不明な転生者が接続されました。 (ジャス、キディン)
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Chapter1:転生者としての自覚
不明な転生者が接続されました。


よろしければ、感想や誤字脱字報告など、お待ちしてます。


 天羽(あもう)(かなで)風鳴(かざなり)(つばさ)

 この二人のカップリングを成せるのは、転生者である僕だけだと、僕だけが知っている。

 

 

 

 いきなり何を言い出すとか、頭おかしいんじゃないかとか、そういうのはどうだって良い。

 

 十四年を生きて、僕は自らが転生者であることを理解した。正確には思い出した。

 現在、十四歳の少女不知火(しらぬい)(うた)である僕は、前世は若くして死んだ男子高校生であったことを思い出し。そしてこの状況が、小説などで見られる俗に言う転生物、ジャンルと酷似しており、その中でもそれなりに深いところにあるTS転生であることを理解した。

 

 いや、それも重要じゃない。

 何が重要なんだと聞かれたら、それはもう既に冒頭で語っている。

 

 重要なのは、僕の生きるこの世界が生前に僕が好きで好きで堪らなかった戦姫絶唱シンフォギアであるということ。

 もっと言えば、天羽奏がまだ健在であること。だが、あと少しした後には、櫻井理論の提唱者、特異災害対策機動部二課の出来る女こと櫻井(さくらい)了子(りょうこ)が、フィーネによって意識を支配され、起動実験の最中であったネフシュタンの鎧を強奪。そして、戦姫絶唱シンフォギアという作品の主人公である少女、立花(たちばな)(ひびき)へと、天羽奏が纏うFG式回天特機装束(シンフォギア)『ガングニール』の破片が引き継がれるのだ。

 そこまでなら、良い。いや、それは僕自身の主観ではあるがまだ明るい物だ。

 

 だが、僕はその先を良しとは出来なかった。

 

 

 ───天羽奏は、この時、自らの絶唱によって死ぬ。

 

 

 その展開を、僕は許容出来なかったのである。どうして、ここで彼女が死ぬんだ?誰も死ななくたって良いじゃないか。それによって、風鳴翼という少女は辛く重たい二年を過ごすこととなる。

 それが物語の出来事だとしても、僕は受け入れる事ができなかった。本当なら、彼女達はその後も笑い合い過ごし、歌を歌う最高の双翼であれたのだ。

 

 この思いは、戦姫絶唱シンフォギアシリーズを視聴すればする程に強くなった。

 最初は、フィーネという人物を強く恨めしく思った。だが、それは長くは続かなかった。彼女にも彼女なりの考えがあり、その結果、天羽奏は死んでしまう。それでも、フィーネという人物の一途さに僕はあろうことか感化されてしまった。

 それから目を背けるかのように、その次に、僕は立花響を恨んだ。彼女が苦しむ度に、醜い感情が浮かんだ。しかし、後にそんな醜く汚い自分を殴りたくなった。殴って、顔の形が変形するくらいにボコボコにしてやろうかとまで考えた。

 

 そして、結局のところ結論は出なかった。誰が悪いわけでもない。ただ単に、この物語の展開がそうであって、その中に恨むべき存在はいないのだとそう理解した。普通そうだ。だけど、この作品に、この物語に、この世界に入り込んでいた自分はその線引きすらも曖昧で。

 この思いはどうにもならなかったが、それでも納得はした。

 

 

 そうして、五期を待ち侘びる最中、僕は死んだ。

 

 

 それで、お終いのはず⋯⋯だったのだが。

 

 

 

『不知火くん、準備は良いな?』

「OKです。ボクは、問題なく行けますよ」

 

 

 

 こうして、僕は転生した。

 転生、受け入れ難さよりも、転生した時期、転生した己の立ち位置が何よりも幸運と呼ばざるを得なかった。

 

 特異災害対策機動部二課所属、LiNKERを使いはするものの、第六号聖遺物『レーヴァテイン』の装者であり、本性はFISから素性を隠して潜入しているレセプターチルドレンの一人。多分、二課の面々には勘づかれているのだろうが、櫻井了子によってなんとか誤魔化されている。

 それこそが、この僕、不知火唄である。

 前世男であった僕と、今世の彼女は、上手い具合に融合を果たすことで、こうしてどちらがどちらでもない自我を確立。見事に中で融合を果たしたのだ。正直言って、この娘の生を奪ってしまうことは、確かに心苦しいが、僕とこの娘は魂から同一人物であり、実質的には思い出しただけなのだから、あまり気に病むことは無いのかもしれない。

 

 記憶によれば不知火唄と風鳴翼、天羽奏は親友と言っても差し支えないレベルの関係であり、僕が彼女たち、天羽奏を守っても違和感は無い。

 だから、僕は思い出して、こうして、今日があのライブの日であることを認識し、警備の任もあって会場の端から見守っているのである。

 

「⋯⋯いざと言う時は、レーヴァテイン⋯⋯頼むよ」

 

 特殊合金で出来ている右腕(・・・・・・・・・・・・)に代わり、生身である左手で握り締めたそれが、薄らと温かみを帯びた気がした。

 

 そんな時である。

 

 

 周りが大歓声に包まれ、僕は前世の僕が生で見たくてやまなかったその憧憬を目にした。

 

 

 

「ツヴァイ⋯⋯ウィング⋯⋯」

『見惚れるのは良いが、これより起動実験を始める。警戒、頼んだぞ』

「もちろん。任せてください」

 

 

 

 もちろん任せてくださいとは言ったが、始まった歴史に、僕の目は引き寄せられたままだった。

 

 これこそが、ツヴァイウィング。

 

 いや、天羽奏と風鳴翼の歌。

 

 テレビの中の出来事であったそれが、眼前で繰り広げられていることに、何よりも、この少女の身体に記憶された二人の、これ程までの神々しさを目の当たりにして、僕は歓喜に打ち震える。

 

 正直言って、これほどまでとは思わなかった。目が離せないというのは、このことを言うのか。離すことを、全身が拒んでいるかのようだ。

 

 

 

『起動実験は順調。そちらは?』

「⋯⋯今のところ、異常無し」

 

 

 

 いや、そろそろか。逆光のフリューゲル、そのサビを経て、曲が締めくくられる直前だが、既に炭を感じ取っている。

 ⋯⋯憎き、ノイズ。

 

 結論は出なかったと言ったが、それは嘘だ。

 結論は出ている。全ては、ノイズが悪いのだ。そう考えると、自然と思考が冴えてきた。

 

 歌が、終わる。熱が、冷める。

 そして、その時は、来る。

 

 

 

 

「なんだっ!?」

 

 

 

 

 会場に響き渡る爆音と、会場を破壊する程の揺れ。

 鼻につく炭の臭い。

 

 

 

「ノ、ノイズだァ!?うぁぁあ!!」

 

 

 

 誰かの悲鳴を皮切りにして、その存在に気が付いた観客達が、その場から我先にと逃げ出そうとする。そんな人々を嘲笑うかのように、様々な姿かたちの異形、ノイズが襲い掛かる。

 逃げ遅れ、ノイズによって炭化した人々を見て、心が、痛んだ。

 

 

 

『不知火くん! ノイズの出現を感知! やってもらえるな!』

「その為のボクですから⋯⋯ッ!!」

 

 

 

 シンフォギアを握りしめて、歌を歌おうと、口を開きかけた時、凛とした(こえ)が聴こえた。

 

 

 

 

「────Gungnir zizzl」

 

 

 

 

 それは、聖詠。シンフォギアを起動するための詠唱式。

 そして、この声の主は⋯⋯あの人以外にいない。

 

 

 ――STARDUST∞FOTON――

 

 

 天から、無数に枝分かれした槍が降り注ぐ。

 それらは、ノイズ達の一部とはいえ、それなりの数を瞬く間に穿った。

 

 

 

「奏さん!」

 

「唄! やるぞ、私達で!」

 

 

 はい、と力強く応えて、僕はギアを引っ掴んで、今度こそ口を開いた。

 

 

 

「────Laevateinn tron」

 

 

 

 その歌を唱えた瞬間、僕は一度一糸まとわぬ姿となり、次には、戦いの装束を身にまとっていた。体感的には初めてではない故に、それほど驚くことでもないが。

 僕の左肩には、僕の今の背丈ほどはある物々しく物騒な何かが備え付けられ、左手にはハンドガンサイズの銃器が握られていた。どちらもレーヴァテインのアームドギアだ。形状的にどこかで見た気がするが、この際だから、そんなことはどうでも良い。

 

 自らの詠唱に込められた意味は、僕には分からない。

 だけど、今の僕がこの歌に意味を付けるなら、これ以上無いほどにぴったりなものがある。

 

 

 

「魂を薪に、燃ゆる限り護り抜く」

 

 

「ただ、守られるだけじゃないさ!」

 

 

 そう言う奏さんに、僕の口角は自然と上がった。

 こういうことを事も無げに言うから、僕は憧れを感じ、守り抜きたいと思ったんだ。だけど、一つ訂正するなら、その声を掛けられるべくは僕なんかじゃない。

 

 そんな思いも混ぜて、僕は、ステージの上で狼狽える翼さんをちらりと見詰めた。

 

 

 

「唄、奏⋯⋯っ! ⋯⋯二人共⋯⋯!」

「さっさと倒しちまおうぜ」

「そうですよ、翼さん!」

 

 

 

 槍でノイズを屠る奏さんに後れはとるまいと、立ち塞がるノイズ達を左手のハンドガンで正確に射抜く。

 それを見て、決心したような顔になった翼さんを見て、安心する。

 

 

 

「────Amenohabakiri tron」

 

 

 

 己のギア、天羽々斬を纏った彼女は、呆れるほどに美しかった。

 ああ、これは僕がいるのもお邪魔かなぁ。そんなことを考える程に、天羽奏と風鳴翼の二人は、美しく、互いが互いを引き立たせていた。

 それに比べて、鉄の色に暗い赤という全体的に重たい色合いの僕の悪目立ち様と言えば⋯⋯恥ずかしいくらいだ。

 

 まあ、そんなことも言ってられないのだが。

 眼前に現れた巨大なノイズの気を引くように、ハンドガンを連射する。

 

 しかし、装甲の硬さゆえに、効いているようには見えなかった。

 

 

 

「ちょっと数が多いなぁ⋯⋯」

 

 

 

 奏さんの言う通り、ノイズの数が多い。先程からハンドガンで撃ち落としてはいるものの、空を飛ぶノイズも未だ数多く残っている。

 テレビで、傍観者として観ていた時よりも、二倍近くはいるのではないか。

 

 

 

「きゃぁあ!?」

 

 

 

 そんなことを考えていると、観客席の方から、崩れる音と少女の悲鳴が聞こえる。

 そこには、顔を恐怖に染めた、明るい色合いの茶髪の少女が居た。

 

 

 

「何してる!? 早く逃げろ!」

「あああ!!」

 

 

 

 

 ターニングポイントだ。

 

 

 ここで、僕が何かを出来なければ、奏さんは死に、少女こと、立花響は迫害される。

 それは、それだけは拙い。ここで、原作通りに事を進ませてしまえば、僕という存在は必要なかったことになる。それなら、転生などしなかった方がマシだ。⋯⋯いや、ツヴァイウィングを生で見れただけでも、前世よりかはマシかも知れないが⋯⋯。

 

 

 

「諦めるには、早い!!」

 

 

 

 立花響が逃げ出したのを確認し、彼女を守る為にノイズの前に立ち塞がろうとする奏を手で制する。

 

 

 

「唄⋯⋯」

「僕が、やります。奏さんは、少女を安全な所まで、お願いします」

「だけど、お前⋯⋯ソレ(・・)を使うつもりじゃ⋯⋯」

「使わなければ、この状況をどうにかすることは出来ない!少なくとも、一、二回なら、僕もやれます」

 

 

 

 意思の固さをわかってくれたらしい。奏さんは、立花響を連れて、会場の出 出入口へと向かった。

 

 

 それで良い。

 

 

 

「ノイズ、この僕が相手だ!」

「私もいるよ、唄!」

 

 

 

 翼さんと背を合わせて戦えるなんて、光栄だ。まあ、恐れ多いけど。

 僕は、ハンドガンを放り捨てて、覚悟を決めた。

 

 

 

 

「⋯⋯オーバーヒート・レーヴァテイン!!」

 

 

 

 

 その掛け声に、右腕の義手がパージされ、その断面を塞ぐようにして、備え付けられた得物から伸びる機械がそこに接続される。

 視界に移る砂嵐、耳障りな雑音。接続部から身体中に広がる、やけるような熱。

 ソレの取手を左手で握り締める。

 

 

 ――OVERHEAT>LAEVATEINN――

 

 

 

「唄、危険そうだったら、すぐに辞めてね?」

 

「⋯⋯善処、するよ、翼、さん⋯⋯ッ!」

 

 

 

 本当なら、今すぐにでも辞めたい程だ。だけど、僕に出来るのは、これくらいしかない。だから、僕は命を燃やす。前世、ただの男子高校生であっただけの僕には耐え難い苦痛。

 まるで痛みを誤魔化すかのように、血に塗れた歌が口から零れた。

 

 まるで、夢みたいだ。

 あれほどまでに夢想した、天羽奏の生存を、今、僕がこの手で達成しようとしている。

 

 

 

「ぁぁあ!!」

 

 

 

 燃ゆる衝動のままに、地面を蹴ってノイズに肉薄する。

 振り下ろされた発熱した大剣は、巨大なノイズをいとも容易く溶断。そのまま、重さに身を任せて、辺りのノイズを同じように溶かして斬り捨てる。

 

 その間、僕は焼けるような熱さ、いや、実際に焼ける身体の痛みに耐えながら、一心不乱に歌い続けた。

 その甲斐あってか、ノイズの数は目に見えて減っていた。

 

 

 

「まだ、まだぁ!!」

 

 

 

 油断はしない。全部溶かすつもりで行く。そうでもしなければ、奏さんの命が安心とは言えない。

 全ての不安要素を消し去るのだ。僕の命と引き換えにしても。

 

 

 

「⋯⋯まだ、倒し切れてない⋯⋯! まだ、燃やせる!!」

 

 

 

 口ではそう言うものの、しかし、身体はもう限界だったらしい。

 赤熱する刀身が、急激に元の鉄の色を取り戻していく。それと同時に、底冷えするような寒さが、僕の身体を襲った。加熱された大剣から白煙が登る。

 寒いな。身体がガクガクと震えるような悪寒だ。

 

 

 

「唄、休んでて! 私が!」

 

 

 

 僕を守るかのように、翼さんが飛び出す。

 

 

 ――千ノ落涙――

 

 

 顕現した無数の刃がノイズ達を貫き屠る。

 自分の身体を削りでもしなくては、大技すら撃てない自分とは大違いだ。効率的にも、やり方的にも。

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 

 

 するとその時、焦りを孕んだ奏さんの声が聞こえた。

 ばっとそちらを振り返れば、奏さんと立花響達の道を塞ぐかのようにノイズが立ち塞がっている。まだ、出入口までは三分の一ほどはある。

 ノイズは待ってはくれない。溶解液ではないが、ノイズから吐き出された気味の悪い液体を、奏さんは槍を回して防御する。

 だが、どう見ても劣勢であり、あと少しで、奏さんの槍は砕け散るだろう。

 ⋯⋯このままでは⋯⋯いけない。

 

 

 何かを考えるよりも先に、身体が動き出していた。

 

 

 

「ぁぁぁぁあ!!」

「唄ッ!?」

 

 

 

 もう一度接続の解かれた右の接続装置を作動させる。

 彼女自身、2回も連続して使ったことは無いようだが、死ぬ気で行けば、もう一回は使えるだろう。

 

 

 

「オーバーヒートッ!! レーヴァテインッ!!!」

 

 

 

 ――OVERHEAT>LAEVATEINN――

 

 

 体が、本当に悲鳴を上げている。軋む音、焦げた臭い。焼ける音。その全てが煩わしい。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!

 

 

 

「こなくそォ!!!」

 

「唄、もうやめろっ!!」

 

 

 

 自然と汚い言葉遣いが出てしまったが、そんなことは気にしていられない。

 このままじゃ足りない。

 

 アレだ。アレを、僕が代わりに歌うんだ!

 そうすれば、奏さんは歌わずに済む!

 

 

 

「───Gatrandis────────」

 

「唄、いけない! 歌っては駄目!」

 

 

 

 いや、歌わなければならない。歌わなければ、僕が思い出した意味が無い。この改変で、どれだけのバタフライなんとかが起きるかは知らないが、だけど、二人の歌なら、それを乗り越えて、せかいをすくえる。

 

 

 

「────────」

 

「やめろ! 唄!!」

 

 

 

 ああ、思い出してから、ほんの少しだけだったけど、素晴らしい人生だった。

 

 

 

「────────」

 

「頼むから、止めてくれ⋯⋯!」

 

 

 

 だって、僕なんかが、こうして奏さんの代わりに死ねるんだ。

 こうして、奏さんと翼さんは生き残って、僕みたいな異物は消える。多少、この身体に罪悪感を抱かないわけではないが⋯⋯。それでも、望んでいることだと、断言出来る。

 

 

 

「Emustolronzen──────」

 

 

 

 ああ、だけど、出来ることなら。だめだ、そんなこと、考えたら⋯⋯。

 

 だけど⋯⋯だけど⋯⋯ッ!!

 

 

 

 

 

「────────」

 

 

「「唄ぁぁぁあ!!」」

 

 

 

 ⋯⋯もう一回くらい、二人の歌が、聞きたかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

「───zizzl」

 

 

 

 

 

 

 こうして、僕は幸福感と少しの後悔を胸に、意識を失った。

 

 

 

 

 

 ▽

 

 

 そうして、目が覚めて。

 僕は己が生きていることに知らず知らずの内に安堵し、司令の姿を認めて、奏さんについて問うた。

 いや、問うてしまった。

 

 

 

「嘘、ですよね?」

 

 

「唄くん⋯⋯君のせいではない⋯⋯責任は、我々大人にある⋯⋯だから」

 

 

 

 

 ───天羽奏は、目覚める見込みのほとんどない昏睡状態。所謂、植物状態となって、僕の隣のベッドで横たわっていた。

 

 

 

 

「⋯⋯ぁあ!ぁぁぁあ!!!!!」

 

 

 

 僕は、慟哭し、己の無様を嘆いた。




ここでキャラクター設定を投げていくスタイル。

名前 不知火(しらぬい)唄(うた)
身長 154cm
体重 41kg
年齢 15
概要
肩までの黒い髪に、蒼色の眼のミステリアスな雰囲気の少女。とある事故で右腕の切断を余儀なくされ、今は特殊合金製の義手を装着している。
特異災害対策機動部二課所属及び、FIS所属。シンフォギアとの適合率は比較的高いのだが、LiNKERを用いなければ主武装である大剣を使うことが出来ない。第六号聖遺物『レーヴァテイン』の装者であり、本性はFISから素性を隠して潜入しているレセプターチルドレンの一人。二課の面々、風鳴弦十郎などには薄々勘づかれているのだが、櫻井了子によってなんとか誤魔化されている。
天羽奏と風鳴翼とは、二課に所属した当初はあまり上手くいっていなかったが、今では親友と呼べる仲。また、一番年下であるため、多少は妹の様にも見られている。
今回、前世が男の転生者であることを自覚し、タイミング的にも丁度良く、天羽奏を生存させる為に戦った。だが、絶唱し、意識を失っている最中に、原作通りに立花響の体内に砕けたガングニールの破片が侵入。奏本人も、絶唱はせずとも、何とかノイズ達を退ける。だが、その時の無理によって、天羽奏は意識不明、目覚める見込みのない昏睡状態となったことを知る。
失意の中、彼、いや、彼女は己を責め続け、戦場に身を置き続けることとなる。
前世、戦姫絶唱シンフォギアにのめり込む男子高校生であった彼と、この世界の装者である彼女は、根本的には一緒であり、性格なども似ている。馬鹿ではないが、逆に思考が複雑化しがち。また、多少男っぽさ、少女のような恥じらいを持ち合わせていない部分もある。
ギア レーヴァテイン
聖詠 『Ruineus Laevateinn tron』
意味 『魂を薪に、燃ゆる限り護り抜く』
絶唱特性 『破滅』
歌 『災剣・レーヴァテイン』『愛、何度でも』



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半年後。

続いてしまいました⋯⋯。やっぱり、書きたいものを書くのが、二次創作だと、僕は思います。さすがに、原作へのリスペクトを忘れるなんてことはしませんけど。


 あれから半年が経った。ちょくちょく立花響のお見舞いに行ったり、奏さんの病室で一夜を明かしたり。そんなこんなで、僕は生きている。

 そんな僕は、今日も今日とて学校から二課本部まで直行。ノイズが現れないか警戒待機しつつ、二課の中を歩き回っていた。

 

 やっぱり、今世での少女の記憶があるといえど、前世の記憶を思い出してからというのも感慨深いものだ。

 

 

 

 

「不知火くん⋯⋯」

 

「どうかしたんですか?司令」

 

 

 

 声を掛けてきた風鳴弦十郎司令は、僕を前にして何かを思い詰めているようであった。多分、僕がほとんど睡眠もとらずに、ノイズと戦っていることについて思うところがあるのだろう。

 

 対して、僕はと言えば、戦姫絶唱シンフォギアシリーズを僕の知る四期まで円満に終える為に、ノイズとの戦いに明け暮れている最中なのだ。だから、僕は止まる訳にもいかない。

 

 翼さんは原作通り、歌手を続けながら、防人としての戦いに身を置いている。だけれど、原作ほどに抜き身の刃状態でも無いし、あまり心配はしていない。

 僕が心配するほど、風鳴翼というヒトは弱くない。

 

 奏さんだって生きてるんだ。

 なら、絶唱の間際に考えた、ツヴァイウィングの歌をもう一度聴く為にも、奏さんが目を覚ますことを信じて戦い抜くだけのこと。

 

 僕は、何かを言おうとして口を噤んでを繰り返す風鳴弦十郎司令に一言言って、その場を後にした。

 この後、櫻井了子(フィーネ)からメディカルチェックの為に彼女の下まで来るように言われているのだ。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「不知火唄、分かっているな?」

「⋯⋯うん」

 

 

 

 全身を舐め回すような視線に晒されながら、僕は頷いた。

 正直言って、フィーネの雰囲気は若干苦手だが、どうしてか安らげるのも事実。櫻井了子の時は、頼れる感じはあるのだが、フィーネの時とは違って安らぐとは違う感覚を覚える。

 

 

 

「受け取れ、FIS製のLiNKERだ。安心しろ、ドクターウェルの協力もある物だ。これで、まだ戦えるだろう?」

「⋯⋯うん。いつもすまない、了子さん(フィーネ)

「貴様は、私の手駒だからな。早死されても困る」

 

 

 

 そう言うフィーネからは、ちょっとした慈愛のようなものが感じられた。

 

 何だかんだ言って、こういうところが、嫌いになれないところなのかも⋯⋯しれない。

 

 本当なら、実験の前でも最中でも、櫻井了子、フィーネを道ずれにでもすれば良かったのかもしれないが⋯⋯そんなことをしても、根本的な解決にはならなかったのも事実。奏さんを生死の分岐点から救い出せたとしても、その後にどうなるかは未知数。そういった不安要素もあったのだろう。

 この身体の記憶は、この人物をナスターシャ教授(マム)に次ぐ母親のような存在として認識している。

 だから、そんな人物を殺すことは出来なかった。というのもある、と僕は考えている。前世の記憶を思い出しはしても、やはりと言うべきか今世の、不知火唄という少女の方が権限が強いのだろう。

 

 例えそれが哀れみや憐れみであったとしても、ナスターシャ教授や家族のような同じレセプターチルドレンからの愛しか知らないような少女であったこの娘からしてみれば、愛というものはそれだけで彼女の精神を支配せしめる劇物なのだ。

 

 

 

「あの⋯⋯皆は?」

「皆?⋯⋯ああ、チルドレンのことか。ナスターシャ教授からも手紙が届いている。正直言って、面倒なことだが、渡せと言ってきかんのでな」

「⋯⋯ありがとうございます」

 

 

 

 フィーネから差し出された、『唄へ』と英語で綴られた手紙を受け取る。本当なら、渡さなくても良いだろうに。いや、僕が聞かなければ、捨てていたかもしれないが⋯⋯。

 早速開いて、僕は中身を確認する。

 

 

 

 

「ではな。私は失礼させてもらうぞ」

「⋯⋯はい」

 

 

 

 退室するフィーネの言葉に頷き、僕は手紙に視線を落とした。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 風鳴弦十郎にとって、不知火唄という少女は、二課に所属するシンフォギア装者であり、それ以上に己が身を賭してでも守るべき子供の一人である。それは、彼女が大人になるまで、ずっと変わらないことであるし、大人になったからと言って守る対象から外れることは無いと断言出来た。

 

 だが、それと同時に、何もしてやれない自分が嫌という程思い知らされるのだ。

 

 風鳴弦十郎という男に、ノイズと戦う術はない。多少、使える格闘術などで応戦することは出来ても、勝つことは出来ないし、もっと言えば、触れた瞬間に炭となって死ぬことだろう。

 必然的に、ノイズと戦う術を持つ、弦十郎からすればまだ年端もいかない子供でしかない彼女達が、ノイズとの戦いに身を投じなくてはならないのが現状であった。

 

 

 この二課には、今現在、不知火唄を含めて三人の子供がいる。

 

 

 一人は先述した不知火唄という少女。

 前から誰かを守るために躍起になって、己を省みないところが多々見られたが、あの時から、それが輪にかけて酷くなった。正直言ってしまえば、見ていられないほどだ。

 翼が仕事を抜けてノイズを討伐にし向かった頃には、もう既に片付いていたり、一人では対処は困難なノイズ群を相手にしても、禁じ手とすら言われ使用を控えるように注意されている例の大剣(・・・・)を躊躇無く使って殲滅している。

 その度に、彼女の身体は物理的に焼けていくというのにだ。彼女を戦線に立たせなないように図らおうにも、それも難しいのが現状だ。

 

 そして、二人目が自らの姪、と呼べるかどうかは微妙なところではあるが、それでも彼からすれば真の意味での家族である風鳴翼という少女。

 彼女のマネージャーも兼任している緒川慎次からの話によれば、昏睡状態となった奏の容態や、彼女の分まで戦って負担を肩代わりしようとしているような唄のことが気がかりとなっているとか。その結果、ライブ中でも小さなミスが増え始めているらしい。

 正直言って、唄よりかはあまり問題がないようにも思えるが、そんなことは無い。奏や唄を、二課の皆を、人々を守るのだと、彼女も行き過ぎた精神を見せ始めている。

 さらに言うと、最近では何やら悩みを抱えて悶々としているらしく、こちらもかなりの悩みの種となっている。

 

 そして、最後に天羽奏という少女。

 三人の中で最も年長であり、風鳴翼の良き相棒にして、不知火唄の良き先輩、何より二人の良き姉貴分でもあった彼女。実際に、その面倒みの良さは、彼女自身が姉であったこともあるのは確実だ。そんな彼女に、弦十郎は、密かに二人の少女を託していた。

 当初こそ、ノイズへの復讐心から、誰よりも苛烈に戦っていた奏。

 だが、翼との関わりや、年下の、ともすれば妹の様でもある唄との関わり、人々とのそれぞれの関わりを経て、彼女は良い方向に変わった。

 そんな彼女は、半年前のネフシュタンの鎧の起動実験の時に、逃げ遅れた少女を庇う形で重傷を負い、今では昏睡状態となって、病院で眠りについている。死んではいなくとも、目覚める可能性も絶望的とのこと。

 弦十郎自身は、彼女なら目覚めるであろうと信じている。それがいつになるのかは、誰も分からないが。

 

 

 いつ死ぬとも分からない恐怖もある。仲の良い、背中を預けた仲間が明日には死んでいるかもしれないという恐怖もだ。奏の一件で、彼女達はさらにそれを理解した。

 それでも、彼女たちは、それらに揺さぶられながら、戦場に立ち続けているのだ。

 

 

 だから、後ろで彼女達に指示を出すだけの大人ではなく、彼女達の出来る限りの力にならんと、弦十郎も努力を怠ったことは無い。

 

 そのどれもが、実ったことなどほとんどないが。

 

 

 

 

 

「ったく、ままならないもんだ」

 

 

 

 難儀する子供達を思い浮かべ、風鳴弦十郎はため息を吐く。

 そして、頬をパシッと両手で叩いて、決意を新たに本部の廊下を歩き出した。

 

 

 

 

「子供が、死んででも守るだなんて言うんじゃないよ」

 

 

 

 

 先程、すれ違いざまに唄が零した一言。

 

 それは、風鳴弦十郎の闘志を掻き立てるのに大いに助力した。

 

 大人として、手を差し伸べることが、何よりも大切なのだ。だから、風鳴弦十郎という男は、止まらない。




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不理解。

誤字報告ありがとうございました。
精進していきたいと思います。


「────Laevateinn tron」

 

 

 

 シンフォギアを着装し、ノイズ群と対峙する。

 正直言えば、やっぱり、翼さんのライブを見に行きたい気持ちもある。せっかくこの世界に転生したのだ。当たり前だと思う。

 だけど、僕がこうして奴らを倒し続けている間は、翼さんが防人として身を窶す必要も無くなる。それなら、戦える限り、僕が奴らを倒し続ければ良いだけ。

 

 

 

「墜ちろッ!」

 

 

 

 ――BULLET>SKY――

 

 

 ハンドガンを横薙ぎにするようにして連射した弾丸が、夜空を飛び交うノイズを射抜く。個人的には、ここ半年で、それなりの腕前になったと思う。

 アームドギアであるハンドガンを、右手の義手で、腰のホルスターから抜き放つ。

 

 

 

「練習の成果、だよ⋯⋯ッ!」

 

 

 

 ――TWIN=BULLETS――

 

 

 二丁の銃から乱射される弾丸が、小型から中型サイズまでのノイズを殲滅する。

 残ったのは、巨大なノイズが三体。

 少しキツいかも知れないが、最悪二回使えば勝てるだろう。

 

 

 

「⋯⋯大きい敵は⋯⋯」

 

 

 

 ――OVERHEAT>LAEVATEINN――

 

 

 義手をパージし、機器が接続されたことを感じる。視界の砂嵐と身体を燃やし尽くすような熱を務めて無視。そんなものは、後で治療すれば、どうとでもなる。

 ハンドガンを捨てて、肩からアームによって懸架されている大剣の柄を握る。

 

 

 

「⋯⋯フッ!!」

 

 

 

 一瞬で肉薄し、赤熱した大剣を振り下ろした。

 大型ノイズを一度で溶断出来るあたり、やはり威力はかなりのもの。さらに、近い方の別の大型ノイズへと接近、横薙ぎの一撃と振り下ろす二撃目でもって溶かし倒す。

 

 

 

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 

 

 そろそろタイムリミットか。

 段々と寒くなる感覚は、やはりというか馴れない。馴れるべきじゃないのかもしれないが、毎度こんな調子では、やはり拙い。

 

 

 

「これで、最⋯⋯後ッ!」

 

 

 

 重たい身体をどうにかこうにか動かして、最後の一体の側まで向かう。いくらか攻撃が掠るが、戦闘不能になるようなダメージは、全て回避出来ている。

 

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 

 半ば重心を任せるようにして大剣を振る。一発目は、その身体に吸い込まれるかのように溶け斬ったが、二発目が問題だった。

 

 

 

「くそ、ここで時間切れか」

 

 

 

 大剣の熱が、急速に低下したのだ。そのせいで、トドメの一撃は、あまり力を込めていないただの一撃となって、僕の隙を晒すだけに終わった。

 ノイズは未だ健在。これは、本格的にまずいかもしれない。

 

 そう思って、もう一度大剣を使おうとした時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 

 ――天ノ逆鱗――

 

 

 目の前に現れた巨大な刀身が、大型ノイズを押し潰した。

 こんなことが出来るのは、一人しかいない。

 

 

 

「翼さん!」

「唄⋯⋯!また一人で⋯⋯ッ!」

「そんなことより、ライブは⋯⋯!?」

 

 

 

「───唄くんの危機だったからな。翼には、抜け出してきてもらった。何、ファンのみんなも分かってくれるだろう」

 

 

 

 翼さんに問い質すと、聞き覚えのある男性の声が、その問いに答えた。慌てて振り向けば、そこには、赤いシャツにネクタイを胸ポケットに入れた男、風鳴弦十郎司令の姿が。

 

 

 

「⋯⋯ボクなんかの為に、抜け出して⋯⋯?」

「⋯⋯唄なんかじゃないわ。唄だからこそ、よ」

「だ、だって、翼さんは歌が好きで⋯⋯!」

「だけれど、貴女の命には代えられないわ」

 

 

 

 言葉を紡ぐことが出来ない。

 

 どうして、翼さんが、好きな歌を中断してまで、僕のような転生者(イレギュラー)を助けに来るのか。

 僕にとっては、歌っていてくれる事の方が、何よりも助けになるのに⋯⋯。

 

 

 

「分からないって顔だな。⋯⋯唄くん、君には一週間前後の謹慎をしてもらう。その間、シンフォギアは没収だ」

「どうしてですか!?」

「私も、歌を歌うだけじゃいられない。防人として、刃にならなければならないと、そう考えたのだ」

 

 

 

 その凛とした姿勢は、まるで、戦姫絶唱シンフォギア一期の風鳴翼のようで。

 それが、尚のこと、僕の何かを刺激した。

 

 

 

「なんで、翼さんが戦わなくちゃならないんですか⋯⋯!!」

「私が、第一号聖遺物、シンフォギア天羽々斬の適合者であり、防人であるからだ」

「それに、ここのところ、唄くんが出続けで、翼にも半年のブランクがあるからな。いざと言う時の為にも、ブランクを埋めておきたい」

 

 

 

 そこまで言われたなら、仕方が無い。不服だが。本当に不服だが、仕方があるまい。これで、翼さんの感覚が鈍って、対処出来るところで対処出来なくなりでもしたら、僕は僕自身を恨む。

 引き下がった僕を見て頷いた風鳴弦十郎司令は、無言で僕に掌を差し出してきた。

 

 

 

「⋯⋯緊急時には、返してください」

「ああ、勿論だとも」

 

 

 

 首から下げていたギアを風鳴弦十郎司令に手渡して、僕はその場から足早に立ち去った。

 さっさと帰って、洗浄をしたい。そして、自室に篭もりたい気分であった。

 

 

 ▽

 

 

 二課の本部があるリディアン高校、僕の自室はその近くにあるちょっとしたマンションの一室。だが、時刻を見れば今はまだ、午後の八時を回ったばかり。

 自室に篭もりたいとは宣ったが、それでも早過ぎはそれはそれで微妙な気分になりそうであった。

 

 そんな理由で、僕は二課の通路にあるソファに座って、自販機で買った温かいロイヤルミルクティーを飲みながら、呆っとしていたところであった。

 

 

 

「⋯⋯はぁ」

「唄さん、どうかしたんですか?」

「⋯⋯緒川さん」

 

 

 

 柔らかな物腰で「隣、良いですか?」と尋ねる緒川さんに頷き、僕はそっと横にずれる。

 

 正直言って、緒川さんも苦手な部類だ。不知火唄という少女の記憶からすれば、今までにも何度か、自らが別の組織の間者であることがバレそうになってハラハラしたことがある。そういったところからも、この体自体が緒川さんを苦手としているのかもしれない。

 だけど、彼自身の人となりなどは欠片も嫌いじゃないし―――と言うよりかは戦姫絶唱シンフォギアに登場する人物は、基本的には好きな人しかいないが―――邪険にするつもりもないのだが⋯⋯対面してみれば、思った以上に、彼らは優し過ぎた。

 そういうのも、やっぱり苦手になる一因なのかもしれない。

 現代社会、物語の外で生きてきた僕には、この世界に生きる人々は優し過ぎるのだ。

 

 

 

「謹慎、ひいては翼さんのことで悩んでいるのでしょう?」

「⋯⋯そうですね。確かに、心配です」

「でも、僕達は貴女の事が心配なんです」

 

 

 

 緒川さんは真面目な顔でそう答えた。

 あれ、なんでこんなに心配されてるんだ?本当にわからない。流石に、いくらなんでも転生者に対して優し過ぎじゃないのか?

 

 

 

「貴女の考えるべきこと。それは、自らについてだと、僕は思います」

「ボクについて⋯⋯」

 

 

 

 ゆっくりと頷き、優しげに微笑んだ緒川さんを一瞥して、僕は俯いた。

 正直言って、僕は、異物以外の何物でもない。奏さんの命を奪うことなく、あの時を凌げたのは良い。だけど、奏さんは目覚めていない。だからこそ、翼さんはやはり一人になった。

 なればこそ、僕はこの二年間を彼女が彼女の為に使えるように命を使う所存であった。だけど、それをさせてもらえない。

 これでは、二年後に立花響に翼さんを任せて僕がフェードアウトする予定が⋯⋯。

 

 

 

「翼さんは、風鳴翼という少女は、これ以上失いたくないんですよ」

「⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 

 

 

 奏さんは死んだわけじゃないし、二課の他のメンバーも誰も死んでいないけど⋯⋯。失うのは怖いもの、というのはなんとなくわかった。僕も失うのは怖い。だから、転生者で不純物である僕が身を張るべきだと思うのだが⋯⋯。

 

 なんで分からないんだ、みたいな顔をした緒川さんのことは、少しだけ気がかりだけど、聞いたって答えてはくれないだろう。

 

 

 

 

「貴女も、一人の人間であることを忘れないでください」

「⋯⋯肝に命じておきます」

 

 

 

 緒川さんといると、なんというか、自分という異物を変に意識してしまう。俗に言うOTONAに分類される人物と相対した時は、必ずこんな気分になる。

 やっぱり、苦手だ。

 

 その言葉の意味を考えながら、今日は家に帰ることにした。




よろしければ感想や誤字脱字、お気に入り登録などなど、よろしくお願いします。


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微笑み向ける。

は、はわ、はわわわわ⋯⋯(放心)


「あ、唄さん! こんにちは」

「こんにちは、立花さん」

 

 

 

 商店街を、向こうから駆け寄ってくる快活そうな少女に手を振って、僕は微笑んだ。

 リハビリを終えた後でも、僕と彼女は、時折こうして会って話をしていた。自然とそんな仲になっていた。とは言っても、今回は本当にたまたまであったが。

 

 

 立花響。僕の存在しない、戦姫絶唱シンフォギアシリーズにおいて、奏さんが命を投げ打って救い出した少女。そして、手を繋ぐことで、幾度となく世界を救ってきた少女。ある人物曰く、『英雄』と呼ばれる存在。

 

 

 何も思うところがないわけではないが、僕は彼女の来歴を、これからを知っている。いや、現状を知っているが故に、彼女について、その境遇について、悪くああだこうだと言うつもりはない。それを言ってしまったなら、僕は戦姫絶唱シンフォギアシリーズのファンと名乗ることは出来ないだろう。まあ、ありえないことだが。

 

 

 

「唄さん? 大丈夫ですか?」

「大丈夫、なんでもないよ」

 

 

 

 呆っとしていたら、視界に少女の顔が映った。心配をかけてしまったらしい。本当に、なんでもないんだ。

 だから、そんな憔悴し切ったような顔で、僕を、誰かを心配しないでくれ。一番、心配されるべきは君なんだから。

 

 

 ⋯⋯なんて考えても、この現状が変わるわけもないのに、ね。

 

 そして、僕はそれをどうこうするつもりもないし、どうこう出来る気もしない。

 薄情だと思うが、僕はここで下手に何かを講じて、今後の未来が変わることを恐れているのだろう。もう既に、天羽奏の生存という原作にない出来事を引き起こしてはいるが。だけど、立花響に関して言えば、存在が大き過ぎる。奏さんも翼さんの回想やゲーム作品などでも登場し、やはり大きな存在に変わりはないのだが。でも、立花響だけは違い過ぎる。彼女の改変は、ごっそり二年後の未来を変える。未来を潰しかねない。だから、僕が不用意に彼女の状況をどうにかして、今後が大きく変わることを、避けたいのだ。

 僕という異物が存在することでの、原作の改変について考えるだけでも手一杯なのに、それ以上は僕には出来ない。

 

 

 ⋯⋯正直に言えば、彼女を見ていると、何かが揺さぶられる。それも、僕の根幹にあるナニカを、強く揺さぶってくるのである。どうしてかは見当もつかないし、何を揺さぶられているのかも理解できない。

 

 

 いや、本当は分かっているのかも知れない。それを認め、赦すわけにはいかないが。

 

 でも、いつか役目を果たした時に異物の中の異物である()が消えて、ボク(・・)だけになれたなら、その時には、と考えなくもない。

 

 

 

「今日は、時間は大丈夫なのかい?」

「はい。空いてますよ!」

 

 

 

 だから、これはせめてもの僕から彼女への贖いのようなもの。いつかの日のための贖罪。甘えだと分かっていても、やっぱり完璧な役者にはなれないんだろうとも。

 彼女に寄り添って、彼女の苦しみを取り払うことができるのは、彼女の仲間たちであり、彼女の友人たちであり、小日向(こひなた)未来(みく)という一人の少女なのだから。こんな異物が、彼女の助けになれるわけがないんだ。

 でも、その時までは、僕も彼女の支えが一つになれるとするならば、と。僕は、そうも思う。これこそが偽善なんだろう。

 

 

 こんな汚い人間でごめん、立花響(主人公)

 ひびみくは、絶対に崩さない。公式、原作カップリングは極力壊さぬように行くのが、僕のスタンスである。後、小日向未来(ヤンデレ)は恐ろしい。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 僕達は、それなりに歩いて知った公園に着くと、手頃なベンチに座る。そこが、僕と彼女の会話の定位置であった。

 職務上、僕の家に関係者以外を招くのは難しいし、そのまた逆も然り。肌寒くなってきた風に晒されるとしても、この公園くらいしか話をできる場所はなかったのだから仕方ないとも言えるが。結局は、いつのまにか此処が落ち着ける場所になっていたというだけのこと。

 ちなみに、彼女のお見舞い自体、二課の面々には知らせていないことであったし、この会談についても、誰かが知っているということはない。はずである。OTONAとかNINJAとかには感づかれていそうではあるが。

 

 

 

 

「唄さんって、どこの高校に行くんですか?」

「もう高校の話なんてしているのかい?」

 

 

 

 まさか、そんな話題を振られるとは思わなかった。

 高校か⋯⋯考えてなかったけど、そう言えば受験か⋯⋯。まさか、二回も高校受験をすることになるとは⋯⋯。幸い、不知火唄自身も人並みには勉強が出来て、前世の男子高校生であった時の学力もある故に、今の学校生活では勉強面においては全くと言って良いほど苦労はしていない。だが、確かにそんな話はちょくちょく聞こえてくる。

 多分、後数ヶ月勉強して、私立リディアン音楽院高等部に行くことになるだろう。その方が都合も良い。と言うより、フィーネにそうしろと言われている。

 

 

 

「ボクは多分、リディアンっていうところを受験するかな」

「リディアン⋯⋯あ、翼さんの在学している高校ですよね!?」

「⋯⋯そうだね」

 

 

 

 この展開の、この世界の立花響も、翼さんの歌を聴いていて、憧れを持っているのだろうか。

 そんなことが気になった僕は、彼女へと問いかけてみることにした。

 

 

 

「立花さんは、翼さんの歌とか、聞いたりするのかい?」

「もちろんですよ! 翼さんの歌だけじゃない。ツヴァイウィングの歌に、私は元気付けられてます!」

「⋯⋯そうか。ツヴァイウィングの⋯⋯」

 

 

 

 これは、僕が原作を改変したことで起きた差異か。

 差異、と呼ぶには微々たるものかもしれないが、僕個人としては、とても嬉しいことだ。

 

 

 

「なら、キミもリディアンに来ると良い」

「⋯⋯」

 

 

 

 気が付けば、僕の口を突いて勧誘の言葉が飛び出していた。

 

 何をやっているんだ、僕は。

 

 普通、小日向未来が行くから行くというのに、僕が勧誘してどうする?

 

 立花響は、しばらく逡巡する様子を見せる。

 正直言って、ぼかしてほしい。ここで、「行きます!」なんて言われてもちょっと困る。で、小日向未来と一緒に来るんだ。

 

 

 

「未来⋯⋯あ、私の友達の進路とか気になるから、すぐには答えられませんけど⋯⋯もしかしたら⋯⋯」

「アハハ。冗談だよ。キミの進む道だ。キミが答えを見つけると良い」

 

 

 

 困ったように笑いながら頷いた立花響を見て、僕は内心でほっとため息をついた。

 良かった。こんな異物よりも、小日向未来を選んでくれたこと。そして、彼女が原作から全く逸脱していないであろうことが知れて。

 

 すると、先程までの雰囲気から一転して、立花響は真剣な顔で僕を見つめてきた。

 

 

 

「私、今、迷ってるんです」

「⋯⋯学校のこと? それとも家のことかな?」

「⋯⋯どっちもです」

 

 

 

 ⋯⋯これは、十中八九、迫害のことだろう。多分、父親の蒸発もあったんじゃないのか。時期的には、いつ起きてもおかしくはない。

 

 こういう時、何かをできるというのは、凄いことだと、思う。

 だけど、僕は、こういう時に自分の言葉で何かを伝えるのが得意じゃない。

 

 

 

 

「⋯⋯立花さんはさ、一人、君を大切に思ってくれる友達がいるんだろう?」

「⋯⋯未来⋯⋯のことですか?」

「⋯⋯その未来さんを、大切にしたら、良いと思う⋯⋯かな」

「未来を⋯⋯大切⋯⋯に⋯⋯」

 

 

 

 正直言って、戦姫絶唱シンフォギアシリーズを知らなければ、言葉を濁して、その場をなあなあにしていたに違いない。

 僕は、薄情だから。これも、中身の篭もっていない薄っぺらい言葉だけど。でも、立花響という少女は、小日向未来という陽だまりを知っている。だからこそ、僕の薄い言葉であっても、彼女には届いてくれるだろう。

 

 変に口下手な自分が恨めしい。

 どうして、僕は、何も伝えられないんだろうか。いや、伝える言葉を、伝える何かを持っていないだけ、かな。

 

 

 

「唄さん! 私、ちょっと用事が出来ました!!」

「⋯⋯うん」

「だから⋯⋯その⋯⋯」

 

 

 

 もじもじとしながら、僕の顔色を伺う立花響。

 とても居心地が悪い。遠慮がちとはいえ、じろじろと見られるのは好きじゃない。

 

 

 

「行っておいで」

「はい!」

 

 

 

 だから、僕は微笑みで立花響を押し出した。

 足早に去っていく少女の後ろ姿を見ながら。何でだろうか、心が締め付けられるような感覚を抱いてしまった。

 

 ⋯⋯いや、まさかね。

 僕が、彼女達と同じ世界に居ていいはずもあるまいし。ただの錯覚、または、僕の心の弱さだろう。

 

 雑念、祓うべし。

 

 

 この身は、『かなつば』を為すためだけの舞台装置(転生者)也。




し、知らぬ間にひょ、評価欄に色が付いてえっ!?し、しかもお気に入り登録数が60を超えてますよ!?何があったんですか!?エイプリルフールですか!?


はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。

感想、誤字脱字報告、お気に入り登録や評価など、よろしくお願いします。ここはこうした方が~みたいなアドバイスも欲しいなぁ⋯⋯なんて(欲張り)


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無駄な思考。

は、はわ、はわわ⋯⋯(放心)


 シャワーから勢い良く出る適温のお湯が、自らの肌に当たり滴る感覚が心地好い。

 

 

「はぁ⋯⋯汚れが流れていく⋯⋯」

 

 

 防水式の義手だからこそ、こうして風呂に入ることも出来る。

 風呂に入るのに、いちいち右手を外さなければならなかったら、前世では五体満足であった僕自身、風呂に入るのにすら四苦八苦していたに違いない。

 これも、FISとフィーネが共同で作ったものだと言うのだから、流石は何度もリィンカーネーションしているだけあると感謝する。まあ、リィンカーネーションは関係無いのかも知れないが。

 

 

 

「女の身体にも慣れちゃったなぁ⋯⋯」

 

 

 

 思い出した当初こそ、前世男子高校生であった僕の記憶、感性と、現役女子中学生であるボクの記憶と感性との間に小さいながらもいくつかの違和が生じていたものだった。だが、半年という期間は、それらを全て解決した。要は、慣れた。

 少女の裸体を実際に見たことは無かった為、取り乱しこそしなくとも、内心では凄い焦っていたのだが⋯⋯適応とは怖い言葉だ。

 

 まあまあ短めに切りそろえた黒髪をシャンプーで綺麗に洗う。普段は結んで肩から垂らしている一房も丁寧に洗って、シャワーで流す。特に何かするわけでもないが、どういうわけか、とても綺麗な髪の毛をしている。二次元効果というやつか。

 そして、ボディソープを身体を洗う用のタオルに付けて、泡立たせる。身体を触ると、なんというか変な気分になりそうだったが、今となってはそういうことも無い。

 ⋯⋯前世の男は、枯れてしまったのだろうか⋯⋯。少しばかり悲しい気分になる。

 

 

 

「♪」

 

 

 

 根本的に、シンフォギア装者となる少女達は、歌うことが好きらしい。

 僕の意志とは関係無しに、ボクの身体は勝手に鼻歌を歌い始める。そうして、気分が乗ってくれば、歌をも口ずさむ。

 シンフォギアに適合するだけあって、不知火唄という少女も、歌はとても上手い。前世でも、テレビなどで名を聞くような歌手並みには、上手いだろう。

 

 

 

「──────」

 

 

 

 歌を歌って、何かをしている間は、僕が異物であるという感覚が薄れてくれる。異物であるという自覚は、謂わば戒めでもあるのだが、それは同時にかなりの重圧、ストレスでもある。

 だからというわけじゃないが、歌は僕も、ボクも好きだ。

 

 身体を洗い終わり、泡を流す。

 そして、それなりの温度でお湯をためた湯船に、ゆっくりと体を沈めていく。

 

 

 

「⋯⋯ふぅ」

 

 

 

 とても、快い。身体が温かくなって、気分もだいぶ楽になる。

 

 ⋯⋯お風呂⋯⋯銭湯⋯⋯。シンフォギア装者でなくなったら、銭湯で働いてみようか。まあ、ただの冗談だけど。

 シンフォギア装者でなくなったのなら、僕は翼さんや二課のメンバーとは必然的に縁が切れるだろう。そうしたら、僕は何をして生きていけば良いんだろうか。何か夢があるわけでもないし、各地でも転々としながら、働いたりしてみようか。

 ⋯⋯まあ、死んだりする可能性の方が高いだろうけど⋯⋯。

 

 取り留めもなく思考を回していると、ネガティブな考えが頭を過りそうになる。

 僕は、それを考えたくないがために、視線をあちらこちらに行き来させた。

 

 そして、浮力を感じるある箇所(・・・・)に、視線を落とした。

 

 

 

 

 

「はぁ⋯⋯まだ、胸が湯船に浮くなんて感覚には慣れないね」

 

 

 

 流石に、中学校三年生にしては、育ち過ぎなのではないか。そんな疑問を浮かべながら、湯船に浮かぶ胸を眺める。

 多分、現状で雪音クリスよりかは小さく、かといって立花響よりは大きいだろうサイズ。これが成長しないことを祈ろう。

 

 前世では、触れたこともなかったそれ。前世で出会った三次元の誰よりも大きなソレを、両手で持ち上げるようにして眺める。

 

 

 

「ん⋯⋯」

 

 

 

 変な感覚が走る。

 昔なら、刺激が強過ぎて目を逸らしていたのだろうが、自分に付いてしまってはそうでもない。肩は凝るし、蒸れるし、むしろ良いところなどないのではなかろうか?シンフォギアを纏っている時はそうでも無いのだが、それが逆に、私生活ではその存在感が微妙に強いが為に、煩わしく感じることもある。この脂肪の塊め。前世の僕は、ガタイは良いけど鍛えてない系男子だったが、その身体よりもふにふにしてるってなんなんだ。鍛えても、大して筋肉が主張することは無いだろうし⋯⋯。はぁ⋯⋯。

 

 ⋯⋯なんで、胸についてこんなに考え込んでいるんだろうか。

 

 のぼせたのかもしれない。

 

 

「ふう」

 

 

 僕は、サッとシャワーで汗を流して、風呂場を出る。

 備え付けられている洗面所で髪の毛の水分を絞り、手早く身体の水分をタオルで拭き取っていく。

 

 

 

「謹慎解除まで、まだあるし⋯⋯何をしよう」

 

 

 

 謹慎を言い渡されてから数日が経ったわけだが、やることが無い。学校の宿題とかは特に無いし、立花響との会談は昨日やったし。そんな頻度が多くて良いことでもあるまい。何かを切らしてもいないから、買い物もする必要が無いし。翼さんは忙しいだろうから、迷惑をかけたくないので、遊びとかには誘えない。いや、恐れ多すぎて、ひまだったとしてもさそうことはできないだろう。

 

 そろそろ、本当に何も浮かばなくなってきた。

 

 

 ⋯⋯そうだ。奏さんのお見舞いに行こうか。ここのところ、足を運べていないし。うん、それが良いだろう。

 

 今後の予定を決めながら、右手の義手を念入りに拭いていたその時である。

 

 

 

「うわっ⋯⋯!?」

 

 

 

 スポッという小気味よい音を立てて、義手が外れてしまった。慌てて付け直すが、接続は出来ても、『欠陥的なエラーが発生しています。使用を中止し、担当者にご連絡ください』というアナウンスを流すだけ。力を入れようとしても、うんともすんとも言わない。

 あれ、これ壊したりしてない⋯⋯?何か、やばそうだ。確実に壊したような気がする。

 

 ああ、そう言えば、メンテナンスしてなかったなぁ。ここのところ、結構酷使してたし⋯⋯。少し便利な手足程度にしか考えてなかったけど、そう言えば、これは精密機械だった。

 

 ⋯⋯明日は、フィーネの所に行こう。

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 あの後、片手だけだったので、眠るまで若干の苦労をしながらも、昨日を過した僕。

 翌日、僕は、連絡を入れた通りの時間に、リディアンの地下に赴いていた。

 

 

 

「随分と派手にやったな⋯⋯」

「ごめんなさい⋯⋯」

 

 

 

 呆れた顔で義手を見つめるフィーネに、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 義手をデスクの上に置いて、何やら機材を操作し始めたフィーネを見ながら、ふと考える。

 

 櫻井了子の人格ではなく、フィーネ単体の人格も、別に悪い人ではないのだろう。いや、行いなどは確かに悪いことであろうけれども、彼女自身の目的は別に非難することでもない。むしろ、僕からすれば、好きな人の為にそこまで出来るのは、素直に尊敬するし、憧れさえも抱く。僕の現状が現状なだけに、尚更だ。

 

 

 

「メンテナンス自体は、あと一時間程度もあれば終わる。本部を回ってくるでも、此処で待っているでも良いが⋯⋯」

「待ちます」

「⋯⋯そうか。貴様も、物好きなやつだ」

 

 

 

 まあ、特にやることもないのに、一時間も待ち続けるなんて、確かに物好きかもしれない。だけど、物好きだからって、それが悪いことというわけでも無いだろう。

 

 ⋯⋯技術者とか⋯⋯。別に頭が良いわけじゃないけど、やってみたいかもしれない。小さめの工具を用いて義手を弄るフィーネを見ながら、そんなことを考える。

 なんというか、昨日、片手無しで生活して思ったのだ。片手が無いと、とても不便だと。片手だけでは、生きていけないわけではなくとも、生きていくのに苦労すると。

 まあ、技術者になるなら、誰かから教えを請わなければいけないわけで⋯⋯。頼れそうなフィーネは十中八九死ぬし、ナスターシャ教授(マム)は確実に死ぬ。ウェル博士は頼れないし、エルフナインが仲間に加わるまで僕が生きているかもわからない。

 

 

 ⋯⋯あれ、僕、別に将来について考える必要なくないか?多分、僕は、そこに辿り着くまでに死ぬだろうし⋯⋯。身も蓋もないことを言えば、ボクっ娘は二人もいらない。

 

 はぁ。無駄な思考に無駄な労力を使った⋯⋯かな。最近、意味もないことを取り留めもなく思考し過ぎてる気がする。

 そんな暇は無いというのに。

 

 

 

 でも、なんだろうか、この喪失感は⋯⋯。自分が、そこまで生きていないだろうということを考えると、無性に心苦しくなってしまう。頭に過ぎるのは、翼さんや二課の面々、立花響。そして、奏さんの姿。

 

 僕は、フェードアウト必至の舞台装置(転生者)のはずなのに。僕が、この世界に私情で居残り続けて良いはずが⋯⋯。

 

 

 

 

 

「不知火唄。どうして、涙を流している」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 

 言われて初めて気がついた。

 頬を伝う雫を、服の袖で拭う。どうして、涙なんか。涙を流す理由なんて、無いのに。

 少女の体になって、涙腺でも弱くなっているのだろうか。

 

 

 

「はぁ。そんな調子で、私の駒が努まるのか?」

「⋯⋯出来るとも」

「⋯⋯なら良いが」

 

 

 

 フィーネは、それ以上は言わずに、また作業に戻ってしまう。

 ⋯⋯訳が分からない。本当に、理解が及ばない。

 

 僕は、フィーネに一言告げて、その場を後にするのであった。今は、頭を冷やしたい気分だった。




な、なんでお気に入り登録数が100を超えてるんですかぁ⋯⋯!?
嬉しいけど、下手な作品は書けないなと戦々恐々。精進することを、再度決意致しました(真顔)


感想、誤字脱字報告、お気に入り登録や評価など、よろしくお願いします。

⋯⋯テンポ良く行きたい(願望)


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吊るされた少女。

取り敢えず、次回くらいから展開が動きます。


 目を開けたそこは、暗い世界。黒く塗り潰されて、光のない空間。

 

 

「唄、元気が無いわね? どうかしたの?」

「⋯⋯マリア⋯⋯?」

 

 

 ⋯⋯なんで、マリアが此処に?ここは日本で、FIS、フィーネはまだ動きだしてないはず⋯⋯。

 ああ、なんだ。ただの夢か。

 

 

「唄ー!」

「切歌」

「唄」

「調まで⋯⋯」

 

 

 それに、此処には()がいない。ボク(・・)と幻の彼女達しかいない。

 ⋯⋯きっと、いつしか、ボクも僕と一緒になって消えるんだろう。その時に、混ざり合って生まれた物は僕じゃないしボクじゃないかもしれない。それまでには、目的を果たしたい。

 僕は、天羽奏と風鳴翼の二人のカップリング、二人のコンビを崩したくないがために戦っているようだけど、多分、あれはそれとは違う何かだと思う。もしくは、生半可な覚悟なだけなのか。

 

 

 

 そう言えば、ボクはどうして、剣を取ったんだったか⋯⋯。

 

 

 

 ────いや、思い出すまでもない。ボクは、ボクが消えることが怖かったが為に、役目を放棄したんだ。

 レーヴァテインを握って、日本、特異災害対策機動部二課へとフィーネの手駒として、新たなシンフォギア装者として所属した。そして、レセプターチルドレンというモノから目を逸らした。

 

 ただ、それだけの事。

 

 ボクは、FISを、他の皆を、マリアや切歌、調をも裏切って、自分が消えずに残ることを優先した。誰かの魂の器になんて、真っ平御免。ボクは、最期までボクでありたかった。

 

 

 ───ありたかった、はずなのに⋯⋯!

 

 

「⋯⋯邪魔だ⋯⋯」

 

 

 怨嗟を孕んだその言葉が、辺りに響く。

 彼女達は、ボクに苦しみをくれる愛。

 困惑した表情のマリアや、同じように顔を歪める調や切歌。ボクが裏切ったのは、仕方の無いことだったんだ。だから、ボクの代わりに、お前らがフィーネの器になっていれば良い。

 胸が締め付けられるとか、そんなことは知ったことではない。

 

 

 

「え⋯⋯? ⋯⋯唄、どうし「邪魔だと言っているんだ!!」」

 

「唄! そんな言い方はないデスよ!」

「唄⋯⋯どうしたの⋯⋯?」

 

 

 

 なんで、ボクを突き放さない!

 

 ボクを、裏切り者だと罵って、もう構わないでくれたなら、ボクがどれだけ開放されるか⋯⋯!!

 

 邪魔なんだよ。ボクに、ボク以外の何かは必要無いんだ。ボクはボクだけでいたい。至極当然の願いだろう!?僕すらも不愉快だ。不知火唄は、ボクだけで良い。

 

 

 

「お前らは、ボクの何なんだよッ!!」

 

「⋯⋯私達は、唄の家族よ」

「そうデス!」

「⋯⋯うん」

 

 

 ⋯⋯いや、これは夢なんだ。

 夢は、ただの心象風景。マリア・カデンツァヴナ・イヴや暁切歌、月読調は、こんな下らない救いようのない人間にまで優しいんだというイメージ(・・・・)に過ぎない。ここにまで、忌々しい()の記憶が入り込んできているらしい。

 

 本当は、彼女達だって、ボクのことが憎たらしいに違いないんだ。

 じゃないと、おかしいじゃないか。まるで、ボク一人だけが助かったのに、それが何も悪くないみたいで。どうしたって、自分が一番可愛いに決まってるんだ。だから、助からなかった彼女達がボクを恨むのも必然。彼女達には、その権利がある。

 

 

 なんだよ、悩むことないじゃないか。ボクは、彼女達を見捨てた最低の人間で、彼女達はボクを憎み、忌々しいと感じている。僕が彼女達に抱いている何かは幻想でしかなく、ボクが彼女達を夢に見るのは、そこに許しを求めているから。

 

 

 はは⋯⋯。甘えてるんだよ、ボクも僕も。

 

 だから、悪いのは全部ボクなんだ。

 

 

 

「⋯⋯ボクは、死ぬのはごめんなんだよ。温かさも何もかもを犠牲にしたって、ボクは、生き残ってやるんだ」

 

 

 

 ああ、だけどなんだろうな。

 

 

 

 ───なんで、こんなに胸が痛いんだろう。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 デスクの上に転がる、一応の修理が完了した義手を一瞥して、女はため息を吐いた。

 考えるのは、この持ち主の少女のことだ。

 

 

 

「⋯⋯不知火唄⋯⋯」

 

 

 

 奇妙な存在。

 それが、女、櫻井了子⋯⋯いや、フィーネから見た不知火唄という少女である。

 

 

 

「二面性を持っているのか、それとも演技をしているだけか」

 

 

 

 フィーネの知る彼女は、一言に言って人間らしい(・・・・・)少女であった。

 子供にしては、やけに生に執着し、かといって子供にしては難しいことばかりを考えているような、免罪符を求めるかのような、端的に言ってそんな雰囲気のある少女。たまたま、レーヴァテインに適合したかと思えば、自らの打診―――新たなシンフォギア適合者として正体を偽り、フィーネの手駒として二課へと所属する―――にすぐさま食い付き、この二課まで出向した時には、相当だなと笑ったものだ。

 

 彼女は、誰かを守る為に守るのではなく、自らの罪から目を逸らすために誰かを守っている。今にも、自分の罪で押しつぶされそうだから、その罪から逃れたい。そんなスタンスも、人間らしい。偽善を行動にしている。

 恐らくは、彼女は誰も愛していないわけじゃないのだろう。それは、ほかのレセプターチルドレンとの関わり方を見れば簡単に分かる。確かにそこには不器用で臆病ながらも、友愛だとか家族愛だとか、そういうものがあった。作ったような笑顔を貼り付けていても、ほかの面々に、特にマムと慕うナスターシャ教授にはそれなりに心を許していた居たのは誰の目から見ても一目瞭然。

 

 だからこそ、彼女を無様だと思った。

 そんな愛の全てを、偽物だとわざわざ言い聞かせて、自分の罪を浮き彫りにしているその様は、滑稽そのもの。

 誰かを愛する、そのことに人一倍に理解があるフィーネからしてみれば、レセプターチルドレンやナスターシャ教授からの不知火唄への愛は本物と断言出来る。だが、愛を知らないわけでもないのに、彼女は臆病さから突き放そうと躍起になっている。醜いが、同時にいじらしいとも思える。

 結局のところ、彼女は、フィーネが抱える切り札である雪音クリスの保険でしかないが、それなりには使える駒であった。見ていて退屈もしない。

 

 

 

 そんな彼女が妙に変わったのは、半年前のこと。

 ネフシュタンの鎧の起動実験の時、フィーネがことを起こした時である。

 

 彼女の偽善が、偽善ではなくなった。正確には、彼女の心境にかなり大きな変化が訪れたのか、彼女が誰かを助けるその姿勢が、滑稽で空虚なものではなくなったのだ。

 

 

 

「⋯⋯誰かを愛することを覚えたか。はたまた、そういう役を演じているのか。受け入れるのは、貴様の得意分野だからな、不知火唄(ハングドマン)

 

 

 ハングドマン。正位置にして、忍耐、努力、奉仕、抑制、妥協を。逆位置にして、徒労、投げやり、痩せ我慢や自暴自棄を意味する大アルカナが一つ。

 彼女に相応しいとは思わないが、彼女を表すのに、それなりには適切な存在。

 

 今までの不特定多数を守ることに尽力していた彼女とは違い、天羽奏と風鳴翼(ツヴァイウィング)を初めとした、特異災害対策機動部二課の面々、言ってしまえば身近な人間を守ることに躍起になり始めた不知火唄。ここまでなら、まだ良い。

 だが、最も奇妙なのは、その守る対象には櫻井了子、自ら(フィーネ)をも加わっているということ。正体を知らないのであれば、ともかくとして、彼女はこちら側の人間だ。そんなわけが無い。つまり、理由も目的も分からない故に、それは奇妙に過ぎた。

 

 

 

「貴様は、何処にいる。本当の貴様は、一体なんだと言うんだ」

 

 

 たかだか一人の適合者如きに、己の計画が狂わされるなどとは考えてはいない。

 一応、彼女は味方である。だからこそ、余計に神経を尖らせてしまう。敵よりも、味方の方が何をするかわからないというのは、今までのリインカーネションの中でも度々あったことだ。今回も、味方に本当の意味で恵まれなかったのだろう。

 

 

「はっ⋯⋯ただの小娘なのか、反逆者(ユダ)なのか。未だ、見極めることは叶わず⋯⋯か。くくく、面白い⋯⋯」

 

 

 フィーネは、義手の修理が終わったことを件の人物に連絡する為、端末を手に取った。

 そこでふと、考える。

 

 

「⋯⋯それにしても、天羽奏に向ける視線は、なかなかに興味があるが、な」

 

 

 眠る天羽奏に向ける視線は、一途に慕う生娘のようなものがある。はたまた、天羽奏を想う青少年か。そういう雰囲気は、フィーネとて嫌いではなかった。

 

 

 

「まあ、私にも、貴様にそんなことにかまける猶予はないのだが」

 

 

 

 口元をニヤリと歪めて、フィーネは端末を操作して、不知火唄へと通信を繋げた。




それでは、次回更新までお楽しみに。感想や、誤字脱字報告、お気に入り登録、評価などなどお待ちしております。よろしければ、お願い致します。

それと、作者は同名でTwitterを始めました。主人公の絵とか、主人公の持ち歌の歌詞とかを恥も外聞もなく載っけたりする予定です。こちらも、よろしければどうぞ。


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すれ違い。

早めの投稿?です。急展開注意。


 窓から吹き込む十二月の風が、真っ白のカーテンを揺らす。

 外には、葉を生やしていない剥き身の木々が列を成しているのが見えた。

 ⋯⋯もう、完全に冬だな⋯⋯。思い出してから半年と少し経ったというのに、まだ浮ついた感じは抜けてない。

 

 

 

「奏さん⋯⋯」

 

 

 

 ベッドの上で目を瞑る、赤い髪の毛の少女。その肌は、外に出ることも無く、全く動いていないせいか、白くなっている。見るに堪えない姿とは、こういうことなのだろうか。

 

 少しばかり痩せてしまい、弱っているかのような奏さんの姿に、時折、自分は彼女を救えたのかと奏さんに問いかけることがある。いや、正確には、自分は彼女を救えたのかと自問自答しているのかもしれない。

 

 命を救うことは出来た。だけど、奏さんは目を覚まさない。よくよく見れば、その寝顔は、まるで死んでいて安らかに眠っているかのようで⋯⋯

 

 

 

「⋯⋯ッ!!」

 

 

 

 何を考えているんだ、僕は。

 何も、奏さんが一生目覚めないと決まったわけではない。それこそ、いつの間にか起き上がって、あの快活な笑顔を向けてくれるに違いない。じゃなきゃ、僕が転生した意味も、ボクが思い出した意味もない。

 

『翼もそうだけど、唄も、変なところで心配症だな。大丈夫だって、LiNKERの副作用なんかに負ける私じゃない。だから、心配すんなよ、な!』

 

 ボクに笑いかけてくれた奏さんの記憶。

 これは、僕のではなく、ボクの物だ。映像越しに、次元を俯瞰する形で目撃したその笑顔じゃない。

 

 

 

「⋯⋯奏⋯⋯さん⋯⋯ッ!」

 

 

 

 おかしいな。涙が出てきた。

 会いたかった人、救いたかった人の命を助けたのに、何なのだろうか。この気持ちは。理解出来ない。

 

 命を救ったのに、その人が目を覚まさないというのが、こんなにも心苦しく、息苦しいものだとは思いもしなかった。

『助けられたのだから、一先ずは』などと考えてもそれが浅はかに過ぎるものであったと思い知らされるだけだった。

 

 ⋯⋯感情的になると、僕よりも、ボクの方が強く出てくる。

 流石に、平行世界の同一人物と言えども、差異はあるもの。それは当たり前のことだが、奇妙な感覚だということには変わりはない。なまじ、この身体の持ち主が僕ではない故に、それをありありと感じさせられる。

 この身は、戦姫絶唱シンフォギアの異物、特異点ではあるが、それでも一人の人間だと、そういうことなのだろうか。緒川さんが言っていたことも、多分、こういうことなのかもしれない。

 

 

 

「だけど、立ち止まってはいられないよ」

 

 

 

 首から下げられたギアを握り締める。思いの外強く握ってしまったのか、義手とギアが干渉して、ギチギチという硬質な音が鳴った。

 

 一昨日はフィーネに義手をメンテナンスしてもらい、昨日はそれを馴染ませるために一日を使った。

 そして今日、一週間の謹慎が解除され、風鳴弦十郎司令から、シンフォギアが返ってきたのだ。これで、僕はまた戦える。

 幸いなことに、翼さんは特に問題もなく感覚を取り戻し、一先ずは防人としての責務を果たすに足る実力を取り戻したとの事。翼さん本人から、電話で聞いた。

 

 戦場に立って戦えるようになるということは、翼さんが、傷付かなくても良いように、自分が事を運べるということ。僕の出来うる限り、翼さんを守り続け、奏さんが目を覚ますその時には⋯⋯。

 そんなことを考えながら、僕は窓から、午後二時を回った街並みを見渡した。

 

 すると、丁度その時、僕の携帯が鳴動する。

 

 

 ⋯⋯ノイズの出現、か。

 

 

 

『唄くん、出動だ。ノイズの出現を感知した。君のいるところから、かなり近い。翼も向かわせるから、絶対に先行す「一人でやれます」おい!話を』

 

 

 

 端末を操作して、通話を切る。

 翼さんの手を煩わせない。僕だけでやるんだ。そうすれば、他の誰も傷つかずに済むのだから。

 

 

 

「────Laevateinn tron」

 

 

 

 この鉄色のシンフォギアは、僕に与えられた、唯一無二の力であり、僕の為に使うものではない。

 

 救いたい誰かを救う為に、災厄を振り翳すのだ。この身が焼け焦げても、それは本望というものだろう。

 

 

 

 ▽

 

 アスファルトの上に、新たな炭の山が出来上がる。薄らと人の形をしたそれよりも、それらの方が数が多いことに安堵した。すぐに駆けつけることが出来たのは僥倖か。

 

 

 

「──────」

 

 

 

 歌を歌い、ノイズを射抜く。

 普段から使うことの出来る武装が、アームドギアのハンドガンのみだというのは、使い始めこそ、その使い勝手の悪さに悪態を吐いたものだが、もう慣れた。むしろ、取り回しが良い上に、小回りが効くため、かなり便利だとすら思っているくらいだ。

 

 それと、感性が僕とほとんど同じだからこそ、昔は歌いながら戦うことに違和感なり羞恥心なりを感じていたようだが、今となってはそんなもの、微塵も感じなくなった。これも成長と言えるだろう。別に、僕が努力したわけでは無いのだが。

 

 

 

「──────!」

 

 

 

 ――OVERHEAT>LAEVATEINN――

 

 

 サビに入れば、自然と気分が高揚し、LiNKERを使わずとも、高まったフォニックゲインにより大剣を用いることも出来る。それだけ、この身体の適性が高かったということだろう。

 だが、威力はLiNKER使用時とは比べるべくもないし、連続使用すら出来ないので、強めのノイズが相手であったりすると、正直言って使えない。

 

 まあ、今回は相手が相手なので、十分な火力を持ってはいるけれども。

 

 

 

「はぁあ!!」

 

 

 

 熱量を持った大剣が、ノイズを焦がして炭にする。

 比較的、身体へのダメージ、バックファイアも少ない為、余裕があるときなら、それなりには重宝する。

 しかし、起動時間は普通に使う時と同じ程度なので、やはり早急に蹴りをつける必要があるのには変わりはないのだが。

 

 まあ、この調子なら、すぐに終わるだろう。

 

 

 残りも殲滅せんと、炎を吹かして大剣を振り下ろそうとした時、上空から、無数の青い刃が飛来する。

 

 

 ――千ノ落涙――

 

 

「唄!」

「⋯⋯翼さん」

 

 

 

 着地と同時に刃を一閃。あの刃群によってほとんどが消え、倒し漏らした最後のノイズ数体も炭となる。

 正直言って、翼さんは来る必要がなかった。あの程度なら、大剣を使わなくても、僕一人で倒し切れた。隻腕、右手が無かろうと、左手で武器を構えられるのだから問題は無いのだが⋯⋯。

 

 苦言を零そうと口を開いた。

 

 

 

「ボク一人でも「馬鹿っ!」⋯⋯ッ!?」

 

 

 

 痛い。右の頬から鈍い痛みが走る。僕は、頬を打たれたのか。誰に?

 

 ⋯⋯翼さんに?何故?

 

 だって、僕は貴女を守る為に戦っているのに。なんで、そんな悲しそう顔を?

 ああ、僕がそんな顔をさせているのか?

 

 

 

「⋯⋯唄⋯⋯私では、頼りないのか⋯⋯?」

「そんなわ「だったら、なんで私を置いていくの!?」⋯⋯置いていってなんか⋯⋯」

「唄一人で戦って、傷付いて!」

「⋯⋯だって、これは皆を守る為で⋯⋯」

 

 

 

 困惑を隠せない。翼さんが、こんなに感情的になるなんて⋯⋯。それもここまで唐突に。

 

 全くもって訳が分からない。

 僕が悪いのなら、その理由が分かっているのなら、直すことも吝かではないが⋯⋯どうしてかが、てんで見当がつかない。

 

 

 

「私じゃ⋯⋯奏みたいに頼れないのか⋯⋯?」

「なんで、奏さんが⋯⋯」

「私は、不甲斐ないかもしれない。だけど、戦場(いくさば)にすら立たせられないほどなのか⋯⋯!?」

 

 

 

 もしかして、これは僕が悪いのか?

 ⋯⋯いや、確実に僕のせいなんだろうな。

 

 膝をついて泣きじゃくる翼さんを見つめながら、思考する。

 

 

 

「⋯⋯ボクは、誰にも傷付いて欲しくないんです」

「それは、私だって、私達だって一緒だ」

「でも、ボクが守られる必要は無い。ボクは、不知火唄は、防人でなくとも、一人の戦士なのだから」

 

 

 

 気分が、落ち着かない。

 なんで、命を張ってるボクがとやかく言われなきゃいけない。好きでやっているんだ。しかも、なんで貴女がそんなことを⋯⋯。

 

 

 

「⋯⋯」

「唄ッ!!」

 

 

 

 首にLiNKERを打ち込む。

 身体が熱い。接続された肩部だけじゃない。全身が、痛く、熱い。

 だけど、ボクのやりたいことを否定する人間には、分からせなきゃいけない。誰かを守る為にその守りたい誰かを傷付けることになっても、それは、最低限に抑えさえすれば問題は無いだろう。

 

 

 ――OVERHEAT>LAEVATEINN――

 

 

「唄!? どうして!?」

 

「⋯⋯い⋯⋯熱⋯⋯熱い⋯⋯」

 

 

 

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッ!

 

 だけど、この熱さは、この痛みは、僕がこの世界に在る証。

 この熱を感じている間だけは、僕も翼さんや奏さん、二課の面々の様に、この世界に息をしていると思える。

 

 

 

 だから、今から、ボクは僕の願いを守る為に、僕はボクの願いを守る為に、この力を振り翳す。胸が痛いなんて、知ったことじゃない。人に刃を向けること、それも守りたいと思った誰かに刃を向けることが、これほどに切ないことだなんて僕は知らない。そんなこと、気にしたくない。

 

 

 

 

 ───僕は、今この瞬間、翼さんに刃を向けることで、転生者(イレギュラー)から、主要な存在(ドミナント)になる。

 

 

 戸惑いながら剣を構えた翼さんへと、僕は大剣を握り締めて駆け出した。




感想やアドバイス、誤字脱字報告、お気に入り登録よろしくお願いします。評価などもよろしければ⋯⋯。
それでは、次回更新までお楽しみに。


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最悪を振り翳す。

個人的に、賛否両論別れそうですし、出すの怖かったんですけど、好きなものを書きたい自分に嘘は吐けないので。
僕のシンフォギアへの熱意は、本物だと、自負してます。だから、翼さんは死にません!!(ネタバレ)


 突貫と同時に振り下ろした大剣は、物の見事に翼さんの剣技でいなされる。まあ、当然だろう。こちらは、力を持っているだけ。特別な技術もなく、ノイズを屠る為だけの術しか持たないのだ。人間との戦いなど、ハナから想定していない。

 このまま追撃を受けるのは拙い。飛び退いた僕に、翼さんは、悲しそうな顔をした。

 

 

 

「どうしても、戦うのか?」

「⋯⋯翼さん⋯⋯多少手荒になりますが、殺しはしません」

「⋯⋯唄に、人殺しなんてさせない」

「なら、折れてください」

「それは無理な相談だ。私は、唄だけが傷つくのを許容出来るほどに人として腐ってはいない」

 

 

 

 翼さんは、優しい人だ。

 だからこそ、僕は、貴女を傷付けなくてはならない。貴女は、貴女のやりたいことをしていれば良い。傷付くのは僕の役目だ。

 

 

 

『二人ともやめろ!! どうして、味方内で戦う!?』

 

 

 

 インカムから聞こえる風鳴弦十郎司令の声を無視して、翼さんを見据える。

 手持ちのLiNKERは四本。大剣の稼働時間は五十秒から一分の間。大剣以外に使える武装はない。つまり、最低で二百秒。最大でも二百四十秒が僕の戦える時間だ。

 それまでに、翼さんには折れてもらうしかない。

 

 

 

「行くよ!」

「来いッ!!」

 

 

 

 地面を踏み砕いて突貫。放たれた焔を纏う薙ぎ払いは、またも翼さんには回避され、空を焦がすことになる。流れるような動作で放たれた蹴りの直撃を食らってしまった腹部が、痛い。

 衝撃と痛み、熱さで涙が滲む。

 

 

 

「ぐうっ⋯⋯!?」

「まだ、やるのか?」

「当たり前⋯⋯!」

 

 

 今度は、片手で振り回し、そのまま遠心力に任せて翼さんへと接近。これならば、いなすことも避けることも出来まい。

 

 

 

「その程度の動きッ!」

「⋯⋯かかったね」

「くっ!?」

 

 

 

 上に飛ぶ以外に回避する方法はない。だが、それこそが、僕の狙い。

 僕の上空へと躍り出た翼さんへ向けて、力任せに大剣を真上に振り上げて、炎を噴出させる(・・・・・・・)。それは、翼さんの虚をついて、彼女の青の装甲を焦がした。

 

 

 

「そんな使い方も⋯⋯」

「⋯⋯奇襲しても、それだけしかダメージを与えられない⋯⋯か」

「⋯⋯もう辞めにしよう。私と唄、そして奏の三人。一緒に戦えば、それで良いだろう?」

 

 

 

 一緒に戦う。それじゃダメなんだ。

 弱い僕では、翼さんと奏さんを守ることは出来ない。戦姫絶唱シンフォギアシリーズの翼さんを知っていても、この世界の翼さんが、同じ軌跡を辿るとは断言出来ない。むしろ、僕というイレギュラーが介在することで、原作とは違った展開を迎える可能性だってあるんだ。いや、もう既に奏さんの生存という原作とは違う展開を迎えている時点で、原作と違う展開を迎えるということは確定している。

 だからこそ、死んでも問題ない僕が人柱となる必要がある。

 

 僕は、戦姫絶唱シンフォギアをハッピーエンドにする為の保険。舞台装置にして、イレギュラーの歯車なのだから。

 

 冷却が始まった大剣を見て舌打ちを漏らし、LiNKERを取り出して首に打ち込む。身体を酷使する感覚が分かる。いや、限界を超えていく感覚か。

 

 

「ぐっ⋯⋯う⋯⋯ッ!?」

「もう辞めろ!」

「まだ、ですよ。まだ、終わっていない⋯⋯!!」

 

 

 

 僕は、守りたい人に武器を向けるなんていう最低な方法までやって、この世界に根付く主要人物(ドミナント)になったんだ。主要人物として、責任を持ってこの世界を原作の展開に近づけなくてはならない。

 今の僕には、それが出来るだけの力がある。それをするだけの覚悟もしたつもりだ。

 

 

 だから、目的を果たさない限りは、止まらない!!

 

 

 

 

「⋯⋯オーバーヒートォ⋯⋯レェヴァァ⋯⋯テイン⋯⋯!!」

 

 

 

 ――OVERHEAT>LAEVATEINN――

 

 

 大剣が加熱されると同時に、自らの肉が過熱する。この力を振るう時、僕は完全に麻痺している。だから、己のやっていることを半ば思考放棄して為そうとしている。だけれども、僕が今やっている事だけは、重大かつ原作ファンを語るには到底許し難い行い。それだけは分かっていた。

 分かっていてなお、止まるつもりはなかった。

 

 

 

「唄⋯⋯」

「⋯⋯翼⋯⋯さん」

「⋯⋯お前が何を考えているのかは、私には分からない」

 

 

 

 当たり前だ。僕は僕で、翼さんは翼さんなのだから。どう足掻いたって、僕の考えることは翼さんには分からないだろう。僕は、原作の記憶で、何となくこんなことを考えるだろうな、翼さんはこういう人だから、という予測しかできない。それでも予測であって、それが合っているとは限らないが。

 

 だから、そんな悔いる顔を、しないで。貴女が気に病むことなんて、何一つ⋯⋯。

 

 

 

「だけど、お前がどれだけ悩んで、どれだけ悔いても」

「⋯⋯それ以上は⋯⋯」

 

 

 

 それ以上は言わないで、翼さん。

 僕が、僕を本当に殺したくなる。ただでさえ許せない僕を、本当にこの世界から消し去りたいと、それを実行しようと考えてしまう。

 

 

 

 

「私は、唄の味方だから。唄の重荷も、私が一緒に背負う。それは、奏だって絶対に「そこにボクの居場所は必要無い!!」⋯⋯唄⋯⋯」

 

 

 

 僕は、ぽっと出の転生者だ。原作を破壊するイレギュラー。しかも、この身体の半生は、僕が積み上げてきたものじゃない。

 

 僕とボクが根本的に同一な存在であったとしても、僕は、ボクじゃないんだ。だから、ボクが居る限り、僕が貴女達からの優しさを得ることなんて、まず有り得ない。

 

 

 

「唄は、私達のことをどう思っているんだ?」

「⋯⋯ッ! ボクは、翼さんと奏さんのことを大切なヒトだと思ってます!ボクは、ツヴァイウィングのファンでありたいから! それ以上に、貴女達を好きだから⋯⋯ッ!」

 

 

 

 だから、二人を守るために、僕が命を張ってるんだ。一人のファンである僕が、引き裂かれる運命にあった二人を救えるだなんて、これに勝る光栄なことは無い。二人の為に原作を改変したことに、後悔なんてない。これほどまでに喜ばしいことなんてないんだ。

 

 

 ⋯⋯ない、はずなんだ。

 

 

 

「私達だって、唄のことが好きだ。背中を預ける仲間として、共に生きる家族のような存在として、唄のことを想っている!!」

「翼⋯⋯さん⋯⋯」

 

 

 

 なんで、こうも、この人は優しい人なんだ。

 いっそ、僕が嫌いになるような、そんな腐り果てた人間であってくれたら⋯⋯なんて思いはしない。この世界に生きる人々は、こんな異物である僕が居たところで、変わることは無いんだろう。

 

 ⋯⋯正直言えば、一度死んだからヤケになっているだけで、本当は怖い。傷付くのだって嫌だし、自分の力で自分が死にかけるのも嫌だ。

 僕が、ボクじゃない。僕の中に違うボクがいることも、怖くて堪らない。

 

 

 

 

 ───だからこそ、尚更に引くことは出来ない。

 

 何もせず、怯えてただこの世界に居座るだけの転生者(イレギュラー)に、居場所は無いんだ。

 

 

 

「ボクは、貴女を全力で倒す。その上で、貴女を守る」

「なら、私は、お前を止める。お前の頭を冷やさせて、昔のように(・・・・・)一緒に戦ってもらう」

「⋯⋯昔の⋯⋯よう⋯⋯」

 

 

 

 ⋯⋯ふざけるな。僕に、昔なんてものは無い。貴女達との思い出は、ここ半年分しかないんだよ。

 

 怒りに、視界が狭まるような感覚を覚える。理不尽な、八つ当たりでしかないと、僕も分かってる。分かっているんだ。

 だけど、この寂寥感と苛立ち、一人取り残される様な、そんな感覚を解放したい。

 

 

 そんな思いが止まらないんだよ⋯⋯ッ!

 

 

 一本を、無駄にした。手持ちのLiNKERは後二本。この二本で、何としてでも翼さんを折る。

 

 LiNKERを首筋に打ち込む。朦朧とする意識を、頬の肉を噛みちぎることで繋ぎ止める。他の痛みが強過ぎたせいか、あまり痛くは感じなかったが、口に穴が空いた違和感のおかげで頭が妙に冴えた。

 

 

 

「⋯⋯翼、さん⋯⋯ッ!」

「⋯⋯唄」

 

 

 

 地面を踏み砕く。今度の一太刀は外さない。致命傷は与えぬように、彼女を倒す。神経を集中させれば、初心者の僕でも出来る。

 

 

 

 僕は、選ばれたのだから。

 

 

 

 ツヴァイウィングを、翼さんと奏さんの笑顔を守る為に、数多いる原作の展開、天羽奏の死を好ましく思わない同胞(はらから)達の中から、僕が選ばれたんだ。

 なら、出来ないはずはない。出来ないのなら、僕が選ばれた意味が、僕が生き続ける意味が無い。

 

 

 あの神話を、もう一度、僕が成してみせる。それ以外の未来などありえない。これは確定事項なのだ。

 

 

 

 

 災厄の大剣が、構えを解いた(・・・・・・)翼さんへと襲いかかり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───⋯⋯唄。私は、唄を信じているよ」

 

 

 

 

 

「⋯⋯え⋯⋯?」

 

 

 

 

 ───翼さんの身体が、夥しい程の血を撒き散らしながら宙を舞った。

 そうして、地面に吸い込まれるように着地し、僕の身体に、血が付いた。

 

 

 

 

「嘘⋯⋯だ⋯⋯?」

 

 

 

 

 訳が、分からない。なんで、翼さんが血を流している?なんで、僕の力、この大剣に、血が付いているんだ?

 嘘だ。

 

 

 嘘だ。

 

 

 

 嘘。

 

 

 

 嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!

 

 

 

 

「ボクが、翼さんを手にかけるはずがないッ!」

 

 

 

 だって、僕は、翼さんと奏さんのカップリングを成立させる為の歯車で。それ以外の何者でもなくて⋯⋯ッ!

 ありえないだろ。歯車が、本体の機械を自ら壊すなんて。イレギュラーだからなのか?僕が、イレギュラーで、ボクじゃなかったから、こんなことになったのか?

 

 

 なら、なんで僕は転生したんだ?僕がここにいる意味は何なんだ⋯⋯!?

 

 

 

 

「何をやっている!! 今すぐに翼を運べ!! 聞いているのか、唄君っ!!」

 

「⋯⋯風鳴弦十郎司令⋯⋯僕、何をしたんですか?」

 

「⋯⋯っ!?」

 

 

 

 焦りを孕んだ風鳴弦十郎司令の声が、聞こえる。

 振り返った僕の顔を見て、額に汗を滲ませた彼は、その相貌を悲痛に歪めた。

 

 

 

 

「⋯⋯クソッ、嘆くのも呆けるのも、説教も後だ! 翼を死なせたくないなら、動け!!」

 

 

 

 翼さんを、死なせたくないなら。

 半ば、放心しながらも、その言葉だけを頼りに、僕は翼さんを丁寧に抱き抱え、風鳴弦十郎司令の車へと運び込んだ。

 

 押し込まれるように助手席に座ったところで、僕の意識は途切れた。

 

 




本当なら、ランキング載ってたとかそういうことではわはわしてたんですけど、今回ばかりは真面目な顔で投稿しなくちゃいけないと思いまして。
辛口の意見も受け止めます。感想、誤字脱字報告、お気に入り登録、評価、よろしくお願いします。


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また、三人で明るく過ごしてくれ。

はわわわわわ⋯⋯(白目)


「翼の容態は?」

「彼女は今のところ平気よ。⋯⋯だけど」

「⋯⋯唄君、か」

 

 

 治療を受ける二人の状態について記された資料を見ながら、風鳴弦十郎は顔を顰めた。

 風鳴翼は、傷は深いが手術は日本政府の誇る選りすぐりの医者達の手によって滞りなく終わった。故に、最低でも一ヶ月程度安静にしていれば良いとのこと。多分、不知火唄が手加減をしたのだろう。あの大剣であれば、無防備にくらってしまったなら一撃で命を刈り取ることなど容易い。そうなっておらず、生死の境をさ迷いつつもこうして生きることが出来たというのは⋯⋯。

 

 

 

「⋯⋯何も出来ない自分が、こんな時、こうして嫌になる」

「⋯⋯そうね」

 

 

 

 伏し目がちにそう言った弦十郎は、次にもう一枚の資料に目を通す。

 風鳴翼は現在は意識は戻っていないながらも一命は取り留めた。

 だが、それに対して、不知火唄はと言えば、こちらは今も集中治療室で手術を受けている。LiNKER三本の連続投与に、彼女の纏うシンフォギアレーヴァテインの謂わば自傷兵器である大剣(レーヴァテイン)の上限を超えた使用。身体の酷使からくる純粋なダメージ。

 

 ⋯⋯そして、精神的な要因からくる、生存本能の衰弱。生きたい(・・・・)という意思の欠如。

 これによって、彼女の容態は、挙げた以上に酷いものとなっていた。やはりと言うべきか治療も難航している。治す箇所を治そうにも、本人の生きる活力がないのでは、回復が見込めないのだ。

 

 

 

「⋯⋯生きたいという意思の欠如⋯⋯か」

「⋯⋯ええ。ドクターが言うには、この状態の患者は大抵がそういったものが欠如しているからこそ、生かすのが難しい⋯⋯そうよ」

 

 

 最善は尽くすって言ってたけど。そう言って、もう一度資料に視線を落とした櫻井了子を一瞥して、弦十郎は瞑目した。

 

 

 

「⋯⋯」

 

 

 考えるのはやはり、先程の二人の戦いのこと。そして、インカムを通して聞こえてきた会話のことだった。

 

 

 

「そこに、居場所はない⋯⋯か。お前は、何処を見てそんなことを言ってるんだ、不知火唄」

 

 

 

 今にも泣きそうになりながら、それでも何かを否定するように吠えた彼女の姿。

 

 ⋯⋯誰がどう見たって、居場所が欲しくてたまらないような顔をしていただろうが。なんで、自分に素直にならないのか。シンフォギアを纏う子供というのは、皆このようになる運命でも背負っているんだろうか。

 ⋯⋯いや、そうせざるを得なくさせているのは、自分達大人に責任があるのだということは、自分が一番分かっていた。

 

 気を失う直前に見せた、何もかもを失ったかのようなあの表情は、まだ十五の少女がしていいものでは到底無い。職業柄、あのような顔をする人間は何人か見てきたが、それでもあそこまで思い詰めている人間はあまりいない。相当だった。

 

 

「唄ちゃんを、責めないであげて、ね」

「⋯⋯当たり前だ。年頃の彼女達を戦場に放り出して、後ろで指示を出すくらいしか出来ない俺みたいな大人達が責められこそすれ、唄くんが責められるなどということは無い。⋯⋯説教はするがな」

「ふふふ。貴方らしいわね」

 

 

 

 用事があると言って部屋を去っていった了子を見送って、弦十郎は溜息を吐いた。

 

 

 

「⋯⋯不知火唄。偽名の可能性あり。十五歳。両親は不明。孤児院の育ち。こちらも、偽装の可能性あり。二課所属、レーヴァテインのシンフォギア装者。現在は都内の私立中学校に通っている。ネフシュタンの鎧起動実験の際の被害者の少女と交流あり。他シンフォギア装者との仲は良好⋯⋯だった。以上から、不知火唄は要注意対象として扱うべし」

 

 

 

 これが、二課の把握する不知火唄という少女の大まかな情報。ところどころに不明な点があるが、これ以上は望めない。

 大戦時に作られた機関の総力を持ってしても、彼女の情報の全てを手に入れることは不可能だった。それが指し示すのは、彼女の不審さ。彼女の後ろに、なんらかの策謀と大きな影があることを思わせるには十分な判断材料であった。

 

 

 

 

 

「───だから、なんだ。そんなことで、お前を否定したりはしない」

 

 

 

 だが、そんな不安要素があったからと言って、不知火唄という少女を容易に判断はしない。それをすることは、人々をノイズの手から守り、身を張って仲間を守った彼女を裏切ることに他ならない。その行いにどんな思惑があれど、彼女の行いは尊敬すべき行いであり、無にすることなど到底許されることではないのだから。

 それ以上に、責務を果たさんとする彼女を、応援して、時に指導してやることこそが大人の役目というものだ。彼女という人間を判断することなど、出来るものか。

 

 

 

 今日の二人の対峙で分かったことは、彼女の悩みだけじゃない。

 

 

 

 ───不知火唄という少女は、彼女という存在を肯定してくれる何かを、求めている。彼女がそれを認めるかどうかで言えば、絶対に認めることは無いだろう。それでも、彼女は温かさを求めていた。

 

 だから、翼の言葉を跳ね除ける度に後悔するような顔を見せた。弦十郎はそう確信している。

 

 

 

「ったく。本当に不器用だな、唄君。誰も、少なくとも君の周りの人間は、誰一人として君を否定しやしないというのに」

 

 

 

 そう。彼女は不器用なだけ。

 災厄の剣(レーヴァテイン)を携えていようとも、彼女はどこまで行っても普通の少女でしかないし、その心の内に大きな何かを秘めていたとしても、彼女が子供であることには変わりないのだから。

 

 それは、風鳴翼や天羽奏といった他のシンフォギア装者にも言えること。

 

 つまりだ。

 

 

 

「───大人が背を押してやらんでどうする。汚れ仕事から赤子の世話、居場所を作ってやること。子供に対してしてやれることの全部は大人の仕事の内ってな」

 

 

 

 彼女の居場所は彼女自身が見つけるだろう。だから、自分達は彼女が居場所を見つけられるように、精一杯の応援をしてやる。その背を押してやることこそが大人の役目だ。

 

 

 そして、その為には、もう一つ、もう一人だけ必要な人間がいる。

 

 

 

「⋯⋯奏くん。早く、目覚めてくれ。君は、そんなところで眠って人生を終わらせるような戦士じゃないだろう?」

 

 

 

 今も眠る少女を頭に思い浮かべる。

 神殺しの槍を携えた赤い髪の戦士。特異災害対策機動部二課の抱えるシンフォギア装者達三人の中心人物的存在。

 

 彼女という存在があって、初めてツヴァイウィングは双翼となり、二課のシンフォギア装者達は動き始める。

 

 

 

「⋯⋯俺も、出来ることをやらないとな」

 

 

 そうして、弦十郎は、二人の容態の記された二枚の報告書のその下にしていた、とある一枚の資料に目を通す。

 

 

 

「雪音クリス⋯⋯一体、君は何処にいるんだ」

 

 

 

 救出とほぼ同時に行方不明となった少女。彼女は、ネフシュタンの鎧起動実験から始まるこの一件に、何らかの関わりが、あるのではと考えている。

 

 それ以上に、彼女の安否が心配だった。

 幼くして紛争地帯で両親を亡くし、孤独に生き抜いてきた彼女。そんな彼女が救出されたと知った時は、溜飲が下がる思いであった。彼女の為に、大人として精一杯のことをしようと考えていた。

 

 だが、彼女と対面することは無かった。これには何かあると、考えないはずがない。

 

 

 風鳴弦十郎という男は、どれだけの言葉で飾ろうと、結局はお人好し(・・・・)という一言でまとめられるような、そんな人間なのだ。だから、きな臭いと思っていながらも、雪音クリスという少女に非があるとは考えていないし、彼女をどうにかして救いたいと思案し続けている。

 

 

 

 

「⋯⋯また、三人で明るく過ごしてくれ。それだけが、俺の望みだ」

 

 

 

 時折苦痛に歪めながらも、安らかな顔で眠る翼を一瞥し、今も手術を受けている唄の顔と、眠り続ける奏の顔を思い浮かべて、風鳴弦十郎はそんなことを願った。

 

 

 

 

 

 ここは⋯⋯どこだ?

 

 

 僕はどうして、ここにいる?

 

 

 ここは、僕の存在する世界なのか?

 

 

 いや、よそう。僕には、何も無いんだ。所詮、前世の記憶なんて言うものも、役には立たないだろう。

 

 いっそのこと、このまま死んでしまえたら。どれだけより良い世界になるだろうか。

 

 

 そうだ。生きていても、メリットなんてないんだから、ここでいっその事、転生者(イレギュラー)は去るとしよう。それが良い。

 

 辛さなんて、ない。苦しさなんて、ない。切なさなんて、あるものか。僕にとっては、ここで死ぬことこそが幸福。これ以上は、何も無いだろう。

 

 

 今、死のう。今なら、死ねる気がする。邪魔する人はいない。ボクもここには居ない。死ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───■■■■■、諦めるな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ⋯⋯奏⋯⋯さん⋯⋯?

 




ゆ、UAが10000を超えてますよ!?一体何があったんですか!?
⋯⋯こ、これが噂に名高き改竄⋯⋯?
ありがとうございます。これからも、誠心誠意頑張りたいと思います。

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抗うことを、諦めない。

皆様の応援のおかげで十話に到達しました。いつも、ご愛読ありがとうございます。

そして、遅れてしまい申し訳ありませんでした(土下座)
これから、少しばかり更新頻度が下がるかもしれませんが、放り出すことだけはしないので、これからもよろしくお願いします。

⋯⋯後、急展開過ぎました。


 浮上するかのような感覚。目が開く。

 妙なカプセル越しに視界に入ったのは病室らしき天井。

 

 

 ⋯⋯なるほど。二課の最新設備⋯⋯かな?原作でも、絶唱した後に翼さんが入っていたアレだろうか。

 

 目を開いた僕を見つけた看護婦らしき人が、慌てて病室を出ていく。

 

 

 

「⋯⋯まだ、死ぬわけにはいかない⋯⋯ってことかな」

 

 

 喉が痛い。痛みに気が付けば、全身から思い出したかのように激痛が襲ってくる。だが、そんなものは気にならなかった。

 

 夢の中で、僕は何かを聞いたんだ。大切な人の、声を。

 何かを諦めるな、とその声は言っていた。その何かを思い出すことは出来ないが、戦姫絶唱シンフォギアシリーズにおいてとても重要な一言だった気がする。何故だろうか。思い出すことが出来ない。一期から四期まで二十周くらいしたのに忘れるなんて⋯⋯。情けないが、考えても出ないかもしれない。

 

 若干諦めながらもしばらく思考に耽っていれば、先程の看護婦を伴って、白衣を着た医者らしき人物が駆け寄ってきた。

 

 

「不知火唄さん。聞こえていますか?」

「はい」

「それでは、いくつか報告と質問を⋯⋯」

 

 

 そうか、僕があの人に刃を向けてから一ヶ月経ったのか。道理で体の調子がおかしいわけだ。だけど、一応身体は動きはする。リハビリなどしなくても動けるだろう。

 医者の質問の一つ一つに答えていくその間も、僕は奏さんの言葉を思い出そうと必死に頭を捻っていた。

 そんな折、医者が入ってきた扉の方がまた慌ただしくなったのを感じて、そちらに視線を向ける。

 

 

「唄っ!」

 

 

 そこに居たのは貫頭衣に身を包んだ翼さん。

 そうか。翼さんは、生きていたのか⋯⋯。良かった。これで翼さんも再起不能になってしまっていたなら、僕はこの場で命を絶つだろう。

 護りたいとか言っておきながら、その護りたい人に自ら危害を加える転生者なんて死んだ方がマシだ。むしろ、本来ならば今すぐに自害するレベルだろうけど、僕にはまだ役目がある。こんなゴミみたいな命でも、果たすべき使命があるのだ。

 

 

「うっ⋯⋯翼⋯⋯さん」

「話さなくて良い! ⋯⋯良かった⋯⋯本当に⋯⋯」

 

 

 泣きじゃくる翼さんの姿に胸が痛くなった。やっぱり、転生者だからと言ってもこの感覚だけは拭い去れないのだろう。結局は、特別な存在じゃなかったということか⋯⋯。

 

 

 

 ⋯⋯いや、そんなはずはない。

 

 

僕は、特別な存在(ドミナント)の筈なんだ。僕だけが、これから先の未来を知っている。とはいえ、知っていても僕にはどうも出来ないが、奏さんが目覚めるまではこの身を燃やし続けられる。

 それは、僕がこの世界に転生した小さな転生者(イレギュラー)特別な存在(ドミナント)であるからこそだ。それを忘れてはいけない。僕の存在理由なんて、その程度しかないのだから。

 

 翼さんに刃を向け、あまつさえその命を奪いかけたことで僕は理解した。理解することが出来た。

 

 

 

 ───僕に、誰かを守れるだけの力は無い。断言しよう。僕の災厄(レーヴァテイン)では、誰も守ることは出来ない。

 

 

 だからこそ、それと同時に決めた。

 

 

 僕は誰も護らない。護らなくても良い様に、全てを抹消(エリミネイト)する。それこそが僕に課せられた本当の使命だと、そう気付いたんだ。

 

 甘えも何もかもを抹消して、僕は不安要素を消し去るだけの舞台装置に徹する。それこそが、僕がこれ以上罪を重ねずに済むただ一つの方法に違いないのだから。今までの僕が、甘え過ぎていたんだ。

 この優しい世界に、僕はやっぱり必要ないんだよ。

 

 

 

 

 ───僕は、抗うことを(・・・・・)、諦めない。

 

 

 僕としてじゃない。この世界を生きる護りたい人々が悲しむ展開に抗うことを、舞台装置として諦めるわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

 生きることを捨ててでも(・・・・・・・・・・・)僕は諦めない(・・・・・・)

 

 奏さんが言いたかったのは、こういうことだろう。じゃなくても、これこそが真理だが。

 

 

 

 ▽

 

 

 不知火唄の雰囲気が変わった。

 不知火唄が目を覚ましたという報せを聞いて急ぎ病室を訪れた櫻井了子ことフィーネは、病室のベッドから外を眺める不知火唄を見て漠然とした高揚感を感じた。

 

 

「⋯⋯一皮剥けた、か?」

「かも知れないですね。僕も、甘えたままじゃいけないな、なんて考えたので」

「甘えか⋯⋯くく。受け取れ、貴様のギアと腕だ。義手も完全な状態にしてある」

 

 

 驚いた顔で受け取る不知火唄を見て、本質は変わっていないことを確認する。それでも、ある程度生きてきた人間なら、彼女に訪れた変化は大きいということは誰の目から見ても一目瞭然だろう。

 

 

 どんな心境の変化があったのか。予想することは容易い。

 

 大方、自分で護りたいと願う人間を自らの刃で傷付けたことに対する自責の念が、一周回って焦がれたのだろう。前までの煮え切らない感じもそれはそれで面白かったが、今の目的の為なら全てを捨てる覚悟すら雰囲気から見せるこちらの方が、フィーネからしてみればよほど魅力的に映った。

 

 これなら、あと一年程度で動かす予定の計画もさらに確実性が増すに違いない。思わぬところでただの保険が強い手駒となったことに、フィーネは内心笑いを堪えるので必死であった。

 

 そこでふと、フィーネは自らのもう一つの手駒である少女と、この少女が顔合わせすらしていないことを思い出す。

 

 

「不知火唄。貴様の傷であれば、早ければ来月には満足に身体を動かせるようになるだろう」

「⋯⋯はい」

「そろそろ、我々も動き始めようかと思っていてな。明日には貴様と、もう一人の協力者である雪音クリスの二人には顔合わせをしてもらう。特に何をしろというわけでもないが、一言二言くらい交わしておけ」

「⋯⋯了解」

 

 

 頷いた少女を一瞥しフィーネは思考を張り巡らせる。

 考えるのは、奇跡的な回復を見せた風鳴翼と、今も眠り続ける天羽奏についてだ。

 

 

「⋯⋯そろそろ、目覚めるか」

 

 

 元より、天羽奏という少女が目覚めないという可能性は低かった。伊達にリィンカーネーションを駆使して生き続けているわけではない。

 ああいう手合いの輩は完全に死なない限りは何度でも立ち上がれる。それのなんと恐ろしいことが。過去にも、自らの計画を台無しにしてきたのはそういう者達だ。理由がなんであれ、理屈が通っていようが通ってなかろうが、英雄と呼ばれる類の人間だけは侮り難い。あれは、死してなお誰かを支え続けることすらも有り得る。細心の注意を払わねばならない。

 

 今回は、計画が成功させるのにかなりの好条件が揃っているだけあり、不安要素が要因となって失敗することはかなり拙い。またこれだけの好条件を揃えるのにどれだけかかるかも不透明であるからこそ、尚のこと失敗するわけにはいかないのだ。いざとなれば協力者の手を借りてでも、天羽奏を暗殺することを厭いはしない。

 

 だが、風鳴弦十郎や緒川慎次といった別の不安要素もある中で急いてことを仕損じるのも馬鹿らしい。

 

 

 

「なに。時間はある。それに⋯⋯」

 

 

 

 フィーネは、黄昏れる少女の姿をもう一度一瞥してほくそ笑んだ。

 

 天羽奏(イレギュラー)には、不知火唄(ハングドマン)をぶつけるだけのことだ。それで事足りるだろう。

 感動的ではないか。憧れる少女と憧れの少女の対面にはお誂え向けの舞台だ。

 

 貴様の望み通り、死ぬまで使い潰してやろう、不知火唄。

 

 

 焦がれる巫女フィーネの目論見は、誰にも悟られることなく動き出していた。

 

 

 

 ▽

 

 

 フィーネが悪い顔をしている。

 

 転生者でなければ気が付くことは無いだろう些細な変化ではあるが、生憎と僕は転生者だ。フィーネのやることを原作知識として持ち得ている。だから、それを理解している。

 

 

 勿論、その目論見を、月の破壊を成功させるつもりはさらさらない。

 だけど、今は円滑に物語を進めるためにフィーネの手駒となろう。そうすることで、僕は物語を大きく改変することなくイレギュラーを抹消する為に動くことが出来る。

 

 

 

 そうして、最後には

 

 

 

 

 

 ───僕というイレギュラーすらも抹消するのだ。それこそが、僕の計画であり僕の使命そのもの。

 

 

 それまで足掻き藻掻いて抗い続けようとも。あるべき未来を掴む為に。

 

 そして、奏さんと翼さんの二人が、また楽しく歌を歌えるように。

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 その後、不知火唄という少女は、目覚めてから一日足らずという短過ぎる期間で病室から姿を消した。

 カメラは全てが何者かの干渉により機能しておらず、その時間帯に何があったのかはだれにも分からなかった。

 

 

 不知火唄は、その所在が分かるまでは停学とし、特異災害対策機動部二課は一人のシンフォギア装者を、一人の少女を失うこととなるのであった。

 

 

 そしてそれと同時に、二課の人間達はある想いを胸に、『今度こそ』と動き出した。

 




主人公以外のイレギュラー(オリジナルキャラクター)は基本的に出さない方針です。ただ、原作から逸れない程度にイレギュラーが発生します。

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押し付け。

遅くなりました。申し訳ない⋯⋯。


 身体があげる悲鳴を無視して病院を抜け出した僕は、フィーネに与えられたアパートの一室で仮眠を摂り夜を明かした。

 思ったよりも身体が動いたことに驚きだが、そんなことを考えている暇もない。多分、これからはかなり駆け足になると思うから。

 

 そしてその翌日、フィーネの指示通りに雪音クリスと接触する為に指定された場所で、僕は手持ち無沙汰気味に彼女を待っていた。

 正直言って原作の人物との対面は少し楽しみではあるのだが、そんな感情すらも僕には必要ないものだと考えるとやはり少しだけでも残る未練を煩わしくも思う。

 

 しばらくして、足音が聞こえてきて。僕はそちらの方に目をやった。

 

 

「てめえが、フィーネの言ってたもう一人の協力者って奴か?」

「⋯⋯うん。そういうキミは、雪音クリスで間違いないよね?」

「ああ」

 

 

 そこに居たのは、紅いドレスを身に纏った白髪の少女。協力者雪音クリスがこちらに向かってくるのを確認して、僕は公園のベンチから立ち上がった。

 

 

「目立ち過ぎなんじゃないかな、その格好」

「そんなことねえよ。んな事言ったら、お前のその腕だって⋯⋯」

「違いない」

 

 

 まあ、この時の雪音クリスはフィーネの手駒として調教⋯⋯手懐けられているから原作初登場時のような気の強さが見られるのも納得だ。これから、仲間と呼べる少女達との関わりを経て彼女は成長していくのだろう。こんな、先のない僕と違って。

 

 

「で、顔合わせは済んだわけだから帰っても」

「待てよ。聞いた話じゃ、お前、敵側のスパイみてえなもんだったんだろ?なら、情報交換でもしねえか?」

「⋯⋯別に良いけど」

 

 

 本当ならさっさと帰って身体を休めたかったんだけど⋯⋯。まあ、情報交換は必要なことだ。だから、別に吝かではない。

 

 僕と雪音クリスは、その為に場所を移すことにした。

 

 

 ▽

 

 

 少し洒落たカフェに移動した僕らは、反対する雪音クリスを押し切って奥の方の席に座った。店員の僕達に注がれる奇異の視線は少しばかり煩わしかったけど、仕方の無いことだと思う。なんと言っても、赤いドレスに明らかに日本人じゃないような美少女と、片手が物々しい義手の少女の二人組だ。前例などあるわけがないだろう。

 

 

「取り敢えず、あたしから出せる情報はこの程度だな」

「⋯⋯参考になったよ」

 

 

 雪音クリスから得られた情報は、概ね原作の通りのもの。

 別にこちらに何か得があるようなものでもなかったが、しがらみなしで言葉を交わしたのは久しぶりであったから少しだけ楽しかった。

 注文したコーヒーに口を付けて、苦味になんとも言えない気分になる。

 

 すると、僕のことをじいっと見つめるだけだった雪音クリスが唐突に口を開いた。

 

 

「お前は何の為に戦ってんだ?」

「何の為、か」

 

 

 何の為に戦うのか。まさか、そんな事を聞かれるなんて思ってもみなかったな。だけどまあ、確かに聞かれそうなことではあるな。

 で、何の為に戦うかだけども⋯⋯。

 

 

「言えないことなら別にいい「いや、そういうわけじゃないよ」⋯⋯そうか」

 

 

 それは勿論、奏さんを生き残らせて翼さんとのカップリングを成立させる為だ。だから、彼女たちが傷付く筈の運命を僕が請け負うことでそれを成し遂げようとしている。雪音クリスと翼さんのカップリング、所謂つばクリと呼ばれるそれも確かに素晴らしいものである。しかし、僕という転生者が本来ある未来を破壊したことにより天羽奏が生存し、原作との乖離は免れないものとなった。絶対にそうなるとは限らない上に、だ。

 

 

「ボクは、憧れの二人に離れてほしくないんだ。あの二人は離れちゃいけない。離れるという残酷を許容できない。ボクはあの二人の幸せな姿を見たいんだ」

「憧れ、ねぇ」

 

 

 僕は、つばクリを消し去ろうとしている。

 少女達の未来を意図的に、しかも自分の都合で改変しようとしている。これは死んで贖うべき罪だ。だけど、もう引き返すことは出来ない。僕の大願を成し遂げた時にでもこの罪は精算させてもらおう。

 

 

「わりいけど⋯⋯」

「?」

 

 

 バツが悪そうな顔をした後、何かを決めたらしい彼女は、僕を真っ直ぐに見つめた。

 

 

「お前のそれは、その憧れの人から求められたことなのか? ただの押し付けなんじゃねえのか?」

「押し⋯⋯付け?」

「あたしには、そんなのよりももっと別の願いがあるように見えるけどな」

 

 

 別の願い⋯⋯。

 ⋯⋯そんなもの、あるわけがない。押し付けだとしても、だとしても、ここまで来てしまったんだ。だから、今更それを取り下げることなんて⋯⋯。

 

 

「⋯⋯有り得ないよ。ボクにはそれ以外には何もないんだ」

「はっ、そうかよ。それなら、それであたしはどうだって良いけどよ」

 

 

 そうだよ。僕の願いなんてそれだけだ。ただ、それだけなんだよ。

 

 

 ▽

 

 

「奏⋯⋯私は、どうしたら良いの⋯⋯?」

 

 

 ベッドで眠り続ける赤い髪の少女を見つめながら、風鳴翼は問い掛けた。返事など返ってくるわけがなくても、奏ならもしかしたら⋯⋯などという支離滅裂な考え。

 だけど、そんな質問でも、口に出さなければ壊れてしまいそうだった。

 

 

「⋯⋯唄⋯⋯」

 

 

 頭に浮かぶのは、黒い髪の不思議な少女。透き通った青い眼が綺麗で、歌が好きで、ボクという変わった一人称で喋る、自らの後輩。

 彼女は、目覚めたその次の日に、今日の朝方までに行方をくらました。どう考えても動いて良いほどの体の状態ではないのにも関わらず、彼女は一夜でどこかへと消え去ってしまった。

 

 

 まるで、最初からいなかった(・・・・・・・・・)かのように。

 

 

「そんなわけない⋯⋯唄は⋯⋯確かに、そこにいた⋯⋯いたの⋯⋯覚えてる」

 

 

 だけど、そんな記憶すらも今は信用ならなかった。

 思えば、自分は唄という少女についてここに来てからの最低限しか知らない。

 あの日、ネフシュタンの鎧の起動実験を兼ねたツヴァイウィングのライブ以来、唄は少しだけ変わった。その理由すらも分からない。

 昔のような雰囲気が和らいで、少しだけ柔らかくなったと言うべきか。いや、むしろ鋭く、それでいて脆く折れてしまいそうになったと言うべきだろうか。

 

 最初から、彼女とは仲が良かったというわけではない。彼女が櫻井了子の方で独自に発見した新たなシンフォギア装者として二課に訪れた当初は、むしろ仲はかなり悪かったと思う。その装者としての責務を業務的に最低限のみをこなすだけの姿勢から、奏を筆頭に二課の数人と何度かぶつかりあった。翼もその内の一人であった。

 

 防人として、力を持つ者としてその態度は如何なものかと、憤慨しながら彼女に問い質した時、不知火唄はただ一言、『死にたくないから』と答えた。

 

 人として至極当然。いや生き物として、と言えるかもしれない。彼女はその役に選ばれてしまったから戦い、死にたくないから最低限だけをこなしている。なんということは無い。本当に在り来りな、それでいて自分達は考えもしなかったことだった。自分達よりも年下の彼女がそんなことを考えているという現状に、そんなことすら頭から欠如していた自分達の現状に、当時は頭を悩ませたものだった。

 それから、どういう訳か二課は少しだけ明るくなった。昔ほどの殺伐さは無くなって。それは、シンフォギア装者である自分達も例外ではなかったように思う。

 

 そんな、意図せずして自分達に影響を与えた彼女。奏と二人、不知火唄という少女についてもう少しだけでも知りたいと、そう思ったのは必然だったか。今ならそう思える。

 

 そうして、自分達は少し嫌そうにする彼女に強引に迫って、段々と打ち解けてきたのだ。向こうがそう思っているかは分からないが、奏と自分、そして唄は確かに『仲間』であったとそう思えた。

 

 

「どうすれば、良かった⋯⋯どうすれば、私は誰も失わずに済むの⋯⋯?」

 

 

 だからこそ、こうして全員が引き裂かれてしまった現状が、余計にわけがわからなかった。

 自分達の間には、確かに絆と呼べるものがあったはずなのだ。だというのに、今となっては翼は一人になってしまった。

 

 誰も、教えてくれる人などいない。こんな状態になって、初めて自分は人に支えられていたのだと気付いたのだ。自分を押してくれる奏はもちろんのこと、危なっかしいからと支えている気でいた唄にも、知らず知らずのうちに自分は支えられていたのだ。

 

 ⋯⋯簡単なことであった。今度は、今度こそは自分が二人を支えたら良い。そうしたら、今度こそ自分達は防人として、戦士として、装者として折れることなどなくなるだろうと。どうしてか分からないが、そんな確信があった。

 

 

「待っていてくれ、奏、唄。きっと、私は強くなってみせる。二人を支えられるような、そんな強く逞しい剣となる」

 

 

 

 この日、風鳴翼は、剣となる決意をした。




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乖離する。

少女に相応しい展開を、見つけました。


「何にもない⋯⋯なぁ⋯⋯」

 

 

 貸し与えられたアパートの一室。畳張りの床に寝転がりながら、古い染みの出来た天井を眺める。視界に入るベランダの方から見える外には雪が降っていた。

 

 

「こんなんで良いのかな⋯⋯」

 

 

 あれから一ヶ月が経とうとしている。

 その間、僕は何もすることなくこの一室とフィーネの城とを行き来していた。大晦日なんていうものもいつの間にか過ぎていた感じである。

 そう言えば、雪音クリスとは同い年ということもあってか、よく分からないが仲良くなっていた。いや、本当にいつの間にか一言二言の挨拶だけだったのが談笑する程にまで仲が進展していたのだ。

 

 

「はぁ⋯⋯」

 

 

 窓越しに降り頻る雪を見つめる、暖房なんてない安アパートの部屋の中。寒いだろうなぁ。漠然としながらもそんなことを思う。そう思いはするものの寒さなんて微塵も感じないのだが。

 

 

「分かってはいるつもりだったけど⋯⋯喪っていく感覚って、こんな感じなんだ」

 

 

 いつからか、温度を感じなくなっていた。体温なんてとっくの昔に感じられなくなっている。LiNKERの連続投与や、度重なるレーヴァテインとの接続による過熱で、熱を感じる機能がおかしくなってしまったらしい。フィーネはそう診断した。それでも、レーヴァテインとの接続時の過熱だけは感じるのだからおかしいことだ。まあ、LiNKERの使用を控えて、歌も歌わなければいつかは回復するらしいが⋯⋯。

 だとしても、今世は愚か前世でもこのような経験などしたことがない僕としては、温度が感じられないというのは喪失感が大きかった。

 少しばかり寂しい気持ちになったのも、まあ、事実なんだ。

 

 

 

「ほんと、ボクなんかが転生して良かったのかなぁ⋯⋯?」

 

 

 ポツリと零した疑問に、苛立ちと虚脱感が宿る。苛立ち二割虚脱感八割⋯⋯と言った感じ。

 皮肉なことに、原作から乖離しかねない全ての不安要素を排除すると決意してから一層のこと、こうした弱気な疑問が頭をぐるぐると回るようになった。情けない話だが、怖気付いているのかもしれない。

 そういうところも含め、僕なんかよりも適任は居たんじゃないかと、僕なんかよりもよっぽど事を上手く運べる似たような思想の人間が居たんじゃないかって⋯⋯そう思うんだ。

 もうここまで好き勝手やったんだからいい加減、そんな栓の無いことを考えるなって思いはするんだけど、ね。

 

 

「ねえ⋯⋯不知火唄としては(・・・・・・・・)、こんなんで良いのかい?」

 

 

 僕じゃない誰かに問い掛ける。当然、この部屋にいるのは僕一人だけ。だから答えなんて返ってくるわけもない。

 だけどさ。

 何となく、僕の中に不知火唄という少女が生き続けているということが分かるんだ。(不知火唄)じゃない、ボク(不知火唄)(ボク)の中で共存している。それは気の所為なんかじゃないだろう。詳しくも細かくも分かりはしないけど、さ。

 

 

「もう、一年と少ししかないのか⋯⋯」

 

 

 あと一年と少し。たったそれだけの時間で原作が始まってしまう。これからやることが多くなるだろうと意気込んでも、蓋を開けてみればこんなもの。今日も今日とてゴロゴロと。

 無駄に過ぎていく。

 

 

「⋯⋯はぁ」

 

 

 そう言えば、最近は立花響にも会っていない。まあ、彼女は僕なんか必要ないだろうけど。もっと言えば、僕が誰かを必要としているだけであって、僕みたいな異物を必要とする人間なんてこの世界にいるわけもないんだ。強いて言えば、手駒的な扱いでフィーネは必要としてくれているのかもしれないけど。

 

 

「⋯⋯⋯⋯はぁ」

 

 

 先よりも重くなったため息に、自然と気持ちも下降する。

 ただ、一つ言えること。

 ⋯⋯居場所が無い、ということは思ったよりも辛いことらしい。前世でも知人と呼べる知人は少なかったけど、今生程に人と会話をしていないわけじゃなかった。不知火唄という十代も半ばな少女としてのあれそれと、前世から継続して変なところで情緒不安定かつ独断先行気味である僕のコンビは、思ったよりもこの身体、精神的にキツいものがあるらしい。

 畳の上で寝返りを打って、ドアに続く廊下を視界に収める。ゆっくりと瞼を落としていく心地好い感覚。寝るのは、無駄に時間を使っている感覚に陥るのだが、それでもこの一瞬が貴重とも思えるのだ。

 やがて襲いくる睡魔に身を委ねようとして⋯⋯コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。驚きで目が覚める。

 

 

「⋯⋯誰か来る予定でもあったかな⋯⋯」

 

 

 妙に冴えてしまった頭では居留守で寝ることも出来そうにはない。まだ然程働いていない頭を捻って、今日の来客の予定を思い出す。

 

 ⋯⋯ううん⋯⋯いや、特には無いはずだけど⋯⋯。

 

 今日はフィーネの隠れ家に行く必要も無いから、雪音クリスと会う約束もしていない。フィーネがここに来ることもまずない。となると大きめの荷物の配達か、知人の誰か⋯⋯。

 ここを知っている知人なんてまずいないから、十中八九、何らかの荷物の配達だろう。フィーネがなにかを注文したのか。断定した僕は、ゆっくりと起き上がり扉の方へと向かう。

 

 

 

 

「は⋯⋯い⋯⋯?」

 

 

久しぶりだな(・・・・・・)唄くん(・・・)。あけましておめでとう」

 

 

 ⋯⋯は?

 小さく開けた扉から覗いたのは、赤いシャツ。それを押し上げる見覚えのあり過ぎる筋骨隆々の肉体。

 

 間違いない。OTONA(・・・・・)────風鳴弦十郎だ。

 

 ⋯⋯何でここに?今、翼さんに次いで会いたくない人物なのに。⋯⋯いや、この人がここに現れたことはもうどうしようもない。問題は、どう乗り切るかだ。

 

 

「風鳴弦十郎⋯⋯司令⋯⋯」

「まだ、司令と呼んでくれるんだな」

「⋯⋯ッ」

 

 

 動揺している。冷静になれ。平静さを持て。焦って乗り切れる相手じゃない。

 

 

「⋯⋯どうしてここに⋯⋯?」

「決まっているだろう?君を迎えにきたんだ」

「⋯⋯」

 

 

 迎えに、ねえ。

 手を差し伸べてくる風鳴弦十郎を見て、段々と心が落ち着いてくる。何だ、慌てる必要は無いじゃないか。

 

 

「ボクは、もう戻りません。彼処にボクの居場所は、無い」

「⋯⋯唄くん⋯⋯」

「ボクが居ても、迷惑になります。それに、ボクなんかいなくたって翼さんや奏さんがボク以上に上手にやってくれる。⋯⋯二課にはボクなんて、要らないんですよ」

 

 

 僕がいなくても、二課はどうにかなるだろう。物語の重要なファクターに成り得ない僕があの場所に存在する意味は無い。ならば僕は、僕にしか出来ない不安要素の排除に徹するべきなんだ。

 

 

「君は、そんなことばかり考えていたのか⋯⋯?」

「⋯⋯そうですよ。翼さんに剣を向けたあの日に、分かったでしょう? ボクは必要のない人間なんだ。それは、ボクが一番わかってる」

 

 

 そうなんだよ。誰がどう思おうと、僕は必要のない人間なんだ。だって、この世界に僕という存在は、元から欠片も存在していなかったんだから。

 (不知火唄)も、この力(レーヴァテイン)も、この戦姫絶唱シンフォギアから乖離した世界の異分子(イレギュラー)でしかない。

 

 

 

「しかしだな。君があの時あの場所に居たからこそ、奏くんは救われ 「それは、結果論じゃないですか⋯⋯! そもそも、ボクは、奏さんを助けられていない⋯⋯ッ!」 ⋯⋯!」

 

 

 奏さんは、今も尚眠り続けている。僕は、奏さんを生き残らせることは出来ても、彼女を助けることは出来ていない。

 僕じゃ、奏さんを助けられなかった⋯⋯!

 僕程度では、戦姫絶唱シンフォギアを良い方向に改変することすら出来はしないんだ。

 一度は死んで、もう一度生を受けたはずの転生者なのに。僕じゃあ、運命は変えられなかった。それだけが事実。

 

 

「これなら、あの時、奏さんの代わりに僕が絶唱(うた)って死んでいた方が 「────馬鹿者がッ!!」 ⋯⋯ッ!?」

 

 

 頬に鈍い痛みが走る。

 ⋯⋯打たれたのか⋯⋯司令に。

 

 

「お前は、そうして、自分だけを責めて! だが、周りのことは全く見てこなかったんだな!?」

「⋯⋯っ!?」

 

 

 少し、頭が冷めた。

 考えてみれば、こんな苦しそうな顔をした司令を見たのは初めてかも知れない。あちら(前世)で観た時も、こちら(今世)で見た時も、いつもは逞しくて頼り甲斐があって⋯⋯。

 

 

 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。分からなくなる。

 

 この世界は戦姫絶唱シンフォギアだろ。僕は、こんな司令は、知らない⋯⋯。

 

 

「君は⋯⋯ 「ボクは、違うっ!! この世界のッ、異物なんだッ!!」」

 

 

 こんな、こんな風鳴弦十郎は知らないッ!!

 戦姫絶唱シンフォギアに、こんな男は居ないんだ。これは、風鳴弦十郎の皮を被ったナニカだ。そうに違いない。じゃないと、僕の知る戦姫絶唱シンフォギアは、何なんだ?

 いや、違う。僕が、悪いんだ。

 中途半端に干渉だけして、何も成せていない僕こそが悪いんだよ。だから、この人は何も悪くないんだ。

 

 

「唄くん⋯⋯」

「もう、帰ってください⋯⋯! 貴方と、ボクは、同じ世界に息をしていない! これ以上の会話は無駄です!」

 

 

 ⋯⋯帰って、ください。

 もう、誰かと相対していることが辛い。僕という異物と、この世界の人々との間の違いが浮き彫りになって、ただただ辛いんだ。

 

 

 

 ▽

 

 

「⋯⋯何やってんだ、俺は」

 

 

 自分のやったことに後悔はしていない。だが、反省はする。もっと上手くやれたはずだと。彼女に悲しそうな顔をさせずに済む方法がきっとあっただろうと。

 

 

「なにが、そこまで信用出来ないんだか⋯⋯」

 

 

 多分、これは彼女自身が解決すべき問題でもあるのだろう。これ以上、自分達に出来ることはないのかも知れない。そう考えると、自分の無力さが本当に嫌になる。

 あの赤い髪の少女なら⋯⋯天羽奏なら、多少なりとも彼女に思いを伝えられるのだろうか。

 

 

「⋯⋯いや、まだ終わりじゃない。まだ、出来ることはあるはずだ」

 

 

 降り積もる雪を肌で溶かして、風鳴弦十郎は歩き出した。

 今日は、やっと見つけられた不知火唄とは別に、街中で、もう一人の少女の痕跡を見つけたのだ。そちらも確認しに行く予定であった。

 

 

「⋯⋯大人になって、こうも悩んだのは久しぶりだな」

 

 

 俺もまだまだ若い。そう零した男の顔には、諦めなど微塵も存在しなかった。




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より深く、深淵へ。

大変遅れましたが更新です。
第五期PVの熱に当てられました。
と言うより、更新を待ってた人なんているのでしょうか?⋯⋯いたら、良いなあ。


「はっ、なんだてめえ、湿気たツラしやがって」

「⋯⋯雪音さん」

 

 

 あのアパートにはもう居られない。そう述べただけで、フィーネは移転をすんなりと了承してくれた。今度は二課の力を以てしても早々見つかることは無いだろうとのこと。

 その鍵を受け取るためにフィーネの隠れ家へと訪れていた。この場所はいつ来ても馴れない。

 見れば、話し掛けてきた彼女はフィーネによる調教の後であったようだ。

 

 

「随分と⋯⋯」

「んだよ、てめえ。なんか、あたしに文句でもあんのか?」

「いや、全然」

 

 

 文句は無い。僕が何か文句を言える立場であるわけでもなし。雪音クリスは、まだまだフィーネの手中にある手駒状態。力による解決だけを是とする。そんな状態だ。どことなく、同じようにしか自分の想いを通せない僕と似通ったところがある、気がする。僕の場合は、彼女が目指すような平和ではなく、大分ささやかなものの為だが。

 

 

「フィーネが動き出すまであと一年ちょっとだ。てめえは、フィーネの協力者で、あたしの同僚だからな。裏切ったりとかはねえだろうけど、役には立てよ」

「⋯⋯ああ、分かってるさ。ボクにだって、貫く意地くらいはある」

 

 

 多分に迷走してしまったけれども、ここまで来たならやはり貫くしかないだろう。僕にはもうそれしかない。後には引けないんだから。本当のところは⋯⋯いや、そんなことは考えたくない。

 そうして、雪音クリスとの会話を打ち切り、しばらくの間の静寂を待つ。

 すると、奥の方から僕の待っていた人物である全裸の女、フィーネが現れた。どうして全裸なのか、とか、そういうのは聞かない。凄い嫌な予感がする。

 

 

「貴方達、お話は終わりよ。不知火唄、これが新しい隠れ家の鍵だ。今度はボロを出したり「分かってますよ」⋯⋯そう、それなら良いわ」

 

 

 僕はフィーネから投げ渡された鍵をキャッチすると、扉へ向けて無言で歩き出した。

 扉に手をかけた時、後ろから待ったの声が掛けられた。僕はまだ何かあるのかと後ろを振り返る。見えたフィーネのその手には二通の手紙があった。

 

 

「待て、不知火唄」

「?」

「忘れていたが、お前の大事な大事な家族からの手紙だぞ」

 

 

 フィーネはそう言って、手紙を手渡してきた。

 僕は、ボクは(・・・)受け取ったその手紙を、破り捨てた(・・・・・)

 

 

「あ⋯⋯」

「⋯⋯ほう」

 

 

 気がついた時にはもう遅かった。手紙は紙片と呼んでも差し支えない程に細かくなり、地面に散らばる。

 どうして、こんなことをしたのか。カデンツァヴナという珍しい差出人を見て、僕は罪悪感を覚え、それを否定するように城の外へ向かった。

 

 

 ▽

 

 

 空は曇天。今にも雨が降りそうだ。いつもは子供達の声で賑わうこの公園にも、人っ子一人居ない。

 ベンチに座って、肌寒い風に当たりながら、僕は瞑目した。

 

 

「⋯⋯はあ」

 

 

 全部に溜め息が漏れる。衝動的に何かをやっていつも後悔することや、戦姫絶唱シンフォギアシリーズについて知っている僕がフィーネに協力していることなど、僕の溜め息の種は尽きない。

 この調子ならまず間違いなくフィーネの計画は失敗に終わるだろう。原作通り、立花響は槍を秘めているのだから。それに、僕が動くことになっても、僕はそれほど役には立たない。なんと言っても、継戦力が皆無だからね。と言うより、僕が動く程度で翼さんと立花響の二人が負けるようには思えない。

 だけど、なんだろうかこの不安は。この寂寥感は。取り残されているような、そんな感覚が拭えない。

 

 

「僕にしか出来ないことは、無いんだろうか」

 

 

 この世界に転生してからの今までの僕は、何をやっても失敗や微妙な結果続きだった。そんな僕にしか出来ないこと、そんなものがあれば僕は一も二もなく飛び付くだろう。それが例え、僕自身の命を引き換えにするような事でも。僕にとっては、二度目の拾い物みたいな生だからこそ、生きるとか死ぬとか、そういうことには少しばかりルーズになっているみたいだ。

 そんなことを考えると、平然と僕の頭には死という言葉が過った。馬鹿だとは思っても、その考えを振り払えなかった。

 

 

「⋯⋯死ねたら、楽なのかな⋯⋯」

 

 

『───そんなこと、ボクが許すわけないだろう』

 

 

「え⋯⋯?」

 

 

 唐突に聞こえた聞き覚えのある声に、僕は周囲を見渡す。

 だが、どこにも声の主らしき存在は見られなかった。

 

 

『探さなくて良い。ボクは僕の中にいる』

「⋯⋯」

 

 

 唐突に僕へと声を掛けてきたその正体には、当たりがついている。きっと、僕の身体と切っても切れない縁を持つ存在。そんな存在は、一人だけしかいない。

 

 

「不知火、唄」

『ああ、そうだとも。ボクこそが、不知火唄だ。キミみたいな変な偽物と違って、ね』

「⋯⋯そうか」

『そうだとも。僕がどうして表出したのか、分かってるんだろ? さあ、ボクの身体を返してもらおうか』

 

 

 偽物、か。

 ⋯⋯ははは。偽物、ね。本人に言われてしまうと、偽物の僕としては辛いところだ。この世界に根付いていることすら、幻想のような僕だ。元よりこの世界に根付いていた本当の不知火唄は、死んではいなかったのだろう。ただ、僕という異物が混ざってしまっただけで。

 だから、その求めも至極当然で当たり前のものなのだろう。

 

 

『そうさ。だから、ボクの身体を返してもらう。自己嫌悪と下らない使命感で死なれたら、たまったものじゃないからね』

「⋯⋯分かった。後はもう、任せるよ」

 

 

 半ば、どうでも良くなってしまった。言い方は悪いが、もう疲れたんだ、二度目の生に。

 僕は脱力して、ベンチの背もたれに背を預けた。すると、唐突な眠気に襲われる。多分、これは眠気だ。当分起きることは無いだろうし、もしかすればもう僕はこれで終わりになるかも。

 だけど、もう良い。もう良いんだ。悔しいけど、僕には何も出来なかった。僕は、役立たず(・・・・)だ。

 奏さんは、死んじゃいない。希望はある。後は、本人に身体を託してしまっても良いだろう。もう目覚めることはないだろうけど、奏さんは生きて歌い続けてくれるさ、きっと。なんと言っても、僕の憧れたツヴァイウィングの片翼なのだから。

 さあ、もう眠ろう。何もかも投げ出して僕は退場するとしよう。それが、当然で最善なんだ。

 

 

 もう、疲れ、た────。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 その日、立花響は久しく会っていなかった少女を見掛けた。

 ベンチから立ち上がり、公園を後にしようとするその少女、不知火唄の背中がどうにも弱々しいものに見えて、咄嗟に声を掛けたのは必然なのだろう。

 

 

「唄さん⋯⋯!」

「⋯⋯ああ、立花響さんか」

「⋯⋯唄、さん⋯⋯?」

 

 

 果たして、振り向いた彼女のことを、立花響は本当に自分の知る不知火唄だと理解出来たのであろうか。否、少なくとも、立花響という少女の目から見て、振り向いて薄く張りつけたような微笑を浮かべた彼女のことを不知火唄だと理解するまで、しばらくの時間を要しなおかつ確証を持つことは叶わなかった。

 

 

「あの、私、翼さんや唄さんと同じリディアンを目指すことにしたんです!」

「そうか。頑張ってね」

「⋯⋯唄さん、どうかしたんです、か?」

 

 

 どこまでも普段とは違う冷たさを纏った酷薄な雰囲気に、響はとうとう彼女へと問う。普段の彼女なら、自分の言葉にここまで冷淡に返しはしない。それも、前に自らが誘ってきたリディアンへの進学の話題なら尚更だろう。

 その質問に、不知火唄はニヤリと嗤って口を開いた。

 

 

「ああ、憑き物が晴れたような気分なんだ。どうにも、今のボクは最高にキてる。ああ、キてるんだよ」

「⋯⋯貴方は、本当に唄さん、なんですか?」

「そうさ、ボクこそが不知火唄そのもの。本人だよ」

 

 

 どうせなら、容姿が似ているだけの別人だと有り得なくとも否定して欲しかった。自らの知る不知火唄は、こんなにも冷たく嘲るような笑みを浮かべる人間じゃない。少なくとも、今まで言葉を交わしてきた彼女はもっと不器用で、優しさに満ちた人間だった。

 それを、立花響は知っている。

 

 

「唄さん⋯⋯」

「悪いね、そろそろ時間だ。ボクはここらでお暇させてもらうよ。受験勉強、頑張ってね」

 

 

 後ろ背に手を振りながら公園を去っていく彼女。どうしてか、その後ろ姿からは、これで最後になる、といった雰囲気が感じ取れた。感じ取れてしまった。

 何か、言葉をかけなくちゃいけないのに。肝心のその言葉が出てこない。喉が詰まるような息苦しさを覚えながら、立花響は疑念渦巻く胸中に葛藤して帰路に着いた。




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