もしも鞭の勇者を正統派主人公な性格にしてみたら (オレンジバルーン)
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もしも鞭の勇者を正統派主人公にしてみたら

 それは偶然だった。フォーブレイ王国にて飼われていたソウルイーターが偶然その魂を見つけたのだ。

 

 魂を好物とする魔物ソウルイーターは当然のようにその魂を貪った。躾をされて王族などの魂は勝手に食らってはいけないと調教されていたが、同時に邪悪な魂は問答無用に食らうように教えられていたからだ。その魂は明らかに黒く濁っていて、邪悪であった。故にソウルイーターは気にせず食いついたのだ。

 

『よし、神に貰った力で俺の異世界ライフの始まり……痛てぇ、な、なんだ!止めろ、食うな!止めろろろろろぉぉぉ!?』

 

 当然戯言なぞ聞かず、ソウルイーターは魂を頂いた。………少し脂っこかった。

 

 これを見ていた所謂「神」は世界の外側で苦虫を噛んだが、しかしすぐに手駒は幾らでもある事を思い出し先程の出来事を忘れる事にした。所詮食われたのは一人、幾らでも尖兵達は転生なり憑依させられるのだ。別に今回が上手くいかなくとも問題はない。

 

 そうして「神を僭称する者」は関心を失い、別の魂を世界に適当にばら撒く。

 

 こうしてフォーブレイ王国の王族の末席に名を連ねる赤子タクト=アルサホルン=フォブレイの本来の魂は「神の尖兵」に体を乗っ取られる事なく健やかに育ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん……こんな……こんな………!」

 

 俺は父の遺骸を前に泣き続ける。俺はタクト=アルサホルン=フォブレイ、四聖勇者を守護し、崇める世界最大の国フォーブレイ王国の王族だ。とはいえ王族とはいえ末端なのでせいぜいが少し豊な貴族程度であり王位を継ぐ事はまず無いだろう。まぁ、あの優秀だが豚の化物のような国王陛下の後釜と考えると好きでなりたくもないが。玉座が油ぎってそうだし……。

 

 兎も角も俺は両親、それに幼い妹と共に城下街で平和に暮らしていた。だが、王国の役人であった父は地方巡察の帰りにドラゴンに襲われた。部下達を逃がすために父は一人でドラゴンの足止めをしたが……。

 

「相手は竜帝だそうだ」

「なんだと?あの竜帝?それで討伐の方はどうなっている?」

「騎士団が派遣されたというが返討ちにあい……」

 

 葬式に参列した貴族達が噂する。どうやら相手は「竜帝」、つまりドラゴンらしい。しかもかなり強いらしく世界最強と呼ばれたフォーブレイ王国の騎士団でも返討ちに会う程だそうだ。

 

「レベル80……いや90はあるかも知れん……」

「それ程とは……!」

「勇者様が現れれば兎も角我々だけであれを倒すとなると面倒だな」

「いっそのこと放置しますかな?下手に触れると逆襲される。触れなければ地方の村が焼ける事はあってもこの首都までは来ますまい」

「放置だって!?」

 

貴族達の密談に俺は怒気をこめて叫ぶ。

 

「父さんを……!父さんを殺したドラゴンを放置だって!?しかも村が焼ける程度!?ふざけるな!世界を守る四聖勇者が建国したこのフォーブレイ王国がそんな事をしていい訳がない!」

 

 俺の叫びにしかし貴族達は聞き分けのない子供をなだめるように口を開く。

 

「そうはいっても実際下手に手を出せばそちらの方が危険なのだよ」

「左様、仮に怒り狂ったドラゴンがこの首都を襲ってみなさい。沢山の人が死ぬ事になるんだよ。ならばドラゴンの巣の周囲から人を避難させて放置するのが一番だ」

「レベル90ともなると我が国でも数人いるかいないかだからなぁ……」

「ぐっ……」

 

 その正論を前に俺は言い淀む。レベルは絶対だ。どれ程の敵意があろうともレベル90のバルーンにレベル1の人間は勝てない。レベルの差は絶対的な力の差なのだ。

 

「四聖勇者……いや、せめて七星勇者さえいればのぅ」

「今はどの武器も適合者がおりませんからなぁ」

「この程度の脅威では七星勇者すら引っ掛かるか……」

「メルロマルクの杖の勇者殿は?」

「あれは駄目だ。かつては賢王と呼ばれたというが今では杖に見放されているというしな……」

 

 気の毒そうにこちらを見た後、貴族達は再び会話を続ける。伝説の武器を操る勇者は過去幾度も滅びの危機から世界を守ってきた。しかしそれは世界の危機の時だ。今回のような事態は勇者無しの独力でも対処は不可能ではない。そう、損害さえ気にしなければ。そしてフォーブレイの上層部は今回の件で無駄に損害を出す事を嫌っているようだった。

 

「何だよそれ……!そんなの……そんなの……!」

 

 俺は苛立つ。それは父の死に対する怒りであり、世界を守るべきフォーブレイ王国が民を犠牲にする事への怒りであり、それを変えられない自身への怒りであった。認められない…認められるか!俺は父さんの仇を討つんだ!例え自身の命と引き換えにしたとしても……!

 

「おにい…ちゃん?」

 

 その声に視線を向ければそこには涙目でこちらの顔を伺う妹がいた。

 

「ナナ……」

 

 甘えん坊な妹を見る。いつも俺は両親に甘えて、寝るのも風呂も一人では嫌と泣きじゃくっていた。特に頼りにしていた父が死んだ事に相当ショックを受けたようで、目元は赤く腫れ、今もひくひくと鼻を鳴らしていた。

 

「おにいちゃん、こわいよぅ……おにいちゃんもパパみたいにドラゴンにいどむの?やだよ………おにいちゃんもいなくなるのなんてやだよう!」

 

 縋りつくようにナナが俺に抱き着く。そうだ、俺は何を考えていた?俺にはまだ守るべき母と妹がいる。此処で死ぬ事は許されない。だが……それでも………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺は家をこっそり抜け出した。といっても別にドラゴンを討伐する訳じゃない。それは今は出来ない。今の非力な俺には……だから今の俺がやるのは………!

 

 夜道を抜けて俺はようやく七星教会の聖堂の荘厳な門の前に辿り着く。

 

「はぁ、はぁ……ここ……なら!」

 

 湧きたつ興奮と罪悪感に頬を紅潮させながらひっそりと俺は聖堂に入る。

 

 夜遅いからか人手はなかった。いや多分どこかにはいるのだろうが少なくとも大聖堂の大広間にはいない。それもそうだ。この大広間にはこの世界で最も価値があり、しかし盗めない宝物がある。

 

「あった……!」

 

聖堂の中央、そこには鉄柱に固定された至宝があった。

 

「槌」、「斧」、「投擲具」、「爪」、「小手」、「杖」と並ぶ七星勇者の持つ武器が一つ、「鞭」である。このフォーブレイ王国に安置された七星武器だ。

 

「確か七星勇者は異世界から召喚しなくてもなれる筈……!」

 

 四聖武器に比べて遥かに格が落ちる代わりに異世界からの召喚者以外でも使えるのが七星武器である。かつて多くの七星武器に選ばれた英雄が魔物退治や魔王討伐の功績を残してきたと伝えられている。

 

 俺は鞭の七星武器の下に近づき、そして圧倒される。それ自体は唯の鞭だ。手元に宝石のようなものが埋め込まれているがそれだけ。このフォーブレイ王国の武器屋を探せばもっと良い見た目の武器もあるだろう。だが……。

 

「すごい……」

 

 俺のような子供にも分かる。この武器に込められた力を。この武器はそこらの魔剣や聖剣なんて目でも無い力を持っている。正に世界を救う勇者の持つべき武器……!

 

「っ……怯むな!怯んじゃ駄目だ!俺が怯んじゃ駄目だ……!」

 

俺は鞭の下で膝を付き、祈りを捧げる。

 

「どうか鞭の精霊様、御願いします。俺は……俺には力がいるんだ!大事なものを失わない力が!大切なものを守る力が!」

 

 鞭の精霊にとってはいい迷惑かも知れない。だが、それでも祈らずにはいられなかった。これが俺にとっての唯一の希望であったからだ。

 

「どうか……鞭の精霊様、俺にその御力を御貸し下さい……!」

 

最大限の祈りを捧げた後、俺は恐る恐る鞭に触れる。

 

「どうか……!」

 

そして鉄柱から鞭を引っ張った。次の瞬間………!

 

 凄まじい力の圧力が鞭を中心に広がった。それはまるで封印されていた力が蘇ったかのようだった。

 

「あっ……?」

 

 その力を前に尻もちをついてしまった俺は、次の瞬間手元を見て驚愕に目を見開く。そこは確かに鞭があった。そして鞭は柱から引き離されていた。

 

「えっ……認められた、のか?本当…に?」

 

 半信半疑な俺に答えるかのように鞭の手元にはめ込まれた宝石が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから俺の特訓は始まった。俺は自身が鞭の勇者である事も世間から隠した。それは勇者という存在が危険な戦いの数々に身を投じる事を意味しているからだ。母と妹を心配させたくなかった。表向きは国から王宮の騎士見習いとして登城しているように伝えてもらい、裏では鞭の勇者として修練を続ける。勇者としての報奨金は母の下に父の年金や俺の給金として送ってもらい俺はひたすらレベル上げとスキルの習得、そして鞭の強化方法たる資質向上により向上させたレベルを下げて再びレベル上げを行う。

 

「バインドウィップ!ギガントスター!」

 

 王宮の闘技場に運ばれてきたレベル70のモンスター「ヒュドラ」を拘束した後、その頭をモーニングスターに変化した鞭が叩き潰す。

 

「はぁ、はぁ……」

「お疲れ様です!タクト様!」

「ああ、ありがとうエリー」

 

 俺は息切れしつつもどうにか笑顔を作ると幼馴染からタオルをもらい受け汗を拭く。我が家のメイド見習いのエリーは同時に幼馴染でもある。純朴で人を疑う事を知らない性格で、何よりも熱心な鞭教(フォーブレイ王国で四聖教の次に勢力の大きい宗教だ)の信者だ。それ故に鞭の勇者になった後の俺に対して崇拝するような眼差しを向けている。一度は何か俺の言葉を勘違いしたのか「鞭の勇者様のためなら!」と夜伽に来た(流石に慌てて説得した)。

 

「違います!私はタクト様だからお慕いしているのです!勇者様だからではありません!」

「ははは、だといいんだけどね」

 

 エリーの言葉に騙される程俺ももう子供ではない。確かに王族で顔は平均以上だと理解しているが所詮数多くいるフォーブレイ王族の中では普通だ。エリーが本当に俺に魅力を持っているとすれば多分それは勇者である点であろう。素の俺が幾人いる王族よりも良いと思う訳がない。

 

「エリー、諦めろ。タクトはこういう奴じゃ」

「うむ、諦めた方がいい」

 

 エリーの後ろから現れるのは狐のような耳と尻尾を備えた幼女と前身に黒い服を纏い仮面を被った影だ。幼女の方は人に変化出来る狐の魔物でトゥリナ、影の方は元ゼルトブルの暗殺ギルドに所属していたメルリスだ。

 

 当然勇者である以上、いつまでも王城で遊んでなんていられない。家族には城に泊まると伝えて幾度か国外で任務についていた。二人はそんな中で出会った存在でトゥリナはシルトヴェルトで何か騒いでいた(どうやら封印が解けた事を喜んでいたらしい)所を危険な魔物として迎撃、半殺しにした後龍脈法等の未知の技術の幾つかを提供するなどと命乞いされたため魔物印による隷属と引き換えに命を助けた(大昔悪行をしていたらしいのでボコった事は後悔していない)。最初は鞭を見るたびに怯えていたが今では結構慣れたようで油断は出来ないが心強い味方だ。

 

 メルリスの方はゼルトブル内部での権力争いである大商人に雇われていた暗殺ギルドのメンバーであったらしく、雇用人に捨て駒にされかけた所を偶然ゼルトブル内部の争いを仲裁する任務についていた時に協力する事になった。金以外は信じない、なんて言っていたので即金で協力してくれるように頼んだのだが契約が切れた後も何故か俺の傍にいる。理由は分からないが俺としても強い味方は有難い(手強いので敵に回したくないというのもある)ので再度契約を結び家族や俺の護衛してくれていた。

 

「ねぇねぇ、もう私暇なんだけど、タクトー遊ぼーよー」

 

 その声は空からのものだった。グリフォンのアシェルは人に変化出来る魔物だ。こちらもシルトヴェルトでの任務で巨大なグリフォンを討伐して欲しいと伝えられたので向かいそれをボコった時に命乞いして差し出された娘だ。俺としては別にポータルウィップがあるので移動手段には困らないし、親子共々討伐しても良い筈だったのだがグリフォンがまだ家畜や農作物ばかりしか襲わず人を殺していないので特別に許す事にした(代わりに魔物達の統制や人を襲わない約束をさせた)。最初、この人質のグリフィンも俺の顔色を窺っていたが今では妹並みに甘えてくる。これはこれで困ったものだ。尤もこの甘え具合を見ているとその妹を思い出しついつい大目に見てしまうのだが……。

 

「タクトー」

「全くアシェルは仕方ない奴だな」

 

 地上に降りると共に甘えるように鷲のような嘴を俺に擦りつけるアシェル。父親と離れ離れになったのはまだ親離れ出来ていない頃だった。多分俺に甘えるのは父親代わりにしているんだろう。一度里帰りさせてやっても良いかも知れない。

 

「むむむ、タクトに自身の臭いをマーキングしよって……!子供なのを言い訳に小賢しい!タクトもタクトだっ!グリフィンなぞにほだされよって!」

「落ち着けトゥリナ。タクトのあれは完全に妹殿を相手する兄の心境だ」

「タクト様の衣服にグリフォンの臭いが……うふふ、しかしこの前買った超強力洗剤を使えば……うふふ……!」

 

 何やらエリー達が話しているようだがよく聞こえない。何を話しているのだろうか?

 

「タークートー!」

「ああ、よしよしアシェル。この訓練が終われば一緒に散歩に行こう、な?」

「うん!」

 

 尚、何故か護衛と称してエリー達がアシェルに乗ろうとして一悶着あったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グォォォォ!!?」

 

 隻眼のドラゴンが怒りの咆哮を上げる、しかしそれはすでに断末魔の叫びだった。

 

「タクト!?」

「タクト様!?」

 

 メルリスとエリーが重傷を負ってボロボロな俺の下に駆け寄る。トゥリナは急いで俺に回復魔法をかけ、アシェルはグリフィンの姿で唸り声をあげて警戒する。

 

「はぁ……はぁ……流石に強いな」

 

 殆ど差し違える形で俺は父を殺したドラゴンをし止めた。流石竜帝……それも最高位近い存在となればかなり苦戦した。エリー達の力が無ければ間違いなく死んでいた。

 

「だが……!」

「よすのじゃタクト!奴はまだ死んでおらん!」

 

 知っているさ!だからこそ死ぬ前に俺が止めを刺すんだよ!

 

「タクト!危険だよ!?」

「アシェル、手を出すなよ!?こいつは……俺が仕留めるんだ!」

 

 息絶え絶えのままに俺は隻眼の竜、竜帝アランレイヴの下に俺は向かう。

 

「ググっ……よもやこの私が破れるとは……これが七星勇者の力か………よくやった、鞭の勇者よ。この私をし止めた事、褒めてやる。私を殺しその首を掲げるなり、解体して鞭に吸収させるなり好きにするとよいわ」

 

 竜帝の中でも最上位が一体、アランレイヴは死に際であるにも関わらず堂々とそう答える。その姿は正に魔物の王に相応しい。だが……。

 

「アランレイヴ、お前は勘違いしている。この勝利は俺の力じゃない。仲間と、父のおかげだ」

「仲間は分かるが……父?いや、成程。貴様あの時の男の……!」

 

 一瞬怪訝な表情をし、次いで納得したような表情を向ける竜帝。そうだ、この竜帝の左目は傷によって視力を失っている。そしてその傷をつけたのは部下達を逃がして一人戦った俺の父だ。

 

 この竜帝の傷が無ければ俺は死んでいた。あの死角に入らなければ一撃必殺という理不尽な能力を持つブレスを前に間違い無く焼かれていただろう。

 

「お前を殺すのを待ちわびていた。父が死んでから、勇者になり、お前に復讐をするのを待っていた」

「ふむ、因果応報というものか。まぁ仕方あるまいな。この世は弱き者は強き者の餌となるだけ。宜しい、殺すが良い。だが、一つだけ言いたい事がある」

「……何だ?」

 

 この誇り高い竜帝が今更命乞いをするとも思えず怪訝に俺は尋ねる。

 

「もうすぐ世界を覆う「波」が訪れる。恐らくは貴様以外の七星勇者……四聖勇者達も現れるであろう。全ての勇者の力が必要となる災厄がもうすぐやってくる」

「何だと……?」

 

 最初は出まかせかとも思った。だがすぐに手に持つ鞭がそれが真実であると伝えてくれた。

 

「我が竜核を引き抜き貴様の竜に食わせよ。我が古代より伝わる知識、そして災厄を切り抜けるための最後の切り札が我が竜核には宿っている、それだけが我の望みだ」

「災厄?………ああ、約束しよう」

 

 俺は暫し迷うが、最終的にはそれを受け入れる。俺一人の独断によって世界を危機に晒す訳にもいかない。

 

「うむ、さらばだ」

「ああ……さよならだ」

 

 俺は竜帝の首を刎ねた。そうして俺は父の復讐を果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんの嘘つき」

「ごめんよナナ、許してくれよ?」

 

 竜帝をし止めた俺は、しかし国王がそれを王国全土に俺の実名入りで公表してくれやがったおかげで今機嫌が氷点下まで下がった妹の相手をしなければならなかった。正直竜帝相手するより辛い。

 

「ふんだ!お兄ちゃんなんてもう大っ嫌い!もう一緒にお風呂なんて入って上げないもん!」

「いや、それはそろそろ一人で入ろうな?」

「むっ!お兄ちゃんなんて大大大っ嫌いぃぃぃ!」

 

半泣きで自室に駆けだす妹。

 

「あっ……」

「タクト、貴方がいけないのですよ?あの子に黙って危険な事をしたのだから、母も怒っています」

 

 椅子に座った母が落ち着いた、しかし普段よりも厳しい口調で俺を咎める。

 

「そ、それは……すみません」

 

 俺は項垂れながらそう謝罪するしかない。何はともあれ母と妹を騙してきたのは事実だ。糾弾されるのも仕方ない。

 

「………タクト、鞭に選ばれたのはあの人のお葬式の日ですね?」

「知っていたのですか?」

「どことなく雰囲気で分かりました。我が子に何かあったと、まさか勇者になっているとは思いもしませんでしたが……」

 

やれやれと言った風に首を振る母。

 

「タクト、今更私は貴方に言う事はありません。貴方は鞭の勇者に選ばれた我がアルサホルン=フォブレイ家の誇りなのです。たかが王族の末席に座る家の代理当主が勇者、それも次期当主を叱りつけるなぞ出来る訳がありません。貴方ももう大人、母があれこれ口を出すべきでもないでしょう」

 

ですが、と続ける母。

 

「せめてナナには謝罪して許してもらいなさい。あの子にとって貴方は父の代わりでもあったのです。あの子、貴方が騎士見習いになったと言って家を出るようになってから寂しがっていたのよ?それに気付いたらなんか周囲に仲間だとか同僚とかいう娘が増えていますし……」

 

 ジト目で私を見つめる母。いや、確かにアシェルやらトゥリナが家に勝手に上がり込んだら困るだろうけど、レベル的にもかなり怖かっただろう、不安を感じたかも知れない。そう考えると今更ながら自身の危機感が薄かった事を実感する。つまり俺は妹を知らないうちに怖がらせていたのか!?俺は……俺は……兄失格だ!

 

「いや、違うそうじゃない!」

 

 俺は母が何か言ったのも無視して(大変失礼だがこの時興奮し過ぎていたのだ)ナナの部屋に突撃する。そして……!

 

「ナナすまん!今まで不安な思いをさせて!お兄ちゃんをどうか許してくれ!」

 

 俺はジャンピング・ローリング・土下座をしてナナに謝罪する。これはかつて四聖勇者が伝えた相手に最大限の謝罪をする方法であると言われる。これより上の謝罪法は切腹しかない、と呼ばれる程のものだ。自らの名誉も誇りも全て捨て去り俺は妹に謝罪する。

 

 ベッドにいた妹はあっけにとられた表情をする。次いでおどおどと困惑する。

 

「お、お兄ちゃん……?流石に鞭の勇者様がその謝罪は……」

「良いんだナナ!今の俺は鞭の勇者じゃない!唯のタクト、ナナの兄だ!兄として……これまで妹を騙して、不安な思いをさせて来た事を謝罪したいんだ!どうか!どうかこの愚かな兄を許してくれ!」

 

 俺は涙を流しながら土下座する。これで駄目なら切腹するしかない。尤もアランレイヴが言うにはもうすぐ大きな災厄が来るのでそれが終わってから、になるが……。

 

「別に……そこまでされたら………ねぇ、じゃあ久しぶりに一緒に寝てくれない、かな?昔はよくしていたでしょう?その……駄目、かな?」

 

俯き気味に答える妹。その表情は不安そうだった。

 

「一人で寝るの……寂しいし、怖いの」

 

ここまで言われて俺が妹の頼みを断る訳が無かった。

 

 

 

 

 

 

 竜帝の遺言に従いレールディアと名付けたドラゴンに竜核の欠片(というより殆ど塊だ)を飲ませた。結果としてその選択は正しかった。レールディアは竜核の記憶から「波」の詳細やレベル100の限界突破法等様々な知識を得る事が出来た。俺はこれを王に伝え、フォーブレイ王国を通じて各国に対しても波への対処の準備等を伝える。俺も仲間達とレベル上げを行うと共に「波」への準備をする。

 

 そのうち竜刻の砂時計が「波」の到来を告げ、俺は世界を駆け回り「波」に対処する事になる。また次々と現れるほかの七星勇者へのアドバイスのために他国を訪問もした。

 

 因みにその際、なんかよく分からない奴らが「チート」とか「転生者に勝てる訳ねぇだろ!」とか言って俺やほかの勇者を襲ってきたので返り討ちにした。もしかしたらレールディアが言っていた「波」の尖兵かも知れない。念のためソウルイーターウィップで魂事消滅させておいた。

 

 そんな事をしているうちに四聖勇者を召喚する儀式が四聖教の教皇庁の置かれる大聖堂で行われる事になった。今の「波」は辛うじて軍隊や七星勇者で対抗出来るが予言に従えば四聖勇者でなければこれからには対応出来ない。俺は最近頻発している勇者襲撃事件に対応するため召喚されたばかりの四聖勇者を護衛する任務を帯びて召喚の儀式に立ち会っていた。

 

「ここまで厳重な警備が本当にいるのかの?」

 

 大聖堂の警備に動員されたトゥリナが怪訝な表情をする。鞭の勇者たる俺とそのパーティー、フォーブレイ王国の近衛騎士団に竜騎士団、教皇庁の聖堂騎士団、ベテランの冒険者達が聖堂を囲むように警備する。何かあれば俺達はそれこそ命を捨てて召喚されたばかりの四聖勇者達や各国の代表が安全な場所に避難するまでの時間稼ぎする事になるのだ。

 

「トゥリナ、言葉が過ぎるぞ」

「そんな事ないよ、ほかの七星勇者なら兎も角タクトや私達まで捨て駒扱いなんて可笑しいじゃん。四聖勇者なんかよりタクトの方が絶対強いよ」

 

 各国の王達が集まる中で祭壇の端で警備するメルリルが注意し、しかしアシェルはトゥリナに賛同の声を上げる。

 

「滅多な事を言うものじゃないぞアシェル。所詮俺は七星勇者だ。到底四聖勇者様に勝てる通りなんてない。聖書や言い伝えからも明らかだ」

 

 言い伝えに目を通せば四聖勇者の前に七星勇者なぞ所詮前座に過ぎない事は明らかだ。今の俺が七星勇者最強と言われるのだってあくまでも早期に鞭に選ばれその分の経験があるだけだ。時間さえあれば四聖勇者にすぐに抜かれてしまう程度の力しかありやしない。

 

「むー」

「タクトは相変わらず自己評価が低いのう……ふむ、そろそろ始まるの」

 

 教皇陛下が王達に挨拶し、次いで何十人という高位神官達による聖句を並べた複雑な儀式魔法を行う。これにより四聖勇者をこの世界に御呼びするのだが……。

 

「どういう事ですか!?勇者が召喚されない!?」

 

 不発に終わった儀式に教皇陛下が驚愕し、列席する各国の王達もどよめく。神官達は困惑し動揺していた。しかし、すぐにそれ以上の衝撃がすぐに場を襲った。

 

「御報告致します!め、メルロマルク王国にて勇者召喚の儀式が行われ、ゆ、勇者様方が召喚された模様です!」

 

 兵士からの報告にその場の全ての者の視線がメルロマルク王国ミレリア=Q=メルロマルク女王陛下に突き刺さる。

 

「ぶひひ、メルロマルクの王女、これはどういう了見かな?まさか貴国が勇者召喚を行うなぞ……」

 

 ざわめく儀式の間にて、一人その脂肪の塊のような体を椅子に乗せるフォーブレイ(豚)王がメルロマルク女王に問いかける。だが見る限り一番困惑しているのはどうやら女王のようだった。

 

 その場では辛うじて弁舌を持って切り抜けた女王、しかしぞくぞく来る情報は目を覆わんばかりのものだった。

 

「三勇教の独走だと?」

「盾の勇者が強姦未遂?」

「いや、それはメルロマルクによる策謀だとの話だ」

「盾の勇者をこのように扱うなぞ……メルロマルクはこの時期に戦争を起こしたいのか!?」

 

 フォーブレイの王城で行われる会議でメルロマルク王国は殆ど吊るし上げに近い状態となっていた。現状各国の「波」は辛うじて七星勇者達により抑えられているがそれもいつまで続くか分からない。この「波」との戦いの要である四聖勇者の存在は世界そのものの存続に関わる。

 

 結果としてメルロマルク王国の代表たる女王は世界会議にて三勇教の追放を各国に宣言した。

 

「ですので、その偉業で知られる鞭の勇者様。我がメルロマルク王国に巣くう三勇教の横暴を止め、四聖勇者様方の保護を御願い致したいのです。どうぞご協力をお願い致します」

 

 ミレニア=Q=メルロマルク女王は頭を下げ願い出る。相手が七星勇者とはいえ一国の代表が頭を下げる事は相当な葛藤があっただろう。寧ろ女王だからこそ一層大きい筈だ。

 

「頭をお上げ下さい女王陛下、私もまた敬虔なる四聖教の信徒なれば勇者様を御救いするのは当然、この鞭の勇者タクト=アルサホルン=フォブレイ、女王陛下の頼みに答え暴虐の限りを尽くす三勇教を止め、勇者様方を御救いさせて頂きます」

 

 そして俺は仲間達と共にメルロマルク王国へと向かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お前等、どうやって……」

 

 槍の勇者こと元康が死人でも見る様な目で語りかける。三勇教の罠にはまった槍の勇者一行と盾の勇者一行は、突如として表れた剣の勇者一行と弓の勇者一行に驚愕する。

 

 剣と弓の勇者が生きている事に驚く槍の勇者とは別に、盾の勇者岩谷は都合良く、こんな僻地に二人が駆け付けるはおかしいと内心で訝しむ。タイミングでも計っていたのかと怪しんだ。

 

「影とかいうのと鞭の勇者という奴に助けられてな」

「ええ、危機一髪でした」

「え?影って俺達に尚文の居場所を教えてくれた奴等だろ?教会側のはずだぞ」

 

 盾の勇者はやはり影が自分達を尾行していたのだと結論を出す。そして同時に……

 

「……影も一枚岩じゃないとか言っていたな」

「ええ、僕達を助けてくれた影達と鞭の勇者は女王の命だと言っていました」

 

 盾の勇者である岩谷は影の奴等も協力してくれているという事、メルロマルクの女王は教皇とは敵対関係にいると見てよい事、少なくとも四人の勇者全員が三勇教会と敵対関係にいる今、女王が教皇と組んでいる可能性は低い事を察する。

 

「というか鞭の勇者?誰だそれは?」

 

 そして盾の勇者は生きていた剣と弓の勇者に怪訝そうに尋ねる。勇者とは四聖勇者の事ではないのか?

 

「何人来ようと私達の勝利は揺るぎませんよ。今ならどんな軍隊が来ようと数など無意味!」

 

 そんな盾の勇者の疑問に答える者が出る前に三勇教の教皇が高笑いするように叫ぶ。だが、次の瞬間………。

 

「ファイア・ドラゴンブレス!」

 

 天から落ちて来た火球の前に教皇の後ろに控えていた信徒達の大半が吹き飛ぶ。教皇が驚愕する。その見た目だけで威力が教皇の撃った「裁き」を越えるものである事を理解出来よう。

 

「あれは……!」

 

 天を仰いだ盾の勇者が見たのは巨大なドラゴンの姿であった。ドラゴンが一直線にこちらに降り立つ。盾と槍の勇者とそのパーティーが身構えるがすぐに剣の勇者が味方だと伝える。尤もフィーロは「ブー、ドラゴンきらーい」と敵意剥き出しに頬を膨らませたが。

 

「レールディア、手加減するように言ったんだけど……」

「タクトの言う通り手加減はしたぞ。よく見よ、全員虫の息だが一応死んでいないだろう?」

「ああ、うん……そうみたいだな」

 

 レールディアと呼ばれたドラゴンから降り立つ者達を不審そうに盾の勇者は見る。メイド服に狐っ子、アサシンに獣人……仲間が全員女なので内心で槍の勇者と同様ハーレムパーティーかよ、と毒づいた。彼女達の目付きがどこか四聖勇者を蔑むように見えたのも一因だろう。

 

 一方、そのパーティーのリーダーたるバンダナをつけた人物は四名の勇者に対して明らかな好意を持った笑顔で恭しくこう自己紹介したのである。

 

「お初に御目にかかります盾の勇者様、槍の勇者様、俺の名は七星勇者の一人、鞭の勇者タクト、タクト=アルサホルン=フォブレイです、メルロマルク王国女王の命を受け四聖勇者様方の御守りに参りました!」

 



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