ソードアート・オンライン ~幼き癒し人~ (ウルハーツ)
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本編 少女、求めた新世界へ

2017年 1月17日 構想開始

2019年 1月8日 【最終話】完成

2019年 1月11日 投稿開始

2019年 1月30日 【最終話】投稿予定


 世界初のVRMMORPG【ソードアート・オンライン】。仮想空間の中で現実の様なゲームを楽しめるそれはβテスト等の試験を経て1万と言う規定のユーザー数になる様に販売された。βテストに参加した1000人は勿論、残りの9000人がそのゲームを手に取る事が出来る様に。

 

 誰もが新たな技術に。現実とは違うゲームの世界に心を躍らせていた。しかしそれは開発者である茅場 晶彦によって一瞬で別の物へと姿を変えてしまう。仮想で有り乍ら現実と同じ様に、【ゲーム内の死は本物の死に直結する】と言うデスゲームに。そして解放される条件は100層も存在するゲームの舞台、アインクラッドの攻略……ゲームのクリアである。

 

 現実でもその事実は当然瞬く間に広がり、ゲームをしている者は皆一様に病院などへと運ばれる事となった。だが中にはゲームをする為に被るナーヴギアと呼ばれるそれを無理やり外され、死に落ちる者も存在した。そしてその出来事が【デスゲーム】と言う悪夢の様な現実を証明する事となってしまう。

 

 ある所に1人のまだ幼い少女が居た。その少女はデスゲームと化したゲーム、【ソードアート・オンライン】の存在をテレビ等で知りはしたものの何処か他人事であった。誰か知り合いや親族がそれに参加している訳でも、自分が巻き込まれている訳でも無い。だからこそ少女は唯純粋に【今の世界とは違う世界】に憧れを抱き、幼さ故にその世界に閉じ込められて今もクリアを目指しているのかも知れない人たちの事等考えもせずに思う。『私もその世界へ入りたい』と。

 

 ゲームをする為にはナーヴギアが必須であった。だがそれはまだ子供である少女が手に入れられるものでは無かった。ゲームのソフトも必要であり、少女はその世界に憧れはしても入れない事を理解していた。……その時が来るまでは。

 

「こんな物!」

 

「……」

 

 ランドセルを背に帰宅していた少女の目の前で、1人の大人がゴミを怒りから力任せに叩きつける姿があった。少女はそれを見つめており、見られていた大人は少女の存在に気付くと途端に嫌悪感を隠しもせずに見せ乍らその場を去って行く。相手が子供ならば気付かないとでも思っているのか、少女は去って行く大人の後姿を見送った後にそのゴミの場所へと近づき始める。……そこにあったのは変わった見た目のヘルメットと小さな四角い箱であった。そしてその箱に書かれているのはテレビで見た文字。

 

「ソードアート……オンライン」

 

 捨てた大人は購入したもののプレイする前だったのか、誰かが死んでしまったのか。それは定かでは無い。だが少女にそんな事はどうでも良かった。目の前にある2つを持ち帰り、ゲームを起動すれば最後。望んだ世界に入る事が出来る。もし家族が自分の状態に気付いても、起動してしまえば干渉など出来ない。

 

 どうやらヘルメット……ナーヴギアは叩きつけられたぐらいでは傷一つ付いておらず、少女は考え続けた後に意を決した様にそのナーブギアとソフトを持ち帰り始める。自分の手には大きいそれを少女は抱える様にして走り、帰宅してすぐに自室へと駆け込んだ。姉は帰って居らず、他に人の気配も無い事を確認した後に自分の部屋へと辿り着いた少女。ランドセルを放り、ソフトを開いて起動の仕方を必死に確認しながらやがて全ての準備を整えた時。少女は深呼吸をして、両手に持つナーヴギアを見つめる。

 

「これで、行ける」

 

 待ち望んだ現実とは違う新しい世界。少女はそれに今まで動きもしなかった顔の表情を僅かにだけ動かして、ナーヴギアを頭に被る。そしてまだ見える【今の現実】にさよならを告げ、これから来る【新しい現実】に入り込むための合言葉を呟いた。

 

「リンク……スタート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初にアバターを決める工程へ入る事になった少女。どうしようか迷った挙句、自分と似た様で少し違う存在を作り上げる事にする。少し短めに黒い髪を設定し、憧れから少し高い身長に。Nameは苗字と名前の頭文字を繋げ、その間に伸ばし棒を入れて完成。そうして『Welcome to Sword Art Online !』と言う文字が出た時、少女の視界は光に包まれ……目を開けばそこには見た事の無い世界が広がっていた。

 

「……」

 

 何も言う事無く唯目を輝かせていた少女はまず最初に移動でも無ければ情報収集でも無く、ログアウトが無いかの確認を行う。説明書にはあると書かれていたそこにログアウトのメニューは存在せず、少女はそれに笑みを浮かべた後にアイテムを開く。と、その中には手鏡が存在していた。作り上げたばかりの自分の身体だ、確認したくもなるだろう。少女はそれを出現させ覗きこむ……と同時に自分の身体が突然光り始めてしまう。

 

「……意味無い」

 

 光が収まった時、少女は鏡の中に映る宝石の様に綺麗な碧眼の少女と目が合った。伸ばした筈の身長が元に戻り、黒い髪も腰元まで。完璧に本来の姿に戻ってしまった事に内心少女は落胆しながら、その手鏡をしまう。そしてもう1度周りを見渡し、少女は何をしようか悩み始める。ゲームの内容については説明書で色々と読んだ為、敵を倒せばお金が入る事や宿等がある事は把握済み。これからこの世界で生きて行く以上、少女は最初に眠れる場所を作る事を決める。

 

「お金……稼がなきゃ」

 

 本来の子供なら考えるべきでは無い事だが、既に新しい世界で1人になってしまった現状。自分の分は自分で稼がなければいけない。少女はそれを理解し、初期装備として用意されていた武器を確認した後外へと出る事にした。そしてその先で待つモンスターを相手に狩りを始める事にする。中々見つからないが、それでも偶に存在するモンスター。少女は必要最大級の安全を確認しながら、それと戦い始める。

 

 戦闘はすぐに終了する。序盤の敵故に強さは殆ど無く、最初故に必要経験値が少ない。一気に経験値が手に入った事に少女は無表情のまま、それでも微かに口元を動かして次のモンスターを探し始める。

 

 しばらく時間が経った時、少女は手持ちの道具などを確認しながら自分の行動による報酬を感じ、これからについて考える。モンスターが居て、剣がある。ならやる事は1つ。世界の有り方に従って戦い、この世界で生きてこの世界で死んでいくのだと。そしてその目的を達成しようとした時、存在する大きな障害。……それはゲームのクリアである。

 

 閉じ込められてしまったプレイヤーの内、どれくらいの人がゲームクリアを目指しているのかは分からない。だがもしもクリアされてしまえば、少女はこの世界から解放されてしまう。そしてそれを嫌がった少女は、自分がこの世界で生きる上での大きな目的を決める。

 

「強くなる……そして、止める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女が現実から離れて数時間。帰って来た少女の姉は最初、妹の部屋を見て辛そうに表情を伏せながらも話しかける事も入る事も無く自分の部屋に籠ってしまった。だがその時間も夕飯に呼ばれた事で終わりを告げ、中に居るであろう妹に伝える為に扉越しに告げる。だが普段なら少しして開く扉が開く事は無く、それを不審に思った姉は恐る恐るその扉を開く。……そしてそれを見てしまった。

 

「そん、な…………嫌……嫌ぁ! どうして! 駄目ぇ! 久遠(くおん)!」

 

 テレビでナーヴギアを付けたまま目覚めない人の映像は何度も放送されていた。だが、姉の目の前に映ったのは画面越しでも無ければ知らない人でも無い。自分の妹が死んだら本当に死んでしまうデスゲームの中に入ってしまったと言う事実に姉は絶望し、駆け寄る。……しかし既に新しい世界に入ってしまった妹をそこから出す方法は、何も存在しなかった。



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少女、お節介な女性と出会う

 少女は何日も何日も、唯只管にモンスターを狩り続けていた。今の世界から解放される事を望んでいない少女は永遠に今の世界に残るか、何処かで死する結末しか望んでいない。だからこそ、死ぬのならそこでお終い。死なぬ限り世界の存続の為に強くなる事を望み、何かに憑りつかれた様に戦い続けていた。

 

「……!」

 

 背後から迫る脅威に気付いた少女は着ていた顔から体全体までを隠すブカブカの黒いフード付きコートを大きく揺らし、持っていた剣を白く光らせ乍ら振り返り様に横一閃。振り切った刃は迫っていたモンスターの身体を綺麗に切り裂き、徐々に光を失う。モンスターは結晶が砕ける様にしてその姿を消滅させ、それを確認した少女は剣をしまって安心する様に息を吐いた。

 

 ゲームを開始してから数日。少女は今までゲームの様な娯楽を殆どプレイした事が無かったが、周りや状況に合わせて理解し適応していく能力は人一倍高かった。だからこそ既に新しい世界に染まり、今の生活を満喫していた。圏外で唯モンスターを狩り続けるだけの日々。だがそれでも何処か充実した感情を抱く事が出来ていた。……心から思えているのだ、『今が楽しい』と。

 

 道具のメニューからポーションを出現させた少女はその蓋を開けて中身を飲み始める。先程倒したモンスターで周りに居た危険要素は最後だった様で、自分のHPが回復した事を確認した少女はモンスターを探して歩き始める。

 

 ふと少女は足を止めると、闇雲に歩くのを止めて向かう場所を決める事にする。場所の条件は敵が出て来て強くなれる事。それを考えた時、少女は『迷宮区』と呼ばれる場所の存在を思い出す。各層にボスが存在するこの世界で、そのボスに通じる場所の事である。様々なトラップがある中、宝箱等の簡単には手に入らない物も存在しており、何よりボスへと続く道の途中には沢山のモンスターが徘徊して居る。故にその危険度は外よりも高い。が、代わりに貰える報酬も当然高かった。

 

 フードに隠されたその表情は何も変わらない。が、少女は向かう場所を自分の中で決定すると歩き始める。迷宮区までの道のりの途中には、またモンスターが存在して居るだろう。後ろ腰に差した剣の柄を手に、少女は道中のモンスターを倒しながら進む。そうして辿り着いた迷宮区を前に、少女は臆することなく足を進めるのであった。

 

「? あれは……子供? 何で……まさか」

 

 そんな自分の後ろ姿を見ている存在が居る事等、少女は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の目の前には望んでいたモンスターが存在して居た。今まで戦ったモンスターは一様に猪の様な姿をした『フレイジーボア』。だが目の前に並ぶモンスターは明らかに違っており、蜂や鳥などを元にしたであろうその姿に少女は容赦なく剣を振り下ろす。

 

「凄い……」

 

 少女が振るう剣は少女が世界に来て数日、NPCから購入した何の変哲もない片手剣であった。だが振るう少女の背が低い為、その長さは身の丈に近い。それを意図も容易く振るうその姿は異様と言えるだろう。例えゲームの世界の偽物の身体であると分かっていても、それを見て居た者は驚かずにはいられなかった。しかしさも当然の様に少女は目の前のモンスターを倒した事で、剣をしまって歩き始める。

 

 子供の姿を確認した時、気になったのだろう。後を付けていたその存在は少女同様にフードを被りながらその後を追い始める。そして曲がり角を曲がった時、少し間を置いてそこを曲がろうとして……目の前に迫った刃に驚き、固まってしまう。

 

「何で、つけるの?」

 

「気付かれてたのね」

 

 その刃の持ち主は先程まで追っていた子供であり、話しかけられた事で性別も判断出来たのだろう。危険にも関わらず、何処か安心した様に溜息を吐くとその人物は被っていたフードを取る。見える様になったのは明るい栗色の長髪と優しい微笑みを浮かべた綺麗な女性の顔であった。年は少女よりも明らかに上であり、ゆっくりと膝を折ると少女と同じ目線になって話しかけ始める。子供と視線を合わせる為のその行為で少女はすぐに目の前の人物がどうして自分を追って来たのかを理解した。が、それでも少女は剣を引かなかった。

 

「貴女、お名前は?」

 

「……」

 

「警戒、してるのね。こんな世界だから、仕方無いか。……私はアスナ。貴女が迷宮区に入って行くのを見て、気になったからこうして後をつけて来たの。疚しい気持ちは無いから安心して?」

 

 質問に無反応のまま何も動かない少女を見て、アスナと名乗ったその人物は1人何かに納得すると今こうしてこの場に居る理由を説明し始める。少女が危険地帯である迷宮区に入った事で心配になったのだろう。少女はしばらく構え続けているも、安心させる為に見せた笑みを見続けるとやがてその剣を降ろす。そして鞘に納め、歩き始めた。

 

「ねぇ、1人じゃ危ないよ? 私と一緒に」

 

「お節介。1人で良い」

 

「え……ま、待って!」

 

 去り始める少女の姿に声を掛けるが、少女は一度止まって答えるとそのまま奥へと進んで行ってしまう。断られた事にショックだったのか、一瞬固まってしまうアスナ。だがすぐに我に返ると、少女を追って奥へと進み始める。

 

「着いて、来ないで」

 

「放って置けないよ。だから、!?」

 

 追い掛けて来るアスナの姿に抗議する様に言いながら足を速めた少女と、それに返し乍ら後ろを歩き続けるアスナ。するとそんな2人の目の前に突然モンスターが出現し始める。前後に2匹ずつ、合計4匹。すぐに少女は片手剣を引き抜き、アスナも腰に刺していたレイピアを引き抜いて構える。……最初に動いたのは少女であった。

 

 前方に並ぶモンスターに突撃して剣を振るう少女。アスナもそれに続こうとするが、後ろに居たモンスターが攻撃を仕掛けて来た事でそれを諦めて攻撃を回避する。そして隙を突いて深く一突きすれば、それは相手の頭上に存在するHPゲージを減らす。

 

「!」

 

「はぁ!」

 

 少女が振るった剣と、アスナが追撃で放った突きがお互いに相手をしていたモンスターの身体に傷をつける。HPを失ったモンスターは消えて行き、少女は間を置かずに次のモンスターへ。アスナも背後に居たモンスターを倒すために動き始める。その僅か数秒後には戦闘が終了し、アスナは武器をしまって一安心しながら少女の無事を確認しようとする。しかし既にそこに少女の姿は残って居らず、アスナは驚愕の表情を浮かべた後に少女を探し始めた。

 

 一方、お節介なアスナからモンスターを倒すと同時に逃げ延びた少女は安心した様に息を吐くと奥へ進むために歩みを再開する。道中で現れるモンスターはやはり外のモンスターよりも強い分、経験値などの量も多い為に少女はHPに気を配りながら安全に。そして確実に経験値を稼ぎ続ける。……少女は迷宮区に入ったら最後、帰る事を殆ど考えていなかった。そもそも外で狩りをして居た時から外で夜を明かす準備は行っていたのだ。故に奥まで来たら最後、道具などの在庫が尽きるその時まで帰るつもりが無かった。

 

 目の前に現れるモンスター。その姿に少女は僅かに隠れたフードの中で口元を動かしながら、剣を抜く。攻略を行う者を邪魔するのなら、当然その相手よりも強く無くてはならない。そして強くなるためには、その分他のプレイヤーよりも危険に立ち向かう必要があった。だからこそ、目の前の危険を喜びと少女は感じて……狩りを続けるのであった。



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アスナ、少女と友達になる

 このデスゲームに閉じ込められて後少しで1月。何時この世界から脱出することが出来るのか、私には何も分からない。だけど分かる事もあった。それは私がもう元の世界に戻れたとしても、今までの様に過ごす事は出来ないと言う事。

 

 それから私の視界に映るものは全て灰色に見えて、何もかもがどうでも良くなってしまった。考える事も止めて、唯圏外でモンスターを倒して……私は私自身を見失いかけていた。だけどそんな時、私はある女の子と出会った。顔も名前も分からないし年だって私より小さい事しか分からない。でもこの世界で出会ったのなら、きっとあの子も私達と同じ。

 

 最初はその姿を見て気になった所から。私よりも小さな子供が危険な場所へ入って行くのを見て、追い掛けて。女の子だと分かった時、私は思わず安心してしまった。今思えば酷い事なのかも知れない。自分よりも小さな子が、こんな恐ろしい境遇の中に居る事に安心するなんて。……だけど私は私よりも小さな女の子が戦っている姿を見た時、見えていた光景が色付いた様な気がした。

 

 この世界に来て絶望しか無かった私の心は彼女の存在に光の様を感じた。毎日我武者羅に戦い続け、日々を過ごして居た私にとってあの女の子は私が私で居られるたった1つの希望。そんな気がして、私は見失ってしまったあの子を探し続ける。でも迷宮区は広くて、簡単に見つけ出す事は出来なかった。

 

 もし、もしもあの子が私の様に自分を見失っていたら。そして何も考えずにモンスターを倒す為にここへ来たのなら……放って置けない。だから私は見失ったあの子を探して、迷宮区を駆け抜ける。出て来るモンスターは一様に外よりも強くて、でも気を付ければ何とか出来る。あの子を見つけて『守ってあげる』為に、私はここで倒れる訳には行かない!

 

「はぁ!」

 

 私は装備していた『プレーン・レイピア』を抜いて、目前の敵を倒す。きっと現実ならもっと恐ろしい形で絶命して、消える事も無くそこに死骸が残る筈。だけど何もその場に残さずして消えるその光景を見ると、この世界がゲームの中なんだと思い知らされる。

 

 今まで私は街に戻る事なんて考えもせずに何日も続けて外に居た時があった。だからこそ、こうして相手の事を思えた時。もしもあの子が私と同じ事をしていた可能性を考えると、私は自分がしていた事がどんなに恐ろしい事なのか理解した。強くなれると言う意味では良いかも知れなくても、常に周囲に気を配り続けて戦い続ける何て……きっと心が持たない。

 

「! 居た!」

 

 迷路の様な構造の迷宮区。その曲がり角を曲がった時、私の視界についさっきまで話をしていたあの女の子の姿が映る。剣を構えながら数体のモンスターに囲まれているその姿はピンチにしか見えなくて、私は一気に駆け出すとその内の1体を倒すために攻撃を仕掛ける。そして突然現れた私に顔は見えないけれど、明らかに驚いている彼女の横に立って私も武器を構えた。

 

「何で……」

 

「言ったでしょ? 放って置けない、って。強くなりたいのは私も同じ。でもそれで無理して死んじゃったら、駄目だよ」

 

「……」

 

 私は周りに居るモンスターを見てやっぱりこの子が無理していたのだと確信できた。1人で相手にするには明らかに厳しい現状。もし勝てたとしても、満身創痍になってしまいそうで、そこを襲われでもしたらきっとやられてしまう。表情が分からないせいで彼女が何を思っているかは分からないけれど、私はまず間に合ったことに安心出来た。そして次はこの場所を打開する為に、横に並ぶのではなく少女の後ろに立つ。

 

「背中は任せて!」

 

「はぁ……分かった」

 

 自分でも危ないと思っていたのかも知れない。私が言った言葉に彼女は聞こえる声で溜息を吐いて、でも了承してくれる。と同時に私達目がけて迫って来たモンスターに私と彼女は一緒に駆け出す。……そこからは少し大変だった。お互いに今日出会ったばかりだからチームワーク何て何も無い。一緒に戦って居るけれど、戦闘は別々で、それでも何とか倒しきった後。私は何日も外に出るつもりでいた事から多めに用意していたポーションを取り出して、彼女に1つ差し出す。

 

「はい、大丈夫?」

 

「平気。気にしないで」

 

「駄~目。ほら、飲んで?」

 

「……」

 

 彼女は受け取るのを拒否しようとする。だけど私にはしっかり、HPゲージがオレンジ色になっているのが見えた。だから例え嫌がられても、私は彼女に飲ませる覚悟でもう1度差し出す。飲まなければ何時までも私がこうしていると分かったのか、彼女は受け取ってくれるとフード越しにそれを飲み始めた。そして飲むために少し顔を上げた時、見えてなかった彼女の姿が微かに見える。何かこうして居ると、素直になれない妹を相手にしてるみたいで少しだけ心が軽くなった気がした。

 

「そっか……そう言う事なんだ……」

 

「?」

 

 女の子だからじゃない。自分と同じ境遇だからじゃない。この生きるか死ぬかの世界で、こんな優しい気持ちになる事に。癒されている事に、私は安心して居たんだ。色の無かった世界が綺麗になって、消えかけていた私が戻って来た。そしてそれはきっと彼女のお蔭。……なら私がしたいことは決まった。彼女を守って、彼女を助けて。そして彼女をこの世界から解放してあげる。

 

 決してこれは彼女の為じゃ無い。私は私の意思で、彼女を守ってあげたいから。彼女の存在は私の癒しになって、私はこの世界でも進んで行ける。その為に。そしてこの目的を叶える為に、まずは

 

「私と一緒に行かない?」

 

「行かない」

 

 彼女の心を開く必要がありそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女と出会うついさっきまで同じ様な事をしていた私が言える事では無いけれど、定期的にしっかりと街に戻って補給をする事は大事な事。死んでしまったら終わりのこの世界で、準備や道具の補給は絶対。だからこそ、目の前で籠ろうとする彼女に一緒に街へ戻る様に説得する事にした訳だけど……。

 

「危ないから、ね?」

 

「……しつこい」

 

 頑として彼女は移動しようとしてくれない。お節介なのも重々承知しているけれど、私も決めた以上絶対に彼女を守りたい。だから私は分かる様に溜息を吐くと、少女の傍から離れずにその場で待機する。何時敵が出て来るかも分からないから、座ったりはしない。傍で待機して居る私にフード越しでも分かる程に非難の目を向けて来るけれど、彼女が動かないのなら私も動く気は無い。

 

「何で、私に構うの?」

 

「心配だからだよ?」

 

「さっきも言った……1人で良い」

 

「うん、聞いたよ。だからこれは私のお節介」

 

「……」

 

 敵も出て来ない中、突然彼女から掛けられた言葉に内心で驚きと嬉しさを感じ乍ら私は答える。そして何故か人を拒む彼女に私は笑顔で初めて話をした時に言われた言葉を思い出して、返した。表情は見えないけれど、でも私の言葉に何かを考える仕草を始めた彼女はやがて歩き始める。今の場所に留まるのではなく、何処かに行くつもりらしい。だから、私もついて行く。

 

「何処に行くの?」

 

「……しつこいから、帰る」

 

「ふふ、そっか。私はお節介だから、ちゃんと帰るか最後まで一緒について行くね?」

 

「はぁ……勝手にして」

 

 彼女の向かう先を聞いた時、私は嬉しく思った。この世界に来て今日は何度も感情が動いてる。私のせいにされてしまったけれど、それでも帰る辺り。やっぱり素直になれない妹みたいで可愛く見える。……本当に鬱陶しいと思っているんだろうけど

 

 それから私と彼女は一緒にはじまりの街まで徒歩で戻る為に歩き続けた。道中に出て来る敵は彼女がまるで獲物を私に取られる前に取るかの様に倒していって、それでも複数の時は私も加勢に入って。ちゃんと安全である街の中に入るまで。そしてそこまでたどり着けば私が一緒に居られる理由は無くなってしまうけれど、私は絶対にしておきたい事があった。

 

「えっとこの辺に……あった!」

 

「? フレンド……友達?」

 

 1人でゲームをして居た私にその機能を使う時が来るとは思ってなかったけれど、それでもその存在だけは知っていた。『フレンド』。本来なら相手がゲームをしているのか、何処に居るのかを確認出来る機能。だけど今ではこのフレンド機能が相手の無事をすぐに確認出来る術となっている筈。無事に生きているのなら相手はログイン状態で、相手の名前が無くなってしまった場合それは……死んでしまったと言う事だから。

 

 説明書に書いてあったと思うけど、彼女も初めて見る表示だったらしい。流石にフレンドの意味は分かったみたいで、フード越しに首を傾げる彼女に私は笑顔で頷く。彼女は少し悩み続ける様にそれを見続けて、やがて『OK』を選択してくれた。そして私のフレンドリストに初めて乗る名前、『Ark』。アークで間違い無いと思うけど……女の子にしては変わった名前かな?

 

「これで私と貴女はお友達。改めて、私はアスナ。よろしくね?」

 

「友達……! くお……じゃ、無い。アーク。よ、よろしくお願い、します」

 

 ようやく聞けた彼女の名前。それに嬉しく思うと同時に今までと明らかに違う彼女の反応に思わず抱きしめたくなってしまう。『友達』って所に凄い反応したみたいで、私の名前にフード越しに目をキラキラさせてそうな雰囲気を出す彼女は私の自己紹介に緊張した感じで答えてくれる。……何はともあれこれで彼女の場所は把握出来る。この後私は彼女が泊まっている宿屋(私と場所は違った)にまで着いて行って、その建物の中に入るのを確認した後に別れる。そして私も宿屋に戻ろうとして……ある言葉にその足を止めた。『攻略会議』と言う明日行われるらしい言葉に。



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少女、世話好きアスナに困る

 初めて世界に入った時、アークは攻略する者の妨害をすると決意した。故に強くなる必要があり、毎日ソロでモンスターを倒す為に圏外へと足を進める……筈だった。

 

「スイッチ!」

 

「……」

 

 剣を手に、掛けられた声に反応を示さず後ろへと下がるアーク。そして入れ替わる様にして前へ出たのは数日前に知り合ったアスナであった。アスナはレイピアを手に鋭い突きを放つと、その切っ先は2人が対等していたモンスターの身体に突き刺さる。と同時にモンスターは消滅。その場に残るのは静寂のみであった。

 

 強くなる為に外へ出る。それは当然の行為だが、アスナはそれを簡単に許しはしなかった。勝手に外に出ればすぐに自分の元へと現れ、外に出る時には必ず自分に声を掛ける事と注意を受ける。それはまるで過保護な保護者の様であり、アークはそんな彼女の存在に複雑な想いを抱いていた。友達と呼べる存在の居なかったアークにとって今現在唯一呼べる友達、アスナ。その繋がりを切りたくはないが、自由に動けない事には不満を抱いていた。

 

「ふぅ、そろそろ帰ろっか?」

 

「……分かった」

 

 既に空は茜色に染まり始め、アスナはレイピアを鞘に戻しながら振り返って言う。アークは空を見た後に最近では見慣れて来た景色を見つめた後、静かに答える。2人が現在居る場所、そこは始まりの街がある1層では無かった。アスナと出会った次の日、アークは久々に早い時間に宿屋に戻った事で深く寝入ってしまっていた。起きたのは既に昼を過ぎていた時間であり、その日は結局街で外に出る準備だけをして終了。翌日、圏外で1人モンスターを狩っていたアークの元にフレンド機能を活かして現れたアスナが告げたのは1層のボスを攻略出来たと言う内容であった。1月近くクリアされていなかったボスが遂に攻略された。その内容に驚きを隠せなかったアークだが、アスナはそんな姿を嬉しさの余り言葉が出ないと解釈する。だがアスナの中に何か心境の変化があったのか、以降アークの傍に基本居る様になったのだった。

 

「……このままじゃ……」

 

「? どうしたの?」

 

「何でも無い」

 

 アークは1人危機感を覚える。攻略出来ないと誰もが思い始めていた1層が攻略された事で、様々なプレイヤーがボスを倒すために立ち上がってしまった。勢いがついた事で数日が過ぎた後に2層も攻略され、その勢いが収まらなければ数年で世界から解放されてしまう。それを止める為にも強くなろうとするが、攻略に加わっているアスナと共にでは上手く行く訳が無かった。強くなった分、共に居る彼女もまた強くなるのだ。更にアスナは攻略に参加している事でそれ以上に強くなる。そして何より、攻略組の妨害をする事もアスナが普段から一緒では出来ないのだ。

 

「はぁ……」

 

「……」

 

「明日は攻略会議があるから、一緒に居られないんだ」

 

 現れるモンスターを時々倒しながら、徒歩で帰る2人。何も喋らないアークを横に、アスナは小さく溜息を吐くと聞かれた訳でも無いのに告げる。ほぼ一緒故に解放される事で少しだけ安堵するアークだが、彼女が次に言う事はすぐに予想出来る為に歓喜とまではいかなかった。

 

「絶対に1人で外に出ちゃ駄目だからね! もし出たらお説教だよ?」

 

 過保護過ぎるアスナはアークが1人で出る事を許さない。フレンドの機能が相手の場所を簡単に記してしまう為、内緒で外に出る事も出来なかった。一度アスナの忠告を無視して外に出た事があるアーク。その結果、アークはアスナのとある行為によって反省せざる負えなくなってしまった。決して苦しい事でも辛い事でも無いが、それでも余り嬉しくは無いアークにとって面倒な行為である。

 

「そろそろ圏内だね。ご飯食べて、お風呂入って、明日に備えなきゃ」

 

「面倒」

 

「駄~目。1日1回はお風呂に入らなくちゃ」

 

 ゲームの中でも空腹を感じる事が出来る為、食事はしなくてはいけない行為だ。しかしお風呂に関しては余りアークは興味が無い様であり、一切入っていなかった。だがアスナと共に行動する様になって以降、アークがお風呂に入らないと知ったアスナは泊まっている宿屋をほぼ強制的に変更。何処で知ったのかお風呂のある宿屋へ泊まる様にさせ、それでも入ろうとしなかったアークを入れる為に一緒に入る様になっていた。アスナが居なければきっとお風呂に入る事をしないアーク。だがアスナが居る内は、許されない事であった。

 

「毎回1層に戻るのも大変だし、次の攻略が住んだらそろそろ新しい宿屋を探そうよ」

 

「何処でも良い」

 

「私が良く無いの。誰か良い宿屋知ってる人が居ると良いんだけど」

 

 現在2人が狩りをしている場所は5層。攻略は7層まで進んでおり、未だに2人は1層のとある宿屋に泊まっていた。層を移動する事はそんなに大変な事では無いが、それでも新しい拠点を考えてもそろそろ良い頃合いと感じたのだろう。アスナの言葉に興味無さげにアークは返すが、その対応に少々不機嫌そうにアスナが言うと呟きながら考え始める。攻略をするアスナ達の事を攻略組と呼び、アスナはそんな仲間の中に宿屋に詳しい者が居ないかと淡い期待を抱き始めていた。

 

 見えて来た街を前にアスナは考え事を止める。そして何を思ったのか、突然アークの片手を掴む。

 

「? 何」

 

「逸れない様に、ね?」

 

「……」

 

 決して多い人混みでは無く、そうそう逸れる事は無さそうな環境だが、アスナはさも当然の様に告げる。断る事も可能なアークだが、笑顔を見せて自分の手を引くアスナの姿にそれをする事は出来なかった。

 

 この世界で女性プレイヤーとは目立つ存在であり、故にアスナの姿は非常に目立つものであった。だが彼女が目立てば必然的に、そんなアスナに手を引かれる存在も目立つ。既に攻略組の中で力を見せ始めていたアスナが普段共に居る存在として、アークは知られていた。しかしその容姿はフードを被っている為分からず、分かる事と言えば少女であり子供であるという事だけであった。

 

 街の中を歩き、転移門と呼ばれる層を移動出来る場所へと辿り着いた2人。アスナがその前に立って「転移!」と言えば、手を繋いでいたアークも含めてその場から消える。到着したのは1層であり、そこから宿屋に向けて2人はまた行動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナの居ない日、外に出る事の許されないアークは宿屋の中で暇を持て余していた。宿屋の中で行える事は少なく、溜息を吐いた後にアークは徐に立ち上がる。ベッドの上に微かに乗っていた黒髪は下に落ち、メニューを開いて何時ものフード付きのコートを着用すれば、簡単に晒されていた容姿は隠れる。完全にその姿は外出している時のものであり、アークは窓の外を見た後に宿屋から外に出た。1層のはじまりの街から少しだけ離れた村の宿屋に泊まっていたアーク。まず最初に向かったのははじまりの街であり、到着するとすぐに転移門を使用。向かった先は昨日狩りをしていた5層であった。

 

「……?」

 

 転移してすぐ、視線を感じて周りを見渡すアーク。プレイヤーの姿は数える程だが、その中の数人がアークの姿を見て驚いていた。普段アスナと居る為に、1人で居る姿が珍しかったのだろう。中には話しかけようか迷っている者も居る中、アークに話しかけたのはアークが気付いていない別の人物であった。

 

「あ、あの!」

 

「……」

 

 背後から掛けられた声にアークは静かに後ろを振り返る。そこに立って居たのは1人の少女であり、何処か不安そうにしながらも少女は口を開いた。

 

「あ、あたしシリカって言います! それで、この子はピナです! きゃっ!」

 

 ツインテールを揺らしながら突然自己紹介を始めた少女、シリカ。そんな彼女が続けて紹介したのは小さな青い竜であった。じゃれているのか、自己紹介と同時に噛まれるその姿をアークは何も言わずに見つめる。まだ不安そうな姿を見せるシリカはアークの返しを待っている様で、しばらく無言が続いた後に初めてアークは反応を示す。

 

「……モンスター?」

 

「あ……えっと、ピナは色々あって、襲ったりはしないから安心してください!」

 

「……」

 

 圏内にモンスターは入れない。そんな常識を覆す様な光景にアークが質問すれば、シリカがすぐに安心させる為に必死な様子で伝える。その言葉を受けて黙っていたものの、静かにピナへ手を伸ばそうとしたアーク。何をするのかと少しシリカが焦る中、やがてアークの指がピナの身体に振れる。その瞬間、ピナは一瞬で反応してアークの指に噛み付いた。痛みは無く、唯指を噛み続けるピナの姿にフード越しに目を細めたアーク。目の前の光景にシリカはオロオロしながらも、何も出来ずに事の成り行きを見守っていた。

 

「何の用?」

 

「ふぇ? ……あ、えっとその……お話したいって思って……」

 

 アークはピナに指を噛まれたまま、顔だけをシリカに向けて質問する。突然の事に一瞬困惑し、すぐに我に帰ったシリカは恐る恐るといった様子でその内容を告げる。何が彼女をそうさせたのか、アークは分からず首を傾げるのだった。



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シリカ、少女が気になる

 この世界に閉じ込められてから、あたしは怖くて不安で仕方が無かった。知り合いなんか誰も居なくて、もしも死んじゃったらと思うと外に出る事も出来なくて。あたしは怯える事しか出来なかった。だけど1層のボスが倒されたって聞いた時、初めて外に出る決心をした。怖かったけど、それでもずっと怯え続けるのも嫌だったから。頼れる人なんか誰も居なくて、1人で絶対に安全だと思える場所を選んで戦って、少しずつでも強くなることを目指して。

 

 1人で外に出る様になって少しして、あたしはピナと出会った。ピナはフェザーリドラって言う小さな竜で、この世界で初めて出来た仲間。まだ出会ったばかりだから仲が良いとは言えないけど、それでも今あたしが唯一頼れる存在。攻略組の人達が戦ってるであろう時も、もっと下の層で安全にレベルアップすることを目指してピナと一緒に戦い続けた。……そんなある日、あたしは小さな噂を耳にした。

 

『攻略組に居る女性が度々幼い子供を引き連れている』

 

 女性ってだけでも珍しいのにその人は攻略組で、そんな人が子供を連れて歩いていたら噂になるのは当然かも知れない。大人の人が沢山居るこの世界で子供は数少なくて、その殆どの子達は1層に留まっている筈だった。女性の知り合いで、攻略の無い日は圏内を歩いているなら可笑しな事じゃ無いと思う。だけど噂の中にはその女性と一緒に圏外へ出たって話もあって、それはつまりその子が『戦っている』って事。攻略組の人が一緒に居ても、外に出るにはきっと勇気がいる。何時死んじゃうかも分からない場所に出るんだから、絶対に。あたしはずっと怖くて、それでもやっと踏み出せた。でもその子はどんな思いで外に出たのか……そう考えると、あたしは一度その子と話をしてみたいと思った。

 

 それは本当に偶然だった。4層から5層に上がる決意をして、長い間滞在するかも知れないからと街の中を回っていた時だった。転移門の傍を通った時、そこに現れたのはフードを被った人。それだけなら気にしないけれど、あたしが気になったのはその身長だった。明らかにあたしより小さくて、周りに居る人がひそひそと話し始める姿にその子が噂の子なんだってすぐに分かる。その子は周りを見渡しながら何処かへ行こうとしているみたいで、少し焦りながらもあたしは意を決してその子に声を掛けた。最初に呼びかけた時、ゆっくりと振り返って見える様になったのはフードの中に見える口周りだけ。何も喋らないで、あたしを見続けていて、あたしはとにかく話がしたくて自己紹介をする事にした。

 

「あ、あたしシリカって言います! それで、この子はピナです! きゃっ!」

 

 名前を名乗ってあたしの肩に居たピナの紹介をした時、ピナは近づけた私の指に突然噛み付いて来た。最初に比べて仲良くなったピナは、最近こうしてじゃれて来る事があってあたしは驚きながらも指を離す。自己紹介が出来た事で、あたしはその子の返しを待ち続けた。名前を聞けたら良いなって思って、でも返って来た質問はピナの事。

 

「……モンスター?」

 

 あたしはすぐにピナに危険が無い事を伝えて、そしたらその子は何も言わずに突然ピナに手を伸ばし始めた。ピナは仲良くなる中で噛み付く事が多かったから不味いと思ったけど遅くて、その子の指はピナに噛み付かれてしまう。このままじゃピナを怖がって話をしてくれないかも知れない! そう思って様子を伺っていた時、その子はピナに噛まれたまま要件を聞いて来た。余りにも唐突で、あたしは変な声を上げてしまう。

 

「ふぇ? ……あ、えっとその……お話したいって思って……」

 

 どうしても緊張してしまって、そんなあたしを見ながら首を傾げる姿にどうすれば良いのか分からなくなってしまう。すると突然またピナがその子の指から口を離してあたしに小さな攻撃をしてくる。まるで落ち着けと言ってるみたいで、あたしはその子の前だけど一度深呼吸する事にした。その子はあたしを何も言わずに待ってくれて、ようやく落ち着けたところで改めてあたしはその子に言う。

 

「お話したいって思って、声を掛けました」

 

「そう」

 

「その……良い、ですか?」

 

「…………ん」

 

 あたしの言葉に静かに頷いて、大丈夫なのかを聞けば少し考える様に黙った後にもう1度頷いてくれた。この場所で話し続けるのは流石に不味いと思って、あたしは街の中にあるお店に入る事を提案する。プレイヤーの人がやっているお店じゃ無いけれど、本当の喫茶店の様に注文も出来て席に座れる場所。とりあえずお互いに飲み物を注文して、窓側の席に座ってお話をする事に。でもいざお話をしようってなった時、あたしは何を話せば分からなくなってしまう。

 

「えっと、お名前は?」

 

「アーク」

 

「え? あ、あの、女の子……ですよね?」

 

 また緊張してしまいながらも何とか名前を聞こうとした時、あたしは言われた名前に動揺してしまう。まるで男の人の様な名前で、女の子だと思っていたから。でもその子はあたしの質問に頷いた後、徐にフードに手を掛けてそれを外した。見える様になったその姿は間違い無い女の子。真っ黒な黒髪に氷の様に冷たく青い目。無表情なんだけどその姿はとても愛らしくて、単純に言って凄く可愛かった。思わず言葉が出なくなっちゃうくらいに。でもその姿を見た時、あたしはすぐにある事を思い付いた。初対面で少し馴れ馴れしいかも知れないけど、お願いしたい事が。

 

「あ、あの! お姉ちゃんて呼んでくれませんか! ううん、呼んで!!」

 

 このお願いをした後に向けられたアークちゃんの冷めた目を、あたしはこれから一生忘れる事が出来ないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークちゃんとの出会いはあたしにとって凄く大きなものだった。ピナが相棒なら、アークちゃんは親友。あたしが勝手に思ってるだけかも知れないけど、それでもアークちゃんと過ごす時間はこの世界がゲームの世界なんだって、閉じ込められているんだって事を忘れられた。初めて会った時にお願いした事は未だに叶わないけど、それでも良い。何時も静かで無表情で、話す時も淡々としているけど、それがアークちゃんなんだって思えるようになったから。あ! それと、

 

「こうして、こう。ほら、凄く可愛いでしょ!」

 

「す、凄いですアスナさん! ほらアークちゃん、アークちゃん! こっち見て!」

 

 アークちゃんを通してあたしはアスナさんっていう人とも出会った。アークちゃんに話しかける切欠になった噂の最初に出て来た攻略組の女の人で、アークちゃんの保護者みたいな人。現実の知り合いじゃ無くて、あたしみたいにこの世界で知り合ったらしい2人はそれでも本当の姉妹みたいで最初は少しだけ羨ましいと思った。でもアークちゃんを理由にすぐに仲良くなれて、今ではこうしてアークちゃんの姿を見て一緒に語り合えるまでになった。そして今日アスナさんが見せてくれたのは、決して髪を縛る事無く降ろしたままリボンを後ろに付け、前も髪留めで左右バッテンを描く様に留めて出来上がったアークちゃんの姿。無表情で冷たい印象があるアークちゃんだけど、リボンと髪留めで親しみやすさと可愛らしさが増して何て言うか……凄く良い。

 

「遊ばないで」

 

「遊んで何か無いよ? 本気だから、ね?」

 

「そうだよアークちゃん! あたし達、本気でアークちゃんを可愛くしたいの!」

 

「シリカちゃん!」

 

「アスナさん!」

 

「……」

 

 冷たい目であたしを見るアークちゃん。でもあたしもアスナさんも、遊んでいるつもりなんて無い。本気でアークちゃんを可愛くして、心から幸せを感じたい。アスナさんの言葉にあたしが、あたしの言葉にアスナさんが互いに名前を呼び合って強い握手をする。アスナさんとあたし、きっと考えてる事は同じなんだ。横から来る凍える様に冷たい視線も、アスナさんと繋げた思いなら何にも寒く無い!

 

「面倒」

 

『きゅる?』

 

 諦めた様にアークちゃんが自分の膝に乗っていたピナへ何かを言って撫で始めるのを横目に、あたしとアスナさんはもっと可愛くする方法を話し始める。髪型は何も無いロングでも良いけど、こういった変化も新鮮でかなり良い。後はやっぱり、服装かな?



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少女、行方をくらます

 アークは困っていた。アスナの攻略会議の日、外に出れないが故に話しかけられたシリカと会話をした事。それが自分の首を絞める事になるとは夢にも思っていなかったからだ。シリカと話の最後にフレンドとなり、2人目の友達に驚きと喜びを感じたアーク。だがシリカはアーク以外にフレンドが居なかった様で、フレンドとなったアークと行動を共にしようとする事が多くなったのだ。不安を感じざる負えない世界で、自分より幼いながらも戦う仲間を見つけたのだから一緒に居たいと思っても不思議では無いだろう。アークはこの時初めて、この世界が現実とは違う故に友達の居ない人が自分以外にも沢山居るのだと理解した。

 

 自分と一緒に居る時以外は外に出ない様にと注意する過保護なアスナ。それだけでも自由が失われているのに、今度は何時でも一緒に居ようとするシリカと出会ったことで1人で居る時間は殆ど無くなってしまったアーク。アスナが攻略会議に参加している間も、シリカは攻略組では無い為ほぼ毎日の様に会いに来るのである。幸いな事は、アスナがシリカと共になら圏外に出る事を許可した事だろう。シリカが確実に安全な場所を回っていると聞き、彼女となら安心だと判断したのだ。故に経験値が少なくとも、レベルを上げる為に外へ出る事は何時でも出来る様になった。が、目的である攻略の妨害は更に遠のいてしまった。そして更に、そんなアークを焦らせる現実があった。

 

「……!」

 

「アークちゃん、どうしたんだろう」

 

『きゅるぅ……』

 

 アスナが攻略に出ているこの日、アークは普段の様にシリカと共に強くなる為に圏外へと出ていた。だが、アスナが攻略に出る前に呟いた一言がアークの頭の中に何度も木魂する。そしてそれが焦りを生み、アークは少々怖い雰囲気を出しながら目の前のモンスターを切り裂き、更に一歩前に出て他のモンスターを倒すために攻撃する。明らかに可笑しいその姿にもう長い付き合いであるシリカが心配そうに呟く。シリカの肩に乗っていたピナもまるで心配するような鳴き声を上げ、2人は唯々戦うアークの姿を見ている事しか出来なかった。

 

『次で50層。ここを超えれば、残りは半分』

 

 現在2人が戦っているのは30層。しかし攻略は現在49層まで進んでおり、次で50層。全100層で成り立つこの世界でそれは折り返し地点であり、単純に考えたアークは残りの時間が今までの時間では無いかと考えた。邪魔すると決めても邪魔することが出来ず、それでもまだ時間はあると何処かで油断していたアーク。だからこそ、半分まで来てしまったという事実に気付いた時、改めてアークは目的を思い出したのだ。そしてそれと同時に1つの覚悟を決める。

 

「……」

 

「あ、アークちゃん? そろそろ、帰ろ?」

 

 モンスターを倒し、剣をしまうアークの姿にシリカは不安を抱えつつも話しかける。既に空は茜色に染まっており、夜になるのも時間の問題だと誰もが分かる。が、アークはシリカの言葉に微かに振り返った後に前を向いて圏内である街とは違う方向へ歩き始める。そんな彼女の行動にシリカは焦りながらもその後を追う。徐々に暗くなっていく空。夜になれば、現れる敵は一部変わる。安全と分かっていても、何が起こるか分からない故にシリカはアークを説得しようとし始めた。

 

「もう暗いよ? また明日、朝になってから来ようよ」

 

「……嫌」

 

「嫌って……帰らなかったらアスナさんも心配するよ?」

 

 アークが明らかに可笑しい事をシリカはここでようやく確信する。アークが帰りたがらず、戦い続けようとする事自体は珍しい事では無かった。しかし、もう保護者と言っても良いアスナの名前が出れば渋々でも止めるのだ。アスナの為と言うよりは叱られないためと言った方がいいが、それでも名前が出れば確実に止める。それが普段のアークであった。だが今日この日、アスナの名前が出た時、アークは静かにシリカへ振り返った。

 

「私は、帰らない」

 

「え……」

 

 シリカは告げられた言葉に一瞬意味が分からず、小さな声を上げた。だが次の瞬間、アークは無言で何かを取り出す。それは輝く結晶であり、使用すれば登録した場所へ飛べる転移結晶と呼ばれる物であった。シリカが我に返るのとアークがそれを使用したのはほぼ同時であり、気付いて名前を叫んだシリカを前にアークの姿はその場から消えてしまう。突然の出来事に困惑し、アークが消えてしまった事に恐怖して焦るシリカ。一体何処へ飛んだのか? それを考えた時、シリカはすぐにメニューを開く。

 

「ふ、フレンドの現在地で! ……う、そ……そんな……」

 

 フレンドであれば相手の現在地が分かる。すぐにそれを思い出して確認しようとしたシリカだが、メニューを開くと同時に『Ark』と言う名前が消えてしまう。名前が消える理由は2つ。その相手が死亡した時か、フレンドを止めた時である。安心出来る事は、アークが転移結晶を使ったのを目の前で見た為に前者では無い事。しかし、アークがフレンドを切った今、彼女が何処に居るのかを知る術がシリカには無かった。

 

「そうだ! アスナさんなら分かるかも知れない! ピナ、急ごう!」

 

 自分では駄目ならば、自分と同じ様にフレンドであったアスナなら分かると考えたシリカはピナに告げると走り出す。肩に乗っていたピナは突然シリカが走り出した事で落ちそうになるも、すぐに鳴き声を上げると飛びながらその背を追い掛け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 49層へとやって来たシリカは自分よりも明らかに強い人達が居る街の中で、アスナの姿を探そうとする。既に時間は夜故に帰って来ている可能性は高く、また女性プレイヤーである故に目立つ存在でもあるアスナ。何よりも攻略組の中では有名人である彼女を探すことはそこまで難しい事では無いだろう。すぐに見つかる、そう思っていたシリカの考えは見事に的中する。が、アスナが見つかった理由は考えていたどれでも無かった。

 

「おい、あれ。あそこに居るの」

 

「血盟騎士団の副団長だ。でも、様子が変だぞ?」

 

 街の中のとある場所に出来た人混み。そこから聞こえて来るざわざわとした声に紛れて聞こえて来た内容にシリカは騒ぎの中心を確認しようとする。背が低い故にジャンプしても見えず、人混みを掻き分けて中へ。そうして見えて来たのは、地面に座り込んでしまって居る探し人……アスナの姿であった。

 

「う、そ……嘘だよね……こんなの、嘘だよね……」

 

 目は虚ろになり、唯呟き続けるアスナの姿にシリカは目を見開いて驚いた。仲間であろう人達がアスナの状態に困惑しながらも何とかしようとしているが、全ての言葉は彼女の耳に入って居ない様子である。一体何が彼女をこんな風にしてしまったのか? 考えた時、シリカだけがそれを理解することが出来た。だからこそ、シリカは近づけない為に声を上げる。

 

「アスナさん!」

 

「! シリ……カ……ちゃん?」

 

「アスナさん! アークちゃんは死んでません! 生きてます!」

 

 シリカの声に野次馬となっていた人々が注目する中、初めてアスナが反応を示した事でその周りに居た人達が驚く。そしてシリカがそのまま言葉を叫んだ時、アスナの虚ろだった瞳に彼女の意思が戻り始めた。座り込んでいた足はすぐに立ち上がり、目に見えぬ程のスピードでシリカの前へと出たアスナ。その肩を掴むと、シリカが余りの勢いと肩を掴まれた驚きに顔を歪める中でもアスナは口を開く。

 

「どう言う事! アークちゃんは、アークちゃんは生きてるの!?」

 

「は、はい! と、とりあえず落ち着いて下さい! アスナさん!」

 

 怖い程の勢いにシリカは怯えながらも落ち着かせる為に告げる。そこで初めてアスナは周りに注目されている事に気付いた様で、逸る気持ちを抑えると一度この場を納める事にした。心配していた者達も何とか戻った事で安心し、その後その場を後にしたアスナとシリカ。2人きりになったところで説明を聞こうとするアスナにシリカはまず自分の目的でもあった事を、答えが分かった上で確認する。

 

「アークちゃんが死んでしまったと思ったのは、フレンドから名前が消えたから。ですよね?」

 

「うん。もしHPが0になって死んでしまったら、フレンドの欄からその人の名前が消える。それは知ってたから。ねぇ、一体何があったの? 今日も一緒に居たんだよね?」

 

 アスナの質問にシリカは頷いた後、今日あった出来事を説明した。何時もと様子が違い、突然帰らないと言って姿を消した事。フレンドを解消して自分の位置が知られない様にしてしまった事を。

 

「何で、どうしてアークちゃんはこんな事を」

 

「分からない。でもアークちゃんはまだ生きてるんだよね?」

 

「はい。フレンドから名前が消えてしまったのはアークちゃんの意思で、死んでしまったからじゃないです」

 

 説明を終え、シリカの言葉を最後に無言になってしまう2人。だがやがてアスナは目を瞑って息を吐くと、切り替わる様に真剣な表情でシリカへ視線を向ける。

 

「探そう。アークちゃんを」

 

「で、でもどうやってですか?」

 

「アークちゃん、何時も戦おうとしてたよね? 強くなりたい、以外にも何か理由があるのかも知れない」

 

「理由、ですか?」

 

「うん。……それが何かは分からない。けどそれはきっとアークちゃんにとって大事な事なんだよ。だから探そう。探し出して、教えてもらうの。あの子の本心を、ね?」

 

 アスナの言葉にシリカは考える。今まで共に居て、それでも分からなかったアークの本心。それを知る為には、アーク本人を見つけなければならない。もしもアスナの言う通りに強くなろうとして外に居続けるならそれはとても危険な事だ。だからこそ、シリカは決める。自分に出来る限界はあるかも知れないが、それでもアークを見つけると。そしてその思いを聞きたいと。

 

「……私はアスナさんみたいに上の階層は探せないけど、自由に動けます。だから行けるところをこれから毎日、探します!」

 

「私も出来る時は彼方此方探して見る。必ず、見つけようね」

 

「はい、必ず!」

 

 2人はアークを探すという目的を新たに決意する。今尚1人で戦い続けているアークはそんな2人の決意を知る由も無く……そして時はまた流れて行くのだった。



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少女、アスナとすれ違う

「ひぃ!」

 

「……」

 

 空へと舞い上がり、地面へと刺さる武器を横目に腰を抜かす男性。そんな姿を見降ろし、まるで血に濡れた様に真っ赤な刀身の剣を手にするのはフードを被った背の小さな子供であった。誰が見ても異様としか思えない光景は、当事者である2人しか意味を理解出来ないだろう。決して剣を振り上げる事無く子供が真っ直ぐに男性へと向けた時、男性は向けられた剣と微かに見える子供の自分を見下ろす綺麗だが恐ろしい碧眼にその表情を恐怖で歪ませながら背を向けて走り出す。地面に刺さった武器は消滅し、残るのは男性のみ。子供はそんな姿を追う事も無く、見えなくなるまで見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、リズベット武具店へ! って、アスナか。いらっしゃい」

 

 48層、リンダースのとある店の扉が開かれれば笑顔を見せて出迎える少女。しかしその扉が完全に開かれた時、現れた客の姿を確認するや否やその表情に笑みは崩さないものの、その口調は少々フレンドリーに変わる。

 

「おはよう。早速何だけど、修理お願い出来るかな?」

 

「良いわよ。じゃ、ランベントライトを貸して」

 

 入店したお客であるアスナと少女の年齢は近い様で、故に崩した口調で会話をする2人。アスナは少女に用件を告げると、言われた通りに1本の細い剣を取り出す。少女が青い柄を手に引き抜けば、見えるのは真っ白な刀身。メニューを開き、何かを確認しながら作業に入るその姿を横目にアスナは店の中を回る。そこまで広くは無く、だが決して狭くも無い店の中のガラスケース、そのオブジェクトの中や壁には鍛冶屋である少女が作った作品が沢山並べられていた。

 

「結構耐久値が減ってるわね。そんなに時間は掛からないと思うけどどうする? 待ってる?」

 

「うん。何かもう、リズが作ってくれたそれ以外、使え無さそうだから」

 

「嬉しい事言ってくれるわね。じゃ、始めるわよ!」

 

 リズと呼ばれた少女。その正式な名はリズベットと言い、アスナは愛称で彼女を呼んでいた。そしてそんな彼女が作業に入ろうとするのを見ながら、やがて奥へと入って行く姿を見送るアスナ。リズとの仲は良い為、店の中にまで入る事を許されているアスナだが……中に入る事は無く、並んでいる武具を前にメニューを開く。そこには1通のメールが表示されていた。

 

「シリカちゃんから。……」

 

『アスナさん。昨日は連絡出来なくて御免なさい。1日中40層を回って、宿屋に戻ったらそのまま眠っちゃったみたいです。今のところ手掛かりは何もありません。今日は41層に行ってみたいと思います!』

 

「無理しないでね。私も今日は50層近くを探して見るよ……うん。送信」

 

 そこに書かれていた内容を読み、やがて返信を書いてシリカへと送ったアスナは窓の外に見える景色に目を細める。既にデスゲームが始まって1年半が経ち、攻略は59層まで進み、数日前まで突然近くで起きた圏内事件をとある人物と共に解決していたアスナ。攻略組では既に【閃光】と呼ばれ、誰からも頼られる程の存在になった彼女は未だに1人の少女をこの世界で探し続けていた。1層で出会い、その存在によって心を救われた1人の少女を。

 

「お待たせ。……また例の子の事でも考えてるの?」

 

「あ……うん。まだ見つかって無くて。今、何してるかな? って」

 

「どんな子か知らないけど、まだ生きてるんでしょ? なら絶対に見つかるわよ。はい、これ」

 

「そう、だね。うん。ありがとう、リズ!」

 

 アスナが預けた剣を手に戻って来たリズは様子の違うその姿にすぐに考えている事を見抜いた様に言った。アスナがとある人物を探している事をリズは本人の口から聞いて知っていたのだ。その相手の容姿や名前などは聞かされていないが、余程アスナにとって大事な存在である事だけは理解出来ていた。だからこそ、長く聞かされ続けて尚今でも探しているというその存在が気になりながらも元気づける様に告げた時。アスナは目を瞑ってから切り替えた様にして剣を受け取ると、代金を払ってお礼を言った後に店を飛び出す様に出て行ってしまう。何処に行くかは明白であり、リズは笑みを浮かべながらも溜息を吐いた。……その時、三度扉が開かれ鈴の音がなる。

 

「ようこそ、リズベット武具店へ……またあんた?」

 

 アスナが入って来た様に笑顔で出迎えていたリズだが、入って来たその姿を確認すると同時にその声が呆れを含み始める。アスナ同様、そのお客も常連に近い存在でありながらその用件が非常に特徴的な内容故にリズは何処か落胆しながらも決して嫌そうな顔はしなかった。

 

「で、今回は何本?」

 

「……」

 

 下半身まで続く長いコートを着たまま近づき始めるそのお客はやがてカウンターに立つと、メニューを開く。そして指で触れる度に現れ始める真っ赤な剣。それは1本や2本では無く、13本という驚きの本数であった。少々顔を引き攣らせながらも1本を手にその詳細を調べ始めるリズ。やがて出た結果に震え始めると、怒気を含んだ口調で話し始める。

 

「どうすれば3日でこんな耐久値になるってのよ! 乱暴に扱い過ぎよ!」

 

「……」

 

「あんた、一体どんな戦い方してんのよ? 私よりかなり小さいし、何層を回ってる訳?」

 

「……」

 

「まただんまり。はぁ、まぁしっかり代金は払ってくれるからやるけど、もう少し武器の事も考えなさい。直せれば良いけど、折れたらもう戻って来ないんだから」

 

 身長が低く、微かに見えるフードの隙間から自分よりも年下であると断定しているリズはお説教をする様に言う。しかし返って来る返事は無く、諦めた様に溜息を吐きながら武器を回収するリズ。鍛冶屋故に武器への思いが強いリズにとって、明らかに武器に無茶をさせている相手の戦い方が許せるものでは無かった様だ。だが何を言おうとも使うのは自分では無く目の前の存在故に、また来る可能性を考えながらも修理を始める為に店の奥へと入って行く。そしてその間、武器を預けたお客は店の中の武器を見て回る様に歩き始める。するとしばらくして、とある武器の前でその足を止める。それは壁に掛けてあり、明らかに自らの身長よりも長く強大な大剣であった。

 

「そんなの、あんたには絶対使えないわよ?」

 

「……そんな事、無い」

 

 アスナの時と違って本数はあったものの、素早く仕事を熟して戻って来たリズ。店の中で飾ってある巨大な剣を見上げているその姿に気付くと、剣を抱えながらも少し馬鹿にした様に告げる。だがそれに反応を示した事でリズは思わず持っていた剣を落としそうになった。実は今まで一度も声を聞いた事が無かったリズだが、今聞こえて来た声が明らかに女の子のものである事に予想はしていたものの間違い無く衝撃を受けたのだ。

 

「な、なら持ってみる?」

 

 動揺を隠せないながらも必死に普段通りにしながら少女に剣を持つか聞いてみる。今度は返事をしなかったが、それでも頷いて答えた少女。リズは持っていた剣をカウンターに乗せると、壁に掛けてあった大剣を持つ。並べてある物は全てリズが作ったものであり、彼女も重そうにしながらそれを少女に手渡そうとする。だが自分の背よりも大きな剣を簡単に持てる訳が無く、両手で柄と刀身を支えながらも渡された剣の重みに前へ後ろへとよろめき始めた少女。下手に落とせば大剣が傷つき、周りに当てれば他の物が壊れる故にリゼも冷や冷やしながらその光景を見続ける。っと、やがて少女はバランスを持ってしっかりと地に足を付けた。

 

「ふぅ。は? ちょ、何してんのよ!?」

 

「持て、る……から、振れ、る……!」

 

 フラフラな姿が安定したために安心したリズ。しかし次に行った少女の行動は、柄を両手で持って大きく振り上げる事であった。圏内故に斬られても傷を負う事も痛みも無いが、それでも大きな剣が振り上げられれば恐怖するのは当然。しかも持つ手はプルプルと震えており、そのまま振り下ろせば勢い余って店の床を抜いてしまう可能性すらあった。故に焦って止めようとするリズだが、時既に遅く少女は大剣を天高く突き上げて……振り下ろした。途端、リズベット武具店に悲鳴が木魂するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血染めの襲撃者?」

 

「あぁ。何でも攻略組を狙って現れるらしい」

 

「レッドプレイヤー……なの?」

 

「いや、それがどうも違うみたいなんだ」

 

 ある日、攻略会議を終えてアスナはとある青年と話をしていた。先月共に圏内事件を解決し、今では【黒の剣士】と呼ばれているソロプレイヤー……キリト。1層の頃、アークと出会った次の日に出会った存在であると同時に彼に沢山の助言を受けているアスナは彼の事を信頼していた。そんな彼に攻略会議の後に話があると言われ、やって来たとある店で聞かされた内容にアスナは首を傾げた後に真剣な表情で質問する。しかしアスナの質問にキリトは首を横に振った。

 

 アスナが言ったレッドプレイヤーとは、この死んだらお終いの世界で人を殺そうとする者達の事。だがキリトの説明では、その存在は決して殺しをしようとはしないとの事であった。HPを削ろうとはせず、狙うのは武器の耐久値。壊れるまで打ち合いを行い、戦う手段を無くさせて撤退を強制させる。容姿も性別も大きく深いフードに隠されており、分かるのは子供である事と襲われた者が見たその人物の碧眼。そして血の様に赤い刀身の剣を扱うという事だけ。

 

「子供……碧眼……」

 

「なぁ。俺はアスナが探してる奴の事を知らないけど、子供でこの辺りを歩ける奴はそういないと思うんだ」

 

「そう、だね。……ねぇ、キリト君。その人が現れたのは、何処なの?」

 

 聞かされた内容にあった子供の特徴に探し人であるアークの姿を思い浮かべたアスナ。リズの場合は早々圏外に出ない事から話をしていなかったが、キリトの場合は攻略組故に圏外へ出る機会も多く、その為彼はアークの特徴を聞いていたのだろう。はっきり断言はしないが、可能性はあるのではないかと暗にアスナへ促す。他に探せる手掛かりも無く、攻略組の妨害は放って置ける内容でも無いだろう。故にアスナは決める。その人物に出会い、その正体と目的を確認すると。キリトもその意思を理解したのか、頷き返すと最後に現れたと言う場所をアスナに伝える。

 

「61層の迷宮区だ」



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少女、アスナと再会する

「……」

 

 61層、セルムブルグは小さな小島であり、広大な湖をそこから見渡すことが出来た。夕日が沈もうとする中で見えるその景色は圏内に居る様々な人の目を奪う。そんな中、島を出た圏外からセルムブルグの方角へ視線を向けて同じ様に夕日を見つめる者が居た。フードを被り、手には真っ赤な刀身の剣を持つリズベット武具店へ訪れていた少女である。そしてそんな少女を狙う様に、1匹のモンスターがその背後に近づいていた。

 

「……邪魔」

 

 至近距離まで近づき、少女に襲い掛かろうとしたモンスター。そんな相手の行動と少女が振り返ったのはほぼ同時であり、恐らく少女の視界には自分を襲うモンスターの姿が間近で見えた事だろう。だが驚く様子も無く、少女は何事も無い様にモンスターの横を通り過ぎる。モンスターは襲おうとした体勢から動かず、やがて少女の姿がその場から消えた時、その身体は2つに分かれて消滅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話ではここで襲われたらしい。ここに来るまでに不審者は見なかったし、移動してる可能性もあるな」

 

 翌日、アスナとキリトは61層の迷宮区を訪れていた。目的は血染めの襲撃者と呼ばれる人物と出会う為。アスナと別れた後、キリトは襲われた現場やその周辺の情報を集めてここまでやって来たのだろう。彼の言葉にアスナは何も言わずにその場を見つめた後、今度は周りを見渡しながら少しだけ心配そうに口を開いた。

 

「もしあの子がここに居るなら、早く見つけないと……」

 

 アスナの中で、アークと言う存在は心の拠り所に近い存在であった。その存在に救われると同時に守ると決め、しかし突然居なくなってしまったが故にその拠り所を失ったアスナ。だがアークやシリカと居た数か月によって心を強くしていた彼女は自暴自棄になる事無く、今までこうして平常心でいられた。……だからこそ、初めて掴んだ手掛かりを絶対にアスナは確かめると決めていた。決して61層の敵は弱く無い。守るべき存在がそんな場所に居るのなら、今すぐにでも見つけなくてはいけない。そう考えて。

 

「調べて分かったけど、襲われた人は攻略組に【加わろうとして】ここを訪れたらしい」

 

「? じゃあ、狙いは……攻略組に戦力を増やさない様にする事?」

 

「正確には分からない。けど、少なくとも加わる事を諦めた人は居る筈だ」

 

 共に並んで歩きながら会話を続ける2人。やがてたどり着いたのは既に攻略されたボス部屋の扉であった。間にモンスターは現れたものの人の気配は無く、2人は顔を見合わせて溜息を吐く。

 

「もう、やっぱりここには居ないのかも知れないな」

 

「そうだね。なら、1つ上の……!」

 

「アスナ?」

 

 この場所には居ないと考え、諦めようとしたキリトとアスナ。だがアスナが喋っていた途中で突然口を閉ざした事にキリトはその名前を呼ぶ。すると突然アスナは口元に人差し指を立てて静かにする事を要求。キリトは訳も分からず、それでも黙り始める。っと、そんな彼の耳にとある音が聞こえて来た。それは固い金属の様なものがぶつかり合う時になる高い音。まるで剣と剣がぶつかり合う様な、そんな音であった。

 

「誰か、戦ってる……!」

 

「行こう! キリト君!」

 

 アスナが黙った事の意味をようやく理解した時、呟いた言葉でアスナもその音が空耳で無いと確信する。そしてその音がする場所へ向けて走り出し、後ろに少しだけ振り返ってキリトを呼んだアスナ。キリトも真剣な表情に変わると、アスナと共にその発生源に向かって走り始める。

 

 2人から少し離れた場所にて、1人の男性が必死な形相で攻撃を防いでいた。相手はモンスターでは無く人間、それも善良な存在である緑色のカーソルが存在する人間であった。顔も容姿も確認出来ない中で分かる事は、小さな身長と真っ赤な刀身の剣のみ。

 

「くそっ、何なんだよ!」

 

「……」

 

 無害な人間を攻撃すれば、忽ちプレイヤーのカーソルはオレンジ色に変化する。それは罪を犯した証であり、緑に戻さない限り街の中に戻れないなどの縛りを与えられてしまう。襲ってくる相手のカーソルは緑。故にその身体に一撃でも加えれば、自分が悪になってしまうが故に男性は攻撃を防ぐ事しか出来なかった。対する相手はその身体に攻撃する事無く、防ぐ武器ばかりを必要以上に攻撃し続ける。何度もぶつかり合う度に目視では確認出来ない場所でその武器の耐久値が間違い無く減少し続けており、0になれば最後その武器は崩壊してしまう。……それが狙いであった。

 

「……」

 

「アークちゃん!」

 

「!?」

 

「! 貰った!」

 

 1人が攻撃を繰り返し、1人が防ぐ事を繰り返す。そんな光景が駆け寄ったキリトとアスナの視界には映った。そしてほぼ反射的に、アスナはその姿に名前を呼んだ。突然聞こえたアスナのその声に反応したのは前者であり、顔は見えないもののアスナの方へと視線を向ける。っと、それを好機と思った男性が剣の腹で真っ赤な剣を力強く押し返した。勢いの乗った攻撃の連続故に反撃できなかったが、止まった事で可能になったのだろう。決して身体に当てる事無くその体を押し返せば、小さな身体は簡単に後ろへと転がる。

 

「……!」

 

「駄目!」

 

 だが転がった体をすぐに立て直し、飛び出す様にして男性へと襲い掛かろうとしたその姿にアスナが2人の間に入り込むと、その攻撃を自分の剣で受け止める。ようやく攻撃から解放された男性は訳が分からないと言った表情を浮かべるが、アスナは攻撃を抑えたまま「逃げて!」と男性に叫ぶ様に告げる。その言葉に困惑しながらも、男性は逃げ出し……その場には鍔ぜり合う2人とキリトのみが残った。

 

「アーク、ちゃん……やっと見つけた!」

 

「……!」

 

「何でこんな事、してるの? もう、止めよう? 一緒に、帰ろ?」

 

「! 嫌っ」

 

 その顔が見えなくても、アスナにはもう目の前の人物がアークである確信があった。キリトも探していた血染めの襲撃者がアスナの探し人であると理解し、その光景を見守り続ける。っと、鍔ぜり合いを続けながらもアスナは優しく語りかける様に口を開く。アークは押す力を弱め様とはしない故に、途切れ途切れになりながらも話すアスナ。だが最後の言葉を言った時、アークは明らかな拒否を示してアスナから距離を取る。

 

「アークちゃんが消えた理由は強くなりたかったから、だよね? どうして? どうして強くなりたかったの?」

 

 自分の身を守るためなら態々上の層へ行く必要が無く、攻略組に入りたいのなら自分に言えば力になれた。しかしアークはそのどちらでも無いと分かる行動をしていた故に、アスナは質問する。っと、アークは持っていた剣をしまって武器を手元から無くす。その行動にアスナは安心した様に笑みを浮かべて近づこうとし、再びアークの手に全く同じ剣が握られた事でアスナは目を見開いた。ゆっくりと自分に向けられる剣。その光景に、アスナは訳が分からず口を開く。

 

「アーク、ちゃん……何で……」

 

「私は……帰らない」

 

「どうして!? お願い、教えて! 私は知りたいの! アークちゃんの事! だから! !?」

 

 弱々しい声で剣を向けられた事に困惑する中、アークが言った言葉にアスナは悲痛な叫びの様に声を上げる。だがその時、アークは剣を片手にメニューを開くと何かを選択した。瞬間、アスナの目の前には1つの画面が現れる。

 

『デュエル申請を受託しますか? 対戦者『Ark』 1VS1 【初撃決着モード】』

 

「私が勝ったら……二度と関わらないで」

 

「! なら、私が勝ったら教えて。アークちゃんの思いも、全部!」

 

 アークの言葉に一瞬で切り替えを行ったアスナは、条件を告げてその画面に現れていた『OK』のボタンをタッチする。瞬間、2人の周りの雰囲気が変化した。2人がこれから行うのは決闘(デュエル)と呼ばれるプレイヤー同士が戦うシステムである。HPをゼロにしてしまっては死んでしまう為、そのルールには【初撃決着】と言うその名の通り最初の一撃を当てた方の勝利という条件が付いており、お互いが承諾しての戦闘故に攻撃をしてもカーソルが変化することは無い。

 

 アスナは持っていた武器、ランベントライトを一度空を切りながらも構える。対するアークも剣を前に向けた状態で柄を両手で持ち、アスナに対峙する。

 

「絶対、教えて貰うから!」

 

「意味ない。貴女には分からない、から」

 

「!?」

 

 アスナの強い言葉に静かに目を瞑って首を横に振った後、突然動き出したアーク。その速さは共に居た頃とは比べ物にならない程であり、アスナは驚きながらもその攻撃を受け止める。強い威力がぶつかり、2人の間を中心に風が吹き抜ける。アークの来ていたコートも大きくはためき、そのフードが偶然頭から外れた事でアスナの目の前に映ったのは、真っ黒な髪を揺らしながら睨みつける幼い少女の碧眼であった。その目に映るのは何処か戸惑うアスナ自身の姿。故にアスナは一瞬不安を感じてしまう。そしてそれを見据えた様に、アークは呟いた。

 

「……貴女には帰りたい場所がある。……だから、私の気持ちは分からない」

 

 デュエルはまだ、始まったばかりである。




実は今作品。今話最後の台詞を使いたいが為だけに生まれました。


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少女、アスナと決闘する

 振るわれた2本の剣がぶつかり合い、火花を散らす。体格差を考えれば有利な筈のアスナだが、ぶつかり押し合うその力は互角。故に驚きながらも負けずに押し続けた時、突然アークはその力を緩めて手前に引き始める。急な事で前に一瞬よろめいたアスナだが、今までの経験と咄嗟の判断によってすぐ横に武器を構えた時、アークの剣が吸い込まれるよう様にアスナの持つランベントライトとぶつかる。

 

「(強い……!)」

 

 今までの行動は数秒間に起きた出来事。ゲームの世界だからこそ出来る事であり、戦いの経験を積んだ者だからこそ出来る動きであった。アスナとアークの問題であり、2人の決闘故に何もせずにジッと見続けていたキリトは目の前の光景に内心驚いていた。攻略組を目指す者達を倒すのだから弱いとは思っていなかった。が、その強さは彼の想像していた以上だったのだろう。

 

「!」

 

 『閃光』の異名を持つ程に素早い攻撃を行えるアスナだが、続けられるアークからの攻撃に攻めに転じる事が中々出来ずにいた。アーク自身も分かっているのだ。アスナの持つ攻撃の速さで攻められれば、無傷ではいられないと。そして初撃決着故に1度でも受ければ敗北となってしまうからこそ、攻撃出来る隙を与えた時点で自分の負けになると。だからこそ、アスナが攻撃に転じられない様に攻撃を行い続けるアーク。ソードスキルも使用後の硬直を考えて決められる時以外は使えず、アスナは攻め時を。アークは決め時を探り続けていた。

 

 秒なのか分なのか、お互いに分からない程に時間が経過した時だった。意を決した様にアスナはアークが振り下ろした攻撃を剣で受けるのではなく、弾き返す。それはパリィと呼ばれる行為であり、タイミング良く弾く事で相手に大きな隙を作る事が出来る戦闘技術である。決して簡単に出来る事ではなく、パリィされたと同時にアークは隙を作らない様に距離を取ろうとする。不意ならば大きな隙を作っていた筈だが、いつかされる事は想定していたのだろう。だが離れようとしたアークにアスナが一気に迫る。

 

「これで!」

 

「! させない」

 

 ランベントライトを輝かせて接近するアスナとアスナの接近速度から逃げられないと悟り、同じ様に赤い剣を光らせるアーク。そしてお互いに振るった剣が触れ合った時、技と技のぶつかり合いによって地面が大きな風圧と共に土煙を発生させる。攻撃を当てる事が勝利に繋がる為、連撃を放ったアスナと、それを相殺する為に連撃で対応しようとしたアークのぶつかり合う甲高い音が何度も響き渡る中。やがて静かになると同時に煙がゆっくりと晴れていく。2人の姿を確認できる様になった時、キリトが見た光景は……

 

「私の勝ち、だよ」

 

「……」

 

 アスナの突き出しているランベントライトが防ぐ様にして構えられている赤い剣の刀身を貫き、その奥に立つ持ち主であるアークの肩を貫いていた。ゲームの世界故に痛みはない筈だが、それでも側から見れば痛々しい光景だろう。アスナの側で勝利を告げる表示が現れる中、貫かれた剣の刀身がその先から崩れていく光景を感情の無い瞳で見つめるアーク。勝者と敗者が決まった事で戦いは終わり、アスナはランベイトライトをしまうと同時に虚空を見ていたアークをその腕の中に抱きしめ始める。……アークの瞳に一瞬、微かに光が戻った。

 

「私はね、アークちゃん。貴女に救われたんだよ」

 

「ぇ……」

 

「この世界に閉じ込められて、自暴自棄になって。でもあの日アークちゃんに出会ったから、私はこうしてここに居られてる」

 

「…………」

 

「だから今度は私が救いたい。知りたいんだ、貴女の事を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮区から外に出たアスナのすぐ隣にはフードを被ったアークが下を向いてついて来ていた。逃げる気は無い様だが、まるで逃がさないとばかりにその片手はアスナに握られているアーク。そしてそんな2人の前を歩いているキリトはここに来るまでの間、2人を守る様に現れるモンスターを倒し続けていた。やがて圏内へと辿り着いた時、キリトはアスナに振り返る。

 

「俺はここで。今回の件は上手く誤魔化しておくよ」

 

「うん。キリト君、ありがとう」

 

「あぁ」

 

 キリトはアスナに言った後に何も言わないアークを一度見てからその場を去る。気を利かせたのだろう。アスナはキリトにお礼を言った後、再び歩みを再開すると61層の宿屋を探し始める。その際、絶対に風呂の付いた部屋でなければ納得しないのはアークが入っていない事を想定しているからなのだろう。例え汚れなくとも、1日1回は湯に浸かりたいと思うアスナには大事な事である。

 

「まずはお風呂に入ろ? 話はそれからだよ」

 

 宿屋を無事に見つけ出し、アスナはそう言って部屋の内装を確認した後にアークを連れて浴室へと入る。着ていた服をメニュー画面から操作して脱ぎ、下着の姿になった後にアークに振り返ったアスナは微笑みを浮かべながら声を掛ける。

 

「ほら、アークちゃんも脱いで? 一緒に入ろうよ」

 

「…………分かった」

 

 アスナの言葉に悩む様に無言で居たものの、諦めた様に了承するとアークも同じ様に脱ぎ始める。フード付きの服故に隠れていた肌が一瞬にして下着姿になった時、アスナは目に見えてその表情を笑顔に変えた。無表情のままアスナと目を合わせられないのか少しだけ逸らされる碧眼は浴室の中を彷徨い、細く白い精巧な人形の様に綺麗な腕が下着で隠された胸などを更に恥ずかしそうに隠す。アスナがその時感じた思いをアスナ自身、この時まだ理解出来なかった。だが後にアスナは知る。今目の前にある存在に感じた感情は世間一般に『萌え』と言うのだと。

 

 アークの手を引いて浴室の中心に入った時、下着姿から完全なる裸になった2人。何気なくアスナが暖かいお湯を出しながらアークに視線を向ければ、その柔肌が視界に映る。大事な部分は奇跡的に暖かいお湯が上げる湯気に隠れて見えないものの、その光景だけでアスナは幸せを感じ始めていた。明らかにアークに対して普通で無い感情ばかりを感じているアスナだが、それを指摘できる者はこの場に誰もいなかった。

 

「あ、アークちゃん。洗ってあげようか?」

 

「自分で洗う」

 

 その身体に正当な理由で触れる為、そして長い間洗われていないであろう事から気分的に溜まっている汚れを落とす為に提案したアスナだが、簡単にそれは断られてしまう。一緒に過ごしていた時期の間も同じ様に提案したことがあるアスナだが、今と同じ様に尽く断られていた。無理に触れようとすれば場所が場所な為に同性であっても『ハラスメントコード』が出てしまう為、断られればアスナは見ている事しか出来なかった。

 

「……」

 

「……」

 

「…………見過ぎ」

 

「ちゃんと洗ってるか確認しなくちゃ心配だもん」

 

 アークの身体を洗う事を諦めたアスナは洗っている姿を唯ジッと見続け始める。小さな手で自分の腕を洗うその姿は確かに微笑ましいものだが、視線を感じたのかアークが指摘すれば動揺する事も無くさも当然の様に答える。目を細めてジト目になりながらアスナを見るも、微笑み返すだけで止める気はなく、アークはやがてため息をついて自分の身体をしっかりと洗い続けた。

 

 その後アスナも自分の身体を洗い、湯に浸かった2人は気分的にも完全に綺麗になって入浴を終える。そして宿屋のベッドに向かい合う様に座った2人。先ほどの様にほのぼのとした雰囲気は無く、アスナは真剣な表情で口を開いた。

 

「約束通り、教えて。アークちゃんが抱えてる事。どうしてそこまでして強くなりたかったの?」



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少女、理由を語る

 アスナの質問にアークは黙ったままであった。だがすぐに答えない事はアスナも想定済みであり、決して引く事無くアークへ強い視線を向け続ける。誤魔化すことも有耶無耶にする事も出来ないのは雰囲気から一目瞭然。アークは目を瞑って覚悟する様に息を吐くと、アスナに視線を合わせた。

 

「……帰りたく……無かった」

 

「それは、私達のところにって事?」

 

「違う。……現実に」

 

 告げられた言葉に最初、アスナは嫌われてしまっていたのかと辛そうに聞き返す。だが帰って来たのはアスナが思っていた事とは大きく違う、驚愕の答えであった。攻略組を始め、この世界に居る人々は皆が元の世界に帰りたがっている筈。そう、何処かで思っていたアスナ。だからこそ、目の前で【帰りたくない】と考えている存在がいる事に驚きを隠すことが出来なかった。だが今まで決めつけていただけで、そう考える者が居るのも決して可笑しな事では無いとすぐにアスナは理解する。

 

「強くなって……攻略を止める。……それが、私の目標……」

 

「そう、思うのは現実に何かがあるから……なの?」

 

 今現在居るゲームの世界に置いて、現実についての話をする事はマナー違反と認識されていた。しかしアスナはアークがそう思ってしまう理由について聞かずにはいられず、質問してしまう。幸いだったのは、アークがその認識を知らなかった事だろう。再び目を瞑りながらもやがて静かに頷いた光景を前に、アスナはそれ以上聞くべきか悩み始める。本心ではどうして帰りたくないのかを聞きたくて仕方無いものの、それを聞く事は他人が入ってはいけない領域への1歩を踏み出すのと同じ事。悩み続けるアスナを前に、そんな常識もアスナの葛藤も知らないアークは聞かれた事に答える様に語りだしてしまう。

 

「お姉ちゃんが……人を、殺した」

 

「え……」

 

 突然告げられた言葉にアスナは驚きと共に今度は何も言葉を発することが出来なくなってしまう。だがアークはそんなアスナの驚く顔を前に首を横に振って、すぐに否定する様に続けた。

 

「お姉ちゃんは何も悪く無い。……強盗が来て、お母さんと私を助けようとして……でも皆、お姉ちゃんは人殺しだって……違うって言っても、皆……」

 

 下を向いたまま徐々に開いていた手が強く握られ始め、普段は見せない怒りの様な雰囲気をアークは見せ始める。

 

「皆私から離れて……避ける様になって……それでも良かった。……お姉ちゃんは悪くないから……でも」

 

 悲痛な面持ちで無意識に握り締め続ける拳。だが突然その力が緩み始めると、アークは顔を上げるとアスナと視線を合わせた。

 

「お姉ちゃんに、言われた……『私に近づかないで』って。……それから話もしてくれなくなって……お母さんもあの日から可笑しくなって……」

 

 今まで変わらなかった無表情なアークの顔は今でも変わらない様に見えた。しかしアスナは話を続けるその姿が余りにも辛そうに見え、やがて話の途中にも関わらず立ち上がるとその頭を自分の胸に当てる様に抱きしめ始める。唯静かに頭を撫でて優しく、「無理しなくて良いよ」と告げて。泣く事も無くアスナの腕に抱かれたまま目を閉じ始めたアーク。やがてアスナの腕の中でアークは眠りに付いてしまう。今まで1人で行動し、戦って来た彼女はゲームの中であろうと関係の無い人の温もりに安心したのかも知れない。アスナは優しくアークをベッドに横にすると、その隣に横になった。

 

 見た目からしても、アークは現実でまだ小学生ぐらいの年頃だろう。それも3,4年生ぐらいと大きいとは決して言えない年頃だ。アスナから見ても間違い無く子供であり、だがその抱える内容の大きさに戸惑わずにはいられなかった。話からして事件に巻き込まれた事やアークの現実における姉が助ける為に行動した事、そしてその結末を理解出来たアスナはアークが必死に姉の味方になっていた事も良く分かった。だが周りは冷たく、そして到頭その姉からも見放されてしまったと考えている事も。

 

「でも、それはきっと……」

 

 アスナは思った言葉を続けようとして、首を横に振る。もしも考えた事が真実であったとしても、まだ幼いアークがそれを理解出来なかったとしても、踏み込んで良い領域を完全に超えてしまっていた。この世界で保護者の様に例えこれから過ごせたとしても、結局は他人である事実は変えられないのだ。アスナはもどかしさの様なものを感じ乍らも、これからどうするべきか考え始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークちゃん!」

 

「……シリカ」

 

 翌日。アスナは自分と同じ様にアークを探し続けていたシリカに連絡を取った。無事にアークを見つけた事や、今現在も一緒に居る事を伝えれば数分で現れたシリカ。アスナと並んで立つアークの姿を前にシリカは目に涙を浮かべながらその名前を呼ぶと、飛びつく様にその身体へダイブした。シリカの方が身体が大きかった為、勢いに負けて後ろに倒れそうになるアーク。だがすぐにアスナがその背を支えれば、2人に挟まれる様な状況となってしまう。

 

「アークちゃんだ……本物の、アークちゃんだ!」

 

『きゅう♪』

 

 アスナ程大きくは無いが、それでもアークよりも大きな身体でアークを抱きしめたまま頬を擦りつける様にしてその感触を確かめ続けるシリカ。そんな彼女の身体を伝ってピナもアークの頭の上に移動すると、喜びを露わにする様に鳴く。61層の転移門前で抱き合う2人と1匹、それを支えるアスナの姿は非常に目立ち続けていた。アークが居ない間に『ビーストテイマー』として中層のアイドルになりつつあるシリカと、攻略組では攻略の鬼とすら呼ばれる『閃光』のアスナ。そんな2人に挟まれる黒い髪の少女がアスナが昔連れていた少女だと理解する者は決して少なく無かった。もう長い間連れている姿を見られなかった事もあり、非常にレアな光景である。

 

「ずっと、ずっと探してたんだよ! 良かった……生きててくれて、本当に良かったよぉ」

 

 浮かべた涙が更に増え、到頭泣くに至ってしまったシリカ。アークは自分のせいだと分かっていた為に引き剥がすことも流石に出来ず、そのまま受け入れ続けた。やがてシリカが少し落ち着いたところでアスナの提案によって宿屋へ移動。シリカもそこに1日泊まる事になり、新たに3人部屋を借りる事となった。……そして

 

「離れて」

 

「やだ! また居なくならない様に、これからずっとこうしてる!」

 

「さ、流石にずっとは無理だと思うけど……でもその気持ちは分かるかな」

 

「……」

 

 借りた宿屋の一室にて、アークはシリカに横から抱きしめられたまま座っていた。離れる様に告げても強い声音と共にシリカは離さないと答え、アスナはその光景に頬を掻きながらも止めさせる事は無かった。本人が言う様に、シリカが思う事も理解出来るからである。これもまた自分のせいだとアークは溜息を吐きながら、それを受け入れ続けるのであった。



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少女、説得される

 アスナは考えていた。アスナ自身はこの世界から出たいと思い、そしてその為に戦ってきた。だがアークはそんな自分と真逆の理由で強くなることを望み続けていた。明日には攻略が再開され、当然アスナもそれに参加するつもりである。が、アークの思いをそのままに攻略に参加する等アスナには絶対に出来なかった。彼女が戻りたいと思う様にするのは容易い事では無いが、それでもしなければいけないとアスナは決意を固める。例え踏み込んではいけない領域に足を踏み入れたとしても、彼女に真実を理解してもらう為に。

 

 現在アスナの目の前では嬉しそうに抱きしめるシリカと無表情で無抵抗に抱きしめられるアーク、そしてそんな彼女の頭に乗るピナという非常に微笑ましい光景が広がっていた。雰囲気も明るく、だが今から切り出す話はこの空気を変えてしまう。目を瞑って切り出そうか迷い続けていた時、その様子に気づいたアークが先にアスナへ話しかけた。

 

「アスナ……?」

 

「アスナさん、どうかしたんですか?」

 

「えっと……うん。アークちゃんの事、なんだけど」

 

「?」

 

 アークが声を掛けたことでシリカもアスナの悩む姿に気づき、話しかける。そこでアスナは意を決してアークを見ながら言えば、自分の事と言われてアークは首を傾げた。

 

「アークちゃんが帰りたくない理由。昨日それを聞いた時、思ったんだ。アークちゃんはもう、お姉さんの真意に気づいてる……そうだよね?」

 

「!」

 

「多分、最初は気づいて無かったんだと思う。だけどこの世界に来て1年半。アークちゃんはもう、気づいてる筈だよ」

 

 話をしながらアスナが思い出すのは現実での自分の境遇について話をしていた昨日のアーク。姉を庇い、だが最後には姉も離れてしまったと言う話をする中で最後の時、アークが見せた微かな表情をアスナは見逃さなかった。そしてその一瞬が、アークが既に気づいているとアスナに確信させた。何の話をしているのか分からないシリカは難しそうに首を傾げながらも雰囲気から邪魔をしない様に話を聞き続けてた。やがて、アークは目に見えてその瞳に『不安』を抱えながらアスナへ視線を合わせる。

 

「お姉ちゃんは……私を、助けようとしてくれた。……自分から遠ざけて、私を……」

 

 アークの言葉にアスナは大きな重りが無くなった様な感覚を得た。話を聞いていた時、何となくだがアークの話す姉の行動の意味をすぐに理解できたアスナ。幼かったアークはそれを拒絶と受け取り、半ば自暴自棄になってこの世界に逃げ込んだ。愚かに思えるだろうが、幼く傷ついた彼女にそれを理解する余裕は無かったのだろう。だがこの世界で肉体が成長しなくても、心は成長する。1年半と言う成長の中でアークは姉の言葉の意味を理解することになったのだ。

 

「私は……私は、お姉ちゃんの味方でいたかった! 皆が離れても、嫌われても、お姉ちゃんは悪くないから……なのに」

 

「アークちゃん……」

 

 今まで1人気づいた事で抱え続けていた思いを今、話す相手が居た事もあったのだろう。普段の姿からは想像出来ない様子と共に声を上げ、そのまま徐々に力無く落ちていく様子を前に見ていたシリカは掛ける言葉が思いつかずに唯その名前を呼ぶことしか出来なかった。だがアスナはそんなアークの傍に寄り添うと、肩に手を置いて優しく声を掛ける。

 

「一緒に帰ろう、アークちゃん。現実に帰って、お姉さんと話そうよ」

 

「話す……でも、何を話せば良い……?」

 

 アスナの言葉にゆっくりと顔を上げたアーク。だがその瞳に不安はまだ映っており、彼女の質問に答え様とするアスナより先にシリカが抱きしめていた手を少しだけ強くして声を上げた。

 

「アークちゃんが思った事、そのまま! あの、あたしは詳しい事分からないけど……でも本心を言われて嫌なお姉ちゃんは居ないと思うんだ。た、多分」

 

 最初は強かった口調も徐々に弱くなっていき、最後には自信の無い様子を見せながらシリカは告げる。そんな彼女の姿にアスナはシリカの言葉に微笑みながらもアークへ視線を向ける。今までずっと戻らないことを考え続けていたアークにとって、今までの考えを急に反転させる事は難しい事であった。しかし揺れているのも間違いなく、アスナは更に言葉を掛けようとする。だがそんな彼女の視界に突然届いたメッセージでそれは止められた。

 

「ちょ、ちょっと御免ね!」

 

 アークとシリカから離れてメッセージを確認するアスナ。差出人はキリトであり、血染めの襲撃者について上手く誤魔化せた事の報告であった。アスナは安心しながらキリトにお礼のメッセージを送り、振り返った。しかしそこに居たのはシリカだけでアークの姿は何処にも無かった。

 

「シリカちゃん。アークちゃんは?」

 

「その、1人になりたいって……あ、でも安心してください! またフレンド登録も出来ましたし、場所も分かりますから!」

 

 アスナの質問に少しだけ言い難そうにしながらも答えたシリカ。だがすぐにメニューを出してフレンドの画面を見せれば、その中にはしっかりと『Ark』という名前が存在していた。また消されてしまえば無意味だが、流石にそんな事はしないと信用する2人。そしてその思いは裏切られること無く、無事にアークはしばらくした後に宿屋へ帰ってくる。その後、アークは普段と変わらずに。しかし何処か晴れた様子を見せたため、2人が話を蒸し返す事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。宿屋から外に出た3人は転移門の前で話をしていた。

 

「それじゃあ、シリカちゃん。アークちゃんの事、お願いね?」

 

「はい!」

 

「アークちゃんも、また夜に。ね?」

 

「ん……」

 

 攻略組として攻略に参加するアスナをアークとシリカは見送る。その途中、アスナの言葉にシリカは元気良く。アークは静かに頷いて答え、アスナはそのままその場から姿を消した。現在居る61層はシリカがまだ安全と判断出来ない場所であり、アークは笑顔で手を引くシリカに連れられて下へと向かう。現在シリカは43~45層で過ごしており、遥か前に行っていた2人で過ごす時間を前にワクワクを隠し切れないシリカ。ピナもシリカの頭の上でやる気を見せており、アークはそんな彼女達の姿を前に小さくため息を吐きながらも逃げる事無く共に過ごすのであった。



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アスナ、少女と日常を過ごす

 今日の攻略組としての活動を終えた私は転移門へ直行した。今攻略している70層から離れて向かった先は61層。アークちゃんと再会した迷宮区もある巨大な湖に囲まれた街、セルムブルグ。私はこの街に自分の(ホーム)を購入して、帰宅する様にしていた。ずっと宿屋に泊まると毎回お金も掛かってしまうし、定住する場所があると便利って話は前々から聞いていたから。でもその辺は知る切っ掛けってだけで購入する決定的な理由が他にあるんだけど。

 

 家がある建物の扉の前に立って、中へ入る為に必要な僅か乍らの操作を手早く済ませた私はその場所から姿を消した。そして次に私の視界に見えたのは、他の何処にも無いだろう私が決めて配置した家具等が並ぶ家の中。真っ直ぐに進めばセルムブルグの広大な湖がベランダから見えるけど、私はそれよりも見たいものがあった為にベランダには目もくれずに奥へと向かった。聞こえて来る物音と漂ってくる良い匂いが彼女の存在を教えてくれる。

 

「お帰り」

 

「ただいま、アークちゃん」

 

 キッチンに辿り着いた私の前に居たのは、エプロンを付けたアークちゃんの姿だった。彼女は私に気付くと手を止めて振り返りながら静かに迎えてくれて、私がそれに返せば頷いてから作業を再開する。そんな光景が私には凄く幸せな事だった。

 

 ここは私の家。だけど私だけが住んでいる訳じゃない。あの日再開してアークちゃんの話を聞いた後、私は彼女と一緒に過ごせる場所を手に入れる決心をした。気になっていた家の購入を決めて、安心してアークちゃんと一緒に過ごせる場所を用意。この世界から一緒に出るって約束して、私はこの家から毎日攻略へ向かう。アークちゃんはもう攻略組を邪魔するつもりは無い見たいで、一緒に攻略に参加しようとするのを私は止めた。アークちゃんには危険な目に会って欲しく無かったから。

 

「もう少しで出来る。寛いでて」

 

 振り返らずに告げるアークちゃんの言葉に私は返事をして、椅子に座ってその姿を眺める事にした。アークちゃんは一緒に攻略出来ないって分かった後、こうして私の家で料理を作ってくれる様になった。データで出来た世界だけど、味覚が無い訳じゃない。料理スキルは私の方が高いけど、アークちゃん曰く『何もしないのは嫌』って事らしい。私が見つけた現実世界で食べられる調味料と似た味の作り方を聞いて勉強しているアークちゃんは、今頑張ってスキルレベルを上げているみたい。気にしなくて良いのに。

 

「? 何?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

「……そう」

 

 見ていた事で私の視線に気付いたのか、アークちゃんが今度は振り返りながら私に話しかける。だけど本当に理由は無かったから笑顔で返せば、少し黙った後に気にしない事にした様子。そう言えば、アークちゃんと再会してから1つだけ驚いた事がある。それは私が愛用しているレイピア、ランペントライトを作ってくれた親友だと思っている鍛冶屋のリズがアークちゃんの知り合いだったって事。アークちゃんを紹介した時、リズは凄い驚いていた。何でも子供だから印象的で、何時も武器をボロボロにして来る定連さんだったらしい。後、店の床に穴を開けた犯人とも言ってた気がする。もしリズにアークちゃんについて詳しく教えていたら、もっと早くに見つかったのかな?

 

「出来た」

 

 アークちゃんが私の目の前にあるテーブルの上に置いたのは、見た目だけで言えばポテトサラダに鳥の唐揚げだった。だけどこの世界の料理は現実世界での料理とは全くの別物。例え見た目がそうだとしても、味がそうとは限らなかったりする。私は向かいに座るアークちゃんを待って、一緒に手を合わせた。そして最初に鳥の唐揚げに見えるそれに箸を伸ばして掴み、口の中へ。すると口一杯に広がったのは餃子の様な味だった。次にポテトサラダに見えるそれを食べれば、野菜炒めの様な味が。面白いのは間違い無いと思うけど、現実に戻った時に違和感を感じてしまいそうで不安になる。

 

「うん、今日も美味しいね」

 

「そう。……思いだした」

 

 見た目と味の差異はあれど、美味しさは本物。だから私が感想を言えば、静かに頷きながら返してくれたアークちゃん。そして突然何かを思いだして立ち上がると、キッチンに立って軽く作業をした後に戻って来る。その手にはお皿があり、中には胡桃の様な物が入っていた。

 

「それは?」

 

「シリカが見つけた。食べて見て」

 

 アークちゃんの言葉に私は言われた通り食べる為に手を伸ばす。堅さも胡桃みたいで、それを口に入れた瞬間。広がったのはさっぱりした甘さのまるで林檎の様な味だった。驚いてアークちゃんを見れば、アークちゃんもそれを食べていた。心なしか僅かに無表情が崩れた……そんな気がする。

 

「林檎、好きなの?」

 

「ん……」

 

 もしかしてと思って聞いてみれば、次のを手に持ったまま頷いて肯定したアークちゃん。彼女の事をまた1つ知れた瞬間だった。今度、これを見つけたシリカちゃんにお礼を言わなくちゃ。基本的に毎日夕方近くまではシリカちゃんと一緒に過ごしているみたいだから、会おうと思えば何時でも会える。メッセージでも伝えられるけど、会えるならちゃんと会ってお礼を言いたい。多分だけど、シリカちゃんも必死なんだと思う。どうしてもアークちゃんに『お姉ちゃん』って言って欲しいみたいだから。

 

 その後、作ってくれた料理を食べ終わった私はお風呂に入る為の準備をする。と言ってもメニューを開けば脱ぐ事も着る事も出来るから準備と言う準備は無い。だけど絶対に用意するべき事が1つだけある。それは片づけをしているアークちゃんが自由になれるまで入らないって事。理由は簡単、一緒に入るから。

 

「後で入る」

 

「大丈夫。待ってるから」

 

「……」

 

 1日1回はこの会話を行っている気がする。確かに始めて出会った時に比べれば、データの身体でもちゃんとお風呂に入って身体を洗う様になったアークちゃん。だけど1人で入れるって私と一緒に入るのは拒もうとする。でも私にとってアークちゃんとのお風呂は1日の中に存在する楽しみの1つだから、譲れない。料理後の片づけだって大変な事じゃ無いし、数分で全部終わらせられる筈。私の言葉にジトっとした目になるアークちゃんだけど、私は笑顔で待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂から上がった私はパジャマ姿のアークちゃんを前にその髪を梳かし乍ら時間を過ごしていた。お互いに少し大き目なサイズのベッドに座って、傍にはアークちゃんの前側が映る姿見もある。アークちゃんは今の様に髪を梳かしたりしている時、僅かに目を細めて気持ちよさそうな表情をする時がある。本人は気付いていない様子だから無意識だと思うけど、私はその姿が凄く愛らしくて毎日見たいとすら思った。だから姿見を買って、ベットの傍に自然と用意した。

 

「はい。お終い」

 

「ん……ありがとう」

 

 名残惜しくはあるけれど、何時までも梳かしている訳にもいかない。今日1日分としてアークちゃんの姿を堪能した後、私は櫛を置いて終わらせる。細めていた目が元に戻って、姿見越しにお礼を言うアークちゃんに私の表情は自然と笑みを浮かべた。そして寝る準備をすれば、電気を消して私とアークちゃんは一緒のベットに横になる。寝る為のベッドは1つしか無くて、その代わり少しだけ大きいサイズを購入した。アークちゃんは最初布団を敷けば良いって言ったけど、それじゃあ何の為に態々大きいサイズのベッド1つを購入したのか分からなくなってしまうから即座に却下。今では慣れたみたいで、一緒に寝る事を受け入れてくれている。

 

「おやすみ、アークちゃん」

 

「おやすみ」

 

 腕の中にアークちゃんを感じ乍ら、私は目を閉じる。偶に不安になる時がある。それは目を覚ました時、今までの出来事が全て夢で嘘なんじゃ無いかって事。この世界に囚われた事が夢であれば、それは嬉しい事なのかもしれない。だけどそれはアークちゃんとの出会いも夢って事。他にもこの世界で出会ったシリカちゃんやリズ、キリト君との思い出も全部夢って事になってしまう。そんなの、絶対に嫌だった。

 

「ねぇ、アークちゃん。貴女は今、ここに居るよね?」

 

「……ん。居る」

 

 気付けば口に出ていた質問にアークちゃんは不思議がる様子も無く、唯私の腕の中で頷いて答えてくれる。短い返答だけど、それだけで私が感じていた不安は何処かへ消え去っていた。そして代わりの様に来る眠気を感じて、私は眠ってしまう前に少しだけ腕の力を強めた。

 

「ありがとう」

 

 その言葉を最後に、私は眠りに就いた。



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シリカ、少女と日常を過ごす

 47層。以前ピナが死んでしまった時、キリトさんに助けて貰って訪れたこの場所にあたしは再び足を踏み入れた。フラワーガーデンと呼ばれているこの場所ではずっと花が咲いていて、前と変わらない綺麗な光景に思わず魅入りそうになる。あたし以外にも当然プレイヤーの人達は数人いて、場所が場所だけにカップル何かも居る見たい。だけどそんな中で少しだけ浮いてしまっている人の姿を見つけた。深めのフードを被って殆どを隠してしまっているその人は、あたしが今日は待ち合わせにした相手。見つけると同時に走り出していたあたしの横を、更に早いスピードでピナが飛んで行く。そして彼女の背後に近づいた時、ピナに気付いた彼女はこっちに視線を向けた。

 

「アークちゃ~ん! ふぐっ!?」

 

「……」

 

 振り返ってすぐだから大丈夫だと思って両手を大きく広げ乍らアークちゃんを抱きしめようとしたあたしは、結局何も抱きしめられずに勢い余って地面に転がってしまう羽目に。見えないけれど、避けたアークちゃんはピナと戯れてるみたいで偶にピナの楽しそうな声が聞こえる。凄く、凄く羨ましい。アークちゃんはピナを凄い可愛がってくれて、それは確かに嬉しい。けどあたしには何時も冷たいから嫉妬もしてしまいそうになる。

 

「あ、アークちゃん……何で避けるの……」

 

「面倒」

 

 痛みを感じない筈だけど、少しだけズキズキと感じる気がする額を擦りながら立ち上がったあたしをジトっとした目で見て来るアークちゃん。フードを被ってるから全体的にその姿を見る事は出来ないけど、あたしはそのジト目に少しだけ……本当に少しだけ、良いと感じてしまう。最近、アークちゃんが見てくれるだけで少し嬉しく感じてしまっているかも知れない。やっぱりピナが羨ましい。

 

 あたしたちがここに来た理由はデートとかじゃ無い。それだったら良いなと思わなくも無いけど、今日の目的はここでレベルを上げる事。以前訪れた時は敵が強くてキリトさんに助けて貰ったりしながら戦っていたけど、今のあたしなら安全にここで戦う事が出来る。アークちゃんはあたしよりもずっとレベルも高くて強いけど、一緒に過ごせる安全な場所としてここが上がった時に嫌な顔1つしないで頷いてくれた。……余りアークちゃんの表情、変わらないけど。

 

「それじゃあ、出っぱ~つ!」

 

『きゅい♪』

 

「……」

 

 温度差を大きく感じ乍らも、あたしとピナは前に出る。アークちゃんもちゃんと一緒に着いて来てくれて、3人で圏外へと出た。当然モンスターが居て、中にはキリトさんの前で恥をかく羽目になった元凶の大きな巨大花みたいなモンスターも。! もしかしたらアークちゃんも以前の私みたいに捕まるかも! 足を掴まれて逆さ吊りにされるアークちゃん。それを颯爽と助けてお姫様抱っこで救出すれば……

 

『シリカ……ありがとう』

 

『良いんだよ、アークちゃん。貴女が無事なら』

 

『……お姉ちゃん、大好き』

 

「えへへ……ふぁ!?」

 

 想像の中でアークちゃんが私の身体に顔を埋めたところで、突然足に何かが絡んでそのまま持ちあげられる。頭が下になってスカートが地面に向いて落ちて、それは以前と全く同じ状況だった。大きな巨大花が口を開く様にその中央を開いて、歯の並ぶその恐ろしい表情にあたしは恐怖した。そしてゆっくりとそこに近づき始めるあたしの身体。

 

「……はぁ」

 

 一瞬だった。目の前に見えていた光景が綺麗な光を撒き散らしながら消滅して、あたしを吊るしていた蔦も消滅。一気に地面へ落下した事で少しだけHPを削りながらあたしは助かった。確認する必要なんて無い。助けてくれたのはアークちゃんだ。

 

「油断、し過ぎ」

 

「あ、あはは……ありがとう」

 

 ジト目で剣をしまうアークちゃんの姿に頭の後ろを掻きながら立ち上がると、ピナが心配した様子で近づいて来る。……忘れてた。アークちゃんはあたしよりもずっと強いって事。捕まったって自力で脱出出来るし、そもそも捕まる事も無いかも知れない。良い所を見せるどころか助けられちゃうなんて、大失敗だよ……。

 

 あたしとピナが1体のモンスターを倒す間にアークちゃんは3体倒してしまう。キリトさんの言うレベルの差を改めて感じ乍ら、あたしはその後も一緒にここで戦い続けた。徐々に明るかった空も暗くなって来て、綺麗な花を茜色の光が照らし始めた頃。あたしはアスナさんに言われた約束を思いだした。

 

『良い、シリカちゃん。アークちゃんはまだ小学生。夜更かしはするかも知れないけど、寝ない日なんて作っちゃいけないの』

 

 アスナさん曰く今まで一緒に居なかった日々の間、アークちゃんが規則正しい生活をしていた可能性は極めて低い、との事だった。あたしも人の事は言えないかも知れないけど、小学生でまだ身体が出来ていないアークちゃんに間違った生活のリズムは絶対に駄目。例え本当の身体じゃ無くても、朝と夜はしっかり守らなきゃ。だからあたしはアスナさんと約束した。必ず夕方の5時過ぎになったらアークちゃんを帰宅させると。

 

「アークちゃん、そろそろ帰ろ?」

 

「……」

 

「!」

 

 言葉にしてから気付く。夜が近くなり始めた頃に帰ろうとして、アークちゃんはあたしたちの前から姿を消した。あの時は何となく夜遅くなるのは不味いと思っただけで、今みたいに規則正しいなんて考えて無かった。だけどあの時、アークちゃんは強くなりたい思いがあった為に早く帰る事を嫌がって、姿を消した。何も言わずに振り向く姿を見て、あたしは不安に感じてしまう。あの時みたいに、また居なくなっちゃうんじゃ無いか……って。

 

 何も言わないアークちゃんの沈黙。あたしが少し怖く思いながらももう1度口を開き掛けた時、アークちゃんは静かに頷いて返した。それはあたしの言葉に対する答え。一瞬で胸の中があったかくなって、嬉しさの余りあたしはアークちゃんの手を握った。ピナもアークちゃんの頭に乗って、あたしはアスナさんの家に付くまでその手を離す事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスナさんとアークちゃんの住む家の前に着いたところであたしは繋いでいた手を離す。あたしも自分の家があれば、アークちゃんと一緒に過ごせるのかも知れない。だけどまだ気に入ったところも買うお金も無いから当分先の話になると思う。もし家を買えたら、まず最初にアークちゃんを招待するのだけは決まってるけど。

 

「お疲れ様、アークちゃん」

 

「お疲れ」

 

「また明日、迎えに来るね!」

 

『きゅい~!』

 

 普段あたしはアークちゃんをアスナさんの家まで迎えに来ている。今日待ち合わせにしたのは場所が場所だから雰囲気だけでも味わいたくて。……避けられたけど。とにかく! あたしはアークちゃんに言って大きく手を振りながらその場所を離れる。ピナも鳴きながら翼で器用に手を振っている様な仕草をして、一緒にその場所を離れた。この時、あたしは少なくともアークちゃんに嫌われてはいないと確信できる瞬間がある。一緒に居てくれる事もそうだけど、それより具体的な事。あたしたちの姿が見えなくなるまで、アークちゃんはずっと見送ってくれる。少しでも嫌いなら、きっとそんな事はしない。だからそれだけで凄く、嬉しかった。

 

「ピナ! 最近あたし、凄く楽しい!」

 

『きゅいっ!』



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少女、リズの家に泊まる

「にしても本当、まさかあんたがアスナの探し人だったとはね~」

 

「……」

 

「むぅ~」

 

 リズベット武具店には現在、3人の姿があった。1人は楽しそうに手を動かす武具店の主、リズベット。1人は今まで隠していた正体を明かし、何故かリズの膝に乗せられて頭を撫で続けられるアーク。そして彼女と共に今日リズベット武具店を訪れた、頬を膨らませて不機嫌そうなシリカである。アスナ経由でシリカは武具店に何度か来た事があり、リズとも数回顔を合わせた事のある所謂知り合いと呼べる間柄であった。今日アークがシリカと共にこの場所を訪れた理由は単純に武器の修理が目的だったからである。

 

 最初は圏外に出る予定だった2人。だがシリカの使う武器の耐久度が減り始めていた事で急遽予定を変更。最初の出発時が(ホーム)だった為にアスナも傍に居り、リズベット武具店へ向かうと聞いた彼女は自分も早く終わらせて向かう事を告げた。よって2人は今日圏外へは赴かず、先にリズベット武具店に訪れて彼女と共に過ごす事にしたのだ。

 

 リズはやって来た2人を迎えた後、アークの身体を頭の先から足先まで見てから徐にその身体を持ち上げて今の体勢を作った。余りにも自然な動きに違和感を感じなかったシリカだが、アークが驚いた様子で降りようとしたのを見て手を貸そうとする。しかしシリカの手を借りて離れようとするアークへリズは囁く様に耳打ちした。

 

『この前壊した床の修理代、今すぐ払わせるわよ』

 

 その言葉を聞いた途端、アークは抵抗を止めた。手を貸そうとしていたシリカに『大丈夫』とだけ答え、訳が分からなかったシリカはリズが何かしたのが明白故に余り良い顔をせずにその光景を見る事しか出来なかった。……それ以外にも嫉妬が膨れる原因の1つだが、アークはそんな事を知る由も無い。

 

「なる程ね。確かにアスナの言う通りだわ」

 

「何が?」

 

「いや、あんたが傍に居ると何と言うか……癒し効果があるのよね」

 

「分かります!」

 

 頭を撫でるから抱きしめるに変換したリズの何気ない言葉にアークが聞き返した時、答えたリズに膨れていたシリカが身を乗り出して同意する。そして本人を置いて始まる楽しそうな2人の談議をリズの膝上でアークは詰まらなそうに聞き続けるのだった。

 

 数時間後、アスナも合流してリズベット武具店は女子4人のたまり場の様になる。女3人寄れば姦しい等と言う言葉があるが、4人の場合はどうなのか。……余り喋らないアークを除いた3人がアーク関連で騒がしくなるだけである。2人が談議していた癒し効果についてアスナも賛同する様に話始め、リズよりも自然にアークを自分の膝へ移動。それを見てシリカも乗せたいと言い始め、アークは3人の話が終わるまで定期的に人形の様な扱いを受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、今日はもう店じまいするわよ」

 

「……」

 

 夜を迎え、リズベットは武具店を閉じる為に行動を始める。そしてそんな光景をアークは1人、眺めていた。アスナとシリカは既に武具店の何処にも居ない。何故なら2人は自分が夜を過ごす場所へ帰った為に。現在アークが寝泊りしているのはアスナの(ホーム)だが、今日はアスナの家では無くリズの家に泊まる事となったのだ。再会してからの時間をアスナとシリカ、何方かと共に過ごしてきたアーク。その中にリズが追加された。それだけである。

 

「あんた、料理出来るんでしょ? こっちは忙しいから、何か作りなさい」

 

「私、客」

 

「今更何言ってんのよ? 働かざる者食うべからず、よ」

 

「……」

 

 殆ど選ぶ権利も無くリズの家で泊まる事になったアークは彼女の言葉を聞いて目を細めるが、言い返された事で少し肩を落とす。そして武具店から繋がる家に入ると、アスナの家でやっている調理を始める事にした。適当な食材を選んで調理すれば、途中でリズが武具店を閉じ終えやって来る。彼女はアークの姿を眺めてから他の事を始め、後に2人はテーブルで向かい合う様に座った。

 

「へぇ、意外にちゃんと出来るのね」

 

「……」

 

「顔を見せても無口なのは変わらないか。さ、食べましょ!」

 

 見た目美味しそうな料理に感想を言うが、相変わらず表情の変わらないアークの姿に1人呟いたリズ。空気を入れ替える様に両手を叩いて告げると、2人は食事を始める。そしてリズが最初の一口を食べた時、その目は大きく見開かれた。

 

「これ、ロールキャベツじゃない! しかもかなり美味しい!」

 

「ゆっくり……御代り、あるから」

 

「え、えぇ。そうね。……」

 

 この世界に入る前、現実世界で食べた事のある味にリズは驚かずにはいられなかった。アスナが様々な調味料を研究しているのは知っていたが、料理に関してはまだ食べた事の無かったリズ。アスナを通して現在勉強中であるアークの料理は未熟とは思えない程に感動出来る味であり、自分よりも小さい姿ながら急いてしまったのを注意して御代わりまで用意してあると言う事実に思わず思ってしまう。……家に欲しいと。だが流石にそれはアスナも認めないだろう。アークが今日1日をここで過ごすのはあくまでお泊り(・・・)なのだから。

 

 夕食を終えてお風呂も終え、後は寝るだけになった時。リズとアークは同じベッドへ横になった。最初からリズはそうするつもりであり、最初からアークはそうなるだろうと考えていた故に揉める事無く横になった2人。小さな身体は1人用のベッドに追加されても言う程狭くはならず、これまた自然にリズはアークの身体を抱き枕の様に抱いて眠り始めた。そしてその行為もまた、アークには予想通りであった。

 

 そもそも女性同士と言えど過度な接触があればハラスメントコードと呼ばれる注意喚起が出現する。だがアークはそれを基本的に出ない様、切っていた。何故なら、付けておけば1日に何回出るか分かったものでは無いからである。危険な行為ではあるが、間違って自分に接触したアスナやシリカ、リズ等をこの世界の牢獄に送る訳にもいかない為に。

 

「……」

 

 世界が世界故に戦いは何処にでもあり、起こりえる。だがそれでも1人で過ごして来た日々に比べて優しい今の日々を感じ、アークは思わず不思議な感情のままに溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平穏な日々を感じてから約5か月後。

 

「シェフ発見」

 

「……え?」

 

「?」

 

 とある人物のお店へアスナに連れられて訪れたアークは、そこで偶然出会ったキリトにアスナ共々手を掴まれ告げられる。その手がまた自分を残酷な生と死の世界へ誘う事等、アークは知る由も無かった。



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少女、死の恐怖を知る

 血盟騎士団がとある人物2人の行った決闘(デュエル)の結果で騒がしくなり始めた頃、アスナはその合間を縫って何とか自分の家へ帰宅する。既に空は暗くなっており、何時もなら暖かい光と美味しそうな匂いがアスナを出迎えていた。が、家の中に入ったアスナを迎えるのは薄暗い部屋の景色だけ。

 

「アークちゃん?」

 

 不安そうな表情で中に入るアスナはリビング等に居ない事を確認し、一番可能性の高かった寝室へ入り始める。リビング等と同様に薄暗い部屋の中で、アスナが探す彼女の姿はあった。両腕を抱えて自らを抱く様な体勢で横になり、時折震える姿が。そんな彼女の姿にアスナは苦しそうな表情を浮かべて近づき始める。

 

「アーク、ちゃん」

 

「……」

 

 ベッドの横からその顔を覗き込む様に座り、出来る限り優しくを意識してアスナは話し掛ける。だがその呼び声にアークが返事を返す事は無く、何処か怯えにも似た目を自分に向けるだけだった。すると突然アスナの元にメッセージが1通届き、その差出人がシリカだった事でアスナはそれを開封する。文字だけ故にその感情は伝わる筈も無いが、それでもアスナはその一文に悲しみが籠っている様に感じてしょうがなかった。

 

『アークちゃんの様子は、どうですか?』

 

 今のアークの姿はシリカもリズも知っている。普段なら何方かと一緒に行動するアークだが、シリカからその様な質問が来るとなれば彼女と行動はしなかったのだろう。そしてアスナはここに来る前、武器の修理を求めてリズベット武具店にも寄っていた。そしてその際、今日はアークと会っていないと伝えられていたアスナ。つまり今日1日、アークが家の中に籠っていたのは明白であった。

 

 アスナがふとアークの頭に手を伸ばせば、微かに怯えた様子で震えながらも逃げ様とはしない。それは少なからず心を許しているからであり、アスナはそれを感じて嬉しさと悲しさの間で複雑な心境だった。……アークがこの様になってしまった理由。それは彼女がこの世界で初めて人が死ぬ姿(・・・・・)を見たからである。

 

 つい先日の出来事だ。キリトと再びパーティーを組む事になったアスナは、アークの強さを知っている為に2人で守れば大丈夫と判断してアークもパーティーに入れる。出掛ける間に一悶着ありながらも無事に最前線の74層迷宮区に到着した3人は最奥のフロアボスが居る部屋を確認。少し覗いた結果、その恐ろしい形相に怯えて逃げる等した後にキリトの知り合いであるクラインと言う名の男性が率いるギルド【風林火山】と出会う。その後、続く様に【アインクラッド解放軍】と呼ばれる団体と出会った3人と風林火山の面々は彼らが無謀にもボスに挑む姿を目撃する事になる。……そして、無謀な戦い故の必然的な結末を目の当たりにした。

 

『……あ、ありえん……!』

 

「!」

 

 今の今まで誰かが消える瞬間を見て来なかったのは奇跡と言えるだろう。アークは自分の目の前で恐ろしい形相のまま消えていた男性の最後が忘れられなかった。頭では全て理解した気でいたが、改めて知ったのだ。この世界での死は現実での死に繋がる事を。

 

 アスナは塞ぎこんでしまったアークを何とかしてあげたかったが、何をすれば良いのか分からなかった。相談したリズには『気分転換になる様な事を出来れば良いんじゃない?』とアイデアを貰っているが、今アークを連れ出すのは難しい事だろう。全く同じ様にシリカも考えている筈だが、上手く行ってはいない様である。

 

「アークちゃん、お夕飯。作って来るね?」

 

「……」

 

「大丈夫。大丈夫だよ」

 

 夕食を作る為に立ち上がろうとしたアスナは、アークに裾を握られていた事で今一度座り直すとあやす様に語り掛けて手を離して貰う。そして夕食を作り始めたアスナは簡単に食べれる物を調理して再び寝室へ。状況の全く変わらない光景を前にアークの元へ近づき、優しくその身体を起こして作った暖かいスープを食べさせる。

 

「食べないと、元気出ないよ?」

 

「……」

 

「うん。良い子良い子」

 

 掬ったスープをアークの口元に近づけるが、すぐに彼女はそれを食べようとはしない。だがアスナが心配そうに告げれば、アークは小さく口を開いた。唯の一口だが、それだけでも嬉しかったアスナはアークの頭を撫でながらもう1度。不謹慎だが今の状況も悪くないと僅か乍ら思ったアスナはその調子でアークに夕食を食べさせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠征訓練?」

 

 アスナはゴドフリーと言う名の男性から告げられた言葉に聞き返す。傍には決闘に負けて血盟騎士団に入った為に自分達と同じ様な白い服を着たキリトの姿もあり、頷くゴドフリーの姿にアスナは考え始める。ゴドフリー曰く、キリトを連れて55層に挑む遠征訓練を行いたい。との事であった。アスナは血盟騎士団の副団長な為、その人数に含まれている様子は無い。だが彼の話を聞いた時、アスナはリズのアイデアを試すのに丁度良い機会だと思った。

 

「ねぇ。それって私も行って良いかな?」

 

「なぬ!? ですが」

 

「連れて行きたい子が居るの。一緒じゃ無くても良い。後で合流する形で良いわ」

 

「……彼女か」

 

 キリトの問いに頷いて答えたアスナ。ゴドフリーは少し悩んだ末、「良いでしょう!」と了承する。そしてキリトは彼と共に遠征へ出発し始め、アスナは大急ぎで家に戻った。変わらぬ薄暗さの中を寝室へ直行して、アスナは横になるアークを起こす。眠っていた訳では無かった為、アークはアスナの帰還を認識していた。

 

「アークちゃん。一緒に外へ出よ? 何時までもここに居たら、駄目だよ」

 

「……」

 

 その言葉にアークが何かを答える事は無かった。だがその目は明らかな動揺を見せており、アスナは安心させる為かその身体を優しく抱きしめた。

 

「大丈夫。私が、守るから」

 

「!」

 

 動揺しながらもアークは弱々しくアスナの背中に手を回す。するとアスナは小さな声で「ありがとう」と告げてアークを抱いたまま立ち上がった。自分の半分くらいの高さしか無い身体は軽々と持ちあがり、アスナはリビングでその身体を降ろして立たせる。寝室から出ただけでも大きな1歩であり、アスナは身体をピッタリくっ付けて寄り添うアークの身体を片手で抱きながらメニューを開いた。そして家から姿を消した2人は遠征訓練に出たキリト達を追う様にゆっくりと歩みを進め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圏内にも綺麗な風景などは沢山あるだろう。だがその数で比較すれば圏外の方が多く、アスナとアークのレベルでは遠征訓練が行われている55層の敵など危険な内に入らなかった。だがそれでもモンスター達の攻撃はアークにとってまだ恐ろしく、彼女を怯えさせない為にアスナはモンスターが攻撃のモーションを取る前に撃破する。

 

「久しぶりの外は、どう?」

 

「……」

 

 武器をしまい乍ら質問するアスナにアークは何も答えようとはしない。しかし彼女の目は数日振りに外の世界を眺めており、間違い無く気分転換になってはいるとアスナは確信した。そしてそれを邪魔されない為に、アスナはアークが気付くよりも早くモンスターを撃破する様になる。

 

 やがて景色が渓谷に変わり始めた頃、アスナはメニューでキリト達が近くなり始めた事を確認する。現在彼はその場を動いておらず、休憩中か何かだと思ったアスナは今の内に合流する事を決意。アークの手を引いて歩みを続ける。……そこに恐ろしい光景が待っているとは知らずに。

 

「!? キリト君!」

 

 キリト達の存在を目視出来る様になった時、アスナの目に映ったのは1人の男性に攻撃される倒れたキリトの姿だった。その光景に気付いた瞬間、アスナは武器を手にソードスキルを発動して遠距離から男性を吹き飛ばし、キリトの元へ駆け寄り始める。アークも一緒に駆け寄り、アスナが心配する中で攻撃していた男性に視線を向けた。……その男性は数日前、アークが人の死ぬ姿を見た日に見た男だった。現在キリトは麻痺で動けない様であり、この状況を作り上げた人物は明白である。

 

「これはこれは副団長様に……ちっ、餓鬼も一緒か」

 

「貴方……!」

 

 74層を攻略する際にアークはキリトと共に忙しいアスナを待ち続け、現れたアスナを追って姿を見せた男。名をクラディールと言い、彼はアスナの付き人であると出会った際には告げた。そしてキリトへ嫌悪感を隠す様子も無く、アークには見下す様な様子で3人での攻略を認めなかった。だがその場はキリトがクラディールと決闘を行って勝利した事で収まり、付き人を解任された後はアークの知らない事であった。……が、今現在彼の頭上にはレッドプレイヤーを示すオレンジ色のアイコンが映っており、アスナはこの場にゴドフリーの姿が無い事に気付く。既に彼はクラディールの手に掛かり、死亡していた。

 

「!」

 

「ぐぁ!」

 

 その事実に気付いた時、アスナはクラディールへ攻撃を放つ。レッドプレイヤーを攻撃して殺害したとしても、攻撃した人物がレッドプレイヤーになる事は無い。現行犯の現状に弁解の余地は無く、アスナはクラディールを死亡しない範囲で攻撃し続けた。やがて死ぬ数歩手前までHPが削られた頃、怯えた様子でクラディールは土下座と共に命乞いをする。手に持った武器を構えながらもアスナがその姿に構えを解こうとした時、アークは彼の表情に気付いた。

 

『……あ、ありえん……!』

 

「甘いんだよぉ! 副団長さんはぁ!」

 

「!?」

 

 種類は全く違えど、その恐ろし気な形相はアークに数日前の出来事を思い起こさせた。その後前者は本人が死ぬ運命を辿ったが、今回は違う。命乞いをしていた相手が許された途端にその表情を浮かべた。それは何も懲りていない証拠であり、アスナが危ないと思うのは必然な事であった。消えて行った男性の様に、アスナが消えてしまうかも知れない。この世界で最初に出会い、初めて友達(フレンド)になった彼女が。……アークの身体は無意識に動いていた。

 

「あぁ?」

 

「アーク……ちゃん……?」

 

 クラディールが拾って振り下ろした剣の先に居た反応出来ないアスナの身体を体当たりする事で押し退け、その凶刃をアークの身体は受ける。右肩から左の太腿辺りまで大きな斬痕を残し、ゆっくりと後ろへ倒れる姿をアスナは呆然と見る事しか出来なかった。そして地面に音を立ててその身体が伏した時、剣を持ったクラディールは立ち上がる。

 

「邪魔すんなよ、クソ餓鬼」

 

「ぁ……あぁぁぁ……ああぁぁぁぁぁ!!」

 

 吐き捨てる様に告げる彼の言葉を聞いて、アスナは倒れるアークの姿を前に自分がついさっき言った言葉を思い出す。『大丈夫。私が、守るから』。そう言った筈なのに、今現在アークは斬られて倒れていた。それも自分を庇った為に。

 

「アークちゃん! アークちゃん! アークちゃん!」

 

「アスナぁ!」

 

「うるせぇんだよ。じゃあな、副団長さんよぉ!」

 

 アークの傍に駆け寄ったアスナはHPのゲージが見る見る減って行く彼女の姿を前に何度も名前を呼び続ける。だが何とか動ける様になったキリトは剣を再び振り上げているクラディールの姿に気付いた。急いでいけば間に合うかと走ろうとする中、容赦無くクラディールは刃を振り下ろす。……が、それがアスナの身体に当たる事は無かった。腰に差した武器を手に取った彼女自身がそれを防いだ故に。そしてクラディールはアスナの表情を見る。未だ嘗て見た事無い程に、彼女の顔は無表情()だった。しかしその無表情から唯一感じ取れるものがクラディールにはあった。明確な殺意だ。

 

「ま、待ってくれ、うぐぁ!」

 

「よくもアークちゃんを。貴方だけは……貴方だけは絶対に許さない!」

 

 剣を捨てて宥めようとするクラディールの身体に容赦の無い一撃が入り、彼のHPは真っ赤になる。もう2,3撃喰らえばそれは0になる事だろう。その事に恐怖したクラディールは武器を手に近づいて来るアスナの姿に距離を取ろうとする。だが後ろは壁であった。

 

「俺を殺すのか? 副団長さんに出来るのか? ひぃ!」

 

()るわ。貴方は……殺す」

 

 恐怖を感じ乍ら両手を突き出して聞いたクラディールは、その片手を貫かれた事で悲鳴を上げる。僅かにHPがまた減り、既に武器も何も無い彼に抵抗する手段は無い。命乞いも当然効く訳が無く、アスナは顔の横に武器を構えて突きの体勢に入る。もう既に彼女を止められる者は誰も居なかった。まるで何も感じなくなってしまったかの様に無表情のまま、無情にもアスナの手は勢いよく突き出される。ランベントライトの切っ先が目にも止まらぬスピードでクラディールの眉間を貫き、彼は余りにも哀れな顔を最後に消えて行くのだった。



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アスナ、怒涛の数日を過ごす

 あの時、倒れる彼女を見て私の世界は何時かの様に灰色に染まって、全てが無価値に見えて仕方なかった。唯(クラディール)だけはその存在を許してはいけない。そう思うしか無くて、私はこの手で彼を殺めた。……不思議だった。この世界での死が現実の死なら、私は彼を殺した人殺しになった筈。なのにあの時、彼を殺した私は後悔も恐怖も何も無かった。唯守れなかった自分が憎くて悔しくて、何もかもが嫌になって。だけどそんな私に色の付いた世界へ引き戻してくれたのはキリト君の声だった。ううん、正確にはキリト君の言葉。

 

『アスナ! アークはまだ生きてる!』

 

 彼の声に振り返った私は灰色の世界で唯一色のある彼女の身体を見つけた。私が殺した彼の様にその身体が消える事無く残り続けていて、その瞬間世界はあの頃と同じ様に一瞬で色付き始めた。彼女は生きてくれた。生き長らえてくれた。残りの体力を僅かに残して、それでも私の前から消えないで居てくれた。急いで駆け寄って、万が一の事が無い様に急いで回復させて、私は彼女の身体を抱き上げた。もう、あんな場所に居たく無かったから。キリト君は私の気持ちを分かってくれて、私達は2人で血盟騎士団の本部に戻った。そこには当然血盟騎士団の仲間達が居て、クラディールとゴドフリーがフレンドリストから消えた事でキリト君に怒鳴り始める人も居た。

 

「待ちたまえ。……何があったか、話してもらえるかな?」

 

 だけどそこに現れた団長が怒る人達を抑えて私達に聞いて来た。私の腕に居るアークちゃんも見て、何かがあったと察してくれた様子で。だから私達は説明した。あの場所で起きた出来事を。私は彼女に救われた事を。他の人達はどう思ってたか分からない。だけど冷静に考えればキリト君が2人に危害を加えてない事はすぐに分かる。だって、彼のアイコンは今も緑色だから。私も当事者の1人だから殆どの人が信じてくれて、ゴドフリーの死を悲しんでいた。クラディール? 知らない、そんな人。

 

「ごめんなさい。今日は、もう」

 

「あぁ、分かっている。キリト君、少し話がある。良いかな?」

 

 私はすぐにでも(ホーム)に帰りたかった。私が気分転換させよう何て思わなければ、アークちゃんは傷つかずに済んだのかも知れない。そう思うと家以外全ての場所が危険に思えてしまって、仕方が無かった。団長の許可を貰って、キリト君に一言告げて、私はアークちゃんと一緒に家に帰る。私達の、家に。

 

 次の日、キリト君から連絡を貰ったらしいリズが私達の家を訪ねて来た。もうアークちゃんに危険は無い筈だけれど、あの出来事のせいで彼女は余計に怯えてしまっている。リズには「あんたも休みなさい。酷い顔よ」と言われて、鏡に映る私の顔は……良く分からなかった。自分が普段どんな顔をしてたかも、思い出せなかったから。

 

 また次の日、キリト君が家に訪ねて来た。団長と話をして、しばらく私は攻略に出なくて良い事になったらしい。そしてアークちゃんの事も気に掛けてくれた彼は、危険の無い様な場所で別の家を買うのはどうか? と提案して来た。今度こそ平和でちゃんとした気分転換が出来る様な場所を、と。良い場所があるとも教えてくれて、最後にキリト君は自分も攻略から外れて私達を守ると告げた。最初は彼に迷惑を掛けるつもりは無くて、大丈夫だと断ったけど……今の私じゃモンスターが出て来ても上手く戦えないかもしれないと言われてしまった。そう、なのかも知れない。

 

 もう今のアークちゃんを置いて何処かに行くのは嫌だった。だからキリト君に先導して貰って私は彼女と手を繋いで彼の言っていた家を見に行く事にした。22層の森にある小さな木造の家。大きな湖が見える今の家も良いけれど、その場所も確かに良さそうだった。彼女と一緒に過ごせるなら、何処でも良いかも知れないけれど。

 

 必要なお金(コル)は私とキリト君で半分ずつにしようと最初は話し合った。だけどアークちゃんも出そうとしてくれて、結局3人で出し合う事に。新しい家には当然家具も無くて、前の家を捨てる訳では無いから新たに集める事にした。……そして2日程掛けて、改めて新しい家が出来上がった。家の雰囲気が違うだけで気分も大分変わって、気分転換と言う意味では圏外に出るよりも効果的だったのかも知れない。そこに泊まった翌日、数日振りに私はアークちゃんの声を聞いて思わず抱きしめてしまった。

 

「俺は適当に顔を出すよ。何かあったらすぐに連絡してくれ」

 

 キリト君は私達の事を考えてくれたのか、そう言って同じ家で寝泊りする訳では無かった。改めて、キリト君には感謝してもし切れない。アークちゃんを見つける事が出来たのも彼のお蔭で、こうして私達の事を考えてくれる。今度、何か絶対にお礼をしようとアークちゃんに話し掛けたら彼女も頷いてくれた。私が思う様に、アークちゃんも彼には感謝しているみたい。

 

 それから2日程して、アークちゃんは完全に元通り……とまでは行かないけれど、大分良くなって来た。でも一緒に街へ出かけた時、彼女は目に見えて男性(・・)に怯える様になってしまっていた。あんな事があったから、当然なのかも知れない。自分よりも背の高い男の人が怖いみたいで、キリト君だけが例外みたい。だから買い物とかは私だけで行く様にして、何時かの様にアークちゃんは家事をして待っててくれる。それだけで、楽しかったあの頃に戻れた気分だった。

 

 その翌日、私はキリト君と一緒に家の周辺を散策する事にした。前々から何があるのか詳しく知って置いた方が良いって話はしていて、アークちゃんの様子も大分戻って来たから良い機会だと思って。だけど特に特別なものは何も無くて、偶に小動物が居るくらい。とても平和な場所で、それでも圏外である為に完全な油断が出来る訳では無かった。もう少し良くなったら、アークちゃんと散歩しても良いかも知れない。そう思いながら家に帰った時、そこで私達は見知らぬ女の子と話すアークちゃんの姿を見る。

 

「お帰り」

 

「アークちゃん、その子は?」

 

「……知らない」

 

「ぉねぇ、ちゃん。この人、達……だれ?」

 

「怯え無くて、良い。私の……何だろう?」

 

 説明しようとして首を傾げるアークちゃん。そこは、家族とか言って欲しかったなぁ。アークちゃんの話によると、ご飯を作っていて振り返ったらリビングの椅子に座っていたらしい。普通、人の家の中に勝手に入る事は出来ない筈。見た目からして年齢は二桁に達していない様に見えて、そんな子がどうして家の中に居たのかは分からない。キリト君は頭の上に私達と同じ様なカーソルが無い事が気になっている様子で、話し掛けようとしても彼女はアークちゃんの後ろに隠れてしまう。唯一聞き出せたのは、ユイと言う名前だけだった。

 

 年端もいかない女の子を放り出す何て出来ない。それはキリト君も同じ思いだったみたいで、私達は彼女を歓迎した。食事時、アークちゃんとユイちゃんはピッタシくっ付いて居て、その姿が少し羨ましくも感じた私はアークちゃんの反対側にくっ付いて。そんな私達をキリト君は笑って眺めていた。アークちゃん、自分よりも小さな女の子と会ったのは初めてみたい。『お姉ちゃん』って呼ばれると少し嬉しそう。小さな声で『シリカの気持ち……分かった』って呟いてたのも聞いたから……シリカちゃん。もしかしたら今度、お願い聞いてくれるかも知れないよ。

 

 たった1日だけど、ユイちゃんは私とキリト君にも懐いてくれた。唯私をママと、キリト君をパパと呼ぶのはちょっと複雑。私達、夫婦じゃないから。でも家族って感じがして、嫌って訳でも無い。その日はユイちゃんと一緒にアークちゃんを抱いて眠った。

 

 翌日、キリト君がユイちゃんの家族を探したいと提案する。どんな方法で私達の家に入ってしまったかは分からないけど、もしかしたらこの世界の何処かに家族や知り合いが居るかも知れないって。ユイちゃんは何も覚えて無いみたいで、キリト君は最悪の可能性も視野に入れてるみたい。家族や知り合いが亡くなって、そのショックで……そんな可能性を。そう考えると、私も探してあげたいと思う。でもアークちゃんを連れて行くのは躊躇わずにはいられない。街に行けば、男の人が居る筈だから。

 

「1人で……平気。待ってる」

 

「お姉ちゃんは、行かないの?」

 

「ん……お姉ちゃんは、お留守番」

 

 アークちゃんの言葉に私とキリト君は顔を見合わせて、結局2人でユイちゃんの家族を探しに行く事にした。念の為にしばらく連絡だけで会ってなかったシリカちゃんやリズに家の場所を伝えて、アークちゃんが大分良くなって来た事も伝えて置く。こうすれば多分、2人とも、或は何方かが家に来ると思う。あ、シリカちゃんから『すぐに行きます!』って返事が来た。アークちゃんに伝えて置かないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんに……アークさんに伝えてください。1日だけでしたが、とても楽しかったですと」

 

「そんな! ユイちゃん!」

 

「ユイ!」

 

 私とキリト君の目の前でそう言って消え始めてしまうユイちゃん。彼女は全てを思い出して、私達に教えてくれた。自分がAIである事。この世界のメインシステム、【カーディナル】にサービス開始と同時に権限を封じられて閉じ込められていた事。徐々にバグを抱えて、外の世界を眺めている内に……アークちゃんの元に現れていた事。ユイちゃんは知りたかったらしい。アークちゃんと一緒に居る人達が笑顔になれる理由を。

 

「作られた心でも、とても温かくて穏やかな気持ちを感じられました。だから、ありがとう。と」

 

「違う! ユイちゃんの心は本物だよ! だから自分で言わなきゃ駄目だよ、ユイちゃん!」

 

「くそっ! 何でも思い通りになると思うなよ! カーディナル!」

 

 貴女が消えたら、たった1日でも幸せに思えたあの時間は二度と戻って来ない。また、アークちゃんは塞ぎこんでしまうかも知れない。キリト君が消えて行くユイちゃんの姿を前に傍にあったコンソールで何かを始めて、私は彼女に手を伸ばした。だけどその手は掴む寸前で消えてしまって、やがて彼女は私達の前から居なくなってしまう。私は膝を突き嘆く事しか出来なくて、だけどキリト君は必死な形相で手を動かしていた。……そして彼は小さな雫を出現させる。確証はないけれど、私にはその中でユイちゃんが眠っている様に見えた。

 

 キリト君はユイちゃんをアイテム化させる事で救ってくれた。だけど彼女が今すぐこの世界に戻ってくるのは不可能で、あの幸せな時間を取り戻せるのはずっと先との事。思わず涙が零れてしまう。ユイちゃんが無事だった事が嬉しくて。彼女は、消えて無い。

 

「ありがとう、キリト君」

 

 彼は私の言葉に優しく笑った。あぁ、帰ったらアークちゃんにどう説明しよう。



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少女、生還する

「……お願い」

 

 家の中でアークは1人、両手を胸の前で繋いで窓の外へ祈る様に呟いた。ユイが居なくなって数日。突然アスナとキリトは血盟騎士団の団長から呼び出しを受け、再び攻略へ復帰する事になった。元々攻略に参加していた2人が自分の為に休んでくれていたのを理解していたアーク。攻略に戻るという事はこの数日間感じていた平和な日々がまた失われる可能性があると言う事でもあり、アークは2人の無事を願い続ける。攻略に参加したところで、半年程前から前線での戦いを離れた自分は戦力になれない。それもまた理解出来ていたアークが出来る事は、疲れて帰って来るであろうアスナや一緒に帰って来るかも知れないキリトを出迎える事だけだった。

 

「? シリカ、から?」

 

 突然、自分の目の前にメッセージの着信を知らせる画面が出現する。その相手はシリカであり、内容は『これから家へ行っても良いかな?』と言うもの。彼女もアスナ達が最前線へ復帰した事を知っている為、1人になったアークを心配しているのだろう。1人で心配するよりも2人で。そんな思いなのかも知れない。アークは唯『分かった』とだけメッセージを送り、シリカを迎える準備をする。既に料理スキルは極めた為、お菓子を作るなどアークにはお手の物であった。

 

『アップルパイ、食べたいな……』

 

「よし……やろう」

 

 何気無く数日前にアスナが呟いていた言葉を思い出して、アークはキッチンに立つ。胡桃の様な林檎の味がする材料は手持ちにあり、パイ生地になりそうな食材もある。過去、アスナと一緒に作った事のあるアップルパイを思い出してアークは1人手を動かし始めた。

 

 時間が少し経った頃、シリカが来訪する。入室を許可すればその姿が家の中に現れ、彼女はピナと共に美味しそうな匂いに気が付いた。

 

「何か、甘い香りがする!」

 

『きゅきゅ!』

 

 この世界での料理は非常に単調であり、現実で数時間掛かる料理も数分や数秒で終わる可能性がある。アップルパイは現実では時間が必要だが、この世界では数分すれば出来上がる料理であり、リビングに入ったシリカはテーブルの上に置かれた美味しそうなアップルパイにピナ共々目を輝かせた。中に入っているのは見た目林檎では無いが、それは仕方の無い事。アークは6つに分けた後に3つを自分の手持ちにしまい、3つをテーブルに置いていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう! アークちゃん!」

 

『きゅる! きゅるっ!』

 

「あ、こらピナ! 勝手に食べちゃ駄目だよ!」

 

「平気。……シリカも、食べて良い」

 

「本当! それじゃあ、頂きます!」

 

 挨拶する2人を尻目にピナがアップルパイの1つに飛びついた。シリカがそれを怒るが、アークは無表情のままに優しくそれを許してシリカにも食べる事を許す。途端にピナへ怒っていたシリカは笑顔になって椅子に座り、置いてあったフォークを手にして食べ始める。一口食べれば、その笑顔が更に輝いた。

 

「美味しい!」

 

『きゅるる♪』

 

 2人の笑顔にアークは僅か乍らに笑って、自分もまたアップルパイを食べる。余り変わった様子は無いが、それでも僅か乍らにアークが笑った様に見えたシリカは驚いた。普段滅多に見れない故に、その微かな変化はとても貴重なものである。

 

「シリカ……リズのところ、行く?」

 

「リズさんの? う~ん、予定は無いけど何時でも行けるよ?」

 

「……これ。渡して、欲しい」

 

 首を傾げるシリカの前にアークはプレゼントボックスの様なものを出現させる。中には今現在シリカが食べているアップルパイと同じ物が入っており、シリカはそれに気付くと笑顔で了承しながら受け取った。帰りにリズベット武具店へ寄る事を決め、まだあるアップルパイを食べる。

 

 その後、アップルパイを食べ終えた2人と1匹は家の中で過ごし続けた。主にシリカがアークに話し掛け、ピナが2人の頭や肩に乗って欠伸をしたリ眠ったりを繰り返す。環境は違えど前の日常に戻った様な気がして、アークは窓の外へ見た。……その空は、何かが違った気がした。

 

『11月7日 14時55分、ゲームはクリアされました』

 

「……ぇ」

 

 それは、余りにも突然すぎるアナウンスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……! 久遠!」

 

 病院の廊下を全速力で掛ける1人の少女は自ら進んでデスゲームの世界へ入ってしまった妹が目を覚ましたかも知れないと言う事実に思わずその名前を叫ぶ。何時その命が頭につけられたナーヴギアによって奪われるか分からない日々の中で、それでもまだ昨日は生きていた。今世間ではソードアート・オンラインの世界に閉じ込められていた人達が次々に目を覚ましている。なら彼女も目を覚ましている筈だと思った故に。

 

「謝らなきゃ。私のせいで……!」

 

 姉である彼女はずっと、妹が現実から逃げる様に仮想世界へ身を投じたのが自分のせいだと自らを責め続けていた。

 

 まだ自分が6歳で妹が3歳の頃、父親が事故で死亡。以降弱った母親と笑わなくなった妹を守ると少女は誓った。そして4年前、事件(・・・・)が起きた。それから自分へ対する周囲の目は冷たくなり、自分に味方する妹にも被害が及ぶ様になり始め、妹を守る為に彼女は妹と関わらない事を決めた。それが彼女を追い詰めたのだと。まだ小学生だった妹がそれを見放されたと思ってしまう事を、彼女は考えていなかったのだ。

 

『朝田 久遠』

 

 息を切らして辿り着いた病室の前で、少女は深呼吸をする。ぼやけた扉にある窓の向こうには動く人影があり、看護師か先生が居るのだろう。少女は意を決してその取手を掴むと、横にスライドする事で入室し始める。

 

「! 朝田さん、お姉さんが来ましたよ」

 

 姉の入室に気付いた看護師が優し気にベッドで横になる女の子へ声を掛ける。伸びた真っ黒な髪に弱々しく開かれた目。2年程眠り続けていた彼女に起き上がる力は無かった。何とか点滴などで命を繋いでいた身体は2年間全く成長しておらず、女の子の元へ近づいた少女と入れ替わる様に看護師が離れる。

 

「ぉ、ねぇ……ちゃ、ん」

 

「あ……ぁあ……く、おん……久遠!」

 

 何も繋がれていない身体と自分の顔を見て弱々しくも声を出す妹の姿に少女は涙を溢れさせてその手を握る。両手で二度と離さないとばかりに強く、だが壊れない様に優しく。

 

「御免ね。私が、私が貴女を追い詰めたから!」

 

「わ……た、し……は……ぉ、ねぇ……ちゃ、ん……の……」

 

 気付けば再会を邪魔しないためにか看護師達の姿も無くなり、無事にSAOから生還したアーク……久遠は自分の思いを伝える為に言葉を紡ぐ。病室の中には泣きじゃくる姉の声が響き渡り、それから面会時間のギリギリまで彼女は久遠の傍に居続けた。これから久遠にはリハビリなどの辛い時間が待っている事だろう。姉である少女は改めて妹を守ると共に絶対にもう彼女を苦しめない様に改めて誓うのだった。




本編は今話にて終了。以降は後日談となります。


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後日談 少女、現実を生きる

今話より後日談となります。タグの通り、今まで以上にキャラ崩壊注意です。


 久遠が目を覚ましてから半年。彼女は2年以上動かしていなかった身体を動かせる様になるまで、毎日リハビリを続けた。2か月程で身体が違和感を感じ乍らも動かせる様になり、4か月程で自由に動ける様になって退院の許可も降りる。そして半年でもう完全に大丈夫だと言われた久遠は姉と共に喜びを分かち合った。

 

「久遠、そろそろお風呂に入りましょ?」

 

「また、一緒?」

 

「勿論。姉妹だから当たり前よ」

 

 目を覚ましてからの日々は久遠にとって辛い事の方が多かった。それは身体の事だけでなく、自分がSAOの中へ逃げ込む原因になった周囲の問題もあった故に。だが姉に自分の思いを告げた事が切っ掛けとなり、姉は周りからの冷たい言葉に見向きもしなくなった。決してそれは自らのした事に何も感じなくなった訳では無い。唯、妹を救ったと言う事実を受け止めると共に前へ進もうと決意したからである。

 

「私、もう……中学生」

 

「? そうね」

 

「お姉ちゃん……高校生」

 

「えぇ。……?」

 

 SAOで2年の時を過ごした久遠は小学校を卒業する年になっており、姉も中学の卒業を控えていた。リハビリの間久遠が学校に行ける訳も無く、姉である彼女も学校が終われば自分に何かを言う生徒達など無視して病院へ直行。そんな日々を過ごした後、義務教育故に卒業出来た2人は新しい学校へ通う事となった。そこで、久遠はSAOから生還した者達が通う専用の学校が創設される事を姉から知らされる。そして、それと同時に1つの提案をされた。『一緒にこの街を離れよう』と。

 

「普通、入らない」

 

「そんな事無いわ。お風呂に年齢なんて関係ないもの」

 

 冷たい目を向ける街から離れる良い機会であり、創設された学校へ通う為にも久遠はその提案に頷いた。姉は高校生になる為に出来る限り近い場所を選び、そして2人は共に新しい街で住み始めた。だが、2人の悩みの種である事件の話は例え街を離れても追い掛けて来る。姉の高校では既に彼女がした事が広まっており、中には心無い言葉を掛ける者も居た。が、大きな心の支えを持つ彼女は何を言われても折れる事等無かった。

 

「ほら、入りましょ?」

 

「……」

 

 自分がした事で妹と母親は救われた。今までその事実に気付けなかった彼女は久遠から本音を聞かされた事で、自分を責め続ける事を止めた。小さな感情の変化だが、その変化が齎した影響は大きく、彼女はトラウマと向き合う勇気を手に入れた。事件の際に使った銃が原因で指を使って形を作るだけでも震えてしまっていた彼女だが、今ではその形を見てもモデルガンを用意しても思い出しはすれど身体は震えない。それはトラウマを克服出来た証であった。

 

「髪、洗ってあげるわ」

 

「平気。自分で、洗う」

 

「じゃあ身体を私が洗ってあげる」

 

「自分で……洗う……!」

 

 新しい街の新しい家で、姉と向き合った妹と妹に勇気を貰った姉は今日も仲良く同じ時間を過ごし続ける。

 

「ふぅ……」

 

「ふふ、気持ち良い?」

 

「ん……でも、やっぱり狭い」

 

「2人で入るには確かに狭いわね。まぁ、でもこうして密着すれば良いだけの話よ」

 

 最近、姉による必要以上のスキンシップが悩みなのは久遠だけの秘密であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アークちゃ~ん!」

 

「!」

 

 学校へ到着した久遠を出迎えたのは見覚えのある少女の抱擁であった。ツインテールにしてある髪が喜び故かピョコピョコと動き続け、彼女は腕の中に入る久遠の身体を抱きしめて髪の毛に頬擦りまでする。突然の事にされるがままだった久遠だが、その身体を両手で押して何とか抱擁から脱出するとジト目で相手を見始める。

 

「……珪子……先輩」

 

「う~ん、ねぇ、アークちゃん。やっぱり『お姉ちゃん』って呼んで! 1回だけで良いから!」

 

「嫌」

 

「ねぇ、お願い! お願い!」

 

「またやってるのね、あんた達」

 

 両手を合わせて何度もお願いし続けるその姿は紛れも無いシリカであった。珪子というのは彼女の本名である。そしてお願いするその姿を前に断る久遠は既に学校内で見慣れたものであり、髪色は違えどリズベットと同じ姿の少女が久遠の頭に手を乗せる様にして背後から現れる。

 

「リズさん! おはようございます!」

 

「おはよう。……里香……先輩」

 

「おはよう、珪子。久遠。にしても、何度聞いても取って付けた様な先輩呼びね」

 

 リズベットこと里香は乗せていた手を動かして頭を強めに撫でながら告げると、久遠は2人から視線を逸らして明後日の方向へ向ける。SAOの世界では何も気にせずに呼び合っていたが、今現在の現実世界における立場は先輩後輩の関係であった。まだ中学1年生の年代である久遠は元々余り喋らない事も相まって、相手の事を先輩呼びするのに苦労している。今まで考えもしていなかった故に尚更だ。

 

「慣れない」

 

「お姉ちゃんって呼んでくれれば簡単だよ?」

 

いや(・・)

 

「諦めなさい。もう久遠には姉が居るんだから。っと。そろそろ厄介なのが来るわよ」

 

「……」

 

 珪子の言葉に同じ言葉ながら強い意志を込めて答えた久遠の姿を見て里香が告げた時、微かに聞こえる足音と共に3人は同じ方向へ視線を向ける。その足音の間は短く、走っていると気付くのに時間は掛からない。徐々に遠くから見える様になり始めるのは、長い茶髪を揺らす同じ制服を着た少女。そして彼女の隣を何とも言えない表情で並走する少年の姿だった。やがて少女と久遠が目を合わせた時、校内にまで響き渡りそうな声が少女から発せられる。

 

「くーおーんーちゃーん!!」

 

 猛スピードで近づいて来た少女は久遠の元へ辿り着くと、その身体を轢く様に抱き締めて勢いを殺しながらも珪子と里香から僅かに距離を作る。彼女を追い掛けて来た少年……キリトこと和人は少し疲れた様子で珪子と里香に挨拶すると、久遠を抱いたままモゾモゾする少女の背に視線を向けた。

 

「はぁ~、3日ぶりの久遠ちゃん!」

 

「明日奈……苦しい」

 

 自分よりも遥かに小さい久遠の身体を抱きしめる少女……明日奈。珪子とも差がある久遠の身長で明日奈に抱きしめられてしまえば、その足は宙に浮いてしまう。当然苦しむ事になり、だが明日奈はそれを聞いても久遠の身体を離そうとはしなかった。実は昨日、一昨日と休日だった為にこの場に居る面々は2日間誰とも現実では合っていなかったのだ。それは明日奈にとって大きな問題であり、既に慣れた光景だった故に他の3人はそれぞれ首を横に振りながら見守る事しか出来なかった。

 

「何時見ても休み明けのアスナさんは凄いですね」

 

「もう病気の一種何じゃないの? 久遠症候群ってところね」

 

「否定し切れないのが怖いんだよな」

 

 里香の言葉を聞いて和人が思い出すのは数か月前の出来事。SAOがクリアされて現実に戻って来る人々が居る中、明日奈を初めとした数百人が目覚めないという事件があった。久遠や珪子達は話に聞いただけ故にその事件に関わっていないが、明日奈を始めとした人々はとある人物によって囚われの身になっていたと、後に解決した和人や救われた明日奈本人は語る。そしてその際、和人は囚われていた明日奈の姿を当然目撃していた。

 

『アークちゃんアークちゃんアークちゃんアークちゃんアークちゃん…………』

 

 淡々と同じ名前を呼び続けるアスナの姿は余りにも恐ろしいものだったと後に和人は語る。余りの恐怖に彼女を捕らえた張本人も手が出せなかったとの事。無事に目が覚めた時、アスナは弱る姿で『アークちゃんに会いたい』と告げ、和人は現実世界の久遠を探し出した。因みに明日奈と久遠の再会には久遠の姉も同席している。故にもう既に明日奈と久遠の姉は顔見知りである。……仲は良好と言い難いが。

 

「久遠ちゃん、まだ詩乃さんは許してくれない? 私、遊びに行きたいよ」

 

「駄目、だって」

 

『この家は私と久遠の愛の巣なんだから、誰かを部屋に入れるなんて絶対に駄目よ』

 

「じゃあじゃあ、久遠ちゃんが泊まりに来るのは? それも駄目なの?」

 

「ん……同じ」

 

『私から久遠を取り上げようなんて、認めないわよ。一昨日来なさい』

 

 詩乃、とは久遠の姉の名前である。明日奈は何時か休日に久遠の家に遊びに行くか久遠を家に招く事を計画していた。だがそれは尽く拒否され続けているのだ。久遠の保護者代わりと言っても良い存在が相手故に、明日奈も強引な手段には出られない。何よりも久遠がSAOに入った原因であると共に、一緒に居たかった存在である事を知っている為に引き剥がす選択肢は明日奈の中に無かった。

 

 久遠と手を繋いで校舎へ歩き始めれば、後ろにいた3人も慌てて後を追い掛ける様に校舎へ入る。一時足りとも離さないとばかりにその手を繋いだまま、明日奈は正常な思考になった頭で考え始める。……その後明日奈や和人が入る教室に到着するも、久遠は違う教室故に明日奈が駄々を捏ねるのは何時もの事であった。



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ユイ、アークに甘える

「お姉ちゃん!」

 

 家の中に姿を現したアークさん。ううん、お姉ちゃん。思わずパパの背中から飛び出してその身体に飛びつけば、お姉ちゃんは私の身体を受け止めてから抱き締め返してくれます。それが心地良くて、幸せで、私はお姉ちゃんの身体に顔を埋めてしまいます。ママが「良いなぁ~」って羨ましそうだけど、これは私の特権だから譲れません。1度私の真似をする様にママがお姉ちゃんに抱き締めて貰おうとした事はありましたけど、お姉ちゃんはしませんでした。ママとお姉ちゃんの体格差からしても大変ですし、お姉ちゃんは私にしかしませんから。はい、私にしか(・・・・)しません。

 

「あぁ、女の子同士の抱擁。良いよ! もっとやって!」

 

 そんな私達の姿を興奮した様子で見つめる人が居ます。金色の髪を1つに束ねたポニーテールと呼ばれる髪型にした女の人。名前はリーファさんと言って、何と現実世界でパパの妹さんらしいです。パパはリーファさんの事を『ゆりずき』と偶に言っていて、リーファさんは私達が抱き合う度にああして喜んでいます。唯、私とお姉ちゃんだからでは無いみたいです。お姉ちゃんが他の誰かと一緒に居てもあんな感じになります。

 

「禁断の姉妹愛。もう、最高!」

 

「勝手に姉妹を増やさないで貰えるかしら?」

 

「あ、シノンさん。こんにちは! 何ならアークちゃんとシノンさんでも私は大歓迎ですよ!」

 

 少し遅れてリーファさんの傍に現れたのは、お姉ちゃんのお姉さんであるシノンさんです。少し冷たい印象を受ける人なのですが、頭に生えたケットシー特有の猫耳がその雰囲気を緩和している気がします。因みにお姉ちゃんの種族はインプです。少し明るめの長い黒髪とケットシーでは無いのにシリカさんよりも低めな身長は現実に居る皆さん曰く、殆どそのまんまらしいです。それはつまり、お姉ちゃんが現実でも私以外を抱きしめる事は無いって事です!

 

「さて。今日はどうする? 特に特別なクエストの情報も無いんだが」

 

「私はアスナと話があるから何かあっても今日はパスよ。今日こそ諦めさせてやるんだから」

 

「私はアークちゃんに付いて行くつもりだよ。何か良いものが見れそうだからね」

 

「何も、決めて無い」

 

 パパの言葉でシノンさん、リーファさん、お姉ちゃんの順にこの後の事を話し合います。パパがお姉ちゃんから離れてしまうと、パパのナビゲーション・ピクシーである私も離れる必要があります。毎日こうして会ってはいますが、離れ離れになると明日まで会えない可能性も高いです。今の内にお姉ちゃんを感じておかないと。

 

「? ユイ?」

 

「お姉ちゃん。もう少し、良いですか?」

 

「……分かった」

 

 少し強くした力に気付いたお姉ちゃん。私がお願いすれば、一緒にソファへ移動して改めて抱きしめてくれます。傍で鼻を押さえるリーファさんと不満げにこちらを見つめるシノンさんの姿も見えますが、私からお姉ちゃんを引き剥がしたりはしません。お姉ちゃんはSAOに居た頃、自分よりも年下の人と出会った事が無かったそうです。だから私と出会って妹になって、嬉しかったと再会した後に教えてくれました。私もお姉ちゃんと一緒に居られて嬉しいですから、こういうのを役得と言うのかも知れません。

 

 この後、遅れてやって来たママとシノンさんは家を出て何処かへ行ってしまいました。何時もなら顔を出すシリカさんはお姉ちゃん曰く、リズベットさんと約束してクエストに向かったそうです。つまりこの家にやって来る人の殆どがもう居るか用事で来ないと言う事。もしかすると、このまま今日は1日中お姉ちゃんと一緒に居られる可能性もあります!

 

「リーファ。少し良いか?」

 

「何? お兄ちゃん」

 

 パパがリーファさんを連れて離れ始めます。家の中からは出ないみたいなので、私はお姉ちゃんから離れる必要がありません。……! 今この部屋には私とお姉ちゃんの2人だけ。もしかすると、この前の様なスキンシップが出来るかも知れません。お願いしてみましょう!

 

「あの、お姉ちゃん」

 

「?」

 

「もっと、その……甘えたい、です」

 

「……」

 

 お姉ちゃんは私の言葉に見えなくなったパパ達の方へ視線を向けて、他に誰も居ないか確認する様に周囲を見回します。前にお願いしたスキンシップ。それは私がネットの海で姉妹のスキンシップがどんな物なのかを知りたくて調べた時に、『どうじんし』と呼ばれる作品に載っていた方法でした。小さな妖精の女の子が人間の女の子に甘えるお話で、そこで行われたスキンシップは私とお姉ちゃんの間でするのにピッタリの内容でした。

 

「……おいで」

 

「はい!」

 

 お姉ちゃんの許しを得て、私は身体を手の平に乗れる程のサイズに変えます。そしてお姉ちゃんが自分で開けてくれた胸元に入り込みます。私が見たのはリーファさんみたいに胸が大きい人の谷間に入る妖精さん。お姉ちゃんは最近徐々に大きくなって来ているそうですが、小さくなった私を挟める訳ではありません。それでもお姉ちゃんの服と身体に前後を挟まれ、左右を僅かに挟まれるこの空間はとても幸せです。

 

「お姉ちゃん」

 

「んっ……ユイ」

 

「ぶふぁ! ぁ」

 

「スグ!? あ、悪い! 覗くつもりは無かったんだ! 取りあえず様子を見て来る!」

 

 突然聞こえて来る声に振り返れば、顔を抑えたリーファさんが私達を見てログアウトする姿がありました。いえ、あれは多分現実で付けているアミュスフィアの安全装置が装着者の危険を感じて強制的にログアウトさせたのかも知れません。パパはリーファさんが消える姿に驚いた後、気まずそうに私達に告げてログアウトします。私はパパのナビゲーション・ピクシーですが、パパがログアウトしても消える訳ではありません。ログアウトしたその周囲からは余り離れられませんが……今は何も問題無いですので、このまましばらく甘え続けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉ちゃんの胸で甘える事数十分。ママとシノンさんが戻って来ました。まだパパとリーファさんは戻って来ていません。流石に2人だけの時間はもう終わりみたいです。御二人には気付かれない様にお姉ちゃんの胸元から出て、今度は服の上から抱き着きます。そうしたらまたお姉ちゃんは私を抱きしめてくれて、またママが羨ましそうな声を出しました。シノンさんも無言でジッと此方を見続けて、正直怖いです。

 

「うぅ、アークちゃんもお願いしてくれないかな。お姉さん、頑なにお泊り会を許してくれないの」

 

「例えアークの頼みでも聞けないわよ。……私が耐えられないもの」

 

 ママが私達の隣に座って泣きつく様に話し始めます。ですがシノンさんは腕を組んでお姉ちゃんが何かを言う前に答えました。最後の小声は私にしか聞こえなかったみたいです。私と同じ様にお姉ちゃんの身体にママが抱き着けば、お姉ちゃんは表情を変えずに。でも仕方無さそうにママの頭を撫で始めました。途端にママの顔は緩み始めます。お姉ちゃんの身体となでなでには不思議な力があるのかも知れません。あ、シノンさんがもっと怖くなりました。

 

「もう夕飯時ね。一度落ちましょうか」

 

「ん。ユイ、アスナ……また、後で」

 

 時間を確認すればもう夕方は過ぎて18時を過ぎていました。それに気付いたシノンさんの言葉にお姉ちゃんは頷いて、私とママを遠ざけます。シノンさんと一緒にメニューを開き始めれば、本当に居なくなってしまうのが分かって寂しくなって。でもそれに気付いたみたいにお姉ちゃんは小さな私の頭を人差し指で撫でてくれました。

 

「後で……また、しても良い」

 

「! はい! お願いします!」

 

 ママやシノンさんが首を傾げる中、私だけがその意味を理解出来ました。だから思わず綻ぶ笑顔のままでお願いして、お姉ちゃんとシノンさんがログアウトする姿を見送りました。

 

「ユイちゃん、何をお願いしたの?」

 

「えへへ。内緒です♪」



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詩乃、妹と日常を過ごす。【終】

 授業が終わり、HR(ホームルーム)を終えた教室の中は騒がしくなり始めた。これから部活に向かう人も居れば帰る人も居る。私の場合は後者で、教室内に居る生徒の中では一番最初に帰宅していると思う。

 

「あの、朝田さん。もし時間があったら良ければで良いんだけど」

 

「時間も無いし良くも無いわ」

 

 最近声を掛けて来る男子。確か新城? 新宿? ……どっちでも良いわね。彼は休み時間や放課後に何が目的か知らないけど、頻繁に話し掛けて来る。休み時間には適当に返す事もあるけれど、放課後の時間を彼なんかに奪われる訳には行かない。私は1分1秒でも早く帰って久遠に会わないといけないのだから。呆然とする彼を置いて鞄を手に廊下に出れば、私達の教室よりも早くにHRを終えた生徒達の姿が廊下にはあった。以前先生に注意されて無駄な時間を使った経験があるから、廊下を進む間は決して走らない。

 

 校舎の外に出て正門を潜れば、後は誰にも邪魔されない。私は全速力で帰路を走り続けて、歩けば10分程の距離を3分近くで到着する。昔は運動系が正直そこまで得意では無かったけれど、走りと体力なら最近は自信がついた。それも全て久遠の為。これがきっと、愛の力ね。

 

「ただいま」

 

 鍵を開けて返って来ないと分かっているけれど、私は念の為に言っておく。既に久遠の靴は靴箱に入っていて、帰宅しているのは間違い無い。ちょっと特殊な学校とは言え、高校生と中学生では高校生の方が遅くに終わるから当然よね。結構シリカに放課後誘われているらしいけど、断ってるとも聞いたわ。それはつまり私を優先してくれていると言う事。きっと久遠も私の事を……。

 

「……」

 

「……ふふっ、ただいま」

 

 鍵を閉めて中に入り、制服を脱いで楽な恰好になってから手洗い嗽を済ませた私は久遠が居るであろう部屋を軽くノックして、返事が無いのを確認してから中へ入る。予想通り頭にアミュスフィアを付けて横になる久遠の姿があって、私は彼女のベッドに座ってその頭を撫でる。私も久遠も帰って来たら殆ど外に出ないでVRMMOに入ってばかり。世間的にそれは余り良く無い事なのかも知れないけれど、私達に取ってはそれが幸せだから止めるつもりは無い。まぁ、私は久遠が一緒に居るなら何方でも良いんだけれど。

 

「久遠」

 

 何気なく名前を呼んで、私は久遠の頬を撫でる。ゲームの中に入っている為、当然返事は返って来ない。半年以上前はそれが苦しくて、辛くて仕方が無かった。でも今は違う。私も彼女と同じ世界に入れて、一緒に目覚める事も出来る。何の音も無い部屋で、それでも私はそれを考えるだけで幸福だった。

 

「今、行くからね」

 

 ベッドから立ち上がり、撫でていた頬にキスをしてから私は部屋を後にして自室に入る。私が帰って来たって事は、アスナも下校済みな可能性が高い。別にアスナの事が嫌いな訳では無いけれど、久遠と2人きりには出来る限りさせたくない。何か、取られてる気がして気に入らないから。久遠の姉は私だけで良い。……正直、アスナにはそれ以上に何か久遠と2人だけにしたら危ない何かがある気がするのよね。

 

「今日は何しようかしら」

 

 アミュスフィアを手に私はベッドへ横になる。久遠が閉じ込められてしまったVRMMO。私は久遠がそれを再びやりたいと言った時、全力で反対した。でも久遠は本気でやりたいと言い続けて、何度か話した末に決まったのは私も一緒にやると言う事。今まで体験した事の無かったゲームの世界は想像以上で、2年以上久遠がこんな世界で生きていたのかと驚いたのは今でも鮮明に覚えている。久遠曰く、大分違うらしいけれど。

 

 アスナ達と出会って、一緒にALOを毎日の如くやる様になって初めて私は久遠と同じ世界に立ち始めたのかも知れない。他にも色々なVRMMOはあるらしいけれど、久遠がやる気を見せないなら私が興味を持つ意味も無い。あぁ、興味と言えばずっと私が興味を抱き続けている事がある。それは……結婚システム。

 

「リンク・スタート」

 

 今私がしたい事は結婚。VRMMOの世界にもしっかりと性別の概念はあり、結婚と言うシステムまで存在している。そしてその結婚に……性別は関係ない。女性同士でも男性同士でもVRMMOの中でなら結婚が出来る。血の繋がりは当然ゲームの中じゃ関係なくて、それはつまり久遠と私は結婚が出来ると言う事! 当たり前だけど彼女以外と結婚する気なんて毛頭ない。今はまだ難しいけれど、何時か必ず私は久遠と結婚して見せる。絶対にアスナ達には負けられないわ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこっ!」

 

 私が放った矢がモンスターの身体に当たり、僅かに怯んだ隙をついて私の横を飛び出したアークが身の丈以上ある大きな剣を振り下ろした。光る斬痕を残した後に消えるモンスターを背後に剣を背中に乗せるアークの姿は小さいのにカッコ良く見えて、私は近づいてハイタッチ出来る様に手を見せる。

 

「お疲れ様」

 

「ん。お疲れ……お姉ちゃん」

 

 ここでポイントなのはアークが手を上げるだけでは届かない位置に手を用意する事。そうするとアークは近づいて来てから小さくジャンプしてハイタッチをしようとするから。これが凄い可愛くて、私は戦いが終わる度にハイタッチをする様にしている。でも流石に頻繁にやり過ぎると不審に思われるから、そこそこ強敵と戦った時等に限定されるけれど。……それにしても毎回思わずには居られないわ。

 

「それ、使い難くは無いの?」

 

「平気」

 

 アスナやシリカから聞いた話ではSAOの時、アークが使っていた武器は赤い刀身の剣だったらしい。でもALOになってからアークが選んだのは自分よりも少し大きな大剣。今では軽々それを使っている様にも見えるけれど、最初は自分が振り回されたり、背中に斜めで上手く納めないと地面にぶつかったりと大変そうだったのを覚えてる。何度も変えた方が良いと皆で言ったけれど、アークは一向に変えようとはしないのよね。リズベットだけは何か納得してた様だけれど。

 

「アークちゃーん! シノンさーん!」

 

「リーファじゃない。どうしたのよ?」

 

「いやぁ、やっぱり本物の禁断なる姉妹愛……じゃ無くて、アークちゃんの傍なら面白い事があるかな? って思ったので来てみました!」

 

 少し遠い距離から声を掛けて来たのはリーファ。特に用事も何も聞いていなかったけれど、ここに居る理由が分からなくて私は質問した。にしても、誤魔化せて無いわね。最初から誤魔化す気も無いのかも知れないけれど。アークも可愛いジト目でリーファを見始め、それに気付いたリーファは笑みを浮かべたまま。……実は彼女も少し、私は警戒している。と言うのも、女の子同士の恋愛である百合が好きと言い続けている彼女も女の子。他に誰も居ない時に彼女がアークと近い距離で過ごしているのを私は知っている。彼女も油断ならないのよね。膝に乗せて頭を撫でて、羨ましい。

 

 それからしばらくの間、私達は3人で行動する事にした。特に何か大きな目的は決めずに過ごす事が多いこの世界では何時もの事で、主に私が後衛を。アークが前衛を行い、リーファが補助をする形で戦闘は進めて行く。と言ってもリーファは剣も使うからアークと並ぶ事が多いけれど。私も短剣辺り、使ってみようかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久遠をALOに残して現実に戻った私は夕飯を用意する為に部屋を出る。他の誰かと一緒にするのは余り良い気分では無いけれど、家の戻った時点でアスナの他にも殆どの面々が揃っていたから可笑しな事は起こらない筈。久遠には30分経ったら一度ログアウトする様に告げておいて、料理は20分程度で完成させる。献立はぱっぱと出来る野菜炒め。

 

 完成させた料理を鍋に残して蓋を閉め、すぐには冷めない様にして私は久遠の部屋に向かう。帰って来た時と同じ様にノックをして、返事が無いのを確認してから中へ入れば何も変わらない光景が広がっていた。アークが起きるまで後8分。さぁ、何時ものを始めましょう。

 

 8分後、私は乱れた久遠の服装を整えて部屋を出る。と同時に聞こえて来る部屋の物音を確認して自室の扉を今出て来たかの様に開けた。そして今日3回目のノックをすれば、静かな声で「ん」と返答が聞こえた事で私は久遠の部屋へ三度入った。

 

「戻ったわね。もう出来てるわよ」

 

「ん……今、行く」

 

 片手にアミュスフィアを持ったまま私の言葉に頷く久遠を確認して、リビングへ。出来て数分しか経ってない野菜炒めはまだ出来たての範疇に入るわよね。それを1つの大皿に盛り付けてからテーブルの真ん中に置いて、お茶碗2つにご飯を盛れば夕食の支度はお終い。私の提案で洗い物は無駄に増やさない様、大皿から直接取る事にしている。

 

「美味しそう」

 

「そう、ありがとう。それじゃあ、食べましょうか」

 

「ん……頂きます」

 

 一緒に手を合わせた後、野菜炒めをおかずに夕食を済ませた私はお風呂を溜める準備をしてからリビングで久遠と共に時間を潰す。テレビは一応あるけれど、私も久遠も何方かと言えば静かな空間が好きだから見たい番組でも無ければ早々付ける事は無い。そう言えば、休み時間にあの男子が言ってたわね。たしか……。

 

「久遠。GGOって聞いた事あるかしら?」

 

「GGO……?」

 

「えぇ。アミュスフィアで出来るVRMMOらしいけど、どんなのだったかは覚えて無いわね。確か、銃がどうとか言ってたけど……」

 

「……銃……」

 

 私も久遠も銃に思い出はあるけれど、良い思い出な訳じゃ無い。もう銃を見ても平気にはなったけれど、確かに自分から近づこうとは思えないわね。……この話は無かった事にしましょう。私の為にも、久遠の為にも。

 

「忘れて良いわ。ALOに飽きた訳じゃ無いでしょ?」

 

「うん。皆、居るから」

 

 元々ALOを始めた切欠は久遠がやりたいと言ったから。でもその久遠が始めた切欠はアスナ達が居るから。私にとってVRMMOは久遠と一緒に居なければ意味が無くて、久遠には彼女達が居なければ意味が無い世界なのかも知れない。……そう考えると新しい世界を求める理由は無いわね。

 

「お風呂、沸いた」

 

「みたいね。先に入ってて良いわ。片づけたら入るから」

 

「また、一緒?」

 

「当然よ」



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