全国同科中で最も難しくその倍率300を超える雄英高校一般入試当日。
寒風吹く中並んで雄英の門を潜る少年と少女。
二人とも少しだけ疲労の色が顔に現れていた。
「これから一般入試だけど…やっぱり、
「…ん」
「まあ、疲れてるからって理由はヒーローには通じないけどね」
「ん」
「ん!そうだね。オレは唯と一緒に雄英ヒーロー科に通いたいからね、無理してでも頑張るよ」
「……ん」
「うん!」
幼馴染みの関係である波風 閃と小大 唯はこれだけで会話が成立する。
閃曰く、表情と「ん」の高低などで大体分かるとのこと。
その顔付きと少しだけ天然気質のせいでナチュラルに女子を誑し込んでしまうが、幼馴染みの唯との対応の差を感じてしまうと自然と離れていく。
今も恥ずかしい事を口にしたが閃は恥ずかしがる素振り見せないので本心である。
唯は唯でそんな閃の天然が分かっているから反応は薄いがしっかりと頬が赤くなっている。
(((何故それだけで会話が成立するんだよ!!?)))
その会話を聴いていた周囲の受験生の心が一致した瞬間だった。
(あんのクソイケメンリア充がっ!こんなところでイチャイチャしてんじゃねーよっ!)
………一部、嫉妬で目から血涙を流さんとしようとしている少年がいるが……。
閃と唯は案内に従い講堂らしい場所に入り受験番号と同じ席に座り実技試験の説明が始まるまで待った。
『今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!』
シーン、という擬音が聴こえるくらいの静寂に包まれた。
ボイスヒーロー「プレゼント・マイク」は静寂に包まれた中でもそのまま話を続行した。
『こいつあシヴィー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!アーユーレディ!?』
YEAHHHー!……とはならずまた会場は静寂に包まれた。
「アハハハ……元気な人だね……」
「……ん」
閃はプレゼント・マイクのプレゼンを聞きながら手元のプリントに目を通していく。自身の“個性”の都合上道具の持ち込みアリは正直に言って助かった。なくても問題なく“個性”は使えるが、効率等を考えるならばあった方が断然に良いからだ。
「質問よろしいでしょうか!?」
『「「ん?」」』
プレゼント・マイクが“仮想敵”の説明をしていた時、いきなり受験生の一人が声を上げた。
質問をした眼鏡を掛けた男子を見ながらプレゼント・マイクが説明した“仮想敵”の事を考える閃。
「0Pの“仮想敵”……プレゼント・マイクの言い方だと0Pを相手にしても意味がない、か……受験生の実力を視る為だけなら0Pなんて用意する必要性はないと思うけど……」
「……閃?」
「ん?ああ、大丈夫だよ、唯。少しだけ考え事をしていただけだから」
眼鏡の少年が縮れ毛の少年に色々言っていたが、そんな事をわざわざ説明を中断させてまで質問したついでに言うことではないんじゃないかな?緊張してイライラしているのかと考える。
『最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と“plus ultra”!!それでは皆良い受難を!!』
プレゼント・マイクの言葉を頭の中で反芻させて僅かに口角を上げる。
「
「ん!」
閃は試験場が違う唯と一旦離れ、用意されている更衣室に向かう。
動きやすいジャージに着替え、“個性”を補助する為に用意した鉄串が六本入ったウエストポーチを装備して試験場前に移動した。
「おぉ……広いね。いつ始まっても良いように一応鉄串手に持っておくか。……ん?彼らって確か……」
閃が視線を向けた先には先程質問していた眼鏡の少年と指摘されていた縮れ毛の少年がいた。
さっきの説明の時の続きかな?と思いつつ二人に近付く。
『はい、スタートー!』
───が、話し掛けようとした時にプレゼント・マイクの声が響いた。
「あれ、始まっちゃったか……ま、そんな事もあるか」
唐突なスタート宣言に驚きつつも閃は手に持っていた鉄串を試験場に向かって力を込めて壁になっていた受験生たちの上を越す様に投擲した。
「……飛雷神の術」
微かに呟いた言葉を言った瞬間、閃の体がその場から消えた。消えた閃に驚いた受験生たちは辺りを見て直ぐに閃を見つけることが出来た。その試験場前にいた誰よりも早く試験場に入って行く閃の背中を見た。
『どうしたぁ!実戦じゃカウントなんざねぇんだよ!走れ走れー!賽は投げられてんぞ!?一人がもう既に会場に到着したぞぉ!ヤロウども、奴に続け続けー!』
プレゼント・マイクの言葉を皮切りに棒立ちになっていた受験生は一斉に演習会場に向い試験に合格せんと必死になって走っていく。
こうしてヒーローを志す卵たちの最初の受難が始まった。
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2話
波風 閃は中学に入って最初の夏休みまで自身は両親と同じ無個性だと思っていた。
一歩間違えば死んでしまう様な体験を経験したことで己の力、“個性”を自覚する事が出来た。
それから家に居るときは“個性”で何が出来るかを調べ、“個性”を鍛えた。無個性だと思っていた時から無個性でもヒーローになる為には必要な事だと思い筋トレやランニングで身体は鍛えていた。
ヒーローの中でも無個性に近い人を調べ、その人のスタイルを見て参考にもした。力が弱いならば、物を投げるなどして“敵”を鎮圧すれば良いのでは?と考えてボールや苦無、手裏剣を狙った場所に投げれる様にもした。
“個性”届けには「瞬間移動」にしているが、瞬間移動は“個性”の力の一端であり自身が使って最もしっくりときたのが瞬間移動だったからに過ぎない。
ゲームや漫画で言うところの〈氣〉や〈魔力〉に近いエネルギー。閃はこのエネルギーを〈チャクラ〉と命名した。このチャクラが波風閃の“個性”である。
瞬間移動はこのチャクラを使って行われている。
チャクラを手に込めながら生物、非生物問わず触れた場所にマーキングを施す。そしてマーキングのある場所にチャクラを消費して瞬間移動が出来る。
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実技試験で用意した鉄串にはテーピングした持ち手にマーキングが施してあり、投げた鉄串に瞬間移動するという移動方法を用いて他の受験生を出し抜いた。
閃は誰よりも早く試験場に入り、道を駆け抜けていく。
『ターゲット発見!ブッ殺──』
ガッシャーンっ!
「まずは1ポイントっ」
突撃してきた仮想敵に心の中で驚きつつも顔には出さず対処する。
マーキング鉄串を仮想敵の頭の上に投げて仮想敵の攻撃を避けながらその機械の体に触り、一緒に投げた鉄串に跳んだ。空中に跳んだから重力に従い落下するが、既に跳ぶ前に前方に投げて地面に刺していた鉄串に跳び自分だけ地面に立ちやり過ごす。上に投げていた鉄串はしっかりと回収している。
この方法で何体もの仮想敵を
(他の受験生もやって来たみたいだね。乱戦状態になるからこれから仮想敵を上に跳ばすのは危ないかな。……この試験が敵ポイントだけしか見ていないなら戦闘系や捕縛系の“個性”ばかりしか合格しない、もちろん最低限の力は必要だ。でもやっぱり敵ポイントだけな訳ない。ヒーローとして資質があるかどうかも観ているはずだ。敵だけを倒すのがヒーローじゃない、人を救けてこそヒーローってね)
受験生の一人が素早い仮想敵に狙われていたため割って入り受験生と一緒に飛雷神で跳ぶ。
「うわぁ!……って、あれ?仮想敵は?てか景色が変わった?」
「ゴメンよ、オレの“個性”で危なかった君を移動させてもらったよ」
「マジかよ…すまん、助かった」
「どういたしまして。ヒーローは困ってる人を救けるお仕事だからね、助け合いは当然の事だよ。それじゃあオレは行くから君も気を付けて」
地面に刺していた鉄串を抜き、別のマーキングに跳んでその場から消える閃。
それから閃は仮想敵を見つけるよりも周りの受験生を優先的に救ける様に行動した。
各試験場のモニターを観る雄英の教師たち。
「この入試は敵の総数も配置も伝えていない。限られた時間と広大な敷地…そこからあぶり出されるのさ。状況をいち早く把握するための情報力。遅れて登場じゃ話にならない機動力。どんな状況でも冷静でいられるかの判断力。そして純然たる戦闘力……。市井の平和を守る為の基礎能力がポイント数という形でね」
ネズミっぽい人物から語られるヒーローに必要なモノ。
「今年はなかなか豊作じゃない?」
「いやーまだわからんよ。真価が問われるのは…これからさ!」
指定の時間になり一人の教師があるスイッチを押した。そのスイッチにはYARUKI SWITCHと書かれていた。
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轟音と共に出現した0ポイントの仮想敵は試験場に建てられていたビルよりも高かった。
「うーん、どっちかって言うとドッスンじゃなくてクッパだよ、アレ」
0ポイントの仮想敵を見てズレた感想を述べた閃はビルの屋上に飛雷神の術で跳んでいた。
(あの大きさを跳ばすにしても跳ばす場所が確保出来ないし、チャクラが足りるか分からない。まだ未完成の『螺旋丸』を使うか…それならば『颶風丸』で吹き飛ばした方が良いか……ん?)
地上の方を見てみると受験生の女の子が瓦礫に足を挟まれて倒れていた。
「くっ、間に合え!───え?」
女の子の近くの地面に鉄串を投げ、飛雷神で助けに向かおうとした瞬間……何かが0ポイントの仮想敵に向かっていった。
すぐにそれを確認しようと顔を上げるとあの縮れ毛の少年が0ポイントの仮想敵を殴り壊していた。
そして彼の身体を視て持っていた鉄串を彼に当たらないスレスレの位置に投げて縮れ毛の少年が落ちた柘榴にならない様にする為に、ヒーローとして困ってる人を救ける為に跳んだ。
「おおおお!!?(オールマイトの力だぞ!たった十ヶ月!ギリギリ収まっただけ!僕はまだ!スタートラインに″立つ権利″を与えられただけなんだ!)」
縮れ毛の少年緑谷は右腕と両足の痛みに耐えながら考える。
(考えろ!どうしよう!両足と右腕は壊れた!
「安心して、オレが来たからもう大丈夫だよ」
「───へ?」
いきなり耳に入った来た言葉に素っ頓狂な声を出してしまう緑谷。
そして、視界が振れたと思ったら地面にうつ伏せで横たわっていた。
「ふぅ……
「う、うん。私は一応大丈夫!そこの地味目の彼は!?」
「視たところ右腕と両足がバッキバキだ。これ以上の試験の続行はムリだね」
突然救けられて呆然とした緑谷だが「試験の続行」、その言葉を聞いて残った左腕を使い1ポイントだけでも取ろうと左腕を動かそうとしたら左肩を掴まれた。
「動いちゃダメだ!今の君は重症なんだよ!?」
「離してください!…せめて1ポイントだけでも!!」
鬼気迫る声に少女麗日は口を噤んでしまうが、緑谷の左肩を掴む閃は口を開く。
「……恨んでくれて構わない。でもこれ以上はヒーローを志す者として、一人の人間として、君に殴られても君を、この手を離すわけにはいかないよ」
覚悟ある閃の言葉に緑谷は歯を食い縛る。痛みに堪える緑谷の呻き声が響くなか、その時がやって来た。
『終了~!!!』
試験終了の合図であるプレゼント・マイクの声が響いた瞬間、緑谷は我慢していた痛みに耐えきれず気絶した。
気絶した緑谷を見て閃は大きく息を吐き出した。緑谷を飛雷神で一緒に跳ばすときは着地の事でかなりの神経を磨り減らしたからだ。
試験が終わったから改めて気絶した彼、緑谷を見た。まるで“個性”が身体に馴染んでいない、そんな印象を持った。
その後、リカバリーガールが来てくれた事で緑谷は怪我を治す事が出来た。
試験会場から戻って着替えを済ませ、予め決めていた待ち合わせの場所である校門で唯を待つ閃。
「…閃、お疲れさま」
「お疲れさま、唯。それじゃ、帰ろっか!」
「ん」
こうして、長いようで短い一般入試が終わった。
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3話
雄英の一般入試が終わり実家に帰ってきた閃は家の庭で未完成のままの螺旋丸の修行をしていた。
チャクラの回転と維持は出来ているが、チャクラの圧縮と威力が上手くいっていない。ゴムボールを片手に載せてグニョグニョさせていた。
「う~ん。なかなか上手くいかないね。颶風丸は結構簡単に出来たのに……」
閃の言う颶風丸は螺旋丸に必要な要素の一つである回転を主軸にしたものだ。颶風丸という名前のように竜巻を球状にした様なもので、破壊力を削り吹き飛ばす力に重きを置いた螺旋丸よりも殺傷力が若干低いのが特徴である。
『───おい、セン。螺旋丸の修行も良いが、そろそろ尾獣化の修行もするぞ。中学卒業までにバージョン3に入っときたいからな。テメェが自分の力だけでやりたいって言うから観てたが、ワシの力を使っとけばあんな小僧にデカブツを横取りなんざされなかったのによぉ』
「九喇嘛、でも流石に庭や実技試験の時じゃ出来ないよ?バージョン1はまだ良いけどバージョン2と3は
『んなこと言わんでも分かっとるわ!だから何時ものところに行くぞと言ってんだろうがっ』
「ん!了解だよ。ちょっと準備するから待ってね」
『ふん、早くしろっ』
九喇嘛。
それは閃の“個性”である『チャクラ』の塊で、橙色の毛並みと九つの尾を持つ恐ろしい狐の姿をしている。
閃が“個性”を扱えるようになって初めて認識出来るようになり、腹をわって話をして良好な関係を築く事に成功している。
普段は閃の体の中で寝ているが今の様に自分の力を扱えるように修行させようとする。
なんだかんだ言っても気にかけてくれる相棒だと閃は思っている。
「母さん。今から修行しに行くからね」
「はーい。あ、閃ちょっと待って。はいこれお茶」
母からボトルを渡された閃はそのボトルからくる微かな臭いとラベルからボトルの中身を理解した。
「母さん……これ、お茶じゃなくて麺つゆだよ」
「あれ?色が似ていたから間違えちゃったのかな?」
「いや、ラベルに大きく麺つゆって書かれてるよねコレ」
「あ、今日は肉じゃがを作ろうと思ってたんだけど。じゃがいもを買うの忘れちゃってたのよね」
「それってただ肉を煮込んだだけだよね」
閃の母親は“無個性”だが医者も匙を投げる程の天然というある種の絶滅危惧な個性を持っている。因みに、父親も閃も軽い天然が入っている天然一家である。
閃の中でその様子を見ている九喇嘛はそんな家族に頭を抱える。
それもそうだろう、九喇嘛の姿を見た母親の一声が「まあ、可愛いワンちゃんね!」だった。
そりゃ頭を抱えるも同然だ。
「九喇嘛ちゃん、閃の事よろしくねー」
九喇嘛は諦めた。
この家族に一々ツッコミをしていれば自分はおかしくなる、と。
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「実技総合成績出ました」
「救助ポイント0で一位タイとはなあ!」
「仮想敵は標的を捕捉して近寄ってくる。後半他が鈍っていく中寄せ付けた仮想敵を迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」
「対照的に敵ポイント0で八位。0ポイント仮想敵に立ち向かったのは過去にもいたけど…ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね」
「そっちもスゲーけどもう一人の一位タイの奴もスゲーだろ」
「スタートダッシュは誰よりも早く、向かってくる仮想敵は瞬間移動で倒す。他の受験生が来てからは空中に落とさず、仮想敵のカメラに一寸の狂いなく鉄串を投げ込んでいるな」
「危ない受験生を救けるタイミングもスゴイな。八位の子に向かって鉄串を投げたときはどうしたのかと思ったが、八位の子にギリギリ当たらない様に投げてる。あの一瞬でそんな事が出来るなんてスゴイ技量と言わざるを得ないな」
「それもそうですが、私は波風少年の立ち振舞いがスゴイと思いますよ。それに、八位の緑谷少年に言ったあの言葉には確かな覚悟があった」
「そうだね。まるで
「HAHAHA!それくらいは大丈夫ですよ校長先生!」
(波風か……個性届けには出された当初は瞬間移動だったが今はチャクラってのに変えている。瞬間移動は応用ってことか?まだ何か隠してそうだな、勘だが)
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「閃~九喇嘛ちゃん、雄英合格おめでとう~」
「はい?」
『は?』
誰もいない山で尾獣化の修行を終えて家に帰ってきた閃と九喇嘛は突然の母からの雄英合格の言葉に素っ頓狂な声を出した。
「えっ…と、母さん?なんで合格だって分かるの?」
「雄英からの合格通知を見たからに決まってるじゃない!はい、これ」
『ワシ、なんか疲れた……』
母から手渡されたのは確かに雄英からの合格通知だった。……封が切られた状態のだが。
一応、確認の為に自分の部屋で同封されていた映像装置を再生させる。
オールマイトが映り今回の試験内容の話を聞き、合格の言葉と実技一位タイの言葉に軽くガッツポーズをとる閃。九喇嘛からは満足するなというダメ出しを食らう。
唯からの合格したというメールに返信し、夕食を食べる為にリビングに向かう。
夕飯のおかずはちゃんとした肉じゃがだった。
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