Fang of No Face〜Sword Art・Online alternative〜 (Mr.bot-8M6N)
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Prologue
この死と隣り合わせの世界でーー


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196条 もし人がアウィルムの子の目を潰しときは彼の目を潰す

 

197条 もし人の骨を折ったときは彼の骨を折る

 

 

      〜ハンムラビ法典 196条197条より〜

 

 

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「クソッ!……なんなんだよ………なんなんだよッお前らはぁッ!!」

 

 1つの集団の中の男が声を荒げる。彼らは、もう1つの……異様な集団に取り囲まれていた。

 全員が黒の衣装に黒のフーデッドローブで身を包んだ集団。

 

「この《顔無し》共がぁッ!!」

 

 そして、全員が何も描かれていない白の仮面で顔を隠した異様極まる集団だ。

 

「こんな事、しても良いと思ってんのかッ!?」

 

 その集団は何も喋らない。一人の男が罵声も浴びせるも、ただ無言で集団で取り囲んでいた。

 

「『こんな事をしても良いのか?』だと?……それはコチラのセリフだ。散々犯罪行為を働き、散々何の罪の無い人を殺して奪ってきた連中が……何を今更……」

 

 黒の集団の中から、若干の呆れが混じった落ち着いた声が響いた。

 その男は、異様な集団と同じ黒に身を包んだ一人だったが、白の仮面を被っておらず、目深に被ったフードの影から紅の光を二つ灯らせている。

 

「……馬鹿馬鹿しい。そんな事をしていて許されるとでも思っていたのか?」

 

 フードの男は、腰の両側に一本づつ吊り下げた刀身の短い黒の直剣を引き抜く。

 

「全員、武器の使用を許可する。………ゴミクズ共は皆殺しだ。」

 

 彼の名は誰も……仲間たちでさえ知らない。ただ、噂が噂を呼びこう呼ばれるようになる『PKKギルド《無貌の牙》の頭目 Mr.0無貌(No Face)』と。

 

 

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 ここはVRMMO《ソードアート・オンライン》。通称《SAO》。世界初のVRMMORPGにして、アバターの死が現実の死に直結するデスゲーム。

 彼らは、このゲームのプレイヤー。あるいは、このゲームに魅せられ、人生を狂わされた囚人。

 

 約一万人の彼らは、約2年間……731日という膨大な時間を囚われの身で過ごし、その中の約4000人という数の人間が命を落としていった。

 SAO製作者茅場晶彦によって引き起こされたこの忌まわしい事件は《SAO事件》と呼ばれるようになる。

 

 この世界で彼らは、死の恐怖と一緒に思い思いの人生を過ごすこととなる。ある者は安全の保障された《圏内》に引き篭もりある者は安全を優先しつつも生活のために《狩り》に出かけ、ある者は大規模な組織に所属しその恩恵を享受し、ある者はデスゲームクリアを目指し最前線に身を置き……ある者はこの狂気の世界で犯罪に手を染めていき……そして、ある者はそんな犯罪者に復讐を誓い人殺しへと狂い変貌していく。

 

 

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〜SAO未読者の為の基本知識①〜

・SAOとは
世界初となる仮想現実(フルダイブ)技術を利用したRPG(VR MMO RPG)。
ファンタジー系の世界観に珍しく、魔法を代表とする数々な飛び道具が無く、近接武器での戦闘を主眼におかれている。

舞台は、『巨大浮遊城アインクラッド』。
全百層からなる石と鉄できた城。内部には様々な環境の大地が広がっており、そこで環境に合わせた建造物、動植物、モンスター、人などが存在する。
各層には、迷宮区画と呼ばれる層ごとの全てのモンスターが徘徊する場所があり、そこのどこかに上下の層を行き来する為の階段が設置されている。
プレイヤーたちは、第一層から第百層《紅玉宮》を目指し、己の持つ武器と仲間を頼りに登っていく。

2022年11月6日13時00分 SAOサービス開始
2022年11月6日17時30分 SAO開発者 茅場晶彦 によりこのゲームがデスゲームである事を告げられる。

デスゲームの内容は以下の通り
①このゲームは実質ログアウト不可能。
②このゲームから脱出するには、グランドクエスト「第百層ボスの討伐」が条件。
③各プレイヤーアバターのHPが0となった時、そのプレイヤーは現実でも「死」が与えられる。


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2022年12月26日 あの森で出会った背中は近く……遠い……①
EP-elf① Favor of mouse


すまぬー!
投稿期間が空いたことにもだが、一つのエピソードが終わってないのに、別のエピソード始めてしまってマジですまぬー!

以前から投稿中のエピソードは投稿期間が空いている内にもうちょい作り直そうと思い至ってしまったのだ!だからすまぬー!

そっちと同時更新でやっていくつもりなのでご了承下さい。

まじすまぬー!


 無限と夢幻の蒼穹に漂う空中の城《アインクラッド》。ここは世界初の仮想現実によるRPGの世界にして、アバターの死が現実での死に直結するデスゲームだ。

 約一万という数の人が囚われてから二月(ふたつき)が過ぎた頃。そして、全100層からなる城の攻略の最前線は第四層に入り、とあるビーターと赤頭巾のコンビがアインクラッド攻略に奮闘している頃。

 その一つ下の階層で一組の男女が揉めているところから始まる。

 

 

 これは、彼が彼女と"出会い""別れ"、先人に何かを教わるまでの話だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ーー触覚が赤い。

 

 研ぎ澄まされた神経が未だ落ち着くことなく全ての感覚を伝えてくる。

 

 ーー嗅覚が赤い。

 

 鼻を突くような鉄錆の匂いがする。

 

 ーー聴覚が赤い。

 

 命乞い、悲鳴……色んな胸糞が悪くなる物を聞いた。

 

 ーー味覚が赤い。

 

 男の喉元を食いちぎったせいだろうか?

 

 ーー視界が赤い。

 

 ふと見た手は紅く染まっていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 いつからだっただろうか。俺は「寝る」事が出来なくなった。

 

「胸糞の悪い夢を見た」

 

 例え眠ることが出来ても、ほんの短い間だけで直ぐに目がさめる。

 

 「寝る」ことが出来ない。それ自体おかしな話だ。何故なら、今俺が囚われているVRMMORPG《ソードアート・オンライン》は世界初の《仮装現実(フルダイブ)》技術を用いたMMORPGにして、ログアウトが不可能になり、ゲームでの死と現実での死が直結したクソゲーだ。

 今頃、本当の……ポリゴンの集合体ではない、血と肉と骨で出来た現実の身体は、二ヶ月もの間スヤスヤと病院のベッドの上で眠り続けているからだ。……まぁ、それを言ってしまえば、「食事」もこの世界では必要の無い行為だろう。

 

 だが、実際にはそうはいかない。この《ソードアート・オンライン》の開発者にして、この命懸けのデスゲームを俺を含めた総勢約一万人のプレイヤーに敷いた男「茅場晶彦」は随分と凝り性だったようだ。

 食事をしなければ「空腹感」があり、睡眠をしなければ「疲労感」を抱く。これらは全て、《ナーブギア》という仮想世界と現実世界を繋ぐヘルメット型の機器から発せられる電気信号による仮初めの「空腹感」や「疲労感」だ。

 

 話が脱線しているようだ。ここで閑話休題といこう。

 

 この仮想世界で眠れない。たとえ寝る事が出来ても、その眠りは浅く、直ぐに起きてしまう。勿論、「疲労感」はある。それも酷く重度の「疲労感」だ。、意識していなければ、重い瞼が落ちてしまいそうな程だ。だと言うのに、俺の神経は常に極限まで研ぎ澄まされ、寝ることを俺はこの身体(アバター)に許さない。……いや、許せないだろうか?

 

 俺は一体いつからこう(・・)だったのだろう。この仮想世界がデスゲームとなり、死がとても近くに感じられるようになってからだろうか?ポリゴンの集合体とは言え、初めてモンスター……生き物を殺した時だっただろうか?……それとも、"姉の死"を夢で何度も見るようになってからだろうか?姉が殺された事への復讐心に従って、何日もの間自身のレベルを上げ続けた時からだったか?……………それとも、姉の仇の一人を殺したその日からだっただろうか?

 ……分からない。これらの出来事はたった数ヶ月の間に起こった事だ。多分、もっと多くの出来事があったような気がする。だというのに、その多くがとても遠い。過去の彼方に行ってしまったようだ。

 

 たった数ヶ月で色んな物を失ったようだ。……いや、置いてきた、だろうか。

 

 今は、1つの命を終わらせた"あの感覚"だけが手に残っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 アインクラッド第三階層の主街区の路地裏で、一組の男女が話している。

 

「頼み事……ですか」

 

 一人はフードを目深に被った少年。声変わり気味の声にも対面の女を見下ろす視線にも感情らしい感情が含まれておらずどこまで空虚で冷たい。

 

「あア、そうダ。ちょっとオネーサンの頼み事を聞いてくれないカ?」

 

 もう一人は、身長の低いローブの女。冷たい声と視線に物ともせず独特なイントネーションの声音で返している。

 

「すいません。今忙しいのでお断りします」

 

 少年は誰かと話す事さえ拒絶するように素気無く答えて足早に立ち去ろうとする。

 ローブの下で何処かニヤついた笑みを浮かべていた彼女は、その笑みを引っ込めて慌てて少年の裾を掴んで引き止める。が、少年はそのまま路地裏を抜けようとする。

 

「チョっ、ちょっと待ってくれヨ。ナナ坊とオイラの仲じゃあないカ。ちょっとくらい話を聞いてくれヨ!」

 

「結構です。貴方と俺は、それ程親しかった覚えはありません」

 

「損はさせないからサ!」

 

「結構です。……というか、損か得かなら貴方と話してる時点で『損』でしょう。たしか『五分話せば100コル分のネタを抜かれる』でしたっけ」

 

「オ!ナナ坊も情報の重要性を分かってくれたみたいだネ。オネーサンは嬉し……ちょ、チョーっと、本気で待ってくれないカ!!今、ナナ坊以外に頼める相手が居ないんダ!」

 

「…………」

 

「む、無視はやめてくれないかナ!?………ほ、ほら!この間の借りを返すと思ってサ!」

 

「……………………」

 

 そこでやっと少年はピタリと歩を止める。が、女性は説得に必死なのか気付いていない。

 

「この間、カーソルがオレンジになって《圏内》に入れなくなってたナナ坊を色々面倒見てあげただロ!カーソルの色を緑に戻したりとかサ!いやー、あの時は怖かったナー!なんせ、カーソルがオレンジってのは殺人をはじめとした何らかの犯罪行為した奴を表してルからナ!……犯罪者を相手に………ってアラ?」

 

 そこで、やっと少年が足を止めて此方を見下ろしている事に気付いた。その視線には、生気が宿っているかさえ分からない濁った瞳だというのに『忌々しさ』だけがこれでもかと込められている。

 

「……確かに貴方には『恩』があります。しかし、それを『貸し』とするのなら早い内に返した方が良さそうだ」

 

「お、おー。分かってくれてオネーサン嬉しーー」

 

「しかしーー」

 

「しかシ?」

 

 そこで、女性は少年の右手が背中に吊り下げた《アニール・ブレード+4》の柄に添えられていることに気付いた。

 

「ーーそれを傘に何度も頼み事……脅迫して来ようものなら容赦するつもりはありません」

 

 ここは、モンスターが侵入せず、プレイヤー間でも任意の決闘(デュエル)以外では殺傷する事が出来ない《圏内》だ。しかし、少年の有無を言わせない殺気までこもった視線には、さしもの彼女もここがゲームシステムによって『安全』を保証されている事を忘れて息を呑む。

 それも仕方がないかもしれない。何故なら、彼女は目の前の少年が人を殺せる人間だという事を知っているからだ。

 

「さ、流石にオネーサンの事、目の敵にし過ぎじゃないカ?まぁ、情報屋(こんなこと)をやってるからかもしれないけどナ」

 

「それもあります。が、根本的に貴方は信用ならない。恩がありますし、感謝も勿論していますが、それとこれとは別だ」

 

「……………信用してナい……いヤ、出来ナいのは『オレっちだけ』じゃなくて、『自分(ナナ坊)以外全員』の間違いじゃないかナ?」

 

「……どちらでも構いません。それで……『貸し借りはこれで無し』で良いですよね?」

 

 少年から剣呑な視線が女性の小柄な肢体を射抜き、直剣の刃と鞘がぶつかる小さな音が耳を叩く。

 

「りょ、リョーカイダ。あの時の『貸し』これでチャラにしヨウ」

 

 少年の服の裾を掴んでいた両手を離し、一歩二歩と下がる。少年も右手を柄から離し、改めて彼女に向き直る。

 

「……それでは、一体何の依頼でしょう。『殺人』を含めた護衛でしょうか?そういう事なら、お断りしたいのですが……」

 

 少年の口から、忌避はしているもののとても自然に人を殺すという言葉が紡がれる。

 

「い、いきなりブッソーだナ……。そんナ訳ないだロう」

 

「しかし、『俺にしか』頼めない……もしくは、頼み辛いこと、なのでしょう?」

 

「だから、ンなブッソーな事頼まネーよ!!……ちょいと厄介なクエストの調査の依頼ダ!!」

 

 流石に小柄な女性も少年に声を荒げる。心外だ、と言わんばかりに。

 

「はぁ、クエストですか……。依頼を受けるの構いませんが、それってワザワザ俺がする必要のあるものなんですか?」

 

 そんな彼女の叫びも何処吹く風と言わんばかりに半分無視する少年。どこまでもマイペースな少年に項垂れた女性は、もう一度奮起し、「チッチッチッ……」と右手の人差し指を左右に振り、

 

「ナナ坊はオレっちの依頼が『ただのクエストの調査』だとでモ?……違うンだナー、コレが。オイラが調査して欲しいのは通称《エルフクエ》って呼ばれてるーー」

 

 ーーSAO初の大規模キャンペーンクエスト サ

 

 路地裏で一匹の《鼠》のニヤついた笑みが零れた。現実と仮装が




今回の登場人物

・ナナシ……今回、もう一人のキャラがアレなもんで一緒に名前がふせられたが、この人です。当時の"寄らば切る"のツンツンナナシ君と若干丸くなったアフターナナシ君の相違点や類似点を探しながらお楽しみ下さい

・《?》の???……フーデッドローブに身を包んだ小柄な女性。情報屋としてSAO内で活動している。……まぁ、原作既読者ならなんとなく誰か分かると思います。ええ、その人です。原作のキャラなんであえて名前を伏せました。誰か分からず、気になる人は原作のプログレッシブを読んでね(販促)


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EP-elf② 森に響くはーー

そういや、言うの忘れてたわ。
今回のエピソードは《無貌》の誕生秘話をめぐる過去編の一つとなります。
一応、これ以外にも現在2つか3つ程エピソードを温めていますが、いつの話になるのやら……


 第三層南部エリア全体を埋め尽くす深く暗い森。その森を縫うよう通った未整備の道から外れなければ何の不自由も無く主街区をはじめとした重要区域に辿り着く事ができる、しかし、それは、「道を外れなければ」の話。その心許ない道を少しでも離れると、360度全方位を囲む木と濃霧、生い茂った枝葉にによる日が遮られ薄暗くなった視界によって自身の位置を見失う。更には、プレイヤーが持つマップ機能さえ制限されており、一度迷えば二度と外には出られないと言われている。

 ここは、通称《迷い霧の森》。延々と続く木と霧、そして木に擬態したトレント系モンスターによって構成された天然のダンジョンである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「しまった。これは完全に迷った」

 

 第三層南部の森の中で、一人の少年の疲れを滲ませた呟きが漏れる。少年の名前はナナシ。彼はある情報屋の調査依頼を受けてこの森の中を歩いていた。

 

「あの情報屋の女……。事前情報ガバガバかよ……」

 

 彼の片手小さな冊子があった。その冊子は、手のひらより二まわり大きい程度の小冊子で、裏表紙には一応「ネズミ印」が押されているが、どうも作りが粗く急造感が否めない。彼が森へと入っていく直前に情報屋に息急き切った様子で「サービス」として渡された物だ。おそらく、本当に急いで用意された物なのだろう。

 その冊子の開かれたページには件のクエストの開始地点を図解されている。されているが……

 

「『大体、この辺』って……。このだだっ広い森のど真ん中とか迷って下さいって言ってるよえなもんじゃねーか!」

 

 冊子には、第三層南部の地図のほぼ真ん中に大きな円が描かれており、無造作に矢印と『大体、この辺』と書かれているだけだった。

 その程度の情報で《迷い霧の森》に入っていった彼も彼だが、それをツッコム人間は居ない。

 一応、情報屋を弁護するなら、件のクエスト開始地点は第三層南部の中心のランダムな位置で発生するので、第三層解放からそう時間が経っておらず件の《キャンペーンクエスト》をこなしているプレイヤーが少ない為、これ以上のクエスト開始地点の特定が現状ほぼ不可能なのである。

 

「『クエスト開始地点付近では剣戟の音がする』か……。それが聞こえなかったら二度と人里には戻れないかもしれんな……」

 

 森に入ってからプレイヤーが持つマッピング機能の大部分が制限されており、マップを見ながら元の位置に戻るというのはほぼ不可能だ。

 

「剣戟、剣戟……」

 

 そう呟きながら耳をそばだてているとーー

 

『モロロロロロローー!』

 

 ーーという特徴的な喚き声と共に視界が暗くなる。

 

 影だ。それもナナシよりも巨大な生物の影。それがナナシに覆い被さるように近付いて来た。

 影の正体は、《トレント・サプリング》。この第三層に生息する樹木と人間の特徴を合わせ持ったトレント系モンスター最下位種。木に擬態し、近付いてきた獲物を奇襲により襲う習性を持つ。

 

「お前は、お呼びじゃねぇっての」

 

 《トレント・サプリング》の振り下ろされた腕は、ナナシが右足を軸に回転し半身になることで紙一重で躱される。

 

「てか、奇襲なのに叫ぶとか頭が悪過ぎる……」

 

 一閃。いつの間にか鞘から引き抜かれた片手剣が青の燐光と共に振り下ろされた腕を斬り落とす。そして、もう一閃。一撃目の上段斬りから飛び跳ねるように繰り出された二撃目は、容赦なく《トレント・サプリング》の幹を捉える。

 片手剣・縦二連撃SS(ソードスキル)《バーチカル・アーク》。上段からの斬り下ろしと下段からの斬り上げで「V」の字を描くように振るわれるソードスキルが、モンスターのHP()を削り飛ばす。

 

「まぁ、知能をコレに求めること自体が間違えているか………いろんな意味で」

 

 振るった片手剣を鞘に戻すのと同時に、モンスターが派手な破砕音と共にポリゴンの粒子となって空へと消えていく。

 その音を背後で感じ取りながら、息を吐く。

 

「コイツ等の対処は慣れてきたが……いい加減疲れた。日が落ちるまでに森を出ないと本気でヤバいかもしれん」

 

 しかし、一度森に入り自分の位置を見失った以上自力での脱出はほぼ不可能。ならば、情報屋の依頼通りに件のクエストをこなすしかない。

 

 クエストのスタート地点に着く以前から躓いている現状に溜息を吐きながら、ナナシの姿は木々の影と深い霧に消えていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 時を主街区の路地裏で情報屋とナナシが話していたところまで遡る。

 

「大型キャンペーンクエストですか?」

 

 ナナシの口から小さな疑問が呟かれる。

 

「おヤ、知らナいのかイ?……まァ、その名の通りクエストの一種サ」

 

 ネズミ面の小柄な女がどこか笑いを噛み殺したような声が響く。

 

「普通のクエストと違うのは、そのクエストがそれなりに長いシナリオ仕立てになってるってトコだナ」

 

「長いというのは、厳密にはどの位ですか?」

 

 その疑問に女の笑みが更に深まる。

 

「ヨく聞いてくれタ!今回のキャンペーンクエストはなんと第三層から始まって、エンディングは第九層!更に、そのクエストは二つの陣営に別れる訳ダが、一度選べば選び直しは不可能。ついでに、クエスト自体の受け直し不可の各プレイヤー一度きリ!ってな具合の同プレイヤーによるルート検証不可の情報屋泣かせの鬼畜クエスト、サッ!」

 

「……………はぁ、そうですか」

 

「……いヤ、ノリが悪いゼ、ナナ坊……。もっと『な、なんだって〜』って返しをくれヨー」

 

「媚びんな気色悪い……いえ、気色悪いのでやめて下さい」

 

 数瞬の間、情報屋はゴミを見るような視線に晒されたという。

 

「し、辛辣……」

 

「情報屋泣かせですか……。確かに一度きりとなると調べるのも苦労すると……しかし、ベータテストの時は第十層まで行ったと聞きました。なら、そのクエストは攻略されているのでは?それとも、本サービス開始で追加された新しい要素なのでしょうか?」

 

「ナルホド、無視するのカ……まぁ、イイけド。………一応言っとくト、この《キャンペーンクエスト》……通称《エルフクエ》ってのは、ベータ時代からあっタよ」

 

「……?………なら」

 

「デもな、今回のサービス開始後にベータ版では誰も入れなかったシナリオのルート分岐に入った奴らがいるんだよナー。……実際にベータの頃からあったのか、それともサービス開始時に追加されたのかは不明ダが、今まで誰も知らないルートだってのは確かダ」

 

「成る程……しかし、何故自分なのでしょうか?今はその特殊なルートの解放条件が分かっているのでしょう。それなら誰でも良いと思うのですが」

 

「アー、それナー……。実は、その条件ってのが結構実力を問われるんだワ。それも最前線のプレイヤーが十中八九しくじるレベルだ」

 

「それで俺って……」

 

「まぁ、確かに駄目元ってのはアるナ。最前線プレイヤーに頼む訳にはいかナいし、かといって中途半端な奴に頼んデもナー………だから、ナナ坊って訳ダ!最前線プレイヤー並みの実力があって最前線に居ナい。ついでに対人戦も出来るとナってくるとナナ坊しかいねぇんダ!」

 

 何処か必死に説得するように手を合わせ、頭を下げる情報屋。

 

「分かっテる範囲の情報はタダで送るから、ナ?」

 

 ナナシは情報屋との付き合いが短い。それでも何となく分かっていることがある。

 この女はーー

 

「つー訳で、よろしく頼むヨ」

 

 ーー何処までも、嘘臭く、演技臭い。

 

 情報屋は合わせた手の後ろの顔を上げる。そこには、やはりと言うべきか人を食ったような笑みが溢れていた。

 

「……………………」

 

 ナナシにとってこの依頼は、「借りを返す」為だから断る気は無い。無いのだが…………。

 

 この笑みを見て、ナナシは辟易とした様子で空を仰いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あの時、断っとけば良かった……」

 

 情報屋との会話を思い出しながらの呟きは、木々と霧の向う側に消えていく。完全に後の祭りだ。

 

 この森に入ってからどれくらい経っただろうか、延々と続く変わり映えしない景色に時間感覚までおかしくなり始めた。

 

「1〜2時間は歩いたような気分だが、こういう時総じて大して時間が経ってねぇんだよなぁ」

 

 森に入ってからもう6度もモンスターの奇襲に会っている。レベルによる安全マージンは十分以上にとっており、そうそう負ける事も命を脅かされる事もないが……。それでも6度襲われたのだ。ほんの数ヶ月前まで普通に学校に行き学生として生きていた彼には、この終わりの見えない森の探索という状況もあって疲れと嫌気に内に募らせる。

 

「このまま夜になりにでもしたら……今以上に悪い視界……夜行性のモンスターの出現(エンカウント)率の増加……休息も満足に取れない状況……あ、ホントに積むかもしれん」

 

 今になって、顔を少し青褪める。

 

「クソッ、生きて帰ったら絶対にあの情報屋をとっちめ…………ん?」

 

 その時、ナナシの耳にこの森に入って初めて聴く音が耳を叩いた。

 

 ーーこれは、金属のような硬質な物同士がぶつかるような……

 

「…………剣戟ッ!」

 

 こんな偏屈な場所で響くこの音は間違いない。キャンペーンクエストの開始地点ッ!

 

 クエストは逃げはしないが、森から抜けられる手掛かりに反射的にナナシは音のする方に駆け出した。

 

 

 数分後。

 

『ハァッ!』

 

『シィッ!』

 

 2つの裂帛の気合いがぶつかり合っている。

 それをナナシはネズミ印の小冊子を片手に一本の木の幹に隠れるようにして覗き込んでいた。

 そこは今まで無造作に乱立していた木々が無く開けた空き地となっている。そして、その空き地に二人の人が剣を片手に激しい戦いを繰り広げていた。

 いや、あの二人を人間と言うべきかは疑問が残る。何故ならーー

 

「ーー耳が長いなアイツ等……。もしかしなくても、エルフか?指輪物語とかの……もう片方は……色合いからダークエルフ?」

 

 一人は金髪で緑眼というオーソドックスなエルフの女性。ただ、手に持つ武器が弓ではなく片手用直剣(ロングソード)だ。…………あと、巨乳。エルフは細身というイメージをぶち壊すには十分過ぎるレベルだ。

 もう片方のダークエルフは茶褐色の肌に白の長髪を後ろで結った男性。肉厚の片刃の|曲剣(サーベル)を振るっている。

 

 しかし、コイツらーー

 

「何、コイツら……強すぎね?カーソルがもうほとんど黒なんだが……」

 

 ナナシの視界には、二人の頭上には「未受注クエスト」を示す「!」マークと一緒に、もうほとんど黒に近い赤のカーソルか浮かんでいた。

 

 SAOのプレイヤーの視界に写った生物には、頭上にひし形のようなカーソルが浮かんでおり、その生物の分類によって色が変わっている。通常のプレイヤーなら緑、NPCなら黄色、モンスターなら赤といった風にだ。そして、モンスターのカーソルには自身とのステータスとの差によってカーソルの赤の明度が変わる。弱ければライトピンク、強ければダーククリムゾンといった風にだ。

 そして、あの二人のカーソルカラーはダーククリムゾン、間違いなく格上。それも逆立ちしても勝てないレベルだ。

 

「アレの間に入んの?!会話すんの?!正気かよ!?」

 

 慌てて、手元の冊子に視界を移し、ページを捲る。そこには、

 

『キャンペーンクエスト『秘鍵戦争』

 ・概要

 このクエストは、《フォレストエルフ》と《ダークエルフ》による秘鍵をかけた戦争で、2つの陣営のどちらかに所属し、与えられたクエストをこなしていきます。

 ※なお陣営の変更は不可、受け直しも不可の一度きりのクエストとなります。

 

 1.第1章《翡翠の秘鍵》

 ・クエスト受注場所……第三層南部中央《迷い霧の森》内部

 ・クエスト依頼者……《フォレストエルブン・ハロウドナイト》or《ダークエルブン・ロイヤルガード》

 ・クエスト内容……翡翠の秘鍵をクエスト依頼者の陣営に届ける

 ・クエスト概要

 このクエストは二人の依頼者の内一人しか受けられず、受注した瞬間、もう片方がモンスター扱いになり依頼者と共に討伐する必要があります。

 なお、依頼者と敵対依頼者は第七層エリートクラスモンスターであり討伐は困難を極めます。

 しかし、プレイヤーのHPが半分を切るとクエスト依頼者が自爆攻撃により依頼者と共に敵対依頼者が消滅します。

 

 追伸

 件の特殊ルートに入るには、ここでプレイヤーのHPが半分になる前に敵対依頼者を倒すことで依頼者を救う必要があります。

 前任者は《ダークエルフ陣営》で頑張ってルから、ナナ坊には《フォレストエルフ陣営》でやって欲しいナー』

 

 ………………ちょっと待とうか。

 

「……………………………ちょ……ハァッ?!……ハァッ?!ハァァァアッ?!!?!第七層?!倒すの!?アレを!?てか、倒したのか!?アレをぉ?!馬鹿じゃねぇの!!」

 

 少し悲鳴混じりの絶叫が森に響いた。




今話の登場キャラ
・ナナシ……当時はツンツン状態だったが、初対面や目上?の相手には敬語で対応する教養はあった模様。
・情報屋の女……依頼を受けて即行動しようとしたナナシに慌ててキャンペーンクエストの自作攻略本を用意した為、現在若干グロッキー状態



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EP-elf③ この間、僅か1分(笑・仮)

あっっっっれぇぇぇええええ?!なんか筆が乗ってしまったゾ?これどうすんの?!どう収拾をつけるの?!うわぁーん、次回マジでどうしよぉ(半泣き)

【謝辞】
今回の序盤に原作キャラを全力でディスっている箇所がありますが、自分は原作を貶める意図はありません。
原作で主人公たちが森エルフの騎士を倒したという偉業を際立たせつつ、オリキャラのキャラを立たせるための物です。簡単に言うと「コイツ、バカだろ(褒め言葉)」みたいな物です。

…………あと「こうしたら、ウケるかなー」という取らぬ狸の皮算用もあります。


 ーーあ、不味い。

 

 木の後ろで大声で叫んでしまったナナシは顔を青くする。何故ならーー

 

『『誰だッ!!』』

 

 あんなデカい声を木を一本隔てただけの所に居たエルフ二人が聞き逃さない訳がないのだから。

 先程まで鍔迫り合いを繰り広げていた二人のエルフがお互いを警戒しながらも此方を睨んでいる。

 

 クソがッ!?しくじった!……どうする、逃げるか?アイツらは敵対し合っている。ここで全速力で逃げたら追ってこないはず。

 しかし、それは正しいのだろうか?確かに、逃走は高確率で成功する。だが、その後は?今、俺がこの森から出るにはあの依頼者のどちらかに道案内をしてもらう必要がある。……なら逃走は却下。そうなると、無難に戦って依頼者を自爆攻撃で失う訳にもいかない。………おいおい、本当に倒すのかアレを……!?ネズミ女は倒せといってやがったが無理だろアレは……クソ、あんな化物を倒した奴は、相当な馬鹿か変態だな!

 

『さっさと出てこい!さもないと……』

 

 エルフの女が此方に剣を向ける。

 

 時間がねぇ!このまま無策で突っ込むか?いや、ありえねぇ。ンな事したらここで斬られて死ぬか、森で彷徨って死ぬかだ。……そもそも勝利条件が鬼……ちく………………。いや、待て。確かクエストのクリア条件は、あのエルフ二人が取り合っている《秘鍵》ってのを各陣営どちらかに届ければ良かった筈だ。どっちが持ってるかは知らんが……おそらく敵対した方のエルフの懐にでも自動生成されると見るべきか。なら、隙を見てかすめ取って逃げるってのも手か?確か、俺のHPが半分切ったら味方エルフが自爆するんだったよな。なら、その前に秘鍵を奪えたら、そのまま道案内役のエルフも確保できそうだ。

 

 そう考え、木の後ろから二人のエルフを見る。どちらのエルフ

もカーソルカラーがダーククリムゾンの化け物だ。

 

 ……かすめ取るの?アイツらから?……す、少なくとも「倒す」よりかは簡単な筈……。思い付きだが、これでいくしかねぇ!

 

 ナナシは背にした木から立ち上がり、二人のエルフに姿を見せる。ナナシの姿を確認したエルフ二人が叫ぶ。

 

『人族がここで何をしている!』

 

『邪魔立て無用!無関係な人族はここから立ち去れ!』

 

 ーーうるせぇ!こっちも帰り道が分かってたらとっとと回れ右しとるわ!!

 

 こう叫んでしまいたいが、それは目の前のエルフ型NPCには関係の無い話。

 ここはネズミ女の要望通りフォレストエルフこと森エルフ側に付くことにする。………しかし、どちらに付くにしても、プレイヤーにはこの戦闘に首を突っ込む理由が無い。こういう時、どういう口上で敵対あるいは協調の意図をあの2人……いや、最悪森エルフのデカ乳女だけにでも伝えるべきか……。

 

「……………………悪いな」

 

 何も思いつかなかったナナシは、小声の謝罪と共にダークエルフの白髪ロン毛に鞘から引き抜いた《アニールブレード+2》を向ける。

 

 数瞬の間があった後、白髪ロン毛はナナシの意図に気付いたのかみるみる顔を険しくさせる。

 

『愚かな……』

 

『人族にも物の道理という物が分かるということだろう』

 

 何かエルフ2人が喋っているが、ナナシはそんな事1つも聞いていない。彼の頭にあるのは……保身だ。物の通り?すいません、そんな物はありません。

 

「……取り敢えず、攻撃はあのデカ乳に全部押し付けて俺はサポートに徹するか。あのエルフ2人の実力は互角っぽさそうだし……そうすりゃ死ぬことは無いだろう」

 

 卑怯?姑息?……結構!全ては勝利と生存の為に!要は勝てばよかろうなのだぁぁぁあああ!!

 

 もう危機的状況過ぎて、脳内がヤケを起こし始めたナナシの耳に、冷水を流し込まれるようにダークエルフの声が届く。

 

『いいだろう。ならば人族、貴様からこの剣の露と消えろ!』

 

 白髪ロン毛の剣先がナナシに向く。

 

「……………………え?」

 

 どうやら、あの白髪ロン毛の敵対値(ヘイト)を今の今まで戦っていた女より稼いでしまったようだ。もしくは、ただ単に複数人を相手する時に取り巻きの『雑魚』から始末する常套手段を知っていただけかもしれない。

 

 ーーき、汚い!流石、人型モンスター!やり方が汚い!!

 

 先程の思考は何処に行ったのか、ナナシは目の前(・・・)の白髪ロン毛に頭の中で罵倒する。

 

 ーー………いや待て。今、俺は「目の前」と言ったか?さっきまであのダークエルフとそこそこの距離があった気が……………ッツ!?

 

 ナナシは、反射的にアニールブレードを両手を使って、正面をガードするように構える。

 

 その瞬間構えた剣に衝撃が走った。

 

 ダークエルフの神速の一撃がナナシを吹き飛ばす。ナナシのHPがそれだけで3割吹き飛んだ。

 今のダークエルフの放った一閃の狙いはナナシ首。何がHP半分で、だ!一撃で仕留めに来やがったッ!つーか、ブロックしたのにダメージが半端ねぇ!あんなのまともに食らったら一撃でHPが全部吹き飛ぶわッ!!

 

「畜生がッ……」

 

 ナナシは吹き飛ばされた衝撃にまかせて距離を取ろうとする。しかし、それをダークエルフは許さない。背中に担ぐような構えられた剣から青の燐光が放たれる。

 

 あれは……不味いッ!!

 

 ダークエルフのソードスキルは、片手剣・突進SS《ソニックリープ》。システムアシストという現実には無い力によって強化された脚力による突進とそこから放たれる袈裟懸けの斬撃で構成されたソードスキルだ。

 ダークエルフは、宙に浮き無防備なナナシを確実に仕留める気だ。

 

「……舐めんなぁ!!」

 

 殆どやけくそ気味に懐から投剣を抜き取り、投げる。

 

 ーー投剣・基本SS《シングルシュート》。

 

 無理な体勢からだった為、急所は当てる自信は無いが白髪ロン毛の何処かには当たる。それでも、相手は格上。避けられるかもしれないし、剣で弾かれるかもしれない。それでも構わない。狙いはソードスキルをキャンセルさせる事と距離を取る時間を稼ぐ事。それが出来たのなら当たったかどうかなぞ関係無い。

 だがーー

 

『……グッ』

 

「……なにぃ!?」

 

 ダークエルフの男は避けなかった。弾かなかった。その身に受けた。ナナシの投剣はダークエルフの左肩に深々と突き刺さる。

 それでもーー

 

「殺意が高過ぎだッ!クソがぁ!!」

 

 ーーそれでも、ソードスキルの構えは解かれる事は無かった。

 

 ナナシの身体がソードスキル発動の弊害で硬直し、致命的なまでに……動かない!?

 

 ダークエルフのソードスキルが発動する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「……ーーーーー!!」

 

 ダークエルフの男は、目の前の吹き飛ばした人族の少年を評価し直す。

 

(ただの人族と侮っていたが、それは私の間違いだった)

 

 目の前の少年は、どうしようもない状況で起死回生を狙って投剣を飛ばした。狙いも悪くない。しかもまともに構えの取れない空中でだ。あのような状況で私はこの少年のように反撃が出来るだろうか?……おそらく否だ。

 

(何処に当たる?……頭、違う。心臓、違う。目、違う)

 

 ならば、気にしない。この少年を倒した後にあのエルフの女との続きが待っている。戦闘に支障が出る場所ならば避けるなり弾くなりしたが、その問題は無い。ならばーー

 

(良いだろう、これは私がこの少年を見誤ったツケだ。この身で受けようッ)

 

 かくして、投剣は私の左肩に突き刺さった。

 

「……グッ」

 

「……ーーー!?」

 

(あの状況で私に当ててくることは見事。だが、人族の少年。お前の落ち度は急所に当てられなかった事だ。このツケを身を持って払ってもらおう!)

 

「ーーーーーーーッ!ーーーー!!」

 

 ダークエルフのソードスキル《ソニックリープ》が炸裂する。

 

「ーーーーーーーーーーーッッ!!!」

 

 その瞬間、目の前の少年が今までで一番大きく何かを叫んだ。だが、それはダークエルフの男は聞かない。この一撃を確実に当てる為に全神経を集中させる。

 

 ーーその瞬間、顎に強い衝撃が走った!!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ダークエルフのソードスキルが随分とゆっくりと近付いてくる。絶対的な「死」に体が全力で拒絶しているのだろう。

 

 ーー「あ、これは死んだな」と思った。

 

 しかし、心がそれを受け入れようとしている。

 マジかー、と思う。俺の人生ってこんな呆気ないのか、とも思う。

 

 ーー……け…な。

 

 これは終わったなー、とか思った。まさか一ヶ月程度で後追いかー、なんて思った。

 

 ーーふざけんな、俺は何も出来ていないだろうがッ

 

 まぁ人生こんなもんか、なんて思った。頑張った、って思った。まだやるべき事、やりたい事があったのになぁ、とかも思った。

 

 ーーまだやるべき事があるだろうがッ……絶対に殺すって復讐(・・)してやるってあの()に誓っただろうがぁぁああ!!

 

「こんな所で死ねるかぁアッッ!!」

 

 その瞬間、心が全力で「死」を拒絶する体に追いついた。ナナシの心が、体が全力で「生」への執着に吠えた!

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 エルフの女は、何が起こったのかと困惑した。

 

 ただ、目の前の状況は分かる。ダークエルフの男と人族の少年が二人揃ってカチ上げられている(・・・・・・・・・)のだ。

 ただし、ダークエルフの男は頭から、人族の少年は足からだが。何を見ているのか一瞬分からなかった。しかし、あれはーー

 

「…………蹴り……か?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「………グヘッ」

 

 ナナシは無様に頭から落ちた。ダークエルフは顎をかち上げられて空を見上げたようだが持ち直している。それに比べて、無様、不細工、カッコ悪い事この上無い。

 

 だがしかし、九死に一生を得た。

 

「持ってて良かった《体術スキル》……!」

 

 体術スキル・蹴技《弦月(ゲンゲツ)》。

 足に灯ったソードスキルの燐光の軌跡が月のような半円を描く蹴り……まぁ、プロレスで有名なサマーソルトキックだ。それが運良くかどうかは分からないが、あの白髪ロン毛の顎にクリーンヒットしたのだ。

 

 だが、それは普通は起こり得ない現象だ。何故なら、ソードスキルの発動前と発動後には数秒の硬直時間という物が存在するからだ。発動前の「溜め」はソードスキルの構えを無理矢理解くことでキャンセル可能だ。当然、ソードスキルは発動しないが。しかし、ソードスキル発動後の硬直時間は無視出来ない。

 故に、《シングルシュート》で敵のソードスキルをキャンセル出来なかった時点で何も出来ず、ダークエルフのソードスキルが直撃するの待つだけの筈だった。しかしーー

 

「まさか、《体術スキル》にソードスキル発動後の硬直を無視できる隠し要素が存在するとは……」

 

 ナナシはその隠し要素を知らなかった。理性的に考えればこの対処は不可能。しかし、全力で「死」を拒絶した本能が「正解」を「起死回生」を引き当てた。……駄目元が偶々上手くいったと言えば、それまでだが……。

 

 あー……本当に持ってて良かった!命を拾ったんだ。もうあのクソ辛い岩殴りクエストでの苦労分の元は取った!

 

『おのれ……ッ』

 

 綺麗に顎にキメられた白髪ロン毛は、顔を怒りの色に染め再度突撃をかまそうとしている。

 

 ファックだ、ドチクショウ!あれだけ綺麗にキまったんだから頭くらい揺れて前後不覚にでもなれよ!……しかし、不味い。普通に持ち直して倒れる事の無かった白髪ロン毛と違って、此方は体勢が整えきれてない。というか、まだ尻を地面に付けている状況だ。

 

 ダークエルフが今度こそ確実にナナシを仕留めるべく突っ込んできた。

 

「九死に一生を得たばっかなのに、またかよッ!」

 

 もう不意打ちは効かないだろう。もう駄目元で剣で防ぐしか無い!なんとか防げたらHPは残るはず。ネズミ女の頼みとか知った事か!ンな物より我が身が可愛いわ!!この状況で生き残るくらいのリアルラックがあればこの森くらい余裕で抜けられるわ!!

 

 黒の弾丸と化して突っ込んでくるダークエルフとナナシの間に一人分の影が割り込んだ。

 

 金属同士がぶつかる派手な音がする。

 

『……なッ!?』

 

「……………あ?」

 

『……ふッ』

 

 その派手な音と共にダークエルフの脇腹に蹴りが炸裂し、空き地から森の中に吹き飛び、近くの巨木に激突する。ナナシのソードスキルでは倒れなかったダークエルフがだ。

 えー……ただの蹴りだぞ?俺の《弦月》よりも威力あんの?なんか理不尽……。

 

『私がいる事を忘れてもらっては困るよ、ダークエルフの騎士よ』

 

 ナナシの耳に、もう半分くらい存在を忘れていた森エルフの女の声が届いた。

 

『人族といい、フォレストエルフといいやってくれる……ッ』

 

 開けた空き地から森の中に吹っ飛んでいったダークエルフが恨み言を呟きながら立ち上がる。

 それに警戒しつつ森エルフの女がナナシに話しかける。

 

『大丈夫か、人族の。先程の攻防は見事だったが、随分と危なっかしかったぞ』

 

 それに対しナナシは、

 

「……………お……」

 

『お?』

 

「おっっっそいわッ、デカ乳女ァ!助けるならもっと早くしやがれッお願いします。何でもしますから!!」

 

 頭が混乱しまくって失礼なのか礼儀正しいのか意味分からない言動が森に響き渡った。




今回の登場人物

・ナナシ……「いつもは結構礼儀正しいが、それはただの猫被り。それもあまり綺麗に被りきれていない」ってキャラを想定してたが、被り物が剥がれたら思った以上にガラが悪くて作者も困惑w
それはそうと、今回後出しっぽく今まで使ってなかったスキルを連発していて読者様的に「なんじゃそりゃ!?」と思われた方もいらっしゃると思いますので、ここで自分が適当に考えているナナシ君のスキル構成を紹介します。

武器系スキル
・片手剣スキル
・投剣スキル
・体術スキル
※将来的には、ここに短剣スキルと作者捏造のエクストラスキルを取得予定。というか、短剣スキルは以前持っていたが、体術スキルを取る時にスキルスロットの数的な問題で削除した模様。その内、再取得予定。
補助系スキル
・隠蔽スキル
・索敵スキル?
※補助スキルは結構ガバガバ。原作の時系列的プレイヤーレベルにあわせてちょいちょい入れる予定。隠蔽だけは確定してます。索敵は原作読み込んでから入れるか判断ですね。まぁ、今んとこ活躍する予定の無いスキルだし、別にいっか!あと、地味に窃盗系……このすばのカズマよろしく「スティール」が欲しいねぇ。女性下着を奪う予定はありませんw

※実際の所、《体術スキル》にスキル使用後の硬直時間を無視できるというのは、原作には明確に述べられていません。しかし、原作のプログレッシブにて、明らかに片手剣スキルを発動したばかりのキリト君がシレッと体術スキルを使うコンボ技のような描写がありましたので、「そういう隠し要素がある」と捏造しました。

・ダークエルブン・ロイヤルガード……敵対した依頼者エルフって、原作だとセリフ4つ分しかなかった役回りなのにどうしてこうなった?寧ろ、ナナシが受注した方の依頼者よりキャラが先に立ってしまったw

・フォレストエルブン・ハロウドナイト……今回、デカい胸以外はほぼ空気。一応、ヒロイン(現地妻的な)を想定してたのにどうしてこうなった?


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EP-elf④ IRREGULAR!?

ぶっちゃけ、この戦闘って二話で済ませる予定だったのに、どんどん引き伸ばされていく……。あと一話か二話で済ませたい所……。




 

 あ……しまった、と思うがもう遅い。

 

『で、デカ……ッ?!人族ッ!貴様、初対面のくせに失礼だぞ!』

 

 デカ乳改めーーフォレストエルフの女騎士は、ダークエルフの騎士への警戒を忘れてこちらを睨みつけてくる。当然だが。

 こういう時はいつも通りに適当に話を変えるか。

 

「そんな事よりもーー」

 

 ヒュオッ!と風を切る音がナナシの耳元を掠める。

 

『そんな事より?貴様、私を愚弄しておいてーー』

 

 顔を怒り(と若干の羞恥)で赤くさせた顔で手に持った剣がナナシの首元に添えられている。

 

「悪かった!アレは俺が悪かった!!だから剣を向ける相手を間違えるなッ!!」

 

 さっきまでの態度とは打って変わって、両手を上げての全力謝罪。だが、ナナシは人間関係に関して学ぶ事は無い。故に同じ間違いを繰り返す。

 

「それよりもーー」

 

『それより?』

 

 首筋に剣先が食い込む。

 

「いや、本当に大切なことーー……」

 

 そのタイミングで、ナナシはダークエルフの不審な動きに気付く。ダークエルフの騎士は、此方を警戒しつつも、何故かチラチラと明後日の方向を盗み見ている。これはーー。

 

「……ーーを聞きたかったんだが、もういいや。大体分かった」

 

 ーー予想はしてたが、やはり面倒な方だったか……。

 

『貴様、いい加減に……』

 

 更に剣筋が首の皮に食い込むが、ナナシは慌てていない。

 

「良いのか?あのダークエルフ逃げようとしてるかもよ」

 

 俺がこの中で一番弱いとしても、二人のエルフ騎士の実力が拮抗していた以上、人数差は致命的であろう。ここでダークエルフが逃走を選択肢に入れるのは当然の判断だろう。そして、このタイミングでこの選択肢を考えるということは、ある事実(・・・・)を指す可能性が高い。

 

 ーーやはり、あの白髪ロン毛が《秘鍵》を持っていそうだな。

 

『……………………』

 

 そこで、やっと自分が今まで戦っていた相手の存在を思い出し、ダークエルフの騎士に向き直るフォレストエルフの女騎士。しかし、先程までの一件を忘れる気は無いようだ。

 

『……良いか、先程の愚弄は忘れた訳でも許した訳でもない。ただ優先順位の問題で後回しするだけだ。それを忘れるなよ』

 

 ……………忘れちゃえば良いのに。それはそうと、これで仕切り直しが終わった。当初の予定通り人数差を全力で利用し、有利を取る!

 フハハハハハ!戦いは数だよ兄貴(兄貴が誰かは知らんけど)!どんな手を使おうが…………最終的に…勝てば良かろうなのだァァァァッ!!

 

 デジャブである。もうすっごいデジャブである。ならばきっとーー

 

『いやぁ、もしかしてかなり良いタイミングでの助っ人じゃあないですかね、ストルズ殿?』

 

 ーーきっと、ナナシの甘い見通しなぞ、直ぐに覆えることだろう。

 

 ナナシの視界に、乱入者の女の名前が写る。その名前は《ダークエルブン・ウルフハンドラー》と記されている。どうやら、敵に援軍が来たようである。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 今まで一度たりとも聞いたことのない女の声が明後日の方向から聞こえた。ナナシ、ダークエルフ、フォレストエルフの3人全員がその声をした方向を見る。

 そこに居たのは、ダークエルフの女。三日月のような笑みを貼り付けて木の上から此方を見下ろしている。

 

 ーーなんだコイツは?!

 

 それに顔を青くするナナシ。乱入者であるニヤニヤ女も他のエルフ2人同様カーソルがダーククリムゾンのエリートモンスターだ。だが、そんな事は問題じゃない。問題なのは、《鼠》特製の攻略本にこの女の存在が載っていない事だ。完全なイレギュラーだ。このイレギュラーがどこまで事態を想定外の方向へ持っていくか分からない。

 

『貴様、《狼使い》!卑しい獣使いの分際で何をしに来た!!』

 

 白髪ロン毛が味方であるはずのニヤニヤ女に敵意を向けている。どういう事だ?味方じゃない……いや、一枚岩じゃないのか?それともただ個人がいがみ合ってるだけか?クソ、情報が少なすぎる。

 

『いやはや、ストルズ殿はいつも怖い顔をしておりますなぁ。今回は偶然ですよ。任務でたまたま近くを通りかかったものでしてね。そうしたら、ストルズ殿がどうも劣勢のようでしたのでここは手助けせねばとね』

『不要だ。貴様の手を借りるくらいならーー』

 

 そこで、ニヤニヤ女の笑みが消える。

 

『そういう訳にもいかないんですよ。貴方同様、この私がこんな下層に出張ってくる必要がある位には事態は逼迫しています。貴方個人の感情なんていちいち気にしてられないんですよ』

 

 話を聞くに、ダークエルフ陣営で何かしらの問題が起こってあのニヤニヤ女が駆り出された、と見るべきか。しかし、わざわざココで出くわすか?はっきり言って勘弁して欲しい。

 

『よいしょっと』

 

 ニヤニヤ女が木から飛び降りる。

 

『ほら、お前達。仕事ですよ。出てきなさーい』

 

「ちょっ?!……マジかよ?!」

 

 どうやら、敵の援軍はあのニヤニヤ女だけではなく、女が率いる部隊まるまる1つ分らしい。流石に、部下の連中はそれ程強くなさそうだが、数が数だ。これは本格的に駄目かもしれん。

 ナナシは隣のフォレストエルフに話しかける。

 

「おい、デカ乳」

 

『貴様、また……ッ』

 

「ンな事ぁ、どうでも良い。それよりもお前、ここで撤退する気あるか?はっきり言って現状絶望的だぞ」

 

『言われなくとも分かっている。だが、自分の命よりも任務が優先される事もある。そして、それが今だ。……貴様こそ逃げないのか?本来、この戦いに人族は関係無い筈だぞ』

 

「………………………」

 

 まぁ、そうと言やそうなのだが………俺、この森の中で迷子なんだよなぁ……。ここを出るのには道案内が必須なのだ。

 そして何より敵は逃してくれそうにないだろう。人数による差は歴然。少なくとも同じ状況で俺が有利な側なら絶対に逃がさない。

 

『あの騎士の男と後から来た女。片方だけならどうにかなるが……同時となると厳しいか』

 

 え?そうなの?一人相手でも厳しそうなのに……。そう言えば、モンスターの危険度を示すカラーは第7層エリートモンスターである彼女らエルフ騎士で最大のダーククリムゾンだったが、当然このアインクラッドの最強モンスターでは無い。つまり、カーソルカラーがダーククリムゾンの連中は計器の最大値がソコだからソコに留まっているだけで、その中でも差は明確に存在しているのだろう。

 

「あの取り巻き連中は?」

 

『あの兵士どもか?……物の数に入らん。居ようが居まいが、問題にならん』

 

 マジすか……。いや、確かにあの取り巻きだけなら俺でもどうにかなりそうだが、それでも厄介な事には変わりがないというのに……さすが、エリートモンスター。

 

「……片方だけなら何とかなるんだな?」

 

『当然だ』

 

 そこには、強がりも過剰な自信も無い。あるのは、確信。ただ、そうなると何の気負いもなく淡々と答えるエルフ騎士の姿がある。

 

 …………………あー、クソ!ならやるか!!

 

「なら、俺があのダークエルフの騎士をやる。アンタがそれ以外だ。いいな」

 

『構わんが、任せて大丈夫なのか?』

 

「問題無いとは言わないが、やりようはある。寧ろ、あの未知数のニヤニヤ女を押し付けられるよりかは幾分マシだ」

 

『………心得た』

 

 退かない以上、今ある手札でこれが最善であることが分かっているのだろう。フォレストエルフの女騎士は、ややあってから同意の意を伝える。

 

「その変わりと言っちゃ何だが、俺が退くと判断したら一緒に退いてくれ」

 

『……貴様、私が言った事をーー』

 

「聞いてたよ。アンタが自分の命より優先する任務ってのは連中を始末する事じゃないんだろ」

 

 適当に《秘鍵》ぶんどって逃げよう。

 

『………成る程、確かにそうだ』

 

「じゃ、そう言うことで」

 

 言って、意識を完全にあのダークエルフ騎士にむけようとする。しかし、そこでエルフ女騎士に呼び止められる。

 

『待て』

 

「……ンだよ」

 

『そういえば、貴様に私の名前を伝えていなかったな。これから背中を預ける相手に『デカ乳女』などと呼ばれたくはないのでな。……私は《カレス・オーの騎士》ティアル 。一応……フォレストエルフと呼ばれている』

 

 あー、そう言えばまだだったわ……。というかこの女、根に持ち過ぎだ。あと、「一応」って……。

 

「なんか、引っかかる自己紹介だな。……俺はナナシ。見ての通りただの人族のガキだ。よろしくな乳女」

 

『貴様、また……ッ』

 

「それは『また後で』だろ?」

 

『…………フン。後で覚悟していろ』

 

 この戦い。ハッキリ言って勝ち目が薄い。これが脱出不能のデスゲームじゃなく普通のMMORPGだったら即クソゲー扱いだな。いや、そもそも命懸けのデスゲームな時点でクソゲーだったわ……。せめてこっちにも援軍を寄越せってんだ。

 ……文句を言っても何も始まらない。やると決めたのだから、キッチリとやりきる。

 

 仕切り直しによって、何故か更に混沌とした事態に陥ったがそれも終わり。俺にとっては二回戦目。デカ乳女にとっては三回戦目の火蓋が切って落とされた。




今回の登場人物
・ナナシ……現在、この中で最弱の男。性格は悪いが、猫をかぶっている(あまり上手く被りきれてない)。ついでに、割とアッサリ猫被りをやめてしまう。趣味は、鍛錬、モンスター狩り、標的の情報収集。

・ティアル ……デカ乳女。フォレストエルフ(一応)。騎士道精神を持った厳格な性格。だが、周囲の環境がアレな為、同族には基本的に冷たい態度で接する(というか、職務以外では無視する)。趣味は、鍛錬と髪いじり(最近始めた)。*実は、EXスキル持ちNPC。

・ストルズ……白髪ロン毛。ダークエルフ。プライドが高く、結構敵を作りやすい性格。でも、他人を認めたり、自身の過失に真摯に受け止めたりできる(たとえ、それが敵であっても)良い人。騎士として高い自信と誇りを持ち職務に従事している。趣味は、訓練、鍛錬、研鑽(全部同じ?)

・ダークエルブン・ウルフハンドラー(名前・未登場)……ニヤニヤ女。ダークエルフ。よく気持ちの悪い笑みを浮かべており、きみ悪がられている。しかし、仕事に忠実で社交的だったりする。少なくとも何かしら悪事を考えたりとかしていない。顔で……というよりその笑みで色々損してる人。趣味は、お菓子作りと狼の世話。



☆因みに、
ダークエルブン・ウルフハンドラーは、フォレストエルブン・ファルコナーと共に漫画版SAOPで登場(因みに、漫画版ではイケメンでしたw)。ファルコナーさんはお休み。


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EP-elf⑤ たった一月前の日々は遥か遠い過去の彼方(NEW!!)

なんとか切りの良いとこまで行ったな。というか、切りが良いトコにいくまで詰め込んだわ。
あと何話でこのエピソード終わるやろ?


 

 仕切り直しから「いざ」という所で、一番初めに動いたのは、白髪ロン毛だった。

 白髪ロン毛は、一瞬名残惜しそうな顔をしたと思ったら、俺とティアルに背中を向けて走り出した。その背中が木々にかくされていく。

 

「…………………………え?」

 

 ーー……………………あの野郎……に、逃げやがったぁぁあああ!?

 

 数的優位を奪われ、相手が主導権を握られた事で"その可能性"があった事が頭から自然に消えていた。

 

 そうだよ!彼奴らの目的は俺たちを殺すことじゃねぇ!《秘鍵》を自陣に持ち帰る事だ!!

 

「おい!デカ乳ッ!!」

『分かっているッ!』

 

 このだだっ広い森で人を探すなどほぼ不可能に近い。つまり、ここで姿を見失ったらクエストは失敗したも同然だ。……つうか、なんでこう想定外ばっか起こるんだよ!!もう鼠の攻略本が何の役にも立ってねぇじゃあねぇか!!

 

 白髪ロン毛を追おうとするナナシ達に立ちふさがるようにニヤニヤ女が鞘から剣を引き抜く。

 

『行かせませんよぉ〜。ハイ、皆さん構えて〜』

 

 そして、そのニヤニヤ女の前に一般ダークエルフ兵士の皆さん。

 

「邪魔だ」

『道を開けろ!』

 

 ステータスの敏捷値が高いティアルが極限まで低くした姿勢で突っ込む。

 ダークエルフ兵士はその突進を二人がかりで止めるつもりのようだが……それを俺が許すつもりは無い。

 

 軽く前方に飛び上がった状態で腰から両手に一本づつ投剣を構える。

 投剣スキル《ツインシュート》。

 両手が交差するようにして放たれた二本の投剣が、ティアル の背中をの上を通り二人のダークエルフ兵士にそれぞれ突き刺さる。

 そして、それに怯んだダークエルフをーー

 

『……シィッ!』

 

 ソードスキルでも何でもないただの一振りが盾を避けるようにして片方のダークエルフ兵士を捉え薙ぎ払う。

 そして、吹き飛ばされたダークエルフ兵士がいた所を通り、もう一人の背後を取る。そして、振り向く事なくティアルの剣がもう片方のダークエルフ兵士を捉える。

 

『ガ、ガフ……』

 

 準備中

 

『ちょおッ?!速!ハッヤ!?一瞬、完全に見えなかったんですけどぉ!?』

 

準備中ーーー

 

「……ラァッ!」

 

 片手剣・突進突きSS《レイジ・スパイク》。

 前方に突き出された剣が不可視の推進力を帯びてナナシを引っ張る。このまま白髪ロン毛を狙っても良いが、カウンターが怖い。だから、白髪ロン毛の進行方向やや前方を狙う。

 

 ナナシのブーツが大地を削る音がする。

 

 ソードスキルの推進力で生まれた慣性をブーツで全力で殺し、なんとか白髪ロン毛の進行方向を遮るようにして立つ。

 

『…………ヌ』

 

 ブレーキの時にまった土煙の中、ナナシは居住まいを正し、自身の剣を白髪ロン毛に向ける。

 

「……悪いな、ここは通行止めだ」

 

 改めて、ナナシはダークエルフを注視する。褐色の肌にしろの長髪。エルフの特徴的な左耳に赤の宝石の付いたピアス。紫の衣服と防具に包まれ、右手には肉厚で片刃の直剣を持っている。そして、腰に小さなポーチ。

 

 ーーおそらく、あそこに……。

 

 小さな間があって、ダークエルフの騎士は倒すべき敵をティアルからナナシに切り替えたようだ。

 

『……正気か人族。あの女の助力無しに私と戦って勝てるとでも?』

 

「まぁ、確かに……。俺とアンタが100回戦えば99回は負けるだろうさ。……だが、戦闘は一回こっきり。その始めで最後の1回目に俺が『勝ち』を引いたら良い話だろ?」

 

『ほう。つまり、貴様は私と100回戦えば、一度でも私に勝てるとでも思っているのか?』

 

「……そいつは、やってみないと何とも言えないな。案外10回は勝てるかもしれんしな」

 

『抜かせ』

 

 ダークエルフの騎士は、ナナシの言葉を鼻で笑って斬りかかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 金属同士がぶつかり合う派手な音が辺りにこだまする。

 

「チッ、この女。戦えば戦う程強くなっていやがるッ」

 

 《狼使い》と呼ばれたダークエルフの女が舌打ちをうつ。ウルフハンドラーの女から余裕の声はとっくに消えていた。ティアルは、そんな彼女に余裕を見せながら答える。

 

「あぁ、実はこの剣はな。私がこの下層に降りてきた時にここの野営地から勝手に拝借してきた物でな。ようやく慣れてきたのだよ」

 

 実際、一合剣同士が重なり合う度にティアルの剣の重みが強くなり、踏み込みが深くなる。

 

「いつもは、もっと特別な物(・・・・)を使っていてね。こういう普通の剣では使い勝手が違い過ぎて、どうもしっくりこなかったのだ」

 

 ティアルの力強い一撃一撃にどんどん後ろに退いていくウルフハンドラー。

 

「慣れない武器でストルズ殿と互角にやり合ってたって事かい。あー、これは貧乏クジ引い………ッッ!!」

 

 ティアルの剣が黄色燐光を放つ。一瞬の、ほんの小さな隙さえ逃さずソードスキルがウルフハンドラーに炸裂する。

 片手剣・単発垂直斬りSS《バーチカル》。その一撃を何とか剣で受けて凌ぐも大きく吹き飛ばされた。

 

「あー、クソ!お前ら!!この女は私が抑えておく!だから、とっととあの人族仕留めてストルズ殿を連れて来い!どうせ、この女を相手にお前らは何の役にも立たん!」

 

 何とか体勢を立て直したウルフハンドラーの命令に、加勢に入りたくても入れず剣を構えたまま棒立ちになっていたダークエルフの兵士達はストルズというダークエルフの騎士の下に向かおうとする。

 

「ほう……。抑える?この私を?」

 

「なッ!?」

 

 ティアルは大きく後ろに飛んだ。たったそれだけで一番先頭を走っていたダークエルフ兵士の背後にまで追い付く。一人のダークエルフ兵士とティアルが互いを背中越しに捉える。

 

「……え?」

 

 そして、そのままティアル の一閃が兵士の頭部を捉えた。兵士は頭部の口から上を失い、地面に倒れ、身体がポリゴンに変換され空へと溶け消える。

 

「悪いが、人族との約束でね。お前たちは全員、私が相手をすると決めているんだ。死にたくなければ、そのまま何もせず、ここで突っ立ててもらえないだろうか?……でなければ、先に君らを始末する」

 

 残った兵士は何も言えず、ただ立ち尽くすしかなかった。

 

「無粋はこれで入らないだろう。お手並み拝見といこうか、人族の少年……いや、ナナシ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ティアルがウルフハンドラーを相手に有利に事態を進める中、ナナシはダークエルフ騎士を相手に劣勢を強いられていた。

 

『シャァァアッ!!』

 

「………ッィイ!?」

 

 青の燐光が灯ったダークエルフの剣閃を紙一重で避ける。この男のソードスキルなんぞ受けたら絶対体力が吹き飛ぶ。否、それがただ何の変哲も無い一閃だとしてもこのダークエルフの筋力値(STR)で繰り出されるなら全て致命傷だ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 致命傷こそ無いものの身体には擦り傷を負った証として、赤いラインがいくつも負っている。

 息も上がり、HPバーもギリギリ緑色を保っているという状況だ。たとえ擦り傷だとしても、あと一撃くらえばナナシのHPが半分を下回ったという事を示す黄色に変わる。そうなったら、あのティアル とか言うデカ乳女が自爆攻撃で俺を残して全滅。そして、俺は一人この霧が晴れることない森で一生彷徨い続けることとなる。……というか、その自爆攻撃の効果範囲ってどれくらいなんだろ?俺が生き残る以上そこまで広くはないはず……。だとしたら、かのニヤニヤ女とか生き残っちゃうんじゃない?え?それヤバくない?

 

「マジで何とかしないと……」

 

『どうだ?お前の言う、一回の勝利は引けそうか?』

 

 ダークエルフ騎士は余裕の笑みで立っている。剣を構えてさえいない。

 あー、腹立つ。完全に油断してるよ。つーか、この白髪ロン毛、さっきから一発まともに食らったらそれで俺が死ぬ事を分かっているのか、バカみたいにソードスキルを連発してきやがる。

 

「うるせぇ……。まだ、結果が出てないのに勝利もクソもあるか!」

 

『確かにその通りだ。……では、今からその結果を出すとしよう」

 

 ダークエルフの騎士がソードスキルの構えを取る。ソードスキルは、片手剣・突進斬りSS《ソニックリープ》。くしくも、そのソードスキルは最初に俺が殺されかけたスキルだ。

 

 ソードスキルは確かに強力だ。攻撃の威力に補正がかかり、種類によっては、攻撃範囲に補正、三次元的移動なんて物も可能とする。しかし……。しかし、それはーー。

 

 ーーどうしようもなく、「諸刃の剣」なのよね。

 

 もう何処にも居ない彼女(・・)の声が聞こえたような気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 一体どれくらい前だろうか?《SAO》がサービスを開始して間もない頃だったから一月か二月くらい前だろう。

 そんな時に、彼女(・・)はナナシに教えた。

 

「ソードスキルが諸刃の剣?」

 

 ーーえぇ。そうよ、め……ナナシ。確かにソードスキルは強力よ。それに音も光も派手で使ってて気持ちが良いわね。少なくともこの世界でやっていくにはほぼ必須と言って良いくらいには重要な物よ。でも、それは良い事だけじなないの。メリットには当然、デメリットも存在する。ナナシ、貴方はソードスキルのデメリットって何だと思う?

 

 ややあってからナナシは答える。

 

「……んー。やっぱりスキル発動前後に生じる隙でしょうか?あの時は必ず無防備になる」

 

 ーーそう、正解よ。流石、ナナシ。お利口さんね。

 

 そう言って彼女(・・)は、爪先立ちになって手を伸ばし、頭を撫でようとする。それに気付いて、ナナシは自分の腰を落とす。

 

 ーー確かに、それは正解。でもそれは100点満点ではないわ。

 

「他にもあるのか。……教えて下さい、ユーナ先生」

 

 ーーそうやって、素直に疑問を聞ける所は貴方の美点ね。……残りのデメリットはね。ソードスキル発動に必要な条件、つまり「構え」ね。……あと「先生」って呼ばれ方も新鮮で素敵。

 

「『構え』……」

 

 ーーソードスキルを発動するにはそのソードスキルに合わせた独特の構えが必要よね?それをゲームシステムが感知してソードスキルが発動する。つまり、ソードスキル一つ一つの発動前の構えは全部違う。つまり……。

 

 彼女(・・)は、そこで話を止め続きをナナシにさせようと促す。

 

「ーーつまり、その「構え」を知っていたら、どのソードスキルがくるか分かる」

 

 ーーそうよ。もっと噛み砕いて言えば、どの攻撃がどのタイミングでどの角度からどういう方向で振るわれるかが、全部分かっちゃうって訳。……ここまで言えば、ソードスキルの危うさは分かるわね?

 

「そこまで教えてしまったら、もう避けて下さいと言っているような物だな」

 

 ーーそれが、ソードスキルのデメリット。でも、やっぱり普通に武器を振っていては出せないダメージはとても魅力的。つまりーー。

 

「……成る程、分かりました」

 

 ーー分かってもらえて嬉しいわ。ソードスキルを連発するっていうのは某有名狩りゲーで、相手は寝ている訳でも倒れている訳でも罠に嵌っている訳でも怯んでいる訳でも無いのに溜め斬りや属性解放突きばかりで攻撃しているような物よ。だからこそ、重要になってくるのがタイミング。分かった?

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「分かってますよ、姉さん」

 

 ナナシも構える。ただし、ソードスキルの構えではない。ただ、剣に両手を添えただけ。

 

 ーーまだ、まだだ……。

 

 白髪ロン毛は俺の姿勢が避ける物ではなくドッシリと正面からかち合う構えだと理解したのだろう。

 

『さらばだ、人族!』

 

 大きく叫び、ダークエルフのソードスキルが発動した。ダークエルフがナナシに向かって神速の速さで駆ける。

 

「お前がな」

 

 そして、ナナシも前に出た。ダークエルフ程では無いが、ナナシも全速力でダークエルフとの距離を詰める。今日初めての前の踏み込みにダークエルフの騎士も一瞬驚いたようだが、それだけだ。絶死の一撃がナナシに迫る。

 

『……ォォォオオオオッ!!』

 

 ナナシがダークエルフの《ソニックリープ》の射程に入る。瞬間、ダークエルフの剣が振るわれる。

 そして、ナナシはーー

 

「………………」

 

 一歩引いた。ナナシは前方への踏み込みに急激な制動を行い、小さく後ろに跳んだのだ。

 

『………なッ?!』

 

 ダークエルフの一閃は、ナナシの服を裂くに留まった。そして、ダークエルフがソードスキル発動の反動で動きが止まる。

 

 ーーソードスキルで大切なのは、どれだけ確実に当てるか。そして、どれだけ確実に当てられる状況に持ち込むか。ならば、それはーー

 

「………ここだぁぁぁぁぁああああああッッッ!!!!」

 

 ここで初めてソードスキルの構えを取る。

 片手剣・突進突きSS《レイジ・スパイク》。ゲームシステムによる爆発的推進力を生む突き。それが、ほぼ零距離でダークエルフの心臓を穿つ。

 

『ォォォォオオオオオオオオオオッ?!?!?!』

 

「ァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 二人の絶叫が森にこだまする。

 

「…………ラァァァアアアッ!!!!!」

 

 《レイジ・スパイク》の推進力が二人を引っ張り、遠く背後にあった巨木に激突する。

 

『……ア……ガ……ッ』

 

 ナナシの直剣《アニール・ブレード+2》がダークエルフの心臓を貫通し、巨木に食い込む。

 

「食い込みがたらねぇ……ナァッ!!」

 

『ゴボォッ!?』

 

 体術・拳打SS《閃打(センダ)》。その一撃が《アニール・ブレード+2》の柄頭に炸裂し、まるで杭打ちのように深く巨木に食い込んだ。

 

「油断するからこうなる」

 

 ナナシは疲れたと言わんばかりに両膝に手を置き、大きく息を吐く。

 

「100の結果から引かれる最初の一枚は……俺の『勝利』だったな」

 

 ダークエルフの騎士にだけ聞こえる声で、ナナシは勝鬨を上げた。そして、




今回の登場人物
・ナナシ……灰色のインナーに黒のフード付きカーディガンとズボン。黒の剣帯で片手剣を背中に吊っている。普段、フードを目深に被り、顔を隠している。

・ティアル ……他のフォレストエルフ騎士同様、緑と白を基調とした衣服と防具に身を包む。だが、他と違って赤のボレロを纏う。最近、右のもみあげの金髪で小さな三つ編みを結い始めた。

・ストルズ……他のダークエルフ騎士同様、紫と黒を基調とした衣服と防具に身を包む。この人は本文で描写したし、この程度で良いや!

・ブルミス……ダークエルブン・ウルフハンドラーの女性。ナナシ曰く、ニヤニヤ女(名前、いつ登場するか分からなくなってきたからここで出す事にする)。衣装は、ストルズ君と同じダークエルフ騎士の制服(ただし、鎧は重いから付けていないとのこと)。


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2024年3月13日 顔無しの髑髏は今日も今日とてーー
EP-nf① ソロプレイヤーナナシさん(仮)


【重要】
あらすじに書いておりますが、現在2つのエピソードを同時並行で作っているため、ここで新しいエピソードが新しくなっております。急に話がブツ切りになっております。
読者様にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。


我ながらタイトルがひっどいw
これは修正案件ですなw


修正を入れました
シーナのギルド内での予定を攻略から調査に変更しました………というのはやっぱ無しで。

………もうちょいプロットを練って挑むべきだったわ……


 俺たちがVRMMORPG《SAO》に囚われてから一年以上が過ぎた3月。

 冬の寒さがなりを潜め、日中は温かい季候を取り戻し始めているが、まだ日が昇り始めたばかりの今は未だ肌寒く、冷気が男の肌を貫く。

 その男ーー線が細い華奢な出で立ちで、どこか正気の抜けた目をした少年は、腰にそこそこ強力な長剣を吊り下げ、ここから一番近い街に歩を進めていた。

 

「あー……寒。春先だつってもマジで寒ぃ。もう《転移結晶》使っちまうか?……いや、高価な命綱をこんなとこで使っちまうのはなぁ……それに、寒いの我慢して歩いてきた努力が無駄になる……あぁ、寒ぃ。クソ寒ぃ……」

 

 意識的か無意識的か、そう独り言を呟きながらわざわざ日陰を選んで歩いていく。

 

 ここは、月初めからボス攻略が停滞したアインクラッド第56層。その迷宮区から一番近い街への道程。

 そして、彼の名はナナシ。アインクラッドクリアを目指す《攻略組》の一人だった。

 

 

+++++++++++++++++++++++++++++++

 

 

「取り敢えず、こっからここまでのアイテムは全て売却。……回復ポーションが切れそうだな。じゃあ、ポーションと5日分の保存食を売ってくれ」

 

 雑貨屋でアイテムストレージの中を確認しながら、売却物と購入物の確認をとる少年の姿がある。ナナシだ。

 

『まいどありぃ!』

 

 と、商店のNPCから小気味の良い声が店内に響く。日が昇り始めてから間もないこんな早い時間から商売を始めてくれるのは朝帰りが多い彼には有難い話だ。

 

「あ、おはよう、ナナ君。今からダンジョンへ出発?」

 

 女の声がナナシの背中を叩く。若干、言葉の端々に上ずったような響きが残る声に、彼は溜息と共に振り返った。

 

「いいえ、違いますよシーナさん。迷宮区への行きではなく、その帰りです。」

 

 振り返るとそこには、思った通りの女がいた。自分より1〜2歳程年上ーーおそらく18歳の女性だ。着物か魔法使いのローブのようなゆったりとした服の袖から、彼女の肢体と比べてアンバランスな程大きな籠手を覗かせている。

 彼の言葉は固い。彼はシーナと呼んだ彼女のことを嫌っているからだ。別に彼女が何かした訳でも、彼女が悪い訳でも無い。ただ、どうしても……受け入れられないのだ。それに初対面の時にも失敗した。これに関しては……いや、彼女との事は全てこちらに問題がある。彼女の声の上擦りは、彼の声から分かる煩わしさを感じ取っているからだろう。

 彼女には悪いと思っている。それでも、こうやって何かと話しかけてくる彼女には申し訳なさで一杯だ。

 それでも………受け入れられないのだ。何故ならーー

 

「ちょっと、聞いてるの?私、ちょっとだけ怒ってるんだけど」

 

 怒っているのか……。それは不味い。

 

「えぇ、勿論聞いてますよ。で、何の話でしたっけ?」

 

 聞いてませんでした、とは言わない。誰とは言わないが、こういうふてぶてしいところが似てきたなぁ、と思う。誰とは言わないけども。

 これには、彼女も呆れを隠さない。ついでに遠慮も無くなった。

 

「あのねぇ……。私は貴方の事を心配してるの!どうせ、何時ものように保存食か武器の耐久値が無くなるまで迷宮区で野宿してたんでしょ。そんな余裕の無い生活をしてたら本当にふとした時に死んじゃうよ」

 

 何なんだろう、この女。嫌われている事は分かっているのだろうに、毎度こうして話しかけてくる。

 

「大丈夫ですよ。俺はこの生活をもう一年以上続けているんですから。……それでは俺は行きます。」

 

 こういう時は、とっとと撤退だ。昼まで寝た後にやる事はまだあるのだから。

 だが、彼女はそこで問屋を下ろさないようだ。

 

「あー、もうっ!待ちなさい!これから私、朝食だから付き合いなさいっ!奢ってあげるから」

 

「いや、良いですよ別に。俺、これから寝るんで」

 

 勘弁してくれ、と言いたいが彼女にその意思は伝わらないようだ。

 

「嘘ね。どうせ、この後またすぐに迷宮区に潜るつもりなんでしょう。いいから、付き合いなさい」

 

 いや、寝るつもりなんですけどぉ?!と言っても信じてはくれまい……。なんせ、自分は《攻略組》の中でも結構危ないレベルでストイックに攻略している人間と認知されているからだ。別にそんな事ないのに……。安全圏外で数日間野宿するのは?普通、普通。少なくとも俺の中では当たり前だ。

 

「出発前にポーションの買いに来たんだけど、今日はキャンセルね。……まったく。ゴドウさんたちとの迷宮区攻略の予定があったんだけど、お断り入れなきゃ」

 

 …………………………ゴドウ。

 

 ーーいや、そんなことよりもだ。

 どうやら、彼女は俺のために完全に一日開けるつもりのようだ。これは彼女に感謝の言葉を述べなければならないようだ。マジで何なの、この女?!余計な事しやがって有難うございますだ、クソッタレッ!

 

「い、いやいや!いいですって、シーナさんにも予定があるんでしょう?そちらを優先しまーー」

 

「はい、送信。これで、今日はフリーね。……何か言ったかしら?」

 

「…………いいえ、何でもありませんよ。」

 

 いつの間にか、彼女はフレンドかギルドのメッセージ機能で「今日は攻略休みます」という旨のメールを送ってしまっていたようだ。

 時々見せる彼女のこの強引なところには、お手上げだ。

 

「……分かりましたよ。食事でも何でも付き合いますから、今度からもう少し相手の事情を聞いてからにして下さいね」

 

 そう脱力気味に言って、俺はシーナさんに白旗を上げた。

 

 ふと、背後で雑貨屋のNPC店主が笑いを噛み殺しているのを見て、殺意が湧いてきた。二度とこの店は利用するものか。

 

 

++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 

「どうしたんですかい?ゴドウの旦那」

 

「………いや、あの娘が今日の攻略を所用で休むそうだ」

 

「…………へぇ。じゃあ、多分ナナシ君の所ですかねぇ。シーナ嬢は、最近随分とご執心のようですからねぇ」

 

「…………………」

 

「おっと、どうしたんですかい、お、と、う、さ、ん?」

 

「……………私は、あの娘の父親ではない」

 

「誰も、お嬢の父親が貴方とは言ってませんぜ」

 

「……………………………」

 

「クックックッ、冗談ですぜ、旦那ぁ」

 

 何処かで、男の噛み殺した笑いが響いた。

 




今回の登場人物

・ナナシ(Nanashi)……アインクラッド攻略組の一人。ソロプレイヤーで、かなり危なっしいと他攻略組のプレイヤーに認知されている。

・シーナ(Sina)……同じくアインクラッド攻略組の一人。ギルド《memento mori》のザブマスターを務める紅一点でもある。

・ゴドウ(Godo)……ギルド《memento mori》のギルドマスター。口数が少ない。

・フラット(Flat)……ギルド《memento mori》の古参メンバー。結構軽薄。


〜SAO未読者の為の基本知識②〜
・ナーブギアとは
VRMMORPG《SAO》のハード。世界初の《|仮想現実(ヴァーチャルリアリティ》を現実の物とした夢の機体。
ヘルメットのような形をしており、使用者はそれを被り「リンクスタート」と呟くと、意識を仮想世界へと旅立たせることが可能となる。

ナーブギアの3割は大容量のバッテリセルであり、特定の条件でナーブギアから高出力マイクロウェーブが発射され、使用者の脳を破壊する仕組みになっている。

マイクロウェーブ発射条件は以下の通り
①SAO内でプレイヤーアバターのHPが0となった時
②十分間の外部電源切断
③二時間のネットワーク回線切断
④ナーブギア本体のロック解除または破壊の試み


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EP-nf② ANOTHER RED(仮)

皆さんの中で今回の話を読んで、
「おい、コイツら……実は仲が良いだろう」思ったらって"お気に入り""高評価"お願いします。(嘘です。冗談です。面白いと思ったらで良いです。)


因みに、俺は思ったので自分の作品を"お気に入り"に登録しましたw


「……驚いた」

 半端、無理矢理連行(ドナドナ)されて食事処の席についた俺の第一声はそれだった。

 

「何よ、唐突に……」

 

 対面の席に座るシーナさんも少々困惑気味だ。

 そりゃ、席についていきなり「驚いた」などと言われたら困惑するだろう。

 

「いえ、シーナさんって『怪人ビックハンドグランマ』では無かったのですね」

 

 我ながら滅茶苦茶失礼である。

 

「何よ、唐突にッ?!」

 

 お怒りのシーナさん。さっきと同じ事を言っているがそこに孕んだ怒気が違う。

 すみません、わざとです。貴方に嫌われたくて、わざと火に油を注ぎました。それでも、根も葉もない悪口というわけではない。

 

「シーナさんっていつも籠手が大きいじゃないですか。だから、手もきっと大きいんだろうなぁ、とずっと思ってたんですよね」

 

 シーナさんの扱う武器は、片刃の両手剣《ラージ・ジョー》。モンスタードロップで得られる武器の中でも最高級。数多のプレイヤー鍛治士が羨み妬み、目標とするオーパーツ。所謂《魔剣》クラスの武器の一つだ。その《ラージ・ジョー》は、名前に『Large(大きい)』が付くに相応しい巨体だ。 彼女の身長は、目測で165cm程度。女性の平均身長よりも高い。そして、《ラージ・ジョー》の全長は、その彼女の身長の約1.5倍はあるのだ。当然、一撃の重さも異常の一言。威力重視の両手斧プレイヤーも裸足で逃げ出すこと必至だ。バケモノである。武器も、それを軽々と振り回す彼女も。 

 

 閑話休題。

 

 そんなドデカイ武器は当然柄も長く太い。普通の手では掴んで持ち上げることさえ難しいだろう。だから、彼女の腕はちょっとアンバランスな程デカかった。いつも、籠手を装備しており、その籠手ごしからしか見たことは無かったが、それでも異常なレベルで大きいのだ。時々、その大きな腕のせいでフラフラと揺れている彼女を見て『ヤジロベエ』を連想したことは一度や二度ではない。

 だったのだが、

 

「あのデッカい腕は籠手だったんですね」

 

「当然じゃない?!」

 

 流石に料理を食べる時は外す。籠手をアイテムストレージにしまい、剥き出しになった彼女の手は……あら不思議。普通の人間サイズの手だ。寧ろ、いつもの着物やローブのような広く大きい袖のせいで隠れて見えない。

 

「何ッ?ナナ君、貴方……まさか、私の腕あの籠手と同サイズだと思ってたの?!」

 

「てっきり」

 

 テヘペロリンコ(尚、死んだ魚の目)。

 

「そんな訳無いじゃないッ。そんなバケモノ居てたまるかッ!貴方の目って昔から死んだ魚みたいな目をしてるけど、本当に死んでるんじゃないの!!」

 

 酷い言われようである。俺の目が死んでるのは事実だけど、人には言ってはいけない事があるのではないだろうか?とは、対面に座る女性に「怪人」「ビックハンド」「グランマ」と言ってのけた男の言葉である。

 

「……………ていうか、『ビックハンド』はともかく『怪人』って何ッ?!『グランマ』って何?!私をババアって罵りたいの?!」

 

 …………山姥(やまんば)的な?

 

 しかしここはナナシ、「人には言ってはいけない事がある」ことを学んだ彼が華麗に黙殺する。

 

「そうなると、逆にシーナさんの籠手がどうなってるか気になりますね。あの籠手、絶対指が籠手の指先に入ってないでしょう」

 

「無視?!無視するっていうの?!」

 

 その通りです。

 

「一度、籠手の中身見せてくれません?俄然、興味が湧いてきました」

 

「……見せる訳ないでしょ。バーカ、バーカ。あとバーカ」

 

 おっと、シーナさん。叫び疲れたのか静かになったが、逆に拗ねてしまわれた。

 まぁ、強引にドナドナした仕返しには丁度良いだろう。

 

「あ、店員さん。この一番上のセットメニューのヤツお願いします。シーナさんは、どれにしますか?」

 

「……貴方って、ホントマイペースよね。いいわよ、もう。……すいません、私も彼と同じのお願いします」

 

 恨めし気に睨んでくるシーナさん。それも数秒の事。さっきまでの事をスッパリと切り替えて注文していく。

 

「店員さん、やっぱ一個下のヤツでーー」

 

「何でよッ!?」

 

 別に、シーナさんと同じヤツが嫌だったとかそういうのじゃないよ?ホントだよ?

 

 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 

「それにしても意外だったわ」

 

「何ですか?唐突ですね」

 

 先程、いきなりの「驚いた」発言への仕返しだろうか?

 

「7日前の事よ。この層のフィールドボス討伐会議の時に、貴方あの《黒の剣士》君に食ってかからなかったでしょ」

 

「………俺、あの人に喧嘩売った事ありましたっけ?」

 

「……何で、貴方が知らないのよ。私が知る限りではそんな事ないけども……。でも、彼の発言は、一秒でも早くこのデスゲームから解放されたい人たちにとっては到底受け入れられない物じゃなかったかしら?」

 

「………………」

 

 俺は、ゆっくりと記憶を探り、思い出す。その日の事を。たった一週間前の事だ、忘れる筈がない。寧ろ、こうやって思い出そうと努力する必要だってない筈である。なら、何故時間をかけるのか……。

 簡単だ。ほとんど聞いてなかった。それに尽きる。

 

 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 7日前。3月6日のボス討伐会議。それは、《血盟騎士団》副団長の《閃光》アスナによる前代未聞の提案から始まった。

 

 曰く、この層のフィールドボスを倒すのは中々に困難だ。

 

 曰く、事実、我々《攻略組》は長期間このフィールドボスに足止めをくらっている。

 

 曰く、フィールドボスをパニの町に引っ張っていき、フィールドボスがNPCを襲っている間に討伐してしまおう。

 

 というものだった(筈だ……あんまり覚えてないけど)。

 

 そこに食ってかかったのが、件の《黒の剣士》様である。

 

 曰く、NPCたちは生きている

 

 曰く、《閃光》様のやり方には従えない

 

 というものだった(………………気がしないこともない)

 

 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 

 なんとなく、フワッとした記憶だが思い出した(多分)。

 しかし、これは……

 

「……シーナさんは俺のことをかんじがいをしている。俺は別に攻略が多少遅れる程度の事は気にしない。……というか、攻略自体そこまで急いでいる訳ではありませんよ」

 

 ………………………寧ろ、とっとと攻略されたら困る。

 

「……へぇ、そうなの。フィールドボスをやっとこさで倒したー、って喜んでる私たちを尻目に一人迷宮区に向かって行ったっきり今日まで街に帰ってこなかった人が?」

 

 た、確かにぃ!?

 こ、これは否定できない……だとッ

 

「実際の所どうなの?何割くらい攻略したの?お姉さんに教えてみなさいな」

 

「…………もう、攻略自体は済んでる。隠し部屋がある事も考慮しめマッピングは9割五分。……当然、ボス部屋も見つけた。今は、《狩場》を探している所……かな?」

 

「……………………」

 

 深妙な顔になるシーナさん。

 

「ねぇ………本当に大丈夫?身体壊したりしてない?」

 

「………………………別に、大丈夫ですよ。体がどうにかなる前には帰ってきてますから」

 

 う、嘘はついていませんよ。実際、こうやって五体満足で帰ってきていますし。

 

「……………………」

 

 俺は、シーナさんの疑り深い視線を煩わしそうに顔を晒す。

 

「……ま、良いわ。信じてあげる」

 

 俺の真意を見抜くのを諦めたのか、彼女はカラッとした笑顔を作っている。

 

「それでも、気を付けなさいよ。最近は、何かと物騒なんだから」

 

 物騒……?

 

「あの噂の殺人(レッド)ギルドの事ですか?確か、大晦日に小規模のギルドの皆殺しにしたっていう。」

 

 殺人(レッド)ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。通称、《ラフコフ》。SAOサービス開始初期から攻略の妨害などの暗躍を行なっており、存在が噂されていた殺人集団。去年の大晦日、2023年12月31日に1つのギルドを皆殺しにし、翌日の2024年1月1日に存在が公表された集団だ。

 

「……大丈夫ですよ。少なくともシーナさんが気にする必要はありませんよ。アレは自分より弱い者を殺して悦に浸るゴミクズ共の集団でしょう。」

 

「ナナ君……?」

 

 急に人の名前を呼んでどうしたんだろうか?

 

「少なくとも、プレイヤーの中で最も高いレベルの俺たちには手を出してきやしません、って話ですよ」

 

 あまり、気分の良い話でも無い。とっととこの話は終わらせようか。

 

「そう……そうなんだけどね……」

 

「………まだ何か?」

 

「ナナ君知らない?実は、噂でもう1つ危なそうな集団があるそうなのよ……」

 

「…………もう1つ……ですか?」

 

 流石に、それは知らないな……。

 

「ナナ君はさーー

 

 彼女は言う。もう1つの殺人を旨とするであろう狂気の集団の名を。

 

 

 ーー《無貌(No Face)》って知ってる?

 

 

 

『お客様、お待たせしました』

 

 NPCの店員が注文したメニューを届ける声をどこか遠くで聞こえた。




今回の登場人物

・ナナシ(Nanashi)……《攻略組》の中で標準的な片手用直剣を扱う。立ち回りも割と基本に忠実。彼が、攻略にストイックなイメージを持たせているのは、彼のスケジュール管理である。

・シーナ(Sina)……魔剣《ラージ・ジョー》という巨大な片刃の両手剣を担ぎ、突っ込むパワーファイター。しかし、スピードもなかなかで「コイツのステータスどうなってんだ」と全攻略組プレイヤーから全力の疑問を持たれている程の常識外の筋力値と敏捷値を兼ね備えている。


☆それはそうと

「身体」とは、物理的な肉体とは別に。精神、心を指すことがあります。
つまり、そういうことです。



〜SAO未読者の為の基本知識③〜
・SAOプレイヤーの代表的な活動パターン

①モンスターが出現せず、他者からのダメージが一切除外された《圏内》に引き篭もり、救助を待つ

②《軍》と呼ばれるSAO内最大勢力に所属し、様々な恩恵と義務を与えられながら生きていく

③プレイヤーを襲う、あるいは殺すことで他人の物を奪って生活する(いわゆるPK,PKer)

④クリアは最終的な目標としているが、その日の生活の為に攻略済みの階層でモンスターを狩り生活している

⑤SAOクリアを目指し、上層へと登っていく者《攻略組(フロントランナー))


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EP-nf③ 《無貌(No Face)

ちょっとラストに手を加えました!


 レストラン内の1つのテーブルで注文した食事に舌鼓を打ちながら少し困惑の混じる声が響く。

 

「《無貌(No Face)》?」

 

 単語を口の中で転がしながら記憶を漁ってみる。

 …………………………聞いたことがない。それは初耳の単語だ。

 

「厳密には、その連中の頭目らしき男の通称だそうよ」

 

「へぇ……」

 

 ……聞いたことないな。

 

「その頭目の男は、黒づくめ出で立ちで顔はかぶり物の影で完全に中が覗けないそうよ。……ようは顔無しよ、上位幽霊(アークレイス)みたいなの」

 

「ふむふむ」

 

「その男の仲間たちは、顔を白の仮面で隠した黒づくめでーー」

 

「ふむふ………ん?」

 

「『ん?』って何よ、『ん?』って。やっぱり聞いたことあった?」

 

「いや……うーん……やっぱり………ないですかね?」

 

 最後の情報だけなら心当たりがあったのだが、顔無しのリーダーとなると考えてたヤツでは無いか……。

 

「なんで私に聞くのよ……。少なくとも噂だけなら《攻略組》全員が知ってるわよ」

 

 《攻略組》が全員?

 

「俺は知りませんでしたよ」

 

「…………………貴方以外、ね」

 

 ふむ、この手の情報(・・・・・・)を俺が知らないとは……情報収集を怠りすぎたかな?しかしーー

 

「しかし、よりにもよって、どうして『《攻略組》が』なんですか?寧ろ、その手の情報は下層の人たちの方が重要度が高いと思うのですが……」

 

 先程も言った気がするが、犯罪を犯すプレイヤーは確実性を重んじる。ーーつまり、自分たちより弱い奴を、自分たちより少ない連中を狙うのだ。確かに、今年の1月の《ラフコフ》の台頭に呼応するように現れたらしい《無貌(No Face)》は全プレイヤーにとって無視しえない存在だろうが……

 

「もう……察しが悪いわね……。つまり、その《無貌》の連中は、私たち《攻略組》の脅威になりかねないからよ」

 

「……うん?えっと……つまり、もう被害が出ていると?」

 

 そうだとしたら、確かに不味いな。

 

「いいえ、出てないわ」

 

 ………出てない?

 

「厳密には、『今はまだ』と『《攻略組》には』って但し書が入るのだけど」

 

「……と言いますと?」

 

「なんと言うのかしら……えっと、《攻略組落ち》?って呼ばれてる人たちの中に何人か被害が出ているそうなのよ」

 

 《攻略組落ち》。読んで字のごとく、実力面か精神面かで《攻略組》に着いていけなくなった連中の事を指す。

 なるほど、落ち目とは言え《攻略組》と同程度の実力者が殺されたとなると、そりゃ戦々恐々だ。

 

「調べてみたら、結構昔からあったみたいなの。勿論、全員って訳じゃないわよ。寧ろ、そっちの方が少ない」

 

「偶然の可能性は?」

 

「無いとは言わないけど……腐っても以前まで第一線で戦っていた人たちよ。それが、下層に降りて間もない時期に死ぬ。それもそれなりの数が……確かに《攻略組落ち》の総数から見た死者の数は少しよ。……だけど、おかしなタイミングで死んだ……不審死の件数と考えたら決して無視できない物だわ」

 

 被害がどれだけかは分からないし、数を教えられてもピンとこないだろうが、最前線のギルドをほぼ単独で切り盛りしているやり手の彼女がいうのなら間違いないだろう。

 

「成る程……。早い内に叩いておかないと、調子にのったその《無貌(No Face)》の連中が《攻略組》にまで手を出してくるかもって訳か」

 

「ま、そういうことよ。最近は、《血盟騎士団》や《聖竜連合》の人たちが少なくない人数を登用して調査に当たってるわ。……一応、私たち《memento mori》も最近はそっちがメインになってるわね」

 

「へぇ、メメモリってそこまで人数に余裕があったんですね」

 

「いえ、無いわよ。……でも、ゴドウさんが気になってるそうなのよねぇ……」

 

「…………………へぇ」

 

「昔からゴドウさんってそういうとこあるのよ。普段は何も言わずに私たちに合わせてくれる、協調性の塊みたいな人なんだけど……。放っておいたら、一人で行っちゃいそうだし。あまりそういう事に割く人的余裕は無いんだけど、サブマスとしてはギルマスの補佐もしたーー」

 

「では、今日もその《無貌(No Face)》の調査に向かうところだったんですか?」

 

「ーーえ?いいえ、今日は違うわ。あまり《無貌》の件に気をかけすぎると、《memento mori(ウチ)》の攻略に差し障るからって、私がゴドウさんにお願いして調査の切り上げさせたの。……それも、誰かさんのせいで私だけオジャンなんだけど……」

 

 そう言いながら、シーナさんはこちらを見る。それ、俺のせいですか?絶対違いますよね?冤罪ですよ、それ。

 

「……ま、いいわ。それで、今日は何をするの?貴方の為に一日あけたんだから、付き合うわよ」

 

 …………………。ホント何なのこの人ぉ……。

 

「………そうですねぇ」

 

 マジでどうしよう……。本来の予定は、このまま宿で仮眠とってから、迷宮区のマップデータを情報屋に売ってからまた迷宮区に潜る筈だったのだが……。

 

「あ、じゃあ《無貌(No Face)》の調査っての気になりますね。俺も調査してみましょうかね」

 

 個人的にその連中の事気になるし。

 

「えー……」

 

 まぁ、先日までその調査していたシーナさんは乗り気ではないだろう。

 

「別に着いてこなくてもいいですよ。俺、一人で行くんで。…………それはそうと、ご馳走さまです」

 

「え、もう食べちゃったの!?ちょっ、ちょっと待って、私もすぐ食べ終えるから!……って、私全然食べてない!?」

 

「いえ、ゆっくり食べていていいですよ。シーナさんにとっては、ずっとやってた《無貌(No Face)》調査の繰り返しになるでしょうし」

 

 ですから、ギルドメンバーと迷宮攻略に戻ってもらって結構ですよ。

 

「あ、ちょ!?待ちなさいッ!」

 

「やっぱりシーナさんに借り作るのアレなんでお金だけ渡しときますね!……じゃ、ご馳走様でした!」

 

 それだけ言ってナナシは、

 

『お客様、店内では……』

 

 店員NPCの注意を置き去りにしてレストランから走って消えていった。

 呆気に取られたシーナは、ナナシに逃げられた事に思い至り怒りの声を上げる。

 

「………もうっ!何なのよぉ!!」

 

 彼女の視界には、ナナシからシーナ宛にレストランで消費した料金(コル)が振り込まれた事を示すメッセージのウィンドウが写っていた。




今回の登場人物
・ナナシ
 シーナのことは嫌っている?
・シーナ
 お姉さん肌だがギルドのメンバーは皆年上で、年下のナナシには度々気にかけている。



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EP-nf④ 本日の迷宮区。モンスター時々地震。つまり平和だ(錯乱)

【重要】
ここは、最新話ではありません。
目次からの小タイトル末から(NEW!!)表記を探してお読み下さい。
読者の皆様にはご迷惑をおかけします。




久しぶりのこっち更新。

それにあたって前回のラストを変えました。レストランでナナシはシーナからの逃走に成功しています。


 アインクラッド第56層迷宮区。

 

「ッッシャオラァア!!!」

 

 という女の子にはあまりして欲しくない雄叫びと共にアインクラッド最前線である迷宮区にて、今日何度目かの激震が走った。

 その原因がいる迷宮区の一角でモンスターが断末魔の悲鳴をあげることさえ許されず絶命した。いや、もしかしたら悲鳴を上げていたかもしれない。だが、そうだとしてもシーナの圧倒的な怪力(STR)によって振り下ろされた圧倒的質量を持つ両手剣《ラージ・ジョー》が地面に炸裂する大音響によって掻き消されて誰にも届かない

 

 彼女と行動を共にするパーティメンバー達は怒れる獅子……いや、鮫に顔を青くさせていた。

 しかし、そのパーティメンバーにも2人程例外がいた。

 

「……………随分と怒っているな。珍しい」

 

「タハー!こりゃ、アネサン随分とおかんむりじゃねーですかい」

 

 一人は寡黙で口数の少ない男。ギルド《memento mori》のギルドマスターであるゴドウ。

 もう一人は、随分と軽薄で年下のシーナをアネサンと呼ぶ男。同じくギルド《memento mori》の最古参メンバーであるフラットだ。

 

「………あの娘は今日の迷宮区攻略を休むと言ってなかったか?」

 

「言ってやしたねぇ……」

 

 心配気なゴドウに対し、何故かしみじみと答えるフラット。彼女は、自分が提案した迷宮区攻略に今日になって急に休みたいとメッセージを送ってきたのだ。だというのに、蓋を開けてみれば不機嫌さを一切隠しもしないで攻略メンバーの集合場所にいたのだ。そして、迷宮区に入ってずっとあの調子だ。

 

「…………やはり休ませた方がーー」

 

 彼女の事を実の娘のように可愛がっているゴドウとしては彼女の異常に気が気でないようだ。

 

「いやいや、アレはアレで良いんですよ。ストレスは発散出来る時に発散させとかないと。……寧ろ、溜め込まれた場合、後が怖い」

 

 それに対し、フラットはどこまでも自然体だ。

 

「………………ストレス?」

 

 少々、ゴドウは言うべき内容が足りていないが、付き合いの長いフラットは彼が言いたい事を全て理解している。

 

「あー……。多分違うんじゃないですかね?ギルドのサブマスターとしての役割にストレス、とかじゃあねーでしょう。恐らく……いや、十中八九アネサンが最近ご執心のナナシのアンチャン絡みでしょうね」

 

 おそらく、シーナ嬢はあの少年と今朝出会って彼の為に時間を作ったが、案の定逃げられたのだろう。もうそういう場面を何度も目撃している。

 

 フラットから見て、あの少年は何というか色々とおかしい。このSAOという世界でタガが外れた人間というのは一定数いるが、アレはその中でも極め付けの部類だ。言ってしまえば社会不適合者。それが無理矢理社会に溶け込んでいるような違和感を覚える。それが悪いとは言わないが、どことなく危なっかしい姿が他とは浮いて見える。

 そんな彼を、実は根っからの世話焼きでお姉さん気質のシーナ嬢が執心するのは目に見えていた。特に《memento mori》のメンバーで彼女は最年少。サブマスターを担っているが、メンバー全員から可愛がられる存在だ。悪い言い方をすればあの少年はそんなシーナ嬢の世話を焼く相手として格好の的だったのだ。

 しかし、ソレをある意味一人で完結しているあの少年は受け入れないだろう。受け入れていたら色々と楽だったが、実際、半ば拒絶されている。それに対して……まぁ、このようにストレスを溜めて現在発散中という所だ。あの少年にとってはいい迷惑だろうが、もうちょっとオブラートな対応をお願いしたい。

 

「………………ぬう?」

 

 そういう年頃の乙女心とは無縁だったであろう我らがギルドマスターは、やはりよく分かっていないようだった。

 それにフラットは苦笑する。

 

「ま、その辺は出来る限り俺がフォローしますよ。………………それはそうとあのアネサンの背後とっているモンスター拙くないですかね?」

 

 シーナ嬢は目の前のモンスターの集団を一匹づつ……いや、時々二匹まとめて叩き潰していて背後の一体には気付いていないようだ。

 

「………問題無いだろう」

 

 だが、ゴドウはそれに対して何の危機感も覚えていない様子。

 

「え?でもですよ?…………って、マズ!アネサンっ!背後のモンス…………たー………を握り潰しちゃいましたね……」

 

 シーナ嬢は、背後からジリジリと近付いていたモンスターに気付いていたのか、手の届く範囲にまで近付いてきた瞬間その顔面を左の巨腕でひっ掴み、片手で背負い投げをするように地面に叩きつけた。そして、一拍遅れてグシャと頭が潰される音を捉えた。……捉えてしまったというべきか。

 

「フラットさん、何か言いました?」

 

 フラットに話しかけるシーナはさっきまでの鬼神の如き大立ち回りが嘘のように普段通りに話かけてくる。

 それにフラットは、何故か背筋が冷えた。

 

「い、いや。何でもないっすよーアネサン」

 

 幸いと言うべきか、言葉に震えが乗らなかった。

 

「……ふむ、シーナは仕方ないにしてもこれでは他のメンバーの為にはならんな」

 

「ゴドウの旦那?」

 

「……二手に別れる。私とシーナ、お前と他3人だ。其方の先導は任せる」

 

「…………へい」

 

 それだけ言って、ゴドウはシーナの下に歩いていく。

 

「シーナ!余所見をするな!まだ、モンスターは残っているぞ!!」

 

「は、はい!すいません!」

 

「今日は二手に別れる!シーナと私!フラットとガゼルとキリハとサルヒコだ!いいな!!」

 

「「「「は、はい!」」」」

 

 ゴドウの堂に入った指示に、他のメンバーは顔を青くしたまま、若干でも気分の持ち直したシーナはゴドウと二人っきりだという事にどこか嬉しそうにしながら了解の意を示す。

 

 そんな5人を少し離れた所から見ながらフラットは呟く。

 

「………いやホント、大物だなぁ」

 

 あの戦闘に全く動じないゴドウもだが、シーナ嬢から逃げて平気で怒らせるナナシにもだ。

 

「フラット!聞いているか!」

 

「へーい、聞いてますよー」

 

 今日も最前線は程よく命の危機を隣に平和に過ぎていった。

 

 




という、とあるアインクラッド攻略組の風景でした。次回は裏方(と書いてメインと読む)の《無貌》サイドにするかねぇ?もしくは、ナナシ視点かな?


今回の登場人物
・フラット……ギルド《memento mori》の最古参メンバー。斥候(スカウト)役を担っており、偵察、罠発見解除など様々な点でギルドに貢献している。使用武器はダガーと投剣。毒の扱いに長け、様々な状態異常をモンスターに与える。性格は軽薄。しかし、思慮はそれなりに深く。際物のギルドリーダー2人のサポートに徹していたりする。

・ゴドウ……ギルド《memento mori》のギルドマスター。昔、とある一件から他人との会話を避けていた為、寡黙なイメージを持たれている。今でもイメージ通りだが、ギルドマスターとして行動する時は力強い声でメンバーを導く。使用武器は両手斧。豪快な戦闘スタイルのシーナと違い、一撃の重さを求めつつも堅実に立ち回る。

・シーナ……ギルド《memento mori》のサブマスター。戦闘面では豪快、強烈、一撃必殺の超パワーアタッカー。だが、ギルド運営の事務能力も高くギルドの屋台骨をほぼ単独で支えているやり手でもある。ゴドウには好意があるが、それは異性としてでは無い。あくまで「命の恩人」「尊敬」「父親のような存在(血縁無し)」である。…………ファザコン?(←作者、今気付く衝撃の事実w)

・ガゼル……ギルド《memento mori》のメンバー。使用武器は両手用長槍。豪快反面スキが大きいシーナをフォローするために長い射程で敵モンスターを牽制するの事を目的にしているが、シーナが自力で何とかしているため日の目をみることがあまり無いもよう。シーナに気があったりなかったりしないこともない。

・キリハ……ギルド《memento mori》のもう一人の女性メンバー。年下で同性のシーナがほぼ一人でギルドを切り盛りしている事に心配と不安を覚えているが、比較的新しいメンバーの為口には出せていない。片手剣を使っているが、最近はフラットの下で偵察(スカウト)や投剣の手解きを受けている。

・サルヒコ……ギルド《memento mori》のメンバー。結構惚れやすく、色んな女性に声をかけてアッサリと袖にされる。最近、《血盟騎士団》の副団長に告白して断られている。その生き様に、少なくない最前線メンバー(男限定)に尊敬の目を向けられている(という事は本人は知らない)


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