクロウや刀也といった黒トリガーを扱える実力者の脱退する手助けをするとは、らしくない。

ならばこれも最善の未来に辿り着くための布石なのでは、と刀也は考えたのだ。

 

 

「……実を言うとさ、すごくまずい未来が見えてるんだよね」

 

 

いつになく真面目な表情をした迅に夜凪隊の3人ともが目を細める。

 

 

 

「最悪、世界が滅びる」

 

 

 

その言葉に、刀也も陽子も絶句した。2人ともそれなりの修羅場は潜って来た猛者と言っても過言ではない。しかし“世界が滅ぶ”なんて今更映画でもそうそうない話だ。

それを現実に持ち出されて、2人はどう言葉を継げばいいのかわからない。

 

しかし、誇張なく世界の存亡を懸けて戦った経験のあるクロウは違った。

 

 

「本気の話か…?」

 

 

「間違いなく本気だよ。……このままだとこの星の文明や文化は失われる事になる」

 

 

「……いやいや。いやいやいや………そりゃ、ないだろ迅。第三次世界大戦でも起きるって話か?」

 

 

いち早く正気を取り戻したーーー否、ただそう繕っただけの刀也が苦笑いのようなものを浮かべて言った。

 

 

「本気で世界が滅びるって話をしてるとして、一介のボーダー隊員に聞かせてどうする?おまえがここでその話をする意味がわからんぞ」

 

 

世界が滅ぶなんて非現実的で、もし仮にそうなら自分にそれを覆す力なんてなくて。

ならば迅がこの場でその件について語る意味は?

 

 

「もしかして……だからこそ、なのかい?」

 

 

真っ白になった思考をフル回転させて、陽子が迅に問いかける。迅は神妙な顔つきのまま「そうだよ」と肯定した。

 

 

「このままだと世界が滅びる。だからこそ、それを回避するために…ここでヨナさんたちにこの話をしているんだ」

 

 

つまり迅はこう言っているのだ。

 

 

「おれたちに、世界の命運を懸けた戦いの当事者になれ…って事だな」

 

 

世界の命運を懸けた戦いの当事者。

なんだそれは、と言いたくなる。核兵器の発射スイッチでも握らされてる気分だ。

クロウの言葉に刀也は頭を抱えて、たっぷり5秒間唸る。

 

 

「おれたちに言うって事は、やっぱ近界民関係なんだな…?」

 

 

しかして、次の言葉は迅の言葉の意図を読み解いたものだった。

刀也とて黒トリガーとなったリィンをゼムリア大陸なんて誰も知らない場所に連れて行くという非現実な目標を掲げた者。世界の存亡を懸けた戦いはもっと非現実的だが、それを現実として受け入れるだけの土壌はできていた。

 

 

迅は刀也の問いかけに首肯で答えると、

 

 

「ヨナさんとクロウさんが、世界の滅亡を阻止するキーパーソンになる」

 

 

そう断言したのだった。

 

迅によると“その戦い”については、まだ玉狛支部長の林藤と夜凪隊にしか知らせていないと。いずれ城戸や忍田にも話すが、今は時ではないらしい。

 

 

繋げて考えてみる。

迅がクロウと刀也のゼムリア行きに協力するのは、世界の滅亡を阻止するため。

一見すると関わりのない事象だが、クロウと刀也がゼムリアに行く事で世界の滅亡を阻止できるかもしれないなら、どうして迅はそれを城戸や忍田に話さないのか。

 

城戸や忍田は界境防衛機関の幹部として、近界民から世界を守る義務がある。クロウや刀也を手放す事でそれが叶うならあの2人とて首を縦に振るのではないだろうか。

 

 

「それはできないんだ。おれにも色々事情があってね。悪いけど、ヨナさんたちには自力で遠征に行ってもらう必要がある。もちろん忍田さんの説得も込みでね」

 

 

そんな事を言ったら迅は事情があるのだと誤魔化す。その理由を語らないのは、語らない方が良い未来に繋がるからか。

 

「わかった」と納得を示して、今度は陽子に向き直る。

 

 

「思った以上に大事になっちまったが……陽子はどうするつもりだ?迅みてぇに協力してくれるなら嬉しいが…」

 

 

クロウの不安を陽子は「はっ」鼻で笑って景気良く吹き飛ばす。

 

 

「ここまで聞いといてあたしが引き下がるとでも思ってんのかい?あたしも同じ夜凪隊だ、クロウやヨナさんと同じ目的を掲げてこそなんじゃないかい」

 

 

事が事だけに非戦闘員は参加非推奨ではあるのだが、陽子はオペレーターには珍しく戦える部類。それも攻撃手最高峰の腕を持つ。短期決戦に限った話ではあるが。

 

協力してくれるのは頼もしい反面、危ない事に付き合わせられないという気持ちもあったクロウや刀也だったが、陽子の覚悟の決まった目を見て同行を許さない事には話が進まないと理解して嘆息した。

特に刀也は数年かけて決意を固めただけに、瞬時に決断した陽子の女傑ぶりに舌を巻く思いである。

 

 

ひとまず夜凪隊総員がゼムリアを目指し、迅は裏から協力するという事で話はまとまった。

 

 

気を抜いた一瞬で「しかし」と陽子が新しく話題を振る。

 

「説得するのは忍田本部長なんだね?城戸司令ではなく」

 

 

陽子の懸念ーーー疑問も尤もである。クロウと刀也、ついでに陽子のゼムリア行き…しかも黒トリガー『七の騎神』と『Ⅶ"sギア』も着けて、となれば説得は困難。しかし説得して行くと決めたのならば、その相手はボーダーの最高権力者である城戸司令で然るべきだ。

いくら忍田本部長を説得しても権力で勝る城戸司令を説得できなければ、これまでの努力も水泡に帰す事になる。

 

しかし、陽子の疑問を耳にしたクロウと刀也は揃ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「それについちゃ策がある」

 

クロウが言って、刀也が続ける。その答えに陽子はらしくなく素っ頓狂な声をあげるのだった。

 

 

「おれたちは、忍田さんを王にする」

 




久しぶりの投稿ですが、今回は6000字弱。ホントはプラス一万字くらいあったんですが、試合部分を端折った(データが消えた)ためこの程度となりました。

またぼちぼち更新して行きます。


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激突するはA級1位とB級1位

戦闘シーンまで入れると長くなるから分断!したんですが、それだと逆に短めになってしまいました。


 

 

太刀川隊のドアが開き、姿を見せたのは夜凪刀也であった。

いつものように「おすおす」と気軽にずかずかと隊室に入ってくる刀也を、唯我は顎を落とし切って迎える。そしていつもなら刀也を笑顔で迎えるはずの太刀川は、笑顔で…しかし純粋なそれではなく不敵な笑みで「おいおい」と立ち塞がった。

 

 

「偵察にしにゃずいぶん堂々としてんな、ヨナさん」

 

「厳密にルールが決まってないとは言え、ちょっと予想外だったな」

 

 

太刀川に続いて出水も刀也の前に立つ。オペレーターの国近だけがのんびりとしたまま「おっす〜」と刀也に手を振った。

 

太刀川らがピリついているのは、30分後に夜凪隊との模擬戦が迫っているからだ。今は両隊ともブリーフィングタイムと洒落込んでいるはずだったが、太刀川隊の隊室に刀也が現れた事でそれは否定された。

と言うよりは夜凪隊はブリーフィングをさっさと切り上げて太刀川隊の偵察に来たのか、というのが太刀川や出水の考えだった。

 

 

「偵察じゃねーよ、後輩ども。……なんか、今日は悪いと思ってな、こんな事に付き合わせて」

 

 

わずかに肩を落としながら謝罪の意を見せた刀也に太刀川らは刀也がこの場に来た意味を理解し始める。

 

今日の太刀川隊と夜凪隊の模擬戦は“エネドラ=トリオン兵”の試験運用役をどちらの隊にするか決めるものだ。

1週間前に両隊に一機ずつ件のトリオン兵が支給され、それを育成して今日の模擬戦で戦わせ、どちらの部隊がより試験運用役に適しているか証明するための、言わばエキシビションマッチ。

 

とは言うが、実際はエネドラ=トリオン兵のみを戦わせるのではなく太刀川隊と夜凪隊の模擬戦で、勝利した方に試験運用役が委ねられるため育成上手な部隊が必ずしも勝つわけではないという点がミソだ。

 

これを提案した上層部の“試験運用役を太刀川隊にやらせて夜凪隊の功績を低減しよう”という意図が透けて見えるが、夜凪隊はそれでも勝利しなければ忍田を説得する切り札を失ってしまう事になるため必死であった。

 

必死であった、が。それでも先を見据えるのが夜凪刀也やクロウ・アームブラストという人物であり、この場に刀也が来たのもそのためだった。

 

 

「別にいいさ、ヨナさん。久々に全力のヨナさんとやれんのも楽しみだしな。……いや、初めてなのか?」

 

 

太刀川隊としてはエネドラ=トリオン兵の試験運用役に任命されるのは面倒でしかないが、やれと言われているため仕方ない。

それに太刀川も言う通り、今期のB級ランク戦で無敗のまま1位の座に駆け上がった夜凪隊と戦いたいという気持ちはあった。

 

だが、それだけでは太刀川隊に旨味がなさ過ぎるだろう?

 

 

「さてな。ま、今日のこれが終わったら何か飯でも奢るわ」

 

「あ、おれ焼肉がいい」

 

 

太刀川の疑問をさらりと受け流した刀也に、出水は続けて高級焼肉店の名前を出した。

「う」と笑顔が固まった刀也はわざとらしく咳払いして、「じゃあ、こういうのはどうだ?」と提案する。

 

 

「今日の模擬戦で勝ったチームは負けたチームに何でも命令できる」

 

 

それが高級焼肉店で奢らされる事を忌避した刀也の苦肉の策だと見た太刀川隊は勢いのままその提案に食いつき。

 

そして布石は打たれる。

 

 

☆★

 

 

「それで、作戦はどうすんだ」

 

 

猿ども。と言いたそうな表情のまま話題を持ち上げたのはエネドラ=トリオン兵もといグランであった。

 

先のガロプラ襲撃の際に手に入ったトリオン兵『アイドラ』を改造したものにエネドラの知能が搭載されている。それを開発班から貸与されたのが1週間前の事である。

太刀川隊も同じく1週間前に改造アイドラinエネドラを貸与されていて、この1週間でどちらの部隊がより良くエネドラを育成できたかを測る…というのが今回の模擬戦の主旨である。

 

1週間で育成もへったくれもないというのが正直な意見だが、加えて夜凪隊は3日前にROUND5を終えたばかり……この1週間をエネドラの育成のみに注力できなかった。そういう意味でもハンデがある夜凪隊だが負ける気はさらさらない。

太刀川隊は間違いなくボーダー本部最強の部隊だが、だからと言って敗北すると決まったわけではない。

彼我の力量差が結果に直結するわけではないのだ。

 

 

「まずは数的不利を互角まで持ち込みたい。倒す相手は手っ取り早く唯我がいいだろうな」

 

「ログ見たが、なんであんなのがA級1位の部隊にいるんだ?」

 

「唯我は親がボーダーのスポンサーで、そのコネ」

 

 

すらりとクロウの疑問に答える刀也。コネ入隊だが思ったのとは違うボーダーライフを送っている事は間違いない。

 

唯我の前に太刀川隊のメンバーであった烏丸が今も部隊に残っていれば勝率はさらに低かっただろうな、と考えてすぐに思考を中断した。

 

「ま、そんなにさくさく人数が減っていく展開にはならないだろうねぇ。だったら、早いうちに唯我を落としておくのはありだ」

 

 

陽子がいつもの調子で刀也に同調する。

 

「ああ、唯我はあれで……本人が言ってる通り本領はチーム戦だからな。単独での戦闘力は雑魚同然だけど、戦場を広く見る目がある。絶妙なタイミングでのサポートが今まで太刀川隊を助けてきた事が何度かある」

 

 

「あー、要はあまり戦えねえが領地経営は上手い貴族サマみてーな感じか?」

 

 

ログで見ても唯我の活躍は発見できなかったクロウだが、刀也の言葉にそれとなく理解を示す。刀也は「たぶんそう」と肯定して、作戦の説明を続ける。

 

 

「でも無理はしない。唯我を落とすのを優先するのは最序盤だけ。レーダーの動きからどれが唯我が推測して速攻で落とす。指示は頼むぞ陽子」

 

「ああ、任されたよ。唯我退治に送るのは直近のやつでいいかい?」

 

「まあそうだな……他の面子にも注意だけど機動力ならうちが勝ってる。太刀川はグラスホッパー持ちだから気をつける必要はありだけど」

 

「出水も中距離から撃ってくるかもだし」と続けて、エネドラを見る。

 

「それにあっちのグラン……エネドラが何をしてくるかも要警戒ってところだな」

 

 

当然ながら刀也が太刀川隊の隊室に挨拶に行った時に部屋の奥にはエネドラの姿が見えた。外見は大規模侵攻時のエネドラを少し幼くした感じで、こちらのグランとは隊服の違いくらいしか相違点がない。ちなみに黒いトリガー角はつけてない。

 

 

「太刀川たちがどんな風にグランを育てたのか……ある程度予測はつくんだったな?」

 

考え込むようにしてクロウが口を挟む。内容は太刀川隊のエネドラがどんな技能を身につけたのか。

 

「そうだな……太刀川隊の2人は良くも悪くも天才肌…人にものを教えるのはあんまり得意じゃないはず。と考えると放任か、基礎だけ叩き込んで後は実践訓練とかかなーって」

 

出水が二宮に合成弾を教授したエピソードは例外だ。あれはどっちも天才だから。と刀也は心の中で言い訳する。

 

「当てずっぽうだけど、悪くないんじゃないかい?欲を言えばトリガーセットも推測できれば…」

 

 

「それについちゃ、もう話しただろうが」と陽子の言葉を遮ったのはエネドラだ。早い話が、こちらのエネドラにしろあちらのエネドラにしろ、独立して一週間。元から適性のあるもの以外は碌に扱えないだろう、という結論がすでに出ていたのだ。

 

タイプとしては中間距離で戦う万能手。

 

おそらく太刀川隊のエネドラも同じ戦い方をしてくるものと思われる。

となれば弾トリガーやブレードトリガーを積んで、他は適当にシールドやバッグワームが考えられる。狙撃系のトリガーはないはずだ。

 

「使うとしたら射手タイプのアステロイドがハウンドあたりか。ブレードトリガーはスコーピオンがいいんだったか?」

 

「ああ、泥の王の代わりにしちゃ及第点もいいとこだが」と刀也の問いに忌々しげに答えるエネドラ。

 

「ま、脅威度としちゃ太刀川や出水には劣んだろ。序盤の強襲には加われねぇだろうよ」

 

クロウが出した結論に刀也も陽子もエネドラも頷き、ひとまず話題は次へ。

 

 

「ルールはB級ランク戦と同じって話だが…」

 

確か、と声をあげたエネドラ。この日以前から開発室でB級ランク戦を見ていた事もあるらしくルールは把握していた。

 

 

「ただいつもと違うのはマップは市街地A、時刻は昼の天候は晴れって事前に決まってる事だな」

 

 

エネドラの説明に捕捉して刀也は部屋の時計を見る。「あと5分か」と呟いて確認し、

 

「今回の模擬戦でうちが有利なのは狙撃手がこちらにだけいる事。クロウは狙撃手ムーブで相手にプレッシャーかけて意識させといて、中盤からはバッグワームで隠れつつ奇襲を狙う感じで」

 

 

刀也の指示にクロウは「了解だ」と答え、視線はエネドラへ。

 

 

「グランは中距離でおれの援護を頼む。合流するまでは太刀川と出水とはやり合うなよ」

 

「あ、おれが負けるって話か?」と怒りを剥き出しにするエネドラに軽々しく「そうだよ」即答し黙らせる。

事実、エネドラはこの一週間で夜凪隊にしごかれてそこそこ成長したがクロウや刀也に対する勝率は未だゼロ。そんな2人が難しい相手だと言うのだから、やはり自分では無理なのだろうと納得してしまい、押し黙るしかない。

 

 

「とりあえず作戦は以上。あとは各自でその瞬間ごとにベストだと思う判断で動いてな」

 

 

と、そんな風にブリーフィングを締める刀也だった。

 

 

☆★

 

 

「太刀川隊VS夜凪隊の模擬戦まであとわずか!実況は私、武富がお送りします!」

 

 

A級1位である太刀川隊とB級1位である夜凪隊の模擬戦は異例ながら実況、解説付きでランク戦さながら大型モニターで放映されている。

 

解説者は風間蒼也と王子一彰。本当なら東も呼びたかった所だが運悪く防衛任務という事で断られてしまった。

 

 

武富がここで改めて今回の模擬戦のルールを説明する。

転送位置はランダム。

ステージは市街地Aで、特殊な環境設定はなし。

時間制限なし、どちらかの部隊が全滅するまで続く。

両部隊には1名ずつ覆面隊員が追加される。

 

 

覆面隊員とは言わずもがなエネドラであるが、観衆らにそれを知る者は少ない。

 

下馬評では太刀川隊が勝つのではないか、と言う声が多い。A級1位という実績に加え、隊長太刀川は攻撃手ランキング及び総合ランキング1位。出水も射手ランキング1位の二宮と同等の射手として名前を知られている。

いやいや、夜凪隊も強い…という声もある。かつてA級であった二宮隊や影浦隊を撃破し、あっという間にB級を駆け上がった無敵無敗の部隊。長き雌伏の時を終えた隊長夜凪と完璧万能手相当の実力を誇るクロウを擁する。

 

どちらが勝つにしろ負けるにしろ激戦は必至である、というのが模擬戦を見守る全員の共通認識であった。

 

 

「転送が完了しました!太刀川隊VS夜凪隊、ランク盤外戦開始です!」

 

 

太刀川隊、夜凪隊の隊員らがステージに転送され、開始の合図となる。

 

 

ここに夜凪隊の最後の切札を賭けた勝負が開幕した。




ワートリ の単行本読んでると拙作の設定ミスってんなぁ…ってのがいくつか。気が向いたらそのうち修正するかもです。
大規模侵攻編の二宮VSミラとか。


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刃のぶつかり合う音は聞こえるか

この話ではエネドラが二体出現します!やったね!
話の都合上、夜凪隊のエネドラをグラン。太刀川隊のエネドラはそのままエネドラという名称でお届けします。
なお実況席ではグランを覆面隊員Y、エネドラを覆面隊員Tと呼称します(それぞれの隊長のイニシャルから)。


転送完了。模擬戦、開始。

 

 

転送されてすぐにレーダーを確認する。バッグワームを使ったのだろう、光点が2つ消える所だった。

夜凪隊ではクロウ、太刀川隊でも1人隠れた計算だ。

 

それから一瞬の間を置いて陽子から指示が飛んだのはグランだった。

 

 

「グラン、西に300メートル。そこに唯我だ、マーカーつけとくよ!ただ近くに太刀川がいるはずだ、気ぃつけな!」

 

 

当初の作戦通り、最序盤では唯我を狙う。夜凪隊の数的不利を互角まで持ち込むためだ。

 

しかしここで不運と言うべきか、夜凪隊で最も機動力の低いグランが唯我を倒しに向かう事になった。

 

だがそれでも、唯我よりは断然速い。その姿を捕捉し、

 

 

「ハウンド」

 

 

トリオンキューブを生成する。分割してそれを射出しようとして、

 

 

「グラン!右だ!」

 

 

陽子からの警告。グランは視界の端に太刀川が浮上する。距離にしておよそ20m、踏み込み旋空孤月の届く範囲だ。

旋空使いの必殺の間合い。これで刀也に幾度やられた事か。嫌な記憶が走馬灯のようにフラッシュバックし、グランは眼前に迫る刃に敗北をイメージした。

 

 

 

 

「旋空残月」

 

斬り落とす。旋空孤月を、旋空孤月で。

 

「なにぃ!?」

 

完全にとった、と思っていた太刀川は思わぬ現実に声を漏らす。刹那の内に自分の旋空孤月を砕いた下手人を見て納得する。

 

夜凪刀也だった。旋空孤月を旋空孤月で叩き落とすという、とんでもない荒技を見せた刀也は「ぷうっ」と息を吐いた所だった。

 

 

刀也とグラン、太刀川と唯我が合流し、対峙する。

 

 

「唯我、おまえ逃げろ。足手まといだ」

 

が、太刀川は唯我を足手まといだと言って戦場から遠ざける。唯我はいなくて平気、いても邪魔だがここ一番で競り合った時の援護は冴えている。

太刀川とてそれを認めてはいるが、今はいても邪魔なだけ。足手まといになるなら躊躇いなく切り捨てるが、どうせならこの場は離脱させて活躍の場面を残しておくのが良手だと踏む。

 

太刀川隊にとって唯我の生存が良手ならば、夜凪隊にとって唯我を逃がすのは悪手だ。

 

「グラン、唯我を追えるか」

 

「あ?あのヒゲはどうすんだよ」

 

「何とかする」と答えた刀也を見て、グランは唯我を追うべく駆け出すが、

 

「行かせると思うか?」

 

阻むようにしてグランに肉薄する。グラスホッパーを踏んで加速した剣撃を、やはりグラスホッパーで加速した刀也が孤月で受け止める。

 

「行かせるんだよ」

 

鍔迫り合いは互角に終わり、太刀川は2本目の孤月を抜く。孤月二刀流こそ太刀川慶の本領だ。

二刀流で刀也を崩し、そのままグランを追撃しようとして、眼前に着弾した。地面を穿つ弾痕は狙撃銃ーーーイーグレットのものだ。

 

射線を辿ると、遠くのビルからクロウの影が消える所であった。

 

狙撃によって太刀川が鼻白んだ隙にグランは唯我を追って離脱し、刀也は体勢を立て直した。

 

 

☆★

 

 

「開始直後から熱戦が繰り広げられております!夜凪隊長とクロウ隊員による援護で覆面隊員Yは唯我隊員を追う!」

 

 

覆面隊員Yはグランの事だ。ちなみにYは夜凪隊の隊長夜凪のイニシャルである。太刀川隊の覆面隊員はTとされている。

 

「夜凪隊はまず唯我を落とそうとしているようだな。数的不利を覆そうというわけだ」

 

モニターに映される唯我を追う覆面Yを見て風間は言った。

 

「尤も、その考えは太刀川隊には読まれてたみたいだけど」と王子が続く。

 

 

「数的不利…確かに太刀川隊4人に対して夜凪隊は3人です。しかし、夜凪隊のこれまでのラウンドを見てるとそう言った作戦に出る事はあまりないようですが……」

 

 

武富は風間の説明を噛み砕きながら、しかしそれだとこれまでの夜凪隊の作戦方針とは異なると呟く。

 

これには観衆となっていたランク戦を争うライバルたちも同意見だ。

夜凪隊は取れる点を取りに行くのが通常のスタンス。今回のようにはじめから誰を狙う、というのはあまりなかったはずだ。

 

 

「……夜凪のスタイルはむしろ今の方が本来のものに近い。かつてA級ランク戦に単独で挑んだ時も最初から誰を狙うか決めてから戦いに臨んでいたはずだ」

 

 

だからこそ、刀也は強豪ひしめくA級ランク戦においてたった1人で2勝もあげる事ができたのだ。

 

しかし今はクロウがいるという安心感(油断)から作戦をがっちり固めていく事はなくなっていた。柔軟さは増したが、柔軟に過ぎて行動の意味が薄弱になる事もしばしばあった。

 

 

「おっと、ここで出水隊員がクロウ隊員を捉えた!」

 

太刀川に命令されてクロウを探していた出水はついにその姿を捕捉した。

「こっちには気づいてないなー」と言いながらバイパーを展開し、撃つ。

 

角度をつけて逃げ道を塞いだ射線を、クロウは押し通る。レイガストでバイパーを防ぎながら弾幕を突破した。

 

そしてクロウと出水が対峙する。

 

 

☆★

 

 

太刀川は唯我に「逃げろ」と言った。それを聞いた唯我は逃げる。どこに?仲間のいる方向に、だ。

 

 

「ハウンド」

 

 

グランは先程は撃ち損なったハウンドを再び展開し、唯我に差し向ける。

「ひいぃ!」と情けない声を出しながらも唯我は迫り来るハウンドに対処する。

 

分割されたハウンドが幾重にも叩きつけられ、しかしシールドは砕けない。

 

「固定シールドか……ってこたぁ」

 

固定シールド…動かせない代わりに防御力を上げたシールドだ。グランのトリオン能力が泥の王を使えていた頃なら固定シールドとて貫けただろうが、今はボーダーのトリガー使いの平均である5に設定されている。唯我も同じ5であり、固定シールドを砕けないのは道理であった。

 

しかし、唯我が固定シールドでハウンドを防御した事に違和感を覚えたグラン。

固定シールドは防御力を上げる代わりに動けなくなるデメリットがある。自分を追ってくる敵からの攻撃を凌ぐには少々悪い手だ。

 

だが、それが悪手でないから唯我は固定シールドを使ったのだ、と理解したのは陽子から近くに敵の反応が出現した事を告げられてからだ。

 

即座にその場を飛び退くグランであったが、一瞬遅い。地面から突き出してくる刃に左足を半分に切り裂かれてしまった。

 

スコーピオンによるもぐら爪(モールクロー)

 

「チッ」と舌打ちしつつ、陽子に言われた方向を見ると、自らと同じ覆面をした太刀川隊隊員を発見。あちらのグランーーーエネドラだろう。

 

 

「これはチャンスだね!」

 

と、唯我が二丁拳銃を構えて引き金を引く。その弾速や破壊力は同じ武装を扱うクロウより数段劣るがーーーー

 

「ハウンド」

 

 

それでも身動きのとれない空中であれば充分な脅威だ。加えてエネドラからも射手タイプのハウンドが射出される。

 

迫る弾幕にグランはーーーーー

 

 

 

☆★

 

 

バイパーを凌いだクロウは出水と対峙する。

出水公平。No.1射手二宮匡貴に比する射手であり、合成弾を考案した正真正銘の天才(弾バカ)

正面に見据える風格から、なるほど刀也の評価は大袈裟ではないと理解する。

 

クロウと出水の距離はおよそ40m。射手の間合いだ。クロウも二丁拳銃で勝負を仕掛けてもいいが、この距離であれば射手の有利感は否めない。

クロウも速射には自信がある方だが、射手トリガーはトリオンキューブを分割するだけで手数を自由に操れるのが強みだ。

 

つまり、撃ち合いをするのは不利。

 

なんて事は出水もクロウもわかっている。

 

 

だから出水はクロウの出方を見定めようとして、離脱を選択したクロウに遅れを取る。

 

 

「なっ…!逃げんのかよ!?」

 

 

路地を駆けていくクロウを追う出水。

 

「ハウンーーー」

 

そのままハウンドを撃とうとして、クロウの手からレイガストが消えている事に気づく。

 

空気を裂きながら横合いから飛来する双刃剣をシールドで防御ーーーできない。

スラスターで加速したレイガストの刃はシールドを砕き、出水の右腕を奪ってからクロウの元へ戻っていく。

 

 

「くあーっ!あっぶねえな。あれが太刀川さんの言ってたブレードスロー…だったか?」

 

 

展開していたハウンドを放ち、クロウの逃亡を見届けてから出水は呟く。

ログでも見ていたが、いつもは直線の往復だったはずだ。今のような円形一回転ではなく。

気づくのが一瞬でも遅れてたらやられていた、と出水は理解する。

 

油断していたつもりはないが、それでも確かに慢心はあったのかもしれない。

 

「太刀川さん、すみません…クロウ逃しました。そっちに向かうかも」

 

 

「おれも今からそっち行きます」と言って、太刀川の了解という返事を聞いて走り始める。

 

レーダーを見る限りクロウは刀也の加勢に行くつもりらしい。

ならば自分もクロウを追って太刀川に合流しようとする出水であった。

 

 

☆★

 

 

「今回は初見殺しはねーのか、ヨナさん」

 

 

孤月を何合と打ち付け合いながら刀也と太刀川は言葉を交わす。

 

 

「あるあ…ねーよ」

 

 

太刀川の問いに刀也は「ない」と回答する。無論、真偽の程は太刀川にはわからない。

が、今回は本当に初見殺しは用意していない。二宮を撃破した一件から“夜凪刀也と言えば初見殺し”というイメージが定着しつつある刀也だが、初見殺しには初見殺しのリスクが付く事も承知の上だ。

 

初見殺しとはその名の通り、初見で殺す技である。

その技を見せるのが2度目、3度目となればそれだけで相手を殺せる確率は加速度的に減じていく。加えて初見殺しは最低でも2つ以上、普段は使わないトリガーをセットする必要がある。

捌かれるかもしれない初見殺しのためにトリガーのスロットを2つ以上割くのは上策とは言えなかった。

二宮隊を相手にした時とは違い、太刀川隊は出水もマスタークラスが可愛く思える程の使い手だ。辻や犬飼がそうでないとは言わないが、太刀川や出水に比べると見劣りするのは確か。つまり、初見殺しが失敗して刀也がやられたとして、後はクロウがいるから安心だよね、とはならないのだ。

 

 

「だけど」

 

 

アステロイドを細かく分割。弾速にトリオンを割り振って高速散弾とする。

 

太刀川の選択肢はシールドで防ぐかグラスホッパーで逃げるかの二択。

 

しかし、シールドを広げて防げば次撃の旋空孤月で真っ二つ。

故に選択肢は実質一つ。太刀川はグラスホッパーを踏んで横に逃げる。

 

 

「もがっ!?」

 

 

壁にぶつかって頓珍漢な声が漏れた太刀川。いくら太刀川がダンガー野郎とは言え、戦場のオブジェクトの位置を見誤るなどはありえない。

つまり、この壁は太刀川の逃げ道を塞ぐようにして生えたのだ。

 

「エスクードーーー!」

 

ライバルが扱うトリガーのため、それをよく知る太刀川。しかし刀也が使うのを見るのは二宮戦以来。瞬時に誘導されたと理解するが、もう遅い。

 

 

太刀川を追い込むために放たれたはずのアステロイドは未だ弾数を半分ほど残している。時間差の二段撃ちだ。それに刀也も先程構えていた旋空を振り切ろうとしている。

 

 

「おまえを殺す技ならあるよ」

 

 

ーーー旋空孤月。

 

 

高速散弾のアステロイドに旋空孤月、エスクードで逃げ道は塞がれていて。唯一可能性のある上は、いやらしいほどアステロイドでカバーされている。

こんな場面をノーダメージで切り抜けるのは不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

それが総合ランキングNo.1、太刀川慶でなければ。

 

 

 

 

「マジっすか」

 

 

「悪ぃなヨナさん、殺されてやれなくて」

 

 

無傷。ノーダメージ。たったの一撃すらももらわずに太刀川は窮地を脱していた。

 

 

太刀川はまずサブのシールドでアステロイドを防いだ。そして必中の軌道で振られた旋空孤月に対しては、旋空孤月で弾いた。

 

 

「この……天才め……ッ!」

 

 

旋空孤月で旋空孤月を弾くという荒技。刀也も序盤にやれた時は「やれた!?やれたよね!おれスゲェ!」と内心大はしゃぎだったのだが、太刀川は当然のようにやってのけた。悪態も吐きたくなるものである。

 

 

☆★

 

 

固定シールド。それがグランの出した答えだ。敵側のエネドラと唯我の射撃を同時に対処するにはそれしかないとすら思えた。

 

一斉射撃を防ぎ切ったグランはシールドを固定から通常モードに切り替え、変形させて生じた穴からハウンドを唯我に向けて撃つ。

 

追尾能力の強弱により全方位射撃となったハウンドを唯我はシールドを球状に張って防ぐがーーー

 

 

「猿が!下だ!」

 

 

エネドラの忠告も遅く、地面から突き出たスコーピオンに右脚を切断されてしまう。

 

「なああ」とわざとらしく驚愕する唯我は隙だらけだ。グランは追撃しようとして、エネドラとの距離が近くなっている事に気づく。

ハウンドとスコーピオンの併用ですでにシールドによる防御は不可能。グランはエネドラから距離を取った。

 

グランと唯我の間に滑り込んだエネドラはグランの挙動に注意しつつ「邪魔だ、失せろ」と唯我を離脱させる。

 

 

グランとエネドラが睨み合う。

 

 

「良かったのか?味方を減らして…そんなんで勝てるつもりか?」

 

挑発するように、グランは言う。言った相手は自分でもあるが、正確に言うのなら大元のエネドラッドから分かれたアルターエゴ。

今の自分が発生したのはたった一週間前だが、それでも大元や太刀川隊のエネドラとは違う存在なのだという自覚はあった。

 

つまり、挑発しても自分に言ってるわけではないのでOK。

 

 

「ああ?そりゃおれに言ってんのか?てめえこそ手負いのくせに虚勢張ってんじゃねぇぞ……さ…雑魚が」

 

 

それでも、猿と言うのは避けたいエネドラである。

 

「手負い?」とわざとらしく首を捻るグランは足を上げて見せる。

 

 

「これか?これならいいハンデになるだろ?」

 

 

もぐら爪。エネドラによる一刺しを読んでいたグランは飛び退いて地面からの攻撃を躱す。

 

ハウンドを起動したエネドラに向けてグランは腕を振るう。しなる蛇のように。

伸びた刃がエネドラの左腕を根こそぎ食いちぎっていった。

 

 

☆★

 

 

「激戦、激戦!激戦です!!太刀川隊VS夜凪隊の戦いは序盤から熱戦を繰り広げています!」

 

 

大興奮、と言った様子で実況しているのは武富。普段のランク戦でも興奮しているのはそうなのだが、今回の模擬戦は言わばボーダー本部最強部隊決定戦のような雰囲気がある。それは実況にも熱が入ろうと言うもの。

 

それにB級ランク戦とは違い、この模擬戦は部隊同士のタイマン。横槍が入り難い以上、普段のランク戦より戦闘に思考のリソースを割くことができる分、見逃し厳禁な場面が続いている。

 

 

「太刀川隊長と夜凪隊長が、出水隊員とクロウ隊員が、そして覆面隊員同士がぶつかりあっています!」

 

 

大型モニターに変わる変わる映し出される戦闘シーンに観衆も騒ぐのを忘れて見入っている。ここで武富は一旦整理しようと模擬戦を最初から振り返った。

 

 

「まずは序盤、動いたのは夜凪隊の覆面隊員Y、狙ったのは唯我隊員でした。しかしそれを読んでいた太刀川隊長による旋空孤月!覆面隊員Yはやられたかと思われましたが、なんとここで夜凪隊長による旋空孤月の切り返しで自部隊の覆面隊員を救いました」

 

 

「旋空孤月返し…これから流行りそうだね」

 

 

と気軽に解説の王子は言う。これまで旋空孤月に対しては“避ける”しか対処法がなかった。それが“防げる”となれば選択肢は広がり、戦術の幅も拡大するというもの。

流行りそう、というのは的を射た意見であった。

 

 

「だが、見た目ほど簡単なわけではなさそうだ。旋空孤月は効果時間と射程が反比例し、拡張された刃は先端に行くほど破壊力が増す……つまり、相手の旋空より自身の旋空が上回っていないと出来ない芸当という事だ」

 

 

普段は旋空どころか孤月すら使わない風間はしかし、鋭い意見を放つ。

風間の言う通り、旋空孤月を旋空孤月で弾くには旋空の技術で相手を上回っていなければ不可能な技。現状で言えば生駒旋空が最強という事は揺らがない。

 

太刀川があっさり旋空孤月返しをした際には刀也の旋空よりちょっぴり効果時間を短く、威力を高めに咄嗟に調整していたが、刀也が「天才め…ッ!」と吐き捨てたのはそんな理由があったからである。

 

 

「太刀川隊長は唯我隊員を逃し、覆面隊員Yはそれを追う構え。太刀川隊長は逃すまいとしますが…夜凪隊長の援護とクロウ隊員の狙撃により覆面隊員Yは太刀川隊長を抜いて唯我隊員を追います。一方、狙撃した事で位置がバレたクロウ隊員と出水隊員が会敵、出水隊員がバイパーで先制しますがクロウ隊員はレイガストで窮地を逃れます。その後対決するかに思えた両者でしたが、クロウ隊員は夜凪隊長との合流を優先、出水隊員は追おうとした矢先にブーメランレイガストによって右腕を奪われてしまいました」

 

武富がブーメランレイガストと言ったのはクロウのブレードスローだ。

「何度も見てるんですけど、何ですかねあれ?」と技のタネを聞く武富だが風間は「知らん」、王子は「わかんない」と肩を竦める。

一瞬だけ言葉に詰まった武富だったが、気を取り直して模擬戦の振り返りを続けた。

 

 

「そして両隊の覆面隊員同士の戦い!こちらは覆面隊員Tがもぐら爪で覆面隊員Yの足を奪いますが、唯我隊員離脱の後に覆面隊員Yのマンティスが炸裂、覆面隊員Tの左腕を切り落としました」

 

マンティス…スコーピオン2本を繋げる荒技は影浦考案のものだ。扱える者はそう多くないため、覆面隊員Yのマンティスはある種奇襲のようなものであった。実は3回に1回の成功率のため内心冷や汗もののグランだったのは内緒の話である。

 

 

「おっと、ここでクロウ隊員が夜凪隊長と合流!出水隊員ももうすぐ太刀川隊長と合流できそうだが果たして間に合うのか!?」

 

 

そこで画面中央の大型モニターがクロウと刀也の合流を映し出す。

 

 

「初めて見れそうだな…夜凪隊の連携を」

 

それを見て風間は薄く笑んだままそう呟く。王子も同じく笑んだまま解説する。

 

「この前のROUND5でも夜凪隊の2人はオビ=ニャンを取り囲んだけど、あれは狙撃手を釣り出すための罠だからノーカンだね。僕としても夜凪隊の連携は興味深い所だよ」

 

 

序盤、中盤を経て戦闘は激化の一途を辿る。観衆の誰もが感じていた。この後は一気に展開が変わっていく。一瞬でも目を離せばそれで模擬戦が終わりそうだとすら思える緊張感の中で。

 

模擬戦は終盤に差しかかる。

 




けっこう前の話ですが、創の軌跡で新生帝国ピクニック隊が帝都地下から脱出する際にクロウが待ち構えてたシーンあって燃えました。
《C》が出した犯行予告だけで何が狙いかを把握し、リィンらがあそこまで追い詰めるのを見越して、ピクニック隊があの場所から脱出する事まで見通してたとすると…やっぱやべえくらいキレるんだなと。


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見せ札

クロウと太刀川の個人ランク戦の戦績はおよそ五分五分。初期に負け越していた分を最近は取り戻している形だ。

 

しかしそれはクロウが全能を駆使して戦った場合の話。近接戦に限って言えばクロウの勝率は4割を切る。

 

 

つまりすでにボーダー最高峰の攻撃力を誇るクロウを捌き、いなし、撃破するだけの圧倒的実力を太刀川は有しているのだ。

 

刀也もボーダーでは指折りの孤月使いだ。さりとて太刀川が相手では分が悪い。

 

急がなければーーーー

 

 

 

と走った先で、クロウは思わず見惚れてしまう。

 

 

 

☆★

 

 

太刀川慶は天才だ。剣に愛されている。

 

どれくらいかと言うと刀也が「その才能分けろ」とぼやくくらいである。

 

現隊員で太刀川と正面張って切り結べるのはそれこそクロウか迅くらいのものだろう。玉狛第一のメンバーならあるいは、とも考えられるがあの部隊は特注トリガーを扱うため除外だ。

 

そのクロウも近接戦では負け越しており、迅は未来視のサイドエフェクトがあってようやく互角といった有様。

つまり、それだけ太刀川の剣才は突出しているのだ。

 

 

「なんだ、こりゃ」

 

 

声を漏らしたのは太刀川。刀也と未だ何合も孤月を交わしており、決着は遠い。

それが不思議なのではない。夜凪刀也は強い。だがそれだけでは今の状況は説明がつかない。夜凪刀也は巧い。だがそれだけではこの手応えに納得できない。夜凪刀也は天才だ。たった今それが花開いたのかと錯覚するほどの剣舞。

 

孤月一本で勝負すれば刀也は太刀川にも負けない、なんて言われている。

刀也は「そんなわけねーだろ」と否定するが太刀川は「そうかもな」と笑う。

 

だがそれは、あくまで孤月一本で戦ったらの話だ。

 

 

「はは、面白いな」

 

 

笑うのはやはり太刀川だ。趣味はランク戦と嘯くだけはあり戦闘狂の気が垣間見える。

 

その笑みを向けられた刀也の顔にあったのは、静謐。

 

いつも浮かべる不敵な笑みではなく、剣戟に必死になっている表情でもなく、無表情とも違う。

この模擬戦を忍田が見物していたとしたら、あるいは故人と姿を重ねたかもしれない。

 

 

まるで砂か水でも叩いている気分だ。太刀川は刀也と切り結びながらそんな事を考えた。

手応えはあるのに、斬った実感が湧かない。刀也も斬られてはおらず、太刀川との剣舞を続ける。

 

孤月一本で太刀川の孤月二刀流を捌いているのだから驚きだ。

 

 

 

ああ、見える。

 

小説や映画に出てくる超人になった心地だ。

 

太刀川の次の動きが手に取るように見える。

 

スポーツ選手で言う“ゾーン”とはこういうものかもしれない、とそんな益体もない事をぼんやりと思った。

もちろん眼前の太刀川に思考は集中している。しかしそれとは別次元で、ふわふわとした自分がそんな感想を持ったのだ。

 

自分が2人に分かたれて太刀川と対決する自分を、もう1人の自分が俯瞰して見ているようなーーー

 

 

 

元より、刀也はリィンから天才と呼ばれていた。

それは剣の才能ではない。観察力と想像力の天才だと。加えて刀也には超直感のサイドエフェクトがある。

それが太刀川の二刀流を刀也が捌けているタネだった。

超直感で次の手を先読みし、初期動作を観察する事で動きを予見し、想像力でその後のモーションを補完する。

あとはシュミレーション通りの太刀筋をいなすか避けるかするだけだ。

 

摂理、術理、世の理……この世界においてそれらは不変である。

水が高きから低きに流れるように、太刀川の斬撃が急に軌道を変えるわけでもなし。ならば予想した太刀筋は誤差なくその軌跡をなぞるだけ。捌くだけなら簡単な仕事だ。

ただ惜しむらくは刀也の手数が足りない事。もう一振り孤月があったなら太刀川を仕留められたかもしれない。太刀川の雨のような剣撃の前では捌くだけで精一杯でアステロイドを挟み込む隙もない。

半ば覚醒しているような状態の刀也とは言え、太刀川を相手には防戦一方だ。

 

 

右剣の振り下ろし。孤月で軌道を逸らす。

左剣の突き。刀身を拳で叩いて次の薙ぎ払いを阻止。

右剣の振り上げ。上体を逸らして避ける。

左剣の逆袈裟斬り。孤月で下からかちあげて軌道をずらす。

右剣のーーーー。

左剣のーーーーーー。

 

 

 

「埒があかねー」

 

 

楽しいのは楽しいが、手応えがない事に不満を募らせた太刀川はバックステップで距離を取りーーー

 

 

「旋空ーーー」

 

 

あ、やばい。

と夜凪刀也ばりに直感が作用した。

 

 

「旋空残月」

 

 

生駒旋空と並ぶ、神速の抜刀が拡張される。

 

攻撃に傾けていた意識を回避に全振りする。全霊で斬線から逃避した太刀川は、これが刀也の狙いだったのだと即座に理解した。

 

ギリギリ捌いてはいたが接近戦では刀也の不利は歴然。ならば太刀川自身を焦らす事で反撃の隙間を作り出す。

太刀川がバックステップ→旋空孤月と手順を踏まなければいけないのに対し、刀也は旋空孤月を放てば良いだけ。

 

 

「やられたな」と太刀川は呟く。

太刀川が焦れたのは何も刀也を斬れなかったからだけではない。チーム戦としての勝敗も分かつ場面だったからである。

 

すなわち、クロウ・アームブラストの到着。

 

刀也とクロウによる太刀川の挟撃である。

 

 

☆★

 

 

 

ほんの少しだけ見惚れていた。

 

いや、見惚れるというのは正確な表現ではない。

太刀川の剣を受け、流し、避ける刀也にリィンを幻視して忘我してしまった、と言うべきだ。

 

 

出水を撒いて刀也との合流を優先したクロウはそれ以前に通信で合流する旨を伝えていた。

刀也と太刀川の実力を天秤にかけると、それは間違いなく太刀川に傾く。実力だけでなく他の部分も含めるとあるいは刀也に天秤は傾くかもだが、とかく実戦において刀也が太刀川に勝る事はそうそうない。

 

「なるべく急ぐがどうだ?おれが行くまでもつか?」

 

 

刀也の答えが否であれば、今すぐきびすを返し出水と当たるべきだ。太刀川と出水に挟撃されればクロウとて負ける可能性大。

 

 

「いやいや大丈夫。あんま急がなくてもいいよ。……なんかすっげー調子いい」

 

 

だが、刀也の答えは想像以上のものだ。クロウが行くまでやられずにいられるか?という問いに可否以上の回答。「勝てっかもな」なんて続く言葉にクロウは苦笑いする。いつもの軽口だと思ったからだ。

だが、その声音は偽りを孕まず。悪友を思い出す安心感が篭っているようにすら感じられた。

 

それでもクロウは奇襲を受けないくらいには注意しつつ合流を急いだ。

 

そして、見惚れる。

 

 

夜凪刀也は未だリィン・シュバルツァーの域には遠い。

それにリィンは刀也がやったように刀身を拳で叩いて軌道を逸らすなんて洒落た真似はやっていなかった。

つまり、刀也とリィンに符合する事はないのだ。剣術の骨子こそ同じだとしても、刀也とリィンの姿がダブるなんて事はないはずだった。

 

なのにそう見えたのは、刀也が剣士としてリィンと同じ地平に立ちつつあるからか。

 

クロウのメインウェポンは双刃剣だが、銃も使えば狙撃手の真似事をした事もある。正面切って剣士だ!と胸を張れる戦い方をしてきたわけではない。だから剣の道というのは門外漢同然であり、そんな突拍子もない発想に至ったのだ。

 

さすがにそれはない、とかぶりを振って現実に立ち戻る。

刀也には未だリィンのような安心感はないのだ。しかし、少しでも姿が重なったのなら、それは彼の前進の証だろうか。

 

 

戦局を動かそうと太刀川が距離を取る。が、それを待っていたかのように刀也が旋空残月を放ち牽制した。

 

何とか回避した太刀川にクロウが肉薄する。

 

 

レイガストで斬りつけようとして孤月で防がれる。体勢を崩していたはずなのに対応できるとは、さすがにNo.1の称号は伊達ではない。

 

「よっ、太刀川」

 

「げっ、もう来たのかよ」

 

刃と笑みを交わして弾かれたように距離を取る。

 

 

「待たせたな刀也。…やるじゃねぇか、少し驚いたぜ」

 

「は。そりゃ光栄。崩したはずなんだけどな…追撃は上手くいかなかったか」

 

 

「太刀川の対応力が異常なだけだ」とクロウは反論し、駆け出す。同時に刀也も孤月を構えて走り始めていた。

 

「踏め」

 

太刀川に迫るクロウが刀也と交差する一瞬、グラスホッパーの踏み板が足元に出現する。

 

踏み抜いて加速。スラスターでさらに加速。

 

急加速したクロウの一撃を太刀川は受け止める事しかできない。

あえて弾き飛ばされる事で距離を取り、出水が来るまでの時間稼ぎとする選択肢もあったが、刀也のエスクードの存在がそれを破却した。もし弾き飛ばされて逃げてもエスクードで邪魔されたなら、それは致命的な隙となってしまう。

 

見事なまでに心理的に行動を制限されるものだと嘆息したい太刀川だが、そんな余裕はない。

 

勢いに乗ったレイガストを防ぎ、クロウが次のアクションに移る前に太刀川は孤月で切り返すーーーが、クロウとの間にエスクードが生えて孤月は太刀川の手から弾かれてしまう。

 

唖然とするーーー暇もなく。太刀川はグラスホッパーで宙空に躍り出る。眼下では生やされたばかりのエスクードが刀也の旋空孤月で両断されている。一瞬でも判断が遅かったら太刀川とてそうだったろう。

 

太刀川は空中で孤月を構えて旋空を発動させようとするが、それより速くクロウの二丁拳銃が火を噴く。

クロウの二丁拳銃は普通の銃手よりは弓場寄り…銃で戦う攻撃手というイメージが正しい。トリオンで勝るぶんだけ射程が長く弾数が多いのがクロウの二丁拳銃だが。

つまり、広範囲に撃たれるトリオン弾を防ぐには太刀川はシールドを2種類張らなければいけない。頭や心臓を守る集中シールドと全身を守るシールドの2種類。

 

着地までの一瞬で全身を守るシールドは砕かれ、太刀川のトリオン体にはいくつもの穴が穿たれる。いずれも致命傷ではなく出水なら「トリオンがもったいねー」とぼやく程度のもの。

太刀川もそれを気にするだけの余裕はなく、孤月を叩きつけてきた刀也に応える。

 

孤月を防ぎ、レイガストを防ぎ、アステロイドを躱し、ハウンドを避けてーーーー

さすがの太刀川も夜凪隊の連携の前に圧倒される寸前だった。

 

 

しかしーーーー

 

 

「出水が来るよ!おそらく合成弾だ!」

 

レーダーで一瞬だけ足を止めた出水のアクションを察して陽子がクロウと刀也に声を飛ばす。

 

続く指示に右上を見上げるとトリオンの弾幕が迫っている。だが妙に弾速が遅い。

 

 

「ーーー!トマホークか!クロウ!」

 

 

バイパーとメテオラの合成弾であるトマホーク。効果はそのまま弾道が変化するメテオラというものだ。しかし弾速が落ちるというデメリットもある。

 

刀也はトマホークの対処をクロウに頼む。名前を呼ばれただけで意図を察したクロウはレイガストから二丁拳銃に持ち替えてトマホークを次々と撃ち落としていく。

 

視線を切ったクロウを太刀川が狙うが刀也がそうはさせず。やがてすべてのトマホークが撃ち落とされて「マジか」と太刀川と出水両名の感想が漏れる。

 

そして再び太刀川とクロウ、刀也の2体1の場面。やはりすぐに追い込まれる太刀川。

刀也の孤月を受け流し、クロウのレイガストを受け止め、流されて体が泳いだはずの刀也の回し蹴りが太刀川の体勢を崩す。

 

「もらった!」

 

クロウのレイガストが振り上げられる。出水はようやくこの場に到着しており、いまさらどんな弾を出しても太刀川が倒されるのに間に合わない。

 

 

「ーーークロウ!」

 

陽子の声は意味を為さず。

 

 

クロウの腕は振り切られ、太刀川は両断ーーーされなかった。

 

振り切った左腕、その肘から先が撃ち飛ばされている。

 

 

「唯我ーーー!」

 

 

やったのは唯我だ。エネドラからも邪魔者扱いされた唯我は再び太刀川の元に戻っていた。直前までバッグワームで姿を隠し、しかし二丁拳銃を構えた事でレーダー上に姿を現した事に陽子が気づくが、その意図を伝えるだけの時間がなかった。

 

結果として、太刀川はやられず、クロウの左腕は失われた。

 

唯我を序盤で落とせなかったが故の状況。

 

しかし。しかし、しかしーーーーー絶望するのはまだ早過ぎる。

 

 

判断を誤たず。

クロウは落ちていく左手からレイガストを奪い取るとそのまま出水に向けて投げ放った。スラスターで回転数を上げたレイガストに、すでにトリオンキューブを生成していた出水は身じろぎできずに両断される。

 

 

判断を誤る。

刀也は体勢を崩した太刀川をエスクードで宙空にかちあげると、旋空の刃先を唯我に向ける。刹那の内に首を切断して唯我は緊急脱出。

 

 

同時に出水も緊急脱出する。トリオンキューブは分割され、放たれるハウンドにクロウは刀也を庇って風穴を開けられる。しかし、射角をつけて撃たれたハウンドを庇い切れるものではなく、刀也もトリオン体にいくつも穴が開く。

すぐにクロウも緊急脱出し、刀也のトリオン体からは「トリオン流出過多」という警告が鳴る。

 

空中に投げ出された太刀川は何とか体勢を立て直すと刀也を見た。

アステロイドを起動していて、それで太刀川を倒すつもりらしい。しかし、わざわざ当たってやる義理もなく。

 

太刀川はグラスホッパーで落下の軌道を変えつつ、加速して刀也に孤月を向ける。

 

同じく孤月を構えた刀也は落下してくる太刀川に横合いから斬撃を叩きつけるが、それは防がれて太刀川のもう一本の孤月によりトリオン体を真っ二つにされる。

 

 

だが。

 

「言ったろ」

 

太刀川が受け止めた刀也の孤月。その刃先が変形して太刀川を噛み込み、アステロイドの射線上に引っ張り戻した。

 

 

「おまえを殺す技ならあるって」

 

 

言って、夜凪刀也は緊急脱出する。一瞬遅れて全身を貫かれた太刀川も同じく。

 

 

 

こうして夜凪隊VS太刀川隊の模擬戦の行方は、覆面隊員たちに委ねられる事になった。

 

 

☆★

 

 

続け様に5つ、空を星が駆け上がっていった。夜凪隊、太刀川隊の5人の緊急脱出の光である。

すぐにオペレーターから自分たち以外が全滅だと聞かされたグランとエネドラ。

 

つまり、この勝負の決着が自分に託されたと。

 

 

「なあどうする?」

 

エネドラがグランに語りかけてくる。スコーピオンを交えながら「あ?」と聞き返すと、エネドラは、

 

「どっちに勝たせる?」

 

 

と言ってきたのだ。

押し黙ったグランに説き伏せるチャンスを見出したエネドラは太刀川隊が勝った場合の利点を喋り出す。

 

 

「この勝負、勝った部隊の預かりとなるおれたちだ。だったらA級1位の太刀川隊に入った方が遠征隊に選ばれ易いはずだ」

 

 

思わず「は」と息が漏れ出る。笑ってしまう、我ながら小賢しいものだと。

 

 

「おれたちは卵にして運べる利点のおかげでもう遠征行きが確定してる」

 

 

トリオン兵は卵にして運べる。他の隊員たちと比較して少ないスペースでより多くが移動できる。だから遠征行きは決まっているのだとグランは言った。

 

エネドラに生じる一瞬の空白。泥の王奪還の道筋はもう立っているのだと思いもしなかったがゆえの。

 

 

「嘘だ猿が!」

 

 

そんなブラフ。自らの性格を熟知しているからこそのハッタリと奇襲。

スコーピオンを仕込ませた蹴りがエネドラを抉るーーー否、受け流される。

 

エネドラが動いてどうこうしたわけではない。その胴体に刺しこまれるはずだったスコーピオン蹴りをいなしたのは、胴体に生えたスコーピオン。

 

滑るように剣筋を逸らされたグランにエネドラが返す刃で深く斬り込む。背中を大きく裂かれたグランはそのまま後退し、距離を取った。

 

 

「ハウンド」

 

 

グランはハウンドを散らして発射させる。それは逃げ場のない包囲射撃のように思えたがーーー

 

 

「遅ぇ」

 

 

エネドラはすいすいと隙間を見つけては避ける。あるいはスコーピオンで弾く。

 

出水の弾幕と比べるとどうって事はない。

 

ハウンドを抜けて再び対峙するグランとエネドラ。互いにスコーピオンで斬り合うがーーー

 

 

「鈍いんだよ!」

 

 

グランの攻撃はすべてエネドラに受け流されている。

刃との接触面にスコーピオンを生やして軌道を逸らすという手法…先程と同じやり方で。

 

こんなの太刀川の剣撃と比べれば遅過ぎるくらいだ。

 

 

受け流されて体勢が崩れたグランをエネドラが追撃する。防御も間に合わずに左腕が斬り飛ばされた。

 

トリオン体からはトリオン漏出の警告が鳴る。しかし、それを気にする余裕もなくグランはまた距離を取って今度はマンティスで仕掛ける。成功率は3割くらいだが上手くいく。しなるように迫るマンティスをエネドラは大袈裟に回避した。

スコーピオン同様マンティスは変形可能だ。それにしなるように見える事から受け流しもリスクがでかいのだ。

 

 

「いいか」とグランの脳内で刀也の声がリフレインする。

 

グランはまたマンティスをするフリをして今度は路地裏に逃げ込んだ。

 

 

「この……猿が……ッ!」

 

 

エネドラも悪態を吐いてグランを追って路地裏に入る。大元は同じであろうとも、もはや対峙する相手は自分ではない。猿呼びも致し方ない事だった。

 

路地裏に入り、さらに角を曲がり、グランがトリオンキューブを分割して発射しようとしている。

 

 

「猿のひとつ覚えか!」

 

 

叫んで、エネドラは突っ込む。すでに発射されたハウンドの誘導半径は見切っている。それにハウンドを使っているのならマンティスはないという判断。

 

グランも慌てて構えを取ろうとするが、エネドラのスコーピオンが届く方が早い。

 

 

「いいか」とまた刀也の声がグランの脳で再生される。

 

「マンティスまでは見せ札だ」

 

それは今回、刀也がエスクードを使う事で太刀川の選択肢を狭めたように。

 

 

「ハウンド + ハウンド = ホーネット」

 

 

エネドラはグランのハウンド、その誘導半径を見切っていた。

 

だが、ハウンドを重ねた合成弾ならば、その予想を超えた角度で曲がれる。

 

 

エネドラが見切ったと思い、避けた弾はUターンをしてその背面から全身を穿った。

 

 

「な、に……!?」

 

 

「悪ぃな、だがこんな絡め手が“エネドラ”の真骨頂だろ?」

 

 

グランが言って。エネドラは聞いて。瞬時の納得と共にエネドラは緊急脱出。

 

 

太刀川隊VS夜凪隊 模擬戦決着。

 

勝者、夜凪隊。

 

 

 

☆★

 

 

「決着がつきました!勝ったのは…夜凪隊だーー!」

 

 

「おおおおお!」と武富の音頭に合わせて観客も雄叫びをあげる。最後まで目の離せない戦いに胸の熱くならない男児はいないとでも言うように皆が高揚顔だ。

 

 

「まさかまさかのホーネットでの決着!〜ッ、喋りたい事はいろいろありますけど、ひとまず模擬戦の振り返りをお願いします!」

 

 

まだまだ語り足りないと鼻息の荒い武富に苦笑いして王子が「こほん」と咳払いして始めた。

 

 

「じゃあ最初から。まず転送直後の動きだけど、覆面隊員Yが唯我くんを狙う動きだったね。これはきっと人数差を覆したい夜凪隊の作戦だったんじゃないかな。たしか風間さんもそう言ってたよね」

 

「ああ、夜凪の本来のスタイルは後顧の憂いを絶ってから強敵との戦いに専念するというもの。それが今回は唯我だったという事だろう。オペレーターの沖田が唯我を即座に判別できたからこその速攻だったんだろうが…」

 

 

「太刀川隊長が唯我隊員をカバー!狙いは外れてしまいます」

 

 

王子、風間、武富とテンポ良く総評は続く。

 

 

「太刀川さんはヨナさんの狙いを読んでたんだろうね。なかなか長い付き合いだって聞いてるし」

 

 

「それで夜凪隊の奇襲は失敗。唯我は離脱し覆面隊員Yはそれを追う形になった。追撃を助けるためにクロウが狙撃したが、あれで位置が割れて出水と会敵したが…」

 

 

「クロウ隊員は即座に離脱を選択、面食らった出水隊員は逆襲のブレードスローで腕を失ってしまいます。出水隊員は射手なのでそこまで痛手ではなかったでしょうが、クロウ隊員を追う出足を挫かれた形になりましたね」

 

 

二度も武富にセリフを奪われる形になった風間はしかし、いつも通りのクールぶりだ。

 

 

「あれも意外だったろうね、クロさんはこれまでのランク戦でも“逃げる”って選択をしなかった人だったから。そして逃げた先で太刀川さんとやり合うヨナさんと合流」

 

「そこか…」

 

「そこからは急展開となりました!」

 

 

三度、言葉が重なってさすがの風間も鼻白む。武富は興奮し切った様子で風間の睨みをスルーし

た。

しかし王子はその事に気づいており声にならぬ苦笑をするしかない。

 

 

「風間隊長が言った夜凪隊初の連携!あれについてはどうだったでしょう?」

 

「そうだな……一言で表現するなら、あれは攻撃手の連携の理想だ。攻撃手の連携はシビアだ。だがそれを感じさせずに太刀川を圧倒した。……互いの技量もあるのだろうが、なかなかできる事ではない」

 

「正直、ランク戦で当たるかもしれないウチとしては悪夢みたいな話だよ。あの太刀川さんが2対1とは言え何も出来ずに防戦一方だったんだからね。でもその後の展開も驚きだったな」

 

 

王子は夜凪隊の連携から話を進める。

 

 

「出水と唯我の合流だな。出水はバイパーとメテオラの合成弾であるトマホークで太刀川の一時離脱を狙うが、その全てをクロウに撃ち落とされてしまったな」

 

「人間技じゃないよね。いくら弾速が落ちてるとは言え全部狙い撃ちなんて。だからきっとヨナさんはクロさんに任せたんだろうね」

 

 

「と、言いますと?」

 

 

「夜凪とクロウは同じく中距離用のトリガーを装備しているが、その違いはなんだ」と王子の言葉の意味を理解している風間が武富に問う。

 

 

「射手用のトリガーと銃手用のトリガーという違いですか?」

 

 

「そうだ。それにクロウの扱うハンドガン型のトリガーは連射向きではない。ならば分割して一斉射撃できる射手トリガーの方がトマホークを撃ち落とせる可能性は高いわけだ、本当はな」

 

「なるほど」と武富や観客が理解したところで話は先に進む。

 

 

「出水のトマホークが撃ち落とされ、太刀川は離脱できずに追い込まれた。夜凪隊の連携が太刀川を撃破しようとした瞬間、唯我が太刀川を救った」

 

風間の口調にはほんの少し敬意が込められている。唯我はボーダーにコネで入隊したお坊ちゃんだが、いざという時には少しだけ役に立つのだと理解はしているのだ。そもそも太刀川隊にいざという時が来ることが滅多にないのだが。

 

「と言っても数秒程度だけどね。でもその数秒で全部決まっちゃったね。同時に到着したイズミンのハウンドからヨナさんを守りつつクロさんはブレードスローでイズミンを撃破。ヨナさんは体勢を崩した太刀川さんをエスクードで空中に飛ばしてから唯我くんを撃破。あとは太刀川さんとヨナさんの一騎打ちだね」

 

 

「まずは空中に投げ出された太刀川を夜凪がアステロイドで狙い撃つが、太刀川はそれをグラスホッパーで回避。同時に夜凪に向けて急速落下、夜凪は迎撃するが太刀川に斬られる……しかしここで夜凪の孤月が太刀川を噛んでアステロイドの射線上に戻す事で痛み分けとした……と言った感じだったな」

 

 

モニターに映し出されるダイジェストを見ながら風間は言う。

しかし説明された武富や観客、王子まで刀也が太刀川を倒せたカラクリがわかってないらしい。

 

 

「あの、孤月が太刀川隊長を噛んで射線上に戻したのはわかるんですが、それはどうやったんですか?」

 

 

「……本来なら夜凪の技に関わる部分だから説明しない方が良いんだろうが、まぁいいだろう。夜凪だし」

 

と言って風間は咳払いを一つ。あの技のカラクリを説明する。

 

 

「孤月が噛んだ、と言ったがあれは嘘だ。幻踊孤月の可能性もあるが、おそらくはスコーピオンだろうな」

 

 

武富は「スコーピオン?」と首を傾げるが王子は「なるほど」とそのカラクリに気づいた。

 

「孤月でのマンティス……こげティスだね」

 

「…あるいは孤月をオフにしてスコーピオンを孤月に帯びさせたか、だな」

 

 

 

「風間が正解!まあおれはこげティスもできるけどね」

 

と、そんな推測を肯定する声が観客にも聞こえていた。

言ったのはいつの間にか解説席まで来ていた刀也だ。隣には太刀川もいた。

 

今さっき模擬戦が終わったばかりの両部隊長がこの場にいるのは前もって武富が声をかけていたからだ。

 

 

「いやー、あれは予想外だったな。今シーズンのヨナさんのランク戦は一応全部見てたけど、あれ使うの初めてだろ?」

 

 

「部隊戦じゃ初めて。個人戦だと香取相手に一回使ったな」

 

 

太刀川の問いに刀也は「んー」と唸りながら答える。

その答えに観客の中から「あ!」という声が聞こえたりしたが刀也は無視。ROUND2の後に行った香取との個人ランク戦を見ていた奴らだろうとあたりをつけていた。

 

 

「素朴な疑問なんですが、そもそも孤月とスコーピオンを繋げる事って可能なんですか?」

 

 

と、武富が刀也に聞く。スコーピオン同士を繋げるマンティスさえ使用者の少ない技術なのに、スコーピオンと孤月を繋げるなんて事ができるのか。

 

 

「できるよ。今回は孤月もスコーピオンもメインに入れてたから、孤月をオフって刀身にスコーピオンを帯びさせる形でやったけど、孤月からマンティスの要領でスコーピオンを生やす事はできる」

 

 

「練習したしね!」と親指を立てながらニカっと笑う刀也に武富も観客らも苦笑い。誰でも発想はできるが実現できてないため“練習”でそれを可能にした刀也にはそう反応するしかなかった。

 

そんな雰囲気を感じ取ったのか刀也は神妙な顔つきになって、

 

 

「剣士にとって剣は己の手足の延長だ。自分の手からスコーピオンを出せるように孤月からもスコーピオンを出したに過ぎない……」

 

 

それから何か続けて言おうとして、蛇足と思ったのか刀也はセリフを飲み込んだ。

太刀川隊に勝ったという事実からテンションがハイになっている刀也。素面なら「そんな漫画みたいなセリフ…」と言っているところだ。

しかし、模擬戦が終わってここに来る前にクロウにかけられた言葉が刀也のハイテンションをキープしていた。

 

 

「言うは易しだな。夜凪のような奇策奇術で敵を倒すのは確かに目立つが、それは本来の実力では敵わないからこそのものだ。ただ十全に整え当然に勝てるのならばそれに越した事はない」

 

 

今や刀也の代名詞となった初見殺しもそうだ。本来の力量差では勝てない相手だからこそ、そんな博打を打つ必要がある。その引き出しの多さこそが刀也の強みでもあるのだが、欲を言えば太刀川のように孤月のみで相手を圧倒したいものだ。

 

そう言った意味で言えばクロウも今回はあまり目立つ活躍はしてないように思えるが、実際は出水に手傷を与える他、刀也と協力し太刀川を崩してはトマホークを撃墜し、緊急脱出寸前では刀也を庇いつつ出水を撃破した。刀也の孤月版マンティスやグランのホーネットが目立つが実はクロウも良い仕事をしていた。

 

 

風間が言いたいのは要はそういう事なのだ。一発芸を覚える前に一芸を身につけろと。

 

 

「んで、どこまで話したんだったか?」と太刀川が話を元に戻す。武富が始めた模擬戦の振り返りは夜凪と太刀川がこの場にくるまでの時間稼ぎだったが、終わらせなければそれはそれで据わりが悪い。

 

 

「ええと、確か残ったのは覆面隊員たちだけってところまで話したかな」

 

 

「そうだな。覆面隊員同士の戦いは太刀川隊のが押していたように見えたが、結果としては夜凪隊のの勝ちだった」

 

 

「ネタバラシすっと、マンティスまでは見せ札って話でな」

 

 

「出たな、まーたいつもの思考誘導だ」

 

 

と語り始めた刀也に太刀川が辟易したようにわざとらしく肩を落とす。

 

 

「本命はホーネット。マンティスで中距離戦を嫌わせたところでハウンドと見せかけてホーネットを撃つ。上手く決まって良かったよ」

 

 

ふふふ、と笑いながら刀也は言った。ホーネットならばハウンドでは曲がれない角度でも曲がれる。それが切札だったのだ。

 

 

「つーかあのスコーピオンの受け流しか?あれの方がおれ的には反則くせーんだけど。そのへんどうなの?」

 

刀也は自部隊の覆面隊員から太刀川隊の覆面隊員へと話を変える。

あちらのエネドラが見せた受け流しは理想的なものと言っても過言ではない。相手のブレードとの接触面にスコーピオンを生やして絡めとり、受け流すなどこれまで誰もやってこなかったではなかろうか。

 

 

「あー、なんかおれとか出水と個人戦やってる間に身につけてたな。つってもそんな便利なもんじゃないぞ。相手との距離にもよるしな」

 

「確かにあれをやるなら相手のブレードの先端をキャッチしなければならん。……孤月相手だとリーチ差で難易度は上がるだろうな」

 

 

と、太刀川の雑な説明に風間がコメントを入れる。

刀也としてはむしろ定型の孤月より変形可能なスコーピオンやレイガストこそ、件の受け流しの天敵なのではと考えるが、話が逸れるので黙っておく。

 

 

「これで一応全場面を振り返ったわけだけど……今回の模擬戦、ポイントはなんだったと思う?」

 

 

最初から最後まで模擬戦を振り返ってようやく総評に立ち戻る。話題を戻したのは王子だ。

王子一彰はB級では上位の作戦立案能力を誇る。戦術の組み立てのみなら最も厄介だと刀也が評するほどだ。しかしその戦術についてもこの場にいる解説者たちと比較すると少々目劣りしてしまう。

戦術家としては上手である彼らの意見を聞きたいがための話題の提起だった。

 

 

「まあ、一番でかいのはクロウが出水を撒けた事だろうな」

 

模擬戦を思い出しながら語り始めたのは刀也であった。勝者の意見に王子らも耳を傾ける。

 

 

「唯我を追うためのサポートとして狙撃した事で居場所が割れて出水と会敵したクロウだったけど、その場は回避しておれと太刀川のとこまで来たからな」

 

 

「確かに夜凪隊長と太刀川隊長の戦闘は均衡を保っていました。その場にクロウ隊員が単独で現れたから勝てたというわけですね?」

 

武富の確認に「そうだね」と肯定し、刀也は続けた。

 

「出水と同時に、もしくは出水の方が早くおれたちのとこに来てたら、たぶん負けてたし」

 

 

と締めた刀也に風間が「待て、それは結果ありきの評価だろう」と口を挟んだ。

 

 

「結果だけで作戦の良否を決めつけるのは良くないな。今回の模擬戦、ウチとヨナさんとこの作戦の違いは“迎撃”か“先制”かだ」

 

 

風間に続いて太刀川が模擬戦で展開されていた両部隊の作戦の違いについて語った。

 

機先を制し人数差を互角まで持ち込みたかった夜凪隊は先制攻撃を仕掛けた。しかし太刀川隊の迎撃により阻止される。その間に捕捉された夜凪やクロウを各個撃破しようとしたのが太刀川隊だ。

夜凪隊の連携という未知数を嫌った太刀川隊は両名の合流を避けるために、自部隊の合流も断念する必要があった。

加えて刀也を太刀川は勝てる相手だと思っていたが、それに勝てなかった自分が悪いと評価する。

どう見ても侮られた意見だったが、刀也はあえて言及せずに「はっ」と鼻を鳴らす。

 

 

「結果論はお嫌いか?金もらってやってる以上、これは仕事だ。仕事なら結果を出さなきゃだよな」

 

 

「結果は出せなくても過程が良好ならそれで良いって?いつまで学生気分抜けねえんだよ?あ、ごめんまだ学生だったな!」とさらに煽った刀也だったが、言われた風間と太刀川の顔は白けたものだ。

 

「そんな事を言っては、ランク戦の意義がなくなる」

 

 

「そうだぞヨナさん。あくまでランク戦や今回の模擬戦は“部隊の合同訓練”だ。訓練に結果を求めてちゃ疲れるだろ」

 

 

「ならなんでランク戦なんて銘打ってんだ?どうしてポイントを奪い合う?本番さながらの緊張感を持たせるためだろ」

 

 

喧嘩腰になりつつある3人を武富が慌てて止める。共に長く息を吐いた3人は意識を切り替えて総評をしていく。

 

 

 

 

「しかし、やはりポイントとなるのはクロウだろうな。観戦していて思ったがミスが圧倒的に少ない」

 

 

「目の前の戦闘にしろ、戦場全体での判断にしろ一級品だよな」

 

 

「隊長のおれよりよっぽど全体が見えてるからな。かなり助けられてるよ」

 

 

風間、太刀川、刀也と続き、先程までの剣呑とした雰囲気が霧散している事に観客は安堵した。

 

 

「落とされた時の判断も大したものだ。夜凪を庇いつつ出水を撃破したんだからな」

 

 

「その時についちゃ、ヨナさんの判断はミスってたな。唯我より先に体勢を崩してたおれをやるべきだったんじゃないか?」

 

 

「あー、うっせうっせ。わかってんだよそんな事は」

 

 

口だけでは悪態を吐く刀也だが、接し方は気の置けない友人に対するものだ。風間や太刀川もそうだが一度A級を体験すると、ここまで切り替えが早いものかと王子は驚いていた。

 

 

「確かに、先に太刀川さんを倒してたらその後の展開が楽になってたかもしれないね」

 

 

と王子も風間と太刀川の意見に賛成のようなので刀也も黙るのみ。言われる通りあの場で唯我を優先したのは間違いだった。太刀川と相討ちにならなければ、その後グランと合流してエネドラを楽に倒せたかもしれない。…まあどの道グランが勝ったため結果オーライだが。

 

 

その後、総評も終わり観客もまばらに立ち去っていく。

 

 

 

 

 

 

夜凪隊にエネドラ=トリオン兵の試験運用について正式な許可が降りたのはその日の夜の事だった。




ヨナさんの主人公ムーブがとまらないのおお!

クロウと刀也のW主人公である拙作ですが、ヨナさんの主人公っぷりがクロウを上回ってる件について。
ヨナさんをクロウと同格の仲間にするためには成長シーンを描かなければいけないんですが、そうすると逆にクロウの出番が減ってしまうというジレンマ。


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不惜信用

標的がいないかとクロウと刀也はC級のブース……個人戦の場に来ていた。

するとどういうわけか太刀川ら数名が楽しげな様子で話しているのが見えた。

 

 

「よう、どうしたんだ」

 

 

クロウが手を挙げて太刀川に声をかける。「おっ、クロウにヨナさんじゃねーか」と反応した太刀川の後ろから現れたのは見覚えのあるハンサム顔だった。

 

思わず目を細めた刀也だが、隊服のエンブレムを見て納得した。玉狛の紋章ーーー旧ボーダーの理念を掲げたエンブレムだ。

なるほど、あの時の忠告を聞いて玉狛第二に所属する事にしたんだろうと結論づけた。

 

 

一人で納得する刀也を他所に太刀川が説明した。

今日入隊してもうB級に上がった奴がいる。こいつがそうだと。

 

話によるとその人物ーーーヒュースと孤月一本で勝負をしているらしかった。

戦績としては上々。笹森や小荒井では相手にならず生駒でようやく互角というほどの手練れという事だ。太刀川ですら一本とられたという。

 

 

「ヨナさんもどうだ?さっきC級から上がったばかりだからサブトリガーなしの孤月一本で勝負なんだが」

 

 

「えー、太刀川の後にやんの?おれが?やだなー」

 

 

 

という意見も却下され、刀也はヒュースと試合う事になった。

 

 

☆★

 

 

ヒュースの印象は、しっかり強いというものだ。

 

 

剣技のひとつひとつに型があり、洗練されていて鋭い。

実戦を想定した剣術はしっかりヒュースの中に根付いているのだという確信。

 

 

入れ替わり立ち替わり剣を交えていく刀也とヒュース。見応え、という部分でいえば先程のVS太刀川の方が見応えはあっただろう。

刀也とヒュースの剣戟は静かだ。まるで剣道かフェンシングの試合を見ているような気分になる。声を荒げ応援するのではなく固唾を飲んで見守る事こそが正解だと言わんばかりの立ち合いであった。

 

 

やがて決着する。

5本先取の試合は刀也の5本連続奪取で終了した。

 

 

☆★

 

 

「いぇーい」

 

ブースから出てきた刀也は試合中とは打って変わってだらけた笑顔で腕を突き上げていた。

 

「やるなヨナさん、おれでも一本とられたってのに」

 

「はー、さすがヨナさんやわ。え、完勝てめっちゃすごない?」

 

 

と太刀川や生駒の賞賛を浴びながら満足げな顔をする刀也に遠慮がちに小荒井が聞いた。

 

 

「なんであんなに余裕で勝てたんですか?」

 

 

それを聞いたヒュースは無表情のままだが、ムッとした雰囲気を感じ取って刀也は苦笑しつつも小荒井の問いに答えてみせる。

 

 

「それはな、こいつの剣技がしっかりしてたからだよ」

 

 

首を捻ってクエスチョンマークを浮かべる小荒井。太刀川らも黙って刀也の意見を聞いている。

 

 

「剣術には型ってのがあってな、ある程度剣をかじってれば動きを先読みする事もできるんだよ。あー、確か生駒も実家が剣術道場だっけ?だったら動きを読めたんじゃないの?」

 

 

「確かにそやけど、生身の道場やからなぁ。ある程度通ずるもんはあるけど、そこまでやないな」

 

 

刀也の得意げな表情からの質問にしかし、生駒は否と答える。トリオン体ではなく生身で剣を扱うために先読みは難しいという事だろう。

「ごほん」と気を取り直して刀也は続けた。

 

 

「まあ、そういう事だ。剣技がしっかりしてるからこそ読み易い。おれには超直感もあるし余計にな」

 

 

加えてヒュースの太刀筋に見覚えがあった事も危なげなく勝てた一因だ。おそらく師はヴィザ翁だろう。

 

 

「逆におまえとおれだったら、おれも一本くらいは取られるかもしれんぞ?」と笑って小荒井に告げた刀也。小荒井は胸を張って「おれの剣は型破りですからね!」と言う。

 

「ははは、何言ってんだこの馬鹿」と、そんな小荒井にまったく笑わずに馬鹿呼ばわりした刀也。微妙に剣呑な雰囲気が立ち込める。

 

 

「型があるから型破り。おまえのは型がないから型無しだ」

 

 

「ひどい!」と反応した小荒井だったが、けろりと立ち直り、

 

「それってどういう違いがあるんですか?」

 

と聞く。刀也は「守破離の概念も知らんのか」と嘆息して説明してやった。

 

日本において“道”とつくものはいくつかある。

茶道、華道、武道などがそうだ。その道の過程を示したのが守破離というものだ。

 

まず修行に際して師の教えた型を守る“守の段”。

次に型を自分なりに昇華し、殻を破る“破の段”。

最後に師の教えと自分なりの技を理解する事でその型から離れて、自分に合った新しい型を生み出す“離の段”。

 

 

「小荒井も笹森もしっかりとした師匠についたわけじゃないだろ?剣術の土台がしっかりしてないからおれとしては読みにくいわけ」

 

そこまで言った所でその場にいた辻が刀也に話しかける。

 

「厳しいですね。ヨナさんってそんなキャラでしたっけ?」

 

 

「そうかー?まあ前までは甘めだったな。でも最近は調子良いしでかい口叩くなら今しかないかなってな!」

 

 

「はははー!」と刀也は笑って見せた。滑稽な言い分に太刀川や辻らも笑う。

 

「じゃあ太刀川さんも型無しですか?」と聞いた笹森。太刀川は「失礼な奴だな」と言いつつも気にした様子ではない。

 

 

「いや、太刀川にゃ忍田本部長って師匠がいたからな。こいつは型破りだ」

 

 

忍田から授かった孤月の剣術を太刀川は二刀流でやっている。それは忍田の教えそのものではなく、太刀川が自らの適正に合わせて型を破った証だ。

 

クロウはそう言った意味では型無しかもしれないが、土台が出来上がっている上に自らの戦技として確立している。我流と呼ぶべきだろう。

 

そこまで考えて「いや違うな」と声に出す。

 

「おまえらにも型はあるのか。無形の型……言わばボーダー流か」

 

 

「え、なんですそれ?」と問う小荒井に「要は適当って事」と答える。「ひどい!」と小荒井が嘆くまでがワンセットであった。「適当という言葉を辞書で引け」というのはさすがに助言が過ぎると思い飲み込んでおく。

その反応に笑いつつも、内心では言葉にした“ボーダー流”について考えていた。状況に応じて最適解を導き出し実行する流派とでも言うべきか。ならば今最も頂きに近いのは木崎レイジか。

 

 

 

しばらくして話が一段落したところで、

 

 

「そういや笹森、諏訪は?」

 

 

と聞く。諏訪は笹森の隊長だ。先日予定を聞いた時は近々冬島や東と麻雀やるから混ざらないかという事だったが、笹森の答えは「隊室で冬島さんたちと麻雀やるって言ってました」とのこと。

 

「あれ?そういえばヨナさんも来るって話を聞いてたんですけど」

 

「…だいたい察した。みんな誰かが誘うと思って誰も誘ってないってパターンな。知ってる知ってる、イジメに近いやつだ」

 

 

刀也はぼやいてから諏訪と連絡を取る。「麻雀やるの今日だって?」「おう、ヨナさん待ちだぜ。早く来いよ」「呼ばれてないんだが」「悪い」といったやり取りを経て刀也は諏訪隊の隊室に招かれる事となった。

 

「んじゃ、おれは行くわ。こっちは頼むぞクロウ」

 

「ああ、そっちもしくじるなよ」

 

 

「おう」と言って刀也は持ってきていた手提げのバッグを持ち上げる。そこそこ重そうなそれを指差して「なんですかそれ」と小荒井が聞く。

 

 

「あー、金だよ金。重いぞぅ」

 

いかにも雑な答えに小荒井も誤魔化されたと思って笑う。「じゃなー」と軽く手を振って去っていく刀也を見届けて、

 

 

「よし、じゃあ今日もやるか。えーと、ヒュースだっけか?今度はおれとバトろうぜ」

 

 

☆★

 

諏訪隊の隊室で刀也は手提げ鞄から札束をテーブルの上に出した。

 

 

「賭けをしたい。あ、これ口止め料ね」

 

 

積む。ほいほいほい、とまるでトランプを配るような気安さで帯封のされた札束を諏訪、東、冬島の前に。

 

 

「おいおい、こんな大金どうした?」

 

 

積む。札束を積む。そんな異様な光景に表情筋をぴくぴくさせながらも反応した諏訪に、

 

 

「貯金だよ。全財産の半分以上は消し飛ぶ」

 

 

軽々と教えて見せる重み。これでもボーダーをやっていてそこそこ以上に貯金はあった。アフトクラトルとガロプラの襲来の際に特別功労として百五十万×2が手に入ったのは嬉しい収入だ。

 

 

「いや、そういう意味じゃなくてだな。こんな金を積まれたらおれたちは降りるしかないぜ」

 

 

金を積まれてたじろぐ諏訪は、同じだけの賭け金を準備できてないと言う。

 

 

「いや、金を賭けるのはおれだけ。3人には口止め料として百万差し上げる。ここで見た事聞いた事はどこにも漏らしちゃいけない」

 

これは賭け金ではなく口止め料だと再度説明する刀也。本当に口止めだけで百万をもらえるのなら気前が良過ぎる。

 

 

「何か悪巧みでもしてるようだな夜凪。冬島の前にだけ積んだ三百万はなんだ?」

 

そんな気前の良さに不信感を抱くのは当然であり、東が探りを入れる。それには冬島の前にだけ諏訪と東の三倍の札束がある事に起因していた。

 

 

「……冬島さんにだけ賭けた三百万は、もちろんチップです。おれがお願いしたいのは冬島さんだけ。言った通り諏訪と東さんに頼むのはここでの出来事を忘れてもらいたいという事」

 

 

再三いう口止めは本当らしく、冬島への願いとやらが不鮮明。そこに冬島が言及する。

 

 

「じゃあおれに頼みたい事ってのは?」

 

 

「それは勝負が終わってからで。……まあおれが勝ったらひとつだけ言う事を聞いて欲しいんですよ」

 

それには当然ぼかして答える。勝てば良し。負けても願いの内容まで知られぬならばマシだ。

 

 

「…物騒な話じゃないよな?」

 

 

「もちろんですよ、冬島さん」

 

 

冷や汗でも流しそうな冬島ににんまりと満面の笑みで答えてやる。胡散臭さは鰻登りだが、四年の付き合いで刀也が真面目な嘘はつかないという信用はあった。

 

 

「あんまり邪な頼みだとおれも上に報告せざるを得ないぞ」

 

しかし、だからこそ大事ではないかと東は勘繰る。確かにこの面子で最も説き伏せる難易度が高いのは東だろう。だが刀也は東に対する切札があった。

 

 

「東さん、あなたはおれに借りがあったな、第0次の時の。今回の件の黙秘でそれの返済として欲しい」

 

それは命の借りだ。それを言われては東は黙るしかない。しかしそれを言うのは、やはり今回の件は大事なのだと東は理解した。

 

 

「なーんかキナ臭ぇ話になってきたな。おれ降りてもいいか?」

 

そんなやり取りを経て諏訪は席を立とうとした。聞く限り、あまりにもヤバい話だ。百万は小さくないが決して現実的な金じゃないというわけではない。金の魔力から何とか目を逸らし、

 

 

「ちっ、しゃーねえな。ほれショバ代に百上乗せ。これでどうだ諏訪」

 

続く刀也のアクションで即座に屈する。金の魔力恐るべし。そんなに物騒な話じゃないらしいし、刀也を信じて見ても良いだろうと言う判断だ。

 

 

積まれた金で賭けは成立する。

 

諏訪は口止め料と場所代で二百万円を得て。

東は第0次の際の借りの返済と口止めで百万円を得て。

冬島は三百万円を得る代わりに刀也の“お願い”を叶える事となった。

 

 

☆★

 

 

「なあ、賭けをしないか?」

 

 

「断る」

 

 

「容赦ないっすね二宮さん」

 

 

場所は移り、二宮隊の隊室。諏訪隊隊室での麻雀を終えた刀也は次のランク戦の相手である二宮に会いに来ていた。

狙いは当然、賭けの成立。次のランク戦で勝った方が負けた方に何でもひとつ命令できるというもの。

しかし、取り付く島もなく断られてしまう。無論、そんな事で挫けたりしない刀也ではあるが。

まるで二宮の断りを聞いていないと言わんばかりに言葉を続ける。

 

 

「次のランク戦、勝った方が負けた方にひとつ命令できるってのはどうだ?」

 

「興味がないな。おまえたちに命令したい事などない」

 

 

やはり取り付く島もない。しかし刀也は二宮に対しても切札を持っていた。

 

 

「じゃあチップを変えよう。夜凪隊が勝ったら二宮隊に命令できる権利はそのままに、二宮隊が勝ったら、おれの知る鳩原の事について教えよう」

 

 

鳩原。そのワードを聞いた途端に二宮の瞳の色が変わった事を確認する。

 

鳩原未来。元二宮隊の狙撃手だ。狙撃の技術はNo.1狙撃手の当真に勝るとも劣らないものだったが、人が撃てないという欠点もあった。

 

鳩原はすでに隊務規定違反でボーダーを除隊している。…しかし、それは表向きの理由。本当の理由は別にあるが…それを知るのは極小数だ。その中に夜凪刀也の名前はないはずだった。

 

「いや、夜凪隊が勝てなかったら……それについて話そう」

 

もう一押しだと感じた刀也はさらに譲歩してみせた。

 

 

「ハッタリだ。ヨナさんが知ってるはずがない」

 

犬飼は刀也の言葉をハッタリだと断じる。そうだ、どこかで噂話でも聞きつけてきたに違いないと。

二宮もそう思いたい所だったが、

 

 

「おれの直感は鋭いんだよ」

 

 

ゆっくりとまばたきをして雰囲気たっぷりに言った刀也に、強制的に理解を引き出される。

 

夜凪刀也のサイドエフェクト“超直感”は迅の“未来視”に比肩する超感覚に分類されるものだ。それによって刀也はーーー

 

 

「おれは出発直前の鳩原に会ってる」

 

 

その場面に遭遇できたのかもしれない。

 

 

「ーーーーーッ!」

 

 

胸ぐらを掴まれて引き寄せられる。やったのは二宮だ。至近距離で視線が交わり、刀也の口角はわずかに上がる。

二宮が賭けに乗る確信が得られたからだ。二宮は一見するとクールなイケメンだが実は胸の奥にアツいものを秘めたナイスガイだ。刀也としてはそんな部分は嫌いではなく、むしろ好感が持てる。今回つついたのは二宮のそんな部分だった。

 

 

一瞬の後に二宮は刀也の胸ぐらから手を離した。そして、

 

 

「いいだろう、賭けに乗ってやる。ただし、条件はウチが勝ったらだ」

 

 

「は、自信満々てか。……まあいいだろ、こっちとしては鳩原との約束もあるしな」

 

 

売り言葉に買い言葉と言うべきか、二宮のセリフに刀也も軽く反応し、さらに出発前の鳩原とのやり取りを匂わせる。

 

 

そうして賭けは成立し、ROUND6夜の部にて結果が示される事になる。

 

 

☆★

 

 

「そっちの首尾はどうだ?」と聞いたのはクロウだ。ROUND6夜の部まであと数時間。隊室でミーティングを始める前に本日の成果を確認したかった。

 

 

「ええと、冬島隊はオッケー。二宮隊は今日のランク戦で勝てば良しって感じ」

 

「太刀川隊とやった時と同じ条件か?負けた方が勝った方の言う事を聞くとかって」

 

 

「そうそれ」とクロウの言を肯定して「そっちはどうだった?」と話を振る。

 

 

「こっちはいつも通りだ。今日は迅はいなかったが太刀川やらヒュースとも個人戦をやってな。かなり注目は引けてたと思うぜ」

 

 

今日の作戦はクロウが個人戦で注目を集め、刀也が他部隊への工作を図るというもの。

今季のランク戦は夜凪隊が目立っているが、中でも注目を集めているのはクロウだ。そのクロウに表舞台で暴れまわってもらっている間に、刀也はこれまで培ってきた人脈やら何やらを使って工作を進めていた。

 

 

クロウも刀也も首尾は上々、と言った所だろう。そこで2人の視線が夜凪隊3人目の戦士に向けられた。

 

「あ?」

 

「あ?じゃないよグラン!そっちはどうだったかって視線だ」

 

 

ばしん、と陽子に頭を叩かれて「あー」と思い出すように瞳を右往左往させて、

 

 

「まあまあだ」

 

 

と言い放った。「まあまあて」と思わずツッコミを入れる刀也、クロウは「具体的には?」と再度問う。

 

 

「まあ……本当にまあまあって所だね。戦い方次第じゃマスタークラスともやり合えるくらいだ」

 

 

それには今日一日グランに付き合って訓練していた陽子が答えた。

今のグランは一度大元のエネドラッドに統合され、再度貸与された人格だ。もっと言うと太刀川隊で訓練を積んだエネドラと夜凪隊で訓練を積んだグランを統合し、その経験と記憶を搭載した個体と言うべきか。

 

エネドラ=トリオン兵の試験運用では、大元のエネドラッドからダウンロードした人格を一体貸与されている。そこから更に十体、空っぽのトリオン兵が貸与されており、平時は十体で経験を積み、ランク戦などではそれらの経験をアップロード・統合された一体で戦う、というものだ。

 

事情を知っているのはA級以上の隊員であり、グランを育成するためにはそれらの人手を借りなければならないのだが、A級の皆様方はお忙しいようで高確率で断られている。

クロウや刀也も暇さえあれば指導やら模擬戦をしているが、最近は悪巧みの件で忙しいため、あまりかまってやれてない。

不幸中の幸いと言うべきか、夜凪隊オペレーターの沖田陽子は攻撃手ランカー並みに強いので最近は彼女にグランを任せる事が多い。

 

 

「ボーダーのトリガーに触れて2週間くらいでマスタークラスと渡り合えるなら上々だろ。とりあえず当てにはしないから安心して落ちていいぞ」

 

 

「腹立つなテメェ」

 

 

刀也の遠慮ない物言いにグランは悪態を吐きつつも反論できない。

本来B級上位ともなれば互いに勝って知ったるランク戦相手のため時間切れのまま終わる試合も多くポイントもあもり取れないのが常なのだが、夜凪隊は今季初参加部隊で、部隊の特徴や作戦などもまだ把握されてはおらず、波乱というか状況が膠着する事が少ないためポイントの獲得が多い。

試合が荒れる、と言えばわかりやすいだろうか。

 

そのためか夜凪隊は2位の二宮隊とは少しばかり点数差に余裕があった。グランに安心して落ちていいぞ、と言ったのはそういった事情も込みでのことだ。

 

 

 

「今回のROUND6…相手は2位二宮隊、5位東隊、7位香取隊だったな。時間までもう少しある。作戦を詰めていくとしようぜ」

 

 

ROUND6夜の部、四つ巴の試合まで刻一刻と迫っていた。

 

怒涛の夜の、幕開けだ。

 




夜凪隊のエネドラ(グラン)はB級以下にはワケアリの隊員として説明されており、ランク戦にも参加します。


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覚醒の兆し

フォント調整!
ただ嬲と諍という漢字が変換できなかったためそのままにしてあります。
雰囲気台無し!って感じですけど、脳内補完でお楽しみ下さい。


奪え。犯せ。殺せ。

 

 

れ。弄べ。骨の髄までしゃぶり尽くせ。

 

簒奪せよ。冒涜せよ。鏖殺せよ。

 

争え。争え。争え。

 

いなど無意味。なぜならすべて、すべて。すべてーーーー

 

 

吾ノモノダ、コノ世界の総テ

 

 

 

☆★

 

 

「ハウンド」

 

 

黒の声にクロウの意識が塗り潰された一瞬。

 

生じた隙を見逃す二宮ではなく。

 

放たれたハウンドはクロウを戦場から追い出す。

 

 

 

ROUND6夜の部、中盤での出来事だった。

 

 

☆★

 

 

ROUND6夜の部は1位夜凪隊、2位二宮隊、5位東隊、7位香取隊の四つ巴の試合である。

 

まずは試合開始直後、二宮隊の辻を刀也がテレポーターを活用し撃破する。香取隊は合流しつつあったが二宮の攻撃を受け、三浦が香取を庇う形で撃破される。ほぼ同時に二宮隊犬飼を東隊が強襲、小荒井と交換という形で撃破する。その後、二宮から逃れる香取隊を奇襲したクロウは若村を撃破、香取に手傷を負わせる。そこに二宮が追いつき、香取は逃亡。クロウと二宮の一対一の場面となるが、戦闘の途中で一瞬硬直したクロウを見逃さなかった二宮に軍配が上がった。

 

 

☆★

 

 

クロウ緊急脱出の報を受け「マジか」と刀也は声を漏らす。

 

確かに二宮と当たると言った時は不安が頭をよぎったが大丈夫だと根拠なく信じていた。クロウが中盤で敗退するイメージがなかったのだ。

しかし現実は違う。こうなったら自分がしっかりするしかない、と決意を固める。

 

状況を整理してみる。

香取隊は瀕死だ。三浦と若村が落とされ、香取は手負い。二宮隊は辻、犬飼がいないが二宮が健在。東隊は小荒井が緊急脱出しているが奥寺と東が生きている。夜凪隊はクロウが落ちて残りは刀也とグランの2人。

 

「うん、まだ勝てる」

 

 

しかし、そのためには二宮を何とかしないといけない。放っておけば2〜3点は取りそうだし、その分をかっさらって後はガン逃げでも良い。

 

 

と、そこまで考えて超直感が危険を告げる。

 

飛び退き、一瞬後にめくり上がるアスファルト。巻き上がった粉塵の向こう側から孤月。

 

それを避けて孤月を振るった人物を確認する。奥寺だ。ならばそれ以前にアスファルトを穿ったのは東の狙撃だろう。

 

数合打ち合って、できた隙に旋空を差し挟む。読んでいたかのように避けた奥寺だったが、劣勢なのは火を見るよりも明らかだ。

 

 

「1人でおれに勝てるつもりか?」

 

「まさか」

 

 

刀也の挑発。受け流した奥寺と挟撃するように現れたのは香取だった。

 

グラスホッパーを踏んで一息に加速した香取のスコーピオンを孤月で受け止め、続く奥寺の旋空孤月を刀也は屈んで、香取は跳んで回避する。

 

しかしこれで東隊と香取による刀也の挟み撃ちが終わったわけではない。東隊も香取も隙あらば互いに害する意思はあるが、それは刀也を倒す前提だ。

 

 

不意に刀也の視線が他所を向く。それはテレポーター起動の合図だ。しかし刀也に限って言えばそれをブラフに使う可能性もある。

しかし、この試合において刀也は辻を撃破するのにテレポーターを使っており、東らもそれは把握していた。

 

ゆえに慌てず、落ち着いて一瞬を伺う。

 

 

刀也の姿が消える。テレポーターの移動先は視線の先数十メートル。香取が距離を詰めつつハンドガンを連射し、東がアイビスのスコープを覗き込む。移動先に現れるはずの刀也に向けて。

 

 

 

 

 

ーーーー奥寺常幸、緊急脱出。

 

 

現れない。代わりに奥寺が緊急脱出した。

 

やったのは当然、夜凪刀也。

 

オペレーター人見からの情報を受けて東はそのタネを見抜いた。

 

「カメレオンか!」

 

カメレオンは姿を消すトリガーだ。レーダーに反応は残る事に加え他のトリガーが使えなくなるというデメリットがある。

刀也がやった事は単純で、テレポーターを起動すると見せかけてカメレオンを起動しただけ。が、側から見れば、テレポーター使いが他所を向く→テレポーターを使う(姿が消える)or使わない(姿は消えない)→姿が消えた(テレポーターを使った)となる。テレポーターの転移先に皆の意識が行った所でカメレオンを解除、背後から奥寺を撃破したのだった。これも刀也お得意の初見殺しであった。

 

 

 

「撃て」と指示を出した。それに合わせて引き金を絞ったのは、試合開始からこれまで沈黙していたグランだ。

放たれたイーグレットからの狙撃をシールドで受け止めたのは東だった。意識が刀也に向いているかと思っていたが、さすがの注意力だった。

反撃しようと東がスコープを除いた時にはすでにグランは離脱した後。夜凪隊の最後の1人が狙撃手であるなど万一くらいに考えていたが、ここで狙撃を見せたとなると、それなりの意味があるはずだと東は考えを巡らせつつ自らも離脱するのだった。

 

 

それから刀也と香取はそれぞれの得物で戦うが決着はつかず、そのうち空から弾幕が降って来た。二宮のハウンドである。トリオンモンスター雨取千佳が現れる以前はボーダーでトップを張っていたトリオンの持ち主たる二宮の広範囲な射撃をしかし、エース級である2人は凌いでみせる。

 

香取は手負いである事を気にしてかそのまま西に逃亡する。対して刀也はその場に残り二宮と対峙する…前に香取に言い放つ。

 

「西から北に回り込め!東さんがいるはずだ!」

 

 

 

降ってくるハウンドをシールドやテレポーターを使って回避、二宮に接近を試みるが容易くはない。

二宮匡貴は射手の王、No.1射手だ。いくら狙撃を警戒して全攻撃しないとは言えその攻撃は苛烈、防御は堅固。つけ入る隙がまるでない。

 

だがその隙を生み出すのが刀也の戦闘スタイルだ。

 

 

 

勝負は拮抗する。シールドやグラスホッパー、テレポーターにカメレオンまで駆使して刀也は弾幕を躱し、受け流し、捌いていく。しかしそこまでだ。攻勢に転ずる事ができない。最長の間合いを持つ旋空残月は抜刀技。納刀という初期動作がある事から二宮には当たらない。

 

対する二宮も拮抗に焦りを感じていた。片手ではどれだけやっても刀也を撃破できない。全攻撃をすれば倒せるだろうという確信はある。しかし狙撃手がいる以上は危ない選択肢だ。勝負が拮抗しつつも刀也がニヤついた表情を消さないのは、二宮が焦れて全攻撃するのを待っているからだ。その隙を狙撃手に狙わせる腹なのだろう。

 

 

ーーーーいや待て。

そこで、二宮に閃きが舞い降りた。

 

違和感を覚える。不自然に感じる。この状況はおかしいと。

狙撃手が本命なら、なぜその存在を自分が知っている?夜凪隊の狙撃手…グランが二宮を撃破するための切札ならば、その存在は二宮を倒すその時まで温存しておくべきカードだ。

 

ならばそれを事前に二宮に見せた理由は?

見せ札……自分がこういうカードを持っていると示す事で相手の行動を誘導する刀也の常套手段だ。

 

つまり狙撃手がいるという事実は二宮の全攻撃を封じるためのもの。

 

 

片手の二宮なら刀也は何とか相手にできている。ひょっとしたら勝ちも拾えるかもしれないレベルで。それに賭けたのだろうと推察し、ならば全攻撃で仕留めようと左手を上げたところで、

 

 

「ーーーいや」

 

 

今度はその違和感を口に出した。

ならばなぜ、香取に東を抑えに行かせた?西から北に回り込め、と言った台詞に香取が従うかどうかも不明だがーーーー、いや待て。香取は刀也からその助言を聞く前にすでに西に向かっていなかったか?

ならばあの台詞は二宮に聞かせるためだけの釣りとも言えるかもしれない。

 

二宮の思考は巡る。全攻撃をすべきか否か。グランは狙撃以外もできるのか否か。香取は東を抑えに行ったのか否か。

自分は夜凪刀也に勝てるのか、否か。

 

 

 

A級2位、冬島隊隊長である冬島慎次は言った。

“罠があると思わせるだけで思考の何割かは奪える”と。

 

ならば多数の思考材料を与える事でそれに没頭させ判断力も奪えるはず……という仮定の下に実行した今回、急遽用意した対二宮の策。

 

刀也にとって二宮は別格の相手だ。10本やって1本取れれば良い方だろう。本来ならクロウと2人がかりで倒すつもりだった。

 

アテが外れた以上は自分がやるしかない。元より敗北など許されぬ身だが、このROUND6は二宮との賭けもある分、余計に負けられない。

 

 

二宮が迷った一瞬で刀也はアステロイドを地面に撃ち放ち粉塵を煙幕とする。

二宮はハウンドをトリオン追尾モードにしてあらゆる方向にばら撒く。逃げたかあるいは攻撃の布石か、煙幕の意図を測りかねたゆえの。

 

 

「旋空」

 

 

声は正面から。刀也は動いておらず。

ハウンドはそこに収束し、しかし固定シールドにひびを入れるのみに留まった。

 

「残月」

 

 

刹那、放たれる斬撃。0.2秒、40m。自らの固定シールドさえ切り裂いて振り切られたそれを、二宮は跳躍して避ける。

予想できていた。次の狙撃もシールドでガードする。

 

 

「ハウンド」と言うと無数の三角錐から放たれたそれが刀也の全身を射抜くーーー否、急所は守っている。それでもトリオンの漏出は甚大で。

 

「お、おおお!」

 

己を鼓舞するために叫び、グラスホッパーを踏んで二宮に肉薄する。二宮が「アステロイド」と紡ぐ前にその背後にテレポーターを使い瞬間移動する。

 

 

「旋空ーーー」

 

 

「悪足掻きだな」

 

 

ハウンドが、突き刺さる。先程刀也のトリオン体を穿ったハウンド、その後段。一段目はそのまま刀也に差し向けて二段目は上方に撃ち曲射としていた。

 

 

夜凪刀也ーーー緊急脱出。

 

 

 

しかし二宮に言われた通り刀也も悪足掻きはやめず、最後にアステロイドを撃っていく。

二宮はそれを難なくシールドで防ぎーーーートリオン体を両断された。

 

 

二宮匡貴ーーー緊急脱出。

 

 

やったのはグラン。一度狙撃を見せてからはバッグワームをつけたまま刀也と二宮の戦う場に移動していた。最後は泥の王を彷彿とさせるスコーピオンのもぐら爪にて二宮を撃破したのだ。

 

 

続いて、もう一つ空をかける緊急脱出の光。東春秋のものだ。刀也の旋空残月を避けて跳び上がった二宮を撃った東は香取に位置を捕捉され撃破されたのだった。

 

 

☆★

 

 

緊急脱出して隊室に戻った刀也はオペレーター用の席に着いて状況の遷移を把握する。

 

どうやらちゃんとグランは二宮を撃破してくれたようだ。最後のアステロイドで二宮の意識が少しでも自分に向けばラッキーと思っていたが、そのラッキーが発動したようだ。

 

それに東も香取がやってくれたようで、そのまま香取はグランのいる方向に一直線だ。刀也の助言に従ってくれたはいいものの、最後まで大人しくしておくつもりはないらしい。

 

 

「どうするね?」

 

という問いを下したのは陽子。今回もランク戦を十全にサポートしてくれていた。

 

 

「今、ウチが勝ってるよな?」

 

「ああ、4対3対1対1だ」と刀也の確認に答えたのはクロウ。ランク戦で二宮にやられた時とは違い大丈夫な様子で、さっき硬直したのはたまに出る発作のようなものらしい。“七の騎神の呪い”らしいが、あれを起動しない限りはこれ以上進行しないとクロウは言っていた。

 

 

「なら緊急脱出でいい。手負いでも香取相手は分が悪い。香取隊に生存点取られても痛いわけじゃないし」

 

 

刀也の決断は早い。二宮との賭けがなかったら戦わせても良かったが、負けるリスクがある以上は危ない橋は渡りたくない。

仮にグランが香取に撃破されたとして、スコアは4対4対3対1で夜凪隊と香取隊の引き分けとなり、二宮との賭けの条件は“夜凪隊が勝ったら”だったため破却される。

しかしグランを緊急脱出させれば香取隊に入る点は一点減り、4対3対3対1が最終スコアとなり夜凪隊の勝利が確定する。

 

グランは隊長の指示に従い即座に緊急脱出を行う。戦場には香取が残され、試合終了。生存点は香取隊が獲得したが、結果は夜凪隊が4点(辻、若村、奥寺、二宮を撃破)、二宮隊が3点(三浦、小荒井、クロウを撃破)、香取が3点(東を撃破、生存点獲得)、東隊が一点(犬飼を撃破)で夜凪隊の勝利となった。

 

 

☆★

 

 

ROUND6が終わり、落ち着いた所でクロウはおもむろに頭を下げた。

 

 

「今回はすまなかった。情けねぇところを見せちまったな」

 

 

単独で二宮と当たり、撃破された事を言っていた。

それについては過ぎた事だし言及しても大した意味はない。むしろクロウが二宮を引きつけている間に刀也とグランがその他を撃破していく作戦もあったため、行動そのものに否やを唱える事はない。撃破されたのはご愛嬌…というには些か以上に計算外だったが。

 

しかし、終わり良ければ全て良し。結果的に勝ったのだから不問とする。加えて刀也はこの前のVS太刀川隊の時から良い意味で緊張感を保てている。今まで目を背けていた責任というものが成長を加速させていた。今回のランク戦でも早期にクロウがやられた事で“自分がしっかりしなければ”という責任感が発動したのだ。

 

 

「別にいいさ、勝ったんだし。それより本当に大丈夫か?」

 

 

陽子やグランと目配せしながらクロウに問いかける。ROUND6中も聞いたが、改めての質問だった。

 

 

「ああ……呪いは進行してはいねえ。前にたまに声が聞こえるって言ったが、そいつだ」

 

 

「あんな不自然に硬直したんだ。ただ声が聞こえただけっだけで納得はできないね」

 

 

ガロプラ戦後のクロウの容体は陽子も知っている。それは“たまに幻聴がある”程度の認識。しかしそれだけでは今回の醜態と結びつかないだろう。

 

「この世すべての悪」と唐突に刀也が語る。

 

 

「その声は、あらゆる悪感情を煮詰めたような怨嗟を伴って聞こえるんじゃないかな。それに呑まれないために…それを振り払うために一瞬の時を要するーーーーそれがランク戦で見せた一瞬の硬直の正体なんじゃないか?」

 

 

刀也の推測にクロウは舌を巻く思いだ。リィンから話を聞いていたとしても、ここまで正確にクロウの身に起こった事を把握しているとは。

化け始めている、と思わせるだけの凄みを感じた。

 

 

「さすが、鋭いな刀也は。……その通り、幻聴が起きるタイミングでおれの時間は一瞬だけ奪われる。今回はそれが二宮を前にしたタイミングで起こったってわけだ」

 

 

クロウの説明を聞いて一同は「なるほど」と納得する。

 

「そのタイミングってのは事前にわからねぇもんなのか?」とグランが尋ねる。クロウはまた「ああ、不定期的だ」と淀みなく答える。その答えにどことなく違和感を感じた刀也は顔をしかめるが、いまいち言語化できないため黙したままだ。

 

 

「幻聴の予兆がなく、唐突に発生する空白なら対応のしようがないね。今後の作戦を見直した方がいいんじゃないかい?」

 

暗くなりつつある雰囲気を払拭するように陽子が話題を変える。

幸い、クロウが強敵を相手にする事ができなくなっても刀也の強化やグランの加入など、隊としての戦力は整いつつある。戦術を変えてもいい頃合いだと話は落ち着いた。

 

 

☆★

 

 

ヨコセ……ヨコセ……吾ノモノダ……総テ……

 

 

「うるせえよ」

 

 

夜、1人で星を見上げながらぼやく。

 

 

声が、聞こえている。

 

黒の声。イシュメルガの呪い。

 

 

それは、常に。

 

 

 

刀也らに説明した事は半分嘘であった。

 

ガロプラ戦以降、クロウの耳からイシュメルガの声が途絶えた事はない。日常生活に支障はなく、およそ3日に一度だけ声に呪詛が乗り、意識を揺さぶってくる。

 

ROUND6中のやつを除けば最後に呪詛が発動したのは昨日。今日は大丈夫だと思っていたが、どうやらそのように甘いものでもないらしい。

 

《剣聖》に至ったリィンの精神を瞬く間に蝕んでいった呪いだ。分体だろうが、自分のような常人を弱らせるのは楽勝らしい。

というか、これの本体を受け入れて何年も平然としていた《鉄血》の精神力を讃えたい気分にすらなってくる。

 

どんな形であれ、自分が《鉄血》に敬意を抱くなど、なんて冗談だとクロウは自嘲した。

 

 

しかし今日の呪詛のタイミングは、明らかに狙ったものだった。

思えばギリアス・オズボーンを嵌めた際にもイシュメルガは悪辣なるマッチポンプをやったのだ。今回はそれのダウングレード版、クロウの意識がイシュメルガから離れる瞬間を見計らって呪詛を投げかけた。

結果はクロウはイシュメルガの呪いを抑え込む事に注力し、二宮に討たれる事を受容した。

 

もしクロウがあの場で逆の判断をしていたら、精神が黒の呪いに侵されていた可能性もあった。

 

 

「つくづく油断ならねえやつだ…」

 

 

言って、クロウはポケットの中をまさぐる。

取り出したのは黒トリガー『七の騎神』。

 

 

おそらくヴァリマールは呪いを分離しつつ、しかし力は残したいと願ったのだろう。

それがこれだ。七の騎神……七の相克が始まる以前の形に力を戻してそれぞれ別のものとして、同じ器にそれらを投じた。

 

言ってしまえば、七つの人形を格納した壺だ。人形で遊ぶには許可がなければならず、人形で遊ぼうと壺に手を突っ込んだら人形の一体から毒を注入される。

 

クロウはこの黒トリガーをアフトクラトル戦後にボーダー本部に返却したが、ガロプラ戦時に持たされて以来、ずっと返却を拒否されていた。

万が一の事態に備えて、という事らしい。実際ガロプラ戦では最後はコレに頼ってしまったため反論もできなかった。

 

 

できればもう使いたくない。使うべきじゃない。

 

 

「悪いな、オルディーネ」

 

相棒に謝意を告げて『七の騎神』をポケットに突っ込む。空を見上げてもう一度大きく息を吐くと、クロウは隊室に戻って行く。

 

 

 

『七の騎神』を使う運命が迫っている事など知る由もなく。



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口を滑らせるには良い夜

 

「カンパーイ!」

 

ガチン、と景気良くジョッキを打ち鳴らし、夜凪隊、二宮隊の合同お食事会は始まった。

 

 

事の発端は昨日のランク戦ROUND6終了後。しばらくして二宮隊の隊室を訪れた刀也は要件を伝え、帰り際に「明日暇か?」と尋ねる。

 

嫌な予感を感じながらも二宮は暇だと答える。「なら晩飯どうだ?焼肉奢るぞ、いいとこの」と夜凪の誘いに乗ることになったのだ。

 

 

ビールジョッキをぶつけ合ったのはこの場における成年4人。年上順に刀也、クロウ、陽子、二宮だ。

二宮はジンジャーエールを注文しようとしたが「あ〜ん?おれの酒が飲めないってのかぁん?」という刀也のウザ絡みに負けて一杯目だけ、という条件付きでビールを注文していた。

 

お値段高めの肉を食べながら談笑し、気づけば2時間が経過している。しかし、まだまだ食べ足りないのか犬飼は追加注文して随時肉焼き奉行と化していた。

 

じゅうじゅうと肉の焼ける音が軽快に鳴り響く個室で「あー、そうだ」と思い出したかのように刀也が話題を提供した。

 

 

「鳩原の事だけどさ」

 

 

瞬間、二宮隊の雰囲気がピリつく。しかし一瞬で柔和に擬態し元々の空気感が戻ってきた。確信犯たる刀也はそれを当然感じ取っており話を続ける。

 

 

「おれは鳩原が近界に出発する直前に会ってるんだ。超直感が仕事してな、散歩してたら遭遇しちゃったわけよ」

 

 

冗談めかして話し続ける刀也に、待ったをかけたのは二宮だった。

 

「待て。それはROUND6で二宮隊が勝ったら話す約束だったはずだ。負けた以上はそれを聞く権利は俺たちにはない」

 

 

「不器用なやつだな」と刀也はふっと笑う。二宮はきっと誰よりもこの話を聞きたいだろうに、それでも筋を通そうとしている。

 

 

「……でも、おれが話したい気分なんだな、これが。まー、酒も入ってるしちょっとばかし饒舌にもなるってもんだべ」

 

 

本当は、気に入っているのだ。二宮の事を。鳩原が消えたのは半年前。それからずっと二宮は鳩原を捜している。その精神を刀也は好ましく思っているのだ。

 

 

「まだ聞く理由が足りないなら……そうだな、解釈違いって事にしとこう。アレは賭けだったけど、鳩原の情報についてはチップ(賭け金)じゃなくチップ(おひねり)って感じで、どうだ?」

 

 

お得意の言葉遊びに刀也は得意満面の笑みだ。“じゃあここから喋るのはおれの独り言だ”なんて言い回しでも良かったが。チップの言い回しについて語る方がカッコいいと判断しての事だった。

 

 

「おまえ、確か東隊の時に遠征行ってたよな」

 

「ああ」

 

二宮がまだ東隊だった頃。輝かしきA級1位東隊のメンバーだった頃の話。二宮は遠征に随行していた。

 

 

「おまえ、話したな?」

 

 

その刀也の一言で二宮は察した。察してしまった。聡いがゆえの悲劇とも言えるかもしれない。

 

二宮が東隊だった頃に行った遠征で、一つの国と友好関係を結ぶ事ができた。遠征での出来事は機密事項扱いだが、酒に酔った勢いで話でもしてしまったのだろう。

 

その友好国を頼りに鳩原は近界に旅立ったのだと刀也は語った。

 

ちなみに、これまで刀也がこの件について黙っていた理由は、隊務規定違反になるからだそうだ。

曰く、鳩原らを止めるためにはトリガーを使わねばならず、しかし隊員同士でトリガーを用いた私闘は禁じられている。だから鳩原の密航を見逃す代わりに刀也の隊務規定違反を見逃してもらったと。

 

相変わらずクソッタレな詭弁だと二宮は吐き捨てた。

 

場の空気が重々しく横たわる。刀也の知る鳩原の行方についてはひとまず話し終えたと理解したクロウは場の雰囲気と話題を変えるために、爆弾を投下する。

 

 

「なあ刀也。第0次遠征ってなんなんだ?」

 

 

「あ、それおれも聞きたい」と犬飼も合いの手を入れて刀也に視線をやる。

刀也は「んー、それはなー、機密だしなー」と首をひねり、

 

 

「今日は口を滑らせるにはいい夜だろ」

 

 

とニヤついたクロウに応えて「そうだな!」と笑う。すでに鳩原の事を話したのだ、第0次遠征について話しても大差ないだろう、という暴論だ。

 

 

「まーぶっちゃけボーダー存続すら危うい秘密だけど、それでも聞くよな」

 

 

犬飼をはじめとした飲み仲間らが「え”」と固まったのを見て、返事がない事を確認して、確信犯刀也は口を滑らせる。

 

 

「第0次近界遠征が行われたのは、4年前。4年前と言えば?」

 

 

「ボーダーが設立した年だったね、確か」

 

 

「太刀川さんとか初期組が入隊した年ですね」

 

 

犬飼、辻が4年前の事実について確認し合う。刀也は「そーそー」ととぼけた相槌を打って、

 

 

「第一次近界民侵攻があった年だね」

 

 

陽子が言い放った、望む答えに刀也はいやらしく笑って首肯した。

 

 

「4年前の大規模侵攻…それを機にボーダーは現体制に移行した。つまりは旧ボーダーから現ボーダーへ、って事ね」

 

 

旧ボーダーは、現在の玉狛支部を拠点とした少数精鋭の組織だった。曰く、玉狛のエンブレムはこちらの世界とあちらの同盟国を表しているのだとか。

玉狛の思想である“近界民にも良いヤツいるし仲良くしようぜ”は旧ボーダーのそれを引き継いだものだ。

対する現ボーダーは“近界民は排除する”の城戸派と“市民の安全が優先”の忍田派に分かれている。

 

 

「その現ボーダーは設立に際して、ボーダーの権威をさらに向上させようと考えた。それでとある計画を立てたんだけど……」

 

 

「それが第0次近界遠征って事だな」

 

 

もったいぶる刀也に話の続きを求めたクロウがその言葉を継ぐ。

 

 

「まあぶっちゃけ、今とおんなじ感じよ。世間に公表するのは成功した場合のみって条件はあったけど」

 

 

「……なるほど。公開遠征……いや、遠征が成功した場合だけその成果を公表するつもりだったのか」

 

 

二宮の出した言葉足らずな結論に刀也が「正解」と答え、ふと真面目な表情になる。問答のような、躊躇いがちなスタンスを自らの悪癖だと悟ったらしい。

 

「第0次近界遠征は現ボーダー初の大事業になるはずだった。内容はお察しの通り第一次近界民侵攻で攫われた市民の奪還。………その前段階として、どこの国が侵攻に絡んでいたのか調査、偵察する目的で行われたのが、今は第0次近界遠征と噂されるそれだ」

 

 

「本当は第一次近界遠征だったんだけどな」と悲しげな雰囲気を悟らせまいとする無表情で刀也は言う。

要は失敗した事でその遠征はなかった事にされて、第0次近界遠征なんて呼ばれるようになったんだろう。

 

 

「まあ手酷く失敗して部隊7人中、生き残ったのは3人だけだった」

 

 

今度こそ悲しげに目を伏せた刀也。

 

要約すると、現ボーダー初の遠征となるはずだったそれは4名の死者を出して失敗し、それを隠蔽するために記録からは抹消されて第0次近界遠征なんて呼ばれるようになったと。

 

 

「その話を知ってるって事はヨナさんもその遠征に行ってたって事だね?」

 

 

「そうだな、生き残った3人はおれと忍田さん、東さんだ」

 

 

聞かれるだろうと思って先回りして答えた刀也の出した名前に、「東さんも…」と犬飼は復唱する。東は誰もが知るボーダー最高峰の戦術家だが、4年前といえばまだ新人だったはずだ。

 

 

 

「それだけじゃねえだろ」

 

 

頭の中で話をまとめたクロウだが、それだけでは不自然な感が拭えていなかった。

 

 

「もし第0次近界遠征が死者も出して失敗したとして、それを隠蔽するまではわかる。だが、それが関係者にも噂程度でしか知られてないのはどうも違和感が残るぜ」

 

 

クロウの慧眼に刀也はふっと笑うと「さすクロ」と呟く。刀也がクロウを褒める時に使う口癖のようなものだった。さすがクロウ、の略である。

 

 

「んー、でもさすがにそれは言えないな。これ以上喋ったのがバレたら記憶封印措置くらって追い出されちまう」

 

 

記憶封印措置とは隊員が除隊の際に対外秘な情報を漏らす恐れがあったり、警戒区域に入り込んで近界民を目撃した一般市民に対して行われる措置である。

 

 

「ええー!?ここまで言ったのに?」

 

「ごねるなよぅ。まあでもヒントは出尽くしたと思うぞ。こっから先はおれ以外に聞いてね」

 

 

ごねる犬飼の頭をグーで押しながら刀也は笑って答えた。これにて問答は終わりという事らしい。雰囲気もいつもの軽妙なものへと戻っていた。

 

 

その後、少しだけ話して解散となりそれぞれが帰路に着く。

 

 

 

 

暗闇の中を2人で歩きながら、クロウは「なあ」と刀也に話しかける。

 

 

「あれだけじゃ、ねえだろ?」

 

 

先程とは少し違う意味を込めて。

 

 

「………まあ、そうだね」

 

 

刀也が語った第0次近界遠征の概要。それだけでは刀也のトラウマに説明がつかない気がしていた。

 

意味は刀也にも伝わったようで、クロウの疑問を肯定した。

 

 

しかし、言葉は続かない。

 

しばらくそのまま歩いて「ごめん」と刀也は謝意を告げる。

 

 

「まだ話せない」

 

 

それは先程のように機密に触れるからだけではなく、刀也自身の心の問題だ。

 

夜凪刀也はクロウがこちらに来るまで部隊に所属しなかった。

夜凪刀也は教え子らに戦う術を与えても、それを活かす技術を教えなかった。

 

それはすべて、命の責任から逃れるためだ。

 

部隊に所属しなければ、部隊員の命を背負わなくていい。

例え教え子が殉死しても、作戦を与えたのは自分ではないから、命の責任は自分にはない。

 

刀也は自分のせいで誰かの命が失われる事にひどく怯えている。

それはきっと第0次近界遠征が深く絡んでいるはずだとクロウは感じていた。

 

 

それでもクロウ・アームブラストが自らの前に現れれば、それらを無視して立ち上がる決意をしていたのは見事という他にない。

 

だからクロウは…

 

 

「過去はそこにあるもんだ。どれだけ悩んでも、どれだけ努力しても変えられるもんじゃねえ」

 

人間、生きていれば変えたい過去なんて山ほどある。後悔なんて数え切れないのが人生だ。

 

「過去があるから今がある。今を踏ん張ってこそ未来がある。過去と決別する必要はねぇさ。どんな思い出でも、それは自分を形作る一欠片だ」

 

だが、後悔があるからこそ人は成長する。後悔は反省を促し、反省は成長に繋がる。

後悔のない反省は軽い、なんてのは刀也が言っていた言葉だったか。

 

「だから刀也…どんなにつらくても自分の過去は背負っていくしかねえんだよ。引きずって歩くしかねえんだよ。………そこは、甘ったれんじゃねえぞ?」

 

 

クロウとて大罪を背負う身だ。罪の意識が自らを苛んでも。今はただひたすらに、ひたむきに前に進むしかない。

人は生きているだけで大小多少の違いはあれど罪を犯す。それでも生きている以上は両の足で踏ん張っていくしかない。

 

生きている以上はーーーーなんて、鼓動のない自分はすでに罰を与えられてもいい身分かもしれないが、と自嘲しかけた所で「ありがとう」と刀也の声。

 

「またいつか、話せる時がきたら話す」

 

言葉少なに約束された。夜凪刀也を苛んできた第0次近界遠征に隠されたエピソードについて語る事を。

 

 

「ああ。………しかしちょっとクサかったか?」

 

「リィンさんを思い出した」

 

「……そりゃ相当だな」

 

 

 

2人はいつも調子に戻ってボーダーに帰る。その足取りは先程よりも軽かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロウは思うのだ。

刀也というリィンの後継者にして自らの写し鏡のような人物に、陽の当たる場所で生きてほしいと。

そのために与えられる事はなんでも与えようと。

 

自分がイシュメルガに呑まれてしまう前に。




割と重要なはずな場面は文章短めなのに、どうでもいいところは冗長だなあ、と自分の文章を見て思いました。


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決意をここに。呪いはそこに。

夜凪隊はランク戦の強化合宿!と銘打って玉狛支部に遊びに来ていた。いや合同トレーニングだ。

 

主な趣旨はグランの強化。おなじみ影分身の術で経験値10倍ボーナスの恩恵を受けているグランだが、ボーダー本部だとロクにその良い所を発揮できていない。

ぶっちゃけ知ってる人間が限られているせいでまともに訓練依頼も出せないのだ。いくらワケありの隊員であると周知されているとはいえ、同時に複数の場所で目撃されてはいけない。最悪の場合はクロウや刀也の悪巧みが頓挫する可能性すらある。

 

そのため夜凪隊は隊の合同訓練という名目で玉狛を訪問しているのだ。

玉狛支部の人間は全員が事情に通じている。A級である玉狛第一の面子はもちろん、遊真のサイドエフェクトを買われて尋問を行ったためエネドラッドの存在を知っている玉狛第二も同様だ。

 

ヒュースとグランで一悶着あったものの、模擬戦をやりまくり、何とかどちらも溜飲は下がった様子。

 

 

そんなこんなで玉狛でグランの特訓を行ったわけだが、成果は上々と言えた。

 

元々玉狛のメンバーは一人で一部隊と数えられる規格外が数名、もっさりした男前である烏丸は何でもそつなくこなすし、遊真の身のこなし、雨取からは狙撃手の心構えや基礎的な動きなど得られるものは多い。

木崎レイジに続く完璧万能手になると目されるクロウの指導はもちろん、刀也が4年の間に磨いてきた技術も惜しみなく継承され、たったの3泊4日で完璧万能手と読んで遜色ない実力者に成長していた。

 

ブレードトリガー、ガンナー(シューター)トリガー、スナイパートリガーそれぞれでマスタークラス程度の実力は得られたものと思われる。

しかしマスタークラスと言ってもピンキリで、グランはまだまだ下っ端だ。もちろん点数を得られたわけではないので名実ともに下っ端なわけだ。

 

良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏と、そんなありきたりな評価を与えられる。

しかし、これまでクロウや刀也との模擬戦の勝率が0割だったのと比べ、今は勝率1割を叩き出している。

たったの1割、されど1割。0から1への進歩は大きい!と刀也はしたり顔で語り、グランとついでに三雲にも変な影響を与えていたのだった。

 

 

 

ROUND7の当日、夜凪隊は玉狛支部を離れる。

レイジに車で本部まで送ってもらう手筈で、車両に乗り込む寸前で「ああそうだ、ヨナさんにクロウさん」と迅が呼び止めた。

 

「良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞く?」

 

 

「うっわ出た定番のやつ」

 

 

にっこり笑う迅に刀也は苦い顔をして、クロウは悩む素振りも見せずに「良いニュースから頼むぜ」と言った。

 

「わかった」と迅は頷いて、

 

 

「良かったね、まだ見つかってないみたいだよ。Ⅶ"sギアの適合者」

 

 

良いニュース…それに食いついたのは刀也の方だ。

トリオン兵エネドラ運用と引き換えに本部に提出した黒トリガー『Ⅶ"sギア』。元々黒トリガーは起動する者を選ぶため、そこまで不安ではなかったがボーダーも500人を超える組織だ、刀也の他に起動できる人間がいてもおかしくはない。そういった人物がいれば刀也がⅦ"sギアを取り戻す公算も低くなるため、迅の言葉には安堵を覚えた。

 

 

 

「んじゃ、次は悪いニュースね」と迅は話を切り替える。

 

 

「そう遠くない日、三門市が火の海になるかもしれない」

 

 

「はぁ!?」と反応したのは夜凪隊の全員だ。火の海とは穏やかならぬ表現だ。もしや以前言っていた世界の終わりとやらがもうやって来たのか。

 

 

「比喩じゃなくて言葉通りの意味ね、火の海って。それも火災とかじゃなくて、火が降ってくる感じかな?」

 

 

「かな、とか言われてもわかんねーよ。また何か視たのか?」

 

 

火が降ってくる、なんて戦時中でもあるまいし、と刀也は続ける。近界民の侵攻なら火の雨が降るなんてのも考えられるかもしれないが、それでも三門市が、となればトリガーの出力としてデカ過ぎだ。

 

 

「んー、それがクロウさんの知り合いなんだよね、たぶん」

 

 

目を見開いたのはクロウだ。それは、名指しされたからではなく、三門市を火の海にする事ができる人物に心当たりがあったからだ。

 

 

「まさか……ヤツが来るってのか…?」

 

 

だがそれは、あまりに現実味のない話のように思えた。

クロウの知り合いで、且つ三門市を火の海にできる存在と言えば1人しか該当者はいない。

 

脳裏に過ぎるのは赤衣の長身。火焔を操る魔神。

戦闘狂という程でもないがバトルジャンキーな気はあった。それも自分たちⅦ組との戦闘で記憶を取り戻してからは鳴りを潜めるかと思っていたが。

 

 

「火の海、とはな……」

 

 

思考の海に埋没したクロウを他所に夜凪隊の面々は改めて玉狛に別れを告げ、ボーダー本部に帰還するのだった。

 

 

☆★

 

 

ROUND7昼の部が夜凪隊の戦う舞台だ。

相手は影浦隊と東隊、B級上位にずっといると戦う相手も決まってくるものだ。

 

 

「今回は三つ巴だな。3位影浦隊と7位東隊がお相手様だ。今回も勝つのは前提として……主にグランに戦ってもらうって事でいいかな?」

 

 

玉狛での強化合宿を終えて完璧万能手と同程度の実力を身につけたグランの力量を測るための試金石としたい、というのはクロウと刀也の意見だった。

それには夜凪隊の指導者としての適性やグランという人型トリオン兵の価値を証明するための意味合いが大きい。

 

 

「ああ、もちろんおれと刀也でフォローはするがな」

 

「問題ねーよ」

 

「それがあんたらの悪巧みとやらに関係するなら、あたしには異議なしだよ」

 

 

確認の意味も込めての問いかけに3者とも賛成の意を示した。

 

 

「実際どこまでやれんのか、試してみてーしな」とグランは負担が大きくなる事にさして不満も持たずに言った。

 

思えば、グランーーーエネドラの性格も丸くなったものだ。

本人曰く、トリガー角の呪縛が解けたおかげらしい。攻撃的だった言動は収まり、思考も明瞭ときた。

角の有無でこれだけ違うのもクロウらには不思議だったが、トリガー角というのは脳にまで根を張るらしく、それがなくなったから元の人格、能力に戻ったのだろうと思われる。

 

 

 

やがて開始時刻となり、転送が行われーー、ROUND7、開幕。

 

 

 

☆★

 

 

まずは序盤、合流を急ぐ東隊奥寺をクロウが急襲、東が狙撃で阻もうとしたが読んでいたクロウはこれを集中シールドで防ぐ。また別方向から絵馬の狙撃がクロウを狙うが、これは近くに来ていたグランがカバーした。クロウが狙撃を警戒しつつグランは奥寺と斬り結び勝利する。

絵馬の狙撃地点に向かう刀也を阻むように影浦が立ちはだかる。サイドエフェクトで回避能力の高い2人の決着はつかず、北添が影浦に合流し刀也は不利と見るや撤退を始めるが、これを阻止するように絵馬が狙撃。超直感のサイドエフェクトを持つ刀也だったが影浦隊の波状攻撃を捌けずに右腕を失いつつも離脱した。

 

中盤に入り、刀也とグランは合流していた。クロウは東の押さえに行っている。ここで再び影浦隊と会敵する。各隊の狙撃手が生きている以上、常に多方向を警戒しなければならない他に対して刀也は全力で攻撃を仕掛ける。影浦の感情受信体質と違って刀也の超直感は東の狙撃に対しても機能するための攻勢だ。そういった攻撃力の差もあり、影浦隊の陣形を崩した所で現れた小荒井が北添の首を刈り取っていく。注意が途切れた一瞬で東の壁抜き狙撃が影浦を撃破する。北添がやられる前に放ったグレネードガンのメテオラを絵馬が撃ち抜き炸裂させる、が小荒井とグランは刀也の固定シールドで守られてダメージはなく緊急脱出したのは刀也のみだった。

狙撃で位置の割れた絵馬をクロウが撃破する。クロウは東の追跡をある程度で止めて、陽子と共に絵馬の狙撃地点を割り出していたのだ。それとほぼ同時にグランが小荒井を撃破。

その後戦況は膠着し、そのままタイムアップ。

 

結果は3対2対1で夜凪隊の勝利となった。

 

 

☆★

 

ROUND7から一夜明け。

 

「それで、私には何をくれるのかしら?」

 

 

「……あー」

 

 

刀也は今、加古望に迫られていた(物理)。

 

互いの息遣いを感じられる距離。「近いです」と目を逸らしながら刀也は言うが、イケイケモードの加古は退く様子は見られなかった。

 

 

夜凪隊は今“悪巧み”を結実させるために奔走している。刀也が知り合いに協力を呼びかけているのはそのためだ。

とは言ってもかなりリスキーな行いのため“何でも言う事を聞く”なんて子供のような約束で縛るのが常になっていたが。

 

そんな協力者たちには黙秘を頼んでいるが、加古はどこで聞きつけてきたのやら。きっとうっかりさんの二宮からだろう、と現実逃避する刀也。

 

 

加古に迫られて“何でも言う事を聞く”の内容を引きずり出された刀也は、加古を巻き込むために何を差し出せるのか、今はそういった交渉の最中であった。

 

というかむしろ加古を巻き込むつもりはなく、加古の方から刀也に話を持ちかけたのだ。という事は、何かしら要求したいものがあるのだろう。

 

 

「何が欲しいんだ?言っとくが金ならあんまりないぞ」

 

 

「お金なんていらないわ」

 

 

冗談めかした刀也に即答する加古。はじめから欲しいものは決まっているかのような勢いに刀也は思わず鼻白む。

 

だがここで加古は妖しげに笑うと、

 

 

「ねぇ、もしキスしてって言ったらしてくれるの?」

 

 

言われた刀也はすぐさま視線を交わすと唇を重ねーーない。触れる寸前で止める。

 

 

「もしそう言ったらな。それで交渉成立なら安いもんだろ?」

 

 

にやり、と。刀也も妖しげに笑う。何とかポーカーフェイスは保てているが内心バックバクである。機先を制されまいとのハッタリであった。

 

 

が、スッと加古が唇を伸ばした事でキスは成立した。触れるだけのじれったい口づけだ。

 

 

「おまえな…」

 

 

「フフ……今のは私をからかった罰よ」

 

 

なんて言って加古は笑う。やっぱり敵わないと刀也は嘆息した。年下の女に良いように弄ばれるってのはこういう事なんだろうなと思えた。

 

 

「それで?欲しいものはなんですか?」

 

 

わざとらしく仕切り直す。これ以上加古にペースを乱されては当初の目的も果たせない。いや、そもそも当初は加古にこの話をするつもりはなかったのだ。

味方になってくれれば頼り甲斐のある加古や影浦などを誘わないのは一言で表現すれば“厄介”だからだ。影浦はサイドエフェクトで刀也の邪な感情を見抜くだろうし、そもそもこういった裏工作は嫌うだろう。加古については現状の通りだ。

 

こんな目に会っているのだ、これは次のランク戦で当たる二宮をまたフルボッコにしなければ気が済まない。可能不可能は横に置いといて。

 

 

少しばかり距離をとると加古は真面目くさった顔で言った。

 

 

「約束」

 

 

約束という響きに刀也は片目を閉じる。加古の続く言葉は容易に予想できた。

 

 

「夜凪さんがどこか遠くに行こうとしてるのはわかってるわ。でも必ず帰って来て。この三門市に、ボーダーに、私のところに」

 

 

無茶を言う。刀也はゼムリアなどという近界の国の1つに行こうとしているのだ。しかもそれは未だにボーダーが観測できていない国家。そもそも辿り着けるかどうかもわからないのに、行って帰って来いとは。

 

 

少し不安そうに刀也を見つめる加古にデコピンを見舞う。堅苦しかった雰囲気が一気に弛緩して。

 

刀也は立ち上がって「ハッ」と大仰に笑った。すでに加古には背中を向けていて。今にも泣きそうな表情を見せたくなくて。

 

 

「オーケー、交渉は成立だな。だけどそんな事でいいとは、得した。元々帰るつもりだったし?そもそもおまえがそう言うことも予想済みだし?いやー、ホント得したなー」

 

 

言葉を重なれば重ねるだけ嘘らしくなって。

だが、言ったからにはやり切るだけの覚悟を伴って。

決意する。旅の終着点はここだと。何故か自分なんかを好いてくれている加古の元に帰ってくるのだと、決意した。

 

家に帰るまでが遠足です、というのは子供の頃から聞かされて来た言葉だった。

そうだ、行ったからには帰らなければ。リィン・シュバルツァーの旅を終わらせても、クロウ・アームブラストの旅が終わっても、自分の旅は終わりじゃない。

 

「帰って来るよ、ここに」

 

 

固く、固く決意するのだった。

 

 

☆★

 

 

刀也が加古に籠絡されている間、クロウが何をしていたかと言うと。

 

これまた個人ランク戦に励んでいた。今日はグランも連れている。

とは言っても別段遊んでいるわけではなく、役割分担というやつだ。

 

夜凪隊の“悪巧み”、刀也が手を回す間、クロウは周囲の注意を引きつける、言わば陽動役だ。

元々刀也はランク戦にはあまり参加しない主義で、今回は先のランク戦で活躍しているグランも連れ立っているため効果は大きいもの…と考えたい。

 

 

ランク戦の相手は専ら攻撃手ランキング一桁の猛者たちだ。太刀川に始まり村上、生駒、たまに迅や風間。それに諏訪隊や東隊のコンビなどを加えて即席チーム戦などをやったりもする。

戦績は勝ったり負けたりを繰り返している……6割くらいの勝率か。

 

今日も今日とてそんな感じでチーム戦をやっていた。

そのインターバルで、

 

「そういや最近、ヨナさんを見ませんね」

 

と話を振ったのは村上だった。

 

 

「おお、そういやそうだな」

 

それに太刀川も乗ってきて、皆の視線がクロウに集まる。

 

 

「……おれでもさすがにチームメイトのプライベートまでは知らねーぜ?」

 

と、お茶を濁すのまでは計画通り。

 

 

「ホントにそーか?まぁた怪しげな活動してんじゃねえのか?」

 

 

だが諏訪がそれを追及する。記憶にあるのは冬島と刀也の賭け。そして眼前に積まれた札束と“場所代”、“口止め料”の言葉。

 

「ここ最近、ソロで派手にやってんのはヨナさんが裏で何かやるための陽動だったりするのか?」

 

 

そんな諏訪に同調したのは太刀川。普段はダンガーな太刀川だが、こんな所だけ鋭いのはさすがと言うべきか。

 

いくらでも誤魔化しの言葉なら出てくるが、今この場には“嘘を見抜く”サイドエフェクトを持つ空閑遊真がいるため、上手く言葉を継ぐ事ができない。

すでにさっきの嘘も見抜かれていて、視線がコワイ事になっている。

 

 

「旋空〜チョップ!」

 

 

と、そんな時に疑いをかけられていた刀也が現れて太刀川と諏訪に手刀をかます。生身ならオチてた、と後に語られる威力で首筋を狙ったものであった。

そんな若干の悪意と共に放たれたチョップだったがトリオン体にはさして効果もなく、冗談の如く受け止められる。

 

 

「な〜んか悪口言ってない、君たち?まったく、そんな事は言っちゃダメだぞ!」

 

言いながら人差し指を自らの唇に持っていく刀也。静かに、というジェスチャーだが太刀川や諏訪など、他言無用と伝えている相手には“黙ってろよ”という意味に認識される。

余計に疑われる行動ではあったが、黙る約束は守ってくれるようで、話は別のものに移行する。

 

 

「んで、今日は加古と逢引きか?頬に口紅のあとがあるぜ」

 

 

「っ!?……ハッタリかますなよ諏訪」

 

 

「間があったが。ヨナさん」

 

 

諏訪の言葉にドキッとした刀也。頬にはないはずだ、なんて失言は免れたが一瞬でも答えに窮したのを太刀川は見抜いていた。

 

今度は無言で拳を叩き込む。こんな時のための八の型なのだと確信した。

 

 

 

一連の会話を見てクロウは「ははは」と笑う。楽しいと感じてしまう。トールズにいた時を思い出してしまう程に。

失われた青春を謳歌する、なんて不死人たる自分には過ぎた願いのはずだ。

 

だけど、こいつらと一緒なら。こうやって楽しみながら故郷を目指してもいいのではないか。今はそう思える。

 

 

 

ーーーー否

 

ソノヨウナ事ハ断ジテ許サレヌ 貴様ニ許サレルノハ吾ノ器ヲ用意スル事ノミ

 

 

 

そんな願いを抱いた瞬間。クロウの内側で爆ぜる声音。黒の呪い。それは確かに圧力を伴って。それは確かにクロウの願いを踏み躙って、放たれたイシュメルガの呪い。

 

これまでの比ではない精神汚染攻撃に、クロウは息を飲み、胸を押さえて蹲った。

 

 

「ーークロウ!?」

 

 

刀也の、太刀川の、諏訪の、他の面々も唐突に起きた事態に驚きつつも適切な対処をしていく。

クロウの名前が呼びかけられる。その声が遠ざっていくのを感じながら、意識する。

目を背けていた事実を、確認する。

 

イシュメルガの呪いはクロウの裡で大きくなっているのだと。

 



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ROUND8

イシュメルガの声のフォントを調整!以前の話のやつも順次調整していきます!




B級ランク戦ROUND8。

 

公開遠征のため、いつもより短い期間で終わる事になったB級ランク戦はROUND8で終了となる。

 

夜凪隊の相手は、2位二宮隊、3位玉狛第二、4位影浦隊だ。夜凪隊が1位である事を考えると、名実共にB級最強決定戦の試合となる。

 

そんな最終ROUND、王者の如く相手を待ち受けるはずだった夜凪隊は危機に瀕していた。

 

 

☆★

 

 

「はい、という感じです。陽子、簡潔にまとめて」

 

転送開始が間近に迫っている隊室では、作戦会議も終着に近い。

決定した作戦を陽子が簡単にまとめて説明する。

 

 

「まず、今ROUNDで最大の脅威となるのは玉狛だね。前回のROUND7で雨取千佳が人を撃てるようになった事が大きな要因だ。彼女がハウンドやメテオラを撃ってる間、他の面子が周囲を固めればそれだけで勝てるってくらいだ」

 

 

トリオンモンスターと呼ばれていた玉狛第二の狙撃手、雨取千佳が“人を撃てるようになった”。ROUND7終盤で二宮隊の辻を撃破していた事から夜凪隊は推測した。

これまでの誤爆のような撃破ではなく、きちんとスコープの先の敵を撃ち抜いた事実からだ。

 

 

「だからまず最初の目的は玉狛を合流させない事。もっと言えば、雨取を倒せれば文句なしだね」

 

 

「とは言っても、他の部隊もそこはわかってるだろうから多少連携は取れると思う。漁夫られないように注意ね」

 

 

陽子の説明を刀也が補足。玉狛の脅威度は他の部隊も重々理解しているだろう。

 

 

「次にヒュースだね。孤月やバイパーを使う万能手だ。ROUND7じゃ数的有利があったとは言え二宮を倒したからね、攻撃力も高いがエスクードで防御も堅い。状況判断も適切だ。これも撃破優先率は高めだね」

 

 

ヒュース・クローニン。元はアフトクラトルの人型近界民で、本部の許可を得て玉狛第二が運用する強敵だ。ROUND7で鮮烈なデビューを果たした。二宮を撃破する以外にも、その豊富なトリオンで戦場を蹂躙していた。

 

 

「脅威度が高いのは次点で二宮隊。言わずもがな二宮を軸にした作戦を立ててくるだろう。雨取のメテオラ対策として潰し合わせるってのも手だね。とりあえず二宮とは1人でぶつからないようにだけ注意しな」

 

 

すでに何度もぶつかっている二宮隊。幸いな事に勝ち続けているが、その脅威は相変わらず。射手の王とすら呼ばれる二宮に玉狛を処理させるのも作戦の内だ。

 

 

「3番手に影浦隊だ。玉狛や二宮隊に比べて脅威度は低いが、それでも影浦の攻撃力や回避力は高いし、北添の適当メテオラにも注意が必要だ。狙撃手の絵馬も凄腕だから気を抜けな」

 

 

二宮隊は合理的な動きをするが、影浦隊はそうじゃない。玉狛に当てるのは容易ではないだろう。

 

 

「役割分担だが、ヨナさんはとにかく状況を動かす。玉狛ペースや二宮隊ペースにならないようにね。グランは遊撃。各隊の動きを見て私が指示を出すから得点を狙いな。そしてクロウ、あんたは……」

 

 

と、そこまで言って一瞬だけ言葉に詰まる陽子。作戦で決まった事とは言え言い難い事だった。しかし、躊躇いは一瞬で。

 

 

「何もするな。また発作とやらが起きても面倒だからね。完璧万能手相当のあんたの位置を悟らせないってだけで、かなりの意味がある」

 

 

ROUND6での発作ーーー曰く“呪い”が発動してからはあまりなかったそれだが、先日突然ぶっ倒れるなんて事があり、その場は誤魔化せたがROUND8でも似たような失態を犯せば遠征に参加させられない可能性も出てくるため、大事をとってクロウには潜伏していてもらう事になった。

 

 

「ひとまず、以上が作戦だ。みんな、よろしく頼むよ!」

 

 

と陽子が隊長っぽく締めた所でROUND8の開始時刻となる。

やがて転送が始まり、最終ROUNDが始まった。

 

 

 

☆★

 

 

レーダーから光点が3つ消える。雨取、絵馬、クロウの分だ。奇しくも消えた光点の1つはクロウの直近のものだった。

 

「一応マークしとくぜ。タイミングがあったらやるが、それでいいな?」

 

 

「ああ、頼む」

 

 

クロウの言葉に即答したのは刀也だった。呪いで撃破されるのも痛いが、過保護過ぎるのも考えものだと判断しての事だった。

 

 

「ヒュースを発見。奇襲かける」

 

 

そのすぐあと、走るヒュースを見つけた刀也はバッグワームを着て奇襲を仕掛ける。

家越しの旋空孤月、完全に不意を突いたはずの斬撃はしかし、ジャンプして躱される。

 

 

「マジか」と声を漏らす刀也。宇佐美のオペレートがあるにしても勘が良過ぎるだろう。

2人はそのまま白兵戦に入る。

 

まずは初手、ヒュースがバイパーを起動する。トリオン能力がそのまま現れるトリオンキューブの大きさに苦笑いしたい気持ちを抑えて対応を決める。

 

ヒュースはROUND7で二宮を撃破する際にもバイパーを使っており、それはきちんと弾道を引いているように見えた。

距離を詰めてバイパーの弾道を外れるのは悪手だ。Uターンしてきたバイパーに背中を撃たれる危険性がある。

ならば、バイパーの軌道が変わる前にシールドをぶつけて消してしまうのが現実的。とは言っても規格外のトリオンを保持するヒュースだ、普通のシールドならば物量で割られてしまいかねない。

 

そうなると、正解は遠隔固定シールドだ。

 

 

バイパーが発射される、が刀也が展開した固定シールドに阻まれてその大多数が打ち消される。

動かせない代わりに防御力の上がる固定シールドならば刀也のトリオンでもヒュースのバイパーに対抗できるようだった。もしこれがアステロイドなら難なく割られていたであろうが。

 

そうやってバイパーを防いだ刀也は踏み込んで接近戦を仕掛ける。孤月の腕だけならば勝てるのは証明済みだ。

 

しかし、踏み込んだ先で待っていたのはバイパーの雨あられ。刀也も得意とする多段撃ちだ。頭上から突き刺さるバイパーを、さらに深く潜り込み踏み込んで回避。切り上げを見舞おうとヒュースを見上げた所で、迎撃準備万端の様子を見て誘われたのだと理解する。

 

ヒュースによる孤月の振り下ろし。確実に当たるはずの一撃は刀也が消えた事で空振りに終わる。テレポーターの瞬間移動による回避だと看破したヒュースは放たれた背後からの一閃を孤月で受け止め、続くしなる刃を顔を逸らす事で避けて見せた。

 

 

必殺、とはいかないまでも大半の相手なら屠れるはずの連撃を涼しげな表情のまま捌いてみせたヒュースに刀也は喝采を送りたい気持ちにさえなる。一連のコンビネーションに使った技はいずれもこれまでのランク戦で見せたものだが、ここまで見透かしたように対応してみせるなど。

 

対するヒュースも同じ感想を抱く。甘い相手でないのはわかっていたが、まさか無傷で切り抜けられるとは。

 

 

2人の技巧を凝らした戦闘はしかし、

 

 

「メテオラ、来んぞ!」

 

 

そんな警告で中断される。刀也にはグランが、ヒュースには三雲がアラートを出す。互いに弾かれたように距離を取ってメテオラの炸裂範囲から逃れた。

 

 

爆風で巻き上がった粉塵を、刀也の旋空残月が切り裂く。が、すでにヒュースの姿はそこにはなく、カタパルトとして使ったであろうエスクードを両断しただけだった。

 

 

「逃げたっつー事は……」

 

 

おそらく、玉狛は合流して雨取で爆撃作戦を実行するのだろうと刀也は考えるのだった。

 

 

☆★

 

 

ランク戦が開始してから早々、グランはバッグワームでレーダーから隠れた。というのも、クロウとの合流はできず、刀也とでは役割も違うため単独行動するしかないからだ。

 

単独行動する上で重要なのは、先に敵を見つける事だと刀也は言った。これは数的不利の状況に陥らないための助言である。複数人なら対処できた相手でも一人ではなす術もなく墜とされるのは良くある話。クロウのような実力、刀也のような強かさを持っていないグランにとってB級上位は魔窟だった。

 

しかし、それは相手が複数人だった場合だ。あるいは二宮や影浦などA級クラスの猛者と正面からぶつかる場合の。

 

 

今のように、同格以下を相手にする場合はその限りではない。

 

 

 

犬飼澄晴ーーーー緊急脱出。

 

 

 

 

ROUND8で初得点を挙げたのは夜凪隊グランであった。

 

 

 

レーダーの反応を頼りに撃ち放つ、北添の適当メテオラ。ステージ各所にばら撒かれたそれはうざいと定評があるが、北添の位置を割り出されるデメリットもあった。

 

北添を獲物と定めたのは二宮隊だ。確かな実力を持つ二宮の足元を掬う可能性は万が一でも潰しておきたい。それを迎撃するのは影浦隊だった。

 

待ち構える影浦と北添に迫るのは二宮の援護射撃と犬飼だ。その両者が激突する瞬間、犬飼の首を刈り取っていったのはグランだった。

 

 

無機質な音と共に空を星が駆ける。

 

 

敵手を横取りされた影浦隊はグランを追うことができない。犬飼の援護として放たれていたハウンドを捌くので手一杯だ。

 

その隙にグランは離脱。レーダーからも再び姿を消すのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

空間が爆ぜる。その威力はあの“列車砲”にさえ匹敵するのではないかとすらクロウは思った。

 

雨取千佳のメテオラである。

 

この破壊力を前にしては、《七の騎神》の装甲さえ一撃ともつまい。そんな益体もない事を考えるほど非現実的な光景だった。

 

 

雨取のメテオラが炸裂したのはグランが犬飼を撃破したのとほぼ同時だった。

雨取に迫る二宮隊を牽制するための爆撃であった事は間違いない。

 

 

雨取のトリオンを警戒した二宮は辻を護衛につけて玉狛とぶつかっていた。玉狛はすでに空閑と雨取が合流している。三雲はワイヤー陣でも構築している頃合いだろうか。

 

逃げる玉狛、追う二宮隊。雨取が撃つメテオラやハウンドはすべて二宮のハウンドにより撃ち落とされている。トリオン差が歴然であるように射手としての技量差も歴然なのだ。

 

やがて二宮隊が追いつこうとした瞬間、狙い澄ました絵馬の狙撃が辻を穿った。正確にはその右腕を。

本来二宮を撃ち抜くはずだったそれを自身の右腕の欠損のみで留めた辻の技量は見事だが、これで攻撃手としての働きは期待できなくなる。

 

絵馬の狙撃に気を取られた二宮隊は玉狛の逃走を許してしまう。雨取の地面を狙ったハウンド、巻き上げられた煙幕に視界を塞がれ、その隙にレーダーからも消える。

 

 

 

よろしくないな、とクロウは思った。

玉狛とって良い状況になりつつある。

 

メンバーが集結しつつある玉狛、対抗できる二宮隊は両翼をもがれたも同然だ。

玉狛が勢揃いすれば雨取を砲台として他がガードを固めるという戦法が出来上がってしまう。そうなれば打つ手がかなり限られるというのが現実だ。

 

戦局を有利に運ぶなら、先程絵馬は玉狛を撃つべきだった。それなのに銃口が二宮隊に向いたという事は絵馬は玉狛贔屓の気があるという事実に他ならない。

 

故に、クロウは絵馬を撃破する。

 

 

二丁拳銃が火を吹き絵馬を蜂の巣にする。開幕からずっと尾けられていたなどと思わなかった絵馬は抵抗もできずに緊急脱出した。

 

少しばかり予定とは違うが、現場は生き物という事だ。クロウも積極的に動くつもりはないが、位置がバレない程度にはアシストすると無線で告げ、隠形を再開するのだった。

 

 

 

☆★

 

 

玉狛第二。玉狛支部を拠点とするB級部隊。今シーズンのランク戦の台風の目でありダークホース。

メンバーにヒュースが加わった事によりチームとしての強度が劇的に向上し、最下位スタートながらすでに上位チームと互角以上に渡り合う事も可能となった。

 

 

玉狛第二の目標は近界遠征への参加。そのための条件としてランク戦において2位以上で終える事となっている。

そのためにあと必要なポイントは6点。2位二宮隊を抜き去り単独2位に躍り出るにはそれだけのポイントが必要となる。

ちなみに1位になるには10点が必要なので、そちらは無理というのが部隊の総意だった。玉狛第二がランク戦における台風の目なら、夜凪隊は流星だ。並み居る猛者を打ち破り瞬く間に王座に君臨し、未だ無敗を誇る最強の部隊。

 

だからと言って勝てないか、と問われれば否だ。ROUND7前に行った合同訓練のチーム戦でも勝率は4割以上だった。

 

勝つ。勝って見せる。そう意気込んで最終戦に臨んだ玉狛の戦略は、雨取を他の隊員で守り砲撃を続けるというもの。

シンプルだが、雨取の驚異的なトリオンがあればそれだけで5〜6点は取れる、というのが見立てだった。

そんな玉狛の懸念は、隊員が合流する前に他の隊が点を余さず取ってしまうというものだ。

すでに夜凪隊が2点先制しており、残る敵ーーすなわちポイントは7点。生存点を加味しても9点だ。そこから最低でも6点は取らねらばならない。しかもこれは二宮隊に1点も取らせない前提の話だ。

 

かなり、厳しい。

 

三雲はスパイダーでワイヤー陣をつくりながら、そんな不安を抱えていた。

この最終戦においてワイヤー陣はあくまで遊真の補助的役割のみだ。本来の戦術であるワイヤー陣に誘引する作戦は、言わば守りの戦法だ。今回のようにポイントを独占したい時のような攻めには向かない。

 

ステージのあちこちに小規模なワイヤー陣をつくりながら移動して、ようやく遊真と雨取と合流する。

ヒュースは少し遠い場所に転送された上に刀也とぶつかり合流が遅れている。トリオン能力的にはヒュースが雨取のメインの盾となるはずだった。

三雲や遊真がカバーに入ったとしても、二宮の集中砲火に晒されれば墜とされる可能性もある。

 

できればヒュースの到着を待ちたい三雲だったが、すでにステージ各所で戦闘が始まっており、いつ最低獲得ポイントが失われるかわからない。

 

 

 

「メテオラ!」

 

 

だから、雨取に「撃て」と指示を出す。レーダーの反応を頼りに狙うそれは、さながら北添の適当メテオラだ。

しかし、その威力は比較にならない。黒トリガーと同等の出力による炸裂弾は地形を変えるほどの破壊力で建物を削る。

しかしそれは、その大半が空中で炸裂した事実に他ならない。

 

影浦隊に差し向けられた27分割中の9発は北添がほぼすべてを狙い撃ち対処した。二宮隊へ向かった9発は二宮が余さず撃ち落とし、残る9発はステージの各所を穿つが緊急脱出の光が空を駆け上がる事はなかった。

 

 

やはり、これしきで点が獲れるほどB級上位は甘くない。

 

 

その後、玉狛というわかりやすい脅威に相手部隊は肉薄する。

それは先程の適当メテオラで位置を晒した北添に寄るという構図の焼き増しと言っても過言ではなかった。

 

 

☆★

 

 

それに真っ先に食いついたのは刀也だった。

玉狛の爆撃によって位置が割れた雨取千佳に向かって走り出したのは。

他の隊の者たちは、漁夫の利を得ようとその後ろを追う形となる。が、実の所は漁夫られる事を恐れて二の足を踏んだというのが本当だ。

加えて二宮隊や影浦隊と違って夜凪隊は部隊で合流して行動しているわけではなく、刀也を背後から攻撃しようとしても、さらに後ろからクロウやグランに狙われる可能性もある。ある意味で二宮隊、影浦隊からすれば1番嫌な展開とも言えた。

 

 

しかし、玉狛には関係ない。迎え撃つ側の警戒は変わらず、再度の爆撃。ステージ各所を抉るメテオラ。

その影に隠れて、

 

 

「1点目」

 

 

北添尋、緊急脱出。

やったのはもちろんヒュースだ。放たれたバイパーは北添の全身を穿ち、影浦の手足に穴を開ける。

背後からの奇襲だった。影浦のサイドエフェクトで一瞬早く気づけたとは言え、バイパーの多角的な攻撃には対応しきれずにまず北添が墜とされる。

 

手傷を負った影浦だが、体のどこからでも出せるというスコーピオンの特性を十全に扱う者にとっては大きな痛手ではない。すぐさま反攻に移りたい影浦だったが、ヒュースは一定の距離を保ちバイパーで間断無く射撃を続けた。

 

 

「2点目だ」

 

 

そうしていつしかシールドも割られて北添と同じように蜂の巣にされて緊急脱出。しかし影浦もただではやられず、ヒュースの片腕をもぎ取っていくのだった。

 

 

絵馬に続き北添、影浦が離脱して影浦隊はリタイア。四つ巴のROUND8は三つ巴へと変化する。

 

残っている敵は夜凪隊の3人、二宮隊の2人。生存点を獲得するにしても最低あと2人は撃破しなければならず、生存点が獲得できないならば4人撃破しなければならない。

 

難しい戦いなのは最初からわかっていた。だから臆する事はない。怯む事はない。悩む事はない。自分がこの部隊を遠征に連れて行くと言ったのだから。

 

ヒュースは勝つための最善を模索しながらステージを駆け抜ける。

 

緊急脱出の光が空を駆けたのは、そんな矢先の事だった。

 

 

☆★

 

 

二宮隊の動きは鈍い。雨取の爆撃に晒され続け、夜凪隊からは挟撃される恐れがある。それに対応しようとすれば後手に回るのも必定。

 

夜凪隊の3人はバッグワームを使いレーダーから隠れており、そのため玉狛の爆撃は二宮隊に集中していた。

それは当然のように二宮が撃ち落とすが、続く爆撃に二宮のトリオンは湯水のように消費されていく。

 

再度の爆撃。メテオラが群をなして襲いかかってくる。二宮がそれを迎撃し、辻はその護衛といった様相だった。

 

その2人を狙ったのはグラン。物陰に隠れてマンティスによるもぐら爪にて辻を攻撃する。寸でのところで気取られ致命傷は与えられなかったが、それでも多大なダメージを与える事に成功した。

 

二宮は雨取の爆撃に対処せねばならず、辻は利き腕を失い脅威度は低くなっている。

雨取の爆撃に巻き込まれる恐れがあるものの、だからこそ夜凪隊は攻める。

 

 

そんな事、二宮隊は百も承知だ。

 

 

置き弾。二宮があらかじめ仕掛けておいたハウンドがグランに殺到する。しかしこれは読んでいたグラン、シールドの全防御で防いだ。

 

その一瞬で立て直し、踏み込んだのは辻。利き腕を失ったとは言えマスタークラスの孤月使いである判断力まで失ってはいない。

 

グランに肉薄した辻がシールドごとグランを叩き斬ろうとして、周囲に散りばめてあるトリオンキューブに目がいった。

 

置き弾だ。グランも二宮と同じように罠を張っていた。

瞬時にシールドを張って守りに入る、その隙にグランは攻勢に転じ辻と切り結ぶ事になるが、すでにマスタークラス相当の実力を有するグランに対し四肢を欠損している辻では相手にならず、ついには残った腕さえ切り飛ばされてしまった。

 

そこで「数発逃がす、足止めしろ」という二宮の指示を受けて辻はシールドを使ってその内側にグランを閉じ込めた。

そこに飛来するのは雨取のメテオラだ。二宮があえて撃ち落とさず、辻もろともグランを撃破するための策。

 

メテオラが衝突し、大規模な破壊がもたらされる。辻のシールドは容易く破られ、緊急脱出したのは1人だけだった。

 

グランはスコーピオンで地面を切り裂くと、埋設してある水道管に身を投げ入れた。切った穴をシールドで埋めて水圧を維持し、そのまま流される事で難を逃れたのだった。

 

 

☆★

 

 

「ここは通さないよ、ヨナさん」

 

 

雨取を狙って進んだ先に待ち構えていたのは三雲と遊真だった。

 

 

「なーんでおれがここに来るってわかったんかね?」

 

 

刀也はバッグワームでレーダーから消えている。目的地が雨取であると把握されていても、どの方角から来るかはわからないはずだった。

 

 

「二宮さんを正面に見据えると、ここが穴になるからです」

 

何事でもないかのように三雲が言って、刀也はふっと笑うように息を吐き出した。

 

 

「教え子に自分の考えが読まれるのって何かいろいろショックだわ」

 

自分の衰えを感じたり、相手の成長を実感したり。この場合は後者で間違いなかろうが。

 

 

「旋空残月」

 

 

一転、斬撃。

鋭いなんてものじゃない。まるでそれは正面からの不意打ち。生駒旋空に並ぶボーダー最高の旋空孤月が振り切られ、後背の建物をぶった斬る。

 

しかし、そんな不意打ちを三雲と遊真は避けている。三雲は刀也の性格を理解しており、遊真は歴戦の経験から、それを見切っていたのだ。

 

 

遊真はグラスホッパーで瞬時に距離を詰め、三雲はトリオンキューブを生成して射撃を始める。

 

遊真の攻撃は孤月で受け止め、三雲の攻撃はシールドで遮断する。

 

 

2人を相手にするのは分が悪いと刀也は判断すると、グラスホッパーをあてて遊真を弾き飛ばし、来た道を辿るように逃げていく。

 

 

「空閑、頼んだぞ!」

 

 

「そっちこそな、オサム」

 

 

玉狛が下した決断は追撃。しかしそれは遊真だけだ。三雲は着々と距離を詰めてきている二宮を迎撃しなければならない。本来なら部隊総員で迎え撃つべき相手だが、まだ合流はできていなかった。

 

だから、こちらに向かってきているヒュースと挟み撃つ形で遊真を追撃に差し向けたのだ。

ヒュースと遊真の2人で刀也を撃破し、すぐにこちらに戻ってきてもらうために。

 

 

地形や攻撃で敵を追い込むというのは戦術の基本だ。

遊真にとってそれは手慣れた作業。追い込む先にはワイヤー陣があり、おまけにヒュースも向かってきている。刀也を侮るわけではないが、十中八九負けはない。

 

 

「って思わせるのがヨナさんの常套手段だったな」

 

 

と遊真は思い出す。今までいくつの部隊が夜凪隊に嵌められて辛酸を舐めさせられた事か。

おまけに今回はクロウが静かすぎる。前のラウンドで二宮に無防備にやられた事が関係しているかもだが、警戒はしておいて損はない。

 

 

やがて刀也に追いつく。横幅10m弱の路地。すでにヒュースが会敵しており、そこにワイヤー陣ありの遊真が加われば全部隊でも屈指の撃破力となるだろう。

油断はなく、慢心もなく、順当に、夜凪刀也を追い詰める。

 

遊真とヒュースの挟み撃ち。それによって刀也も削られていき、とどめの瞬間が訪れる。

 

ヒュースのバイパーが縦横に展開され、ワイヤーを踏んだ遊真が加速する。

 

 

その瞬間。遊真の体が不自然に跳ねた。

 

紛れもない隙。バイパーに貫かれようと構わない刀也は旋空孤月で無防備な遊真に斬撃を与えようとするが、ヒュースのエスクードにより軌道を逸らされて斬ったのは遊真の右腕の肘から先のみ。

 

 

「スコーピオン・ピアス」

 

右腕で振られた孤月。左腕は細長く針のように伸ばされたスコーピオンがヒュースの心臓ーートリオン供給器官を貫いていた。

 

新技引っさげて最終ラウンドに臨んでるのはおまえたちだけじゃないんだぞ。というような笑みを見せて、緊急脱出。

一瞬遅れてヒュースも同じく緊急脱出する。

 

 

ROUND8は終盤に向かいつつあった。

 

 

 

☆★

 

 

ヒュースがやられたと連絡が入る。

どうやら刀也が来た道を戻ったのは、罠のある場所に誘導したかったかららしい。遊真が致命的な隙を見せたのはワイヤーに引っかかったからだと。それはもちろん三雲の仕掛けたスパイダーではない。おそらく刀也が仕掛けたものだ。色を調整して見えにくくしていたのだろう、ワイヤー陣にワイヤートラップを隠すなんて、確かに刀也らしいと三雲は思った。

 

頭の中で再度計算する。

今のポイントは玉狛第二が4点、夜凪隊が3点、二宮隊が0点。残っている相手は二宮、クロウ、グランの3人。単独2位まであと2点。今はリードしているとは言え、まったく油断ならない状況だ。

 

遊真とヒュースが刀也を撃破する間にも二宮は着々と距離を詰めてきており、遊真がこちらに向かってきているが、会敵するまでに間に合うかどうか。

 

再度、雨取のメテオラが起動する。巨大に過ぎるトリオンキューブから放たれる弾丸は、しかし遅い。

二宮ほどの射手からすれば撃ち落としてくれと言っているようなものだ。そのすべてをハウンドで迎え撃ち空中で炸裂させては接近する。その繰り返しでここまで来た。

 

雨取のいる地点まで200mを切った。仕掛けてくるならここだろうと二宮は考えていた。刹那、着弾する。

 

「ーーーなに!?」

 

メテオラではない。その弾速の遅さに二宮が慣れてから放たれたのは大砲ーーー雨取のアイビスによる狙撃だ。

 

警戒していたおかげか直撃は免れたが、シールドは容易く破られ地面は破砕され粉塵を巻き上げていた。

 

二宮が目を細めたその時、物陰から三雲が撃った。

完璧なタイミングだった。

 

三雲の存在に二宮が気づいてさえいなければ。

 

タン、とバックステップを踏んで射線から逃れる二宮。

続いてアステロイドで三雲の全身を穴だらけにする。

 

これにてお仕舞いーーーというのは、三雲が撃ったのがアステロイドだったら、の話だ。

 

そのトリオン弾は急カーブを描くと射線から逃れたはずの二宮を貫いた。

それはアステロイドではなくハウンドだったのだ。

 

すぐに緊急脱出するほどではないが、間違いなく致命となる一撃。トリオン流出過多で緊急脱出するのが見えている。

 

その前に、

 

「ハウンド + ハウンド」

 

位置がわかっている雨取だけでも倒そうと合成弾を練り上げる。

 

 

「ホーネッ」

 

 

「させないよ」

 

 

スコーピオンが一閃され、二宮の首がごとりと落ちる。遊真の仕業であった。

 

 

三雲に続いて二宮が緊急脱出する。

 

 

「あと2点か…」

 

 

単独2位まであと2点。二宮隊に1点取られてしまったためだ。しかし残る相手も2人。不可能な話ではない。

三雲修が、雨取千佳が、ヒュースが、そしてなにより遊真自身が遠征に託す想いのために負けられない戦いだ。

 

 

 

☆★

 

 

 

「やぁっと着いたぜ」

 

 

と声が聞こえた雨取はその声の主人の姿を見てすぐにその場から飛び退いた。

グラン。夜凪隊の完璧万能手もどきその2。その十八番がもぐら爪だと知っていたからだ。

 

雨取の予想通り元いた場所にはスコーピオンが生えるようにして刃を突き出している。

三雲の指示により遊真と合流して爆撃を続ける事になった雨取は飛び退いた勢いのまま建物から落ち逃げる。

 

「サルが」

 

が、その先に待っていたのはハウンドの弾丸だ。グランは雨取の逃走経路を予測してあらかじめハウンドを仕掛けていたのだと理解してして慌ててシールドを張り防御する。

 

ハウンドは防ぎ切った、と思ったがしかし。

 

 

クロウの狙撃が雨取の頭を貫通した。

 

ステージを横断するような長距離狙撃。素直に感嘆するしかない狙撃精度だが、そう言ってもいられない。

 

緊急脱出間際でもできる事はあった。

 

 

「メテオラ!」

 

 

雨取はその場でメテオラを炸裂させるとグランを道連れにする。

グランもシールドで防ごうとしたが、簡単に砕かれて終わりだった。グランがランク戦において注入されるのはトリガー使いの平均である5。トリオンモンスターである雨取千佳と比較すれば是非もなしという所であった。

 

 

☆★

 

 

グランと雨取が相討ちとなり、マップに残ったのはクロウと遊真の2人。

ポイントは玉狛第二が6点、夜凪隊が5点。

 

遊真は勝利し遠征部隊に加わるために。クロウは夜凪隊無敗の称号を得るために。

 

直接対決は避けて通れないものだった。

 

 

「クロウさん、いつかのリベンジ…させてもらうよ」

 

 

「そう簡単にやれると思うなよ…遊真!」

 

 

言って、レイガストを構える。

 

ぶつかり合うレイガストとスコーピオン。

2人が2人とも卓越した近接戦闘のプロだ。決着は容易ではなかった。

すでに無線からの指示もなく、皆が固唾を呑んで見守っていた。

 

もぐら爪、枝刃、マンティス発展型。そのすべてをクロウは躱していく。遊真の新技のほとんどは刀也が4年の間に考案していた技に類似したものだった。

 

やがて隙ができた遊真に蹴りを入れて距離を離したクロウはブレードスローの構えをとる。

回転しながら迫る刃は必殺の威力を持つ。雨取のシールドでさえ割って見せるそれを受けるわけにはいかず遊真は空中に逃げる。

 

グラスホッパーを使いレイガストを避けながらクロウに肉薄する遊真。

 

 

「バイパー」

 

 

だが、クロウはそう容易い相手ではない。

右手にトリオンキューブを生成すると、それを撃ち放ちグラスホッパーの跳び板を破壊してしまう。

グラスホッパーは物質化したものしか跳ばせないという特性を刀也から伝えられていたからできた芸当だ。

 

 

足場をなくした遊真は迫るレイガストを何とか防ぐ。ぐるぐると回転しながら不規則な軌道で切りつけてくるレイガストに何度も切り裂かれながら、致命傷は許さない。

 

だがそれはクロウにとって格好の餌食と言っても良かった。

グラスホッパーを砕かれ、シールドとスコーピオンでレイガストをいなす遊真だが、その対応に追われて隙だらけなのだ。

 

 

だからーーーー

 

 

         ヨコセ

 

 

ーーーーここでくるだろうと予想していた。

 

イシュメルガの呪い。黒い声。魂を暗く塗り潰す悪意。

 

それを跳ね返すには、精神を強く保つ必要がある。それには一瞬以上の集中を有し、それは遊真に対する致命的な隙となる。

 

だがまさかイシュメルガの呪いを無視するわけにもいかない。クロウがこれに乗っ取られればすべてが水泡と帰す。

 

 

だから仕方ない。

 

ここで遊真に負けるのは仕方ない。

 

より大きなものを守るために、目先の勝利を捨てるのだ。

 

仕方ないーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて、甘ったれんなって話だよなぁ!」

 

 

 

 

 

 

イシュメルガの呪いに対抗するためにランク戦で負けてやる?そんな事を許すほどクロウは諦めがいいわけではない。

望んだわけではないにせよ、死んで、死に損なって、死に損なってここにいるのだ。

 

そんな生き意地の張った男が、こんな場面で諦めるわけがなかった。

 

 

 

遊真を何度も切りつけていたレイガストを空中でキャッチする。

 

遊真は傷だらけで身体中のいたる所からトリオンが漏出していて、しかし未だ目は死んでいない。

その着地する刹那、最も隙を晒すその時をクロウは待っていた。

 

ダブルセイバーを振り上げる。それを大地に向かって突き刺す様はまさにクロウの絶技そのもの。

ゼムリアの時ほど派手ではないが、そのクラフトは確かにーーーー

 

 

あの世へ行きな(終わりだ、遊真)

 

 

ヴォーパル・スレイヤー

 

 

急降下。突き刺さる刃は遊真のスコーピオンを砕き、心臓部を貫通していた。

 

 

空閑遊真ーーー緊急脱出。

 

 

 

ROUND8、閉幕。

戦績、7対6対1対0で夜凪隊の勝利。

 

 

B級ランク戦上位最終順位

1位 夜凪隊

2位 二宮隊

3位 玉狛第二

4位 影浦隊

5位 生駒隊

6位 東隊

7位 王子隊

 




今更白状しますが!
ランク戦のポイントについて考えてません。最初はあの部隊が何点で夜凪隊が今何点だから〜と考えていたんですが、めんど…げふんげふん!私ごときには荷が重いと判断した次第であります。


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暗黙の了解なんてクソ喰らえだ

長くなるから1話を2話に分割するとはまあまあ聞くけど、2話にすると短いから1話にするってのは聞かない。今回はそれです。


 

「ふぅ〜〜〜っ…」

 

 

長く、深く息を吐く。深呼吸に似たようで違うそれはいったいどれだけ数を重ねたのか。見かねたクロウがにやつきながら、

 

 

「なんだ、緊張してんのか刀也?」

 

 

そうした本人に呼びかけた。刀也はそんな深呼吸ともため息ともつかない呼吸が多かったとここで気づいて、わざとらしく苦笑いすると肩をすくめた。

 

 

「さすがにな」

 

自他共に緊張しないたちだと認める刀也だが、この場面においてはさすがに心拍数の上昇を感じていた。

「おまえは?」と聞き返すと、クロウは真面目くさった顔で胸に手を当てる。

 

 

「おれは不死者だからな、心拍数が上がる(緊張する)って事がないんだよ」

 

 

「とんでもねえブラックジョークぶっこんできたなこいつ」

 

 

クロウの心臓は煌魔城で魔王に貫かれて以降、鼓動を刻んだ事はない。不死者として甦ってからもそれは同じ。本当の意味で生き返ったわけじゃない。

 

ともあれ、そんなジョークで些かばかり緊張がほぐれた刀也。

ちょうどそんな時だった、予定していた来客が到着したのは。

 

 

「失礼するよ」

 

そう言って現れたのはボーダー本部長忍田真史。雰囲気は柔和であるが、どこか威厳を感じさせる佇まい。No.1攻撃手太刀川慶の剣の師であり、ノーマルトリガー最強の男。戦闘時はその姿に虎を幻視する事もあるという猛者だ。

 

 

「お呼び立てしてすみません」

 

 

忍田に劣らず柔和な微笑で迎え入れたのは刀也。直前の緊張が嘘のように平静を装っていた。

 

 

「大丈夫だ。……いい目をしているな。察するに話というのは、前に言っていたあの件か?」

 

 

「はい」と刀也は首肯する。

夜凪隊の隊室に忍田を呼び出したのは、クロウと刀也のーーー夜凪隊の悪巧みを成就させるためだ。

 

すなわち、遠征の最中に離脱するという作戦を忍田に認めさせるための。しかも黒トリガー2つを持って。

 

 

今日ここで、今までの努力が結実するか水泡に帰すかが決まる。

 

 

「コーヒーです。おかけになってくださいな、忍田本部長」

 

 

と陽子がコーヒーを注いだマグカップをテーブルに置く。数は3つ、忍田に加えクロウと刀也の分だ。

 

忍田は「ありがとう」と言って着席した。対面するのはクロウと刀也の2人でその後ろに陽子とグランは控えている。

 

 

「さて、まずは本題に入る前に……おめでとう。ランク戦の結果から君たちは今回の遠征の有力候補に選ばれている。ほぼ内定と言っていいだろう、全戦無敗という結果を出されては遠征部隊に加えるしかないというのが上層部の総意だ」

 

コーヒーを一口飲んで忍田は続けた。

 

「尤も、それが君たちの狙いなのだろう。唐沢さんや根付さんが言っていたよ、遠征に行きたいと公言している無敗の部隊を遠征に加えなければ隊員らの不信を招くとね」

 

 

やはりと言うべきか、上層部にはクロウや刀也の考えは読まれていたらしい。まあこちらは別段読まれても良い考えなわけだが。

しかし、それだけではむしろなおさら遠征中に夜凪隊という戦力を手放せない事実の補強になる。

 

だから、崩すとしたらそこだ。

遠征中に夜凪隊が抜けたとしても、その後のボーダーの総戦力が低下しないだけの、追加戦力。

 

 

「ありがとうございます。がんばった甲斐がありました」と忍田の賛辞を受け止め、本題に入るために雰囲気を一変させる。

切り出したのはクロウだった。

 

「前置きはこの程度でいいだろ。本題に入らせてもらうぜ、忍田の旦那」

 

 

忍田が「ああ」と目つきを変える。

 

 

「おれたちの遠征中の途中離脱の許可が欲しい。黒トリガー“七の騎神”、“Ⅶ"sギア”を所持したままでだ。こちらが差し出せるのは、おれたちが抜けた穴を埋めて余りあるほどの戦力。……どうだ?」

 

 

「話にならない」と一蹴して良い内容だった。すでにボーダー最強の部隊の一角である夜凪隊の遠征中の途中離脱を認めるだけでなく、黒トリガー2本も持った上となると、その戦力の損失は計り知れない。

忍田もそうだが、それ以上に本部司令である城戸が許すはずがない。

 

だが、そんな一蹴できるはずの内容を一蹴させないだけの材料を揃えてきているだろうと忍田は考える。故に、

 

 

「続けてくれ」

 

 

と言った。

ひとまず一蹴されなかった事に胸を撫で下ろしながら柔く口角を上げるクロウと刀也。予想通りとでも言いたげだ。

 

 

「こちらが提示できるものは3つ。まず1つ目は…刀也」

 

 

「ほいさ」と刀也がテーブルに出したのは一冊のノートだ。表紙にはでっかく㊙︎と書いてある。

 

 

「一発目にしょっぱくて申し訳ありませんが、このノートにはここ四年でおれが考案した技が書いてあります。どうぞご覧ください」

 

 

ノートを手渡された忍田はページをめくっていく。そこにはこの四年あまりで刀也が考案した戦技が書き連ねてあった。意外と達筆で図解もしてありそこそこ読みやすい。

ぱらぱらと流し読みする。時に目を細め、時に笑んで、最後まで読み終えると「悪くない」と言った。

 

 

「それで二つ目は?」

 

 

しかし評価はそれだけだ。刀也の四年はあくまで“悪くない”程度。しかし、これは刀也も予想済みで、おまけのようなものだ。本命は後の2つ。

 

 

「お次はコイツだ」

 

 

クロウがテーブルの下から出したのは百枚にも及ぶのではないかと思われる紙束。表題には“完璧万能手育成メソッド”とある。

 

 

「おれと木崎、荒船が協力してつくりあげた“完璧万能手育成メソッド”…これがあれば素人でもおよそ2年あれば完璧万能手相当の腕前になれる計算だ。確認してくれ」

 

紙束を手渡され、忍田は先程と同じようにページをめくった。

内容はそれぞれ攻撃手育成メソッド、銃手育成メソッド、狙撃手育成メソッドの三段を序文とし、そこから発展して戦術や立ち回りについて解説する文へと続く。

 

 

内容を吟味、というほどではない。忍田もボーダー本部長とは言えすべてのポジションに精通しているわけではない。ある程度基礎的な事は把握しているが、応用編となるとわからないのが現実だ。

 

だから。

 

「3つ目はこいつ、エネドラだ」

 

 

忍田が紙束をテーブルに置いたのを見てクロウが言った。「なに?」を目を細める忍田だったが、一呼吸する内に理解したようで、

 

 

「……君たちにどんな思惑があるかわからないが、トリガーを持って来いと言われた理由はわかった」

 

 

立ち上がる。「トリガーオン」の声音と共に忍田の姿がトリオン体に換装される。濃紺のスーツが黒いコートに変化する。久しく見ない忍田真史のバトルスタイルだ。

 

 

「君たちが出した手札……夜凪の戦技集やクロウくんの完璧万能手育成メソッド…それらをエネドラには叩き込んである。私にやってほしいのはその値踏み……そうだろう?」

 

 

「さすがに察しがいいな。その通りだ」

 

 

元より忍田にはトリガーを持参するように頼んでいた。それが今の慧眼に繋がったようで、忍田はそのまま隊の訓練ルームへと足を運ぶ。

次いで夜凪隊のメンバーも訓練ルームに入り、揃ったところで陽子が説明した。

 

 

「今から忍田本部長にはグラン……いや、エネドラと10本勝負をしてもらいます。その中で本部長にはエネドラの価値を測ってもらいたい。エネドラの戦力としての価値を」

 

 

「…いいだろう」

 

 

僅かに間があったが忍田は了承し、エネドラとの10本勝負が始まる。

 

エネドラは「頼むぞ」と3人から肩を叩かれて、「うぜーな」と悪態を吐きつつもやる気は出たようだ。

 

 

刀也の“㊙︎戦技集”に加えてクロウの“完璧万能手育成メソッド”のすべてがエネドラにはインストールしてある。

先の完璧万能手育成期間2年というのも、エネドラのデータを基に算出したものだった。

 

そんなエネドラだが、クロウや刀也、陽子とも模擬戦をしていて、その勝率はクロウには4割、刀也には2割、陽子には7割といった所だ。

 

クロウは完璧万能手としての上位互換であり、ほぼ全ての戦術を読まれていて、刀也は“超直感”なんて反則じみたサイドエフェクトがあって、陽子だけには勝ち越しているが、忍田の戦闘スタイルは陽子が最も近しいらしいため自身半分不安半分といった感じだ。

 

陽子と忍田に共通するのは、近接に強く戦術理解度が高いという点。しかし、忍田は天才的と言われる陽子よりも遥かに格上だ。

 

その忍田に完璧万能手としての手腕や初見殺しがどこまで通用するのかが問題となるわけだ。

 

 

やがて勝負が始まり、クロウや刀也は固唾を飲んでそれを見守る。

 

 

 

「なんか…自分が戦えないってのがなんとも歯痒いな」

 

 

「私はいつも感じてるよ。ま、歯痒さというよりは予想を超えた現実に圧倒されるばかりだけどね」

 

 

観戦しながら刀也がむず痒い表情で言うが、反応したのは陽子だ。現場で戦える陽子だからこその意見ではあるが、続く褒め言葉で刀也の気持ちもいくらか和らぐ。

 

「ま、今は何言ってもしょうがねえ。エネドラ……グランはおれたちの最後の切札…これに全部がかかってる…が、おれたちはもうできる事はやったはずだぜ。あとはもう見守るだけだ」

 

 

クロウの開き直った言葉に「それもそうだけどなぁ」と情けない声を出す刀也。

人事を尽くして天命を待つ、とは言うが本当に人事を尽くしたか不安になるのも人情というものだ。

 

やがて一本目が終わる。忍田の旋空孤月がエネドラのスコーピオンを叩き切り、腕を切り落とし、胴体を両断する。瞬間三閃の離れ技だ。

 

 

「んだアレ。速すぎだろ」

 

 

「瞬間三閃の旋空孤月。太刀川でも二閃が限界なのに、さすがにノーマルトリガー最強の男は違うわな」

 

旋空孤月の一閃だけなら刀也が上だが、連続する斬撃を比較すれば忍田が上回る。だがそれはあくまで忍田の実力の一端でしかないのがえげつないところ。

「まあ瞬間七閃とかやる達人もいたけどねー」と目を遠くする刀也に「誰だ?」と聞くクロウ。

 

「リィンさん」

 

答えは半ば予想していたもので「あぁ…」と理解を示すだけに留まった。無想覇斬ーーーリィンが納めた七の型の剣技だ。

 

そう会話をしている内に3本目まで終わる。

戦果はエネドラの1勝2敗。悪くない滑り出しだろう。

1勝を挙げたスパイダーとメテオラを絡めた狙撃はこれまでの訓練の成果が出ていた。これにはクロウも刀也も陽子もガッツポーズ。

 

続く4本目、5本目は負けてしまうがそれなりに渡り合っていると言っても過言ではない。

しかし6本目、7本目と忍田が奪取し、「あれこれヤバくね?」という雰囲気が出始める。

 

競り合ってはいるが、競り勝てない。イイ線いってるが、及第点ではない。そんな評価が下されるのでは、と戦々恐々とする夜凪隊だったが。

 

8本目、9本目、10本目とエネドラが連続奪取し、胸を撫で下ろす。

 

 

忍田   ○×○○○○○×××

エネドラ ×○×××××○○○

 

結果は忍田の6勝4敗。エネドラは勝ち越す事こそ出来なかったものの、ボーダーにおいてノーマルトリガー最強の男を相手に良くやったと言える戦果を残した。

 

 

 

☆★

 

 

一見平然としているように見えて落ち込んでいるエネドラに声をかけて、テーブルに戻る。

忍田はトリオン体から生身に戻っている。黒のコートから濃紺のスーツへ。しかしトリオン体の時の覇気はそのままで、思わずクロウすら唾を飲み込んだほどだ。

 

その忍田は座るなり、

 

 

「すばらしい強さだった、エネドラ。それによくぞ彼をここまで育てたものだ、夜凪隊」

 

 

そう笑顔で言い放つ。しかし、その笑顔は一瞬で真面目なものへと引き締められ、「それで」と続いた。

 

 

「君たちはこの成果を……エネドラを切札として使えるつもりなのか?」

 

 

エネドラと勝負をしている内に忍田は夜凪隊の考えを見抜いていた。そもそも答えは初めから出ていたのだ。

 

3つ目の交渉材料はエネドラ。

様々な戦技と完璧万能手相当の技術を身につけたエネドラというデータだ。

 

 

そういえば、鬼怒田が言っていたと思い出す。

「夜凪隊の奴ら、ちっとも試作トリオン兵の実運用データをアップロードしに来よらん!」

書類を提出するだけマシだがーーーと鬼怒田の言葉は続いたが、それは決して“面倒だから”などという理由ではなく、ここで武器にするためだと理解した。

 

しかし、そんな事は許されるはずがない。

夜凪隊はあくまでのエネドラの試験運用をボーダーから委託された身分だ。それによって得たデータはボーダーに還元する義務がある。

 

そのため、忍田は「エネドラを切札として使えるつもりか?」などという言い回しをしたのだ。

それを聡い夜凪隊の面々が理解していないはずがなく、

 

 

「もちろんです」

 

 

だから、そう言い切った夜凪刀也に面食らう思いをした。

 

 

「エネドラがこれまで蓄積した経験から来る実力は、おそらく総合力では太刀川とも伍するでしょう。それがおれたちの最後の切札です」

 

 

「当然のように君は言うが、それは不可能だ。夜凪隊はあくまでエネドラの育成を委託されただけの身分……その所有権はボーダーにある」

 

 

「ええ、ええ、その通りですとも」と芝居じみた様子で刀也は受け答えする。忍田の圧などどこ吹く風といった体で、エネドラの所有権はボーダーにある事を肯定した。

 

 

「ですけどね、忍田本部長。エネドラの経験データをどうするかなんて取り決めはしてないんですよ」

 

 

夜凪隊が切札とするのはエネドラそのものではない。忍田相手に10本中4本取れるだけの実力を備えたエネドラの記憶データだ。

 

 

「ふざけるな。取り決めなどなくともその所有権はボーダーにある。当然の事だろう」

 

 

一喝。しかし夜凪隊の面々は誰一人として揺らぐ事なく。

 

 

「そうですね。当然です。あたりまえです。ーーーークソ喰らえです、そんなのは」

 

 

雰囲気が、一変する。

 

 

「あなた方は我々に何の契約も持ちかけなかった。口約束すらしてない。エネドラの記憶データの取り扱いについて。大元に還元するのが当然だと、あたりまえだと考えてたからです。甘っちょろいんですよ。大人なら5W2H*1くらいはっきりさせておくべきでしたね」

 

 

言外にエネドラの記憶データはただではやらない、という意志が込められていた。もちろん忍田はそれを理解していて、

 

 

「もしここで君たちの提案に乗らなかったらどうなる?」

 

 

「ショックのあまり交渉材料すべてをうっかり焼却炉に投げ込んでしまう可能性がありますね」

 

 

尋ねるが、そんな馬鹿げた答えに乾いた笑い声がこぼれた。

すでに半分以上陥落しかけているが、何とか起死回生の一言を模索する忍田に、クロウが追い打ちをかける。

 

「忍田の旦那。確かに刀也の言う事は筋は通らねえ。だが理屈は通る。あんたらが面倒臭がって省略した確認って手順……そのツケだと思ってここは素直に負けを認めちゃどうだ」

 

 

クロウの言葉に忍田は大きくため息を吐いて、「わかったよ、こちらの負けだ」と敗北を受け入れた。

それを見てピリついていた刀也の雰囲気も霧散する。隊室は一気に柔和な雰囲気になりかけるが、

 

 

「だが、それと君たちの離脱を許可するのは別だ」

 

そんな忍田の一声にまた雰囲気は引き締まる。

今までの会話はあくまでも“エネドラの記憶データ”を天秤に乗せるまでのものだ。

“㊙︎戦技集”、“完璧万能手育成メソッド”、“エネドラの記憶データ”の3つが、“黒トリガー込みのクロウ・アームブラストと夜凪刀也”と釣り合いがとれるか、あるいは勝つか負けるかは未だ忍田の中で決定していない。

 

 

 

 

「……Ⅶ"sギアの適合者、まだ見つからないって聞きましたけど、どうなんです?」

 

 

しばらく沈黙があり、考え込む忍田に切り込んだのは刀也だった。それは迅から聞いた情報だ。

 

「難航している」と忍田は答え、今度はクロウがポケットから“七の騎神”のトリガーを出してテーブルに置く。

 

 

「それにこいつもおれの他に適合者はいねえ。Ⅶ"sギアにしろ七の騎神にしろ、半年くらい前までは戦力の勘定に入ってなかったんだ。元に戻るだけ……いや、エネドラの分は相当プラスされるって考えれば儲け物だと思うがな」

 

 

「それはあくまで前までの話だ。夜凪隊は今後ボーダーで中核をなす部隊になる。トリオン兵の運用なんて爆弾を抱えるより現行の体制を継続した方が良いと考えるのは私だけじゃないはずだ」

 

 

忍田の言う事は尤もな事実。民間人からすればトリオン兵=近界民なわけで、その近界民をボーダーが操ってるとなれば、最悪はこれまでの全てが自作自演だったと断じられる可能性もある。

 

そんな正論にはクロウも刀也も一息には反論が思いつかず、しかしそれは意外なところから飛んできた言葉で反抗される。

 

 

「ケッ」と吐き捨てたのは昔の癖か、あるいは言葉を紡ぐ緊張を隠すためのものか。発言したのはエネドラだった。

 

 

「今のままでどうすんだ。確かにこの前のウチの…アフトクラトルの侵攻を防いだのは大したもんだと思うぜ。何せ小国なら陥落させるだけの戦力だったんだからな」

 

それこそついこの前攻め込んできたガロプラもあの程度の部隊で占拠した。

 

 

「だが、あれ以上の戦力が投入されたらどうだ。15本の黒トリガーを保持するアフトクラトルが全戦力で侵攻して来たら、玄界に対抗する力はあるのか?」

 

 

「もちろん我々も全力で応戦するが、正直厳しいだろう。……だが、そんな事がありえるか?それほどの戦力を遠征に注ぎ込めば本国の守りが手薄になるだろう」

 

 

「ああ、基本はありえねぇ。だがここ最近の近界はどこかざわついてやがる。アフトクラトルでもそれは同じだ。神の選定をうざがってとんでもねえ発想も、そろそろ出始めてもおかしくねぇ」

 

 

「……今まさに我々が計画しているような、過去に類を見ない大遠征が起きるかもしれないと?」

 

 

「いや、それ以上だ」

 

 

室内に沈黙が落ちる。忍田の問いかけに“それ以上だ”と断言したエネドラの脳裏には遠征前の一幕が蘇っていた。

 

ハイレインの部下であるエネドラにスパイになれと、玄界の情報を流せと言って接触してきた他家の領主。

話に乗ったわけではなかったが、それはエネドラがハイレインに切り捨てられた事で頓挫してしまったが。

 

 

「具体的にはどう言う事だ?」と忍田は聞くがエネドラは「知るかよ」と一蹴。侵攻時の性格からして伝えられていないのは事実だと思った忍田は再び沈思黙考する。

 

その間に夜凪隊の面々は目くばせをした。それこそは正真正銘、夜凪隊の最後のカード。

迅から得た情報だが、口止めされているわけではないので別にいいだろうという判断だ。

 

 

「忍田の旦那。もう迅から聞いているかもしれないが、そう遠くない未来にこの世界は滅ぶらしい。それを防ぐためにはおれたちをゼムリアに帰還させるのが最低条件だって話だ」

 

 

「なんだと…!?」

 

 

そう言って忍田は顔を上げる。表情は険しく、嘘は許されない雰囲気だ。「本当の話か?」と確認し、クロウも刀也も陽子も揃って首肯したため表情はさらに険しくなる。

 

「少し待ってくれ。迅に確認する」

 

忍田はポケットからタブレットを取り出すと迅と通話する。迅の方もこの展開が視えていたようで話は手早く終わり、再び夜凪隊と向き合った。

 

 

「迅からも確認は取れた。信じ難い話だが、先程のエネドラの話とも符号する。……しかし話が大きくなり過ぎて私の手には余る。城戸司令にも話を通すが構わないか?」

 

 

「いえ、城戸司令には迅から報告がいきます。忍田さんに今教えたのはあれが交渉の一押しになればと思ったからで、本来なら迅から話がいくはずでした」

 

 

「つまり、忍田本部長から城戸司令に話す事じゃないって意味だね」

 

刀也が語り、陽子がそれを簡潔にまとめる。それにクロウが「だから」と続く。

 

 

「今ここであんたに……次期遠征部隊長サマに決めて欲しいのは、夜凪隊の遠征途中離脱を許可するかどうかだ」

 

 

その言葉を受け止め、忍田は唸る。夜凪隊は忍田の決定だけを待っているのだ。まるで城戸など眼中にないかのように。

 

「もしここで、仮に私が許可すると言ってもそれが通るとは限らない。最終的な決定権は城戸司令にあるからだ。それはわかっているだろう」

 

 

そう、忍田がいくらボーダー本部長で、次期遠征部隊長と言えど、その決定権は司令である城戸には及ばない。

この場で忍田が遠征途中での夜凪隊の離脱を許可したとしても、城戸が許可しなければそれは認められないのだ。

 

そんな簡単な事を聡い夜凪隊の面々がわかっていないはずがない。

わかっていないはずがない、とわかっていながら続く言葉に忍田は驚愕した。

 

 

「その問題はもうクリアしてます。ここで忍田さんを説得したように城戸さんを黙らせる術をおれたちは持ってるんです」

 

 

「だから今ここで!あんたが決めるんだ、忍田の旦那、おれたちの遠征途中離脱を許すかどうかをな!」

 

 

刀也はすでに城戸を黙らせる術があると言った。

その言葉の不穏さには目を瞑るとして。

クロウはここで忍田に決めろと言った。

夜凪隊の遠征途中離脱を許可するか否か。

 

今まさに、世界の命運は忍田の決定に懸かっていると言っても過言ではない状況になっている。

 

 

事はすでにボーダーや三門市だけのものではなくなっている。“世界”と言った、クロウも刀也も迅も。そう遠くない未来で世界が滅びると。それを防ぐには夜凪隊の遠征途中離脱を認めるしかないと。

 

だったら忍田の答えは決まっている。

 

 

「夜凪隊の遠征途中離脱を、次期遠征部隊長忍田の名の下に許可する!」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

忍田との話が一段落して、クロウと刀也は城戸司令と対面していた。

 

忍田は自らも同席し、城戸を説得する手助けをするつもりだったが当のクロウと刀也に止められて今は別室で待機している。

なぜ強力な助っ人であるはずの忍田の助力を拒んだかと言うと、それは単純に話が拗れそうだからである。

 

正義漢然とした忍田では受け入れられないような手段で城戸を黙らせるのがクロウと刀也の目的だからだ。

 

 

「なんだと…!?」

 

額の傷を撫でる余裕はなく、執務机を打ち据えた城戸にクロウと刀也は勝利を確信した。

否、勝利などこの会話を始める前から決まっていた。

今やっているのはただの勝利宣言だ。

 

 

「聞こえませんでしたか?」と余裕ぶって、演技じみた発言をしたのは刀也。

 

 

「A級からは太刀川隊、冬島隊、B級からは二宮隊が、城戸派から忍田派に鞍替えしました。あとは派閥なし自由派も加古隊が忍田派に乗り換えた事で大部分が忍田派に流れてます。ボーダーの実権は、忍田本部長が握りました」

 

 

城戸を黙らせ、忍田の決定権を高める手段……それはボーダー内のパワーバランスの調整だ。今までは城戸派が席巻していた派閥のパワーバランスを忍田派に傾ける。それがクロウと刀也が取った手段であった。

黒トリガーひとつでひっくり返る天秤。それが黒トリガーに匹敵するとされる遠征経験部隊、太刀川隊と冬島隊ともなれば天秤が忍田派に大きく傾くのも自明の理というもの。

 

 

「やってくれたな……夜凪刀也……!」

 

苦々しく刀也を睨みつけながら城戸は拳を握りしめる。それを「はは…」とそよ風の如く受け流しながら刀也は種明かしをした。

 

 

「実行はおれですけどね、提案はクロウですよ。2人目の完璧万能手ーなんて派手に売り出したのは目立つため。その裏でおれが各部隊に接触して鞍替えさせるって寸法でした。……まあ気づかないのも無理ないですよ、ボーダー自体がそんなに派閥争いが活発な組織ではないですし。唐沢さんの視線には時々冷たいものを感じましたけどね」

 

 

空閑遊真が現れた時のように黒トリガーなんてわかりやすいものがあれば露見したかもしれないが、今回の夜凪隊の手回しは裏工作とも言うべきもので城戸含む上層部が把握できるものではなかった。

ちなみに鞍替えさせた部隊には建前上、“次回の遠征部隊長は忍田さんだから城戸司令の命令とごっちゃなるのいややん?”と言っている。それに合わせて鞍替えさせる時期も遠征終了までとなっているが、それを城戸に言う必要はなかった。

 

 

「……そうか、まあいいだろう。今回は私の負けだ。要求はなんだ?」

 

 

刀也の種明かしが終わると、城戸は意外なほどあっけなく敗北を認めた。あくまで“今回は”と言っているあたり負けず嫌いが目に見えていて、おそらくは遠征でクロウらがいない間に派閥の立て直しを図るつもりだろう。

 

 

「要求というか報告なんですが、次回の大遠征…夜凪隊は途中で離脱してリィンさんとクロウの故郷であるゼムリアを目指します」

 

 

「“Ⅶ"sギア(リィン)”と“七の騎神”も連れてな」

 

 

クロウと刀也の説明に城戸もさすがに苦い顔をする。黒トリガー2つを失うのはかなりの痛手だ。

 

 

「ま、代わりになる戦力は補充できんだろ。エネドラも完璧万能手相当に育ってる。おれがここに来る前と比べたら差し引きプラスくらいだろうよ」

 

 

「トリオン兵の運用を提案したのも今回の事を想定してだったか。……抜かりない事だ」

 

 

トリオン兵の試験運用を引き受けたのは実績欲しさではなく夜凪隊が抜けた穴を埋めて余りある戦力をボーダーに補充するため。

実績欲しさなんてミスリードにばかり注目していた城戸は嘆息する思いだった。

 

 

「それに私が異議を申し立てても握り潰されるだけだな。実権を奪われるとはそう言う事だ」

 

 

仮に現有戦力で派閥間の戦争を引き起こしたとしても負けるだろう。天羽に“風刃”という2本の黒トリガーがあるとは言え忍田派には“Ⅶ"sギア”に“七の騎神”がある事に加えてボーダー本部の大半の部隊が集結している。城戸が動かせる風間隊、三輪隊、香取隊の3部隊では敗北は見えている。勝算があるとすれば玉狛と手を組む事だが、普段は真っ向から主義が反対である玉狛と組むとなれば今度は三輪隊や香取隊から反発される恐れもある。

というか、そもそも遠征を間近に控えた今に派閥間の戦争を引き起こすなど正気の沙汰ではない。その場合は実権だけでなく司令という地位すら失う事だろう。

八方塞がりとはこの事だ。勝負は始まる前に決しているとはまさに今のような状況を言うのだろう。

 

「惜しいな……」

 

 

そこまで思うと城戸は無意識に呟いていた。これほどの人材を失うのは惜しいと。

 

 

「まあまあ、おれは帰ってこないわけじゃないですし」

 

 

「なに…?」と城戸が聞き返すと、刀也は屈託なく笑って「はは、いやだって」と続ける。

 

 

「ここがおれの故郷じゃないですか。今回のは旅行ですよ、旅行。そのついでに友人を送っていくだけです。だからちょっと観光したらすぐ戻ってきますよ」

 

 

あまりにも軽く言うものだから、それはするりと城戸の心に響いて笑みを引き出した。

 

 

「フッ……旅行か。それはいい。存分に楽しんできたまえ。……一応形式だけだが認めておこう。ボーダー本部司令、城戸正宗は夜凪隊の遠征の途中離脱を許可する」

 

 

 

「ありがとうございます」と刀也は低頭し、クロウは安堵したように目を瞑る。

 

 

「……それにしても太刀川隊や冬島隊を切り崩すとは大胆な事をやるものだ。いったいどうやった?」

 

 

話が一息ついて空気が弛緩したところで城戸がそんな事を聞いてくる。純粋に疑問だったのだ。

太刀川や冬島が“忍田派に入ってー”で“うんいいよー”と返事をするとは思えない。

 

 

「そこはまあ、賭け事したり金を積んだり……これまで築いたイメージがパーですよ!これじゃ不惜身命ならぬ不惜信用って感じです」

 

 

「ハッ!」と大袈裟に自嘲した刀也に城戸は「真田か」と言う。

「ええ。まあ不退転ってのは同じですがね」と刀也が返事をして城戸と2人でくつくつと笑った。

 

この世界の歴史を知らないクロウは置いてけぼりだった。

 

 

☆★

 

 

やがて全ての話がまとまる。

 

忍田本部長を説得し、城戸司令を下して手に入れた“遠征途中離脱”の切符。

その切符を使うには遠征部隊に選抜されなければならない。忍田も城戸も了承しているため夜凪隊の遠征部隊入りは内定しているが、形式的なものとして遠征選抜戦に参加する事となる。

 

 

 

☆★

 

 

波乱は近く。

 

呪いはそこに。

 

魔人が迫る。

 

 

 

万丈は近く。

 

悪夢は甦り。

 

憧憬は地に沈む。

 

 

 

《蒼の騎士》は如何様な軌跡を描くのか。

 

《剣聖》の弟子は如何様な軌跡を辿るのか。

 

 

 

 

次章“明日への奇跡”

*1
5W2HとはWho(だれが)When(いつ)、Where(どこで)、What(なにを)、Why(なぜ)、How(どのように)、How much(いくらで)




実はもっと忍田と城戸にごねさせたかった件。筆者の文章力じゃ無理だと判明しました。悪しからず。
あとアフトクラトルの黒トリガーの数が増えてるのは7年前で13本という事なんで今なら15本くらいあってもおかしくないかなーって感です。

というか!ついに!黎の軌跡の発売日が決定しましたね!

読者諸兄におかれましてはスプリガンエディションをすでに予約されたでしょうか?私はもちろん予約しました。マッハで。
ティザームービー見てうほうほ言いました。マジで。
《不遇》…もとい《不動》さんや《痩せ狼》さん、さらには《妖精》さんの参戦などうほりたい放題です。特に姫がプレイアブルっぽいのでさらにうほりました。

黒神一刀流でしたかね、あの剣術。あれが一体何なのかも気になる所です。
八葉一刀流が東方剣術の集大成という事なので、集大成された内の一つの剣術の線もあるかなー?とか考えるだけで楽しいです。


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幕間#4
閃光の行方


前話であんな引きをしといて申し訳ないですが、幕間!


「ありがとう!楽しかった!」そう言って飛び立つ。あらゆる感情を振り切って、空を目指す。

やがて大気圏を越え、最期を共にしてくれるクロウやミリアムの声すら聞こえなくなって。

 

呪いだけが己の内側で木霊している。

 

 

そろそろイシュメルガとの喰らい合いが始まるな、なんて考えた。

 

ドライケルス帝ーーー、そして実父ギリアス・オズボーンを苦しめた“黒きイシュメルガの呪い”。それはあらゆるものを巻き込んで災厄を引き起こし、世界を支配する神にすらなろうと目論んだ悪意。

 

そんな存在との一騎打ち。相克。どちらの意志がどちらの意志を上回るのかーーーそんな対決。

敗北し、この身体を乗っ取られてゼムリア大陸に戻らせるなんてもってのほか。

願わくば勝利し、帰還が果たされる事をーーー

 

 

「リィンよ」

 

 

と、そんな事を考えた所でヴァリマールの声が響いた。

トールズ士官学院で出会ってから今までずっと付き合ってくれた相棒だ。

 

 

「どうしたヴァリマール?」

 

 

「大気圏を突破し女神の枷が外れたからか、思い出した事がある」

 

 

女神の枷ーーー?

リィンの脳裏には外洋に進んだ船がいつしか戻ってきたという話が想起されたが、それが形を結ぶより早くヴァリマールが二の句をつぐ。

 

 

「そなたを救う術がある」

 

 

「えーーー?」

 

 

「無論、イシュメルガの呪いは分離しての話だ。そなたが乗るか反るかの判断はーーーどうやら待っている時間はないようだ。予想より遥かに呪いの侵蝕が早い」

 

 

「どういう事なんだ、ヴァリマール。説明してくれ!」

 

 

言うが早いか、気づけばいつの間にかリィンの肉体を蝕んでいた呪いが剥がれていっている。

 

 

「今から我は(ブラック)トリガーとなる。……ふむ、どうやら《巨イナル一》としての力を使えば騎神を相克以前の状態に戻す事もできそうだ。これでクロウも消える事なく不死者のままあり続けるだろう。それと玄界(ミデン)への(ゲート)も開く」

 

 

矢継ぎ早に言葉を連ねるヴァリマール。そのひとつひとつがリィンにとって未知のワードだった。

 

黒トリガー、玄界、門……、しかしそういったものより気になったのは“騎神を相克以前の状態に戻す”という事だ。

《巨イナル一》……《焔の至宝》と《大地の至宝》が無限に相克し、無尽蔵にエネルギーを生み出し続ける《鋼》。七つに散った欠片を束ねたヴァリマールはそれを自在に操れる器になったのだろうか。

とにかく、消えるはずだったクロウが不死者とは言えこれからも隣にいてくれるなら心強い。

 

 

「……あまり意味がわかってないんだが、おれたちはその玄界…って国に行くのか?ゼムリア大陸に戻る事は不可能なのか?」

 

 

「不可能ではないが、それは同時に《黒》もゼムリア大陸に戻る事になる。我が力と共に黒トリガーに封じるとは言え、いずれ世界を焼き尽くす火種になる可能性もあるだろう」

 

 

「それは…だが、玄界という場所でもそれは同じじゃないのか?」

 

 

 

「玄界はトリオンや導力技術とは違う科学が栄えた特別な国だ。あの場所に限って言えば黒のイシュメルガが栄える事は絶対にない」

 

 

ヴァリマールはその理由を語らない。別に玄界にイシュメルガを抑え込む技術があるわけではない。《鉄血》のように悪意に耐性のある人間ばかりいるわけではない。

単純に、世界大戦となれば星そのものが滅びるからだ。人間に核の撃ち合いはできないと知っているからだ。仮に核のスイッチが押せたとしても、それで世界が滅びるならイシュメルガが栄える事はないと。

《大イナル一》の未来予知にも似た演算はそう結果を出していた。

その莫大な力も今や大半が黒に食われて同化し始めている。

 

 

「リィンよ、ゼムリアに帰るつもりならまずイシュメルガをどうにかしなければならぬ。クロウの事もな。オヌシならやれるはずだ」

 

 

「待て、待ってくれヴァリマール!まだ聞きたい事がーーー」

 

 

しかし、相棒に待ってくれる様子はない。イシュメルガの悪意の侵蝕が速すぎるのだ。

 

 

「さらばだリィン……我が友よ、どうか壮健であれ」

 

 

言い残して。ヴァリマールは消えた。

周囲の様々なものを飲み込み、分離して、それがたったひとつに収束し。

 

そこには“七の騎神”というトリガーホルダーが創り出されていた。

 

 

 

リィンがそれを掴むと同時に空間に灰色の孔が穿たれた。球形の孔の向こう側はどうやら近代的な景色があるようで、そこがヴァリマールの言っていた玄界なのだろうと理解する。

 

リィンの体が灰色の孔に引っ張られる。騎神がトリガーホルダーに収束し、宇宙に放り出されたはずのリィンは何らかの力で保護されている。

ふとクロウの方に目をやると、気絶しているのがわかった。

 

 

「クロウ!…クロウ!起きろクロウ!!」

 

 

手を伸ばし、声をかけるが届かない。クロウの瞼は閉じられたまま開く事はない。

 

 

「……クロウ!………クロウッーーー!!」

 

 

体のほとんどが孔に埋まり、クロウは宇宙を泳いだまま目を覚まさないままーーーー

 

 

灰色の孔はーーーー門は閉じられた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

それからすぐにリィンは“ボーダー”という組織に保護された。

曰く「馬鹿でかい門が開いたと思って駆けつけてみれば、まさか未知の星からの客人とはな」……リィンを保護したボーダーの1人の言葉だ。

 

ボーダーはリィンの戦闘力を買ってスカウトし、リィンもまたそれに応じた。

ボーダーにこの世界の事やトリガーの事などを教わり「ゼムリアという国を知っているか」なんて事も調査した。

結果として「ゼムリアという国は知らない」というのがボーダーやその協力国の答えだった。

 

リィンの戦闘力にトリオン体が追いつかないという事で特別に『ガイスト』というトリガーを作ってもらったり、ゼムリアにおけるリィンの武勇伝を語り聞かせたりもした。

 

そうしている内に一年、二年と経過して、そこからさらに半年ほど過ぎた所で夜凪刀也という少年がリィンに弟子入りした。

 

少年は「名前のせいか人より剣への憧れが強くて」と言って、トリオン兵から己を救ったリィンを「憧れそのもの」と慕い弟子入りを果たした。

 

この刀也はリィンからしても身震いするほどの才覚と資質の持ち主で、人より抜きん出た才能を3つも保持していた。

1つは『観察力』、1つは『想像力』、あとの1つは第六感とでも言うべき『超感覚』だ。

剣の才能は残念ながら自分と同じくらいだとリィンは評した。

 

そんな刀也にリィンは自分の持てるすべてを授けーーーーそして半年が経過した。

 

 

 

☆★

 

 

“第一次近界民侵攻”と後に記される戦いがあった。

 

“大規模侵攻”とも呼ばれたそれは、一般市民に初めて近界民が認知された戦いでもある。

その侵攻の規模は、4年後に起こる第二次近界民侵攻と比較すると約8分の1。死者を0人に抑えたその戦争と比較すれば敵の数は少なかった。

 

 

しかし、それ以上に味方の数が少なかった。

 

元々ボーダーは少数精鋭。しかも1年前には友好国アリステラへの救援でメンバーの大多数を失っていた。

単純に、圧倒的に、戦力が不足していたのだ。

 

 

 

ボーダーが現場に到着したのは、およそ敵の大部隊が引き上げる頃合いだった。

 

残されたのは回収されなかったトリオン兵が多数と今も瓦礫の下に埋まる生存者たち。

リィンと刀也は2人でトリオン兵を狩っては市民を救助していた。

 

 

「師匠、この下に生存者がいます!」

 

 

瓦礫の下から聞こえるうめき声に刀也が反応して、協力して瓦礫をどかそうとリィンに声をかけた。

 

リィンは空を見ていた。

 

 

「これは……もうーーーーー」

 

 

「師匠!」ともう一度呼ぶと今度は反応し、刀也とリィンは協力して瓦礫をどかし、生存者を救出する。

 

 

「すまない刀也、おれは先に行く」

 

 

そして走り出したかと思うと、懐からそれを取り出した。

 

 

黒トリガー『七の騎神』

 

七騎の騎士人形を相克以前の状態に戻し、封印した代物。

こちらの世界に来てから使った事はないが、これを起動させればどうなるかくらいリィンもわかっていた。

 

あの時、ヴァリマールが引き取ってくれた黒の呪いが再発する。

 

イシュメルガの悪意に屈するつもりは毛頭ないが、それでも心のどこかで死に至るであろうと確信はあった。

それでもリィンは躊躇いを振り切って、それを強く握り締めた。

 

 

「ポケットのそれ、使っちゃダメだよ」と迅の忠告が思い出された。……それでも。

 

「ダメだ!師匠!」例の第六感、超常的な直感で何かしら感じ取ったのか刀也も制止して。……それでも。

 

 

「来い!ヴァリマール!!」

 

 

リィン・シュバルツァーは再び死ぬ覚悟を決めた。

 

 

罪深い自分が犠牲になるだけで、今もトリオン兵に襲われ命を落とす市民を救えるなら、それでいいだろう。

 

リィンの内側にはいつも自責の念が渦巻いていた。ゼムリア大陸で大戦の引き金を引いた事。こちらの世界でも仲間を救えなかって事。

それだけではない。リィンがこれまでに周囲に強いてきた負担や犠牲。それらがリィンを突き動かした。

 

このリィンは世界と自分を秤にかければ間違いなく世界を選ぶ。

世界を救い、自分も救うと言った選択肢がそもそも頭にない。無想神気合一に至ったリィンとは違うのだ。

 

 

結果として。

それで多くの市民が救われた。代わりにリィンは黒の呪いに侵される事となった。

 

 

 

☆★

 

 

大規模侵攻以降、黒いナニカに全身を侵されたリィンは床に伏せる事となった。

トリオン体になっている間はまだそこそこ動けるが、今は生身で世界を感じていたかった。

 

 

「ど〜も〜、こんにちわー」

 

がらがらと引き戸を開けて入ってきたのは弟子である刀也だった。

大規模侵攻直後、呪いに侵されたリィンを目にして涙した刀也。

「なんで1人で抱え込むんですか…!?仲間は…おれは、そんなに頼りないですか…?どうして…自分だけは犠牲にしてもいいなんて思えるんですか…」

と、そんな風に泣きつかれたが、今となっては通常運転を装える程度には落ち着いている。

 

軽く挨拶を交わすと、それから近況報告をする刀也。

 

「いやー、大忙しですね。新しいボーダー本部の建設は終わったんですけど、入隊希望の多いこと!おかげでおれも指導役に回る事にもなりましたし、あとは遠征の話も出てて、それにおれも参加する事になりそうなんですよ」

 

ペラペラと語って、ひとつ声のトーンを落とす。

 

「そのせいで、八葉一刀流の修行もままならないですよ」

 

刀也にとって“八葉一刀流”は人生そのものと言っても良かった。憧れの体現であるリィンに近づくための手段にして目的。

 

 

「だったら、こんな所でくっちゃべってないで、孤月でも振ったらどうだ?」

 

 

「いやいや、おれが1人であーだこーだするより師匠と話した方が後に生きますって」

 

 

「そうは言ってもな……もう技は全部教えたし、俺から与えられるものはもうなにもないぞ?」

 

 

そう言うリィンだったが、実際は刀也の意見にも一理あると考えていた。

“後に生きる”……今は意味がわからなくても、後々になって理解する。リィンも修行中にユン老師から与えられた金言をその場では理解できずとも後になって胸に落ちる事もあった。

 

それに加えて刀也の才能ーーー想像力によってリィンとの会話からインスピレーションを得て新しい技を思いつくなんて事もあるかもしれない。

 

 

「新しい技か……」

 

リィンが思考している間も刀也は尤もらしくこの場に残る理由を並べていたが、リィンの呟きが聞こえたようで「師匠?」と呼ぶ。

 

 

リィンは師匠であるユンの最後の弟子であり、八葉一刀流を完成させる者と期待されていた。

それは光栄で恐れ多い事ではあるが、一方で完成とは“その先がない”事を示す。

 

しかし刀也なら、八葉の“その先”に行ってくれるような気がした。

 

 

「いや、君はおれよりすごい剣士になる。つくづくそう思うよ」

 

 

その全ては伝えず、リィンは刀也の頭を撫でる。刀也は若干不服そうな顔をしたが、背が低いせいか撫でやすい位置に頭があるのが悪い。

 

そうしてしばらく経った頃、刀也の懐から着信音が鳴った。画面を見て「おっと呼び出しだ」と刀也は立ち上がり、

 

 

「すみませんがここで失礼しますね。それじゃ師匠、また」

 

 

「ああ、またな刀也」

 

 

刀也はにこやかに病室を去り、わずかばかりの静寂が残され。

 

 

「迅、いるなら入ってきていいぞ」

 

 

扉の向こうに現れた気配に向けて言い放つ。黒の呪いに侵されているが、気配察知はリィンの十八番。この程度はお茶の子さいさいというやつだ。

 

するとすぐに扉を開けて迅が入室する。「いや〜、さすがですねリィンさん」とぼんち揚げ片手に挨拶すると椅子に座る。

 

 

「察するに、刀也をここから引き離したのも迅だな?聞かれたくない話でもあったのか?」

 

 

「おっとと、そこまでバレてるのか。やっぱ、さすがリィンさんだね」

 

 

迅は本気で驚いた顔をすると、すぐに本題に入った。

迅のサイドエフェクト“未来視”ーーー未来が視えるというそれによると、リィンの死期が確定したらしい。

 

 

「今まではいくらか未来が揺れてたんだけどね、今じゃもう確定してる。1週間後だよ」

 

 

迅の言葉を「そうか」と受け入れるリィン。その表情はどこか諦めたような、どこか悟ったような、悲しげなものだった。

死期が確定したのはおそらく、リィンが“もういい”と思ってしまったからだ。自分のような人間が、最後に弟子をとって幸せとも言える時間を過ごしたのだから充分なのだと。ゼムリアに帰れないのは心残りではあるが、自らの足で帰還できずとも黒トリガーになればいつか誰かがゼムリアまで運んでくれるかもしれない。

それが刀也やーーー、あるいはクロウなら言う事はない。

 

 

「それじゃ迅、これを預かってくれないか。自分じゃ渡せそうにないからな」

 

 

と言ってリィンは迅に巻物を手渡した。「これは?」と聞く迅に、

 

 

「それはーーーーー」

 

 

と説明する。それからいくつか言葉を交わして迅も病室から立ち去った。

 

 

残されたリィンは自らの最期に想いを馳せるのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「……120点だ」

 

 

立ち上がって、胸を張って。今にも泣きそうなのに笑顔を浮かべて。そんなとんでもない強がりができるなら、もう心配ないと安心した。

 

 

リィンは今まさに黒トリガーになろうとしていた。

病室には2人。リィン・シュバルツァーと夜凪刀也。全ての話し合いは終わり、まさしく最後の瞬間であった。

 

身体中には黒の呪いが根を張っている。顔にはあまり出てないのは幸いだった。そんな顔で笑顔を浮かべても不気味だろうから。

 

別れが避けられないのなら、せめて笑顔で別れよう。

そう言ったリィンだからこそ、呪いによる悪影響を跳ね除けて笑みを浮かべる事ができたのだ。

 

 

トリガーに生命力とトリオンを注ぎ込んでいく。自分という存在がうつろになっていくのがわかる。身体の端から崩れていくのが少しだけ怖かった。

でも、弟子にそんな顔は見せられない。

 

リィンは己の持てる全てを用いて、笑顔を保ったままトリガーに自らを注ぎ込んだ。

 

 

 

最期の瞬間、弟子の眦から涙がこぼれ落ちるのを見て、もう動かない口の中だけで呟いた。

 

 

 

 

「もう少し…生きたかったな……」

 

 

 




という感じでリィンが玄界に来てからのダイジェストでした。

創の軌跡でも語られた通り、ノーマルエンドのリィンは自分の命を軽視しがちというか……、できるだけ生きたいけど無理ならいいや的な所があると思います。この表現でもちょい違う感じがしますが。

そんなリィンに憧れた刀也ですが、この先どうなっていくのか。リィンの願った通り、最高の剣士になれるのか、一介のボーダー隊員として収まるのか。乞うご期待といった所です。

感想待ってます!描いてて楽しいのはそうなんですが、感想あるとモチベが段違いなので是非!批評も……されると心が痛いけど愛だと思って受け止めますので、感想くださいな!


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明日への奇跡
遠征選抜試験 夜凪刀也の場合


いつの間にか連載2年どころか2年半経ってるぅー……
自分でも気づかなかったていうね……
てか1周年から2周年半の間に描いた話数が少なくてすみません。


 

B級ランク戦が終わり、夜凪隊による忍田、城戸の説得から数日が経過し、遠征選抜試験が開始しようとしていた。

 

 

とは言え夜凪隊は遠征部隊に内定している。選抜戦には形だけの参加となるから気は楽だ。無論、ありえないレベルの醜態を晒した場合は内定取り消しになるのは間違いないが。

 

 

 

「アンケート?」

 

 

と、刀也の言葉におうむ返しに聞いたのはクロウ。遠征選抜試験が始まるに当たり、隊員にはアンケートが実施されていた。

項目は3つ。①遠征を希望するか。②一緒に遠征に行きたい人はだれか。③一緒に遠征に行きたくない人はだれか。②は5人、③は2人まで指名可能だ。

 

そういった内容を説明した刀也はタブレットを操作し「ほれ、クロウからやれよ」と手渡した。

 

 

「とは言われてもな……このアンケートにはどんな意図があるんだ?」

 

 

「今回の遠征はボーダー史上最大の遠征になる。だから事前にアンケとって隊員たちの相関図でも作ろうってハラかねぇ」

 

 

「今、激アツな三角関係が明らかに……!」

 

 

陽子の見透かしたような発言に刀也が茶々を入れる。

実際、ボーダーはそんな修羅場るような関係はない。烏丸や隠岐など、顔の良いやつらが交際を始めたら危ういとは思うが。

 

 

「まあでも、そんな悩む必要ないんじゃない?ただ普通に答えりゃさ」

 

 

と緩い表情のまま刀也は言って、クロウも「そうだな」と肯定する。

パッと浮かんだのは良く個人戦をする太刀川らだ。

 

そこから人数を絞り、クロウが②に選んだのは、

太刀川慶、二宮匡貴、風間蒼也、空閑遊真、ヒュース・クローニンの5人。選考基準はすべて“個人で強く、戦術理解度が高いから”だ。③は空欄だった。

 

クロウはタブレットを手渡し、今度は刀也がアンケートを入力する番だ。

 

 

「さって、どうしたもんかね」

 

 

「なんだ、おれには悩む必要ないとか言って、自分は悩むのかよ」

 

 

「まあねえ。何かこういう見え透いた思惑に乗るのって嫌じゃない?てか実際嫌な予感するし」

 

 

タブレットをぷらぷらと扇のように弄び、刀也は苦笑いを浮かべる。

サイドエフェクトが嫌なものを感じ取っているし、裏がある事がわかっているアンケートに素直に回答するのも癪だ。

 

 

「じゃあ未記入で提出するかい?」と陽子が聞いて、

 

 

「そうだな。………いや、やっぱ1人だけ」

 

 

そう言って刀也は③の欄に加古望の名を選択した。理由は“気まずいから”だ。

“帰る場所になってほしいから”なんて本当の理由は書けまいよ、と自分に言い訳するのだ。

 

 

☆★

 

 

遠征選抜試験の説明会が行われる。

夜凪隊の面々は説明会の会場に赴いた。

 

 

「思ったより多いな」

 

 

会場にはB級中位以上の隊員からA級隊員も数人と集まっていた。

 

 

「チームだけじゃなく個人の選抜も一緒にやるつもりなんだろうねぇ。だとしたら…」

 

 

陽子がいつも通りの慧眼を発動し、刀也は顎に手を当てて「うーん?」と唸る。クロウが「とりあえず座ろうぜ」と着席を促し、それからしばらくすると全員揃ったようで説明会が始まった。

 

まずはこの場に多人数がいる理由を城戸が説明した。

“今回の遠征部隊が近界に進発すると本部基地の人員が大幅に減るため、今後ボーダーの主力となるB級中位以上の隊員の適正と能力を測っておきたい”とのこと。

加えて“遠征の人員を大幅に増員する予定のためB級からも個人で幾人か選ぶ可能性がある事、『選抜に通った』という実績と評価が消える事がない”事を念押しする。

 

そこまで話し終えると、次は忍田が具体的な試験の日程を説明した。

第一試験は“1週間の閉鎖環境試験”。これは長期遠征時の遠征艇内での環境を想定したもので、遠征艇内の設備の操作を覚えてもらいつつ、長期遠征の適正を審査するものだ。

 

第二試験は最長36時間の“長時間戦闘訓練”。これは遠征先での長時間の戦闘を想定したもので、詳しくは第二試験の直前に説明がなされるそうだ。

 

 

「そして最後に、今回の試験は部隊の隊員を『入れ替え』…つまり『シャッフル』して行う」

 

 

と忍田は切り出す。

 

 

「今からこちらが指定した隊員をリーダーとして、隊長1人、オペレーター1人、隊員3人の5人編成を11チーム作ってもらう」

 

 

それから11人の臨時隊長が発表されていく。

 

 

「あー、これだな」と刀也は呟いた。また直感が何か囁いているのだろうかとクロウは「何がだ?」と問う。

 

 

「アンケートだよ。たぶんシャッフルの時に②か③に書いた隊員と組まされるんじゃないかな」

 

 

「なるほどな」と返事をした所で、5番隊隊長としてクロウの名が呼ばれる。

 

 

「っと、おれかよ」とぼやきつつ立ち上がり臨時隊長らが集まる場に歩いていく。結局11人の臨時隊長に選ばれなかった刀也だが「別に劣等感なんて感じてないんだからねっ」と誰に言うでもなく自分に語りかけていたという。

 

それから臨時隊長らが野球のドラフトのような形で隊員を選んでいく。刀也は諏訪7番隊に選ばれる事となった。

ちなみにメンバーは諏訪を隊長にオペレーターに宇井、隊員は隠岐、香取、刀也となる。

 

アームブラスト5番隊のメンバーは隊長にクロウ、オペレーターに小佐野、隊員は弓場、穂苅、小荒井となる。

 

ちなみにグランはトリオン兵として遠征に参加する事が決定しているため選抜試験はパス。陽子はどの隊のオペレーターにもならず試験の補助役となった。

 

 

組分けも終わり、最後に質問タイムとなる。そこで三雲がA級隊員は今回の試験に参加しないのかと聞き、“ここにいないA級隊員は第二試験から全員参加し、第一試験は君たちを審査する側になる”と説明。

 

さらに臨時部隊員の試験日までの接触禁止や臨時部隊長面接について手短に説明すると解散となった。

 

 

 

☆★

 

 

「うし、こっからは別々だな。大丈夫だとは思うけどしっかり頼むぞぅ」

 

 

「ああ、そっちこそな刀也。それじゃ1週間後だ」

 

 

 

クロウと刀也の2人は別れを交わすと、それぞれ別の通路を進む。遠征選抜第一試験の開始日だった。

 

 

 

部屋の半分ほどを占める遠征艇を模した施設の横にすでに自らを除く諏訪7番隊の面子が揃っているのを確認すると刀也は小走りでそこに向かい、大袈裟に息を切らすと、

 

 

「ごめ〜ん、待ったぁ?」

 

 

「おう」

 

 

「そこは“5分前に来たとこ”って答えろよ」

 

 

諏訪のぶっきらぼうな返事にツッコミを入れる。隠岐が「さっそくコントしてますね」と笑い、宇井は「5分前だわ」と時計を確認し、香取は微妙に苦い顔だ。

 

やがて職員が来て着替えを済ませ、試験用のトリガーをもらうと施設に入る事となる。

 

 

 

「んじゃ1週間よろぴく」

 

 

適当ににやついて、諏訪の後に続いて施設に足を踏み入れようとして、立ち止まった。

 

 

施設の中は本当に遠征艇のようで、それが嫌でも記憶を呼び起こす。

 

“第0次近界遠征”

夜凪刀也に根を張る最悪の思い出。

 

 

 

大丈夫だと自分に言い聞かせる。今は四年前とは違う。ここは近界じゃない。もう遠征行きは内定してるようなものだ。何も心配はいらない。

 

だというのに、やけに心臓が跳ねている。

 

 

「はっ……はっ……」

 

 

呼吸が浅いのを自覚した。

深呼吸をしようと胸に手を当てたところで、

 

 

「早く入りなさいよ」

 

 

と後続の香取から蹴りを入れられた。当然のように勢いに押されて施設の中に踏み入る。

 

 

「ちょ、おま香取……はいっ、入っちゃったじゃねーか!」

 

 

「入っちゃったじゃねーか、じゃないわよ。入口で突っ立ってられても邪魔なだけよ」

 

 

それはそうだが、もうちょっと覚悟を決める時間が欲しかった。そう言っても香取は事情を知らず、気を使うのも無理な話だと納得しておく。

 

しかし、心臓がうるさいのは相変わらずだが、自分で思ったより刀也は落ち着いていた。

 

 

さらに隠岐と宇井が入ると施設の扉は閉じられた。

 

 

「暗っ」と香取が言って、刀也は記憶を想起させる。

 

 

「確かトリオン補充のパネルがあったと思うけど。そこらへんない?」

 

かつての遠征艇でも電気水道の動力なんかはほぼトリオンで代用していた。それを思い出した刀也が言うと、すぐに手形のパネルを見つけた諏訪が手を当てて照明が点灯した。

 

 

「点いたわね。てか何で知ってんの?」

 

 

疑わしげな視線を刀也に向ける香取。まるでカンニングを咎められたような気持ちになる。

 

 

「経験値の差というやつよ」

 

 

「あー、“第0次”か」

 

 

 

「一応機密だからね?」

 

 

それに余裕の表情で答えた刀也だが諏訪がすぐにあたりをつける。それにまた機密だと言うが、すでに“第0次近界遠征”の存在については公然の秘密となっていた。

 

 

そんなやり取りをする最中に、施設に沢村の声が響き渡る。施設のスピーカーから流される音声は施設について説明をすると、最後に隊長に“自分が選んだ臨時部隊のコンセプト隊員に説明してください”と言い、「でははじめ」と続いてから途切れた。

 

 

諏訪は少し溜めると、

 

 

「まあ、なんつーかクジ番と勘だな。別に悪くねーチームなんじゃねーか?」

 

 

「行き当たりばったりさいこーう」

 

 

刀也的には諏訪の回答は予想していたものでやや食い気味に茶々を入れた。香取も案の定噛み付いて「勘であたしを採らないでよ!」なんて言う。

 

「理由がないなら木虎にしとけばよかっのに」

 

 

「それやとトリオンがキツイやろなあ」と隠岐が口を挟み、「トリオンと言えば」と宇井が話題を転換する。

 

 

「この前配布された社内紙でヨナさんのトリオン評価上がってたわね。6から7に」

 

 

「そういやそうだな。ヨナさんくらいの歳になるとトリオン器官が成長するのは稀なんじゃねーか?」

 

「まあな!止まらない成長…自分が恐ろしいぜ」

 

 

刀也がわざとらしくわなわなと震えると「ハッ」と香取が笑う。それに「鼻で笑うんじゃねーよ!?」と反応して、ごほんと一つ咳払い。

 

 

「まあおれも悪くないチームだと思う。そこそこバランスも良いし、噛み合うんじゃねーの?」

 

 

「ヨナさん、それって例の?」

 

 

「ああ。おれの直感は鋭いんだ」と隠岐のフリに応えて、一段落。

 

その後、諏訪がくじの操作に言及したり、アンケートの③に刀也の名を記入した香取が目を逸らしたりと言ったやり取りを経て施設の設備と物資確認に移る。

 

 

それが終わるとルールの確認だ。第一試験のルールは大きく分けて3つ。

“与えられた課題をこなすこと”

“遠征艇の中にいるつもりで7日間過ごすこと”

“朝9時から夜9時までトリオン体でいること”

 

 

それから細かい規定を確認し、課題に取り掛かる。途中で特別課題なんてものも出されたが問題なく意見を取りまとめて提出し、1日目が終わる。

 

 

ツイン部屋で諏訪の隣で眠りにつく。

 

 

 

☆★

 

 

それは、遠い日の悪夢。

 

 

 

 

 

「あと1時間で目的の国に到着する。そろそろ準備をしてくれ」

 

 

遠征部隊長の忍田が隊員らに呼びかける。各々返事をしてから準備を始めた。

 

「くぅ〜、初めての近界の国か!緊張してきた〜」

 

 

と、刀也の隣で言ったのは長谷川拓歩だった。ボーダーが今の体制になってから入隊してきたルーキーだが、開発されたばかりの狙撃トリガーを扱う東春秋と並んで称される若手の双璧、有望株だ。年齢は刀也と同じく18で、孤月と銃トリガーを使う万能手だ。

 

そんな長谷川は刀也を先輩として慕っており、準備の最中でもその様子を伺った。

夜凪刀也は軽口を弾ませる洒脱な性格に見えるが、実際には深い悲しみを背負っているように感じられる。つい先日も剣の師を失ったとかでいつもの軽口もなかった。

 

それもこの遠征が始まるまでには、ある程度は回復してるように見せかける程度にはなっていた。

 

 

 

そんな刀也の表情が、強張っていた。

 

 

「どーしたんすかヨナさん。まっさか緊張してる?」

 

 

「……なんか厭な予感がするんだよね」

 

 

それは刀也が遠征前から抱いていた感情だ。厭な予感……リィンが黒トリガーを使う際にも働いたアレだ。

リィンが第六感と称し、後に超直感と呼ばれるサイドエフェクト。それは今はサイドエフェクトと判定されておらず、刀也の予感を当てにするものはいなかった。

 

 

「臆病風に吹かれました?らしくないっすよ」

 

 

「うっせばーか。……ま、それもそうかもな」

 

 

それは刀也自身でさえも。第一次侵攻で失ったものが多過ぎて、大き過ぎて、ナーバスになっているだけだと自らを断じる。

 

 

 

やがて定刻となり、異界への門が開かれる。

全員がトリオン体に換装しており、襲撃に対しても万全の体制を整えていた。

 

そもそも踏み入った国は旧ボーダー時代からの友好国だ。同盟国とはいかずともこれまで幾度もやり取りをしてきた。

今回立ち寄ったのは物資の補給のためだ。玄界から逃げ去った国を追いかけ、市民を奪還するために協力を請うのだ。

 

そんな予定を聞いていても、油断はない。いくら友好国でも、裏切られる事はある。第一次侵攻が予想外だったように。

 

だから、万全を期したのだ。

 

 

 

 

そして、その万全が。何の役にも立たなかったのだと知ったのは一瞬後の事だった。

 

 

門をくぐり、友好国に進入した直後。アラートがけたたましく鳴る。オペレーターが状況を伝える前に、遠征艇は撃ち落とされた。

 

 

意識が暗転する。

 

 

 

 

次に刀也が目を開けた時の光景は、赤く染まっていた。

 

 

赤く、どろりとしたナニカ。

 

ヒトの形から流れ出る赤。

 

 

あそこにも、ここにも、そこにも、どこにでも。

 

 

赤いナニカを流すヒトガタが、いた。

 

 

見知った、なんて表現が白々しいほど見慣れた顔から流れ出る赤。

腕があったはずの箇所から流れ出る赤。

脚があったはずの箇所から流れ出る赤。

胸があったはずの、腹があったはずの、肘があったはずの、太腿があったはずの、目があったはずの鼻があったはずの耳があったはずの口があったはずの額があったはずの頭があったはずの、心臓があったはずの箇所から、夥しく流れ出る赤。

 

 

現実に、ようやく理解が追いついた。

 

これは、この赤いのは血だ。ヒトを生かす赤い液体だ。こんなに流しちゃだめだろ。死ぬ。死んじゃうよ。

 

 

 

 

ズシン、と。地響きがした。

 

視線を上げると、遠くに巨体が見えた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「うっ………うぅぅぅ、ああああああああああああ!」

 

 

夜中。遠征艇内を再現した施設の中で、刀也は叫び声をあげていた。狂乱状態にあると言って良かった。

 

隣で寝ていた諏訪が異変に気づき、目の焦点も合わないまま暴れる刀也を押さえつける。

 

 

「おいヨナさん!しっかりしろ!誰か来い!隠岐っ!!」

 

同じく異変に気づいた臨時隊員らも駆けつけ、ようやく刀也を取り押さえる事に成功した。

 

手足を押さえつけられて抵抗できなくなった刀也はピタリと動きを止める。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

「あ?」

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

 

「ちょっと、なによこれ!この人のこんなの見た事ないんだけど!」

 

 

突如として泣き出し、謝罪を続ける刀也に諏訪7番隊の隊員は先程とは違った意味で戦慄している。

特に刀也の生徒としてそれなりの時間を共に過ごした香取は変貌ぶりに狼狽える事しかできない。

 

 

「そんなの俺だってそうだ。くそっ!こりゃ続行は無理か……、宇井、外に連絡取ってくれ」

 

 

 

諏訪が指示を出し、宇井が施設の外に掛け合う。

 

そうして刀也は第一試験をリタイアしたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

刀也が目を覚ますと、そこは病室を思い出させる清潔な部屋で。

隣にはゆるい顔の迅悠一がいて。

 

 

「や、ヨナさん。ぼんち揚げ食う?」

 

 

 

そんな悠長な提案をしてくるのだ。

 




ででーん!夜凪、アウトー!


という感じのお話でした。次回はクロウverの1日目をお届け。
そのうち2周年記念とかいってB級ランク戦終了時のステータスをBBFもどきをとして出すかもしれません。


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遠征選抜試験 クロウ・アームブラストの場合

 

 

「それじゃ1週間後だ」と言って刀也と別れたクロウは通路を進み、施設の前に到着する。

 

 

「よ。待たせたな」

 

 

すでに施設の前にはメンバーが揃っていて、クロウは最後だった。挨拶を交わしてから10分ほどが経過し、係員がやって来て第一試験の準備をする。

服を着替えて専用のトリガーを与えられ、施設の中に踏み入った。

 

 

その後、沢村の説明があって、クロウはこの部隊のコンセプトを話す事になった。

 

 

「重視したのはバランスだ。攻撃手の小荒井、銃手の弓場、狙撃手の保苅、おれはどの距離でも戦えるからな……相手に応じて戦術を変化して戦えると思ったわけだ」

 

 

「バランスっすか」と言う小荒井に「それに小荒井には悪ぃが」とクロウは続けた。

 

 

「この5番隊のメインアタッカーには弓場を据えるつもりだ。おれが神田、小荒井が帯島、穂苅が外岡の役をやれば旧弓場隊の形にもなると思ってな」

 

 

「それが狙いか。弓場隊の再現が」

 

 

大学受験のため神田が抜ける以前の弓場隊はB級上位を何期もキープする強豪だった。その戦術は弓場がタイマン張ってる間は神田が他の隊員の指揮を執って敵の足止めをするというものだった。

 

いつ黒の呪いが張り切るかわからないクロウは可能な限り強敵との相対を避けたい所。そのクロウにとって旧弓場隊の戦術はある種理想的なものがあった。

 

 

「ああ。ま、それ以外にも執れる戦術はけっこうあんだろ。小荒井も最終戦は弾トリガー使ってたし、切れるカードは多いと思うぜ」

 

 

「そういやクロウも最終戦は弾トリガー使ってたね。バイパーだっけ?」

 

 

クロウの説明に口を挟んだのは小佐野だ。最近の名言は“アイアムまあまあアホ”。しかしその指摘は真っ当なもので、クロウの説明の捕捉のようでもあった。

 

 

「そうだ。刀也のおすすめでちょいと練習したら撃てるようになったんでな。一応リアルタイムで弾道引けるぜ。さすがに那須みたいには無理だが」

 

 

クロウのバイパーはB級ランク戦最終戦の隠し玉だった。黒の呪いで十全に動けないクロウを、動けないまま使うための手段。あまり使わないグラスホッパーの代わりにバイパーを入れた形となる。

 

 

その後、一通り説明を終えて施設の設備や物資、試験のルールについて確認する。

課題を進めていた最中にクロウのPCにアイコンが出現した。“特別課題”だ。内容は“今回の遠征選抜試験が、なぜチームをシャッフルして行われたか、その理由をチーム全員で考え、意見をまとめて提出しなさい”というもの。

クロウはそれをそのまま全員のPCに転送し、意見を出し合う事にした。

 

 

途中、小佐野が“チームをシャッフルしたのは新鮮でおもしろいから”という今までのチームより噛み合う可能性がある組み合わせを探るためだという案を出したりして、ある程度意見が出揃った所で、弓場が「隊長の考えはどォなんだよ」とクロウに意見を求めた。

 

 

「夜凪隊の連中とも話したんだが、まずは弓場の“将来のボーダー幹部候補のテスト”っていう意見は出たな。今の体制は忍田本部長による部隊の一括管理だ。部隊が増えてきてそれが無理となると、次に必要なのは部隊長と本部長の中間に位置するポジション……言わば連隊長だな。その素質を測るテストという読み……」

 

 

クロウの意見は弓場のそれをもっと細かく追求したものだ。正解かどうかはわからないが、具体性という意味ではこちらの方がマシ。

「そっから逆に」とクロウは続ける。

 

「なぜ幹部増員が必要なのかを考えた。……答えは決まり切ってたけどな」

 

クロウは眉根をあげてやれやれといった体を見せる。

 

「増えるからだな、隊員が」

 

それに穂苅が回答した。決まり切っていた答えとは、人が増えるからまとめ役も増やそうという発想だ。

 

「だが、その増える隊員ってのはこれまでの比じゃねぇ事はわかるな?」

 

 

クロウの問いかけに今度はメンバーらは総じて「?」という反応をする。

 

 

「これまでの比じゃないって、今でも公開遠征の情報で月一で入隊させてるのに……って、あ!」

 

 

小荒井は自分で喋っていて、クロウの言っていた意味を理解した。

 

「そうか!公開遠征だ!」と続けて言って、弓場が「なるほどな」と理解を伝播させていく。

 

「つまり、今回の公開遠征が成功すれば入隊希望者は今の数倍以上に膨れ上がる……そう言いてェんだな」

 

チームが導いた回答にクロウは首肯する。

 

「そうだ。そして、新隊員が増えるならボーダーとしては欲しいものがある」

 

「これは最近似た事をやってたからわかった事だが」と前置きしてクロウは続けた。

 

 

「新隊員を育てるためのメソッドだ。……今この場は擬似的に部隊結成時を再現したもの…まだ互いの能力や相性なんかも把握しきれてない状況だ。だからこの場で収集されたデータは今後新しく設立される新B級部隊、引いては新C級隊員の育成に役立つはず………ってのがおれの考えだ」

 

 

クロウが本部に提出した“完璧万能手育成メソッド”もあるが、あれは凡才用だ。どんな奴でもおよそ2年で完璧万能手に至らせるだけのメソッドではあるが、例えば太刀川であるならば完璧万能手として育てるより孤月使いの攻撃手として育てた方が伸びるし、出水ならば弾トリガー使いの射手として育てた方が良い。

 

そういった突出した素質を持つ者にとって“完璧万能手育成メソッド”はあまり有用ではないのだ。

 

しかし、今回の試験で得られるデータから育成メソッドを作成すれば、それぞれの素質に合わせた育成ができる。

上層部の狙いはそれなのだろう、というのがクロウと刀也と陽子、ついでにグランで導き出した答えだった。

 

 

そういった内容で特別課題を提出する。

やがて1日目が終わり、2日目が開始する。

 

 

☆★

 

 

第一試験の2日目からは戦闘訓練がある。PCを使った模擬戦のようだが……とチームメンバーとすり合わせをしている所でジリリリリと警報が鳴った。

 

それからすぐに沢村の声で放送が入る。

 

 

「緊急警報!警戒区域に人型近界民出現!第一試験中の隊員は試験を中断し、職員の指示に従って下さい!」

 

 

焦っているのを隠そうともしない沢村の声音に非常事態である事を理解する。

 

 

「クロウ・アームブラスト隊員及び空閑遊真隊員は作戦室まで集合してください!」

 

 

さらに続けて黒トリガー保持者を呼びつけた事から非常事態の程を量り知る。刀也が呼ばれなかったのは政治的な理由か?なんて考えつつクロウは施設を出て廊下を走る。途中で遊真と合流して、

 

 

「や、クロウさん。なんかヤバいみたいだね」

 

 

「だな。人型近界民が出たんならそれもそうだろうが……迅のやつは予知してなかったのか?」

 

 

「んー、もしかすると予知しててこうなのかも」

 

 

会話をしつつ走り抜け、作戦室。

そこでは城戸をはじめとする上層部の連中が集まっていた。

 

 

「良く来てくれた、クロウくん、遊真くん。まずは状況を説明しよう」

 

 

忍田がそう言って沢田に視線をやる。

 

 

「警戒区域内に人型近界民が一体出現、防衛任務中の太刀川隊が応戦しましたが、人型近界民に撃破されました」

 

その説明はあまりにも唐突にクロウらの驚愕を引き出した。やってきた近界民は1人だけ。しかも太刀川隊を撃破するなど並の猛者ではありえない。

 

 

「現在A級部隊及び試験を受けていないB級部隊、迅隊員、天羽隊員で周囲に散らばった新型トリオン兵と応戦、夜凪隊員が人型近界民の足止めをしています」

 

 

「な……!?刀也1人で相手してるのか!?」

 

 

「ヨナさんはおれたちより先に呼ばれてたってこと?」

 

 

「夜凪くんは事情があって先に施設を出ていた。それに近界民の元に1人で向かわせたのは、彼なら対話の可能性があったからだ」

 

 

「対話だと?太刀川隊を倒して周囲にトリオン兵を差し向けたやつとか…?」

 

 

沢村の説明を忍田が捕捉した。“対話の可能性”…それに対するクロウの疑問は「これを見てほしい」と言われてモニターに映し出された赤衣の長身を見て氷解する。

 

 

「マクバーン……!!?」

 

 

そこにいたのは紛れもなくマクバーン。ゼムリアにおいてⅦ組と幾度と無く刃を交えた《却炎》、あるいは《火焔魔人》。

《堕ちたる外の魔神》(M)ア=(C)(B)(U)ド=(R)アウ(N)グ。

 

 

 

「知ってるの、クロウさん?」

 

 

「ああ、こいつはおれのいた世界で焔を自在に操ってた魔神だ。……なるほどな、あの異能もトリガーと言われりゃ納得できる」

 

 

「強い?」

 

 

「ありえねぇくらいにな」

 

 

遊真と問答しながらクロウは考える。しかし、確かにリィンの黒トリガーを持つ刀也なら対話は可能かもしれない。Ⅶ"sギアはリィンの面影を色濃く残す黒トリガーだし、加えて刀也もリィンからゼムリアでの出来事を聞いている。多少は話ができても不思議ではない。

 

………だが、そもそもなぜマクバーンが来たのかという疑問が残る。

幻想機動要塞で記憶を取り戻したマクバーンは今までの好戦的な雰囲気が嘘のように大人しくなった。それがトリオン兵を伴ってこちらの世界に侵攻してくるのは、どうにもイメージが合わない。

 

 

 

「それとこちらも確認してくれ」と忍田がモニターに映る画像を切り替える。次に映し出されたのは人形兵器だった。結社《身喰らう蛇》が運用する自律型機械兵器。それが無数に放たれている。

 

 

「こいつは人形兵器だな。………基本的に大きいやつほど高性能だ。……一番強えのはアフトクラトルの新型より厄介だろうな」

 

 

クロウの答えを聞いて忍田は渋面をつくる。クロウとしても詳細な情報を伝えたい所だが、今は時間がない。遊真が「それでおれたちは何をすればいいの?」と先を促す。

 

 

「クロウくんは人型近界民に対処、遊真くんはB級部隊に合流して東側を守ってくれ」

 

指示は短く出され、黒トリガーの使用も許可される。

 

 

「クロウくん、すまないが……頼む」

 

 

本当に苦しそうな顔で忍田はクロウを見送る。黒の呪いについて多少は話しているから“七の騎神”の起動はクロウにとって負担になると知っているのだ。

 

しかし、そんな事は言ってられない。相手はマクバーン……太刀川隊を撃破した怪物だ。放っておけばボーダーを、三門市を、世界を焼き尽くしかねない脅威。それに加えて遠征にも影響が出かねない状況だ。ゼムリアに帰還せんとするクロウにとって宿敵である事は間違いない。

 

 

「ああ。世界の底が抜けようって状況だ…俺も腹を括るさ」

 

 

 

そう返事をして、クロウはボーダー本部を出る。

 

 

「来なーーーーオルディーネ!」

 

 

飛ぶ。蒼の騎神となりて。

 

 

 

☆★

 

 

 

浅葱色の髪を白く染め、身体中に紋様を浮かび上がらせたその姿はまさに《火焔魔人》そのもの。

片手には魔剣アングバールを持っていて、刀也がマクバーンをここまでは追い詰めたのだと理解した。

 

その刀也はマクバーンの前に苦しげに膝をついていて、すでに換装は解けていた。

 

 

 

「お、見知ったのが飛んできたと思ったらお前か…クロウ」

 

 

異界の魔神はそう言って再会を言祝ぐ。

対するクロウもいつもの調子で返事をした。

 

 

「ああ……久しぶりだなマクバーン。再会を祝いてぇ所だが、その前に質問だ。なんでアンタがここにいる?」

 

 

 



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砕ける理想

「食う……けど、その前に水……ない?」

 

 

「ぼんち揚げ食う?」という迅の問いに刀也はそう答えた。起き抜けにぼんち揚げ食うか?と聞かれるとは思わなかったが、食うか食わないかであれば、食う。

しかし、それ以前に喉が渇いている。寝起きだから仕方ない事だ。迅から手渡されたコップの水を煽って「ふう」と一息。さらにぼんち揚げを一口で丸呑みし、むしゃむしゃばりばりと咀嚼する。

ごくん、と飲み込んで、

 

 

「どういう状況?」

 

と、初めて状況の理解に動いた。

 

「思い出せない?」

 

迅の誘導するような言葉に「う〜む」と唸りながら回想する。遠征選抜第一試験が始まった。臨時部隊の面々と共に遠征艇を模した施設に入った。試験のルールや物資を確認した。課題をこなした。眠った。夢を見た。悪夢を。

 

 

「は………は………」

 

 

呼吸が浅くなる。悪夢の内容を思い出したわけではない。夢の内容なんて忘れるのが人間だ。しかし悪夢を見たという実感は残る。そして、夜凪刀也が忘れたいほど恐れる悪夢なんてたったひとつしかない。

 

“第0次近界遠征”……自分のせいで、4人の仲間が死んだ記憶。その回帰。

 

 

「おれ、は……暴れた……?」

 

 

「うん」と軽々しく迅は肯定する。遠征艇を模した施設に足を踏み入れたのを呼び水にかつての記憶が蘇ったのだ。それが夢という形をとって刀也の前に現れた。

その結果として、刀也は忘我し暴れたのだと自ら理解する。

 

早い話がトラウマだ。かつてはその惨状を見ても戦えた。しかし今はそれを思い出しただけで自失してしまう。ずっと目を背けて来たからだ。ある意味でその記憶を神格化していた。だから刀也にとってそれはまるで悪魔を見たような感覚なのだ。

 

 

「おれは、どうなる……?」

 

 

しかし、それを置いて思考できるのは刀也の強みでもあり短所でもあった。物事を切り分けて考えられるという事実は別の事象から目を背けるという側面を持つ。

 

刀也が迅に尋ねたのは今後の展望の事だ。

夜凪隊は遠征部隊入りが内定していた。とは言えこの醜態だ、内定取り消しもやむなしだろう。上層部がそう判断するのもわかる。いや、それ以上に“こんな爆弾抱えた隊員などいるか!”と記憶封印処置を施して除隊処分にする可能性すらあった。

 

 

「とりあえず、夜凪隊の遠征内定は取り消しだって城戸さんは言ってたよ。あの精神状態で遠征艇に乗られては迷惑だってさ」

 

 

「そうだな……」と返事をする刀也の声に力はない。平時なら「ボロカス言うやん」と軽口を叩いたはずだが、今はそれをできる精神力はなかった。

 

 

「でもまだ挽回の可能性はあるよ」

 

 

予想外の迅の言葉に「は?」とも「え?」ともつかぬ声が漏れる。

 

 

「というか、おれがここにいるのもそれを説明するためなんだ」

 

刀也の中でさらに疑問符が増えていく。悪夢を見たせいか、頭の回転がいつもより数段遅い。迅に言われてようよう気づく。

こんな役回りを迅に与える意味を。

 

 

「……と、説明する前にまず謝っとかないとね。ごめんね、ヨナさん。ヨナさんが第一試験で脱落するのは確定した未来だったんだ」

 

 

迅の謝罪にゆっくりと理解を及ばせていく。

 

 

「いや、お前が謝る事じゃない。……おれが取り乱すのは確定事項だったわけだ。……はっ。笑えるな。遠征に行こうって息巻いて、策を練ったりして、遠征のチケットも手に入れた。それなのに遠征に行く以前に、それを模しただけの施設で過ごしただけでトラウマ発生か?ははっ、冗談にしても笑えるわ、こりゃ」

 

 

乾いた笑い。自嘲。哄笑。

夜凪刀也が遠征に参加できない事は初めから決まっていたという茶番。それなのに必死こいて遠征内定した所で突きつけられる現実。

 

 

「なあ……迅、これ……冗談だろ…………?」

 

 

縋るように迅を見て、

 

 

「いいや、現実だよ」

 

 

即答されて、刀也の布団に涙がこぼれ落ちた。

 

 

「嘘だって言えよぉ……」

 

 

頭を抱えて蹲る。

 

 

「なんだよこれ……ふざけてる。今までやってきた事が全部無駄だった?徒労だった?……はは、嘘だろそんなん……そんなのだめに決まってる。だめだ、だめだめだめだめだめ…………なんて、だめなやつなんだ、おれは………」

 

 

布団を握り締める、その手に力が入らない。

今までやってきた全てが、ここで壁に阻まれるためだったとしたら、それはなんて救いのない物語だ。

 

 

違う、そうじゃないだろ。と刀也は思考を切り替える。落ち込んで泣くくらいなら打開策を考えろと、絶望感から目を逸らす。

 

それはもう癖になっていた。嫌な事から目を逸らす事を、思考の切り替えが早い美徳とすり替える。

しかし、すり替えたからにはしっかり思考するのも夜凪刀也の癖だった。

 

だが、どう考えても次手はない。遠征内定を決めるためにこれまですべてを費やしてきた。そしてそれを使って勝利した。切れるカードは全部切って、今はもう何もない。この状況での打開策なんて欠片もない。絶望しか残らない。

 

 

 

発想を転換する。きっとこの累はクロウまでには及ばない。例え夜凪隊の遠征内定が取り消されてもクロウは個人で遠征に行けるだけの実力がある。

 

なら、クロウにⅦ"sギアを託すか?

 

それはいい。最善だ。クロウもⅦ"sギア(リィン)も七の騎神もゼムリアの生まれ。刀也がついていっても、それは余計でしかない。それならば刀也はこの世界に留まり、クロウだけがゼムリアに向かう。

それでいい。それしかない。あるべきものがあるべき場所に帰る。なんて綺麗なハッピーエンドだ。

 

 

 

そんなもんはクソ喰らえだ。

 

刀也が託されたのだ。他の誰でもない夜凪刀也が、リィン・シュバルツァーに託されたのだ。

だからそれは刀也自身が果たすべき使命で、果たしたい宿願なのだ。

 

 

なら遠征部隊に返り咲くために何をすればいい?

 

 

そんな思考をぐるぐると繰り返す。

 

 

「おれはどうすればいい?」

 

 

ついには声に出して迅にまで問いかける始末。

しかし迅は待ってましたとばかりにぼんち揚げを口に放り込み、

 

 

「それを説明するためにここにいるんだよ」

 

 

と言った。

迅が語る“挽回の可能性”……それは。

 

 

「っと、そろそろだな。歩きながら説明したいんだけど、大丈夫?」

 

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

刀也の返答を聞き届け、迅は椅子から立ち上がって部屋を出る。刀也はその後ろをついていく事となった。

 

 

☆★

 

 

「それで、挽回の可能性ってなに?」

 

 

部屋を出て歩きながら迅に話の続きを促す。迅は刀也と目を合わせずに、

 

 

「功績をあげる事だよ。今回の失態を打ち消す感じで」

 

と、事もなげに言い放った。「はあ〜?」と挑発するように刀也はさらに促す。功罪打ち消しなんて真っ先に思いつくアイデアだ。しかし、今回の失態は特別なもの。刀也がトラウマを克服しない限りは遠征艇には乗せてもらえないだろう。例えどれだけ功績を積んだとしてもだ。

 

 

「まあまあ、聞いてよ。実はもうすぐヤバい敵が来る。太刀川さんたちさえ相手にならないようなやつが」

 

 

今度こそ刀也は「は?」と言った。先程のものとは違い、本当に漏れ出た疑問だ。

 

 

「サイドエフェクトか?」

 

 

「うん、そう。それで、その敵に対抗できそうなのがヨナさんとクロウさん」

 

 

「おれとクロウの2人で、そのヤバい敵ってのを倒せば……確かに功績としてはでかいな」

 

 

なにせ、太刀川隊すら相手にならないような強敵だ。それを撃破したとなれば評価はうなぎ登り。遠征に参加させない手はない!という考えも膨らむだろう。

 

しかしそれも、今回の失態を打ち消す程ではない。というかそもそも刀也の晒した醜態は功績と打ち消せるものではない。

 

やはり思考は堂々巡り。

 

そんな様子の刀也に迅は語りかける。

 

 

「ヨナさんはさ、強い人だ」

 

そんな事はない。過去を思い出すだけで震え上がる臆病者だ。

 

 

「確実にひとつひとつ積み重ねて、勝ち筋を探る……B級ランク戦に臨んだ時もそうだったでしょ?」

 

 

それは臆病だからこそだ。備えずにはいられない。いつも仲間を失った時の絶望感が脳裏にチラついている。いくら目を背けても、背中にぴったりくっついてくる。

 

 

「時には盤外戦なんてものを仕掛けて、相手を誘導する」

 

 

そうする事で自らを安心させたいからだ。できる事をやらずに失うのはもうこりごりだから。

 

 

「それって誰にでもできる事じゃないよ。するべきってわかってても人にはできない事だ」

 

 

「それは、手段としては最低だよ。皆は正々堂々ランク戦を戦ってる。でもおれは……自分を強く見せるために、自分を慰めるためにやってただけだ」

 

 

「ヨナさんさ、うちのメガネくんに、例え強くあったとしても、実際に強くなければそれは“強がり”に過ぎないって言ったらしいね」

 

 

言った。夜凪隊で玉狛支部に遊びに行った時に三雲に語り聞かせた言葉だ。

 

 

「ヨナさんのそれって、強がり?」

 

 

強がりに決まってる。

夜凪刀也ってやつは悪夢に取り憑かれて、いつまでもそれを振り払えない臆病者で。

命を落とす様を見たくないからって、自らの弟子を無責任に育てるクソ野郎で。

いつまでもトラウマに向き合わないダメなやつで、嫌な事から目を背けて、好きなはずの剣にさえまともに向き合わず。

 

自分を信じなかったばかりに仲間を死なせた無力者だ。

 

 

 

 

「でもさ、それって強がれるくらいには強いって事なんじゃないかな?」

 

 

 

「かもな」と迅の言葉に空虚に答えた。響かない。夜凪刀也には響かなかった。

刀也はこの4年、小手先の技術ばかりが上達した。

力は所詮、己に続くものでしかない。振るうのはあくまで“己”の魂と意志……

三雲に語った言葉があまりにも自らに刺さる。刀也は“己”を鍛えずに“力”ばかりを求めた大馬鹿だった。

そんな“力”だけでも強がる事はできた。でもそのメッキも剥がれて“己”を磨かなかった刀也は、師を失って涙し、仲間を失って慟哭した時の子供のままだった。

「気持ちの強さは関係ない」と語った太刀川が正解だ。どんなに志が低くても力さえあえばランク戦に勝てたのだ。なんて皮肉だと自らを嗤う。

 

 

 

やがて目的の場所に到着する。

「どーもどーも」と気軽に入室した迅に続いて部屋に入り、太刀川の敗戦を知らされる。

 

 

事前に知らされていたとは言え、太刀川隊が負けたのには驚く。A級一位太刀川隊…ボーダー本部では間違いなく最強の評価を得ている部隊だ。

 

 

それを、特に苦戦することもなく撃退したのは赤衣の長身。

それをモニター越しにみて、既視感を覚えた。見た事はない。だけど知っている。その答えを直感が告げていた。

 

 

「結社《身喰らう蛇》執行者No.Ⅰ 《却炎》のマクバーン……!」

 

 

「やはり君もそう思うか」

 

 

と刀也の出した答えに同意を示したのは忍田。城戸も椅子に座ったまま静かに首肯している。

 

 

「あの赤衣……それに焔を操り太刀川隊を撃破した。それに見た事もないトリオン兵……おそらくリィンくんが語っていた人形兵器。我々も君と同じ結論に至ったよ」

 

 

「おれを呼んだのはあいつと戦わせるためですか」

 

半ば迅に連れられた意図を察しつつ尋ねると、「ああそうだ」と忍田は肯定する。

 

「加えて対話による説得も試みてほしい。今回のために君にはⅦ"sギアが一時的に貸し出されるが、それをネタにしてでも足止めを頼みたい」

 

 

「足止め……ボーダーの総戦力で叩くつもりですか?」

 

 

「必要であればな。今のところは遠征選抜試験中の部隊は付近に散らばったトリオン兵の相手をさせるつもりで、君への援軍はクロウ・アームブラストに行かせるつもりだ」

 

 

今度は城戸が言う。その語り口にはクロウに黒トリガーを使わせる意思が透けて見えるようだった。

 

 

「城戸司令!クロウの黒トリガーはーーー」

 

 

「問答する時間が惜しい。出撃を命じる、夜凪隊員。可能な限り人型近界民を食い止めろ。倒せるのであれば倒してしまってかまわん」

 

 

しかし、取り合ってもらえず、刀也はⅦ"sギアを渡されると出撃する事となった。

 

 

「Ⅶ"sギア、駆動」

 

 

ボーダー本部基地を出て疾駆する。すでに思考は切り替えていて、どんな手でマクバーンを足止めするか考えていた。

しかし、やはりその思考の裏には絶望がちらついているのだ。

 

 

☆★

 

 

八葉一刀流、六の型 緋空斬

 

斬撃を飛ばす剣技。その発展形。秘技とでも言うべき、新しい型。

 

 

八葉一刀流、六の型 秘技 飛燕斬

 

 

飛ばした斬撃を曲げる剣技。曲がる斬撃を飛ばす剣技。

発想はあった。トリガーを試作した。それでもできなかった。

 

それがⅦ"sギア(リィン)なら容易く実現できる。

 

その事実に刀也は師との距離を再確認し、さらに理想を深める。

 

 

「飛燕三羽、舞いては落つる」

 

 

飛燕斬、三連。立て続けに放たれた緋色の斬撃は空を切り裂きマクバーンに殺到する。

 

曲がってマクバーンを左右と後方から押さえ込む。さらに正面からは刀也が迫っており、逃げ場のない斬撃がファーストコンタクトとなった。

 

 

「燕返し」

 

 

飛燕斬と自己で敵の逃げ場を塞ぐ一連の戦技を刀也はそう名付けた。

決まれば、アフトクラトルの人型近界民すら撃破せしめるであろう技を受けていながら。

 

 

「ぬりぃ」

 

 

その一言で、マクバーンがノーダメージだと刀也は悟る。バックステップで距離をとった所で、マクバーンは腕を一振り。周囲に舞う塵芥を灰も残さず焼き尽くした。

 

 

「だがまあ、真似事の剣にしちゃ悪くなかったぜ。……その格好、まるで灰の小僧だな。さっさと本物を出しな」

 

 

そう言うマクバーンの威圧感はこれまでの誰とも比較にならない。呑まれかねないそれを前にして刀也は「ふう」と一息ついて、太刀を肩に担ぐ。

 

 

「リィンさんならいないよ。黒トリガーになった。おれのこれがそうだ」

 

 

平静を装う。そうする事で自分は普段通りだと自分自身に言い聞かせる。

 

 

「へぇ……なるほどな。雰囲気まで似通っちゃいるが、まさかそんな理由とはな。灰の小僧…リィン・シュバルツァーのファンかと思ったぜ」

 

 

「大ファンさ。あの人の軌跡もある程度把握してる。………お前さんはマクバーンだな?」

 

 

「俺の事を知ってんだな。灰の小僧が喋ったか。…まあいい、用件を言おう」

 

 

マクバーンの事はリィンを通じて知っていた。

却炎、火焔魔人、堕ちたる外の魔神。幾度となくⅦ組の前に立ち塞がっては圧倒的な強さを示していった、《身喰らう蛇》の最強執行者。

 

その用件とはいったい何か。太刀川隊を撃破し、四方八方に人形兵器をばら撒いて、その上での要求。

刀也は生唾を飲み込みながらも油断なく聞き届ける用意をする。

 

 

「巨イナル一……あるだろう?そいつを寄越しな」

 

 

「巨イナル一……?」

 

 

マクバーンの言葉を反芻し、脳内で検索をかける。ヒットしたのは一件。ゼムリアでの出来事を多く語ったリィンが、あまり話したがらなかったのが巨イナル一についてだ。

 

巨イナル一とは、焔の至宝と大地の至宝が無限に相克し、無尽蔵のエネルギーを生み出す鋼……だったはず。

そのエネルギーを分割し、騎士人形に封じたのが騎神という話だった。

曰く、分割されたエネルギーを再び統合するための儀式が七の相克……騎神同士の奪い合いだったと。

 

 

……それが今、こちらの世界にあるのだとしたら……七の騎神の黒トリガーの内側にある…?

 

 

 

「なんだ、知らねえのか?」

 

 

黙考した刀也を見てか、マクバーンはそう判断する。刀也も頷いて、わずかばかりの沈黙が木霊するが、それを打破したのはマクバーンだった。

 

 

「おい小僧……まさかとは思うが、その黒トリガーを入手したのは4年前か?」

 

 

と、マクバーンが示したのはⅦ"sギアだ。リィン・シュバルツァーが黒トリガーとなったもの。その入手時期を把握されているのは謎だったが、ここは素直に答える。

 

 

「そうだけど…?」

 

 

聞いて、「は」と嗤うマクバーン。笑いが抑えきれないと言った様子であった。片手で顔を押さえて笑みを殺し、

 

 

「ククク………まさか、そういう事だったとはな。何とも奇妙な縁が巡りやがるもんだ。……生きてんのが灰の小僧じゃなく、クロウだったとはなぁ……」

 

 

どうしてそれを知っているのか?と尋ねるよりマクバーンの理解の速度が勝る。

 

 

「って事は、だ。七の騎神はクロウの生命線ってわけか」

 

 

「七の騎神がクロウの生命線…!?どういう事だ?」

 

 

「何も聞いてねぇんだな」とマクバーンは刀也を睨め付け、説明する間を取った。

 

 

「クロウが生きてるって事は、どうあれ七の相克が終わっちゃいねえって事だ。どんな裏技を使ったかは知らねえがな」

 

 

「だが」とマクバーンは続ける。

 

 

「不死者だったクロウは相克に負けた時点で灰の騎神に吸収されるはずだった……それは灰の小僧によって先延ばしにされたが…それも七の相克が終わるまで。本来なら消え去る運命を無理に捻じ曲げてんのが現状だ。いつ綻びが出てもおかしくねぇんじゃねえか…?」

 

 

「綻び……」と刀也は呟く。思考はすぐさま形になった。黒トリガー七の騎神は、騎神を七ノ相克以前にまで巻き戻したものだという。だからクロウは今まで生存できているわけで……

だとすれば、巨イナル一を欲するマクバーンが七の騎神を手に入れたら、相克は本来の歴史を取り戻してクロウは消える……?

 

黒トリガーを作り変えるという意味でもあるが、ゼムリアはアーティファクトとかいうトンデモ遺物がある世界だ。ありえない話ではないように思えた。

 

 

「…そうか。だとしたら余計に差し出すわけにはいかないな。……悪いが手ぶらで帰ってもらおうか、《却炎》の」

 

 

「ハッ!俺とやろうってのか?いいだろう、チィと熱いが我慢しろよ…!」

 

 

そうして唐突に戦端は切り開かれる。

両手に焔を灯したマクバーンが瞬時にそれを放つ。迫る焔を紅葉切りで両断し、戦闘開始の合図となった。

 

 

☆★

 

 

負けない。負けるはずがない。負けるわけがない。

 

 

「ARCUS、駆動」

 

展開された7つの武具が太刀に吸い込まれていく。リィン・シュバルツァーが結んだ縁、絆……それをもってⅦ"sギアに施された拘束を解除する儀式。

 

ユーシスの騎士剣、ユウナのガンブレイカー、ミュゼの魔導騎銃、クロウのダブルセイバー、アリサの導力弓、フィーの双銃剣、エステルの棍棒。

 

拘束解除は六つまで。無仭剣を使う。

 

 

壱、弍、参、肆、伍、陸、漆。

 

 

 

負けちゃいけない。負けていいはずがない。負けていいわけがない。

 

 

負けるなんて許されない。

 

 

だって、これは。

 

 

 

「ーーーー八葉一刀、無仭剣!」

 

 

 

リィン・シュバルツァーの剣なのだから。

 

 

 

 

 

その一刀が叩き込まれ、さすがのマクバーンも膝をつく。

しかし、同時に魔剣と焔をぶち込まれていた刀也はそれよりひどいダメージだ。すでに換装は解けていて、生身でマクバーンの前にいる状況だった。

 

斬りつけられたマクバーンだったが、一瞬後には何事もなかったかのように立ち上がり、魔剣を刀也に突きつける。

 

 

「悪かねぇが……興醒めだな。最後まで借り物で戦いやがって……猿真似じゃいつまで経っても本物にはなれねぇぞ?」

 

 

「な、にを……」

 

 

破られた。砕かれた。敗北した。

 

誰が?おれか?Ⅶ"sギアを使ったおれ(リィン・シュバルツァー)が?

負けた?

 

ダメだ。そんな事はありえない。ありえちゃいけない。認められない。何かの間違いだ。

立て。すぐに立て。立って戦え。勝て!

 

念じて、念じて念じて念じて。何度もⅦ"sギアを再び起動させようとして、何度も不可能だと思い知る。

 

そうして刀也は、自らの理想が砕け散ったと理解した。

 

 

 

 

そんな時、ボーダー本部の方角からこちらに向かって猛スピードで接近する蒼き影があった。

七の騎神を起動させたクロウだ。オルディーネという外殻を纏い、一騎当千を顕示するクロウだ。

 

それに並び立たなければいけないはずの自分は、師の力を使ってこの有様。逃げてしまいたい衝動に駆られる。

 

しかしそれより速くクロウはやってきた。

 

 

 

「お、見知ったのが飛んできたと思ったらお前か…クロウ」

 

 

もはや刀也から興味を失ったマクバーンは新たに現れたクロウに視線を移す。クロウも刀也を一瞥すると意識をマクバーンに集中させた。

 

 

「ああ……久しぶりだなマクバーン。再会を祝いてぇ所だが、その前に質問だ。なんでアンタがここにいる?」

 



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嘆きのリフレイン

今回はいつにも増して自己解釈というか捏造設定マシマシでお送り致します。


 

「俺がどうしてここに来たのか…か」

 

 

クロウの問いかけを受けて、マクバーンは「ハッ」と嗤う。

 

 

「俺がわざわざ玄界くんだりまで来たのはクロウ…お前さんの持ってるそれを回収するためだ。巨イナル一……いや、黒トリガー『七の騎神』だったか」

 

 

「…わからねぇな。結社の目的は“7つの至宝が可能世界において人の手でどんな結末に至るのか。それを導き、見届ける事”だったはずだぜ。すでに結社は巨イナル一……つまり焔と大地の至宝の結末は見届けたはずだ。だったら今更どうしてこれにこだわる?」

 

 

クロウは幻想機動要塞での出来事を思い出していた。道化師カンパネルラが語った結社の目的。それと乖離した現状。その解をマクバーンに求める。

 

 

「クク…よく知ってるじゃねえか。そういやカンパネルラが喋ったとかって話だったか?……まあいい、結社の目的については今お前さんが語った通り……だった。だがそれはもう7年前の話だ。オルフェウス最終計画が終わった今、再び至宝の器が求められているわけだ。…それがないと“次”が創められねえんだとよ」

 

 

 

「“次”だと…?」

 

 

その言い草はまるで、カードを使い切らないと次のゲームが始められない…というようなニュアンスに思えた。

 

 

「問答はここまでだ。あんまり喋り過ぎるとお前ならわかっちまいそうだからなぁ…」

 

 

ゼムリアで得た情報、マクバーンが漏らした事実。それらを照らし合わせて正解を導く時間は与えられない。

 

 

マクバーンは魔剣に焔を走らせると、それを一振りする。間合いを灼きながら迫る斬撃をクロウはダブルセイバーで弾き飛ばし、マクバーンに肉薄して痛烈な一撃を見舞う。

 

大きく吹き飛んだマクバーンだったが、致命には至らない。しかし刀也との連戦でもあり、ダメージは確実に蓄積していた。

 

すぐさま立ち上がるが、眼前に刃を突きつけられて鼻白む。オルディーネのーーーークロウの鋭い眼光が突き刺さるようだった。

 

 

「出し惜しむってんならそれでも構わねえがな、魔神になるならさっさとやりな」

 

 

「ハッ、言いやがる。確かに騎神相手にこのままじゃちょいと役不足ってもんだな。……いいだろう、お望み通り見せてやろうじゃねえか……この俺のワールドトリガーをなぁ!」

 

 

クロウの中には焦りがあった。マクバーンが魔神になるのなら早期にそうして欲しかった。人間体と魔神体の2つに時間をかけて相手にするわけにはいかないのだ。もうすでに黒き呪いの声が大きくなってきていた。

 

 

「ワールドトリガー……?」と呟く刀也はすでにノーマルトリガーを起動していた。隙あらば参戦する構えだが、マクバーンの魔神形態は今の刀也が相手をするのは厳しい。ならば観戦に徹していた方が得られるものが多いのだと屈辱と共に理解していた。

 

 

やがてマクバーンの変化が終わる。魔神が顕現する。放たれる熱と圧は神と呼んで相違ないもの。初見の刀也はもちろん、一度相対したクロウでさえ威圧感に身が竦む思いだ。

 

 

「躊躇いなく変身しやがって。塩の杭と同じように存在するだけで世界を破壊するってのはここじゃ適用されねえんだな?」

 

 

クロウはマクバーンが挑発に乗って魔神化したのにほんの少し驚いた。マクバーンの魔神化は霊脈が狂ってないとやらないーー世界が破壊されるためーーはずだったからだ。

しかし、幻想機動要塞当時は知らなかった情報を合わせて考えるとすぐに答えは出る。

 

 

「ああ、そうだ。ゼムリア大陸における霊脈ってのは世界を巡るトリオンの流れの事だ。俺の戦闘体…この魔神の姿は霊脈に焔を流し込んじまう。だが、この玄界はトリオンとは違う技術で世界が形成されている。世界を巡るトリオンという媒体がなけりゃ俺の焔も世界を破壊する事はねえって寸法だ。……これで心置きなく戦えるだろ?」

 

 

マクバーンは説明を終えると左手に焔を溜める。戦闘の火蓋を切るつもりだ。しかしそれより速くクロウが動いた。マクバーンの説明の間にすでにオルディーネの“奥の手”を発動させていた。

装甲が展開し、トリオンを全身に漲らせる。

 

一瞬で距離を詰めるとマクバーンに切りかかる。マクバーンは魔剣でそれを受け止め、左手の焔を撃ち込むが、クロウは見切ったように双刃剣を振るうと、ワンアクションで魔剣を弾き、焔をかき消し魔神の肉体に裂傷を刻みつける。

 

ダブルセイバーの利点はこれだ。一つの動作で2つの斬撃を繰り出せる。今だと魔剣をかちあげる刃と焔をかき消し攻撃する第二刃が一度に炸裂する。

 

「チィ」と舌打ちしつつ後退するマクバーンにクロウが追撃する。ダブルセイバーによる連撃がマクバーンを襲う。マクバーンも魔剣で迎撃しようとするが、剣技という面においてクロウに遥かに劣っている。

しかし劣勢をひっくり返すのは簡単だった。力押しだ。魔神マクバーンの放つ炎熱は騎神すらをも容易く遠ざける。

 

 

 

ヨコセ

 

 

声が。悪意が弾ける。呪いが産声をあげる。

 

一瞬の忘我。その隙にマクバーンは距離を詰めていた。

 

却炎を纏った魔剣が一閃され、クロウは弾き飛ばされた。

かろうじて双刃剣で受け止め、自ら飛ぶ事で威力を減衰したが、それでもダメージは大きい。

 

 

「ぐっ……」

 

 

「おいおい…こっち来てなまっちまったのか……クロウ?……いや、そいつは…………なるほどな、そういう事かよ」

 

 

オルディーネの装甲の端に黒い脈動が蠢いていた。マクバーンはそれを目にしてクロウに隙が生じた理由を察する。

黒きイシュメルガの呪い。それがクロウの内側で発芽したのだと。

 

 

「黒の騎神イシュメルガ……そいつは相克に敗北してなお勝者を蝕んだらしいな。そしてその黒トリガーはすべての騎神を内包している…つまりは擬似的に相克が果たされた状態なわけだ。ならイシュメルガの呪いが起動者に働きかけるのも当然って事だな?」

 

 

加えて、その呪いでリィン・シュバルツァーが黒トリガーになる事を選んだ事実もマクバーンは見抜いていた。

ゼムリアから脱したヴァリマールーーー七の騎神の反応が初めて検知されたのは4年前。その時はゼムリアがゴタついていた事に加えて玄界が遠かったため追跡は諦められたが……おそらくはその時にリィンが七の騎神を起動させたのだろうと。

 

 

「まあな。…って言った所で手加減なんざ期待できねえよな?」

 

 

「当たり前だ。…まあ、おまえならその状態でもちったぁ喰らいつけんだろ」

 

 

「は、過分な評価痛み入るぜ。……まったく、そこまで言われたら全力を出すしかねぇな!」

 

 

言って、ダブルセイバーに力を流し込む。双刃が暗黒に染まる。これこそがクロウとオルディーネの奥義。

 

 

「喰らえ…暗黒の十字………!」

 

 

 

ヨコセ 吾ノモノダ…コノ世界ノ総テ!

 

呪いが叫ぶ。騎神が黒く染まっていく。そのすべてを無視して、五感から排除して。

 

闇色の閃光が疾る。それは確実に魔神を捉えている。

 

 

「デッドリークロス!!」

 

 

双刃に溜められた力が解き放たれる。それは十字の斬撃となってマクバーンを襲った。

 

 

警戒区域が揺れる。それほどの衝撃がもたらされ、周囲の瓦礫が弾け飛び、粉塵は巻き上げられる。

 

それら全てが収まった時。マクバーンは嗤っていた。

 

 

「クク……やるじゃねえか。さすがだなクロウ。その様でここまでの力を出すたぁな」

 

 

障壁がマクバーンを覆っていた。幻想機動要塞でいかなる攻撃にも無敵の守護を誇った絶対不可侵の障壁が。

 

 

「ちっ……ずりぃの使いやがって……」

 

 

これを出されたらクロウに勝つ術はない。幻想機動要塞でこの障壁を破れたのは根源たる虚無の剣(ミリアム)がいたからだ。それがないクロウは障壁を展開される前に勝利しなければならなかった。

だからこそ全力の一撃を放ったのだ。障壁を出される前に決着をつけるために。そのために黒の声に諍う事すら忘れて文字通りクロウの全力をぶつけたのだ。…結果はご覧の通りだが。すでに呪いはオルディーネの半身を覆っていて、残された時間が少ない事を意味している。

 

 

しかし………しかしだ、打開策がない事もない。

 

この黒トリガーは“七の騎神”だ。それならーーー

 

 

 

ヨコセ、ソノ肉体ヲ

 

 

 

 

「ぅ、ぐ……おおお……!……おおおおぉぉぉォォオオオオオ!!」

 

 

ツケが。黒の呪いに諍わなかったツケが、もう。

 

 

瞬く間にオルディーネの装甲が黒い呪いに染まっていく。血管のように呪いが拡大し、それは繭のようにクロウを覆いこむ。

 

ドクン、ドクンと胎動し、繭から解き放たれたそれはもうオルディーネではなかった。

 

 

「クロウ……?」

 

 

黙って事の成り行きを見ているしかなかった刀也も、その変貌ぶりには驚愕し、無意識の内に“助けなければ”と一歩踏み出す。

 

 

 

「やめときな小僧……アレはもうクロウじゃねえ」

 

 

だが、マクバーンに制される。魔神となったマクバーンが警戒するように見据えているのを理解して、出現した新たな機体が。

 

 

フ、フフフフ……フハハハハははははははははは!」

 

 

 

哄笑をあげるそれが。

 

 

 

「ようやく、成った。ドライケルスほどではないが、優秀な肉体だ。……それに加えてすでに他の騎神も手の内に………フフフフフ…やはりこの世の総てはこの吾のものだという事か」

 

 

 

イシュメルガであると。

 

 

 

☆★

 

 

 

「な、んで……?」

 

 

嗤いが止まらないとばかりに流暢に喋る黒の騎神イシュメルガ。

そこにいると理解していながら、どうして現れたのかわからない。

 

 

 

「クロウは……呑み込みやがったか」

 

 

マクバーンの言葉で状況を理解していく。知りたくないのに。わかりたくなんかないのに。思考の切り替えなんて嫌になる。

 

 

黒の呪いには、まだ先があった。

 

と言うよりは、本質としては“乗っ取り”が前に来るのだろう。その手段として呪いの声が聞こえたり、呪いに侵されたりするのだ。

この世全ての悪を煮詰めたようなそれに耐え切れず黒トリガーになる事を選んだのはリィン。そしてそんな隙すら与えられず呪いに侵蝕され切ってしまったのがクロウだ。

 

 

刀也の体から力が抜ける。膝から崩れ落ちる。クロウがいなくなったら自分はどうすればいいんだ。

クロウが来てくれたから、クロウがいてくれたからこそ、ここまで走ってこれたのに。

クロウがいなくなってしまったら、以前に逆戻り…なんて所じゃない。待つべき希望がないならもう、何を願って生きればいいのか。

 

 

 

「そうだ。彼の精神は吾が呑み下した。まあ、吾の裡で足掻いてはいるが。……フフ、ドライケルス…いやギリアスか。彼が認めた“人の意地”というやつも伊達ではないようだ。それでも無意味だと悟るのは時間の問題だろうがね」

 

 

語るイシュメルガの言葉は酷く理知的だ。人格すら感じられた。文字通りクロウの総てを呑み干したのだろう。思考システムが人格に成り果てたのもクロウの知恵を奪ったからだ。

 

 

「さてマクバーン……どうするかね。吾をゼムリアに持ち帰るという話だったが。すでにわかっているだろう……?吾が帰還せしめれば黄昏が再開するであろう事は」

 

 

「………」

 

 

それにマクバーンは答えない。7年前と状況が違うとは言え、イシュメルガは……いや、巨イナル一は文字通り無限のエネルギーを持つ。その気になればたった1人でも天下統一を成し遂げる事も可能かもしれない。

今はまだ黒トリガー七の騎神の内側にある他の騎神にまで手は回ってないようだが、同じ黒トリガーの内にある以上はいずれクロウのように呑み込まれてしまうだろう。

 

 

「そこで提案だ。マクバーン…君は帰りたまえ。吾はこの玄界を征服する。わざわざゼムリアまで足を伸ばす事もない。ここにはトリガー技術だけではく他の科学技術も発展している恵まれた土地だ。吾が君臨するのに相応しい世界だ」

 

 

「戦うというならそれも構わんがね」とプレッシャーを放つイシュメルガ。それは物理的な圧力を錯覚するほどの殺気だ。自失していた刀也すら意識を向けざるを得ないほどの。

 

 

「ハッ、うだうだとうるせえやつだな。そんなにお喋りだとは思ってなかったぜ、イシュメルガ」

 

 

「フフ…理性を得たのだ。喋るのが楽しいのだよ。それで、回答は?」

 

 

「簡単だ」とマクバーンは魔剣に焔を漲らせる。

 

 

「俺がお前を斃して黒トリガーとして持ち帰る。それで全部解決だろうが!」

 

 

魔剣一閃。焔が振われる。

 

 

《堕ちたる外の魔神》マクバーンと《黒の騎神》イシュメルガ……ゼムリアで果たされなかった決戦の火蓋が今まさに切って落とされたのだった。

 



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軌跡の果てに

 

クロウは闇に囚われていた。

 

自分がどうなったのかわかっている。

 

呪いだ。黒きイシュメルガの呪い。それを受けて、クロウ・アームブラストという肉体と七の騎神という力を簒奪されてしまったのだ。

 

 

不幸中の幸いと言うべきか、今はまだ他の六騎神までもを吸収できてはないようだが、同じ黒トリガーの内側にあるため、イシュメルガがすべての騎神を呑み込むのも時間の問題だろう。

 

もしそうなってしまえば…イシュメルガが巨イナル一に成ってしまえば、もはや打つ手はなくなるだろう。何せ無尽蔵のエネルギーを生み出し続ける《鋼》になるのだ。

 

 

そうなる前に止めなければならない。肉体の主導権を取り戻さなければ。

 

クロウはそうして力を振り絞る。精神を蝕む悪意を、魂を穢す邪悪を、振り払うべく。

 

いったいどれだけそうしていたのか、1分か、10分か、1時間か、1日か、あるいは10秒だったかもしれない。

 

ようやく瞼を開いたクロウの前にいたのは、黒いナニカ。不完全な球体に乱雑に目と口がついた異形。

「イシュメルガか」と声に出す事は叶わない。クロウが目にしているのはおそらくイメージだ。精神世界が映し出すもの。その内側でイシュメルガらしきナニカはじっとクロウを見つめていた。

 

 

やがて口までをイシュメルガの支配から脱する。今度こそ「イシュメルガか」と問いかけた。

 

すると、ナニカは一瞬にして黒の騎神イシュメルガの姿に変化する。

 

 

「思いの外…足掻くものだ……クロウ・アームブラスト。さすがと言うべきか…それが“人の意地”というものかね?」

 

 

「こいつは何の冗談だ?……そんなに流暢に喋るやつだったのかよ、お前」

 

 

「フフ……マクバーンにも言われたな。これまで意識はあっても理知はなかった故な……おぬしの躰を手に入れて、それを得たのだ」

 

 

「なるほどな……忌々しい事だぜ」

 

 

クロウに対するイシュメルガの態度は柔和なものすらあった。あるいは敬意とも取れる。

 

 

「クロウ…おぬしは素晴らしい人物だ。ゼムリアでは仲間たちと協力し、絶望的な戦力差であったにも関わらずこの吾を斃した」

 

 

聖女曰く、イシュメルガに対抗するには他の騎神との相克を果たした状態でなければ話にもならないと。しかし、ヴァリマールは最初の相克相手だったオルディーネを不完全な形で吸収してしまっていて、他の騎神の吸収も十全ではなかった。

 

そんな状態で最強の騎神とされたイシュメルガを斃したのだ。リィンやヴァリマールの功績は偉業と言える。

クロウはその一助になっただけだ。あの戦いはあくまでリィン主導だった。

 

「なに、謙遜する事はない。800年に渡る我が妄執を打ち砕いたのだ、誇っていい。その上、吾と共に大気圏外に離脱したリィン・シュバルツァーを追った気高さは評価に値する。……吾はおぬしに尊敬の念すら抱いているのだ」

 

 

光栄な事だ、なんて軽口すら言いたくはない。しかしそんなクロウの心すらイシュメルガは見抜いていて。

 

 

「だからこそ、吾はおぬしを宿主としたのだ。万夫不当とはならずとも一騎当千。神算鬼謀とはならずとも頭脳明晰。吾の宿主として相応しい万能だ。吾はこれからこの世界を、玄界を支配する。おぬしはその宿主となれるのだ、これほど栄誉のある事はない……そうだろう?」

 

 

「栄光を授けよう…ってか、まったく…くだらねぇな。悪いが世界の王になんざ興味はねぇ。他を当たってくれるか」

 

 

聞き届けて、イシュメルガは残念そうに首を横に振った。

 

 

「そうか……君には吾がヒトの肉体に慣れるまで、その操縦を任せたかったが……仕方あるまい」

 

 

「楽にしてやろう」とイシュメルガが掌を翳した。エネルギーが収束し、黒き波動が放たれる。

 

精神面での死は、クロウの完全な自我の喪失を意味していた。絶対絶命の四文字が頭を過ぎる。

 

 

黒き波動がクロウを貫く寸前、灰色の閃光が波動を切り裂きクロウを守った。

 

灰色の閃光はそのままイシュメルガに突撃する。続いて蒼の、緋の、紫の、金の、銀の閃光がイシュメルガに殺到した。

 

 

 

「これは…」

 

 

どういう事だ、とは言葉にならなかった。その前に懐かしい声が耳朶を打ったからだ。

 

 

「なんとか間に合ったみたいだな」

 

 

振り返る。いつしかクロウを拘束していた闇は消えていて。その目に映る、漆黒の衣装、白髪に灼眼。悪友の姿。

 

 

「リィン、か……?」

 

 

「久しぶりだなクロウ。無事で何よりだ」

 

 

その声が、優しさを湛えた瞳が、そこにいるのが間違いなくリィン・シュバルツァーだと物語っていた。

 

 

「今はヴァリマールたちの力を借りてイシュメルガを抑え込んでるが、いつまでもつかわからない。戦えるか、クロウ」

 

 

「当たり前だ、と言いてぇ所だが武器がねえと無理だな。バロールの魔眼もここでは使えないようでな……というか、どうなってんだ?」

 

 

いきなり戦えるか?と問われて答えたが、そもそもこの場にリィンがいる意味がわからなかった。

ここはおそらく、七の騎神を起動したクロウの精神世界だと思っていたが……

 

 

「実は自分の黒トリガーをつくる際に、七の騎神にも少しだけ力を注いでいたんだ。こんな時が来ると思っていたからな」

 

 

種明かしはすぐだった。考えてみれば簡単だった。確かにリィンの言った方法なら自己の力を分散して残せる。

とは言ってもここまで意識のようなものが残るのは非常に珍しいだろうが。

 

「そうかよ、そりゃ用意周到なこった。それで、どうやってイシュメルガを斃す?」

 

 

「まずは騎神イシュメルガを砕かなきゃならない。…七の騎神の黒トリガーの一部である以上はいずれ直るが……その前に思念体を斬る。クロウがさっき見たアレだ」

 

 

「わかってきたぜ……アレがイシュメルガの悪意そのもの……つまり思念体を排除すれば残るのは悪意に染まる以前のイシュメルガの思考システムだけってわけか」

 

 

「さすがに理解が早いな」とリィンは嘆息する。

と、そうした所でイシュメルガが6つの光を弾き飛ばした。

光はクロウとリィンの側に来ると騎神の形をとる。

 

 

「この吾を斃すつもりか……クロウ・アームブラスト!リィン・シュバルツァー!たったの2人で!?」

 

威圧感を放つイシュメルガ。それは魔神マクバーンに勝るとも劣らぬもの。確かに騎神の助けがあっても2人で勝利するには難しい相手だ。

 

 

「たった2人…なんかじゃないさ」

 

 

しかし、2人ではなく5人と六騎ならば。

 

虚空から人影が2つ。

 

 

「やれやれ…まったく、とんでもない場所に呼び出されちまったぜ。なぁ、聖女さんよお」

 

 

がっしりした体格に革のジャケットを着て、不敵な笑みにふてぶてしさを感じさせる男は《猟兵王》ルトガー・クラウゼル。

 

 

「私にとってはむしろ好都合です。怨敵とも言える相手と直接対峙できるのですから」

 

 

物々しい鎧を身に纏い、伝説よりなお玲瓏なる美貌でイシュメルガを睨みつける女は《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット。

 

 

 

「《猟兵王》に《聖女》…?」

 

 

2人ともかつて騎神の起動者だった人物だ。相克で戦った時などは正直勘弁してほしいくらいの強さだった。

 

 

これだけでも十分に強力な助っ人だと言うのにリィンは「まだだ」と言う。

《猟兵王》と《槍の聖女》に続いて虚空から姿を表したのは《鉄血宰相》にして《獅子心皇帝》だった宿敵。

 

 

「何故、と問わないのはさすがと言うべきか…クロウ・アームブラスト」

 

 

「不死者はただの起動者…という以上に騎神と深い繋がりがある。……《灰》に相克で負けて吸収されれば、不死者も消滅するだけじゃなく吸収されるってわけだな」

 

 

「フフ……まあ、そんなところだ。とは言っても残り滓のようなものだがね」

 

 

民衆を魅了する低く艶のある声。軍人時代を思い起こさせる逞しい体躯。次期元帥とすら目され、しかし悲劇をもって鉄血へと変貌した男。エレボニア中興の祖ドライケルス・ライゼ・アルノールの生まれ変わり。ギリアス・オズボーンその人だ。

 

 

 

「これはこれは……よもや起動者共の魂が吾の内側に潜んでいたとは……あまりに小さ過ぎて見抜けなんだ」

 

 

「挑発はそこまでにしてもらおうか、イシュメルガ。我々には時間がない……すぐにでも貴様を倒さねばならんのだ」

 

 

オズボーンはイシュメルガの挑発を正面から受け止めると、会話の時間も惜しいとばかりに「準備はいいか」と問いかける。それはこの場にいる全員に向けられたものだ。

各々が是と返事をし、騎神は起動者に侍った。

 

 

「いくぞ!ヴァリマール!!」

 

「うむ…おぬしと共に戦える事、嬉しく思うぞ…リィンよ」

 

 

「付き合ってくれるな…ゼクトール!」

 

「最期に一花咲かせようではないか…ルトガー」

 

 

「共に参りましょう…アルグレオン」

 

「ええ、今度こそ《黒》にこの槍を届けてみせましょう」

 

 

「テスタ=ロッサ、エル=プラドー……私が遠隔操縦しよう。異論はあるか」

 

「不足なし」

 

「五騎と並び《黒》を打倒するも一興」

 

 

リィンとヴァリマール、ルトガーとゼクトール、リアンヌとアルグレオン、オズボーンはテスタ=ロッサとエル=プラドーを。

 

そしてクロウの元にはオルディーネが。

 

 

「随分と……久しぶりだなオルディーネ。お前の感覚だともう7年になるか」

 

 

思えば、起動者になってからこれほどオルディーネと遠ざかったのは初めてかもしれない。オルディーネはクロウがジークフリードになっていた時もずっと側にいてくれた。

 

 

「そうかもしれぬ。だが、ずっと見守っていたぞ」

 

 

「……そうかよ。だったらこれからもそうしてもらうために、ここはいっちょう気張らなきゃなあ!」

 

 

「行くぞ!」という声に「応!」という返事があって、クロウは騎神の核に吸い込まれる。他の三騎も同じようにして、オズボーンだけは二騎の騎神を遠隔操縦なんて離れ業で、イシュメルガと対峙した。

 

 

「七の騎神が一堂に会するか……壮観なり。これをこそ真の七の相克とする。もはや屑鉄と侮るまい…ヴァリマール、ゼクトール、アルグレオン、テスタ=ロッサ、エル=プラドー、そしてオルディーネよ……全力で諍うがいい!」

 

 

クロウの肉体を得て、そのすべてを飲み干したイシュメルガにもはや驕りはなく。なかった事にされた七の相克……それを上回る騎神同士の奪い合い、真の七の相克(騎神大戦)が始まるのだった。

 

 

先駆けとなったのは《銀の騎神》アルグレオン。往時と変わらぬ槍の鋭さでイシュメルガに突貫する。それを援護するのは《紫の騎神》ゼクトールと《緋の騎神》テスタ=ロッサ。ゼクトールはルトガーの得物であるブレードライフル……バスターグレイブで射撃を行い、テスタ=ロッサは己が代名詞でもある千の武具を具現化しては射出していく。

 

イシュメルガは黒き波動で援護射撃を飲み込むと、いつしか顕現させていた黒剣で突破してきたアルグレオンを迎え撃った。

 

黒剣と騎兵槍が交差した刹那、その中心を切り裂くように黄金の斬撃が迸る。《金の騎神》エル=プラドーによるものだ。

それをイシュメルガとアルグレオンは後方に跳ぶことで避け、イシュメルガの着地点では《灰の騎神》ヴァリマールと《蒼の騎神》オルディーネによる息の合ったコンビクラフトが待ち構えていた。

 

蒼覇十文字斬り。

リィンとクロウの奥義を同時に叩き込む合技。

 

 

それを黒剣と背面の剣にも似た翼で受け切ったイシュメルガ。

誇りも見てくれもあったものじゃなく、ただ敵の攻撃を受け止めるだけの体勢…ボーダーで言うならば全防御か。

 

 

「見事なり…六騎神。ゼムリアにおいて吾を斃しただけはある」

 

 

無傷。ノーダメージ。剣翼を広げ、それを誇示する。

絶対強者の自負があったゼムリア時代のイシュメルガと違い、クロウの肉体を得たイシュメルガはその理性をもってただ“勝つ”ことに力を注いでいる。

オズボーンが起動者だった頃の記録で自らを制御し、クロウの理性で自らを律する《黒の騎神》。それはひどく厄介だ。まるでつけこむ隙がない。

 

 

「隙がねえってんならよ……そいつをつくりだせばいいワケだ」

 

 

ルトガーはそう言い、ゼクトールは進む。バスターグレイブを乱射し、イシュメルガの周囲から逃げ道を無くす面の射撃。しかし、それは次の本命を隠すための陽動。凄まじい速度で懐に潜り込んだヴァリマールを黒剣で迎え撃つ。

しかし黒剣はひらりと躱され、返す一太刀がイシュメルガの胸甲に斬撃を刻み込む。思わずたたらを踏んだイシュメルガを挟撃したのはテスタ=ロッサとエル=プラドー。両騎神の攻撃を剣翼で受け流しつつ宙空に舞い上がったイシュメルガだったが、そこは翼を持つ二騎の独壇場。

 

 

「合わせなさい!」

 

「任せろ!」

 

 

オルディーネとアルグレオンが肉薄する。双刃剣を受け止めようと黒剣で迎え撃つが弾き飛ばされ、槍を波動と剣翼で牽制しようとするも、そのすべてを貫かれた。

 

墜落する。剣翼を砕かれ、浮力を失ったイシュメルガが真白に広がる世界に落ちた。精神と黒トリガーの内面の融和世界においては土煙もたたず、墜落して立ち上がるまでのイシュメルガを注意深く見守る。

 

追撃を怠ったわけではなく、追撃してはならぬと本能が警鐘を鳴らしていて。

 

 

「見事……見事だ。吾を地に落とすか。このイシュメルガを。……よもやここまで…」

 

 

それがイシュメルガによる牽制だと察したのは、黒剣を拾い上げたイシュメルガの瞳に、勝利の確信があったからだ。

 

 

「よもやここまで力の開きがあったとは!」

 

 

黒剣を……否。終末の剣を掲げる。

世界中の悪意が終末の剣に集約され、それは放たれた。

ダージュ・オブ・エレボス。最終相克においては六騎の騎神の力を束ねたヴァリマールが一度耐えられるかどうかという覇剣。あの時はマクバーンの贈り物もあって何とか立て直す事ができたが、今は違う。騎神の力は束ねられず、神なる焔もない。つまり、耐えられる道理はない。

 

いち早く動いたのは《金》と《緋》、それに《銀》だった。

 

かつて灼獣の一撃すら耐え切った防壁を展開し、刹那の後に破壊される。

その刹那に闘気を漲らせた《緋》が千の武具を撃ち出し、《銀》は聖技で迎え撃つ。

 

続いて《紫》によるギルガメスブレイカー、《灰》による無仭剣。それぞれの奥義が暗黒の剣撃に立ち向かう。

 

オルディーネもその双刃に力を集中させたが、奥義を放つ寸前に「クロウは下がってろ!」とリィンに制されて防御の姿勢を取った。

 

 

直後、衝撃。

暗転しかけた意識を手繰り寄せ、状況を確認する。

 

ヴァリマールもゼクトールも、テスタ=ロッサにエル=プラドー、アルグレオンですら。文字通り半壊…半身が消し飛んでいた。大破と言っても良かった。

不滅の《金》の防壁をものともせず、《緋》の千の武具を容易く飲み込み、《銀》の光に貫かれてなお進み、《紫》と《灰》の奥義を打ち消して。六騎神を殲滅するだけの破壊力を秘めていた。

 

他の騎神による防御と奥義によって威力を僅かでも減衰できていたのか、クロウとオルディーネは五体満足で健在だった。

 

しかし……

 

 

「こいつ、を……」

 

 

どうすればいいのか。六騎神で挑んで勝てない相手に。終末の剣一振りで五騎を大破せしめた敵に。どう対抗すればいい。

 

 

 

 

「残された手段が……ひとつだけある」

 

 

声が聞こえて振り返ると、そこには全身から血を流しながらも両脚でしっかりと立つオズボーンの姿があった。

しかし息も絶え絶えで、立てているのも単なる意地だとわかる。

 

 

「相克を果たすのだ……今、ここで…!」

 

 

オズボーンは言った。

今この場で、共闘した五騎神にとどめを刺せと。

この状態、放っておけば《黒》に力を奪われるだけ。それならば五騎神にとどめを刺して力を吸収する権利を強奪せよと。

 

 

「アンタらはどうなる…?」

 

 

「元より残留思念のようなもの。気にする必要はない」

 

 

それしか手段がないなら、それを躊躇わず選ぶだけの胆力はクロウにもあった。

元よりオズボーンに対抗するためにテロリストに堕ちたこの身、清濁併せ呑んでこそのクロウ・アームブラスト。

 

 

「礼は言わねえし、謝罪もしねえ」

 

 

「それでいい」と言うオズボーンの声を聞き届けず、オルディーネは双刃で半壊した騎神たちにとどめを与え、その力を飲み干した。

 

 

世界からオズボーンの、ルトガーの、リアンヌの、リィンの気配が消え失せる。同時に騎神の姿もなくなった。

正真正銘、クロウとイシュメルガの2人きりだ。

 

 

 

「この場で相克したか……それも良かろう。六騎で挑むより、その力を束ねた方が勝算もあるやもしれん」

 

 

イシュメルガのセリフに「ぬかせ」と返事をして、激闘は再開された。

 

 

 

 

そこからの戦いは、一方的だった。

 

イシュメルガの攻勢が続く。オルディーネも何とか凌ぐが、防戦一方の展開が続く。

まるで相克などしていないかのように、力を発揮できない。

 

やがて双刃剣を弾き飛ばされ、首根っこを掴みあげられる。

 

 

「落胆したぞ、クロウ・アームブラスト。おぬしならばもう少しやると思っていたが……よもや他の騎神の力が《蒼》に馴染む時間がなかった、などと言わないでくれよ……?」

 

 

「…ったく、手厳しいこった。こちとら無理難題こなそうと必死なのによ……」

 

 

「何を…?まあいい。これで決着だ。おぬしの肉体は吾が貰い受ける」

 

 

終末の剣を振り上げる。それをオルディーネに突き刺そうとして。

オルディーネの翼がマナ…トリオンを噴射してイシュメルガの拘束から逃れた。

 

 

「未だ足掻くか!クロウ・アームブラスト!散り際を見誤っているぞ!」

 

 

双刃剣を回収し、イシュメルガに答えてやる。

 

 

「足掻くもんさ。可能性があるのに諦めるほど甘ったれた性格はしてないもんでな!」

 

 

双刃剣を自らに突き立てる。刃がオルディーネを深く抉り、トリオンが勢い良く噴出する。

 

だけ、ではない。

トリオンの噴出と同時に五色が閃光となりイシュメルガに肉薄した。クロウの行動の意図を測りかねたイシュメルガは閃光の速度を見誤り、五体を押さえつけられた。

それはオルディーネが吸収したはずの《灰》《紫》《緋》《銀》《金》の騎神たちだった。

 

 

それを確認したイシュメルガ。その核にはすでにオルディーネの双刃剣が突き刺さっていた。

 

 

「あの世へ行きな、イシュメルガ」

 

 

「莫迦な……そんな、莫迦な……この吾が…このイシュメルガがぁぁぁぁぁああ!!」

 

 

絶叫し《黒の騎神》イシュメルガは崩壊する。

 

クロウは五騎神を吸収したと見せかけて、オルディーネの内側でトリオンを分け与えていた。その分配が終わり、騎神を修復させていたのだ。これは“七の騎神”という黒トリガーの内側だからこそできた反則技であった。

 

 

「礼は言わねえし、謝罪もしねえ。なぜって?そりゃアンタらを吸収なんざしねえからさ」

 

 

それぞれの騎神から降りた起動者たちにクロウは思いっきりドヤ顔でそう言った。

 

 

「さすがはクロウと言うか…良くこんなの思いついたな?」

 

 

「まあな、本当に思いつきだったが…上手くいって良かったぜ」

 

 

やれやれと嘆息したげなリィンに、クロウ自身も安堵した表情を見せる。

 

 

「こんな反則技されちゃ、あちらさんもたまったもんじゃないだろうなあ」

 

「ハハハ!」と豪快にルトガーは笑い、

 

 

「とは言え、見事な作戦です。一度限りの奇襲のタイミングも正確だったと言えましょう」

 

 

リアンヌもクロウを褒めちぎる。

 

 

「流石、と言う言葉以外見つからんな。まったく大したものだ。賭け以外の何物でもなかっただろうに」

 

 

「そうだな。きちんと吸収してりゃ普通に勝てたかもしれねえし、負けてたかもしれねえ。だがこの賭けの方が勝率が高いと踏んだからな。アンタの言いなりになるのも癪だったしよ」

 

 

オズボーンもまたリィンと同じようにやれやれといった体でクロウに声をかける。

 

 

 

肉体の主導権を取り戻したクロウがそのまま現世に戻るかに思われたが……

 

 

「マダダ……マダ諦メヌ……!」

 

 

崩壊した《黒の騎神》の向こうにイシュメルガの思念体が出現していた。

変わらず不気味な黒い邪神のようだった。

 

 

「吾ハ与エテヤッタダノダ…闘争トイウ概念ヲ、成長ノ契機ヲ…!」

 

 

黒の思念体は語る。クロウの肉体の制御権を失い、片言に戻っていてなお。

 

 

「オ前タチ人間ガココマデ栄エ、力ヲ持テタノハ何故ダト思ウ…!?」

 

 

イシュメルガは語る。悪意に目覚めたら思考システムは。人に影響された業が。

人間が栄えたのは自らが与えた闘争という概念のおかげだと。

 

 

「確かにアンタのおかげかもな」

 

 

クロウはそれを肯定する。否定はできない。クロウ自身がそうであったから。

声をかけようとしたリィンらを無言で制して、

 

 

「闘争心は人を成長させる契機の一つだろう。俺自身も《鉄血》に闘争心を抱いて、ここまで来たんだからな。そう言った意味でアンタは“神”に違いねぇんだろう」

 

 

「ソウダ……!ソノ通リダ……!吾ノ起動者トナレバオマエモ……!!」

 

 

 

 

「ーーーだが悪いな。ここから先は“人”の時代だ」

 

 

 

認めたがゆえに、それは絶対的な拒絶となる。

 

 

「ミリアム」

 

呼ぶと、ミリアムの姿をした思念体が現れた。かつてリアンヌがもたらした小さな奇蹟のそれが。

先程イシュメルガと戦っている最中からヴァリマールはこの白い終末の剣(ミリアム)を振るっていた。

この黒トリガーは“七の騎神”とはなっていても、あの時、大気圏外に飛び出したすべてを内包したのだと理解した。

 

 

「やるんだね?」

 

「あたぼうよ」

 

短いやり取りの後にミリアムは根源たる虚無の剣の形をとる。

 

 

「ってわけだ、イシュメルガ。アンタを生み出しちまった人の性…それと向き合いながら俺たちは進む……ただひたすらに、ひたむきに前に…な」

 

 

決別の言葉を聞き届け、認められぬとイシュメルガはその思念体を黒い終末の剣へと変貌させる。

 

 

 

「ヲヲヲヲヲヲヲッ!!」

 

 

 

それはクロウへと迫るがーーーー、

 

 

 

「さよならだ、イシュメルガ。女神の元で、また会おうぜ」

 

 

 

白い終末の剣が一閃され、イシュメルガは真っ二つとなった。断末魔もなく、イシュメルガは完全に消え去った。

 

 

 

 

 

 

「やり遂げたな、クロウ」

 

 

振り返ってリィンを見る。ルトガーを、リアンヌを、オズボーンを。もうすでに消えかかっていた。

 

 

「ああ。リィン、それに《猟兵王》に《聖女》……《鉄血》ーーーいや、ギリアス・オズボーン……アンタらのおかげだ」

 

 

「あー、やめろやめろ。背中がムズ痒くなっちまうだろうが」

 

 

「ふふ……私たちは手助けしただけ。帝国に蔓延る悪意を打ち倒したのは貴方ですよ、クロウ」

 

 

ルトガーもリアンヌも笑みを浮かべる。それはオズボーンも同じだった。

 

 

「人の可能性…再び見せてもらったぞクロウ・アームブラスト」

 

 

そう言うとオズボーンは振り返って歩き出す。虚空に向かって。もう身体の大半は消え去っていて、向こう側が透けて見えるようだった。

 

そして。

 

 

「さらばだ、我が宿敵よ」

 

 

そういうと、ギリアス・オズボーンは虚空に消え去るのだった。

 

 

 

「さて、俺もここまでか。クロウ、お前さんはゆっくり…そのボーナスステージとやらを堪能してこい」

 

 

「たかだか数十年…私が過ごした時間に比べれば短いくらいでしょうが……その間に、今の野望も果たすと良いでしょう」

 

 

ルトガーとリアンヌも一言だけ残すと振り返り、オズボーンと同じように虚空に消えていく。

 

 

 

その場に残されたのはクロウとリィン、それにミリアムだけだった。

 

 

「おいリィン…今のはどういう意味だ?」

 

 

「そのままの意味、だろうな。クロウは不死者として生きる時間をボーナスステージって呼んでたつもりだろうが……それは今、余生って意味に変わったんだ」

 

 

「は?」

 

 

「つまり、相克に勝ったから不死者から生者に戻るってこと!」

 

 

リィンの言葉で半分理解しかけて、ミリアムの説明で完全に理解して「はあ!?」と叫ぶクロウ。

 

 

「いや待て。いったいどうしてそんな事になるんだ?」

 

 

「俺も詳しい事はわからない。ただ《巨イナル一》の元となった《焔》と《大地》の至宝の力に関係するんだと思う。……この際、難しく考えずに相克覇者の特典って思えばいいんじゃないか?」

 

 

「随分テキトーだなおい」

 

 

テキトーだしご都合主義だ。もちろんリアンヌのように不死者として何百年も生きるかと言われたら生者として天寿を全うする方を選ぶが。

 

 

「俺もそろそろ時間切れだな」

 

言うが早いか、リィンの姿も透け始める。黒トリガーにトリオンを注いでいた分だけ不死者たちより長く存在できたが、それも限界のようだった。

 

 

「クロウ、会えて良かった」

 

 

「俺もだ、リィン。助けてくれてありがとな」

 

 

そう言って、拳をぶつけあう。

 

 

「あ、それと50ミラの利子の件だけど」

 

 

「それまだあったのかよ…!?」

 

 

悪戯心丸出しで言ったリィンにクロウは肩をすくめる。

リィンはすぐに優しくて哀しげな笑顔になって、

 

 

「残ってる分は刀也に返してやってくれ」

 

 

クロウは一瞬だけポカンとして、「は」と笑う。

 

 

「債権者が引き継がれてるようでなによりだぜ。いったいどんだけ搾り取るつもりだ?」

 

 

「ある分だけ、ってところかな」

 

 

「闇金かよ」とツッコミを入れてどちらともなく笑い出す。リィンの姿がもうほとんど見えなくなって。

 

 

「じゃあな、クロウ。刀也の事、よろしく頼む」

 

 

「じゃあな、リィン。刀也の事は任せとけ」

 

 

それが最後だった。リィン・シュバルツァーも消えた。

 

 

 

「いいお別れができたみたいだね」

 

 

空気を読んでそれまで黙っていたミリアムがクロウに言葉を向けた。

 

 

「ああ。悪くない別れ方だった。ミリアム…お前は消えないのか?」

 

 

「うん。ボクは終末の剣として“七の騎神”に格納されてるからね。きっとクロウでも呼び出せるはずだよ。お喋りはできないけど」

 

 

 

「そうか……結局、ミリアムが一番長い付き合いになるかもな」

 

 

 

「ニシシ……そうかもね!」

 

 

ミリアムが笑うのを見届けると、クロウは表情を引き締めた。

 

 

 

「悪いがそろそろ行かなきゃならねえ。現実じゃマクバーンが大暴れみたいだからな」

 

 

「あ、表の状況わかるんだ?」

 

 

「ま、自分の身体の事だからな。じゃあなミリアム……またすぐに力を借りる事になると思うが」

 

 

「まっかせて!……いつでも見守ってるから!」

 

 

「ありがとよ」と言ってクロウは意識を浮上させていく。イシュメルガが消え去り、精神の定まらぬ己が肉体を取り戻すために。

 

 




ドラマチックにならない!


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ワールドトリガー

たぶん黎の軌跡発売前に投稿できるのはこれが最後です。
作者は黎の軌跡発売に合わせて有給をとったのでばりばりプレイしてもりもりモチベを上げたいと思うのでした。



夜凪刀也は、ただそれを眺めている事しかできなかった。

 

 

《堕ちたる外の魔神》マクバーンと、《黒の騎神》イシュメルガの激突を。

 

今やⅦ"sギアの戦闘体は砕かれ、クロウは呪いに飲み込まれた。

ここからどう希望を見出せ、と言うのだ。絶望さえ奪われている。言葉すら失くし、嘆く事も許されない。

 

 

そんな感覚に浸りながら、眺める。

 

戦況は互角に見えた。

出力自体はマクバーンが上に見えるが、イシュメルガには技量があり、何とか凌いでいる。

 

起動者の操縦を真似ているのか、何らかの型が見て取れる。加えてイシュメルガはまだ自らの奥の手を使っていない。リィンから伝え聞いた話によると、イシュメルガは終末の剣に世界規模の暗闇を凝縮させて放つらしい。今は奥の手の使い所を見計らっている…といった所か。

しかしマクバーンも底なしと言わんばかりに火焔を生み出していっている。イシュメルガが奥の手を使う隙はなかった。

 

ゆえに、互角。

 

 

なるほど、これは迅が“世界が滅ぶ”なんて言っていたのも頷ける。

まるでフィクションの中の話だ。神話級の闘いだ。黙示録の戦争だ。

 

もし割って入ろうものなら、トリオン体でさえ一瞬の間に砕け散ってしまうほどの。

いいや、余波ですら十分だ。シールドを張っていなければ今頃は緊急脱出しているだろう。

 

 

 

「埒が明かぬな」

 

 

と言ったのはイシュメルガの方だった。マクバーンが常時展開している結界は、イシュメルガの終末の剣でわずかにだが貫通している。相性の問題か、あるいはただ出力の問題かはわからないが、大したダメージを与える事はできていない。

 

イシュメルガは黒き波動を放つと、終末の剣に力を集中させる。マクバーンの結界にとって黒き波動はそれこそ細波のようなもの。防ぐ価値もなく、ゆえにこれが目くらましだと知っている。

 

終末の剣が暗黒に染まり、振り抜かれるーーーー直前。

黒焔の剣が割って入る。波動を切り裂き、暗黒を全焼させて、終末の剣と魔剣が打ち合った。

 

 

「焦るじゃねえか。裡でクロウが目覚めたか?」

 

 

「戯言を。この肉体はすでに吾のもの。クロウ・アームブラストの精神が消えるのもすでに時間の問題」

 

 

鍔迫り合いながら言葉を交わす圧倒的な2つの存在。

マクバーンの言葉に刀也は希望を抱きかけるが、そもそもイシュメルガの呪いは分体だけでもクロウを呑み込まんとしていた。それが完全に呑まれた状態でどうやって脱出するというのだ。

見ているだけしかできない。これ以上ない無力感がさらに増した気がした。それでも、届かないとしても、言葉だけは。

 

 

「クロウ…クロウ……!頼む、打ち克ってくれ。おまえがいないとおれは立ち上がる事さえできない……」

 

 

激励のような弱音。ふざけるなと自分に言いたい。しかし真実だ。刀也はクロウが来なければ立ち上がる事はできなかった。緩やかに腐っていくだけだったのだ。

それを救ってくれたのがクロウだ。立ち上がる契機をくれた。リィンとの約束を果たす機会を得た。

だから。だからどうか打ち克ってほしい。希望を見せたのだから、その責任を果たせと。

 

 

 

 

 

それからも戦況は互角だった。

 

イシュメルガの無尽蔵とも思えるエネルギーを、マクバーンが圧倒的な火力で焼き尽くす。

多少展開の差異はあれど、それの繰り返しだった。今やどちらのトリオンが先に底をつくかという勝負のようにも思えた。

 

 

そんな時、再びイシュメルガが仕掛けた。波動を纏った終末の剣を振り回してマクバーンを遠ざけると、剣を掲げて闇を束ねていく。

 

マクバーンもそれを黙って見過ごすわけもなく、火球を撃ち放つがイシュメルガがシールドを展開した事で防がれてしまう。

 

 

「チィ…!」

 

 

騎神の展開する防壁はマクバーンのそれと比較すれば脆弱だが、それを割るとなればそれなりの力が必要だ。イシュメルガが仕掛けるために溜めた力を解放したのか、防壁は堅固で破壊するには“ジリオンハザード”を放つか接近して魔剣で斬り裂く他ない。

 

 

もはやジリオンハザードを撃つ焔を生み出す時間はなく、魔剣を叩きつけるしか選択肢のないマクバーンはイシュメルガに接近する。

 

悪意を束ねた終末の剣と黒焔を纏う外の理の魔剣が振り切られる刹那、白光が世界を席巻した。

 

 

そしてーーーー

 

 

☆★

 

 

 

暗黒は反転し極光へ。

 

その変貌に感じるものがあったのかマクバーンは距離を取り、刀也はあまりの眩しさに目を覆う。

 

 

徐々に光が収まる。逆光が写し出す影は《黒の騎神》のものではない。かといって《蒼の騎神》のものでもない。

 

刀也は記憶を掘り返したが《灰の騎神》の姿形でもなかった。しかし、マクバーンは何か勘づいたようで、

 

「クク…そう成りやがったか…」

 

などと呟く。

やがて光が消え去り、その姿が明らかになった。

 

 

装甲は蒼く、全体の形もオルディーネに近いが、どこか意匠が違って見える。

以前のオルディーネより力強く、イシュメルガより神々しい。

 

神威、というものを感じさせる雰囲気だ。

 

 

「待たせちまったみてえだな」

 

 

しかし、そんな神の如き騎神からはその雰囲気とはマッチしない軽薄な声。

 

 

「クロウ……なのか?」

 

 

「ああ。……ったく、情けねぇツラしやがって。これが片付いたら説教だ」

 

 

「は、はは……」

 

その言葉があまりにも“いつも通り”を感じさせてくれて、思わず笑ってしまうくらい刀也の心は安堵に包まれた。

 

 

「アンタにも…見苦しい所を見せちまったようだ、マクバーン」

 

 

「いや?別に構わねえさ。一度やり損ねた相手とやり合えたし、珍しいモンも見れたしな。……だが、それより今のお前の方が面白そうだ」

 

 

ぞわ、と刀也に鳥肌が立つ。それほどの烈気をマクバーンから感じたからだ。これまでのイシュメルガとの戦いが、まるで遊びであったかのような凄み。

それをクロウは飄々と受け流し、頑健に受け止め、猛々しく弾き返す。

 

 

「そうかよ。なら相手になるぜ。俺とこの《零》の……いや、《(はじまり)の騎神》オルディーネ=ギルスティンでな!」

 

 

闘気、烈気、覇気、神気ーーーーそういった表現が白々しく聞こえるほどのなにか。

 

《創の騎神》オルディーネ=ギルスティン

“ああ、これなら大丈夫だ”…一目見ただけで感じる安心感。あの《黒の騎神》すら超越した威容。創造と破壊の具現。騎神の極地。

 

 

 

「来な」

 

 

呼びかけて、宙空に手を翳す。光が収束し、弾けて、一振りの双刃剣が姿を現す。

 

蒼銀の終末の剣(ミリアム)赤黒の終末の剣(イシュメルガ)。それが柄尻で結合してダブルセイバーとなっている。

 

光と闇の融合。白と黒の共演。秩序と混沌の相克。

清濁併せ呑むクロウ・アームブラストに相応しい剣であった。

 

 

「いくぜ」と宣言してクロウは、オルディーネ=ギルスティンは双刃剣にエネルギーを収束させる。

同じようにマクバーンも両掌で火力を上げていく。

 

先手はマクバーン。収束し、圧縮した火球を放つ。ジリオンハザードの前段となる戦技。

それをクロウは終末の双刃剣で弾き消していく。

 

 

 

「さぁて、コイツで仕上げだ…!ジリオンハザード!!」

 

 

 

次いで放たれる本命。火球なんてものじゃなく、炎弾なんて比較にすらならぬ。太陽と言ってなお甘い。そんな却炎が撃ち放たれた。

 

 

 

「喰らえ……開闢の十字……!」

 

 

 

その却炎を、かき消す白と黒の閃光。

あまりにも速すぎる加速は刀也だけでなく魔神マクバーンすら認識できない。

その声が背後から聞こえ、振り向いた時にはすでに遅い。

 

 

 

「ーーーークリエイトクロス!!」

 

 

 

 

 

 

切り裂くは終焉。道を切り拓くゆえに開闢。白と黒が織り成すは創の軌跡。すなわち此れ、創世の十字なり。

 

 

☆★

 

 

 

決着は必然だった。

マクバーンの戦闘体はクロウの新技によって破壊され、今は元の人間体に戻っている。加えて敵意もないようだ。

クロウも同じように感じたのか、七の騎神の換装を解除してマクバーンに歩み寄っていた。

 

 

「クク……やるじゃねえか。あの状態の俺を倒すとはな」

 

 

「ま、色んな偶然が重なったおかげだろ。対等に勝負してアンタに勝てる自信はまだねぇさ」

 

 

何が面白いのか「クク」とまたマクバーンは笑う。それからポケットから眼鏡を取り出すとそれをかけて、

 

 

「さて、そんじゃ敗者の義務を果たさなきゃな。……何から知りたい?」

 

 

そう言うマクバーンからはすでに敵意は微塵もなく、今が換装前と言えど戦える事を差し引いても敗者である事を甘んじて受け入れていた。

この都合の良い説明タイムはクロウにゼムリアの事情を話して自身の目的を達成したいがためのものだと推測される。

つまりは力尽くが無理だからお話で解決しようという事だ。

 

 

「なら、最初の質問に立ち返らせてもらうぜ。どうしてアンタがここに派遣された?結社のやつらはなぜ今更“七の騎神”……いや《巨イナル一》を求める?」

 

 

至宝の行く末を見届けるという結社の目的はすでに達せられたはずだ。それなのになぜマクバーンが行く末に至った至宝を……その器を回収しに来たのか。

 

 

「それは言った通りだ。“次”が創められねぇ……もっと詳しく言うと、《巨イナル一》なんて結果は要らねぇが、その器だけは必要ってわけだ。それがないとゼムリア大陸は“次の周回”を創められねぇ」

 

 

「“次の周回”……ゼムリアはループしてる?」

 

 

「正確にはループではなくニューゲームってところだな」

 

 

刀也の導いた回答にマクバーンが捕捉する。

刀也の説は“世界ごとのタイムリープ”だが、真実は“世界を新しくやり直す”というものだった。

 

 

「なんて言っても意味不明だろうから、最初から教えてやるぜ」

 

そう言ってからマクバーンはゼムリアという世界について語り始めた。

 

 

「そもそもゼムリアってのは遥か昔に滅んだ国家の実験国だ」

 

“実験”…そのワードは幻想機動要塞でカンパネルラが語った結社の目的とも符号する。

ではどんな実験なのか?それももう知っている事だった。

 

「その実験の内容は“七つの(マザー)トリガーを統合し運営する巨大国家”の実験だ。“神”はエイドス。《身喰らう蛇》はエイドスの影を盟主とし、七至宝が世界にどんな作用をもたらすかを見届ける組織ってわけだな」

 

 

「待て」とそこでクロウが説明を止める。

 

「母トリガーってなんだ?」

 

新しいワードに頭を抱えるクロウと同じようにマクバーンも「そこからかよ…」と頭を抱える。

 

 

「母トリガー…女王トリガーとも呼ばれるが、こいつは近界の国家を形作る巨大なトリガーの事だ。そこに生贄…“神”とも言うが、こいつを放り込む事で機能する。その生贄のトリオン能力が高いほど国家自体もデカくなるって寸法だ。……とりあえず母トリガーについてはこんなもんだが、その様子だと(クラウン)トリガーについても知らねえな?」

 

 

「知らねえ」とクロウは即答する。刀也も母トリガーについては知っていたが冠トリガーについては初耳だ。

 

 

「冠トリガーってのはまあ、母トリガー直属の国家で一番強ぇトリガーって覚えておけばいい」

 

 

軽く説明し、マクバーンは本題に戻る。

 

 

「七つの統合母トリガーの冠トリガーはゼムリアを守る防壁……教会の連中が“女神の枷”とか呼んでたアレだ。内からは出られず、外からの干渉も受けない。これが破られたのは…お前が知ってるやつだと3回だけ……塩の杭に俺、それに騎神に乗って大気圏突破したリィン・シュバルツァーくれぇだな」

 

マクバーンの説明にクロウは「なるほど」と相槌を打つ。近界の情報を集めているとゼムリアが如何に破格の大きさを持つ国家かと思った。その割にアフトクラトルの連中は知らないと言うし。

それが冠トリガー七つを融合した防壁に守られてあらゆる情報がシャットアウトされているなら筋は通る。

 

 

「母トリガーが統合された事で冠トリガーも防壁として発現し、七国の冠トリガーの器だけが残った。そこに導力をぶち込んだのが“七の至宝(セプト=テリオン)”だ。だから《巨イナル一》という結果は不要だが、その器は必要って事だ」

 

 

「とてつもなくデカい器だな」とマクバーンは捕捉した。つまり、導力という水はいくらでも用意できるが、“冠トリガーの器”というコップが無ければ意味がない。

 

 

「オーケー、話はわかった。その上で質問だ。なんで結社は遥か昔に滅んだ国家の実験を続けてやがる?それにこの実験てのは何度目だ?」

 

 

クロウの問いかけは“実験を続ける意図は?”というものだ。

遥か昔に滅んだ国家が、巨大国家を運用可能か測るための実験国がゼムリアだ。おそらくこれまでも幾度と無く繰り返されたのだろう。しかし、実験の指令を下した国家が滅んだのなら、もうこれ以上のデータ収集は無意味。

なぜそれを繰り返すのかーーーー?そんな問い。

 

「クク」と再びマクバーンは喉を鳴らす。

 

 

「簡単だ。壊れちまってんだよ…エイドスって女がな」

 

 

エイドスという名は刀也もリィンから伝え聞いていた。空の女神エイドス。七耀教会の象徴にしてゼムリアにおける唯一神。

ゼムリア大陸はこの世界と比較してもある程度科学は発展してるし、やもすると凌駕している部分すらある。それに民族も実に多種多様だと聞く。それなら複数の宗教が発生してもいいはずなのに、空の女神エイドスが唯一絶対の神だとは。聞いた時にはどれだけ歪なんだ、と漏らしたほどである。

しかし、その神が役割として実在しているなら話は別だ。

 

 

「母トリガーへの生贄は、トリオンがデカければデカいほど良いってのは話した通りだ。しかもゼムリア…滅んだ国家が征服した七国の母トリガーを無理矢理融合させた母トリガーだ…生贄のトリオンは、それこそワールドトリガーに匹敵するほど莫大なもんじゃなけれないけなかった。そこで選出されたのがエイドスって女だった。他にはいないほどのトリオンの持ち主…実験を円滑に進めるためにエイドスには不死身のトリガーとか色々埋め込まれたって話だ。それから何千年…何万年が経ってんだろうなぁ……今や“生きながらにして死んでいる”ってエイドスの影法師…結社の盟主から聞いたぜ」

 

 

一度に与えられた情報が多過ぎる。

ゼムリアは遥か昔に滅んだ国家の実験国。

大陸は滅んだ国家が征服した七国の母トリガーを無理矢理結合したもの。

その(生贄)がゼムリアで信奉される女神エイドス。

エイドスには不死身などのトリガーが埋め込まれている。

ゼムリアの防壁として七国の冠トリガーは統合されて“女神の枷”となった。

空になった冠トリガーの器には導力が注がれて七の至宝になった。

至宝の器がなければ次の実験に移れないため、その回収に来たのがマクバーン。

 

 

「なるほどな……筋は通る。信じてもいいかもしれねえな」

 

 

そういった情報をクロウは整理する。しかしまだ腑に落ちない点があった。

 

 

「なぜ器だけの回収なんだ?その中身…力もセットじゃなきゃゼムリアのエネルギーの総量としては損…実験を繰り返すたびにその規模は縮小していくんじゃねえのか?」

 

 

「ま、否定はできねえな。とは言ってもそんな例は今回の《巨イナル一》くれえのもんだが。他の至宝……《幻》がいい例だな。《幻の至宝》は自滅したが、器は残る。冠トリガーだからな、至宝の力と言えどトリオン由来のものじゃなきゃ絶対に壊せねえ」

 

 

確かに、トリオン兵に通常兵器の効きが悪いのと同じ原理だろう。

 

 

「そして自滅した分のエネルギーだが、こいつは時間が経てば回復する。ゼムリア大陸におけるエネルギーの総てはトリオンを変換したものだからな。……クロウ、お前ならもう気づいてんだろ?」

 

 

 

「トリオンと導力……多少差異はあれど共に“時間経過で回復する”という性質を持つ。おそらくトリオンに最も近い性質を持つエネルギーが導力……それは、いずれ世界が開かれた時にトリオンというエネルギーに順応するため…か……」

 

 

トリオンと導力。その類似性についてはリィンも言及していた。それはクロウが言った通りであり、またゼムリア大陸が実験から解放された後、トリオンというエネルギーに慣れるための練習のようなものだ。

 

 

「クク、正解だ。まあ盟主にとっちゃ気持ちばかりの抵抗らしいがな」

 

 

 

「“抵抗”か………ひとまずは理解したぜ。その上でもう一つ質問だ。世界を“次の周回”に進めるという意味……それは再び人々に七至宝を与え、その行く末を見届けるという意味でいいんだな?」

 

 

それは質問というより確認という方が表現として正しい。なにせ、答えがわかりきってるからだ。

 

だからそれは、最後通牒のようにマクバーンに伝わった。弱敵であればその意思を捻じ曲げかねないクロウの声音に、マクバーンは即答する。「ああ、そうだ」と。

 

 

「…そうかよ。じゃあやっぱりこいつを渡すわけにはいかねぇな」

 

 

七の騎神のトリガーホルダーを握りしめながらクロウは言う。

 

 

「それは例え、ゼムリアが滅びかけてると言ったとしてもか?」

 

 

しかし、返ってきた言葉は予想外のもの。クロウが“七の騎神”を渡さないのはゼムリアを新生させないため。ゼムリアが次の周回に入るならば、きっと今の人々はどうにかされてしまうのだろう。今の時代に古代ゼムリア文明以前の歴史が判明していないように。

 

だが、ゼムリアが滅びかけてるーーーー?

 

 

「龍脈の枯渇なんてのはお前がいた頃からゼムリアを騒がせてただろうが。今はそれがゼムリア全土に広がってるってわけだ」

 

 

確かにクロウがゼムリアを脱出した7年前でさえ、大陸東部は龍脈が枯渇して不毛の大地と化していたという。

 

 

「龍脈の枯渇……ゼムリアが近界の一つだとすれば、ありえない話じゃないか?」

 

 

眉根を寄せたクロウだったが、それを打破するように言葉を紡いだのは刀也だった。

 

 

「ゼムリアが七国を統合した特別だってのはわかった。だけどマザートリガーで動くって原則が変わらないなら、“神”が不死身なら、龍脈の枯渇(国が死ぬ)なんてのはありえない」

 

 

刀也はボーダーでも古株で、多少なら近界の事にも明るい。だからこそ導けた答えだった。

 

だとしても龍脈の枯渇は事実。なら考えられるのは。

 

 

「自作自演……と言うよりはゼムリアを次の周回に到らせるために龍脈をエイドスが吸い上げてるって事か?」

 

 

世界を新生させるならば、それなりの出力が必要だろう。しかしエイドス()単体では為せないため、代わりとなるエネルギーを世界から吸い上げてるとしたら説明はつく。

 

マクバーンは正解だと言うように「クク」と嗤う。

 

 

「なれねぇ交渉なんざするからだ。…とにかく俺はゼムリアを“七至宝の行く末を何度も見届ける事を繰り返すだけの実験場”で終わらせたくねぇ。とうの昔に滅んだ国の実験なんか放棄して、今を続けて未来を形作りたい」

 

 

一拍置いてクロウは宣言する。

 

 

「だから“七の騎神”は渡せねえ。俺は俺の手段でゼムリアを解き放つ」

 

 

忌々しい使命からーーーー。

女神すら縛る使命から、ゼムリアという世界を解放する。

 

 

「少しの間待っててくれや。こっちはこっちでゼムリアに行く手段を整えてるからよ。しばらくしたら、そっちの問題を解決しに戻ってやる」

 

 

そこでクロウは笑って傍らの刀也の背中を押し叩く。

 

 

「こいつと一緒にな」

 

 

そうされた刀也は、努めて自分の置かれている状況を忘れて「ああ!」と返事をひり出す。

 

 

クロウの答えを聞いて、マクバーンは気まずそうに「あー」と頭を掻いて、そのあとすぐに視線を戻す。

 

 

「わかった。そこまで覚悟決まってんならもう俺から言う事はねえ。ただまあ、あんまり時間は残ってねえから、できるだけ急いだ方がいい。リベールやらクロスベルやら、帝国の連中…それにお前らが去った後に起こった共和国での事件を乗り越えたヤツらも奮戦しちゃいるが、時間稼ぎにしかならねえ。ゼムリアを解き放つつもりなら、エイドスが“次の周回は五つの至宝だけでいい”と諦める前に来るこったな」

 

 

マクバーンの忠告に「ああ」と短く答える。

結社のオルフェウス最終計画…騎神が争った《幻焔計画》に続く第三段階が完了してから今日まで、きっと“終わり”が続いているのだろう。至宝の器なくしては“次”が創められないから。

そんな状況下で仲間たちは、まだ見ぬ同志は足掻いているという。“次の周回”という安易な救済の道は知らないにしても、世界を終わらせないために。おそらく“次”を創めるエネルギーを収束させるためにゼムリア大陸を覆っていた女神の枷(防壁)も解除されている事だろう。他国からの侵略もあれば、トリオン技術なんて新しいものになれる時間も必要だったろう。

ありとあらゆる苦難がゼムリアを襲ったはずだ。それでも諦めず、立ち上がり、前に進んだならば……報われてもいいだろう。その努力に報いたいと思ってもいいだろう。

 

クロウはそうして、決意を深める。

 

 

 

髪は色を失った白から元の銀に戻り、赤い瞳には覚悟が宿ったのを見て、マクバーンは安心したように笑みをこぼした。

 

 

「さて……そんじゃあ俺は帰るとするぜ。クロウ…くれぐれも注意するこった。“七の騎神”はワールドトリガー並みに力を持つ。簡単に国を滅ぼし得る力だ。せいぜい扱いには気をつけな」

 

 

踵を返そうとしたマクバーンを「待ってくれ」と呼び止める。

 

 

「“ワールドトリガー”って、なんだ?」

 

 

それが最後の質問だった。

ワールドトリガーとは何ぞや?

何度も会話に出て来ているし、アフトクラトルの大男、ランバネインも“七の騎神”を指してそう言っていたが。

 

 

「……まあ、そりゃ知らねえよな。母トリガーや冠トリガーを知らねえんだから」

 

マクバーンは納得したようにして、語る。

 

 

「ワールドトリガーってのは、言っちまえば超強力な黒トリガーだ。たったひとつの黒トリガーに、その国のすべて……国民から母トリガーに至るまで、すべてのトリオンと生命力を注ぎ込んで造られた黒トリガーを、ワールドトリガーと呼ぶ。文字通り、世界ひとつを犠牲にして完成するトリガーだからな」

 

 

近界に浮かぶ国のひとつの総てをひとまとめにした黒トリガー。それがワールドトリガーだとマクバーンは言った。

 

 

「ま、ワールドトリガーと言っても能力そのものの変質はあまりねえ。元の黒トリガーの出力を大幅に向上させるってだけだ。ごく稀に新しい能力が発現する事もあるみてぇだが」

 

 

その内容にはクロウも納得する。マクバーンの魔神形態の馬鹿げた火力は、そんな底上げがあったからだと理解する。

 

 

「元の黒トリガーの性質を色濃く残すとは言え、その選定は大きく狭まる。単純に犠牲となった総てに気に入られなきゃいけねぇからな」

 

 

黒トリガーを起動できる者は限られる。普通の黒トリガー(たった1人)でも起動できる人物を探すのに手間取るのに、星ひとつの命に認められなければ起動できないとなると、狭き門という表現が可愛らしく見える事だろう。

 

 

「“七の騎神”は厳密に言えばワールドトリガーじゃねえが、七つの騎神……今や《巨イナル一》か……を内包してる事に加えて終末の剣まであるしな、出力はワールドトリガー並みと言っても過言じゃねえだろう」

 

 

「俺の障壁も破ったしな」とマクバーンは付け加える。確かに《巨イナル一》そのものとなったオルディーネ……オルディーネ=ギルスティンなら、どんな難敵でも撃破できるだろうという確信があった。だからこそ、扱いに注意は必要なのだろうが。

しかし、そんな事より前にマクバーンのセリフの中に気になる文言があった。

 

 

「ひとつ聞くが、まさかミリアム…終末の剣も黒トリガーなのか?」

 

 

「まあそうだな。真っ当なプロセスじゃなかったが、造り方として間違ってはいねえ。あの白い終末の剣は黒トリガーだ」

 

 

考えてみれば、制作した人物が命を懸けたというのはクロウの知る黒トリガーの造り方と相違ない。

となると、そんな武具でしか殺せない堕ちた女神の聖獣にも言及したくなってくるが、これについては答え合わせの機会は永久に失われているため思考を放棄する。

 

 

「こんなもんか」と説明を終えたマクバーンは短い挨拶を残すと、さっさと門を開いてその姿を消してしまう。

「それじゃあな、ゼムリアで待ってるぜ」と。

 

 

こうして三門市の危機は乗り越えられたのだった。




《創の騎神》オルディーネ=ギルスティン……いったい何者なんだ……?

という冗談はさておき。作者の妄想騎神です。詳細については後々、活動報告で語られたとか語られなかったとか……


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最後の勝負に向けて

 

イシュメルガは消え去って、マクバーンは追い払った。万々歳の結末だ。

 

しかしそう喜んでいられない事情が夜凪刀也にはあった。

 

 

 

というのも、マクバーンが襲来する以前に受けていた遠征選抜試験で、刀也はこれ以上ない失態を晒した。あるいは何らかのミスであればまだ良かったかもしれない。

刀也が晒した失態とは、トラウマだ。遠征艇に乗ると過去を思い出して我を失う。

それは遠征隊員に選ばれざる理由として充分過ぎた。

 

 

迅は今回、マクバーンを追い払った功績で失態を打ち消せなんて言ってたが、これは打ち消せる失態ではない。治療すべき精神的な傷なのだ。

しかし例え治癒したとして、そんなリスクを負う隊員を遠征部隊に選ぶだろうか?

 

刀也は自分なら選ばないと結論している。それは上層部も同じだろうと。

だから失意のまま、マクバーンに関するすべての報告をクロウに丸投げした。

 

上層部ーーー城戸たちの前でその報告が終わり、いざ退室、という段で忍田に呼び止められる。

 

 

なんでしょう、なんていつもの笑顔で応対する事すら難しい。見てわかる憔悴、あるいは諦観。普段の不敵な様子を知っているだけに痛々しく思えた。

クロウが報告する横で暗い表情なのはわかっていたが、それでもなお、息を飲む。

しかし気圧された様子など見せずに忍田は切り出した。

 

 

「君たち夜凪隊が遠征部隊内定を取り消された事は知っているか?」

 

 

事前に迅から聞いていた刀也はわずかに目を細め、クロウは「なっ」と驚く。

 

 

「どういう事だ」

 

「おれのせいだ」

 

 

問いただすクロウに短く告げる刀也。振り返るクロウに視線は合わせず、しかし忍田らの話はここで終わりではないと踏んでいた。

 

 

「詳しい事情については…夜凪くんから聞くといいだろう。ともかく夜凪隊は遠征部隊の内定が取り消された。しかしまだ道は残されている」

 

 

「遠征選抜試験を実力で突破しろって事か」

 

 

クロウの即答に忍田は「そうだ」と首肯する。

 

 

「そしてもうひとつ……黒トリガー使いとして、遠征部隊入りするという選択肢」

 

 

黒トリガー使いとして、遠征部隊に参加する。

それは遠征選抜試験を実力で突破するという選択肢よりよほど現実味があるように思えた。

実際遠征でトラウマが再発する…という点を除いて考えれば、トラウマが再発するかもしれない試験…よりは黒トリガー使いとして遠征艇に乗る…というのが簡単だ。

 

しかもクロウの“七の騎神”や刀也の“Ⅶ"sギア”は他に適合者がいないという状況で、少し前までは戦力の勘定にも入っていなかった。それに遠征そのものも過去に類を見ない大規模なもの…黒トリガーを投入してもおかしくはない。

ランク戦での奮闘やマクバーンの撃退で夜凪隊を認めてくれているのか、上層部はこんな提案をしてくれているのだ……と、そんなストーリーが頭の中で出来上がっていく。

 

 

「我々は今回の遠征で黒トリガー使いを2人投入する事に決定した。その候補が君というわけだ、夜凪」

 

 

忍田の言葉を引き継いだのは城戸。そして言葉は刀也に向けられていた。刀也だけに。

 

 

「俺はどうなるんだ?」

 

 

遠征部隊に無条件で選出される、2人の黒トリガー使い。その候補は刀也だと忍田は言った。

クロウはどうだ?刀也よりむしろ条件はいいはずだ。

 

 

「君は確定だ、クロウ・アームブラスト。先程の報告を聞くに、その黒トリガーにももはや危険はないのだろう」

 

城戸の回答を聞いて「なるほど」と理解する。確かに黒トリガー“七の騎神”は……すでに相克を終えて《創の騎神》という破格の戦力となった。これの有無で遠征の明暗が分かれるのでは、というほどだ。選ばない手はない。

と、納得してから疑問が逆転する。

 

 

「待て。確定は俺だけか。刀也はあくまで候補止まりなのか?」

 

 

「そうだ。遠征に投入する2人の黒トリガー使いの内の1人は未だ確定ではない」

 

 

クロウと城戸のやり取りを聞いて刀也は思考する。ならば、他の可能性はなんだ?

迅は…おそらくない。未来視というサイドエフェクトはボーダーを守る上での切札だ。遠征に投入して帰ってこなかった場合のリスクが大きすぎる。ならば天羽か?これもない。天羽の黒トリガーは範囲殲滅には適するが、今回の遠征の目的はあくまで捕虜の奪還であり侵略ではない。

あるいは風刃の他の適合者やボーダー本部が保管する他の黒トリガーに適合者が現れた可能性もあるが……

 

 

「空閑ですか」

 

 

空閑遊真…玉狛支部の黒トリガー使い。近界民。

ボーダー本部の派閥争いに負けたと思っている城戸の心情を考えれば、それが自然な答えだと思えた。

クロウや刀也と言った忍田派の実力者に加えて、空閑という玉狛支部派の戦力が遠征で三門市にいない間に、刀也に懐柔された隊員らを城戸派に引き戻す。

 

 

「いいや、違う。遠征に投入するのは“七の騎神”と“Ⅶ"sギア”で確定だ」

 

 

そんな刀也の予想を、現実は軽々と超えていく。

 

ありえない。それはどういう事だ。認められない。難航していたのではなかったか。リィンが自分以外を認めた?城戸の言葉はつまり、“Ⅶ"sギア”に刀也以外の適合者が現れた事実に他ならない。

 

 

「Ⅶ"sギアに刀也以外の適合者が現れたってわけか……」

 

 

クロウも刀也と同じ解に至り、忍田と城戸はそれを首肯した。

 

 

「1人だけだがな。夜凪、君にはその人物と争奪戦をしてもらい、その勝者が黒トリガー使いとして遠征に参加する事となる」

 

 

1人だけ。それはほんの少しだけ救いにはなったが、現実的な救済ではありえない。

城戸がこんな提案をしてくる時点で、その1人の候補者が刀也と比較できるレベルの強者である事が明らかだからだ。

遠征に参加する事に異議がでない人物。無名のC級ではありえず、ぱっとしないB級でもないだろう。なら、考えられる最悪は何だ、誰だ?

 

 

「風間ですか?あるいは太刀川?三輪だったり?まさか迅なんて事はーーーー」

 

 

 

 

 

 

「忍田くんだ」

 

 

 

 

 

それを聞いてまず思ったのは“ふざけるな”だ。いや、湧き上がった感情と言うべきか。

ふざけるな。おまえはもう持っているだろう。ボーダー本部長という肩書きも、ノーマルトリガー最強なんていう評価も。その上、リィンと自分の絆…その証まで奪おうというのか。

 

そんな恨みがましい視線を忍田に差し向ける。忍田は一瞬だけ目を逸らしたが、またすぐに刀也と視線を交わす。

「くそ」と刀也は口の中だけで悪態を吐く。怒りや憎しみは、立ち上がるための原動力にさえなればいい。それ以上は剣を振る上で不純物になる。

 

そうやって無理矢理に感情を落ち着けたところで、納得と対策を組み上げていく。

それはそうだ。もし風間や太刀川が起動できるなら、適合者探しが難航するはずがない。まず試すべきボーダーの主戦力だからだ。だが忍田はノーマルトリガー最強とは言われているがすでに管理職。すべての候補が空振りした後に試したとすれば話は通る……という納得。

そして対策。……対策?忍田真史相手に対策だと?秘蔵の初見殺しで……ダメだ。すでに上層部には刀也の初見殺しの技の数々を書き連ねた㊙︎ノートは献上してある。効果は見込めない。なら忍田の手出しの出来ない中間距離から射撃で……バカかおれは。Ⅶ"sギアって近接用の黒トリガーの奪い合いだ。遠距離チクチクで勝っても認められはしない。

 

 

なら、どうする。

 

 

 

「条件があります」

 

 

意識してではなく、唇は音を紡ぐ。

 

 

「条件などつけられる立場のつもりかね、君は。第一試験であれほどの醜態を見せておいて!」

 

 

声を荒げて厳しい視線を寄越す根付に「まあ聞いてくださいよ」と柔らかく告げる。

 

 

「まず第一に、その争奪戦において忍田さんはⅦ"sギアを使用する」

 

 

 

さあどうだ、これはインパクトあるだろう。なんて他人事のように思考して。

 

 

「第二に、夜凪隊をA級に昇格させる事」

 

 

次に本命の条件をねじ込む。

 

 

「第三、争奪戦の日時は5日後……第一選抜試験が終わった後とする」

 

 

そして日時の決定までを行った。これについてはほとんどおまけ…というか、目眩しのようなものだ。

 

 

今から一次試験に戻ってトラウマ再発なんて冗談じゃないし、忍田相手の対策も練りたい。そのための時間と、A級への昇格だ。

 

 

「何が狙いだ?」と城戸は案の定聞いてくる。忍田が勝つ公算が高い…つまり上層部側の条件が良すぎるという事だろう。

 

「本当は嫌ですけどね。でも、こうでもしないと第二、第三条件を飲むはずがない」

 

 

と口では言っておく。忍田に黒トリガーを使わせて勝算なんてあるわけがない。それが上層部の総意だ。刀也とてそう思う。まさしく鬼に金棒と言ったところか。しかし、刀也はこれが有利に働くと直感したのだ。だから、思考より直感を信じた。

 

 

「第二の条件……A級への昇格は試作トリガー……例の八葉一刀流とかの剣技を使うためか」

 

 

A級隊員はエンジニアと共にトリガーを試作する権利を持つ。刀也の八葉一刀流の剣技もそうして試作されたものだ。B級ランク戦に参加するためにB級隊員に降格したため使用権は剥奪されてしまったが。

 

さすが鬼怒田はそこらへんの理解は早い。エネドラの件で付き合ったのもあるのか、刀也の考えそうな事がわかるのだ。

 

「それにA級は、遠征選抜第一試験は免除されている。…正確には第一試験を受ける隊員たちの評価に回っているが。それに第三条件は、間違っても第一試験を再受験しなくてもいいためのものだね?」

 

 

そして唐沢が相変わらずの慧眼で“A級昇格”の条件の裏に隠された意図を見破る。

これと鬼怒田が言ったのも含めて3つの狙いがあるが…3つ目に関しては、あまりにもお人好し過ぎるし、刀也と忍田の争奪戦にも関係しないし、現実可能かどうかもわからないため口にしない。

 

 

「小賢しい」と根付が吐き捨てる。その通りだと刀也自身も思う。こんな悪知恵でしか大人に対抗できない。だから手段は選ばない。

 

ややあってすべての条件が認められる。第一条件と第二、第三条件ではつり合いはとれないが、刀也の失態を黙してもらうためと考えれば納得できる…という筋書きだ。

これから争奪戦までは夜凪隊はフリーとなった。遠征選抜試験には関わらず防衛任務にもアサインされない。黒トリガーの争奪戦を行うのだから、それくらいの猶予期間はあるべきだという上層部の結論だ。

 

ちなみにクロウと刀也が抜けた第一試験の穴はエネドラが埋める事になった。すでに完璧万能手の実力を得ているエネドラならばクロウや刀也と比較してと大差ないとの判断らしい。

 

 

そうして話し合いは終わる。

決まった事は、夜凪隊を即時A級に昇格させる事、争奪戦の日時、争奪戦において忍田が黒トリガー“Ⅶ"sギア”を使用するという事。

マクバーン撃退により判明したのは、ゼムリアが近界に実在する国であるという事と黒トリガー“七の騎神”から危険が取り除かれたという事。

 

 

 

「退室したまえ」と指示されて、クロウと刀也は部屋を出る。

 

 

「おつかれさま〜」

 

 

そして、迅と遭遇した。

 

 

「待ってたよ、2人とも」

 

 

☆★

 

 

それは正確には遭遇と言うべきではない。待ち伏せられていた…と言うのが正しい表現だった。

 

立ち話もなんだという事で夜凪隊室に招待し、いつも通りインスタントのコーヒーを用意した。

 

 

話の内容は、やはりと言うべきか。謝罪と今後についてだった。

 

 

「過ぎた事だから言っても仕方ねえしな。…今のこの未来が視えてなかったってのは少しばかり腹が立ったが」

 

 

 

迅の謝罪にクロウはそう答えた。迅が視ていた最良の未来ーーーーそれ以上の最高の未来をクロウが勝ち取った事に触れた後の言葉である。

 

実は迅の謝罪内容については、先程の報告で上層部から刀也たちに伝えられていた。

それはどうしようもない違和感、必ず抱く疑問だ。

 

マクバーンに当てられた戦力がどうして刀也とクロウだけだったのか。

 

防衛任務についていた太刀川隊を撃破した程の相手だ。B級中位以下を当ててもやられるだけ、という論はわかる。街中に放たれた人形兵器を撃破するために戦力を分散させなければいけないのもわかる。今は遠征選抜試験中で部隊を動かし難いのも。

しかし。それでもだ。あの魔神をたった2人で相手しろ、だなんて無茶振りが過ぎる。まるでどうにかなるという確信でもあったと言わんばかりだ。

 

そして、そんな確信を抱かせるに充分な異能者をボーダーは擁している。

ご存知“未来視”のサイドエフェクトをもっている迅悠一だ。

 

迅曰く、“マクバーンにぶつけるのはクロウと刀也のみで良い。否、その2人でなければ事は上手く運ばなかった”と言うのだ。

未来視によって観測された数多の未来ーーーー枝分かれしたそれらはほとんどが“マクバーンの勝利”であったらしい。クロウがイシュメルガに侵蝕されようがされまいが、だ。

しかし結果は迅の未来視ですら見通せなかったもの。すなわち、クロウがイシュメルガの悪意を斬り祓い、《創の騎神》によってマクバーンを撃ち破るという現在(いま)

 

迅が予見した“マクバーンの勝利によってイシュメルガ諸共七の騎神を奪い去られる”という未来には繋がらなかったわけだ。

 

 

 

 

「………あれ?」

 

 

と、そこで刀也は違和感に気づいた。

迅の未来視では魔神マクバーンと騎神イシュメルガの戦闘はマクバーンが制して、その黒トリガーを持ち去るというストーリーだった。

 

口にしたが早いか、疑問はすぐに形になる。

 

 

「待てよ……それじゃあまさか…違うのか?」

 

 

「うん。違う」

 

 

主語のない話題の提起。その会話を予め視ていたのか、迅は即答する。

 

 

「そうだな。違う」

 

 

その聡さゆえクロウもまた刀也の懸念を肯定した。

 

そうだ、考えてみれば当然の話だ。

それを防ぐにはクロウと刀也がゼムリアに至るのが最低条件だったはずだ。

だから、あんな神話のような戦いが。魔神と騎神の戦争が世界を滅ぼすわけではないと。

 

あまりにも非現実的なバトルを目撃したせいで、あの魔神マクバーンと騎神イシュメルガの戦いこそが迅が未来視した世界滅亡の事件なのだと思っていた。

出撃したのがクロウと刀也だけだったり、ゼムリアから使者が来たり、イシュメルガが蘇りかけたりしたが、それらは世界の滅亡には繋がり得ないのだ。

 

 

「つまり、世界滅亡の危機はまだ終わってない?」

 

 

「そうだね」とまたすぐに迅は首肯した。

 

 

「だから、ここからが山場だよ。ヨナさん」

 

 

山場。その意味を理解する。つまりは忍田との黒トリガー争奪戦だ。勝てば黒トリガー使いとして遠征に参加。負ければ遠征には不参加…すなわち世界の滅亡だ。

 

すでに迅もボーダー上層部には世界滅亡の件は話していた。しかし、それでも遠征資格のない者を遠征に参加させるのはボーダーという組織的に不可能なのだ。

遠征第一試験を途中離脱した刀也にはすでに“黒トリガー使いとして遠征に参加する”という選択肢しか残されていない。

 

 

「わかってる。これが最後の勝負だ」

 

 

このチャンスを不意にはできない。世界の滅亡を阻止するという意味でも。この機会を用意した上層部の好意を無碍にしないためにも。Ⅶ"sギアをこの手に取り戻すという事にかけても。

 

 

☆★

 

 

 

クロウは廊下を歩いていた。迅との話し合いを終えて、今は忍田に会いに行くところだった。

 

 

その中で、クロウは先程のやり取りを思い出す。

 

 

「それは…ヨナさんの流儀じゃないね」

 

 

「おれもできる限り力になるよ」と迅は言った。何せ“世界の滅亡”を防ぐためだ。

しかし刀也は「いや今回はいい」とすげなく断ったのだ。

それに目を細めた迅の台詞だった。

 

 

迅の語る刀也の流儀とは“勝つためにはなんでもやる”という在り方だ。

 

 

「そうだな。…その流儀が正しいかどうか、もうわからない。そのやり方があったからおれはここまで来れたと思ってた。B級ランク戦や上層部との交渉もそうで……でも今はこうだろ…?」

 

 

淡々と言っていた。しかし悲痛な叫びのようでもある。今の刀也は病室で泣いたあの時と何も違わない。自分を否定したままだ。

 

 

「おれはおれの正しさを信じられない」

 

 

 

「だから、今回はいいんだ」と刀也ははにかんで続けた。

バレバレの虚勢に、だからこそ追及ができず。迅とクロウは押し黙る。

 

 

「……そっか。ならこれで話はおしまいだ。じゃあおれは行くけど……忘れないでね、ヨナさんに世界の存亡が懸かってるって事。クロウさんだけじゃダメなんだ。2人揃ってゼムリアに行ってもらわないと」

 

 

「わかった。最善を尽くす」

 

 

そうして迅が退室していく。それを見届けてクロウもコーヒーを呷ると席を立った。

 

 

「俺もちょいと用事があってな。少し留守にするぜ」

 

 

「おれもやる事があるから。じゃあまた」

 

 

クロウに続いて刀也も立ち上がると隊室を出て行った。刀也の“やる事”というのが少し気になったが、クロウの用事も外せないものだ。

おそらく今なら大丈夫だろう、と忍田にアポをとってから本部長の執務室に向かった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「聞きたい事がある。“第0次近界遠征”とか噂されてるボーダーの触れざるべき汚点(アンタッチャブル)についてだ」

 

 

ソファに腰を沈めると、クロウは対面の忍田に向けて単刀直入に話を切り出した。

 

忍田本部長の執務室は執務机や来客対応用のテーブルやソファなど必要最低限の物があるだけで、忍田の質実剛健を表すと言うよりは質素であった。エレボニア貴族に見られた華美な装飾ややたら高そうな絵画や壺なんかは間違ってもない。

 

そんな質素な部屋の空気が一瞬にして引き締まった。忍田は眉根を寄せて、いつもより低い声音でクロウに問うた。

 

 

「誰に聞いた?」

 

 

「噂だって言ったろ」と軽口じみて言う。忍田の雰囲気は少しも和らがず、この話の狙いについて語る。

 

 

「聞きかじった情報を統合するとこうだ。その昔、第0次近界遠征というのがあって、失敗した。その生き残りがアンタと東、そして刀也だってな。……俺は刀也の劣等感っつーか…過剰なまでの自信のなさはそこに起因すると睨んでる。そのトラウマを何とかしない限り、あいつは前にも後ろにも進めねえってな」

 

 

クロウの玄界への登場は、ただ緩やかに腐っていく刀也を立ち上がらせただけ。4年前の惨事から刀也の時は止まったままだ。前進も後退もできずに立ち止まっている。リィンの夢に己が願いを預けてしまっている。

加古の存在が刀也が己を肯定するよすがにはなっているが、それはあまりにも細い糸だ。

 

だから、追及すべきは刀也がそうなった原因。

そう思い立ったからクロウはこうして忍田に頭を下げたのだ。「頼む、教えてくれ」と。

 

 

幾ばくかの沈黙の後に「仕方ない」と忍田はため息を吐いた。

 

 

「本来なら城戸司令の許可がなければ話せないが……君たちの悪巧みのおかげで今や実権は私のもの…事後報告で良いだろう」

 

 

クロウと刀也の悪巧み……城戸派を切り崩してボーダーの勢力を忍田派に傾けた件については、忍田本人には事後報告だった。

忍田自身がそのやり方を好まないであろうからだ。しかし、そういった意味でも上層部はクロウらに一杯食わされた形であり、忍田はその敗北感で以って実権を受け入れた……という経緯があった。

 

 

「あれは4年前の話だ」とソファに背中を預けて忍田は口を開いた。

 

 

「第一次近界民侵攻で多くの市民を攫われた我々は、その奪還を試みようとしていた。そのためにどんな国が侵攻してきたのかを調べる必要があった。その調査部隊を派遣したのが……」

 

 

「今は第0次近界遠征と呼ばれる、失敗した遠征…ってわけか」

 

 

刀也によると成功した場合は公表され第一次近界遠征とされるはずだった遠征だ。

 

 

「そうだ。遠征部隊の隊長は私が務めた。夜凪君も部隊の一員で…あくまで調査だけの予定だったため若手の有望株だった東なども選出された。部隊の総人数は7人…いや6人か」

 

 

そこで一瞬だけ表情を歪めた忍田。しかし今は関係ないと割り切ったのか、すぐに続けた。

 

 

「部隊はまず旧ボーダー時代から友好国であった国に、情報収集と補給のため立ち寄る事になった。門を開き、遠征艇がその国に侵入すると同時に襲撃に遭って遠征艇は撃墜された。襲ってきたのは三門市に侵攻したと思われる国家が追跡を逃れるために放ったトリオン兵だった」

 

 

「おい、そいつは……追手の追跡ルートを見越して妨害を設置したって事か…?」

 

 

「そうだ」と忍田は首肯する。だとしたらその侵攻国とやらは外道だ。追手を撒くために関係のない国を巻き込むなど。忌々しい《鉄血》の手腕を思い出す。

 

しかし、トリオン兵とは。腕の立つトリガー使いでもなければ、黒トリガーが立ち塞がったわけでもない。今やノーマルトリガー最強とまで呼ばれる忍田の相手になるとは到底思えなかった。

 

 

「やられたよ。死にかけた」

 

 

クロウのそんな疑問を見抜いたのか、忍田は先回りして答えてみせた。しかしその答えはクロウの予想したものとは違った。

 

 

「当時は未熟者で…と言い訳できないほど、アレはとてつもなく強かった。一体で国ひとつを滅ぼしうるほどの存在だった。あの時以来、目にしていないから採算度外視のワンオフものだと信じたいが」

 

 

「おいおい……どんだけだよ、そのトリオン兵ってのは」

 

 

「そうだな……今のボーダーで言えば、A級を総動員して何とか、という相手だろう」

 

 

にわかには信じ難いが、話を聞くだにとんでもないとわかる。

普通のトリオン兵が哨戒用や強襲用の人形兵器だとしたら、件のトリオン兵はゴルディアス級と言ったところだろうか。それこそ神機アイオーンに匹敵するような。

 

 

「だが…アンタが今ここにいるって事は、そのトリオン兵は撃破されたんだろ?」

 

 

「ああ。私はトリオン体を破壊されて気絶していたから実際に見たわけじゃないが、おそらく夜凪くんがⅦ"sギアを起動させて倒したんだろう。尤も、そうと理解したのは彼が先日Ⅶ"sギアをお披露目したからだが」

 

 

「なるほどな」と情報を飲み込んだ。確かに、エネドラをトリオン兵として運用するための交渉の際にⅦ"sギアを出した時に忍田がそんな事を言っていた記憶はある。

 

 

「そんな事があって、生き残ったのは私と夜凪くんと東くんの3人…すでに艇も破壊されて遠征は失敗だった。帰りは友好国から遠征艇を借り受けてこっちの世界に戻ってきたわけだ」

 

遠征艇を借り受けたと軽く言うが、ボーダーにおいてそれはかなり重要なものだ。それはきっと近界の国々にとってもそうだろう。しかもトリオン兵の襲撃で大きく国力が下がった状態ならなおさらのはず。それでも貸し出してくれたのは、ボーダーが救世主だったから。滅亡に瀕した国に現れた英雄に国主をはじめ民衆もいたく感謝した事だろう。

 

 

「そして、第0次近界遠征は隠蔽される事となった。偵察隊を出したにも関わらず何の成果もなく、隊員も喪った。旧ボーダー時代から使用していた遠征艇も破壊されてしばらく遠征も不可能になったし、第一次侵攻をやった国の特定も出来なかった。……私から話せるのはこのくらいだ」

 

 

忍田の話はそれで終わりだった。以前に刀也から聞いた内容とほとんど同じ。今回は中身がより鮮明になったというくらいだ。

 

しかし、刀也の語った内容との食い違いもあった。それが何を意味するのか…クロウの内側では考察が出来上がりつつあった。「最悪だ」と口の中でつぶやいた。

それは、今この場で口にすべきではない。その事実はおそらく、忍田にとって衝撃的で、ボーダーにとっては隠匿すべきもの。

遠征を控えた現状で、組織を波立たせるわけにはいかない。

 

そのためクロウは疑問をぶつける事もできず、「参考になったぜ」と席を立った。

 

 

「今の話、刀也にも確認とっていいか?」

 

 

「構わない」と返事を受けて、部屋を出ようとしたクロウを忍田が呼び止める。

 

 

「夜凪くんがああなった原因は君が言った通り“第0次近界遠征”だろう。その過去を乗り越えるのに役に立つかわからないが……、遠征後に彼と話したら“死んだやつらを助けられたかもしれなかった”と言っていた」

 

 

「……そうか。わかった、その情報…役立たせてもらうぜ」

 

 

「頼んだ」と忍田は言って、今度こそクロウは退室した。

向かうのは夜凪隊室だ。おそらく忍田が“そう”なら、東だって“そう”だろう。刀也が“そう”でない理由はわからないが、第0次近界遠征の内容を詳らかにするには刀也と話すのが一番だ。

 

忍田に刀也と第0次近海遠征について話す承諾は得たし、最低限の情報も知れた。

 

あとはーーーー刀也を過去と向き合せるのみだ。

 

 

 

 

 

☆★

 

 

クロウが忍田から“第0次近界遠征”について聞き出している頃、刀也は開発室で鬼怒田と向き合っていた。

 

 

「鬼怒田さん、少しお話が」

 

 

それは、先程刀也が忍田との黒トリガー争奪戦において出した条件の第二。

その狙い。裏の裏。すなわち表。A級への昇格は“試作トリガーを使える”という特権。

 

 

「ガイストと少し前に試作していた“アレ”ーーー組み合わせられませんか?」

 




黎の軌跡めちゃんこ面白かったです。


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第0次近界遠征

本作においてボーダーがかなりブラックな件。


螺旋撃。疾風。業炎撃。紅葉切り。残月。緋空斬。無想覇斬。

 

流れるように続く七つの剣技を、クロウは眺めた。

八葉一刀流。その基礎となる七つの極意。七剣技。

 

それはクロウの記憶にあるリィンを想起させるには充分だった。

 

クロウにとって八葉一刀流と言えばリィンというのもあるが、それ以上に夜凪刀也がリィン・シュバルツァー(理想)を追及しているのが大きな一因になっている事は間違いない。

 

 

「刀也」

 

 

「…クロウ……」

 

 

振り返った刀也の顔を見て、クロウはどう話を切り出すか一瞬だけ逡巡して。

 

 

「よ、どうやら煮詰まってるみてぇだな」

 

 

「ちょいと休憩しようぜ」とフィッシュ&チップスの入ったバスケットを差し出した。

 

 

刀也も賛成の意を示して、2人はクロウの持ってきたそれを貪り始めた。

 

 

「で、忍田本部長との争奪戦には八葉一刀流で挑むつもりか?」

 

 

「まあ…そうだな。おれは八葉一刀流の剣士だから」

 

 

それはかつて刀也が生駒を“旋空残月”で降した時の言葉であった。しかし、その時と違って今のセリフはクロウにとってプラスの印象を与えない。

 

むしろ“夜凪刀也は八葉一刀流に囚われている”とすら感じさせた。

 

 

その事実は、刀也自身が気づかないと意味がない。助言は後でしてやるとして。

 

今は第0次近界遠征について、聞かなければならない。刀也に正しく助言してやるためにも、情報の欠落があっては誤った方向に誘導してしまう可能性があるからだ。

 

 

「話は変わるが」と前置きして、第0次近界遠征のワードを出した。刀也は困ったように眉根を寄せたが、忍田の許可がある事とあらましを忍田の口から語られた事実から、観念する事を決めたようだった。

 

 

「聞かせてほしい、刀也……おまえの目から見た第0次近界遠征を。たぶんそれで情報は出揃う」

 

 

「…東さんに聞いた方が早かったんじゃない?」

 

 

第0次近界遠征に旅立ち、帰ってきた3名のうち2名からクロウは話を聞いている。刀也と忍田だ。しかしその2人は意識を失っていた時間があり、完全とは言えない。対して残る1人である東は刀也が気絶していた時間も忍田が意識を失った後も、事の一部始終を目撃している。

だから、刀也の指摘は尤もとも言える。しかし、ここでクロウの中で育った最低最悪の懸念が鎌首をもたげるのだ。

 

 

「そうかもしれねぇが、東の旦那は忍田本部長と同じく記憶封印措置を食らってるだろ」

 

 

「ああ」

 

 

それに、刀也は驚きこそしたものの、澱みなく肯定した。

 

 

「さすが。……気づいたんだな」

 

 

「まあな……忍田本部長と刀也…おまえの話には明確な矛盾があった。乗船人数だ」

 

 

クロウは思い出す。第0次近界遠征に参加したのは7人だと刀也は言い、忍田は6人と言った。消えた1人が意味するのは、ボーダーの暗部。

 

 

「ボーダーはひと1人の存在を抹消したな?」

 

 

一足飛びに、クロウは答えを言い放った。

刀也は数瞬目蓋を閉じて、悲嘆を隠すような無表情で再び「ああ」と肯定した。

 

 

「第0次遠征には東さんを含めて若手が2人参加していた」

 

 

刀也の言う若手とはボーダー入隊間もないルーキーという事だろう。遠征という事業にそんなルーキーを随行させる意味も“経験を積むため”と理解できるし、遠征の目的は偵察だったため、そんな若手を参加させたのだとわかる。

 

 

「遠征の目的は第一次侵攻に関わった国の調査……近界の同盟国やら友好国の力を借りればそう難しい任務ではないと判断された。だから経験のために東さんと…長谷川ってやつが同行する事になった」

 

 

「だが、実際は違った。第0次近界遠征は一歩目で躓いた。補給と情報収集のため友好国に着陸しようとして……遠征艇ごと撃墜された…ってな」

 

 

「ああ」と刀也は首肯する。このあたりの事情は忍田から聞いているのだ。クロウが得たい答えは、忍田が気絶していた時間の事と忍田の記憶から消された人物の事だ。

 

 

「遠征艇を撃ち墜とした……いや、その友好国そのものを蹂躙したのは、たった一体のトリオン兵だった。バムスターが比較にならない巨躯。イルガーが可愛く思える堅牢。ラービットが裸足で逃げ出すような破壊力。後におれたちはそのトリオン兵を『ドラゴン』と呼んだ」

 

 

「ドラゴン……」

 

 

その呼称が決して大仰なものではないと過去の記録が証明している。忍田は声を沈めて、刀也は目を伏せる。

現ボーダーでもトップクラスの猛者が、今なお敵わない相手だと言外に主張している。

 

 

「ドラゴン……シンプルに、西洋の竜のような形状と能力だったからな。……そいつに、遠征部隊は殲滅された。…されかけた、か」

 

回想しているのか、刀也は瞑目する。その声音には悔恨が滲んでいた。

 

忍田が刀也から聞き出したという“死んだやつらを助けられたかもしれなかった”というのが関係しているのだろうか。

 

「おれは初撃でものの見事にトリオン体を破壊されてな。墜落する遠征艇から脱出して何とか受け身はとったんだけど、気絶しちゃってな。……次に目が覚めたのは、もう、みんな死んだ後だった」

 

 

 

 

☆★

 

「あと1時間で目的の国に到着する。そろそろ準備をしてくれ」

 

 

遠征部隊長の忍田の指示を受けて部隊全員がトリオン体に換装する。

その後、刀也は長谷川拓歩と軽口を交わしている間に友好国との門が開いた。

 

 

友好国アスヴァーンに進入する。

開発国家アスヴァーンーーー小国ながらその渾名通りに様々なトリガーを開発する事で近界に名を轟かす。持ち前の技術力を活かして、街並みは玄界の近代国家と近似していて、大規模は兵力はないものの特殊なトリガーを扱う少数精鋭の戦士団で大国とも対等に渡り合っている国家だ。

 

旧ボーダーはそんな開発国家と相互技術提供による友好関係を結んでいて、今回は情報収集と補給を目的として立ち寄ったのだ。

 

 

しかし、そんな目的はすぐに頓挫する事になった。

 

門を開けてアスヴァーンに進入した瞬間、遠征艇のアラートが鳴り響いた。それは敵の攻撃を意味するものだ。選択肢は防御か回避…その判断が下される前に。オペレーターが正確な状況を把握するより前に。

それは着弾した。否、抉り取っていった。貫いていった。穿っていった。遠征艇そのものを、だ。

 

 

 

刀也は右腕が根こそぎ持っていかれていて、しかし、そんな事は気に留める余裕はない。

 

自身より右に居た者が消し飛んでいったのだから、当然だ。

ボーダーのトリガーには緊急脱出が組み込まれている。遠征時にはトリオン体を破壊された場合は遠征艇に戻ってくる仕組みになっていた。

 

無意味。

 

遠征艇の半分が消し飛んだ。同時に緊急脱出システムもイカれて、そこにいた2人は生身のままその場に放り出された。

 

 

墜落する。

 

堕ちる遠征艇の中で刀也は、どうすればいいかわかった。直感に従い、遠征艇の壊れた淵に足をかけて跳ぶ。

タイミングは刹那。しかし直感により刀也は正解を引き寄せる。

 

地面に激突する直前に、自らのトリオン体を破壊し、イカれた緊急脱出の“その場に放り出される”性質を利用してそれまでの勢いを殺した上で、生身で着陸を試みたのだ。

 

 

視界の端では忍田が長谷川を、もう1人の古参が東を抱えて遠征艇を脱出しているのが見えた。場違いに「さすがベテラン」と呟く。右腕を失い緊急脱出目前だった自分の不細工な着陸とはわけが違う。

 

 

「 か は っ 」

 

 

着陸、墜落。いくら小細工を施して勢いを殺したと言えども衝撃は凄まじく、受け身を取ったとしても気を失うのは必定だった。

 

 

☆★

 

 

「ーーーーーーーーーう」

 

 

目が覚める。意識を取り戻す。揺れる視界におぼつかない足取りで何とか立ち上がり、周囲を見渡す。

 

視界の端々に映る赤いものを垂れ流すナニカを無視して、ほど近くで戦っている忍田の姿を認めた。

 

 

「生きてた、のか…」

 

 

「…東、さん?…今はどんな……?」

 

 

“遅過ぎた”のだと理解したくなくて、状況の把握に意識を割く。

ボーダーが現体制になってから入隊した東は常に冷静で理知的であった。最初の狙撃手として早くも頭角を出してきたがゆえに今回の遠征部隊にも選ばれたのだ。

 

その東が端的に言った。

 

 

「終わりだ」

 

 

“終わり”

なにが、なんて問えない。それは、その光景を見た刀也と同じ感想だったからだ。

 

遠征艇は破壊され、近くには原型を留めない死体がいくつもあった。致命的なまでに血を流すそれが逆に現実感を失わせる。

開発国家と謳われた小国ながらも豊かな国は徹底的なまでに破壊されている。

 

それをした相手は、アレだろうと視界の数割を占める巨体を睨んだ。

 

 

「射場さんも湯浅さんも、白瀬さんも長谷川も……みんな、やられた。あのドラゴンに……!」

 

 

東も同じようにその巨体を、竜のようなトリオン兵を睨む。いや、睨みつける気力もなく、その景色を眺めた。

 

忍田が、その竜に弾き飛ばされる光景を。

 

 

大きく吹き飛ぶ忍田のトリオン体がその途中で弾けた。生身のままその場に投げ出され、しかし勢いは残ったまま、半壊した遠征艇に強かに背中を打ちつけた。

 

「がっ」と肺の中の空気が吐き出されて、忍田の頭が揺れる。意識が落ちかけているのだ。

その視線がこちらに向くと、忍田はかろうじて言ってから気絶する。

この状況で「逃げろ」だなんて、いったいどうしろと言うのだ。

 

 

絶望感に包まれながら巨躯を見上げる。ドラゴンと、目が合った気がした。

 

 

「………あ…」

 

 

 

その口腔が開き、ちろちろと赤白い炎が揺らめいた。

 

 

放たれる、死を呼ぶ吐息。ドラゴンブレス。炎弾が向かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでも諍うと決めた。ーー俺が、俺自身であるためにも!』

 

 

 

声が聞こえた気がした。いつの間にか握り締めていたのはリィンから託された願いのカタチ。

“Ⅶ"sギア”と名付いた黒トリガー。

 

 

 

「Ⅶ"sギア、駆動!」

 

 

自身のトリオン体も破壊され、他の部隊員たちも死に瀕した。それでもまだ、Ⅶ"sギア(リィン)が残っているーーーー!

 

 

 

 

 

 

一刀、両断。

 

 

抜き放たれた太刀が、迫る炎弾を真っ二つにした。

死を纏うドラゴンブレスは切り裂かれて霧散する。

 

 

 

「……夜凪?」

 

 

一瞬先の死を破却された東は、いでたちから変わった刀也の背中に向けて、その名を確認するように呼んだ。

 

刀也は半身だけ振り返って見せると、淡く哀しげに微笑む。

 

 

「もう、大丈夫だ」

 

 

次の瞬間、刀也は騎士剣を地面に突き立てていた。

 

 

「聖なる盾よ、守護せよ」

 

 

戦技再演 : プラチナムシールド

紋章が輝くと、光が忍田と東を包み込んだ。

 

刀也はそれを確認すると走り出す。次に手に握られていたのはダブルセイバー。

 

 

さらに加速して暗黒の閃光となり、いくつか傷つけられた竜の足元をすり抜けると反転してX字の斬撃を放つ。

戦技再演 : デッドリークロス

 

それでようやくドラゴンの一足が切り飛ばされた。これでまだ1本だ。足はあと3本。あと尻尾に首が残っている。

 

 

十字槍を空に投げ放つ。それは巨大化すると聖槍へと変貌して大地に裁きを下す。地面ごと刀也を薙ぎ払おうとした尻尾を聖槍は貫いて裁断した。

戦技再演 : 吼天鳳翼衝

 

 

竜の頭が刀也を向く。否、頭部の移動に伴ってブレスが吐き出されていく。それは先のような凝縮された炎弾ではないが、致命的な威力を秘めてはいた。

 

 

突破する。両腕にトンファーを装備し、裂帛を以って身体能力を上昇させ、龍の気迫をしてブレスを撃ち破る。のみならず、ライジングサンは竜の顎を打ち抜きのけぞらせた。

戦技再演 : バーニングハート、ライジングサン

 

 

次に呼び出したるは青き大剣。洸翼を纏うそれを振り切って倒れ落ちるドラゴンの足一本を斬り飛ばした。

戦技再演 : 洸凰剣

 

 

巨躯が崩れ落ちる。右前足と左後足を失いバランスも取れないかと思われたドラゴンだったが、すぐさま体勢を立て直すと刀也に鋭い爪を振り上げた。

 

 

だがすでに遅い。刀也の周囲には魔導騎銃が展開されていて、それが一斉に稲妻の如き光線を放ち、ドラゴンの爪ごと残った前足を炭化させた。

戦技再演 : ロード・ガラクシア

 

 

さすがに残った足では攻撃できないのか、竜は三度、口腔にエネルギーを充填する。

それは先程の薙ぎ払いブレスや凝縮炎弾ブレスよりもタメが長い。

 

 

「撃たせるかよ」と呟いて、分身したクラウ=ソラスの一体を変形させて身に纏い、もう一体は剣とした。

 

肩部のブラスターから光線ブリューナクを照射してドラゴンの顎を叩く。ブレスはあらぬ方向に吐き出される。ラストは剣を蹴り飛ばして着弾点で炸裂させる。竜の最後の足も消し飛んだ。

戦技再演 : ソラリス・ブリンガー

 

 

崩れ落ちる。一国を滅ぼしかけ、ボーダー遠征部隊を薙ぎ払った破格のトリオン兵が、崩れ落ちる。

四肢を失い、尻尾さえも切断されて、もはや身動きはできず、破壊されるのを待つのみとなる。

 

しかし、そんな中でもドラゴンの内部でエネルギーが膨れ上がったのが感じ取れた。

おそらくイルガーのような自爆モード。内部の蓄積トリオンの量からイルガーの自爆とは比較にならないほど大規模な爆発になるだろうが。

 

 

ARCUS(幾多の縁を紡ぎし証)、駆動」

 

 

刀也の背後に7つの武器が控える。そして、リィンが生前、ARCUSで戦術リンクを結んだ相手の姿を浮かび上がらせた。

ユーシス・アルバレア

クロウ・アームブラスト

ガイウス・ウォーゼル

ロイド・バニングス

ラウラ・S・アルゼイド

ミュゼ・イーグレット

アルティナ・オライオン

刀也が顕現させた武装の、本当の使い手たち。

Ⅶ"sギアは、《黒の騎神》に汚染されたリィンの黒トリガー。真価を発揮するためには、汚染を一時的にでも除去しなければならない。

そのための儀式がこれだ。

 

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定開始』

 

仲間たちの協力をもって、リィン・シュバルツァーを取り戻す。その軌跡の焼き直し。

 

 

『ユーシス・アルバレアーーーー合致。

 

クロウ・アームブラストーーーー合致。

 

ガイウス・ウォーゼルーーーーー合致。

 

ロイド・バニングスーーーーーー破却。

 

ラウラ・S・アルゼイドーーーー合致。

 

ミュゼ・イーグレットーーーーー合致。

 

アルティナ・オライオンーーーー合致』

 

 

7つの武具が太刀に吸い込まれ消えていく。同時に控えるようにいた7人の影も消えていく。頼もしい微笑みを湛えて、肩を叩かれた気さえした。

 

 

『第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束解除、『蒼焔』解禁。

 

第三拘束解除、『暁』解禁。

 

第四拘束解除、『落葉』解禁。

 

第五拘束解除、『黒葉』解禁。

 

第六拘束解除、『無仭』解禁。

 

第七拘束封印継続』

 

 

「駆動完了。『無仭』発動」

 

 

 

選ぶのはそれ。リィン・シュバルツァーの奥義。師の到達点。

 

 

 

「ーーー壱」

 

壱ノ型『螺旋撃』

 

 

「ーーー弐」

 

弐ノ型『疾風』

 

 

「ーーー参」

 

参ノ型『業炎撃』

 

 

「ーーー肆」

 

肆ノ型『紅葉切り』

 

 

「ーーー伍」

 

伍ノ型『残月』

 

 

「ーーー陸」

 

陸ノ型『緋空斬』

 

 

「ーーー漆」

 

漆ノ型『無想覇斬』

 

 

 

「ーーー八葉一刀『無仭剣』」

 

 

 

斬撃は刻まれる。剣撃は収束する。ブレスを吐き出す口腔の奥にあったそれーーートリオン兵の弱点である“目”は破壊され、自爆機構も停止した。

 

アスヴァーンを蹂躙し、ボーダー遠征部隊を鏖殺手前まで追い込んだ竜のカタチをしたトリオン兵は、こうして破壊された。

 

 

 

 

倒した。倒せた。終わった。なんとかなった。なんとかなってしまった。

 

なんて事だ。勝ってしまった。倒してしまった。一国を滅亡せしめるだけの力を秘めた、文字通り傾国のトリオン兵を、たった一つの黒トリガーで倒せてしまった。いくら先に戦った者たちのダメージが蓄積していたとは言え、ただの1人で倒せてしまうなんて。

なんて、悲劇的で救いのない、救世の物語なのだろう。

もう少し早く、夜凪刀也が到着していればアスヴァーンは滅亡の危機に瀕さずとも済んだのではないか。もう少し早く、夜凪刀也がⅦ"sギアを起動していれば仲間たちは死なずに済んだのではないか。もう少し早く、ーーーーーーーーー。

 

 

なんという、無能の証明だ。

 

 

 

 

 

刀也は頭に浮かんだ益体もない思考をかぶりを振って追い払う。Ⅶ"sギアを解除して、東らの元へ歩いていった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「それからおれたちは遠征艇を借りて、こっちの世界に帰ってきた。国を救った英雄様の頼みだってんで、アスヴァーンの方々も快く貸し出してくれた」

 

 

そこで「フッ」と自嘲するように刀也は笑う。“英雄”なんて評価は皮肉でしかない、と自分の中で決めつけているのだ。

 

 

「そんなこんなで三門市に帰還したおれたちは、報告を行った。そしてーーー」

 

 

 

「ーーー記憶封印措置を受けたってわけだな」

 

 

 

刀也の言葉をクロウが継いだ。

“記憶封印措置”……例えば立ち入り禁止区域に侵入し、近界民の被害に遭った一般人の記憶を封じたり。例えば口の軽い隊員がボーダーを脱退する際に機密を持ち出せぬよう記憶を封じたり。

 

そういった、言わばボーダーに都合の悪い出来事をなかった事にするためのシステムだ。

 

しかしまあ、一般人の近界民に関する記憶を封じるのも、ボーダー隊員の脱退の際に機密保持のために記憶を封じるのも、理解と納得のできる記憶封印措置の使い方だ。

 

 

しかし、第0次近界遠征の生存者に施されたそれは、あまりにも普段の用途から隔絶した使用目的であった。

 

 

こくり、とクロウの言葉に刀也は頷く。

 

 

「第0次近界遠征が秘匿されながらも公然の秘密となっているのは、隠されているのは“第0次近界遠征のみ”って誤認させるためだろう」

 

 

秘密を暴く者に対して、秘匿されている第0次近界遠征とはひどく甘美な答えだ。だが、ボーダーが真に隠したいのはそれではない。

 

 

「新入隊員の死亡という事実。ボーダーはそれをなかった事にした。関係者すべてに記憶封印措置を施す事によって。………違うか?」

 

 

第0次近界遠征に随行した新人2名の内、死亡した1名。すなわち長谷川拓歩。彼の存在をボーダーはなかった事にした。

 

 

「違わない。何も違わないよ」

 

 

新人の死亡なんて出来事は発足したばかりの現ボーダーにとって、組織そのものを傾けかねない大事故だった。だから隠蔽する事になったのだ。

 

 

「少し訂正するなら、あいつは…長谷川はボーダーに入隊しなかった事になった。いや、第一次近界民侵攻で死亡した事になった」

 

 

長谷川拓歩の存在そのものをなかった事にするのは非常に難しかった。関係者、親類縁者の全員に記憶封印措置を施して、長谷川拓歩という人間がそもそも生まれなかった事にしたら、記憶の欠落が大き過ぎるからだ。

だから、第一次近界民侵攻で死亡した事にした。幸いと言うべきか、長谷川は三門市民だった。つまり“第一次近界民侵攻で死んでもおかしくない”のだ。

 

 

「関係者の記憶から長谷川拓歩の存在は第一次侵攻以降のものが封じられた。そうすると、長谷川は第一次侵攻以来存在しなかった事になり、死んだか連れ去られたかの2択になる。そして瓦礫の撤去作業中に遺体を見つけたとか言って関係者には“長谷川拓歩は第一次近界民侵攻で死亡した”と思わせた」

 

 

クロウの表情は険しい。対して、語る刀也は虚無の貌だ。そこで「ああ…」と思い出したように再び刀也は口を開く。

 

 

「第一次近界民侵攻以降も長谷川が生きてたという痕跡は唐沢さんが消してくれたよ。昔に勤めてた悪の組織の伝手ってやつでね。…………そういうわけで、長谷川拓歩の存在は抹消された。当時、その件に関わった人はほぼ全員が記憶封印措置を受けて、今や覚えているのはおれと城戸さんだけだ」

 

 

刀也の話はどうやらそれで終わりのようだった。

第0次近界遠征についての。抹消された長谷川という友人についても。

だがまだ疑問は残っている。

「俺がわからねえのはそこだ」とクロウは言った。記憶封印措置……文字通り記憶を封じ込めるものだ。ボーダーに不都合な事実を隠すために用いたのはわかった。しかし、だ。

 

 

「なんでおまえの記憶は封印されてねえんだ?」

 

 

 秘密を知る者は少ない方がいい。なのに、夜凪刀也に記憶封印措置が行われていない理由は?

この件を覚えているのは刀也を除けば城戸だけらしい。おそらく報告を聞いた上層部の者も、事実隠蔽に尽力した者も例外なく記憶封印措置を受けたはずだ。遠征で生き残った忍田や東でさえも。

だと言うのに、なぜ刀也は真実を記憶しているのか。隠蔽された軌跡をどうして末端の隊員である刀也が覚えていたのか。

 

 

 

「記憶封印措置は受けたよ、何度も」

 

 

しかし答えは予想外のもの。記憶封印措置は受けた?なぜそれで長谷川の事を覚えてーーー

 

 

「ーー待て。何度も、だと?」

 

 

刀也は黙って頷いた。

 

「そういうことかよ」

 

クロウの中ですべての点が繋がった気がした。

 

 

「記憶封印措置を受けて、長谷川の記憶を忘れるたびに、思い出していたんだな?……トラウマの記憶と共に」

 

 

刀也には遠征に対して苦い思い出がある。忘れたくても忘れられない記憶だ。きっとそれがあったから遠征艇を模した施設で過ごす遠征選抜第一試験で落第した。きっとそれがあったから刀也は自分を信じて生きていない。

 

刀也にとって第0次近界遠征という出来事はそれそのものがトラウマなのだ。忘れ難い精神的な外傷なのだ。だから、例え封印されたとしても、すぐに思い出してしまうほど強烈な記憶なのだ。

 

 

「うん、その通り。……おれは第0次近界遠征でトラウマを負ったらしい。だから記憶封印措置を受けても、トラウマが記憶を掘り起こす。…長谷川の存在と一緒に。………だからおれは特別になった。“いくら記憶封印措置を施しても忘れない人物”としてボーダーは、城戸さんはおれを保護するしかなくなった。ひと1人の存在の抹消なんて醜聞を抱えるおれを邪険に扱う事はできないからね。どこの隊に入ってるわけでもないのにA級。この隊室だって、たった1人に与えるにはちょいと大き過ぎるだろ?……全部城戸さんが便宜を図ってくれたんだよ」

 

 

「……じゃあまさか、遠征途中離脱の件も」

 

 

「…城戸さんにとっておれは腫れ物だ。認めざるを得ない状況を整えてやれば、その手に乗ってくるのはわかってた」

 

 

城戸にとって刀也の遠征途中離脱は願ってもない話だった。確かにⅦ"sギアという戦力は惜しいが、それ以上にボーダーにとっての爆弾を排除できる機会だった。

“帰ってくる”なんて話も近界はそんなに甘くない世界だと知っているから笑って流せたのだ。よしんば帰ってきても今の状況が続くだけであり、城戸としては分の良い賭けだった。

 

 

「まあ、実権を奪取されたってのが大きいんだろうけどね。そこまで準備したされたなら城戸さんとしてはわざわざ抵抗する理由もないってだけだよ」

 

 

「……なるほどな。随分と俺らの都合良く事が運んだと思っていたが……まさかそんな裏があったとはな」

 

 

無論、B級ランク戦や対侵攻に関しては何も忖度はない。ただ初めからボーダー本部司令城戸正宗は難関ではなかったと言うだけだ。

城戸の承認が必要な場合では、最終的には必ず承認を得ている。

今の状況だってそうだ。一度は選抜試験に落第した刀也を遠征部隊に捩じ込もうとしている。

 

 

「ご都合主義には裏があるもんさ」

 

 

「ふんっ」と自嘲するように笑って刀也は話を締め括るのだった。

 




エネドラをトリオン兵にして運用する件にしろ、ひと1人の存在の抹消にしろ、ヤベェこと思いついたなと執筆しながら思いました。自分の倫理観がだいぶぶっ壊れてんのかな?と。
結論は、まあいっか!これくらいインパクトあったほうがいいっしょ!でしたまる


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這い上がれと、切り開けと、貴方は言う

 

理解した。おそらくは、すべて。夜凪刀也の抱える自己否定の理由を。

 

 

「刀也……、おまえはとても歪なんだな」

 

 

「歪か。歪んでいるか。……そうだな、そうかもな」

 

 

クロウの導き出した回答に刀也自身も同意した。ああ、その答えすらも歪んでいるのだ。自分の歪みを理解してしまうなど。

 

 

「わかったぜ。おまえから感じる不自然さの理由……」

 

 

夜凪刀也という存在が醸す不気味さ、不自然さ。有り体に言えば、倫理観の破綻だ。……後輩に慕われる“ヨナさん”がエネドラのトリオン兵化という狂気に手を出した理由。

 

「おまえは、自分を通して世界を判断してないんだな」

 

 

夜凪刀也は、世界を自分というフィルターを通して見ていない。

つまり、世界を三人称視点で見ているようなものだ。まるでゲームをするように、夜凪刀也は夜凪刀也という人物を操作する。

 

 

「完全な客観視による判断……、幸か不幸か、おまえにはそれをできるだけの技術と異能があった。八葉一刀流の『観の眼』、そしてサイドエフェクト『超直感』だ」

 

 

あらゆる先入観を排除して物事の本質を捉える観の眼は、自身という不具合を通さず世界を見る手段だった。

 

超直感は外れない。夜凪刀也の間違いだらけの判断が下される前に実行される反射機構だった。

 

 

この2つがあったから夜凪刀也の“自身を通さず世界を見る”という行動は破綻しなかった。しないでいてしまった。

 

 

「客観的に世界を観察し、正解を導くから…その判断に誤りはない。……おまえはそう信じている。……いや、自分よりは信じられるって所だな」

 

 

「……そうだな。………そうだった。こうなるまでは」

 

 

しかし、現状は行き詰まっている。

刀也の肯定は哀しいものだった。

 

遠征選抜試験で醜態を晒し、内定を取り消された。遠征に参加するには黒トリガーを使った忍田と争奪戦をして勝利しなければならない。

それこそ観の眼と超直感の敗北の証左であった。

 

その技術と異能はやはり、自らに根付いたものだからか。やはり自分が悪いのだ。

 

 

 

「……今回の件でそうなるまでは、観の眼と超直感がおまえの意思決定をしていたはずだぜ。……だが、時たまそれにお前自身の願望が混ざるからタチが悪い」

 

 

B級ランク戦ROUND3がその最たる例だろう。

二宮と対峙した際は観の眼と超直感を利用し、難なく撃破した。しかし生駒とぶつかった時は観の眼と超直感による判断機構を無視して“剣で勝負する”という願望を優先した。

 

それこそ夜凪刀也を完璧超人足らしめず、人間性を排除させないものだ。

機械が狂って人間のように見えるのが夜凪刀也なのだ。

 

 

刀也が願望を優先せず、観の眼と超直感だけで物事を判断するなら、その異常にもっと早く気づけただろう。どうして自分たちで方向性の違いがない事を疑問に思わなかったのだろう。ゼムリア人で元テロリストだったクロウと、戦いの経験があるとは言え普通に育った刀也の価値観に。

 

ああ、それについても答えは出ている。

観の眼はあらゆる先入観を排除する。そこには倫理観も含まれるのだ。観の眼が発見した攻略法を超直感が間違いないと太鼓判を押すのだ。夜凪刀也自身が“狂ったやり方だ”と思っていても、その方法を否定すべきでないと超直感が解答を教えるのだ。

 

 

自分が信じられない男は、誤らない判断に身を任せているのだ。それが結局は自分なのだから、夜凪刀也は歪なのだ。

 

 

 

「そして、おまえがそうなったのは“第0次近界遠征”が原因だな」

 

 

 

クロウの確認に、刀也はゆっくりと頷いた。

 

 

「あの遠征でおれは身に染みて実感した。夜凪刀也は無能だって。おれが判断を間違ったからみんな死んだんだって…!長谷川の存在がなかった事にされたんだって……ッ!」

 

 

語る言葉に悲痛が混じる。努めて自己を装っていた男の、自分の何をも信じられなくなった末路の声音。

 

 

「わかったんだよ…ッ!!おれがどうしようもなく無能なんだって……」

 

 

その悔恨は決して余人に知れるものではない。

“遠征で死んだやつらを救えたかもしれなかった”なんて嘘だ。“救えた”のだ。夜凪刀也が判断を誤らなかったら。そんな可能性を観の眼や超直感で何度もシミュレートしたはずだ。そして、もっと早い段階でⅦ"sギアを使っていたら、救えたのだと確信しているのだ。

 

だが現実は救えていない。長谷川に至っては死の理由を改竄された。

そのすべてを、後悔として背負っているのだ。

そのすべての後悔で自らを縛っているのだ。

 

 

それを傲慢と切って捨てる事はできない。

もしも超直感の囁くままに友好国に降り立つのをやめていたら。

もしももっと早くⅦ"sギアを起動していたら。

 

そんなIFがあり得たのだと観の眼と超直感が肯定しているのだ。

 

 

だから、その後悔を背負うのは正しいのだ。

 

 

 

 

「……そうだな。刀也……おまえがもっとしっかりしてれば、死亡者はいなかったかもしれねえ」

 

 

クロウは刀也の自己評価を肯定した。仲間を救う機会を何度も見過ごした無能の夜凪刀也。その評価を。

 

 

「その後悔をもとに以後、観の眼と超直感に従ったっては正しい決断だったのかもな」

 

 

「ーーーーーーーッ」

 

 

否定して欲しかったのだろうか。自分で判断する事から逃げているだけだと責めて欲しかったのだろうか。

刀也は自分の気持ちがわからない。“そうだ”と観の眼は見抜く。“そうだ”と超直感は確信する。

 

 

 

 

 

「それでも、俺は言うぜ……刀也」

 

 

 

刀也の視線が下がる、その前にクロウは言い放つ。

 

 

 

「甘ったれんな! 夜凪刀也!!」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

突然の大声に驚いた。心を鷲掴みにされたようだ。言われた刀也は目を見開いた。

 

 

「え……?」

 

 

「甘ったれんな、つったんだぜ……刀也」

 

 

思わず目を逸らしたくなるほどのちからを秘めた視線がクロウから刀也に向けられる。赤い瞳が煌めく宝石のようだった。

 

 

「どんな事があろうと、心はそこにあるもんだ。願いってもんはな。…おまえが八葉の剣士でありたいように、願望ってのは時に人から正しさを奪う」

 

 

そうありたい、という願いに人は抗えない。それが間違っているとしても。

それでも、間違っているとわかっているなら、願いは排除すべきなんだ。

 

 

「だがな、願いのためにおまえは頑張らずにいられるのかよ……! その努力を間違いだったと諦められるのかよ……!」

 

 

諦められるわけがない。

いくら観の眼や超直感が正解を導こうが、願望はそれを無視する。

 

“こうするべき”という最善よりも、“こうありたい”という最高を求めるのだ。

その否定はできない。クロウが来れば立ち上がると決めていた事も、Ⅶ"sギアを自らの手でゼムリアに届けるというのも、すべて“こうありたい”という願いだ。

 

願いの否定は己の否定だ。

 

なんて事だ、言葉にして初めて理解する。自己肯定感なぞ欠片もなく、観の眼と超直感による客観的自己評価だったはずなのに。

自分の願いを否定していないなんて。なんて矛盾。

 

 

「……できるわけねえよな。おまえは八葉一刀流の剣士だと自分を定義した。今までの努力を無意味だって事にしなかった。それは願いの肯定、自己の肯定だ」

 

 

 

………言葉が、出ない。

 

間違うから。間違ったから。すべての判断を己の技能と異能に委ねたのに。

観の眼も超直感も、使われていたのは己の判断の下。あるいはこれは矛盾ではないのかもしれない。そもそもの、根幹からの誤り。

 

“自分で判断しない”という判断を自ら下した根っこからの腐敗だ。そりゃあその上に積み重なったものは伽藍堂に決まっている。

 

 

 

「なら、おれはどうすりゃいいんだ……」

 

 

 

夜凪刀也の意思決定は何をもって行えばいいのか。自分の意思なんてのは論外だ。間違いだらけの夜凪刀也に判断を任せるのはありえない。だからと言って観の眼や超直感からは己という指向性は除けない。

 

だったら、これからどう生きていけばいい?

 

 

「もう一度言うぜ」

 

クロウは刀也の胸ぐらを掴むと引き寄せて、静かに言う。

 

 

「甘ったれんな、夜凪刀也…! どうすればいいかだと?そんなもんは自分で決めやがれ!」

 

 

突き放すように刀也をソファに放り、立ち上がったクロウの視線が突き刺さる。

 

 

「おまえの生き方はクソッタレだ。そんなの自分でわかってるだろうが。…お前はただ後悔したくねえから、後悔しねえと決めたから……物事を決めるのに自分で判断しなくなっただけだ」

 

 

それは、とても歪んだ逃避だ。

自分がどんなミスをしたって、それを判断したのは観の眼と超直感なのだから、自分に責任はないという論理。

後輩の教育にしたってそうだ。観の眼と超直感で適すると感じた戦術を与えるだけ。きちんと導くのはそう頼まれた時のみだ。

 

 

「ビビるのはわかるぜ。自分の判断で仲間が死ぬかもってのはな。……だが、それでも人間ってのはな、人と人の間に生きてる限り…何があっても踏ん張って進まなきゃいけねえんだ。時には這いつくばってでもいい、未来を切り開かなきゃいけねえんだ」

 

 

「………這いつくばってでも、未来を切り開く…」

 

 

そんな気概、夜凪刀也にはない。

嫌な事から顔を背けて、苦手な事から視線を外して。“ヨナさん”なんて仮面で、偽りを生きてきた。それはもはや、自分の人生からの逃避。

 

 

 

「そんな気概はねえってか?」

 

 

 

心を見透かされたかと思った。クロウの言葉は刀也の心中で渦巻く苦悩や葛藤を見抜いていた。

何故ならそれは、かつて自分も味わったものだからだ。

 

立ち止まった、とクロウは自らを評価していた。祖父の仇討ちのためにギリアス・オズボーンをつけ狙う日々。それは本来の運命から外れた復讐劇だ。クロウ・アームブラストという少年が享受するはずだった幸不幸から逃げ出した物語だった。

しかし、そうして復讐を果たす最中、撹乱のために入学したトールズ士官学院で友人を得た。トワやジョルジュ、アンゼリカ。それにⅦ組にも編入してキャラの濃い連中と一緒に過ごした日々。

 

それはクロウがジュライで生きていたら手に入らなかったものだ。

“学院生クロウ・アームブラスト”がフェイクだったとしても、そこで得たものは偽物なんかじゃなかったから。

 

 

「……俺は、おまえの事を“立ち止まった奴”だと思ってた。リィンが死に、遠征じゃ救えたかもしれない奴を死なせ、長谷川の死の真相すら隠さざるを得ない…そんな鎖に縛られて立ち止まったんだとな。……だが、訂正するぜ。おまえは立ち止まったんじゃない。寄り道してたんだな」

 

 

“寄り道”

その言葉は刀也の視線をさらに落とすには充分過ぎるものだった。なにせ実感がある。刀也にとってリィンが死んでクロウに出会うまでの四年間は寄り道多き年月だった。

八葉一刀流の修行を積んでもリィンのような高みには至れず、ほかのブレードトリガーや弾トリガーに手を出す始末。

 

「修行に明け暮れてたならまだ救いはあったかもしれないな。……要は結果が出ないから努力から逃げてただけだ」

 

 

「いや、いいんじゃねえか…寄り道。その寄り道があったからこそ、おまえは多くの技能を身につけた。その寄り道があったからこそB級ランク戦でも勝利する事ができた」

 

 

寄り道があったから。

刀也にとってそれは救いのように思えた。しかし己を八葉一刀流の剣士と定めたからにはその救いを受け入れるわけにはいかない。

 

 

「間違って壁にぶつかって、迷って壁にぶつかって。寄り道だらけの人生……大いに結構だと思うぜ。そうしてぶつかりまくったおまえの人生()は大きく拓けてるはずだ。ーーー八の字のように、末広がりって言うんだろ?」

 

 

 

寄り道して、壁にぶつかったからこそ。道は大きく拓けている。末広がりに。ーーー八の字のように。

 

 

ああ、なんだろう……それは、とても八葉一刀流の剣士に相応しい道程に思えた。

 

 

 

 

 

くるりと、反転する。

 

 

“寄り道したからダメだった”そんな評価が覆される。“寄り道したからこそ未来が拓けた”

 

そこが肯定されたなら、あとはもうすべてが覆る。

 

反転する。くるり、くるり、と。

 

否定は肯定へ。

誤答は正答へ。

 

信用は自信へ。

 

 

「ーーーーありがとう」

 

 

八の字ーーー八葉一刀流。

そんな言葉ですっかり元気になるなんて、すごく単純だ。などと自分で思いながら、刀也は礼を告げる。

 

クロウはただ短く「ああ」と感謝を受け取るのだった。



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「離れる」とき

第一次近界民侵攻の際にリィンに頼られなかった事。

第0次近界遠征の際に全滅を予感しながらそれを看過してしまった事。

 

その2つの事実が夜凪刀也から自信を根こそぎ奪い取っていった。

 

 

それから夜凪刀也は自分を信じる事はしなくなった。

正確には、夜凪刀也の“自己”を無視するようになった。

時折“自己”は強く主張し夜凪刀也を乗っ取る事はあったが、それでも夜凪刀也を永く支配していたのは師より伝授された“観の眼”と自身の異能“超直感”だ。

 

それはなにより、夜凪刀也が望んだ事だった。

 

ある意味でそれは自己防衛本能であった。

リィンに頼られなかった悔恨。仲間を死なせた後悔。己が分を超えた悔いの念に“これ以上は無理だ、背負えない”と判断したのだ。

 

だからそういった後悔から逃げるために、己が判断を観の眼と超直感に委ねたのだ。

 

 

そうして夜凪刀也は世界を客観する事になった。

自信を無くした夜凪刀也だったが、周囲からそう思われていなかったのは“ヨナさん”としてそう振舞っていたから。そう振る舞えたのは自信はなくとも客観的に自分を信用できていたからだ。

 

客観的な自己評価。誰しもがやる事ではあるが、夜凪刀也のそれは観の眼により群を抜いた精度であった。

 

その評価は決して低いわけではなかった。むしろボーダー隊員の中では上位に入る。それは自負ではなく事実として認識されている。

 

 

クロウの言葉により。くるり、と反転した。

 

信用が自信に変貌する。喪失した自信が復活する。

夜凪刀也の新生だ。

 

 

 

☆★

 

 

「で、調子はどうよ?」

 

 

挨拶のように軽口を交わして、本題に入る。

 

刀也と忍田による黒トリガー争奪戦間際の事であった。

 

 

「ま、悪くねーよ」

 

 

クロウの軽々とした様子に負けず劣らず気負わないまま刀也は言い切った。

 

 

……「すぐに変われるわけじゃないけどさ。まあゆっくり変わっていくよ、時間はたっぷりある事だし。……おまえもいるしな、クロウ」……

 

今から5日前。クロウとの会話を終えた刀也は少しだけ恥ずかしそうにそう言った。

 

そう言ったのだから、あとはもう信じるだけだ。

 

 

「……そろそろだな。気張れよ刀也」

 

 

「ああ」と短く返事をして刀也はクロウの突き出された拳に己のそれをぶつけた。

 

控室から会場に続く通路の扉が定刻を報せるように開く。

刀也はクロウに背を向けて歩き出す。

 

 

「クロウ……見ててくれ」

 

 

一瞬だけ立ち止まり、振り返らないまま言ってのけ、扉の向こうに消えていく。

 

 

「おうよ……見せてもらうぜ、おまえの八葉一刀流をな」

 

 

届かない言葉を餞とし、クロウも刀也とは逆方向に歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

夜凪刀也vs忍田真史の黒トリガー“Ⅶ"sギア”争奪戦は全隊員が観戦可能となっている試合だ。

当人がそれを承知しており、皆の前でどちらが優れたトリガー使いであり、どちらが黒トリガーに相応しいのかはっきりさせるための争奪戦だからだ。

ルールは①一本勝負。②時間制限なし。③フィールドは50m四方、障害物なし。④忍田は黒トリガーを使用。のざっくり4つ。他にも細々とした取り決めもありはするものの。

 

 

「おうクロウ。どうだったヨナさんの様子は」

 

 

「ま、悪くはなさそうだったぜ」

 

 

観戦を約束していたわけではないものの、なんとなく太刀川と合流したクロウはその隣に座ると話し始める。

 

 

「そっちこそどうよ、忍田本部長の調子はよ」

 

 

「俺が20本中1本取るのがやっとだ。正直ヨナさんの勝ち目はかなり薄いと思うぜ」

 

 

太刀川慶は言わずと知れた総合ランキングNo.1にして攻撃手ランキングNo.1の、文字通りボーダー最強の剣士だ。

それも忍田がいるせいで頭に“現隊員で”とつけなければならないが。

 

その太刀川が刀也の勝算は低いと断言する。

実際に忍田のⅦ"sギアの試し切りに付き合った太刀川は、その強さを思い知っている。

刀也が弱いとは言わないが、それ以上に忍田が強過ぎるのだ。

 

公開処刑のようなものだ、と太刀川は考えている。Ⅶ"sギアが刀也にとってどれほど大切なものかは知らないが、こうして大々的に争奪戦で敗北する事で未練を断ち切るつもりか。

 

 

「ところで、迅はどこだ?」

 

 

迅悠一。暗躍を趣味と嘯く未来視のサイドエフェクトを持つA級隊員。

その実力はボーダーでも指折りであり、ブレードトリガー“スコーピオン”を使うようになってからは太刀川とも互角の戦いを繰り広げている最強の一角だ。

 

その迅の意見も聞きたかった所だが、どうも会場には見当たらない。

 

 

「そういや見てねーな。風間さんならさっき玉狛支部のやつらと一緒にいたけど」

 

 

太刀川、迅、風間の3人とクロウはよくつるんでいた。つるむと言っても個人戦をやってあーだこーだ言い合うくらいだが。

 

いつもの面子が揃わないのは微妙に残念ではあるが、探す時間もないため太刀川と共に観戦する事にした。

 

 

やがて刀也が登場する。冷静沈着とは言えず、威風堂々とも言えず、しかし肚は決まったと言わんばかりの表情だ。

 

 

「お、なんだヨナさん…気合入った顔してんな」

 

 

さすが太刀川はこういうところには鋭い。普段は馬鹿丸出しの言動をする事も多々ある太刀川だが、戦術や戦略…こと“戦い”に関する事においては敏感だ。

 

 

「…気合も入るってもんだろ」

 

 

「まあそれで勝てる相手じゃねえと思うけどな」

 

 

太刀川の慧眼を肯定したクロウ。しかし続く太刀川の言葉は気合の乗りが戦いの行方を左右せざるというものであった。

非情ではあるが、それも事実だ。気合で戦況を覆せるほど現実は甘くなく、それはクロウも重々承知している。

 

刀也とは意見が対立するところだが、彼も太刀川の言い分は理解している。太刀川が言いたいのは“都合の良い覚醒なんてない”という事。対する刀也は“芽生えた意志の成長を否定するものでない”という意見だ。

 

別に矛盾するわけではないが“気持ちの強さは関係あるない”という言葉の意味を争っているから対立しているわけだ。

 

 

「太刀川、おまえ…刀也の気持ちの強さがここだけのもんだと思ってんのか? だとしたら見くびり過ぎだぜ」

 

 

「あん?」

 

 

「あいつはずっと続けてきた。4年間ずっとだ。……気持ちが弱いなんて誰にも言わせねえ。あいつもようやくその事を自覚した。……言うなら、あいつはようやく技術に気持ちが追いついたってとこだろう」

 

 

クロウはその4年間を見てきたわけではない。刀也とて詳しく語ったわけではない。しかし、伝わるものはある。

 

 

「きっとそれは、ここ一番で力になる」

 

 

クロウが言い切ったのを見て太刀川は「はっ」と笑う。

 

 

「おまえがそこまで言うんなら、楽しみになってきたな」

 

 

 

 

それからいくつかやり取りを交わしたところで刀也の対面のドアが開き忍田が姿を現した。

 

 

 

そして、息をのんだ。

 

 

 

☆★

 

 

息をのんだ。

 

 

漆黒の衣装。白銀の頭髪。灼熱の瞳。リィン・シュバルツァーが黄昏に挑んだ際の格好だ。

Ⅶ"sギアを起動すれば、その格好に変貌するというのも知っていた。身をもって体感していた。

 

 

しかし。ここまでなのか。

 

 

 

「師匠…」

 

 

ここまで、リィン・シュバルツァーに変化するのか。

 

体格や顔つきは忍田に違いない。しかし身に纏う雰囲気はリィン・シュバルツァーそのものだ。

 

 

忍田は刀也から距離を取って立ち止まると太刀を抜き放つ。

 

 

 

「もう言葉はいらないな。さあ、やろう…刀也」

 

 

「リィ………ーーーーはい!」

 

 

間違っても、その名を呼んではいけない気がした。

 

 

だから、構える。

 

 

忍田も同じように構えた。刀也と左右対称になる構え。

 

 

「開始」という音声がどこか遠い。

 

 

「いきます」と言って刀也は疾駆した。まるで影と見紛う速度で忍田に迫る。

 

トリオンの火花が散る。

 

 

すれ違い様に斬撃を叩き込むはずの疾風が、真正面から受け止められていた。

忍田は受け止めた孤月を打ち返すと数合切り結び、距離を取った刀也を詰めるように疾風を繰り出す。

 

絶影。残像すら追随を許さぬ鋭さの刃が刀也に肉薄する。

しかしこれは読んでいた刀也は、回転するようにその勢いを巻き上げると、そのまま螺旋撃を叩き込む。

 

当たらない。刀也の螺旋撃をさらに巻き取って忍田は太刀を振り下ろす。業炎撃。

 

 

衝撃に吹き飛んだ刀也に緋空斬が迫る。

着地と同時に跳躍し、緋空斬を切り裂いて最短距離で忍田に迫る。

迎撃の刃を躱して抜刀、残月。忍田は避けようとするも伸びるように喰らい付いてきた斬撃に胴と顔を僅かに裂かれた。

 

 

「……やるじゃないか、刀也!」

 

 

「ええ、せっかくの試し、成長ぶりを見てもらいたいですから」

 

 

「ねっ!」と孤月を振り下ろす。忍田はにこやかに受け止め、太刀で切り返す。

 

受け止めて、切り返す。受け止めて、切り返す。受け止めて、切り返す。受け流し、切り込むーーーー!

 

 

待っていました、とばかりに避けられて残月を叩き込まれた。

超直感で察して躱すが十全ではなく、孤月が弾き飛ばされてしまう。

 

忍田は太刀を刀也に突きつけて言う。

 

 

「確かに成長した。だが、君の4年はこの程度か? もっと見せてみろ、君の八葉一刀流を!」

 

 

刀也は瞑目し、一瞬の後に開目した。孤月を再生成し握り締める。

 

 

「ここに至るは数多の研鑽、幾多の挫折。結実するは我が4年。迷い歩む故に拓けた未来(いま)。我が八葉、とくと覧じて差し上げよう!」

 

 

大仰に、不敵に言い放ち。意気軒昂に左腕を突き上げ、翼を広げるように振り払うと同時に切札を発動する。

 

 

 

 

 

「ガイスト《リード》、起動」

 

 

 

さあ、“離の段”だ。

 

 

☆★

 

 

 

少し前。

 

 

「もうすぐか…」

 

忍田真史。ボーダー本部長にして、今回の遠征において部隊長を務める、ノーマルトリガー最強の男だ。

忍田は控室で瞑想をしていた。間もなく始まる夜凪刀也との争奪戦を前に集中力を高めていくのだ。

 

勝てる条件は充分以上に揃っている。だからと言って油断など微塵もなく。例え黒トリガーを十全に扱えなくとも勝算はどれだけ低く見積もっても八割以上だ。

 

夜凪刀也がどれほどの奇策を見出そうとも押し潰すだけの戦力差がある。

 

 

「Ⅶ"sギア、起動」

 

 

変身する。忍田真史がリィン・シュバルツァーへと変貌する。

生身とトリオン体が置換され、衣装も髪色も瞳の色すら変わり果てる。

 

 

 

「まるでリィンくんそのものだ。夜凪くんが起動した時も思ったが……」

 

 

鏡を覗く忍田に思い出が甦る。忍田の記憶にリィンは理想の剣士として残っていた。当時のボーダー隊員と比較しても頭ひとつ抜けた実力を持ち、真実を見抜く知恵を持ち、人を惹きつけるカリスマを持っていた。

 

もし彼が生きていたら、今のボーダーはどうなっていただろうか。

 

 

意味のない思考だ。忍田はそれを途中で打ち切ると時計を確認して立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

『ARCUS、駆動』

 

 

 

音声が耳朶を打った。

 

 

「な、にーーー?」

 

 

何が起こっているのか。

 

 

 

『Ⅶ"sギア封印機構、解除鍵選定工程破棄』

 

 

 

これは夜凪刀也が見せたⅦ"sギアの真価。

 

しかし忍田が意図的に発動させたわけではないのに。

 

 

 

『全拘束裁断』

 

 

 

ならば必然だ。これはきっといまを待っていた。

 

 

 

『第一拘束解除、『焔』解禁。

 

第二拘束解除、『蒼焔』解禁。

 

第三拘束解除、『暁』解禁。

 

第四拘束解除、『落葉』解禁。

 

第五拘束解除、『黒葉』解禁。

 

第六拘束解除、『無仭』解禁。

 

第七拘束解除、『リィン・シュバルツァー』解放』

 

 

 

「……そういう事か。ならば任せよう」

 

 

忍田はこれが何なのか理解し、身を委ね。

 

 

そしてーーーーーーー

 

 

『駆動完了。『リィン・シュバルツァー』現界』

 

 

 

 

 



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夜凪刀也の到達点

 

「ガイストと少し前に試作していた“アレ”ーーー組み合わせられませんか?」

 

 

忍田との争奪戦が決まってすぐ、刀也は鬼怒田と接触していた。

 

条件のひとつである“夜凪隊のA級への昇格”。

その狙いは3つあった。その内の2つは話し合いの場で言われた通り、争奪戦で試作トリガーを使用するためというのと遠征選抜第一試験をパスするためだ。

 

選抜試験の突破が本当の狙いと思われていたが、実際は試作トリガーの使用こそが本筋だ。

それも話し合いで鬼怒田が言及したように八葉一刀流の試作トリガーではなく、もっと別のものだ。

 

 

「アレ? アレとはなんだ?」

 

 

「ほら、アレですよ。アレアレ……」

 

 

「うーん」と名前を覚えていないのか、眉間を指でつつく刀也。

 

 

「たしか…そう、おれとクロウが陽子をスカウトしに来た時にテストしてたやつ!」

 

 

やはり名前は覚えていなかったが、使われていた場面を引き出して鬼怒田の記憶を刺激してみる。

鬼怒田も「ぬ〜ん」としばらく頭をひねって、

 

 

「『リード』か! リードとガイストを組み合わせると…………………ッ!?」

 

 

 

リードは自身の漏出したトリオンにカタチを与え、利用するトリガーとして開発された。が、弾にするしても盾にするにしても既存のトリガーより出力が低く、加えてダメージを受ける事を前提としていたため“失敗作”の烙印を押されたトリガーだった。

 

ガイストはあえてトリオン体のバランスを崩し、他の部位に集中する事で出力を上げるトリガーだ。その際、制御の問題でトリオンが漏出するという欠点を持つ。

 

 

しかし。トリオンを漏出するガイストと、漏出したトリオンを利用するリードを組み合わせられれば、革新的なトリガーが誕生するのではないか。

 

という刀也の発想も鬼怒田も理解したようで、絶句したあとため息をついた。

 

 

「まったく…こんな事をよく思いつくなキサマも」

 

 

「まあホントに思いつきなんで流してもらって結構……って言いたいところなんですが、大至急作ってもらいたいです。3日以内で」

 

 

「3日以内だと!? ふざけた事をぬかすな!」

 

 

「などと言いつつ2日で仕上げるあたり鬼怒田さんさすがなのであった」

 

 

その刀也の予言通りに鬼怒田は“ガイスト《リード》”を作り上げて渡すのであった。

 

 

☆★

 

 

観戦を初めてからしばらくして「妙だな」と太刀川は言った。太刀川の感覚では忍田の瞬殺で終わっても何らおかしくはなかった。

 

それはクロウも同じ意見だった。交渉の際にグランーーーエネドラと模擬戦を行った忍田の戦い方は見ている。だから今、刀也と向き合っている忍田の戦術は忍田本来のものと違うと断言できる。

ノーマルトリガーではなくⅦ"sギアを使っているから、と言ってしまえばそれまでだが、それ以上の奇妙さを感じていた。

 

 

間合いの取り方や戦技を発動するタイミングが刀也と一致する。それでも忍田が一枚上手だが、それは刀也が理想を追求したまま突き進んだらの姿の体現のようでもあり。

 

どこか似た光景を見た覚えがあった。

 

 

 

「ヨナさんも、いつもと違うな」

 

話題を転換したのは太刀川だ。その視線は刀也に向けられている。

 

 

「気合いうんぬんじゃねえ。あれは……“正解”か」

 

 

正解、と太刀川は言った。まるで聞いたことがあるかのように。クロウが怪訝な目をすると「前に酔っ払った時に聞いたんだよ」と説明した。

 

 

「ヨナさんのサイドエフェクトは“正解”がわかるんだってな。……いつもはどうも意図してそれを選んでねえみたいだったが…ランク戦とか、おれたちとのエキシビションマッチでも見せただろ」

 

 

正解がわかるサイドエフェクト“超直感”。刀也はそれを駆使してこれまで戦ってきた。しかしその使用は限定されたものだった。

リィンならこうする、という“理想”で“正解”を上塗りした行動。しかし刀也ではリィンの動きは再現できないから、刀也の動きは“理想”と“正解”の狭間で、中途半端なものとなる。

 

しかしそれを感じさせない“正解”の動きがあった。それは例えば荒船隊の同時狙撃を打ち破った神業だったり、二刀の太刀川に一刀で互角の剣舞を繰り広げた様だったり。

理想を追求しては敗北すると観の眼が判断した瞬間なのだろう。

 

 

だが今の刀也は常に正解で戦っている。リィンという理想になるのではなく、追いつき並ぶために。

 

 

 

 

刀也がガイストを起動する。

 

 

「お、ありゃ京介の…」

 

太刀川はガイストを起動した刀也を見て言った。

 

「確かにあれなら忍田さんと渡り合えるかもな」

 

 

“渡り合える”と。それでまだ勝ちの目はないと踏んでいるのだ。それは正しい分析だった。

 

生前のリィンの動きをトレースできるⅦ"sギアはトリオン体の身体能力を底上げしたものだ。リィンの膂力は普通のトリオン体では追いつかないほどのもの。

刀也はそのどうしようもない差をガイストを使う事で埋めた。しかしそれはあくまで同じ土俵に立っただけだ。

 

 

しかしそれは、あくまでガイストが以前のものだったらの場合だ。

 

 

「それだけじゃねえ。あれは改良版だ」

 

刀也のガイスト《リード》の特訓に付き合ったクロウはその真価を知っている。

それをもって刀也は自身の新たなるスタイルを確立した。……より正確に言うなら、すでに開拓されつつあった戦闘法を言語化できるまでに研ぎ澄ませたのだ。

 

 

「改良版? どういうことだ」

 

 

「そりゃ見てのお楽しみだ」

 

 

言うならば、正解を超えた夜凪刀也だけの八葉一刀流。

 

夜凪刀也のボーダーでの4年間を八葉一刀流に落とし込んだ、“八葉一刀流 界境防衛分派”を。

 

 

 

 

☆★

 

「ガイスト《リード》、起動」

 

 

果たしてそのトリガーは刀也の予想通りの出来だった。

ここ数日間クロウと共に出力の調整を行い、感覚の把握に努めた。

 

 

剣士戦特化(オリジンシフト)

 

 

ガイストのもう1人の使い手たる烏丸は刀也よりも扱いに長けている。白兵戦特化、機動戦特化、射撃戦特化などを瞬時に入れ替えて使いこなすが、刀也にはそれを習熟するだけの時間はなく、ゆえに生み出した剣士戦特化。

 

『緊急脱出まで180秒。カウントダウン開始』

 

 

音声が残り時間を報せる。180秒。3分。

短かすぎる。充分すぎる。

 

夜凪刀也の4年を3分に凝縮しろ。出し尽くせ。心を燃やせ、魂を焦がせ。

ここで終わってもいい?違う。ここから始めるために!

 

 

目を細めた忍田の視界から刀也が消える。

眼前に迫った孤月を受け止めようとして弾き飛ばされる。

 

刀也は漏れ出たトリオンを孤月に纏わせると、それを振り切って緋空斬とした。

 

 

忍田は着地と同時に疾風を繰り出し、緋空斬を打ち消すと刀也に肉薄する。

 

一合。二合。三合。打ち合う。

 

 

刀也から漏出したトリオンを固めるとアステロイドのように射出した。

さすがの忍田も刀也の相手をしつつ弾丸を捌くのは難しいようで後退して攻撃を避ける。

 

後退した忍田は緋空斬を放つ。

対峙する刀也は呼吸を整えた。迫る緋空斬を前に、

 

 

「一の秘技」

 

 

緋空斬を掬いあげる。そのまま巻き取ると共に己のトリオンも注ぎ込み、斬撃の竜巻として撃ち返した。

 

一の秘技『廻天』

 

 

目を剥きつつも跳躍し回避した忍田に孤月が迫る。

 

 

「二の秘技」

 

 

疾風だ。その一撃は防いだ忍田だったが続く斬撃は対応できずに裂傷を負った。

 

 

二の秘技『裏疾風』

 

 

少しばかり距離が空き、同時に剣を振り上げた。腕から剣に巻き上げられたのは龍を象る炎のイメージ。

 

 

「三の秘技」

 

 

振り下ろされ、撃ち放たれる龍炎は互いを食い破る。

 

 

三の秘技『龍炎撃』

 

 

次撃は刀也が先手を取った。忍田は迫る孤影の斬撃を切り払うべく鋭い抜刀を繰り出すが、

 

 

「四の秘技」

 

孤影斬に刀也の抜刀が重なる。二重の斬撃が忍田の紅葉切りと鎬を削る。

 

 

四の秘技『蓮華切り』

 

 

刀也は再び納刀する。好機を見逃すかの如き動きに隙を見逃さぬ忍田が太刀を振ろうとして、

 

 

「五の秘技」

 

 

何故か先に刀也の孤月が振り抜かれている。出鼻を挫く先の先の攻撃だ。

 

 

五の秘技『裏残月』

 

 

戦いのテンポを取られている事に気づいた忍田はバックステップを踏み距離を取る。

太刀を緋色に染めると斬撃を放つが、それは刀也も同じだった。

 

 

「六の秘技」

 

 

緋色の斬撃が激突する。そのまま相殺されるかと思われた斬撃は二つに分裂するとそれぞれが鳥のように舞うと忍田に襲いかかった。

 

 

六の秘技『飛燕斬』

 

 

燕の如き斬撃に対応する忍田に刀也の次撃が放たれる。刹那の七連撃が一太刀にて結ばれた。

 

 

「七の秘技」

 

 

斬撃は嵐と化し、一箇所に収束する。

無想覇斬で迎撃するが後手に回ったせいでダメージは不可避だった。

 

 

七の秘技『無空一閃』

 

 

 

 

 

互いに距離を取って一つ呼吸をした。睨み合って、

 

 

「これが…君の八葉か……」

 

 

全身からトリオンを漏出させつつ忍田は言う。致命傷を負ってないのはさすがと褒めるべきか、詰めの甘い刀也を責めるべきか。

 

 

「なら次は…」

 

忍田の雰囲気が静謐なものへと変貌する。それはリィンの、剣聖そのものの雰囲気だ。

 

 

「まだですよ」

 

 

忍田の続くであろうセリフはきっと『無仭剣』を引き出すのだろう。あの凄まじい一刀を。

 

正直なところ、見てみたいとは思う。

だけどそれはもう夜凪刀也には必要ないものだ。

 

 

「八の秘技」

 

孤月を構えて突撃する。無仭剣は間に合わず、忍田は防御の構えを取った。

 

 

「破甲剣ーーーー!」

 

 

貫く。孤月を防いだはずの太刀は砕け、鋒が胸元に突き刺さる。

 

 

これこそが夜凪刀也の導いた八葉の極点。“身剣合一”の境地。

それはリィンの“色即是空”とは違う極みだ。だが、それでいいのだ。夜凪刀也はリィン・シュバルツァーではないのだから。

 

リィン・シュバルツァーがあまりに理想的過ぎて。夜凪刀也から自信が消え失せてしまって。だから刀也はリィンになりたかった。

だけど、それは無理な話だった。偽物は本物にはなれないし、刀也は本物以上の偽物を目指してもいなかったから。

 

だから、夜凪刀也は夜凪刀也である事を始めた。始める事にした。

 

 

理想(リィン)を飲み干し、正解(自分)を超えて、その先へ。

 

 

「見て下さい。これがおれだ」

 

 

まだ何者でもない。だから今はまだーーー

 

 

 

「ーーー『 (から)』の軌跡」

 

 

 

孤月を振り切る。一刀両断。崩れ落ちる忍田の笑顔があまりにも満足げでーーーーー

 

 

「ーーーーー見事だ」

 

 

“さすがは俺の一番弟子だ”と声には出さず、唇だけで紡ぐ。

 

 

「……ぁ………」

 

 

 

 

 

黒トリガー“Ⅶ"sギア”争奪戦終結。

 

勝者、夜凪刀也。Ⅶ"sギア奪還。

 




文字数少なめのためヨナさんの戦技の設定を公開!


一の型、秘技『廻天撃』
『螺旋撃』をベースにした秘技。
螺旋撃のモーションで弧月で敵を薙ぎ払いつつ、噴出したトリオンが小さな竜巻となって放たれる。
 
 
二の型、秘技『裏疾風』
『疾風』をベースにした秘技。
疾風で敵に斬撃を加えたのち、とどめの真空波で周囲を切り払う。
 
 
三の型、秘技『龍炎撃』
『業炎撃』をベースにした秘技。
燃え盛る炎を龍の形に押し込めて放つ。龍炎は空を駆り、地を這い敵を炎上させる。
 
 
四の型、秘技『蓮華切り』
『紅葉切り』をベースにした秘技。
真空波を放つと同時に切り込み、鋭い2つの斬撃を叩き込む。
 
 
五の型、秘技『裏残月』
『残月』をベースにした秘技。
先の先をとる先制反撃技。攻撃を予兆を感じとり、敵の出足を挫き残月を放つ。
 
 
六の型、秘技『飛燕斬』
『緋空斬』をベースにした秘技。
緋色の斬撃は空を飛ぶ燕の如く、その軌道を変化させる。
 
 
七の型、秘技『無空一閃』
『無想覇斬』をベースにした秘技。
刹那の七連撃を一太刀で結ぶ。炸裂した斬撃の嵐が一か所に収束する。
 
 
八の型、秘技『破甲剣』
『破甲拳』をベースにした秘技。
身剣合一の境地から放たれる一撃は、いかな守りとて容易く貫く。


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例えもう二度と、会えないとしても

 

………勝った。…勝ったぞ。やった、やってやった。

 

 

 

………え、マジで?

 

 

 

それは例えるなら自分より足の速いやつとかけっこして勝ってしまったような。勝つと意気込んで、そう信じていても、どこかで無理だと知っている。

刀也はそんな心持ちで、この争奪戦に臨んだ。

 

なのに、勝った。

ガイスト《リード》なんて隠し玉も、Ⅶ"sギア(リィン)には通用しないと思っていた。

まさかここで師匠越えを果たせるとは……いや、おそらくそうではない。

 

きっと……と、そこで刀也は考えるのをやめた。

 

 

「改めて、見事だった。夜凪、この争奪戦は君の勝ちだ」

 

 

換装が解けて生身でその場に放り出された忍田がそう言ったからだ。

 

 

「忍田さん……さっきのは」

 

 

「ああ……なんだろうな。夢見心地というか……まるでリィンくんがーーーー」

 

 

「ーーーやめときましょう。…あんまりはっきりさせ過ぎるとロマンがない」

 

 

刀也は忍田の言葉を遮った。忍田もおそらく刀也と同じ仮説に行きついていたからだ。

 

“きっとこうだった”という仮説はある。それは突き詰めればきっと真実に行き着くのだろう。

だけど、真相を隠す事で“こうだったらいいな”という夢を抱き続けられる事もあるはずだ。

 

そういったロマンで、刀也はこの争奪戦を締め括った。

 

 

「ふ……ロマンか、それもそうだな」

 

 

忍田も薄く笑んで刀也の決着に同意した。

 

 

「さて、今すぐにでもこれを渡したいところだが、手続きがある。少しだけ待っていてくれ」

 

 

忍田はⅦ"sギアを掌に乗せて刀也に見せた。

 

 

「ああ」と声が漏れる。ようやく取り戻せるのだ。自ら手放してしまったが、ようやくこの手に戻ってくるのだ。感慨深く、筆舌にし難い。

 

「それでは」と低頭してから刀也は忍田に背を向けて歩き出した。会場を出て控え室への廊下を歩いていく。

その前に、忍田が「夜凪」と呼び止めた。

 

 

「私が言うのもおかしいかもしれないが……おめでとう、本当に」

 

 

それを受けて刀也は微笑んだ。それは“ヨナさん”らしくない、きっと“夜凪刀也”としての本心からの笑顔だった。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

☆★

 

 

「やったじゃねえか」

 

 

控室に入って目が合うなり、クロウは刀也を労った。

 

 

「おう!」

 

 

刀也は笑って、クロウの突き出された拳に自分の拳をぶつける。争奪戦が始まる前にしたように、それはある種まじないのようになっていた。

 

 

「確かに見せてもらったぜ、おまえの…おまえ自身の八葉一刀流をな」

 

 

夜凪刀也の八葉一刀流。それはリィンの八葉一刀流とは似て非なるものだ。いや、誰しも行き着く先は違うのだから、きっとそれが夜凪刀也の正解なのだ。

剣の道はひとつではなく、剣士の数だけあるのだから。

 

 

「ああ……ああ……! おれは…俺の4年は、無駄だと思ってた。でも4年の積み重ねは、俺の中にちゃんと根付いてたんだな。……ありがとう。それに気づけたのはおまえのおかげだ、クロウ」

 

 

「はっ、よせよ。 でも、ま……おまえが自分の道を進めるようになったなら良かったぜ」

 

 

“ひたすらに、ひたむきに前へ”

クロウは死の間際、Ⅶ組にそう言葉を遺した。それはあいつらの行き先を決めてしまう呪いになったかもしれない。

 

だから今回は、そう言わない。

 

 

「迷っていい、回り道したっていい。何も最短で駆け抜ける必要はねぇさ。おまえの人生は長い。それに、そうやって壁にぶつかる事でーーー」

 

 

 

「ーーー選択肢(未来)は広がる。八の字のように…か?」

 

 

刀也の見透かすようなセリフに、クロウは「はっ」と笑う。

 

 

「ったく……」

 

 

一皮剥けた、くらいではない。卵が孵って雛が産まれると思ったら成鳥が飛び出してきたくらいの成長だ。

 

きっと卵の中で頑張って来たんだろう。その殻を破る決め手となったのはおそらくーーーー

 

 

 

「や、お邪魔するよー」

 

 

開扉音がして現れたのは迅だった。いつもの軽薄な表情は薄められていて、真剣な眼差しがクロウと刀也に向けられている。

 

 

「迅か。どうした? 会場じゃ姿を見なかったが」

 

 

「ああ、実はこれを引っ張り出しててね」

 

 

と迅が懐から取り出したのは巻物だった。

 

 

「巻物…?」

 

 

それは近代的な三門市には似合わない、やや古ぼけた巻物のように見えた。

 

 

「ーーーまさか」

 

 

その正体を刀也は探り当てたらしく、目を剥いた。

迅は巻物の封を解いて開くと「読み上げるよ」と刀也に言った。

 

刀也は狼狽えつつも首肯して、迅は巻物に視線を落とした。

 

 

 

 

 

「夜凪刀也。ここに八葉一刀流、奥伝を授ける。これより先は我が《剣聖》の名を継ぐがよい。弟子を取ることも自由とする」

 

 

 

 

巻物が刀也に手渡される。その場面を見て、クロウは思い出した。争奪戦の最中にも感じていた既視感の正体。

カシウス・ブライトが贄としてのリィンになりきり、リィンがそれに打ち克った、あの出来事を。

 

 

「有り難く」

 

 

刀也は跪くようにしてそれを拝領し、改めて自ら読む。そこには刀也の八葉一刀流奥伝を認める事と、《剣聖》の異名をリィンから刀也へ受け継がせる旨などが書いてあった。

 

 

「《剣聖》はさすがにまだ荷が重いけどな」

 

 

刀也ははにかんで巻物を閉じた。

 

 

「まだ…か。いいんじゃねえか…時間はたっぷりあるんだろ」

 

 

“まだ”と刀也は言う。それは“いずれは”という決意でもあるだろう。

リィンも奥伝を授かった時は同じように、嬉しそうに困った顔をしていたものだ。

 

 

「それと、これはリィンさんからの手紙。巻物と一緒に渡せってさ」

 

 

続けて迅は便箋を取り出して刀也に手渡す。封を切ると一枚の手紙と共にディスクが出てきた。

 

 

「ビデオレター?」

 

 

「そうだね。ちなみに撮影したのはおれだよ」

 

 

しれっと言い切った迅に刀也は絶句してジト目を向けた。

 

 

「…………いや、別にいいんだけどね? おまえも大概人が悪いよな」

 

 

「言いつけだったからね」と迅は笑って流す。刀也はそれを見届けてため息をついてから、手紙を読み始めた。

 

 

 

『夜凪刀也へ。

君がこれを読んでいるという事は、君が自分を乗り越えたという事だ。おめでとう。これで君は晴れて八葉一刀流の奥伝を授かったわけだ。

君にはとても重い業を背負わせてしまう事になった。俺の黒トリガーをゼムリアに運ぶという依頼…それはきっとボーダーで君を孤独にさせるだろう。それに先の大規模侵攻で君を頼らなかった事もすまなく思う。

これから君にはいくつもの苦難が降りかかる事だろう。しかし君なら乗り越える事ができると信じている。なんと言っても俺の一番弟子だからな。

いかなる時も不撓不屈たれ。凪いだ夜の一刀たれ。

リィン・シュバルツァーより』

 

 

刀也は手紙を読み終えると瞑目し、長い沈黙の後に、師の名前を唱えた。

 

 

「我、()いだ(よる)一刀(いっとう)(なり)

 

 

夜凪刀也。凪いだ夜の一刀。すなわち明鏡止水。

 

声に出してしっくり来た。八の字と八葉一刀流だったり、今回の事も。こんな言葉遊びは大好きだ。

 

 

満足気に微笑む刀也に、迅もまた微笑んで「じゃあおれはこれで」と踵を返す。

その背に礼を告げて、今度はディスクに視線を向けた。

 

 

「ビデオレター…だったか。俺も同席させてもらっていいか?」

 

 

「…まあ、いいでしょ」

 

 

クロウの提案に、若干詰まりながらも否やとは言わない。

そうして隊室に戻り映像を再生しようとしたら、忍田がⅦ"sギアを携えてやって来た。

手続きとやらを手早く済ませてきたらしい。

 

 

「名目は“貸与”だが、実際には君への“返還”と思ってくれていい。……その黒トリガーはもう、ボーダーにとって戦力ではなくなってしまったからな」

 

 

Ⅶ"sギアを手渡す際に忍田はそんな事を言った。後半の部分に疑問を覚えた刀也は「それはどういう意味ですか?」と訊ねた。

 

 

「争奪戦が終わってから、私にⅦ"sギアは起動できなくなった。……まるで、あの一本勝負のために起動を許されていたみたいだ」

 

 

「おいおい…んな事があんのかよ」

 

 

今まで使えていた黒トリガーが起動できなくなった。

クロウや刀也にとってそれは初めて聞く事象だった。そもそも黒トリガーそのものに接する機会が少ないため比較対象の数が云々という話もあるのだが。

 

 

「私も初めて聞く。……まぁ、Ⅶ"sギアはリィンくんの特徴を色濃く受け継いだ黒トリガーだ。あるいはそういった例外が起きても不思議ではないかもしれない」

 

 

3人の中で色々な事が繋がった気がした。

刀也曰く、明確にするとロマンがないそうなので経緯の輪郭を捉えるくらいで把握を終えるが。きっとそれは、とても尊いものなのだろう。

 

 

「それに元々、私にはⅦ"sギアが十全に扱えていなかった。……ARCUS、と言ったか。リィンくんの奥義を解禁するためのシステム。私にはアレを発動する事ができなかった」

 

 

それは尚の事、忍田の中で“争奪戦のためにⅦ"sギアを起動できた”という推測を固めていく。

争奪戦の直前で、それが意図せず発動してからと言うもの、夢見心地になってしまった。……リィンが乗り移って来たかと思ったものだ。

 

 

そんな話を聞いて刀也は喜色を浮かべる。満面の笑みをするのも申し訳ないため抑えてはいるが、そのせいで気味の悪いにやにやとした表情になっていた。

 

刀也の心境を見破ったらしい忍田は「ふふ」と微笑ましげに目を細めると、「さて」と言って立ち上がった。

 

 

「すまないが、私はこれで」

 

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

「君たちは遠征部隊内定を取り戻した。あとは第二試験を受けるだけだが……がんばってくれ」

 

 

「おうよ、誰にも文句を言わせねえ成績で突破してやるぜ」

 

 

忍田の激励にクロウが軽口で答え、刀也も同意するように口角をあげてみせる。

 

 

「ああ、頼んだ………!」

 

 

忍田の姿がドアの向こうに消える。

 

 

 

 

 

「うし、じゃあ見るか」

 

 

そうして一段落したところで刀也はPCにディスクを読み込ませると動画を再生した。

 

ウィンドウが拡大し、画面の中にリィンの姿が映り込む。

白銀の頭髪は白髪と見紛うほど艶を失い、力強さの象徴だった灼眼は濁って見える。首元には隠しきれない赤黒いアザがあった。全部《黒》の呪いによるものだ。

 

しかし、それは、確かに。リィン・シュバルツァーだった。

 

 

『おっけー。もう撮ってるよ』という迅の声が聞こえて、画面の中のリィンはおもむろに口を開いた。

 

 

『やあ、刀也。まずは、おめでとう。君がこれを見ているという事は、君が《剣聖》に相応しい男になったと言う事だ。……なんて、手紙でも同じように切り出したから、あまり格好はつかないな』

 

 

声が。

 

「リィン……」

 

「リィンさん……」

 

 

久しく聞いていなかった声が、聞こえるだけで。

 

 

なんだか、泣きそうになる。

 

 

 

『八葉一刀流の奥伝を授かるには、己から一本を取らなければならない。……他の師兄たちは知らないが、少なくとも俺はそうだった。だから君にも同じ課題を乗り越えてもらう事で、奥伝授与という形にさせてもらう。……判定は迅に頼んだが、未来視を持つ彼だ。いい時期を見計らってくれるものと思っている』

 

 

『プレッシャーですね』とまた迅の声が入る。画面の中でリィンが微笑んで『頼むぞ迅』と念を押していた。

 

 

『本来なら俺がそこまで導いてやるべきだったが……すまない。この体たらくで、無理そうだ。……こうなる選択をした事に後悔はないが、君には申し訳なく思う』

 

 

第一次近界民侵攻で、多くを救うために刀也を頼らず“七の騎神”を起動し《黒》に蝕まれた経緯。

 

刀也が歪む一因となった出来事だ。

 

 

『だから、俺のようにはならないでくれ。……こうして死の際に立ってみてわかったんだ。……きっと俺は、幸せにならなくちゃいけなかった。俺のために泣いてくれる人たち…君や、ゼムリアに遺してきた仲間たちのためにも………』

 

 

リィン・シュバルツァーは幸せになるべきだった。

リィンが幸せじゃないと、幸せになれない人がいるから。

 

そんな心境にリィンは至っていた。

自己犠牲を安易な道とは言わない。しかし、自他ともに活かす道を、もっと探るべきだったと。

 

 

『そんな後悔を抱かないためにも、君は俺のようにならず、自分の道を行ってほしい。……そのために俺は君に“活人剣”を教えてきたつもりだ。君は少し、俺に憧れ過ぎているきらいがあるからな……少しだけ心配だが、君だけの八葉を見出せると信じている』

 

 

「はは、どこからか見てたみてぇだな」

 

 

刀也がここに至るまでの経緯を見てきたかのように映像で語るリィン。刀也はどこか誇らしげに「さすが」と呟いている。

 

 

「まさに天の眼……天元眼か」

 

 

『《剣聖》の名を授ける……と言いたいところだが、俺はユン老師じゃないから勝手に与える事はできない。代わりと言っては何だが、俺の《剣聖》を継いで欲しい。……自分には過ぎたものと思うかもしれないが…なに、いずれ慣れるさ。君は俺よりずっとすごい剣士になるはずだからな』

 

 

 

 

「ーーはい」

 

 

刀也が返事をすると画面のリィンは、にこりと屈託なく笑んだ。

 

 

『そしてクロウ。もしおまえがいるとしたら、刀也が此処に至る一助になってくれた事は間違いないと思う』

 

 

そしてリィンは会話の矛先をクロウに向けた。

まさに見てきたような口ぶりに「は」と笑みが溢れた。

「クロウが言った通りだな」と刀也も笑んでいる。

 

 

『ひとまずこれで、あの50ミラの利子は返済って事にする』

 

 

「ったく、がめつくなりやがって。ようやくかよ」

 

 

画面のリィンに、軽口のように、寂しげに、クロウは言う。

 

 

『ありがとう、クロウ。そして、すまなかった。ゼムリアから飛び立って、こちらの世界に来る時におまえの手を掴めていれば……』

 

 

“未来は変わったのかもしれない”とでもリィンは言いたげで、でも言わなくて。

 

 

「そりゃ、甘ったれた意見だぜ。リィン」

 

 

『そうだな。これは甘ったれた意見だ、クロウ』

 

 

時空を超えて、あの病室とこの隊室が繋がっているのではないかと思うほどのシンクロ。

リィンとクロウがそれほどの相棒(悪友)という証左だった。

 

 

『だけど、クロウは来てくれた。俺に果たせなかった事を繋いでくれた。……ありがとう』

 

 

夜凪刀也を導くという命題。本来師匠(リィン)がやるべきだった事を、クロウが果たした。

とは言っても、クロウは教えてやっただけだ。夜凪刀也はもっと自分を信じていいと。

しかも最後にはとんだサプライズがあった。

 

 

『……黒のイシュメルガの呪いで、俺はこうなった。黒トリガー“七の騎神”は騎神を相克以前に戻したものだ。だからイシュメルガも未だ健在……黒トリガーを使えば呪いに蝕まれてしまう。この問題を解決せずに逝く事になってしまうが…』

 

 

そう言うリィンだが、無抵抗ではなかった。“七の騎神”に自分のトリオンを注ぎ込んで、黒トリガーに己の意識を潜ませていた。

それがクロウのイシュメルガ打倒の大きな要因になったのは間違いない。

 

 

『…いや、クロウならもうイシュメルガを倒しているかもしれないな。………刀也やイシュメルガの事も含めて、色々な課題を残してしまうが……クロウならなんとかしてくれると思っている。なんて希望的観測か? まあそれくらいクロウを信じてるって事で勘弁してくれ』

 

 

リィンの申し訳なさそうな顔にクロウは嘆息し、

 

「……ったくよ、無責任なヤローだぜ。とは言っても今のところオールオーケーだ。勘弁してやるとするぜ」

 

やはり楽しげに、悲しげに会話をする。

 

 

 

『少し喋り過ぎたな。……刀也、がんばってくれ。クロウ、元気でな。ーーーありがとう。楽しかった』

 

 

リィンが言って、頷くと。ぶつりと音を出して映像は終わりを迎えた。

 

 

 

沈黙が木霊する。余韻に浸る。クロウと刀也はしばらく呆然と画面を見つめて、

 

 

「……………は、はは…」

 

 

 

どちらともなく声を出して笑った。

 

 

 

 

「なんつーか、実感したぜ………」

 

 

クロウは立ち上がって、部屋をうろつきながら伸びをする。深呼吸には嗚咽が混じっているように聞こえた。

 

 

「……リィンは、もういねえんだってな………」

 

 

わかっていたことだ。

 

はじめから、わかっていたことだった。

 

 

だけど今、初めてそれが胸に落ちた。

リィンの死に納得が追いついた。

 

ボーダーに来て最初に聞かされた事だった。

その弟子の刀也からも同じ事を聞いた。

 

“リィンは死んだ”

 

その事実は頭でわかっていても、心じゃ受け入れられていなかったのだと気づいた。

 

“七の騎神”があった。オルディーネと再び共に戦った。

もしかしたら、リィンともそうなる可能性があるんじゃないかと心のどこかで期待していた。

 

イシュメルガに呑まれて、精神の戦いでもリィンは助っ人として現れてくれた。

もしかしたら、現実でもそうなるんじゃないかと信じていた。

 

“Ⅶ"sギア”があった。リィンの黒トリガー。いつかそこから甦るんじゃないかと思っていた。

“Ⅶ"sギア争奪戦”の忍田にリィンの姿を思い描いた。そのうち本物が現れるかもと思っていた。

 

 

振り返ればそこにおまえの背中があるんじゃないかと思っていた。

 

 

背中を預けて、また一緒に戦いたかった。

 

 

 

 

「……あばよ、リィン」

 

 

 

50ミラの軌跡も終焉を迎えた。利息分もきっちり耳を揃えて完済という所だろう。

 

だからこれは決別だった。

 

 

相克は終わり、不死者としての復活もあり得ず。

至宝の奇蹟も今や“七の騎神”という型に嵌められて行使できない。

 

 

だが。それでも。

 

 

I'll remember you(俺はおまえを忘れない)

 

 

 



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我らが征くは星海の彼方

 

それから。

 

クロウ・アームブラストと夜凪刀也はトップクラスの成績で残る選抜試験を突破した。

 

刀也のトラウマーーー遠征艇で悪夢を見て発狂するというものもあっさりと改善されており、遠征艇を模した施設で何日か過ごしたが、トラウマの再発はなかった。

 

 

そうして幾日かが過ぎて、遠征部隊が決定した。

 

各部署に一斉に報せが届く。

 

以下、長期遠征通達文より一部抜粋。

 

『隊長として

忍田真史

 

以下部隊選出

 

太刀川隊より

太刀川慶

出水公平

国近柚宇

 

冬島隊より

冬島慎次

当真勇

真木理佐

 

風間隊より

風間蒼也

歌川遼

菊地原士郎

三上歌歩

 

玉狛第二(三雲隊)より

三雲修

空閑遊真

雨取千佳

ヒュース・クローニン

宇佐美栞

 

 

以下個人選出

 

里見一馬

二宮匡貴

影浦雅人

絵馬ユズル

弓場琢磨

東春秋

 

夜凪刀也(黒トリガー)

クロウ・アームブラスト(黒トリガー)

 

月見蓮(オペレーター)

沖田陽子(オペレーター)

 

以上 25名』

 

 

 

B級ランク戦を経て、数々の調略を行い、試練を突破した夜凪隊は、全員が個人として遠征部隊に選ばれるという異例になっていた。

クロウと刀也は黒トリガー使いとして。陽子はオペレーターとして。ちなみにグランは試作トリオン兵として卵の状態で30体ほど遠征に随行する。

 

 

 

 

「だいぶ偏ってんな」

 

 

選出された部隊は4つ。A級1位、A級2位、A級3位、そこから飛んでB級へと。

個人選出では適当な人材が選ばれてはいるものの、おそらく政治的なものも絡んでいるはずだ。

 

 

「……ま、いろいろあるんでしょうよ」

 

 

クロウの言葉に、どうしてこうなったかある程度理解できる刀也はため息まじりに言った。

 

 

 

A級1位〜3位までの遠征部隊入りは前回の遠征と同じだ。

それに加え、No.1射手である二宮、No.1銃手である里見、黒トリガー2本を投入するのは遠征に対する本気度が窺える。

それでもボーダー最強の部隊とされる玉狛第一や他のA級部隊、迅などを遠征部隊に選出しないのは“本国の守りをおろそかにできない”という点もあるからだ。

 

城戸としては忍田や夜凪隊がいない間に実権を取り戻す算段もあるのだろうが、そもそも太刀川隊などに城戸派離反については“遠征終了まで”とタイムリミットをつけているため、取り越し苦労になるだろう。

 

 

 

そして、玉狛第二が遠征部隊入りしている件についてはーーー

 

 

 

「ええっと、夜凪さんたちが便宜を図ってくれたって聞きました」

 

 

通達が届いてからしばらくして夜凪隊の隊室には三雲が来ていた。

というのも、B級ランク戦を3位で終えた玉狛第二は本来部隊として遠征に参加する事はありえなかったが、刀也の計らいにより部隊での遠征参加が決まったからだ。

 

 

「いや、俺はきっかけをつくっただけ。遠征部隊に選ばれたのは玉狛第二の実力だろ」

 

 

刀也の言う“きっかけ”とは、黒トリガー争奪戦において上層部に突き付けた第二の条件。それに含まれる3つ目の狙い。

 

第二の条件は“夜凪隊をA級に昇格させる事”だ。

これは曲解すると“B級1位の座は空席になる”という事だ。

それでもし順位が繰り上がるとするなら、B級3位だった玉狛第二はB級2位になる。

B級2位なら部隊での遠征参加が可能となる。

 

 

「それに実際、動いたとしたら唐沢さんだ」

 

 

営業担当の唐沢は三雲贔屓な面が見られる。上層部で刀也の言葉を曲解し、玉狛第二に部隊単位での遠征参加資格を与えられると提案できるのは彼くらいのものだろう。

 

 

「でも、夜凪さんがきっかけをつくってくれなきゃ、そもそもが破綻してましたから」

 

 

そうして礼を言う三雲は、どうやら風間から話を聞いたらしい。刀也と忍田による黒トリガー争奪戦の時だ。

あの時にはすでに部隊での遠征参加資格を手に入れていたようで、選抜試験の合間に玉狛の面子に伝えたという話らしい。

 

 

「ま、おまえは前途有望な若者だからな。しっかり経験を積みなさいよ。…でも気は抜かずにな」

 

 

クロウの目から見ても、三雲はボーダー内部では有望株だ。

個人の能力は間違っても高いとは言えないが、機転はきくし気も回る。それに出来る事を言語化できるため指導者の素質もある。そう遠くない未来、東のようになるのではないかというのが予想だ。

 

 

「はい」と頷く三雲に長谷川の姿を幻視しそうになって刀也はかぶりを振った。第0次近界遠征(あの時)とは違う。

命日の墓参りなんて長谷川のだけで充分だ。

 

 

それからいくつか言葉を交わし、三雲は隊室を去って行った。

 

 

 

「…ったく、おまえもやるもんだな、刀也」

 

 

三雲の背中を見送ってからクロウは刀也に言った。玉狛第二に遠征参加資格を得させた事を示していた。

 

黒トリガー争奪戦が決まった直後のぶれぶれの心境でよくそこまで気が回ったものだと。

 

 

「まあ、我ながら良く出来た筋書きだとは思うよ。ちょっと上手くいきすぎだ。……きっとそれも、いろんな偶然が重なったからだと思う」

 

 

偶然が重なって運命となる。

 

きっとこれは、その軌跡だ。

 

 

刀也のトラウマが4年も改善されなかったのが、こうして黒トリガー争奪戦を引き起こし、夜凪隊がA級に上がることで玉狛第二がB級2位に繰り上げらて部隊での遠征参加資格を得た。

 

巡り巡って……、こういうのを運命というのだろう。

 

 

「なるほど、愛されてんな…」

 

 

玉狛第二は、運命に愛されてる。

 

 

「俺の弟子だからな」

 

 

虚空に消えたはずの言葉に刀也が答える。誇るように言う様は、どこかビデオレターのリィンと重なって見えた。

 

 

 

☆★

 

 

 

「行っちゃうのね、夜凪さん」

 

 

「行っちゃうんです」

 

 

 

遠征部隊出発当日。

 

遠征部隊が出発する前に見送りに来た隊員らと最後の言葉を交わしていた。

 

そんな中、刀也と加古は固有結界(ラブラブフィールド)をつくっており、話していた。

話を切り出した加古にやっぱりおどけて応えた刀也だったが、ムッとした後にしゅんとされたので失敗したと反省。

しかし良い慰めの言葉も月並みなものしか浮かばない。

 

 

自分より背の高い女の頭を撫でてやる。

 

 

「そんな顔すんなよ。帰ってくるって約束したろう」

 

 

優しげに、愛おしげに。周囲からの視線を固有結界で遮断しつつ。

 

すると加古は「そうね」と柔く微笑んだ。それが“二度と逢えないだろうけど、だから笑顔を覚えておいてもらいたい”というような気遣いに感じられて、たじろいでしまう。

 

 

「ふふっ」

 

 

刀也のそんな様子に加古は今度こそ本当に笑った。

 

 

「可愛いわよ、夜凪さん。……あんまり待たせ過ぎないでね? 私みたいな良い女、誰も彼も放っておかないんだから」

 

 

俺なんか放っといて幸せになれ、と言ったらどんな顔をするだろう。そんな事を考えたが、意地悪過ぎるため喉元に留めておく。

 

 

「…わかってるよ。俺も、おまえみたいな良い女を手放したくはないからな」

 

 

この言葉も月並みだ。師から教えられた名言集が役に立つのはこんな時だというのに、何も思い浮かばない。

しかし、それで良いのだとわかる。

 

これが、俺の言葉だ。他の誰でもない俺自身の。

 

 

「じゃ、行ってきます」

 

 

軽く、手を上げて加古に背を向ける。遠征艇の入口に歩を進めたところで「夜凪さん」と呼び止められ、振り返ったところでーーーーー

 

 

 

「ーーーーっ」

 

 

 

ーーーー唇を、奪われた。

 

 

 

数秒のそれに、わずかな名残惜しさを感じて。

 

 

 

「行ってらっしゃいのキスよ、ア・ナ・タ」

 

 

 

あっけらかんと言い放つ加古に「やっぱ敵わねえな」と嘆息する。

 

 

 

「それじゃあ飯を炊いて、風呂を沸かして待っててくれよ」

 

 

加古の言葉に乗っかって刀也もそう言った。

 

 

 

「ご飯にする?お風呂にする?それとも…、ってやつかしら?」

 

 

 

「そうそれ! ははは、今から楽しみになってきた」

 

 

別れ難いがゆえに、笑って別れる。永遠の離別ではない。だから刀也はまた笑んで「行ってきます!」と言うのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「……すごいですね、アレ………」

 

 

ため息混じり、冷や汗を流しつつ。村上は刀也と加古に視線を向けながら言った。

 

確かにすごいとしか言い様がない。2人だけの世界というやつだろう。周りの目などなんのその、と言った様子だ。

刀也は少し気恥ずかしそうだが、加古に至っては完全に世界に入り切っている。

 

周囲としては苦笑いで見ないフリをするしかない。

 

 

「ま、放っといてやってくれ」

 

 

クロウはそう言って、閑話休題とした。

 

 

 

遠征前の見送りとの会話はいくつかのグループに分かれていた。

刀也と加古、玉狛グループ、忍田と上層部連中、東とその弟子たち、B級仲良し組などなど。

 

 

「や、クロウさん。そろそろ出発だね」

 

 

クロウが太刀川ら攻撃手ランカーたちと言葉を交わしているところに現れたのは迅だった。どうやら三雲らとの話は終わったらしい。

 

 

「ああ。 思えば、おまえにもけっこう世話になったな。恩に着るぜ、迅」

 

 

「別にいいんだ、趣味だしね。 それよりクロウさん……俺の言葉を忘れないでね」

 

 

迅の未来視によると、世界が滅亡するらしい。

それを防ぐためにクロウと刀也は近界遠征に参加せねばならなかったのだと。

 

 

「2人揃ってなきゃ意味がない。どちらが欠けてもダメなんだ。……どうか助けあって、生き延びて、帰って来て」

 

 

 

クロウ・アームブラストと夜凪刀也。2人が揃ってゼムリアに行き、三門市に戻る。

そうしなければこの世界が滅ぶと迅は言う。

 

 

容易く言うが、困難な道である事は疑いようもない。

 

 

そも“ゼムリアに行く”だけでこれだけの労力が必要だったのだ。それに近界を渡り、ゼムリアの問題を解決して、さらに三門市に戻る…など無茶振りと言っても過言ではない。

 

 

「そろそろ教えちゃくれねえか。いったいどうして世界が滅ぶ? いったいなぜ俺と刀也がゼムリアに行けばそれが回避できる?」

 

 

核心。

 

世界が滅ぶ理由。クロウと刀也がそれを止められる理由。

 

 

それは、何なのか。

 

 

 

クロウの隣にいた太刀川や風間はぎょっとした顔をしている。

やはり聞いてはいなかったのだ。クロウや刀也が遠征を途中離脱するという話を伝えられていたとしても“世界の滅亡”なんてトンデモは聞かされていなかった。

 

おそらく知っているのはボーダーの上層部でも限られているはずだ。旧ボーダーの面子くらいだろう思われる。

 

 

しかし、太刀川や風間は知っておくべきだともクロウは考えた。

きっとこいつらが“世界の滅亡”に立ち向かわないわけがないから。

 

 

「……こっちか」

 

 

迅はわずかに目を細めて言った。この場でクロウがこの話題に触れる、触れないの未来は枝分かれしていたのだろう。

 

 

「……まあいいや。この際、太刀川さんたちも知っとくべきかな」

 

 

そう言って迅は簡潔に太刀川らにも説明する。

世界が滅びる可能性がある事。

それを回避するためにクロウと刀也はゼムリアに行ってもらわねばならない事。

 

 

「はっきりとはわからないよ。おれは会った事のある人の未来しか視えないからね」

 

 

「だけど」と迅は続けた。

 

 

「太刀川さんを視た。…戦って、負けて、死ぬ。 風間さんを視た。…戦って、負けて、死ぬ。 忍田さんを視た。…戦って、負けて、死ぬ。 ボーダーのみんな、戦って死ぬか、捕虜にされてた。街に出て市民を視てもそうだ。…死か隷属か。逃げだり地下活動する人もいたけど、明るい未来なんてない」

 

 

それが迅の見た“世界の滅亡”だった。この世界が何者かに支配される。そんな未来。

 

 

「きっとこれは、近界民の仕業だ」

 

 

異次元からの侵略者。その表現が正しく、それ以下はない。

 

 

「はっきり視たわけじゃないから推測になるけど、大規模な侵攻が始まる。四年前の第一次近界民侵攻、この前のアフトクラトルの第二次近界民侵攻とすら比較にならない侵攻…征服。ボーダーは負けて、世界も総崩れ………地球まるごと支配される」

 

 

トリガーは近界の技術であり、地球上ではボーダーが独占した技術だ。

記憶封印措置があるためスパイも難しく、他国に漏洩していないため、侵略国がボーダーという壁を突破できたら、それはそのまま地球の防衛ラインの突破とも言える。

 

 

「それを防ぐためにクロウさんとヨナさんにはゼムリアに行ってもらわなきゃならない」

 

 

「それがどう繋がるんだ」と太刀川は尋ねる。尤もな疑問であった。

 

クロウらがゼムリアに到達するのと世界の滅亡を防ぐのに直接的な関係はない。

 

 

「……おまえはさっき、行って、帰って来いと言った。……これはつまり、そういう事だな?」

 

 

ボーダーが地球の防衛線であるなら、それを突破させなければいい。

 

 

「たぶん、そう」

 

 

未来視で視たわけではないからか、迅の言葉は自信なさげだ。

だがクロウとしてはほとんど確信に至っている。

 

 

 

 

簡単な話だ。

 

 

 

 

侵略者に負けない戦力を追加すれば良い。

 

 

 

 

すなわち、ゼムリアの猛者たちを三門市に連れ帰り、防衛に加わってもらう。

 

 

 

 

と言った旨を説明する。

しかし太刀川らは疑問を抱きがちだ。

 

「戦力を足す……理屈はわかるが、いったいどうやるつもりだ?」

 

「遠征艇の問題もあるしな。それにボーダー総出で負ける相手に数人…多くても数十人か…、で勝てるのか?」

 

 

まあそれも、尤もな疑問である。

 

 

「遠征艇の問題は…わからねえが、戦力としては申し分ねえはずだ」

 

 

なんたってゼムリアは達人、超人、聖人、魔人なんでもござれの異次元だ。

エレボニア帝国だけでも《光の剣匠》、《雷神》、《黄金の羅刹》…etc……である。ゼムリア全土で見れば、そのクラスの達人も両手の指では数えられないだろう。

 

戦うなら騎神を持ち出す相手である。

 

 

 

そういった面々を召喚できれば世界の滅亡を阻止できるのでは…、と思うのだ。

 

 

 

☆★

 

 

 

「定刻だ。出発する」

 

 

迅らとの別れも済ませて、遠征艇に乗り込んだクロウ。座席に座って出発の時を待った。

 

 

緊張した面持ちで忍田が言う。

遠征艇の操縦を務めるオペレーターらがパネルやレバーを操作して数値を読み上げていく。

 

 

(ゲート)、開きます」

 

 

月見が言って間もなく、低い音がして円形の黒い孔が空間を穿った。

 

 

艇内を見渡すと何人かと目が合った。それぞれプレッシャーを感じているようだ。

刀也とも視線が交わる。クロウと刀也は頷きあって、

 

 

 

「出航だ!」

 

 

 

忍田の指示で遠征艇は飛び立つ。門を潜り、近界へ。

 

 

 

一瞬の後に、そこは星海になっていた。まるで宇宙の景色だ。

 

 

 

遠く、久遠の果てを見つめる。きっとそこにゼムリアがある。

 

 

己が故郷に帰るため。

 

亡き悪友のため。

 

その弟子のため。

 

ゼムリアの問題を解決するため。

 

三門市を、世界を滅びの運命から救うため。

 

 

 

我らが征くは星海の彼方。




やった!終わった!第一部完ッ!


今回『我らが征くは星海の彼方』は拙作『ワールドトリガー 《蒼の騎士》、軌跡の果てに』最終話となります(ガチ)。

エンドルート : 俺たちの冒険はここからだ!


近界編、ゼムリア編……と構想がもやっとある程度なので、更新するにしてもまだ先になると思われます。
ので、一区切りとして、ここで完結!という事にします。

また連載する時はしれっと再開すると思うので、思い出したら見てやって下さい。

ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました!


あと1話だけ幕間っぽい感じで短いのを出します。


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閑話
宣言


「オズワルト家当主、ヨルク・オズワルトである。四大領主の信任を得てこの場に立たせてもらっている。

 

我が国が“神の国”と呼ばれるようになって、幾星霜が過ぎただろうか……それは我らにとって誇りであり、また侮辱でもあった。

 

諸君らも存じている通り、我が国は“神”を厳選し、それゆえに強くなった!

しかし、いくら厳選しているとは言え、次世代の“神”が弱ければ民もまた選別され、切り捨てられていく。

 

……そういった悲劇で家族を失った者がいよう。友人を、恋人を、隣人を、失った者がいよう。

 

これは“仕方のない事”と割り切ってはならぬ!納得してはならぬ!理解してはならぬ!

 

悲劇は続けてはならぬ! 悪因は取り除かなければならぬ! 我らだけではない、子や孫の世代に“弱者切り捨て”という悪しき風習を残さぬためにもだ!

 

 

……しかし、どうすれば良い?

この近界にて、神の厳選は逃れ得ぬ宿業であった。

神は選抜せねばならぬ、市民の取りこぼしもあってはならぬ……

 

 

ーー故に、我ら四大領主は決断した。

 

神の要らぬ地への移住を。

 

 

しかしこれは我らが故郷を捨てるという意味ではない。希望者はこの世界に残っても良い。同じくこの地に残るベルティストン家当主が導いてくれるだろう。

 

先の遠征の結果、神の要らぬ地は我らの戦力を持ってすれば征服が可能と結論が出た。

 

皆の者、共に征こうではないか……明日を心配せずとも良い大地、親しい人々と共に笑い合える日々を得るために。我々の新たな安住の地を目指すのだ。

 

 

我々は、玄界へと侵攻する!」

 

 

 

 

 

 

 

☆★

 

以下文字数稼ぎの解説

 

 

“世界の滅亡”について最終話以前までノーヒントだったため、その理由についての説明会です。

 

アフトクラトルが玄界への侵攻を企て、実行する……というのが迅が視た“世界の滅亡”です。

ちなみに主導したのはアフトクラトル四大領主のひとつであるオズワルト家(オリジナル)当主で、他の領主2人を懐柔し、ハイレイン(ベルティストン家当主と本作では定めます)を嵌めて、決定したという設定があります。

 

玄界への侵攻が失敗したハイレインはガロプラの侵攻に合わせて再び雛鳥乱獲を企てるが、そこでもオズワルト家の工作により指揮系統が麻痺し、再度失敗。その責任を負わされて権力が衰えた……という感じです。

 

 

ハイレインらによる侵攻でボーダーは何とか三門市を守れたという印象でした。当時はボーダー隊員の登場キャラが少なく、2021年12月時点のボーダーの面子ならもっと楽に撃退できるのかもしれませんが。

 

しかし、それもアフトクラトルの全戦力が当てられれば敗北するというのが作者の見立てで、それに対抗するためにクロウと刀也がゼムリアから救援を呼び寄せる…というのが迅の未来視する活路でした。

 

 




やっぱ刀也の方が主人公ムーブしてんだよなぁ…
原作における三雲ポジが刀也で遊真ポジがクロウといった感じです。

刀也は最終話くらいでようやくクロウと並び立てる程度になりました。
その解決をするために頑張ったのでクロウよりやや主人公らしさが上回ってしまうという結果に。

しかし、刀也もようやくクロウと対等に戦える程度の強さと精神力を身につけたので、もし続きを書くことがあれば、その時はクロウが主人公らしい振る舞いをしてくれるでしょう。きっと。


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