世界は酷く美しい (人差指第二関節三回転)
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001   箱庭学園生徒の殺害依頼

 生徒会執行部会生徒会長黒神めだかが、荒唐無稽で前代未聞で暴力的なまでの暴挙によりフラスコ計画を根本から破壊して、すこしした頃、めだかや人吉善吉、生徒会メンバーの知らないところで、ひとりの少年が暗躍していた。

 

 光るような漆黒の黒髪を後頭部に結び、小さなポニーテールのような感じになっている。特徴のない前髪からは生涯半目の気だるげな目が覗く。手足は細く、胴体も平均よりは細くか弱い印象を持たせてしまうだろう。平均よりも10センチほど低い身長の彼の名前は―――かの有名な実力派殺し屋、灰ヶ峰消炭であった。

 

 灰ヶ峰消炭(はいがみねけしずみ)

 

 己の持ちうる異能力に悩み妬み、嫌っている殺し屋。

 

 他者を、他人を殺すことだけにひたすらの高い評価を持っていて、業界でも相当な人気を誇っていた。彼が動くには、一度の殺人依頼で八桁の金額が動いたとも言われているが、依頼人を含めて、彼を囲む全ての人間が死んでいるので、真実を確かめることはできない。依頼主も彼が殺したのかもしれないし、けれどそうとも言い切れないところがあった。

 

 彼を知っているのは彼だけだし、また彼も知っているものは彼だけである。

 

 世界の全てに興味はない。彼が興味を欲すのは、殺害殺戮という行為のみ。人を殺してでしか生き甲斐を感じることができない。生まれながらの殺し屋―――それが、灰ヶ峰消炭だった。

 

 生きながらに死んでいるという言葉はあるが、しかし彼の場合こう表現したほうが、正しいだろう。『生きながらに殺している』―――と。

 

 

「……………」

 

 

 そして今も、消炭の目の前には死体が転がっていた。現在彼は仕事の最中で、その仕事がたった今終わったところだった。手に持っていた短剣で空気を裂いて、血みどろになった短剣から血液を引き剥がす。それでもべったりと血が残っているが、面倒になったのか小さな鞘に短剣をしまった。

 

 短剣を直し終わってから、太ももから微振動が伝わる。

 仕事のためにといやいやながら持たされている携帯電話を開く。使い方はあまり理解していないが、通話に出られる程度には弄ることができる。通話に出ると、明るい女性の声が届いてきた。

 

 

『YA―――! チィーッス! 元気だったかなズミズミちゃん! 今回の依頼はどう? 結構難しめだけど殺されてナーイ?』

 

 

 

 彼女の名前は垂水佳子(たるみずよしこ)。殺し屋の依頼を請け負って、自分の担当する殺し屋に依頼を持っていく仲買人のようなものだ。消炭にとっては、彼女は依頼を回してくれる便利な存在なのだ。

 

 個人的に苦手な人間であるのだが――― 一応不愛想なのも悪いと思い、ちゃんと返事は返す消炭は、きっともともといい子なのだろう。

 

 

「一応。人数分きちんと殺した」

 

『おーよかったよかった。あんたに仕事を回したのは私だけど、実際ちょっと心配だったんだ。なにせターゲットが72名だぜ。なんだこの数、ソロモン王の悪魔の人数かっての』

 

「何を言っている」

 

 

 常人よりも知識を持つ相手と離すのは疲れると、消炭は面倒ながらにそう思った。

 

 

「で、何の用?」

 

『おーそうだったそうだった忘れるところだった! うっかり世間話をするところだった』

 

 

 危ないところだった。

 

 

『で、仕事が終わったところ申し訳ないんだけど―――ちょっと難しい依頼が回ってきちゃったんだよねぇ。あんたもそうだけど、次の相手はかの有名な箱庭学園の生徒よ』

 

「箱庭、学園……」

 

『そう。1組から13組まで存在する超大規模なぶったまげた学園さ。そこは基本的に超人的なパフォーマンスを見せるいわゆる《天才》ばかりが中心に入学している学校だ。そこらへんの一般人とはひと味も二味も違う』

 

 

 世界には超人的な技量を持つものと、人外的な損害を持つ者がいる。

 異常性《アブノーマル》と、過負荷《マイナス》である。

 

 

『それで今回の相手っていうんだがね………箱庭学園3年13組、宗像形っていうのさ。けど、ちょっと心配なところがあってね。情報によるとそいつ、大量殺人鬼らしいなんだよ………だからくれぐれも、気をつけるんだよズミズミ! じゃ!』

 

 

 ツー、ツー、ツー。

 

 依頼を受けるとも行っていないのに、勝手に話が進んでしまう。これは垂水佳子と話しているとよくあることで、いつのまにか会話のペースを握られてしまうのだ。元々口数が少ない消炭には通用しにくいものだが―――それでもこうも嵌ってしまうところを見ると、相当な話術を持っているようである。

 

 消炭は携帯をしまうと、消炭はまずどうやって侵入しようか考えることにした。人を殺すことに関しては何の躊躇もないが、知らない組織に(それが学校といえど)侵入することには抵抗があった。

 

 灰ヶ峰消炭。

 

 彼にとっては日常の1コマでありながら、同時に人生の分岐点ともなろう物語が、ここで始まる。




―――灰ヶ峰消炭

職 業:殺し屋
血液型:AB型
過負荷:無差別殺戮

備 考:オリキャラ


―――垂水佳子

職 業:殺人依頼の斡旋
血液型:AB型
好 物:珈琲

備 考:オリキャラ


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002   灰ヶ峰消炭VS牛深柄春

 いくら天才が集まる学園といっても、一応学校は学校なのだ。18にも満たない子供の集まる施設でしかないのである。そういう短絡的思考の元、消炭は特に何の警戒も抱かずに学ランを来て、正面の入口から堂々と侵入を果たしていた。彼がここまで大胆に侵入を成功させることができたのは、殺す相手が高校生であり、ターゲットがいる施設が学び舎だという先入観のおかげだろう。箱庭学園を深く知る者なら、こんなに大胆な行為、マネできない。

 

 軍艦塔(ゴーストバベル)管理人黒神真黒あたりならば、分析という才能を持ち得てこう評すところだろう。「彼は大胆に常識を逸している」―――と。

 

 それでも消炭としては、こうも容易に侵入できたことに肩透かしを食らっていた。相手が大量殺人機だと言われていたから、テッキリそういう荒れた高校だとイメージしていたのだが―――噂ではトンデモナイところだと聞いていたのだし―――案外、普通の学校である。普通の生徒が普通に通って、普通に授業を受けている。

 

 朝生徒達がぞろぞろと登校するところに混じって侵入を果たした消炭は、これから3年13組へ行こうとしていた。相手が生徒なら、おそらく1時間目が始まる頃には席についているのだろう。不良だったら話は別だが、出会いさえすればこっちのものだ。

 

 13組の制度を知らない消炭は、場違いなまでの完璧な計画を遂行していた。そしてその場違いなまでの完璧な計画を遂行した故に、場違いなまでに場違いな生徒と出会うこととなる。

 

 教室には誰もいない。一人も、教師さえも見当たらない―――机は綺麗に整っていて、掃除などは行き届いているようだ、まるで生活感というものがない。

 

 教室を間違えたのか?

 そう思って一度教室を出て、入口上部に貼ってある札を確認したが、やはりここは間違いなく3年13組だ。自分が来た場所は合っている、間違いなどないはずなのに、なぜ? もしかしてイベントか? それでも3年13組だけが教室からどっかに行くようなイベントなどあるのか? もしかして体育館でもう授業でもやっているのか? ―――と、短い高校生活を送った経験のある消炭が推測を飛ばせていた頃。

 

 不意に、

 

 

「っ」

 

 

 一瞬、誰かがそこにいるような気がした。振り返る、いない。教室の中央真ん中の席に誰かが座っているかのような錯覚にとらわれたが、しかしすぐに霧散してしまった。幻覚でも見ているのか? 分からないが―――もしこれが幻覚だとすれば、自分はもう攻撃を受けているということになる。

 

 異常なる天才達が集まるクラスでなら、十分考えられた。

 

 袖の中に仕込んだナイフを、いつでも出せる状態にしておく。もしかすると、宗像形は自分が狙われていることを知っていて、消炭が殺しに来ていることも知っているのかもしれない。が、それ以上の推測を飛ばしたところで、自分を恐怖で縛るだけだ。考えを消して、気配を探っていると―――確かに。

 

 確かに確かな足音が、消炭の鼓膜を叩いた。

 その足音は教室の扉の前でとなり、ガララララと横にスライドされた。誰が入ってきたのか知らないが、確認するまでもなく、灰ヶ峰消炭は短剣を抜いて飛びかかった。誰であろうと、とりあえず手を出す。口下手で不器用な消炭だからこその、迷いのないコミュニケーションだった。それに、もし相手がただの生徒であって、自分が間違えてしまっていたとしても―――無差別殺戮のスキルを持つ彼にだったら、対処できるのだし。

 

 扉がスライドして、姿が見えた。

 一見優しげな生徒が垣間見えて―――直後、目の前が赤く白く染まると同時に、消炭はそれ以上前に進むことができなかった。慌てて距離を取る。相手の姿を確認した。

 

 箱庭学園の制服を来た、一見普通の青年。造形は整っていて、優しげな微笑を浮かべている。そしてそれらの普通を全て台無しにしていたのが、彼が手に持つ『止まれ』の通行標識だった。

 

 

「驚いた。君は誰か知らないが、誰で合ったとしてもとりあえず、友達の行方を聞いて回っていたんだが―――いきなり襲いかかってくるところを見ると、話し合いにはならなさそうだね。それでも一応聞いてみよう。君、直方と平戸がどこにいるか知らないか?」

 

「………知らん」

 

 

 喋りながら地面を蹴り飛ばした。

 

 通常の人間よりも相当強い脚力は、体重の軽い消炭の体を高速で前に押し出すには十分な力を秘めていた。これならばあの通行標識を盾に使われたとしても、短剣を貫通させて相手を殺すことができるだろう。そう思っての攻撃だったのだが―――同じことを、彼は、自己紹介を始めながら繰り返した。

 

 

「俺は牛深柄春。そして、俺の持つアブノーマルは―――者両規制(ヒューマンロード)だ」

 

「っ!?」

 

 

 体が動かない。

 

 車両進入禁止。その標識が掲げられた瞬間、消炭はその場所から前に進むことができなかった。

 

 

「ぐっ―――!」

 

 

 牛深柄春の異常性―――者両規制(ヒューマンロード)は、相手に危険意識を伝達する異常性である。免許を獲得した人間が道路を走る際に、道路交通法に則った標識を見る。運転手はその標識を見て、ここを進むことができない、ここに入ることはできない、ここは転回できない、ここで駐停車してはならない、そういう『命令』を標識から受け取っているのだ。牛深柄春はその標識を相手に示すことによって、標識が意味する『命令』を絶対的なまでに確実に、異常なまでに過剰なほどに伝えることができるのだ。

 

 車両進入禁止が持つ意味は、ここに入ることはできない。

 すなわち彼がその標識を掲げている以上、標識よりも後ろに侵入することは不可能である。車ならぬ人を規制する牛深柄春、とんでもない才能を持つ生徒に出会ってしまった。

 

 消炭はわけがわからない。

 わからない。わからなくても、前に進むことを諦めない。なぜなら彼は、わからなくても事象さえ理解できてしまえば、簡単に対処することができてしまうのだから。

 

 柄春の標識を『睨んで』殺意を伝える。

 

 殺す。殺す。殺す。―――異常なまでの殺意、制御できないほどの殺意は、牛深柄春が起こした現象に酷く強く影響した。

 

 

『殺す―――!』

 

 

 刹那―――消炭の持つスキル、『無差別殺戮』が発動した。




―――牛深柄春

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:者両規制《ヒューマンロード》


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003   灰ヶ峰消炭の過負荷

 柄春は戦慄していた。

 

 

「っ!? 俺の、アブノーマルが………かき消されたッ!?」

 

 

 標識をなぎ払い、すかさず柄春は距離を取る。

 

 消炭が強く柄春を睨んだ直後、何かが死んだような音がした。そして自分が発動させていたはずの者両規制《ヒューマンロード》が、何かしらの影響を受けてかき消された。なんだ、こいつ。もしかしてアブノーマルなのか!

 

 ―――しかしこの時の柄春は、まだ過負荷という存在をあまり知らなかった。それもその筈だ、球磨川禊率いる蝶ヶ崎蛾々丸と志布志飛沫、江迎怒江が箱庭学園を訪れたのは、もう少し後の出来事なのだから。現在校内にいる過負荷は、球磨川禊と1年1組所属の彼女以外にありえなく、1年1組の彼女が過負荷であることは、球磨川と理事長くらいしか気づいていない。

 

 故に牛深柄春は、灰ヶ峰消炭の持つ異常なスキルに戦慄していた。そして仮に柄春が、過負荷という存在を知っていたとしても―――やはり戦慄したであろう。なにせ灰ヶ峰消炭の過負荷は、かの球磨川禊すらも目をつけていて、いつか接触しようとすら思っているほどなのだから。

 

 それはつまり、夢の世界の彼女に通用しう可能性すら秘めたスキルを持つということで―――しかしそんなことを知るよしもなく、柄春は手に持つ標識を力任せぶ叩きつけた。

 

 

「ハァ!!!」

 

 

 スキルが通用しないならではの物理攻撃。

 

 けれど叩きつけられた消炭は―――まったくダメージを受けていなかった。ダメージというか、顔面に接触したその標識が、もともとそこに停止していたかのような。

 

 標識が消炭に触れた瞬間、勢いという概念が消し飛んだかのような―――運動エネルギーが物理法則を完全に無視した形で、跡形もなく消えていた。突然目の前で発生した意味不明にして解析不能な現象を前に、彼は、

 

 ―――消炭は短く、言う。

 

 

「標識の勢いを『殺した』」

 

 

 その言葉は、彼のスキルの全てを物語っていた。

 何度目になるかわからない戦慄。

 時が止まったかと勘違いするほどの、衝撃。

 そして柄春は、止まる時に抗うようにして、声を荒らげて訴えた。

 

 

「っ!? ………なんだお前、一体、何者なんだ!」

 

「俺は―――そうだな」

 

 

 消炭は、少し迷って短く答える。

 

 

「宗像形の友達、みたいな」

 

「宗像、形………そうか、納得した。お前の持つそのアブノーマルたるアブノーマルも、納得した。そうかなるほど、あいつの知り合いだったのか」

 

 

 柄春は冷や汗を流しながらも考える。

 

 ―――考えろ、この状況でこいつに『殺されず』に生き残る方法を。

 

 必死に頭を回す牛深柄春。けれど案外、消炭のほうは柄春にはあまり興味がないようで―――消炭は特に殺意とか敵意とかを向けずに、他のことを考えていた。

 

 どうやら3年13組の教室には、宗像形は来ないらしい。

 というか、牛深柄春以外の生徒は来ないらしい。

 ここに来た意味はなかったらしい。

 

 そういう結果の元、消炭の中で新たな疑問が生まれた。

 

(じゃーほかの生徒や宗像形はどこに?)

 

 そこまで行けば、後は考えなくても、これからすることにたどり着いた。

 

 つまりこの男に、道を案内してもらえばいいのである。

 

 

「それで一体何の用だったんだ。まさか俺を殺しにきたわけじゃなんだろう? 人間は1匹殺しても30匹は出てくるもんだ、俺を殺しても意味はない」

 

 

 言葉巧みに死線をくぐり抜けようと必死な柄春と対照的に、皮肉なまでに敵視していない消炭が答える。

 

「そうだな。あんたを殺しても意味はない。俺は宗像形を探してる、そいつ以外はどうでもいい。………そういえばさっき、あんた友達を探しているっていったよな。えーっと……」

 

「直方と平戸、だが」

 

 

 1年13組平戸・ロイヤルと2年13組直方賢理は、牛深柄春とよく行動を共にしている。学年が全員違うのだが、ついこの間黒神めだかに容易く敗北したことをきっかけに、3人で手を組んでいた。別に手を組んで何かをしているわけじゃないのだが―――まぁ、その。ストレス発散のために趣味のモータースポーツでも教えてやろうかと思っていたのだ。

 

 そのために校内を、珍しくも探していたのだが―――よくよく考えれば、彼らも13組であり、出席を免除されているわけでり。今更そんなことに気付くことに、案外自分は間抜けだなと改めたところで、消炭は言った。

 

 

「その友達が見つかるまででいい。道案内してくれ」

 

「ん? あぁ」

 

 

 どこの学年の13組かは知らないが、この恐るべきスキルを持つ少年は、まだあまり学校に来ていないのだろう。というか、本来13組が登校が免除されているだけに、卒業まで学校の道をまったく把握していないものも珍しくはない話だ。だから、こういうことを言い出す生徒も結構いて―――故に、学校の生徒でありながらに校舎を把握していないことに、偶然ながら消炭が怪しまれることはなかった。

 

 そして柄春は、ノーマルやスペシャルの生徒ほどではないが、校舎の構造は軽く把握しているのだった。柄春は昔、モータースポーツ部設立のために動いたことがある。あの頃の体験が今になって生きてくるとは、人生よくわからないものだな、と思う。

 

 ―――ともかく。

 

 それで命が助かるのなら安い話だ、と。柄春は巨大で小さな存在を前にして、そんなことを思ったのだった。

 

 

「分かった。暇潰しに案内してやろう。………そういえば名前を聞いていなかったな。なんていう?」

 

「………」

 

 

 一瞬名前を名乗っていいのかどうか迷ったのだが、怪しまれるのもあれかと思い、消炭はあえて素直に名前を名乗った。

 

 今日限りの付き合いだ。どうせすぐに忘れるだろうと思ってのことである。

 

 

「灰ヶ峰、消炭」

 

「よろしくな」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 3年13組。教室のど真ん中に座る彼は、牛深柄春と灰ヶ峰消炭の戦いを最初から最後までずっと見ていた。

 

 空気のように感じることができず、さながら空気のように当たり前。『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』と呼ばれ―――なかった男、日之影空洞。他人から認識すらされたくないような強さを秘める、元生徒会長の彼は、目の前で行われた一部始終を、腕を組んでずっと見学していたのだ。

 

 牛深柄春と灰ヶ峰消炭。

 

 柄春のほうは長年同じクラスだから、すこしくらいは知ってはいたが、もうひとりの少年のほうはまったくもって見覚えがなかった。見た目も、力も、喋り方も。そしてなにより滲み出る負のオーラを。日之影空洞は肌で感じながらも観察していた。

 

 

「俺が他人の気配を感じ取れなかったのは初めてだ……」

 

 

 消炭が教室に入る時も、空洞はずっとそこにいた。前から3番目で右から3番目の、教室のど真ん中を陣取りながらも暇を潰していたのだが―――彼は、消炭が侵入してくるのにまったくもって気づくことができなかった。気づいたらそこにいて、気がついたら柄春もいた。というか、柄春の登場で、初めて消炭を認識したといってもいい。

 

 不思議な男だ。

 けれど―――この時空洞は、彼を叩き潰して学園から追い出そうとは思わなかった。なぜなら彼は元生徒会長であり、学園を守る者でありながらも、生徒を守る者だからである。

 

 ちなみに放課後、空洞は黒神めだかと黒神くじらに尋ねられ、その後球磨川禊と戦い過負荷という存在を認識するのだが―――それはまた、別の話である。




―――日之影空洞

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:知られざる英雄《ミスターアンノウン》


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004   牛深柄春の淡い希望

「フラスコ計画って、知ってるか?」

 

 

 校舎内を歩き始めて数分したくらいか。どちらも喋らないという空気に耐え切れなくなったのか、柄春はそんなことを口にしたのだった。

 

 消炭は、特に思い当たる知識もなかったのか、

 

 

「?」

 

 

 と、非常にわかりやすく疑問を形にした。

 首を傾げるだけの消炭に、柄春は考えながらも言葉を吐き出す。

 

 

「この学園には、裏でフラスコ計画ってのが勧められてるみたいでな。13組の中で特に異常度の高い連中のみを使って、完全なる人間をどうのこうのっていう。俺も一応は13組の生徒だ、その計画については聞いていたし、参加もしたかったんだが―――もしかしたら、宗像形はそれに参加しているかもしれない」

 

「そうか。で、それはどこでやってるんだ?」

 

 

 抑揚のない声で、消炭は問う。

 

 

「それがわかれば苦労しないんだがな―――あいにくその計画ってのは公にはされていなく、どうがんばったところで、俺はほとんど関わることはできなかったよ。現在その計画に参加している『十三組の十三人』でも倒せたら、関わることもできそうなんだがな」

 

 

 以前黒神めだかに返り討ちにあった記憶を思い出す。

 

 黒神めだか。彼女は柄春の知る中でも群を抜いて異常だったが―――そんなやつらが属するメンバーを倒すだなんて、ちゃんと冷静に考えれば無理な話だった。

 

 そんな無理は話を前に、消炭は全く怯まない。

 

 

「なら話は早い。その『十三組の十三人』はどこだ?」

 

「まさか、戦う気なのか?」

 

「まぁね」

 

 

 無知というのは恐ろしいものだ、と柄春は消炭から教訓を学んだ。

 

(しかし、これからどうするか―――)

 

 ―――柄春は現在、消炭と話しながらもどうにか逃げ口を探していた。13組の中でも相当な実力を持っていると自他共に認めるこの俺が、どうしてこんなガキに怯えているんだか―――と、額を抑えたくもなるのだが、彼のスキルを体感してしまえば、逃げたくなるものわかろうものだ。なにより彼は、恐るべき過負荷なのだし。

 

 まず消炭の持つスキルは、柄春にはどうやっても破ることはできない。というか、おそらくほとんどのアブノーマルも、消炭の前には通用しないだろう。

 

 対スキル用スキル。

 それが柄春による、消炭のスキルの印象だった。

 

 だから柄春は、自分が苦労して手に入れたフラスコ計画についての知識をここで消炭に話したのだ。現在はもうフラスコ計画は形を成していなく、『十三組の十三人』のトップ、都城王土は黒神めだかに倒されてしまっていたのだが―――だからといって、完全に諦められる計画ではないだろう。計画も崩壊して間もないし、宗像形がまだそこにいる可能性もあって、他の『十三組の十三人』もいる可能性がある。

 

 そこに消炭が向かえば―――彼らの恐ろしさを知らない故に―――向かってしまえば(それもちょっとみっともないが)、「俺は怖いから無理」だと言えば、それだけで行動を別にすることができた。このままでは言葉上、平戸ロイヤルと直方賢理が見つかるまで、消炭と共に行動することになりそうだった。しかも彼らは13組。今この学校にいる可能性は、どこまでも低い。

 

 つまり柄春は、別れるきっかけを作りたかったのである。

 

 そしてその口車に、消炭はどこまでも軽くあっさりと、肩透かしを食らうように、引っかかってくれた。いくら知識がないといえ、相手はかのフラスコ計画の中枢人物達。十三組の十三人………いくら消炭が対スキル用スキルの使い手であったとしても、完膚なきまでに潰されるに違いない。

 

 いや。待て。

 灰ヶ峰消炭が完膚なきまでに潰され―――るのか?

 

 ここに来て柄春は思う。

 

 この少年なら、十三組の十三人にさえも通用するのでは? だとしたら、こいつとタッグを組んで十三組の十三人を倒せば、自分の力を認められるのでは? 別に認められたからといってどうするのかという話だが、そんなことよりも、自分の手が届かなかったヤツラを倒せる可能性があることのほうが、今の柄春にとっては重要だった。

 

 そしてそんな小さな企みも、とある二人の異常者によってあっけなく砕け散る事となるの、だが―――。

 

 

 

 

「おい。そこのお前、今『十三組の十三人』に戦いを挑むとかなんとか、言っていなかったか?」

 

 

 不意にそんな声が聞こえてきて、柄春ははっとした。

 

 目の前にどこかで見たような生徒が二人、通せんぼするように目の前にいたのだ。そしてその二人を思い出すのに、数秒も時間を必要としなかった。

 

 『十三組の十三人』のメンバー。

 

 験体名:死番虫(デスウォッチ)―――糸島軍規。

 験体名:初恋(ラブ)―――百町破魔矢。

 

 十三人の中でも特に恐るべき力を持つ彼らが、目の前にいた。

 

 

(なんでこんなところにいるんだ!)

 

 

 柄春は心の中で、不運を叫ぶ。

 

 『十三組の十三人』のメンバー、都城王土、行橋未造、名瀬夭歌、古賀いたみ、高千穂仕種、宗像形、雲仙冥利の七人と対を為すメンバー、裏の活躍を主とする『裏の六人』。

 

 彼らは数日前に、寝返った雲仙冥利を始めとするチーム負け犬と戦っていて、そしてその後に箱庭学園にやってきた過負荷、球磨川禊によって殲滅されていた。その後全員が病院に搬送されて療養中であったのだが―――計画に関わっていなかった柄春がそんなことを知る由もなく、そして彼らが病院を抜け出したことなんて誰も知ることもなく。

 

 なぜここでこんな奴らと出会うのか、という悲痛な叫びだけが、柄春の脳内を埋め尽くしていた。

 

 

「誰だお前ら」

 

 

 見ただけでもヤバイとわかるそんな奴らを前に、消炭はどうしようもないまでに、柄春と喋るときと同じように、抑揚のない声で離す。内心肝が冷える柄春だったが、幸い彼らは、怒ることもなかったようで。

 

 純粋に興味を持ったのか、消炭に向かって軍規が問う。

 

 

「君は―――見ない顔だね。私達はとてもオモシロクスザマシイ異常性を持っているから、知っている人にとっては相当有名なはずだが。ふん、君は見た限りノーマルでもスペシャルでもなさそうだな。新手のアブノーマルか?」

 

「宗像形はどこだ?」

 

 

 消炭は軍規の話を正面から無視する。

 

 ―――消炭は彼らがあのフラスコ計画に参加していたことなんて1ミリも知らない。けれど、この学園で彼だけを目的とする彼の目標故に、出会う生徒全員に宗像形の居場所を聞いていた。そしてそのルールのようなものが幸を成したか―――フラスコ計画に深く関わる糸島軍規と百町破魔矢は、深く深く消炭に興味を持った。

 

 かの大量殺人犯(という情報は数日前になくなったばかりだが)に会いたいと言っている。はたして宗像にそんな友達はいたのだろうか? それに―――見ただけで伝わってくる、消炭の異常性に強く惹かれる。異常の中の異常、異常以上に異常である『裏の六人』糸島軍規は、面白いことを思いついた。

 

 軍規は言う。腕を組み口角を釣り上げ。

 

 

「宗像形は私の友達だ。居場所も知っている。正直親切に教えてやってもいいんが―――理由もなくぶっ潰してやるのもまたよしだな。君、名前はなんと言う」

 

「灰ヶ峰消炭」

 

「灰ヶ峰消炭! 十三組の十三組の中でも、特に異常な私達に勝つことができたら、居場所を教えてやらなくもないぜ! 隣りの彼も一緒に来て構わない!」

 

 

 柄春としては生きた心地すらしなかったが、

 

 

「約束は守れよ」

 

 

 やる気まんまんな消炭を見て、逃げることはできなさそうだなと悟った。止まれの標識をいつでも使えるように肩に乗せて、彼は生きた心地のしない生き地獄を味わう覚悟を決めた。

 

 もしかしたら勝てるかも知れない。

 

 そんな淡い期待を、込めて―――いざ、勝負。




―――糸島軍規

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:???

―――百町破魔矢

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:???


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005   異常性の中の異常者

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!! 死ね!!!」

 

 

 柄春は標識を叩きつけた。

 

 標識は異常性の関係なく、十分に鈍器として武器になる。鰐塚処理の武器ではないが、叩きつけられれば脳内出血を起こして死ぬ程度には破壊力を持っている。そんな標識を前にプラスシックスのリーダー、デスウォッチこと糸島軍規は避ける素振りもなく守る素振りもなく、対処する気もなく反撃する気もなく、両手を胸の前で組み目を瞑っているだけだった。

 

(俺なんかに力を使うまでもないってか! 後悔させてやるよゴキブリが!)

 

 心の悲痛な叫びとともに標識が振るわれ、軍規の頭部に確かな手応えをもってして炸裂した。骨が砕けるような確かな手応え、球磨川禊に螺子伏せられてまだあまり時間は立っていない。これでも怪我人だし、これでも療養中なのだ。そんな時に標識を頭部に炸裂されて無事でいられるはずがないのだが―――軍規のほうは全てが終わってから、嫌にゆっくりと目を開き、言ったのだった。

 

 

「君は今、なにかしたかな?」

 

「―――っ!?」

 

 

 攻撃が効いていないどころの話じゃない! 効いているかどうかよりも、当たっているかどうか心配になるほどの手応えのなさに、柄春は鳥肌が立つ。確かに攻撃はあたっていて、確かに標識は炸裂したのに、なんだこいつ! 消炭といいこいつといい、いったい何人化物がいるんだよ! ―――自身のアブノーマルが通用しないという事実に、柄春は一瞬だが身動きができなくなった。その隙を百町破魔矢が逃すわけがない。

 

 

「無駄ですよ牛深先輩」

 

「なっ………」

 

 

 放たれた弓矢が、柄春の両アキレス腱を貫いていた。直後バチンという不可解な音が自分の足から聞こえてくる。

 

 だめだ、もう、こいつらに、かなうわけが―――意識は闇に塗りつぶされる。柄春の顎に軍規の容赦ない掌底が叩きつけられたのが止めだったようだ。ゲームのように派手な軌道を描きつつ、空中に躍り出て後方に頭から地面に落下する。その間に消炭が柄春の勢いを『殺して』お姫様のようにキャッチした。

 

 それでも華奢な彼には重たかったのか、ガクンと膝が地面につく。

 柄春を地面に寝かせると、消炭は短剣を前に翳した。

 

 

「これはオモシロイ! 我々2名を相手にひるまないとは、お前どういう神経しているんだ! ますます気に入った! おい破魔矢、本気を出さないと怒るからな私は!」

 

「承知しました」

 

 

 瞬間、破魔矢が弓を構えた。

 

 百町破魔矢の異常性―――それは自分の攻撃が射程距離内なら絶対に外れないというとんでもない異常なほどの命中率である。彼が放つ攻撃の射程距離内に攻撃対象が入っていれば、それだけで彼の攻撃は絶対に当たるし、それだけで相手は彼の攻撃を避けることができない。一発必中にして百発百中、無限発無限中のプラスシックスきっての戦闘向けスキルだった。

 

 運命的(アニヴァーサリー)―――。

 

 それが裏の六人2番手の誇る、百町破魔矢の持つ異常性。

 狙いを定めることなく放たれた弓矢の最大射程距離は100メートル。つまり100メートル以内の相手にならば一発必中の百発百中で攻撃を当てることができるのだ。そしてその攻撃がアキレス腱などの弱点を、さらに急所を狙うことができたなら―――百発百中に咥えて一撃必殺ともいえる。

 

 そんな、魔物のような異常性を相手に、一介の異常者である柄春が勝てるはずはなく、アキレス腱をぶち抜かれた柄春は一瞬にして戦闘不能に持ち込まれたのは至極当然の結果とも言えよう。

 

 

「終わりなさい」

 

 

 一発必中百発百中、一撃必殺の破魔矢の矢が消炭めがけて発射された。

 

 

「ふん」

 

 

 しかし灰ヶ峰消炭は彼と違って過負荷である。過負荷の中の過負荷、何もかもを全て『殺す』ことができる過負荷。いくら相手が魔物と呼ばれるプラシスックスであろうと、即座に負けるような消炭ではない。

 

 短剣を翳し、矢を睨む。

 

 何かが死んだような音が聞こえて、矢が物理法則を無視して真下に落ちた。

 

 

「矢の勢いを『殺した』。そして―――」

 

「何を―――」

 

 

 

 再度弓を引きしぼり、攻撃をする。

 

 しかしその弓矢は消炭に当たっても、子供が石を投げた時よりも頼りない攻撃となっていた。威力がない、人を傷つけるほどの威力がない。

 

 なにかがおかしい。

 

 まるで何かが壊れているような―――こ割れているような。

 

 破魔矢の勘は正鵠を得ているようで―――続く消炭の言葉は、破魔矢の気力をごっそりと削った。

 

 

「弓矢の『攻撃力』を『殺した』」

 

 

 消炭が過負荷で殺したのは。

 

 弓矢という武器の数ある性能のうちの、攻撃力だった。

 

 弓矢の攻撃力を殺した。

 

 性能を殺した。

 

 殺された武器に、その性能は既にない。

 

 目を見開く破魔矢―――に短剣を振りかざそうとした目の前に糸島軍機が迫り狂う。軍規は振りかざされる短剣を腕で受け止める。ズブリ、容赦の無い力で振るわれた刃が確かに絶対にこれ以上なく確実に突き刺さった。が、軍規は悲鳴を上げない。というか痛がる素振りさえも見せない。

 

 (こいつも異常者なのか)

 

 一瞬で悟る消炭。

 

 突き刺さったはずなのに、突き刺さった手ごたえすらも感じたのに、消炭が振るった短剣は軍機の腕から大きくそれて、明後日の方向に進んでいたのだから。

 

 その際軍規は目を閉じていて、そして目を開くと同時に回転しながらの掌底が消炭の顔面に容赦なく炸裂する。勢いは即座に殺したものの、一度引かざるを得ない。

 

 糸島軍規の異常性は、百町破魔矢と同等かそれ以上にやっかいなタイプの力だと悟ったからだ。短剣を構える消炭を、軍機は楽しそうにかつ慎重に言葉を発する。

 

 

「女みたいな顔してるわりには、とんでもなく凶悪な力を持っているようだなお前は! 私は驚いているぞ! 破魔矢! 弓なんか捨てて全力でいけ! これはもしかすると私たちの手に負えないかもしれないからな!」

 

「そうですね」

 

 

 自分の異常性と攻撃を全て対処されてなお、まだ戦おうという破魔矢の心意気に、消炭は密かながら尊敬した。自分ならば勝てない相手には一目散に逃げるだろう。いや、まず勝てない相手がそこまでいないのだが。

 

 一方軍規はとてつもなく楽しそうだ。『裏の六人』という肩書きから察するに、なにか裏で活躍する工作員的ななのかなのだろうと消炭は察する。裏で活躍、暗躍する―――殺し屋の世界で言うならば、それはただ純粋に『強い』人間よりも厄介な存在だ。強い人間よりも強さを知っていて、なおかつ弱いながら弱さを強みに戦いを挑んでくる。凶悪で強大な過負荷を持っているからこそ、消炭は『弱さ』の怖さを知っている。

 

 糸島軍規のアブノーマル。

 それは強さであり、弱さでもあった。

 

 

「うぉおおおおああああああ!!! っはぁ!」

 

 

 掌底が飛んでくる。勢いを殺す、いなす、掴む、その腕に短剣を突き立てて縦に引き裂く。ズブ、ズブズブズブ! と筋肉細胞が引き裂かれる音と手応えが確かに聞こえる。血飛沫で互いの制服が赤く染まる。そして次の瞬間―――軍規は閉じていた目を見開く。治る。全ての傷がまるで『なかったこと』になったようだ。

 

 次に破魔矢が、弓矢の弓の部分をぶん回して攻撃してくる。射程距離は弓よりもかなり小さいが、それでも接近戦においては十分な射程距離だ。射程距離最大2メートルのそれは確実に消炭に炸裂して、けれど勢いが殺されて炸裂はしない。破魔矢の扱い物が既に『武器』という概念ではないので、性能を殺すということはできなかった。いちいち勢いを殺さないといけないということに面倒に思いながらも、消炭は破魔矢の右鎖骨を短剣の柄で殴って砕き、燕返しをするようにして左鎖骨を切り裂いた。

 

 左右の腕を支える重要な骨が両方欠損。確実な戦闘不能。消炭は殺し屋なのだから、これでも殺されないだけマシなのだが―――とうの本人は絶望する他ない状態だ。止めに短剣を腹に突き立てられ、破魔矢はそこに倒れふしてしまう。

 

(あとはこいつだ)

 

 糸島軍規。

 

 彼のアブノーマルは―――消炭の思ったとおりの力だった。

 

 『不知(シュレディンガー)

 

 それがかの、自分の異常性を知りもしない糸島軍規の異常性。




―――糸島軍機

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:不知《シュレディンガー》


―――百町破魔矢

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:運命的《アニヴァーサリー》


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006   殺し屋と推理少年

 裏の六人(プラスシックス)総括の異常性―――不知(シュレディンガー)

 

 自分にとって知らない現象は、なかった現象と同じとなる。たとえ軍規が背後から銃で脳天を貫かれたとしても、彼がそれに気づいていなければ、その攻撃は無効となる。通りすがりにナイフで刺されても、彼が知らなかったらそれはなかったことになる。自分が知らないという思い込みが、体からダメージを引き剥がす。―――プラスシックスの中でもかなり超能力的な異常性だが、軍規自体はその異常性のことを知らない。

 

 彼は異常者でありながら異常者であることに異常なほどに興味がない。異常でありながら自分の異常を理解しておらず、まず知ってもいないし知ろうともしていない。そもそも彼の能力は、この学園でも2番手の百町破魔矢、研究者高千穂仕種、不知火理事長くらいしか知らない。なぜならその異常性を『知らない』ということこそが、軍規の異常度を上げているところもあるからだ。知らないことでなかったことにするという異常をもし彼が知ってしまえば、知らないことでなかったことにできるということを期待してしまい、結果彼は攻撃を食らうということを理解してしまい、発動しなくなる可能性があるからだった。……故に誰も軍規に異常を教えないし、また彼も自分の異常性が知らないままのほうがいいと本能で知ってしまっているのか、まるで興味を持っていなかった。現に彼は今「私にはなんか攻撃がきかないんだが」程度にしか思っていない。

 

 知らないことこそが存在さしめる異常性。

 

 我の知らぬ傷は無し―――死番虫(デスウォッチ)不知(シュレディンガー)

 

 

「だったなら」

 

 

 短剣を振り回しつつも消炭は考える。

 

 現在攻撃の手を休めないながらも、消炭は軍規の異常性があまり理解できていなかった。いなかったけれど、最低限一つだけ気づいたことがあった。それは―――軍規が攻撃を無かったことに、知ら無かったことにする際に、よく目を瞑る、ということだった。彼の異常性的には、例え目を瞑らなかったとしても発動に関係ないわけで、つまり今の消炭が気づいたことはとても意味のないことのように思えた。

 

 が、しかし。結果それが、消炭を思わぬ方向へ導くことになる。

 

 

「っ!」

 

 

 消炭の短剣が軍規の右目を突き刺した。

 

 

「が、ぁぁぁああぅ!?!?!?」

 

 

 奇声と血飛沫が上がる。

 

 軍規が知ら無かったことにする際に目を瞑る―――それすなわち、軍規の異常性は『目』に関係するのではないかと推理したのだ。常時気を抜くことなく戦い続けつつ考えたことなので、すこし考えが浅いとも言えるのだが、結果それは、軍規の攻略を後押ししていた。

 

 右目を貫かれて、軍規それを凝視してしまう。

 右目に刺さっている短剣の柄を、無意識にも無自覚にも左目で凝視してしまう。刺さった、刺さった。真正面からの絶対的なまでに、確実という確実のもと右目に短剣が突き刺さっている。失明する、目が見えなくなる、いや、いやだ。私はそんなのは―――軍規の意識が全て『短剣』に一点集中され、結果それは知ら無かったことにすることは不可能となった。

 

 確実なダメージ。

 

 消炭は短剣を引き抜いて、軍規の腹を一閃する。腹の皮膚に赤いラインが浮かび上がり、結界。大量の出血とともに軍規は立っていられなくなる。

 

 

「………宗像形はどこだ?」

 

 

 約束は守れよ。

 消炭は瀕死の軍規に冷酷にも詰め寄る。胸ぐらをつかんで、自分の顔へと引き寄せる。

 

 

「教えろ」

 

「時計…台………地下、2階………」

 

「………」

 

 

 手を離すと、軍規は地面に重力のまま横たわった。

 

 時計台。

 

 地下2階

 

 それがどこなのか、箱庭学園の生徒ではないからわからない。消炭は学ランを投げ捨てる。血しぶきで赤黒く染まった学ランなんか来ていられない。中間服姿となり、近くの生徒に聞き込みでもしながら、時計台地下2階を目指すために歩き出した。

 

 血塗れで死にかけの軍規と破魔矢。彼らを置いて立ち去ることに、消炭は罪悪感の欠片も感じない。誰かが見つけてくれるなら、勝手に助けてくれるのだろうと思うだけだ。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

『わぁ、すごい。ねぇ君達なんでこんなところにいるんだい? 君達は僕にけちょんけちょんにされて入院中だったはずだけど』

 

 

 反応の無い軍規。意識は既にそこにはない。

 

 大の字に倒れたままの破魔矢が、そこに現れた水槽学園の制服を着た男子生徒を見て、反射的に弓を構えようとする。が、手元の弓が弓ではなくなっていること、そして弓を引くことがもうできないことを思い出して、諦める。そこに現れた男子生徒を睨みながら、破魔矢は口を開いた。

 

 

「あ」

 

『だめだめ! そんな状態で喋ったらだめじゃないか破魔矢ちゃん!』

 

 

 満面の笑みで顔面に螺子を螺子込まれた。破魔矢の視界は闇に染まるが、目という感覚器官が丸つぶれになったからだということに気づくことができない。

 

 数秒後には戻っているのだが。

 

 

『ふーむ、二人共ともに刃物でやられたような傷跡。これはあの時じゃないけど、どうみたところで同一犯の犯行と見て間違いないね。そこに僕は、たまたま偶然立ち会ってしまったわけだ』

 

 

 探偵のような素振りで推理する。実は球磨川禊は、彼らの戦いを最初から最後まで見ていたのだが―――そんなことを破魔矢達が知るわけがない。彼らは球磨川を返り討ちにするために病院を抜け出し校内を歩いていたのだが、結果どうしたところで見つけることはできなかった。これより未来の話だが、自分の気配をなかったことにしてしまうような少年である。なにかしら力を使っていたのだろう。

 

 そしてこうして消炭に返り討ちにされたことで球磨川との再会をきたし、その時にはすでに戦えるような状態ではないのはどこまでも皮肉に満ちた状態だったが。

 

 球磨川は言う。

 

 

『じゃ、僕は犯人でも探しに行くか。破魔矢ちゃん、傷は直しといたから気絶した軍規ちゃんとそっちの標識持ってる人、がんばって保健室に運んでねー』

 

「………」

 

 

 

(相変わらず、とんでもない力だ)

 

 破魔矢は倒れる軍規を持ち上げて、肩に背負う。続いて柄春も背負おうとしたのだが、普通に破魔矢では力不足だ。わけて運ぶことにする。―――消炭にやられた全ての傷は既に跡形もなく消えていて、軍規の右目も腹も、まるで一片の証拠もなく消えてしまっていた。ついでに柄春のアキレス腱もつながっている。

 

 まったく。なんとも忌まわしく桁外れで恐ろしい力である。

 

 

『よーし』

 

 

 消炭が歩いた後を追うように歩きながら、球磨川は両手を広げて頭の後ろに組んだ。

 

 

『瞳ちゃんに仕事でもプレゼントできたことだし、僕はその犯人とやらとの久しぶりの再会を果たそうかな』

 

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

「時計台の地下?」

 

 

 数分歩いていたが、なかなか生徒に出会わない。なぜだか不思議に思っていたのだが―――どうやら普通に授業中だったようだ。そういえばここは高校だったな、と思い出す。今までの戦いをしてきて、消炭の中では高校生のイメージが崩壊していた。異常なる彼らは、驚くながら一応は高校生だ。その事実に驚愕しえない。

 

 箱庭学園。

 垂水のやつが恐れている意味がわかった気がした。

 

 新たな発見をしていると、ちょうど校内にチャイムが響き、生徒たちが気だるげな表情で廊下に出てきだした。その中で一人、特に眠そうな顔をしている冴えない生徒に話しかける。

 

 金髪で一部が黒く、若干の反骨精神が感じ取れる。

 普通の中の普通の少年。1年1組人吉善吉は、消炭の質問に面倒そうながらも答えたのだった。

 

 

「ってことはえーっと。13組の生徒っすか?」

 

「ああ」

 

 

 探しているターゲットは確かに13組である。そういう意味の質問ではなかったのだが。

 

 

「時計台の真下に入口がありますよ。そこになんかへんな門があるんですけど、たぶんあなたならいけるんじゃないですか」

 

 

 先輩か同級生か判断がつかないのか、少しだけ話し方がぎこちない。

 

 

「わかった。ありがとう」

 

「ああ、ちょ―――行っちまった」

 

 

 消えるように姿を消した消炭。現在球磨川禊という過負荷の転校により若干神経が鋭くなっていたのか、消炭を見たまま眉を染めていた。

 

 日之影空洞の如く消える術は、間違いなく普通ではない。

 

 

「球磨川の仲間じゃなきゃいいけど。まぁいいや、それより不知火と暇でも潰すか」



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007   殺害欲と殺人衝動

 ノーマルの彼が言うように歩くと、案外簡単にたどり着くことができた。時計台の真下にはなにか仕掛けがありそうな扉があり、少し前に黒神めだかの仲間がぶち壊していたのだが、いつのまにかその扉は修復されていた。選ばれたものしか通ることができない。いや、ノーマルの人間でももしかしたら通ることは可能かもしれないが、その場合の確率は百万分の一というものである。そんなこと、異常の中の異常者くらいしか可能ではないだろう。

 

 そして消炭は確かに異常だが、

 過負荷でもある彼は、異常なまでに過負荷らしい考えで通り抜ける。

 

 

「………開かないな、面倒だ」

 

 パスワードを打ち込むということすらわからないままに、消炭は開くことを断念する。そしてこれ以上この入口に脳を使うことが無駄であるというかのように、手を話して扉を見つめた。

 

 殺害。

 

 扉の性能(システム)を殺した。

 再度手をかけると、実にあっさり扉は開いく。そこらへんの家の扉を開けるようにあっさりと侵入を果たし、廊下を歩く。入り乱れる廊下はまるで迷路のようであり、実際にこのフロアは迷路になっている。

 

 

「こんなことなら、あの異常者二人を殺さずに連れてこればよかった」

 

 

 勝手に殺されたことになっている軍規と破魔矢には合唱を捧げるべきであろう。真っ白い天井に薄く映った二人の顔を、しかし視線で切り裂くように睨んでから、これからどうしようかと頭を悩ます。

 

 黒神めだかの活躍によりフラスコ計画が崩壊した現在、この施設ではもうなにかの研究は行われていない。計画の軸である都城王土は欧州へ旅だち、行橋未造も彼について退学している。高千穂仕種や名瀬夭歌などは計画からはずれ黒神めだかと行動を共にしており、現在箱庭学園の平和を脅かす球磨川禊対策に頭を捻っていたりする。つまり王土とめだかの戦いという大きな話が終わり一段落ついている今、時計台地下では大したことは何も行われていなく、また消炭はいい時期に箱庭学園に潜りこめたと言える。最初に宗像形を殺せと依頼した人物は、この時期を見計らって依頼を出したと思われるが。

 

 地下迷宮を歩いている間、点在する監視カメラに消炭はあえて姿が映るように歩いていた。カメラの性能を殺すことも可能なのだが、殺すまでに自分の映像は確認されるだろうし、またセキリュティはカメラ意外にもあると思っていた。自分が殺すには、殺す対象が理解できていないかもしれない。ここから遠く離れた国の人間を、消炭には当たり前のように殺すことはできないのだ。

 

 だからあえて姿を見せる。

 自分という異物が入り込んだことによって、迷って何もできない消炭に誰かが何かを仕掛けてくるのではないかと踏んで。

 そしてそれは意味を成さず。

 三十分くらい歩いたところで、消炭の機嫌が悪くなってきた。

 

 

「あー、くそ。面倒臭い!」

 

 

 床を睨み―――掌を付ける。

 

 

「殺してやる」

 

 

 刹那、床が水面のように小さく波立った。床を形成する物質、分子が無数に振動し、床という物質が過負荷による影響を受ける。そして、何かが起こって何かが死んだような気がして―――床が砂のように崩れ去った。

 

 物質としての『強度』を殺した。

 

 崩れた床から転がり落ちると、天井から更にしたの地面に墜落する。その際は勢いをあまり殺さずに、着地の瞬間に回転しつつ勢いを殺し、物理的な身体能力で体を守る。周囲を見回す。先ほどの無機質で殺風景な廊下ではなく、日本庭園のような場所だった。

 

 そしてそこにいた。

 

 

「…」

 

 

 大量殺人犯。枯れた樹海(ラストカーペット)、宗像形が!

 

 宗像形は地下に作られた日本庭園の庭で、やけにのんびりと日本刀を見ていた。人工的に作られた光が日本刀に鈍く反射して、彼はそれを味わうようにして眺めている。登場した消炭に視線だけを向けると、空に開いた巨大な崩落を見て、口を開く。

 

 

「君は―――見ない顔だね。わざわざ天井を崩落させてまで僕に会いに来た、なんてことはないよね」

 

「そんなことあるさ。俺はあんたに用がある」

 

「用? 僕にできることなんてあったかな」

 

 

 未だにこちらを注視しようとしない宗像に腹を立て、消炭は短剣を引き抜きつつも言う―――「お前を殺せっていわれているんだよ!」叫ぼうとした瞬間、上から何かが飛んでくるのにぎりぎり気づくことができ、本能のレベルで回避する。自分が先ほどまでいたところに落ちてきたのは、拳程の丸石。

 

 宗像の舌打ちに消炭は気づく。

 今消炭が、少しでも早く踏み出していたならば、頭上から落ちてきた丸石が頭部に直撃して意識をもっていかれていただろうことに―――。

 

 

「僕に何のようか知らないけど、今日は僕は気分がいいんだ。君の女の子のような雰囲気には癒されるところもあるし、できれば君を殺したくはない。僕は君を殺すなと命令されていない、帰ることをおすすめするよ」

 

「関係ない。そんなことは殺してから考える」

 

「そうか。じゃあ仕方ないな、実は突然現れた君が気になって仕方がないだ。だから―――」

 

 

 宗像はどこからか短剣を取り出した。

 

 

「だから殺す」

 

「っ」

 

 

 双方が地面を蹴り飛ばし、刃物同士が交錯する。刃物と刃物のぶつかる金属質な音が響いて、それから数回切り刻み合う。その都度互いの短剣は短剣を弾き、短剣にいなされ、短剣が短剣を切り続ける。キリがないとはこのことだ。完全に短剣で五分の戦いが、壮絶なほどに互角な戦いに、宗像は一度武器を捨てる。

 

 

「君は短剣(これ)は殺せない、か。なら」

 

 

 日本刀。

 

 短剣よりもリーチの優れた日本刀を両手(・・)に、宗像形は攻撃を仕掛ける。左右から間髪いれずに押し寄せる鋭い斬撃の嵐に、しかし消炭は一歩も引かない。一歩も引くどころか逆に一歩踏み出し、両手に日本刀を握る宗像を押す。リーチも武器の数も性能でも負けているのに、それでも消炭は一歩も引かない。

 

 殺人衝動。それが宗像形の異常性であり、武器の扱いとしては達人とは言い難い。善吉は素人同然と言っていたが―――戦闘に対して初心者同然であるらしい宗像にはそれでも、この消炭という男の戦いが異常に映っていた。全ての武器を素手で封じて見せた善吉の精巧さと弱さにも驚かされたが、この短剣使いには純粋な強さしか感じなかったからだ。

 

 強さ。

 単なる短剣の技術でも達人の域に達している。日本刀というリーチが2倍以上も違う武器を相手に全く怯まないのは、強さに自信が伴っているからだろう。これくらいなら勝てる、俺は死なない、という確信にもにた自信が。その強い自信と純粋な強さが、宗像の攻防を引かせてしまう。宗像が得意とするのは殺すことだ、戦うことではない。

 

 日本刀をどこかに強くぶん投げて、今度は鎗を取り出した。

 武器に思い入れがないからこそ、彼は武器を捨てられる。

 

 

「リーチ2倍じゃ足りないらしいからな」

 

「くっ……」

 

 

 短剣を使いこなす消炭でも、流石に鎗となるとキツくなってくる。リーチが4倍以上も離れているのだ。隙をついて接近戦に持ち込むくらいしか対策方法を思いつかない。理不尽なまでの圧倒的な武器の性能を相手に、過負荷を使わざるを得なくなる。

 

 鎗が消炭の首筋を掠る瞬間―――鎗の刃は頚動脈部分の皮1枚も破けずに通過した。

 

 消炭は鎗の刃の鋭さを『殺した』のだ。

 

 

「どうやら刃物じゃ殺せないらしい」

 

 

 宗像は槍を捨て、おもむろに武器を取り出す。

 

 鈍器。大きな柄を、宗像は両手に構える。そんなにも重たそうな武器をよくも同時に扱えるものだと消炭は思わずにはいられない。宗像が善吉にやったように、左右から潰すようにして鈍器を叩きつける。

 

 一歩下がり、目の前で鈍器が炸裂重たい激突音を聞きながら、消炭は鈍器の上に着地、猫のように短剣を逆手に持って宗像の首へと短剣を振るう。

 

 刹那、短剣を振るう消炭の腕に、”何故か深くナイフが突き刺さっていた”。

 

 

「っ!?」

 

 

 突如激痛に襲われる。

 

 宗像形の殺人衝動は恐るべき異常性なのだが、しかしそれが全てというわけでもない。彼には行橋未造の特技や上峰書子の護身術のように、異常性の別にテクニックを持っている。それが―――暗器である。

 

 どこからともなく飛来したナイフが、下から消炭の腕を貫いていた。

 

 

「ぐ、ぁっ」

 

「君は今まで見てきた中で、数少ない実力者だ。殺しの手際も僕と同等。できれば君を殺したくなかったし、また君と殺し合っていたかったけれど―――それが殺さない理由には残念ながらならないんだよ。残念ながら君は強い。だから僕は君を殺す」

 

 

 十三組の十三人(サーティンパーティ)の裏の暗躍者、裏の六人(プラスシックス)のリーダー糸島軍規と百町破魔矢を単体で一方的に退けた消炭だが、この宗像形相手には相性が酷く悪かったようだ。柄春は消炭の殺す力を、対スキル用スキルだと表現した。宗像形の異常性はスキルではなく、抑えきれない殺人衝動に尽きる。そう、宗像系という殺人鬼の攻撃は全て物理であり、スキルによる攻撃ではない。十三組の十三人の中で、一番一般人に近い戦闘を繰り広げる宗像だからこそ、消炭はここまで押されてしまっているのだろう。感覚的には一般人から最も程遠い男だが。

 

 そして、柄春や軍規、破魔矢と戦った後だからこそ、ここまで押されてしまっているとも言える。彼の『殺す』という過負荷には、一つだけ弱点―――いや、制約とも言えるべきものがあるからだ。

 

 それは罪悪感。物事を殺しすぎてしまうと、自らの罪悪感により精神的に押しつぶされてしまう。故に彼は、迷宮にたどり着いた瞬間すぐに地面を崩壊させなかったし、カメラを片っ端から破壊しようともしなかったのだ。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 宗像形の鈍器が振り下ろされる。

 

 

「君は類を見ない異常者だったけど―――僕の普通な友達の足元にも及ばなかったよ」

 

 

 鈍器が振り下ろされ、渾身に力を引き絞って消炭は後ろに一歩下がる。射程距離の短い鈍器は、あと少し距離が届かず消炭の目の前で炸裂する。目の前の地面に放射線状の罅が入る程の衝撃が走り、そして。

 

 突然背中を、刃物で滅多刺しにされた。




―――宗像形

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:殺人衝動


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008   溢れ出る死、見つめる者

「僕は今までとても友達が少ないタイプだったから、気づいたのはつい最近なんだけど―――僕は結構、人からものを学ぶのが得意なやつみたいでね」

 

「…っ」

 

 

 背中を4本の刃物に抉られた消炭に言う。

 刺さる武器は短剣、日本刀、鎗と、全てこの戦闘で使われたものである。

 

 

「友達のやり方を参考にさせてもらった。しかし高貴君のようにはいかないな、特別(スペシャル)の彼なら完全に再現してしまうだろうが、僕はただの異常者だ。せいぜいこれくらいが限界なのかもしれない」

 

 

 宗像形は武器を捨てる際、やけに力強くなげたのは―――勢いよく飛ばし、天井に武器を突き刺すためだった。モノを飛ばしたりするテクニックにも長ける暗器使いだからこそ、こんなにも鮮やかに手際よく突き刺すことができたのだろう。最後に振り下ろした鈍器での攻撃は、攻撃を当てることを目的としたわけじゃない。

 

 大きな振動で刃物を上から落とすことによって、消炭を『殺す』ことこそが目的だったのだ。殺人衝動宗像形の、殺人鬼本来の本能ともいえよう。宗像形の串刺しを喰らい、消炭の意識がごっそりと削られる。背中に刺さる日本刀は背中の筋肉を引き裂き、内蔵を貫通して腹の方に出てしまっている。鎗は消炭の脊椎を砕き、フォークでモノを刺すように砕けたものが絡まっている。短剣は消炭の首筋に直撃し、大量の血飛沫を作る原因と化していた。どれも十分致命傷だ。

 

 

「初めて人を殺したよ」

 

 

 宗像の独白など、今の消炭には聞こえなかった。

 

(嫌だ、いやだ、いやだいやだいやだ! こんなところで死ぬわけにはいかないんだ! 俺はこいつをいつもの依頼の時のようにぶっ殺して金をいただいてひとりで生きていくしかないんだ! くそ! 俺が死んだら、俺が死んだらどうなるのかわかってんのかよ! わかってないよな、当然か。でも、けれど、俺が、俺が生きていないとこの世界は―――いつ崩壊してもおかしくないのに)

 

 満身創痍は死へと誘う。

 

 

「このままだと放っておいてもいずれ死ぬか。……ふっ、僕はついに、人を殺してしまったんだな―――案外あっけないものだ。自首でもするか」

 

 

 宗像の背中が視界に映る。

 

(俺は殺し続けなければならない! 幻想と現実がいつ入れ替わるかわからないこの世界で、俺は彼女を、《観測者》を殺し続けなければならないんだ! でなければ! 彼女は思うがままに世界を反転させてしまうだろう! いやだ、そんなのはだめだ、そんなことになったら、俺はもう、幸せにはなれな――――)

 

 幸せを願う過負荷は、己を深く見つめていた。

 

 己を見つめた。

 

 己の死を見つめた。

 

 誰かが死んだような音がした。

 

 湧き出る殺戮、眺める者の。

 

 全てを無差別に殺戮する過負荷(マイナス)―――無差別殺戮(デスゲイザー)

 

 

「…」

 

 

 立ち上がり。

 

 背中の剣を力任せに引き抜く。

 

 右手のナイフも引き抜いた。

 

 血が出る。知らない。関係ない。

 

 立ち上がり、地面を蹴り飛ばす。

 

 布の擦れる音、地面を蹴り飛ばす音。そのどちらも殺されないテクに長けた宗像ならば簡単に察知することができたであろうが、この場合においては例外だとも言えた。

 

 自分の息を『殺し』て。

 

 自分の足音を『殺し』た。

 

 ―――気配という気配を『殺した』のだから。

 

 そして。

 

 

「俺が『殺された』ということを『殺した』(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「え?」

 

 

 突然耳元で言葉を紡がれ、何事かと思い振り返る。直後、首元を狙う殺気を感じ取って、手にとった匕首で首を守る。ガン、と強い衝撃の元、宗像は強く倒される。殺す、殺す、殺す。とんでもない殺気を、今までにないまでの恐ろしい殺気を放つ消炭が、宗像の腹に馬乗りになっていた。

 

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――――     」

 

「っ!?」

 

 

 誰よりも殺しに長けている宗像だからこそ、消炭の殺気を誰よりも理解してしまった。これは一時期、自分が本当に殺人衝動に負けて人を殺してしまいかけたあの頃と同じ―――いや、それ以上の。明らかに人間が放てるレベルの殺気ではなかった。

 

 異常だ。

 

 異常な宗像はそう思わずにはいられなかった。馬乗りになったまま、消炭が短剣を振りかざす。宗像は馬乗りにされたまま両手で駆使して武器で己を防御する。数十の金属音が響いて、互いの武器が空へ飛んだ。隙を見て、宗像は袖からカッターナイフを持ち出し、思いきり消炭の頚動脈を抉る。ズボンには替刃がいくつも仕込んであり、それらは既に馬乗りになった消炭のアキレス腱をぶち抜いているだろう。が、しかし。何も起こらないし、何も始まらないのだ。

 

 頚動脈を抉っても消炭は顔色ひとつ変えないし、いくら体を滅多刺しにしたところで痛がる素振りも見せない。まるで普段どうり、溢れ出る殺意とドーパミンのせいで気にならなくなってしまっているのか? いや、違う。そんなのではない、消炭はやっているのは、そんな人間的な説明のつくものではない。

 

 これはつい数時間後の話だが―――軍艦塔に現れて己の過負荷を発動させた江迎怒江は、解析しようとする黒神真黒にこう言っている。「おおっと! 解析しようと無駄ですよお魔法使いさん。異常者の皆さんと違って! 私達は分析不可能ですから」。

 

 過負荷とはつまり意味不明。無意味で無関係で無価値で、なによりも無責任な最悪の存在なのだ。かの理詰めの魔術師ですら解析できないのだとしたら、それはもう人類に解析できるようなものではないだろう。―――そう、今この時消炭は、酷く最低で荒唐無稽のような荒業を駆使し続けていた。

 

 攻撃されたという『事象』を『殺して』いるのだ。

 

 物体、感覚、人物、事象。それらを無差別に殺害し殺戮できる彼のスキルは、とてもじゃないが人間の手に負えない。かの球磨川とすら並びかねない最悪で災厄な過負荷であると断言できる。けれど実際、その過負荷にも制約というものがないわけではない。

 

 球磨川が、『なかったこと』を『なかったこと』にできないように。消炭は物事を殺し過ぎると、罪悪感に精神を押しつぶされてしまう。消炭は常に別の《彼女》を殺し続けているせいで、普段殺せる数が大幅に減ってしまっている。そんな状態で彼は、まず最初に3年13組の教室に侵入した時、己の気配を『殺して』いた。かの英雄が気づけなかった理由がそこにある。そして柄春の標識の効力を『殺し』て勢いすらも『殺し』て、裏の六人の武器もスキルも『殺し』てきた。宗像形との戦いで足音を『殺し』息を『殺し』、宗像形に『殺された』という事象までもを『殺して』みせた。

 

 このままでは、消炭が精神的に押しつぶされて自滅するのは目に見えている。それに加えて現在、攻撃されているという事象を殺している。物体よりも感覚を、感覚よりも人間を、人間よりも事象を殺してしまった時のほうが罪悪感が大きい。『殺された』ということを『殺す』ことや、刺されたという事象を『殺す』ことのほうが酷く大きな罪悪感に苛まれる。最初に柄春の者両規制の効力という事象を『殺した』のは、簡単に箱庭学園に侵入できたことから、すぐに宗像形を殺せると思っていたからだ。それから何人もの生徒と戦うことになるのは、消炭の完全なる誤算だったといえよう。

 

 

「っ! …」

 

 

 このままでは自滅する。しかしここを乗り切らなければ殺されてしまう。絶体絶命にして救いがない。ここは海に切り立つ崖ではなく、荒波に沈む船の上だ。どこをどうあがいても助かる見込みなどない。

 

 けれど。

 どちらにしろ破滅するなら、戦って殺して殺し屋らしい自分らしく、死のう。そう決意して、宗像の首筋に短剣がぶち込まれ、同時に自分の精神に押しつぶされた―――そのくらいか。

 

 消して助けにくるはずのないような救いが、その場所に訪れた。救助ヘリが来ることなど、ゼロに等しい可能性だったのに―――。

 

 彼は常に最悪だ。そんなタイミングはどこまでも彼らしい。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

『うわぁ、すごい血なまぐさい。君達、高校生なのによくもまぁそんな血なまぐさいことができるもんだね。僕にはそんなのできっこないよ、なにせ僕は優等生だからね!』

 

 

 この時宗像の意識は闇に飲まれていた。頚動脈を寸分狂わずに抉られたのだ。死も目と鼻の先。しかし球磨川が現れた瞬間、彼の持つスキル大嘘憑きでなかったことにされていた。だから今の宗像は、死とは無関係の健康体だったのだが―――それでも生きた心地がしなかった。死んだように生きるとはこのことだろうか? つい数字前に、裏の六人やチーム負け犬の仲間と共に体中に螺子を螺子込まれたばかりなのだ。どんな攻撃を幾度となくぶち込んでも平気の平左で立ち直る、まるで悪夢のようなあの記憶を、宗像形は思い出していた。

 

 そして消炭は消炭で、己の罪悪感に精神的に押しつぶされて、目に見えているものは見えていなく、聞こえているのに聞こえてない、まさに魂や精神、人間じみた感情が全て消え失せてしまいかけていた。しかし球磨川の登場で、その全ては回復する。消炭が『殺し』て『なかったこと』にした事象を全て、球磨川が『なかったこと』にしてしまったのだ。発動しなかったことにより、宗像の攻撃は全て『殺され』『なかったこと』になり、瞬間消炭は体中から血飛沫を上げたのだが―――球磨川のスキルは、『なかったこと』によって『生き返った』事象までもを『なかった』ことにしてしまった。

 

 『なかったこと』を『なかったこと』にできない大嘘憑きだが、『殺された』ことを『なかったこと』にはできるし、『生き返った』ならばそれを『なかったこと』にはできるのだ。

 

 混沌よりも這いよる過負荷とはよく言ったものだった。そして同じような―――死際からも這いずる過負荷とも言える灰ヶ峰消炭は、球磨川と目があった瞬間、絶望にも似た表情をして、

 

 叫んだ。

 

 

「く、球磨川―――なぜお前がここにい、るっ!? お前は確か、結界高校に転校したはずじゃ……」

 

『やぁー久しぶりだね消炭ちゃん。君は確か、僕が水槽学園に転校する前の前の高校にいたあの平凡で平坦なTHEモブキャラみたいな男の子だった気がするけど、うん! 人って成長するもんだね。今の君はとてもじゃないが平凡のヘの字も存在しなぐぶへっ!?』

 

 

 球磨川の額に短剣が突き刺さる。

 

 

『あいたっ✩』

 

「殺す! 殺す! テメェだけは絶対殺す! 世界中の全人類が殺されるとしてもお前だけは俺の手で殺してやる! 拷問だ! 殺戮だ! 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して切り殺し引きちぎり抉って嬲って引き裂いて、完全なまでに完膚なきまでに、際限なく上限なくこれ以上なく、異常以上に異常なまでに、天井すらも限界すらも魔界すらも凌駕するような驚愕するような苦痛の海に沈めて! 一度生き返らしてから拷問して殺してやる!!!」

 

『いやーやっぱりすっごく変わったね消炭ちゃん。だけど』

 

 

 既に彼は、宗像のことなど頭になかった。今は以来よりも―――人生をめちゃくちゃにした張本人、球磨川禊に対する復讐心が、なによりも彼を動かした。

 

 そして球磨川は、懐かしむように言った。

 

 

『だけれど、やっぱり変わらないところもあるよね』




―――灰ヶ峰消炭

職 業:殺し屋
血液型:AB型
過負荷:無差別殺戮《デスゲイザー》


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009   諸悪の根源と壊れた彼女

 ―――3年前、灰ヶ峰消炭は黒神めだかや人吉善吉と同じく、箱舟中学に所属していた。

 

 が、そのときの消炭は今のような過負荷に目覚めておらず、また人を殺すことを異常に思う至極普通の生徒だった。本当に普通で、普通であることを普通にこなす、地味で色気ない白けた少年だった。特徴も特色も特異点も持たず、個性と無縁な少年。彼が宗像形を探す時に人吉善吉と会話した際、善吉が消炭のことを全く全然覚えていなかったことからも、そうだと頷くことができるだろう。黒神めだかや人吉善吉と同じ中学に在籍していたとしても、彼はこの時の物語に深く交わったわけでもなく、特に気にする風もなく接点なく毎日を過ごしていた。

 

 黒神めだかや人吉善吉よりも1年年上で、そして黒神真黒や当時の安心院なじみ、球磨川禊よりも1年年下で。強いて言えば阿久根高貴が学年的にも一番近い存在だったが、そんな彼は球磨川の仲間として生徒会で物語に深く関わっていたし、破壊が趣味だと公言する狂人とは目も合わすことはなかった。黒神めだかが球磨川と戦ったことなど、中学の頃の全ての物語を、蚊帳の外で行われた悲劇でも見るかのように眺めているだけだった。進学先は城塞高校、そこそこ上位の進学校だ。

 

 実際箱舟中学はそこそこエリート率が高いのだ。近くに人吉瞳の診療所があったことにも由来するのだが―――まぁ、他の中学と比べて明らかに異常な生徒が多く、そのほとんどの異常な生徒は箱庭学園へと進学を果たした。普通の生徒からしてみれば狭き門である箱庭学園の入学を、当時消炭はあっさりと諦めたのだ。

 

 城塞高校への通学路を、歩きながらも消炭は呟く。

 

 

「僕は別にどこでもいい。平和であるなら十分だ」

 

「くすくす。そうだね」

 

 

 ただの呟きに言葉を返してくれたのは、栫だった。箱舟中学に在籍していた一人の普通の女の子。当時は普通の女の子だった慈眼寺栫だった。金に近い綺麗な茶髪が胸のあたりまで伸びていて、少し派手な女の子。しかし指定の女子制服はまったくもって着崩されておらず、スカート丈もちゃんと長い。初対面で派手な女子だと思われがちだが、彼女の頭髪は地毛であり、消炭は彼女が地味目の女子であることを知っていた。

 

 派手でありながら、その内面は地味であり。少なくとも消炭は、彼女のそんなところに小さな共通点を感じていた。異常者特別者才覚者に劣等感を感じていた消炭は、あえて少し離れた場所の城塞高校を選んだのに、また彼女も偶然城西高校を受験している。これは運命だ、と思うには十分な確率には思えた。同じ中学出身ということもあって、二人は入学式よりよく喋るようになる。

 

 

「ところで君には、友達とかいないの?」

 

 

 自分とは違い、外見はかなり可愛らしい。きっとどこか才能だってもっているに違いない。少し天然なところもモテだろう。そんな彼女と一緒にいると、ふと聞かずにはいられなくなるのだ。

 

 君には友達とかいないの? ―――と。

 そして彼女は、決まりごとのようにこう応える。

 

 

「私の友達は消炭だけだよ。友達なんてあなたが初めて。あなた以外の友達を知らないし、あなた以外の友達はいらないよ。そういう消炭は友達いないの?」

 

「聞くなよ。知ってるだろ?」

 

 

 ひときわ平凡でそれなりに平坦で、なおかつ平和な日常。ただ歩きながら喋るくらいの関係。「だからなんだ」と言われてしまいそうな特色の無い毎日だったが―――この時の二人は、それで概ね納得していたし満足していた。幸せを感じていた。少なくとも人の下を生きる消炭は、幸せを感じていたのだ。

 

 自分がこんな綺麗な女の子と喋れるだなんて。

 しかも唯一の友達だと言ってくれている。

 僕はもう死んでもいいのかもしれない。

 

 なんて、へたな恋愛小説の一人称文章のようなことを度々思っていたのだが―――そんな淡い平和は、かの転校生の転入によって全てが全て終焉を迎えたのだった。

 

 当時2年4組へと在籍された、大嘘憑き(オールフィクション)を手に入れたばかりの球磨川禊。彼の登場が消炭から囁かな幸せを根こそぎ奪って台無しにし、彼の人生を崖の下まで突き飛ばし堕落させた。

 

 数ヵ月後この高校は廃校して。

 球磨川禊は結界高校へと転入するのだが―――そこはまた別の物語だ。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

「くまが、球磨川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ球磨川球磨川球磨川球磨川球磨川殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスころすころすころすころす―――   」

 

 

 失われたあの頃(しあわせ)を思い出し、消炭は今まで抑えていた感情を爆発させながらも、獣のような咆哮と殺意をまき散らしながら球磨川の懐に潜り込んだ。

 

 対する球磨川は、構える風もなく当たり前のように棒立ちしている。懐に潜り込んで短剣を握り締めてこちらを睨む消炭と目が合い、球磨川は懐かしむように目を細めた。

 

 

『だけれど、やっぱり変わらないところもあるよね』

 

 

 顔面に螺子が螺子込まれる。

 

 

『例えば、そうやって常に自分の感情を抑えて―――自分の感情を殺しているところとか』

 

「が、ぁぁぁあ」

 

 

 顔面を潰されながらも振るった短剣は球磨川の喉仏を抉る。

 

 

『ぐぼぁ』

 

 

 そのまま力の限り短剣を下に引き下ろした。魚を三枚おろしにするように、球磨川の喉から胸、腹にかけて大きな切れ込みが作り出される。尋常じゃない血飛沫を浴びながらも、顔面を抉られた消炭にはそれがわからない。闇の中を彷徨うように、闇雲に彷徨うように刃物を振るう。潰す、抉る、切る、斬る、KILL、殺す。

 

 直後顔面の傷はなくなっていたのだが、それが球磨川の大嘘憑きの効力なのかそれとも灰ヶ峰の無差別殺戮の効力なのか、彼ら以外には判断できないだろう。それほどにまで似ているのだ、彼らの起こす現象が。

 

 物事を『なかった』ことにする球磨川禊。

 物事を『殺して』しまう灰ヶ峰消炭。

 

 自分が一番憎む相手と似た過負荷に目覚めてしまったことは、どこまでも皮肉な話だとも言える。切り裂き殺し合い、全ての傷が完全回復してまた切り刻む。無差別殺戮と大嘘憑きが生んだ、無限ループのような終わりの無い戦いが、悍しき死闘がそこで行われていた。

 

 

「異常だ……僕はさっきまで、こんな狂人相手と戦っていたというのか……」

 

 

 宗像はその場を動くことすらできない。

 

 

『いやーしかし本当びっくりしたよ。あの時僕は大嘘憑きを手に入れたばっかりでね、コントロールがほとんどできていない感じだったから、消炭ちゃんの記憶が、僕が城塞高校にいたという記録が『なかった』ことにされきれてないということには納得出来るんだけど―――消炭ちゃんは異常だよ。どうしてそこまで覚えていられるの?』

 

「忘れてたまるかよ!」

 

 

 未来の球磨川は言っている。大嘘憑きは強い思いまではなかったことにできない、と―――それが消炭から記憶を奪いきれなかった理由だろう。彼にとって球磨川を殺すことが目標であり、人生の目指すべき終着点とも言える。殺し屋で生計を立てながら、人と戦い殺す技量を磨いているのも、球磨川禊を殺すためなのかもしれない。

 

 自分の人生を叩き潰した相手。

 快適な地上空間から灼熱地獄の地底へ沈めた張本人。例え記憶が『なかったこと』にされていたとしても、同時に目覚めた無差別殺戮で『なかった』ことを『殺し』て『なかった』ことを『なかった』ことにしていたであろうが。

 

 短剣が球磨川を殺す。

 螺子が灰ヶ峰を殺す。

 既に2598回は殺し合って、消炭は頭が冷静になってきた。

 

 

(……抑えろ、ちょっと抑えろ自分の感情!)

 

 

 無差別殺戮で自分の殺意を押し『殺す』。球磨川によって全ての殺した事象がなかったことにされている現在、罪悪感に押しつぶされるまでに幾分か回数が残っている。感情を殺してから、冷静になった頭で考える。

 

(違うだろ消炭! 確かに俺はこいつを憎んでいるし呪っているし妬んでいるし蔑んでいるし恨んでいる! けど、だけど! コイツは皮肉にも今の問題の突破口かも知れないんだ!)

 

 かの水槽楽園で生徒会長を務めていた蛇籠飽は言っていた、「まるで神様のようなスキル」だと。彼女の存在を消炭は露ほども知らないが、しかし感想としては全く一緒だ。球磨川のスキルは、消炭の持つスキルの完全な上位互換であるのだから。

 

(俺は彼女を殺し続けて封印しているように、球磨川もまた、他の誰かを封印していると聞いている。前に仕事でぶち殺したやつがそう言っていた、嘘だとは思えなかった! つまりだからそれは、俺が今やろうとしてやれないことをできるってことで―――くそ、やっぱり言うしかない…!)

 

 球磨川の顔面を引き裂きながら、消炭は聞いた。

 

 

「おい球磨川―――実は俺、お前をずっと探してたんだよ!」

 

『ええっ!? それはほんとうかい消炭ちゃん! それはとても嬉しいことだけど、どうせなら僕は女の子にそういうことを言ってもらいたかったなー! そうだ女々しい消炭ちゃん、ちょこっと女装とかする気はぶべぇ!?』

 

「黙れよ! テメェの戯言聞いてる暇はない! 球磨川、俺に手を貸せよ! 知ってるだろ、アイツを! 彼女を! この世界で間違いなく無双な存在、慈眼寺栫を! あいつの封印を手伝」

 

『ってくれって? ふーん、待ち構えていたわりには結構ありきたりで想像できちゃった。あれ? 僕って天才? まあ、そうだね!』

 

 

 どこからか飛来した螺子が、消炭の五体を貫く。壁に貼り付けにされて身動きがとれない、血液に塗れた消炭に、球磨川という過負荷が近づく。一歩前に進むたびににじみ出る悪のオーラが、消炭の余裕を削ってゆく。

 

 鼻と鼻がくっつきそうなほど球磨川が顔を近づけて―――言った。

 

 

『そうだね。なにも僕は鬼じゃない。なにより僕が原因なんだし、君がそれの手に負えないのなら、僕が力とベストを尽くして協力しよう!』

 

「く、球磨川っ……?」

 

 

 一瞬希望に満ちた消炭の顔は、

 

 刹那、太い螺子に風穴を開けられた。

 

 

『―――とでも言うと思った? あはは、僕を誰だと思っているんだい。君がキュートな女の子だったらまだしも、血まみれな男子学生なんて論々々外だよ。あれは僕のせいじゃない。君が作ってそして君が壊した存在だ、全ての責任は君にある。だから』

 

 

 球磨川は背を向けた。

 

 

『僕は悪くない』

 

 

 宣言した球磨川の胸に、直後深く鎗が刺さる。

 

 

『えぶっ』

 

「殺されるところ割り込んで、勝ちも負けも一緒くたにしてうやむやにしてくれた君に、僕は感謝しているよ」

 

 

 何かを投げた直後の体制で、宗像形は確かに言う。

 

 

「だから殺す」

 

『君は―――』

 

「宗像っ!」

 

 

 この時の宗像系の行動を、消炭は1ミリも理解できなかった。なぜ自分を殺そうとしていた相手を守るように立ち回っているのか。―――しかし、そうして生まれた隙を、理解できないからと逃すような馬鹿ではなかった。殺し屋としての行動が染み付いた消炭は、咄嗟に螺子の強度を殺して粉砕し、そこに落ちていた螺子を球磨川の顔面に捩じ込んだ。視界を奪って、足音と息の根を殺す。気配を殺して、一目散に穴の開いた天井に向かう。一瞬重力を殺し、ある意味物理法則に則った動きで迷宮に舞い戻り、出口を目指して駆け抜ける。

 

 とにかく逃げなければ。

 

 宗像形を殺すことには失敗してしまったが、球磨川禊の前では仕方がないと思えた。彼の前では人間の死だなんてまだ取り返しの付く軽いものであり、彼が降臨したところで、殺しを生業とする消炭の活躍は得られない。自分に言い訳するように考え、空気抵抗を殺して迷宮を闇雲に走り回った。

 

 とにかく逃げなければ。

 

 球磨川と交渉が決裂した今、彼が球磨川と戦う理由は既にない。今まで球磨川を憎んで生きてきた彼だが、再度戦って理解してしまった。自分なんてそこらへんの凡人なのだと、かのマイナスに比べたら自分なんて勝ち目がないのだと。―――今の自分では勝ち目がないのだと。

 

 ならば、出直すことも作戦だ。

 いつか絶対殺してやる。

 

 仕事が終わったら速やかに移動しろ。長居は身を滅ぼす。覚えておけよ? ―――殺し屋の先輩の言葉を思い出し。

 

 消炭はその言葉に縋るようにして、逃げることを選択した。

 

 

「ちっ………」



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010   無差別殺戮者の脱出撃

 裏の六人とは本来、表の彼らの研究の邪魔になるものを排除し、さらに彼らによって打ち出された研究結果を補うための補欠のような存在だった。基本的に行動はまるで別で、裏と表のままの関係の如く。表の六人が黒神めだかと戦っていた時も、不知火理事長は全く別の件に裏の六人を充てがうつもりだった。そう、例えば―――箱庭学園に無断で侵入する者達の排除、など。

 

 箱庭学園は全国の天才者、才覚者、異常者が集う有数のマンモス学校だ。そこには全国から寄せ集められた生徒達が通っている。その生徒達の秘める力は、人によっては喉から腕が出るような価値を秘めている。例えば2年10組の特待生、将棋部の鉈山粍。彼女は高校生でありながら既にプロ級の腕を持っているがために、彼女を狙う輩は少なくとも存在する。その力を欲しがったり、その力を潰したり。

 

 それ以外にだって―――例えば13組の異常者達。彼らのパフォーマンスは誰がどう見ても人間の範囲を超えてしまっているものもあり、それらは全てフラスコ計画の元に研究者達が解析している。しかし、彼らのパフォーマンスはなにも完璧な人間を作るためだけにあるわけではない。彼らの異能にも似た力を欲する者は、実は結構いるのである。都城王土の『言葉の重み』や『理不尽な重税』など、人間を洗脳し配下に置くには優秀すぎる異能であるし、『知られざる英雄』こと日之影空洞などは、単体で軍隊に匹敵する程の力をもっている。その後不知火によってスキルは変換、後に消失するが―――上記の2名だけでも、どこか違う分野にて絶大なる力を発揮してしまうだろうことは間違いない。

 

 つまり箱庭学園とは才能の詰まった箱庭であり―――当然当たり前のように生徒を狙う外部の敵から箱庭を守るのが、元々の裏の六人の役目であった。だから彼らは、黒神めだかがフラスコ計画と関わった際はそれに関して動く気はもともとなかったし、中のことは全て表に任せていたのだ。表のメンバーの異常度から考えれば、裏の六人が手を貸すまでもないのが現状であり、あの時裏の六人が出動したことこそが異質な例なのだ(つまり彼らを出動させしめた黒神めだかの異常度がわかろうもの)要するに始末屋、要するに用心棒。外部から箱庭学園を守る特殊部隊が、裏の六人、プラスシックスなのである。そしてそんな裏の六人が―――現在校内にいるはずのない裏の六人が―――現在入院中であろう裏の六人が―――先ほど倒れた二名までもを合わせて―――

 

 ―――今、消炭の前に並んでいた。

 

 死番虫(デスウォッチ)――――――糸島軍規(いとしまぐんき)

 初恋(ラヴ)―――――――百町破魔矢(ひゃくちょうはまや)

 宙ぶらりん(フリーワールド)――――湯前音眼(ゆのまえおとめ)

 食中食物(デンタルシューズ)―――――上峰書子(かみみねしょこ)

 占領役者(スターマスター)―――――鶴御崎山海(つるみさきやまみ)

 髪々の黄昏(トリックオアトリートメント)―――筑前優鳥(ちくぜんゆとり)

 

 裏の六人(プラスシックス)総括、糸島軍規が人差し指を向け高らかに叫ぶ。

 

 

「お前! お前だお前のことだ灰ヶ峰消炭! お前の名前は灰ヶ峰消炭であってるんだよな! だったらおかしいんだよ! ―――この学園に、そんな生徒は存在しないはずなんだ! さてはお前、どっかのスパイかなにかだろう! 違うか?」

 

 

 答える暇はない。走る速度を止めずに突っ込む。

 

 前方に集う六人からは、確かに異常な異常度を感じ取っていた。見ただけで、会っただけで彼らが異常であるということがわかる。戦った二人や、宗像形と同等レベルの力を何かしら持っているのだろう。けれど、それが今、消炭が足を止める理由にはなりえない。どれだけ逃げたって無駄だろうが、背後にはあの球磨川禊がいる。その球磨川がいつ宗像を殺して追いかけてくるかわからない。彼は過負荷、彼はマイナス。一人で城塞高校を荒廃させ廃校させた人間。かの勇者とも謳われた城塞高校生徒会長を単体で退けた張本人。そして―――消炭から全てを奪った張本人。

 

 恐ろしい、自分の恐怖心を殺し続けていないと今にも発狂してしまいそうだ。今でさえ既に、自分を殺しきれていないのに。

 

 立ち止まる必要性がどこにあるだろう?

 

 

「どけよテメェらぁぁああああああああ」

 

 

 短剣を握りしめて突っ込んだ。前方から声が上がったのはほぼ同時、

 

 

髪々の黄昏(トリックオブトリートメント)!!!」

 

 

 消炭の視界が闇に包まれた。

 

 闇、黒―――否、それは髪だ。広く長く強く伸ばした髪を自在に操り、体の一部のようにして消炭の自由を奪おうとする。対する消炭は剣先を知覚できないほどの速度で振う。眼前の闇が切り刻まれ、崩落。粉切れにされた黒髪が、ガラスの破片のようにひらひらと舞った。

 

 

「こ、この子―――」

 

 

 地面を蹴り飛ばして、筑前優鳥の懐へ深く潜り込む。

 短剣を握る。

 力を込めて、

 脾腹に突き刺す。

 そして、

 なぜか、

 なぜだ?

 近くで謎の水飛沫が上がった。

 

 

「わー、心臓を抉られたー、死んじゃうよー(棒読み」

 

 

 未知の手触りに戦慄し、反射的に短剣を左右に振るう。燕返しのように幾度と刃を震わせるも、目の前の彼女、湯前音眼からは血飛沫が一粒も上がらない。上がるのは謎の水飛沫だけ。

 

 夢柔力(ドリームストリーム)

 

 それが彼女の異常性。

 湯前音眼の体は謎の液体で構成されており、攻撃された箇所を液体に変化させることで衝撃を後方に逃がすことができる。そのほかにも熱などを分散させることも可能であり、要するに彼女には、大半の物理攻撃が意味を成さない。打撃も熱も効かない音眼が、鶴御崎山海の天敵とも言える存在だった。

 物理無効。

 耐熱効果。

 どう考えても人間の範疇からはみ出ている彼女を前に、消炭は攻撃しつづけることを諦める。これ以上の攻撃が意味もないのも理由の一つだが、

 

 

「っ!? ………っぶねぇ!」

 

 

 背後からの攻撃を避けるのが本当の理由だった。武器としてのスペアがあったのか、百町破魔矢は消炭と戦った時と同じような武器を手にしていた。彼が振り向いた時を狙ったようなタイミングで、彼の弓矢が飛来する。消炭は数寸の間で全てを理解し、近くにいた鶴御崎山海の腕を捻って引き寄せた。

 

 飛来した弓矢が、山海の体に炸裂する。

 ガァ―――ンという、酷く金属質な音が消炭の耳を劈いた。何をどう間違っても、今の音からして山海の体が普通の人体ではないことが伺える。どうにか破魔矢の攻撃を防ぐことに成功し、突破口を目指して眼を光らす。

 

(まずは1番弱そうなヤツを殺す)

 

 目に入った女子生徒に短剣を投げた。見るからに読書系、手に持つ辞書から非戦闘型。戦えないタイプの人間と判断し短剣を思い切ってぶん投げた。投げられた短剣はブーメランのように回転しながら―――上峰書子の顔面に直撃した。

 

 絶命。

 という消炭の予測を、彼女はあっさりと覆した。

 

 

「あなたは殺し屋さんですか? この短剣からは数え切れない程の人間の血の味がします」

 

「っ!?」

 

 

 投げられた短剣は、なにをどうやったか彼女の口で咥えられてた。地面を蹴り飛ばして接近、短剣の柄を握ろうと手を伸ばす。が、直前に飛来した矢が消炭の横腹に二本炸裂。血が吹き出て激痛が走るが、痛覚を殺して無視する。

 

 しかし、いきなりの攻撃だったためか勢いを殺しきれずに衝撃のまま地面に体を叩きつけられる。消炭の過負荷、無差別殺戮は、過ぎ去った現象は殺せない―――。その事象が生きていないと、殺せない。故に気づかぬ衝撃を殺せなかった。地面に手をついて受身を取り、勢いを殺して立ち上がる。立ち上がりざまに彼女から短剣を奪い去ろうとして、

 

 瞬間、

 

 

「えいっ」

 

 

 書子が短剣をぶん投げた。

 

 消炭の顔面に刃物が迫る。

 屈む。避ける。

 短剣は頭上を通り過ぎる。

 

 振り向く。

 

 短剣が回転しながら飛んでいった先にいたのは―――先ほど消炭が盾にした男、鶴御崎山海だった。山海は消炭の短剣の、刃の部分を素手で握り締めていた。皮膚が切れないのは、短剣の刃が寂れて切れ味が落ちているからかもしれない。だから彼はあんなふうに握れるのだ。そう無理やり予測して駆け寄ったのだが、

 

 

「これが貴様の武器か」

 

 

 けれどなにも、そんなことまで予測できなかった。

 まさか短剣の刃の部分が、握られた掌から液体の如く流れ落ちてくるだ、なんて。

 

 

「強度もカスもないな」

 

 

 なんだ、なんだこの現象! ―――たった数秒前までしっかりとした短剣、固形物だったそれが、一瞬にして液体となって指と指の間から零れ落ちるだなんて。床に溢れたそれは、泡まみれの沸騰した水溜まりを形成し、やがて固まり固形物へと戻る。

 

 先ほどの液体女の仕業か?

 

 思いながらも消炭は、背後から迫る軍規の掌底を交わし、山海の拳を殺し、優鳥の髪をいなし、音眼は別に攻撃してこないが警戒はしたままに、破魔矢の武器を再度殺し、地面を触れて床の強度を殺し、殴りつけた。

 

 逃げなけなければ。

 刃物がない今、ここで人を殺せない。無理やり突破口を作るほかない。

 

 強引だが、自体の脱出を強行した。

 

 崩落する床に、裏の六人全員が反応。崩落した床に裏の六人全員が反応している間に、消炭は天井を見上げた。思いついたことを実行するために、壁を睨んで天井を睨んで、何かが死んだような音が聞こえて、

 

 そして、

 

 強度を殺された壁と天井が、支えを殺されて崩落してきた。

 

 崩れ落ちる瓦礫を避ける。出来上がった瓦礫の山を駆け上り、時計台F1へと這い上がった。逃げろ、全力で。六名全てを同時に相手にするのはまずすぎる。

 

 走る。

 

 駆ける。

 

 全力で。

 

 逃げる。

 

 の、だけれど。

 

 

「逃がさんぞ!」

 

「今度こそ―――」

 

 

 破魔矢と山海が、かの崩落した天井を乗り越えておってきていた。どこまでも強く、どこまでもしつこい。異常なまでにタフな彼らに、消炭は叫びたくもなってくる。

 

 

「ああああああああああもう! ターゲットだったら八つ裂きにしてやるのによおおおおお!!!」

 

 

 振り返ることもなく走る。走り付いた先に見つけたのはとある校舎。校内の換気のためにか、窓がひとつだけ空いていた。そこにイルカのように頭から飛び込んで廊下から教室の中へと転がり込む。裏の六人との戦闘故、全身ぼろぼろになっていた消炭の侵入より、教室の普通達は悲鳴をあげる。普通の男子は叫び、普通の女子は悲鳴をあげる。それでも何人かは消炭を治療しようと応急箱を持ってきていて、そして何人かは武器を手に窓の外を警戒している。

 

 怪我した人間を見て、危害を加える敵がいる可能性を考慮し武装するなんて、頭のキレるヤツもいるものだ。やはりここは普通じゃねぇ、普通ですらも異常じゃねーか―――半ば薄れゆく意識の中、介護する女子を振り払い、地面に足を立てて、立ち上がる。

 

 駆ける。

 反対側の、校庭側の窓から体を躍らせた。直後消炭が侵入してきた場所から二本の弓矢と大きな鉄の塊が―――人間の右手であろう物体が一直線に飛んできて、閉じられた校庭側の窓ガラスが木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 混乱の限りにかき混ぜられた1年3組の教室に姿を現した、裏の六人の百町破魔矢と鶴見先山海。右腕が肘から欠損している山海の横で、破魔矢は騒ぐ生徒に静かに重く言う。

 

 

「なんですかあなたたちは。邪魔ですよ」

「おい破魔矢―――こんなカス、邪魔なら排除すればいいだろう」

 

 

 そして、

 

 

「なんですかあなた達は! あなた達がさっきの生徒をいじめてた張本人ね! だったら相手が先輩だろうと先生だろうとお偉いさんだろうと問答無用!」

「針金ちゃんや雲仙先輩が居ない今! 私達があなた達を制裁します!」

「俺様の自転車殺法、とくと味わえクソ野郎!!!」

 

 

 1年3組に在籍していた風紀委員、千々石等星、児湯灯、国東歓楽を率いる風紀員達との大規模な乱闘騒ぎに発展してしまうのだが―――もともと箱庭学園の生徒でもない部外者の消炭が知ったことではなかった。

 

 今は逃げる。

 それだけが消炭の達成すべき目標だった。




―――湯前音眼

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:夢柔力《ドリームストリーム》


―――上峰書子

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:侵蝕自釈《ヴォミットホワイト》


―――鶴御崎山海

クラス:2年13組
血液型:AB型
異常性:意翔《アビリティプロテクシェン》


―――筑前優鳥

クラス:3年13組
血液型:AB型
異常性:髪々の黄昏《トリックオアトリートメント》



―――千々石等星

クラス:1年3組
血液型:AB型
所 属:雲仙親衛隊


―――児湯灯

クラス:1年3組
血液型:AB型
所 属:雲仙親衛隊


―――国東歓楽

クラス:1年3組
血液型:AB型
所 属:風紀委員


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011   殺戮者の逃げた先で

「………っ」

 

 

 気がついた。

 

 と、同時に、消炭は自分が気絶しているという事実に気がついた。瞼を瞑っていることに、寝てしまっていることに、殺し屋としての自己嫌悪に囚われる。しかし目を開けてみると―――予想外の展開によってそんな自己嫌悪はどこかえ消えてしまっていた。

 

 草叢。

 

 今自分がいるのは紛れもない草叢。

 確かどこかの教室に飛び込んだはずだが―――そこからはとにかく逃げることだけを考えていたので、はっきりとしたことはわからない。ただはっきりとなっているのが、自分は無事であり、そして、

 

 目の前にいるこの少女は、どうやら敵ではないらしい、ということだった。

 

 

「あ、目が覚めたんですか」

 

 

 普通。

 

 今まで異常な人間を相手にしてきた消炭が、久しぶりに感じる感覚だった。目の前の彼女は普通であり、(本当の普通からみたら普通でないところもあるのだが)どこか癒されるところもあった。この感情を安心と言うのだろう……。どうやら彼女は、教室から満身創痍になりながらも逃げる消炭を追いかけてきていたようだ。

 

 手に持つ救急箱がそれを示していて、

 もう片方の手に持つ円盤状の物体―――ルンバはなんで持っているのかよくわからないが、とにかく。

 

 雲仙親衛隊の一人、野母崎兜は、草叢でぼろぼろの消炭の治療にあたっているのだった。

 

 

「酷い怪我だけど―――13組に目を付けられちゃったんです? 大変でしたね。ここの13組は変なのや頭おかしい連中が多いから、風紀委員として度々ぶつかることはあるんだけど。ついこの間も黒神さんがいろいろやっていたみたいだし。君もこの学園の生徒だったら気をつけたほうが身の為ですよ」

 

「あ、あぁ…」

 

 

 彼女は消炭のことを、学園の生徒だと思っているらしい。そういえば、現在自分は箱庭学園の制服を着ているんだった。そんなことを思い出す消炭であるが、二度とこの学園を訪れたくない消炭にとっては、あまりどうでもいい話に思えた。

 

 けれど一応、お礼くらいはしておこう。

 感情表現はあまり得意ではないが、不器用ながらにもお詫びをした。殺し屋にも良心はあるのだ。

 

 

「お前も気をつけたほうがいい。俺がいうのもあれだけど―――やつら、どう見ても普通じゃない。あれは本当に関わらないほうがいい、俺もできれば関わりたくない」

 

「心配してくれるんだ、優しいんですね」

 

「優しい、か……」

 

 

 果たしてそんな感情が、自分に残っているのだろうか。

 

 

「でも、心配しないでくださいよっ。私はここの学園を取り締まる学園警察、風紀委員。学園の秩序と平和を守るための私達です、こんなことは日常茶番時なんですよ。……って、まだ動いちゃダメですよっ。これから私、あなたを保健室に連れて行くつもりなんですよ?」

 

「悪いな。俺もこうしていられない身分なんだ」

 

 

 彼女は純粋だ。普通に普通だ、羨ましいくらいの普通だ。彼女の白さを、自分の黒さで濁らしてはならない。消炭は立ち上がり、袖の中の刃物を確かに確認して草叢を出る。

 

 

「もう会うことはないだろうが―――ありがとうな」

 

「………最後に名前だけ聞かせてくれませんか?」

 

「……」

 

 

 数秒迷い、消炭は歩を進めた。

 

 

「灰ヶ峰消炭」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 

 野母崎兜は、灰ヶ峰消炭の立ち去った場所を呆けたように見つめていた。

 

 身長は自分と同じくらい、黒い髪を面倒そうに後方で纏めた、少年のような少女のような中性的な生徒。どこか捻ていて、どこか弄れていて、けれど何かしら芯が通っているような―――雲仙冥利にも似た何かを感じて、野母崎は彼の名前を反復した。

 

 

「灰ヶ峰、消炭………」

 

「やめといたほうがいいぜ」

 

 

 思わぬ方向から声がして、肩を震わせる。声は聞いたことはないが、それでも彼女が異常であるということが肌で感じ取れてしまう―――おそらく背後の彼女は13組。異常の中の異常者なのだろう。

 

 普通の人間野母崎兜は、ルンバを抱えたまま首だけを動かす。ちょうど真左まで振り向いたところで、背後に迫った彼女は、自分の真横に並んだようだった。はっきりと見える彼女の横顔は、特徴的だったが見覚えがない。

 

 癖の強い桃色の頭髪が、両肩辺りまで流れている。気だるげな眼に大きく膨らんだ風船ガム。服装は酷く露出怪我高く、裸に(たぶん)直接オーバーオールを来ているそれは、本来の風紀委員野母崎兜なら取り締まるべき対象だろう。が、それはなんだかやってはならない、少なくとも今するべきことではないように思えた。

 

 裏の六人(プラスシックス)の一人、験体名:宙ぶらりん(フリーワールド)、湯前音眼は、破裂したガムを吸い込んで、言った。

 

 

「あいつは私を躊躇なく短剣で切り裂いた。私は普通と違って、物理攻撃は無効化できるけどー、あいつはそんなことを知らなかったはずでー、だからあいつに関わるのはやめたほうがいいかもしれない」

 

 

 声に感情さえ篭っていなかったが―――それでも彼女が伝えたいことだけは、きちんと兜に伝わった。

 

 

「ってことは灰ヶ峰君も、異常者……なんですか?」

 

「異常、じゃない気がするね。それ以上のなにかか、それ以下のなにか。でもま、私はあいつと似た酷く最高で酷く最低な、デタラメでメチャクチャな存在を二人知ってる。一人は生徒会長やってて、そしてもうひとりはつい最近転校してきたやつさ。あーあ、近いうちにこの学園がどうにかなっちまうかもな」

 

「それって―――」

 

 

 その言葉はかの荒唐無稽な完璧超人黒神めだかと、球磨川禊率いるマイナス13組のことを指していたのだが、その物語に深く関わっていない二人にとって、あまり重要なことではなかった―――音眼は一度も兜を見ないままに、ひとりでに兜を置いて草叢を後にする。

 

 

「そんなことよりも、私はあいつのほうが―――灰ヶ峰消炭のほうが気になるね。私の仲間も、そういう設定のやつらがいるんだけど、その仲間達もあいつのことは気になってる。山海とかリーダーとかはどうかわからないけど、私はあいつに興味を持った。………ごめんね、こんな話をされても意味不明か。所詮私も異常者の一人だ。とにかく私が言いたかったのはね、普通の1年生」

 

 

 音眼は両ポケットに両手を突っ込んだ。

 

 

「あいつには関わらないほうが身の為だってことだ。気をつけな。じゃあね見知らぬ他人」

 

 

 真面目なのはおしまい。

 

 まるでそういった合図のように、音眼はガム風船を膨らました。立ち去る異常者を見ながらも、野母崎兜は灰ヶ峰消炭のことを思い出し―――そして。

 

 ちょうど聞こえてきた、チャイムの音に驚いた。

 

 

「うわ! 授業始まっちゃうっ!?」

 

 

 野母崎兜。風紀委員に属するものながら、基本的には真面目な生徒である。そんな彼女が授業をサボるなんて、そんなとんでもないことができるはずもなく。

 

 消炭のことなど頭から吹っ飛んで、

 彼女はまた、平凡な日常へと舞い戻るのだった。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 気配を殺して校門を潜る。

 

 

「くっそ、どうするか。もしかしたら球磨川禊が彼女を倒す―――助けるための突破口になるかもしれねぇと思ったけど―――最悪だった。そもそもあんなヤツにモノを頼むことが世界常識的に間違っていたんだ。失敗だ、失態だ。だったら他の道を探さなきゃならねーか。あーあ、一体どうすればいいんだよ」

 

 

 歩く、昼近くの校外を。

 

 現在は基本生徒は学業に勤しみ、大半の大人達はみな仕事に勤しんでいる。よって街は朝と反転してやけにすいており、人影が酷く少ない。そんな中を制服姿で歩く消炭は、結構なかなか目立っていた。息を、足音を、気配を殺して歩いていたとしても、いやおうがなく目立ってしまう。相手の視界までも邪魔できない消炭の、弱点のようなそれだった。

 

 まぁ、今は。

 校門を潜った時点で既に、気配を殺すのはやめているのだが。

 

 道を歩いていて、

 今日の依頼の失敗を伝えようかと携帯を開こうとしたところで、

 ふと。

 自分の行く手を阻むように、女子生徒が仁王立ちしているのに気づいた。

 

 消炭は彼女を鋭い眼光で睨んでいて、対照的に彼女は至極嬉しそうに笑みを溢れさせている。楽しそうで嬉しそうな、まさにワケあって長らく合うことができなかった恋人と偶然街で再開したような―――けれど消炭の表情を見る限り、そんな関係ではないようだ。

 

 波がかった、上品そうな髪をかき分けて、彼女は消炭に投げキッスを送った。

 

 

「やっほう、ダーリン。えー何その制服、消炭ちゃんまた高校生やっちゃってんの? 中間服似合う~。かわいいっ」

 

「なんの用だ腐れビッチ」

 

「うぅ~、酷いんですけどー。それあんまりにも酷すぎなんですけどー。別にあたし腐ってないし腐女子でもないし? まぁビッチってのはなんていうか、大人の女っていう褒め言葉的な意味で捉えて上げなくもないかもだけど?」

 

 

 

 桜ヶ丘恋(さくらがおかれん)。元城塞高校クラスメート。

 

 彼女は恋愛感情にかんしてのみ異常なまでに鋭い勘を持つ、異常者の一人である。彼女はかの城塞高校でその異常性を駆使して、大勢の男子生徒に絶大な支持を誇り、実質城塞高校の不良少年達を裏から支配していたといっても過言ではなかった。

 

 そんな彼女も、今は高校生ではなく。

 消炭と同じく、卒業を待たずして社会に放り出された人間だった。彼女は消炭のことを知っていたけれど、消炭は彼女のことをあまり知らない。消炭が知っていることといえば、彼女がかの勇者、城塞高校の生徒会長と球磨川禊との戦いに深く関係しているといった事実くらいである。何があったかまでは詳しくは知らないが、彼女をこうして見る限り、大体の想像はつくし、またそれがあっているかどうかを聞くまでもないと思っている。

 

 消炭は深く、息を吐いた。

 

 

「……にしても久しぶりだな、おい。なんだお前、元気にやってたのかよ。まぁーお前のことだからどうせ、いろんな男をたらしこんでうまく世の中渡り歩いてんだろうけど」

 

「えー、それもちょっと酷くない? 在学中の消炭ちゃんはもうちょっと大人しくて可愛げがある感じだったけど―――まぁ、今みたいに自分を殺していない状態でこれなんだから、これが消炭ちゃんの本質なんだろうね。それに、消炭ちゃんの言うことはばっちりあたっているし」

 

 

 殺害欲の灰ヶ峰消炭と、恋愛感情を読む桜ヶ丘恋―――彼らは一見ちぐはぐで、性格も趣向も生活も運命も全て微塵も当てはまらないような他人であるのだが、そんな赤の他人であるが故に、彼らは以外と親しかった。

 

 消炭は口角を少し上げ、聞く。

 

 

「で、なんのようなんだよ夜の女帝」

 

「いや、実はね、その―――消炭ちゃんに少し頼みがあるんだよ。私だけじゃ手に負えないんだ。ねっ! 私が戦うタイプじゃないって知ってるでしょ? 助けてよぅ~!」

 

「仕事失敗したばっかだとモチベーションがなぁ……」

 

 

 などと言いながらも結局は断ることができない消炭は、それを知っていながら自分に頼みごとをする恋に対して、褒め言葉と言うには酷く乱暴なことを吐いたのだった。

 

 「腐れビッチめが(やなやつだぜ)」―――と。




―――桜ヶ丘恋

肩書き:消炭の元クラスメート
血液型:AB型
異常性:恋愛色別

備 考:オリキャラ


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012   仲買人と死神族の長

「めーずらしいこともあるもんだねぇ」

 

 

 リビングでひとり、垂水佳子は呟いていた。

 

 

「安くて早くて超安心! 速攻即日にして完全必殺のお手軽殺し屋、死神族(デス)の中のアイドル的存在灰ヶ峰消炭ともあろう者が、まさか高校生ひとりの殺人に失敗するとはねぇ~。殺人業ってのは一度失敗したらだめなんだよー。なにせ警戒されちまうからな。ただの一般人ならまだしも、あそこは普通ですら異常な生徒が集まる箱庭学園だ。きっと今回も、あんな大胆な騒ぎを起こせば外部にかんして慎重になるだろう。つまり学園に忍び込むっつー手段は、今回でおさらばしないといけないわけだ」

 

 

 手に持つコーヒーカップを机に置き、

 交換するようにして、とある記事を目の前に。口に含んでいた珈琲を、味わうようにして飲み込んでから、艶のある色っぽい視線で紙切れの文字を読む。

 

 その資料は、今回消炭が侵入した箱庭学園のものだった。消炭が箱庭学園でめちゃくちゃに戦いまくっている裏で、実は佳子、他にもとある殺し屋に仕事を頼んでいるのだった。その殺し屋は別に、異常性とか過負荷とか特技とか特異とか、スキルの類は所持していないし、殺人の腕もかなり下の部類に入る。つまり無名に近い殺し屋だ。それでも佳子は、彼に仕事を頼んで良かったと思っているし、彼に仕事を頼んだ誰もが、彼に仕事を頼んでよかったと思っているだろう。無名にして有名な、名も無き殺し屋を、人はレイと―――とりあえずはそう呼んでいる。

 

 どこまでも弱い彼だからこそ、今回の潜入捜査は成功したのだ。レイは消炭と同様、朝普通の生徒に紛れて校門を潜り、当たり前のようにテキトーなクラスの欠席者の席に座って授業を受けて、できるかぎりの情報を入手。そして消炭の服に忍ばせておいた盗聴器と盗撮器を合わせて―――こうして異常者達の情報を入手したのだ。

 

 その資料には、裏の六人達の起こした現象や球磨川禊という負完全、悍しき殺人鬼宗像系などの情報が詳しく綴られている。

 

 

「ああ不思議。どうしてこうも、ただの人間がこうも人外的なことをやってのけられるんだろう………あぁ、うっとり。資料ごと舐め尽くしてしまいたい」

 

 

 舌を蛇のようにチョロチョロだしていると、すぐ目の前に気配を感じた。

 

 

「………オレくらいの年なら別にいいがよ、三十路の女がそんな淫らな仕草すんのやめといたほうがいいぜ? ちょっと痛い」

 

 

 目の前の男に佳子は聞く。

 

 

「………いつからそこにいた?」

 

「最初っから」

 

「ファックユー」

 

「うばばばばばばば」

 

 

 突如男が体を震わせた。どうやら電撃が体を貫いたらしい。

 

 

「前言撤回。超痛い」

 

「それで何の用かなまがりっち君~?」

 

「たまごっちみたいに呼ぶのやめろよ! オレの名前は曲里晶器(まがりしょうき)だ。かっけぇ苗字を忘れんな三十路ババア!」そして彼は痙攣する「あばばばばばば!!!」

 

 

 床に転がり込み、すぐさま「死ぬわ! どうなってんだよこの部屋ッ!?」とみっともなく叫び声をあげる晶器。一見弱そうで適当でどこにでもいる二十代後半にも見えるのだが―――彼も一応殺し屋であるのだ。しかも殺し屋業界で数多の頂上に君臨する、人外や欠陥製品と評される集団、死神族の一人でもある。

 

 死神族(デス)

 

 殺し屋の中の殺し屋。人間を容赦なく殺す殺し屋すらも彼らにだけは関わりたくない。殺し屋にすら殺されない、まさに人外と正しく評された絶対的な集団、死神族。狂人四人の中でも特に強く特にたくましく、ムードメイカーにして最年長、28歳の曲里晶器が、何をしにここへ来たのか。

 

 佳子は拗ねたように横目で睨みつつ、聞いた。

 

 

「で、なんのようなんだよー。用もなしに私に会いに来たわけでもないんだろ?」

 

「たりめーだ三十代あばばっ!? ………ってこれ床から電気が来ているのか! すげぇこの部屋超すげぇ。……話を戻すわ」脱線を修復しながらも、ゴム質の物体を探す晶器はなかなか抜け目のない男なのかもしれない。結果無かったから意味はなかったが。「オレがここに来た理由は二つある。一つはこの前の任務のことだ。一応ちゃんと達成したぜ。だから次の仕事にこれから向かいたいんだけど―――消炭のガキんちょを連れてその仕事場に向かいたいんだ。あいつのことだ、どうせもう仕事終わってるだろ?」

 

「それがねー。残念ながらズミズミ、仕事に失敗しちゃったみたいなんだよ」

 

「珍しいなそりゃっ!? どんな殺人依頼も一人で助けを求めるもなく簡単に完全にこなしてきてたアイツが、失敗ねぇ―――まぁ、一応あいつまだ17歳だしな。そういうこともあったほうがいいってもんよ。失敗なくして成功した偉人をオレは一人も知らないね」

 

「あんたは失敗ばかりだけどね」

 

 

 佳子に指摘されて、晶器は後頭部に掌を。

 

 

「えへへ」

 

「キショイ。キュートなズミズミちゃんなら許すけど。―――まぁー、そういうことだから、まだちょっとズミズミは忙しいかも。何せ向かう先はかのブラックボックス、箱庭学園だからね。そこの生徒を殺すってんだ、以外とズミズミも無敵じゃねーのかもしれないね」

 

「そりゃそーだぜ。どんなに化物でもそいつはただの人間だ。人間でありながら化物であるはずがねぇ。そいつが化物だったとして、しかし必ず化物である以前に人間でもあるはずだぜ。だから俺達が殺せない通りはないし道理もねぇ。故に不適で無敵ですらないのさ」

 

「はいはい。で、もう一つの用事ってのは? もしかして急に私に合いにきたかったからとかじゃないだろうな? お?」

 

「あからさまな期待を込めてそんなことを発言するな。三十路のくせに本気で痛い鳥肌が立―――おっと、あぶねぇ! 今度は当たらねーよ俺様の学習能力を恐れ入ったかぶわはははうばばばばば」

 

「ファックユ―――! HU―――!!!」

 

 

 咄嗟に机の上に飛び乗った晶器だったが(机の上には大事な書類が積み上がっている。だからここには電流がながれないはずだと彼は推理したのだが)、しかしそのひらめき虚しく彼の体は電流に貫かれた。受身も取らずに床に転げ落ちて、みっともない格好で要件を口にする。

 

 

「もう一つの用事はただの報告だ。ちょっと離れた街で興味深い女子高生を見つけたっつたよな。調べて見るに、実はそいつとんでもなく人殺しに長けたスキルホルダーだったんだよ。だからすぐに殺し屋に仲間として誘ってみたんだ」

 

「ちなみになんて言って勧誘したんだよ」

 

「『お兄ちゃんと一緒に小遣い稼ぎしない?』みたいな」

 

「……ほかにもっといい誘い文句は思いつかなかったのか?」

 

「そしておしくも失敗しちまった」

 

「当たり前だ変質者。つかおしかったのかよ、大丈夫かその女子高生」

 

 

 すると晶器は、自然な素振りで近くにある大きなダンボールに腰を下ろした。

 

 あれ、こんなダンボールがこの部屋にあったっけな? ―――不思議に思う佳子に向かって、晶器はそのダンボール箱を自慢するように叩きながら、言う。

 

 

「だから誘拐した」

 

「でかした! あんたやっぱり最高だよ」

 

「わかってるって。そいっ」

 

 

 晶器がダンボールからガムテープを剥がす。蓋が開いた中には、ついこの間廃校になった高校、水槽楽園の制服を身につけた少女が体育座りをした状態で瞼を閉じていた。気絶しているのか眠っているのか、意識がないながらに生きていることを確認してから、佳子は晶器に質問する。その顔には、ついさきほどまで面倒くさい男と戯れている面倒くさそうな佳子の目ではなかった。

 

 科学者のような研究者のような。

 何かを推理せんとする者の目であった。

 

 

「名前は?」

 

「蛇籠飽ちゃん。なんと酸素を操っちゃう」

 

「アイラブユー」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

『あー、なー消炭ちゃん、宗像形を殺そうとして意気込んでるとこ水を突き刺すようで悪いんだけど―――宗像形殺害の件、依頼人が依頼取り下げられちゃったんだよねー』

 

「……殺しの依頼にしては随分と短い期限だったな。ってことは俺を見限ってもうほかの殺し屋に仕事を回したってことか?」

 

『お? なんか今日よく喋るねーズミズミちゃん。もしかして彼女とかできちゃった系?』

 

「殺すぞ」

 

『おわぁ、いつものズミズミちゃんや。……んまぁ、そういうわけだから。あーあと、ズミズミちゃんの仲間の晶器の野郎がお前に会いたがってたけど、気が向いたら会いに行きなさいよ。じゃ』

 

「ああ」

 

 

 ガチャリ。

 

 面倒そうに電話を切る消炭を、隣を歩く恋は不思議そうに見ていた。別にこれから消炭と何かをしようとしているわけでもない、消炭のほうもそういうつもりはないのだろう。ただなんとなく、意味もなくなんとなく、することがないから一緒にいるだけのこと。

 

 そしてそんな浮遊感伴う距離感故に、恋はどうでもよく聞いてみた。

 

 

「相変わらず殻にこもってるみたいだね。私みたいな常時攻撃技(攻撃じゃないし技でもないけど)以外だと、やっぱ自分を殺し続けてるから気分が沈んでしまうのかな~?」

 

「いや別にそーじゃねーよ。……そうだけど」

 

 

 恋の言うことは的を得ている。

 

 消炭は己の過負荷の悪影響により、強い殺害欲に駆られている。それはムラがあるし、宗像形と違ってに人以外を殺しても解消できる分救いがある気もするのだが―――ムラがあるぶん、殺したい時の気持ちがより強い。

 

 が、こうして常時攻撃を受けていたり、影響を受け続けていたりすると―――例えば桜ヶ丘恋のように、常時相手の恋愛感情を読み取れるような人間が相手だと、それを常に殺すことができるので、余分に自分を殺さなくて済むのだ。

 

 消炭が自分を殺すのは、時折襲う強い殺害欲を軽減するためのものなのだ。もともと普通で、普通の人生を歩んでいた消炭が、どうしてこうも酷い過負荷に目覚めて、マイナスになってしまったものか。恋はかわいそうに思えてならない。

 

 

「けどまぁ、今の相手はあれだ。佳子だ佳子。お前なら知ってるだろ、俺が何の仕事をしていて何をやってるか、とかよ」

 

「知ってるよ。殺し屋やってんだよね、んで佳子っていうと垂水佳子のことかなぁ? 確か、殺し屋の仕事を斡旋してくれているんだよね~。うわぁ、さすが私、物知りだねぇ」

 

「いや知りすぎだろ。殺し屋としておかしな忠告だけど、それ以上知るのは殺されかねないからやめといたほうがいいぜ」

 

「消炭ちゃんが私を殺すってこと?」

 

「んなわけあるか。あんたは当時の城塞高校で数少ない知り合いなんだ、やすやす殺されても困るし、死んでもらっても困るんだよ」

 

「ふふっ、ならよかった」

 

 

 恋は消炭の腕を抱く。

 

 

「それって消炭ちゃんが守ってくれるってことだよね?」

 

「殺すぞ」

 

「こわー」

 

 

 振り払われる恋は、得に抵抗はしなかった。

 

 

「最近の高校生は何するかわからないからこわー。特に消炭ちゃんみたいに外見普通なのに得体のしれないのとか超こわー。けど大丈夫、私は消炭ちゃんのこと好きだから、そんなことしないと信じてるから」

 

「いや俺、その前に人殺しだから」

 

 

 それに高校生でもない。

 

 

「とりあえず―――どっかそこらへんの路地裏で、話を聞かせてくれよ。そういえばあんた、俺に助けてとかなんとか言ってたしよ」

 

「公園デートかー、青春だね~!」

 

「だとしたらとても青ざめた春になりそうだな」

 

 

 人殺しとデートだなんて、とてもじゃないが普通ではなかった。消炭は恋を連れて適当な公園を探して歩き回る。




―――津曲晶器


職 業:殺し屋
血液型:AB型
ペット:梟

備 考:オリキャラ


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013   彼女のキキとした状況

 消炭と恋が訪れた公園は、それなりに広い公園だった。上から見れば正方形を象るこの公園は、おそらく一つの辺ですら50メートル以上はあるだろう。その中に若干の遊具と休憩所が設けられているが、それらの設備は北側に密集している故に、中央部分が広いグラウンドと化している。現在そこでは、幼い子供を連れた親子などが、暖かい幸せを感じながら子供と遊んでいた。

 

 恋はそれを羨ましそうに見ていて、

 

 一方消炭は特に何も思わずに休憩所へと向かった。中央に四角い机が存在し、長椅子が四方向に設置されている。恋が南側に座り、消炭が向かい側の北側に座ると、恋は立ち上がって消炭の隣に腰を下ろした。

 

 数秒の思考の元、消炭は立ち上がり恋と向かい合う形で南側に座る。そして恋が立ち上がるのを見て、消炭も同じく立ち上がった。

 

 恋が自分のところに歩いてくる。

 消炭は恋の正反対の動きで、反対側に回ろうとする。すると恋は動くのをやめて、結果北側の席に二人が肩を並べて座ることになった。

 

 

「………」

 

 

 消炭が機嫌悪そうに立ち上がったのを見て、恋は不思議そうな顔をする。

 

 

「どーしたの消炭ちゃんそんな仏頂面でいきなり立ち上がっちゃったりして。なにか不満でもあったの?」

 

「何よりも不満なのは、俺が何を嫌がってるのかわからないあんたの頭だよ。なぜ俺の隣に来る」

 

 

 消炭としては恋人のように見えるのが気になったのにも加えて、話しやすいように考慮して反対側に座っていたのだが―――

 

 

「えへへ、だめかな?」

 

 

 恋のそんな無托な笑顔を見ると、頭から否定する気にはなれなかった。そんなところが、消炭の中に残る普通だった頃の自分なのだろう。未だに残っている過去の残滓にうんざりしながらも、二人は同じ椅子にて腰を下ろした。

 

 二人は机の上に、同じタイミングで飲み物を置く。先ほど自販機で購入したものだ、なぜだか消炭が奢るハメになったものである。

 

 ミルクココアを啜り、消炭が聞いた。

 

 

「で、どういうわけなんだよ」

 

「うんうん。実はさ、私今キャバクラで働いてるんだよ。あそこはいろんな男のヒトが居て、楽しくて働きやすくて私に適した職場だったんだよね。時々怖いヒトも来ておっかないこともあるんだけどね。(ま、うちの店がそういうのと繋がってるところもあるんだけど)―――それで私、その時のお客さんと仲良くなってさ」

 

「おう」

 

「そのお客さんがね。殺されたの」

 

「―――おう」

 

 

 恋のことだから、どうせ何股か掛けてトラブルに発展したのだろうと思っていたのだが、消炭の予想は大きくはずれた。しかもそれが殺人ごととなると、どこか納得するところがある。

 

 人殺しには人殺しを。

 

 恋としては消炭が適任だったというべきか。対策としては筋が通っている。

 

 

「殺されたのはいつの話だ?」

 

「えーっと、知ったのは昨日だよ。うちの店のママに教えてもらったんだけど、その人が殺されたのが確か、4日くらい前だったかな? あーあ、あの人結構お金持ちで貢がせ甲斐があったんだけどな~」

 

「……………えっと」

 

 

 少し整理をしよう。

 

 消炭が箱庭学園に侵入したのは、今日だ。

 消炭に依頼が回ってきたのは、4日前だ。

 依頼が回ってきたとき、消炭は依頼をこなしていた。

 その時の依頼とは―――十島飲食店の従業員幹部72名の殺害であった。恋の言う殺された日にちは、ちょうどこの時期と被ってしまうわけである。

 

 (それ俺かもしれない……)

 

 けれど一応消炭もそれなりに精神年齢は高い。口に出さずに黙っておいたほうが人間関係が円滑になるだろうということくらいは知っていた。

 

 

「ちなみに名前はなんてんだ?」

 

「十島五津」

 

「知らないなー」

 

 

 (つまり十島飲食店の社長と行ったところか。そんな社長がコイツのキャバクラに来てたのか………そりゃ、たいそうお金を叩いてくれただろうな。あー、あー、いいよな女は)

 

 ならなぜ先ほどジュースを奢らされたのか。

 密かな不満を胸に抱き、胃の中をミルクココアで満たしてやった。胃袋からしたらいい迷惑である。 

 

 

「けど、たくさんお金くれるってことはそいつは社長かなにかなのか? 十島って名前はどっかで聞いたことあるくらいだし」

 

「おお。名推理! 大正解だよ、いや正確には社長の弟というべきだけどね」

 

「大正解どころか不正解じゃねーか。で、そいつが殺されただけでどうしてあんたがピンチなんだよ、一見お前に危害が加えられる話には見えないんだが」

 

「それがね―――うちのオーナーも殺されたの」

 

 

 罪悪感が消炭を襲う。

 

 

「しかも殺されたのはオーナーだけじゃなくて、調べてみると他にも何十人と殺されるんんだよ」

 

 

 恋は言った。

 

 

「許せないよ」

 

 

 この時点においては、今ままで彼女が困っている全ては消炭のせいかと思われたのだが―――その後の恋の言葉を聞いて、消炭は耳を疑った。

 

 

「つい昨日も社員が殺されてるし―――このままだと大事ないお客さんが殺されていっちゃう。このままだとこの店も危ない。この店のオーナーもママも十島飲食店の関係者だしさ……だから。だから私もママも殺されちゃうかもしれないの。ほかの人間なんて消炭ちゃんとか除いてだいたいどうでもいいんだけど、ママだけは特別なの! 行き先のない私を雇ってくれた優しい人だし―――消炭ちゃん、その十島飲食店の社員を殺してる殺し屋、お願いだから退治してよ!」

 

「ああ。―――は?」

 

 

 疑問が素直に口から溢れた。

 

 同級生の女の子に殺害を依頼されたことではない。いや、同級生の女の子に殺害の依頼をされることもそこそこ驚くに値することなのだが―――消炭が疑問に感じたのは、そんなところではなかった。

 

 (昨日も社員が殺されただと?)

 

 それは絶対、ありえないことだった。なぜなら十島飲食店の幹部を抹殺したのは4日前のことであり、それ以降消炭は、十島飲食店の人間を殺めたりなどしていないからだ。

 

 ならばいったい誰が殺している?

 いったい全体、何が起こっている?

 消炭はココアを飲みきり、席を立つ。

 

 

「分かった、引き受けよう」

 

「ありがとー! もちろんタダだよね」

 

「あ、ああ…」

 

 

 言われなくともタダでいいと思っていたのだが、それを前提に期待されるとなると、些か複雑な心境だった。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

「やっぱりいないわ。家にも入ってみたけど、鍵が空いたままで中にはいなかった。たぶん、その日から家に帰ってないんだと思う」

 

 

 彼女は椅子に座ると同時に、話し合いを再開した。

 

 近くをいつもの通りだらだらと歩きながら、話し合いに最適な場所を探していた彼女達であったのだが、偶然通りかかったこの公園に、話し合うには最適な休憩所を発見した。しかしそこには仲睦まじそうなカップルが座っていたおり、とてもじゃないが同席できる空気ではなかった。彼らがどこかにいくか、それとも別の場所を見つけるか。どうしたものかと迷っていたのだが―――どうしようかと迷っていたところ、偶然彼らは席を立った。どうやらこれからどこかに行くらしい。高校生のくせに真昼間からデートとは恐れ多いものだ、などと皮肉に思いながら、彼女達4人はそれぞれの方角の椅子に腰を下ろして、

 

 冒頭に至る

 

 

「病院はもう退院したはずだし」

 

 

 手櫛で髪を溶かしながら、坂之上替(さかのうえ かえ)が言った。

 

 基本体操服(しかもズボンはブルマ)で活動していた彼女だったのだが、既に高校生ではない彼女は当たり前だが違う服を着ていた。私服姿だが、この時期にアスリートが着そうな短いジャージを着用している。ないと思うが、般若寺憂に性欲を操られているのかもしれない。

 

 

「だとしたらやっぱい怖いわね。何者かにさらわれたのが一番有力な説かもしれない。信じたくないけれど」

 

 

 替の言葉にしっかりと返したのは、花塾里桃(けじゅくり とう)である。

 

 彼女はそれが趣味なのか、ダンベルで肩を鍛えつつ話し合いに参加している。こちらも在学中は普通とは縁遠い格好で過ごしていたのだが、今の姿を見る限り、その頃の面影は見られない。パーカーにミニスカートという、至極普通の可憐な少女だ。パーカーの下が下着でなければの話でもあるのだが。

 

 

「まー、そうだよねー。アキちゃん見てくれがいいもんね。結構な美人さんだし、誘拐されてもおかしくないよ―――いや、そうだ。もしかしたらどっかに泊まってるだけなんじゃない? ほら、同棲ってやつだよ。そう、きっとそうかもしれない!」

 

 

 般若寺憂(はんにゃじ うさ)が、まるで名案であるかのように発言した。

 

 別に彼女は、在学中とんでもない格好をしていたわけではない。上の二名を先に紹介してしまうと、水槽学園元生徒会役員の常識を疑われかねないのだが―――まぁ、そんなわけもなく。常識人とはいいきれないまでも、彼女はひらひらの目立つ、可愛さを求めたファッションで会議に望んでいた。桃色の頭髪は、やはりツインテールに結ばれている。

 

 

「いや、その可能性はたぶん―――会長が美人だったのは私も同意だけれど、ないと思うわ。会長あんまりそういうのに興味なさげでしょう。前の告られた時窒息死させかけてたし」

 

 

 最後に生徒会一真面目だった彼女、元庶務係練兵癒(れんぺい いや)が、昔を懐かしむようにそんなことを言った。最初から須木奈佐木咲に操られてたとはいえ―――最終的には球磨川禊により崩壊したといえ、彼女達4人はそこそこ楽しい学園生活を送っていたのだ。それはさながらゆるふわ風日常4コマ漫画のような。

 

 須木奈佐木咲のおかげとは言え、あまり争いの怒らなかった水槽学園。彼女達は消炭のように球磨川禊に復讐しようとか、そういったものは特に思っていない。そもそも操られている時の記憶が曖昧なのだから、これといったことを覚えていないのだが―――彼女達からしてはっきりするのは、水槽学園が廃校したのは球磨川禊という生徒のせいである、ということくらいだ。

 

 だから今も、彼女達は再度高校受験をしようとしたり―――就職しようとしたり―――フリーターでもいいやなんて思ったり―――特に何も考えていなかったり、皆それぞれなことを思いながら日常といういつもを過ごしていたのだが。

 

 それがついこの間、幕を閉じた。

 

 半ば引きこもりと化していた蛇籠飽が、突如行方不明になったのだ。

 

 彼女達には、友達の身を案じない理由など存在しない。学校では形式上立場は下で、そのように行動していたのだが、けれど日常は、学園の外では、飽とは親友の仲だったのだ。

 

 だから彼女達は、

 

 

「じゃー、画図町(えずまち)君の家にでも行ってみましょうか」

 

「決定」

 

「賛成!」

 

「右に同じく」

 

 

 親友(あき)のために動いていた。




―――坂之上替

目 標:高校生希望
血液型:AB型
過負荷:賭博師の犬《ギャンブルドッグ》


―――花熟理桃

目 標:ホワイト企業就職
血液型:AB型
過負荷:四分の一の貴重《クオーターハザード》


―――般若時憂

目 標:フリーター
血液型:AB型
過負荷:下劣な大道芸《エロティックピエロ》


―――練兵癒

目 標:考え中
血液型:AB型
過負荷:退化論《ザッピングスタディ》


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014   画図町筆の異常な病室

 薄暗い路地裏を。

 

 消炭は、袖の中の武器を確認しながら歩いていた。

 左右を寂れた廃ビルに囲まれた狭き道は、埃っぽくて薄暗い。

 

 消炭が向かう先は、とある場所の武器屋だった。

 

 その武器屋は表向きには金属類のアクセサリー店を経営しているのだが、裏では消炭達死神族四名に武器を提供してくれるという契約をした店である。死神族の皇后崎(こうがさき)辺りはよくよく通っているらしいのだが、消炭が訪れるのはこれでまだ二回目だ。まず新しい物が好きではない消炭は、そうそう武器を取り替えない。そもそも買い物自体があまり好きではなく、当然のようにその武器屋も好まない。それでも消炭がこうして武器屋に赴くのは、ただたんにその店の武器の性能が最高だからである。

 

 切れ味が良く、更に落ちにくく。握り心地もよく使い心地も最高で。鶴御崎山海の溶かされなかったら死ぬまで相棒として使ってもいいとさえ消炭は思っていた。この際だからどうせのこと、次は熱にも強い短剣をオーダーメイトでもしようかな―――なんてことを思いながら、袖の中から刃物を取り出した。

 

 酷く錆びた刃物を、掌でくるくると回してみる。

 

 実はずっと、短剣の他にも一本だけナイフを所有していたのだが、そのナイフはお守りのようなものなので、道具として使う気はない。

 

 

「………」

 

 

 消炭は一人、武器屋に向かう。

 

 桜ヶ丘恋の姿はそこにない。

 

 消炭が向かう先は殺し屋などの裏の住人の行く世界だ。恋はただでさえ危ない情報をいくつも所持しているのだ。武器を買いについてこさせるわけにはいかなった。というか、彼女自身が危ない立場なのだから、共に行動することもまた良しだったのだが―――そこは消炭の判断だ。

 

 恋こそは「殺されるかも知れない」などと言っているが、犯人からしてみれば十島飲食店との関係性は低いのだし、殺しの対象に狙われる可能性は低いといえる。それに、もし狙われてたとしても―――対象とされていたとしても、

 

 消炭はそのことも考えてこう助言している。

 

 

『いいか恋。決して人気の少ないところにいるんじゃない。いるならいろんなヤツらが集まっている場所がいい。例えばそうだな………スーパーとか』

 

 

 十島飲食店の連続殺人犯。消炭が殺害を終えてから今に至るまでの殺された人数は、明らかに素人のレベルを超えている。消炭は自分がプロだからこそ分かる。これは同業者の、殺し屋の仕業だと。相手が殺し屋である以上は、裏の世界に生きる裏の住人なのだ。裏の住人である以上、表沙汰になることは都合が悪い。ニュースや新聞に乗ることなどもってのほかだ。かつて消炭の先輩も言っていた。

 

 つまり相手が殺し屋である以上、人目がある場所で殺すのは避けるだろう、というのが消炭の思うところだった。最後に『それでも怖かったら、あの勇者にでもボディーガードしてもらえよ』と助言もしている。消炭もなかなか慎重な性格なのかもしれない。

 

 錆びたナイフの回転をやめる。

 

 

「……いい加減捨てるべきか…………なんとなくお守りとして持ち歩いてるけど、ぶっちゃけるとメリットがないんだよな……。こんな錆びれてちゃ人を殺すこともできないし」

 

 

 酷く錆びたナイフ。

 

 それは、消炭が殺し屋になった時に手に入れたものだ。

 

 このナイフはもともと灰ヶ峰家の廊下に飾られていたもので、家族が皆殺されて家を去る祭に、使えるかもと思い持ってきたものだった。以後消炭は立派な殺し屋になるのだが、手に入れてから今までそのナイフを一度も人殺しで使ったこともなかった。

 

 いや、正確には使えたこともなかった。

 扱えたことがなかった、と言ったほうが正しいか。

 

 なぜならこのナイフは―――

 

 

「………ん?」

 

 

 ―――と、柄にもなく昔の思い出に浸っていたその時。前方から鋭い殺気を感じ取った。考えるよりも先に本能が動く。突き刺すような殺気から逃げることなく、正面から見据えようと目を凝らす。

 

 刹那、前方で何がが煌めいて、

 

 それが日光を反射させた金属質のなにかだということを理解したのは、ナイフを盾にしたのとほぼ同時であった。カンッ、と乾いた金属音は、狭い路地裏に残響を残しつつ消えてゆく。飛来した金属が足元に落ちて、それを確認することもなく、消炭は飛んできた場所を強く睨んだ。

 

 何者だ?

 

 尋ねようとしたところで、向こうから訪ねてきた。

 

 

「避けられたってことはお前、殺し屋なのか? その手に持つナイフは、人を赤く染め上げるための道具なのか?」

 

 

 男の声だ。

 

 

「………だったらなんだ」

 

 

 地面に落ちていた物を拾う。先ほど飛んできた金属である。刃物であれば一応武器として使うことができたのだが―――残念ながらそれは刃物ではなく、筆―――油絵などで使うペインティングナイフだった。名前こそナイフとついているが、それで人を殺せない。

 

 男は言う。

 

 

「なるほどだったら、君は彼女を知っているのだろう。彼女はいったいどこにいる? 今なら君を傷付けずにすむだろう、この人殺しの誘拐犯」

 

「彼女? 誰だそれ」

 

 

 シラを切ったつもりはない。ただただ意味がわからなくて、そう答えた消炭だったのだが―――刹那、路地裏を挟む廃ビルの壁が灰色一色に染め上げられた。

 

 男は言う。

 

 

無色の才(アクロマティック)

 

 

 突如壁が雪崩の如く崩落を始めた。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 水槽学園元生徒会の四人は、近くの病院へと足を運んでいた。画図町筆は現在、ここ平等院病院に入院しているはずである。蛇籠飽が球磨川禊に倒され画図町筆すらも倒された後、彼らを操り最後の戦いを須木奈佐木咲が仕掛けているのはご存知だろう。その際球磨川に返り討ちにされた生徒会の四人、チェス部の双子隠蓑姉妹、水泳部の箞木盟、射撃部の鉄砲撃、居合道部の焼石櫛、そして画図町筆と蛇籠飽の七名は全身を野太い螺子で貫かれまくっていたために、外傷こそないもののしばらく入院しているのだった。その様子は、さながらプラスシックスとチーム負け犬のようであると言える。

 

 中でも特に重症だったのが画図町筆だった。彼意外は球磨川が箱庭学園に転校する少し前くらいには既に回復していたのだが、その前の戦いで世界から色が無くなるという悪夢に襲われていたために、精神的に酷く弱っていたのだ。世界があって色があって、蛇籠飽が存在して初めて極彩色に輝くと画図町筆は言っていた。しかし―――その全ては『なかった』ことにされてしまった。世界から色がなくなって、彼のスキルはスキルではなくなって、完全に無効化されてしまった。色のない無色彩の世界しか見えない彼は、須木奈佐木咲に操られたことが止めとなって心に深い傷を負っていたのだった。

 

 だから今回も病室にいるのだろう。

 朝目覚めてから夜就寝するまで、ずっと目を開けたまま動かない。一時期面会拒絶さえもなっていた彼ならば、病室に必ずいるのだろうと思われた。

 

 ―――病院到着。

 

 待合室や受付を通り過ぎ、廊下を歩くと病室にたどり着く。確か部屋の番号は303と言われていたはずだ―――四人は蛇籠飽伝えに知っていた。

 

 ドアノブを握る。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 病室の扉は、鍵がかかっていた。

 

 だから坂之上替が『賭博師の犬』を発動して、扉をぶん殴って一撃でたまたまへし折れるという奇跡を誘発して、部屋に入った。扉が開かないならば入れない理由がある、なんてことを微塵にも考えずに破壊するところが過負荷らしい一面だった。

 

 そして見てしまう。

 

 

「なに…これ……」

 

 

 異質な空気を纏う世界を。

 

 

「……………知ら、ねぇよ……」

 

 

 中は酷い有様だった。

 

 壁という壁が黒く黒く染まっている。部屋の棚などは対照的に純白に染め上げられていて、床は黒と白が互いに食い散らかすように乱雑に塗りつぶされていた。とてもじゃないが、スキルを失った彼が起こせるような現象ではない。そして最後に―――部屋の壁に、酷く大きな穴が開いていた。

 

 その穴は、コンクリートが砂のように崩落して生まれたような不自然な穴である。

 

 予想外過ぎた状況に、誰もが口を開けない。

 

 

「ちょっとあなたたち、どうやってここに入ったのっ!?」

 

 

 通りかかった看護婦に注意される。咄嗟に答えたのは桃だった。

 

 

「いやあの、いつものように扉を触ったらたまたま偶然扉が壊れてですね……」

 

「あら、そうなの?

 ……うん? 『いつものように』? もしかして君達、画図町筆君の友達?」

 

 

 看護婦は勘が鋭いようだ。桃の苦し紛れの言い訳(としか聞こえない)からして、彼の知り合いであることがわかったらしい。一応彼女達も、画図町筆のことは知っている。我らが会長蛇籠飽にしつこく付きまとう風変わりな同学年の男子生徒である。そして一度、球磨川禊に敗北している。―――彼女達四人は上記のことくらいしか思うところはなかったのだが、今後の状況を考えるに、一応友達ということにしたほうが良さそうだと桃は判断した。

 

 桃は答える。

 

 

「はいそうです。私達画図町君の同級生で。……あの、何があったんです? とてもじゃないけど普通じゃないですよね?」

 

「普通じゃ―――ないわよね。どう見ても。

 あたしはなんだかよくわからないけど、聞くところによると突然なにかが崩れる音がして、すぐに近くにいた看護婦が駆けつけたんだけど、見に行ったらすでにこんな状況だったらしいのよ。今警察とかに相談してるみたいなんだけど」

 

「そう、なんですか………」

 

 

 廊下で看護婦と別れ、待合室で四人横に座る。難しい顔をして唸る桃は、確認するように癒に聞いた。

 

 

「ねぇ癒。画図町君って球磨川と戦ってから、確かスキルを失ったはずだよな?」

 

「うん。彼は確かに『この世界は色褪せてしまった。僕のスキルも色褪せてしまった』と言ってたわ。あれから少しの間、アキが入院してから普通に学校にきていたけれど、アキの話を一言もしていなかった」

 

「それに絵も書いてなかったもんねー。いつも暇があれば美術室でいろんなものを書いてたのに。油絵で」

 

 

 癒の声に、憂が続く。

 

 

「じゃああの病室は――― 一体、なにがどうなったのかにゃ?」

 

「分からないとしか言えないなぁ…。……しかしまぁ、なんていうのかなぁ。これで宛てがなくなっちゃったわけだけど、どうする? みんな」

 

「どうするもなにも」

 

 

 桃に答えたのは替である。

 

 

「……どうしよう」

 

「何も思いついてなかったんかい。って―――」

 

 

 なんとなく桃が突っ込んだところで、どこかからかなにかが崩落するような音が聞こえた気がした。ざわつく待合室だが、しかし受付を待っている高齢者の耳にはその音は響かない。むしろ音を聞き取った自分たちのほうが場違いのような気もしてくるのだが、聞き取れたその崩落音は揺るぎない程確かなもので。

 

 ―――立ち上がる。

 

 その音がもしもなにかが崩落する音だったとして、それが画図町筆の病室で起こっていた現象と同じものである可能性が少しでもあるのならば、

 

 行かないわけにはいかなかった。



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015   灰ヶ峰消炭VS画図町筆

 崩落する壁。

 

 

「―――っ!!!」

 

 

 睨む。

 

 見つめる。

 

 見て殺す。

 

 瞬間、何かが死んだような音がして。

 

 崩落したはずの壁が、瞬間それが夢だったかの如く元通りに戻っていた。

 

 

「崩落したという『事象』を『殺した』。おい、お前いきなり襲いかかってきてなにのつもりだ。答えろ」

 

「答えて欲しいのはこっちのほうだ。なんだ今の現象は―――まるで僕のスキルをなかったことにしたような! あいつを思い出すようで不愉快極まりない! ハァ!」

 

 

 男が一歩前に踏み出した。

 

 その時日差しが彼にあたり、男の姿が顕になる。頭髪をシルバーを基本に染め上げられており、男にしては酷く長く伸ばされている。消炭もなかなか長いほうだが、彼ほどでもないだろう。更に奇抜なことに、左側面のみがかり挙げられていて茶色に染められていた。もしかすると茶色が自毛なのかもしれない。身長は平均よりやや高く、非常に派手な外見に反して服装のほうは酷くシンプルだった。真っ白で袴のようなそれは、まるで入院患者を連想させる。

 

 球磨川禊を一度殺した色使い、色々色(カラーオブビューティー)―――画図町筆(えずまちふで)は、踏み込みながらペインティングナイフをぶん投げた。消炭は手に持っている錆びれたナイフで防御、カンという小さな音がしてペインティングナイフは回転しながら中に飛ぶ。それを空中でキャッチして、相手に思い切りぶん投げ返した。

 

 飛来するペインティングナイフを―――画図町は器用にキャッチする。

 

 

(こいつ、身のこなしは普通以上だな。なにか変なスキルを持っているようだし、もしかすると十島飲食店の社員を皆殺しにしているのはこいつなのかもしれない。―――かもしれない、のだったら)

 

 

 地面に落ちているペインティングナイフを掴んで、構える。それは一番最初に防いだ物だ。

 

 

(だったら、意識奪って拘束して恋のヤツに確認させればいい。そして詳しいことを吐かせて、違うのならば殺せばいい。いきなり襲いかかってきたのはあいつだ、正当防衛にもなるだろ)

 

 

 接近して懐に潜り込む。

 

 喉仏を抉り抜こうとして踏みとどまる。そんなことをしてしまえば詳しいことを吐かせられなくなるからだ。対象を喉から指に変更した刹那―――手に持つペインティングナイフが灰色に染まって、直後砂のように崩れ去った。

 

 ペインティングナイフがあった場所が、虚しく空を切り開く。どうやら彼は、物を粉にしてしまう力があるようだ。刃物を持たないまま無理に攻撃するのも気が引ける。体格に恵まれなかった消炭は、手徒空拳を極めていない。そんなものは体格に恵まれた体の大きな人間(例えば日之影空洞や直方賢理、高千穂仕種など)が極めるものだ。体格に恵まれない消炭が代わりに極めたのは刃物。現在手持ちのペインティングナイフを粉にされた状態は、いわば攻撃手段がゼロなのだ。一度引き下がり、様子をみようと距離をとる。

 

 ―――がしかし、それが逆に仇となる。異常性とか過負荷などを詳しく知らずに考えない消炭が知ったことではないだろうが、本来過負荷というものは能力がデタラメすぎる故にきちんとした勝負にあまりならないのだ。いくら強くても意味がないように、どれだけすごくても勝負にならない。どれだけ日之影空洞が英雄でも、球磨川禊に手も足もでなかったのがいい例だ。全ての攻撃を『なかった』ことにされてしまえば攻撃する意味がないし、距離や時間を『なかった』ことにされてしまえば速さなども意味がない。致死武器やら不慮の事故など―――強さが意味を成さないことこそが、過負荷の怖いところなのだ。

 

 そして、消炭は過負荷と拮抗できる数少ないスキルの持ち主である。だからこそ、この期に及んで距離をとって対策しようなどと思えたのだろう。距離を作った瞬間、視界が純白に染め上げられた。

 

 まるで世界から色が抜け落ちるような。

 

 いや、全てが白に、塗りつぶされたというべきか。

 

 全てが全て白く染まり、物質という物質の境界線が消え失せ、全てが一つの世界と合成してしまったかのごとく、違いなく白く染め上げられた。そして、変色。

 

 世界が白から灰に変わった。

 

 

無色の才(アクロマティック)!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――前回画図町筆は球磨川禊と戦って、世界から色が消え失せた。青が消えて、緑が消えて、色が消えて全てが消えた。この時点で『なかった』ことを『なかった』ことにできなかった球磨川が本当にそんな大規模に取り返しのつかないことをしてしまったのか? と言われれば、実のところはそうではない。彼もわかっていたのかもしれない、そんなことをすると本当に取り返しがつかなくなることくらい。

 

 あの時の球磨川が目標としていたのは、世界から色を消すことではなく、目の前の存在画図町筆のスキルを攻略することだった。夢の中の彼女を倒しうるスキルを探して転校を繰り返していた故に、要は画図町筆のスキルを打破できればそれでよかったのだ。

 

 画図町筆の固有スキル、色々色(カラーオブビューティー)。それはどんなものでも一瞬で色を塗り替えることができ、さらに事実を色で塗り替えることができるという恐ろしいスキルだった。相手の肌を青く塗れば『青痣』を付けることができるし、黒と白を混ぜて灰色を使えば、物質を『灰』にして脆くすることも可能である。他にも色の数だけ効果を上塗りできたのだが―――球磨川禊はこのスキルを、色を失くすことで―――色をわからなくすることで、攻略してみせた。

 

 つまり。

 

 球磨川禊は固有スキル大嘘憑き(オールフィクション)で、画図町筆の目の『色を感じる機能』をなかったことにしたのだ。

 

 人間は色を、網膜の中にある錐体細胞によって感知する。網膜には桿体細胞と錐体細胞の二種類の視細胞が存在し、そのうち桿体細胞は暗い場所で機能し、光に対する感度が高い。そして錐体細胞は明るい場所で機能し、光に対する感度は低いが色彩を識別することができる。球磨川がこのメカニズムを知っていたかはわからないが、彼が行ったのはこの錐体細胞の色を識別する機能を『なかった』ことにしたのだろう。人吉善吉の視力を『なかった』ことにしたように、画図町筆は色を分から『なかった』ことにされたのだ。

 

 よって彼の見える世界は常に白黒でモノクロで、実に味気ないものとなってしまった。白から灰色、黒に掛ける無色彩以外の色を判別することができない。対数の色を操る色々色は消滅し、味気ない世界、つまらない環境で変化し新たに生まれたのが―――このスキル。

 

 無色の才(アクロマティック)だった。

 

 効力としては色々色よりは弱い。なにせ使える色が極端に減ってしまっているからだ。しかし代わりに、作用する範囲が広くなって、マイナスがより成長している。俗に言うマイナス成長というやつである。

 

 彼からすれば、世界の全てが似たり寄ったりの色なのだ。

 区別が、判別がつかずに大規模な影響を及ぼしてしまうのも無理はない。

 

 ―――それが今の、画図町筆だった。

 

 

 

「くっそ………ッ!」

 

 

 一度白く染まった世界は、それにより物質と物質の境界線が消えてしまった。画図町から見る世界は全て白くなり、一つの大きな空間と認識される。よって彼が次に色を変色させるとき、目に見える全ての世界が変色することになる。

 

 そして、変色するのはもちろん―――灰色だ。

 

 世界が灰色に―――

    ―――灰になって崩れ去る。

 

 消炭はその事象を、睨んで見て『殺した』。

 

 無色の才(アクロマティック)の効果を、無差別殺戮(デスゲイザー)で『殺して』みせた。

 

 

「ならば!」

 

 

 画図町が次に狙ったのは消炭の体だった。一瞬消炭の両腕が黒く染め上げられる。黒く、黒く。皮膚が黒くなる現象は、皮膚疾患。地黒の日焼けしすぎた肌、皮膚の異常、火傷かまたは皮膚ガンか―――青によって青痣を押し付けるように、色によるイメージを押し付ける技を、しかし消炭は睨むことによって事象を殺し、対処してみせた。

 

 その現象を前に、画図町は目を見開く。

 

 

「球磨川にも通用した僕の技が通じないっ!?」

(馬鹿な! 僕のスキルが通じなかったやつなんて今までひとりもいなかったのに! こいつもしかすると、球磨川以上のやつなのかっ!? ―――こんなやつなら、あの無色透明の姫君を誘拐できるのも納得できるものだ。拘束して彼女のありかを吐かせよう)

 

 

「お前も球磨川にやられたって口か」

(だとするならば、俺と同じく殺し屋の道を歩んでいたとしてもおかしくはない。俺も球磨川のせいで人生を踏み外して人間として道を踏み外したんだ。同志がいてもおかしくはない。―――拘束しないわけにはいかない)

 

 

 過負荷同士がぶつかり合う。

 

 

「純白に染まれ!」

 

「殺戮だ!」

 

 

 パレットで色が踊り、眼光が殺気を撒き散らす。

 

 世界が染まってその都度殺される。

 

 現象が生まれて、殺され死に逝く。

 

 とてもじゃないが、人間同士が繰り広げる戦いなどしんぞこ信じたくないようなバトルを、彼らは繰り広げていた。完全に拮抗しつつある二人は、このままでは無限に平行線を辿るばかりだったのだが―――しかし、世界には時間というものがある。この世に永遠という概念が言葉上でしか存在しないように、終わるタイミングはいつか絶対に訪れる。

 

 何百回と灰になっては事象のキャンセルを繰り返すような、そんなとんでもないこの現場に、まさか一般人が入り込んでくるなどと誰が思うだろうか。―――偶然なのか運命なのか、通りかかった一般人が彼らを前にして目を見開く。消炭は殺し屋だが、無関係の人間を無差別に殺すような殺人鬼ではない。そんな忌まわしき過負荷のような人間にはなりたくない。だから消炭は、一般人を追い返そうとしたのだが――― 一方的とはいえ、愛する彼女蛇籠飽の行方を聞き出すチャンスだ。少なくとも画図町はそう信じて疑わない。消炭を倒せば蛇籠飽の居場所を聞き出すことができるとまで考えてしまっていた画図町筆が、一般人を巻き込むことに躊躇などするはずがない。無差別に過負荷を撒き散らす画図町の事象を殺すべく、消炭は一般人の前に駆け寄って過負荷を発動させる。

 

 しかし、すでに何重とも知れぬ事象を殺していた故に、今や消炭は酷い罪悪感に覆われていた。自分がしていることの重大さを、いままで奪ってきた人の命を、愛した者や家族から責められているような、酷い罪悪感が消炭の心を深く穿つ。それに耐えることに必死で、消炭は過負荷の発動がコンマ一秒遅れてしまった。

 

 生きている事象しか殺せない。

 画図町筆の無色の才で、世界が一度一色に染められようとして――― 一緒くたに染められてしまったかと思われた、その時。

 

 消炭の前で奇跡が起きた。

 

 

「奇跡を操るスキル! 『賭博師の犬(ギャンブルドッグ)』!!!」

 

 

 世界の色が変わらない。

 

 あろうことか―――画図町筆は、世界を染めることを、”たまたま偶然”失敗してしまったのだ。

 

 

「そんな馬鹿な………! 僕のスキル発動に失敗なんて………」

 

 

 目を白黒させて驚く画図町だが、しかし彼の行動に失敗する確率はゼロではない。実際に『賭博師の犬』の効果で失敗してしまったことこそがその証拠でもある。『色々色』と『無色の才』は、色を混ぜて、または色を出して発動するというスキルだ。そもそも色が、色ではない無色彩しか判断できない画図町だ。白か灰か黒しか分からない彼にとって、全ての色はそのどれかにしか見えない。赤はほぼ黒に見えるし、薄い黄色は白にしか見えない。だから灰を作り出すには、黒と白―――濃い色と薄い色を混ぜ合わすだけで良いのだ。それが赤であったとして、黄であったとして、その中間色であるオレンジが灰色に見えれば、世界を灰色にすることができるのだ。坂之上替の『賭博師の犬』が誘った失敗とは、画図町が色を混ぜるという行為だったのだ。

 

 白と黒を混ぜる行為。

 しかし画図町筆がパレットの上で混ぜていたのは、白と白であった。純白がいくら純白に混ざろうと、その色がほかの色に染まることはない―――機械とは違って、絶対にミスをしないわけではない人間の行為が相手ならば、坂之上替のスキルは絶対に発動するものと言っても良い。

 

 人間の注意力の限界。

 

 人はそれを、人為的過誤(ヒューマンエラー)と呼んでいる。

 

 

「あれは………画図町くんっ!?」

 

「お前はっ」

 

 

 画図町が白黒させながらも目があったのは、般若寺憂だった。彼らはお互いに知り合いだ。般若寺憂はここで今なにをしていて、何がどうなっているのか聞こうと足を進めたのだが、その行動を消炭が止める。腕を前にして行動を制す。

 

 一方画図町のほうは、般若寺憂とは正反対に足を一歩後ろに引いて、考える。

 

(あれは彼女の友達、仲間、親友ではないか………そうだ、この僕が見間違うわけない。無色彩なこの世界では少し違って映るが、あれは彼女がやっていた生徒会の親友、般若寺と坂之上、練兵と花熟理っ! あいつらに聞けば、もしかしたら彼女の場所を知っているかもしれない! 知っていてもおかしくない! いや! ―――知っているはずなのだ!)

 

 そして、歩を進めた般若寺を止めた消炭の姿が、目に入った。

 

(彼女達に聞きたい。彼女が今どこで何をしているのか! 聞くしかない! そのためにはあそこまで行かなければ……ああ、しかしなんてことだ! 僕と彼女達の距離はこうも短いのに、その間に壁の如く謎の殺し屋が存在している! 邪魔だ! 邪魔だ! なぜ僕の邪魔をする? なぜ僕の邪魔をする!)

 

 冷静とは言い難い。

 正気などもとよりなかったのかもしれない。

 

 だから―――突然現れた彼女達を巻き添えにしてしまうことなんて考えもせずに、画図町は過負荷を発動してしまったのだ。

 

 たとえそのせいで、般若寺達から敵視されてしまったとしても。

 

 

無色の才(アクロマティック)ッッッ!!!」

 

無差別殺戮(デスゲイザー)ァァァ!」

 

 

 画図町のスキルは殺されて、そして。

 

 

退化論(ザッピングスタディ)!」

 

四分の一の貴重(クオーターハザード)!」

 

賭博師の犬(ギャンブルドッグ)!」

 

下劣な大芸道(エロティックピエロ)!」

 

 

 元同学年、画図町筆が正気ではないと判断した四人は、過負荷を一斉放射にした。路地裏という空間がめちゃくちゃに、しっちゃかめっちゃかにかき混ぜられ、何が何だかよくわからない混沌を生み出す。

 

 『四分の一の貴重』で増やされたペットボトルの水が洪水を起こし、『賭博師の犬』の効果で水が地面に染み込んで陥没を誘発。『退化論』の効果で退化してしまった画図町は、スキルで対抗するという手段を用いることができずに、避けてしまった。退化した彼の思考は今、本能がむき出しになっている。自分の力が相手にはかなわないということ考えが、画図町の頭を支配した。

 

 (今は死なないために逃げなければ)

 

 蛇籠飽のことなど考える余地もなく逃亡を果たした画図町筆を、消炭はしかし追いかける元気は残っていなかった。その場に倒れて意識を失った小柄な少年を、般若寺達はどうしようかと頭をかしげ。

 

 

「一応守ってくれようとしてたし、敵ではないようね。近くの公園まで運んで、詳しい話を聞きましょ」

 

 

 練兵癒の判断により、彼女らは路地裏を後にするのだった。




―――画図町筆

想い人:蛇籠飽
血液型:AB型
過負荷:色々色《カラーオブビューティー》→無色の才《アクロマティック》


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016   五人の過負荷、集う街

「…………………………ん」

 

 

 消炭が目を覚ましたのは、空が赤く染まり始めてからの出来事だった。意識を取り戻し、瞼を開けるとぼやけた視界が飛び込んでいく。水の中を彷徨っているような視界から、消炭は自分が長いあいだ寝ていたのかもしれないと結論を出す。別に寝ていたわけではないのだが、そこはまぁ、覚醒したばかりの脳ということなのだろう。ぼやけた視界を眺めていると、やがてハッキリする状況に思考が再度凍結する。

 

 目の前に、自分を覗き込む少女の顔が。

 寝かされている自分。頭部は枕の上に寝かされているかのように持ち上げられている。妙に暖かく柔らかい感触は、つまり。

 

 自分が女子高生に膝枕をされている、ということだった。

 

 

「あっ。目が覚めたんだー。おはよ」

 

「誰だあんた」

 

「酷っ!? 開口一番にそれ酷っ!?」

 

 

 桃色のツインテールが揺れる。

 

 なんだか恋のヤツに似た女だな………と思いながらも、今の状況を思い出す。膝枕。いい歳こいた自分が膝枕をして寝っ転がっている。この格好は流石にとても恥ずかしかったので、音速に到達するかのような速度で状態を直様起こした。すると顔を覗き込んでいた般若寺憂と顔面衝突。頭の上を小鳥が舞う。共に頭を抱える消炭と般若寺を、何とも言えない様子で見ていたのが花塾理桃だった。

 

 桃は天然水を飲んでから、笑う。

 

 

「プハー。いやーなんつーか仲いいな、お二方。おーい憂、頭割れてないか? あははー、泣いてやんの。おいキミ、女の子を泣かしちゃだめなんだぜ」

 

「できれば俺も涙を流したいところだ……」

 

「要するに泣けないんだね。あはは、どんまい。男の子は強くて当然。さ、立ちな。私らはキミに聞きたいことがいろいろあるんだ。オーイ、癒! 替! 起きたぞ少年が!」

 

 

 周囲を見渡してようやく思い出す。この公園は確か、昼頃桜ヶ丘恋と訪れたあの公園だった。机を囲う椅子に座っていると、花塾理がとなりに座った。座りながら、練兵と坂之上を呼ぶ。二人共何かに夢中になっているようで、声が聞こえないらしい。桃と同じ方向に視線をやると、夕日が綺麗なグラウンドで、近所で遊ぶ小学生と一緒に何かをしている女子を見かけた。

 

 

「少年達! お姉さんの技を見ていなさい! 行くわよ替!」

 

 

 プラスチックバットをかざしながら、練兵が啖呵を切った。ゴシック調の至福がヒラヒラ風に揺れて、かなりきわどい世界を作り上げている。応援する男子小学生達はいろんな意味で興奮していた。

 

 

「さーこい癒! うおおおお」

 

 

 対する坂之上は、何かを投げるフォームを取っている。掌に握るのは野球ボール。ちなみにゴムだ。ゴムであれど、球を引き絞るその姿はとても形が綺麗で、ジャージ姿が酷く似合っていた。それが私服でなければ文句はない。

 

 投げる。撃つ。ぼふっ

 

 

「しまったっ!?」

 

「やったぁ! うぉおおお!!!」

 

 

 呑気に遊ぶ二人に、桃の怒声が響き渡った。

 

 

「いやなにやってんだよあんたらっ!?」

 

「え? 何って野球よ?」

 

「知ってるよっ!? それくらい知ってるよ私っ!? そーじゃ! なくて! さ!」

 

 

 何度かやりとりがあったあと、ようやく彼女達は戻ってきた。坂之上替はともかく、練兵癒は見かけによらずどこか子供っぽいところがあるのかもしれない。人は見かけや第一印象だけで判断できないなと、密かに改める消炭だった。5人が休憩所にやっとこさ揃って、坂之上が消炭にジュースを渡す。

 

 

「そこの自販機で買ったんだ。これ飲みな」

 

「あ、ああ」

 

 

 缶を開けると、特有のプシーという音が鳴る。炭酸ジュースを実にじっくりと口をつけて、数滴すすって机に置いた。実は炭酸が苦手な消炭である。

 

 

「ありがとう。………で、あんたら一体何者なんだ?」

 

 

 もうすでに、消炭の意識は覚醒しきっている。意識を失う直前までのことも、全て思い出せていた。消炭が事象を殺しきれなかった時に、先ほどピッチャーをしていた彼女が対策したことも、このダンベルを持った少女が水を生み出したことも。黒髪の女子と桃色のツインテールが何をしたのか初見では判断しきらなかったが、それでもなにかしらのスキルを発動したのは理解できた。つまり彼女らは、みんながみんなスキルホルダーなのだった。

 

 こんなに大勢の異能力者が徒党を組んでいるのなんて珍しい。(それもそのはずだ、そのそも須木奈佐木が裏で操作していたからこそ、彼女達が同じ水槽学園に入学し生徒会に加入したのだから)それならばもとより守ろうとしなくてもよかったな、と思い出しながら、同時に何者かと聞かずにはいられなかった。

 

 人を殺す職業についている以上、異能力者は最も危惧せねばならまい連中だ。大半がいずれ消失してしまうとはいえ、それまでは人外的な力を持っているはずで、だから彼女達が何者かを知る意味があった。

 

 中でもリーダー格的な雰囲気を持つ桃が、言う。

 

 

「私達はちょっと前まで女子高生をしていた普通の女の子さ。ちょっと変な力持ってるけどな」

 

「どこが普通だか理解に苦しむ。ま、俺も普通ではないが………。ちょっと前まで女子高生をしていたってことは、この前卒業したってことか?」

 

「違う違う。私達はその学校を卒業できなかったのさー」

 

 

 般若寺は言う。

 

 

「廃校したから」

 

「廃校? あんたもまさか、球磨川禊に?」

 

「球磨川? え? あんたも? ってことは―――キミも?」

 

「話が合いそうだな」

 

 

 同じ者から被害を受けていたらしい消炭は、四人の少女とすぐに打ち解けることができた。敵の敵は味方だ、強い味方なら大歓迎。話があったとき既に、彼らは手を組んでいたといっても過言ではない。打ち解けた彼らは、休憩所にて現状を報告しあう。

 

 流石に己の職業のことは避けたが、消炭は十島飲食店の従業員を殺している殺し屋を殺すために、友人に頼まれて動いているという現在を。

 

 そして彼女らは、姿を消した友人のために動いていることを話した。行方を晦ました友人を探すために、何かを知っていそうな元同学年の男子、画図町筆の元を訪れたのだが、病室が異常の限りに染められていて、近くから物音が聞こえたために駆けつけた場所で、消炭と正気を失った画図町とであった、という現在を。

 

 話した。

 

 

「つまりアイツの名前は、画図町筆っていうのか」

 

「そうなるわね。少し違う力を使っていたようだけど」

 

 

 新たな過負荷、『無色の才』を使ってはいたが、練兵を筆頭に彼は絶対に画図町筆で間違いないという。あれだけアーティスティックな髪型をした少年だ、間違うことはないのだろう。一通り現状を話し合って、まず最初に上がった疑問はこれだった。

 

 なぜ画図町筆があんなに取り乱しているのか。

 

 そもそも彼は、蛇籠飽が誘拐されたことを知っていた、殺し屋に誘拐されたということを、知っていた。それはつまり、彼もまた蛇籠飽を助けようと動いていたということだ。出会い頭にマイナスを一斉射撃したことを少し悪く思いながらも、それでもああでもしなければ殺されていただろうことを考えると、あまり悪く思えない。正当防衛は正しかった。

 

 

「俺としては、十島飲食店の従業員を殺してるのはそいつじゃないかって踏んでる」

 

「今までの彼ならありえない話だけど、今の彼を見る限りありえなくもなさそうだね」

 

 

 替が真面目に思考する。

 

 

「けど、なんで? おかしくない? だって画図町君、ただアキのことが好きだった普通に普通な、ちょっと異常だったけどちょっと異能持ってたけど、それでもそこらへんにいてもおかしくないようなただの男の子だったんだよ? なのに、なんで? なんで人を殺してもおかしくないような感じになっちゃってるのさ」

 

 

 憂の言い分は最もだ。

 

 いくら球磨川禊と真正面から戦って絶望と敗北を教えられたからといって、先ほどの彼は流石に行き過ぎではないかと思われた。消炭は球磨川に負けたとき、そりゃもう殺してやろうと刃物を振り回したのだが、当時はスキルに目覚めていなかったし、そもそも球磨川は戦ってすらくれなかった。怒りに震え溢れ出る激昂を殺して抑えるために生まれたのが、消炭の過負荷、無差別殺戮である。きっと画図町もこうして新しい過負荷が生まれたのだろうが―――それでもあの変わりようは、彼女達の目には異常に写っていた。

 

 まるで精神が壊れている。

 平常心から程遠いし、尋常からは縁遠い。精神的に何者から影響を受けたのではないか、と練兵あたりは予測した。

 

 

「俺はその画図町っていうヤツを拘束して、事の真偽を確かめたい」

 

「私達はできれば、彼に詳しい話を聞いたあと話し合って、できれば共に協力してほしいところだなぁ」

 

 

 替は希望を述べた。

 

 

「なら、話は決まったな。………そういえば名前なんて言うんだ? と、いうか思えば私達も自己紹介していなかったな。あはは。じゃー私から」

 

 

 桃が皆に自己紹介を進めた。

 

 

「私は花塾理桃(けじゅくり とう)過負荷(マイナス)四分の一の貴重(クオーターハザード)さ」

 

練兵癒(れんぺい いや)過負荷(マイナス)退化論(ザッピングスタディ)です」

 

「私は般若寺憂(はんにゃじ うさ)だよ。過負荷(マイナス)下劣な大芸道(エロティックピエロ)✩」

 

坂之上替(さかのうえ かえ)って言うよ。過負荷(マイナス)賭博師の犬(ギャンブルドッグ)

 

「俺は灰ヶ峰消炭(はいがみね けしずみ)過負荷(スキル)無差別殺戮(デスゲイザー)。よろしく」

 

 

 全員の名前と能力を知り、消炭は席を立った。

 

 

「………ところで少し用事を思い出した。友達を迎えに行きたいんだが……」

 

「その友達って、十島飲食店に狙われてるって友達?」

 

 

 妙に勘が鋭い替である。彼女達を連れてゆくと、どうせ恋のやつに「消炭君以外と女ったらしなんだねー、うわーちょい引きかもー」などとからかわれるのが面倒だったが………そんなことは言ってられない。この際関係者出し合わせておくべきかと思うことにした。強く頼れる味方が多ければ多い程、心強いし恋を守ることもできる。恋愛感情を司り多くの男を虜にしている彼女だ、きっと花塾理達にとって有意義な情報も手に入るかもしれない。

 

 

「はぁ」

 

 

 気だるくも思いながら 彼女達と恋を合わせることを決定した。皆で席を立つが、これからどこに行くか考える。そういえば恋とは待ち合わせしていなかった。いったいどこではち合わせればいいのか―――こんなことなら、携帯番号でも交代しておけばよかった。後悔しながらも、消炭は皆をつれて近くのスーパーに向かっているのだった。

 

 消炭は恋に助言していたのを思い出したのだ。

 

 

『いいか恋。決して人気の少ないところにいるんじゃない。いるならいろんなヤツらが集まっている場所がいい。例えばそうだな………スーパーとか』

 

 

 ならばつまり、消炭の声に従ってスーパーに身を隠していてもおかしくない。なにせ相手は裏の世界の殺し屋なのだ。木を隠すなら森の中、自分を隠すなら人ごみの中―――街を歩きながら、この街で一番大きなスーパーに向かう。確かこのあたりに消炭の知るスーパーがあったはずだ。

 

 街を歩く。

 

 街を通り過ぎ、

 

 ビルを過ぎ、

 

 スーパーやコンビニなどの近くを歩きながら――― 一時間ほど歩きながら、ふと違和感を感じた。

 

 違和感、そう。

 

 これは何者かによって起こった何かに触れてしまっているかのようか―――。

 

 そこで消炭は気づく。

 

 いま自分達が、一行にスーパーにつく気配がないということに。今歩いている場所は、スーパーの近くである。近くであるということは分かるのだが、肝心のスーパーに行き着くことができない。まるでスーパーという存在自体が埋もれてしまっているかのように。

 

 既に夕日は落ちて、空は暗い。

 

 帰宅ラッシュの今、消炭達は視界に確かな違和感を覚えながら、その違和感をなんであるかを理解することができなかった。

 

 ―――が。

 

 消炭の固有スキル無差別殺戮は、その現象が何によるものであるかなどを理解する必要などない。最初に牛深柄春の者両規制を仕組みがわからぬまま殺した時のように、今起こっている現象を理解できればそれでいい。

 

 だから、殺す。

 

 消炭は現在自分にかかっている―――接触している―――触れている―――発動している何かを、現象を、睨むことによって―――殺した。

 

 すると眼前に見えたそれは、明らかに異常なる景色だった。

 

 帰宅ラッシュで人が溢れるその街に、ぽつりと。

 

 まるで世界から取り残されたかのように。

 

 無人のスーパーが存在していたのだった。

 

 

「………おい、なんだこれ」

 

「知らないわよ。とにかく行ってみましょう」

 

 

 胸騒ぎがするのは、気のせいであってほしかった。



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017   勇者が泣いた日

 人の気配が極端に薄い、大型スーパー。

 

 

「うわあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ、チクショーこのやろうぉぉぉぉぉおおおおおおああああああああああああああああああ」

 

 

 響く絶叫。散る血痕。

 

 滅茶苦茶になった、その店で、

 

 男が犬のように、吠えていた。

 

 

「………おい」

 

 

 消炭はひるまず声を掛ける。

 

 後ろに集う4名の過負荷花塾理達は、目の前の状況に全く付いていくことができない。唐突に消炭が何かを殺して、出現した不気味な大型スーパー。内部は破壊の限りを尽くされていて、ぼろぼろと崩れる瓦礫の山と化していた。その中央部分に存在したのは、二人の少年少女の姿だった。一人は狂ったように叫ぶ少年。軽装で服が全体ボロボロになってしまっている。体も傷だらけで、逆に無事である場所がないように思える。普通に考えて、緊急入院するレベルの重症だ。

 

 そしてもうひとりは、少女だった。―――いや、これをひとりと考えてしまっていいのだろうか? 体はくまなくぼろぼろで、傷ついたりんごのように、錆びたように変色していた。それはさながら、酸化した鉄のように。あまりに酷い死体だったので、最初消炭達は、B級ホラーの小道具かと思ったのだが―――そうだったら良かったのだが。

 

 しかし残念ながら、彼女は少し前まで生きていて、

 そして少女の体は、明らかに生命活動を停止していた。

 

 

「………おい、なんだよこれ。説明しろよ、説明しろよ―――掌理!」

 

「消、炭………」

 

 

 掌理と呼ばれた少年は、消炭の存在に気づいて叫びを辞める。後に数秒の沈黙が時を支配し、彼は消炭から顔を背けて叫んだのだった。

 

 ごめん、俺。

 

 好きな女、

 

 守れなかった、と。

 

 掌理は―――城塞高校で勇者と謳われていた元生徒会長、甲突川掌理(こうつきがわ しょうり)は謝るのだった。

 

 

「………ごめんっ! ごめんっ!!!」

 

「だから! そうじゃねんだよ! なんで、なんで恋が―――お前っつー無敵がいながら桜ヶ丘恋が殺されてんのか聞いてんだよ掌理!!!」

 

「知らねぇよチクショー!!!」

 

 

 胸倉を掴みにかかる消炭と、悲しみのままに叫ぶ掌理を、元水槽学園生徒会の四人はただ眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 甲突川掌理と言えば、ここ周辺ではそれなりに名が通るほどには有名な生徒であった。消炭は在学中、彼とはあまり関わりがなかったにも関わらずに、それでも彼の噂はそれなりに知っていた程に。友達がほとんどいないような、ひとりの女の子くらいしか友達がいないような少年にさえ、甲突川掌理の噂は、強制的なまでに広く広がっていたのだった。

 

 いや、それは『噂』ではないか。

 それはもはや、『武勇伝』と言い表すべきものであろう。

 

 学校の不良を全て、ひとりで一気と戦って勝利したとか。

 暴力団や殺し屋に襲われてなお問答無用で生き残るだとか。

 はたまた―――より良い学校作りのために教師陣全員と口論の末に、設備の指導権を勝ち取っただとか。

 

 数え上げればキリがないが、しかし彼の『異常(すご)さ』を物語るにあたって、武勇伝の数など意味を成さない。どの噂にしろ、彼の強さは十分以上に十分に、誰にだって十全理解できてしまうだろうからだ。

 

 絶対に勝利するという『異常性(アブノーマル)』の持ち主、甲突川掌理。

 

 彼とは誰ひとり勝負そのものが成立しない恐れがある、という点に関して言えば、かの『主人公』黒神めだかにすら匹敵する強力な異常性の持ち主なのであった。そんな掌理が、なぜこのような状態で消炭に発見されてしまったのか。はたまた彼という無敵の存在がついていながら、どうして桜ヶ丘恋が殺されてしまったのか―――。

 

 聞き出すにはただ、時間だけが足りなかった。

 

 

「消炭! やばい逃げなきゃ!」

 

 

 今まで事の流れを黙って見ていただけの般若寺憂が、慌てた様子で二人の間に割って入る。今は二人で話をさせて欲しい。空気の読めないヤツだな、と注意しそうになるのだが―――憂の背後にざわめく人だかりを見て、消炭は考えを改めた。

 

 ここは大型スーパー。

 

 通勤ラッシュのこの時間帯、世間は夕食を取るべき時間帯。それはつまり、この時間に大型スーパーを利用せんとする顧客がいてもおかしくない、というか至極当然ということを言い表していて。

 

 消炭は一時撤退を提案した。

 

 

「逃げるぞ掌理。話は後からだ」

 

 

 彼の手を引いて走り去ろうとしたのだが―――

 

 

「悪い消炭。足が」

 

「っ」

 

 

 ―――何者と戦ってそうなったか知らないが、掌理は全身を損傷していて、こうして話せていることですら異常な状態なのだ。本当ならば喋れずに、一歩だって移動できやしない状態なのだ。

 

 今この場で、消炭と共に逃げることは不可能だった。

 

 

「俺なんておいてけ、消炭。好きだった女ひとりも守れなかったような男だ、行け。行け、―――行けってんだよ! 何そんなかわいそうみてーな目で見てんだよ! さっさ行けよこの地味男が!」

 

「ひとつ聞かせろ! ………敵はどんなだった?」

 

「っ!! ………敵は三人。そのうち襲ってきたのはひとりで、その女は酸素を操るバケモンだった………思い出しただけで吐きそうだ」

 

「………っ」

 

 

 息を飲んだのは消炭だけではなかった。

 

 

「ありがとう。救急車呼んだら立ち去る」

 

「いや、いいよ。気絶してるフリでもすりゃ、野次馬の誰かが呼ぶに決まってる。それに、お前身元が知られていいような仕事やってねーだろが」

 

「世話になる……、仇は打つからな」

 

「ああ……」

 

 

 五人は掌理から距離を置く。

 

 直後なだれ込んできたのは、今まで無人の不気味な スーパーを遠くから眺めていた人だかりだ。そして彼らは、たった今中に入っても大丈夫そうだ、という結論に至ったのだろう。この状況を見て、よくもまぁ好奇心から覗いてみようとだとか思えるものだ、と消炭は呆れることをやめられない。人を殺したり、殺されたりする仕事についているからこそ、さらに強くそう思う。一気になだれ込んできた彼らは、商品などよりも、目の前に倒れるひと組の男女、惨死体のような二人に目を串刺しにされていた。群れる人、動かぬ群、気味が悪いくらいの静かな空間、消炭らははぐれることに気を遣いながらもどうにか移動する。やがて救急車か警察のサイレンが聞こえてくる頃には、消炭達は完全に外へと脱出することに成功していた。

 

 脱出して、近くの立体駐車場の階にたどり着く。エレベーター前に存在するお手洗い所と自動販売機、そして休憩所までもが設置されている場所で、五人は落ち着こうと座った。

 

 最初に声を上げたのは、事の事態を最後まで眺めていた練兵癒だった。

 

 

「………あれ、飽の過負荷よね」

 

「飽?」

 

 

 消炭は聞き返す。

 

 

「私たちが今探している、引きこもり気味だったのにどこかにいっちゃった友達のことよ。彼女も私達同様、強力な過負荷を持ってるんだ」

 

 

 桃が続ける。

 

 

「その名も遊酸素運動(エアロバイカー)。酸素の濃淡を操れるんだ。あのスキルは最初聞いたとき驚いたもんだよ」

 

「………エアロ、バイカー…」

 

 

 消炭は往復せずにいられない。

 

 遊酸素運動。酸素の濃淡をまるで水墨画を描くように操ることが出来るそのスキルは、まさに人間を支配するためにあるようなものだ。人間は酸素がないと生きていけないために、酸素を支配されるということは、イコール生死をその手に握られるということでもある。酸素濃度が微量に変わっただけで、人は酸素中毒にもなり酸素不足にもなってしまう。そして、消炭はたった今見たあの惨状を思い出してしまう。

 

 変色した桜ヶ丘恋の死体。変色し傷だらけだった甲突川掌理。破壊の限りに尽くされたスーパー内部は、全ての物質が自ら砕けたような状態だった。あれはきっと、掌理とその飽とやらが戦ったからなのだろう。酸素を操るスキルと戦ったからなのだろう。そのボロボロに砕けた物質は、掌理がやったことなのだろう。

 

 だとすると、恋の皮膚の変色が納得できない。

 

 

「違う。アキは酸素の濃淡だけじゃないよ」

 

「何?」

 

 

 憂はスキルの恐ろしさを説く。

 

 

「酸化だって、操れるんだよ……」

 

「………っ!? なんだよ、それ…」

 

 

 それはつまり、あの破壊の限りに破壊された空間のほとんどは、物質が酸化したことによる崩壊であるということか? 脆くなった物質は、戦いの衝撃であそこまで崩壊してしまったということか? 桜ヶ丘恋は、為すすべもなく一瞬で! 容赦も無く一撃で! あんな酷い状態になってしまったのだろうか?

 

 ―――違う。ならば酸化までせずとも殺せたはずだ。それがあそこまで、十分以上に過剰に殺し過ぎているあの現状はつまり、酸素の濃淡だけでは、恋を殺すことができなかったからだ。恋は外見からしても内面からしても、異常性からしても異常度からしても、全くこれっぽっちも戦闘には向いていない。持っているだけで意味を見いだせない過負荷はよくよく、そういう戦いに向いているものが多いが、恋のそれはそんな意味の無く害悪なものなどではない。異常だ、『異常性』―――アブノーマルなのだ。たかだが恋愛感情の読み取りに秀でているだけの恋が、酸化させるまで持ちこたえることが可能なのだろうか。

 

 可能だ。

 

 なぜならそばに、城塞高校の勇者こと甲突川掌理がいたのだから。

 

 学校一、どころか人間一勝利と仲良しな彼がいたのだから。そして掌理すらもああなってしまったのは、助言した消炭のせいであり。

 

 『それでも怖かったら、あの勇者にでもボディーガードしてもらえよ』―――なんて助言してしまった、消炭のせいであり。

 

 自分の不甲斐なさに、消炭は自分を殺したいとすら思った。

 

 

「あぁ、もう」

 

 

 どこからか取り出したナイフの鋒を、自分の胸の中央へ向ける。

 

 標準ポインターにロックされたような状況。けれどそれに意味はない。そもそもこのナイフは切れないし斬れないし使えないし扱えない。だからこれこそ、死にたいだけで意味などなかった。

 

 けれど、そんな意味のない行動を、止めてくれる手があった。

 

 

「ダメ。今死んだらダメ」

 

 

 ナイフを持つ手首を掴む、ちいさな手。

 

 般若寺憂の小さな手だった。

 

 練兵癒が続いて言う。

 

 

「自分を攻めたくなるもの、責めたくなるもの分かるけど、そんなことは許しません。そんなのは誰も報われない、自殺なんて言語道断。そんなことをするくらいなら、もっとほかに必死ですべきことがあるでしょう」

 

「殺すスキルで自分殺してどうするんだよ。殺したい相手はほかにもいるだろう? あの場所は普通じゃない、飽は人を支配していたけれど、あそこまで露骨にひと目も気にせず人を殺すような子じゃなかったんだ。きっと飽は、いなくなった日に誰かに誘拐されて、洗脳されたんだよ。……そうとしか考えられないもの」

 

 

 桃の言葉に、消炭は反応する。

 

 

「そういえばその画図町とか言うヤツ、俺のことを『この人殺しの誘拐犯』って言ってた」

 

「それってつまり―――」

 

 

 つまりそれは。

 

 蛇籠飽は、殺し屋に誘拐され、さらに洗脳されて殺し屋になっているのではないか?

 

 

「ああ……」

 

 

 そんな疑問が、嫌でも結論として机上に叩きつけられてしまった。

 




―――甲突川掌理

想い人:桜ヶ丘恋
血液型:AB型
異常性:這い上がる蛮勇者《ラストスマイル》

備 考:オリキャラ


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018   明くる日の依頼

「はぁ………」

 

 

 駐車場の休憩所で、消炭はひとり深いため息を付く。

 

 他の四人は既に家に帰っていた。皆それぞれ凶悪な過負荷を所持しているマイナス達だが、それまでは普通の人生を歩んできた少女達だ。いきなり惨死体を見せつけられて、普通でいられるはずがない。消炭には普通に見えたが、きっとどこか無理をしていたのだろう。もう時も遅いし、十八の女の子が出歩くには少々危険な時間と言えた。だから消炭が、彼女達を帰宅させたのは何もおかしなことではない。

 

 一番おかしいのは、そう。

 恋が殺されたことだ。―――恋が殺されて哀しい自分の心だ。

 

 

「なんでこんな落ち込んでんだよ、俺………。まるで俺が、恋のヤツを好きだったみたいじゃねーか……」

 

 

 そういう異常性を持っていたのだ、自分が彼女に惚れたとしても、それは彼女の異常性が働いているからに過ぎない。だから消炭は常にその異常を殺していた。気をつけていた。恋のほうも他に男ならいくらでもいるだろう。消炭にべたべたする彼女だが、それはただの、愛玩的なものだったに違いない。人が子犬を愛するように、恋は自分を好きだったのだ。

 

 ただそれだけなのだ。

 それだけで、いいではないか。

 なぜそれ以上のことを、考えようと自分はするのだろう。

 

 消炭は自分の心がわからない。―――のはきっと、自分が『心』をとうの昔に『殺して』しまったからなのかもしれない。―――答えのない迷宮を彷徨っている消炭を、ふと現実に連れ戻したのが、常時マナーモードの四角い通信器具だった。

 

 通話相手は、曲里晶器。

 

 舌打ちしながらも、通信を接続。

 

 

「なんだよこんな時に」

 

『いやいやー、悪い悪い。今気分じゃないなら後でかけ直すけど?』

 

「いいよ。何の用だ」

 

『じゃーさっそくこっちの話題を始めさせてもらっちゃうぜ。実はオレさ、次の仕事にお前を誘いたいんだ。あはは、こんな普通なオレにはちょっとばかり仕事が大きすぎてね。近いとこいたら今からでもやってほしいんだが―――今消炭どこ歩いてんだ?』

 

「城塞高校があった街」

 

『あーねはいはい、そういえば消炭ってそこの高校に所属してたんだっけ? どうよ、懐かしの地域は。オレも母校を十年ぶりくらいに訪れてみたことあるけど、いやなかなか複雑な心境になったね。ああいうのノスタルジックっての? 思い出に浸る分時間の流れを見せつけられて悲しかった―――ってわり、ついつい世間話に花咲かせちまった。花咲かじいさんかオレは!』

 

 

 佳子に似てるよな、と思う消炭。

 

 

『ちょうどお前ん地区の近くに何人か強い能力者(スキルホルダー)がいるだろ? そう遠くない場所にあの箱庭学園とかあるしさー。そこでお願いっ。能力者を3人程集めてくれね? あー別に、強力なつってもお前レベルは求めてないから。お前みたいなのが来たらこっちの計画潰れちゃうからな! 本末転倒だぜコノヤロー!』

 

「集めてどうする? 俺は殺し屋だぞ?」

 

『ふっふっふ………やっぱ気になっちゃう? まぁいいよオレ優しい男と書いて優男ですから。―――実はこの前、オレに可愛い後輩が”できて”さ。訓練的なものをしてやりたいんだ。簡単に言えば鍛えたい。オレもお前の先輩だからさ、お前に仕事を回したげようかな、っと先輩風を吹かしてぇのさ。それに、よ。そいつら俺の後輩だけど、お前の後輩でもあるんだぜ。あいつらの先輩として、俺の後輩として、消炭あんたに頼みたいんだ。頼ってんだ。どうだ消炭、お願いだから一役かってくれねーか?』

 

「………3人、かぁ」

 

 

 今消炭には、ちょうど5人の強力な能力者(スキルホルダー)がいる。異常なまでに勝負に強い甲突川掌理、知能を退化させる過負荷の練兵癒。奇跡を起こす坂之上替、性欲を操る般若寺憂、水量を操る花塾理桃。彼らを使えば今回の任務は簡単に完遂できるのだが―――なぜだか消炭は、彼らを晶器の後輩のために捧げるのは嫌だと思った。

 

 殺し屋である消炭なら、そんなことはないはずなのに。それでも自分は、まだ学生気分が抜けないということなのだろうか? 学生であった頃の普通だった自分がまだ、生きているということなのだろうか? そんなものは等に『殺した』はずなのだが―――消炭は考えた後、

 

 

「………分かった」

 

 

 気持ちを押し殺すようにして、彼は嫌々承諾した。

 

 

『おけ。集まったら7月30日の昼ちょい、城塞高校があった場所で』

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

  翌日消炭は、公園で目を覚ました。

 

 まだ少し寝ていたいが、この時期昼は暑くてうだってしまう。行動するなら日が昇る前か、落ちた後だ。そう考えて、消炭は近くの自販機で冷たいミルクカフェラテを購入、頭が動いてきたあたりに思い出したのは、昨日の惨状と晶器の電話だった。

 

 昨日はあんなにも酷く悲しんでしまったが―――不思議だと自分でも思うまでに哀しいんでしまったが、一夜明けてみると、その悲しさも幾分か抑えられるようなものになっていた。そもそも、人が死んで涙を流す自分がおかしかったのだ。忘れよう。悲しかった自分の心など、忘れよう。

 

 それでも、仇を討つことには変わりはないが。

 

 そしてもう一つ。消炭の自称先輩曲里晶器に頼まれたもの。たとえ依頼人が晶器であっても、一応は依頼だ。殺し屋職としての―――殺しはしないから違うかも知れないと思いつつ、どうやって能力者を集めようかと考える。

 

 昨日消炭が寝ながら考え、寝ながら考えながらしまった結果寝てしまった消炭が、それでも考えに考えて出した決断は、こういうことだった。

 

 この件に、元水槽学園の4人と掌理は使わない。

 

 ならばどうやって、能力者を集めよう?

 

 そこで消炭が目を向けたのは、箱庭学園だった。一度自分が侵入し痛い目を見たからこそ分かる。あの学園は異常だ。異常すぎているし異常じみている。学園のどこを見ても普通には見えなかったあんな学園だからこそ、消炭は箱庭学園に目をつけた。

 

 あの学園なら。

 能力者を100人だって集められるだろう。

 

 ―――という消炭の考えは、実のところ過剰評価と言える。現在箱庭学園に在籍しているのは異常者だ。もしかすると過負荷がいるかもしれないが(赤青黄が過負荷寄りであるのだし)それでも大半が異常者。過負荷は誰もが皆恐ろしいような禍々しいようなスキルを持っていることが当たり前なのだが、しかしそれは異常者に限って言えたことではない。

 

 異常者は誰もが、スキルを持っているわけではないのだ。

 

 そもそもスキルという概念は、常識の一線を超えてしまった行いのことを指す。異常者は大体の人間が常識の一線を超えてしまっているが、それがスキルであるかどうかはわからない。

 

 彼らが異常なのは性質(スキル)ではなく能力(ステータス)。環境から生まれた過負荷(マイナス)と違って、彼らは生まれつき持っているという先天性の異常性(アブノーマル)なのだ。だから実質、箱庭学園に100名の異常者がいるからといって、100名の能力者がいるとは限らない。

 

 そもそも異常者の中の異常者と謳われし《十三組の十三人(サーティーンパーティー)》の連中でも、スキルを持っていない者も存在する程であるのだし。―――だからもしいたとしても、それは20人前後くらいなのだが―――しかし。

 

 消炭が目をつけた彼らは、確かに異常な力(スキル)を持っていた。

 

 

「骨が折れるが、骨折くらいなら我慢できるしな」

 

 

 早く終えて仇を打ちたい。それにあの晶器ならば、十島飲食店を殺している殺人鬼をもしかしたら知っているかもしれないし。知っていなくても情報くらいなら持っていそうだし―――公園を後にして向かうのは、箱庭学園だった。

 

 歩きながら、かの能力者達を宙に描く。

 

 短剣をいともしなかった和服の生徒。

 攻撃を外さないという隻眼の生徒。

 体から水しぶきがあがる、胸の大きな生徒。

 投げた短剣を口で受け止めた、眼鏡の生徒。

 短剣を握って溶かした未知の生徒。

 最後に―――髪を闇のように操る目の隠れた生徒。

 

 間違っても常人ではなく、明らかに物理法則すらも捻じ曲げ捻じ伏せる彼らは、確かにスキルを所持していた。

 

 

「あいつらの中で誰を連れてこよう。連れてくるだけだから、気絶させて運べばいいし―――佳子に頼めば車くらいは出してくれるだろう」

 

 

 そして、箱庭学園の門を通過。

 

 しかしやけに生徒が少ない。不思議に思うが、そういえば今は夏だ。夏と言えば海―――ではなく夏休みだ。学校に来る生徒と言えば運動部の練習とかそれくらいで、人が極端に少ないのは至極当然のことだった。

 

 つまりそうなると、この学校に現在プラスシックスのメンツがいるのかどうかが怪しくなってきたわけであり。

 

 

「………どうすっか」

 

 

 消炭は校舎を彷徨う。

 

 もしかしたら、たまたま学校に来ている能力者にあえるかもしれないと思ったのだ。いやそれでも、異常者達が運動部に所属している可能性なんて想像だにできない。運がよければ、現在激闘中の生徒会メンバーに会えるかもしれないが、しかし彼らに出会った場合は運が良いどころか悪いと言えるだろう。消炭の過負荷を善吉に肌で感じられれば、球磨川の味方とみなされる可能性があったからだ。運が良くも悪くも、誰ひとりとて異常者と遭遇しないまま時間が過ぎ―――そして。

 

 一番最初に出会ったのは、―――――

 

 

「っ!」

 

 

 誰であるかどうか判断する前に、刃物が後方から飛んできた。振り返らぬまま手で握ると、投げられたそれはクナイであった。消炭は出会い頭に攻撃(奇しくも文字どうり)してきた相手を確認しようと振り返る。出会って挨拶するまもなく頭を―――命を奪おうとする輩だ、異常者であるはずで、もしかするとスキルを所持しているかもしれない。希望を胸に振り返るが、しかし消炭は、もしかしたら能力者ではないかもしれないと思っていた。

 

 確信すらしていた。

 そしてその確信は、外れることはなく。

 

 消炭は、背後で腕を突き出してこちらを見る―――宗像形に挨拶した。

 

 

「よう人殺し。久しぶりだな」

 

「久しぶりだ。まさか君ともう一度会えるだなんて思ってもみなかったが、もしかしたらそうでもないとも不思議にも思っていたところでね。久しぶりの再会だ、僕は嬉しいよ」

 

「同感」

 

「だから殺す」

 

「同、感」



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019   裏の六分の三名

「この前のことなんだが」

 

 

 クナイで武器を弾きながら、消炭は質問する。

 

 

「なんであんとき、俺を逃がしてくれたんだよ。なんで球磨川を背後からぶっ刺してくれたんだよ。まるで俺達仲間みたいだろうが」

 

「みたいだろうがって、灰ヶ峰君。僕らは仲間みたいなものだろう。仲間でないにしても、同類とも同族とも言えると思うよ。僕があの時球磨川君の邪魔をしたのは、意味なんてないよ。殺人に理由なんていらないだろう? ―――でもまぁ、強いて言えば、僕は君に死んで欲しくなかった」

 

「なんでだよ。こうして今も俺を殺そうとしてるだろ。それってつまり死んでほしいってことじゃないのか?」

 

「違うよ、僕の異常性は矛盾しているんだ。僕の異常性は殺人衝動。僕が人を好きであろうと嫌いであろうと、関係なく人を殺したくなってしまう。そして、そんな僕が君とは友達になれそうだと思えたんだ」

 

「友達、ねぇ。俺は殺しのテクに長けてるし殺されないテクにも長けてるから、お前と殺し合うことならできそうだけど―――宗像。実は俺、お前を殺す必要がないんだよ今」

 

「へぇ、そうなんだ。つまらないことだね」

 

 

 宗像は鈍器を持ち出した。

 

 

「ところで灰ヶ峰君。さっきから僕の攻撃を防いでばかりだけど、それじゃ殺しがつまらない。君も僕の命を狙ってくれよ」

 

「なんで?」

 

「だから殺しに、理由なんていらないんだって」

 

「それもそうか。そうであるべきだよな、俺は」

 

 

 鈍器を掴む腕にクナイを振るう。宗像は咄嗟に鈍器を離し、脇差と匕首で応戦する。

 

 

「………で、今まであえて聴いていなかったけど、灰ヶ峰君。なんで君がこんなところにいるんだ? 君は確か、ここの生徒じゃないんだろう? あのあと君の侵入を許したプラスシックスが理事長に叱られたんだぜ」

 

「ご愁傷様としかいえないな。―――実は俺今、能力者を集めてるんだ。3人程集めないといけない」

 

「へぇ。っということは今、人吉君と同じように、君達もなにか大きな敵に戦いでも挑んでいるわけだ。漫画だったら燃える展開だ」

 

「残念ながら漫画は読まない。それに戦うわけでもない。確かに今大きな敵、つか……まだ見ぬ敵と戦おうとはしてるけど、能力者を欲しているのはそれと別だ。俺は頼まれてるんだ、能力者を三人程集めろって。それなりに強いスキル持ちを集めてくれって」

 

「残念。僕はスキルを持っていない。だから君の助けになれないけれど、けれど君を助けることならできる。一応は僕も《十三組の十三人》のひとりだからね。仲間の携帯アドレスくらいなら知ってるんだよ」

 

「十三組の十三人? なんだそれ」

 

 

 消炭の質問は、クナイと同様空を切った。

 

 宗像は殺し合いながらも、右手で携帯を耳に押し当てる。

 

 

「もしもし、僕だ。うん、まぁ。そっちは? まぁ別にいいけど。大丈夫、殺さないよ。殺せるお前でもないだろう。あぁ、うん。わかった。ありがとう―――よかったね。君は運がいいよ、あの連中が僕の頼みを聞いてくれるだなんて。まぁ、この前しくじってるからな。フロントシックスに対して多少負い目があるんだろう」

 

「フロントシックス? プラスシックス? よくわからないが、強いのかそいつらは」

 

「強いっていうよりすごい連中だね。しっちゃかめっちゃかで、僕なんかと比べたら異常度がまるで違うよ。一度団体戦で戦ったことがあるけど、ただ強いだけじゃ倒せなかったな。もしかしたら彼らは、マイナス十三組的な要素も持ち合わせているかもしれない―――そんな彼らと通話してたんだけど、彼らのうちひとりが君に協力してくれるらしい。湯前さんっていう人でね、ちょっと変わった人さ」

 

「この学校には変わってない人がいるのか? ―――まぁ、ありがとうな」

 

 

 消炭はクナイで日本刀を叩き飛ばしてから、携帯を突き出した。画面には、9桁ほどの数字列が表示されている。

 

 

「どういう意味があるんだい? もしかして赤外線で僕を攻撃してるのか?」

 

「違う違う、そういうのじゃない。一応お前には何回も借りがあるし、殺し合いが好きなら今度また付き合ってやるっつってんだよ。番号教えろ」

 

「口下手なんだね」

 

「うるせぇよ」

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 時計台の地下室にて。

 

 通話を終了した湯前音眼に、糸島軍規がなにげに失礼なことを言ってのけた。

 

 

「おいお前。お前って友達とかいるのか?」

 

 

 すると湯前は、変わらぬ表情でさらりと言う。

 

 

「仲間ならいるさ」

 

「暖かいことを言ってくれるヤツだ」

 

 

 時計台地下―――そこは既に開放され一般生徒に知られた場所となっている。異常者の中の異常者だけが中に入れる時代も過ぎ、開放された今となってはただの校舎の一部となっていた。

 

 解放されてすぐは、興味本位でかなりの生徒が訪れたものだが―――特にこれといった遊具もなく、というかもともとが研究室だったために、すぐに人気はなくなってしまった。まぁ、ここの住人であったパーティーの連中としては、そのほうがよかったのだが。

 

 そして今も尚この施設を利用しているのが、主にプラスシックスであった。彼らがいるのは地下6階の図書館。ここは当初はあまり人気を呼ばなかったが、読書好きな生徒が新たなる本を求めてたまに訪れるので、人気が徐々になくなりつつある他のフロアよりは幾分か人が多いかも知れない。

 

 本に熱中する上峰書子は相変わらず話に入ろうともせずに、軍規はやることがないので音眼とギネスブックでも見て暇を潰していたところだった。フラスコ計画が終わった今は、とにかく彼らは暇なのである。

 

 敵が来ないと、暇なのである。

 

 

「で、誰だったんだ電話相手は」

 

「あの自称殺人鬼だよ。一応彼も私の仲間だからね、一応番号くらいは知ってるんだよ。んでそんなヤツの友達がスキルホルダーを3人くらい集めてるらしい。私は暇だから乗ったってわけ」

 

「へぇ。そうなのか。私も行こうかな」

 

「無理でしょ。だってあんたスキル持ってないし、っていうか持ってたとしてもよくわかってないじゃん。スキルってのはこういうのを言うんじゃないの?」

 

 

 すると音眼は、瞳を瞑ってみせた。

 

 ツー、と。瞳から白い涙がこぼれ始めた。

 

 

「『夢柔力(ドリームストリーム)』―――。白目を溶かして流してみた。いやまぁ、特に意味はないけど、わかりやすいから」

 

「壮絶なまでに絶妙なチョイスだな音眼。ってか涙が皮膚と水になって同化するとか、同化だけにどうかしてるぜとしかいえないんだが」

 

「あははマジウケるー(棒」

 

「真顔でそんなこと言われても怖いからやめろ。………にしても、スキルホルダーを集めてる、かぁ。なにか大きい敵にでも立ち向かってるのか? だとしたら是非仲間になってみたいところだが」

 

「あぁ、勘違いしてるよあんた。スキルホルダー集めてるのは宗像じゃない。この前侵入してきたあいつ、えーっとなんつったっけ―――ああ、灰ヶ峰消炭だ。なんか友達っぽいねあいつら」

 

 

 軍規は大げさに反応する。

 

 

「まじかよ! あいつは嫌いだぞ私は! なにせ容赦も迷いもなく私の目に短剣を………はぁ。思い出しただけで目が落ちそうだ」

 

「ウマズラってやつか」

 

「トラウマだ」

 

「まぁー、そういうと思ったよ。どうせだからあんたも誘おうかなって思ったんだけど、無理みたいだね」

 

「あー無理だ。そんなやつに会いにいってたまるもんか。むざむざ殺されに行くようなもんじゃないか、そんなものは!」

 

 

 ―――そんな時、突然天井から雄叫びが聞こえてきた。

 

 図書館の上の階、5階は駐車場となっており、百町破魔矢のコレクションが並べられている。学生の癖になんて贅沢なコレクションなんだと軍規あたりは思っていたりするのだが―――今はその場所は、日之影空洞が喜界島もがなと阿久根高貴をつれて凶化合宿をしている最中である。かの日之影空洞が特訓しているのだから、多少物音が響くのは仕方のないことなのだが。

 

 聞こえてきた絶叫は、明らかに違和感があった。

 

 

「マイナスゥゥゥゥゥゥウウウウウ!!!!!」

 

 

 隣の席でイスに座り目を瞑っている鶴御崎山海が、目を開けて百町破魔矢に声をかけた。

 

 

「破魔矢。本を閉じろ破魔矢」

 

 

 破魔矢は面倒そうに、「はたらく車」の本を閉じる。

 

 

「なんですか。瞑想しているかと思えばいきなり」

 

「瞑想じゃない。頭の中で電子辞書(ラノベ)を閲覧しているだけだ。今上からすっごい物音が聞こえたぞ。大丈夫なのか?」

 

「そうなんですか。でも今そこは、凶化合宿? でしたか。そんなものをしているのですから、多少の物音は―――」

 

 

 天井から響く爆裂音。

 

 

「ちょっと見てきます」

 

「ああ。そのほうがいい」

 

 

 それから破魔矢が、めちゃくちゃになったコレクションを見て、どんなリアクションを取ったのかというなど―――言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 宗像に指定された場所―――箱庭学園の校門で待っていた異常者(スキルホルダー)達は、消炭を見て特になにも反応しなかった。

 

 通りすがりの人間を見るような。

 興味のないテレビを見ているような―――反応をしないという反応をしてみせた彼女達を見て、驚いたのは消炭のほうだった。

 

(こいつら、あの時俺を追ってきたヤツらの内の―――もしかして、宗像が言っていたなんとかシックスって、こいつらのことだったのか?)

 

 適当なスキルホルダーを晶器に渡そうと思っていただけに、消炭は予想外のあまり足を止める。目の前のこの3名は、実際に短剣で殺そうとした者だ。いや、殺せなくても突破するために蹴散らそうとしたヤツらだ。いまこの場で、あの頃の借りを返そうと襲われたとて文句は言えない。

 

 一度戦ったからこそ分かる。

 彼女達に同時に襲われたら、自分でもタダじゃすまないかもしれない、ということを。

 

 しかし彼女らは。

 別段特に、反応しない。

 

 

「自己紹介。してないよね」

 

 

 風船ガムを吸い込んだ湯前音眼が、気だるく言う。

 

 

 

「上峰書庫と申します。仲良くしてね」

 

「筑前優鳥らしいんだ。仲良くしてね」

 

「湯前音眼だよ。仲良くしてね。―――何のためにスキルホルダーをよくしてるのかわからないけど、この前の負い目もあるし。暇つぶし程度に同行してあげるよ」

 

「あ、ああ。………よろしく」

 

 

 あの時のことを謝っとこうかと思ったが、どうせすぐに晶器に渡すのだし、それまでの関係であるのならば、このままの関係でも別にいいと思うことにした。そして同時に、まだ見ぬ晶器の後輩とやらに心の中で謝罪した。

 

 なにせ彼女達は、どう考えたところで、鍛えるための素材とか、そういうものに収まるような異常度ではないのだから。

 

 プラスシックス3名の女子生徒をつれて、消炭は歩を進めるのであった。

 

 城塞高校があった場所へと。

 

 

(それにしても、最近(かこい)のやつ静かだな………)

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

「あーあまーだかなズミズミちゃん。最近あんまり合ってないから会いたいわ。あってヨシヨシしたい。さて、そんなズミズミちゃんは久しぶりの再会で、果たしてどんなスキルホルダーを連れてくるのかしら。晶器、あんたはどう思う?」

 

「オレは見つからなかったに掛ける!」

 

「なんでだよ。後輩なんだろちょっとは信じてあげなよ。………私的には、城塞高校で緑のあった甲突川掌理と、桜ヶ丘恋とか連れてくると予想するかな。あ、でも資料的には、桜ヶ丘恋のほうは殺し向けじゃないんだっけ。じゃ―――誰だろ。今更だけど、あの子の交友関係不明だわぁ」

 

「よくわからんガキだもんな。まだ17歳だってのに………一番遊び盛りで好き放題にはしゃげる時期じゃねーか。人生のピーク! ジャンプに例えたら黄金期ってやつだ。輝かしいばかりのこの時期に、あいつは輝けてるもんかねぇ………。―――っと、来たようだぜ佳子。どれどれどんなのを連れてきたのやら」

 

「どれどれ?」

 

 

 佳子は双眼鏡を除いて、一雫の冷や汗が流れ落ちた。

 

 

「………晶器。あいつ意外、に友達になるのうまいタイプかもしれない。それもとびきり異常なやつらと」

 

「………」



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020   死神族による舞台

 双眼鏡から目を離して、晶器は頬を掻く。

 

 

「まぁ、消炭みてーな人外が来たとしても、対処できなくはないけどな。なにせウチは殺し屋だ。殺し屋すらも恐れてしまうほどの………。死神族のリーダー! オレがいれば安心、ってな」

 

「なぁ晶器」

 

「異世界転生物の小説で言うとコロシアムみたいな? なんかそういうところの闘技場って、相手が強ければ強いほど燃えるもんじゃねーか。特に相手が人外で、勝てるはずもなさそうな相手に勝てたら………まぁ、ウチの後輩が勝てなきゃ意味がないけどな」

 

「おい晶器、晶器ってば」

 

 

 素で聞こえていないのか、佳子はスリッパで晶器の後頭部をひっぱたいた。

 

 

「あだしっ!? イテェよ佳子! オレの後頭部がへっこんだら代わりにお前の後頭部を貰うからなぁああああああ――――」と振り向きざまに叫んで、途中。晶器は叫ぶことをやめた。「お、おお。すまねぇすまねぇ。ちょっと仕事に熱中してたわ」

 

「いいよ別に」

 

 

 なぜなら振り向いた先に、佳子以外の人物が見えたからだ。

 

 一言で表現すれば、着物の似合う美人。―――潤うような黒髪が後方にて一括りにされ、飾りのついた(かんざし)が煌びやかだ。桃色を基礎とした花柄の着物は、その人の異常ぶりを際立たせているようで―――そうでもない。奇抜な格好をしていながら、しかしどこか安定感がある。この人はこれでいいのだと、これがその人であるのだと。

 

 右手に持つ金属バットも、それがこの人物の持ち味であるのだと。

 

 

「なんつーか、久しぶりだな女原(みょうばる)。お前はホント―――かわんねーぜ」

 

「それは今も若々しいってことかな。嬉しいね」

 

 

 死神族の花―――強靭(ザ スプリングス)女原傷名(みょうばる きずな)

 

 殺し屋の中で最も強く最も気高い存在だと言われ、崇められていると言う。

 

 

「で、曲里君。今日僕は君に呼ばれてここに来たんだけど、いったいなにのようかな。実は戦友と戦う約束をしてるんだ、くだらない用だったらアレだよ」

 

「アレって、あえて言わないところが怖いなオイ」晶器は嫌な汗を流しながら、続ける。「いやー実は今日な、面白いモンを開こうと思って。さすがに女原も知ってんだろ? 『歓迎会』ってヤツ。今日はオレに新しい後輩ができちゃったから、歓迎会開こうと思ってさ。でもま、殺し屋であるオレらが普通にそんなもんできるわけねーから、ちょいとエンターテイメントを用意したんだぜ」

 

「へぇ、楽しみ」

 

「で、女原。お前にも頼んでおいたはずなんだが―――」

 

 

 周囲を見渡す晶器。傷名はそんな晶器を訝しむ。

 

 

「なにしてるの曲里」

 

「いやーおかしーな。お前にも頼まなかったっけ、能力者連れてこいって」

 

「あぁ! そういえばそんなことも頼まれてたね。大丈夫、強力な能力者にはちゃんと見つけたし、連れてこようと声をかけたよ」

 

「で?」

 

「喧嘩《バトル》になった」

 

「ほーん、それから?」

 

「なかなかいい戦いになった」

 

「ふむ、んで?」

 

「そして仲良くなった」

 

「それでそれで?」

 

「友達になって、また会おうと約束した」

 

「それって結局連れてきてねぇじゃねぇか」

 

 

 晶器は思う。

 

(あー、やっぱりコイツには期待しなくてよかったわ。死神族の中でも単純な強さなら誰にも負けない、このバトルマニアの女原なら何かとんでもないヤツを連れてくるか持って思ったんだが―――まぁ、性格が性格だしな。妙に男気のあるこいつは、もともと殺し屋に向いてねぇのかもしんねぇや)

 

 

「ごめんね? 一応反省はしてるよ」

 

「一応かよ。んまぁ、いいや。―――で、皇后崎は?」

 

「わかんない。あいつのことだからまた『時間などに指図される我ではない』とか、意味不明なことを言って遅刻するんじゃないの? 正直僕としては来て欲しくもないんだけど」

 

「やっぱり? 実はオレも苦手でよー」ちなみに最後の死神族である皇后崎には、能力者のことは頼んでいない。何かを頼んで頼まれるようなヤツではないからだ。「あいつってバトルマニアとかそういうレベルじゃないじゃん? ほっとくと日本の全人口の三分の一が一日にして根こそぎ殺されかねないぜ。まさに兵器、生物兵器とはたぶんあいつのための言葉だな。そんなの相手に苦手じゃないヤツがいるわけもないと思うけど―――ああ、脱線した。わりぃな、愚痴はあとでだ。あれを見てくれ女原」

 

 

 晶器が顎で示したのは、この部屋に備え付けられたスクリーンだった。

 

 建物自体が限界まで朽ち果てているためか、真新しいスクリーンは結構浮いて見える。その他にもいろいろな機材が所狭しと並べられているのだが―――この機材はおそらく、晶器がこの日のために用意したものだろう。女原はそう推測しながら、次に佳子を見た。

 

 垂水佳子。

 

 殺し屋の依頼を斡旋しているらしいのだが、その実そこがしれないところがある。リズムを奪う話術も気になるが、本当に依頼斡旋だけを職業としているのだろうか? ―――この機材は実は、晶器ではなく佳子のものではないのだろうか?

 

(曲里の友達らしいけど、油断はしないでおこう。極力会話も避けるべきかな)

 

 私服の佳子の、内側からにじみ出る何か。それがなんであろうかと決断を出すよりも早く、真新しいスクリーンに映像が映し出された。

 

  動画、ではない。

 

 一度取った映像ではなく、これは現在進行形で何かを映しているようだ。部屋の隅っこからのぞき見するような、監視カメラ特有の視点を女原は顎に手を当てて見つめた。

 

 映像は部屋の中を映している。暗い場所を暗視カメラで取っているためか、映像が全体的に薄暗い。

 

 部屋の中には、二人の少年少女がいた。

 

 部屋に窓の類はなく、少年少女は壁に背中をつけて座っている。目を開けたまま、動かない。

 

 そのどちらも、女原は見たことない人物だが―――しかし、その外見からはわからないであろう異常さが、過負荷さが。女原は確かに感じ取った。

 

 女原は『強さ』を感じとったのだった。

 

 

「へぇ。なかなか頼もしそうな後輩みたいじゃない。なんで眠ってるのかわからないけど、馬鹿みたいに強いってのはわかったよ。歓迎会終わったら、一戦交えていいかな」

 

「いいけど、殺されるなよ? たぶんあいつらオレより強いぜ?」

 

「まさか死神族最弱の曲里君に心配されるなんてね。僕も落ちたものだ。アハハ、心配はいらないさ。むしろ勝手に心なんて配られてもありがた迷惑だよ」

 

「そりゃ頼もしい」

 

 

 映像のスイッチを切って、晶器は部屋を後にした。

 

 

「じゃオレ、これから後輩と『コミュニケーション』の時間だから。歓迎会が始まるまで―――そうだな、皇后崎はともかく消炭はあと数分くれーで来っからよ、ちょいと待っててくれや。暇だったらオレのエロゲー貸すぜ?」

 

「ほほう、嬉しいねぇ。じゃあ借りようかな」

 

「お、おう?」

 

 

(そこは普通断る流れではっ!?)

 

 結構な美人にそういう種類のゲームを貸すことに恥じらいを覚えながらも、晶器は部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 ―――城塞高校跡地。

 

 その場所は箱庭学園から少し離れた場所にあるのだが、消して高校生がいけないような距離でもない。電車などの交通機関を使えば、通勤できなくもないくらいだ。その高校は、過去に球磨川禊と甲突川掌理の戦いによって激しく傷ついていて、そのままに人の手が加えられていない状態の校舎は、極限まで廃退としていた。どこも綺麗である場所がない。人の手が入った場所がない、入れるべき場所もない。

 

 そんな城塞高校跡地は、近頃取り壊されるという噂を消炭は聞いていたのだが、この様子を見る限り、取り壊すのは簡単そうだなと思った。懐かしの母校であるが、ここまで変わり果ててしまえば懐かしさは微塵も感じられない。

 

 既にここは違った場所。

 ここは既に『終わっている』場所なのだ。

 

 消炭は校門前で立ち止まって、携帯電話を開いた。晶器と通話が繋がったのは、それから数秒後のことである。

 

 

「おい晶器。連れてきたぜ」

 

『―――、―――、ッッ――』

 

「?」

 

 

 電話越しに消炭は、もう一度言う。

 

 

「晶器。連れてきたぞ」

 

『―――、ッッ、ッ――』

 

 

 おかしい。

 

 通話は確かに繋がっているのだが、晶器の返事が全くない。普段からあれだけ多くの言葉を口にしている晶器が、果たして黙っていながら生きていることが可能なのか? そんなくだらないことを思っていると、キィーンという不協和音が携帯電話から鼓膜を引っ掻いた。

 

 顔をしかめて耳から電話を話す消炭。

 すると聞こえてきたのは―――エコーのかかった晶器の声だった。

 

 

『いょー消炭ー! 久しぶりだなぁ。オレはびっくりだぜ! なにせお前が本当にスキルホルダーを連れてくるとはな! あんまり期待してなかっただけにビックリだぜ!』

 

「ん?」

 

 

 消炭は携帯から耳を話す。

 

 それでも晶器の声は聞こえてきた。―――なるほど、晶器の声が携帯電話から出ているわけじゃないらしい。じゃあなんだ? このどこか懐かしいエコーのかかった、無駄に拡大したような声は。

 

 ―――そうか、この声は。

 

 

「全校放送とかに使う…」

 

『そう。オレは今全校放送としてマイクで話している! いやー1回やってみたかったんだよね。オレ前放送委員に憧れててさ? でもあんときすごく緊張する子でよ。噛みまくって仕事になんかならなかったのさ―――ってごめんよ。ついつい話が脱線した。ちゃんとレールを引いとけよコノヤロー!』

 

「………。俺、帰っていいか?」

 

 

 相変わらずの口数に、消炭のテンションは持って行かれた。自分は今日、スキルホルダーを頼まれただけの存在だ。以来は既にこなしている。だからもう用はない、帰ってもよいのでは―――というか帰りたいくらいだったのだが、

 

 そんな消炭の態度を察したか、後ろにいた上峰書子に肩を掴まれた。

 

 

「勝手に連れてこられて勝手に帰られてはたまりませんよ、殺し屋さん」

 

 

(そう、だよな……)

 

 消炭は考える。

 

 もともと自分は、スキルホルダーを連れてこれさえすればそれでよかった。例え暴力にでて気絶させてここに投げ捨てても良かったのだが―――思いのほか平和的に連れてくることができた。消炭にとって、それが逆に気分を狂わせていた。

 

 正直、なんでこの三人のスキルホルダーがついてきてくれたのか。消炭にはわからない。ただこの三人は、箱庭学園を外の敵から守る集団、《裏の六人》であり、前回消炭の侵入を許しただけでなく、捉えることもできなかった。だから宗像形達に負い目があって、宗像形の頼みを聞いただけに過ぎない。

 

 しかしその頼みが、いかに負い目があったとして。殺し屋である自分についてくることが理解できなかった。殺し屋に連れられるということは、殺されてしまうかもしれないということであり―――それでも連いてきたということは、殺される覚悟があるのかもしれない。もしくは、殺されてもいいと思っているのかもしれない。死ぬわけないと思っているのかもしれない。

 

 そもそもこのスキルホルダー達は、消炭が殺し屋であることを知らない可能性もあるのだが、消炭が宗像形の同類であることは知っているはずだし、実際に伝えたはずだ。

 

 

「まぁ」

 

 

 理解できないのは異常者だからだろう。

 かの学校に通う特別特待生、十三組の連中だからだろうと、理解することを諦めた―――くらいか。

 

 晶器の声が大きく響いた。

 

 

『消炭ィー! まだ帰っちゃだめだぜ! 今日はオレは帰さねぇ………なんちって! まぁ消炭よ! オレが言っていた後輩ってのは、いずれお前の後輩になる奴らだ! お前にはぜひ見て欲しいもんなのさ! 歓迎してほしいもんなのさー!』

 

 

 晶器はそこで一度言葉を区切り、次に湯前達を見た気がした。晶器の姿は見えないが。

 

 

 『今日はオレの後輩消炭に付き合ってくれてありがとう! おじさん超うれしい! まずは礼をゆうセンキュウ! そしてホントにお気の毒! お嬢ちゃん達がどういうスキルを持ってるのかまだあんまりわからないけど! きっとお嬢ちゃんたちはオレの出来のいい後輩に殺されて経験値になっちゃうんだぜ。あーあー、眼鏡のお嬢ちゃん? 逃げようたってだめだぜ?』

 

 

 上峰書子は無表情だ。

 

 

『え? 逃げねぇよって? 威勢がいいねぇ、オレはそういうのタイプだは~』

 

「口うるさい人ですね。灰ヶ峰君、あの口うるさい人は先輩か何かですか?」

 

『そーだぜ! オレっちはこの消炭っちのかっこよき先輩さ! ……え、なになにお嬢ちゃん。もしかしてオレに興味を持っちゃった系?』

 

「私は灰ヶ峰君に聞きました。あなたには聞いていません」

 

 

 食中食物(デンタルシューズ):上峰書子。意外と気の強い女子生徒であるようだ。晶器は彼女に気圧されたのかわからないが―――数秒晶器の言葉が途切れる。

 

 少しして、再び聞こえた声は晶器のものではなかった。

 

 

『久しぶりズミズミちゃん! 会いたかったー! イェス!』

 

「佳子? なんでお前がこんなとこに」

 

『いいからいいから! ………で、これから私と晶器のクソやろうと作った強い後輩のテスト、もとい歓迎会をすんだけど、ぶっちゃけ結構な自信作なんだよね。本当のところ超傑作だから見て欲しい。そしてそこのお嬢ちゃん達!』

 

 

 佳子は次に、プラスシックスの三名に言う。

 

 

『言っとくが、私らは裏の世界の住人だ。今から戦ってもらう奴らも殺し屋だ。本気で殺らないと殺られるぜ。だから本気の本気で立ち向かってきなさい! ま、たぶんそれでも無駄だけど』

 

 

 佳子が喋り終えた時、ゆらりと。

 

 校舎の奥から、二人の生徒が姿を現した。

 

 一人はシルバーの、アシンメトリーの髪型が目立ち。

 

 一人は黄金色の、上品な髪が気高く流れ、

 

 共にある学園に在学していた、凶悪な過負荷の持ち主。

 

 

 

 《遊酸素運動(エアロバイカー)》の蛇籠飽と、《色々色(カラーオブビューティー)》もとい《無色の才(アクロマティック)》の画図町筆の姿だった。

 

 

 

 

「なっ!?」

             ―――消炭が状況を理解する間もなく、

『さて! 愛らしい後輩達よ! 今日はパーティーといこうじゃないか! 思う存分力を見せつけなさいな!』

 

 

 刹那世界が塗りつぶされ、そして何かが霧散した―――。




―――女原傷名(みょうばる きずな)

職 業:殺し屋
血液型:AB型
性 別:男

備考:オリキャラ


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021   疑心暗鬼の殺人鬼

 『遊酸素運動(エアロバイカー)』と『色々色(カラーオブビューティー)』。その二つの過負荷は、かつて共に球磨川禊を打破したほどの凶悪なスキルであることで有名だ。まぁ、球磨川がどれだけ酷く最悪な過負荷であったとして、負ける星の元に生まれた禊に勝つこと自体は珍しいことではないのだが―――そもそもそんなこと、一般人にだって可能かも知れないのだが。

 

 過負荷の酷さで球磨川を殺した、という事実は。偉業と呼べるものではないだろうか。

 

 蛇籠飽は酸素を薄めて呼吸を奪い、肌を酸化させ武器すらも酸化させて無力化させて見せた。画図町筆は『大嘘憑き(オールフィクション)』の『無かった』ことを『無かった』ことにできないという特性を逆手にとって、もともと存在しない虚構の痛みで無力化してみせた。どちらもその後病院送りにされているとは言え―――スキル自体はとても凶悪で害悪な類のものだった。さらに画図町はマイナス成長を遂げている。蛇籠はもともと生物相手には無敵を誇るのだ。そんな二人が同学年にいながら、大した争いも起きずに平和を保っていたのは、裏で活躍していた黒幕の彼女のおかげとも言えるが―――当時水槽学園に在学していた一般女子生徒、須木奈佐木咲は一度こういうことを思ったことがある。

 

 もしも蛇籠さんと画図町くんが、喧嘩しちゃったらどうなるんだろう―――無色透明と極彩色がぶつかったら、世界はどうなっちゃうんだろう?

 

 予想なんでできやしない。

 想像なんてできたもんじゃない。

 

 『致死武器(スカー・デッド)』や『不慮の事故(エンカウンター)』と並ぶほどの反則スキル。それが『遊酸素運動(エアロバイカー)』と『色々色(カラーオブビューティー)』だった。

 

 そして消炭は、二つのスキルの恐ろしさを、元水槽学園の四人から事前に詳しく聞いていた。どちらの能力も取り返しがつかないほどに凶悪であるのだと。特に蛇籠飽の場合、本気を出せば一度死ぬのは確実で、死んでから生き返って攻撃するくらいしか打つ手はない―――と。だから―――だからだから消炭が、二つのスキルが目の前で同時に発動した瞬間に取ったのは、蛇籠飽の過負荷の効力を殺すことだった。

 

 世界で唯一、相手の異能(スキル)を相殺できる異能(スキル)

 

 無差別殺戮―――デスゲイザー。

 

 

「殺戮だ―――」

 

 

 なぜここに蛇籠飽がいる?

 なぜここに画図町筆がいる?

 なぜ彼らは、殺し屋の頂点死神族の曲里晶器と関わっている?

 なぜ彼らは、俺の後輩になってんだ?

 なぜ彼らは―――なぜ彼らは。

 

 知らない。

 

 今は知らない。考えるときではない。

 

 少なくとも今は、驚くよりもすることがある。だから、動く。

 

 発動するのは『無差別殺戮』。目の前で爆ぜた遊酸素運動の効力を殺す。事象を殺す。これにより、その場で全員が酸欠で行動不能になるという状況は避けることができた。後方のプラスシックス女性陣は、そんな消炭を見て、やはり異常だと再認識したところで―――最初に動いたのは筑前優鳥だった。

 

 

髪々の黄昏(トリックオアトリートメント)!!! これで一網打尽よ!」

 

 

 優鳥の頭髪が突如伸びる。尋常じゃないその速度は、やがて周囲を暗黒の渦に飲み込ませてしまう。闇のような髪は画図町筆の視界の大半を多い―――そして、『無色の才』の効果を食らって灰色一色に染まってしまう。

 

 

「アーティスティック!」

 

 

 ペインティングナイフが飛来する。灰色と化した髪の塊に触れた瞬間、それが合図であるかのように、ぼろぼろと砂のように崩れ去った。崩れ去った灰色の山の中に、プラスシックスの姿はない。どうやら、今の優鳥の攻撃をうまく利用して隠れたようである。仲間意識の温そうな連中であるが、いざとなればそのチームワークはフロントシックスすらも上回る。異常の中の異常な彼ら故に、硬い繋がりはそこにある。目標を失った蛇籠と画図町は、その場に立ち尽くす消炭を睨む。

 

 消炭も負けずに、彼らを睨む。

 

 

「おい………どういうことだよ。なんでお前ら二人がそこにいんだよ? 画図町はともかく―――おい! そのお嬢様野郎!!! てめぇか桜ヶ丘恋を殺したのは! なんで殺した! どうして……殺した!」

 

 

 叫びながら、ふと気づく。脳裏で複数の―――事実が繋がる。

 

 

「もしかして―――お前だったのかっ!? 十島飲食店の社員を皆殺しにしていたのは!」

 

 

 桜ヶ丘恋は、十島飲食店と関わりがあった。

 

 だから彼女を殺したのは、十島飲食店の社員を皆殺しにしていた犯人と同一である可能性が高くて―――

 

 消炭は、叫ぶ。

 

 感情を、ぶつける。

 

 

「お前だったってのかよっ!? おい! なんか言えよ腐れ野郎!!!」

 

「………」

 

 

 返事はない。

 

 瞳孔が完全に開いてしまっている。

 

 

(洗脳されてんのか……!)

 

 

 消炭は油断を許さないまま、声を上げる。

 

 

「おい晶器! 佳子! 聞いてんなら返事しろよ! どうなってんだこれ! それに今の明らかに俺ごと殺そうとしてただろうが! こいつら! なにが見せたいものがあるだ! 一体何が………どうなってやがる!」

 

『どうなってやがるは、こっちのセリフだぜ消炭? お前こそどうしちまったんだよ?』

 

 

 晶器は至極不思議そうに聞いていた。

 

 

『なんでお前、そんなに怒ってんだ? なんでそんなに、感情的になってんだよ。オレはてっきり、できる後輩見ても特に何も思わずに帰っていくとか、興味なさげに褒めるとか、そんな反応だろうなって思ってたのに、どうした消炭? なんか、あったか?』

 

『そうだよ、ズミズミ。あんたなんか……おかしいよ? 私の知るあんたじゃないよ。………もしかして、殺された社員の中に知り合いでもいたのか? ―――それはないか。天下も恐るる殺し屋が、たかが人が死んだくらいじゃ心なんて動かないよね』

 

「………っ」

 

 

 消炭は何も言えない。

 

 なぜなら晶器と佳子の言い分はごもっともで、この場で異常なのは自分だからとわかってしまったからだ。

 

 そもそも。最近の自分はおかしいのだ。

 

 今までは躊躇なく人を殺してきたのに、最近は人を殺すことをあまりしないし、人と協力しようともするし、人が死んで涙まで流すし―――それではまるで人間ではないか。自分は人間をやめたはずではなかったのか? 人をやめて鬼に、殺人鬼になったのではなかったのか?

 

 殺戮犯になったはずでは、なかったのか?

 

 そんな自分は殺し屋達の間でも結構名前が知れ渡っているし、殺し屋会のトップに君臨している死神族の一人でもある。そんな人外の自分が、この場所で激昂していることが、なによりも理解不能な自体であった。

 

 が。

 

 消炭は許すことができない。目の前の彼女を。自分の数少ない高校の知り合い。桜ヶ丘恋を殺した相手を。勇者こと甲突川掌理をたたきつぶして悲しませた相手を。例え洗脳されているとわかっていても、ぶん殴らずにはいられなかった。

 

 消炭はわかっている。

 

 その行為は、知り合いを殺した拳銃にブチギレているようなものであるということなど。滑稽の極みであることなど―――しかし、よいのだ。滑稽の極みなどと言われても、愚の骨頂だと蔑まれても、いいのだ。自分は決めたのだ、彼女を殺したものをこの手で殺すと。掌理に変わって、自分が制裁するのだと。

 

 だから、消炭は。

 

 考えることを放棄して、クナイを取り出し襲いかかった。

 

 

「殺してやる―――」

 

 

 クナイと過負荷が交差する。

 

 複数の過負荷が共鳴し合い、

 

 どす黒い戦場へと変質する―――。



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022   生涯無傷の可能性

 校庭の中央で、殺戮の波動をまき散らす消炭。

 世界という世界を一色に染め上げんとする筆。

 酸素を操り敵味方共々巻き込んでしまいそうな飽。

 

 以上3名によって繰り広げられる世にも恐ろしい殺し合いを見て、彼女達はいかに異常でありながら戦うという行為を選択することができなかった。咄嗟に放った『髪々の黄昏』のおかげで『無色の才』から身を守ることができたのだが―――正直、消炭が遊酸素運動を相殺していなければ、問答無用で意識を持って行かれていたであろう。現在も尚、消炭は二人の過負荷を相手に戦っている。消炭は殺された桜ヶ丘恋の仇を、甲突川掌理の意思を継いで戦っている。

 

 けれどそんなこと、ついさっき行動を共にし始めた湯前音眼達の知ったことではない。前は消炭を捉えるために、今は灰ヶ峰消炭という過負荷を観察し理事長へと情報を伝えるために、同行しているにすぎないのだ。

 

 十三組の十三人(サーティーン・パーティー)のひとり、殺さない殺人鬼である枯れた樹海(ラストカーペット)宗像形が灰ヶ峰消炭との交流を持っていると知った湯前音眼は、そのことを理事長へと報告していた。彼女個人としては消炭のことを興味の対象としていたし、例え誰がなんと言おうと面白半分で行動を共にするところだったのだが―――音眼のことを聞いた不知火理事長は、あろうことか快く許可した。というかむしろ協力的でもあった。

 

 少し前に黒神めだかによってフラスコ計画を崩壊させられていた不知火理事長は、己の教育理念を貫くためにマイナス十三組の建設を企んでいた。それで呼ばれたのが球磨川であり、現在は球磨川率いるマイナス十三組の五人が生徒会と戦いに臨んでいるのだが―――マイナス十三組を建設し過負荷達を入学させようと企んでいた不知火理事長にとっては、灰ヶ峰消炭とはとても興味を引く存在だった。

 

 全てを無差別に『殺せる』過負荷。

 

 そんな強大で最悪で、災害的に災厄な過負荷に目覚めた灰ヶ峰消炭という人間を、理事長が見逃すわけがなかった。結果彼は、音眼の背中を押して、灰ヶ峰消炭を観察して情報を持ってくるように、という課題を押し付けて許可を出したのだ。

 

 裏の六人(プラスシックス)のひとり、水状化できる異常体質、宙ぶらりん(フリーワールド)こと湯前音眼は、ただ消炭を観察できればよかった。黒神めだかのように完璧でなくとも、黒神真黒のように的確でなくとも、参考になる程度には楽しめる程度の情報を手に入れればそれでよかったのだ。

 

 だから音眼としては灰ヶ峰消炭になにか思いがあるわけでもない。親友でもなければ友達でもなく、仲間でもなければ同類でもない。全く接点のない、強いて言えば普通じゃなくてまともじゃないことくらいが共通するだけの相手。だけどどこか興味を引く男。たったそれだけの理由でここにいるだけの彼女は、消炭が殺戮を始めた時点で既に行動を共にする理由はなくなっていた。自分達の命が危うい時点で、行動を共にする理由はなくなっていた。

 

 消炭と共に戦う、ではなく。

 

 むしろここは、このまま逃げて、箱庭学園に帰るべきなのだ。

 

 今の彼女らの任務は、いわばスパイのようなものだ。相手に近寄り、情報を手に入れて持ち帰る。本当はこの任務には、自分が攻撃力を持たない分、戦闘に秀でた百町破魔矢と鶴御崎山海の二人を連れて行きたかったのだが―――残念ながら断られてしまった。上峰書子と筑前優鳥がかわりについてきたことにはまぁまぁ嬉しかったのだが、戦闘面ではやはり頼りない。上峰書子は自分と同じで戦闘向きではないし、比較的戦いに秀でている筑前優鳥も、致命傷を負わせる程の攻撃方法を持っていない。

 

 だからここで、目の前の過負荷三名の戦いに入る意味はないし、付け入る隙もなければ入り込む隙間も存在しないのだ。筑前優鳥の髪々の黄昏でどうにか姿を隠すことはできている。このまま隠れているのも安全だが、その安全がいつまで続くかわからない。そんな生き地獄の状況ならば、逃げるという手段で打破するのが最善というものだろう。

 

 そう思って、校内から外に出ようとしたのだが―――

 

 

                  出れなかった。

 

 

 校門は開いている。まるで閉じる必要がないかの如く。裏門だって全開であるし、申し訳程度に貼られている立ち入り禁止の看板に拘束力は皆無だろう。学校を囲う塀も小学生ですらよじ登れそうな防犯性の低さだし、だから脱出は余裕で容易だと思われたのだが、

 

 出れなかったのだ。

 進めなかったのだ。

 戦場と化したこの危険区域を、見えない壁で隔離されているかのように―――校内から脱出することができなかったのだ。

 

 

「やべー。これはまじでやべーわ」

 

 

 声自体は棒読みだが、しかし内心は焦っていた。

 

 

「書子たん。どうしよう」

 

「どうするって言われましても」

 

 

 対する書子は相変わらず冷静だ。どんな時でも彼女は、怖がったり怯えたりしない。感情がないわけでもないが、表情に変化がないのだ。彼女が銃撃を受け止める特技を習得したのも、その精神力の異常さあってのものだろう。普通、銃撃を正面から喰らい尽くすなんてマネはできない。そんな暇があるなら逃げるし、暇がなければ走馬灯でも眺めて生きることを諦めるだろう。

 

 数秒悩んで、書子は見えない壁を指さした。

 

 

「この壁、一口サイズにカットできませんか?」

 

「それってどういうこと?」

 

 

 音眼が質問しようとしたことを、優鳥が聞いた。すると書子は、数学の解き方でも教えるかのように平然と考えを口にした。

 

 

「もし食べて飲み込めたら、私の異常性(スキル)侵食自釈(ヴォミットホワイト)で分析できますし。ぶっちゃけますと、食べられたらなんでもわかるのです」

 

 

 ―――上峰書子の異常。侵食自釈(ヴォミットホワイト)

 

 食べたものをなんでも分析し理解する。食べ物じゃなくても食べることができるため、いわば食べられたらなんでも分析することができる。分析したものは、手に持つ大きな手帳に綴られているらしいのだが―――音眼が彼女を連れてきた理由の一つが、それである。

 

 要は食べられればいいのだ。最初に消炭のぶん投げた短剣を口で咥えただけで、彼女は消炭が殺し屋であるということを当てた。さらに何十人も殺していることまで見抜いた。少しだけ残った血の跡だけで、書子はそこまで分析することができた。あのまま短剣を飲み込めたなら、さらに多くを分析できただろう。

 

 例えば消炭が部位を欠損して、書子がそれを食べたなら。消炭自身を分析することができるだろう。―――そこまで痛々しい手段を選ばなくとも、分析できるという彼女のスキルは今回の行動に大きく役に立つ。不知火理事長に情報を渡すという課題を、書子なら普通に達成できてしまうだろう。戦闘面にはかけるが、仲間としては大きなメリットだ。けれど、そんな彼女でも、食べられないものは分析できない。残念だが、なにかの異能である見えない壁を、一口サイズにカットする技術を、音眼も優鳥も所持していなかった。

 

 

「ねぇ。あそこで戦ってる過負荷達、正直私達じゃ相手にできないわ」

 

 

 優鳥が意見をいう。なにか考えがあるようだ。

 

 

「だったら相手にできる相手を相手にするのも手段だよ。相手が私達を相手に選んだように、私達も相手を選ぶこともできる」

 

「そういう作戦もあるにはあるねー」

 

 

 音眼は頷く。

 

 それはつまり、彼らが画図町筆と蛇籠飽を相手にするのではなく―――彼らの背後に居る、灰ヶ峰消炭の仲間と思しき男女を相手に選ぶということ。

 

 曲里晶器と垂水佳子。

 けれど音眼達は、彼らが殺し屋であり死神族であるという事実を知らない。いや、二人が殺し屋であるということくらいは推測できている。(本当のところ、佳子は殺し屋ではないのだが)殺し屋ということは殺すことには長けているのだろうが、そんな仲間なら知っている。いくら殺しのテクに長けていようとも、殺人衝動という異常性を患った宗像形を知っている彼女達からしてみれば、蛇籠飽や画図町筆と相手にするよりか、ずいぶんやりやすいように思えた。

 

 実際その考えは正解であり、強さや弱さを無意味に無価値に葬ってしまう過負荷に立ち向かうよりも、異能を持たない強さの世界で生きる殺し屋と戦うほうが、異常者である彼女達にとっては勝率が高かった。

 

 

(校内放送を使ってたってことは、室内にいる可能性が高いんだよね)

 

 

 そう踏んで、音眼達三名の異常者は、校舎内へと踏み込んだ。

 

 そしてそれが、強靭の二文字を司る人外と戦う羽目になろうとは―――誰も予想だにできない。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

 本日、志布志飛沫と蝶ヶ崎蛾々丸は生徒会戦挙に参加するべく、箱庭学園に向かって徒歩で登校しているところだった。学生鞄を気だるげに担ぎながら、飛沫はふとしたことを思い出す。

 

 

「そういえばさー。あたしこの前変な女に出会ったんだよ」

 

「変な女? どのような」

 

「なんか着物きててすっげぇ貧乳の美人」

 

 

 飛沫は蛾々丸に出来事を話した。

 

 先日飛沫は、とある女性に声をかけられたのでなんとなく『致死武器』を放ったのだ。放ったのだが―――その過負荷をもろに食らったはずの彼女は、しかし一滴たりとも流血することはなかった。

 

 

「なんか不発したんだよあたしの過負荷。あーあ、あたしもまだコントロールしきれてないってことなのかなー」

 

「それはあまり考えられないと思いますが、たまにはそういうこともあるでしょう」

 

 

 と、長年付き添った経験から蛾々丸はそう意見しただけに終わったのだが―――しかし彼らは、本当に目をつけるべきところに気づいていなかった。なぜならもしも、もしも飛沫の致死武器が命中していたと仮定したならば、それはとんでもない快挙を意味していることになるのだから。

 

 全ての古傷を生傷に還るスキルを食らわない。

 

 それは生涯無傷を意味していて。

 同時に生涯無敗も意味しているような、ものだからだ。

 

 そんなことに気づくこともなく歩いていた二人は、道端で四人の女の子達とすれ違った。彼女達は明後日の方向を見上げて急いでいるようだったのだが―――たったそれだけのすれ違いで、彼女達が過負荷であるということを、二人は分かってしまう。飛沫は肩ごしに彼女達を振り返りながら、思う。

 

 

「へー。案外結構そこらへんにいるんだなーあたしらの仲間。顔覚えちゃったし、将来クラスメートになるかもしれない。いちおー大将に聞いてみっか」

 

「そうですね」

 

 

 さらに二人は、他にも三名の異常者とすれ違っていたのだが―――ここが箱庭学園付近の区域であるがゆえに、奇抜な生徒とすれ違うことは珍しくもなく。

 

 彼らはいつものように、箱庭学園に登校するのだった。




―――志布志飛沫

クラス:1年マイナス13組
血液型:AB型
過負荷:致死武器《スカーデッド》


―――蝶ヶ崎蛾々丸

クラス:2年マイナス13組
血液型:AB型
過負荷:不慮の事故《エンカウンター》


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023   集結する豪傑達

 死神族の花。

 

 強靭(ザ スプリングス)―――女原傷名(みょうばるきずな)

 

 死神族の中でも屈指の戦闘力を誇る彼女と、音眼達は向かい合っていた。

 

 

 

「こんにちわ、お嬢ちゃん達。僕は女原傷名っていうんだぁ」

 

 

 

 傷名は優しそうに挨拶をする。

 

 それが逆に、恐怖を煽る。

 

 全身から放たれる強さが、完全に常軌を逸していた。

 

 

 

 

「さっきの戦い見てたよ。すごいね。もしかして君たちが、あのケッシーに連れてこられた餌ってわけ?」

 

「ケッシー? 誰それ彼氏の名前?」

 

「あぁごめん。あだ名じゃ伝わらないか。灰ヶ峰消炭君のことだよ」

 

 

(ケッシーだとかズミズミだとか、あいつちやほやされてんだな)

 

 と音眼は冗談じみたことを思ってみた。横に居る書子はどうかわからないが、優鳥のほうも警戒しているようだ。いつでもスキルを放てるように用意をしている。

 

 音眼はオーバーオールのポケットに手を突っ込んで、余裕を見せつけるように風船紙を膨らませてみた。野球ボール程まで膨らましたまま、音眼は彼女に訪ねてみる。

 

 

「あんた。この場所がなんかの力で閉じ込められてるって、知ってる?」

 

「そうなの?」傷名は知らなかったらしい。それから何かを思い出したように彼女は語る。「そういえば不思議な感覚はあったけど。僕にはなにもなかったかな。もしかしたら晶器の仕業かもしれないね。そして本当にもしかしたらだけど―――垂水佳子の仕業かも?」

 

「それは誰だ?」

 

「ああ、そうだね。そういえば自己紹介とかする暇なかったよね。それじゃああんまり楽しくない。自分たちを死に追い詰めた相手の名前くらい覚えておきたいもんだよね。その後逆襲して葬り去るときのためにさ」

 

 

 女原傷名は、最終的に勝つことを前提として話を進めていた。

 

 

「さっき校内放送でひとりで盛り上がってた男が曲里晶器。そして、あの明るいお姉さんが垂水佳子。―――って、こんな情報、今更だけど教えちゃっててよかったのかな? 普通の人生を歩みたいなら、知らないほうがよかっただろうに」

 

「いいえ。その必要はありません」

 

 

 上峰書子がぴしゃりと言い放った。

 

 

「なぜなら私たちは既に、常軌を逸しているのですから。普通じゃなくて、異常なのですから」

 

「三人で一人をいじめるのはあんまり好きじゃないけど―――でも、そんなことは言ってられないよね」

 

 

 優鳥が書子の後ろに続いた。後に音眼が気だるげに喋る。

 

 

「そーだな。まー、でもごめんね女原さん。どうせこんなバトル物の小説みたいな展開なんだ。ここを出るには、ダンジョンの中のボスを倒さないと出られない仕組みなんでしょ?」

 

「んー。少なくともここを通りたければ、僕と戦って倒してほしい」

 

「じゃー、みんな」

 

 

 オーバーオールに手を突っ込んだまま、彼女は意気込む。

 

 

 

「しまってこーぜ(棒読み」

 

 

 

 殺人の鬼と評された殺し屋と、魔物と評された裏の三名。

 

 常人には想像だにできない空前絶後で荒唐無稽で、奇想天外支離滅裂な滅茶苦茶で無茶苦茶な猟銃琥珀なる戦いが、廃校舎の中で開幕を遂げる。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 元水槽学園生徒会に所属していた四名は、廃校舎に向かっていた。

 

 彼女達はあの夜以来―――甲突川掌理の敗北と桜ヶ丘恋の死体を見た日以来、灰ヶ峰消炭との接点はなくなっていた。彼女達としては目的も目標も同じだし、行動を共にしたいところだったのだが―――なぜかあの日以降、消炭と出会うことはなかった。そもそも携帯番号すら交換していないのだ。こんなことなら番号くらい交換しておくべきだったと後悔する彼女達だが、どうせ聞いても教えてくれなさそうだとも思っていた。それに―――消炭は友達だ。いつか絶対会えると、不思議にも無意識にも思っていた。

 

 それで、今日。

 突如空の一部が瞬間的に一色に染まったのを見て、彼女達は確信した。今どこかで、画図町筆が過負荷をぶっぱなしたのだと―――同時に、消炭がそれを『相殺』したのだろう、と。

 

 故に彼女達はその場に急ぐ。

 

 

「早くいかなきゃ……!」

 

 

 一度消炭と筆の戦いに直面したことがあるからこそ、彼女たちにはわかる。

 消炭のあのスキルには、打てる回数が決まっているということが。

 最初に消炭と出会った時、消炭はとても苦しそうな表情をしていた。罪悪感に苛まれて精神が犯されているような、そんな顔。対する筆は精神を病んでいるようではあったが、苦しそうでも疲れているようでも見えなかった。消炭のスキルは相手を絶対的に相殺しキャンセルできるという恐るべきスキルだが、それは永遠の拮抗を招くことを意味していて、回数制限のある消炭は常に不利な立場なのだ。じりひんで勝利を掴むことが出来ない。いかにも過負荷らしい性質を持ち合わせている過負荷と言えよう。過負荷だからこそ理解できた彼女は、消炭を助けるためにその場に向かう。

 

 そして、どうにか過負荷の勘を頼りに、とある廃校舎へとたどり着いた。

 前回は消炭に殺して貰うまでスーパーにたどり着けなかった彼女達だが、今回はその限りではないようだ。過負荷には、過負荷特有の感覚がある。普通の人吉善吉はそれを気持ち悪さと評しているが―――その感覚は過負荷だからこそ共有できたのだろう。前回たどり着けなかった理由はそこかもしれない。

 

 ―――それで。

 

 たどり着いたのはいいのだが―――問題はそこからだった。

 

 

                  入れない。

 

 

 校内に、入れない。

 

 正門は、来るものを拒むくらいには鍵が掛かっている。けれどその防犯性に意味はあまりなく、高さが2メートルもないので小学生でもよじ登ることができそうだ。塀も低く、完全な防犯性能を持ち合わせているとは思いにくい。だからこの中に侵入するのは、それこそそこらへんの小学生でも簡単そうだったのだが―――異常の彼女達には、普通にできるそんなことができなかった。

 

 なぜだろう。

 

 彼女達は校門を前に足止めを食らう。

 

 

「いったいどうすればいいんだっ」

 

 

 桃が地団駄を踏む。憂もこの状況をいらただしく思っている。替は原因を思考し、癒は打破する方法を考えていた。

 

 なにかしたいのになにもできない。

 

 八方塞がりな、そんな時。

 

 彼女達は後方より異常なる者達と遭遇した。

 

 

 

「どーした、そんなとこでなにをやっているお前ら」

 

「………あんたたちは何者?」

 

 

 

 桃が振り返って最初に出た言葉は、そんなものだった。

 

 異常。普通ではない。まず格好からして普通ではない。白い奇抜な和服を着用した男と顔面に線が刻まれている男、そして白衣にマフラーをかけあわせた弓を持つ男。

 

 斬新なファッションに身を包む彼らを見て、高校生だと認識できたのは奇跡に近い確率だろう。実際、憂が()に気がつかなければ、異常者達と過負荷達は互いにずっと年齢を把握しきれなかったことは確実である。憂は和服の男を指差し叫ぶ。

 

 

「あっ! あんたは!」

 

「男児三日会わざれば刮目して見よ! と言うが、それはどうやら本当に男に限るらしい。般若寺憂! 小学校からほとんど変わらないなお前は」

 

「そういうあんたも変わってないけど?」

 

 

 糸島軍規と般若寺憂の会話から、彼らはだいたい年の近い者だと周囲は理解した。この二人には過去になにかエピソードがありそうなのだが、今はそんなことを悠長に話していられる暇はない。

 

 鶴見先山海はいちはやくこの場を整理する。

 

 

普通(カス)だったら駆除するところだが、お前らはそうではなさそうだ。お前ら、この中に用があるのか? だとしたらなぜこんなところで立ち止まっている」

 

 

 言いながら校門を殴り飛ばす。

 

 瞬間、明らかに拳で殴った時の音ではない轟音が響き、鋼鉄の校門が大げさにひしゃげてしまった。彼女達はそれを見て彼の異常さを認知する。

 

 

「助けたければさっさと助けにいくことだ。あいつらがいなくなれば、ボーリングに付き合う仲間がいなくなってしまうからな」

 

「義を見てせざるは勇無きなり。助けに行く理由に迷うなら助言をしよう。助けに理由など必要ない」

 

 

 何事もなく、何も起こらずに破壊された校門から当然のように侵入してしまった鶴見先山海と糸島軍規は、一歩校内に踏み込んだのを堺に姿を確認しずらくなった。まるでそこだけ、とても濃い霧が漂っているように。

 

 思い違いをしたまま侵入した二人に続いて足を一歩踏み出した百町破魔矢は、そこで一度足を止め、肩ごしに彼女達に声を描けた。

 

 

「……私は百町破魔矢なるものです、ついでに私も助言しましょう。あなた達がここで立ち止まっているのは、別に助ける理由に困っているとかそういうのではないとわかっています。あの二人は考えるのが苦手ですから、気にしないでください。さて―――通れる場所がなぜだか通ることができないときは、それは真っ先に術者を疑いましょう。アブノーマルかそれ以外のなにかか、それを発動している者が絶対にいます。その者を結界使いと仮定すれば、やることがすぐにわかるはずです。獣を檻に閉じ込めた人間がどこにいるのか、想像くらいはつくでしょう」

 

「っ!!」

 

 

 姿を消した弓使い。

 

 四人の過負荷は、すぐさま二手に分かれて学校敷地周辺を駆け出した。

 

 檻に閉じ込める力の使い手なら、閉じ込める人間は絶対に外にいる。

 

 それも檻が見える位置に―――助言を得た四人はその場所から姿を消し、それを確認した破魔矢は、結界の向こう側で外の木の影に潜む人影を睨んでいた。

 

 

「全く、とんだお人好しもいたところです。それを助けた私もお人好しなんでしょうけど」

 

 

 

 

 

 

「それもそうだな……っと」

 

 

 木の影に潜む少年は、破魔矢が消えたのを確認して姿を現す。

 

 外見は普通の少年である、蛮勇者こと甲突川掌理。

 

 絶対に勝つ異常性:『這い上がる蛮勇者(ラストスマイル)』の持ち主。

 

 誰もいなくなった校門前で、掌理は世界に呟いた。

 

 

「いるんだろ? でてこいよ」

 

 

 その言葉は、独り言では終わらない。

 

 掌理の言葉が世界に響いて数秒後、それに従うように違う木の上から人間がすらりと姿を現した。

 

 死神。

 

 その者は全身をぼろぼろの黒コートに身を包んだ死神のような異常者だった。フードで顔が見えない。纏う雰囲気は異常の概念そのものだ。

 

 彼の名は皇后崎死鏡(こうがさき しきょう)

 

 死神族(デス)の頂点に君臨する殺しの神。

 

 彼は殺し屋達から狂神(ザ マーダーアーミー)と呼ばれ恐れられている。

 

 先ほどの彼女達四人を暇潰しに殺戮しようと企んでいた死鏡は、このただの高校生である甲突川掌理によって今の今まで牽制状態に持ち込まれていた。

 

 それが今、解放される。

 

 死鏡は掌理に指を向けた。

 

 

「時間に指図される我ではない。だから我が時間を逆指名しすこし遅れてやってきたはいいが………この我を牽制するとは、なかなか面白いやつが現れた。高校生、貴公の名前は何という」

 

「聞いてどうする」

 

「何処かに墓でも作ってやるのだ」

 

 

 勇者は神との戦闘に入る。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 高校近くの廃ビルの中腹。

 

 そこには四人の中学生が潜んでいた。

 

 生真面目そうな男子中学生は望遠鏡から目を話し、窓に持たれて希望を述べる。

 

 

「予想よりも早く勘付かれた。俺はこの術を発動している間は戦いたくない。故に皆、できる限り時間を稼いでくれ」

 

「相手が男ならあたいに任せな」

 

 

 罪悪感を司る彼女は自身ありげに言葉を返した。

 

 

「私は誰でもかまわないけど?」

 

 

 木刀を所持した少女が喋り、

 

 

「俺に従えば負けることなどありえない」

 

 

 指揮を担当する男が余裕を見せた。

 

 

 曽於消希。

 

 荒生田くるみ。

 

 羽衣唯無。

 

 鴨池多々狼。

 

 彼ら四人は、中学生の中でも名を馳せるスキルの持ち主達である―――。




―――曽於消希。

在籍校:結界中学
所 属:悪平等
スキル:閉じ込め系《クロスクローズド》


―――荒生田くるみ

在籍校:檻舎第二中学
所 属:悪平等
スキル:罪悪漢《ビカレスク》


―――羽衣唯無

在籍校:厩庫中学
所 属:悪平等
スキル:極才色剣美《ザ・ソード》


―――鴨池多々狼

在籍校:酒甕中学
所 属:悪平等
スキル:群集軍隊《チームピープル》




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