今井さん家の今日のご飯 (今井綾菜)
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第1話 友希那さんとリサ姉と中華料理

 

トントントンッ

 

小刻みに一定のリズムを刻む音の正体を私、湊友希那は見つめる。私の大切な幼なじみの1人である双子の妹《今井綾奈》は私と姉のリサとは別に隣町の調理師学校に通っている。

 

「今日は何を作ってるのかしら?」

 

香辛料の香ばしい香りからして中華系と私は推測しながら綾奈に尋ねる。

 

「ゆきちゃんはなんだと思う〜?」

 

「……そうね、中華系かとは思ってるわ」

 

「うーん、大雑把だね。他の推測はないの?」

 

いわれてみて私はキッチンから漂う匂いで判断しようと胸いっぱいに空気を吸い込んだが、まだ火を使っていないことから料理に関しては素人の私には分からなかった。

 

「わからないわ」

 

「ありゃ、それじゃあ出来るまで楽しみにしてて」

 

カチッと火をつける音とともに綾奈は大きな中華鍋を取り出して油をその上に垂らして調理を始めた。

数分もせずに食欲をそそるような香りが部屋中を満たし始めた

 

今、この今井家の両親は仕事の為に家を空けている。

幼馴染で彼女の姉であるリサももうじき帰って来る頃なので彼女が帰ってきたらすぐにご飯を食べられるように出来上がるのだろうと私は音楽雑誌を読みながら思った。

 

「ゆきちゃんなにか食べたいものある?」

 

「綾奈の作るご飯ならなんでも美味しいから特にリクエストはないのだけど」

 

「褒めてもご飯しか出てこないよ〜」

 

「私はそれで十分よ?」

 

戯けたように笑う綾奈に私も微笑みながら返す。

昔のように3人で音楽をやることはなくなったけれど今も変わらずこうして笑えるだけで私は幸せな気分になれた。

 

「そういえばRoselia の方は順調?」

 

綾奈の方からは滅多にしてこない音楽関係の話に私は一瞬、ドキッとしたがすぐに持ち直して答えを返す。

 

「ええ、みんな本気で練習に打ち込んでくれるおかげで最初の頃とは比べ物にならないほど成長してるわ。来週の土曜日CircleでLIVEをするからもしよかったら来て」

 

「来週?うん、わかった。予定空けとくね」

 

話しているうちに料理が全て完成したようで食卓へ料理が並べられる。

 

並んだ料理を見れば『青椒肉絲』『かに玉』『春雨のスープ』『酢豚』『中華風の筑前煮』が所狭しと並べられていた。

 

「あとはリサを待つだけだけど……」

 

「あー、お姉ちゃんなら問題ないと思う」

 

「……?」

 

綾奈の言葉に首をかしげると玄関の方からバタンッと大きな扉の閉まる音がして、バタバタと走ってくる音と共にバンッとリビングの扉が開かれた

 

「ただいまー!」

 

「ん、お帰りお姉ちゃん。今できたとこだから手洗ってきて」

 

「お帰りなさい、リサ」

 

「ただいま〜友希那〜」

 

バイト用のカバンを私の座っているソファのあたりに置いて手を洗いにいったリサを見送って私は食卓の椅子へと座る。

 

「ゆきちゃんご飯はいつも通りくらい?」

 

「ええ、“大盛り”でお願い」

 

普段あまりご飯を多く食べない私だが、週に一回の綾奈が作るご飯の時は話が別だった。

一週間、この時のために頑張ったとも思えるくらいの私の密かな楽しみなのだから。

 

「お、友希那は今日も大盛りか〜。綾奈ー私も友希那と同くらいで!」

 

「わかったよー」

 

リサも普段はあまり食べない方だが、この日だけは別だった。

私たち2人の前に普段から見れば多すぎるくらいのごはんがもられたお茶碗が置かれる。

 

「うわあ〜今日も美味しそう〜」

 

「そうね、本当に美味しそう」

 

すぐにでも目の前に置かれた箸を持って食べたいところだが、最後の一品が出てくるのを私とリサは待った。

 

この鼻を突く刺激的な辛味の匂いは綾奈が中華系を作る時は必ずといっていいほど最後に出てくる料理の香りだ。

 

ゴトッと鈍い音を立ててテーブルに置かれた深皿の中には真紅の液体の中に挽き肉や豆腐といった食材が浮いている。

 

そう、麻婆豆腐である。

それに綾奈がレンゲを入れ、私たちの前に数枚の小皿とレンゲが用意され、綾奈が自分の席に座ったところで

 

「「「いただきます」」」

 

私は真っ先に麻婆豆腐を取り、次にかに玉、青椒肉絲、酢豚と小皿の上に乗せていく。

 

そして、かに玉を一口、口の中に含む

目の前ではリサもかに玉を口に含んでいた。

 

「「おいしい……」」

 

「それは良かった♪どんどん食べてね!」

 

その一言が私とリサの背中を押した。

酢豚を口に含み、甘酢タレと絡む肉と共に白米を口の中に押し込む。

 

麻婆豆腐をレンゲで掬い、口に運ぶ。

瞬間、辛味が口の中で暴れ出し額に汗が浮かぶが咀嚼して飲み干し、次は白米と共に口の中に含む。

 

青椒肉絲を箸で摘み、白米の上に乗せて一緒に口の中へ運ぶ。

 

少し落ち着いたところで春雨のスープに口をつければ海老で出汁を取っていたようでエビの旨味が口の中で広がりその余韻に浸りながら、再び酢豚へと箸を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

気がついた時には目の前に広がっていた料理の数々は無くなっていた。

 

「ふぅ……ご馳走さま、綾奈」

 

「ご馳走さまでした」

 

私とリサが同時に手を合わせて食後の礼をすれば綾奈は笑って私とリサをみた

 

「はい、お粗末様でした。本当、毎週いい食べっぷりで作り甲斐があるよ」

 

「普段はこんなに食べないのよ」

 

「そうそう!綾奈のご飯食べるために抑えてるんだから!」

 

普段からこんな量を食べていれば私は今の体型を維持できそうにない。綾奈のご飯を食べ始めてから軽くランニングを始めたのは今のところリサしか知らない。

 

「また、来週も楽しみにしてるわ」

 

「今食べ終わったばっかりなのにもう来週の話〜?ゆきちゃんも食いしん坊さんになったね?」

 

「……それは誰のせいだと思ってるのかしら?」

 

全くこの子は……!

ニコニコと笑って後片付けを始める綾奈を手伝うリサを見て私も手伝おうとキッチンへ向かったが

 

「あ、ゆきちゃんは座ってていいよ」

 

「……わかったわ」

 

私がキッチンへ立たせてもらったことは今のところ一度もない

 




唐突に思い浮かんだネタでした。
はい、早く他の作品投稿しろってところですね。

この作品、元は絶対音感持ちのリサ姉の綾奈が一度音楽から離れて調理学校へ通っていながらもRoseliaに影響されてRoseliaのサポートをしていくって内容だったんです。

まぁ、書ける気がしなかったからこうなったんですけどね!


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第2話 燐子ちゃんとあこちゃんとミートパスタ

一応、あとがきに使う食材書いておきますね。



「ミートパスタが食べたいです!」

 

あこちゃんのそんな一言がお昼時の私、綾奈と燐子ちゃんとの3人の中で響き渡った。

 

「ミートパスタ?えと、いきなりどうしたの?」

 

「このメニュー表にあるのを見てたら急に食べたくなってきたの〜」

 

あこちゃんが広げて私たちに見せてくるカラオケのメニュー表にはたしかに美味しそうなスパゲティ……もといパスタの写真が少し高めのお値段とともに堂々と掲載されている。

 

「確かに、言われてみれば少し食べたくなってきました」

 

「燐子ちゃんもか〜確かにお昼時だしお腹は減ってきたよね」

 

時刻は13時を超えていて、私たちがゲーム《ネオ・ファンタシー・オンライン》の身内のみのオフ会を始めてから既に4時間が経過している。こういうところで食べるのも美味しいことは美味しいんだけど

 

「もしよかったら、お昼は私が作ろうか?ここからだと家の方が近いしあこちゃんと燐子ちゃんも友達だから一度は私の料理を食べて欲しいし」

 

「え!?いいんですか!?綾奈さんの料理って仲良くならないと食べさせてくれないってリサ姉言ってたのに!?」

 

「えと、お姉ちゃんやゆきちゃんがなんて言ってるかわかんないけど友達のためなら全然作るよ?」

 

そもそも、仲良くない相手にご飯なんて作るだろうか?

いや、お店を持てばそんなことは言ってられないけどさ

それに、お姉ちゃんとゆきちゃんには私のことなんて言ってるのかきっちり話してもらわなければ……

 

「とにかく、行こうか?」

 

「は、はい!」

 

「はーい!」

 

カラオケ4時間分の料金を払って近くのスーパーへと買い出しに行く。足りないものを買うだけなので大した量にはならないのでそれ自体はさっくりと終わった。

 

家について家に入ろうとすると鍵がかかっていることから今日はお姉ちゃんはバイトだということだろうか。

まぁ、休日のこの時間にいない時ってゆきちゃんの家かバイトかショッピングモールにいるんだけど

 

鍵を開けて2人を家の中へと招き入れる。

 

「「お邪魔します」」

 

「はーい。誰もいないからくつろいでて〜」

 

2人がリビングのソファに座って話し始めたのを横目で見て私はキッチンへと立つ。

買ってきた食材と家にちょうど余っていた食材をまな板の付近に並べて包丁を取り出す。

 

普段から使うエプロンを身につけ、キッチリと液体石鹸で手を洗い、包丁を握る。

 

「よし……それじゃあ始めようか!」

 

まず最初に玉ねぎをみじん切りにし挽肉は塩•コショウを振っておく。

次にフライパンにサラダ油をひきニンニクを入れて炒める。ニンニクの香りが強くなってきたら玉ねぎを入れてしんなりするまで炒める。

玉ねぎがしんなりしてきたらひき肉を入れてキチンと火が通るまで炒めていく。

挽肉が炒まったらホールトマト、水、コンソメの順番で入れ沸騰するまでトマトを木ベラで潰しながら混ぜ合わせる。

沸騰したら砂糖、ケチャップ、中濃ソース、ウスターソースを入れ蓋をせずに20〜30分弱火〜中火ぐらいで煮込み完成。

この時、時折水分を飛ばすために混ぜるのが大切。

30分経ったところで一度火を止めて少し冷ましておく。

味見程度に一口舐めたが、我ながらよくできていると思う。

 

「うん、ソースはいい感じだね」

 

次にパスタを茹でるために大きな鍋に水を3リットル入れてその中に食塩を30g入れてキッチリ沸騰するで火にかける。

水が沸騰したら3人分のパスタを両手で持って軽く捻るのと同時に手を離して鍋の中へと落とす。

 

箸でお湯の中に沈めてパスタが少ししんなりし始めたら箸で混ぜてくっつかないように茹で上げていく。

あとは、火加減を少し弱めたりしてお湯が少し沸騰した状態を維持しつつ、それぞれのパスタの規定時間を目安にお好みの硬さで茹で上げる。

 

パスタの硬さはそれぞれの好みもあるが、必ずお湯からあげる前に1本掬って食べて硬さを確認しておくこと、これを忘れるといざソースと絡ませた時に硬かったりしたら始めからやり直しになるので気をつけること。

 

「麺も大丈夫そう」

 

先ほどのソースを再び温めるために火にかけ、麺を茹でているお湯の火を止めてザルにあけてしっかりとお湯を飛ばす。

 

水気を飛ばしたパスタをお皿に盛り付けてその上から温めたミートソースをかけて、飾りにイタリアンパセリを乗せれば出来上がり。

 

「おまたせー!綾奈特製ミートソースパスタ完成だよ!」

 

食卓に3人分のパスタを置いて、少し遅めのお昼ご飯の時間だ

 

「うわぁー!美味しそうだね!りんりん!」

 

「うん、そうだね。あこちゃん」

 

「お好みでパルメザンチーズをかけて食べてね」

 

2人にフォークを渡して私も食卓に座る。

 

「「いただきます」」

 

「はい、召し上がれ」

 

手を合わせて食前の挨拶をする2人にそう返した。

フォークを手に持ち、ソースとパスタを絡ませてクルクルと巻いて口の中に運ぶ。

 

「どう?」

 

もぐもぐと噛みしめるように味わってくれる2人に私は聞いてみた。

 

「……おいしい、です。本当に今まで食べたパスタの中で一番」

 

「うん!あこもこのパスタが一番おいしいかも!」

 

「そっか♪それじゃあ、どんどん召し上がれ♪」

 

2人が美味しそうに食べ始めるのを見て、私も自分のパスタを食べ始める。うん、これは私もなかなか悪くないと思う。

 

 

 

 

 

食事を終えて、燐子ちゃんが食器を片付けるのを手伝ってくれた。

 

「綾奈さんの家のキッチンっていろんな調理器具があるんですね」

 

「うん、うちはお母さんと私とお姉ちゃんが料理するからね。お姉ちゃんはお菓子の方が作るの得意だけど、私はお菓子はからっきしでさ……」

 

毎年誕生日とかクリスマスはお姉ちゃんがケーキを作ってくれたりするし、私とお母さんはその日は一層気合を入れてご馳走を作ってゆきちゃんの家のみんなと一緒にクリスマスパーティをするのだ。

 

……ちなみにゆきちゃんのお母さんはすごく料理上手です。

 

「今井さんの作ってくれるクッキー、美味しいですよね」

 

「ね〜!私もあれ大好きなんだ〜」

 

「綾奈さんの作ってくれるご飯もとっても美味しかったです」

 

「あはは〜、また今度作ってあげるね」

 

「楽しみにしてます」

 

うーん、今度は何をご馳走してあげようかな〜

今度作る時には燐子ちゃんのリクエストを聞いてみよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方。

 

「えー!今日は綾奈がお昼作ったの!?」

 

「うん、そうだよー。あこちゃんと燐子ちゃんにミートパスタ作ってあげたんだー」

 

「うーらーやーまーしーいー!綾奈のミートパスタ食べたかったー!」

 

「……今日は家にいたのだけど、なんで私を誘ってくれなかったのかしら?」

 

「お母さんも食べたかったなぁ」

 

「お父さんも……」

 

「おばさんも綾奈ちゃんのパスタ食べたいわぁ」

 

「おじさんも食べたいなぁ」

 

どういうわけか、お姉ちゃんを筆頭に一気にお父さんとお母さん、ゆきちゃんの家のお父さんとお母さんがやってきてその話をしたら全員に揃ってそんなことを言われた。

 

「ああもう!わかったよ!作ればいいんでしょ!?」

 

「「「「その一言を待ってました(たわ)」」」」

 

この日、私は二食ミートパスタになった。

でも、みんな美味しいって食べてくれたから全然オッケー♪

 




今回のミートパスタの材料です。
パスタ 人数分
牛•豚合挽き肉 400g
玉ねぎ 半玉〜1個
オリーブオイルorサラダ油 適量
ニンニク(チューブ) 3〜5cm
塩•コショウ 適量
砂糖 小さじ1
水 200ml
ホールトマト 1缶(400g)
固形コンソメ 2個
トマトケチャップ 100ml
中濃ソース 50ml
ウスターソース 50ml

あとはお好みでイタリアンパセリやパルメザンチーズをかけたら添えたりしたください!


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第3話 【蘭ちゃんとオムライス】

お久しぶりですね。
今回のヒロインは蘭ちゃんですが、これの作成中に【NFO】の話を書いたり、氷川姉妹とポテトの話が出来たりいろいろしたんですがどれもしっくりこないまま……

結果、蘭ちゃんとオムライスの話になりました。

前回同様、あとがき欄に食材を書いておきますので参考までに


週末、調理師学校に通う私は基本的に街に出てレストランやカフェに赴いて自分の料理の幅を広げることに時間を費やすことが多い。

 

しかし、それは今週はお休み……ということで私は趣味でこっそりやっているピアノのスコアを買う為に音楽系の雑誌が沢山置いている書店に来ていた。

 

勿論、ここに置いてあるのは音楽系だけではない。

参考書や料理やお菓子のレシピ本、盆栽や花道なんかの本もたくさんおいてある。

 

それも探せば必ず欲しいものが見つかるのだから、ここの発注係の人はかなり優秀だと思う。

 

「あっ、これ新しい譜面……?って【初心者から始めるRoseliaのピアノスコア】?」

 

え、いつのまにRoseliaのスコアは商品化されてたの?

私、そんなの一切聞いてなかったんだけど……

 

「えっと、販売元は……あっ、弦巻グループか」

 

なんか納得した、その隣には同じような本が3冊ほど。

Afterglowやポピパ、ハロハピの譜面も置いてある。

流石にパスパレは事務所所属だから難しかったのだろうがそれでも女子高生たちが作ったバンドの曲が商品化するのはかなり凄いことだと思う。

 

「なーんか、みんな有名人じゃん?」

 

「あれ、綾奈さん?」

 

雑誌を片手に少し黄昏ていると聞き慣れたハスキーな感じの女の子の声が後ろから聞こえた。

振り向くとそこには綺麗な黒色の髪に赤いメッシュを入れた可愛い可愛い後輩ちゃんがいた。

 

「あ、蘭ちゃん!」

 

「ち、ちゃん付けはやめてくださいって……」

 

顔を赤くしてそっぽを向く蘭ちゃんに手を振りながら近づくと手に持っているのは見慣れた音楽雑誌だった。

 

「今日はそれ買いに来たのー?」

 

「はい、そういう綾奈さんは……ピアノのスコア……ですか?」

 

「うん、趣味程度でね。みんなに聴かせられるほどの腕前ではないよ〜」

 

視線を逸らしてスコアを隠せば蘭ちゃんは訝しげな顔で私の顔を覗き込む

 

「あたし、綾奈さんがピアノ上手いの知ってるんですよ」

 

「……え?」

 

その言葉に背筋が凍った。

私がピアノを弾いていたのを知ってる人なんて限られてくる。

お姉ちゃんかゆきちゃん、今井家と湊家の人たち。

それと昔通ってたピアノ教室の先生

いったい誰から聞いたんだと、問い詰めたくなるのを必死に抑える

 

「リサさんとか湊さんが前に話してくれたんです。昔は3人で良くセッションしてたって……その中で図抜けて上手かったのは綾奈さんだったって聞きました……なんで、そんな影に隠れて一人でやるんですか?綾奈さんが頼ってくれるならあたしたちだって」

 

力になりますよ。

きっとそう言ってくれるとわかっていたのに私は首を横に振った。

私がピアノを弾くと周りの子たちは自信をなくして辞めていってしまった。ゆきちゃんやお姉ちゃんは私のピアノを好きだと言ってくれたから今でも2人に聞こえるような小さな空間で演奏するくらい。

ピアノを弾く私を見るみんなの目が怖いからもう誰かの前では弾けないし、私のピアノのせいでピアノを辞める人が出て欲しくないから人前では弾かなくなった。

 

「ごめん、もうピアノは人前じゃ弾かないって決めたから……私は誰かを悲しませるピアノよりも誰かも喜ばせる料理の方が好きだから」

 

「……ごめんなさい。あたし、何も考えないで」

 

顔をうつむかせて謝る蘭ちゃんに私はため息ひとつ吐く。

だから、私は自分のピアノが嫌いなんだ。

こんな音を的確に聞き分ける耳とそれを十全に振るえる指先が心底嫌になった。

 

「いいよ。それよりもさ、私の料理食べてくれない?」

 

「……え?いいんですか?」

 

「うんうん♪時間も少し遅いけどお昼くらいだし、ご馳走させてよ♪」

 

私は私の作った料理でみんなを笑顔にしたいんだから、私のせいで落ち込んじゃった可愛い後輩を笑顔に出来なくてどうするのさっ!

 

「それじゃあ、ご馳走になります」

 

「よしよし、それじゃあうちに行こっか♪」

 

私はピアノのスコアを元に戻して、蘭ちゃんは音楽雑誌を買ってそのまま私の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘭ちゃんは嫌いなものとかある?」

 

「えっと、グリーンピースはちょっと……」

 

「……可愛いかよ。うーん、オムライスの予定だったけど違うのにしようかな……」

 

冷蔵庫の中身を見ると今作れそうなのはそれくらいしかないのを見てガックリうなだれる。

 

「オムライスで大丈夫ですよ。グリーンピースさえなければあたしは気にしないです」

 

「そっかぁ、まあ、ここは先輩の腕の見せ所かなぁ」

 

いつも通りさっくりと手を洗い、調味料や食材、調理器具を用意しておく。

 

「邪魔じゃなければ後ろで見ててもいいですか?」

 

「うん、全然構わないよ〜。作ってあげたい人とかいるの?」

 

「……父さんが、オムライス好きだから」

 

「蘭ちゃんにオムライス作ってもらえるお父さん幸せ者すぎない?でも、そういうことなら一緒に作ろっか♪」

 

お姉ちゃんが普段使ってるエプロンを蘭ちゃんに渡して、包丁とまな板、フライパン、ボウルに菜箸をもう一人分用意する。

 

「これは当たり前だけど料理をする前は必ず手を洗うこと、そして食材を変えるとき、野菜から肉に肉から魚に肉から野菜にとかいろいろ触る機会があるけどこの移り変わりの時も必ず手は洗うようにしてね」

 

軽く泡立てて手を洗う蘭ちゃんに説明しながらプチお料理教室は開催された。

 

「さて、まずはオムライスの中に入ってるご飯ってなんていうかわかる?」

 

「えっと、確かチキンライス……でしたっけ?」

 

「そう、まずはそれから作っていこうか。まずは鶏肉を切るんだけど、私のを見てて」

 

手元に用意した鶏肉の身の近くにある黄色い脂肪を取り除き、肉を1.5cmの小さなブロック状に切っていく。

 

「包丁を使うときは怪我しないように今私がやってるみたいに手を握りこぶしにして食材を固定してね。包丁も切ることを意識しないで食材に当てて軽く引いて見る感じで……そうそう上手いね」

 

……思ったよりも蘭ちゃんの飲み込みが早い。

っていうか、華道やってるくらいだから元々、手先は器用なんだろう。刃物の扱いもやけに慣れているように見えるし……

 

この調子なら一々私が見ながら教える必要はなさそう。

一緒にやるくらいがこの子にはちょうどいいかもね。

 

無事、鶏肉を切り終えた蘭ちゃんを見て私はこの後のやり方を決めた。

 

まずは肉を切った包丁を洗って今度は玉ねぎを切る。

玉ねぎはみじん切りにはしないで鶏肉と同じ大きさに合わせて切る。

 

次にフライパンにバター大さじ1を弱めの中火で熱し、バターが溶けたら、鶏肉と玉ねぎを炒める。鶏肉の色が変わり、玉ねぎが透き通ったら、塩、こしょう各少々をふって混ぜる。中火にし、ご飯を加えてほぐしながら、フライパン全体に広げて、木ベラで切るようにして炒めていく。

 

「えっと、こんな感じですか?」

 

ぎこちない手つきで木ベラでご飯を炒めている蘭ちゃんは今まで見た蘭ちゃんの中でも特に真剣な顔つきをしていた。

見たところかなり上手い具合に全体が均等に炒められている。

うーん、正直料理を教えるのが今回限りなのが勿体無いくらいの逸材かもしれない。

 

「蘭ちゃん、初心者とは思えないくらい上手だよ。私やお姉ちゃんとはレベルが違うまであるかな」

 

「つぐみが頑張ってるの見てますから、見よう見まねですけどね。でも、こういうのも楽しいです」

 

「それは良かった。それじゃあ、これに味をつけていこうか」

 

ご飯がぱらりとしたら、トマトケチャップ大さじ4を加える。上下を返すようにして混ぜながら炒め、ケチャップが全体になじんだら、パセリを加える。さっと混ぜて火を止め、ボールなどに取り出す。

 

「さて、ここからが本番だね。肝心の卵の部分だ」

 

「…………」

 

ボールに卵2個を割り入れ、牛乳大さじ1と塩少々を加える。菜箸2本を間隔をあけて持ち、ボールの底をこするようにして、白身と黄身が混ざるまでしっかり溶きほぐす。ここで白身のかたまりが残っていると、フライパンに広げにくいので注意する。

 

チキンライスを炒めたフライパンをさっと洗い、ペーパータオルで水気を拭く。サラダ油小さじ2を入れて強めの中火にかけ、1分ほど熱する。卵液を一度に加え、すぐにフライパン全体に広げる。火の通りにくい中心だけを菜箸で手早くかき混ぜる。

 

卵の中心が半熟状になったら火を止める。チキンライスの1/2量を卵の中心よりもやや手前に、横に細長く、ラグビーボールのような形になるようにしてのせる。フライパンを少し手前に傾け、向こう側から卵を破かないよう、フライ返しの先をフライパンに押し当てるようにして、卵の下に斜めに差し込み卵をそっとチキンライスにかぶせる。

差し込んだフライ返しを手前に起こしながら卵をそっと持ち上げ、チキンライスをおおうようにそっとかぶせる。さらにフライ返しで手前に引き寄せて、フライパンの側面にかるく押し当てながら形作る。

 

隣を見れば少し不格好ながらも綺麗に卵をご飯の上に乗せることに成功した蘭ちゃんが一息ついていた。

 

さぁ、あとは仕上げだよ

 

皿の上でフライパンを少し傾け、縁が皿に当たるくらいまで近づける。卵の中からチキンライスがこぼれないよう、合わせ目にフライ返しを当て、その上にオムライスをかぶせるようにして、フライパンをそっと返す。フライ返しを横にすべらすようにして引き抜き、オムライスを皿に移す。オムライスが熱いうちにペーパータオルで包み、はみ出た卵を下に押し込むようにしながら、両手でこんもりとしたラグビーボール形に整えケチャップを自分の好みでかければ

 

「で、出来た……」

 

「完成だねっ♪うん、見た目もほぼ完璧!蘭ちゃん料理の才能あるよ!」

 

「あはは……集中しすぎてもう疲れましたけどね」

 

目の前に出来上がった二つのオムライスを食卓へと運びスプーンを取るついでに使った小皿やフライパンを水につけておく。

 

「さて、蘭ちゃんの頑張って作ったオムライス、頂きますか!」

 

「……え?それ私が作ったやつですか!?」

 

「ん?そうだよ?蘭ちゃんは私が作ったやつ。私さっき『私の料理食べてくれない?』って聞いたじゃん?」

 

「いや、確かに言ってましたけど……」

 

「細かいことは気にしないの。それに誰かに食べてもらった方が上達すると思うな」

 

「……綾奈さんがそういうなら」

 

納得し切ってない感じの蘭ちゃんだが、まあ、調理過程は私が完全監修してたから味はまず問題ない。それに見た目だってさすが華道を嗜む女の子といったところだろう。初めて作ったから多少不格好なところもあるが、女子高生が作ったと言われれば目を疑うレベルでの見た目の良さはある。

 

「それじゃあ、食べよっか♪」

 

「そうですね。あたしもお腹すきました」

 

「「いただきます」」

 

互いに手を合わせてお互いの作ったオムライスにスプーンを差し込み口に運ぶ。

 

「っ!美味しい」

 

「それは良かった♪蘭ちゃんが作ったやつも美味しいよ?」

 

「綾奈さんに言われた通りに作りましたからね。これで不味かったら問題ですよ……」

 

目が泳いでるよ、蘭ちゃん。

照れ隠しなのは付き合いが短い私でも気がつくレベルであからさまだから可愛い

 

あ、あとさっきはいろいろ言ったが結局は私が蘭ちゃんの作ったオムライスが食べたかっただけです。ハイ

 

同じ味のはずなのに、蘭ちゃんが頑張って作ってくれたっていうだけで私の作ったやつよりも何倍も美味しく感じました。

 

ペロリと一皿綺麗に食べ切ってくれた蘭ちゃんと使った食器類を片付けて少しゆっくりしてから蘭ちゃんは家路に着いた。

 

「あ、そうだ。今日のレシピ、蘭ちゃんに送ってあげよう」

 

レシピノートの中のオムライスのページを写真に撮って蘭ちゃんのRineに送ればすぐに返信が返ってきた。

 

『ありがとうございます。とりあえず、父さんを実験台にして今度は綺麗なやつを綾奈さんに作ってあげますね』

 

そのメッセージを見て不意にも笑ってしまった。

私も料理を始めた頃はお父さんが全部食べてくれたものだ。

何回失敗しても『美味しいよ、綾奈』って涙目で完食してくれたのを今でも覚えてる。

 

『変な冒険だけは絶対しないでね。アレンジ加えたいときは必ず私に連絡ください』

 

『ひまりじゃないんで大丈夫ですよ。でも、困ったら連絡します』

 

Oh……ひまりちゃん……君は料理下手なのか……

蘭ちゃん、お父さんとの距離がこれで少しでも縮まるといいね。

 

夕暮れの光が部屋に差し込んで部屋の角にある電子ピアノ……キーボードを照らすが、私はそれに触れることなく、夕飯の支度を始めるのだった

 




今回作ったオムライス
材料 (2人分)
卵 4個
温かいご飯 茶碗2杯分(約300g)
鶏もも肉 1/3枚(約80g)
玉ねぎ 1/4個
パセリのみじん切り、牛乳 各大さじ2
バター 塩 こしょう トマトケチャップ サラダ油


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第4話【綾奈の鮭のホイル焼きとお姉ちゃんの筑前煮】

今回の話から主人公の明日香の名前を綾奈に変更しました。
理由は既におんなじ名前のキャラいるじゃんってなったためですね。
戸山明日香ちゃんの存在を完全に忘れてました。

アンケートの方は今のところ『友希那さんが料理をもぐもぐ』が一位ですね。
今回から新しいアンケートを用意したのでそちらも、お願いします。


例のごとくあとがきに今回出てくる【鮭のホイル焼き】の食材を載せておきますね


 

ある平日のの夕方、私は今日の献立を考えながら商店街を練り歩いていた。隣町の方へ出れば大きなショッピングモールがあるにもかかわらず個々の商店街はいつも人で賑わっている。

 

「うーん、すき焼き……肉じゃが……カレー……」

 

学校帰りの制服姿のまま顎に手を当ててうんうん唸ってる女子高生という微妙な光景を見慣れた商店街の人たちがこぞって声をかけてくる

 

「綾奈ちゃーん!今日は何にするだい?うちのお肉とかどうかな?」

 

「うーん、お肉って気分じゃないんだよなぁ」

 

「はははっ!振られてやんの!それじゃあ、うちの野菜なんてどうさね!新鮮なの入ってるよ!」

 

「野菜かぁ……」

 

野菜をじっと見ていると何か浮かぶかなと思ったが、生憎頭の中にはいつものように食材から完成された料理の姿が見えない

 

「うーん、だめだぁ……なーんにも思いつかないや」

 

「あれ、綾奈じゃん。夕飯の食材の買い出し?」

 

声がした方を見れば何やらゆきちゃんと何やら食材と思わしきものが入った袋を手に持ったお姉ちゃんがいた

 

「そうなんだけど、なーんにも思いつかなくて」

 

「珍しいね〜。綾奈が料理でスランプ?」

 

「ってわけでもないんだけど、今日はぱっとこないっていうか。それでお姉ちゃんが持ってるそれは何?」

 

私は視線をお姉ちゃんが持っている白い袋へと移して問いかける。

 

「これ?さっき買った紅鮭だよ☆おじさんか骨とか全部処理済みで安くしてくれるっていうから買っちゃった♪」

 

「鮭……鮭かぁ……ムニエル、クリーム煮、西京焼、照り焼き、ハーブチーズ焼き……」

 

ごくりと誰かが唾を飲んだ音がした気がしたが私は頭の中に浮かぶ献立を考え続ける。今、一番鮭で作りたいもの……

 

「……ホイル焼き……ホイル焼きにしよう!おじさん!にんじんとジャガイモと玉ねぎ頂戴!」

 

「はいよ!綾奈ちゃんのところは今日は鮭のホイル焼きか……いいねぇ、酒が進むねえ……今日はおじさんもホイル焼きをかあちゃんに作ってもらおうかな」

 

「ホイル焼きはいいよぉ。簡単なのに工夫ひとつで味が化けるからね!」

 

おじさんとひとしきり笑った後、お姉ちゃんと一緒にいたゆきちゃんにも声をかける。

 

「ゆきちゃんは食べてく?」

 

「そうしたいのは山々なんだけど、生憎今日はお母さんが出かけるっていうから」

 

「それは残念、それじゃあ今日はお姉ちゃんと2人だね?」

 

「だね☆よーし、アタシもなんか作ろー☆」

 

張り切っちゃったお姉ちゃんが色々買いあさってるのを横目に少し落ち着きのないゆきちゃんに声をかけた

 

「ゆきちゃん、なんかあったの?少し緊張してるっぽいけど?」

 

「綾奈はSMSは知ってる?」

 

「そりゃ知ってるよ。SWEET MUSIC SHOWERの略でしょ?ゆきちゃんたちRoseliaが目指してるFuture World Fesの参加者たちも結構参加してるってやつ」

 

「それに、参加することになったわ。昨日、バンド練習が終わった後にスタッフの方に直接オファーを貰って」

 

「そっかー、それは緊張するよね……」

 

うんうん、それは緊張する。

私だって年一でいろんな高級ホテルの料理長とかが来る学校祭とは名ばかりの料理コンテスト(各クラスの代表戦)に出るってなったら緊張するし…………

 

「って、ええ!?!?」

 

「うるさいわね……いきなり大声を出さないで頂戴。驚いたじゃない」

 

「いや、ごめん。え?出るの?ゆきちゃん達が?」

 

「だからそういってるじゃない」

 

しれっと澄まし顔でそう告げた幼馴染は悪戯に成功したと言わんばかりの少し悪い笑みを浮かべていた。

 

今年のSMSは絶対に見よう。

お姉ちゃんやゆきちゃん、燐子ちゃんやあこちゃん、紗夜さんのこれまでの頑張りは私がきっちり聞き届けてきた。

大丈夫、始まったばかりの頃のような完成度だけが高いそれぞれの演奏じゃなくて『Roselia』として成長してきたみんななら絶対に大丈夫…………なのに、凄く嫌な予感がする。

私の音を正確に聞き分ける耳(このみみ)は大丈夫っていってるのに凄く、嫌な予感がした。

 

「そんなに心配そうな顔をしないの、安心して見ておきなさい」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食材をいっぱい買ってきたお姉ちゃんとゆきちゃんと一緒に家に帰って私たちは私たちの家に入る。

 

「いやぁ、お母さんたちもなかなか帰ってこれないって大変だよね〜」

 

「そのおかげで私も好きなことをするための学校に入れてるわけだし、お姉ちゃんのそのベースだって昔に買ってもらえたわけでしょ?それに、生活に困らないのはお母さんとお父さんのおかげなんだし、私たちに出来るのはせめてもの感謝の証として夕飯を作って置いておくことだけだよ」

 

「まあ、そうだよね♪ 朝はみんなでご飯たべれるから全く会わないわけじゃないし、毎日ご飯美味しかったっていってくれると嬉しいしね☆」

 

「そういうこと、それじゃあ。さっくりやっちゃおうか。お姉ちゃんは何作るの?」

 

買い物袋からホイホイと食材を抱いていくお姉ちゃんを見て、なんとなく今日のお姉ちゃんの作りたいものがわかってくる。

 

「ふむふむ、筑前煮とお豆腐のお味噌汁?まあ、ホイル焼きがメインだから別に全然構わないけど」

 

「あはは、綾奈には食材だけでバレちゃったか」

 

「一応、高校生とはいえ専門学生だからね」

 

一週間のうち、5日は必ず半日はレシピに向き合う時間が私にはある。お姉ちゃんが勉強や部活、バイトやバンド練をしてる時、私はずっと料理のことだけを学び続けている。

だから、私には食材を見ただけでそれが調理された姿が頭に浮かぶ、まるでそれを作るのが私にとっての最適解とでもいうかのように

 

2人で買ったお揃いのエプロンをつけて交互に手を洗い、それぞれが扱う自分用の包丁や菜箸を用意する。

 

「さーて、始めよっか☆」

 

「だね♪」

 

まずは下準備から始めよう。

鮭は骨を除いて半分に切り、塩コショウをして薄く小麦粉をからめる。(今日のお姉ちゃんが買ってきたのはほとんど骨が取られてるから骨の除去はカット)フライパンにバターを入れて中火にかけ、鮭の両面に焼き色がつくまで焼く。

 

「え!?先に鮭焼くの!?」

 

「うん、私はこうしておくとオーブンで焼く時間が少し短くなるからね」

 

「初めて知った……今度からやってみよ♪」

 

 

玉ネギは縦半分に切って、さらに横方向(繊維を断ち切る方向)に薄切りにしてニンジンは皮をむいて縦半分に切り、薄い半月切りにする。エノキは石づきを落とし、小房に分ける。

 

「うっわ、野菜切るの早くない?」

 

「いや、お姉ちゃんも十分早い方だよ」

 

ジャガイモは皮ごときれいに水洗いして、ぬれたままラップで包み、電子レンジで3分加熱し、向きを変えてさらに2~3分加熱する。幅7~8mmの輪切りまたは半月切りにしてレモンは4つのくし切りにしたらオーブンを250℃に予熱しておく

 

「これで下準備は終わりだね。あとはオーブンが温まるの待つだけ〜」

 

「うっそぉ!?アタシ、また食材切り終わったとこなんだけど!?」

 

「だから、私とお姉ちゃんじゃ包丁握ってる時間が違うんだって……私、お味噌汁も作っちゃうね」

 

「うーん、納得いかないなぁ。まあ、お願いするけどさあ」

 

「まっ、任せてって」

 

まずは絹ごし豆腐を食べやすい大きさに切る。油揚げは熱湯を両面にかけて油抜きをし、縦半分に切り、さらに細切りにする。鍋に昨日作った昆布と鰹のだし汁を入れて強火にかけ、煮たったら絹ごし豆腐、油揚げを加える。再び煮たったら火を弱め、みそを溶き入れる

 

PiPiPi!

 

お味噌汁が出来上がったところでちょうどオーブンの準備ができたみたいだ。

 

アルミホイルを2重にしてサラダ油を薄くひき、ジャガイモ、ニンジン、玉ネギ、エノキ、鮭とのせ、塩コショウを振る。

バターをのせてホイルで包み、250℃のオーブンで15~20分焼く

 

あとは待ち時間に使ったもののお片づけをしていれば完成である。オーブンの奏でる軽快な音楽を待つのみでお姉ちゃんの方を見れば丁度味付けが終わったところであとは煮込んで汁気を飛ばすだけのところまで来ていた。

 

「そういえば聞いたよ。SMS出るんだって?」

 

「うんっ!アタシたちも遂に大きなイベントに参加出来るんだねってみんなで話してたんだ〜☆」

 

楽しそうに話すお姉ちゃんに私もさっきまでの不安は気のせいだろうと頭の端に追いやって軽口を叩く

 

「しっかりしてよね?お姉ちゃんって此処一番ってところでポカやらかすこと多いんだから」

 

「え〜?それは綾奈も同じじゃん!?」

 

「それはどーかなー?私はこう見えてもここ半年は大一番での失敗ってしてないんだよねぇ〜」

 

「ア、アタシだってしてないし!なんなら友希那に聞いてもいいよ!?」

 

「ん〜ゆきちゃんだとお姉ちゃんの味方しそうだし、紗夜さんに聞けば一発かな〜」

 

「ちょお!紗夜はダメだって……!」

 

必死になって止めてくるあたり、一回くらいは思い当たる節があると見た。私は口角をニヤリと上げて少し勝ち誇ったような顔でお姉ちゃんの方を見る

 

「あれ?なんでダメなの?」

 

「い、いやあ、ほら紗夜は厳し目じゃん?」

 

「それも含めて聞いてみよっと」

 

「だあぁあ!ごめんって!アタシが悪かったよお!ヘマしたって!このあいだのライブでデタミのサビ入る直前で間違えました!」

 

「めっちゃ最近じゃん!?それでよく私に対抗してそんな嘘つけたね!?」

 

この間のライブって4日前のやつじゃん、半年どころか一週間以内で全然ヘマしてんじゃん。

 

「くそう、アタシは綾奈の友達知らないからなーんも聞けないじゃん〜」

 

「ん〜多分知ってる人はいると思うよ?」

 

私の学校の友達の中で多分お姉ちゃん達と知り合いなのはおそらく1人だけど、多分苗字的にはもう1人もそうなのかな

 

「え?誰?」

 

「夕菜だよ。氷川夕菜、紗夜さんと日菜さんの妹の」

 

「ゆうな?あれ、聞いたことあるような……」

 

「私とおんなじクラスのおんなじ班の子。あとは華燐かな、白金華燐も夕菜とおんなじく私と同じ班だね」

 

「え!?華燐!?燐子と一緒に衣装作ってくれてるって子!?」

 

「多分、その華燐」

 

しれっとお姉ちゃんにそう返せば、丁度オーブンが完成の音楽を鳴らした。ミトンを手に嵌めてオーブンからホイル焼きを出して、並べておいた皿の上に乗せてやる。

 

「意外だったなぁ、Roseliaの関係者だけで3人じゃん」

 

「って、言われてもねえ。燐子ちゃんとか紗夜さんは知ってか知らずかその話題には触れてこないし」

 

「もしかしたらアタシだけってこともあるとか?」

 

「かもね。ほら、筑前煮の方ももういいんじゃない?」

 

チラリと鍋の方を見れば汁気もだいぶ食材に染み込んだところだろう。時間を見れば夕方の6時前、夕飯には丁度いい時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完成した鮭のホイル焼き、筑前煮とお豆腐のお味噌汁とご飯をテーブルに乗せて私たちは向かい合って座る。

 

「「いただきます」」

 

手を合わせて食前の挨拶をしたのち、あまり珍しくない2人での食事を始める。

私はお姉ちゃんが作った筑前煮を、お姉ちゃんは私が作ったホイル焼きをそれぞれ口に運んだ

 

「「はあ〜美味しい」」

 

私の知る中でお姉ちゃんの作る筑前煮よりも美味しい筑前煮を私は知らない。いや、探せばあるんだろうけど私にとっての筑前煮ってお姉ちゃんが作った筑前煮でそれが世界一美味しいと思ってるからこういう意見になるんだろう。

 

「お姉ちゃんの作る筑前煮が一番好きかなぁ」

 

「そお?アタシ的には綾奈が作った方が美味しいと思うけどな〜♪」

 

「それはお姉ちゃんは、でしょ?私はお姉ちゃんの作ったやつが好きってだけ……だから、これからも料理は辞めないでほしいな」

 

私は自分で言うのもなんだがかなり物覚えは早い。

お姉ちゃんがお母さんから教わり始めた料理を私が後から追いかけるように始めて……いつの間にか追い越してて、それからあんまりお姉ちゃんは料理しなくなって

 

でも、私のために筑前煮だけは作ってくれて

それが私にとっては本当に嬉しくて

だから、私にとってお姉ちゃんの作る筑前煮は一番大好きな食べ物で

 

「安心してよ、アタシはもう何も諦めないって決めたんだ。綾奈がアタシを料理で追い越しちゃったことを気にしてるのは知ってる。けどさ、アタシは綾奈の作る料理が大好きだよ。この鮭のホイル焼きだってアタシの知らない方法もやってたじゃん?妹から技術を盗むってのはあんまり褒められたことじゃないと思うけどさ、アタシはアタシの料理を美味しいって食べてくれる綾奈のために一生懸命頑張るからさ」

 

「お姉ちゃん……恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……」

 

顔を真っ赤にしながら鮭を野菜と一緒にパクパク口に運ぶお姉ちゃんに苦笑しながら、私もホイル焼きを一口口に入れる

 

「う、うるさいよっ!綾奈が少し元気ないから励まそうとしてあげただけじゃん!」

 

「うん、ありがと。お姉ちゃん」

 

「…………っ」

 

また顔を真っ赤にして今度はお味噌汁を啜るお姉ちゃんを目の前にして、また筑前煮を口に運ぶ。

 

うん、私にとってはこの味が一番好きだな。

 




【鮭のホイル焼き】
材料: 4 人分
鮭(甘塩鮭)4切れ
塩コショウ少々
小麦粉大1
バター20g
玉ネギ1個
ニンジン1/4本
エノキ1パック
ジャガイモ(又は小4個)2個
塩コショウ少々
バター20g
レモン1/2個
サラダ油適量

人物紹介
氷川夕菜(ひかわゆうな)
氷川姉妹の末っ子。
姉の紗夜と日菜に負けず劣らずの鬼才の持ち主。
しかし、それを発揮するのは音楽関係ではなく料理方面だった模様。
性格は紗夜と日菜の中間らへん楽しむときは楽しむし、厳しくいくときは厳しくいく。
綾奈と華燐とは入学当初から同じ班を組み続けていて昨年度の班別期末試験では主席グループとして進級している。
氷川家の胃袋を完全掌握している氷川家最強のラスボス。
紗夜のことは『おねーちゃん』
日菜のことは『ひなねえ』呼び

白金華燐(しろかねかりん)
燐子の双子の妹……ではなく性格には従姉妹。
華燐の両親が幼い頃に他界した為、燐子の家に引き取られた。
幼い頃から一緒にいる為、互いの趣味が似たり寄ったりなものだったり、従姉妹とか関係なく普通に姉妹として過ごしている。
燐子の衣装作りを手伝うのが料理の次に好きなこと。

綾奈や夕菜とは入学当初からの付き合い。
はじめの頃は夕菜に振り回されていたが今ではむしろブレーキ役として3人の中で大事なポジションを得ている。

燐子のことは『りんちゃん』呼び
3人の中で一番スタイルがいい。
燐子と同等レベルだが、本人は「手元が見えないことがあるから邪魔」とのこと



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第5話【ゆきちゃんとふんわり卵と甘辛鶏そぼろ丼】

どうも、今回は料理描写少なめですかね。
今回の料理的にこれが限界だったというか書くことも少なかったというか……

取り敢えずアンケート第一弾の【友希那さんが綾奈の料理をもぐもぐ】第一回目です。

今の所アンケート②は【リサに助言】が一位ですね。
これはあと2〜3話くらいで締め切りたいと思います。

あと、活動報告でこんな料理を出して欲しい!
というものがあればアンケート立てておくのでお願いします。
書き方等は活動報告の方に乗せておくのでそちらを参照に


とある休日の昼下がり、お姉ちゃんはバイトで家にはいなくて、私が部屋でゴロゴロしていると何やら隣の家から車の出る音がした。

 

「ゆきちゃんの家は今日はお出かけかな?」

 

本格的に、今日は会う人がいないなとベットに再び転がると空いている窓から聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。

 

密かにRoseliaのライブ毎に販売されているCDを買ってPCに落としてそこからスマホに入れたものを通学中毎日聞いている私の頭の中で即座にその歌詞に該当する曲名を見つける。

 

「いいねえ、お昼からゆきちゃんの生歌が聴けるとは……幼馴染で隣の家の特権ってすごいなぁ」

 

しかし、この曲は初めはピアノのソロの中ゆきちゃんが歌うというもの、その後の歌詞もピアノメインの曲調が続いていくRoseliaの中でも特に珍しいバラード系の曲なのだが……

 

チラリと部屋の隅にある電子ピアノに目がいく。

ここ最近は触れてすらいなくて若干埃をかぶっている鍵盤を見てため息をつく、最後に弾いたのは確か半年くらい前だっただろうか。

 

軌跡は他のRoseliaの曲から見ればかなり簡単な曲だ。

何度も聞いたから頭の中に譜面は出来上がっている。

問題は手が動いてくれるか、だけど。

 

でも、この歌声と一緒に弾ける機会なんてなかなかないだろう。

 

気だるい身体を起こしてベッドから出て約半年ぶりにピアノの前に座った。電源をつければ液晶にいろんなメニューが出てくるが一切を無視する。

 

ハンディモップで鍵盤の埃を落として、ちょうどサビに入ろうとしているゆきちゃんの歌声に合わせて、私は久し振りにピアノの鍵盤を叩いた。

 

初めは驚いたように一瞬、歌声が裏返ったような気がしたけど、それも本当に一瞬だけだった。

 

久し振りにゆきちゃんの歌声に合わせて弾いたピアノは本当に楽しくて、時間を忘れたように私は“軌跡”の後も次々と曲を引いていく。それの乗っかるようにゆきちゃんも合わ是非て歌ってくれた。

 

Louder

 

陽だまりロードナイト

 

Re:birth day

 

Determination Symphony

 

Opera of the wasteland

 

BLACK SHOUT

 

最後のBLACK SHOUTを弾き終わったのと同時に窓の向こうから扉の閉じる音が聞こえた。どうやら、今日はここで終わりらしい。

 

「あっぶな、途中で指攣るところだった……」

 

本当に久しぶりにピアノを弾いた感想としては、しんどいの一言に尽きた。

 

しかし、ピアノを弾いたお陰かお腹がすいてきた。

簡単でさっくり作れるものでも作ろうと部屋を出た瞬間

 

ピンポーン

 

まあ、ピアノをいきなり弾いたわけだから来るとは思ってたけどね。

 

二階から一階に降りてそのまま玄関の扉を開けた。

 

「やっ、ゆきちゃん」

 

「貴女、今ピアノ弾いてたわよね?」

 

「そだね。こんな真昼間から軌跡なんて歌うゆきちゃんがいけないんだよ?これでも私、Roseliaの隠れファンだからね。まぁ、取り敢えずあがってよ。多分、お昼食べてないでしょ?簡単なものだけどサクッとつくちゃうから」

 

「私のせいなの?それはそうとお邪魔させてもらうわね」

 

お昼、の単語にピクリと反応しなのを見逃さず私はニコニコとゆきちゃんを家の中に入れた。

 

「久し振りに綾奈のピアノと一緒に歌えて嬉しかったわ」

 

「そう?これでも半年触ってなかったから心配だったけどね」

 

「そういえば最後に聞いたのはそのくらい前だったわね。ふふっ、リサに自慢すれば羨ましがるわよ」

 

「多分、『なんでアタシのいない時にそういうことするかなー!』ってプリプリ怒ると思う」

 

「ふふっ……今のリサの真似そっくりだったわよ……」

 

プルプルと震えながら笑いを堪えているゆきちゃんに追撃を掛けようとお姉ちゃんの真似をする

 

「『友希那だけズルくない?あっ!そうだ!明日の昼に3人でセッションしようよ♪え?やだ?お願いだってぇ〜友希那〜綾奈ー』」

 

「ちょっ、ちょっと…………まって……似過ぎててっ……笑いが止まんないっ……」

 

 

涙出るくらい笑ってるからこの辺にしておこうか……

私とお姉ちゃんはこういってはなんだが瓜二つだ。

多分髪型とか全部同じにしたらゆきちゃんや湊家の人たちうちの家族くらいしか違いがわかんないと思うくらいにはそっくりだ。

 

と、なれば。

 

声だってもちろん似ているはずで

ちょっとお姉ちゃんっぽく話せばそれで私は『今井リサ』になりきれるわけだ。もちろんその逆も然りだけど。

 

ちなみに去年のゆきちゃんの誕生日にお姉ちゃんと髪型と服装をチェンジしてそれぞれになりきってみたが一発で見抜かれてしまった。

 

さて、ゆきちゃんをひとしきり笑わせたわけだし、本当にお腹すいたからさっくり作れるもの作りますかー

 

「ゆきちゃんは食べたいものある?」

 

「……特にリクエストはないわ。綾奈の作りやすいもので構わないわよ」

 

そう、そして何が困るってゆきちゃんは基本的にリクエストがない。私の作る料理ならなんでも美味しいからなんでもいいんだと(一話参照)

 

冷蔵庫の中をチラッと見ると今日、お父さんとお母さんのお弁当に入れたハンバーグで余った挽肉を発見。

扉側を見れば卵はまだいっぱい余ってる。

 

よし、卵と挽肉の二色丼にしよう。

 

いつも通り手をしっかり洗って、棚にしまってある調味料を取り出す。

 

まずは酒、みりん、しょうゆ、砂糖を合わせたソースを作っておく。次に溶き卵に砂糖と塩を入れて混ぜた卵液を用意すれば下準備は終了だ。

 

小鍋にさっき作ったソースを入れて、鶏ひき肉を加えて混ぜ合わせる。中火にかけ、菜ばし6本で混ぜながら、水分がなくなりパラパラになるまで炒める。

 

今回みたいに2人分の時や挽肉の量が少ない時は泡立て器を使うのも手だと思う。私はこの方がやりやすいからこれでやってるけど、箸を束ねて持つと結構指攣りそうになることがあるからその辺だけは注意しておくこと

 

鶏のそぼろができたら今度は卵の方に移る。

 

まず薄くサラダ油をひいた小鍋に砂糖と塩を加えた卵液をフライパンの上に落とし。弱火にかけ、菜ばし6本で混ぜながら、そぼろ状になるまで炒める。

 

「うーん、本当に簡単だなぁこれ」

 

それ故に滅多に作らないんだけど。

 

卵のそぼろができたら、丼(中)にご飯を3分の2位までよそい、その上に綺麗に二色になるように鶏と卵のそぼろを乗せる。

 

今回は包丁も一切使わない料理だったから洗い物も少ないし私的には全然おっけーだよね。

 

「はい、おまたせ。お昼ご飯は【ふんわり卵と甘辛鶏そぼろ丼】だよ!」

 

「ありがとう、相変わらず美味しそうね」

 

「そう?ありがと、それじゃあ食べよっか!」

 

静かに両手を合わせて

 

「「いただきます」」

 

スプーンを手に取り、ほぼ同時に口に運ぶ。

私は自分の作ったものを食べるとき、ほぼ毎回必ず誰かの顔を見ている。そこにゆきちゃんが居ると必ずゆきちゃんを見るのだが……

 

「…………おいしい」

 

なんとも幸せそうな顔で食べてくれるのだ。

普段からあまり喋らないで音楽のことになると信じられないほどのカリスマ性を誇る湊友希那だが、こうして私のご飯を食べるときはなんだかふわふわした雰囲気になるのが私にはたまらないのだ。

 

これは、お姉ちゃんも知らない私だけの秘密。

なにせ、お姉ちゃんもゆきちゃんとご飯食べてるときはふわふわした雰囲気出してるしね。

 

一口一口味わってゆっくり噛みしめるように食べるふわふわ系なゆきちゃんに私は今日もとても癒された。




ふんわり卵と甘辛鶏そぼろ丼

鶏ひき肉150g
<調味料>
酒大さじ2
みりん大さじ1
砂糖大さじ1
しょうゆ大さじ1
<卵液>
溶き卵2個分
砂糖小さじ2
塩少々
ご飯(炊きたて)茶碗大盛り2杯分
サラダ油適量


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紗夜さんとソイミートのハンバーグ

今回、本当はリサねえのお誕生日回にする予定でした。
が、間に合わなかったのでそれはまた今度ということに……



今回もあとがき欄に材料載せておきますね。


 

「突然で申し訳ないのですが、綾奈さんは“ソイミート”というものをご存知ですか?」

 

「ソイミート?大豆肉のことですよね?それがどうかしましたか?」

 

学校帰りに偶然立ち寄ったカフェで出くわした紗夜さんとお茶をしていると突然、そんなことを私に聞いてきた。

 

「いえ、妹の夕菜のことはご存知かと思いますが昨日突然『あっ、そうだ。明日綾奈にソイミートの作り方聞こう!』と張り切っていたのでどんなものなのか聞いておきたくて。あの子の作るものだから不味いものではないのはわかってはいるのですが……」

 

聞きなれない材料だからどんなものか気になるのだろう。

紗夜さんは少し不安そうな顔つきだった。

 

「うーん、気になるなら食べてみますか?今日ちょうどそれを使った献立にしようかと思ってたので。お姉ちゃんとゆきちゃんが居るかと思いますけど……」

 

「……そうね。お邪魔してもいいかしら?」

 

「はーい。それじゃあ夕菜には連絡入れといてくださいね」

 

「ええ、そうしておくわ」

 

即座にスマホで夕菜に連絡を入れる紗夜さんを見て私もお姉ちゃんに連絡を入れる

 

『今日、夕飯食べるのに紗夜さん来るから』

 

『紗夜?別にいいけどどーしたの?』

 

『ソイミートってどんなのか知りたいんだって』

 

『ああ〜アレね。たしかに名前だけだと何かわかんないもんね〜オッケー☆友希那にも伝えておくね♪』

 

『お願いしまーす♪』

 

お姉ちゃんとのやりとりを終えるとすぐにゆきちゃんからRineが入ってきた

 

『今日は紗夜が来るって聞いたわ』

 

『そだよ〜』

 

『今日の献立は何にするのかしら?』

 

『ソイミートのハンバーグにしようかと』

 

『そいみーと?それって大豆の?』

 

『そそ、前にゆきちゃんにも食べてもらったやつだね』

 

『あれ、美味しかったからまた食べたいと思ってたところなの。紗夜には感謝しなくちゃならないわね』

 

『今から帰るから楽しみに待っててね』

 

『そうするわ』

 

ゆきちゃんとのやりとりを終えるとちょうど紗夜さんも終わったのかスマホをカバンにしまっていた。

紗夜さんにしては長いことスマホ握ってたなと思っていると

 

「夕菜が羨ましがってしつこかったんです」

 

足をバタバタさせながら駄々をこねてる光景がなんとなく脳裏に浮かんで苦笑いしてしまう

 

「あはは、まあ夕菜には今日作ったやつ持って帰ってあげてください。それで材料とか分量はわかると思うので」

 

「あの子も鬼才の身ですからね。同じ班の貴女と華燐さんにはいつも申し訳なく思っています。何かあったら私に相談してくださいね」

 

最近は日菜ちゃんとの距離もかなり近くにいると夕菜が嬉しそうに話していたのを思い出した。

確かその原因になったのは今年の七夕だっただろうか……いや、あのゲリラ豪雨の時だっただろうか?

夕菜が嬉しそうに語っていたから記憶に残っているのだが、どの時期だったかはあまり覚えていない。

 

席を立ち、料金を精算して店の外に出る。

今日はカラッと晴れてはいるものの風が少し冷たくて過ごしやすい日になっている。

 

「紗夜さんはその格好のまま行きますか?」

 

「ええ、綾奈さんの家は私の家とは真逆なのでこのままでお邪魔しようかと思っていたのですが」

 

「それなら良かった。では行きましょう」

 

カフェから駅の方へ向かい、そのまま電車に乗り込んで一駅先の住宅街に向かっていく

 

「そういえば、綾奈さんはRoseliaの中で私にだけ唯一敬語ですよね?」

 

「え?まあ、そうですね」

 

それがどうかしたのだろうか?

紗夜さんがそういう人だし、なんか委員長肌というかそういう人だからついそうなっていただけなんだけど

 

「いえ、少し気になっていて。同い年ですし、今井さんや湊さんはもちろんのこと宇田川さんや白金さんにも敬語は使っていないと聞きました。それと夕菜にも」

 

「うーん、夕菜はもう1年以上も同じ班の友達だし、燐子ちゃんとあこちゃんはネトゲの時からの付き合いだし、あと日菜ちゃんは夕菜経緯で知り合ってそのまま意気投合したし……」

 

「日菜もですか!?」

 

驚いたように勢いよく振り向く紗夜さんに私はちょっと引き気味に口元を歪ませた

 

「日菜ちゃんもなんだかんだで1年くらいの付き合いになりますかね。お弁当もたまに作ってあげてたし、ゆきちゃんやお姉ちゃんを除けば他のRoseliaのメンバーよりは私の料理食べてるかも……」

 

「それで時折『夕菜〜今日はお弁当いらないから〜』なんて夕菜に言ってたんですね……」

 

何かを思い出すように指を唇に当てて考え込む紗夜さんに私は触れてはいけないところに触れてしまったかと思ったが

 

「まあ、それは構いません。つまり、綾奈さんも私には敬語なしで構いませんよと言いたいだけだったんです」

 

やけにあっさりとしたその言葉に身構えていた私はいっしゅんフリーズしてしまったがすぐに思考回路を再起動させ

 

「はい、それじゃあ紗夜さんにもひとつお願いが」

 

「……?なんでしょうか?」

 

「私がタメなら紗夜さんもそうしましょう。これで対等な友達だと思いませんか?日菜ちゃんや夕菜と話すときと同じような感じで構わないので」

 

「……そうね。それじゃあそうしましょう。これからよろしくお願いするわね、綾奈」

 

ニッコリと微笑んで手を出してくる紗夜さんに一瞬後光を感じてしまうほどの美しさを感じてしまったがそれを悟られないように必死でポーカーフェイスを保ちつつ手を握り返した

 

「よろしくね♪紗夜」

 

「……っ!」

 

なにやら口元を押さえて横を向いてしまったが大丈夫だろうか紗夜さん

 

あっ、今のちょっとお姉ちゃんぽかったのか……

 

そんなこんなで私たちは自宅の方へと足を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜」

 

「お邪魔します」

 

家の扉をくぐれば既に見慣れた靴が二足ある。

言わずもがなお姉ちゃんとゆきちゃんの靴だろう。

 

「お帰り〜綾奈、紗夜はいらっしゃい♪」

 

「おかえりなさい、綾奈。紗夜は昨日ぶりね」

 

「ええ、お邪魔します。湊さんもこんにちは」

 

リビングの扉を開けるとお姉ちゃんとゆきちゃんが出迎えてくれた。ささっとやってきたお姉ちゃんが紗夜さんの鞄を持ってソファの横にカバンを置き、即座にお茶とクッキーが出されていた。

 

「それじゃあ私は着替えてくるから紗夜はゆっくりしててね♪」

 

「ええ、そうさせてもらうわね」

 

私がリビングを後にするのと同時に視界の端で動いていたゆきちゃんとお姉ちゃんを私は気にしないことにして自室に向かった

 

「紗夜〜?綾奈とどういう関係になったのかな〜?」

 

「確か前回あった時はまだお互いに敬語だったわよね?詳しく聞かせてくれないかしら?」

 

「え?今井さん?湊さん?ちょっと顔が怖いんですが……綾奈とは先程、友人としてお互いに呼び捨てタメ口の方が彼女がいいと言ったので……」

 

「友人?ふーん?アタシ達に敬語なのは友達と思われてないってことかなー?」

 

「だから、そういうわけではないですが……彼女たっての希望だったので……」

 

「じゃあ、私たちもお願いすれば綾奈と同じ風にしてくれるのかしら?」

 

ジリジリと紗夜に詰め寄る友希那とリサ、その顔は心なしか笑っているのに笑っていないように紗夜に映り、少しばかりの恐怖心に身体がすくむ。

 

「お姉ちゃんもゆきちゃんもあんまり紗夜をいじめないでよね。それで口聞いてくれなくなったら2度とご飯作ってあげないんだから」

 

「ごめんね紗夜、別に怖がらせるつもりはなかったんだ〜」

 

「ええ、本当よ?少し気になっただけで別に怖がらせようなんてこれっぽっちも思ってなかったの」

 

「え、ええ。別に気にしてはいないので……」

 

恐ろしいまでの2人の掌返しにたじろく紗夜だったが、我が家でも同じようなことがあったなと思い返した。

 

『ええ〜あたしも夕菜と一緒に料理する〜』

 

『日菜、夕菜に迷惑かけたらだめよ』

 

『一緒にやった方がるん♪ってするじゃん〜!』

 

『ひなねえ、あんまりうるさいと今日のご飯抜きにするよ』

 

『あ、あたしやっぱり少し大人しくしてようかな〜今日のご飯楽しみだね、おねーちゃん』

 

あはは、はは〜と乾いた笑いを浮かべていた日菜を思い出してどこの家庭も胃袋を掴んだものが一番強いんだなとしみじみ思った。

 

 

 

 

キッチンに立って手を洗い今日の夕飯の献立を一応確認しよう。

メインはソイミートを使ったハンバーグ。

そして、副菜にお姉ちゃんが昨日作ってくれた筑前煮。

さらに朝作った豆腐とわかめのお味噌汁に朝に予約して炊きあがっている白米といった感じになる。

 

「取り敢えずつくればいいのはハンバーグだけかぁ」

 

冷蔵庫の中から食材を出して私は一息、深呼吸をする。

今日つくるハンバーグは紗夜が夕菜に持って帰って夕菜も食べることを考えると失敗はできない。

 

一口食べただけで中に入っている食材と調味料を全て当ててしまう夕菜相手にだけは絶対に失敗はできない。

 

「綾奈、いつもあんなに緊張してないのに……」

 

「どうしたのかしら?」

 

「それはきっと夕菜にも持って帰るからでしょう。あの子の舌は一口ものを食べただけで使っている食材を全て当ててしまいますから。今日お邪魔することになったのも夕菜がソイミートというものを作ると言っていたのが不安で綾奈に聞いてみたのがキッカケでしたし」

 

そう、夕菜は料理に関しては神域に存在しているといってもいい。そんな夕菜に食べさせる料理が半端なものでは私が夕菜に対等な友人として立てない。それは華燐だって同じく思っているはずだ。

 

しかし、夕菜には再現するという面では神域に存在しているが彼女は創作料理や初めて作るものにはめっぽう弱いのが難点だ。そこで私や華燐の独壇場になるのだ

 

……それは、取り敢えず置いておこう。

 

取り敢えずタッパーに詰めておいた乾燥ソイミートはお湯で戻し、コーヒーフィルターなどを使ってしっかり水気を切っておく。

 

そもそも、ソイミート自体が私の中でまだ試作段階といってもいい。完成品でないが故にまだ伸びると私は思っている

 

玉ねぎをみじん切りにし、ボウルにソイミート、玉、パン粉、牛乳と一緒に入れてナツメグと塩コショウを加えて混ぜ合わせる。

 

本当に素材以外はハンバーグの作り方となんら変わりはない。

 

タネを丸めて空気を抜き、形を整えて、サラダ油を敷いたフライパンに並べ、中火で片面4分ずつ焼く。

ここでお味噌汁を温めるために火を付けておく。

 

焼いている間にデミグラスソースを作る

耐熱性の器にウスターソース、ケチャップ、砂糖、バターを入れ、電子レンジで温め、よく混ぜ合わせる。

 

「うん、ソースの味は完璧かな」

 

フライパンの中を見ればちょうど良さげに焼けてきていたので火を止めてお皿を用意する。

 

野菜庫からレタスを取り出して彩を出すために少しちぎって皿に盛り付け、ハンバーグも一緒に皿の上に盛り付ける。

仕上げに作っていたデミグラスソースをハンバーグにかけて完成だ。

 

あとは人数分の白米とお味噌汁をよそって昨日の筑前煮を出せば……

 

 

「お待たせ!ソイミートのハンバーグとお姉ちゃんの筑前煮だよ!」

 

「お、待ってました♪って、あれアタシの作った筑前煮!?綾奈のと一緒に並べられると流石に見劣るんだけど……」

 

テーブルに並んだ料理達をお姉ちゃんが見て驚きの声を上げる

 

「いいじゃない。私好きよ?リサの作った筑前煮」

 

「私も食べてみたいと思っていたんです。綾奈が前からずっと絶賛していたので」

 

「そ、そう?まあ、いいけどさ」

 

褒められ慣れてないお姉ちゃんは純粋に褒められると少し恥ずかしそうに下を向きながら折れてしまう。

 

「取り敢えず、食べようか」

 

全員が椅子に座って両手を合わせる

 

「「「いただきます」」」

 

「はい、召し上がれ♪」

 

その言葉とともに三人の箸がハンバーグへと向かう。

お姉ちゃんとゆきちゃんは前回も食べているからそのまま口へ運び、本当に美味しそうな顔で食べてくれていた。

 

「……はむ…………」

 

一口サイズに箸で切り分けて少し観察していた紗夜も意を決したように口の中にハンバーグを放り込んだ。

 

「……っ!美味しい。見た目や食感それに味も完全にお肉のそれなのにこれが大豆で作ったものなんて信じられないほどだわ」

 

「それがソイミートの売りだしねぇ。でも市販しているものよりも自分で作ったものの方がそれっぽくなるのは当然かな」

 

「すこし、不安に思っていたのが馬鹿らしいわ。綾奈の作る料理が美味しいっていうのは日菜にも夕菜にも聞いていたことだし、私自身も身を以て知っていたのにね」

 

「綾奈の料理を疑うなんて紗夜は不思議なのね。私は私たちの音楽と同じくらい綾奈の料理には絶対の信頼を置いてるわよ」

 

キッパリと言い放ったゆきちゃんだが、それは如何なものかと思う。方や人気沸騰中の大人気ガールズバンドRoseliaの音楽と高々学生の趣味の延長のような料理。それを一緒にされては紗夜とお姉ちゃんも面白くはないだろう。

 

「あはは〜、それは言い過ぎかもだけど。友希那、ご飯ついてるよ?」

 

「湊さん、私からは特にいうことはありませんが、もう少し格好のつく姿で言ってもらってもいいですか?」

 

「……///」

 

俯いて黙々とご飯を食べ始めるゆきちゃんに思わず笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、夕菜の分だから帰ったらあげてね」

 

「ええ、ありがとう。なかなか綾奈の料理をいただける機会はないけどまた、機会があればご馳走してくれるかしら?」

 

「うん、いつでも歓迎だよ♪」

 

「ありがとう。それじゃあ、また今度」

 

「はーい、またね〜」

 

玄関で紗夜を見送り、私は若干拗ねてるゆきちゃんの機嫌を直すために仕方なく電子ピアノを下ろしてくることを決意した。

 

 

 

 

 

 

「夕菜、これ綾奈から貴女に」

 

帰ってすぐに綾奈が預かっていた夕菜へのハンバーグを渡すと負担よりも3割り増しくらいキラキラと目を輝かせていた

 

「え!?綾奈ったらわたしの分も作ってくれたんだ!やったー!」

 

「えー!?いいなぁー!夕菜〜あたしにも一口ちょーだい!」

 

「ひなねえ、さっきご飯食べたじゃん!」

 

「あたしも綾奈の作ったハンバーグ食べたいんだもーん!」

 

結局半分することにしたらしい妹達のやりとりをBGMに私は出来立てを食べたんだというすこしの優越感を抱きながら着替えるために自室へと向かった

 

 

 

 

 

「はむっ…………んぐっ!あー、なるほどねぇ。綾奈的にはまだ未完成なのかな?でも、すっごく美味しいから真似してみよう!」

 

 




☆材料☆
ソイミート(乾燥した状態) 40g
玉ねぎ(大きめ) 1/4玉
卵 1個
パン粉 大さじ3
牛乳 大さじ1
ナツメグ 適量
塩コショウ 適量

〜デミグラスソース〜
ウスターソース 大さじ2
ケチャップ 大さじ2
バター 15g
砂糖 小さじ


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《Neo-Aspect》編
三色のサンドイッチ


今回から《Neo-Aspect》編に突入します。
話によっては料理描写がなくなる可能性も出てくるかもしれませんが……出来る限り毎回出していくようにしますのでどうか温かい目で見守ってやってください。

今回もあとがきに食材書いておきますね。



 

 

「お姉ちゃんもゆきちゃんも、今日が本番だね……」

 

朝から本人達よりもそわそわしていた私、綾奈は朝食を食べ終えた直後から家の中をうろうろし続けていた。

 

「綾奈、なんで貴女がそんなに落ち着いてないの?」

 

まるで意味がわからないと言わんばかりのきょとん顔で首を傾げたゆきちゃんに私は落ち着かない心のまま言葉を返す

 

「だってSMSだよ!?そこにゆきちゃん達が出るんだよ!?落ち着けるわけないじゃん!?」

 

「まあまあ、落ち着きなって。焦っても仕方ないし、アタシ達だって半年前とは違うんだしさ♪勿論、油断や慢心をしてるわけじゃないよ〜?」

 

私の肩に手を乗せてそのままお姉ちゃんとゆきちゃんの間に座らされる。

 

「それは……そうだけどさ」

 

だけど、心配事は絶えない。

この間感じた嫌な予感が、私の中でまだ残ってる。

このもやもやした得体の知れない何かが私を不安にさせる。

 

「……そうね。綾奈に一つお願いをしていいかしら?」

 

すこし考えたようにゆきちゃんはわたしの顔を真剣な顔で見つめる

 

「な、なに?」

 

「私たちにお弁当を作ってくれないかしら?」

 

「ぶふっ!」

 

めちゃくちゃ真面目な顔で私の顔を見て口に出したのはそんな一言だった。それを見ていたお姉ちゃんが盛大に吹き出したのも相まってからゆきちゃんはすこし不機嫌になった

 

「別にただ綾奈の料理を食べたいだけじゃないわ。もちろんそれもあるけれど、私たちのことを心配してくれる大切なファンであり幼馴染だものそんな綾奈の作ったものを食べて本番前に勇気をもらいたいと思ったの」

 

普段のポンコツ気味なゆきちゃんの顔はそこにはなかった。

わたしの不安を消し飛ばすように、ゆきちゃんは微笑みかけてくれる。

 

「そーいうことかあ。でも、アタシも友希那に賛成かな。本番前に可愛い妹の料理食べてアタシにも元気と勇気をもらおっかな」

 

首にぎゅっと抱きつきながら頬ずりしてくるお姉ちゃんと私の手を握ったまま目をずっと見てくるゆきちゃん。

元から断るつもりもなかったし、別に構わないけど

 

「いいよ、元々お弁当は持たせていくつもりだったしね。腕によりをかけて作っちゃうんだから!」

 

ソファから立ち上がり、私はキッチンへと向かった。

 

「うーん、お弁当といってもなににしようかな。やっぱ勝負ものだからカツ丼!と行きたいところだけど華の女子高生にカツ丼を5人前も持たせていけないし……普通にお弁当箱持たせていくのも量が多いしなあ……」

 

持ち運びが簡単でそんなにガッツリしてないものでカツが使えそうなもの……

 

「あー、サンドイッチとかにしようかな。カツはハムカツサンドとかにして。あとは卵とレタスハムとかかな」

 

そうと決まれば行動は早い。

ゆきちゃん達ものんびりしてるけど後1時間後には家を出なきゃいけないんだから最速最短で料理を作んなきゃならない

 

手を洗って、冷蔵庫と野菜庫から食材を取り出して調味料等々を用意して準備を整える。

 

コンロの上にお湯の入った鍋を用意して火をつける。

沸騰するまでの間に卵は常温で保管しておき、その間にハムカツの下準備をしていこう。

 

ハムは2枚重ねて1組にし、小麦粉を薄くまぶす。バッター液の材料(溶き卵、牛乳、小麦粉、マヨネーズ、こしょう小麦粉、パン粉、サラダ油を混ぜたもの)をボウルに入れてよく混ぜ、ハムを1組ずつからめる。

次に バットにパン粉1カップを入れ、ハムを入れてまぶし、手で押さえてパン粉をつける。別のバットなどに並べ、冷蔵庫で10分ほど休ませる。

こうして休ませておけば、揚げる時に衣が剥がれにくくなるためだ。

 

これでハムカツの下準備は終了。

鍋を見ればまだ沸騰してないからこの隙にレタスハムを作ってしまおう。

 

パンの片面にからし&マスタードを塗り、更にもう片面にマヨネーズを塗って、その上にハムを半分に折ったものを三枚ずつ乗せていく。

次にハムの上に黒胡椒を少々と軽くマヨネーズをかけてその上に水気を拭き取ったレタスを乗せていく。

レタスを乗せたらあとは使っていなかった方のパンを乗せてその上からお皿を乗せて落ち着かせておく。

これを3セット作っておく

 

「よっし、あとレタスハムは切るだけ!次は……鍋が準備できたね。油も用意して大丈夫かな」

 

フライパンに約1cmくらいに油を引いて熱しておく。火の温度は弱めの中火くらいがベスト

油があったまる前に卵をおたまに乗せてそっとお湯の沸騰した鍋に入れて、8分半茹でる。ここで同時にパンに塗るバターを常温に戻しておく。

 

タイマーを8:30にセットしてカウントをスタートする。

 

「その間にハムカツを揚げて……」

 

下準備したハムを2組ずつ約2分くらい、衣がきつね色になるまで揚げ焼きにする。片面で2分揚げたら裏返して更に2分揚げ焼きにする。これと同じ手順で残りも揚げていく

 

pipipi!

 

ゆで卵を作るのにセットしたアラームが鳴ったところでゆで卵をすかさず氷水に浸して温度を下げる。

 

ハムカツを全て揚げ終えてパンがベタベタにならないように油をきっちり切っておく。

 

パンの内側になる面にバターを塗り、食べやすい大きさにカットしたハムカツをパンに乗せウスターソース、練りがらし、キャベツの千切りを乗せてもう一枚のパンで蓋をする。

ここでさっきのレタスハムの上に載せておいた皿を今度はハムカツサンドの上に乗せてハムカツサンドを落ち着かせておく。

 

「……卵が最後になっちゃったね」

 

卵が冷えたらボウルから取り出して殻を剥き、キッチンペーパーで水気を取り、粗みじん切りにする。

タマゴをボウルに入れて、マヨネーズを加えてヘラで混ぜる。塩、粗挽き黒コショウを加えて味を調える。

全ての食パンの耳を切り落とし、片面にバターを塗る。そのうち3枚はバターを塗った面に卵をまんべんなく塗る。

上に卵を塗っていない残り3枚の食パンをそれぞれ対にして乗せ、ラップで包み、冷蔵庫で10分寝かせて卵と食パンをなじませる。

 

タマゴサンドを待ってる間にレタスハムとハムカツサンドのパンの耳を切り落としてそれぞれ半分に切っていけば完成。

タマゴサンドは10分経ったら冷蔵庫から取り出し、ラップをはずして半分に切れば完成。

 

「よし、あとはピクニック用に買っておいた大きめのサンドイッチケースに並べていけば……よし、完成っ!」

 

「おっ、出来た?」

 

「うん、中身はあんまり重たくならなそうなもので作った」

 

急いだゆえにごっちゃごちゃのキッチンを背に私はお姉ちゃんにサンドイッチケースの入った包みを渡す。

 

「綾奈のご飯ならなんでも美味しく食べちゃうよ。アタシも友希那も、それとRoseliaのみんなもね♪」

 

「ええ、貴女の気持ちも私たちの音に乗せて全力で挑んでくるわ」

 

二人とも出かける準備が出来てるということは私を待っていてくれたんだろう。

 

「私が全員分のお弁当用意したんだから、絶対にいい結果で帰ってきてよね!」

 

「うんっ!勿論だよ!」

 

「ええ、勿論よ」

 

そう、二人は微笑んで会場へと向かっていった。

 

 

 

 

 

そうして迎えたSMSでのRoseliaの発表の時間。

オーディエンスが音も聞かずに立去るという前代未聞の事態が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、空になったサンドイッチケースと一緒にお姉ちゃんの荷物がリビングの入り口に乱雑に置かれて

 

 

「……ごめんっ、綾奈……アタシ達、全然ダメだったっ!」

 

 

私にごめんと泣きじゃくるお姉ちゃんを抱きしめながら私は唇を噛み締めた。

 

 

私の予感は最悪の方向で当たってしまっていた。

 




☆ハムレタス☆(約2人前)
食パン(8枚切orサンドウィッチ用) 2枚
*からし&マーガリン 適量
*マヨネーズ 適量
ハム 3枚
レタス 適量
マヨネーズ 適量
塩胡椒 少々

☆タマゴサンド☆(約2人前)
卵 … 4個
バター … 15g
マヨネーズ … 大さじ3
塩 … 適量
粗挽き黒コショウ … 適量
食パン(8枚切り) … 6枚

☆ハムカツサンド☆(約2人前)
ハムカツ…2枚(材料は4枚分)
 ハム…8枚
バッター液
 溶き卵…1/2個分
 牛乳…大さじ3
 小麦粉…大さじ3
 マヨネーズ…大さじ1
 こしょう…少々
 小麦粉、パン粉、サラダ油
キャベツのせん切り…2枚分
食パン(8枚切り)…4枚
バター、ウスターソース


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彷徨う陽だまり/お父さんとフレンチトースト

Neo-Aspect編第2話は今井家お父さんの参戦です。
前半、綾奈の学校事情や後半にはオリジナル設定も出てきますがその辺りも楽しんでいただければと

あと今回からまたアンケートを取る予定ですのでご協力いただければ


 

 

SMSから数日後Roseliaが解散になるかもしれないとお姉ちゃんに夕食の時に話をされた。

 

「まあ、でもこのまま解散になっちゃってもさ……今のアタシ達じゃその程度だったんだって納得できちゃうっていうかさ……あはは……はあ」

 

私が無言のままご飯を食べ終えてしまったのが気まずいのかお姉ちゃんは乾いた笑いとお得意の言い訳を口にしてため息をついた

そんなお姉ちゃんを見た私は一つため息をついて意地悪な質問をしてみる

 

「じゃあ、お姉ちゃんはRoseliaがなくなってもいいんだ?お姉ちゃんにとってRoseliaってこんなことで終わることを納得できるような居場所だったんだ?」

 

興味なさげに突っぱねるようにそう問いかければお姉ちゃんは目を見開いて大きな声をあげた

 

「そんなわけないよっ!……ないけどさ……アタシだけじゃ……どうにもなんないよ……友希那がみんなに辛く当たるのも、昔の緊張感を取り戻して欲しいって思ってるのはわかってる!だけどさ……昔のアタシ達が……昔のRoseliaが一番だなんてそんなの間違ってるよ……」

 

俯いて、静かに涙を流すお姉ちゃんを見てすこしやりすぎたかなと後悔する。

 

「私も、一年の期末試験の時にさ夕菜と班が解散するような大げんかをしたことがあってね。その時の原因は試験に出す料理の内容だった。夕菜はレストランに出すようなコースメニューがいいだろうって、私たちにはそれを出来るだけの技術があってそれが出来るのは学年で私たちだけだろうって」

 

その時を思い出すように語ればお姉ちゃんは涙を流していた目を私に向けて話しを聞き始める

 

「でも私は違った。私たちが求めてきたのは学年で唯一出来るような芸当じゃない。そんな付け焼き刃の料理で期末試験で総合一位を取れるとは思わないって言い合って散々お互いに罵倒しあってもう解散だってなった時に華燐が泣きながら料理を作り始めてさ」

 

『夕菜も綾奈もなんで喧嘩なんかするの!?私たちが今年やってきたことは何!?私たちが作ってきたのは何!?今年は家庭的なものを作っていこうってみんなで約束したのになんでそんなことも忘れちゃうの!?』

 

わんわん泣きながら肉じゃがを差し出されたもんだからお互いに怒る気力も失せて、本当に作んなきゃならないものを見つけた。

 

あの時夕菜と苦笑いしながら結局は華燐の作った肉じゃがを食べながら仲直りをしたんだ。

他でもない私たちが出来ること。

他でもない私たちが磨いてきた料理で勝負するってその時思い出したんだ。

お陰でその年の期末試験は最優秀賞

2年になった今は食材の購入は主席班の特権として学校が負担してくれている

 

「彩奈はその時のこと後悔してる?」

 

「そんなわけないじゃん。その時のことがあったから私たち3人は今も同じ班で協力しながらお互いの技を盗みあって切磋琢磨してるわけだしさ」

 

お互いに言いたいことを本音でぶつけ合ったからこそ夕菜とは親友になれたと思ってる。ゆきちゃんやお姉ちゃんが一時期疎遠になりかけてこの間までは昔のように……いいや、昔よりも仲良く過ごせていたのと同じように

 

「お姉ちゃんのことみんながどう思ってたかは知ってる?」

 

「……友希那は精神的支柱って言ってくれた……」

 

「そっか、それじゃあ教えてあげるね。燐子ちゃんはお姉ちゃんがいると安心するって言ってたよ。あこちゃんはお姉ちゃんがいるといつもより調子が良くなるって言ってた。紗夜はお姉ちゃんのこと背中を預けられるライバルだって思ってるって言ってた。そしてゆきちゃん……ううん、友希那はリサがいるからみんながRoseliaに帰って来れるって言ってた。Roseliaでお姉ちゃんが出来るのはクッキーを焼いてみんなを迎えにいくことだけじゃない。みんなが帰って来られる場所を守ることができるのもお姉ちゃんが出来ることだと思うな」

 

これまではずっと周りのことを気にして自然とサポートに入っていたお姉ちゃん、それがいつしか当たり前になってそれがお姉ちゃんの生き方になってた。

 

「みんなきっとRoseliaって居場所が大好きで大事なんだよ。でも、きっと戻るタイミングを見失ってるだけ。みんなそれぞれ自分にできることを探して戻ろうとしてると思う。そんな中でお姉ちゃんができることって何かな?」

 

「アタシに……出来ること……」

 

「うん、リサがリサにしか出来ないことを探してみて」

 

「うん……」

 

食器を片付けて私はそのまま自分の部屋へと戻っていく。

お姉ちゃんの名前をきっちり呼んだのなんていつぶりだろうか……双子として数分違いで生まれた私たちは幼いころはお互いを名前で呼んでいた。いつしか私がお姉ちゃんと呼び出すようになってそのまま名前で呼ぶことはなくなってしまった

 

「まあ、ここから先どうなるかは私にもわかんないし」

 

頑張れ、お姉ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼頃、あれだけズーンと重たかった家の雰囲気はいつもと同じくらいに戻っていた。

 

「まあ、お姉ちゃんも切り替えのできない子供じゃないってことかな。逆にゆきちゃんはこういう経験が少ないから引きずっちゃってる感じだよねえ……」

 

話を聞く限りでは練習以外でもお姉ちゃん達とは話もしていないらしい。お姉ちゃんが校門前で待ち伏せしてもそれよりも早く立ち去ってしまったりすると話には聞いた。

 

「どうかしたのか、綾奈?」

 

この時間にまだ家にいるのは珍しいお父さんの声に反応して私はその声の方向を向く。

 

「私はなんともないよ?お姉ちゃんとゆきちゃんが……Roseliaが今軽い挫折の中にいるってだけ。それでも、なんだかお姉ちゃんは歩き出すって決めたみたいだし、他の子達も自分で立ち直れないほど子達じゃないしね」

 

「まあ、そうだな。問題は友希那ちゃん……か」

 

「お父さんはなんかないの?元々ベース担当だったんでしょ?」

 

痛いところを突かれたと言わんばかりの表情を浮かべてすこし困った顔をしたお父さんはそのままお腹を押さえて口を開いた。

 

「そうだなあ……お父さんは可愛い愛娘の手料理とか食べたいんだけど、もし目の前に出てきたりしたら嬉しくてなんでも喋っちゃうかもしれないな〜」

 

あー、お腹すいたなーなんて棒読みのままそれ以上しゃべるつもりのないお父さんに仕方ないとため息をつく。

 

「何にしようかな……」

 

キッチンに立ってすぐに作れてそれなりに美味しいものを頭の中で考える。

 

「お父さんって今寝起き?」

 

「そうだね。昨日帰ってきたのが3時前だったから置いてあったご飯食べてシャワー入って寝たからちょうど寝起きかな」

 

「相変わらずの忙しさだね……それならあまり重たくないものの方がいいかな。今日の夜はガッツリしたもの食べてもらうとして……フレンチトーストでいいか。お父さんこれ好きだし」

 

手を洗って、いつも通り材料を全部用意して調理に取り掛かる

パンは耳を切り、半分に切りボウルに卵を割り入れてほぐしていく。牛乳、砂糖を加えて混ぜ合わせて、浸け込み液を作って漬け込み液を一度こしていく。

 

この一度“こす”作業をすることで仕上がりの舌触りが格段に良くなるとこの間華燐に教えてもらった。

 

パンを浸け込み液に浸し、一晩寝かる。と言いたいのだが大幅に時短するために電子レンジを使っていく。500wで片面を約1分づつ温めるとパンが乳液……もとい浸け込み液を吸い込んでいくからここで十分染み込むまで待つ

 

十分に乳液がパンに染み込んだらフライパンに、油をキッチンペーパーにつけたもので軽く塗り、パンを並べて弱火で6~7分焼いていく。片面が焼けたらひっくり返す。この時崩れやすいのでていねいに。手を使うと上手くいく。ひっくり返したらもう片面もふたをして、弱火で6~7分焼く。

色よく焼けたら器に盛ってメープルシロップを軽くかけてやれば完成だ。

 

「はい、愛娘特製フレンチトースト。召し上がれ」

 

ドリップコーヒーも一緒に出して少し遅めの朝食をお父さんの前に出してやる。

 

「いい匂いがすると思ったらフレンチトーストかあ、綾奈の作るフレンチトースト甘くて美味しいから大好きなんだよなあ。それじゃあ、いただきます」

 

「はい、召し上がれ」

 

お父さんが食事を取っている間に私はキッチンの片付けと今日の夕飯の仕込みを始めておく。

 

「父さんたちが喧嘩した時は結局最後は音楽で解決したよ。俺と湊と白金と氷川と宇田川のみんなで俺たちの演奏をしてその時は仲直りした。あの時のメンバーと同じ名字を持つ子達が揃ってるRoseliaはきっと俺たちと同じように喧嘩した時よりも強い絆を手に入れてまたライブをすると思うよ」

 

なんて言っても俺たちの娘たちだからな!

なんて楽しそうに笑うお父さんに私は苦笑することしかできなかった。

 

「それにしても父さんは綾奈の出来立てのご飯を食べられて嬉しい!これはあいつに自慢しないとな」

 

一枚食べて残ったもう一枚のフレンチトーストの写真をお母さんに送りつけたお父さんはその日、鬼の形相で帰ってきたお母さんにこってり怒られていた。

 

なんでも

『私も娘の出来立ての料理が食べたいのに貴方だけ食べてそれで自慢してくるなんて何事!?それはそうと綾奈、リサ!ママにに愛のこもった料理をお願い!唐揚げと筑前煮が食べたいわ!』

 

とお父さんに鬼の形相でキレ散らかしながら私とお姉ちゃんにはニコニコした笑顔で料理をリクエストしてきた。

 

それをみた私とお姉ちゃんは乾いた笑いを浮かべながら

 

「「あはは〜りょーかいだよ……」」

 

一字一句違えることなく同じ言葉を口にしていた。

 




☆フレンチトースト☆
材料 (2人分)
食パン(4枚切り) 2枚
卵 3個
牛乳 180cc
砂糖 大さじ3
バニラエッセンス(あれば) 適量
バター 適量



作品についての感想や意見等お待ちしてます!


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再起の歌姫/お姉ちゃんと肉じゃが

本日2話目の投稿です。
前話『彷徨う陽だまり/お父さんとフレンチトースト』を見逃した方はそちらからご覧ください。

今回、作者の無知ゆえにかなり端折った感じはありますが《Neo-Aspect》編は後半になります


そしてそれから一週間と数日たった頃。

外から私を呼ぶ聞き覚えのある声が聞こえた。

窓を開けてその声の主と対面するようにベランダに出た

 

「久しぶりだね、ゆきちゃん。調子はどうかな?」

 

「色んな人のおかげで立ち直ることができそうよ。それより、今は家にリサはいないわよね?」

 

私の部屋とお姉ちゃんの部屋のベランダは一つになってることから私はお姉ちゃんの部屋を見るべく後ろを軽く見るがそこにはお姉ちゃんの姿はなかった。

 

「まあ、お昼頃にバイトだって出かけてったし18:30時くらいまでは帰ってこないんじゃない?」

 

「そう、それなら良かった。それで、綾奈。貴女にしか頼めないことをお願いしたいの」

 

「うん、内容によるけど……ゆきちゃんのお願いならなんでも聞いてあげるよ?」

 

私がそう言えばゆきちゃんは深呼吸を繰り返して、言葉に出そうとしてはまた深呼吸をしてを数度繰り返す。

その行動を見るだけで、私に取ってはあまりいいお願いでないのは理解できてはいた。

 

「私が私でいられるように、Roseliaの湊友希那として堂々とみんなのところに戻れるように貴女に作曲を手伝って欲しい」

 

ゆきちゃんだって私が基本的にピアノを弾くこと、楽器を弾くことを遠ざけてるのはわかってるはずだ。それなのにそんなお願いをしてくるというのは……

 

「もし、嫌だって言ったら?」

 

「いいって言ってくれるまで私はいくらでも貴女に頭を下げるわ」

 

今まで見てきた中で一番力強く真っ直ぐな目で私を見ていた。

その言葉に偽りはないだろう。きっとここで断ればゆきちゃんにお節介を焼いていたお姉ちゃんみたいに私の周りに常にいてずっと頭を下げてお願いをしてくるに違いない。

 

孤高の歌姫と呼ばれた湊友希那がRoseliaの為にRoseliaに戻る為に人を頼ることを覚えた。

今回はそれを覚えることのできた幼馴染の為に一肌脱ぐぐらいしてもいいんじゃないかと心が揺れ動く。

 

「私の耳は厳しいけど?」

 

「知ってるわ、幼なじみだもの」

 

音を正確に聞き分け、それを瞬く間に自分で再現できてしまうだけの能力を私は持っている。

 

「悪いけど実際に楽器を弾いて一気に曲を作り上げるよ?」

 

「わかってるわ、私が人生で初めてバンドを組んだのは貴女とリサよ?」

 

そして、私自身もあまり時間のある方の人間ではない。

それ故に自分の能力を最大限に使って作曲をするしかない。

 

「私のペースについてこられる?」

 

そのためのこの質問に私の幼馴染は(友希那)は不敵な笑いを浮かべて

 

「逆よ、綾奈。今の私に貴女がついてこられるかしら?」

 

挑発的なその言葉に、今まで使っていなかった音楽に対しての情熱に火がついたように感じた。

 

「作曲を手伝って欲しいってことは作詞は終わったんだよね?」

 

「ええ、ついさっきノートに書き終えたところよ」

 

渡されたノートに書き綴られたその詞は今のRoseliaとこれから先へ続くRoseliaを指し示しているようなものを感じさせる詞だった。

 

「《Neo-Aspect》直訳すれば新たな一面ってとこかな?」

 

「ええ、私たちは今まで『頂点を目指す』という目標ばかりを見ていて『私たちの音』というのを認識していなかったの。貴女にはきっと聞こえていたんじゃないかしら?だからあの日あんなに落ち着きがなかったんだと今になれば思うわ。だからこそ、これからは『頂点を目指す』のは変わらない。けどその中で『私たちの音楽』もきっちりと再確認して新たな一歩を踏み出す。その想いを乗せたのがこの《Neo-Aspect》よ」

 

凛と曲に込めた想いを語ったゆきちゃんは目を閉じて何かに想いを馳せて再び目を開けた

 

「この曲は私一人では作り上げることはできない。でも、完成しないままRoseliaには戻れない。だから、綾奈。音楽を遠ざけてる貴女に頼み込むのは間違えてると思う。楽器を弾くことをやめた貴女にこんなお願いをするのは幼馴染失格だと罵ってくれてもいい。だけど、貴女以外に頼める人がいないから……」

 

自分を責め立てるように言葉を口にするゆきちゃんに私はため息をついて言葉を口にした。

 

「いいよ、作曲手伝ってあげる。取り敢えず今日中にキーボードの譜面は作っておくから明日それ見てオッケーなら他の楽器で譜面を作っていこう。さっきも言ったけど、最速最短で作って来週のRoseliaの練習には完成させて持っていくよ」

 

「ええっ!ありがとう綾奈!」

 

久しぶりに笑顔を見せたゆきちゃんに私はホッとして私も同じように笑みを浮かべて詩の書かれたノートに目を落とした。

 

 

それから私はノートを写真に撮り、部屋に戻って電子ピアノ……もといキーボードの電源を入れた。

 

この曲にピッタリなフレーズが浮かび上がるまでただひたすらにはRoseliaらしい、この曲らしいフレーズを追い求めるようにひたすら弾き続けた。

 

それから4時間ほど弾き続けて漸くイントロから1サビまでが完成した。ここからはこれをベースにしてアレンジを加えていくだけだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾奈ー今日はご飯アタシがつくるよー?」

 

「はーい、お願い!」

 

途中お姉ちゃんが乱入してきそうになったがそこはキーボードを適当にめちゃめちゃに弾いてごまかした。

……それはそれとして、今のフレーズ少し良かったかも……

Neo-Aspectとは別にこれでも作曲してみようかな……

 

 

 

ご飯も食べてお風呂にも入って再び書きかけのスコアとキーボードを交互ににらめっこして格闘すること5時間

 

「で、き、たー!」

 

最終的にできた譜面を一通り弾いても曲との違和感はない。

本来はもっと別の方法でやるんだろうけど私の手元には今はキーボードしかないという無茶振りでやってやった!

 

時計を見れば既に深夜の1:30……途中からヘッドホンをつけてやってて良かったと心の底で思った。

 

「取り敢えず、疲れたから今日は寝よう。明日からまた別の楽器で…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

「本当に1日で作ってきたの……?」

 

「だってそういう話だったじゃん?」

 

「スコアと聞かせてもらった感じではこれでいけそうね。それじゃあこれに合わせて今度は別の楽器で行きましょう」

 

「うーん、やっぱドラムかベースだよね?」

 

「そうかしら?私はギターの方がいいと思うけど?」

 

「そう思うならそれでやってみようか」

 

 

翌日

 

「取り敢えず、ギターはこれでいいかな。音源はとったし、これで今日はピアノの音源と合わせておくね」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 

翌日

 

「うん、いい調子ね。どんどん曲が出来上がってきたわ」

 

「今日はベースにしようかな。昨日勝手にお姉ちゃんのベース触ってきたし」

 

「程々にしないと怒られるわよ?」

 

「そうだね、これっきりにしておくよ」

 

翌日

 

「昨日のベースの音源とキーボードとギターの音源合わせてきたよ〜」

 

「ありがとう、あとはドラムだけね」

 

「こいつが大変な気がするのは私だけかな?体力一番使うんだけど」

 

「……私、頑張って歌うわ」

 

「ゆきちゃんそれしかやることないじゃん……」

 

翌日

 

「なんであこちゃんこんなハードなもんあんなに楽しそうに叩けんだ?」

 

「綾奈、口が悪くなってきてるわ。はい、水」

 

「ありがとゆきちゃん。これが終わったら一生ドラムなんて叩かないぞ」

 

「それは……なんか、ごめんなさい」

 

翌日

 

「よっし!出来た!後はこれをPCに取り込んで……他の音源と合わせれば……」

 

「完成ね。後は私の声を入れれば曲が完成するのね」

 

「そう、だけど。これはまだ未完成な曲だよ?」

 

「どういうこと?」

 

「ほら、Roseliaの新しい一歩のための曲なんでしょ?それなら、お姉ちゃんたちと演奏しないと完成とは言えないじゃん?」

 

「ふふっ、そうね。それじゃあ、最後行きましょうか」

 

翌日

 

「出来たー!」

 

PCから排出されたデモ音源のCDを取り出してゆきちゃんに渡す。CDの表面には《Neo-Aspectデモ音源》と書き込んであるそれを持ってゆきちゃんは『ありがとう』と笑顔で頭を下げてみんなが練習をしているCircleに一直線に走っていった。

 

 

それから1時間後Roseliaのみんなからあのデモ音源についての質問攻めが来たのは言わなくてもいいだろう。その結果次の練習には必ずきてくれと言われてしまったが……元からスコアを持っていくつもりだったから大して気にしてない。

そして、ゆきちゃんからはみんなでとったであろう写真が送られてきて私はスマホの画面を見て少しにやけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜ビックリしたよ。綾奈が最近忙しそうにしてたのはわかってたけど友希那と作曲してたとは思わなくてさ〜」

 

その日の夜帰ってきたお姉ちゃんと夕飯の支度をしていると当然その話題が上がってきた。

 

その日の夕食の肉じゃがに使う食材を切りながら私はお姉ちゃんに言葉を返した。ちなみに牛肉、じゃがいもは一口大にきってじゃがいもは水にさらしてしっかりと水気を切る。玉ねぎはくし切り、にんじんは乱切り、しらたきは茹でて食べやすい大きさにカットする。

 

「ゆきちゃんがみんなのところに戻るためにどうして持っていうから仕方なく。断ったらいいよっていうまで頭下げ続けるって言われたらやるしかないじゃん」

 

「でも、綾奈がやってくれたおかげでアタシ達も火がついたよ?特に燐子なんてやる気出しちゃってさ〜」

 

お姉ちゃんと会話をしながら野菜を切り終わって牛肉と玉ねぎを炒めながら気になったことを質問する。

 

「なんで燐子ちゃん?いや、やる気がないとかそういう話じゃなくてさ」

 

「なんか、デモ音源のキーボード聞いた時に口元抑えて涙流してたけどそれに関係してるのかも。やっと見つけたって言ってたし綾奈の音に感化されたんじゃない?」

 

にんじんとしらたき、じゃがいもも一緒に入れてだし汁を注いで沸騰したらアクを取って醤油、みりん、砂糖を加えて落し蓋をして煮込ませる。

それにしてもやっと見つけたって何を?

目標とか、そういえ感じのものかな?

私と燐子ちゃんが昔関わってたって記憶はないし、そもそもあったのも去年NFOのオフ会であこちゃんと一緒にあったのが初めてのはずだし……

 

「あわわわ、綾奈!鍋吹いてるって!」

 

「あっ、やばっ!」

 

急いで火を止めて溢れた汁を拭き取って料理に戻る。

考え事したまま料理するのはいけません。

 

 

「くそう、少し失敗してるのにめちゃくちゃ美味しいの腹立つ」

 

「鍋吹かした以外は別にミスってないし……」

 

出来上がった肉じゃがはお姉ちゃんと一緒に美味しくいただきました。

 

 

 

 

 

 

ちなみにピアノのスコアを作ってる時にふと思い浮かんだフレーズで作り始めた曲もピアノのスコアだけなら完成している。

 

曲名をつけるとしたら『Ringing Bloom』って感じだけど。

 

作詞はできないから、このまま思いつきのスコアで終わるのがもったいない気がするけど。それは仕方ない。

 

 

 

 

 

 




☆肉じゃが☆
約2人前
じゃがいも 3個
玉ねぎ 1/2個
にんじん 1/2本
牛肉(切り落とし)100g
しらたき 100g
サラダ油 小さじ2
だし汁(かつおだしなど)1と1/2カップ
しょうゆ大さじ2
みりん大さじ3
砂糖


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魅せよう新たな姿を

今回は《Neo-Aspect》編最終話ということで料理描写はほぼありません。なんか作品の枠から少し外れた気がするけど気にしない方はこのまま下までスクロールして本編まで……


アンケートは一応終了ということで次回から2〜3話くらいにかけて綾奈の一年生編をやりたいと思います。


「今日のライブ、必ず来て頂戴」

 

朝一でベランダ越しに言われたその言葉を私は思い返す。

お姉ちゃんにも昨日同じこと言われたし、関係者用の入場チケットも貰ったが、そも私は一ファンとして既に獲得済みのチケットを持っているので関係者席のチケットは引き出しの中にしまっておいた。

 

そのライブは華燐も夕菜もそれぞれ関係者用のチケットをもらったがそれぞれ私と同じようにチケットを取っていたためいらないと返したらしい。因みに日菜ちゃんは番組の収録があるとかで不参加だそうだ。

 

Circleの外にあるカフェテリアで友人二人を待ちながらストレートティーを口にして読書を続ける。

 

Circle自体も今日がRoseliaの出演するライブということで人混みが普段の三割増しでカフェテリアも少し窮屈になってきた頃合いで友人二人が見えてきた。

 

「おーい!綾奈ー!」

 

ブンブンと笑顔で手を振りながら走ってくる夕菜とその後ろをご立派なものを揺らしながら必死に追いかけてくる華燐に私は笑顔で手を振った。

 

「おっはよ、綾奈」

 

「お、おはよう……綾奈」

 

息一つ切らしてない夕菜と全力で走ってきたからか肩を上下に揺らしながらぜえぜえと息を整えようとしている華燐を見て私も言葉を返した

 

「おはよっ♪華燐、夕菜。取り敢えず華燐はこれ飲みなよ。飲みかけで悪いけど」

 

まだ暖かい紅茶を華燐に差し出せば躊躇うことなくカップを手にとってそれを口に含む。

 

「ふう……ありがとう綾奈。落ち着いたよ」

 

「はいはい、どういたしまして。夕菜も華燐の体力考えて走ってあげなよ〜?」

 

「いやあ、ごめんごめん」

 

そんなこんなで私たちも入場が始まったのを見てそれに並び始めた。

 

 

 

 

並びの途中で話の種になるのはやはり各家庭でのここのところの姉(華燐の場合は従姉妹になるのだが)の話だった。

 

「あ〜やっぱそうだよね。この中だとお姉ちゃんが一番ヤバかった感じなのかな〜」

 

「そうかもね〜おねーちゃんはいつも通りRoseliaのスコアを練習してたし、それでもいつもより熱が入ってた気はしたけど。そーいえば珍しくおねーちゃんが食べたいものいってきたかも」

 

「私の場合はりんちゃんとあこちゃんで衣装作って私には手伝わせてくれなかったなあ……毎日結構遅くまでやってたけど二人とも楽しそうだったし邪魔しちゃいけないって思ったから休憩の時に食べるご飯とかお菓子だけは作ってあげてたかな」

 

思えばこの二人のところは悩んでる姉妹のためにご飯とか作ってあげてたんだ……

そう考えると私って結構酷くない?

いや、でもあそこでお姉ちゃんを甘やかしたらきっと立ち直ることってなかったと思うし……

 

「綾奈のやり方が間違ってたってことはないと思うよ?」

 

考えてることがわかったのか華燐が私の顔を覗き込みながらそんなことを口にした

 

「え?何で考えてることわかったの?」

 

「私も夕菜も伊達に一年間ほぼ毎日綾奈と一緒にいないよ。綾奈の考えてることなんて顔見ればすぐわかるしね。ね、夕菜?」

 

「うんうん、綾奈は顔に出やすいからね〜でも真面目な話、綾奈のやり方はきっと間違いじゃないよ。私たちのおねーちゃん……華燐の場合は従姉妹だけど、私たちの場合はそれぞれが自分で答えを見つけられて前に進めただけ。綾奈のところのおねーちゃん……リサちゃんの場合は話を聞くと友希那ちゃんに結構キツイこと言われたっておねーちゃんがいってたからきっとそれで綾奈の後押しが必要だっただけだよ」

 

「そう、なのかな」

 

今思い返せば本当に意地悪なこと言ったと思う。

お姉ちゃんがRoseliaを大切にしてたのなんて十分に知ってた。

疎遠になりかけてたゆきちゃんと一緒に歩める、隣で進むことのできるお姉ちゃんにとっての大切な場所なのを知っていた。

 

『もう、クッキーはいらない』

 

そう、口にしたとゆきちゃんは私に語ってくれた。

その時のゆきちゃんの顔を私はきっと忘れることができないだろう。そして、それをいった時のお姉ちゃんの顔が頭から離れないと苦しげに語っていたのも思い出せる。

 

でも、結果としてRoseliaはまた立ち上がれた。

ゆきちゃんに頼まれて作ったデモ音源を自分たちでアレンジして曲を完成させたとお姉ちゃんとゆきちゃんは口にしていた。

 

『綾奈のおかげでアタシはアタシの還る場所を守ることができた。だから、ありがと。今日のライブ、絶対来てほしい。綾奈のおかげで守れたアタシの居場所。新しい絆を結んだRoseliaと新しいアタシ達の姿を綾奈に見届けてほしい』

 

お姉ちゃんに朝食の時に言われた言葉を思い出す。

あんなに綺麗なお姉ちゃんの目を見たのはいつ以来だっただろうか。だけど、前見たときと決定的に違ったのはその瞳に決意と明確なお姉ちゃんの意思が宿っていたとこだろうか。

 

「……私に魅せてよ。お姉ちゃん達の答えを」

 

小声でそう口にしたはずの言葉は隣にいた二人にはきっちり聞こえていたようで

 

「そうだね。でも、あんだけ迷ってたんだもん。きっといい答えが出てるはずだよ」

 

「うん、今日のライブはきっと凄いことになるよ」

 

チケットをスタッフに提示して半券を回収された私たちは自分たちの指定された席にてライブの時間を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開演してから1時間が経った頃、ついにRoseliaの出番がやってきた。前のバンドまでで盛り上がっていた会場のボルテージはRoseliaが出てきただけで一気に最大にまで上がる。

 

「こんにちは、Roseliaです」

 

いつも通りの挨拶を口にしてゆきちゃんは会場にいる私を見つけたのかフッと柔らかい笑みを浮かべて再び口を開いた

 

「まずは一曲目、聞いてくださいBLACK SHOUT」

 

いきなりRoseliaの代名詞とも言われるBLACK SHOUTという選曲もあって会場は再び歓声に包まれたがいつもと雰囲気が違うことに気がついた観客は一気に静寂に包まれた。

 

そして、静寂とともに今までにはなかったギターでのアレンジでのスタートに全員が息を呑み

 

-私は此処に、今生きているから-

 

SHOUT!

 

BLACK SHOUTの代名詞とも言えるゆきちゃんの観客に指をさし、小指を唇に近づけて一気に振り抜くその仕草とともに再び会場は湧き上がった。

 

 

BLACK SHOUTが終われば間髪入れずに-HEROIC ADVENT-さらにそこからDetermination Symphonyと会場のボルテージは最高潮のまま走り抜けていく。

 

そして、私もまた今までのRoseliaとの違いを自分の耳を持って感じ取っていた。今までのバラバラな演奏じゃない。みんながみんなの音をしっかり聞いて今までにないくらいに完成された曲の数々に私は全身に鳥肌が立つほど興奮していた

 

「次の曲で今日のライブの最後の曲になるわ」

 

『『ええーーーーー!』』

 

会場からの残念そうな声が上がるたびゆきちゃんは困ったように眉をあげたが迷うことなく言葉の続きを口にする

 

「会場に来ているみんなは私たちがSMSに出場したのは知っているかしら」

 

その問いかけに結果が芳しくなかったと知っているファンのみんなは控えめに手に持ったサイリウムを振るだけだった。それを見てゆきちゃんは流石に頷く

 

「そう、結果はみんなの知っての通りのものになったわ。そして、私たちはそれが原因であと少しで解散になりそうなところまで追い込まれていった。でも、私たちがまたここにRoseliaとして立てているのは、私たちを待ってくれているファンのみんなのおかげであり、私たちをいろいろな方法で支えてくれる友人達のおかげ」

 

ゆきちゃんにしては珍しい自分のことを語るMCに会場にいるみんなが静かに耳を傾ける。

 

「次の曲は私の親友であり幼馴染であり、ここにいるリサの妹に作曲を手伝ってもらった大切な曲。私たちが新しいRoseliaとしての一歩を歩き始めるための大事な曲です。それでは聞いてください」

 

 

 

Neo-Aspect

 

 

 

静寂に包まれる会場。

そこに曲の始まりであるギターとキーボードの音が鳴り響きゆきちゃんの声が載せられ、そこからドラムとベースが後を追いかけるように曲に合流して疾走感のあるまま一気にサビまで走り抜ける。

 

みんながみんな本当に楽しそうに楽器を弾いて、歌う姿に気がついたら私は涙を流していた。

 

-魅せよう、新たな姿を-

 

虚空に手を伸ばし、握るように拳を作るゆきちゃんと私を見つけたのか最後に手を振ってきたお姉ちゃんに手を振り返して私は会場の外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちは私たちの音楽でこれから先も“頂点”を目指していくわ。だから、貴方達Roseliaに全てを賭ける覚悟はある?」

 

私は会場の外に出て行った綾奈を見送りながら会場にいる観客達に問いかける。

 

『『イエエエエエエエエエイ!!!』』

 

「ありがとう、それではRoseliaでした」

 

返ってきたのは今までの中で一番熱い声だった。

それに満足した私は、この曲を通じて感じた思いを無くさないと心に決めて舞台袖に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆よりも一足先に出たはずなのに会場の外には既に夕菜と華燐が私を待っていた。

 

「感動したね」

 

「うん、本当にカッコよかったよ」

 

「大成功ってことは、私たちがやることって一つだよね?」

 

にっこりと笑う夕菜に私と華燐も笑顔で頷く。

 

「調理師学校の学年主席班の出番ってわけだね」

 

「でも、5人だとうちは流石に多いかな」

 

「私のところもダメかな」

 

私と夕菜の家は一軒家とはいえ女子高生合計8人は流石に多い。

 

「それなら、私の家にしよう?お母さんにも許可とったし今日出かけるって言ってたから大丈夫だと思う」

 

まさかの白金家にお邪魔することになるわけだが燐子ちゃんは大丈夫だろうか?

 

「りんちゃんは部屋にさえ入られなければ大丈夫だと思う」

 

「それなら大丈夫かな?」

 

「うーん、考えても仕方ないしとりあえず行こっか。連絡は華燐がお願いね」

 

「うん、任せて」

 

そういうなりえげつない速度で燐子ちゃんにメッセージを飛ばすあたり流石は燐子ちゃんの従姉妹だなって思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり白金宅

 

「相変わらずでっかいなあ」

 

「あはは、まあそうかも」

 

「笑い事じゃないんだよなあ」

 

白亜の一軒家の目の前で私と夕菜は戦慄していた。

以前に一度来たことはあるが、そのときも二人して戦慄したものだ。

 

「食材は色々買いためてあるからそれを使って色々作っていこうか」

 

「りょかい。取り敢えず華燐の家だから作りたいものは一通りできるかな」

 

「確か庭に石窯とかもあったよね?」

 

「うん、ピザ作ってみたくて作ってもらったやつがあるよ」

 

「じゃあ、私はピザ作ってるから華燐は和食系で綾奈は中華系でいこっか。私はピザ作り終わったら洋食系作ってくから」

 

私たちが通っている学校ばりに調理器具が揃っていてキッチンも背中合わせに二台あることから互いの料理の邪魔にならないように私と華燐は調理を進めていく。

 

「華燐は何作るの?」

 

「うーん、味付けに時間のかかる煮物系にしようかなって。肉じゃがとか筑前煮とかかな。綾奈は?」

 

「私は勿論、油淋鶏、回鍋肉、棒棒鶏!」

 

「綾奈、それ多分通じる人と通じない人いるから」

 

 

ジト目で見られたところで少し真面目にならなきゃなとスイッチを切り替える。ダメだったよ神谷◯史ネタ

 

「まあ、回鍋肉は作るよ。あとはかに玉とか麻婆茄子にしようかなって思ってる」

 

「うん、まあ妥当なところかも」

 

「ちなみに私はハンバーグとかフライドポテトにしようと思ってるよー」

 

「……私、サラダも作るね」

 

恐るべし女子高生には天敵の高カロリーなものばかりのメニューの中で華燐が引き気味にサラダを作ることを宣言した。

 

そこから1時間と少し経った頃、玄関の扉が開く音が聞こえた。燐子ちゃんの控えめな声と一緒にRoseliaのみんなの声が聞こえてくる。

 

「やばっ!まだピザ切り終わってないんだけど!」

 

たった今完成した最後の料理であるピザを外から夕菜が慌ててキッチンに持ってきた。

 

料理人(見習い)としてはお客さんが来るまでに全て出来ていないのは許容できないと3人の共通の意志のもと3人一斉にピザカッターを手に持って*の字になるように一気に切り進め、それを三回やって切れたのを確認したら夕菜が急いでテーブルに最後の料理たるピザを載せたところで

 

「ただいま……華燐。それと、いらっしゃい……綾奈さん夕菜さん」

 

「お帰り、りんちゃん。それとみなさんいらっしゃい。あこちゃん以外はみんな初の顔合わせですよね。りんちゃんの従姉妹の白金華燐です。よろしくお願いします」

 

「それで私がおねーちゃんの妹……っていうよりも紗夜おねーちゃんの妹の氷川夕菜。よろしくね!」

 

「私のことは……みんな知ってるからいいか」

 

それぞれが自己紹介をしているところだが、今回のメインは私たちの顔合わせじゃない。

 

「ほら、2人とも今日のメインはそうじゃないしょ?」

 

「あ、そうだったね。……んん、コホンっ!私たちからRoseliaの皆様方にライブ大成功のお祝いとしてささやかながらお祝いのお料理をご用意させていただきました」

 

「私達、花咲川調理師専門高等学校の生徒として恥じない出来であると自負しておりますのでごゆっくりとお楽しみくださいませ」

 

華燐と夕菜に次いで私も口を開こうとしたとき

お姉ちゃんと目があった、あとゆきちゃん

私達相手にそんな言葉を使わないでくれとその目が物語っていた。特にゆきちゃん、圧が強いってよく言われない?

 

「…………それじゃあ、召し上がれ♪」

 

普段使い慣れない言葉を使った華燐と夕菜のギャップにやられていた燐子ちゃんと紗夜だったが私のいつも通りの言葉に安心したのか顔に笑みを浮かべて席について箸を掴み出した。

それに続くようにゆきちゃんとお姉ちゃんとあこちゃんも続いて席に座った

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

五人の箸がいろんな方向に進み、料理が口に運ばれるたびにみんな美味しいと言ってくれるのを聞いて私達3人はその光景を見て微笑んでいた。

 

「やっぱり、美味しいって言われた時がいちばん“るん♪”ってするかな」

 

「なにそれ、日菜ちゃんのモノマネ?」

 

「でも、言いたいことはわかるよ。だから、料理ってやめられないんだなって」

 

華燐のその言葉に私と夕菜は何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちも流石にお腹が空いたと普段から3人でよく作って食べているデミオムライスだが、飲み物を取りに来たお姉ちゃんに見つかって一口食べられたところをゆきちゃんに目撃され、連鎖的に全員にバレて全員分作ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

食後

 

 

 

「そういえば、綾奈に頼みたいことがあるって燐子が言ってたわよ?」

 

「ん?なになに?NFOの話?それともPSO2?」

 

「えっと、今日は……ゲームの話じゃないんです……ピアノのことを、聞きたくて」

 

ドクンッと心臓が一段と高く跳ね上がった気がした。

いや、デモ音源を渡した時点で聞かれるとは思ってたことだから覚悟はしていた。

 

「うん、なにかな?」

 

出来るだけ平然を装った風をして言葉を返す。

それに対して意を決したように燐子ちゃんは口を開いた

 

「綾奈さんは小さい頃に神崎ピアノ教室に通っていませんでしたか?」

 

再び心臓が大きく跳ね上がった。

鼓動が早くなるのを自分で実感できるほどその名前は私にとって大きなものだった。

 

何しろ私がピアノから離れるきっかけになった場所なんだから

 

「……ごめん、燐子。その質問はちょっとやめてもらっていいかな?綾奈のデリケートなところだから……」

 

私を庇うように前に立ったお姉ちゃんを見て、私は一歩前に出た。

 

「いいんだお姉ちゃん。音源を取った時点でなにかしら聞かれるのは覚悟してたから。燐子ちゃんからその名前が出たってことは燐子ちゃんも通ってたってことだよね?」

 

「……はい、私がピアノを始めたのとは別のきっかけでしたが……あのピアノ教室で……一回だけ聴くことができた演奏に私は魅了されたんです。後から……私がピアノ教室に入って……先生にその時のピアノを弾いていた人のことを聞いたら……寂しそうな顔で、名前だけ教えてくれたんです」

 

 

『あの子の名前は綾奈ちゃん。ついこの間、ここをやめちゃった子なんだ』

 

『そう……なんだ。あやなちゃん…………ピアノをひいてれば……いつかあえるかな……?』

 

『きっと会えるよ。あの子も燐子ちゃんもとってもピアノが上手だからね』

 

「私は……貴女に会うことだけを目標にして、ピアノを頑張っていたんです……でも、あることがきっかけで私も一時期ピアノから離れていました。そんな私でも……今はRoseliaのキーボードとして……活動できてます。そこで……この間友希那さんが持ってきたデモ音源で貴女の音を聞いたんです。もしかしたらと思いながら……でも、確信に近いものを感じて……家に帰ってからもピアノの音だけを切り取って何回聞いても、あの時聴いた……あの子の……綾奈さんの音だって気がつけたから」

 

そこで燐子ちゃんは大きく息を吸い込んで、私に綺麗に頭を下げた

 

「もう一度だけ……私に綾奈さんのピアノを……聞かせてください!ずっと……貴女だけを追いかけて……ピアノを続けてきたんです……だからっ……一度だけ、ワンフレーズだけでいいんです……お願いします!」

 

深く頭を下げた燐子ちゃんに私はなにもいえなかった。

たった一度、聴いただけの小さい頃の演奏をずっと忘れないで目標にしていた?私をずっと追いかけてRoseliaのキーボードにまでなった燐子ちゃんが私に頭を下げて必死のお願いをしている現状を理解できなかった。

 

普段なら止めに入るお姉ちゃんも今は口を塞いでいた。

音楽のことになると何か言葉にするゆきちゃんや紗夜も黙って見つめていた。

燐子ちゃんの親友のあこちゃんですらその必死さに口を出せないでいた。

 

華燐と夕菜には今まで話してなかったこともあって驚いているのはわかるがそれでもなにも口にはしなかった。

 

その光景が3分ほど続いたかもしれない頃、私はやっと口を開くことができた。

 

「……燐子ちゃんが幼い頃の私の演奏を目標にしてくれたのは本当に嬉しいよ。私ももう少し彼処にいれば、もしかしたらまだピアノを続けてたかもしれない。今の私が、燐子ちゃんの期待に応えられるかはわからないけど、一曲だけなら演奏するよ」

 

「……本当、ですか……嬉しいです。ありがとう、ございます」

 

バッと顔を上げて心の底から嬉しそうな顔をする燐子ちゃんは涙ぐみながら私に感謝を伝えてくる

 

「……友達に本気でお願いされたんじゃ仕方ないじゃん。ピアノはどこにあるの?」

 

「えっと、私の部屋に一台だけ……」

 

「燐子ちゃんさえ良ければ今弾いてもいい?」

 

「お願いします……!」

 

部屋を移動しようと歩き出すと夕菜が控えめに手を挙げた。

 

「えっと、できれば私も聞きたいなって」

 

「……燐子ちゃんがよければ」

 

「私は……構いませんよ……?」

 

「やった♪」

 

夕菜のこの質問のおかげで結局全員が聞くことになった訳だが、ピアノに座る私の隣にピッタリとくっつくように椅子を並べて座る燐子ちゃんに私は苦笑した。

 

「り、燐子、ちょっと近くない?」

 

「今井さん、もし好きなアーティストの生演奏を近くで聞けるとしたら近くまで行きたくないですか?」

 

「あ、うん。わかるんだけど、それは近すぎないかな?」

 

「私には10年越しに生で聴ける綾奈さんのピアノなんです!」

 

「なんかごめん」

 

珍しく少し早口になった燐子ちゃんにお姉ちゃんはなにも言い返せずにやられてしまった

 

「それで、綾奈はなにを引くのかしら?この間みたいにRoseliaの曲を弾くの?」

 

「それでもいいんだけど《Neo-Aspect》のピアノのスコア作ってる時に浮かんだフレーズを基にして作った曲があるからそれにしようかなって」

 

「……曲名は、なんていうんですか?」

 

燐子ちゃんに少し興奮気味に聞かれた私は曲名を口にしようとして少し笑った。

 

そういえば、少し名前と被ってるななんてくだらないことを思いながら

 

「曲名は『Ringing Bloom』」

 

そう告げて、私は鍵盤を叩いた




今作の綾奈はいろんな人に影響を与えていますが、その最たる例が燐子でした。まあ、もしかしたらピアノを弾いていて教室に通っていて辞めたという話がちらっと出た時点で気づいた方はいるかはわかりませんが

最後に綾奈が弾いた『Ringing Bloom』はまだ歌詞は無く、ピアノのみしか譜面も出来上がってない彼女の中だけの曲になってます。
ちなみにどんなものなの?って気になる方は某動画サイトで『Ringing Bloom ピアノ フル』で検索してみてください。
自分が見たときは2番目くらいにその方の動画乗ってました。

前書きで報告したように次回からは綾奈の一年生編になります


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番外編
《番外編》湊友希那お誕生日会


「お姉ちゃん準備できた?」

 

「オッケー☆準備完了だよ♪」

 

目の前にいるのは私と瓜二つの女の子……お姉ちゃんである今井リサがいるわけだが、今日はこのまま2人でRoseliaの練習に行くわけだ。

 

「ベースは私が持っていくんだよね?」

 

「うん、それでアタシ……()がお菓子とかサンドイッチを持ってく感じだね。友希那……じゃなかった。ゆきちゃんへのプレゼントも私が持ってくね」

 

「言葉遣いも声も完璧だね。双子だからこそできるドッキリだけど……ゆきちゃんには見やぶられるんだろうなあ」

 

「だけど、紗夜達が驚くだろうっていうのは楽しみだよね♪」

 

悪戯っ子のような顔を浮かべたお姉ちゃんは楽しそうに玄関へと向かっていく。それに続いて私もベースケースを肩にかけて家を出た。

 

 

 

 

 

 

circleに最近できたラウンジを今日の朝から貸切にしてゆきちゃんの誕生日のために装飾を紗夜達がやってくれている。私たち2人は料理とお菓子を持っていく係だったのでちょうどいい時間だろう。

 

「おっ、リサちゃん来た……ね……って綾奈ちゃんが2人いる!?」

 

circleに入った瞬間、まりなさんが私たち2人を見て驚愕の声を上げる。

 

「どっちがリサでどっちが綾奈だと思う?」

 

「まりなさんに見抜けるかな〜?」

 

「声と仕草まで一致してるよ!?」

 

ちなみに私が先でお姉ちゃんが後である。

まりなさんは私とお姉ちゃんをキョロキョロ見比べてみるが見れば見るほど頭を抱えていく。

 

「わ、わかりません」

 

「あはは♪それなら良かった。ちなみに私が綾奈で」

 

「アタシがリサだよ☆」

 

「リサちゃん、変装とかできるんだね。仕草と声まで一緒にできるってすごいよ!」

 

「アタシのは綾奈限定だよ☆双子だしね♪」

 

「それじゃあ、このままラウンジいこか」

 

まりなさんのいるカウンターを通り過ぎて私たちはラウンジへと向かっていくと賑やかな声が聞こえてくる。

 

「「おはよ〜」」

 

「ええ、おはよう。綾奈…………え?」

 

「綾奈さんが2人いる……?」

 

「はわわ……あ、綾奈さんが……私の前に2人も……」

 

フリーズした紗夜とワタワタしてるあこちゃん、そして私が2人いることに対して(何故か)興奮してる燐子ちゃん。

 

「準備は終わった?」

 

「この様子だと私たちが最後みたいだね♪」

 

「声までそっくりなんて……」

 

「みんなもどっちがどっちなのか当ててみてね♪」

 

ゆきちゃんがくるまであと少しだが、その間に持ってきた料理やお菓子を並べていく。

そして、それぞれプレゼントをテーブルに置いてゆきちゃんがくるのを待つ。

 

それから五分ほど経った頃、カウンターからワンコールだけの電話がかかってくる。これはあらかじめまりなさんと打ち合わせていたゆきちゃんがカウンターを通った瞬間に連絡入れてもらえるようにしていたのだ。

 

全員で扉の前に半円状で囲んでクラッカーを手にして待機する。

 

コツコツと部屋の前に歩いてくる音を確認してみんなでアイコンタクトをする

 

“いくよ!”

 

それに対してみんなが頷く

 

ドアノブに手がかけられて回され……扉が開いた瞬間!

 

パァン!!!

 

「っ!?なに?」

 

「「「「「誕生日おめでとう(((ございます)))ゆきちゃん((友希那さん))(湊さん)」」」」」

 

舞い散るセロファンの中をゆきちゃんは呆けた顔で数瞬私たちを見つめていたがすぐに納得したのかふんわりと笑顔を浮かべた。

 

「ええ、ありがとう」

 

「ささっ、友希那さん!主役は真ん中へ!」

 

あこちゃんに促されるがままテーブルの中央に連れてかれるゆきちゃん

 

「これ、あことりんりんからのプレゼントです!」

 

「ありがとう。開けてもいいかしら?」

 

その問いかけに頷いたあこちゃんをみてゆきちゃんは丁寧に包装されたプレゼントを開ける。

 

「私とあこちゃんからはライブでもつけられる指輪とアクセサリーにしました」

 

「あこが見た中で一番友希那さんに似合ってかっこいいものを選びました!」

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうわね」

 

少し値の張るであろうアクセサリーと指輪を戻すのを見て今度は紗夜がゆきちゃんへ小包を渡す。

 

「私からはボールペンです。湊さんは作詞も作曲もやってくれているので消耗品というのはわかっていますがそれなりにいいものを用意しました」

 

取り出したボールペンはどう見ても特注品のような柄をしているものだった。しかも、ただのボールペンではなく万額は軽く超えるであろう高級万年筆だった。

 

流石のゆきちゃんもこれには少し顔が引きつっていたがそれも箱に戻してテーブルの上に置いた。

 

「「さて私たちからだけど、その前にゆきちゃんは私たちがどっちがどっちか見極められるかな?」」

 

全く同じ表情で同じ仕草同じ声で問いかける。

だが、ゆきちゃんはため息ひとつついただけですぐに目を開いた

 

「左が綾奈で右がリサよ」

 

「「「即答……」」」

 

なにをバカなことを聞いているのとでも言わんばかりの表情であっさりと即答するゆきちゃんに紗夜を含めた3人は少し引き気味な表情をするが

 

「あはは……さすが友希那……ちなみにどこの時点でわかってたの?」

 

「最初からよ。短い付き合いじゃないんだし、一目見ただけでわかるわ。幼馴染をなめないで頂戴」

 

いつも通りのキメ顔できっぱりと言い放つゆきちゃんに私は乾いた笑いを浮かべる

 

「さすがゆきちゃん。今回は結構自信あったんだけど……これ、私とお姉ちゃんからのプレゼント」

 

「アタシと綾奈からはマフラーと手袋だよ。ちゃんと手作りだから安心して使ってね☆」

 

(ほぼ)毎年渡してるマフラー、帽子、手袋、カーディガンのうち、今年はマフラーと手袋をチョイスした。

毎年、またかという顔をされるが毎日違う手袋やマフラーを使ってくれているから私たちとしても嬉しいし、“今年もありがとう”と笑顔で言ってくれるのが本当に嬉しい。

 

「それじゃあ、お誕生日パーティーを始めよっか!ケーキはまりなさんが用意してくれたんだよ〜」

 

お姉ちゃんが蝋燭に火をつけて紗夜が部屋の明かりを落とす。

 

「「「「「ハッピバースデートューユー」」」」」

 

普段は歌う側のゆきちゃんを歌って祝福する。

 

「「「「「ハッピバースデーディア友希那」」」」」

 

この時ばかりは敬称なんて必要ないだろう。

純粋に祝福するみんなに目くじらを立てるゆきちゃんではない。

 

「「「「「ハッピバースデートューユー」」」」」

 

歌い終えるのと同時にゆきちゃんは大きく息を吸い込み蝋燭の火を一息で消した。

 

「「「「「改めて、誕生日おめでとう(((ございます)))」」」」」

 

「ええ、本当にありがとう」

 

嬉しそうな顔で微笑むゆきちゃんを見て私は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それと綾奈、帰ったら作って欲しいものがあるんだけど」

 

「なんでも作ってあげるよ♪」



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