闇の隣に虚あり (ジャンボどら焼き)
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プロローグ


ブラッククローバーの二次小説です。
ヤミの昔話が大雑把だったので、なら好きなように脚色しちまえと思って書きました。

もしも間違った解釈があれば指摘お願いします。



 クローバー王国のとある海岸。

 白いタンクトップに黒いズボン、そして腰には一振りの刀といった風貌の少年が一人、寄せては返す波を見つめ小さく呟いた。

 

「まいったな……ここどこだ」

 

 困った、そう息を吐く少年の隣には粉々になった船の残骸が転がっており、否応なしに漂着したことを教えてくる。

 少年の記憶ではただ父親とともに漁へ出ただけ。何も変わらない日課のハズだったのだが、運悪く難破し気がつけばどこかわからない場所へと漂着していた。

 帰ろうにもどこへ行けばいいのかわからないし、何よりも帰るために必要な船もない。まさに状況は絶望的だというわけだ。

 

 あーどうしよ、特に緊張や不安もない声を出しながら少年が海を眺めていると

 

「キミ、もしかして国の外から来たの?」

「んー?」

 

 不意に背後から声をかけられ少年が振り返ると、そこには黒の長袖に短パン姿の彼と同年代の黒髪の少年が立っていた。

 にこり、笑みを向ける長袖少年に遭難少年は不審そうな目を向ける。

 

「もし困ってるのなら、僕のところに来る?」

「え、いいの?」

「うん」

 

 不審そうな目は何処へ。長袖少年の言葉に難破した少年は一つ返事で承諾。

 二人は互いに手を差し出すと握手を交わし

 

「俺はヤミ。ヤミ・スケヒロだ、世話になるな」

「僕はレイ。レイ・バスカビル、よろしくね」

 

 

 

 

 

「ここが僕の家だよ」

「……なんつーか、ぼろっちいな。てか本当に家か、これ?」

 

 レイに連れられてヤミがやってきたのは、海岸からそう遠くない場所に建てられたボロボロの家屋。

 一目でレイの手作りだとわかるその家は、まだどこぞの馬小屋のほうがマシだと思わせるほどで。

 

「これまで僕一人で暮らしてたから、ボロボロなのは気にしてなかったんだけど……やっぱり気になるよね」

「……まぁ屋根があるだけマシか。居候の身だし、ボロっちくても我慢してやるよ。どんなにボロっちくても」

「ヤミってさ、正直だよね。なんかいっその事清々しいよ」

 

 レイの家へ上がり、ようやく一息つけたところでヤミが質問をする。

 

「幾つか聞きたいことがあんだが、まずここどこだ?」

「ここはクローバー王国っていう国でね、僕達がいるのはその中の『平界』にある町の一つだよ」

「へいかい? なんだそりゃ?」

「あぁ、『平界』っていうのはね……」

 

 レイからの話を聞くに、このクローバー王国には王族・貴族が暮らす『王貴界』と平民が暮らす『平界』、そして下民が暮らす『恵外界』の三つに区分けされている。

 上に行けば行くほど町は栄え、下に行くほどに田舎になっていく。ヤミが漂着したのはこのうちの『平界』である。

 

 クローバー王国は階級制度によりこうした身分ごとで住む場所が分けられ、『恵外界』の人々は教育すらまともに受けられない現状にあった。さらに出稼ぎに来てもろくな働き口が見つからず、滞在費だけがいたずらに増えて行くという問題も。

 

「身分差別ねぇ……だったらお前はどうやって生活してんだ? 歳も俺と同じくらいだろうし、働いてるわけじゃねぇだろ?」

「食べ物だったら釣りで魚が食べられるし、近くの森に行けば獣もいるから、食には特に困ってないね。住む所も……こんなだけど我慢すれば十分住めるし」

「獣って、その見た目で狩りしてんのかよ」

 

 そう言いつつ、ヤミは目を細めてレイを見る。

 彼の体はお世辞にもがたいが良いとは言い難く、むしろ線が細く華奢な印象の方が強い。家の中を見渡しても釣り道具以外は特にこれといったものはなく、とても狩りをしているようには思えない。

 

「僕だって男だからね、狩りの一つや二つくらい余裕だよ」

 

 そうは言うがとてもそう見えない。もしかしたら長袖の下はすごいのかもしれないが、男の体に興味はないヤミはスルーする。

 

「ところでヤミはどこから来たんだい? 海岸にいるってことは海を越えてきたんだろう?」

「俺は日ノ国っていってな、東にずっと海を渡った所にある島から来た」

「へー日ノ国かぁ。聞いたことないってことは、相当遠くから流されてきたんだね」

 

 あんな木の小舟でよく海を渡って来れたな、レイはヤミに関心する。

 

「それでこれからどうするの? やっぱり自分の国に帰る?」

「んー……また海渡るの面倒くせえし、無事に帰り着けるかわからねぇし……うん、ここに残るわ」

「なんというか、簡単に決めるんだね」

 

 故郷になんの未練も感じさせないヤミに思わず苦笑するレイ。会って間もないが、ヤミがとてつもなく豪胆な性格をしていることだけはわかった。

 そんな感じで数十分話し合っていると

 

「あー……ずっと座ってるのも疲れたな。気分転換に街でも行ってみるか」

 

 ぐぐっ、と背伸びをし立ち上がるヤミ。どうやら街を見て回るつもりらしい。

 

「うーん、街に行くのはちょっとやめた方がいいかもよ」

「あ? なんで?」

 

 後頭部を掻きながら言うレイに、ヤミは片眉を上げて理由を尋ねる。

 

「ヤミが漂着者だってことは、多かれ少なかれ街に流れているはず。行ったらきっと面倒くさいことになると思うよ」

 

『恵外界』なら兎も角、『平界』や『王貴界』では差別が根強く広まっている。国の外から来たヤミが行けば、おそらく格好の的になってしまう。

 そんな未来を予想し止めるレイだったが

 

「知るか。やりたい奴にはやらせとけばいいんだよ」

 

 ぼりぼりと頭を掻きながらヤミは出口へと足を向ける。

 そんな彼の背中を視線で追うレイは「まったく」と、困った笑みを浮かべその後を追うのだった。

 

 

 

 

「なに、あの目つきの悪い子供」

「なんでも外の国から漂着したらしいわよ」

「それに後ろのあの子、海岸で暮らしている捨て子じゃない?」

「まぁそれはお似合いな組み合わせだこと」

 

 ひそひそ、というわけでもなくヤミやレイの耳にも届くような声量で話す人々。

 そんな奇異の目を向けられる中、ヤミは特に気にした様子もなく足を進め

 

「なんつーか、絵に描いたような反応だな。一周回ってむしろ何にも感じねぇわ」

「ははっ、ヤミってもしかして心臓に毛が生えてるんじゃない?」

「あれ、それって褒めてる? それとも貶してる?」

 

 周りの声など意にも解さないヤミに笑みを浮かべながら話しかけるレイ。普通の人ならなにかしら反応を示すはずだが、やはりヤミは一味違かった。

 

「にしてもこの街の家って石でてきてんのな」

「ヤミの国は違うの?」

「俺の国は木で作ってる。石の家なんてもん見たのは初めてだ」

 

 そういえば彼の乗ってきた船も木で出来ていたなと思い出すレイ。こちらと違って、日ノ国ではそうした文化が発達しているのだろうか。

 ヤミの国との文化の違いについて話しながら歩いていると

 

「おいおい、家なしのガキと国の外から来たガキが、なに普通に街中歩いてんだ?」

 

 人気の少なくなった路地裏に入るやいなや、二人を取り囲む男の集団が。

 そんな男たちにヤミは視線を鋭くさせ睨みつけ、レイはこうなることを予期していたのか、はぁ、とため息を吐く。

 

「なんだテメーら。通行の邪魔だ、さっさとどけ」

「あ゛あ゛⁉︎ この国の人間じゃねぇガキが、なにほざいてくれてんだ!」

「お前らみてーなガキが歩いていい場所じゃねぇんだよ、ここは!」

 

 どうやら退く気はないらしく、むしろさらに人が集まり道を塞いでいく。この後に起こる展開を余裕で予測できたレイは、気だるそうな半目をヤミへと向ける。

 

「どうする、ヤミ?」

「どうするもなにも、あっちが通さないっつうんなら──無理やり通るだけだ!」

「はぁ……まっ、そういうと思ってたよ」

 

 ヤミは腰の刀を抜き、レイは拳を構える。臨戦態勢に入った二人を見た男たちも各自戦闘態勢に入る。

 

「それじゃあ一つ」

「派手にかますか!」

 

 それからの展開は一方的だった。

 ヤミの刀による近接に敵うものはおらず、レイも華奢な見た目からは想像できない身体能力で男たちをなぎ倒していく。

 

「おらおら、喧嘩売っててこの程度か!」

「ぐっ、こいつらばか強ぇ!」

「くそっ……これでもくらえ!」

 

 あまりにも強すぎる二人を前に、男たちの中の一人は腰のホルスターから一冊の本──魔導書(グリモワール)を取り出す。

 

「鉄創成魔法『バレットナイフ』!」

 

 突き出された右手から放たれる、魔法で作られた刃物の銃弾。

 それなりの速度で放たれたそれはレイの右頬を掠め、ツゥ、と一筋の線から血が流れる。

 

「お、おい! ガキ相手に幾らなんでもそれは……」

「うるせぇ、このまま黙ってやられてたまるかよ! なに、手加減はしてやるよ」

 

 男が魔法を使ったことで、周りの面々もそれぞれの魔導書(グリモワール)を取り出す。

 しかしそんな男たちにも、この二人は一切怯むことはなかった。

 

「ったく、せっかく気絶程度で済ましてやろうと思ったのによ……魔導書(それ)出すってことは、覚悟はできてんだろーな?」

「これはちょっと、彼らにお灸を据えてあげないといけないね」

 

 怯むどころかむしろ、一層良い笑みを浮かべる二人に対し、男たちは自分たちの選択を激しく後悔する。

 そしてそれからは手加減をなくした二人により、よりボコボコにされる男たち。魔導書(グリモワール)なしでも圧倒するその様は、男たちにとっては悪魔に見えただろう。

 

『『『本当にすいませんでしたぁ!』』』

 

 瞬く間に全滅させられた男たちは魔導書(グリモワール)を没収され、その場に正座をし二人へ土下座をする。

 そんな男たちを腕組みし見下ろすヤミは、彼らに向けて一言

 

「んじゃテメーら、今持ってる金全部出せ」

 

 

 

 

「いやー儲けたな」

 

 金の入った袋を上に投げながら上機嫌に言うヤミ。

『平界』に住むだけあり、それなりにお金を持っていたようで。全員から金を没収したことによりそこそこの資金を手に入れることができた。

 

「ほとんど恐喝まがいだったけどね」

「あっちから仕掛けてきたんだ。これくらいが普通だろ」

 

 これぽっちも悪びれることなく言うヤミに苦笑するレイ。

 ただお金が手に入ったのは間違いなくプラスだ。これで調味料を買うことができ、今までよりも美味しい食事を食べることができる。

 もうただ焼いただけの肉や魚を食べる生活とはおさらばだ。

 

「それじゃ買い物して帰ろう。お金も入ったし、ヤミの歓迎会をかねてちょっと豪勢にいこうか!」

「お、マジで? なら肉が食いてーな」

「なら焼肉に決定だね」

 

 肩を並べて歩く二人。

 これが『海岸の双子悪魔』と呼ばれる、彼らの始まりの日。

 そして後の『黒の暴牛』団長と副団長の出会いの日である。

 

 

 

 

 





とまぁこんな感じです。
原作始まるまで時間は飛ばし飛ばしで書いていこうと思ってます。



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未来へ繋がる出会い

 ヤミとレイが同居してからそれなりの月日が流れた。

 漂着者のヤミと海岸暮らしのレイは町の誰もが知る存在となり、また喧嘩相手を片っ端からボコボコにしていく様から『海岸の双子悪魔』と呼ばれている。

 町を歩けば誰もが目をそらし、話しかけてくるのは腕試しとばかりに挑んでくる物好きだけ。そんな相手を返り討ちにする生活を送る二人は、瞬く間に町のトップに上り詰めた。

 

 そんな彼らは現在、太陽の昇ったばかりの海岸で互いの獲物をぶつけ合っていた。

 

「おらぁ!」

「おっとと!」

 

 カンッ──甲高い音を立ててぶつかり合うのはヤミお手製の木刀。

 刀を持っていただけあり、剣術に関してはそれなりに心得のあるヤミが若干優勢ではあるが、レイもまたその身体能力を生かして互角に戦う。

 

 町のトップに上り詰めた後、彼らに挑むものはいなくなり。体を動かさないと鈍るというので、こうして二人で修行を兼ねて戦っているわけだ。

 

「よいしょ!」

「チッ、また目眩ましか!」

 

 砂浜の砂を巻き上げヤミの視界を奪うレイ。相手の姿を見失い舌打ちするヤミだが、

 

「──そこか!」

 

 右側に木刀を突き出すと、カンッ、という音が響く。煙が晴れるとそこには、ヤミの木刀の切っ先を受け止めるレイの姿が。

 

「気配は完全に消したと思ったのに……やっぱりヤミの”氣”を読む力はすごいや」

「見よう見まねでモノにしたテメーに言われたくはねぇよ、この才能マンが」

 

 ”氣”。それは人から発せられるエネルギーで、ヤミはこれを感知することで視界を塞がれた状態でもレイの居場所を突き止めたのだ。そしてそれはレイも同様で、彼の場合はヤミの真似をしていたら手に入れたモノで、精度ではヤミには数歩劣っている。

 しかし本来”氣”を感知する力はヤミの祖国である日ノ国の技術で、それを真似ただけでやってみせたレイは確かに戦闘に関する天賦の才能があるのだろう。

 

 互いに一歩も譲らない攻防の中、この均衡を破ったのはヤミだった。

 ヤミは自身の木刀に魔力を込めると、その刀身を黒い魔力が包み込む。

 

「ちょ、ヤミそれは反則だよ!」

「うるせえ! いい加減くたばれや!」

 

 魔力を帯びた木刀を振るうヤミ。レイも咄嗟にその一撃を木刀で防ぐが、なんの魔力も帯びていないただ木刀は無残に砕け、喉元に切っ先を突きつけられる。

 

「はい、俺の勝ちー」

「もう、それ使うのは卑怯だよ」

「知るか、勝てばいいんだよ勝てば。というわけで、今日の食料調達よろしく」

 

 負けた人がその日の食料を調達する。そのルールに従い、渋々ではあるが朝食の食材を取りに、レイは森へと向かうのだった。

 

 現在126戦。

 戦績:ヤミ 54勝50敗22分け──レイ 50勝54敗22分け

 *ヤミの敗北と引き分けは魔法使用無し

 

 

 

 

 

 

 レイの住む海岸の近くにある森の中。視界を埋め尽くすほどに生い茂る樹々、その枝から枝へと飛び移りながら移動するのは食料調達に出かけたレイだった。身軽に樹々の間を飛ぶその様はまるで忍者を連想させる。

 現在レイが森に入って大体10分が経過した。しかしおかしなことに鹿や猪といった動物はおろか、鳥のような小さな生き物すら視界に収めていない。

 

「……おかしいな。普通なら鹿の一頭や二頭は見つけられるはずなのに」

 

 なぜか森の動物たちが姿を消してしまっている。

 いったいなぜ、レイが疑問を抱きつつ森を移動していると、少し先の場所で火柱が上がる。

 

「うわっ……とんでもない魔力だなぁ」

 

 ヒリヒリと肌に感じる魔力に呆然とするレイ。あれほどの魔力量を持つ魔導師がなぜこんな森の中に来ているのか。

 一目見ようとレイは走る速度を上げ、炎の上がった場所へと向かうとそこには

 

「……女?」

 

 橙色の長髪を靡かせ、巨大な炭の塊の上で腕組みをする一人の女性が。よく見ればその塊は獣のなれの果ての姿で、先ほどの炎はこの獣を炭に変えたものだったのだと理解する。

 後ろ姿しか見えないが、彼女がまとっている赤いローブ、そして背中に描かれた獅子の紋章。あのローブと紋章は確か、クローバー王国 魔法騎士団の一つ

 

「……紅蓮の獅子王」

「──誰だ!」

 

 咆哮。獅子のそれを思わせるような一声とともに、女性はヤミよりも鋭い双眸でレイを射抜く。

 あまりの威圧感に、つい逃げ出しそうになったレイはなんとかその場に踏みとどまり、女性の前へと飛び降りる。

 

「何者だ貴様。もしや他国の刺客か?」

「えぇと、僕は『平界』の海岸に住んでいる者です。貴方は紅蓮の獅子王の団員ですよね? なんでこんな森の中に?」

「なに、『王貴界』は居心地が悪くてな。自然世界の方が過ごしやすいから、こうして足を伸ばしているだけだ」

 

 なんとも野性味にあふれた言葉を口にする女性に、レイは心の内で苦笑いをする。

 すると女性はレイを観察するかのようにつま先から頭まで眺め

 

「……どうかしましたか?」

「いや、なぜ『平界』の人間が、しかも早朝に森にいるのかと思ってな。なんでだ」

「それはその、朝食の食材を狩りに……」

 

 レイの言葉に女性はさらに視線を鋭くさせる。

 

「見た所魔導書(グリモワール)も所持していないが、その歳で狩りをしているのか?」

「まぁそうですね。獣程度なら素手で十分なので……それがどうかしましたか?」

「……なに、ただ気になっただけだ。では私はまだ行く所があるのでな」

 

 そう言うと女性は踵を返し、森のさらに奥へと向け走り出す。走る、といってもその速度は相当な速さで、瞬く間に女性の背中は見えなくなってしまう。

 なんとも不思議な女性にしばらく呆然とその後を見つめるレイだったが、すぐに我に返り朝食の捕獲へと移った。

 

 

 

 

 レイと別れ、森のさらに奥へ奥へと進んでいく女性。鳥よりも早く森の中をかける女性は、走りながら先ほどの少年のことを思い浮かべていた。

 

(それにしても背後に寄られたのは久しぶりだったな)

 

 魔力の探知には自信がある。しかしあの時、少年が口を開くまでその存在を認識できなかった。

 正面で話し合うと魔力は確かに感じられた。だがそれまでは少年からはなにも感じ取ることができなかった。まるで魔力そのものが空虚な存在であるかのような、そんな不思議な魔力を秘めた少年。

 

(もし魔法騎士団を目指すのなら……数年後が楽しみだな!)

 

 ニタリ、鋭い八重歯を覗かせ獰猛な笑みを浮かべる女性。

 彼女の名前はメレオレオナ・ヴァーミリオン。紅蓮の獅子王の団員にして、若くしてクローバー王国女魔導師の最強の一角と噂されている女傑である。

 

 

 

 

 

 メレオレオナが森を去ると、隠れていた獣たちも姿を現しようやく朝食の食材を狩ることができたレイ。

 イノシシを担ぎヤミの待つマイホームへと戻ると、ヤミは退屈そうに砂浜に寝転がり空を見上げていた。

 

「ヤミ、ただいまー」

「おぅ、随分遅かったじゃねーか。どうした、野糞でもしてたか?」

「それがさー、聞いてよヤミ」

 

 レイは先ほど森であったことをヤミに話す。

 

「獣を黒焦げにした女性騎士団員のせいで、獣が怯えて姿を隠していたと。んでそのせいで遅れたと」

「そうそう。いやーすごかったよあの炎の魔法、そりゃ動物たちも隠れちゃうよね」

「世の中おっかねー女がいたもんだな」

 

 処理を終えたイノシシ肉を串に刺し、焚き火にかける。焼きあがるまでの間、どうしようかと話し合ったところ

 

「んじゃもう一戦やっとくか?」

「いいよ──負けた方は?」

「街に行って水の買い出し」

「おっけー!」

 

 二人は木刀を手に、再び模擬戦を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、レイたちのいる街の中では。

 

「ねぇねぇ、あれって!」

「うん、間違いないわ! 『灰色の幻鹿団』団長のユリウス様よ!」

 

 街ゆく人の視線を奪うのは、柔和な笑み浮かべる男性。そんな彼に人々は手を振り笑顔を向ける。

 そして彼が魔法騎士団であることを証明するように、鹿の紋章が刻まれた灰色のローブ──灰色の幻鹿のローブが。

 

 男の名前はユリウス・ノヴァクロノ。灰色の幻鹿の団長にして、次期”魔法帝”に最も近いと言われている魔導師である。

 ユリウスは人柄もよく、差別や偏見といったものを持たず皆平等に接する、つまりは国民からの人望厚い魔導師なのだ。そんな彼が『平界』の街中を歩いているのだから、街はちょっとしたお祭り騒ぎになっても仕方のないことだろう。

 

 話しかけてくる国民一人一人に挨拶を返しながらパトロールを続けるユリウス。街を抜け、海岸へと向かったユリウスは波の音をに耳を立て一つ深呼吸をする。

 

「いやぁ、今日もみんな元気そうで何より何より! ね、君もそう思うだろう?」

「はい!」

 

 付き人の団員に何気ない会話を振るが、返ってくるのは堅苦しい返事だけ。もう少しフランクに接したいユリウスは

 

「固い固い。そんなんじゃ国のみんなも話しかけづらいよ。もっとフランクに、ね?」

「は、はぁ……善処します」

 

 はははっ、と笑いながら海岸沿いを歩くユリウスと団員。

 その途中、

 

「──せぃ! そりゃあ!」

「──チッ、おらぁ!」

「……ん?」

 

 どこからか聞こえてくる若い少年の声。キョロキョロと辺りを見渡し声の主を探し、砂浜へと視線を向けると

 

「まだまだっ、行くよヤミ!」

「ったく、相変わらずしぶてーな!」

 

 そこには二人の少年が木でできた剣を手に戦っている光景が。

 そんな少年たちを目にしたユリウスは思わず彼らを凝視してしまう。

 

「あぁ、あの子供達ですか。この付近では結構噂になっているそうですよ、彼ら」

「へぇ、どんな噂なんだい?」

「なんでも、彼らは捨て子と異国から来た子供だそうで。住む場所もなく、この海岸に自ら家を設けて暮らしているそうです。ただ喧嘩がめっぽう強いらしく、この街の荒くれ者の殆どは彼らに負けて大人しくなったとか」

「なるほど、捨て子と異国の子供かぁ……」

 

 団員の話を聞き、再び少年達へ目を向けるユリウス。その瞳はどこか悲しげで、憂いを帯びたものだった。

 それは偏にあの年の子供が、ちゃんとした場所に住むことができないことに対してだった。捨て子や異国の民といったものは、この『平界』においては差別するものに当たる。

『差別ない世の中』を目指す彼にとっては、砂浜で剣を打ち合う二人の姿はとても居た堪れなかった。

 

「さぁパトロールを続けようか。少しでも早く、彼らのような子供を出さない世の中にするために」

「はい、ユリウス団長!」

 

 これが後の団長と団員の一方的な出会いだということを、目の前の相手との戦いに夢中な異国の少年は知る由もなかった。

 

 

 

 

 




次回は時間は飛んで魔導書(グリモワール)授与になる予定です。

それにあたり、カルテットナイツをプレイした方はわかると思いますが、若ヤミさん(14歳)のストーリーは無しで行きます。

理由は──PS4家にないんで……。




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鎖破る想い

今回はかなり早足です。
そしてかなりの自己解釈や設定などが出てきますのでご注意を。

お気に入り登録してくれた方々ありがとうございます!




 あれから数年の時が流れ三月。

 15歳になったヤミとレイの二人は、いつもの海岸ではなく煉瓦造りの巨大な塔──通称『魔導書(グリモワール)塔』へと赴いていた。

 

 クローバー王国では、15歳になる少年少女達を王国各地にある魔導書(グリモワール)塔へと集め、それぞれに見合った魔導書(グリモワール)の授与を行う。その年齢に達したヤミとレイもまた、その中の一人として魔導書(グリモワール)の授与式へと参加するためにやってきたのだ。

 魔導書(グリモワール)は魔道士としての証であると同時に、魔力の強化や増幅といった重要な役割を担うアイテムである。魔法騎士団を目指すにあたり魔導書(グリモワール)の所持は必要最低条件。

 もっとも、これまで魔導書(グリモワール)が授与されなかったものは一人もいないので、簡単なクリアラインではある。

 

「さて、そろそろだねヤミ」

「にしてもここ、バカみてーに本があるな」

 

 円柱状に建てられた塔の壁には、これでもかというほどの数の魔導書(グリモワール)が敷き詰められていた。そんな数えきれない量の本を前に、ヤミとレイを含めた少年少女たちが集まっている。

 

「見ろよあれ、汚い服装」

「おい、あいつらって『海岸の双子悪魔』だろ。あいつらも魔導書(グリモワール)貰うのかよ」

 

 悪名の広がったヤミとレイ。周りのものたちはひそひそと陰口を叩く。

 

「なんというか、やっぱり注目されちゃうよね」

「めんどくせえ……早く帰りてぇからさっさと渡せや」

 

 しかしそんな陰口など二人はもはや慣れたもの。適当にスルーし、授与式が行われるのを待っていると

 

『ようこそ受領者諸君。今日からそれぞれの道を歩む君たちへ、”誠実”と”希望”と”愛”を』

 

 魔法で増幅された声で受領者たちに言葉を告げながら、魔法の絨毯に乗った一人の老婆が降りてきた。

 彼女こそがこの魔導書(グリモワール)塔の塔主であり、この授与式を執り行う責任者である。

 

『この地域からは何度か魔法騎士が輩出されました。皆さんもどうか夢を持ち、魔法騎士団員延いては魔法帝を目指して頑張ってくださいね』

 

 塔主の言葉に耳を傾ける受領者たち。

 ただその中で退屈そうにあくびをしているヤミへ、レイは困ったような笑みを向ける。

 

『それではこれより、魔導書(グリモワール)の授与を始めます』

 

 そしてついに授与が開始される。

 塔主の言葉を合図に、本棚に仕舞われていた魔導書(グリモワール)達が一斉に光を帯び、次から次に中へと浮き上がり始める。

 赤に黄色に緑に白など、色とりどりの本が宙を舞うその光景は幻想的で、受領者達はしばしの間目を奪われる。

 

 宙を舞う本達はそれぞれの持ち主の元へと向かい、自身の魔導書(グリモワール)を手にした少年少女達は目を輝かせ

 

「これが俺の魔導書(グリモワール)か。なんか黒すぎじゃねーか?」

 

 ヤミもまた、自身の手元に来た魔導書(グリモワール)に視線を落とし、黒いその見た目に微妙な顔をする。

 

「……ねぇ、ヤミ」

「ん? おお、お前はどーだった?」

 

 背後から聞こえてくるレイの声。心なしかいつもよりトーンが低めで語りかけられた声に、ヤミは何か引っかかるものを感じつつ振り返る。

 するとそこには顔を青くさせ、死んだような瞳で自身の魔導書(グリモワール)を見つめるレイの姿が。

 

「どうした、腹でも下したのか? 顔ヤベーことになってんぞ」

「……が……ない」

「あ? なんて言った?」

 

 ボソボソと呟くレイ。明らかにいつもよりもテンションの低いレイに、ヤミがそう聞き返すと

 

魔導書(グリモワール)が、開かない……」

 

 そう答えるレイの手には、鎖で閉ざされた一冊の魔導書(グリモワール)が。

 明らかに他のモノとは違うそれに、さしものヤミも驚きで目を丸くさせる。

 

『皆さんちゃんと手にしましたね? それではこれにて魔導書(グリモワール)の授与式は終了となります』

 

 そんな二人の心中など知らない塔主の言葉により、授与式は終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

 

 ヤミとレイが魔導書(グリモワール)を授かってからはやひと月の時間が経過した。

 昼時、太陽が一番高く昇りクローバー王国を照らす。そんな輝きを身に浴びながら、ヤミはいつもの砂浜で一人寝転がっていた。

 いつもなら一緒にいるはずのレイの姿はそこにはなく、ヤミの表情はどこか暗いもので。ヤミはボリボリと乱暴に頭を掻くと、立ち上がって背中についた砂を落とす。

 

「……水、買いに行くか」

 

 じっとしていられないのか、そう呟くとヤミは街へと向けて足を進めた。

 

 

 その頃、レイはというと、一人森の中で魔導書(グリモワール)を構え特訓をしていた。しかしその表情はどことなく陰っており、いつものような笑顔は隠れてしまっている。

 レイは右手を前に突き出し、そこに力を集めるように意識を集中させる。しかし右手には何の変化もなく、レイは力なく腕を垂らすと

 

「……やっぱりだめか」

 

 ポツリ、消え入りそうな声でそう呟く。

 そしてその場に座り込み近くの木に背中を預け、左手に握りしめた魔導書(グリモワール)へ視線を落とす。

 

「ねぇ、なんで君は開いてくれないんだい?」

 

 悲しみの混じった声で、語りかけるように言葉をかける。まるで涙の代わりに流すかのように口から出た言葉は、彼の持つ魔導書(グリモワール)へと注がれた。

 レイの持つ黒の魔導書(グリモワール)には、錆びた鎖のようなものが十字状に巻きついていた。その様はまるで何者にも開くことを許さない、そう物語っているように見える。

 

「やっぱり()()()使()()()()僕じゃ、君には相応しくないのかな……」

 

 表情に影を落とすレイ。

 そのまましばらくの間、無言のまま俯いていると

 

「おい、何をそこで俯いている」

 

 不意に聞こえてきた、力強い声に顔を上げる。

 橙色の長髪に赤いローブ、そして忘れるはずがない鋭く光る瞳。

 

「貴様、確か昔会った……」

「あなたは、あの時の……」

 

 そこにいたのは、昔この森で出会った魔道士メレオレオナ・ヴァーミリオンだった。

 予想外の人物の登場に目を丸くするレイ。対しメレオレオナは俯く少年を見下ろし、手の中にある魔導書(グリモワール)へと視線を向ける。

 

「どうやら魔導書(グリモワール)を手にしたようだが、貴様はなぜそんな顔をしている」

「……それは、そのってあいたぁ⁉︎」

「うじうじするな! 男ならハキハキと喋らんか莫迦者がァ!」

 

 ゴチン、突如レイの頭に振り下ろされた拳。突然の衝撃と激痛にレイは頭を押さえ、涙を浮かべ地面を転がる。

 やがて痛みがひき、落ち着いたレイはポツリポツリ話し始める。

 

 

「──というわけなんです」

「ふむ、開かない魔導書(グリモワール)か」

 

 話を聞き終えたメレオレオナは再度、鎖で封印された魔導書(グリモワール)へとを視線を落とす。

 魔法騎士団として、これまでいくつもの魔導書(グリモワール)を目にしてきたメレオレナだったが、開かないものに出会ったのは生まれて初めての経験だった。

 

「話を聞くに貴様、魔法が一切使えないと言っていたがそれは本当か?」

「……はい。(マナ)を集めても何も起きなくて。魔導書(グリモワール)が手に入れば変わると思ったけど、やっぱり変化がなく」

「おかしな話だな。希薄ではあるが貴様には確かに魔力がある。何も起きないということはないだろう」

 

 見せてみろ──メレオレオナの言葉に、レイは手を突き出し魔力を集める。だが先ほどと同じく変化は一切訪れず、メレオレオナはじっとレイの腕を凝視する。

 

「……どうですか、何も起きていないでしょう?」

「なるほどな、そういうわけだったか」

「何かわかったんですか⁉︎」

 

 得心のいったとばかりに告げるメレオレオナに、たまらずレイは身を乗り出す。

 そんなレイに「落ち着かんか莫迦者が!」と、げんこつを一発お見舞いしメレオレオナは説明を始める。

 

「結論から言おう。貴様はきちんと(マナ)を扱えている。だが何も起きない、いや起きていないように見えるのは、貴様の魔力が特殊だからだ」

「僕の魔力が、特殊……?」

 

 特殊とは一体どういうことなのか。メレオレオナの言葉を聞き漏らさぬよう、耳を研ぎ澄ませるレイ。

 そんなレイにメレオレオナ一つ拍を置き、静かに口を開く。

 

「貴様の(マナ)には中身がない」

「中身が、ない?」

「私も初めて見る(マナ)なので推測程度だがな」

 

 レイの(マナ)には属性がなく、また限りなく希薄であると語るメレオレオナ。故に視認もできず、魔力の感知も難しい。

 かつてメレオレオナが後ろを許したのも、レイが限りなく”無”に近い魔力しか発していなかったから。

 だから目に見えずとも魔法自体は扱えるはず、メレオレオナはそう語る。

 

「それじゃあ、なんで僕の魔導書(グリモワール)は開かないんですか?」

「それは知らん! あとは貴様自身の問題だ!」

「えぇ……」

 

 最も肝心なところを知らんと一蹴され、レイはがっくしと肩を落とす。

 

魔導書(グリモワール)はもう一人の自分と同義。貴様の心の持ちようで成長もすれば、停滞もする」

 

 魔導書(グリモワール)は持ち主の生命力を表す指標でもある。15になり手にしたその時から使用者と魔導書(グリモワール)は繋がり一心同体となる。

 

「貴様がなにを気にしているのかは知らんが、過去を乗り越えぬ限り貴様の魔導書(グリモワール)の鎖が解き放たれることはない」

「過去を、乗り越える……」

 

 メレオレオナの言葉に、レイは自身の胸へ手を当てる。

 

『──魔法が使えんとは、バスカビル家の恥め』

『──どうして生まれてきたのかしら。まぁ所詮は妾の子供というわけね』

『──お前はなにもできない出来損ない。名前の通り0(レイ)なんだよ」

 

 思い出すのはかつての記憶。幼い自分へ浴びせられた、数々の罵声や雑言。

 腹の中がもみくちゃにされたような気分になり、次第に吐き気が襲ってくる。気づけば体が小刻みに震えていた。

 

 心の折れかけているレイをメレオレオナは目を細めて見下ろすと

 

「いつまでそう落ち込むつもりだ莫迦者がァァア!」

「〜〜〜〜〜っ⁉︎」

 

 今までよりも大きな声で吠え、そして力強く拳を振り下ろす。

 殴られたレイは、なぜ、という目でメレオレオナを見上げるが、彼女の一睨みで言葉を飲み込む。

 

「──夢を言え」

「……へ?」

 

 唐突の言葉に目を丸くするレイ。

 そんなレイにメレオレオナはズイッと顔を近づけ

 

「いいから早く言え……いいな?」

「は、はい……」

 

 まるで猛獣に睨まれたかのような迫力になにも言い返せず、レイはただ黙って頷くしかできなかった。

 だが急に「夢を言え」と言われても即座に言えるはずもなく。脳をフル回転させ、あれやこれやと考える中

 

『──レイ』

 

 ふと、思い出す幼き日の記憶。

 木漏れ日の下で今は亡き母がかけてくれた言葉。

 

『──いつかこんな場所なんか飛び出して見つけなさい』

 

 悲しみと優しさの混じった笑顔でかけてくれた言葉。

 

「僕は……」

 

 これを夢と呼んでいいかはわからない。けれど、今の自分に言えるのはこれくらいしかない。

 レイは魔導書(グリモワール)を力強く握りしめ、

 

「僕は自分の居場所を見つけたい!」

 

 瞬間、魔導書(グリモワール)から光が溢れ出し、鎖にヒビが入る。

 

「そして知りたい、僕の生まれた意味を!」

 

 とうとう鎖は粉々に砕け散り、レイの手から離れた魔導書(グリモワール)はひとりでに開く。そこには一つの魔法が刻まれており、レイは刻まれた魔法を呆然と眺め

 

「よく言った! その思い、そして覚悟、決して忘れるな!」

 

 笑みを浮かべたメレオレオナが拳を構えると、炎の魔力が腕を包み込み、巨大な獅子の足を作り出す。

 

「さぁ貴様の魔法を見せてみろ! そしてこのメレオレオナ・ヴァーミリオンの魔法を打ち破ってみせろ!」

「──はい!」

 

 突き出される右腕。炎の鉤爪は真っ直ぐにレイへと向かい、迫る魔法にレイは己の魔導書(グリモワール)を構え

 

「虚無魔法──‼︎』

 

 そして二つの魔法が衝突する。

 

 

 

 

 

 

「ん? やっと戻ってきたか」

「ただいま、ヤミ、ごめんね、遅くなっちゃって」

 

 メレオレオナと別れ家に戻るレイ。そんな彼を砂浜に寝転がったヤミが出迎える。

 どこか晴れやかになった表情のレイに疑問を抱いたヤミだが、鎖のなくなった魔導書(グリモワール)を見てその理由を察する。

 

 ヤミの隣に腰をかけたレイは、沈みゆく太陽を見つめながら静かに口を開いた。

 

「ねぇヤミ、僕ね魔法騎士団を目指そうと思うんだ」

 

 その言葉にヤミはすぐには返事を返さず、体を起こすとレイと同じく夕焼けを眺め

 

「なんだ──俺と同じじゃねぇか」

 

 

 

 




レイの裏側では、ヤミが街でユリウスに勧誘されています。

次回は魔導師試験くらいになると思います。



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魔法騎士団入団試験

ひねりのないサブタイ通り、入団試験です。
今回オリキャラが出てきますので、もし何か違和感あれば教えてください。

お気に入り登録ありがとうございます!




 魔導書(グリモワール)が授与されてから半月の時が経過した。

 場所は『平界』にある城下町キッカ。そこにある試験会場にて、今日この日、魔法騎士団の入団試験が行われるのだ。

 

「おー頑張れよー!」

「応援してるぞー!」

 

 年に一度の一大イベントである入団試験。キッカの街の人々は試験会場前に集まり、これから試験を受ける者たちへ声援を送る。

 そんな声援の中、肩を並べて歩く二つの影が。

 

「あー試験とかまじめんどくさいわー。とっとと終わらせて帰りてーわー」

 

 一つは魔道士にしてはやや筋肉質な少年のヤミ。ボリボリと後頭部を掻きながら心底めんどくさそうに呟く様は、まるでこれから試験を受ける者の態度とはとても思えない。

 

「もう、ちょっとはしゃんとしなよ、ヤミ」

 

 そう言いながらヤミに忠告するのは、ヤミとは対照的にやや華奢な体つきのレイ。苦笑しヤミへ視線を向けるレイは、動きやすいように長めの黒髪をポニーテールにしている。

 

「それにしても、やっぱり人が多いね。ここの全員と競い合うのかぁ」

「何人いようが関係ねぇ、全部蹴散らせばいい話だろ」

「ちょっと乱暴すぎるけど……ま、そうだね」

 

 肉体言語を得意とするヤミの意見に、あはは、と笑いながら賛同するレイ。ヤミと暮らした数年間で若干思考がヤミに似通ってきつつあるようだ。

 なんて会話しながら歩いていると、ドンッ、とレイは他の受験者と肩をぶつけてしまう。

 

「あ、ごめんね。ちょっとよそ見してて」

「カカ、気をつけろや……裂くぞ?」

 

 ぶつかった少年はレイよりもさらに痩せた体をしており、彼の歪な笑みにレイは背筋にやや冷たいものを感じ取る。

 あの言葉は決して冗談で言ったものではない。レイの本能がそう警鐘を鳴らしていた。

 

「んだあいつ? ガリッガリじゃねぇか、ちゃんと飯食ってんのか?」

「でもかなり強いよ、あの子」

「……ま、一人ぐらい強ぇ奴がいる方が楽しめるしいいんじゃね?」

 

 そして二人は受付へと向かい、いざ、試験会場内へと足を踏み入れた。

 

 

 会場内にはすでに受付を済ませた受験者たちが集まっており、ヤミとレイの二人もその集団の中へと進んで行く。

 しかしここでレイに思わぬ洗礼が待ち受けていた。

 

 その洗礼とは

 

「うわっ、ちょちょちょっ……何この鳥たち⁉︎」

 

 会場内に入った直後、レイめがけて襲いかかったのは白黒の小鳥の群れ。この小鳥たちはアンチドリと呼ばれ、魔力の低い者に集まる習性を持っている。

 つまりこの鳥が集まるか否かで魔力の序列が決定するわけだ。ある意味もう一つの受付といっても過言ではない。

 

 そして魔力の希薄なレイはアンチドリたちにとっては恰好の止まり木。あっという間に取り囲まれたレイは、試験に集中するどころの騒ぎではなくなってしまう。

 

「おーおー随分懐かれちゃって。俺にもちょっとわけてくんない?」

「分けたいのは山々なんだけど……ってヤミ、からかってるだけでしょ。もう、こっちは結構大変なんだよ?」

 

 レイがアンチドリのほとんどを引き受けているおかげかはたまたヤミの魔力量からか、ヤミには一切アンチドリが寄りついていない。

 また、アンチドリの大群に囲まれたレイは自然と周囲の目を引き、レイとヤミの姿を見た受験者たちはひそひそと会話をする。

 

「見ろよあれ、異邦人と捨て子まで来てるぜ」

「マジか、あんな奴らが魔法騎士団になったらこの国も終わりだな」

「てかあっちのやつ、めっちゃアンチドリにつかれてんじゃん。んな極小魔力でよく試験を受けに来たな」

「もう一人はそれなりにあるみたいだが、どうせ大した魔法は使えねぇだろ。とりあえず二人はカモができたな」

 

 家柄や魔力がモノを言うこの王国では下民が魔法騎士団に入った例は少ない。ましてやレイやヤミのような異端な者の入団など過去に例はなく、他の受験者たちは格好の獲物を見つけたと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 そんな周囲の反応にヤミもレイも今更感じるものなどなく

 

「しっかし随分と舐められてるな俺たち。それもこれもお前がんな鳥集めまくってるからだけどな!」

「痛い、痛いよヤミ! まったく……酷いなぁ、僕だって好きで集めてるわけじゃないのに」

 

 ゲシゲシ、とレイの足を蹴りつけるヤミ。正直ヤミの言う通りなので、レイはそこまで強く反論することができず蹴りを受け入れる。

 なんていつもと変わらぬやり取りをしていると、突如会場の上空に花火が打ち上げられる。試験の始まりを告げるように空に咲く花火に、受験者たちが目を向けていると

 

「あぁっ、あれは!」

 

 会場の二階に設けられた八つ椅子。それぞれの椅子の奥にある通路から現れたのは、それぞれの団のローブを身に纏った団長たちとその連れの団員の姿。

 生で見る魔法騎士団の団長たちの姿に会場は熱気に包まれ、ガヤガヤと騒がしさを増す。

 

 そんな中、レイが真っ先に見たのは『紅蓮の獅子王団』の席。獅子王団の団長が座る椅子のその後ろに佇む一人の女性へと、レイの視線はただまっすぐに向けられた。

 そこにいたのは過去2度に渡って出会った魔道士、メレオレオナ・ヴァーミリオン。自身の魔導書(グリモワール)の鎖を解き、魔法騎士団を目指す切欠となった女性。

 

(見ててください。あの日貴女が救った少年の成長を……)

 

 そんな決意を胸にメレオレオナを見つめていると、不意に彼女と視線が交差する。その直後、メレオレオナの口角が上がる。

 まるで「待っていた」と、そう言わんばかりの表情に、レイは自然と拳を握り締めていた。

 

「──さて」

 

 そんなメレオレオナに意識を向けていたレイの耳に届いたのは、現最強の団と言われる『灰色の幻鹿団』団長のユリウス・ノヴァクロノだった。

 次期魔法帝に最も近いと噂される魔道士の言葉に、受験者たちは先ほどまでの騒ぎは嘘のように口を閉ざし耳を傾ける。

 

「魔法騎士団を目指す諸君、今日はよく集まってくれたね。これまで鍛え上げた魔法を駆使し、各々が悔いのないよう全力を尽くしてほしい。今日この試験を取り仕切るのは私、ユリウス・ノヴァクロノだ。よろしくね」

 

 自己紹介を終えたユリウスは、次に後ろに控えた団員に視線を送る。その合図を受けた団員は己の魔導書(グリモワール)を開くと

 

「樹木創成魔法『不朽の大樹』」

 

 魔法を使用した直後、試験会場の真ん中から巨大な樹木が出現。そこから伸びた枝から受験者たちに木製の箒が手渡される。

 さすがは最強の魔法騎士団の団員。受験者たちはそのレベルの高さに唖然としつつ箒を受け取る。

 

「さて、これから君たちには幾つか試験を受けてもらい、我々魔法騎士団長がそれを審査させてもらう。その後欲しい人材をこちらで採択し、選ばれたら合格、入団だ。もしも複数の団に選ばれた場合、受験者は自身の希望で入りたい団を選んでね」

 

 この場で合否が決定する。合格し笑うものと不合格となり涙をのむものがはっきりとしてしまうわけだ。

 

「では、試験を開始させてもらうよ」

 

 そうしてユリウスの指揮の下、入団試験が開始された。

 

 

 

「ふむ、今回の試験にはなかなかな逸材がちらほらといるな」

 

 試験が開始し、すでに何工程か終了した後にそう口を開いたのは『紅蓮の獅子王団』団長だった。メレオレオナと同じ橙色の髪を持ち、額にダイヤの刺青をした精悍な男性は会場へ視線を向けながら、背後に立つメレオレオナへと語りかける。

 

「しかしオマエが入団試験を見に来るとはな。初め聞いたときは驚いたが、いったい何故だ?」

「何故も何も、ただ面白そうなヤツがいたのでな。どれくらい成長したのか気になっただけだ」

「ふむ、オマエにそう言わせるほどの者がいたのか……。これは一つ、入団試験の楽しみが増えたな」

 

 そう言い楽しげな笑みを浮かべる団長。

 だがすぐに表情を引き締めると

 

「それとメレオレオナ、家以外の場では敬語を使えと言ってるだろう。いくら父と娘の関係とはいえ、オマエがそれでは他の団員に示しがつかん」

「ああ、善処しておこう」

 

 メレオレオナを娘と呼ぶ彼の名はボルカレオ・ヴァーミリオン。現ヴァーミリオン家の当主にして、メレオレオナの父親である。

 当人の知らぬところで期待値がどんどんと上昇しているということを、試験に集中しているレイは知る由もなかった。

 

 

 

 

(うーん……試験自体は基礎的なものだけど、ちょっとイマイチかなぁ)

 

 それが幾つか試験を終えたレイの率直な意見だった。可もなく不可もなく、言ってしまえば普通。さすがにこれでは試験に受かるのは難しいだろう。

 

(とはいえ創造魔法とか進化魔法とかって、僕の魔法じゃやっても意味ないんだよなぁ)

 

 無色の魔力を持つレイにとってそれらの試験をやっても、団長たちの目には何も映らないのでほぼ意味をなさない。

 周りの目も「こいつ何もできてねーぞ」みたいなものばかりで、正直に言ってかなり辛い。

 

(そろそろ印象に残せる試験が来てくれたらいいんだけど……)

 

 このままでは試験合格は絶望的。ヤミに魔法騎士団を目指すと言った手前、何が何でも合格したい。

 それにメレオレオナに告げた自身の夢、それを叶えるためにもこの試験は落ちることは許されない。

 

「では最後の試験を行うよ」

 

「うわ、もう最後の試験かぁ……」

 

 まさかの次が最後。ここでなんとか挽回しなければ……レイがいい試験が来ますようにと願っていると

 

「最後の試験は魔導書(グリモワール)を使った一対一の戦闘試験だよ。どちらかが降参、もしくは戦闘不能になったら終了だからね」

 

 戦闘試験。ようやく自分でも目立つことのできる試験がやってきたと、レイは内心ガッツポーズをする。

 魔法騎士団は戦闘に特化した部隊。戦闘力というのは確実に大きな評価につながるはず。

 

「さすがにヤミと戦うわけにもいかないし……誰がいいかなぁ」

 

 レイは誰か対戦相手はいないかと辺りを見渡していると、ガシッ、と誰かに肩を掴まれる。振り返るとそこには、会場前でぶつかったガリガリの受験者が。

 受験者はヤミにも劣らない鋭い目でレイを睨みつけ、そんな彼に嫌な予感を感じつつレイはその口が開くのを待ち

 

「おいテメェ、俺と」

「──チェンジで」

「おい、まだ言い切ってねぇだろうが! 何勝手に相手変えようとしてんだ、あぁ?」

 

 よりにもよってなんで自分なのか。レイは内心悪態をつきながら、少し離れた場所にいるヤミを指差す。

 

「ほら、僕よりもあっちの筋肉ヤンキーの方が強いよ。あっちにしなよ」

「カカッ、あいつは今はいい。どーせ合格するだろうし、その後でたっぷり殺りあうからよぉ」

「だったらなんで僕なんでしょうか? 魔力も大して感じない雑魚ですよ?」

「カカッ、だからだよ。魔力を殆ど感じねーのにその強気の(ツラ)、何か隠してんじゃねーかと思ってよぉ」

 

 どうやらこの男のそうしたことに関する嗅覚は確かなものらしい。

 こりゃまた厄介な相手に捕まったなぁ、レイは内心ため息を吐く。

 

(……まぁ、強い相手の方が成長したことを見せるにはうってつけか)

 

 厄介ごと(ピンチ)はチャンスに。うだうだ言ってもどうせこの受験者は逃がしてはくれない。だったらいっそのこと、成長を見せつけるための踏み台にしてやろう。

 そう結論を出したレイは受験者を指差し

 

「その勝負受けて立つ!」

「ケケケッ、そう言ってくれると思ってたぜェェ!」

 

 レイの返答に受験者は待ちわびたとばかりの笑みを浮かべ

 

「俺はジャック・ザリッパー! カカッ、容赦はしねーから覚悟しときな!」

「僕はレイ・バスカビル。そっちこそ目にもの見せてやるから、覚悟しといてよね!」

「ケケッ、言ってくれんじゃねーかァ! 裂き甲斐があるってもんだぜ……!」

 

 そして二人の新米魔道士は決戦の舞台へと上るのだった。

 

 

 

 




というわけで「縦長変人」ことジャックさんの登場です。
ヤミとは同い年なので、オリ主と絡ませてみました。
次回はジャックさんとの戦闘とその後になると思います。

そしてオリキャラの『父ゴレオン』こと『ボルカレオ』。
フエゴレオンが団長になる前は彼の父がやっていたと想定し、オリキャラとして登場させました。

もし名前とか出てたら教えてください。




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実技試験とレイの魔法と試験結果


今回で入団試験は終わります。

それとお気に入り登録40件超えました、ありがとございます!
まだ原作に入れそうにありませんが、今後も付き合っていただけたら幸いです。




 ジャック・ザリッパーと戦闘試験を行うことになったレイ。二人は会場の中心へと向かい、少し距離をとって向かい合う。

 最初の対戦である二人が準備を整えたことで、会場の視線は自然とレイとジャックへと向けられる。

 

「カカッ、早く始めようぜ! こっちはさっきから裂きたくてウズウズしてんだからよぉ」

「……試験だってことわかってるのかな」

 

 もはや殺しにくるような迫力を見せるジャックに、レイは疲れたような目を向ける。まぁ本物の戦いでは命のやり取りなども起きてくるだろうし、そういった意味ではジャックはこの試験に向いているのかもしれない。

 ただ入団前に腕とか足とか使い物にならなくされても困るも確か。しかも彼の言葉がどこまで本気なのか全く見当がつかないので、レイは内心ため息を吐く。

 

 レイは腰に下げていた刀を抜き、脱力した姿勢で構える。そんなレイにジャックは片眉をあげると

 

「カカッ、近接武器か」

「まぁすこし理由があってね。ダメだった?」

「いや、むしろ本格的に戦うのが楽しみになってきたぜぇ!」

 

 獲物を見つけた獣のように、べろりと舌なめずりをする。

 ずっと前から分かっていたことだが、やはりこの男、かなりの戦闘狂である。これは気を抜いたらただでは済まないと、レイは刀を握る手に力を込める。

 

「それじゃあ、試験開始!」

 

 ユリウスの声を合図に、ジャックは自身の魔導書(グリモワール)を取り出し魔法を使用する。

 

「烈断魔法『ヘルブレード』!」

 

 その言葉とともに、ジャックの両腕から緑色の魔力で形成された刃が出現する。

 ペロリ、ジャックは刃へ舌を這わせると、心底楽しそうな笑みを浮かべ

 

「せいぜい俺を楽しませてくれよレイぃぃ!」

「あー、やっぱり誰か相手代わってくれないかなぁ……」

 

 最後の最後に後悔しつつ、レイは肉薄するジャックを迎え撃つ。

 両手から繰り出されるジャックの連撃は凄まじいもので、レイは刀でそれらを去なすものの攻めに転じることができずにいた。

 

「カカカッ! んな細い剣でどれだけ俺の魔法を防ぎきれるか、楽しみだなァ!」

 

 守りに徹しているレイへジャックは攻めの手を緩めることなく、魔力の刃を振るい続ける。

 

「おいおい守ってばっかじゃねぇか! 目にもの見せるんじゃなかったのかよォ!」

「キミッ、もうちょっと静かに戦えないのかい⁉︎」

 

 戦闘中にもかかわらず喋りまくるジャックに、レイは苛立ちとともに言葉を吐き捨てる。

 

(くそー、やっぱり強いなぁ)

 

 戦う前から分かっていたことだが、やはりジャックの強さはそこいらの受験生とは格が違った。

 魔導書(グリモワール)を手にしてまだ短いというのにその魔法は洗練されており、振り抜かれた一撃は会場の地面をバターのように容易く切り裂いた。

 

(圧倒的に手数が多い……本当にやり辛い)

 

 普段からヤミと戦ってはいるが、目の前の相手は全くタイプが異なる。

 ヤミは一撃一撃を研ぎ澄ませる手法をとるのに対し、ジャックは手数で相手を圧倒しその中に必殺の一撃を混じえるので、必然的に受け身に回ってしまう。普段とは違う戦い方をする相手なので、やり辛いことこの上ない。

 

 レイは後ろへバックステップし一度距離をとると、少し乱れた息を整える。

 ジャックもレイを追わず、自身の腕から生えた魔力の刃へ、そして次にレイへ視線を向け訝しむような目で睨みつける。

 

「おいテメー、俺の魔法に何をした?」

「何をって、何かな?」

「カカッ、しらばっくれるんじゃねぇよ! 俺の言いたいこと、本当はわかってんだろ?」

 

 ジャックの問いかけにレイは何も答えず、ただ笑顔だけを返す。

 魔法も使わず、ただ剣技のみだけで戦い続けるレイ。そんな相手に、ジャックの直感がなにか裏があると伝えていた。

 

「言わないならそれでもいいぜ──どうせ斬り合いの中で暴くんだからよォ!」

 

 叫び、レイへと肉薄するジャックは、再び刃での連撃を浴びせる。

 そして先ほど同様ほとんど受け身に回るレイへ、反撃の隙を与えず刃を振るい続けるジャックだったが

 

(やっぱりだ。ヤツの剣とぶつかる直前、俺の魔法の切れ味が落ちやがる……)

 

 レイの刀と触れ会う直前、ジャックは自身の魔法『ヘルブレード』の切れ味が数段下がっていることに気づいた。

 その証拠に、本来ならばレイの武器を叩き切るほどに研ぎ澄ませているはずなのだが、現状は一向に斬れる気配がない。

 

 弱体化の魔法かと疑うジャックだが、そもそもレイ自身がまだ魔導書(グリモワール)を扱っていない。しかし魔法でないとすれば、なぜ自分の魔法の切れ味が落ちているのかの理由が説明できない。

 未知なる魔法を使う相手にジャックはより一層笑みを深め

 

「カカッ、想像以上に楽しませてくれるじゃねぇかレイぃぃ!」

「うぉっ⁉︎」

 

 ジャックの攻めがさらに苛烈になり、レイはもはや刃を受け流すので手一杯に。

 

「ちょっとっ、急に早すぎ!」

「おいおい隙が出来てるぜぇ⁉︎」

 

 そしてついにジャックの刃がレイの刀を弾きあげ、レイは獲物をなくした無防備な姿を晒す。

 ここが最大の好機とジャックは腕を引き、守りのなくなったレイへトドメの一撃をお見舞いする。

 

 しかしレイは笑みを浮かべ

 

「待ってたよ、君の攻撃が大振りになるのを!」

「ああ、んだとっ⁉︎」

 

 レイの前に彼の魔導書(グリモワール)が現れ、魔法の刻まれたページを開く。

 ここまで魔法を使わずにいておいたのはこの瞬間のための布石。すべては勝ちを確信した瞬間の油断を刈り取るために!

 

「今更魔法を使ったところで、防げる距離かよォ!」

 

 だがジャックの刃はすでに振り下ろされている途中。確かにここから魔法を発動したとしても、到底間に合うはずがない。

 だがレイには一切の不安はなく、むしろ勝利を確信したかのように笑みを浮かべ

 

「──虚無魔法『空撫(からなで)』」

 

 魔法名を唱え両手を突き出す。しかし魔法を使ったのにもかかわらず何も起きることはなく、やはり魔法発動が間に合わなかったと、今度はジャックが勝利を確信した笑みを浮かべ刃を振り抜く。

 迫る刃にレイは逃げるどころかむしろ受け止めるように手をかざし、そっと、刃を撫でる。

 

 その直後、緑の刃は霧散し消失。

 

「魔法が消えただァ⁉︎」

 

 さすがのジャックもこれには驚きを隠せず激しい動揺を見せる。自慢の魔法がただ撫でられただけで消失したのだから、当然と言えば当然の反応だろう。

 だがその動揺は決定的な隙となり、レイは上から落ちてくるジ先ほどャックに弾かれた刀をキャッチ、そのままジャックの喉元へ突きつける。

 

「チッ……参った」

 

 両手を挙げ、降参の意を示す。

 

 

 

 

 

「ほぅ、魔法を出し渋ると思っていたが、まさかあのような魔法とはな」

 

 防戦一方の展開から一変、見事な逆転勝利を掴み取ったレイにボルカレオは感嘆する。

 ジャックの魔法を消失させた魔法。空間魔法の類ではないというのは、レイの口にした魔法名から明らか。

 

「しかし、あの少年の魔法は一体……」

「あれは虚無魔法。魔法を”無”に還す魔法だ」

 

 謎の魔法について語るメレオレオナに、ボルカレオは視線を向ける。

 

「メレオレオナ、オマエはあの魔法を知っているのか?」

「少しだけだがな」

 

 つまりはあの少年がメレオレオナの言っていた、彼女に面白いと言わせた受験者。

 名前は確か

 

「レイ・バスカビル……なるほど、確かに面白い少年だ。だが──」

 

 

 

 

 

「ふぅ……なんとか勝てた」

 

 無事ジャックに勝利し安堵の息を吐くレイ。

 うまく最後に大振りを誘うことができたからいいものの、もしも彼が油断をしなければやられていたのはこっちの方。半分運と初見殺しの魔法があったからこその勝利だ。

 

「それにしても、やっぱり君は頼りになるよ」

 

 レイは魔導書(グリモワール)を手にし、労うように言葉をかける。

 この魔導書(グリモワール)に刻まれた虚無魔法は、魔法を消失する魔法。魔法が絶対的なこの世界において、この本の力は唯一無二の存在になる。

 ただしレイの魔法は相手の魔法を消失できる反面、それ自体の攻撃力は皆無に等しい。故にレイは最後の時まで刀一つで戦い抜いていたのだ。

 

「でもやっぱり、まだまだ力つけないとダメだね」

 

 だがやはり魔法相手に近接武器一つで戦うには、まだまだ力不足だということがわかった。仮に魔法騎士団に入団するのなら、せめて一対一でも渡り合えるくらいの実力をつけなければ。

 ジャックとの戦いを経て、レイが新たな課題を掲げていると

 

「おぅ、お疲れさん」

「あ、ヤミ。どうだった?」

「ん? 普通に勝ったけど?」

 

 特に嬉しそうな反応を見せるのでもなく、いつものように気だるそうに頭を掻きながら答えるヤミ。だがレイからしてみてもその結果は当然なものなので、彼もまた手放しで喜ぶようなことはしなかった。

 

「にしても、お前の方は随分ぎりぎりだったな」

「あははっ、いやぁ強かったよね。勝てたのはラッキーだったなぁ」

「最初から魔法使っときゃもう少し楽に勝てただろーが。手ぇ抜いてなにがラッキーだ、馬鹿野郎」

 

 確かに最初から魔導書(グリモワール)を使っていれば、あそこまで攻められることはなかっただろう。レイの魔法を知っているヤミの目からしてみれば、先ほどの戦いは違和感しか感じなかったことだろう。

 そんなヤミの言葉に、レイは苦笑いを浮かべ頬を掻く。

 

「別に手は抜いてないよ。確実に勝つためには、ああやって隙をつく方がいいかなって思っただけ。まぁ結果、ヤミには手を抜いたように見えちゃったわけだけど」

 

 人は適応する生物だ。初めから虚無魔法を使用しても、一時の優勢を得られるだけで後半対応されるかもしれない。だからこそ最後の最後までとっていた。あのタイミングならば、確実に相手の動きを怯ませることができると思ったから。

 虎穴に入らずんばなんとやら。高いリターンを求めるのなら、それ相応のリスクは背負うものだ。

 

「やっぱりヤミは嫌だったかい、僕の戦い方」

「……ま、それがお前のやり方だって言うならそれでいいんじゃねぇの」

 

 そう言い、レイの隣に腰をかけるヤミ。

 そのあとは他の受験者たちの試験が終わるまで、会話をしながら見物するのだった。

 

 

 

 

 

 全組みの試験が終わり、ついに結果発表の時間がやってきた。

 受験者の名前が呼ばれ、一人ずつ前に出る。どこかの団が手をあげる者もいれば、反対にどの団も手をあげない者もいる。

 喜怒哀楽が渦巻く試験結果の時間は進んでいき、ついに順番はヤミとレイへと回ってきた。

 

「次152番、前へ」

「……ん? あぁ、俺か」

 

 ここに来てもヤミの表情には一切緊張の色が現れない。

 ゆっくりと前に出たヤミは、上に座る騎士団長たちへと視線を向ける。

 

「それでは、希望者は挙手を」

 

 その言葉とともに、団長たちは各々行動に移す。

 そしてヤミの結果に会場にざわめきが起こる。なぜなら──

 

「お、おいあれ……『灰色の幻鹿団』が挙手してる⁉︎」

「嘘だろ⁉︎ あいつ異邦人だぞ⁉︎」

「あとは『紅蓮の獅子王団』も⁉︎ なんだよあいつ!」

 

 現最強の魔法騎士団である『灰色の幻鹿団』。その団長であるユリウスが手をあげているのを見て、他の受験者たちは目を見開き驚愕する。

 一方レイはというと

 

「やった、やったねヤミ! おめでとう!」

 

 ヤミの結果にバンザイよろしく、両手を天にあげ喜びを体で表現していた。

『灰色の幻鹿団』と『紅蓮の獅子王団』。二つの魔法騎士団に指名されたヤミは、迷うことなく口を開き

 

「んじゃ、『灰色の幻鹿団』で」

 

 ヤミは『灰色の幻鹿団』へと入団を宣言。

 そして次はレイへと順番が回る。期待と不安を胸に、レイは前に出ると

 

「それでは、希望者は挙手を」

 

 直後、レイの瞳が見開かれる。

 

「153番──挙手なし」

 

 結果はどの団も手を挙げることがなかった、つまりは不合格。

 突きつけられた現実に、レイは呼吸をするのさえ忘れ呆然としてしまう。

 

(ああ、やっぱり現実はこんなものか……)

 

 ヤミも合格し、自分も心のどこかでいけると思っていた。だが現実はそう甘いものではなかった。

 振り返ればこの結果になるのは当たり前だと、嫌に冷静な部分が訴えてくる。実力を示せたのは再度の戦闘だけ。それ以外では全くと言っていいほど活躍はできていなかった。そんな奴が、魔法騎士団に入れるなど、夢のまた夢だと。

 

(わかってる! でも、それでも僕は……ッ!)

 

「153番、早く下がりなさい」

 

 なかなか立ち去らないレイに、会場がざわざわとしだす。そんなレイに進行役が注意を促すが、レイは依然その場に足を止め

 

「僕は来年、またここにきます!」

 

 唐突の宣言に受験者たちはおろか、団長のうちの何人かも目を丸くさせる。

 レイはメレオレオナへ視線を真っ直ぐに向け言葉を続けた。

 

「今よりもっともっと強くなって、ここに戻ってきてっ」

 

 ヤミにそして視線の先にいるメレオレオナに誓うように

 

「──全部の団に手をあげさせるような、そんな魔道士になってみせる!」

 

 何よりも自分に誓うように大声で宣言し、レイは会場を後にした。

 

「おい、なんだったんだあいつ……」

「しるか、手をあげられなくて頭おかしくなったんだろ」

 

 前例のない団長たちへの宣言をした受験者。その珍事に場内は再び騒がしくなる。

 団長たちもそんなレイに呆れたような反応を示す中、

 

「ククッ、まさか団長相手にあのような啖呵を切るとはな」

「あぁ、私も想定外の莫迦さ加減だ……だが面白い奴だろう?」

「ハハハッ、確かにお前が気にいるだけはあるな。うむ、なかなか面白い少年だ。それに骨もあるとみた」

 

『紅蓮の獅子王団』の二人は、愉快そうな笑みを浮かべ例の少年について語り合っていた。

 

 そして十数分後、過去に例を見ない、前代未聞の魔法騎士団入団試験は幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 





まほうをけすまほうってざんしんでしょう(棒

なんて冗談はともかくとして

【悲報】主人公試験落ちる

はてさてどうなる主人公⁉︎ 気になる答えは続きで!




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