道明寺ここあ「兄に彼氏ができたと告げてみた」 (バーチャルナマクラ)
しおりを挟む

道明寺ここあ「兄に彼氏ができたと告げてみた」

(バーチャルさん原作)初投稿です


「は? ここあ! その選曲はまだ早い!!」

 

 私の兄は過保護である。

 

 例えば今だってそう。カラオケでラブソングを歌ってみたら、こうして顔を真っ赤にして激怒している。

 

 具体的に例を挙げるとキリがないけれど、私の兄という生き物は事あるごとに私に様々な干渉をしてくるのだ。

 

「ここあが一番楽しいのは俺と遊んでいる時だけだ……」

 

 他の人と遊ぼうとすると、こうだ。

 

 ここまで来ると、シスコンを通り越して最早病んでいる。今はまだ「妹」を見る目でいてくれているが、もしかしたらそのうち「女」を見る目で私を見てくるかもしれない。

 

 多感な思春期であることを差し引いても、兄は少し病気で気持ち悪い生き物だと思うのだ。

 

 だから、少し距離をとってみよう。兄弟にしては近すぎる私達の距離を、少しばかり普通な距離にしてみよう。

 

 きっかけは、そんな軽い気持ちだった。

 

 

 

 

 兄との二人カラオケを終え、撮影した私の歌動画をニヤニヤして眺めている兄。実は私はY●uTuberをやっており、いつも兄が撮影した動画を編集してアップロードしている。

 

「あ、お兄ちゃん。ちょっと聞いて」

「どうかしたか、ここあ!」

 

 家に帰りついた後。兄は、カメラを充電しパソコンを立ち上げようとしている。今がチャンスだ。

 

 それは、何でもない軽い出来事の様に。私は自然な笑顔を作りながら、機嫌良く兄に語りかけた。

 

「実は今日、彼氏ができたんだよ」

 

 

 

 

 その日、兄は全治三ヶ月の重症で精神科に緊急入院しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事が有ったんだね~」 

「ハルカスらしい末路と言える」

「本当、ハル君らしいなぁ」

 

 緊急入院してしまった兄の後始末のため、私は翌日にゲーム部の部室に行って事情を説明する事にした。兄が入院したという噂が広がり、兄と同じ部活の面々が私を呼び出したのだ。

 

 因みに私は兄の1件に責任を感じてなどいない。妹に彼氏ができたから入院って、アホか。

 

「ハル君の容態はどうなの?」

「昨夜私が見舞いに行った時は……虚空を見つめて、『ここあ、ここあ。俺だけのここあ……』と呟いていましたね」

「それ、完全に末期ぽよ」

 

 そう言って呆れ果てながらピンク色のツインテールを揺らすのは、兄の同級生の桜樹先輩。

 

 『ぽよ』等と変な語尾をつけて色々あざといけれど、比較的まともな感性をしている人だと思う。あと、よく兄と仲良くしている印象の人だ。

 

「今日『嘘だよ、彼氏なんていないよ』って言ってあげなくていいの? それはちょっとハル君が可哀想だよ」

「そんなこと言ったって、私だっていつか恋人が出来るんですから。いい予行練習になるでしょう」

「まぁ妹離れする良い機会ぽよ」

「ただ全治三ヶ月は困るなぁ。ゲーム部、暫く3人で活動しないといけなくなるし」

 

 そう言って困り顔をする大人びた雰囲気の先輩は、夢咲先輩。兄が所属するゲーム部の部長で、ちょくちょくゲーム部が壊滅する原因を作る人だ。

 

 兄を含めてもこの部で一番の危険人物だと思う。

 

「部長、今日はみんなでハル君のお見舞いに行きましょうよ。みんなの力を合わせれば、きっとすぐ快復してくれます」

「ダメよリョウ君、病院内でポケモンするのはマナー違反だと思うわ」

「ポケモンする前提で話が進んでるし……」

 

 そして、今兄の見舞いを提案したのが風見先輩。一見まともな女生徒に見えるけど、その正体はメロンパンから産まれた神話生物だ。

 

 そして彼は女性に見えるけど、兄と同じく立派な男子部員である。

 

「と言うか良いこと考えた! ねぇねぇリョウ君、ここあちゃんとちょっと並んでみて?」

「ん? どうしたのみりあちゃん」

「二人並んでー、並んでー、はいチーズ!!」

 

 そんな風見先輩を眺めていたら。何故か桜樹先輩が私と風見先輩を並べて写メを撮影し始めた。

 

 いきなりどうしたんだろう。

 

「みりあちゃん、その写真どうするのさ?」

「ここあちゃんの彼氏はリョウ君だって書いて────送信!!」

「何て事をしてるの、みりあちゃんは!!?」

 

 

 

 うわ、何て事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りいいいぃぃぃぃぃよょょょょょおおおおおおううううう!!!!!」

 

 数秒後。部室の窓ガラスを粉砕し、兄が入院着のままゲーム部内に射出されてきた。きっと、精神病院の病室にも大穴が空いていることだろう。

 

「うわぁぁぁ!? もう来たぁぁぁ!?」

「お前の事は仲間だと、信じていたんだがなぁぁぁぁぁ!? そうかぁぁぁぁ、貴様はこの俺の敵だったかぁぁぁぁぁ!!!」

「ひぃぃぃぃぃ!! ご、誤解なんだよハル君! ほら、そこ、ここあちゃん居るから本当の事を聞いて!」

 

 なんて気持ち悪い生き物だろう。妖怪のようにおどろおどろしい顔で風見先輩にまとわりつく兄に、私は思わず溜め息を吐いた。

 

「ここあぁぁぁ、どこまでされたぁぁ? どこまで汚されてしまったぁぁぁ!? 全部全部、今から俺がリョウにやり返してやるからぁぁぁ!!」

「最後まで汚されたって言ったら、風見先輩と最後までヤるのかこのバカ兄」

「最後までだとぉぉぉう!!?」

「だから、僕は何もしてないよ!!」

 

 兄の思考回路が理解できない。何がしたいんだこの馬鹿は。

 

「安心するぽよ、ばっちり撮影しておくぽよ」

「んー、私はそう言うのを楽しむ趣味は無いかなぁ」

「僕の周囲には敵しかいない!!」

 

 そして、ゲーム部の仲間は既に風見先輩を見捨てている。この人達に情と言うものは無いのだろうか。

 

「お兄ちゃん。風見先輩は彼氏でも何でもないから」

「…………なにっ!?」

 

 これ以上、兄が人に迷惑をかけるのを見過ごすわけにはいかない。風見先輩を救うべく、私は兄に語りかけた。

 

「風見先輩とのツーショットは桜樹先輩の悪戯。私の彼氏は別の人だよ」

「…………ここあに彼氏など百年早い!!」

「もういるもーん」

 

 百年も経ったらお婆ちゃんになってるだろうが、私。

 

「た、助かった……、もうダメだと思った」

「ち、もう少しで面白いものが撮影できたのに」

「後で覚えておいてねみりあちゃん」

 

 兄と無言で睨み合うこと、数秒。やがて、兄は再び白目を剥いて痙攣を始めた。

 

 また、病院に搬送するか。

 

 

「待て。ここあ、頼む……。俺が、俺が正気を保てている間に一つだけ確認しておきたいんだ」

「……まだ意識あったんだ。何が聞きたいの?」

「お前の彼氏は……、良いやつなのか?」

 

 だが。兄は失神する間際、なんとか倒れ込まず踏みとどまって。再び虚ろな目を私に向け、話を続けた。

 

「お兄ちゃんには関係ないでしょ」

「……ある。だって俺は、お前の兄なんだ。兄は妹の幸せを何より願う存在なんだ!!!」

 

 そう言うと。兄は私の両肩をつかみ、血の涙を流しながら絶叫した。

 

「騙されてないよな!? 優しい男なんだよな!? 嫌なことされてないな!? 大事にされているんだな!?」

「ちょっ……、お兄ちゃん、近い」

「教えてくれここあ!! お前は……、俺と一緒にいるより、その男と居た方が幸せなんだな!!?」

 

 それは、魂の慟哭。

 

 大の男がみっともなく鼻水を垂らして大泣きしながら、私に抱きついて咽び泣いていた。

 

「……お兄ちゃん」

「ここあ、ここあぁぁぁ……」

 

 流石に、ちくりと罪悪感が胸を刺す。でも、これも良い機会だ。

 

 ここで、兄が私に彼氏が出来たことを納得してくれれば。次に本当に彼氏が出来た時も、きっと受け入れてくれるはず。

 

「うん、素敵な人だよ。お兄ちゃんよりずっとイケメン」

「……そうか」

「お兄ちゃんより背が高くて、優しくて、頭がよくて。それで真っ直ぐな人だよ」

 

「そうかぁぁぁぁ……」

 

 気まずいので、私は少し目を逸らしながら。兄に、理想の彼氏の特徴を述べて、はにかんでおく。

 

 これで、きっと兄も納得して────

 

 

 

 

「俺の同級生にここあを知っている人間は少ない。いや、むしろ徹底的に秘匿してきた。ここあと付き合うとしたら、恐らく同じ一年生同士」

 

 キラーン、と兄の目が怪しく光り。そして変なことを言い出した。

 

「俺より背が高い一年生男子……該当人数、23名。一年生の時の俺より成績がよくてかつ、背の高い一年生男子……該当者5名。かつ、この中で彼女持ちでない男子……3名」

 

 そして、何かの計算を終えた兄は。しゅた、と立ち上がって一年生の教室へと走り出した。

 

「一年生3人ぶっ殺せば確実にここあの彼氏を亡き者に出来るぜぇぇぇ! ひゃっほぉぉおおおお!!!」

「お兄ちゃんちょっと待ってぇぇ!!?」

 

 

 探っていやがった。あの馬鹿兄、私の彼氏の正体を探っていやがった。

 

 居ないから、その人たち無実だから。私の彼氏は空想上の存在だから!

 

「ハルカスを止めろぉぉぉ!!」

「ハル君待って!!」

 

 ダバダバと奇怪な動きで走り続ける駄兄。このままでは死人が出てしまう……、そうだ!!

 

「私の彼氏は同じ学校の生徒じゃないよー」

「何ぃぃ!?」

 

 兄は私の言うことを盲信する。なら、私が違うよと否定してあげれば良いだけ。

 

「なら、この町に住む学校に在籍していない男を皆殺しにするか」

「規模がとんでもないことになってる!!」

 

 一躍、兄が大量殺人犯になりかねない大事に。どういう発想をしているんだ、あの駄兄。

 

「が、外国の人!! 私の彼氏は黒人さんだよ!!」

「何ぃぃぃぃ!!?」

「チョイ悪ルックで硝煙の香り漂う、怪しい黒人男性なの!」

「ここあぁぁぁぁぁ!!? 騙されている、絶対に騙されているぞここあぁぁぁぁぁ! 今すぐにそんな危ない奴とは別れるんだぁぁぁ!!!」

 

 ……確かに。どれだけ怪しい人なんだ、私の彼氏。

 

 これはもう、無理かな。そろそろ、彼氏は私の狂言だって告白するか。結局、兄のシスコンは矯正出来なかったと言う事で────

 

 

 

 

 

 

 

 

「……道明寺ぃー」

 

 

 

 

 

 

 

 その時。

 

 兄と仲が良いらしいダークエルフの森に住むという肌黒い男が、部室のドアを開けて入ってきた。

 

「……黒人」

「どうしたんだ道明寺。そんな怖い顔して」

「背が高い。硝煙の香りがする。怪しい男……」

「ど、道明寺?」

「お 前 か あ あ あ あ ! ! !」

 

 

 直後、ゲーム部の部室は大爆発を起こした。兄がおもむろにロケットランチャーを床下から取り出しケリンを爆殺したのだ。

 

「ぶるああああああああああああああああ!!!」

 

 その凄まじい爆風に巻き込まれ、私達の学校は半壊する。そして凄まじい断末魔の声と共に、ダークエルフは空の彼方へと吹っ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

「……道明寺の奴、いきなりどうしたんだろうな」

 

 ダークエルフのケリンは慣れた態度で吹き飛びながら、友人の豹変ぶりをいぶかしむ。随分と落ち着いているが、それは彼にとって、爆発して吹き飛ぶのは日常茶飯事だからである。

 

「何にせよ、一人で吹き飛ぶのは芸がない。い●ながぁ!! た●しぃ!! 今からお前んちに墜落してまた爆発するから、準備しといてくれよ!!」

 

 手慣れた様子で、ケリンは自らの仲間達にLINEで空爆を予告した。二人の爆発仲間を連れて、ニ●ニコ本社を爆発させるのがお約束なのだ。

 

 だが、しかし。その返答は……

 

『いわいわいわ(ハーメルンの規約で実在の人物を登場させることは出来ないから、今回は遠慮します♪)』

 

「何ぃぃいいいいい!!?」

 

 そう。このサイトで実在する人物や組織をネタにしたり、フルネームで出したりしてはいけないのだ。運営している方に迷惑がかかってしまう。

 

「なら……なら、ニコ●コ本社を爆発させることも出来ねぇじゃねぇか!!」

 

 ケリンは頭を抱える。そもそも彼に、二次創作サイトで爆発オチなんてする予定なぞ無かった。だから、ネタを用意し忘れていたのだ。

 

「こうなったら仕方ねぇぇぇぇぇ、オチは弱くなるが許されそうでかつ、あんまり迷惑かけそうにない所に突っ込むかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 そう言って彼は、吹き飛ばされながらも自らの目的地を変えて──────

 

 

 

「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!!!!」

 

 

 

 ハーメルンの運営に突っ込み、大爆発を引き起こしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風見涼「至高のメロンパン、作ります!」

 その日。

 

 俺はいつもの如く授業を終え、悪い虫が付いていないかここあを影から見守り、兄思いのここあに気付かれてしまいビンタして貰った後、ようやくゲーム部の部室へと向かっていた。

 

 何の変哲もない、いつも通りの日常。闇の世界の王たる俺も、少々この平和な世界に馴染みすぎていたらしい。

 

 その時の俺は気づかなかったのだ。世界はいつも通りに進んでいると、この世界は平和だと、無様にも信じきっていた。

 

 

 

 

「あ、ハル君。お疲れ様ー」

「む? まだ、涼だけなのか」

「そうだよ」

 

 部室の扉を開けると、そこに部長やアホピンクの姿はなく。ニンテンドースイッチを片手に笑う同級生の風見涼だけが俺を出迎えてくれた。

 

「誰も居ないから手持ち無沙汰でさ。ねぇ、ハル君。ちょっとスマブラ付き合ってよ」

「ふっ……愚かな。最強にして覇者たるこの俺にスマブラを挑むとは。自信を打ち砕いてしまっても文句はいうなよ?」

「うん、ありがとう。GCコンはマリオ仕様が良い? ゼルダ仕様が良い?」

「あ、マリオで頼むぞ」

 

 涼も、誰も居ない部室で暇をもて余していたらしい。俺が顔を見せると、それはそれは嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 たまには男子部員同士、信愛を深めるのも悪くないだろう。

 

「じゃあ行くよ。ゲーム開始!」

「ふははははっ!! 闇のゲームの始まりだぁ!!」

 

 俺が少し調子にのって、高らかに『闇のゲーム』の開始を宣言した瞬間。

 

 

 ────世界が、歪に螺じ曲がった。

 

 

「……む?」

 

 周囲は漆黒に包まれる。先ほどまで間違いなくゲーム部の部室にいたのに、今は見渡す限り闇が広がっている。

 

「な、何事────」

「ゲームだよ?」

 

 コントローラーを握りしめ、冷や汗を垂らす俺の肩を涼は優しく叩いた。

 

「ハル君が言った通りの、闇のゲーム……」

「涼!? お前は何を言っている!?」

 

 思わず振り向いたその先に。目から光を失って、凄惨な笑みを浮かべる仲間(リョウ)がいた。

 

 

 

 

「ハル君、知ってる? お昼の事故」

「昼の……事故だと!?」

 

 涼は静かに、スイッチを起動する。スマブラのロゴが、闇に浮かぶモニターに映し出される。

 

「そう、交通事故。うちの学校の校門を突き破って、トラックが突っ込んできたあの事故だよ」

「そう言えば……、そんな事故もあったが! それがどうしたというのだ、運転手含めて怪我人は居なかった筈だ!!」

「まだ気付かないの? 実は、被害者が居たんだよ? ────ここに、ね」

 

 どくん、どくん。俺の鼓動が早くなってくる。

 

 どういう事だ。あの交通事故は、誰も死傷者がいないはず。まさか、嘘だろ。

 

 被害者だと? それが涼なのか? 実は、涼はその事故に巻き込まれ死んでいたとでも言うのか!!

 

 だったら俺の目の前にいる涼は……、まさか悪霊っ!?

 

「パン業者のトラックが事故ったせいで、購買にメロンパンが届かなかったんだ」

「しまったただのメロンパン中毒だコレ」

 

 この俺とした事が迂闊。そうだった、そういや事故を起こしたのはパン業者のトラックだと聞いていたじゃないか。

 

 ならば涼がメロンパン禁断症状に陥っている事など予想しておいてしかるべきだった。メロンパンが摂取出来ていない涼など妖怪変化の類いと変わらないのに、何故話しかけてしまったのか。

 

「今日は特別なメロンパン、ロイヤルスイートダイナミックメロンパンが入荷される日だったんだ」

「ロイヤルスイートダイナミックメロンパン」

「楽しみで楽しみで仕方なくてねぇ、今朝からずっとメロンパン断ちしてるんだよ僕は」

「おちつけ涼、あまり大した時間断ってないぞ今朝からなら」

「でも大丈夫なんだよハル君。今から僕はメロンパンを自分で作ることにしたのさ」

 

 ニヤリ、とハイライトの失せた目で涼は何かを取り出した。その手に握られていたのは、茶髪の人形。

 

「ハル君。これは何に見えるかな?」

「人形……? スマブラ風のフィギュアに見えるが」

 

 美少女フィギュアか何かか? 涼にはそんな趣味が有ったのか。

 

 ……だが、その時。道明寺晴翔の頭に、聞き慣れた声が響き渡った。

 

 

 

 

(お願い……気付いて! 晴翔君、私はここだよ!!)

 

 

 

「……まさかっ!! 部長? 部長なんですか!!」

 

 思わず、晴翔はその人形を凝視する。……見れば見るほど、その人形は夢咲楓にそっくりだった。

 

「そのまさかだよハル君。くくく、この闇のゲーム(スマブラ)に負けたプレイヤーは魂を封じ込められるのさ」

「何故だ涼!! 何故そんな事を!!」

「決まっているじゃないか」

 

 無惨な姿へと変貌した夢咲楓(ぶちょう)を前に絶望し、俺は涼に詰め寄った。

 

 だが、涼は薄ら笑いをしたままだ。

 

「真に美味しい究極にして至高のメロンパンを作るためには、大切な人の魂を生け贄にしないといけないんだよ」

「このメロンパンサイコがぁ!!」

 

 くそ、今の涼はメロンパンがキマってやがる!! 

 

 

 

(大丈夫、きっと涼君は邪悪なメロンパンに心を奪われているだけ。スマブラで涼君に勝てば、きっと正気に戻る筈よ!)

「分かりました部長!! この俺に任せてください」

(ふがいない部長でごめんね、でももう残る希望は晴翔君だけなの! みりあちゃんももう負けてしまって……)

「何ですって! ならまさかアホピンクもフィギュアに!?」

 

 あのアホもゲームの腕だけは確かなのに。流石はスマブラの達人、涼。じゃあ彼女の人形も涼が────

 

「これがみりあちゃんだよ」

「まさかのサーモン!!!」

 

 涼が虚空から取り出した『みりあ』とやらは、サーモンの寿司だった。

 

「部長の人形をミキサーですりおろして、メロンパンにかける粉にするのさ! みりあちゃんは、メロンパンの具になるんだよ! ふふふは、ハル君は何にしようかなぁ……」

「落ち着け涼!! 合わないぞ、絶対にメロンパンとサーモンは合わないぞ!」

 

 確かにみりあとサーモンはよく似ている。だからと言ってサーモンに魂を封じ込めなくても。

 

(……全身が魚臭い。生臭い。死にたい)

(こんな風にみりあちゃんはもう絶望に飲まれちゃったの。もう、晴翔君だけが頼りなんだよ!)

「流石にこれは悲惨だな!!」

 

 むぅ。この俺ともあろう者が、アホピンクごときに同情してしまったではないか。

 

「じゃあ、始めようかハル君。闇のゲームを、ね……」

「上等だぁ!! いくらお前の得意なスマブラだろうと、闇を冠した勝負でこの俺が負けるはずがない! 叩き潰してやるぞリョウゥゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱスマブラでリョウは無理」

(晴翔君んんんんん!!!)

 

 数分後、あっさり俺は敗北していた。残り1ストックまでは追い詰めることが出来たのだが……、その時点で体力差は大きく離れており逆転は厳しかった。

 

 ガチ勢が得意分野で本気で殺しに来たら、流石にちょっと分が悪い。これは仕方ない。

 

「ふふふ。これで至高のメロンパンは完成する────。じゃあハル君、罰ゲーム!!」

「ぐおおおおおおおおおおっ!!?」

 

 涼の掛け声と同時に、俺の身体が硬直する。やばい、身動きが取れない。

 

(もう終わりだわ……、闇落ちした涼君を止められる人間はもういなくなっちゃった)

(生臭い。いっそ殺してくれぽよ)

「やめろぉぉぉぉ!! 涼ぅぅぅ!!」

 

 目に光が灯っていない涼は、そのままゆっくりと鞄に手を伸ばして春巻きを取り出した。

 

 その春巻きを、無表情に俺に近付けてくる。

 

「ハル君はこれで良いかな……」

「せめて春巻きはやめろぉぉ!? 待て、落ち着け涼!! この通りだ、正気に戻れ!!」

「ハル君にはメロンパンの皮になってもらうよ……」

「違うぞ涼!! それを皮にしたら出来上がるのは春巻きだ!! このままだとお前はメロンパンどころかサーモン入り春巻きしか作れないぞ!!」

 

 やはり今の涼は正気ではない。人間はメロンパンをキメ過ぎるとこうなってしまうのか。

 

 だが、俺は負けてしまった。闇のゲームに敗北した者に未来はない。

 

 もう、ダメなのか────

 

 

 

 

「涼、聞いてくれ!」

「何だい? 遺言かな、ハル君」

「違う!!」

 

 

 

 

 いや! 闇の王たる俺は諦めない!!

 

 今は暴走しているが、涼だって俺達の大事な仲間なんだ。普段は誰より心優しい、ただのゲーム好きな男子生徒なんだ。

 

 だったら、俺は!!

 

「泣きの一回だ。もう一度、お前に挑戦したい!!」

 

 素直に正面から頼み込む!!

 

 

「ふふ、負けず嫌いだなぁハル君は。でも僕の勝利で決着した今、わざわざ泣きの一回なんか認める訳にはいかないよ」

「先週! スプラトゥーンでお前の泣きの一回、認めてやっただろうが!!」

「それはそれ。今は今だよ、ハル君」

 

 邪悪なメロンパンに取り憑かれた涼は、やはり乗ってこなかった。だが、俺は更に語気を強め頼み込む。

 

 ────思い出せ、涼。俺達の思い出を、友情を!!

 

「結局泣きの一回を受けてやってなお俺の完全勝利だったがな!! あれはとても楽しかった!!」

「今、負けたのはハル君だけどね」

「その前のギャングビースト対戦会も楽しかったな! 動画にもしたが、あれは凄く盛り上がった!!」

「……さっきから、何が言いたいの?」

「その前だって! 俺達は中学からずっと、一緒だった。そうだろう、涼」

 

 俺はそう言って、正面から涼を見据える。

 

「だって俺達は、友達じゃないか」

 

 ゆらり、と涼の瞳が揺れた。

 

 

 

「そうだね。ハル君は大事な友達。ハル君が大事だからこそ、至高のメロンパンの材料になるんだ」

「間違っている。それは間違っているぞ涼。メロンパンマイスターを自負するお前が、そんな簡単なことすら間違えるなど片腹痛い!!」

「僕は何も間違っていない。だってメロンパン(シン)サマは仰ったんだ、貴方の大事な人間を生け贄に捧げなさいって。そしたら、至高のメロンパンへの道は開かれるって」

 

 生気の無い瞳をこちらに向け、俺を春巻きにしようと近づく涼。

 

 そんな彼を、俺は思い切り笑い飛ばしてやる。

 

「随分とアホな神様が居たもんだなぁ!! メロンパン神を名乗っておきながら、ソイツはメロンパンの事をなにも理解していない!! それだけではなく、お前ほどのメロンパンマニアがそれに気付かないとは。実に嘆かわしい!!」

「……ハル君は何を言ってるのさ」

「知りたいか? 教えてほしいか!? お前が見落としている、大事な大事なメロンパンの要素を!!」

 

 これは賭けだ。

 

 涼の前でメロンパンに関してマウントを取るなど、普段なら絶対にやってはいけない愚行。だが、今の正気を失った涼に届く言葉があるとすれば、やはりメロンパンしかない。

 

「ふぅん。面白いねハル君は。言ってみなよ、僕が見落としている事とやらを。そんなものが本当に有るのならね」

「有るとも、涼」

 

 よし、食いついた。

 

 今の涼が邪悪なメロンパンに支配されていると言うことは、つまりメロンパンに関してなら簡単に挑発できる。

 

 そして、ここが俺の唯一の勝機。

 

 

 

 

「この前、お前が言ってたんじゃないか、涼。『友達と一緒に食べるメロンパンが一番美味しい』ってな」

「……っ!!」

 

 そう。それは学校の帰り道、涼のお勧めするパン屋で二人並んでメロンパンを買い、そして食した時。

 

 涼は笑顔で、確かに俺にそう言った。

 

「部長を、みりあを、そして俺を生け贄にして。お前はその、一番旨いメロンパンを食べることが出来るのか?」

「……それは、僕は、でも」

「俺はゲームが好きだ。オンライン対戦が好きだ。シューティングゲームが好きだ。だが、一番好きなのは────、友達と二人並んで、笑い合いながらゲームをする事だ」

 

 思い出してくれ、涼。メロンパンなんぞに負けるな。

 

 楽しかったあの瞬間を!! 陳腐な誇りをかけて俺と戦ったあの時を!!

 

「僕は……、僕は!」

「涼、泣きの一回だ」

 

 俺は、微かに微笑みながら。いつの間にか動くようになっていた両手で、しっかりと涼を抱き締めた。

 

「俺達は仲間だ。唯一無二の親友だろ? 思い出してくれ、俺達の熱い友情を────」

「……駄目。そんな事言っても。僕はそんな見え見えの誘いに乗ったりなんか……、ちょっと!!」

 

 ここだ。今の涼は、大分正気に戻りかけている。この機を逃して畳み掛ける時はない。

 

「この前は俺が受けてやっただろ。次はお前の番だ」

「は、ハル君」

 

 俺は動揺する涼の肩を抱き。恥を忍んで、泣きの一回を頼み入れた。

 

「お願いだ。1度でいい。後1度だけだ」

「……もう、ハル君は本当に」

「やはり、駄目か?」

「……いいや。分かったよ、じゃあ1度だけ────」

 

 そう答えた涼の瞳には、僅かに光が戻ってきていて。

 

 ────その次のスマブラ勝負は、俺が覚醒したのか涼が手心を加えたのか、俺の圧勝で終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スマブラ勝負が終わると、部長とアホピンクは速やかに人間に戻った。闇のゲームは終わったらしい。

 

「……暴走して申し訳ありませんでした」

「うん、涼君はちゃんと反省すること」

 

 そして正気に戻った涼は、魂を奪った女子部員二人に土下座した。早いところ、メロンパンの事になると性格が変わる悪癖は何とかしてもらわねばな。

 

 そして、今回の英雄たる俺は涼の隣で腕を組み高笑いしていた。

 

「……どうだぁ!! これが、この俺の力だぁぁぁ!! ふはははははっ!!」

「うん、格好よかったよ晴翔君」

「一回負けてた癖に偉そうぽよ」

「最後に勝った方が勝者だ!!」

 

 仄かな、女子たちからの尊敬を感じる。ふ、また強さを証明してしまったか。

 

「変な意味じゃなくてね、こういうの見ると男の子の友情って良いなぁって感じるね」

「てかちょっとホモ臭かったぽよ」

「それは貴様の目が腐っているからだ。俺と涼の関係はそんな汚れたものではないわ!!」

 

 俺は気持ち悪いことを言い出したアホピンクを一喝し、そして土下座している涼の顔を持ち上げた。

 

「お前もいつまで土下座している。とっとと立て」

「え、いや僕はまだ頭を……」

「そんな事はどうでもいい」

 

 そして。俺は涼にGCコントローラーを投げ渡す。

 

「次はスプラトゥーンで勝負だ。覚悟しろよ涼」

「……うん」

 

 そんな仲良しな男子部員二人を、部長は微笑ましく眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────所変わって。

 

「本当に行くのー? 黙っておいてあげよーよ美兎ちゃん!!」

「駄目ですよ。学校とは即ち勉学の場。ゲームをこっそり持ってきているなんて許してはおけません」

 

 廊下を歩く3人の美少女。

 

 1人は清楚然とした黒髪の少女であり、1人は猫耳を生やした眠そうな表情の少女であり、もう1人は金髪の快活そうな少女だ。

 

 その名も月野美兎、猫宮ひなた、そしてミライアカリ。この三人は、月野美兎を先頭にゲーム部の部室を目指して歩いていた。

 

「美兎ちゃんだってゲーム好きでしょ?」

「それとこれとは話が別です。委員長として、学校でゲームなんて認められません。私だって我慢してるのに」

「あ、ちょっと本音出た」

「何の事ですか? それより、いよいよ奴等の部室ですよ」

 

 ゲーム部、そう書かれた部屋の前に立ち。月野美兎は、キリと目をつり上げて宣言した。

 

「真の委員長たる私の前で、何者であろうと隠し事など出来ません。ゲーム部め、覚悟してください!」

「ゲーム部と銘打ってる時点で、もう学校側も把握してるんじゃないかなぁ?」

「だまらっしゃい!!」

 

 そして彼女はそのドアに手をかけて。勢いよく、悪名高きゲーム部の部室を開け放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ────そして彼女は、薔薇を見る。

 

 

 

 

「俺達は仲間だ。唯一無二の親友だろ? 思い出してくれ、俺達の熱い友情を────」

「……駄目。そんな事言っても。僕はそんな見え見えの誘いに乗ったりなんか……、ちょっと!!」

「この前は俺が受けてやっただろ。次はお前の番だ」

「は、ハル君」

 

 

 何だコレ。月野美兎は、部室のドアを開け放したと言うのに気にせず抱き合って見つめ合う二人の男子生徒を見て硬直する。

 

 何これ。何だコレェ!?

 

 

「お願いだ。1度でいい。後1度だけだ!」

「……もう、ハル君は本当に」

「駄目か?」

「……うん。分かったよ、じゃあ1度だけ────」

 

 

 

 ピシャリ。

 

 何か不吉なモノが始まることを察した委員長は、無言でゲーム部の部室を閉めた。

 

「ど、どーしたの美兎ちゃん? 私は中がよく見えなかったんだけど」

「ゲーム部の隠し事とやらは、暴けたの?」

 

 ゲーム部の中を覗こうと猫宮ひなたやミライアカリがピョンピョン跳ねているが、委員長は毅然とした態度で部室のドアの前に立ち塞がった。

 

「私で隠さなきゃ」

「美兎ちゃんどーしたの!?」

 

 その委員長の目は、暗く濁っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢咲楓「これはまさか……ラブレター!?」

「た、たたた大変よみんな!!」

 

 その日。

 

 僕達ゲーム部はいつも通りに、部室に集まってそれぞれの部活に興じていた。

 

「た、たたた大変なの!!」

「どうしたんですか部長。いきなりそんな大声出して」

 

 僕も終点0%ルイージ即死コンボの練習をしつつ、奇声を発して笑うハル君を眺めていたそんな折。いつも冷静で大人びている部長が、目を点にして大慌てで部室に駆け込んできたのだ。

 

「見て! 見て、ここここれ!!」

「何ですかそれは。手紙?」

「懸賞ですか? 伝説の色違いポケモンの抽選にでもあたったんですか」

「違うのよ!! これ、私の机の中に入っていた手紙で!!」

「はぁ」

 

 要領を得ないまま、僕達は部長が握っていた手紙を覗き込み……。

 

「こ、これは!! ラブレターぽよ!?」

「えええええ!?」

 

 僕達の部長・夢咲楓が恋文を受け取ったことを知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるじゃん部長、モテモテぽよ」

「いや、そういうのは良いから!! 私は真剣に悩んでいるんだよ!!」

「何かと思えば、恋煩いか。ふ、女子と言うのは実に気楽なものだな」

 

 がーん。

 

 部長は、誰もが認める美人である。優しく賢く親しみやすい彼女が、モテない筈がない。やはり、部長を好いている男子は少なからず存在するのだ。

 

「ど、どうするんですかそれで。部長は、その人と付き合ったり……」

「しないわよ! youtuberをやっている身としては、恋愛はご法度なのよ!」

「別にうちらアイドルじゃないぽよ」

「なら、何をそんなに悩んでいるんだ部長は。さっさと振ってやればいいだろう、断るつもりであれば」

 

 だが、幸いにも部長は誰かと付き合うつもりはないらしい。よかった、まだ暫くは────

 

「これ!! この手紙に書いてるんだけど、この人は付き合ってくれたら天然の色違い6Vマンダ交換してくれるって!! 何とかして口先だけで、付き合わずに彼のボーマンダ召し上げることはできないかなぁ!?」

「人間性を疑う発言ですよ部長。鬼ですか」

「だって!! こんなの絶対動画映えするじゃん!! と言うか素直に欲しい!」

「そんなに欲しいなら、こっそり付き合っちゃえばいいぽよ。動画やツイッターで匂わせなければ絶対ばれないぽよ」

「あ、そっかぁ。うーん……」

 

 な、悩まないで部長!!

 

「ソレで良いんですか!? たかがポケモンで好きでもない男子生徒と付き合うなんて!!」

「たかがポケモン!? 涼君、今何て言った? 言ってはならぬことを言ってしまったわね、ドラゴンダイブぶっ放すわよ!!」

「あっいえ……、そういう意味では……」

「弱気になるな、涼。間違いなく、お前の意見が正しいぞ」

 

 しまった。ポケモン大好きな部長に、僕はなんてことを。

 

「と言うか、相手は誰ぽよ? 部長に告白しようなんて身の程知らずは」

「うーん……、それが良く知らないのよね、この人。ゲーム部以外の人とはあんまり絡まないから……」

「やはり部長はぼっち……」

「違うから!! 単に覚えてないだけだから!!」

 

 いずれにせよ、酷いです部長。流石に一年以上付き合いのある同級生の名前が出てこないのは……

 

「俺達は知っている奴かもしれません。とりあえず名前を教えてくれませんか」

「いや、勝手に告白してきた人の名前を聞くのは失礼だよ」

「え、何で? えっと……、この手紙には網霧君? って書いてあるわね」

 

 部長は躊躇うことなくその男子生徒の名前を出した。鬼かな?

 

 だが。僕もその網霧君という名前に、あまり聞き覚えはなかった。少なくとも、同級生にそんな名前の生徒はいない筈である。

 

「俺は聞いたことがありませんね。ひょっとして学年が違うのでは?」

「でも、2年生って書いてあるよ」

「網霧……赤? こんな名前の2年生居たっけ」

「私も知らないぽよ」

 

 転校生か何かだろうか? いや、最近転校してきた生徒なんていない筈。よっぽど影が薄い人物なのだろうか?

 

「他校の生徒の可能性もありますね。部長は動画で顔が売れてますから、他校から告白しに来る男がいても不思議ではない」

「成程!! それは有るかもしれないわね」

「ハルカスにしては頭が良いぽよ」

「だったらダメですよ、なお更!! 他校の身のしらずの生徒と、ボーマンダの為だけに付き合うなんて!!」

「実質ボーマンダと付き合うようなもんか」

「そう考えるとアリな気がするわね」

「部長!!」

 

 ダメだ。そんなの、絶対に嫌だ。

 

「そんなに色違いが欲しいなら、明日までに僕が厳選して見せますから!! そんなに自分を安売りしないでください!!」

「えー……。改造とかチート使ったポケモンは要らないわよ?」

「天然物で出して見せますから!!」

 

 そんなに色違い6Vが偉いのなら、僕が死ぬ気で厳選して見せます。だから早まらないでください。

 

 そのよくわからない網霧赤とかいう男子生徒に貰わなくたって、僕が……。

 

 ん? アミギリ……アカ……?

 

 

 

 

 

 アミギリアカ。

 

 アカギミリア。

 

 

 

 

「……」

「ん? どうしたの涼君、急に黙り込んで」

 

 ……おい。このラブレターの主、もしかして。

 

「まぁ、涼君がそこまで言うならちょっと待ってみましょうか。この手紙の返事は、明日にすることにするわ」

「ま、それが無難でしょうな。涼、頑張れよ」

「ファイトぽよ~」

 

 そう言って愉しそうに僕を見据え笑う、みりあちゃん。

 

 おい、ふざけんな。よく見たら、手紙の筆跡もみりあちゃんのものじゃないか。何やってんだみりあちゃんは。

 

「じゃあ、今から厳選始めます部長。みりあちゃん、ちょっとこっち来てくれるかな?」

「ん? どーしたぽよ?」

「良いからちょっとこっち来てね?」

「ぽよよ~?」

 

 イラッ。

 

「い、痛ぁ!! ひ、引っ張るな髪を!」

「みりあちゃん借りてきますねー」

 

 僕は何やらしらばっくれているツインテピンクの髪を握り、引っ張って教室の外へ連行したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みりあちゃん、あの手紙何」

「あ、気付いてたのね。ぷぷぷ、部長の慌てっぷりが愉快痛快だったぽよ」

 

 悪戯好きな彼女は、ニヤニヤと笑みを崩さず悪びれた様子を見せない。

 

 とは言え、偽のラブレターは駄目だろう。こんな人の心を弄ぶ真似、悪戯を通り越してイジメに近い。

 

「あの手紙何。偽のラブレターなんて、部長が本気にしたらどうするつもりだったのさ。もしかしたら、部長が凄く悲しんだかもしれないんだよ」

「……いや。色違いポケモンあげるから付き合ってくれだなんてふざけたラブレター、即座に破り捨てると思ってたぽよ。あそこまで本気で悩むとかみりちゃん的に想定外だし」

 

 ……そりゃ、そうか。言われてみれば、そんなに悪辣な悪戯でも無い気がしてきた。

 

「あと、あの手紙は別に嘘じゃないぽよ。……その、私の端末でマジで色違い6Vマンダ生まれちゃってね~? 適当に理由つけて、部長にあげるつもりだったの」

「え!?」

「だから、多少悪質な悪戯でもマンダあげたら部長は許してくれると踏んで、あんな手紙出したぽよ。涼君の反応も見たかったしねー」

「……な、な、な」

 

 そう言ってみりあちゃんは、ニヤニヤと笑った。全く、この悪戯娘は本当にたちが悪い。

 

「で、だ。涼君、チャンスだよ」

「……え?」

 

 そして。みりあちゃんは僕の耳元に口を近付け、囁くように悪魔の知恵を吹き込んだ。

 

「涼君はこれから、私の3DSを借りてポケモン厳選をするんだぽよ」

「いや、もうみりあちゃんが持ってるなら厳選なんてしなくても────」

「自分の端末と私の端末、ダブルで厳選したと言って。私の端末にあるボーマンダを、部長に見せると良いぽよ」

「……みりあちゃん?」

 

 何を言ってるんだ、彼女は。そのボーマンダは、みりあちゃんが手に入れたもので。僕がその手柄を横取りしちゃうなんて────

 

「部長。このボーマンダが欲しければ、僕と付き合ってください。涼君はこのセリフを部長の耳元で囁くだけでいい」

「っ────!!」

 

 

 

 それは。

 

 

 

「部長のあの反応を見たぽよ? 下手をしなくても、絶対にうまく行く」

「あ、いや、でも。あ……」

「この貸しはでかいよ。特大の貸しだよ? 当然タダとはいかない、涼君はしばらくみりあの奴隷になって貰うことになるけど……ソレで良いなら、このボーマンダ譲ってあげる」

「ああ、ああああ……」

 

 それは、うまく行くだろう。おそらく、いや絶対にうまく行ってしまうだろう。

 

 絶対に成功する、告白の裏技みたいなものだ。

 

「さぁ、どうするぽよ? 私に首を垂れて幸せを手に入れるか。私の手をはねのけて、自分で確率の壁を超えるか」

「ぼ、僕は……」

「ま、私はどっちでも良いぽよ。人間、目の前のチャンスに飛び付けるかどうかで人生は大きく変わるけどね」

 

 グラリ、と理性が揺れる。部長の隣に居る、幸せな未来を妄想する。

 

 待て。落ち着け。それで本当に良いのか? 部長を騙すような事をして、恋人になって良いのか? でも、こんなチャンスはもう二度と────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『実質ボーマンダと付き合う様なもんか』

 

 その時。そんなハル君の言葉が、フラッシュバックした。

 

「いや。それはみりあちゃんが部長にあげてよ」

「む? それで良いのかぽよ?」

「うん。ハル君の言うとおり、それじゃ僕が部長の恋人になれたんじゃなくて、部長は実質ボーマンダと付き合った様なものだから」

 

 危ないところだ、何を迷っていたんだ僕は。そんな、モノで釣るような告白をして恋人になっても、その後が上手く行く訳がないのに。

 

「ふーん。ま、涼君がそれで良いならそーするぽよ」

「変に気を使わせてごめんね」

 

 そう言って、僕は部室へ向かうみりあちゃんを見送った。きっと、今から彼女は部長にボーマンダを見せに行くのだろう。

 

 きっと、僕は後悔しない。みりあちゃんの言う方法で実際恋人になれたとして、僕はずっと部長に嘘をつき続けないといけないからだ。

 

 そんな重荷を背負うのは真っ平ごめんである。

 

「……僕も行くかな。喜ぶ部長の顔、みたいし」

 

 そして、僕も一息ついて。ボーマンダを手に入れて満面の笑みになった部長を見るべく、みりあちゃんが入っていったゲーム部の部室の扉をゆっくり開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みりあちゃん! 最高!! 結婚しましょう!!」

「待てぽよー!! 違う、あのラブレターは悪戯で!!」

「悪戯だって構わないわ! 私がみりあちゃんを幸せにするのよ!!」

「ぎゃー!! 目がマジぽよ!?」

 

 扉の向こうは、百合の花畑だった。

 

「やはりアホピンクの悪戯か」

「あ。ハル君は気付いていたの?」

「あのアホピンク、視線が涼と部長をひたすら行き来してたからな。そんな事だろうとは思っていた」

 

 そんな二人の様子を、覚めた目で見ているハル君。思い返せば、彼はみりあちゃんの悪戯を察して乗っていた様に見える。

 

 ハル君も僕をからかってたのね。ちくせう。

 

「で? 涼よ、良いのかアレ。まさかの女子に部長を取られそうだぞ」

「ま、まあ冗談でしょ」

「いや。部長は割とマジだと思うぞ。レアポケモンを貰えた喜びのあまり、暴走している」

「えっ」

 

 見れば。顔を真っ赤に紅潮させた部長は、みりあちゃんに抱き付いて頬擦りしている。

 

 間違いなく、なつき度は最大だろう。

 

「ま、待て! 今、割と洒落にならないとこ触った……!」

「みりあちゃーん!!」

「ぬあああぁ!?」

 

 ……もし、みりあちゃんの提案を受け入れていればあそこに僕が居たんだろうか。ちょっと勿体ないことをした気がしてきた。

 

 まぁ、でも自分で選んだ道だ。いずれ僕が勇気を出して、自らちゃんと部長に想いを告げよう。

 

「2人の衣服が乱れてきたな。これ以上ここに居るのは無粋、今日は帰るとしよう涼」

「そうだね。部長、みりあちゃん、お疲れ様です」

「待てぽよ!! 私を置いていくな!! ちょっ……」

 

 そんなみりあちゃんの断末魔を聞きながら、僕はハル君と共に帰路についたのだった。

 

「御幸せに」

「アッぽよーーーーーっ!!?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────所変わって。

 

「また行くのー? 結局前回は何もしなかったのに」

「ええ。学校とは即ち勉学の場。不純同性交遊を見過ごしていく訳ではありません」

 

 廊下を歩く3人の美少女。

 

 1人は清楚然とした黒髪の少女であり、1人は猫耳を生やした眠そうな表情の少女であり、もう1人は金髪の快活そうな少女だ。

 

 その名も月野美兎、猫宮ひなた、そしてミライアカリ。この三人は、月野美兎を先頭にゲーム部の部室を目指して歩いていた。

 

「ねぇ美兎ちゃん、結局本当なの? その、ゲーム部の男子二人が付き合ってるって噂」

「残念ながら、私はこの目で見てしまいました。委員長として、一人の清楚として、あんな乱れた風紀を見過ごすわけにはいきません」

「でも、委員長だってムカデ人間とか……」

「何の事ですか? それより、いよいよ奴等の部室ですよ」

 

 ゲーム部、そう書かれた部屋の前に立ち。月野美兎は、キリと目をつり上げて宣言した。

 

「気軽に話題を稼ごうと、BL営業に走るなんてもっての他!! 同じyoutuberとして見過ごすわけにはいきません!」

「でも、委員長だって樋口楓さんと百合営業を……」

「だまらっしゃい!!」

 

 そして彼女はそのドアに手をかけて。勢いよく、悪名高きゲーム部の部室を開け放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ────そして彼女は、百合を見る。

 

 

 

 

「みりあちゃんの大切なもの(ボーマンダ)を貰ったから。今度はわたしの大切なものをあげるね────」

「…………(酸欠で失神寸前)」

「じゃあ明日には結婚式をあげましょうか、幸せにするよ、みりあちゃん」

「もー好きにしてぽよ……」

 

 

 

 

 

 

 ピシャリ。

 

 何かいかがわしいモノが始まることを察した委員長は、無言でゲーム部の部室を閉めた。

 

「ど、どーしたの美兎ちゃん? また扉を閉めたりして」

「まさか、またBL時空が始まってたの?」

 

 ゲーム部の中を覗こうと猫宮ひなたやミライアカリがピョンピョン跳ねているが、委員長は扉を固く閉じ開く様子を見せない。

 

「組み合わせおかしくありませんか!?」

「美兎ちゃんどーしたの!?」

 

 その委員長の目は、暗く濁っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。