もし、あのシーンで、救けに来たのがシャイナさんだったら… (あれくん)
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紅い死の川へ…

 わたしは、今、サンクチュアリ12宮の裏道を全速力で登っている。裏道とは言っても

名ばかり。岩また岩の道なき道だ。しかも、体調が万全とはいえない。もともと

病み上がりの身体な上、雑兵共やパエトン相手に一戦交えたばかりだ。

 

「ウッ…」ボディーブローを受けてじわじわと痛む腹をおさえる。

 

 おべっか使いの側近とはいえ流石にサンクチュアリの参謀長を名乗るだけあって、

奴相手に無傷で勝つのは無理だったか。だが、休んでいる暇はない。星矢の為にも、

そして傷ついた身体をおして足止めを買って出た魔鈴の為にも。

 

 

魔鈴「ここで奴らを片付けてくるから、あんたは星矢のところに行ってやって」と言って、彼女は援軍として殺到してくる雑兵共相手に突っ込んでいった。あたし達二人の想い

は同じだ。星矢を、決して死なせやしない。

“あんたが行ってやりなよ、師匠なんだからさ”と

言いかけて、魔鈴の真意に気づいた。傷ついた今の彼女よりも、ダメージの少ないわたしの方がまだ星矢の救けになると言いたいのだ。

 

 

「わかったよ、魔鈴。だが、あんたも死ぬんじゃないよ」わたしは、戻りたい未練を振り切って、この山道を急いでいるというわけだ。・・・ついに、わたしは教皇の間へと続く道を見下ろす岩場に飛び乗った。

 

 

 それは無骨なサンクチュアリの慣習にも似合わぬ、豪奢な赤薔薇の道だった。まるで

赤い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めたかの様、いやむしろわたしの目には鮮血の大河の

ように見える。

 

 

――この中に星矢がいるのか――

…いた。真紅の絨毯の中に、埋もれるように倒れているのが・・・。わたしの、

憎くて愛おしい男。いや、少年が。

 

 

「星矢!」わたしは思わず大岩から飛び降りて赤い川の中へとためらいもせずに入っていった。…濃厚な、甘い、むせかえるような毒華の香り。防毒効果のある仮面を

着けているわたしならともかく、今の疲弊した星矢がこれをもろに吸ったら……。

 

シャイナ「大丈夫だ、まだ生きている…」

 

 

 わたしはホッとした。しかし、星矢はひどく傷つき、甘い死の香気で失神しているのが見て取れた。このまま毒華の花霞の中にとどまっていては、たちまち命を失ってしまう。命を救う手立ては…そこで、わたしは自分の仮面の唇の部分に触れ、しばし躊躇った。

 

 

――これを星矢に着ければ、こいつは助かる。しかし、仮面を取るということは…

 

 

 この仮面は女を捨てた聖闘士としての私の矜持(プライド)の象徴。素顔を彼の目に

晒す羞恥はわたしの心を“女”へと戻し、

弱くするのではないだろうか。わたしは彼を愛し、もう告白したとはいえ。それに問題はわたしの身体だ。星矢ほどではないが、わたしも傷つき、消耗している。

この身体で魔宮薔薇の香気に素顔を晒せば、命の保証はない。だが、他に術はない。

 

 

 わたしは星矢を仰向けに抱きかかえると、自らの仮面を外し、彼の顔に着けた。

素顔が外気に触れた途端、甘い香気が一層鮮明に鼻をつく。眼に痛みを感じるほどだ。

 

――なるべく、息を止めなくてはな――星矢の右肩を背負い、共に紅い死の河の中を上流

へと歩き出す。花霞で、先はよく見えない…。



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花霞の中の死闘―禁断の姿で―

「う、うう…」誰かが俺の右肩を抱いて歩いてくれている。誰だ…? 毒薔薇の香気とは

違う、いい匂いがする…。

 

 

「気がついたのか、星矢。」「その声は…シャイナさん!?」顔を向けると、

シャイナさんの端整な素顔が、美しい碧の瞳が目に入った。

 

 

星矢「いったいどうやってここへ? あれからどうしていたんです、それに、いつもの仮面は…?」

 

「しゃべるんじゃないよ、口をきくだけで、今のお前は体力を消耗するんだから。」そして、シャイナさんは、この薔薇は魔宮薔薇という危険な毒薔薇だということを教えてくれた。

 

 

シャイナ「でも、お前の顔に着けたその仮面なら、多少の防毒効果があるから、少しの間なら大丈夫さ。」(その言葉を聞いて、俺は自分の顔に触れ、あの仮面が今は自分の顔につけられていると知った。)

 

 

星矢「でも、それじゃあ、シャイナさんが…」

 

 

シャイナ「しっ、どうももう少し、手こずるみたいだよ、でも大丈夫、少し待ってな。」

 

 

 

?「へへへ、シャイナさんって、結構かわいい顔

してるじゃないの」

シャイナ「おまえら…」

 突如として、前方に、雑兵たちが現れた。

皆が皆、いやらしい薄笑いを浮かべている。

 

「シャイナさん、いや、シャイナ。反逆者どもに

与した以上、あんたを好きに料理していいと、

教皇様の仰せだ。この人数でかかれば、

傷ついたあんたなんて…!!」

 

「それに思ったより別嬪(べっぴん)さんだぁ…

あんな強面(こわもて)の仮面で、

そんな貝の中の真珠みてえな美貌を

俺たちの目から守り隠してたなんてな…へへへ、

たっぷり楽しめそうだな」

 

 奴らの下卑た欲情の視線が、

今や隠すものも無く露わなあたしの素顔を

舐めまわすのを感じる…。

 

 星矢を後方に寝かせたあたしは、

羞恥(しゅうち)を押し隠し、

下郎どもを睨みつけた。

 

「おうおう、怒った顔もなかなかにそそるぜぇ」

シャイナ「…気安くあたしの顔を

見るんじゃないよ(もう時間がない…)、

とっととくたばりな!!」

 

 

シャイナ「サンダークロウ!!」

 あたしの必殺拳が、前方から数に任せて

迫ってくる奴らを、数人まとめて吹っ飛ばす。

 素顔も露(あらわ)なあたし一人体多数の戦闘は既に始まっていた。

 

『仮面は女を捨て、聖戦を戦い抜くことを

誓った戦士の証…!』

『ゆえに素顔を男に見られることは、

裸身を晒すも同然の恥辱』

『それを、こんな下種どもの衆目に素顔を

晒して戦うなんて、女聖闘士の名誉を

泥に塗れさせるも同然』

『シャイナ、この恥さらしが!』

あたしの脳裏にドルビーサウンドで鳴り響く

叱責 (しっせき)と罵倒の声は、

他ならぬあたし自身の心の声だ…だがしかし。

 

(他の青銅(ブロンズ)たちが倒れ、

星矢も動けない以上、

今戦えるのはこのシャイナ一人。

たとえ恥辱を晒そうとも、

星矢だけでも守ってみせる!!)

 そのためにも、あたしの素顔を見たこいつらは

一人たりとも生かして帰さない!

 しかし…。

 

(何だ、この感覚は…!?)

 

 鼻孔を襲う濃密な薔薇の香気と共に、

次第にまるで酒に酔ったかのような

心地よい酩酊感が、自分の五体を

感覚を徐々に甘美に蝕むのを感じていた。

 

(やばい、とうとうあたしの身体も…)

 

 極力息はしないでいようとしたつもりだった。

だが、この人数の男どもを相手に、

まったく無呼吸で戦い続けるのも無理な話だ。

それに、今のあたしには仮面も無いのだ。

 

 鼻から口から、そして柔肌から

徐々に吸収され続ける

魔宮薔薇(デモンローズ)の毒香が、

あたしの身体を甘美な死の眠りへと

次第に引きずり込み始めていた。

 

「へっへっへっ、ああ~いい気持ちだぁ~!」

 敵の奴らも、頬は紅潮し、よだれを垂らし、

股間を勃起させてへらへら笑いながら、

踊るような足ぶりであたしに襲い掛かってくる。

醜い…しかし。奴らも私同様、

毒香に蝕まれ始めているのは明らかだ。

 

シャイナ「はぁはぁ、まさか教皇は…!」

(こいつらを捨て駒に…)

 

 あたしや魔鈴の離反も奴の

計算の内だったのか。

 こいつらの本当の任務は、あたしを倒すこと

なんかじゃない。

仮面を失ったあたしを戦わせて、

確実に魔宮薔薇(デモンローズ)の毒香を

この身体に浸透させ、

自滅を促進する心算(つもり)なのだ。

 

(駄目だ、このままでは教皇の奸計にはまる、

星矢もあたしも…)

 

 しかし、危機感とは裏腹に、

あたしの拳筋は鈍り、足ももつれ始めていた。

 

シャイナ「くぅっ…、も、もうあたしの体は、

言う事を…利かなく…」



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