少女短編集 (北間 悠莉)
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UMP45/WA2000

 

 Break time

 

 

 コツコツコツという音があなたのサイン。

 

 マグカップを二つ用意して、ティースプーン山盛りの粉コーヒーとたっぷりのお湯を注ぐ。本当は豆から用意できれば良かったんだけど、物資不足の今じゃそれは難しい。

 だから、その代わりにと、あなたのコーヒーは気持ちをたっぷりと込めてかき混ぜる。ダマを一つ一つ丁寧に潰して、しっかりと溶けるように。

 

「コーヒー淹れたよ、指揮官」

 

 そう言うと、あなたはペンを置いて、私に微笑んでくれる。

 

「丁度休憩にしようと思ってたんだ。ありがとな、45」

 

 知ってるよ、指揮官はコーヒーが飲みたいときは指で机を叩く癖があるからね。日々の観察の賜物だよ。

 

 そう言いたい気持ちを、作った微笑の裏に隠す。自分でもちょっと引くくらいだから、あなたに言ったらドン引きされてしまうかも。それとも受け入れてくれるのかな? それなら嬉しいな。

 

「どういたしまして。私もご一緒させてもらうね」

 

 でも今は、微笑みと感謝の言葉と、一緒に過ごす時間だけで充分。多くを望みすぎないのが上手に生きる方法だって誰かが言ってたしね。

 

 副官のデスクから椅子を引っ張って、あなたと向き合うように座る。そして、同じデザインのマグカップに、同じタイミングで口を付ける。

 

「あたたかいね」

「そうだな」

 

 誰かと一緒に温かい飲み物を飲む。それも、ちょっと特別に思ってる人と。

 それが私にとってどんなに幸せな事か、あなたに伝わってほしいし、伝わらないでほしい。あなたも一緒なら嬉しいし、私だけならちょっとだけ寂しいから。

 

「おかわりいる?」

「ああ」

「りょーかいしましたよ、しきかーん」

 

 マグカップを受け取って、私のものと一緒に並べる。両方に同じ量の粉コーヒーを入れて、それぞれにお湯を注ぐ。ちゃんとかき混ぜるのも忘れずに。

 

「はい、おかわりですよ。これ飲んだらお仕事だからね」

「ああ、分かったよ。……いつもありがとな」

 

 いいんだよ、お礼はいつも受け取ってるしね。

 

 あなたがマグカップに口を付けるのを見てから、私も縁にキスをする。

 

 苦くて、ちょっと甘い味がした。

 

 

 

 一等星だけの星空

 

 

 星を見に行こうよ。

 

 

 

 基地から少し離れるだけで、人工の灯りは全く無くなる。だから星を見るには持ってこいなのだと、彼女は言った。

 カンテラの光を消せば、辺りは本物の暗闇に包まれる。

 午前零時の冬空。遮る雲は一欠片もなく、絨毯のように敷き詰められた星の輝きが、何万光年離れたこの場所へと届けられる。

 横に立つ彼女は、夜闇に目を慣らすため、目を瞑っていた。人形と違って人間は、直ぐに暗闇に対応できない。

 

――楽しみを待つのも、楽しいものだよ。

 

 そう言って、彼女は笑っていたけど。

 もう一度星空を見上げれば、大小強弱様々な星が各々の光を発している。中には赤かったり、青かったりするものもあって、いつか見た都市を飾るイルミネーションのようだと思った。

 

 でも、それは人形の、優れた視力で見た星空だからであって。

 例えば彼女のような、眼鏡を必要とする人間には、また違った星空が見えるのだろう。

 

――一等星がたくさん輝いていて、とても綺麗だね。

 

 青い瞳に私が見ている星空を移しながら、しかし、その殆どが彼女には見えていない。

 同じ夜空を見てるのに、見えるものが違うのは、少し、ほんの少しだけ、寂しかった。

 

 私は人形だから、視力を彼女と同じくらいまで下げることは可能だけど。

 私は『ワルサーWA2000』だから、視力は良くなくてはいけない。

 

 すぐに同じ星空を見ることはできるけど。

 この先、共に居る為には、同じ星空が見えてはいけない。

 

 南の空のオリオンを指差して、その三連星を想像する指揮官の星空を、WA2000は見ることはできない。

 

 だけど。

 

 いつか、私がWA2000である必要がなくなって、『ワルサーWA2000』じゃない私になった時に。

 鉄血との戦争は、いつ終わるかも分からないけど。

 全部終わった、その時は。

 

 

 貴女の目で、貴女と同じ星空を見たい。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。



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ST AR-15

 

 ゆずれないもの

 

 夜も更けきり、基地の灯りもとっくに夜間照明に切り替わった頃に、私はふらつく指揮官を支え、彼の私室まで付き添いをしていた。

 明日の業務の確認をしていた最中にM4に呼び出され、向かったバーにはでろんでろんに酔い潰れたM16と、指揮官の姿があり。話し合いの結果、M4がM16を、私が指揮官を介抱することになった……のだが。

 

「もう、どうしてこんな風になるまで飲むんですか」

「いやぁ、すまん……つい、な……」

「つい、じゃありません。お酒は明日の業務に差し支えない範囲でって、私いつも言ってますよね?」

「いや、本当に、申し訳ない……この通りだ」

 

 そう言って頭を下げようとし、そのまま倒れそうになった体を、体を滑り込ませ両手でしっかりと支える。

 言葉こそしっかりしているものの、意識は夢うつつといったところなのだろう。すぐにでも寝てしまいそうな彼の姿に、私は軽く溜め息を吐く。

 

「……ほら、ちゃんと立ってください」

「すまん……」

 

 この様子では、期待したような事は起きないだろう。それを少し残念に思いつつ、再び彼に肩を貸す。

 そして、また数歩歩いて、思い出したかのように、突然彼が口を開いた。

 

「ああ、そうだ……M16は、どうなった? かなり飲んでたから、アイツも、かなり酔ってるはずだ……誰かが、介抱してやらないと……」

 

(自分もかなり酔ってるのに、他人の事を心配するなんて……)

 私がそう思ってしまうのも、仕方がないだろう。

 

「M16はM4が面倒を見ています」

「そうか、M4が……うん、なら、大丈夫だな……」

 

 そう言うと、指揮官は先程よりも僅かにしっかりとした足取りで、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 そして、普段の彼の五倍以上の時間をかけて、私達は指揮官の部屋に着いた。

 指揮官をベッドに座らせ、制服の上着を脱がし、ワイシャツから抜き取ったネクタイと一緒にハンガーに掛けてから、彼にブランケットをかけて寝かせる。

 それで介抱は終わり。終わった以上、すぐに部屋を立ち去るべきなのだろうけど、未練がましく彼の横顔を眺め続けている。

 10分と少し。指揮官の呼吸も不規則になり、完全に寝付いたのを見届けて、私は立ち上がり――

 

「……ありがとうな、15」

 

 不意打ちのように投げ掛けられた言葉に驚いて、指揮官の顔を見る。しかし、彼の瞼は閉じられていて、それは寝言なのだと分かってしまい。

 ただ、それが夢の中の私に向けられた感謝の言葉だとしても、私の溢れる思いは抑えきれなくて。

 

「――当然です」

 

 戦いでも、恋でも。私は、指揮官の一番でいたいんですから。

 

 そう、小さく彼の耳元で囁いて。

 

「お休みなさい、指揮官」

 

 よい夢を。

 

 





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WA2000

 初めまして、お久しぶりです。
 思うことがあり、こちらの方に統合することになりましたシリーズ第一弾です。


雪の降る日に

 

『天の光はすべて星』。一世紀も前に発表された小説のタイトルだ。内容は知らないけれど、その言葉が好きで覚えている。

 空を見上げれば街頭の先に燦然と煌めく星たちが広がっている。その一つ一つに違いがあったとしても、特別な知識が無い私には、それらは『すべて星』でしかなかった。

 

 ほう、と息を吐けば、それは白く曇って空に昇る。それをぼーっと眺めていると夜風が軽く吹いて、うっすらと雪が舞った。

 風は私にも冷たさを運んで、ぶるりと身を震わせた後、少しでも寒さを防ごうと、マフラーを口を隠すように引き上げて、かじかんだ手をコートのポケットに突っ込む。

 すると、ポケットの中で指先に何かが触れた。取り出してみると、ビニールの包装に包まれたキャンディーだった。

 包装をはがして、口の中にほうり込むと、キャラメルの、少しのしょっぱさと、それ以上の甘さが広がった。

 

「あま……」

 

 思わず口から言葉が飛び出る。心なしか、吐息まで甘く感じる。

 同じ甘いものならアイスが良かったなんて、寒さに凍えている事実に反したようなことを考えながら、舌の上でキャンディーを転がす。キャンディーはたまに舌から落ちて歯に当たり、コト、コトと音を立てた。

 しばらく舐めていると、キャンディーはその姿を少しずつ小さくしていって、やがて消えてしまう。

 他にも何かないかとポケットを探ってみるが、キャンディーは一粒しかなかったようで、口の中に残ったキャラメル味が無くなるまで楽しむことにした。

 

 たまに舞う雪も見飽きて、適当に星を繋げて勝手な星座を作る遊びに飽きた頃、次の暇潰しに選ばれたのは鼻歌だった。ラジオか何かで聞いた事のある曲を、覚えている部分だけを繰り返す。歌詞の内容は、恋に空回りする男の子を表したもの、だったはず。妙に共感した覚えがある。別に、私は恋とかしていないが。

 

「これは別に、恋とかじゃないし……」

 

 誰かに突っ込まれた気がして、何とはなしに呟いてみる。頭の中では、カフェを営んでいる姉があらあらと微笑んでいた。

 一段と、特に頬の辺りが冷たく感じて、いつの間にか下がっていたマフラーを顔を隠すように引き上げる。いつもより早い鼓動は、別にアイツの顔が思い浮かんだからとかではなく、寒いからだと、自分に言い聞かせた。

 

 ふと、辺りが急に暗くなった。空を見上げると、暗い雲が星空を隠している。そして間もなく、冷たいものが顔に掛かった。キラキラと、街頭の光を反射して輝くそれが雪であるというのは、考えなくても分かる。

 今日に限って傘を持ってきていない自分を恨めしく思う。今はまだ弱いとはいえ、雪が降る中でじっと待つのは気が滅入る。

 袖を捲って、時計を確認する。長針は、もう少しで頂点を示そうとしていた。

 

 ふっと、暗くなる。先ほどとは違って、今度は私の周りだけ。

 驚いて、顔を上げると、そこには。

 

「ごめん。待たせたよね」

 

 まだ待ち合わせには数分あるのに、そんな事を言って微笑む指揮官の姿があった。

 鼓動が、少しだけ早くなる。ちょっとだけ、頬が熱く感じる。

 

「別に。私も、今来たところよ」

 

 せめて態度だけは取り繕って、口元を隠すマフラーを左手で下ろして、気丈に言い放つ。

 それに対して、指揮官は何も言わず、少しだけ苦笑して、私の頭に掛かっていた雪を払った。

 

「ちょっと、なに勝手に触ってるのよ」

「いや、WAは可愛いなって思って、つい」

 

 私のきつい言葉も気にせずに、指揮官は歯の浮くような言葉を返してくる。それに何か返そうとして、頭の中をかわいいという言葉が駆け巡って、口を開いたまま閉じれず、結局俯く事しかできなかった。

 

「……本当に、アンタなんて待ってないから」

 

 なんとか口から出た言葉は、分かってるよ、なんて言葉に無力化されてしまった。

 

「うん。WAは待ってなかっただろうけど、ずっと寒いところに居るわけにもいかないし、そろそろ行こうか」

「私は別に寒くないけど、全然寒くないけど、寒がりのアンタの為に……アンタの為じゃないけど! 仕方がないから、ついていってあげるわ!」

 

 途中で自爆した気がしないでもないが、そう言いきって、指揮官の横に並ぶ。

 指揮官が苦笑する気配を感じながら、私は少しだけ距離を取る。

 

 この、うるさいまでの鼓動が、指揮官に伝わらないように。

 




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スプリングフィールド

 思うことがありまして、こちらに統合することになりましたシリーズ第二弾です。
 ちょっと素直じゃない春田さんが出てきます。

 新しい扉を開いてください。


 春の野に吹きすさぶは。

 

 銃床に体重をかけて押し込むと、まるで熱したナイフをバターに刺し込むかのように、ライフルの先に取り付けた銃剣がRipperの頭蓋へと沈んだ。

 

 沈んだ銃剣はRipperの脳を鋭く抉って破壊し、その活動を停止させる。抵抗のつもりだったのか、それとも助けを求めていたのか。もがくように天に伸ばされていた彼女の手は、意志を失ったように投げ出される。

 

 それを見届けもせず、スプリングフィールドは銃剣を引き抜き、今にも飛び掛からんとするDinergateを宙に蹴りあげ突き刺した。そして、銃剣に着いた疑似血液を振り払うついでにそれを地面に叩き付け、踏み潰す。

 

 足下のゴミを蹴散らし、彼女は翡翠色の瞳で戦場を見回す。焼け焦げた地面に這う赤い炎、敵味方双方の残骸が転がるそこは、元が緑広がる草原だったとは思えない、まさに地獄のような場所だった。今も、どちらのものかも分からない悲鳴や怒号が絶えず響いている。

 

 冷静に戦場を見渡す彼女の目が、味方の人形に止めを刺さんと銃剣を振り上げるGuardの姿を捉える。すかさず彼女はライフルを構え、その無防備な頭を吹き飛ばした。

 

 素早く装填を済ませながら、彼女の視線は獲物を探す。結んでいたリボンが解けたのか、視界の端をちらつく自分の亜麻色の髪に少し苛つきながらも、彼女はその姿を漸く見つけた。

 

 装甲を纏った巨大な胴体と、それを支える四本の蜘蛛のような脚。そして、胴体から伸びる長大な砲身。毒持つ獣の名を冠する兵器、Manticore。

 

 この戦場で味方に最も損害を与えた怪物に、彼女は自身の名の元となったライフル一つを構え、駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亜麻色の長い髪を靡かせ獣の様に疾駆する彼女に先に気付いたのは、Manticoreの護衛を務める三機のAegisの内の一機だった。彼は残り二機に警戒信号を送った瞬間に徹甲弾により頭を撃ち抜かれ絶命する。残った二機も、警戒体制に入る前に一機、また一機と撃ち抜かれ、その任を完遂することなく停止した。

 

 しかし、彼らの犠牲はManticoreに強襲に対応するまでの僅かな時間を与え、Manticoreは四脚故の高機動を活かして自身に迫るその小さな嵐へと砲身を向ける。

 

 轟音。巻き込めば戦術人形も無事では済まないManticoreの砲撃は、しかし着弾想定地点よりも近くで爆発する。

 

 不可解な現象をManticoreのAIが瞬時に理解出来るはずもなく、しかし目標が突撃して来たことは事実であるのだからと距離を取ろうと脚を動かすーーことが出来ず、Manticoreはその巨体のバランスを崩し、地に伏せる。重なる異常に混乱するManticoreのAIに届けられたのは、右後方脚部間接の破損報告だった。

 

 その直後、Manticoreのセンサーが拾った音声が最後のピースとなり、漸くManticoreは何が起きたのかを理解する。

 

 

 

ーーこの弾で、全てを終わらせましょう。

 

 

 

 頭上から降ってきたその言葉の直後に徹甲弾がManticoreを上下に貫き、鉄血の毒持つ獣は沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所に居やがったのか、お前」

 

 

 

 その声で振り向けば、ダークレッドの制服を着崩し無精髭を生やした男が、呆れたような視線をスプリングフィールドに向けていた。

 

 彼女は咥えていた煙草を指で挟み、ゆっくりと紫煙を吐き出してから、口を開く。

 

 

 

「……別に、私がどこに居ようと私の勝手では?」

 

「そりゃ、自由時間なら俺だって口出ししないがな」

 

 

 

 そう言って、男はスプリングフィールドに近付き、その手に持った煙草を取り上げる。

 

 

 

「報告サボってタバコ吸ってる奴は叱らなきゃいけなくてね」

 

「そんな不真面目な人形一人を捜すために基地を歩き回るとは、ご苦労な事ですね」

 

「それも指揮官の仕事なんだよ。皆がみんなイイ子なら助かるんだがな」

 

 

 

 鼻を軽く鳴らし、男は取り上げた煙草を口に咥える。スプリングフィールドの睨むような視線を受け流し、肺に溜めた煙を吐き出した。

 

 

 

「……それで、その不良人形へのお説教を名目に、貴方もサボりですか」

 

 

 

 スプリングフィールドはそう言うと、新しい煙草を取り出して火を着ける。男は何も言わず、二人の間に暫く沈黙が流れる。

 

 

 

「……今回の作戦で、何体ロストした(何人死んだ)と思う?」

 

 

 

 沈黙を先に破ったのは指揮官だった。スプリングフィールドが横目で見ると、彼は吐き出した煙の行方を追って空を見上げていた。

 

 視線を前に戻し、少し考えてから、彼女は口を開く。

 

 

 

「ゼロ」

 

「そりゃどうして」

 

「あれは作戦ではなかったので」

 

 

 

 指揮官の口から、渇いた笑いが飛び出した。

 

 

 

「……偉くなりてぇよなぁ」

 

「此処でサボってる内は無理でしょうね」

 

「お前なぁ。私が偉くしてあげますよくらい言えねぇのかよ」

 

「不良娘の戦功をご所望ですか」

 

「いらねぇよ、バカ」

 

 

 

 そう言うと、男は煙草を地面に落とし、靴裏で火を踏み消す。そして、スプリングフィールドの髪をグシャグシャと掻き乱した。

 

 

 

「お前、報告は来なくていいからよ。せめて帰還したらシャワーは浴びとけ。正直臭ぇぞ」

 

「貴方の加齢臭よりはマシです」

 

「バカ、俺はまだ二十代だっての」

 

 

 

 もう一度鼻を鳴らし、男は手をひらひらと振ってその場を去る。

 

 その姿を見送ってから、スプリングフィールドは大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 昇った煙は、天に届くことなく溶け消えた。

 

 

 

 

 

 




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M4A1,M16A1

 特殊幸福理論第四定理

 

 

 

 M4は少々引っ込み思案が過ぎる、とM16は考える。

 別に、それ自体は悪いことではない。引っ込み思案ということは臆病ということであり、それは物事を俯瞰的に見ることに繋がるからだ。小隊のリーダーであり、最重要とされる人形であるM4にとって積極的に直すようなものではない。

 ただ、それが必ずしも全てにプラスに働くわけではなく、その一例かつM16が懸念しているのが、彼女の恋愛についてである。

 M4は指揮官に恋愛感情を抱いている。これは姉であるM16の目から見て、間違えようのない事だ。出会いからして、囚われのお姫様と助けに来た王子様のような出会いであり、王子様が人の良い人物なのだから、M16にもそれは納得できた。

 しかし、指揮官を恋慕するのがM4だけかというと、そうではなく。基地に居る殆どの人形がM4のライバルであるのだ。その中に、同じ小隊の仲間であるAR15も含まれている。

 そして、今もっとも指揮官に近い人形といえばAR15であり、M4はその後塵を拝するということになっている。

 当然のこととして、M16は仲間であるAR15も大切に思っているし、AR15がうまくやってることも喜ばしいと思う。が、それはそれとして妹であるM4を応援したいというのも本心であり、色々と考えた結果として、M16はM4を呼び出したのだ。

 

「……つまり、お酒を飲みたいから私を呼んだ、というわけではないんですね?」

「あああ当たり前だろ!? 私が妹の恋バナを肴に酒を飲むような奴に見えるか!?」

 

 返答は冷たい視線。先ほど受けた説明の最中にも、M16は何度もその右手に握ったグラスを呷っているのを、M4は見逃していなかった。

 そんな妹の冷たい視線を咳払いで受け流しつつ、M16は再び唇を湿らす。

 

「……で、だ。M4はどう思ってるんだ?」

「どうって……」

「今の現状をだよ。AR15に先を行かれて、今のままじゃ指揮官とくっつくのはAR15だぞ? それを指咥えて見てるのか?」

「私は……」

 

 M16の問い掛けに、M4は水の入ったグラスをぎゅっと握り締める。からん、と氷がグラスとぶつかった。

 

「……私は、それでもいいんです」

「……そりゃ、どうしてだ?」

 

 すっと、片方だけの目が細められる。それは威圧ではなく、理解のための目。

 右側に座る少女は、じっとグラスを見つめて、ぽつり、ぽつりと言葉を溢す。

 

「……確かに、私は指揮官のことが、好きです。でも……AR15のことも好きなんです。AR小隊の仲間だし、友達だから……」

「……だから、私は、AR15が指揮官と……それでも、きっと……彼女を祝福できると思うんです」

「……私は、部隊の皆がいれば、部隊の皆が幸せなら、それで……十分だから」

 

 言い終わって、M4はふっと嗤う。水の中の氷は、まだ形を保って水に浮いている。

 妹のその表情を見て、M16はすっと視線をさ迷わせ。

 

「……ま、お前がそう言うなら、私からは何も言わないさ」

「……」

「だから、こっから先は私の独り言だ」

 

 いいか、独り言だからな?

 

 念を押すようにもう一度言って、M16はウイスキーをちびちびと飲みながら、ゆっくりと話始める。

 

「M4が仲間を大切に思ってくれることは嬉しいよ。だがな、それは私だって同じだ。AR15も、SOPMOD2もな」

「その上で、それぞれが自分の好きなものを追っかけてるんだ。私の場合はコレで、SOPMOD2は……あー、コレクションな。で、AR15は言わんでも分かるだろ?」

「まあ、私が思うに、M4はもっとワガママになっていいと思うんだよな」

「欲しいものは欲しいって言って良いし、その為に行動したって良いんだ。皆がそうしてるのに、M4だけやっちゃいけないなんて決まりは何処にだって無いんだからな」

「それで、仲間の誰かの欲しいものをお前が持ってっても、最後にゃ皆祝福するさ。スパッと割り切れはしないだろうが、私達の絆はそんなもんで崩れるようなもんじゃないだろ?」

「……ま、私からはこれだけだ。後はM4のやりたいようにすればいいさ」

 

 あくまで独り言に過ぎない、隣に座る妹に向けた言葉を紡ぎ終え、M16は喉にウイスキーを流し込む。

 

「……私は、指揮官が、好きです」

「ああ」

「でも、AR15も、指揮官が好きなんです」

「そうだな」

「……きっと、取り合いになっちゃいます」

「だろうな」

「最後には、きっと……傷付きます」

「そりゃ、仕方ないだろうな」

「それでも、私は、指揮官と……指揮官が欲しいと、そう思っても、いいんでしょうか?」

「良いんだよ」

「今からでも、間に合うのかな……?」

「がんばれば、間に合うかもな」

「そっか……」

 

 小さく、口の中で呟き。

 M4は、立ち上がった。

 

「ちょっと、行ってきます」

「おう、行ってこい。……頑張れよ」

 

「……はい!」

 

 少しだけ、何かが吹っ切れたような笑顔を浮かべて、M4が駆けて行く。

 その背中を見送り、M16は、最後の一杯をぐいっと呷って。

 

「……はぁー。ライバル増やしちまったなぁ……でも仕方ないよなぁ、妹かわいいしなぁ……」

 

 そう言って、M16はカウンターに突っ伏した。

 基地に居る人形の殆どが、指揮官を恋慕している。

 その中に、M16が居ないと、誰が言っただろうか。

 

 

 

 

 特殊幸福理論第四定理/改訂第十六版

 




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