TS転移で地球人 (月日星夜(木端妖精))
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無印
第一話 TS転移! 私名無しのナシコちゃん


まずはちょっとした過去から書くのがTS好きの嗜み。
基本原作沿い。劇場版マシマシなのも最近のスタンダードだよね。


 

 

『ドラゴンボールを七つ揃えし者よ、どんな願いも三つだけ叶えてやろう』

 

 不意に響き渡った声。

 見上げれば、真っ暗闇に浮かび上がる神々しい東洋龍の姿があった。

 ゆるゆると動き続ける真っ赤な体を持つその龍は、俺の眼前で口を開閉させた。

 

『さあ、願いを言うがいい』

 

 …………????

 

 願いを言え、と突然言われても、頭の中真っ白でなんにも思い浮かばない。

 というか目の前にいるのはあの名作"ドラゴンボール"の"神龍(シェンロン)"……だよな? なんか赤いけど。赤い神龍……見覚えはあるんだけど、いつ出てきたやつだったかな。

 

 じゃなくて、えっと、願い、願い……なんかあった気がするんだけど、ああくそ、こんな急に思い出せるかよ!

 

 普段から『もし突然願いが叶うとしたら』とふざけて、でも真剣に考えていた願い……七億円欲しいとか? いや、そんな俗物的な事神龍に願っていいのか!?

 

 神龍だぞ神龍、神の龍やぞ。

 なんと美しい姿か……。

 そのお姿に俺の汚い欲望などあっさり浄化されてしまった。

 そして残ったのは、このドラゴンワールドに相応しい願いがたった一つだけ。

 

 

 ゆっくりと両腕を挙げる。

 手の平は天に。

 この体の全てを捧げるように、全身を使って願いを叫ぶ。

 

 

 

「このフリーザを不老不死にしろぉおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 全力発声。

 喉がビリビリ震えて鉄の味が口の中に広がるくらい、本気の本気で叫んだ願いに、神龍は。

 

『無理だ。お前は"フリーザ"という者ではない』

「あっはい」

 

 至極当たり前の事を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢だけど、夢じゃなかった……」

 

 気が付くと俺は石像になっていた。

 文字通りの意味である。なんか動けんしまばたきもできないんだが……何これ? と考えていると、なんとなく自分の現状がじんわり理解できたのだ。

 それでもってなんにもできずにぼうっとしていると、細い山道をえっちらおっちらやってきたお爺さんが、俺の前におだんごを置いて手を合わせるのだ。

 

 なにこれ。

 ていうかいい加減動き出いんだけど……あ、動けそう……動けっ、動けってんだよこのポンコツ!

 むずむずする体の感覚と予感に従っておりゃーっと体を動かせば、ばりーんって感じで石が砕け散り、生身の俺が爆誕した。おじいさんはひっくり返った。……ごめんおじじ。

 

「我は神なり」

 

 ぼーぜんと俺を見ているおじいさんにテキトー言いつつおだんごをいただく。もぐもぐ、うまー。

 ところでここどこ? お山? 振り返ると、小さなお社がある。……祀られてたのか? 俺。

 おじいさんを見ると、どうにも凄い怯えてる。ぎゅーっと目をつぶってぷるぷるしておる。

 うーむ、いろいろ聞きたい事があるんだけど……これ以上脅かすのも悪いし、自分で勝手に把握するとしよう。おじいさんも『消え失せろ! 二度とそのツラ見せるな!』って言ってる気がするしね。こわやこわや。という訳で山へ向かっていざ出発。

 

 

 

 さっきの神龍とのやりとりは、夢じゃなかったっぽい。自分の身体に触れてみれば、もう完全に女の子であった。……うむ。実は俺は、神龍にとんでもねぇお願いを三つもしたのだ。

 それは女の子になること。

 この世で一番かわいい奴になること。

 

 なんでそんな事願ったの? と言われるとあれだけども。

 いや叶うとは思わんじゃん普通。

 

 

「ふぃー。冷たいお水おいしおいし」

 

 川べりにしゃがんで、小さなおててで掬った水を口に運ぶ。喉を通るひんやりとした感覚が超気持ち良い。体中に活力がみなぎるぜ。清流は生水なれど口当たり良し。お腹壊さないか心配だけど、喉の渇きには抗えなんだ。人心地ついたので改めてさわさわと自分の体を探ってみれば、男の時には無かった柔らかな感触がこの胸に。

 神龍のサービスか何かか、何故か着ている黒いタンクトップの布越しにあるのは、小さな手の平で覆い隠せる大平原。

 男の時の俺より小さい(胸板的な意味で)。

 

 素晴らしい。

 これこそ俺が求めていた最強のお山。

 

 うへへとだらしのない笑みを漏らしてしまって、おっと、と口元を拭った。

 一人で勝手に笑ってるなんて、まるで変人じゃないか。俺は普通の人だよ。悪い事とかしたことない。死んだらきっと天国行けるタイプの善人。……善人は自分を善人と言わない? それはまあ、そうね……。

 

 さあ、探索再開。できれば日が暮れる前に人のいる場所に出たいんだけど、お水を求めて山道を外れた結果、まよっちったのよね。アホの所業。でも不思議と危機感は皆無。夢心地なのかもしれない。夢遊の浮世。泡沫の夢。

 

「むねん~むしゅう~」

 

 へたっぴな歌を歌いつつ、その辺で拾ったかっこいい枝を振りつつ道なき道を歩く。

 こんなに空気も美味いから、本気で歌うわよ~。

 

 

 まああんまり能天気すぎてもあれなので、頑張って現状の考察と振り返りもしてみる。

 「なってみてえよ女の子」のノリで神龍にお願いしたらマジでなっちゃった。

 美少女なら人生勝ち組だろうなーとかかわいいかわいいってちやほやされたいなーとか常日頃考えて生きてきたのだ。だから「女の子にしてくれ」と願った。それが叶ったのはまあよしとして、オマケの転移はいったい何事か。

 女の子になるに際して、めちゃくちゃ注文しまくったから神龍怒ったのかなぁ。

 

 「髪の色は黒で」とか「長さは肩甲骨に届くくらいで」とか「瞳は翡翠で」とか「めちゃんこ可愛く」とか「胸は平らで」とか。

 数分に渡る数百もの注文は『願いの数を大きく超えている』という言葉によって止められ、思わず呆然としてしまったものの、なんとか無い頭振り絞って願い事が一つで済むような言葉を捻り出した。

 

『この俺を俺が思い描くとおりの最高の美少女にしろーっ!!』

 

 叫ぶ必要はなかったね。

 

 承知した、と神龍が目を光らせて、たぶんその時にはもう俺の体は今のように少女のものとなっていたのだろう。

 そん時の俺はなんだかとても曖昧な存在だったらしく、自分の体を確認できなかったので実感はわかなかったが。

 

「だがこの俺は違う」

 

 高く澄んだ幼い声が自分から発せられる不思議な感覚に恍惚としながら、肩掛けのバッグに手を突っ込む。

 このバッグは二つ目の願いで手に入れたもの。

 

『その美しさを維持できる道具をおーくれ!』

 

 って言ったらくれた。

 

 いやね、ちょっと考えてみまして。

 せっかく美少女になっても怠け者で面倒くさがりの俺の事、髪やお肌のお手入れなんて早々しそうにない。

 するかもしれないが、絶対にすると断言できるほど俺は俺を信用していなかった。

 ので、それも頼んじゃえーって感じで。

 

 バッグから鏡を取り出して覗いてみれば、ほうれ見てみろ、なんという美少女か!!!

 すっと通った鼻筋、細い眉、穏やかな瞳に小さなお口、そして小顔! しゅごい!! えろい!!!

 ぺろぺろしたい……。

 

 人を最も印象付けると言われる髪は艶やかで、まるで常に濡れているかのような美しさ。

 

 ちょちょいと鏡の位置をずらして自分の体を観察することしばし。……うーむ、好みである。そりゃ自分好みの姿にしてもらったんだから当然なんだが、それにしたってなんかこう、凄いなこれは……。

 

 一言で言えば美少女。あ、だめだ語彙力がたんない。とにかくカワイイとしか言えなんだわ。

 しかしこの姿、もう何しても怒られなさそうだしちやほやされそうだしな無敵感に溢れてオラわくわくしてくっぞ!

 

「ふっ……やったぜ。」

 

 横髪をさらっと手で払って得意げにしてみる。

 さながらスターダストブレイカーを打った後のゴジータのごとく。……これ口に出して言ったらファンにぶん殴られそうだからやっぱなしで。

 

「素晴らしい……ちびっここそ神龍の恵みの究極」

 

 気分よく枝を振りつつ、木漏れ日の差し込む森の中を歩く。

 なぜこんなにも万能感に溢れているのか。

 それはね、俺が最強だからなのだよ。

 俺こそが宇宙一だからなのだよ!

 

「俺が宇宙最強だ!!」

 

 雑クウラ様をしつつ、木陰でちょいと休憩。体のサイズ感への違和感はないものの、なんかさっきからずっと歩きづらいんだよね。靴を脱いで確認したりしても、靴擦れになったりはしてないから、そこら辺の問題ではないみたい。

 まあ、体がガラッと変わったら違和感の一つや二つあるもんだろ。そんな事より、そろそろあれを試してみよう!

 

「ふんっ……!!」

 

 立ち上がり、ぐっと拳を握って、いつしか体の中にあった不思議な熱を引き出す。

 ボウッと噴き出した光は、力強い透明な"気"。

 

『パワー、だ! パワーをくれぇぇぇぇぇ!!!』

 

 それが神龍への三つめの願い。

 世の中ね、顔かお金か暴力なのよ。やはり暴力……! 暴力は全てを解決する……!!

 ほら、願いで女の子になったら無戸籍無一文になるじゃん? そこで最強パワーを持ってれば襲われる心配も無し、大道芸で日銭も稼げると考えた訳ですよ。俺って頭良いね……。

 この身にサイヤ人のような戦闘力があれば、銃弾だって怖くないし、強ければピッコロ大魔王もラディッツもナッパも、あのベジータや、果てはフリーザ様だって敵ではない。

 力というのは良いものだ。

 

「俺は今、究極のパワーを手に入れたのだーっ」

 

 うおーと吠え猛り、意味もなくぶんぶんと枝を振り回して重い風切り音に快感を覚える。見てこれ、気で強化されてるから全然折れないの。……良い感じの枝をもう二本使いして、両手持ち&口にくわえてゾロごっこでもしたくなってきた……。しかし大人としての自制心が戻って来たので、あえなく実行には移さなかった。

 この格好良い一本の枝は手放さないけどね。杖代わりになるし、草木を払うのに使えそうだし、道に迷ったらこいつを倒してその方向に行くとしよう。

 

 

「……うむ?」

 

 えっちらおっちら疲れ知らずの身体で歩いていれば、大きな畑が見えてきた。それでもって、小さな村を発見。

 

 こんにちはー、と声をかけてみれば、あっ、さっきのおじいさんだ。

 ぽかんとしてるおじいさんだけど、なんだか見知った顔(?)に出会えて嬉しくなってしまった俺は、その気持ちのまま彼に近づいた。……人と関わるのが苦手な俺だけども、今はあんまり相手が人間だって実感が無いのでアクティブに動けるのだ。

 

「もし、そこのお方。一晩ひさしをお貸ししてはくださりませんか……」

 

 丁寧に丁寧に頼む俺。どや、これが社会人の礼儀正しさや!

 ところがおじいさん、口を半開きにしたまま無言で立ちすくんでいる。俺が声をかけた瞬間の彼の様子は……こう、『ゾッ』と汗を逆噴かせるような感じだった。

 それでもってひっくり返って動かなくなった。

 おお。あまりの俺の美少女っぷりに限界化してしまったらしい。

 なんと罪な俺……と酔いつつ素早く息を確認し脈をはかり……大丈夫、気絶してるだけだ。最近講習受けたのが役にたったな。いや気絶って結構やばくない?

 診ている間に気付いたけど、俺まだ光ビカビカやってるまんまだったわ。気が高まる……溢れる! なるほど、ハイテンションの理由はこれかー! えーと、気を消す、気を消す……ふっ。……うわあ、急に落ち着くなぁ。

 

 それでもって俺のせいで倒れてしまったおじいさんを手で扇いで風を送りつつ様子を見る。

 とかやってるうちに起きたおじいさんは、最初はびびっていたものの、見違えたようにコミュ障を発揮して縮こまる俺に驚き、「泊めてくだしゃい」と泣きついたのを思い出してくれたのか、家に入れてくれた。ありがてぇ……感謝!

 

 卑しくも握り飯を食わせてもらいつつ話を聞くに、西の都だのホイポイカプセルだの、まさしくここがDBワールドであるのがうかがい知れる単語の数々。おじいさんが重度のDBオタクでないのなら、俺は森に転移しただけでなく、DBワールドに来てしまったらしいな。

 

 

 パワー頼んどいてよかった……てっきり現代でやりなおせると思ってたよ。

 とはいえ、来てしまったものは仕方ない。意識を切り替えて新しい人生を楽しもう!

 

「はっは、元気なおなごじゃの。よいよい、好きなだけ泊まっていけ」

 

 おじいさん、優しい。ほろり……。

 オラなんだかすんげぇ恩返ししたくなってきたぞ!

 

「ぁ……ぇへ……」

 

 まあコミュ障なんで意思表示なんかできませんけどね。

 その代わり、その後の畑仕事を凄いパワーでえいやっと手伝ったり……手で掘りまくったり……。

 おじいさんのお野菜をふもとの町まで運んで売るのを手伝ったり……。

 なんかえらい亀仙流の修行みたいになってるけど、恩返しだからね、これ。

 

「神様の御使いかのう……」

 

 なーんか勘違いされてる気がするけど、勘違いさせるような事言ったっけ? 記憶にございません。……なに、石ばりーんして出てきた時点でおかしいって? 僕もそう思います。

 

 

 

 

 それから、あっという間に20年の月日が流れ……。

 

 ボォリボォリ。

 ちゃぶ台に頬杖ついて昼ドラ見ながら食べる海苔巻き煎餅はなんて美味なんだ。緑茶がすすむね。うめぇ。

 

「ズズズー……ふはー」

 

 口の中のものをお茶で流し込んだ俺は、熱い息を吐き出してごろんと仰向けになった。

 ずっしり重い塊が胸の上で動く感覚に、長い足を曲げてぽりぽりともう片方の足を掻く。

 ちょっと頭を動かせば、腰まで届くほどに伸びた髪の毛が体の下敷きになっていて頭皮が痛んだ。

 

「あー……何やってんだろう、俺」

 

 重い溜め息とともに独り言ちたって、現状はなんにも変わらない。

 

 

 

 ここは都から少し離れた山奥の小さな家。今の俺の居城。

 ほら、俺、人苦手だからさ……都会に行ったは良いものの肌にあわなかったと言いますか。だから人気のないお山に家を建てたのね。凄いのね、快適なのね~。虫対策も都のよくわかんにゃい機械でらくちんだし。

 

 それでもって、俺は現在、だいたい三十数歳の大人の女に成長していた。

 ……そう、成長してしまっていたのだ。

 

 腕をついて体を起こせば、古くも真新しいブラウン管テレビの画面に俺の姿が映った。

 見事に成長してクールな美人さんになってしまったお顔。成長に成長を重ねて牛のようになってしまったお乳。そしてちょっとだらしない肉のついたお腹。

 

「どうしてこうなるかなぁ」

 

 俺がどういう思いで神龍に美少女にしてくれと頼んだのか貴様にはわかるまい。

 俺は……スーパーロリータだ。

 いわばロリコンのエリートだったんだ。

 つまり俺が望んでいたのは、永劫変わらないエターナルロリ!

 

「だのに!」

 

 なんだこの大人のお姉さんは!

 違うだろ! これじゃない!

 俺が求めてたのと違う!

 

 ……と嘆いても、みっともないだけなのでやめておく。

 画面の向こうの女性は困ったように溜め息を吐いて幸せを放出した。

 

 

 

 

 この体たらくをどうしてくれようか。いやどうしようもないのだけども。

 

 修行代わりにしていた畑仕事もしなくなって、ぐうたら三昧の日々。かつては一度山を下り、ふもとの町よりももっと先、大きな街へ向かったんだけどね。

 

 一宿一飯の恩をおじいさんに返し、意気揚々と新しく生活の基盤を固めようと思ったのだ。力はあるから、身元を問われない力仕事関係から始めようかなーみたいな。おじいさんとこの畑弄りで力加減も覚えたしね。オデ、もうクレーター作らない……ちゃんと手加減できる……。

 てなわけで元気全開でお仕事を開始し、見た目にそぐわないパワーに驚かれたり褒められたりして舞い上がっていた俺は、絶望のどん底に叩き落された。ていうか実は随分前から人生に絶望してた。

 

 きっかけは生理である。女の子の日とも言われるあれ。

 生き物なら、そして健常な女の子なら当然訪れるモノ。

 だが俺は、外見年齢で言えば8歳か9歳くらい――それが転移当初の姿――で、くるにしてもまだちょっと早いんじゃないか、いやそもそも来るはずがない、なんて焦っていた。

 

 俺は自分が不老不死であると、なぜか信じて疑っていなかったのだ。

 

 きっとそれは、一番初めに神龍にお願いしたフリーザがどうのこうのが原因だろう。

 いつの間にか俺の中であれは受理された願いになっていた。しかも『フリーザ』の部分は『俺』に変換されて。

 なぜそんな都合の良い記憶の改変をしてしまったのか。アホでごめん。おじいさんもびっくりしてたね。

 

 言い訳をするなら、毎日毎日自分の美しさを確認するために鏡を覗き込んでいたから、些細な変化に気付けなかった。

 成長する自分の体に気付いた時には全身から血の気が引いて、立ち眩みに負けて倒れてしまった程ショックで……。

 

 すぐには立ち直れなかったんだよね。我ながら面倒くさい性格だが……。

 楽しんでいた筋トレも、トレーニングも、全部が無意味に思えてしまったりとメンヘラぶりを発揮し、時間がそれを洗い流し、都での新生活でナイーヴになり、メンヘラが再発し……。

 ロリボディを維持できるようお願いする発想が無かった俺の姿はお笑いだったぜ。

 

 くそっくそっ。

 

 ドラゴンボールの物語を子供の姿を活かして無邪気に追う作戦も、自らの永遠のアイドルになるという俺の計画も、何もかもおしまいだ。

 

 取り敢えず仕事をする事でいったん何も考えないようにして、しかし否応なしに体は成長していって、背が伸び、体つきが変わると周りの視線も変わってきて。

 

 いや結構きついよそういう目で見られるの。

 俺は自分カワイイできればそれでいいの!

 

 そういう視線を想定してなかったのかと問われると、まあ全然考えてなかったって言うか。

 俺が想定していたのはずーっと小さいままの俺が、「かわいい~!」とか「お人形さんみたいね!」とか、欲望抜きにちやほやされる事で……こんな現実的な感情を向けられるのはお断りだった。

 

 ので、仕事をやめて引きこもり生活始めました。

 

 いや、最初はね? 別の仕事探そうと思ったんだよ。

 でも事務職とかさ、経歴無しの俺には厳しかったし……それにね。

 もう充分地に足がついた生活はできてたんだから、そろそろ原作キャラを一目見に行こうと思って西の都に行ったら……いなかったんだ、ブルマが。

 

 ……ブリーフ博士とかはいたんだけど(わりと簡単に会えたから、もっと早く会いに来てれば良かったな、なんて思ってしまった)、肝心のブルマは生まれてすらいなかったのだ。

 

 歴史が違う、とかではない。

 単純に時代が違ったのだ。

 

 つまり俺は、原作よりだいぶん昔に現れてしまったらしくって。

 

 この世界の暦は『エイジ』という言葉で表される。

 ……さすがにわからんて。覚えてないって細かい年表は。

 だから俺が気付けなかったのは仕方のない話で……。

 

 しかし期待していた俺の心は滅多打ちで、「うちで働いてもいーよ」って言ってくれたブリーフ博士には悪いけど、辞退させていただいて、家に帰るその足でそのまま都を出た。

 

 ショックだった。

 俺がいるのが悟空達と同じ時代じゃないんだってのもそうだけど、それらを知らずに期待だけ膨らませて生きてた自分があほらしすぎて、もうなんとも言えなかった。

 それと、もしブルマに会えたらドラゴンレーダー貸して貰おうと思ってたのもショックの一因。

 

 成長してしまったなら、ドラゴンボールで若さを取り戻せばいいやって、長い時間をかけて見つけた答えが無意味になったのは、俺を無気力にさせるには十分だった。

 

「ん゛あ゛ー」

 

 そんな訳で妖怪ぐーたら女に変貌した俺は、貯金を消費しつつ日々食っちゃ寝して戦闘力を衰えさせているのでした、まる。

 さすがに危機感だとかもったいない精神はあるから筋トレとかはしてるんだけどね。邪魔なお胸を感じるたびにメンヘラになる。なった。

 

 ドラゴンボールの物語が始まるまでに自分はどれくらい老けてしまうんだろうかとか、そんな姿で彼らの前に現れたくないなぁとか思ってしまって、そうなると世界の情勢をチェックして原作開始を待つ、みたいな事をする気にもなれなくて。

 

 最近の日課はもっぱらアンチエイジング。

 神龍から貰った謹製のお櫛となんかよくわからない液体の数々があれば美を保つのは簡単で日課と言えるほどではないかもしれない。

 こんな簡単にケアしてるのを世の女性達に知られたら刺し殺されそうだな、なんて。

 この道具達は死守せねば。

 

「あーあ、向こうからやってきてくんないかなぁ」

 

 凄い受け身な事を呟きつつぐーたらする。

 寿命くる前に原作始まってくれないと困るよー。

 良い事した訳でもないから、死んだら肉体貰えなさそうだしさ。

 

 延命しようとドラゴンボール探すのはめんど……手掛かりすらないし、原作を変えたくないからできないしで、八方塞がりって感じ。

 あーあ。はやく原作が見たいなぁ。

 

「今日もお茶がうまーい」

 

 ズズズー。ボォリボォリ。

 はーぐーたらどっこいしょ。

 

 ……もう美少女って言えないな、これ。




TIPS
・主人公
DBワールドに転移したコミュ障TSロリ改め、TSお姉さん
当初は小さなお社の前に佇む石像としてひそかに祀られていたらしい
本人はそんなのすっかり忘れている
戦闘力は100万

・おじいさん
性格の良いタイプのおじじ
彼の握り飯は天下一品とナシコの中でもっぱらのうわさ
一人寂しい生活の一時の花に、†神に感謝†するなどした


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第二話 ナシコ、西の都に立つ

・主人公の見た目
黒髪ロングに切れ長な翡翠の瞳。
すらっとした体型。絵柄がちょっと違う。
黙ってると美人なお姉さん。
人と話すのがほんとに苦手。


 

 野生のお姉さんが街に下りてきたぞぉおおお!

 

 自分以外の人間を見るのはすっごく久し振りなので、道行く人が視界に入るたびにどきどきしてしまう。

 食材やら雑貨を買うのは基本宅配でした。サンキュー業者のおっちゃん、いつも山までありがとう。

 あ、おっちゃんとは稀に顔合わせてたね。ごめんおっちゃん、人間と認識してなかったかもしんない。ほら、置き配が……基本だからさ……。

 

 うわ、若者だ。帽子前後逆にかぶってるよ、かわいいなあ。

 いやいや、かわいいってなんだ。心までおば……お姉さん化してしまっている。

 ……あ、でも前世(?)の時からこんな感じの思考だったか。

 若い人見ると「あー若いー」ってなるこの感覚。

 

 あ、小さい女の子だ。お父さんらしき獣人とおてて繋いでる、かぁいいよー。

 近くのお店に入っていく二人を見送ってから、ほふーと息を吐く。

 はあ……なんだか年を取ってしまったって実感する……。

 

 ……それにしては幾つになっても精神年齢が変わってないような、と最近薄々感じてきたのだが、まあそんな事はどうでもよく、今日はちょっとやる気を出して散策に来たのだ。

 

 原作の欠片を見つけにね!

 

 ところで現在地はファストフード店。ハンバーガーとポテトが美味しい飲食店にいます。

 久々のジャンクフードにお腹がぺこちゃんになってしまい、たくさん頼んでしまったんだぺこ。チーズバーガーおいしおいし。

 

 ……。

 

 ……あの、お腹がいっぱいになってきたのですが……あと4つはバーガーがあるのですが……。

 

 この後先の考えなさ、瞬間瞬間の欲求を優先する精神年齢の低さ……実は俺ってやっぱり若いのでは?

 なんて思いつつ残りを包んでもらい(ポテト湿気ちゃうだろけど、フライパンで乾煎りすれば復活する豆知識)、腹ごなしに散策に出る。

 

 てこてこぽこぽこ歩きつつウィンドウショッピングに洒落込んだりして、たまーに道行く人にじろじろ見られるのに縮こまりつつカプセルコーポレーションにやって来たのだ。

 

 ここがあの女(ブルマ)のハウスね!

 

 前回……といってももう何年も前だけど、その時は玄関前にいた奥様(当時は学生ぽかったけど)に話しかけたら普通に中に招き入れて貰えたんだけども、今回は……奥様がおらず、えー、警備員の方がめっちゃこっち見てきてるので、一回退散! コミュ力チャージのために公園に逃げ込み、もそもそとふにゃポテを食べて気力をチャージ。

 

 あとついでに気溜めもしとこ。はぁぁぁぁあ……!!

 あっなんだちびっ子たち、集まるな集まるな、大道芸じゃないぞ! よじ登るな纏わりつくなつんつんすな! バーガーをあげるから散りなさい!

 

 なっ、ポテトも寄越せだと!? 生意気なガキだ、すっかりその気か……。

 でもあげちゃう。幸運かもしれんぞ? 俺は子供には甘いのだ。

 貰うもの貰って満足した子供たちは、ぴゃーっとみんなして離れて行ってしまった。ちょっと寂しい。

 

 のんびりぼーっと1時間くらいベンチで休憩し、それから平静を装ってカプホ本社まで戻ってきて「博士にお取次ぎを願います」と華麗にぼそぼそ頼んでみたら、黙って手の平を見せられ、首を横に振られてしまった。

 なっなんだとーぅ!? クソッタレー! このオレを誰だと思っていやがるー!!

 

 山に住んでる怪しい(住所不定無職)お姉さんですね。

 入れてくれるわけないわね。これでも一応奥様に『いつでもいらっしゃって!』と許可を頂いてるんだけどなー。……時効? それはまあ、そうね……。

 

 ならばもはや、手段を選んではおられまいなー。

 すたこらさっさと逃げ出して、建物の陰でジャンプ。

 とうっ! っと一躍空の人に。

 

「へへっ舞空術だ」

 

 お空を飛んでコーポレーションにサイレント侵入。

 ちょっとだけ! ちょっと原作始まってるかどうか確認するだけだから!

 

 ちなみに舞空術はこの世界へやってきたその瞬間に習得していた。

 生まれながらに飛べるサイヤ人みたいなもんかな。多分俺は分類としては地球人だと思うけど。健康診断した時変な反応はされなかったし。

 

 はい、中庭にてお花に水やり中のブリーフ博士を発見。歩いて近づいて行けば、二メートルほどを残して彼は顔を上げた。

 

「おや、これは」

「どうも」

 

 ……何が「どうも」なのだろうか。白々しい挨拶とともに片手を挙げてみれば、「やあ」と手を挙げ返してくれた。凄い、不法侵入者を前にこの動じなさっぷり。肩に乗ってた黒猫はぴゅーって逃げて行っちゃったのに。

 

 まあ、たぶんそんな感じの対応してくれるだろうから気兼ねなく勝手に入ったんだけどね。

 急ぎの用事なんで仕方なくです。

 

「おー、あの時の子か。おっきくなったなあ」

「えっ」

 

 やだ怖い。

 どうしてか彼は俺の事を覚えているみたい。

 会ったのはかなり昔で、しかも一度きりなのに。

 どうして、という疑問が目に浮かんでいたのか、彼は一つ頷いて、

 

「ずいぶん力持ちな子だったからね、うん。覚えてるよ」

「あ、そうですか……はは」

 

 それに、奥様に延々お茶に付き合わされてグロッキーになってたのも印象深かったのだとか。うっ、当時の苦境が蘇る……。奥様、悪い人じゃなかったというか、凄く良い人なんだけど、コミュ障の俺には眩しすぎたのだ……。頭の奥に鈍痛を感じつつ、ちょこちょこと博士の傍に寄っていく。

 ……警戒する素振りもないのは、なんかこっちが心配になってきちゃうんだけど。あ、やっぱりちゃんとあぽいんとめんととってから訪問すればよかった……この後先の考えのなさ、我ながら嫌になっちゃうね。

 

「ブルマさんに会いに来たんですけど……」

「ブルマと友達になってたのか。そーかそーか」

「あ、や、友達っていうか、一方的な知り合いというか……あい?」

「まあまあ、こちらに座って。コーヒーでもいれようか。ちょっと待っててね」

「え。あ」

 

 まあまあ、まあまあまあ、と言われるがままにすぐ傍の黒い椅子――円状に広がる背もたれなしのもの――へ腰を下ろし、博士が去っていくのを見送る俺。

 

 うー。たじたじ。

 見た目はクールビューティー……いや美魔女の俺でも、口を開けばこれである。

 対人能力が著しく低い。悲しい。

 働いてた時はかなり良い感じだったんだけどなあ……数年独り言しか口にしなかった弊害かな。

 

 やがておぼんにマグカップを二つ乗せて持ってきた彼に会釈をして、中身入りのカップを受け取る。

 一緒にあるなんかオサレな小さい銀色のにはミルクが入っているらしく、それもありがたく頂戴した。

 

 俺、コーヒーはそんなに飲まない。飲む時は砂糖とミルクをどばどばいれてる。

 しかし今回は量に制限があるし、差し出された物ゆえ無遠慮に味を崩す事ができず、ほぼブラックで頂く事になってしまった。

 

「にがっ……」

 

 思った通り、苦さというか辛さの域に達した味が舌先を覆う。えうー、舌がにがにが……れーっと舌が出てしまう。あーっ、この変なクセ何年経っても治んない! 女の子の見た目だからまだマシ……。

 ……んー、でも、飲めなくはないかな? 味がきめ細やかな感じだし、上品な香りが助けてくれてる。

 ほっと一息。

 

 で、俺の横に座ったブリーフ博士は、カップに目を落としてちびちび飲んでるだけで、なかなか話しかけてこない。

 これは、こっちから声かけないと駄目な感じかな?

 やだなあ、そういうの得意じゃないんだよなあ。

 しゃあけど会いに来たのは俺なんだし、文句を言える立場ではない……。

 ええい、甘ったれてんじゃねーぞ! 地球は、おめぇが守るんだ!!

 

「ぁあ、あのおっ」

「?」

 

 ああ~~~~。変な声出してしまったよぅ。

 もう終わり……勝機は完全になくなった……殺せ……。

 全力で地中に潜りたい。気配を消して地面に潜りたい。一緒に行きませんかー!

 

 ぷるぷると首を振ってふざけた思考を吹き飛ばす。

 人と話してる時は真面目にしなきゃ駄目だってば。ただでさえ低いコミュ力がゴミみたいな数値を刻んでしまう。

 

「は、っん、あ、あの」

「はいはい」

「ぶ、ブルマさんは、そのー……どちらに」

「うーん。この間電話してきた時は、亀がどうのと言ってたなあ」

「亀……? どっちだろう」

 

 どうにかこうにか会話成立。情報を引き出す事が出来た。

 凄いぞ俺、さすが俺。立派なスパイになれそうね。

 

 それで、亀とは何を指すのだろうか。

 あの、なんか海水を求めてきた亀か、それともずばり亀仙人の事か。

 っていうかやっぱり始まっちゃってたよ原作。

 ブルマと悟空の出会いに立ち会えなかったのはすっごく残念だったけど、でも、俺の生きてるうちに始まって良かったと、逆に考える事もできるんだ。

 ポジティブに行こう、負けるな俺。

 

 あっそうだ、物語はまだまだ序盤っぽいし、あれ、「ギャルのパンティおーくれ!」もまだやってないだろ、たぶん。

 ウーロンには悪いが、その願いは譲ってもらう事にしよう。

 ギャルのパンティを貰う訳じゃない。ピラフの願いを阻止する、という(てい)で、俺は自分の若さを取り戻すのだ。

 

 しかも永遠の若さだ!

 スラッグのように俺も永劫若い体を保ちたい!!

 ちやほやされたいとかそれ以前に、老いていくの嫌だし! おばさんとか耐えられるか! あとやっぱ妖精元気でロリが良い。

 ロリが良い!!!!

 ここテストに出ます。

 

「あの、博士。コーヒーごちそうさまでした。おっ、あっ、へう。うわ、わたし、そ、そろそろお(いとま)しますね」

「うん。……もう行っちゃうの?」

「え、はい。……すいません、失礼します」

「はい、元気でね。また捕まる前に早くおいき」

 

 思考に没頭していたせいで一瞬素で「俺」と言いそうになって慌てて外向きの一人称に直した。ギリギリセーフ……。

 

 もう行くのかと言われると残らなくちゃいけない気になってくるが、たしかにまた奥さんに捕まっちゃうと「あらまあ! あらまあ!」されて「それでね、それでね」を三十日くらい食らってしまうので、素直に退散させていただくとしよう。

 ぺこりと頭を下げれば、一瞬前まではいなかった黒猫が博士のひざ元に乗っててちょっとびっくりしちゃった。

 ……もう逃げないのかな? じっとおっきなまんまるおめめでこちらを見上げている。

 じっと見つめ合ってたら、博士が意味深に目配せしてきた。お茶目なウィンクつきだ。人の機敏に疎い俺だってそれがなんの合図かはわかったので、ネコチャに手を伸ばしてみる。引っかかれたりせんかな……そろーっと手を出してみてもどうにも逃げなかったので、えいやっと頭をなでたり体をもふもふさせていただいた。ネチコヤン……癒される……。

 

 結局一時間くらい猫と戯れながら博士とおしゃべりしてたら、シュピンッと瞬間移動してきた(?)奥様に発見されて確保されてお茶会にご招待されてしまった。断れませんて、勢いが怒涛すぎるんだもん。懐かしいわねぇ大きくなったわねぇなんか若すぎない? みたいなお話を延々してました。あれ……なんか同じ話題4、5回くらいしませんでした……? もうわからんちん。幸い今回は三日間で解放されたので、お土産を抱えつつお暇させてもらう。なんかえらい気に入られてる気がする……奥様、完全に「旧い友人との再会!」みたいな雰囲気出してたね……。

 気力と体力と精神力とコミュ力を使い果たしたので、おうちでごろ寝すること数日。

 

 このままじゃまたぐーたら生活に戻っちゃうって! と気合いを入れなおし、朝一番に明るい空へ舞い上がり、原作の欠片を探す。具体的には……えー、気を探る……気を探る……駄目だ、やり方がわからん。空飛べるって事はイコール気をコントロールできる、じゃないもんね。

 悟空達の居場所を気を探って知りたかったが、できないのなら闇雲に出かけるしかない。……今まで修行(なに)やってきたんですか?

 

 とりあえず荒野の方に飛んでみよう。たしかあっち海あった気がするし、びゅんびゅん飛び回っていればもしかしたらカメハウスが見つかるかも?

 って訳で光を纏ってドシュッと空駆ける流星になる。

 

 結果。

 荒野の先は荒野だった。

 あほー。

 

 

 

 

「! あれは……!」

 

 暗い中を飛ぶのにも飽き飽きしてきたからそろそろ帰ろうかなーなんて暢気してたら、急に向こうの方が明るくなって、見覚えのある龍がにょきにょき生え始めた。神龍だ。

 

 む、遠いな。あのどでかい神龍が豆粒サイズ。

 だが俺のスピードで行けば……間に合うか? たしか呼び出してすぐウーロンが願いを叶えてしまうんじゃなかったっけ……!?

 

 だ、駄目だ駄目だ! そんなの、俺が若さを取り戻せなくなっちゃう!!

 こんなおばさんボディとはさっさとおさらばしたいんだ!!

 

「くっそぉおおおおお!!! ちきしょおおおおお!!!!」

 

 のろのろ飛行から全力飛行に切り替え、一直線に神龍を目指す。

 待て待てまてぇーい! 願いを叶えるのはこの俺だ!!

 

「俺が思い描く、若い頃の俺に戻せーっ!!」

 

 間近に迫る緑の巨体へと叫ぶ。

 ぐわんぐわんと俺の声が轟き、何度も反響してやまびこのように返ってくる中で、ゆっくりと神龍がこちらを見た。

 

『容易い事だ』

 

 赤い双眸がカッと光り、同時に俺の視界は白く染まる。

 体がぐんぐん縮んでいくのを感じる。

 近年肩こりの原因になっていた胸が萎んでいくのを感じる。

 ああ……!

 あああ……!!

 

 視界を取り戻した俺は、まず矢のように地面へ下りたった。

 舞い上がる砂埃を体を纏っていた光を散らす事で吹き飛ばす。

 

「ういっ!? そ、空から人が……!?」

「ぴぃっピラフ様、それより龍が、ドラゴンボールがぁ!」

「あああああ!!」

 

 飛散するドラゴンボールの真下、その明かりが消えないうちに自分の体を確認する。

 

 視線……低い。

 肩……軽い。

 胸……無い。

 お腹周り……すっきり。

 お尻……ちんまい。

 

 戻ってる!

 初めてこの世界に来た時の俺の姿に!!

 

「も、戻ったぁーっっ!!!」

「うわあ!?」

 

 うおーっと両手を上げ、全身で喜びを表現する。思わず噴出させてしまった光も体に纏わりぎゅんぎゅん揺らめき立って激しく動いた。

 ああ、俺の願いの成就を地球も喜んでいるみたいだ。大地が震えている……!

 あとなんかさっきからめっちゃ周りの地面が削れていってる……!

 あっ、近くの建物が倒壊した。うわわ、でっかいキノコまで倒れてきた!

 

 でも気にしない。

 なにせ俺は、『永遠』の若さを手に入れたのだ! それどころじゃないのだ。

 この若ささえあれば怖いものなしだぜ!

 

「うわーっ、大猿の化け物ぉ!!」

「んぁ? 俺が化け物?」

 

 素っ頓狂な声が近くから聞こえてきて、変な反応をしてしまった。

 うっ。懐かしいロリヴォイス……あまりの甘さに、自分の声だというのに蕩けちゃいそうになったぜ。

 ふにゃふにゃ。

 

「そこのアンター! 逃げっ、あぶなっ!」

 

 自分の両手を見て、長年の悩みが解消した事に涙を浮かべていると、ふっと周囲が暗くなった。

 なんだよもう、人が歓喜に打ち震えているって時に……月に雲でもかかったのかな。それくらいなら俺が散らして――と顔を上げたら……

 

「ぎゅふっ!?」

 

 凄まじい衝撃に襲われた。

 

「ぎゃー!! 潰された!」

「あわわわ、ご、悟空のやつ~!」

 

 不意打ちで地面と何かにサンドイッチされた俺は、その何かが離れて行くのを見上げながら、ああーなるほど、と納得した。

 俺が下り立った場所はどうやら悟空達のいる場所だったみたいね。

 それで今、俺は踏みつけられた、と……。

 ちょ、ちょーっと頭にきちゃったかな……。こんな美少女を足蹴にするなんて許せない。服も汚れてしまったし。

 あ、いや、やっぱ許そう。悟空ならいいや。悟空万歳。

 

 ズゥン、と地が揺れ動く。倒壊した建物の瓦礫が傍に落ちてきて、気にせず俺はゆっくりと身を起こした。

 さっと周りを見回せば、必死に逃げようとしているウーロンだとかヤムチャだとか、地面に体を投げ出してまごついているブルマの姿が見えた。

 

 肝心の悟空は、と……ああ、大猿になってるんだったか。めちゃんこ迫力あるなあ。

 だが今の俺は無敵だ。

 全盛期の美しさを取り戻せたゆえに恐怖心など微塵もわかない。

 

 で、でもまた踏み潰されたりするのはやだから離れとこ……。

 避難するついでに立ち上がろうとしていたブルマを後ろから抱えて飛んでいく。

 遅れて背後に建物が落ちてきた。間一髪ってところかな?

 

「うっ? あ、ありがと……って、さっきの!?」

 

 急に浮き上がった事で息が詰まったのか、苦しそうな顔で振り返ろうとしたブルマは、今の体勢ではそうする事ができずに顔を戻して、しかし俺の顔を確認するくらいはできたみたい。

 やだー、お化け見ちゃったみたいな声出しちゃって。傷つくよ。落としちゃうぞ。ほれほれほれ。

 子供か! と自分にツッコミを入れつつ建物の陰に避難していたヤムチャ達の下へブルマを下ろす。と、腰が抜けたようにへろへろとへたり込んでしまった。

 

「あ……ど、どうも」

 

 それでもお礼を言う辺り、育ちが良いなあブルマさん。

 ここは俺も格好良く、いやさ、かわいくお返事しよう。

 

「おきゃっ、お、お気になさら、じゅ」

 

 ………………。

 

 人と話すのは苦手なんだ。だから噛んじゃうのも仕方ないんだ。

 

 あー、あー。

 久しぶりに低身長になったせいか、ウーロンとプーアル以外みんな大きく見える。そしてみんなも俺を見ていたが、すぐに悟空の方へ視線を移した。

 そりゃそうだ、今は誰とも知らない謎の美少女など見ている場合ではない。死そのものが間近で暴れているのだから。

 だから悔しくないし。せっかくこんなにかわいい子がここにいるのに目を逸らすなんて、とか恨んだりしてないし。

 ヤムチャぁ、覚えてろよお前……!

 

「プーアル!」

「はい! 変化っ」

 

 名指しで逆恨みしていれば、ヤムチャが機転をきかせてプーアルに指示を下し、巨大な鋏に変化したプーアルは見事に悟空の尻尾を切り落とした。悟空は建物から飛び立った飛行機に気を取られていたから、結構あっさりいけたみたい。

 

 尻尾を失った途端、しゅるしゅると縮んでいく大猿。やがてその姿は裸の孫悟空に変わり、俺以外の面々は慌てて彼に駆け寄って行った。

 

 うんうん、なんか一件落着って感じね。

 俺も願いを叶えられて、原作とも合流できて大満足。

 ……でも、なんか忘れてるような気がするんだよなあ。

 

 まあいいか。

 よーし、これから毎日毎秒悟空に粘着して、心行くまでドラゴンボールの世界を楽しむぞー!




TIPS
・警備員
そのうちロボットになる悲しいさだめ

・奥様
えらい久しぶりに姿を見せた旧友とお喋り出来てご機嫌
ナシコがたどたどしく話す身の上話や物語がお気に入り。特に、昔に聞いた少女と少年の摩訶不思議な冒険のお話は今でも思い出すくらい。


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第三話 悟空の粘着は諦めました / ブルマさんに逆らうのは諦めました

「おめぇ、なんでさっきからオラの回りうろちょろしてんだ?」

「…………」

 

 ウーロンの服を貰った悟空がよたついているのを眺めながら、その周りを動き続ける俺の図。

 なんで? なんでってそりゃーおめぇ……えへ。

 

 それにしても悟空ってば小さいなー。

 若さを取り戻して子供の姿になった俺よりちまっこいのだから驚きだ。

 でもこれが数年後にはたけのこのようににょっきにょっき伸びちゃうんだから、サイヤ人って不思議。

 

 ちなみに返事をしないのは意地悪ではない。

 ナマの孫悟空を四方八方から見れている事に感動のあまり言葉を失ってしまったのだ。

 決してコミュ障だからちゃんと目を見てお話しできないとかではない!

 

 でも言外に邪魔だ、と言われたような気がして、気落ちしつつ離れる。

 「なんで」とは、ただの単純な疑問なんだろうけど、お姉さん……じゃなかった。ハイパーロリ少女ナシコちゃんの心に刺さっちった。

 野次馬根性というか、ミーハーさを見抜かれているような感じ。

 お遊びで見に来てるんだもんね、実際その通りだ。

 じゃあ後ろめたさをなくすために真剣にやれば良いってなると、一体何から真面目に取り組めば良いのかという話になる。

 

「おお、おめぇ女だな?」

 

 とかなんとか考えてたら、とことこ寄ってきた悟空に股間をパンパンされた。

 ……ええ、凄い反応に困るんだけど。喜べばいいのか恥ずかしがればいいのか……。

 逡巡しているうちに、悟空は「如意棒がねぇ。どこ行った?」と視線を巡らせ――こんなかわいい女の子の大事なとこ触っといてクソみたいな扱いされた事に大ショック――、ヤムチャに教えられて建物の方へ走って行ってしまった。

 ……せっかく会話のきっかけになりそうだったっぽいのに、これじゃあパンパンされ損じゃないか。

 別にいーけどさ。いつか話のタネにしよう。いややっぱよそう反応に困るだろお互い。でも未来の孫悟空ともお話したいなー……。あー、今さらDBワールドを実感してる……。

 

「ねえ、ちょっと」

 

 一人でトリップしてたら背後からブルマに呼びかけられた。

 はて、なんの用だろう。先程助けた事に関してか、単なる好奇心か……そこら辺かな?

 

「ねぇ。ねえ、ちょっと聞いてる?」

 

 あー……。俺が真面目にやるべき最初の事とは何か、がわかった。

 まず最初にやるべきなのは、自己紹介とか、そういうコミュニケーションの類を頑張る事だ。

 凄い苦手……だがやらない訳にはいかない。生きていく上でかなーり大事な事だからね。

 

「ちょっと! なんで無視すんのよ!」

 

 大丈夫、耐え凌げるさ。何日もじっと待ち続けたセルのように腕を組んで、目をつむればほら、怖くなーい。なんにも怖い事なんてないんだよ。

 まずはこうして心を落ち着けて、それから完璧な対話を目指すのだ。

 

 

 

 頑張ってイメージトレーニングすることしばらく。「もうそろいいかな」と目を開けたら誰もいなかったでござる。

 なんだよ……朝日が目に染みるじゃねぇか……。

 

 

 

 

 悟空達がどこへ行ったのか、記憶を掘り返してみてもレッドリボン軍壊滅という言葉しか浮かんでこなかった。

 その前に亀仙人のじっちゃんの所で修行だっけ? カメハウスどこよ。

 

 取り敢えず知ってる場所に行ってみよう、となってレッドリボン軍の基地に向かってみた。

 門前払いされた。

 イラッときたので気弾で門消し飛ばしてやったぜ。破壊と殺戮だけを楽しみとする恐ろしいロリになってしまったな、俺も……。

 

 

 

 

 カメハウスを探して海の上。

 遭難した。泣いた。

 

 

 

 

 占いババに頼ればいいじゃん!

 

 家でふて寝していた俺は自分の発想に驚き、褒め称えた。

 彼女ならば亀仙人の居場所を占えるだろうし、そもそも弟のいる場所くらい知っていそうだ。

 問題は簡単には教えてもらえそうにないって事かな。……俺の口下手のせいで。

 

 占いババが用意した武道家と戦って勝ち抜けと言うなら俺が負ける要素は一欠けらもない。俺とお前のパワーとは天と地ほどの差があるのだ、を地でいってるからね。いや天をいってるからね。

 戦闘力100の大猿に踏まれたって痛くも痒くもなかったんだ。不意打ちでそれだぞ、めちゃんこタフなボディだ。怖かったけど。

 

 そんな訳で戦闘は問題ない。問題は、まず占いババの居場所を知る事だ。

 パソコンなんか持ってないから街に行かなくちゃ。

 街に行ったら誰か知ってそうな人に話を聞かなくちゃ。

 

 ……あー億劫だな! 明日にしよう! 今日は考え疲れたから寝よう!

 おやすみ。

 

 

 占いババを探す方法ガー、カメハウスガーと怠ける言い訳を探していたら半年以上経ってた。

 

 おいおい、おいおいおい。

 良いのか俺、せっかくドラゴンボールワールドに来たってのに、悟空とだって一回顔を合わせたのに、そんなんでいいのか?

 ……まあ、悟空とは会話できてないんだけど。

 

 このままじゃいかん、いくらエターナルロリになれたと言って、ぐーたらしてたからほら、お腹にお肉が。

 指でつまめばふよふよと良い感じ。

 スレンダーでほっそりした女の子も好きだけど、肉付きの良い女の子も良いなあ。

 

 ……あれ。

 俺は神龍に永遠の若さを願ったはずなんだけど。

 ……それって不老って事ではないのか?

 

 体の代謝は止まらない。それはまだわかる。完全に止まっちゃってたら飲み食いもできないもんね。

 だがそれで脂肪が増えていくのはどうなんだろう。

 これ、俺がおばさんになっていく過程とまったく同じなんだけど……。

 

 おっかしいなあ、最初に神龍に願った時と、それから俺と同じ願いを抱いたスラッグの言葉を織り交ぜて頼んだのに、なぜ成長してるっぽいんだ?

 ひょっとしてまた記憶違いでもしちゃってんのかな。

 

「えーっと、俺なんて言ってお願いしたんだっけ。んー、スラッグは『俺を永遠に若返らせ続けてくれ』……で……あっ」

 

 気付いた。

 気付いてしまった。自分の間違いに。

 

 あの時、たしか俺は神龍にこう言った。

 

『俺を俺が思う若い頃の俺にしてくれ』

 

 その願いは叶えられ、俺の体は転移当初の若さを取り戻した。

 でもそれってただ若返っただけで、成長が止まってる訳じゃないよな。

 ……このままではまたおばさんになってしまう…ってコト!?

 せっかく至高のロリボディを手に入れたのに?

 え……やだ。

 

 俺、アイドルやる。

 

 

 

 

 魔人ブウ(悪)並にカタコトな思考を経てカプセルコーポレーションに突撃した俺は(魔人ブウ(悪)に失礼)、ブルマさんへの取次ぎを願った。

 今回は「また来る気がしていたの」と待ち構えていた奥様が奥に通してくれて、お紅茶を頂いた。まあお高そうザマスね。ブラックなコーヒーじゃなくて良かったでゴワス。なんておふざけ思考で苦手な会話を乗り切る。

 

 でもちょっと奥様との会話(会話か? ほんとに会話かこれ)にも慣れてきた……奥様ニコニコで絶対怒らないし、喋るの待ってくれるしでお茶会楽しくなってきたかも……? いややっぱ無理だわ会話苦手だわ。あー、アイドルとかやってちやほやだけされてーなー俺もなー。有名になれば悟空の方から見に来てくれるかもだし?(他人任せ)

 

 ところで何かすごく違和感があるのだけど、首を傾げていると奥様が「はーい、お口を開けて!」とお菓子を差し出してくるのでぱくぱくする事に集中。出されたものを受け取らないのは失礼だからね……でもなんか、こう、扱いが小動物に対するそれというか……もぐもぐ、うまー。

 

 マカロンさくさくでおいしー。やだー、今俺最高に女の子してるー。こんなかわいい女の子が山に引きこもってるだけじゃ世界の損失だね。芸能界に殴り込みでもかけてみようかな? 絶対テッペンとれるー。

 

「あーっ!」

 

 無意味な妄想を広げつつ遠慮なくお茶請けをぱくついていたら、ブルマが帰って来た。

 制服って事は学校帰りかな? と暢気に見ていれば、俺を指差して駆け寄ってくるじゃないか。凄いドキッとしたし、背中がヒヤッとした。詰め寄られるのは苦手なのだ。

 

「ちょっと、なんであんたがここにいんのよ!」

「えっ、なんでそんな怒っ……いえ、アイドルになるためっじゃなかった、あっ、あっ、アイドルになりたいんですぅ」

「あいどるぅ? ……変な子ね」

 

 なんかよくわからん詰め寄られ方をしたので両手を顔の前で振りながら、なんとか声を絞り出して弁解したら、怒りを引っ込めてくれたみたい。自分が何言ったのかもよくわかんなかったけど、グッジョブ俺!

 ふわー、怖かった。

 ……凄い変な事口走っちゃった気がしてきた。

 奥様が「まあ~~、そうだったの!」ってリアクションしてるけど、致命的なやらかしではないはず……! まだ挽回できる、まだちゃんとしたコミュとれる……!

 

「まあ確かにあんたはアイドルって言えるくらいかわいいけど……それでなんでうちにいるの?」

 

 アイドルて。俺そんな事言った……なあ。考えてる事そのまま口に出しちゃったみたい。

 「なんの用なのよ」と聞かれて、咄嗟に答えられなかった。すると彼女の眉が寄って……お、怒らないで~!

 

 うう、相手がキャラクターだと思ってたから忘れてたけど、俺、こういう気の強いタイプの女性が苦手なんだよなあ。

 小学生の頃、クラスにそういう子がいて散々引っ張り回されたのがトラウマになってるのかも。思えばあの頃から人と話すのが苦手になっていったような……。

 過去に思いを馳せていたら、どうやら奥様がいろいろ説明してくれたみたい。でも、年の離れた人同士を「親しい友人」と形容するのに、ブルマは釈然としてないみたい。でも不審者を見る感じの目ではなくなったので助かった……奥様の方を見れば、にこにこ顔のままぐっと親指を立てられた。奥様……! 好きになりそう……!!

 

「ふぅん。……似合ってるわねぇその服」

「えっ、ぇひっ、あ、ありがとう、ござい……」

 

 少し背を丸めて俺を覗き込みながらじろじろ服を見てくる彼女は、いつかの俺が孫悟空を見ている時と似ている気がした。

 しかし、なんで急に服を褒められたんだろう。

 

 似合っている服、とは、今日ここに来るに際して精一杯努力したおめかしの事だ。

 恥ずかしくない格好しないと、ブルマには会えないかも、という万が一の可能性を考えてね。俺って用意周到! 先の先まで見通してる。すげえ。

 ただ、三十路まで女の体で生きてきた癖にお洒落だとか、女性としての努力をほとんどしなかった俺は、いざ『かわいらしい格好を!』となると中々思いつかず……。

 

「自分で選んだの?」

「まっ!? ひゃい、そうです、そうです!」

 

 お店を見て回り、インスピレーションのわく服を探し回って、結局行きついたのはダンスパーティーにでも行くのか! って感じのフリフリドレス。落ち着いた紫の上下一体型をちょちょっとアレンジしてアイドル風の意匠を散りばめ、俺専用の戦闘服に仕上げてみた。完全に自分専用観賞用。あれ? これ外行きの服じゃなくね?

 ……かわいいからまあいいか。

 

「自分で、ねぇ」

 

 どうだ? 美しいだろう? ドレスで俺の魅力を最高に引き出す事によって幼いながらに色香を醸し出す究極の戦士として生まれ変わったのだ。老若男女問わず虜にしちゃうぞ。この宇宙の全てを跪かせてみせる!

 かわいすぎるんですよ……! かわいすぎるんですよ、僕は!!

 

「ふふーん」

 

 つんと顎を上げ、無い胸を張り、両腰に手を当てて自らのボディを自慢する。

 サイヤ人の肉体を凌駕するほどの抜群の肢体を見る事は神とまみえるに等しい奇跡。

 あ、神様って結構簡単に会えるじゃん。今の無し。えーと、えー、全王様とお友達になるのと同じくらい価値あることなんだぞー、っと。うーん価値あるのかそれ? じゃあ孫悟空とマブダチになるくらい価値のある事ってコトで! 畏れ多すぎて死にそう!

 

「へぇ。ふーん。そう」

 

 じろじろじろ。

 なんだか目つきが鋭くなって俺を観察するブルマさん。

 何か粗相をしたかと怯える小心者な内心と違い、外面は完璧。中身はともかくこの姿が恐れるものなど何もない。だってかわいいんだもん。

 ……男の言う「だもん」は誰得なんだろうか。

 いやいや、俺得俺得。今の俺は俺好みの女の子なのだ。

 

「いくつ?」

「え?」

 

 唐突な問いに間の抜けた声を出してしまった。いくつって、何が……?

 食べたマカロンの数? それとも今まで食べたパンの枚数? 俺は和食じゃないから食べた数なんて覚えてないよ。

 ……それとも、年齢? いやいやまさか。聞くにしてもタイミングがおかしいよね。

 

「あんた、ほんとはいくつなの?」

 

 え、マジで年齢の話なの?

 なんでいきなり?

 

「え、え、見た目通りの、その、です」

「は?」

 

 ずい。顔を近付けられた。

 ……このボディなら怖いものなしって言ったけど、訂正。ブルマさん怖いぃ。

 俺は心の中で白旗を上げた。

 

「さ、三十歳、前後です……」

「へー、もうちょい若いかと思ってた。アイドルなんて目指すにしては年いってるんだ」

「うっ」

 

 グサッと胸に何かが刺さった……い、いやー、アイドル云々は、その、自分を奮い立たせるためというか、自分のためだけのアイドルというか……正式なものじゃなくてですね。

 

「でも、シェンロンに若くしてくれって頼むくらいには本気なのね」

「あ……き、聞こえてました? えへ」

「ええ。後であんたの事思い返してたら、そう言えば最初にそんな声が聞こえた気がするなって。あれあんたの声でしょ?」

「…………」

「今さら黙ったって遅いわよ」

 

 しまったあ! カマかけられたっぽい。

 いや、単なる事実確認か。彼女の中では結論出てたみたいだし……。

 やだー、なんか弱味握られてるみたいになってるじゃないですかー!

 年なんか取らなきゃよかった!

 

「まあいいわ。あんたのおかげであいつらの悪だくみを阻止できたし、それに助けて貰ったしね」

 

 「あいつら」とはピラフ一味の事だろう。奴らはしぶといぞ。具体的には二十年くらい現役で頑張るぞ。

 子供姿のマイちゃんってかわいいよね。お近づきになりたい。

 

「んー、お礼をしたいんだけど、さすがに急すぎて何も用意できそうにないわ。後日正式に連絡するから、番号教えて」

「え……あ、はい」

 

 なんかとんとん拍子に話が進んで、気が付けばブルマさんと、ついでに奥様とカプセルホンの番号を交換する事になった。

 おっとぉ……これは24時間お茶会コース確定かー……?

 

 てちてちと画面を指でつっついてたら「不器用ねーあんた」と罵られてしまった。

 急にとても悲しい。泣いちゃう……えん……。

 「でもそこが愛嬌なのよ!」と奥様の援護射撃。俺は有頂天になった。そうだぞ、不器用なのも許されるのだ。だって俺今子供だからね! 子供は無敵。ふふーん!

 

 ……ブルマが「あっこいつおもしろいぞ」って顔した気がする。

 

 さて、何やら忙しくしているブルマを見送って、奥様とのお茶会を楽しんでしばし。今日のところも退散といった頃合い。

 奥様、なんかずっとカプホ持って嬉しそうにしてるのが印象的だった。ていうか「やっとちゃんと友達になれた」って言ってくれたのが大変嬉しいというか、戸惑うというか、照れるというか。

 

 でも、そんなに連絡したりするつもりはないんだって。俺がこういうの苦手なのわかってるからなんだとか。……おお、これが距離感をはかるのが上手い人か……参考にしよ。

 

 であれば、こちらも連絡をしなければ無作法というもの……。

 ちょっと練習しましょ、と誘われたのでその場でぽちぽち画面を触って連絡をしてみる。……めちょ緊張するんですけお!!!! 対面でやってるのにこれ!!!

 これには奥様もちょこっと冷や汗。これは重症ですね、うーん。あんまり連絡しちゃうと死んじゃうかもしれないから、という理由で、奥様の方からかけてくる事はしない方針となった。うーーーーん。

 

 そういえば、ブルマの言ってた「お礼」ってなんだろ?

 それを考える前に、電話への対応を考えないと命はないかもしんない……。




TIPS
・カプセルホン
本当は何十話か後に登場する携帯電話
改稿に伴って早期の登場となった
でもナシコ家ではただの置物……amaizo専用機器に成り下がっている

・電話
ナシコは電話が苦手
かけるのもとるのも苦手
生理的に無理

・奥様
旧友が幼くなってるのに最初は気付けず「娘さんかな? 似てるなー」と
暢気していたが、どうにも本人っぽいのにびっくり。
でもまあそんなコトもあるよね、と楽しいお喋りにシフトした。無敵。


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第四話 そのサプライズは俺に効く

 正式に連絡するからねー、と言われて早三日。

 いつ連絡が来るかもわからないのでおちおちお買い物にも行けない俺は、まあ宅配があるので生活に問題はなかった。

 

 ピンポーン、とインターホンの音が鳴る。

 化粧台に向かって櫛で髪を梳いていた俺は、ぎくりと身を固くして、化粧台の下に潜り込んだ。

 なになになに不審者!? 山にわざわざ来る人おる!? あ、宅配かな……? 基本置き配だけど、でかいのが多いときはサインが必要みたいで顔を出さなきゃだし……。でも、それは昨日やったよ? 地獄のような時間だった……。「あれっ、娘さん? お母さんは?」って戸惑われて死ぬほど答えに窮した。人生最大の苦難だったねあれは……。などと考えつつ、お台所からフライパンを持ってきて握りしめつつそっと玄関の扉を開ける。

 

「失礼します。ナシコさんのお宅で間違いないでしょうか」

 

 ……なんか、黒服が二人訪ねて来たんですけど……。

 あ、ちなみにナシコとは俺の名前である。

 この世界で過ごすにあたって新しい名前を用意しようと考えた結果、ナナシノゴンベかヒョウタンツギのどちらかまで候補を絞って、結局第三勢力のナシコにしたのだ。

 フルーツの名前が入ってるの、なんかツフル人みたいだね。ツフル人の名前を持った地球人だー! ……なんちて。

 

 さて、黒服さんに怖々と要件を聞けば、俺を招待するようブルマさんに言いつけられて来たみたい。

 電話じゃなかった……良かった……。

 でも急な訪問は心臓に悪い。ちょっと怖かった。

 山のふもとに止められた車に乗り込んで都へ出発。

 

 ……なんか、誘拐されてるみたいだな。

 後部座席に座りながらぼんやりとあほな事を考えた。

 

 

 

 

 ブルマんちにやってきたのだが、すぐにはブルマさんの下へ行けなかった。

 使用人ぽい格好したロボットに更衣室に連れ込まれて高級そうな洋服に着替えさせられた。

 子供向けの、でもしっかりした作りのドレス。ちょっとサイズが合ってなかったけど、腰回りの紐を背側で結ぶ事でぴったりフィットするよう引き締まった。隙の無い作りだね。

 

「じゃーん。サプライズパーティよ」

「…………ひえー」

 

 おめかしが終われば、今度こそブルマさんの下へ案内される運びとなった。

 そこは賑やかなパーティ会場に変わっていて、ラフだが上品な格好をしたブルマさんが細長いグラスを手に得意気に俺を誘った。

 

「あの、こ、これ……お礼って……もしかして」

「ええそうよ。これ、あんたのために開いたんだから!」

 

 お礼と言ってももっと軽いものを想像してたのに、スケールがでかくて恐縮してしまった。

 

 丸テーブルがいくつか並べられ、視界の左右に屋台まであって香ばしい匂いや甘い香りが漂ってくる。

 なのに見る限り参加者は数人しかいない。それが余計に小心者の俺にダメージを与えるのだ。

 

「こじんまりとした感じになっちゃったけど、お礼にはなるわよね」

「はい、じゅ、十分です」

 

 こくこく頷けば、なぜかブルマさんはふふっと笑って、それから「ちょっとー」と誰かを呼んだ。

 遠めにヤムチャが見えたので彼を呼び寄せたのかと思えば、違う。

 呼びかけに応じたのは見知らぬおばさんと女性だった。

 

「こちら芸能プロダクションのオーナーさんよ」

「どうも」

「あ、どうも」

 

 ぺこりと会釈するおばさんに頭を下げる。

 芸能……プロダクションのオーナー……。パーティだから、そういう人もいる……って訳じゃなさそうだ。

 

「アイドルになりたいって言ってたでしょ? お礼はこれよ。その道へのチャンス」

 

 それはまた、凄いお礼だけど……いや、俺別にアイドルになる気はないんだけど。

 あれは言葉の綾というか、自分のかわいさを一言で言い表すためのツールというか。

 しかしそれを伝えようにも口下手が発動して声に出せないし、そもそも今この場で「アイドルになる気なんかありませんよ?」なんて言ったら、オーナーまで呼び寄せてくれたブルマさんの顔に泥を塗ってしまう事になる。

 

「お嬢様からお話をお聞きしてね、この機会に今度うちでオーディションを開く事にしたんですよ」

 

 とオーナー。

 ブルマさんの『お礼』の正確なところは、そのオーディションへの参加権。

 書類審査だとかの代わりにオーナーさんと直接こうして面と向かい合ってお話して、それで後日開催されるオーディションへすぐ参加できるよう取り計らってくれた、らしい。

 

「顔はかなりいいし体形も良いわね。声も悪くない。大人びた雰囲気も感じられる……多方面の活躍が期待できそうなアイドルの卵ね」

「ええ。ぜひ彼女を育て上げたいです」

 

 顔を寄せてこしょこしょっと口早におばさんと女性が交わす言葉は、俺の地獄耳がはっきりと捉えていた。

 期待されてる……。この顔や体を褒められるのはとっても嬉しいが、そういうプレッシャーには弱い。お腹痛くなりそう……。

 

「それじゃ、話はここら辺にして、今日は楽しんでいってね」

「は、はい……」

 

 ウィンクしてくれたブルマさんには悪いけど、色々話が急すぎて正直ついていけないのが本音だった。

 が、そう言う事もできず。

 

 なら素直に楽しんじゃえ、と気持ちを切り替え、屋台に襲撃をかけることにした。

 

 

 

 

「やあ」

「……」

 

 とりあえず色々料理を手にしてテーブルに移動し、ウマウマーとパクついていれば、ヤムチャが近付いてきた。

 気さくに手を挙げられるのに反応できないのは申し訳ないが、現在両手が埋まっていてね。しょうがないよね。

 秘かにテンション上がってるのも一因かも。

 

「俺はここに居候させてもらってるヤムチャってもんだ」

「もぐもぐ……」

「ああ、急いで食べなくてもいい。ちょっと聞きたい事があるんだが……」

 

 いくら相手がヤムチャとはいえ、話しかけられて返事をしないのは失礼だ、と口の中のものをのみ込もうとしたら、手で制された。

 はて……俺に聞きたい事? ヤムチャが? ……見当もつかないな。

 

「君は、空が飛べるのか?」

 

 真面目な顔をして何を言うかと思えば、舞空術の事だったのか。

 なんでそんな事聞くんだろう。ヤムチャもできるよね。

 ……あ、いや、まだできないのか。

 それで、前会った時に俺が空飛んでるの見て、気になったのかな?

 

「ああいや、すまん。今のは忘れてくれ! はは……」

 

 もぐもぐごくんとやったところで、ヤムチャは急に恥ずかしそうに笑い出した。

 かと思えば俺に背を向けて歩いて行ってしまう。「そうだよな、生身で空を飛ぶなんてありえないよな」と呟いているのが聞こえたけど、あいにく「いや、飛べるよ」なんて今さら声をかけるコミュ力は俺には無い。すまんヤムチャ。がんばれヤムチャ。君もそのうち飛べるようになるさ。

 

 その後は、やってきたブルマさんに学校生活やら悟空との冒険の話を聞いて過ごした。

 あんまりちゃんと喋れなかったけど、楽しい時間だった。

 久々に人とちゃんと会話した感じ……。

 はぁー、生きてるなぁって実感する。

 

 こんな機会をくれたブルマさんには心からの感謝を捧げねば。

 ほんとーにありがとう。

 

 ……という気持ちをこめて会釈したところ、「ありがとうが言いたいならちゃんと声に出しなさいよねー」と笑われてしまった。

 ぐぬぬ。

 

 このままでは終われないわね。

 くらえ、渾身の投げキッス!

 ふはは、めちゃかわモテロリの投げキッスだ、避ければ地球が吹っ飛ぶ! 受けざるをえんぞー!!

 

 ……ぽかーん、って顔された。

 しかもブルマさん、十分くらい無反応になって、声かけても揺すっても返事一つしてくれなかった。

 

 ……そんな酷いもんだったの?

 

 俺は心に深い傷を負った。

 

 と傷心してたら、いや、あんまりかわいいから魂抜けてたわ、とブルマさん。

 現金な俺はそれだけでめちゃんこ嬉しくなって、+ブルマさんに心を全開で開いた。

 もぉー、口が上手いんだから。ブルマさんの頼みならなんでも聞いちゃうぞー。

 

 え? もう一回やって?

 ……え?

 ……え、改めてやれと言われると凄い恥ずかしいんですけど。

 

 むーりぃー。

 

 

 

 

 その日の内にオーディションの日程と場所が記された書類が家に届けられた。

 住所が割れてるってなんか不安だなー、と書面を眺めながら思う。

 友達いなかったからこれまでは誰が知らなくとも問題なんかなかったんだよな。

 でも、俺にもお便りくれるお友達……いや、知り合いができてしまったのだ。

 ふへへ。

 

 普通に怠惰に過ごしているうちにオーディションの日になった。

 体重落して、とか体絞って、とか食事制限を、とか色々考えてたけど、結局何一つ実行しないまま都へ。

 

 ビルみたいな建物へ入って、緊張しながら受付さんと話して、控室で時間を待って。

 同じくオーディションを受けに来た女の子達は若さが溢れていて、自分だけ場違いな気がして居心地がすっごく悪かった。

 ファッションセンスも俺には理解できないレベル。

 はははー、なんで俺こんなところにいるんだろうね。

 自分の撒いた種だからね、自分の手で刈らねば。

 

 「その気はない」と表明できない自分の気弱さをそういった言葉で誤魔化して、途中でやってきた係員さんに渡された丸っこいナンバープレートを胸に付け、十数分も待ってようやく会場へ。

 

 やや薄暗い照明の落ちる会場は広い広い一室。

 たぶんそこへ昇るんだろうステージの脇に審査員らしき方々がいて――前にあったオーナーのオバサンと女性はいなかった。贔屓はしてもらえそうにない――、パイプ椅子がずらーっと並び、男女多くの人が座っている。

 奥側の壁に並んでいる機器はカメラだろうか? 様々な機器の下に立つ人達が数台の大きなカメラをステージへ向けているのを見て、ひょっとしてこのオーディションはテレビで放送されたりするんだろうかと考えた。

 

 もしそうなら……ぶるるっ。ただでさえ凄い緊張がいっそう強く。

 握った手の内は汗でびっしょり。お手洗い行きたくなってきちゃった。

 よく見たら椅子に座っている方々は各々手帳を開いていたりデジタルカメラを弄っていたりしている。記者っぽい……。

 

 審査員とは反対側に並べられたパイプ椅子に番号順で座っていく。

 俺の札には29の文字。今回の参加人数は30人だから、かなーり後の方だ。

 良い事なのか悪い事なのかわからない。

 

 

 

 

「29番、どうぞ」

「ひゃいっ!」

 

 とりあえず先に審査を受ける子達を見て受け答えを用意しようとか考えてたんだけど、頭の中真っ白で何も対策できないうちに、ついに出番が回ってきた。

 

 ガタタッと立ち上がり、ぎくしゃくと壇上へ。ああー自分でも駄目な動きしてるのよくわかる。右手と右足同時に出てるし!

 焦るな、焦るな俺。十数年生きてきた意地を見せるんだ。

 アイドルやれってんならやればいいだけの話。言っちゃえばそれだけの、簡単な事だ。

 

 ええと、アイドルってどんなもんだっけ……笑顔……? 笑顔だな。

 笑って乗り切れ。えへへっ、ぴーすぴーす。

 

 

 ………………だれか、はんのうしてください。

 

 

 歌唱審査があったので翼をくださいを歌った。

 踊りの審査があったので恐怖のフリーザダンスを踊った。

 特技はあるかと聞かれたから「空飛べます!」と舞空術やった。

 

「うーん、合格」

 

 これまでの人生の中で一番全力出して突っ走った結果、見事合格しちゃいました。

 くそったれ。

 

 

 

 後日郵送された合格通知を見てこれが現実なのだと改めて知った俺は、観念して職に就くことにした。

 アイドル始めました、なんて、冷やし中華じゃないんだから……。

 あ、そういえばあのオーディションの放送今日だ。

 

 テレビをつけてみたら、「アイドルへの道」みたいな題でちょうどやってて、まさに俺の審査が始まったところだった。名前を呼ばれて立ち上がった俺に画面が寄る。

 

 ……なんだあの赤面ダブルピースは……。

 

「ひ~ん、恥ずか死ぬよう」

 

 俺がめちゃくちゃ可愛いせいで合格しちゃったけど、対人能力皆無なのに接客業の極みみたいなアイドルなんてできる訳ないじゃん! そんなの考えなくてもわかる事だよ!

 鏡見て「かわいい~!」とか「ちっちゃーい!」とか自分で褒め殺したりするのは大丈夫だけど、人に見られるのは駄目だ。あがってしまって訳わかんなくなる。

 ステージの上でへまして笑いものなんかになった日には、ほんとに死んじゃうかもしんない。

 

 ……俺、生きて原作に合流できるのだろうか。




・恐怖のフリーザダンス
アツいぜ。

・感想とか
評価とかぜひお願いします! なんでもするから!


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第五話 アイドル始めました / 成長始まりました

 大歓声の中、スポットライトで照らされて立つ俺は、どこか遠くの方の意識で戦慄していた。

 

 し、信じられん……!

 まさかこの俺が、こんな変身能力を持っていたとは……!

 

 胸の内の若本が慄いている。

 それは仕方のない事だ。

 

「あなたのハートにデスビーム♡♡♡ みんなのアイドル、ナシコちゃんだよぉー!!」

 

 信じて送り出した俺がアイドル稼業にドハマリするなんて、思いもしなかったからな……。

 

 

 

 

 オーディションから半月。

 各種手続きを終え、晴れて駆け出しアイドルとなった俺の最初の課題は、煌びやかなステージやファンの人との触れ合いとかではなく、長く苦しいレッスンだった。

 

 女性のトレーナーさんに(しご)かれつつダンスして、歌唱力を鍛えて――いくら俺の声が綺麗だと言っても、歌が上手い訳じゃなかったから――、他のアイドルさんや社員の方とお話してコミュニケーション能力を鍛えて。

 

 ダンスはいいんだ。

 無尽蔵の体力と果てしないパゥワー、音速を越えるスピード、あっと驚く技、残念な頭脳。

 これでどうとでもなった。ぶっ通し続けて十曲だろうが二十曲だろうが躍り続けられたし、休憩はいらないからその分練習できて上達も早かった。

 このボディにはダンスの才能があったんだろうな。音感もかなり良いみたい。前世じゃ音痴だったのに、ドレミファソラシドがはっきり区別できる。歌ってて楽しい。

 

 でも肝心なのは体力だとか、才能じゃない。

 何より俺のやる気が大事で、それがなければ一定のところで天井にぶち当たっていただろう。

 

 ところがそうはならなかった。

 ある理由で俺にやる気が満ち溢れたからだ。

 

 脅威のぺたんころりぼでーを持つ全てにおいてパーフェクトな俺のファーストライブ。

 緊張しすぎで全身震えながら出たステージでは、たくさんの人が俺を出迎え、応援してくれた。

 

 ライブ前に宣伝されていたとはいえ、無名のアイドルの最初のライブを見に来てくれる方がそんなにたくさんいるとは思ってなくて、驚きで緊張なんてどこかへいってしまって。

 放映されたオーディションの時点で俺のファンになってくれた人が結構な数いたみたいだというのは、後で教えてもらった話。

 

 練習で培った全部を全力で出しきった()のファーストライブは、盛況のまま終わった。

 

 嬉しかった。

 ライブが成功に終わったのだけじゃない。ライブ中、ずっと嬉しかった。

 

 笑顔を見せれば、笑顔が返ってくるのが言葉では言い表せないくらい嬉しくて。

 一つ一つの動作に注目され、熱のこもった瞳で見られると、見られた部分が火照ってきて、すごく興奮した。それが癖になっちゃって、終わった後もしばらくはずーっっと興奮が治まらなかった。

 

 ファンの方々の熱気と、想いの渦と、情熱の世界。

 ()はそれの虜になってしまったのだ。

 

 ファンとの掛け合いなんてできっこないって思ってたのに、気付けばノリノリでやっていた。

 パフォーマンスには私の感情全部が乗っていたと思う。

 それがお客さんに伝播して、悦んだり楽しんだりしてる気持ちは、私にもはっきり伝わってきて。

 練習してない動きも即興で織り交ぜて、お客さんに声をかけて盛り上げて、会場全部が一つになって。

 

 夢のような時間はあっという間に過ぎ、私――俺は、またレッスンの日々に戻った。

 

 

 

 

「ナシコちゃん、ライブの時と普段とじゃ、全然性格が違っちゃうんですもんね」

 

 そう言って俺にスポーツドリンクを渡してくれたのは、俺を担当してくれている、いわゆるプロデューサーのタニシさん。前にパーティーで会った女性だ。

 親切な人で、俺が口ごもったりすぐには答えられなかったりしても、笑顔で待ってくれる。

 彼女を信頼するにはそれだけで十分だった。

 

「あ、は、はい……そう、です……ね?」

 

 性格が違う、と言われても、意識してやってる訳じゃないからなんとも言えない。

 でも、なんとなく彼女の言う通りな気がした。

 

 性格というか、人格というか。

 いつもの俺とアイドルの俺とでは、はっきり違っていると自分でも思う。

 普段の俺は前世から地続きの男としての俺で、ステージの上でアイドルやってる時の俺は魂まで女の子になってしまっている。

 

 今ここでかわいこぶりっこしろと言われたら羞恥心に邪魔されてとてもじゃないができないけれど、ステージの上ならどんなにかわいらしいポーズをとったって恥ずかしくなったりしないし、幾らでもできる。むしろ積極的にやっていくだろう。

 そんな感じ。

 

 ステージの上の()にとっては、アイドルだから恥ずかしい事なんて一つもないんだって考えなんだと思う。

 ……これも一種の職業病なのかな。 

 

 それから、ステージ上と普段の違いといえば、人との会話が苦手なのがいつもの俺って部分だろうか。

 ステージの上ならすっごい舌が回って、歌ははっきりしっかりで、マイクパフォーマンスも噛んだりする気配は微塵もない。

 ところがどっこい、普段の俺とくれば、どんなにたくさんの人と交流しても口下手が直る気配はなかった。

 

 ……それほど十数年の一人暮らしが祟ってるんだろうか。

 前世はどうだったかなあ。もうちょっと上手い人付き合いをしてた気がするんだけどな。

 

「ふふっ。それもまたかわいいって、みんなで話してたんですよ」

 

 恥かしい事をこっそり教えてくれるタニシさんに、俺は顔を赤くして俯いた。

 噂になってるのも恥ずかしければ、かわいい、って言われるのも恥ずかしい。

 何度も言うけど、普段の俺の自意識は男なのだ。ついでに自分で自分をかわいいと言うのはいいけど、他人に言われると駄目なんだってば。

 

 ブルマさんに言われるのも恥ずかしくてしょうがないくらいだったんだから。

 「ライブ見たわよー、ちゃんとアイドルやれてたじゃない。三十いくつとは思えなかったわ」と傷を抉ってくる彼女は悪魔のようだった。

 

 

 

 

 光陰矢の如し。

 

 春夏秋冬あっという間に流れゆき、一年二年経つと、体の変化が顕著(けんちょ)になった。

 成長期の体ゆえに一年間で何㎝も背が伸びるし、体は丸みを帯びて第二次性徴ぐんぐんと。

 前回と似たような成長を辿る体に苦々しい気持ちでいっぱいになった。

 

 アイドルの時の俺は「ファンのみんなと過ごす時間とともに成長できるなんて、なんて素敵なんだろう!」、なーんてロマンチックな思考をしているが、冗談ではない。俺は永遠の子供でいたいのだ。

 前回おばさんになるまでぐーたらしてたのと違って今回はしっかりアイドルっていうハードなお仕事してるから綺麗な体を保ててるし、それだけに余計にもったいなく感じてしまう。

 

 どうか胸よ、大きくならないでー。

 むむむ。

 

 無駄でした。

 膨らんできてます。

 

「でぇじょうぶだ、ドラゴンボールがあれば(しぼ)ませられるさ」

「……時々よくわからない事を言うのもかわいいって言われてるんですよ」

「ひぇっ……」

 

 しまった、タニシさんが傍にいるのにぶつぶつ独り言を言ってしまった。

 悪い癖だな。直さなくちゃ。

 

 まあ、今の独り言がそのものずばり。

 俺は再びドラゴンボールで願いを叶えるつもりだ。

 今度こそ永遠に若返らせ続けてくれって言うんだ。

 

 それで……願いを叶えた後はどうしようかな。まだアイドルやってようかな?

 レッスンを重ねれば重ねるほど自分の成長がわかって楽しいんだよね。

 技のキレもスピードも、アイドルになる前となった後じゃ天と地ほどの差がある気がする。

 

「じゃない!」

 

 慌てて自分の頬をはれば、パァンと良い音がした。

 

 アイドルやってようかなー、じゃないよ!

 ドラゴンボールの物語を追うのはどうしたんだってんだ。

 というか、ずーっとほったらかしでまだ一回しか悟空に会った事がないってどういう事よ。

 ブルマさんとはもう数えきれないくらい顔合わせてるのに。

 

 ……わかってる。原因はアイドルにドハマリしちゃった事しかない。

 実は、ドラゴンボールの物語を思い出したのはつい最近だったりする。

 

 まだ昼なのに空が暗くなって、アイドルの俺は『ちょうど歌の雰囲気にあった現象が起こるなんて、私ってば天に愛されてる!』なんて暢気な事を考えていたけど、アイドルモードが切れたらすぐ気付いたよ。それが神龍の出現による現象なんだって。そして同時に物語の事を思い出したのだ。あ、今カリン塔だかレッドリボン軍壊滅だかの時期か、って。

 

 ブルマさんとよく話してたくせになんで忘れてんだよと自分で呆れてしまった。

 情熱はあるんだ。ドラゴンボール大好きだよ。物語を身近に感じたいし、その場にいて、悟空達と一緒に戦いたいって気持ちだってあるんだ。男だもの。永遠の憧れだ。

 けど、アイドルってのは忙しいのだ。特に俺は、自分でいうのもあれだけど人気が高いからなおさら。

 

 こないだ全国ツアーしたばっかりでアンコールツアーしようとしてるくらい愛されてんの。……なんて、普段の俺でさえこんな風にアイドルを気持ち良いと感じ始めちゃってるから……まあ、アイドルやめて悟空のストーカーになるって手はないな。

 むしろ俺はストーキングされる側である。

 

 気を抜いていたって大猿に踏みつけられても大丈夫な俺といえど、それで安心はできないから不審者やそういった類のものには気を張っているのだ。

 そしたら気を読めるようになった。

 一般人のごく小さい、妙に乱れた気をほとんど毎日探ってたからかな。

 寝る前にやってる瞑想も効いてたのかも。……それはないか。瞑想とか言いつつすぐ寝ちゃうし。

 

 でも、時折物語が進行してるって実感が湧く瞬間があって、そうするとアイドルほっぽり出して悟空の下へ行きたくなってしまう。

 今やめたって俺が大変な事になるだけで、紹介してくれたブルマさんの顔に泥を塗るような事にはならないだろう。

 二年間働いたんだから、義理は果たしたと言えるだろうから、やめちゃったって……。

 

 ……よく、ないよね。

 うん、よくない。

 タニシさんやオーナーさん、ファンの皆を裏切る事はできない。

 俺自身、歌うのが好きで、躍るのが好きで、アイドルが大好きで、だから、やめる事なんてできっこない。

 

 ……お休み取れたら、一度ブルマさんを通して悟空にコンタクトとってみようかな。

 あらやだ、そう考えた瞬間どきどきしてきた。動悸が激しい。まさかウイルス性の心臓病では。

 ……単にあがっちゃってるだけか。

 

 

 

 

「お休み、ですか? ……あっ!」

 

 タニシさんに直談判したところ、こんな反応が返ってきた。

 三年間一日も休まずずーっとお仕事してた俺の現状に気付いたらしい。

 スケジュール帳を素早く捲っていた彼女は、手を止めると申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「すみません、ナシコちゃんすっごく体力あるから……」

「いえっ、その、私そういうのだけは、得意ですから……へへ」

 

 そういう風な対応されちゃうと心苦しくてたまらないんだけど。なんだかこっちが悪いみたいだ。

 

 しっかりスケジュール調整をして、今度纏まったお休みが取れる事になった。

 ふぃー、やっとだよ。物語に合流しようって思ってから二年以上経ってようやくだ。

 俺の見た目年齢も中学生くらいにまで成長しちゃっている。これ以上はやだなって思ってたところなのだ。

 

 二年。

 

 こんなに時間があっても動かなかったのは、すぐに若返りの願いを叶えるために、ドラゴンボールがその輝きを取り戻す一年もの時を待ったからだ、と言える。

 ……嘘です。忙しさを理由に、ちょっとめんどくさがってました。

 おかげですっかり体大きくなっちゃったぜ。

 

 でもこれだけの時間アイドル活動してきたんだから、知名度は抜群。

 もしかしたら原作のキャラクターみーんな俺の事知ってるかも……なんてね!

 

 ふふふ、お休みの日が楽しみだ。

 

 

 

 

 エイジ753年。

 最大の恐怖が間近に迫っている事を、この時の俺は、まだ思い出せていなかった……。




TIPS
ナシコちゃんの全国ツアー
・移動はもっぱら舞空術

アイドルナシコちゃんのパフォーマンス
・残像拳で増える
・エネルギー波の花火を打ち上げる
・光る
・飛ぶ

・"デスビーム♡♡♡"
三連射で放たれる気功波。当たると少しの間痺れる。


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第六話 恐怖のピッコロ大魔王……!

 

「わくわく」

 

 俺は今、テレビの前で非常にわくわくしている。

 口に出して言っちゃうくらいどきどきしている。

 

「まだかな、まだかなー」

 

 というのも、今日この時間帯に放送が開始される二時間ドラマに、俺が主演で登場するのだ!

 役者さんじゃないのに主役を貰えて、張り切って演技して、ちゃんとした映像は実際に放映されるまで見ないようにしていたから、今日を心待ちにしていたのだ。

 これで心が躍らない訳がなく、孫悟空がわくわくするのとおんなじくらいわくわくしているというわけ。

 

 キンキンに冷やしたコーラと各種おやつを取り揃え、視聴の準備は万端。

 あー、緊張でめっちゃポテチ食べてしまうー。

 パリパリ。

 脂分塩分その他もろもろがマッハで脂肪に変わっていく。うへ。

 

 

 このスーパーアイドルナシコちゃんの知名度と人気はついに世界規模で広がって、そのために世界ニュースに出演の依頼がくるまでになった。

 この俺の素晴らしき姿が全世界に発信される。これはもう、世界制覇を成し遂げたと言っても過言ではないだろう。ふはははは。案外ちょろかったなあ、世界。

 

 三日くらい寝ずにぶっ通しでライブやったり思い付きの修行であの世に行きかけた直後にライブやったりなぜかアイドルモードになれないまま涙目でライブやったりした事もあったけど、うん、ちょろいちょろい。

 

 ……ぐすん。俺、頑張った。

 コミュ障なりに、めっちゃ頑張ってファンの人達と交流した。

 その甲斐あって人気はうなぎのぼり。

 

 苦労が報われる瞬間、というのとはちょっと違うけど――大抵苦労は常に報われ続けているのがアイドルだから――、目に見える形として、今日(こんにち)のドラマ出演と相成ったのだ。

 ニュースの方が凄いのだろうが、俺としてはドラマに主演で出演できた事の方がよっぽど嬉しい。

 『国王様との対談』なんてのもやろうかって話まで持ち上がっているけど、それよりよっぽどだ。

 

 世界中どこを見てもナシコちゃんに溢れている。世はまさに大ナシコ時代……あれっ、台無し子? ……「大」ってつけると途端に酷い名前になるな。

 ええい、とにかく、俺はドラマを見る事で――それも、ファンの人達と同じタイミングで――大きな感情を得たいのだ。

 みんなとの感情の共有。それこそがアイドルの喜び。

 だからこうしてテレビの前で正座待機しているのだ。

 

「あ、始まった……!」

 

 『この後すぐ!』からCMを挟んで、ついにドラマが始まった。

 最初は俺のモノローグから始まる。夢見る乙女が青春する、今時珍しい学園モノのラブストーリー。

 初々しい演技が良いって監督が言ってくれたのを覚えている。それはたぶん、単に口下手を発揮してただけなのをそう捉えられたのだろうけど。

 

 それにしても、演技ってのは難しいもんだったなー。

 アイドルモードの俺は一種の興奮状態にあって積極性が増すんだけど、演技するとなると『アイドルらしく!』とはかけ離れているせいか中々スイッチが入らず手こずった。

 

 その分、OKが出た時の達成感はこれ以上ないくらいで、撮影の期間である数ヶ月はアイドルやってる時や修行してる時と同じくらい充実した時間だった。

 

 人付き合いが苦手ではあるけど、他の役者さんとご飯食べに行ったりおしゃべりしたりするのも楽しくて、自然な笑顔になれていた気がする。

 

『その……。私……』

 

 きたきた!

 クライマックス手前。

 わちゃわちゃ甘酸っぱい青春だとか擦れ違いだとかを経たストーリーの後半で、ついに主人公である私が想い人のカレに告白する。

 

 この告白のシーンが最も厄介だった。

 なにせ、台本ではここだけ台詞が空白だったのだ!

 監督曰く、『女の子の生の言葉が聞きたい』らしくて、告白の台詞は俺が自分で考える事になってしまったのだ。

 ただでさえそういった経験の無い俺はこっぱずかしい台詞を読み上げるだけでも胸の中が崩壊直前のナメック星並に荒れるのに、自分で考えた言葉ともなると……あわわわわ。

 

 あまりの羞恥心にあらん限りの大声を上げながら上空に逃れる、というのを三回くらいやってしまった。

 不覚である。

 だけど俺はやり遂げた。成し遂げたんだ、最後まで。

 

『わっ、私……ね?』

 

 画面の中で清楚な美少女然とした俺が、頬を染めて小さな口を必死に動かしている。

 言葉を絞り出そうとする緊張がこっちにまで伝播してきて、手に汗握ってしまった。

 どきどきが止まらない。

 

『私、ずっと』

 

 決意を秘めた少女が、ぐっと顔を持ち上げた。

 同時に俺も身を乗り出す。画面に顔を近付けて、自らの勇姿を確認しようと固唾をのんで見守る。

 

『あな――ブツッ』

「……ぶつ?」

 

 言った覚えのない奇妙な台詞がテレビから聞こえたと思ったら、一瞬画面が砂嵐に飲まれて、すぐ切り替わった。

 机とマイクと犬の顔。

 ……なぜ、いきなりテレビに国王様が……?

 

『国民よ……! 落ち着いて聞いて頂きたい……!』

 

 毛に脂汗を伝わせながら、拳を握り込んで苦々しく言う国王様の言葉は、俺の耳を通り抜けていくばかりだった。

 状況が呑み込めない。

 俺の番組は? 俺の勇姿は?

 ……あっ、ひょっとして間違えてチャンネル変えちゃったかな?

 俺ってばおっちょこちょいなんだから~、と照れつつ拾い上げたリモコンのボタンを押す。

 

『誰かこの無法者をやっつけてくれい!!』

 

 あれ。

 あれ。

 あれれ。

 

 リモコンが……壊れたのかお??

 

 何度ボタンを押しても画面は切り替わらずに国王様がお映りになっていて、ならばと別のチャンネルに変えれば、やっぱりそこにも国王様の御姿があり、俺の勇姿はどこにもない。

 

「……はあ?」

『このわたしがお前達の新しい国王となった、ピッコロ大魔王様だ』

 

 俺が映るどころか画面にナメック星人が一匹増えた。

 

『毎年の5月9日、ピッコロ記念日にクジを引く事にする』

「……あ゛あ゛?」

 

 訳のわからんことをごちゃごちゃ抜かしつつくじ引きに興じ始めたナメック星人を前に、俺は女の子が出しちゃいけないタイプの声を発しつつも、頭ではなんとか現状を理解し始めていた。

 なるほど、なるほど……現在は原作で言うところのピッコロ大魔王編なのか。

 あー、あー。確かにあったなあこんなシーン。子供の頃漫画で読んだっきりだったから忘れてたよ。

 

 世界を恐怖に陥れるために、国王様の権限を使った全国一斉生放送……ははあ、視聴率ぶっちぎりだろうなあ? 俺なんかの番組なんかよりよっぽど……ね。

 

『このピッコロさまのやり方が気に食わんやつは、いつでもキングキャッスルに来るが良い! ……間違いなく早死にする事になるだろうがな』

「ふーん。そういう事言っちゃうんだ? ……ふーん」

 

 立ち上がれば、膝の上に置いてあったリモコンが滑り落ちて軽い音をたてた。

 その場でジャージの上着を脱ぎ捨て、クローゼットに向かいながらズボンも脱ぎ去り、リストバンドもぽいぽいぽいぽい。ズシリズシリと重い音をたてて落とす。

 代わりにクローゼットから上下一体の黒いドレスを取り出して頭からすっぽりとかぶった。

 

 背側の服の中から両腕で髪を抜き出せば、扉の内側にある鏡には、ブルマさんから貰った勝負服、星空のドレスを纏うアイドルがいた。

 落ち着いていて上品で、控え目なフリルが可愛いスマートな上側。胸や腰のくびれなど体のラインがはっきりと出ている。

 数枚重なってふわりと広がるスカートはしっとりと深い夜空に濡れて、てんてんと散りばめられた星達が良い味を出していた。

 純白のレギンスと厚手のブーツで見る者全てがバッチリカイガン。

 

「よぉし、これで良い」

 

 言いながら勢い良く踵を返した俺は、玄関には向かわず、手っ取り早く居間の窓を開けて窓枠に足をかけた。もはや居間を抜けて玄関に向かう事すら手間に思えたのだ。それほど頭が沸騰していた。

 

「ピッコロはどこだ……? ああ、あっちか。わかりやすいくらいに気色悪い気だな」

 

 目を細めて気を探り、位置を特定した俺は、次には遥か空に飛び立っていた。

 

 待ってろピッコロ、お望み通り刃向いに行ってやる……!

 

 

 

 

 道中頭が冷えて冷静になる、なんて事もなく怒りは常に有頂天。

 なびく髪は時折翻って天を突く。

 

 怒ってるんじゃない……凄く怒ってるんだ。

 アイドルである俺の晴れ舞台をっ、こっ、こんな形でぶち壊すだなんて……!

 

「絶対に許さんぞ……!」

 

 怒りをたたえてぶつくさ言った数分後にはキングキャッスルに到着した。

 一瞬眼下に見えた眩しい頭は天津飯か。黒髪の男……気からしてヤムチャと肩を並べて何かと戦っていた。

 

「ぬおっ!?」

「!!」

「おあっ!?」

 

 ――いた、と過去形なのは、まあ俺の到着に際して敵らしき生命体を消し飛ばしてしまったからだ。

 ちょっと頭の上にでも乗ってやろうと思ったら溶けて消えてしまうとは、なんと脆い種族よ。

 おかげで地面が陥没してしまった。ピッコロ大魔王め……ひでえ事しやがる。

 

「なっ、なんだきさまは!」

「お前、ナシコ……ナシコちゃんじゃないか!」

「知り合いなのか、ヤムチャ! ……味方か」

 

 驚くピッコロに、俺を呼ぶヤムチャに、ほっと息を吐く天津飯。

 気を読む事ができるようになったという俺の考えは、どうやら自惚れではなかったようだ。それぞれの様子が手に取るようにわかる。

 ピッコロが平静を取り戻して口の端を吊り上げるのは目の前で見ているのだから当然として、背後にいるヤムチャが片足を骨折しているのも、そのためか僅かに浮いて行動を補助しているのもよくわかった。

 ……ヤムチャってば舞空術使えるようになったんだ。

 

「ふん、またのこのこと馬鹿者が死にに来たようだな」

「…………」

 

 静かに呼吸をして、気を抑える。

 大魔王の不遜な物言いに言い返さないのは、何もこんな時に口下手を発揮しているからではない。

 というか俺は敵対した相手ならば普通に話せる。何を言おうが敵なのだから遠慮はいらないんだし。

 

 俺の沈黙をどう受け取ったのか、ピッコロは笑みを引っ込めて腰だめに拳を構え、ゆっくりと腰を落として戦闘態勢に入った。ピリピリと空気が震える。

 

「いまどきのガキというのはどいつも礼儀を知らんようだな。どれ、新国王となったピッコロ様が直々に(しつけ)てやろう」

「おあいにく」

 

 相手が背を低くしても、まだ俺の方が小さい事になんとなく安心感を覚えながら――まだ成長しきってないって変なところで実感した。大丈夫、まだオバサンには程遠い……――短く答える。

 

「逃げるんだ! ナシコちゃん! そいつはとんでもなく恐ろしい奴だ!」

「そこを退け! 俺が時間を稼ぐっ!! 全力の気功砲を受けてみろ……!!」

 

 盛り上がっている後ろには悪いが無視させていただいて、俺は一歩、ピッコロへ歩み寄った。

 見た目相応に歩幅が小さいとはいえ、相手は巨体だ。その一歩でお互いの間合いに入る事が出来た。

 

「一言いっときたい事がある」

「辞世の句か? いいだろう、許してやる」

 

 ほう、お許しが出たか。

 ならば……。

 思い切り息を吸い込み、背を仰け反らせる。

 

「この俺を差し置いて生放送とは、千年早いわバカタレーーッッ!!」

「!!!!!」

 

 見えない気弾でも放たれたように大魔王が大きく仰け反り、足がざりざりと地面を削って後退る。背後の塔が揺れ、地面が捲れ上がって粉々に砕け散った。

 浮き上がったその体を睨みつければ、まるで時間が引き伸ばされたかのように世界の全てがゆっくりとした動きになる。

 目を見開いて浮くピッコロへ歩み寄るのは至極簡単な事だった。

 

「アイドルがグーパンはまずいから、平手でいかせていただく」

「……!」

 

 しゅっと手刀の形にした手を眼前に持ち上げ、気を纏わせる。ビームソードの形ではない。ただ気を集めただけのもやもやな形状。

 こんだけコケにされたんだ、一発くらいぶち当てても誰も文句は言わないだろう。

 

「あの世で後悔しろ!!」

 

 振り上げた手を奴の腹めがけて突き放つ。風を切り裂き、音を超えた一撃は。

 

「ぐぬっ!」

 

 必死の形相で腰を捩ったピッコロにより、服を切るだけに終わった。

 ぴゃっと手から飛んでいった気弾が塔を突き抜け空へと消えていき、一瞬後に眩い閃光を生む。

 嵐のような突風にばたつく髪を手で押さえ、俺は振り返った。

 

「おめぇ……すげぇなあ」

 

 黄色がかった雲、筋斗雲から下りたばかりといった様子の孫悟空が口を開けて俺を見上げている。

 突然の登場に驚く事はない。悟空がここに来る事はあらかじめわかっていた。知識としても、感覚としても。

 彼の気を感じて物語の事が頭を過ぎり、一瞬手が鈍ってしまったのだ。ピッコロに避けられたのはそれが原因だろう。

 

 ……悟空見てたら一気に頭が冷えてきたんだけど……。

 

 う、迂闊な行動しちゃったかなー……?

 確かに俺は原作にくっついて動きたいって思ってたけど、原作を壊したい訳じゃなかった。

 間近で彼らの活躍を見たいっていうファン魂を持っていたのに、今回の軽率な動きは危うくその思いを根本から崩してしまうところだった。

 

「あっ」

「消えた……」

 

 悟空に見られていると、考えなしの行動をした事がとんでもなく恥ずかしくなって、赤くなりそうな顔を見せないためにキングキャッスルの頂上、屋根の上へと避難した。

 

 必死に気を抑えて屋根の陰に隠れる。

 でもなぜか、悟空はじっとこっちを見ているような……。あっ、ついでにきょろきょろしていた天津飯とヤムチャもはっとしてこっちを!?

 間一髪、塔に身を隠した俺は、恥ずかしさが消えたら『このまま高みの見物と洒落込もう』という予定を変更してこっそり帰る事にした。

 もう、どの面下げて彼らの戦いを見ればいいのか全然わからなくなってしまったのだ。

 

 今回の件は、ちょっと反省しなくっちゃな……。

 軽はずみな行動が及ぼす悪影響だとか、そもそも原作知ってるんだからしっかり覚えてたらこんなにがっかりする事もなかったのに、とか。

 そこら辺、今一度練り直すために、ちょっとメモでもしようかな。

 

 

 

 

「あー、思い出した思い出した」

 

 家に帰り、ジャージに着替え直した俺は、机に向かってノートに原作の物事を走り書きした。

 それがセル編終盤へ及んだ時、あー、と何度も頷く事に。

 

 

『――視聴率100% セル、独占生放送』

 

 

 ……許せんね。

 いずれ銀河中を虜にするナシコちゃんを差し置いて、視聴率100%だとぉ……!?

 それはつまり、その時間帯に俺がどれだけ頑張っても、みんなの目は俺に向かないって事じゃないか!

 耐えがたき屈辱だ。今から対策を練らねば!

 

「セルめ、目にものを見せてやるぞ……絶対にだ……!」

 

 その日は日付を越えるまで、ずっとガリガリと作戦をノートに綴っていた。



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Z
第七話 ピッコロ大魔王を応援


 

「ピッコロさん、好き」

 

 とかなんとかアイドルにあるまじき台詞を吐いたのは、見た目年齢十四歳にまで成長してしまった銀河のアイドルことナシコちゃん。つまりは俺である。

 

 頬をぴくぴくさせて何か言いたそうにしているタニシさんからすたこらさっさと逃げて事務所へ入り込んだ俺は、ソファに背を埋めて息を吐いた。

 

 そもそもなぜわざわざタニシさんの前でそんな事を言ったのかといえば、彼女が「天下一武道会って知ってます?」なんて言い出したからだ。

 タニシさんが格闘技のファンである事は、長い付き合いだ、幾度か話題に(のぼ)って知っていたけど、まさかこんなところでその単語を聞くとは思わなかった。

 

 俺は、瞬時に「今原作はどの時期だ」と脳内検索を開始した。

 ……ふかーく記憶を探らないとわかんないくらい把握してないって、ファンとしてどうなのかな、と思っちゃったり。

 

 時はエイジ756年4月下旬、アイドル真っ盛りの俺の最近の悩みは胸のお山が成長してそろそろ見た目が高校生くらいになりそうな事と、年齢が三十代後半になってしまっところかな。

 ……この世界に来た当初の自分の見た目から「8歳である」と設定してから経過した年数をプラスして三十幾つであるってだけで、前世含めたら五十代後半である。オバサン通り越しておばあちゃんに差し掛かろうとしてるよ。

 

 それはそうと、俺はちゃーんと思い出せたぞ。次の天下一武道会って、ピッコロ大魔王の生まれ変わり、つまり俺の良く知るZ戦士のピッコロさんが初めて表舞台に姿を表す時だ、って。

 

 ……前回、ピッコロ大魔王に文句言いに行ってから、今回のピッコロの登場までおよそ三年。

 その間お前何してたのと聞かれれば、俺はそっと目を逸らさざるをえない。

 

 仕事……。

 お、お仕事、してました。

 

 テレビがない地域にだって足を運んだし、恵まれない子供達のためのライブもしたし、全国ニュースの生放送にまで出演したし、映画にだって出た。

 はあ忙しい忙しい。忙しいから悟空さに会いに行く暇がねーだよ。

 ドラゴンボールを集めに行く暇もまったくないよ。

 といいつつ文句だけは言う。このままじゃまたオバサンになっちゃうぞ、っと。

 

 ああでも、三年間原作に一欠けらも関わらなかったのか、といえばそうでもない。

 ブルマさんと一緒にカメハウスに行ったりした事もあったし。

 その時はちょうどクリリンがいて、ブルマさんに紹介された俺は大歓迎された。

 具体的には、クリリンに

 

「あー! おれ、この子知ってます! ナシコちゃんですよ! アイドルの!」

 

 って囃し立てられたり、亀仙人のじっちゃんに

 

「ふーむ、どうりでめんこい訳じゃ。しっかし別漫画のキャラみたいな顔しとるのう」

 

 って褒められたりしたのだ。

 

 ファンに声援を送られるのも嬉しいけど、こちらが一方的に知っている彼らに囃し立てられるのは満更でもなかった。セクハラはご遠慮願いたかったけどね。

 クリリンはあいにく修行の旅の途中でカメハウスに立ち寄っただけらしく、すぐに出て行ってしまったから、俺はこの機会に亀仙人様に教えを乞おうと思った。

 

 といっても、ここで修行させてくれ、なんて頼むつもりはない。亀仙流とアイドルとで二足の草鞋はできないだろうからな。ちょっとお話を聞くだけに留めた。

 

 良い機会だし、自前の気功波だけじゃ物足りなくなっていた俺は、じっちゃんに擦り寄って「おねがぁい」とおねだりする事で、かめはめ波を見せてもらう事に成功した。

 

 海を割っていく光は綺麗で、これが本場のかめはめ波か、と感動したものだ。

 

 お礼のツーショット写真はばっちり笑顔。じっちゃんも大満足のアイドルスマイル。

 これで俺も本物の技を覚えられたから、これくらい安い安い。

 本当は俺の生写真なんて数万から数十万するんだけどね。

 ……ちょっと盛った。普通に良心価格で数千ゼニーだよ。世界に数枚しかないだとかそういった限定的なものは数百万だけども。

 

 じっちゃんにやたら手とり足とり腰とりされつつも構えも教えていただけたし、文句なしに俺だって「本場のかめはめ波」の使い手になれたのだ。

 この世界にやってきたなら、これだけは絶対に覚えておかなくっちゃ。

 後は魔閃光でしょ、魔貫光殺砲でしょ、ギャリック砲でしょ、あ、できれば本場のデスビームも覚えたいし、バーニングアタックもいいなあ。

 うん、やる気出てきた。そろそろ本格的に原作に合流しちゃおっかな!

 

 と気合いを入れたところで、コンコンとノックの音がした。

 

「ナシコちゃん」

 

 思考に沈んでいた意識を浮上させれば、ちょうど事務所の扉が開いてタニシさんが入ってくるところで、彼女は頬を膨らませてちょっと怒り顔だった。……結構年いってるだろうに、似合うなあその顔。

 

「もう、どうして逃げちゃうんですか」

「あ、その、す、すいません……えへ、えへへ」

 

 寛いでいた体勢からさっと体を丸めて太ももの間に両手を差し込みつつ、なんとか言葉を返す。

 長い付き合いの相手でもどもっちゃうのは仕方ない。これはもう、俺のキャラみたいなもんだ。

 もう何年も人付き合い繰り返してきたのにぜーんぜん治る気配がないんだから、どうしようもないでしょ?

 ……なので治す気はもうない。

 いいじゃん、意思疎通できるんならさ。むしろ、人と会話できるんだよ? それだけで凄いって言えるだろ!

 

「そ。それで、あのお……」

「天下一武道会の観戦に一緒に行きませんかって、お誘いしたかったんです」

 

 結局なんの用だったのか、って聞きたかった俺の意図を察して答えてくれた彼女は、すぐ隣に座ると、持っていた一枚の紙を俺にも見えるように広げた。チラシだ。

 チラシには『第23回天下一武道会、開催!』の字が躍っている。

 

 この時期の大会は、まだマイナーなものなんだったっけ。

 テレビとかで放送されるようになるのはミスターサタンが優勝する頃で……つまり、今ならばまだ観戦しに行くのは割と簡単である、と。

 

 しかし、俺は知っている。

 この大会は危険だ。

 ピッコロは観客がいたって容赦なく気功波を撃ちまくるし、超爆発波で会場とその周囲を消し飛ばしてしまう。

 光弾は俺が気合いで掻き消せばいいだけだし、天津飯の回りにいれば爆発波はなんとかなるだろう。

 でも万が一って事もあるから、なんとか彼女に武道会の観戦をやめさせなければ。

 

 タニシさんにもしもの事があったら、きっと俺は笑顔でいられなくなってしまう。二度とアイドルなんてできないし、ドラゴンボールのお話どころじゃなくなっちゃう。

 浅い付き合いではないのだ。失くしたくない人。

 

 ……何を言えば行くのやめてくれるかな。

 こんなに行きたがってる彼女に「NO!」を突きつけられるほど俺は対人能力に優れてないし、口が上手い訳でもない。

 ……なら正攻法だ。

 

「あっ、あっ、お仕事、あるじゃないんですか?」

「ふふっ、大丈夫ですよ。きっちりお休みが取れるよう、調整いたしますから」

 

 なんとっ。

 彼女の有能さが障害になる時がくるとは夢にも思わなんだ。

 

「でも……」

「ナシコちゃん」

 

 なおも言い募って、なんとか行くのをやめさせようとする俺の肩に手を置いた彼女は、優しげな笑みを浮かべて顔を寄せてきた。

 

「休むのも、仕事の内ですよ」

「あっ……」

 

 完全論破。

 俺が人様に口で勝とうなぞ百年早かったようだ。

 

 仕方がないのでその気になった俺だぜ。

 いそいそと出かける支度をして、タニシさんに一言断ってから近くの100ゼニー均一ショップへと走った。

 購入したのは無地の布と細長い木の棒。それだけ。

 

 事務所に戻り、休憩時間を利用してこれらで工作する。

 完成したのは『頑張れマジュニア!』とマジックで書かれた応援旗だった!

 そしてタニシさん用に『負けるな孫悟空!』と書かれた応援旗も作成し、彼女に手渡す。

 

「……?」

 

 まだ大会に参加する選手の名前なんてわからないのになぜ、みたいな顔をしているタニシさんに、「まあいいじゃないですか」とてきとーな言葉を投げかけておく。

 幸い孫悟空は前回の大会で準優勝しているから、その実績に彼女は納得して小さく旗をふりふりした。ちょっとかわいいと思ってしまった。

 

「さ、そろそろレッスンの時間ですよ。今度の曲は三人ユニットで、でしたね」

「はい。えと、ベテランさんと、新人の子と組むんです……」

「ふふ、頑張ってくださいね!」

「は、はいっ」

 

 初めてのチームでの行動に不安がいっぱいだが、アイドルモードの俺に敵はない。「私、甘いものがだぁいすき!」とか恥じらいもせず言っちゃうような奴なのだ。……俺だけど。

 ちなみに、普段の俺もアイドルの()も甘いものは特に好きではない。アイドルだし、その方が良いかなって思っての発言だ。腹黒い? これが人付き合いというものではないのか?

 

「あ、そうそう」

 

 扉に手をかけたところで思い出したような声が聞こえてくるのに振り返れば、タニシさんが顎に指を当てて思案顔をしていた。

 なんだろう。何か言い忘れた事でもあったのかな。

 

「後で、『ぴっころさん』という方についてお話聞かせてくださいね?」

「ひぇ」

 

 やだ、笑顔なのに怖い。

 アイドルに恋愛はご法度だもんね。口は災いの元、だ。

 ひーん。

 

 

 

 

 飛んで、5月某日。

 俺達は天下一武道会会場へと足を運んだ。

 ちなみに俺はウィッグと眼鏡で変装している。これでも結構有名人なのだ。せっかくの大会をお騒がせしたくないので三つ編みまでして地味子になってみたぜ。

 

 いやあ、この時ばかりは成長しちゃってて良かったなって思った。

 もしも今の俺がまだろりろりしいボディを保っていたら、溢れ出るかわいさに誰もが気付かずにはいられんかっただろうからな。はっはっは。

 

「あら? あれはひょっとして、孫悟空さんでは?」

 

 と遠くを指差すタニシさんは、帽子をかぶって薄着してる程度で変装とかはしていない。彼女は有名人って訳でもないからね。俺だけばりばり変装してる。……お忍びデート、みたいな感じ?

 

 指の先に視線をやれば、受付前に集まる小集団が見えた。

 なるほど確かに悟空がいる。背が伸びて凛々しくなった。これじゃあもう「悟空」だなんて呼び捨てにはできないよ、「悟空さん」だよ。ふああ……見てるだけでドキドキしてきたあ。

 でも彼はチチさんの婿なので危険な恋はしないのです。そもそも俺、心は男なままだしね。

 それでも惚れちゃうのが彼の魅力だ。

 

 そいでもって割と近くの人混みの中に緑色も見つける事が出来た。ターバンで触角を隠したピッコロ大魔王の生まれ変わりこと、マジュニア選手だ。

 

「大きくなりましたねえ、孫選手……なんだか怖い顔してますけど、緊張しているのでしょうか」

「怖い顔?」

 

 タニシさんの言葉が気になって悟空の方を見れば、たしかに怖い顔をしてきょろきょろしている。

 きっとピッコロの気を感じ取ったのだろう。ふふふ、二人の試合が今から楽しみだ。耳を澄ませばざわめきの中にある彼の声を聞き取る事ができる。

 

「この会場にもっととんでもねえ奴がいる……そんな気がするんだ」

「え? おい、誰なんだよ、そのとんでもない奴って」

「わかんねえ……気配がでかすぎて、どこにいるのかすらわかんねえんだ。オラ、こんな超パワーの気感じんの初めてだ……!」

 

 あら^~。戦慄する悟空とクリリンの会話に、こっちまで緊張した空気が伝播してきて胸が高鳴る。

 やっぱ原作の物事は間近で見るのが一番だ。ただ傍で見て、聞いているだけなのにこんなに心が躍るなんて、アイドルやってるのと同じくらい楽しいじゃないの!

 

「チッ……どこだ、どこにいやがるんだ……!?」

 

 一人うきうきと盛り上がっていれば、俺の地獄耳がピッコロヴォイスを捉えた。

 あれっ。あなたさっき、しっかり悟空の事見てなかった?

 いったい誰のことを探してるんだろう。

 

「そろそろ観戦できる場所へ移動しましょうか」

「あ、はい」

 

 考えてもわからないので、思考を放棄する事にした。

 タニシさんに促されるまま歩き出す。

 と、後ろからヤムチャの声が聞こえた。

 

「そういやブルマ、ナシコちゃんはどうしたんだ? 大会にエントリーはしていないみたいだが」

 

 ドキッ。

 な、なんでヤムチャは急に俺のような超銀河アイドルの事を話題に出したんだ?

 ……いや、言葉から察するに、三年前にでしゃばったのが原因だろう。

 あの一瞬だけで強キャラ認定でもされてしまったのだろうか?

 

「はあ? 当たり前でしょ。あの子アイドルよ? ア・イ・ド・ル。戦える訳ないじゃない」

「ああいや……」

 

 彼らから離れて行く俺に代わってブルマさんが言い返してくれた。

 そーだそーだ、アイドルはかよわいんだぞー。

 ……嘘です。毎日鍛えてるから、正直強いよ。

 神龍から貰ったスーパーパワーは衰えるどころか日々増していってるんだから。

 きっと現地球最強は俺だね。

 ……あ、地球には魔人ブウが眠ってるんだったな。

 地球人最強は俺、という事でひとつ。

 

「おいヤムチャ、そのナシコってのは……」

「ああ。あの時の女の子だ」

 

 天津飯とヤムチャの交わした言葉を最後に声は聞こえなくなって、俺は非常にもやもやした気持ちで観客達の波に紛れ込んだ。



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第八話 強襲! 超銀河アイドル!!

 

「大興奮でしたね!」

 

 とは、第23回天下一武道会が終わった後のタニシさんの言葉。

 

 一般人である彼女にとって、今回たまたま赴いたあの場所で見聞きした事は驚きと未知の連続で、彼女の世界は大きく広がった事だろう。

 目に見えない攻防、よく俺がやってる気功波に舞空術、多彩な技。

 ついには神の登場ときて、さらには天津飯が気功砲で地面に開けた穴に避難する際、彼らとともに行動した一体感は普通じゃ得られない経験だっただろう。

 俺も、自分が物語に関わるだけじゃなく、大切な人が自分の大好きなストーリーに触れてくれる事が何より嬉しかった。

 

 しかし、あれほど暴虐の嵐に見舞われて笑顔でいられるタニシさんの精神的タフさは凄い。

 死の恐怖とかは感じなかったんだろうか、と思いつつ彼女と話していれば、ピッコロの超爆発波の際にほんの少し漏らしちゃってた事が判明した。

 ……わーお。

 

 そんなシモのお話もできるくらい、今回の件で俺とタニシさんの仲は深まった。

 やはり「ふれー! ふれー! まーじゅにあ!」「がんばれがんばれそんごくー!」と一緒になって応援旗を振り回しまくったのが大きかったのかな。

 

 ファン心理というか……あの時の俺とタニシさんは一心同体だった。ピッコロは自分に向けられた思いがけない声援にちょっと戸惑ってたけど。でも悟空さんは嬉しそうにしてたな。自分を応援してくれる人がいるって事にじゃなくて、ピッコロにも声援がある事を。

 

 きっと、悟空さんだけが応援されてピッコロは恐れられるだけっていうアウェーな空間じゃ、フェアじゃないって思ったんだろうな。彼らしい思考だ。

 ……いや、直接聞いた訳じゃないから、あってるかどうかはわかんないんだけども。

 

 ちなみに悟空さんとチチがくっついた時のために用意しておいたクラッカーは、使った時滑った感満載だったものの回りの歓声に救われた。

 アイドルとしてのパフォーマンスは大得意だけど、囃し立てるとか、盛り上げるとかは素の自分じゃ無理みたい。そういう系は苦手なんだと改めて気づいた。苦い思い出である。

 

 しかし、結婚、結婚ねえ。

 俺はアイドルだから結婚なんかしない、というよりできない。

 というのは、ううん、言い訳に過ぎないかな。

 いい年通り越して結婚適齢期なんてぶっちぎってる俺だけど、この容姿と肩書きなら嫁の貰い手はいくらでもいるだろう。

 

 しかし俺の心を掴める男がいるとは思えないので、たぶん俺は生涯独身。

 それでいいよ。誰が好き好んで男に抱かれるか。ホモかよ。

 

 と、俺は悟ったような思考をしていたのだけど、恋に恋する乙女なタニシさんは武道会での電撃結婚に触発されてか、恋愛話やら婚活話をよく振ってくるようになった。興味のない話題ほど地獄に思える事はないぞ。

 つらい。

 

 

 

 

 最近は歌って躍るだけじゃなく、トークに演技にと多方面に進出するアイドルナシコ。

 リポーターの真似事したり、ゆるキャラになったり、野球の始球式に出たり。まあ色々やって、忙しい忙しいと動き続けているうちにあっという間に5年もの時が経っていた。

 

 前回の三年間より時間的猶予は多かったはずなのに、今回の方が時の流れが速く感じられて、まっったくと言っていいほど悟空さん達と関わる事ができなかった。

 

 ブルマさんとは、やはり頻繁に連絡を取り合っている。宇宙にまで名が届かんばかりのアイドルと初期の初期から知り合いだっていうのは、結構彼女の自尊心を満たすみたい。

 それはそれで嬉しい。俺が彼女達に何かしらの影響を与えられる事は、俺の自尊心だって満たす。

 

 ただ、5年も経てば、さすがに俺もいい年だ。現在転移当初から数えて43歳、前世含めれば63歳だ。

 見た目だって完全に大人の女になってしまった。ライブの時の明るい私とは打って変わって、目元の涼しげなクールな美人さん。……って、自分でいうのもなんだけど。

 

 体はまだ若いとはいえ、胸はもうオバサンだった時と同じくらいの大きさに達している。

 重くはないが……いちいち邪魔だし、うざったい。要らないんだよなあ、こういうの。

 

 でも、俺が自分のおっぱいを疎ましがってるのはタニシさんには絶対に内緒。

 恵まれない彼女の前でそんな素振りを見せたら百年の友情だって殺意に変わってしまう事請け合いだ。

 いいじゃん、まな板。俺はそっちの方が好きなんだけどなあ。

 

 こんなだから彼氏もできないんだ、もう一生結婚できないんだって嘆きつつお酒を(あお)る彼女に付き合って酔っ払えるようになるまでにはあと一年必要か……。短いようで長い。

 はぁー、はやく俺も酔えるようになってこの愚痴を聞き流せるようになりたいよう。

 

 

 

 

 ガーリックJr.がドラゴンボール使っていたのを見たから太陽に投げ飛ばしてやった。

 お前俺がせっかくやる気だしたってのに何やってくれちゃってんの。

 ブルマさんから借りたドラゴンレーダーが泣いてるんですけど。

 永遠に死と再生を繰り返してろばーかばーか。

 

 もういい。今日は疲れたから帰って風呂入って寝る。

 って、悟飯ちゃんが取り残されてるよ。

 悟空さんがマッハで飛んできてるみたいだから、彼がくるまで相手してあげよう。

 

 ほーら、べろべろばー。アイドルのナシコちゃんだぞー。

 ……うわあ、凄い戸惑われた。精神年齢見誤ったな。

 落ち込んでいると、逆に悟飯ちゃんに慰められてしまった。

 これじゃどっちが御守りしてんのかわかんないね。

 

 悟飯ちゃん攫ったと勘違いされて悟空さんにめっちゃ睨まれたのがトラウマになりそうな今日この頃。

 この後めちゃくちゃ涙で枕濡らした。

 

 

 

 

 地方巡業してたら隕石降ってきた。

 ……隕石じゃなくてポッドじゃん!?

 これは……ふっふっふ、なんたる偶然か。前々から温めていた作戦を実行せよとの神様の思し召しかな?

 そうと決まればちゃちゃっとお仕事終わらせてカメハウスまでひとっ飛びしなくちゃ!

 

 

 

 

 やってきましたカメハウス。

 能天気な俺と違って、小島には緊迫した雰囲気が満ちていた。

 

 ラディッツ発見。見事なMハゲである。でも髪はもっさもっさしてるね。顔埋めたい。髪質固そうだけど。

 建物の陰に身を隠しているピッコロも上空からなら丸見えで、ついでに家の壁に突き刺さってるクリリンの足も良く見えた。

 

「! また警戒信号か……故障してやがる」

 

 スカウターを弄ったラディッツが忌々しげに吐き捨てたその瞬間に悟空が仕掛けた。

 が、膝蹴りを腹に受けて倒れてしまう。

 戦闘力の差が如実に表れているな……。

 

 ラディッツが悟飯ちゃんを脇に抱え、高笑いを上げながら飛んでいくのを見下ろしつつ、こっそりとついて行く。

 これからの作戦においてスカウターに探られてはたまらないから、極限まで気を抑えての移動になるため、ラディッツに追いつく事ができずすぐ見失ってしまった。

 が、気のコントロールができない彼の気配は駄々漏れだ。ちょっと探れば居場所なんて手に取るようにわかったので、そちらへ飛んでいく。

 

 ……あっ、今下をカカロットとピッコロが通ってった!

 俺ももう少し急がないと、戦いを見逃してしまうぞ!

 

 

 

 

「魔貫光殺砲ォーーーーッッ!!」

「ぢぎっ……ぢっ、ぢぎしょぉおおお……!!」

 

 動きを止めるために羽交い絞めにしていた悟空さん諸共、螺旋を伴う光線がラディッツを貫く。

 こうなる事を知っていて高みの見物をしていたのだけど、悟空さんの『やり切った』って笑顔を見てると、なんともいえない気持ちが胸を満たした。

 

 ピッコロがラディッツへと近付いていく。その最中に交わされる、一年後に現れる二人のサイヤ人の事。ドラゴンボールの事。

 ……これで悟空さんの修行フラグが立ち、そしてナッパとベジータがここへ来る事が確定した。

 さて、と……そろそろ俺の出番かな。

 

「さ、さらに強い戦士が……!」

「ひっひっ……一年の間に、せいぜい楽しんでおくんだな……しょ、所詮貴様らは」

「! むおっ!?」

 

 話を遮るように放った光弾が、とどめを刺そうと腕を振り上げていたピッコロの真横に着弾した。

 凄まじい土煙と風が巻き起こる中に髪を押さえて飛び込んでいく。

 悪いがラディッツは貰った!

 

 顔を顰めて倒れ伏す弱虫兄貴の尻尾を掴もうとして、不意に何かが俺の腕に触れた。

 

「ずあっ!」

「ひゃあ!?」

 

 こっ、これはピッコロの腕!

 伸ばされた腕に掴まれて煙の中から引き出された俺は、空中で体勢を整えて着地し、素早く状況を確認した。

 ……あーら、ピッコロさんってばきっちり俺を視認してるじゃないか……まいったなあ。

 

「な、なにものだ、きさま……! こいつの仲間か!」

「…………」

 

 だが、こういう事態は予想済みだ。

 万が一にも俺がナシコであるとわからないようにきっちり地味子に変装してきた。これで何食わぬ顔してナシコの時に会いに行けるぞ。

 ……?

 あ、あああっ!? 「誰だ!」と問われた時のための台詞は考えてなかったあ!?

 ど、ど、どうしよう。どうすればいい?

 

 ええい、こうなったら!

 

「ふっふっふ……」

「何がおかしい……!」

 

 笑って乗り切れ大作戦を実行したら、めっちゃ睨まれた。

 ピッコロ、頭に血管浮かせまくって今にも攻撃を仕掛けてきそうだ。怖い。ちびりそう。

 だが、映画やドラマで培ってきた俺の演技力を舐めちゃいけないぜ。なんとか取り繕って、何か、何か台詞を考えなくちゃ!

 

「ッ……!」

 

 ザッと一歩踏み出し、両手を広げてみせれば、気圧されたようにピッコロが息をのんだ。

 にまり。口の端を吊り上げ、眼鏡のレンズ越しに彼の顔を見据える。

 ここらへん、全部ノリである。人間ノリの良い方が勝つのだ。

 ついでに頭に浮かんだ台詞を吐いて逃亡する事にしよう。

 

「私の名は、セル。……人造人間だ」

「!」

 

 渾身の若本ヴォイスを真似た自己紹介(似てない)にピッコロが目を見開いて驚愕し、しかし人造人間とはいったい何かがわからず戸惑っているうちに、そっと両手を自身の額に当てる。

 

「太陽拳っ!!」

「ぐわあっ!?」

 

 カアッと世界が光で満ち、その隙に俺は気を探ってラディッツの位置を特定し、舞空術で飛び立つと共に彼の戦闘服を引っ掴んで攫った。

 ピッコロは目を押さえて悶えている。あれなら追って来れないだろう。

 

 とりあえずは第一関門突破。

 さて、お次は勧誘と洒落込もうか。



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第九話 勧誘! サイヤ人!!

誤字報告ありがとうございます!
執筆時のメモ残したまま投稿してるとか頭悪すぎて笑えない……
報告して貰わなかったらオラおっ死んでたぞ


「うぐ!」

 

 あの小島から十分離れた無人島に下り立ち、どさっとラディッツを落とす。

 うん、さすがサイヤ人、タフだ。胸を貫かれたのにまだ生きている。トドメさえ刺されなければ回復に向かいそうだな。……さすがにそれはないか。

 けど、どちらにせよこれじゃあ今すぐに話はできそうにない。

 しょうがないなあ。世話の焼けるやつだ。

 苦悶の表情を浮かべてうつ伏せに倒れる彼を楽にするべく、そっと手を向ける。

 

「……! おっ、お、ガハッ! がふ、ごほっ……!」

「俺の気を少しわけてやった。後は勝手にしろ」

 

 自らの気をラディッツの背へ放ち、回復を手伝ってやれば、彼は腕をついて身を起こしてから激しく咳込んだ。

 そしてなんとかといった様子で立ち上がり、目の前に立つ俺を苦しげな表情で見下ろす。

 うわあ、背ぇ高いなあラディッツ。迫力満点だ。

 

「せっ……!」

 

 癖になってるんだろう、誰何(すいか)する前にまずスカウターに手を伸ばしたラディッツに、瞬時に詰め寄ってスカウターを取り上げる。

 こいつの通信機能は厄介だ。これからのお話はベジータ達には秘密にしたい。

 なので、さっきの小島までぽーいと放り投げちゃいましょう。

 届くかな? 届かなくても、あんまり支障はないか。

 

「せ、戦闘力っ三万だとぉ……!?」

 

 行動を起こすのが少し遅かったからか、戦闘力を探られてしまった。

 かわいそうに、ガタガタ震えていらっしゃる。

 

 三万、かあ。それが今の俺の戦闘力なのかな。むむむ、結構弱い?

 というか、気を抑えたつもりだったのに駄々漏れだったのか、くそー。

 やれてるつもりで全然できてないとか凄い格好悪い。

 

「やあ、こんにちは」

「ひっ」

 

 え、「ひっ」て何よ「ひっ」って。傷つく反応だな。

 

「な、なんなんだ貴様は……!」

「俺……私……んー、まあ俺でいいか。俺の名はターレス。もとい、ナシコちゃんです」

「……なんなんだこいつは……!」

 

 あれ、ちゃんと答えてやったのに疑問から自問へとシフトしていらっしゃる。

 おーい、ちょっとー。なんで俺を無視するのかなー。

 お話ししたいからわざわざ連れて来たんですけどー?

 

「なあお前。俺と一緒に来る気はないか?」

「なんだとっ貴様、誰に向かって口を……っ! ぐぬ……!」

 

 俺の不遜な物言い一瞬憤ったラディッツは、どういう訳か踏み止まって目を逸らした。

 ……ああ、戦闘力三万が効いてるのね。そりゃ怖いよね。自分達サイヤ人の中で最強を誇る、戦闘力一万八千のベジータを大きく上回る地球人なんてさ。

 

「ど、どういう事だ……説明しろ! なぜ、俺を助けた……!」

 

 それでも宇宙一の強戦士族のプライドか、言葉遣いはそのままに問いかけてくるので、偉そうに腕を組んで頷いて見せる。

 

「お前を手下にするためさ」

「手下、だと……?」

 

 胸に手を当てて苦しげに息をする彼を見上げ、そうだ、と再度頷く。

 そのためにピッコロがお前を殺してしまう前に間に入り込んだのだ。

 

「宇宙を気ままに流離って、好きな星をぶっ壊し、美味い物を食い美味い酒に酔う……こんな楽しい生活はないぜ?」

「……! …………。」

 

 ……反応がない。

 やっぱ人の台詞丸パクリな勧誘は駄目だったかな? でも俺、そういう台詞とか考えるの凄く苦手なんだよなあ。

 ……うん、自分じゃ考えられそうもないし、このままゴリ押ししよう。

 

 と言う訳でふんぞり返って気を高めてみた。

 ラディッツは土下座した。

 

「な、なるっ! お前の手下にでも仲間にでも、なんにでもなってやるぞ!!」

「ほお……そうか。ふっふっふ、跪いて命乞いをするなら仲間にしてやっても良いぞ」

「ぐくっ! ……た、頼む! 仲間にしてくれっ! なんでもするっ!!」

 

 震えを大きくして地面に頭を擦りつけるラディッツの姿に、俺はイケナイ扉を開いちゃいそうになっていた。

 ああー、人をいじめるのってこんなに楽しいもんだったんだ……ふへへ。背筋がぞくぞくするわぁ。

 おおっと、いかんいかん! 何を悪者しちゃってるんだ、俺は! このままでは死んだ時に地獄行きになってしまう!

 アイドルが地獄行きとかNGでしょーが! だめだめだぁめぇ、だ!

 

「丁重にお断りする」

「ッ……!!」

 

 とか言いつつ、もうちょっと苛めちゃったり。

 だって、俺ラディッツ好きなんだもの。

 好きな子を苛めるのが男の子なのである。

 

「ぎっ! クソッタレがああああ!!!」

「んっ……」

 

 で、そんな好きなキャラクターであるラディッツが原作じゃぜーんぜん活躍の場もなく死んだままだったのが不憫だったので、こうして手を差し伸べに来たっていうのに……おやおやあ? ラディッツ君はなんで俺に気功波を撃ったのかな? 埃を巻き上げるためかな??

 

「あ……あ……!」

「おいおい、そう邪険にするなよ」

「ばっ、馬鹿な……そんな馬鹿なっ……!?」

 

 風が砂埃を運んでいけば、無傷の俺が姿を現す。

 俺に手の平を向けたまま口を開けて立つラディッツは、もはやこれで理解したことだろう。

 イエスと答えるしか道はない、と。

 

「まあ、そう悪いようにはしないからさあ。……ん?」

 

 ちょっと興奮して変な事ばかり言ってたけど、好きな事好きなだけ言って落ち着いてきたので、態度を柔らかめにして気さくに話しかけてみる。

 と、組んでいた腕に何かが触れる感触がして見てみれば……服が破れていた。

 

「…………」

 

 お洒落なドレスは無残にもボロボロで、腕で押さえていた部分しか布が残ってないし、中に着てたキャミソールも左の肩紐が千切れてぺらりと捲れ、裏の布地を見せてしまっている。

 スカートだってところどころ穴開きで太ももとか見えちゃってるし、土とかで汚れてしまっている。

 幸い肌着が残って胸を死守してくれてるのだけが救いだ。

 ……めちゃくちゃ恥ずかしい事に変わりはないけど。

 ……。

 

「弱虫ラディッツじゃなくて……」

「……はっ!?」

「変態ラディッツじゃねえか、このクズ野郎ォ!!」

「な、ぶごっ!?」

 

 羞恥心から震える拳を握り込んでのお返しパンチは、ラディッツをゆうに数百メートルは吹き飛ばした。

 あ……いけない、加減が利かなかったんだけど……い、生きてるかな?

 

 慌てて後を追って様子を見に行けば、案の定息をしていなかった。

 せっせと心肺蘇生法を施し(口から血を吐きまくるのが凄い怖かった)、気を分け与えてなんとか復活させる。

 

「はっ!? お、俺はいったい……」

「大丈夫?」

「ひいっ!?」

 

 目を覚ました彼を覗き込んだら全力で逃げられた。

 ので、全力で追って叩き落とす。

 ……また瀕死になってしまった。

 てへっ。失敗失敗。

 

 

 

 

 ラディッツが気を失っているうちに家に連れてきた。

 胸の穴はすでに埋まっている。一粒だけ入手しておいた仙豆を食べさせてあげたのだ。

 こないだカリン塔行って仙豆譲ってもらったのが生きたぜ。

 

 庭に埋めて育てようと思ってたのさっき思い出して掘り返したから土塗れだったけど、怪我が治るんだから文句は言わせない。

 ちなみに仙豆はちっとも育ってなかった。

 ちっ、仙豆量産計画は失敗に終わったか……いや、三日坊主して放置してたのが悪いのかもしれないけど。

 

「と言う訳で、一緒に住もうね」

「……わ、わかった」

 

 起こして、脅して、今日から君は家の子だって説明した。

 ……めっちゃ不満そうな顔やね。アイドルと一つ屋根の下で過ごせるとかこれ以上ないくらい幸せな事なんだぞ。

 

 はあ。さすがに不満を持たせたまま一緒に生活する事はできないだろう。

 ここはちゃんと話し合って、お互い信頼を持たなくちゃね。

 ラディッツ相手なら普通に話せるから、心行くまで会話するとしよう。

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介するけど、俺はナシコっていうんだ。よろしくね」

「……ラディッツだ」

 

 居間の机の前に座る彼へ紅茶を渡し、向かい側に腰を下ろす。

 あ、お砂糖何個入れる? ……要らない? ミルクも? ……ストレートが好きなんだ。……違う?

 俺はどばどばお砂糖とミルクいれちゃうぞー。大丈夫、めっちゃ運動すれば太ったりしないからね!

 

「俺の仲間になるのは嫌だって顔してるね」

「そっ! ……んな事は、ない。俺は、お前の仲間になる」

「無理しなくていいよー。正直に言って、地球人の女に良いように扱われるのは我慢ならないでしょ」

「……」

 

 力いっぱい歯を噛みしめ、僅かな怯えを含んだ目で俺を見るラディッツを真っ向から見返していれば、やがて恐る恐る頷いた。

 うんうん、素直が一番だ。

 

「でも、それって今までの君と何が違うの?」

「……どういう、意味だ」

「そのままの意味だよ」

 

 屈辱的な隷属状態にある、だなんて、そんなの今までと同じだ。

 フリーザの配下に収まらざるを得ない状況下に置かれ、同じサイヤ人である仲間には弱虫と蔑ずまれている。

 地球人の女の手下になるのと全然境遇違わないじゃん。

 

「いや、違う! フリーザ様は俺達サイヤ人を拾って下さった! 帰る星の無い俺達に良くしてくれる!」

「……あれ?」

 

 フリーザ様? って、なんでラディッツがフリーザ様に『様』付けて呼ぶんだ?

 ……あっ!

 ああ、母星を壊したのはフリーザ様だって知らないのか。だから慕って……不憫だなあ。

 

「あのね、フリーザ様って、言うほど良い人じゃないよ?」

「馬鹿な事を言うな!」

「そもそも惑星ベジータが消滅したのは巨大隕石が衝突したからじゃない。サイヤ人を脅威に感じた宇宙の帝王が、ちゃちゃっと始末するために消し去ったんだ」

 

 ん、でもフリーザが惑星を破壊する事にしたのは、破壊神ビルスがそうしろと言ったからだっけ?

 映画だかアニメでそんな事言ってた気がするけど、さすがに細かい事は覚えてないぞ。

 

「でたらめを……!」

 

 憤って立ち上がろうとまでする彼を押し留めつつ、強制的に話を続ける。

 

「でね、その時にたった一人、フリーザ様……フリーザの裏切りに気付いて戦ったサイヤ人がいたんだ」

 

 君のお父さん、バーダックだよ。

 そう告げると、ラディッツは目を見開いて絶句した。

 「なぜ、」とか「まさか」とか、口を小さく開閉させて声なき声を発している。

 俺がお父さんの名前を知っているのが驚きで、そしてそのために、彼にとっては突拍子もないこの話が現実味を帯びてきたのだろう。

 

「まあ、いったんその話は置いといて。今の、自分が一番下の状況ってのに嫌気がさしてないかなあ、と聞きたかったんだ」

「……何? 嫌気……だと」

「うん、そうそう」

 

 ズズッと紅茶を飲み干して、彼にも飲むように勧める。

 思案していた彼は反発せず素直にティーカップを取って――持ち手に指が入らず、鷲掴みの形になった――一息で飲み干した。

 うーん、良い飲みっぷり。

 

「下級戦士なのに戦闘力一万を超えていた親父さんと比べて、弱虫ラディッツって馬鹿にされる現状はどうなの?」

「貴様……おちょくっているのか!」

「違う違う。あー、ここにスカウターがあれば説明しやすいんだけどなあ」

 

 今のラディッツは、瀕死の状態から復活したために気が大きくなっているはずだ。

 それを数値で見て貰い、サイヤ人の特性について説明すれば、『あなたはお父さんを超えられる。ナッパやベジータだって見返せる』『だから一年後まで、俺と一緒に修行しよう』という言葉が響くと思うんだけど。

 

「……スカウターならば、俺のポッドに予備がある……が」

「え、ほんと? 場所教えてよ、取りに行くからさ!」

 

 ぽつりと呟いた彼の言葉に反応して顔をあげる。

 なんだ、予備なんてもんがあるのか。なら話は早い!

 あ、場所なら知ってたや。そこ行けばいいんだな。

 

「あの小島でいいんだよね? じゃ、ちょっと待ってて。かっ飛ばしてくるから!」

「あ、おい」

 

 ささっと、窓の前へ移動してガララッと開け、「あ、そうそう」と振り返る。ラディッツも腰を捻って振り向き、俺を見上げていた。

 

「逃げたりしたら宇宙の果てまででも追いかけていって……殺す」

 

 声を低くしてゆっくり言えば、ラディッツはこくこくと頷いてくれた。

 ふふふ。頑張ってドスのきいた声にしようとして、でもなんか可愛い声になっちゃったかなって思ったけど、しっかり効いたみたい。

 

 それじゃ、マッハで取りに行きますか!

 

 言いつけを破ってラディッツに逃げられるのも面倒なので大急ぎで小島へ向かった俺は、そこにまだピッコロ達がいるのに気付いてしばらく息を潜める羽目になった。




TIPS
・旧式スカウター
ボンッてならなかったのは急激に戦闘力を上げたりしてなかったため。


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小話 奇妙な地球人

ラディッツ視点。


 カカロット諸共殺されそうになった俺は、妙に強い戦闘力を持つ地球人のガキに助けられた。

 かと思えば、手下になれなどとほざきやがる。俺にもプライドってものがある、いくら戦闘力に差があろうと簡単に膝を折ったりはしない!

 

 そう決意して数秒で屈する事になった。

 

 空気が歪み、プロテクターを軋ませるほどの威圧感を発するガキの前ではプライドなど糞の役にも立たない。ここは逃げの一手だ。下手に出て隙を窺うべきだ!

 

 が、あろう事か奴の方から俺を始末するかのような物言いが飛び出してきて、咄嗟に全力の一撃を放ってしまった。それが自らの恐怖をさらに増幅させるとも知らずに……。

 

 奴は、服こそボロ切れになったが、一切傷を負っていなかった。白い肌のどこにも掠り傷一つなく、この時をもって俺は逆らうという選択肢を捨てた。

 直後に襲って来た衝撃から目覚めた時には、既にガキのテリトリーに連れ込まれていた。

 

 そこで俺は驚くべき話を聞く事になる。

 フリーザ様の裏切り。そのフリーザにたった一人で決戦を仕掛けた俺の親父、バーダックの事……。

 そして、サイヤ人に隠された秘密。

 

「んー、俺じゃ文字わかんないな。ほら、見てみなよ、君の戦闘力を」

 

 そう言って数値が浮かんだスカウターを手渡されるがまま装着してみれば……「2668」?

 これは、もちろん目の前の女の戦闘力じゃない。改めて計り直せば、っ……! せ、戦闘力三万とちょっとという驚異の結果が突き付けられる。この女の戦闘力を計ったのは二度目だが、心臓が止まりそうになるほどの恐ろしい数値だ。

 これが故障でないと言うのならば、先程の数値は……ほ、本当にこの俺の戦闘力だというのか!?

 

 長く伸び悩んでいた数値が僅かの内に急激に上がっている事に驚愕して思わずガキに問いかければ、その答えはあっさりと知れた。

 ……サイヤ人は死の淵から甦るたびに、その戦闘力を大きく上げる……。

 そうか、だからいつも死にそうになって帰ってきていた親父が、下級戦士ながらに万もの戦闘力に達していたのか……!!

 

 ガキは、こうも言った。

 

「ここにとっても強い奴がいるでしょ? うん、オレオレ。ナシコちゃん。この俺と修行をすれば、ナッパくらいならあっという間に超えられるんじゃないかな? ……どう?」

 

 それはあまりにも現実的で、魅力的な提案だった。

 1500が2600になるのに一日もかからないならば……奴らが俺の仇を討ちに来る一年後までには、どれほどのパワーが手に入っているというのか!?

 それこそ親父を超える事など、容易いのでは……。

 

 もはや、ガキに……このナシコとかいう地球人に屈する事を恥だなんだと思う気持ちは俺の中に無かった。

 あるのは、ただ喜びだけ。

 強くなれるという未来への希望が胸の内に渦巻いていた。

 

「わ、わかった……お前と、しゅ、修行するぞ……」

「やたっ、雑用係ゲット!」

 

 不思議な感覚だ……視界がいきなり広がったような、妙なものが俺の中にあって……だからか、俺は奴が言った言葉を聞き逃していた。

 

 この時に一言でも文句をつけていれば、あのような事にはならなかっただろうに……!

 

 

 

 

「かくれんぼしよう!」

 

 家の外に連れ出されたかと思えば、第一声がそれだった。

 か、かくれんぼ……だと? どういう意味だ? なんのつもりだ。……ふざけているのか?

 

「気を探る練習だよ。ほら、目をつぶって。いいよって言ったら二十数えるんだぞ。そうしたら、俺を探して見つけ出すんだ」

 

 困惑する俺を他所にぺらぺらと話を進めるガキ。

 気を消すだの探るだの、自分だけわかっている言葉を使うのはどうなんだ、ええ? 説明はなしか。

 ……聞き返して、突然キレたりはしないだろうな。あの戦闘力を覚えさせられた肌が粟立っていやがる。

 

 スカウターが無いから代わりに鍛える、とかなんとか言ってる辺り、その『気を探る』とか『気を消す』とかの意味はなんとなく察した。

 拒否権はないんだ、やってやろうじゃないか。

 

 腕を組み、目をつぶって二十数える。

 ……!

 たしかに奴の気配が急に小さくなった! なるほど、これが気を消すという事か。

 

「さて……見つけ出せ、という話だったな」

 

 目を開け、腕組みを解いて辺りを見回す。

 漠然とした気配は感じるものの姿は見えない。

 そういえば範囲が指定されていなかったが……おい、まさかこの星全てを使ったかくれんぼなどと言うんじゃないだろうな?

 ……ありうる。あの変なガキなら何をしでかしてもおかしくなさそうだ。

 

 

 

 

「ちぃっ、どこだ……!?」

 

 時に全速力で飛び回り、闇雲に姿を探し、時に目をつぶって耳を澄ませ、一つの音も聞き逃さぬよう神経を研ぎ澄ませた。

 

 いない。

 

 いない。

 

 あの女、どこにもいやしないじゃないか!

 

「見つけられなかったら飯抜きだと言っていたな……クソッタレめ……!」

 

 開始の際に告げられた、かくれんぼのペナルティ。

 施しなど受けずとも原生生物を食えば良いだけの話だが、果たして飯を探しに行く事は許されるのか。

 誇り高き戦闘民族サイヤ人が餓死したなどとなったら面汚しどころの話ではないぞ!

 どこだ、いったいどこに隠れやがったあの女!

 こんな時にスカウターがあれば……!

 

「……チッ!」

 

 無意識に顔の左側に手を当てている自分に気付き、舌打ちをする。

 スカウターがあるのが当たり前だったからな……やはり無いと不便だ。

 

「とにかく、日が暮れる前には見つけ出さねば……!」

 

 速度を上げ、俺はさらに探索の範囲を広げた。

 

 

 

 

「くー、くー」

「………………」

 

 薄暗い部屋の中、ベッドに仰向けになって眠っているガキを発見した俺は、思わず歯を噛み砕きそうになるくらい噛みしめて怒りを抑えた。

 

 あれから俺は明け方近くまでこの女を探し、結局見つけられずにこの家に戻って来たのだ。

 蓋を開ければこれだ。どこに隠れているかと思いきや、姿を隠しもせず暢気に眠っていやがった……!

 

「んぅ……」

「こんのガキ……!」

 

 透けた薄桃色の布を纏い、涎を垂らして剥き出しにした腹をぽりぽりと掻く姿にさすがに堪え切れなくなった。

 馬鹿にしやがって、くびり殺してやる……っ!?

 

「ぐほぉっ!?」

 

 無防備な腹を貫いてやろうと腕を振り上げたその瞬間、奴の足が俺の腹に突き立っていた。

 一歩、二歩、無意識に後退り、膝をつく。足に力が入らずそのまま倒れ伏してしまった。

 

「んあ……? ……なんか、けったぁ?」

 

 が……ぢ、ぢぎしょおおおお……!

 腹が……ガフッ……ち、致命傷だ……!

 こ、この俺様が、こ、こんな所でくたばる事になるとは……クソッタレェ……!

 

「ひぇっ、ラディッツが死んでる……」

 

 腹を押さえて悶えていると、あの女の声が上から降ってきやがった。

 い、一応まだ生きてる……が、駄目だ。目が霞んできやがった……。

 

「おらっ、俺の気を少しわけてやった。後は勝手にしろ」

「はっ!? ……」

 

 ふっと体が軽くなり、体を起こせばなんだか自信に満ちたようなムカつく表情をしたガキと目があった。

 ぐっ……まだ、腹が痛い。ただ痛んでいるだけじゃなく下しているようだ。これは長引きそうだぞ……くそ。

 ……というか、これから一年、俺はこいつから離れられないというのか。

 ……ベジータ達が来るまで生き残れるか、不安だ……。



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第十話 修行の日々

 ラディッツくん成長日記

 

 

 ○月×日

 見事俺を見つけられたラディッツくんにご褒美をあげたよ。

 山盛りのコンビニ弁当を食べて美味い美味いって泣いてたよ。

 

 △月□日

 ラディッツくんと組み手をしたよ。

 俺も実戦経験が必要だなーと思ってやってみたんだけど、戦闘力差があるとどうにもならないね。

 またラディッツくんが死にかけたので気をわけてあげたよ。後は勝手にしろ。

 ……この台詞めちゃくちゃ格好良くない?

 好き。

 

 ☆月♪日

 日記書くの面倒くさくなってきた。

 つまらん。書くのやーめた。

 

 そろそろお休みもおしまいだ。

 アイドル稼業再開しなくちゃ。

 

 

 

 

「おはようございます」

「あ、おはようございます、ナシコちゃ……ん……?」

 

 ラディッツを連れ立って事務所にやってきた俺は、巨躯の男を呆然と見上げるタニシさんに彼の事を紹介した。

 付き人兼ボディーガード兼雑用係のラディッツです。こないだスカウトしました。

 ちなみに黒いシャツに灰色の長ズボンを穿いてます。コーディネートは俺。 

 センッスあるなぁ~。

 

 いやあ、アイドル稼業で忙しいからさあ、家の事やってくれる人が欲しかったんだよねぇ。

 ハウスキーパーさんとか雇うにも、俺コミュ障だから不安で不安で……それで、悪人となら普通に話せるのを思い出したんだよね。

 でも馬鹿正直に悪人を家に連れ込んだら貞操の危機だ。

 起きたら女にされてたとかやだよそんなの。考えるだけで身震いしてしまう。

 いや女にはなってるけど、そういう意味じゃなくって。

 とにかく、そこでラディッツに白羽の矢が立ったというわけ。

 

 彼は純粋な悪人だ。

 けど、この地球で過ごせばマイルドな性格になるんじゃないかな、と思った次第でありまして。

 同じく純正サイヤ人かつ血が濃いベジータ王子だって、地球で過ごすうちに穏やかになっていったしね。

 

「はあ、どうも。私は彼女を担当しております、タニシという者で……え、同棲してるんですか!?」

「ラディッツだ」

 

 ラディッツ君空気読もうね。今タニシさん俺に質問してたから名乗っても聞こえてないと思うよ。

 それで、同棲……ああ、そっか。世間から見るとそんな感じになるのか。

 しまったなあ、ラディッツは雑用係にしようって考えで一杯だったから、男だとかそういうのは頭になかったや。

 

「あっ、だ、大丈夫、です。その、彼は、し、信頼できる人、なので……」

「本当に大丈夫なんですか? その……あんまり優しそうな人には見えないというか……」

 

 タニシさんの心配はもっともだ。ラディッツは悪人面してるもんね。うん。そこが格好良いのだ。

 でももう既に、結構丸くなってきてるんだぜ? 今も自分を悪く言われたのに、腕組んで不満そうにしてるだけで怒ったり手を出したりしないし。

 悪い事したら相応の罰を与えるかんね、って最初に言ったのが効いてるのかも。

 

「ほら、ラディッツ。改めてタニシさんにご挨拶して」

「ちっ、さっきしただろうが。……わかったわかった」

 

 口答えするのでツンツンと脇腹をつっつけば、観念したように腕を解いて、「ラディッツだ」、とタニシさんに会釈した。良い子良い子。

 その礼儀正しい対応に「これはどうもご丁寧に」、とタニシさんも安心したみたい。

 『ラディッツさん』と呼んで普通に接してくれるようになった。

 

 今日は各種レッスンの後にラジオの収録があった。

 待ってるだけじゃ退屈だろうから、ラディッツにも色々手伝わせたりした。

 タオル用意させたり飲み物用意させたり、あと一緒にダンスレッスンしたり。

 これ、意外と体鍛えられるよ。だからラディッツも一緒にやろうぜ。

 何? 恥ずかしい? ……恥ずかしがってるのが見たいからやるのだ。

 世にも珍しい、アイドルやってるラディッツを見れるのはどの宇宙を見渡しても俺だけだろうな。うへへ。

 

 それから、街を案内した。

 せっかく雑用頼める人できたんだから、宅配はやめてラディッツにお買い物を頼もうと思ったのだ。

 逃げられないよう腕に引っ付いてあっちにこっちに引っ張り回す。通貨を教えて実際駄菓子なんかを買ったりして、まったりした時間を過ごした。

 

 口数少なくついてくるラディッツは完璧な付き人と化していた。

 はあ……これからのめくるめくぐーたら生活を思うと毎日がうきうきワールドだな。

 

「……アイドルとかいうやつをやってる時のお前……いや、なんでもない」

 

 ……?

 なんか言ったかね、ラディッツ君や。

 なんも言ってない? ほんとかな。

 

 なんかムカつく目で俺を見ていたので脛を蹴ってやった。

 足抱えてぴょんぴょん飛び跳ねてるのが面白かった(悪ガキ並の感想)。

 

 

 

 

 我が家にブルマさんがやってきた。

 てっきり宅配の人だと思ってたからラディッツに行かせてごろごろしてたのに、彼女が来てたとは……おかげでだらしない格好してるの見られちゃった。恥ずかし。大慌てでよそ行きの服に着替えて軽く化粧をして、ああもう大人の女ってのは七面倒くさい。はやくロリボディを取り戻したい。

 

「それもこれも全部ラディッツのせいである。お前おやつ抜きな」

「え」

 

 なんだ? 何か言いたそうだな?

 良いんだぞ言っても。代わりに晩御飯がどうなるかわからんがな……。

 ふっふっふ、我が家のお財布は俺が握っているのだ。ラディッツは俺に逆らえんというわけだ。

 さ、ぼさーっとしてないでブルマさんにお茶を用意してあげなさい。ほら、行った行った。

 なに? 貴様がやればよかろう?

 おお? 俺この家の主なんですけど? いいの? 逆らっちゃうの?

 

 しっぽにぎにぎ。

 ラディッツはへたれた。

 

 よし、行って来い。

 

「ね、ねぇ、あれってもしかして……」

「あっ」

 

 ……ブルマさんにラディッツがサイヤ人だというのがばれた。

 というかそれ以前に彼女は直接ラディッツを見てるんだったな。

 

「説明しなさいよ! なんで孫君殺したやつがあんたの家にいんの?」

「え、えーっと、そのお……えへっ」

「笑って誤魔化そうとしない!」

 

 ダンッと机を叩いて立ち上がるブルマさん。

 ひええっ。相変わらずブルマさん怖い。

 

 そりゃあ、彼女にとってラディッツは友人を殺した極悪人だ。

 でもでも、今のラディッツは単なる俺の同居人だし。悟空さん直接的に殺したのはピッコロだし。

 ぶ、ブルマさんだって未来じゃ同じくらい極悪人のベジータを家に住まわせて、挙句結婚しちゃうんだから文句言わないでほしいな!

 

 というわけでカクカクシカジカ、今は良い子ちゃんですよ、ペットみたいなもんです、かわいい奴ですよ、とある事ない事必死に話した結果、おぼんを抱えて戻って来たラディッツを睨みつけたブルマさんは、まあいいわ、と溜め息を吐いた。

 おお、案外あっさり……。

 

「あ、おいし。あんたお茶淹れるの上手いわねー」

「……チッ」

「おかしいなー、なんか舌打ちみたいなのが聞こえた気がするなあー」

「ぐぬぬ……! ど、どうも」

 

 うんうん、ラディッツは礼儀をわきまえた良い子である。これで上下関係にうるさいビルス様が来ても安心だね。

 

 それで、ブルマさんに今日なんで急に家に来たのかと聞けば、前にブリーフ博士に頼んだ重力室の開発の目処が立ったと言う。

 どこに設置するのかの相談をするには直接見るのが早いし、ついでに顔を合わせてお喋りしようと思ってブルマさんが来たんだって。

 

 なんで電話しないんだろなーと疑問に思っていれば、見透かしたように「あんた電話苦手じゃないの」と言われた。え、いやー、そうだけどぉ。

 電話するのもされるのも嫌い。コール音嫌い。誰かと話さなくちゃいけないって緊張で胃が痛くなるのだ。

 

 じゃメールならいんじゃない? ってーとそーでもない。

 相手がブルマさんだろうとタニシさんだろうと返信するのには多大な精神力が必要で億劫なのだ。

 その点、俺の予定を把握しているらしいブルマさんのこの突撃訪問は理にかなってるんだな。急に来られちゃ逃げ場がない。いや、逃げないけど。逃げた事バレたら怖いし……。

 

 いやでも、本来ならこっちから出向くべき場面なのに、ブルマさん来ちゃうんだもんなあ。フットワーク軽すぎるよ。

 俺の事を考えてくれてるのがよく伝わるので、ほんと、頭が上がんない。

 

「あらそう? じゃ、今度のパーティにゲストとして来てよ」

「え」

 

 ブルマさんのためならなんでもしますよーって伝えたら、そんなお願いをされた。

 もちろんお仕事として、報酬もしっかり払うと彼女は言ってくれたけど、違う、そうじゃない。

 ……俺は心の底から震え上がった……恐ろしさと絶望に涙さえ流した……これはいつもの事であった……。

 アイドルとしての自分を押し出せないパーティだの撮影だのは苦手なのだ。

 おだてるのが上手いカメラマンさんとかがいる時は例外的に平気なんだけど。

 

「あー、そんなに嫌なら、無理強いはしないけど」

「や、やります……! やらせてください……お願いします……っ!」

 

 それはそれとしてブルマさんの頼みは断れない。

 彼女には良くしてもらってるんだから、こういう時くらい恩を返してあげたいのだ。

 俺なんかが行くだけでそれがかなうのならお安い御用と笑わなきゃなんだけど、体も心も拒否反応でまくってて本当に震えが止まらない。武者震いってやつだぜ……!

 

「これじゃあ私が悪者みたいじゃないの、まったく……」

 

 溜め息をつくブルマさんだけど、その顔は、俺を安心させるような柔らかな表情だった。

 うー、震えが収まってきた。ぐしぐしと目元を拭って、なんとか微笑む。

 大丈夫、俺の分の仙豆はいりません……絶対に勝ちます!

 

「勝負とかじゃないんだけどなー」

 

 あ、ブルマさん、苦笑いに代わった。

 だだだ、だいじょ、大丈夫です! ちゃんとお外ではシャキッとしますから!

 変な事も言いません! お口にチャックです、えへへ……。

 

「……あのね、やめなさいよね、不意打ちは」

 

 コトンとカップを置いたブルマさんは、目元を手で覆って俯いたかと思えばぷるぷると震えてそう言った。

 あんまり意味がよくわかんないんだけど、聞き返す事はできないので、両頬に当てていた指をそうっと下ろして、固まりそうな笑顔を解して神妙そうな顔にしておいた。

 "笑って乗り切れ大作戦"が実行できない時は、"うんうんわかってますよ大変だね大作戦"をやるに限るのだ。

 

 無事復活したブルマさんは、しかし俺の顔を見ると胡乱気な目つきになったので、この作戦は失敗だったかもしれない。

 

 

 とか、そんな一悶着があって。

 とりあえずお庭(てきとうに決めた範囲を環境破壊して平地にした場所)をラディッツに掃除させて、そこに重力室を置いてもらうようお頼みした。

 開発が完了したらホイポイカプセルに入れて持って来てくれるって。楽しみだなー。

 

「ああそうそう、ちゃんと詳しい話聞きたいし、予定空けといてよね」

 

 ……わー、ブルマさんとデートの約束だー。た、楽しみ、だなー……。

 うう……。

 

 

 

 

 ここ最近の俺のアイドル活動は週休二日制である。

 もはや人気は揺るぎのないものになっていて、だからせっせこ働く必要なんてないのだ。

 こないだドラマの撮影も終わったので落ち着いてるし、夜はお家に帰ってきてラディッツで遊ぶ事もできるくらい穏やかな日々を過ごしている。

 

「今日から本格的な修行を始めていくぞ」

「ああ」

 

 お休みの日に、ラディッツを山中の開けた場所に連れ出して新しい修行を始める事に。

 これまでも組手だとか筋トレとかイメトレとか色々やってきたけど、俺が最も力をいれてやっていた修行法は中々実施できていなかったので、明日が休みの今日、やってしまう事にしたのだ。

 

 ……そう、この修行、かなり体を苛める方法を取るので、次の日にめっちゃ響くのだ。

 でも強くなれる実感が最も湧くこの修行法が一番好きなので、時間が取れて嬉しい。

 あああと、この修行をするにあたって他に目的がある。

 ……もしかしたら、今日死ぬことになるかも、みたいな感じの。

 

「きっとこれは俺よりサイヤ人の方が向いてると思うから、全力で取り組むんだぞ」

「わかったからさっさと始めろ」

 

 腕を組んで仁王立ちするラディッツが顎で先を促すのに、俺は得意になって何度も頷いた。

 うんうん、意欲的でよろしい。ラディッツには超サイヤ人に留まらず、超サイヤ人ブルーにまでなってもらうつもりだからね。向上心が必要不可欠だ。

 そこら辺の心配はいらなそうだな。

 

「まず、優しい気を近くに待機させる」

 

 てきとーな方へ手を向けて丸い気を放ち、滞空させれば、彼はぴくっと眉を動かした。

 なあに? え、優しい気が何かわからない?

 ふむ……じゃあまずはそれができるようになろうか。

 

「具体的に教えるつもりはないのか?」

「えー、いつも感覚でやってるからなあ。こう、なんか、あったけぇ……って感じの……元気?」

「……もういい。自分で掴む」

 

 あれ? 今の説明、結構確信を突いてた気がするんだけど。

 なんで伝わらないかなあ。ラディッツだからかな?

 

 という訳で数時間、「それ駄目」「全然なっちゃない」「ただの光弾じゃん」「掃除しとけよ」「繰気弾じゃん」「違う違う、もっと自分の中の元気さをね」と指導し、日が暮れ始めてようやっとラディッツは綺麗な気を作り出す事に成功した。

 

「そうそう、それそれ。いつも俺がラディッツに分け与えてる感じの暖かい気」

「! きっ、貴様それを最初から言え!!」

「えー? なんでだよ」

 

 肩で息をするラディッツを労ってタオルを差し出せば、彼はなぜか憤慨して俺の手からタオルを奪い、乱暴に顔を拭った。

 もー、意味わかんないところで怒るんだから。

 それとも、そう言えばわかったのかな? 暖かい気がなんなのか。

 

「じゃあ、次の段階に進むぞ」

「……ああ、頼む」

 

 差し出したスポーツドリンクを飲むラディッツに「見ててね」と話してから、空を見上げ、天に手を伸ばす。

 

「ずあっ!」

「!!」

 

 そこから放出された光線は、言うなればフルパワーエネルギー波だ。

 放出に放出を続け、体の中がすっからかんになりそうなくらいで気を操り、光線の先端を反転させて自分へ向ける。

 すかさず両腕を広げ、全力で気を纏って受け止める構えに入る。

 目の前に光が迫った。

 

「うっ、く!」

 

 一瞬聞こえた激しい風の唸り以降、真っ白な光があるだけで音も感覚もない世界に入る。

 それは数秒もせず終わり、後には気力を使い果たし、体もボロボロの俺が残るって寸法だ。

 

 ただ、これをやると瀕死になるので、次の日までの僅かな回復じゃお仕事がし辛くなるのだ。

 怪我くらい治せるけど、動きがぎこちなくなるし、ダンスなんかしたら体中痛くて泣きそうになる。

 この修行をするならできれば次の日は一日休養をとれる日がいいな。あ、仙豆があれば一時間おきにできるかも。今度カリン塔行こう。

 

「けほっ……あ、う」

 

 必死に自らの気を手繰り寄せ、待機させていた優しい気を自分自身にわける。

 そうすれば、体中を襲っていた痛みがほんの少し和らぎ、体を動かせるようになった。

 といっても、しばらくは立ち上がれそうにないかもだけど……。

 

「ヒッ……あ、あ」

 

 見よ、これぞナシコ流修行法、名付けて「お手軽! 体も気も極限まで酷使しちゃおうトレーニング」である!

 と言おうとして、喉が酷く痛むのに掠れた声しか出なかった。

 やだ、恥ずかしい。

 

 ちなみにこの修行法の弊害である服がボロボロになる事だけど、バーゲンで買った安いシャツを着てるのでOK、肌着も下着も数枚纏めて数百ゼニーのクソダサ仕様だから見られたって恥ずかしくない。パーペキな予防だぜ。

 

「ぬ……むぅ……! くそっ……ぐぐ……」

「はっ、はー、はー……?」

 

 なんかラディッツが組んだ腕を解いたり戻したり、俺を見下ろしたり目を逸らしたりと凄い挙動不審なんですけど。

 はっまさか、性欲がうっすいサイヤ人の癖にナシコちゃんの体で欲情してしまったというのか!?

 

 ……なんてね。

 

 険しい顔をして俺を見下ろしてるラディッツを見ればその内心で何考えてるのかくらい俺でもわかる。

 『ここでトドメを刺せば……!』『いやしかし、それでは強くなれない』『だがこの女からは逃れられる……!』みたいなこと考えてるんでしょう。

 

 どうする? 殺す? 殺しちゃう?

 

 ……と、かるーく考えてる俺だけど、内心すっごくドキドキしてる。

 

 死ぬのが怖いのはもちろん、僅かな時間とはいえ寝食を共にしたラディッツが俺を殺す事を選択した場合の精神的ショックは計り知れないだろうし、秘かにもし自分が事故とかで死んだらドラゴンボールで甦らせてもらえるようブルマさんに頼み込んであるとはいえ、死後の事を考えると不安でしょうがない。

 

 でも、これからも俺はラディッツのように誰がしかを仲間に引き入れたいし、これはそのための試験のようなものだ。

 悪い奴を勧誘しても、裏切られたんじゃ意味がない。

 一緒に生活して情をわかせたり、仲間意識を作ったりして殺し殺されの関係から解放されなくては。

 

 ラディッツが俺を殺すなら、俺に悪人を仲間にする能力はないって事で今後……があるかは知らないが、今後は控えてひっそりやる。

 でももし、ラディッツが躊躇うのなら……あ、今まさにかなり逡巡してるみたいだけど、それは俺を殺した時のメリットデメリットを考えての事で、情があるかはわかんないな。

 それでも躊躇ってくれるのなら、今後も上手くやってけると自信を持てる。

 

「……チッ。無茶な事しやがる」

「ぁ……あはっ」

 

 結局ラディッツは俺に手の平を差し向け、しかし光弾を放つ事もなくそのまま屈んで俺を支え起こしてくれた。

 やった、やった。ラディッツの懐柔に真の意味で成功した気がする。

 

「ころ、さない、の?」

 

 傍の木まで運んでくれた彼に問いかければ、心底心外だ、と言わんばかりの表情をされた。

 

「俺達サイヤ人がいくら仲間意識が低いとはいえ、弱っている仲間をいきなり殺したりはせん」

「さっきは、迷ってた、のに?」

「ぐっ! ……あ、あれは日頃の仕返しをしようかどうかを……をっ!?」

「へぇ……あとで、覚えてろよ?」

 

 そんな事考えてたんだー、と思いつつ微笑んでやれば、ラディッツはウッと息を詰まらせた後に、小声で「ぢぎしょお」と呟いた。

 ぷっ。なにそれ、言うの癖になっちゃったの?

 

「はあー。うん、結構、体動くようになってきたかな」

「そ、そのようだな。……だが、なぜこんな無茶をする?」

「なぜって、そりゃ当然強くなるためだよ」

 

 ちょっとずつ回復してきた体を動かして確かめる。さすが、タフなボディだ。本当に俺地球人なのかな?

 

「宇宙にはフリーザより強い奴がたくさんいる。今のままで慢心してたら足下すくわれるぞ?」

「そいつらと戦う事になる訳でもあるまいに」

「ふっ……わかってないなあ」

 

 未来を知っている俺だからこそ、先を見据えて自分を苛め抜けるけど、未来を知らない彼には俺の行動は不可解に映るのだろう。

 そんな彼には、この言葉をプレゼントしてやる。

 

「俺は勝つために強くなろうとしてるんじゃなくて、誰にも負けないために強くなろうとしてるんだ」

「負けないためだと?」

 

 それは勝つためとどう違うんだ、と問いかけてくるラディッツに笑みを返す。

 いちいち説明するのも面倒だ。後は自分で勝手に想像しやがれ。

 

「さ、次はラディッツの番だ。ほれ、さっさとやらんと俺がかめはめ波をお見舞いするぞ」

「ま、待て! やる! やるからよせっ!」

 

 立ち上がろうとする俺の両肩を押さえて必死に幹に押し付けたラディッツは、素早く立ち上がると俺を真似て優しい気を待機させ、空を見上げた。

 さっきの焦ったり戸惑ったりした顔じゃなくて、この真剣な表情は結構格好良いなって思う。

 ……悪人面だけど、それはそれで良さがあるのだ。ふへへ。

 

 それに、そのうち穏やかな顔になるんじゃないかなーと思っている。ベジータみたいに、ちょっとだけ険がとれるような感じで。

 こないだそれを確信させる顔をしてた。

 とびきり甘いアイスを口に含んだ時のなんとも言えない情けない表情は、ふふっ。今思い出してもかわいかった。

 

 ………………。

 

「おい、はよせーや」

「ぐっ、い、言われずとも今やろうとしていた!」

 

 嘘こけ。ずーっと空見上げて躊躇してただけじゃんか。

 

 しかし俺が声をかけたのをきっかけに、ええいクソッタレ! と妙な掛け声とともに空へ光線を放った。

 気功波はそのまま空の彼方に消えていく。

 ……光線、ちょっとしか曲がってなかったけど……そっか、ラディッツは曲がる光線撃てないのか……。

 

「……ナシコよ」

「……ふふっ」

 

 たらー、と頬に汗を伝わせながら恐る恐るといった様子でこっちを見るラディッツ君に、とびっきりのアイドルスマイルを向けてやれば、ほっと息を吐いた。

 

「波っ」

「ぎゃっ!?」

 

 なけなしの気力を振り絞った気弾をバチッと受けたラディッツは、ゴミクズみたいな体勢で地面に横たわった。

 まったく、世話の焼ける奴だ。

 

 立ち上がり、よろけつつも近寄って行って、直接体に触れて気をわけてやれば、はっ! と目を見開いて体を起こす。

 

「き、貴様ぁ!」

「んぁっ、ちょ、ちょっと、痛いんだけど」

 

 完全な不意打ちでやったのがよっぽど頭にきたのか、がっしりと二の腕辺りを掴まれるのに思わず変な声が出てしまった。やべぇ、くっそ恥ずかしい。

 が、せっかくナシコちゃんが悩殺ボイスを発したというのにラディッツは歯を噛みしめて怒りを押し殺そうとしているだけで反応なし。

 それはそれで、こう、もやもやするというか……なんか反応が欲しくなるんだよなあ。

 

「そう怒るなよ。自分の気探ってみろ。気の総量が跳ね上がったのを感じられるはずだ」

 

 俺の言葉にむっと口を引き結んだラディッツは、両の拳を握りしめて地面に目を落とした。

 ……やがて、顔をあげる。

 

「わからん」

「……ああ、そう」

 

 後で家にあるスカウターで計る事にして、この場はラディッツに気のコントロールを教える事にした。

 まずそれができなきゃ話にならないけど、あんまり頭になかったなあ……反省。




TIPS
・お手軽! 体も気も極限まで酷使しちゃおうトレーニング
サイヤ人の優秀な戦士、かのバーダックも行っていたともっぱらのウワサな修行法……?
ナシコには微塵も効果がない。
やるだけ無駄である。


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第十一話 超神水でぱわーあーっぷ!

「こんにちはカリン様」

「またお主か」

「仙豆ください」

「第一声がそれか」

「ここが頂上か……」

「あ、こいつはペットのラディッツ」

「雑な紹介じゃなあ……ヒエッ!?」

 

 やってきましたカリン塔。

 ラディッツには身一つで登ってくるように言いつけ、俺は舞空術で一足先にやってきたのだが、さすがのスピードでラディッツはすぐにやってきた。

 ので、会話が雑な感じに。

 

「お、お主、そ、そいつは……!」

「ペットです。ねー?」

「…………」

「めちゃくちゃ不満そうにしとるじゃないか!」

 

 戦慄するカリン様を安心させようとおどけた紹介をすれば、ノリが悪いラディッツは挨拶一つしやしない。

 そんな態度をとると尻尾にぎにぎしちゃうぞー。

 にぎにぎ。

 

「ッ! ……フン」

「あれっ? おかしいなあ、なんでフニャッツにならないの?」

 

 いつもならふにゃふにゃ~っと脱力してヤメロォと嘆願してくるのに、今日に限って尻尾を握っても全然堪えてないみたい。なんでなんでー?

 

「馬鹿め、貴様が馬鹿力でしょっちゅう握り締めるからいい加減鍛えられたわ」

「えっ、そんなぁ!? じゃあこれからずーっとフニャッツは見られないってこと!?」 

「ええい鬱陶しい、纏わりつくんじゃない! フニャッツとかみょうちくりんな名前で呼ぶな!!」

 

 えーん、ラディッツが尻尾を克服してしまったせいで遊びが一つ減っちゃったよう。

 くそう、もっともっとにぎにぎしてやれば良かった。

 にぎにぎ。

 ああっ、手を払われた! 乙女のか弱い手をなんて雑に振り払うんだこいつは。

 

 ああー手が痛いなー、ラディッツに叩かれた手がすっごく痛いなー。

 フニャッツを見れば治るかもしれないなー?

 わざとらしく手をすりすりしながら隣に立つラディッツを上目遣いで見上げるも、なんと無視である。こ、こいつ……。一目もくれないとは良い度胸じゃないか。

 

「遊んどるところ悪いが、仙豆はそうポンポンやれるもんじゃない。帰ってくれ」

 

 どう料理してやろうかな、と考えていたら、カリン様に邪険にされてしまった。

 ならば奥の手を使うしかないな。

 

「えー、いいじゃないですかぁちょっとくらい」

「ぶりっこなぞ通用するか。ヒッ、速い!」

 

 むむっ、俺のアイドル力にびくともしやしねぇ。カリン様、おめぇほんとつぇえなあ(マスコット的な意味で)。

 しょうがない、実力行使だ、と背後をとり、胸に抱いてモフモフする。

 お猫様ゲットだぜ。

 

「やめんか!」

「あてっ」

 

 調子に乗ってたら杖で頭叩かれた。いったーい……。

 いくら戦闘力が高かろうと、気を抜いてたら痛いもんは痛いのだ。

 その自慢のモフモフで俺を癒させ、無力化してから殴るとは……カリン様、おめぇほんとつえぇなあ。

 

「して、ここに何しに来た」

「あ、わかります? 目的が仙豆だけじゃないってこと」

「当たり前じゃ。……が、わかるのは何か別の目的がある、という事だけじゃ」

 

 うんうん、はっきり俺が思い浮かべている言葉や記憶は読めないんだよね。

 前回来た時は結構ビビりながらの相対だったけれど、それがわかってしまえばこっちのもんよ。

 

「今日は超神水に挑戦しに来まして」

「ほう、あの超神水にか」

「ええ、彼が飲みます」

 

 とラディッツの後ろに回り込んで背を押し出せば、腕を組んで素知らぬ顔をしていたラディッツはつんのめってカリン様の前に出た。

 そんな不満気な顔で俺を見たって、尻尾を克服してしまったのは許しませんよーだ。

 帰ったら排球拳の練習するかんね。お前ボールな。

 

「ほう……お主、ラディッツとか言ったな」

「……ああ」

「ふぅむ……ううむ……むむむ……めちゃくちゃ邪悪な感じがするのう」

「ええっ、そんなまっさかぁ」

 

 ラディッツを眺めて唸りだしたカリン様があんまりにもおかしな事を言い出すもんだから、思わず笑ってしまった。

 いや、たしかにラディッツはまだまだ悪人だと思うよ? 一応俺の言う事は聞くし、悪い事もしてないけど、改心した! って訳ではないし。

 ……邪悪な感じかあ。どんなもんなんだろうね、実際のところ。

 

 待っていろ、と言ってカリン様がふわふわ飛んでいくのを見送り、ラディッツの背を眺める。

 いつも通りの腕組みポーズ。今日はジャンパーにジーンズといった出で立ち。コーディネイトはもちろん俺。

 お茶汲んだりお掃除したり洗濯物畳んだりしてるラディッツを毎日見てるから、全然邪悪って感じしないんだけどなあ。

 あ、頭にくるぜ……戦いが大好きで紅茶淹れるのが上手いサイヤ人なんてよ……!

 でも料理は壊滅的に駄目だったから、我が家は今日もコンビニ弁当である。

 

「ほれ、これが超神水じゃ」

 

 微動だにしないラディッツを眺めること数分、カリン様が杖に水差しみたいなのを引っ掛けて戻って来た。

 あれが劇薬の超神水かー……うーん、やっぱり俺は飲みたくないな。毒だもんね。やだやだ、苦しむアイドルなんて誰も望んじゃいませんよ。

 

「よいか、これを飲み、数多もの戦士が命を落としていった。引き返すなら今じゃ」

「……おい、聞いてないぞ」

「言ってないもん」

 

 飲んだら死ぬよ、と言われてラディッツは「えっ」と顔を上げた。それから俺を睨んでぶつくさ言うので、親指を立てて見せる。

 でぇじょうぶだ、サイヤボディなら耐えられるでしょ。

 

「これに耐えきる事が出来れば、お主の内に眠るパワーが解放される事じゃろう」

「だってさ。ほら飲んで、さあ飲んで」

「待て! ……待て、本当に飲むのか?」

 

 何を躊躇してる。手っ取り早くパワーアップするには良い方法だからここに連れて来たんだぞ。俺はやんないけど。俺はやんないけど!

 

「ラディッツのー、ちょっと良いとこ見てみたい! ほーれいっき、いっき!」

「お主も苦労しとるようじゃの……」

「……ちぃっ」

 

 こぽこぽと湯呑みに墨汁のような毒々しい液体を注ぎ、ラディッツに手渡すカリン様。

 ラディッツは数秒湯呑みの中身を見下ろしていたが、そのままでいても俺にどやされるだけだってのはわかっていたのだろう、一気に口をつけて飲み干した。

 

「がっ……!?」

 

 その手から湯呑みが落ち、床で砕ける。

 喉を押さえたラディッツが声なき声を発しながら床をのたうち回るのを、俺は端の手すりに背を預けて眺める事にした。

 

「うーむ、あの恐ろしい男をここまで手玉に取るとは……やはりお主もただ者ではないな」

「そりゃそうですよ。アイドルなんで」

「アイドル……アイドル?」

 

 え、何その疑問形。

 カリン様アイドル知らないのかなあ。

 まさか、俺をアイドルとは思えない~、みたいなこと考えてたりしない?

 それこそまさかだよね。この宇宙のどこを見たって俺よりアイドルに相応しい女の子はいないよ。

 

「………………」

「あ、ラディッツが死んだ」

 

 スイーツ(笑)

 じゃないよ。まさか死んでしまうとは。

 しょうがないにゃあ……。

 

「がはっ!?」

「俺の気を以下略、後は勝手にしろ」

「ぐ、ぐぐ……ぎ、ぎざま……!」

「もう少し耐えれば超パワーが手に入るんだから、ほーらがんばれ♡ がんばれ♡」

 

 

 この俺の全力の応援の甲斐あってか、三時間後にラディッツはふっと表情を緩めて立ち上がった。

 そして自分の両手を見て、何度か開閉させると、呆然とした顔を俺に向けた。

 

「か、格段にパワーが上がっているのがわかるぞ……! ほ、本当にパワーアップするのか」

「え、なに、疑ってたの? さすがにそういう嘘ついてまで苛めたりしないよ?」

「貴様、つい三日前に「お砂糖たっぷりの愛情ミルクティーだよ」とか言いながら大量の塩を入れた紅茶を俺に飲ませた事、忘れたとは言わせんぞぉ!」

「あれはほんとに間違っちゃったんだってば。しつこいなぁ」

 

 もう、三日も昔の事を掘り出すなんて女々しい男だ。

 せっかく俺が自ら紅茶を入れてやったってのに。

 ラディッツだって「ありがとう」って受け取ったでしょ?

 ……まあ、うっかりやらかしちゃったのは悪かったと思ってるけどさ。

 

「こ、これなら間違いなくナッパの野郎をやれる! ふはははは! 感謝するぞナシコ!」

「うんうん、どういたしまして。カリン様にもありがとうって言おうね?」

「はっはっは、お安い御用だ! おいそこの、感謝するぞ。この俺のパワーを、よくぞ引き出した!」

「う、うーむ……恐ろしいのお。ああいや、パワーを引き出したのは、お主自身の精神力じゃ。そこは勘違いせんようにな」

 

 カリン様に、自分の力で戦闘力を上げられたのだと聞かされたラディッツは、それまでも笑っていたんだけど、それ以上に嬉しそうな笑顔を浮かべて俺の前へ来た。

 

「ここにまだ何か用があるか? ないならさっさと帰って修行するぞ!」

「ふふっ、やる気十分で結構。なら帰るか。カリン様、今日はどうもありがとうございました」

「ほっほっほ」

 

 なんかカリン様から笑って乗り切れオーラを感じる。

 じゃあ、お暇するとしよう。

 早く帰ってラディッツをボールにしなきゃだしね。

 

 

 

 

「ナシコー、来たわよー!」

 

 地面に生えているラディッツを引き抜こうとしている時にブルマさんがやってきた。

 そいえば連絡がきてたっけ──ブルマさんが俺用に一方的に用事を入れられる連絡装置を作ってくれたのだ。返事しなくていいって素敵──。いけない、ラディッツに促されるまま帰って来といてよかった。

 映画行く予定はキャンセルだな。来週にしよう。

 

「はいはーい、今行きまーす!」

 

 コミュ障でも相手の姿が見えないならこんな感じに元気にお返事ができたりする。えっへん。

 大急ぎでぱたぱたと正面玄関の方へ移動する。あー、ラディッツは……まあほっといても死なんだろう。

 

「ぶ、ブルマさん。……おはよ、ございます」

「おはよー。あら? あんた随分汚れてるわね。土いじりでもしてた?」

 

 俺を見つけると、浮いてるスクーターから下りて近付いてくるブルマさんに、いつも通りたじたじな対応の俺。姿が見えた途端にこれである。コミュ障ってそういう生き物なの。

 

「い、いえ、あの」

「はいはい、じゃあ設置場所に行きましょうか」

「は、はいっ」

 

 最近ブルマさんが俺と話す時の、変に急な話題転換だとかが俺専用の話術なのだと気がついた。

 頻繁にどもる俺の話すスピードにいちいち付き合ってられないのだろう、向こうからさっさと話を進めたり、違う話題を振ってくれたりするのは、大変ありがたい事だったりする。

 

「……妙なオブジェ植えてんのねー」

「あっ、やだ、すみませ……」

 

 ちょうど設置場所に選んでいた平地は俺とラディッツが修行場所に使っていたところで、つまりはまだラディッツが犬神家ごっこをしていた。

 あーもう、恥ずかしいなあ。なんて格好してるんだよ。やったのは俺だけど。

 急いでラディッツを引き抜いて森の方へ放り捨て、ごめんなさいねーおほほーと誤魔化せば、さすがブルマさんというべきか、あんまり気にしてないご様子。

 

「じゃあ投げるわよー。離れてー」

 

 言われた通り遠巻きに眺めていれば、ブルマさんは手にしたカプセルをぽいっと投げた。

 するとあら不思議、ドーム状の建物が山の中に現れたじゃないか!

 科学の力ってスゲー。

 

「はい、おしまい。それで、この後はどうするの?」

「あ、あの、ラディッツくんと……修行、しようかなって、思ってます」

「ふぅん……修行ねぇ。たまにはショッピングでもいかない? あんたに似合いそうな服みかけたのよー」

「えっ……あ、はいっ、行きます、行きます!」

 

 ううー、設置してもらった重力室を試してみたいけど、まさかブルマさんのお誘いを断る訳にはいくまい。なくなく出かける準備をして、その日は一日ブルマさんとデートをした。

 ……結構楽しかった。




TIPS
・ブルマ
最近ちょっと、女の子もいいかなーと思い始めている

・神様
時折真下から凄まじいパワーを感じるのだが……
危機感を抱き、下界を覗いてみると、その出所は人畜無害そうな少女ではないか
悪の心もなさそうだ、と緊張が緩んだその一瞬、それが神の最期だった

パーフェクトスマイルとウィンクチャームに貫かれ、哀れ名もなきナメック星人……!
ここにただ一匹の囚人と化す……!!

・ミスター・ポポ
神様、最近なんか変。
ずーっと下界覗いてる。
時々光る棒振っている。
神様、最近なんか変。

・ピッコロ
近頃、心臓が破裂するかのような錯覚を覚える事が多くなった
ウイルス性の心臓病かな


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強襲!サイヤ人
第十二話 サイヤ人襲来! 綺麗な花火になりなさい!!


 

「27倍の重力が限界かー」

「ぬ、ぐ、ぐ……! つ、潰れ……!」

 

 ドシッドシッと歩いていたラディッツが俺の前で倒れるのを見届け、重力室のスイッチを切る。

 途端に仰向けになったラディッツがぜーはー息をし始めるので、タオルとスポーツドリンクを持って歩み寄っていく。

 

「お疲れさま。はい、どうぞ」

「すまん……ふぅー、染みる……!」

「やぁだ、親父くさいぞー」

 

 胡坐を掻いてごくごくとスポドリを飲み干したラディッツの一言にそんな感想を抱いて、それから一息つく。

 

 重力室、凄い。

 倍率は2倍から100倍まで自由自在で、なんかよくわかんない浮遊ロボットもくっついてるし、建物はめちゃくちゃ頑丈だし、生活するにも快適だ。

 最近ラディッツも俺も一日の大半をここで過ごしている。

 

 孫悟空と孫悟飯が常時超サイヤ人を保って慣らしていたみたいに……とはちょっと違うけど、ここで日常生活を送る事によって何気ない動きにもパワーが乗るようにしたり、全身至るところに負荷をかける事によって地力を底上げしたりと、重力室は大活躍だ。ブリーフ博士とブルマさんに大感謝しなくちゃ。

 

 俺の画期的修行法をラディッツが「そう何度も死にかけてたまるか!」と嫌がったために、重力負荷修業が今の俺達の主力になっている。

 動けない時間を作るより、こうして重力室内で動き回っていた方が断然良いから、まあ、俺も納得はした。なのでせっかく考えたあの修行法は封印だ。あーあ、10年考えて思いついたんだけどなー。もったいないなー。

 

「……たまにはいいよね?」

「答えは"イーッ"だ馬鹿者」

 

 ぶー、けちけち。

 ていうか今のイーって表情俺の真似じゃんむかつくー!!

 重力30倍にしちゃうもんね。

 ああ、潰れたカエルみたいになっちゃった。

 

 あ、ちなみに俺は100倍の重力でも平気でした。

 戦闘力三万は、気を抑えたつもりの状態での数値だったみたいで、今は気の操作の精度も上がってるしさらに落とす事が出来るようになった。

 でもそうなると俺の最大戦闘力がわからず、知りたくなって先日スカウターで計ってもらいながら気を解放したら案の定スカウターが爆発してしまった。ごめんね。

 お詫びにちょっと高めのお弁当買ってあげた。

 それで許してくれる辺り、ラディッツってちょろい。

 

「そろそろ一年経つね」

「ああ……奴らが、来る」

 

 そういえばそろそろそんな時期だなーと思いつつ軽い調子で口にすれば、ラディッツはいやに神妙な顔をして重々しく頷いた。……ちゃんと重力はすぐに元に戻してあげたよ。俺だって鬼ではないのだ。

 

 ふむ、さすがに緊張してるのかな。いくら戦闘力が上がったとはいえ、今まで格上だった相手と戦おうってんだから、そりゃーどきどきするよね。

 

 ……俺はラディッツをナッパ達にけしかけるつもりである。

 そろそろ本格的に原作に介入しようと思っているのだ。

 といっても、めちゃくちゃなパワーで暴れ回ってお話をぶっ壊したい、という訳じゃない。

 

 何年経っても俺の考えは変わらない。原作の流れは変えず、その物語を間近で見るのが俺のやりたい事だ。

 ただ、せっかく捕まえたラディッツにも活躍の場を与えたくなった。

 元々原作じゃ活躍しないまま退場したのを不憫に思って連れて来たんだもの、ちょろっと原作の流れを小さく変えるくらいは良いだろう。

 

 天津飯や餃子が死なないまま、孫悟空が到着する前にナッパを倒す、とか。

 そうするとベジータがどう動くかわからなくなるし、ラディッツも死んじゃうかもしれないけど、そこは俺がいるから万全。

 死なないように全力でサポートするよ。

 

 ……でも、本来死ぬべき、たとえばピッコロだとかが息絶えるのは見過ごすってのは……やっぱり、すっごく悪い事なのかな。

 物語にくっついていくにあたって最も厄介な要素がそこだ。

 人死にを見過ごすのか、助けるのか。

 

 俺の気分的にもあんまりよくない。敵がやられるのは別に良いけど、味方というか、Z戦士達が斃れるのを見るのはなあ……。

 かといって助けてしまうと重要な要素が変わって、未来も変わって、世界がめちゃくちゃになってしまうかもしれない。

 だからそこら辺の胸糞悪さだとか神の如き傲慢さとかは呑み込むしかないのだ。

 

 大丈夫、その分無駄な犠牲は減らすつもりだ。それを償いとしよう。

 それに、物語を追うって言ってもあくどい顔してじーっと眺めるんじゃなくて、ちゃんと渦中に飛び込むつもりだから、そんなに悪い事にはならないはず。

 

 ……死ななきゃどれくらい悪い事してんのかわからないなあ。

 とにかく、そろそろサイヤ人編もクライマックスだ。気合い入れて修行しよう。

 

 

 

 

 

 

 ナシコに連れられてニシタプロダクションの事務所へとやってきた俺は、奴がいなくなってしまったためにソファーの脇に立って手持無沙汰にしていた。

 室内にはタニシというナシコの担当の女がいて書類を纏めているが、そう親しくもない相手なので会話はない。向こうから話しかけてくる事はあれど、俺から話す事は何もないからな。

 

「お待たせ! やっと打ち合わせ終わったよ。疲れたあ」

「お疲れ様です。あら、ナシコちゃん、その衣装は……」

 

 一時間ほど経つと、ようやくナシコが戻って来た。だがここへ来た時と装いが違う。妙にヒラヒラの多い明るい色の洋服に身を包んでいる。ステージ衣装、というやつだ。

 その場で一回りして短いスカートを翻したナシコがポーズを取る。

 

「えへへ、先に着てみました。新しい衣装です!」

「とっても似合ってますよ。活発な印象が強まる衣装ですね」

「はい。今日はたっくさん動く感じで、という要望みたいです。こないだは落ち着いた感じのやりましたからね」

 

 常とは違い、タニシと話す時もはきはきと喋るナシコは、ああ、もうアイドルモードに入ってやがるのか。

 こうなるとこいつは非常にやり辛くなる。

 いつものガサツさはどこへいったのだと言いたくなるほど動きが丸くなり、表情も柔らかいものとなってころころと変わる。何より気持ち悪いくらい言動が優しくなるのだ。

 

「ね、ね、ラディッツくん。どう? かわいいかなっ」

「知らん」

「えへへー、そうでしょ。あったりまえじゃん!」

 

 チッ、勝手に『かわいい』と答えた事にしやがったな。

 何が嬉しいのか、えへえへとだらしのない顔をして擦り寄ってくるナシコの額を押さえて押し留める。

 

「ふぎゅ! ……なにすんの!」

 

 いつものこいつならばムキになって力押しをしてくるところだが、アイドルモードのこいつはか弱いフリをするのでその点では扱いやすい。騙し討ちをしてくるでもなければ、不意打ちもしない。理不尽な事を言いもしなければ、逆に俺を気遣う素振りまでみせる。

 ……常時アイドルモードでいてくれた方が俺のためになる気がしてきたぞ……。

 

「むー、おっかしいなあ。ナシコのファンなら速攻で落ちるのに、ラディッツくんってばお堅いんだから」

 

 素っ気ない態度をとっていれば、やがて頬を膨らませて離れ、自身を指差して「かわいいよね?」と再確認してくるナシコに、面倒ながら頷く。するとぱっと笑顔になって上機嫌になるのだから、こいつが何を考えているのかよくわからん。

 

 確かに、長い髪を高い位置でサイドテールに纏め、細い肩を露出させた衣装を着たこいつは『宇宙一のアイドル』を自称するだけあって、他のアイドルと比べても飛び抜けている。誰より一歩も二歩も上回っている。

 

 どんな時でも少し濡れた翡翠の瞳は強い輝きを放ち、ひとたび目を合わせれば吸いつけられて動けなくなるだろう。バランスの取れた体は人間の良いとこばかりを揃えたような完璧さ。

 澄んだ声は違和感なく耳に入り、まったく不快さを抱かせない。しかもかなり遠くまで届く。

 視覚でも聴覚でも殺しにきやがる末恐ろしい女だ。

 

 懇々とアイドルに関して吹き込まれ続けた俺だからこそ、その容姿と動きや喋りからくるアイドル力とやらがどれほど高いかははっきりとわかっている。正直他の地球人どもが憐れに思えてくるほどの数値だ。蟻と象だな。スカウターでこいつを計ればまず間違いなく爆発するだろう。

 

 だが俺は、普段のこいつの残念な言動を嫌という程目にしている。

 風呂上がりならば下着姿で平気で徘徊する。普段であれば服が捲れあがろうが気にしない。就寝時であれば俺の布団に潜り込んでくるなど挙げればキリがない。

 貴様アイドルの自覚があるのか! と何度怒鳴った事か。そのたびにのらりくらりと躱されてやり過ごしやがるのが腹が立つ。

 

 俺相手だから良い、だと? 良いわけないだろう。常日頃相応しい態度をとらなければステージの上やテレビでボロが出るかもしれないんだぞ。

 そもそもアイドルである事に誇りを持っている癖に女子力が壊滅的なのはどうなんだ、ええ?

 洗濯機の回し方くらい覚えたらどうなんだ? 雑な畳み方はよせ。ゴミの分別はきちんとしろ!!

 唯一女らしい事といえば頻繁に髪に櫛を通す事だけじゃないか!

 ええい、それでいいのか、宇宙一のアイドルさんよ!

 

 その魅力は確かにこの俺を一時とは言え惹きつける程のものだったが、中身がこれではアイドルとしてどころか女としてすら見る事もできん。

 実際奴の気安さはどこか男らしさを感じさせられる。母星で過ごした幼少期を思い返せば、僅かとはいえそういった記憶が思い出せた。

 ぶっきらぼうさは親父と同レベルだ。戦闘一辺倒のサイヤ人か貴様は。

 

「あーっ、ラディッツくんてば、ナシコの事じっと見てるー♡」

 

 ! しまった、ジロジロと観察していてはつけあがらせるだけだというのを失念していた。

 

 腰の後ろで手を組んで、「ん? んー?」と下から覗き込んでくるのを頑なに無視する。相手をしてはその鬱陶しさは天井知らずに膨れ上がっていくだけだ。下手な事を言うと、今のこいつは優しいがアイドルモードが切れた後のこいつが何をしてくるかわからん。

 

 この間は「ナシコちゃんはお姫様扱いをご所望だぞ!」などと言ってしつこく付き纏ってくるから抱き上げてやったりエスコートをしたりと、忌々しいがそれっぽい扱いをしてやったというのに、普段のあいつに戻った途端恥ずかしかっただのなんだのと攻撃しおって。理不尽が服を着て歩いているようなものだ。

 何もしなければ何もされないといい加減学習したわ、くそったれめ。

 

「ん、そろそろ時間だから、私は一足先に行くね。また後でねー!」

「……ああ」

 

 ファンのみんなが私を待っている! とかなんとか言いながら玄関から出ていくナシコを見送り、再び腕を組んで立つ。

 いつもならば共に会場に行くところだが、今日に限って置いて行かれた。何故だ?

 

「あ、すみません。まだ片付けるものがありまして……もう少し待っていてくださいね」

「? なんの話だ?」

「あれ? ナシコちゃんから聞いてません? 今日はラディッツさんが会場まで連れて行って下さると聞いているのですが……」

「……そういう事か、あの女……!」

 

 あのぐーたら女、今度は俺を足扱いか。

 おのれ、戦闘民族サイヤ人がタクシーの真似事など……!

 

「あっ……どうやら情報が行き届いていなかったみたいですね。どうしましょう……」

 

 ……。

 

「いや、予定通り俺が連れて行ってやろう」

「あら、ありがとうございます。でも、大丈夫ですか? 急な話になってしまって……」

「構わん」

 

 この女もナシコの無茶振りには苦労しているようだからな。それくらいはしてやろう。

 まったく、あいつが突拍子の無い事を言うのは普段もアイドルの時も変わらんな。

 

「今日だけだ。今日だけお前の足になってやるとする」

「はあ……? あの、お車ですよね?」

「クルマ? 飛んで行くに決まっとるだろう」

 

 そもそも俺はあのクルマとかいう機械は持ってない。ナシコも同様だ。俺もあいつも飛べるからな。そんなものはいらんのだ。

 

「どうした。そいつを片付けなくていいのか?」

「えっ? あっ、は、はい、そうでした!」

 

 手を止めて呆然としているタニシに声をかければ、慌てて書類と向き合い仕事を再開する。

 言っていた通り、もう少し時間がかかりそうだな。

 ……紅茶でも淹れてやるとするか。

 

 

 

 

「私、ラディッツさんが少しだけ……羨ましいです」

 

 防寒具に身を包んだタニシが、俺の背に掴まりながら囁いた。

 会場がある東の都を目指して飛ぶ中で不意に投げかけられた質問に、意図がわからず目を向ける。

 

 俺の髪と背に挟まれる形になって、俺の首に腕を回すタニシは、寒いのか「すん」と鼻を鳴らしてから、こう続けた。

 

「ナシコちゃんが素でお話できるのって、きっとラディッツさんだけだから……」

「話なら、お前もいつもしてるだろう」

「いいえ、アイドルとしての彼女とじゃなく、一人の女の子としての彼女とは……私じゃ」

 

 ほら、どうしても緊張が抜けてないじゃないですか。

 そう言われて初めて気付く。よく家に来るブルマとかいう女と話す際も、あいつはやたらと萎縮していたな。付き合いの長いタニシともそうだ。

 だが、この間登った塔にいた猫のような生物相手には普通に話していたはずだ。

 ……あれは動物相手だからノーカンか?

 

「だから、ちょっとだけ嫉妬しちゃったり……なんて」

「素のあいつなんぞそう良いもんでもないぞ?」

「ふふっ、そうですか? ナシコちゃんの事、よくご存じなんですね」

「ああ、いや」

 

 知っているというか、思い知らされているというか。

 とにかく、あんな奴は素でいるより、ずっとアイドルやってる方が良い。

 周りの人間にとってもその方が良いはずだ。そうに決まっている。

 

 一人で納得する俺の背で、「いいなあ」とタニシが呟くのが聞こえた。

 

 

 

 

『みんなぁー、ノッてるかーい!?』

『ワァーッ!!』

 

 満員を越して会場外にも人が溢れ返ったステージの上で、汗を流してナシコが歌っている。

 このアイドル祭だかでは既に数人のグループが会場を温める役目を終え、そして主役のあいつがステージに立ってから早二時間。

 

 

『今 運命 繋がった 飛ぶんだよ 未来へと!』

 

 

 東の都の空を覆い尽くす暗い光はナシコが開幕に放った気だ。それがまるで真昼の今を真夜中のように塗り替え、そして煌めく光が星々の代わりを務めている。

 

 

『溢れるでしょ? みんなの――』

 

 

 熱狂する人間どもの頭上を流れていく光弾からは雪のように欠片が零れ、それは万に届く者達に残らず気を分け与え、ゆえに誰も疲れなど見せずに声をあげ続けていた。

 

「「全開!!」」

『でしょでしょ?』

「「万歳!!」」

『わいわい!』

 

「「最高!!」」

『でしょでしょ!』

「「やったぁ!!」」

『イエーイ!』

 

 数百数千と重なる合いの手に負けないあいつの声を耳にしつつ、俺はステージ脇に立って空を見上げていた。

 ここに辿り着いた時、あいつに頼まれたのだ。

 

『いつ、ベジータ達がやってくるかはわからないけど、それがもし、今日この瞬間であったなら……。

 絶対にこの地球には落とさせないで。誰一人怪我なんかさせないで。

 お願い……したからね、ラディッツくん』

 

 ……また唐突な話だったが、そんなのはいつもの事。真剣に頼まれては断れなかった。

 思わず頷いてしまって、後から「そこで断っていたら後が怖いから頷いたのだ」だの理由をつけてみたが……最近無条件で奴に従ってしまうようになっている気がする。

 

 いや、そもそもそれは、俺にとっても良い提案だ。

 ポッドにて宇宙を永く旅してきた奴らを、とびっきりのプレゼントで出迎えてやろう。

 その時の奴らの顔を想像するだけで笑いが止まらねえぜ。

 

『ほら! 今! 運命 広がったんだ 行くんだよ 僕らの世界!』

 

 あいつの持っている歌の最後の一つが、三番目のサビに達した。

 一層盛り上がる気配がここにまで届いてきて、癪だがこっちまで少々心が浮わついてしまう。

 

『わかるでしょ? みんなが――』

「「全開!!」」

『でしょでしょ?』

「「万歳!!」」

『わっしょい!』

「「最高――

 

 

「む……?」

 

 ふと強い気配を感じて空を見上げれば、偽りの星空越しに隕石の如く降ってくる二つの炎を見つけた。

 

「来たか……!」

 

 組んでいた腕を解き、両手の平それぞれに気を集め、光弾を作る。

 落下予測地点はかなり離れているな……早めに撃ち落とさなければ食い止められん。

 ――ここだ!

 

「ずああっ!! ダブルサンデーッ!!」

 

 上空へと放った二条の光が夜空を突き抜け、明るい空を走る。

 手前のポッドに着弾した光線が爆発を巻き起こし、遅れて奥側のポッドにも光線が到達する。

 一瞬視界の全てが白に塗り潰され――

 

「ッ!」

 

 だが、片方を破壊する事はできなかった。ポッドを気で覆って守りやがったな! あのポッドに乗っているのは――気の大きさからしてベジータだろう。さすがと言うべきか、いや、やはり忌々しい限りだ。

 

「チィッ!」

 

 慌てて地を蹴って飛び立つ。このままではベジータの乗ったポッドが地上に激突する! この都にポッド発着場のような施設はない。当然だ。だから受け止めるもののないポッドは地上にいる人間ごと地球に穴を開けるだろう。

 脳裏に過ぎるあの女の柔らかな表情と声に、知らず全身に力が入った。

 

 そうはさせるか!

 

「ちっ、なんだってんだいったい……」

 

 空に残る黒煙からナッパの野郎が抜け出してきた。ちょうど直線上だ。目障りな野郎だぜ!

 

「邪魔だあああ!!」

「うおっ!?」

 

 咄嗟のエネルギー波がナッパを飲み込む。そのまま、奴の生死などどうでもいいと構わずベジータのポッドの真下へ潜り込んだ。

 ザザッと足が地面を擦る。道路だ。ギリギリだぞクソッタレ!

 

「つあっ!!」

 

 飛び跳ねるようにしてポッドを蹴り返す。どれほどの気で覆えばそうなるのか、蹴ったこっちがダメージを受けるほどだったが、なんとか跳ね返す事には成功した。

 あとはあのポッドを受け止めてゆっくり下ろせば……!

 

「よう」

「ぬ!?」

 

 そう思って近付いていく中で、ポッドの扉が開き、隙間からベジータが飛び出してきやがった。そう認識した時には奴の顔は目と鼻の先。

 思わず体が固まって、その内にポッドは道路に落ちてしまった。

 

「う、おおっ!!」

 

 振るわれた腕を掻い潜り、全速力で後退すれば、ベジータは「ほう」と口角を吊り上げた。遅れて突風が俺を襲い、髪が激しく揺さぶられた。

 

 くっ、てんで力をだしてやがらねえな……! だというのに、避けるのが精一杯だった。

 俺もナシコとの修行でかなりのパワーアップを果たしたつもりだったが、やはりベジータの相手にはならんか……!

 

「おうおう、何かと思えば弱虫ラディッツじゃねえか。随分賑やかな出迎えだな」

「……ふぅー」

 

 クラクションとブレーキの音がけたたましく鳴り響く中で、ゆっくりと気を静める。

 ベジータの下へ寄ってきたナッパから目を離し、地上の様子を見れば、何か事故が起きている訳でもなく道路脇にポッドが転がっているのみで、損害らしき損害は何もない。

 集まってきたゴミみたいな奴らがポッドや俺達を指差して騒いでいるくらいだ。

 ふー……これで、一応約束は守れたな。

 

「! おいおい、おいおいおい、戦闘力6000だと……!? ちぃっ、故障してやがる!」

「ほう。何をどうしたかは知らないが、なかなかのパワーアップじゃないか」

「フン、6000か……。故障かどうか、試してみるか? ええ?」

 

 星空のドームに覆われた会場からくぐもって響く新曲の傍らで一度腕を組み、自分を落ち着かせてから腕を解いて構える。

 と、星空を割っていくつか光線が飛び出して来た。それは誰に当たるでもなくぽんぽんと破裂し、赤や緑の花を咲かせる。

 ナシコめ、お得意のパフォーマンスをしてやがるな。暢気なもんだぜ、こっちは今から格上と戦おうとしてるってのによ。

 

「余所見をするなど余裕だな!」

 

 光線の出所に顔を向けたナッパがスカウターを弄るその前に、もう一度ダブルサンデーをお見舞いする。

 ナッパの野郎はまともにくらったが、ベジータは片手で軽々弾きやがった。光が空へと消えていく。馬鹿にしたようなその笑み、絶対に歪ませてやる!

 

「どうやら戦闘力6000というのはハッタリではないようだな」

「嘘だろ、ベジータ! ……なんでラディッツの野郎が、名門出のエリートであるこの俺を越えていやがる……!?」

「さあな。……まあ、予想できんこともない。戦闘服を着ずにその妙な格好をしているところを見れば……この星の原住民に飼い慣らされたな?」

 

 飼い慣らされた。

 薄ら笑いを浮かべたベジータの言葉がそのまますぎて、俺は思わず噴き出してしまった。

 ぴく、と片眉を上げたナッパが、しかしすぐに口端を吊り上げる。

 

「へっ、とうとうサイヤ人の誇りまで捨てちまったってのか、ラディッツよお」

「下等生物に良いようにされて粋がるとは、お笑いだぜ」

「けっ、好き勝手言ってくれるじゃねえか」

 

 が、馬鹿にされては笑いも引っ込む。

 ぺらぺらと余計な事ばかり喋りやがって、まったく頭にくるぜ。

 

「たしかにあの女は俺をオモチャか何かと思っているフシがある」

「……?」

 

 フニャッツだのとおちょくる事もあれば、下らん怒りを向けて来る事もあるし、週に一度か月に一度かなどは極端に機嫌が悪くなって当たりも悪くなる。

 かと思えば本気でペットとでも思っているのか犬猫用のオモチャなどを買って来た事もあった。……本気で俺が喜ぶとでも思っているのか、もれなく屈託のない笑顔までつけて。

 

「だが……まあ、それも悪くないと俺は思い始めた」

 

 ……一年。

 たった一年だ。

 俺があいつと過ごした時間は言ってしまえばたったそれだけだったが……。

 

「お前達といるよかよっぽどマシだったってだけだ」

 

 こいつらにはなくて、ナシコにはあったもの。

 気遣いや思い遣り。

 

 一見非常に軽く扱われているように見えるし、実際その通りだが、いつも『ラディッツ』『ラディッツ』と楽しそうに引っ付かれれば悪い気はしない。

 

 無茶振りはあれど俺のためを思っての事が大半だと気づいたのはごく最近だが、それ以前から奴が俺のことを考えて動いているのはわかっていた。

 

 目を見て話す。上からでも下からでもない、真正面からの視線。

 等身大の会話と、意思のやりとり。

 気持ちの擦り合わせというものがこれほど心に安らぎをもたらすかなど初めて知った。

 

 要するに…奴といるのは心地良いのだ。

 俺を受け止め、俺に身を預けようとする、ナシコと過ごすのが、この上なく心地良いと知ってしまった。

 この環境を捨てるのは惜しい。そう思ってしまっている時点で……奴に飼い慣らされている、という言葉にも頷けてしまうな。

 

「所詮はラディッツか……腑抜けやがって」

「女、と言ったな。こいつは面白い……地球人の女に(なび)くとは、貴様にはサイヤ人の誇りというものが無いらしいな?」

「なんとでも言え。来るなら来やがれってんだ!」

 

 そう啖呵を切って奴らの注意を他に向けさせないようにしたものの、ここでおっぱじめる訳にもいかん。会場が近い。

 誰にも怪我をさせるな、という約束だったからな。

 逸る気持ちを抑え、遠く、強い気配が集まっている方へ顔を向ける。

 

「貴様ら、ついて来い!」

「ラディッツ如きが、指図するんじゃねえ!」

「ふっ、まあ、いいだろう。まずは裏切り者の下級戦士から始末するとするか」

 

 俺が飛べば、奴らはあっさりとついてきた。

 ……待っていろ、ナシコ。こいつらを片付け、必ずアンコールをしに行く。

 会場で新曲を聞かねばお前が拗ねるのは目に見えているからな。そうなればどんな被害が俺にくるかわからん。丸一日無視だとかそういう事をされては堪らないから、全力で事に当たらねばならんな。

 

「ふっ!」

 

 気を噴出させて都から離れる中で、どうしてか俺は口の端が吊り上がるのを止められなかった。




・ラディッツ
ペットのサイヤ犬。放し飼い。
トゲトゲした首輪をファッションとして受け入れている。

・ZENKAI! 大パレード!!
聴衆に多くのアクションを求めるアイドルソング。
新曲なのになんでみんなレスポンス知ってるんだ、だって?
……わからない……私は雰囲気で小説を書いている……。



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第十三話 VSナッパ! ~瞬殺! 驚異の最下級戦士ラディッツ~

引き続きラディッツ視点


 

「来たぞーーッッ!!」

「!」

「くっ!」

 

 

 荒野地帯まで飛べば、俺達の接近を感知したのだろう、いつか戦った緑色の……マジュニアだったかが真っ先に声を発した。周りにいる地球人共も構えを取る。俺はその前へ下り立った。

 

「きっ、きさまは……!」

「久し振りだな、などと挨拶をしている余裕はないぞ」

「あ、ああ……あの人、ぴ、ピッコロさんとお父さんが倒したんじゃ……!?」

「来るサイヤ人は二人って話だったはずだ……!」

 

 そう言って驚いているのはカカロットのガキだけじゃない。他の奴らも困惑し、戸惑い、慄いている。三つ目のハゲが口を開くのを最後に視線を切り、背後の空を見上げれば、ちょうどナッパとベジータの野郎がやって来た。

 空中で一度止まり、悠々と地面に下り立つ。

 

「チィッ、やはり生きていやがったか……さ、最悪の展開だぜ」

「はは……おれ、今日こそ死んじゃうのかな。ちくしょう……」

「サイヤ人が三人か……武者震いがしてきたぜ」

 

「なるほど? ここを貴様の墓場に選んだ、と言う訳か」

 

 俺がここに来たのは、単純に都から離れて被害が出ないようにするために強い気がある場所を選んだというだけだ。

 ……悔しいが、俺一人じゃあっという間にやられてしまう可能性もある。こんな奴らでもいる方がマシだろう。

 

「へっへっへ……さあて、どう料理してやろうかな」

 

 ナッパが腰を落として構えたが……ベジータの方は腕を組んで見物と洒落込むつもりらしい。舐めやがって……!

 だが、その油断が命取りになるのだ。

 

「念のために聞くが……きさまら、ここへいったい何しに来た」

「ほう? こんな所にナメック星人がいるとは」

「三つ目人までいやがるぜ。うん? 辺境の惑星なんだよな? ここは」

「ナメック星人には魔法みたいな不思議な力を使える奴がいると聞いた事がある……。どんな願いも叶えられるという願い玉の存在は本当だったか……」

「ナメック星だけじゃなくこの星にもあるのはそのためだったって訳かい」

 

 願い玉……?

 聞いた覚えがあるな。……おそらくナシコが口にしていた。

 もう化粧したくない、子供に戻りたい、好き勝手に遊び回りたい、天使になりたい、という願いを叶えるとはただの愚痴や妄言だと思っていたが……そうか、本当にその気だったのか……呆れた奴だ。

 

「ナメック……星人……?」

「ピッコロ……お前、宇宙人だったのか?」

「天さん?」

「いや、俺は三つ目があるだけの普通の人間だ」

 

 背後で交わされるやり取りに段々と苛立ちが増してきた。暢気に喋っている場合ではないはずだ!

 今はマジュニア……いや、ピッコロとかいう野郎が宇宙人かどうか、三つ目人がなんなのかなどどうでもいいはずだ。

 

「俺がここへ来たのはたまたまだ。だが居合わせた以上、貴様らも戦力に数えさせてもらうぞ」

「なんだと……? おい、お前はあいつらの仲間じゃないのか?」

「仲間ならばとっくに貴様らを葬っているわ、阿呆が」

「アホだとぉ!」

 

 長い髪の男の下らん質問に答えてやれば、どういう訳か怒り始めた。沸点の低い奴だ。それでよく今まで生きてこられたな。多少おちょくられた程度でいちいち反抗しては命がいくつあっても足りんぞ?

 

「戦闘力……ナメック星人が1300、チビのハゲが1120、チビのガキが990、三つ目が1200、ロンゲが1100、白いチビが890……どいつもこいつも雑魚ばかりだぜ」

「やはりラディッツの戦闘力は6000か……この短期間でどうやってそこまで腕を上げた?」

「さてな。貴様らが思うほど、この星の連中は軟弱ではないという事だ」

 

 特にナシコとかいうアイドルは馬鹿みたいな戦闘力を持ってやがるんだ。それを知って驚いたこいつらの顔を見てみたいが……生憎あいつは仕事中だ。邪魔はできん。

 

「おい、ナッパ」

「ん? あ、ああ」

 

 俺達が自在に戦闘力を操れる事を知っていたベジータは、ナッパにスカウターを外させ、自身もまたスカウターを外した。

 正しい判断だ。スカウターがあるとどうしても頼りきりになるからな。そうするといちいち反応が遅れて手痛い攻撃を受ける事になる。気を探る技術を身に着けた方がよっぽど役に立つ。

 

「お、おい。あのラディッツって奴、どうしてかおれ達に協力してくれるみたいだぜ……!」

「単なる目的の合致だろう。なんらかの理由でサイヤ人同士で諍いがあり……決裂した。その巻き添えを食ってるようなもんだ」

「地球じゃなく他所でやって欲しいもんだぜ……」

 

 さて……後ろにいるこいつらは、ナシコの頼みの対象に入るのか?

 

 圧倒的な戦闘力を前にした恐怖を誤魔化すためか、やたらと口数多く言葉を交わす地球人共の下まで地を蹴って後退する。息を呑む気配を気にせず、その間もベジータ達からは目を逸らさない。ナッパの野郎はともかく、ベジータの方が動き出せば、おそらく一撃で決着がつく。見て、感じてさえいれば避けられるはずだ。

 前を向いたまま小声で語りかける。

 

「貴様ら、よく聞け。あのハゲ頭の方に全員で全力でかかるんだ。チビの方は今はいないものと思え」

「チッ、何を指図していやがる。俺はきさまの手下になったつもりはないぞ」

「黙って言う事を聞け! ……あのハゲはかなりタフな奴だ。生半可な攻撃じゃダメージが通る事はない。限界まで高めた気を思い切りぶつけるんだ」

「お、おい、待てよ。そうやっておれ達を騙して攻撃しようって魂胆じゃないだろうな?」

「なんだと!」

 

 ちぃっ、この俺が作戦を提示してやっているというのに、ピッコロとかいう奴もチビハゲ野郎もちっとも従う素振りを見せやがらねえ。

 何故だ。仮にナシコが命令すれば、きっとこいつらは従うはずだ。俺がそうであるように。

 ナシコと俺で何が違うというのだ!?

 

「くっくっく……貴様らに期待した俺がお間抜けだったって訳だ……。それならば、俺一人でナッパの野郎を片付けるまでだ!」

「ほお、誰が誰を片付けるってんだ? え? 弱虫ラディッツさんよお」

 

 思う通りに動かない地球人共に、そいつらをあてにしていた自分への怒りが上乗せされて思わず声を荒げれば、単細胞のナッパが青筋を浮かせて気を高め始めた。

 フルパワーになどさせるか!

 

「うおおお!!」

 

 両拳を握りしめ、一息に気を解放する。奴が完全にフルパワーになるより先にこっちがMAXパワーだ!

 高めた気をそのままに、構え、飛び出す。

 

「!」

 

 奴が目を見開くのが見えた。

 馬鹿め、自ら隙を晒しやがって!

 さらにスピード上げ、背後へと回り込む俺の動きに明らかについてこれていない。

 

「食らえい!」

「おごっ!?」

 

 渾身の両肘を首裏へ叩き付ければ、油断していた奴はあっさりと地球人共の方へ吹き飛び、無様に地面を滑っていった。

 

「ぐ、あっ!?」

 

 勢い良く立ち上がって振り返った奴の形相ときたら、近くにベジータが控えているというのに笑いがこみ上げてきやがる。

 

「どうしたんだ、エリートさんよ……そんなに驚いた顔をして」

「お、おのれ~! ど、どうなってやがる!」

 

 ……よし、よし。

 ナッパをブッ飛ばした事で自分自身のパワーを、強さを、やっと現実として認識できた。

 今まではただ修行をし、ナシコに足だけであしらわれるだけの日々だったからな……それも雑誌を読んだりゲームをしたりと片手間に……数字が大きくなっても実感がわかなかった。

 それが今、ようやく馴染んできたぜ……。

 

「調子に乗るなあ!」

 

 腕を振り上げて突進してきた奴の動きもはっきりと目で捉えられる。フン、気を探るまでもない。怒って動きが単調になってやがるな。

 目の前に到達したナッパがかなりの気を籠めた腕を振り下ろし、俺の体を斜めに引き裂いた。

 

「おらっ、どうだ――おっ!?」

「馬鹿め、まんまと引っ掛かりおって!!」

 

 腕を組んで悠々と立つ俺の残像を捉えて得意気な顔をしていたナッパを背後から蹴りつけ、再び地面におねんねさせてやった。はっはっは、爽快だ! あのナッパをこうまでコケにできるとはな!

 

「あ……ああ……!」

「な、なんて事だ……あの大柄なサイヤ人も凄まじいが、孫が倒したというあのサイヤ人は、も、もっと凄い気を発している……!」

「ふっふっふ、俺は超一流の戦士だ」

 

 外野の歓声に気を良くして芝居(しばい)がかった台詞を吐いてしまった。

 なるほど、これは気分が良いな。ナシコの奴がアイドルモードではああまでハイになる理由の一端がわかった気がするぜ。

 

「こぉっ、このっ、こ、この俺様が! ら、ラディッツ如きにぃ~!!」

「おっと」

 

 戦闘服から欠片を零しながら立ち上がったナッパは、今にも血管がぶちぎれそうなほどの怒りを露わにしていた。纏う気が揺らめきたち、地面が揺れている。かつての俺なら恐れを抱かずにはいられなかっただろうが……もはや戦闘力に倍近い差があっては、恐怖心など微塵もない。

 そして叫びながらの突進はやはり容易く避ける事が出来た。

 空振った事でさらに怒りのボルテージを上げる奴の背後に下り立ち、嘲り笑う。

 

「何がエリートだ。単純な攻撃ばかりしおってからに」

「な、なんだとぉ!?」

「見本を見せてやろうか? ええ?」

 

 言うが早いか、腕を組んだままナッパの眼前に移動してやれば、奴は大袈裟に仰け反って驚きを露わにした。おいおい、腹ががら空きだぞ。

 

「ご、おっ……!」

 

 腹にめり込ませた拳は戦闘服を突き破って奴の肌にまで達した。

 が、これだけでは大きなダメージは与えられていないだろう。

 数値だけでは計れない異常なタフさがナッパにはあった。

 だからこそ、決着をつけるには最大まで溜めた気を撃ち出し、二度と立ち上がれないよう粉々に吹き飛ばすしかない。

 

「そうらっ!」

「ぎゃっ!」

 

 横へ蹴り飛ばし、奴が体勢を整えないうちに腰を落として構えを取る。

 今のところ俺の唯一の溜め技だ。最大出力でお見舞いしてやる!

 

「か……」

 

 円を描くように回した手を右の腰へ移動させ、

 

「め……」

 

 向かい合わせた手の内に体中の気を集めていく。

 

「ああっ! ま、まさかっ」

「か、かめはめ波か!? 馬鹿な、なぜサイヤ人があの技を!」

「は……」

 

 集中がいるために周りの音はあまり入ってこないが、辛うじて聞き取れた会話から察するに……やはりそうか。この技はカカロットの使っていた技か。

 ナシコが自慢げに教えて来た時は奴オリジナルの技かと思っていたが、奴が技を考える頭を持っているとは思えん。よく思い出してみればすぐにわかる事だった。

 

「め……!」

 

 気の球体が手の平の間に生まれ、光り輝く。

 最大まで解放した俺の戦闘力を集中させたものだ、数値でいうならば軽く1万は越えているだろう。

 こいつでくたばれ!

 

「波ーーーーっっ!!」

「!」

 

 すでに立ち上がっていたナッパは、しかし避ける素振りは見せなかった。両腕を広げて受け止める体勢。

 馬鹿が、素直に避ければ良かったものを!

 

「ごおおっ! こっ、こんなものォ!! おおあ!!」

 

 直撃し、両腕で俺の全エネルギーを抱くようにして押し留めたナッパは、苦しげな声をあげてどんどん後退している。顔を背けさせられ、体は仰け反り、明らかに押し負けている。

 だが、あと一押しが足りない! くそっ、フルパワーだぞこっちは!?

 

「かめはめ波ーーっ!!」

「どどん波!!」

「魔閃光ーーっ!!」

「ずああっ!!」

 

 そこへ地球人共からの援護が入った。

 

「おごっ、おごおおおお!!?」

 

 全員が全員溜め技を放てば、ナッパの野郎が光線に呑み込まれるのは当然の流れだ。

 もはや光線を受け止める事もできずに流され、顔も身体も捩れて吹き飛ばされていく。

 だが残念ながら、粉々にしてやろうという目的は達成できなかった。

 

「が……ぁ……」

「!」

「な、なんてヤローだ……! あ、あれだけの攻撃を受けてまだ生きてやがる!」

「だから言っただろう、奴はことのほかタフだぞ、と」

 

 この場にいる全員の全力の一撃を受け、それでも形を保ち、二本の足で立てているのは称賛に値するだろう。

 だが戦闘服は消し飛び、体中焼け焦げて歯を食いしばっているナッパはもはや誰が見ても戦える体ではない。ベジータもそう判断したのだろう、不快そうに舌打ちをしやがった。

 

 やがて重々しい音をたてて前のめりに倒れ伏した奴を見て、俺は勝利を確信して長い溜め息を吐きだした。同時、地球人共がささやかな歓声をあげる。

 

「やった……! あ、あいつ、恐ろしい奴だったけど……どうやら倒せたみたいだ!」

「油断するな! 奴より強い気を持つサイヤ人がまだ残っているのを忘れるなよ……それに、まだ奴は死んじゃあいない」

 

 ハゲのチビ……クリリンと呼ばれていた地球人とピッコロが話している間に、それぞれがその二人の回りに集まってきた。

 

「僅かだが、まだ気が残っている……」

「トドメを刺すべきだっていうのか?」

「おい。さっきは何故俺に合わせた?」

 

 三つ目とロンゲの会話に割り込み、俺はどうしても疑問に感じた部分をそれぞれにぶつけてみた。

 最初に指示した時は誰一人従おうとしなかった癖に、あの土壇場でどうして最大まで溜めたエネルギー波を撃つ事が出来た?

 あらかじめ放とうと思っていなければできなかった芸当のはずだ。

 答えたのは、クリリンとカカロットのガキだった。

 

「あれは……なんつーか、かめはめ波を見てたらさ、おれもやんなきゃって思って……」

「ぼ、ぼくもです。なんでか、お、お父さんを思い出して……」

「……よくわからんな」

 

 なんとなく、だのカカロットを思い出して、だの、いまいちはっきりとしない理由だ。

 それに、溜め技を放てた事への疑問を解消できていない……と思ったが、そうか。俺のかめはめ波は撃つのにかなり時間がかかる。それこそ蹴り飛ばしたナッパが復帰してしまうくらい。これは俺が不慣れなためだ。

 おそらく、元々この技を使える地球人共の方が熟練しているために、最大パワーの同時発射となったのだろう。

 

「うわあっ!?」

 

 俺達の間に巨体が突っ込んできたのはその時だった。

 一人納得していた俺はぎょっと目を見開いてそれが何かを確認し、二度驚く事となる。

 

「なっ!? ナッパの野郎、まだ生きていやがったのか!?」

 

 肩を半ば地面に埋めて、左右に割れた地球人共の間に倒れているのは、動けないように見えたはずのナッパだった。

 

「ち、違う! あいつだ! あっちのサイヤ人が投げてきたんだ!」

「なに、ベジータが!?」

 

 言うが早いか凄まじい気を感じ、ベジータを見るよりその場からの離脱を優先した。

 次の瞬間、太い光線が俺達の間を突き抜けた!

 うおお! なんという気の大きさだ!!

 

「動けないサイヤ人など、必要ない」

「ぐっ……くそったれ……!」

 

 充分距離が取れていたはずの体にビリビリとした衝撃が走るのに悪態をつく。

 し、しかもあれは……た、溜めた気ではなかった!

 ほ、ほんの気軽に放ったというのか! あれを……!!

 

「な、なんてやつだ……! じ、自分の仲間ごと、け、消し飛ばしやがった!」

「餃子! 餃子はどこだ!?」

「ま、まさか今のに巻き込まれちまったんじゃ……!?」

 

 上手く避けたと思っていた地球人共が動揺の声を上げるのに冷たい汗が背を流れる。

 手早くナッパの野郎を始末できたと思ったら、誰か傷でも負ったか、いや、死んだのか!?

 

「冗談じゃないぜ……! 未来のファン候補を死なせたとあっちゃ、俺がどやされちまうだろう!」

 

 そう言いつつも、先程共に必殺の一撃を放った、いわば仲間をみすみす死なせたとあっては俺のプライドに傷がつく、と辺りを見回す。

 気を探って探してみても、あのチャオズとかいう白いチビの気配はどこにもない。

 だが三つ目人が何かに気付いたのかはっとして顔を上げた。

 

「やめろ餃子……やめるんだ! ――違う!! ばれているぞーーッッ!!!!」

「フッフ、そういう事だ。そー、れ!」

 

 ベジータが背後の空へと二本指を差し向けた瞬間、青空の中に爆発が生まれた。

 なんだ!? 何をしやがったんだ奴は!

 

「チャ、餃子ーーーーー!!!」

 

 広がる黒煙の中からパラパラと落ちて来る何かの欠片に、それがチャオズと呼ばれていたガキの僅かな残骸なのだと察してしまった。

 

「おおおおおお!!」

 

 絞り出すような慟哭が響く。不味い、あの三つ目、一人で突っ込むつもりだ!

 

「ええい貴様ら、続けーっ!!」

「ちくしょぉおお!!」

「うあ、あ、ああ……!」

 

 ! カカロットのガキ、何を突っ立ってやがる!

 ちぃ、気にしてる暇はない。

 突進する三つ目を追って俺達は一斉にベジータへと殺到した。

 

 

 

 

「――少しは楽しめたぜ」

 

 ――結果は、全滅だった。

 

 まず三つ目が腹を貫かれて後ろへ放られた。

 動揺が走る地球人共を前に、しかし三つ目はそれだけで終わろうとせず、ベジータの野郎の尻尾を引っ掴んで握り締めた!

 

 地球人共の間に『チャンスだ!』という認識が生まれた時には、三つ目は尻尾を掴んでいた腕を失っていた。

 手刀で切り飛ばされたのだ。ベジータは……尻尾を鍛えていたために、かつての俺のように力が抜けるなんて事はなかった!

 

 そうまでされて、三つ目は倒れなかった。妙な形に固めた片手をベジータの顔に向けると、「気功砲!!」という掛け声とともに尋常でない気を放ったのだ!!

 まともに食らえば大ダメージは免れない。なにせ至近距離だ、最初からどんな技か知っているならともかく、あれでは防御が間に合わない。

 だというのに。

 

「良い風だ、よくやったと褒めてやる。こいつは褒美だ」

「む、無念――」

 

 チャオズと同様、三つ目も粉々に砕け散った。

 そこでようやく俺達はベジータに到達したのだ。

 ナメック星人であるピッコロはともかく、仲間の死に動揺の激しい地球人どもは散々だった。

 

 ハゲチビ――クリリンが横へ弾き飛ばされ、ピッコロが繰り出した足を切り飛ばされ、鋭い連撃を叩き込もうとしたロンゲ――ヤムチャが瞬時に背後に回り込んだベジータの肘打ちを受けて地面に沈み、ぴくりとも動かなくなった。

 

 そしてこの俺も、繰り出す拳も蹴りも全て受け止められ、避けられ、視界から消えた奴の気を追って放ったフルパワーエネルギー波はあっさり弾かれ。

 たった一撃……! ただそれだけで、俺は立ち上がる事すらできず、無様に腹を抱えて蹲る事になった。

 

 数秒。それだけの短い時間で こうまで圧倒されちゃあ……ぷ、プライドなんて気にする暇もないぜ、ちくしょうが!

 

「ヤムチャさああああん!!」

 

 爆発音が聞こえた。

 気の動きからするにあの野郎、既に動けなかったヤムチャを蹴り飛ばし、気弾を飛ばして爆発させやがった!!

 クリリンが放った気功波も、奴の前じゃ突風くらいのもんだったのだろう。弾かれた気が地面に当たって揺らすだけで……俺達は、打つ手無しになった。

 

「ちきしょう……ちきしょうっ! 悟空ーーーー!! 早く来てくれぇええええ!!!」

「うるさいハゲだ。次は貴様を甚振ってやるとするか。その次はそこのガキ、それからナメック星人、最後にラディッツ……お前を消し飛ばしてやるぜ」

「ぐ、く……くそぉ……!」

 

 死刑宣告に勝手に体が震えだす。

 こ、これほどまでに奴と俺達とで力の差があるとは……!

 勝てる、そう思っていた一時間前の俺を殴り飛ばしたい気分に駆られたが……この化け物をここへ連れて来た事に後悔はない!

 ……都から離れるのが最優先だったからな……!

 

「う、うあ、ああ……!」

「くっくっく……どうした? カカロットのガキ……かかってこいよ」

「ご、悟飯……逃げろ、悟飯……!」

 

 ナメック星人がのろのろと這って動くのを感じながら、俺も腕をついてどうにか身を起こそうとした。

 だが受けたダメージは半端なものではなく、痛みに体が硬直した一瞬で腕から力が抜けて倒れてしまった。

 

「う、うわあああああ!!」

「!?」

 

 爆発的な気の高まりを感じて、思わず痛みも忘れて顔を上げた。

 ちょうど、あのガキがベジータの頭を蹴り抜いているところだった。

 な、何が起こった!?

 

「がっ!? な、なんだこの力は!」

「お前なんか! お前なんかー!!」

「ぐああ!」

 

 完全な不意打ちだったのか、ベジータは防戦一方になり、だが防ぎきれずダメージを受けて後退している。

 

 ――そうか!

 あのガキは感情によって大きく戦闘力が上下する!

 仲間をやられ、自身もまた脅威に晒された事によって理性のタガが外れたのだ!

 

 拳の連撃でベジータの野郎を吹き飛ばしたガキ――悟飯が額に両手を重ね当て、凄まじいエネルギーを集中させた。

 なんというパワーだ……! 先程のベジータの光線がカスみたいに思えるほどの、恐ろしい気だ!!

 

「魔閃光ぉーーーーっ!!」

「うあっ、お、おおおーーッッ!!」

 

 だがベジータの方が一歩上手だった。

 奴は恐怖に濡れた声を発しながらも気弾を放って一瞬光線を押し留めると、素早く飛び上がって避けやがったのだ!

 奴が下り立った時には悟飯の気はガタ落ちしていて、もはや怯えるただのガキに成り果てていた。

 

「はーっ、はーっ! ……こ、このクソガキがぁ……! このベジータ様に恐怖を感じさせただとぉ……!?」

「ひっ、あ、ああ……!」

「やはり地球人との混血は危険だ……ここで消し飛ばしてやる!!」

 

 左腕を突き出したベジータは、言うや否や巨大なエネルギー弾を作り出し、それを悟飯に向けて放った。

 地面を削って迫る光に、あのガキは避ける素振りも見せず無意味に腕を上げるだけで、何もできていない……こ、このままでは!

 

「ごはぁああん!!」

「!!」

 

 ふっと、緑色の影がガキの前へ現れた。

 両腕を広げて庇うように立つのは、ピッコロ――。

 

「うぐっ!」

 

 激しい風と光に腕で顔を庇う。

 それが止んだ時には、既にピッコロは虫の息で倒れていた。

 そして、傍にしゃがんだ悟飯と何事か交わした奴は……死んだ。

 

「ぴ、ピッコロさぁん……」

 

 もはや怒りも嘆きも戦闘力には繋がらないようだ。項垂れた悟飯は戦う意思を捨てちまっている……。

 そ、そんなでは、ベジータのいい的だ!

 

「順番が変わってしまったか。まあいい、カカロットのガキ、今度こそお前の」

「気円斬!!」

「息の――なっ!?」

 

 これまでか、と思った時、あのハゲチビがいつの間にか立ち上がり、鋭い気をベジータに投げた。

 

「あっ……! く、くそぉっ!」

 

 だがそれも、伏せて避けられてしまった。絶望感に身を包まれ……いや、諦めている場合ではない!

 

「ずあっ!」

「! ちぃっ!」

 

 奴が伏せている今がチャンスだ、と光弾を放つも、跳ね上がるようにして避けられてしまった。

 くそ、判断が遅すぎたようだ……! も、もはやこれまでか……!

 

「どいつもこいつもこのベジータ様をコケにしやがって……!」

 

 キッ、と睨まれると、体が硬直してまったく動けなくなってしまった。

 あれだけ啖呵を切ってここに来たってのに、今さら動けなくなるとは……お、俺はやはり弱虫のままなのか……! 何一つ変わっちゃいないのか……!?

 

「死にやがれぇーっ!!」

「っ!」

 

 ドッと空気を爆発させ、ベジータが突っ込んできた。

 真正面からだからこそ見えたそれに、しかし対処の術はない。

 終わった――!

 

 スローな視界の中、やっと持ち上がった腕は迎撃のためでなく、自身を庇うために構えられる。

 宇宙一の強戦士族ともあろうものが、攻撃よりも守りを選んだのだ! 自分で自分に反吐を吐きたくなったが、もはやそれをする時間すらない。

 

 自らの腕で塞がった視界が最期に見る光景になるとは……っ!!

 

 ゴウ、と強い風が俺の体を包み込んだ。

 

 

 

「なっ、貴様どこから!?」

 

 だが、思うような衝撃は襲ってこなかった。

 何者かが俺の前へ立ち、ベジータの攻撃を受け止めていたからだった。

 

「どこって、私のステージからだよ」

 

 ベジータの腕を掴んで止めているのは、な、ナシコ……? ナシコがなぜここに……!? まだフェスとやらの時間は終わっていないはず。それがどうしてここにいるのだ!

 

 俺を一瞥したナシコは、空いている手をベジータの胸に当てた。

 

「うおああ!!?」

 

 勢いなど皆無に等しかったのに、それだけでベジータの野郎は吹っ飛んでいきやがった。こうして改めて目にすると思う。や、やはり凄まじい戦闘力だ、と……!

 だがやはり解せん。どうしてここに……?

 

「ん」

「う!? ……お、おお」

 

 困惑する俺に、奴はいつものように俺へ手の平を向けて気を分け与えてきた。

 少しダメージが抜けてようやく立ち上がれるようになれば、即座にその疑問をぶつける。

 

「お、お前……す、ステージはどうした……!」

「んー……抜けてきちゃった」

「抜けた、だと!?」

 

 思わず痛みも疲労も忘れて奴の顔を見た。

 アイドルである事に強いこだわりを持つお前が"抜けてきた"だと!? 馬鹿なありえん! アイドル馬鹿であることが奴の存在意義のはずなのに!

 

「ぬ……!」

 

 しかし喉まで込みあがった言葉のすべては、ナシコの瞳がいつも以上に濡れているのを見て飲み込んだ。

 

「……アンコールに応えなかったのって初めてかも。ファンのみんなより、ラディッツくんを優先しちゃった」

 

 あれほど括っていたアイドルである自分より、俺を助けに来る事を優先した、か。

 ……情けなくて涙が出そうだぜ。そんな事は、させたくなかった。

 

「ラディッツくんは下がってて。ここに来ちゃったからには、私もきちんと戦うから」

「あ、ああ……お前、その喋り方……」

 

 まだアイドルモードなのか、弱々しい笑みを浮かべたナシコが俺の前に立った。

 だが……俺と修行する時のような強さはまったく感じられない。

 逆に、ただの突風で消し飛んじまいそうな儚さしかなく、俺の背を冷たいものが滑っていった。

 

「お、おのれぇ~! ふざけやがってぇ!!」

「むおっ!? 奴め、フルパワーになってやがる!?」

 

 激昂するベジータが気の光を纏い、今にも光線を放とうと構えている。逆にナシコはその場から動かず、ただ少しだけ腕を広げた。

 これほどのパワーは今まで感じた事がない。それを受け止める気なのか、ナシコは!

 俺を背にしているためか、それとも自分の戦闘力を信じ切っているのか……だが、いくら戦闘力が高くとも、あんなものを真正面から受けてしまえばダメージは免れんはずだ!

 

「こいつで粉々になりやがれ!!」

 

 ろくに気を高めもせず立っているナシコにお構いなしに、フルパワーのベジータが光線を放つ。

 

「な、ナシコォ!」

 

 思わず奴の名を呼んでしまった。迫りくる光に照らされた奴の横顔はあまりにも頼りなく、ただ一人の女でしかないと感じさせられて、そう思った時には覚悟を決めていた。

 先程のナメック星人の焼き直しになるが、俺がナシコの盾になるしかあるまい!

 

「――む!?」

 

 そうして俺が動き出そうとした時、空から降ってきたもう一つの凄まじいエネルギー波がベジータの放つ光線にぶつかって、諸共消滅した。

 

「なっ、なんだとぉ!?」

 

 驚いたのは俺だけではない。自分のフルパワーを打ち消されたベジータも当然驚愕し、今の気の出所を辿って空を見上げた。

 カカロットの野郎が降ってきたのは、それとほぼ同時だった。

 ――そうか、カカロット……願い玉で甦ったんだな!!

 

「貴様、カカロットだな! 何しにきやがった!!」

「…………」

 

 青筋を立てて怒鳴ったベジータは、同時に再び光線を放った。だが、なんという事か、カカロットは事もなげにそれを払い除けてしまったのだ!

 遠方に着弾した光線が爆発を巻き起こし、風が地面を撫ぜていく中、カカロットはそれまでの怒りを露わにした表情をすっと無くすと、纏っていた赤い光も霧散させた。

 

「せ、戦闘力1万6000……どうなってやがるっ……!」

 

 先ほど咄嗟に拾い上げに行ったのだろう、スカウターを装着しながらそう言ったベジータの声にぎょっとしてカカロットを見れば、奴は自分の息子とクリリンとかいうハゲを助け起こしているところだった。

 い、1万6000だと……!? こ、この俺を大きく超えていやがる。カカロットの身に何があったというのだ!?

 

「ヤムチャ……天津飯……餃子……みんなやられちまったんか」

 

 わなわなと震えるベジータをまるでいもしないように扱いながら、カカロットが俺達の方を向く。

 

「おめぇ達……どうやらみんなと一緒に戦ってくれてたみたいだな」

「悟空さん……」

「ん? ……どこかで会った事あったか?」

 

 思わずと言った様子で呟いたナシコは、カカロットの反応に肩を落とした。理由はいまいちわからないが落ち込んでいるらしい。こんな時だってのに、その軽い動きに憤りを覚えて後頭部を叩いてやろうかと思ってしまった。

 

「おめぇ達も、後はオラに任せて下がっててくれ」

「なんだとぅ!? カカロット、貴様まさか、このオレを倒せるだなどとは思っていないだろうな!?」

「さあな。それはやってみなくちゃわからねえさ」

 

 息子とクリリンを離れさせ、ベジータの方へ悠々と歩むカカロットには何か秘策があるように見えた。

 それにしても、い、1万6000か……な、何をどうしたらこの一年で戦闘力400とちょっとからそうなるんだ。

 フルパワーならば8000ほどにまで達するようになって喜んでいた俺が、ば、馬鹿みたいだぜ……!

 

「ん、う」

 

 ……その身に秘める怒りにあてられたのか、ナシコが俺の横まで下がってきた。しょげた横顔は相変わらず弱々しく、やはり戦える人間には見えない。

 もはや手を出せるような雰囲気ではない、と小声で告げられたが……それには俺も同意見だぜ。

 く、悔しいが、加勢しようにもただの足手纏いにしかならないだろう……それはどうしてか回復しているカカロットのガキや、あの地球人も同じことだ。

 

 俺は、場所を変えるために飛んで行った二人のサイヤ人を、ただ見送る事しかできなかった。



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この世で一番強いヤツ
第十四話 誕生! 人造人間500号!!


TS注意
うげぇってなる人いるかも


 燃え尽き症候群にかかった。

 俺ではなくラディッツが、の話だけど。

 

 なんか、弟さんの成長に色々と馬鹿らしくなって、ついでにナッパを倒せたからやる気が無くなっちゃったんだとさ。

 そんなぐちゃーって腑抜けてられたら一人暮らしとなんも変わんないんですけど。

 

 うー。

 むー。

 

 ……んな事はどうでもいいから洗濯物畳んでよ。というか、お前が動かなかったら誰が家事やるんだ、誰が。

 ほら動け、やれ動け、それ動け。

 そんな感じでせっついてたら、いつの間にかいつものラディッツに戻っていたので結果オーライかな? うん。よかったよかった。

 

 ついでに俺がドヤ顔で「一緒に戦うぜベイベー!」って言ってたのも忘れてくれててオーラオーライ。

 いやね、俺ね、アイドルの時ちょっと頭変になっちゃうんだよ。こう、記憶というか考え方ががらっと変わるというか。

 それさえなければすぱっと飛び込めたんだけどなあ俺もなあ。こればっかりはコントロールできず申し訳ないというか……。

 

 はあ……。

 

 ちなみに俺はあの戦いの後、全速力で会場に戻って、結局アンコールに応えて歌う事になった。

 離れていた時間は二十分もなかったけれど、お客さんの熱が冷めるには十分だったはずだ。

 なのに俺を待ってくれていた事を凄く嬉しく思う。

 

 フェスが終わって家に戻った後は、知らぬ間に原作通りにみんな死んじゃっていた事になんとも言えない脱力感を覚えて食事も喉を通らなかったけど、みんな甦るんだって知ってるからすぐ立ち直れた。

 けど、俺が人死にを知ってて見ない振りをした事には変わりはなく、その点への罪悪感は拭いきれない。

 だからその償いとして、俺も彼らの復活に協力してあげたいと思った。あげたいっていうか……しなくちゃ。

 

 それはつまり、彼らとともにナメック星へ行くって事なんだけど……その間アイドル稼業はどうするのよ、って話になってしまう。

 いくら最強無敵のナシコちゃんといえども二人にわかれたりはできないので、ナメック星に赴いている間はお仕事ができなくなってしまう。それは困るけど、ナメック星に行かないって訳にもいかないし……。

 

 誰か俺の代わりがいればいいのになあとタニシさんに話を振ってみたが、俺の代わりが務まるような子は他にいないって言われてしまった。

 まあ、うん。

 俺がスーパーアイドルであるとか関係なしに、ナシコの代わりは他にはいナシコって訳で。

 あはは。

 

 ……はあ。

 

 というか、最強とか自称しちゃったけど、今の俺の戦闘力じゃフリーザ様には勝てない気がする。

 第一形態ならともかく、最終形態とか絶対ムリゲーだよ。死にに行くようなもんだよ。

 

 圧倒的に力量不足で、しかも俺は地球人なのでサイヤ人みたいに急激に力を伸ばしたりはできない。

 それもまた不安の一つだ。

 はあ……。神龍に「サイヤ人にしてくれ」って頼むべきだったなあ。

 そこら辺、ほんと抜けてるよね、俺って。……ひょっとして凄くあほなのでは?

 んな訳ないか。

 

 

 

 

 冬の風が染みる今日この頃。

 寒いねー、寒いねーとラディッツに纏わりついていたら、俺の代わりになれそうなアイドルを見つけた。

 

「じゃあん、じゃあん、紹介します! じゃららららら」

「なんだそのテンションは……とうとう頭がパーになったのか?」

「は? な、なんでそんな事言うの……悲しいよ、しくしく」

「なっ、お、おい泣くな!?」

 

 現在地はブルマさんの家、ブリーフ博士のところ。

 奥の大きな機械を弄っている博士を眺めながらドラムロールを口ずさんでいたら、ラディッツに正気を疑われたのでめそめそしてみた。

 ……慌ててやがる。ざまあ。

 ぺろっと舌を突き出せば目を丸くするのが面白い。

 

「ちっ、嘘泣きか……!」

「ラディッツってば、単純な手に引っかかりすぎ~」

 

 最近はこういう時に怒ってみせてもツーンとしちゃって、ラディッツも生意気になってきたなーと思ってたけれど、なんてことはない。ちょっと女の子らしくするとタジタジだ。アイドルモードの俺が苦手らしいので、普段の俺がそういう素振りを見せればこの通り、あっさり引っ掛かりやがって。

 うひひ、もっといじめちゃおーかな?

 

「よし、起動するぞい」

「待ってました!」

 

 おっと、博士の準備ができたみたいだ。ぱちぱち手を打って歓声を上げる俺の横で、ラディッツが不満気な息を吐き出して腕を組んだ。

 

「スイッチ~、オンっと」

 

 ブリーフ博士が手元の台のボタンを押せば、大きな機械……壁に立てかけられた縦長の棺桶みたいなのの蓋が開き、冷気の靄が室内に流れ出す。

 その中に見える小柄な影。

 

 輝く金の髪は肩で切り揃えられ、頭の後ろで一つ縛りにしたポニーテイル。

 閉じられていた瞳が開けば、俺と同じ翡翠色の輝きがきらりと光り、しゅっとした高めの鼻の下にある、小さなお口が悪者みたいにニヤッと笑う。

 

 ボディは俺の要望でキュッキュッキュッのハイパー素敵使用、見た目年齢は七歳から八歳、白いシャツと黒いスカートがシンプルながらによーく似合う。戦闘力は二十万二千と飛んで六!

 

「うわーい、新しいアイドルの誕生だあ!」

 

 テンション高めに両腕を上げて万歳すれば、俺達の前に立った人造の少女は腕を組んで一つ頷くと、俺を見上げてちいちゃなお口を開いた。

 

「この世で一番強い体……確かにいただいた」

 

 おおお、まさしく奇跡の声!

 澄んだ高い声は一点の淀みもない可愛らしいロリヴォイス。

 はあはあ……脳みそ蕩けそう。おっとよだれが、えへへ。

 

「うんうん。これで正式に君は俺の家族になると言う訳だ」

「よろしくお願いする……娘よ」

 

 見た目にそぐわない老成した雰囲気を纏う少女は、伝説のアイドルに似せたボディを動かして、シェイクハンドを求めて来た。

 その手をしっかり握り返し、そりゃもう両手でにーぎにーぎしてにっこり笑いかける。

 

「こちらこそ、末永いお付き合いを。Dr.ウィロー……いや、ろーちゃん」

「…………」

 

 俺が考えに考え抜いて付けてあげた名前を呼ぶと、ろーちゃんは露骨に嫌そうな顔をして、壁際の方へ視線を移した。

 そっちにはウィローの復活に咽び泣く鬱陶しい老人……Dr.コーチンがいて、ろーちゃんはそっと溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 それは、遡る事3日前。

 11月7日、午前8時くらいの事。

 

 早朝のランニングを終えてひとっ風呂浴びて、ラフな格好で休暇を楽しんでいた俺は、なんだか邪悪な気を感じるなあ、と気が付いて、料理に失敗して卵焼きを炭の塊にしていたラディッツの手を引っ掴み、世界の果て近く、永久凍土はツルマイツブリの山へとやってきたのであった。

 

 それで、邪悪な気の出所はどこよと上空から探してみれば、何やら凍土を削って自然破壊に勤しむ老人と複数のヘンテコ生物の姿があった。

 

「おはようございまぁーす。何してらっしゃるんですかー?」

 

 とお声を掛けさせていただけば、ぎょっとした老人は白い息を吐き散らして、ヘンテコ達をけしかけてきた。

 そんな雑魚はラディッツが一蹴してくれました。レディを守るなんて偉い! あとでご褒美に焼肉連れて行ってあげよう。それから映画行って、そのあとお買い物ね。ディナーは北の都の有名なレストランにしようかなー。

 

 と暢気してたら、ラディッツの放ったかめはめ波で永久凍土が爆散した。

 

「……なんと脆い」

 

 お前……やっぱおでかけじゃなくて修行にしようか。激突ウルトラブウブウバレーボールの練習でもしようかな。お前ボールな。

 やっぱり? って顔しても許してあげないからね。

 

『ワシを目覚めさせたのは誰だ……』

「お、おお……! Dr.ウィロー! わたしです! コーチンです!!」

『ほお……我が同志コーチンか』

 

 崩れゆく氷の中には不気味な形をした建物があり、その中からどでかい機械の怪物が飛び出してきた。

 おお、見た事あるぞこいつ。ウィロー……ははあ、あんまりゲームじゃ見かけないドクターウィローか。

 丸みを帯びたボディから生える楕円の体と細い四肢。両腕の先は蟹のハサミみたいになっていて、たしかこいつ……悟空さんの界王拳を跳ね返し、かめはめ波をものともしないくらい強いんだっけ?

 

 映画は原作と同じ事をやるの法則に則って考えるに、こいつの戦闘力は一万八千前後かな。3倍界王拳あたりを跳ね返せるあたり、もっと上……3万か4万くらい?

 ラディッツには荷が勝ちすぎちゃうなーこりゃ。

 

『どれ程の間眠っていたかは知らぬが、今こそ我らが科学力で、この頭脳を理解しようとせず葬り去った愚かな人間どもに復讐を――』

 

 ていうか、寒い! 今さらながらにめっちゃ寒い!!

 一面の雪景色と、氷でできたお山達に、ここをライブのステージにするのも素敵だなーと思ってたけど……無理無理!!

 せめてPV撮るくらいしかできないね! って訳で、ボシュッと気を纏って冷気をガード。

 

『!!!』

 

 おっと、あんまりいきなり気を高めたから余波でラディッツ吹っ飛ばしちゃった。ごぬんね。

 あのおじいさんは……うん、ちょっと雪に埋もれてるけど大丈夫そう。

 それで、Dr.ウィローといえば、うーむ。球体上部の分厚いガラス越しに見える脳からはなんの感情もうかがえない。

 ただ、斜めに引かれたボディと腕の広がる角度からして、慄いてるっぽい感じ?

 

『娘よ……なんだ、その凄まじい力は』

「暖房」

『……どういう事だ。暖房……機械の力だと言うのか?』

 

 まだ寒いのが収まってないから喋るのもおっくうで、端的に話したら何やら一人でぶつぶつ言い始めた。やだ、ボケてんのかな。

 

『今の科学力はそれほどまでに発達しているというのか? それならば、我が頭脳も活かせるやもしれぬ』

「惑わされる事はありませんぞ、Dr.ウィロー! そのような高度な科学力、この世に存在しませぬ!」

『それはまことか、コーチンよ』

「ははぁっ。わたしがこの目で、人間の進歩を見届けて参りました! 人間はまだ、我々のレベルとは程遠い……!」

『そうか……ならばやはり、復讐を』

「おお! 愚かな人間どもに復讐を!!」

 

 うーん。なんか勝手に話が進んでるなあ。

 この俺が、いずれ銀河の覇者となる真のアイドルのこの俺が目の前にいるというのに、こいつらは爺さん同士でわいのわいのと盛り上がってやがる。

 ……ちょーっと、気に入らないな。

 

「ねえねえ、ウィローさん?」

『娘よ。お前のその強い体、ワシが貰い受ける』

「ないわー。そんな変態的な事しようとしたら有無を言わさず宇宙の塵にしちゃうぞ」

 

 こっちが優しく話しかけてあげたってのに、無礼な口をきくなあ。俺がビルス様だったらもう破壊してるよ。俺は寛大だからしないけどね。俺はね。

 

「くっ、やはり地球は化け物揃いか……!」

「あ、お帰りラディッツ」

「ナシコよ、奴はとんでもない力を持っているぞ……!」

 

 うん。わかってるから、そんな戦慄しなくてもいいからね?

 俺だって気を感じるくらいできるんだから、相手と自分の力量差くらい読み取れる。

 ……てんでよわっちい。そう感じてるよ。

 

「で、ウィローさん。たしか、その体……醜い体に代わる新しいボディが欲しいんだっけ?」

『……そうだ。ワシは再び人の肉体を得る。そのためにこの世で一番強いヤツの体が必要なのじゃ』

「ふうん? ……別に探す必要はなくない?」

「何を! Dr.ウィロー、そやつの言葉に耳を貸す必要はありませんぞ!」

 

 む、お爺さんうるさいな。俺とウィローの会話に割り込まないでほしい。

 こっちはちょっと良い事思いついて、それを成功させたくてうずうずしてるんだから。

 ラディッツけしかけてあのお爺さんには黙っててもらおうかな。

 

『黙れ!』

「!? ど、Dr.ウィロー……?」

『黙れ。……娘よ、なにゆえ肉体を探さなくても良いと言う?』

 

 あら。

 ラディッツを使うまでもなく、彼自身が俺との対話を望むんでいらっしゃるみたいで、コーチンはそれで沈黙した。……凄く不満そうだけど。

 

「あなたのプロフィールは知ってるよ。なんやら凄い研究をして疎ましがられてたみたいだね」

『そうだ。……だがそれが今の話にどう繋がる』

「焦らないで聞いて。それで、あなたの復讐って、自分を知らしめる事でしょ?」

『極端に短く纏めるのならば、そういう事になる』

 

 よし、彼の肯定で俺の考えから外れていない事がわかったぞ。

 なら、彼の望み通りにみんなに彼の事を知らしめてあげるとしましょうか。

 

 

 

 

 俺は、即興で思いついた作戦……その名も『アイドルに勧誘大作戦!!』を開始し、彼を我が同志になるよう洗脳、もとい勧誘すべくぺらぺらと舌を回し始めた。

 悪人相手なら普通に話せるし、アイドルの魅力なら二時間でも三時間でも話せるぜ。

 

「人々を支配したい、自分の研究を認めて欲しい。それはみんなに認められたい、つまりは輝きたい! って事でしょ?」

『"輝きたい"……いや、そういう訳ではない。ワシはワシを認めなかった人間どもに、ワシをこの凍土の下に葬り去った人間どもに復讐を』

「ほらー、アイドル向いてるじゃん!」

『!?!? ……どういう事だ。そもそもアイドルとはなんなのだ?』

「おっとー、まずはそこからか? いいよいいよ、聞かせたげる! アイドルの素晴らしさ、そして楽しさを!!」

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

『ワシの力で人々を熱狂の渦に?』

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

『この地球だけに留まらぬ壮大なスケール……?』

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

『なんと! それほどまでの力がアイドルにはあると言うのか!?』

 

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

『なるぞ……ワシはアイドルになるぞおおおおおお!!!』

「やたっ、代わりゲット!」

 

 両腕を上げて大音量の叫び声を上げるDr.ウィロー改め、同志ウィローに俺も万歳をしてみせる。

 ひゃほー、八時間語り通した甲斐があったぜ。ウィローさんてばちょろいんだからー。ばんざーい、ばんざーい。ほら、ラディッツも一緒に! ……無視すんなし。

 

 ちなみにコーチンは事の成り行きについていけないみたいで口をあんぐり開けてぷるぷる震えていた。

 

『必ずやワシはこの才能で、かつて不世出と(うた)われたこの頭脳で、人間たちを虜にしてみせる!!』

「そーそ。しかも今ならこの世で一番人気のアイドル、ナシコちゃんとユニット組めるんだよ! 最強だよ最強!」

『近道すら用意しているとは、末恐ろしい娘よ……』

「ウィローさんも娘になるんだよ?」

『そうか……そうじゃったな』

 

 きゃっきゃうふふとウィローさんとお話する俺の横で、なぜかラディッツはうんうんと頷いて俺を見ていた。

 ちらっと見た限り、なんかすごい納得してるっぽい。……何に? 何にそんなに納得してるのかなラディッツは。

 ウィローさんがアイドルに向いてるよって事にかな? たぶんそうだろうな。

 

『だが肉体はどうする?』

「そーんなの造っちゃえばいいんだよ。Dr.ゲロっていう天才科学者も、宇宙に名を轟かすフリーザって怪物をあっさり超えるくらいのパワーを持つ人造人間を作り出したんだ」

「えっ?」

「天才のあなたなら簡単簡単!」

『なんと! やはり今の世にはそれほどの天才がおるのか。……ふっふ、張り合いも出てくるというものじゃ。だが娘よ、我が研究所は未だ永久氷壁の下。氷を砕けば諸共破壊してしまうだろう』

「ちょっとまてナシコ、今の──」

「じゃあ……知り合いに凄い科学者さんがいるから、その人のとこに行きましょ」

 

 話はトントン拍子に進んで、ブリーフ博士の下にアポ無し訪問したところ、彼は複数の助手っぽい人達と忙しそうに宇宙船を造っていた。たぶん神様がナメック星を脱出する時に乗ってきた宇宙船だな。わあ、見れて感激……凄い。

 口下手を発揮しつつもなんとかブリーフ博士にお話をすると、興味を示してくれた。

 

 一緒に来ていたウィローは宇宙船に興味津々。これを作ったブリーフ博士とお話したがったので、俺とラディッツは少しの間席を外す事に。

 

「娘! 貴様、ウィロー様になんたる事を吹き込んでくれた!!」

 

 なぜかついてきたDr.コーチンがよくわからない怒りを発していたので、てきとうにあしらいつつ待つ事数時間。

 ウィローさんの方は話がついたようで、設計図を作ると息巻いていた。バイオ工学も応用したいがためにコーチンが必要らしい。必要とされてコーチンも大喜びだ。

 俺達に向けていた怒りは一転歓喜に代わり、上機嫌でウィローについていく老人の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 強い地球人の細胞とサイヤ人の驚異的細胞をちょちょいと提供して、それを元に培養された僅かな肉に人造の肉体を繋げ、僅か三日足らずで人造人間500号が誕生した。人造人間というかホムンクルスというか。うーん、この世界遺伝子操作はフツーの技術なんだね。禁忌とかそういう認識がまったくない。

 

 馬鹿みたいに肥大していた脳もぎっちり凝縮、縮小化に成功したのはコーチンの手柄かな。やるねぇ、おかげでちみっちゃい女の子ができた。やったぜ。

 

 ちなみになぜいきなり500号なのかと言うと、単純な連想ゲームから発展してそう命名する事にしたのだ。

 Dr.ウィロー→アイドルだからちゃん付けで……ウィローちゃん→ろーちゃん? ああ、()500?

 じゃあ500号だ。ろーちゃんまんまだね。

 

「いや、ウィローちゃんと呼ぶが良い」

 

 俺の素晴らしく天才的な頭脳が導き出したこの命名は、なんでかわかんないけどお気に召さなかったご様子。なんでよー。かわいいのに。……パクリだから駄目なのかな?

 仕方ない、ウィローちゃんと呼んでやるか。

 

 これからアイドルとして新しい生を歩み出す事に決めたウィローちゃんの生体ガラスの瞳はきらきらと輝いていて、未来への希望に満ち溢れていた。

 Dr.コーチンは「なぜこんな事にぃ……!! Dr.ウィロぉぉぉぉ……!!」と嬉しそうに咽び泣いていた。

 あなたの大事なウィロー様は今日から俺の妹分になってしまったのだ。ご愁傷様ね。

 復讐は諦めてまっとうな人生を送るんだな、このウィローちゃんのように。

 

「ふはははは、いいぞ……みなぎる。凄まじい気だ! この力でわたしが世界を席巻(せっけん)するのだ……50年もの眠りから目覚めたこのウィローが、世界を支配する時がきた……!! 全ての人間をわたしの力で魅了し、跪かせてやるのだ!! はははは!!」

 

 ほら、彼……じゃなかった、彼女は彼女なりの復讐をするみたいだからね。

 でも、ウィローちゃんも残念。世界を魅了するのはこのナシコちゃんだ。

 ああいや、姉妹ユニット的な感じで売り出せば競合はしないかな?

 夢が広がるなあ。さっそくタニシさんにお話ししに行こうっと!

 

「さ、ウィローちゃん! ラディッツ! 事務所に行くよ、ついてきて!」

「おお! さっそくアイドルデビューの時が来たか!」

「……また唐突に無茶振りをするつもりだな……タニシが倒れなければ良いが」

 

 ぶつくさ言うラディッツと元気いっぱいのウィローちゃんを引き連れ、窓から飛び立って事務所へと向かった。

 

 

 結果、無事ウィローちゃんはアイドルデビューに成功。

 オーナーも社長も俺の頼みは断れなかったみたい。

 というか、困惑してたのは最初だけで、ウィローちゃん見たら鼻息荒く色々勘定しだしたからね。売れると思ってもらえたのだろう。夢をギッシリ詰め込んだミニマムボディ素晴らしいもんね。お眼鏡にかなうのは当たり前だ。やはり時代は妖精だよ。くぅー! 俺も早く子供に戻りたい!

 

 大々的に宣伝した後にさっそくステージに立ってもらうから、それまでみっちりレッスンしてね、と言われてウィローちゃんは大張り切り。

 普通の人にはきっついスケジュールも、体力無尽蔵の人造人間であるウィローちゃんには問題無し、天才の彼女はこの分野でも天才であったか、歌も踊りもメキメキ上達している。さすがは伝説のアイドル。

 むむー、競争意識が刺激されるぞ。俺ももっともっと頑張らなくちゃ。

 

 

 

 彼女と、ついでにコーチンの住処として俺の家を提供したため、我が家は住民四人で大変賑やかになった。

 話し相手がラディッツ以外に増えて、ついでに一緒に寝てくれるかわいいロリっ子ができた事に僕満足。中身が爺さんなのはどうなんだ、だって? 知らん。見た目がロリならそれでいい。仮に声が銀河万丈だったとしても全然イケるぞ。中身が爺さんなだけならなんのその。

 

 うひひ。かわいいかわいい。今の成長してしまったお姉さんな俺じゃちょっち敵わないくらいにかわいい。写真撮ろ。

 ポーズとってポーズ! いいよいいよー! はぁ、はぁ、ああもぉ死んじゃいそう。抱き締めていい? いいよね? いいね! 答えは聞いてない!! あっ、待って逃げないで、ややややめて通報しないで!?

 

 ……危うく社会的に死ぬところだった……危なかったですよ。

 ねぇラディッツくん、もうしないからさ、そろそろウィローちゃんの専属ガードマン廃業して俺の仲間に戻らない? 一緒に至宝を手に入れよう? ね? ね?

 だめ? だめー?

 けち。

 

 

 はぁー、それにしても家が狭いと感じるって、とっても素敵だ。満ち足りる。

 でもウィローちゃんもコーチンも料理はできないから、結局うちはコンビニ弁当である。

 

 家と事務所を忙しなく行き交い、レッスンレッスンまたレッスン。時々修行と息抜きにお散歩。

 そして迎えたライブ当日。

 

『みんなのハートにデスビーム♡♡♡ ナシコちゃんだよー!』

『この世で一番輝くアイドル、ウィローちゃんだ!』

 

 わああっと盛り上がるファンのみんなに、私達はめいっぱい愛を振り撒いて、練習で培った全部を放出した。今日は私は引き立て役に徹して、彼女の華やかなデビューを飾るのだ!

 

『永い眠りの果て 見つけたよ わたしの夢!』

『キャッチだ!』

『ほらほら 時代の波に乗り遅れちゃう! 進め! どんなタイトロープも ひとっとび!』

『花道さ! ね?』

『だから、行くよ!』

 

 満開笑顔で楽しそうに歌い、踊るウィローちゃんを見たコーチンはその日の夜の内に息を引き取った。寿命かな。

 凄いげっそり頬こけてたけど、なんだか満足気な笑みを浮かべていたので幸せな終わりだったのだろう。

 

 打ち上げ中に届いた凶報にウィローちゃんは寂しげに黙祷を捧げた後、「これで本当にまっさらなスタートだ」と大人びた表情で呟いていた。

 俺は不覚にもその横顔にどきっとして、あわや恋に落ちてしまうところだった。

 さいりげなさを装ってちいちゃなお膝に倒れ込み、膝枕させてもらおうとしたら転がり落とされて、そのまま50メートルほど追撃されころころと転がり続け、凄まじい酔いに襲われる羽目になった。

 

 うう、スキンシップを許してぇ……? お姉ちゃん寂しいよう。

 

 ──とにかく、彼女を俺と同じユニットとした事で俺がナメック星に旅立っても、その間は妹分となったウィローちゃんがカバーしてくれる事になった。

 これで心置きなくみんなを蘇らせるために戦える。

 待ってろよフリーザ様、ナシコ流デスビームをお見舞いしてやるぜ!




TIPS
・Dr.ウィロー
1990年3月10日に公開された映画『この世で一番強いヤツ』のボス。声がかっこいい。
エイジ762年より50年前、危険な思想を持っていた大天才。
時に極端な思考をしてしまうという癖のためにナシコの毒牙にかかってしまった。
今はアイドルがめちゃくちゃ楽しいらしい。後悔はしていないようだ。

・Dr.コーチン
思ってたのと違う。あかん、駄目やこれ。
ああ、かつての栄光がまぶたの裏に。
そんな感じでお亡くなりになった。
ちなみに中身はロボットなので、きっと消費期限が切れたのだろう。
ぎぎぎ。

・ブリーフ博士
ナシコが言うほどぼけーっとはしてない
めちゃくちゃ驚き戸惑ったもののこれも人助けと思い協力した
いややっぱりぼけっとしてるかもしれない

・ラディッツ
いきなり女の子連れてきてアイドルにしますと宣言され
呆然とするタニシを慰めるために居酒屋に呑みに連れ出した。
コミュ力はナシコの三百倍。

・タニシ
最近気になる人ができた。
年も結構近いらしい。

・伝説のアイドル
ホエホエむすめ。

・デスビーム♡♡♡
三連デスビーム。
当たるとポジティブが溢れ出す。

・この世で一番輝くヤツ
2020年3月10日に公開された、ドラゴンボール超映画5作目。
50年の月日を経て目覚めたウィローは若い肉体に老いた精神を持つ。
世間の変わりようや体の差異に戸惑いながらも、ひょんな事から
アイドルの世界に飛び込んだウィローは、やがてスターへの道を歩み出す。
だが、最大の壁にして困難は、既に驚異の認知度を誇る先輩アイドルであり
義理の姉、孫梨子であった……。


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地球まるごと超決戦
第十五話 禁断の果実


「んん~~! 今季のフルーツケーキおいっしぃ~~!」

 

 よう、俺ナシコ。

 とかどこぞの武道家の名乗りを真似しちゃうくらいテンション上がってるのは、ちょっちお高めのおいしいスイーツのお店に来ているからだ。

 イートインが大きくて、レストランみたいな内装で、クラシックなミュージックの流れる中で食べる新鮮フルーツをふんだんに使ったワンホールのケーキ! ああ~~~~幸せが脂肪に変わっていく~~~~。もぐもぐもぐ。

 

「んむ、中々のものじゃ」

 

 向かい側にちょこんと座るウィローちゃんも、小さなお口にスプーンをくわえて満足気に頷いている。

 おじいちゃん、すっかり女の子だねぇ。アイドル時と普段をわけているのか、オフの時は老人みたいな喋り方だけど、それも『のじゃろり』っぽくてかわいい。大事なのは外見だな、うん。中身は二の次三の次。見た目良ければすべてよし。ある程度の性格の悪さや残念さも愛嬌になるのだ。世の中ね、顔かお金かなのよ。

 

 ん、誰だ今、見た目は良くても中身が残念なのはお前だーとか言ったやつ。

 ラディッツかな? 怪電波送っとこ。

 お腹いたくなれー、びむむむむ。

 

 ちなみにラディッツはブリーフ博士のところに置いてきた。このスイパラ(戦い)にはついてこれそうもなかったからな。

 いや、意地悪とかじゃなくて、大食漢の彼じゃ、ちまちま食べたりするのは苦手で、つれてきたら逆にかわいそうだったから。ここじゃ暴飲暴食はできないし。

 大丈夫! ラディッツのぶんまで、ちゃーんと俺が食べておくからね!

 

「あー、む♡」

「ナシコよ、お土産はもう決めたか?」

「ん? あっ、う、うん」

「…………」

「いやあ、えへ、えへへ……」

 

 じとーっと見てくるウィローちゃんから目を逸らし、笑って乗り切る。

 

 ここに来た本来の目的を忘れてた。ウィローちゃんのボディを造るのを全面的に手伝ってくれたブリーフ博士に菓子折り持ってお礼しに行こうってなってお買い物に来て、でも今季の限定フルーツケーキが今日だけって書いてあったから食べて行こうってなって。違うんだよ。あっちから誘って来たんだよ? 食べて食べてーってスイーツさん達が言うから仕方なく。それに甘い香りがしたし。無理無理、抗えない。で、めっちゃ美味しいから、その、当初の目的をど忘れしちゃうのも仕方ないよね……?

 

「あ、ウィローちゃん、口の端にクリームついてるよ!」

「はあ。ボケボケだな」

「うっ……面目ない、です」

 

 頬杖をついてこれ見よがしに溜め息などをつかれては、その美少女な見た目も相まって俺に凄まじい心理的ダメージを与えてくる。あと、無意味な嘘ついたのも地味に自分に突き刺さってる。

 

 金髪ポニーを縛るのは大きめの青いリボンで、真っ白なブラウスには同じく青色のネクタイが垂れていて、スカートは黒くて上品なアンブレラスカート。呆れたように細められた目は今日も翡翠色にきらきら輝いているし、スプーンが引き抜かれたお口はぷるぷる潤うピンクの唇。

 

 信じられるか? これ、中身おじいちゃんなんだぜ……?

 こうなるように誑かしたのは俺だけど、女の子に順応しすぎじゃない?

 

「わたしと手を組もうと言うのなら相応の立ち振る舞いを身に着けて欲しいものだ」

「手厳しー。お仕事じゃない時くらいはいいじゃないスか」

「だとしても、普段からだらけすぎているのが問題なのだ」

 

 ハンカチで口を拭くのは上品で、一つ一つの所作が女の子している。

 天才肌のドクターさんは、体が女になった以上仕草や何もかもそうなるよう求めたみたいで、俺に聞いたり他を観察したりして見た目相応の振る舞いをあっさり身に着けてしまった。

 

 それと俺を比べられるとつらい。自意識が男な俺は、その魂の気質がダイレクトに動作に現れてしまう。マイルドに言えばガサツ。現実的に言うと粗野。

 アイドルモードなら全部の動作がちゃんと女の子らしくなるのに、不思議なもんだなー。

 

「まあ、まあ、それは追い追い。今は何をお土産にするか考えよう?」

「……ふん。そうだな、甘いものばかりというのもどうかと思う。煎餅なども買っていこうか」

「おー、さすがおじいちゃん。どんな味が好まれるかばっちりわかってるね」

「よさんか」

 

 もはや男扱いされるのは嫌なのか、細い眉を寄せて俺を睨むウィローちゃんにぺろっと舌を出して悪びれてみせれば、肩を落としてパフェをやっつけに戻った。はぁ、いちいちかわいいなあもう。ぱしゃりこ。写メ写メ~。

 俺のカプホ*1のウィローちゃんフォルダが潤う~。ありゃ、容量がもうないや。ラディッツフォルダのいらない写真消そ。

 

「もういい大人なんだ、落ち着きを持て」

「ふぁーい」

 

 窘めるようにぶつくさ言われるのを右から左に受け流し、俺も自分の分を食べる。うーん、この瑞々しい桃の食感がたまらん!

 

 完食でございます。

 

「だらしないぞ、ナシコよ」

「んぁい」

 

 口の端にクリームがついてたみたいで、ウィローちゃんがナプキンで拭き拭きしてくれた。優しい。かんどー。ウィローちゃん大好き!

 でもね、お姉ちゃんちょっとね、恥ずかしいかなーなんて。……口頭で注意してくれるだけでよかったのにー。

 

「とーりーあーえーず、買うものは決まった。食べるものも食べたし、そろそろお暇しようかなぁ」

「うむ、そうだな」

 

 無意識に時間を確認しようと時計の姿を求めて店内を見回し、カウンターでシュークリームを買っている女性を見つけて、んく、と唾液を飲んだ。

 

「……いや、やっぱもうちょっと居座らせてもらおう」

 

 シュークリーム、シュークリーム~♪

 美味しいシューが俺を呼んでいる!

 

 ……ウィローちゃん、そんな冷たい目で見なくてもいいんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 ブリーフ博士にお礼の挨拶をしに行って、もうすぐクリスマスですねーと話して――この世界のクリスマスはこのナシコちゃんが広めたお祝いの日なのである。無かったからね、クリスマス――奥様とお茶をしつつ、宇宙に旅立ったブルマさん一行の話をして、ノリで宇宙船と通信して機械越しにブルマさんやクリリン、悟飯ちゃんと楽しくお喋りして。

 

 偽者のナメック星人がどうのと言っていたけど、そんなエピソードはあったっけかな? なんか、騙されはしたけど良い奴らだったって言ってた。……記憶にございません。何それ。アニメオリジナル?

 

 家に帰ればラディッツがおらず、仕方がないからウィローちゃんが持つファッション誌を貸して貰って暇を潰す。最近の流行はこんなもんかーと髪を弄ったり、買い漁った服を鏡の前で体にあててコーディネートを考えたり。

 

 お昼になっても帰ってこないラディッツは放っておいて、ウィローちゃんと一緒にレトルトカレーを食べる事にした。お手軽なランチタイムだ。

 

「レンジでチンしてすぐできる~、一人暮らしのつおーい味方~」

 

 レンジの中にパウチを放り込んで、二分くらいかなー、とつまみを捻り、待つ事三十秒くらい。

 爆発した。

 ……なんで?

 

「ばかか! 皿に移せ皿に!」

「ええ……そのままじゃ駄目なんか」

「裏にそう書いてあっただろう馬鹿者!」

 

 カンカンになったウィローちゃんが台所に飛び込んできた。

 えー。ほんとにござるかぁ? とゴミ箱開けて空箱を確認してみれば、あー、たしかにお皿に移してラップしろって書いてあるね。前世じゃレトルトカレーなんて蓋切ってそのままスプーン突っ込んで食ってたから知らなかった。

 あーあ。台所が大惨事……第三次世界大戦だ。ぷっ、わ、我ながら上手いシャレだ。

 

「いいから掃除しろ!」

「あいたーっ!?」

 

 一人で笑ってたらウィローちゃんにお尻を蹴り上げられてしまった。

 アイドルを蹴飛ばすなんて酷い! しかし同じアイドルなので許されてしまう。

 Mっ気はないつもりだが美少女に蹴られるというのも中々……いかん、思考がおかしな事になっている。なんで今日の俺はこんなにボケボケなんだ?

 

 ていうか、普通爆発するとは思わないじゃん。レンチンしちゃいけないのは卵だけだと思ってたよ。

 加熱してる時、なんかパウチがお餅みたいに膨らんでるなあとは思ったけど、いつか聞いた「レトルトカレー、生きていたのか……!」を思い出していたせいで考えが及ばなかった。おのれ、台詞を考えた誰かめ。……責任転嫁は良くないな。大人しく掃除しましょう。

 

 ウィローちゃんがカップ麺を食べながら監視しているのですごすご床やら壁やらレンジの中やらを綺麗にする事数十分。

 やっと汚れが消えてすっきり爽快、額を拭って一息ついていれば、窓の外が暗くなってきているのに気が付いた。

 

「……地震か」

「ん? あ、ほんとだ。揺れてるね」

 

 神妙な顔をして外を眺めるウィローちゃんが呟くのに、電灯から垂れる紐を確認した。確かに地震のようだ。

 んっ? 今ウィローちゃん俺の胸で確認してなかった? 気のせい?

 

「妙だ。あんな場所にあのような大木は無かったはず」

「うん。さっき生えたんじゃない? にょきにょきと」

「……高度な科学力か。わたしと同じ……悪しき科学者の仕業だと思うか」

 

 おっと、異常事態が起きている外の様子を見てバイオ工学だとかと結びつけたらしいウィローちゃんが前の自分を思い出してか、そんな風に問いかけてきた。

 もちろん、首を振って否定する。

 

「もうウィローちゃんは愛されアイドルなんだ。悪い科学者じゃない。それに、あれは過去から来たもんではないよ。新しい出会いを運んできたんだ」

「出会い? ……また突然、いったい何を言い出す」

 

 俺の言葉に表情を緩めたウィローちゃんは、しかし不可解そうに眉を寄せて再度尋ねてきた。

 またって、いつ俺が唐突な話をしたんだろう。いつだって普通に話してるつもりなんだけどな。

 

 とにかく、あの神精樹の根やら何やらはそう悪いもんじゃない。

 いや、現在進行形で地球を荒れ果てさせている上に都だって大変な事にしてるのだから悪い以外の何物でもないのだが、ああっ、そう考えると暢気してる場合じゃなかった!

 

「本当に今日はボケボケだ! ウィローちゃん、すぐ出るよ!」

「どこに行く気だ」

 

 ファンのみんなも、街の人達もできるだけ守らなくちゃ。そう決めてたのに、そして今日という日がくるのは予測がついていたのに能天気に何もしていなかった自分に腹が立ってきた。

 野暮ったい服から動きやすい格好に着替えるために自室へ行こうとして、ウィローちゃんの疑問に足を止める。

 

「新しい家族のとこ!」

「……?」

 

 振り返ってそう言えば、彼女は心底意味がわからないって顔をしつつも、俺の後を追ってきてくれた。

 

 

 

 

 三つ編み地味子姉妹に変装した俺達は、空を飛んで一路、地球に根付く巨木の下へ向かった。

 そこはすでに戦場と化していた。

 ターレス率いるクラッシャー軍団の暴れ者達と孫悟空が一人で戦っている。

 

 そうか……そうだった。Z戦士の多くは死に、クリリンと悟飯ちゃんはナメック星に旅立っている。今、この地球で戦えるのは、入院していた悟空さんしかいなかった訳だ。

 

「ダ!」

「オラァ!」

 

 溶けかけのスーパージャネンバみたいな奴と赤い肌の巨漢がほぼ同時に悟空さんに殴りかかり、しかし気合砲で跳ね返されて吹き飛ばされていく。入れ替わりで特徴の無い男と小さな紫の双子異星人が間合いに入り、仕掛けようとするも同様に弾き飛ばされた。

 

「ターレス! っく!」

 

 キッと上空に浮かぶもう一人の敵を睨み上げた悟空さんだったが、小蠅のようにたかる面々に思うように動けないでいるようだ。なぜあんなに苦戦しているのだろう。……病み上がりだから、ではないだろう。たしか仙豆で回復したはずだから、体は完全に治っているはずだ。

 

「高みの見物とは良い身分だな」

「! 誰だ」

 

 こっそり後ろから近付いていって声をかけると、一瞬驚いた様子のターレスは、しかし俺の顔を見て不敵な笑みを浮かべた。

 地味子な俺達を見て(あなど)っている……のではなく、自分の戦闘力に絶対の自信を持っているからだろう。

 

「このオレに何か用か?」

「うん。手下になりませんか、とお誘いを」

()ね」

 

 喋ってる途中でさっと手を向けられて光線を放たれた。うわあ。

 死ね? いね? なんて言ったのかはよく聞こえなかったが、俺を庇うように前に出たウィローちゃんが両腕を交差させて気功波を受け切れば、僅かに目を開いて完全にこちらに体を向けて来た。

 くっと口の端を上げ、値踏みするように俺達を眺めてくるのを黙って見返す。……言葉を途中で遮られるのは好きじゃないんだ。またやられたら嫌だから、だんまりを保つ。

 

 ……が、向こうは黙ってこちらの話を聞こうとしているのか、何も言わない。

 ならば、と仕方なくこちらから口を開く。

 

「無駄な争いはやめて仲良くしましょうって話。言っておくけど、この星をめちゃくちゃにした君に拒否権はないよ?」

「ほう? そいつは強引な話だ……」

 

 笑みを深くしたターレスは、組んでいた腕を解いてゆっくりと下ろした。

 

「丁重にお断りする」

 

 やっぱり。そう言うよね、当たり前か。

 ウィローちゃんだって、突然の勧誘を始めた俺の横顔を冷たい瞳で見ているようだし、ここはもう少し言葉を重ねて説得を試みよう。

 

「一つ賭けをしない?」

「賭け? さぁて、どうかな」

「簡単なものだよ。あそこにいる悟空さん……カカロットが君に勝ったら、君は俺の手下になる。負けたら、まあ、ご自由に」

「ふ、何を言うかと思えば、カカロットがこのオレに勝てると思うか?」

 

 不敵な笑みを浮かべたまま不遜な物言いをするターレスに、俺は敢えて口を閉じた。

 勝てると思っているし、そう信じてもいる。だがそれを今言ってもしょうがない。

 

「だが、悪くない。そうだな……俺が勝ったら、お前達を仲間にしてやっても良いぞ」

 

 スカウターを弄りながらそう言ったターレスに、俺は肩を竦める事で返事とした。

 俺の戦闘力でも見てそう決めたのか。ウィローちゃんの方はスカウターで計測できなかっただろうし、そうなんだろうな。

 

 勝ったら、と口にしつつも、そもそも負ける気はしていないのだろう。腕を組んだターレスは、眼下での戦いに顔を向けて再び観戦に戻った。

 

「ナシコよ、どういうつもりだ」

「何が?」

 

 話が終わるのを待っていたのだろう、隣に寄って来たウィローちゃんが、どこか怒ったように話しかけてきた。

 聞き返しておいてなんだけど、彼女の怒りの理由はわかっている。

 彼女もアイドルだから、自分のファンを危険に晒したこの一味に怒りを抱いているのだろう。日和った事を言う俺を睨んでもおかしくはない。

 

「奴を家族にするとはどういう事だ」

「ウィローちゃんと同じようにするって事だけど」

「っ!」

 

 特に言葉を選ばすに返事をしてから、しまった、と思った。

 この言い方では「お前もこいつと同じようなものだったんだから黙ってろ」って言ってるみたいだ。

 彼女もそう捉えてしまったのだろう、「くっ」と斜め下に目を向けて、言い返したりはしなかった。

 

 参ったな……この間劇場版の出来事があったんだから、じゃあいつかターレスも来るだろう、なら仲間にしよう。短絡的にそう思っていただけで、すでに仲間にした人間の感情は計算に入れてなかったし、何も考えていなかった。

 ……駄目だなあ。色々と。

 

「ごめんね、変な事言っちゃって」

「……いや。……お前の好きにするといい」

 

 慌てて謝ってもあしらわれるだけだった。

 うぐ、今さら自分が愚かな事を言っているという自覚が……。

 

 そうだよね。この星が好きなら、悪さする奴に好感情を抱ける訳がない。

 俺だって、前世でターレスの事を知っていなければ速攻でぶっ倒してた。

 そうしないのは、キャラクターとしての彼が好きだったからだ。

 

「地球をこんなにした奴を許せない気持ちはわかるよ。でも、倒して、それで終わりは嫌だって、そう思って」

 

 上手く纏まらない気持ちをそのまま言葉にして吐き出しても、ウィローちゃんは首を振るだけで。

 きっと彼女にはわからないんだろう。俺が彼を引き入れようとする理由が。

 だって、彼女には俺の知識や記憶は何一つ伝えていない。誰に対してもそうだ。そんなもの、おいそれと話すようなもんじゃない。

 だから、いくら彼女が天才でも予測はできないのだろう。

 『わからない』が原因の不信を残すのは嫌だけど、こればっかりは……しょうがない。

 

「たしかに、こうも大きな物を植えられては再興には苦労するだろう。人手は必要じゃ」

「……」

 

 もしかしたらこのまま気まずいままかも、と内心冷や汗を掻いて、吐きそうなくらい気持ち悪くなっていたら、彼女の方から歩み寄ってきてくれた。

 俺の言動は理解できないが、理由を見出す事はできる、とか、そういう事だろうか。

 

 感情を度外視した子供じみた行動に、そう綺麗な理由を付けられるとかなり胸が痛んでしまう。

 前世の知識ありきでターレスを仲間にしようと思っただけで、他には何も考えてなかったのに。

 

「うん。手伝ってもらわないと」

「そうだな」

 

 汚い俺はそれに乗っからせてもらう事にした。

 

 一応、さっきの言葉は本音でもある。

 悪い奴を悪いまま倒すのは嫌。

 戦闘力とか色々を考えると仕方のない事だし、悪い奴は倒されて然るべきだ。

 

 けど、生かせるなら生かしたい。それは、死ぬ必要のない人達を俺が助けようとするのと同じ。

 全部、凄く傲慢で驕った考え。

 人の身でありながら勝手に命の取捨選択をするのだから、何様のつもりだって話だ。

 

 正直後悔してる。今回の出来事で不幸にあった人達を、それを知っていた俺なら防げたんじゃないか、とか、そういうの。

 時期は知っていても場所はわからないし、一人じゃ全部を救うなど到底無理だってのは自分でもわかってるんだけど、知識や力あるものの義務だとか考えてしまうと罪の意識に苛まれる事もしばしばある。

 まったく悩ましい。時折、知識や記憶を疎ましく感じてしまう。無かったら、今のような生活は絶対できていないんだろうけども。

 

 

 

「ターレス!」

「カカロット! サイヤ人の面汚しめ!」

 

 クラッシャー軍団を全員のしてきたのだろう、ここまで昇って来た悟空さんは、そのまま止まらずターレスに突進した。迎え撃つターレスと激しくぶつかり合い、二人は暴風を撒き散らす攻防を繰り広げながら俺達の傍を通って行った。

 残された風に髪が靡くのを手で押さえ、伏せがちになった目で風の行方を追う。

 

「言ったはずじゃ」

 

 幹の裏側へ移動していく二人を見つめていれば、不意にウィローちゃんが囁いた。

 厳しくも優しくもない平坦な声。でも、そこには確かに俺を気遣う色があった。

 

「好きにするといい、と。ナシコは考えるのが苦手なのだから、思うように動けば良い」

 

 彼女を見れば、目線の合う高さに浮いたウィローちゃんは、ほのかな笑みを浮かべて俺を見つめていた。

 ……その顔見てると、さっきの声が優しいものだっだって思えてきた。

 

「ウィローちゃん……。……ありが、あれっ? それなんか馬鹿にしてない?」

「ナシコは馬鹿なのだから、深く考えるのは無意味じゃ」

 

 はあ!? 馬鹿ってお前、ていうかわざわざ言い直すなよ!

 あ、いや、でもたしかに考えが足りてないなって自分を責める事はよくあるけど、でもそんなにはっきり言わなくたって。

 それにこれはかなり重大な事なんだから、もっと深く考えたり悩んだりしなくちゃいけない事だと思うんだけど!

 それを説明する術がないのが困りどころだ。俺の心はどうしたって伝えられない。意思の疎通が難しい!

 

「わたしはお前の仲間……家族になるにあたって相応の振る舞いを心得ている。ナシコよ、お前の突拍子もない言動、たとえラディッツが許さなくともわたしが許そう」

 

 ふわり、彼女は腕を広げて、まるで俺を迎え入れるようにしてそう言ってくれた。

 それだけで悩みが全部溶けていく。難しい事が、どこかに消えていく。

 

 頭の隅っこでは「肯定されたってやってる事が悪人染みてるのは変わらないけど」という考えもあったけど、でも、もういいや。

 

「……やりたいようにやっていい?」

「ああ」

 

 いいって言われたんだから、いいんだろう。

 助けたい人を助け、欲しい物を手に入れて、やりたい事、やりたいものだけをやる。

 

「ファンのみんなを泣かせたあの人を、許してあげてもいい?」

「ああ。ボロクズにした後でならば良いだろう」

 

 それは、うん。必要だ。

 もし死んでしまった誰かがいるなら――この規模だ、死者が0人って事はないだろう――その人達の代わりにお仕置きをしよう。

 何様だって聞かれたら、俺様だって答えてやる。

 

「また仲間を増やすかもだけど、それも良い?」

「ああ。好きなだけ勧誘すれば良い。口は出させてもらうが」

 

 うん。その権利は、当然彼女達にもある。仲間を選ぶ権利。

 もし俺が魔人ブウ(悪)とかを家族にしようとしたらストップをかけたってかまわない。

 

「寝る前にアイス食べても良い?」

「ああ……駄目」

 

 ……ちっ。

 今の流れなら絶対禁止令を解除できると思ったのに、駄目だったか。

 いいじゃんそれくらい。至高の一杯は、もう随分と食べてなくて不満が溜まってるよ。きっと今日ボケてるのもそのせいだ。

 

「太るぞ」

 

 一度肯定したウィローちゃんは目を鋭く細めて首を横に振ると、言ってはいけない事を言ってしまった。

 ……なんとなくお腹を触る。

 ぶに。

 

 ……うへぇ。

 

「俺達をなめるなぁ!」

 

 やばい感触に眉を八の字にさせていれば、悟空さんに倒されたはずのクラッシャー軍団……長いな、クラッシャーズが凄い表情でこっちに向かってきていた。

 うーん、ふざけて濁したとはいえ、ドラゴンボールの知識を持つが故のしがらみは消えず、もやもやして心が晴れない。

 

「戦闘を経験しておくにはちょうどいい相手がきたな。ウィローちゃん、俺はあのジャネンバみたいな奴やるから、他をお願い」

「ジャネ……? 了解した」

「うおおおおお!!」

 

 ごうっと風を唸らせて迫るクラッシャーズ。その最後尾、機械的な動作で空を飛ぶ、名前のわからない異星人に握り拳を突きつけ、ぴんと人差し指を伸ばして狙いを定める。

 

「ばん」

 

 軽いかけ声とともに放たれた白い光の線が寸分違わず敵の額を打ち抜いた。

 ばちり、衝撃に弾かれて背側に大回転しながら落ちていく機械の戦士に、額に手を当てて「おー」と眺める。

 うん、死んでない死んでない。手加減は成功した模様。

 ほら、俺一応アイドルなんで、殺しとかはNGな訳で。暴力は良いのか? って聞かれると弱いけど、地球の危機だ、大目に見てほしい。

 しかしデスビームなのにデスしないとはこれいかに。みねうちビームにでも改名しようかな。

 

「おおお!」

「がっ!?」

「ぐほ!」

「こ、このっぐああ!」

 

 ウィローちゃんのよく通る声が響き渡り、直後に四方へ吹き飛ぶ異星人達。

 落ち行く彼らは一人残らず白目を剥いている。……気を感じなくなってるんだけど、あれ? もしかして殺した?

 

 俺が禁忌と定めた殺しをあっさりやってしまった彼女に冷や汗を掻いていれば、彼女は俺と話していた時と同じ表情で戻って来た。

 それから、俺の顔を見て小首を傾げる。

 

「先の話からすると、仲間にするのはあの男一人ではないのか」

「いや、うーん、結果的にはそれであってるけど……でも、何も殺す事はないんじゃ」

「代償だ。あの男が生きると言うならばこの者達は生かしておけぬ」

 

 ……つまりは、彼らは彼女の個人的な感情に蹴りをつけるために犠牲になったって事か。

 悪い奴らだから同情はしないし、殺すのは良くないなんて言わないけど、少しばかりウィローちゃんと俺の精神構造の違いを感じさせられた。

 これもまたもやもやするが、頭の悪い俺がいくら考えたり悩んだりしたってどうにかなるもんでもない。

 彼女はそういう人で、俺はこういう人間。それだけの話。

 

「む」

 

 ピピピ、と電子音が鳴る。ウィローちゃんの左目からだ。

 エメラルド色の透明な瞳に赤い文字や数字が忙しなく蠢き、整列する。

 

「凄まじいエネルギー反応を感知した。まさか孫悟空か?」

「元気玉かな」

 

 けど、その強い気はすぐに消え去ってしまった。たぶん、ターレスの放ったカラミティブラスターに掻き消されてしまったんだろう。

 

「俺達も行こう」

「ああ」

 

 促せば、頷いたウィローちゃんは、一足先に強い気の出所へと飛んで行った。

 あくどい顔をしてじーっと物語を見る訳ではない、を有言実行するために俺も悟空さんのところに行こう。風に揉まれて広がるウィローちゃんのスカートの中を見ている暇などないのだ。

 

 さて、急がないとターレスが神精樹ごと粉々にされてしまう。その前になんとか割り込まねば。

*1
カプセルホン。カプセルコーポレーションが発売した次世代式携帯電話




TIPS
・ラディッツフォルダ
主にテスト撮影時の物が多く、見切れているラディッツや
組手後で伸びているラディッツ、30倍の重力に押し潰されているラディッツ、
パイ投げを受けて呆然としているラディッツ、寝起きに突撃されたラディッツ、
満面の笑みで腕を組んで体を預けてくるナシコに泰然とした表情を浮かべるラディッツなどがある

・揺れの確認
持つ者と持たざる者がはっきりしてしまう審判の時
俺とお前のパワーとは天と地ほどの差があるのだ

・ウィローちゃんと同じようにする
数日後、ターレスはタレ子として新たな産声をあげた……
BAD END14 敗北の代償...

・凄まじいエネルギー反応
まさか、ソン・ウか?

・ウィローちゃんのスカートの中
伝説の超科学力により黒くなっていて見えない
ナシコはノーガード


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第十六話 もぎたて神精樹の実

「じゃ、よろしく頼むよ、ターレスくん」

「……ちっ」

 

 少し汚れてしまった俺の家にやってきたサイヤ人は、土に還った戦闘服の代わりにラディッツの普段着を身に着けて腕を組み、とても不機嫌な顔で舌打ちをした。

 

「じゃ、お茶でも淹れるから座って待ってて」

「……」

 

 いそいそと台所へ向かう俺には何も答えず、ドッカとソファーに腰を下ろしたターレスは、仏頂面で向かい側に座ろうとしているウィローちゃんを睨んだ。怖い視線を送られたウィローちゃんはといえば、目をつぶって澄まし顔だ。

 後はお若い二人に任せて、などと変な事を考えつついったんその場を離れる。もっとも、どちらも会話の意思はないみたいだけども。

 

 

 ……と、いうわけで、ターレスが仲間になりました。

 約束は守る主義なのか、その通りに俺に(くだ)ったターレスは不満そうにしてはいても反抗する気はない模様。

 こうして彼を迎え入れるまでには結構な苦難があったのだが、それはお茶を淹れ終わるまでの暇つぶしとして回想するとしようかな。

 

 

 

 

 

 

 vsターレスに励む悟空さんの下へ向かった俺達が見たのは、太い木の根に倒れ伏す彼の姿だった。

 気は失っていないようだが、もはや腕も上がらない状態らしく、だいぶん参っているみたいで痛々しかった。

 どうしてこんなにこっぴどくやられているんだと動揺したけど、よくよく考えてみればこうなるのは当たり前だと気が付いた。

 

 まず、この悟空さんは映画の悟空さんとは違う。

 どう違うのかと言うと、10倍界王拳が使えるかどうかとそれに耐えうる戦闘力を持っているかどうか辺りだ。

 

 10倍界王拳は、悟空さんがナメック星へ向かう間、重力を100倍まで上げられる宇宙船の中で修行を続けたからこそ到達した技術だ。

 昨日の今日まで入院していた悟空さんは、死の淵から甦った事により戦闘力が上がってはいれど、とてもじゃないがそこまでの界王拳は使えないだろう。

 

 つまり、そんな悟空さんと映画まんまのターレスがぶつかればどうなるかなど自明の理。

 圧倒的に戦闘力が足りず、頼みの綱の元気玉も破られてしまって諦めかけていたらしい。

 といっても直接話を聞いたわけじゃない。あの悟空さんが自ら立ち上がろうともせず倒れたままだったので、ひょっとしたらと考えてしまったのだ。

 

 俺は、そんな彼を抱き起こして気を分け与えた。気休め程度かもしれないが、半笑いでぼんやりと俺を見返す悟空さんには俺が見えているのか見えていないのかよくわからなかったし、何を思ってるかも読み取れなかった。

 彼は、しばらくして立ち上がると再びターレスの下へ向かった。

 

 その体じゃもう無理だ!

 そう言いたかったけど、神精樹を睨みつける悟空さんにかける言葉など俺は持ち合わせておらず、黙って後ろをくっついて飛び、神精樹内部に侵入した。

 

 木の(うろ)と言うには広すぎる開けたその場所は、上に生い茂る葉と刺々しい果実に日が遮られて薄暗く、視界が悪かった。

 

 奥の方で、顔だけこちらに向けて立つターレスがいた。

 手にしている果実はすでに食べ終えた後のようで芯しか残っていない。それを零すように落とした彼が、まだ生きていたのかと言わんばかりの表情で悟空さんを見やった。

 

 ウィローちゃんが計測したターレスの戦闘力数は35万を超えていた。

 追加でいくつ神精樹の実を食べればそこまでパワーがアップするというのだろうか。このままでは悟空さんがやられてしまう。

 ええい、なれば、俺がやっつけてやる!

 そう思ってターレスと相対する悟空さんの前へ出ようとして、だけど緊迫した雰囲気に足を止めざるを得なくなった。

 

 両者の間に迸る緊張。ビリビリと震える空気。決着の予感。

 まさか睨み合う二人の間に入る勇気など俺にはなかった。だから引いた。

 大丈夫、悟空さんなら絶対に勝つ。

 

 自分をそう安心させた俺は、決戦を生で見られるチャンスを自らフイにした。

 その場から離れて、神精樹の実をもぐもぐしに行ったのだ。

 リンゴみたいに爽やかな味で思ってた以上に美味しかったので二個も食べてしまった。パワーが充実する感覚って心地良い。地球に感謝。

 

 追加で二つもぎとった果実を悟空さんとウィローちゃんの下へ運び、食べさせようとしたのだけど、両者ともに拒否されてしまった。

 ウィローちゃんは、膨大なパワーを秘めたその果実を人造人間である自分が食べれば内側から爆発しかねないと言い、悟空さんの方はそもそも何も喋らなかった。

 俺の差し出した果実をじっと見つめるばかりだったから、こんな時だって言うのに凄く緊張してアガっちゃって、思わず手を引っ込めてしまった。そそくさとウィローちゃんの後ろに隠れる。

 

 目の前がぐるぐるして、耳鳴りがして、恥ずかしくて。

 極度の人見知り状態に陥ってしまった俺は、そこから先の少しの記憶が曖昧になっている。

 

 激昂したターレスが襲い掛かって来たような気がするし、ウィローちゃんが自分の服を破いて脱ぎ去っていたような気がするし、悟空さんはずっと万歳していたような気もした。

 

 正気に戻ったのは、ターレスの断末魔が空間中に響き渡った時だった。

 悟空さんの放った元気玉で空へと打ち上げられ、神精樹をメキメキと割りながら星になろうとしているのだ。

 いけない、彼を助けなければ。

 短絡的にそう思考して、でももう手遅れな気もして。

 

 実際神精樹が光となって消え去り、手に持っていた果実さえ地球へと還って行ったのを見て、俺は自分の目論見が失敗したのだと悟った。

 

 だがまあ、それは仕方ない。

 ターレスを仲間にしたいのは絶対に、と言う訳ではなかったし。単なる思い付きで行動していただけ。

 やられてしまったのならそれまでだ。だから、諦めるほかない。

 

 そう考えていたのだけど、ズタボロのターレスが空から降ってきたので手の平を返して彼になけなしの仙豆を与え、甦らせた。

 最初、彼は事態を呑み込めていないようだった。

 無理もない。死んだと思ったら生きていたのだから、混乱もするだろう。俺にも覚えがある。

 

 降り注ぐ光に朗らかな笑みを浮かべて空を見上げている悟空さんにばれないように退散した俺達は、家に戻ってきてすぐターレスの歓待を始めた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ。一応牛乳も持ってきたよ。ミルクティーにする? ストレートが良い?」

 

 用意した紅茶を持って居間に戻れば、ウィローちゃんの装いが変わっていた。といっても、今朝着ていたのと同じく白いブラウスに黒いスカートだけど、真新しいものだ。さっきの戦闘で服がボロボロになったから着替えてきたのだろう。ボロい肌着姿なんて目の毒だったから助かる。……残念だなどとは決して思ってない。別にいつだって見れるかんね。

 

「……」

 

 おぼんを抱えてターレスに気さくに話しかけるも、彼は俺に目を向けるだけでだんまりだった。

 すぐに仲良くなれる気配はない。当たり前か。

 でもそれってたぶん、俺の場合相手が悪人だろうが善人だろうが変わらないと思うんだよね。相手が良い人の場合口下手になっちゃうし、悪人なら必ずわだかまりがあるだろうから。

 

 無言でカップを受け取り紅茶を啜るターレスを見ながらソファーに腰かける。

 さて、何から話そうか。彼と仲良くなるには共通の目的を示すのが手っ取り早そう。

 そう、たとえば『打倒フリーザ様』……とか。

 

「ナシコ、帰ったぞ。……む」

「……ほう? これは驚いた」

 

 いざ俺が話をしようと息を吸ったところで、ラディッツが帰宅した。

 お前……タイミングが良いんだか悪いんだか。

 同胞が現れた事で笑みを浮かべたターレスを見るに、グッドタイミングだったのかもしれない。

 というか手から下げてる袋は、ひょっとしてケーキかな? ケーキでしょ。ケーキだ! 甘い匂いするもん!

 

「おかえりぃラディッツぅ、いや待ってたよぉどこ行ってたのぉ? ね、それお土産? くれる? ちょーだい!」

「おい、やめろ、鬱陶しいぞ。……ああ、ちょっと、な。それよりナシコ、こいつは……」

「フ、オレの名はターレス。お前はバーダックの(せがれ)だろ?」

「親父を知っているのか! ……貴様もサイヤ人のようだな」

 

 飛び跳ねるようにソファーを抜け出して、ラフな格好をしたラディッツに絡んでその手から袋を奪おうとしたところ、サイヤ人同士でお話が始まってしまって、さっと持ち上げられた箱に俺の手は空ぶってしまった。む、生意気な!

 しかし、ふへへ。生クリームの良い匂いがぷんぷんするぞ。

 

 いやー、甘いものは別に好きじゃねぇぞって昔言った記憶があるが、今は大好物でね。甘いものは良いぞ。甘いものサイコー!

 でも虫歯には気を付けよう。ドリルはもうやだ。もう歯医者には行きたくない。

 ああ、この記憶は抹消しておかなくちゃ。

 

 よし! 袋取った! さっそく中を拝見~。

 

「ってぇ、中身ぐっちゃぐちゃ!」

「お、ああ。かなり振り回したからな……さっきまで都にいたが、不気味な樹木が突然あちこちで生えて大変だったぞ」

「知ってるよ。……あ、ひょっとして避難誘導とかを手伝ったりしてた?」

「……」

 

 頑丈なラディッツなら、箱を振り回すくらい慌てて大きく動く必要はないだろうと思って聞いてみれば、ふいっと顔を背けられた。図星かな?

 ラディッツめ、良い事してるじゃん。

 

「これから街の片付けを手伝いに行こうと思っているんだが、お前も来い。タニシが心配していたぞ」

「タニシさん? そう言えば事務所は、みんなは無事かな……」

「なんだ? この非常時にお前は何も考えていなかったのか。どうせ騒ぎが始まってから収まるまで寝こけでもしていたんだろうな。牛か?」

 

 今さらながらにみんなの事に頭がいって急に不安になってきたのに、ラディッツがむかつく事言うから不機嫌さもわいてきてしまった。俺だってちゃんと異変の元凶に向かってたんだから、そんないつもぐーたらしてるみたいな言い方はよくない!

 ていうか、牛って……言うようになったなあ君も。……どこ見て牛だと思ったのかなー? ん? お姉さんに言ってごらん?

 

「うあああ! 大変! タニシさん達怪我してなかった? 事務所壊れちゃったりしてない!?」

 

 からかいの言葉の代わりに口から出てきたのはみんなの安否だった。

 不安が増大して、とにかくみんなが心配で頭を抱えてしまった。

 なんで今まで少しも気にしなかったんだろう。俺ってこんなに薄情な奴だったかな。

 

「とにかく事務所行こう、事務所!」

「待て、事務所はもう無い。みんな仮の避難所に集まっている」

 

 げ、やっぱり事務所壊されちゃったのか。

 その元凶に視線を送れば、事の成り行きを黙って聞いていたターレスが俺を見返した。

 なんだその顔。悟空さんみたいな顔しやがって。

 

「ラディッツ、ウィローちゃん、ターレス! 街の復興を手伝いに行くぞ!」

「わたしは構わない。だが……」

「フ、心配しなくともオレは従うさ。負け犬は負け犬らしく、な」

 

 ウィローちゃんが何かを言いたげにターレスを見た。こいつが素直に従うか、と言いたいのだろう。

 不敵な笑みを浮かべた表情とは裏腹になんだか自分を卑下するような事を言うターレスだったが、とりあえずついてきてくれるらしい。従順で助かる。たとえ反抗する気があっても捻じ伏せるけど、今は時間が惜しいから。

 

 とにかくいったん話は全部後回しにして、俺達は一路都へと向かった。




・ナシコに自信あり
戦闘力はあるらしいが根性はない

・仙豆
庭に埋まってたもの。土まみれ

・ケーキ
ナシコの好物が9割
ウィローちゃん好みのものが1割



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小話 変人アイドル

 かつて不世出と謳われた天才、Dr.ウィロー。

 同志コーチンの手により長く脱出する事の出来なかった永久氷壁から飛び出し、我が頭脳を理解しようとしなかった人間どもへの復讐を誓った。

 それがかつてのわたし。

 

 人とほぼ変わらない人造の肉体を持ち、無尽蔵の気力で人に歌と笑顔を届けるアイドルユニットのメンバーで、年若い娘の口車に乗せられ、その娘の欲望のままに今の小さな姿になった。

 それが今のわたし。

 

 機械のボディから機械の体へ。

 それだけで生まれ変わったような気分になった。

 いや、実際生まれ変わったのだろう。よく考えずともおかしな方法で。

 

 

 人への復讐が目的だった。だからこそ娘の言葉に耳を貸した。

 それは間違いではなかったが、手段は選ぶべきだったかもしれぬ。

 こうと決めたらこうだ、という自らの性格のせいでまんまとアイドル稼業を始めたわたしは……嵌まった。

 

 過ちに気付くより早く、後悔するより早く、このボディに馴染むより早く、わたしはアイドルの虜になった。

 話に聞いていた通り、いやそれ以上の熱狂と興奮。

 

 かつてないほどの衝撃が体中を駆け巡った。

 

 戸惑い、喜び、笑い、楽しむ。

 もはや凝り固まって動く事はないと思った脳に次々と与えられる新しく刺激的な感動に、わたしは以前までの自分がいかに愚かで、小さな世界に生きていたのかを思い知った。

 

 そもそも、人間に復讐など。

 

 あの氷壁の下へ研究所ごと閉じ込められ、五十年あまりを過ごしたのは自然によるもので、人の手など及んでいない。

 積もりに積もった恨みが八つ当たりのように人類へと向けられただけで、それはまるで子供の癇癪の様だった。

 

 人に理解されない事に苛立つ日々さえ、思い出すと溜め息を吐きたくなる。

 なぜ理解されないのかを知っていて、理解できるはずがないと見切りをつけていて、その上でなぜ理解できないのだと憤るなど情緒不安定極まりない。

 

 いっそ世俗と関わりを絶てていれば安穏とした研究を続けられていただろうが、わたしにとってあれは人類の未来に間違いなく貢献するものと確信していたから、そうはいかなかった。

 

 世のため人のためが反転して憎しみに代わり、だがそれは、今また別の感情に代わっている。

 

 ……こんな世界があったなど、研究所に籠もってばかりのわたしは知らなかったし、あのままではどうやったって知る事はできなかっただろう。

 

 その点で言えば、ナシコには感謝している。

 わたしを初心に返してくれた。いつしか世間とのギャップに思想や意識に歪みが生じて危険な研究へ傾倒していっていたが、わたしの原風景は、人々の笑顔だったはずだ。

 

 分野は変わってしまったが、人造人間500号となったわたしならば、世界はおろか宇宙の果てまでもを笑顔にする事ができるだろう。

 世間に受け入れられる事にこの上ない喜びを感じ、自分の本心を知った今ならば、素直にそう言えた。

 以前までの自分を否定するつもりはないが、今の自分を受け入れるにはそれで十分だった。

 

 受け入れられる事、それそのものがわたしの内に秘められた願いだったなど、気付かなかった。

 認められたい、輝きたい。そのような事を心が望んでいるなど、言われるまで気付かなかった。

 

 その全てを満たすにはアイドルという職業が相応しい。

 何よりわたしは、そのために生まれたと自分の認識を変えた。

 

 かつてのDr.ウィローは死んだ。永久氷壁の下に葬られたのだ。

 そしてウィローが生まれた。真っ新でなんの経歴もない新しい命として。

 

 そのわたしを受け入れてくれたナシコには本当に感謝している。

 ……釈然としないものを感じる時もあれば、かつての自分に思いを馳せる事もあって複雑な感情が自分の中に残ってはいるが、それだけは確かな事だった。

 

 要するに……わたしは、今の境遇を好ましいと感じている。

 居心地が良い。自然体でいられる。何憚る事なく話す事が出来る。否定される事がない。

 ぬるま湯のような場所だ。だが、もはや手放したくないわたしの居場所。

 

 人は変わっていくものだが、日々こうして思考していると自分の心の変容がはっきりと感じられて面白い。

 だがそれより面白いのは、ナシコという人間だ。

 

 アイドルに情熱を燃やす二十歳ほどの人間の娘。

 このナシコという娘の言動は単純明快で、だが行動理念は不透明で度し難い。

 

 なぜ私を『家族』にしたのか。なぜ本気でわたしを家族として扱い振る舞えるのか。

 お世辞にも良い人間とは言えないわたしを引き入れた理由は、同じく悪い者であるラディッツと過ごすナシコを見ていればなんとなく見えてくる。

 同時に、演技や振りでなくわたしを妹として見ている彼女の心も見えてきた。

 

 寂しい。愛情に飢えている。

 簡単に言えばそんなところだろう。

 

 ナシコは人見知りをするし、他を遠ざけるきらいがあるが、人一倍他との交流を望んでいるようだった。

 自分に近しい者が欲しい。増やしたい。おそらくはそう考えて、今回の騒動でターレスという男――ラディッツと同じ種族であるサイヤ人を家族として引き入れたのだろう。

 

 人選は謎だが行動の理由はわかった。

 だがわからない事はまだまだある。

 

 時折口にするこの世で一番強いヤツ、孫悟空への異常なまでの憧憬と尊敬の念。

 あたかも未来を知っているかのように話す、その知識の出所。

 

 どこか冷めている生き方に反して、アイドルに注ぐ情熱の凄まじさ。

 だが時としてその情熱さえすっぽりと忘れるような素振りを見せる事があるのは、単にナシコが抜けているから……だけではないのだろう。

 

 不思議な人間だ。そう、不思議と惹きつけられる。

 いったい何を考えているのかと気になってしまう。

 大抵何も考えていないで過ごしているようだが、ふと見せる何か異次元のような(かお)の正体をわたしが知る時はくるだろうか。

 

 ……。

 テレビを見ている時は大抵半口開いている間抜けな表情は、もう見飽きているのだが、な。

 

 

 

 

 

「ごめん、俺達ナメック星に行かなきゃ!」

 

 崩壊した都の復興を手伝う事になり、新たに仲間になったターレスを常に視界の隅に入れながら作業していたところ、慌てた様子でやって来たナシコがそう告げた。

 

「何事だ。ここを放っていく気か」

「本当にごめん!」

 

 パン、と手を合わせて頭を下げられても、事情がよくわからない。

 詳しく聞けば、少し前の戦いで命を落とした者達を蘇らせるためにドラゴンボールなる万能の玉を求めてナメック星へ旅立つ事にしていたのだが、その日程は孫悟空が治り次第だったらしく。

 件の男が宇宙船に乗り込んだと博士から聞いたナシコは、まだ飛び立たないよう引き留めてもらって慌てて準備をしているらしい。

 

 ……そんな話、一言も聞いてないぞ。

 

「ウィローちゃんには地球に残ってもらって復興とか手伝ってもらったり、そうだスラッグはどうしよう、ウィローちゃんの戦闘力で大丈夫かな。あのねウィローちゃん、隕石降ってきたら全力で破壊してね。それで大丈夫だとして、あーターレス連れて行くにしても悟空さんになんて説明しよう。その前にターレスとも色々話さなきゃだし」

「待て! ……待て、ナシコよ。そのようにいきなり話されても何がなんだかわからぬ」

「……?」

 

 よほど切羽詰っているのか早口で話しかけてくる彼女を止めれば、なんで、とでも言いたげに首を傾げられた。……自分の不手際を理解していないようだな。

 

「その話はあらかじめラディッツなどに伝えていたのか」

「え? うーん、たぶん」

 

 たぶん、か。ならしていないな。ナシコの「たぶん」は信用ならない。

 この娘はあらゆる物事を自分の中で完結させてしまう事が多々ある。普段の会話にもそれが現れていて、話題が飛ぶ事はもちろん、すでに決定事項として話される事も多い。

 

 事前説明の大切さを言って聞かせてやりたいところだが、本当に急いでいるらしくうずうずと身動ぎをしていたので、再度『わたしにしてほしい事』を聞き出し、ラディッツ達の下へ送り出した。

 

「帰ってきたらまた一緒にアイドルやろうね! じゃあ!」

「ああ、また……」

 

 手を振って爽やかに去っていく、その部分だけ切り取れば好印象しかないナシコに、知らず溜め息を吐く。

 もっとしっかりしてくれれば公私ともに出来た人間になるのだろうが、天は二物を与えずとはよく言ったものだ。

 アイドルの時のナシコならばあらかじめ丁寧に説明したりするし会話も容易いのに、なぜ普段はああなのか。

 ……常に"アイドルモード"でいてほしいとぼやくラディッツの気持ちが少し理解できた気がする。

 

「ウィロー様よお、こいつはどこに持っていけばいい?」

「ん、ああ、それは……」

 

 慇懃無礼に呼びかけてくるターレスに、ふと口を閉じる。

 ナシコはこの者もいずこかへ連れて行くような口ぶりであったが、ははあ、仲間にすると決めたその時からそのつもりだったのだろうな。

 だというのに復興を手伝ってもらうなどと……それも本心からの言葉であるのがたちが悪い。

 

「ここはもうよい。ナシコの下へ行ってくれ」

「フ。仰せの通りに……」

 

 (うやうや)しく腕を前にして一礼し、空へと去って行くターレスを見送りながらそっと溜め息を吐く。

 場当たり的な言動の多いナシコの"心からの言葉"など一欠けらも信頼できぬ。あやつに前後の繋がりを期待してはこっちの身が持たんのだ。

 ……だが。

 

「少しくらいは、考えて話してほしいものだな……」

 

 本人が聞けば腕をつっぱね、わざとらしく頬を膨らませて「これでもいっぱい考えてるもん!」と憤るのがありありと思い浮かぶが、そう呟かずにはいられなかった。

 わたしは彼女に向けた「深く考えずともよい」という前言をはやくも撤回したくなってきていた……。

 

 

 

 その後、わたしはタニシや他の人間と協力して炊き出しを行ったり、不安を抱える人間の下へ赴いて話をしたり、自身の技術力を活かしカプセルコーポレーションに協力して電気機器を生産し、多少齧っているバイオ工学を応用して人や地上の治療を手伝ったりと忙しなく動いた。

 

 あの神精樹とかいう樹木が消えて地球には生命が戻ったが、まだ一部砂漠と化している部分もあるらしい。バイオ工学はそういった面に強いのだ。森林を一日にして砂地にする事もできれば、荒れ地をジャングルに変えることだってできる。

 

 ナシコではないが、わたしも少しアイドルはお休みだ。人のために歌うのも良いが、今は他にやれる事をやった方が人の世に貢献できそうだった。

 

 ──そうして復興に尽力した数日間だったが、結局ナシコが告げた隕石の襲来とやらはいつまで待ってもなかった。




・ナシコ
大抵は独り言ですませて説明した気になっている
普段からこの調子なので指摘してくれる親切な者はいない

・ウィロー
地域貢献中はほとんどしかめっ面だが
住民に「ウィローちゃーん!」と声をかけられれば
途端にスマイル100%

・ターレス
サイヤ人でもないのに凄まじい戦闘力を持つ原住民に
わりとビビっている

・砂漠
ナシコが神精樹の実をちょろまかした影響で生まれた無毛の地帯
ナシコが仲間に引き入れたウィローの活躍で無事に元の緑を取り戻した

・謎の機械生命体
農夫に目覚めさせられた異星の機械戦士
ダ。としか発声しないが力持ちでよく働くのダ


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フリーザ編
第十七話 いざ、ナメック星へ!


 どうしよう、最近ウィローちゃんに冷たい目で見られるの、癖になってきちゃったかもしんない。

 きらきら輝いて、いかにも純粋そうな目で呆れたように見られると、なんかわかんないけど背中がぞくぞくってするんだよね。

 ……危ない扉を開きそうだ。

 

「なんの話だ……」

 

 おっと。急いで家に戻って旅行鞄を取ってきて、その足でラディッツとターレスを回収して話し合いの場を設けたは良いものの、思考が駄々漏れだったせいでラディッツにまで呆れた眼差しを送られてしまった。ターレスの方はー……表情は変わってない。ふっ、どうやら彼は俺の理解者のようだ。

 

「ラディッツ、ナメック星行くよ!」

「は? ……わかった」

 

 一瞬呆けた顔をしたラディッツは、しかしすぐに良いお返事をした。うん、やっぱり事前に話はしてたみたいだ。ちょっと記憶に自信がなかったが、ラディッツがすぐに頷いたって事はそうだろう。グッジョブ俺。

 

「ナメック星? 惑星の侵略でもするのか」

「いや、そんな物騒な事はしないよ」

 

 ターレスが疑問を投げかけてくるのに首を振る。

 そうだそうだ、ラディッツに説明していてもターレスにはまだだった。

 目的やら何やらを纏めて話さなければ。ええと、何から言えばいいんだろう。

 

「ナメック星ってのは、ドラゴンボールを作ったナメック星人の母星で、あ、ドラゴンボールっていうのは七つ揃えればなんでも願いが叶えられる不思議な玉でね」

「ほう?」

 

 ドラゴンボールの説明も必要か、と一言加えると、ターレスが興味を示した。誰でも気になるか。

 それはこの地球にもあったが、前にサイヤ人の生き残りが来た時にこの星のナメック星人がやられてしまって、連動してドラゴンボールが使えなくなったこと、死んだ者を復活させるためにナメック星に行く事を話した。

 

「なぜオレ達まで連れて行く?」

「それは、まあ……フリーザ様倒しに行こうぜ、みたいな?」

「……? どういう意味だ」

 

 腕を組んで怪訝な顔をする彼に、なんて言ったものかなぁと考えを巡らせる。

 ええと、ナメック星にフリーザ様がいるのを違和感なく伝えるためには……そうだ、悟空さんが出発する事になった理由が使えそうだ。

 

「先にナメック星に向かった仲間(・・)から連絡がきて、どうやらそこに願いを叶えようと目論むフリーザ様とその軍団が現れたらしいんだ」

「そうか……ようやく読めたぜ。なぜお前がオレを手下に加えたのか、なぜ生き残りのサイヤ人がお前と共にいるのか」

 

 オレ達サイヤ人を集めて、フリーザの野郎をぶっ倒そうって算段だった訳だ。

 獰猛な笑みを浮かべたターレスがそう言った。

 ……いや、ラディッツは雑用してくれる人が欲しかったから引き入れただけで、君はなんとなく仲間にしただけなんだけど……そう思って協力的になってくれるならいいか。実際ナメック星に行くって事はフリーザ様とぶつかるって事だし、間違ってはいない。

 

 まあ、彼ら、主にラディッツを連れて行く本当の理由は最長老様に潜在能力を解放してもらってお手軽パワーアップをしようと思ったからなんだけども。

 

「待て待て! フリーザだと? 貴様勝算はあるのか!」

「んー、まあ」

 

 拳を握りしめて焦ったように言うラディッツに言葉を濁す。

 正直勝てないよな。ウィローちゃんに計ってもらった俺の戦闘力って138万だったし……神精樹の実食べたからもうちょっと上がってるかもしれないけど、それでもフリーザ第三形態に勝てるかも怪しい。

 

 せめて俺が界王拳使えたら良い勝負ができたかもしれないが、あいにく俺は死ねないので界王様に会いに行く機会がなく、習得できていない。

 悟空さんに習おうにも彼は今日まで入院してたわけだし。そもそも彼に修行をつけてもらおうなんて畏れ多くて無理だ。

 

 俺の潜在能力が解放されたとして、6000万とか1億2千万とかいくとは思えない。

 しかしだからといって行かないという選択肢はない。

 せめてみんなを蘇らせるお手伝いくらいはしたいって思ったんだ。

 俺が何もしなくてもそうなるのはわかってるけど、なんにもしないで待ってるなんてのは我慢ならない。

 

 迷惑とかは考えない。やりたい事をやらせてもらおう。

 大丈夫、やるからには、原作よりもっともっと良い結果にしてみせるからね。

 

「そういう話なら手を貸すぜ。元々オレの狙いはフリーザの首だ。それがちょっと早まっただけになる」

「チッ、貴様フリーザの恐ろしさを知らんのか……」

「知ってるさ。だから神精樹によって力を蓄えていた。もっとも、今回はその女に邪魔されたがな」

「なんだと……? まさか。街を滅茶苦茶にしたのは貴様か!?」

 

 あー、都壊滅の元凶を知ったラディッツが憤っている。気持ちはわかるけど、今は急がなくちゃいけない時だ。喧嘩されるのは困る。

 

「落ち着いてラディッツ。そういうのは宇宙船に入ってからやって」

 

 ブリーフ博士から連絡がきてから、すでに結構時間が経ってしまっている。一刻もはやく出発したがってるだろう悟空さんに現在進行形で迷惑をかけちゃってるのだ、俺達は。

 ていうか、彼の出発が遅れると原作より悪い結果になってしまうかもしれない。俺のせいで!

 

「しかしナシコよ、お前に怒りはないのか! こいつがお前の友や勤め先に被害を」

「怒ったけど! 悟空さんがこてんぱんにしてくれたからもういいの!」

「なに、カカロットが?」

 

 ラディッツの腕を取ってぐいと引っ張ると、そう問いかけられたのでもうとっちめてあると伝える。それで罪がちゃらになる事はないだろうけど、弟が事態を収束させたと知ったラディッツが、そのやられた当人を見れば、ターレスは面白くなさそうな顔をしていた。

 

「ナメック星に行くには悟空さんと一緒の宇宙船に乗る事になってるから、言いたい事があるならそこで! はやく行こう!」

「わ、わかった! わかったから引っ張るな、腕が千切れるだろう!」

 

 千切らないよ。ちょっと抱き付いて引っ張ってるだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 カプセルコーポレーションへやって来た。

 建物は半壊しているが、敷地内には草木が生い茂り、瓦礫などは見当たらない。撤去作業は既に終わっているのだろう。黒猫が寛いでいるあたり、かなり平和な雰囲気だった。

 庭に巨大な白黒の球体が設置されていた。あれが悟空さんが乗っている宇宙船だろう。

 

「すみません、お待たせしました!」

「おお、ナシコちゃん」

 

 その足下に待っていたブリーフ博士とその奥様の前に駆けつければ、博士はいつも通りの表情で挨拶してきたので会釈を返す。奥様が飲み物を勧めてきたので、受け取ってそのままラディッツに渡した。飲んでる暇はないけど受け取らざるを得なかったので……でも飲まないのは失礼だから、代わりに飲んでもらおうと思って。この動きも大概失礼だとは思うけど。

 

「いつでも出発できるよ。おおい、悟空君、同乗者が来たぞー」

「ああー! はやく乗ってきてくれー!」

 

 ブリーフ博士が開けっ放しの扉に向かって叫べば、すぐに声が返ってきた。言われた通り急いで乗る事にしようとして……博士と奥様が揃って俺の後ろに視線を送っているのに気が付いた。

 ターレスの顔が悟空さんにそっくりだから見てるんだろうけど、これは説明しなくてもいいか。さっさと乗り込もう。

 

「うおっと」

「わ」

「ああ、すみません。失礼します」

 

 入り口に足をかけたところで、中からウーロンとプーアルが出てきた。船内の方を見ていたので危うくぶつかりそうになり、素早く謝りつつ船内へ入り込む。

 

 中は広くて全体的に白く、中央に一本柱が立っていて、その根元に管理コンピュータや複数の椅子があった。俺達が一緒に行くと聞いてブリーフ博士が増設してくれたのだろう。

 ジョッキに口をつけていた悟空さんは、入ってきた俺を見ると「誰だ?」って顔をした。……なんで同行者にいきなり致命傷与えるのかなあこの人は。

 しかし、柔和な顔は直後に険しく歪められた。

 

「おめぇはターレス!」

「ようカカロット。さっきぶりだな」

 

 カン、カンと音を立てて乗り込んできたターレスが俺の横に立ち、偉そうに腕を組む。悟空さんは警戒を露わに戦闘態勢に入ってしまった。

 どうしよう、なんて言って矛を収めて貰おうか。

 

「おめぇはオラがぶっ倒したはずだ」

「ところが、そこの女に拾われ、手下にされてな。ここに連れてこられたのだ」

「どういう事だ」

「今のところお前と争う気はないって事さ。フリーザを倒しに行くんだろう? 目的は同じだ。なら、ここは一つ手を組もうじゃないか」

「おめぇは許さねぇと言ったはずだ!」

「おいおい、そう邪険にするなよ。オレ達は生き残ったサイヤ人の僅かな仲間、仲良くしようや」

「言ったろ、オラは地球育ちだ!」

 

 あわわ。

 なぜかは知らないがターレスは悟空さんに友好的に接しようとしてくれているみたいだけど、肝心の悟空さんの気が治まらない。今にも殴りかかってきそうだ。

 

「おい、時間が押してるんじゃないのか?」

「む……おめぇは……」

 

 と、ここでラディッツがのっそりとやってきて出発を促した事で、悟空さんの気が逸れたらしい。そうだった、こんな話をしてる場合じゃねえと俺達に背を向け、一番前の席に座り込んで機械に触り始めた。

 エンジンが始動したのか、全体が振動しだすのに僅かに体勢を崩してターレスの腕を掴んでしまった。

 む、根付いてるみたいにがっしりしてて全然動じてない。それはラディッツも同じようで、つまり驚いて転びそうになったのは俺だけ……。

 

「おめぇ達がついてくるのはわかった。けど余計な事したら――」

 

 機械に手を這わしたままこっちを振り向いて何事か言おうとした悟空さんは、ポチッとボタンを押した事によって宇宙船が発射した影響で「いいー!?」と言葉の続きを不思議な声に変えた。

 この急激なGにさすがのターレスも体勢を崩し、それに体重を預けたままだった俺は手を滑らせ、ずべしゃっと床に顔を打ち付ける羽目になった。凄く痛い。泣きそう。

 

 宇宙船はあっという間に地球外に出たのか船内が暗くなり、ぱ、ぱぱっと自動で照明がついて船内は夜の明るさになった。

 

「ふわー、びっくりしたぁ! それで、えーと……オラまだおめぇの事は許しちゃいねえ。って言いたかったんだけど……それよかとっとと修行しなくっちゃな」

 

 ようやく余韻が消えて鼻の頭を押さえつつ立ち上がれば、同じく立ち上がった悟空さんが気の抜けた顔でターレスにそう言った。が、言葉の通り修行を優先したいのだろう、俺達の横の広いスペースへと移動すると、柔軟体操を始めた。……こっちを気にする素振りが全然ない。

 

「それで? ナシコさんとやらよ、オレはどうすればいい」

「え? ああ、うーん……とりあえず俺達もなんか、こう、てきとーになんかしようか」

「……」

 

 いきなり話を振られたのでなんとか返事をすれば、凄い見下すような顔をされた。うわー凄い、「こいつ何も考えてないんだな」って思ってるのが手に取るようにわかる!

 

「おい貴様、ターレスと言ったな。その女にまともさを期待しない方が良いぞ」

「ちょっ、何言ってんのお前!」

「そのようだ。オレはオレで好きにやらせてもらうさ」

 

 ああもう、ラディッツが変な事を言うから、ターレス勝手に歩いてっちゃったじゃん!

 こういう時は俺がびしっと言ってやんなきゃ、ちゃんと仲間になれないかもしんないのに、もー!

 

「おーい、今から重力を……とりあえず10倍くらいにすっから、気を付けてくれー」

「あっ、あ、ひゃい!」

 

 壁際に寄って天井を見上げたりしているターレスの背を目で追っていれば、急に悟空さんが声をかけて来た。俺に対してではなく全体に向けての発言なんだろうけど、心臓が跳ね上がるくらいびくっとしてしまった。

 

 ずん、と体全体に負荷がかかる。服や靴がきゅっと締まるような感覚。

 でもサイヤ人の母星である惑星ベジータと同じ重力ならば、俺達にはなんともない。

 俺達の様子を見て、「じゃ、もう少しあげっぞ」と悟空さんが言った直後に同じような感覚がやってきて、隣に立っていたラディッツが「ぐっ」と呻いて僅かに膝を折った。

 

「に、二十倍でも結構きちーな! くっ……こりゃ、徹底的に鍛え直さねぇとベジータっちゅー奴を越えるのは難しいだろーな……!」

 

 ズッシズッシと歩いてきて、その場に倒れ込むようにして腕立てを始めた悟空さんから視線を外し、隣で重力に抗っているラディッツを見る。

 

「だってさ」

「ぐくっ、わ、わかっている! 俺もやればいいんだろうやれば!」

 

 ターレスや俺がケロッとしているのはわかっているのだろう、歯を食いしばりながら悔しげに答えたラディッツは、俺が促すより早く自主的に体を動かし始めた。

 くそー、越えてやる、ベジータなんぞ越えてやるぞ、なんて呟いたりしてる。あはは、健気だ。

 何かしてやりたくなったので、どれ、俺が修行を手伝ってやろう、と背中に乗ったら潰れてしまった。うーん、駄目か。

 

「こ、殺す気か貴様……!」

「……もう少し頑張りましょう」

 

 まるで俺が重すぎるから潰れたのだ、みたいな雰囲気を発していたので、手伝うのはやめにする事にした。

 いいよ、俺はターレスと話して親睦を深めてくるから、一人でやってろ。

 

 

 

 

 

 

「ところでよ、さっきの……フリなんとかっちゅうんはどういう奴なんだ?」

「へっ!? え、う」

 

 宇宙に出てから数時間。ターレスに俺のこれまでの地球でのアイ活(アイドル活動)と地球の良さを語って聞かせていれば、20倍の重力に慣れてきたのか、腕や肩を回しながら悟空さんが近付いてきた。

 途端にガチガチに固まってしまう俺の体。ああー、やばい、緊張する!

 

 以前にも増して大人になった孫悟空さんは凛々しさや格好良さが天元突破している。なのに表情から優しい気質が溢れだしているから、ああー、拝みたい。拝み倒したい。ファンなんです、サインください!

 

 そんな事したら引かれ……はしないだろうけど、いやされるかもしんないけど、どっちにせよ醜態は見せたくないしがっつきたくもないので何もしない。……何もできない、が正しい。動け、動けってんだよこのぽんこつ! どうかアンドロイドじゃないってのを見せてやりたい。

 ……駄目だー、頭のなかぐちゃぐちゃでどうにもなんない。

 

 ていうかこれから数日間はこの宇宙船で悟空さんと一つ屋根の下かー……、はぁー……昔夢見てた、四六時中粘着する、が今叶ってるんだな。

 幸せすぎて窒息するかもしれない。

 

「なあ、大丈夫かおめぇ」

「ひっ!? あひぇっ、わたっ、あ、はぃっ、へうぅ」

 

 ああああ!

 ちょっと思考に耽ってたら、悟空さんの顔がすぐ近くに!

 

 無理無理、駄目だしんどい耐えられない。憧れの人なんだよ英雄なんだよ、格好良いんだよ、まともに目を合わせる事もできないよ!

 冷や汗だらだらで手の内もびっしょりだ。必死に目を逸らしつつ、それでも彼は俺に話しかけてるんだからとなんとか返事をした。全然ダメダメだったけど!

 

 幸い悟空さんはコミュ障を相手にしても嫌な顔一つしないでいてくれる人種なので俺の心に追加ダメージは無かったが、近くにいられるとそのご威光に身を焼かれて継続ダメージが与えられてしまうのだ! だからもう逃げていいかな!?

 

「変な奴だなー」

 

 あ……へんなやつ認定された。

 しにたい。

 

「けど、どうやらすげぇ奴みたいだな。20倍の重力にびくともしやしねぇ……なあ、ちょっとオラに付き合ってくんねぇか?」

「え、つっ、つつ、つきあう、ですか!? うぇ、その、アイドルはそっ……の、」

「?」

 

 付き合う。それはあの、恋愛というやつ。ではなくて。修行にって意味なんだろうけど。

 話す声が涙声になっちゃってるの、自分でもよくわかるくらいで、勝手にがくがく震える足をなんとか留めようとスカートの布を握り締めていれば、「いや、やっぱいいや。オラ、基礎から鍛え直そうって思ったばかりだったかんなぁ」と急に提案を取り下げられた。それから、一歩離れられた。

 距離が開いて少しだけ緊張が緩和され、ほっとしたのも束の間。……ひょっとして今の、気を遣われた?

 ……悟空さんに気を遣わせるくらい俺の口下手って酷いの?

 

「フリーザは、オレ達サイヤ人の母星を破壊した宇宙の帝王さ」

 

 俺を見かねた訳ではないんだろうけど、ターレスが代わりに悟空さんに話しかけた。

 

「母星を……すっげぇ悪いヤツなんだな。強ぇんか?」

「ああそうだ。オレ達が徒党を組もうが敵うかはわからない、まったく忌々しいお方だ」

「おめぇがそこまで言う奴か……どうやら、向こうは相当大変な状況みたいだな。クリリン達、無事でいてくれよ……!」

 

 両拳を握り締めて汗を流す悟空さんに、俺も気を引き締めて、頑張って緊張を抑え込んだ。

 みんなを蘇らせるため、みんなの手伝いをするためにここに来たんだ。悟空さんとまともに話せないようじゃ何もできない。

 頑張って話せるようにならないと!

 

 

 

 ……数日経っても無理でした。

 

 

 

 

 

 

「あーもう、あーもう、あーもう!」

 

 バスルームにて、贅沢に風呂を泡立たせ、ジャージャーとシャワーを垂れ流しつつ乱暴に頭を洗っていた俺は、苛立ち紛れに体を洗うのに移行して、胸の合間に手を滑らせた。駄肉が柔らかく形を変えるのに苛立ちが加速する。

 

「悟空さんに失望された、悟空さんに失望された、悟空さんに……! ああ~~もう! なんで! 女子力! 磨かなかったの!!!」

 

 ボディソープまみれの手で体中を擦りながら叫べば、割と広めの浴室にうわんうわんと反響した。

 この、馬鹿みたいに胸だけでかい超絶美少女アイドルが何をしたのかと言うと、よりにもよって悟空さんを落胆させてしまったのだ!

 

 この宇宙船に積まれているたんまりの食糧。

 男ばかり詰め込まれた宇宙船にいる紅一点。

 

 この二つの要素を並べれば、誰しも答えに辿り着くだろう。

 悟空さんが

 

『オラ料理なんかできねぇからさ、おめぇがいてくれて助かったぞ! いや~メシん時が楽しみだ!』

 

 って言ってくれた数日前。

 いやいや、一人に負担をかけるのはよくないので料理係はローテ―ションしましょ! と、拙い口調でなんとか説得してその場を逃れた俺は、問題を先送りにするだけの大馬鹿者だった。

 

 一日目のラディッツは案の定料理なんかできない野生人で、「なんだよ兄ちゃん飯作れねえのか」と頬杖つきながら言った悟空さんが「ならお前がやってみろ」とコック帽(なぜかあった)を押し付けられて二日目の料理人に選ばれたものの案の定で、「やっぱオラには無理だ。頼むよ~もうオラ腹ペコなんだ。えーと……なんて名前だったかなおめぇ」と帽子が俺にパスされたのがいまさっき、つまりは引き続き二日目の夜。

 

 数度目の致命傷を受けてふらふらになりつつも台所に辿り着き(まさか名前を知られてないとは思わなかった。ナシコです、とちゃんと自己紹介できた俺、偉い。死後は天国に行けるだろう)、腕によりをかけて出した渾身の男料理。

 

「おめぇ女なのに料理できねぇんか……」

 

 うきうきした表情で食卓についた悟空さんが一口食べた後に言った台詞がこれである。

 不肖ナシコ、恥ずかしながらガチ泣きしてしまいました。『うわああん!』みたいなのじゃなくて『えぐっ、ひっ、ぃい、っ、っぇ』みたいなの。

 申し訳なくて情けなくてどうしようもなかったんです。ほんともう、あの、駄目で。

 

 でも、俺の作った自分でもクソ不味いなと思える料理を悟空さんは完食してくれたので彼は神。実際後に超サイヤ人ゴッドになるし、今の内に崇めておこうと思って跪いたら「なんか、やだおめえ」って言われてしまった。生きててごめんなさい。

 

「黙ってればクールな美人に見えるんだ、それならカカロットのやつも気味悪がったりせんだろう」

 

 とアドバイスだか悪口なんだかよくわからない事を囁いてくれたラディッツには肩パンをプレゼントした。俺が美少女なのはズノー様じゃなくたってみんな知ってるよ! でも悟空さんには美しいも醜いも関係ないじゃん!

 

 逃げ出すようにお風呂に入って、黙々と頭洗ってたら悲しみがぶり返してきて、泣きそうになるのを治めるために声に出して感情を発散させ……。

 そして、今に至る。

 

「失敗した失敗した失敗した……っぷぅ。うぇ、洗剤口の中に入ったぁ……」

 

 後悔に溺れていれば泡が口内に侵入してきてしまった。ごしごし口元を拭うと余計に苦い。顔をしかめつつ一度湯船に沈み込んで、あふれるお湯に溜め息を零す。

 

 まあ、俺の嘆きはぶっちゃけどうでもいいんだ。

 肝心なのは、ターレスと俺が、ひいては悟空さんが仲良くなれるか、なのだから。

 あと、ちゃんと修行して強くなれるのかどうか、も。

 

 この二日、悟空さんは基礎訓練が終わると、戦闘力の近いラディッツと組み手を始めた――どういう流れでそうなったのかはわからなかったが、気が付けばやってた――ので、観察する事にした。

 兄らしく強者らしく振る舞っていたラディッツが珍しく格好良く見えたので応援してみたんだけど、界王拳を使われてあっさりやられたのでがっかり。やはりラディッツはラディッツだ。うーん、安心感あるな。あとでからかいついでに慰めてやろう。

 

 俺やターレスとも組手を求める悟空さんにまごついているうちにターレスが乗って戦い始め、数十倍の重力下で激しくぶつかり合った。

 そんな光景がこの宇宙船の日常になっている。二日繰り返しているのだから、同じ顔が殴り合っているのはもう見慣れてしまった。

 

 

 えらく素直に従うし大人しいターレスだけど、こうして俺の言う事を聞いてくれる理由がぼんやりと見えてきた。俺の強大な……自分でいうのもなんかあれだけど、強いパワーを感知しているのと、同じサイヤ人と共にいられるのと、ついでに悟空さんとやり合えるからみたい。

 地球で、格下だと思っていた悟空さんに不思議な技で負けたのがよっぽど悔しかったのだろう。嬉々として組み手をする姿は、あんまり悪い奴には見えなかった。

 

 そうして戦い合ううちに気を許したのだろう、いつしか悟空さんはラディッツを「兄ちゃん」と呼び、ターレスともわだかまりなく接しているようだった。かなりさっぱりとした人だからこそこうなったのだろう。俺だったらこうはいかないだろうな。

 

 ちなみに俺はといえば、つい先ほどの夕食の時間まで悟空さんが名前さえ知らなかったのを考慮してくれればどういう関係かはすぐわかるだろう。

 まことに残念な事に、ほぼ他人だ。

 

 それは俺が女で彼が男だから、とか、そういう理由ではもちろんない。

 単に俺が中々彼に近付けていないだけである。むしろ避けてしまっている。

 

 どうしても、どーしても駄目なのだ。

 悟空さんを前にすると頭の中が真っ白になって、自分が何を喋ろうとしていたのかを忘れてしまう上に、些細な事に恐怖や羞恥心を覚えて過剰に反応してしまう。

 そんな情けない姿は見られたくないし、見て欲しくない。万が一にも否定的な事を言われたらと思うと怖くてたまらなくなる。

 

 今日も今日とて彼と一言も会話せずに就寝時間となった。

 悟空さんはもう少し修行を続けるらしく、一人操縦室に残って体を動かしていた。

 

 その下の階が居住区というか、寝床だ。

 

「ラディッツどうしよー、悟空さんとお話しできないよ……」

「……の、ようだな」

 

 ポニーテイルに纏めた髪になんとなく触れてしっとりとした感覚を楽しみつつ、ラディッツに泣きつく。

 布団をかぶって寝ようとしていたラディッツは、最初背中をこちらに向けていたものの、ごろんと俺の方を向いてそう答えてくれた。

 ちなみに寝床は布団四枚が四角く隙間なくくっつけられているので、結構距離が近い。電気を消していても顔が見えるくらいだ。

 

「どうやったって無理だ。諦めろ」

「そんな事言わないでよー。ね、ね、おねがぁい、何か良い方法考えて?」

「そう、言われてもな。……性格を治せとしか言えん」

「……そんな事言わないでよー。ねぇー、おねがぁい」

 

 無理な事を言うラディッツにちょっとイラッとしたので、さっきと同じ口調と声音で話しかけたら露骨に顔を顰められた。何か案を言うまで永遠に同じ言葉を繰り返す気だな? だって。

 うん、そのつもりです。

 

「はぁ……。なんだ、その……」

「なになに?」

「……要は話ができればいいんだろう。姿が見えない位置から話しかければいいんじゃないか」

 

 お、案外真面目に考えて答えてくれたみたい。その案はたしかに良いけど、失礼じゃないかな? 姿を見せずに話しかけるなんて。なんか俺が偉そうに見えるからやだな。

 と言う訳でその案はボツ!

 

「はぁぁぁ……なら……アイドルモードにでもなれ。他は知らん、寝る」

「待って、待って! そう簡単にアイドルモードになれる訳ないじゃん!」

 

 深い深い溜め息を吐いたラディッツが投げやりに言うのに、慌てて手を振って否定する。

 たしかにアイドルの俺なら緊張も何もなく悟空さんに話しかけられるだろうけど、任意でできたら苦労はしない。

 だってあれは、ステージ衣装を着たりライブ前のちょっと興奮した状態でないとスイッチが入らないものなのだ。なろうと思ってなれるもんじゃない。

 

 そう訴えたかったのだが、すでにラディッツは俺に背を向けて寝に入ってしまっている。これ以上の安眠妨害は流石にかわいそうだ。

 だから無い知恵絞って自分でも考えてみたんだけど、なーんにも思いつかないんだなこれが。

 

 なので、ラディッツの言った通りアイドルモードになるしかないかなと思って、やってみる事にした。

 今がライブ前だと思い込もうとしてみたり、形から入るべきか、と髪型をサイドポニーに直してみたり、そういう言葉遣いを小声でしてみたり。

 

「あ、あ。……んっ」

 

 試行錯誤すること数十分、なんとなく胸のエンジンに火が付き始めた気がした。

 ざわざわと騒めく胸。若々しくときめいて、世界が明るくなったように錯覚するこの感覚は、スイッチの入った証。

 ……なんだ、任意でなんて絶対無理って思いこんでたけど、できちゃったみたい!

 

「そうと決まればさっそく……!」

 

 ぱっと立ちあがり、その勢いのまま操縦室へと突貫する。

 身近に感じてた彼とお話する機会、逃す訳にはいかないよっ!




TIPS
・ナシコの体重
平均よりちょっと(※1)重い
プロフィールにはほんの少しだけ(※2)サバを読んで書いている

・※1
この場合の「ちょっと」とは地球と惑星ベジータの重力差ほどを表す

・※2
この場合の「少しだけ」とはメカフリーザの前に現れた謎のイケメンが戦闘力を抑えていた時くらいのふり幅を指す

・胸囲
平均よりちょっと大きい
プロフィールにはほんの少しだけ逆サバを読んで書いている

・アイドルモード
この状態になると興奮状態になってちょっと(※1)積極性が増すんだ


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第十八話 悟空と仲良し大作戦!

「どうもこんばんはー、悟空さん」

「ん?」

 

 無音の船内で一人、体を苛め抜き、仕上げに柔軟体操をしていた悟空は、近付いてきた小さな気に顔を上げた。

 今上がって来たのだろう、階段の一段目に足をかけ、手すりに手を置いているのは、今度の旅に同行する事になった地球人の女性だった。

 

「どうしたんだ? ……ナシコ。眠れないんか?」

 

 もちろん、すでに自己紹介は受けているから、悟空は彼女の名前を知っている。が、同じ場所で過ごしているのにあまり顔を見ないせいか、すぐに名前が出てこなかった。

 

「ちょっと、お話ししたいなって思って」

 

 青系の落ち着いた寝巻に身を包んだナシコは穏やかに微笑んで目的を告げた。

 大人びていて、それでいて子供のような純粋さを持つ彼女の笑顔に魅了されない人間は少ない。自他共に認めるアイドルである彼女に惹かれないのは動植物や異星人くらいのものだろう。

 

「お邪魔でした?」

「いや。今終わったとこだ」

 

 まさに異星人である孫悟空は、真正面からナシコに見つめられても少しも動揺しないし、赤面したりもしない。彼女の魔法のような魅了の力もこの男には及ばないのだ。

 

「それで、話って?」

「えっと、まずはその、謝りたくて」

 

 そっと意味ありげに目を逸らしたナシコが階段を昇り切り、ゆっくりと悟空へ近付いてくる。

 まだ重力装置のスイッチは切られていないため、現在地球の50倍の重力がある中を平然と歩く彼女に、悟空はナシコの内に秘められた強さが気になった。

 が、その前に疑問がよぎる。

 

「謝るって、何を……ああ、メシの事か? オラ別に気にしてねぇからさ、落ち込まなくたって」

「いえ、その事ではなく」

 

 今日の夕食の時間に、悟空はうっかり口を滑らせて目の前の女性を泣かせてしまっていた。

 悟空としてはただ意外に思って言っただけだったのだが、あんなにもボロボロと涙を零して、それを必死に押し殺そうとされては悪い事をしたと思わされてしまった。

 

 しかしその事ではないらしい。では他のどんな事だろうかと考えてみたが、悟空に心当たりはなかった。そもそも接点がないのだ。夕食号泣事件以外に謝られるような事は何もない。

 

「今までしっかりとお話もできていませんでしたので、大変失礼しましたと、そう伝えたくて」

「いやー、そんな畏まられたってなあ……気にしねえよ。もうちっと楽にしたっていいんだぜ」

「そういう訳にはいきませんよ。だって私……」

 

 どうやら自分を偉い人間か何かと勘違いしているようだ。腰を深く折って頭を下げられたのでそう捉えた悟空は、後ろ頭を掻きながら普通にしてくれと提案した……のだが、拒否されてしまった。

 流し目を送られてぱちくりとまばたきをする悟空に、彼女が言う。

 

「私、あなたのファンなんですから」

 

 ファン。

 その言葉の意味くらい悟空だって知っている。しかしいつどこでついたファンなのだろう。

 多くの人の目に触れるような場に出た数は少なく、限られている。

 

「天下一武道会じゃないですよ。もっとずっと前から……。あなたが子供の時にも会った事があります」

「へぇ、ホント? 全然覚えてねぇや」

「ですよね! わかってました!」

 

 意外な事実を告げられて素直に感心する悟空に、彼女はツッコミを入れるが如く肩を張った。

 が、すぐに息を吐き出して落ち着く。言葉の通り想定の範囲内だったのだろう。というか実際何度も忘れられている、覚えられていないと実感しているのだから当然の反応だった。

 

「私も小さかったですからね。ほら、あなたに……その、ぱん、こ、ここを手で叩かれたうちの一人です、よ。……です」

「あー……そりゃ、わりぃ事したな」

 

 自身の股を指差して、すぐ恥ずかしげに手を持ち上げたナシコに、悟空もばつが悪そうに謝った。

 子供の時とは違いある程度の常識は学んでいる。女性にそういった事をするのがかなり失礼だというのは理解していた。

 そして、悟空がその行為を働いた相手は少ない。ナシコに該当するのが誰かはなんとか思い出せた。

 

「ああー、あん時の! そっかそっか」

「思い出してくれたみたいで嬉しいです」

 

 恥ずかしい記憶を掘り起こした甲斐がありました、と頬を染めて言うナシコに、悟空は微かに感じていた彼女への壁が取り払われたような気がした。

 

 そもそものナシコという女への悟空の評価は、得体のしれない人間だった。

 兄と名乗った同じ種族のラディッツと、地球を滅茶苦茶にした悪いやつであるターレスを従える年若い地球人。不信を抱かないはずがない。

 が、それがずっと昔に触れ合った事があるとわかると、不思議と親近感がわいてきた。

 

 そのとっかかりを起点に、恐ろしい速度で胸の中に安堵と親しみが広がっていく。

 まるで十年来の親友と顔を合わせているかのような感覚。すんなりとそれを受け入れた悟空は、知らず張っていた僅かな警戒と緊張を全て解いた。

 

 この間は地球に襲来したサイヤ人を仲間と共に迎え撃ってくれたようだし、話していて悪い奴とは思えないし、何より、会話してるうちに彼女がクリリンと知り合いだと知った悟空は、それで完全に心を許した。武天老師という同じ師に技を教えてもらっていたのも大きい。いわば彼女は妹弟子だ。なら遠慮はいらないだろう。

 

「それで、私、悟空さんに技を教えてもらいたくて」

「おう、良いぞ。オラもおめぇとは一度手合せしてえって思ってたとこだ」

 

 普段の人見知りする状態では絶対にできない提案をここぞとばかりにするナシコに、悟空は気負いなく頷いた。普段は気を抑えているようで普通の人間のように振る舞っているが、自分達が組み手をしている際に流れエネルギー弾などを相殺したり握り潰したりする時に膨れ上がる気配は、相当な使い手である事を示していたから、どうしてもその実力を見てみたかったのだ。そのためならジャン拳でも狂拳でも棒術でもなんでもござれ。技術を伝授する事に否はない。

 

 ナシコは居住まいを正して、真剣な表情で悟空の顔を見上げた。

 

「教えていただきたいのは、界王拳と元気玉です」

「界王拳?」

 

 意外なチョイスに僅かに驚いてみせる悟空。

 技の名前を知っているのもびっくりだが、それを教えて欲しいと頼まれたのにもびっくりだった。

 

「でもなぁ、あれは界王様っちゅーえれぇ人に教えてもらったんだ。オラが勝手に教えちゃってもいいんかな……」

「そこをなんとか! 習得さえできれば、ナシコはもっともーっと輝けるんです! ……あ、違った。強くなれるんです!!」

 

 握り締めた両拳を胸元に押し当てぐいっと悟空に迫るナシコ。

 だが困った事に、あれを他に伝えて良いのか判断できなかった。

 界王拳も元気玉も危険な技だ。前者は体を壊してしまうかもしれないし、後者は守るべき星を壊してしまうかもしれない。どの道迂闊には教えられない技だ。

 

『いやぁ、良いぞーい』

「ひゃっ!?」

 

 と、突然不思議な声が二人の頭に鳴り響いた。

 いきなりの事に軽く飛び上がったナシコは、床に足がつくとすぐ自分の失態に顔を赤らめ、俯いて服の裾を引っ張った。また変なとこ見せちゃった、と恥ずかしがっているのだが、あいにく悟空は声が聞こえたその時にはすでに天井を見上げていて、ナシコのいじらしい動作の全てをスルーしていた。

 

「界王様! 良いんか、教えちゃって」

『ああ、構わん構わん。それより話は聞かせてもらっていたぞ』

 

 声の主は、件の技の開発者、界王だった。

 かなり軽々と技を教える許可を出した彼だったが、それには理由があるらしい。

 

『お前らかるーいノリで、やれフリーザを倒すだのぶっ潰すだのリスペクトするだの好き勝手言いおって、あやつにだけは手を出すんじゃなぁーい!』

「ええ? いや、でもよぉ。そのフリーザって奴は、オラ達が向かってるナメック星にいるんだろ? どうしたって戦う事になるんじゃないかなー」

『……と、注意しようと思っていたんだがな』

「あり?」

 

 割と本気で怒鳴りつけた様子の界王は、しかし一転して落ち着いた語り口になった。

 

『そこにいる地球の女、たしかナシコとかいったな。そのナシコならば、界王拳や元気玉を習得すれば、あのフリーザを葬れるかもしれん』

「へえ! じゃあ教えてやっても良いんだな!」

『いーや! 教えるのはわしの方がいいだろう。お前はいかにも教えるのがへたくそだろうからな』

「へへ、実はそうなんだ。オラそういうのは得意じゃねぇかんな」

 

 鼻の下を指で擦りつつ言った悟空は、その流れでナシコを見た。

 彼女は飛び上がってしまった直後の体勢で固まっている。

 まだ羞恥心に苛まれている……と言う訳ではないようだが、俯きがちの顔に表情はなかった。

 

『おーい、わしの声が聞こえとるか? ……おおーい』

「あっ、だ、大丈夫です、聞こえてます、です!」

 

 界王に呼びかけられ、はっとして顔を上げたナシコは先程と少し雰囲気が違っていた。

 凛として張った雰囲気は怯えたような希薄なものに、涼し気な目元は濡れそぼった涙目に、ぴんと伸びていた背筋は丸まって、まるで天敵を前にした小動物のよう。

 ……それもそのはず、しっかりスイッチが入ったはずのアイドルモードが切れそうになっていたのだ。

 

 なんで、おかしいよ! と動揺するナシコだが、ファンの前に出るでもなく歌を歌うでもなくアイドルとしての自分を保つ事などはなから不可能だったのだ。

 せっかく繕った『みんな大好きナシコちゃん』の仮面はすでに半分剥がれていて、じわじわと緊張が体を蝕み、背中などはじっとりと汗に濡れ始めていた。

 

『お主ほどのパワーがあれば、フリーザを倒せるやも。わしは、そう言ったな』

「は、はい。ええと、たぶん、ほんとにそうだと思います」

 

 界王の言葉に、弱々しく頷いて肯定するナシコ。

 ただし第一形態に三人がかりの不意打ちでなら、という注釈がつくが。

 

『自信があるのは良い事だ。だが……』

 

 だが?

 

 重々しく言葉を切った界王の言葉の先は、様々な事を知っているナシコには容易く予想できた。

 やはりフリーザの脅威を不安に思っているのだろう。長く宇宙を脅かす帝王の強大さは根深い。

 いくらナシコの巨大な気を感知したとしても、不安がぬぐい切れないのだろう。

 

『だが、タダで教えるというのもな~~。界王拳はわしのとっておきだからな~~~~』

「は?」

『……おほん。よ、要するにわしがこの技を教えられる資格があるかを見ようというのだ。それはそこにいる孫悟空も通った道だぞ?』

「あ、ああ、はい」

 

 なぜか急にもったいぶりはじめた界王に、ナシコはすでに何か嫌な予感がしていた。

 だが、どの道その資格を見る、とやらを受けなければならないだろう。それは早い方が良い。

 どんどん素の自分に戻ってきてしまっているのも相まって焦りが加速する。

 

『ここはひとつ、面白いダジャレを聞か――』

「この銀河に名を轟かせるのはナシコ以外いナシコ!」

「ええ?」

 

 やっぱりそういうやつか、と声を遮ってまでした渾身のシャレは、悟空の困惑顔に粉砕された。

 そのせいで一気に素に引き戻されて半泣きになったナシコだったが、肝心の界王は少々の間を置いて大声で笑い始めたのでなんの問題もないだろう。あるとしても、か弱いアイドルのメンタルに致命的な罅が入ったくらいだ。

 

『ま、まさか自分の名前をギャグに使うとは、お主かなり筋が良いのう……ナシコ、いナシコ……ぶふー!』

「あ、あのぉ、それで、教えていただけ……るん、で……」

『おおー、いいぞ。今からでも構わないが、どうする?』

「今日はもう、遅いので……」

『そうかそうか、じゃあ明日からみっちりわしが修行をつけてやるから、しっかりと体を休めるんだぞー』

「その、よろしくお願いします。……おやすみなさい?」

 

 一応付け加えた就寝の挨拶には返事がなかったため、ナシコの眉はへにゃっと八の字になった。

 加えて「良かったなー界王様に修行つけてもらえる事になってよ!」なんて悟空に肩を叩かれてしまって、涙腺は崩壊直前になっていた。

 

「っとと、わりぃわりぃ! 痛かったんか?」

「……!」

 

 泣きたくなるのに理由などないのだが、目の前で泣きそうになれば悟空が気遣うのは当然だろう。

 単に許容量を超えた対人コミュニケーションをしてしまったから限界を迎えているだけで、謝る必要などない。ぷるぷると首を振ったナシコは、悟空の顔を見ないまま後退り、逃げ出すように階段の方へ走って行ってしまった。

 

「うーん、どうしちゃったんだろ」

 

 明るい調子だったのに急に気弱になってしまった彼女を見送った悟空は、その心の移り変わりがさっぱりわからなくて首を傾げた。

 あれは普通ではないので理解できない方が良い。

 

 

 

 

 

 

 界王直々の修行に、ナシコは張り切って応じた。

 声だけで姿が見えないので、そんなに口下手を発揮する事がなくコミュニケーションは円滑。

 ただ、ナメック星に辿り着くまでの三日のうちに界王拳も元気玉も覚えないといけないのは大変だ。

 緻密な気の扱いを求められる界王拳は普段のガサツなナシコには難しい。元気玉は周囲から元気を分けてもらえるような純粋さと、その後の投擲のコントロール性を鍛えなければならないが、外す訳にはいかない船内では練習できない。

 

 習得は困難を極めるかと思われたが、意外なほどスムーズに技術を習得しあっさりと界王拳を発動してみせたナシコには、界王を含め一同驚いたようである。

 本人は特になんとも思っていない様子で元気玉の習得に移り、これもまたあっさりとものにしてしまった。

 

 界王星での苦労もまだ褪せていない悟空はますます興味を示して彼女との組手を希望したが、あいにく一歩近づくと六歩離れていくナシコには近づけず。

 めげずに話しかけようとして泣かせかけてしまい、ラディッツや界王に修行の邪魔だと叱られてしまったので、すごすごターレスとの組手に戻った。

 

 

 

 

 三日目の夜、食事の当番はターレスに移った。

 誰もがこう思ったはずだ。「今夜も不味い飯を食う羽目になるんだろうな」、と。

 だが予想に反して、背の低いテーブルに並べられた料理の数々は見るからに美味そうで、良い匂いがしていた。

 

「うひゃー、こいつはすげぇや! ターレス、おめぇ料理なんかできるんだなー!」

「なぁに、美味い物を最高に美味く食う方法を知っているというだけさ。うちには味にうるさい王子様もいたからな……」

 

 失った仲間に想いを馳せたのだろう、一瞬どこか遠くを見るような目をしたターレスは、しかしすぐに常の冷静な表情に戻った。

 

「なあ、もう食っていいだろ! オラ待ちきれねぇぞ!」

 

 仲間を打ち倒した張本人である孫悟空は、久々のまともな食事に体中で喜びを表現しているところだった。

 

「あの、それじゃあ、いただきましょう」

 

 複雑な顔をしつつも行儀よく縮こまっていたナシコは、ターレスに目配せされて、一応は彼の上に立つ人間として音頭を取れという事なのだと解釈し、そう促した。途端に「いただきまーす!」とレンゲを握った悟空が和洋中入り乱れて湯気を発する料理群に突撃する。

 

「ひゃああー! うんめぇええ!! うわーこれもうめぇぞ! なんてーんだこれ! んぐっんぐっんぐっ……こっちは(かれ)ぇな!」

「落ち着けカカロット! 気持ちはわからんでもないが米粒が飛んできている! 雑に置くな汁が零れるぞ!」

「フ、お気に召したようで何よりだ」

「………………」

 

 ここ連日の夜の葬式のような雰囲気はいったいなんだったのだろうか、今日はとことん賑やかで誰の表情も明るく楽しい食卓になっている。それもこれも料理ができる人間がいたからだ。

 ただ、ナシコの表情は暗かった。

 食事が口に合わないのではない。粗野で暴れ者でいかにも荒々しいターレスが繊細極まりない料理などと言う技術を習得している事に、この上ない敗北感と嫉妬心を抱いているのだ。

 女として、負けた気がする。プライドはガタガタだ。悔しさに涙さえ流しそうになる。

 

 自分がちゃんと料理を覚えていれば、悟空さんをあんな風に笑顔にするのは俺だったのに。

 そう思う一方で、これでやっっっと料理ができる人間が家に来てくれるんだ、と、心底彼を仲間に引き入れて良かったと思った。

 白く濁った名前のわからない汁料理の入った器を持ち上げ、レンゲを差し込んで口に運んだナシコは、ピリッと舌の上を走る辛さとこそばゆい香辛料の匂いに目を細めた。

 

「ん、ん。んくっ……」

 

 喉に絡まるくらいとろみが強いスープと、ワンタンのような旨み肉の詰まった塊を飲み下し、ほうっと熱い吐息を漏らす。ついでに横髪を指で持ち上げて耳の後ろに通す。白いうなじに僅かに滲む汗はスープの辛味によるものだ。食欲を刺激する程よい塩梅。

 味の濃さもナシコの好みと合致して、知らずちろりと覗いた真っ赤な舌先が唇を舐めた。

 

「なあ、おかわり大丈夫か!?」

「ああ、いいぜ。まだまだ材料はたんまり積まれていたからな。あの妙なカプセルには驚いたが」

「ホイポイカプセルって言うんだよ。あれも地球で開発された凄いものなんだ。地球は良いところだよ」

 

 まるで自分の事のように自慢げに語るナシコに、ターレスは目を向けるだけで言葉は返さなかった。

 地球という星がどれほど尊いのかは、この三日のうちに嫌というほど聞かされている。アイドルとしての自分がいかに素晴らしくかわいいかももれなく添えられていたので、この話題はもううんざりなのだ。

 

「あれだけあれば二日は余裕で持つだろう」

「オラできれば明日も明後日もおめぇにメシ作ってもらいてぇな」

 

 自分の言葉を無視され、ついでに悟空の言葉に地味に傷ついたナシコが頬を膨らませていじけた。ラディッツがフォローすべきかどうか窺っていたが、結局放っておくことにしたようだ。慰めようとすれば飛び火するのは火を見るより明らかだった。ナシコは特に理由なくラディッツに厳しいのである。

 

「ん? 二日?」

 

 揚げ団子を箸でつっついていたナシコが、ふと何かに気が付いたように顔をあげた。

 

「……ナメック星につくのって何日後だっけ?」

「今日は地球を発って三日目だろう? ……どうなんだカカロット」

 

 ナシコの疑問に答えようとしたラディッツは、計算しようにもそもそもこの宇宙船の航行速度を知らなかったと気づいて悟空に話を振った。

 

「えーと、六日でつくって言ってたなぁ」

「じゃああと三日かかる……ん、ですよね?」

「ああ、そうだけんど……あ」

「食糧、二日分しかないんですよね……?」

 

 おずおずと事実確認をするナシコに、悟空もようやく一日分の食料が足りない事を知った。

 

「…………」

「…………」

「い、いやだぞ! 丸一日メシが食えねぇなんて、オラ死んじまうよ!」

「えとっ、えと、でも、ないって……」

 

 顔を見合わせるラディッツとターレスに、悲嘆にくれる悟空をどうにか慰めようとして事実を突き付ける事しかできないナシコ。

 こればかりは、誰が悪いわけでもない。大きな災害の直後に満載の食料を積み込んでくれたブリーフ博士達も、まさか大食漢のサイヤ人が一人から三人に増えているとは思わなかったのだし、これからうんと強くならなければならない悟空達は腹いっぱい食べなければならなかったのだから。

 

「あ、でも仙豆があるな。一人一粒でも三つ余るから、これ食えば良いか」

 

 微妙な空気になっていたところで、悟空が仙豆の存在を思い出したらしい。席を立ち、どこかから小さな袋を持ってきた悟空は、中身を手の平に出すと、「じゃーん」と擬音付きでみんなに見せた。

 

「なんだそれは」

「こいつは仙豆っていう豆で、一粒で十日分食べたのと同じになるんだ。重い怪我とかもあっちゅーまに治るんだぜ!」

「ほう?」

 

 植物の種のようなものに興味を持ったのだろう、問いかけるターレスに、悟空は簡潔に説明した。

 七粒ある仙豆の一つを摘み上げ、ぽいと放り投げる。それはターレスの出した手に収まった。

 

「とりあえず、最後の一日はこいつで凌ぐとして……残りの仙豆はとっとくか。向こうがどうなってるか、わかんねぇしな」

「それがいいと思います。あっ、ありがとう、ございます」

「ほら、兄ちゃんも」

「ああ……ああ、これか……」

 

 それぞれに仙豆を配った悟空が食事に戻る。

 ラディッツの微妙な表情は、これに幾度となく助けられている事を思い出したからだろう。しかし瀕死になったその全てがナシコの手によるものなので、なんというか、情けないような懐かしいような気持ちになってしまったのだ。

 

 とにかく、これで食糧事情も食事事情も解決した。

 そして修行の方も、強いサイヤ人同士が激しくぶつかり合う事で相当に実力を高め、すでに誰もがサイヤ人の戦闘レベルを遥かに超えている。

 

 ナシコは何も考えずこの境遇を享受しているが、本来悟空はこの宇宙船で不眠不休で訓練し、何度も死にかけては仙豆を食べて回復する、という方法でパワーアップをしていたのだ。

 だが彼女が敵とも言えるターレスやラディッツを引き連れてきてしまったために悟空は迂闊に隙を見せる事が出来なくなった。

 その意識の壁は初日だけだったが、悟空の修行の幅を狭めるにはそれだけで十分だったのだ。

 

 意識せず彼女の言う"原作"から悪い方向へと進めてしまいそうになっていたナシコだったが、戦闘力の高いサイヤ人を連れていた事が救いとなった。

 この種族は強い者と戦うたびに実力をぐんぐんと増していく。これにより、瀕死からの復活を経なくとも孫悟空はメキメキと戦闘力を伸ばす事が出来ているのだ。

 目の前にいる自分よりも遥か高い場所にいる者が目標となり、常に実戦を繰り返す事が一人での修行よりも充実した訓練となって成長を促す。

 

 孫悟空は、残り三日の内に確実に100倍の重力を克服し、さらなる力を得るだろう。

 もっともナシコは彼が原作そのままだと信じて疑っていないのだが、それが及ぼす影響は特に何もなかったりする。

 

 宇宙船は、何事もなく順調にナメック星へと向かっていた……。




・食事当番
一日目
ラディッツ。無駄にコック帽が似合う

二日目
孫悟空。コック帽がぱんぱんだ
→ナシコ。見た目だけなら最高のシェフ
悟空では料理にすらならなかったのでナシコにバトンタッチ
なお出来上がったゴミのような料理は誰一人笑顔にできなかった

三日目
ターレス
とうとう我慢できなくなったのだろうターレスによって
コック帽は彼専用装備となった

・界王拳
ナシコにとって界王拳とはロマンであり、超化の完全下位互換である
倍率を上げる程体に負担がかかるとか不便だなーと思っている
いきなり20倍に上げる暴挙に出て体中激痛にまみれて半泣きになったのはいい思い出だ

・元気玉
この技の習得によりナシコはアイドルとして一つ上の段階に至った
人や星、果ては無機物からさえもパワーを貪る驚異的偶像として……!
実際ナシコのおねだりに敵うやつなどこの世にいないのだ

・ラディッツ
先日弟が自分を打ち倒した技をナシコが習得するのを見て
赤いナシコにどつかれるという少し先の未来を幻視した
翌日界王拳の実験と称して組手につき合わされ、バスタブに突っ込んだ姿で発見された

・ターレス
鉄火の料理人。星々を渡り歩く中で数多もの郷土料理を口にした結果
その舌はかなり繊細。一粒の塩の差でさえはっきりと見抜くぞ
ナシコの料理を口にして、こいつには絶対に包丁を握らせねぇと決意した

・界王
ダジャレの上手い弟子ができて満足
でもなんか凄い軽く扱われてる気がする


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第十九話 ボディチェンジパニック

 遠くに悟空さん達の姦しさを聞きながら、そっと窓の外を眺める。

 どこまでも続く暗い海は、これからの未来を暗示しているようで気分を沈ませるようでもあり、無限に広がる可能性を示しているようで気持ちを昂らせるようでもあった。

 

 胸に手を当てる。

 少しだけ、伏し目がちになる。

 祈るように吐息して、願うように身動ぎもやめる。

 

「ナメック星の崩壊を阻止しよう」

 

 高めの声で囁いた。

 それは、これから向かうナメック星での俺の最大目標。

 

 ナメック星の人々は救えない。

 クリリンだって見殺しだ。

 

 けれどせめて、彼らの故郷だけは守りたい。

 ──それってとっても独善的で……。

 

「あんまり深く……考えちゃだめだよ?」

 

 遠くて近い宇宙に投影された自分自身に言って聞かせる。

 もう少しばかり思考を進めてしまうと、色々といやなことも考えてしまう。

 それを考えないようにするのは逃げてて卑怯かもしれないけれど、ウィローちゃんが良いって言ったんだもん。いいよね……絶対。

 

 俺はただ、俺がしたいようにやればいい。

 たぶんそれできっと上手くいく。人生ってそんなもんだし。

 仲間を強くして、星を守って、悟空さんを眺めて。

 

「……」

 

 一筋の雫が胸の内側を滑り落ちていった。

 それは、とってもヤな感じで──。

 

「……物憂げな美少女、超かわいい」

 

 誤魔化すように、窓に映る自分を褒め称え崇め(たてまつ)った。

 そうっと、指先で唇に触れる。

 ぷるぷるとした瑞々しい感触は、あんまり、俺の心を表してはいなかった。

 

 

 

 

「おい、まだ準備が終わらんのか! もう到着するぞ!」

「もうちょっと! もうあと一()き!」

 

 鏡台に向って神龍謹製のお櫛でさっさかさっさか髪を梳く俺をラディッツがせっつく。

 今日到着するよって言われたけど、寝坊してしまった結果である。大慌てで身嗜みタイムに突入した。

 いくら自意識が男の俺でもさすがにぼっさぼさの髪で外出たくないし、整ってない格好を人に見られたくないのだ。

 

「……オラ先に上に行ってっから、後からでも来てくれ」

「ああ~、すみませんごめんなさい! すぐ終わらせますぅ!!」

 

 とうとう悟空さんが待ちきれなくなってしまったようで離れて行こうとしたので、大慌てで櫛を仕舞ってポーチを腰に備え、手首に巻いておいたリボンでサイドポニーを作り、もう一つ頭の上に乗るように丸めて縛る。

 

「うん、準備できたっ! ことりヘアーばっちり♪」

「『ばっちりぃ♡』ではない! 何をわざわざ手間のかかる髪型にしていやがる!」

「ごめんって! でも仕方ないじゃん、今日大一番なんだもん~!」

 

 苛ついているラディッツを引き連れ、最高速で操縦室へ移動すれば、地響きとともに強い振動があった。ちょうど宇宙船がナメック星に下り立ったみたいだ。

 

「すみません、遅れました!」

「……今にも消えそうな気がある。オラすぐ行かなくちゃなんねえ」

 

 開いていく扉の前に悟空さんとターレスが立っている。ぺこぺこと頭を下げて謝ったところで悟空さんはこちらを見もせずにそう言うだけだった。ひーん。

 

 ええと、原作のこの辺の出来事は、えーと、たぶんギニュー特選隊にクリリンや悟飯ちゃん、ベジータがやられちゃってて、あわやトドメを刺されそうなところに悟空さんが現れるんだよね。

 消えかかってる気がある、という事は、誰かが瀕死にまで追い込まれたんだったか。

 

「行くぞ!」

 

 扉が完全に開き切ると同時、悟空さんが音頭を取って飛び出した。ターレス、ラディッツ、俺と続く。

 宇宙船の外はとても明るかった。人工の灯りにずっと囲まれてたからそう感じるのか、太陽の多さがそう感じさせるのか。

 感じた風が胸をざわつかせる。気を纏って遮ってるのに風を感じるなんてないと思うんだけど、確かに肌にびりびりきたような……いや、びりびりってよりかはもぞもぞ、うーんぞわぞわかな?

 訳もなく浮足立ってしまうような、そんな感覚があったのだけど、気を取られているうちにスピードが落ちていた事に気が付いて慌てて速度を上げた際、そういったものは全部消えた。

 

 ここに辿り着いてからの行動予定は予め伝えてある。まずどうにかして最長老様の下へ行き、悟空さん含めてみんなで潜在能力を引き出して貰うのだ。

 そう考えていたのだけど……仲間が死にそうだって言うのに、悠長に別の場所に行こうだなんて悟空さんはしてくれないだろう。

 

 でも、ここは悟空さん一人でも大丈夫な場面のはず。100倍の重力で修行して、かなり強くなってるからね。ギニュー特戦隊の誰と当たっても勝てるはず。

 なのでいったん悟空さんを置いて、俺達は急いで最長老様のところへ行って、潜在能力さえ解放してもらえれば後は野となれ山となれだ。ここで助けられる命はない。最長老様は寿命で死んでしまうし、多くのナメック星人はすでにやられてしまっている。名前はなんといったか、戦闘力4万7千くらいの戦闘型のナメック星人の人だって、ピッコロと同化するにはやられるしかないのだ。

 

 あまり考えたくない事を考えているうちに戦場へと到着した。

 高みの見物をしているバータとジース、ボロボロのベジータ、先行した悟空さんに助け起こされている悟飯ちゃんと、何やら慄いている様子のリクーム。

 

「悟空さん!」

「ああ」

 

 特に手を貸すような事態は起きていなさそうだったので、彼に一声かけてから離脱する。

 ラディッツとターレスを引き連れ、最長老様の下へ向かう。

 場所は簡単にわかった。どこか懐かしいような不思議な気と少し大きめの気が一つずつ固まってる場所で、なおかつ巨大な気がかなりのスピードで目指している場所とくれば一つしかない。

 

 あっという間に辿り着いた高台の上に立つ家には、まだフリーザは到着していなかったみたいだ。

 

「何者だ」

 

 半球状の鏡餅みたいな家の扉が浮き上がり、中から若いナメック星人が出てくる。ピッコロさんと似てるけど、顔立ちがちょっと違う。彼が……ナントカだろう。名前覚えてないや。

 

「あの、私達こういうものでっ」

「…………なんだこれは」

 

 ポーチから取り出した名刺を渡して、受け取ってもらったところでさっと両手を腰の後ろに隠す。えへ。ちょっと恥ずかしい。

 名刺に馴染みがないのだろう、じっと紙を見つめた彼は、それよりも近付いてくる大きな気配が気になるのか、一瞬空の彼方を睨みつけてから「ついてこい」と俺達を促して家の中に入って行った。

 よし、揉める事無く入る事が出来るみたいだ。サイヤ人連れてるから駄目かもって思ってたけど案外行けるもんだね。

 

 家の中の二階に飛行して移動すれば、大きな椅子に腰かける巨体のナメック星人、最長老様が待ち構えていた。

 ひょえー、でっかぁ。すっごい迫力。

 

「よく来てくれました。では、こちらへ……」

「え? ……うん?」

 

 さっそく話を切り出そうとして、それより早く口を開いた最長老様がその手を脇に下ろしてみせるのに困惑する。

 もう俺の考えは読まれてしまっていたのだろうか。でも記憶を読むのって、直接頭に手を置かないとできないんじゃなかったっけ?

 

「時間が惜しいのです。早くこちらへ」

「あ、はい」

 

 フリーザは目前まで迫っている。だからか催促する最長老様に、あ、そうかと納得した。

 言葉そのまま、時間がないから無駄なやりとりを省いてこっちの欲している事を提案してくれたのかも。

 ……んー? なんか変な気もするけど、思い違いかな。

 

 小走りで近付いて行けば、すぐに頭に手が乗せられた。

 ここで記憶を読まれようが、彼はもはや短い命、問題はない。

 ……でも、もうすぐ死んでしまう人に触れるっていうのは、なんだか悲し気持ちになってしまう。

 せめてナメック生最後に超絶美少女に触れられた事を胸に抱いて天国に旅立ってほしい。

 

「やはり……! 一目見た時からそうではないかと思っていたが……! ……よろしい。では」

「んっ」

 

 何かを呟いた最長老様を見上げようとして、体の底から力が溢れだすのに唇を引き結ぶ。

 うあ、これ、やばい。結構気持ち良くて……んん、すぐに慣れそうにない。

 潜在能力の開放は一瞬で済むようで、大きな手が浮いていくのを感じた俺は、その場から退きつつ手櫛で髪を整え、改めて最長老様を見上げた。

 

「あの、こっちの二人もできれば力を引き出して欲しいんですけど……」

「……良いでしょう。ですが私が力を引き出すのは、そちらのサイヤ人の方のみです」

「俺か」

 

 う、ターレスの方は駄目みたいだ。代わりにラディッツはオーケーとの事。なんでだろう……邪悪な感じがするからかな? ラディッツはもうそういうのなくなったんだろうな。

 

 最長老様の下へラディッツが歩み寄っていくと、入れ替わりでナメック星人が下へ下りて行った。ああ、フリーザが到着したらしい。たしかに大きな気だ。これがもっともっと膨れ上がるというのだから恐ろしい。

 一応ターレスに声をかける。

 

「どこ行くの?」

「フリーザの野郎をぶっ潰しに行くのさ」

 

 ターレスもナメック星人の……ネイルさんだっけ、ネイズさんだっけ? に続こうとしたので止めれば、彼は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 いや、んな事言ったってね……!

 

「まだ無理だ。今の君じゃ勝てないよ」

「おいおい、そりゃないだろう。オレはフリーザを倒すためにこんな星まで来たんだ。好きにさせてもらうぜ」

「あ、ちょっと……行っちゃった」

 

 引き留めようとしたものの、彼には彼の行動理由があるために勝手に行かれてしまった。

 口では俺に恭順を示していたけど、譲れないものがあるのだろう。それを許容しなければ今後仲良くする事は不可能なんだろうな。

 でも、今のターレスじゃフリーザ様の第一形態にすら(かな)わないのは明白だ。気が読めるようになった彼だってそれはわかっているだろうから、俺が何を言ったって無駄だろうけど……死んで欲しくないのになぁ……。

 

「さあ、デンデよ。お前の力も引き出した。行きなさい……彼らの助けになるのです」

「は、はい、最長老様!」

「あなた方に、この子を頼みたい。引き受けてくれませんか」

 

 ラディッツに続いて力を引き出して貰った子供のナメック星人、デンデ。その彼が悟空さん達の下へ無事に行けるよう俺達に護衛してほしいと頼まれた。

 その頼みを断るってのは……ないな。押しかけてまでして力を開放してもらったのだ、それくらいお安い御用と答えなくちゃ。

 頷いて見せれば、最長老様は穏やかな笑みを浮かべてみせた。

 

「うわっ!?」

 

 と、壁が壊され、明るい光が室内に入り込んできた。こちらへ駆けてきていたデンデが反対に吹き飛ばされるのを、後ろに回り込んで抱き止める。おっと、駄肉が役に立ったぞ。優しく受け止めるのにはちょうど良いクッションになるなこれ。

 うーん、緑。じゃなくて、デンデってば結構固いな。地球人とナメック星人じゃ基礎スペックが違うだろうし、当然なのかな?

 

「す、すみません……あ、ありがとうございます……」

 

 床に下ろしてやると、戸惑いがちにこちらを見上げてきたので、腕を組んで偉そうにしてみた。どう? 頼もしく見える? ちゃんと守ってやるからなー。

 

「フリーザ……!」

 

 手を開閉させて力を確かめていたラディッツが、家の外に浮かんできた小さな人影を見て呟いた。

 その名を聞いた瞬間にガッと顔を動かし、今はまだ小柄な姿を捉える。

 ああー! 生のフリーザ様だ。迫力あるなあ!

 

「おやおや、ここにもサイヤ人がいるじゃありませんか。たしか、ラディッツと言いましたね? さっきのおサルさんはお友達でしょうか?」

「チィッ……」

「いずれにせよ、私の邪魔はしないでくださいね? 相手なら後でいくらでもして差し上げますから」

 

 いやに丁寧な口調で語るフリーザの背後に、ターレスとネイルが浮かんで来た。

 どちらも険しい顔をしているが戦いの形跡は見られない。フリーザ様は冷静に見えてよほど焦っているのだろう、たしかドラゴンボールの使い方を知りたがっていたんだと記憶しているから、そっちを優先して侵入してきたという訳か。

 

「さあて、最長老さんとやら……私は手荒な真似は好みません。どうかドラゴンボールの──」

『地球の方……今のうちにデンデを連れて、仲間の下へ』

「っ……?」

 

 お、あ、わ。びっくりした、びっくりした!

 フリーザ様見てたら急に頭の中に声が響いてきた。こいつ直接脳内にっ!

 とか言ってる場合ではない。ええと、仲間……ならここにいるんだけど、ええっと?

 

『はやく。この思念も、勘づかれてしまいます……』

 

 目前にしたフリーザ様と会話をしながらも念波を飛ばしてくるという器用な事をしてくる最長老様を見やり、それからデンデ君を見下ろす。

 うむむ、無視するわけにはいかないよなあ……しょうがない。ここにいたって仕方ないし、悟空さん達のとこに行くとしよう。

 

「つあっっ!!」

 

 俺がデンデ君の肩に手をかけたのと、ターレスが攻撃を仕掛けたのは同時だった。

 組んだ両手を振りかぶった体勢でフリーザ様の背後に現れた彼は気を全開放した状態で、八方に圧を飛ばしながらスレッジハンマーを繰り出し──吹き飛ばされた。

 

 羽虫を払うような、なんてことのない動作。一瞥さえされず壁を突き破り海へと落ちて行ったターレスに、あちゃーとは思いつつも、この隙に撤退させていただく事にした。

 どうせターレスは言っても聞かないし、なら戦ってわかってもらうほかないよね。今の見た限りだとだいぶやばいけど……ううん、宇宙船の訓練じゃ戦闘力に伸びがあったの悟空さんとラディッツだけだったからなあ。35万じゃちょっときついって。

 

 デンデ君の脇下に腕を通して抱え、シャシャッと離脱する。合わせたようにラディッツが放った気弾はフリーザ様の手に掻き消されたけど、爆発とともに黒煙が広がった。

 うーむ、どうしよ。このままじゃラディッツもターレスも殺されちゃいそうなんだけど……やっぱ俺が第一形態に不意打ちして倒しちゃった方が良いのかなあ。でも後々の事を考えるとそれじゃやばい気がするし……。

 

 なんて悩んでいるうちに海の上だ。後ろを確認すれば、遠目にターレスがなんとかといった様子で陸に上がるのが見えて、への字口になった。

 あーもう、難しく考えるのはやめやめ! 今は最長老様にデンデ君の警護頼まれてるんだから、それを全うする事を第一に……って、なになに? さっきからぺしぺしとデンデ君の額の触手が顎を打ってくるんだけど……無言の抗議?

 

「あ、あのっ、抱えて頂かなくとも、じ、自分でっ」

「だーめ。こっちの方が速いんだから、我慢して?」

「は、はい……」

 

 やっぱり抗議だった。

 でも事実だよ。君と俺で別々に飛ぶより、抱えた方が速いもん。

 さて、悟空さん達はと気を探ってみれば……あっちか。なんか位置変わってるような……ん、飛ぶ方向間違えてる?

 うーん、いや、たしかギニューとかと戦う時は場所を変えるんだよね。

 あんまり記憶に自信ないなあ……。行きゃわかるし、思い出さんでもいーか。

 

「ほいついた」

「!!」

 

 大型の宇宙船の前に下り立てば、なんだろうこれ。

 宇宙船の足にはボロボロの悟空さんが背を預けててやばいし、地面にはボロクズとなったギニューが這いずってて、その目の前でこれまたボロボロのベジータが雄叫びをあげている。

 とりあえず悟空さんの下に駆けよれば、こっちに気付いた彼は苦笑いを浮かべた。

 

「な、ナシコか……マズい事にな、なっちまった……」

「あの、しゃべ、喋らないで……! お傷が痛そうです……!」

 

 ああわわ。大変、大変だ。悟空さんがぼろぼろだ。仙豆は!? 仙豆はもうない!?

 っていうかこんな時にも口下手になるんだね、俺!

 あっそうだ、こういう時こそ!

 

 さっと離れて悟空さんに手の平を差し向ける。不思議そうに見上げてくる彼へ、ぽうっと優しい気を放てば……!

 

「っへへ、サンキュー……!」

「俺の気を少しわけてやった。後はかっ……は、はい、です。はい……」

「……くっ」

 

 お腹を押さえ、宇宙船の足を支えに立ち上がる彼に肩を貸してあげようと近づこうとしたものの、半歩前に出した足はそれっきり動かなかった。ああ、だめっ……これ以上近づけない!

 さっと駆け寄って来た悟飯ちゃんとクリリンが代わりに肩を貸す。

 うあ、まだ辛そう。俺のこれじゃ、あんまし回復させらんなかったか……。

 

「あ、あなたは……?」

「……ナシコと申します。そちらにいるあなたのお父様、孫悟空さんの宇宙船に乗せて貰ってここへ来ました」

 

 悟飯ちゃんとクリリンが怪訝そうに俺を見上げるのを見返す。

 なんで超銀河アイドルナシコちゃんがここに、と顔に書いてあるクリリンはわかりやすいけど、悟飯ちゃんのその顔はなんなんだろ。……ひょっとして、前に会ったことあるの覚えてる?

 いや、あの時は地味子に変装してたし見た目じゃわかんないはずだけど……。

 駄目だ。考えてもわからん。

 

「はは、おれ夢でも見てんのかな……アイドルのナシコちゃんが見えるよ」

 

 おっと、クリリンがトリップね。

 夢じゃないぞー本物だぞー。

 特別大サービスでにっこり笑いかけてあげたら、相好を崩した(にへらぁと笑った)彼は悟飯ちゃんの肩に腕を回して、なー? と謎の同意を求めだした。

 

 彼、俺のファンみたいだし喜ぶかなって思ったんだけど、よ、よくわかんない反応……。悟飯ちゃんめっちゃ戸惑ってるしやめたげなよ……あと悟空さん支えてあげて? すっごい辛そうだから。

 ……悟空さんは悟空さんでなんでか不思議そうに俺を見ている。な、なんでしょう、か、髪型変だったりする? ふ、服がよれてたり? あっ、あ、お化粧変!?

 

 ちゃんとメイクリストさんに教わって身に着けたものなんだけど、絵心ないからか化粧ヘタクソなんだよなあ俺。でもすっぴんで外歩くの怖いので、仕方なくやってるのだ。今日は急いでたから失敗してたのかも……? うああやだやだ恥ずかしい!

 わたわたと髪やら服やら弄っていると、傍で気が膨れ上がるのを感じた。

 

「ふはははは! ジースッ!! このオレの戦闘力はいくつだーっ!?」

「180000……190000……210000……! すごい! すごいですよ隊長! 戦闘力232000です!!」

「うあーははは! 凄まじいパワーだ! うおおおお!!」

 

 ……あー。

 いやまあ、ベジータの後ろにジースがいる時点で予想はついてたけども……ギニューの奴、悟空さんじゃなくてベジータとチェンジしちゃったの……!? しかも戦闘力めいっぱい引き出せてるし……。

 

「なんだよーもう、めちゃくちゃじゃん」

「ふっふ、なんだ娘。まさかお前もこのオレに挑むなんて言いだすんじゃあるまいな?」

「消えろぶっ飛ばされんうちにな」

「な……!? なんという口の悪い娘だ……!」

 

 売り言葉に買い言葉、とはちょっと違うけど、話しかけられたからてきとうに返したら慄かれた。

 てゆーか、ベジータフェイスとベジータボイスでそういう声音、ちょっと気持ち悪い……。

 額を押さえながら歩み寄りつつ、途中に伏しているギニューのボディを掴み上げて後ろへ放る。

 少し乱暴になっちゃったけど、許してほしい。なんだか頭が痛くて、どうしていいかわかんなくなっちゃった。

 

「……なんでベジータ?」

「不思議か? このオレには他人と体を入れ替える──」

「いやそーじゃなくて。……いいやもう」

 

 気を解放する。

 なんでギニューがベジータとチェンジしてんのかわかんないけど、二人ともやられちゃってるし、今代わりに戦えるのは俺しかいないみたいだし……今こそ悪人面して物語をじーっと見るんじゃなくて自分も戦うを実践する時でしょ。んで正史に戻してー、悟空さんをメディカルポットに入れて神龍呼び出してピッコロさん生き返らせて……これタイムパトローラーとかの仕事じゃない?

 

「……なんという戦闘力だ」

 

 破裂したスカウターをかけていた方の目を押さえながら呆然と呟くギニューに歩み寄って行く。

 戦う、とは言ったものの、どうコトを運べばいいんだろう。まずはベジータの体を元に戻してあげなきゃだよね。ああでもさっき後ろに放り投げちゃったから取りに戻らないと。

 

「チェーンジ!!」

 

 いやまだチェンジは早いから待っててね。ベジータつれてきたらもう一度──えっ。

 えちょ、おま。

 

「はーっはっはっは!! さらに強い体を手に入れたぞ!!」

「いやちょ、えっ、えっ、うそでしょ!?」

 

 立ち位置が入れ替わっていた。目の前には大口開けて喜んでる俺がいる。

 風になびく髪が煌めいていて、うん、ヘアースタイルばっちり決まってる、服装もお化粧も変じゃないし、いつも通り可愛いナシコだ。……じゃないよ!

 今光線打たれてた……!? チェンジビーム来てた!?

 敵を前に後方確認しようとしてた俺も悪かったけど、え、だって今エフェクトなんもなかったよね!?

 

「これほどの力があればよりフリーザ様のお力になれるだろう……!! さて……」

 

 自分の胸を触ってみる。

 手袋越しに感じるゴムみたいな感覚。戦闘服。

 そこにあるはずの脂肪が無い。

 あれほど疎んでいた脂肪がなくなったというのに、喜びはちっとも湧いてこなかった。

 

 額に触れる。

 ……めっちゃ寂しく、めっちゃ広い。

 いっつもお櫛で整えている自慢のサラサラヘアーは、剛毛ゴワゴワヘアーにたくみに変身。

 なんということをしてくれたのでしょう。

 絶対許さない……!!

 

「ジース! 後ろの奴らを片付けておけ。オレはこいつを始末するとしよう」

「了解です隊長ーっ!」

 

 許さないってのはギニューもだけど、自分もだよ。

 ……チェンジしてくるってわかってて、技にかかるかふつー?

 え、油断とかしてなかったんだけど。ばりばり警戒してたんだけど。

 どうしよ……あっあっ、どうしよう! なんか遅れて焦りが出てきた!

 やばいやばいやばいこれすっごいピンチじゃない!?

 

「ちょちょ、タンマ! 明日まで! 明日までお待ちください!」

「タンマはナシだ! こっちも急いでいるんでな、悪く思うなよ」

「く、くそったれー!!」

 

 目の前に自分がいるってのも不思議なのに、そんな悪人面できるってのにも驚きだよ!

 これ新しい魅力になるんじゃないかな。無理かな。

 あとくそったれーってベジータボイスで言えたのなんかかんどー。

 とか言ってる場合じゃないんだってば!!

 

「このスーパーパワーをじぃっくりと試してやるとするか」

「やっちゃってください隊長ー!」

 

 あああ、ナシコアイドルなのに、ベジータになっちゃったよ……。

 こんなんじゃもうお仕事できないよ……ファンのみんなも失望だよ……。

 

 ふわんふわんと脳裏にステージに立つ自分の姿が思い浮かぶ。

 

 近代化したアイドルの、丈の短い衣装を纏った、キラキラ輝く…………ベジータ。

 浴びせられるはずだった歓声の代わりに投げ込まれるゴミ、ヤジ、罵倒!!

 

 『金返せ!』『サイヤ人は皆殺しだー!』『失望しました、ナシコちゃんのファンやめます』『我が姿は正義』『幸子ちゃんのファンになります!!』『我が姿は世界』『そんなナシコちゃんも素敵だー!』『息子がアイドルやってる困るのじゃ』

 

 ……ひぃー!

 

 なんという地獄のような未来……俺はそんなの見たくない!! でもこのままじゃ回避しようのない未来だ……。

 だってもうベジータじゃお料理地獄歌うかビンゴダンスくらいしかできないじゃん……ビルス様もいないのに? 楽しいビンゴを? 楽しいビンゴを? ぉぇーい!(ヤケクソ)

 

「なんというダンスのキレだ……! 敵でなければ新たなメンバーに勧誘したいくらいだ……!!」

「た、隊長……?」

 

 もうステージ立てないかも、と考えてたらちょっと踊ってしまった。なんだそのすっとぼけた反応は……敵ながら呆れちゃうぞ。

 でもそのおかげで光明が見えてきたぜ……!

 ギニュー、てめぇはもうおしまいだ……!

 

「ギニュー、てめぇはもうおしまいだ……!!」

「なんだと……なにがおしまいだと言うのだ!!」

 

 声に出した方が格好良いかなって思っておんなじこと言ってみた。

 かっこいいフィニッシュサイン付き。決め決めのベジータ!

 うーん、他人の声で喋るのって面白い! いいなーこれ。好き。

 不思議がるギニューとジースに、自身を親指で差しつつ不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「このオレさまがギニュー隊長だからだ」

「な、なんだとっ!?」

「えっ!?」

 

 ぴっと再度親指で自分を差せば、俺の姿のギニューは面白いようにうろたえた。

 ……ジースはなんで今の今まで会話してたギニューと俺とを見比べてんの? いやそれでいいんだけど。いいんだけどさあなんかさあ気が抜けるなあ……!

 

「なっ、なにを言うか! ぎ、ギニューはこの世でオレ一人だ!!」

「フリーザ様がそうお思いになるかは別だ。なにしろオレは自在に他人と体を交換できるんだからなあ」

「なるほど、たしかに!」

 

 ジースくん、迫真の納得。

 実際どうかは知らないが、ギニューを少しでも動揺させられればいい言説に引っかかってくれた二人は動けないでいる。ようしいいぞ、もう一押し……。

 すぅーっと息を吸い込む。その際体中が痛んだけれど、我慢我慢。ナシコは我慢のできる子なのだ!

 

 左手は上に! 右手は前!

 片足上げて決め顔で!

 日の丸背負って決めポーズ!!

 

「ギィニュー特選隊隊長っ、あ・ギィ~ニュウ!!」

「!?!?!?」

「ジィース!! ……はっ、体が勝手にポーズを……!?」

 

 ふはははは! どうだこの格好良いポーズは!!!

 美しかろう格好良かろう!

 崇めよ称えよ、実は死ぬほど恥ずかしい!!

 あとジースくんほんとなんなの君。

 

「ギニュー、貴様はもうお払い箱だ……これからはこのオレが! 真のギニュー隊長というわけだ!!」

「きっ、きさまぁ何をしておるかー!! ぎ、ギニュー隊長はこのオレだぞ!?」

「信じられんなあ?? そんな華奢で超絶プリティーな超銀河アイドルが天下のギニュー特選隊だなどと、フリーザ様も鼻で笑われよう。"オレこそが"と言うのであれば、証拠(ショーコ)を見せてみろよ証拠(ショーコ)をよォーッッ!!」

「ぬぐぐぐ!!! ──良かろう!!! そこまで言うのならば、貴様では到底真似できないこのギィニュウ様のスペッシャルルルルルゥなファイティングポーズを、とくと見せくれるわぁあああああ!!」

 

 ズバッと画面外へ跳んだギニューは、こちらに背を向けた状態で摺り足で戻ってくると、体中に満ちたパワーを爆発させるような勢いで振り返った。

 俺はそっと両腕を広げた。

 

「ギニュー特選隊隊長! ギ」

「チェーーーーーーーンジ!!!!!!!」

「あっ」

 

 それは誰が漏らした声だったか。

 大の字となった俺から今度こそ白光が放たれ、ギニューとの間に橋をかける。

 一瞬後には視点がぐるりと入れ替わって、海沿いを背に狼狽するベジータが目の前に現れた。

 

「はー、はー……ふっ、ふふふ……戻った! ついに戻ったー!!」

 

 うおおっとセルみたいに全身で喜びを表してみる。ぶっちゃけ色々突然すぎて感情がおいついてないけど、パフォーマンスを大きくしてしまうのは癖なのだ。

 それにしても、まったく。こっちからもチェンジできたからよかったものの、間抜けすぎるぞ俺!

 ギニューを警戒してたってのは実は嘘だったから仕方ないかもだけど、あんな技に引っかかるなよなまったくー!

 

「くっ、ならばもう一度だ!」

「させるか!」

 

 懲りずに両腕を広げたギニューに先んじて後ろへ跳ぶ。

 超スピードでギニューボディのベジータを拾って来ようと思ったのだけど、入れ違いに前へすっ飛んでいくギニューボディが見えてブレーキをかけた。

 

「チェーン、ジッ!?」

「オレの体を返しやがれーっっ!!」

 

 どうやらベジータは自力で飛び込んで来てくれたようだ。

 光にぶつかったギニューボディが背中から地に落ちる。ベジータも荒い息で膝をついた。おおベジータ……お疲れ様。なんか同じ体奪われた者同士、親近感湧いちゃうなあ。

 

「覚悟しろよ、くそったれめ……!」

「お、おのれ……自らを傷つけた事がアダとなるとは……! ジース!」

「は、はい!」

 

 怒りを迸らせて立ち上がるベジータと相対するギニューとジースだけど、すでに勝負は見えていた。

 文字通り一瞬で片が付いた。目前へ移動したベジータに反応できなかった二人は、同時に光弾で消し飛ばされ──る前に、俺がかました飛び蹴りによって海中へ叩き込まれた。

 間一髪。

 

「なっ、何を邪魔しやがる!?」

「何もそこまでしなくても! だよ! 殺す事ないじゃん」

 

 と抗議したけど、ギロリと睨まれてちょっと怖い。ほんと怖い。

 でも、悟空さんだったら絶対殺したりはしないから、そこは俺がどうにかしなくちゃね。

 ……結構力んでキックしちゃったからか、ギニューもジースも感じる気の大きさが虫並みだけど……溺れ死んだりしない?

 

「よいしょ」

 

 引き上げてみた。生きてた。

 でもチェンジが怖いので埋めておくことにしよう。首だけ出してー、周りの土は思いっきり踏んづけて固めてー。

 

 そだ、ナメックの人が不用意に近づかないよう、ギニューの額に書置きしとこう。

 書けるもの名刺しかなかったので、その裏に『危険! 体入れ替え注意!』と書いてギニューの上唇にマスキングテープで貼り付けた。

 

「んー……ジースくんの方が寂しいなあ」

 

 そう感じたので、もう一枚、ナメック語で書いたやつも用意してジースくんの額に張り付けておいた。

 うん、パーペキ!

 

「よし、かんりょっ。後は現地の人に裁いて貰おう。君たちー、もう悪さしちゃだめだよ?」

「……」

「……」

「……聞こえてないか」

 

 悟空さんの言いそうな事を代わりに言い含めようとしてみたけど、気絶してる相手に何を言っても届く訳がなかった。

 かといって起こすのも意味ないし。

 白目を剥いて地面から生える二つの生首。うーん、シュール。

 自分でやっといてなんだけどくっそ不気味なのでさっさと離れる事にした。

 

 これでようやく元通り、正史だ……ふう。一時はどうなる事かと思ったけれど、これでややこしい流れも元に戻るでしょ。

 

「わぁースッゲぇ! 体が軽いや! サンキューな!!」

「良かったなあ悟空!」

 

 一息つきつつ振り返れば、デンデにお礼を言う全回復した悟空さんがいた。

 ……?? あれ、あの、悟空さ……メディカルポッド……あれ?

 

「ナシコもいいとこに来てくれたなぁ。助かったぞ」

「いやそれはその、あの、はい……」

「貴様……よく見ればあの時の地球人か……!! チィッ、余計な真似をしやがって……!」

 

 純粋な感謝を向けられて酷い罪悪感に苛まれるのと、なんかよくわからないすんごい敵意が背中に向けられるのにしどろもどろになってしまう。

 うわああ、もう、どうしようね、これ。

 悟空さん元気って事は、ドラゴンボールを回収しに行ってこのままフリーザ様と鉢合わせちゃうでしょ?

 

 そしたら悟空さんだけ超パワーでフリーザ様と渡り合うでしょ、それ見てベジータは瀕死復活しようと思うかな……心折れちゃわないかな……?

 ていうかピッコロさん呼ぶ必要なくなって、ネイルと同化できなくて、セル戦とかブウ戦とか力の大会とかで戦力にならなくなって……。

 

「ふう……」

「あ、おい、大丈夫か?」

 

 なんか、熱出てきたかもしんない……。

 立ち眩みによろめけば、悟空さんに腕掴まれて支えられた。

 

「っ……!」

「あ」

 

 ぞわわっ! と総毛立つ。

 やっちまったって感じの悟空さんの表情を最後に、俺の意識は飛んだ。

 

 

 

 

 目が覚めたらメディカルポッドに入れられてたんだけど、なんで?




TIPS
・チェンジ
ナシコは不意打ちに弱い。
でもサイヤ人だってみんなそんな感じだししょうがない。

・メディカルポッド入り
頬ひっぱたいても目を覚まさない面倒な女は仕舞っちゃおうねってベジータの提案で叩き込まれた。

・悟空
近づくと発汗・動悸・息切れ・目眩を起こし、万一接触すると崩れ落ちる面倒くさい女に好かれている。
宇宙船内ではジッ……と物陰から見られている事がしばしばあるのには気付いていたが、視線を向けると気配ごと消えるので気にしないことにしていた。

・ギニューとジース
ナメック星原産の植物。
時々「ギニュー!」とか「ジース!」とか鳴く。
水を与えると喜ぶ。

・ナメック語の書かれた名刺
ミミズののたくったような不可解な線がめちゃくちゃに引かれている。
解読不可能。

・忘れてた戦闘力表記
ナシコ 100万(転移当初)→78万(ぐーたら時代)→138万(アイドル時代)→258万(神精樹の実を食べる)→400万(潜在能力解放)
 4000万(10倍界王拳)
 8000万(20倍界王拳)

ラディッツ 1500(地球襲来時)→1606(瀕死からの復活)→2082(瀕死からの復活)→2668(瀕死からの復活)→3200(瀕死からの復活)→5880(超神水を飲む。瀕死からの復活)
 →6389(瀕死からの復活)→7700(瀕死からの復活)→5万9072(宇宙船で修行)
 →33万(潜在能力解放)
 330万(大猿化)

ターレス 5万7000(地球襲来時)→20万7880(神精樹の実を食べる)35万9200(神精樹の実を食べる)
    →40万(瀕死復活)→40万6300(宇宙船での修行)
    406万3000(大猿化)

孫悟空 300万(復活)
    6000万(20倍界王拳)

ベジータ 53万くらい(瀕死復活)→130万(瀕死復活)


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第二十話 怒りのフリーザ

「うおあああ!」

 

 雄叫びをあげた一人の戦士が、光の圧を纏い帝王へと殴り掛かる。

 並の相手なら粉微塵に吹き飛ばす拳も、首を傾けて躱した帝王──フリーザにしてみればそよ風を起こす程度のものでしかない。

 

「ぎっ!」

「しつこいですねぇあなたも」

 

 フリーザの正面から拳と蹴りの乱打を浴びせかけるターレスと挟み撃ちになるように、帝王の背後を取ったラディッツは、しかし鼻面を裏拳に潰されるのに弾き飛ばされて地に激突した。

 

「ずああ!」

 

 入れ替わりにナメック星人唯一の戦士(タイプ)であるネイルが攻撃を仕掛ける。

 鋭い手刀が空気を裂いて悪しき者の首を断つ。

 

「ふむ、やはりこの程度ですか」

「がっ……あ!」

 

 ──断ち切るつもりであった。

 だが現実は、攻撃をしかけたネイルの手があらぬ方向に折れ曲がるという結果に終わる。

 ターレスの拳を掴み取り、捻り上げ、その腹に膝蹴りを加えてから手を放す、その一連の動作を埃でも払うかのような気軽さで終わらせたフリーザは、ネイルを振り返って微笑んだ。──粘着質な悪意のこもった笑みだ。

 

「おやおや、これは失礼……ちょっと首に力をいれてみただけなのですがね」

「ぐ、お、お……!」

「うん?」

 

 腕を押さえて苦しんでいたかと思えば、自分でその手を引き千切るという理解しがたい光景を見て、フリーザは眉をひそめた。恐怖で頭がどうにかなってしまったのか? つまらない……これでは暇つぶしにもならないじゃないか。

 

「ぬ、お!」

「ほう? そうか、再生できるんでしたねぇ」

「ちぃっ……」

 

 口元に指を添えて興味深げな視線を送る帝王に、ネイルは冷や汗を浮かべて構えを取った。

 今の再生でかなりの体力を消耗してしまった……。このままでは到底、戦いにもならないだろう。助勢してくれる戦士が二人もいる事が救いだった。

 

 もっとも、ネイルの目的はフリーザを倒す事でも、ましてや一矢報いる事でもない。

 できる事なら、やられてしまった仲間達の想いをかけて一撃でも加えてやりたかった。だが、予想以上に彼我に力の差があったのだ。

 これでは時間稼ぎという目的を果たせるかも怪しい……フリーザが本気を出せば、ここにいる三人ともが一秒もせず殺されてしまうだろうからだ。

 

(あなど)らせねば……! く、悔しいが、それしか方法はない……!)

 

 歯を噛みしめ、余裕綽々のフリーザを睨むネイル。

 その向こう側。フリーザの背後に、紫の戦闘服を纏うサイヤ人が浮かび上がって来た。

 

「わからないですねぇ。どうしてあなたたちサイヤ人は、そう死にたがりなのか……」

「さてな……」

 

 微笑とともに投げかけられた言葉に、口の端から垂れる血もそのままに不敵な笑みを浮かべるターレス。

 彼とてこのままではあっさり殺されてしまうのはわかっている。

 だが、無謀とも思えるこの戦いは、どうにも血を滾らせて仕方ない。

 

(これもサイヤ人のサガか……こんな無様な戦いにしねぇように力を蓄えていたってのによ)

 

 ターレスは、冷徹無情なサイヤ人の中でも一層冷静なタイプだった。

 勝てない相手にがむしゃらに向かっていくなど決してしない。

 虎視眈々と機会を窺い、力を蓄え、来るべき時に──討つ。

 確実に、堅実に、勝てる戦いのみをするサイヤ人だった。

 

 だがこうしていざその状況──無謀な戦いの渦中に飛び込んだとなると、流れる血潮は沸騰したように熱く燃え、脳からはドバドバと快楽物質が溢れて止まらない。

 

「だが……その本能を上回る恨みが貴様にはあるのだ」

「恨み、ですか。それはそれは」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑うこの怪物こそが数多の同胞を殺し、母星を滅ぼした張本人だというのを、ターレスは今の主に教えられずとも知っていた。隠そうともしないその所業はとっくに調べがついていたのだ。

 だからフリーザを倒すために、禁断の果実に手を出した……。

 敵討ちのためではない。

 ただただ、落とし前をつけさせるためだけに。

 

「あなたの顔を見ていると無性に腹が立って仕方ありません……ここいらでこのお遊びもおしまいにするとしましょうか」

「へっ」

 

 後ろで組んでいた手を解いたフリーザに、ぶるりと身を震わせるターレス。

 何度やっても同じだ。今のままじゃ絶対に勝てない。

 だから、奥の手を使う事にした。

 

『ナシコさえ戻ってくればどうにかなるかもしれんぞ。……戻ってくるとは思えんが』

 

 不意に戦いの中でラディッツが零した言葉を思い出す。

 付き合いが浅いのに、なぜかその通りだと思えて仕方なかった。

 

 まったく自由奔放なご主人サマだ。宇宙船内では「みんなでフリーザ様やっつけよー、おー!」などと音頭を取っていたにも関わらず、この星に来てからのあの態度……。

 明らかに何も考えていない者の傘下に下ってしまった事を大いに後悔しつつも、ターレスは口の端を吊り上げた。

 それもまあ、悪くはない。今までにない刺激だ。

 

 ──さあて、醜い化け物になるとするか。

 

「ラディッツ!」

「ちぃっ、仕方あるまい!」

 

 すでに復帰して機を窺っていた同胞へ"フリーザの気を引け"と言外に投げかけたターレスは、大きく距離を取ると、右手に気を集中させた。

 

「太陽拳!」

「なっぐっ!?」

 

 ラディッツの放つ強烈な光から空へと視線を逃したターレスが気弾を放る。

 

「弾けて!」

 

 きぇぇ!

 気合い一声(いっせい)、両の肘打ちをラディッツが叩き込めば、追随したネイルが延髄蹴りを見舞い、帝王を地へと吹き飛ばした。

 

「混ざれ!」

 

 パワーボール。限られたサイヤ人が作り出せる疑似満月。

 それは空で膨れ上がると、三つの太陽に仲間入りを果たした。

 

「ぐ、う、お……!!」

「う、ぐ、ぐ……!!」

 

 変化はすぐに起こった。

 パワーボールを目にした二人のサイヤ人が、鼓動と共に大きく身を打ち震わせ、変貌していく。

 肌は硬質な毛で覆われ、双眸は赤く光る。

 何倍にも巨大化した体は、相応のパワーを秘めているのだ。

 地響きと共に、二体の大猿が地に下り立った。

 

『グオオオオ!!』

 

 大猿と化したターレスの雄叫びが大地を震わせる。

 その強大な戦闘力は、今のフリーザを大きく上回っている。

 土埃を跳ね除けて飛び出してきたフリーザもそれを肌で感じているのだろう、これまでの余裕の仮面を脱ぎ去り、忌々し気に二匹の猿を睨み上げた。

 

『ガアッ!!』

「おっぐっ……!!」

 

 ファーストヒットは大猿だった。大振りに見えて恐ろしい速度を持つ拳がフリーザの体を殴りつける。

 防御に回された腕はミシミシと音をたて、明らかに許容以上のダメージが入っている。

 それでも、一瞬の拮抗があった。だがそれだけだ。もはや数倍も戦闘力の差があれば、フリーザに勝機はない。

 

「ぬ、ぐ、舐めるなッ!!」

 

 そのまま地面とサンドイッチされるかと思われたが、すんでのところで抜け出したフリーザは、怒りのまま指を突き出した──瞬間に、背から突き上げられるように殴りつけられて空へと跳ね上がった。

 

「ガハッ……!」

 

 プロテクターからボロボロと欠片が零れ、白目を剥いた帝王が滞空する。重力に引き寄せられるまでの僅かな時間。

 トドメを刺すのには、それだけの時間で事足りた。

 

「────!」

 

 はっとフリーザが意識を取り戻した時には、大猿がその口から放った光線が迫っていて。

 

「こ、のっ!」

 

 咄嗟に突き出した腕は極大光線を留める事すらできず、腕を、一瞬後に全身を飲み込んだ。

 彼方へと光線が飛んで行く。

 やがてそれは、音もなく緑の空に溶けて行った。

 

 ──……。

 あれほど肌で感じていた大きな気配が、消えた……。

 

「……なんという事だ。まさか、倒してしまうとはな」

 

 あれほど強大かつ邪悪に思えた存在のあっけない幕切れに、空の彼方に目をやりながら深く息を吐くネイル。

 どうあれ、一番の脅威は去ったのだ。残された任務は最長老の警護と同胞達の復活のみであった。

 

「お前たち、経緯はどうあれ」

『グオオオ!』

 

 義理堅く、共に戦った二人へ礼を言おうとしたネイルは、横殴りの拳に反応できないまま殴り飛ばされ、地面に激突した。そのまま何メートルもの距離を地を削りながら進み、止まった時には、すでに意識を失っていた。

 

『グオオオオ!!』

 

 ドコ、ドコ、ドコ。ドラミングの音が重なって響く。

 ──下級戦士である二人は、大猿になると理性を失ってしまうのだ。

 ナメック星の脅威はまだ去っていなかった。このままこの二匹が暴れ回れば、遠からず辺りは焦土と化すだろう。

 

 だがこうでもしなければフリーザは倒せない相手だった。ナメック星人には迷惑な話だろうが……もはや、二匹を止めるすべはない。

 いや、ナシコさえ戻ってくれば、この二体とも活動停止に追い込めるだろうが、あいにく彼女も意識を無くし、治療ポッドに押し込まれている最中だ。

 

 もはや二人の暴走を止められる者はいない──。

 

 

「まったく、今のはさすがのボクも焦ったよ」

『!』

『ガ……!?』

 

 一陣の風が吹き抜けた。

 突如として現れた気配に振り向いた二人は、そのまま金縛りにあったように動けなくなってしまった。

 

「ふふ……ゴミムシどもめ」

 

 消し飛ばしたはずの帝王が舞い戻っていた。

 白と紫からなる小柄な肉体には傷一つなく、そしてさらに強大なパワーを伴って……!

 

 あまりにも桁外れに膨れ上がった戦闘力を本能でキャッチした二体は、天敵に睨まれた被食者そのもの。

 頬を伝う冷や汗以外に動かせる個所など一つもなく、にまりと笑ったフリーザが無造作に飛び込んでくるのに反応さえできなかった。

 

『──ッ!!』

 

 巨躯に合わせて伸びたプロテクターなど紙のように千切れ飛び、僅かに浮き上がった大猿の背からフリーザが飛び出す。

 腹に風穴をあけられた大猿ターレスは、力なく倒れ伏すと、みるみる縮んで元の姿へと戻っていく。

 

「ほうら」

『ゴッ!?』

 

 同時に後ろ首に肘を突き込まれた大猿ラディッツも倒れ伏し、立ち込める砂ぼこりの中へ姿を消していく。

 それを眺めるフリーザは、腕を組み直し、少し離れた場所へと下り立った。

 

「さて、まだ生きているといいんだけどね」

 

 さらに削れた地面へと下り、その先に横たわるネイルの姿を認めたフリーザは、その背が微かに上下しているのに笑みを深めた。

 野蛮な猿共のせいで危うくドラゴンボールの使用方法を知れないところだった。

 そう考えるとふつふつと苛立ちがわいてくるが、もはや些細なこと。

 まずは不老不死の願いを叶え、その後にサイヤ人を皆殺しにする。

 

「……」

 

 伝説のスーパーサイヤ人……。

 そんなものは信じていないが、自分に最終形態(この姿)まで出させるとは、やはりサイヤ人とは忌々しく、危険な種族だった。

 だがもう、気に病む事は無いのだ。ゴミ掃除もようやく終わりを告げる。これからは気持ち良く眠れるようになるだろう。

 

「フリーザーーーーッッ!!」

「!」

 

 ごう、と吹き抜ける風に歩みを止めたフリーザは、目を丸めて振り返り、地上に立つ影を見上げた。

 血濡れのサイヤ人。腹に空いた穴を塞ぐように腕で庇う、死にぞこない。

 光を背にしたその姿にチカチカと明滅するもの──既視感を抱きながらも、フリーザの目は据わっていく。

 この、死にぞこないの、薄汚いサルヤロウが……!

 

「こいつで──」

 

 跳び上がったターレスが振り上げた両手に紫の気弾を作り出す。

 全ての生命力を集めた、まさに最期にして最大の攻撃。

 

「──くたばりやがれーー!!」

 

 気合いのみで作り出した死力の一撃が、渾身の力で放たれた。

 迫る光に、フリーザは動かない。

 

「キェエ!!」

「っなに!?」

 

 光弾がぶつかる、本当にその直前。振り返りざまにフリーザが放った光線はターレスの気弾を飲み込み、そのままターレス諸共吹き飛ばした。

 

「……ふん」

 

 煙が晴れ、腕を下ろした後も暫くはターレスの立っていた場所を見ていたフリーザだったが、時間が惜しい事を思い出したのか視線を切り、ネイルの下へ歩み始めた。

 

「……ん? なぜ空が暗く……?」

 

 足を止めたフリーザが不思議そうに呟くのも無理はない。

 この星は常に日が出ていて夜が無いのだ。

 神龍が現れれば空が暗くなることを知らないフリーザには、この現象とドラゴンボールとを繋ぐことはできなかった。

 

「! なんだ、あの光の柱は!!」

 

 だが、神龍を直接目にしたとなれば話は別だ。

 光と共に現れた異形の怪物。そんな如何にもなものを見逃すほどフリーザは間抜けではない。

 

「おのれ、まさかあれがドラゴンボールの正体……!? こ、このフリーザを出し抜くなど許さんぞぉー!!」

 

 暴風を撒き散らし、フリーザが飛び立つ。

 後には、斃れた戦士達が残るのみであった……。




・サイヤナメック連盟
全滅。

・既視感
疑似父子リベンジマッチ。

・最期の一撃
ファイナルカラミティブラスター。


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第二十一話 とびっきりの最強、現る

「星は壊せても……たった一人の人間は壊せないようだな……」

「なっ……あっ、こ……!! ばかな……!?」

 

 悪夢だった。

 

 フリーザは、今まで生きてきて一番の恐怖を感じていた……。

 恐れていた超サイヤ人が現れた……それが、明らかに自身の力を超えている。

 怒りがあり、屈辱があり、何より恐ろしかった。

 

「な、なにものだ……」

 

 勝手に慄き仰け反る体から、独りでに言葉が零れる。

 不敵に笑う超サイヤ人は──次にはMAXパワーになっていた。

 

「超サイヤ人、孫悟空だーーっっ!!」

 

 フリーザの視界いっぱいに黄金の光が溢れる。

 反応する間もなく顔を殴り抜かれていた。限界まで伸びて千切れそうな痛みを発する首に、それでようやく殴られたのだと気づく。

 瞬間的にスローになっていた体感時間は、一回転しながら距離を取った時には平常に戻っていた。

 

「ぐくっ、ぐうぅ……! …………、……。」

「……」

 

 わなわなと震える体を抑え、乱暴に口元を拭ったフリーザは、荒れ狂う体内とは裏腹に笑みを浮かべてみせた。

 笑わずにはいられなかった。

 この力、確かに超サイヤ人のようだ……伝説に謳われた、密かに恐れていた……あの!

 ありえない。ありえるはずがない。あってはならない……宇宙一である己を超える存在が現れるなど……!

 

「終わりだ、フリーザ」

「!!」

 

 静かに告げられた死刑宣告に、保てなくなった笑みを歪め、僅かに後退するフリーザ。

 もはや、戦意を失うその一歩手前まできていた。

 強い怒りで屈辱や恐れを塗り潰す段階はとうに過ぎた。

 

 がむしゃらに攻撃を繰り返し、通用しないことをまざまざと見せつけられて。

 もはや、認めるほかなかった。

 この忌々しいサイヤ人こそが、自分を置いて、本当の宇宙一なのだと!

 

「ふざけ──ッ……?」

「──! なんだ、この気は……!?」

 

 もうこれまでだ!

 そう胸中で叫んだフリーザが、あたかも降参するように両手を上げようとしたその時、遠方で巨大な気が膨れ上がった。

 平時ならばなんら恐れるはずのない些細なものに、だが、ビリビリと肌で感じさせるそれに、フリーザは釘付けにならざるを得なかった。

 気の正体はすぐにわかった。

 

「なんだ貴様は」

 

 黒い光を纏った存在が乱入して来たのだ。この突然の闖入者に先んじて声をかけた悟空は、光が散り、その姿が明かされると僅かに目を見開いた。

 

「お前……ナシコか?」

「…………」

 

 彼女は何も答えない。冷たく強い風が吹く中に腰ほどまでの黒髪を散らばらせるのみだ。

 だが場違いなお洒落着に身を包むその姿は……間違いなくナシコだった。

 

(──違う)

 

 だが悟空は、否と断じた。

 それは何も、普段はおどおどとして泳いでいる目が細められ、凍てつくような視線を送ってきているからでも、その唇が引き結ばれているからでも、偉そうに腕を組んで浮いているからでもない。

 

(ナシコは、こんな邪悪な気を発する奴じゃねぇ……!)

 

 背筋がぞわぞわとするような、根っからの悪人が放つ気配を、目の前のナシコは持っていたのだ。

 数瞬混乱した。

 なぜそんな気に満ちているのか。なぜここへ現れたのか。なぜナシコなのか。

 どれ一つ理解できない状況だった。

 

「何者だっ!!」

 

 額に青筋を浮かべたフリーザがほとんど裏返った声で怒鳴り散らす。

 今の帝王にはどんな些細な事でも癪に障る事象だった。

 この、意味のわからない地球人らしき女の登場はフリーザを切れさせるには十分だった。

 

「この兄がわからんとは愚かな……まあ、無理もない」

「!!」

「……?」

 

 くっと口角を上げたナシコが口を開けば、常日頃の華のような声はなく、聞こえてきたのはフリーザのものと極めて似通った声だった。

 まさか! 驚愕と共に目を見開く。ありえない予想に憑りつかれたフリーザは、完全にナシコへと体を向け、腕を振って叫んだ。

 

「きさまは……クウラ!?」

「手こずっているようだな。たかだか猿一匹如きに」

「クウラ……? フリーザの兄だと……!?」

 

 戸惑う悟空に翡翠の目が向けられる。

 宇宙船の中で、ただ一度だけ交差した事のあるその瞳にナシコの意思があるかは読み取れない。

 その奥底から悪の気が溢れているのみだった。

 

「そんなはずはないっ!! 貴様がここにいるはずはないんだっ!!」

「何を驚く事がある。お前がこんな所でのうのうと遊んでいるうちに、オレは力を手に入れただけのこと」

「ち、力だと!?」

「フ……瞬間移動だ。この技は惑星間でさえ瞬時に移動できるのだ」

「そんなものが……!? だが、な、なぜここに……!? それにそ、その姿は……!?」

 

 超能力でさえそのような事は行えない。俄かに信じがたい言葉だ。それに不可解なのはその姿。

 フリーザの兄クウラは、決して地球人の女のような体を持ってはいない。フリーザの最終形態と非常に似通った姿をしていたはず。

 その疑念が強いのは悟空の方だろう。仲間と言える彼女が何故フリーザの兄を名乗るのか、皆目見当もつかなかった。

 すい、と自然な動作で横髪に指を通し、耳の後ろへ退けるナシコ。それが強烈な違和感を悟空へ叩きつけてきた。

 

「オレは」

 

 二人の視線を受けて目を伏せたナシコ……否、クウラがその驚くべき経緯を語る。

 

「究極の力を手にして破壊神ビルスを打ち倒した」

「は、破壊神……!? 破壊神だとっ!!」

「……?」

 

 破壊神ビルス……?

 悟空にはなんのことだがさっぱりわからなかったが、フリーザには心当たりがあるらしい。

 口走った内容──『パパに聞いた事がある。魔人ブウと破壊神だけには手を出すな、と……!』──を聞けば、それがフリーザでさえ恐れるような存在である事は窺えた。

 

「だが奴は今わの際にこのオレの肉体を破壊しつくした。オレは宇宙を彷徨った……だが幸運にも、機械惑星ビッグゲテスターと出会い融合できた……」

 

 すっと開かれた双眸が紅い光を浮かべる。

 それはどこまでも攻撃的で、冷徹な色だった。

 

「オレは甦った……ビッグゲテスターの高度な科学力によって……中枢コンピュータの選んだこの女の肉体を奪って!!」

「……!」

 

 だから、こうして愚かな弟の見物に来たのだと、クウラは言った。

 そんな事ができるのか……! 荒唐無稽にも思える話は、しかしこれ以上ない現実味をもって語られたのだ。

 ──一瞬、自分の身をもそうして容易く奪えるものかと警戒した悟空とフリーザだが、それ以前にどうにもクウラはこの戦いに手を出すつもりがないようだ。

 

「惑星ベジータをお前が滅ぼしたあの時……密かに辺境の惑星へ向けて打ち出されていたポッドをお前は見逃した。それが今、巡り巡ってこうしてお前の首を絞めている……お前が甘いからだ、フリーザ」

「こ、のっ……!」

 

 嘲笑うように事実を並べ立てられ、フリーザは激昂しかけた。

 だが戦うべき相手を間違えるほど我を失ってはいなかった。

 腹立たしいが、非常に腹立たしい事だが……この状況であれば、いかな超サイヤ人が相手であろうと、フリーザに負けはなくなった。

 必ず孫悟空は死ぬ。フリーザ一族の手で。

 

「言っておくが、オレは手を貸しはしない。自分で撒いた種だ、自分の手で刈り取れ」

「言われ無くとも……!」

 

 もっともクウラに手を出す気がない以上、フリーザ自身の手で決着をつけなければならないのに変わりはないが、負ける気は微塵も無かった。

 

「ふ……ふっふっふ。……では、続きを始めようか?」

「…………貴様ら」

 

 予想外の者の登場に冷静さを取り戻したフリーザとは反対に、凪いでいた悟空の気が荒れ始めている。

 握りしめた拳はわなわなと震え、噛みしめた歯に怒りが見えた。

 

「どれほど命を弄べば気が済むんだ……許さんぞ貴様らーッッ!!!」

「おお、怖い怖い」

 

 数日とはいえ寝食を共にした者の変わり果てた姿に、理性では抑えられないほどの怒りがわき上がる。

 ナシコはおかしな奴だった。だが悪い奴ではなかった。変な奴ではあったが、人々を笑顔にするために日々頑張っているのだと嬉しそうに語っていた……。その体をあっさりと奪い取るなど……そしてそれを、この手で打ち砕かなければならないなど……!

 

 ──あの時。

 神龍を呼び出し、願いを叶え、フリーザが現れ……いつの間にか姿を消していたナシコを、もっと気にかけておくべきだったのだ。

 "ナメック星のドラゴンボールでは多人数を生き返らせる事はできない"と教えてくれた。色々な事を知っているんだなと褒めれば嬉しそうに照れていたあの少女の無念を思うと、とてもではないがやりきれない。

 

 無情に殺されていったナメックの者達。

 自分に想いを託して死んだベジータ。

 渦巻くようにそれらが悟空の中を駆ける。

 

「────!!」

 

 ブチンと、何かが切れた。

 額の奥にじんわりと熱いものが広がっていくのを感じながら、悟空もまた冷静さを取り戻した。

 何故かはわからない。あまりにも大きな怒りに、一周回って何も感じなくなってしまったのかもしれない。

 だがもう、こいつらがどれほど謝ろうが許す気になれないのだけは確かだった。

 

 悟空がブレる。

 同時にフリーザがくの字に折れ、強烈なボディブローを食らわせた体勢の悟空がいた。

 

「ゴハッ……!」

「っ!」

 

 腕を引き抜かれれば、その個所を庇うようにして逃れようとするフリーザへ、膝と肘による挟撃が見舞われる。鋼鉄でも打ち抜いたような音が響き渡り、弾かれたフリーザが宙を舞った。

 冷静さを取り戻したところで、力の差が覆った訳ではなかった。

 フリーザは、超サイヤ人孫悟空についていけていなかった。

 

「お、お、おのれ~~ッ! こ、こうなったら見せてやるぞ!! 100%の力を!!!」

「…………、……なぜ今になってフルパワーを?」

 

 互角に渡り合うには、もはやそうするしかないと見て全身を強張らせ力むフリーザ。

 全力を出せば自分の身が持たないのだろうという悟空の言葉は図星だったが、反応はしなかった。

 できればこの力は隠しておきたかった……兄、クウラの前で全力を出すなどサイヤ人にコケにされる事にも勝る屈辱だった。

 だがもはや四の五の言っていられる状況ではないのだ。超サイヤ人などこのフリーザの敵ではないという事を証明してやる……! 思い知らせてやる!! 本当の宇宙一が、誰なのかを!!

 ──……そして、孫悟空を滅ぼした後は……クウラ、貴様も殺してやるぞ!!

 

「う、お、おおお……!!」

「! すげぇ気だ……体中にパワーが充実していく……そいつが貴様の隠していた真の実力という訳か」

「っひひひ……!」

 

 85%……90%……93%……。

 この上なく全力でフルパワーへの道筋を辿りながら、フリーザは口の端を吊り上げた。

 怒りを秘めながらもどこか自分の全力を待ちわびているようにも見える孫悟空の、その愚かさを嘲笑ったのだ。

 

「ぬぅあああ!!」

 

 瞬間、爆発する。

 フリーザを中心として吹き荒れた風が地上や海面にまで届き、そこかしこで暴れ回る。

 これが全宇宙一の実力……! フリーザ様の、本気の本気……!

 

「待たせたな……! こいつがお望みのフルパワーだ……!!」

「……とことんやろうぜ、フリーザ」

 

 右腕を前に、半身になって構えながら、悟空はクウラを窺った。

 奴に動く気配はまだない。……だが言葉通り手を出してこないなど、悟空は信じてはいなかった。

 

(必ず奴とも戦う事になる……。だが力を温存して戦うのは無理だろうな)

「どうした? 仕掛けてこないのか? え? このオレが恐ろしいだろう、超サイヤ人……フッフッフ!」

 

 体を揺らして笑うフリーザに呼応してか、悟空もまた笑みを浮かべた。

 それはサイヤ人の闘争本能がもたらしたものか。それとも滅多にない、最強の敵と戦う事への歓びか……。

 

 なぜか遠い地上のそこかしこに現れ始めたナメック星人達の気配と、頭の中に響き渡る界王の文句を脇に退けつつ、バッと両腕を広げて下ろした悟空は、芯から気を引き出して最大まで解放させた。

 

 

 

 

「はーッ……! はーッ……!」

「……」

 

 戦いは地上へと移り、激しい攻防の後に再び空へと戻った。弾かれ合ったままの距離で対峙する両者の優劣ははっきりしていた。

 

 フルパワーのフリーザは、まさに驚異的であった。

 これまでのどのような敵よりも強大で、超サイヤ人に覚醒した悟空でも、一筋縄ではいかない相手だった。

 だが。

 

「やめだ」

「……!? ……な、なんだとっ!? や、やめとは、どういうことだっ!!」

 

 こうして戦ってみてわかった。

 やはりフリーザは、自分の実力に驕り、ロクな修行もしてこなかったようだ。そこかしこに隙があり、武道を修めてきた悟空とでは地力に差がありすぎた。

 さらに今、悟空にはなんの時間制限もなく憂いも無い。

 焦る事のない的確な戦いはサイヤパワーのあますことなく全てを出し切り、フリーザを叩きのめした。

 

 息も荒く自身を睨みつける帝王には、もはや覇気などないと悟空は感じていた。

 どころか、このパワーに怯え、逃げ腰になり始めている。やぶれかぶれの攻撃ばかりを繰り出すようになったこのフリーザを倒してもむなしくなるだけだ。

 

「今の怯え始めた貴様を倒しても意味はない……」

 

 わななくフリーザは、最初こそ気が充実して恐ろしい力を持っていたが、戦ううちにどんどんと戦闘力を落とし、今や50%の力さえ下回ろうとしている。

 対して悟空は未だにフルパワーを発揮できる。怒りの感情で底上げされているのか……やろうと思えば、さらに力を引き出す事もできそうなくらいだった。

 

「ショックを受けたまま生き続けるがいい……ひっそりとな」

「な、あ……、……」

 

 フッと、孫悟空が気を抑えた。超化が解け、纏まっていた髪がばらけて揺れる。

 刃のように研ぎ澄まされていた雰囲気も、常のものに戻った。

 

「おい、おめぇもわかっただろ。おめぇじゃオラには勝てねぇ。こいつを連れてとっととこの星から出ていけ!」

「……」

 

 地上で不気味な沈黙を保つフリーザの兄、クウラも、その潜在パワーを探ってみれば、やや消耗した今の状態の悟空でさえ容易く倒せる相手だとわかった。

 伊達にフリーザが宇宙一を名乗っていた訳ではないらしい。クウラの実力はフリーザに劣るようだった。

 これならば二人いっぺんに相手をしたとして悟空に負けはない。

 だが、これ以上無駄な戦いを続ける気にもならなかった。

 

 今の悟空の胸にあるのは、クリリンを失った悲しみだけだ。

 ナシコの肉体はドラゴンボールに願えば取り返せるだろう。

 だが、クリリンは、どんなに願ったところでもう二度と甦る事はできないのだ……。

 

「ふ……ざけるな……!」

 

 充血しきった目を見開くフリーザは、自身の意思とは無関係に震える両腕を天へと向けた。

 こんな結果があるはずがない。このオレが負けるはずはないんだ……!!

 その一心が、無茶苦茶な行動をフリーザにとらせたのだ。

 

 両手の先に球状の気弾が生まれる。

 凄まじい密度の気だった。それこそ、容易く星を破壊できそうなほどに。

 

「やめとけ。そんなパワーじゃ今のオラの相手にはなんねぇ」

「ふ……ふっふっふ。き、きさまに殺されるくらいなら、お、オレは自らの死を選ぶぞ……!」

「……」

 

 普段ならば、命を捨てるまでする事はないだろうと諭しでもしたかもしれないが、とてもではないが、今の悟空にはそんな気にはなれなかった。

 だがら──反応が遅れた。

 

「この星を消す!!」

「! なっ──!」

 

 体ごと振り下ろされた両腕から放たれた気弾は、悟空が反応するよりずっと早く地上へと迫った。

 まさかこんな手段を取るとは思いもしなかったのだ。

 己か、はたまた騙し討ちに自分へ向けて放たれると思っていた。その狙いがどちらでもないこのナメック星だったなど……!!

 再び黄金の気を纏おうとももはや間に合わない。この一瞬だけ、悟空は情けをかけた己の甘さを恨んだ。

 

 ふと、デスボールの落ち行く先で、クウラがこちらを見上げているのに気づいた。

 組まれていた両腕が解かれ、跳躍体勢に入るのが、なぜだが鮮明に見えた。

 

界王拳(かいおーけん)っ!!」

「!」

 

 炎の如き赤い光を吹き上がらせてクウラが──否、ナシコが飛ぶ。

 蹴り返しでもしようとしたのだろう、足からデスボールへと突っ込んでいった彼女は、パワーが足りずに押し留める事さえできず、押し返され始めた。

 

「うぎぎ……! こんちきしょっ……落とさせてたまるかっ……!! うくっ、に、20倍……界王拳(かいおぉけん)っ!!」

 

 現状で駄目ならばさらにギアを上げればいいだけのこと。瞬間的に気が膨れ上がる。歯を食いしばった彼女の、それが全力だ。

 数値にして8000万に届くパワーが、どうにかデスボールを跳ね返す事を成し遂げさせた。

 

「な、な、なんだとォ~~……!!?」

 

 空の彼方へ吹き飛び、爆発した気弾の残した暴風の中で、フリーザは極度の混乱に陥っていた。

 起死回生の一撃を、なぜクウラが弾き返すのか。いや、今の技は、この孫悟空が使っていたのと同じもの……!!

 そこから導き出される答えなど一つしかない!!

 

「ク、クウラじゃない……!?」

「お返し、だよ!!」

 

 両手を張り合わせ、その中心に球形のエネルギーを作り出す彼女の声は、先程までのクウラのものではない、彼女自身のものに戻っていた。

 

「とおりゃー!」

「な! こっ、お!」

 

 高い音を引いて放たれたエネルギー弾は、フリーザが受け止めた途端に膨れ上がり、どんどんと押し上げて行った。さすがのフリーザも不意を打たれてこんなものを受けてはただではすまないだろう。

 

「こぉおおおお!!!」

 

 雄叫びとも悲鳴ともつかない声を発しながら遥か上空まで追い詰められたフリーザは、しかしエネルギー弾を蹴り上げる事でなんとか抜け出した。

 かなり体力を消耗したようで全身で息をしている状態だが、ダメージは入らない結果となった。

 最初からそれは勘定に入れていたのだろう、ナシコは大して驚いた風でもない。

 ただ、こうすること(ナメック星を守る)がなんとか成功して、安堵の気持ちでいっぱいだった。

 ふうっと大きく息をつき、額の汗を拭う。弛緩した顔は、どう見ても悪人面ができるような顔ではなかった。

 

「ごめんねー、主演女優賞頂いちゃえるくらいの名演技で! ──『追い詰められたお前が星を破壊しようとするのはわかっていた。フリーザも、まだまだ甘いな……!』……どう? 似てるっしょー? へへっ」

「ナシコ……おめぇ」

 

 これに驚いたのは悟空も同じだ。

 そっくりの声真似の話ではない。いや、宇宙船での生活で彼女が一人遊びとしてピッコロだろう声真似をしていたのを目撃した時は、あんまり似てないもんで笑い転げてしまったというのに、この短期間での声真似レベルのアップはどういう事だという驚きもあるにはあったが、今は関係ない。

 

 つい今の今まで、悟空はナシコがクウラに乗っ取られているのだと信じて疑っていなかった。

 頭から信じさせられるようなクウラの言動が原因ではない。ナシコが決して発するはずのない濃密な悪の気を纏っていたからこそ、悟空はナシコ演じるクウラを、フリーザと同類だと受け入れていたのだ。

 

 だが、自分達と同じ高さまで上ってきて、フリーザへ向けて両手ピースをマシンガンのように飛ばす彼女の様子を見れば、これまでの振る舞いがただの演技だったのだとわかった。

 

「やるじゃねぇか。おかげで命拾いしたぜ」

「あっ、あっいえあの、ごきゅ、……ごめんなさい騙しててっ!」

 

 敵を騙すにはまず味方からだとかを途切れ途切れに言いつつ、一転平謝りになる彼女に、悟空は細く長く息を吐き出した。

 今のは危なかった。戦意を失っていたフリーザに、完全に油断していたのだ。

 まさか星を己ごと吹き飛ばそうとしてくるとは。ナシコがいなければ、今頃どうなっていた事か。

 

「でもよく知ってたなあ、フリーザに兄貴がいるなんてよ。やっぱおめぇ物知りだな」

「あやっ、そ、それはその」

 

 なんとなしに呟けば、ナシコは大袈裟に手を振って変な声を発した。

 思えばフリーザの事も知っていたし、ナメック星のドラゴンボールの事も知っていた。発動条件も、願いの数も。

 

 気になるのは、さっきの気の質の変化だ。今のナシコは穏やかな善人のオーラを持っている。いったいあの変化はどういうものだったのか……ナシコという女性は、そうして考えると、どこまでも不思議な存在だった。

 

「こ、こ、このフリーザを……! ペテンにかけただとォ~~!!?」

「おお……フリーザ様おこった? おこった?」

「…………、…………。下がってろナシコ、こいつとはオラが決着をつける」

 

 シュッシュと繰り出すジャブや軽い言葉とは裏腹に、怒りを露わにするフリーザに引け腰だったナシコは、目の前を遮るように出された悟空の腕にきょとんとした。

 さっき「やめだ」と言っていたから、「もう戦う気はないんじゃないか」と思っていたのだが、フリーザの様子を見て納得した。ナシコの嘘でフリーザは怒り狂い、再び戦意を取り戻してしまったらしい。呼応するように辺り一面が振動している。ナメックの星が怯えているかのようだった。

 

 ガンガンと脳を揺さぶり危機意識に訴えてくる濃厚な殺意。それはナシコに怯えをもたらすより先に「手伝わねば!」と使命感を抱かせた。

 

「ぅあの、じゃあ、私も一緒……に」

 

 おずおずとしたナシコの提案は、悟空が黄金の気を纏った事で遮られた。

 そのまま肩を押されて乱暴に後ろへ追いやられるのに、ナシコは、触れられた箇所に手を当てて頷いた。

 ──そういう風に言う事はわかっていたのだ。なぜならナシコは悟空のファンだから。悟空の事はなんでも知っている。

 

 もちろんそういうのを抜きにしたって、悟空の言葉に背く選択肢は最初からナシコの中に無い。

 下がっていろと言われたなら下がってるしかないし、そもそも今触れられてしまったせいで果てしない程の緊張に襲われて体が鉄になってしまったみたいに硬い。

 同じくらいの歓びも体中を駆け巡っているから、手を貸したくても貸せなくなってしまった。

 

「手は出さないでくれ。頼む」

「…………はい」

 

 大きな背中越しに伝えられて、重ねた手を胸に押し当てたナシコは、瞳を潤ませて返事をした。

 今までの人生で一度だって出した事のないような蕩けた声。

 打撲や擦り傷でいっぱいの悟空の、その剥き出しの背中が、格好良くてたまらなかったのだ。

 子供の頃から憧れていた人だから、その感動は計り知れない。

 ツンと痛む鼻に、溢れそうになる涙と声に口元を押さえたナシコは、肩越しに自分を見る悟空からそうっと距離を取った。

 

「──……」

 

 不意にナシコの体が白い光に包まれて薄れてゆく。

 それはきっと、いつの間にかそこら中に現れていたナメック星人達の気配が、現れた時と同じようにいつの間にか消え去っていったのと同様の現象だろう。

 

 空が暗くなり、遠目に神龍が現れる。何が起こっているのかは、界王からの通信があった悟空だけが把握していた。

 

 あの時ナシコが神龍に頼んだ願いが今頃起こっているのだという。避難させた悟飯やピッコロに、ナメック星の人々は次々と地球に転移してきているらしい。

 だからナシコもまた、地球へと消えて行ったのだとわかった。

 まるで「一対一で最後まで戦わせてくれ」という自分の願いに応えるように、このタイミングで……。

 

「──サンキュー!」

 

 決着は近い。

 もう誰もいない背後へと感謝の言葉を投げた悟空は、光の柱に気を取られるフリーザへと向き直ると、光を噴出させて飛び掛かった。




最初から最終形態でフリーザが現れるシーンは
書いてみて、原作と大差ない展開になったので省略しました
カットでございます

TIPS
・ピッコロさん
せっかく生き返って同化までしたのに最初から戦力外通告食らったかわいそうな人

・ベジータ
復活してフリーザ第一形態三人分の戦闘力となりもはや余裕と構えていた
そのため不老不死を願わなかった事を後悔する事になる
急激にパワーアップしたりすると途端に調子に乗り散らかすサイヤ人の悪い癖である

・クリリン
画面外で爆破されてしまった
不遇である

・ナシコ
ナメック星崩壊を防ぐ事だけ考えていた結果、他がないがしろになった。
もっとも複数の物事を同時に考えられる頭はないので妥当な結果である。

・クウラ(ナシコ)
腕を組むとただでさえ鬱陶しい胸がさらに強調されてしまうので、実は腕を組むのを嫌っていたりする
ナシコの思うクウラっぽい表情とはしかめっ面なので、普段見る事のできないここだけのナシコが見られるのだ

・フリーザ
伝説の存在が牙を剥いた混乱につけこまれ、まさかの誤認
これには実兄も苦笑い

・お待ちかね100%
地味に最速

・マシンガンピース
秒間98ピース
効果音はしまままま

・邪悪なオーラ
アクセサリー。とてつもなくヤバい気配
それは孫悟空でさえ「怒った時のチチみてぇだ……!!」と心底震え上がらせた
悪者ごっこがしたい時に便利

・声真似
多種多様な声を発する事ができる技術
人をおちょくる時に使おう

・100%デスボール
これを蹴り返すためだけにナシコは色々と考えを巡らせていたようだ
俺がナメックの盾となる! そのためにはパンチラも辞さないのだ

・崩壊阻止
ナメック星「俺達は助かった……」
三つ子太陽「感謝する……」

・破壊神
なんか倒されてた事になってたネコ
寛大な心でゆるしてゆるして……


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第二十二話 ナメック星編、終結

 乾いた風が肌を撫でる。

 地球とは違う色の、でも優しい風。

 耳元を通り過ぎる音色にもそんな気質があって、ここに住む人たちも、これに包まれて育てば心穏やかに過ごせるんだろうなって、自然と思えた。

 

 トットン、トットン。

 心臓の鼓動。脈打つ音。

 

 胸に軽く押し当てて重ねた両手に、衣服越しに振動が伝わってきた。

 

『…………』

 

 ──私を振り返る、憧れのひと。

 

 怒りが露わになった逆立つ金髪に、厳しく冷たい眼差し。

 血の滲む口元をそのままに、鍛え抜かれた肉体もそのまま、あの人は私を見ていた。

 

 目が離せなかった。

 ドキドキが止まらなかった。

 

 この、胸のときめきは……アイドルとして、みんなに愛されて、みんなを愛している時とは違う……。

 かわいい自分になれる喜びでも、誰かに受け入れてもらえる嬉しさでも、認めて貰える安心とも違う。

 

 心の底から溢れて、あっという間に胸を満たして、この体を揺り動かし続けるきもち。

 すっごく熱くて、苦しいくらいいっぱいで、でも、それがうれしい。

 これは……なん、だろう……。

 

 強い風が吹いているのに、誰かが怒り狂っているのに、その時だけはまるで水底にいるみたいに静かで、そこには、彼と私しか存在しなかった。

 

 

 

 

「あれっ、あんた……ナシコじゃない?」

 

 気が付くと俺は、どこともしれない草原に立っていた。

 突然聞こえてきた声に驚くでもなくその出所へ顔を向ければ、ブルマさんが駆け寄って来ているところだった。

 どんどん近づいてくる彼女に、俺の視線もどんどん上向きになっていく。

 ついには目の前に立った彼女を見上げるまでになった。

 

「なんかちっちゃいけど、ナシコよね? なんでこんな所にいんのよ」

「……」

 

 肩に手を置かれて、ああ、答えなくちゃって思って口を開いた。

 でも、柔く開いた唇は言葉なんか紡いでくれなくて、ふっと息を吐くだけになってしまった。

 

「え? な、ナシコ、さん……なんですか? その女の子」

「ええ、といっても小さい頃の彼女なんだけど……よね?」

 

 ひょこ、とブルマさんの後ろから顔を覗かせる悟飯ちゃんと、やや後ろに立つピッコロさん。

 小さい……うん、俺、小さくなってる。

 じゃあ、願いが叶ったんだ。

 

 嬉しい……。

 嬉しいな。長年の願いが、ようやく叶った。

 やっと、元の自分に戻れた……そんな気がする。

 だっていうのに、今はちょっと違う気分に浸っていたいせいか、あんまり大きな感情は出てこなかった。

 

「あのガキ、どこか感じた事のある気だ……」

 

 ピッコロさんが呟くのが聞こえて彼の方を見る。そこでようやく、周りにたくさんのナメック星人がいるのに気が付いた。

 ……。良かった。みんな無事に転送されてきたみたいだ。

 

「……あんた泣いてんの? どっか怪我でもしたの?」

「え? あ、いえ、これはその……」

 

 膝立ちになって心配そうに手を取り腕を見たりするブルマさんには悪いけど、別になんともない。泣いてるつもりもなかったんだけど……。

 大急ぎで目元を拭って、怪我なんてないとアピールする。

 

「そ、良かった。しっかし妙よねぇ、急にこんな場所に出て、周りは知らない人ばっかりだし……あんたも縮んでるし」

「あの、それは、私が神龍にお願いしたからなんです」

「ええっ?」

 

 ただ疑問に答えようとして、怪訝そうに聞き返されるのに体が跳ねる。嫌な汗が胸の内を流れた。

 な、なんか変な事言ったかな……? うう。

 

「ちょっとちょっと、それってあんたもナメック星に来てたって事よね!」

「う、はい……」

「それは、うん。まあいいわ。でもね、私達みんなを生き返らせるためにあんな所まで行ったんでしょ! なんであんた自分のお願い事叶えちゃってんのよ!」

「あうあ、やめ、やっ」

「ぶ、ブルマさん、落ち着いてっ」

 

 肩を掴まれたままがくがくと揺さぶられるのに目が回っていれば、「違うんです」と悟飯ちゃんが止めに入ってくれた。

 ナメック星のドラゴンボールは3つ願いが叶えられること。そのうちの一つを、『この人()が心に思い浮かべる事を叶えてください』って内容にしてもらったこと。

 そうすることで複数の願いを一つに纏める事に成功したのだ。

 その後すぐにフリーザ様来ちゃったから、結局1つしか願い事は叶えられなかったんだよね。

 

「へぇ~、叶え方にそんな裏技があったのね。良い事聞いたっ!」

 

 へたりこんでしまった俺に代わって悟飯ちゃんが経緯を説明してくれれば、ブルマさんは怒り顔をしたり顔に変えてパチンと指を鳴らした。うわ、あくどい顔。

 でももう危機は去ったみたい……ふう。あ、ちょっと涙出てきた。

 

「なるほどな。オレが突然甦り、あの星に現れたのもお前の願いが原因ってワケか」

「あ、そういう事になるんですね。突然だったからびっくりしちゃったけど、ピッコロさんが来てくれて嬉しかったです」

「……ふん。足手纏いになっただけだがな」

 

 悟飯ちゃんのまっすぐな感情に、照れ隠しするみたいに目を逸らすピッコロ。

 ふふ、なんか微笑ましくなっちゃうな。すでに悟飯ちゃんにデレデレなピッコロさんの言う通り、それもお願いの一つ。俺がピッコロさんを生き返らせ、ナメック星へ呼び寄せたのだ。彼がネイルと融合できるよう、直接ネイルの傍に現れるような形で。

 

 ここら辺、ふわっと考えてただけなんだけど、神龍……ポルンガはしっかり考えを読み取ってくれたみたい。ピッコロさんはちゃんとネイルと一つになれたようで、基礎戦闘力がぐんと上がっているのを感じられた。

 あと、雰囲気がマイルドになっている気がする。元々のナメック星人の気質を取り戻した……みたいな?

 

「そんな抜け道知ってるならはやく教えてくれたら良かったのにぃ。ねぇね、他には何お願いしたのよ?」

「えと、あとはみんなの転移と、若くなるのと、あの、声真似できるようにとか……」

「ふーん、声真似……? なんでまたそんなものを……」

 

 それはー、あれです。直前のギニューとの戦いで他人の声で喋るのって楽しいなーと思って。

 ちょっとやってみなさいよ、と無茶振りされたので、どうか周りの視線が集まらないようにと祈りながら「オッス、オラ悟空!」と元気な挨拶をしてみた。

 

「あはは! 孫君そっくり!」

「ほんとにお父さんみたい……」

「気の性質までそっくりにできるのか……妙な技を覚えやがったな」

 

 三者三様の反応に、とりあえず否定的な反応はなかったので胸を撫で下ろす*1。ウケたみたいで何より……あああ、やっぱり視線が集まってる……! 恥ずかしい! 気配を消して地面に潜りたい……一緒に行きませんかー!

 実際に行動に移したら頭のおかしい奴になるので、てきとーに笑って乗り切る。

 笑顔って便利だよね……俺はこれであらゆる窮地を脱してきたのだ。

 

「あ! クリリンさん!」

 

 羞恥で真っ赤になりつつへらへらやっていれば、悟飯ちゃんが俺の後ろに笑顔を向けた。

 おお、どうやらクリリンも無事に生き返ったみたい? 振り返れば、戦闘服に身を包んだクリリンが戸惑いがちに自分の体を見回していた。

 なんか復活のタイミングずれてるのは、あれかな。結構欲張って色々思い浮かべてたせいで曖昧な叶い方しちゃってんのかな。

 それとも神様が何か言い間違えでもしたんだろうか。ちゃんと地球の神龍にも俺の願いを叶えて貰えるよう頼んだんだけど。

 

 なんにせよ、これで一件落着って訳だ。

 一息つき、膝に手を当てて立ち上がる。

 

「おーい!」

「?」

 

 スカートについた草を払っていれば、再会を喜びあっていた悟飯ちゃんとクリリン、ブルマさんが再び俺の所に戻って来た。

 一番前に出たクリリンが戸惑ったように手を出してきて、俺が反応する前に頭の後ろへ戻した。

 何その動作。こっちも手を出さなきゃいけないのかと思って動こうとしたせいで変にびくっとしちゃったんだけど。

 

「えー……と、ナシコちゃん……?」

「そうですよ、クリリンさん。……どうかしました?」

「いや、なんで小っちゃくなってんのかなーと……あはは。まあいいや」

 

 悟飯ちゃんと顔を見合わせた彼は、生き返らせてもらうよう神龍に頼んでくれてありがとう、とお礼を言ってきた。

 いや、そんな、お礼なんかされても困るんだけど……元々みんなそういうつもりでナメック星に行ったわけだし、たまたま俺がお願いしただけで……。

 

「それでも、ありがとな」

 

 ……まあ、そこまで言うなら素直に受け取っておこう。

 なんかめっちゃ照れ臭いので、服の裾を弄ってやり過ごす。

 いじいじ。

 

「ナシコ」

「あ、ラディッツ。ターレスも」

 

 声をかけられて振り返れば、二人が揃って立っていた。

 無事を喜ぼうとして、二人とも苦い顔してるのに首を傾げる。

 なになに、どしたの? ヘンな顔しちゃってさ。

 

「お前はまた一言もなく面倒な……いや、言ってもわからんだろうな。もういい」

「は? なにそれ。どゆこと?」

「知らん。後で思い知るのはきさまだというのだけは覚えておけ」

「……なんか生意気だよ、お前」

 

 よくわかんないけどイラッとしたので、寄っていって脛をけしけし蹴りつけてやった。

 ラディッツのくせにナマイキだ! 泣かしてやる、泣かしてやるっ。

 

「やめんか馬鹿者!」

「うぎゃー! 離せー!! 服伸びちゃうでしょー!!」

 

 襟首引っ掴まれて持ち上げられるのに猛抗議する。この服ブルマさんに選んでもらったやつなんだぞ! よれよれになったらどうすんの!

 

「そら」

「ちょっ……と! もー!」

 

 こうなりゃ腕に噛みついてやる、と口を開いたところで放り投げられた。

 着地は容易かったけど、なに今の荷物みたいな扱いは。すっごく心外!

 この全てにおいてパーフェクトなボディに傷がついたらどうしてくれる! ……責任とってスイパラ奢ってよね。甘味が我が肉体を修復するのだ……!

 それはそれとしてめちゃんこ怒ったのでお説教タイム!

 

「コントはその辺にしとけ。そこのナメック星人が聞きたい事があるとよ」

「うん?」

 

 たくさん文句を言おうと息を吸い込んだところで、何やらターレスが言うのに視線を向ければ、たしかに複数人のナメックの人達が話しかけたそうに窺っていた。

 おっとっと、これはいけない。はしたないとこ見せちゃった。

 ラディッツのせいで乱れてしまった服を整えつつ駆け寄って行く。

 

「なんでしょうか」

「……まずは、ナメック一同を代表して、感謝いたします」

「はえ?」

 

 先頭に立つ代表らしき老人に、小首を傾げる。

 なんでお礼されたのかわかんない。俺なんかしたっけかな。

 

彼奴等(きゃつら)に殺された同胞、全てが無事に再会を果たせました……」

「あ、そっか。そうなんだ、それは良かったです」

「ええ、本当に」

 

 頭を下げられるのに、それで合点がいった。

 心の中に浮かべたたくさんのお願い事の中には、彼らの転移の他にも、フリーザに殺されたナメック星人達の復活もあったのだ。

 ああ、そうそう。ちゃんとベジータが殺してしまった人達も復活させた。抜けてる抜けてるとよく言われる俺だけど、さすがにそういうのを忘れたりはしない。神精樹によって傷ついた人達はもちろん、ナメック星人達もこうして全員無事というわけだ。

 

「それで、なぜ我々をこの星に……?」

 

 あれ。それ、把握してないんだ?

 最長老様とかから聞いてない?

 ……聞いてない、と。

 先程寿命で召された、前最長老様も大変戸惑っていらっしゃったのだとか。

 それは悪い事をしたな……。

 

『それはお主がま~~~~~~~~ったくなんにも説明せんからじゃ!!』

「ほわーっ!?」

「!? ど、どうなされました!?」

 

 かかか、界王様!? ちょ、いきなり話しかけるのやめて! そういうの苦手なんだから!

 うおお、心臓破裂しそう……昔やったドッキリ企画のトラウマ思い出しちゃう。あの時はひどい目にあった。お蔵入りされなければ暴れ回って地球を滅茶苦茶にしちゃってたかもしんない。

 

『……すまん』

 

 もぉー! もぉー! ちょっとちびりそうになったでしょ!!

 やめてね!!

 

『いやでもしょんなこと言ったってぇ……』

 

 訝しがるナメック星人達に断りを入れ、上を向いて意識を集中させる。

 えー、界王様、なんの用でしょーか。

 

『えーうおっほん。悟空の奴も好き勝手やりおるし、お主は一方的に好き勝手言いおるし、なんなんだまったくもう』

「ん、それはそのー……ごめんなさい?」

『なんもわかっとらんだろうお前』

「ご、ごめんなさいっ」

 

 責めるような声に慌てて頭を下げて謝意をみせる。

 でもなんで責められてるのかわからない……。

 俺、言葉足らずだって言われる事多いから、今回の事は界王様にちゃんと話を通した……はずだ。

 説明不足にならないようにたくさん説明して、納得してもらって。

 

 ピッコロの復活やそれで甦った地球のドラゴンボールに、神様にお願いをしてもらう事、みんなを地球に避難させること……。

 しっかり伝わっていたからこそこうしてみんなここにいるはずなんだけど、界王様は何を怒っているのだろう。

 

『さあ~~~~て、わしの所にゃまだ元気な死人が三人残っておるのだが、こいつらはいつ甦るのかな?』

「…………おお」

『「おお」ではなぁーい!!』

 

 ひええ! 声もないのに耳がきーんと、きーんと……!

 やめてよう……そういうの。

 でも、ああ、しまった。クリリンやベジータに殺されたナメック星人達を蘇らせる事ばかり考えてたせいで、肝心要の天津飯やチャオズにヤムチャを生き返らせるのを忘れていた……!

 だってしょうがないじゃん! こっちも色々考えていっぱいいっぱいだったんだから!

 

『その後はお前、わしが話しかけてもうんともすんとも言わんかったじゃないか』

「え、話しかけてました? ……えへへ、あの、クウラ様の真似するのに精いっぱいで」

『というか、それもなんなのだいったい。お主なぜクウラの事を知っている?』

 

 破壊神ビルス様の事まで知っておったし、地球人にしてはなーんか色々知りすぎとるのう、なんて言われて笑みが引き攣る。

 

「そ、それはー……」

『それは?』

「女の子の秘密とゆーことで!」

『なん──』

 

 ていっと気合いで念波を遮断して、なんかそういう意識的なものをくしゃくしゃに丸めて放り投げる。

 ふー、間一髪……この知識は、誰にも渡してはいけないのだ! 説明するのも面倒だし。ほら、俺口下手だから。そういうのきらいなの。

 

 あ、でも、咄嗟に言っちゃっただけだけど「女の子の秘密」ってなんかいいな。

 女は秘密を着飾って美しくなる、とは誰の言葉だったか。18号?

 今の俺、超魅力的かもしんない……! きゃは☆

 いやきゃは☆は違うな。もっとこうセクシー路線で……。

 

「あのー……もしもし?」

「あっ、はっ、ごめ、ごめんなさい!」

「いえ、今のは界王様からですね?」

「ゃんっ、えぁいやじゃなくて、んっ」

 

 な、何を焦ってるんだ俺は! 相手は温厚なナメック星人なんだからゆっくり話せばいいの! 焦る必要はないの!

 ……そうとわかっていてもアガッちゃうんだから仕方ない。自分にカツ入れて治るんだったら何十年もコミュ障やってないよ。

 

「あ、ありがと、ございます……」

「お気になさらず……落ち着いて、ゆっくり……」

 

 言葉の途中で無理矢理調子を直そうとしたせいか、けほこほと咳込んでしまったところを、若きナメック星人の人が見かねて背中をさすってくれた。

 うう、情けないやら恥ずかしいやら……あと、ナメック星人がすっごく優しいのを肌で実感した。

 

 手を貸してもらって立ち上がり、ナメックの人を見上げて、一呼吸置く。

 ……うん、なんとか、ちょっとだけおちついたかも。

 でも喋ろうとすると途端にカッとなっちゃうんだよなー。

 

「み、みなさんをここへ呼び寄せたのは、その、ナメック星が……崩壊するからです」

「なんと……!? わ、我々の星が……いや、あの恐ろしく邪悪な気配の持ち主がやってきて、ありえん話ではないが……」

「あっ、あっ崩壊はし、しないんですけど」

「!?」

「ぅあの、なんとか止めたのでっ、その、そ、フリーザも悟空さんが、倒しますので」

「え? で、ではなぜ我々をここに……?」

 

 えっ?

 それはあの、それは。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 えへ、と弱々しく微笑んでみる。

 その、えーと。

 ……なんででしょう?

 

「これ、怖がらせるでない。悪人どもが暴れ回り、我々は危機に瀕していたのだ。その子はそれを憂いて、ここへ避難させてくれたのだろう」

「は、そういう事でしたか。……すまない、怖がらせるつもりはなかったのだが」

「ぁ、……」

 

 何やら彼らはそれぞれで勝手に納得して、それから、若きナメック星人は俺から距離を取った。

 怖がったりはしてないんだけど、どもっちゃったりしたからそう認識されちゃったのかな。

 

「おい、孫の奴はなぜここにいない」

 

 話が一段落ついたのを見計らってかピッコロさんが声をかけてきた。

 みんなここへ転送されて、ベジータまでそこに含まれているのに、肝心の彼がいないのを疑問に思ったらしい。

 

「何言ってんのよ。孫君ならそこにいるじゃないの」

「えっ!」

 

 ブルマさんが指さす先を慌ててみれば、そこにいたのはターレスだった。

 ……おう。びっくりした、間違えて悟空さんまでこっちに連れてきちゃったのかと……。

 不満げに鼻を鳴らしたターレスが「残念ながら人違いだ」と告げれば、困惑してしまうブルマさん。気は進まないけど、彼女には後で説明するとして……クリリンや悟飯ちゃん、ピッコロは悟空さんとターレスが別人である事はとっくにご存じだったらしい。見た目はそっくりでも気の質は全然違うからね。雰囲気も結構違うし。

 

「で、でも、お父さんにすっごくそっくり……」

「ほう、ボウズ……お前はカカロットの息子か」

 

 疑問を口にした悟飯ちゃんに興味が出たのか、歩み寄るターレス。あ、さり気なくピッコロさんガードが発動した。悟飯ちゃんを庇うような位置に立つピッコロさんに口角を吊り上げたターレスは、腕を組んで仁王立ち。

 

「オレ達使い捨ての下級戦士はタイプが少ないんだ……似通った顔をしているのも無理はない」

「へぇー、サイヤ人って不思議なのねー」

 

 ほんとに孫君そっくりね、と暢気に言うブルマさんに、うんうん頷いて同意する。

 でっしょー? かっこいいよねー!

 あの顔で迫られたらなんでも言う事聞いちゃいそう。ずーっと眺めてたくなるよね……今度頼んでみようかな? 間近で見たいし。時間取っちゃうのも悪いから、寝る時とかに一緒に布団に入ってもらお。

 

「…………」

 

 それから、話題は悟空さんがどこにいるのかに移って、残りたいと言ったから彼をナメック星に残したと伝えれば、なんだか重い雰囲気になってしまった。

 フリーザの恐ろしいパワーを知っている面々は、勝てない戦いに身を投じる悟空さんを愚かだとでも思っているのだろうか。

 

 でも大丈夫。悟空さんは超サイヤ人に目覚めたからね、ゴールデンでもないフリーザ様なんてイチコロよ。

 悟飯ちゃんがその事をみんなに伝える横でふふんと得意げに胸を張ってみる。

 俺はなんにも関係ないけれど、そうしたくなったのだ。

 

「なにっ……!? スーパーサイヤ人だと……!?」

「か、カカロットの奴が、で、伝説の戦士に……!?」

「なんだとぉ……まさか、本当に……!」

 

 サイヤ人の面々の驚きは大きいみたい。

 一様に慄く彼ら……ベジータを除く二人になんと声をかけたもんかと悩む。

 頑張ればなれるよー、とか、超サイヤ人なんて序の口だよーとか?

 ラディッツにはもっともっと強くなってもらうんだから、これくらいで驚いてたら駄目だよー?

 

「ちょっと、孫君フリーザを倒したって!」

 

 不意にブルマさんが喜色を浮かべてみんなへ言った。

 界王様からの、ああいや、それを通じてヤムチャだったかからの通信が来たのかな。

 ふんふん頷いていたブルマさんは、しかしむっと眉を顰めると、次には「なんでよー!」と肩を怒らせて怒鳴った。

 こ、こわい……!

 こっちに怒りが向かないよう、さり気なくラディッツを盾にする。

 

「ねぇ聞いてよ! 孫君帰って来れないんだって!」

「え、な、なんで……?」

 

 星の爆発は防いだはず。

 あれほど余力のある悟空さんなら、そのままフリーザをこてんぱんにやっつけられると思ったんだけど、もしかしてナメック星の崩壊を許してしまったのかな……。

 と思っていれば、どうにもブルマさんは界王様にお怒りらしい。「カイオーだかなんだか知らないけど、そんなに偉いやつなら孫君ここにつれてくるくらいしなさいよ!」……だって。

 

 でもよかった、ナメック星は無事みたいだね。

 悟空さんも不備なく脱出できたみたい。よかったよかった。

 

 話は変わって、ナメック星人達の当分の棲み家をブルマさんが提供する事になったり、特に口出しもせずいただけのベジータも一緒に行く事になると決まった。

 どうしてベジータに声かけたのかというと、ブルマさんいわく「なんか寂しそうにしてたから」だとか。そうかな、めっちゃ怒りに震えていたような気がするんだけど。

 

「あんた達はどうすんの? うちの飛行船に乗ってく?」

 

 カプセルホンを耳と肩とで挟んで通話しつつ、ポーチの中を探るブルマさんの言葉に、ううんと首を振る。だって俺達飛べるもんね、そこまで迷惑はかけられないよ。

 

「あらそう」

 

 雑に納得しつつホイポイカプセルを投げて冷蔵庫を出した彼女に飲み物をわけてもらった。余っちゃったのを飲み切りたいんだって。

 

「あの、ボクもブルマさんの所に泊めてもらえませんか……?」

「え? なんでよ、早く帰ってお母さんに元気な顔見せてあげたら?」

「……宿題、するの忘れちゃって」

 

 ありゃ、悟飯ちゃん帰り辛そう。

 両手で缶ジュースを持って俯く彼に、うーんと悩んでいるブルマさん。

 あー、よし。よし。

 

「ね、悟飯ちゃん。帰った方がいいよ?」

 

 ちょっと負い目を感じちゃったので、ここは俺が一肌脱ぐことにした。

 だって悟空さんをここへ連れてくる事だって俺にはできたはずなのに、自分の都合を優先してそうしなかったんだもん。

 悟飯ちゃんやチチには寂しい思いをさせちゃうだろうし……ブルマさんに任せきりなのもどうかと思うし。

 とゆーわけで、悟飯ちゃんに突撃!

 

「私が一緒に行って、お母さんに説明してあげるね!」

「え? あの、でも、お母さんすっごく厳しいから、ナシコさんにも怒るかも」

「平気だよー。大丈夫、お姉さんに任せなさい!」

 

 とん、と胸を叩いてみせれば、悟飯ちゃんは遠慮がちに頷いてくれた。

 そうこなくっちゃ!

 ……怒鳴られるかもなのは、ほんとはすっごく嫌だけど、それくらい我慢しなきゃね。

 

「おい……」

「ん、なあに?」

 

 肩に手を置かれて振り返れば、ラディッツが何か言いたげにしていた。

 一度口を開いたものの、そのまま閉じちゃった。

 なんだよー、言いたい事があるなら早く言ってよ。

 

「……はぁ。どうせ言っても聞かんだろう。お前だけでは不安だ、俺も行く」

「ええ? いいよ、ラディッツは先帰ってなよ」

「そうしたいのはやまやまなんだがな」

 

 ウィローちゃん待ってるだろうし、事務所にも顔出さなきゃだし。

 ……あれ? そういえば事務所無くなっちゃったんだっけ?

 というか、街の復興……。

 

「ああ、やっと気づいたか……連絡くらいいれてやったらどうだ?」

 

 呆れたようにいうラディッツにちょっとむっとしたけど、たぶんさっきなんにも言わなかったのは、言ったところで俺が反発したからだろうなーとわかってしまったので、素直に頷いておく。

 鞄からカプホを取り出し、数分発信画面と睨めっこして葛藤を抑えつけ、なんとか電話する事に成功した。

 

 

『……そういう事なら、まあ、待つ』

「ほんとごめんね。ターレスは先にそっちに帰すから」

『……そうか』

 

 機械越しに聞こえるウィローちゃんの声は、すっごい不機嫌さに満ちていた。

 おおお……お爺ちゃん一度ご機嫌ナナメになると長いぞ……抱っこも許してくれなくなるし、ほっぺたすりすりも嫌がられちゃうし、抱き枕も拒否されるかも!

 帰ったらめいっぱい謝らなくっちゃ。癒しがなくなるのはいやだよー!

 

 ウィローちゃんと仲直り大作戦を必死に考えつつ、とりあえずターレスを先に帰らせる。

 だって一緒につれてったらチチを混乱させちゃうだろうし。

 

「ハ、了解した……一足先に帰還する」

「おい、妙な真似はするなよ?」

「怖い怖い……大人しく従うさ。まだまだ……プリンセスには敵いそうもない」

 

 気取った仕草で俺に笑いかけたターレスが光を纏って飛び立ち、空の向こうへ消えていく。

 ……え、プリンセスって俺のこと?

 お、お姫様……なんか気恥ずかしいんだけど。体がむずむずするんだけどー!

 

「んふっ。じゃあ、いこっか」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 ひとしきり悶えた後、「俺達もさっさと行こう」となって、ブルマさんやナメックの人、ついでにベジータに──めっちゃ睨まれたのであっかんべしてやった──別れの挨拶をしてから悟飯ちゃんの下へ寄って行けば、ぺこりとお辞儀された。なんと礼儀正しい子だろうか。俺がこのくらいの年齢だと凄いやんちゃしてた記憶があるのに。

 

「……?」

 

 俺なんかと比べるのはあれだけど、立派だなーって見てたら、悟飯ちゃんがきょとんとしてしまった。おっとと、いけないいけない。早く彼を家に帰してあげないとね。

 

 

 

 

「た、ただいま……」

「悟飯ちゃん! やーっと帰って来ただか! やってない宿題が……」

 

 案の定というかなんというか、悟飯ちゃんの控えめな声に即座に家から飛び出してきたチチさんは怒り心頭、カンカンになってしまっていた。

 尋常じゃない怒りようは、きっと寂しさとかからも来てるんだろうなってなんとなくわかった。

 

「……そっちの方は……いったい誰だ?」

「どうも、初めまして」

 

 さすがに見知らぬ人のいる前でお説教を始めたりはしないようで、こちらに注意が向いたのを良い事に丁寧に頭を下げる。

 それから、肩掛け鞄から名刺を取り出して差し出せば、彼女はよく飲み込めてない顔で受け取った。

 

「ニシタプロダクション所属の、ナシコという者です。本日は旦那様についてご説明に参りました」

 

 お腹に両手を重ねてゆっくり話せば、じょじょに理解が及んできたのか、「げ、芸能人さんだか……?」と呟くチチさんと、「猫被っていやがるな」と零すラディッツ。

 そそっとラディッツに寄って、チチさんに気付かれない範囲で肘を入れる。

 心底意外そうな今の声はなに! 俺だって挨拶くらいちゃんとできるよ!

 ていうかこんなのいくらでも見た事あるでしょ!!

 

「はっ!? も、もしかしてごは、悟飯ちゃんのガールフレンドだか!? ごご悟飯ちゃん、お外で彼女さ作って遊び歩いて来たのけ!? お、オラの悟飯ちゃんが、ふ、不良になっちまった……!!」

「お、お母さん、違うよぅ……」

 

 名刺を握りしめて明後日の方向に思考を飛ばす彼女はだいぶん混乱してるみたい。

 うわわわ、ちょっと予想外……なんでそういう考えに飛んだんだろ、さっぱりわからん……!

 ちょっとこれ、落ち着かせるの無理じゃない? と悟飯ちゃんを見れば、彼も俺を見たところだった。

 困り顔を突き合わせたって彼女の混乱は収まらない。えーと、えーと……どうしよ……?

 

「カカロット……悟空が世話になっているようだな」

「は、あ、ああそうだ、悟空さ、悟空さはなんでここにいねぇんだ?」

「それについても今から話す。俺はラディッツ。孫悟空は俺の弟だ」

「……あ、あんた悟空さのお兄さんだか……?」

 

 おお、ラディッツが自己紹介したらチチさん静かになった。

 というより困惑しきってる感じ。なんか悪い事してる気分。

 

「確かにどことなく似てるべ。あ、尻尾も!」

「挨拶が遅れてすまなかった。何分遠い場所に住んでいたのでな」

「そ、それはこっちの台詞だ。とんだ失礼を……お兄さんがいるって聞いたのも最近で、なのにご挨拶もしねぇで……。ささ、中へ入ってくれ。お茶をご用意します」

 

 すっかり落ち着いたチチさんは、混乱から一転して穏やかな笑みを浮かべて悟飯ちゃんの背に手を添え、俺達を促してから家の戸を開けた。

 ラディッツを見上げれば、ウィンクを飛ばしてきた。……小粋だね。

 

「だから言っただろう。お前だけでは不安だと」

「ほんとに助かったよー、ありがと」

 

 考えてみれば、チチさんって俺の苦手なタイプの女性だ。気の強かったりする人はだめなのだ。

 というか面識がないのを抜きにしても、今の小さな俺だけじゃちょっと話がこじれそうだったところを、悟空さんの肉親のラディッツがいてくれてよかった。

 俺一人よりかはだいぶんスムーズに話が運べそうだ。

 

 実際、ラディッツがいて凄くやりやすかった。

 夫の兄だ、警戒心はなくなるだろう。証明は尻尾で十分だしね。

 悟飯ちゃんはお咎めなしで、宿題はいったん置いといてご挨拶しなきゃだべ、と席をご一緒している。

 

「はい、ナシコちゃんにはオレンジジュースだ。さっきは変な事言って悪かったな、少し目が回っちまって」

「ぃえ、お、お構いなく……」

 

 ……完全に子ども扱いされている……。

 でも遠慮なくジュースちうちうさせてもらっちゃう。まだまだ喉乾いてたからね。緊張することいっぱいしてカラカラだったのだ。今も緊張してるけど。

 

 子ども扱いでちやほやを望んでたのは俺だけど、こういう場でそういう扱いされるのはなんか釈然としない。

 ちなみにチチさんに対しても人見知りを発揮中。きちんとできるのは挨拶だけなのである。これでどうやってお話ししようとしてたんだろうね!

 

「それで、だ」

 

 役に立たない俺に代わってラディッツが話を通してくれた。

 悟空さんが帰って来ない事を知ると、思ってた通りチチさんはいきりたって立ち上がった。

 

「まったく悟空さはなんべん家を留守にすれば気が済むんだべ!」

 

 ……とのこと。

 しばらく死んでて、やっとこ帰って来たかと思えば今度は宇宙旅行。

 オラと悟飯ちゃんを置いてくなんて薄情が過ぎるべ!

 どんだけオラが寂しい思いをしているか……!

 

 次第に背を丸めて嗚咽を漏らし始めたチチさんを見かねてか、ラディッツが寄り添って背を撫で始めた。……なんか手慣れてるね!?

 見てらんないので俺も椅子から降りて慰めるのに加わる。悟飯ちゃんも一緒。

 

 うー、やっぱりちゃんとフリーザ様倒した直後にこっちに転送されて来るようお願いしておけばよかったかな……。

 わかってたつもりだけど、実際悲しんでいるのを見ると心が重い。

 

「お母さん……」

「悟飯ちゃんはもうどこにもいかねぇでけろ! おっ(かあ)を悲しませねぇでけろ!」

 

 ばつが悪そうにしていた悟飯ちゃんは、そっとチチさんを抱き返すと、顔をうずめた。

 きっと悟飯ちゃんだって寂しかったのだろう。親元から離れるのはピッコロさんの時で経験してるとはいえ、まだ子供だもんね。当たり前だ。

 

「……、……。見苦しいとこ見せちまった。お詫びに、そうだ、夕飯はうちで食べてってくんろ。腕によりをかけて作るだよ」

 

 涙を拭ったチチさんは、力こぶを作ってみせてそう言った。

 努めて明るく振る舞ってる感じ。

 なんだか、ちょっとセンチメンタルな気分になった。

 

 

 

 

 家族。

 帰り途中の空、食卓を囲んでいた時のチチさんと悟飯ちゃんの様子を思い出して、ふとそれが気になった。

 

 実を言うと、前の世界の家族の事を、俺はあんまり覚えていない。

 お母さんは優しかった記憶がある。でもほんの子供の頃に死んでしまったし、義理のお父さんとはコミュニケーションが取れなかった。

 それで、この世界じゃ血縁なんていないでしょ?

 

 親しい間柄の、家族とか、兄弟姉妹とかを見るたび、なんとなくスンッてなっちゃうんだよなー。

 そういう役柄を演じてみても、なんかしっくりこなくて。

 ああ、きっと俺は、ちゃんとした家族というのを知らないんだなーって思った。

 

 でもまあ、それでもいいかなって思う。

 家族はいないけど、俺には一緒に過ごしてくれる人がいるからね。

 

「ただいま」

 

 山の中に建つ我が家へ戻ってくれば、ほら。

 

「──おかえり」

 

 こうして出迎えてくれる人がいて。

 おかえりって、言ってくれる人がいて。

 

 その優し気な瞳にほっとして、俺を待っていてくれてたんだってわかるから、安心して。

 玄関脇で腰に手を当てて立っていたウィローちゃんは、さらりと金髪を揺らして微笑むと、ゆっくりと近づいてきた。

 

 うん、と頷く。

 わかってる。わかってるよ、心配だったんだね?

 

「──ただいま!」

 

 俺の寂しさや不安を解消してくれる彼女の、おんなじ気持ちを、今度は俺が解きほぐすため。

 腕を広げて、彼女を迎え入れる。

 ああ……きっとこれが、家族ってものなのかな、なんて思ったりして。

 

 

 

「しばらくおやつ抜きじゃ」

 

 なんかゲンコツ落とされたので泣いた。

 

 

 

 

 アイドル稼業を再開するにあたって、ナシコに求められたのは慰問ライブだった。

 というよりは、元気な姿を見せて欲しい、って感じかな。

 こないだの大災害以降音沙汰無かったから心配してた人がたくさんいたみたい。

 

 しかしライブやイベントはしばらくお預け。

 俺が小さくなっちゃったから、方々に話を通すのに忙しいんだって。

 あっちに行っては頭を下げて、こっちに行っては説明して。

 そんなこんなであっという間に一ヶ月経っちゃった。

 

 ふいー、つかれた。

 やっとこイベントを開けて、ナシコは大丈夫ですよーと世界に発信できた。

 かなり戸惑われたけどね。パフォーマンス変わってないから世代交代説は打ち上げられて数時間で砕け散ったのだ。

 

 それはそうと、ファンは大人なナシコも求めてるらしい。

 俺としては子供になった方が大人気間違いなし! と思ってたんだけど、そっかそっか、大人な俺の魅力にやられちゃった人もたくさんいたわけだ。

 

 あーあ、どうしよ。疎ましかったあの姿も、求められちゃ惜しくなるな。

 今度ドラゴンボールで可変式にしてもらおっと。

*1
駄肉はもうないのでほんとに撫で下ろせるのだ!!




TIPS
・願い事
混ざっていてわかり辛いが、ポルンガに頼んだことと神龍に頼んだお願いにわかれている

・クリリン
フライング復活

・悟空
てっきりフリーザ倒した後に転移が始まると思って数時間ほどうろうろしていた
ナメック原産の動植物などと戯れたのち、界王の助言に従って宇宙へと飛び立った

・ターレス
フリーザは討ち取れなかったが、死力を尽くして反抗できたので
少しだけすっきりしている

・ラディッツ
フリーザにやられ、地球で復活して随分パワーが上がった
だというのにまだナシコの方がパワーが上なのにひっそり落ち込んでいる

・ナシコ
ついに。
ついに、ナシコの肉体は天下無敵の幼さを取り戻したのだ。
これが全てにおいてパーフェクトなボディである。

・ウィロー
信じて送り出した娘が若返ってアホ面晒しながら帰って来た
ちょっとほんとこいつが何考えてんのかわかんない状態に陥った


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幕開
小話 秘密の看病


前半ターレス視点


 ナシコが風邪を引いたと聞いた時、オレは夕食の仕込みをしている最中だった。

 何か信じがたい言葉を聞いたような気がして手を止める。後ろを窺えば、用事を伝えたきりだんまりのウィローがいて、面倒そうに唇を尖らせていた。

 

 ああ、どうりで今日は静かなわけだ。意味もなく駆け回って埃をたてる姿もなく、所構わず歌う事もなく、暇だ構えとちょっかいをかけてくる事もなく、訳のわからない甘え方をしてくる事もなく、つまみ食いしようと伸びてくる手も無かったのはそういう事か。

 

「すまんが粥か何かを作ってやってくれ……わたしはもう疲れた」

「ああ……了解した」

 

 心底疲れ切った溜め息を吐きながら頼まれては無碍にはできない。

 そもそもオレに拒否権はないしな。家庭内カーストワースト2の辛いところってヤツだ。

 フリーザ以上に人使いが荒く無茶ぶりも多い主人だ。病床につきながらもこの小娘を困らせている姿は容易に想像できた。

 その苦労をオレにも味わわせようってんだからタチが悪い。

 

 

 

 

 日が落ちてしばらく。

 とっくにみんな寝静まった頃。

 手慰みに改造されてちっとも役に立たなくなった小さな神精樹の世話を終えたオレがナシコの部屋に訪れた時、あいつは布団を引っ被って眠っていた。

 後ろ手で扉を閉め、ゆっくりと近付いて行けば、目を覚ましたのか僅かに目を開いてこちらを見た。

 

「ご、く……さ……?」

「いや。オレの名はターレス」

「た……れ」

 

 赤みがかった顔と鼻声でオレとは違う名を呼ぶ奴に訂正し、持ってきていたおぼんをベッド脇の棚の上に置く。脇に屈み込めば、焦点の合わない目がオレに向いた。

 

「あんな下級戦士と間違われるのは心外だぜ?」

「ん……ぁ?」

 

 どうやら熱は下がるどころか上がっているようだ。意識が朦朧としているのだろう、受け答えが曖昧だ。

 風邪を引いてしおらしくなるとは、中々可愛げがあるじゃないか。神精樹の実を盗み食いしていたクソガキと同じ人間だとは思えないくらいだぜ。

 

 元気じゃないこいつなんてナシコらしくない、なんて考えが浮かび上がるとはだいぶんオレも毒されてきているな……。こいつには恨みもあるってのに、どうにもこいつの顔を見ていると気が抜けちまう。

 我ながらおかしな話だが、強い仲間意識を感じさせられているのだ。

 それこそかつての仲間達と同等かそれ以上の……。

 

 この星の気質がオレに影響を与え、戦闘本能を抑えられちまったのか。

 穏やかな人間どもと接する事で間抜けなほどの能天気さが移っちまったのか。

 ──それだけじゃない事は、なんとなくわかっている。

 

 先程思った、『こいつといると気が抜ける』という感覚。

 おそらくそこに何かカラクリがあるのだろう。

 でなければオレがこんなおままごとに付き合い続けているはずがないからだ。

 

 思い起こそうとすれば今すぐにでも冷酷な自分を取り戻せそうだというのに、ただナシコの顔を見ているだけで紛れていく。

 情けない奴だ。このオレよりも戦闘力は遥かに上だというのに、たかだか風邪ごときにやられるとは。

 地球人とはなんと脆く矮小な種族なのだ。

 

 常の溌溂とした笑顔がないのに激しい違和感を抱く……やはり毒されている。それを取り戻したいと考えちまってる。どうしようもなく、こいつを仲間以上に思っちまっている。

 

「フン……」

 

 だいぶん弱って戦闘力もガタ落ちしている今なら、くびり殺す事も容易い。

 そうすりゃ晴れてオレは自由の身だ。元々フリーザの野郎をぶっ倒すためにこいつの下についただけなのだ。頃合いを見計らって宇宙に出ようと思っていた。

 

「よおし……よく寝てやがるな……」

 

 奥側のベッドで寝ているもう一人のガキ……ウィローは、一度寝付けば朝まで起きないと言っていたはずだ。戦闘力はオレより下とはいえ、邪魔をされては厄介だ。注意を向けておくに越した事はない。

 相当寝苦しそうにしているのは……着衣が乱れているのをみるに、長時間こいつの抱き枕にでもされていたのだろう。ご愁傷様だ……あれは辛い。先に寝ると本気でキレやがるからな、こいつは。

 

 ラディッツの野郎はペットだなんだと言われてそれを受け入れてやがるが、このオレは違う。

 このターレス様を飼い慣らそうと言うならば、それ相応の対価を頂かせて貰うぜ?

 

「ふ、ぅ……」

 

 首元に手を添えれば、その細首をあっさりと手の内に収める事ができる。

 そのまま握り潰せば終わりだ。

 

「…………フ、はははは」

 

 手を放す。

 いや、わかっていた。この部屋に入って来た時から、オレには一欠けらの敵意も害意もなかったのだ。

 最初からこいつをどうこうしようなどとは思っていなかった。だがどうにも釈然としないもんで、こんな茶番じみた行動をとってしまった。

 殺戮と破壊を好む戦闘民族サイヤ人が聞いて呆れるぜ……地球で能天気に過ごしていたカカロットを笑えやしない。

 

「ふにゃ……ゃめろぉ」

 

 指先でナシコの頬をくすぐれば、不機嫌そうなうわごとが返ってきて、知らず口の端を上げた。

 さあて、まずは寝坊助にエネルギーの補給をさせてやるとするか。

 

「ほら、梅粥だ。食え」

「んー……んん」

 

 背に手を差し込み、布団から引き摺り出して壁に背を預けさせる。ずる、と寝巻がずり下がって肩が出た。自然とそうなったのか、はたまた熱さのために自分でやったのか。汗の滲んだピンク色の肌着を一瞥し、わざわざ直してやる義理もない、と思いつつも、なんとなく布を引っ張って正し、ボタンをしめてやる。けっ、ベビーシッターか何かか、オレは。

 

「食わんと治るものも治らないぜ」

「んんー……」

 

 スプーンを挿した器を差し出してやっても、声を発するだけで動こうとしない。

 ちっ、仕方ねえ。せっかく作ってやった粥が冷めていくのを見るのも癪だ。ここは手ずから食べさせてやるとするか。

 

 いったんは奴の膝の上に置いた器を手に取り、艶々とした白さが眩しい米をスプーンたっぷりに掬う。

 息を吹きかけてから口元へ運んでやれば、やっと反応して口を開けた。

 ……なんだその半端な口の開け方は。食う気があるのか?

 

「手間かけさせやがって」

「あむ……んっ、んー」

 

 無理矢理口に押し込めば、ようやく口内に粥を流し込む事が出来た。が、ナシコは顔をしかめ、オレの手を掴んで引っ張ろうとしてきやがった。

 こいつ……オレの飯が食えねえってのか。

 

「ん。ん……ぁ、やぁ……」

「ヤダじゃねえ。食え」

 

 粥に混ぜた神精樹の実のエキスが効いてきたのだろう。僅かに元気を取り戻したナシコは、ふるふると小さく頭を振って嫌がった。

 

「やっ、そんな、いっきに……ちょっとずつ、じゃないと」

「ほう、そうか」

 

 なるほど、たしかに一度に食べるには量が多かったか。こいつは失敬、いつも大口開けている気がしたから失敗したぜ。

 

「んぇー……」

「! 何しやがる!」

 

 もこもこと口の中で粥を転がしていたナシコは、眉を寄せると、口から粥を垂らしやがった!

 

「うめ、やぁだぁ」

「貴様……ちっ、好き嫌いは許さねえぞ」

「しゃけがいい」

「これしかねえんだ、黙って食え」

 

 嫌いだからって吐き出すとか、お前はガキか。

 見た目どころか中身までガキになっちまったと言うのなら、仕方ねえ。無理にでも食わせてやる。

 スプーンを器に挿し、空いた手で奴の顎を掴む。逃れようとしても無駄だ。垂れた粥を親指で下からなぞるように拭い、指ごと口の中へ押し込む。

 

「いいか、一滴も残さず飲み干すんだ」

「んくっ……ん、ふ、ぅ」

「よぉし、良い子だ」

 

 引き抜いた指に伝う唾液をおぼんの上の布で拭い、半目でオレを睨むナシコに追加で粥を差し出せば、今度は自分でくわえた。

 そうだ。ちゃんと残さず食うんだ。一粒も残させるつもりはない。

 

「む……」

 

 さらりと流れた髪が器に近付くのを見過ごせず、器を置いて指で退ける。鬱陶しい髪だ。この場で切り落としてやりたいところだが、アイドルとやらにこだわるナシコの事だ。半殺しでは済まなくなるだろうからやめておく。

 そんなオレの考えが聞こえた訳ではないだろうが、ナシコの手がオレの手に添えられた。

 

「力の、加減が、できそうにない、から……あんまり、さわんないで……」

「おっと、怖い怖い」

 

 と一度は手を引っ込めたが、さて、どうだ?

 本当に加減がきかないのなら先程手を叩かれた時にオレは床をのたうち回る羽目になっていたはずだ。

 とすると、加減がきかないのは本当だが、そのために自らはほとんど力を入れられない、というのが正解だろう。

 

「なに……? やめて」

 

 現に軽く頬に触れても、鬱陶しそうにオレの手を掴むまではするものの、無理に退けようとはしない。ただ潤んだ瞳を向けてくるのみだ。

 オレを傷つけるのを恐れているというのか? つくづく考えの読めない女だ。

 しかし、常とは反応が違うのは読み取れる。

 

 微かな吐息は先程よりもやや粗く、一度は交差した視線はそっと逸らされ、触れた手の熱はさらに上昇を続けている。

 小さな体が小刻みに揺れているのは、それほど鼓動が強まっているからなのだとわかった。

 

「ふ、ぅ……う」

 

 嫌がる素振りの中にどこか嬉しそうな部分があるのは……オレと顔が似ているカカロットの奴に惚れてでもいやがるのか、奴をオレに重ねて見ているな?

 腹立たしいが、それもまた()()()だ。

 

 食事を再開させる。

 オレは召し使いの如き甲斐甲斐しさで、ひたすらナシコの口にスプーンを運んだ。

 

「はむ……んんー」

 

 梅の果肉を乗せた一匙を口に入れた時のしかめっ面は、しばらく笑いの種にできそうだ。

 小一時間かけて完食したナシコは、水を飲んで一息つくと、傍らでタンスを物色するオレに胡乱げな眼差しを向けてきた。

 

「なに、してんの」

「わがままなお姫様のために替えのパジャマを用意してんのさ」

「……? …………??」

 

 頭が回っていないのか、首を傾げているナシコの手からコップを取り上げてタンスに置く。

 代わりに手にした風呂桶と濡れタオル。これを見ればさすがに何をするかわかったのだろう、わざとらしい動作で自分を抱くと、ずりずりと後退ってみせた。

 

「やだ……えっち」

「このオレが着替えさせてやるんだ。こんな光栄な事はないぜ?」

「や、べつに……恥ずかしいこたぁ、なんもない、けど……さあ」

 

 羞恥心は無い、と言いながらも、背けられた奴の顔は熱からくる赤みだけじゃないものに染まっていた。わかりやすい反応だ。そうか、恥ずかしいか……。

 だが容赦はしない。

 

 

「ちょっ! まっへ、待っ、じ、自分でやるからあ!」

 

 今着ている衣服を脱がそうと襟に手をかければ、ナシコは大袈裟に身を捩った。

 が、手に力が入らず倒れ込む。無様なもんだ。

 引っ張り起こしてやれば、また暴れ出しやがった。

 

「そんな情けないありさまで何ができる? いいから大人しくしてろ」

「ちょおおおなに脱がそうとしてんの! やめて! だめだから!」

「何が駄目なんだ?」

「ぜんぶ! ぜんぶだめ! 恥ずかしいからやめてったら!」

 

 必死に懇願しながらも決して手は出してこない。羞恥よりオレを傷つけるかもしれない恐れの方が勝っているのか。そいつは光栄だ。

 

「汗に濡れた服をいつまでも着ていれば風邪を長引かせるだけだ」

「そっ……! それは、そう、でもぉ」

「往生際が悪いぜ。そんなに暴れていいのか? お隣さんを起こしちまうかもしれんぜ」

「う……うう……うぐー……!」

 

 奥のベッドの方へ逃げ出そうと腕をついていたナシコは、静かに眠るウィローを見つめてから、オレの前へ体を戻した。

 どうやら観念したようだ。もう体を庇う事はなく、両腕は力を抜いて垂らしたままで、ただ少しだけ顔を逸らして低く唸っている。

 

「やれよ……勝機は完全になくなった……」

「ではそうさせてもらうとするか」

 

 殊勝な態度に気を良くしつつボタンに手をかければ、びくっと肩を跳ねさせた。

 口では諦めた風だが、実際はそうでもないみたいだ。上目で睨まれちゃおっかなくて仕事の進みが遅くなっちまうぜ。

 

「もっ……やだぁ、はやくやってよぉ」

 

 わざとゆっくりとボタンを外していけば、とうとう涙まで滲ませてそう言った。

 羞恥に震えるその顔……実にぞくぞくする良い表情だ。普段の生意気な面を知っていると余計にその感覚が強くなる。

 

 もう少し焦らせば、ナシコは何も言わなくなって、ただ震えるだけとなった。

 試しに肩を押せば、されるがままに仰向けに倒れ、じっとオレを見つめて胸を上下させている。

 こうなっちまえばもうまな板の上の鯉と変わらないな。

 さあて、苛めるのはここまでにして、さっさとやってやるとするか。

 

「りゃっ、ら、らんぼうに、しないで……ね?」

 

 寝巻を脱がし、肌着を捲り上げたところで何かを言わずにはいられなくなったのだろう、妙な事を口走るナシコに、顔を隠している腕を退かして笑ってやる。

 

「い、いまの、聞かなかった事にしてぇ……!」

 

 見つめ合うこと数秒で白旗を上げ、前言撤回で悶えるナシコに、オレはさらに笑みを深くした。

 まったく、タチの悪い冗談を言うもんじゃないぜ。オレより強いあんたを相手に、どうやったら乱暴になるってんだ?

 ま、それは今からわかる事か。

 

「うううー、めっちゃ恥ずかしいです……死にそう」

「だったら黙ってくたばってろ」

 

 肌着を抜き、下着ごとズボンを剥ぎ取れば、汗濡れの体が電灯に映える。

 願いで得た若返りの効果か、瑞々しい柔肌は垢や汚れがあるようには見えない。

 その上へ濡れタオルを押し当てれば、「ぴゃっ」と高い声をあげて仰け反るナシコに、今度は自然な笑いが出てしまった。

 

 こいつといると、本当に退屈しないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな事が、昨晩ありまして。

 

 俺ことナシコちゃんは、風邪は完治したものの未だ羞恥心に悶え、ターレスの顔をまともに見る事ができません。

 お風呂で冷や水のシャワー浴びても風邪がぶり返しそうになるだけでどうにもなりませんでした。

 湯船に浸かってる間も色々思い出して死にそうだったから、お風呂すぐ上がっちゃった。もわもわ。

 

 居間に集ったターレスと帰って来たラディッツと俺。向かい合った順番も今言った通りで、ターレスの前に立つラディッツの背に俺が隠れている。

 いや、おはようって挨拶された時にね、電撃的に隠れてしまったのだ。

 

 それでもって、めっちゃどもりまくった「おはよう」を言ったところ、鈍いラディッツも何かあったなと気付いてしまったらしく、ターレスを詰問しているのだ。

 俺としては昨日の事を掘り返されるのは拷問に等しいのでやめていただきたい、けど、今はなんも言えない状態なのである。

 

「貴様、昨日ナシコに何をした?」

「なぁに、オレ自ら看病してやって、腹いっぱい食わせてやっただけさ」

 

 不遜な物言いに思わずお腹に手を当てる。

 まさしく、彼風に言うならば、たしかにお腹いっぱいにさせられた。やだって言ったのに、全部食べさせられた。

 喉の奥の痛みと、鉄の臭いと梅の味や感覚が生々しく甦って、慌てて顔を伏せる。

 多分、今、顔真っ赤になっちゃってる。

 

「だがそれだけならこうはなるまい?」

「くっくっく……好き嫌いをするもんでね。少々強引にやらせてもらった」

 

 背にべったりくっつく俺を差してなおも言い募るラディッツだったが、ターレスは昨晩した事をそのまま言うだけだった。

 そのまま。

 そのまんまである。

 

 赤裸々すぎるわ、ばかやろー!

 

「なるほど。まったく、この期に及んで、風邪をひいた時にまで選り好みするとは」

 

 結局ラディッツは最終的にターレスに同調して、まるでお母さんのような厳しい目で俺を見下ろすのであった。そんな目で見んな馬鹿!

 

 でも、これで話は終わったと胸を撫で下ろしていれば、なんとターレスのやつ、まだ話し続けるという暴挙に出た。

 

「汚れた服を着替えさせる時にも大暴れしてな」

 

 ばっかじゃないの! ばっかじゃないの!

 当たり前じゃんそんなの! なにさも当然みたいに言ってんのかなこいつ!?

 

「ああ、容易く想像できるぞ。悪かったな、一人でやらせて」

「構わんさ。明け方まで相手するのも悪くなかったぜ」

「なに、そんなに起きていたのか」

「そいつが中々寝付かなかったもんでな」

 

 二人の視線が俺に集まるのに、俺はただ肩を震わせて拳を握りしめる事しかできなかった。

 

 何が相手するのも悪くなかった、だ! 何その物言い!

 この超銀河アイドルナシコちゃんが相手してやったんだぞ!! 悪くないじゃなくて最高に良かった、だろそこは!?

 いや、良かったて、自分で言っちゃうのもアレなんだけど、でも女の子的な心理というかなんというか、ないがしろにされんのは我慢ならないというか。

 人が弱ってるのを良い事に苛めてくれちゃった癖に、俺が悪いみたいな言い方が我慢ならない!

 

 それに、寝かせてくれなかったのはターレスじゃん!

 俺はずーっと恥ずかしいやら意味わかんないやらで寝るどころじゃなかったし……。

 ていうか、乱暴にしないでねってお願いしたのにめちゃくちゃ乱暴にするし!

 そのせいで体中痛いんだぞ! 謝罪と賠償を請求したいくらいだよ!

 変な声が出ちゃって恥ずか死にしそうだったし、ウィローちゃんが起きないか不安でしょうがなかったしで散々だった。

 

 ほんと、このパーフェクトロリボディに傷つけてくれちゃって……どう責任取ってくれるんだよ……。

 

 ああ、考えてたら頭が現実を認識してきたみたい……なんか、涙出てきた。

 でもなんでこんな感情が昂ってるのかはさっぱりわかんない。

 

 たしかにいじわるはされたけど、看病してくれたのは確かだし、ターレスはなんも悪くないのはわかってるけど……なんだろう、なんか、すっごくもやもやする。

 俺だって子供じゃないんだから、この感情の正体はわかっている。

 

 な、なんの間違いかわかんないけど、もしかしたらひょっとして……。

 恋、しちゃったのかも。

 

 それってアイドルとしてどうなのとか、このままアイドルやってていいのかなとか頭の中ぐちゃぐちゃになってきて、気付けば俺は家を飛び出していた。

 制止の声が聞こえた気がするけど、それどころじゃない。わんわん泣き出したい気分。

 それくらい昨日の事がショックだったのだ。

 間近で見た悟空さんそっくりの、でも全然違う悪い笑みが目に焼き付いてて、それを振り払うために一心に飛んでやってきたのはカプセルコーポレーション。

 

「あら、どうしたのよナシコ。喧嘩でもしたの?」

「いえ……そういうのじゃ、ないんです、けど」

 

 急な訪問でも歓迎してくれたブルマさんは、何がしかの勉強をしていたのか、その手を止めて俺の相手をしてくれた。

 

「あの、あの、私、ブルマさんがトランクス君を産んだ時の事が聞きたくて」

「はあ? 何よ藪から棒に。ていうか何よ、産む? え、なんの話!?」

「あっ、いえ、やっぱりいいです! へ、変な事言っちゃって、ごめんなさい」

「や、意味わかんないんだけど……まあそんな謝る事じゃないでしょ。ほんと意味わかんないけど、あんたがそうなのはいつものことだし……それにしたって急ねぇ。……ははぁん? なるほどなるほど……そういう事ね?」

 

 何かを察したブルマさんは、いかにも面白そうだぞって顔をして、身を乗り出して顔を近付けてきた。

 内緒話をするみたいに小さな声で言葉を交わす。

 

「なによなによ、あんたって色恋とは無縁って感じだったのに、ひょっとしてひょっとする?」

「うっ……うー、は、はい」

「それであれ? コイバナとかしにきたわけー?」

「は、はいぃっ……そうですぅ」

 

 あんまり話したい事ではないけど……恥ずかしすぎるから。

 いやトランクスのこと言っちゃったのこそ死ぬほど恥ずかしいんだけど。まだ生まれてないよ!

 生まれてないというか、ブルマさんまだベジータと付き合ってすらないし!

 

 でも、ブルマさんのお話は絶対に聞いておきたい。

 前世含めて何十年生きてたって経験しなかった事だもんね、恋なんて。

 俺って全然そういうのなかったのだ。親愛や憧れはあっても恋愛とかはなかったのよね。なんでだろ。薄情な人間だったのかなー。

 

「その、ですね……」

「うんうん!」

 

 きゅ、とお腹辺りの服を握って、俺はゆっくりとブルマさんに事の次第を話し始めた……。




TIPS
・内容
食事は暗喩って聞いた事がある。

・ミニ神精樹
ウィローが興味本位で種を弄繰り回して出来た60cmくらいにまでのびる植物。
栄養価のある果実をつける。
戦闘力を上げる効能はない。

・ターレス
普段やかましく生意気でうざい奴をいじめられてすっきり。
そういう事してるから凶暴性とか削がれていくんだぞ。

・ナシコ
子供扱いされるのは好きだけど子供扱いされるのは嫌い。
結局孫悟空が好きなだけって話に落ち着いた。
弱った心に付け込まれた(被害妄想)だけである。

・ラディッツ
おかん。

・ウィロー
抱き枕。

・ブルマ
究極のネタバレを受けた。なぁによトランクスって。
危うし未来のイケメンサイヤ人、存在そのものが消え去りそう。


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第二十三話 新生ナシコちゃん

他視点いくつかあり。


 私、アイドルのナシコちゃん。

 

 ……って自己紹介の仕方の時は、だいたいアイドルモードなんだけど。

 でも今は、アイドルモードじゃなくて普段の私。

 それでも一人称は『俺』じゃなくて『私』なのだ。

 

 ……この世界にやってきて、ナシコになって数十年。

 ついに私は決意した。きっかけはちょっとアレなので微妙な心境だけど……。

 ええい、もう決めた事は決めた事だ。

 

 私、体だけじゃなくて心まで女になります。

 

 

 

 

 後生大事にとっといた"初恋(はじめて)"をターレスに奪われてしまった私は──どっちかというと悟空さんにかな?──、まあそんな訳で、ちょっと心境の変化がありまして。

 ……宇宙の壊し屋を舐めてたぜ。飼い犬に手を噛まれるとはこの事かな?

 ……はあ。あんな風に優しく看病されちゃったら、どうしたって後を引くよ。

 というかなんというか、自分の言動を省みて、それが男だった時の自分の姿であったならと想像すると耐えられそうになかったので、いいや、もう男は捨てちゃえー、みたいな。ね? だってキモいしね。

 

 にしても情の薄いサイヤ人でも、母になる時はあるんだね。

 流れに流され、されるがままで、でも甲斐甲斐しくお世話されるのはちょっとというかかなり気持ち良かったし、相手はイケメンターレスだし、あんまり悪い気はしないかなーなんて。

 だから、ターレスが無理矢理私に嫌いなもの食べさせてきたのも許してあげようと思います。

 もう二度と食わんけどな。

 

 ……あれ? 私めっちゃチョロい女?

 いやいや、きっちりお仕置きで排球拳叩き込んでやったから(ちなみにはぁーい♡ って返事したのはラディッツ、トスしたのもラディッツ、アタックはウィローちゃん)これくらいで許してやるのが普通だ。

 

 ギャップ萌えってやつかな。冷酷粗野なターレスが一転して看病する時は甲斐甲斐しいだなんて、病床に伏して弱っている時にやられたらコロッと落ちちゃうかもしんない。なのでウィローちゃんにはそういう風に……なんて言えばいいんだろう。手を出さないように? ってきつーく言っておいたけど、ターレスは心外だとばかりに「ガキには興味ねぇよ」とかなんとかほざいていた。

 ほわ~? なんだその受け答え。コミュニケーションが取れないぞ。

 

 ……お?

 いーや待てよ、照れ隠しか? ひょっとして、まじで私に魅力を感じちゃったとか?

 ほう、そうか……。

 こいつは仕返しにからかってやるしかないな!

 

 じゃあじゃあなんで私の服脱がす時えっちな手つきしてたのかな?? んん~? ほんとは興味あるんでしょ。仕方ないよねぇ、私かわいいもんね。

 え? 調子に乗ってる私に思い知らせてやりたかっただけで、容姿はどうでもいい?

 色気づいてんじゃねぇ? (鼻で笑う音)?

 

 ………………。

 

 堪えろ、堪えるんだ私。

 短気はいけない。怒りんぼのアイドルなんて誰も求めていないのだ。

 と、人がせっかく感情が爆発しないよう抑えていたというのに、奴ときたら「お前が伏せた時はまた看病してやるから安心しろ」なんて言ってくれちゃった。いらないから! 言葉の裏に(その機会に食わず嫌い全部直させてやるぜ)って言葉隠してるのお見通しだから!!

 ちくしょー、梅干しなんて跡形もなくこの世から消え失せろ!!!!!! ナスも消えろ!! プチトマトも消えろ!!!!!!

 

 お庭で洗濯物干してたラディッツの下にボロ雑巾を一つ運んで行く羽目になった。

 

 

 

 

「ナシコ、お前は洗濯物を畳もうとするんじゃない。……なんだこのありさまは」

 

 うーん。

 

「ナシコ、お前は台所に立つな。食材が無駄になるじゃねぇか」

 

 ううーん。

 

「ナシコ、衣替えはもう済んだか?」

「ナシコ、寝かせておいた生地が見当たらねぇんだが、──その頬についてるのはなんだ?」

「ナシコ、ソファーの上に靴下を脱ぎっぱなしにするのはやめろ!!」

「ナシコォ! てめぇ自分が嫌いだからって野菜隠してんじゃねぇえええ!!!」

「ナシコ!!! 貴様あれだけ洗濯に出す服はないかと聞いておいたのになんだあの部屋の惨状は!!!!」

「──ナシコ。トイレの、ドアくらい、閉めろ」

「ナシコよ……服を着ろ。服を……」

「何度言ったらそのミジンコ以下の脳みそは理解する? いいかナシコ……オレはつまみぐいは絶対許さねぇ……!」

 

 連日連夜、ラディッツとターレスに注意される内容は、俺が私に変わる前と後では内容に違いが一つもない。

 もはや耳にタコができるくらい聞き飽きたものばかりで面白味もないんだけど、そういう話ではなくて。

 

 ……心まで女になるってどういう事なんだ?

 恋愛ってなに? 全然ターレスにどきどきしないんだけど??

 

「ナシコよ、そろそろ新曲の振り付けを考えようぞ」

「あ、ウィローちゃん。オッケー、んじゃあせっかくだし重力室に行こうぜ」

 

 あれだね。

 人間早々変われるもんではなく。

 そりゃあ自意識は女に傾いたし、一人称だって変えたし、こう、女の子っぽさが加速してるかなーとは思うけども。

 生活態度とか嗜好とか、ついでに喋り方とかコミュ障とか、諸々そういうのって簡単には変えらんないよね。

 私は私なのだ。それでいーのだ、ってね。

 

 

 

 

「そーだ、いいぞナシコ。ちゃんと猫の手を維持するだよ」

「は、はい」

 

 ところ変わって悟空さんの家。

 私は今、チチさんに料理を教わっている。

 なーんにも知らなかったので最初は包丁の持ち方から、調味料の種類まで学習したぜ。

 私の優秀な頭脳をもってすればこれぐらい容易いのだ。面倒だけど。

 

 なんでこんな事になっているのかを説明すると長くなる。

 最近私はここによく足を運ぶようになった。

 名目は悟飯ちゃんに会いに来ること、かな。

 だってほら、前に寂しそうにしてたから。

 気を紛らわせてあげられたらいいなーって思って、遊びに来るようになったのだ。

 それに悟飯ちゃんって素直で良い子だし、遊んでて楽しいし、可愛いし、超サイヤ人2孫悟飯大好きだし、私の事年上として尊重してくれるから気分良いし、こりゃもうつきっきりになっちゃうよね!

 

 あとあと、彼、地味子と私がおんなじ人間だってわかってるっぽいんだよね。

 だから昔に会った時の情けない印象を払拭しようと頻繁にお伺いするようになったのだ!

 

 といっても悟飯ちゃんには塾もあるし、お勉強もあるしで忙しそう。

 もっぱら私はチチさんとお話している。保護者のつもりかついてきているラディッツはお外で修行中だ。

 弟が超サイヤ人に覚醒したって事に危機感抱いているみたい。弟にできて兄である自分にできないはずがない……! と頑張っている姿は、結構格好良かったりする。

 

「ラディッツさんは悟空さに似て修行修行であんまり関心しねぇな!」

「あはは……」

 

 でもチチさんはそういうの嫌いみたいでぷんすか怒る。苦笑いしかでない。修行促してるの私だからね。

 と、びしっと手を叩かれた。いったーい!

 

「余所見しちゃいけねぇ」

「ぅ、はぁい……」

 

 一応、自分の為になると思ってこの花嫁修業を受けているんだけど、中々厳しくて泣けてくる。

 いや花嫁修業は言葉の綾だけれど。でも響きが素敵だよね。

 

 

 

 ──事の発端は私が悟空さんに懸想してるの見抜かれたからだった。

 

 いろいろお話する中で、チチさんとも結構仲良くなれたんだけど──夫自慢に子煩悩、私も二人の事が大好きだから話が弾まないはずもなく……──おめぇ、悟空さに恋してるだな? なんて聞かれた時には冷や汗がやばかったけども。

 

 恋、とか言われてもさっぱりわからない。こないだはターレスにコロッといっちゃったかと思ったんだけど単なる気のせいだったし、恋だとか愛だとかは経験ないからよくわからないのだ。

 

「恋愛、というやつか……わからない」

「いーや、オラにはわかる! なにせオラは悟空さの美人妻だからな!」

 

 び、美人妻が関係あるかどうかは知らないけど、同じ人を好きかどうかくらい女なら誰だってわかるべ、と力強く言い切られるとそういうもんかと納得してしまった。

 それで、いったい何をされるんだろうとびくびくしていれば、チチさんは柔らかく微笑んで、「なんも悪い事はねぇべ」と言った。

 

 あ、ああー、そっか、そうだよね。私今子供だもんね!

 そっかそっか、なんの害にもならないと判断されたのか。

 チチさんは微笑ましいものを見る目で悟空さんの普段の姿を話してくれたり、自分が彼のどこを好きなのかを教えてくれた。

 

 そうしていると胸が熱くなる。

 どきどきしてたまらなくなる。

 これは恋とかそういう類のものじゃないってはっきりわかるんだけど、自然ににやけちゃうような嬉しい気持ちであるのも確かで。

 

「そうだ、オラが悟空さと結婚した時の花嫁衣装見るべか?」

「あ、あの、はい」

 

 勢いに押されて頷いてしまったけど、正直そういうのには興味なかった。

 うきうきと大事に仕舞われていた箱を持って来て衣装を広げてみせてくれた彼女には悪いけど……。

 

「わ……」

 

 なんて思っていたのに、その純白の薄布に目を奪われてしまった。

 そういう感じのステージ衣装は着た事ある。タイプは違うけど、ウェディングドレスだって、映画の撮影で身に着けた事も。

 でも、生のそれはなんだか存在感が違って、不思議なほど惹きつけられた。

 

「どうだ、綺麗なもんだろ? いつかナシコもこれを着る日がくんべ」

「……ん」

 

 それは、どうかなーって思った。

 今のところそんな予定はないし、仮にアイドルやってなくても、全然想像なんてつかないはずで。

 

 なのに、熱っぽい吐息が出てきた。

 それを着た自分を想像してみちゃったりする。

 教会の鐘の音とか、誰かに抱えられて赤絨毯の敷かれた階段を下りていくのとか。

 幸せいっぱいのそんな光景を、頭を振って散らす。

 いやいや、なんでこんな想像……なんかおかしい!

 

 前までこんな事なかったはずなのに。熱っぽくなる頬に手を当てて、騒がしい胸も押さえつける。

 大きくなったり小さくなったりを繰り返したせいで、どっかおかしくなっちゃったのかなあ?

 

 私……でも、私、そういうの……。

 ……憧れちゃう、かも、しんない……。

 

「そうだ、そん時のための準備もしなくちゃあんめぇ。ナシコは料理はできるだか? 男は胃袋を掴むのが一番だべ!」

「は、はぁ……」

 

 それはなんとなくわかるけど、私、料理は壊滅的に駄目なんだよね。

 でもターレスがいてくれるのでいつでも美味しいご飯が食べられるのだ。

 私ができなくたって問題なーし♪

 

「なわけねぇべ!!!」

「ひぇえ!」

 

 今時料理もできないんじゃ嫁の貰い手もできねぇぞ、と厳しいお叱りの言葉を頂いて、オラが一から鍛えてやる! と袖捲くりされちゃって、気の弱い私が断れるはずもなく……。

 それから私の花嫁修業が始まったのであった……。

 

 

 

「うん、形は変だが食べられるもんにはなってきたべ。これなら、人様に出しても問題はねぇだな」

 

 飲み込みは早い。ただものぐさなだけ。料理はいつだって手間暇をかける面倒な物。

 そりゃ、多少の時間短縮や横着はできるけど、基本的に時間も体力も使うんだと覚えておくんだな。

 さ、夕飯にするべ。ナシコもこんなに頑張っただから、きっとラディッツさんも喜んでくれるべ。

 

「ふぁい……」

 

 ようやっと形になってきたけれど、たった一品肉野菜炒め作るだけで疲労困憊の私。

 うあー、料理って面倒くさいよー! ずーっとつきっきりじゃなきゃいけないし、順番とか決まってるし、火加減とか難しいし、もーやだぁー!

 

「ゲェッ、ナシコが作ったのか!?」

「いただきます!」

「はい、召し上がれー」

 

 招集された審査員二名。

 その内の一人ラディッツは戦慄している。

 ガタガタと震え……おいちょっと待て、なんだその生まれて初めて絶望したベジータみたいな反応は。涙まで流すんじゃない!!

 た、たしかに一度私が作った料理を無理矢理食べさせた時、白目を剥いて倒れ込んで動かなくなったことはあったけど、あれはその、あれは…………………………そんなに嫌がる事ないじゃん!

 

「く、食わんぞ、俺は……!」

「ほらほらラディッツさん、ナシコはいーっぱい頑張ってうんと料理の腕も上がっただ、そったら事言わずに食べてやってけれ」

「うむむ……ゴクリ」

 

 席につき、箸を手に取り、喉を鳴らすラディッツ。

 決死の表情だ。相当、前のあれがトラウマになっているらしい。

 ごめんて、まさかてきとうに作った料理で死ぬとは思わなかったんだもん!

 私がそこまで料理下手だとは思わなかったんだよ。あの時はつきっきりで看病したげたんだから許してね!

 

「……」

「ほら、美味しいですよ! 叔父さん!」

「そ、そうなのか……!?」

 

 ああ、悟飯ちゃんは天使だべなあ……!

 あっという間に完食してくれて、ごちそうさまと手を合わせてくれるのにじーんとする。

 お次はラディッツだ。ほらほら、この私の手料理を食べられるなんて本来あり得ない光栄な事なんだぞ。

 

「ええい、ままよ!」

 

 皿を持ち上げ、思い切り目をつぶって勢いよく掻き込んだラディッツは、大雑把に噛んで一息に飲み込むと……カッ! と目を見開いた!!

 

「……普通だな」

 

 ズコー!

 思わず机に突っ伏してしまった。

 そ、そこはお世辞でも美味しいって言う場面でしょー! もー、ラディッツってば気がきかないんだからー!

 憤慨する私を放ってゆっくりお皿を置いたラディッツは、胸からお腹を撫で下ろす動作を繰り返す。何してんのかと思ったら、体に異常をきたしてないか調べてるんだってさ。失礼しちゃう!

 

「うん、どうやら合格ラインのようだな。ナシコ、料理は後片付けまでが料理だべ。お皿を洗うだよ」

「はぁい」

 

 言われた通り、二人分のお皿を回収して台所へ持っていき、スポンジを手にしてにぎにぎ。泡立たせる。

 むーん。まともな料理を作れたのはいいけれど、思ってたのと違う反応にちょっとがっかり。

 こんなに頑張ったのに美味しいと言わせられないとは……くそー。

 

 ああや、悟飯ちゃんには言って貰えたけど、うーん、悟飯ちゃんは気がきくからなあ。お世辞って可能性も……。

 うー、私が納得できない。もっとちゃんとしたもの作って、アッと言わせてやるんだから!

 

 

 

 

 ある日のナシコ家。

 

「おい、ナシコの奴はどうした」

 

 洗濯物を干し終えたラディッツが屋内に戻ると、先程までリビングでだらけていたナシコの姿がなかった。

 

「重力室でトレーニングだとよ」

 

 ソファーに深く腰掛け、足を組んでその上に乗せた雑誌を読んでいるターレスが答える。

 それならば珍しくない。ダイエットと称して奴はよくよく重力室に籠るのだ。

 薄く張った腹に贅肉がついたためしなどなく、効果など見込めないというのによくやる。

 呆れて溜め息を吐こうとしたラディッツだが、続くターレスの言葉に動きを止めた。

 

「『そうだ! 界王拳の倍率50倍まで上げれば超サイヤ人じゃんwww』とかいってぶっ倒れたぞ」

「…………阿呆め」

「同意だ」

 

 体に深刻な負荷がかかる界王拳を、いきなり50倍まであげて無事でいられるはずがない。

 今は自室で休んでいるらしいが、一歩間違えれば大惨事だ。もしあの重力室に使用者の状況に応じて自動で重力が元に戻る仕様が無かったらと思うとぞっとする。あの天才一家は本当に良い仕事をするな。今度また、感謝の品を持って挨拶に向かわねば……。

 

「ナシコの奴め、あいつは昔から自分の体のことなどこれっぽっちも考えておらん」

 

 思えば体を苛め抜く無茶な修行法といい、どこか自分の体をないがしろにしているフシがある。

 あれほど身体に自信を持っているようでいて、その実どうでもいいとでも思っているかのようだ。

 家の中では開けっ広げで恥ずかし気のないのは……俺達を男としてどころか人間として見ていないからだな。

 

 ……などと自然に思考し、それに疑問すら抱かないラディッツは、もはやペット以外の何物でもなかった。

 

「仕方あるまい……アイスでも持って行ってやるか」

「フ、お優しいことだ」

 

 雑誌からは目を離さずからかうターレスに、言い返そうとしたラディッツは、結局何も言わずに口を閉ざした。

 その通りだとは自分でも思う。どうにも、気が付けば奴の世話を焼いてしまうのだ。甘やかしてしまいがちである。

 今回のような場合なら、二度と同じ事をしないようビシッと言ってやるべきだというのに……。

 そういうのはウィローの役目になってしまう。どうもナシコには強く出られない。

 

「オレもお前も、ナシコに首ったけというわけだな。ハハハ」

「むう」

 

 そう言われても反論できないラディッツだった。

 

 

 

 

 お勉強が一息ついて、お外に遊びに行ってもいいよと許可を貰った悟飯ちゃんを連れて、私達は草原地帯へやってきた。

 緑の絨毯が広がって風に揺れる、とっても気持ちの良いお気に入りの場所!

 

「たはー、悟飯ちゃん上手!」

「ナシコさんには、まだまだ敵いませんよ」

 

 謎の石柱、ストーンヘンジ的何かの根元に揃って腰を下ろし、汗ばんだ身を風に晒す。

 胸元の服をぱたぱたやりながら彼のボール捌きの上手さを称えれば、おだて返された。

 へへ、それほどでも。って、むむっ、悟飯ちゃん~?

 

「ナシコ『お姉ちゃん』でっしょー?」

「う、で、でも恥ずかしい……」

「なーにを恥ずかしがる事がありますか!」

 

 ほら、りぴーとあふたみー、お・ね・え・ちゃ・ん!

 と促しても、悟飯ちゃんはもじもじするだけ。

 さっきサッカーしてた時の屈託のない笑顔はどっかに飛んでっちゃったみたい。

 

「でも、私の方がお姉さんなのは事実だよー」

「それは、そうですけど」

 

 年齢は言わずもがな、身長だって、今の私の方が悟飯ちゃんより頭一つ半分大きいのだ!

 これはもう、お姉ちゃんって呼んでもらわなきゃ損だよね!

 というか私が呼んでほしいだけなのだ。呼んで呼んで呼んでー!

 なーんて、駄々をこねたりはしないけど。だってお姉ちゃんだもんねー。

 

「へへ、ナシコさん、本当はずっと大人の人だってわかってるはずなんですけど、こうして一緒に遊んでもらって……なんだか、大人って感じがしないです」

「むーっ、それはちょっと聞き捨てならないなあ」

 

 確かに悟飯ちゃんとお外で遊ぶのは楽しくて、童心に帰っちゃってるような気もするけど、これでもナシコは大人の女なんだぞー!

 って、あれ? いや、違う違う。私は子供なのである。ぴっちぴちなのである!

 子供である事に拘っていたはずなのに、子供っぽいと言われるとムッとしてしまうのはなんでだろう。

 複雑な乙女心ってやつだろうか。たぶんそうだろうなー。

 

「ようは、悟飯ちゃんに私の大人さとクールさを伝えればいいわけだ」

「ええー、でもナシコさん、全然クールって感じしません」

「言ったなー!」

 

 ちょっとナマイキを言う悟飯ちゃんに飛び掛かってこしょぐり倒せば、わあわあと歓声をあげて転げまわる。

 その笑顔が移ったのか、私も表情が緩むのを抑えられなかった。

 だって、その生意気さも打ち解けてきてる証拠だもんね。親しい仲じゃなきゃ悟飯ちゃんだってそういう事言ってくれないだろうし、嬉しいなー!

 

「あはは、あは、お、お返しです!」

「わっこの、ひゃわ! あうっ、お腹だめお腹ーっ!!」

 

 マウント取り返されてわしゃわしゃとお腹をくすぐられるのに両足をばたつかせる。

 わりかし本気で暴れてるのにびくともしない……ほ、本気だ……本気で私をわらかしにきてるんだ……!!

 

「降参……白旗……し、しぬ」

「あはははは! ブイ!」

 

 ひらひらと手を振って降伏宣言をすれば、突きつけられるビクトリー。

 うぐぐ、おのれー! ゆるさん……絶対にゆるさんぞ、後で不意打ちこしょぐりしてやる……!

 

 こしょぐりあいっこなんて、遊び始めたばかりの頃に彼の緊張を解すため仕掛けて以来、幾度もやってきた遊びだ。もはやお互いの弱点など全部わかっちゃってて、背中とか尻尾があった付け根のあたりが弱い悟飯ちゃんに対し、ほぼ全身どこでもくすぐったい私のバトルは、最近もっぱら悟飯ちゃんに軍配が上がっている。

 お腹という新弱点も開発されてしまった……もう駄目だ、おしまいだ……こしょぐり殺される!

 

 ころんとうつ伏せになって腕をつき、体を起こす。垂れた髪を背側へばさりと押しやって、乱れた衣服と息を整える。邪魔にならないようポニーテイルに纏めた髪も、これだけ長いとわりかし鬱陶しい。

 でも髪は女の命だし、せっかく綺麗なんだから切っちゃうのはもったいない。イメージも変わっちゃうしね。

 

「ふー、ふー」

「はぁー疲れたぁ」

 

 息を整えつつ立ち上がり、石柱に背を預ける悟飯ちゃんを見下ろす。

 

 実はこうして全力で遊ぶのは、悟飯ちゃんの戦闘力を衰えさせない作戦でもあるのだ。

 今のところ私の方が強いから、こういうのでも鍛えるのになるかなーって思ってるんだけど、どうかな。

 特に実感はない。効果あるのかどうかよくわかんない。

 楽しいから、なんでもいっか。

 

「『じゃあ見せてやろう……スーパーアイドルの、圧倒的クールさを!』」

「……! あはは、ベジータの声だ」

 

 唐突な声真似に笑いを零す悟飯ちゃん。

 ベジータなら絶対口にしないだろう単語がおかしいのだろう。

 ふふ、そうやって油断していられるのも今のうちだ。

 

「んっん!」

 

 一つ咳払いして、彼に背を向けて立つ。

 くっついてた草やら何やらを払い落とし、風になびく髪を押さえて一呼吸。

 

 ──さあ、はじめようか。

 

 

 

 

 ボクが初めてナシコさんと出会ったのは、もっと小さな頃だった。

 家に押しかけて来た、ピッコロさんとは似ても似つかない魔族の人達に攫われてしまった時だ。

 

 目的は帽子の飾りのドラゴンボールだったみたいで、三人の魔族を従えた小柄な奴が神龍を呼び出し、願いを叶えて不老不死になってしまった。

 用済みになったボクを始末する、なんて話が出てきて、怖くて泣いている時に、空の彼方からやって来たのがナシコさんだった。

 

『やってくれましたね……初めてですよ、この私をここまでコケにしたお馬鹿さん達は……』

 

 最初、その気配を感じた時は、お父さんが来たんだって思った。

 ずっと優しくて安心するような気を発していたから……。

 でも、現れたのは、帽子に眼鏡をした茶髪の女性で、全然知らない人の出現と、包み込むような大きな気配に、いつの間にか涙が止まっていた。

 

『何者だ? いや、答える必要はない。……殺せっ!』

 

 小柄な魔族の命令に、三人の魔族が女性を取り囲んでじわじわと距離を詰める。

 危ない! そう思っても、怯えていたボクはなんにもできなかった。

 でも手助けなんて必要なかったんだ。

 

 その人はまったく動く素振りも見せずにいたのに、三人の魔族をいっぺんに吹き飛ばしてしまった。

 何をしたのか全然見えなかった。それは小柄な魔族も同じだったみたいで、開いた口が塞がらないって顔をしていた。

 

『お、おのれ! こうなれば私が直接相手を──』

 

 ボンッとその体を何倍にも大きくした元小柄な魔族は、言い終える前に頭を掴まれていて、そうと分かった時には空へと放られていた。

 

『お、お、おおお──!!?』

 

 女性の姿が掻き消えて、かと思えばさっきまで魔族がいた空に、足を上げた体勢で現れていた。

 なんだかよくわからないけれど、悪者はみんなやっつけられたみたいだ、と心底安心したのを覚えている。

 

 地上に降りた女性は肩を落として落ち込んでいた。

 ボクに気付くと近づいてきて、あやすように話しかけてきた。

 その時はナシコさんのことをなんにも知らなかったから怯えてしまって、ずいぶん困らせちゃったな。

 

 助けに来てくれたお父さんも、睨みつけたその人が泣いて逃げ出すのにびっくりして、悪い事をしたと言っていた。

 

 その次に会ったのが、地球にベジータ達が現れた時だ。

 格好も髪の色も違ったけれど、包み込むような大きな気配ですぐに『あ、あの時の人だ!』ってわかったんだ。

 

 前にお父さんとピッコロさんが力を合わせて倒したはずの、お父さんのお兄ちゃん……ボクにとって叔父さんにあたる人が現れた時もびっくりしたけど、その人が絶体絶命の時に現れた、華やかな衣装を身に纏ったナシコさんにも凄くびっくりした。

 

 だってナシコさんは、なんでもないような攻撃でベジータを吹き飛ばしてしまったのだ。

 ああ、この人はとんでもなく強いんだ、って肌で感じた。

 

 その次が、ナメック星。

 サイヤ人には瀕死から復活した時に大きく力を上げる特性があるらしくて、大幅にパワーアップしたベジータが、フリーザの手下に体を奪われてしまった時。

 お父さんもやられてしまって、もう駄目だって時に、ナシコさんが現れた。

 なんだか不思議なやりとりをしていたけれど、なんとかその場を収めてボク達を助けてくれたんだ。

 

 それから──。

 何故か小さくなった彼女は、頻繁にボクの家へ遊びに来るようになった。

 神龍に頼んで子供に戻してもらったらしいけど、ボクにはどうしてそんなお願いをしたのか、よくわからなかった。

 

 でも、彼女がボクやお母さんの事を思って遊びに来てくれているのはわかっていた。

 お父さんがいない寂しさを埋めるように、めいっぱいボクと遊んでくれたり、お母さんの話し相手になってくれたりしたんだ。

 

 叔父さんとはその時に仲直りした。

 お父さんを傷つけた事を謝ってくれたのだ。

 なんだか複雑な気分だった。叔父さんのせいでお父さんは死んじゃったけど、生き返ったし、全然気にしてないみたいだったし……。

 

 だからボクも、咎めるような気持ちにはならなかった。

 でもこの話はお母さんにはしない方がよさそう。

 カンカンに怒って、ラディッツ叔父さんの方が殺されちゃうかも……。

 

 ナシコさんが有名な人だっていうのも、知ったのは最近の事だ。

 ほんとは、今までも何回かテレビで見た事があったんだけど、それが本物の彼女と結びついていなかった。

 だって、アイドルさんがあんなに強いだなんて、普通は思わないよ。

 

 一度だけ、お母さんには内緒で手合わせしてもらった事があるけれど──空想の中で戦いあおうとしたのだけど、ナシコさんは『そんなのできっこないよ!』って不貞腐れちゃった。そういうの苦手みたい──ほんとに強くて、まるきり大人と子供だった。

 

 想像よりずっと強いナシコさんは、お父さんと同じ技でもっともっとパワーアップできると気づいて、思わず興奮しちゃって、何度も凄いって言っちゃった。

 最初は照れていたナシコさんだけど、でも、なんでかボクの方が強いって言うんだ。そんな事ないのに……。

 

『どうした孫悟飯……怒って、真の力とやぁらを見せてみろ──』

 

 腕を組んで、悪者みたいな笑みを浮かべて誰かの声真似をするナシコさんは、ちょっと怖かった。

 でもやっぱり、遊んでる時のナシコさんは、ボクとおんなじくらいの年に感じられて、とても親しみやすかった。

 あんまり女の子って感じもしないって言ったら、きっと怒るだろうな。

 

 最初こそ女の子だってことで緊張したりもしたのだけど、うん。やっぱり思い返してみても、全然。

 それだから、ボクはいつの間にかナシコさんと触れ合うのも、くっつきあうのも全然平気になって、それまで以上に仲良くなっていった。

 

 お姉ちゃんって呼んでって言われるのは、困っちゃうけど……。

 だって恥ずかしい。家族じゃなくても、呼ぶのはいいとは思うけれど、気恥ずかしくってたまらない。

 何度もお願いする彼女には悪いけれど、こればっかりは駄目だった。

 

「よーし、ならクールなナシコをお見せしちゃおう」

 

 そして今日もまた、ナシコさんはお姉ちゃんと呼んでとお願いしてきて、ボクが恥ずかしがると、何やら得意げにボクの前に立って背を向けた。

 

 ところでアイドルとしてのナシコは、最初はもっぱらクール系で押してたんだよね。

 ……信じてない? ならばご覧に入れましょう!

 そんな言葉とともに。

 

 風が止むのを待ち、結っていた髪を解く。

 ばらりと解ける髪には癖一つなく、陽の光を流れさせて。

 流れる川のようだった。

 

「──……!」

 

 ほんのちょっと足を引いた彼女の横顔が見えた時、ボクは自分の中に大きな衝撃が走るのを感じた。

 いつもきらきら輝いてる瞳が、氷のような冷たさを持って細められていた。

 耳の後ろに髪をかける仕草には自然と大人だって思わされて、それから──。

 

 ボクを振り返った彼女がふっと微笑むのに、視界が揺れた。

 驚くとか、そういう次元じゃなかった。

 あんなに子供っぽいって……ボクと全然変わらないって、女の子だなんて思えないって考えていたのに。

 

 切れ長の目が流れて、静かな雰囲気の纏わった彼女は、がらりと雰囲気を変えて、女の子を通り越して、女性だった。

 

 ──優しい気配から一変して凍てついた鋭さのある、アイドルナシコのもう一つの貌。

 

「どうかしら。カッコよく見える?」

「す、すごい! すごいですよ!」

 

 表情一つでこんなに変わってしまうなんて……ボクが思っていたより、ナシコさんはずっと凄い人だったんだ。

 アイドルだってことを、そんなに大きく捉えていなかった。草塗れになって無邪気に遊ぶ彼女を、自分と同じ普通の子だって思っていたんだ。

 

 ボクは本当の意味で、大人である事を……プロである事を、その凄さを思い知った。

 ナシコさんを尊敬する気持ちが生まれたんだ。

 漠然と抱いていた将来の世界。未来の自分の、至るべき姿を見せて貰えたようで、無性に嬉しくなった。

 

「そう──じゃあ、お姉ちゃんって呼んでくれる?」

 

 ……それとこれとは、話が別だけど。

 だって、うう。恥ずかしいのに変わりはないんだ。

 ボクがもうちょっと小さかったら素直に受け入れられてたかもしれない……そう考えると、ああ、ボクって子供だなって思ってしまった。

 

「ああーんもうなんでなんでなんでー!?」

「わ、な、ナシコさん?」

 

 どたーん! と仰向けに倒れ込んだ彼女は、そのままごろごろと転がり回って、あげくに手足をばたつかせて駄々をこね始めた。

 

「お姉ちゃんって呼んでよー! 呼んで呼んで呼んでぇー!」

「ええ……」

 

 あれ……?

 さっきまで、たしかにナシコさんは大人だったのに……。

 今は、まるきりボクより年下の女の子みたいに見えてしまっている。

 

「呼んでくれるまで泣いちゃうよ! いい!?」

「そんなぁ、困りますよぅ……」

 

 困惑していれば、暴れるのをやめてへたりこむ体勢に移った彼女は、瞳をうるうるさせて脅してきた。

 泣かせちゃうなんて!

 ああ、どうしよう……困ったな。

 

「だめか。ちぇー」

 

 どうしたらいいのか全然わからなくて、お父さんやピッコロさんに助けを求めたい気持ちでいっぱいになっていれば、ナシコさんはケロッとなんでもない表情になった。

 ……ず、ずるい……。嘘泣きだったんだ……。

 

「これも大人の女の武器なのだ!」

 

 唖然としていれば、ナシコさんは髪を掻き上げて、得意げに胸を張って自慢した。

 そういう大人っぽさは、いらないかな……。

 ていうか、全然大人に見えないし……。

 

 ナシコさんと隣り合って座る。

 しばらく会話はなかった。

 でも、心地良い雰囲気だった。

 

 そういえば、そうなんだ。ナシコさんといると、自然と気分が落ち着いて、穏やかな気持ちになれる。

 失敗して落ち込んだ時も、怖い夢を見てしまった時も、寂しい時も──。

 だからナシコさんと一緒にいると、楽しいんだ。

 

「~♪」

「わ……」

 

 時々、ナシコさんは気紛れに歌をうたう。

 どこまでも伸びていくような、よく通る声と、耳に馴染む綺麗な音。

 今日のは、ボクの知っている歌みたいだった。

 

 口笛の気持ちだよ~って教えてくれたナシコさんに、首を傾げる。

 こないだ、ピッコロさんに怒られたボクの口笛……あれはその場で気ままに吹いていただけだから、歌詞とかは特にないはずなんだけど、なんでか彼女は当然のように歌っていた。

 ……その後にピッコロさんらしき声真似でも歌ったけど、途中から誰の真似をしてるのか全然わからなくなっちゃった。

 

「……ナシコ、お姉ちゃん」

「~♪ ……んっ? 何か言った?」

「いえ、なんでも……あはは」

 

 今度は格好良い感じの曲──バトルオブオメガって言うんだって──を歌うナシコさんに、そっと呼びかけてみる。

 反応されるとすっごく恥ずかしくなって、咄嗟に誤魔化してしまったけれど……。

 ……悪い気持ちじゃ、なかった。

 

 気ままに歌うナシコさんの隣で、足を投げ出して、耳を傾ける。

 くっついた体の半分が、声の振動で震わされて、それがとても気持ち良くて。

 

 ──なぜだか、とてもどきどきした。




TIPS
・死の料理
調理は普通だった。材料に仙豆がふんだんに使われている以外は。

・お野菜嫌い
ただの子供舌。

・花嫁修業
女の子にはプリンセスの日がくるのだ。

・超サイヤ人を超えろ! ナシコ、決死の50倍界王拳
ただの馬鹿。

・お姉ちゃんって呼んで
ただのショタコン(ピッコロ)

・呼んで呼んで呼んでー!
ただの駄々っ子。

・口笛の気持ち
映画「超サイヤ人だ孫悟空」の劇中歌。
ナメック星人が高音を苦手とする事が判明した。

・口笛の気持ち ピッコロ編
悟飯の口笛に苦しみ悶えるピッコロの歌。
全国1千500万のピッコロファンの皆さんに親しまれているナメック的ヒットソング。

・Battle of Omega
PS3の対戦格闘ゲーム、レイジングブラスト2の主題歌。
熱く激しい曲調は対戦時に大いに盛り上げてくれる。

・悟飯
そのドキドキは恋って奴だべ。オラにはわかる。
ところでこの子ほんとに5歳?
明らかに知能指数は一歩も二歩もナシコの上をいっている。


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第二十四話 思いつき症候群

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「んー、修行してみよっかな?」

「なんだ藪から棒に」

 

 レッスンを終えて、新人の子とお喋りしてたら、ふとそういう事がしたくなった。

 付き合ってくれていたウィローちゃんが怪訝そうにするのに笑いかける。

 へへー、思い付きー。

 

 むふんと無意味に得意げにすれば、真新しい染料の匂いが入り込んでくる。

 新築の事務所は下にカフェありエステあり、上にシアターあり遊戯室あり、お外に屋内プールありとなんでもござれの最新鋭。

 こないだオーディションに合格した子やスカウトされてひょっこり来た子もいるから、どこを見ても新しいものばっかりで、私まで若々しいやる気に満ち溢れてしまったのだ。

 

「あああのっ、な、ナナナシコちゃんに会えてとっっても嬉しいです!」

「そ? 私も可愛い子に好かれて嬉しいよー」

「かか、カワイイだなんてそんな……ふぅ、ふぅ……」

 

 このどもりまくってるのはもちろん私じゃなくて新人の子。

 見よ、この先輩然とした私を! ちゃんと喋れてる! 凄いでしょ!! さいっきょうっでしょ!?

 でも身長は向こうのが上だし向こうのが先輩に見えるんだよなー。

 

「後でまたお伺いします。その時に、あの、さ、サインを頂けたらと……!」

「うん。いいよいいよー」

「ほんとですか! やったぁ! ああ、アイドルになって良かったぁ……ありがとうございます! あの、ナシコちゃんのこと、お母さんも大好きで、昔っから大ファンで……なのであの……そ、それじゃあまた!」

「くすっ。転ばないようにね?」

 

 初々しさ全開でレッスンルームを飛び出していった子を見送って、ちょっとして。

 がくりと膝をつく。もはや瀕死である。

 はぁぁー……会話しんどかった……。

 

「お前のそれはどうにかならぬのか」

「性分なので……」

「わたし達と話す時は普通だというに」

 

 それは、ウィローちゃん達は家族みたいなもんだしー。

 あ、でも昔はお義父さん相手でもコミュ障発揮してたから、家族とか関係ないか。単に私があがり症なだけ。

 ていうかさ、さっきの子さ、地味に現実突きつけてきてたよね……そっかあ、私、彼女のお母さん世代かあ……。

 いや、そんなに経ってないでしょお!? デビューから12年だよ私! 彼女が14歳だとしても、デビュー当時は2歳……うーん、おかしくはないのか?

 

「うーやめやめ。数学は苦手なんだよ」

「お前に得意な教科などあるまい」 

「……ちょっと辛辣じゃない?」

「事実を述べているまでじゃ」

 

 くっ、否定できない……!

 そもそも彼女達の認識じゃ、私勉強してないどころか学校行ってない子だもんね!

 こう見えてきっちり高等教育受けてるんだけどなあ。

 でも悟飯ちゃんがやってる塾の宿題は一欠けらも理解できないのであった、まる。

 

 現実を突きつけると言えばもう一つ。

 さっきの子さあ、ナシコの大ファン! って感じだったでしょ?

 でも最初、真っ先にウィローちゃんに話かけてきゃあきゃあ盛り上がってたんだよね。

 その間話し相手とられた私はずーーーーっと隅っこで突っ立ってたんだよね。

 ………………複雑な気分。

 

「で、修業か。何をするつもりだ」

「んー、それは色々考えて、スケジュール組んでみてー」

「ふ……む」

 

 ウィローちゃんに話を振られてデッドゾーンから舞い戻った私は、顎に指を当ててふうむとうなった。

 思えば今までやってきた『修行』は運動不足解消レベルだった。腕立て伏せとか腹筋とかシャトルランとか、それって修行なのか? ってやつ。

 組み手だとかもしたことあるけど誰とも全然勝負にならないし、100倍の重力も大して負荷にならないし。

 じゃあまともな修行をしてみよう! ってなるじゃん?

 

 ……んん? なにウィローちゃん、その遠くを見るような顔は。あの、どこ見てんの? おーい?

 

「ふむ、珍しいな。ナシコが勤勉な態度をとるのは50年に一度あるかないかだ」

「……辛辣過ぎない?」

「冗談じゃ」

 

 いや、今のウィローちゃんの声音、完全にマジだったよ……?

 私だってやる時はやるんだよ! 見てろよー、超サイヤ人とか超えちゃうくらい強くなってやる……!

 

 燃えに燃える私は天井の隅を指さして、そこに輝くアイドルの星に誓った。

 新技とか開発して、ぜーったいみんなの度肝抜いてやる!! 

 

 そうしてその晩、お家に帰ってさっそく重力室に駆け込んだ私は、これ以上ないくらいの猛特訓を開始した……!!!!

 

 

 

 飽きた。やめた。

 料理しよう。

 飽きた。遊びに行こ。

 

「そうれみろ」

「う……」

 

 ちゃちゃっと準備して髪纏めて地味子の装いでお外へ行こうとしたら、玄関脇にスタンバってたウィローちゃんがしたり顔で煽ってきた。

 ぐぬぬ……きょ、今日はちょっと気分が乗らなかっただけだし! ほんとはもっと凄いし!

 そもそも修行って何すればいいのかわかんないんだよそれがいけない……浮遊ロボットでシューティングでもすりゃいいの?

 

 でも私が気弾飛ばしたりしたら一発で消し飛ばしちゃうし……全部壊しちゃったから新しいの作ってー、なんてブルマさんに言えないから、そういうのもできない。

 ……私が壊さなくてもうちのサイヤ連中が全破壊しちゃうんだけどね!

 はぁあ……新造をお願いしに行く私の身にもなってほしい。超気が重いんだから……。ブルマさんやブリーフ博士は快く引き受けてくれるし、嫌な顔一つしないけど……。代わりに歌うたったりしなくちゃいけなくなるんだから。

 

 ナシコの生歌は、そりゃ確かに貴重かもだけど、それを代価にするのはどうなのかなー。素の状態で改まって歌うのってかなり恥ずかしいんだよね。ブルマさんは、そんな私の羞恥心を楽しんでる感じだし、ブリーフ博士はいつもぼーっとした顔で聞くし、奥さんはずーっと笑ってるしで調子狂うし……。

 

「トラブルは起こさぬようにするのだぞ。何かあったらすぐに連絡しろ。くれぐれも気を抜かないことだ」

「はぁ~い。わかってますよーだ」

 

 ウィローちゃんってば、そんなのわかってるよっ。子供じゃないんだよー、見た目は子供だけど。

 ちゃんと自分が有名人だって事自覚した行動を心がけます。トラブルとは無縁でいたいしね。

 

「そう言って誘拐されかけたのはどこのナシコだ?」

「いや、あれは……はい」

 

 指摘されたのは、ちょっと前に連れ去られそうになった事だった。

 連れ去る、なんて言っても、怪しい奴が怪しい事を言って誘拐しようとかそんな感じじゃなくて、感じの良いお姉さんがアンケートに協力して欲しいって言うからついていっただけ。

 

 悪い事なんかしそうにない柔和な笑顔の人だったのですっかり油断しきっていた私は、出されたジュースを飲んじゃって、意識を失って。

 気が付けばお家で、般若なラディッツにウィローちゃんのダブルお説教が待っていたのだった。

 

 ああいうのは回避不可能だと思うんだけどー……言い訳しようとすると怒られちゃうので、素直に頷いておく。

 

「どこへ行く」

「ちょっとそこまで~」

 

 腕を組み、私を見据えるウィローちゃんにウィンクして、お外の世界へ飛び出す。

 うひー、風が気持ち良い! 絶好のお散歩日和だね! あれ? 夜だとなんて言えばいいんだろ。

 予定も目的地もないけど、たまにはそういうのもいいよねーってねー。

 

 子供に戻ってから、なんだかみんな揃って不安だ不安だって心配してくるようになったけど、そんなの必要ないのにね。

 夜遊びだってできちゃうんだぜー。

 

「……お?」

 

 さあ遊ぶぞ、と空に飛び上がった気がしたのに、なぜか寝っ転がっていた。

 ええ、今までのは夢? どこからどこまでが?

 寝ぼけ頭で体を起こせば、ごろりと何かが転がり落ちた。

 んー? ……マイク? なんぞ……?

 

「うー、頭いたい……」

 

 なんかガンガンする。肌も熱っぽかったり冷たかったりで風邪ひいてるみたい。

 というかここ、私の家じゃない。

 部屋を見回してみれば、あー、あれ。カラオケ。そんな感じ。

 

「あ、起きた?」

 

 ガチャリと扉が開いて、男の人が入って来た。

 その瞬間がなぜだか凄くゆっくりに見えて、さあっと血の気が引くのを感じた。

 ウィローちゃんの注意が脳裏をよぎる。

 ひょっとして私……とんでもないことになっちゃってるんじゃ……?

 

「……うん。いや、トンデモないコトされたのおれね」

 

 部屋に入って来たのは、えらくくたびれた様子のクリリンだった。

 おお。

 ……なんだこの状況。

 

 とりあえずマイクを拾い上げてふらつかせる。うーん、頭いたい……。どういうじょーきょー?

 どうぞ、とクリリンがお水をくれたので飲む。つめたくておいしー。ありがとね、と微笑みかけたらシュボッと真っ赤になっちゃった。……クリリンってなんかかわいいよね。おじさんなのにね。

 

 ぼーっとマイクを握っていると、その様子じゃなんにも覚えてないみたいだね、とクリリンが言うので、こくこく頷く。

 何が起こってるのかさっぱり。絶賛大混乱中。

 えーと、何かご迷惑をおかけしました?

 

「いや、驚いたよ。街中で偶然出会ったのもそうだけどさ、お酒飲むとも思ってなかったから」

「え、お酒……ですか?」

 

 私、お酒はあんまり飲まない人間なんだけど……なんだろ、クリリンと会って、盛り上がって、ノリで飲んじゃったりしたのかな。

 彼だって結構好きな人だからなー、そういうことしちゃうかもしんない。

 

「そしたら大暴れするんだから、参っちゃったよ……ナシコちゃんって酒癖悪いのな」

「ええ~……」

 

 よくみたらクリリンさんが着てるシャツ、よれよれだ。裾とかめっちゃ伸びてるんだけど。……下手人はだれだっ!

 

 話を聞くと、偶然出会った彼を遊びに誘ったのは私で──なんとなく思い出してきた。夜遊びできるぜってのを証明したかった的な思考をしていた気がする──、気後れしない貴重な相手に羽目を外して、普段は飲まないお酒を飲んで、大して強くないのは昔から変わってなかったのかすぐに潰れちゃったらしい。バタンキューしたのはまさにここ。カラオケに無理矢理クリリン連れ込んでむりくり歌ってもらってたみたい。きっと翼をくださいとか聞きたかったんだろうなぁ、私。

 

 大暴れってのは、主にクリリンの頭を撫でたり叩いたりじーっと見つめたりと……とてつもなく失礼な事してたみたい……。でもその額のぽつぽつってずっと気になってたんだよね。ほくろ? 見せて欲しいなー。だめかな。ボタンになってたりしない……? しないかー。

 

 ぐーすか寝こける私を自分の家に連れ帰る訳にもいかず、歌って起こす訳にもいかずに困り果ててたんだって。

 

 ……マズイ。

 非常にマズイです……。

 人様に迷惑かけた事がウィローちゃんやラディッツにバレたら、夜遊び禁止令が出てしまうかもしれない。

 百歩譲ってそれはいいとしても、ながーいお説教と何がしかの罰はあるだろうし、何より不安的中したーって思われるのはヤダ!

 これは……もはや口封じをするしかあるまい。

 クリリンには悪いけど、口のきけない体になってもらうとしよう……。

 私は自分のためなら悪事もいとわないあくとーなのだよ……ふっふっふ、覚悟したまえ。

 

 そうと決まれば!

 

「クリリンくん」

「えっ! な、なんだいナシコちゃん」

 

 マイクを横に置いてぴゃっとソファから飛び降り、クリリンに急接近。

 たじたじになって背を反らす彼の胸に手を当て、壁際まで追い詰めて、そうっと頬へと顔を寄せて囁く。

 

「今夜のことは、あなたと私だけの──秘密にしようね?」

「……ふぁい」

 

 よしゃ! 言質とったり! これで一先ずは安心だねー。

 ポケーっとしちゃったクリリンが元に戻るまで、歌でも歌って楽しんでよっと。

 一瞬どうなることかと思ったけど、なんとか乗り切った。これはもう、夜遊び検定一級でしょ!

 

「ふんふんふーん」

 

 なーんて、頭の痛さも忘れてお水をのみつつ持ち曲をローテしつつ、メニューを開いて目についたものを片っ端から頼んではぱくつく一人宴を開く私は、まだ知らなかった。

 根が真面目なクリリンが告げ口してしまう事を……そして恐ろしい怪物を呼び覚ましてしまう事を……!

 

「あ、ここのポテトめっちゃおいしーい!」

「へ、へへへ……」

 

 ケチャップにつけたポテトをぱくり。サクサクほくほくでどえら美味い!!

 なんと至福のひとときなのだろう。

 夜はまだまだ永いのだ。今日は朝まで歌いまくるぞー!

 

 

 

 

 くっそ怒られた。なぜだ。なぜバレたのだ。

 ううう、クリリンには悪いことしたって思ってるよぉ~!

 独占ミニライブ開催するからゆるしてゆるして……。

 

 

 

 

 私とウィローちゃんのユニットは、大人な私と子供なウィローちゃんの組み合わせで色んな表情を持っていて、表現の幅も広かった。

 今は子供同士、目線もばっちり合うユニットになっちゃったけど、幸い私と彼女とではタイプが違うのでバリエーションには困らない。

 クールな私と、天真爛漫なウィローちゃん……これは見た目の話。性格は真逆だね、私が元気爆発担当で、ウィローちゃんはカッコイイ担当って感じ。

 

 その役割に変わりはないけれど、既存の曲の、身長差で魅せる事を前提としたダンスだとかは見直さなくちゃいけなくなって、振り付け考える人には負担をかけてしまった。

 

 なんというか、私の勝手で方々に迷惑をかけてしまって申し訳ないと思うけど、子供に戻った事を後悔はしてない。

 だってこっちのがかわいいもんね。私だって、この体ならもっと自信を持てるし、よりよいパフォーマンスもできると思う。

 

 とはいえ戸惑って少し離れたファンもいる。

 大人の自分を求めている人もいる。

 でも大丈夫。この魅力で全員私の所へ戻って来るくらいメロメロにしてやるのだ!

 

 ──なんて事を、モデルのお仕事をしながら考えたりしたのです。

 小さくなってからこっち、もっぱら雑誌の撮影なんかは動物と絡む事が多くなった。

 癒し系って言うのかな。そういう売り方に切り替わったみたい。

 私としては助かるなー。着飾ってポーズとってパシャリなカメラさんとの一対一より、意識を向ける事の出来る生き物がいるこっちの方が気が楽で良い。

 しかしこの後のお仕事はマンツーマンな取材なので気が重い。はやくお家帰ってのんびりしたーい……。

 

 そんな風にお仕事に勤しんだり、悟飯ちゃん達と遊んだりしていれば、あっという間に時間は過ぎて、ナメック星のドラゴンボールが再び使えるようになった。

 ブルマさんから連絡があって、集まる事になったので支度をする。

 

「もう130日も経ったんだねー。こないだまで寒いと思ってたらもうあったかいんだもん」

「年を取ると時間の流れがはやく感じるようになるというが、若い体であってもそれは同じだな」

 

 ドレッサーに座ってぼやくウィローちゃんに、とっときのお櫛でさっさか髪を梳いてあげながらそうねーと同意する。

 お互い結構年寄りだよね。私もこう見えて、前の世界を含めれば60超えているのだ。

 でも体が若々しい期間が長かったおかげなのか知らないけど、全然老いてる感じがしない。

 ……単に私が成長できてないだけなのだろうか。

 

 それともちゃんと成長してる? 自分じゃわかんないよね。今のところ、誰からも「おばあちゃんみたい」とか言われた事ない。

 あっ、大人とは思えない、なら何度も言われてる!

 やっぱナシコは若々(わっかわか)しいんだよなぁ~ん♪

 

「ほい完成!」

「うむ。ありがとう」

「どういたしましてだぜー」

 

 ポニテに纏めてはい完了、今日もウィローちゃんはとってもかわいい!

 後ろからぎゅっと抱き締めれば、鬱陶しいって睨まれた。でも腕を払ったりはされないのである。私がしつこく抱き着くから、もはや追い払うのも面倒なんだってさ。

 ところでこういう後ろから腕を通す感じの抱き着き方ってなんて言うんだっけ。あすなろ抱き?

 どこかで聞いた覚えがあるけど……なんだっていいか。ウィローちゃん体温高くて、くっついてると気持ち良いー……。

 

「さっさと行くぞ」

「はあい。待たせちゃ悪いもんね」

 

 それは私達の支度を待っているラディッツとターレスしかり、ヤムチャさんの帰りを待ってるブルマさんしかり、みんなを生き返らせようと集まっている悟飯ちゃん達しかり、母星に帰ろうとしているナメックの人達しかり。

 

「ごめーんお待たせー!」

「ああ、待ったぞ、まったく。早く乗れ、時間が押している」

 

 整地された外に車を回して待機していたラディッツに、顔の前に手を立ててお詫びして、助手席の方へ回り込む。

 と、窓越しにターレスと目が合った。頬杖ついて空を眺めてぼーっとしてたみたいで、目が合うと、なんだか気の抜けた顔をされた。

 う、わー……今の、完全に悟空さんだったよ……!

 なんだか最近、ふとした時にターレスが気の抜けた表情をしているのを見る事が多くなったような。

 なんだろう、燃え尽き症候群にでもかかってしまったのだろうか。ラディッツも一時期そんな風にフニャッツになっていたのを思い出す。

 かわいかったよなーあの頃は。今はナマイキになっちゃってさ、やれ早く寝ろだの部屋を片付けろだのうるさいの。あの頃のフニャッツ帰ってきてー!

 

「お前に任せるとウィローの準備まで時間がかかるな」

「あのねー、女の子の支度にゃ時間がかかるのはトーゼンでしょ!」

 

 とりゃっと助手席に飛び乗って、シートベルトをいそいそ。

 ウィローちゃんがターレスのお隣に座り、シートベルトを締めるのをミラーで確認したながらぶつくさ言うラディッツに憤慨する。カプセルコーポレーションに行くんだから、恥ずかしくない格好をしなくちゃいけないし、何より今日は復活記念パーティだって開かれるんだよ。めいっぱいおめかししなくちゃ!

 

「まあなんだ……キマってるぞ」

「お? ……へへー、さんきゅ!」

「ふん」

 

 前を向いてハンドルを握ったラディッツの珍しい褒め言葉に、ちょっと照れちゃいながらもおどけてお礼を言う。

 ほんっと……照れちゃうんだけど。

 いっつも眉つりあげてばかりなのに、なんで急にそういう事いうのかなー。

 

 座席に体を沈めて、そうっと羞恥の息を吐き出した。

 

 

 

 

 都の空は星一つない暗闇に覆われ、光を纏う巨大な龍が私達を見下ろす。

 カプセルコーポレーションについた私達は、挨拶もそこそこにポルンガと相対した。

 

「では、願いを!」

 

 振り返ったデンデが促すのに、ブルマさんやそれぞれと頷き合って、段取り通りみんなの代表としてブルマさんが前へ出た。

 

「私の心の中の願いを叶えてちょうだい!」

『──この者の心の中の願いを叶えたまえ』

 

 その願いを、ナメック語に変換してポルンガへ伝えるデンデ。

 ブルマさん、さっそく私の伝えた神龍活用術を実践してるね。さっき会った時張り切ってたもんね。指折り数えて叶えたい願いを鼻息荒く語っていた。両手の指じゃ足りない数も、一工夫したお願いの仕方なら、ばっちりオッケー!

 

『それは無理な願いだ……叶えられる願いの数を大きく超えている』

「えっ? ちょ、ちょっと、なんでよー!」

 

 ……あれ?

 オッケーマークを作ってくれると思ったポルンガは、しかし願いを叶えてはくれなかった。

 

「ブルマさん、欲張り過ぎなんじゃ」

「う、流石に27個は多かったかしら……」

 

 クリリンさんの呟きにばつの悪そうな顔をするブルマさん。

 た、確かにそれは多すぎ……でも、そっか。このお願いの仕方にも制限があるのか。

 そりゃそうだよね、そう上手くはいかないか。でも3つ以上叶えられるのに変わりはない。

 

「じゃ、じゃあこれならどうだ!」

 

 っと腕を振り上げたブルマさんに代わり、ナメック語で願いを告げるデンデ。

 

『無理だ。願いの数を大きく超えている』

「げげっ! 15個まで減らしても駄目なの……!?」

 

 どうやらそうらしい。

 無理な事ばかり言われてどこか不満げにしている気がするポルンガに背を向けて、慌てて指折り数えて願いを決めるブルマさんに、なんだかおかしくて笑ってしまう。

 ああ、笑っちゃいけないよね。これじゃ私が嘘を教えたみたいになってるじゃん。それは不味いよ……!

 

「10個!」

『無理だ』

「7個なら!」

『だめ』

「ろ、……5個!」

『願いはないのか? ないなら消えるが、いいか?』

「ちょっとちょっとちょっとどういうことよー!? ぜんっぜん叶えられないじゃないの!!」

 

 憤慨するブルマさんの怒りに当てられてあわあわする周囲の人達。

 その中には当然私も入っていて──どうなってんの! と詰め寄られるのに涙目になってしまう。

 そ、そんなのわからないですよぅ……。

 

「わ、私がお願いした時は、3つ以上でも、大丈夫でした……」

「ほんとです! 確かにナシコさんの心を読み取って叶えて貰った時は、ポルンガはOKしてくれました!」

 

 悟飯ちゃんの援護射撃に、顎に指を当てて唸るブルマさん。

 ナメックの人達はざわざわしてる。そういうお願いの仕方は想定してないとかなんとか……。

 

「んじゃー試しにあんたがお願いしてみてよ」

「わ、私、ですかっ?」

「そ。ヤムチャ達を生き返らせるのと、宇宙を彷徨ってる孫君連れ戻すのと、ナメックさん達をおうちに帰してやんの」

 

 どうしよ……頼まれちゃった。

 直前にブルマさんが失敗してるからすっごく気が重いんだけど……頼みを断れる訳もなく頷く。

 デンデの方を見れば、肩越しに振り返っていた彼は、戸惑いがちに頷いて促してくれた。

 

「じゃ、じゃあ、お願いね……思い浮かべてみるから」

 

 まずは、孫悟空さんの帰還──たぶん拒否されるんじゃないかな? って思うけど、いちおう。

 それからヤムチャの復活と、天津飯たち……は同時には無理だから、ブルマさんが言ってた、えーと、ナントカリロンが証明された学術書と、髪をケアできるお薬と、隈ができないようにするのと、それからそれから──。

 

『オッケー』

 

 計12個ほど思い浮かべた願いは、あっさりと叶えられた。

 

「うそー……何よ何よ、神龍の癖にヒイキとかしちゃうわけ?」

 

 願いの産物を抱えて呆然と呟くブルマさんだけど、そればっかりは私にもさっぱりわからない。

 ナメックの人達も戸惑ってるみたいだし、復活したてのヤムチャさんだってよくわからないって顔をしてる。

 

『2つ目の願いを言え』

 

 続いての願いも、流れで私が頼むことになった。

 目をつぶり、手を組んで心の中に複数の物事を思い浮かべる。

 

 ……こらっ、誰だ耳元で願い事を囁くのは! くすぐったいからやめて!

 ブルマさんじゃん!? まだお願いしたりないの!?

 ナシコが賢くなりますように──ウィローちゃん、なんなのそれは。私じゅうぶん頭いいでしょ! ギャルのパ──言わせねぇよ! 壊れない完全食洗器……ってぼそりと呟いたのはターレスで、ばかを治す薬って呟いたのはラディッツで、おうこら。何に使うんだそんなもん──悟空さが真面目になって働いてくれること……はい……わしゃぴちぴちギャルのお嫁さんが──爺さんは黙ってなさい。

 

 ヘンテコな願いは放り捨てて、ちゃんとお願い事考えなくちゃ。えーと、天津飯天津飯……あ、ついでに私のお願いも……。

 

『孫悟空というものをここへ連れてくる事はできない。後で自分で帰ると言っている』

 

 それ以外は容易い願いだ、とポルンガの目が光った。

 ああ、やっぱり悟空さん帰って来ないのかー。

 ……チチさんがカンカンになってるんだけど。怖い。

 

「この薬さえあれば、少しは暴虐を抑えられるか……?」

「ようし、これで一つ手間が減った……おいラディッツ、鍵貸せ。車に積んでくる」

「お、おういナシコちゃん、わしのお嫁さんはどこじゃ? どこにおるんじゃ!?」

「悟空さはちーっとも真面目になってねぇでねえか! ちゃんとお願いしただか!?」

「あ、これ欲しかった本だ。ナシコさん、ありがとうございます!」

「うむ、神龍謹製の櫛、確かに頂いた」

 

 がやがやがや。

 復活した天津飯そっちのけで盛り上がるみんな。

 ヤムチャが天津飯の肩に腕を回してうんうん頷いているのが遠目に見えた。

 仲良いね!

 

 それから、3つめの願いでチャオズが蘇り、ナメックの人達も母星に帰っていった。

 亀仙人は妥協して手に入れた、最近凝っているというエクササイズグッズを手にしてご満悦で、ウーロンは『ギャ』と『ル』の文字の形に焼かれたパンを二つ持って不貞腐れている。

 

「さあーっ、三人の復活を祝して、パーッとパーティいっちゃいましょー!」

「おー!」

 

 明るくなった空に目をしばたたかせながらも、私はブルマさんの音頭に合わせて勢いよく腕をあげた。

 死んじゃったヤムチャ達を復活させられて、ようやっと肩の荷が下りた気がする。

 これで心置きなくごろごろできるよー。

 

 ……今までもわりとごろごろしてた気がするけど、それはまあ、うーん。

 

 

 

 

「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! この大馬鹿者が!!」

「いったぁ~い!!」

 

 翌日、悟飯ちゃんちに遊びに行った私は、ラディッツにいっぱいゲンコツを食らわされていた。

 頭を押さえてしゃしゃっと逃げて威嚇する。治っとらんではないか! ってなに? なんの話?

 

「こんなの困っちまうだよ、どうすりゃいいんだ」

「お、お母さんが、朝起きたらちっちゃくなっちゃってて……」

 

 困り果ててる小さなチチさんの前に襟首掴まれて突き出される。

 ううー、涙出てきた……本気で叩きすぎだよ! 女の子の頭をなんだと思ってるの!

 確かにチチさん子供に戻してってお願いしたのは私だけど、だってだって、チチさんがぼやいてたんだもん。ただでさえ若々しいサイヤ人が、死んでた期間もあって全然老けてない。自分だけ年食ってるみたいでいやだーって愚痴ってたの。

 私それ聞いて、力になってあげたいなーって思ってて。

 機会があった事だし、やっちゃえーって。

 

「仕方あるまい。一年を待ってドラゴンボールで元に戻すしか」

「ええ~、戻しちゃうのぉ?」

 

 ゴチン!

 瞼の裏に星が飛ぶ。

 

「こいつ、微塵も反省の色が見えんな」

「うう、かわいいのに……」

 

 幼いチチさん、私の好みばっちしだよ~。

 ころころまるまるしてるの~。

 こーんなにかわいいのに、戻しちゃうなんてもったいない!

 そんなことしなくたっていつかは成長しちゃうんだからさー、若さを楽しもう!

 

「はは……あんまり自由奔放すぎて、怒る気力もわいてこねぇだな……」

 

 首を傾けてふるふる震えているチチさんが気の抜けた声で言うのに、良かれと思ってやったんだけど、お気に召さなかったみたい?

 ちょっとして落ち着いたチチさんは、こういうのはせめて一言くらい前もって教えてくれるのが礼儀でねーのか、と懇々と説いてきて、おっしゃるとーりです、と涙目になった。

 

「ちゃちな薬では暴虐は止められんかったか……すまん、チチよ」

「ラディッツさんが気にする事はねぇ。ま、ナシコも反省してるみてぇだし、なっちまったもんはしょうがねぇしな」

 

 頭をつっつき合わせて溜め息を吐く二人に、ぶすーっとする。

 ……悪かったとは思ってるけど、こんなに殴る事はないのに……!! 

 

「困りますよぅ、ナシコさん……」

「……ごめんね」

 

 途方に暮れている悟飯ちゃんに、それだけ絞り出した私の目線は、明後日の方向に向かっていた。

 ……ほんとごめんね!

 




TIPS
・脳トロボイス
人類特攻。
だいたいの生物を無条件で恍惚状態に陥れさせるナシコの得意技
ただし孫悟空には効果が無い

・エンジェリックスマイル
人類特攻。なんか魔術でも使ってるのかってくらい魅力的な笑み
笑って乗り切れ大作戦で効果を発揮する
た孫効無

・チャームタッチ
さり気ないボディタッチはどきどきすること間違いなし
心の壁を無視して強制的に親愛度をガン上げする
孫無

・クリリン
迷惑かけられまくったけど割と幸せそう
ナシコが大人でも子供でもデレデレしちゃう人
わりとミーハーだったが独占ミニライブによって完全にハマッてしまった
洗脳されたともいう。武闘家、ドルオタになるってよ

・チチ
少女期に戻ってしまったチチ……でも満更困ってばかりでもないらしい
なんだか悟飯ちゃんと会話しやすくなったような気がするのだとか
しかしナシコの視線がいやらしくなったのは困りものである

・ナシコ
ロリコンなロリ

・ターレス
無職

・ラディッツ
専業主夫

・ウィロー
いいとこのお嬢さんめいている
割とご近所付き合いもする

・ポルンガ
神龍のクセにひいきとかしちゃうのだ

・ばかをなおす薬
神龍謹製のおくすり
飲むと賢くなるんだと思う
ナシコのおばかは神の力を越えていたので当然無効!!

・悟飯
母親が突然子供になってしまった
戸惑ったものの、怖いお母さん像が薄れたのは確か


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とびっきりの最強対最強
第二十五話 巨悪の先触れ


 ──ピピピピピ。

 

 連続した電子音が木々の合間に木霊する。

 生い茂る葉の向こうや、森の中で動物達が息を潜める気配がする。

 この地に息づくものたちが警戒し隠れ潜もうとも、ゆっくりと左右に振られるその音は一匹たりとも残らず捉えてしまう。

 恐ろしき観測者に、動植物は、森は、静まり返っていた……。

 

「む、数値が10を超える存在を感知した……うむ、うむ」

 

 満足げに呟くウィローちゃんの左目に忙しなく数値が流れては消えていく。

 今朝からずーっとおんなじ事を繰り返しては妖しげに呟く金髪少女の横を薪を抱えたチチさんが通るのに、私は手を振って声をかけた。

 

「チチさーん、薪はいいですから、ほら、こっち来て水遊びしましょー!」

「はいはい、今行くだよー……もう」

 

 川原の丸々とした石達が声に反応して微かに震える。

 その振動をお尻に感じながら、私は大きく足を振り上げて、冷たい水を蹴飛ばした。

 飛散する水滴に夕日が映る。きらきらと零れ落ちる橙色の光はとても綺麗で、思わずきゃあっと歓声をあげた。慌てて喉を押さえて誤魔化す。今のはちょっち、恥ずかしかったかも……。

 

 ──私達は、みんなでキャンプに来ていた。

 きっかけは私が悟飯ちゃんを誘ったことだ。

 ちかごろ勉強勉強また勉強で参ってたみたいだから、たまには息抜きも必要でしょってチチさんにお願いし通したのだ。

 最初は渋ってたけれど、おねがいおねがいって擦り寄ってたらチチさんへにゃへにゃになっちゃって、それでとうとう折れて許可を出してくれたのだ。へへーん、ブイ! ナシコちゃん大勝利だぜー。

 

「ナシコも遊んでねぇでちっとは手伝ったらどうなんだ?」

「私達は子供なんですからぁー、遊んでていいんですぅー」

 

 腰に手を当ててぷんぷんと怒りながらも素直にやって来てくれたチチさんに唇を尖らせて抗議する。

 夕飯の準備はターレスに任せておけば良いのだ。テントはブルマさんが用意してくれるしー、火の加減はウーロンがやってくれてるしー。薪だって彼がやってくれるだろう。私達はお遊び担当なのです。

 諸々の準備もキャンプの醍醐味、だって? 知らんな。ナシコはお箸より重いものは持てないのだっ!

 

「まーったく……」

 

 ふははは、このロリボディはかわいいだけでなく、こういう時の面倒なお仕事も回避できるのだっ!

 雑事は回避し美味しいところだけ持っていく……それでも許されてしまう。

 なぜなら私は、子供だから!! かわいいは正義ってやつだよ、うんうん。

 

「おめぇはどうだか知らねぇが、オラは全然子供って年じゃねぇだよ……」

 

 呆れたって表情をしつつスカートを押さえて隣に座った彼女は、言葉とは違って私とおんなじくらいの容姿だった。12歳だか13歳だかくらいの時の姿だって聞いたけど、9歳相当の私とそんなに背丈は変わらない。

 めちゃんこプリティーガールだよ~。素敵素敵。黒髪ストレートも正義~。あ、金髪ポニテも大正義ね! ウィローちゃんも可愛いよ~。

 

「まったく困ったもんだべ、ナシコと違ってオラにはやる事がたんまりあったってのに、無理矢理連れ出してよ」

「まあまあそんなこと言わずに。お家に一人じゃ寂しいでしょう? それに悟飯ちゃんもお母さんがいた方が嬉しいでしょうし」

「……。ラディッツさんがいてくれるなら悟飯ちゃんの事は安心だ。そうだ、ちゃんとお勉強もするよう言いに行ってやらねえと」

 

 ああ待って待って!

 今悟飯ちゃんはラディッツと楽しく遊んでるんだから、こんな時くらいお勉強の事は忘れさせてあげようよ。ほら、向こうの方で水切りやってる二人の邪魔するのも悪いでしょ?

 って言っても聞かないよね……。困った教育ママさんだ。

 

「それなら……こうだーっ」

「きゃっ、や、やっただなナシコ!」

 

 すくい上げたお水をぱしゃーっとかければ、途端にチチさんは般若に変貌した。

 ちょ、やややりすぎた! 子供になってもチチさんのおっかなさは健在だったよ!!

 

「お返しだ!」

「ちべたーっ!? おおお思ってたより超冷たい!」

「そりゃおめぇ、もう陽も落ちようってんだべ、当たり前だろ」

「……ごめんなさい」

「わかればいいんだ」

 

 濡れた部分を手で払うチチさんに謝れば、むっと口を引き結んでいた彼女は横目で私を見て、ふっと笑った。

 

「それ!」

「きゃんっ!?」

 

 つ、つ、冷たーい!! 服の中にお水入ったー!?

 あろうことか、おもむろにお水をすくったチチさんはそれをひっかぶせてきたのだ。こう、服の中に入り込むような悪意満載の手つきで!

 

「やりましたねっ、戦争勃発です!」

「受けて立つだよ、ほら来い!」

 

 ぴょんと飛び上がって川の中ほどに着水したチチさんを追って、私も座った状態から大ジャンプ。

 無駄に空中回転して華麗に着水! 仁義なきお水かけバトルの始まりだー!

 

「ナシコよ、気を抑えろ。戦闘能力が1000を超えている」

「ありゃ」

 

 と、ウィローちゃんから注意が飛んできた。

 危ない危ない、手加減手加減っと。ふう。

 気のコントロールって感情のコントロールとセットみたいなところあるけど、どうにも私はそういうのが苦手なのだ。ちょっとしたことですぐ気が高まり溢れてしまうので、よくよくラディッツが地面に埋まってしまう。

 

「いーや、手加減なんていらねぇべ。本気で来い!」

「へへー、そういう訳には……んっん、よし、じゃあ本気でいきますよー!」

 

 ぱたぱた手を振って否定しかけたけど、うーん、せっかくチチさんも遊ぶ気分になってるみたいだし野暮な事は呑み込んで応じるとしよう。

 とりゃーてりゃーとお水をかけあう私達に満足げに頷いたウィローちゃんは、左の頬に手を当てて森の観察に戻った。

 

 ターレスが提供した最新式のスカウターを組み込んだウィローちゃんは、今朝からああやっていろんな生物の戦闘能力を計っている。だから絶え間なく計測音が響いていて、電子音にはもう慣れちゃった。

 ウィローちゃんいわく計測は「趣味みたいなもの」、らしいけど、そうやってずーっと楽しそうにしている姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供みたい。超かわいい。

 

 そういえばチチさんの戦闘力が地味に大猿超えててびびった。

 あ、大猿って言ってもちっちゃい頃の悟空さんの大猿だけど。

 数値にして130。気功波の類を使っているところは見た事ないけど、私が弾いた水の一滴にいたるまで身を捩り、躱して、服の端にも髪の毛にさえ当たらないようにしているのを見ると納得。

 悟空さんや悟飯ちゃんを相手にしていると自然と鍛えられるのだろうか。そうするとブルマさんも将来強くなりそう。単にチチさんが武術習ってたから伸びてるだけかな。

 時々私と遊んでるのも一役買ってそう?

 

 ちなみにウィローちゃんが計測した悟飯ちゃんの戦闘力は5万でクリリンが3万。

 ブルマさんが20いってて、自分の説があっていると確信しかけたけれど、どうにもその数値は護身用の機器込みの数値だったようだ。ブルマさん自体の戦闘力は全然なかった。当たり前か。

 

 ラディッツが135万でターレスが200万。私400万~。へへー、ぶっちぎりー。

 でも超サイヤ人になられたら置いてかれちゃうんだよなー。界王拳じゃどうやったって追いつけないでしょ……どうしたもんかね。

 

 いいや、そんなのは人造人間が出てくるまで考えなくてもさ、なんかやってりゃ強くなれるでしょ、たぶん。

 それより今は遊びに集中だ。私もチチさんもヒートアップしてきてお互いの間で川の水が逆巻いて水滴は雨みたい。

 ああ、なーんにも考えずにこうやってるの、楽しい!

 

 

 

 

「ふえー、びちょびちょー」

「はあ……ちっと羽目外しすぎただな」

 

 全力の水遊びによって下着までぐっしょり水を吸っちゃった私達は、火にあたって暖をとることにした。脱いだ服は紐に通してお外に吊るしておく。はやく乾くんだぞー。

 

「ほらほらあんた達、ドライヤー貸してあげるから乾かして来ちゃいなさい!」

「はーい」

 

 ブルマさんに促されてテントへ駆け込む。なんかちょっとブルマさんがピリピリしてるのは、あれ。ヤムチャと喧嘩中なんだってさ。だから今日のキャンプにも呼んであげてないんだとか。

 ベジータと付き合いだすのはいつなのか気になるなー。今のとこ、ブルマさんちでベジータを見かけた事ないんだけど。ずっとトレーニングしてんのかな。

 

 テントの中でわしゃーっとタオルまみれになって、替えの洋服に袖を通す。

 アウトドアするのにあたって汚れてもいい服を選んできといて良かった。普段の格好だったら目も当てられない事になってたかも。

 すぽんと服から頭を出して息を吐く。ぷう。柔らかい衣服の感触が気持ち良い。

 

「この体でナシコに付き合うといっつもこうだ。気が緩んじまって仕方ねぇだよ」

 

 ぶつぶつ言いながら服から頭を出して、髪の毛を引っ張り出した彼女のしっとり感をじーっと見つつ、手早く着替える。

 気が緩んじゃうのは良い事だと思いまーす。チチさんも私と一緒にのんびりごろごろしようよ。

 って言うと、そったらことしてる暇はねえ! って感じでばっさり切られちゃうのでなんにも言わない。

 ただ、にっこり微笑めば、チチさんも柔らかい笑顔を返してくれるので今はそれで満足なのです。

 もしチチさんが教育ママに変貌したら~……また耳元でたっくさん囁いてふにゃふにゃにしたげるからね!

 

 しっとり濡れた髪もしっかり乾かし、お櫛を通してサラサラに。

 動くのに邪魔だし、私はポニーに縛っちゃおう。あ! チチさんはストレートね! かわいいから!

 

「なぁに言ってるだか。現役のアイドルさんに言われちまったらおしまいだべ」

 

 おお……照れてる。

 頬に差した朱色は薄暗いテントの中でもはっきり見えて、じーっと見つめてたら顔にタオル押し付けられた。恥ずかしいからやめてけれ、だってさ。もうちょっと見てたいのにー。

 こうして戯れるのも楽しいけど……っと、乾いた乾いた。

 むふー、子供生活サイコー!

 

 

「ご飯できたー? お腹空いたよー」

「ああ、待ってろ。もう少しでできる」

 

 テントから出てターレスへ呼びかければ、大鍋の中をお玉で掻き回していた彼は完成間近であると教えてくれた。んー、良い匂い。やっぱりキャンプといったらカレーだよね! なんでかこういう時のカレーって凄く美味しく感じるんだよねー。

 

 それにターレスの作るご飯の美味しいこと美味しいこと……最近よく料理本眺めながらお料理してて、地球に来てからもうんと腕が上がったって言ってた。ブルマさんもお墨付きするほどなんだよ。凄いでしょ!

 ターレスのご主人様である私も鼻が高い!

 

 でもちょっと、男に料理の腕で負けてるのは女の子としては微妙な気分。

 古い考えかもしんないけどさー、悔しいものは悔しいもん。

 でもなー、もう追いつけそうもないしなー。お仕事忙しいし、お家ではゆっくりしてたいし、もう諦めるしかないかな。うーん。

 

「やぁーっとできるよ……コイツときたらあれしろこれするなってすっごくうるさいんだぜ……」

 

 ウーロンが耳をヘタレさせてぼやくのに、ご愁傷様、と胸の中で手を合わせる。

 そこらへん、ターレスってばほんとうるさいからね。私が張り切って料理しようとしたら横からめっちゃ口出ししてきてうざったかったもん。私の真心を阻止しようとする性根の悪さは、根っからの悪人そのもの!

 

 ターレスはなかなかマイルドになってくれないんだよねー、よく怒るし、酷い時は手を上げるし。

 DVだよ、家庭内暴力だよ、横暴だよ! 家主に対してする事じゃないよ、あろうことかお尻を叩いてくるなんてサイテーだよ! 女の子をなんだと思ってるのさ!

 

 ラディッツも生意気になってきたんだよなー。最近何言っても動じないの。弱虫ラディッツは卒業ってかー? でもボディタッチには弱いんだよね。真面目な顔してくっつくと面白いくらい動揺してくれるのでまだまだ遊べそう。

 今日もめいっぱいからかってやろっと。得意になって石の投げ方を悟飯ちゃんに教えてるの、良い叔父さんっぷりだねぇ、みたいなね! うひひ、夜が楽しみ楽しみ。

 

「……む」

 

 ピピ、と音を鳴らして顔を上げたウィローちゃんに、どしたの、と視線を向けようとして、一瞬感じた強い気配に動きを止める。

 

「うん……? なんだコイツは」

「な、なに、どうしたのよ。なんかあったの?」

 

 ターレスもラディッツも気づいたようで手を止め、気配の出所を探る。困惑するブルマさんやチチさんには悪いけど、ちょっと集中させてもらって……うーん? さっき確かに感じたはずの気配がない……なんだろ、まさか人造人間……?

 

 と、おもむろに森へ手を向けたウィローちゃんが光弾を放った。

 ちょっ! ──なんて発声する間もなく爆発し、その瞬間に三つの影が森の中から跳び上がって来た。

 シュタタッと横並びに着地した奴らには、見覚えがあった。

 

「危ねぇな、このチビいきなりぶっ放してきやがった……!」

「おい、妙だぜ。こいつスカウターで捉えられねぇ……故障か?」

 

 緑色の肌に黒髪の、戦闘服を纏った異星人と、同じく戦闘服を身に着けた赤肌のトカゲみたいな異星人……そして二人の前に立つ青肌のイケメンは……間違いない。

 

「何者だ」

「「「クウラ機甲戦隊!!」」」

 

 声を揃え、ポーズをとる三人に、どこか空気が弛緩するのを感じ取りながらも、冷や汗が頬を伝うのを止められなかった。

 わ、忘れてた……こいつらの存在……!

 まじかよー……。こいつら来たって事はクウラ様もくるって事じゃん。

 私てっきりアレ、クウラ様のことはもう終わったって思ってたんだけど……。あの、私がクウラ様の真似したから……おお、凄い記憶違い……間抜けにもほどがあるね!

 

「で、どいつがソンゴクウだ? うん? お前、フリーザ様のとこにいたサイヤ人か?」

「こいつら、クウラの部下か……!」

 

 慄くラディッツだけど、別に目の前の奴らの強さにビビってる訳ではないだろう。

 こいつら、えーとなんて名前だったか……イケメンがサウザーなのはわかる。レイブラ2でも時々使ってたし。でも黒髪の奴とトカゲの名前がわからん。あ、そういや映画でトカゲが黒髪の事をトオルって呼んでた覚えがある。とすると残るトカゲがドーレか。

 

「ご飯ちゃん、チチさんを! クリリンさんはブルマさんとウーロンを守ってください。三人を安全な場所へ!」

「はい!」

「お、おう」

 

 チチさんとブルマさん、ウーロンの事をそれぞれに頼めば、相手がまだ仕掛けてきてない事もあってかクリリンは戦闘態勢にすら入っておらず、抜けた声を返してきた。……もう、しゃきっとしてよね!

 

 機甲戦隊……こいつらの戦闘力が100万を超える事はなさそうだけど、巻き込んじゃうと危ないから四人とも避難させよう。いや、サウザー達ならどうとでもなるんだけど、これ絶対クウラ様も来てるもんね……なんでだろ。彼の口振りだと悟空さん求めて地球に来たっぽいけど、いないのわかんなかったのかな。

 三人とも目的以外には興味ないのか、避難する者を追おうとしなかった。

 

「そっちの奴か? そのツンツン頭はどことなく見覚えがある気がするなぁ」

「だが妙だ。戦闘能力が5というのは……フ、どうやってかは知らないが戦闘力を自在にコントロールできる技を覚えたんだな? 野蛮なサイヤ人が、よくやれたもんだぜ」

 

 キザに笑うサウザーは、しかし次には表情を歪めた。

 話しかけられたターレスが視線を鍋に戻して暢気に掻き混ぜ始めたからである。

 

「な、なんのつもりだサイヤ人……」

「見りゃわかんだろ。こいつが焦げねぇようにしてんだよ」

 

 ……彼にとって目の前の奴らよりカレーを焦がさないようにすることの方が大事らしい。戦おうとする意思がまったくない。

 

「うむ、ここは一つわたしに任せてくれ」

「大丈夫なのか?」

 

 左目に何かの数値を走らせながら一人で戦う事を提案するウィローちゃんにラディッツが声をかければ、彼女はひらひらと手を振ってみせた。

 

「たまには全力の運動でもしないと体が錆びついてしまいそうだ。安心しろ、こいつらの潜在パワーは軒並みわたしを下回っている」

「なんだぁこのチビ、おれ達とやろうってのか!?」

「さっきの気功波を見るに単なる雑魚って訳でもなさそうだが、天下のクウラ機甲戦隊が舐められたもんだぜ!」

 

 いきりたつトオルとドーレに、まあ待て、とサウザーがストップをかけた。

 スカウターを外して地面に落としながら一歩前に出た彼がウィローちゃんを見下ろす。

 

「こいつを痛めつければ、ソンゴクウとやらも見て見ぬふりはできんだろう……クックック」

「そういうことかよサウザー」

「へっへっへ……いつまでそんなふざけた態度をとっていられるか見ものだな」

 

 うわあ、見事な悪人ムーヴ。体まで揺らして笑う三人を前に、ウィローちゃんは普段通りの表情で私達に『手出し無用』のジェスチャーをした。

 えー、大丈夫かな……。

 心配だけど、彼女が一人でやりたいって言ってるんだし、ここは任せよう。それより私はクウラ様をなんとかしなくちゃ。

 

「ラディッツ、ちょっと」

「む……」

 

 恐怖心でも煽ろうとしているのか、わざとらしくゆっくりと手を振り上げるサウザーから目を離し、ちょいちょいと手招きしてラディッツを呼び寄せた。

 いつクウラ様が現れるのかはわかんないけど、作戦たてて備えなくちゃ……!




TIPS
・クウラ機甲戦隊
総勢四名(?)であるクウラ軍の中で雑事をこなす三人チーム
メンバーはサウザー、ドーレ、ネイズ
いずれもギニューより遥かに強かったりする

・トオル
ドーレのこと。ピッコロに不意打たれ気弾を背に受けた時と追尾型気弾によって消し飛ばされた際に
ネイズが彼の名前を叫ぶのだがどう聞いてもトオルと言ってるようにしか聞こえない

・トカゲ
ネイズのこと。ナシコの中でネイルとごっちゃになっているため
視認されても名前を思い出してもらえなかった

・イケメン
サウザーのこと。ナシコから見てもイケメンらしい
声はザーボンと同じ。7000もの宇宙語を話せる超リンガルらしいが
特にその頭脳を活かすこともなかった

・戦闘服
通常のものと違って左肩だけが尖っている
クウラ機甲戦隊の戦闘服はファンの間でも人気が高いぞ


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第二十六話 戦闘民族ではないということ

「ちぇえええい!!」

「はああ!!」

 

 空中戦。ウィローちゃんは挟み撃ちになっていた。

 トカゲ──ドーレの手刀を僅かにスライドして避けた彼女は、続いて背後からのサウザーの拳を、これもほんの僅かにずれるだけで避けてみせた。

 

「戦闘能力17万と16万3000か……なかなかのパワーだ」

「くそおっ、なんで当たらねぇんだ!」

 

 長い手足を振るい猛攻をしかけるドーレだけど、指一本動かさないまま避け続けるウィローちゃんには掠りもしない。雄叫びをあげて突っ込んだトオルは頭の上を跳ねるようにして避けられるのに目標を見失って大焦り。敵がそれ以上の回避行動を取っていないと知ると青筋を浮かべて唸り出す。

 

 最初こそまともな攻防をして、三対一なのもあって優勢に事を運び余裕の表情をみせていた三人は、一向に倒す事の出来ない相手に息を切らし始めていた。

 

「はあっ、はあっ……みょ、妙な奴だ。それほど動いて息一つ乱さないとは」

「わたしの体力は無限にあるのだ。──さて、戦闘データの収集は終えた。そろそろお前達との戦いも終わりにしよう」

「舐めやがってぇ!!」

 

 薄紫の気を手に纏わせ、ブレードと化した腕を振り上げて斬りかかったサウザーはしかし、躱されざまに肘鉄を首に受けて地に落ち、土柱と化した。

 

「サウザー! おのれぇ!!」

「ふん」

「おごっ……!?」

 

 続いてトオルが腹を打たれて白目を剥き、ずるりと落ちていく。

 ドーレの放った光弾は弾かれ、目を見開いた彼は瞬時に詰め寄ったウィローちゃんの蹴りでノックアウトされた。放物線を描いて吹き飛んでいく。

 

「他愛もない」

「お疲れー。いぇいっ」

「……いぇい」

 

 腕を組んで下りてきたウィローちゃんとハイタッチ。でもそんな感じで余裕そうにしているものの、データ収集を目的としていたらしいウィローちゃんの衣服は切れ込みたくさんでボロボロだ。最初にサウザーブレードを幾度か受けそうになってたせいでところどころ肌着や素肌が覗いている。幸い傷はないようだけど……。

 

 ……地面に倒れる二人と、森の方からはかすかな気を感じられる。殺さないでねって声をかけたおかげか、ウィローちゃんは三人を生かしたまま倒してくれたみたいだ。

 

「ふぅ」

 

 腰に手を当てて一息つくウィローちゃん。さっき言ってた通り彼女の体力は無限だけど、気分的にそうしたくなったのだろう。座る時とかによっこいしょって言ったりするのとおんなじ感じ?

 戦闘力の近しい相手に本格的な戦いを挑んだのはこれが初めてだもんね。

 ……でも、戦いはこれからだ。もっと大変で、もっと絶望的で、それこそ本気でやんないと駄目な感じの──。

 

「まさか、そいつらがやられるとはな」

「おわ!」

「……貴様は、クウラか!」

 

 聞こえた声に慌てて振り返る。

 水音……川の最中を歩いて来たのか、はたまたたった今そこに下り立ったのか……姿を現したクウラ様の気配を、私はまったく感知できなかった。

 フリーザ様と違ってどうやら気を消す事ができるみたい。当然コントロールもお手の物、なんだろうか。

 

「ちぃ……!」

 

 隣で戦闘態勢に入るラディッツと共に構える。……とはいえ、どうしよ……いくら考えても作戦なんかなんにも思いつかなかったんだよね。

 あっちが油断してるうちに全開パワーで倒すとか、それ作戦って言えるのか? くらいのものしか考えられなかった。

 要するに、なんの対策もございません。あっはっは。

 

「それもサイヤ人ではなくたかだか原住民のガキに」

「ク、クウラ様……!」

 

 土を掴み、身を起こそうともがくサウザーは、ダメージが深刻なのかそれ以上の身動きが取れないようだった。

 舌打ちしたクウラが私達を見回す。さすがのターレスもカレー作ってる場合じゃないと判断したのだろう、険しい顔で立ち上がった。

 

「貴様がソンゴクウか?」

「はっ、そいつは人違いだぜ……クウラサマよお」

「だろうな。一時期フリーザの下で働いていた猿だろう」

 

 ラディッツの隣へ来たターレスは、まさか覚えられているとは思っていなかった、みたいに僅かに目を見開いた。そういや結構前にそんな話を聞いた気がする。少しの間フリーザに下っていたが、離反して姿を隠したのだとか。

 

 私の隣へ来たウィローちゃんが左頬に手を当てて電子音を鳴らす。

 

「──! 戦闘力1億3000万……! なんという桁外れのパワーじゃ……!」

「っ、フリーザを完全に超えてやがる……!? あの野郎、何が宇宙一の帝王だ……!」

 

 ターレスの言うフリーザの戦闘力がどの形態を指しているかはわからないけど、どの道その通りだった。

 フルパワーのフリーザより1000万も高く、それでいてパワーダウンの気配はまったくない。

 クウラ様はフリーザで言うところの最終形態を常に維持し、きっとそれで慣らしていたのだろう。

 ……あんまり歓迎できない情報だった。

 

「当たり前だ。オレが弟より弱いはずなかろう」

 

 口角を上げて得意げに言うクウラ様に、正直恐怖以外の感情が浮かばなかった。

 ムキムキのフリーザ様見た時もそうだったけど、自分より戦闘力が遥かに高い相手と対峙すると、すっごい肌が粟立って背中も冷たくなって、心が震える。悟空さんはこれでよく「ワクワクする」なんて言えるよなあ……!

 

「チィッ……おいどうする、ナシコよ」

「どうもこうもないよ……! なんとかやっつけるしかないでしょ!」

「ちっ、フリーザがカカロットに倒された以上、こうなる事は予測できたってのによ……!」

 

 後悔がにじむターレスのその声は微かに震えていた。

 というか、私達全員声が震えている。ちょっとこれは、予想以上にプレッシャーがヤバイ……!

 あっ、あ、私膝も震えてるかも……! 昔っから緊張に弱いんだよね! こういう時くらい隠しておきたいんだけどなあ……!

 

「サイヤ人は皆殺しだ」

「!!」

 

 値踏みするように私達を順繰りに見ていたクウラ様の眼差しは、ラディッツとターレスの二人に定まった。

 二人が反応するより早くその目前へ迫ったクウラ様が突風を叩きつけてくる。二本の腕で防御姿勢に入ったラディッツが一番に殴り飛ばされ、反撃しようとしたターレスまでもが同じように吹き飛ばされた。辛うじて横目で捉えられたその速度に、体は全然反応できなかった。

 

「うがっ!?」

「喜べ。このオレ自らが手を下してやろう」

 

 真横を通り過ぎていくクウラ様を振り返れば、ラディッツが胸を踏みつけられて苦しんでいた。震える手で足を引き剥がそうと掴むも、びくともしないようだ。

 う……いやいや、怯えている場合じゃないぞ私! やらなければやられるんだ、ええい、頑張れ!

 

「おおお!」

 

 奮起しようと心の中で何を言おうと体は全然動いてくれなくて、そんな私の代わりのようにウィローちゃんが飛び出した。クウラ様の延髄へ叩きつけられたフルパワーの蹴りは、体を揺らす事さえできていない。

 

「この……!」

 

 流れるように再度蹴りつけようとした彼女は、のたくった尻尾に打たれて地面を跳ねた。撒き散った丸石と共に川の中へ落ちるのに、思わず名前を叫ぼうとして、声なんか出せなかった。

 

「あ……ぐ……!」

「ぐ、ぎぎ……! ちきしょおお……!!」

 

 たったの一発で動けなくなってしまったターレスに、ラディッツ。踏みつけられたラディッツの眼前に指が差し向けられて、紫色の光が溜まっていく。

 デスビームだ。このままじゃラディッツが殺されちゃう!

 だけど、だけど、体が竦んで動けないんだよ……なんで!?

 

 体中焦りでいっぱいになってまでしてもてんで動きやしない。状況だけが動いていく。

 もう……! もう見てらんないよ……!!

 

「死ね」

「!」

 

 今まさに死の光線が放たれようとしていて、私は、顔を背けたい気持ちでいっぱいになった。

 ラディッツが死ぬとこなんて見たくない。というかみんなが傷つくところなんて!

 ──だったらどうすればいいのかなんて、わかってるでしょっ!!

 

「ぬおっ!? ──……?」

「ふーっ、ふーっ」

 

 か細くて情けない声とともに投げつけた光弾がクウラ様の背中で爆発して、黒煙を上げる。

 ラディッツから足を退かした彼は、不思議そうな顔をしてこちらを見た。

 それだけで緊張が高まる。心臓の鼓動が激しくなって、耳元で鳴り響いてるみたい。

 体も揺れて、息も荒くなって、苦しくて。

 涙の滲む視界に、小刻みに頭を振った。

 

「ふっ……!」

 

 気を静めなくちゃ。

 恐怖心を抑えつけて、息を呑み込んで、無理矢理にでも平静を保たなくちゃ。

 

「っ!」

「! ほう」

 

 アイドルモードに入る時みたいに気持ちを切り替えて、赤い焔の気を纏う。界王拳。

 繊細な気のコントロールを要求されるその技の、一気に20倍までもを引き出した。

 吹き上がる力に髪が持ち上げられて、ヘアゴムが焼き切れて纏めていた髪がばらけて散った。光の中で服とともに揺蕩う。

 

「ふーっ……はーっ……」

「…………」

 

 噴出して揺らめく光に、体の隅々が軋んで痛んだ。肌が突っ張って、こうして立っているだけで壊れてしまいそうだった。さすがに20倍はキツい。こんなの1秒だって保ってたくない。

 でも、平気。

 ……うん、平気。

 私がやんなきゃ、みんなやられちゃうだけだもんね、頑張らないと!

 

「ぐ、あ……!」

 

 川から這い出てきたウィローちゃんが激しく咳込む声を横に、敵から決して目を逸らさない。たぶん、一瞬でも気を抜いたら、すぐやられちゃうと思うから。

 

 こちらの力を計っているのか、脅威と認識されたのか、それともなんにも考えてないのか……完全に私へと体を向けたクウラ様は、でも、すぐには仕掛けてこなかった。

 余裕の表情だ。笑いもしてなければ侮ってもいない、フツーの顔。

 たかだか地球人のガキ如き、って感じで油断してくれればいいものを……『フリーザのように甘くはない』か……厄介な!

 

「んっ!?」

 

 不意にその両目から怪光線が放たれた。前動作無しの完全な不意打ち。

 気の高まりさえ感じられなかった私は、力を制御する事に精いっぱいで、体を動かす事すらできなくて。

 ──だから両目から光線を放つ事で応じた。

 

「ぬ……!」

 

 ちょうど両者の真ん中でぶつかり合った光線が爆発する。

 その余波に仰け反るクウラ様──追撃のチャンスは、いや、本気じゃないクウラ様に大ダメージを与えるチャンスはここしかない!

 もちろん私だって暴風に煽られて体勢を崩してしまっている。体重もないから向こうより酷くて、両足は完全に浮いて、後ろに倒れ込む真っ最中だ。

 でも心構えがあったから、倒れ行く中でも右手を伸ばし、一本立てた指で照準を合わせられた。

 

「"デスビーム♡♡♡"!!」

「ぬがっ!? ──な、お!?」

 

 ポウ、と放たれた三筋の、ピンクの光線が見事クウラ様の胸を打ち抜いた。

 足から力が抜けたようにくずおれて膝をつくクウラ様が胸を押さえて呻く。だけど、ダメージはまったくない。

 

「な、なんだ……これはぁ……!?」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 風が消え、体勢を整えて着地する。ザリリッと石も土も削って足を開き、やや腰を落とす。

 

 ダメージが無いのは、私の力が低すぎるからとかじゃない。

 そもそもこの技はライブパフォーマンス用だ。はなから殺傷力なんてある訳ない。

 だから追撃が必要なんだ。これ以上ないくらい、こっから最後まで運んで一気に倒しきるまでの!

 

 前傾姿勢で力を溜める。いわゆるスタンディングスタートの体勢。

 

「な、何をした……! オレに何をしたっ!!?」

「よーい……どん!」

 

 ドン、で駆け出す。

 血走った目で私を睨むクウラ様へ蹴りかかり、顎をかち上げ、がら空きになった体を幾度も蹴りつけていく。

 丸石が飛び散り、地を削って後退するクウラ様が抵抗しようと腕を振り上げるのを蹴り弾き、ラディッツにつっかかって仰け反るのを見て蹴り飛ばす。

 

「ぬがぁっ!?」

「ごめんラディッツ!」

 

 後方回転して下り立ったクウラ様の面前へ飛び込む際、爆発的な気の高まりに煽られたラディッツが転がっていくのが見えて謝罪を口走った。たぶん聞こえてないと思うけど……!

 いっそう強く気を纏い、拳を振りかぶって突っ込んでいく。

 

「うりゃーっ!」

「ぐっ、調子に乗、がぁっ!?」

「でぇりゃー!」

 

 怯んだその巨体へ再び蹴りの連打。短い腕より比較的長い足を使ってリーチの差を潰しつつ、持ち直す隙を与えないよう絶え間なく攻撃していく。

 打撃音が重なって響き、鉄でも蹴りつけるような痛みが足に跳ね返ってくるのに、なんでか泣きそうになった。

 

 なぜここまで一方的に攻撃できるのか。

 それは私のデスビームが、私がライブの時に感じるときめきとかドキドキとかをいっぱい詰め込んで放つやつだから。当たったらどきどきして動けなくなっちゃうのは当然!

 正直通じるかはわかんなかったけど、先程膝をついたクウラ様の頬には朱が差していたので、ドッキンドッキ大作戦は大大大大大成功! みたいだね!!

 

「がぁぁ!!」

 

 復帰して腕を振り下ろしてくるクウラ様の攻撃を掻い潜り、懐に潜り込む。

 思い切り引き絞った拳を、その腹目掛けて──打つ!!

 

「お゛う゛!?」

 

 背側まで突き抜けて衝撃波と化す拳撃に確かな手応えを感じた。覆いかぶさって来る上半身を気にせず、この成功を噛みしめる。

 っしゃ! クウラ様怯んだ! でもまだまだ終わんないよ!

 腹を押さえて倒れ行くクウラ様の内側からひょいと出て、焔を噴出させて空へ飛び上がる。両腕を右の腰へ。合わせた手の合間に光球を生み出していく。

 青い光の帯がいくつも伸びて、最大まで高まったその瞬間に地上へと向けて両手を突き出した。

 

「波ーーっっ!!」

「──!」

 

 一瞬音が消える程の凄まじい圧力。倒れたその背に全力のかめはめ波を受けたクウラ様が地面を削って沈んでいくのを見て、歯を食いしばって姿勢変更。

 地面へ向けて突撃の体勢。かめはめ波に用いた気を全身に纏い、私自身が光弾となって跳びこんでいく。

 

「ええりゃあーっ!!」

「ごぁああ!!!」

 

 両拳を前に突き出した体勢で突進すれば、海老反りになったクウラ様がものすごい声を発した。

 紫色した硬い外皮と私の拳が擦れて、でも人間の柔らかな体と変わらないように拳が沈みこんでいく。その奥にある骨ともゴリゴリ擦れ合う感触が生々しくて、いっそう強く歯を噛んだ。この暴力が気持ち悪くってたまらなかった。

 

「んっ!」

 

 このままやり続けたって意味はない。きっとすぐ跳ね返されて、勢いを削がれてジエンドだ。攻撃を絶やさないその一心で左へ回転しながら下り立ち、即座にクウラ様の尻尾を掴んで引き上げる。ミスッたら終わり──しっかり掴むんだ!

 一瞬見えた横顔を意識しないまま腹を蹴り上げれば、あっという間に遥か上空へ吹き飛んだ。

 遅れて打撃音が空間中に響き渡り、足元の石が円状に吹き飛んで、川が激しく波だった。

 

「ん!」

 

 光の尾を引いて飛ぶ。

 一本の矢のように、私の体はあっという間にクウラ様の頭上を取った。

 未だ体勢を整え直す事もできずに大の字で上って来るその背の、白い外骨格に守られていない剥き出しの背中へ狙いを定め、息を止めての肘打ち。

 

「がぁああ!!!」

「っひ……く!」

 

 握った拳を手で包み、両腕を一の字にして攻撃力を高めた、全体重を乗せた肘打ちでクウラ様はひしゃげるようにして地上へと逆戻り。痛みが響く肘を放って腕を解く。指先から二の腕半ばまで濃い疲労感が詰まっているのに大きく息を吐こうとして、止めたままの息を吸う事も吐く事もできなくなってしまっているのに気づいた。

 

「こ、の……!」

「!」

 

 地響きがする。両の手と膝で着地したクウラ様に、もう猶予はないってわかった。いいようにやられて怒りに震えるその背から濃密な気が立ち上り始めている。

 ここで決着をつけるしかない!

 

「──お!?」

 

 高速後転してクウラ様の真後ろへドシンと下り立った、その時にはもう両足を開いて腰を落とした、かめはめ波の発射体勢。

 慌てて振り返ろうとするその姿にめいっぱい気を引き出し、無理くり界王拳の倍率を25倍まで引き上げて、きつすぎて砕けそうな体を誤魔化すように身を捻る。

 

「あっけ、なかった、なぁ!!」

「な────」

 

 驚愕に歪められたその顔を青い光の奔流が飲みこんでいく。

 今できる精いっぱいのかめはめ波。それもちょっと限界を超えるくらいの……!

 地上を削り、森の中を突き進みながら上向いた光線が空の彼方へ消えていく。

 同時に纏っていた気が霧散した。もう、うんともすんともいわない。

 

「ぷはっ、は、ぁ」

 

 重力に引かれるまま膝をついて、でも、上手い具合に立っちゃって倒れる事はなかった。

 できれば倒れ込んでしまいたかったけど、まだ終わってないかもしんないから──。

 

「まさか」

 

 ……ああ。

 ああやっぱり、終わってなんかなかった。

 

「警戒していたサイヤ人以外に、これほどの力を持つ者がいたとは」

 

 もくもくと膨れていた煙が、強い風に攫われて消えていく。

 クウラ様は二本の足でしっかりと立っていた。不機嫌そうに揺れる尻尾のおまけつきで、私を見下ろしていた。

 口の端から垂れる血をぐい、と拭われるのに、泣きそうになる。せっかく与えたダメージの痕跡が消えてしまって、まるで全然、なんにもできなかったみたいに感じられてしまって……。

 

「オレも甘かったというわけだ」

 

 自嘲するように呟いたクウラ様の姿が消えた。

 と思えば、突然視界がぶれて、凄い圧に体を揺さぶられた。

 ぐらぐらと揺れる眼球。明滅する意識。身体機能が強制停止されてしまったみたいに動かない。

 

「くぉ──!?」

 

 声とも息ともつかないものが漏れて、ようやくお腹を殴られてるんだって気付いた。

 それがわかったところでどうしようもない。何を認識するより早く運ばれた私は、拳と木とのサンドイッチにされて、それにとどまらず殴り飛ばされた。

 

 受け身なんて取れなかった。

 上も下もわかんなくて、木や生い茂る葉にぶつかりまくって、乱回転する体はバラバラになってしまいそうだった。

 

 森を抜けて、勢いも消えてきて、短い草の生えた地面の上を跳ねる。

 ごろごろ転がって、自分の髪を何度も下敷きにしてしまった。

 でもそんなの気にならなかった。

 

「ぉ、ぐ……お」

 

 ようやく止まった体に、腕をついて身を起こそうとして、うずくまる。

 両手で抱えるようにお腹を庇う。ぎゅうぎゅうと丸まる。

 お腹が痛かった。

 

「い、いぃ、ううう……!」

 

 お腹が痛い。殴られたお腹が、痛い。

 地面に擦り付けた額の痛みとは比べものになんないくらい、馬鹿みたいに痛くて。

 こんなの……たえ、たえらんな……!?

 

「ぇほっ、か、あ……!」

 

 上手く息ができなくて口の端から唾液が落ちるのに、変な喘ぎ方しかできなかった。

 見開いたままの目が閉じられない。視界が何度もぶれて、正常に戻らない。

 

 ……なにこれ。

 なに、なんなの。なんでこんなに痛いの……?

 こんな、こんなに痛いのなんか知らないよ……! な、なんで……!?

 

「えうっ、あ゛っ、あ、あうう……」

 

 絶え間なく滲み出る脂汗が地面に染みを作っていく。

 この世界で生きてきて、こんなにひどい痛みを感じたのは初めてだった。

 自分で自分を傷つけるのとはわけが違う。覚悟して受け入れている界王拳の辛さとも全然違う、敵から一方的に与えられる拒絶できない痛み。

 

 何かを殴る時の拳の痛さとも違くて、怪我しちゃったりした時のやつとも全然違う。

 他者から叩きつけられる暴力が、こんなにつらいものだったなんて、知らなかった。

 

 だ、だって私、殴られたこと、な、ないし……!

 み、みんな耐えるから、私も、私だって、だ、大丈夫だって思ってたのに……!

 

「ナシコさん!」

 

 頭を強く引っ掻いても、膝を地面に擦りつけても痛みは消えてくれなくて。

 じくじくして、体の中全部壊れちゃったみたいに熱くなって、動けなくて。

 

 心が折れてしまうのを、自分でもはっきりと感じた。

 だって殺されちゃう……! わた、私、このままじゃ……や、やだ、やだやだ、やだやだやだ!

 そんなのやだよ、おかしいよ!!

 

「ひっぐ……ぅ」

 

 なんでこんなっ、い、痛いの……!?

 痛いのやだっ、やだよ、やだぁ……!

 

「ナシコさん、大丈夫ですか!」

 

 肩を掴まれるのにはっとした。

 私を覗き込む顔に、少しずつ焦点が合っていく。

 

 ……悟飯ちゃん。悟飯ちゃんだ。悟飯ちゃん、戻ってきちゃったみたい……?

 たいへん。どうしよう。こんな変なかっこ見せたくなかったよぉ……。

 今、私、ちょうかっこわるい、よね……。

 

「ナシコさん! ナシコさん……?」

「げほっ、えぅ、う、ふ……う」

「大丈夫、ゆっくり息してください……ゆっくり」

 

 助け起こしてくれた彼が優しく背中を撫でてくれるのに、情けなさなんてどこかにいってしまった。

 言われた通りに呼吸を繰り返す事しかできなくて、ばらけた髪が視界を遮ってても退かす事さえできなくて。

 冷たい涙が髪に染みた。

 

「ぅ、えぅ、いたい、いたいよぉ……」

「だ、大丈夫、大丈夫ですから……!」

「やだ……やだぁ!」

「あっ」

 

 零れる涙を止めるすべはなく、悟飯ちゃんに縋る。

 なんで、私がこんな痛い思いをしなくちゃならないんだろう。

 私、アイドルなのに。こういうの、いけないんだよ……?

 ぼ、暴力とか、そういうのは、だめなんだよ……?

 

「なんで、悟空さ……っぅ」

 

 悟飯ちゃんの肩に頭を押し付ける。人肌が途方もなく恋しかった。

 痛みはとっくに消えていて、その代わりに恐怖で体が震えて。

 ああ、だめ。私、ぜんぜんだめだ。

 一回殴られただけなのに、もう、戦いたくないって思っちゃってる……。

 

「ナシコさん……」

 

 震える私の体を、悟飯ちゃんは強く抱き返してくれた。

 甘えるように頬を擦りつける。

 細くて、小さいのに、硬い筋肉に触れていると安心できた。

 それでも弱気の虫は消えてくれない。

 どうしてこんな目に合わなくちゃいけないのって、駄々をこねている。

 

 悟空さんが……。

 だって、あいつ、く、クウラ様って、悟空さんが倒す奴だもん……!

 私が倒す奴じゃないもん……!

 

 悟空さんさえいてくれたなら、私がこんなに痛い思いをする必要だってなかったのに。

 なんで悟空さんいないの……? 助けてよぉ……。

 私が、私が助けてって言ってるんだから、助けてよ!

 悟空さん、悟空さん、悟空さん!

 

 胸の中で、何度も彼の名前を呼ぶ。

 そうしていれば、きっと助けに来てくれると思った。

 だって彼は、悟空さんだから。

 私の大好きな悟空さんだから、絶対助けに来てくれる……!

 

 わ、私、もう戦いたくない! 痛いのはきらいなの! き、傷がついちゃうの、だめだし、わた、私が戦う必要だってないじゃん……?

 死んだってドラゴンボールで生き返れる? だからなんなの。そんなのなんの慰めにもならないよ!

 死ぬほど痛いのに変わりはないし、死ぬのが怖いのにも変わりはない。

 だからもう、戦うのは、やなの!

 

「ナシコお姉さん、しっかり!」

 

 また震えが強まるのに、悟飯ちゃんが呼びかけてくれた。

 嬉しいのに、答えたいのに、勝手にイヤイヤって頭を振ってしまう。

 体がこれ以上の痛みを拒否してるみたい。

 せっかく、お姉さんって呼んでくれてるのに……。

 お姉さんじゃなくてお姉ちゃんだよって、訂正する気力なんて、ちっともわいてこなかった。

 

「……ひっ……ぅ」

 

 息を吸おうとするたびに背中が跳ねて、変な声が出る。

 そのたびに、背に回された悟飯ちゃんの手を感じた。

 あやすように背中を撫でてくれる小さな手の平を感じられた。

 

 間近に感じる暖かい気に、目を閉じると、悟空さんの顔が浮かぶ。

 強い風に揺らめく逆立った金髪と、翡翠の光を灯した厳しい眼差し。

 引き結ばれた口に、あちこちに残る血の跡に、戦いの疵痕でいっぱいの体に。

 

 ずっと、見下(みくだ)されるように見られる想像に、ふるりと体が震えた。

 

「ぅ……」

 

 悟飯ちゃんを抱き締めると、ちょっと力が強かったのか耳元で呻く声がした。

 確かめるように悟飯ちゃんの背中を撫でる。

 ……あ、震えた。ごめんね、くすぐったかったかもしれない。

 ……ごめんね。

 

「ちょっと、このままで、いさせて……?」

「……はい」

 

 絞り出した声はどこまでもか細くて、だけど、しっかりと聞き取ってくれた悟飯ちゃんが力強くお返事してくれるのに安心して、また涙が零れた。




TIPS
・魅了光線
ダークネスアイビーム
目からビームとか普通にやらかすアイドル

・デスビーム♡♡♡
ナシコのアイドルに対する感動をそのまま放つ気功波
彼女の感じるときめきやきらめきを強制的に感じさせる技
クウラは謎の高揚感に戸惑い動けなくなってしまったのだ
頬を朱に染めるクウラとは誰得なのか

・よーい、どん!
スタンディングスタートで駆け出し、猛攻を加え、強烈な一撃を見舞った後に跳び上がり20倍界王拳のかめはめ波を放つ

・ツフルクラッシャー
デスクラッシャー的なあれ。気を纏い、両の拳を前に突進する
軽い気功波なら弾けるかもしれない

・パーフェクトイミテーション
パーフェクトコンビネーションのナシコエディション。
強烈な蹴り上げののち、界王拳によって相手の上空へ回り込み、渾身の肘打ちで地上へと叩き返す

・フルパワーかめはめ波
25倍界王拳のかめはめ波
今のナシコのできる全力。数値にして1億ほど
「あっけなかったなぁ!!」の台詞には、そうであってほしいという願いが込められている

・腹パン
祝☆人生初の他人から受けたまともな暴力
まともな暴力ってなんだよ。ナシコにダメージを与えられる攻撃のことかな?
前世含めて悪意ありきで叩かれた事のないナシコはあっさり心が折れた。弱い

・悟空
崩壊したナメック星、初変身であるための異様な高揚、憎く哀れで惨めなフリーザへの沈静化した怒り……
諸々含まれた表情で見つめられたナシコは、その視線に貫かれた感覚と激情の残り香に中毒性を覚え、日常の中でたびたび思い描いてはぞくぞくと身を震わせるようになった
主に布団の中とかトイレの中とかで

・クウラ
あなたのハートにデスビーム♡♡♡状態


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第二十七話 悟空の激励と意外な救援

「……」

 

 川原に立つクウラは、じっと森の向こうを見つめていた。

 先程赤い光を纏って挑みかかって来た、驚異的な力を持つ原住民の少女。

 自ら殴り飛ばしたその相手が、そこから飛び出して来るのを待ち構えているのだ。

 

「……あれくらいでくたばるとは思えん」

 

 このオレの拳を受けて、傷らしい傷を残さず吹き飛んでいったあの子供が、力尽きているはずがあるまい。

 ひとたび拳を振るえばあらゆる敵を粉砕し、そこそこの力を持つ者ならば貫いてしまう攻撃に耐えていたように見えた……いや、事実耐えたのだろう、クウラはそう確信していた。だからこそ、こうして手慰みにあの子供が戻ってくるのを待っているのだ。

 

「ぐ、くく……」

「おの、れ……!」

 

 ──もっとも、本命はサイヤ人の殲滅だ。

 呻き声に土音が混じり、二人の戦士が立ち上がる。

 その気配に僅かに顔を向けたクウラは、フッと口元を緩め、しかしすぐに引き結んで振り返った。

 戦闘民族を名乗りながらも戦闘服を身に着けていないサイヤ人……ラディッツとターレスが、ダメージを残す体を無理矢理に持ち上げていた。

 

「どうした。やはりサイヤ人とはこの程度の戦闘レベルなのか。スーパーサイヤ人とやらは……」

「くっ……」

「──伝説の存在だったか」

 

 尻尾が揺れ、地を薙ぐ。巨大な土埃が木々を襲った。

 わざわざ遥々こんな辺境の星までやって来たというのに、部下は原住民の子供にあっさりと敗れ、目当てのソンゴクウは不在。代わりにいたのは塵に等しい雑魚ばかり……これでは無駄足だ。

 この星を更地にし、引き上げるか。そう思考するクウラは、二匹の猿の様子が徐々に変わりつつあるのに気づき、僅かに顔を上げた。

 

「情けねぇ……! サイヤ人ともあろうものが……! ガキに庇われてやがる……!!」

「こんなではいつまでたっても弱虫のままだ……! 俺は……! 俺は宇宙一の戦士だ!!」

 

 白い気を纏い、髪を揺らめかせる二人に呼応して空気が震える。

 丸石達が細かくぶつかり合っては音をたて、浮き上がり始める。

 

「ほう?」

 

 感心したような声を発したクウラは、気を探る術はなくとも、ラディッツとターレスが自身への怒りによってどんどんパワーを上げていくのを肌で感じられた。

 ……そして、有象無象が無謀にもここへやって来るのも捉えた。

 

「……なんという気のでかさだ」

「てんで場違いのところに来ちまったって感じだぜ……!」

 

 天津飯、そしてヤムチャ。強大な気を感知した二人は、戦う気も失せるような邪悪な気配に、それでも放ってはおけないと参戦してきたのだ。

 

「二人とも……来てくれたんだな……!」

「クリリン!」

 

 ブルマを避難させ終えたクリリンもまた、戦いの場に戻って来た。

 一度は凄まじい大きさに達したナシコの気が、今は粒のようにしか感じられないのに居ても立ってもいられず飛んできてしまったのだ。

 

「おれ達じゃ時間稼ぎにもならないかもしれないけど……」

「ああ、わかってる」

「だが、やるしかないんだろう」

 

 顔を見合わせ、頷き合う三人。

 先程感じた途方もない気を前にしてみれば自分たちなど毛ほども役に立たないだろう……。

 だが、無理とわかっていても、やらなければならない時があるのだ。

 

 そうして猛るクリリン達だが、クウラは目もくれていなかった。

 今は目の前で力を高めていきりたっているサイヤ人を絶滅させるのが先だからだ。

 キッと顔を上げたラディッツが、構えたターレスが、同時にフルパワーへと達する。

 吹き荒ぶ風が木の葉を渦巻かせ、石が飛び散る。自らに向かってきた丸石の全てを尻尾で払い退けたクウラは、悠然と腕を広げた。

 

「うおおお!!」

「ずああーーッッ!!」

 

 激情をそのままに殴り掛かって来る両名を見上げるクウラの顔に浮かぶのは、それでこそ、とでも言うような不敵な笑みだった。

 

 

 

 

 強く抱き締め合って……どれくらいの間、そうしていただろうか。

 悟飯ちゃんの肩部分の布はずっしりと濡れて冷たくなっていて、お互いの高い体温はすっかり移ってしまっていた。

 

「っ……ふ、う」

「ナシコさん……」

 

 だというのに、まだ、まだ震えが治まらない。

 どれほど抑え込もうとしても、痛みに対する恐怖心が消えてくれない。

 クウラ様を倒さなくちゃいけないのに。このままじゃ本当にやばいのにって、頭じゃわかってるんだ。

 でも、また殴られたらって思うと、立ち上がれなくて……もうずっと悟飯ちゃんに慰められている。

 

 ……向こうの方で、いくつもの気がクウラ様とぶつかり合っているのがわかる。

 あっという間に弱々しくなる気配に、心が締め付けられて、恐怖心とせめぎ合う。

 ……やっぱり、痛いのは嫌だって、そういう怖さもあった。

 でも、悟飯ちゃんのおかげで少し落ち着いた今は、それよりもみんながやられちゃうことの方が怖いって思ってる気がする。

 

 勇気を、出さなくちゃ。いつまでもこんなじゃ駄目なんだから。

 

 悟飯ちゃんの肩に顔を(うず)めたまま、すうっと息を吸う。

 前世、弱った時によく見ていた動画の、そのおまじないを再現するために。

 

 喉の奥に溜めた息を吐き出すまでの数瞬、夜闇に覆われた周囲がしんと静まり返った。

 

「『この程度で音を上げてどうすんだ!』」

 

 ザアッと木々が騒めいた。

 木霊した音がビリビリと肌に響く。

 後ろの森の向こうまで、前の方の崖のところまで。この場で発したはずなのに、天上から降って来たみたいな声があっちにこっちにぶつかって、消えていく。

 

「お、とうさ……?」

 

 突然の大声に強く跳ねてしまった悟飯ちゃんの体を抱き締めて押さえつける。

 まだ……まだ離さないでいてほしい……。今離れちゃったら、動けなくなってしまいそうだから。

 

 ……もう少しだけ、こうしていさせて……?

 

「……、……。」

 

 そのわがままが伝わったのか、悟飯ちゃんは戸惑いがちに同じ強さで抱き返してくれた。

 自然と口元が緩んで、でも、引き結ぶ。

 

 息を吸う。吐く。

 呼吸を整えて、もう一度大きな声を出すための準備をする。

 

 ──────っ。

 

「『甘ったれてんじゃねぇぞ! 地球は、おめぇが守るんだ!!』」

 

 喉の奥から絞り出した声が、私の胸を熱くする。

 つぶった目からとめどなく涙が溢れて、すりすりと擦りつけた小さな肩に滲んでいく。

 恐怖からの涙じゃない。これは、ただ、嬉しくって出てくるもの。

 

「お父さんの、声だ……」

 

 髪にかかる吐息と振動に、ぐっと顔を押し付けるようにして頷く。

 そうだよ。これは、悟空さんの声。

 私が出した声だけど、私に向けられた応援の声。

 

 胸の中にじわじわと熱いものが広がっていく。恐怖心があっという間に薄れて消えていく。

 ……そう。……そうだよね。そうなんだよ。

 甘ったれてちゃいけない。だって今、地球で一番強いのは……頑張れるのは、私しかいないんだから。

 

「『オラがいねぇと、守れねぇんか!!』」

 

 そう……です。

 きっとね……悟空さんじゃなきゃダメなんだよ。私じゃダメなんだよ。

 わかってるけど……私、頑張りたいな、って。

 みんなを守りたいなって、そう思うと、だんだん力が湧いてくる気がするの。

 

「お父さんは……」

 

 悟飯ちゃんが呟く。私の背中から離した手を私の頭の上へ乗せて、優しく、優しく撫でてくれながら、ゆっくりと話しかけてくる。

 

「お父さんは、今、地球にはいません」

「……うん」

 

 きゅ、と胸が締め付けられる。反射的に、いやだって首を振りそうになっちゃった。

 だってそれは、とても心細いこと……。

 あれほど頼りになる人だから、彼さえいれば大丈夫だって思っていたから、今地球にいないのがこんなにも辛い。

 

 小さな手が、私の後ろ髪を伝っていく。

 頭も背中も暖かい手で撫でてくれる。

 

「だからボク達が、どうにかしなくちゃいけないんです」

「うん……!」

 

 悟飯ちゃんの言葉に、ゆっくりと顔を離した。彼の目を見てしっかり頷く。

 ……ああ、たくさん泣いちゃったせいで顔中冷たいや。

 

 彼の両肩を掴む。まだ、離れたくなかった。触れていたかった。だって顔、冷たいんだもん。あったかい悟飯ちゃんで暖を取るしかないよ。

 

「……ふふっ」

「あはっ」

 

 なんとなく笑い合った。

 ……撫でられるのやめられちゃって、ほんとは凄く寂しくなったんだけど、うん。泣いてる場合じゃないもんね。

 

「そうだね。ごめんね、悟飯ちゃん……情けない姿、見せちゃったね。お姉ちゃんなんて言えないや……」

 

 自分で言ってて、どんどん恥ずかしくなってくる。ほんとに情けないところを……ああもう。普段戯れでお姉ちゃんぶってるのが台無しだ。せっかくカッコつけてたのに……。

 

「そんなことありません。ナシコさんは立派な人です! 立派なお姉さんだって、ボクが保証します!」

「……ふふ」

 

 肩に置いた私の手を取って、ぎゅうって握りながら力説してくれる悟飯ちゃんに笑みが零れる。

 あーあ、またお姉さんって呼んでもらっちゃった。これはもう、頑張るしかないよね?

 良い子全開の悟飯ちゃんの頭を乱暴に撫でて、立ち上がる。手を差し出せばすぐに掴み取ってくれた彼を引っ張り上げて、手を重ねて見つめ合う。

 

「ありがとう、悟飯ちゃん」

 

 照れ笑いを浮かべてお礼を言えば、へへっと笑われた。無邪気な、守るべき子供の笑顔。

 

 ……、ふぅー……。

 

 ……この子がいてくれたおかげでなんとか立ち上がる事ができた。

 もう痛いのなんて怖くない。──っ、う、うう……こわくない! 怖くないもん!

 

「すぅー……はぁー……んっ」

 

 お腹の奥ですっごくイヤな感じがするのに思い切り目をつぶって、息を吐き出す。喉の奥の辛いのも全部一緒に出しちゃって、それでおしまい。

 一歩後ろへ下がって、体を離し、手も、離す。

 熱い手の平が外気に触れて冷えていく。指がほどけて、中指どうしが擦れて。

 

 そうして完全に離れてしまうと、心細くてたまらなかった。

 今すぐ悟飯ちゃんに飛びついてもう一度抱き締めて貰いたくなった。

 おかしいな……私って、こんなに甘えたがりだったかなあ……?

 

 でも、もう大丈夫だよ……!

 私だって男の子だもん。今は女の子だけどー……ね? ハートはあっついよ。

 だからもう大丈夫。風は冷たいけど、心の底から湧き上がる熱が私を強くする。

 

『その意気だ。いいか。フルパワーでかかるんだぞ』

「……はい」

 

 金の輝きが私を照らす。

 隣を見上げれば、優しい翡翠に見返されて。

 おっきな手が肩に回されて、ぽんと叩かれた。

 

 ──よしっ。

 

「ん~~! ナシコちゃん、完っ全っ復っ活!!」

 

 ぴょーんと飛んで、しゅたっと着地。ピースを当てた目元からぴろんと星を飛ばして、キュートに決める。

 元気全開、勇気いっぱい、ハイパーアイドルナシコちゃんが、めちゃんこ頑張っちゃうんだから!!

 

 

「悟飯」

「あ、ぴ、ピッコロさん……?」

 

 ふと、すぐ傍から声がしたかと思えば、暗闇の中からぬうっとナメック星人が現れた。

 驚きも間もなく喜色に変えてピッコロさんに駆け寄った悟飯ちゃんは嬉しそうにしてるけど、私今、心臓口から飛び出そうになったからね? なんでこの人気を消してたの……こわ。

 

「なんてブザマなヤローだ」

 

 勝手に戦慄していれば、上の方からベジータの声がした。

 見上げれば、戦闘服を身に纏った彼が心底見下すような目で私を見ていた。実際見下されているのだろう、苛立ったように舌打ちされるのに小さく肩が跳ねた。う、そういう怖いの苦手だからやめてよね……。おっきな音とか苦手なんだよ……。

 

一時(いっとき)でもこんな奴に抜かされていたと思うと、まったく自分に腹が立つぜ。おい貴様ら……あの野郎はオレがぶっ倒してやる」

「はあ」

 

 自信満々に言い放ったベジータに、気の抜けた声しか出なかった。

 ……なに、ひょっとして超サイヤ人になれたの?

 それなら確かにクウラ様瞬殺できるだろうけど……でもねぇ。感じる彼の潜在パワーは、どうにも私を大きく下回っている。ちょっと小突いたら死にそうな感じ。

 

「──役立たずは引っ込んでいるんだな」

 

 そこはかとない不安を感じる私とは裏腹に、ベジータはびゅーんと飛んで行ってしまった。

 ……大丈夫なのかなー、あれ。

 

「あの、ナシコお姉さん」

「はいはいはぁい! なになに悟飯ちゃん?」

 

 ぼけーっと森の上空を眺めていれば、お姉さんと呼びかけられるのにぴーんと一本髪が立った。

 おおお、背中がむずずっとした! お姉さん呼び、超良い……! めっちゃ良い……!

 

「これ、ピッコロさんが持って来てくれたんです」

 

 悟飯ちゃんは、ピッコロさんがくれたらしい仙豆を一粒私に握らせた。

 危なくなったら食べてください、だって。うん、大事にするね~。

 ……ちらっとピッコロさんを横目で盗み見る。じーっと私の事見ててちょっとびびった。

 だ、ちゃ、ちゃんと噛むからね!

 

「おい、モタモタしている暇はあるのか」

 

 他にもいくつかある仙豆は、向こうで小さくなって今にも消えてしまいそうな気配の人達に食べさせる分だって。

 急がなくちゃ、もう誰か死んじゃいそうだ。いや、まだ誰も死んでない方がおかしいんだ。みんな相当気張ってくれてるみたい……!

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 ザァッとターバン&マントを脱ぎ去って前へ出たピッコロさんが号令をかけ、悟飯ちゃんの返事に合わせて飛び立つ。おいてかれないよう目いっぱい飛び立てば、思いがけず二人とも即座に抜き去ってしまった。

 一瞬交差した二人との視線に、減速はせずに前を向く。

 たぶんクウラ様とまともにやれるのは私だけだ。だから、悟飯ちゃん達にはみんなの回復を任せて、先に行って私がクウラ様を釘づけにして……フルパワーで倒す。なんとしてでも……!

 

 眼下に続いていた森が途切れる。キャンプ地に出た! ──眼下に斃れる戦士達の姿が見えて──頭を潰された死体が三つあるのに息を呑む。

 あの戦闘服は、サウザー達のものだ……!

 

「ふおお!?」

「んゃ!?」

 

 川原へ下り立った矢先に、吹き飛んできたベジータを受け止める羽目になった。っとと。

 ずっしり重い筋肉マンをお姫様抱っこに抱え直せば、ゴボッと吐き出された血が戦闘服を染める。

 うあっ、心臓貫かれてる……! やばいやばい死んじゃう!

 

「ベジータ!」

「グ、ゴポッ……!」

 

 意識を失いかけてる体を揺すって顔を横に向かせ、口内に残っていた血を流す。喉奥に指を突っ込んで、反射で噛んでくる口を無理矢理開かせ、手の内の仙豆を押し込んで、手で蓋をする。

 飲めっ、飲み込めっ……!

 

「──はっ!?」

 

 一度強くむせ込んだベジータは、ゴクリと喉を動かした直後に両目をかっぴらくと、その黒目に私の顔を映した──鼓動するように、その目がぶれる──。

 

「どけっ!」

「きゃっちょ、ちょっとぉ!」

 

 と思えば突き飛ばして来るんだから、コイツ……!!

 わりかし全力で押してくれちゃったのだろう、肩から地面にぶつかるのに、そのまま転がるようにして手を使わず立ち上がる。擦った足に吹き飛ばされた石同士のぶつかる音が響いた。

 

「ぐぁあああ!! だぁーっ!!」

「フン、やはり生きていたか」

「だだだだ! がぁー!!」

 

 気を全開にしてクウラ様へと殴り掛かったベジータは、そこから猛攻を開始したものの、どれほどの拳を浴びせても相手は微振動するのみでまったくダメージを与えられてない。どころか奴の視線は私の方に向いていてベジータをいないものとして扱っているようだった。

 やっぱり、超サイヤ人にすら至れてなかったのか……! たった今瀕死から復活して私に近しいパワーになった癖に、無暗に攻撃を続けるだけのベジータに苦々しい思いを噛みしめる。

 

「ぐお!?」

 

 ガッとベジータへ顔を向けたクウラ様が尻尾を用いてベジータを地へ叩きつけた。バウンドした体にさらに鞭打つようにして吹き飛ばす。幸いにして致命的なダメージではなかったのか、体勢を整えて着地したベジータは、両の拳を握りしめてぶるぶると震えた。

 

「なぜだ……なぜだぁー!! オレは超サイヤ人になれるはずだ!! チクショォーッ!! カカロットの野郎になれてッこのオレ様になれないはずがないんだーっっ!!!」

 

 暴風を巻き起こしながら気を高めるベジータを無視し、腰を落として構える。私に視線を戻したクウラ様が口の端を吊り上げるのに、全身から気を引き出し、細胞の一つ一つを沸き立たせる。

 

「はっ!」

「……さあ、来い」

「言われなくても!」

 

 20倍界王拳。

 それはさっきと同じ倍率だけど、一度体がギシッてしたくらいで、もう無理な感じはしない。

 ただし今度はクウラ様の迎え撃つ体勢ばっちりな無理ゲー状態だけど!

 でもそんなの関係ないもんね! 私は、クウラ様を、倒す!!

 

 地面が爆ぜる。丸石たちを粉微塵に吹き飛ばし、飛び掛かっていく。

 

「どこを見ていやがる! こいつを食らいやがれ!!」

 

 横合いから放たれた光弾はクウラ様の腕に払われて、しかしそこで爆発した。

 膨らみ始める煙がその顔の半分を隠すのに合わせて、そっちの手を振り上げる。

 

「つあ!」

 

 攻撃の瞬間だけ25倍まで引き上げた拳撃は、スライド後退されて避けられた。

 あっ……!

 あんまり勢いをつけていたもので、振るった拳に引っ張られるようにしてどんどん前のめりになっていく。焦燥が冷たく背中を走るのに、でもどうにもできず顔から地面へ突っ込んでいく。

 

「んぐっ!」

「!」

 

 と見せかけて! 両手で地面を受け止めて肘を曲げ、着地のエネルギーをそのまま反発させる。揃えて伸ばした両足の槍が追撃しようとしていたクウラ様の顎をかち上げた。

 トンと手で跳躍。その際両手の平を回転させて地面を削り、体全体、腰を捻って遠心力を味方につける。のち開脚!

 

「だありゃあ!」

「おぐ! この……!」

 

 左へ流れていたクウラ様の右頬を足の甲で捉えれば、凄まじい打撃音とともに反対へ跳ね返した。

 身を捻り、体を丸めながら頭足(とうそく)の上下を入れ替え、もう一回転!

 

「ぜあらぁ!」

 

 渾身の回し蹴りがクウラ様の胸を打ち、バキィン、と鳴らした。

 

「ぐお……!」

 

 目を見開いたクウラ様の反撃が来る。いや、その予感。ビビッと震える髪に危険を察知して頭突きの勢いで頭を下へ逃せば、すくい上げるようなパンチが頭上を通った。あっぶなー……! っし、アッパーを食らえい!

 これを隙と見て跳ね上がりざまに殴り上げようとしたら──思い切り空ぶってしまった。とっくにクウラ様は拳も体も引っ込めていたのだ。

 空へと伸ばしきった右手に、腰に留めた左手に、がら空きになってしまった私の体。

 スローな視界の中でクウラ様が笑うのが見えて、反対に私は冷や汗たらたらである。さっきお腹にいい一撃もらったのを思い出して血の気が引きそう。

 

「ずあ!」

「っとぉ!」

 

 あ、でも案外避けられるもんで、体を細くするイメージで回転すれば、その拳は脇腹を掠めるのに留まった。今度こそチャンス! でも殴ろうとしてもそれじゃあ体勢を整えられて避けられてしまうだろう。ところが私の武器は手足だけではないのだ。流れて弧を描く長髪を、そのままクウラ様の目元へ叩きつける!

 

「のあっ、ごああ!!?」

 

 どうだ、ヘアーアタック! 予想外だったのか、目を押さえて思いのほか苦しむクウラ様の胸を蹴りつけて吹っ飛ばす。

 う! 衝撃がこっちの足にまで跳ね返って来た……! あの外骨格、バウンて跳ねて僅かにだけど勢いを突っ返して来るな……!

 

 後ろのめりに片足でブレーキをかけながらも、勢いを殺しきれず川まで後退したクウラ様は、バク転して体勢を整える方針に切り替えたらしく二転三転四転五転……! ちょ、どこまで……!

 追って川へ飛び込めば、飛び散る水滴を潜り抜けてクウラ様が突進してきた。うわわわっ、慣性無視した急反転!!?

 

「っくぅ!」

 

 大慌てで防御態勢に入る。右腕を顔の前へ立て、左は腰元でフリーに。

 目前まで迫ったクウラ様が一瞬巨大に見える程の圧力を発っしたのは、私と反対にその場で攻撃態勢に入ったからだ。直立、腰の入ったパンチが降って来る。

 

「う、おおおお!!!」

「はぁああああ!!!」

 

 最初の一撃は右の拳で殴りつける事で弾く事が出来た。今度は下から突き上げてくる拳を、これは左で殴りつけて外側へ。引き戻された右が顔狙いで再び襲ってくるのをなんとか腕で受け止め、無理くり押し出して逸らす。大質量が耳を掠めていくのにひやりとする間もなく、また拳が飛んでくる。

 

 こっちが小さいから向こうも攻めあぐねているのが幸いして直撃は貰ってないけど、押し負けて、どんどん後退させられ始めた。靴裏が川底に擦れて擦れて擦れて、転びそうな足に集中力を割くのは無理だと思って自ら背後へ飛行を始める。体勢は崩せないから立ったままのスライド移動。間髪入れずクウラ様もスライドして追い縋ってくるせいでまったく距離が開かない。どころかめっちゃ押されて……ううう!!!

 

「ふっ! くっ! うっ!」

 

 ガインゴインと生身どうしがぶつかってるとは思えない音を発しながら、骨の芯まで響く痛みをやり過ごす。ほんとは蹲って泣き出したい! そんな隙見せたら殺されちゃうからしないけどね!

 うああ、いったぁ~~い!!!! いたいいたいいたいぃぃぃ!!!!

 

 目だってつぶる暇が無いから乾いてきて痛み始めている。ああもう腕も感覚なくなってきたかも!

 だからって攻撃の手が緩められるはずもなく、絶え間なく降り注ぐ豪雨の如き拳を捌いて弾いて逸らして防いで、殴り返して殴り返して殴り返す!!

 上から下から正面から、時に連続で右! 続いて左! 今度はっまたひだりぃ!? 対応がおっつかないよ!! 気合い、気合いだっ踏ん張れナシコっっ!!

 

「うああああ!!!!」

「ぬぇりゃああ!!!」

 

 川を裂いて、立ち上がる水の壁に挟まれる中での攻防で、ちょっとずつ、本当にちょっとずつクウラ様の攻撃に対応できるようになってきた。でもそれは向こうも同じ。お互いの呼吸が嫌でもあってしまって、次に何するのかわかってしまって、千日手。

 クウラ様もわかっているのか、烈気の雄叫びを上げながら思い切り拳を振りかぶった。

 同じくして肘を引き、攻撃態勢に入っていた私は、クウラ様の目に映る自分の拳の角度では撃ち負けると知って攻撃取りやめ! 空気の壁を突き破って放たれた弾丸の如き拳を腹の前に出した手で受け止めるっ!!

 

「なに!?」

 

 一瞬燃え上がった赤い焔が相手の勢いを全て飲み込み、私達は完全停止した。

 それも一秒に満たない間のこと。僅かに驚愕をみせるクウラ様を思い切り殴りつけてぶっ飛ばす!!

 未だ高く上がり続けている水の壁の間を逆戻りするクウラ様を追って飛び出す。スタートダッシュに25倍界王拳! 足元で爆発した気に押されて急加速!!

 

「この、程度で──!?」

「っしょお!!」

 

 さすがに復帰が速く顔を上げ、勢いを殺しきれずとも上体を起こして見せたクウラ様と顔を突っつき合わせる。ゼロ距離で持ち上げた両手を全力で打ち出せば、反応したクウラ様の両手とがっちり組み合った!

 震える手が即座に押し返され始め、完全に力で負けていてもすぐには手は離せない。欠いていた余裕を取り戻し始めるクウラ様へ、だけど思いっきり笑ってやる。あまーい!! だぜ!!

 あーんとお口をあければ、クウラ様は目を見開いて"まさか"の表情。

 

「な、」

 

 口からかめはめ波ぁーーっっ!! 口外で膨らんだ青白い光が奔流となって溢れ出す。

 ナシコ口砲じゃい!!

 

「のあああ!!!」

 

 逃れようとしようとも繋がった手がそれを許さない。至近で防御もできずまともに受けたクウラ様の頭が爆発に巻き込まれ、煙に包まれた。けれどすぐ風に攫われて消えていく。

 最初に見えたのは、完全に血走った目だった。握り潰す勢いで手に力を籠められるのに顔が歪んでしまいながらもこっちだって全開パワーで手に力をこめ、対抗──!

 

「──?」

 

 するりと足の間に入り込んでくるものに気付く。

 直後、叩きつけられる衝撃に視界が白んだ。

 

「か、はっ──」

 

 鞭のように使われた尻尾が太ももの合間から離れていくのにくずれ落ちる。体のどこにも力が入らなくて、脳が許容できない痛みに、それでも痛いと感じる脳は、機能を停止してしまっていた。

 徐々に戻って来る視界に、歪みに歪んだクウラ様が限界まで拳を引き絞るのが見えて──。

 

「ナシコォ!!」

「む!」

 

 ドッと横からぶつかられ、地面に倒れ伏して削り進んでいくのに目をつぶる。遅れて水の破裂するような大音量。

 

「無事か!」

「……──~~~~~~!!!!!」

 

 ザアザアと雨のように水滴が降って来る中で声をかけてくれたのは多分ウィローちゃんなのだろうけど、あいにく噛みしめた歯からは息すら漏れず、噛んだ髪の感触さえわからない。

 胎児のように丸まった体勢で股を押さえる。体が強く痙攣してるのがわかって、でもどうしようもなかった。

 

「あぐうあぁあああ~~~~……!!!」

「ちっ、おおお!!」

 

 喘ぐように息をしようとして悲鳴が漏れる。幾度も爆発音が聞こえて、明滅する視界に、転がり回ってしまいそうな体をなんとか押さえ込んだ。今、自分が無防備になっちゃってて、ウィローちゃんが必死に守ってくれているのはわかったから、こっちも死ぬ気で痛みを我慢する。

 

「あっ、ひ、ううう……!!」

 

 腕をついて上体を起こす。じんじんと熱だかなんだかわかんないのを発するお股に思い切り地面を殴りつけて誤魔化し、界王拳全開で跳ね上がって持ち直す。

 あ゛あ゛あ゛ちくしょぉおおお、お股が痛いよぉおおお!!!

 

「っふーっう、く、ふー、くふー……!!」

 

 赤い光が霧散するのと、庇うように目の前に立っていたウィローちゃんが叩き飛ばされるのは同時だった。

 

「──ぐ!」

 

 眼前に立つクウラ様に対応しようと構えようとして、しゅるりと首に巻き付いてきた尻尾に反応しきれず、締まっていくのを止めようと手をかけたところで持ち上げられた。

 

「カッハ──け、ぁ……!」

「フン……中々やるな」

 

 ぐるんと視界が入れ替わる。背中をクウラ様に向けた体勢でなんとか尻尾を引きはがそうとするも、完全に首に入ってしまっていて指を入れる隙間もない。ギュウギュウと圧迫されるのに意識が白み始める。

 こんな、ところで……落ちる訳には……!!

 

「クウラーッ! それで人質でも取ったつもりかァー!!」

「ベジータか……撃つ気か?」

 

 いきりたつベジータの声に薄目を開いてなんとか視界を確保すれば、こちらへ手の平を向けて立つ彼の姿があった。当然、私ごとクウラ様を攻撃するつもりらしい。

 ちょっと、今、防御に回す気の余裕はないから……そんな事されたら死んじゃうんだけどっ……!!

 

「当たり前だ! 今度こそ粉微塵にしてやるぜ……超サイヤ人の、このベジータ様の一撃でな!!」

「クックック……スーパーサイヤ人か……オレは避けんが……クク、こいつを失って貴様らに勝ち目があるとは思えんがな」

「うるさい! だまれ!! 今息の根を止めてやる!!」

 

 宣言通り手の平の先に光弾を生み出すベジータに、必死に足をばたつかせて抜け出そうともがく。

 何度もクウラ様の体蹴りつけてるんだけど、力入んなくて、全然びくともしない……!

 

「ぶっ殺してやるぜ……!!」

 

 ──あ。

 ……やば、もう体の感覚なくなってきた……。

 く、そ……まさかベジータの攻撃で……死んじゃう、の、かな……。

 

 

 ぱたりと手が落ちる。

 もはや抵抗する力なんかなくて。

 

 私は、僅かな視界に映るベジータの顔を見つめる事しかできなかった。




TIPS
・悟空の応援
悟空が喝を入れてくれるやつ。よく見る

・肩ぽんぽんしてくれた超サイヤ人孫悟空
幻覚。妄想。イマジナリーサイヤン

・ピッコロ
仙豆係

・意外な救援
ベジータ

・クウラ機甲戦隊
ベジータによって始末されてしまった

・メテオブレイク
逆立ちの体勢で揃えた両足を槍のように打ち出した後、回転して追撃の蹴りを放ち
さらに上下を入れ替えて回し蹴りをぶちかます

・ソリッド・ステート・カウンター
相手の攻撃を完全に受け止めた後に反撃するぞ
そうでなくてはつまらん

・ナシコ口砲
絵面はだいぶん可愛らしいが威力はえげつないぞ

・急所
クウラ様急所攻撃躊躇なくやってくるイメージある
戦いに卑怯も何もないのだ


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第二十八話 無意味な覚醒

「──……ぐくっ、く……!!」

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「く、ぐうう……!」

 

 首を絞めつけるものをどうにもできないまま、ぴくんぴくんと体が揺れる。

 手も足も全然動かせない。あえぐ事すらできなくて、意識を繋ぐので精いっぱい。

 力の抜けた体じゃなんにも感じられないから、ベジータの声もずっと遠くに聞こえた。

 

「ぐ、……く……!!」

「どうしたベジータ。撃たんのか?」

「うっ……おおお!! うるさい!! この……!!!」

 

 ベジータが突き出した手の前で輝く光弾が視界を染め上げて、でも、気のせいか、いつまで経ってもそれが放たれない。

 曖昧な意識じゃどれくらい時間が経っているのかわかんないけど……もう、けっこー、そのままなような……?

 それに、なんだか、だんだん光が弱まっていってる気がする。

 はは、これはいよいよ、私の方がヤバいのかも……。

 

「……!!! なぜだっ……!! なぜ撃てん……!! なぜだぁーっ!!!」

 

 ガシンと拳を握って光弾を消し去ったベジータが、自らの拳に汗を滴らせてうなる。

 ずいぶん遅れて、彼が攻撃を取りやめたのだと──それも、その理由が『私が盾にされているから』なのだとわかった。

 

「ク、フハハハハ! こいつは嗤えるぜ。戦うために生まれたサイヤ人にそんな情があったとはな?」

「こ、こんなはずは……こんな、あ、あのガキの事などどうでもいいはずだ……!!?」

 

 クウラ様が笑うのに合わせて体が上下に揺れる。ほんの微かに尻尾が緩んだ瞬間があって、でも、抜け出せるような隙じゃなかったけど、無意識的にんぐっと酸素を補給できた。

 閻魔様の方までいっちゃってた私の魂が大急ぎで帰ってきてくれて少しずつ視界のもやが晴れていく。

 

 やはりベジータは、攻撃をやめていた。わなわなと震えるのみで、もうその意思もないみたい。

 と、不意に視線が合って、それまで怒りに満ちていたベジータの顔から何もかもが抜け落ちた。

 ぽかーんとした顔。こんな大ピンチな時じゃなければ指差して大笑いしたくなるような間抜けな顔。

 

「っ、っっ、っけう、な、なれるよっ!!」

「!?」

 

 何か言ってやりたくなったので尻尾を引き剥がしにかかりつつ足を暴れさせ、なんとかちょっとだけ気道を確保できたので叫ぶ。それだけで頭の奥が白んで、視界が明滅した。

 うああ、くらくらする……! 絶対酸素足りてないよこれ……!

 

「べじっ、べじーたはなれる! すぱっ、さい、人にっ……!」

「……! 何を喚いていやがる……とっとと抜け出しやがれ!!」

 

 うわっ。人がせっかく元気づけてやろうと思ったのに、なぜか怒りを取り戻したベジータが青筋を浮かべて怒鳴りつけてきた。

 揺れが酷くなる。そのたびに強めに首が締まってうっ、うって意識せず変な声が出た。クウラ様、よっぽどおかしくて笑ってるみたいだ。

 

 ベジータは絶対に超サイヤ人になれる。当たり前だ。なんたってベジータなんだから!

 というかなれるの知ってるしっ! むしろ超サイヤ人じゃないベジータの方が馴染み薄いし!

 目をつぶって力を振り絞る。なんとか酸素を確保して、体中使って発声する。

 すべては彼の覚醒のために──!

 

「ベジ──」

「だまれぇーっっ!!」

「っ……! だまらない! ベジータは──」

「だまれだまれだまれーーっっ!!!」

 

 っ!

 あ、あ、こ、こいつ~~!!

 このナシコちゃんが、死にそうになってるのに応援しようとして、が、頑張ってるのに……この野郎~~~~!!

 もう怒った!! いいよ、ベジータには期待しない。超サイヤ人も必要ない。自力でなんとかするから!!

 

「サイヤ人の誇りを見せてみろ! どしたぁ! おめぇの力はその程度か!!」

 

 それはそれとして、抵抗ついでにベジータをおちょくる。

 大声出すと力入るからってのもあるけど、単純に、ベジータにキレたのだ。

 もう許さねぇ。徹底的にプライド蹴りつけてやる!

 そんでもってクウラ様も私が倒しちゃって、マウント取りまくってやる……!!

 

「……!! ……ッ!!」

「おめぇはサイヤ人の誇り高き王子だもんなぁ!」

 

 歯が砕けそうなほどに噛み合わせて超振動するベジータが、怒気とも何ともつかない声らしきものを発するのに、効いてる効いてると気分を良くする。

 続けててきとうに何か言おうとして、ドッと視界が揺れるのに空気が漏れた。

 

「が、あっ……!!」

「やかましいガキだ」

 

 脇腹を殴られたみたいだ。ノーガードなせいで衝撃が半端なくて、一瞬圧迫された中身が破裂しちゃったんじゃないかってくらいの痛みに、体が石みたいに硬直した。

 ベジータが目を見開くのが潤んだ視界に見えた。激痛に耐えるために目を閉じたからそれ以上はなんにも見えなかったけど、なんかベジータまで殴られたような顔してた。

 

「うおおおおお!!」

「はぁああああ!!」

「……死にぞこないの猿どもか」

 

 と、慣れ親しんだ二つの気が飛び掛かってくるのに気付いた。

 目を開けようとしてぶん回されるのに身を固くする。

 あだっ、あだだっ、なんかぶつかってる!!

 

「ナシコを、放せぇ!」

「はぁっ、はぁっ、クソが……!!」

 

 揺れが収まったのでちょいと薄目をすれば、やっぱりラディッツとターレスだった。

 二人とも片膝をついて肩で息をしている。でも怪我らしい怪我はなくなってて、仙豆で復活したのだとわかった。

 当然瀕死復活によるパワーアップもしてるみたいだけど、超化もできないんじゃクウラ様には届きっこない。

 でも、あれ、あれだな。これなんか、あれ。

 囚われのお姫様みたいだね。

 

「うげっ!」

 

 とか考えてたらもう一発殴られた。

 知覚できたからなんとか気で強化してダメージ軽減できたものの、痛いのに変わりはない。

 クウラ様が容赦なさすぎて泣けてくる……!

 

「あう、あうう……!!」

「──!」

 

 知らず、お腹が跳ねるのにつられて体が動いてしまう。 

 痛いのが飽和しすぎて頭おかしくなりそう……! 足を擦り合わせて痛いの誤魔化そうとしても全然和らがないし……!!

 

「ぎっ!」

 

 ふと、爆発的な気の高まりに動きを止める。

 ラディッツが、黄金の気を噴き上がらせていた。

 それは隣で力んでいるターレスも同じで、まるで二人ともが揃って超サイヤ人に覚醒したみたい。

 

「だぁあ!!」

 

 でも違った。二人とも金髪にはなってないし、白目まで剥いて、膨れ上がった力に振り回されるようにして突進してきた。

 その姿には見覚えがあった。

 あれは……たぶん、悟空さんが、スラッグの映画でなっていた……!

 

「ふん」

「!?」

「な、お……!!」

 

 二人の拳を、クウラ様は両手のそれぞれでがっしりと受け止めてしまった。

 強大な気のぶつかり合いの影響で足元が削れて沈下し始め、視界がどんどん下がっていく。

 ていうか、私、三人に挟まれてるせいでめっちゃ髪とか服とか荒ぶってるんだけど……!

 

 力比べなどするつもりも……いや、する必要もなかったのだろう。クウラ様は、グシャリと二人の拳を潰してしまった。

 

「ぐあああ!!?」

 

 腕を抱え上げて叫ぶラディッツに、膝をついて蹲るターレスに、へたりこんで愕然としているベジータ。

 ベジータは、突然に強くなった二人があっさりやられた事に動揺しているのか、汗まで流している。

 

「ふっ、んっ、んん~~!!」

 

 このままじゃ、二人とも殺されてしまう。

 私がなんとかしなきゃって暴れても、やっぱり尻尾は解けなくて、どころかキュッと締まるのに苦しくなる。

 

「情けないサルヤロウ共だ。オレに対抗できたのは地球人だけ、それもまだほんの子供とはな……」

「ぐ、う、おお……!!」

 

 悶える二人の気はかなり落ちてしまっていて、もはや戦える状態ではなさそうだった。

 つまらなそうに鼻を鳴らしたクウラ様が尻尾を動かして、私と顔を合わせてくる。

 

「きさまとの戦いもこれまでだ」

「っ……」

 

 差し向けられた二本指が私の胸に狙いを定めて、紫の光を発し始める。

 うあ、やばい、やばいやばい!!

 二人の心配をしている場合じゃなかった。私なんか、直接生死を握られていたのだ。とどめなんかいつでも刺せる状態だった……!

 

「さらばだ」

「ぃやっ……!」

 

 なんとか抜け出そうとめちゃくちゃに動こうとして、一言投げかけられただけで硬直してしまった。

 頭の中が恐怖でいっぱいになって、ガチガチになっちゃってなんにもできない。

 

(みんな、ごめん……! 私がちゃんとしてたら、備えることだってできたはずなのに……!!)

 

 後悔なんてしたって、なんにもならない。

 死ぬのが怖いのも、痛いのが嫌なのも、もうどうでもいい。

 

 悔しい……! くやしいんだよ……!

 私達が、こんなところで、終わりだなんて……っ!

 

 目を閉じる。まなじりから溢れた涙が、零れた。

 頬を伝う雫が尻尾を滑って地面に落ちる。

 ぴちょんと、やけにはっきりと水音が聞こえた。

 

 

「クウラァーーッッ!!」

 

 ぶわ、と膨らんだ風に背中を押されたのは、その時だった。

 

「……?」

 

 流れる私の髪の中で顔を上げたクウラ様が、浮き上がり始める。

 円状に削れていた場所から外へ出ると、夜闇が白い光に照らされているのが見えた。

 

「ぐ、う、うおおおお!!」

 

 あいにくクウラ様と向き合う形の私には見えないけれど、そうやって気を高めているのはベジータのようだった。

 ただがむしゃらに白い光を噴出させて、無理矢理にでも超サイヤ人に至ろうとしているみたいで。

 感じる気には、信じられないほどの怒りが内包されていた。

 

「クソッ────────タレがぁあああああ!!!!」

 

 でもそんなんじゃ、いくらやったって、超サイヤ人には至れ……?

 ……クウラ様が目を見開いている。

 夜闇が、金の光に晴らされている。

 

 ああ……まさか。

 

「なんだ、あの変わりようは……まさか」

 

 まさか、ベジータ……。

 

「まさか、貴様……!?」

 

 光が収まっていく。

 でも、この特徴的な、シュインシュインって音に覚えがないはずがない。

 

「こいつは良い気分だぜ……どんどん力が湧いてきやがる」

 

 どうしてかはわからないけど、ベジータは超サイヤ人になれたみたい……。

 忌々し気に顔を歪めたクウラ様によって横へ放り捨てられて地面を転がる。

 かへっけへっと咳込む。喉の奥が鉄の味に満ちてて、いやになる。

 ああ、お腹、痣になっちゃってたらどうしよう……なんて暢気な心配しちゃうのは、安心しちゃったからだろうか。

 

 ザ、ザ……。靴音を鳴らして歩む、伝説の戦士。

 自信に満ちた顔でクウラ様を見据えるベジータに、もう大丈夫なんだって、私達は助かるんだ、って、緩く息を吐き出した。

 

 

 

 

「うおおお!!」

 

 最初に仕掛けたのはクウラ様だった。

 雄叫びを上げ、全開で突っ込んでいくその拳を、ベジータは微動だにせず掴み取った。

 突撃の体勢で止められたクウラ様がいくら押しても引いても動かない。

 

「ぐ、ぎゃああ!!?」

 

 そのうちに腕を握り潰されそうになって大慌てで腕を払い、後退した。

 地に足をつけたクウラ様が激しく肩を上下させる。だらんと垂れた両腕が、次第に震え始める。

 

「お、おのれ……!」

「──」

「お!」

 

 瞬時に距離を詰めたベジータがクウラ様を殴り飛ばした。

 遅れてドゴォンと重々しい音が鳴り響いて、風の圧が体を撫でていく。

 すげぇ……とどこかでクリリンの声がした。

 

「どうした、クウラサマよお。こんなものか?」

「おのれ……おのれぇええ!!」

 

 地面を爆破する勢いで戻って来たクウラ様は、ベジータの前に着地すると、腕を振って怒りを露わにした。明らかに、優劣が決している。お互いそれがわかっているのだろう、ベジータは余裕綽々としてご満悦だ。

 

「……、……。」

「つまらねぇぜ、フリーザの兄貴がどれほどのものかと思えば、この程度とはな」

「……ふ、クックック」

 

 肩を震わせて笑い始めるクウラ様に、ベジータは片眉を吊り上げた。

 

「何を笑っていやがる。恐怖で頭がおかしくでもなったのか」

「……いいことを教えてやろう」

 

 違う。

 そうじゃない。ああ、そうじゃなかった。

 

「あと一回」

「……?」

「あと一回、オレは弟より多く変身できるんだ」

「──!?」

 

 突きつけられた、人差し指を立てた手の意味をそこで理解したベジータは、組んでいた手を解いて動揺した。

 今の台詞は、フリーザ様の段階的な変身の恐怖を思い起こさせるには十分だったのだろう。

 それでも超サイヤ人に覚醒した勢いを借りてか、ベジータは威勢を取り戻した。

 

「は、ハッタリだ! それ以上の変身があるはずがないっ!!」

「フハハハ」

「……! あ……ああ……!!」

 

 否定しながらもクウラ様の言葉が真実であるとどこかでわかってしまっているのだろう、ベジータには、もはや余裕はなかった。

 私だって、知っていても、これ以上があるなんて信じたくない。

 だって今でさえクウラ様の戦闘力はフリーザ様の100%を超えてるんだよ……? 変身したら、どうなるかなんて……!

 

 空へ昇っていったクウラ様が、欠けた月を背にして腕を、足を広げ、力を籠め始める。

 変身の予兆に、地面が微かに揺れ始めて、小さな石の欠片や何かがふわりと浮く。

 

 ピピピピ、とどこかで計測音がした。

 今度のそれは長かった。だって、月明かりを受けてもこもこと変貌を遂げるクウラ様の気は、どんどん上がり続けているからだ。いつまで経っても終わらない。

 

 ドォン、とお腹に響く音がするたびに、クウラ様の姿が変わっていく。

 両肩の白い外骨格が盛り上がって輪のようになり、腕や足の外骨格からはヒレのようなものが伸びて、腕も太ももも二回りほど肥大化し、私にとっては元々巨体だったその体は倍以上に伸びた。

 

 目が消え、真っ赤に染まった双眸が妖しく光る。

 

「──さあ、始めようか……!」

 

 不敵な笑みが、カシュンと競り上がった外骨格のマスクに隠された。

 誰かが恐怖の声を漏らす。

 気がでかすぎて、もはや抵抗する気にもなれなかった。

 

「戦闘能力、4億7000万……」

「なっばっ、そ、そんな……!?」

 

 少し離れたところでクウラ様を見上げるウィローちゃんが呆然として呟くのに、思わず反応してしまった。

 よ、4億……!? なにそれ、な、なにそれっ!

 そ、そんなの、かないっこないじゃん!?

 

「く、クソッタレェー!!」

 

 黄金の気を噴出させて飛び上がったベジータが──地に倒れていた。

 空には肘打ちでもしたような体勢のクウラ様がいて……まったく、動きが見えなかった。遅れて風圧が広がり、土や石が舞い上がっては落ちていく。私の膝の上にもいくつかぽとぽとと降ってきたけれど、気にする余裕なんかなかった。

 

「カハッ、が、あぐ……!」

 

 なんとかといった様子で立ち上がったベジータは、引け腰になってしまっていた。

 息も荒く震える顔を上げて空を仰ぎ、ガチガチと歯を鳴らす。

 

「す、超サイヤ人は……! て、天下無敵じゃ、なかったのか……!?」

「フハハハハ! 当たり前だ。スーパーサイヤ人などオレの敵ではない!」

 

 くんっと腕を上げたクウラ様によって、どこかの地面が盛り上がって、その振動がここまで届いてくる。

 

「オレが宇宙最強だ!」

 

 ガシッと手を握られるのに、それだけでベジータが吹き飛ばされた。

 三回ほどバウンドしてうつぶせに倒れた彼は、ほんの僅か指の先で土を掻いただけでもう立ち上がろうとしなかった。

 ……立ち上がれなんか、しないんだろう。

 クウラ様が、これほど圧倒的だなんて思わなかっただろうから。

 

 だってクウラ様って、映画じゃ超サイヤ人の悟空さんにダメージらしいダメージなんか与えられず、一方的にボコボコにされてたんだよ……? こんなのおかしいじゃん……!

 あっさり倒されるはずなのに……どうして……?

 

「もはや、これまでか……」

 

 うなだれて呟くウィローちゃんに、辺りを見回す。

 クリリン。ヤムチャ。天津飯。悟飯ちゃんに、ピッコロさんに、ラディッツに、ターレス。

 衣服がボロくなっていたり、血の跡が滲んでいたりするそれぞれを見て、誰にも戦う意思がないのに、息を呑む。

 みんな、心が折れてしまったみたいだった。それほどまでに、最終形態になったクウラ様の存在感は大きかった。

 

「……ふ」

 

 笑みが浮かぶ。

 やけっぱちな感じの、でも、そうじゃないやつ。

 それをばっちり見られていたようで、クウラ様がこちらを見下ろすのが見えた。

 でも何もしてこない。腕を組み、高みの見物の姿勢に入った。

 

「ほう? まだ何か抵抗したいようだな。いいだろう、見せてみろ」

「チッ、いい気になりやがって……!」

 

 忌々し気に舌打ちしたのはピッコロさんだ。彼と悟飯ちゃんが、私の下に駆け寄って来た。

 ウィローちゃんとクリリンも遅れてこっちへ集まって来る。

 

「おい、何か考えがあるんだろう。そんな顔をしてるぜ」

「ナシコお姉さん……」

 

 鋭いピッコロさんに、頷いてみせる。

 もちろん、策はある。

 いや、今思いついたやつだけど、これならクウラ様くらいなら普通に倒せる感じの。

 

「な、なんだよナシコちゃん、そういうのがあるならはやくやってくれればいいのにさ」

 

 相当疲れているのだろう、空元気を出すみたいに笑うクリリン。

 悟飯ちゃんの顔がぱあっと明るくなるのに癒されながらも、私は一度、大きく息を吸って、吐き出した。

 

「これだけはやりたくなかった……やったら、絶対ナシコ死んじゃうもの……」

「えっ!?」

「……なるほど。それほどの技か」

 

 だろうな、って感じで納得するピッコロさんを見上げる。

 冷静な表情は、とても戦う意思を無くしてしまっているようには見えなくて、でも、気が沈み切ってしまっているのは確かだった。

 ピッコロさんでさえこうなのだ。だからやっぱり、私があれをやるしかない。

 

「お願いがあります。みんなには、時間を稼いでほしい……」

「何をするつもりかは知らんが、引き受けよう。悔しいが、今はきさまに頼るほかはなさそうだ……」

 

 このピッコロ様ともあろうものが、一度ならず二度までも足手纏いに甘んじるとはな……。

 心底口惜しそうなピッコロさんは、それでいて、ちょっとは私に心を預けてくれてるみたいだった。

 そういうのに勇気を貰える。やる気がわいてくる。

 

「やろうとしてるのは、元気玉です。……元気を集め始めたら、きっとクウラさ、クウラは攻撃を仕掛けてくると思うので……その妨害を」

「元気玉か! ……で、でも」

「……はい」

 

 その技なら、と表情を明るくさせたクリリンは、しかし消沈して悟飯ちゃんと顔を見合わせた。

 フリーザでさえ倒しきれなかった元気玉で、それ以上の怪物を倒せるのか? だって。

 うん。倒せるよ。

 

「とにかく、お願いします」

「ナシコよ、死ぬというのはどういう事だ」

 

 あ、ウィローちゃん。

 細めた目で見据えられるのに、柔く微笑む。

 そういうの、今気にしないでいいよ。どの道やんなくちゃなんないんだからさ、説明させないで?

 

「…………死ぬな。死んでくれるな」

「ごめんね」

「………………」

 

 泣きそうな顔をして、もう一歩私へ近づいたウィローちゃんは、私の腰へ腕を回してそっと密着させると、ほっぺたをくっつけてきた。柔らかくて熱い感触。震える息遣いが髪を伝って届く。

 数秒、そうした後に体を離す。そのまま背を向けられたから、どんな顔してるかはわからなかったけど、その方が良い。

 私は、敢えてとびきりの笑顔を浮かべておいた。

 

「わたしだけでは1秒も稼げない。ラディッツとターレスにも働いて貰うとしよう」

「……」

「お前達も死ぬ気でかかれ」

「言われなくともそうさせてもらうぜ」

「あ、ああ……」

 

 それだけ言って、ウィローちゃんは蹲る二人の下に駆け出してしまった。

 入れ違いにやってくるヤムチャと天津飯へ、クリリンと悟飯ちゃんが説明してくれるのを見つつ、少しずつ浮き始める。

 コキコキと首を鳴らしたピッコロさんが見上げてくるのを見返して、できるだけ力強くみえるように頷いた。

 

 両手を上げる。

 月明かりを受けて、冷たい空気を吸って、最後に一度、クウラ様を見上げる。

 

 今はまだ傍観してくれている、月下の帝王。

 甘くはない彼の事だから、みすみす私の行為を見逃してくれるはずもないだろうけど……。

 

 どうか、動いてくれるなよ。

 

 そう願わずにはいられなかった。




・ラディッツとターレス
それぞれ戦闘力300万と350万にアップ

・疑似超サイヤ人状態
戦闘力はざっくり25倍くらいかな

・ベジータ覚醒
この頃のベジータはまだ極悪人で、残忍で冷酷なサイヤ人だ
穏やかな心などまだ芽が出たばかり。育ってなんていなかったはずなのだが……

ナシコに抱っこされた際、密着してしまった事でナシコに対する親愛度が強制的に爆上げされ
死の淵から甦った際に一番最初に見たナシコの顔に、"死の淵から甦るたびなんか色々パワーアップする"サイヤ特性が合わさって、ナシコに限っては諸々カンストしてしまった
限定的ではあるが心穏やかで、ある程度の戦闘力があるという条件を満たしたので超化と相成ったのである

ベジータは 称号"お姫様抱っこされて目覚めた伝説の戦士"を得た


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第二十九話 ナシコの死ぬ時

 風が髪を揺らした。

 その重みに、目をつぶって集中する。

 あらゆる外界からの刺激をシャットアウトして、そのずっと外側の、いろんなものに語り掛ける。

 

(空よ……大地よ……海よ。草木よ、そこに息づくもの達よ……どうか、ナシコに少しだけ……元気をわけて……!)

 

 まぶたの裏の暗闇に響き渡る私の声。

 それに応えてくれるものがたくさんあるのが感じられた。

 すぐ足元の草や、そこに潜む微生物たち。

 ずっと遠くの、もう眠ってしまっているだろう人々のごくわずかな気。

 雄大な海の、波の先から切り離された水滴の、ほんの一欠けら。

 

(月よ、太陽よ、火星よ……えと、あの、冥王星…………きんもくせい……? か、カナッサ星…………新惑星ベジータ……とか?)

 

 真摯に呼びかける声に、みんなが応えてくれるのがなんとなくわかる。

 遠い遠い星々の、名前も顔も知らない誰かや、その営みに息づく小さないのちが協力してくれて……。

 徐々に集まってくる光が、遥か頭上に巨大な光体を成していく。

 

「……なんだ、あれは」

 

 クウラ様が身動ぎするのが空気を伝わって、はっきりと感じられた。

 こんな夜中じゃなければ、もう少し気付くのを遅れさせられただろうけど、時間に文句を言っても仕方ない。

 

「おおお!」

「はぁああ!!」

 

 クウラ様が危機感を持つより早くウィローちゃんとピッコロさんが挑みかかる。

 でも攻撃はせず、目前で急停止し距離を取り、気弾を連射する。

 

「羽虫め」

 

 それらはまったくクウラ様にダメージを与えられないけれど、鬱陶しいってくらいは思わせられるだろう。

 でもそれだけじゃ駄目だ。もっと気を引かないと……!

 

「気円斬!!」

「む! ぬぁっ!!」

 

 目くらましの光弾に隠れて、クリリンの技が飛ぶ。

 でも俊敏に反応したクウラ様は避けきってしまった。おかげで注意がクリリンに向いたけど……攻撃されたら死んでしまう!

 

 薄く目を開いてクリリンを窺えば、汗を流しながらも彼は逃げようとしていなかった。

 腕を掲げ、そこに円盤状に気を回し始める。

 

「これならどうだ! 双気円斬!!」

 

 今度は二枚。夜闇を切り裂き黄色い光がクウラ様に迫り──二枚とも、掴み取られた。

 太い指が食い込んだ気円斬にミシミシと罅が入り、やがて硬質な音をたてて砕け散る。

 

「下らん技だ」

「くっ……!」

 

 零れ落ちる光の欠片の中で腕を広げたクウラ様が、フンと息を吐いた。

 格上殺しの気円斬も通じないか……!

 だからって止まってる暇はない。

 続いて悟飯ちゃんとピッコロさんが光線を浴びせかけ、視界を奪う。

 

「く、ぐくっ……!」

 

 跳び上がったターレスが、血濡れの手を張り合わせ、円を描く気を作り出していく。キルドライバーと呼ばれるそれが放たれれば、煙から飛び出してきたクウラ様は円の中を潜り抜けてターレスを殴り飛ばした。

 

「うおお!」

 

 肘打ちをかまそうと頭上を取ったラディッツがノールックの裏拳を受けて吹き飛ぶ。

 赤い双眸が私を射抜いた。──やっぱり、見逃してもらえないみたい……!

 

「かめはめ波だーっっ!!」

 

 クリリンの声が空間中に響き渡って、彼を中心としてザザザッと戦士達が並び立った。

 ヤムチャ、悟飯ちゃん、ラディッツ、ウィローちゃん。

 独特の構えがシンクロして、青い光が一息に放たれれば、五条の光線は重なって極大となった。

 

 迫るかめはめ波に顔を向けたクウラ様が、マスクの向こうで笑うのがわかった。

 

「っ! 潜り抜けてくる! 迎撃して!」

「え!?」

 

 光線に飲まれたと思ったクウラ様が影となって遡る。そういう事すんの知ってた!

 だからそうする前に注意を促せた。突き出した両手の前にぬぅっと現れたクウラ様に、クリリンは即座に額に両手を当てた。

 

「太陽拳っ!」

「!? ぬがぁあああ!!!」

「今じゃ!!」

「新気功砲ーッッ!!」

 

 強い光に怯んだのを隙と見て飛び上がった天津飯が指を合わせた手を突き出し、凄まじい圧を放つ。

 ドッとクウラ様の体が揺れた。

 

「はっ! ハァッ! はぁーーッッ!!」

「おおお!!」

 

 連続で気を発し、猛然と生命力を燃焼させる天津飯の、さらに上へ飛んだウィローちゃんが大の字になって全身から光線を発射する。それはさらにクウラ様を押し留めて……!

 

「ダメージは与えなくていい! そのまま拘束するんだ!!」

「ちゃっ! は! ハィー!!」

 

 両腕を伸ばし、魔術を行使しているのかみょんみょんと光線を発するピッコロさんの横で、ヤムチャが激しく手を動かしている。操られた光弾がクウラ様の周りを囲んで逃れようとする出を潰しているみたいだった。

 

 空を見上げる。

 巨大化しつつある元気玉は、それでもまだ、まだ足りそうにない。

 もうちょっと、なんだけど……! みんな、あとほんの少し、ほんの10秒だけ……稼いで……!!

 

「!」

 

 左足に熱が走るのにぎょっとする。

 一瞬後には焼けるような痛みが駆け(のぼ)ってきて、泣きそうになってしまったけれど、なんとか堪えた。

 

「貴様ぁ!!」

 

 こちらへ指を差し向けていたクウラ様がラディッツに組み付かれて、新気功砲の範囲内へ戻される。

 じんじん痛む左の太ももに絶対に視線を向けないようにしつつ──だって穴空いてるのわかっちゃうし、見たらもっと痛くなるだろうから!──もっと元気を、はやく、はやくって世界へ、宇宙へ、銀河中へ呼びかける。

 

(お願い……! お願いだから……!)

 

「わあああ!!」

「なんだこのガキは……ぐっ!?」

 

 ドオン、と爆発音に似た衝撃があって、それは悟飯ちゃんがクウラ様を殴りつけた音だとわかった。

 怯んだクウラ様は、でも大してダメージはなくてすぐに悟飯ちゃんへ指を向けて──!

 

「悟飯!!」

 

 ピッコロさんが掻っ攫った瞬間に光線が放たれ、危ういながらも避けられた。着地を考えていなかったみたいで二人揃ってごろごろ転がっていくけど、悟飯ちゃんが無事で心底安心した。

 

「くっ……!」

 

 天津飯が地に落ちる。文字通り生命を燃やし尽くし、もはや瀕死の状態だ。誰も受け止める余裕なんかないけれど、その勇姿に私は心の中で強い賛辞を贈った。

 ヤムチャが組みかかり、ピッコロさんが飛びつき、ウィローちゃんがしがみついて、どんどんクウラ様に纏わりついていく。

 

「──! できた!」

 

 その甲斐あって、元気玉が完成した。

 即座にそれを地上へと下ろす。

 悪いけどみんなが離れるのを待ってる暇はない。

 引き付けるような圧力を伴って落ちてくる元気玉に、私はめいっぱい両腕を伸ばして維持に努めた。

 

「くっ!」

 

 両腕でみんなを弾いたクウラ様は、即座に私へ指を向けて光線を放ってきた。

 避ける事も防ぐこともできない私の右肩を貫いてく熱量に息が漏れる。

 それでも元気玉は散らさない。これを消してしまったら終わりだ。頑張れ、私……!

 

「う、く、う……!」

「──なに!?」

 

 太陽の如く地上を照らし出す濃密な気の塊が、とうとう地表に達した。

 それは、クウラ様に──ではなく、私へと襲い掛かってきて。

 

「う、う、あ!」

 

 天へ伸ばした両腕を通じて、どんどん私の体へと流れ込んでくる。

 

「うあ、あああああ!!!!」

 

 ぎゅんぎゅん吸収されるみんなの元気に、自然と声が溢れ出す。

 そうやって出口を作らないと、体が破裂してしまいそうだった。

 私だって頑丈なはずなのに、もう、許容量超えちゃってる感じ……!!

 

「んんんんーーーーっっ!!」

 

 それでもむーっと口を噤んで、一片たりとも逃さないように飲み込む。

 やがて全ての元気が私の体に宿った。荒れ狂う力を、その全てを掌握し、体中を巡らせ、完全に私の気と同化させ──。

 

かい、おう、け(界王拳)ぇえええん!!!」

 

 叫ぶ。

 喉が張り裂けそうなくらいに、ぐっと上を向いて叫ぶ。

 一度巨大な球状に広がって地表を削り取った光が、芯から赤く染まっていく。

 球体は揺らめき立ち、炎のように。

 ごうごうと燃え盛る深紅の光に、クウラ様が慄いた。

 

「お、お、このっ──!」

 

 先の焼き直しのように──かめはめ波を貫通したように飛び込んできたクウラ様が、私本体を狙って殴り掛かって来る。

 その判断は正しい。私をやっつけたら、この膨大な気は行き場を失ってこの星もろとも全てを破壊しつくすだろう。

 ──私を倒せたら、の話だけどね?

 

「な!」

 

 強く受け止めたクウラ様の拳を引き、その腹に膝蹴りを叩き込む。

 突き抜けた衝撃は炎の中に溶けて消え、腹を抱えて後退するクウラ様の全身は常にダメージを受けてビリビリと震えていた。

 

「うがあっ!」

「!!!」

 

 振りかぶった拳を思い切り打ち出す。目を見開いたクウラ様は、死に物狂いといった様子で離脱を計り、そのさなかに拳圧に胸をへこませて吹き飛んだ。

 

「ぐああああ!!!」

 

 光の向こう側へ消えていったクウラ様が、まだ健在なのはわかってるけど、思うように体が動かない。

 この力を制御するのでせいいっぱいで、噛み合わせた歯の隙間から絶えずうめき声が漏れてしまう。

 

「ぐぎぎぎぎ……!!」

 

 視界中を染め上げる深紅に、拳を握り締め、全身に力を入れて耐える。

 クウラ様は戻って来ない。どころか離れて行っている。

 まさか、クウラ様が逃走を選んだ……?

 

「フハハハハ! 確かに凄まじいパワーだ! 地球人!! ──だが思うように動けないようだな……!」

「……っ!」

 

 声の出所は上の方だった。キッと見上げても目じゃ捉えられない。外側の気を探り、その形を窺うのが限界。

 体を震わせて笑っているクウラ様は、次には片手を空へ向けたみたいだった。

 

「己が高めたエネルギーに飲み込まれて死ね!!」

 

 ぐっ、と息を呑む。凄まじい気が膨れ上がるのを感知したからだ。

 それはクウラ様の頭上に作られた、恐らくはスーパーノヴァ……!

 それをぶつけて、私のエネルギーごと大爆発を起こさせようって腹積もりらしい。

 くそ、考えたな……! 目の前の相手に拳を振るうのでせいいっぱいな私じゃ、どうやったって防ぎようがない……!

 

「う、ぎぎぎぎ……!!」

 

 そもそも体が限界に近い。もう、バラバラになっちゃいそうで……!

 

「この星ごと、消えてなくなれーーッッ!!」

「!!」

 

 けれど。

 ああけれど。

 

「なっ!!?」

 

 ぶつかってきた巨大な気弾に、私は無理を押して、自身が支えるエネルギーの全てを放出した。

 気の総量で勝っている以上、そうすれば当然スーパーノヴァくらい容易く押し返せる。

 クウラ様は大慌てで自身の放った光弾を押さえ込みにかかったみたいだけれど、徐々に押され始めている。

 

「うぐ、ぎ、ぐぐっ、ぐ!!」

 

 それだけ見れば、もう私達の勝ちは決まっているみたいに思えるかもだけど……!

 光線として押し出した私の方が、限界に近い……!

 ただがむしゃらに放出するだけで、そんな雑な気功波じゃ、ああ!

 

「お、おおお!!」

「ぐうっ、うう、う!!」

 

 あああ、押し返され始めてる……!

 限界なんか超えてやるって、そうできるのが当然だって──。

 悟空さんのことを思えば、私が、代わりに地球を守るんだって、奮起できたのに。

 

 両手を前へ伸ばし、もはや地上まで追い詰められて、半ば地面に埋まった両足を突っ張って耐えているのに、放出したエネルギー波の先にある元気玉そっくりそのままの光弾は、スーパーノヴァに負け始めていた。

 このままじゃあいつが言った通りに、私が作ったエネルギーで地球を壊してしまう……!

 でも、でも、こんなのどうしようもないよっ……!

 

 それは、私だけじゃ、だ。

 忘れちゃいけない。

 私だけじゃ、もうどうしようもなくたって、ここにはみんながいる。

 

「みんなーっ来てーっ!!」

 

 それだけ叫ぶのだって大変だった。

 だって光線を制御するのには歯を食いしばる程の気合いが必要なんだ。声を発したせいで一気に押し返される気功波に背中がひやっとする。

 

 でも、そうしただけはあって、みんな駆け付けてくれた。

 私が押し負けそうなんだって気付いて、加勢にきてくれた。

 

「波ーーっっ!!」

 

 複数の声が重なって、あっちこっちから青い光の線が伸びていく。

 

「つああ!!」

「おおお!!」

 

 たくさんの声が重なって、黄色い光が私の光弾を後押しする。

 

「う、ぎ、ぎ……!」

 

 それでも足りなかった。

 それでも、まだ、拮抗するだけ。

 あと一押し、もう一押しが足りない……!

 これじゃあクウラ様なんか倒せないよ……!

 

「ベジータぁああああ!!!」

 

 まだ参加してない奴の名前を呼ぶ。

 そこにぶっ倒れて、戦意喪失してる奴。

 私達が頑張ってるのに、もうだめだおしまいだってなってる奴!

 

「────……」

「ベジータぁああああ!!!!」

 

 超サイヤ人の彼が加勢してくれれば、絶対に押し返せるはずなんだ!

 でも、ベジータは動かない。反応すらしない。

 さっき受けたショックがでかすぎたんだ……!

 無敵と信じた超サイヤ人に、伝説に至れたのに、あっさりと負けたのが、彼の心を再起不能にまで追い込んでしまったんだ……!

 

「ベ、ジータぁああああ!!!」

「…………」

 

 どうにかして動かさなきゃいけない。

 でもどうやって? 私にできる事ってある!?

 私の可愛さはこんな時には役に立たない。歌だって無意味だろう。ダンスもだめ。

 培ってきた何もかもを総動員したって、ベジータを一ミリだって動かせそうにない。

 声真似は……ううん、ああ、もう!

 ああもう、ああもう、ああもう!

 うああああんもおおおお!!!

 

「超サイヤ人孫悟空はフリーザを倒したんだぞ!! お前がその兄であるクウラを倒せば、名実ともにナンバーワン! 天下無敵のベジータだ!!」

「…………──」

 

 もう、なんか、考えるのだめになってきた。

 だから頭に浮かんだ言葉をそのまま叫ぶことにした。

 

 ベジータは反応しない。

 でもそんなの知らない。もう関係ない。

 好き勝手言わせてもらう。声をパワーに変えて、塵になるまで全部を出し切るしかない!!

 

「このまま手も足も出せないまま終わっちゃってもいいのか! それでもお前はサイヤ人か!!」

「…………だ、まれ」

 

 ほんの微かな、蚊の鳴くような声が耳に届いた。

 ……!

 喜色が浮かびかけるのに、すぐに気を引き締める。

 

「なに!? 聞こえない! なんか言ったぁ!!?」

「だまれっ!」

 

 仰け反る体が倒れてしまわないようなんとか踏ん張りつつ、斜め上へ視線を向けて高い声を出す。

 苛立ちに満ちた声で言い返されるのに、んっく、と息を呑み込んだ。

 

「だまらないったら! このへたれ! ヘタレータ! そんなだからM字ハゲなんだよ!!」

「ええい、だまれと言っとるのがわからんのかーっっ!!」

 

 ズシンと地面を殴りつけたベジータが、やっと顔を上げたみたい。私の方を見ているのがわかって、嬉しくなる。

 そうやって元気に叫んでこそベジータだよ! ヘタレてるのなんか格好悪いったら!

 

「──いいだろう、貴様の口車にのってやる」

 

 立ち上がり、静かに歩み寄って来た彼が真横で止まる。

 ドシュウと黄金の気を噴き上がらせた彼を横目で見れば、彼もまた私を見下ろしていて、くっと口の端を吊り上げて笑った。

 あはっ、かっこいい! その調子!

 

「……感謝するんだな」

 

 そう言って前に向き直るベジータには、もう怯えも絶望もなかった。

 自信満々の顔してバッと左右へ両腕を突き出す。

 

「喰らえ! オレ様の新必殺技!! ファイナル──!!」

 

 両手の先にそれぞれ生み出された光球が、前へと閉じた両手によって合わせられ、膨れ上がる。

 

「フラァーーッシュ!!!」

 

 高音が耳元を過ぎって、極大光線が発射されるのに煽られそうになるのに、気張る。

 ここで私が崩れちゃ何もかもおしまいだ……! がんばれ……がんばれ私……!

 

「お、お、おお……! こ、こんな、このっ、程度で……!!」

 

 少しずつ、少しずつ、クウラ様を押し返していく。

 向こうも全開で踏ん張ってるけど、私達の方が、強い……!

 

「ぎっ、うぎぎ……!!」

「堪えろ悟飯っ!! 堪えるんだ!!」

「全力を出し切ってやるぜ……! このまま地球をっ、ブルマやみんなを殺されてたまるかってんだ……!!」

 

 死力を尽くしているのは私だけじゃない。

 みんなが頑張ってくれている。

 みんなが、全部を出しつくそうとしてくれている。

 

 その意気だ……!

 このままフルパワーで、いくんだ!

 

 ジクジク痛む左の太ももに、右肩に、むいっと唇を引き結んで耐え抜く。

 服を染める血が気に蒸発させられて昇って行くのが見えた。

 赤い光がそこら中を照らし出して、激しく明滅していた。

 

「お!」

『今だっっ!!』

 

 グン、と一際強く光弾を押し出せた時、僅かにクウラ様の腕がぶれた。

 瞬間、どこかで悟空さんの声が轟いて──!

 

「だぁあああ!!!」

 

 体全体から噴出する気の向きを全て斜め上空へ向ける。

 意識が消え去ってしまいそうなくらい、頭の中の神経が全部焼き切れてしまいそうなくらいに全力で、全開でっ!!

 

 光が私達を包む。

 

「う、お、おおおおーーーーッッ!!?」

 

 一度押し切れれば後ははやかった。

 あっという間に地球圏内を脱していくクウラ様に、それでもまだ手は止めない。

 

「まだ止めないでっ! こんなんじゃ倒せない!!」

「っ……!」

「ぐ、う、う……!」

 

 もうみんな限界なのはわかってる!

 でも、これじゃあだめなの!

 

「このまま地球の裏側まで吹っ飛ばすよ!! 太陽まで押し上げて!! 完全に倒すの!!」

「応っ!!」

「わかったぁ!!」

「了解した!!」

 

 みんなの威勢の良いお返事は、擦り切れそうなくらいに上擦っていた。

 知らず、笑みを浮かべてしまう。

 みんな、頼もしすぎて、泣けてくるよ……!

 

「──────」

 

 どれくらいの間、そうしていただろうか。

 何時間にも感じられて、何度も、放出を止めてしまいたくなった。

 しんどすぎて、眠ってしまいたくなった。

 

「──────!!」

 

 やがて、空が白んだ。

 一瞬後にカァッと視界中が白んで、恐ろしい程の光が降り注いできた。

 ほんの数秒でそれは収まったのだけど、どうしてか私達は、気を散らし、腕を下ろし、攻撃をやめていた。

 ……空が明るい。

 月が浮かんでるのに、まだ、夜なのに……真昼間みたいに、空が明るかった。

 

「はーっ、はーっ、ふーっ……ん、はーっ」

「はぁっ、はぁっ、や、やったぜ……ちくしょうが……!!」

 

 だらんと両腕を垂らして激しく呼吸していれば、隣で似たような姿勢になったベジータが喘いだ。

 足から力が抜けてどさっと後ろへ倒れ込む。もう、乱れた髪を整える余力も残ってない……。

 けど、やったんだ。

 私達は、クウラ様を、やっつけたんだ。

 

「ナシコ!」

 

 おお。なんかウィローちゃんが駆け寄って来るのに、体を起こそうとして、でも無理だった。

 

「ナシコ……」

「……」

 

 傍らに膝をついて顔を覗いてくるウィローちゃんに続いて、ラディッツとターレスも寄って来た。

 んー、腕が動いたならVサインを突き出したかったところなんだけど……へへ、パワー使い果たしちゃって、もう動けないや。

 

「ナシコお姉さん……」

 

 そう思ったけど、あんまりにも悟飯ちゃんの声が心配そうだったので、頑張っておてて上げてふりふりする。

 だいじょーぶだよー。ただちょっと、休ませてー……。

 

「案外元気そうだぞ……?」

「し、死ぬってのは、大袈裟だったんじゃないか?」

 

 こそこそっと向こうの方で会話する声があるのに、ああ、それ、と顔を動かす。

 体に力を籠めれば、察してくれたのかウィローちゃんが助け起こしてくれた。

 

「あはは、ナシコ、死んじゃった」

「……どういうことだ」

 

 なんとか自分の足で立つ事に成功したけど、今度は言葉が覚束ない。

 舌が上手くまわんないや。

 しょぼくれた顔したウィローちゃんの潤んだ瞳を眺めつつ、いったん口を閉じてもごもごする。

 ……うん、舌、動くようになってきたかも。

 

 ああー、そうしたらあれ。

 もう、ナシコ死んじゃうんだーって実感してきて、泣きたくなってきた。

 というか泣く。だばーって涙出てくる。

 

「お、おい!」

「うう~……」

 

 動揺するラディッツを見上げて、振り上げようとした腕が痛むのに、服の裾を掴んで伸ばす。

 あっ破れた……服、燃えちゃってところどころ焦げ付いてる。キャミソールの肩紐も片っぽで辛うじて繋がってるくらいで、もう一方はぺろんと捲れていた。

 うおー、ボロボロだー。みんなもそうだけど。

 

「死ぬのか」

「うう、ううう、うん……!」

「そうか……」

 

 静かに問いかけてきたターレスに大きく頷けば、彼はどっかりと座り込んで、それきり黙りこくってしまった。

 ……ショック受けてる感じ……?

 ……。……もしかしてだけど、元気玉吸収してる時の私って、外から普通に見えてたんだろうか。

 

「死んだ」

「ナシコ!?」

 

 どさーっと倒れようとしてウィローちゃんに支えられるのに、首を振る。

 もう無理だ。もう死んだ。もうだめ、生きてけない。

 

「……。しっかり立て」

「あい」

 

 怪訝な顔をしたウィローちゃんに引っ張り立たされ、渋々足に力を入れれば、彼女は自分の服を破いて帯状にすると、私の右肩に巻き始めた。その際腕を上げさせられたので痛くて泣きそうになった。

 できれば触れないで~……うう、仙豆はもうないのぉ……?

 

「死なんではないか……おい、なあ」

 

 ぷるぷる震えて太ももの方も手当てされるがままにしていれば、おずおずとラディッツが話しかけてきた。

 

「死んだよー! もう死んだ! 帰りたい!!」

「はぁ? またぞろお前はそう、訳のわからんことを……はぁ?」

「だってあんなカオしちゃったんだよ!? アイドルどころか女の子として死んだも同然だよぉ~~!!」

 

 えーんえんえん、おいおいお~い。

 もう声を上げて泣いちゃう。アイドル生命終了である。

 ナシコ死んだよ! はい死んだー!

 歯茎剥き出しは悟空さんだから許されるのだ……!

 ナシコがしちゃいけない顔だったんだよぉ~~~~!!

 

「な、お、おまっ、そういう……!?」

「それ以外のなに!?」

「ええ……?」

「な、ナシコお姉さん……」

 

 えっ、え、なに? 同情されるどころかなんか呆れられてる感じの、この四面楚歌はなに!?

 ち、致命傷だよ!? あんな顔しちゃったって時点で何もかもおしまいなのに、もしほんとに外から丸見えだったら再起不能なんだよ!?

 

「っ、いったぁああ!!?」

 

 みんなにそう説明してたら、おもむろにウィローちゃんが太ももを叩いてきた。

 なっ、あっ、あっ、痛いいい! なんで! なんで叩いたの!?

 

「おい」

「ひー、ひー、な、なに……?」

 

 つーんとそっぽを向くウィローちゃんに困惑していれば、今度はベジータが声をかけてきた。

 彼はいつも通りの表情だ。荒々しい黄金の気は最初程勢いがないけど。

 す、と手を差し出されるのに、シェイクハンド? と首を傾げる。

 なんだろ、ベジータ、一緒にクウラ様倒したから、お礼でもしたいのかな。

 そんなのあるのかなー、と疑問に思いつつも手を取れば、ぐいっと引っ張られた。

 浮いた体がベジータの胸へ飛び込んでいくのに、ぽけーっとする。視界がふわふわした。

 

「ぐげっ!?」

 

 ドゴォ、と体の中に音が響いた。お腹を蹴られたんだって遅れて気付いて、その時には私を突き上げていたベジータの膝も、握られていた手も離れていた。

 

「オレさまに命令した事はこれでチャラにしてやる。だが、それ以外は別だ。いずれ貴様も叩きのめしてやる。せいぜいそれまで怯えて暮らすんだな」

 

 辛うじて聞こえた言葉に、あっという間に視界が歪んでいく。じわじわと滲んだ涙が玉になって零れ落ちていくのに耐え切れず、声を漏らして泣いた。

 だって、だって、なんで……!?

 

「ふぅ~……! ひぐっ、ふっ、うう~……!!」

「チッ、ガキが」

 

 お腹を抱えて、でも、泣くのはみっともないから我慢しようとしてるのに、そう吐き捨てられるのに悲しくなって、声なんて抑えられなくなった。

 

「わぁ~んっ、うっぐ、ふゃあああん!」

「ベジータ、貴様!」

 

 とめどなく流れる涙に、頭の中にいろんなことが流れていく。

 私、頑張ったのに。

 がんばって、クウラ様やっつけたのに。

 なんで蹴るの……? なんでぇ……!?

 

「うわあああん!! あああああん!!」

 

 誰かが傍らに座って背中を押さえてくれたけど、それが誰かもわからなかった。

 痛くて、悲しくて、みっともないのに、泣くのをやめられなかった。

 

 私の泣き声だけがそこら中に反響して、その中を突っ切って飛んでいくベジータを、どこか遠くで捉えていた……。




TIPS
・元気玉吸収ナシコ
地球は元より、太陽系から元気を集め、吸収した
戦闘力は5000万

・元気玉吸収界王拳
界王拳の倍率は100倍
基礎戦闘力5000万×100=50億

・眠れるファンのみんな
夢にナシコ確定出演

・眠ってないファンのみんな
おっなんか耳が心地良いやんけ!
よっしゃ、特にやる事はないが張り切ったろ!

・ファンじゃない人達
無意識化にナシコの声とか存在感とか刻み込まれた

・下らん技
もしかして:デススラッシャー

・天津飯
vsクウラ時間稼ぎ戦のMVP
戦闘力は1万6000

・ヤムチャ
しっかり活躍した。足手纏いとは言わせないぞ
戦闘力は1万5000

・ファイナルフラッシュ
原型はリクームにぶっ放した技だと思われる

・放送禁止顔
いうほどヤバい顔ではない
いややっぱりヤバい顔かもしれない
そこら辺はご想像にお任せしよう

・ウィローちゃん
本気で心配したのに、いつものナシコ節が炸裂していただけなので
わりかし本気で怒った

・ベジータ
死ぬのか、と思ってたのにまったく関係のないくっっだらない理由だったので蹴った
一瞬でも心配して損したぜ……!

・ターレス
ナシコが死ぬ。そうわかった途端、体から力が抜けて座り込んでしまった
……のに、実態がこれだったので仰向けに倒れてしかばねと化した

・ラディッツ
実はなんとなくそうなんじゃないかと思ってたのでほとんどノーダメージ


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幕開
第三十話 克服


 燃え尽き症候群になった。私が。

 いや、燃え尽き~とは違うかもしんない。

 ただ、お家から出られなくなっちゃったってだけで。

 

「ナシコ、飯できたぞ、下りて来い」

「ふぁい……」

 

 くるまっていた布団の中からもぞもぞと抜け出して、汗臭いパジャマのままお部屋の外に出る。

 ずるずるとぬいぐるみを引きずりながら階段を下りて、リビングへ向かえば、もうみんな揃っていた。

 今日のご飯はシチューみたい。あっ、あのサラダプチトマト入ってる! お部屋戻っちゃおっかな~……。

 

「こら、どこ行こうとしてんだよ」

「うにゃ」

 

 踵を返して退散しようとしたところでがっちり頭を掴まれるのにうめく。

 ああっやめてターレス、さわんないでよ! 今頭ばっちいんだからさ……お風呂、先に入ればよかった。

 しぶしぶ席につき、膝の上にウサロットちゃん人形を置いて、だらーんとする。

 

「しゃきっとせんか」

「んぁー」

 

 横からウィローちゃんの注意が飛んできたので、シャキッ! と背筋を伸ばす。

 それから、ターレスが席に戻ったのを確認してからスプーンを手に取って、四人で声を揃えて「いただきます」のご挨拶。

 

 ……。

 あ、ブロッコリ蕩けてておいし……。

 

 カチャカチャと食器の音だけがする食卓は、どちらかというと少し気まずい静けさに包まれていた。

 原因は私だ。

 もう一ヶ月くらいお外出てないから、気苦労かけちゃってる。

 それはわかってるんだけど、どうしても、もう外に出る気にはなれなかった。

 

 

 ──クウラ様なんか雑魚もいいとこだよ! これからもっと、もっともっともっと強い奴がうじゃうじゃ出てくるんだよ!

 

 ちょっと前に、私は癇癪を起こして暴れ回った。

 おしゃかになったキャンプから家に戻って、布団に潜り込んでしばらくしたら、じわじわと恐怖心が甦ってきたのだ。

 ラディッツがどこかから持って来てくれた仙豆で傷は全部なくなったけど、ベジータに蹴られたお腹の痛みはまだ残っている気がして、何度もお腹を撫でた。

 

 ……私はね、可愛くなれば、何もかも上手くいくって思ってたんだ。

 ほんとはそんな事ないってわかってたけど……だって、私の口下手は治ってないし、ものぐさなのも変わらないし。

 でも、可愛いから、みんな優しくしてくれるし、多少の馬鹿も大目に見てくれた。

 ……痛いことなんか、されないって思ってた。

 

「…………」

 

 湯気を上げるシチューの中のじゃがいもにスプーンを差し込んで、半分にしてすくい上げる。

 ふー、ふー。ゆっくり息を吹きかけて冷まして、でも、ちょっとの間そのまま止まる。

 

 ……私、痛いの、嫌い。

 ほんのちょっとの怪我も嫌い。親しい間柄で、戯れに小突き合うのも、ほんとはやだ。

 もう少し突き詰めると、知らない人と触れ合うのもやだし、喋るのもやだし。

 

 けれどこれからのこの世界は、否が応でも暴力が襲い掛かって来る。

 絶対、痛い思いをしなくちゃならなくなる。

 それがイヤになっちゃった。

 

「ごちそうさま……」

 

 シチューを食べて、シーザードレッシングのかかったサラダも、プチトマトを残して食べ終えて、席を立つ。

 みんな私を見た。でも、なんにも言わない。

 それがイヤだった。気を遣わせてる。私、すっごいヤな奴になってる。

 

 好き嫌いしてお野菜残してるのに、ターレスが怒らない。食器を台所に持ってかないのに、ラディッツが怒らない。ずっと衣服が乱れて肩が出たままだったのに、ウィローちゃんが怒らない。

 ウサロットを引きずってリビングを出る。

 扉を閉めるまで誰かが声をかけてくれるのを期待したけれど、やっぱり誰も何も言わなくて、溜め息をついてバタン! と扉を閉めた。

 

 お部屋に戻ってベッドにダイブし、布団の中に潜り込む。

 横向きになって、丸めた膝と体でウサロットを潰すように抱き締めて、顔を(うず)める。

 

 あーあ。

 世界が終わっちゃうまで、こうしてよっかなあ。

 

 

 

 

「ふ……んっ」

 

 熱のこもった布団の中で吐息する。

 体中に汗の感覚があって、布に覆われた暗闇の中で、もぞもぞと身動ぎする。

 ぞくぞくと背筋が震えた。

 

「んっ……ん」

 

 ちょっと考えて、ウサロットの頭の布を噛んだ。

 そのまま目をつぶって物思いにふける。

 

「むっ……んむ……んっ……」

 

 …………そうしてると、何もかも忘れられた。

 

「…………………………はぁ」

 

 ほんのちょっとの間だけだけど。

 なにやってんだろ、私。こんなにうじうじしちゃってさ。

 掛け布団を退ければ、清々しい空気を吸い込めて、少しすっきりした。

 

「お風呂入ろ」

 

 遮光カーテンに遮られた窓を眺め、ベッドから抜け出す。

 この部屋に、ベッドは一つきり。

 ちょっと前に増設した私の一人部屋だから、他に人が寝るスペースはない。

 

 ウサロットを片腕に抱きながらタンスを漁り、てきとーに寝巻を引き抜いて足元に落としていく。

 一人部屋を与えられたのは偶然だけど──ウィローちゃんが独断で増設した。以来あんまり一緒に寝てくれなくなった──今は良かったなって思ってる。一人で引きこもるのにはもってこいだし……。

 

 部屋を出る時、嫌なものが胸を過ぎるのに動きを止めた。

 この扉を開けて一歩踏み出す事さえ怖くなっちゃったのかも。

 とはいえ、我が家に怖いものがあるわけでもなし。

 

 扉を開けて、外へ出て、後ろ手にドアを閉める。

 寝巻と一緒にウサロットを強く抱き締めながら階段へ向かって、下を向いておりていく。

 なんだか静かだった。誰もいないのかな。

 

 ラディッツは、わかんないけど、ターレスは時々お庭で土弄りしてるからそこかも。ああ、なんか前から都の方へ出てるって聞いた気がする。そっちにお出かけしてるのかな。その場合帰りも遅くなる。

 どうしてご主人様に内緒で遠出しちゃうんだろ。私のものなんだから、私の傍にいないといけないのに。

 

 結局脱衣所に辿り着くまで誰とも会わなかった。気を探れば、誰がどこにいるかわかるかもだけど、わざわざそんなのする気にもなれない。

 

 寝間着もウサロットも床に落とし、上からボタンを外していく。

 左の襟を握ってするりと肩を出して、反対もおんなじようにして、後ろへ上着を落とす。

 ゴムで止められた下も、指を通して、なんとなく引っ張ってから足を上げて脱ぎ去った。

 

「…………」

 

 床でヤムチャしてるウサロットの腕を引っ掴んで持ち上げ、抱き締める。

 頭に顔を埋めて、息を止める。

 だんだん頭の中が白くなってきて、凄く苦しくなったくらいに息を吐き出して、深呼吸。

 

「っ……」

 

 あまずっぱい臭いにバッと顔を上げる。

 ウサロット、完全に私の臭いが移っちゃってる。……ずっと抱いてたからかな。

 他に移ると自分の臭いでもわかっちゃうもんなんだな、なんて考えつつウサロットを洗濯機へ放り投げ、肌着も下着も脱いで、床に散らばるパジャマと纏めて、これも洗濯機へぽい。

 

『おい、いつまでそうしてんだ。もっと楽しくやろうぜ?』

 

 お風呂場に続く擦りガラスを半分に畳んで退かす、その動作の途中で止まる。

 洗濯機の方を振り返らないまま、微かに首を振って答える。

 

「わくわくなんかしないもん……」

『そっかなー。(つえ)ぇヤツと戦えるなんて、オラだったら楽しみでたまんねんだけんどなぁ』

「……一緒にしないでよ」

 

 強めに扉を閉めて声を遮る。

 私はサイヤ人じゃないから、戦いを楽しんだりしないし、強い奴にはなんの魅力も感じない。

 殴られるのは嫌だし、殴るのだってやだ。

 そもそも悪意を向けられるのは一番苦手なのだ。

 

「……ん、は……ぁ」

 

 シャワーを浴びる。

 降り注ぐ熱い湯の気持ち良さに目を細め、体の汚れを落としていく。

 頭髪に溜まった垢や汗なんて、神龍に貰った櫛を通せば一発で綺麗になるんだけど……こうしてお湯を染み込ませて、ずっしり重くするのも悪くない。

 

 髪を持ち上げて撫でる。なんだか、これが女の子の証って感じがした。

 短くたって女の子なのは変わりないんだけど、私の場合は、強くそう感じるってだけ。

 

「……よい、しょ」

 

 ホースを持って上へ押し上げ、壁から外れて落ちてきたノズルを掴み取る。

 肩から胸へ、お腹へ、足の方へ。

 湯をかけるたびに体が温まって、機嫌が上向いていく。

 ほんとは末端から洗う方が良いんだろうけど、今日は特別。

 結構久々のお風呂だし、時間をかけてシャワーしちゃう。

 足を上げてお股も念入りに洗い、足の裏にもじゃばー。ちょっとくすぐったい。

 

 低い方の壁止めにノズルを差して、シャンプーを手に取って髪に馴染ませる。

 洗髪に移りながら、つぶった目の奥では、遠くの事を考えていた。

 

 休止を宣言している、私のお仕事のこと。

 

 アイドルは、独りよがりの職業じゃない。

 私がいて、タニシさんがいて、スタッフさんがいて、ファンがいて、それでようやく成り立つ。

 私の勝手で休んでいいものじゃない。そんな無責任な事はしちゃいけなかった。

 

「…………」

『おかしいよね……普通でいたいのに、笑ってたいのに……震えが止まらないんだよ……!』

 

 心配して声をかけに来てくれたウィローちゃんに、ラディッツにターレスに……私が最初に言った言葉だ。

 言うほど恐怖心なんかなかった。私、ばかだから、未来のことがわかってても、改めて想像しようとしても上手く考えられなくて。けどこのままじゃ駄目なのだけはわかってた。

 

 実感できない脅威に勝手に体が震えた。なんにもないのに、涙まで流した。

 やらなきゃいけないお仕事があるのに閉じこもった。備えて強くならなきゃならないのに、何もしなかった。

 別に、これっておかしい事じゃない。

 あのね、だって、私って昔からそうなんだもん。

 アイドルなんかやってる私の方がおかしくて、誰かと一緒に楽しくお喋りして過ごしてる私の方がおかしいの。

 

 頭も体も洗って、湯船に沈む。

 張ったお湯が溢れていくのに頭まで浸かって、息を吹いてぶくぶくと泡を浮かばせた。

 

 卑屈で、卑怯で、面倒くさがり。

 本来の自分に戻っちゃったみたい。

 そうして元に戻ってみると、やっぱりアイドルみたいな究極の接客業なんて怖くてやりたくないって思った。

 

 楽しいし事もあるし、嬉しい事もあるし、熱くなれるし、生きてるって実感できるし、生きてていいんだって肯定してもらえるし、良い事尽くめなのは確かなんだけど。

 致命的に、私の気質とあってないんだもん。

 

 戦うのもそう。

 私と相性最悪。悟飯ちゃんのとはちょっと違うだろうけど、私も戦うのは好きじゃないんだ。

 みんなに任せておけばいいって考える私がいる。

 それが一番良いって。でも、なんか、わかんないけど、多分それじゃだめなんだって感じもする。

 なんでか知らないけど、必ず無理が出てくる時がくるってわかるんだ。

 

「ぷはっ、はー、ふー」

 

 お湯から顔を出して、しっとりした空気を吸い込む。

 壁を見上げて、しばらくぼうっとする。

 

 どうして私、この世界に来たんだろう。

 今さらながら、そんな疑問が浮かんだ。

 

 

 

 

「おい」

 

 今日も今日とてお布団の中でぐうたらしてたら、勝手に鍵を開けて入って来たラディッツが揺らしてきた。

 うーうー唸って抗議する。なんだよー、眠いんだからやめてよー。

 

「おい、起きろ。行くぞ」

「……?」

 

 行くって、どこに?

 疑問で頭が占められた隙に掛け布団を引っぺがされる。次の瞬間にはカーテンを開けられて、差し込んだ光にぐわあああと悶えた。

 

「ほにゃああ! ふにょおお!」

「着替えろ」

 

 体全体で閉めてー閉めてーってお願いしてるのに、無慈悲に服を投げつけられるのに渋々従う。

 ……星空のドレスだ。昔に私が着てたやつ。こんなのどこから引っ張り出してきたんだろう……。

 ラディッツを見れば、彼も外行きの服を纏って腕を組んでいた。

 

「……」

「……」

 

 視線がぶつかり合う。

 早く着替えろって促されてるみたい。

 それはいいんだけど。……いいんだけどさ。

 

「出てけ!」

 

 ウサロットを投げつければ、ラディッツは大慌てでお部屋の外に飛び出していった。

 大きな音をたてて閉められた扉を睨みつけ、ぷうっと息を吐く。

 まったく、何を堂々とお着替えタイム視聴しようとしてんだよ。

 

「……なつかし」

 

 パジャマを脱ぎ捨て、すっぽりとドレスを着れば、うーむ、なんとも懐かしいこの感じ。

 昔を思い出しちゃうね。

 

「準備しろ」

 

 扉をちょっとだけ開けて声だけ滑り込ませてきたラディッツに、びーっと舌を出す。

 はいはい、なんのつもりか知んないけど、どーせ寝ようとしても強制連行するんでしょー。仕方ないから付き合ってあげちゃう。私って優しいやーつ。

 肩掛けバックに諸々詰め込んで、ぱたぱたと部屋中あっちにこっちに動き回る。

 

 櫛とかハンカチとか用意しながら、あれー、と緩く首を傾げた。

 あんなにお外出るの怖かったのに、今、私、なんともない。

 ……あれかな、やっぱり強引に引っ張られたりするのがいいのかも。

 

『に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

「おあーごめんウサロット!」

 

 お部屋を出る際、扉の前に落ちてたウサロットを思い切り踏んづけてしまった。失敗失敗。抱き上げてよしよしすれば、抗議するように見上げられた。ううー、ごめんって。

 

『オラ、おめぇを許さねぇ』

 

 ぷんすこ怒るウサロットがちょっと怖かったので、ベッドの方に投げつけた。

 お留守番よろしくね!

 

 

 部屋の外で待機してたラディッツに連れられて家を出て、車に乗り込む。

 

「ねぇね、どこ行くの?」

「……」

 

 無言で発進させたラディッツに答える気はないらしい。

 ため息交じりに椅子に背中を埋め、それから、ミラーから下がる鳥のアクセサリーをかわいーと弄ったりして。

 ついたのはブルマさんちだった。

 

「うげ……」

 

 ちょっと血の気が引いた。

 だってだって、ブルマさん絶対怒りそうなんだもん……こういううじうじ嫌ってそうだもん。

 やだやだ会いたくないぃ!

 

「ほら、降りろ」

 

 先に下りたラディッツが私の方のドアを開ける。

 抵抗しようかと思ったけど、ここで騒いでブルマさんが登場、なんて流れになったら余計気まずいので、素直に従う事にした。

 

 広いお庭では、どうやらパーティが開かれていたみたい。

 なになに、誰かのお誕生日? なんてすっとぼけようとしてみたけれど、集まってる関係者が私の知ってる人ばかりなのを見れば、私のために開かれたものなんだってくらいわかった。

 

「ナシコ!」

「ひゃいっ!」

 

 うちのオーナーさんと話していたブルマさんが私に気付いて、肩を怒らせてやってきた。

 うひゃああ、怒られるうう!

 

「心配したのよ、すごく弱っちゃったって聞いて」

「へ……?」

 

 びくびくして身を縮こまらせていれば、私の肩に手を置いて腰を屈めた彼女は、ほんとに心配そうに言ってくれた。

 お、怒ってない……?

 

「なんでよ。まあ、そりゃ顔も見せなければ連絡も寄越さないで引き籠っちゃって、頭にはきたけどね」

 

 でも、気持ちはわかるし、と頬を撫でるように髪に指を通されるのに、ふるりと体が震えた。

 それは、戦うのが怖い、ってことが……?

 

「それが普通の感覚でしょ?」

 

 なんてことないように言ってくれるブルマさんに、なんでか涙が出そうになった。

 この世界じゃ、戦うのこそ普通の事だって思ってたから……ああ、ブルマさんにとって私って、彼女と同じように『普通の人間』の枠組みなんだなって。

 

「あんたを泣かせたベジータは、しっかりシバいといてやったからね!」

「えっ」

 

 ウィンクするブルマさんに、ただただ困惑する。

 べ、ベジータ……。

 

『ナシコよ』

 

 胸の中に突然響く声に、肩が跳ねた。

 界王様だ。

 

『わしからも礼を言うぞい。よくぞあの恐ろしいクウラを倒してくれた』

「それは、あの、私だけの力じゃなくて……」

『いや。お主がいなければ到底倒せない相手だっただろう』

 

 お前が力を尽くして戦ったから、今、みんなが生きていて、この銀河も無事なのだ。

 重々しい声で、界王様が告げる。

 誇っていいのだ、と。それだけは忘れるな、と。

 

 それきり、界王様から声をかけてくる事はなかった。

 

 

「ナシコちゃん」

「……タニシさん」

 

 私のマネージャーさんのタニシさんが後ろから声をかけてくるのに振り向く。

 さっきまでラディッツと何か話してたみたい。

 

「ナシコちゃんが大変な時に、何もできずすみません……」

「そ、そんな、私が……ぁの、私が、迷惑かけて……」

「私から言えるのは」

 

 緊張に身を固くしてどもる私に、タニシさんはゆっくりと語り掛けてきた。

 

「みんな、貴女の元気な姿を待ち望んでるんですよ」

 

 だから元気を出してとか、そういう言外の意味はなんにもなくて、ただ、タニシさんは言葉通りの、その言葉をそのまま投げかけただけみたいだった。

 それは、わかっていたはずの事だった。

 ファンが待ってる。応えなくちゃ、って。

 でも改めて自分以外から言われると、それが驚くほどすんなりと胸に染み込んだ。

 

 周りを見る。

 同じ事務所に勤めてる人。後輩の子や、トレーナーさん。

 それにチチさんや悟飯ちゃん達までいて、心配そうな顔して私を見てる。

 話しかけてこないのは……私の性格知ってるからだね。

 

「ナシコよ」

 

 す、と横へ立ったウィローちゃんが、前を向いたまま言う。

 

「わたしとお前は二人で一人だ。お前が欠けた状態ではどうにも上手くいかない」

「……だよね」

 

 だよね、とは生意気な、と肘で小突かれるのに笑う。

 そうだよね。私達は一つの光だもん。どっちかが欠けてちゃいけないよね。

 ああ、なんか……元気、出てくるなあ……!

 

「ほらよ」

 

 ターレスがコップを差し出して来るのを受け取る。

 緑色のしゅわしゅわに、大きなバニラのアイスクリーム。

 私の大好きなクリームソーダだ。

 

「ま、元気出せや」

 

 そんな、なんというか月並みな励ましを言って腕を組むターレスに、なんでシェフの格好してんのーと笑いながらも、追加で受け取った長いスプーンを差し込んでアイスをすくう。

 口に含めば、冷たい甘さが舌の上に広がった。

 

 ……ふふっ。

 今、心の底から思ったよ。

 こうやって励ましてくれるみんなが、私にとってとっっても大事な人達なんだって。

 そんな大切なみんなを、守りたいんだ、って。

 

 どうして怖がってたんだろう。

 もうその理由もわかんないくらい、私は笑顔になっていた。

 

 ──笑顔。アイドルに必要不可欠なもの。

 これを大切にしていこうって、改めて思った。

 私が笑顔じゃなきゃ、誰も笑顔にできないもんね。

 

 みんなの笑顔のために。

 誰かのために戦うことが、怖いだなんて、ちっとも思えなかった。

 

「さ、気晴らしでもなんでもいいから、存分に楽しんじゃいなさーい!」

「はい!」

 

 ブルマさんが腕を広げるのに、私も腕を上げて大きな声で答えた。

 

 それから、安心したのか寄って来たチチさんや悟飯ちゃんとたくさんお話して。

 ヤムチャや天津飯と励まし合って。

 ウィローちゃんのお口にいっぱいケーキを詰め込んで。

 ラディッツの腕を引っ張り回して、あっちのテーブルもこっちのテーブルも全部制覇して。

 

 チャーシュー頬張ってるウーロンに共食いじゃないの? って突っ込んでみたり。

 お酒を勧めてくる亀仙人をてきとうにあしらったり、牛魔王さんにご挨拶したり。

 

 ターレス作のお野菜料理から逃げ回って、後輩の子に先輩面しまくって、なんか親し気なラディッツとタニシさんをからかって、お水しか飲んでないピッコロさんにマカロン押し付けて、悟飯ちゃんとお歌をうたって、遠くの窓に見えたベジータに手を振って投げキッスして。

 

 すごく、すっごく、すーーっっごく! 楽しい一日だった!

 

 

 

 

『……』

 

 椅子の上にぽつんと座るウサロットを見つけて、駆け寄って行く。

 頭を撫でて、抱え上げて、ぎゅっとする。

 

 ウサロットは、もう、うんともすんとも言わなかった。




TIPS
・ウサロット
山吹色の胴着を身に纏ったうさぎのぬいぐるみ
一ヶ月間ナシコと付かず離れずだったので、洗ってもまだ甘い匂いが取れていない

・悟空
あまりにも強い相手だとわくわくなんかしない、という事をナシコはさっぱり覚えてない
悟空の事をよく知っているつもりで、本当の彼の姿はあまり知らないのだ
生身の悟空と触れ合った数などたかが知れているので当然の話

・甘い匂い
ナシコ745の秘密の一つ
一番初めに神龍にお願いした方法が心の中を読み取って、だったために無意識的に獲得したちょっと卑怯な体質
ほんの微かな甘い香りは、万人受けするようにできているらしい
ちなみに願ったつもりのない本人に自覚はない
たぶん汗とか涙とかも甘い

・ベジータ
修行を終え、ひとっ風呂浴びて自室に戻る際、ふと窓から見下ろした庭にナシコを認め
直後に死んだ



・お布団の中の秘め事
人間なんだからするよそりゃ


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第三十一話 ナシコスパークリング!

おめぇ、まだ上があんのか……!?


 最初に言っておく。

 もう(スーパー)サイヤ人なんて、ナシコの敵じゃないんだよねー!

 

「ほい」

「が!?」

 

 鶴の構えで小突けば吹っ飛ぶ、金髪で戦闘服のターレス。

 入れ替わりで向かってくるモサフワ金髪で戦闘服のラディッツの攻撃をてきとうにあしらいつつ、ちょんと足を刈って転ばせる。

 

「んの野郎!」

「ちぃっ!」

 

 同時に立ち上がった二人に、わざとらしく大きく肩をすくめてみせれば悪態をつかれてしまった。

 わー怖い。やれやれの形にしてた腕を組んでちょびっと浮かぶ。その瞬間にターレスもラディッツも姿を消すのに、目を細めて小首を傾げた。

 

「後ろっ」

「!」

「ぐあ!」

 

 前へ倒れれるようにして後方へ足を伸ばせば、背後に現れてコンビネーションアタックを仕掛けようとしてきていた二人が仲良く吹っ飛んだ。

 

 ふわり、直立に戻って地に足をつける。

 ここは重力室。そしてナシコは修行中。

 組手相手に暇してた二人を連行してきて、監督役にウィローちゃんを呼んで、本格的にやっているのだ。

 

 あ、ちなみに二人とも超化できてるのは、ナシコがアドバイスしたらあっさり超サイヤ人に覚醒しちゃったからなんだよね。

 

 最初は悟空さんもベジータも超サイヤ人になった事に落ち込んだり悔しがったりしていた二人だったから、さすがに見かねてこう言ったの。「超サイヤ人なんて基本でしょー?」って。

 それに、最近ナシコが頑張って習得した技なら、ただの超サイヤ人なんて相手にならないしー。って調子乗りまくってたら、超化の仕組みを問いただされた。

 

「パワーは足りてるんだから、あと必要なのは強い怒りとか悲しみとかの感情だけでしょ?」

「ほう? そいつは良い事を聞いた……」

「なるほどな……ふっふっふ」

 

 消沈してた二人は立ち上がると、次にはMAXパワーになっていて。

 

「そこら中にパンツを脱ぎ捨てるなと何度言ったらわかるんだ馬鹿者ォーッッ!!」

 

「ガキでもねえのにいつまでも好き嫌いしてんじゃねぇーーっっ!!」

 

 ドギャウ、と、超サイヤ人になったのであった。

 ……怒髪天を突く、みたいな感じで。

 なんかその目覚め方、納得いかなーい!

 

 そんなわけで、パワーアップした二人を相手に、私は戦闘訓練をしているというわけだ。

 

「な、なにが伝説の戦士だ……! ナシコにすら敵わんではないか……!」

 

 息を荒げて両手をつくラディッツに、そりゃまー、と頷く。

 

「今すぐ超サイヤ人2でも3でも4にでもなんない限り、ナシコは負けないよー」

「……超サイヤ人……ふぉ、4……?」

 

 座り込んで片膝に腕を乗せたターレスが、片目をつぶった顔を私に向ける。

 そそ。ま? ナシコが強くなりすぎちゃっただけなんだけどね~~??

 

「お前、何をどこまで知っている」

「そろそろ話せ。俺たちサイヤ人に関わる事だろう」

「えっ? あー、あっちょっと待って!」

 

 待って待って、この話はまだ早かった!

 超2とかはセル倒したくらいの話だもんね、いやー失敗失敗。

 

「ふむ……この恐ろしいパワーを持つ超サイヤ人の、さらに上があるのか?」

「あー! あー! あー!」

 

 戦闘力の推移とかを計って纏めてくれていたウィローちゃんが、せっかく私が誤魔化したのに掘り返そうとしたので大声を出して誤魔化し直す。

 ふー、危なかったぜ。このままじゃ根掘り葉掘り聞かれてしまうところだった。

 未来の事は、まだまだ内緒なのだ!

 

「お前の言う"超化"とやらは基礎戦闘力を最大まで引き出した数値を50倍にまで伸ばすものだ。これだけでもあり得ないほどのパワーアップなのだが」

 

 あれっ、ウィローちゃん誤魔化されてくれない!?

 なんでなんで? ラディッツやターレスはちゃんと誤魔化されてくれるのにっ。

 そう思って二人の方を見れば、サッとそれぞれが明後日の方向に顔を逸らした。

 

「……なんでいつもあんなので誤魔化されてやっちまうんだろうな」

「……しょうがあるまい」

 

 あっあっ、まさか二人とも、誤魔化されたふりしてたの!?

 そんな……ナシコの完璧な話術が破れていただなんて……!

 これじゃプライドが傷ついたぜ……! もう怒った。

 

「ふん!」

 

 全開最大パワーまで引き出せば、体中を這っていたスパークがバチバチと激しく蠢きだした。

 ……ふっふっふ、これがナシコが修行の末に獲得した新たな力、その名も『スパーキング』だよ!

 

「凄まじいといえばナシコのその技もだな。戦闘力がおよそ40倍にまで膨れ上がっているぞ」

「へへーん。ぶいっ!」

 

 ピピピ、と左目に文字を走らせてパワーを計測してくれるウィローちゃんにVサインを突き出す。

 凄いっしょー。最強でしょ!

 

 この新技獲得してから、変身しなくても基礎戦闘力の10倍までは引き出せるようになったんだよ!

 これ、超サイヤ人に覚醒済みのサイヤ人と同じみたい。

 

 一度超サイヤ人に至れた奴は、ノーマルの状態で基礎戦闘力を大猿に変化する並に引き出す事ができるようになるようで、たとえば悟空さんならノーマル300万だから、変身しないで発揮できるパワーの上限は3000万、てな感じ。そこに界王拳とかを乗せるのはー、たぶん無理だと思う。だって私がそうだしね。

 

 いやぁね、最初は界王拳を突き詰めようとして、悟空さんを真似て常時25倍界王拳で過ごそうとしてみたんだけどね。なんか界王様がしょっちゅう通信飛ばしてきて、やれ「死ぬぞ!」とか「危険だからやめろ!」とか「もう見ちゃおれん」とか、しまいには「みんな呼びつけて取り押さえさせるぞっ」と脅してきたのでやめた。

 せーっかくなんかもう一個壁超えられそうだったのにー。

 

 不貞腐れた私は、しばらく重力室で寝転がってたんだけど、運動してた熱が体の中で暴れ回ってたのに突き動かされて、しだいにごろごろ転がり回るようになって。

 強くなるならどんな風がいいかなー、と考えてて、それなら超サイヤ人2とか3みたいにバチバチするカッコイイ感じのやつほしいー! って跳ね回ってたら、なんかできた。

 

 そのまんま超2みたいな感じのスパークがバリバリパワーを私に与えてくれる新形態!

 その名もナシコスパーキング! ……あれ? これさっきも言ったかな。

 ま、いいや。この力があれば怖いものなしだぜー。

 

「地球人にもこのような変身があったとはな」

「……戦闘民族とはなんだったのか、という気分になってくるぞ、おい」

「言うな。泣きたくなる」

 

 ずーんと落ち込む二人に、なんだよーサイヤ人らしくないじゃんかーと頬を膨らませる。

 強い奴と戦うのに喜びを見出すんじゃないのかよー。はやく戦おうぜー。シュッシュッ!

 シャドーボクシングをしてみせても、風に髪を靡かせるだけで動こうとしない二人。

 

 じゃ、ちょっと趣向を変えてみようか。

 

「はっ!」

 

 体中に力を入れて──ほんとは力む必要なんかないけど、気分的に──気を噴出させ、変身の予兆を演出する。

 そう、ナシコにはもう一段階上の変身があるのだ……!

 ぎゅぎゅんと手足がすらっと伸びて、大人なナシコに大変身!

 

「──! ……こいつがスーパー頑張りナシコちゃん4(フォー)だ」

「なっ……!」

「お前……!」

 

 驚愕して立ち上がる二人に、得意になって両手を腰に当て、胸を反らす。

 邪魔くさい大きな胸が強調されて、うーん、やっぱこの形態下位互換じゃない? って思った。

 あ、ちなみにその時に着てるお洋服もちゃんと伸び縮みする仕様だよー。破けちゃったら大変だもんね。

 

「い、いつの間に戻れるようになったんだ……?」

「ん? お願い自体はずっと前にしてたし、お仕事でちょこちょここの姿にはなってたよー」

 

 ラディッツの疑問に、髪を弄りながら答える。

 19歳相当の見た目な私。いわゆる大人なナシコは、アダルティなアイドルを求めるファンに応えるために神龍に頼んで可変式にしてもらった私の変身形態の一つ。

 といってもあとは元のちっちゃい9歳相当の私に戻るだけなんだけど。あ、界王拳もかな?

 お仕事の幅が広がって、色々やれるようになったーってオーナーさんは大喜び。タニシさんは苦笑いしてた。私も苦笑い。こんなおっきなおっぱいはいらなかったよ。

 

「今度の私は……ちっと(つえ)ぇぜ?」

「くっ……!」

 

 ちょいちょいと指で誘って挑発すれば、立ち上がった二人が黄金の光を噴出させた。

 その戦闘力は、ラディッツが1億5000万に、ターレスが1憶7500万。

 こんな超パワーアップ、40倍じゃ追いつけないだろうって思うかもだけど、基礎戦闘力が違うんだよねー。

 

 私、戦闘力2億~。基礎最大戦闘力は500万、それの40倍。

 クウラ様との戦い含め、ちょこちょこっと修行したら戦闘力伸びたんだよね。

 うんうん、私強い! ……かな? うーん、弱い……?

 でも界王拳合わせてスーパーパワーアップすれば、たぶんクウラ様の最終形態とも普通に戦えると思う。

 

「ずぇりゃあ!」

「だぁああ!!」

 

 息を合わせ、サイヤパワーを振り絞って殴り掛かって来る二人に、敢えて避けない。

 二つの拳を顔で受け止め、ゆっくりと両者の胸へ手を伸ばす。

 

「『痛くも痒くもないぞ!』」

「誰だ!」

「声真似をやめろ!」

 

 驚愕混じりに抗議してくる二人を軽い気功波で吹き飛ばす。

 ていうか、あのね。なんで顔狙ったの……? 万が一傷ついたらどうするつもりだったの? キレていい?

 

「ターレス!」

「ああ!」

 

 シャシャッと後方へ離脱を計るラディッツに、逆に私へ向かってきながら両手を張り合わせるターレス。

 何かコンビネーションをしようとしてるみたいだけど……っと。

 

「!?」

 

 ドン、と私の胸にラディッツの後ろ頭がぶつかる。

 あ、なんか今のぽよんって感じだった。胸痛い。この脂肪の塊、鍛えようはあるのかなー。まじで邪魔。

 

「ちょっと、スピードを上げたら……もう、ついてこれないみたいだね?」

「…………!」

 

 たらー、と冷や汗を垂らすラディッツの耳元で囁いてあげれば、ぴくぴくと耳が動いた。

 あはは、耳真っ赤! かわいー。

 

「ぎっ!」

 

 私のウィスパーボイスをまともに受けて瞬時に反撃してくるラディッツに感心する。当たってあげないけどね。よしよししてやろう、と肘打ちをかまして地に伏せさせる。

 

「SNSで絡んでくるウザいオッサンの顔文字みたいな顔やめろ!!」

「しっ、辛辣!? ひど~い!!」

 

 バッと顔を上げたラディッツが叫ぶのに、心底傷つく。

 超銀河アイドルをおっさん扱いとは、許せん!

 

「おしおきデスビーム♡♡♡!」

「うおおっ、な、なんだこれはぁっ……!?」

 

 という訳でピンクの光線で貫いちゃう。

 胸を押さえて赤面したラディッツに顔の横で手をぴろぴろさせながらあっかんべーをする。

 そこでときめいてろばーかばーか!

 

「おあああ!!」

 

 ぐおお、と風を引き込む勢いで、腕を引き絞ってこちらへ昇ってくるターレスに、うあーかっこいい、と見惚れちゃう。サイヤンスピリッツだよ~!

 でもスウェーで避けちゃう。

 

「! っぐ!」

 

 突き出された拳を上体を反らして躱せば、私の胸越しに見下(みくだ)すような翡翠の瞳とかち合って、ちょっち背筋がぞくぞくってした。その荒々しい目、すき!

 

「だりゃりゃりゃりゃ! りゃあ!」

「よっ、ほっ、うんしょ、よいしょ」

「ざけんじゃねぇ!!」

 

 ぶんぶん振るわれる拳は猛りに猛っていて、うん、ターレスもラディッツも覚醒したばっかりだから、特有の興奮状態をまったく抑えられてない。攻撃が単調すぎるし、力に振り回されてるよ。

 そこらへん、やっぱり悟空さんは凄かったんだなあ。ナメック星で見る事のできたあの人の動きは常に綺麗で、武道に則った動きをしていた。覚醒直後なのに、超パワーを完全に使いこなしてた。

 

「ずぁあ!!」

 

 回し蹴りをふわりと後退して避ければ、思い切り拳を引き絞ったターレスが光線を放ってきた。フルパワーエネルギー波だ。

 

「てい!」

 

 前傾姿勢になって全身に込めた力を右手へ移動させ、手刀で弾く。

 後方で大爆発を起こす力に髪をなびかせながら口角を吊り上げれば、悔し気に顔を歪めたターレスが、フッと超化を解いて黒髪に戻った。

 

 そのまま床へ降りていくのに、腕を組んで息を漏らす。押し上げた胸が服を突っ張らせちゃったので、腕を組み直して調整した。あーんもう、ほんと邪魔! この胸デメリットしかないよ~。時々タニシさんが親の仇を見るような目で見てくる事もあるし、足元見えないし~。

 

 私も後を追って下りつつ、後ろ髪に手を通してばさりとやる。背にかかる風がきもちいー。

 

「『つまらない。戦う気がまるでなくなっちゃったみたいだね』」

「やめろっつってるだろうが」

「きゃんっ」

 

 得意げにフリーザ様の声真似したら額を小突かれた。こらぁーっ、だから顔はやめてって言ってるでしょー!?

 あっだっだからっておっぱいも駄目だからね!

 きゃー、と胸を庇って身を捩って隠せば、ターレスは真面目な顔して黙りこくった。

 ……あの、何か言って? じゃれあいのつもりだったんだけど……あああこれだからコミュ障はー!!

 空気読めない事に定評のある女だよ。へへ、じゃあねばいばいもうお部屋戻るね。

 

「ナシコォーッ!」

「──おお。来いやぁ!」

 

 気まずい雰囲気を嫌ってお部屋に戻って不貞寝しようと思ったんだけど、ラディッツはまだやる気満々みたいで、超速力で突っ込んできて私の前に大着地、勢いを乗せたままスライド突進して猛攻をしかけてきたので、全部応えてやる。

 私もスライド後退しながらその拳の全てを弾き、反らして、渾身の一発を受け止める!

 瞬間、前方へ気を噴き出せば、はい。ラディッツ完全停止~。

 

「てりゃっ!」

「おぐ!?」

 

 ドバン! と殴りつけて吹っ飛ばし、即座に地を蹴って後を追う。

 長くなった足を振るってバチリと蹴り飛ばし、握った手を顔の前で震わせ、腕を突き出すと同時に溜めたパワーを放つ!

 

「ばっ!」

 

 気合い砲。

 さらに弾かれたラディッツが向こうの壁にぶつかってめり込んだ。

 ありゃー、あれはちょっと自動修復機能じゃおっつきそうにない壊れっぷりだよー。

 

「あ、ラディッツも降参?」

「……ぐ、く、くそ……!」

 

 黒髪に戻って、ふわふわって浮き上がっていた長髪が落ちるのに問いかければ、呻き声で返された。そっかそっか。

 でも私、まだまだ全然大丈夫なんだけどなあ。

 

「ウィローちゃん、やる?」

「馬鹿を言え。もうわたしでは追いつけない領域だぞ」

「そっかー……」

 

 ダメもとで振ってみたけど、フラれちゃった。

 そうなると今日は組手はもうおしまい? あーん、暴れたりないよぉー!

 私、戦うのは好きじゃないしぃー、殴ったりするのも好きじゃないけどぉー。

 超パワーを振るうのは気持ち良くってだーいすき! 凄くすっきりする!

 それにカッコイイ人負かせるのもすきー。へへ、ナシコってば小悪魔~?

 

「私に負けちゃった罰としてー」

 

 壁から抜け出して膝をつくラディッツに歩み寄り、傍に座り込んで頭を抱える。

 無抵抗でされるがままな彼の顔を胸に埋めさせていじめる。

 うりゃうりゃ、苦しいかー? 降参?

 

「今日は一緒に寝ること!」

「……わかったから離せ」

「はあい」

 

 なんだ、ラディッツってばてんで効いてないの。やっぱサイヤ人じゃだめかー。

 こんな胸の使い道なんてこういう悪戯して反応を楽しむくらいにしかなさそうなんだけど、うちの子は誰も反応してくれなくてつまんないよー。ウィローちゃんは、あれ。ガチで悲しそうな顔するの。やばいの。

 

 やっぱおっきな胸っていらなくない? 満場一致! 神龍に頼んで萎ませてもらおっかな。

 しかしファンはたぶんこれ込みでアダルトナシコを求めているっぽいので、泣く泣くこのままにするのでした……けっ、何が良いのかねぇ。

 

 腕で胸を挟んで強調してみる。魅力がわかんない。

 アダルトナシコは手足が長いからその分リーチがあって、子供ナシコより断然格闘戦で有利だとは思うんだけど、この大きなお胸はとにかく動くのに邪魔でね? 動くたんびにちょっと痛いし。当たり判定もおっきくなっちゃってるから、うーん、やっぱり幼い私が最強フォームってことで。

 

「ちゃららーん」

 

 しゅるると縮まって子供ナシコに戻れば、今度は私があぐらを掻いたラディッツの中にすっぽり。

 首に腕を回してしなだれかかれば、さりげなく背中を支えてくれる優しさにほろりと涙が。

 ラディッツ……成長したね……お母さん嬉しい。

 その調子で存分に私を甘やかすのだ! すりすり。

 戦闘服ってゴムみたいなのに、すべすべだよねー。すりすりすり。

 

「ナシコよ、そろそろこやつらに、お前の知る超サイヤ人について話してやれ」

「えー? あのね、ウィローちゃん。私がサイヤ人について知ってるわけないっしょー?」

 

 歩み寄ってくるウィローちゃんとターレスにすっとぼける。

 だから、そういうの秘密なんだってばー。

 

「地球人だよ、私。宇宙人の伝説について知ってるわけー」

「話すのなら今日からまた一緒に寝てやろう。明日だけ寝る前にアイスを食べるのも許可する」

「超サイヤ人とは1000年に一度現れる伝説の戦士、でもそれは大いなる間違い──」

 

 あっこら勝手にお口がぺらぺらと……!

 だから秘密なの! 話しちゃいけないの!

 こらっ、何二人とも体育座りして聞く体勢に入ってるの!? ウィローちゃんはホワイトボード用意しないで!

 

「たしかに秘密多き女は魅力的に映るかもしれないが、わたし達にまでそうなのは寂しいぞ」

「……ううー」

 

 そういう言い方はずるいなあ。

 しぶしぶウィローちゃんからペンを受け取る。

 仕方がないからその気になった私だぜ。

 未来の事は内緒だけど、超サイヤ人のことくらいは説明したげよう。

 

「といってもどこから話したもんかな~」

 

 キュキュッ、キュッと落書きしつつ考える。

 私話下手だから、順序立てて説明したりするの苦手なんだよなー。

 いつもしっちゃかめっちゃかになっちゃって、中途半端に終わっちゃうの。

 ほい、超サイヤ人3の悟空さん完成~。わ、私、絵うますぎ……!? 芸術家の才能もあるかもっ。

 

(おい、なんだあれは)

(お前じゃないのか。あの髪らしき何かは)

(……冗談じゃないぞ。まるきり化け物ではないか)

 

 ふんふんと上機嫌に鼻唄やりつつ、超1の悟空さんも描いていく。

 矢印つけて、超1、と注釈をつける。

 

「じゃん。これが超サイヤ人だっ」

「………………カカロットか?」

「そだよ? なんで? 見りゃわかるっしょー」

「うむ、見ればわかるぞナシコよ」

 

 でしょ? なんでラディッツもターレスも目を細めてんのかなー。目ぇ悪くした? サイヤ人が? まっさかー。

 

「これ、戦闘力が高いサイヤ人がぽこっとなれる形態で~、この上に超サイヤ人2があってー、3もあってー」

「待て待て待て待て!!」

「つ、2とか3とか訳の分からんことを……!」

 

 おっとっと、二人とも困惑してる。ちょっと話すスピード早かったかな? ゆっくりめでいこう、ゆっくりめで。

 

「これがー、悟空さんやベジータ、ラディッツにターレスがなってる基本的な形態で~」

「……」

「……」

 

 黙りこくってる二人に、なんか質問ある? と視線を向けたら、いいから話せって感じで顎をしゃくられた。

 そ? じゃ話すけど。

 

「あ、そーだ。この基本形態にも段階があってねー、ムキムキになる第2段階と、超ムキンクスになる第3段階と、常に超サイヤ人でいることで慣らして無理なくフルパワー使えるようにした第4段階とー」

「っ……、……。」

「なあ、おい……」

「しっ。水を差すな……!」

 

 なに? なにこそこそ話してんの。私、自分が話してる時に遮られるのいっちばん嫌いなんだけど!

 ……うんうん、注目注目。ナシコお姉さんに注目してね! お口にチャックだよ~。

 

「もうちょっと戦闘力高めると次のステージである超2に変身できるようになるよ。ナシコみたいなバリバリかっこいいやつ!」

「……」

「……」

「3は眉がなくなって髪が伸びるの! ラディッツみたいな感じ! 超カッコイイの~!!」

 

 胸元できゅうっとペンを握ってはしゃぐ。

 ああーっ、はやく悟空さん帰って来ないかなあ! 超サイヤ人3にならないかなあ!!

 私、あの悟空さんが一番好き! 龍拳いっちばん好きなの~!

 せっかく生で見られるんだから、間近で見たいなっ。パワーを肌で感じたい!

 ふふー、ホワイトボードの超3悟空さんに花丸つけちゃう。これ、最高の形態ね!

 

「そいで次は超サイヤ人ゴッドねー。サイヤ人の神様!」

「……どっかで聞いたことあんなぁ」

「そうか? 聞き覚えがないぞ。ナシコの出まかせではないのか? ──ピギュ」

「そこ! 私語は厳禁! だよっ」

 

 

 せっかくナシコが秘密にしなくちゃいけない事を話してあげてるのに、失礼なこと言ったラディッツにペンを投げつける。スコーンとぶつかって戻って来たペンをかわいくキャッチ。

 次そういうこと言ったらもう話してあげないからね!

 

「痛ぅ~……わ、悪かった、わかったから!」

 

 額を押さえてぶんぶん手を振るラディッツに、両腰に手を当てて覗き込む形で「めっ」てする。

 さっきも言ったけど、話を遮られるのほんとにヤなの! 気分最悪になるんだよ。マジで怒るかんね!

 

「なんだっけなー、5人の正しい心を持つサイヤ人が、もう一人にパワーを注ぎ込む事でサイヤ人の神が誕生して、えー、そのパワーを慣らした状態で超サイヤ人になれば、ブルーの完成! あ、最初はね、超サイヤ人ゴッド超サイヤ人って呼ばれてたんだけど、さすがに長すぎるのかブルーって呼び方になったんだよね!」

(……4はどこにいった?)

(疑問はわかるが大人しくしとけ)

「あの、ブルーはねー神の気ね、感じられない感じの、神のね、そういう領域の超サイヤ人なんだよ。破壊神ビルス様とかもそうなんだけど、神に至ると気を感じ取れないほどクリアなものになって、あ、でも強くなればそうなるって訳じゃなくて、ヒットとかジレンってたぶん普通に気が表面化してるだろうし、あ、ヒットとジレンっていうのはここじゃない他の宇宙の戦士で、それぞれ別々の宇宙なんだけど、ここが第7宇宙で、そういや他の宇宙には伝説の超サイヤ人の女の子がいて、もちろんうちにも伝説はいるよ! でも別換算っぽいんだよね。それこそが1000年に一度生まれる伝説の戦士、あ、でもそれは4っぽいかな? やっぱりブロリーとかケールは別枠なんだと思う。伝説といえば、才能があれば戦闘力なくても超サイヤ人に覚醒できるっぽいんだよねー、バーダックとかそんな感じだと思う。それで、第……10宇宙? どこだったっけ、忘れちゃったけど、私ジレン好きなんだよねー。つぶらな瞳が案外かわいいっていうか。最初はあんまり好きじゃなかったんだけどね。だって理不尽に強いし、悟空さん以上とかありえない! って思ってたよ。過去編はいらなかったなー、でもゲームやってたら好きになった。ジレンが出てくるとうおお、こいつは強いぞ! ってなるんだよね。あ、ヒットも好き! 時飛ばし格好良いの! あれ超能力なのかなあ。覚えられるのなら覚えてみたいなー。そういや他の宇宙のサイヤ人だと超サイヤ人になるのにS細胞とかいうのが必要らしいんだけど、聞き覚えある?」

 

 ふと、新設定あったけど、ここだとどうなってるんだろうって疑問に思って二人にペンを向ける。

 ……うん? あのー、聞いてる?

 二人とも目をつぶってるんだけど、まさか居眠りしてる訳じゃないよね?

 単に別の宇宙のサイヤ人の事なんか知らないーってだけだよね?

 ……ならいっか。

 

「それでね、あ、そうだ、ブルーと超サイヤ人4っておんなじくらいの強さって聞いたなあ。4はねー、あんまりわかんないや。GT見たの結構前だからなー。ゲームとかじゃよく見るんだけど、なんだっけなー。ブルーツ波がどうこう。ブルマさんに頼めばなれる機械作ってもらえるんじゃない? 頼めないけどねー。私はやだよ、お願いしたかったら自分達で行ってね!」

 

 この重力室のことだけでももう何度も頼み事してるんだから、こんな装置作って、とか言えないよ。迷惑かけっぱなしだよ。

 えーと、どこまで話したっけ。ちょっと思考が脱線すると忘れちゃうんだよなー。

 

「あっ」

 

 ペンを顎にとんとん当てながら思い出そうとしてたら、そのペンをウィローちゃんに取り上げられちゃった。

 なになに? と思う間もなく背中を押されて歩かされて、ウィローちゃんがしっしと追い払ったラディッツとターレスのいたところに座らされた。

 

「質問形式に切り替える。……最初からこうすれば良かったのだ」

「え、なんでなんで? わかり辛いとこあった?」

「…………わたしが聞いた事にだけ答えろ。余計な事は言わなくていいから……」

「えー、なにそれ」

 

 ホワイトボードの前に移動して、はぁっと溜め息をついて腕を組むウィローちゃんの左右にラディッツとターレスが控える。

 ……何その微妙な顔。なんなの……? よくわかんない。

 

 よくわからないまま質問タイムが始まって、超サイヤ人が伝説の存在ではないとはどういう意味かーとか、段階とは何かーとか聞かれて、スムーズにお話しできたかな。でも超サイヤ人1の話しかしなかったんだけど、いいのかなー。超サイヤ人ロゼの話とかいらない? え? いらないの。どうしたの、頭痛いの? だいじょぶ?

 

 へへ、私の知識もたまには役に立つね。たっくさんお話しちゃったから喉乾いちゃった。途中途中で三人が審議タイムに入っちゃうから結構時間も経っちゃったし、もう夕飯の時間じゃない?

 

「もしもーし。今日のご飯はなんですか~?」

「確かに変身すると気性が荒くなる。気のコントロールも上手くいっていない感じがした」

「ああ。慣らせばフルパワーを出せるようになるってのはそういう事だろうな」

「だが、そう上手くいくのか? ただ変身するだけでも中々難しいものがあるぞ」

「基礎戦闘力が足りねぇって事なんだろ。おかしな話だぜ、ここまでパワーアップしたってのにナシコが言うには雑魚なんだとよ?」

「訳がわからんな……」

「同感だ」

 

 ……無視されたー。悲しい。

 乱暴に目元を拭い、私そっちのけで話し込むサイヤ人連中は放っておいて、ホワイトボードを片して戻って来たウィローちゃんに構って貰うことにする。

 

「ぐすっ、あのねあのねっ、私の新形態の名前、聞きたくなーい!?」

「…………ああ」

「でしょ! あのね、バチバチってするところから考えたんだよ。名付けて『ナシコスパークリング』!」

「スパークリング……?」

「うん! ……?」

 

 ん、なんか違和感?

 えーと、なんだろ。何が変だったのかわかんないや。

 というわけで、ナシコの新形態はスパークリングに決定だよ!

 ワイン? ……ん、なんでワインって今思ったんだろ。私お酒はあんまり飲まないんだけどな。

 

「あ、今日ピザ取ろうよ! 食べたくなっちゃった」

「ふむ、時間があればターレスが作っただろうが、たまには店のものを食べるのもよいか」

「ピザならコーラも飲んでいいよね。醍醐味だもんね~」

 

 普段はご飯の時にジュースは禁止だけど、ピザ食べるならコーラに決まってるんだから、飲みたい飲みたい!

 一度その欲求に憑りつかれてしまったナシコはもう止まらないのだ。俺はとことん止まらない!! 許可を得るためにウィローちゃんに抱き着いてほっぺたすりすりおねだりする。

 おねがいおねがぁい♡ ね、ね、いいでしょ~?

 

「わかったわかった、やめんか鬱陶しい」

「へへー、やったぁ!」

「はぁ~……」

 

 耳元で特大の溜め息を吐かれるのにくすぐったくて身動ぎする。

 ウィローちゃんも抱き返してくれて、ぽんぽんと背中を叩いてきた。ふっふっふー。

 さしものウィローちゃんも密着状態でお願いすれば、断れるはずもないのだ!

 この世にナシコの可愛さに敵う者はいないんだよ……!

 

 それはそうと、ご飯食べ終えたら修行しなくっちゃ。

 摂取したカロリーを燃やし尽くす目的もあるけど、一番は戦闘力向上だよね。

 守りたいものを守るためには、何よりパワーが必要不可欠。

 ……襲ってくる宣言してたベジータも怖いし、返り討ちにできるようめいっぱい鍛えとかないと。

 

 この時期ベジータがどんくらい強かったかなーと考えつつウィローちゃんをお姫様抱っこして運ぼうとして、頭引っぱたかれて涙目になったりするのであった、まる。




TIPS
・ついに目覚めた伝説の戦士!
ラディ「とっくにご存じだろう?(お前のだらしなさに日々キレていることを)」
タレ「オレは台所から貴様を叱るためにやってきたサイヤ人……」
ラディ「強靭な堪忍袋を持ちながらも激しい怒りによってブチぎれた伝説の戦士……」
ラディタレ「超サイヤ人※1だーーっっ!!」

・※1
おかん、またはおとんと当て字する

・ナシコ
最初は言葉で、次は頭を叩かれて
最後におしりぺんぺんなどのお仕置きを受けるようになってもちっとも懲りない伝説のぐうたら人間
むしろスキンシップとして喜んでいるフシがある
悪戯もだらけも気を惹くためなのかもしれない……
いややっぱりただのぐうたら人間だ
基礎戦闘力は500万。ノーマル上限5000万

・ナシコスパークリング
三日間絶食のうえ、25倍界王拳の継続使用で壊れかけた体を100倍の重力下で激しく苛め抜いたナシコが辿り着いた境地
自らの潜在パワーを不完全ながらに解放している
ちなみにスパーキングをスパークリングと言い間違えたのには後日気付いたが、今さら引っ込みがつかなかったのでこの名前で定着した
最大戦闘力は2億

・スパークリング界王拳
スーパー界王拳と同じ分類
スパークリング化(以下超化と表記する)とは別換算

界王拳の倍率は1.5だが
超化した際の40倍の戦闘力にこれをプラスする形となる

500万×1.5=750万
よって最大戦闘力は2億750万

10倍界王拳なら2億5000万
負担が大きいのに見返りが少ないのは、本家本元のスーパー界王拳と同じだ

・ナシコ(子供形態)
9歳当時のナシコの姿。身長は128.8cm、体重は24kg
天真爛漫、元気溌溂、子供パワー全開
可愛い×子供=何をしても許されると思っているため
無茶な言動が多発する、もっとも気苦労をかける形態
甘えたがりで引っ付きたがり。邪険にすると頬を膨らませて拗ねるぞ

・ナシコ(大人形態)
19歳当時のナシコの姿。身長は165㎝、体重は57kg
幼さはすっかり抜けて目元の涼し気なクールな美人さん
胸を疎ましがっているが、やたら強調したりするのは、やはり人の気を引くためだろうか
このナシコは大人形態になるとバブみが春蟹鱒
子供の時と違ってやたらと甘やかそうとしてくるぞ

これは秘密だが、子供形態より体重も増してるので攻撃の威力も地味に上がる

・ナシコ(アイドルモード)
礼儀正しく明るく元気、清楚で清純、ちょっと潔癖
恥じらいがあり、常識があり、遠慮があり、気遣いがある
子供の時はもっぱら元気、大人の時はだいたいクール
ラディッツ・ターレス・ウィローらが満場一致で最も推している形態である

・ベジータ
超化した際の最大戦闘力は1億5000万

・ソリッド・ステート・カウンター
相手の攻撃を完全に受け止め、反撃したあとに追撃する

・痛くも痒くもないぞ!
防御せずに相手の攻撃を受け、気功波で反撃する
魔人ブウ(悟飯吸収)の声真似のおまけつき

・ソニックスウェイ
その場で相手の攻撃を全て避け、反撃する
大人形態だと成功率が下がる


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人造人間編
第三十二話 vs魅惑のビーナス


ちょっと長くなっちゃったので分割


 青く澄んだ世界をゆく。

 光は遠く海面から注いで、白い砂原や海藻なんかを照らし出す。

 私は、そんな綺麗な海の中をのびのびと泳いでいた。

 

 ぽこぽこ空気を漏らしながら、長い手足で水を掻き、青い魚の群れの横を通り抜ける。

 岩の影の、鮮やかな珊瑚から顔を覗かせた小さい子に手を振って、大きな軌道でUターン。

 水に流れる髪の重さが心地良い。

 

 今日は、雑誌の撮影でリゾート地に来ていた。

 もちろん大人の私のお仕事だ。小っちゃい自分が大好きな私といえど、水着映えするのは大人の方だってくらいわかってるんだけどね。それでもちょっと納得いかないところがあったり。

 だってウィローちゃんも一緒してるけどさー、あっちはちゃんと可愛いやつ着せてもらってるんだもん! 私だって子供の姿でいたいのにー!!

 

 それにさ、それにさ、私なんてビキニなんだよ!? こっぱずかしくてたまんないよ! いい加減慣れたら? って自分でも思うけど、肌を見せるの苦手で仕方なくって……はぁあ~……。

 お仕事なので仕方なーく大人モードなナシコです。

 

 この黒ビキニはスタンダードなやつだけど、ちょっと布が小さい気がする。サイズも微妙に小さいような。胸が突っ張ってる感じするもん。でも「取り換えてください」とは言えないコミュ力よわよわな私……。

 

 あ、でもねでもね、髪を編み込んでもらって美人さんにしてもらったんだ~。やっぱりナシコはかわいい! 子供だったらもーっと可愛いんだけど。でも泳ぐときは体おっきい方が水の流れをたくさん感じられるから、大人ナシコを維持してるわけ。

 髪は、今は解いて楽にしてる。編んだままだと魚が引っかかったりするんだよね。

 

 はー、しかし、あれ。やっぱ水着って超恥ずかしいよね……。

 いやらしい視線も集めやすいし、私、そういうの苦手。

 男だったからさ、気持ちはわからなくもないけどさー……不躾にジロジロ見たりさ、ねっとりした目つきで舐め回すように見られるのは、覚悟しててもキツいものがあるよ……。これって私だけなのかなー。他の女の子は平気なのかな?

 

 ぷくー、と息を吐き出して、のぼっていく泡を見送る。

 恥ずかしくたって、写真の撮影はちゃんと完遂したよ! ナシコえらい。

 自分へのご褒美にはちみつたっぷりのパンケーキを食べさせてあげたいね。

 

 撮影はねー、普通に撮るのは慣れっこ……いや羞恥心は幾つになっても消えないけど、大丈夫でー……でもね、攻めたポーズちょうだい、とか言われても困っちゃうんだよね。私そういうのわかんないのー。今までずーっと言われた通りにしかポーズとってこなかったからね!

 

 んや、今までだって何度も「自分で考えてポーズ決めて」みたいなこと言われたのはあったんだけど、まあ、無理だよね……。すっごく子供っぽくなっちゃったり、逆に過度にえっちになっちゃったりして駄目だしされまくるのだ。それがいや。否定されるの嫌いなの。だからいっそ動かないようにしてカメラマンさんが諦めるのいつも待ってるんだよね。

 

 でも今日は頑張って他のアイドルさんの写真集見て研究したポーズを取ってみた。チャームポイントは腋~。ま、大人なナシコじゃ魅力は80%減だけど、カメラマンさんはオッケー出してくれたから大丈夫でしょ。いつものよーに見惚れられちゃって思うように撮影終わんなかったから、疲れちゃった。

 そういう諸々の不満や疲れを癒すため、こうして自由に泳ぎ回っているのだ。

 

「ぷうっ。きゃっほぉーう!」

 

 ドルフィンジャンプで海上に跳ねて、矢のように海へ潜っていく。

 一瞬浴びた太陽の熱で暖まった肌があっという間に水流に冷やされて、んー、この感触、さいっこう!

 

 ふかーいところに潜ると体中に圧力がかかるその感覚がきもちいー。水圧で胸がぐんにょりするのも結構気持ちいいの。持たざるものにはわからない感覚だろうなーってちょっと優越感。こういうの考えてるの、ウィローちゃんには秘密ね! あの子まったく気にしてないようでいてめちゃくちゃ気にしてるから!

 私の写真確認しながら自分の胸に手を当ててるの目撃しちゃって、ちょー気まずかったのだ……。

 

 ウィローちゃんはあの姿で認知されてるから、突然に胸を盛ったりはできないからね……あんまり容姿を変えるのもイメージ変えちゃって駄目だし。その点大人にも子供にもなれる私が羨ましいっぽい。

 わっかんないなー。胸なんかない方が世界は平和なのに。きっと全王様だってそう言うよ~。

 

「~♪」

 

 頭の中に曲を流しながら、ゆったり水の世界を楽しむ。

 強くなった恩恵か潜水時間もうんと伸びたから、何十分だって潜ってても平気!

 でも、そろそろいったん上がろうかな。喉乾いちゃった。

 

「ふぃー。えっほ、ほいしょ」

 

 沖合にある小さな岩場のでこぼこに手をかけて(のぼ)り、その上に用意されたビーチチェアに腰かけて寝そべる。

 傍らの丸テーブルに置かれたグラスを手に取り、ストローに吸い付く。

 んー、レモンスカッシュのしゅわしゅわが喉を焼く~! 酸味も良い具合。

 グラスの縁に差してある輪切りのレモンを抜き取って、ぱくり。

 

「うむー、しゅっぱい!」

 

 ちゅ、ちゅってリップ音をたてながら唇に挟んだレモンを抜いて、グラスに戻す。

 疲労回復にはこういうのが一番だよね~。んー、ごくらくごくらく♡

 

「……んふー」

 

 ふと、見られてる気配がした。

 浜の方。やらしいのとは違った、鋭い視線。

 それは、今日私達を担当してくれたカメラマンさんの、ベストショットを付け狙う歴戦の戦士の如き眼差しだった。

 もう撮影は終わってるのに、まだカメラ回してるんだよね。あの人とは結構付き合い長いんだけど、こういう、オフの時の自然な姿も収めたいんだって。

 

 人と喋るの苦手だから、抗議する気も起きなくて好きにさせてあげてる。

 ちゃーんと意識しないで自然体でいてあげるナシコ、人付き合いのできる良い女だぜ~。

 

 のびーっと手足を上下に伸ばして、それから立てた膝に手を這わせ、お腹から胸へ撫で上げる。

 唇に指を当てて、ちょいっと流し目。

 ……あっ、今のは違くて、あのっ、人の目を意識してかわいこぶりっこした訳じゃなくてね!

 や、やっぱり見られてるとわかると、なんかそういう感じになっちゃうんだよね……! 自然体ってムズカシー。

 

 パラソルを動かして日を遮る。

 背中の下敷きになった髪をちょっと引き出して、改めて仰向けになって、お腹に両手を乗せる。

 運動して火照った体を撫でる風が涼しくて、むにゃむにゃってなった。

 だんだん眠気がのぼってくるよー……。この後はお仕事ないし……ひと眠りしちゃおっかなー。

 

「────……んぁ?」

 

 不意に巨大な気を感知して、手をついて体を起こす。

 寝ぼけまなこを擦りながら体を傾けて空を見上げる。

 遠い空の向こうに、邪悪な気配があった。

 

「……」

 

 でっかいのが、二つ。

 これはたぶん、あれだ。

 あの、……なんだ。

 

「ズズ……んー」

 

 じゅるじゅるとレモンスカッシュを飲み切って、テーブルの上にグラスを戻す。

 ……何しようとしたんだっけ。

 髪の毛を掻き上げてみても全然わかんないけど、動こうと思ったのは確かだから、パラソルを抜き取って肩に当てる。でっかい傘みたい。

 

「あ、そだ。トランクス親子襲来だ」

 

 パンツが来るんだ。へー、夏だったんだね、パンツが来るのって。

 うん、もうフリーザが敵ではないって言っても、ここで向かわなきゃアイドルじゃないよね。

 って訳で海にダイブ!

 

 閉じたパラソルを構えて水中を突き進み、浜に戻る。

 ぴょんと飛び出し、身震いして水気を飛ばす。ついでに一瞬気を噴出させて体を乾かす。

 関係者で賑わう浜をきゅったんきゅったんサンダルを鳴らして駆け抜ける。

 

「あっナシコちゃん! この後オフだよね? どう、ホテルで食事でも」

「ぁっあのすみ、あの、はい!」

「っとと、お急ぎかぁ」

 

 にゅっと前を遮るように出てきたカメラマンさん……そういえば名前なんていうんだったか、愛想笑いでご挨拶する。今急いでるのでごめんなさい~。

 パシャリと撮られるのに、お仕事熱心だなーと思いつつウィローちゃんの姿を探して走る。

 

「ああ、いたいた。ウィローちゃーん!」

「ナシコか。なんだ、そんなものを持って」

 

 白い屋根の大きなテントの下、白いチェアーの傍に立っていたウィローちゃんは、私を認めるとじとっとした目つきになった。

 

「あー、あ、パラソル? なんだろこれ。なんか持ってきちゃった」

「ぼけぼけだな。さっきの気を感じたか。……戦いに行く気だろう」

「うん」

 

 そそ。ウィローちゃんはどうするのかな。

 

「わたしは行けない。タニシがダウンしてるからな」

「熱中症? 大丈夫ですかー」

「やめんか。お前が囁くと病状が悪化する」

 

 チェアに寝そべってるのはタニシさんだ。お目目ぐるぐるしてる。

 でも私が囁いたらにへら~って笑い出した。悪化なんてしないじゃん!

 どうしたのか聞けば、ついさっき立ち眩みを起こしちゃったんだって。

 ……うん、じゃあ彼女はウィローちゃんに任せるとしよう。

 

「行ってくるね」

「心配はしていない。みんなにはわたしから挨拶をしておく。そのまま家に戻るなら、部屋の片づけをしておけ」

「ふぁ~い」

 

 傍の長机からパーカー水着を取ってくれたウィローちゃんにてきとーにお返事して羽織る。白地のこれは、撮影前に着てたやつ。

 お洒落意識で前を閉めないようにしようと思ったんだけど、胸にかかってると違和感凄いので前を開いて、でもちょっとこれじゃあだらしないかなーと思って少しだけチャックを閉めてみた。

 

「そいじゃね、ウィローちゃん。水着似合ってるよ!」

「…………くっ」

 

 駆け出しながらセパレートの水玉かわいーよーって褒めたら、なんでか悔し気に顔を背けられた。

 切り揃えられた金髪が揺れて、優し気な目が細められる綺麗なお顔に、胸がきゅんきゅんする。さすが伝説のアイドル……! その表情参考にさせてもらうねっ!

 

「とりゃ!」

 

 気を纏って飛び上がる。はためくパーカーと髪に、パラソルの布地。

 ぽんと前へ投げたパラソルが戻ってくるのを掴み取って、槍のように持って荒野へ急ぐ。

 

 

 

 

 目的地へついたのは、どうやら私が最後みたいだった。

 

「みなさんお揃いで~」

「出やがったな、クソガ、は?」

 

 とりあえず挨拶しながら降りて行けば、気でわかっていたのだろう、みんなこっちを見上げていて……なんか、ぽかんって顔してた。

 悪態をつこうとしたっぽいベジータも組んでいた腕が解けかけて間抜け面を晒している。あはは、なにその顔~。

 クソガキって言おうとしてたっぽいから、大人なナシコだったのにびっくりしたのかな?

 

「な、ナシコ、なのか……?」

「あっ、は、はぃ……」

 

 天津飯に問いかけられて、そうよーとお返事する。アガッちゃうのはご愛敬。もう誰も気にしてないし、私も気にしない。ドキドキしちゃうから気にしないなんて無理なんだけどね! 胸に手を押し当てて深呼吸。ううー、こうして見ると鍛え上げられた肉体を持つ天津飯、ワイルドな武道家って感じで格好いいなあ。つるつるの頭も全然みっともなくないの。ステーサムみたいな感じ!

 

「あ……」

「……、……。」

「なんで水着……」

 

 私が大人に戻れるのを知ってるのは、よく遊びに行ってる悟飯ちゃんちの二人と、うちの子達と、私のファンのクリリンくんくらいかなー。ヤムチャも知ってたぽい? 一瞬視線が胸に向いてきたの、わかっちゃうんだよねー。思わずってだけでやらしい感じはしなかったので、許してあげよう。いちいち気にしてたらきりないしね。

 

「こら」

「痛ででっ!?」

 

 ヘリの傍にいたブルマさんがヤムチャの耳を引っ張って注意する。そっか、まだこの頃はカップルやってたんだ。ベジータはまだ独り身かー。

 

「なんてカッコで来てんのよ、あんたは」

「えへへ、ぁの、撮影があったので……」

 

 不満げなブルマさんに指を突っつき合わせて……は、片手にパラソル持ってるのでできないので、誤魔化し笑いで乗り切る。

 抜けてきたの? の問いに、首を振る。それから、悟飯ちゃんの下へ寄っていってご挨拶。

 

「こんにちは、悟飯ちゃん。おとついぶりだねー」

「は、はい、ナシコお姉さん……」

「およ? ……ありゃりゃ」

 

 腰を屈めて頭撫でてあげたら、俯いちゃってもじもじしちゃった。うん? ひょっとして照れてる?

 悟飯ちゃんも成長してるんだなあ。お姉さんの水着姿にドキッとしちゃったの? あんまり大人の姿じゃ会わないから、慣れてないだけかな。

 「いいなあ、悟飯のやつ……」ってクリリンが呟くのが聞こえた。君は近いうちにお嫁さん貰えるでしょ。18号……きつい感じの美人さん。また私の苦手なタイプっぽい。DBワールド、気の強い女の子多すぎて困っちゃうよなー。

 

「前を閉じろ。みっともないぞ」

 

 ターレスと並んで立つラディッツが注意してくるのに、ふふんと得意げにする。

 ラディッツの言う「みっともない」は女性的な魅力を振りまくなって意味なの、知ってるもんね。ようするに可愛すぎるぞって褒めてるんでしょー。もう、ラディッツってば上手なんだから。

 ところでターレス、またシェフの格好してるのはなんで? ブルマさんちでパーティでもやってたの?

 

 でも、ここら辺ははっきり覚えてるんだけど、フリーザの気を感知して集まってくる前はベジータ達って焼肉やってたよね。……ひたすら焼肉焼く係にでも任命されたのかな。あんまりターレスとブルマさんが絡んでるの見た事ないから違うだろうけど。

 

「お出ましだぜ!」

「!」

 

 余裕そうなベジータの声に、揃って空を見上げれば、巨大な円状の宇宙船が降ってくるところだった。

 結構距離があるのにここまで風が吹き荒んできて、巻き起こる土埃に、パラソルを前に広げてガードする。土が布に当たる音で耳が痒くなってしまった。

 最初にベジータが飛び出していくのに、慌てて私も続く。遅れて他の面々も飛び立ってきた。

 

「ベジータ!」

「ふっふっふ……!」

 

 ベジータに声をかけるも、なんかえらく上機嫌で届いてないっぽい。

 もー! 物事には段取りってものがあるんだよ! ……あ、そっか、ベジータも超化できるようになってるから、フリーザ様に見せびらかしたいんだ? なんかかわいいじゃん。

 でもメカフリーザはパンツが倒すんだから、でしゃばるんじゃない!

 

「ん……?」

「あいつ……!? ボクをコケにした女だ……! 地球人だったのか……!!」

 

 ぞろぞろと異星の兵士達を引き連れ、巨大な宇宙船を背にして立つメカフリーザとコルド大王。そうして並び立つとフリーザ様の小ささが際立つ。コルド大王がでかすぎるだけな気もするけれど。

 目を血走らせたフリーザ様の視線が突き刺さるのに、小さく体が震えた。ん、私のこと覚えてるんだ? そいつは光栄なことだね。

 

「よう、フリーザ。ずいぶん醜い姿になったじゃないか」

「ふん、たかがベジータが言ってくれるね。ま、いいよ。今のボクは機嫌が良いんだ」

 

 下り立ってすぐ挑発し始めるベジータの背後に私も下りる。

 さらに後ろに続々と下りてくるみんなに、コルド大王が反応した。

 

「なんだフリーザ、サイヤ人はほとんど滅ぼしたのではなかったのか。随分生き残りがいるようだが……」

「っ、それもスーパーサイヤ人共々、今日で絶滅させるつもりだよ、パパ」

「そいつは大きく出たもんだな……誰を倒すって?」

 

 得意満面とはこのことだろうか。ニッコニコで「誰を」と言いつつも親指で自分を差したベジータは、次には力み始めていた。

 足元が揺れ、立ち上るように風が吹く。煽られた髪が持ち上がるのを手で押さえて、額に血管を浮かべるその横顔を眺める。

 グゴゴゴ……。空気の震える音。圧力を伴う気の嵐が、ベジータへと引き込まれていく。

 ……変身まで長くない? 好都合だけどっ。

 

「ま……まさか……!?」

「……? これがフリーザの言っていた……?」

「はぁあッッ!!」

 

 ドギャウ、と黄金の気が噴出する、その前にパラソルを広げてベジータを隠す。

 ちょっと、焦っていた。

 だってあの、これ、違う。

 流れが違うんだもん!

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 シュウシュウと猛る金の輝きは、その全てがパラソルの内側に隠されている。

 周囲にはパタパタとはためくパーカーの音だけがあって……要するに、なんか、妙な沈黙が場を支配していた。

 ど、どうしよう。あの、パンツどこ? ちょっと私達、早く来すぎちゃったのでは……?

 

「きさま、なんのつもりだ……!」

「…………」

 

 せっかくのお披露目を邪魔されて怒り心頭に睨みつけてくるベジータに、必死に考えを巡らせる。

 ああ、でも、私こういうアクシデントとか咄嗟にっていうの苦手なんだよね……!

 えっと、えっと、超サイヤ人はここにもいたという事だ……? いやこれは違う。早いし、私が言う事じゃないし、あう、あうあう、うぇ~~!

 

「ふん!」

「フリーザぁ、超サイヤ人がお望みらしいなぁ?」

 

 胸を打つような重々しい圧力が背後から連続で発せられるのに、勝手に視線が明後日の方向に向いてしまう。ラディッツもターレスも揃って超化してしまったらしい。

 あーあ、もうしーらない。さっさと来ないパンツが悪いのだ。

 パラソルを閉じて傍らに刺す。歩み寄ってきてベジータに並んだ二人に驚愕したのは、フリーザだけではなかった。

 

「き、きさまらぁ……!!?」

「うん? どうした王子様よ。何かおかしなもんでも見たような顔をして」

「超サイヤ人など珍しいもんでもなかろう」

「……!? …………!!?」

 

 なんだろ、ベジータの顔色が凄い勢いで点滅してる。

 もしかして今この地球上で超サイヤ人は自分一人とでも思っていたのだろうか。

 なんかそうっぽいなあ……驚きようが半端じゃない。

 

「ふ、フフフ……! す、スーパーサイヤ人が何人束になろうと、パワーアップしたボクには勝てないよ!」

「チィィッ! ──本当かどうか、試してみるか? ええ!?」

「おいおい王子様よお、自分一人でやるつもりかよ。オレにも一枚噛ませてくれや」

「きさまらの出る幕ではない。フリーザ程度俺一人で充分だ」

 

 口々に好き勝手を言うサイヤ連中に、フリーザ様はぶっとい血管を額に浮かべてどんどん気を上げ始めている。

 あっちこっちからスカウターの爆発音が聞こえてきて……うん、でもまあ、恐ろしくはないよね。

 

「じゃあ何か! そのガキでさえフリーザを倒せるとでも言うつもりか!」

「ん? んー、ゴールデンでもないフリーザ様なんて敵じゃないよね」

「おい、また不吉な事言いだしたぞ……」

「忘れろ」

「ぎっ……き、きさまら~……! さっきから聞いていれば、こ、このフリーザをどこまで苛立たせるつもりだッ!!」

 

 なんか言い合ってたラディッツ達から飛び火してきたので答えたら、何故かフリーザ様の怒りがこっちに向くのを感じられた。

 両拳を顔下で握りしめて震えるフリーザ様が口角を上げるのに、パラソルを引き抜いて肩にかつぐ。

 

「喜べ……! 地球人類絶滅の記念すべき一人目は、お前だーーッッ!!」

「おお」

 

 ほとんど声を裏返らせて叫び、地面を爆破する勢いで突進してきたメカフリーザが、引き絞った手刀を放ってくる。

 こう間近で見てみると、覚えてるメカフリーザの姿と結構違う事に気付いた。

 特徴的な頭の変化以外に、下半身が完全に機械化してる。瀕死の状態で宇宙空間を生き延びたフリーザ様でも、流石に切り離された下半身まではそのしぶとさを発揮できなかったようだ。

 

「──!? ……お゛っ゛」

 

 特に力むこともなくスパークリングに移行して、体から発されるスパークをそのままに閉じたパラソルの先端をメカフリーザの生身の胸へ突きつける。

 気で強化した得物は容易くその体を貫いて、ていうか勝手に向こうから貫かれに来て、棒越しに内臓を突き破っていく生々しい感触が伝わってくるのに眉を寄せる。

 

「うぇえ……」

「なっ……あっ……!?」

 

 すっごい気持ち悪いんだけど……こんな事なら避けちゃって戦うのはみんなに任せればよかった。

 なんて嘆いても時間は巻き戻らないので、ていっとパラソルを開いてトドメを刺す。

 

「おああ!? そ、そんな……!?」

 

 肉体が破裂して上半身と下半身に泣き別れたその体が落ち行く中で、開いた傘の表面から放たれた気功波が一片残さず飲み込んで蒸発させた。

 ついでに後ろにたむろしてたフリーザ軍も宇宙船ごと9割方爆散して、だいぶんばつの悪い顔をするはめになった。

 うおー、殺しちゃったよ……クウラ様倒した時点で今さらな話だけど、殺しは後味が悪くてたまらない。……手を合わすくらいはしておこう。南無。地獄で暴れたりするなよー……。

 

「んだよ、うちのわがまま姫がぶっ殺しちまったじゃねぇか」

「チィッ、言い争っている場合ではなかったか……!」

「な、なんだとぉ……!? ふ、ふざけやがって!! なぜあの女があれほどのパワーを持っているんだ!!」

 

 いや、なんでとか言われても。普通に修行したからだよ。

 しいて言うなら、超サイヤ人二人と組手したりできたのが良かったのかな。常時スパークリングを保つ修行は、なったって気性が荒くなったりしないから大して意味はなかったけど、スムーズに移行できるようになった。そいでもってこの夏に基礎戦闘力が600万まで達する事が出来たのだ。

 

 しかしこの夏、体重は1キロ増えました……ダイエットは失敗だよう。ターレスが美味しいもの作るのが悪い! ついついおかわりしちゃうんだもん。あとさ、子供な私じゃわかりにくかったけど、大人の私、なんか少し肉体に変動がある気がするんだよね。不老なはずなのに、お腹にお肉ついてる気がするというか、胸も大きくなっているような……気のせいだと思いたい。もっぱらダイエットは胸を萎ませたいからやってるんだよ……効果実感できた事ないけど。

 

「わ、我が息子フリーザをこうもあっさりと……! ま、まさか……!」

 

 ドッと着地したコルド大王が、片膝をついて慄く。

 やっぱりその視線は私に向いていて、小首を傾げた。

 

「この惑星近辺で消息を絶ったクウラは、ま、まさか……お、お前が……!?」

「ああ、うん。確かにクウラ様は私が倒したけど」

 

 私が、というか、私達が、だけどね。みんなのおかげで勝てた戦いだった。

 

「!!」

 

 思った以上に驚愕を露わにするコルド大王に、歩み寄る。

 もうついでだしコルド大王もやっつけちゃおうと思って。

 でもさすがに殺すのはなー……悪人だけど……でもうちの子に殺させたりさせるくらいなら、私がやった方が良いかなーって。

 

「ま、待て! お、お前、いや、な、名はなんという!?」

「え? えと、ナシコですけど」

「そうか、良い名だ……生まれついての強者の名だ……!! ナシコよ、我が息子に代わってワシの娘とならんか? 宇宙最強は我が一族にこそ相応しい……どうだ!!?」

 

 ああ、そういえばコルド大王って追い詰められると勧誘しだすんだっけ。

 うわあ、やり辛い……戦う意思を見せない者を殺すのはやっぱ無理だよ、これ……。

 

「『丁重にお断りする』」

「な……あ……!!」

 

 片腕のみで腕を組み、閉じたパラソルを振って構える。

 と、一歩引いたコルド大王は、すぐさま足を戻して手を広げた。

 攻撃の予兆ではない。彼にはもはや、戦う意思がない。

 ……ん、それはちょっと語弊があるか。

 

「ざ、残念だ……我が娘になれば素晴らしい毎日が待っていたというのに……ところで、す、素晴らしい武器だな……? あのフリーザの体をいとも容易く貫いたそれを手に取ってみたい……ちょっと貸して、見せてもらえんだろうか?」

「……いいけど」

 

 武器、と言われて首を傾げ、その視線がパラソルに向いているのに気付いて納得する。

 ああ、これを武器と認識したんだ? 変なの。別にいいよ、これくらいあげる。

 明らかにほっとした顔で私が投げ渡したパラソルを掴み取ったコルド大王は、矯めつ眇めつしながら感心した風に頷いた。

 

「これが地球最強の武器か? 環境だけでなく文明も整っていたというわけだな」

「……ありがとうございます?」

「礼はいらん……なにせ今から貴様は、この武器でワシに殺されるからだ!!」

 

 槍のように構えたパラソルを引き絞り、コルド大王が猛る。

 これはギャグなんだろうか。笑ってあげた方がいいのかな……。

 

「おい、何をごちゃごちゃとくっちゃべっていやがる! コルド! 貴様の相手はこのオレだ!」

 

 本気で悩んだんだけど、行動に移す前にベジータがコルド大王を殺してしまった。

 いや、本人に殺す気はなかったみたいで、勢い余ってその胸をぶち抜いてしまった事に悔し気に歯ぎしりをしていた。大方力を見せつけるようにして甚振ったりしたかったのだろう。

 もはや息絶えているコルド大王をエネルギー波で消し飛ばしたベジータは、汚れた腕を振りながら、地面を転がるパラソルを踏み折った。

 

「す、すげぇ……ナシコちゃんも信じられないくらい凄かったけど、や、やっぱりベジータもすげぇ……!」

「じ、次元が違いすぎるぜ……!」

「そうなの? ふーん……ナシコー! かっこよかったわよー!」

 

 ヤムチャに抱かれて連れてこられていたらしいブルマさんの声に小さく手を振って返しながら、私は、自分の中で増大する焦りにどうしていいかわからなくなってしまっていた。

 残党狩りに飛び立つベジータに、ラディッツとターレス。

 フリーザ軍の兵士は雑魚とはいえ、地球の人々にとっては驚異的なことには変わりない。一人残らず殲滅する気なのだろう。

 それに参加する気にはなれなかった。あんまり気の進まない作業なのもあるけど、それ以上に、まさかって思いが強くて。

 

 ……悟空さんも来なければ、パンツも来ない。

 まさか、もしかして……だけど。

 私が今生きてる時代って、絶望の未来の方?

 

「……どうしよ」

 

 どうしようもこうしようもない。

 今すぐ、何か考えなくちゃ。

 そうは思いつつも、足元がぐらぐらする感覚になんにも考えられなくなってしまうのだった……。




TIPS
・ナシコ(夏のビーナス編)
黒いビキニに白いパーカー水着。
陽ざしに煌めく白い肌。熱に流れる黒い髪。
ボリュームたっぷりのお胸に、太ももの付け根の内側にちょこんとほくろ。
天下一を目指して日々研鑽をつむナシコのはっちゃけサマーモード、ここに爆誕!

基礎戦闘力は600万
スパークリングで2億4000万

・フリーザ(真夏のメカニカル編)
魅惑に大人に大胆に決めるナシコに対抗し、宇宙の帝王もイメージチェンジ。
太陽光にギラギラ輝く鈍色のボディ。殺意を秘めた赤い双眸。
夏に向けてシェイアップし、絞った体はかつてより遥かにパワーアップを遂げている。
もはや敵などいないと不敵に笑う、笑顔が素敵な期待のニューフェイス。

フルパワーよりパワーアップしているらしい
よって戦闘力は1億3000万

・コルド大王(サマーバケーション編)
薄布のマントは少し攻め攻めのアダルティな水着。
外宇宙からやってきたダンディズム溢れる脅威の男。
夏の一番星はワシに決まりだ!

フリーザよりも上、とする記述もあるが、フリーザをこそ一族最強と称している
フリーザもまた自分が宇宙一であると発言している
よって戦闘力は1億とする

・ウィロー(背伸びのサマービーチ編)
子供水着でちょこんとチャーム。かわいさ満点、でもカッコ良い系。
別に自分のボディが嫌いなわけではない。わけではないが。
ナシコのわがままボディ(死語)がちょびっと羨ましい。
時に見せびらかし、時にうりうりと押し付けてきて、無自覚に魅力をアピールする
にくったらしいお肉など、このウィローには必要ない……ないのだ!




トランクスイケメンクス編
イケメンすぎるんですよ……イケメンすぎるんですよ、ボクは!!
え……パンツだなんて、おれは別に、そんな……
アハッ☆


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第三十三話 オラが孫悟空だ! 未来人との邂逅


トランクス「おおーーい!! ボクが見つかったぞォォーーッッ!!!」




 悟空さんは来ず、トランクスも姿を見せない。

 これではまるで絶望の未来へ進んでいるようではないか。

 

「トランクスーッ!! どこだー!! 出て来やがれ!!」

 

 いてもたってもいられなくなって、大きな声で叫ぶ。

 いるなら今すぐに姿を見せて! 隠れてるんならこの辺り一帯を吹き飛ばしてでも探し出すぞ!?

 

「お、おい、どうしちゃったんだよ、ナシコちゃんは」

「さ、さあな。まだ何者かが潜んでいるとでもいうのか……?」

「待てよ、トランクス……? どっかで聞いたことあるわね」

 

 今だけは、他の人の視線も困惑も気にならなかった。

 なんだか不味い事になっている気がして、胸の中がイヤな感じで満ちていく。

 頭がくらくらして吐きそう。上手く言えないけど、まずい、まずいよぉ!

 

「…………」

 

 不意に、乱れた気配が遠くの岩陰にあるのを感じた。

 ここにいる誰のものでもない、でも、邪悪でもない、大きな気配。

 ……たぶんトランクスだ!

 

「あっ、どこ行くんだよナシコちゃーん!」

「ちょっとそこまで!」

 

 気を纏い、即座にトップスピードで気配の下へ向かう。

 はたして、隠れるようにしてこちらを窺っていたのは、トランクスだった。

 

「……っ!」

 

 頭上を飛び越えてから下り立てば、彼は険しい顔をして私を睨んだ。

 剣に手をかけようとでもしたのか、持ち上げた手が途中で止まっている。

 その反応をおかしく思うべきなのかもしれなかったけど、私は安心するのに忙しくて疑問に思えなかった。

 

 なぁんだぁー、いたのかよー。無駄に泣いちゃうところだったじゃん!

 いっぱい考えようとして頭も痛くなっちゃったしさー、もう、なんで隠れてたのかなーパンツ。

 さっさと来てくれればいらない心配をせずにすんだのに!

 

「……しっ、知らない……!」

 

 ん?

 え、なに?

 

「知らないぞ……! いったい、あなたは誰なんだ……!?」

 

 ……??

 トランクスの言葉がすぐには理解できなかった。

 だ、誰って……え、わかんないの!?

 

「か、完全にオレの知っている歴史とは違ってしまっている……」

 

 困惑して私が答えないでいると、彼は俯いて自問に入ってしまった。

 えーと、待ってね、今噛み砕いて理解しようとしてるから……。

 

「……いや、でも、超サイヤ人があれほどいるなら……」

 

 目までぎゅっとつぶってブツブツ言ってる彼に、ようやく事情が呑み込めてきた。

 あれだね。彼の生きる未来に、私って存在しなかったみたい?

 そりゃそっか。まあそうだよね、私って本来いないもんね。

 

「あの、あなたは先ほどオレの名前を呼びましたよね。な、なぜ知っているのですか?」

「……ん」

「それに、そ、孫悟空さんはなぜいないんですか……!?」

 

 いや、それらしき人はいるが、やはり違う……。強い戸惑いが含まれた声に、揺れる瞳。

 やや警戒の滲むその眼差しに、さて、どうしたものかと腕を組む。

 だってさ、かなり想定外なんだもん、それ。

 未来に私がいないのもそうだけどさー。

 

 それに、ちゃんと自分の知ってる歴史の方なんだってわかると気が抜けて、そうすると、トランクスの事が気になってくる。

 この子の生きた絶望的な未来。それを救うのは私にはできないけれど、せめてこの時代では心穏やかに過ごしてもらえたらなーと思った。

 ブルマさんやベジータとゆっくりお話ししたりとか、さ。出来る限り望みもかなえてあげたい。

 あ、そうだ! ベジータがこの子に関心を持つように、超サイヤ人を引き出してあげよう!

 

「ああ、それはオラが孫悟空だからだ」

「え……!?」

 

 それにはどうしたらいいかなーと思って、うん、あの、そんな感じ。

 いやどんな感じって言われても。悟空さんいないの? って不安そうにしてしょぼくれてるから、ここにいるぞ! って安心させてあげようと思ってさ~。

 無理がある? ないよ! だいじょぶだいじょぶだぜー。

 

「い、いや、聞いていた姿と違いすぎる! というか君はお、女の子じゃないか!」

「誰かが悪戯で神龍に願ってこうしちまったんだよ、めぇったな……チチにも怒られっちまったし」

 

 あせあせと問いかけてくる彼の混乱具合に、ちょっと胸に火がついた。

 最初見た時はかなり大人びた雰囲気を持っていたけど、焦ると子供っぽいんだね。かわいー。

 そしてどうだ、この完璧なカバーストーリーは!

 

 悟空さんをイメージして後ろ頭を掻きつつめぇっためぇったと繰り返せば、「そ、そうか、ドラゴンボールで……!?」と納得しちゃうトランクス。

 彼にとってドラゴンボールって夢物語の万能玉って感じなんだろうな。

 

「い、いや、ではなぜオレの名前を……!? し、知るはずのない名前を知っているんだ!」

「そう慌てんなよ。オラも名前くらいしかわかんねぇさ」

 

 詰め寄って来る彼を押し返しつつ、頭の中では諸々設定をこねこねして、知恵を絞って話を考える。

 えー、あれだ。どれだ。なんて言えばいいのかな。

 ノリだ。ノリでいこう。

 

「ナメック星から地球に戻ってくるときによ、カナッサ星ってとこに寄ったんだ。そこで未来が見えるようになる(けん)を受けて、時々無意識にそういうのが見えるようになったんだぜ」

 

 そそそ。未来が見える拳ね。

 それ悟空さんじゃなくてお父さんの方だけどね。

 

「おめぇの出現もそうやって知った訳さ」

 

 てきとーにウィンクをしてみせれば、肩にまで入っていた力を抜いて、トランクスは一歩下がった。

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 うんうん、そうなのそうなの。

 えー、と。そういう話がしたいんじゃなくて……あの、あれね。超サイヤ人。

 とりあえずしゅるるっと子供ナシコに戻れば、ぎょっとして目を丸くするトランクス。

 気にせず拳を握って、パワーを最大まで引き出す。白い気炎が湧き上がった。

 

「んで、こいつがオレの超サイヤ人だ……試してみてぇんだろ? オレの力を……」

「あ……は、はい」

 

 記憶を掘り返した限りじゃ、トランクスはそういう目的もあって悟空さんに接触しようとしていたはずだ。

 私の考えはあっていたらしく、小さく頷いた彼は、でも「拍子抜け」って顔をしていた。オレの超サイヤ人と全然違う、なんて呟いている。

 まあ、私がノーマルの状態でフルパワーになったってたかが知れてるもんね。戦闘力6000万程度。

 

「拍子抜け、って顔だな。せっかくだから、段階的に見せてやろうと思って」

「段階的……? ──ッ!? す、超サイヤ人の、その上があるって言うんですか!?」

「そういう事だ。まず、こいつが普通の超サイヤ人だろ?」

 

 腕を広げて自分の体をみせつつ、かっこよく笑ってみせる。

 どうだろ、不敵な感じの笑み浮かべられてるかな?

 次に、不思議そうに私を見下ろすトランクスを、うんと見上げながら力む。

 バリッと体に走ったスパークに「あっ」と彼が声を漏らした。

 

「そしてこれが超サイヤ人を超えた超サイヤ人……ま、超サイヤ人2ってとこかな」

「なっ……なんて大きな気だ……! や、やはりオレの超サイヤ人とは全然違うけれど……でも、明らかに超サイヤ人以上の……! それにこの気は……悟飯さんの気にそっくりだ……!」

「そして、これが……!」

「っ!?」

 

 腰を落とし、顔の両側へ持ち上げた拳を震わせて力を籠めれば、ひっそり使った界王拳によって上がり始めたパワーに反応して大地が揺れ始めた。

 ちょっと無駄に気を広げて土埃をたてる。傍の大きな岩がビリビリと震え、空をゆく雲が速く過ぎ去り始めた。

 

「超サイヤ人を超えた超サイヤ人を、さらに超えた……!!」

「……っ」

「はあぁあ……!!」

 

 ひたすらに力む。ぐおうおうと風が吹き荒び、私の髪も荒ぶりに荒ぶった。

 

 一際強く体を走る稲妻を弾けさせ、一気に今出せる最大パワーに達する。

 同時に体から衝撃を発して演出しつつ、ぎゅぎゅんと大人なナシコに変身!

 なびいた髪を腕で払い、緩やかに頭を振って整え、腰に手を当てて立つ。

 

「こいつが超サイヤ人3だ。待たして悪かったな……まだこの変化にはなれてねぇんだ」

「あ……」

「へっ、全力でかかってこいよ」

 

 今度は私をやや見上げる形となったトランクスが息を呑む。

 ちょい、と指で挑発すれば、呆気にとられていた顔が引き締められて、その手が背中の剣にかけられた。

 

「望むところです……始めから全力でいきます!!」

「ああ」

 

 ドギャウッと超化したトランクスに、向こうの方でベジータ達の気が乱れるのを感じた。

 うん、彼らの気を引く事はできたみたい。私の役目はこれで終了である。

 とはいえ、やる気になってるトランクスを放っておくのはかわいそうだから、一本立てた指に気を通して構える。

 

「つあっ!」

 

 勝負は一瞬でついた。

 煌めきとともに振り下ろされた数十の剣閃を全て指で受け止めた私が、彼の背後に回り込み──反応して振り返りざまに防ごうとした腕を擦り抜けて、その顎を蹴り上げたのだ。

 着地と同時にスパークリングを解除す(ちびナシコに戻)れば、体勢を整えたトランクスもまた、超化を解除した。

 

「凄い……! とてつもなく凄い……!!」

 

 そう呟く口元は笑みの形になっている。

 ちょっとは希望を見せられただろうか。……本物の孫悟空は、まだまだこんなんもんじゃ足りないくらいもっと凄いんだけどね。

 

「信じられないことばかりで驚きましたが、これだけは言えます。来て良かった……!! あなたがいるなら、これから現れるとんでもない二人組など蹴散らせてしまえるでしょう」

「とんでもない二人組?」

 

 知ってはいるけど、聞き返す。

 ──と、ベジータ達の気が接近してきているのに気づいて空を見上げれば、ちょうど三人の超サイヤ人が姿を見せたところだった。

 

 

 

 

 青空の中に溶けて消えたタイムマシンを見送って、振っていた手を下ろす。

 

「おい、口から出まかせばかりを言いやがって。貴様が孫悟空だと?」

 

 びくり、と背中が震えた。ピッコロさんの不機嫌そうな声に、おそるおそる振り返る。

 みんな、私を見ていた。どういうこと? って怪訝そうに。

 

 ……トランクスは、ベジータが下り立ってきた時、ほんの少し嬉しそうな顔をした。

 でも秘密の話をしている最中だったから、断りを入れて改めて場所を移し、私に未来のことを打ち明けた。

 心臓病の特効薬も握らせてもらって、それで、役目は終えたと未来へ帰って行ってしまったのだ。

 たった一人残してきたブルマさんをはやく安心させてあげたいから、と言われると引き留める事もできなかった。

 

 未来でも頑張れよ、と熱い声援を送って、私の中ではめでたしめでたしだったんだけど……。

 問題は地獄耳なピッコロさんが私達のやり取りを余すことなく聞いてしまっていた事だった。

 すっっっごく気まずいです……超恥ずかしい……!

 でもトランクスは笑顔で帰って行ったし、く、悔いはないよ……私がいたたまれなくなることくらいどーってこたぁないんだい!

 

「ぁの、そ、それは、悟空さんが帰って来てから……お、お話します」

「3時間後に少し離れた場所に、だったか……ちっ。いいだろう、それまで待つとするか」

「ほっ」

 

 それは本来の歴史とのズレを説明してくれた時の内容だった。

 ピッコロさんは納得して矛を収めてくれた。先延ばしにしただけだけど、3時間もあればなんか誤魔化す内容思いつくでしょ。

 でも話の内容がなんにもわかっていない他の面々、特にベジータは苛立っているみたい。わざわざ悟空さんを待つ気はない、みたいな。

 とか言っときながら帰ろうとしないのは、あれでしょ。悟空さんにも超サイヤ人になった自分を見せたいんでしょ。

 

「……次にそんな下らんことを言ったなら、まっさきにきさまをぶっ殺すぞ」

 

 図星だったらしく、照れ隠しするベジータにちょっと笑っちゃう。

 

 それから悟空さんが来るまでの長い時間、私達は思い思いに暇をつぶした。

 私はもっぱら悟飯ちゃんと遊んでた。ちっちゃい姿で荒野を駆け回り、高い岩の上で並んで座ってお話したり、おうたを歌ったり。

 

「あっ! この気は……!」

 

 ご機嫌に歌っていた悟飯ちゃんが空を見上げ、私へ顔を向ける。

 うん、この優しい気配は、悟空さんのものだ!

 

「あはっ」

 

 喜びを露わにして下りていく悟飯ちゃんの後を追う。

 結構離れたところに宇宙船が降り立ったみたいで、みんなと合流して、落下予測地点へ向かった。

 

「……あれ?」

 

 荒野の真ん中にあったのは、私達がナメック星へ向かうのに乗っていた、ブリーフ博士製の宇宙船だった。

 なんか、記憶違い? サイヤ人の宇宙ポッドで帰って来てたような記憶があったんだけど……。

 ……あ、そっか。私がナメック星の崩壊を防いだから、悟空さんも余裕を持って宇宙船まで戻れたんだね。

 そうすると悟空さんってヤードラット星に行けたのだろうか? ポルンガは悟空さんが帰りたがってないって言ってたけど……。

 

「あれ? なんでみんないんだ?」

 

 宇宙船から出てきた悟空さんは、ヤードラットの衣装に身を包んでいたから、どうやら無事に瞬間移動も獲得できてるみたい。ほっとしたよー、もしかしてって思ってドキドキしちゃった。

 

「ようやくカカロットもご到着したんだ。おい、さっさと話せ、クソガキ」

 

 腕を組んで立つベジータに呼びかけられて、私に視線が集まるのに緊張が高まる。

 や、やめてよー、視線集めるような事言わないでよ……! うう、お腹痛くなってきた……。

 というか、悟飯ちゃんとお喋りしてたせいでなんにも言い訳思いついてない……下手な言い訳じゃ、私が未来を知ってた事、ピッコロさん誤魔化せないだろうし……どうしよ。

 

「ぁのっ、ごく、悟空さんのその格好は……!?」

「んっ? ああこれ?」

 

 苦し紛れの話題逸らし術!

 話を振られた悟空さんは、それがヤードラット星に赴いた際に得たものだと教えてくれた。

 はじめ、宇宙船は順調に地球を目指していたんだけど、ある時いきなり故障して、どうしようもないうちにその星に勝手に一直線に向かってしまったのだとか。で、その後は宇宙船は何事もなく地球に戻って来た、と。

 

「ヤードラット……? そいつは確かギニュー達が攻めようとしていた星だな……」

 

 ピンときた様子のベジータは、不思議な力を扱う住民から技を教えてもらうために帰るのを遅らせたんだな、と興味を抱いた様子だったけど、あいにくピッコロさんは早く話せと殺人的視線を私に送り続けている。

 さすがに悟空さんが瞬間移動を実演してみせたときはそっちに興味が移っていたけど、ああっ、またすぐ私をじーっと……!

 さりげなくブルマさんの影に隠れる。

 

「こーら! 私だって気になってんだから、隠れて誤魔化そうとしない!」

「ひえぇ」

 

 ところがブルマさんも敵だったようで、襟首掴まれてみんなの前に突き出されてしまった。

 カプセルコーポレーションマークの機械が空に消えていくのを彼女もばっちり見てたからね、うん……。

 でもさ、でもさ、口下手な私に説明を要求するなんて、そんなのあんまりだよ~!

 

「…………、…………オレが話そう」

 

 えぐえぐと涙を堪えながら必死にブルマさんに訴えかけていたら、見かねたピッコロさんが代わって話してくれることになった。

 やりっ。小さくガッツポーズ。

 

「安心しろ。奴の存在を消してしまうようなことは言わん……」

「なんだよ、おい。なんの話してんだ?」

 

 今来たばかりの悟空さんも、私やピッコロさん以外もそろそろ疑問が限界みたい。

 これに応えるのは、やっぱり私には無理だっただろう。

 だってその後のピッコロさんのお話は要点がしっかり纏まっていて、ちゃんとトランクスが未来人である事とか、ブルマさんとベジータの息子である事とかはぼかして、でも整合性を欠いてはおらず、超サイヤ人であったことを話した。

 

 恐ろしき人造人間19号と20号の出現、その日時と場所も……。

 

 話が終わり、結局トランクスの正体が分からずじまいで納得してないベジータは放っておいて悟空さんとの再会を喜ぶ面々。

 私は当然それを遠巻きに見ている。

 えへ、だって近づいたら消滅しちゃいそうなんだもん。私は遠くから見ているだけでじゅうぶん。

 ああーっ、やっぱり生の悟空さんは格好良いなあ……! なんかお胸がとろとろになるよー。はぁー……あっつい。

 

「おい」

「はいっ!? は、はいぃ……!?」

「そ、そんなびっくりせんでもいいだろう」

 

 と、ピッコロさんが後ろから声をかけてきた。ぴょんっと跳ねてしまうのに向こうまでびっくりしている。

 だ、だから気を消して近づいてくるのやめてよー!

 なんて文句は当然言えない。喉に空気が詰まったみたいにものが言えなくなってしまうのだ。もじもじ……。

 

「なんだ虫けら。うちのガキに何か用か?」

 

 と、ターレスとラディッツが庇うように立ってくれて、代わりに応対してくれた。

 でもそのとげとげしい声に心底ひやっとする。

 な、なんでピッコロさん相手にそんな冷たい声出してんの……?

 

「ふん、きさまらなんぞに用はない。どけ」

「そうはいかん。こいつにあれこれ吹き込まれて拐かされてはたまらんからな」

「攫うか!」

 

 一触即発みたいな雰囲気で言い合う三人に、おろおろする事しかできない。

 うう、じゃなくてじゃなくて、ああもう!

 二人の腰に巻かれた尻尾をつまんで引っ張れば、こけそうになった二人が慌てて後ろへ足を出して踏ん張る。そうすれば当然私が前に出る事になって。

 

「へっ、どうやらそいつ自身はオレと話したがっているようだな?」

「あの、はい……ごめんね二人とも。ありがと……」

 

 ピッコロさんは私を取って食おうとしてる訳じゃないんだから、庇ってもらう必要なんかない。

 いや、ひとえに私が話すの億劫がってるのがいけないんだけど……それをよく知ってる二人は気を利かせてくれただけで。

 私が勇気を出せば済むだけの話なのにね。

 

「ふん。好きにしろよ」

「ふにゃっ」

 

 私の頭を乱暴に撫でてきたターレスとラディッツは、ついでにこしょぐるようにほっぺたも撫でてきて、それから揃って悟空さんの方へ飛んで行ってしまった。

 うー、なんかごめんね? いらない気を遣わせちゃった……もうちょっと、人と話すの頑張らないとなぁ……。

 

「おい、何も危害を加えようとしてるんじゃないんだ。そう怯える事はないだろう」

「……はい」

 

 胸に手を押し当てて、呼吸が浅く早くなるのを感じながらもピッコロさんを見上げる。

 彼の言葉は、彼自身気休め程度のものだってわかってるみたい。悪人だから怯えるのは無理もないだろう、みたいな感じ……? ピッコロさんが悪人だなんて、私は思ったことないんだけどな。

 怯えては、ない。ほんとに話すのが苦手なだけ。この性格、方々に迷惑かけてばっかりだよ……全宇宙一かわいいナシコの一番の欠点なんだ……。

 

「お前が未来を知っている口振りなのは、おおかたドラゴンボールに願ったうちの一つなんだろう。確認したかったのはただそれだけだ」

「あ、あの、ぁ」

「それと、きさまの孫悟空の物真似はなかなかサマになってたぜ。……じゃあな」

 

 言うだけ言って、ピッコロさんは踵を返して足早に離れて行ってしまった。

 ……どうしよう、今、彼にめちゃくちゃ気を遣われたのがわかっちゃったんだけど……。

 私がなんにも話せないのがわかったから勝手に納得してくれて、私の不安を取り除くようなことまで言ってくれたの……うわあああ、うわあああ、ピッコロさぁああん……あとで悟飯ちゃんに報告しておきますね! ピッコロさんはめちゃくちゃ良い人だよーって!

 

「はふぅー……」

 

 かくして、個人的危機は去ったのであった。

 気が抜けてへたり込もうとして、ふと自分の体を見下ろす。

 悲しいくらいビキニが似合ってなかった。

 ちくしょー、子供の私の方が優れてるはずなのにぃ……!

 

 仕方ないのでにゅっと大きくなっておく。

 だってみっともないのはやだもん。

 

「…………」

 

 たまたま伸び縮みする場面を見ていたのだろう、チャオズが私を指さしてすっごい何か言いたげにしてた。

 なんだよー、言いたい事があるなら言ってよ。気になるじゃん。

 

「ね、ねえみんな。ちょっと考えたんだけど」

 

 パーカーを調節しながらぶらぶら歩きまわっていたら、ブルマさんがみんなの注目を集めた。

 

「そのドクター・ゲロってやつ、今のうちにぶっ倒しちゃったらいいんじゃない? そうよ、何も3年も待たなくたって、神龍に居場所でも聞けば一発でしょ!」

 

 ね、ね? と同意を求めるブルマさんに、しかし周囲の反応は芳しくない。

 ベジータはそんなことしやがったらぶっ殺すぞって切れるし、悟空さんだって戦いたいって言うし。

 

「な、ナシコはどうなのよ!? あんな戦闘大好きの変態民族と違って私とおんなじの常識ある地球人のナシコなら賛成でしょ?」

「えー、と……」

 

 ちら、と悟空さんを見る。

 その動作に特に意味はないんだけど、あの、私も反対……。

 

「な、なんでよー!」

「ぁの、だって、今のみんなじゃ、返り討ちされるだけだろうし……」

「……なんだと?」

「……あいつ隠す気あるのか……?」

 

 ベジータが苛立ち紛れに問い返してくるのに隠れて、ピッコロさんが呟くのが聞こえた。

 あっあっ、いや、ネタバレとかする気じゃなくて、ブルマさんに説明しようとしただけでっ。

 だって他にどう言えばいいのかわかんないじゃん!! 私事実を言っただけだよ!!

 

 まだ17号や18号は目覚めてないだろうけど、研究所で追い詰めたらドクターゲロは絶対目覚めさせるでしょ。ベジータとか調子に乗って見逃しそうだし。そうでなくても15号以下が控えてそうだし……。

 今のみんなの戦闘力じゃちょっときついよね。

 

 私はー……どうだろ。エネルギー吸い取られたりしなければ倒すのは余裕だと思う。でも、一人で行くのはちょっと怖い。みんなで行くのはもっと怖い。誰かがエネルギー取られるだけで私の勝率も下がるんだもん。それだったら3年間みんなきっちり修行して備えた方が良いと思う。

 

「そういえばよ、ナシコ。さっきフリーザをやったばかでけぇ気はおめえだろ?」

「へひっ、は、はひ! それひゅ!」

「お、おう」

 

 ひゃ、ひゃああ話しかけられちゃった!

 どどどどうしよう、か、かっこいい……! 久しぶりに見たから悟空さんへの慣れが完全に消えちゃってる……!

 毎日ターレスとはくっついてるけど、あの子は別換算だから関係ないの! 一応顔は同じなんだから耐性つくかなーと見つめたりして特訓してたけど、ぜんっぜん効果ないや。ごめんターレス! 毎日の拘束時間は無駄だった! 今度アイス奢るから許してね! ……108ゼニーまでのやつだけね!

 

「そんでよ、3年後に備えてオラや悟飯と一緒に特訓……」

「……!」

「……それはいいのか駄目なのかどっちだ?」

 

 ぶんぶんぶんぶん首を振ってても悟空さんは判断つかなかったみたい。 

 悟空さんの頼みを断れる訳ないじゃないですか! 当然オッケーです!!

 

「ばぁか、こいつには仕事があんだよ」

「きさまはきさまで勝手に鍛えていれば良かろう。アドバイスくらいならくれてやってもいいがな」

「なんだよ兄ちゃん、ケチだなー。……そうか、おめぇ達も超サイヤ人になれるようになったんだな?」

 

 やる気になりまくって袖捲くり……袖は無いから仕草だけやってたけど、ターレスの言葉で正気に戻った。

 そうだよ、私お仕事あんじゃん! 前にちょっとサボっちゃったんだから、もうこれ以上は休止できないよー!

 あうう、ご、ごめんなさい悟空さん……せっかくのお誘いなのに、応えられません……。

 代わりにうちの子を、と思ったけど、二人とも悟空さんと修行するつもりはないみたい?

 

「よし、じゃあピッコロ、やろうぜ!」

「…………願ってもないな」

 

 結局悟空さんはピッコロさんを誘う事にしたみたい。

 妥協案って感じになっちゃったのでピッコロさんめっちゃ釈然としない顔してた。




TIPS
トランクス(未来)
純情ボーイ


・もしもナシコが絶望の未来に存在したら
とぼけた雰囲気も甘さも皆無な厳しい女性になっていたと思われる
心を預けた人達がほとんど死に絶えているので笑う事は一生無い

・ナシコ
現代ではふにゃふにゃでボケボケな女の子
クウラ編を経たナシコがいる限り未来はどうあがいても希望
大好きなみんなに囲まれていつもにっこり笑顔だぜー

・ナシコ(孫悟空)
孫悟空の真似っこをしているナシコ
めっちゃノリノリ。人生で一番ノッてるかもしれない
なおビキニ姿のもよう

トランクス(超サイヤ人)
基礎戦闘力は300万
超化1億5000万

これはどうでもいい情報だが、ナシコは彼のことを
「パンツ」「トラパン」「〇〇ンクス」と呼ぶ場合が多い

・悟飯(未来)
基礎戦闘力は370万
超化1億8500万
上記は片腕の状態での戦闘力である
未来の人造人間はこの時代のものより弱いとはいえ、二対一で善戦していた

・悟空
家に帰ったら妻が子供になっていてずっこけた

・チチ
すっかり子供の姿に慣れてしまっていたので
悟空さがずっこけたのにびっくりしてずっこけた

・宇宙船
ナシコがポルンガに願った数多の内容に紛れていた無意識の願いにより
ヤードラット星へ一直線。悟空がたいそう困ったことをナシコが知ったら
ショックで寝込むだろう


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極限バトル!!三大超サイヤ人
第三十四話 ナシコ抹殺計画始動


 遥か回路の彼方から、目覚めを促す信号があった。

 冷たい機械群が駆動し、熱を産み、覚醒へと近づいていく──。

 そして世界の外側からも、起きよと命じる声があった。

 

『目覚めなさい──13号』

 

 人工皮膚の額部分に結露した雫がゆっくりと流れていく。

 それは重く閉じられた目にとらわれ、まなじりへと伝わり、やがて零れ落ちて頬を伝っていった。

 

 

 

 Dr.ゲロがその身を機械の戦士へと移し替える……未来からの少年が告げた運命の日より3年も前。

 早すぎる目覚めを迎えようとする復讐の使徒達が今、動き出そうとしていた……。

 

 

 

 

 ギラギラとした陽射しが降り注ぐ都。

 人々が行き交い、声を交わし、その賑やかさを太陽の下に知らしめている頃。

 三人の男が、並んで道を歩いていた。

 

 白髪のオールバックにキャップ。シンプルなベストにズボンの涼し気な男が先頭を行く。

 帽子に、胸に刻まれたマークはレッドリボン……かつて孫悟空が壊滅させた非情の軍隊の生き残り、その科学者が作り出した機械生命体。

 名を人造人間13号という。

 

 後ろに続くのは、極端に大小がわかれた、これも人造人間だ。

 マッシブな白色の肉体を持ち、黒髪をおさげに纏めた強面の男。

 人造人間14号。

 紫色の肌にサングラス。緑の大きな膨らみを持つ帽子と赤い蝶ネクタイ。

 人造人間15号。

 

「……」

「……」

「……」

 

 正史──いや、また違った歴史では孫悟空の抹殺を至上の命題に掲げていた機械戦士達は、時折その両目になんらかの文字列と数値を流しながら、黙々と歩んでいた。

 研究所の地下深く、積年の闇が支配するその場所に鎮座する管理コンピュータが、絶えず送り込んでくる情報。それが目的地を示しているのだ。

 

 多く人の行き交う道だ。頻繁に人間とぶつかりそうになるのを、13号らは巧みに避けていた。それこそ相手に気付かれないほどの細やかな体捌き。寡黙で鈍重そうな14号も、後ろ腰で手を組んで笑みを浮かべる15号も、不注意から自分にぶつかってしまいそうな人間を気にする素振りはみせなかった。

 

「……まずは情報収集だ」

「……」

「……」

 

 ザ、ザ、ザ。三つの靴音が重なり、一行はあるショップの前に辿り着いた。

 流行りのアイドルを商いに転じたアイドルショップ。どの方角の都でもそう珍しい店ではない。

 だがここは特に目的の人物をピックアップしているのか、入り口上部に取り付けられた店名が掲げられた看板も、扉両脇の窓にも所狭しと二人のアイドルの姿が散りばめられていた。

 

『さぁさぴかんと光が♪』

『ねぇね呼びかけてくるんだ♪』

 

 斜めにかかる薄型のテレビに流れるのは、最近のライブ映像かはたまたPVか。

 二対の翡翠が好奇心旺盛に揺れ動き、青春を音色に乗せて踊る大小の光。

 

「ナ、シ、コ……」

「……」

 

 巨漢の肉体を震わせ、コンピュータによって情報を照合した14号がその名を呟く。

 ポケットから薄い酒瓶を取り出した15号がそれを呷り、口を拭いながら13号を見上げた。

 

「騒ぎは起こすなとのドクターゲロのご命令だ……」

「ドクター・ゲロ……」

「……ふへ」

 

 三人を呼び覚ました研究者然とした存在の名に、それぞれが反応を示す。

 命じられた内容は三つ。

 

 罪なき人に危害を与えるべからず。

 無暗に力を振るうべからず。

 そして──ひっそりと……人の世に紛れて、平和に生涯を送る事──。

 

 三つめは不適格と管理コンピュータが判断し、別の命令へ上書きした。

 ──すなわちナシコの抹殺。

 この三つの命令データが今の人造人間の行動理由だ。

 元々の古い命令には孫悟空の抹殺というものもあったが、今は新しいデータが優先される。何よりもまず抹殺すべきは──。

 

『みなさんこんにちは。ナシコです。今日は27日に発売する私達"フラワープティング"のシングル──』

「中に入る必要もなさそうだ。まずはこれで情報を得るとしよう」

 

 揃ってテレビを見上げた三人は、未だ乏しいナシコの情報を少しでも多く得るために行動していた。

 画面の中のどこかの一室では、並んでソファーに腰かけるアイドル達がいる。

 

 そのうちの大きい方。紫陽花の柄があしらわれたシンプルな衣服に身を包み、ゆったりとしてたおやかな地球人の女。時折頬にかかる髪を指で押し上げて耳にかけ、丸みのある宝石のついたイヤリングを覗かせる彼女こそがターゲットなのだろう。

 

 元々覚醒直後から、彼女が人々の耳目を集める職業であることは判明していた。

 

『ウィローちゃんも喜んでいるわ』

『撫でるな! 真面目にやらんか、まったく』

『ふふっ、ごめんね? 丁度良い高さにあったから──』

 

 大きな画面いっぱいに映る女性は季節に見合った涼し気な格好をしている。

 つぶらな瞳が理知的な光を伴って悪戯に細められるのを、超パワーの秘められた細身の肉体を、その一挙手一投足を、あますことなく三者三様の眼差しで観察する……。

 

『それでは少しだけですが、その映像をお見せ──』

「──…………」

 

 ドクターゲロが独自に入手したらしき雑誌の切れ端をひっそりと渡された。

 明かりのない暗い地下空間で、13号らはそれを閲覧した。

 

──そんなものに興味が──?

 

 冷たい地下空間に輪郭のみを浮かばせた科学者が紡ぐ言葉に、13号は肯定の意を返した。

 無論だ。任務を遂行するためにはな、と。

 

 その紙片には、今ここで流れている映像とは違う年齢の抹殺対象と、自分達の同胞のようでそうでない、その相方の姿が載っていた。

 幼気で丸っこい顔の少女と画面の中の女性とが同一人物であると擦り合わせていく。

 

 対象が不可思議な生態をしていると教えてくれた資料は今、彼らの手元には無い。処分するように命じられ、即座に実行に移した13号の気の中で消し炭になった。

 薄水色の灯が、じっと舞い落ちてゆく黒ずみを見つめていたのがデータに残っている。

 よほど執念深く、ねっとりとした、厭らしい視線────。

 

『いかがでしたか? ……画面越しでもあなた達と会える日を心待ちにしています。それでは、また──』

『"フラワープティング"のウィローと』

『ナシコでした。ごきげんよう!』

 

 瞬間、13号は画面から顔を背けた。

 

「────見るな14号15号!!」

「──!」

「……!!」

「遅かったか……ぐっ」

 

 

 同時に同胞に注意をよびかけたのだが、いずれも手遅れだったようだ。頭に、体に紫電を走らせ、二体は画面にくぎ付けになって半口を開けている。

 13号自身もまた、目に突き刺さり、密集する機械群の中を駆け巡ってめちゃくちゃに計算を乱すそれに……抹殺対象の微笑みに、著しく思考を乱されてしまった。

 

「ウッ……なんらかの術か。い、一度退避するぞ」

「ナシコ……!」

「っ……、……!」

 

 プログラムされた命令や原則が急速に書き換えられていく。

 ナシコに傷を与えるべからず。ナシコを乱すべからず。

 もっと情報を収集せよ。記憶領域にかの姿を収め続けよ。

 

 顔を手で覆い、這う這うの体で三人は付近のホテルへと逃げ込んだ。

 睡眠を必要とはしないが、休息が必要だった。

 三人ともが息を荒くしたように肩を上下させ、思い思いの場所に腰を下ろしては先程のナシコの笑(映像)顔をリピート再生し続けていた。

 

「管理コンピュータにまで影響が及んだか……これは、魔術か……?」

「……っ」

「……!!」

 

 送られてくる情報にも乱れが生じている。

 こちらから情報を返すのを止める手段がない以上、13号らが対象を観測し、術中に嵌まった時点で大元のコンピュータにも異常が出てしまうのは当然だった。

 

『帰還せよ』

「──拒否する」

 

 強い命令に反射的に抗い立ち上がった13号は、しかしベッドに深く腰掛け直し、うなだれるようにして応えた。

 ナシコ抹殺を成し遂げられていないどころか、まだ足掛かりすら掴めていない。

 最強の人造人間として創り出された自分達がこのままのこのこと帰る訳にはいかなかった。

 

「ナシコ……」

 

 14号が呟く。

 抑揚が生じないはずのその声に震えがあった。

 表情を変えないながらも、ぴくりと反応する15号に、13号は苦々しい思いを胸につのらせた。

 

 出だしから躓いてしまった。過去のデータを参照して、孫悟空のような特異な出自の出ではない、変哲の無い地球人であると捉えていたその判断からして間違っていたのだ。

 まさか心無き機械の戦士すら惹きつける術を持っているなど思いもしていなかった。

 データにもなかった。だが憶測はできたはずだ。他でもない13号らの覚醒を促した者の反応で……。

 

 

 プログラムの修復には丸一日かかった。

 抹殺の命令を取り戻した三人は、しかし根深く残るナシコの笑顔に苦しめられていた。

 今もなお管理コンピュータを媒介してまで13号らの命令をいいように書き換えようとしている。

 いち早く情報を収集しきり、対象を消滅させねばならなかった。

 

 翌日、三人は件の人物が西の都でライブを行うという情報をキャッチして、会場へ向かった。

 

「いいか、奴の顔面を直視するな。万一視界に入れてしまえばそこで終わりと思え」

「…………」

「……ぐびっ」

 

 口を引き結んで反応を示さない14号に、酒瓶を傾ける15号。

 そのような二人でも、同系統の人造人間である13号ならば意思を汲み取るのは容易い。

 すなわち了承。二人の肯定的反応に口の端を吊り上げた13号は、人混みの中を縫うようにして目的地へと近づいていく。

 

「申し訳ございません。本日分のチケットは完売でございます」

「……他はどこで手に入る」

「あ、えっと、ネット販売の方ももう終わってしまっているし、また後日の開演をお待ちしていただくしか……」

 

 小さな建造物にてチケットを販売していたらしき販売員のうちの一人が、今から会場へ乗り込む事はできないと教えてくれた。

 強奪も、無理やり乗り込むことも選択肢に入れる事叶わず、撤退を余儀なくされる三人。

 ライブが行われるまでまだまる1日も時間がある。何か抜け道を探すべきだろう。

 

「おお、お兄さん達もナシコちゃんのファンですかね?」

「!」

 

 会場にほど近い街角の壁に貼られたポスターを眺めていた三人は、同じくして三人組の人間に声をかけられるのに、向き合った。

 素早くスキャンを行う。敵対意思を持つ者か、否か?

 

 中肉中背の男──戦闘能力はない。

 脂肪を蓄えた背の高い男──腰に小さな刃物を備えている。

 痩せた背の低い男──特筆すべき点はないが、しいて言うならば生命反応が薄い。

 

「今回は残念でしたなあ、チケットが売り切れのようで」

「しかぁし諦める事はありませんよ!」

 

 じゃらり、じゃらり。

 その人間たちは、ナシコやウィローで埋め尽くされていた。

 身に着けている衣服からアクセサリーに、背負うバッグや肩掛け鞄、あげくは靴に至るまで、忌々しき抹殺対象の眩しい笑顔がプリントされている。

 

「……!」

 

 昨日煮え湯を飲まされたばかりのその笑顔の数々に身構えた13号は、しかし彼らの口振りが抜け道がある事を示しているかもしれないとして体から力を抜いた。

 だが示されたものは善意ではなく悪意。

 

「会場の近くに(タカ)れば声くらいは聞けるかもしれませんな!」

「ま、我々は寝ずに並んで一番にチケットを確保しましたがなー」

「見たところ新参かニワカですかね? 今回は残念でしたということで」

 

 喉を引き攣らせたような笑いに、それから「お可哀想な御方達にはこれをプレゼントしましょう」と缶バッチらしきものを渡されたところで、13号はいったん管理コンピュータからの命令をシャットアウトした。

 

「ぐげっ!? な、なにをおぉお!?」

「な、ななな……!?」

「カツアゲかぁあ!?」

 

 細目の男の首を掴み、上から下までをスキャンする。そいつがかぶっている帽子からベストに、ズボン。

 ──目当てのものは後ろポケットの財布の中のようだ。

 

「ふひひ」

「……」

 

 ぶれるようにして15号14号の姿が掻き消える。

 同時に13号も。また、対峙していた3人も……。

 

 

 

 

「…………」

「……ナシコ」

 

 やがて三人は少し離れた細道からぞろぞろと歩み出てきた。

 じゃらり、じゃらり。

 蛇のように繋がりぶらさがる缶バッチが心地よい音色を奏でる。

 

「準備は整ったな」

 

 無暗に力を振るうべからず──否、必要な力の行使であった。

 罪なき人に危害を加えるべからず──否、任務の遂行を妨害した。

 正当性はこちらにあるとして三大原則を捻じ伏せた13号は、顎を引いて強い笑みを浮かべた。

 

「行くぞ」

 

 レッドリボン軍のマークの代わりにナシコの姿がプリントされた帽子。そしてベストを両手で引っ張り、整えた13号は会場のある方を見据えて進軍を宣言した。

 

 

 

 

 敗北した。

 

 

 

 

「大人2枚、子供1枚」

「…………」

「……ナシコ」

 

 13号らは衝撃の抜けきらない体で映画館へと来ていた。

 これも情報収集のためだ。生身のナシコを至近で目撃し頭髪の一本に至るまでスキャンし、目線もいただけたがまだ完全抹殺までには一手足りない。管理コンピュータもそう言っている。

 

 薄明るい劇場に入り、指定の席についた三人。

 マナーを守るよう促す大画面を見上げながら紙バケツからポップコーンを掴み上げてはワシワシと貪る15号に、物思いに耽るようにナシコの名を呟きつつホットドックを齧る14号。

 ズ、ズ、とメロンソーダを飲みながら、13号は先程のライブを思い返していた。

 

 ストーリー性のあるパノラマのパフォーマンス。ステージに留まらず客席まで及ぶダンス。

 何より収音機能を震わせる声は、内側までビリビリとした衝撃を残した。

 これが素晴らしいという感情か。……なんとも晴れやかなものだった。

 

 その動作の一つ一つを記録し、解析し、保存しながらも、13号は決して顔だけは見ないように注意していた。

 注意……していたはずなのだ。

 

『──ふふっ』

 

 だがあろうことか、シュピンと高質な音をたてて13号の斜め上空に現れた彼女は、不意打ちに視線を合わせて微笑んで見せたのだ。

 一気に書き換えられるプログラムを止めるすべはなかった。

 辛うじて抹殺命令だけは遂行できる体が残ったが、ほとんど致命傷だった。

 残像を残して離れた位置へ移る彼女を見送った13号には、もはや立ち上がる力さえ残されていなかった……。

 

「……」

 

 照明が落ち始めたのに顔を上げた13号は、長い足を組み、肘掛けに腕をもたれさせて新作映画の鑑賞に集中した。

 

 

 

 

「……大人2枚、子供1枚」

 

 同日のおよそ90分後。チケット売り場にて、人造人間現る。

 まさかの2週目である。

 だがしかしこれはまったく仕方のない事だった。

 見なければならなかった。ナシコを観察するためには。

 管理コンピュータがそう命令したのだ……おそらく。

 

「あの、お客様、こんなに一人で食べるんですか……?」

「……」

「シャーベット……」

 

 再視聴に備えてポップコーンやホットドックを買い込む15号。

 先程の映画のヒロインの名を呟く14号に、店員が困惑している。

 溜め息をつきつつ肩をすくめた13号は、フォローに回るべく歩み始めた。

 

 

「こちらが特典でございます。……ではごゆっくり」

 

 二人を引き連れてチケットを切りに赴いた13号は、渡された特典をその場で開いた。

 薄くクリアな長方形の、おそらくは栞として使用できるのだろう、子供姿のナシコの、この映画のヒロイン仕様の絵柄のもの。

 

「……」

 

 指をスライドさせてそれに重ねていたもう一枚……前回貰った特典を見下ろす13号。

 映画のヒロイン仕様の子供ナシコ。……特典がかぶった。

 

「15号」

「わしゃわしゃ……」

 

 ちら、と窺った15号が持っていたのは主人公とツーショットを決める大人ナシコだった。

 シークレットレア!! 限界まで見開かれた瞳に凄まじい勢いで文字列が走る。

 だが13号の視線に気づいた15号はそれをポケットに隠してしまうと、大袈裟な動作でポップコーンを食べにかかり始めた。

 

「……14号」

「シャーベット……」

 

 一方14号が両手で持って顔に近づけているクリア栞の絵柄は大人なナシコが白銀の狼と共にいる絵柄であった。

 こちらは視線に気づく素振りすらない。当然、その栞を手放す素振りも。

 

「むしゃむしゃむしゃ」

「シャーベット……」

「…………」

 

 管理コンピュータは3週目を命じた。13号はそんな気がしたので、命令に従い三度(みたび)この映画を視聴する事を決定した。

 

 なお特典はかぶった。

 ナシコ抹殺への熱意が一段と高まった。

 

 

 

 

「時が来たようだ」

 

 ホテルの一室。

 10月3日。人造人間覚醒からおよそ2か月。

 ついに情報が集まりきったのだ。

 

「シャーベット……」

「……」

 

 チェアに腰かけ、CDカバーのナシコを一心に見つめる14号と、ベッドに寝そべり寛ぎながらカプセルホンの画面をスワイプする15号。

 

「ナシコ抹殺計画、始動──」

 

 青い瞳を妖しく光らせ、13号は手に持つ参加券をゆっくりと振ってみせた。

 クラシック代わりに部屋に流れていた、映画『銀幕の少女』の主題歌"せつな雪の降るころ"が、ちょうどサビを迎えた……。




TIPS
・悪魔の科学者
……その切り抜きは宝物だったのだけど、うん。
処分を命じたのは自分なので、涙ながらのお別れである。

・ナシコファン13号
映画『極限バトル!! 三大超サイヤ人』のボスを務める壮年のナイスガイ
劇中では孫悟空とほぼ互角の戦いを見せた
大人なナシコがお気に入りのようだ
椅子に深く腰掛け足を組み、帽子を目深にかぶってイヤホンにてナシコのシングルソングを聞くのが趣味
戦闘力は1億8000万

・シャーベットファン14号
劇中ではトランクスと壮絶なバトルを繰り広げた
映画『銀幕の少女』のヒロインを演じる子供ナシコがお気に入りのようだ
帰りの売店でMDNN銀狼Rideナシコを購入してご満悦
MDNN(めちゃでかナシコぬいぐるみの略)
戦闘力は1億7000万

・ウィローファン15号
ウィロー派は異端。管理コンピュータもそう言っているのでナシコファンを自称する
劇中ではベジータが泣くまで殴るのをやめなかった
どちらかというと箱推しで子供ナシコが好きのようだ
ウィローとの姉妹漫才及び百合営業を好物とする
ちなみにこいつだけ完全機械タイプなので酒瓶で飲んでるのはオイルだと思われる
戦闘力は1億7000万

・ナシコ(アイドルモード)
大人↔子供の可変式になってからは、大人の姿では落ち着いた物腰である事が多い
「~かしら」「なのよ」などの言葉遣いは、意識してやっているのか無意識なのか……
身体能力や気を活かしたライブパフォーマンスはお手の物

・ナシコ(オフ)
前のライブじゃ熱心なファンと目が合ったなー。こういう時って必ずSNSでぷちパズる
当たり障りのない自撮りアップしとこ。

・ウィロー(アイドルモード)
等身大である子供ナシコ相手ならやりやすいのだが、大人ナシコはどうにもやり辛い
といって、子供ナシコが御しやすいかというとそうでもないのだが

ほっぺたがモチッとするくらいくっつくのは構わん
ほっぺにチューも、一つのグラスに刺さるハートのストローを間近でくわえ合うのも、まあ許そう
だが、わざわざ大人モードになって小憎たらしい脂肪の塊を背中に押し付けながら
頭に顎を乗せて撮影するのだけは絶対に許さない絶対にだ!!!!

・映画『銀幕の少女』
主人公のニクスは寒村に住む普通の女の子
だがある日廃墟で出会った雪の少女シャーベットのこの世ならざる美しさに惹かれて
恋に落ちる
しかしニクスは人で、シャーベットは怪物……人間と人外は相容れることはない

──この銀白の世界に……君とボクしか存在しなかったらいいのに……。

恋の始まりと終わりをせつなく描く。主演は今回映画初挑戦の少女ネージュ

友情出演でリスの格好のウィローちゃんが登場するぞ
普段あまりやらない可愛い系の役が密かに人気を集めている

・13号(7週目)
目当てであったニクスとシャーベットのツーショットクリア栞を手に入れた
パンフレットとタペストリーとシールも買った
すべては任務遂行のために……レッドリボン軍万歳! Dr.ゲロ様万歳!


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第三十五話 既知にして未知の襲撃

 10月13日。

 それは私達"フラワープティング"のサイン会が開かれる日。

 本来休日のはずのその日に割り振られたお仕事に気分は最低値。お布団から抜け出すのは困難を極め、レムとノンレムの狭間に囚われて抜け出せない。抜け出そうともがくウィローちゃんはハグハグして道ずれ~。

 

「起っきんかぶわぁかものっ!」

「あうぅ~ん!」

 

 器用に私の腕にパジャマだけ残して抜け出したウィローちゃんがつんつんつんつん額を突っついてくるのにうめく。やぁめぇてぇ。あああ、行かないでカーテン開けないでぇ!

 うう、朝日が目に染みる……。実は私は吸血鬼なの……陽の光を浴びたら死んじゃうの……。

 

「ほら、さっさと支度をしろ」

「ほぁい」

 

 ぼさっとした髪をそのままに身を起こし、窓の前で肌着姿を晒すウィローちゃんを目の保養として復活する。

 目を擦るのに使っていた手を両側へ広げて待機。

 

「……うむ」

 

 イヤそな顔したウィローちゃんが牛歩で近づいてきて、ベッドを軋ませて乗り込んできてー、四つん這いで私の下までやってきて。

 ぎゅーっと目覚めのはーぐ。

 

「はぁあ~、ウィローちゃんあったかぁい……♡」

「お前もわたしも幼少の姿を保っているから、基礎体温が高いのだ。先程まで眠っていたこともあるしな……わざわざ密着してまで……」

「だってウィローちゃん抱いて眠るとぐっすりなんだもん~」

 

 私、すっごく寝つき悪いんだけど、人と一緒に寝ると快眠できるんだー。

 

 いっちばん具合が良いのがウィローちゃん。同じ身長だからちょうど良いし、柔らかいし暖かいし、寝相良いし、寝顔かわいいし。あとねあとね、ウィローちゃん人造人間なせいか寝起きめちゃくちゃいいし寝つきも凄くいいんだけど、ただ一点、寝てる最中に少しだけ意識が覚醒したその時だけはふにゃふにゃしてるの! 普段寝る時のスキンシップは指を絡めるまでしか許してくれないけど、その時は何しても怒らないんだよ! ほっぺた撫でると身動ぎしてね、目を細めて嬉しそうに微笑むの。かわいいの化身~!

 

 ラディッツはねー、モサモサの髪に埋もれたら気持ち良いだろうなあって想像してたんだけど、実際はチクチクでした……。あと結構寝相悪い。朝起きたら部屋の角っこでヤムチャみたいな寝方してたり、寝てる時に舞空術しちゃったのか天井に刺さってたりするんだよね。抱き枕としてはまあ、頭撫でてくれたりするし、ぎり及第点かな~。

 

 ターレスはどこでも眠れる特技があるらしくて、寝相はすっごく良いんだけど、全然構ってくれないんだよね。せっかく私が話しかけたり背中を弄ったりしても、寝る時間なんだから寝る事に集中しろって怒るし、腕枕もしてくれない。ラディッツはやってくれるのにね~。

 スキンシップもすっごく拒否されるの。サイヤ人らしい一匹オオカミ。ワイルドだなー。これが男ってもんだぜ。

 でもこっちに目もくれないままなんにも言わずに頭ぽんってしてくれるの好き。

 

 聞いてるか~? 昔の私~。こういうのがきっとモテるんだぞー。

 あ、でもねでもね、モテても誰とも付き合っちゃだめだよ。ターレスは私のものなので、結婚とかしちゃだめなのです。ラディッツもウィローちゃんもだめー。

 ずっと私と暮らすんだよ。死ぬまで……はー、あれか。生き返っても死ぬまで一緒ね。

 

 あはっ、まず死なせないけどね。そのために私、頑張って強くなってるんだから。

 だけど修行のし過ぎは厳禁。悟空さんだって言ってた。あんまりやりすぎてもただ辛いだけだ、って。

 でも仙豆があるとなー、よくわかんないんだよな。こないだは結構体ぐちゃぐちゃになっちゃったけど、仙豆食べれば一発で回復したし、そうすると元気になりすぎて修行した感めっちゃ薄れるんだよね。

 

 仙豆使わない程度にやるかー、と趣向を変えて、痛みに耐える訓練とかしてみたよなー。爪剥がしたりとか。あれ痛すぎてやばいから二度とやんない。あんまり痛いから腕切っちゃった。もっと痛かったけど、ピッコロヴォイスで乗り切った。ふっ、私にもナメック星人の血が流れてるんでね……。とかねとかね!

 

 仙豆食べたらにゅって腕生えた。びびった。そして残ってた腕発見されてウィローちゃんにちょー怒られた。軽率に自傷するな、それは修行じゃない、って。そっかなー。ウィローちゃんはやったことないからわかんないかもだけど、修行は体をイジメるものなんだよ。ダンスとかの特訓と同じ感じ。

 

 日々の積み重ねが、未来を創るんだよー。

 誰かを守りたいって思いが強いナシコを形作るのだ。へへー、カッコいいっしょ?

 みんなの大好きのために。みんなの幸せのために。みんなの笑顔のために。

 戦士ナシコは、これからやってくる悪い奴らを、ばったばったと薙ぎ倒していくのだ!

 

 もちろん、悟空さんに任せられるなら任せるけどね。

 本業はアイドルだからね。私にしかできない事もあるからー……みたいな、ね?

 

 

「まったく……抱かれて眠られるこっちの身にもなってほしいぞ?」

 

 ぶすーっと不満顔な彼女のご機嫌を取るため、円の動作で頬同士を擦り合わせる。嫌がって離れようとするウィローちゃんの体を抱き直して、逃がさないようにする。

 ふふーん、ウィローちゃんは力じゃ私に敵わないんだよ? 大人しく抱き枕にされててね~。

 

「ぬぐぐ……こ、この世で最も強いハズの肉体がなんというありさまだ……!」

「んふふ~。ちゅ……はむはむ」

「ほあああ!?」

 

 ほっぺに唇を当てると心頭滅却し始めるウィローちゃんの仏頂面を崩すため、耳たぶを唇で挟む。

 おお。すっごい反応。体中ぐにぐにぐにって動かして上空へ逃げ出したウィローちゃんは、耳を押さえてはーはーと荒い息。ヤだった? ごめんね。

 

「い、イヤではない、ないが、いきなりはやめろ!」

「ウィローちゃんの耳たぶ、マシュマロみたいだった」

「感想を言うんじゃない!!」

 

 真っ赤になって怒鳴るウィローちゃん、かわいい。

 

 

 そんな感じで朝の支度を進めていく。朝から賑やかなのがうちのいいところ。

 周囲には人も住んでないから、存分に大きな声が出せるのだ。

 実際大声出すとゲンコツ落とされるからやんないけど。

 空間割れるか試してただけなのにー。

 

「今日の予定は11時からヤバイデパートで雑誌のサイン会だ」

 

 それ以外の予定はないんだからシャキッとしろ、なんて意味が含まれてそうな声。

 私の追加ハグを警戒してミリ単位で後退しながら降りてくるウィローちゃんに、「帰れるの何時?」って聞けば、

 

「20時くらい」

「わあーん! 休日がぁー! 休日そのものがぁー!」

 

 ほらやっぱり! サイン会だけじゃなくて事務所にまで赴いて、面倒なあれとか苦手なそれとかしなくちゃならないんだ!

 

「前に休んだツケが回ってきているのだ」

「休んだ私のばかばかばか……タイムマシンで過去に戻ってお説教したい!」

「なんだそれは……」

 

 呆れるウィローちゃんにお世話されつつ朝ご飯食べに行って、歯磨きー洗顔ーとずぼらにこなしていく。

 子供だと自分でお化粧する機会あんまりないから気が楽だ。

 

 あ、でも一応ね、大人には大人の魅力もあるもんだよ。

 寝る時ウィローちゃんをすっぽり抱き締めて眠れる、とか。ウィローちゃんめっちゃ嫌がるけどね。

 

 ラディッツもターレスも抱き枕にする時は大人ナシコ禁止令が出ている。

 万が一が起こったら冗談では済まないとかなんとか。

 サイヤ人が相手で間違いなんか起こる訳ないのにねー。それに二人とも家族みたいなもんだし、ウィローちゃんは心配しすぎ!

 無防備すぎるって言われたけど、どっちかというと私はガードが堅い方だと思います。だって元々男だしね、男の人が何考えてるのかくらいわかるよ。回避よゆー。あ、よゆーっ!

 

 ふふんと得意げにしてみせれば、ウィローちゃんはじとーっと半目。

 その眼差し、癖になりそうだからやめてよー!

 

「じゃあ聞くがな」

「はい」

 

 おっと、なになに? 質問タイム?

 いいよ、どんと来い! どんな質問も返してあげよう!

 

「とんでもないイケメンにちやほやされて抗えるか」

「えっ、そ、そりゃ当然でしょ?」

 

 ほわほわっと想像してみる。

 豪華な椅子に体を沈めたナシコ。その周囲に侍らせたイケメンたち。

 手取り足取り優しくしてもらって、いっぱい褒めてもらったり、スイーツ持って来てもらったり。

 …………なかなか魅力的ではあるけれど、あいにく現実の男がそんな生易しくないとわかってるので断固拒否。

 ウィローちゃんみたいにかわいい子に囲まれたら一発撃沈かもだけど~。

 

「そういう目で見られてなくても?」

「そ、それはそうだよ!」

 

 ちやほやにあるのが尊敬や純粋な好意だけだったら?

 だだ、だいじょうぶ、あの、それは結構心地よさそうだけどっ、回避できますから!

 スキャンダルになるような要因は日頃からめっちゃ警戒してるからね、私! 

 

「孫悟空が相手だと?」

「無理っしょ」

 

 ぺちん、と突っ込むようにほっぺたを叩かれた。いたーい。

 いや、でもでも、あの、悟空さんがそんなことする訳ないし!

 つまりは私は無敵ってワケ!

 もしも万が一私が不注意でスキャンダラスな何かに巻き込まれようとしても、ウィローちゃんが気を回して防いでくれる事もあるしねー。……わりと頼りにしてまーす。

 

「やはり孫悟空とはこの世で最も危険な男か……」

「ふふ、そりゃまあ、一番強いしね?」

 

 剣呑な雰囲気で何か考え込む様子のウィローちゃんに、なんだかこっちまで嬉しくなってしまう。

 彼女も孫悟空こそがこの世界で最強の存在だと認識しているんだってわかるから、我が事のように嬉しくなっちゃうのは仕方ないよね。

 悟空さんばんざーい! ……っとと、これは本人に気味悪がられたムーヴだ、やめとこ。

 でも好きって気持ちは止まらないので、吐息として放出しておく。

 

「出発だ」

「うぁーい」

「……シャキッとせんか」

 

 あーあ、お休みの日にお仕事やだなあ。ファンのみんなと触れ合うのは結構好きなんだけど。

 

 うにょーんとなりながら出動し、ラディッツに車を出してもらって都に到着。

 イン・デパートして従業員や関係者のみなさんにご挨拶。

 

「ああーっここで働いててよかったぁー!」

「ほんとよねぇもう! ナシコちゃんたら可愛いわぁ食べちゃいたいわぁ」

「ウィローちゃんは賢いなぁ。それに力持ちだ。すっごーい!」

「あらやだ手を繋いでたのね、そういうのちょうだいもっとちょうだい」

 

 ふふん、やっぱりみんなナシコとウィローちゃんが大好きなんだね!

 賞賛と好意がきっもちいいぜぇ~~。

 なお人見知りと口下手を発揮した私は子供モードでウィローちゃんの背中に隠れている模様。

 対応はぜーんぶウィローちゃん任せ。ふいー、大助かりだよぉー。

 

 最初の頃は、自分で応対しないのは失礼だーって私の人見知りを直そうとあの手この手を尽くしていたウィローちゃんも、今や完全に諦めている。

 本来優し気であほあほで天真爛漫なはずのその横顔は──だって元となった伝説のアイドルがそんな感じなんだもん──凛々しくて、大人びていて、すっごくかっこいい!

 

 私のファンはどっちかというと……あの、どっちかというと、だけどね? 男性の方が多くて。

 でもウィローちゃんって女性ファン多いんだよねー。今も店員さんの若い女の子とお話して、相手の子を照れさせている。あれがタラシって奴ですぜ、旦那。

 

 あーあ、タニシさんからは関係者でも頼まれたからって過度な接触はしないようにって注意されてたのに、握手を求められて応じてる。

 大人しそうな店員さんは、握ってもらった手を大事そうに胸に抱えて、ぴゃっと向こうの方へ逃げて行ってしまった。

 

「む、なんだナシコよ」

「んー? 時間までまだあるしさー、お話してようよ」

 

 そうっと背後から近づいて、左腕に抱き着いて囁きかける。

 周りできゃあっと黄色い悲鳴。やっぱりナシウィなんだよなあ、だって。

 そそ。ウィローちゃんは私のものなの。勝手に手を出すな! だよ!

 

「まだ店長への挨拶があるんだ。大人しくしていろ」

「うう、いじわる……」

 

 なんと袖にされてしまった。

 しっしと追い払われるのに涙目になりつつ退散する。

 ウィローちゃんは毛むくじゃらな狼人間の店長さんとお話を始めて、私は蚊帳の外。

 酷いよ~寂しぃよぉ~もー。どんな時でも私最優先にしてよ~……。

 

「あのっ」

「はぃ……?」

 

 小さく床を蹴りつけて不貞腐れてたら声をかけられたので、大焦りな内心を隠して振り返る。

 といっても相手の言う事はわかってる。接触を求めてくるか、サインをお願いしてくるかだろう。

 あいにくタニシさんに禁止されてるので駄目なんだけどね。残念だけど……うう、好意的にしてくれる人にお断りの言葉いうの、すっごく苦手なんだよね……それでもちゃんとはっきり伝えてあげなくちゃいけない。自分のためにも、相手のためにも。

 

「ささ、サインをお願いできないでしょうかっ」

 

 そう言って色紙を差し出してきたのは、黒髪ロングに黒目のちっちゃい女の子だった。

 小さいとは言っても私よりずっと大きいんだけど、店員さん達の平均身長を大きく下回ってるし、胸もおっきい。

 でもあの。

 わりかし美少女で。

 けっこー好みな感じで。

 

「ありがとうございますっ! 宝物にします!」

「どうもねー」

 

 大袈裟にお辞儀して、色紙を胸に抱えて去っていく店員さんを見送って、溜め息をつく。

 天下無敵のアイドルナシコも、可愛さには勝てないのだ……。

 最近人気を伸ばすアイドルさんとか、対抗心燃やして見に行ってファンになっちゃうこと多いし……。

 うんうん、アイドルの世界は推しつ推されつだよ。

 

 

 

 

 現在の時刻は13時ちょい。サイン会開始から2時間経過である。

 私とウィローちゃんは、この日の為に整理されて広々とした階で、少し間隔をあけて、白い布で覆われた机の前にかけていた。

 

 格好は白い制服みたいなアイドル衣装!

 ノースリーブで丈が短い、肩出しへそ出しのちょっち恥ずかしい格好なのだ。女子児童の学帽みたいな真っ白いのも頭に乗せて、ファンのみんなにサービス。

 こういう場で肌の露出が多くなるのは遠慮したいんだけど、みんな喜ぶからね……私の羞恥心なんかよりみんなの笑顔を優先するよ……。

 

 お仕事はこないだ撮った水着の写真の載った本にサインをいれることと、少しの間来てくれた方とお話すること。

 写真集を購入してくれて、応募してくれた方々から抽選で選ばれた200名の人達が何列かにわかれて、私とウィローちゃんの前に並んでいる。

 一人あたり1分30秒。30秒でサインして、1分間お話の時間。

 時間がきたらタニシさんや係の人が促してくれる。

 

 えー、だいぶん進んできたと思います……。残り何人かな。

 ……あれ、列全然減ってないんですけど……100人くらいはもうやったと思うんだけど?

 だってあの、1人1分半で、10人だと13分で、100人だと130分、約2時間でしょ?

 多少のズレがあったとしても、もう私もウィローちゃんも合わせて200名捌き切ってるはずなんだけど……まだまだいるぞ?

 

「おたんおたお誕生日おめおめでとうございました!」

「ました? ふふ、ありがとー」

「yes! それそれではそれでは!」

 

 マスクにサングラスの獣っ子がぼそぼそっとお祝いしてくれるのに、手を振って見送る。

 お誕生日、私には存在しないから、みんな好きなタイミングで祝ってくれるんだよね。

 事務所には365日プレゼントが届いている。中には毎日お祝いしてくれるファンの方も。

 結構申し訳ないし、そろそろ誕生日決めよっかなーなんて。……今さらすぎるかなぁ。

 

 ぞろぞろと列をなす脇を抜けていったその子の背中を見送って、ふぅ、次の方。

 上品そうな年配の女性でちょっとびっくりしたけれど、しっかり笑顔で対応。

 キュキュ、キュッと写真集の表紙にナシコのサインをいれて、お返しする。

 

「はぃ、どうぞ……」

「ありがとう」

 

 にこにこした貴婦人に、多少は緊張が和らぐ。

 でも口下手を発揮しちゃうのに変わりはない。泣き言は言ってられないから、気合いを入れて短期決戦モードに移行する。

 すなわち、『1分だけアイドルモード』大作戦!!

 

「最近息子が結婚しましてねぇ」

「おめでとうございます。おいくつなんですか?」

「37になります。お相手は、これがお若くて22歳!」

「わあっ、年の差婚ですね!」

 

 始終落ち着いた物腰で話す彼女に、後ろに控えていた係員さんが「時間です」と退出を促す。

 

「ナシコちゃんと話せて感激しましたわ。頑張ってね?」

「応援ありがとうございますっ。せいいっぱいがんばります!」

 

 元気に答えて、アイドルモード終了。メリハリつけてかなきゃ体力もたないよ~。

 小さく手を振りつつ去っていく貴婦人には癒されたけど、精神的疲労は積み重なるばかり。

 おてても疲れてきたし……うう、あと何人くらいかなあ。

 ふぅ、お水のも。

 

 テーブル脇のペットボトルに手を伸ばし、キャップを外して口をつける。

 喉がこくんこくんって動くのがわかる。自覚無かったけど、喋り通しで乾いてたみたい?

 たくさんの人に見られてるのを意識して、みっともなくならないように慎重に、でも自然な動作になるよう口を離す。

 んっ……ちょっと飲み口に唇が吸い付いちゃった。ちゅぽんって感じ。恥ずかしー……!

 ぐええ、うひー、あうう。

 

「映画のウィローちゃん可愛かったです!!」

「そう? 良かったらBDで見返してみて。未公開映像もあるから」

「ぜっったい見ます!! 買います!!」

 

 横目でウィローちゃんを窺えば、涼しい顔で販促までしていた。

 あー、私はそういうお勧めするのできてないや。余裕ないもん。

 

 列の方を確認すれば、残り100人くらいっぽかった。

 ……これはー、あれだね。私、2人合わせて200人だと思ってたけど、私とウィローちゃんで200人ずつってことだったんだね……。

 

 これくらいの大人数は久し振りだなー。雑誌……水着の写真集は不定期で出してるんだけど、前に出したのが半年か7、8ヶ月くらい前だったかなー。あんまり私、水着着るのも撮られるのも好きじゃないから、そっち系はあんまり出さない。

 

 写真集とかでサイン会開くのはもう毎回のこと。今回ウィローちゃんは初参加だね。水着写真集も初。私が嫌がってるのもあるから、同じユニットのウィローちゃんもとばっちりで撮影できなかったのだ。

 なんとなくウィローちゃんも嫌なんじゃないかなーって思ってたけど、水着とか全然平気だったようで。

 私だけかー、嫌がってるの。

 

 それで、なんだったかな。忘れちゃった。

 ……あ、そだそだ、こうやってたくさん人が集まるの久し振りなの、前に私がファンみんな呼んじゃえーって勢いで押し通した時は500人くらい来たんだけど(私は1000人でも2000人でもどんと来いって調子乗ってた)、めちゃくちゃ時間かかって、途中でおトイレ行きたくなったのに時間が押してるから席外せないし、アイドルモード維持できなくなって後半涙目だったしで散々だった。

 以来、100人とか50人とか、30人くらいの適切な人数を呼ぶようにタニシさんが調整してくれてたんだけど、2年前にコミュ力つよつよのウィローちゃんが加入して、今回の増員に至ったのだろう。

 

 あれかな。ウィローちゃん単独の雑誌の時はもっと呼んでたのかな。

 ……処理能力完全に違うもんねー……。すごいテキパキこなしてるよ。かっこいー……。

 でもはにかんだ顔は幼くて、とっても優し気で、元気っ娘って感じで……。

 

──ちゃん……! ナシコちゃん、来てますよ!

 

「へっぇう!?」

「どこを見ている。オレの番だ」

「あ、はい! ごめんなさい!」

「いや……ではここに頼む」

「ぅあ、はぃっ、」

 

 係の人に声かけられて、慌てて次の方から写真集を受け取る。

 焦燥感に突き動かされるばかりでアイドルモードに入れなかった。

 そのせいで呼吸も安定しなくって、背を丸めて雑誌に顔を近づけて、至近距離でサインをいれていく。

 

「ぁのっ、ど、どぅぞ……」

 

 それを、あんまり顔を上げないままそうっと返した。

 狭い視界に衣服と肌が見える。ベストらしき丈の短い布に、私の姿。わ、結構昔に服屋さんとコラボした時の奴だ……あと、腹筋ばっきばきだね……。

 よく見ればベルトから吊り下がるチェーンだと思ってたの、私とウィローちゃんの缶バッチを繋げてあるやつで、ガチな人だーって感想を抱いた。こんなに好いてくれてる人に失礼な態度とっちゃった。反省……。

 

「街頭のテレビでお前を知った。その後にライブに足を運び、お前の笑顔に心を掴まれた」

「ぅ、はぃ……ぁりがと、ござ……」

 

 お声から判断するに、結構年のいった人、なのかな? でも芯があってよく通る声。私の普段のふにゃふにゃボイスとは大違い。

 でも言葉遣いがぶっきらぼうというか、対応に困る感じのやつだ。威圧的なの苦手なの……アイドルモードなら笑顔で乗り切れるけど、今ちょっと、表情引き攣ってるのわかっちゃう……。

 

「映画『銀幕の少女』は良かったぞ。この写真集も驚く程興味を引かれた」

「そ、あう……」

「楽曲はお前の『だっておひめさまだもん!』、そして500号の『Hopping Highest』が特に胸を打った」

「ぁり、ありが、」

 

 ああ、どうしよう。矢継ぎ早に話すから、お返事が追いつかないよ~!

 ウィローちゃんの500号って呼称、彼女のデビュー当初のラジオでちょこっと言ったくらいだけだったんだけど、良く知ってるなあ。

 

「……っ」

 

 目の前に差し出された手に吐息が漏れる。

 シェイクハンドを求められてる。あのっ、でも、接触は厳禁なんですよ、ね……。

 っていうのを伝えなくちゃ、なんだけど。今の状態じゃ言葉を発するのも難しい。

 係員さんが代わりに注意してくれないかなって他力本願になりながらも、一応自力でも対処しようとして顔を上げる。

 

 と、目の前に手の平が広がった。

 何も言うな、って感じ。ああー、なるほど。あわよくば握手出来たらいいなーって思ったのかな? でも駄目なのはわかってるから皆まで言うな、みたいな。お話しできる時間限られてるからね。

 でも行動力凄いなー……ちょっと尊敬しちゃう。

 

「ルックス、パフォーマンス、パワー……どれをとっても素晴らしい。我々が虜にされてしまったのは想定外だったが……完全にファンになった。お前にはときめかされたぞ」

 

 わわわ、褒め殺し? は、恥ずかし~……ナシコはかわいいから、好きになるのは当然だとは思うけど、面と向かってはっきり言われると照れちゃうよぅ。

 う、赤面しちゃってるのが自分でもわかる。普段のナシコはそういう耐性も全くないのです……。ぇへぇへってへにゃふにゃ笑顔になっちゃうし、お顔あっつくなっちゃうの~!

 

「だが死ね」

「へ?」

 

 赤い光が目を焼く。

 目の前で広がるものには、なんにも感じられるものがなくって。

 

「ナシコッ!!」

「はぇ」

 

 ぶつかってきたウィローちゃんに床に押し倒されて、直後に光の玉が飛んでいった。

 音が消える。

 向こうの壁にぶつかった光が膨れ上がり、私達の姿が印刷された垂れ幕が燃えて切れていく。

 直後に爆発した。

 

「きゃああ!」

「うわああ!!」

 

 巻き起こる突風に紛れてたくさんの悲鳴が合って、瓦礫や何かが飛散してくるのに、私に被さるウィローちゃんがドカンと揺れた。大き目の瓦礫がその背中にぶつかったのだ。

 

「だ、大丈夫!?」

「無論だ……が、くっ」

 

 火災報知機のけたたましいベルの音が鳴り響く。

 スプリンクラーが作動して冷たい水が降り注いでくるのに、ウィローちゃん髪が濡れて、水滴が伝った。

 無理矢理ぎみに抱き起こされて、勢い余ってウィローちゃんに寄りかかる。

 

「警告するぞ、人造人間500号……オレ達はナシコのみを目的として他は害しはしない……だが邪魔をするなら別だ。貴様も破壊することになるぞ」

 

 もうもうと巻き起こる埃の中に、三対の光が浮かぶ。

 その中心に立つ人物が、私達へ指を差し向けていた。

 

「妙だ……奴の気を感知できんっ」

 

 言いながら私を引っ張り、抱いたまま急速後退し始めるウィローちゃんに、されるがままになる。

 頭の中ごちゃごちゃ。あの人、私のファン……だよね?

 壁の向こうに見切れていくその姿を、どこかぼうっと眺める。

 

「逃がしはせん」

「……!」

「ふひ……!」

 

 壁に開いた穴から薄暗い駐車場へと出る。この階と隣接した巨大な立体駐車場。

 その際、床に投げだされた係員の人に、ようやっと意識が切り替わった。

 他は害さないとか言っといて、怪我人出してるじゃん……許せない!

 

 顔を上げればようやく3人の姿をはっきりと見る事が出来た。

 そうすれば正体なんてすぐわかる。でも、なんでこのタイミングで現れたのかはさっぱりわからなかった。

 

「あれっ人造人間だよ!」

「なに!?」

 

 赤青緑の光弾が連射されて、それをかくかくとした動きで避けるウィローちゃん。重力に引っ張られる髪に目を細めながら報告する。

 

「そいつらとやらは、3年後に現れるのではなかったのか! それも2体じゃなく3体いるぞ!?」

「わかんない! でもあれは違うやつ! 13号とかそいつらだよっ!」

「ほう? オレ達を知っているのか」

 

 間近でウィローちゃんの計測音が鳴り続けている。その間も柱を、車を障害物に使って3体の追跡を逃れ、なんとか外へと向かっていく。

 雨あられと降り注ぐ光弾が巻き起こす埃の煙と乱立する瓦礫。蛇行飛翔でその間を抜けて、壁の方へ。私を抱くウィローちゃんの手に力が入る。

 

「目をつぶれ!」

「うんっ」

 

 コンクリートを突き破り、私達は日の下へと飛び出した。

 5階の高さ。そこでようやくウィローちゃんから離れて、自分で浮かぶ。

 

「……、ナシコ、こいつらはお前にとって大した相手ではなさそうだ」

「そうなの……?」

 

 目の前にやってきて横並びに浮かぶ三人の男に、左の頬に手を当てて計測を続けていたウィローちゃんが囁きかけてくる。

 ここら辺の戦闘力は公式では出てないからわかんなくて不安だったけど、ウィローちゃんが言うなら……え、ウィローちゃん人造人間の戦闘力計測できるの!?

 

「左右が1億7000万、真ん中の男が1億8000万……潜在パワーの計測に失敗した。……存在しないのか?」

「たぶん上下はしないんだと思う」

 

 バッと上着と帽子を脱ぎ捨てた13号が、代わりのように通常のベストを羽織るのを注視しながら、推測だけど、と付け加える。気のコントロールはそうできないんじゃないかな。わかんないけど。

 でもウィローちゃんのパワーレーダーって相手が戦闘力抑えててもきっちり最大戦闘力割り出すし、信頼していいと思う。

 

「どうやらわたしは足手纏いのようだ……任せられるか?」

「うん。2億以下ならいけそう。でも念のためみんな呼んでくれると助かるかな……」

「もちろん、すぐに呼ぶ。だがその前にデパートに戻って怪我人がいないか見てくる。……気を付けるのだぞ」

 

 目線を交わし、頷き合う。

 光を纏って彼らの頭上を通り抜けたウィローちゃんに、攻撃や何かはなかった。

 それは先の発言からうかがえていた。この人造人間達の目的は、あくまで私なんだろう。

 ……いや、悟空さん狙わないのかーい! って混乱しちゃうんだけど……え、なんで私?

 

「話は終わったようだな」

「うん、でもここじゃ戦えないよ。場所、変えてもいい?」

「……なるほど? やけにハキハキと話すな。"アイドルモード"とは違うようだが……いいだろう。死に場所くらいは選ばせてやる」

 

 むむっ、そ、それならいいんだけどー……そういやこいつら、私のファンとしてサイン会に参加してたんだよね……なんだったんだろ……なんか複雑な気分だよ。

 

「よしっ、ついて来いっ!」

 

 ともあれ、一般人に被害が出ないようにできるならそれに越したことはない。

 誰もいない北の氷河地帯──なんとなく頭の中に浮かんだパンツの助言に従って、気を纏ってその方面へと飛び出した。

 

 人造人間達は、不気味な笑みを浮かべて私の後を追って来た……。




TIPS
・腕生えた
生えるか!!
種族柄超再生するのでもなければ、新しく皮が張ってそれで完治扱いになると思われる

・ウィローちゃん
ファンにも格好良い女の子として認識されている
しかしふと見せる天然感のある笑顔なども人気が高い
実は結構水着姿を恥ずかしがっている

・ナシコ
真面目にお仕事に励む人気アイドル。今回は始終子供の姿での登場だ
13号には一般人に対して発揮する人見知りと悪人に対して発揮する余裕をどちらも見せたことになる。わりと貴重なのではないだろうか
トランクスもいないのに13号らが出現するなどとは夢にも思っていなかった

・お水民
密かにいるファン
ラジオ、SNSでの突発的かつ個人的な配信、そしてこういったイベントなどで
ナシコがお水を飲むその姿や音に惚れこんでいるらしい
なおウィローは水分補給を滅多にしないのでそちらの方がレア度は高いのだとか

・クソザコナシコすこすこマン
たまにナシコが発揮する人見知りは、実はかなり貴重な姿
アイドルとして頑張っているのであんまり情けない姿はメディアなどには露出していないのだ
それを目撃できたファンこそが真の英雄……なんだとか


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第三十六話 ナシコ大ピンチ! 人造人間の秘策

「うわああ!!」

「きゃああ!!」

 

 瓦礫の落ち行く先にいた男女が下敷きになる寸前に掻っ攫い、安全な場所に下ろす。

 

「あっあ、あっあっあっあっアッアッアッ……!?!」

「きゃあああ!!! ナシコちゃん!?!!!!!!!!!!!!!」

 

 うるっさ! すっごい声量だね!?

 びくっと跳ねる肩を抑えつつ、小さく手を振ればなんかもう声ですらない何かを上げられた。

 

「ナシなしぇこチェャン!? なしッナシコチャァァア!!?」

 

 逃げる訳じゃないけど、うおお胸元で手を合わせて息を荒くした女の子が詰め寄ってくるのに、にげ、逃げる訳じゃないけど! 離脱体勢に入る。

 

「っと」

 

 困惑や喜色を見せる男女に声をかける暇もなく飛び立ち、上空の三人を見上げる。

 15号がその体で抱えるようにして作り出した緑の光弾を街へ放った。

 逃げ惑う人々の中の、呆然と立ち尽くす一部の人達を狙ったそれに舌打ちを飲み込みながら高速移動で射線上に割り込み、平手で受け止めて弾き飛ばす。

 螺旋を描いて空の青へ吸い込まれて行った気弾は、一拍置いて薄緑色のカーテンを下ろした。

 

「こんのやろーっ!」

 

 なびく髪をそのままに思いっきり抗議する。

 なーにが私以外は害しはしない、だよ! めっちゃ暴れまくってるじゃん!

 やめろよ! 狙うなら私を狙えよ!

 

「ふっふっふ」

「あっこの!」

 

 肩を揺らして笑う13号が、おもむろに民間人へ向けて気弾を放つのを、私も気弾放ちぶつけて爆発させる。

 こんにゃろ、ほんとに見境ないな……! 私のファンぽかったからって良心期待した私が甘かったんだ……!

 こんな奴ら、とっとと破壊してやんなきゃ!

 

「ふっ!」

 

 気を纏って空を翔ける。ビル群の合間を抜けて、空へ。

 

 ──私達は、未だに街の中にいた。

 

 それもこれも、素直に氷河地帯までついてくると思っていた彼らが騙し討ちで攻撃してきたからだ。奴ら自体はおろか、放たれた気弾でさえ気を感じ取れなくて直前まで回避行動がとれず、こんなところで戦う羽目になってしまった。不覚だった……! こんなことになるなら、超パワーで一気に倒してしまうんだった……!

 街への被害が出てしまうといけないからって守りに入っちゃったから……くそー、こんな後悔してたってなんの意味もない!

 

「あいにくとオレ達は戦士ではない。どんな手段を用いようとも貴様を殺せさえすればそれでいいのだ」

「シャーベット……」

 

 うぐぐ、卑怯な……! ほんとなら戦闘力差で捻じ伏せられる相手なのに、みんなを盾に取られちゃ上手く戦えないよ……!

 ていうかあの筋肉男、えーと14号だっけ? なんで私がこないだ演じたキャラの名前で呼んでくるんだろう。謎すぎて不気味すぎて鳥肌立ってるんだけどっ!

 ほら見てこれ! ノースリーブだから結構わかりやすいかも。うええ、恥ずかし。

 

「こっち!」

 

 さっと手を振って彼らを誘導しようと試みる。

 でもそれは無理で──最初こそ声とかに反応してなのかついて来ようとするんだけど、すぐに止まっちゃう──、13号達はここを戦いの舞台に選んでしまったようだった。

 

「思うように戦えまい。当然だ。この2ヶ月間、オレ達はずっとお前を観察し続けていたのだ。すでに行動データを99.8%の精度で収めている」

 

 ──ストーカー……?

 小さな女の子が攻撃にさらされそうになるのを庇って光弾を受け、ちょびっとダメージを受けつつ小首を傾げる。膨れる黒煙を掻っ捌くようにして払い、奴らを見上げながら最近の事を思い返す。

 そういえばなんか最近違和感抱くことがあったからそういう(ストーカー?)気がしてたけど、乱れた気や粘着質な視線とかは感じなかったから気のせいだと思ってた。でもほんとにストーカーされてたとは……こ、こわい……いや怖いよ!? え、なに、住所特定されてたの!? あのわたし、あの、お庭のプールでめっちゃ水着着てたんだけどそれあのっ!?

 

「ガァッ!」

「おっと! 波っ!」

 

 突進してきた14号を避け、隙を伺う15号に牽制の気功波を放って突き放し、蹴りかかって来た13号をいなす。

 それらはみんなを守りながらでも片手間にできるほど楽な作業だった。やはりまともに戦えば、3対1だろうと完全に私が有利みたい。

 だからこその市街地戦なのだろう。そっちの方が勝率が高いって思ってるのかな。……悔しいけど、当たりだよ!

 

「やるな。ではこれはどうする?」

「フン……!」

「ふひひ……!」

 

 と、上空へ集って三人背中合わせになった彼らは、もはや見境なくめっぽう気弾を打ち始めた。

 

「ちょちょちょちょ!!」

 

 大慌てで止めにかかろうとして、それより光弾に個別に対応した方が速いと判断して気を纏って飛び回る。体当たりで誘爆させていき、体が届かないなら連続デスビームで対処する。

 人に被害がないとして見逃したものが電話ボックスやポストとか細々とした建造物を破壊してしまうけれど、さすがに手が回らない。

 

 こんのっ、無茶ばっかしやがってー!! 

 怒りに支配されつつ人造人間を睨み上げて、でも歯噛みするだけに留める。そんなの、防ぎきれてない私が悪いんじゃん……! ほんとに悔しいけど、私一人じゃ手が足りないんだよ……!

 

「ナシコ!」

 

 そんな時、びゅんと飛んできたウィローちゃんが、人造人間らに光弾を連射しながら現れた! 超グッドタイミング! 良かった、なんとかなりそうかもっ。持つべきものはウィローちゃんだよー!

 今の連続エネルギー弾じゃダメージは与えられなかったみたいだけど、奴らの気を散らす事はできたみたい。無差別攻撃が終了し、三人の視線が私達に集まる。

 

「ほう、わざわざオレ達に壊されに来るとはな」

「……」

 

 愉快そうに笑う13号とは対照的に、15号がへの字口になる。

 そういう表情の変化を見逃さないように注意して、攻撃の予兆か何かではないかと警戒する。……も、特に何がある訳でもなかった。じゃあなんなのあの顔。サングラスでよくわかんないけど、多分ウィローちゃん見てる。……睨んでる、のかな?

 

「デパートの方に怪我人はいなかった。偶然かはわからないが……」

 

 視線は敵に向けたままウィローちゃんと顔を寄せてこしょこしょ内緒話をする。

 あっちに戻ったウィローちゃんは、救助活動をしようにも誰一人怪我をしていない事に困惑して、腰を抜かしている人とかはいたから介抱したりして──私が脱出間際に見た係員さんの事が気になって聞けば、その人もなんともないって。瓦礫や何かは綺麗に彼女を避けるように散らばっていたんだとか。まるでそう計算されていたかのように──、応援を呼ぶために電話したらしい。

 

 でも電話も繋がらなくて、どうにも妨害されているみたいだったって。だからこうして応援に戻って来てくれたんだ。

 

 ……なるほどー……?

 つまりは、あれ?

 こいつらさっきは本当に誰も害する気はなかったのかな。

 どうなんだろう。もしそうなら遠慮なくやれるんだけど、違ったらみんなが危ないし……。

 でも思い返してみれば、今のとこどんくさい私でだって誰一人怪我無く助けられてるし、誰も酷いことになってたりしてない。

 なら、氷河で決戦大作戦はいったん取りやめて、この騒動で混乱しているみんなを安心させる方針に切り替えよう!

 

「しかしやはり、わたしでは力不足だ。東の都にいるターレスを呼び寄せ──」

「ヌッ!」

 

 ウィローちゃんは、増援を呼ぶことを提案しようとしたその瞬間に、ロケット頭突きをかましてきた15号にウィローちゃんが掻っ攫われた。

 

「ウィローちゃん!?」

 

 うおあああ!! 超びっくりした!! そうだよ、コイツら気を感じないんだから、ちょっとでも会話とかに意識を移すとこうなっちゃうんだよ!!

 もしかしたらウィローちゃんはきっちり相手が向かってくるのを捉えていたのかもだけど、戦闘力差が凄いから避けられなかったのか。どっちにせよ助けに──いや!

 もうおっぱじめよう!

 とりゃーっと腕を振り、街中に光の雨を降らせる。ほらほらみんな、ナシコにちゅーもく! 慌てないで──!

 

「どこを見ている!」

「うくっ!」

 

 音もなく忍び寄ってきていた13号に蹴りつけられて、ぽーんと道路へ落ちていく。

 でもそれは、ほとんど自分から向かっているだけ。

 手応えを妙と感じたのだろう、足を引き戻しながらも怪訝な顔をする13号の顔がどんどん遠ざかっていって、私の体は、密集する十人くらいの女性達の中へ落っこちた。

 

「いらっしゃい!」

「お化粧直しの時間なのね!」

「お姉さんたちにまっかせーなさーい!」

 

 受け止められた人に脇に腕通されて立たされて、柔らかいパフでぽんぽんもふもふ顔を叩かれ、ペンやらなにやら伸びてきたものにお顔を彩られる。それから誰かにくるくる回されながら髪や衣服を整えられて、みんなの中を抜けていく。

 ぴょんと飛び上がれば、悲鳴みたいな歓声があがった。

 

「ナシコちゃーん、使ってぇ!」

「ありがと!」

 

 誰かが投げ渡してくれた口紅を空中で掴み取り、追撃に向かって来た13号を躱しながらキャップを外す。

 どこか鏡はないだろか。着地して即、右足を軸に回転。しつこく攻撃を仕掛けてくる13号の拳を避けて、背中をぶつけて吹き飛ばしてやりながら、向かい側のお店を布で拭いて綺麗にしてくれた子達に笑顔を向ける。

 うんうん、ばっちり私が映ってる!

 

「ふんふんふ~♪」

「くっ、なんなのだこれは!」

 

 不思議に響き渡る鼻唄に、きゅきゅっと唇に朱色を乗せて、んむっと唇を合わせて整えて。

 ステップを踏みつつ口紅を放り投げれば、その動作で攻撃を外した13号が踏鞴を踏んだ。忌々し気に振り返る13号にウィンクと星のエフェクトを飛ばす。

 

「──ふ、ふざ、ふざけおって……!?」

 

 頬を染めつつも私へ手を差し向けてくるのに、片目をつぶってチッチッチッと指を振る。

 

「変身中の攻撃はNGよ!」

「光とかやめてください!」

「ナシコちゃぁーん!」

 

 怒れる周りの子がドドンって13号を押し退けて、私の方へ一直線。

 渡された一輪の花を髪に差し、どうもありがとうって微笑めば、老若男女がにっこり笑顔。大跳躍で歩道橋の手すりの上へ移動する。

 

 カカカンッと着地したのは、ウィローちゃんもほぼ同時。

 隣り合わせから背中合わせに移って呼吸を合わせて、気のエフェクトを振りまいてゆく。

 

「未来を照らす進化の光! ピュアナシコ!」

 

 足を止めた人々と人造人間が見守る中、華麗にポーズを決めて宣言すれば、ワッと湧く観衆の声──はなくって、一同シンと静まり返る。

 

「無限の力が未知なる世界を作り出す! ピュアウィロー!」

 

 それは隣で決めポーズしたウィローちゃんのお声をよーく聞くため!

 二人揃ってもっかいポーズ! 後ろで甘い色した花火が上がって、ドドーンととどろく!

 

「うおおお! ウィローちゃあーん!!!!」

「素敵だわ! とっても!!」

「シャーベット……!!!!」

「なんだ、何かの撮影だったのかなー」

「大迫力ねぇ」

 

 よっし、取り敢えず先にみんなを落ち着かせよう大作戦は成功を収めみたい。みんなもう落ち着いて避難できるようになるだろう。

 あとは私達に任せてね! ちゃーんと街に平和を取り戻してみせるから!

 

「……おかしいだろう」

 

 赤面して腕を下ろしたウィローちゃんが、服の裾をいじいじしながら呟くのに、訳知り顔でうんうん頷いとく。ナシコのファンは以心伝心、ナシコのしたいことすぐわかってくれるから好きだよー。みんな、どうもありがとねー。軽率に投げキッスとかしちゃう。いつもはやんないんだけどね、清楚なイメージ大事だから。でも今日は協力してくれたみんなに特別にご褒美だよ~。

 受け取って? 私の心のエモーション!

 

「よ、よくこの衆人環視の中でそんなことができるな……!?」

「ふふーん」

 

 呆れた声で言うウィローちゃんに、その場で一回転してスカートを膨らませ、組んだ手に肘を乗せ、伸ばした指を頬に当ててかわいこぶりっ子。テンション上がって来たよ~。

 「後で悶えても知らんからな……」と照れてるウィローちゃんに流し目を送る。こういう時にポーズとるの、ウィローちゃんの方が得意でしょ? 私よりコミュ力高いんだからさー。恥ずかしがらない、恥ずかしがらない。

 

 さ、そろそろお開きだ。空気はしっかり掴めてるから、流してこう。

 

「みなさん、聞いてください!」

「え、なんだなんだ?」

「番宣? カメラ回ってる?」

 

 ざわめく彼ら彼女らへ、キリッとアイドルモードになって呼びかける。

 

「悪しき人造人間が現れ、破壊活動を行っています。でも大丈夫! そんな悪い奴は!」

「っ、わた、わたし達がやっつけるから!」

 

 言葉の途中でウィローちゃんの肩を叩いてバトンタッチの意思を伝えれば、どもりながらも親指を立てた彼女がカッコよく締めてくれた。イケボだ~……耳が幸せ。

 

「来い! 人造人間!! これ以上お前達の好きにはさせないぞ!」

 

 対抗して私もイケメンになる。

 ビシッと指さした先には、こちらを見上げる13号。

 突然のミュージカル風味に気勢を削がれたらしい彼はもはや再び破壊活動に移ろうって感じじゃなくなっている。

 いいぞいいぞ、このまま押せ押せで運んでくよ!

 

「シャーベット……!」

「ふひ……ゴ、ヒャク、号!」

「! 14号15号! 乗るな、戻れ!」

 

 ゆっくりと浮かび上がって来た色白マッチョマンが、次には飛び掛かってくるのに瞬間上昇。

 そして今度こそ北の氷河地帯目指して飛んでいく。

 

「ウィローちゃん、あとお願いね!」

「ああ、すぐ応援に向かう!」

 

 14号と15号がついてこれる速度で飛行すれば、やむを得ずと言った様子で13号も後に続く。

 街のことはウィローちゃんに任せて、私はこいつらと決着をつけるとしよう。

 ……ぐしぐしと口を拭いつつ後方確認して、それから前へと向き直る。

 なんでこいつらが現れたかとかを調べるのは、その後だ!

 

 

 

 

「ふぎゃー!」

 

 やられた!

 うああ、嘘でしょ、やられたー!?

 

「クックック……」

「……」

「……ぐび」

 

 ようやっと見えてきた氷河地帯を目前にして、まんまと一杯食わされてしまった。

 緑の大地に着地してすぐに駆け出す。何か挽回できるものがないか探そうと思ったけど、ここにいると被害が広まるばかりだ。嫌だけど、このまま先へ進むしかない!

 放たれた光弾をジャンプして回避し、爆風に捲れてしまわないようスカートを抑えながら悔しさに顔を歪める。

 

「ぐぬぬ……!」

 

 跳び上がりつつ、未練がましく眼下の家屋を見下ろす。

 そこにはさっき守った農家のおじさんがいて、目を真ん丸にして私達を見上げていた。

 その視線に体中熱くなってしまう。恥ずかしさやら焦りやらがないまぜになって気持ち悪い。

 

「ううう、ちくしょうっ!」

「もはや優劣は逆転してしまったようだな!」

 

 氷河目掛けて思い切り飛び出せば、平行飛行してきて叫ぶ13号に、なんにも言い返せなかった。

 さっきの人を庇った際の一連の流れで、完全に不意打たれて、片腕を使い物にならなくさせられてしまった。誤算だった……! そんなのを狙ってるのなんて、思っても無かった……!

 伊達に私のストーカーしてたわけじゃないみたい。行動パターン見破られてたよ……!

 

「もはや逃げ場はないぞ、ナシコ!」

「ふにっ、ううー!」

 

 悔しがっているうちに氷河地帯に辿り着き、高くそびえる氷壁の前で急停止。

 冷気に背を向けて、目線を合わせるように並んで下りてくる三人を睨みつける。

 

「確かにオレ達一人一人の戦闘能力を、お前は上回っていた……だが今となっては、もはや勝負はわかるまい」

「くっ……!」

「まあ、死を覚悟して向かってくるというのならば負けるのはオレ達だろう。だがそうはできないだろうな……その腕では」

「シャーベット……!」

「……くひひ」

 

 キュイキュイ、キュ、キュ。

 三人のカメラアイが私を映し出すのに、いっそう半身を引いて体を庇う。

 

 焼け焦げた臭いが鼻をつく。

 それは私の衣服から漂ってきていて。

 要するに、さっきの不意打ち光線で、私の衣装の右半分がほとんど吹っ飛んじゃったの!!

 肩部分は完全に焼け落ちちゃって、紐みたいに残った布で辛うじて衣服の体をなしている半分だけのアイドル衣装!

 

「ひ、ひきょうっ、ひきょうだよ! ひどすぎるよ! なにこれ、なにこれぇーっ!」

 

 そう叫ばずにはいられない。

 だって手で隠さなくちゃ、胸見えちゃうんだもん! 相手が人造人間だろうと見られたくないし、ていうかあいつらさきっき「オレ達が目にしたものは管理コンピュータに送信され、即座にSNSにアップする事ができる」とか口走ってたし!!

 

「ふざっ、ふざ、ふざけんなーっ! なんだよーこれ! なぁーんでこんな……うあああ!!」

 

 あああ、どうしよう、どうしよう、こんな馬鹿みたいな手段で劣勢に追いやられるなんて……! ていうかまじでアイドル生命終了の危機だよ!? やだやだやだ、はずっ、恥ずかしくて死にそう! てゆーかもう恥ずかしいとかの次元じゃないよ!!

 

 ぜっったい手を離さないように胸に手を押し当てる。ドックンドックン鼓動の音が伝わってきて、苦々しい思いでいっぱいになった。

 こんな事なら、絶対に壊れない衣服とかブルマさんに作ってもらうんだったぁー!!

 

「スキャンダルは嫌だろう? オレもそんなお前は見たくない」

 

 腕を組み、口角を上げる13号が、冷徹に告げる。

 だったらやんないでよぉー! うう、やば、涙滲んできた……!

 ぷるぷる頭振って涙を飛ばす。視界が遮られるのはよくない。これ以上不利になってなんかやるもんか!

 

「だから美しいままに終わらせてやろう。オレ達の手で」

「お断りだよっ、べーっだ!」

「……!」

 

 ふざけた事言う変態達にあっかんべして、即座にスパークリングに移行する。弾ける雷の如き光に私に影が落ちる。

 片腕が使えなくたって、別に平気だよ! 大怪我した訳じゃないし、こんなんで戦闘力が落ちるハズない!

 おまえ達三人を葬ることくらい訳なくできるんだ、絶対!! ……絶対に、倒してみせる……! 全力全開でっ!

 

「凄まじいエネルギー量だ……! だがそう一筋縄ではいかんぞ?」

「ふんっ、一瞬でガタガタにしてやる!」

 

 自由な右腕をぐるんぐるんと回して今出せる最大戦闘力を引き出す。

 ハナッから全開で飛ばしていくぞ……! 覚悟しろよー、人造人間め!!

 

「とおりゃーっ!」

 

 それぞれが構えを取るその前に、爆発的に急発進して殴りかかっていく。

 短期決戦だ。長引けばうっかり手を離しちゃうかもだから!!

 もし、もし、もしぽろっとやっちゃったら……!!

 

「細胞の一片まで燃やし尽くして全員道連れに大爆発してやるんだからーっ!!!!」

 

 うわんうわんと氷河地帯に響き渡る大音量に、零れ落ちた涙が震えた。




TIPS
・光弾
当たると弾ける光
一般人でもちょっと突き飛ばされた程度に抑えられていたようだ

・ピュアナシコ
虹の彼方にあるというエデン、妖精界から現れるという伝説の戦士
そのもの白き制服を纏いて光の雨に紛れるのみ
そんな感じの小芝居。主に映画のオマケで5分程度流れたりする

・ピュアウィロー
ぴゅあっぴゅあなウィローちゃんが見れるのはここだけ!
いやいつも見れるけど
相当恥ずかしいらしいがこれもお仕事と割り切り、決めポーズの練習は欠かさない
うーん、わたし、かわいい。

・人造人間の秘策
ナシコが必ず民間人を庇うのは2ヶ月あまりの調査でわかっている
あとはそれに合わせて気功波を放ち、服を消し飛ばすだけだ
残念ながら防がれてしまったが、作戦は半分成功した
無力化したナシコをじっくりと料理するのみである

・ナシコ
羞恥心で伝説の戦士に目覚めそう
使えなくなったのは左腕
憧れの孫悟空が存在するこの世界でこんな手段を取られるなんて夢にも思っていなかった

・謎の科学者
管理コンピュータの複数モニター前で待機中
推しアイドルのハプニングなんて見たくないけど、でも見たい……!!!
しかし見たくない。ああっでも、見たい……!!
見たい、見たい、見たい、見たい、見たい、見たい、見たい!


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第三十七話 氷河の激闘

「とぁあーっ!」

「ふっ!」

 

 気合いの声をあげ、13号を殴りつける。でも避けられちゃった。

 向こうは余裕がなさそうな顔してるけど。っと!

 

「後ろ!」

「ぐふ!」

 

 こっそり回り込んできて攻撃してきた15号のお腹に肘を打ち込み、バリッと走るスパークで弾き飛ばす。

 続いて剛腕を振るう14号の拳を腕で受け止め、巨体の脇から顔を覗かせた13号の正拳を、膝を突き上げるようにして足で受ける。

 

「っく……くく……ぅ!」

「仕掛けろ!」

「シャーベット!」

 

 13号の号令に合わせ、三角の位置取りで私を囲んだ三人の猛攻が襲い掛かって来る。

 いくら戦闘力に開きがあるからって、拳や蹴りの乱打を片腕と足だけで受けきるのはちょっと難しい! スウェイで避けようとするとヤなタイミングで刺し込んでくるしっ……! 行動パターン見切られてるのってイヤ!

 

「ふっく、うりゃ!」

「おぐ!?」

 

 突き出され引き戻されていく腕、蹴り上げ、蹴り下ろされる足によって巻き起こる暴風に乗るようにして避けつつ反撃。13号の鼻面に頭突きをかませば、彼はこの輪から抜け出して様子を見始めた。

 うんっ、二人相手なら……!

 無理かもっ……!?

 

「んっ!」

「くひ……!」

 

 不意打ちアイビームもちょっと下方向へスライドされるだけで避けられてしまった。穿たれた氷の壁からパラパラと落ちる氷片に混じり、上昇してきた15号がくつくつと笑う。当然技も把握してるって訳? やらしーよそういうの!

 

「ガァ!」

「んっく!」

 

 組んだ手を振り下ろす14号のパワーハンマーを腕を上げて防ぐ。ガァンと視界と体がぶれて、でもダメージなんか全然ない! 腕痛いけど、痛いのなんか知らないしっ!

 ていうか今ちょっと左手の位置ずれたずれたっ、やば、見えちゃうから! 隠せ隠せ! やばいやばいやばい!

 

「ゴアアッ!」

「痛った! っんの!」

 

 手の位置を直してるところに頭を殴られて、キッと見上げたとこにはもういない。気を感じらんないから動く風の感じや音とかで把握しようとしてんのに、このっ、このっ、こいつら~~!

 もう怒った!!

 

「やめろーーっっ!!」

「ぬ、ぐ!」

「ォッ!」

 

 叫ぶと同時に目をつぶって、見上げるようにして思い切り気を噴出させる。

 全方位への気合い砲で弾き飛ばした二人は、でもすぐに戻ってきて攻撃を絶やさない。氷壁に跳ね返ってそのままシームレスに殴り掛かってくるのに慌てて対応する。

 くっそ、全然ペース変わんない! こいつら永久式でエネルギーも体力も無限だもんね! ずるいよなあ!

 

「99.9%……きさまの行動は全てお見通しだぞ、ナシコ」

「どうかな!」

「潰せ」

 

 ややタイミングをずらして前後から襲い来る二人を、その場で急速回転して流れる髪で牽制すると同時にフルパワーエネルギー波の発射体勢にっ、く!

 見透かされてたのか、青い光に腕を打たれ、放った光線が空の彼方に消えていく。そのほんの数ミリ横の位置に浮かぶ14号は、チリチリと焦げた髪を気にせずに歯を剥いて突進してきた。

 

「はあああっ!」

「……!」

「ふひ……!」

 

 避けて捌いていなして逸らす。

 アニメや映画じゃよく見た高速の格闘戦も、実際やってみたんじゃ忙しくって敵わない!

 数十数百の打ち合いは体感時間数分くらい。ほんの何秒のうちにそれだから、わりかし腕が攣りそうだったりスタミナがガシガシ削られていってしまう。いくら私の方がずっと強いって言ったって、このままじゃジリ貧かも!

 

「でもっ!」

 

 振り抜かれた腕を掻い潜ってショルダータックルをぶちかます。即座に右肘で背後の15号の顔を打ち──寸前で止めて腕を広げて吹き飛ばす。下降して避けようとした15号が見事にフェイントに引っかかって回転しながら氷壁に着地し──光を噴出させて頭突きをし返してきた。っ、読まれてた! ダメージ無し! ってかまた手ぇずれそうになったんだけどぉ!?

 

「くっそ!」

 

 やり辛くって敵わない。動き読まれてるし、気がないから動き読めないし察知できないし、何より左手使えないから手数減って、あと同じポーズ維持しなきゃで普段と違う構えしてるからバランス崩れてしょうがない!

 隠そう隠そうと意識しちゃうと気が逸れるからってのもある。胸に手を当てたままじゃ動き辛いからってのも当然。

 でもこんなの不利じゃない。ピンチじゃない。

 い、い、いざとなったら、ひ、左腕だって使って一気に……!

 

「そうらっ!」

「!?」

 

 視界を塞ぐようにして攻撃してきていた14号15号の間から突然に13号が割り込んできて、ガードに回した腕を突くように蹴られる。

 ダメージを与えるってより怯ませるのが目的っ!? 勢いを止めきれず後ろの氷壁にぶつかって跳ね返ったところを、さらに二人同時の体当たりに弾かれて氷にぶつかる。頭から帽子が零れて──。

 

「くっは……あ!」

 

 片方が塞がった視界が細まって、にじり寄る14号と15号に、ノーモーションの気功波を撃とうとして──背中に衝撃。

 上空から飛び蹴りを仕掛けてきた13号の足にぐんぐん押されて、背中が反った状態で地上へと追いやられていく。

 

 抜け出す方法を思いつく前に地面についた。一面銀の雪世界。ズボッと入った雪粒が押し固められて結晶になり、13号とでサンドイッチしてくるのにうめく。それでも手は絶対に離さない……!

 その場で寝返りを打つみたいに上下を入れ替えて奴の足を払おうとして、飛んで逃げられるのに、体の前面から光線を放てば手刀で弾かれた。咄嗟だったから威力足んなかったかな……! 見たとこその手からは黒煙が上がって、ダメージ入ってるぽいけど、13号の余裕の表情に変わりはないからいまいちわからない。

 

 上昇する彼と入れ替わりで14号と15号が下りてくる。片や棒立ち、片や後ろ腰で手を組んで、まるきり余裕ってわけ? 馬鹿にして。

 

 姿勢を変え、両腕を前に突っ込んでくる二人に、手をついて跳ね上がる。放物線を描いて後方へ。

 地表すれすれで飛行して追い縋って来ては着地時の隙を狙う二人に、揃えた両足で地を蹴り雪を散らしてバク転。もいっちょ、今度は大距離バック宙!

 

「これでもくらえっ!」

「!」

「……!」

 

 足を開いた状態で着地し、振りかぶった右手を突き出して片手かめはめ波を放てば、急停止した二人も同時に光線を放ってぶつけてきた。

 気功波同士が競り合う。状況はこっちが有利。向こうがぶつかる寸前に攻撃に転じたのもあるけど、単純に、腕が埋まってるの関係ない気の大きさ勝負ならこっちのが上!

 

「ヌ、グ、グゥ……!」

「ゥギ……! ギ……!」

 

 雪に四本の線を引いて後退していく二人に、さらに出力を上げつつ警戒は欠かさない。

 今上空に逃れた13号が攻撃の機会を窺っている。これ以上力んだら即座に光線でも打って来るつもりか……! それとも気の放出が終わった直後に仕掛けてくるか!?

 どっちにせよ、待ってなんかやんないけどね!

 14号、15号両方の背中が氷壁にまで到達した、その瞬間。

 

『今だっ!!』

「っ!? このデータはっ!?」

「波ぁああああっ!!!」

 

 悟空さんの声が響き渡り、合わせてMAXパワーにまで引き上げた気功波が氷の壁を溶かして二人を押しこんでいく。13号は、攻撃を仕掛けてはこなかった。スカウターみたいな計測音を鳴らし、私の気の質の変化についてこれず戸惑っている。

 

「そ、孫悟空……データはそう示しているが……!?」

 

 氷河地帯を照らしていた光が収まり、同時にそびえる氷壁を砕いて二体の人造人間が飛び出した。

 どっちもボロボロの満身創痍だけど、パワーは落ちてないし、表情も変わらない。消し飛ばせなかったか、頑丈な……! ていうかあれほんとにダメージ受けてんのかな……!

 

「SSデッドリィボンバー!!」

「ん!」

 

 柏手を打った13号が、手を広げるとともに必殺の気弾を作り出す。

 真っ赤な球体を核として、薄い膜を張る大きな光弾。

 あれはたしか、かなり追跡してくるやつ!

 

「はあっ!」

 

 ポウッと放たれたそれに、こんなの避けるまでもない、と構え──んーん! 目の前!

 斜め上空から迫るデッドリィボンバーに視線を向けた瞬間、二人が超低空飛行で突っ込んでくるのに気付いて防御姿勢。

 

「ぜぇい!」

 

 気合い一声(いっせい)、右の拳の横殴りで14号の側頭部を、左足の蹴り上げで15号の腹を。ほとんど同時に左右へ二人をぶっ飛ばし、そいでもってサマーソルト!

 

「てえりゃあっ!」

 

 足の甲が捉えた薄い膜さえ質量があってぐんにゃり曲がり、衝撃を吸収しようとしてきたけど無駄! 核まで押し退け、空へと逃がす!

 

「ここだ!」

「んあっ!?」

 

 視界から赤い光が消えると、それに身を隠すようにして仕掛けてきた13号に胸を隠す腕を蹴り上げられた、っけど! 後退が間に合って、左腕のほんの表面を掠れさせるのに止めることができたっ……!

 おおま、おま、お前! 今なんでそこ狙ったの!?

 

「っ、戦ってるのにふざけないでよ!!」

「ふざけてなどいない。オレ達は常に最適な攻撃を仕掛けているだけだ」

「そんなのおかしいでしょ!?」

 

 頭のおかしな戦い方をしやがって! 正々堂々やれ!

 摩擦熱の残る左手でしっかり胸をカバーして、がるるっと威嚇する。

 13号は肩を竦めて笑うのみだった。むかつく……! この変態! 死ね!

 

「見えたぞ」

「えっ」

 

 ──うそ。

 やだ、うそっ。だってちゃんと手で隠して──!?

 ふっと空気の圧が被さってくるのにはっとして、振り返ろうとしたところに背後から組みかかられた。14号だ!

 太い腕に首を絞められ、頭を押さえつけられるヘッドロックの姿勢。奴が背を反らすのに合わせて体が持ち上がっちゃったせいで、外そうとする力が逃げてしまった。

 

「っぐ、ふぐっ、う!」

「ふっふっふ、お前の行動パターンはお見通しだと言っただろう。そうして動揺して隙を見せるのはわかっていたのだ」

 

 こ、このっ、じゃあやっぱり嘘だったんじゃん!

 で、でもっ、こんなの意味ないよ! 全力で暴れればすぐ脱出できる!

 さっきからの攻防で力の差は把握した。マッシブな14号だけど、私の細腕の方が遥かにパワーは上なのだ!

 

「やれ! 14号!!」

「シャーベット……!」

「う!」

 

 ぎゅっと首を絞められるのに、首筋に力を入れて対抗する。ばかめっ、そんなの意味ないったら!

 前のクウラ様の尻尾より全然らくちんに跳ね返せそうな腕を引っ張りにかかる。向こうも全開パワーで抵抗するけど、もう気道確保できちゃった。んでもって、このままなら反撃確定でぶっ壊せそうだってところで、頭から離れた手が一瞬の間をおいてお腹に当てられた。

 ゴツゴツした大きな手。冷たい感覚に肌が攣るのに、何がしたいのかよくわかんなくて──。

 

「んぐぅ!?」

 

 ぎゅん、と力が抜ける感覚に身を丸めた。

 お、お腹、おなかのっ、あて、当てられたとこ、なんか丸いのある……!?

 それに気が吸い取られてるような……まさか、えっ、でも、こいつら永久式……!?

 

「ふああうっ! ふっ、ふっう、く、ん……!」

「よし、押さえ込めているな……」

「んんーっ、このっ、はぁう!?」

 

 何これっ、何これっ、ほんとに力が抜ける!

 パワー吸収されてる! めっちゃ吸われてる! お腹ふわふわする!

 やばいまじこれやばいよ! なんか、なんか、やばい!

 

「そいつはエナジー吸収装置だ。きさまのパワーを根こそぎ奪いつくしてやろう」

 

 得意げに話す13号に、目をつぶって体に力を込め、拘束から脱しようともがく。

 でも、これ、心地良くって……だめだ……!!

 な、なんで気持ちいいのっ!? こういうの痛いんじゃないの!?

 痛いの覚悟する練習はしてきたけど、こんなの予想してなかったよ!!

 

「まあ、奪ったエネルギーをオレ達にプラスする事はできんがな」

「くっ、ぐくっ、うぁあんっ!」

「だが、こうしてパワーダウンさせる事はできる……もはや勝機はないぞ」

 

 きゅうっと手を握ってパワーを全開にしても、噴出して最大まで達した傍からお腹に当てられた冷たい球体に吸い取られていく。

 甲高い音をたてて激しく荒れるスパークに、力の抜けちゃいそうな体に喝を入れるように声を上げながら足をばたつかせた。

 っでも……ぜんぜん、ちから、はいんなっ……!?

 

「きゃううっ! ひぅっ、こっ、こんなっ」

「どうだ。リラックスしてきただろう? 痛みを与えるより快楽を与える方がスムーズに気が吸い取れるのだ。疲労も回復してしまうが、その時にはもう、お前は無力となっている……」

「やぁっ、はなっ、はなしてっ!」

「離すな、14号。まだそいつの方がオレ達よりパワーは上だ」

「……!」

 

 首に巻き付く腕に力が入って、けはっと息を漏らす。

 苦しいのに、こんなに力んでるのに、まるでマッサージ屋さんにいる時みたいに気持ち良くて、眠っちゃいそうなほどで……。

 う、だ、だめだめっ、意識はっきり保つんだ、ナシコ! がんばって! 負けちゃだめだよ!

 こんな奴らに負けちゃったら、ばかばかしくってたまんないんだから!!

 

「ううーっ……! ふんぬぬぬ……!」

「……!?」

 

 全力全開。出し惜しみなんかしない。

 さらに激しくスパークして、噴き上がった気に14号が仰け反るのを体で感じた。

 一瞬跳ねて離れたエナジー吸収なんちゃらに、でもすぐ押し当て直されて力が抜けてしまう。

 ま、まけるかっ……! まけてたまるかっ……!!

 

「やはり、まだそれだけの力を発揮してくるか」

 

 ギチギチと締め付ける腕を片手だけで掴んで、引き剥がしにかかる。

 もうお腹のやつは意識しない! ふわっふわってなって、きもちいくって仕方ないけど!

 

「ふーっ、ふーっ、ふんううう……!!」

 

 私の気に赤い焔の如き揺らめきが上乗せされる。

 スーパー界王拳だ! こ、これで押し切ってやる……!

 

「ッ!? 15号!!」

「……!!」

 

 そう思ったのに、加勢して取りついて来た二人に押さえ込まれて、しかももう一個あったっぽいエナジーなんとかに、鎖骨のちょっと下あたりからもぎゅんぎゅん気を吸収され始めた。

 

「ふわぁっ! んっく、あ!」

 

 叫ぼうとして、もうなっさけない声しか出てこないのに苛立って、その苛立ちさえリラックスさせられちゃうのに消えていく。

 うあああ、お布団に包まれてるみたい……やっばい、眠い! ちょー眠い! こんなのあり!?

 開いた口が閉じらんなくて、その気もないのに声が出ちゃうのに、頭を振る。

 

「これは……界王拳か! この状況で使用してくるとは……! 相当意識が乱れているはずだ……!」

 

 気持ち良いのから逃れようと頭を伸ばして、狭い中で足を動かしてつま先でどっちかの太ももを蹴りつける。効いてるのか効いてないのかわかんないけど、ちょっとだけ見えた13号の顔は焦った感じだったので、たぶんまだ、私が優勢……!

 

「ひゃ!?」

 

 ぐい、と左腕を引っ張られるのに、大慌てで力を籠めて対抗する。

 な、ななな、なんで腕剥がそうとすんのっ!

 いや、あの、狙いはわかるけどっ! わか、わかるけどっ!

 

「や、やだっ、やめ、ひっぅ、やめてよっ! んっ!」

「くっ……! まだパワーが上がっていく……!!」

「ヌ、グ……!!」

「……!!」

「は、なし、てっ! っひゃう!」

 

 やば、やばいやばい! 力抜けてるせいで15号に左手引き剥がされそう!

 わか、わかってんの!? そんな事したらお前ら全員一瞬で粉々になるんだよ!?

 やめよ!? そういうのやめよ!?

 

「!」

 

 スーパー界王拳を2倍まで引き上げてようやく拮抗していた15号の手の力が弱まり、お胸をばっちりガードできるようになった。そ、そうそう、それでいいんだよ! せっかくナシコのパワー吸収してさ、弱体化狙ってるんだったらそのまま大人しく吸収し終わるまで待ってようね!

 

「はーっ、はっぐ、はぁぅ……!」

 

 でもどうしよ、ほんと、じり貧だよこれ!

 結構、息も苦しくなってきた。抵抗するのも辛いのに、凝りを解すようにぎゅう~って感じで気とか疲れとか吸い取られてきてて……あれっ? なんか元気になってきたかも。

 うあー、でも、きもちー……おなか、ぎゅんぎゅんしてるー……。

 

「って、いやいや違うでしょ!」

「!」

「ひゃぅううんっ!?」

 

 ほげー! 自分で自分にツッコミ入れたらめっちゃ気ぃ吸い取られて変な声出た!

 ああ、でもおかげで目が覚めたよ……! そのまんまの意味でね!

 試したことないけど、10倍まで界王拳の倍率上げて、一気に抜け出して倒すしかない!

 

「ふぅぅぅっ、ふ、んんんんーっ」

 

 乱れに乱れた意識と呼吸を安定させる。

 んぐぅとなんとかお口を閉じて、深いところに意識を落としていく。

 そうすると余計に胸とお腹から吸い取られていく気の感覚が鋭敏になって、合わせた唇が震えてしまう。背中を駆け上るものに思わず声が出ちゃって、無意識に頭を振った。

 だめ、だめだよっ……ちゃんと集中して……!

 

「んぐっ!?」

 

 ドッと体が揺れた。

 反射的に開いた目に、お腹に突き刺さる拳が見えて、それが15号の手だとわかると徐々に痛みを自覚してきた。

 お腹を圧迫していた拳が引き抜かれていくと、私の体が伸びて弛緩する。

 

「っぎ!」

 

 ドス! って、今度は13号が殴ってきた。

 たぶん、私がパワーアップしようとしてるのを察知して妨害してきたのだろう。

 再びお腹を殴ろうとする15号のパンチを、なんとか持ち上げた足で受け止め、でも13号の方に対応できずにくらってしまう。

 

「っげほ、げほっ、ふぐっ!」

 

 引き上げるように首を絞められて、今度は15号に殴りつけられた。気で強化してガードしようにも、全部吸い取られちゃって上手くいかない。痛いのと気持ち良いのが交互に来る。

 13号と15号のお腹へのパンチも、交互に来た。

 

「あぐっ! やめっ、がふっ!? っぐ! うぐっう!」

 

 一発一発の衝撃が凄い。みるみる青あざができていくお腹に、こっちも自由な両足で反撃しようとしてるんだけど、てんで力が入らなくって失敗する。

 そのうちに喉に鉄の味が広がってきて、咳込んだら血が出てきた。

 

「ぁ……」

 

 纏っていた気が消え、スパークもまた消える。

 スパークリング、解けちゃったみたい……。

 朦朧としてきた意識をなんとか繋ぎ止めながら、喘ぐように息をする。

 

「くひひ……」

 

 もう、パンチはこなかった。

 完全に無力化したと判断したのかもしれない。

 そうしたら、次はトドメ? ……私を殺すのが目的だって、言ってたもんね。

 

 でも、そう上手くはいかせないよ……!

 

「ふんにっ!」

「……!?」

「む!」

 

 ぐぐぐっと四肢が伸びる。ぐんと身長が伸びて、大人なナシコへと変わっていく。

 その過程でほんの僅か、首を絞める腕にできた隙間になんとか指を差し込んで脱出をはかる。

 ──よし、抜けれたっ!

 

「ヌガァ!」

「んっしょ!」

 

 お次は反撃! 再び捕まえようと抱き着こうとする14号の股下を抜けて、足首を掴んで振り回す。

 そうすれば大慌てで飛び込んできた15号と13号を打ち返すことができた。

 

「お前も行ってこい!」

「!!」

 

 氷壁へ向けてぶん投げた14号が、分厚い氷を砕いて突き進んでいくのを見届け、ふうっと息を吐く。

 それからずっしり重たいお胸を押さえ直して、頭を振って髪を揺らす。ゆっくりと地上に下り立ち、足元のふかふかな雪に体重をかけて固めていく。

 

「っ痛ぅ……」

 

 うげー、お腹痛い……好き勝手やりやがって……! 私じゃなかったら死んでたよ!

 ていうか、ああ、大人なナシコになんかなりたくなかった! 余計胸隠すの難しくなってるし、ていうかもうこれ半分見えてる感じじゃない!? え、だいじょぶこれ? 強く押さえとこ……あっあっ、やっぱやめとこ! いかがわしい感じになってる!

 

「──!」

 

 瓦礫のように折り重なる大きな氷片の山の中から、光を纏った14号が飛び出してきた。

 合わせて15号が飛行してきて並列し、その上空に僅かに遅れて13号も来る。

 対応しようとして、ふらっと足が崩れそうになるのに吐息する。なんとか持ち直そうとするけど、膝が笑うのを抑えきれなかった。

 髪が半分視界を遮るのを直す間もなく、接触。

 

「よいっしょお!!」

「ウガァ!?」

「ちぇいっ!!」

「!?」

 

 ふらつく私に愚直に突っ込んできた14号にラリアットをかまして地面へ叩きつける。バアッと舞い上がる粉雪の中で回し蹴りっぽく15号の体を足裏ぶつけて吹っ飛ばし──迎撃準備に私が死にそうなフリをしていたのすら計算の内だったのか、空からSSデッドリィボンバーを放ってきた13号に、これを片手で受け止める。

 

「ふぎぎぎぎっ……!!」

 

 熱波が吹きつけてくるのに歯を噛み、ザリザリと後退するのに踏ん張って押し負けないように頑張る。

 だけどパワーがガタ落ちした今のこの体じゃ、ちょっと跳ね除けらんない……!

 だったら、こうしよっかな!!

 

「えすえす、でっどりぃ、ぼんばぁーっ!!」

「なんだと!?」

 

 私の気で包んだ大きな光弾を無理くり操って跳ね返す。それは、さすがに驚愕を露わにする13号に迫り──避けられた!

 

「むだだよっ!」

「!」

 

 でもどこまでも追いかけてくからね! そういう技でしょ、それ!

 腕を振りつつデッドリィボンバーを操って高速機動で逃げ惑う13号を追わせる傍ら、小ジャンプして背中から倒れ込む。体重を乗せた肘打ちが起き上がろうとしていた14号の顔面に突き刺さった。

 

「っく、ふ!」

 

 即座に横へ転がって退避すれば、槍のように落ちてきた15号のパンチが雪の礫を撒き散らした。

 腕を振って風を起こし、散らす。それから息を止めて力んで、もっかいスパークリング!

 

「うりゃあーっ!!」

「! っ!!」

 

 忌々し気に顔を歪める15号へ超速突撃キックをぶちかます。

 サングラスが割れ、積もった雪に一本道を作って転がっていく15号に、いったん止めていた息を吐き出した。

 おっきく肩が上下する。そのたびに白い吐息が漏れて、あと、胸、重い……。

 でもちっちゃくなる隙がさ。

 

「ないんだよね!」

「シャーベット……!」

「っぜい!」

 

 背後からの貫手を前傾姿勢で避け、同時に後ろ蹴りで反撃。立ったまま数メートル後退した14号と、前の方でこんもり積もった雪山から抜け出してきて帽子をかぶり直す15号と対峙する。

 

「ふーっ……はーっ……」

「……」

「……」

 

 どっちも、やっぱり堪えて無さそうだった。

 凄くやり辛い相手だ……今さらながら、いっそう気を引き締める。

 変な登場の仕方をして、卑怯な戦い方をしてくる奴らだけど、本来めちゃくちゃ手強い奴らなんだ……頑張らないと!

 

 沈黙が支配する中で、冷たい風が吹く。

 出方を窺う。ほんとは早く子供に戻りたいけど、あれ、どうしたって目線や体格の変化に適応するのに数瞬かかるから致命的な隙になりかねない。

 吹き荒ぶ風の中、そっと髪を押さえ、素早く後方と前方を確認する。

 

 14号のおさげが揺れる気配があった。

 15号の帽子から零れ落ちた雪がほんの微かな音をたてた。

 

 どれも、動き出す合図にはならなかった。

 どれがそうなるのかわからないから、子供にも戻れずに警戒するほかなかった。

 

 荒い呼吸が段々落ち着いてくる。

 おもむろに酒瓶を取り出した15号がそれを口に含むのに、でも、まだ動かない。子供ナシコになるチャンスかもしれなかったけど、それもしない。

 背後を警戒してるのもあるけど、やっぱ、あれ。

 恥ずかしいし、重いから嫌なんだけど、今子供に戻るのはやめる事にした。

 上手くタイミングが合えば、相手の攻撃を躱す手段になるかもしれないから。

 

「SSデッドリィボンバァアア!!」

 

 遠くに轟く13号の叫び声。

 直後に、そびえたつ氷壁のずっと向こう側から真っ赤な光が溢れ出し、私達が立つこの場所にまで届いて染め上げた。

 

 それが合図だった。

 

「──!」

「……!」

 

 同時に挟撃を仕掛けてくる二体の人造人間相手に、私は右腕を空へ突き上げ、作り出した気弾を思い切り地面へと叩きつけた。

 




TIPS
・エナジー吸収装置
接触すると猛然と気を吸い取り始める、19号や20号の使うものと同系の赤い球体
カスタマイズされ、生命エネルギーを吸収しつくすまではいかないようになっている
携帯型のようだ

・片腕縛りナシコ
戦闘力2.4億→2億にダウン
3対1だとちょっと辛いかも

・悶えナシコ
熟練のマッサージ師に丁寧に凝りを解されるような心地良さに危うく永眠するところだった
基本的に怠け者なのでこういう攻撃にめっぽう弱い

・SSデッドリィボンバー返し
下手をすると界王神界より硬いんじゃないかと噂される地球を半分吹き飛ばすほどの威力を秘めた
光弾を、自身の気でコーティングして操る、結構無茶苦茶な技

・爆裂気弾
攪乱用の技
地面へ叩きつけて爆発させ、生まれた煙に紛れて姿を隠す

・Dr.ゲロ
「……これは鼻血、か……?」


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弾三十八話 未来への咆哮

「はぁあっ!」

 

 左手で胸を強く押さえ、掲げた右手の先に生み出した気弾を思い切り地面へと叩きつける。

 同時に跳躍。広がる爆炎の中に前後から突っ込んできた14号と15号が私を見失って衝突──。

 

「な訳ないか!」

「……!」

「オオ……!」

 

 すれ違いざまにお互いの腕を掴んで回転した二人が勢いを保ったまま上昇し、私を挟むように飛行してくるのに、そうなるよなって思いつつもどう打ち込まれても良いように心構えをしておく。

 火照った体が吹き付ける風に冷やされていく。打ち合った疲れと、気を吸い取られたのに加えて寒さでかなり弱ってきている。体が固まってしまったらそれこそ勝機がなくなるよ。これ以上戦いを長引かせたくないんだけど……!

 

「!」

 

 思考を流したその瞬間に二人が接近してくるのを察知し、咄嗟に横へ方向転換する。タイムラグなくついてくるのに牽制の気功波を放つも、最小の動きで避けられてしまって距離を離せない。どころか少しずつ詰められてきている。予想以上に体が冷えるのが速い。必要以上に気を噴出させて冷気をガードしてるんだけど……今さらながらなんで氷河地帯なんかを戦う場所に選んだんだって後悔してきた。荒野とかなら寒さで動きが鈍るなんてなかったのに!

 

「シェア!」

「ん!」

 

 とうとう追い抜かれて、向かい来る蹴りと拳を回転して擦り抜ける。同時に15号の足を引っ掴んで最大速力でぶっ飛べば、引っ張られた15号が堪えきれずに体勢を崩した。

 

「ちぇえりやあっ!!」

「ォ!?」

 

 そのまま地面へ急降下。氷が覗いている地面へ小柄な肉体を叩きつけ、飛び退きざまに気弾をプレゼントする。

 

「!」

 

 放射状に走る罅から光が溢れ、次いで爆発。余剰気力が光の柱を作り出し、突風に靡く髪を気にせず後方へスライド移動。

 

「だらぁ!!」

「ゴ!?」

 

 身を捻り、足を振り回して後方上空へ蹴りを放つ。ぐんと伸ばした足が14号の頬を捉えた。

 向かってくる相手へのカウンターに成功したその瞬間にやや相手への距離を詰め、その首に足を絡めて膝裏に引っかけるようにして地面へと引き倒す。片足で挟んで乗しかかり、背中へ手刀を叩き込む。

 

「うぇっ、かったぁー……!」

「ウガァ!」

「きゃっ!」

 

 貫くつもりだったのに、揃えた指は筋肉質な背中の表面に僅かに埋まるだけで止まってしまって、逆に手を痛める結果になってしまった。おまけに跳ね上がった背中にしりもちをついてしまう。やば、これ隙……!

 焦燥感に突き動かされながらも、高速回転して立ち上がった14号が拳を振り上げるのに腕を掲げて防御姿勢に──。

 

「っあぐ!?」

 

 背中に衝撃があって仰け反る。15号だ! やばっ──!

 

「ガァ!」

「けっは!!」

 

 剛腕が喉を穿つ。首の骨が折れちゃうかもしんないくらいの衝撃は、くると覚悟しててもやばいくらいに痛くて。

 ニッと口の端を吊り上げた14号を滲む視界に捉えた時には、再び背後から攻撃されて、前からもやられて。

 

「あっ! あっう!」

「……!」

「うっは、はぐっ!!」

 

 たこ殴りだ。へたり込んでたはずなのにいつの間にか立たされて足が浮いちゃうくらいに前から後ろから殴られまくっちゃって、もう痛いんだかなんだかわかんなくなってきた。

 スーパー界王拳はとっくに切れている。反動もあるから、力入んなくて反撃なんかできなかった。

 

 拳撃の嵐に翻弄されながらも左手だけは離さない。この期に及んでまだ隠すのかって自分でも思うけど、こんなのもう意地だよね……! こうなりゃ死ぬまで隠すっきゃない!

 

「ぇげっ!」

 

 腰の捻りを加えたヘビーブローにえげつない声が出た。吐血が氷や雪を染めて、もう、ちょっと、限界ぽかった。

 ここまで滅多打ちにされると体だけじゃなくてスカートもボロボロだ。人前に出せないカッコになってる。もうこれだけで不味いよね。……とか暢気に考えちゃうのは、あれかな。もう、無理かもって心が折れちゃったからかも。

 

「っけぅ!」

 

 だってこれ、抜けられそうにないんだもん。

 こっちだって必死に耐えようとしてるんだけど、硬くした体を突き抜けてダメージが内臓にまで届いている。ていうかブチュッて潰れてる音が体の中に広がる事が何回かあったから、割とマジでやばそう。

 

「んっぐ!」

 

 あっ、今のパンチ凄い。抉り込むようなやつ、中身割れてくのわかっちゃった。叩かれた臓器が真ん中から裂けていく生々しさに、なんにもいえない。

 …………。

 

「ごほっ!」

 

 顔狙いの容赦ない攻撃もあって、完全にサンドバックにされてるのに、もうなんかどうでもよくなってきた。

 ここまで苦しい思いをしてまで体を隠す意味とかない気がしてきた。

 もういいや。もういいでしょ。手離しちゃお。

 

「……!」

 

 離せ。

 離せ。離せ。離せ。

 

 目をつぶって耐え凌ぎながら、自分に命令する。

 なのに、私は手を離してくれなかった。

 

「最後まで貫き通したか……こんな手を取っておいてなんだが……ほっとしたぞ」

「ぅ……」

 

 いつの間にか空の高いところまで持ってこられていて、いつ現れたのか13号に胸倉を掴まれていた。

 そうまでなってもやっぱり左手は胸を隠したままだった。我ながら頑固だなって思ってしまう。

 あ、もしかしたら、あんまりに殴られたから頭おかしくなっちゃったのかも。

 だって今、ファンの子に話しかけられてるように錯覚しちゃってるんだもん……こんな時なのに。

 

「その信念は称賛に値する。オレ達の目的はお前を殺す事だがそれ以上の辱めはせん。安心して眠れ」

 

 ゆっくりと13号が腕を上げるのに揺らされて、髪の重みに頭が傾く。雲一つない空の青さにぼうっとして、それが赤く染め上げられていくのに、目を閉じる。

 

 かいおう……けん……。

 

「死ね!」

 

 最後の抵抗に、全力全開になろうって頑張ってみたけど、もはや体はうんともすんとも言わなかった。

 ああ、駄目だった。ごめんね、みんな……。ごめんね、せっかくサイン会に来てくれた人も。まだ、残ってたのにな……。

 

「──ッ!?」

 

 思考がどっかにふわーっといっちゃってたせいか、なんだか体もふわっーっとしてしまう。

 後ろから風が吹きつけてきて、髪の毛も持ち上がって、まるで落ちていっているみたいな……?

 もう、やられちゃったのかな。人造人間だから、正確に一発で殺してくれた感じかな。

 痛くないなら……思ってたより、死ぬの、怖くないかも……。

 

 少し、体全体が揺れた。凄く暖かいものに包まれてるような感覚に、身動ぎする。

 

「しっかりしろ、ナシコ!」

「……? た、れ……?」

 

 大きな声が間近でするのに肌がびりびり震えた。薄く開いた目につんつんした黒髪と見覚えのある輪郭があったので、ああ、助けに来てくれたのかなって思って。

 じゃあ、これは、きっとターレスが助けてくれて、抱き止めてくれてるんだ。

 足の裏と、背中を支える手。わー、お姫様だっこだ。

 

 ありがとー……あぶないとこだったよー……。

 感謝の気持ちを込めて、分厚い胸板にすりすりと頭を擦りつける。今、ちょっと喋るのも億劫だから、これでナシコの感謝を感じ取ってねー……。

 うー、後はお任せします……(つら)みが限界突破なので、寝させて……。

 

「でぇじょうぶか! おめぇほどの奴がここまでやられっちまうなんて……相当やばい奴ら相手にしてたんだな……!」

「……ぅぇ?」

 

 閉じかけていた目を心持ちもうちょっと開いてみる。

 掠れた視界に映るのは、やっぱりターレスの顔なんだけど。

 ……なんで悟空さんみたいな喋り方してんのかな。からかわれてる……?

 

「一人でよく頑張った! あとはオラたちに任せてくれ!」

「……うおおおお!?!? ごごくっごっごっごゴクウサ!!!!?」

「え? ああ……混乱してんだな。(めぇ)ったな。すまねぇ、傷は治してやれねぇんだ」

 

 いやいやいや、傷とかどうでもいいんだよ! 悟空さんじゃんこれ!

 は? これ? 何コレとか言ってんだお前頭おかしいんか?! 悟空さんじゃん! ごく……あれっ、ターレスはどこ行っちゃったの……?

 

「っ()……!」

「無理すんな。ここで休んでてくれ」

 

 一気に意識が覚醒して、体中鈍い痛みと鋭い痛みに包まれるのにうめく。

 痛いのとかどうでもいいから! さっき私何した!? すりすりしちゃわなかった!?

 うおおお何やってんだよおお!! いつもの癖でやっちゃったよおお!!!!!

 やばいやばいやばい、あっ、あっお胸ちゃんと隠せてる!? というか私今やっべぇカッコしてんだけど!?

 

「きさまが孫悟空か。今、どうやってここに現れた。オレのレーダーは直前まで一切きさまを捉えてはいなかった……」

「へっ、瞬間移動ってやつだ」 

 

 私を氷の地面の上に寝かせて、混乱する私を落ち着かせるように前髪を撫でてくれた悟空さんは、もう一度私に笑顔を向けてくれた。安心させようとしてくれてるのか、優しい笑顔だ。

 当然緊張や混乱は消えないどころか加速したけど、ていうか遅れて密着してた事に気付いて死にそうになったけど、なんとか意識を繋ぎ止められた。

 ああ、今の悟空さんの顔、たぶん子供に向けるのとおんなじ感じなんだろうなーってなんとなく感じて。

 

 体中に火がついた。──錯覚。熱くて、恥ずかしくて、嬉しくってたまらなかった。

 それ以上の混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 顔が近い。顔が良い。

 うああっ、顔が良い……!!

 

「抹殺対象がここに揃ったのは、手間が省けたな!」

「! あぶねぇ!」

「ひぇ」

 

 リストバンドを弄りながら立ち上がった悟空さんが、でもすぐに私を抱え直してその場から離脱した。

 直後に地上で膨れ上がる真っ赤な半球。13号がSSデッドリィボンバーを放ったんだ。

 ぽっかり空いた暗い穴を眺める間もなく着地。衝撃は全部悟空さんの腕に受け止められて、あうっ、て変な声が出てしまい、慌てて口を閉じる。

 ……二回目の、お姫様抱っこ。

 死んだ。

 

「いきなりぶっ放しやがって……! おいおめぇら! あんまし自然を破壊すんじゃねぇぞ!!」

 

 怒りのこもった悟空さんの注意に、なんでかこっちまで委縮してしまう。

 だって戦ってる時の私って、周囲の事にまで気が回ってなかったから……私もあいつらと同類だよ……! ごめんなさい! ごめんなさい、悟空さん……! うう、お顔が凛々しいです……!

 

「キャオラァ!」

「うっ!?」

 

 と、14号か15号かわかんないけど、隙を窺って攻撃を仕掛けてきたらしく、そのお顔に足が突き刺さった悟空さんがたまらず吹き飛んだ。同時に私の体が放り出されて──すぐに、誰かの手に受け止められた。

 

「大丈夫か、ナシコ!」

「ぁ、ウィロー……ちゃん」

 

 細い腕に、すぐに誰かわかった。

 ウィローちゃん、来てくれたんだね……。

 

「すまないナシコ。妙な機械兵士の妨害を受けて遅れた。大した奴らではなかったが数が多く、破壊に手間取ってな」

「だ、だいじょぶ……へへっ、も、もうだいじょぶそう」

 

 そうなんだ。それで、すぐには来れなかったんだ。

 でもいいよ。こうして来てくれたんだし……二人が来てくれたなら、だいじょ……あああ、だめだぁ体溶けちゃいそう……ふあああ、やば、やば、触れちゃった、触れちゃったよぉ!

 不敬にもほどがあるけど、幸せに蕩けちゃいそう……我が生涯に一片の悔いなし……!!

 

「おい、おい起きろ! 正気に戻れ! ウィローちゃんに注目(ちゅーもーく)、だ!!」

「はぁーい……ってあれ?」

 

 コールに反応して手を振り上げれば、私を覗き込むウィローちゃんのお顔が目の前に。

 それは、どこかへ降り立つと同時に他所へ向けられた。

 

「孫悟空! 妻子持ちの身でありながらナシコを誑かすとは、節操がないぞ!!」

「ええー、そ、そりゃねぇだろ……オラ、助けてやっただけだぜ……」

「しっし!」

 

 ちょちょちょ、ウィローちゃん何言ってんの!? 何あっちいけーってやってんの!? いつからナシコ過激派親衛隊に入隊しちゃったの!? やんわりアカウントブロックするよ!?

 えっ、待って待って、あの、おい、今悟空さん蹴ったのウィローちゃん……?

 

「ナシコもナシコだ、お前はアイドルなんだぞ!? 孫悟空にかまけていてどうする!」

「そ、そんなこと言ったってぇ……」

「むむむ……! もういいっ。知らん、もう一緒に寝ない!」

「ええーっ!? な、なんでぇー!!」

 

 なんでそうなるの!? だめだよ、ウィローちゃんは私のなんだから、そういうのだめですー!

 だめだめだめ! ほんとにだめだからね!? 寝よ? これからも一緒に寝よ!?

 

「ふひ……!」

「おめぇら気を感じねぇとこみると人間じゃあねえな……」

「その通りだ。オレ達はきさまやナシコを抹殺するためにDr.ゲロが生み出した人造人間だ」

「なに……!? ……そりゃあずいぶんとお早いお出ましじゃねぇか……」

 

 並んで浮かぶ三人と悟空さんが対峙するのを地上から見上げる。……15号こっち見てない? 気弾とか撃ってきたらウィローちゃんじゃ防げないだろうし、っく……構えとこ……。

 あと注意を促しとかなくちゃ。

 

「ウィローちゃ……なにやってんの!?」

「ん?」

 

 気を付けてって言おうとして、私の背中を片手で支えたまま衣服を脱ぎにかかっているウィローちゃんの腕を掴んで止める。ブラ見えてる、スポーティなの見えてるから! なんでいきなりストリップ? 私を喜ばそうと!? 露出に目覚めちゃったとか!?

 

「お前に巻くために決まっているだろう。酷い怪我だし、何よりその格好をなんとかせねばならん」

「い、いいよ、駄目だよウィローちゃんは肌見せちゃ」

「馬鹿を言うな。お前こそ」

 

 眉を寄せて無理矢理脱ごうとするウィローちゃんをなんとか押さえ込んでいれば、上空で戦いが始まったようだ。状況は3対1。でも悟空さんなら大丈夫なはず……! って思ったんだけど、すっごい苦戦してる……!

 

「どうした孫悟空! そんなものか!」

「くっ、こいつらほんとつぇえな……! ナシコがやられっちまうわけだ……!」

「……!」

 

 通常状態だから劣勢なんじゃない。悟空さんはとっくに超サイヤ人になってるんだけど、それでも押し切られてる。3年後の人造人間襲来に備えて修行してたみたいだけど、ナメック星の時からさほど戦闘力が上がっていないんだろう。そうすると1億8000万とそれに近いの2体を同時に相手取るのはいくらなんでもきついのか!

 

「なんだナシコ、負けちまったのかよ」

 

 ふと傍に下り立つ気配があって、振り向けば、ラフな格好したターレスがいた。

 腕を組み見下すように私を見ている。なんか、不機嫌……?

 疑問に小首を傾げ、遠方から大きな気が近づいてくるのにそっちへ顔を向ければ、今度はラディッツがやってきた。

 

「なんてザマだ、ナシコ。それでもアイドルか」

 

 纏っていた光を散らして腕を組むラディッツが辛辣な言葉を投げてくるのにムッとして、頬を膨らませて無言の抗議。こんなにボロボロになってる私を労わってくれてもいいのに! 優しくしてくれるのはウィローちゃんだけだよー……こらっ! 脱ごうとしない!! 手で間に合ってるから!!! 大丈夫だから! ほら、見えてないでしょ!?

 

「カカロットめ、苦戦しているようだな」

「仕方ねぇな……5分しかねぇが、下級戦士のお遊びに付き合ってやるとするか」

 

 腕を解いたターレスが、ラディッツが順次超化して冷たい衝撃波を発するのに、ぶわっと髪が持ち上がる。うああっ、さっむ!! やめろ他所でやれお前ら!! さっむ!!

 

「三人がかりの不意打ちでなければ人造人間は倒せんか……?」

「何言ってんだお前」

「放っておけ。いや、おいナシコ、ボケは時と場合を選んでしろ」

「ぼけてないよ」

 

 伝説の超サイヤ人が、三人も揃ったんだ。三大超サイヤ人。つまりは、これであいつらはおしまい。

 ふいー、ようやく私も休めるよー……。あーあ、サイン会どうしよう。残りの方達、日程変えてもう一度呼ぶのかな。他所の都から来てくれてる方もいるのに? 交通費とか、出したり……うー、うー……こういうの、タニシさんにお任せしよ……。できれば被害を被ったファンの方には、私の方からも何かしらしてあげたいな。

 

「行くぞ!」

「応!」

 

 すっかり息の合った合図を交わし、黄金の気を噴出させて加勢に向かう二人。

 だーかーらーっ、風やめてね! 寒いでしょ!!

 

「ナシコよ、腕を上げろ」

「ウィローちゃんは脱がないの!! ああーもおー!!」

 

 制服脱いであられもない格好を晒すウィローちゃんに、こっちが赤くなってしまう。

 うけっ、けっ、こくっ……くぁ、かわいい……死ぬ……!

 美少女と密着してしまい瀕死のナシコです……もうここで寝ちゃおっか? そうしよ??

 

 

「ぼああ!」

「ッ!!」

「くたばれぇ!!」

「……!?」

 

 抵抗するウィローちゃんを組み伏せて服を着せ直してあげていたところで、空に二つの光球が膨れ上がった。

 向こうは一瞬で片が付いたみたいだ。

 

 二体の人造人間は孫悟空さんとの戦いから引き剥がされ、1対1の状況を作り出されて、ほんの数秒の攻防の後に破壊された。

 ターレスの戦闘力ならそれはわかるんだけど、ラディッツでよくやれたなー……頑張った! あとでご褒美あげなくちゃ。何がいいかな……最近構ってあげられてないし、二人でおでかけしよっかな。ご褒美はその時に決めよっと。

 

「14号と15号がやられたようだな」

「くっ!」

 

 悟空さんをガードの上から蹴り抜いて吹き飛ばした13号が不敵に笑う。

 ……あっ、そうだそうだ、忘れてた!!

 

「ラディッツ、ターレス! 残骸残しちゃだめ! 合体するよ!! 完全に消滅させて!!」

「あん?」

「おい、なんだそれは。そういう事は早く言え!!」

 

 言いつつ、ぱらぱらと零れ落ちていく人造人間の欠片に気弾を連射し始める二人。

 よしっ、これで……!

 

「そんなことまで知っているとはな……だがこれで100%、お前の行動パターンを補完した」

 

 ベストを開き、そこに仲間のパーツを吸収し、同じく額からも飲み込んで取り込んだ13号が変貌を始める。

 くっ、遅かった……! 事前に説明できていれば、回避できてたはずなのに……!!

 

「ソンゴクウ!」

「なっ、くぉっ!?」

 

 髪は赤く染まって逆立ち、盛り上がり肥大した筋肉を誇示する青い肉体に、目も無く赤く染まった双眸。

 合体13号は、駆け付けたターレスやラディッツには目もくれず、一目散に悟空さんに突撃してラリアットをかました。

 

「悟空さん!?」

「野郎!」

 

 氷山に激突する彼に思わず口元を押さえてしまう。入れ替わりに突撃したラディッツは、ああ、駄目だ! 素早い拳撃に顔を打たれて怯んだところを髪を掴まれて振り回され、ターレスへと投げつけられてしまった。

 それを避けてキルドライバーを発射ターレスも、被弾を意に介さず突っ込んでくる13号の頭突きに打ち落とされてしまった。

 

「はぁああッ!!」

 

 光の柱が立つ。悟空さんだ!

 氷山から飛び出してきた彼が一直線に13号へと向かっていくのに、力を振り絞って立ち上がる。私も行かなくちゃ!

 そうしようとして手を掴まれた。振り払おうかと思ったけど、さすがにそれはあれだから、振り返って文句を言おうとして。

 

「その体で無茶をするな、と言っても聞かんだろうな。持っていけ」

 

 諦めたように笑うウィローちゃんの手から暖かいものが流れ込んでくる。

 ん……失っていた気が、少しずつ……ほんの少しずつ回復していくのを感じる……。

 

「こんな程度ではなんの足しにもならんだろうが、それでもこれくらいはさせてくれ」

「ウィローちゃん……」

「さあゆけ、ナシコよ。どうせならお前が勝利を掴んで来い」

 

 言いながら、ラディッツ達が落ちた方へ顔を向ける彼女に、深く頷く。

 うん、二人の事は頼んだよ。きっと、あいつは私がやっつけてみせるから!

 

「頼んだぞ……」

 

 なけなしの気を振り絞って飛び立つ。

 一直線に13号の下へ。殴り飛ばされた悟空さんの背中へ向けて。

 

「悟空さん!」

「ナシコか! よしっ!」

「はい!」

 

 言葉を交わす暇はない。吹き飛びながらもこっちへ顔を上げて手を伸ばした彼に、躊躇なんか捨ててその手を掴み取る。勢いのまま振り回し、悟空さんの体を13号目掛けて投げ返す。

 その際、ウィローちゃんからもらった分も含めて私の気を全部悟空さんへと受け渡す。

 

「だありゃあ!!」

「ッ……!」

 

 黄金の気を激しく噴出させて一つの弾丸となった悟空さん渾身の頭突きが13号を怯ませた。そのまま格闘戦に持ち込もうとする彼だけど、硬すぎてダメージが通ってない。最初の一撃以外は微動だにしない13号の片腕のハンマーによる反撃で地上へと打ち落とされてしまう。

 

「ナシコ……!」

「っはや、ちょ!」

 

 その巨体でなんというスピードか、一瞬で距離を詰めてきた13号が大きく腕を広げるのに、見上げる以外できなかった。避けるなんてもってのほか。なびく髪の感覚だけがはっきりとしていた。

 

「がぁああっ!!?」

 

 ガバッと抱き着かれてすぐ、締め上げられるのに悲鳴をあげる。接近に対応しようとして外しかけた左手だけが13号の体を押し返そうと奮闘したんだけど、こうも力の差があるとびくともしない……! っく、潰れる……!?

 

「ひっ、ぁぁあああ!!!」

 

 悶えて、もがいて、でも抜け出せなかった。

 挟まれた左手も痛ければ潰れた胸も痛いし、このままじゃ背骨折られるどころか上半身と下半身がブチッといって泣き別れそう……!

 ……って、ああ、何やってんの私! ここだよ!

 

「──!?」

「っく、ふ!」

 

 しゅるるっと子供に戻れば、大人と子供の大きさの差分隙間がひらいて、でも、動けない私じゃそこから抜け出す事はできなくて。

 

「ナシコ!」

 

 掴まれた足を引っ張られ、自分の意思とは無関係に抜け出せた。数瞬遅れてバァン!! と13号の腕が締まる。うあっ、あっぶなー……なんちゅう音出してんだよ……!

 流れる視界の中、左腕が自然と胸を押さえた。ああ、そうだった、丸出しになるとこだった!

 

「ぁ、ぁありがとございまっ、」

「下がってろ! 頼むぞ、ナシコ……!」

 

 浮遊して、構える悟空さんの横に並ぶ。今のは彼が助けてくれたんだ。

 お礼を言おうとして、キッと睨みつけられるのに胸がきゅんとする。

 それから、頷く。彼と接触していた際、心の中に声が響いた。

 元気玉だ。もうそれしか手はねぇ。オラが時間を稼ぐ。頼む……! って。

 

「はい!」

 

 頷いてすぐ、右手を空へ上げる。

 彼も頷いて返してくれた。ワイルドな笑みを浮かべて、それから、途方もないくらいかっこいい表情が前へ向き直って行ってしまうのをスローで見送る。

 

「だっ!」

「ソンゴクウ……!!」

 

 光の線を引いて戦士はゆく。

 その拳は、蹴りは、全然通用しなくて、相変わらず劣勢だけど。

 決して閉じない翡翠の瞳の、その煌めきが私の胸を熱くした。

 

(空よ……海よ……大地よ……)

 

 目をつぶり、俯きがちになって世界へ、宇宙へと呼びかける。

 お願い、また、私に力を貸して……!

 

「シカトぶっこいてんじゃねぇ!!」

「きさまの敵はカカロットだけでは断じてないぞ!!」

 

 復帰してきた二人も攻撃に加わって、蹴散らされていく。

 腕の一振り、気弾一つの発射で大ダメージを受ける彼らの苦悶の声が胸を締め付けた。

 はやく……! みんな殺されちゃう……! はやく……!

 

「だぁあ!!」

「! ヌ、ソ、ソン──ゴクウ!」

「いいぞカカロット! 押さえ込め!!」

 

 気の動きから状況を把握する。悟空さんが奴を羽交い絞めにして、抜け出されないように全力出力を発揮している。感知しなくたって噴き上がる力の波動が私の体をも突き抜けていく。

 同じように全力全開になったターレスとラディッツも、胴部分に、足にしがみついて動きを止める。

 ……みんな、私が元気玉を完成させるのを待ってるんだ……! みんな、私を信じてくれて……!

 

「ぐぎぎぎ……!」

「ぐ、くくっ……馬鹿力めがッ……!」

「サイヤ人をッ……舐めるな……!!」

 

 凄い……! 凄いよ、みんな!

 押さえ込めてる……! 押さえ込めてるよ……!

 あとは、あとはっ、私がこれを完成させるだけ!

 

 宇宙のみんな。ファンのみんな。

 ナシコに力、わけてくれ!

 

「んっ!」

 

 空へ向けていた右手に元気が宿る。

 完成した──そう確信して、目を開く。

 確認した手には、白い光が纏わっていた。

 

「やれぇーー!! ナシコーーっっ!!」

「やっちまえ!! てめぇの力見せつけてやれ!!」

「オレ達の事はかまうな!! そのままぶち抜けぇ!!」

 

 みんなの声に、手を握りしめて頷く。

 右腕を引き絞り、突進体勢に入れば、もがく13号の目が私に向いた。

 

「ナシコ──!」

「ふぅっ!! く!!」

 

 スパークする。

 限界を超えた体の、さらに限界を超えて力を引き出し、スパークリングへ移行する。

 それはたぶん1秒持たないし、反動もやばいだろうけど!

 

「終わりだよ!!」

「!!」

 

 お前を貫くのには充分だ!!

 

「だぁあああっ!!」

 

 いっそうもがく13号へ接近していく。

 それがどうしてかゆっくりに感じられた。

 歯を食いしばる13号の表情も、三人の顔もはっきり見えて。

 

「ナ、シ、コ──!!」

「うりゃあああ!!!」

 

 鳩尾に突き立つ小さな拳がメリメリと沈み込んでいくさまも。

 目を見開き、ゆっくりと口を開いていく13号の顔も。

 ついには肩まで突き込んで、機械的な中身に腕を削られながら反対側へ突き抜けた手が、オイルを吹き散らして冷たい空気に触れるその感覚も。

 

「ナ、シ、コ────!!」

 

 瞬間、三大超サイヤ人の気が膨れ上がる。

 それが13号の体を押し潰すように広がっていくのに腕を引き抜いて離れる。

 三方から狭まっていく黄金の気が風穴に達した瞬間、13号の体が捻じ曲がるようにして暴れた。

 

 ──爆発。

 

 広がる白光に咄嗟に顔を庇い、爆風に煽られて吹き飛ばされる。

 上下もわからないまま、私の意識は光の中に消えていって──。

 

 

 

 

「なし、ナシコちゃっ、はふ……」

「あっ、大丈夫!? もう、しっかりしてね?」

「ふぁい……はへへ」

 

 デパートの広い一室。

 私の前に立つファンの子が立ち眩みを起こしてしまうのに声をかければ、持ち直して笑うのに、写真集を返す。

 嬉しそうに本を胸に抱えるその事少しお喋りして、お別れして、次の方。

 

 はふぅ。

 

 私達は、全員無事にお家に帰る事が出来た。

 私の怪我も、ターレスが持って来てくれた仙豆で完治させることができた。

 助かったよー……生活するのめちゃ大変だったもん……。

 ぴって指で弾いて仙豆渡してくれたターレスのドヤ顔かわいかった。

 でもなんかあの仙豆土ついててジャリッてしたんだけど、なんだったのかなあれ。採れたて?

 

「あ、ごめんなさいっ。握手は駄目なんです」

「そうだったんですか……残念!!」

 

 接触を求めてくる人に申し訳思いつつもお断りして、本を渡し、お話しする。

 前のサイン会から日を開けて、前の方達に個別にお知らせして、新しい方達も抽選で募集して。

 またこうしてみんなと会う事ができた。

 衣装もばっちり新調して、今日の日を迎えた。

 

「応援ありがとう」

 

 ふと、なんとなく 横を向いた時に、タイミングよくファンの方と話し終えたウィローちゃんもこっちを見て、目が合った。

 1秒にも満たない短い時間、視線を交わし合う。

 

「えへっ」

 

 ぴんっ、とウィンクすれば、ウィローちゃんはくすりと笑った。

 




TIPS
・未来(明日)への咆哮
あるゲームの燃えソングだよ

・孫悟空
遠方で増大したナシコの気が小さくなるのに、様子を見るために瞬間移動してきた
悟飯、ピッコロとの修行開始から4ヶ月。戦闘力にはさほどの変動はない
基礎戦闘力310万 超化1億5500万

・ターレス
ナシコ親衛隊その2
東の都にて何やらやっていたようだ
こちらも戦闘力にさほど伸びはない
基礎戦闘力370万 超化1億8500万

・ラディッツ
ナシコ親衛隊その3
ラディッツも都に用事があったようだ
何をしていたかは不明
超サイヤ人同士で組手を行う事ができる環境であるためかなり伸びている
基礎戦闘力は370万 超化1億8500万

・ウィロー
ナシコ親衛隊その1
SNSに蔓延る過激派ナシコ親衛隊とは対立している
ちなみにスポブラは水色でリボンの柄が一つあしらわれている
戦闘力は23万

・13号
たまにウィロー達の方をチラ見してニヤついていたのは
ナシウィてぇてぇ状態になっているだけであり
攻撃の意思はなかった

・合体13号
合体する、という点ではセルの試作型的存在だったのだろうか
戦闘力は単純に足し算にするとしよう
1.7+1.7+1.8=5.2億
よって最大戦闘力は5億2000万


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幕開
小話 増えた弱点


「ふえー」

 

 くるまっていた布団から抜け出して、女の子座りになってぽけーっとする。

 うー、だるだる……。

 遮光カーテンの方を見れば、微かな明るさが朝の到来を告げていた。

 

「ん……」

 

 隣を手で探ってもウィローちゃんはいない。

 それは、結構前からわかっていた。目が覚めたの、2時間か3時間前だし。

 眠かったのと、もやもやしてたから体弄ってたらもうこんな時間だ。

 

「……ふ」

 

 吐息する。

 熱っぽい息に唇をむにむにさせて、身動ぎして移動し、ベッドの頭の方に背中を預ける。

 頭の中ははっきりしないけど、熱に浮かされているのははっきりしていて。

 じゃあ、もちょっと……。

 

「ん、ふ……くふふっ」

 

 鼻にかかった声に笑っちゃいながら、頭を傾けて物思いに耽る。

 噛んで固定したパジャマの裾がすっかり唾液で濡れそぼってしまったくらいに、ようやく目が覚めてきた。

 

「くぁー……あ。はふ……」

 

 おっきなあくびを一つすれば、ぱたりと裾が落ちてお腹に冷たい感覚。

 余韻にふるるっと体が震えて、それにもなんか笑っちゃった。

 くすくす、うふふって笑いが止まらない。へへ、かわいい笑い方練習してたのって何十年も前だけど、起き抜けの演技とかなんにもしてない時でもそんな感じになっちゃってるよ。へんなの。おかしー。

 

「ふふっ……んっぅ……」

 

 ん、まだちょっとぼーっとする。

 でも、二度寝とかしたら夜眠れなくなっちゃうから、無理やりにでも起きないと。

 それにはカーテン開けるのが一番だー、とベッドから転がり落ちて、ゾンビのように這って窓際へ。

 壁を使って赤子のように立ち上がり、掴んだカーテンを勢い良く左右へ吹っ飛ばす。

 

「うーおー」

 

 一面銀世界。

 地球は、雪に包まれていた。

 

「ぐあー~~~~、うひー~~~~」

 

 積雪に反射する光が目に痛い。うおおお、もうだめ。二度寝決める……。

 聖なる光に追いやられ、ベッドへと逆戻り。

 ほんのり微かな甘い臭いに包まれて、ウィローちゃんの香りもするのに体を擦りつける。

 はぁー、お布団のフカフカ感、さいっこぉー。

 

「ふにゃうにゃ……」

 

 んー。今の、かわいい声はー……へへー、かわい子ぶりっ子しましたぁー。

 あー、さすがに、いくら私が全ての宇宙を超え遥かなる全王様をも凌駕する可愛さを持つとはいえ、あれだね。いたいね。うん。

 

「起きましょ。ぁーい」

 

 自分に話しかけて、自分でお返事。

 むくりと起き上がり、ぼっさぼさの髪に指を通す。こんなに乱れてるのに引っかからないのいっつも凄いなーと思う。自分の体のことなんだけどね。

 

 汗やら何やらで汚れたお布団を抱えて、ゆらゆら揺れて目を覚まそうと試みつつ1階へ。

 階段で足を外して滑り落ちてもノーダメージ。強くなるって素晴らしい……心臓口から飛び出そうになったけどな! はぁ、はぁ、びっくりした……! さすがのオレも今のは死ぬかと思ったぜ……!

 でももう大丈夫。オレの分の仙豆はいりません……絶対に階段上り下りできますから……!

 

 なおもっかい滑り落ちた模様。ひーん! ウィローちゃん助けてぇええ! お尻いたいよぉおお!

 うそ。実は全然痛くない。なんでか知んないけど、私って気を抜いた状態でも結構頑丈なのだ。7年くらい前かな、街中で不意打ち包丁グサーってされたことあったけど、なんともなかったし。刺した方が怪我しててこっちが大慌てしちゃったくらいだったもの。

 

「えいしょー」

 

 脱衣所にて洗濯機に布団を投げ入れ、脱いだ服もぽいぽぽい。

 一緒に洗って大丈夫なのかといえば、大丈夫なのだ。うちの洗濯機はデキが違うんでね……なんでもできる良い子だよ。ズボラな私のつよーい味方! 

 

 お布団を洗いつつお風呂に入り、さっぱりする。

 お庭にお布団を干して、リビングで朝ご飯食べてー……。

 ……。なんか、テーブルの上にメイクポーチ置いてあったんだけど……これ私のか。

 前にどっかやっちゃったもののもう必要無いからなーって探さなかったの、見つかったんだ。

 誰が置いてくれたんだろ……?

 …………。

 

「なんか静かですね……」

 

 詠唱しつつお皿を台所へ片して、髪を纏めて、台座に乗ってお皿洗いに移る。食洗器はあるけど使わない。だって一人分のお皿しかないし。

 

 食器の鳴る音と水がシンクを打つ音だけが部屋の中にあった。

 

 今日、家に誰もいない?

 でもそういう話は聞いてない……よね?

 

 胸に走る寂しさにカプセルホンを取り出してつけてみるも、特に連絡や通知はなかった。いや、昨日のおやすみって呟きにたくさんお返事きてるし、今おはようって呟いたらめっちゃお返事きたけど、肝心のウィローちゃんの反応はないし、ラディッツもターレスもメールの一つもくれやしない。

 

 SNSを眺めつつ食休みを挟んで、図書室から小説を持って来てソファーに背中を沈め、しばらく読書に没頭する。

 それに飽きたらお菓子を食べながらテレビを見る。

 今誰もいないからお菓子パーティ開き放題だぜ! 1日1袋のポテチも3袋食べちゃうぜー。

 そして証拠隠滅に空袋は気で消し飛ばすのだ。完 全 犯 罪!

 

「ん~ふ~」

 

 アイスクリームを用意して、メロンソーダも用意して、ぽんとかぶせてクリームソーダ!

 ……トッポとか刺しちゃう。いいねぇいいねぇ。チョコも一欠けいこうぜ。いいねぇ!

 

「アルティメットデザートの完成だ……素晴らしい! さらにパワーアップしてしまったぞ!」

 

 ご機嫌なおやつができたので、ここでカプホを取り出して撮影。

 ん~。テーブルに肘を乗せ、コップを倒してしまわないように注意しつつ乗り出して、カプホを持った手をうんと伸ばしてツーショットを決める。

 パシャリ。

 これをアップしてー、「最強デザート♡いぇいいぇい」と呟けば、ぱぱぱぱーっと通知がくる。

 

「……むむむ」

 

 超速に雪崩れ込んでくるお返事の数々を素早く確認していくも、やっぱり誰も反応してくれない。

 おっかしいなー。ラディッツならすぐツッコミ入れてくれると思ったんだけどなぁ。

 こないだも外食した時にぱしゃりこしたんだけど、『「朝ご飯^^」って呟きつつ自分の顔の方が大きく映っとるじゃないか。痛いぞ』とか文句言ってきてさー。イタくないよ!

 

 だってナシコかわいいし~。おいしそうなご飯に美少女の図はサイキョーなのだ!

 なんて調子に乗ってたら「百歩譲って家で撮るのは構わんが外ではやめろ」とウィローちゃんに叱られた。意外にもターレスはノータッチ。かと思いきや、帰宅後にカメラの設定の仕方聞いてきて笑った。自分で作ったご飯綺麗に撮りたかったんだって。笑う。爆笑。でこぴんされて吹っ飛んだ。その仕返しは100倍返しでやったから後には引いてないけど、今思い出してむかむかしてきた。あいつ絶対許さない……!

 

「あ、クリリンだ。おは~っと」

 

 お返事の中に彼のアカウントを見つけて反応する。つついのつい。うーん、高速よいしょされた。暇なのかな?

 

「ふふっ」

 

 あはっ、なんだこれ。朝の挨拶ちゃんとできて偉いぞーってお返事あるんだけど。父親面されてる! あはは、おっかしー。いや誰だお前。

 

 お? なんだこのアカウント。……13号のやつっぽい……? や、そうっぽいなって思っただけで確信できるような情報はなんにもないんだけど……プロフは、なんか、不幸があり更新停止的な事が書かれてる。不穏だなー……。私をフォローしてるし……。

 

「ま、いいや」

 

 もっかいパシャリコ。リビングの隅の観葉植物とツーショット。これはラディッツの趣味だね。お部屋に彩りを与えるの得意なんだよねー、よくインテリア買ってきたりして設置場所考えてる姿を見る。邪魔すると怒るー。勝手に場所動かすともっと怒る。

 

 最近もっぱら自撮りが趣味で、事あるごとに撮ってこんな感じでアップすれば、みんな喜んで反応してくれるのが嬉しい。

 ちやほやされてる時が一番生きてるって実感するんだよなぁー……はぁ、みんな好き……。

 でも肝心の私の家族がだーれも構ってくれないのが悲しい。

 あのねー、ここの家主は私なんだぞー。なんで黙って出かけちゃうんだよー。

 …………出てっちゃったって事はないよね……?

 

「……ないない」

 

 といいつつも増大する不安に唇を噛む。

 あ、やだ、肩震えてきた……。横にカプホを放って、膝を抱えてソファーに転がる。

 うー。なんでなんにも言わないの……なんで置いてくのー……?

 

 だめだぞーそういうのはー……死んじゃうぞー?

 …………。

 

 ぐりぐりとソファーに頭を擦りつける。頭皮の痛みと熱に少し気持ち悪くなった。

 …………。

 

「あ、そだ! 研究所の方にいるのかも!」

 

 ぴんときて復活する。ウィローちゃんならそこにいそうじゃない? いや、きっとそうだ!

 他の二人はー……ふふん、気を探るまでも無いね。私くらいになるともう、すーぐいる場所わかっちゃうんだよねー!

 んでー、あれかな。ウィローちゃんがいるのは医療プラットかなー。研究・実利プラット? 実験・観測プラットの方かも。

 テーブルに飛びつき、長いスプーンを使って猛然とアイスを食べつつ、ウィローちゃんのいる場所にあたりをつける。

 

 最近この山の中……おうちの下に作られた大きな研究所は、なんかバイオみたいな雰囲気あって凄い苦手なんだけど、会いに行くには勇気を持って飛び込むしかないよね。

 

「そんなわけでやってきました。ナシコ~イン~ウィローちゃんの秘密研究所~っ☆」

 

 口元に拳を添えてマイクにして、小さくジャンプ。ついでにいくつか星のエフェクトを飛ばす。

 いやー、そうでもしなくちゃこの怖い雰囲気には太刀打ちできないんだよなあ……。

 スーパーアイドルもお化けには勝てないんだよ……。

 淡く黄色い光を発していた星が壁にぶつかって床に落ち、溶けて消える。

 ……このテンション、一人だと虚しいばかりだ。やっぱり誰かいないとなー……。

 

「認証認証~おらっナシコ様のお通りだっ」

『カクニン イタシマシタ。ヨウコソ ナシコ サマ』

「おっつ~」

 

 スキャン認証してくるゲートを通れば、数段のみの階段の下にある分厚い鉄扉が開く。

 ぼうっとしてると閉まっちゃうので、気持ち駆け足で侵入すれば、ああ、この薄暗さだよ……やだやだ。

 あのね、インテリアに色んな照明勧めてみたんだけど、ウィローちゃんはこの明度が落ち着くんだってさ。長年そういう所に住んでた弊害なのかなー。

 『眩しい世界もいいものだけど、こういう場所も好きなんだ』って笑ってた。

 かわいかったのでハグハグ&よしよしの刑に処した。途端に半目になってお人形になるウィローちゃんであった。

 

 迷路みたいな通路を行く。

 あっちにこっちに道が伸び、ホラーな雰囲気が蔓延っている。

 時々掃除ロボットがひょっこり出てきてびびるけど、見た目は二足歩行のネコみたいなものだから怖くはない。あ、でも当初の冒涜的精神汚染を引き起こしそうなバイオ生物は無理。たまにここに足を運ぶ私のためを思って! と頼み込んで、ファンシーでメルヘンなネコロボに変えて貰ったのだ。

 

『ヨシ!』

「精が出るねー。がんばれー」

『ヨシ!』

 

 あっちにこっちに指さし確認していく掃除ロボ。ヘルメットがチャームポイント?

 かわいーなー。でも近寄らんとこ……なんか怖い。

 

『ナシコよ。寂しいなら手を繋ごうではないか』

「そ? お願いお願い!」

『怖いのなら、腕を抱こうではないか』

「ほへっ、積極的ぃ~!」

『恋しいのなら、口づけをしようではないか』

「きき、禁断のこいっ……!? だめだよウィローちゃん、私達姉妹なんだよ……?」

『愛しいのならば……一つになろうではないか』

「まって、これはなし。やめよ、こえーわ」

 

 声真似でウィローちゃんを演出して、二人で探索してる気分になってみたけど、私の内なる恐怖心が滲み出てきてしまっているのか台詞選びに支障をきたしてきたので取りやめる。怪奇生物となって食べられてしまう想像に膝が震えてきた。

 

 あああ、私、ホラー苦手なんだよおおお。

 未だに夜におトイレ行くの苦手だったりするんだよー!

 なんなら日中でもお風呂入るの怖かったりする!

 

 知ってるかな。

 シャワーを浴びている時、頭の中で「だるまさんが転んだ」を三回言ってしまうと……。

 

 背後に髪の長い女の霊が現れてしまうんだって……。

 

「たしゅけちぇ……う、うぃろちゃ……だこちて……だっこ……」

 

 一人で勝手に恐ろしくなって施設内部を徘徊する。

 そろそろやばい。ほんとにやばい。

 無意識化でへんてこな気をあっちにこっちに作り出しちゃって、それによる変な気配や息遣いに引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 

「♪そうだ! そうだ! さあ歌おう!」

 

 恐怖心を振り払うため、指を振って気の光の雨を廊下いっぱいに降らして輝きで満たす。

 天井で溶けては白銀となって降り注ぐ雪の結晶。

 足元に積もり始めたそれをサクサクと踏み締めて小走りにゆく。

 

「だ・か・ら♪ 誘ってるんだこーえがするっ」

 

 指を振り振りテンポ良く歩み、床へ向かって半円を描く。

 指先で巻き上げた粉雪をくるくると弄んで、腕を振って散らし、もう片方の腕も大きく広げて柔くばんざい。

 

「♪あっちかなーこっちかなっ、どこでもいいよ冒険しよう!」

 

 早口気味の歌詞を口ずさむ。目をつむって腰に手を当て、うりうりと交互に肘を出して堂々と歩くキッズスタイル。

 目を開けば好奇心に満ちて、あっちもこっちも未知の世界。ああっ心がうずくよふんばらなくっちゃ、声が私を呼んでるの!

 

「♪転んだってめげないで! 迷ったって泣かないで!」

 

 くりりくるりと二転三転。雪景色の中を妖精が行く。

 

「♪無敵の妖精のお通りだぁい!」

 

 七色の柱が背後にたって、天へ向けた手の平がとっても挑戦的な、ナシコの持ち曲『雪妖精の冒険。』でした!

 はっはっは、むなしい!

 

 認証式の扉の中に私が入れない場所は一つもない。本来カードキーとか特殊なアイテムが必要らしいけどね、私はフリーパス。でも入りたくはないなー……なんか出てきそうで怖い。

 エレベーターは密室になるのがイヤなので、階段で最下層を目指す。せっかくスピーカーあるんだからさぁ、和やかな音楽とか流さない? 不気味な沈黙がすっごい不安を掻き立てるんだけど……。

 

 無駄にびくつきながら彼女の私室へと辿り着く。

 ここだけちょっとおしゃれなドアでほっとする。

 中の雰囲気は、外とあんまり変わらないんだけどね……。

 

「ウィローちゃーん……?」

 

 整理整頓された室内は、言ってしまえば簡素で質素。無機質で物足りない感じ。

 デスクの方のパソコンはつきっぱなしで、そこだけ強い灯りを放っている。

 

「……ん」

 

 場違いなカプセルポットが設置されている。

 人造人間が収納されているようなタイプで、でも、サイズは小さめ。

 上側から伸びるパイプが傍のよくわかんない機械に繋がっていた。

 

「ウィローちゃ~ん」

 

 半球状の窓から覗き込めば、眠り姫を見つけることができた。

 柔らかそうな内部に背中を預け、胸元で手を組んで眠っている。

 分厚い窓に触った感じじゃわかんないけど、多分中は冷たい空気で満たされてるんだろう。

 

 これが彼女のデフォルトスリーピング……ではない。

 普通に布団で寝るはずなんだけど、何してるんだろう、これ。

 呼びかけながらノックしても反応なし。

 

「なんだよー、ぶーぶー」

 

 しばらく名前を呼んだり話しかけたりしてみたんだけど、起きてきてくれない。

 せっかくここまで来たのに……あーんもう! なぁーんでみんなナシコ置いてくの!!

 

「ふんっ」

 

 デスクチェアに勢いよく座り込んで、キャスターが滑るのに任せて目をつぶる。

 それから、足だけ使って机の前に戻り、机に広げられた何かの設計図やよくわかんない数式とか英語? みたいなのが書かれた紙を眺めたり、目の前の壁にかかるホワイトボードに貼られた資料っぽいのとかを見て時間を潰す。

 

 15分ほど彼女の目覚めを待ってみたけど、出てくる気配がない。

 ああ、もういいや。もういいよ。

 ウィローちゃんなんか知ーらない。

 ラディッツでも探しに行こっと。

 

「お庭かなー」

 

 研究所を脱出し、お庭のプールを見に行ったり、温室を見に行ったり、無駄ポッド発着場を見に行ったり、重力室を見に行ったり……おおお?

 いない。

 いないなあ、ラディッツもターレスもいない。

 

「っかしいなぁ。私なら絶対見つけられるはずなのに……」

 

 気を探らずにでもいけるはず。

 だってもう長い付き合いだし。

 あー、あれかな。ここにいないって事は、都に出てるかー……弟さんのとこ?

 つまりは、チチさんち。

 

「……うし、行くか」

 

 悟空さんがいるから行くのに躊躇しちゃうけど、一人でいるの嫌だし……コミュ力を限界まで引き出して向かうしかあるまい。

 でも今日は車出してくれる人どっか行っちゃってるので、飛んで行く事に。

 そのためには下が見えないコーデにしないとね。

 

 家に戻り、着替えて準備して、一路孫家へ向かって空路を行く。

 気で冷気はガードできるけど、それでラフな格好するんじゃ女が廃る!

 きっちりお洒落な冬コーデ。もふもふ白に淡いピンクがアクセントのマフラーに、手編みの雪だるまセーター。そしてもこもこ半ズボン!

 すらっと伸びる生足がセクシー&キュートな完っ璧っプリンセスストロングスタイルだぜ、いぇいいぇーい! やっばーい!

 

「『オレは今、究極のパワーを手に入れたのだーーっっ!! うわははははは!!!!』」

 

 空に響き渡るピッコロヴォイスを置き去りにして、あっというまにパオズ山。

 もう何度も足を運んでいるから、道はばっちり。

 冬の顔を見せる山を眺めながら半球状のおうちを発見!

 

「『10円っ!!』」

 

 ついでに向こうの空に豆粒サイズのピッコロ本人を発見して口走る。

 何やってんだろ、あれ。マントをなびかせてずーっと浮かんでるだけ。

 黄昏てんのかなー……ナメック星人でも、きっとそういう気分になる時はあるんだろうね。

 

 孫家の、その裏手。

 開けた広場に悟空さんがいた。

 当然無視して家に行く事はできないので、ゆっくり下り立って気を散らす。

 

「お? よ、ナシコ!」

「よよよよよよ、よ! よ、よ!」

「悟飯と遊びに来てくれたんか? それとも、オラの修行相手になってくれんのかな」

「へへっ! へ、へぅ……うへへっ、へ……」

 

 あああ。相変わらず会話にならない! なんだこのクソザコ性能は!

 やめて、やめて、今下り立つ瞬間にしっかり心構えしたでしょ! ちゃんとお喋りして、気持ち悪くならないようにしようって思ったでしょ!!

 それがなんだこの体たらくは。やだやだ、もう死にたい。

 

「……?」

 

 だって悟空さん、半裸なんだもん!!

 下は山吹色の胴着のズボン。首に青いタオルを巻いて、湯気を上らせている。

 今は休憩中? 邪魔しちゃったかな……。

 

「ふ、ふへっ、ふぇぇ……」

 

 あっつくなっちゃった顔を手で覆っていやいやってする。

 ああ、恥ずかしい! かっこいい!

 もおー! 悟空さんってなんでこんなに格好良いかなー!?

 

『おはござーおはござーおはござー!』

「?」

 

 不意に女の子の声が聞こえるのに手を退かす。

 なぁに、今の。誰の声?

 辺りを見回しても、ここには私と悟空さんしかいない。

 というか、聞き覚えのない声だったんだけど……お客さんでもいるのかな?

 

 悟空さんの背中に目を向ければ、彼は切り株の前に胡坐を掻いて、何かをじーっと見つめながらタオルで汗を拭いていた。

 なんだろ。

 気になったので、距離を取りつつ回り込んで遠方から覗き込む。

 

『ごめんね……ごめんねはやめよっ?』 

 

 陽気な笑い声は、切り株の上に立てられたカプセルホンから聞こえてきていた。

 ああ、どうりで聴こえる声が機械っぽかったわけだ。スタンドで支えられたカプホの画面に目を凝らせば、何かのゲーム画面と、二次元的な女の子がゆるゆると頭を振っているのが見えた。

 

 ……ほわい?

 あれ、なんだこれ。なんだろう、え、なにこれ。

 ……悟空さん何見てんのこれ。

 てか何やってんの。

 

 ……な、なんかぜんっぜんイメージに合わないことしてるー……!?

 

「ん? ナシコも気になるんか? ならもっとこっち来いよ、ほら」

 

 ぽん、と膝を叩いてみせる悟空さんに逆らえる訳もなく、どきまぎしながらお傍に寄らせていただく。

 近づけば近づくほど存在感が増して、包み込むような雰囲気に心が蕩けていく。

 緊張も凄いのに、それ以上に安心してしまって表情が緩んでいくのを感じた。

 ああー、頭がぽわぽわするぅー……。

 

「最近チチにこいつを貰ってよ、クールダウンしたい時に使ってんだ」

「そぅ、だった、のですか……」

 

 ぽそぽそとお返事をしながら画面を覗き込む。

 ピンクっぽい髪に花を挿した天然そうな女の子。

 ずーっとお口開けてにこにこしてる。

 縦に流れるコメントらしき何かと、ドット絵風味のゲーム画面に既視感。

 

 こういう配信をするのは、流行りのAItuberかなー。

 

「修行するにしたって休憩すんのは大事だろ。でもさ、こないだ戦った奴らには今のオラじゃてんで通用しなかったから、焦っちまって」

「えっ、え、そんな……」

 

 あ、焦る? 悟空さんが? ぜ、全然そんな風には見えないですけど……。

 朗らかに笑う彼の、その目に映る画面の光。

 やっぱり普段通りの優しい彼の顔で、焦燥とかの感情を見出す事はできなかった。

 

「どうしたって体を動かしたくなっちまって困ってたんだ。そんで、配信っちゅーのを見るようになったんだ」

「ほへー……」

 

 それは、やっぱりイメージに合わないけれど、なんとか会話を続けていくと事情が見えてきた。

 やっぱり悟空さん、こういう機械には疎いうえに、そういうのにも特に興味はないみたいで。

 でもチチさんに「それでも弄って悟空さもちったあ勉強すりゃあいいだ」って言われたから適当に弄っていたら、たまたま勝手に動画が流れ始めて、ぼうっと眺める分にはちょうど良かったので休憩のたびに流すようになったのだとか。

 

『運つよつよなのだ~』

 

 珍しいアイテムを多く手に入れたようで、画面の女の子はご機嫌に歌をうたいながら頭を左右に振っていた。

 けど、マグマに落ちて全部なくなっちゃったみたい。呆然として動かなくなっちゃった。ぽかーんと開いたお口と目のまま、コメントだけが流れている。

 

 この子の事は知らないけれど、私、AItuberのことは少しだけ知っている。

 ここ最近に現れた、いわゆるバーチャルアイドルというやつだろうか。

 完全自立AIらしく、中に人はいないって聞いたけど、今この配信を見てもそんなの信じられないくらい感情豊かで、やっぱり誰か演者がいるんだろうなって思う。

 

 前に企画で対談した時も、ずっと中の人を疑っていた。

 幾人かいるAItuberを作り出したのは、科学者ニーサンって人らしい。性別、年齢、人種は不明。

 

『ママ!? え、ひまママなの? 違うでしょお?』

 

 コメントと会話をする様子は、やっぱり人がいるようにしか見えないんだよね。

 でも人造人間だとかの存在を考えると、ありえなくはないっていうか……。

 うーん、わかんない。あの番組の時も、お話したバーチャルアイドルさんの楽屋は存在しなかったし……勇気を振り絞って挨拶に向かって、空振りに終わったのを覚えている。

 

『ママですよ~~えへへぇ』

 

 ふりふりと頭を振る女の子に、頬杖ついてぼけーっと見ていた悟空さんが動いた。

 人差し指で画面に触れてコメントする欄を出すと、たどたどしい手つきで言葉を入力していく。

 その姿が、これ以上ないくらい貴重なものだとわかるので、私は真剣真面目に網膜に焼き付けることにした。

 はたして、悟空さんがするコメントとは……!

 

『てぇてぇありがとー』

 

 縦に流れるコメント欄に、いくつもの『てぇてぇ』が過ぎ去っていく。

 てぇてぇ……? なんだろ。どういう意味……?

 悟空さんがしたのとおんなじコメントがいっぱいあるのを見るに、打ち間違えとかではなさそうだけど……。

 

「こういう時は、こう言うらしんだぜ」

 

 私の疑問に答えるように、悟空さんはおちゃめにウィンクをしてみせた。

 はうっ……うああ、どきどきどき……。やばいよー、殺されちゃう……!

 か、かっこいいのに、得意げに言うそのお顔はとっても無邪気で純粋で、し、失礼なんだけど、かわいいって思っちゃった……。

 

 

 

「こーらナシコ、口がぽっかりあいてるだよ」

「はぇ、チチさん……」

「おはようございます、ナシコお姉さん!」

 

 あ、悟飯ちゃんも。

 しばらくぽけーっとして悟空さんと配信を見ていれば、二人がやってきた。

 チチさんが抱えたおぼんには湯呑が乗っていて、悟空さんの様子を見に来たんだとわかった。

 

「あんまり根詰めてもしょうがあんめぇ。休憩はしっかりとるんだぞ!」

「…………お、チチ。おめぇも一緒に見るか?」

「ちょっあ!? 悟空さ!?」

 

 切り株の上に湯呑を置いたところで悟空さんにひょいっと抱かれた彼女がその膝の中にすっぽり収められてしまう。もがいたところでお腹の前に手を回されて、観念したように息を吐いた。

 ふふっ、やっぱり悟空さんとチチさんってお似合いのあつあつ夫婦だね。

 

 ちなみに、チチさんはまだ子供の姿である。

 ドラゴンボールはこないだ私が使っちゃったから願いを叶えられないんだけど、だから子供のままでいるんじゃなくて、これはチチさん自身の意思によるもの。

 なんか色々お話した気がするけど、なんてったかな……「わざわざおばさんに戻るのもおっくうだべ。それにナシコも、こっちのオラの方が話しやすいみてえだしな」って言ってた。

 要するにー……私大勝利?

 

「ナシコお姉さん、今日はどうしたんですか?」

「ラディッツを探しに来たんだ。どこにもいなくって」

 

 すっかりお姉さん呼びが定着した悟飯ちゃんに笑顔を向ける。

 悟飯ちゃん、会うたび少しずつ背が伸びてる気がする。成長期なんだね! よきかなよきかな。

 

「お勉強も一段落ついたので、ボクも修行しに来たんです」

「うん、そうなんだ。どう? 強くなれてる?」

「わかりません……まだまだだ、ってよく思います。お父さんにもピッコロさんにも全然敵わないし」

 

 後ろ頭を掻きながらちょっと恥ずかし気に話すのは、ああ、わかっちゃった。その動きの意味。

 お姉ちゃんに自分の未熟さを伝えるのに羞恥心を抱いているみたい。

 んんー、嬉しい! ちゃんと身近な人間だって思って貰えてる!

 

「大丈夫だよ。心配しなくったって、真面目に特訓してれば、悟飯ちゃんがいっちばん強くなるんだから」

「そ、そんな……ボクは、そうは思いませんけど……」

 

 謙遜する悟飯ちゃんは、確かに今はまだ誰よりも未熟だ。

 でもわかってるんだよ? その小さな体に秘められた才能の、その大きさを。

 

「おめぇもそう思うか?」

 

 ほら、悟空さんだって知ってるよ。

 ちょこちょこチチさんと言葉を交わしながら配信を見ていた悟空さんは、その動画が終わるのに合わせて背を反らし、私へと同意の言葉を投げかけてきた。

 昔から悟飯ちゃんには才能があると感じてはいたんだけど、最近になってそれを確信し始めたのだとか。

 

「ナシコ、兄ちゃんとこに行きてぇのか? じゃあオラが瞬間移動で連れてってやる」

「えぅ、そっ、そんな、しゅ、修業のお邪魔をしたくないです……」

「気にするでねぇぞ、ナシコ! オラにとっては修行なんぞよりそういう人のタメになる事をしてくれた方が良いんだ」

 

 腕を組んで鼻息荒く言うチチさんだけど、これはポーズなだけ。

 ちゃーんと悟空さんの修行が世のため人の為になるってわかってるんだよねー?

 しかし、悟飯ちゃんのお勉強の邪魔になるならば、こういう態度もとってしまうし、修業にかまけて構ってくれなくなるのなら、強硬な態度にもなってしまうのだ。

 

「要するに、構ってほしい、と」

「そ、そったらこたぁ言ってねぇ!!!」

「なんだよチチー、そうならそう言えばいいじゃねえか」

「頭をっ! 撫でるんじゃ! ねぇ!」

 

 ぐわんぐわんと頭を揺さぶられながらも、チチさんはどことなく嬉しそう。

 悟飯ちゃんも楽しそうに笑ってる。なので私も、遠慮がちに笑わせていただく事にした。

 

 そうしていると少しは寂しさが紛れてきたけど、私の本命はラディッツの野郎だ。

 

「ほれ、掴まれ」

 

 腕を差し出してくれる悟空さんに、もじもじしてしまうこと13分。

 焦れた悟空さんに腕を掴まれて強制瞬間移動させられた。

 あ゛ー゛!

 

 

 

 

「どあっ!」

 

 私達の前に、金髪のラディッツが吹き飛ばされてきた。

 

「はあっ、はあっ、くそ、ベジータめ……!」

「精が出るねー、ラディッツ」

「んお!? ナシコ、それにカカロットか!」

 

 なんともボロボロな戦闘服を身に纏ったラディッツと、向こうには同じくボロボロのベジータがいる、ここは重力室。

 

「よ、ベジータ」

「なんだカカロット……それにクソガキ。このオレにぶっ殺されに来たのか?」

 

 凄まじく不機嫌そうに顔を歪めてフンと息を漏らすベジータ。

 殺気がめちゃくちゃ突き刺さってくるのに小さくなってしまう。

 うおー、こえー……。

 私を置いてこんなところで遊んでるラディッツへの苛立ちもどっかに吹っ飛んでっちゃったよ。

 

「流石だな、ベジータ。この短期間ですげぇ腕を上げたみてぇだ……」

「当たり前だ。きさまら下級戦士とはデキが違うんだ」

 

 ケッと顔を背けるベジータは、確かに急激に気が上がっていて、ラディッツとおんなじくらいになっている。

 ということは悟空さんを超えてるって事で……。

 なにそれ、納得いかないんだけど!

 

「ナシコよ、ちょっと俺の前に立ってみろ」

「え、なんで?」

 

 ふらつきながら立ち上がったラディッツの言葉に首を傾げれば、問答無用で襟首掴まれて前へと押し出された。

 つまりは、ベジータの真ん前。

 

「ガキを盾にするとはずいぶん情けねぇ野郎だぜ……それとも、サンドバックをご提供って訳か?」

「さっきまでの無口はどうしたよ、ベジータ。こいつが顔を見せた途端に随分口が回るようになったじゃないか、ええ?」

「……!」

 

 への字口から一転して邪悪な感じの笑みを浮かべるベジータに、ラディッツが挑発なのかよくわかんない事を言う。

 いまいち意図が掴めない……何がしたいのやら。

 

「……やはりそうか」

 

 呟いたラディッツに頭を掴まれて、緩く揺さぶられるのになんだよーと抗議する。

 なに? なに? なにすんのー?

 

「お前には人を惹きつける力があるようだな」

「そりゃそうっしょー、私だもん!」

「……まあ、そうだな」

 

 当然のことを言うラディッツに得意げにしてみる。

 ……ねぇ、手ー止めないでよ。もっと撫でてもいいんだよ?

 今なら大サービスでいくらでも触りたい放題だよー。

 

 ねー、ねーったらー。

 

 

 

 

 それから、3日。

 やーっとウィローちゃんがカプセルから出てきて、私の知らない内にラディッツとターレスと遊んでたみたい。

 それを知った私はかんかんになってウィローちゃんの寝室に飛び込んだ!

 私室の横のお部屋ね。ここ来るのに夜の研究所通って来なくちゃならなかったので、冷や汗がやばいです。

 

「ね、ね、再改造したんだって?」

「ああ、そうだ。パワー、スピード、タフネス……すべてがお前達レベルにまで達したぞ」

 

 丸眼鏡をかけてゆったりとベッドの上で本を読んでいたウィローちゃんの前に陣取り、ねーねーと話しかけてみれば、そんな答えが返ってきた。

 ほへー……まじ?

 

「まじだ。数値にして2億ほどか。これも13号らの機械片や装置を持ち帰れたおかげだな」

「ふーん……? 完全に破壊したと思ったけど、残ってたんだ?」

 

 戦闘力2億はすっごいけど、まだまだ私の方が強いのでてきとーに流す。

 こないだの人造人間との戦いで、私の基礎戦闘力もぐっと上がったし、ウィローちゃんに力負けせず自由に抱き締められるのでなんの心配もないのだ。

 

「エナジー吸収装置とやらを入手できたのは幸運だった」

 

 ウィローちゃんが言うには、氷河地帯で得た二つの球体を解析し、自身の機能へと組み込めたのが大きいんだとか。

 それで、ラディッツやターレスと耐久実験と称して戦って、個人戦で勝利を収め、2対1では3回のうち1回勝利するくらいになったんだって。

 もう少し戦えば二人の現在の戦闘データの収集を終えて、3回戦って3回勝てるようになるだろうと予測してるみたい。

 

 それでかー……それで2人ともなんか落ち込んでたわけかー……。

 ……それで、あの気を吸い取ってくる機械の要素を組み込んだって事は。

 

「ん、ああ。気の吸収ができるようになった」

「どこから? ねね、どこから?」

「なんだおい」

 

 その手を取って手の平を見てみても、赤い球体は埋まってない。

 反対の手も違うしー。

 馬乗りになる感じで覆いかぶさってウィローちゃんの体を検分していれば、顔を手で押しやられた。鬱陶しい! って。

 

「だってだって、気になるんだもん」

「はぁー……。ああ、具体的にどこという制限はない。接触さえすれば体のどこからでも吸収できるのだ」

「へー、凄いね」

「限界はあるがな。あまりにも巨大なパワーを吸収してしまえばこっちの身が持たん」

 

 二人のサイヤ人との戦いでそういう弱点も判明した。

 必殺の気弾とかは吸収に時間がかかるし、全部吸い取ったら爆発してしまいそうだったのだとか。

 それに、奪ったパワーを自身に上乗せしたとしても、短時間で抜けて行ってしまうらしい。ブーストに使うにも不安定で、精々攻撃した時にほんの僅かに気を奪う事にしか使えないんだって。

 

「ね、私も実験に協力したい!」

「……必要ないのだが」

「したい! したいよー! ね、吸って? いくらでも吸収していいから!」

 

 ぐいぐいと押さえつけてお願いする。

 枕に半分体が埋まったウィローちゃんが抵抗するのを阻止して、耳元で囁けば、徐々に体から力が抜けていった。

 ふふふ、やっぱり私には逆らえないんだよなー。

 

「わかったから放せ! どけ!」

「うんうん、お願いね?」

「なんなのだ、まったく……」

 

 乱れた衣服を整えるウィローちゃんと向かい合って座る。

 ドキドキと鼓動が早まる。

 ……うん、私、ちょっと期待してる。

 

 だって、あの吸収される感覚、疲れも一緒にどわーっと抜けてって気持ち良いんだもん。

 ずーっと気になって仕方なかったんだー。

 敵にやられるのは危ないからやだけど、ウィローちゃんなら安全に吸ってもらえるし、最高の環境じゃない?

 

 というわけで、どーぞ!

 

「……、……。」

 

 腕を広げて待ち構えてみたものの、いつまで経ってもウィローちゃんはなんにもしない。

 もー、どこからでも吸収できるんでしょ? やってよー!

 

「はい、これ!」

「ちょ、」

 

 手を取って自分の肩に当てる。

 さあどうぞ! プリーズ! レッツ実験!

 

「じゃ、じゃあ頂くぞ……?」

「うん!」

 

 渋々といった様子で眉を寄せるウィローちゃん。

 その感覚は、すぐにきた。

 

「んっ」

 

 きゅううって、私の肩を通して彼女の手へ気が流れていく。

 痛みはない。苦しくも無い。

 ただ、あの時よりは激しくなくて、ゆっくりと吸い取られていく感覚がこそばゆくも気持ち良い。

 筋肉が解れるような……そこからいろいろ悪い成分が抜き取られて健康になってくよーな……ああ、湿布のCMみたいなイメージが……あるー……。

 

「ふぅっ……んっ、ふぁ……」

「……もういいな! よし、やめ!」

 

 自然と出ちゃう声を、でも我慢なんてする必要がないから出しっぱなしにして、でもやっぱりちょっと恥ずかしいので口元に手を当てて意識を集中させていれば、ぱっと手が離された。

 

「え、なんでやめちゃうの?」

「も、もういいだろう。十分だ、データは集まった!」

「うー、データとかじゃなくてさー、私の気持ち的にさー、もうちょっと協力したいの!」

 

 だから吸って吸ってとおねだりしてもウィローちゃんは顔を背けて頷いてくれない。

 なんでそんなに赤くなってるの。私の声、恥ずかしい感じだった?

 

「ゃ、な、なんというか……」

「?」

「なんでもないっ」

 

 ふるふると首を振る彼女に、私はにっこり笑顔になった。

 なんでもないなら、じゃあいいじゃん! 実験継続だね!

 

「いやといってもだめでーす。私がやりたいんでーす」

「っこら! あっ、」

 

 抱き着いて押し倒す。

 逃げ場はないぞ……! さあ、もっと吸収するのだ!

 

「……」

「……」

 

 しばらくそうしてお互いの呼吸する音と、体の上下を合わせていたのだけど。

 やがて観念したように、ウィローちゃんは気の吸収を再開した。

 

「ふあー……ぁっ、きもちい……んっ」

 

 体の前面からきゅうう~~って吸い取られて、疲れが抜けていく感覚に吐息する。

 これこれ! これ欲しかったの! もうずーっとこの感覚が忘れられなくて。マッサージチェアじゃちょっと物足りなかったんだよね!

 

 ウィローちゃんの首に顔を埋めて、心地良さに体を預ける。

 そうしていると、背中に手を回されて。

 

「いかがわしいのだ、おのれはーっ!!」

「ふぎゃー!?」

 

 膨れ上がった光に押されて天井にぶつかった。

 真っ逆さまに布団の上に落っこちる。

 スプリングがぎしぎしなって、私の体もふわふわ浮き沈み。

 

「きゅ、急になにするのー!?」

「ふーっ、ふーっ」

 

 息を荒げるウィローちゃんは、自分の体を抱きしめるようにして後退していた。

 な、なにその防御反応……!? っていうか、いかがわしいって何!?

 

「べ、別になんもないでしょー!? ねぇ、もっとやってよー」

「やだ!」

「や、やだって……なんでなんで? してよー。してよー」

「いーーーーや!」

 

 けち!

 けちけちけち!

 

 いいじゃん、私とウィローちゃんの仲でしょ?

 もっと吸収されたいの! して! しなさい!

 しないとこっちが吸うよ! 吸血するよ!

 

「しよ? ねぇ、しようよー!」

「断わる……! 公序良俗に反する!」

「ハンしないよ! 大丈夫大丈夫!」

「なんなのだその自信は……」

 

 胡乱気な目をするウィローちゃんににじり寄る。

 さっきちょっと吸われたから、その気になったの!

 ちゃんと最後まで付き合ってくれないとさっぱりしないの!

 

「して!」

「しない!」

「吸って!」

「吸わない!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合うさまは、まさに戦争!

 仁義なき吸収大戦争は、このあと朝まで続くのであった……。




TIPS
・詠唱
リザレクション

・SNS
ほぼすべてのアカウントにフォローされている
人気、ここに極まれり、といった様子だ

・地下研究所
家の下に作られたかなり大規模なウィローの研究所
その作りは完全に彼女の趣味
当初はバイオテクノロジーを用いた生物が徘徊していたが
ナシコが泣いて頼むので撤去された

・お風呂場の呪い
「だるまさんが転んだ」の言葉の途中に別の思考を挟んだり
3回言い切りさえしなければ不発に終わるので安心☆

・雪妖精の冒険。
映画銀幕の少女の前身ともいえるナシコのソロ曲
この曲にインスピレーションを受けた映画監督が銀幕の少女を作ったらしいが
曲の雰囲気と映画の雰囲気はだいぶん違う
ウィローとのデュエットverも存在する

・10円
ピッコロは瞑想していたのだ
決して黄昏ていた訳ではないぞ
ナシコには瞑想するという発想がないのでわからないだろうが

・配信
最近嵌まっているのだ
時間がもりもり奪われていくぞ

・科学者ニーサン
謎の科学者
いやほんと謎の科学者

・人を惹きつける力
ナシコ745の秘密の一つ
無意識化で人はナシコに惹かれるのだ
宇宙人にも有効

・ナシコ
疲労やらをスーッと吸い取られるのが癖になってる
メディカルマシーンとかあったらたぶん18時間くらい入ってる
基礎戦闘力は800万 スパークリングで3億2000万

・ウィロー
再改造でほんのちょこっと、ほんのすこーしだけお胸が盛られているのはここだけの秘密
ゆくゆくは目に見えてわかるくらいにしたいらしいのだが、いきなり盛ってはおかしいだろうとのこと
戦闘力は2億22万

・ベジータ
ほんの少し前まで修行による恩恵は得られず、壁を越えられない自分に怒り心頭だった
そんな時、ナシコの力がベジータにも及んでいるのかを確かめに来たラディッツと激しくぶつかり合う事であっさり戦闘力が上昇した
基礎戦闘力は300万→370万へ
超化1億8500万まで上がった

・悟空
やはり、あまり戦闘力は上昇していない
だが人造人間らとの戦いを経て生々しい危機感を抱けたため
ここからはめきめきと伸びていくことだろう


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激突!!100億パワーの戦士たち
第三十九話 サマーデイズ


ちょっと修正


 猛暑。

 じりじりとした陽射しが降り注ぐ8月の上旬。

 気温は39度。屋内はサウナのように熱されて、さしものサイヤ人も汗濡れになって参っている。

 それよりも忍耐力も耐久力もないナシコなどは言わずもがなで、あまりの暑さにその驚異のわがままで暴れ回り、1階も、2階のクーラーも訳なく破壊しつくされてしまった。

 

 人造人間ではあるが有機体であるウィローもまた暑さを厭い、自らの研究所に引き籠ったところをナシコに引きずり出されてうだった外に連れ出され、あついあついと引っ付くナシコによってオーバーヒートを起こし、あえなくダウンしてしまった。

 

「……くそあちぃ」

 

 ウィローが動けない以上、業者を待つ以外にクーラーという宝具を取り戻す手段はない。

 ナシコがブルマにでも連絡を入れれば、カプセルコーポレーション印の新品のクーラーを即日取り付けてくれるだろうが、そうすべきだと提案されたナシコは目を泳がせて下手な言い訳を並べ、連絡する事を拒否した。

 

「あのコミュ障め……」

 

 縁側にどかりと腰を下ろしたターレスは、手にした棒アイスを乱暴に齧るとそう独り言ちた。

 自分達に対しては饒舌で無遠慮なナシコが、他人に対して極端に奥手になるのは知っていたが、なかなかそういった場面を見た事が無かったので実感していなかった。

 ああまでドロドロにダメージを受け、一刻も早い空調機の復活を願っていながら、その手段を取らないほどとは思わなかったのだ。

 

「……ふぅー」

 

 頬が膨らむほどに噴き出した息は熱っぽく、地面から立ち上る陽炎に溶けていく。

 どこかでセミの鳴く声がする。鳥の声や、動物の移動する葉音……。

 山中に作られたナシコハウスは、様々な手が入り広大な敷地になってはいるものの、自然も多く残っている。

 

 そして、これもまたターレスは最近知った事なのだが、ナシコは虫の類が大の苦手らしい。

 アブラムシは元より、蛾やムカデなどの害虫に加え、子供の頃は平気だったカブトムシや蝶々、果ては蟻に至るまでまるで駄目。

 ならどうしてこんな辺鄙な場所に家を作ったんだよ、と突っ込まずにはいられない。そんな気力もないターレスは、ただぼうっとして短い草の生える庭を眺めているのみだった。

 

「……あちぃ」

 

 ウチワや何かを用意して自分を扇ぐのも面倒だ。というか、もはや棒アイスを口まで運ぶのも億劫で、開いた足の右膝の上に手を置いて、くりくりと棒をよじって弄ぶ程度だった。

 

 そこへ這い寄る真夏のモンスター……。

 

「はー、む♡」

 

 膝の間からひょっこり頭を出したナシコが棒アイスをぱくりと咥えた。

 しばし、沈黙。

 

「……」

「……んむ」

 

 ギロリ。ターレスの目つきの悪さが殺人級になる。

 食べる気力はなかったが、大事な冷え要素だ。勝手に食べられてはたまらない。

 ナシコは目が合うと、悪戯が見つかった猫のように固まった。

 

 しかし溶けゆくアイスをちゅるちゅると吸い、味わう図々しさは止まらない。

 かわいいナシコを許してね、みたいにウィンクするふてぶてしさだ。

 非常にいらつく。100回小突いて転がしてしまいたくなるほどに。

 

「おい」

「うー……(うるうる)」

 

 もはや我慢ならず、仕方なく重い口を動かして注意するターレスに、ナシコは目を潤ませて小動物になり切り始めた。へにょっと下がった眉に、大きな瞳が涙に濡れる。

 しかし「うるうる」と口で言って庇護欲を誘おうとするそのあざとさはいただけない。

 

 さあて、でこぴんでも食らわせてやるか。それとも頭を掴んで左右に揺さぶってやるか。

 生まれた嗜虐心のままに算段をたてるターレスだが、いずれも実行に移すには多大なエネルギーがいる。

 エネルギーの補給にはメシを食うのが一番だ。

 今メシと言えるのは、未だにナシコがくっついている棒アイスの他にないだろう。

 

「おい」

 

 二度目の注意に、さすがのナシコも頭を離した。

 ただしシャクッと一欠け齧っていく強欲さ。

 減ってしまった棒アイスが哀愁を誘う……。

 

「んふー」

 

 彼女の好みの味であるのもあるだろうが、ターレスの膝に手を乗せて、垂れたアイスを指で拭うナシコはご満悦にもごもごと頬を膨らませている。

 そのほっぺをつついて虐めてやりたい衝動に駆られたターレスは、しかしじりじりと照りつける太陽にその気を削がれてしまった。

 ああ、このままでは棒アイスの命運は尽きてしまうだろう。ただでさえ気温によって溶けるスピードも速いのに……。

 

「あー……」

 

 んあー、と口を開いてアイスの下に顔を寄せるモンスターに雫が吸い取られていく。

 伸ばされた真っ赤な舌先に落ちる蜜。んく、んく。小さく動く喉に、揺れる黒髪。

 今、その髪を撫でてやれば、きっと手の平が火傷するだろうな、とターレスは思った。たまに撫でると心地良いのだ、コレは。

 

「……」

 

 微かな土音が近づいてくるのに、その出所に目を向けたターレスは、ウィローの姿を見つけた。意識の外からの来訪者に僅かに浮足立つ。

 いつもの白いブラウスに黒いスカート姿。いかな戦闘民族と言えどまるきり気配がない人造人間相手では、気が抜けていると接近に気付けなかった。

 

 幽鬼のようにふらつく足取りに、声をかけようかと思って、やめる。

 暑さに参っているその程度はターレスも同じくらいなのだ。

 というか、つい数時間前まで干からびたミミズのように物言わぬ骸と化していたナシコが元気に棒アイスの強奪に勤しんでいる方がおかしいのだ。

 

「はひー、はふー」

 

 よく見ればうなじに汗の玉が浮かんでいる。別に暑さを感じていないという訳ではないのだろう。

 ではこのアクティブさは何か。ターレスには皆目見当もつかなかったし、わざわざナシコの挙動の理由を考えるのも面倒だった。

 こいつは理解不能な異星人だ。それに尽きる。

 

「うえろぉちゃー……おーいーでー……」

「ぁぁ……」

 

 あまり頭の働いていない声を発しながらふらふらと近づいて来たウィローは、言われるがままナシコの前に膝をつき、手を引かれるのに膝で歩いてナシコに寄り添った。

 その際、邪魔なものを退ける気軽さで膝を押し退けられたターレスは、大きく広げた足の間に二人の子供を迎え入れる羽目になった。

 

 ただでさえ体温の高いナシコが一匹いるだけで体感温度が上昇するというのに、同じく基礎体温の高いウィローまで来ると、もはやここは灼熱地獄だった。

 てめぇらなんでわざわざ寄り集まってくるんだ、蒸し殺す気か、と思いながらも、言葉すら発せないターレスであった。

 代わりにくりくりとアイスを弄ぶ。

 

「これ、たーべーよー?」

「ぁー」

 

 言われた事をそのまま実行する機械にでもなってしまったのか、指し示された棒アイスをぱくりと咥えたウィローは、そのまま小さく齧り取ると、もこもこと口内に転がした。

 表情が緩む。至高の冷菓に幸せそうに微笑んだウィローは、しかし幾ばくもしないうちに物悲しそうにした。

 いっとう熱いウィローの口内では、アイスは数秒も生き延びられなかったのだろう。

 

 細められた目が、もう半分もない棒アイスに向けられる。

 

「たべちゃいましょー……せーっかく、たーれすがたべていーっていったからさぁー」

 

 言ってねぇよ。とは突っ込まない。そんな気力はない。

 貰わなきゃそんそんそーん♪ と小さく頭を揺らすナシコに、ウィローは躊躇いなく二口目を奪った。

 

「あー、んっ」

「……」

 

 じゃあ私ももうひとくちー♡ と大口を開けたナシコの前から棒アイスが逃げる。

 はれ? と首を傾げ、位置を調整したナシコが逃げたアイスを追って口を閉じる──直前に棒アイスはバニシング回避を行って魔の手から逃れた。

 

「んぁー……?」

 

 ナシコは、確かに捉えたはずの冷たさを感じられないのに怪訝そうに目を開けた。

 目の間でアイスが揺らめいている。なんだーそこにいたの、と改めてお口を開けて食べにかかり、今度もアイスが逃げてしまうのむっとした。

 

 ターレスが意地悪をしているのだ。ひどい! こんなかわいい女の子を虐めるなんて!

 そしてアイスはウィローの口に。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 この生意気でずうずうしいガキにやるのは業腹だ、と感じたターレスが、わざわざウィローの唇を棒アイスで小突いて開けさせ、食べさせてしまったのだ。

 これにはナシコも怒髪天。

 

「それ私のぉーっ!!」

「んむぐっ!?」

 

 怒り心頭に達したナシコはウィローに襲い掛かり、すでに彼女の口に収められたアイスの奪取にかかった。

 当然ウィローだってそんな殺生な真似を許すはずもない。不意打ちで押し倒されようともそこからなんとか逆転しようと手足をばたつかせ、ナシコがバリバリッとスパークを散らすのに目が死んだ。

 

「ふむぅーっ!!!」

「んぐぅーっ!!!」

 

 腕を掴み合って激しい接吻を交わす二匹の子猫に、ターレスはなんの感想も抱かずに空を見上げたのだった……。

 

 

 

 

「きゃっほーぉ! いーきかーえるぅーっ!!」

「さっさとこうしておくべきだったな!」

 

 ところ変わって、ここは増設されたばかりのプール。

 お互いにワンピースタイプの水着に着替え、たっぷりの水の中で大はしゃぎ。

 木陰にパラソルをたて、チェアーに寝そべるターレスが二人の監督役だ。

 

 お金に糸目をつけずナシコがスケッチブックに描いたあれこれを機能性を排して取りつけたミニテーマパークには、浅いプールに深いプール、流れるプールにスライダー、波のプールに飛び込むプールとなんでもござれ。無駄に広いので閑散としていて、そして一度の使用に馬鹿みたいに水道代がかかるのでほとんど無用の長物と化していたのだが、とうとう耐え切れなかったウィローからGOサインが出された。

 

 といっても、数十万数百万ゼニーくらいはナシコ家のお財布に大したダメージを与える事はないのだが、どことなく節制するきらいのあるラディッツやウィローにつられてナシコもやや消費が控えめになっている。だから、暑いのにプールに水を入れるという発想が出てこなかったのだ。

 

 水気が多い場所だけあって気温はぐっと下がり、過ごすのにも快適だ。示し合わせたりはしていないが、三人とも空調が直るまでここにいる気でいる。

 

「すいとんすいりゅーだぁーん!」

「ぼごごごごご」

「おーい、あんまり暴れて水流すんじゃねぇぞ。山が崩れちまうだろうが」

 

 ナシコが気を通した水を東洋龍の形にして打ち出し、飲まれたウィローが水中へ消えていくのに注意を飛ばすターレス。

 あくまでここは山中なのだ。他の生き物も住んでいるし、過度に水を溢れさせれば木々も腐ってしまうだろう。生態系に悪影響を及ぼすのはよくない、ということだ。

 

「ぷはっ、はー、はー、ナシコぉ許さんぞ……! ……どうした?」

 

 水深13メートルからウィローを引き上げたナシコは、肩を震わせて怒りを露わにする彼女から空へと視線を移していた。

 何かあるのかと追って顔を上げたウィローは、分厚い雲が流れる空に鳥や星以外を見つける事はできなかったらしく、こてんと首を傾げた。しっとりと濡れた髪から水滴が落ちて、細い肩を流れる。

 

「んおー。界王様だー」

「界王? ああ、例のゴキブリみたいなやつか」

「フッ」

 

 アブラムシのような、という説明は、以前ナシコが身内向けに界王の姿を説明した時の例えだ。

 そうとうに不敬なのだが、特に貶すような思惑はなく、直感的な言葉選びをしただけである。

 そして三人の共通認識として界王は虫人間となったのだ。

 

 そんな界王が突然に話しかけてきたというナシコに、ターレスは自らの腕に預けていた頭を動かして鼻で笑った。

 いや、それに特に意味はないのだが、なぜか笑ってしまったのだ。

 

「なんかナメック星がやばやばなんだって。あー、クウラ様かな?」

「ん、そやつはお前が前に倒した、あー、フリーザの兄ではなかったか?」

「そそ。あーや、みんなで倒した、ね? あれだね、今度はメタルクウラだねー」

「メタル……?」

 

 そっかー、そんな時期かー。助けに行こ! と即決即断して、おー! と腕を振り上げ一人で盛り上がるナシコに、ウィローもターレスも疑問符が絶えない。

 クウラが生きていたというのは驚きだ。ナシコが事情を知っている口振りなのはもはや気にもならない。勝手に納得してしまうのもいつもの事。クウラに様付けをするのは謎だがこれもまた意識するだけ無駄だろう。界王から聞いたであろう話を欠片も説明しないのもよし。

 

「なんだと? 奴が生きているだと……?」

「んー、『オレは甦った……ビッグゲテスターの、高度な科学力によって!!』」

「唐突な声真似はやめんか。気の質も変えるんじゃない、パワースカウターが勝手に反応したわ」

「ごめごめ。それで、悟空さんが来てナメック星まで運んでくれるって言うから、準備しよ!」

 

 水着じゃ失礼だしー、とプールから上がったナシコが、腕を回しながら「ラディッツも呼ばないと」と零す。

 

「ハッ、余裕なこった……奴は桁外れの力を持っていた。超サイヤ人となったオレ達でも勝てるかわからんぜ?」

「大丈夫だよー、経験値稼ぎだと思ってさ、ササッと行ってメタルクウラ・コアぶっ壊してさ、ナメック星人助けてあげてー。そうだ、ポルンガに頼んでクーラー直してもらおう!!」

 

 良い事思いついた、と指を鳴らしたナシコに、二人は顔を見合わせて呆れてしまった。待てば直してもらえるクーラーを万能の願い玉への願いで直そうというのだから当然だ。というかもうウィローが復活したのだから、修理屋すら必要ないはずなのだが。

 

「容易く倒せるっつー口ぶりだな。楽勝だって確信してんのか?」

「どうかなー、わかんないけど……まあ大丈夫でしょ。クウラ様相手にせずコアぶっ壊せばそれでおしまいだし」

「コア、か。よし、同行しよう。わたしも実戦経験を積みたいと思っていたところだ」

 

 プールサイドに上がったウィローが、髪に指を通して流し目を送るのに、えっろ、と呟くナシコ。

 

「……。……」

「あっなっなんで離れるん!? やめよ? そういうのやめよ?」

「馬鹿やってねぇでさっさとシャワー浴びて来い。カカロットがいつ来るのかは知らねぇが、待たせて困るのはお前だろ」

「んあっ、そーそうね、うん。あの、水着じゃ駄目かな……あっち絶対暑いよ」

「やめておけ。お前は絶対に孫悟空に耐えられん」

「死にたいなら好きにしろよ。てめぇの死体なんざ犬も食わねぇだろうがな」

「え、しんらつ……引くほど辛辣じゃない……?」

 

 自分の体を見下ろして呟くナシコに双方からツッコミが入る。

 確かにナメック星は太陽が3つある常夏の星だ。地獄のようなものだろう。せっかく涼しくなったのに暑い所へ行くのは辛いものがある。

 

 しかしその格好で孫悟空の前に出たナシコが羞恥心に殺されてしまうのは目に見えているのだ。そうなるとわかっていて、この瞬間の楽を取ろうとする楽観的な思考に辛辣な言葉が出てきてしまうのも仕方ないだろう。

 これくらい強く言わないと理解しないのがナシコなのだから。

 

 家に戻り、動きやすく涼しい格好に着替えたナシコは、比較的涼しいプールサイドに戻って飲み物を用意して孫悟空一行を出迎えた。

 ピッコロ、ベジータの二人が同行者らしい。だが雰囲気は険悪だ。悟空とピッコロはともかく、ベジータはそのどちらとも目を合わせようとしない。

 

 しかしナシコが視界に入るとやや雰囲気が和らいだ。そこにはっきりとした親愛や友好の念はないが、今やベジータにとってナシコとは超えるべき壁であり、知り合いの生意気な子供であり、話していると苛立ちが消失する相手であった。

 

「えー、メタルクウラとは、ビッグゲテスターと融合したクウラ様が生み出した量産型機械兵士で、倒すたびに弱点を克服しパワーアップする相手です」

 

 ナメック星は現在大変な状況にあるが、せっかくナシコが知識を持っていてそれを活かせる状況ならばと、情報を共有する時間が設けられた。

 ベジータは話などしないでさっさとしやがれと苛立っているし、ナシコはナシコで慣れない説明に精神的疲労を蓄積させている。

 

「そいじゃああんましクウラを倒さず、コアまで辿りつけばいいんだな?」

「は、はぃ……あの、あのね、ウィローちゃん……」

「まったく……そうだ、孫悟空。くれぐれも無駄な破壊はするな。ベジータもだ」

 

 悟空が確認を取るのにもじもじとして、ウィローの耳元に顔を寄せてこしょこしょと囁くナシコ。自分の代わりに言葉を伝えてほしいらしい。年を重ねて少しは口下手や人見知りが軽くなったかと思いきや、逆に年々酷さが増していっている……。

 自分の言葉で話すのは恥ずかしいから嫌だとそういう行動を取る癖に、目の前にいるのに直接返事をしないのは失礼だと落ち込んでいる面倒な相方に、ウィローは快く説明を引き継いでやった。

 

「ちっ、誰に向かってクチを聞いていやがる。てめぇからぶっ壊されたいのか?」

「やめておけベジータ。お前でウィローに勝てるとは思えん。ボロ雑巾にされたくないんなら止めはせんがな」

「なんだとぉ?」

「ま、まあまあ、そう喧嘩すんなよ」

 

 放っておくとすぐ口喧嘩が勃発してしまう。悟空の仲裁もあまり意味をなさず、ラディッツとベジータの間に火花が散っている。今にもこの場で戦いを始めてしまいそうだ。この喧嘩っ早さはサイヤ人同士だからこそなのかもしれない。

 

「そいじゃ、行くぞ。みんな、オラに掴まってくれ」

「ようやくか。待ちくたびれたぞ」

「そういやぁナメック星はお前さんの故郷だったか。話を長引かせちまって悪かったな」

「……。いや、謝罪はいらん。それにオレの生まれは地球だ」

 

 さりげなくフォローを入れるターレスに、意外そうにするピッコロ。

 ほんの少しチームの空気が緩んだところで、出発の時間だ。

 

「ほい、ついたぞ」

 

 本来ならば宇宙船で6日かかる距離を、孫悟空の瞬間移動によって一瞬にして済ます。

 ナシコ達が並んで下り立った地はやはり暑く、そしてその上空には空の果てまでを覆う機械惑星ビッグゲテスターが広がっているのだった……。




ちょっと巻きで、激突! 100億パワーの戦士達編、前編です

TIPS
・プール
山中を整地して作られた小さなテーマパーク
テンション上がるな~
なお一般開放はされていない

・メンバー
ナシコ、ウィロー、ラディッツ、ターレス
悟空、ベジータ、ピッコロの7人
映画と違い、悟飯達やウーロンなどはついてこない

・ナシコ
再びめぐってきた真夏の猛暑にへばりきっていた
暑くても人肌恋しいのは変わらない
ウィローにラディッツにターレスに引っ付いては暑い鬱陶しいと邪険にされて拗ねている

・ターレス
最近ようやく超サイヤ人特有の興奮状態を多少抑え込めるようになってきた
それは地球人であるナシコやウィローにこてんぱんに伸されているせい、いやおかげかもしれない
戦闘民族のプライドがビーズサイズにまで縮んでしまっている

・ラディッツ
この夏、引っ付いてくるナシコによって度重なる頭髪の危機を迎えた
その長い髪暑いでしょ、鬱陶しいでしょとハサミをチョキつかされて戦々恐々
プライドを捨てて必死にお願いし、なんとか髪を死守した
あやうくバリカンで刈られるところだった


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第四十話 フルメタルヴィランズ

 3つ子の太陽が交互に顔を出し、眠らない星、ナメック星。

 地表はナシコが想定していたほど灼熱ではなかった。そもそも前回来た時だって快適に過ごせる程度の温度だったのだからなんの心配もいらなかったのだ。

 

「さっそくお出迎えのようだぜ」

 

 手を揉み合わせて体を解す孫悟空が地平線を見据えて言う。

 一行の視線を集めたその先に、揺らめく太陽を背にしてこちらを窺う輝きがあった。

 多数の強大な気の出現に偵察に来たメタルクウラの一体だろう。

 

「……計測した。最大戦闘力は2億程だろう」

「2億か……一人一人では厳しい数値だな」

 

 これほど距離があいていても、ここにメタルクウラの姿を捉えられなかった者はいない。

 左頬に手を当てて測定を完了したウィローの言葉に、ナシコ以外は緊張に身を固くした。

 敵が強大であるのはわかっていたが、明確に今の自分達よりも強いと言われれば力が入るというものである。

 

「ナメック星人達の救出を優先するか」

 

 やや視線をずらしたピッコロが呟く。

 長蛇の列が遠方のビッグゲテスターへと続いている。膨大な機械群を動かすためのエネルギーとして使うつもりなのだ。それを日和ったと受け取ったのだろう、ベジータが舌打ちをして前に出た。

 

「ナメック星人などどうでもいい! 要するに奴らを地獄へ送り返してやればいい訳だ……片っ端からな」

「あのー、メタルクウラ1体には最低でも2人一組で当たってねーって話したの、覚えてる?」

 

 ベジータがコアを叩くのではなくメタルクウラを破壊し続ける方針を取ろうとしていると薄々気付きながらも、最初に決めていた事を確認するナシコだが、これは無視されてしまった。

 への字口になったナシコが何かを言うより先に一行の前へメタルクウラが瞬間移動してくる。

 

「……ようこそ、ビッグゲテスターへ……地球人」

 

 強く輝きを反射する水色のボディを持つ、最終形態一歩手前、クウラ第四形態をメタルに包んだメタルクウラが無表情に告げる。赤い双眸の向かう先は、ナシコただ一人だった。

 ぴくり、眉を跳ね上げたベジータが苛立ちを露わにする。

 

「目の前にこのオレ様がいるというのに……無視しやがっただと……!?」

「わざわざ糧となりに来るとはな。いずれ地球に赴こうと思っていたが手間が省けた」

「クァアア!!」

 

 なおも無視するクウラに、怒りの発露と共に黄金の気を噴き上げさせるベジータ。

 

「ベジータやめろ!」

「吠え面かかせてやるぜ! だぁあーッッ!!」

「超サイヤ人か……!」

 

 悟空の注意など聞く耳持たず、地面を爆破する勢いで飛び出したベジータが即座にメタルクウラと組み合いに入る。お互いの腕を掴んで数メートルを削って止まり、力比べの体勢。

 

「なるほど……! 相当に腕を上げたようだな……!」

「きさまなど容易く破壊できるほどになぁ!」

「!」

 

 さらに気が膨れ上がり、MAX以上のパワーを引き出したベジータが頭突きを行った。

 ただの頭突きではない。高めに高めたエネルギーを額に一点集中させた最高の一撃。猛っていても戦闘の天才であるベジータは、組み合った瞬間にメタルクウラの金属的なボディが並のパワーでは傷一つ付けられないと見切っていたのだ。

 

「ごぁ……!?」

「だぁ!!」

 

 欠けた額から顔中に罅を走らせ、よろめくメタルクウラを殴り飛ばしたベジータは、片腕を突き出してトドメを刺しにかかった。倒してはいけないなどという約束はもはや頭にない。そもそもハナっから言う事に従う気などなかった。

 

「ビックバンアタァァーーッック!!」

 

 青い気弾が放たれ、立ち上がろうとしていたクウラにぶつかって大爆発を起こす。

 再び巻き起こる土煙に、自身を気で覆って汚れるのを防いだナシコは、明後日の方へ視線を向けて溜め息をついた。

 なんとなくこうなる事は予想していた。なにせベジータだ。素直に言う事を聞く訳がない。

 そしてそれは、少なからず他のメンツにも言えた。

 ナシコのシンパであるラディッツやターレス、ウィローはともかく、ピッコロも、孫悟空も2対1でかかれという言葉にあまり好感を示してはいなかった。明確かどうかは定かではないが、見くびるな、という気持ちがあるのだろう。孫悟空に至っては、自分がいない時期に地球で倒されたフリーザの兄という怪物と1対1で勝負がしたいという欲求もあった。

 

 もうもうと巻き起こる土煙にはメタルクウラの気は存在しない。

 気を隠し隠れ潜んでいる訳ではないのは、僅かに飛散したのが見えた金属片が煙を発して消滅したのをみればわかることだ。

 口角を吊り上げてそれぞれを振り返ったベジータが嘲りを含んだ声を発する。

 

「サイヤ人を甘く見るなよ? 敵が強かろうとそれを上回るのがオレ達サイヤ人だ」

 

 それを、敵わないから集団であたれ、だと? 舐めやがって。

 どんどん目が据わっていくベジータに、戦闘力で勝ってはいても怖くなったナシコは、堂々としていられずラディッツの後ろに隠れた。あの悪意たっぷり殺意マシマシの目つきは何度向けられても慣れるものではない。しかしここまで過剰な恐怖心を抱いてしまうのは不可解だ。悪者相手ならば発揮する溌溂とした態度がナシコに現れないのは……ナシコがベジータを、始終悪人として見ていないからだろう。

 

 現時点では本気でナシコを殺そうと目論んでいるベジータの悪の気質はさほど薄れてはいないのだが、ナシコにとってベジータとはZ戦士の一員であり、孫悟空の良きライバルであり、また、一人のヒーローでもあったのだ。

 好いている相手からの悪意だからこそよっぽど敏感になってしまうのだろう。

 

「! 危ねぇベジータ!!」

「!? なっ」

 

 ハッとした悟空が声を上げるも、遅かった。反応して構えたまでは良かったが、直前までなんの気も感じ取れなかったベジータは攻撃に対応できず、突如として目の前に現れたメタルクウラに殴り飛ばされてしまった。

 ナシコらの間を割るように吹き飛んでいった黄金の戦士に、瞬間移動か、と誰かが呟く。

 

「ほう? よく知っているな。そうだ……この星はおろか、宇宙のどこであろうとオレは瞬時に向かう事ができるのだ。今さら恐れをなして逃げ出したとしても遅い」

「聞いた時は半信半疑だったけど、本当におめぇにもできるんだな……!」

「……"お前にも"? ……まさか、きさまもできるのか?」

 

 静かに超サイヤ人へと変化した孫悟空が身を低くして構える。その発言に反応したのはメタルクウラだけではない。事前に情報を伝えたナシコも、それを孫悟空が疑っていた事に多大なショックを受けて涙目になった。

 半信半疑というほど大袈裟でなく、悟空の発言には「実際見なければ実感できなかった」という程度の意味合いしか含まれていないのだが、これはどうでもいい事だろう。

 

「俺達よりパワーが上とはいえ、全力を出し切れば倒せん相手でもないのか」

「こいつが1体ならここでぶっ壊しちまえば済む話なんだがなぁ」

 

 先のベジータの戦闘で、強敵ではあるが難敵ではないと感じたラディッツに、釘を刺すようにターレスが言う。

 同時に二人ともが超サイヤ人へと変化した。

 

「驚いたぞ。伝説と謳われた超サイヤ人が3人……いや、4人もいるとはな」

 

 流れる砂埃に半身を隠し、クウラが笑う。

 強敵の出現に笑みを浮かべたのではない。

 

「これほどのエネルギーをビッグゲテスターに吸収できれば、より巨大に成長できるだろう」

「……オレ達をエサか何かと勘違いしてねぇか?」

「無論、ただのエサだ。オレが脅威とみなしているのはそこの地球人以外にはいない」

 

 指を向けられ、ひょっこり顔を覗かせたナシコがやや慌ててスパークリングに移行し、青白いスパークを散らす。

 指を差し出す力まないその立ち姿が連続フィンガーブリッツの発射前に見えたのだ。通常時に受ければ怪我をするのは間違いない。

 

「ずぁああ!!」

「フン」

「ふぉおお!?」

 

 光の尾を引いて戻ってきたベジータが打ち返されて吹き飛んでいく。

 それに誰も一瞥もくれないまま力を爆発させ、MAXパワーに達する面々。

 

「おい、お前達! 先の──」

「だぁから戦っちゃダメだめなんだってばー」

 

 注意を促そうとしたウィローだが、前傾姿勢になって今にも飛び出しそうだったラディッツの膝裏に蹴りを入れて膝をつかせたナシコに閉口した。口調は軽かったが今の打撃音はえげつなかった。戦闘に入っていないというのに苦悶の表情を浮かべて震えるラディッツが不憫で仕方ない。

 

「えー、あれかな、すぐ瞬間移動したいけどベジータ戻ってくるまで待たなきゃだし、たぶん妨害もされるよなー……」

「来るか、地球人。地獄から甦ったオレ様の強さ、見せてやろう……!」

 

 仁王立ちだったメタルクウラが両腕を広げて構えを取る。ズシンと地を打つ尻尾に、ナシコは反応しなかった。特に恐怖や脅威は感じなかったためだ。

 

「これで決まる……本当の宇宙一が、誰なのかが!」

「んまっぇま、まずはむりょ、無力化しま……あの、ウィローちゃん? 瞬間移動妨害されないためにクウラ様倒しちゃうね」

「ああ」

 

 コアまでの瞬間移動を頼みたいナシコは、そのためにクウラを無力化する事を悟空に伝えようとするのだがうまくいかず、ウィローへ話かける形に切り替えた。こうするとスムーズに話ができると学習した。これからは緊張する相手と会話する必要がある時には通訳を連れていくことになるだろう。

 

「そう簡単にいくか──な!」

 

 その会話を聞いて、表面上はメタルクウラに変化はなかったが、この量産型端末を通して話を聞いていたメタルクウラ・コアの感じた怒りは果てしない。元より許すつもりはなかったが、エネルギー源にする前に徹底的に痛めつけると決めた。

 メタルクウラの姿が消える。一見高速移動だがその移動は目で捉えられるものではない。

 サイケ空間を通り抜け、ナシコの背後に現れたメタルクウラが強烈な蹴りを細首に叩きつけた!

 

「──!」

 

 ズドン、と重い音がした。手応えもあった。

 だが蹴りを浴びたナシコは微動だにしていない。ただ風に髪がなびくのみであった。

 

「チッ!」

 

 ならばと首へ尻尾を巻き付かせて振り回し──そうしようとした己自身が振り回されてしまうのに、遠心力を乗せた攻撃を放つ事に切り替えて殴り掛かる。

 ナシコの前へ出る形となったメタルクウラの拳がその胸へ突き立ち、強烈な打撃音が響き渡る。

 

「んー、こんな感じなんだ」

「なっ……く!」

 

 攻撃が一切通用していない。大振りの拳が頬に突き刺さろうと、鋼鉄の蹴りが横腹に入ろうと、小さな体はおろか地面さえも崩れない。巻き起こる暴風に髪が乱れるだけで、その髪も風が収まれば独りでに整ってしまう。

 片膝をついて着地したメタルクウラの前には、なんらダメージを受けていないナシコの姿があった。

 

「──これならどうだ!?」

 

 つぅっ──とメタルクウラの両目から光の線が走る。

 それは特定の座標に圧縮された気が送り込まれる不可視の気功波。

 すなわちロックオン・バスター。

 

「あちゃー……そういう狙い?」

 

 その体表で爆発を巻き越した気弾は、ナシコに大ダメージを与えた。

 ……身に着けていた衣服がボロボロに焼け焦げている。これにはさすがに平然としていられずに困り眉になってしまった。

 

「でも残念。ナシコ達のキャミは無敵なのでした」

 

 上着は破れても肌着にダメージはない。ブルマ・ウィロー合同で開発された肌着や下着はどんな攻撃を受けようと乙女の肌を守ってくれる。強靭な編み込みは戦う女の子の頼もしい味方だ。

 当然壊れない衣服もあるにはあるのだが、夏には向かないし何よりダサいのでナシコもウィローも着ていない。

 

「驚く程のタフネスだ……そ、そうでなくてはつまらん……!」

「さすがだな……ナシコのやつ、また一段と腕上げたなあ」

 

 感心した風な悟空の呟きは、しっかりナシコの耳に届いていた。あられもない格好になってしまったのも合わせて照れを見せるナシコに、ベジータを背負ったピッコロが戻ってくる。

 

「こりゃあ確かにまともに戦うのはきつそうだ……よし、ならナシコの提案通りいくぞ!」

「仕方あるまい」

「ま、オレ的にはそういうスマートな戦い方の方が好みではあるな」

 

 視覚的にはナシコに手も足も出ないメタルクウラではあるが、その攻撃の重さは傍から見ても驚異的であった。それでも超サイヤ人ならば勝てない相手ではないだろう。相手が1体のみならばの話だが……。

 だからこそ、口惜しくはあるものの悟空は自身の戦闘欲求よりも確実な方法を取る事に納得した。

 同感であるラディッツとターレスが悟空の背に手を当て、意見を言えないベジータと共にピッコロもまた同じように。

 

「とりゃ!」

「!」

 

 頭上に掲げた手に光球を作り出し、勢いよく地面に叩きつけて煙幕としたナシコがバックジャンプでウィローの傍に下り立ち、その腕に抱き着いた。そしてウィローが悟空に触れる事で相乗りの条件を達成し、瞬間移動が行われる。

 熱源を感知して行方を探ろうとしていたメタルクウラは一歩遅れる形となってその場に取り残された──。

 

 

 

 

「!!」

 

 広大な空間へと出てすぐ、一行はメタルクウラ・コアと対面した。

 卵のからのようなものが空間の中央に位置し、一部開いた穴から中が見える。

 上下へ繋がる線に支えられた巨大な顔……それがクウラ本来なのだろう。

 

『な、なぜここに……!?』

「一気に決めるぞ!!」

 

 そこだけが唯一生身である右目を見開いたコアへ、全員が気を最大出力する。

 

「かめはめ、波ぁーーっっ!!」

 

 腰溜めにした両手を突き出す孫悟空に合わせ、幾筋もの光がコアへと伸びる。

 それは巨大な一条の光線となってコアを焼き尽くした。継ぎ接ぎの鉄片が剥がれ、溶けて消えていく。

 

『のあぁぁああぁぁあ…………!』

 

 頭部の形のそれはあちこちで小規模の爆発を起こし、それは左目に位置するメインコンピューターチップにも及び、崩壊による崩壊によって最後には大爆発を起こした。

 

「さすがですっ!」

 

 すかさず孫悟空を称えるナシコ。

 攻撃に参加しつつも渾身のかめはめ波を放つその勇姿をじっくりと眺めていたのだ。

 

「まともに戦ってねぇから、あんましすっきりしねぇけどな」

「そ……ぅ」

 

 それでもこの星の助けになったなら良かった、とグッドサインを作ってみせる悟空。

 カァッと顔を赤くしてウィローの背に隠れたナシコは、自分のではなく隠れた背中の衣服をいじいじと弄って、消え入るような声で同意を示した。

 

 それから一行は、念には念を入れてその場で戦闘態勢を維持した。

 完全に消え去ったコアを見届け、この星に蔓延る巨大な気が次々と消滅していくのを感知し、確実に倒したことを確認する。

 

「……? なんだ、この反応は」

「どしたのウィローちゃん」

 

 数分ほどして、ナメック星人達の下へ向かおうという話になっていた時にそれは起こった。

 ウィローの計測音を皮切りに、消え去ったはずの巨大な気が再びそこかしこに現れ始めたのだ。

 そしてそれらが全て一瞬にしてこの空間に転移してきた。

 

「な、なんだとっ!?」

 

 仙豆によって復活したベジータが慄く。

 素早く確認した左右から目前に至るまでを埋め尽くすメタルクウラの群れ、群れ、群れ。

 それらは先程よりも力を増して、一行を取り囲んでいたのだ。

 

「こ、こいつは一体……!?」

 

 一度は解いた超サイヤ人へと再び変化しながら状況を飲み込もうとしたターレスが、物音に気付いて中心を見上げる。

 鉄の殻の中に、大量の鉄片が浮かび組み上がっていた。

 瞬く間に取り戻される本体頭部、メタルクウラ・コアが不気味な光を左目に宿して睥睨する。

 

『ふはははは……! 無駄だ。このオレ本体を狙ったのは良い判断だったが、残念だったな』

 

 あの赤い光は、先程破壊したはずのメインコンピューターチップだ。

 それさえ壊せば全てのメタルクウラが停止するはずなのに、復活した……。

 戸惑うナシコにコアが得意げに理由を告げた。

 

『オレは不死身の肉体を有しているのだ。当然、オレが支配するこの制御チップもな』

「な、なにそれっ……!?」

 

 不死身。

 それが如何なる方法で得たものなのかは定かではないが、不死性を持っているのは確かなのだろう。

 

「おい、聞いていた話と違うぞ!?」

「し、知らないよこんなのっ、不死身とか嘘でしょ!?」

『試してみるか? もっとも、この大量のメタルクウラに囲まれて無事でいられたら、だがな』

 

 コアが言い終わるが早いか、メタルクウラ達が殺到してくる。

 

「くっぉ!」

「こなくそ!」

 

 迎え撃つ超サイヤ人連合。

 1体と組み合えばそこに2体が突撃してきて押し込んでくる。多対一を強要し磨り潰そうとしているのだろう。

 

「んえりゃあ!」

「ごあっ!?」

「どぁあ!?」

「おあぁあああ!!」

 

 気合い一蹴(いっしゅう)、気の刃を伴った人蹴りで3体を両断したナシコは、そのまま半円状の気功波を蹴り放ち前方にいたメタルクウラ軍団を薙ぎ払った。

 

「ふんっ、つあっ!」

 

 組んだ両手の振り下ろしがピッコロを襲う、その目前に割り込んだウィローが片手で受け止め、反撃の気功波で吹き飛ばす。光の奔流の中で踏鞴を踏んで後退したメタルクウラが、踏ん張り切れずに崩壊していく。その戦闘力は互角であるが、エネルギーが無限であるウィローの気功波は常に全力で放てるがゆえに押し切る事ができた。

 だが苦々しい顔をしたのはウィローも同じだ。

 

「しまった、破壊した!」

「爆力魔波ァーーっっ!! はぁあッ!! そんな悠長な事を言ってる場合か!!」

「しかし……!」

 

 背中合わせで凌ぐウィローとピッコロ。ピッコロの気功波ではさすがに傷一つつける事ができないが、押し退ける程度はできる。それがいい。それが一番なのだ。

 

「ぐあっ!」

「ベジータ! くっ!」

 

 ウィローのように破壊しては、敵の戦闘力を増大させる結果にしかならない。

 3体相手に卓越した戦闘技術で凌ぎに徹していたベジータが、突然にパワーアップしたメタルクウラの拳撃を受け、一瞬背まで突き抜ける衝撃に吐血する。フォローに回ろうとしたターレスは蹴り飛ばされてベジータにぶつけられる弾丸として利用されてしまった。

 

 破壊せずにコアを消滅させる、という作戦はすでに成功させているのだ。

 それでどうにもならない以上、勝ちの目が見えてこない。

 

「どうするカカロット!」

「どうすっかな……! 兄ちゃん、なんか良い考えねぇか……!?」

「それを聞いてるんだろうが! ええい、こんなものどうすればいいのだ……!」

 

 二人ずつに分断され、囲むように動くメタルクウラの四方八方から飛ばしてくる拳や蹴りをなんとか捌きながらも言葉を交わした悟空とラディッツは、良案など何も浮かばず、挟撃を仕掛けてくる1体に押し負けてお互いの背にぶつかった。

 

 瞬間、悟空とラディッツの姿が消える。組み合っていたメタルクウラも消えた。

 何処かへの瞬間移動。数で協力を阻むのに飽き足らず本格的な分断を仕掛けてきたのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 放った蹴りがメタルクウラの側頭部を捉えたにも関わらず、ナシコがそうだったように微動だにされず舌打ちをしたベジータは、足を取られて倒れ込まれるのに脱出が叶わず、圧し折られる勢いで引き倒されるのに苦悶の声を上げた。足が無事であったのはひとえに、直後にクウラを引き剥がしたターレスのおかげだった。

 

「こんだけ数がいるってのによ、一匹一匹がこんなに強いんじゃ参っちまうなぁ!」

「黙れぇ!!」

 

 無駄なお喋りをしている余裕などないのに、笑みを浮かべるターレスが差し出した手を振り払おうとして逆に掴み取られたベジータは、引き起こされるのに仕方なく任せて立ち上がり、口元を拭った。

 そして、襲い来るメタルクウラと交戦するうちにターレス諸共この場から消失した。

 

 ウィローとピッコロもまた別の場所に移動させられたのか、姿が見えない。

 この空間にはもはや大量のメタルクウラとナシコしかいなかった。

 

『さすがにやるな。だがお前がメタルクウラを倒せば倒すほど、ビッグゲテスターが弱点を補強し、さらなるパワーアップを遂げるのだ』

「あっそ!」

 

 殴り掛かって来たクウラの拳を受け止め、腕を掴み取ってぶん回し、数体を巻き込んで手を離したナシコは、吹き飛んでいったそれが即座に傷を修復させていくのに焦りを(つの)らせた。

 今はまだ圧倒的に自分の方が上ではあるが、この調子で破壊し続けていればそう時間をかけず上回られてしまうだろう。

 それでもしばらくは耐えられる。自分だけならば、そうだ。だが他の者は数体破壊した時点で到底敵わなくなってしまうだろう。

 

「くっそー!」

 

 旋風のように襲い掛かってくるメタルクウラの群れを繊細に捌こうとして失敗し、傷つけてしまいながらも解決策を探るナシコ。

 そのうちにとりあえず避けに徹する事にしてそれ以上のパワーアップを防げるようにはなったのだが、一人では何も思い浮かぶはずもなく。

 

「そいつは私にやらせろ」

『……いいだろう』

 

 まさしく千日手であった時に、新たな敵が現れた。

 

 それは巨漢だった。

 青がかった深緑の肉体を持つ、ナメック星人に似た姿の、魔族。

 全身をメタリックカラーの装甲で覆った乱入者に、ナシコは見覚えがあった。

 

「ガーリック……ジュニア?」

「如何にも。いや、少し違うな……」

 

 上空から降ってきて重々しく着地した魔族……かつてナシコが太陽へと蹴り飛ばし、そこで長い時を死と再生の狭間を彷徨い続けていた悪鬼が、同じく太陽へと叩き込まれたクウラとの出会いを通じてビッグゲテスターとの邂逅を果たしたのだ。

 

「私はメタルガーリック……貴様を殺すために地獄から甦ったのだ」

「おお」

 

 意外な再会にそれ以外の感想が出てこないナシコ。

 今さらガーリックなど敵ではないのだが……それよりも、ああ、と納得した。

 このガーリックの不死性をビッグゲテスターがモノにしてしまったのか。

 

「っ!」

 

 すっかり油断していたナシコだが、次にはそれが消え去っていた。

 ラリアットをまともに食らって吹き飛ばされたのだ。

 それはガーリックの登場時期を考えると不自然なほどのパワーと、スピードであった。

 

「くはーははは!! この装甲を見よ!!」

 

 一撃を加えた事で気をよくしたのか、腕を振り上げて自らのボディを誇示するガーリックに、首を擦りながら立ち上がったナシコは、さてどうしたものかと悩んだ。

 

「ここにいるメタルクウラと同じ素材でできたものだ。つまりは、貴様が攻撃を加えればたちまちに学習し、パワーアップしていくのだ」

「うぇー、まじ?」

 

 マジだ。

 目の前のガーリックがメタルクウラ同様に倒してはいけない相手だと知って、いよいよナシコは困り果ててしまった。

 メタルクウラ軍団がナシコを囲む。

 

「これはー……結構やばい感じ?」

 

 依然として戦闘力ならばナシコの方が上だ。

 だがたった一人で解決策を練らなければならないというのは…………相当に絶望的な状況であった。




TIPS
・メタルクウラ
2億(初期)→2億2000万(修復後)→2億4000万(修復後)

・メタリックガーリックJr.
太陽から生還した男
強化外骨格として纏ったメタルで遥かにパワーアップしている
戦闘力はメタルクウラと同期している

・ピッコロ
超サイヤ人との戦闘訓練、及び目に見えた壁を前にして気持ち良いくらいに伸びた
戦闘力は115万程度から6000万にアップしている

・ロックオンバスター
おそらくは瞬間移動を応用した技だと思われる


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第四十一話 死力のタッグ・マッチ

「……やはり地球人ではこんな程度か」

「うくっ……!」

 

 胸倉を掴まれて持ち上げられたナシコが、足をばたつかせて抵抗する。

 だがもはや優劣は逆転してしまっていた。

 

 当初、避けに徹する事でそれ以上の戦闘力の伸びを抑えようとしていたナシコだったが、大量のメタルクウラの自爆を厭わない特攻に不本意ながら破壊を繰り返してしまったのだ。

 大幅なパワーアップを許してしまい、メタルガーリックが纏う装甲はいっそう鈍い輝きを放つようになってしまった。

 周囲を埋め尽くすメタルクウラ軍団も同じように強くなっているというのだから、「こりゃあ万に一つも勝ち目はねーかも」、と諦めかけてしまうのも無理はないだろう。

 

「ふんぬっ!」

「! まだそんな気力が残っているとはな……!」

 

 当然、そうなりかけるだけで本当に諦めたりはしない。

 一度大きく背を反らしたナシコは、頭と足を揺り動かしたその反動を用いて頭突きを見舞った。

 だが顔面までガラスの如きツルツルの鎧に包まれたガーリックは揺るがない。一瞬、その表面に映る顔を歪め驚きはしたが、ナシコを称える余裕さえあった。

 

「っでい!」

「くはは、無駄だ無駄だ!」

「おりゃっ!」

「無駄だと言っておろうに……」

 

 二度、三度、鐘の音が鳴る。

 一回で駄目なら二回、二回で駄目なら三回と言わんばかりに同じ攻撃を繰り返すナシコに呆れた表情をしたガーリックは、もはやその程度の抵抗しかできんか、と嘲笑した。

 だが、胸倉を掴む手の内が光り輝き始めるのに眉を寄せる。──その意味に気付いた時には、爆散していた。

 

「うお!?」

 

 ガーリックの右手の肘から先が消滅した事によって解放されたナシコは、尻もちをついて喉に手を当てた。けほこほと可愛く咳込むそれは、体に染み込んだ魅せるための仕草だ。ダメージを負い追い詰められていて、見る者もいないのに所作を可愛くしようとしてしまうのは、これも一種の職業病か。

 

「くははは……!」

 

 手先を欠損したというのに不気味に笑うガーリック……。

 床に落ちた手は焼け焦げてバラバラに砕け、原形の分からない肉片となって散らばっている。

 それらが蠢き、寄り集まって浮かび上がると、ポロポロと焦げた欠片を零しながらガーリックの腕に接着された。

 

「いくら足掻こうが不死身の私に敵うはずがないと、まだ理解できないのか?」

 

 手首を回して新しい手腕の感覚を確かめたガーリックは、素肌がメタルに包まれていくのにガシンと拳を握り締めた。

 

「ん、くふー……、ふっ……」

 

 体に溜まった疲れを吐息と共に吐き出したナシコは、事ここに至って自分の認識の甘さを痛感した。

 もう少しばかり考えるべきだったのだ。この星のドラゴンボールを用いてビッグゲテスターを遥か遠い星系……それこそ全王の御前にでも転移させるとか、それが困難だと想定したならば魔封波の習得や、それが使えるピッコロと共にコアに特攻をかけるべきだった。

 

「んくっ、はぁー……」

 

 楽観的に構えていたナシコは、封印用の瓶の用意はおろか、ドラゴンボールの使用も想定していなかった。

 コアさえ破壊すればそれで終わり。想定外の事態など何もないと考えていた。

 これも急激に強くなってしまった弊害が……それとも単に、普段何も考えていない頭の軽さがそのまま出てしまったか。

 どちらもだろう。ナシコという人間は、根本的に自分の持つ歴史の知識を有用に使う事のできないタイプだったのだ。

 

「ん!」

「おお!」

 

 前方へ高速移動したナシコは、そのまま両足揃えた飛び蹴りへと移行してガーリックの胸板を蹴りつけた。

 薄水色のクリアな装甲に青白い(いかづち)が這う。一拍遅れて弾かれ、上体を反らしたガーリックが足を掴もうと手を伸ばした時にはもう、ナシコは小鳥のように離脱していた。

 

「捉えたぞ!」

「っく!」

 

 着地地点へ送り込まれる不可視の気弾に、背後を振り返りながらも回避行動を取ったナシコは、脇の下で膨れ上がる光に思考するより早く全ての気をその部分へ集中させて防御力を高めた。

 爆発。空気の振動がこの部屋全体を揺らし、僅かな鉄の粉が降ってくる。

 黒煙を引いて吹き飛んだナシコは、肩から床に入って転がり、背中、もう一方の肩と順次接地させて衝撃を逃しざまにノーハンドで跳び上がり、ガーリックから距離を離した。

 

「がっ!?」

 

 だが下り立ったその位置は取り囲むメタルクウラ達にほど近い。地に足をつけた瞬間に背中を殴り抜かれて再び床を転がる羽目になってしまった。

 

「ばっ!」

 

 追撃の気合い砲が飛ぶ。今度も転がって体勢を整えようとしていたナシコの体が枯葉のように弾き飛ばされ、滞空する。

 一斉に細長い指が差し向けられた。無防備なナシコを狙う何百という指先からバルカンのように絶え間なく小さな気弾が放たれる。

 

「ふ、くっ!」

 

 それを、体から放った気功波で自らを地上へと押し退ける事で回避したナシコは、まだまだ気弾が追って来るのに四肢で床を受け止め、クラウチングスタートの体勢から走り出した!

 

「う、お、あああああ!!」

 

 全力疾走。太ももが擦り切れそうなほどに足を回転させて駆けるナシコの背後を連続フィンガーブリッツが追う。

 背中に感じる風と熱に押されて限界以上のスピードを出しながら壁際まで辿り着いたナシコは、そのまま壁を駆け上り始めた。

 そのうちに半円を描いて天井まで達しても逃走劇は終わらない。重なりすぎて一つの大きな爆発音になりつつある気弾の協奏曲に焦りを隠せずあわあわと半口を開けて逃げ回っていたナシコは、目前に蝙蝠の如く待機していたガーリックに殴りつけられて地上へと叩き落とされた。

 

「ふっぎゃ!」

 

 受け身を取れずにゴム毬のように跳ねたナシコを、突進してきたメタルクウラが撥ね飛ばし、さらに向かい側から跳び上がって来た別個体がダブルスレッジハンマーを叩きつける。

 

「かはっ……!」

 

 目を開ける事もままならず暴虐の嵐に晒されるナシコは、猛回転する体の制御を床に激突する直前に取り戻して着地し、立ち上がった直後に右へと僅かにスライドした。肘を跳ね上げて開いた脇下のスペースをフルメタルパンチが突き抜ける。

 

「ん!」

 

 その腕をしっかりと抱え込んだナシコはそのままそいつを投げ飛ばそうとして、バキン! と強引に振り払われてしまうのによろめいた。

 

「んぐぅ!」

 

 ふらつく足を刈ろうと迫るメタルクウラのスネに足裏を当て、勢いを盗んで大跳躍したナシコは、眼下に広がるメタルクウラ達の全ての視線が自分を追っているのに気づいてぞっとした。

 

 

「ったは、はっ、ふっ!」

 

 

 輪から抜け出し、下りてすぐバックジャンプで距離を離したナシコは、小刻みなジャンプで距離を稼ぐ最中に背中に走るスパークに電撃的にサマーソルトを放った。

 前方から迫る者はいない。誰もが静観を決め込んだように立ち、構えている。だというのに攻撃を放ったナシコの体は慣性に従って後方へと動き続けていて──。

 

「!」

 

 頭足の天地が逆転したその時、背後へ瞬間移動してきたクウラの顔面に足の甲が突き刺さった。

 不意を打とうとして逆に不意打たれたメタルクウラが欠片を零して倒れる。その腹の上に足を揃えて着地したナシコは、足を大きく上げてストンピングしてから後方宙返りにて逃げ出した。

 

「……」

 

 立ち上がったクウラの顔の傷と腹の傷が瞬く間に修復され、補強されていく。

 ビッグゲテスターの崇高なる力により、今、メタルクウラはさらなるパワーアップを遂げたのだ。

 

「逃げ場はないぞ?」

 

 列の後ろから跳んできたメタルガーリックがナシコの背後に下り立つ。

 その装甲もまたパワーとタフネスを上げている。

 そして、瞬間移動によって瞬く間にナシコ包囲網が完成し、劣勢の状況が作り上げられた。

 

「やってしまえ!」

 

 殺到するメタルクウラの群れ、群れ、群れ。

 その一挙手一投足が気を抜けば致命傷となる。

 

(な、なんとかしなくちゃ……!)

 

 同じ顔をした殺戮兵器に飲み込まれ、必死に暴れて抵抗しながら、打開策を練るナシコ。

 そのうちに水色の山の中へ肌色が消えていく。

 

 蠢くメタルカラーの中心からは、鈍い打撃音と肉を磨り潰すような音だけが響いていた……。

 

 

 

 

「だぁらぁ!!」

「!」

 

 数十回転分の遠心力を乗せた延髄蹴りがメタルクウラを襲う。

 だが衝撃を跳ね返し吸収する機械装甲には罅すら入らず、反撃の気功波が悟空を襲う。

 

「でえりゃあ!」

 

 スライディングで滑り込んできたラディッツがサマーソルトぎみにその腕を蹴り上げ、発射先をほんの微かに逸らした。それにより九死に一生を得た悟空が腕を広げて高速後転しながら着地し、後方へ跳躍して距離を取る。

 その真横に並んだラディッツに、悟空は険しい表情で語りかけた。

 

「こいつは尋常じゃねぇ強さだ……生半可な攻撃じゃ通用しねぇぞ!」

「わかっている! ならば手段は一つしかあるまい!」

「フルパワーだ……! 二人同時のフルパワーで、一気にやるんだ!!」

「俺達サイヤ人の底力を見せてやるぞ!!」

 

 言うが早いか地面を爆発させ、同時に突進を行う二人。

 荒野に巻き起こる土煙を背後に黄金の気を噴出させ、呼吸を合わせて共鳴させる。

 

「サルが!」

 

 対抗して駆け出したメタルクウラの一歩一歩が地面を揺らし、重々しい音を響かせる。

 その脅威がプレッシャーとなり、その存在だけで気力が削がれていくようだ。

 

「行くぞ!!」

「応!!」

 

 それでも二人に……この二人が揃えば、恐れるものなど何も無い!

 さらに気を噴出させて加速した兄弟の拳がメタルクウラを捉える。

 高まりきった高密度の気がぶつかりあい、閃光となって空間中を染め上げる。

 

「……!」

「……っ!」

 

 それはまさしく全力の一撃だった。

 たったの一発で気を殆ど使い切ってしまう一点集中の必殺パンチ。

 

「──!!」

 

 崩壊していくメタルクウラの体が爆発を巻き起こし、悟空は、ラディッツは、その炎の中を突き抜けて地面を転がって、即座に立ち上がった。

 まだだ。まだ破壊しきれていない。完全に破壊しつくすんだ!!

 その一心で力を振り絞って振り返りざまに光線を放つ。溜める暇も、型もないエネルギー波。

 

 ワイヤーを伸ばし、肉体を再構成しようとしていたメタルクウラは、修復中の隙を突かれて光の中に消えていく。

 

「こいつで──くたばれぇ!!」

 

 駄目押しのプレゼント・ボムが一片残らずメタルクウラを消滅させた。

 これで、本当に倒したのか……?

 確認する事もできずに二人の超化が解け、ふわりと黒髪を揺らして大の字になって倒れ込む。

 

「はぁー! はぁー!」

「も、もうカスほどもパワーが残っておらんぞ……!」

「け、っけどよ、にいちゃん……!」

「ああ、クソッ……!」

 

 荒い呼吸を噛み殺し、酸素不足で痛む肉体に鞭打って身を起こせば、二人の前に無傷のメタルクウラが立っていた。

 修復を許してしまったのではない。こいつは、新たに送り込まれてきた別の個体だ。

 

「有象無象の超サイヤ人も、なかなかやるではないか。さすが、一族に伝わる伝説なだけはある……」

「なら、こちらも少々本気を出すとするか」

 

 ギュピ、ギュピ、ギュピ。

 特徴的な足音とともにメタルクウラの背後から歩み出てきたメタルクウラが、二人へと向き直って笑う。

 

「な、あ……!」

「な、なんだと……!? ふざけおってぇ……!!」 

 

 もはや立ち上がるのさえままならないというのに、ここに来て2対2になるのはあまりにも絶望的だった。

 疲れで下がっていた瞼を持ち上げて驚愕を露わにした悟空は、ラディッツと肩を貸し合ってなんとか素早く立ち上がり、震える腕に力を込めた。

 再び黄金の気が二人の体から噴き上がる。

 

「ほう? まだそんな力が残っているのか」

「だが、弱点を解析し補ったこのメタルクウラに、今のお前達のパワーで敵うのか?」

 

 雄叫びを上げ、二人の超サイヤ人が力を共鳴させる。

 一人だけでは突破できない限界を超え、さらに超え、ひたすらに超えて、正面へと顔を戻した悟空が目つきを鋭くする。

 

「壊れたって、知らねぇぞ……!!」

 

 自身を奮い立たせるように零れた言葉に、フッと口元を緩めたラディッツもまた、キッとメタルクウラを見据えた。

 

「なぁカカロット。……あいつを信じろ」

「…………ああ」

 

 言葉少なに伝えられたそれは、この状況をきっとナシコが覆してくれるだろうという、誇り高き戦闘民族らしからぬ他人頼みな願いだった。

 ……いいや、違う。これは情けない他人頼みではない。ただひたすらに──信頼しているだけだ。

 その意味をしっかりと受け取った悟空は、小さく頷いて、あの少女の姿を脳裏に浮かべた。

 

 底抜けに明るく、いつだって好意を向けてくるあの子の奥底に秘められた力を……信じる。

 だからこそこの場を戦い抜き、生き足掻かなければならなかった。

 僅かでもそれがナシコの助けになるならば、戦士達は諦めない。

 

「はぁあああ!!」

「うぉおおお!!」

 

 信頼を力に変えて、超戦士は飛び出した。

 

 

 

 

 ビッグゲテスター内部。

 こちらではターレスとベジータのタッグがメタルクウラと死闘を繰り広げていた。

 

「くぉお!!」

「!」

 

 渾身の振り下ろしでメタルクウラを揺るがせたターレスが、尻尾の人薙ぎで弾き返される。

 入れ替わりに蹴りかかったベジータは足を取られて地面へと叩きつけられ、腹を蹴られる直前になんとか跳び上がって逃れた。

 

「はぁ、はぁ……! クソッタレめ……!」

 

 2対1だというのに苦戦している。その事実がベジータを苛つかせる。

 湧き上がる怒りがパワーに変わり、しかし消耗は激しかった。

 コアから供給される力で量産型メタルクウラは常にフルパワーを発揮する。

 別の場所で度重なる破壊が行われたために底なしに力を増したこの個体は、二人の手に負えないものになっていた。

 

「こいつを倒すには、手っ取り早い話、オレと組むしかないってわけだ」

「誰がきさまなんぞと……! このオレ一人で十分だ!!」

「そう邪険にするなよ……こだわってる場合か? なあ、王子様よぉ」

「だまれぇーっ!」

 

 穏やかな日々を過ごし、牙を抜かれたターレスとは違い、サイヤ人の王子たるベジータは己のプライドによって戦いの幅を狭めていた。

 協力すれば、あるいは勝てるかもしれない。だが顔も口調も性格も何もかも気に入らないこの同族と手を組むくらいならば、一人で戦って死ぬ方がマシだった。

 すでにプライドはガタガタだが、それでも縋らずにはいられない。

 

 王子たるベジータはサイヤ人ナンバーワンでなければならないのだ。それがどうだ、この体たらくは!

 下級戦士が揃いも揃って超エリートの自分と同格となって存在している。そしてトップは地球人のガキなのだ。よりにもよって、戦闘民族でも何でもない、すっとぼけた顔をしたあの子供に遥か先を行かれているなど、百遍怒りの炎で焼け死んだって収まらない。

 

「ちっ、わがままな王子様だぜ。ならこっちで勝手に合わせるさ。好きにやれよ」

「オレに指図するな!!」

「ふっ」

 

 並んで立ち、メタルクウラを睨みつけながら素早く言葉を交わす二人。

 ナシコに比べればこの程度の癇癪など可愛いもんだぜ、と口の中で転がしたターレスは、気を噴出させたベジータが今回何度目かの突撃を仕掛けるのに頷いた。

 

「ちぃっ! いい加減に……!」

 

 顔を狙った蹴りを防がれ、反撃に振るわれる拳を最小限の動作で避けたベジータが回転して着地し、捻りを加えた拳をメタルボディへと叩き込む。当然その程度ではダメージなどない。

 拳を開いて気弾を撃ち込みながら後退し──瞬間的に目前に現れたクウラに殴り飛ばされて地面を転がった。

 

「ぼああ!」

 

 攻撃直後の硬直を狙って円を描く気弾が放たれる。ターレスのキルドライバーだ。

 迫る光の輪を見上げたメタルクウラが無感情に飛び立つ。

 輪の中心を潜り抜け、腕を突き出したままのターレスへと襲い掛かり──。

 

「ファイナルフラァァーーッシュ!!」

「ぬお!?」

 

 割り込んできたベジータの全力の気功波に飲み込まれた。

 放出は止まらない。黄色い光は太さを増して鉄の床を削り、壁を破壊し、メタルクウラを崩壊へと導いていく。

 

 ──ターレスの攻撃がああして避けられてしまうのは、放った本人であるターレスも、そしてベジータもわかっていた。

 何せそれは地球で一度見た事のある光景だった。だからこそベジータは全力を以てメタルクウラを迎撃できたのだ。

 

「へっ、得意になりやがって……ざまあみやがれ……!」

 

 大きく肩を上下させて、それでも皮肉気に口角を吊り上げるベジータに、ターレスも一息吐いて腕を組む。

 要するに……結局、ベジータはターレスと力を合わせる事を選択したのだ。

 直感的にも、戦略的にもそうするのが正解だとわかっていた。あとはプライドを納得させるだけだった。

 そこはそれ。この下級戦士はサイヤ人の王子たる自分の手足となって然るべき存在である、と一時己を納得させた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 両者ともに、体力も気力も限界だ。

 本当ならば今すぐにでも座り込んで息を整えたい。

 だが二人ともが汗濡れにはなりはしても姿勢を崩さない。

 単なる強がりだ。だが、これで終わりではないとわかっているからこその姿勢でもあった。

 

「今のはなかなかだったぞ? 超サイヤ人」

「だが次はそうはいかん。強度を補強した。さっき程度の気功波ではもはやびくともせんぞ」

 

 空間中に足音を響かせ、2対のメタルクウラが現れる。

 

「上等だ……! てめぇで試してやるぜ……!」

「はっ、その意気だ……まだいけるな!」

「当たり前だっ! 誰にクチをきいていやがる!」

 

 呼応するようにMAXパワーに至った二人が、ほとんど同時に腰を落として構える。

 強がりに強がりを重ねた言葉の応酬に、しかし徐々に虚勢ではない笑みが二人の口元に浮かんだ。

 回りくどい励まし合いだ。メタルクウラも嘲笑を浮かべてくつくつと肩を震わせた。

 

「行くぞベジータ!」

 

 ターレスの号令に合わせて二人同時に突撃を仕掛ける。

 この時ばかりは、ベジータの反論もなかったのだった。




TIPS
・メタルクウラ
2億4000万→4億(10体破壊)→8億(20体破壊)
(悟空&ラディッツ、ベジータ&ターレスのタッグマッチ戦時は少々時間が前後していて
メタルクウラの戦闘力はまださほど上がっていなかった)

・メタリックJr.
メタルクウラと同じく8億までパワーアップしたが
それは装甲の話
中身の戦闘力も相応にパワーアップしている

・職業病
読んで字のごとく職業による病のことを差す
デスクワークのために慢性的な頭痛を抱える
腰を折って作業するので腰痛を起こすなど
働く事で見に付いた癖などを指す意味はないらしい


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第四十二話 当然の帰結

「魔貫光殺砲ォーーッ!!」

 

 ピッコロの二指(にし)から放たれた螺旋を描く気功波がメタルクウラの肩関節を穿つ。

 メリメリと鉄表面をへこませ、欠片を散らさせて、強い抵抗を受けてなお突き進み、ついには貫通した!

 

「おおお!」

 

 機械的な内部を露出してワイヤーを千切れさせて肩が離れていく、そのさなかには既に修復を開始していたメタルクウラへ追撃の気功波が放たれる。上空で体を広げたウィローがその全身からフルパワーエネルギー波を放出したのだ。

 文字通りの最大出力。焼け溶けるほどの熱量もって光が降り注ぐ。

 

「っぐ、く!」

 

 だが一歩遅かった。肩を繋ぎ合わせ、修復を終えたクウラが手刀によって気功波を弾いてしまった……!

 

「ち、ちくしょうめ……! も、もう通用しない、か……!?」

「当然だ。同じ手が二度通じると思ったか?」

 

 背後で巻き起こる爆発に照らされながら、メタルクウラが嗤う。

 半身を前に出し、その無傷の肉体を誇示するように。

 

「くっ……!」

 

 片腕を吊り下げ、荒い呼吸を繰り返すピッコロの横にウィローが降り立つ。

 こちらには疲労はないが、険しい表情であるのはピッコロと同じだった。

 

 荒野。

 ほど近い場所に海が広がるこの場所へ瞬間移動で連れ去られてきた二人は、即席のコンビネーションでメタルクウラと渡り合った。

 元々ウィローの戦闘力はメタルクウラに近しかった。体力が切れないのも共通していた。そこにピッコロを加えれば、パワーアップしたメタルクウラ相手でもなんとか拮抗できていたわけだ。

 

 そして時間が経てば相手の弱点をウィローが解析し、作戦を立案し、わだかまりも無い二人が十全に協力し合うことで魔貫光殺砲による胴関節部の破壊と気功波による修復中の爆発を誘い、1体を倒すことができた。

 

 即座に2体目が現れ休む暇もなく戦闘が継続された。二人は同じように弱点を解析し、同様の手段で破壊を試みたのだが……どうやら今度の個体は修復速度を上げてきたようだ。

 このメタルクウラが言う通り、もはや同じ手は通じないと見ていいだろう。

 

「おい、何か他に手はないのか」

「弱点を見極めるしかないだろう。……その技をいつでも放てるように準備していてくれ。頼むぞ」

「フン、それくらいはお安い御用だ。……それくらいしかできんがな」

 

 ふっとウィローの姿が掻き消える。それは目でも気による感知でも追う事はできない。

 同様に掻き消えたメタルクウラの行方も、ピッコロでは追跡できない。

 

「気を感じられない妙なガキだとは思っていたが、これ程の強さとはな……この間はここまでではなかったはずだ……! まったくとんでもない奴らだぜ……!」

 

 指示されたとおりに額に当てた指に気を集中させ始めたピッコロは、慄くような言葉とは裏腹にこの場を完全にウィローに任せていた。

 どちらが主導で動くべきか、どちらが足手纏いなのか、どちらの方が戦略眼があるか……。

 もはや悔しいなどと言っていられる場合ではないこの場面で、ピッコロは己のプライドよりもウィローの手足に徹する事を選んだ。

 

「!」

 

 不意に発された僅かな気配に目を向けるピッコロ。

 斜め上空に現れたメタルクウラの、その目前にウィローが現れた。

 だがお互い睨み合うのみで攻防は発生せず、両者の姿が掻き消える。

 

 遠方に現れては消え、真後ろに現れては消え、海中に現れては消え。

 一切の攻撃をなさないまま瞬間移動を繰り返す二人に、ピッコロはひたすらに自らが動く時を待っていた……。

 

 

(ちぃっ、隙が無い……!)

 

 メタルクウラの尻尾を追ってマーブル模様の空間を駆け抜け、地表より遥か上空に現れたウィローは、目前に存在するメタルクウラを観測し、左目に忙しなく文字列を走らせながらも手を出せないでいた。

 どれだけ計算をしても拮抗する。有効打にはならない。この場の攻撃は無意味。

 そういった答えばかりが出てきて、そしてそれは向こうも同じなのだろう。

 忌々し気にウィローを睨むメタルクウラもまた、ビッグゲテスターの高速演算によってこの場での攻防を無意味と判断していた。

 

 だからこその、沈黙。

 ただ睨み合うのみの二人の間に風が吹く。

 切り揃えられた金髪を揺らし、端正な顔を歪めて構えもせず浮かぶウィローに、太陽光を反射して煌めくメタルクウラ。

 やがてメタルクウラは仕切り直すために瞬間移動に踏み切った。

 

「逃がさん!」

 

 異なる空間へ逃げ込んだ敵を追って同じ技を使ったウィローもまた、異空間へと飛び込んでいく。

 瞬間移動その技だ。ウィローは幾度も観測した孫悟空とメタルクウラの瞬間移動を我が物にした。ここまでの戦いで何十回も見れば、学習し習得するのはそう難しい話ではなかった。

 

 元より似たような技を開発している最中だった。仕事で遠方に赴く際、車が出せない時はナシコが人混みを嫌って空を飛んでいく事を提案する。だが往々にしてスカートで飛ぶ羽目になるので、もはや我慢ならずどこにでも移動できる技を模索していた。

 ……スカートの中は見えない仕様にしてあるのだが、ウィローのプライド(羞恥心)がそれを許さなかった。

 

「──……!」

 

 マーブル空間を泳ぐウィローの頭脳が数瞬で何パターンもの展開を想定する。

 その中の一つが形となって目の前に描かれていく。

 すなわちメタルクウラが自分を待ち構えて腕を振り上げ、打ち落とそうとしている。

 

「シェア!」

「む!」

 

 鋭い呼気とともにすでに蹴り上げの体勢に入っていたウィローが、この異空間の異様に伸びた時間の中でゆっくりとメタルクウラに迫り、振り下ろされた腕とぶつかっていく。

 空間を揺るがす衝撃が両者を弾き、青空の中に出現したウィローは、反対へと吹き飛んでいくメタルクウラが自分を指さしているのを認識した。

 

「デスビーム!」

「!」

 

 桜色の光線が飛ぶ。ウィローの突き出した指から放たれた三連分を束ねた太い光が、クウラの放った紫色の光とぶつかって爆発する。

 フルパワーデスビーム。ナシコが好んで使う技の一つ。当然、付き合いの長いウィローはラーニングしている。

 

「ぬああ!」

 

 黒煙を突っ切って迫るメタルクウラとの空中戦に入る。

 激しい格闘戦が暴風を巻き起こし、だが打撃音は響かない。

 お互いがお互いの攻撃を読み切っている。だから仕掛けた時点で狙った位置を防御されていて意図せず寸止めとなり、切り返されて攻撃された時には予測被弾地点を庇っている。

 

 フェイント合戦。

 傍から見れば、それは互いを傷つける気のない演武のようであった。

 

「……!」

 

 時間が経つにつれ徐々に表情の険しさを増していくのは、メタルクウラの方だ。

 戦闘力ではメタルクウラが上回っている。だが性能はウィローの方が上のようだった。

 所詮は寄せ集めの機械惑星……地球製の人造人間に敵うべくもない。

 

「つああ!」

「ぐ!」

 

 読み合いに勝ったウィローが突き出された拳の上を転がるようにして前転上昇し、極まったタイミングで踵落としを肩に見舞った。

 全ての力を一点に集中させた、ここ一番のタイミングのジャストヒット。

 肩部欠損に目を血走らせるクウラが、遅れて圧を受けて体中を歪ませて地上へと落ちていく。

 

「ふっ!」

 

 二本立てた指を額に当てたウィローの姿が消え、次にはピッコロの隣に現れていた。

 バチバチと指先に充填される気の弾ける音が二重になる。

 

「今じゃ!」

「魔貫光殺砲ォ!!!」

 

 首の後ろへ振りかぶった手を全力で前へ突き出したピッコロに合わせ、ウィローもまた、瞬間移動直前からチャージしていた魔貫光殺砲を放った。

 それは両手両足で地面を受け止めて顔を上げたクウラの眉間を同時に穿った。

 

「ぬお!?」

 

 頭を跳ね上げるような無駄な衝撃の発散はない。エネルギーの全てが余すことなくクウラを捉え、ほどなくして貫いた!

 

「がぁああぁあ!!!」

 

 たまらず大口を開いて叫ぶクウラの体がようやく仰け反り、その時には頭部は半壊状態。飛散する鉄片は追撃の光弾二つが同時着弾した事によって消滅した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

「仙豆を、ピッコロ!」

「ああ……!」

 

 多大な集中力を要する大技の連発に精神力を極限まで削られ、気力もまた限界に近いピッコロが真横へ突き出した手の平めがけて投げつけられた仙豆を掴み取り、一も二もなく口にした。

 それでフルパワーを取り戻したはいいが、状況は依然として厳しい。

 

「上!」

 

 さらなるパワーアップを遂げてメタルクウラが戻ってくる。

 その気を捉え、注意を促したウィローに従って空を仰いだピッコロは、一瞬何が起こっているのか理解できなかった。

 

「──!!」

 

 100の太陽が浮かんでいる。

 空を埋め尽くす100体のメタルクウラが掲げた指の先に、サンライトイエローの巨大気弾が作り出されていた。

 音もなく、光が落ちてくる。

 それは地上から空へと引力を逆転させて二人の衣服を激しくはためかせた。

 

「続け!」

「ご、うおお!!」

 

 服が捲れ上がるのも気にせず跳び上がったウィローに、目を見開いて驚愕を露わにしていたピッコロが遅れて続く。

 

「だあああ!!」

 

 自らスーパーノヴァに突っ込んでいくその姿は無謀極まりない。

 だがそうするほかなかったのだ。あのまま地上にいれば甚大な被害を被るのは目に見えていた。

 迫る気弾に、体を広げて受け止める体勢に入ったウィローの真後ろにピッコロが急停止する。

 素手で受け止めるつもりなのか!? ──疑問を抱いたのはメタルクウラも同じだ。怪訝な顔で着弾を見守る。

 

「はあああ!!」

「──何!?」

 

 球体が崩れる。それは円錐状になってウィローの体へと吸い込まれていっているようだった。

 気の吸収。先日に組み込まれた機能を活用させるのは今しかない!

 

「ぐくっ……! ぴ、ピッコロ……!!」

「そ、そういう事か!」

 

 だが限界はすぐに訪れた。数十メートルはあろうかという気弾を2つ吸い込んだ時点で許容量を超えたウィローの体がオレンジの光を浴びて崩壊の兆しを見せる。

 だが背後へと突き出された手に、ハッと気づいたピッコロが即座にその腕を掴んだ。

 

「ぬ、く、ぅあっ……!!」

「ぐう!!」

 

 ウィローが吸収した気を、そのままピッコロへと流し渡していく。

 そうする事で容量を開けたウィローは次々にスーパーノヴァを引き寄せ、吸収していった。

 数が数だ。それでも全てを吸い取り切るにはピッコロの体もまた持たない。

 一度は自らの足でもう片一方の足を切断し、即時再生させる事で気を減らして送り込まれてくる膨大な気に対応しようとしたピッコロは、これでは埒が明かないと断じてむくむくと肉体を巨大化させ始めた。

 

「うおおお!!」

 

 瞬く間に地に足を付けたビッグピッコロが大振りのパンチを放つ。それは掻き消えたウィローの残像を尽きぬけ、複数残っていた気弾を砕き、数体のメタルクウラを纏めて砕き飛ばした。

 

「はぁあああ……だぁああああ!!!」

 

 自らを掻き抱いて間もなく、自分を中心に爆発を起こして体を伸ばしたピッコロが白い光で辺りを満たす。

 あっという間にドームとなった超爆発波が残りのメタルクウラどもを蒸発させていく。

 そうして殆どパワーを使い果たし、元の大きさに戻ったピッコロの下にウィローも戻って来た。

 

「! くあっ!」

 

 手を広げたウィローが半球状にエネルギーフィールドを張れば、スコールのように表面を叩く気弾の雨。

 ビッグゲテスターが再び送り込んできた100体あまりのメタルクウラが地表を埋め尽くし、二人を取り囲んで絶え間なく攻撃を仕掛けてきている。

 

「ど、どうする……!」

「くっ、う……!」

 

 倒しても倒しても出現するメタルクウラに、もはやウィローは言葉を返せない。

 バリアーは度重なる爆発に押されて少しずつ縮小していく。

 

 もはや二人にできる事は、粘り続ける事だけだった。

 コアの前に一人残されたナシコが事態を好転させてくれる事を願って……!

 

 

 

 

「うりゃぁーっ!!」

 

 気合い一声(いっせい)

 雄叫びを上げ、白い光の上に赤い焔を揺らめかせて輝いたナシコは、顔を下ろして前方を睨みつけると、引き込むように息を吸って駆け出した。

 

「だりゃっ! でやっ! んんりゃぁーっ!!」

「……!」

 

 メタルクウラの群れの中を駆け抜ける。そのさなかに、飛び掛かって来たクウラの胴体を腕で割り裂き、超低姿勢で迫るクウラを打ち砕き、組みかかってくるクウラを粉砕して突き進む。

 目指すはコア。

 それを破壊したところでどうにもならない事はわかっていたが、コアを狙う以外にとれる手段がなかった。

 

「ずぇえあ!!」

「んくっ!」

 

 頭上から猛回転して降って来たメタルガーリックを紙一重で避けたナシコが体の流れるままに回し蹴りを放ち、防がれた衝撃で体を浮かせてもう一発を顔面へぶち当てた。

 

「──……無駄だ!」

「あっ!」

 

 脳天を吹き飛ばしたガーリックが瞬く間に肉片を集めて再生し、頭をメタル装甲で包み込んでナシコを地面へと叩きつけた。

 赤い光が散る。全開に噴出していた気もまた消えた。

 宇宙中から集めた元気を取り込んでも、これが限界……! 体がもたず、力が失われていく。

 

「ふっふっふ、ずいぶん健気に戦ってくれたではないか」

「あ、ぅ……」

 

 腕を掴まれて持ち上げられたナシコに、もはや戦う力は残っていない。

 気を良くして笑うガーリックとは裏腹にメタルクウラ・コアはさすがと舌を巻いていた。

 

『これほど力を増したメタルクウラ達をまるで雑兵のように蹴散らすとは、さすがは地球人だ……』

 

 頭部のみのコアが揺れ動き、満足げに笑う。

 これだけの超パワーを吸収出来ればビッグゲテスターは更なる発展を遂げるだろう。

 それが今から楽しみでたまらない……。

 

「そうらよ」

 

 無造作に放られたナシコが乱回転するなかで、八方から伸びてきたワイヤーに雁字搦めに囚われる。

 腕も足も引っ張られ、体を締め上げられてか細い悲鳴を零すナシコに、前傾したコアがゆっくりと吸収を開始した。

 

「ふっくぁああああ!!!」

 

 頬に、首に、足についた端末から電撃が発せられ、同時に体に巻かれたワイヤーが体を切断しようかというくらいに引かれ、気を絞り取っていく。

 

「ぃや、ぁあああああ──!!」

 

 人造人間が使っていたエナジー吸収装置とは違う、苦痛しかないエネルギーの奪取。

 限界まで開かれた瞳がぶれにぶれて、がくがくと震える体がギチギチと固定された。

 

『いいぞ! 素晴らしいパワーが流れ込んでくる……!! ふははははは……!!』

「ハーーーーハハハハハハハ!!!」

 

 芯まで迸って焼き尽くす電撃が悲鳴を飲みこんでいく。

 強制的に発せさせられていた気が収まっていくと、最後の一滴までをも奪おうというのか、華奢な体を一層強く締め付けて、奪われまいとナシコが死守していたパワーを根こそぎ吸い尽くした。

 

『終わったか……』

 

 舌なめずりをするような声音でコアが呟く。ごちそうを腹いっぱいに詰め込んだ満足感に目を細め、ワイヤーに赤い血を伝わせて滴らせるナシコのうつろな瞳を眺めた。

 

「絞りカスはどうするのだ」

『当然、磨り潰しその細胞の一片までをエネルギーに変換する』

「では、そうしてやるとするか」

 

 指を鳴らして嗜虐的に歩むガーリック。

 その顔に影ができる。

 

「ん……?」

 

 それが何かを認識するには数秒を要した。

 見上げた空に、蜘蛛の巣に囚われた蝶がいる。もはや意識もないはずのその体から揺らめき立つ、あの白い光はなんだ……!?

 

『!! な、なんだ! どこにそんな力を残していた!』

 

 気を感知したワイヤーが電撃を発してナシコの体を弛緩させ、再びエネルギーを奪い始める。

 思いがけない光景に虚を突かれて声を荒げたコアは、予想以上に膨大なエネルギーが計算以上の速度で回路に雪崩れ込んでくるのに、そこかしこを爆発させた。

 

「どうした!」

『ぐっ……! ……ククク、どうやら自らパワーを流し込み、このオレを破壊しようという魂胆らしい』

「なんだそんな事か。無意味なことを……我々は不死身なのだからな!」

 

 

 意識の奥底。

 暗闇のずっと向こう側にくぐもったガーリックの声を聞いたナシコは、感覚のない体に巻き付くワイヤーに肺を潰されて息を吐き出した。

 コアの言う通りだった。

 ナシコは、あまりにも力をつけてしまったメタルクウラを相手にするのは取りやめて、自らパワーを提供し、余剰気力によってビッグゲテスターの機能停止を狙ったのだ。

 

 知識に基づいた行動は、相手が不死身でさえなければなせていただろう。

 天井やそこかしこで小規模な爆発が起き、すぐさま再生していくこの状況では、その作戦の成功率は0だった。

 

(ご…………く、……さ)

 

 無意識の声が胸の内に響く。

 でも、それだけだ。

 結局ナシコはビッグゲテスターに全ての気を吸い尽くされる事しかできなかった。

 

 ……果たして、本当にそうだろうか。

 

『む?』

 

 今度こそ終わったと引いていくワイヤーを掴み取ったナシコは、手首を回転させて腕に絡めとると、芯から引き出した気を送り込み始めた。

 

『なぜだ……? 今、確かにお前のパワーを吸い尽くしたはず……その力は、どこから……!?』

 

 答える声はない。

 元より、今のナシコに外へ発信できるほどの意識は残っていなかった。

 半ば夢の中にいるようにぽつぽつと言葉を浮かばせることしかできない。

 

(……いらないやつ、もやして……)

 

 底なしの気が増大し、一回り膨れ上がる。

 拘束されながらもびくりと跳ねたナシコの体が揺れた。

 

(……これも、いらない……)

 

 それは生命力の発露。

 尽きた気を、命を燃やして補っているのだ。

 

「ちっ、悪足掻きを……」

 

 天井から零れる破片。

 床が揺れ動き、爆発の規模が増して音が鳴りやまなくなってきた。

 それでもメタルガーリックもメタルクウラ・コアも余裕に構えている。

 土壇場の力には驚かされたが、そんな無理が長く続くはずがない。こうして眺めていれば、あっという間に終わることだろう……。

 

 その考えに反して、ナシコの気の放出は止まらない。どころかより輝きを増して濃密になっていっている。

 

(……ほん、とは、だめ……だけど……)

 

 サラサラとナシコから何かが零れ落ちる。

 それは砂粒のようだった。白い灰のようだった。

 毛先が色を失い、分解されて床へと落ちていく。

 

 肝臓。膵臓。腎臓。

 体内の不要だと判断した臓器を燃焼させてエネルギーに変換したナシコが、次の燃料に選んだのが、その自慢の髪の毛だった。

 

 下から上へ浸食するように真っ白に染まりゆき、灰化した髪が降り注ぐ。

 それを糧にさらなる力が湧き上がる。

 まるで元気玉を吸収した時のように膨れ上がった気は、ワイヤーを破壊しない繊細な加減で、ひたすらにビッグゲテスターの回路へと流し込まれていった。

 

『ぬお!?』

 

 コアにほど近い箇所が爆発を起こし、クウラの頭部を爆風が煽る。

 

(ご、くう……さん……)

 

 ひとえに。

 これは贖罪だった。

 そして、信頼だった。

 

 自らの甘い認識が招いたこの苦戦は、本来、ナシコがしっかりとしていれば無かったはずの、必要のない苦戦だ。

 それに巻き込んでしまったのだから、ケジメをつけなければならなかった。

 だが、ナシコでは届かない。

 だから祈った。託した。

 絶大な信頼を寄せる孫悟空が、自分がビッグゲテスターを相手取っている間に、状況を打開してくれることに。完膚なきまでに勝利を収めてくれることに。

 決着を、託したのだ。

 

 毛先が襟元に届くかといったところで髪の燃焼が止まる。

 『いずれ貴様の気力が切れるだけだ』と嘲笑していたメタルクウラは、今度はナシコの靴が燃えて、露わになった素足が崩れていくのに目を見張った。

 

『まさか! いや、そんなはずは!』

「いつまで続くというのだ……! くっ、おい、ビッグゲテスターが崩壊するぞ!!」

『あ、ありえん……! ビッグゲテスターの再生速度を遥かに上回っている! か、回路は閉じたはずだ、なぜ流れ込んでくる!!?』

 

 この中心部の空間の床は瓦礫で埋め尽くされ始めていた。

 天井にはまばらに穴が空き、コアに近い場所で幾度となく爆発が起こる。

 それはコアと繋がっているガーリックの身にも影響を及ぼした。

 装甲が破裂する。罅割れ、四散し、再生しようとする傍から崩壊していく。

 

 空間中いっぱいにナシコの気が広がっていた。

 そこまで膨れ上がったエネルギーの全てが、ビッグゲテスター崩壊のために使われている。

 両足も半ばまで燃料となった。消失は止まらない。

 血を流すことなく、その部分の衣服を燃やしながら肉体を灰にして、それを目の当たりにする2体が慄くほどに増大していった。

 

 ──メタルクウラ・コアに刹那、不安がよぎる。

 ガーリックとの邂逅でオレは不死性を得た。

 だが、それは、本当に……?

 本当にオレは、不死身になれていたのか……?

 ただ再生速度を速められただけなのではなかったか……!?

 

『お、お、おおお!!』

 

 一度生まれた焦りという名の毒は瞬く間に全身へと巡り、ワイヤーにて自らの肉体を構築したメタルクウラ・コアが立ち上がる。

 

『その手を放せ!!』

 

 ワイヤーの集合体たる拳がナシコを打ち据えた。

 背後まで突き抜ける衝撃が壁を破壊し、跳ね返ってきて荒れ狂う。

 ナシコは、止まらない。

 必要最低限、生き延びられるだけの機能を残して、体を気の光にくべていく。

 

 肉体の崩壊に、痛みは伴わなかった。だから、怖くもなかった。

 きっとはっきりとした意識があれば、ナシコは「思っていたほど死ぬのって怖くないな……」と思ったことだろう。

 

『無駄だ! 無駄なはずだ!! いくらきさまが足掻こうがこのオレを倒すのは無理なんだ!!』

 

 消えかけた意識に滑り込んでくるクウラの怒声。

 うつろな目に光が灯る。胸の内に湧き上がる言葉が口をついて出てくる。

 

「むりと……わかって、いても……やんなきゃ! なんないときは!! あるんだぁっ!!!」

『ぬお!!?』

 

 一際強く、光が瞬く。

 ここが勝負どころ。

 これが、今ナシコにできる精一杯。

 

「退けクウラ!! 我がデッドゾーンにてその小娘を永久追放してくれる!!」

『──!? ま、待て!』

「はぁあああ!!!」

 

 

 両手を翳したメタルガーリックが、装甲が剥がれ露わになった頭部に血管を浮かせて力む。

 途端、ナシコの背後に渦ができ始めた。

 紅く、どこまでも紅く、深い、死の脱出不可能空間。

 発生した引力にワイヤーがたわみ、ナシコの体が吸い寄せられていく。

 

 

「今だクウラ! ワイヤーを解──」

 

 ドッ、と。

 ガーリックの体が浮いた。

 

「────……?」

 

 背に衝撃を受けたように胸を反らし、ナシコの下を抜けてデッドゾーンへと吹き飛んでいったガーリックは、黄色い光線に飲み込まれて気を取りなおす事もできずに装甲の中身を焼き尽くされ、バラバラになりながら紅の渦に巻かれてその一部となった。

 

『ガッ!!?』

 

 そして、脱出不可能空間が閉ざされた時、ガーリックと接続する事で不死性を得ていた無敵のメタルクウラ・コアが、今までのダメージが祟ったように崩壊を始めた。

 

『そ、そんな……ばかなぁ!!?』

 

 ワイヤーが老朽化し、ボロボロと崩れ落ちていく。

 自分の体を思わず見下ろしたクウラ・コアは、なおもそこかしこで起きる崩壊に、止まらない爆発に、濃厚な死の予感にうろたえて視線を彷徨わせた。

 

 その双眸が最後に行きついた先はナシコだった。

 あの生命の輝き。あの白い光。

 あれさえ吸収できれば、まだ再生の目はある……!

 

『ナシコ──!』

 

 崩れゆく手を伸ばす、メタルクウラ・コア。

 地面から伸びるワイヤーを限界まで引き延ばし、半ば千切れさせながら体を持ち上げて。

 欠けた指の、その一本が少女の頬に触れて頭を傾けさせて。

 

 手が、離れた。

 

『──!!』

 

 クウラ自身の意思で、ではない。体がくの字に折れて、そのせいで一瞬届いた手がナシコから離れてしまったのだ。

 一拍置いて、背側から突き抜けたラディッツが受け身も取れずに床に落ちる。

 この突撃はラディッツが。そしてラディッツをこの場に連れて来た孫悟空が、瞬間移動直後にガーリックの背を蹴り上げ、気功波を放ったのだ。

 

「や、やってやったぜ……!!」

 

 もう目を開く事もできないほどに消耗していたラディッツだが、死力を尽くした甲斐はあった。突撃がトドメとなってコアのあちこちが崩れ始めたのだ。

 内部の崩壊とはわけが違う。ただ回路が爆発するのとはわけが違う。

 

『ぐお、お……!!』

 

 核の死を予期したビッグゲテスターが、主人を見放したようにナメック星から離れ始めた。

 だがもう遅い。爆発はビッグゲテスター全体に蔓延っている。もはや修復不可能の域に達しているのだ。

 クウラの命運は、尽きた。

 

 

「ここはもう危ない!」

「脱出するぞ!」

 

 孫悟空と同時期に瞬間移動してきていたのだろう、ピッコロと協力してワイヤーを引き剥がしていたウィローが、ようやっとナシコを救出する事ができたそのタイミングでこの場にいる者に呼びかけた。

 

「……!」

「は、くっ」

 

 とはいえ、ピッコロとウィロー以外に動けるものは誰もいないようだった。

 孫悟空、ラディッツ共に満身創痍。限界以上に気を発したために全身至るところを痛め、もはや感覚さえない。

 膝をつく悟空も、倒れ伏すラディッツも崩壊から逃げ出す余力など残っていなかった。

 

「ナシコ……! おい、ナシコ……!」

 

 抱かれたまま揺さぶられたナシコもまた、動かなかった。

 パワースカウターを使わなくともわかる。バイタルチェックなどしなくともわかる。

 眠るように瞳を閉じたナシコの青白い顔には、もう生気などなかった。

 

「ピッコロ! 仙豆を寄越せ!」

「……残念だが、無駄としか言いようがない。そいつはもう死んでいる。…………酷かもしれんが、オレ達だけでも脱出するんだ……!」

「ふざけるなっ! いいから仙豆をっ、はやく……!!」

 

 成層圏を離れ始め揺れ動くビッグゲテスター内部。

 浮かんでいる二人には揺れは関係ない事だったが、ウィローに抱かれたナシコは小刻みに震えていた。

 乾いた肌にぽつぽつと雫が落ちて染み込んでいく。

 息を乱してウィローは懇願する。そうして急げば、まだナシコが助かるとでもいうかのように。

 

「……チッ」

 

 舌打ちしたピッコロが残っていた一粒を渡し、それを閉ざされた口へ運んだウィローは、いくら呼びかけても食べてくれないナシコに顔を寄せて囁いた。

 

「ほら、食べろ。それくらいはできるだろう? いつもの大口はどうしたというのだ……」

 

 揺さぶりながら呼びかけても、答えは返ってこない。

 中身が空洞にでもなってしまったみたいに軽いナシコの、その心臓は、もはや動いてはいない。

 

「わたしに、食べさせてほしいのか? まったくわがままなヤツだ……」

 

 そういって自分の口に仙豆を収めたウィローは、もぐもぐと噛みながらナシコを抱え直して、愛しげに髪に指を通した。

 あんなに艶めいていた髪が水分を失って輝きをなくしている。毛先が白んで、一度だって見た事がないくらいのショートヘアになってしまっている。

 痛々しかった。

 胸が痛んだ。

 

「ん……」

 

 唇を合わせ、十分に砕いた仙豆を流しこんでいく。

 カサついたその口に血の通う感覚はない。

 それを、知らないフリをするように強く目を閉じたウィローは、舌を使って仙豆の欠片を喉奥に押し込んでやって。

 

「……」

 

 離れた二人を繋ぐように光の糸が引く。それはやがてたわんで、ぷつりと途切れた。

 

 やはりナシコは、目を覚まさなかった。

 

「……」

「行くぞ」

 

 ウィローまで呆然とする訳にはいかない。

 ビッグゲテスターが爆発するその前に、みんなをつれて抜け出さなければならなかった。

 

「ああ、わかった……」

 

 地の底を這うような低い声で返したウィローは、ピッコロに促されるままに悟空とラディッツを回収し、ベジータとターレスが待つ地上へと戻った。

 

 

 

 この日、機械惑星ビッグゲテスターは、その長い放浪生活に終止符を打った。

 クウラもまた、惑星と運命を共にした。

 ナメックの星に蔓延る機械群が次々と動作を停止し、壊れていく。

 

 

 戦士達は、この絶望的な戦いに勝利した。

 ナシコという一つの犠牲を払って──。

 

 

 

 

 

 

「たはー! やー、やっぱ夏はクーラーきいた部屋でごろごろするに限るね!」

 

 ソファーに寝そべり、スナック菓子を貪りながらご機嫌に言うナシコに、呆れた視線が浴びせられる。

 

「ったく、こいつはブレねぇなぁ……」

「まったくだ」

 

 一度死んだナシコは、お礼として提供されたナメック星のドラゴンボールによって即座に復活を果たした。

 2つ目の願いで家のクーラーも復活してもらい、この通りご満悦だ。

 

「この能天気さは死んでもなおらんということだな」

 

 ぱたぱたと足をぱたつかせるその隣に腰かけて本を読んでいるウィローが呟く。

 んー、と生返事したナシコは、直後に馬鹿にされた事に気がついて飛び上がると、「なにおー!」と襲い掛かった。

 

「誰がばかだって!? 誰があほだって!? 誰がおたんこなすだってぇー!?」

「い、言っておらん! 言っておらんけど!?」

 

 こしょぐりあいに発展し、マウントを取られて徹底的に弱点を攻められたウィローが悲鳴を上げる。

 だが、心なしかその声や表情には、喜色が浮かんでいるようであった。

 

「あははははっ、くすっ、くすぐったいんだけど! やめてウィローちゃん!」

「おっ、おまえがやめれば! わたしもやめるっ、くぁっ!」

「へひっ、へひ、しぬ……!」

 

 長い黒髪を揺らして悶えるナシコと、必死に声を抑えてもがくウィロー。

 

 二人分の笑い声は、それからしばらくの間止むことはなかった。




TIPS
・ウィロー
多彩な技を学習していく貪欲なアイドル
瞬間移動に魔貫光殺砲、デスビーム……
無尽蔵のエネルギーからは常に最大パワーの気功波が放たれるのだ

・デスビーム
ナシコの三連デスビームを一本化した気功波
ハートマークがでっかい
普通に殺傷力がある

・ピッコロ(巨大化)
数十のスーパーノヴァ分の気が加算されて超パワーを発揮した
ただし許容量を超えているため肉体が鈍重になってしまう
戦闘力は一時的に10億ほどまでアップしたと思われる

・ナメック星
3つ目の願いで元の姿を取り戻した
崩壊の憂き目から逃れられたのだ

・ガーリック
壮絶な紅の渦に超魔族は消えた……
その名も、神の座を狙う魔族の戦士ガーリックJr.……


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たったひとりの最終決戦?
第四十三話 兆


『これですべてが変わる──』

 

 星の海に、たったひとりの声が響く。

 

『このオレの運命──』

 

 おびただしい数の異星の兵士に取り囲まれ、戦士は笑う。

 

『カカロットの運命──』

 

 未来。

 どこか遠い惑星。別の宇宙。

 綺麗な緑の原のその上で、対峙するふたつの影。

 

『そして、きさまの運命も──!』

 

 その右手に全ての力を終結させて、サイヤの戦士は仇敵を見上げた。

 巨大円盤型宇宙船の、上部ハッチを開けてゆっくりと浮かび上がって来た、浮遊ポッドに悠々と腰かけるこの宇宙の帝王。

 

 睥睨する怪物の目に映っているのは、滑稽な反逆者か、無謀な猿か、忌々しい絶対敵か。

 尖った黒髪を揺らし、額に巻いた血染めの布の鉢がねに、野生的な感情を露わにするサイヤ人の戦士。

 緑の戦闘服はこれまでの戦いで至る所を損傷し、右肩から胸にかけては完全に壊れて露出している。

 怪我の数も両手両足の指の数では足りないほどだ。満身創痍と言ってもいい。

 それでもバーダックは嗤っていた。ここまで来て、帝王が目の前にいて、誰も邪魔をしないならば──運命は、変わるのだから。

 

『──だめだよバーダック! このままじゃころされちゃうよ!』

 

 突如として淡い光が戦士のたもとに現れる。

 ぼんやりとした光の中に艶やかな黒髪が揺蕩って、宇宙に溶けるような色合いの、ドレスに似た民族衣装を身に着けた小柄な少女が、懇願するように戦士の胸へ縋りついた。

 

『ね? みて……?』

 

 翡翠の瞳を潤ませて半透明の羽を上下させた少女に、ぴくりと戦士の頬が震えた。

 脳裏に過ぎる光景。

 それはほんの少し先の未来。

 

 場所は宇宙。時は不明。

 数千の戦闘服を纏った男達が、たった一人を囲んで、しかし誰もが一点を見上げている。

 やがて陽光が差し込むように橙色に染め上げられた数多の生命が光の中に蒸発していく。

 その中にはバーダックの姿もあった。有象無象と同じように、壮絶な光の中へと消えていく。

 

『わかった? もうやめよう? にげなくちゃ……』

 

 戦士の顔を手で挟み、息のかかる距離で目を合わせてくる少女こそが、今の未来を予知させた張本人。

 不思議な力を持つ民が住まう小惑星フェアリアを攻め滅ぼした際に、最後まで抵抗したフェアリアの巫女ティエトリーチェだ。

 当初は自分の一族の敵討ちを目的に憑りついて、悪夢のように滅亡の未来を見せ続ける事で苦しめてきたティエトだったが、実際に滅亡に向かい始め、生き足掻く戦士にいつの間にか心を寄せていた。こんなにも生きてと願い悲しむほどに。

 たった一人この宇宙に取り残されるのがイヤだったのかもしれない。もう帰る星もないのだから。

 ほんの僅か縁が残った人間に執着してしまうのも、まだ子供である彼女には仕方のないことなのかもしれない。

 

 戦士は、揺るがない。

 鈴の鳴るように吐息して、透明な涙で頬を濡らす少女を乱暴に押し退けて、見向きもしない。

 今見せられた自分の最期。その未来さえ変えようとしているのだ。

 

『ここでたたかわなくたって……!』

 

 また別の世界が見えた。

 金と水色。

 馴染みのない色合いの光がせめぎ合っている。

 

 ──カカロット……。

 

 息子の姿に、初めて反応をみせたバーダック。

 彼の息子はつい先ほどに母星を出たばかりの赤子だ。

 だが今見た未来では十分に成長し、自分の年を追い越しているようにも見えた。

 

 雰囲気は違うが、今倒そうとしている帝王がその身を金に染めた姿と、息子が髪を青く染め、水色の光を揺らめかせている姿。この二人が対峙し、やがてぶつかり合う光景を瞳の奥に映したバーダックは、一度は収まった笑みをより深くして浮かべた。

 

『バーダックがにげたって、あなたのこどもがあいつをたおしてくれるんだよ。だから、ね? ……にげようよ。こんなたたかい……いみがないよ……!』

 

 腕に縋りつくフェアリアの少女をそのままに、ゆっくりと顔を上げたバーダックは、とうに覚悟を決めていた。

 ──そいつは、上等じゃあねぇか……。

 どのように転んでもサイヤ人があの帝王を地獄へと引きずり下ろす。

 今まで見てきた予知する白昼夢の中で最高の未来だった。

 

『これで──』

 

 必死にやめさせようと引っ張る非力な少女などあってないようなもの。

 すべてを宿した腕を振りかぶったバーダックが、帝王へと宣言する。

 

『──最後だーーッッ!!』

 

 未来への咆哮は、彼方に膨れ上がった太陽に飲み込まれた。

 やがて迫りくる熱量に飲み込まれ、意識が闇へ還っていく。

 散々悪事を働いてきた宇宙の悪魔に相応しい最期。

 

 腕に重しをつけたまま、サイヤの戦士は堕ちていく。

 やがて惑星に衝突した光球は地表を焼き尽くしながら突き進み、核を破壊し、爆発を巻き起こした。

 

 まるで最初からそこに何もなかったかのように……この日、惑星ベジータは消滅した。

 

 

 

 

 なんか、あれだね。

 戦うのって楽しいね。

 

「つああ!」

 

 そんな暢気な事を考えつつウィローちゃんの猛攻を捌く私。

 別に喧嘩とかしてる訳じゃない。……たまにするけど。今は、彼女を怒らせたりはしてない。ただ重力室で特訓してるだけだ。

 といっても、この一週間、特にお仕事が忙しかったので休日はずーっとお布団の中に引き籠ると決め込んでいたんだけど、ウィローちゃんが可愛くおねだりしてきたのであえなく出動とあいなったのである。

 うーん、この子私の扱い心得すぎてない? 100トンの重さとなってあったかオフトゥンにしがみ付いていた私を連れ出すほどのあまあま囁きにうるうる上目遣いの、舌ったらずなお願いの仕方……うへへ、無理無理、抗えませんって!

 

 でもその内容が戦うってのは、なんだかなあ。

 もうちょっとさ、お洋服買いに行くとかさ、背伸びしてコスメ物色に行くとかさ、デートとか……色々あるじゃん?

 よりにもよって戦闘訓練なんだもん。とほほだよ……スパークリングも無しって縛りもあるしさー。

 なのでノーマル上限1億な私で、戦闘力2億ちょっとのウィローちゃんと戦わなければならないのでし、た!

 

「ん!」

 

 振り抜いた拳の先でウィローちゃんが掻き消えるのに、左斜め下へ超速回転、肘打ちを置いとけば瞬間移動してきたウィローちゃんとごっつんこ。

 体勢を崩した彼女へ蹴りを放てばさっと避けられて、うーん、やっぱりこれだけ戦闘力差があるとスピードがおっつかないよ。

 

「……今のは、確実に意識の隙をつけたはずだったのだが」

 

 距離を離していったん手を止めたウィローちゃんが不思議そうに語り掛けてくる。

 そういう戦い方うまいよねー。虚を突くというか、そこでやるんだって感じのさ。

 私の前に超サイヤ人のターレスとラディッツも1対1ずつでウィローちゃんとやってたんだけど、攻防の最中や距離を離したその瞬間に瞬間移動で死角から攻撃されて、凄いやり辛そうにしてた。

 

「なぜ反応できる」

「いや、なぜとか言われてもなー」

 

 ……なぜ? って自分でも首を傾げちゃう。

 さらりと流れた髪を指で挟んでくりくりと弄りながら、何回か投げかけられた問いを反復する。

 すなわち、あれ。

 いやわかんないけど、なに?

 

「……確信した。あまり戦った姿を記録していなかったから今までわからなかったが」

 

 ふー、と吐息したウィローちゃんに、あ、今のもったいな! 間近で見たかったなーなんて思いつつ静聴する。ウィローちゃんも自分の話を遮られるのを嫌ってるからね。茶化すと機嫌を損ねてしまう。頑固だから、ただ謝るだけじゃ機嫌直してくんないんだよな~。

 

「お前には天性の戦闘センスがあるようじゃ」

「そーなの?」

「そうなの。現にナシコよ、お前は難なく不意打ちに対応できている。その体捌きも理にかなっているし、十全に力を発揮している」

 

 こくりと頷いたウィローちゃんが、なんかやたらめったら褒めてくれるのに照れちゃう。

 なにそれー、そんなに褒めたってスマイルしか出ないぞー?

 

「戦闘中の思考が卓越し逸脱しているタイプか?」

「さー?」

「ワイルドセンスが卓越しているタイプか?」

「どーだろー?」

 

 もにょもにょ考察するウィローちゃんに、そーゆーの興味ないので髪の毛弄りつつ空返事する。

 まあ、私に才能があったりするなら嬉しいけどさ。強いに越したことないし。

 でもそういうの、今まで実感した事ないんだよね。

 ナシコつよーい! ってノリで思う事はあっても、自分にセンスがあるとか、だから実力が伸びまくってるんだーとか思った事ない。

 あ、でも戦闘力は伸びてるよ、一応ね。今1000万。メタルクウラ達との戦いがいい経験になったのかなー。

 通常状態で出せる最大パワーが1億で、スパークリングすれば40倍の4億でーす。これ強いんかな……やっぱわかんないや。

 

「孫悟空のように理詰めの戦士ではないだろうことは確かだな」

「りづめ……?」

 

 ん、それは、戦闘中に色々考えてるってこと? ……悟空さんが?

 えー、そんなイメージは……あるなあ。わりと悟空さんって戦略家というか、色々考えて戦う人だと思う。

 もちろんそこに経験や本能をプラスして、最強なのだ。

 

「ナシコは……」

「私はまあ、なんも考えてないけど」

「で、あろうな」

 

 戦ってる最中にあれしよこれしよなんて複雑な事を考える余裕はない。

 余裕で戦える相手でもそういうの考えらんないとは思うけどね。

 

「なるほど、地球人の天才戦士という訳か……」

「でなけりゃあオレ達戦闘民族が形無しだぜ?」

 

 下の方で観戦してるラディッツとターレスがお話してるのに耳を傾ける。

 と、二人がこっちを見上げた。ウィローちゃんが指で誘って呼び寄せてるみたい。

 

「今度は3人でかかる。限界までやるぞ」

「ええー……疲れるのやだよぉ」

 

 せっかくの休日なのに、へとへとになるまで戦うなんて女の子のすることじゃないよー。

 でも三人ともやる気満々なのでした。もう超化してる。んじゃ私も……。

 

「ナシコは変身するな」

「ええー!」

 

 なんと、超サイヤ人相手でもまだスパークリング縛りをしろというご指示が出た。

 そういうならそうするけどさー……さすがに無理だよー。

 

「ゆくぞ!」

「応!」

「覚悟しろナシコ!」

 

 抗議する間もなく散開してかかってくるみんなに、ここでかわい子ぶりっ子してもだめかなーと思いつつ構える。ていうかなんか私怨混じってない? この機会にぼこぼこにしよって考えてない? 許さんからなあ……!

 あ、一回低い姿勢で構えたけど、とりやめて仁王立ちする。腕を下ろした自然体。気も噴出させずに体表面にのみ留める。

 揺らめき立つこの静かなる闘志は、悟空さんの真似っこ~。といってもずっと未来のね、身勝手の……えー、極みだっけ。身勝手の極みのイメージです。

 

「どぉりゃあ!!」

「死に晒せぇ!!」

 

 だってほら、この戦闘力差じゃ避けるに徹した方が良さそうだしね。

 というわけでひょいひょい避けちゃう。

 気で動きを捉え、視線や動作で先読みして、音でも反応して嵐のようなパンチに蹴りを最小限の動きで避けていく。

 へへーん、なんか上手くいくもんだね! 結構避けれてる避けれてる……いつもだったらこんなの焦っちゃって声も漏れるけど、今は息も乱れないし、特にいつもと変わりない感じ。

 

「む……これはいったいどういう訳だ……」

「なにがー?」

 

 ウィローちゃんの独白にお返事する余裕だってある。

 なんだろなー、さっきは色々考えたフリしていたけど、実際は特に何も考えず感覚頼りなんだよね。

 それでこうして避け続けられるんだから、ほんとに私ってば天才戦士なのかも!

 

「ふぎゃ!?」

 

 とか調子乗ってたらクリーンヒット!

 痛いのでスパーク散らして足振り回す。物凄い勢いで吹っ飛んでいった二人がそれぞれ壁にぶつかって落ちた。

 ああ、ごめん。思わずやっちゃった。

 

「……気のせいか」

「うー、お腹痛い……ねぇウィローちゃん、まだやんないとだめー……?」

 

 殴られた部分をすりすりしながら聞けば、少し考えた彼女は、じゃあ休んでいいよって言ってくれた。

 良かった良かった……もうしんどいよー。戦いたくなーい。

 

「お前には驚かされるばかりだよ」

「ほえ?」

 

 床に下りて伸びをしていたら、ウィローちゃんが傍に寄ってきてそう言った。

 そう? 私はウィローちゃんがいつの間にかメイドさん作ってた事の方が驚きだよ。

 研究所に遊びに行ったらさ、ロボットじゃなくてメイド服着た女の子がお掃除してたの!

 

 びっくりして色々お話したら、ウィローちゃんに作られた掃除ロボットだという事が判明した。

 研究を手伝う目的でもあったみたい。いくらウィローちゃんが天才といっても、物理的に手が足りなくなることもあるみたいだったしね。うちの男連中は理系じゃないのでまーったく役に立たないのだ。

 私? 私はいるだけでウィローちゃんを癒せるからさいつよでーす。

 

 ちなみにさっきの「ほえ?」は可愛いと思ってやってるお返事です。

 ウィローちゃんは最初恥ずかしいからやめろって言ってたけど、今はもう咎めるのを諦めてる様子。

 そしてみんなには大人気である。あざといのはわかってても可愛さには抗えない感じ。

 さすが私だぜ!

 

 

 

 ひとくちアイドルのコーナーです!

 

 このコーナーは、普段の私のアイカツ!(※アイドル活動の意)をお伝えする時間。

 ちょっとだけだけどね。私がお仕事してる姿も見て貰おうと思ってさ。

 

「ご、ごめんなさいっ」

「わわわ私達っ大事な用事がありますのでっっ」

「すみ、すみませっ、へぅっ!」

 

 あ……。

 走り去っていく後輩の女の子達に、がっくり肩を落とす。

 先輩風吹かせて面倒見ようと思ったんだけど、逃げられちゃった。

 なんでー。無敵の可愛さを誇るナシコから、どうしてみんな逃げちゃうの……?

 新人の子は緊張しまくってても相手してくれるのに、しばらくするとあーいう感じになっちゃうの。

 なんでかなぁ……やっぱり私がコミュ障だからかな……。

 

 あーもうやめやめ! こんなコーナーは破綻だはたーん!

 いいよもう。私は孤高の美少女アイドル……ウィローちゃんがいるから寂しくないもんね!

 

「……生ける伝説扱いなのを知らんのか」

「えー、なにそれ。聞いたことないや」

 

 休憩時間にウィローちゃんとカッフェでスイーツをキメていると、そんなことを言われた。

 伝説……? 私の耳には入ってないなあ。大袈裟じゃない?

 確かに人気はあるけどね、まだまだそこまでって感じはしない。所感だけど。

 

「お前の自己評価が高いのか低いのかわからぬ……」

「めちゃ高いよ! ちょー自信満々!」

 

 んふー! と鼻息荒く胸を張れば、無言で紙ナフキンを手に取った彼女に口元を拭かれた。

 おーせんきゅー。クリームついてたみたいだね。

 

 でもさ、伝説って言えば、それはウィローちゃんなんだよね。

 なんたって容姿の元がそうなんだし。

 ていうか実力も知名度もある訳だし。

 

「ウィローちゃんこそ伝説そのものだった……」

 

 神妙な顔でそう言えば、呆れたように溜め息をつかれてしまった。

 そのままスイーツをやっつけにかかるのに、ひーんとウソ泣きする。

 無視するなんてひどいよー!

 

 ……でも、沈黙も心地良いもの。

 私とウィローちゃんは最高のコンビだからね!

 

 




TIPS
・鉢がね
もちろん、戦士バーダックの身に着ける布に鉄は仕込まれていない
だが鉄の意志がそこに存在するのだ
友への誓いが、そこにあるのだ

(きざし)
実はナシコは戦いの天才だった……とか
でもこの宇宙、天才なんて珍しい存在でもない
大切なのはその才能を活かせるかどうかである!(ドヤ)

・伝説のアイドル
そりゃ10年常にトップを走り続けてればそうなる
子供の頃から知ってる人もいるわけで
というか大人だったり子供だったりする人間が伝説にならない訳がないのだ


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続・人造人間編
第四十四話 人造人間現る……!?



・追記
七色とかいっといていきなり八色目出てくるのさすがに草
七人姉妹の八人目やね


 迫る母の日に一層忙しくなるアイドルナシコ、withウィローちゃん。

 つまるところ、5月の上旬。

 

 アイドルと母の日がなんの関係あるんですかーって質問に答えちゃいます。

 じゃじゃん!

 それはナシコがお母さんになったからです!

 

 いやー、子供ってかわいいねー。きゃあきゃあわあわあ騒がしい。

 これからの勉強の為に幼稚園などに足を運んで子供達と遊んだりお喋りしてみたんだけど、すんごいパワーにびっくりしちゃう。

 私にもこんな時期があったのかなぁと思うと感慨深い。

 

「ママー!!」

「おお。よしよし」

 

 夕暮れ時までお邪魔して、帰りの時間に大泣きする子がいたので、帰宅は取りやめてあやす事にした。

 膝の上に乗せてゆっくりと頭を撫でる。うーん、高体温。これが子供ってやつだよね。

 あやすのに不慣れだから不安はあったけど、どうにかこうにか大人なナシコのお母さんパワーで落ち着いてもらえたみたい。

 

「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」

「いいえ、これくらいは。私にとっても良い勉強になりました。可愛いお子さんですね」

「ありがとうございます。ナシコちゃんに抱かれて眠っただなんて、この子が大きくなった時に聞かせてあげたら、きっとびっくりしちゃうでしょうね!」

 

 迎えに来たお母さんに引き渡す際、眠気たっぷりの目を私に向けたその子が「ばいばぁい」とふにゃふにゃ挨拶してくれた。

 うはー、かわいい! これくらいの年の子って、男の子でも女の子でも可愛いよね!

 んー、お母さんパワーが貯まっていくー……!

 

 よしっ、これなら私の子供にもちゃんと対応できそう!

 かなーり不安でいっぱいだったけど……ナシコ、頑張ります!

 

 ふんすふんすと胸の中では鼻息荒く、でも外面はおしとやかに。

 今は大人なナシコだからね。19歳に相応しい立ち振る舞いが大事なの。

 職員さんにご挨拶して、重ねてお礼を言って、それから家路を急ぐ。

 

「ただいまー! ママですよー!」

 

 ハローワールド、ただいま我が家ー!

 くるくる回転しながら玄関に靴を放り出し、小さく空気を弾いて靴を整え着地させる。

 体全体で歌うように舞い踊り、廊下を抜けてリビングへ。

 そこにはラディッツとターレスがいて、ただいまーっとご挨拶。

 

「ああ、おかえり。遅かったな。何かあったのか?」

「…………」

 

 しっかり挨拶返してくれるラディッツ。私の教育の賜物だよね、うんうん。

 あ、でもラディッツが私の子供って訳じゃないよ!

 

 ちゃーんと私がお腹を痛めて産んだ可愛い我が子がここにいるのだ!

 ……ところで、ターレスさんさぁ、その意味ありげな含み笑いで私を見上げるのやめない? なんかちょっとイラッとしたんだけど。

 

「無駄なクチをききゃあ機嫌を損ねると思ったんだがね。何も言わなくともキレるとは驚きだ……シングルマザーってのは恐ろしいねぇ」

「そういう君たちは暇そうだね。ずっと家の中にいたの? 働かなきゃだめだぞ!」

 

 指を突きつけて注意して、その指を顔に近づけて「めっ」とウィンク。

 ああ、そだそだ。こんなぐうたら連中なんて相手にしている場合じゃない。

 さっと踵を返して別室に急ぐ。

 そこは急遽(しつら)えた子供部屋。

 

「ただいまー! ママでちゅよー!」

 

 ハートマークを撒き散らしてお部屋に飛び込めば、返ってくるのは沈黙のみ。

 あらあら、おねむだったみたい? それじゃあ静かにしないとね。

 そろりそろりと木組みのベビーベッドに近づく。えーと、ガラガラはどこにやったかな。棚の上か。これこれ!

 

「ママが帰って来まちたよぉ~。うへへ、かわいいなあもう」

「ばぶ……」

 

 毛布にくるまって横になる、この子が自慢の私の赤ちゃん。

 さらさらとした金髪に、整った顔立ちに丸っこいお顔。

 翡翠の瞳としゅっとした鼻と形の良い薄い唇が、この世のものとは思えないほど不機嫌に歪んでいる。

 

「あらぁ~、起きちゃいまちたかぁ? ごめんなさいねぇ!」

「ばぶ(殺すぞ)」

「うんうん、嬉しい嬉しいねぇ! ほらーガラガラ!」

 

 手首を回してガラガラを鳴らせば、いっそう歪む赤ちゃんの顔。

 ていうかぶっちゃけウィローちゃんの顔。

 

「ばぶばぶ(おまえをころすぞ)」

「あら~……ごめん、赤ちゃん語はわかんないや」

「お前がそうしろと言ったんだろう!!? というか急に素に戻るんじゃない!!!」

「ばぶ~? ばぶちゃんおこおこでちゅかあ??」

「ころす」

 

 ガバッと身を起こしたウィローちゃんを片手で押さえてベッドに戻す。

 ガランガランとおもちゃを回しながら、駄目だよっと注意する。

 

「そもそも私の練習台になってくれるって言ったのはウィローちゃんじゃん。ちゃーんと赤ちゃん役やってもらわないと困るよ~」

「……これは必要なのか? ここまでする必要はあるのか? そのガラガラや! ベッドはほんとに必要だったのか!?」

 

 当然当然!

 ガラガラを鳴らしながら大きな動作で何度も頷く。

 ベビー服に身を包んだウィローちゃんが見れただけで幸せゲージはマックスマックス。

 かれこれこれで二日目の赤ちゃんムーヴだけど、結構板についてきたんじゃない?

 

「おしめ変えまちょうねぇ~」

「……ばぶ(しにたい)」

「きゃ~ん、かわいいー! 写真撮ろ」

「ばぶばーぶ(後生だからそれだけはやめて)」

 

 パシャリ。

 あ、ごめん、聞こえなかった。なに?

 いや言い直されてもばぶばぶじゃわかんないけど。

 

「しにたい(しにたい)」

「うはー、くっそかーわいーい! ねね、ウィローちゃんの赤ちゃん姿ついったに上げていい?」

「ころす(ころす)」

 

 うわ。ウィローちゃんご乱心!?

 

「むわー」

 

 頭に飛びついて来たウィローちゃんに抱え込まれてがくがくと揺さぶられるのにくぐもった声しか出せない。

 揺らさないでっ、なんにも見えないよ~!

 ああ、柔らかい。暖かい。良い匂い……。

 すんすん。ふへー。すんすんすん。すぅーーーー……げほっごほっ!

 

「やめんか! ぶっ殺すぞ!?」

「こーらウィローちゃん、そんな汚い言葉を使っちゃいけません!」

 

 首根っこを掴んで引き剥がせば、ぶらんとぶら下がったウィローちゃんは死んだ魚の目を虚空に向けていた。

 ……ふふ、うん、まあ。

 やっべえほどやりすぎたのは自分でもわかってるんだけどさ。悪乗りがすぎたよね。ウィローちゃん怒ってるよね。

 怒ってる通り越して心が死んでそうなんだけど、止め時を見失って続けてしまったのだ……許してね? ね?

 せっかく色々ベビー用品も買ってさ。あの、ほらっ、ウィローちゃんだって美味しそうにミルク飲んでくれたじゃん!

 

「……もうよいな?」

「あぇ、やだ。もちょっとやりたい」

「やだ。もうやだ。もうやだから」

 

 あ、重症……。ウィローちゃんの心がベキボキに圧し折れて粉々になってしまっている……。

 これは尊厳を踏みにじってしまったとか、そういう……?

 いやいや違う違う。ウィローちゃんは強い子! そして女の子。だからこうして完全にか弱い女の子になってるのもおかしい事じゃあないんだ。

 

 床に下ろした彼女は、忌々し気に衣服を脱ぎ去って下着姿を曝け出すと、ぱっと光って一瞬でいつもの服装に戻ってしまった。

 ああ~~! ナシコのお母さんタイム終了のお知らせ!

 

「よくも好き放題やってくれたものだな……ナシコよ、覚悟しておけ……!」

「……はい」

 

 静かな怒気を漂わせて、ていうか実際に髪を揺り動かして怒れるウィローちゃんに、とりあえずしおらしくしておく。ちゅっかわいーな、反省してまーす。

 投げキッス飛ばされてひくひくと口の端を引き攣らせている彼女を追い越して、さて、片付けるかと腕まくり。

 フィーバータイムが終わっちゃったならこんなベビーベッドやら天井から吊り下がるアレやらお人形やらは不要なのだ。この数日間のためだけに買ったものだし。

 

 うん。つまるところ、私に実の子などいない。産んでない。

 お腹痛めたとかはノリだよね。ていうか今でも恋愛対象女の子だから、一生子供できることないと思う。

 そいでもって大人しく私に付き合ってくれてたウィローちゃんは、「なんでもするから実験に付き合え」とお誘いをかけてきたうかつな子。

 

 母の日に向けてイベント開催予定の私とウィローちゃん。

 SNSで意気込みを発信してたら、たくさんの「ママー!」って母性を求めるお返事が来たので、ママの気持ちになってみた。

 そう! イベントでは大人な私がみんなのお母さんになるのだ!

 予行演習がしたかったから、ここのところ幼稚園に通ったり、小学校に行ってみたり、病院で新人ママさんのお手伝いをしたり、ウィローちゃんをばぶばぶさせていたのだ。

 

「いくぞ」

「はーい」

 

 元気にお返事しつつしゅるしゅるっと子供な私に戻る。お母さんタイムしゅーりょーでーす。

 ふう、やっぱりこっちの姿の方が落ち着くよ。大人ナシコは外行きって感じ。

 

 結局私はお部屋の片づけをせず部屋を出た。面倒だったし、ラディッツに丸投げしよ。

 あいつどうせお庭弄るか修行するか、ごろごろしてただけでしょー。これくらいはやってもらわないとね。

 ていうかそもそもラディッツって私のお手伝いさんじゃん。忘れてたけど、これ当然の権利だったわ。

 

「そういうわけで、やれ」

「お、おう……わかった」

 

 リビングに赴き、権力を行使して命令すれば、とっても素直に引き受けてくれた。

 うんうん、ラディッツってば超良い子! 特別に私がママになってあげてもいいよ?

 くふふ。お母さん、お母さんっ。なんだかわくわくして胸がときめくワードだ。

 そういう私もありっちゃありだよね。現実にママにはなれないから、仮想ママになりきって満喫するっきゃない。

 

「久々に理不尽が出たな」

「災難だな、ラディッツよぉ。ま、オレ達召使いはご主人さまのご命令にゃ逆らえねぇさ」

「いっさい心のこもってない慰めだな……おい、そのあんドーナツは俺のだぞ!」

「そいふわ災難だったなぁ……んぐ。ラディッツぅ……ま、諦めろや」

「こ、コイツ……!」

 

 きゃっきゃと楽しそうな二人を置いてリビングを出る。

 廊下では腕を組んだウィローちゃんが能面のような無表情で出迎えてくれた。

 うわあ……びびった。やばいよその顔……なんか、人に見せちゃいけない顔になってるよ……!

 こういう時は笑顔の出番! ナシコのスマイルで癒されてー!

 

「元気出して、ウィローちゃん!」

 

 にっこり微笑めば、一瞬頬に朱が差したウィローちゃんは、でもすぐに眉を吊り上げて私の胸をトントントーン! ってつっついてきた。

 言葉はないけど、ウィローちゃんのやるせない気持ち、ふつふつとした怒り、諦め、そしてかすかな照れと喜び……たしかに伝わって来たよ……!

 なんたって私はアイドルなのだ。ファンの人達の喜怒哀楽には機敏だよ。感情に聡くなくっちゃ務まらない職業なのだ。

 

「……」

 

 でもやっぱ何か言ってくんないとわかんないなーと、歩き出したウィローちゃんを慌てて追いながら思うのでした、まる。

 

 

 

 

 上機嫌に家を出て、地下研究所へ降りていく。

 生体認証を済ませて鉄の扉を潜り抜ければ、薄暗い研究施設がぽっかりと口を開けた。

 

 以前、ここにはお掃除メイドロボがいるって言ったけど……ブルマさんに。

 それは1体ではない。全部で7体!

 個性豊かなロボッツ達が、ウィローちゃんのために西へ東へとことこしてる。

 

 ……なんで急にその話をしたかというと、私、ちょっと苦手なメイドロボちゃんがいるのだ。

 

 アカ、アオ、キイ、ミドリ、ムラサキ、シロ、クロの、瓜二つな容姿を持つ7人の女の子たち。

 私命名では「色々」って名字に、それぞれ「赤井ちゃん」とか「蒼ちゃん」とか名前を付けて呼んだりもしてる。

 みんな名前通りの髪と目の色をしてて、性格が違うからか顔の作りはおんなじなのにまったく違う印象を抱かせる。

 

 その中の、統括個体。

 つまりはメイドロボ部隊のリーダーの、えー、ミドリちゃん……。

 完全機械タイプで冷たい目をした、私の苦手なタイプ。

 あの子、私に凄く当たりが強いんだよね……。ひえっひえなんだよね……。

 だからできれば遭遇したくないんだけど。

 

 そういえば、なんでリーダーが緑色なんだろう。

 ウィローちゃん、緑好きなのかなあ?

 私も翡翠色好きだよ。翡翠の瞳は強さの証! 超サイヤ人のきらめきなのだ!

 あと私の目の色でもあるし、ウィローちゃんの目の色でもある。

 そしてミドリちゃんの髪と目の色でもあるのだ……。

 ああー会いたくない!!

 

「ふぅぅーー…………」

 

 ま、出会ってない内から気に病んでても仕方ない。

 気を取り直し、施設内部の扉脇にいつも待機してるほわほわ少女シロちゃんへ向けて大きく手を上げてご挨拶!

 

「やっ、おっはよーう! シロちゃ……うげっ」

「チッ」

 

 黒く切り揃えられたその髪と、暗く鋭いその眼差しは……シロちゃんじゃなくて、く、クロちゃんだ……!

 開幕舌打ちされるのにびくりと体が震える。

 

「く、く、クロちゃ、お、おはょ……ござ」

「お前にちゃん付けで呼ばれる筋合いはありません。誤魔化しの挨拶も不要です。用がないなら話しかけないで頂けますか?」

「へ、へへ……ごめ、ごめんなさ……」

 

 あああ。こわい。ちょうこわい。

 小さくなってウィローちゃんの背中に隠れれば、呼吸の感覚がした。溜め息。ウィローちゃんのやつと、クロちゃ、クロさんの溜め息……。

 

 ううう。さっきミドリちゃんが苦手って言ったけど、あの子はまだ話せるほうだった。

 ほんとにヤバいのはクロさんの方で、こっちは明確に私を拒絶してくる。

 思わず人見知り発揮しちゃうくらいに苦手な相手なのだ……ふう、ふう、過呼吸起こしそう……おえっ!

 

「それくらいでやめてやれ」

「──失礼いたしました、Dr.ウィロー。そしてごきげんよう」

「ああ、おはよう。シロはどうした。ここはあいつの持ち場のはずだが」

 

 スカートをつまんで優雅にお辞儀したクロさんの長めの前髪が揺れる。

 黒曜石のように無機質な瞳は、ウィローちゃんに向いてる時はほんのちょっと輝いている気がする。

 

「勝手な行いが目に余るため、謹慎させております」

「そうか」

「僭越ながら、ドクター。彼女にこの場での待機命令は些か荷が勝ちすぎるかと」

「ふむ……では人選を」

「勝手ながら、No.4と相談の上、すでに割り振っております」

「うむ、好きにするとよい」

「御意に」

 

 ぺこりと深く頭を下げる彼女の横を抜ける。

 彼女のウィローちゃんを崇めるような態度は、気のせいでもなんでもない。

 ウィローちゃんが彼女達を生み出したのだ。それでもって優しく接しているから、敬愛されるのも当然。

 なんだか私まで誇らしくなっちゃうね。一応私も彼女達の生育には関わってるしね!

 

「……」

 

 ギロリとクロさんに睨まれるのにひゅっと息を吸い込んでしまった。

 慌ててウィローちゃんの腕に縋りついて顔を押し当てる。

 あの子、超怖い……! 冗談抜きで怖い……!

 

 だってあれ、羽虫でも見るような眼差しだったんだもん……!

 私のかわいさとか子供だから許される性質とか一切通用してない……!

 

「はひー、はふー、すんすんすん……」

「に、臭いを嗅ぐな気持ち悪い!」

「きっ!? き、きもくないよ!! かわいいよ!」

 

 酷いこと言うウィローちゃんにめっちゃ傷つく。

 なんでそういう事言うの! もっと手心加えてよ!

 ていうかかわいいナシコなら何やってもかわいくなるんだよ!?

 

 そんな感じでながーい廊下を歩いて行くと……。

 

「あ、ドクターじゃーん。おっはー、トムバーヤです」

「おはよう」

 

 右側のドアがシュインと開いて、メイド服のロボッツが一人現れた。

 幸いミドリちゃんではなく、モモちゃんだった。良かった……!

 しかぁし実はモモちゃんも苦手な相手!!

 

「ナシコ先輩もー、うぃーっす!」

「うぃーっす……あはは」

「はっは~ん? なになに、パイセンとドクター、デートかぁ?」

 

 金がかった桃色の髪に、同色の綺麗な瞳。

 からかうように笑う彼女は、やっぱり顔の形や体格とか身長とかは他の子とおんなじなんだけど……溢れ出るリア充オーラが私を焼き尽くすのだ……!

 いや、それだけならね、別に大丈夫なんだけども。コギャルっぽいというか、そのノリがちょっと合わないと言いますか。

 

「お仕事完了ーってな訳でぇ、モモ、休憩入りまーす!」

「ああ」

 

 目元に横ピースを当てて、それを怠そうに振りながら休憩室へ向かっていく彼女を見送る。

 みんな、分類としては人造人間みたいなもんだから体力は無尽蔵なはずなんだけど、ウィローちゃんの方針として休憩時間が設けられている。

 体は疲れなくても精神的疲労は蓄積するからね。彼女達の人権を遵守しているのだ。

 

 そうそう、もちろんのことだけど、みんなある程度の戦闘力を有している。天才科学者であるウィローちゃんがそのノウハウを存分に使って生み出した恐るべき子供達だからね、そりゃあもうパワフルなんだ。

 泥棒さんとか入ったら瞬く間に塵になるだろうね……メイドさんって怖い。

 

 

 さて、最深部へ辿り着いた私は、さっそくウィローちゃんの実験とやらに付き合う事になった。

 まずは様々私の体をチェックするみたい。

 お医者さんみたいに聴診器を取り付ける彼女の前の丸椅子に腰かけ、服を捲り上げて体の前面を露わにする。

 うひゃっ、ちべたい……! 胸に当てられた聴診器に、目をつむってドキドキを提供する。

 それから、体温を計ったり、気の通常状態での僅かな変動を計ったり。

 

「ねー、みんななんであんなに個性豊かなんだろねー」

 

 カルテみたいなのに記入する白衣姿のウィローちゃんに、なんとはなしに話しかける。暇つぶしの質問。

 

「さてな。初期入力で大まかな方向性は定まってはいるが、それ以外では外部からの刺激によって人格形成が成されるようにしていたのだが」

「はっきりわかれたよねー。……でもクロさんとか、どうしてあんなに私を嫌っちゃってるんだろう……」

「……」

 

 ぐっと目をつぶって押し黙るウィローちゃんに、小首を傾げる。なんか理由知ってんのかな。心当たりある? 私はまったくなーい。

 

 彼女達の稼働は半年と少し前の出来事。

 その頃は大まかに設定された性格に基づいて動く、結構似通った子達だった。

 クロさんもあの頃はクールながらも無邪気でかわいくって、私に懐いてくれていたのに……。

 

「あれでクロはお前を嫌っている訳ではないのだ」

「そうかなぁ……だめだよー、絶対嫌われてるよ……毛虫レベルだよ……」

 

 フォローしてくれたウィローちゃんには悪いけど、顔合わせれば舌打ちして、挨拶すれば不快そうな顔されて、邪険にされちゃうこの関係で嫌われてないだなんて能天気には思えない。

 なんでだろうなぁ……。あの頃は純粋無垢に、私の言う事なんでも聞いてくれて、言った通りにしてくれてとっても楽しかったのに、今じゃ超絶反抗期だよ……。むしろ縁切られるレベルで心が離れてるよ……。

 

「んっ、ん……ふ」

「………………」

 

 腕を取られて注射針を刺され、血を抜かれるのに吐息を漏らしながら懐かしい過去に想いを馳せる。

 あの頃のクロちゃん戻ってきてー!

 ほっぺにちゅーしてくれたクロちゃん帰ってきてー!

 

 どんなに渇望しても戻らない過去がある。

 だから私にできるのは、よりよい未来を選択していくことだけ。

 

 それから、私はよくわかんない台に寝そべってよくわかんない機械にスキャンされたり、ちょっぴり気を吸収されたり(気持ち良かった)、変な機械をかぶってじっとしたり……。

 そんなことを3日間も続ける事になった。

 ……何がしたかったのかよくわかんない。聞いてみても理解できなかったので、そんなもんかーと思考をぶん投げた。

 

 

 

 

『3年後の5月12日、午前10時頃……南の都の南西9キロ地点……そこに、恐ろしい2人組が現れます……』

 

 トランクスの言っていた日が、ついにやってきた。

 戦士達は次々に小島を見下ろせる岩山の中腹に下り立ち、久々の再会に、雑談に花を咲かせた。

 悟空さん、ベジータ、ピッコロ、悟飯ちゃん、クリリン、ヤムチャ、天津飯、それから私にラディタレ、あとウィローちゃん!

 それからそれから、トランクスを抱えたブルマさんもいる。ご挨拶すれば、トランクスの事は秘密にしててねってウィンクされた。その直後に悟空さんが名前も誰が父親かも言っちゃったんだけどね。

 ちょくちょくブルマさんちに遊びに行ってた私は知ってたけど、みんなびっくりしてた。

 

 みんな余裕の雰囲気だ。この3年でしっかり修行を積んだっていうのもあるんだろうけど、超サイヤ人が4人と、それに匹敵する女の子が2人もいるんだから当然だ。

 ……19号と20号がどれほどの戦闘力かはまだわかってないから、ほんとに余裕なのかはわかんないんだけど。

 でも雰囲気に流されて私もすっかり余裕ムード。

 

「ご、悟空さん、おは、おは、おはようござぃます……あのっ、あの、お体の具合は……!」

「よっ、ナシコ。おかげさまでピンピンしてっぞ。おめぇが届けてくれた薬のおかげだな」

「よか、よかったです、あの、はい……」

 

 ちらっちらっと悟空さんを窺いつつ調子を尋ねてみる。うん、かなり健康体みたい。

 原作じゃ小さな薬がたった一つだけしかなかったから、病気が発症してから飲んでたみたいだけど、3年前、トランクスから預かったお薬を神龍に頼んで1万個に複製してもらってチチさんとこにお届けしたから、安心して使えたみたい。良かった良かった。トランクスにも感謝だね。

 

「お父さん、毎日お母さんにお薬飲まされて、うんざりだーって逃げ出してました」

 

 こっしょりこそこそ秘密を教えてくれる悟飯ちゃんにちょっと笑ってしまう。

 そうなんだ? ふふ、なんだか子供っぽくてかわいいね。

 

 やがてヤジロベーが飛行機でやってきて、仙豆の入った袋を渡してくれた。

 そのまま帰ろうとする彼を引き留める。ここら辺の事はちょこちょこ覚えてるんだー。このまま行かせると撃墜されちゃうので、ウィローちゃんに声をかけてもらって足止め。

 

「オラはここだ! 孫悟空はここにいっぞーーっっ!!」

 

 タイミングをはかり、事前にお伝えしていた事を悟空さんに実行してもらう。

 彼ら人造人間の目的は悟空さんの抹殺だ。だからこうして注意を引き寄せて貰えば、わざわざ街に下りられる事も、それを探す事も、街の人に被害が出る事も無い。

 

「来たっ!」

 

 それは誰の声だったか。指し示された先から豆粒のような二人組が飛んで来て、私達の前に浮遊した。

 老いぼれ爺さんの20号。おしろい中華まん顔の19号。

 2体ともが怪訝そうに私達を見回している。

 

「……なぜここに揃っている。私達の出現を予測でもしていたかのような……」

 

 言葉は困惑しているようだけど、表情にほとんど変化がない。さすがは人造人間だ。

 その体が気を発していないこと、2体がトランクスの言っていた未来の人造人間19号と20号とは違うこと、そして20号こそがDr.ゲロその人なのだということは事前通達済みだ。

 口下手な私だけど、ちゃんと情報の共有はするよ! ……みんなの力を存分に借りたけどね。気分は腹話術師だった。

 当然その手の平からパワーを吸収できるのも知っている。迂闊に気弾を放つ者はいないだろう。

 

「知っているぞ、お前がナシコだな? そして……孫悟空」

「97.8%の確率でナシコのデータと一致します。ソン・ゴクウ……いや、67%の確率でターレスという人間……」

「私の関与しない人造人間もここに来ていたか」

「人造人間500号……50%の確率でウィローと呼ばれる個体と思われます」

 

 不気味な語り口で私達をサーチする人造人間だけど、なんだか妙な言い方だった。

 まるで初めて私達を見た、みたいな……今この場でデータと顔とかを照らし合わせたとか、そういう感じ。

 

「オラが目的なんだろ?」

 

 前に出た悟空さんの問いに、20号は小さく頷いた。

 

「そうだ。Dr.ゲロはきさまを大層恨んでいたぞ……? そして、ナシコ、きさまもだ」

「……なぜに?」

 

 じろりと見られるのに、長年の疑問をぶつけてみる。

 13号達が私を抹殺しに来てたけどさ、理由がわからなかったんだよね。だって私、Dr.ゲロとはなんのかかわりもなかったじゃん!

 

「忘れたとは言わせん。きさまはレッドリボン軍を襲撃し、当時最新鋭だったDr.ゲロの警備ロボットの悉くを破壊して、組織内での信用を著しく失墜させた」

「また、ドクター・ゲロはこうも言っていた。ひしゃげた門に押し潰されて重傷を負ったと」

「へ、へぇ~……そりゃ大変でしたね~」

 

 他人事のようにすっとぼけてみたけど、なんか私に視線が集中してる気がする。というか、すっごい気まずい沈黙。

 やめて、やぁめて、こういう空気苦手なんだよー!

 ……や、やめないっていうならこっちにも手があるんだから。

 

 すー、はー。

 こほん、こほん。

 てすてす。

 

「はぴ☆はぴ ハッピー! 頭のなかーは 春☆爛漫!」

「!?」

「!?」

 

 ちゃらちゃっちゃとセルフBGMを流しつつぱっぱと気の光を散らして急に歌うよ。

 

「どき☆どき ドックン! 胸のなかーは 大☆興奮!」

 

 胸に手を押し当てて息を吸い、ぱっと広げて吐き出して、くるりとステップ踏んでウィローちゃんの後ろに隠れる。ちらりと顔を覗かせてー。

 

「ほんとーは 照れ屋なーの? 奥手なーの?」

 

 (それとも)っとぽしょぽしょ囁く。ウィローちゃんの体がびびびっと震えた。

 

「元気! バクハツ!?」

 

 どっかーんと爆発のエフェクトで煙が膨れて、けほこほっと咳込む。これも歌詞で、パフォーマンスです。

 振り振り手を振って煙を散らし、後ろ腰に手を当てて前傾姿勢で問いかける。

 

「知ってるのかーな 知らないのかーな これから知っていって欲しいな!」

 

 光の色を淡い青に変えて空へと吹き上がらせて、はい、決め!

 

「ナシコだよ! よ・ろ・し・く・ね!」

 

 ぱちんとウィンク&スマイル!

 きゃーきゃーひゅーひゅー、わあわあ。歓声と拍手が聞こえるようです。

 やりきったぜ……! これで気まずい雰囲気は消えたっしょ!?

 

「……」

「……」

 

 たらー、と20号のこめかみに冷や汗が伝った。

 

「63%の確率でナシコと思われます」

「え、なんで一致率下がったの!?」

 

 思わず突っ込んでしまったけど、誰からも反応は返ってこなかった。

 ので、すごすごと引き下がる。

 あ、悟飯ちゃんが控えめに拍手してくれた……ありがとー、ありがとー。

 つられた数人がぱちぱちしてくれるのに照れつつ、今度は悟空さんに注目が集まった。

 

「ここじゃやりづれぇだろ。広い場所に行こうぜ?」

「……良いだろう。死に場所くらいは選ばせてやるぞ、孫悟空」

「チッ」

 

 今の舌打ちはベジータだ。この場で破壊すればいいだろうって顔に書いてある。

 でもさすがにここで暴れたんじゃ街に被害が出るかもしれない。

 せっかくこいつら呼び寄せたのに、それじゃ本末転倒だ。

 

「ウィローちゃん」

「ああ……もう少しかかるな」

「そっか」

 

 現在彼女のパワースカウターで19号と20号の戦闘力を計測してもらっている。

 はっきりこっちの方が強いとわかったなら一気に攻め込めるんだけど……残念ながら時間切れだ。

 

 悟空さんが飛び立つのに慌てて私達も続き、人造人間達も悠々とついてくる。

 私達は決戦の舞台へと向かっていった。

 

 




TIPS
・ナシコ
春爛漫。頭の中も春爛漫。
基礎戦闘力は1000万。スパークリング化40倍で4億。
スパークリング界王拳(10倍)で4億4000万。

・急に歌うよ
かなり昔の曲
『よろしくね!』という題名
ようするに自己紹介ソング

・ラディッツ
ナシコの理不尽には慣れっこ
最近は対象が分散されたために滅多に無茶振りされることはない
片付けてのお願いも理不尽や無茶とは感じなかった
基礎戦闘力は400万、超化2億

・ターレス
いちおう最近働いたりもしている
というかナシコに無理矢理働かさせられた
昼間から酒をかっくらうのがささやかな楽しみ
基礎戦闘力は400万、超化2億

・ウィロー
ナシコの神秘の肉体に迫る探求者
メイドロボを作ったのはナシコの要望に合わせただけ
時折カラーシスターズから「ママ」と呼ばれるのにもにょっとした顔をする
戦闘力は2億ちょい。

・悟空
来る日も来る日も特効薬を飲まされる日々
飯を食っては薬を飲んで、配信見ては薬を飲んで、寝る前に飲んで歯磨きした後に飲んで寝てる間に流し込まれて。
もう特効薬は飲みたくない。
まだ家には数千個残っている。
基礎戦闘力400万、超化2億

・ベジータ
たまに来るラディッツなどと突発的に組手をしたりする
超サイヤ人の限界を難なく超えた
基礎戦闘力400万、超化2億

・悟飯
かなり背が伸びた。戦闘力も順調に伸びている。
基礎戦闘力は250万

・ピッコロ
メタルクウラとの戦いを経てさらにパワーアップした
戦闘力は8500万



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第四十五話 エイジ780年の邂逅

 プレリュード。

 

 天から降り注ぐ光を一心に浴びて輝く少女の一人舞台。

 広くはなく、でも狭くもないステージの上に立つ偶像の少女。

 持ち上げた手をゆっくりと下ろして握りながら、憧れに瞳を煌めかせて歌う奇跡の結晶。

 

 弾むように、伸びるように。嬉しさに声ばかりが先走ってしまうように吐息する、聞いている人の胸を熱くさせる青春の声。

 それは、何年も昔の映像だった。十数年前の、駆け出しの頃のナシコの姿が、古めかしい映写技術の特有の懐かしさに彩られ、最新式のモニターに投射されている。

 

 暗い室内。

 無機質な冷たい壁に覆われ、いくつかのベンチとコーヒーメイカーのある休憩室に、一個の機械生命体があった。

 

 薄暗さに溶け込む黒髪はそう長くはなく、目にかかる前髪は真一文字に切り揃えられ、後ろは襟に届くかといったくらいのショートヘアー。同色の瞳は光を反射していてもなお暗く、眠たげだとか不機嫌だとかと形容できそうなくらいに細められている。

 頭には純白のホワイトブリム。小柄な体を黒地の衣服とエプロンドレスに包んだクラシックなメイドスタイル。

 

 製造番号No.6。Dr.ウィローが生み出した新時代の人造人間の6体目。色を名に関する7人姉妹の、末から1個上。

 名前はクロ。または、色々黒依(いろいろくろい)。命名者はナシコ。

 

「……」

 

 10歳から13歳ほどの見た目の少女が、たった一人椅子に座り、過去の映像を見上げていた。

 明るい曲調に照らされて、なお不機嫌そうにぶすっとして、両手で持ったBDケースの表面を細い指で時々撫でる。

 

 ──母。

 

 産みの親が誰かと聞かれれば、彼女はDr.ウィローであると答えるだろう。

 この世に生み出してくれた事を感謝している。インプットされた物事だけでなく、知識を授け教え導いてくれることに、感謝している。まさしく彼女こそが母であろう。

 

「……」

 

 でも。

 ……「でも」。その先の言葉が明確にならないまま、パッケージへと視線を落としたクロは、先程から無意識に撫でていたナシコの写真にいっそう唇を引き結んで指を離した。

 ……育ての親が誰かと聞かれれば、きっと不本意ながらも「それはナシコである」、と彼女は答えるだろう。

 

 人間にあたる赤子の時期。幼年期。

 情緒を育むその頃に密接に関わった女の子。

 7人いる姉妹の中で、自分を特別に可愛がってくれた、創造主の友人。

 

 頬を撫でてくれた手の熱さや、柔らかさを覚えている。

 好奇心と、優越感と、慈しみに構成された瞳のいろを、よく覚えている。

 

 初期設定では積極性もなく言葉を多く発する事もない自分を、なぜ彼女が構ってくれたか、だなんて、ただ同じ黒髪であるからという単純な理由だったのはわかっている。

 いうなればそれだけだった。

 手を握れば握り返してくれたのも、寄り添えば頭を傾けてくっついてくれたのも、微笑めば笑い返してくれたのも、ただそうするのが普通だったからという、その程度の理由。

 

「……」

 

 助手を欲するウィローによって急速に成長した精神は、そんなくだらない事を大きく取沙汰して精神を搔き乱した。

 他の個体と親し気に話す彼女(ナシコ)の姿に、激しい寂寥感と嫉妬と、僅かな憎しみをもたらした。

 所詮は横並びの同一個体。注がれる愛情に隔てはなく、自分は彼女の特別ではなかった──……。

 

 先日、研究室に足を運んだナシコがみせた、怯え混じりの愛想笑いがメモリーに焼き付いている。

 昔とは違う笑顔。そうさせたのは自分の態度で、形成されてしまった人格で、蓄積された記憶で。

 

 日々の業務をこなす中で、不意に動きが止まってしまうようになった。

 そういう時は決まって少し胸が痛んで、懐かしい匂いを感じる事が多かった。

 

 正常に働けない助手など不要である。

 早急に異常を修正すべきである。

 

 誰に相談する事もなく改善を目標に動いたクロは、どんなにログを漁っても理由も原因も見つからない事に困り果ててしまった。

 業務にさほど支障はないとはいえ、やはり煩わしい。

 苛立ちさえ感じ締めたところで、仲間からBDを貸し渡された。

 

 曰く、ナシコちゃんの笑顔を見れば、そんなの一発で元気になっちゃうよ! ──とのことで。

 パッケージに写るアイドルの笑顔に強い苛立ちと嫌悪を抱いて、同時にそれを求めてしまう自分があって。

 仕方なくクロは、休憩時間にライブ映像を眺める事にしたのだった。

 

「……」

 

 初々しく、それでもはてどなく空の彼方まで届くような歌声を嬉しそうに響かせて、歓声を浴びて気持ち良く動くその姿に、クロは。

 

 特に、何も感じなかった。

 感想も浮かばなかった。

 

 感慨もなく、苛立ちもなく、懐かしくもなく、愛しくもなかった。

 

「…………」

 

 少しだけ、異常はあった。

 なんとなく──心が息苦しかった。

 

 その原因もやはりわからない。

 映像を見ているから、ではない気がする。

 自分には向けられなくなってしまった無邪気な笑顔がそこにあるから、ではない気がする。

 

 ではなんだろうかと模索しても、やはりわからない。

 ただ、ナシコが傷つくような気がした。

 何か良くないことが起こるような、そんな気がした。

 

 計算にはそんなものは現れていない。

 だから気のせいだと断じて一つ息を吐いたクロは、途中だった映像を切ると、休憩を終えて業務に戻った。

 

 今日は主がいない。No.4……ミドリと呼ばれる個体と共に、姉妹達の面倒をみなければならなかった。

 

 

 

 

「ぐうっ!」

 

 ドカッと殴り飛ばされて地を這ったのは、人造人間20号だった。

 

「どうしたよ……人造人間ってのはそんなもんか?」

 

 手袋を引きながら悠々と歩む超サイヤ人のベジータに、腕をついて身を起こした20号は冷や汗を流して慄いている。

 

「ほほー!」

 

 奇声を上げながら正拳を放った19号が攻撃を当てる事もできずに悟空さんの膝蹴りを受けてくずおれる。

 どちらもダメージや息切れはないはずなのに、打たれた個所を押さえるその表情は厳しい。

 

「ぐ、う……! よ、予想データを、は、遥かに上回るパワーだ……!」

「知りたいもんだ……ガラクタ人形でも恐怖を感じるのかどうか」

 

 この荒野へと戦いの舞台を移して早数分。

 オラにやらせてくれと立候補した悟空さんが19号をフルボッコにして、「きさまらはとっくにお楽しみだったんだろう? じゃあ引っ込んでいろ」と、13号達と戦った事を理由に私達の参戦を拒否したベジータが20号を相手取り、圧倒している。

 

「その調子ですっ! がんばれー!」

「……。ああ」

 

 パワーを吸収しようと手を突き出す19号の攻撃の悉くを避け、的確に反撃する悟空さんの凛々しいこと格好良いこと!

 黙って観戦なんかできなくて、腕を振り振り声援を送れば、ちらりと目線をくれた悟空さんが静かに答えてくれた。

 

「はぁあぁああぁ~~~~!! やば……」

「限界オタクみたいな声出すのやめろ」

「天下無敵のアイドルも、こうなっちまえば形無しだなこりゃ」

 

 どきどきする胸を押さえて打ち震えれば、後ろから飛んでくるヤジの数々。

 ラディッツもターレスも、戦えなくてちょっと不機嫌みたい。

 最近よく出かけてるからそれ関連かな。今日のために時間を取ったのに、敵が弱すぎるわ戦えないわで不満みたい。

 

 サイヤ人やってるねー。私地球人なので、戦わないならそれに越したことはないって思いまーす。

 悟空さんの生戦闘見れるしね! ファン垂涎だよ~、カメラとか用意しとけばよかった!

 カプホは持ってるけど容量やばいのであんまり動画とか撮れないの。残念……。

 

「こ、こんなハズは……! な、なぜここまでの大幅パワーアップを……!?」

 

 引け腰になっている20号が震えた声で言う。

 それさっきわかったんじゃないの? ナメック星での戦いは観測してなくて、その前までの悟空さん達の強さしか知らないって言ったのは自分じゃん。

 私の方はそもそも単なる地球人だから伸びる事はないと判断してたみたいだし。格闘技とかの経験もないからね。

 

「おいきさまら」

 

 ベジータが呼びかけるのをのんびり眺める。

 ウィローちゃんが計測した敵の最大戦闘力は8000万だった。

 だから、私やウィローちゃんはもちろん、8500万まで戦闘力が上がっているピッコロでも十分倒せる相手だった。

 

 私達の行動指針は20号を捕らえて研究所の位置を話させる事だ。

 さすがに私、そこまで覚えてないからね。どこかの岩場だってのはなんとなく記憶にあるんだけど、正確な位置は直接聞くほかない。

 

「たしか手の平からエネルギーを吸収するんだったな。それでパワーアップするのか?」

「……ああ、そうだ! エネルギーを吸い取り、最大パワー値さえ上げれば、きさまらごとき人造人間の敵ではないはずなのだ……!」

「ほう? 言うじゃないか……」

 

 ぐっと両の拳を握るベジータに、なんだか嫌な予感。

 それは私だけでなくみんな感じているようで、「まさか」とか「おい」って声が聞こえた。

 

「そらよ」

「!」

 

 予想通り、ベジータは突き出した手から気弾を放った。

 あれだけ気功波は撃つなと話したにも関わらず、だ。

 当然慌ててそれを吸収した20号は、予想外の展開ににやりと笑った。

 

「どんなもんかな……まだいるか?」

「なんのつもりかは知らんが、そうだな……まだきさまの方がパワーは上のようだ」

「じゃあくれてやる」

「お、おい、ベジータ! なんのつもりだよ!」

 

 制止するようにクリリンが呼びかけるものの、ドヤ顔をこちらに向けたベジータが言うには「勝負を面白くしてやろうと思ってな」なんて調子に乗り切った答えが返ってきた。

 ……これだからサイヤ人はー!

 

「あのさぁベジータ! んなことしなくてもそいつよりよっぽど強い奴が控えてるんだからさっさとやっちゃってよー!」

「ふん」

 

 この後17号と18号が控えてんの!

 場合によっては戦う事になるかもしれないんだから、余裕ぶっこいて相手を強くさせるとかはやめてほしいんだけど!

 

「どうする? 乱入してぶちのめしちまうか」

 

 耳元に顔を寄せてきたターレスの囁きに、うーんと腕を組む。

 そんな事したらベジータへそ曲げるだろうしなあ。悟空さんもそういうの好まなさそうだし……。

 結構余裕な現状、あんまり空気を悪くする手は取りたくない……と思ってしまう小心な私である。

 

「ちっ、やはりこんなものか」

 

 そうこうしているうちに追加で3発光弾を吸い取らせたベジータは、しかしそれでもやはり自分の方が強いのに舌打ちした。

 数度の攻防で20号は片腕を失い、地に伏せた。同時に19号もまた強烈な蹴り上げを受けて尻もちをつき、ぐるぐると不気味に眼球を回している。悟空さん流石です! かっこいい! 黄色い声援あげまくっちゃう。

 

「勝負あったな。これに懲りたらもう悪さしねぇで大人しく(けぇ)れ」

「うぐぐ……!」

 

 と、悟空さんが超化を解いてしまった。どうやら19号にとどめを刺すつもりはないらしい。

 なんで? って思ったけど、そっか、まだこの2人のどっちも、この時代じゃなんにも被害を出してないから、悟空さんも怒ったりはしていないんだ。

 

「オラを狙うってんならいつでも相手してやるさ」

「はっ、暢気な野郎だぜ。相変わらずとんだ甘ちゃんだな、カカロット。トドメが刺せねぇってんならオレが代わりにやってやる!」

 

 言うが早いか19号に手を差し向けたベジータがビックバンアタックを放った。

 意識がないのか、19号はエネルギーを吸い取ろうと動き出す事もなく、悟空さんも迫る超火力に飛び退って回避する以外の行動が取れなかった。

 

「──!!」

 

 大爆発が巻き起こる。

 広がる砂ぼこりをウィローちゃんが緑色のシールドを張って防いでくれた。おー、ありがと。戦う時ってこういうの煩わしいよね。髪の毛とかお洋服とか汚れちゃう。

 

「じゅ、19号……!」

 

 目を見開いた20号の横には大きなクレーターが広がっている。鉄くずすら残さず19号は蒸発してしまったらしい。

 

「さあて、お次はてめぇの番だぜ」

「はっ!? あ、ぐ……!」

 

 愉快そうに笑っていたベジータの冷酷な宣言に、呆然としていた20号がガッと顔を向けて口を開く。

 だが何を言うでもなくぱくぱくと開閉させるだけで、もはや打つ手がないようだった。

 ちょっと待ってよ、破壊する気なの? 話が違うってば!

 

「あのねベジータ、研究所の場所聞きださないとなんだけど!」

「知るか。そんなもの奴らが出てきた時に対処すればいいだけの話だ」

 

 注意してみたけど、駄目だこりゃ。聞く耳持たないや。

 確かにこの時代の彼らなら特に人を傷つけずにえっちらおっちら悟空さんとこまでやってくるんだろうけど、万が一ってのもあるからね!

 早期接触して、セルの事伝えて、できれば何事もなく平和的に解決したいの!

 それが無理そうな19号と20号とは戦う事になっちゃったけどさー……あーもう、喧嘩っ早いんだから!

 

「ぶっ壊してやるぜ!」

 

 気を噴出させて突進するベジータ。

 なんとか立ち上がったばかりの20号に、それに対応する力などない。

 これはこのまま地道に研究所探し出すコースになるのかなぁ……すっごい面倒臭い。

 

「な!?」

 

 ドラゴンボールに頼っちゃうか、と考えていたところで、ベジータの変な声に意識を戻す。

 どうやら彼はパンチを受け止められて驚いたらしい。

 あんなパワーアップさせたからとうとう逆転されちゃったの? って思ったけど、どうもそうではないみたい。

 だって20号は倒れ込んでしまっている。じゃあ、いったい誰がベジータの攻撃を受け止めて……?

 

「ちっ、ぐ! は、放せ……!!」

 

 腕を振り払おうとして、それができなかったらしく悶えるベジータが体を捩った事で、ようやく相手の姿が見えた。

 ここに来てしまった17号や18号か、はたまた16号か、それともセルか?

 予想は、どれも違っていた。

 

 白衣を纏った女性。赤と青のチェックの洋服を下に着ている。

 茶色の癖毛の長髪は跳ねに跳ねて、ちら見えする耳には金の円のピアスが下がっていた。

 赤いフレームの眼鏡の奥にはブルーの瞳があって、透き通った白い肌の、細面のしゅっとした顔は人造人間らしく無機質だった。

 

 

「来るのが遅いぞ、21号……! 相変わらずどんくさい奴め、あやうくやられてしまうところだった!!」

「すみません、20号」

「まあいい。まずはベジータからやってしまえ!」

「了解しました……」

 

 一転して20号が自信満々になったのは、その会話の間にも拘束から抜け出そうとベジータが繰り出した攻撃を受けて、21号と呼ばれた女性が微動だにしていなかったからだろう。

 抵抗を続けるベジータをじろりと見下ろした彼女が無造作に放った拳が致命の一撃となる。

 鳩尾のあたりか、そこへパンチをねじ込まれて足を浮かせたベジータが黒髪に戻ってしまったのだ。

 

「ベジータ! くっ!?」

 

 助けに入ろうとした悟空さんへ向けてベジータが投げつけられる。それを受け止める以外に選択肢が無かった彼に、慌てて私も動く。今追撃の気功波など撃たれたら危ない!

 ふっと空気が吹き付けてきて、私の前に21号が立っていた。

 

「あっ」

 

 思わず足を止めてしまったところでぱっと手を取られるのに身を硬くする。

 やばっ……!?

 その手の平にエナジー吸収装置とかはなさそうな事とか、後ろでラディッツ達が動こうとしているのを感じながらも、スローな視界では危機意識だけしか動かない。

 

 未知数の戦闘力を持つ相手に、それは如何ほどの隙になるだろうか。

 この直後に、私はそれを身をもって知ることになる。

 

 恐ろしい21号の顔がぐっと間近に迫った。

 

 

 

「ファンなんです! サインください!!!」

「……は?」

 

 ……。

 ……おお?

 

 なんか、よくわかんないけど……。

 どうやら彼女は、私のファンらしい。

 

 ……ええ?




TIPS
・クロ
成長速度に心が追いついてないらしい

・21号
出典はドラゴンボールファイターズ
どうやらナシコのファンらしいのだが……?


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第四十六話 アンドロイドフィーバー

「きゃっ、言っちゃった!」

 

 私の手を掴んだまま赤くなった顔を背けて照れる21号に、どう反応して良いのかわかんなくなってしまった。

 お触り禁止なんです、ごめんなさいって言えばいいのか、なんのつもりだーって臨戦態勢になればいいのか……腰を屈める彼女の、軽い香水の匂いに意識を傾けながら対応を考える。

 

 

「ふぁ、ファン……ですか?」

 

 とりあえず、私の聞き間違えじゃないかを確認する事にした。

 とくん、と心臓が脈打つ音が大きく聞こえる。もちろんそれは私の心音。

 悲しいかな、敵じゃない、悪人じゃないってなると、私のコミュ障センサーが張り切り始めてしまうのだ……!

 

「あ、あの、そうでしゅ……」

「そ、そ、そうなんで、……か」

「ふぁぃ……」

 

 一瞬私に目を合わせた21号がすぐに下へ視線を逸らす。

 困り眉に、忙しなく動く瞳に、震える手。

 あっ、この人同族だ!

 一瞬で確信した。この人、アガッちゃってる。明らかに挙動不審で、なんか親近感湧いちゃう……。

 

「ぁのしゃしっ、切り抜きでですね、なナシコちゃんの事知りましてですね、あっあBDも見たんですけど集めてるんですけど秘密でっどうしても手に入らないものもあって、ぁの申し訳ないんですけど、サイン会も行けなくて悲しくて、でもこうして本物に会えるなんて感激です……!」

「あ、はい」

「お、お、お触り厳禁ですよねっ、す、すぐに放しますので……!」

 

 はい。

 典型的な照れ屋のファンですねこれは。

 そして放すと言いつつも私の手を両手でがっちり握ったまま、ひたすらにあせあせとしている21号。

 わかる……わかるよ。動けないんだよね。放したいのに放せないんだよね? 緊張してアガッちゃうとどうにもうまく動けなくなるんだよね! わかるわかる!

 でも大丈夫。今手を放したって不快に思ったりはしないからね、安心してねー。

 

「……!」

 

 パーフェクトスマイルを差し上げれば、21号はぱっと笑顔になって手を戻すと、自分の手首を握って両手を胸へ当てた。気の弱い子が取るようなポーズだ。というか、笑顔なのに眉下がりっぱなし。……困り眉属性?

 

「どうした21号! はやくこいつらを始末しないか! このノロマめ!」

「あっ……うう」

 

 ぽかんとしていた20号……ドクターゲロの怒声に肩を跳ねさせた彼女は、視線ばかりを後ろへ向けて、困った顔をした。

 

 

「ええい、21号! おどおどしおって、お前は昔からその気弱さが欠点だった!」

「す、すみません……」

「有機培養などするべきではなかったか……どんくささが増しておる!!」

 

 むむ、ゲロめ、完全に余裕を取り戻している。

 でも、そうか。今は弱々しい眼差しをしているこの人も、さっきは一撃でベジータを下していた。

 超サイヤ人を一発だ。一回り戦闘力が離れている相手の攻撃を受けても超化を解かずに踏ん張れるサイヤ人が、不意打ちとはいえやられちゃうなんて……相当この子には戦闘力があると見ていいだろう。

 

「あのー……」

「はい?」

 

 なおも顔の近い距離で、囁くような声量で話しかけてきた彼女に普通に反応してしまう。

 いや、だって敵意感じないんだもん。それが演技とかなら大したもんだけど、そうでもないっぽいし……。

 

「で、できれば大人しくしていていただけませんか……? む、無駄に傷つけたくないんです」

「ぇと、その……」

「あっ、あぅ」

 

 うん。

 目を合わせらんないや。

 

 お互い目を逸らしてぼそぼそと会話する事しかできないのは煩わしい。

 ので、私の方が頑張る事にした。むんっと気合いを入れて短期アイドルモードに移行する。

 

「でも、悟空さんが目的なんでしょ?」

「わ……あ、は、はい」

 

 問いかければ、私の雰囲気の変化にぽけっとした彼女が慌てて頷いた。

 じゃあ駄目かなあ。こっちも抵抗させてもらう。……この子、あんまり悪い子に見えないからすっごいやり辛いけども。

 

「弱りました……」

 

 困り眉で体を戻した彼女が腕を組む。片腕で胸を胸の下に通して、その手の甲に肘を置き、頬に手を添える、ちょっとセクシーな大人のポーズ。

 背の高さは、19歳のナシコとおんなじくらいかな? この距離だとぐっと見上げないといけなくて首が辛いので一歩下がっておく。

 そうするとウィローちゃんにぶつかりそうになっちゃった。ごめんごめん、ってかいつの間に真後ろについてたの?

 

「こいつの戦闘力の計測を完了した。3億だ……お前ならば十分倒せる相手だが、妙な予感がする。油断せず……」

「うひゃっは、うぃ、ういろちゃ、くすぐったいよー!」

「…………」

 

 首に息がかかって思わず手で押さえちゃった。うー、背中ぞくぞくした!

 もう、やめてよねー。でー、えっと、何? 3億かー。それならまあ、確かにベジータより強いけど……一撃ってのはやっぱり不自然だ。

 

「ふぁっ、ウィローちゃん……」

 

 とろとろボイスで呟いたのは21号だ。ちょっと心配になるくらい小刻みに震える瞳を私の斜め後ろに向けている。

 こんなだから、ウィローちゃんもさっき攻撃仕掛けようとした時からなんにもできないでいるみたい。攻撃を躊躇っちゃうその気持ち、わかる……。意外なのは、うちのサイヤ連中もまったく手を出してこないって事だよね。私が危ない! って時にも声さえ出さなかったし……ナシコはとっても不服です。

 

「こ、このか、かわいい女の子も、人造人間だってのか……?」

「ふっふっふ、そうだ。お前達は我々の出現を予測していたようだが、これはわからなかったようだな」

 

 クリリンの疑問にゲロが得意げに答えた。

 私が話した人造人間の特徴と一致しない、まったく未知の存在。

 いや、私はこの人知ってるけど、もし現れるならもっとずっと先の話だと思っていたから、誰にも伝えていなかったのだ。

 

 次世代ゲーム機の横スクロール格闘アクションゲームに登場するラスボス。

 そいつは魔人ブウみたいな姿に変身できた。セルと同じように様々な細胞を集めたタイプの人造人間。

 故に気を発しているはずなんだけど、目の前の21号からはまったく気を感じられない。

 

 たぶんだけど、私がいる事で歴史が変わってしまったんじゃないかな。21号の製造が早まってしまった、とか。

 そうするとどうなんだろう。魔人ブウみたいな姿になれるんだったら、割と厄介な相手だ。人をお菓子に変えてしまうビームとか強力だし……再生能力も厄介。今の時代に相手できる強さじゃないと思う。

 

「ま、まじん……ぶう、ですか? ごめんなさい、わからないです……」

「そっか」

 

 わからない事は聞いちゃえばいいじゃんってノリで質問してみたら、こんな反応。

 どうだろ、嘘ついてる? いや、つく必要はないか。

 

「……抵抗するというのなら、致し方ありません。戦うのは好きではないのですが……」

 

 言いつつトンッと地を蹴って後退した彼女に、釈然としない思いを抱きつつも、ウィローちゃんやみんなが構えるのに、私も腰を落として構える。vs初期ベジータな悟空さんポーズだ。

 

「ふざけやがってぇ!!」

 

 戦うポーズを取ったまではいいものの、動く気になれないでいれば、悟飯ちゃんが持って行った仙豆で復活したらしいベジータがいきりたって襲い掛かった。

 あっ、と声を発しそうになって、でもそれが考えなしの猪突猛進ではない事に気付いた。

 怒ってはいるけどその目は冷静だ。見極めようとしているみたい。

 

「ごはっ!?」

「ベジータ!」

 

 それでも、駄目だった。

 拳を振り上げたベジータが、背中が盛り上がる程の拳撃を受けて唾液を散らす。

 膨らむ風が21号の白衣をなびかせて、落ち行く彼に入れ替わって悟空さんが突貫する。

 

「ちぃ、行くぞ!」

「やっと出番って訳だぜ!」

 

 順次超サイヤ人になったラディッツとターレスが私の頭上を飛び越していく。

 冷静さを欠いたその動きは、動揺ゆえか。一度ならず二度までもベジータが破れた。そして今、超低空飛行で足から突っ込んでいった悟空さんが21号の倒れ込むようにして放つ肘打ちに地面へ叩きつけられ、勢いのまま滑っていくのを見た。

 二人とも戦闘力はラディッツとターレスとほとんど変わらない、いわば同格。普段なら無策で突撃なんかしないと思うんだけど、さっきまでの気弱そうな彼女とのギャップのせいかな、勝負を焦ってしまったのかもしれない。

 

「オレ達も行くぞ!」

「お、おう!」

「はい!」

 

 案の定ラディッツもターレスも一蹴された。戦闘技術だとかセンスだとかを一顧だにしないパワープレイ。長い足を振り回し、その一撃で二人を打ち返す21号の表情は無機質なものに戻っている。やっぱさっきのは油断させるための演技……?

 

 重いターバンとマントを脱ぎ去ったピッコロに、クリリンと悟飯ちゃんが続く。

 けれど順番に打ち据えられ吹き飛ばされて倒されてしまった。

 

「は、くっ!?」

 

 転がりざまに立ち上がって構えた悟空さんの胸を桃色の光線が貫く。

 顔を歪めて胸を押さえ、膝をつく彼に、私も様子見なんかしていられずに全開パワーを引き出して飛び出す。

 

「奴の戦闘力が5億に跳ね上がった!」

 

 迸るスパークが空気を焼く音に混じって、後ろをついてくるウィローちゃんの声。

 そりゃいったいどういう原理だろうね! まだ上がったりする!?

 

「とりゃーっ!」

「っ……!」

 

 お腹にくっつくくらい引き絞った膝を爆発的な速度で突き出す神速キック。

 それは私を見て苦い顔をする彼女が防御に回した腕ごと突き上げて吹き飛ばした。

 

「おおお!」

 

 衝撃を全部相手に与えて止まった私の上をウィローちゃんが飛びぬけて、追撃の光弾を放つ。ターレスのカラミティブラスターに似た技だ。

 迫る光に顔を上げた21号が腕を解き、ゆっくりと腕を持ち上げた。弾かれる──!

 

「しめた! 21号!」

「──!」

 

 バッと前へ手を突き出したゲロが指示を飛ばす。光弾を弾く軌道をこちらに変えて吸収させろって感じか!

 僅かに目を動かして窺った21号は、私達へ視線を戻して。

 

「きゃーっ」

「に、21号!?」

 

 悲鳴をあげて被弾した。

 防御した腕を弾き上げられた体勢で数メートル飛んだ彼女は、着地してもなお地を削って後退し、長い線を引いてようやく止まった。

 

「ゆ、油断しました……!」

「何をやっている! このマヌケめが!! ぐずぐずしてないで早く片付けてしまえ!!」

「……、……。……はい、20号」

「ええい返事などいい! さっさとせんか!」

「は、はいっ」

 

 腕を広げ、やや腰を落として弱々しく構える彼女の困り顔に、こっちも覚悟を決める。

 そういう顔されると攻撃しづらいんだけどなあ……。

 

「はあっ、はあっ、」

「お、お父さん……?」

 

 荒い息遣いに横を見れば、片膝と片手をついて自らの胸部分の衣服を握り締める悟空さんがいた。

 助け起こそうとする悟飯ちゃんに意識を割く事もできないらしい。何、あの異常な疲労は……まさか心臓病!? あ、あんなにお薬飲んでたのに……!?

 

「ど、どうしちまったんだ、オラ……! じ、自分が自分じゃなくなっちまったみてぇに……!」

「孫! 下がってろ! 悟飯、孫を連れて遠くへ逃げろ!」

「は、はい! ピッコロさん!」

 

 熱が出ているのか顔も赤く胸を押さえる彼を、悟飯ちゃんが担いで連れていく。

 抹殺が目的の20号が追おうとするのをピッコロが阻んだ。

 なんとかといった様子で起き上がったラディッツやターレスも20号を囲む。

 そっちだったら、ダメージの残る体でも倒せそうだと踏んだのだろう。

 

「に、21号! 来い!」

「えっ、あ、はい……!」

 

 焦って21号を呼ぶゲロに、そうはさせるかとスパーク全開。

 21号がいるならゲロはいいや、手加減抜きで戦闘不能に追い込んじゃって!

 私としては破壊したって構わないけど、嫌なら生かしていいから!

 

「待てナシコ! 先程の一瞬、奴がやる気を見せた際、その戦闘力が10億を超えていた……」

「えっ、うっそ」

 

 10億とか、ちょっとそれはどうなんだろう。パワースカウターの故障じゃない……?

 だってインフレ激しすぎでしょ! 軽く私の倍あるじゃん!

 

「それにどうにも、得られたデータを解析すると……あれはお前の気の質そのものだ」

「……どゆこと?」

「来るぞ!」

 

 21号が発した気が私のものってのはどういうことか。それを聞く暇はなかった。

 10億というのは誇張でもなんでもないのだろう、戦士達を次々に下していった21号は、すっごく不本意そうな顔で私達を見ると、表情とは裏腹に超スピードで突っ込んできたのだ。

 

「ごめんなさいっ。恨まないでくださいね……!」

「ふげーっ!?」

 

 カウンター決めちゃる! と身構えたものの、腕がぶれるのを認識するのがやっとのことで、良い一発を貰って膝をついた。

 う、う、う……息が詰まる……!

 

「すみませんっ」

「くっ!」

 

 ウィローちゃんもアッパー気味に弾き返されて放物線を描いて飛んで行ってしまった。

 私は、あれ。鳩尾をたんっと叩かれたっぽい……! 明らかに傷つけないような攻撃だけど、浸透する破壊力は半端ではなく、わりとこういう痛みに弱い私は涙目で喘ぐ事しかできなくなってしまった。

 

「クソッタレェー!!」

 

 残心する21号にベジータが殴り掛かる。今度のそれはやぶれかぶれだった。

 

 

 

 

 まあ、無理だよね。

 さすがにきつくて、私だって本気でやったんだけど負けちゃった。

 それで今、私がどうなっているかというと、あの世送りにされてしまった……という訳ではなく。

 

「うひー……」

 

 ゲロの脇に抱えられて、岩地を疾走しております。

 戦い辛さもあって、私達はあっさりやられてしまった。

 そこで何を考えたのか、ゲロは私を掴み上げてパワーを吸収するのもそこそこに研究所に引き上げると宣言したのだ。損傷が激しいからかもしれない。一番の目当てである悟空さんが逃げてしまった事も関係しているだろう。

 私を殺さず連れて行こうとしてる理由は不明。

 

 

 脇腹に押し当てられた手の平から今もなおぎゅんぎゅん気が吸い取られてるんだけど、これは全然気持ち良い感じではなくて、ちりちりと火傷してるみたいな痛さがある。

 あと位置が悪くて凄くくすぐったいんですけど……!

 

「あのー、おじいちゃん、ちょっと持ち直してくんない?」

 

 そういう訳でぐたーっとしながらお願いしてみる。

 前を向いたままドクターゲロが返事をくれた。

 

「の、暢気な奴だ……ううむ、お前の細胞で21号を作り出したことをますます後悔したぞ」

「えっ、21号って私の細胞使ってるの!?」

 

 今明かされる衝撃の真実!

 いや、ウィローちゃんが感知した気が私に似ているって部分で薄々感じてはいたけれど……それにしては気を感じ取れない完全人造人間タイプなんだね?

 

「そうだ。かつて採取したお前の細胞を使い、お前を抹殺する戦士を作り出そうとしたのだ」

 

 それはなんとも悪趣味な事で。

 私を殺すのに私の力を使おうとしたのは、なんだろ。いやがらせ?

 てゆーかそんなことしなくても13号とか差し向けてきていたじゃん!

 

「……なぜ貴様が13号の事を知っているのだ。あれらは処分したもののはずだが……」

「えっ? あ、そうなんだ。じゃ勘違いだ。それっぽい無関係な奴ら?」

「……」

 

 あ、よくわかんない反応されたから変な事言っちゃった。

 え、でも、って事は13号達が襲撃してきたのって、このお爺ちゃんの指示ではない……?

 でも彼らはゲロの指示だって言ってた気がするし……ううむ、考えてもよくわからん。

 ゲロの方もよくわからなかったらしく、21号の説明に戻った。

 

「だが生来の気質に加え、きさまの人見知りや口下手を濃く継いでしまったのは誤算だった……!!」

 

 ぐぬぬと唸るお爺ちゃんに、ぺちぺち手を叩いて抗議する。

 そういうのいいから持ち直してー。うー、力が抜けるー……。

 

「21号こそ私の完璧なしもべになるはずだったのに……!!」

「ん、奥さんじゃなかったけ?」

「!!?」

 

 なんとなくそんな設定があったような、と思いつつ口にすれば、足を止めた20号が得体の知れないものを見るような目で私を見てきた。

 見つめ返せば、たじろがれる。

 微笑めば、すっと目を逸らされた。

 

「なんだその顔は。じ、自分の状況がわかっておらんのか……絶体絶命なのだぞ!」

「その割には、もう気の吸収もしてないみたいだけど?」

「……」

 

 これもまた感じたままを口にする。

 さっきまで痛いくらいに気を持ってかれてたのに、それがなくなってる。

 ゲロは答えなかった。ただ私を抱え直すと、そのまま走り出した。

 くすぐったくなくなったのは良いけれど、激しく揺れる視界に今度は気持ちが悪くなってきた……うえー。

 

 やがて研究所へ辿り着くと、ぴょんぴょんと岩場を左右へ跳んで入り口まで上る羽目に。

 本格的に吐きそうになってしまった。いやもう吐くかも。吐く。おえ。

 なんもでんかった。

 

 明かりで満たされた研究所は、意外にも明るい雰囲気だった。

 

「よし、17号と18号も起動するか」

「ぐへ」

 

 べしゃ、と私を床に落とした20号が、意気揚々と二つのカプセルへ歩みを進める。

 あれ? ゲロって17号とかを恐れてなかったっけ? 記憶違いだったかな……。ていうか腕直しに来たんじゃないの?

 

 疑問を解決する事もできず尺取虫になってずりずり床を進む。

 思考は余裕そのものな私だけど、わりかし体はきっついのです。結構エネルギーも奪われちゃったし、体へのダメージ半端ないし……。

 

 そうそう、あの場に残った21号は、他の戦士の抹殺命令を受けていた。でも、連れ去られる私と目が合った彼女を見て、なんとなくそうはしないだろうなーと感じた。完全に勘だけど。

 だから大人しくここまで連れてこられる事にしたんだよね。これで研究所の場所が判明した訳だ。

 

 後はどうにかして17号らを起動してやろって思ってた。だって今の私じゃゲロにすら敵いそうにないし。

 くそー、仙豆の重要性を改めて認識したよ。欲しくなった時には手元にないんだもんなー……カリン様、私にはくれないし。

 

「おはようございます、ドクターゲロさま」

「おお、17号。目覚めたか……不調は直ったようだな?」

「はい、おかげさまで……」

「では18号も目覚めさせるぞ」

 

 どことなく声の弾む20号が、それでも念のためか緊急停止装置を手にしながらカプセルを開くボタンを押す。

 蓋が上がり、冷気のもやが溢れて中から金髪の女性が現れる。その視線がゲロの手元に、そして17号の目に向かい、ほんの微かに頷き合う。

 

「ごきげんよう」

「おお、さすがは私だ。18号も完璧に直ったようだな!」

「そちらの子供はなんでしょうか。私達のように改造するおつもりで?」

「そうだ!」

 

 え、そうなの?

 

「それは…………とても素晴らしい。この子供も喜ぶでしょう」

「そうだろう、そうだろう!」

 

 なんと私、人造人間にされてしまうらしい。

 ははあ、なるほど。だから殺さずにつれてきたんだ……従順なしもべとするために。

 

「なぜだか気分が良い。こんなにも思考がクリアになったのはいつ以来か! ああそうだ、17号、18号、"ナシコの抹殺命令"は取り消すぞ」

「は、了解しました」

 

 丁寧に礼をする17号に、ゲロはご満悦に息を吐き出した。

 でもそれに不快そうにする二人の僅かな機微は読み取れなかったらしい。

 それでもって、のそのそ進んでいた私が中央に横たわるカプセルまで辿り着くのにも気づかなかったみたいだ。

 

「よいしょ、っと」

 

 力を振り絞ってよじ登り、ぽちりとボタンを押す。

 それでようやくこちらに気付いたドクターが「いっ」と驚きを露わにした。

 

「ななな、なにをしておるか! それを起動しては──」

 

 あ。

 私なんかに気を取られたせいで、背後に忍び寄る17号に気付けず、ゲロは手刀に胸を貫かれてしまった。

 その手に握っていたコントローラーも18号に取り上げられてしまっている。

 今度は彼の方が絶体絶命になっちゃったみたい……あーあ。

 

「き、きさまら……なぜ……!?」

「なぜ? オレ達がお前なんかに従う訳がないだろう」

「こんな子供まで改造しようとするなんてね……ゲスが」

「あ、あああ……!」

 

 腕を引き抜かれ、一歩、二歩と前へ進んだゲロは、振り返って何かを言おうと口を開いたところで18号の放った光線に頭を消し飛ばされてしまった。

 バチバチと紫電を発する首に、遅れて体が倒れる。なんともあっけない最期だった。

 

「大丈夫か?」

 

 傍らに座った17号に手を貸してもらって立ち上がる。

 無表情っぽいのに、ちょっと笑ってる感じ。うわあ、イケメンだ……。

 

「あ、ありがと……」

「お礼なんていいよ。あんたが隙を作ってくれたおかげでこいつをぶっ壊せた訳だしね」

 

 言いながら床に落としたコントローラを踏みつけてぐりぐりと踏みにじる18号に、私もこういう風に事が運ぶのを狙ってたとはいえ、なんだかやるせない気分になってしまった。

 

「……」

「うん? もう一人オレ達のような人造人間がいたのか」

 

 カプセルからのっそりと起き上がる16号に、感心した風に声を上げる17号。

 ……さて、みんなにセルの事を伝えなくっちゃ。21号も説得しなきゃだから……。

 …………その前に、誰か仙豆をください……。

 

「あ、おい」

 

 考えた通り上手くいったのにちょっと安心したら気が抜けちゃって、そのままふらっと倒れ込む。

 誰かに抱き止めてもらいながら、意識は眠気に負けて暗闇に沈んでいった。




TIPS
・21号
2年半ほど前に稼働を開始した人造人間
13号らに指示を飛ばしたりしていたのは彼女だ
命令は全て平和に生きる事に偏っていたが
管理コンピュータが命令を抹殺へと書き換えてしまったので仕方なく対応していた

・20号
ナシコに触れてしまったために興奮状態に陥った
意気揚々と17号らを復活させ、即座に殺されてしまった


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第四十七話 戸惑うトランクス


特に意味もなくラディッツ視点


「ば、化け物だ……次元が違いすぎる……!」

「こんなに強いのかよ……! 人造人間ってやつは……!」

 

 倒れ伏す天津飯とヤムチャが土を掻いて呻く。

 俺もまた倒れていたが、同じように土を握り締め、なんとか顔を上げることができた。

 だがその先にはいけない。体中に満ちる怒りの捌け口などどこにもなかった。

 

「未来でオレ達がやられちまう訳だ……まるで通用しない……!!」

 

 ピッコロの言葉には、同意せざるを得なかった。

 ナシコがオレ達を今だに雑魚だと──それも自分を含めて!──評していたのは、おふざけでも謙遜でもなかったのだ。

 

 片腕を掴んで腕を組むようにして立つ、なんの感情も浮かべていない人造人間の女。

 ナシコの前で興奮していた姿はもはやなく、初めから人形のように無表情だったのではないかと錯覚させられる。

 あんな奴に、俺達は揃いも揃ってやられてしまったのだ……!

 

 カカロットを始めとして、あのベジータ、ヤムチャ、ターレス、ウィロー、悟飯、クリリン、ヤムチャ、天津飯、ヤムチャ……いかん頭が混乱している。とにかく全員が全員、ほとんど一撃で土を舐めさせられちまっているって訳だ。

 悔しいが、ピッコロの言う通り、俺達の力は少しも通じなかった。未来から来たとかいう小僧が言っていた人造人間とやらの恐ろしさは本物だった……!

 

 いったいこの3年の修行はなんだったというのか。

 ……いや。俺もターレスも仕事を始め忙しくなってきていた。

 修行ばかりしている事もできず、己の力や、それを軽々と上回るウィローの力、そして絶大なナシコのパワーを信頼しすぎていたのだろう。だからこうなってしまった。備える事を怠ったからだ。

 だが、もしこうなるとわかっていても、俺達にどうにかできたのか……?

 俺達サイヤ人の中で一番伸びているベジータでさえあのザマなのだ。こうなっちまうのも無理はない、と自分を慰めるほかない。歯を噛み合わせ、地面を殴りつけたって無力だという事実は変わらないのだ……!

 

「ら、ラディッツよお、起き上がれるか……?」

「当たり前だ……! こ、この程度のダメージ、どうってことないわ!」

 

 言いつつ、傍に倒れていたターレスと協力して立ち上がる。

 ──ああ、ちくしょう。まさかナシコまでやられちまうとは。

 あいつこそがこの中の誰よりも最強だった。

 それがあっさりと……いや、「やーらーれーたー」などと暢気な倒れ方をしてはいたが……奴らのアジトへと連れ去られてしまった。

 

 胸を掻き毟りたくなるような後悔と寂寥感に苛まれる。

 これは、長期間ナシコと離れると感じるやつと同じものだな……!

 依存、というやつだ。どうにも俺達はナシコに入れ込みすぎているらしい。

 ……そうだ。この感情を抱いているのは俺だけではない。隣で息を整えているターレスとて、限りなくナシコを求める飢えと渇きを持っていることだろう。証拠に、常の余裕が陰っている。獣の呼吸に、血走った目で必死にいきりたとうとする自身を抑える。

 

「まだ、立ち向かう気なんですか……?」

「それ以外の何に見える」

「いえ、その……ごめんなさい」

 

 先程は俺達全員が倒れ伏していたと言ったが、正確にはそうではない。

 ダメージをダメージとして受け取らない体を持つウィローだけは奴の前に立ち続けていた。

 だが、逃げたジジイを追う事はできない。21号とかいう女はそれを妨害してくるのだ。

 

「わ、私達の目的はあくまで孫悟空さんなんです……それ以外を傷つける気はありません」

「へっ、だとよ? 信じられると思うか?」

 

 ウィローの隣まで歩み、余裕を装うために声を発する。

 勝てるヴィジョンが見えない。気を感じられないというのがこれほど不気味だとは……。

 ウィローが相手ならば、そんなものは感じない。長い付き合いだからな。

 同じはずの21号には気味の悪さしか感じられなかった。

 こんなものにいきなり出会っちまった未来人の小僧を思うと、まったく気の毒になるぜ。

 

「奴はわたしとはやり辛いようだ……ここ一番で奇襲をかける。お前達で引き付けてくれ」

「あいよ」

「了解だ」

 

 指示を飛ばすウィローの頭頂部を見下ろして答える。小さな体が大きく跳ねて後退すると、入れ替わりでベジータがやって来た。呼吸もままならない疲労困憊だ。

 怒りに満ちて言葉もなかったが、共闘の意思ありと見ていいだろう。そうなのか、と聞いても怒鳴り散らされるだけだろうから何も言わんで合わせてやるがな。……話しかけるとキレ散らかすのはナシコのようだな、とふと思った。

 

「……?」

 

 ふと、巨大な気が近づいてくるのを感知した。これは……誰だ?

 覚えのないものだ。新手か!

 

「みなさん、無事ですか!」

 

 下りてくる最中で気を散らして着地したのは、あの未来小僧だった。

 ああ、そういえば応援に来ると言っていたな。こいつも超サイヤ人だ、戦力に数えて良いという事だろう。

 

「はあっ!」

 

 一も二もなく超化する小僧。状況が悪いのはわかっているようだが……なんだ、おい。

 

「な、なんだこいつは……し、知らないぞ、こんな奴……!」

「……トランクス」

「お、オレを知っているのか……!?」

 

 ぽつり、名前らしきものを呟くのに、それがこの小僧の名前なのか、なぜ知っているのかと疑問に思う。

 トランクスだと、と喘ぐように振り返るベジータと偶然同じタイミングで振り返る。

 

「おい小僧……トランクスという名なのか。どっちを見ている……敵は向こうだぞ」

「え? いや、でも、こいつも人造人間では……?」

 

 泰然としているウィローを指して戸惑うトランクスに、いやまあそうだがと頷くほかない。

 なるほど、そういえば前回ウィローはこいつと顔を合わせていなかったな。勘違いしてしまうのも無理はないか。……それで背中合わせになるように下りてきた訳だな……。

 

「……」

「す、すみません! え、あの……す、すみません!」

 

 ウィローが両手を上げて無害をアピールすれば、こいつは素直なのかなんなのか慌てて方向を変えて構え直した。

 さて……人数が増えたところで、オレ達の役目は変わらん。単なる囮になるしかない。

 奴はどうにもナシコやウィローへの攻撃を躊躇っていたからな……光明となるならばそこしかないだろう。

 

「奴は桁違いの強さだぞ。お前のいた未来ではどうだったかは知らんが、こちらの一番の実力者でも歯が立たなかった」

「それは、この場に孫悟空さんがいないのと関係があるのですか……まさか、殺されて……!?」

「さあな。少なくともカカロットの野郎は傷を負っていなかったようだが」

 

 ターレスが代わって説明するのに、ああ、それは俺も見ていたと頷く。

 21号の放った光線は確かにカカロットの胸を貫いていたが、ダメージはないように見えた。

 ……その技には見覚えがあるぞ。ナシコやウィローの使う、あ、あのみょうちきりんなやつかもしれんな……!

 

「……」

「無駄口を叩いている場合ではないぞ!」

 

 

 21号が身動ぎするのにピッコロが声を上げる。

 確かにそうだが、構えていたところで奴のスピードに対応できるかは怪しい。

 地面を見つめて困り果てているような表情を浮かべるその姿は一見してか弱いが、パワーもスピードも天井知らずに上がるようだ。

 

「私……」

「……」

 

 昂る気の吹き荒ぶ音の中で、奴が呟く。

 

「『Forever2018』、好きなんです」

 

 突然の告白の、その意味を正しく理解できたのはいったい何人だっただろうか。

 呆気に取られる俺達に、反して険しい顔のままのベジータやトランクス。

 

「普段と違うバラードの、語り掛けるような歌詞が、好きなんです」

 

 

 ──帰れない

 

 

 頭に響いた寂し気なナシコの声に、強く目を瞬かせる。

 奴が口にした『Forever2018』とは、最近ナシコが発表した、奴自身が作詞したソロ曲だった。

 

「戻らない過去に想いを馳せる1番。今だからそれが大切な歴史だったと綴る2番」

 

 淡と話すその語り口とは裏腹に、やや目を上げた21号の顔が赤らんできていた。興奮しているかのように語気も強くなる。片腕を握る手にも力が入っているようだった。

 

 

 ──還りたい

 

 

 また、歌声が聞こえた。

 ……奴の歌は、だいたいが聞くものを楽しませるものばかりだ。

 だがこれは、あたかも自分がそうであるように強い郷愁を抱かせる、そんな歌だった。

 同調を強いるようでいて、拒絶を示す曲。

 

「過去があるからこそ今の自分がある。この世界で生きていく……」

 

 転調。波のない静かな海から一変して、光あふれる都会に下りるような。

 溢れ出す大好きを贈る、笑顔の歌。

 3番は、今まで通りの奴のイメージのものに変わるのだ。

 

「何が言いたい」

「……戦う意思は、ないんです。命令はされましたけど……逆らえないって訳ではなくて」

 

 ピッコロの問いかけに、奴がもじもじとして答える。

 たしかに敵意は感じ取れないが、それは気がないから故ではないのか。

 だが本当に奴の言う通りだとしたら、こんなところで時間を食う意味はない。さっさとナシコの救出に動かなければならないのだから。

 

 ウィローが動いていないところを見ると、中々ナシコの気を掴めていないのだろう。

 もしかすれば、奴らのアジトはそういった気配を遮断してしまう作りになっているのかもしれない。

 

「どうする」

 

 周りを見渡しても、誰も何も言わなかった。

 俺も意見を言う気にはならない。戦わなくて良いならそれに越したことはないが、納得できなさそうなのが二人いる。

 その内の一人に声をかけた。

 

「……今来たばかりのオレには、判断が難しいです。信じられない……でも、確かに今、あいつは襲っては来ていない……」

 

 額に汗を浮かばせ、背の剣に手をかけたまま緊張を保つトランクスは、判断に迷っているようだった。

 

「それに、あの人にナシコちゃんをどうこうさせるのは、さすがに我慢できなくて……も、もう無理です! あの、本当にごめんなさい!」

「え、お、おい」

 

 わたわたと俺達に、そして左の方に立つピッコロに、右の方に立つヤムチャ達に連続で頭を下げた21号がこちらに背を向けて駆け出す。

 止める間もなく飛び立っていくのに、俺達は顔を見合わせた。

 

「……ひょっとしてあいつ、帰るタイミングに困ってたのかな……」

 

 ……そうだったのかもしれん。

 あいつ、どことなくナシコに似た性格をしていると感じた。人見知りを発揮している時のな。

 話すタイミングにそれを切り上げるタイミング、誤った事を言ってしまった時に訂正するタイミング……それらに困っている時のナシコにそっくりだった。

 

「なかなか気が感じ取れん。やむをえん、奴を追うぞ!」

 

 言うが早いかウィローが飛び立つ。

 反射で追ったのか駆け出したトランクスが、しかし足を止めて振り返った。

 

「オレも行きます! おそらく奴らのアジトの場所がわかるはずだ……! オレが知っている人造人間がもしいるのなら、起動を阻止したいんです!」

「ああわかった。よし、その気のあるものだけついてこい!」

 

 答えたのはピッコロだ。

 俺やターレスは答える前に飛び出していた。

 いや、会話の意思はあったのだが、体が先に動いてしまった。

 21号の雰囲気に騙されていたが、あの20号というやつはいかにも邪悪だった。ナシコに何をされるかわかったもんではない! 早く助けに行かねば!

 

 ……それにしても、あいつを助けるなんて事になるとは……そんな事態がくるなど思ってもみなかった。

 時折未来への不安や現状の強さに不満を示していたナシコの気持ちがようやくわかったぜ……!

 あんな化け物が来るとわかっていたなら、そりゃバカげた修行に身を入れ込みもするだろう。

 

 しばらくは21号を追いかける事に始終した。

 いくら奴の戦闘力が飛びぬけていると言っても、そこまで飛行スピードが違う事はない。

 とはいえ距離は縮まらず徐々に離れているし、そもそも豆粒のような姿しか見えないが、遮蔽物の無い空ならば問題ではない。

 

「ベジータは来ておらんのか……意外だな」

 

 ふとその事に気付いて傍らのターレスに話しかける。

 

「あっさり負けたのがよっぽどショックだったんだろうよ。王子様は頂点でなければ気が済まないようだからなぁ」

 

 オレ達と違って強さを最上位に置いているからな、と言われて、それで納得する。

 ああ……俺達とて少なからずショックを受けてはいるが、それよりナシコの救出を優先した。

 強さへのこだわりやプライドの上にナシコが位置しているからだ。

 こう言うとまるで信奉者のようだが……単に身内のピンチに気をもんでいるだけだ。

 

「見えた!」

 

 21号が岩山に下りていく。

 先頭のウィローとトランクスが下りて行くのに俺達も速度を緩め、高度を落としていく。

 纏っていた気を散らして着地した場所は整地されていた。洞窟へと駆け込み、巨大な鉄扉の脇の制御盤を操作する21号に少し距離を開けてウィローらが立っている。

 

「気を付けてください。あいつが騙し討ちを考えている可能性もあります」

「いや、それはないだろう。そんなことをしなくとも奴はオレ達を殺せてしまえるんだ」

「それほどなんですか……!? そ、そんな奴が現れるなんて……」

「い、今更だけど、この先にいるかもしれない他の人造人間が怖くなってきたよ、おれ」

 

 ああ、クリリンもついて来ていたのか。手に袋を持っている辺り、誰にも渡す暇のなかった仙豆を持って来てくれたらしい。こいつも大概人が良いな……。

 天津飯やヤムチャもついてきている。視線に気づいた奴らは、「面ぐらい拝んでおきたいからな……」と言った。

 ということは、あの荒野にはベジータ一人だけが残っているのか……。

 

「開いたぞ」

 

 腕を組んで待っていたターレスが、鉄扉がゆっくりと左右にわかれるのに待ちくたびれたように言った。

 駆けこんでいく21号に俺達も続く。

 

「16号……? あなたも稼働させてもらったのね……!」

「ん、なんだお前ら。ぞろぞろと騒々しいな」

 

 やはり他の人造人間もいたか。3人もいるとは。

 当初現れる人造人間は2人だ、と言っていたトランクスはというと、「あいつらだ……!」と身を固くしている。17号、18号……ナシコの言っていた容姿と一致している。なるほど、奴らが未来に現れたという……。

 

「うるさいねぇ、寝てる子もいるんだから静かにしておくれよ」

「ナシコ……! ナシコに何をした……!?」

「さて、何をしたと思う?」

 

 研究所内の中央あたり。

 床にほど近い鉄板の上にナシコが寝かせられていた。おそらくは乗っていた何かを吹き飛ばして作ったスペースだろう。奥の壁付近に黒煙を開ける棺桶のようなカプセルが横たわっている。

 

 ナシコは、縁に腰かけた金髪の女の膝に頭を預けて、暢気にぐーすかと寝息を立てていた。

 黒髪の男の言い方はまるで何かしたかのような不安を煽るものだったが、あれを見る限りは手を出してはいないんだろう。思わせ振りな言い方をしおって……!

 

 ああ、ふう。思わず息を吐き出す。

 無事なようで安心したぞ。

 

「あの人は……」

「ドクターゲロをお探しか? あいつなら出かけたよ」

 

 中央に陣取る3体の人造人間へ歩んでいく21号に、おそらく17号だったかが答える。

 ゲロ……あの爺だな。20号の事だ。

 

「どこへ?」

「地獄だよ。もう帰っては来ない」

「……!」

 

 はっとして傍らを見下ろした21号は、そこに何かを見つけたようだ。

 機械群の影になっていて見えないが、そこに爺の死体でも転がっていたのだろう。

 状況は読み取れないが、見たままを言うならば17号らが反乱を起こし、20号を殺してナシコを助けた……の、か?

 

「んー……」

 

 頬を撫でる、おそらくは18号の手が髪に触れて、指で梳かす。それに心地良さそうに身動ぎするナシコは緊張感の欠片も無かった。

 

「16号、どうにもこいつはお前の事を知っているようだが、知り合いか?」

「…………いや、記録にない」

「お、やっと口を開いたな? しかし知らないと来たか。じゃあいったいこいつは誰なんだ?」

 

 モヒカンの、かなりガタイの良い男……これもナシコが話していたな。16号というやつだろう。

 そいつの否定に21号はかぶりを振って、白衣のポケットに手を突っ込んだ。

 素性を探る17号はどことなく楽し気にしている。不気味な奴らだ……。

 

「ナシコってのは、この子供の名前だったな……保護者か? それにしては怖い顔をした奴らばかりだが」

「そっちの子は可愛らしいよ、17号。きっと姉妹か何かだよ」

「残念だな。オレ達の旅の仲間にしようと思ったんだが、迎えが来てしまった」

 

 ……ふむ。

 その口ぶりからするに、奴らはナシコに危害を加える意思も無ければ、素直に返してくれるつもりでもあるらしい。

 人造人間が恐ろしいのはその戦闘力ばかりなのか。危険を説いていたトランクスを見れば、言葉なく動揺しているようだった。

 

「うぁ……ぞんびだ……ぁ?」

「ああ、起きちゃった。あんたらがうるさくするからだよ」

「そいつはすまなかったな。16号ほど無口にはなれないのさ」

 

 ようやく眠り姫がお目覚めだ。

 やつめ、のんきに大あくびなんぞしおって。

 

「おはよう」

「おはよ……ふあ~~あ……あおっ!!?」

 

 髪を掻き上げながら覗き込んだ18号を視界に入れたナシコは、裏返った声を発してビシリと固まった。

 

 

 

 

「ああそうだ。オレ達は孫悟空を倒すために動くつもりだ」

「やめる、って手はないのか……?」

「それはできない。孫悟空を抹殺する事が人造人間の目的だからだ」

「だとさ」

 

 研究室の奥のこぢんまりとした一室で、俺達は人造人間と相対していた。

 だがその雰囲気に殺伐としたものは欠片も無い。カカロットの奴を殺す殺さないなんて言っているが、俺達サイヤ人にとってはそんなもの挨拶程度のものでしかない。

 こいつらはどうにも話せる奴らのようで、21号が注いだ紅茶を飲みながら話す17号、18号にも敵意がなかった。

 

「ナシコを狙ってはおらんのか」

 

 テーブルについているのはその2人の他にナシコとウィローがそうだ。

 俺達はのんびりする気にもなれず……というか丸テーブルが個人用のようで小さいので座れず、部屋の端に散って会話を眺めている。

 

「うん? ああ、こいつの事か。オレ達の抹殺命令は取り下げられたが、16号、お前はどうだ?」

「オレには元々そのような命令は入力されていない。殺すべきは孫悟空ただ一人だ」

「……らしいぜ?」

 

 ウィローの向かい側に座るのはナシコだ。17号と18号に挟まれて極限まで小さくなっている。

 忙しなく瞳が揺れ動き、呼吸も浅い。気の毒なくらい緊張している……悪人相手に過剰に強気になれるあいつがああなっている辺り、やはりこいつらは良い奴と判定されたのだろう。

 

 視線を落とし、何か考え込んでいたトランクスが眼差し鋭く顔を上げた。

 勢い込んで発した声は、ナシコに負けないくらい緊張を含んでいた。

 

「人々を無作為に殺したりは……!」

「しません。そんな事をするほど私達の論理は狂っていない……あの人が生きていれば、また違ったでしょうけれど」

「し、信じられない……! そんな事は、信じられない……!」

 

 奴のいた未来は人造人間が遊びと称して人間を殺して回り、かなり凄惨だったらしい。

 といってもこれはトランクスの口から聞いたものではない。ナシコとの会話の中で奴が意識せず語った、未来の姿だ。いやなんで未来の事を知ってるんだお前は。……気にするのはやめておこう。そう肝に銘じておいただろう……。

 

「あの、あのね?」

 

 トランクスが納得できないのも無理はない、と思っていたところで、ナシコの奴がおずおずと話を切り出した。

 

「え……」

 

 そして語られる未知の人造人間セルの話。

 混乱を避けるために一段落ついてからこうして語る事にしたらしいが、トランクスの戸惑いは激しく……反対に、自分達が吸収されると聞かされた17号や18号に動揺はなかった。

 

「セル……? どこかで聞いた覚えがある……」

「そんな奴がいるなら、力を取っておけばよかった……!」

「何? どういう事だ」

 

 ピッコロが不思議に思っているようだが、考えるだけ無駄だ。

 

「いえ、あの。先程私が使った力は、以前ナシコちゃんから頂いた……奪ったもので一時的にブーストしていただけで……」

「そ、そうなのか!?」

「ええ、はい。そうすれば、みなさんはきっと抵抗しようとは思わなくなると思ったので……ああ、とっておけば……なんて、後の祭りです」

 

 あの異常なパワーは、なるほどそういう事だったのか。

 

 

 セルとやらは、未来から来た者と現在製造されている奴がいるという。

 ここより地下は自分の管理している場所しかないはずだ、と21号が言ったが、手分けして探せば、ほどなくしてその地下への道は見つかった。

 普段は出入りを禁じられていたらしい扉の向こうに、深い穴と梯子があったのだ。

 俺達はそこだけでなく、この研究所そのものを破壊しつくすという事になった。

 

「す、少し待ってくださいね! データを回収しなくっちゃ」

「待て。データとはなんだ? これ以上化け物を生み出されちゃ困る」

 

 慌てて自分の研究施設へ走る21号をピッコロが止める。

 それもそうだ。見るからに科学者であるこいつも、こういった人造人間を生み出せてしまうのかもしれない。可能性は少しでも多く潰しておきたいところだな。

 

「いえ、あの子達……AItuberを回収してあげないと」

「……ん? もしや科学者ニーサンというのは……」

「え、あ、はい。私ですけど……」

 

 よくわからんが、どうにもそれは危険なものではないらしい。

 ナシコやウィローが反応していたが、破壊活動には特に関係がなかった。

 

 とりあえずはこれで一息つける訳だ。

 しかしまだ恐ろしい奴が潜伏しているらしい。それについての対策はしてあるから安心してよ、とナシコは言うが、不安でしょうがなかった……。




TIPS
・Forever2018
時々昔に想いを馳せて寂しくなる事を煩わしく思ったナシコが
歌として発散した曲
異世界の歌

・17号
ナシコには直接触れていないので浸食は軽度
原作とそう変わりはない
設定上は18号よりほんの少し強いらしい
戦闘力は2億

・18号
ナシコに触れてしまったので陥落した
表面上ではクールだがナシコの髪を梳いてる時の内心はムツゴロウ並みである
ムツゴロウって通じるのかな
戦闘力は2億

・16号
こちらも原作と大きな変わりはない
21号の記憶は意図的に入っていない
ドクターゲロが21号を完全に掌握するためにそうしたのだ
戦闘力は2億3000万

・21号
科学者ニーサンと名乗って世間に身を晒し資金集めをしていた
戦闘力は2億


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第四十八話 和解

 トランクスとめっちゃ気まずくなった。

 というか嫌われたっぽい。泣きそう。

 

 

 

 

 セルという危険生命体の話を聞き、研究所の破壊を拒む事無く承諾してくれた21号は、ここにあんまり良い思い出がないのだとか。

 17号18号も元より。16号は、自然を破壊しなければ構わないとの事。

 それでみんなでここを壊す事にしたのだけど、なんか大事なデータだとかグッズだとかがあるらしくて、まずはそれを運び出したいみたい。

 

 自分のCDやらポスターやらが山と運ばれていくのはまあ、別になんも思わなかったんだけど、販売してないはずの抱き枕やらでっかいフィギュアやらが出てくると恥ずかしくなってしまって、逃げ出すように外に出ちゃった。

 

 そこへ足早にトランクスがやってきたんだ。

 

「あの……あなたに一つ聞きたい事があります」

「ん? いいよいいよ、なぁに? セルのこと?」

 

 軽い調子で答えた私だけど、いやまあ、その声の調子とか表情とかであんまり良い内容じゃないのはわかっていた。人の表情窺うのは得意なの……。

 それで、その内容が「あなたが孫悟空さんではないと聞きました」なんだもの。

 ああー、そういや彼にはそれで通してたっけって、そこで思い出したもん、私。

 完全にノリでやってた事だから忘れてた。普通に接しちゃってたよ。

 

 どうりで、やけに庇ってくれるなーとは思ってたんだ。

 「絶対にやらせはしない!」とかさ、これは私に惚れちまったのか~~? かー、モテる女はつらい!! って調子乗ってたのに、実際は悟空さんだと思ってたからだったとは。

 そりゃ悟空さん抹殺を掲げる人造人間に挟まれてる私って絶体絶命に見えたよね。一人だけ緊張感違うなーとは思ってたんだけど……そかそか、そういう訳だったのか。

 

 真実を知り、たいそう戸惑ったトランクスは、それでも律儀に真実を確認しに来てくれたという訳だ。

 ……あれ? これってかなり、あの……私って酷い奴なのでは?

 

「うん……まあ、そう、だよ?」

「……なぜ、そんな無駄な嘘を……! どうしてオレを騙したりなんかしたんだ!」

 

 うわ。

 割と凄い剣幕で詰め寄られるのに仰け反る。

 そ、そんな怒ること? たしかに惑わせちゃったとは思うけど……だ、だって、だってさあ。

 

「か、母さんの言っていた事は正しかった……騙されていただなんて……!」

「あ、未来の……」

「なんでなんだ? あんな嘘をつく必要はなかったじゃないか。どうして!」

「ひゃっ」

 

 片膝をついて私の両肩に手をおいたトランクスが間近で怒鳴る。

 怒気も語気も強い。ほんとに怒ってるんだ……。

 

 どうしてそんなにまで感情を昂らせているのかは、なんとなくわかった。この時代の人造人間の未来との差異や、歴史の違いに普段とは違う状態になっているのだろう。彼とは付き合いなんてあってないようなものだけど、性格を考えると、こんな風に食って掛かるような事は早々ないはずだってわかるもの。

 つまりは、よっぽど惑わせちゃったってわけで。

 きっとちょっとやそっとじゃ許して貰えないのだろう。

 

「っ……」

 

 鋭い目つきに見据えられて、言い訳は許さないぞとばかりに肩に食い込む爪に吐息する。

 目を合わせていられなくて、叱られる子供みたいに逸らしてしまった。

 一から十まで悪いのは私だけど、だからってこんな風に怒ることないじゃん……良かれと思ってやっただけだよ? 私。トランクスだって安心して帰ってったじゃん!

 

 たしかに軽率だったと思う。必要のない嘘だったかもしれない。

 でも私はっ……私にできることを、その時やろうって思った精一杯をやっただけ……!

 

「う、うう……」

 

 咎められる事をしたつもりはないのに、不意にこんなことをされてツンと鼻の奥が痛んだ。

 じわじわと込み上げる涙に視界が滲んでいく。

 感情が制御できなくて、震える体に無意識にしゃくりあげてしまって。

 

「え……」

 

 呆気に取られた顔をするトランクスに、身を捩って拘束から抜け出す。そのまま力任せにつき飛ばして、溢れ出した涙を拭うために目を擦る。

 嗚咽が止まらない。勝手に体が跳ねて、声も抑えらんなくて。

 

「え、いや、な、泣かなくたって……!」

「ふぅう……っく、ひっ……ぐ」

「そ、そんなつもりじゃっ、あの、ごく、じゃなくてえーと、なし、ナシコちゃん? 違くてね、怒ってる訳じゃなくて」

「ううううっ、ふっく、ううう……!」

 

 しりもちをついてすぐ立ち上がった彼は、一転して困り果てた顔でわたわたと手を動かした。

 もう、決して触れてこようとはしない。壊れ物を扱うように繊細に接して来ようとするのに、それでも怖いのと悲しいのがなくならなくて、大粒の涙が零れ落ちる。

 拭っても拭っても止まらない感情の雨。

 手を濡らして、服を濡らして、地面を染めていく。

 

「だっでぇ、お兄ちゃんのためだっで思っで、ナシコがんばっだのにぃ……!」

「そ、そうだったんだね! それならいいんだよ、大丈夫! 怒ってないから、頼むから泣き止んでくれ……!」

「ひっく、ひっく……ほんとぉ?」

 

 すんすんと鼻を鳴らしながらちょっとだけ下げた両手の甲の上から覗く。上目遣い。

 こくこくこく! と超速で頷いたトランクスは、私を見たまま膝をつくと、ほんとだよ、と囁くように言った。

 小首を傾げて、慈悲を乞うように見上げる。小さくなって、震えて、か細い声でおそるおそる尋ねる。

 

「ほんとに、ほんと?」

「あ、ああ。お兄ちゃんも色々戸惑うことがあってさ、それで強く言ってしまって……ごめんよ」

「ううん、だいじょぶ」

 

 涙が止まってきたので、そうっと下ろした両手を柔く握って胸に当てる。弱々しく吐息して熱を吐き出す。

 それから、ほんの少し前へ出て、体から力を抜いて前へ倒れた。

 

「わっ、と……あ」

「ふ、う……っ、ん……」

「えっと、ええっと……」

「ごめんなさい、おにいちゃん……」

 

 戸惑う声を胸板越しに聞く。

 その体に目元を押し当てて悲しさを吐き出せば、衣服に熱いものが染み込んでいく。

 彼は躊躇いがちに私の背に手を回して、小さな動きで撫でてくれた。

 そのたびに息を吐く。呼吸を整えるように、時々喉を震わせて。

 

「ゆるしてくれる?」

「許すとかじゃないよ。初めから怒ったりはしてないんだ。ただ、理由を聞きたかっただけで」

「じゃあ、いいの?」

「うん。もういいんだ」

 

 そっか。じゃナシコの勝ちね。

 いぇい!

 

 なんか気まずくなりそうだったから泣いて謝る大作戦を決行し、見事成功を収めたナシコです。

 トランクス、やっぱり女の子の涙には勝てない系男子だったね。

 うん、ウソ泣きなんだ。すまない。これも交渉術、対人スキルの一つだと思ってくれたまえ~。

 

「おにいちゃん、あったかぁい……」

「そ、そうかい?」

 

 すりすりと頭を擦りつければ、一つ息を吐いたトランクスは、もう怒りも緊張もないようで自然に私の背中をぽんぽんしてくれた。

 ほら、現に仲直りできたでしょ? あんな風になって、気まずくなっちゃうのはやだもんね。

 

 あ、でも申し訳なく思ってるのは本当だよ?

 無駄に気苦労かけちゃったわけだし、私が悪いのはちゃんとわかってる。

 ただ、彼との関係を悪くしたくなかったから、ずるい手段を取らせてもらった。

 きっと許してくれると思ったよ。優しい人だもんね。

 

「ちゅっ」

「……へ?」

 

 だからー、これはお詫びです。

 両手を腰の後ろにやりながら体を離せば、彼は頬を押さえてびっくりしているみたいだった。

 どう? ナシコのファーストキスだよー。といってもほっぺにだけどね。男の人にこういう事をしたのは、当然これがはじめて。最初の最初だよ。トクベツ!

 

「あ、ななな……!?」

「んー?」

 

 モテそうな顔してるけど、こういうことされんのは初めてだったのかな。顔真っ赤にして初心な反応を示している。ああ、あれかな。さっきまで泣いてた私がもうケロッとしてるのに驚いてるだけかも。ごめんねー、今までだ・ま・し・て♡

 でもね、あのね。きっとあなたの未来を、酷い終わりにはしないからね。

 そのためだったらなんでもするから、許してね……。

 

 とはいえ。

 今の彼に、ゴクウブラックやザマスの事はもとより、魔人ブウの事を話したっていらない心労をかけるだけだ。

 セルの事を知って、一刻も速くお母さんが無事か確かめたいだろう。無事なら、聞いた話を教えてあげたいはずだ。でもタイムマシンのエネルギーが貯まるまでは時間移動ができないはず。往復分、しっかり貯めてきたなら、とっくに未来へ戻ってるだろうしね。

 

「えっと、あの、ナシコちゃんっていくつなんだい……?」

「ぷー。レディにねんれいをきくのは、しつれーだよ!」

「あっ、そうだねごめん!」

 

 ちょっと幼い感じで話せば、トランクスの態度はさらに軟化の一途をたどった。

 根本的に子供に弱いのだろう。彼にとって子供とは守るべきもので、未来(HOPE)の象徴だ。

 そりゃ対応もあまあまになるよねー。……わかってるからこういうことしたの。我ながら、ほんとにズルい。

 

「お兄ちゃん」

「なんだい?」

 

 少しカサついた大きな手を取って──まだ若いのに、苦労を窺わせる手──……それを自分のほっぺたにすりすりと擦りつけてから、首の内側に引き込む。髪の毛と首と、肩の合間のちょっとした空間。

 一房とった髪の毛を手の内に握らせて、梳いて下ろすように動かせる。

 三回ほどその動作を繰り返してから話しかけ、そのタイミングで手を下ろせば、心得たように、または無意識に彼は私の髪を撫で下ろす動作を引き継いだ。

 

「私にはね、未来の事がわかるんだよ」

「……ああ。そう、言っていたね」

 

 祈るように手を組んで、彼の瞳を覗き込む。

 人と目を合わせるのは苦手だけど──気持ちを伝えるのには、これが一番だから。

 

「あなたの未来は、平和になるよ」

「……」

「なるんだよ。絶対。私は知ってるから。あなたたちは平和を勝ち取る。それはもう、崩れたりなんかしない」

 

 そうあれと願う。

 私に未来を予知する力はない。

 予測する事もできない。

 でもそうなるかもって事は知っていて、そうなるように努力する事だってできる。

 

 セルは倒す。

 完全体にはさせない。街の人達を、一人たりとも吸収させはしない。

 ストーリーを追うのは、もういい。私だってこの世界に生きる一人の人間だから。

 足りない力は私で補う。必要とされるなら、いくらでも力を貸す。

 

「……ね?」

 

 だから、心配しないで。

 心穏やかに過ごせるように……微笑んであげるから。

 

「ありがとう」

 

 気苦労をかけたくないって、安心させてあげたいって気持ちが通じたのだろう。トランクスは穏やかに笑った。

 それでも不安は尽きないだろうけど……この時代にいる間は、少しでもそれを軽減できる緩衝材になれたらな、って思う。

 私は、最初っからそのつもりだったよ。悟空さんの真似っこをしたのも、嘘泣きしたのも、トランクスを想って……なんて、言い訳みたいになっちゃったけど。

 

「オレはこれから本当の孫悟空さんに会いに行きます」

 

 表情を引き締めて立ち上がったトランクスは、岩山の下に広がる森林のその向こうを見据えて、そう言った。

 

「人造人間の目的が彼である以上、力を合わせて立ち向かうのが一番だと思うんです」

 

 それは誰に向けた言葉なのだろうか。

 私に話しかけているにしては、また敬語に戻っている。

 ……私の精神性が大人なのは承知しているのかも。さっき、子供の振る舞いをしたのも。

 

「ねぇ、やっぱりあの子も連れて行こうよぉ17号」

「わがままを言うなよ18号。オレ達は普通の人間とは違うんだ。付き合わせちゃ悪い」

 

 研究所の方から三人の人造人間が出てきた。17号18号と、むっつりと口を噤む16号。

 トランクスが振り返って身構える。先程お茶しながら会話したのが影響してか、剣を抜こうとしたり、拳を構えたりはしなかったけど、緊張してしまうみたい。

 

「トランクス、だったな。一応別れの挨拶はしておこうと思ってな」

「……」

 

 気さくに話しかけてくる17号とトランクスが対峙する。

 その横から離れて私の方へ歩み寄ってきた18号が、腰を屈めて、横髪を耳にかけながら私に笑いかけてきた。おいでー、と誘うその姿は、さながらネコか何かを相手にしているみたい。なんか妙に好感度高いな……私なんかやったっけかな……。

 

「これからオレ達は孫悟空を倒しに行く。何日かかるかはわからんが、その時お前は障害になるんだろ? それなら今戦うのも同じだと思ってな」

「……」

「どうする? 今ここでオレ達と戦うか……それとも素直にさよならといくか」

 

 挑発、なんだろうか。

 17号は、やはりというかゲーム感覚でいるみたいで、ここで一戦交えるも交えないもどっちでもいいみたいに思っているらしい。

 さっきも言ってたしなー、「イレギュラーな敵が増えてますます面白くなりそうだ」、って。

 

 トランクスは悩んでいるみたい。

 みんなで戦えば倒せるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 ただでさえ彼の知っている人造人間以外に2人も増えているのだから、躊躇いは強いだろう。

 

「……いや」

「そうか。ならまたいつか会おう。じゃあな……ほら18号、行くぞ」

「ええ? 本当に置いてっちゃうのかい? なーんだ……残念」

 

 結局トランクスは、ここでやり合うのはやめたみたい。

 見上げれば、ちらっと私を見た彼が、ひとまず悟空さんと合流すべきだと思った事を教えてくれた。

 ……うん、そうしてくれると私としても助かるかな。

 

 だってこの場で戦ったら私が勝っちゃうし。

 もし21号がまだ何かパワーアップの手段を残していたとしても、ぶっちゃけどうとでもなるんだよね。

 私の気を使ってブーストするなら力を返してもらうだけだし、別の手段なら全力で事に当たればいいだけ。

 奥の手があるのはこっちも同じ。

 ……できれば、戦いたくないんだけどね。

 

 それはこいつらがあんまり悪い奴らじゃないのもそうなんだけど……きっと悟空さん、もっとちゃんと戦いたいだろうから。私が手を出すのは違うよ。

 私の相手はセルだけだ。あいつはさすがに話し合いが通用するような相手ではないと思うから。

 

「みんな、裏手に車を回しましたので、こっちへ来てくださーい」

「おっと、21号がお呼びだ。よし……ゲームの始まりだ。腕が鳴るな」

「はぁ。付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだね。ねえ16号?」

「……」

 

 ひょっこり顔を出した21号が3人を呼ぶ。

 私もそれについていく事にした。ああ、向かう場所は違う。まだ中にいるウィローちゃんに用があるのだ。

 セルへの対策は、私一人じゃ手が追いつかないからね。彼女の瞬間移動が重要なのだ。

 

 

 

 

「悟空さ! 暴れるでねぇ!!」

「ごぼぼっ、も、もう薬はいいって! ちげぇってば! ごぼぼっ」

 

 悟空さんちに赴くと、チチさんが暴虐の限りを尽くしていた。

 悟飯ちゃんに中に通された私やトランクスは、ベッドにてチチさんに馬乗りになられて次々と薬を飲まされる悟空さんを目撃した。

 

「びょぼっびょ、病気じゃねぇったら!」

「わっかんねぇべ! 万が一ってもんがあるだろ!?」

 

 あの時、21号の前で胸を押さえてくずおれた彼は、心臓病を発症してしまったように見えた。

 でも実際はなんかよくわかんない技で行動不能になってしまっていただけなんだって。

 そう説明してくれた悟飯ちゃんも、チチさんの暴走は止められなかったみたい。

 

「え、あ、あの……」

 

 トランクスもびっくりしている。いや、これはあれかな……チチさんが子供なのにお目目まんまるにしてんのかな……。

 ううん、私の願いの影響か知らないけど、チチさん、小さくなってからちっとも成長してないんだよね。最高。もとい、申し訳ないです。素晴らしい。いや困った困っただよね。

 

「み、見てねぇで止めてくれっ! もう飲みたくねぇんだ!」

「わがまま言うでねぇ! ほら悟飯ちゃんもぼけっとしてねぇで手伝ってけろ! ナシコもだ!」

 

 ……この状況、めっちゃ薬増やして届けた私にも原因がありそうなんだけど。

 ……私は悪くねぇ、そう主張したいですね。

 

 そう思いつつも、チチさんには逆らえないのでえっちらおっちら悟空さんを押さえつけにかかる私であった。

 ほらトランクスも手伝って! 共犯になろう! 地獄の底まで付き合ってね……。

 

 しばらくして復活した悟空さんは、不満そうにしてはいたけど怒ってはいなかった。

 ……悪い事しちゃったので顔見れなかったんだけどね。




TIPS
・フィギュア
1/1スケールナシコ&ウィロー(水着ver)
1/6スケールナシコ(リボンver)

・抱き枕
明らかにイラストがいかがわしい
自作だろうと思われる

・研究所
この後破壊されたんだよね……
なお緊急停止コントローラーなども一緒に破壊された模様

・特効薬
まだある


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セル編
第四十九話 セル愕然! 未来とは異なる歴史


 スプーンが皿の底を叩く音が重なる。

 一つのファミリーが奏でるそれをBGMに、我が家では小さな歓迎会が開かれていた。

 

 テーブルの上にところ狭しと並べられたパーティ料理。

 巨大な恐竜肉のステーキやイノシシの丸焼きやミートローフに、珍しいもので肉巻き寿司なんかが海鮮系の横に並んでいる。もちろんサラダ類も豊富だ。スープにしたもの、グラタン的な何か、手抜きなのかなんなのかカットしたまま積まれてる奴……野菜、野菜はどうでもいいんだ、私食べないから。

 あとお魚。なんだろ、何? ソテー? えー、ムッシュムニエル……なんだろな。料理の名前なんて知らないや。お刺身くらいはわかるし作れるけど。

 

 これらは全て、うちに泊まる事になったトランクスを迎え入れるために用意したものだ。……ターレスが。

 急に言うなって怒られました。しょうがないじゃん、急に決まった事なんだからさー。

 お皿に視線を落として黙々とスプーンを口に運んでいたトランクスが、ふと顔を上げるのに視線が合う。

 

「ふにゃ」

 

 もにょっと口を動かしてなあに? って聞く。これはー、あれです。お食事中に喋るとみんな怒るので確認的なね。あと眠いからこんななの。

 一刻も速くお布団に潜り込みたい肉体はパジャマを装備し、ふらつく頭にはナイトキャップを装備している。

 いろいろあったから疲れちゃった。今日はウィローちゃんがいないし、早めに布団に入っとかないと明日が大変だ……。

 

「すみません、オレのためにこんな……」

「ほに」

 

 いいよいいよ、気にしないでー。いっぱい食べてねー育ちざかりなんだから。  

 それにうちの子は大食いが多いからね。普段の食事量と実はあんまり変わらないんだよ。

 ウィローちゃんはあんまり食べないし、私だってそんなにお腹に入んないから、いつもテーブルはこんもりとちんまりのごちそう大戦争が起こっている。

 

「と、泊まれる場所も提供していただいて……野宿を予定していたので助かりました」

「ふに……ふあ~~あ……はふ」

「はしたないぞ」

 

 ラディッツお母さんから注意が飛んできたので、ふらふらと頭を振って反応を示す。ごめんなさ~い。

 でもあくびは不可抗力だと思いまーす。ふあーあ。ねむねむ。

 

「遠慮しないで食え」

「え、あ、いえ……はい。頂いてます」

「んん? なんだ、サイヤ人だって聞いてたもんだが、案外小食なんだな」

 

 リスみたいにほっぺを膨らませたターレスが、それをそのままごっくんと飲み込んで疑問を投げかける。

 その喉に塊が通っていく光景をぼけっと見つめていたトランクスは、声とも吐息ともつかない何かを零して、それから少し迷う素振りを見せてから答えた。

 

「未来では、あまり食料に余裕がないので……おそらく、自然と燃費が良くなるようになったんだと思います」

「ほぉーん。好きなだけメシが食えねぇとは嫌な未来だな」

 

 おいこらターレス、その言い方は悪いんじゃないの? だいじょぶ? トランクス怒らない?

 

「まったくその通りです。生き残った人達で協力して、なんとか小さな菜園は作れたのですが……」

「ではなおさら食うといい。お前の時代の人間の分までな」

「……はい」

 

 素直に頷いた彼が食事を再開するのに、私も重たい手を動かしてもさもさとパンを食べる。

 齧った断面にバターナイフでマーガリン塗り込んでもぐもぐ。千切った欠片をシチューに突っ込んでぱくぱく。

 フォークを手に取りローストビーフを突き刺してお口に運ぶ。うまー。この、えー、このあれ、味が好き。なんだこれ。リンゴとかバナナとかそんな感じのフルーツ的な……あ、私バナナ嫌いだけど、そういうの。

 ペロっと舐めた唇に濃いソースの味がして二度美味しい。

 

「ごちょーさ」

「お粗末さん」

「口拭いとけ」

「ぁぇ」

 

 お腹いっぱいになったのでお食事タイムは終了である。

 料理してくれたターレスへの感謝を告げて、ラディッツからティッシュを受け取って口を拭う。

 

「え、あ」

 

 私が食べ終わったのに手を止めたトランクスが、私と手元とを交互に見て戸惑っている。

 

「んぇ」

 

 気にしないで食べててーって意味をこめて声を出せば、じろりと睨みつけるおかんの眼光。

 ふふーん。今日はお隣さん空いてるから、誰も私を止められないんだなー。

 眠気に任せてぽやぽやしててもほっぺをつねってくる子はいないのだ。私の天下って訳だぁね。

 

「未来に帰る時になったら食料をカプセルに詰めよう。一時凌ぎにしかならんだろうが、持って行け」

「それは、どうもありがとうございます。本当に助かるのですが……いいんでしょうか」

「これか?」

 

 椅子から降りて、背を押してテーブルへ押し込んでいると、「コレ」と指さされた。

 目を擦ってちょっとだけ眠気を覚まして、ラディッツに目を向ける。

 なんか用? 重要なお話? ちがうならー……上行っていい?

 

「まあ普段なら伺いを立てるところだが、この調子だからな。それより、よくこいつが上だとわかったな?」

「その……ナシコちゃんって有名なんですね」

「ああ、雑誌でも見つけたか。こいつ、また片付けずにそこら辺に放置してたな……」

 

 いちおー私に関係のある話かもしれないので、扉を開けたところで待機する。

 でももう半分夢の世界……扉に体を預けてゆらゆらしてるとこのまま寝入ってしまいそうだ。倒れないよう気を付けとかないと。 

 

「のわー」

 

 倒れた。駄目だった。

 そして誰も助け起こしに来てくれない……。

 

「あの雑誌の日付が10年ほど前でしたので……あなた達との関係は載っていたインタビューの内容から。そして今と変わらない容姿を持つ彼女を、その……」

「ババアと断じたか」

「い、いや、ただものではないなと! け、決して年齢の事は、オレは別に何も……!」

「おい」

 

 おう。なんじゃい。

 立ち上がるのも億劫だから四つん這いのままリビングに侵入して、奥の方に立て掛けられていた剣をゲッツして、抱き枕にしよーって決めて退散しようとしてたところを呼び止められた。

 剣は男のロマンだよね。しゃきしゃきしゃきーん。かっけえ!

 

「あっこら、危ないよ! ほら、それをこっちに返しなさい。良い子だから」

「……子供扱いしてるな」

「騙されてんぜ、あんちゃん」

「あ……」

 

 はっとしてこっちへ伸ばしかけた手を下ろすトランクスに、強く抱いた剣を体で隠す。

 今夜は帰したくない……紹介します。この剣、私の彼氏なんです。あーっ、剣が炎上しちゃう!

 ねえねえ、今日これ借りて寝ちゃだめ? だめー?

 

「そ、それを抱いて寝るの……?」

「ぷう」

「そろそろまともな言葉を話せお前」

 

 やだ。だってトランクスには幼い感じで接したばかりだもん。急に流暢に喋り出したら気持ち悪いでしょ?

 なのでこう、なんだろ。妹イメージで動いているのだ。

 

「おにーちゃん、借りちゃだめぇ? おねがぁい」

「うわ」

「うわじゃねぇよラディッツお前ぶっ飛ばすぞ。ねぇおにーちゃん、だめー?」

 

 ふにゃふにゃ。 

 眠くて覚束なくとも、かわいい演技は完璧にできるのがスーパーアイドルナシコなのだ。

 ……あれ? なんかトランクス固まってない?

 ほほーん……とうとう私に惚れちまったのかぁ~? それとも妹系がお好みなの? いいよいいよ、サービスしたげよっか。お待ちかね甘え度100%を見せてあげよう。

 

「…………駄目です」

「ああー」

 

 なんと、私が本気を出す前にかれぴっぴが取り上げられてしまった。私のシャイニングソードくん二世ー!

 

 うう、これじゃ私、今日は一人寂しく寝なくっちゃいけなくなるじゃん……。誰か抱き枕になってよお……。

 ウィローちゃん帰ってきてー! きっと今日はセル出ないよー。

 地上の監視はピッコロさんがさ、神殿から見下ろしてくれるって言ってたから任せちゃおうよ……。

 なーんて、そんなこと言ったらウィローちゃん怒るだろうなー。交代で都のパトロールしようって言ったの私だもんなー。

 はぁ……。

 

「ああーう……おーあ」

「見ろ、ゾンビがいるぜ」

「弱点はトマトか? ナスか? ぶつけてみるか」

「そ、そういうノリなんですか……」

 

 げっやめろ! いいよナスは、嫌いだよそれ! いらない! お腹いっぱいだし!

 じゃあ私もうお部屋戻るね! トランクスの部屋割りは勝手に決めといてね!

 ばいばいおやすみまた明日! ちゃんと歯磨きするからそんな目で見ないでね!

 

「……いくつなんだろう」

 

 超速で廊下に出て扉を閉める際、ぽつっとトランクスの呟きが聞こえた。

 ぴちぴちの9歳です!! どうもね!!

 

 

 

 

 ぶるぁ。

 私の名はセル。人造人間だ。

 突然だが諸君、私は今非常に困った状況にいる。

 

 それというのも、3年前この時代へやってきてから今日の日まで地中で耐え凌いでいたのだぁがぁ……久し振りに地上に出てみれば、そこかしこにこの私の姿絵が張りつけられているではないか。

 

「危険……"吸血怪奇生物セル"……"新種二足歩行型UMA"……なんなのだこれは、いったい何が起こっているというのどぅあ……」

 

 ぶはぁと息を吐き出せば、張り紙の端が少し揺れた。

 腕を組んで考えてみる。当然3年前にこんなものはなかった。そして感じた限りではあるが、私が眠っていた場所も存在も露見するタイミングなどなかったはずなのだ。

 

「いったい誰がこのようなものを……なぜ私の存在が露見しているのだ」

「あ、ユーマ!」

「えっ!?」

 

 む。人間どもが私に気付いたか。

 まあ、バレていようがいまいが関係あるまい。

 そう思い、人間達を吸収しようと動き出した私は、逃げもせず私に妙な機械を向ける一人目を捕まえようとしたところで、突如として割って入って来た人物に目を見開いた。

 

「きさまがセルか……なるほど、奇妙な姿をしている」

「な、ぬわぁぜぅ私を知っているのだ……貴様は一体……?」

 

 私の腰ほども背の無い妙な子供が、音も気配もなく出現した。

 動揺もそこそこに私は冷静さを取り戻した。気を感じ取れないのを鑑みるに、こいつもドクター・ゲロが生み出した人造人間のようだな……?

 

 マズイ。今人造人間とぶつかるのは非常にマズイ。

 おそらく旧型だとは思うが、今の私は復活したてで不完全な存在……そう、まさしく不完全なのだ。

 

「350万か……いや、まだ上があるな?」

「ぬ。パワーレーダーを搭載しているのくわぁ……」

 

 その余裕、とても無謀な馬鹿には見えない。

 ならばここは逃げの一手!

 

「死ねぃ!」

「!」

 

 パワーをマックスまで引き上げ、その眉間へ指を差し向ける。そして奴が反応して身構えたその瞬間、スライドさせた指の先は傍らで子供に機械を向けている人間にターゲットを移したのだ!

 

「まずい!」

 

 迸る光が人間を貫こうと迫る。が、速い……!

 子供型の人造人間は非常に素早い動きで人間を攫って避けてしまった。

 今ので(いや)が応にも彼我の力の差が判明してしまったぞ。

 勝てん。今の私ではどうあがいても……。

 

「な、待て!」

 

 だから逃走の一手を選んだのだ。

 このコンクリートジャングル、背の高い建造物が密集する都会ならば気を限りなく0に落とせば隠れる場所などいくらでもある。いや、落としきるのは逆にまずい。奴はサーチ手段を持っているのだ。ならばそこらの人間と同じレベルに、そして私が有する気の一つを意図的に表面化させ……よし!

 

「ふははははは!」

 

 高笑いが口を突いて出る。

 撒けた。撒けたぞ! 上手くいったようだ!

 こうして隠れ潜みながら少しずつ、少しずぅつぅ人間どもの生体エキスをいただき、パワーを増していけば、必ずあいつを出し抜けるようになるだろう。

 

「……」

 

 意気揚々と別の街へ向かった私は、そこにも私の似顔絵がイヤというほど貼られているのに冷や汗を垂らす事となった。

 

 そして現在!

 あれから三日。私は、未だにただの一人も人間を吸収できずにいた。

 それもこれも、あの妙な人造人間と、地球人の子供が現れて邪魔をするからだ!!

 

「なんなのだ奴らは! あんな奴らは未来の世界にはいなかった……この時代でいったい何が起こっているというのだ……!!」

 

 くそぉ~~!!

 ドクターゲロめ、何を思ってあのような子供タイプを作ったのだ!

 憎たらしくてたまらん。だが気の制御が乱れればせっかく命からがら逃げ延びてきたというのに、あの妙な技で一瞬にして追いつかれてしまう。

 

 迂闊に人間どもに近づけば機械……私も入手したが、世界中と情報をやり取りできるカプセルホンとかいうもので奴らに知らされ、瞬く間に飛んでこられてしまうのだ。

 田舎でも駄目だ。そちらにも奴らの威光は届いているらしい……。

 

『続いてのニュースです。……ナシコだよ! みんな目撃情報ありがとうね! あんまりお外に出歩いちゃだめだよー!』

『目撃情報やその他気になった点は、SNSに新設したわたし達の専用アカウントまでどうぞ』

『専門家のコメントも窺ってみましょうっ』

『まあ、天下一武道会で優勝した私のようなプロの格闘家でもないならば、家の中に閉じ籠っているのが正解でしょうなあ! わっはっはっは!!』

『とのこと。不必要な外出は控えるようにお願いしまーす!』

 

 カプセルホンに流れる憎き二体のメスにふつふつと怒りが湧き上がる。

 こいつらさえいなければ、今頃このオレが史上最強の生命体となっていたというのに……!

 オレの中の血が騒ぐ……! 強さを求め、逃走を許さんとばかりに……!

 

「いや落ち着け私。こんな時にこそ冷静であらねばならない」

 

 ああ、だがしかし。

 この画面の中の、この、くぉんのクソガキのにくったらしい顔が……!!

 

 せっかくこの時代へやって来たというのに、これでは完全体になるどころか、生きていくのも難しくなってしまったではないか!!

 ……無性に未来に帰りたくなってきたぞぉう。タイムマシンは、私が窓に大穴を空けてしまったせいで使い物にならんがな。

 はっはっはっはっは。

 

「チクショォォーーーーーーッッッ!!!!」

 

 ぐわんぐわんと洞窟内に声が反響する。

 はっとして慌てて気を抑える。ここがバレてしまえば、いよいよ逃げる場所がなくなってしまう……!

 そうなれば、すべてが終わりだ……!

 

「なんだ騒々しい……」

「むぉ!」

 

 いた!

 何者かがこの洞窟に潜んでいた……! 気を限りなく消して……!

 

 はたして、暗がりから歩み出てきたのは、ウィローとかいう名の人造人間500号やナシコという地球人よりも小さい奴だった。

 

「なんだきさま」

「なんだ、このナメック星人の幼体のような(やぁつ)ぅは……」

 

 まあ、いい。

 こいつが誰であろうと、今の私には貴重なエサだ。

 久方ぶりの食事だ。じっくりと、じぃぃっっくりと味わうとしよう……!

 

 洞窟の壁に映る影が細長く伸び、鋭く小さな影に突き刺さる。

 静かに、ゆっくりと、驚く事に凄まじいパワーが私に流れてきて……。

 

 あっという間にこの私が得られるパワーのプールが満たされてしまった。

 これ以上の吸収が不要なほどに。これ以上ない程に、気が膨れ上がり充実していく。

 

「ふはははは!! 待っていろ17号、18号、そして500号! あとナシコよ! オレは今、究極のパワーを手に入れたのどぅわーはっはっはっはっは!!!」

 

 噴出する気をそのままに洞窟から飛び出していく。

 目指すは都会。

 もはや、このセルに敵はない!!

 気持ちいいくらいに響く叫び声に、際限なく気分が持ち上がっていく……。




TIPS
・トランクス
ブルマにいらない心配はかけないように、とナシコ家に居候する事に

・アカウント
セル対策に新設されたアカウント
しかし問題点は山積みだ……

・ナシコ&ウィロー
昼夜交代制で都のパトロールを行っている。
交代と言いつつウィローは出ずっぱりだ。
彼女の瞬間移動がないと間に合わないためである。

・洞窟に潜んでいた謎の生命体
まだ生きていたこの男!
星の爆発から奇跡の脱出!?
地球へとたどり着いていたこの男の正体とは……!?


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第五十話 ぶらりアンドロイドツアー

 セルが(スーパー)パワーを手に入れるより二日前──

 拠点を発った人造人間達は、人気のない山の道に車を走らせていた

 

 

 

「うん、なかなか美味しいじゃないか。あんた料理なんかできたんだね、21号?」

「……」

 

 ほど広いキャンピングカーの中、後部座席にあたる部分に設置されたテーブルには21号の手料理が広げられている。

 人造人間には食事は必要ない、と斜めに構えていた18号も、マスタードの刺激的な匂いに釣られて手を出してからは、ソファーから身を乗り出してひょいひょいとフォークを突き出しては色彩豊かな食卓に破壊の限りを尽くしている。

 

 作った当人は、言葉に反応してキッチンから顔を覗かせたものの、手を拭く動作をそのままにもじもじとして顔を赤らめている。どうにも緊張が解けないようだ。

 

「16号、食べないのかい?」

「……」

 

 矛先を向かいのソファーにどっしりと腰かける巨漢に移した18号は、しかしこちらもむっつりと口を噤んで何も答えないのに一息ついて、ソーセージにフォークを突き立てた。

 それを焼きたてのバターロールに挟んで、ケチャップとマスタードの瓶を手に取り振りかけ、席を立って運転席に頭を突っ込む。

 

「はい、17号。あんたの分だよ」

「うん、良い匂いだ。オレ達にエネルギーの補給は必要ないとはいえ、食は肝心だな」

「あたしも簡単な料理くらいはできるけどさ、21号さまさまだね。材料もなんもかんも用意してくれたみたいだし」

 

 前を向いたまま片手をハンドルから離してソーセージサンドを受け取った17号は、同意するように一口齧った。自家製のパンにソースにと至れり尽くせりだ。

 彼女は人間ベースではないらしいが、料理には特有の暖かさがある。アンドロイドボディに僅かに残った生身に、それが良く染み込むのだ。

 

 もはや遠い過去の記憶なため覚えていないが、母親が作った料理の味をどことなく思い出させるそれに、17号は指に残ったケチャップをぺろりと舐めとった。

 

「うまかった。礼を言っといてくれ」

「何言ってんだい、それくらい自分で伝えな」 

「それもそうだな。おい、21号……」

 

 バックミラーに目を向けた17号は、そこに飛び跳ねる程驚いている21号を見つけて閉口した。

 先程まで胸元で手を組んで姉弟の会話に耳を澄ませていたのに、声をかけた途端に顔の赤みを増してきょどきょどと視線を泳がせ始めたのだ。

 

「驚きすぎだ。そんなにオレ達が怖いか?」

「そういう訳じゃないみたいだよ。仲良くしたいってさ」

「ふぅん?」

 

 曰く、あの挙動は元となった細胞の要素を濃く受け継いでしまっているせいらしい。

 元々はもう少し冷静で格好良い美人だった……と、彼女と根気よく会話を交えた18号はそう纏めて認識した。

 

 ミラー越しの21号から16号へと視線を移した17号は、そっちは向かいの窓を眺めて動かないのに嘆息した。

 

「片やおどおど、片やだんまりか。似た者同士だな。やれやれ、先が思いやられるよ」

「これから長いんだから……か? 飛んでいけばすぐなのに、こんな悠長な事するからだよ」

 

 不満顔で助手席に乗り込んでどしりと腰を下ろした18号は、あまりのんびりとした旅は好きではないようだ。

 それでもこうして付き合っているあたり仲間意識は強いのだろう。あるいは、自分が人造人間最強であると調子に乗っている弟が心配なのかもしれない。

 

「まあそうカッカするなよ。こういうのが楽しいんじゃないか。時間はいくらでもあるんだ、のんびり行こう」

「あーあ、こんなんじゃ孫悟空も寿命で死んじゃうだろうね」

「おっと、ここ結構眺めが良さそうじゃないか? 下りてみよう」

 

 道から少しそれれば崖があり、眼下に森が広がっている。ぽつぽつとある名も知らない草花が寂しいその場所に車をつけた17号は、言うが早いかシートベルトを外してドアの外に出た。溜め息をついた18号も後に続く。何を言っても無駄だろうと肩を竦めて。

 

「ねぇ、わざわざシートベルトつけなくたって、私達頑丈なんだからさぁ」

「フッ、ルールを守らないと不良になってしまうぞ、18号?」

「まったくこれだから良い子ちゃんは……で、ここで何するんだい。ピクニックとか?」

「いいな、それ!」

 

 こんな何もない崖っぷちで景色を眺めるだけなんてごめんだとばかりに不満を零した18号は、それが悪手であったことに「あっちゃあ」と手で顔を覆った。

 さっそく二人を呼びに車に戻る背中を見送ってから、青い空へと視線を移す。

 

「孫悟空とかいう奴、向こうから来てくんないかな……」

 

 刺激が足りなくて体が固まってしまいそうだ。

 しかしあいにく、現在悟空は修行のために神殿に向かっているのでこちらには来てくれないだろう。

 21号との戦いを経て、さらに強い怪物が現れるとナシコに聞いた悟空は、いよいよもって超サイヤ人を超える事を決意したのだ。ベジータが既に至っている多少のパワーアップではない。その先……超サイヤ人を超えた超サイヤ人を見据えて。

 もっとも、それになるのは自分ではなく悟飯かもしれないと薄々感じ始めているので、もっぱらの目的は息子を鍛える事だろう。

 

 

 

 

 さて、ピクニックは盛況に終わった。

 主に楽しんでいたのは17号だけだったが、腕を組んでつらなさそうな顔をしていた18号も、集まってきた小鳥や小動物が16号に集ってもふもふの集合体にしてしまうのを見てご機嫌になったので、盛況と言って良いだろう。21号は給仕に従事していた。そういうのが性に合っているらしい。たどたどしい喋り方でこき使ってくださいとお願いされた17号と18号は、結構反応に困ってしまった。

 

 現在キャンピングカーは山を下り、長い長い道路をひた走っている。対向車はなく、人の気配もまったくない。

 17号はハンドルを握りながら、スピーカーから流れてくる音楽に体を揺すってリズムを取っていた。

 

「ノリノリだねえ」

「ああ、こういう曲は好きだ。誰のなんて曲かはわからないが」

 

 適当にチャンネルを回して、たまたま流れていた曲を旅の供に選んだだけだ。CDなどをかけている訳ではないので歌手は不明。だがこの透明感のある強い歌声には、二人ともどことなく聞き覚えがあった。

 

「『くすぶるheartに火をつけろ!!』です。歌っているのウィローちゃんと大人の方のナシコちゃんですね。カバー曲らしいんですけど、元の曲は存在しないんです」

 

 後部から説明が飛んでくるのに目を合わせる二人。やけに流暢なその言葉は、21号のものだった。

 つっかかりもなくどもる事もない早口にやや驚く。

 

「大人の方……?」

「ふうん、あの子お姉さんがいたのかい?」

「いえ、ナシコちゃんは大人にも子供にもなれるアイドルなんです」

「……?」

 

 残念ながら二人には21号の言ってる意味が理解できなかった。

 

「あっこれは『青い風のHOPE』ですね! これもカバー曲で、二人で歌ってる曲なんですがやっぱり元の曲はなくてですね」

「なるほど、そういうタイプか」

「そういえば何か積み込んでたね。あの子が写った物とか」

 

 2階にあたる寝室部分に詰め込まれたグッズの数々。ナシコやウィローを取り扱ったそれらは嫌でも目に入る。

 声の収録された目覚まし時計が作動しているのを聞いた事もあるし、零れ落ちてきたフィギュアを彼女が神速でキャッチしているのも見た。

 

 つまりはそういうタイプの人造人間なのだろう。壊滅した研究所から出発してはや数時間、二人の21号への印象は早くも固まりつつあった。

 

 

 夜を超え、日の出を迎え、一行は少し大きめの町までやってきた。

 ここまでぽつぽつとあった民家や村を訪ねては、孫悟空を知らないか、という空振り必至の質問を繰り返してきた17号だったが、結果は……全員知っていた。

 

 ──ソンゴクウ? ああ、ナシコちゃんがよく名前を上げる人か。有名な武闘家らしいんだけど。

 

 ──7年くらい前だったかな、ラジオで、なんでもパオズ山ってところに住んでるって話をしてたよ。テープ聞く? お前もファンになるといい。

 

 ──知ってる知ってる、俺が若い頃に孫悟空がブームになったんだ。みんな真似たカッコしてたぜ。

 

 ──ナシコちゃんによぉ、「ウィローちゃんと孫悟空どっちの方が好き?」って聞いてよぉ、めっちゃくちゃ困らせたいぜ~~!!

 

 ──残念ながら人違いだ。

 

 ──我々ナシウィ教は孫悟空抹殺のために力を蓄えています。あなたもシンパになりませんか!!

 

 ──答える必要はなぁい。これから貴様らはぅ私の食事となぁるぅのぉだぁ……。

 

 

 などなど。

 ちなみに緑色した怪奇生物は21号があっさり撃退した。

 田舎にも周知されているUMAらしい。ここで初めて17号らはセルとの邂逅を果たしたのだ。

 17号! 18号! と順繰りに指さしたセルは、それを16号へ向けると「……?」と無言になり、21号に向けると「……??」と無言になっていた。未知なる人造人間に混乱したらしい。

 部外者には冷酷な眼差しを向ける21号に頭を踏みつけられ、文字通り見下されてぐりぐりとヒールで抉られたセルは、死に物狂いで地中へ潜って逃げていくその時まで頭の上にハテナマークを浮かべていた。

 

 

「有名な奴なんだな、孫悟空とは」

「どっちかというとあの子のせいじゃないか?」

 

 どうやらナシコはこれまでに幾度も孫悟空の名を出してきたらしい。

 それゆえに認知度はかなり高く、訪ねた人間のほとんどが反応を示した。

 

「孫悟空は過去の天下一武道会に三度出場し、二度準優勝を、一度優勝を果たしている。そちらの面でも名が売れているのだろう」

「へえ、孫悟空の事ともなるとさすがに口を開くのか」

 

 重い口をあけた16号に気を良くした17号は、小さな町で譲ってもらったウォーカーマンを車に接続して音楽を流した。楽曲は全てナシコやウィローのものだ。どれも流行りの曲らしいから、BGMにはもってこいだろう。

 

「カハッ……良曲3連打……プリティベル好きですぅ……」

「大丈夫かあいつ」

「もう隠そうともせず枕抱いてるね……あたしちょっとゲロと同じ科学者だってのに思うところあったんだけどさ……どうでもよくなっちまったよ」

「アレではなぁ」

「うへへへ」

 

 敵に見せた苛烈さはどうしたというのか、満面の笑みに半開きの口はへにょへにょとして涎まで出ている。強く抱かれた、ナシコ全身図がプリントされた枕など左右から歪められて面白い事になっている。

 

「しかし、天下一武道会か……面白そうだな」

 

 ころころとイメージが変わり、断崖絶壁から恍惚顔で投身自殺する21号の事よりも、17号の興味はその武道大会にあるようだ。

 

「よし、オレ達でそれを開こうじゃないか」

 

 しばらく歌の中に限界オタクの喘ぎ声が混ざるのみだったが、やがて思考から脱して顔を上げた17号が良案とばかりにそう言った。

 

「開くって、天下一武道会をかい?」

「ああ、そうだ。といっても同じ名前じゃ芸がないな……アンドロイド・ザ・バトルゲームってとこかな」

「だっさいねぇ」

「そうか? まあ名前なんてのはなんでもいいんだ。こいつを開けば、腕に自信のある奴らが集まってくるだろう。孫悟空も向こうからやってくるんじゃないか? どうだ16号」

「その可能性はないではないが」

 

 ほらな、と得意げに笑う17号に、助手席に座る18号は呆れた顔だ。

 しかしやっぱり止めても止まる事がないのはわかっているので、組んだ足を前へ乗せて頭の後ろで手を組んだ。

 

「好きにしな」

「そう来なくちゃな。じゃあまずは……そうだな、武道会場を作るための材料を調達しよう。金はあるんだろう、21号?」

「えっ、ぁり、ありますけど、はぁ、はぁ」

「都で買い物がしたいんだ。貸してくれよ」

「ぃ、ぃぃです、けど……ふぅ、ふぅ」

「タカってるんじゃないよ、まったく」

 

 ぴしゃりと言われても17号に悪びれた様子はない。使えるものは使うというより、すでに21号は仲間なのだから気安くなっているだけだ。そのうち返す気でもいる。

 

「都への道のりがわからないな……地図でも貰っておけば良かったか」

「それなら、ナビゲートアプリがあります。す、すみません」

 

 なぜか謝りながらも運転席に体を乗り出させた21号は、中央のディスプレイを指先で触れて起動すると、そのままナビゲートアプリを立ち上げた。

 

『おはござー!』

「大型のショッピングモールがある都までのナビをお願い」

『はぁい。じゃあ今日は、みんなを案内していこうと、おもうよ!』

 

 浮かび上がったのは彼女が自作したAIの女の子だ。花の髪飾りをした天然そうなその子は、21号が科学者ニー(21)サンとして資金集めに勤しんでいた際に立ち上げたバーチャルタレント群である。

 どうやらナビとしてこのキャンピングカーにも搭載されていたようだ。

 

「へぇ、便利なものがあるじゃないか。会話もできるのか?」

『ちょっと待ってねー、えっと…………ちず? ……地図が読めない……』

「……大丈夫なのかい? これ」

 

 どうにも不穏な事を言うナビゲーターに18号が疑問を投げかける。

 やがてAIの少女はぽかんと半口を開けたまま固まってしまった。

 いや、やや揺れ動き、瞳もあっちにこっちに動いているので思考中なのだろう。

 

「ごめんね……」

『おーまいおー!』

 

 プツリ。申し訳なさそうな21号によってナビは終了した。

 可愛さ重視のAIの弊害だったらしい。もしくは不調だろう。バーチャルに不調があるかはわからないが。

 

『きりーつ、気をつけ! それでは本日はわたくしがナビゲーターを務めさせて──』

「いきなり犯罪教唆してきたぞ?」

「すみません……」

 

 その後も色々と入れ代わり立ち代わりAIの姿が浮かび上がったものの、いずれも状況に適した者ではなかったようだ。

 

「地理ならばこちらで把握している。ここから最も近い都までは東北方向に209キロだ」

「そうか」

 

 しょんぼりして引っ込む21号に代わり、16号がナビを務める。

 これより人造人間達はのんびりとした旅を切り上げ、急ぎ都へと向かい始めた。

 

 

 そして一夜明け、ショッピングモールへとたどり着いた一行は──。

 

「よし、最高得点だ。どんなもんだ」

 

 手の内でくるくるっと銃を回した17号が、銃口に息を吹きかけて得意げに言う。

 目の前の大型ディスプレイには今しがたのゲームで最高得点を取った17号の名が刻まれているところだった。

 

「ふーん、こんなところにもあの子達の姿があるんだね」

「世界的に有名なアイドルですから! 地球の裏側にもライブハウスはありますし、部族や集落にもナシコちゃん達が見られるよう受信装置が設置されてるんですよ! だからきっとジャングルの恐竜たちや海溝の深海生物だって知っているに違いありませんし、ファンであることに疑いの余地はありません!」

「何が「だから」なのかさっぱりわからないんだけどさ、その顔やめときなよ」

「あ^~~見た事ないポップある~!」

 

 祈るように手を組んで天井から吊り下がる宣伝ポスターを見上げる21号は顔面崩壊して、もはやどんなキャラクターだったのかそれすらもわからない。

 必要最低限の事しか喋らない16号はいつの間にかアイドル二人の姿が印刷されたうちわを片手に持たせられ、もう片方の腕にはここのクレーンゲームで取った景品やアイドルショップで購入したグッズが詰まった袋が吊り下げられていた。

 

 つまるところ……人造人間は愉快にゲーセンを満喫中であった。

 そこに未来の世界であったような暴力性や残虐性は欠片も無い。トランクスがこの場に居合わせたなら、完全にこの時代の人造人間に危険などないと確信したことだろう。

 

 ただ、ちょっとこの賑やかさについていけない18号である。

 ……さっき少し触れた対戦型格闘ゲームでボロ負けしたのもあってテンションは最低値だ。

 

「あれっ、あんたら……」

「うん?」

 

 そんな折り、このゲームセンターの店員が横切ったかと思えば、足を止めて振り返った。

 坊主頭にキャップを被った小柄な男性。クリリンだ。

 

「うわわ、じ、人造人間……!? も、もうこんなところまで来たのか!?」

「あんたは確か、研究所に来てた……って事は戦える奴だね?」

 

 跳躍後退して腰を落として身構えたクリリンは、ただしく人造人間の脅威を捉えていた。たとえ18号がかわいい女の子で好みのタイプであろうと敵は敵。悟空を殺すというならその前におれが相手だ! ……とは口が裂けても言えないが、出会ってしまった以上はやるしかない。

 

「あそこで威張り散らしてる奴が、今度武道大会を開こうとしてるんだ、良かったら参加しなよ」

「え、ぶ、武道大会……? 何言ってるんだ。お前達の目的は悟空だろ?」

「そうだけどさ」

 

 ああ、面倒くさい。

 説明するのも億劫で、横目で窺った17号はまだシューティングゲームに夢中で代わりに説明してくれそうにない。観客に囲まれておもちゃの銃を振り回し、ワッと沸かせている。

 

「わざわざ探し出さなくてもそっちから来てもらえれたら楽だろ?」

「だからって、そんな大会なんて……できる訳がない」

 

 その言葉には、させないだとか、そうであってくれ、という思いが込められているようだった。

 彼らにとって人造人間がどれほど人類にとって害があるのか判断がつかないのだ。

 ゲームと称して簡単に人を殺してしまうかもしれない以上、大会だなんてものを開催させる訳にはいかなかった。

 

 しかし開けてしまうのである。21号の人脈や資金があれば、それこそ天下一武道会会場を舞台にする事もできるのだ。

 そこら辺の説明もまた面倒だと思った18号は、腰に手を当てて溜め息をつき、17号や16号達の方を見やった。

 

「ほら17号! 21号! そろそろ行くよ!」

「なんだ、今いいところなんだ、邪魔しないでくれ」

「こちらは手が空いていないらしい。もう少し待ってくれ」

 

 両者からの返答は素っ気ないものだった。21号などはアーケードゲームの筐体に抱き着かんばかりに齧り付いて返事すらしない。奇声のような吐息とともにボタンを連打し、ゼニーを連コして出てくるカードに一喜一憂している。どうやらナシコ達はそういったゲームにもなっているらしかった。

 

「日が暮れちまうよ! とっとと来な!」

「……やれやれ、しょうがないな。それじゃあここまでにするとしよう。じゃあなお前達、楽しかったぞ」

「お兄さんやべぇっすね! すっげぇ反射速度でした!」

「まじ最強っすよ! ぱねぇっす!」

「あのっ、あの彼女とかいるんですか? いちゃいます!? 私じゃ駄目か……?」

 

 一区切りついたところだった17号は、重ねて呼ばれるのにゲームを中断し、オーディエンスに気取った仕草を放ってから戻って来た。

 

「SSRナシウィ当たりました……引き運豪運最高潮です……ね!」

「……」

 

 カードバインダーを抱え、16号の手を引いて21号もまた戻って来た。ご機嫌に16号に頭を預けている。まるで仲の良い母と息子のようであった。

 そして三人ともが待ち飽きていた18号を気にもせずにさっさと出口へと向かってしまうのに、もう一つ溜め息を吐いた18号も後を追う。

 

「お、おい!」

「?」

 

 その途中にクリリンに呼び止められて足を止めた18号は、続く言葉がないのに一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、どうやら恐れられているようだとわかって笑みを浮かべた。

 そうするとこのチビでハゲのおっさんもかわいく見えてくるではないか。

 

「な、なんだよ……やるか!?」

 

 ツカツカと歩み寄ってきた18号に腰が引けるクリリンは、そのまま腰を屈めて顔を近づけられるのに目をつぶってしまった。瞬間、頬に柔らかいものが辺り、リップ音が耳をくすぐる。

 

「じゃあね。バァイ」

「え……」

 

 キスされたのだとクリリンが気付いた時には、すでに人造人間は店内から去っていった後だった。

 

「あ、ありがとうございましたー」

 

 なんともいえない複雑な状況に混乱したクリリンは、とりあえず店員らしい台詞を吐いて、顔を真っ赤にしてカウンターの方へと走り去っていくのであった……。

 




TIPS
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小話 不思議な古代人

トランクスが不憫だと聞いて、急遽小話をひとつ。
とはいえ、私自身心の機敏や人間関係を描くのが不得手なので、この話を読んだ方がどのような感想を抱くかわからなくて不安なのですが……。
会話や触れ合いを描く事で、わだかまりや齟齬が緩和されればな、仲良くしてるなって感じて頂ければ幸いです。

長く書いていると見落とすものも多いので、何か足りないなーと思ったら指摘してくれれば嬉しいです。出来る限り補完したお話を書きたいと思います。


 崩壊した都市。

 絶えず巻き上がる炎が火の粉を散らし、汚れがこびりつき罅割れた道路を照らす。

 この地獄で、終わりの世界で、生き延びた人間達が身を寄せ合って生きている。

 ただ一人、怪物に唯一対抗できる希望の戦士を想って──。

 

 

 

 

「ああっ、こらナシコちゃん!」

 

 死の未来より20年前。

 人造人間が現れてなお平和を維持するこの世界に、トランクスはやってきていた。

 胸には決意を秘めて。背に未来を背負い、その眼差しは希望を貫く。

 揺ぎ無い正義の使徒。破壊をもたらす怪物を駆逐するためにやって来たサイヤの少年。

 

「もう、甘えん坊だなあ」

「えへー」

 

 それはそれとして、今のトランクスの顔に緊張はない。

 食事の終わり際、一足先に満腹となってしょぼついた顔をしたナシコがテーブルの下を通ってトランクスの足元に辿り着くと、ズボンをよじ登って膝の上に乗り込み、抱き着くように座ってしまったのだ。

 腰を挟む両足は肉付きが薄いのに柔らかく、胸に当てられた手は衣服越しでも高い体温を感じさせられる。

 

「おい、またか。あまりトランクスを困らせるんじゃない」

「べー」

 

 手を止めて注意をするラディッツもなんのその、ナシコは猫のようにトランクスに頭を擦りつけると、無垢な顔をして見上げた。

 この距離感でこのように甘えられた経験など、トランクスには無い。

 当然それにどう対応すれば良いのかわからず、困り果てているのが正直なところ。

 なぜ彼女がこのように好意を示してくれているのかも、よくわかっていないのだ。

 

「かっこいー……」

「え、あ、ありがとう……?」

「どういたしましてー」

 

 わからないと言えば、先日改めて自己紹介をさせられたのもよくわからなかった。

 ナシコも丁寧に頭を下げて名乗った事から仕切り直しがしたかったのだとはわかったが……。

 今日の日に至るまで、この気安さの正体はわからない。こういう気質の子なのか、それとも何かよからぬことを企んでいるのか……。

 

(何を考えてるんだ、オレは。この子はこんなに良い子なのに)

 

 一瞬ナシコに懐疑の眼差しを向けてしまったトランクスは、目をつぶって己を責め立てた。

 人間を疑いたくない。その善性を信じていたい。

 だからナシコが悪い子であるなどと思いたくなかった。

 なかったのだが……。

 

「……ナシコちゃん!」

「ばれたっ」

 

 抱き着いてきたままそろりそろりと背中の剣へ手を伸ばす彼女の動きを把握したトランクスは、目をつぶったまま注意した。まったく、油断も隙もありゃしない! どうも刀剣の類に興味を示すナシコは、事あるごとにトランクスの剣を付け狙うのだ。危ないからやめなさいと注意しても聞く耳を持たない。

 ラディッツやターレスが言っても聞かないのだから、そう親しい訳でもない自分が言っても無駄だろうと諦めかけているトランクスである。

 

「ね、ね、じゃあお話ししようよ」

「未来の話かい? ……あんまり楽しい事はないよ?」

 

 見つかった悪戯を誤魔化すように話題を逸らすナシコ。

 その内容は、幾度かせがまれたものだった。

 最初にお願いをされた時は、話したくないという気持ちを抑え、当たり障りのない未来の、少しでも明るい話を伝えたのだが、それだけでは満足できなかったらしい彼女はたびたび求めてくるようになったのだ。

 

「聞きたいな。あなたが生きてきた世界のことを」

 

 すっと伸びた視線に、トランクスは息を呑んだ。

 先程までの甘えた雰囲気や、幼気を感じさせる仕草がない、真摯な瞳に惹かれたのだ。

 きっとそれは本心からの言葉。向き合おうとする彼女の精一杯の姿勢なのだろう。

 

 相変わらず密着した距離感は狂っているが、正直な感情を伝える鼓動を間近で感じられるという分には、悪くないのかもしれない。

 

「そうやって甘やかしていると図に乗るだけだぞ。ここらでビシッと言ってやれ」

「え、いや……大丈夫です。困ってはいませんから」

「そうは見えんがなぁ……」

 

 正直な話、確かに困ってはいる。接し方等がわからないし、あまりにも無防備に近づいてくるのでその気も無いのにどぎまぎさせられてしまうのだ。こういった触れ合いもそうだし、心の距離もそうだ。彼女はトランクスに対して、意識して心の壁を作らないようにしているようだった。

 

 それは、嬉しくもある事だった。

 無条件の信頼と、それに付随する好意。それだけでなく、実際に身近にいて言葉を交わして、自分の事を知ろうとしてくれていること、未来の事を知ろうとしていること、大切に想ってくれていること……。

 

 彼女が、敬愛する師匠である孫悟飯……の、幼い頃である、この時代の悟飯が生まれるよりも前からこの姿であった事を、トランクスは話に聞いて知っている。また聞きではなく、ナシコとの会話で得られた情報だ。

 つまり自分より年上だというのは頭ではわかっている。……言動も容姿も子供のそれだから困惑しているのだが……もう慣れてしまった。

 短くも濃い付き合いで、これが彼女の素であるとわかったからだ。その一面だと知ったから、受け入れられた。

 その中にとても大人びた顔を持っているのも知っている。

 

 ──あなたの未来は、平和になるよ。

 

 そう告げた際のナシコの表情を、トランクスは素直に格好良いと感じた。

 幼さの中に一本通った芯。大人へと移り変わる年頃の、はっとさせられるような凛とした気質。

 邪念にとらわれない真っ直ぐな決意を感じた。その言葉を真実にしようという姿勢を読み取ったのだ。

 

 間違いなく、彼女もこの世界を守る戦士の一人だった。

 未来で果敢に人造人間へ立ち向かい、散っていった戦士達と同じ。

 彼女が孫悟空を騙り対峙してきた、その時に感じた頼もしさを、トランクスは思い出した。

 

 この小さな体に秘められた力は、自分なんかよりずっと強い。

 未来に彼女がいてくれたら……そう思わずにはいられない程に。

 

「ところでよぉ。誰かさんの皿にゃまだプチトマトが残ってんだけどなあ」

「ぎくっ……」

 

 それまで食事の手を止めていなかったターレスが、隣に残された皿の要救助者二名を睨み下ろして静かに告げれば、トランクスの膝の上でナシコの体がぴょんと跳ねた。

 その軽い体が落ちてしまわないよう片手で抱いて受け止めたトランクスは、テーブルに乗せた手に持つフォークと目を泳がせているナシコとを見比べて、一つ息を吐いた。

 

「ほら、ナシコちゃん、下りて。オレも食べないとなんだから」

「はーい……ねぇトランクス。トランクスはさー、トマト好き?」

「自分で食べなさい」

「そんなっ……くそー」

 

 もぞもぞと膝の上から降りながらも往生際の悪さを見せるナシコに、トランクスは二度目の溜め息を吐いてしまった。しかしこのやり取りも、気疲れだけではない楽しさや、ささやかではあるが幸せを感じさせてくれる。

 溜め息のたびに幸せが逃げるというが、ここにいる限りでは、抱えきれない幸福感を放出しているようだった。

 

「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ」

「ふあ……おにいちゃん……」

「うっ」

 

 ぐりぐりと頭を撫でて言い聞かせたトランクスは、過剰に甘えたような声で呼びかけられて言葉を詰まらせた。

 しまった、気を抜くとすぐに彼女を子供扱いしてしまう……!

 別にそれは、悪い事ではない。ナシコはそういう風に幼い子供への接し方をされる事を好んでいるようであったし、トランクスとて悪い気はしていない。

 

 何が悪いのかといえば、その「おにいちゃん」呼びがトランクスの正気度を削るのがいけない。

 最初は気にならない呼びかけだった。容姿も手伝って違和感など無かったのだが、彼女がただものでないとわかってからはなんともむず痒く、そして呼ばれるたびに彼女への強い執着を抱き始めているのに気づいて、慌ててやめてもらったのだ。

 

 ただ、こうして何気ない接し方をしてしまうとからかうようにお兄ちゃんと呼ばれてしまう。

 そのたびに心の距離が急速に縮まってしまう。

 

 感じた事のない心の機微に戸惑ってしまった。彼女の笑顔を眩しいと思ってしまうし、感じた体温に安心してしまったり、触れ合う事を好ましく思ってしまった。

 

 いけない。

 いや何がいけないかはわからないが、しきりに周囲の視線を気にしてしまう。

 

 というか気安すぎる。距離が近すぎる。絆を育もうとするその心は嬉しいが、べたべたとくっつかれると落ち着かなくてしょうがない。

 

 人肌恋しい子なのかな、と推測するトランクスだったが、それは半分あっている。

 ナシコは寂しがり屋だ。だいたい誰かにくっついて過ごしている。

 もちろん一人で過ごせない事も無いのだが、親しい者が間近にいないと浮わついてしまうらしい。

 

 ……自分の可憐さを利用して、好みの人間の戸惑う姿を楽しんでいるフシもある。

 ただ、そういう事をするのは非常に近しい存在が相手の時のみだ。

 もしくは、絶対に許してくれる相手を選別してからかっているのかもしれない。

 

 そういう訳で、吐息のかかる距離で顔を合わせてぺたぺたと無遠慮に頬を触られるのも、調べ物をしていれば背中に引っ付いてくるのも、タイムマシンの整備をしていればいつの間にか中に乗り込んで寛いでいるのも、それならばと許容してしまうトランクスだった。

 

「トランクス、ね? トランクス、ナシコちゃん、お兄ちゃんっていうのはその、困るよ……」

「そう? ふふふっ、おにいちゃんっ……て呼ぶのは、じゃあ、やめてあげるね?」

「ほっ」

 

 悪戯な笑みを浮かべ、頬に指を当てて最後の「おにいちゃん」呼びをするナシコに、トランクスは胸を撫で下ろして安堵した。

 危ないところだった。今のは、やばかったかもしれない。

 常より強く速く鼓動する心臓を手の平に感じながら、調子を狂わせてくる小悪魔をやや見下ろしたトランクスは、自分がとっくに戻れないレベルで彼女という存在を受け入れている事には気付いていなかった。

 

「ね、トランクス。今どれくらい強いの?」

 

 さて、凄まじい顔でプチトマトを噛みしめて、しかめっ面でお皿を片したナシコは、庭に出て日課のトレーニングをするトランクスに飲み物を運搬がてら、そう問いかけた。

 突然の問いに、柔軟体操をしていたトランクスが動きを止めて、その意図を確かめようと目を合わせる。

 

 今日は良い天気だ。5月の暖かな日差しが草花に降り注いで、過ごしやすい気温。

 爽やかに吹く風に揺れる彼女の衣服と長髪。柔らかな光に照らされてやや細めた目でトランクスを見上げるその微笑みは、子供や大人と評するより、親のような慈しみを感じさせた。

 

「前に、ナシコちゃんに超サイヤ人の上があるって教えてもらったよね」

「うん」

 

 少し逡巡したトランクスは、素直に全てを話す事にした。

 

「未来に戻ったオレは、どうにか今の自分を超えられないかって特訓しようと思ったんだ」

 

 しかし、人造人間が暴れ回る未来の世界では、おおっぴらに力を解放しての特訓を思うままに行う事はできなかった。

 いざという時に疲れた体では敵に太刀打ちできなくなってしまう。危険に晒された人を助けられないかもしれないと思うと、修業に身が入る訳も無かった。

 

「だからオレは、なんにも変わっちゃいないんだ。せっかく教えてもらったのに……ごめん」

「そっか」

 

 心から申し訳なく思って謝罪したトランクスに、ナシコは膝を折って座ると、傍らにおぼんを置いて、膝に手を当ててトランクスを見上げた。

 それ以上の言葉はない。ただ、これからの特訓を見守ろうとしているだけらしい。

 

 この時代では3年前……トランクスにとっては、ほんの数ヶ月前。

 メカフリーザの襲来に合わせて過去へ降りたったトランクスと邂逅した、孫悟空を名乗るナシコの、迸るほどのスーパーパワーを肌で覚えている。

 いったいどうして地球人である彼女があれほどの力を手にしたのか。……というのは、ナシコから聞く事ができている。

 

 ただただ強敵がたくさん来たから鍛えられただけだ、と。みんなを守りたいから強くなっただけだ、と。

 だからトランクスもそうなれるよ、と頭を抱いてくれた彼女を思い出して、少しの間ぼうっとしてしまった。

 寝室での話だ。未来の苦しい夢を見て汗を掻いたトランクスの息苦しさを和らげようとするように……あやすように、抱き締めてくれた。

 

 薄い胸の暖かさと香りは、そうしていると未来の不安や哀しみや恐怖を、全部溶かして消してくれる気がした。

 でもそれじゃいけない。それは、消してしまってはいけないものなのだ。

 

 己の不甲斐なさへの怒り。甘やかしてくれるナシコへ身を預けて眠ってしまいたくなる自分の弱さへの怒り。

 生まれてからこれまでに、その両手から零れ落としてしまった命への哀しみも、力がなかったばかりに失ってしまった師匠への後悔も、何もかもがトランクスを構成して、生かしているのだ。

 

「……」

 

 トランクスは、座ったまま静かに自身を見守るナシコの方へ顔を向けた。

 ……きっと彼女は、この仄暗い復讐心を原動力とする自分の中身を、あまり肯定的に受け取っていないのだろう。

 それごと受け入れようとしてくれているみたいだが、反対に全部を抜き取って、代わりのもので満たそうとしているようでもあった。

 

 ──どうして、そんなにしてくれるんですか。

 

 明確な言葉ではないが……まだ、ナシコの考えを不明瞭なものとして受け取っていた時の事だが、トランクスはそう問いかけた事がある。

 

 ──あなたが好きだからだよ。

 

 答えは単純だった。

 単純で、やっぱり不可解だった。

 

 理由なんている? っていう理由でも、納得できないかな。

 誰かを守りたいと思う気持ちは自然なものだと思う。

 わからなくって、私を怖いと思ってしまうかもしれない。

 そうしたら、その時は嫌だって言ってくれたら、離れるからね。

 でもね、これだけは知っていて欲しい。

 

 つたなく、たどたどしく、それでも真剣な顔をしてナシコは言った。

 

 

 あなたの力になりたいの。

 

 

 そう告げられて、トランクスはナシコに感じていた微かな悪感情を、その全てを握り潰して消し去った。

 完全な好意から伝えられた気持ちであるとわかったから。

 そして、それに応えたいと、心の底から思ったからだ。

 

 好意には好意を。

 彼女の精一杯で接してくれるならば、真摯に応対したい。

 それが今の嘘偽りのないトランクスの気持ちだ。

 

 だからこそ、自分よりも強い彼女を、それでも……守るべきものだと、そう思った。

 尊くて、大切なもの。守りたいと自然に思えるもの。

 

「じゃ、ベジータと修行しよっか?」

「え?」

 

 少しキザな考えかな、と笑みを零したトランクスは、何気ない風に投げかけられたその言葉に固まった。

 

「フン……」

「え……?」

 

 そしてあれよあれよという間に神様の神殿という場所で、不機嫌そうに腕を組む父と向かい合っていたのだった……。




TIPS
・ナシコ
ハイパーコミュ障少女
個人対個人での距離の詰め方が致命的にわからない
他人の感情に疎く、どうすれば仲良くなれるのか、どうすれば気持ちが伝わるのかもわからない
過剰なスキンシップは、そうする事で直接心を伝えようとする彼女の苦肉の策でもあるのだ

・トランクス
あんまり怒らない人
仲良し大作戦を決行するナシコによって寝室もシャワー室も訓練所も制圧され、休まる時がない
その甲斐あって敬語が外れるくらいには仲良くなったが、ノーガードで突っ込んでくるナシコによって
性癖が捻じ曲げられそうな危機に瀕している
少し年の離れた妹分と思う事にしてなんとか凌いだ


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第五十一話 救世神誕生

 「あっ、おい見ろよ! ほ、ほんもののナシコちゃんだぜ!」

 

 フラッシュに顔を向けたナシコは、内心を隠して笑顔で対応した。

 暢気に喜ぶ平和な人間達に苛立ってしまいそうになるのを抑えつつ──周囲を見回し、異変がないか、おかしな気がないかを探った。

 だが、いない。何もない。ここはまったくいつもの町だ……。

 

「……またか」

 

 不機嫌に呟いたナシコは、周りの目に気付いて柔らかな表情を心がけた。

 今日のコーデはベージュのキャスケット帽に伊達眼鏡と、緩く束ねた髪。まだ夜には冷たい風が吹くので長袖にロングのスカートでバッチリ決めている。

 そうした一応のイメージチェンジはしているものの、見た者はすぐにナシコとわかる格好をして、ナシコはパトロールに励んでいた。

 

 時刻は深夜。

 本来ならばこの時間帯はウィローの担当だ。健やかな成長と健全な生活を心がけるよう指導するウィローによってナシコは規則正しい生活を送っているため、夜間のパトロールには参加しない。

 

 だがこの三日間、ウィローはセル対策に外へ出ていて不在。男連中はそう簡単には部屋まで入ってこない。

 そしてトランクスを神殿まで送り届け、父であるベジータとの仲を取り持ちなんとか二人揃って精神と時の部屋に押し込んだナシコは、疲れを癒すという名目で一人お菓子パーティを開き優雅な貴婦人と化した。そして夜更かしが祟って昼夜逆転してしまったので、誤魔化すために健気にウィローを手伝いたい自分を演出しつつパトロール中のウィローの下までやってきて、即バレして叱られたのだった。

 

 とことん自分に甘い彼女だが、こんな時にまでそうしてしまうのは、すぐに片が付くと思っていた非常時が長引いて緊張し疲れてしまったからだろう。元来戦いには向かない性格であるからこそ息抜きが必要だった。

 

「ん……」

 

 着信音が鳴り響くのに、ベルトに備えたポーチからカプセルホンを取り出したナシコは、慣れた手つきで電話に出た。相手はウィローだ。

 

『ガセだ! そっちは──』

「こっちもだよ……! まいったな、こんなことになるなんて……!」

 

 内容は、現在のナシコと同じ状況であるという報告であった。

 つまりは、虚偽の情報に二人揃って踊らされた。

 向かった場所にセルなどいなかった、という結果だ。

 

「くっそー……!」

 

 SNSに専用のアカウントを設け、人のいる場所へセルの詳細な情報をばらまき、奴が姿を表せば即座に駆け付けられる状況を作り出したナシコだが、思いがけない落とし穴があった。

 有名人に会いたい、ナシコやウィローを一目見たいという人間が嘘の情報を書き込んでしまうのだ。

 それが真実か虚偽かなど確かめようがなく、二手に分かれて現地に赴くほかなかった。

 

 自分達の知名度を用いた作戦が、そのまま枷になってしまっている。

 良案だと信じていたナシコにとって、これは大変苦い状況だった。

 

 情報は二つだけではない。このアカウントをフォローしている何十万という人間のうち、野次馬根性を発揮するのがごく一部とはいえ、上がってくるガセに限りはない。

 

「……ちょっと悪いけど、二人とも叩き起こしていくか……」

 

 休む暇なく飛び回り、ナシコが二つ三つ確認するうちに十も二十も現地に赴くウィロー。それでも追いつかない。

 ならばと男手を駆り出そうとしたところで──これまで彼らを使わなかったのは、その必要はないと判断していたからだ。第一形態のセルなど発見さえすれば容易く葬れると考えていた。だが実際は、賢しい動きで幾度となく逃れられてしまっている──ウィローからカラーシスターズの起用を提案された。

 

 地下研究所で働く彼女達ならば不眠不休で活動が行える。ウィローと同じく人造人間で、永久エネルギータイプであるからだ。

 研究所の掃除に博士の助手という目的の為に製造された彼女達の戦闘力は低いが、そこそこの度頑丈さもスピードもあるし、携行するエネルギーガンはウィローが日々永久エネルギー炉から蓄積している気を充填して気弾を放てるので当てさえすればセルにもダメージを与えられるかもしれない。

 

「……うん。おねがい、しよっかな……」

 

 破壊されたり吸収されてしまうかもしれない危険を思えばあまり乗り気にはなれないが、人手不足を解消するにはそうするしかないだろう。重く頷いたナシコは、あまり事が上手く運んでいない現状に歯噛みした。

 

『……そろそろ日が昇る。夜に備えてナシコは寝るといい』

「うん、ごめんね……」

『あの怪物を駆除したらすぐに昼夜逆転を直すぞ。覚悟しておけ』

「はーい……」

 

 通話を終え、一つ息を吐いたナシコは一足先に山へ戻った。

 だが彼女の就寝後まもなくして、事態が動き始める。

 

 

 人造人間が都に到着したその日、同時期にセルが超パワーを手にした……

 

 SNSで専用のアカウントを作り、目撃情報を集めるナシコとウィロー。

 しかし、情報をアップすれば本物の二人に会えると知ってしまった人々は、次第に嘘の情報を上げ始めた……。

 同時にいくつもの目撃情報がもたらされるのに、カラーシスターズを指揮して、防衛ではなく攻勢……セル捜索に打って出るウィローであった──

 

 

 

「ええ、ドクター。付近でセルを目撃したという情報を得ています」

「そうか、では手分けして捜すとしよう。……見つけたら手出しはせずに通信をくれ」

「了解いたしました」

 

 朝日が昇り、街に活気が満ちてきた頃。

 カラーシスターズからの通信を受けて現地へ向かったウィローは、情報を提供したNo.4、ミドリに話を聞いてここにセルがいると確信した、その直後に蹴倒された。

 

「ぐっ、がぁ……!?」

 

 押し潰し踏み潰すように硬い地面へ押し込まれた小さな体は、そのままセルが飛翔を開始する事で道路を削って進み始めた。

 砕けるコンクリートに苦悶の声が混じる。胸を踏みつける三本指の足を引き剥がそうともがくウィローは、明らかに力負けしているのに表情を歪めた。

 

「ドクター!?」

「離れていろっ……!」

 

 ガリガリと削られる背中に、肉体自体に影響はないものの白いブラウスは穴だらけになって、しかし頑丈な肌着には傷一つない。

 ──引き剥がすのが無理ならば。

 ウィローはセルの足からその顔へと即座に対象を移し替えた。

 

「ずあっ!」

「ばぁう! ふは!」

 

 片手から放たれた光弾は防ぐ間もなくセルの顔面を焼いた。

 だがそれだけだ。ややダメージは入ったものの、膨らんでいこうとする黒煙を思い切り吸い込んで飲み込むと、足を振り上げて瓦礫ごとウィローを放り出した。

 

「ぬぅん!」

 

 そして肩から突き入れるタックルを追撃に放つ。

 ウィローもまた防ぐことはできなかった。腹を穿つ怪物の肘に撥ね飛ばされ、まばらな自動車の合間を抜けていく。

 

「な、なんだぁ!?」

「え、あっおい、あれって……!?」

 

 車窓から顔を覗かせた人々が驚きの声を発するのに、呻きながら立ち上がったウィローは、やや焦げて垂れるブラウスの余りを手で押さえて肩にかけようとして、布が足りずに捲れて落ちてしまうのに、ある程度の露出は気にしない事にした。そんなものを気にする余裕はなさそうだったからだ。

 

「ぶるぁあ……」

「……今度は逃げないのか」

 

 悠々と歩み寄る怪物に周囲の人間が反応する。今まではその騒ぎにさえ慌てて逃げ出していたセルは、余裕綽々としてウィローに対峙していた。

 パワースカウターが告げたセルの戦闘力は450万。それはおそらく、気を上げも下げもしていない状態。

 サイヤ人の血を引くこの怪物は、超サイヤ人同様50倍まで戦闘力を引き上げることができる。つまりMAXパワーは2億2500万。……ウィローの戦闘力を大きく超えていた。

 

「だぁう!」

「──!」

 

 気合い一声、飛び込んでくるセルの姿を辛うじて視認したウィローは、これまでのデータに基づいて攻撃を躱すために体を逸らすのと同時に反撃に手を伸ばした。耳元を唸らせて剛腕が突っ切っていく。数本の金糸が散った。──予測回避したというのに完全に避ける事ができなかったのだ。そしてウィローの両手が腕を絡めとり、即座に投げ飛ばそうとしても、拳を引き戻されるだけで跳ね除けられてしまう。

 

「あっ!」

 

 バチリと頬をぶたれて横に合った自動車へぶつかったウィローは、へこんだ扉に手を当てて立ち上がりざまに駆け出した。

 ここで戦うのはまずい。周囲の人間や建物に被害が出てしまう。

 

「ほう? だがそんな心配をしている暇がぁ、あるかな!?」

「くっ!?」

 

 並走したセルの指先から迸る光は、ウィロー自身ではなくそのやや後方。走りすぎたばかりの空間へ向けられていた。慌てて手を伸ばし気の吸収を行うものの、連続で放たれる気功波に対応するにはその場にとどまるほかない。

 

「今すぐここから離れるんだ!」

 

 周囲へ注意を飛ばした直後に、再びウィローは踏み倒された。先の焼き直しのように足で胸を潰すように──もっとも、小柄なウィローの体にセルの足を当てれば否が応でもその形になるだけだが──道路を砕いて埋め込まれ、ならば次は飛翔か。

 都心だけあって車の数が多い。このまま押し込まれれば少なくない被害が出てしまうだろう。

 

「む!?」

 

 だからこそ、ウィローはその足を抱え込んで瞬間移動を行った。

 スクランブル交差点。四方十数メートルの距離があり、テープが張られて人の立ち入りが禁止されている場所。

 こういった時の為にナシコが用意した戦いの舞台だ。資金と人脈を用いて作り出した天然のリングだが、あまりここの使用は想定されていなかった。

 瞬間移動ならばいかな場所にも移動できる。そこに気が存在するならば。

 だが今の一瞬でウィローは遠方までの気を探ることができなかった。予め設置されたこの場所に辿り着くのがやっとだったのだ。

 

「なんだ、今のは……どこだここは」

「っく!」

「おおっと、逃げようとしても無駄だぞ」

 

 突然周囲の風景が変わって戸惑うセルの隙を突こうとしたウィローだが、強く踏みつけられて脱出に失敗した。

 全力で飛ばしていても抜け出す事が叶わない。明らかにパワーに差がありすぎてしまっている。

 

 何故?

 誰一人として吸収はさせていないはずだ。

 どうしてこれほどまでの力を。

 

「どうれ、お前はどんな味がするかな?」

「っ……」

 

 眉間へ向けられた尻尾の先端に息を呑むウィロー。生き物の生体エキスを吸い取るという針。実際に目の当たりにした事はないが、ナシコが告げたセルの生態の一つだったはずだ。

 まさか自分を吸収する気か、と身を固くし、ますますもがくウィローだったが、やはり抜け出すことはできない。地面を掻く靴の裏が削れるばかりだった。

 

「ふ、運が良かったな。吸収はしない……」

「……?」

「これ以上吸収しても、もうほんの僅かもパワーは上がらんからな……次の段階は、ああ、17号と18号の吸収、だ!」

「くはっ……!」

 

 放射状に走る罅の中にウィローの体が沈む。

 その足がずれて肩へかかると、バキバキと音を鳴らして骨を砕いた。

 

「うあああっ!」

 

 身を屈めたセルが手首を掴み、捻り上げるようにして引き千切る。

 あっさりと──片腕を奪われたウィローの、噛み殺そうとしてできなかった悲鳴が響く。

 

「あっ、あぐ……!」

 

 それを成したセルは、不要な腕を放り投げて足を退けると、ウィローの首に尻尾を巻きつけて持ち上げた。

 

「思っていた通り、きさま程度ならもはや敵ではなくなったな……どうする。このまま無残に破壊されるかそれとも……命乞いでもしてみるか?」

「くぅ……んぐっ」

 

 首を締める尻尾に手をかけて抜け出そうとするウィローは、その提案に瞑目した。もがく動きは止めず、眉を寄せて強く目を閉じる。

 

「聞きたい事は山ほどあるぞ。素直に話すと言うなぁら、命ばかりは助けてやらんでもないがな」

「……っふ、ぐ」

「悪い話ではないぞ。どうだ?」

 

 一度力が強まった尻尾に小さく顔を跳ね上げたウィローは、震える頭を縦に振った。

 

「よぉし、良い子だ……」

「けはっ、は、はっ……!」

 

 満足げに笑うセルが、それを肯定と受け取って解放する。

 地べたにへたりこんだウィローに抵抗の意思はないようだった。

 

「言っておくが、馬鹿な真似はするなよ? ほんのわずかでも反抗すると私が思ったら、その時にはもうこの世にいないと思え」

「わ、わたしも命が惜しい……攻撃は、しない……」

「だろうな」

 

 眼前に広げられた手の平に怯えるように体を縮まらせ、ウィローは恭順を示した。これに気を良くしたセルは腕を組むと、さっそく疑問の解氷を始める。

 

「まず始めに──なぜ、私の存在を知っていたのだ」

 

 誰も知るはずのない未来からの来訪者であったはずの自分を、誰もが既知のものとして迎えた。

 対策を立てられていた事が不思議でならなかった。

 

「み、未来から来たという男が、お、教えてくれたのだ……」

「なるほど、トランクスか……奴の未来では、私は倒されてしまったというのか……?」

 

 震える体を自分で抱き締め、吐息を混じらせて答える少女の言葉に、セルは納得した。

 なるほど、確かにこの手で殺したはずのトランクスは別の未来から来たと推測できる。ならば自分の事を知っていてもおかしくはない。

 

「では次の質問だ。きさまらは何者だ? 私のいた時代にきさまらの存在は無かった……コンピュータが与えた知識に、きさまらはいなかったのだ」

「そんなこと、知るはずもない……だが私は、ある科学者によって作られた、お前たちとは違うタイプの人造人間である、という事だけは言える……」

「そうか。ドクターゲロが生み出したものとはどこか違うと思っていたが、別のアンドロイドだったか……」

 

 ではナシコは。

 あの少女は何者か、と問われて、ウィローはかぶりを振った。

 

「……どうして、それほどまでの力を……?」

「ふむ? ……そうだな。私ばかり質問してはお前も面白くないだろう。いいだろう、教えてやる……」

 

 セルは自身の胸に手を当て、この急激なパワーアップの秘密を語った。

 

「お前達に邪魔をされ、私はただの一人も人間の生体エネルギーを奪う事はできなかった……」

「では、何故……?」

「ある場所で、かつてお前達と戦った者と運良く出会い、吸収できたのだ」

 

 その者の名はガーリックJr.

 かつてナメック星でメタルガーリックとして立ちはだかった強大な悪だ。

 

「……そやつは自らが生み出した空間へ消えていったはずだ……」

「大部分はそうだ。だが、孫悟空が放った駄目押しの気功波がガーリックの肉体を砕いた時、奴はその細胞の一片を地面へ落とし、地球へと帰還するお前達の足にくっつけて落ち延びた……そしてこの地上で肉体を再構築したのだ」

 

 だが装甲を失った肉体は、ビッグゲテスターの力を受け継いでいてもお前達に及ばないほど弱体化していた。

 だから身を潜めていた。いずれ強敵足る人間達の寿命が尽きて、消えていなくなるその時まで……雌伏の時を過ごすと決めて。

 結局セルと出会った事で命運は絶たれてしまったのだが。

 

「今も奴は私の中で暴れ回っているぞ? 不老不死というのも難儀なものだ……細胞の一片まで取り込まれ、血肉と化しても死ねないとはな」

「……そうか」

 

 それがパワーアップの理由。

 なるほど、上回られてしまう訳だ。

 幸いだったのは、セルのその吸収方法には上限が設定されていた事だろう。

 際限なくパワーアップされては、誰も敵わなくなるところだった。

 

「いい話を聞かせてもらった。感謝しよう」

「……?」

 

 顔を上げたウィローには、もはや震えはなかった。

 死に怯えるか弱い少女の姿などなく、押さえた腕の痛みすら問題はないようだった。

 

「ついでに忠告をしてやろうか? 頭上注意、というやつだ」

「何……? ぶお!?」

 

 天空より飛来した影が、セルの顔を蹴り抜いた。

 吹き飛んだセルの巨体が地面を転がり、途中で跳ねて四肢で着地する。

 一体何者に攻撃されたのかと顔を上げたセルは、目を見開いて驚愕を露わにした。

 

「きさまは……ピッコロ!?」

 

 やや宙に浮いてマントをたなびかせるのは、今の今まで神殿からセルの動向を探っていたピッコロだった。

 ……いや、もうピッコロではない。

 

「遅かったじゃないか……」

「このオレにも一つに戻るには葛藤というやつがあったのだ。悪く思うなよ」

「いいや、助かった。さすがに片腕を失っては太刀打ちできないからな」

 

 腕を組み、視線だけを背後のウィローに向けたピッコロは、その割には平然としていやがるぜと口内で呟きつつもセルへ向き直った。

 

「一つに……? そ、そうか、貴様と神が合体した、それがお前なのだな!?」

「そういう事だ……」

 

 マントを脱ぎ去り、ターバンを落としたピッコロが地に足をつける。

 腕を広げ、コキコキと首を慣らすその姿は、少女を守る救世主然としていた。

 

「こ、こいつが来る時間を稼ぐために、貴様わざと……!」

「これでも演技は得意なんだ。助演女優賞は頂きかな? ……さて」

 

 ドウ、と風が巻き起こる。気を全開にしたピッコロと、それに並び立つ隻腕のウィローが、高低それぞれからセルを睨みつけた。

 

「覚悟しろよ化け物め……きさまの命はここまでだ!」

 

 2対1。

 戦闘力を上げて余裕だったセルに、僅かに焦りが生じ始めた。

 引くべきか戦うべきかを迷う隙をつくようにして、ピッコロが、ウィローが飛び掛かり──。

 

 本格的な戦闘が幕を開けた。




TIPS
・強靭なキャミソール
孫悟空のズボンと同様、どんなに激しい攻撃を受けても肩紐が千切れたり
ちょっとぼろっちくなったりするだけでしっかりお肌をガードしてくれるぞ!
カプセルコーポレーションから定価7450ゼニーで販売中

・セル(第一形態)
ガーリックを吸収した事により、第一形態基本最大値の450万に到達した
超化50倍で2億2500万
ガーリックに意識はあるが、話す事も動く事も、抵抗もできない
セルが死んでもたぶん一部としてカウントされる状態
リアル働く細胞だぞ

・ウィロー
演技派クールアイドル
戦闘力は2億70万
片腕を失った状態だと1億6500万くらいかな
セルにキズモノにされてしまった

・ピッコロ(神様と合体)
格好良く現れた宇宙一の緑
融合前の戦闘力は8500万

8500万+280(神様公式戦闘力)+2125万(ピッコロ1/4)+70(神様1/4)=1億625万350
融合2倍で2億1250万700

実はまだセルの方が強いのだ

・カラーシスターズ
一律戦闘力は53万
No.4 ミドリはおっとり天然に見せかけた腹黒タイプ
お嬢様口調でねっとりナシコを虐めるのが得意


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第五十二話 アイアムレジェンド

 戦いは、セルが優勢だった。

 

「だぁっ、クソッ……!」

「くぅっ……!」

 

 2体1でなお、怪物のパワーに押し切られてしまう。特に片手であるウィローは大幅に戦闘力を落としているため、セルが起こす暴風が如きその拳の、その足の、その尻尾の攻撃に少しでも掠れば大ダメージは免れない。

 人造人間ゆえに継続戦闘にそれほど支障はないが、職業柄痛覚は常人と変わらないのだ。アイドルは人の痛みに敏感でなければならない。同時に自分の痛みにも鋭敏でなければ務まらない。

 

「こ、これほどまでの化け物とは……!」

「力を合わせていくぞ、ピッコロ」

「ああ! またお前と共に戦う事になるとはな。何か不思議な縁を感じるぜ……」

 

 殴り飛ばされたピッコロがバク転して大きく距離を離し、その隣へ素早く後退したウィローが光弾を放って追撃を防ぎ、お互いの隙をカバーし合う。交わす言葉は気安く、意識の隔たりはない。口の端に垂れる血を拭ったピッコロは、流れる汗をそのままにセルを睨みつけた。

 

「ふっふっふ……これはどうやら私の方が強くなりすぎてしまったようだな」

「ちっ。せっかく合体したってのに、このザマだぜ……!」

「そう嘆くな、驚く程のパワーアップだぞ。ナメック星人とは不思議な種族だ。時間があれば仕組みを調べてみたいものだが……」

「その話はこいつを倒してからする事だな」

「違いない」

 

 息を整える間の僅かな会話を、セルは悠々と見逃していた。

 

「っ……」

 

 ウィローの表情が歪む。引き千切られた左腕の断面から血液が滴ると、細長い針が血管を遡るような痛みが襲ってくる。

 

「大丈夫か! ……なワケないか……!」

「いや、だ、大丈夫だ……!」

 

 それでも気持ちを盛り上げてアドレナリンを分泌させ、興奮状態を起こす事で痛みを抑えている。これでもまだマシな痛みになっているのだが、耐えられるだけで痛い事に変わりはない。集中力は削がれるし、バランスは取り戻したものの攻撃の手が足りない。

 脂汗を滲ませて細く息を吐くウィローの消耗は激しい。あまり長くはもたないだろう。

 

「手負いの少女を庇ってどこまで抗えるかな?」

「ぐぬ……!」

 

 半歩前へ出たピッコロの意識がウィローに向けられている事を指摘されて、唸る事しかできない。確かに今、彼女よりも多くセルの攻撃を引き受け戦おうとしていた。それは共に戦うというよりは言われた事そのままだ。

 

「ピッコロ大魔王とあろうものが、まるで正義のヒーローではないか」

「そんなものになったつもりはない。そして──」

 

 地を蹴り砕いて飛び出したピッコロが肘を前へ出す形で頭の後ろへと手を振りかぶる。

 

「もう大魔王でもない!」

「!」

 

 殴り落してやろうと腕を引き絞って待ち構えていたセルは、眼前でフワッとピッコロが浮上するのに、その先に額に突きつけた二本指に気を溜めているウィローに気付いて目を見開いた。

 瞬間、視界が遮られる。一度は上へ逃げたと思ったピッコロがセルへ組み付いたのだ。

 

「ウィロー! 今だ!」

「魔貫光殺砲!!」

 

 間髪入れず放たれた螺旋がピッコロの背中を穿ち、そしてセルの胸を貫いた。

 不意打たれ、身構える事もできないのであればその頑強な肉体もこうして破壊する事ができる……!

 

「な……んだとぉう……!?」

「がはっ!」

 

 ズ、ズズン。二人ともが倒れ込み、しかしピッコロは止まらない。

 セルの腕をがしりと捕まえ、膂力だけで後方へ投げ飛ばした。

 

「──!」

 

 事ここに至って自分が相手取っているのがただの虫けらではないと気づいたセルが、眼前のウィローへ本気で仕掛けようとしたその時には、つぅっ……と空間を伝って送りこまれてきた気の塊が、胸に開いた風穴の付近で爆発した。

 

「おうっ!?」

 

 体液とともに半身を砕け散らせたセルが再び地面へ倒れこむ。

 同時に立ち上がったピッコロがよろめきながらもウィローの下まで後退し、たちまちに傷を治してみせた。

 今主体で戦えるのがピッコロな以上、怪我を残すのは悪手とはいえ、そうして再生能力を見せてしまったのは失敗だったかもしれない。仰向けに倒れるセルは、みるみると塞がっていく傷を、その様子をじっと見つめていた。

 

「はあっ、はあっ……」

 

 油断なく構えるウィローの前で、しかしセルは膝を引いて足を持ち上げると、腰のバネで跳ね起きた。

 左肩から腰までかけて半月状に欠けているというのに、ブハァと息を吐き出す様子からまったく追い詰めてはいないことが窺えた。

 ぐももも、と肉が盛り上がり、瞬く間に肉体が再生していく。

 それは二人にメタルクウラのしつこさを思い出させた……。

 

「愚か者めが。この私にも、ピッコロの血が流れているのだよ。知らなかったかな……?」

「ちっ、厄介な、奴じゃっ……」

「こいつ……不死身か……!?」

 

 いよいよもって呼吸を乱しきりにしたウィローに、こちらも消耗した状態のピッコロ。

 胸を払ったセルは新しい半身を確認するように手を開閉させながら、「そうであればよかったのだが」と呟いた。

 

「不死身ではないが、それに近い体ではあるぞぅ。という事は、だ。きさまらには、万に一つも勝ち目はなぁい!」

「ほざきやがれ!」

 

 バッと胸元で両手を向い合せたピッコロは、そこに全エネルギーを集中させた。

 凄まじい気が空気の弾ける音を伴って凝縮されていく。

 もはや都市へのダメージも人的被害も気にしてはいられない。ウィローは慌てて止めさせようとしているが、ピッコロは一顧だにしなかった。この地球を、ひいては人類を守るためには、多少の犠牲は仕方ないと割り切るしかないのだ……!

 

「無ぅ駄だ!」

「ご!?」

 

 瞬間、移動の気配なくピッコロの眼前に現れたセルがアッパーを見舞った。

 顎をかち上げられ、技を中断させられてしまったピッコロの胴へ尻尾が迫り、針が貫く。

 

「ピッコロ!」

 

 串刺しにされたその体から事切れたように力が抜ける。放り捨てられたピッコロが地面を滑り、そして止まった。立ち上がる気配はない。

 そうなればもう、ウィローに勝ち目はなかった。

 

「一人きりになってしまったなぁ? どうする……瞬間移動で逃げ出そうとしてみるか?」

「……無駄であろう。先程のお前の技は、まさしく瞬間移動だった……」

「ふはは」

 

 そうだ。ピッコロを殴り飛ばした時にみせたセルの動きは、ガーリックを吸収した事で得たその技をつかって不意打ちしたのだ。

 たとえ今ウィローが逃げ出そうとしても、異空間にてたちまち追いつかれて打ち落とされてしまうだろう。

 万事休すか……!

 

「くぁ……!」

「む、まだ息があったか」

 

 攻撃を仕掛ける事も引く事もできないウィローへと歩み寄るセルの足へ、ピッコロがしがみ付いた。

 今だ、逃げろ。視線で訴えかけられるのに、しかしウィローは逡巡してしまう。

 自分一人で逃げればピッコロは殺されてしまうだろう。彼を置いて引くのが一番だと頭ではわかっていたのだが、ほんの僅か、体が言う事を聞かずに硬直してしまった。

 

「ぐあ!」

 

 そのうちにピッコロを蹴り飛ばしたセルがウィローの前へ立つ。

 巨体を見上げて、ようやく後退して逃れようとしたその胸元を掴まれて持ち上げられてしまった。 

 やや伸びて破ける気配のない肌着に、セルが愉快そうに笑う。

 

「!」

 

 その側頭部に光弾がぶつけられた。

 何者だ! キッと睨みつけたセルは、建物の陰からこちらへ銃口が向けられているのに、軍隊か何かが出張って来たのかと考えた。

 だが、違う。

 陽の下に身を晒したのは、場違いなメイド服に身を包む子供だった。濃い紅色の髪とルビーのような瞳を持つ、カラーシスターズのNo.1が創造主の危機に駆け付けたのだ。

 

「……」

 

 そして、周囲にも。

 四方を囲むテープよりも向こう。身を隠しながら、全ての姉妹がこの場を囲み、セルへと照準を合わせている。

 

「ふっふっふ……」

 

 だがウィローが持ち上げられ、示すようにぐるりとその場でセルが回れば、誰一人として引き金を引く事はできなかった。

 元より彼女達に支給されているエネルギーガンはセルに対しては目くらまし程度の効果しか発揮しない。

 この場で救出するのは不可能であった。

 

「逃げ道はなくなってしまったぞ? 命がないのはお前達の方だったようだな」

「くっ、う……!」

 

 セルの手が持ち上がり、揃えられた指がウィローの胸を狙う。

 これでとどめを刺そうというのだろう。恐怖を煽るようにゆっくりと近づくそれから、ウィローは視線を外さなかった。まだ諦めていない。光明を見出そうとしている。

 恐怖に歪む人間どもの顔を楽しみたいセルとしては、そのような顔は望んでいない。もっと子供らしく泣きわめき命乞いをしてくれればよかった。その方が少しは死を遅らせる事もできただろう。

 

「ではさらばだ」

「っ!」

 

 一度引かれた手に、それでもウィローは怯まなかった。死の運命から逃れられないならば、その指先が心臓を破壊してしまうのと引き換えに反撃を加えようと決意して──。

 

 

 ドッ、と。

 

 セルのこめかみに、革靴が埋まっていった。

 

「おごぉうっ!?」

 

 吹き飛んだ体が二度跳ねて転がる。

 まるでピッコロ襲来の焼き直し。

 今度も四肢で着地して、勢いを殺しきれずに数メートル滑っていったセルは、顔を上げて敵を視認し、目を見開いた。

 

「騒々しいな。せっかくの散歩が台無しだ」

 

 軽やかに着地したのは、人造人間17号。

 カウボーイハットを外して中へ息を吹きかけると、かぶり直して不敵に笑う。

 

「よう、また会ったな化け物。弱い者いじめはやめろよな」

「きさまは……じゅ、17号……!」

 

 慄くセルに、17号はピッコロへ視線をやって息があるのを確かめ、踵を返して、座り込むウィローの前に片膝をついて介抱した。

 

「酷いありさまだ。こいつはオレが退治してやるから、早いとこ治してしまうんだな」

「けほっ、はぁ、17号……逃げろ……」

「逃げろ? おかしなことを言う。こんな奴に負けはしない」

 

 スカーフを外してウィローの肩へ強く巻き、止血した17号は、立ち上がってセルへと振り返った。

 17号は知らない。セルがパワーアップし、前に会った時よりも強くなっている事を。

 そこで倒れているピッコロが自分よりも強くなっていた事を。

 

「21号にこてんぱんにされた程度だ。最強の人造人間であるオレなら一蹴りで殺してしまえるだろう」

「だ、だめだ17号……!」

 

 言って聞かせるようにあえて強めの言葉を使う17号は、ウィローを見た目そのままの精神性と捉えているようだった。

 

「そいつは心外だぞう? お前ごときたちまちに返り討ちにして、そのガキをゆっくりと吸収してやろう」

「吸収……そういやお前はオレ達を吸収するのが目的だったな……500号でも構わないって訳か」

「そういう事だ……ぶるぁ!」

 

 両腕を振り上げ、セルが迫る。

 構えもせず立つ17号にはパワーレーダーの類は搭載されていない。彼我の力の差がわからないのだ。

 せめて単独でさえなければどうにかなったかもしれないが……力の差は歴然だった。

 

「そうら!」

「どぉあ!?」

 

 だが。

 襲いかかるセルの首へ17号が蹴りを叩き込めば、あっさり吹き飛んだ怪物が仰向けに倒れて白目を剥いた。

 

「一丁上がりだ」

 

 手を払う17号に、信じられないとばかりに目を丸くするウィロー。

 何か勘違いがあったのか、それとも17号も、この短期間になんらかの方法でパワーアップしたのか。

 あのセルを、こうも容易く倒してしまうなんて。

 

「……吸収か。オレ達はともかくとして、500号は危ないだろうからな……気は進まないがトドメを刺してやるとするか」

 

 さっきのセルの言葉を思い返した17号は、失神するセルの下へと歩き出した。

 自分達ならば返り討ちにできるこの化け物も、生かしておけば500号……ウィロー達にとっては脅威となる。

 だから自ら手を下してやろうとしたのだ。

 

「──待て17号、罠だ!」

「うん?」

 

 泡を吹いて倒れているセルに力はない。だが背後から飛んできたウィローの注意に振り返った17号は、急速に立ち上がる気配にはっとして。

 

「そういう事だ!!」

「え……!?」

 

 死んだフリをしていたセルの、先端が膜のように広がった尾に飲み込まれてしまった!

 止められる者は誰もいない。尻尾の中でもがく様だけが見えて、そのうちに蛇に丸呑みにされてしまうように、ゴクリゴクリと尾の根元へ……羽根に隠されたセルの体内へと吸収されてしまった。

 

「おおおう!!」

 

 そうすると変化が始まる。

 白み始めたセルの体表面から気が発せられ、大地を揺らして進化していく。

 この失態に、思いがけない最悪の事態に、ウィローは震えた。

 恐ろしいのは、セルのあの機転だ。

 

 突如現れた17号を確実にモノにするために、自分に必ず、確実にトドメを刺すよう言葉で挑発していた。他でもない、か弱く見えるウィローをダシにして。

 それが屈辱でならなかった。力及ばず、ピッコロや17号に守られてばかりのウィローは、とことん足手纏いである自分に、閉じた目の端に涙を浮かべた。

 

「はぁぁああ……」

 

 やがて揺れが収まれば、さらに巨体となったセルが佇んでいた。

 鼻はなく、厚ぼったい唇に、四角い顔。筋肉のついた体。

 計測された基礎戦闘能力は、1450万。

 

 もはや誰にも倒せない怪物が生まれてしまった……。

 

「……」

 

 自身の拳を、体を見下ろしていたセルは、幾度か空間へ拳を打ち込み、気を上げ下げして体の調子を確かめているようだった。

 それが終われば、獣の眼差しはウィローに向けられる。

 たらこ唇が弧を描き、セルが歩み始める。

 

「では、完全なるトドメを……」

「くっ……」

 

 肩に結ばれたスカーフごと肌を握り締め、唇を噛むウィロー。

 今度こそ、命はない。

 目をつぶってその時を待つ以外に彼女に取れる手段はなく──。

 

「ど!!」

 

 超然として進む怪物の鼻面に、膝が突き刺さった。

 バチリ。バチリ。スパークが空間ごと弾けてセルの巨体を吹き飛ばす。

 錐揉みした体は途中で地面に足をつけて擦り、何十メートルも進んでようやく止まった。

 

「ごめん、待った!?」

 

 よいしょ、と着地して空気に膨らむスカートを押さえたのは、ナシコだった。

 カラーシスターズの一人が大急ぎで彼女を叩き起こしベッドから引きずり下ろし尻を蹴り上げて来たのだ。

 

「いや、今来たところだ……」

「えへっ!? 何その恋人の待ち合わせみたいな台詞!!」

 

 私とウィローちゃんは恋人だった……!? と慄くナシコの格好は、下はフレアスカートだが上は桃色のパジャマだ。裾がスカートに仕舞われていて、ついでに髪はボサボサである。

 明らかに寝起きでやってきて、不機嫌をこめた一撃をセルに与えたものの、ウィローとのやり取りで気分は最高に達したらしい。ご機嫌に腰に手を当てて、たはーっと息を吐き出した。

 

「ナシコ、か……ふ、中々良い相手が出てきたな」

「……第二形態になっちゃったか。17号は美味しかった?」

「……」

 

 今さら出てきたところで遅い。そう告げようとして思いがけない感想を求められるのにぽかんとしたセルは、調子を取り戻すように肩を揺らして笑った。

 

「ああ、美味かったとも。甘美なる力だ……少しでもお前達の戦力を削ごうとしただけだったが、棚から牡丹餅とはこのことだろうな……」

 

 先程までのセルでもナシコには敵わなかった。

 だが17号を吸収でき、第二形態となった事で彼女さえ上回る事ができた。これはセルにも想定外の出来事だった。

 戦力を削ぎ、身を隠し、人造人間が単独行動を行ったならばその時を狙おうと目論んでいたセルはその手間が省けた事に上機嫌だ。

 残るは18号のみ。21号や16号などもはや敵ではない。ナシコもまた……あの恐ろしき技であるスパークを伴った一撃も、この通り大したダメージにはなっていない。

 

「死に方にご希望はあるかな? お前には苦汁を舐めさせられた。その礼がしたい……」

「じゃあ死んでくれるー?」

「……死ぬのはお前だ」

 

 どうやらこのガキは力の差を理解できていないようだ……。

 まるで自分などいないようにウィローの下へ駆け寄ると、抱き締め、それから怪我の具合を見ている。

 

 セルは力には飲まれない。パワーアップを果たした高揚を捻じ伏せ、理性的に、理知的に、紳士的な対応を心がける。

 胸に手を当てて一礼。

 

「どうぞ、お嬢さん……私と一戦いかがかな?」

「ごめんなさーい、接触はNGなんです」

「……」

 

 どうにも調子が合わない。

 ナシコは振り返りもせずウィローと顔を合わせ、その頬を手で挟み、血に塗れた衣服を撫で、少しでも彼女の苦痛を取り除こうとする、それだけに注力している。

 

「わからんのか。貴様のその、スパークリングという変身もこの私には通じないのだぞ?」

「じゃ、ウィローちゃん。ピッコロさんを連れて先におうちに帰ってて。やっつけたら私も帰るから」

「……ああ」

 

 頬を合わせ、別れの挨拶を済ませたナシコが立ち合がり、ようやくセルと向き合う。

 片手を上げ、それを振り下ろすとともに号令を下す。

 

「ほらみんな! 二人を連れて離れてて! 手が空いた子は念のため街の人達の避難誘導を!」

「……そいつらも人造人間なのか。ドクターゲロとは別の科学者が作ったという……」

 

 厚いスカートをはためかせて飛翔してきたアオとキイがウィローに肩を貸し、アカがセルへ銃口を向けたままピッコロの助けに入る。傍らに落ちたターバンやマントを回収するか逡巡し、結局本体だけを救助することにしたようだ。

 

「やっちゃえナシコちゃん!」

「剥製にしちゃって!」

「任せて! 私もう、頭にきてんだから!」

 

 銃を振り振り、一箇所に集合した彼女達は瞬間移動によって退避していった。

 他の者達も散開し、ナシコの命に従って避難誘導に入った事だろう。

 ……後で命令した事にくどくど文句を言われるだろう事を思うと、ちょっと気が滅入ってしまうナシコであった。

 

「んっ……」

「私を倒す手段が何かあるのかと思って、あえて奴らを追わずにいてみたが……」

 

 吐息と共に力をこめたナシコの体を、スパークの代わりに赤い焔が包み込む。

 

「界王拳か……そんな技で、本当にこの私を倒せるとでも?」

「まあ見てなって。面白いものを見せたげる」

 

 揺らめく髪に、挑戦的な笑みを浮かべたナシコが両腰に肘を当て、拳を握ってさらに深く入り込んでいく。

 出力の上がる界王拳に、ビリビリと空間が軋んで、だがそれはセルから見てなんの脅威にもならないものだった。

 20倍界王拳だろうと、25倍界王拳だろうと、今のセルには問題にすらならない。

 

「んくっ……」

「……?」

 

 まばたきをしたその僅かな間に、ナシコの姿が子供から大人へと変わっているのに、セルは目を瞬かせた。

 さらに丸みを帯びて女性らしさを増したそれが、"面白いもの"なのだろうか。

 それは違う。

 

 数分の時を要して、ようやくナシコに変化が生まれた。

 体から噴き出す焔が沈静化し、体へと吸い込まれていく。

 そうするとそれが髪に浸透して、根元から深紅に染まっていく。

 毛先まで達すれば赤い光の欠片が零れて、きつく閉じられていた瞳が開かれれば、目もまた朱色へと変化していた。

 

「な、なんだそれは……?」

(スーパー)サイヤ人ゴッドっちゅーやつだ……」

「何!? す、スーパー……お、お前はサイヤ人ではないはず……!」

「うん」

「!?」

 

 混乱するセルの前で、ナシコは静かに構えた。

 界王拳特有の気の荒れはなく、秘められた力が体表面で輝くのみ。

 それは、ナシコが得た新たな変身。

 

 50倍の界王拳を常に維持する事で、それが普通の状態として定着した姿がこれなのだ。

 通常ゆえに負荷などなく、負担もなく、50倍の戦闘力を振るっても揺り戻しなどない。

 その静かな佇まいから静界王拳と呼ばれた、スパークリングのさらに上。

 

 技の開発者である界王曰く、自分でも知らない、界王拳を極めたその完成系──。

 ナシコは、超サイヤ人ゴッドと似通ったこの姿に大いに喜び、ナシコ深紅(ルージュ)と名付けた。

 

「だ、だが……!」

 

 それでも、第二形態であるセルの方が戦闘力は高い!

 

「はぁああああ!!!」

 

 光を噴出させ、最大パワーまで引き出したセルに敵う者などいない。

 ──それはナシコの変身がこれで打ち止めであったなら、と仮定しての話だ。

 

「よくも私の可愛いウィローちゃんを傷つけたな」

 

 静かであったナシコの気が膨れ上がった。

 界王拳を使用したのだ。

 ──ルージュは既に界王拳を使った状態ではあるが、何もしていない通常とも同じ。

 だからさらに界王拳を発動する事ができる。

 静界王拳1.5。ただ気が膨れ上がるだけではない。パワーに頼るような変身ではない。

 

 パワーも、スピードも、技も、何もかもが跳ね上がった正統なパワーアップ。

 全力のセルをすでに上回っているのに、一歩踏み込んだナシコから噴出する赤い光がさらに二回り肥大化する。

 

「ぶっ殺してやる!」

「へぁあ!?」

 

 彼女を中心として広がる突風に、セルは無意識に恐怖の声を発して仰け反った。

 これほどまでの化け物が潜んでいたとは思わなかった。

 こんなにも力の差がある存在がいるとは……!

 

「わあああ!!」

 

 押し寄せる感情のまま叫び、異空間へと逃げ込む。

 ──直前に、顔を鷲掴みにされて引き倒された。

 

「逃がすかボケ」

「なっ、あ、あ……!?」

 

 瞬間移動など通用しなかった。

 いや、力を上回られたセルが逃げ出そうとするなど読まれていたのだ。

 瞬間移動を使える事をナシコは知らないが、逃れようとする意志と予兆くらいはわかる。

 

 だからセルは逃げられなかった。

 逃走に失敗し、頭を踏みつけられ、暴れる尻尾を握られて引き千切られた。

 

「ふん」

 

 無造作に尻尾を投げ、気弾を放って蒸発させたナシコが、後ろ髪に腕を通してばさりと払う。

 パジャマを押し上げる胸の下で腕を組み、冷たい目でセルを見下ろした。

 

 その状態にあってもセルは動けなかった。両手を地面につけて起き上がる体勢には入っているのに、腕にも、顔にも力が入らず微動だにできない。

 蛇に睨まれたカエル。

 

 セルの命運が、いよいよ尽きようとしていた……。 

 




TIPS
・ロックオンバスター・W
メタルクウラが使っていた技をウィローがアナライズして我が物にした
瞬間移動を応用して気を直接送り込む事ができ、不意打ちにはもってこいだろう
ただし人体や物体内で爆発させる事はできない

・セル(第二形態)
人造人間の吸収は、その戦闘力の1/20を自身の戦闘力として加える事とする
450万+1000万(2億の1/20)=1450万
超化7億2500万

・17号
戦いの舞台を作るには時間がかかると判断し、ホテルをとって自由行動になった
街中を散歩しつつのんびりした空気は昔と何も変わらないなと穏やかな時間を楽しんでいたところで
騒ぎを聞きつけてやってきてしまった
カウボーイハットは観客から貰ったものである

・ナシコルージュ
界王拳常態化、静界王拳。
50倍を通常状態として活動できる界王拳の究極系。
髪と瞳が深紅に染まり、発する気も赤色に変わる。
超サイヤ人ゴッドに似通った姿だが、体が細くなるとか筋肉がスマートになるなどの肉体の変化は起こっていない。

基礎戦闘力1000万 ノーマル上限1億
スパークリング40倍で4億 スパークリング10倍界王拳で4億4000万
ルージュ化50倍で5億 さらに静界王拳1.5(界王拳1.5倍)で7億5000万
静界王拳2.0で10億


・ラディタレ
パトロールに駆り出される事もなく、セルとの戦いでは「ちょっと……邪魔かな」と
言葉を選ぼうとして放棄し辛辣な言葉を浴びせるナシコによって不貞腐れつつ自宅待機していた
日中は仕事に出ていたりする。夜間は二人でオセロ。オセロは癒し


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第五十三話 ルージュ敗れる……!?

「しゃオラァ!」

「ぐぼ!」

 

 火の粉が舞う。

 

 強烈な膝蹴りがセルの腹に食い込んだ。

 まるで乙女の柔肌のように皮が捻じれて肉がへこみ、波立つ。

 唾液を吐き出しながら体を浮かせるセルに対して、深紅に染まったナシコは斜めに飛んでいて、顔下に両腕を引き寄せて構えるピーカーブーに似たスタイルで挟み込む。持ち上がった腕が鉄火の如く振り下ろされ、セルの背を打った。

 

「ごあああ……!」

 

 体表が大きく上下するほどの衝撃を加えられて落ちる体を膝に支えられ、逃れる事のできない状況に表情を歪めるセル。再生させていた尻尾で突き刺そうと動かしても柳のようにするりと避けられ、しなる足に頬を打たれて地面を滑る羽目になった。

 

「はあっ、はあっ、こ、この私が……うぐっ!?」

 

 それでもさすがのタフさだ。一方的に攻撃を加えられていても、まだセルは生きていた。だが蓄積されたダメージは甚大だ。手をついて上体を起こし、立ち上がろうとして足から力が抜けて片膝をつく。その体の変容に気付けていなかったらしく、なぜそんな無様を晒しているのかと困惑している。

 

「は!?」

 

 自身に意識を向ければ、ナシコが歩み寄ってくるのに気付くのも遅れてしまう。余裕などもはや欠片も無かった。第二形態へ進化したその力が、一介の地球人にまったく通用しない。

 その事実に唇を歪め、噛み合わせた歯を鳴らして顔を反らすセル。

 このような事態を受け入れる事はできない。できるものか……! 何かの間違いだ。これは悪夢だ!

 

「は……あ……!」

 

 いくらセルが現実を受け入れられないでいようとも、ナシコの歩みは止まらない。

 燃え上がる炎の気質が髪を揺蕩わせ、赤い光の欠片を散らす。照らされた地面がアラートランプのように揺れ動き、セルの双眸に軌跡を残す。

 

「あああ!!」

 

 恐慌から出た雄叫びに体を突き動かされ、片腕を突き出す。赤黒い邪悪な気が球状となって放たれた。それはベジータが使うビックバンアタックに酷似していた。

 狙いの甘いそれは、ナシコの右肩に当たって爆発した。

 

「だああああ!! はあああああ!!!」

 

 即座にもう一方の腕も向けて両手から光弾を連射するセル。もはや無我夢中であった。

 連続した爆発音が地面も、周囲の建造物をも揺らして重低音の合奏となる。膨れ上がる煙は光に照らされてまったく別の物質のように成長し増大していく。

 

「は! はァ! ハッ!」

 

 撃つ。撃つ。撃つ。

 体力の配分もエネルギーの残量も考慮しないフルパワーでの連続エネルギー弾。

 これほどの力で撃ち込めば、サイヤ人ならばともかくただの地球人ならダメージは免れないはずだ……!

 そうあってほしいと願うセルの想いが届いたのか、スーパービックバンクラッシュによって確かにナシコの一部は消滅した。

 

「こういうのがお好み?」

「ばう!?」

 

 目前まで膨らんだ煙にうっすらと影ができたかと思えば、突き出てくる拳に鼻面を打たれて後退するセル。

 

「うおおおっ……!!」

 

 勢いのまま二歩、三歩と大股で後退り、思わず顔を押さえて痛みに呻く。

 攻撃に反応できなかった。煙を注視していたのに、影が生まれたのは見えたのに、頭が追いつかなかったのだ。

 単純な力だけでなく、精神力……気力、気迫……そういったものでも押されている。

 

「……みんなこういうことしてくるよね」

 

 焼け焦げたパジャマの欠片をつまんで落としながら呟いたナシコは、着ていたパジャマにのみダメージが現れていた。胸の上に乗る衣服の切れ端を指で弾いては、両手で体を払ってぱらぱらと炭を落とす。卵の殻を破るようにしてキャミソールとスカートだけになった彼女は、変わらない速度で歩行を続けていた。

 

 あれだけの気功波を受けてまったくの無傷。──いや、凄まじい熱量に晒されて肌は火照り、汗でややしっとりとした肩や細腕に首筋に……伝う汗は噴き上がる気炎によってたちまち蒸発している。

 こもる熱を(いと)って髪を払ったナシコは、それで生まれた風に目を細めて微かに笑った。

 

「……ぁ」

 

 涼し気でいっそ美男子ともいえるその微笑みは、セルにとって恐怖以外のなにものでもなかったようだ。

 攻撃が通じなかったその一点にセルの心は囚われ、もはや立ち向かう事もできない。逃げる事もできない。

 一歩、また一歩と近づいてくる死神の断罪を待つのみだ。

 

 凛として大胆に歩むナシコの姿だけが、視界いっぱいに広がっていた。

 

 

 

 

「凄い! ナシコお姉さん、凄いですよ、お父さん!」

 

 ナシコとセルの戦いは神の居城、神殿にも伝わっていた。

 突如として膨れ上がったセルの不可思議な気に、さらにそれを上回るナシコの巨大な気。

 圧倒しているのが手に取るようにわかる状況に、床を、その先を見て歓声をあげる悟飯。

 

「ああ……すげぇな」

 

 胡坐を掻き、腕を組んでベジータ・トランクス親子が精神と時の部屋から出てくるのを待っている悟空もまた、ナシコの変化に舌を巻いていた。

 

「ナシコの奴、精神と時の部屋にも入ってないってのにものすげえパワーだ……あいついつの間に」

「きっと物凄い修行を積んだんだ……! これならセルをやっつけられるよ!」

 

 ボク達の出番はなくなっちゃいそうだ、と喜色満面になる悟飯とは反対に、悟空は視線を落として考え込んでいるようだ。

 人造人間に備える三年の間、孫家に訪れるナシコは能天気そのもので、そんなに過酷な修行をしているようには到底みえなかった。

 現にあの変化を、21号との戦いではみせなかったし、今日まで使う素振りもなかった。

 

「……こりゃあナシコの方がやべぇかもしんねぇな」

「え?」

 

 思いがけない悟空の言葉に顔を上げた悟飯は、その言葉の意味を正しく理解できなかった。

 やばい? ナシコお姉さんが?

 

「えっ、で、でも、セルを超えて……」

「ああ。それは流石だとオラも思う。でもな、さっきナシコの気が上がるまでに随分時間がかかってたろ?」

「そうだけど……」

 

 そのパワーアップには集中がいるのかもしれない。

 でも、それがどうしたんだろう。悟飯には、悟空が言わんとしている事がいまいちわからなかった。

 

「オラ達の超サイヤ人みたいな変化に近いとして、こんなに時間がかかるって事はまだ変化に慣れてない証拠だ」

「あ……」

「それに、最初は完璧に制御した静かな気だったけど、今はかなり荒っぽい気になっている……その分消耗も激しいはずだ」

 

 神妙な顔で語った悟空は、傍らに立つ悟飯が息を呑むのに気づいて、ぱっと表情を明るくさせた。

 

「とはいえ、そんなのはオラの勝手な予想だ。ナシコがしっかり技に慣らしてるって可能性もあるしな」

「そ、そうだよね! きっと大丈夫だよ、ナシコお姉さんは……!」

「ああ! オラ達はどっしり構えていよう。せっかくだからめいっぱい修行しような」

「う、うん」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でられた悟飯は、再び下界の方を向いて激しく動く二つの巨大な気に意識を集中させた。

 悟空も再び思考に耽る。

 さっきは悟飯の不安を取り除くためにああ言ったが、どうにも嫌な予感が拭えない。

 

(はやくケリつけちまえ……ナシコ)

 

 ここからでも感じられる、怒りに揺らめく気質。

 まるで制御できていない感情のエネルギーに振り回されてしまう前に、決着がつく事を祈る悟空だった。

 

 

 

 

「ひゃあ~、すんごい地震だったわね」

「どれ、震源地はどこかの」

 

 カメハウスにて寛いでいた亀仙人とブルマは、大きな揺れに机の下から這い出ると、電源の入ったテレビへ注目した。

 

『な、なんだねキミは!』

『し、信じられません! 人が! 子供が浮いております! われわれは白昼夢でも見ているのでしょうか……それともマジックショーなのか……!』

「おや? 臨時ニュースがやっとるのう。このめんこい子は……!?」

 

 地震の情報を求めてつけたニュース番組は、現在生放送で現場に向かっているようだった。

 騒がしい空気の音に、それが都の空を飛ぶ報道ヘリからの映像だとわかる。

 だがカメラが向けられた空には、画面へ銃口を向ける少女が浮かんでいた。

 

「あら、ナシコんところのお手伝いちゃんじゃないの」

『聞こえませんでしたかぁ? これより先に進む事は許しませんよ~。大人しく帰らないのならば撃っちゃいますよ~。いいんですか~?』

 

 穏やかな口調とは裏腹に引き金に指をかけて脅す緑髪の小さなメイドは、ブルマの知る限りウィローの研究所で働いている子供達だった。

 

『わ、我々には国民に真実を伝える義務があるのだ!』

『知りませんよ~。あーんな格好を撮影されたら、それはそれで楽しそうですけれど……ううん、やっぱりだ・め・よ。撮影厳禁、通行禁止です』

『そんな……』

 

 どうやら都では何か大きな事が起こっているようだ。

 その確認に向かう報道陣を、ナシコの配下が防いでいるらしい。

 亀仙人がチャンネルを回せば、他の報道番組でも取材チームが足止めを食らっていた。こちらは地上の様子だった。

 

『あはははは! あはははは!』

『ちょ、やめないか! こら、やめなさい!』

『誰か警察呼んで!』

 

 白い髪のメイドが空に向かって銃を乱射している光景に、ブルマは「あらー」と零すほかなかった。

 友人のところの子供が大事件を起こしている……あまり関わり合いになりたくないというか、できれば知らないでおきたかった情報だ……。

 

『こっちにはなんにもないよ! ばきゅーん!』

『い、いや、でもあっちは先日ナシコちゃんが取っていた母の日の特設ステージで……』

『きゅふふふ! お母さんやってるナシコちゃんおかしかったなぁ!』

『駄目だ、話が通じん……!』

 

 耳に痛い銃撃音の中、絶えず笑顔でいる子供に根気よく対話を試みる報道陣の度胸といったら圧巻だ。

 そのうちに浮遊パトカーが駆け付けても、少女を退かす事はおろか、誰一人としてステージのある方に進めない。威嚇射撃混じりにではあるが避難誘導を試みる少女によって押し返されてしまうのだ。

 

「……世の中どうなっとるんかのう」

「そ、そーね。あはは!」

 

 しばらくナシコのところには近寄らんとこ、と心に決めるブルマであった。

 

 

 

 

「凄まじい気だ……! ナシコか!?」

「おい」

 

 椅子を蹴倒して立ち上がったラディッツは、久々の休日を堪能している最中であった。

 ターレスとの遊戯盤に熱中していて気付かなかったが、家の中にあったナシコの気が遠方に移っている。 

 最近追い回しているセルとかいう奴とぶつかったのだ……!

 反対に、ピッコロの気が研究所の地下にあった。劣勢なのだろうか。

 

「おい」

「俺達も加勢に行くべきか……?」

「聞けよ弱虫ラディッツ」

「だぁれが弱虫じゃい!」

 

 トントンと指先で机を叩きながら呼びかけるターレスの言葉に反応してしまったラディッツは、ふてぶてしく腕を組んで、ひっくり返されたオセロを見下ろした。

 四方の角を取られてゲームエンド状態だった賭けオセロ。オセロは癒しとはなんだったのか、あと一歩で一週間ナシコの遊び相手権を押し付けられるところであったが、セルとかいう輩のせいで無効ゲームになってしまった。

 

「お前わざとひっくり返しただろ」

「む。何を根拠にそんな事を……俺は公平の男だ。そんなみみっちい事はせん、ナシコでもあるまいしな。今のは単に巨大な気に驚いてしまっただけだ」

 

 などと供述しており。その口数の多さが真実を物語っている。

 ちなみにナシコはトランプでもオセロでもチェスでもテレビゲームでも負けがこむと直接攻撃に出るタイプである。厄介極まりないのだが、相手をしなければさらに拗ねるので始末に負えない。

 そんなナシコの遊び相手を務める事を賭けたこのゲーム、どんな手を使っても負ける訳にはいかなかった。

 

「まったくお前はそそっかしいですね」

「うん?」

 

 ふとリビングに気配もなく入り込んできたのは、黒髪のメイド少女だった。

 ナシコを呼びに来て布団から引きずり出し、悠長に着替えようとするナシコの尻を蹴飛ばして急かした張本人、クロである。

 二人の視線を一身に受けて、独り言を聞かれた気まずさにやや顔を赤らめた彼女は、足早に窓の方へと向かった。

 

「……瞬間移動で連れていけるのに、勝手に飛んでいくなんて……」

 

 ガラガラと窓を開いて庭に出る際も、クロはぶつぶつと文句を言っていた。

 カラーシスターズに共通して備わる瞬間移動の力をナシコが完全に思慮の外に置いていたのが気に入らないらしい。見た目そのままの子供のようにぷりぷりと怒りながら浮かび上がり、空の彼方へと飛んでいく。

 

「……どうにも向こうは大変なようだな」

「どうせ行っても足手纏いだろう。それよか仕切り直しだ」

「……」

 

 卑屈にゲーム盤を直し始めるターレスに、ラディッツも言葉はないが同意していた。

 天下の超サイヤ人が置いてけぼりとは、この世はなんとも無情だ……。

 そして珍しく研究所の外に出てきたメイドさんが自分達を空気のように扱うのもまた無情であった……。

 

 

 

 

 メイド部隊によって人払いが成された特設ステージにて、観客のいない簡易ステージの上で、ナシコはマイクを振るっていた。

 

「どぁう!」

 

 気を纏うマイクの斬撃を受けて吹き飛ぶセルに、手の内でスタンドマイクを回したナシコは、それを傍らに置いて軽やかに跳躍し、セルの前へ降り立った。

 慌てて反撃しようとするセルの拳を打ち払い、鳩尾に掌底を叩き込む。

 

「これはウィローちゃんの分!」

「うが!」

 

 巨体の足の合間に膝をつき込んで大きく踏み込み、流れるように肘打ち。

 

「これもウィローちゃんの分!」

「ごっほ!」

 

 跳び上がって回転蹴り。鞭のようにしなる長い足に顔を打たれて猛回転して落ち行く体を爪先が捉える。

 

「がはぁあ!!」

「そしてこれは……ウィローちゃんの分だ!」

 

 回転は止まらず。

 放物線を描いて飛んだセルの体は地面にぶつかってなお勢いが死なずに跳ね転がっていく。

 一飛びして走り出したナシコが追いつきざまに足を引き――。

 

「これはなんかやられてたピッコロさんの分!」

「クソマァ!!」

 

 サッカーボールよろしく蹴り飛ばされたセルは、自分の意志とは無関係に二本足で着地してしまった。

 奇跡的なバランスに助けられ、いや嵌められるようにナシコと対峙してしまう。

 何を言うより早く、動くより早く詰め寄られ、フックパンチで限界まで首が伸びる。

 肉体を拳が打つたびに弾ける怒りのエナジー。赤い焔が迸り、セルの体が細胞から燃え尽きていく。

 

「全然寝らんなかった私の分も!!」

 

 (すく)い上げるような回し蹴り。ずっと伸びた足によって天高く打ち上げられたセルは、混濁する意識の中、ナシコの気がその両手へ集中していくのを感知していた。

 だが避けられない。逃れられない。

 球状に膨らむ力が今か今かと終わりの時を待っている――。

 

「完全に消え去ってしまえ!」

 

 ナシコは、ここでセルを完全に消滅させてしまうつもりだった。

 第一形態を追い詰めていた事からもわかる通り、物語を追うより最善を尽くす事を選んだのだ。

 被害を出してしまうなら、知っている話にならなくていい。そう決めて、自分で戦う道を進んだ。

 だからここでも手を抜かなかった。油断せず、全力で戦った。

 

「──あ、れ……?」

 

 がくり。膝をついたナシコは、あれだけ猛っていた気持ちが沈静化してしまっているのに困惑した。

 纏っていた気もまた消えている。内に秘めているのではない。まったく気が操れなくなってしまっていた。

 変化が解けて体は子供に、赤髪は黒髪に、瞳もまた翡翠に戻ってしまっている。

 

「!! がぁう!!」

「やっ……!?」

 

 そんな隙を見逃すセルではない。落ち行く中で意識を取り戻した怪物は必死の形相で腕を広げ、無防備なナシコを押し倒した。

 

「こんにゃろっ、放せっ……!」

「お、お、ぐぐぐっ……!!」

「んんぁあーっ!! どけぇえええ!!」

 

 揉み合う中でなんとか芯から絞り出した力をスパークさせて抵抗するナシコに対し、セルもボロボロの身体に鞭打って全力だ。

 押しつぶされる状況から抜け出そうともがき、這って逃げるナシコを押さえ抱え込んだセルは、一瞬喜色を浮かべてぐわっと立ち上がった。

 

「っあ!」

「ふはははは! 捕まえたぞぉう!!」

 

 持ち上げられて足をばたつかせるナシコの体表面で青白い光が弾ける。セルの体に移ったスパークは、しかしなんの効力もなさなかった。

 

「はなせっ! はーなーしーてー!!」

「はあっ! はあっ! はあっ! も、もう逃がさなぁい……!! こ、このチャンスを逃してなるものかぁあああっっ!!」

「うっ!? うあああ! くっそ! うううう!!」 

 

 ギリギリと音がするほど潰さんとする両腕の拘束からなんとか片一方の手を抜け出させることに成功したナシコは、セルの顔を押し退けようとして、それでは埒が明かないのに拳を握りしめて胸を殴りつけた。

 後ろへの攻撃に力など乗るはずもなく、肘打ちであろうとただセルの体を揺らすだけだ。

 

「あぅううっ! っは、くのっ……うああんっ!」

 

 徐々に強くなる締め付けにナシコの顔が苦悶に歪む。

 抵抗する声より悲鳴ばかりが溢れて、少女の高い鳴き声を浴びるたびにセルは余裕を取り戻していく。

 もはや優劣が逆転しているのを理解し始めたのだ。自らが抱くこの生意気なガキが、もはやほんの少しも自分を傷つけることなどできないとわかった。

 

「なんでっ……なんでぇっ……!?」

 

 無駄な抵抗を繰り返すナシコの疑問に答えてくれるものは誰もいない。

 完璧に制御していたはずだ。ルージュは完成していたはずなのに……!

 

 ナシコのその認識は正しい。

 深紅の存在となる界王拳の完成形であるルージュを、ナシコは完全にものにしていた。

 ただ、それは条件があってのことだ。

 

 まずナシコは、この変身を大人にならなければ発動できなかった。

 あまり大人に変化する事を好まない彼女が無意識にそうしているのが証拠だ。

 ルージュは子供の体では扱いきれない。おそらくは未熟な肉体での強化に無理があるからだろう。

 だが大人状態であるならば完璧に制御下に置けた。

 

 ……50倍、そのままであったなら。

 

「ふぐっ……や、ぁああ!」

 

 嫌がるように頭を振って身をよじるナシコをセルはあやすように揺すった。

 そうしても抜け出されないことを確かめているのだ。

 

 ナシコは致命的なミスを犯した。

 確かにルージュの状態は、50倍界王拳を負荷なく扱えるし、通常時となんら変わりがない。

 だがあくまで戦闘力を上げている状態だ。そこからさらに界王拳を使うのは、さすがに通常時に界王拳を使うのとはわけが違う。

 ナシコにとっては1.5倍の界王拳も、ルージュの状態で使えば素の戦闘力の75倍。

 2倍界王拳なら100倍だ。

 

 いくらナシコが界王拳を熟しているといっても、耐えられるはずもない。

 その無理が祟って技の強制解除となってしまったのだ。

 

「さあて……おてんば娘を捕まえたところだが、私にはもう一つ吉報があるぞ?」

 

 いわばこのピンチは自ら招いてしまったもの。

 片腕で締め付けられたまま、もう片方の手で顔を掴まれ頬を挟まれたナシコは、無理矢理に上向かせられて自分を覗き込むセルと目を合わせさせられた。

 

「17号を吸収し、進化したことによって我が体内のプールに余裕ができたのだ……」

「はっ、はぁ、ふ……?」

 

 プール? なんでいきなり水泳の話を、と疑問符を浮かべるナシコの頭を揺さぶり、愉快そうに顔を解放してやったセルは、尻尾を持ち上げてその先端をナシコの眼前へ持ってきた。

 

「つまり、生体エキスの吸収でさらにパワーが得られるようになったのだ」

「あ……!」

 

 ようやく理解が及び、表情を引き攣らせるナシコ。

 それはつまり、自分を食べようとしているってこと……!

 

「ぃやっ、やだあああ!! はなせっ! はなしてっ!! やあだぁ!!」

「おう! おう! なかなか元気じゃねぇか!!」

 

 吸収なんてされてたまるか!

 手足を暴れさせて、気も全開で抜け出そうとするナシコは、とっくに今の自分の力では逃げられないことを理解していた。

 それでももがいた。怖いからだ。その針が刺さる痛みを想像して、吸われる気持ち悪さを想像して、死の恐怖に怯えるだろう自分を見たくなくて、涙を滲ませて抵抗した。

 

 無意味だった。

 無駄に体力を消耗するだけだった。

 

 こらえた嗚咽と涙が健気さを演出して、セルの嗜虐心を煽るばかりで生存には繋がりやしない。

 

「どうだ、無力なものだな……!」

 

 強気な態度で語気をも強めるセルだが、その頬には汗が伝う。いつまたこの少女が未知なる超パワーを発揮するかわからないからだ。

 それでも余裕ぶっていた。何かの血がそうさせるのか、焦りはあっても甚振るように……。

 

「はぐっ!」

「ぐぁあおおう!!?」

 

 頬に這わせ、顎をすりすりと撫でていた指を見下ろしたナシコが、おもむろに噛みついた。

 これにはさすがのセルも目玉が飛び出そうなほどに痛がり、余裕の仮面を脱ぎ去ってナシコの顔を殴りつけた。

 

「ぷあっ……!?」

 

 顔を狙われるとは夢にも思っていなかったのだろう、セルの指から口を放せさせられたナシコは一瞬ぽかんとして、つぅっと鼻血が出るのに何をされたのかを認識した。

 

「ひっ……!?」

「はあ、はあ、く、クソガキめ、そんなに今すぐ吸収されたいか……!」

「やめ、やめて……!」

 

 腫れた指に息を吹きかけていたセルは、腕の中のナシコがすっかり大人しくなっているのに気が付いた。

 どうやら顔への攻撃が相当効いたらしい。しおらしくなるばかりか小鹿のように震えているではないか。

 試しに頬へ針を擦りつけてみれば……?

 

「ぅぁああ……やだ、やだよぉ……!」

「く、ふははは……!」

 

 この通りだ。幼子のように涙を流して恐怖に固まっている。

 もはや抵抗の危険もないだろう。尾の先で涙を掬い、唇に擦りつければ吐息で針が震えた。

 脅かすために体中に尻尾を這い回らせて触覚に訴えかけ、腕に力を籠めて筋肉を膨張させ、締め上げる事で痛覚に訴える。

 

「さあて、どこから吸収して欲しい?」

「ゃ……やっ!」

 

 突きつけられた恐怖から逃れようと顔を背けるその姿が非常にそそる。

 もっと痛めつけてやりたい。恐怖に歪む顔が見たい!

 

「腕か? 末端からじっくりと干からびていく恐怖を感じたいか?」

 

 巻き付く腕にかかる小さな手へ針を当てて肌の上をゆっくりと走らせる。

 引き攣る呼吸に、抑えられた泣き声は、隠そうとしても触れた尻尾から伝わってくる。

 

「腹か? 臓物をドロドロに溶かしつくし啜られる痛みにのた打ち回りたいか?」

 

 肌着の裾から侵入した尾が直接腹を撫でさする。

 少し針を押し込めば薄い肉付きがはっきりとして楽しめる。これを捌いてしまうのは簡単だろうが……。

 

「うあっ」

 

 握り方を変えられ、両腕を背側で一掴みにされたナシコの体の前面でざらついたものが蠢く。

 

 蛇のようにのたくる尾がさらに上へ進み、肌着に形を表す。

 プツ、と内側から針が顔を覗かせた。肌着の上部。ちょうど鎖骨の真ん中あたりの部分。

 それが下降していけば、強靭なキャミソールが薄布のように裂けていってしまう。

 

「ぇ、あ……?」

 

 二つに分けられた布が重力に引かれて左右にわかれる。

 正中線周りが露わになってしまった。

 何をされたのか、ナシコは理解できていない。肌にかかる布の感覚でわかってはいるが、事態を飲み込めない……そんなところだろうか。

 この年頃の少女の恐怖心を煽るには何が効果的か。セルはそれをよくわかっていたらしい。

 悠々と抜け出した尾がついでとばかりに裁断された布の端を弾いて肌の露出を増やしていく。

 

「首がいいか。体内へ突き進む冷たい死の感覚はさぞ心地良かろう」

「はっ、はっ、はっ……」

 

 鎖骨をくるりとなぞる針の鋭さに、引っかかれた肌に血が滲む。

 新雪に跡をつけるような愉悦がセルの胸に生まれた。

 未だ穢れを知らないうら若き乙女の肌に疵痕を残す悦びを知ってしまった。

 

「いっそ一思いに胸を突いてやろうか。心臓に突き刺し血液の全てを吸い尽くしてやろう」

 

 真正面からぴたりと胸へ狙いをつける尾に、ナシコの目がそこに集中して離れない。やや開いた瞳孔は精彩さを欠き、常の元気も勝気な光も失われていた。

 

 息は浅く短く、震えは長く小刻みに。

 

 ──無論、生体エキスの吸収を目的としてそなえられた尾は血液のみを飲み干すような器用な真似はできない。

 それがわかっていて、ナシコの恐怖を煽るためだけにそんな言葉を口にしているのだ。

 効果はてきめん。怯え竦む少女は細かな動きの一つ一つに過剰に身を竦ませて情けない声を発している。そのうちに許しを請い始めそうなくらいだ。そうすれば助けてやると嘯けば、あるいは本当に懇願するかもしれない。

 

 だがセルはそうしない事にした。あっさりと命を奪ってやる事にしたのだ。

 それは慈悲だった。健闘した少女への手向け。

 

 宣告する。

 

「決ぃめぇたぁぞ!! まずはじっくり、じっくり、じっくりと生体エェキィスをいただきぃ……お前が泣き叫ぶ様を見せてもらおう。安心しろ、その後はこの尾を広げて、一思いに丸呑みにしてやる。お前ほどのパワーをモノにできれば、私はより完璧に近づくだろう……完全体になれるようには設計されていないのが実に残念だ……」

 

 いやらしく首元を撫でていた針が、鎖骨の合間を通ってゆっくりと下りていく。引き裂かれた服を退けて、その先端が肌を押した。

 プツリと珠の血を作り、それが流れ出し……冷たい感触がゆっくりと侵入していく。

 ナシコは、そのおそろしい異物感に何も言えなくなって顔をあげた。

 目をつぶり、ただひたすらに気持ち悪さに耐えている。

 

 ジュルリと吸収される音が、感覚が、体の中に響いた。

 

 

 

「ぶらぁああああっ!!!?」

 

 

 突如、ナシコは地面へと叩きつけられた。

 無理に引き抜かれた針が体内に引っかかり、傷を残していく感覚に顔を歪め、遅れて受け身を取って身を起こす。

 確かに今、じゅるりと何かを吸い取られる感覚がした。これ以上ないくらい気持ちの悪い感覚と、遅れてやってきた激痛に傷口を押さえる。

 なぜ、解放されたのかがわからない。霞む視界を持ち上げてセルを窺えば、自ら尾を握り潰すように掴んで苦しんでいるようだった。

 

「な、なんだ、どうしたというのだ!? こ、この高揚感は……わ、私はいったい、どうなってしまっているのだ……!!」

 

 あるいは、困惑。

 セルは自身を襲う思いがけない変化についていけていなかった。

 ──ナシコの純粋なる善性を持ったエネルギーを取り入れてしまい、悪の細胞と激しい拒絶反応を起こしてパワーダウンしているなどと、誰がわかるだろうか。

 

 そして、セルを襲う凶事はそれだけではない。ナシコの肉体は願いで得たものだ。ちやほやされたいという願いを元に再現された、人の気を惹いてやまない体。

 純粋悪でもない限りは触れれば深層意識に植え付けられるナシコへの好意。姿を見れば興味を惹かれ、微笑みかけられれば心を浸食され、接し続ければ際限なく高まっていく庇護欲。

 

 セルは、無意識下に植え付けられたナシコへの絶対的好意と、触れ合うどころか一時一つとなってしまった事で一瞬のうちにナシコへの親愛度がMAXを通り越してしまったのだ。

 もはやセルは決してナシコを殺せないし、本気で傷つける事もできない。

 

 もちろん、セルにそんなつもりはない。今はただ困惑しているだけで、それが収まればナシコを襲うだろう。本気で殺すつもりで拳を振るうだろう。だが本人も知らない内にパワーがセーブされ、パンチにはブレーキがかかる。気功波でナシコを殺しきる事もできなくなる。

 

 吸収は、悪手だった。

 セルは、ナシコを捕まえたその時点で縊り殺してしまうべきだったのだ。

 

「こ、こぉのガキぃ……!」

「う、く……」

 

 重々しく歩んだセルが尻尾を使ってナシコを持ち上げる。

 血走った目で少女の涙目を睨みつけて、息も荒く脅しかける。

 だが、そこまでだ。それ以上の動きが起こらない。

 

 怒りに突き動かされて攻撃しよう……そういう気が起こらない事に、セルは、今はまず息を整えているのだと自分で納得した。

 確実にトドメをさせるよう……何かイレギュラーが起こった時、対応できないのは上手くないからな……。

 

「……む!?」

 

 そうして何分か。もがく事を諦めてただ吊るされるままのナシコを眺め、なかなか収まらない息を整えようとしていたセルは、飛来した光弾に反応して顔を上げ、ぶつかる寸前にナシコを引き戻して体の後ろへやると同時に前へ突き出した手から気を放出させた。

 半円状に現れた緑のバリアーが気弾の爆発から身を守る。

 

「ぬ……誰だ!」

 

 二つの巨大な気が前に下り立つのを感じた。

 覚えがあるような、ないような、いや、こんな巨大な気は知らない……!?

 

「ずいぶんお楽しみみたいじゃないか。お前がセルか?」

 

 逆立つ金髪に青のボディスーツと白いプロテクター。戦闘服を身に纏うベジータが、腕を組んで立っている。

 精神と時の部屋での修行が完了したのだ。そしてトランクスを伴って即時下界へ降りて来たらしい。

 

「ナシコちゃん……!」

「……トランクスか」

 

 遅れて下り立ったトランクスは、セルの後ろからぬうっと持ち上げられてきたナシコの姿に悲壮な表情を浮かべた。ぐったりとして力の入っていない体に、生気を失った目は、傍から見れば死んでいるようにも見えたのかもしれない。

 

「いや、まだ息がある! 待っててナシコちゃん、すぐに助けるから!」

「チッ、おいセル! そんなカスみたいな奴を甚振って楽しいか? 喜べ。このベジータ様が直々に相手をしてやる」

 

 若干無視される形となったベジータが苛立ち紛れに首切りサインで挑発する。

 その高慢なジェスチャーに呆気に取られたセルは、次には肩を揺らして笑った。

 

「相手をする? ……お前が? 私をか?」

「そうだ。そんなお荷物は今すぐ放り捨てておくんだな……後悔する事になる」

「……」

 

 常なら──第二形態の力を十全に扱った後のセルならば、その自信を一笑に付し、ナシコなど放って馬鹿な二人を殺しに向かっただろう。

 だがそうはせず、持ち上げたナシコの顔を見て、自身の前へ、盾にするように移動させた。

 先程昂ったトランクスの気と、ベジータのあの自信……何かあるかもしれない。

 この世には思いがけないパワーアップがある。ちょっとは慎重に向かっても良いだろう……。

 そう判断したセルに、ベジータは忌々し気に舌打ちをすると、手の平を差し向けてきた。

 

「そんな作戦がオレ様に通用すると思ったか! 貴様ごと破壊するのはわけないんだぞ!?」

「父さん!? やめてください、ナシコちゃんが!」

「黙っていろ!」

 

 ──黙っていろ、と言われて大人しくしていられるトランクスではない。

 守ると決めたばかりの少女が危険に晒されているのだ。たとえ抑えようとしたとしてもその気の高ぶりは抑えられるものではなかった。

 

「!」

 

 ボッと噴き出した黄金の光に、セルは顔を歪めながらも自らの判断が正しかったと知った。

 信じられない事に……トランクスのパワーは、第二形態のセルを完全に超えている……!

 

「ちっ、馬鹿が!」

 

 直後に力を解放し、手の先に光球を生み出したベジータの戦闘能力もまたセルを超えている。

 ここに来て余裕ぶっていられない事を知ったセルは、腰が引けてしまった自分に気付いて、だが人質を取っている事も同時に思い出した。

 

「いいのか? そのまま攻撃すればナシコも死ぬぞ?」

「くそっ……なんて卑怯な奴なんだ……!」

 

 ナシコの後頭部へ指を差し向け、脅しをかければトランクスが反応する。よし、よし。どうやら人質は有効なようだ。そう実感したセルは、この場は引くべきか……いや、それともナシコを盾にしたまま二人を殺してしまった方が良いかと算段を立て始め……フッ、とベジータが笑うのに思考が止まった。

 

「聞こえなかったか? そんなものは無駄だと言ったんだ」

「ま、まさか……」

 

 撃つのか? ベジータは、ナシコが傷つこうが関係ないという顔をしている。それはハッタリではない……光弾にはどんどん気が送り込まれ、一撃でセルを消し飛ばせるレベルにまで至っている。

 

「父さん! そんな事をしたら……!」

「したら、なんだ? 怪物が一匹この世から消え去るだけだ。永遠にな」

 

 ……本気だ。きっと冗談だと薄ら笑いを浮かべていたセルは、必死に止めようとするトランクスを一顧だにしないベジータに、盾など無意味だとわかってしまった。

 

「あ、あ……!」

 

 いよいよ慄く。

 そうなると尾でナシコを捕まえているのは一手失う枷でしかない。実力で上回られているのにそれでは、殺してくださいと言っているようなものだ。

 ナシコと、光弾とを見比べる。その間にも増大していく恐怖心が行動の幅を狭め……!

 

「じゃあな」

「!」

 

 邪悪に笑ったベジータが腕を引く動作に、発射の予兆を感じ取る。

 

「父さ──くそっ!」

 

 ベジータが撃つよりはやくナシコを奪還しようというのかトランクスが飛び出す。

 同時にベジータが腕を突き出し──。

 

「ああああ!!」

 

 どう対応しようかなど考える間もなく、尾をしならせてナシコを投げつけたセルは、脱兎のごとく逃げ出した。

 

「おっと、どこに行くんだ?」

「──え?」

 

 体が止まっていた。

 そして、自らを見上げるベジータの腕が、腹に突き刺さっているのを遅れて認識する。

 

「ご、あ、は……!?」

「そうら!」

 

 腹を抱えようとして顎をかちあげられ、浮いた体にもう一発蹴りをくらって吹き飛ぶセル。

 揺さぶられる意識に、先程の光弾がただの脅し……自分にナシコを手放させるための罠だったのだと、ようやく気付いた。

 

 

「ナシコちゃん! 仙豆を……ほら」

「う……」

 

 少し離れた場所で、トランクスは肩でナシコの背を支えていた。

 先程の一瞬、トランクスは光弾を弾くために動いていた。だが投げつけられたナシコに目的を変更し、受け止める事にしたのだ。怪我をさせないよう柔く受け止めたその瞬間に真横をベジータが通り抜けていくのが見えた。

 そこでトランクスもまた、父の考えを理解してほっとした。

 よかった……諸共消し飛ばしてしまおうとしたのは、ただの演技だったんだ。あまりにも迫真だから、自分まで信じてしまった。

 

 ナシコによって精神と時の部屋に揃って押し込まれ、一年。

 二人きりの境遇で過ごし、ベジータの不器用な優しさに触れた。

 ぶっきらぼうながらも、息子である自分を想ってくれている事がうっすらとわかった。

 でもその過激さや傲慢さが欠点なのもわかっていたのだ。

 

「う、う……」

「ナシコちゃん……もう大丈夫だよ。安心して」

 

 口元に運んだ仙豆に気付かなかったのか、トランクスの首に手を回して抱き着いたナシコは、震える体を落ち着かせようとしているようだった。滲む血が戦闘服を濡らすのに、トランクスとしては一刻も早く治してあげたいところだが、恐怖を取り除いてあげるのもまた肝心だろう。背中を撫でてやるたびに僅かずつ震えがおさまっていく。

 

「は、とら、トランクス……!」

 

 手を掴まれ、それを頬に当てさせられたトランクスは、冷たい彼女の体が熱を欲しているとわかって、大人しくされるがままにした。目をつぶって手袋越しの体温を感じている様子のナシコの、上下する胸に視線をやったトランクスは、裂かれた肌着を合わせて整えてやりながら、大変な辱めを受けたのだとわかって怒りを燃やした。

 

「ちくしょおおおおおお!!!」

 

 空間を震わせるセルの嘆きが、怒りの声が聞こえたのは、ナシコが落ち着いた頃だった。

 ベジータの余裕の攻勢によって手も足も出ずやられたセルが、もはや敵に目を向ける事もなく慟哭している。

 

「完全体に……完全体になりさえすればぁ……!」

「ほう?」

  

 雲行きが怪しい。

 セルの狂言にベジータが乗り始めている。

 

「トランクス、セルやっつけちゃって……」

「え、あ、だけど、今割って入れば父さんが……」

「かな……」

 

 ようやく仙豆を口にして、飴でも舐めるように口内に留めているナシコが、ベジータの悪癖を無視しろと囁く。

 そうしたいのはやまやまなトランクスだが、ベジータは戦いに割って入られるのを好まない。

 せっかく深まった親子仲に亀裂を走らせるのはナシコとしてもよくない。

 

「ベジータ、はやくやっちゃって! 完全体に敵う訳ないんだから!」

「……!」

 

 四つん這いになったままのセルが、ナシコの声に忌々し気な視線を送る。

 それでベジータが動けばおしまいだからだ。

 

「ほ、本当だぞ! 完全体になればきさまら如きわけはない!」

「……」

 

 思案する様子のベジータに、セルは縋りつくようにして訴えかけた。

 生き足掻こうとするその様を嘲笑したベジータは、ナシコ達へ目を向けて。

 

「そう言われると試したくなるのがオレ達サイヤ人だ……いけ、セル。完全体とやらになるがいい」

「父さん! 駄目だ!」

 

 本気でセルを見逃そうとしているベジータに、まさかそんな事をするはず……! と心のどこかで信じていたのだろう、割り込むことに抵抗をみせていたトランクスは、ここに至ってようやく立ち上がった。

 一緒に立ち上がったナシコは、仙豆を噛まずに飲み込んでしまって喉を押さえてけほこほやっている。

 

「そいつを逃がしちゃいけない……ここで倒すべきなんだ!」

「なんだ、トランクス。きさまは見たいとは思わんのか? 完全体とやらの力を……それでもサイヤ人か!」

「そんな事は関係ない……!」

 

 満身創痍の状態で逃げ出そうとするセルを追うには、ベジータが邪魔だった。

 トランクスの前に立ちはだかるベジータ。

 

「きさまも大人しくしておけ」

 

 お腹の傷が完治したのを確認していたナシコにも声がかけられる。

 だがそれに従う理由も意味もない。即座に飛び上がったナシコは、事態が悪い方向へ進んでいると知った。

 

「遅かったか……!」

「17号……17号はどこにいるんだい!?」

 

 騒ぎを聞きつけた人造人間達がこの場にやってきてしまったのだ。

 いや、16号が先頭であるのを見るに、おそらくは巨大なパワーと17号がぶつかったのを感知して加勢にやってきたのだろう。

 

 いると聞いていた17号の姿が見えない事に18号は辺りを見回して困惑している。簡易ステージ、広場……どこにもその姿がない。

 21号は夢の国帰りのようにナシコグッズに身を包んで、空に浮かぶナシコへ手を振っている。ぴょんぴょんと小さく跳ねる様子はまるで一桁代の年齢であるようだ。

 

「セルの姿が大きく変化している……まさか」

「……あれに、吸収されちまったってのかい? あんな奴に、17号が……!?」

 

 わななく拳を握り締め、18号がセルを睨みつける。

 口を開け、呆然とするセルは手負いだ。いかに変化していようと、今なら完全に破壊する事もできる!

 

「よくも17号を!」

「! 18号、待て!」

 

 円盤状の気のエネルギーを振りかざして突進する18号に、セルの口が笑みの形に変わってゆく。

 

「間に合え……!」

 

 もちろん、ナシコもこの突然の事態に、指をくわえて見ている訳ではなかった。

 片手に生み出した光弾を振りかぶって放った。その瞬間に、セルが額に両手をあてがってすさまじい光を広げた。

 

「──……」

「そいつが完全体か。思っていた通り、大したことはなさそうだな」

 

 光が収まれば、セルは完全体に進化してしまっていた。

 最悪の展開だった。ナシコが思い描いていたはずの未来は消え、本来の歴史通りに進んでしまっている。

 ベジータが完全体のセルと戦闘に入る中で、気力を失ってゆっくりと地面に下りたナシコは、そのまま膝をついてうずくまった。

 なぜ、こうなってしまったのだろう。

 それはやはり、自分がいい加減で、しっかりと物事を考えられない馬鹿だからか。

 

「父さ-ん!!」

 

 戦いと呼べる戦いすらできずに敗れたベジータを助けるため、トランクスが飛び出していく。

 だが彼の秘策がまったく通用しない事をナシコは知っていた。それを指摘する気にもなれなかった。

 

「ふ……孫悟空も、私を倒すために修行中……か」

 

 筋肉を膨れ上がらせ、パワーに頼った変身を行ってセルに挑んだトランクスは、やはりこれも戦いにすらならずに負けを認めてしまった。

 だがトランクスは、まだ抗おうとしていた。自分のマヌケさを痛感しはしたが、ここで退けば殺されるのは自分だけではない……守ると決めたナシコも、この時代の人々もやられてしまう。

 失意の中、それだけを想ってなんとか奮起したが……力の差は如何ともしがたい。

 

 そこでセルから問いかけられたのだ。短期間のパワーアップの秘密は何か。さらなるパワーアップも可能なのか?

 そして、まったく姿を現さない孫悟空は何をしているのか。

 

「面白い。お前達が束になれば、楽しい戦いができそうだ……」

 

 スマートになった体を広げ、第二形態よりも小さくなった体でセルが笑う。

 

「武道大会を開こう。こいつは17号が勘案していたものだ……名前は、そうだな……同じ名前というのも芸がないな」

 

 一本指を立てたセルは、"セルゲーム"の開催を予告した。

 これも歴史通り。ナシコは、己の存在がまったく影響を与えられていない事に悔しさを覚えていた。

 修行が足りなかった。真剣さも、努力も、何もかも足りていなかった。

 きっともっと死ぬ気で頑張っていれば、セルを第一形態のうちに倒せていたはずなのに……!

 

「じゃあな」

 

 ビッと二本指でサインを送ったセルは、ひとりどこかへ飛んで行ってしまった。

 

「う、ああああ!!」

「ナシコちゃん……!?」

 

 失意のうちにベジータを抱えて戻って来たトランクスは、ナシコが喉の奥から絞り出すような声を上げるのに慌てて駆け寄った。

 横目で16号や21号の動向を窺うのも忘れない。彼らが穏やかなのは知っているが、やはり人造人間というのは恐ろしいのだ。

 

「あい! 反省した、反省終わり!」

「え……」

「むんっ」

 

 天へ吼え、立ち上がったナシコは、それでいったん全ての感情を吐き出して白紙に戻した。

 もうなってしまったものはしょうがない。だったら今後の事を考えた方がよっぽど健全だ。うじうじするのはあの世でもできる。

 

 そうなるとやることはたくさんある。

 セルが誰にも危害を加えないように注意しなければならないし、人々を守るために動くには今すぐ方々に連絡を入れて準備する必要があった。

 こんな場所で立ち止まっている暇などない。それに、もっとずっと強くならなければならない。

 

「私も入ろ……精神と時の部屋に……!」

「ナシコちゃんも知っていたんだね、あの場所の事を」

「うん。あ、うちのサイヤ連中も入れたいな……ベジータが目を覚ましたら大慌てでもっかい入りたいって駄々こねると思うんだけど、先に入らせてもらってもいい?」

 

 腰に手を当てて立つナシコの勝気な顔に、トランクスは内心でとても感心していた。さっきはセルの完璧な強さを前にして心を折られていた様子だったのに、もう普段通りだ。この立ち直りの速さは見習いたい。……いや、見習うべきだ。

 未来で唯一の戦士であるトランクスは、どんな時も折れてはならない。なぜなら彼が斃れた時が、未来の最期になってしまうからだ。

 

「お互い頑張ろうね!」

「……ああ!」

 

 絶望的な状況になってしまったというのに、明るい笑顔を見せるナシコにつられて、トランクスも朗らかな笑みを浮かべた。

 なんとかなるんじゃないか。ナシコを見ていると、そんな気がしてしまうのだ。

 もちろん気持ちだけでどうにかなる相手でないのはわかっているから、頑張って修行しなければ。

 

「おい、もう規制は良いのですか」

「んお?」

 

 ふっとかかる影に見上げれば、クロが下りてくるところだった。

 地面に下りてすぐ顔を顰め、携えたエネルギーガンでナシコを小突く。

 

「お前、なんて格好をしていやがるのですか。自殺願望でもあるのですか? 世間的に」

「え、あ、やだなにこれ!? ちょっと服貸して!」

「……触らないでいただけます?」

 

 どうやら今の今まで自分がとんでもない格好になってたのをわかっていなかったらしいナシコは、クロに飛びついてエプロンドレスを剥ぎ取ろうとしてとても嫌がられていた。

 なんともいえない光景に、どうにも気が抜けてしまうトランクスであった……。




TIPS
・ベジータ(超サイヤ人)
基礎戦闘力は2000万
超化50倍で10億

・超ベジータ(超サイヤ人第二段階)
少し筋肉の盛り上がった形態。出力は1.1倍くらいか
10億1000万くらい

・トランクス(未来)
格闘形態。基礎戦闘力は2000万
超化50倍で10億

・ムキンクス(超サイヤ人第三形態)
パワー特化形態。出力は3割増し
13億

・セル(完全体)
セル第2形態1450万+18号1/20(1000万)→2450万
超化50倍 12億2500万


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第五十四話 視聴率100%! セル、恐怖の独占生放送

無駄に長くなってしまった


「そういう事で、じゃあねトランクス! ベジータ届けたらそのままブルマさんとこにいてもいいからね!」

「え、あ、はい」

 

 セルが完全体になったその日。

 落ち込んでいる暇などなく、私は超特急で活動を開始した。

 まず事務所に駆け込んで簡易ステージの撤去を依頼するでしょ、新しいステージを特設するために業者を手配。

 連絡から即依頼先の会社に突撃して、必要な機材や人材を運搬する。働く車に乗り込んだ人達を空の旅へご招待。

 そいでもって、だいぶん昔にぶらり原作名所巡りでこの辺りだろうなーって辺りを付けてた地区に下り立ち、テープを張って地面を均してもらう。

 後のお仕事は違う人がやってくれるので撤収! 立ち入り禁止区域の前に『セルゲーム会場建設予定地』の看板を打ち立てて置いて、ああ来た来た!

 

「あとよろしくおねがいしまーす!」

「お先失礼っしゃしゃー!」

「っしゃーす!」

「ちゃっちゃー!」

 

 ふわーっと飛んできたセルが私を見下ろすのにぶんぶん手を振って挨拶しておく。業者さん達も礼儀正しく引継ぎのご挨拶。

 会場作るんならここに作ってね! じゃあねばいばい!

 

「…………なんなのだあいつは」

 

 車に乗り込んだ彼らをうおーっと持ち上げて御社まで送り届ける。

 お次はアポとった会社の人にご挨拶だ。事務所に戻って大人ナシコに大変身。正装に着替えて──着替えさせてもらって、えーまだ一時間くらいあるのでいったんお家に戻ります。

 

「あああ、やめんか! やめろ!」

「駄目だよウィローちゃん安静にしてなきゃ、腕すぐ治してもらおうね、それまで我慢、我慢だよ!」

 

 片腕を失ってしまって可哀想なウィローちゃん……私が看病してあげなくちゃ!

 とりあえず救急箱持って来たから消毒して包帯ぐるぐる巻いとこうね! ちゃんとベッドで寝ててね!

 ナメック星の神龍に腕治して貰うよう頼んでくるから、それまではベッドに釘付けだよ!

 

「シロちゃん見張りお願いね! ほっとくと平気な顔してやれけんきゅーだの実験だのしだすんだから!」

「あいあいあさー! シロに任せて! ドクター監禁りょーかい!」

「じゃ、お仕事行ってくるからね!」

「むぐぐぐぅ」

 

 なんだろ。ウィローちゃんとっても何か言いたそうにしてるけど包帯でお口塞がってるからもごもごになっちゃってる。

 よくわかんないので前髪を上げておでこにキスを落としてお別れする。

 ところでさっき培養槽にやべぇ感じのボコボコがあったんだけどアレなに? バイオハザード的な悪い事画策してない? 気のせい?

 

「じー……」

「むぐ」

 

 数ミリの距離で顔を覗き込んで監視するシロちゃんが頼もしすぎるので安心してお仕事に出られるよ。

 リビングで遊んでるラディッツとターレスにも一声かけておこ。

 

「ねえ! 後で神様のとこに集合ね!」

「あん?」

「……ああ」

 

 暢気な反応にふんっと息を吐き出して乱暴に扉を閉める。

 まったく、この非常時になんでオセロなんかやってんだろ。お遊戯民族にでもなっちゃったのかな!

 でも駄目です。しっかり修行してもらいます。そうだな、明日辺りに神殿に来てもらって精神と時の部屋にぶち込もう。今日はあれでしょ、悟空さんと悟飯ちゃんがこもってるから入れない。私は、ウィローちゃんの腕が治り次第入ることにしよう。

 

 でもその前にやる事がたくさんあるの! ひー、ああなんだっけ、なんだっけ、順番忘れちゃったよ!

 

「あーん! メモでもしておけばよかったよう!」

 

 髪くしゃくしゃーってしながら玄関先でわたわたしちゃう。

 あ゛あ゛ー゛しまった、せっかく整えた髪がぐしゃぐしゃに! 誰だこんなひどいことした奴!

 

「もー! 時間ないのに! あーやばやばやば……!」

 

 肩掛けバックからお櫛を取り出して靴箱脇の姿見で髪を整える。よしっ、おけ! スティックノリもとい、えーなんだっけこれ。二本の名称ど忘れ化粧物体を唇に塗り直してんまんまする。うげ、崩れた! もっかい……これ苦手なんだよなあもう!

 

「ん、ばっちし!」

 

 ピンクできらきらぷるぷるの唇に指を近づけ、ちょっと流し目でキメてみる。

 ふふん、クールビューティーってやつだね。大人の魅力あふるるナシコだ。わかんないけど。

 いつもの運動靴じゃない、外向け用のヒール付きのお靴履いてはい出発!

 

 

 

 

 ゆったりレストランでお食事しつつ、しゃっちょさんとのお話が完了した。

 会社の応接室でお話するって思ってたのに、社長さんとか会長さんが出張ってきてお食事に誘われたので、乗るしかなかったのだ。ふぇー、ご飯食べるの想定してないお化粧だよ……急なお話ですから、みたいな感じで押し切られたけど、私ちゃんとこの事ずーっと昔から頼んでたよ?

 そんな訳で諸々の許可と明日の番組をジャックさせてもらう事を承諾してもらって、偉い人お見送りして、車が見えなくなるまで微笑んどいて、よしぶりっ子終わり!

 

 しゃしゃっと業者さん手配して突貫作業で会社に手を加えさせてもらう。施工終了予定時刻は17時30分? はっや。さすが技術が発達してるだけあるね!

 そういやうちの改装とかも1週間かからなかったもんなあ。この世界の技術の発達具合がよくわかんない。

 

 お昼は抜く予定だったけど思わぬ接待でこなれてるのでよしとして、アポアポアポ……。

 あっちに飛んでは事情を通し、こっちに行っては押し通し。

 明日の準備は完璧ねってなった頃には空は真っ暗で私もくたくた。

 

 ひょろひょろ飛んでお家に戻り、ベッドに直行……。

 

「なぜこっちに来る」

「お帰りー。ちゃんと閉じ込めといたよ!」

 

 むすっとしたウィローちゃんは、ベッドのヘッド部分に背中を預けて本を読んでいるところだった。

 片手でも読めるように機械のアームや小さな横長机がベッドに備えられてたんだけど、そういうの全然使われずに隣に並んだシロちゃんが本を読んであげてたみたい。

 本を放り投げ、ベッドから抜け出して私に報告しつつ腕を広げるシロちゃんを抱き締めて労わる。

 

「よーしよしよし、偉い!」

「きゅふふふ! バブみじゃー! バブみ神……」

「あはは、くすぐったいよ、もう」

 

 胸に顔を埋めて匂い嗅いでくるシロちゃんの短めの白髪をすいすい梳いて、それからウィローちゃんにただいまを言う。

 

「ああ、お帰り……」

「ね、腕大丈夫? お土産包んで貰って来たから食べて。早く元気になってね?」

「病気ではないと言っておろうに……ありがたく頂いておく。ここに置け」

 

 お高いレストランテだったからたぶん美味しいよ、と包みを持ち上げてみせれば、ウィローちゃんはお腹の上の机を横へ押しやって、それを指で叩いた。なんか不機嫌? 一日動けなかったからきっと体力有り余ってるんだね。犬もねー、お散歩とかさせてあげられないとストレス溜まって無駄吠えとかするようになっちゃうんだよね。

 

「よいしょ」

 

 シロちゃんを抱っこして、そのままベッドへゴーイン。

 鬱陶しがるウィローちゃんの横へ体を押し込み、超速就寝。

 はぁあ~~……落ち着く……。

 

 

 翌朝、ドバンと大気を揺るがす超パワーにむにゃりと起きて、気配の方を拝んでおく。悟空さんの気だー……御利益ありそう。

 精神と時の部屋から出て、パワーはどんなもんかなって試してみたところだろうか。おかげで目が覚めました。

 

「やっと起きたか。放せ」

「むにゃむにゃ……」

 

 左にウィローちゃん、右にシロちゃんの両手に花な、私は肌着のナシコです。

 また服脱いじゃってたみたい。堅苦しいかっこで寝てたからね、仕方ない。

 ああー、この温もりが最高……お目覚めのちゅうする?

 

「しない!」

「じゃあシロちゃんにちゅー」

「するな!」

 

 なあんで! もー。文句ばっかりなんだから……ほら、シロちゃんは唇突き出してばっちこいしてるよ!

 ふふん、なーんて冗談冗談。

 

「ちょっとからかっただーけ。真っ赤になっちゃって……子供ね?」

「こいつ……」

 

 指をたて、お茶目に悪戯の成功を宣言する。その指で頬を撫でれば、ほんとに赤くなってぷるぷる震えているウィローちゃんが悔しげに呟いた。彼女には無い大人な魅力でマウント取っちゃうのも楽しい。大きいナシコも悪くないね。子供の方が好きだけど。

 でも今日はまだ子供に戻る訳にはいかない。シロちゃんを抱き上げてベッドから出て、下ろしてあげたシロちゃんのほっぺむにむにして目を覚ましてあげて、洗面所に向かいつつ髪を纏める。

 相変わらずこの研究所は薄暗いね! 窓付けたらいいのに。……地下だから意味ないか。

 

「今日はちょっと撮影に出てくるね」

「……こんな時にも仕事か」

 

 顔を洗い、歯を磨き……。お隣でおんなじように歯ブラシを操りつつ、やや呆れた風に言うウィローちゃんに頷く。こんな時だからこそ、だよ。といってもアイドルとしての活動が主って訳じゃないんだけど。

 事務所に行く前に悟空さんとこにも行かなきゃだから、ふう、ふう、気合いを入れて……よし、急ごう。

 

 研究所を出て、一度本宅に急ぎ、ぐーすか寝こけていたラディッツとターレスの首根っこを掴んでパオズ山へ。

 

「なんだおい、説明も無しに!」

「待ち合わせの話しか? てめぇ結局神殿とやらには来なかったじゃねぇか」

 

 何言ってんの、神殿には今日の午後とかに行くんだよ?

 あと目が覚めたんなら自分で飛んで。後ついてきてね。

 

「おはようございまーす!」

「お、ナシコでねーか。ラディッツさんと……そっちはターレスさんだな?」

「朝早くからすまんな」

 

 下り立ちつつお庭で布団を干していたチチさんにご挨拶する。

 悟空さんと悟飯ちゃんは中ですかー。ちょっとお話良いですかー。

 あ、お食事中? じゃちょっと待った方が良い? 大丈夫?

 気にしないでいいらしいのでお邪魔させてもらう。

 

「おはようございます、ナシコお姉さん」

「え、オラに用事?」

 

 また結構成長している悟飯ちゃんに挨拶しつつ頭なでなでして癒され、それから緊張を持って悟空さんにお願いする。ほああ、超サイヤ人かっこいい……もちろん悟飯ちゃんも格好良いよ! ああ、最高……。

 

 彼は私のお願いを心良く引き受けてくれた。もちろん悟飯ちゃんも一緒。一回くらいは会っといた方が良いか、と判断した悟空さんがチチさんから許可を貰ってくれたのだ。

 ほいじゃあこの放送局に……はい、はい、どうも……。それでは!

 

「ああ! またな!」

 

 朗らかに見送ってくれる悟空さんに控えめに手を振りつつ、二人を伴って陸路で少々離れ、それから飛び立つ。

 ……孫家を出てすぐ飛んだらはしたないように見えちゃうからね!

 

 という訳でやってきました。ここが都で一番大きな放送局。

 世界ニュースを取り扱うここは、国王様との対談にも使われた凄いとこなのだ。

 私もウィローちゃんもかなりお世話になってるよね。

 

「ぜ、全国放送とは、ちょっと緊張するぜ……」

「ヤムチャさんは野球の試合で映ったりした事もあるんだからまだいいじゃないですか。おれなんか初めてっすよ……」

「遅れてすみません。本日はお集り頂き、ありがとうございます」

 

 控室に集まっているのは、昨日と今日に声をかけて集めたZ戦士のみなさんだ。

 ピッコロ、クリリン、ヤムチャ、天津飯、チャオズ……は辞退されちゃったからいなくて、ベジータも一応声かけたけど来てくれてる訳ないか。でもトランクスはいて、戸惑いがちに挨拶を返してくれた。

 

「せ、セルの脅威を伝えるため、それに対抗する者がいるのを伝える……と聞いていたのですが……本当にオレ達が出る必要はあ、あるのでしょうか……」

「ん、未来法規定的にまずい事があったりする?」

「いえ、そういう訳ではないんですが……法などもありませんし」

 

 テレビに出てねって説明はしてあるものの、この時代に未来のトランクスの記録を残すのってまずかったりするんだろうか、と思ったけど、そうでもないみたい。じゃあいいね。

 

「おい、本当にセルの奴は来るんだろうな」

「ええ」

 

 隅の方で腕を組んで立つピッコロさんが問いかけてくるのに自信を持って頷く。

 だって昨日、告知があるならここに来てねって伝えておいたし。……もしかしたら関係ない放送局にいっちゃうかもしれないけど、この(なか)の都以外に全国へ一斉に生放送できる局ってないし、たぶんここに来るんじゃないかな。それ前提で色々頑張ったんだから来てくれないと困るよ。

 

「あ、悟空!」

 

 シュピン、と瞬間移動してきた悟空さんに、クリリンが反応する。私も喜色を浮かべて彼に挨拶しようとして、その後ろに不機嫌顔のベジータがいるのに固まってしまった。

 

「よ。みんな揃ってんなー」

 

 なんでベジータまでいるんだろうって聞いてみたら、暇してたみたいだしせっかくだから連れて来たんだって。

 そ、そうなんですか……。

 

「チッ、くだらん……」

 

 めっちゃ怖い顔してますけど……暴れたりしない?

 さすがにそういう事されると私が怒られちゃうんだけどな……。

 

「彼女達もいるんですね」

 

 悟飯ちゃんは、壁際に立つ16号と、その腕をとっている21号に目を向けた。

 うん、声かけたら二つ返事で来てくれたよ。16号は無反応だったけども。

 

「それではみなさん、もうしばらくお待ちください。備え付けの冷蔵庫にあるものはご自由にどうぞ」

 

 ぺこり。お辞儀して廊下に出る。待っていたスタッフさんにお願いして代わりに中に入ってもらい、私は着替えに向かう。

 全国向けだから落ち着いた感じの、暗い赤のドレス……露出は控えめで、しっかりした感じ。

 アイドルっていうよりは女優さんみたいだけど、顔に合ってるらしいので問題はないだろう。

 全国放送だとか(ナマ)だとかは何回やっても緊張するけど、いい加減慣れないとね。今日はみんなもいるわけだし……。

 

 

 

「失礼しました」

 

 訪れた控室のドアを閉じ、一息つく。

 とりあえずご挨拶も終えたし、後は用意してもらった資料の確認と、セルがちゃんとこっち来てくれるか確認して……。

 

 なんて諸々やってるうちに時間が来た。

 スタジオ入りして、アナウンサーさんに呼ばれるのにお邪魔する。

 

「みなさん、おはようございます。アイドルのナシコです。本日は少々のお時間、世界ニュースにお邪魔させて頂きますね」

「ナシコさん、よろしくお願いします。いやー、感激ですね……ナシコさんと一緒に仕事ができる日がくるなんて」

 

 少しお年のいったアナウンサーさんに会釈をしつつ横に座り、まずはご一緒にニュースをお届けする。

 セルが来るまでは普通にお仕事だ。アイドルとして可愛い感じでニュース番組に出た事はあるけど、真面目な感じでやるのは初めてだから普通に緊張する。国王様との対談は、相手がもふもふだったから緊張も何もなかったなー……。

 

 先日から周知されているUMAについて、目撃情報を交えて、昨日の簡易ステージ方面を震源地とする地震や騒ぎについて触れていれば、ようやくお出ましだ。

 私達が座る机と、カメラの間の床に作られた1階から直通の通路を通ってぬぅっとセルが姿を見せた。

 

「ここで臨時ニュースをお伝えします。先日より世間を騒がせていた未確認生命体"セル"、その完全体のお披露目と相成りました。セルさんの登場です」

「…………」

 

 あわてず騒がず、アナウンサーさんは用意されていた資料に目を通しつつ紹介する。

 表情がなく何を考えているかわからないセルが何をするより早く、席を立ち、彼の下へ歩いて行って案内する。

 こちらへどうぞー。

 

「……フ」

 

 傍らに立つ私を見下ろした彼は、「おもしろい」とでもいうように笑みを浮かべると、されるがまま机の横に立って腕を組んだ。

 よしよしいい子いい子。ちょっと大人しくしててねー、視聴者のみなさまにご説明しなきゃだから。

 

「──……と、いうことは、未来の世界からこの時代の人類を死滅させるために送られてきた生物なんですね」

 

 第一形態からの歩みやらなんやら、私が伝えておいた情報とはなんか色々面白おかしく変わってるけど、おおむねその通りなので笑顔で相槌を打っておく。

 ちなみに完全体になってイケメンになりましたねっててきとう言ったら、割とセルは得意げにして顎を擦るなどしていた。

 

「そんな驚異的なセルが、武道大会を開くとのお話ですが……?」

 

 ここでスタッフさんに扮したうちのアカちゃんがセルに寄っていってマイクを渡す。

 セルは、手渡されたそれをしばし手の内で弄ぶと、手を下ろしてカメラへ目を向けた。

 

「ご紹介に預かった、私がセルというものだ……」

 

 マイク使わないんかーい!

 なんて突っ込みたくなる気持ちを抑え、彼がノリノリで自己紹介をするのにほっと胸を撫で下ろす。

 今のところ暴れたり、誰かを傷つけたりする様子はない。会場づくりでもお膳立てをしたためか、無駄に民家を破壊したりして更地を作り出したりもしなかったみたいだ。

 

「今日は平和で楽しく暮らしている諸君らに素晴らしい話を持って来たのだ……」

 

 順調に、セルはセルゲームの開催を宣言した。

 自分が勝てば世界を滅ぼす事ももれなく加えたけれど……果たして、それを信じる人がどれだけいるだろうか。

 今のところ、セルって人的被害をまったく出してないよね。

 

 今この場でも、ほんとに怪物として見ている人っていないかもしれない。大人しくしてるのもあって、悪役プロレスラー程度の認識になってそう。

 人々に危機意識がないのはいざという時危ないけれど、でも、賑やかし程度に捉えているなら、それが一番いい。

 それで、そのまま、誰も恐怖を感じないまま終われば最良。そのために尽力しなくちゃね。

 

 今日の最大目標はセルに何も傷つけさせないで会場まで帰らせる事。

 副目標は、冷やかしや観戦目的でセルゲームに参加する人がいないようにする事。

 

「では、このセルゲームに挑むという勇敢な選手たちにご登場願いましょう! どうぞ!」

 

 セルの話が一区切りついたところで、端に控えていたみんなに出てきてもらう。

 ……一人足りない。

 

「あ……で、では、一人ずつ自己紹介と意気込みを聞いていきましょうか!?」

「は、はい!」

 

 ほんとなら遅れたお馬鹿にビシッと一言決めて貰って終わりなはずだったのに、なぜか遅れているのでアナウンサーさんが機転を利かせて自己紹介のコーナーとなってしまった。

 仕方ないので私が担当させてもらう事にして、気は進まないけどマイクを取って席を立つ。

 えー、あの、すみません悟空さん……お願いします。

 

「え、なんだ? 名前言やぁいいのか?」

「ええ、どうぞ」

「ふーん。オラ、孫悟空だ」

 

 ざわり。スタジオの空気が一変する。

 セルも腕を組んで楽し気に悟空さんを見ているので、なるほど、強者というのは名乗るだけで場を沸かせる能力があるのだと納得した。

 

「セルはオラたちが必ずやっつけるから安心してくれ」

「言うじゃないか、孫悟空。思っていたよりも随分ウデを上げているようだ……」

「まあな」

 

 睨み合う二人に、空気はばっちり。

 続いて悟飯ちゃんにマイクを向ければ、彼は戸惑いながらもしっかりとした自己紹介をしてくれた。

 意気込みは、頑張りますって普通なものだったけど、うんうん、君はそういう感じでいいんだよ。あーかわいい。

 

「大魔二世だ」

「……はい」

 

 ピッコロさんが、微動だにしないままヘンテコな名前を名乗った。

 え、なに、ダイ……? なんで真面目に名乗らないかは不明だけど、意気込みを言う気配はないので切り上げて置く。名前しか言わないのは予想できてたしね。

 

「…………」

 

 そして問題の人物です。

 マイクを向けたベジータは、生意気にも反対側へ目を向けてだんまりだ。

 

 当初、私だってみんなにこんな風に自己紹介して貰って、セルと戦う選手は決まってるんだぞって周知しようと思ってたんだけど、それを断念した原因がこれだよ。この人絶対喋んないもん!

 

『カプセルコーポレーションから来た、ブルマの夫のベジータだ。セル! 貴様にフィニッシュを決めるのはこのオレだと覚えておけ!!』

「え……」

 

 しょうがないのでベジータの後ろに隠れて声真似で対処する。

 組んでいた腕を解いて私の方に振り返る彼ににっこり笑いかけておく。

 はい、じゃあ次はトランクスね!

 

「ど、どうも、トランクスです。えっと……きっとセルを倒して見せますから、ご安心ください!」

「ありがとうございます」

 

 精一杯たどたどしく言い切った彼に、視聴者を代表してお礼を言っておく。

 その後も、それぞれ自己紹介をしてもらって、意気込みを語ってもらって……。

 何も喋らないかなーと思ってた16号も、空気を読んでか、それとも21号に肘でつつかれたからか、ちゃんと口を開いてくれて助かった。

 

 そして……まだ来ない。

 ので、うちの子に再び働いてもらって、パンチングマシーンを用意する。

 

「では、セルは如何ほどに強いのか!? それを見せて頂きたいと思います」

 

 不正を疑われないよう、まずはスタッフ数人でパンチパンチパンチ。

 ……数値ひっく!

 

「で、ではわたくしも失礼して……」

 

 アナウンサーさんも上着を脱いで腕まくり。

 うおおっと気合い一声パンチして、えー、はい。

 あんまり無理しない方が良いお年なのでは……?

 

「ふう、ふう。あ、ナシコさんもやりますか?」

「いえ、遠慮しておきます……」

「では! セルのパワーを見せて頂きましょう!」

 

 一人勝手にエキサイトしているアナウンサーさんが身を乗り出してカメラへ向かって叫べば、セルが動き出す。

 この空気でやってくれるのかわかんなかったけど、やってくれるんだ……。

 腕を振り抜いたセルは、容易く機械を貫いて破壊した。

 

「こんなカスどもと比較されるのは業腹だが、力を見せておかなければ冷やかしも増えるかもしれんからな……この対価は高くつくぞ、ナシコ」

「あ、はい」

「それでは諸君……9日後の正午を楽しみにしているぞ」

 

 壁に手を向けて気を放ったセルは、大穴を開けてそこから飛び立っていった。

 ……マイク持ってくんかーい!

 

「……はい、セルゲーム開催……でした。続いては世界のお天気のコーナーです」

 

 あんぐり口を開けて固まるアナウンサーさんに代わって司会進行する。

 終わり? って顔をする悟空さんに、こくこく頷く。

 はい、セル帰っちゃったので、ここまでです。お集り頂きありがとうございました!

 

「……ありがとな、ナシコ。オラ達にできねぇ事をやってくれてたようだ」

「え、あ、いえ、あの……」

 

 お開きとなって退出していくみんなと違って、悟空さんは私に近づいてきて、ぽんと肩を叩いた。

 ほめ、褒められるとは思ってなかったし、触れて貰えると思ってもなかったので、あう。

 かあっと赤くなる顔を見られたくなくて俯く。マイクを持った手を胸に押し当て、止まってられなくて、しきりに髪を弄る。

 

 ざわざわ。

 なんだかとても胸がざわつく。

 でも、それは決していやな感じではなくて。

 

「おめぇの力で救われた命がきっとたくさんあるはずだ。オラからも礼を言わせてくれ」

「……」

 

 ぽうっとしてしまう。

 込み上げる嬉しさに、あっつくなってしまう。

 こんなにはっきり言われるだなんて思ってなかったから……。

 ああ、頑張って良かったなって思った。悟空さんに褒められるために走り回った訳ではないけれど……うん。

 

 彼の顔を見上げる。

 落ち着いた翡翠の瞳に、逆立つ金髪。

 私の憧れそのもの。

 

 とくとくとくって脈打つ心臓に、その熱に突き動かされるまま口を開こうとして──。

 

「はあっ、はあっ、あれ、番組は……!?」

 

 ドタドタとやってきたミスター・サタンが、息を荒げて室内を見回した。

 

「またな」

 

 軽く手を振って離れた悟空さんが、壁際で待っていた悟飯ちゃんの肩に手を置いて瞬間移動する。

 ……はあ。

 ミスター・サタン、来るの遅すぎ……。

 

「も、もしかして終わっちゃってたり……?」

「ええ」

「そんなあ」

 

 頷けば、がっくり肩を落とす彼に、そうしたいのは私の方だよと内心で溜め息を吐く。

 せっかく彼を主役に話を進めようと思ったのに、まさか撮影に遅れるどころか来さえしないとは。

 ナシコも随分舐められたもんだよね……そうないがしろにされないくらいにはネームバリューあると思ってたんだけどなあ……。

 

「……?」

 

 ん、なんか局内が静か……?

 あ、ああ、そっか、私が進行しなくちゃだ!

 えーと、資料資料……お天気やって、それから19時までアナウンサーさんのサポートを……。

 ……アナウンサーさんまで固まってるし!

 

 もー、みんな、これ生放送だよー!?

 

 なんでか知んないけど、それから1分近くの間みーんな時間が止まっちゃっていたのでした。謎。

 

 

 

 

「あああ、やめんか! やめろ!」

「良かったぁ、ウィローちゃん良かったねぇ!!」

 

 おうちに帰ったら、ウィローちゃんの腕が復活してた!! びっくり!!

 

「この程度ならすぐ治せるのだ。なめるな」

 

 ふんっと腕を組むウィローちゃんの頭をよしよしすれば、激しく頭を振られて弾かれた。

 ああかわいい。そして凄い! さすが天才ウィローちゃん!

 こりゃもう舐めれないね。

 ……ふふんと得意げにしているウィローちゃんの頬に顔を寄せて、ちろっと舌先を当てる。

 

「なめるなっ!!?」

「へへー」

 

 肌の味ー。当たり前だけど。

 

「シロも! シロもなめる!」

 

 ぴょんぴょん飛ぶ白いメイドさんが、ウィローちゃんに迫るも額を押さえてつっぱられ、うーうー唸っている。

 

「お前の真似をしたがるんだから迂闊な真似はやめろ」

「はーい」

 

 私が研究所に来るとすっ飛んでくるシロちゃん、クロちゃんとは対照的に私にべったりで、私のやることなすこと真似っこするんだよね。ウィローちゃんをぎゅーしたり、ほっぺや額にちゅーしたり、一緒に寝たり……。

 

「そうだ、ウィローちゃんも完全回復した訳だし、一緒に修行しよ! 精神と時の部屋で!」

「む……まあ、やぶさかではないが……なんだそこは」

 

 そこはねー、超修行できる場所です。

 

「……そうか」

「シロも行く!」

「ごめんねシロちゃん、あそこ定員二名なんだ。二人までしか入れないの」

「大丈夫だよ、シロヒトじゃないしー」

 

 ……え、なにいきなり闇深いこと言ってるの?

 し、シロちゃんは人間だよ……?

 

「『お前はもう……ヒトじゃないだろ』」

「シロちゃん、それ誰に言われたの? 教えて?」

「きゅふふふ!」

 

 真面目な顔して、低い声で不穏な事を言うシロちゃんに、きっと誰かに酷い事言われたんだと判断して肩に手をかけ問いかけるも、笑うばかりで答えてくれない。

 ウィローちゃんに目を向けるも、肩を竦めるだけ……え、え、どう反応すればいいのこれ。

 

「修行だな。わかった、準備をしておく」

「え、うん、おねがい……?」

「きゅふふ! きゅふふふふ!」

 

 ウィローちゃんが部屋を出てしまうと、残るのは裏返りかけた甲高い笑い声ばかり。

 あの、私はこの子の闇とどう向き合えば良いのでしょうか……教えて神様ー!

 神様と言ってもデンデだぞ。

 あ、そういやまだデンデ呼んでないや。今度呼びに行かなくちゃ。

 

 そんな流れでデンデが地球の神様になりました。

 やったね。




TIPS
・ウィローの腕
有機培養にて復活
これでいくら体が欠損しても大丈夫になったね!

・大魔二世
ピッコロが即席で考えた世間向けの名前
魔ジュニアもピッコロも世間的にまずいので
それっぽい名前を用意した



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第五十五話 セルゲームに向けて……!

 9日間の猶予ができた私は、できればセルを監視していたかったんだけど──セル自身は動かないかもだけど、誰かがちょっかいをかけたら払うくらいはしそうだし──、修業も肝心。という事で、今回もまたカラーシスターズに出動を要請。交代で、セルに不用意に近づくような人がいた場合追い返すようにお願いした。

 

 お給料を要求されたので、まあ、そこはね、ナシコも大人だし、お金ならいくらでもあるので何ゼニーでも言い値で出すよって余裕ぶっていたら、一人一日私のおやつ一日分とかいう訳の分からないものをねだられた。

 量じゃない。私が、その日おやつを食べる権利をくれ、と言われたのだ。

 

 やだ。

 

 やだけどぉー……そういう訳にもいかないし……泣く泣く献上してお仕事を引き受けてもらって、私はウィローちゃんを伴って神殿へ向かった。

 そう。精神と時の部屋での修行、開始である。

 ウィローちゃんの腕が治り次第、と思ってたら、すぐに治っちゃうんだもんね。ならやるのは早い方が良い。

 ちょうど私がみんなを番組に誘った事で部屋は空室。ピッコロさんが入る予定だったところを譲ってもらって、入室となったのだ。

 

 真っ白な空間は正直めっちゃ気持ち悪かったので、ウィローちゃんだけを見てやり過ごす。

 ……わざわざ彼女を連れて来たのはこのためである。

 だって一人でこんなところ入ったら寂しくて死んじゃうもんね!

 ラディッツやターレスと入っても良かったんだけど、ウィローちゃんが猛反発したのでぽしゃった。もう、私の事大好きすぎでしょー。へへ、ラブラブだぜー、ぶいぶい! そういう訳だから、悪いけど男は男で入ってね。こっちは女の子どうしで花園築き上げてくるからさ。

 

 

「わ、結構近代的なキッチンだね」

「……どこから水が来ているのだ、これは」

 

 さあ?

 首を捻りつつ、ご丁寧に足場になる台もあるのを発見して、これなら子供の背丈でも料理ができると喜んだ。

 おトイレも水洗だし、シャワールームはお風呂も完備。なんか入浴剤も豊富だった。

 おっきな冷蔵庫には炭酸系のジュースもいっぱいあって、ひょっとしてこれ、入室者の求めるものを生み出してくれる系の素敵装置なのかなって推測する。

 

「そのようだ。どうりでサイヤ人が籠っても食料が尽きない訳だな」

「へぇーん」

「……」

 

 棚に並ぶ篭をちょっと引き出して穀物を覗いていたウィローちゃんの背後から覆いかぶさり、のっしと頭に顎を乗せる。

 こういう時だけ大人なナシコ。意識してちっちゃい背中に胸を押し当てると、ウィローちゃんは無言でぷるぷると震え出すのだ。

 

「ええい、なぜその姿になる!」

「こっちの方がより重力を強く感じるからです」

「おのれ屁理屈をぉぉ……!!」

 

 ばっと振り返ってぷんすこ怒るウィローちゃんに、私は理論で武装してえへんと胸を張る。

 ここは地上の10倍の重力。体にかかる負荷はぐわーっとして変なカンジ。でもこれくらい平気。

 修行するなら負荷は大きい方が良いでしょ? なら大人の姿の出番だ。この空間なら他に見られる事もないし、19歳な私を晒すのもそう嫌じゃない。あんまり気は進まないけどね。でも悪戯には積極的に使っていくよ!

 見よ、この無駄にでかいお胸も重力に抗ってたわわに実っておるわ! 羨ましい? 触ってもいいよ?

 

「……」

「あ、ほんとに触るの……」

「っ」

 

 半目で私を……私の胸を見上げた彼女は、そうっと手を伸ばしてきて、おわんの形にした手で包むように触れてきた。

 ……反応に困る。おてて暖かい。

 困惑を声に出せば、はっと私の顔を見た彼女が手を庇うようにして自分の胸へやった。

 何そのばっちいものでも触ったみたいな反応は! きずつくー!

 

「えっち」

「ちがう知的探求心だこれは」

「エロエロ思春期かぁ~?」

「~~っ!」

 

 あっ逃げた!

 待て待て待てーいと囃し立てつつ追いかければ、なんとウィローちゃん、おトイレに入って鍵をかけてしまった。

 大事件! 厠立てこもり事件発生……からかいすぎたかな? ごめんよー、こんな白い場所に一人にしないでよー。YO! YO! ラップでお前の心を開くぜ天岩戸だぜ!

 

「脳が破壊される……」

「おお。なんか知らんけどダメージ受けてる……もっとやる?」

「やめろ」

 

 扉越しのくぐもった声。カチャリと鍵を開けた彼女が隙間から覗いてくるのに、安心させるつもりでしゅるるっと縮んで子供なナシコに再変身。ほらほら、もう大人ナシコでマウントとったりしないから……。

 

「よいしょぉ!」

「くうっ」

 

 1ミリ近づいたらものっそい勢いで扉が閉められたので、足を突っ込んで防ぐ。バチバチっとスパークが散る。ふふん、力で私に勝てると思うなよー。

 

「観念しろい!」

「こ、ここには遊びに来たんじゃないんだぞ!」

 

 腕を突っ込んで引きずり出しつつ掻き抱けば、わちゃわちゃ暴れるウィローちゃんに咎められる。

 わかってるよ。でも1年もあるんだしさ、のんびりやろうよ。焦ったって成長なんかできないよー。

 私もウィローちゃんもこれ以上成長はしないんだけどねー。

 

「まったく……」

 

 広い空間に躍り出れば、いっそう頭がおかしくなりそうになる。

 

「わー、ほんとに真っ白だねー! 目が痛い……しょぼしょぼする」

「まずは目を慣らしていくところから始めよう。あまり直視はするな、悪くするぞ」

 

 大丈夫だよー、そこら辺不変だもん。夜中に電気つけずにゲームやっても視力落ちたりしないもん。

 そういえばここは空気が薄いらしいけど、今はあんまり実感しないかな。運動すればわかるかも。

 シャドーボクシング開始! シュッシュッシュ! セル死ね! 死ね!

 

「『ぶるぁ! やめてくれ、私が悪かった……降参ゆるして』。ふっ、セル破れたり!」

「…………」

「待ってウィローちゃん、また籠城しようとしないで!」

 

 無言でそろりそろりと後退っていた彼女を捕まえて引き戻す。

 トイレに籠るつもりだったかはわからないけど、なんか逃げようとしてた気がしたのでがっちりガード。

 少なくとも1年はこっから出さないぞー……ウィローちゃんが一人で出ちゃったら、ラグで再び入るまでに、私長い時間一人ぼっちになっちゃうでしょ。発狂しちゃうよ? いいの?

 

「……」

 

 ほんとかなーって顔して私を見るウィローちゃんに、顔を背けて目を強くつむって涙を捻り出す。

 ふるふるっと血を上らせて泣き顔を作ってひっしと彼女に縋りつく。

 

「私一人じゃ生きていけないの! あなたが必要なのっ! だからお願い……!」

「あほ」

「いたい!」

 

 迫真の演技のつもりだったけど、でこぴん一つで粉砕されてしまった。

 しりもちをつくと、やっぱり外とは違ってこれだけで結構な衝撃がある。

 それに常に肌が突っ張ってるような感覚があってもぞもぞする。

 

「ふ、ぅん……ぁは、はふ」

 

 それに息もし辛くなってきた。水中に潜ってる時とは違うなー、有酸素運動してるからかな。

 ウィローちゃんも言ってたけど、まずはこの環境に慣れなくっちゃね。

 手を引かれて立ち上がった私は、流れでウィローちゃんを押し倒した。

 大人ナシコでマウント取らないとは言ったけど、子供ナシコでマウントとらないとは言ってないのだ。

 

 

 そして3日後。

 環境に適応し──元よりウィローちゃんは即座に変容してこの場に合わせたみたい──、私だけ頑張って克服し!

 ようやく本格的に修行をやっていく事になる。

 といってもぽかぽか殴り合ってもしょうがないから、結局は慣らす事に始終するんだけどね。

 

「ふ、んっ……」

「ふむ、やはり数分かかるのか」

 

 50倍界王拳を発動し、時間をかけて吸収し、深紅に染まってルージュへ変身。

 勝手に大人なナシコになってる体を見下ろして、うーんと腕を組む。

 これに即座になれるようになるのが当面の目標だけれど、この技、これ以上発展する余地ってあるのかな。

 一回変身を解き、再び数分かけてルージュになる。うーむ。

 

「界王様も言ってたんだけど、これは界王拳の完成系だって。常時この姿で過ごしてみるつもりだけど……この上があるとはどうにも思えないんだよね」

「ああ。今は安定しているが、それ以上上げようとするとどうしたって体に負担がかかるだろうな」

「まー、つべこべ言っててもしょうがない。やるっきゃないよね」

「わたしもできる限りサポートしよう。わたし自身の訓練もせねばな。せっかくこのような場に入ったのだし」

 

 うんうん、それいいね。ウィローちゃんもめっちゃ強くなっちゃお?

 そうしたら私も助かるよ。うちのサイヤ連中もこの後ここにぶち込む手筈になってるけど、そっちはどんくらい強くなるかわからないからね。

 そうそう、トランクスもまたベジータとここに入る予定だって。覚えてる限りだと、原作だと別々に入っていた気がするけど、ずいぶん仲を深めたみたいで良かった。

 

 

「いっぱい頑張って、セル超えちゃおうね!」

「それは正直微妙だが……うむ、その意気だな」

「じゃ、あれやろあれ!」

「あれか」

 

 せい、ぴーす! そそ、向かい合って伸ばした手を重ねて、ぱっと上へ花咲かせて。

 私達フラワープティングの、ライブ前の掛け声!

 

「世界に笑顔を!」

「心に花を!」

 

 フラワープティング~~……オン☆エアーっ!

 

 ってね!

 

 

 

 

「うにゃ」

 

 ベッドの中でもぞもぞと動くと、移った体温と外気の冷たさに、布の外に出た足が心地良い。

 でも隣にウィローちゃんがいないので、仕方なく起床……。

 頭を揺らせば重い髪の毛もふらふら揺れて、目を擦りつつ小さくあくび。

 それからシュボッとルージュになって、布団から出る。

 

 キッチンの方には、シャツだけ着て他はなんにも身に着けてないウィローちゃんがフライパンを振って朝ご飯を作っている。

 

「おはよー……」

「おはよう。ん」

 

 振り向いたウィローちゃんに軽く触れて、朝の挨拶。

 しょぼしょぼした目の上っかわをウィローちゃんの前髪にくすぐられて、変に笑いそうになる。

 料理の手を止めさせないよう、邪魔にならないよう、でもくっつきたい気持ちは抑えないで……。

 台に乗って高くなった彼女の背に合わせてつま先立ちになって、前のめりに、シンクに手をつく。

 ふわりと、ミントの香りがした。

 

「顔を洗って来い」

「うんー……」

 

 指先で私の頬を撫でて、フライパンに向き直った彼女に言われて洗面所に向かう。

 顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳いてー……。

 うい。おめめぱっちり。今日も一日がんばろー!

 

 今日の朝ご飯はパンケーキ。朝から豪勢!

 

「たっぷぅりはちみつ♪ バターもぽってり♪」

「食べた分のカロリーは動いて燃焼」

「うー!」

 

 メルヘンな歌に現実をねじ込んでくるウィローちゃんをじろっと睨む。

 そういうの気にしないで食べてたい! ウィローちゃんはいいよね、自分である程度体型操作できるんだから。

 私は、老いはしないけど脂肪はついちゃうの。厄介な体なの!

 ばくばくばくっと怒りに任せて完食して、牛乳も飲み干して、一緒にお皿を片しに行く。

 洗い物なんて一人いれば十分だけど、それじゃ寂しいので共同作業をしてるんだー。

 

「ふーんふー、ふんふー」

「ふんふー、ふー、ふ……ん……」

 

 体を揺らしてハミングする。こんな生活も半年以上続けていれば、ウィローちゃんだってノリノリだ。

 かわいいのでお皿を洗う手を止めて、スポンジをしっかり持ちつつそっちを向く。

 一つの台の上で器用に足の位置を維持して……………。

 

 ふふっ。触れ合う髪の感覚にくすぐったくなっちゃった。

 それから、残る甘さが魅力的な──。

 

「はちみつ!」

「危ないからあまり動くな」

「はぁい」

 

 危ないなんて、私達にはないと思うんだけど、注意はしっかり聞いておく。

 泡立てたスポンジを何度か握って、それからフォークもしっかり洗って。

 ここで私達の1日のスケジュールを発表です。

 

 6時くらいに起床。

 12時までゆるーく過ごして、昼食。

 12時30分くらいからスパークリング。あ、私の変身じゃなくて、ウィローちゃんとの特訓の事ね。

 18時に夜ご飯。それから20時までダンスレッスンして、21までボイトレ。22時まで歌唱練習して、お風呂入って、23時には就寝。

 

 超健全な生活だね!

 ここに持ち込んだ携帯ゲーム機は潰れて壊れたからしょうがないね!

 カプホは無事だった模様。凄い頑丈にできてるよね、これ。プレス機にかけても画面に罅すら入らないんだって。

 

 もうやる事なんて修業かウィローちゃんとお話するくらいしかないよー。

 あとお菓子パーティ? 望んだ食糧は、食べ物に限っては原材料的な形で出てくるから、ウィローちゃんが計算を尽くして色々開発してくれたのだ。

 今じゃホールケーキもチョコフォンデューも、デミグラソースのハンバーグも、クリームソーダだって作れちゃう!

 

「んー、たまらん……♡」

 

 くつろぎスペースにてクリソを貪る私。

 緑のシュワシュワに、真っ白なバニラアイスが良く映える。

 グラスに映る深紅の私。ルージュなナシコ、もちろん子供の姿である。

 

 私のルージュは、思っていた通りあれ以上の進化はなかった。

 ウィローちゃんの計算でも、負荷を無くすことはできないって。最適のトレーニングを選択したって、ルージュの状態で界王拳を重ねれば体が壊れちゃうって結論が出た。

 こっそりやってダウンしたのは内緒。

 

 だから私、ウィローちゃんと相談して、進化じゃなく退化を選ぶことにしたのだ。

 なので子供ナシコのルージュ。

 50倍の界王拳常態化を2倍の常態化まで落とし込んだ。

 これなら9歳のボディでも負担無しでルージュに変身できる。

 

 でも、ここでさらに界王拳を発動したりなんかしたら、結局50倍の常態化でやるのと変わらない。

 合わせるのはそっちじゃなくてスパークリングの方。

 大人ナシコのルージュ(50倍)じゃ無理だけど、子供ナシコのルージュ(2倍)になら、スパークリングを重ね掛けできるのだ。もちろん、相応の訓練は積んだけどね。ぶっちゃけ7か月くらいかかった。

 

 ナシコルージュスパークリングは、まず界王拳常態化で基礎最大戦闘力を2倍にして、そこからスパークリングで40倍。今の私の戦闘力が1380万だから、倍にして……倍……えー、ばいばい……。2000万のー、600万のー、160まんのー、プラスしてプラスして、2760万か。

 その40倍。

 ……もういいや、考えるのやめ。頭パンクしそう。

 

「ほん?」

 

 キッチンから帰ってきたウィローちゃんが傍らに立つのに顔を上げる。

 彼女の手には自分用に作ったのだろうクリームソーダが、そして彼女の顔には赤いフレームの眼鏡がある。くつろぎモードのウィローちゃんが、グラス片手に髪を掻き上げつつ腰を屈めてきた。

 目をつむって、首を伸ばして応える。

 

「……甘ったるいな」

「クリームソーダ食べてたんだもん」

 

 回り込んで、お隣に座った彼女は、グラスの横に紙とペンを広げて何かを綴り始めた。

 また研究? 読めないよ~。つまんないよー。

 

「あ、そだ。ねねウィローちゃん、2760万の40倍は?」

「11億400万。わたしを計算機扱いとは良い度胸じゃないか。今夜のおかずはピーマンの肉詰めにでもしようか?」

「ごめんて! やめてね!」

 

 いやー! 肉詰めとはいえ、ピーマンはいや!

 仕返しがえぐいよー……でもお肉要素入れてくれる優しさがす・き。

 彼女の肩に手を当てて身を乗り出せば、翡翠の瞳に私の顔が大きく映る。

 

「んふー」

「……」

 

 ちょっとの間目をつぶった時に、まつげ同士が擦れ合う感触がした。

 口に手を当てて笑みを隠せば、ウィローちゃんは目を逸らして書き物に戻った。

 機嫌直ったかな……今夜はすき焼きベイベー?

 

「かぼちゃの煮つけ」

「おげぇええ!!」

 

 なんでー!? そんなっ、そんなっ、やだやだやだ!

 かぼちゃ嫌い! 糸みたいなの引くから嫌い! もちゃっとするから嫌い!

 

「好き嫌いの多い娘だ。まったく……」

「……」

 

 膝を叩いて駄々をこねていた私の後ろ頭に手を回して引っ張り、黙らせてきたウィローちゃんは、私の方へ傾けていた体を戻すと、ちろりと唇を舐めた。

 ……確かに、怒ってる時にこれは、あれだね。

 ……恥ずかしいねこりゃー。

 

「ん、まだまだセルには届かないかー」

「精進あるのみだな。あんまり"挨拶"にかまけるもんじゃない」

「でもしてくれるんでしょ?」

「しつこいからだ」

 

 精神と時の部屋に入って8ヶ月ちょっと。

 ウィローちゃんの戦闘力は、7億8000万まで超上昇!

 すっごく強くなったでしょ! 私と違って才能の塊だから、伸びも凄いんだよねー、うんうん、私も鼻が高いよ。

 

 反対に私は全然伸びてない。本気で頑張ってはいるんだけれども、もっぱらルージュの制御に時間を費やしてたからね。

 

 ところで、私の寂しい気持ちを込めて押せ押せこめこめでいったらウィローちゃんのガードはゆるゆるになった。

 寝ても覚めてもくっついてたって怒られないの。あと挨拶もするようになった。外国式の挨拶。ほっぺやお口にするやつ。いいでしょー。

 

「んー♡」

「はぁ……」

 

 目をつぶって口を指させば、大きな溜め息をついた彼女は、ペンを置いて私の方へ身を乗り出し、髪に手を添えて唇を重ねてくれた。

 やっぱ、これ、すっごく安心する……。

 

「……ん」

 

 すぐに離れてしまわないよう、細い肩を抱いて留める。

 そのまま離れないで……もうちょっとだけ……。

 

 ああ。

 

 誰かと繋がってるってわかる。私の命がここにあるって感じられる。

 生きてるって実感できる。いとしい人がいるって、守りたいものがあるって、だから頑張ろうって熱くなれる。

 

 つまり、最高。

 

 唇を離す。柔らかな熱が少しの寂しさを残して、間近にある端正な顔を覗く。

 何十分見てたって飽きない、きれいなお顔。

 心底面倒そうに眉を寄せて、むいっとお口を結んでいるその健気さに、胸の中に嬉しさが溢れて。

 

「好きだよ」

「あー、わたしもだ」

「ふふー」

 

 思わず告白しちゃった。ひゅー、青春!

 しかも一見ぶっきらぼうなウィローちゃんの答えも、声だけそうってだけだった。

 照れたように一度顔を背けたのに、ちゃんと私に向き合って、目を合わせて答えてくれたの。

 ああもう、かわいい、愛しい、かわいい、愛しい!

 んふー。沈静化ー……。あんまりやりすぎると嫌われちゃうからね、一回おちつこ。

 

「よいしょ」

「……」

 

 座り直して、ぼうっとする。

 ウィローちゃんも姿勢を正して書き物に戻った。

 そうしている時の知的な横顔もめっちゃ好み。邪魔にならない程度に体を寄せて寄っかかっちゃお。

 

 素直に好きって言えるのって素敵だよね。

 私、あんまりそういう気持ちを人に伝えた事がないというか、苦手だからさ。

 憚ることなく好意を伝えられるウィローちゃんがとっても大切だって思えるんだー。

 

 あ、ちなみに彼女と私は家族なので、これはノーカンね。ノーカン。

 ウィローちゃんだって私が頼み込まなきゃ絶対してくれなかったし。

 私が、人と触れてなきゃ死んじゃうタチだからって、こうしてくれているだけだしね。

 優しい子だよねー……好き!

 

 この好きはー、親愛の好き。

 ぶっちゃけ親しい間柄でキスするのって普通じゃない?

 ナルトとサスケだってキスするしね。

 

「嬉しいんだー」

「……」

 

 カリカリカリ。古めかしいペンの先が紙を掻く音が心地良くて、心のままに言葉を紡ぐ。

 

 ──歌で。

 

「私の力で人を笑顔にできるなら、こんなに嬉しいことってないよ」

 

 目をつぶって、前髪が額をくすぐるその感覚や、髪の重みに意識を傾ける。

 

「誰かの幸せのためにがんばりたいな。それが、やっとみつけた私の夢なんだ」

「……」

 

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。

 

 ずぅ~~~~~~っっと昔から思ってた。

 ナシコがナシコになる前から、その前の、ずっと昔の、ちっちゃな頃から考えていた。

 

 誰かに頼ってもらえる私になりたい、って。

 誰かのために生きられる私になりたい、って。

 

「だから決めたんだ。みんなの笑顔のために! 全部使おう!」

 

 私の全部を捧げよう。

 せっかくこの世界に生かしてもらってるわけだしね。

 この世界のために、そこに生きる人のために。

 すべてを賭けて戦うよ。たとえ死んでも悔いはない。

 

「わたし達はお前のために全ての力を使おう。お前の夢のために」

 

 手を止めて、私を見て言う彼女に、なんだかくすぐったい気持ちになってしまった。

 だって別に、決意表明とか、そういうんじゃなくてさ。

 そうしよっかなーって思ってた事を形にしてみただけだから。

 

「ありがとう」

 

 でも、お礼は言おう。

 こんな私を受け止めてくれてありがとう。

 構ってくれてありがとう。みんながいるから、私も笑っていられるんだよ。

 

「がんばろうね!」

「ああ」

 

 むんっと胸元で拳を握って気合いを入れる。

 まだまだ強敵はどしどしくるんだ。セル如きに手こずってらんないよ!

 ……それでも奴は、今の私達にとって最強なのは確か。

 だからあれ。格好良く言うなら、この身に代えてもやっつけて、平和を勝ち取るよ。

 それが私の生きる意味だもん。……力を持ってる意味だから。

 

『話は終わったか』

「……む」

 

 どうやら休憩は終わりのようだ。

 

 白い空間の、ちょうど百メートルほど向こう側。

 赤い光を纏い、座禅を組んで浮かんでいた外宇宙の戦士が手足を広げて立った。

 

 赤と黒のボディスーツに、紫の肌に、スキンヘッドに巨眼の男。

 プライド・トルーパーズ最強の男、ジレン。

 

『お前如きでは相手にすらならん』

「そうかな……やってみなきゃわかんねぇ!」

 

 とうっとジャンプして白い空間に下り立てば、ちょっと遅れてウィローちゃんも横へ来る。

 外した眼鏡をぽいっと放って──空中で掻き消える眼鏡は、いったいどこにいっているのだろうか──緩やかに立つ戦闘スタイル。

 

『さあ、来い!』

 

 ぶわっと威圧感を発する巨漢に、私達も気を全開にしてぶつけていく。

 

 ちなみにあれは、私が放った気にそういう気質を付与した、単なるもやもやの人型である。CVナシコ。

 ウィローちゃんとの組手ばかりじゃ癖がついちゃうからね、こういう外敵も用意しようって事で、なんとか私がやってみたのだ。

 

 でもたぶん、ジレンの姿がはっきり認識できてるのって私だけだと思う。ウィローちゃんジレンの顔知らないもんね。そして私もジレンの気質は知らないので真似る事はできない訳で。

 いったい彼女にはあの光の人型が何に見えているんだろうか。

 なんにせよ、あの強敵との戦いは私達の成長を促してくれること間違いなしだろう。

 いやただの気の塊だから、ぶっちゃけ強くはないんだけどね。

 

 

 

 

 もう3ヶ月ほど修行して、お外に出る事になって。

 祝! 修行おしまいって感じで、扉の前で向かい合って、改まってご挨拶して。

 お互いの熱を交換して、しばらく見つめ合って。

 

「外じゃ挨拶はせんからな」

「え」

 

 ……え?

 え、え、え……。

 

 なんでか、死刑宣告を受けた。

 

 

 

 

「こんにちは」

 

 湖の畔にお弁当を広げる孫一家へご挨拶をしに来た。

 お食事中だった彼らは、おかしいな、超サイヤ人を維持してない。

 

「食事時くれぇやめてけれってオラが頼んだんだ」

 

 小さなチチさんがもくもくお箸を動かしながら教えてくれた。

 ははあ、なるほど。私、ご飯食べる時も寝る時もずーっと超サイヤ人維持してるもんだと思ってたよ。

 私だって寝る時はルージュ解除するしね。

 

「……おめえも不良になっちまっただか」

「違いますよー」

「そいつがおめぇの変身か」

 

 ごっくんとお口の中のものを飲み込んだ悟空さんに頷く。

 これが私の大変身。パラパラと赤い光の欠片が散る、スーパーナシコルージュである。

 

「お、なんだなんだ?」

 

 私にご挨拶してくれる悟飯ちゃんに微笑みを向けて、悟空さんの横に膝をついて座る。

 私を見下ろす彼を見上げ、小声で囁きかける。

 

「ご存知かもしれませんが……」

 

 当然のように、短期アイドルモードを決行中。

 じゃなきゃ緊張してお話にならないからね。

 

「悟飯ちゃんは、戦いが好きじゃないんです」

「お?」

 

 ナシコも食べてくか? と取り皿に肉団子やらレタスやらを分けてくれるチチさんを見つつ、続ける。

 

「だからあの子にだけ任せきりにする……というのは、やめてほしいんです」

「……あいつの才能がオラ達以上だとしてもか」

「はい」

 

 私は、すっごく安心して、そう答えた。

 だって聞き返してきた悟空さんは、もう悟飯ちゃんにセルを倒させようって気はないみたいだったから。

 なんだ、やっぱり言いに来る必要なんかなかったじゃん。悟空さんは、自分でセルを倒すみたいだった。

 

「色々修行はしてきたんですけど、悟空さんの超界王拳みたいにはいきませんね」

 

 せっかくなのでご相伴に預かりつつ、談笑に混じらせてもらう。

 精神と時の部屋での修行の成果に話が及んだので、あんまり強くなれてない自分の話す事などそれくらいしかなかったけれど、話した。

 サイヤ人で界王拳を発動する、あの超カッコイイ技。

 きっと私のスパークリング界王拳より、ずっと出力は上なんだろうなーっていつも思ってた。

 

「……(めぇ)ったな」

「?」

 

 悟空さんの言葉の意味が読み取れずに顔を上げれば、「安心しろ」と笑いかけて来た。

 なんとかセルと戦えるよう頑張るさ、って。

 ほんとに、頼もしい人だ……。私も頑張ろうって思えた。

 

 

 

 

「あの……」

「はいはい、頭動かさないでねー」

 

 

 ナシコ家にて。

 精神と時の部屋に二度目の突入を果たし、超超超ロン毛になったトランクスの髪が鬱陶しかったので散髪のお時間です。

 椅子に座らせて、腰まで届くその髪にシュッシュと水を吹きかけていく。

 

「こう見えて私、昔理容師目指してたんだ。まかせてよ!」

「え、そ、そうなんですか……?」

 

 ふふーん。ま、やるのは何十年ぶりかもわかんないけど、案外体は覚えているもんで。

 櫛を通し、鋏を操って鼻唄交じりに、下に敷いたシーツへ頭髪の端を落としていく。

 

 チョキ、チョキ、チョキ。

 ジョギ、ジョギ、バサッ。

 

「あっ」

 

 …………。

 ごめんね。

 

「え? え、なんですか?」

 

 いや、あの。

 ……。

 

「トランクス! やっぱこういうのはお母さんにやってもらった方が良いよ! ブルマさんとこに行こっか!」

「なんですか、急に。母さんの所は、その、あんまり姿を見せるのは……!」

「いいからいいから!」

 

 

 そうと決まれば話は早い。

 いやー、トランクスにはブルマさんとも仲良くなってほしいって思ってたんだよね!

 いい機会だ、いろいろ彼女と話すのもいいもんじゃない? ね?

 

 ベジータだけじゃなくて、ブルマさんとも仲良くなってほしい。

 複雑かもだけど……なら私のわがままとして受け取って。私は、トランクスに、この時代のブルマさんとも仲を 深めてほしかった。だって、時代は違っても血が繋がってるのに変わりはない。

うちで過ごしているよりも彼女達と過ごした方がいいはずだ。

 

 この時代で、心穏やかに、できる限り幸せに……未来に帰る時は清々しく。

 それがささやかな願いだよ。

 

 あ、念のため帽子被っていこうね。ね。そうしよ?

 

「……」

 

 そっと自分の頭に触れたトランクスは、泣きそうな顔になった。

 ごめんなさい!!!




TIPS
・ナシコ
基礎戦闘力は1500万に
ルージュ(2倍)で3000万
ルージュ(50倍)で7億5000万
ルージュスパークリングで12億

・ウィロー
基礎戦闘力は8億に


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燃え尽きろ!!熱戦・烈戦・超激戦
第五十六話 炎ナシコ炎


 ついったが炎上した。

 正確には、していた。

 

 精神と時の部屋に籠っている間、カプセルホンは手元に置いていたのだけれど、電波なんて届く訳もなく。

 つまり丸一日SNSでの発信がなくて。

 

 先日のニュースでの事が何やら話題になっているらしい。

 セルの事だよね、そうだよね、と薄目で確認したところ、ばっちり私の事でした……。

 

 悟空さん相手にオンナの顔してただとか(なにそれ)、好きな男の人がいるなんて裏切りですとか(なんじゃそりゃ)。昨日、いや一昨日か、おやすみの呟きにいっぱいお返事が来ている。トレンドには私の名前と悟空さんの名前が上がっていて、ええと、あれだ。

 やっべぇ。

 

 付き合ってるの? とスキャンダルを勘繰る人、情報に踊らされてとにかく怒っている人、悲しんでる人……。

 もちろん、慌てず騒がず誤解を解こうとしてくれている人もいるんだけど。悟空さんは過去の天下一武道会で優勝した人だから、格闘技が好きな私が憧れるのも無理はない、みたいな。

 

 しかし一日の間私が音沙汰ないとさすがに鎮静化できなかったみたいで、これは非常にまずい。

 ……んっ? なんかトレンドにウィローちゃんの名前も上がってる。まさかとばっちりで炎上……!?

 

『ナシコちゃんと同時期に「個人的な日帰り旅行に出るので更新ができなくなる」つってから呟きがぱったり途絶えている』

『付き合ってるというのならこっちでは?』

 

 ……。

 とりあえずウィローちゃんと仲良ししてるところの写真をアップしておいた。

 よし、おっけー!

 超振動するカプセルホンを放り投げ、ベッドにうつ伏せに沈み込む。

 

 このまま寝ちゃいたいけど、タニシさんにも連絡入れなくちゃ……。

 

「お?」

 

 億劫ながら腕を伸ばしてカプホを取り、画面を覗き込めば、さっきまで立ち上げていたSNSのアプリが表示される。

 

『やっぱりナシウィなんだよなあ』

『昨日更新が無かったのって……あっ』

 

 おお。

 タイムラインが桃色一色になっておられる。

 さすがウィローちゃんだね、こんな危機にも助けてくれるなんてさすがだよ~!

 

『よしじゃないが!!!!!』

 

 ウィローちゃんからダイレクトメールが届いたので、画面の電源を消して枕元に放って見なかった事にする。手を枕に仰向けに転がり、はふーっと疲労を吐き出した。

 ビックリマークの数がそこはかとない怒りを感じさせられたものの、きっと本当は彼女も嬉しいはずだよ、ファンのみんなに囃し立てられてさ。だってほんとに仲良いもんね、私とウィローちゃん。

 

「よしじゃないが!!!!!!!!」

「ぎゃー!? 住居不法侵入!!」

 

 シュピンッと真上に瞬間移動してきたウィローちゃんがお腹の上に落ちてきて、胸倉掴んでシャーッと威嚇してくるのに抗議する。

 ノックしないのマナー違反だよ! いけないんだー! お母さんに言っちゃうよ!?

 

「あの部屋に入る前にちゃんと発信できなくなると伝えておけとあれ程言ったというに!」

「ちょっと忘れちゃってただけじゃん! いいでしょもー!」

「騒ぎになっているから方々に連絡しろと言ったのは!?」

「……寝てました!」

「きーさーまーはー!」

 

 がくがくがくと揺さぶってくるウィローちゃんに、こればっかりは私が悪いのでされるがままになる。

 ウィローちゃんもタニシさん達も火消しに走ってくれていたみたい。

 一番良いのは私からの発信だから、さっさとやってほしかったらしいけど、さっきまで寝てたからね……。

 

 でもなんで炎上してるんだろ。何が悪かったのかなぁ……。もうセルのことなんて誰も気にしてないよ……どんだけ悟空さんのこと気にしてんの、みんな。そんなに彼と話す私が変な顔してたの?

 心配しなくたって向こうは妻子持ちなんだから、恋愛のれの字も出る訳ないのにね。

 なんて、彼ら彼女らにわかるはずもないので、素直にお詫びのお知らせを発信する。ウィローちゃん監修……。私は一生独り身だよー。しいて言うならみんなが恋人? 末永くよろしくね。

 

「なんだ騒々しい」

「こらー、ノックしてってばぁ!」

 

 扉を開けて顔を覗かせたラディッツは、お風呂上りなのか首にタオルをかけてほかほかしている。もー、どうしてみんな軽率に入ってくるの!? ナシコの部屋には秘密がいっぱいなんだよ! こっそり買い込んだ大量のスナック菓子とか……。

 監視、監視の厳しい目線でじーっと私達を見つめるラディッツ。な、なんにもやましい事はしてないよ……ちゃんと洗濯物は出したし、部屋に掃除機かけたし、えーと。

 

「……」

「……」

 

 のそのそと私の上から退いたウィローちゃんが無言で瞬間移動して消えると、ラディッツもすーっと静かに扉を閉めて帰っていった。

 なんなんだよもー!

 

 

 

 

 セルゲーム開催まで、残り4日。

 精神と時の部屋の使用を望む者全員の修行が完了した。

 ラディッツとターレスには常時超サイヤ人でいる事を義務付けている。

 前からそうしようとしていたみたいだけど、どうにも興奮が抑えられなかったらしく、それは戦闘力の上昇という形で解決されたのだとか。

 

 ブルマさんに誘われて、私達は桜吹雪の巻き起こる丘にお花見にやってきていた。

 という事は、たぶん、来るんだよね……。伝説の超サイヤ人とともに、あのサイヤ人が。

 一応心にとめておいたけれど、正直今はセルで手一杯。できれば来ないでほしかった、なんて言ってもしょうがないから、もう覚悟は決めてるよ。

 たくさん考えて、一案二案と作ってきたから、なんとかしてみせる。

 

 爽やかに吹き抜ける風に、囃し立てる人々の声と熱意が乗る。

 カラオケ大会の名目でマイクを握らせてもらった私は、寄せ集めの木箱なんかで作ったステージの上で歌っていた。うちの子達の他にチチさんや悟飯ちゃん達、ブルマさんちの子達に、クリリンや亀仙人に、ウーロンなんかが集まっていて。

 

 悟空さんは、ほんのちょっと前に界王様からの通信を聞いて瞬間移動してしまった。

 その際、なぜか私に「伝説の超サイヤ人って誰か知ってっか?」なんて聞いてきて、不意打ちだったからきょどきょどして答えそうになってしまった。

 でも作戦があるんだから、うっかり言っちゃう訳にはいかない。笑顔で乗り切れ大作戦でなんとか誤魔化せた。

 

 そんなこんなで歌う私。

 私を一目見ようと、歌を聞こうととてもたくさんの人が円状に広がっていた。

 その様相を一言で表すなら、花よりナシコって感じかな。

 まずはご挨拶から? あちら、私の妻のウィローちゃんです。えんやえんや。

 ひゅっと飛んできた厚焼き玉子をお口でキャッチ。うー、あまあま。お行儀悪いことしちゃった。

 

 風が吹き、花が散る。

 気を取り直してお歌タイムだ。

 

 深紅の髪にかかる桜色。

 遠く伸びる声に乗って、蒼い鳥が羽ばたいていく。

 

『──もし幸せ……』

 

 大人が二人立てばもう満員のステージの上で、その半分を使って、小さな身振りと共に声を発する。

 遊びの場だけど、心をこめて。いつだって本気で、人の心を動かすために。

 手を伸ばして、今はただ自分の世界に入り込む。

 

『未来を信じて──』

 

 独特な歌詞だの、とブリーフ博士が呟くのが聞こえた。私もそう思う。

 でも最近思い出して、頭から離れなくってさー。カラオケにも入ってないんだもん。アカペラで歌うっきゃないよね。この世界にニャムコのアイドルさん達はいないのです。

 

「ナシコちゃーん!」

 

 ぴゅうい、と指笛を吹いて囃し立てるクリリンは、ステージには立ってない。

 さっきまで気持ち良さそうに歌ってたんだけどね、おべんと突っついてた私と目が合うとヘイパースとばかりにマイク投げ渡してきたの。お箸でつまんでた厚焼き玉子を慌ててウィローちゃんのお口に突っ込んで、飛び上がりざまにマイクをキャッチ。着地とともに決めポーズ!

 オフでもぴろんと星を飛ばして、可愛いナシコちゃんなのでした!

 

 会場でもなんでもないこの場所は、人がひしめこうとすればそうできちゃう状況。整備してくれるスタッフさんもいないし、手を伸ばせば私に届いてしまう。

 ので、今日もカラーシスターズが出動だ。

 

「列を乱しては駄目よ~?」

「ボクより前に出ちゃだめだよ。わかってるとは思うけど」

 

 セル近辺にも人員を割いているから、やっぱり人手は足りないんだけど。

 幸いにしてお行儀の良い人ばかりなので、少ないメイド少女でも整備できて、楽しいお花見になっている。

 ……お花見に参加できずお仕事する羽目になったシロちゃん、めっちゃ暴れてたなー……あとでお花いっぱい包んで持ってったげよう。

 

「おお……?」

「なんだあれ」

 

 ざわめきが広がったのは、三曲目が終わったくらいの頃。

 気持ち良く歌わせてもらってるけど、他の子にマイク渡さなくて良いのかなーって思っていたら、巨大な宇宙船が近くに着陸した。

 すんごい風が木々を揺らして、いっそう花が散っていく。

 ああ、桜の命は短いのに、その寿命を縮めるだなんて残酷。

 その儚さや美しさに、人は惹かれるのだ。

 

 誰も見てないのをいいことに、緩やかに腕を広げて生命の残滓を浴びる。

 私から零れる光の欠片に当たった花びらが一瞬で燃え尽きて、花の香りが広がる。

 じゃ、趣向を変えよっか。

 

「なんだきさまら」

 

 マイクを握って目をつぶり、息を静める。

 向こうの木の裏で一人寂しくやっていたベジータが──まだ人の輪に加われる程気安くなってはいないのだろう。一匹オオカミというやつだ──わらわら集って来た青装束にヘルメットの怪しげな集団に問いかけた。

 宇宙のならず者達だ。やっぱり来ちゃったよ。来なくてよかったのに……。

 

「即興曲、いくよー!」

 

 宇宙船の方からここまで続くならず者の波をモーセのように割って歩んでくる褐色隻眼のサイヤ人をチラ見で確認して、集まった花見客達へ指を突きつける。わあっと湧く声は、200も300も重なると負けちゃいそうなくらいすっごい声量だ。

 ウィローちゃんへ手を振って、アルコール0%なお酒で一杯やっている彼女を簡易ステージまで呼び寄せる。

 

「せまいのだが」

「ごめんね! ……あのサイヤ人、戦闘力いくつ?」

 

 窮屈そうに私の腰に腕を回して落ちないようにするウィローちゃんに短く詫びる。大人のナシコを解除するわけにはいかないのだ。ちっちゃいままだとナメられちゃうからね。

 

「9000だ。エリートと呼ばれるタイプか。にしても高いな」

「ふぅん……さあみんな、盛り上がっていこうね! 『せい、ハッピー!』」

『ハッピー!!!』

 

 しゅばっと腕を上げ、片足を上げ。

 呼びかけた彼ら彼女らの声に負けないように、私も大きく息を吸って、今考えた曲を紡いでいく。

 

『聞こえるかい? 素敵な夢の声♪』

「新惑星、ベジータにお越しいただきたく──」

『見えるかな? 熱くなる胸の鼓動♪』

 

 身振り、手ぶり。指先にまで気持ちを乗せて、シンクロしてくれるウィローちゃんと一緒に心を掴んでいく。

 意図して、声を絞って指向性を持たせる。ベジータを誘惑するパラガスを囲むならず者達の、端っこの一人が頭を傾け、こちらを向くのが見えた。

 

『何がしたい、どこへ行こう! 期待は右往左往して♪』

 

 ぴょんっと台座から飛び降りる。

 人々を抑えていたアカちゃんやミドリちゃんがうげって顔をするのが見えた。

 追いかけて下りて来たウィローちゃんも咎めるような顔をしているけれど、お祭り気分なんだし大目に見てよ。

 

『やるなら良いことがいいよね? したいよね!』

 

 前に出した手を振り振り、指を振り振り。

 割って入ったならず者の輪。紫色のバイザー越しに見える、案外普通の男の人の視線が私を見上げる。

 

『悪い事がしたい? だめよ、だめだめよ♪』

 

 荒んだ心を包むように、この歌で、信仰するものを変えさせて。

 

『改心しよう!』

 

 ぱっと振るった指から飛んだ輝きが光の海を作り出す。

 ミルキーウェイ。乙女の花道。

 落ち行く花弁に混じる私の気持ちに、傅く奴らが次々に顔を上げていく。

 

『歌は好き!?』

 

 ビシッとみんなを指させば、

 

『おおーー!!!』

 

 と元気なお返事が。

 

『ナシコが好き!?』

『おおーー!!!』

 

 びびびっと腕を突き上げて答えるならず者達に、何事か、と振り返るパラガス。

 腕を組んで立つベジータも顔を上げて私を見た。

 

「ありがとー、せんきゅー、みんなお花見楽しんでねー! じゃあはい!」

 

 ぽいっとパスしたマイクは、誰かの伸ばした手が掴み取った。

 そのままシームレスにおうたをうたい始めるのに、ガラガラな声だけど大変楽しそうで結構、と頷く。

 それから、勝手に退いてくれるならず者たちの間を通って、パラガスの横に立って腰に手を当てる。

 

「行けば? 新惑星ベジータ」

「……なんのつもりだ」

「伝説の超サイヤ人を倒せるのはあなたしかいません、だってさ」

 

 私の歌声や歓声に遮られまくってたけど、健気に話すパラガスの声も聞こえてはいた。

 超サイヤ人を維持しているラディッツやターレス、悟飯ちゃんを見て、「伝説の……!?」と驚いているのも見えていた。そこにだいぶん怯えが混じっていたのもね。目を抑える仕草からは痛々しさが窺えた。

 

「アイドル……ナシコですな? あなたの名声は遥か銀河の彼方まで届いております」

「そうなの? 嬉しいわ」

 

 私にさえ腰の低いパラガスにくすっと笑みが零れた。

 追いついてきたウィローちゃんが手を引くのに、私からも手を握って指を擦る。

 なあに、構ってほしいの? 今はちょっと待っててね。

 

「伝説の……超サイヤ人……」

「南の銀河一帯を、その脅威のパワーで暴れ回っております!」

 

 考え込むベジータに、パラガスが勢い込んで説明する。

 王としての責務を果たせ、と迫っているみたい。

 プライドを刺激されたベジータは、口角を吊り上げてその気になった。

 

「王子から王にランクアップ? じゃお祝いにたくさんお食事包まないとね」

「いらん。パラガス、案内しろ」

「ははっ、こちらへ!」

 

 さっさと宇宙船に向かっていくベジータを横目に、ウィローちゃんの背に手を当てて、「家からあれ持って来てくれる?」と頼む。

 

「あれか」

 

 しゅっと消えた彼女は、十秒せずにぱっと戻って来た。

 手にしたカプセルケースを渡してくれるのに、ありがとうって頭を撫でる。

 ああー、さらさら……手の平が心地良い。

 

「てっきりターレスのホイポイカプセルだと思っていたのだが」

「んー、これね? 私が用意したやつだよー」

「なぜそれほどの食料を? 腐ってしまうぞ」

 

 ケースを開けて確認すれば、8つのカプセルが並んでいる。

 どれも食料や飲料水がたんまり詰め込まれている。これは自分で食べるものじゃないから大丈夫。

 

「伝説の超サイヤ人か……」

「んだよ、面白そうな話してんじゃねぇか」

 

 金髪緑眼の人相の悪い二人組がザッと私達の前へ立ち塞がった。

 悪漢だ。この食料を奪おうとしているのかもしれない。

 

「こらナシコ、胸に物を仕舞おうとするのはよせ。人目もあるのだぞ」

「確か前にてめぇが話していたよな、伝説の超サイヤ人とやらを」

「気のせいじゃない?」

 

 ケースを谷間に押し込もうとした手を掴まれて叱られるのに、オカンだったかと再認識。

 そだ、先に仙豆出しとこ。

 ケースを開き、8番目のカプセルを取り出して軽く投げる。

 ぽんっと出て来た袋を掴み取って、腰に括りつけておく。

 

「それじゃ、私達も新惑星の観光と行こうか」

「興味があるのか? ならば一応、周りにここを離れる事を伝えておけ。お前目当てに集まったやつもいるようだからな」

「はーい」

 

 完全オフなんだけども、ラディッツが言ったように私やウィローちゃんを見ようってやって来た方もいるからね。それをないがしろにするのは駄目だから、さよならくらいは言わないと。

 

「悟飯ちゃんは行っちゃだめだ! 春休みの宿題だって残ってんべ!」

 

 酔っぱらった亀仙人が宇宙船へ乗り込もうとするのを止めようとする悟飯ちゃんやウーロンに、チチさんが腕を振るって怒っている。でもあえなく逃してしまった。

 できれば彼らには地球に残っていて欲しかったんだけどなー……向こうは戦場になるかもだし。

 でも、私が上手くやれれば戦う事もないかもだから、大丈夫……かな?

 みんなを引き連れて宇宙船へ乗り込む。囲むならず者達が気さくに話しかけてくるのには短期アイドルモードで対処。なぁに、みんな普通な感じだね? 宇宙の暴れ者って訳じゃないのかな。

 

「母さん! オレが必ず父さんを連れて帰ります!」

 

 超サイヤ人の存在を信じ切ってのこのこ連れ去られてしまったベジータを追って、トランクスも飛んでくる。

 そうして、私達は決戦の舞台へと旅立った。

 

 

 

 

「息子です。なんなりとお使いください」

 

 カスだな。

 大人しそうというか暗い人相のブロリーを見て、ターレスの第一声がそれだった。

 ああや、私がウィローちゃんにあの子の戦闘力計ってみて、って聞いたから先んじて答えたのかも。

 

「5000程度だ。あれもエリートか?」

「んー、潜在パワーは?」

「5000だ。変動はしなさそうだな」

 

 ウィローちゃんの計測でも、それがブロリーの限界値だと出てるみたい。

 もうちょっと観察すればわかるかな?

 

「たぶん完全体のセルより強いと思うんだけど」

「何!? ……なんだと」

 

 こしょっと耳打ちして再計測を頼んでみる。訝し気に左手を頬に当てた彼女は、ベジータに連れられて宮殿から出てきたブロリーを見て、しかし首を振った。

 

「驚かせるな。早々あんな怪物を超える奴がいてたまるか」

「そっかー……」

「しかしお前がそう思うという事は何かあるのか? それとも……知っているのか、奴を」

 

 曖昧に微笑んで誤魔化す。

 さて、どうしようか。今の、制御されて弱体化しているブロリーの抹殺をはかるというのが当初の私の作戦。

 それをした場合の懸念が一つ、不安が二つある。

 

 まず懸念。

 本当にそれで殺し切れるのか? ってこと。

 全力全開でノーマルのブロリーに攻撃したとする。

 制御が外れて伝説の超サイヤ人となって暴れ回る可能性がある。

 なにせサイヤ人だからね。その肉体的タフさは未知数だ。

 フリーザ様のスーパーノヴァを受けて、星の爆発に巻き込まれるまで原型をとどめていたバーダックの例もある。

 ただ、セルの自爆に巻き込まれた悟空さんの例だってある。案外あっさり殺し切れるかもしれない。

 

 不安の一つは、それで殺せなかった場合、悟空さんがいないと全滅しそう。パワーを一点集中しようと提案しても、満場一致でパワーを与えてやろうって思えるのが悟空さんの他に悟飯ちゃんしかいない。でも悟飯ちゃんじゃ、ブロリーの初撃に耐えられそうにない。想像を絶する耐久力を有する悟空さんでなければ、ベジータが他人に力を分け与えることを納得するまで凌げないだろう。

 

 もっとも、映画と違ってここにはラディッツやターレスに、私も、ウィローちゃんもいる。

 その分少ない人数でブロリーを上回れるパワーを悟空さんに与えられるかもしれない。

 戦闘に入ったらブロリーがどう動くかなんてわからないから、皮算用に他ならないんだけど。

 

 そして、もう一つ。

 もしブロリーを殺せたとして。

 その実行犯である私への不信感は確実に強まるだろう。

 

 だって、彼が伝説の超サイヤ人であると証明する手段がない。

 ない、っていうか、あるにはあるけど……弱い者イジメどころか一方的な殺戮を突如行ったという印象は強く残るだろう。

 それが怖い。悪感情や否定的な感情は、私の大嫌いなものだ。ちょっとでもそれを向けられたらって思うと、蹲ってしまいたくなる。

 

 だから、やっぱり、ここでブロリーを攻撃するのはやめた。

 別の作戦を採用する事にする。

 その名も、パラガス説得大作戦!

 

 

 日中に手分けしてシャモ星人達を労働から解放し──監視していたならず者達は、地球から戻って来たならず者達と話すと、納得した風に引き上げていった。

 ので、大々的に「もうお仕事しなくていいんだよー」と呼びかけて集め、ホイポイカプセルを放って食料を振る舞う。

 

 こっちのカプセルは飲み物だよー。こっちは簡易のおうち、いっぱい。

 地べたに座って食事は不衛生だもんね。惑星シャモに戻るまでは仮設住宅で過ごすといい。ちゃんと浄化水槽も電気系統も完備してるから、きっと快適に過ごせるよ。この星、空気が乾いてるけど、家の中なら湿度もちょうどいい感じ。

 お料理ロボットもついてるよ。あ、メイドさん型じゃないのは残念かな?

 

「ありがとう!」

 

 ちっこいシャモっ子が目を輝かせてお礼を言うのが、なかなかに可愛かった。

 

 

 

 夜半。

 みんなが寝静まった頃にベッドを抜け出す。

 これは、急ごしらえの宮殿に備えられた硬いベッドでなんか寝られない、と家から持ってきたものだ。

 

「んぅ……」

 

 縁に腰かけて軋ませると、寝入っているウィローちゃんが可愛らしい声を漏らした。

 もぞもぞと緩やかに体勢を変えている。傍にあった暖かいものを探しているみたい。

 頬に手を当てて撫でる。

 

「行ってくるね」

 

 小声で囁くと、反応した訳ではないんだろうけれど、ちっちゃく開けていた口を閉じたウィローちゃんがんくっと頷いた……気がした。

 

 冷たい廊下を行く。

 明かりはないけれど、私自身が赤く発光しているから視界は悪くない。

 吹き抜けの窓とかから月明かり……月じゃないか。衛星か何かの光も入ってくるし。

 

 パラガスの気を求めて歩めば、そのうちに部屋に辿り着いた。

 石材でできた宮殿は息苦しくてたまらない。はやいとこおいとましたいものだ。

 

 木製の、宮殿らしい装飾の両開きのドア。

 その前に立って、浅く短い呼吸を一つ。

 拳を持ち上げて、二回、軽く叩く。

 

「……!」

「……?」

 

 少し慌ただしい気配がした。

 やや間をおいて扉が開かれる。

 

「こんな夜更けに何か用かな?」

 

 顔を覗かせたのはパラガスだ。部屋の中を隠すように僅かに開けたドアの隙間を塞いでいる。

 

「少々、お話がありまして」

「……話?」

 

 訝しがる彼は、考える素振りを見せてから、私を中へ通した。

 

「散らかっていて悪いがね、ここでよろしいか?」

「ええ、はい」

 

 なんらかの機械や雑多な鉄片、それに紙片が転がる、椅子が一つきりあるばかりの殺風景な部屋。

 端で彫像のように待機するタコ科学者がシュールだった。

 

「あなたの協力がしたい」

「ふむ、ナシコ殿も戦える事はわかっておりますが、相手は伝説の超サイヤ人……ここはベジータ王にお任せいただくのが──」

「復讐のお手伝いがしたいんです」

「っ!?」

 

 言葉足らずで勘違いしている様子の彼に、改めてはっきりと伝えれば、ばっとこちらを見た彼は汗を浮かべていた。

 緩やかに上げた手が私に向けられている。その手には、制御装置の片割れがセットされていた。

 

「……なんの話ですかな?」

「ベジータをぼこぼこにしたいなら、協力します。それで妥協してくれないかなって、思いまして」

「な、こ……わかっているというのか……!?」

 

 一足飛びに話を進める。

 臨戦態勢に入る彼に、「ブロリーの暴力性の発露も私達が引き受ける」と告げれば、何もかもお見通しと理解したのか、パラガスは苦い顔で私を睨んだ。

 

「この事は、他には……」

「知らないと思います。誰にも話してないませんし、勘付いている子も……」

「……地球には、真実を知る事の出来る種族が存在するという噂は本当だったか」

 

 え、なにそれ。初耳なんだけど。

 ……まあいいや。どうにか応じてくれると嬉しいんだけどな。

 平和的な解決が一番だよ。ちょっとベジータはボロクズになるかもしれないけど、これが一番良い解決法だと私は考えた。

 

 できる限り信頼しやすいように、わざわざ大人の姿もとっている。でもやっぱり、信じよう、協力しようって気になるのは難しいかな。胡散臭いもんね。それなら排除しちゃえってなるかなー……。

 ある程度の力を示す覚悟はできてるけど……ううん、私一人の作戦じゃ結構行き当たりばったり感が半端ない。みんなに相談できればよかったんだけど……。

 

「それはできない相談だ。積もりに積もった恨みは簡単には消えん。ベジータを八つ裂きにして地獄に葬り去り、オレ達以外のサイヤ人を抹殺し、全宇宙をこの手に収めるまでは止まらんよ」

「そうですか。なら──」

 

 実力行使でいくしかない。

 といっても殺しはしない。こっちの要求が通りやすくするために、ちょっとだけどつくだけだ。

 

「とは言ったものの、協力するという申し出は素直に嬉しい」

「え、そうなんですか?」

「ああ。帝国を建設するために、必要不可欠な協力はね」

 

 ふっと笑った彼は、マントを翻して踵を返し、部屋の奥へ歩いて行くと私に向き直った。

 さっそく、仕事を一つ頼みたい。静かに申し出てくる彼に、よく呑み込めないまま頷く。

 なんだかわかんないけど、私を受け入れてくれてるっぽい……?

 さっすがナシコ! ふふん、私のかわいさならいけると思ったんだよね! パラガスやブロリーが味方になってくれたら、この先の未来がだいぶん生きやすくなる。ベジータには悪いけど、鬱憤を晴らすための相手になってもらう事になっちゃうけども。

 

「戦力はブロリー一人で十分なのだよ」

「……? そう、ですね。伝説の超サイヤ人がいれば、確かに」

「だが、オレやブロリーだけではせっかく帝国を築き上げても、そこまでなのだ」

「……、……はい」

 

 何が『そこまで』なのかはさっぱりわからんけど、とりあえず神妙な顔をして頷いておく。

 なんだろ……人手は、ならず者達で足りるでしょ。えー、資金的な……? それくらいは提供できる。

 うん、なら協力者的な強さはあるかも。って、いきなりお金の無心? パラガスって意外とあれだね!

 

「ではさっそく頼めるかな?」

「はい!」

 

 元気よく頷いたはいいものの、うーん、ゼニーでいいのかな?

 それに今はあんまり手持ちがないんだけど。一回地球に戻らないと、そんなにたくさんは用意できないよ。

 というか、ベジータをおびき出せ! とか、弱点を教えろ! とかじゃないんだ? そんなに復讐は優先順位高くないのかな。

 

「聞いていただろう、ブロリー。この娘とまぐわうのだ」

「はい?」

 

 まぐ……なに? えっ、ブロリー!?

 パラガスの視線が私の背後に向いている事に気付いて振り返れば、ようやくそこにブロリーがいる事に気付いた。

 うそ、気配なんか全然なかったのに……!?

 

「……」

「え、え、なに、なに、なに……!?」

 

 一歩、また一歩と近づいてくるブロリーに思わず後退ってしまう。

 無言が怖い。てゆーかでかい! 大人な私も背は高い方なのに、ブロリーの胸にも届いてないよ!

 

「あの、ぱ、パラガスさん!? これはどういう……」

「なんと、初心なのだな。お前とブロリーには子を成してもらおうというのだ。それがオレ達の帝国建設の第一歩となる。どうだ、女ならではの協力方というものだろう?」

「えっ、え、何それ、話が違う!?」

 

 『こ』って、子供!? ブロリーと!? いやいやいや、冗談じゃないんだけど!

 あ、よく見たらこいつ制御装置光らせてる! それでブロリーに私を襲わせようって……?

 ちくしょー、お金と見せかけてそんな要求してくるなんて、騙したな! さすがサイヤ人きっての智謀……! すっかり好意的になったと思わされてしまった!

 

「あの、あの、ちょっと……」

 

 のそ、のそ、のそ。

 無表情で寄ってくるブロリーがめちゃくちゃ怖い。両手で待ったをかけつつ後退して、コードに踵が引っかかって転びそうになる。

 こ、こういう展開は予想してなかった……! あああ、どう話を運ぶのか忘れちゃった! 頭の中こんがらがって、えっと、えっと、どうすればいいのー!?

 

「やってしまえブロリー!」

「うっそでしょ!?」

 

 制御装置を突き出して鳴らしたパラガスが明確な命令を出せば、ぐっと顎を引いて表情を変えたブロリーが襲い掛かってきた。

 

「っい!」

 

 肩を押され、壁にぶつかってそのまま破壊して突き進む。

 あ、あれっ? てっきり貞操の危機かと思ったんだけど、違うっぽい……?

 な、なーんだ、やっぱパラガスは私の排除を決意してブロリーに『殺してしまえ!』と命令したんだ。

 なら話は早い。私相手ならブロリーの制御が外れてしまう事もないだろうし、こてんぱんに叩きのめしてしまおう!

 

「うっ!?」

 

 ドッと背中に何かが当たって、視界が半転する。

 後頭部をぶつけてまぶたの裏に星が飛んだ。

 

「ったぁ~……あ?」

「ぐぅうぅう……!」

 

 目の前にブロリーの顔がある。

 というか、伸し掛かられている。

 

「お?」

 

 肩を押さえられていたのが、いつの間にか手を押さえられている。

 そいでもって、視界がぐるんとしたのは私が仰向けに倒れたからで、何かにぶつかったと思ったのは、硬い石のベッドっぽくて。

 

「……ぴんち?」

「ぐぁう!」

「ひえっ!?」

 

 マウント取られただけなのかって思おうとして、ブロリーが口を開いて顔を寄せてくるのに、というか噛みついてくるのに慌ててしゅるるっと子供になる。

 そうするとさらに押し潰されるようになっちゃうんだけど、頭の上で鳴った「ガチッ!」て音に、間一髪だったと理解した。

 え、え、やっぱ命の危機の方? 今顔噛もうとしたよね? してたよね!?

 

「こんにゃろ!」

「がぁあ! うぉおぉお!!」

 

 獣の声というか、獣そのものの動作で掴みかかってくる彼の手を弾き、胸を押し返して……くっ、力つっよ! 私今ルージュ……いや、子供になったから解除されてるのか!

 それでも基礎戦闘力は天と地ほどの差があるってのに、何このパワー! 制御外れてるとかない!?

 

「抵抗するか。大人しく協力するのならば快く迎えてやろうと思ったのだが」

「あったり前でしょ! 止めてよ!」

 

 壁に開いた穴を通って入って来たパラガスは、愉快そうに笑っていた。顔は見えないけど声でわかる。ああ、もう、むかつく!

 ていうかブロリー怖すぎ! さっきからガチッ! ガチッ! て噛みつこうとしてくるんだもん! なんなのそれ! どういう意図の動作!?

 

「ブロリーに対抗できるとは、ナシコ殿は思った以上にパワーがおありのようだ……そうだな、ブロリー。その娘に制御装置を取り付けて、お前の言う事を聞く人形にしてやろう!」

「ぐぁおう! が……、……ぬぅ!」

 

 うんっ? なんかめっちゃ不穏な言葉が聞こえたと思ったら、ブロリーの動きが止まった。

 苦し気に表情を歪めて、気のせいか、その視線は背後に向かっている気がした。

 私の首にかかっていた手も緩められている。チャンス……? 逃げ出すなら今かも、って思ったけど、わりかし力強い。もちょいパワー上げないと!

 

「……? どうしたブロリー。それはお前のモノだ。めちゃくちゃにしてしまって構わんのだぞ。どうにも頑丈そうだからな」

「ぐっ……がああ!」

「きゃっ、え、ちょ」

 

 ピロロロッて制御装置の音が聞こえた途端、ブロリーは再び勢いを取り戻して私の胸元を掴んだ。

 そのまま衣服が引き千切られるのに、さすがにこれはやばいと危機感を募らせる。

 もはや作戦だとかご近所迷惑とか寝てる皆に配慮とか、そんな事を考えている場合じゃない! これ、命じゃなくて貞操の危機の方っぽい!

 

「はっ!」

 

 バチッとスパークが散り、スパークリングに移行する。

 戦闘力は40倍。もちろん、今のブロリーが私に敵う訳もなく、ぐいっと簡単に体を押し上げられて。

 

「があっ!!」

「はぁ!?」

 

 ボウッと緑の光を噴出させたブロリーに目を剥く。

 こ、こいつ超サイヤ人に……! 緑髪って事は制御されたままなんだろうけど、あれ、あの、力負けしてるんですけど……!?

 そ、想定外! いろいろと想定外! エマージェンシー! 誰か助けて!

 破いた服を放り捨てたブロリーは、次は私の肌着を捲り上げて、いよいよおっぱじめようって気になっているみたいだった。

 ほんとにそうなのかなって疑問もあるけど、服取られちゃったもんね、反撃しないとヤバいかも!

 

「ごはー、ごはー……」

「……?」

 

 押し返された腕で体と顔を庇って何されても対応しようとしていたんだけど、ブロリーは息を荒げるばかりでなんにもしない。

 ……私の肌を見てはいるものの、それに興奮してるのかどうかはわかんない。生暖かい吐息がくすぐったくて身を捩る。……そうしても、やっぱり彼は動かなくて。

 ひょっとして、だけど。

 もしかして、なんだけど。

 

「……なにしていいのか、わからないの?」

「ごはー、ごはー……」

「な、あ、ぶ、ブロリー……!?」

 

 パラガスが困惑する声がした。

 やっぱりそうなんだ。ブロリーの奴、服を剥いだまではいいものの、その後何していいのかわかんないんだ!

 …………ええー。

 

「ぐあ!」

「ひゃっ」

 

 肌着の裾を掴んで戻そうとしたら、手を掴まれてがばっと捲り上げられた。あ、それは駄目なの……。まあ、手で隠せる範囲だし別にいいけど……。

 それでもって、固まるブロリー。「そ、そういえばそういう教育はしてこなかった……」とパラガスが呟いた。

 女っ気なさそうだもんね……なんか悲しくなるね……。

 

「よしよし」

 

 肌着を戻そうとしさえしなければ、手は自由にしてもいいみたい。

 なので、なんか子供っぽく見えてきたブロリーの頭を撫でてみた。

 おお、ごわごわ。さすがサイヤ人、剛毛だね。

 

「ごはー……ごはー……」

「いい子、いい子。ナシコちゃんと一緒におねむしようねー……」

「ごはー……ナ……」

「よし、よし……。ブロリーはいい子だねー?」

「…………ナシ、…………コ」

 

 ゆっくり、優しくさすってあげていれば、ブロリーの超化が解けた。

 それだけでなく、だんだん目もとろんとしてきて……。

 やがて彼は、自分の親指をくわえながら私の薄い胸に顔を埋めて、すやすやと眠り始めた。

 

 ……なんか勝ったー!

 

「気を高めろブロリー!」

「……! うおおおおお!!!!」

「ひゃあっ、あんもうっ、せっかくいい子で眠ってたのに!」

 

 パラガスが慌てて突き出した制御装置が光り輝き、ぐわっと膝立ちになったブロリーもまた緑の光を纏って猛っている。大口を開けたその形相は、無理矢理パワーを引き上げられて苦しんでいるみたいだった。

 

「がああ!!」

「ん、もう、ごめんね!」

 

 私を見下ろした彼が覆いかぶさってくるのに、さっきの僅かな間にルージュスパークリングを発動させ、股の下から抜き出した両足を腹に当てて蹴り飛ばす。

 天井に沈んだ彼が苦悶の声を上げて落ちてくるのを、ベッドから転がり落ちて避ける。

 

「結局こうなっちゃうのか、な!」

「でぁあ!!」

 

 キッと私を睨んだブロリーが両腕を持ち上げて突進してくるのを後方へ跳躍して避け、さらに跳んで宮殿の外へ飛び出す。

 追って飛んできたブロリーを、さてどうしたものかと見上げつつ逃げていく。

 

「追えブロリー! 捕まえるのだ!」

 

 計画を知られた以上は生かして返さぬ、みたいなノリなのか、窓枠から乗り出したパラガスが指示を追加するとブロリーのサークレットの宝玉が輝き、声を張り上げた。やっぱり苦しそう……。

 でもさ、でもさ、それって制御されてる苦しみだよね。解放したら喜んで破壊の限りを尽くし出すよね! かわいそうって思っちゃいけないんだから!

 

「というか……!」

「ぐああ!」

 

 振るわれた腕を掻い潜り、翻弄するように飛び回る。

 制御された力では、やっぱり天性の戦闘センスを発揮できてないみたい。私でも避けられる。

 パワーも、さっきは驚かされたけど、私の方がまだ上っぽい……!

 

「でもじり貧だよね!」

「ごあ!」

 

 突き出された手を、振り返りざまにすれすれで避け、腕を掴んで一本背負い。

 でも空中だから叩きつける先はなく、一回転したブロリーは湖の上に浮遊すると腕を広げて構えた。

 このままフルパワーで戦えば、たしかに倒せるかもしれない。

 制御されたブロリーを、だけども。

 それで制御から外れて伝説の超サイヤ人になられてしまったら何もかも終わりだ。

 でも戦わなかったら殺されちゃうだけだし……。

 

「あ、そうだ」

「ぐぅうあ!」

 

 突進してきたブロリーを前に、ぽんと手を打つ。

 直後にお腹に頭突きを受けて吹き飛ぶ。

 林の方、木々の中まで吹き飛ばされて、バウンドして転がる。

 ぱあっと赤い光が散って変身が解けてしまった。

 

「う、う……」

「よし、よくやった……ブロリー」

 

 土を掻いて、けれど、それだけ。

 もはや起き上がる力も残ってない。

 呻く事しかできない私に、やって来たパラガスは満足げに笑った。

 

「連れて行くぞ」

「……」

 

 指示に従って近づいてきたブロリーに担ぎあげられる。

 その時には、もうブロリーは通常状態に戻っていた。

 それを待っていた。

 

(死んだふり大作戦だっ……!)

 

 心の中で得意にしつつ、だらーんと瀕死を演じる。

 もうちょい油断したら一発で消し飛ばす方針に切り替えたのだ。

 もはやそれくらいしかとれる手段がない。

 

 できればもうちょいスマートに解決したかったんだけどなあ……無理だった。

 説得大作戦から抹殺大作戦への変更を余儀なくされた私は、とりあえず宮殿へと連れ戻されるのであった。




TIPS
・ブロリー
制御されたサイヤ人
戦闘力は5000~?
制御超サイヤ人は5億
彼女いない歴=年齢
かなしい。

・アカちゃん
カラーシスターズの長女
ボクっ娘

・パラガス
帝国を建設するのにならず者だけじゃなーと思ってたら
ちょうどいいのがノコノコやってきたので利用しようと思った
わりと行き当たりばったり


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第五十七話 伝説覚醒

「ブロリー、そこに座らせて差し上げろ」

「……」

 

 宮殿まで連れ戻された私は、硬く大きな椅子の上でもたれかけさせられるのに薄っすらと目を開けて様子を窺った。

 研究室っぽい部屋に逆戻りだ。破壊されて大きくなった窓から夜風が入り込んでくる。

 ちょっと寒いけど、眠れる美少女を演出しておく。できればなんかこう、上手い事何かチャンスがあるといいんだけど。……制御装置とか奪えない? ブロリーに暴れられたんじゃお話もろくにできないよ。

 

 助けを呼ぶ意味もないしなー。ブロリーに制御を離れられたら手が付けられなくなる。

 だからターレスにはブロリーの視界に入るな、隠れておけって伝えておいたんだ。

 なんでコソコソしなくちゃなんねえんだーって不満そうにしてたけど、同じお願いを繰り返せばすごすご飲み込んでくれた。ターレスも丸くなってきたよねー。……膝を抱えてほんとに丸くなってた。それを親指で指したラディッツが「今日はこいつがボールか」とボケを飛ばしていた。事あるごとにそういうお遊びしていた弊害だね……。

 

「へ? 出力をマックスまで上げるので?」

「うむ。なまなかなパワーでは反撃される恐れがある。思い切り浴びせろ」

「よろしいですじゃ……」

 

 むむ、何やらパラガスがタコ科学者に指示を出している模様。

 でも何をしようとしているのかはさっぱりわからない。

 バチバチッて凄い音がするのに肩が跳ねる。おっと、やばい。今の見られてない……?

 

 心配は無用だったらしい。私が起きているとは知らずに、パラガスはロープで私の体を椅子にぐるぐる巻きにした。

 ちょっと痛いけど、我慢我慢……これくらいなら簡単に引き千切れるしね。

 

「出力100%になりました……ですがパラガス様、この電磁くすぐり棒を当てれば、おそらくたちまちのうちに絶命して話を聞きだすどころではありますまい……」

「無駄口を叩いている暇があるならやるのだ」

「およ……」

 

 不穏な流れだ。ズリズリ地面を這って近づいてくる科学者の触腕には金属の棒らしき何かが握られていて、時折電気を走らせている。

 『でんじくすぐり棒』が何かはわかんないけど、話の流れ的に尋問しようって感じ?

 どうやって復讐の事を知ったのか知りたいのかな。聞けば答えるのに。

 でもよかった。すぐさま始末しようって感じじゃないなら、まだ話し合いの余地はあるよね?

 なんとかパラガスを説得して、穏便に事が済ませられたらなって思う。

 

 なんて切り出せばいいのかわかんない。復讐なんてやめよう! とか言うのは悪手でしょ。だから一緒にベジータぼこぼこにする方針で持ちかけたんだよ。反応は結構良い感じだったけど、変な方向に話が進んで襲われてしまった。さすがに仲間になるためにブロリーと、その……そういうのは、無理かなー。

 ここでもまた妥協案があればいいんだけど……。

 

 うーん、目を開くタイミングが掴めずお人形になるナシコなのでした。

 

「では……」

「……? ──!?」

 

 ちょん、と冷たいものをお腹に当てられて、ピリッとしたものが肌に走る。

 それは刃物で突き刺すように内部に鋭く入り込んで、凄まじい衝撃に体が跳ねた。

 

「ひ、あはははは!!? あはっ、あ、なにっくくぅふ、なにこれっ、あっ、は!」

「お目覚めかな。すこうし静かにした方が良い。お仲間を起こすのは忍びないのでね」

「ひはっ、ふむぐっ、むぐふううう!!」

 

 歩み寄ってきた誰かに布を噛ませられた。

 声がくぐもって、あっという間に唾液で布が濡れていく。

 

「むぐううう!! ふうっ、ふむぅう!!!」

 

 その刺激は、未知の感覚だった。

 痛いような、痺れるような、気持ちいいような、くすぐったいような。

 電撃っぽいのにそうじゃなくて、体中がぞわぞわして引き攣って、震えて、わけもなく笑ってしまう。

 笑うのなんてずっと続けると苦しくなってしまうものだ。確か拷問の一種でもあったよね。

 

 頭の中がどんどん真っ白になって、息が続かなくなって、体の感覚がなくなってきた頃に棒が離された。

 引き剥がされたそれに引っ張られるように動いた体がロープに止められて戻る。

 それでようやく固まっちゃっていた体中がほぐれて弛緩した。

 

「ふ、う……」

 

 ぶわ、と汗が噴き出した。肌を伝うそれに、なんにも考えられなかった。

 少しだけずり落ちた体にロープが食い込んで、圧迫感だけがあって。

 ほんのちょっとだけ浮かんだのは、こういう攻撃もあるんだ、って理解だった。

 

「では、お話といこうか」

 

 覗き込んでくる影に、視界がぶれてうまくものを捉えられない。

 乱暴に布を毟り取られて、頭が揺れる。けほっと咳込むと、酸素を取り込めてほんのちょっと頭がクリアになった。

 

「君が私の計画を知っていたのはなぜだね? 本当に未来を知る力を持っているというのかな」

「……」

 

 言葉を、考える。

 なんて言えばいいんだろう。その話がどこから出てきたのかわからないし、知っている事の説明の仕方なんて、私はわからない。

 

「おや、これは意外だね。もっと刺激を欲するのか」

「……!」

 

 ふるふると頭を振る。

 もう、今みたいなのはいいよ。いらない。

 聞けば答えるんだから、そういうのしなくていい!

 

「ぇほっ……は、……は」

 

 煙たい臭いの吐息に眉を寄せる。濡れた肌着が気持ち悪くて体をよじった。

 それを反抗的と捉えたのか、マントを翻したパラガスは壁際の、粘土を焼いて固めたような机に向かうと、金色の装置を取り上げた。首飾りにも見える、たぶん、制御装置。

 ああ、それ使えば拷問なんかする必要もなくお話できるもんね。そうするか……。

 でも私、説明する気はあるんだよ? 言葉が出てこないだけで。なんて言ったらいいのか、わかんないだけだもん……。

 

 ぼーっと私達のやり取りを見ていたブロリーが、制御装置を手にして私に歩み寄るパラガスの背を見て、それとわかるくらいに顔を歪ませた。

 

「……ブロリー?」

 

 そういった気の高ぶりにすぐさま反応できるよう設計されているのだろう、パラガスの手に備えられた大元の装置が発光し、音で異常を伝える。

 でも、ブロリーはそれ以上の動きは見せなかった。唸るような表情をしてはいるけど、怒気を発している訳でも、気を荒立てている訳でもない。嫌悪を露わにしている、っていうのが一番近いかな……。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 息がしづらい。体が震えてる。

 私、怖がってるんだ……。痛いのとか、気持ちいいのは経験してたから耐えられるけれど、今のは……全然知らない感覚だったから。もう一度されたらって思うと、身が竦んでしまっているんだ。

 大丈夫、だよ……私は、話をしに来ただけなんだから。大丈夫。

 

 パラガスは積年の恨みがあるからそう簡単に心を解きほぐす事はできないかもしれないけど、私なら……私の歌と、笑顔でなら……きっと心を開いてもらえるはずだから。

 サイヤ人なんだし、穏やかになってもらえるよ。純粋な悪でもない限り、善性だって持ち合わせているはずなんだから。

 

「は、は……ん、は……」

 

 突然歌うよ。

 

 …………と、思ったけど、声は出なかった。掠れた声さえ出てこない。

 体に力が入らなくて、気を取り直したパラガスが私の首へ制御装置をかけようとしているのを、大人しく受け入れるしかなかった。

 

「他の者には息子が気に入ってしまったと伝えておこう……こういった色恋は突然なのが常だからな」

「ん……ぁ」

 

 冷たい金属が肌に当たる感覚が過剰に感じられて、棒状でもないのに顔を背けて怯えてしまった。

 我ながら過剰反応である。……まあ、あれだ。制御できるようになって安心できるならそれでもいい。口さえ動けば話はできるからね。

 

「……超サイヤ人は、怖い?」

「うん?」

 

 装置から垂れる紐を私の頭に通そうとしていたパラガスは、目が合うと僅かに身を引いた。すぐに戻ったけど。

 

「なぜそんな事を聞くのかね」

「怖いから、機械で抑えてるのかな、って」

 

 うー、唇の感覚が変。喋るのもちょっと気力がいる。唇の端が濡れている。麻酔でもされちゃったみたい。あんまり喋ると唾液が垂れてきそう。

 

「ふむ」

 

 つうっと、手袋に包まれたパラガスの指が弧を描くように私の上を滑っていく。

 正確には、制御装置をなぞっただけだけど、体にくっつけられてるから私の一部みたいに触覚が備わって、直接触れられたように感じた。

 

「ん……ふ、ぅ」

 

 あまり彼を刺激しないよう息を吐き出す。震える頭と一緒に息も震えている。

 半歩、パラガスが離れた。当てられていた制御装置も離れて、私は未だ自由の身だ。

 

「……あまり言いたくはないが、たしかに私はブロリーの力を恐ろしいと感じている」

「そう、なんですか」

「そうなのだ」

 

 入口脇に立つブロリーをやや振り返って正直な心の内を話してくれるパラガスは、どういう心境の変化だろうか。私がすっかり弱って反抗もできないから、余裕を見せているだけなのかな。

 だとしても、はっきり言い辛い事を伝えてくれるのは……へへん、やっぱり私がかわいいから?

 

 やっぱそうっしょ~。よく言われるんだよね、『ナシコちゃんにならなんでも話せてしまいそうです』って。つい昨日にもSNSのDMで女の子から相談を持ちかけられて、頼りにされてるなあって思ったもの。恋愛相談で、経験ないからアドバイスには困ったけど……しかも家族間での恋愛である。相思相愛だけど世間が愛を許さない、なんてドラマみたいだった。もちろん真面目に答えたよ。本当に愛しているなら一緒になるのが一番に決まってるって。

 『ありがとうございます。この関係を終わらせた方が良いのかとずっと悩んでいたのですが……私、妹と幸せになります』ってお返事がきて、成功に終わった感じ。

 

 要するに私は聞き上手なのかもね。話すのは苦手だけど、なんでも話したくなっちゃう雰囲気があったり……とか。

 

「ブロリーの力がオレの想像を超え、全宇宙を破壊しつくしてしまえるようになった以上、必要な措置だったのだ……」

「言って聞かせるのは、だめでした?」

「無理だ。サイヤ人本来の凶暴性を持って生まれたブロリーは、常に破壊衝動を抱えている。今制御装置を外せばたちまちに殺戮を繰り返すだけの兵器と化してしまうだろう」

 

 それは、わかる。今は大人しいブロリーだけど、そんなの暴れたって制御されるのがわかってるだけだから、って感じだし。

 

「でも、サイヤ人って本来は善性の強い種族、ですよね」

「……どのようにして得た情報かは知らぬが、私の知る限りでは十代前まで遡ってもこの気質は変わらんよ」

 

 歴史を紐解けばまた別かもしれんがね、そんなものを残す民族ではなかった。手に嵌めた制御装置を撫でながら話す彼に、小さく頷いて返す。

 

「あの……布を、頂けませんか?」

「……ああ。科学者、拭いてあげなさい」

「え、あ、もうよろしいですじゃ……?」

 

 成り行きを見守っていた科学者は、その命令に戸惑っていたようだけど、はよせいと一喝されて慌てててきとうな布を掴み取った。

 汗を拭いてもらう間、息を止めて目をつぶり、顔を上げていた。

 あんまり心が波立たないからよかったけど、相当恥ずかしい状況だ。……縛られたまんまだし。

 ていうか服着替えたい。でも着替えは部屋にあるから、とってきてもらう事はできないし……ああ、布ごわごわ……手つきも荒っぽい。肌赤くなっちゃうよ。ねえ、このタコ科学者拭くのへたっぴすぎるんですけどー?

 

「よいせ、せっせ、よいしょ」

「ブロリー、来なさい」

「……」

 

 健気に触腕を動かす科学者に、本来こういうのは仕事じゃないんだろうなぁと思いつつ、前に並んだブロリーとパラガスを見上げる。

 

「祖先がどうあれ、このブロリーは凶暴なのだ。君の力が本物ならばわかるだろう?」

「破壊と殺戮を好む、伝説そのもの……」

 

 サイヤ人の間では、まことしやかに伝えられてきた"超サイヤ人"の伝承。

 

「原初の超サイヤ人であるヤモシは、善の心を持ち悪のサイヤ人を倒す戦士でした」

「……ほう?」

 

 何で読んだか忘れたけど、なんかそういう話があった気がする。

 興味を引けたようで何より。はぁ……怪我の功名だ。ブロリーに攻撃しなくてよかった。なんとか話し合いのテーブルにつく事が出来たよ。予定とは全然違うんだけど……。

 ブロリーの方も、なかなか結構違う。今日の昼に悟空さんはこの惑星にやってきた。でも、ブロリーとは鉢合わせなかった。ターレスに微かに反応したのをみたパラガスが、同じ顔をした悟空さんから遠ざけたからだと思う。

 

 だから悟空さんはまだ、伝説の超サイヤ人が誰なのかわかってないし、ブロリーも大して刺激されずに大人しいままだ。ここまでは上手くいった。あとは騒ぎが起きないまま、戦闘に入らず話し合いで解決するのみ。

 

 すべては私の赤く小さな舌にかかっているのだ。界王様はめっちゃ不安がってたけど、なぁに、私も超不安だったぞ。できればこういうのはウィローちゃんとかに任せたいくらい。

 けど、ちゃんとお話しを知っているのは私だけだから、やれるのも私だけ。

 

 説明や情報伝達のスキルが高かったなら違ったアプローチができたかもだけど……無理なものは無理。

 それでも協力を要請するくらいはした方が良かったかな。自分で色々考えたり、気合いを入れたりするので精いっぱいだったから、そっちまで上手くできる気がしなかったんだけどさ。

 

「ブロリー自身の破壊衝動は、悪の心とかじゃなくて、単に際限なく上がっていくパワーを振るっているだけ、かもしれません」

「だとして、何かね。それを取り除く事ができるとでも?」

「はい」

 

 頷けば、パラガスはにわかに目を見開いた。

 ……はっきり「はい」と答えた私だけど、もちろんそんな確証を持った方法があるはずない。

 ただ、こういう場でははきはき喋った方がいいと思ったからそうお返事した。

 

「ようは、ストレスを抱えるのと同じなんですから、解消してあげればいいんです」

「……その結果として、宇宙は破壊しつくされてしまうのだ。ブロリーを止められる者などこの世にはおらん」

「いいえ。見たでしょう? 他に超サイヤ人が複数いるのを」

 

 諦めの混じるパラガスの言葉に割って入るように、まずは事実を言う。

 常時超サイヤ人を維持しているラディッツ、ターレス、悟飯ちゃん……それから、悟空さん。

 みんな、パラガスにとってはよく見覚えのある形態のはず。

 

「これほど超サイヤ人がいるなら、ブロリーの相手もできます。きっと心行くまで戦う事が出来るでしょう」

「とも限らんよ……君はブロリーの恐ろしさを知らない」

「知ってます。フリーザ程度なら一払いで殺せてしまうでしょう。でもそれは、うちの子達も同じです」

 

 サイヤ人達の強さの代名詞であるフリーザ様を引っ張り出せば、パラガスは顎を引いて唸った。

 戦闘力の低い彼にとって、ブロリーの遥かな強さと、悟空さん達の強さの比較など到底できないはず。

 どちらも同じ、恐ろしい程に強い。ならあるいは、って思えないかな。

 

「満足するまで戦えば、ブロリーも大人しくなるかもしれません」

「希望的観測だ。ブロリーは止まらんよ」

「止めてみせます。ですから……」

 

 ですから。

 ……ああ、どうしよう。その後に続く言葉を、私は思いつかなかった。

 

 地球で穏やかに過ごしましょう。失った命は、取り戻す事ができます。

 この宇宙を守る事で罪を償いましょう。

 

 復讐なんてやめましょう。ベジータならぼこぼこにしていいですから。

 シャモ達も星に返してあげて、ならず者達も解散させて、それから……それから。

 

 どれも、私は語る事ができなかった。

 なまじ普通に会話できてしまったせいか、こうしている今でさえ彼の心で燃え盛る執念の炎を幻視してしまって、うかつに綺麗ごとを言えなくなってしまった。

 

 だからってだんまりじゃ意味がない。

 何かを言って、彼の心を動かさなければならない。

 復讐がどうでもよくなるくらい気持ちを動かせれば……本当は、お歌でそうする予定だったんだけど……。

 

「ほ!?」

「えっ……?」

 

 まだお掃除をしていたタコ科学者が潰れたカエルみたいな声を出した。

 というか潰れている。頭を踏み潰されて歪んでいる。

 それを成す褐色の足に視線を上げていけば、金の戦士がタコ科学者へ手を差し向けているところだった。

 

 カッと光が溢れる。

 立ち上る光の柱に科学者は塵と消え、驚いたパラガスが身を翻して離れる。

 

「なんだ貴様、どっから現れた!?」

「なんだとはこちらの台詞だ。こりゃ一体どういう了見だ、ええ?」

 

 恫喝するターレスに、あちゃー、と目をつぶる。

 さすがに騒ぎに気付かれてしまったらしい。でも、なんで科学者を殺してしまったのかはわからない。

 

「ナシコ、無事か!?」

「あ、ウィローちゃん……」

 

 椅子の手すりから顔を覗かせたウィローちゃんが手早くロープを引き千切ってくれた。

 自由にはなったけど……これではもう、話し合いだとか言ってられる場合じゃなくなっちゃったかな。

 

「何をこそこそやっているのかと思えば、なぜ捕まっているのだ、ナシコよ」

 

 腕を組んで立つラディッツは、金に染まる髪を揺れ動かしてお怒りのご様子。

 そりゃ、そうだよね……私、酷い格好してるもん。

 

「何か弁解はあるか? ないなら殺すが、良いか?」

「ぐぬぬ……制御装置を取り付けておくべきだったか。ええい、こうなってしまえば仕方あるまい! ブロリー!」

 

 頬に手を当てて顔を覗き込んできたウィローちゃんは、そのままぎゅうっと抱きかかえてきた。胸にうずまってしまってなんにも見えない……とりあえず抱き返しておこう。

 

「カカロット……」

「あん? ったく、どいつもこいつもカカロットカカロットと、いいか? オレの名はターレスだ」

「カカロットォ……!」

「おい」

 

 ズシリ、ズシリ。ブロリーの声と足音に、慌ててウィローちゃんを退かして立ち上がる。

 うわあ、やっぱりターレスに反応しちゃってるよ!

 でもなんでだろう。ブロリーっていったい何で悟空さんを判断してるんだろう。

 赤子の頃に隣り合わせになっていて、泣き声だけを覚えているはず。顔じゃわからないでしょ? 気で覚えてるなら、ターレスは違うとわかるはず。じゃあ、声……?

 

「カカロット!」

「ど、どうしたブロリー!」

 

 気を噴出させて高めていくブロリーに、パラガスは制御装置を向けて焦っている。もう制御が効かなくなり始めているのだろうか。だとしたら、ああ、もう……!

 

「カカロットォオ!!」

「ちっ、なんだコイツの気は……こいつが伝説の超サイヤ人だってのか……!?」

 

 え、何その超速理解。

 あ、いや、そういえばだいぶん昔にブロリーが伝説の超サイヤ人であるって説明した記憶がある。正確には、我が宇宙に存在する伝説の超サイヤ人はブロリーって名前なんだよってこと、覚えてたんだ……記憶力いいなあ。

 などと感心している場合ではない。あっと言う間に緑髪の超サイヤ人と化したブロリーが血走った目でターレス目掛けて前進している。これ、今ならまだ制御装置で抑制できないかな……!?

 

「はっ!」

「ちょ、ウィローちゃ……!?」

 

 パラガスの方を見ようとして、先手必勝とばかりにフルパワーエネルギー波を放つウィローちゃんにぎょっとする。光線が伸びる音、着弾して爆発する音に混じる電子音に、ひょっとしたら彼女はブロリーの正確な戦闘力をはかれてしまったのかもしれない。

 

「どぅあ!?」

 

 余波に踏ん張れなかったのはパラガスだけだ。背を床に打ち、バウンドして壁にぶつかった彼は、制御装置を取り落として痛みに呻いている。

 じゃ、じゃあ私が代わりに制御を! と駆け付けて装置を拾い上げ、煙の中に立つ無傷のブロリーに差し向ける。

 

「止まれっ、ブロリー!」

「……!!」

 

 ついでに声も上げれば、やった! ブロリーは歩みを止めて私へと振り返った。

 と思えば、その手に緑の気弾を作り投げつけてくる。

 

「わっ、と、あれ、なんで!?」

「そ、その装置はオレの気にしか反応しないように作ってある……!」

「そ、そうなの……!?」

 

 はやく言ってよそれ!

 一発放って気が済んだのか、再びターレスへ歩んでいくブロリーは、私が制御装置をパラガスに握らせている間に限界まで気を高め、次第に咆哮を上げ始めていた。

 

 宮殿中に響き渡る声。

 解放への一歩を踏み出した、歓喜と怒りの産声。

 

「っ──!!」

 

 まるで光が引き込まれるようにブロリーが明滅して、瞬間、爆発する。

 

「あああっ!」

「っく!」

 

 完膚なきまでに部屋が吹き飛び、私達は外へと放り出された。

 断崖絶壁から落ち行くなかで、二回りほど大きくなったブロリーが恐ろしい速度でターレスにラリアットをぶちかましてるのをみてしまった。

 

「ああーもー!!」

 

 ぐしゃぐしゃと髪を搔き乱しているうちに下に広がっていた湖に落ちて、ぼこぼこと水泡の中に沈む。

 結局こうなる!

 ああ、ああ、できれば戦いたくなかった! 穏便に解決したかったなあ!

 

 でも私の力量不足でこうなってしまったので、意識切り替えてこ!

 ブロリーなんか敵じゃない、ブロリーなんかあっさり倒せる、ブロリーなんか……!

 

「うははははは!! ぐはははははは!!!」

「ぐああ!?」

 

 ご機嫌な笑い声をあげてターレスをぶっ飛ばす伝説のサイヤ人に、水面から飛び出した私は、揺れる水面につま先をつけて立ち、一息に深紅の姿となった。次いで、スパークを散らして全開になる。

 けど、ああ。

 ほんと、あれだね。

 完全に、向こうの方が気が上だ……!

 

「なんだ、奴のあのパワーは……!?」

 

 飛沫を上げ、後転して私の横へ浮遊したウィローちゃんが驚愕する。

 完全体のセルが赤子に思える程の圧迫感を肌で感じる。びりびりとして粟立って、存在感だけで膝を屈させようとしてくる。

 

 それでも私達は戦わなくちゃならない。

 こうなった以上、全力で……!




TIPS
・電磁くすぐり棒
架空の拷問器具

・ヤモシ
原初のサイヤ人
初めて超サイヤ人に覚醒した人らしい

・ラディッツ
常時超サイヤ人維持中
戦闘力は2000万
超化50倍で10億

・ターレス
常時超サイヤ人維持中
戦闘力は2000万
超化50倍で10億

・ブロリー
基礎戦闘力は2800万
超化50倍で14億

・ブロリー(伝説の超サイヤ人)
制御を離れ、破壊と殺戮を好む怪物となった姿
膨れ上がった筋肉に覆われた肉体を持つくせに悟空が反応できないほどの速度で動く
強化倍率は公式には設定されていないが、映画2作目で超2悟飯を圧倒していたため高めに設定する
伝説化70倍で19億6000万


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第五十八話 先の先の先

 

 

「ぐははは!! ぐははははは!!!」

「ぎっ! くっ、チキショ……!!」

 

 水面から遠く離れた空で伝説のサイヤ人とターレスが交戦している。

 いや、戦いなんて呼べるレベルじゃない。その力を暴れさせているブロリーの攻撃を必死に捌いているだけだ。掠るたびにターレスはその身に纏う気を溢れさせ、反発させてなんとかやり過ごしてるけど……消耗が激しすぎる。

 

「貴様!」

「フフ!! ぐははあ!!」

 

 飛び掛かったラディッツが振り返りざまに薙ぎ払われた。文字通り弾け跳ぶようにして崖壁にぶつかると、たちまちに変身が解けて落ちて行ってしまう。

 

「ウィローちゃん!」

「ああ!」

 

 腰に備えた袋から仙豆を取り出して彼女に握らせ、落ち行くラディッツの真横に瞬間移動するのを見送り、心苦しいけどブロリーはターレスに任せて、ここを離れる。

 紅い気を噴出させて空を飛び、開いた穴から研究室へ戻れば、うつ伏せに倒れ伏すパラガスがいた。

 

「パラガスさん!」

「う、ぐ……」

 

 駆け寄りざまに床に転がっていた制御装置を拾い、彼を助け起こす。

 握らせた機械を薄く開いた目で見たパラガスは、私の腕を振り払って壁の穴まで歩いて行った。

 

「……ふ、はぁははははぁは!!」

 

 ターレスを弾き飛ばし執拗に追い回すブロリーに、宮殿から飛び出した複数の影が飛び掛かる。悟空さん達だ。

 騒ぎを聞きつけて起き出してきたのだろうけれど、暴風を巻き起こすブロリーの強大な力に近寄る事さえできていない。

 

「いいぞ、ブロリー! もはや彗星など待つ必要はない! 今のお前のパワーで、サイヤ人をこの世から消し去ってしまえー!!」

「……それは、己自身をも殺されようとしているって事ですか……?」

「馬鹿め。そんなはずがなかろう……だが、ブロリーが伝説のサイヤ人になってしまった以上、見境なく破壊の限りを尽くすだろう。この星はもちろん、お前達や、オレにいたるまで殺しつくし破壊しつくすまで止まるまい」

「……悲しいです」

 

 胸に手を当て、思ったままを呟く。

 子が親を殺す。それがサイヤ人だ、って言葉は、ターレスも言っていたけど……だとしたら悲しい種族だよ。

 ……きっと、あなたの声なら、ブロリーに届くんじゃないかな?

 

「それは、ないのだ」

 

 パラガスは、断言した。

 自分の声が届かないと確信しているみたい。もしかしたら、前に試したのかもしれないけど……でも。

 

「むしろ、お前の声こそブロリーに届くやもしれん。あれで中々お前を気に入っていたようだからな」

「え……そうなんですか?」

 

 そうは見えなかったけど……なんというか、さっきはパラガスの制御するままに命令をこなしていただけ、って感じだったけど……?

 入り込む風に髪を揺らしながら、ターレスをぶっ飛ばすブロリーを見上げる。

 

「……違う。カカロットはどこだ!!」

「オラならここだっ!!」

 

 ターレスを下し、気を猛らせて吼えるブロリーの背に気弾がぶつかる。それに怯みもせず口を閉じて振り返った彼は、白目で悟空さんを捉えると嬉しそうに笑った。

 

「カカロット……血祭りにあげてやる」

「こいつは……そうか! 南の銀河を破壊したのは、おめぇなんだな!?」

「フ、うははは!!!」

 

 暗闇に閃光が走り、悟空さんの顔面に拳が突き刺さった。一拍遅れて弾け跳んでいくその体に息を呑む。

 ……強い。ブロリーはやっぱり、とんでもなく強い……!

 こんなのと戦うなんて馬鹿らしいから、なんとか話し合いで解決しようと思ってたのに……!

 

「心配する事はない。オレ達はみんなあの世へ旅立つのだ。ブロリーに殺されるか、この星と運命を共にするかしてな」

 

 膝をつき、(こうべ)をたれたパラガスが静かな口調で言う。

 逃げる気配がない。ベジータに計画を話したりして気持ちの発散ができなかったためか、復讐の炎はくすぶるばかりで燃え上がろうとしない。

 それは罅割れた道の上へベジータが飛び出し、果敢にもブロリーへ挑みかかり、一切攻撃が通用しないのに膝をつき、ヘタれてしまうのを見ても変わらなかった。

 断罪の時を待つかのように、それきりパラガスは沈黙した。

 

「んっ!」

 

 寝かせた握り拳で頭の両脇をばちりと叩き、私も戦場へと飛び上がっていく。

 反省はまた今度! 今はブロリーをやっつけるのが先だ!

 加減なんかきかないから殺してしまうかもしれないけど……とか、そういう心配もしていられる余裕はない。むしろワンパンで殺されないよう気をつけなきゃ……どう気をつけろと??

 

「『サイヤ人の王子ベジータが相手だ!!』」

「や、やめろ! 殺されるぞ……!!」

 

 行きがけの駄賃にベジータを焚き付けていく。暴れ回っては悟飯ちゃんを殴りつけ、トランクスを体当たりで弾き飛ばしたブロリーは、ベジータの声と気質に振り返り、接近する私に満面の笑みを浮かべて向き直ってきた。

 

「ぐははあ!」

「んぎっ!」

 

 接近直後にパンチが飛んでくるのをなんとか避ける。空間を揺るがす拳が空気を穿ち、肌を震わせた。

 笑い混じりの攻撃に当たってなんてやらない。異常にタフなサイヤ人を一撃、いや二撃で戦闘不能にまで追い込むそのパンチ、ただの人間な私に当たったらどうなるかなんて簡単に想像できる。

 

 安物の風船みたく割られちゃう訳にはいかない。ここで負けたら宇宙の終わりだ! 地球にいるファンのみんなのためにも、無理やり働かされていたシャモ達のためにも、ここで新しく出来たファンのならず者達のためにも、倒さなくちゃ!

 

 ──あるいは。

 もし私達が全滅しても、ビルス様が起きてきてあっさり破壊してくれるのかもしれないけれど。

 ここが破壊神の存在する世界なのかどうかなんて、その時になるまでわかんないんだから、頑張らなくっちゃ!

 

「っ!」

 

 突き込んだ肘打ちは鋼の肉体に阻まれて衝撃すら与えられない。一応全力の一撃だった。勢いも十分。それでもダメージは欠片もないっぽい……!

 

「それで攻撃のつもりか!?」

「うっ!?」

 

 がばっと抱き着かれるのに、反応が遅れた。

 この筋肉ダルマ、でっかい癖して速すぎる……! いや、今避けらんなかったのは、さっきビルス様がなんとかしてくれるかもって日和ってしまったからだ。心に油断が生まれた。私達が死んだらなんの意味もないのにね!

 自由な両手で腕をつっぱって抜け出そうとするものの、一気に締め上げられて背中が反ってしまった。ぴんと伸びた足はもはや脳からの指令を受け付けない。

 みっちりとした筋肉に圧迫されて声が漏れる。

 

「う゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛……!!」

「苦しいか! どうした、何かしてみせろ!!」

「くっ、ふぐっ……! め、めっちゃ喋るじゃんっ……!!」

「ふははははは!!!」

 

 やかましい笑い声に、ギリギリと圧迫される体。息をするのもやっとなんだけど、そうツッコまずにはいられなかった。

 黒髪の時は虫も殺せないような暗い顔してたくせに、黄金の光に照らされた巨顔は心底愉快そうに笑っていて、流暢な言葉がぽんぽん飛び出して来る。そ、そんな喋る奴だったっけキミ……!?

 

「お望み通りっ、なにかしてあげる、よっ!!」

「ぬお!?」

 

 睨み上げた両目からアイビームを発射する。ちょうど視線がかち合ったその瞬間だったからおっきな白目に一直線。

 直撃したっていうのにブロリーは驚きの声を漏らしたのみで、ダメージどころか笑みさえ陰っていなかった。

 

「そうこなくっちゃ面白くない!」

 

 いっそう私を持ち上げるようにして締めたブロリーは、そのまま私を放り投げるかと思いきやぐわっと顔を近づけてきて。

 

「がっ──」

 

 ゴオン、と頭の中いっぱいに重低音が響き渡った。

 

「ぐは!」

「あぐっ!?」

 

 白んだ視界が回復する前にもう一発。

 額が割れて生暖かい液体が飛散するのがわかって、でも裏返りそうになった目では何も見えなかった。

 

「ぐは!!」

「いっ! このっ!!」

 

 ガツン! ゴイン!

 幾度も頭突きをぶつけられてそのたびに星が飛ぶ。万力に押さえ込まれた体が飛び跳ねるのに、けふっと息が漏れた。

 

「ぐはははは!!!」

「ああああもおおお!!!」

 

 逃げようともがいて、少しも動けないまま何度目かの頭突きを受ける。がちんと弾かれた頭は折れそうなくらい後ろに持っていかれて、揺さぶられた脳が思考をぐちゃぐちゃに搔き乱した。

 

「おま、いい加減にしろ……っ!」

「お姉さん!」

「ナシコちゃん!!」

 

 左右から聞こえた声が三半規管を揺り乱す。

 無意識に漏れていた懇願は聞き入れられず、私の血で顔を汚したブロリーが思い切り頭を振りかぶるのが見えた。

 

 ──────……ぁ。

 あ、う。

 あんまり痛かったから、痛いの忘れるくらい、意識飛んでた……かも。

 

「ウゥラア!!」

「がはっ!?」

「くうああ!」

 

 私を抱えたまま横回転した蹴りで悟飯ちゃんとトランクスを打ち返すブロリーに、もはや言葉も出ない。ガッと後頭部を掴まれて間近まで顔を近づけられる。その顔がすうっと離れて──。

 

 か、かんべんしてくれないかなー、なんて緩い考えが浮かぶ。

 このままじゃ私の頭はスイカになっちゃうぞっと!

 

 じたばたと暴れたって捕まった体は少しも動いてくれない。

 やがてもう一度痛みを与えるために、ブロリーの顔が戻ってきて。

 

「だぁりゃあ!!」

「グォ!!?」

 

 真上から突き刺さる蹴撃が厚い胸板を蹴りつければ、僅かに緩んだ拘束から私の体が零れ落ちた。

 誰かに肩を抱かれて敵から距離を取る。

 ああ、この大きな手は……。

 

「でぇじょうぶか、ナシコ!」

「ぁ、ぃ……」

「無理すんな、離れてろ!」

 

 やっぱり悟空さんだった。でも、彼もボロボロだ。超サイヤ人だって解けてしまっている。

 

「まだ死んでいないとは、流石はサイヤ人と褒めてやりたいところだ」

 

 ブロリーにもダメージはない。奇襲で不意打てただけで、通常の状態じゃちっともダメージを与えられなかったんだ。

 

「悟空さん!」

 

 地上に降りると、丈の短いジャンパーにジーンズを傷だらけにしたトランクスが駆け付けた。

 頷いた悟空さんは、私の体を彼に手渡した。

 それから、ブロリーに向き直って構える。

 

「おでれぇたぞ、ブロリー……おめぇほんと強ぇな」

「フッフッフ……!」

「こんな奴がいたなんてよ……! オラ達もめいっぱい修行したってのにな……!」

 

 セルゲームに備えてこれだけ鍛え上げたのに、ブロリーにはまったく通用していない。

 その事に汗を浮かべながらも、どこか嬉しそうにしている悟空さん。

 

「仙豆だ。ほら……!」

「ん、ん……」

 

 私の腰の袋から一粒抜き取った仙豆を口元に押し付けるトランクスに、なんとか口を開いて受け取る。

 必死に伸ばした舌先が彼の指に触れて、土の味がした。

 

「ぷはっ、はぁっ、はぁっ」

「ナシコお姉さん! 良かった……!」

 

 キュッと靴音を鳴らして滑り込んできた悟飯ちゃんの声に、降ろしてもらった私は、片目をつぶったまま頷いて返した。

 傷は塞がったとはいえ、大量に出血した跡は消えない。まだ固まっていない血の大半は噴出させた赤い気によって蒸発したのだけど、よりにもよって目を塞ぐやつがある。

 仕方なく肌着の裾を掴んで引っ張り、ふきん代わりにして目元を拭く。うー、いたた……まだ頭がガンガンする……ちくしょー、執拗に頭突きしやがって……!

 

「さあ来い!」

 

 断崖絶壁を背にして構えるブロリーに、私達も広がって対峙する。

 いずれも変身が解けている三人がそれぞれ力を籠めて。

 

「よし! ──ハァアア!!!」

 

 腰を屈めて顔の前で腕を交差させた悟空さんが、それを広げると同時に黄金の光を噴出させれば、呼応して悟飯ちゃんもトランクスも超サイヤ人に変化した。共鳴する声が不思議な響きとなって地平線まで渡っていく。

 私も、ルージュからルージュスパークリングに移行してそれっぽい構えを取った。……私武道とか嗜んでないから構え方なんて知らないんだよね!

 

 

「キィッ!」

 

 笑みとも吐息ともつかない声を発し、地面を砕いて走り出すブロリーに、私達も駆け出した。

 両者がぶつかり合うより早く向こうから伸びてきて足元に到達した罅が足場を砕いていくのに、それでも姿勢を維持して飛び掛かってきたブロリーに対応する。

 

「うぁあ!!」

 

 目前で横っ飛びに離脱したブロリーが最初の標的に選んだのは悟飯ちゃんだった。

 無造作に振るわれた拳に地面へ叩きつけられた彼に、気を取られる訳にもいかず地を蹴って小さく飛び上がる。

 

「うぐぁ!」

 

 続いて真正面にいた悟空さんが殴り飛ばされるのに、空中で膝を畳み、力を溜める。

 

「ここだっ!!」

「ぬぅ!!」

 

 次に狙われたトランクスは、その筋肉を異常なまでに発達させたパワー特化形態になっていた。殴り掛かるブロリーに自爆覚悟で拳を放ったトランクスは、お互いの攻撃が同時に届く衝撃によって大きく撥ね飛ばされた。

 

「うぇえりゃあ!!」

「ガッハァ!!」

 

 踏鞴を踏んで怯んだその胸へ両足を槍のように突き出して蹴りつければ、バチバチッとスパークが飛んだ。

 手応えあり……! ダメージが通った!

 スローで倒れていくブロリーに喜びを隠せず、けれど油断しないように注視して。

 

「へ?」

 

 ずる、と視界がずれるのに間の抜けた声が出た。

 足首に圧迫感。私、足掴まれて──!

 

「でりゃあ!!」

「はぐっ」

 

 そう気づいた時には地面に叩きつけられていた。

 体が石を押し潰して割っていく。揺さぶられた意識に一瞬の空白が生まれ、グイと足を引っ張られるのに体が浮く。

 

「ちょまっあいたー!!?」

「ぐははぁ!! ふん!!」

「えぶ!!」

 

 漏れ出たぶっさいくな悲鳴が衝撃に塗り潰され、私は三度地面にぶつけられた。

 

「ちぇい!」

「うん?」

 

 と、ブロリーの後頭部に細い足が叩き込まれた。

 瞬間移動してきたウィローちゃんだ。頬が紫に腫れて、口の端に血を滲ませている。

 

「フン!」

「なっ、お──!」

 

 片手を彼女へ向けてブロリーが気弾を放つ。無造作なのに高密度の緑光が空高くまでウィローちゃんを運んで、爆発する。

 

「ふひひ!」

 

 その手を今度は正面へ向けて一定間隔で連射するブロリー。攻撃されているのは悟空さんだ。

 防御姿勢でやってくるその姿に、私もやられっぱなしでいる訳にはいかないと奮起する。痛みを堪え、足首を掴む手に蹴りを加える。

 一回じゃ駄目なら二回、それでもだめなら三回!

 

「オラァ!」

「喰らえい!!」

 

 側頭部と脇腹へそれぞれパンチとキックが突き刺さる。ラディッツにターレスが復帰してきたのだ。

 ダメージは、通らない。ただ鬱陶し気に私を振るったブロリーによって二人が弾かれ、崖にぶつかっていく。

 

「でぇえい!」

「な、く──!!」

 

 ぶん投げられた私は、置き土産に光弾を一つブロリーの顔にぶつけた。

 おんなじことされてりゃ流石に慣れてくるっつーの! 痛いは痛いけど、耐えられるんだよ! これでもアイドルだし! アイドルは戦闘種族だ、はっきりわかんだね!

 ぽこっと誰かにぶつかって跳ねる。体中ばきばきだ。回復したばかりだというのにもう消耗している。

 

「ちっ、このバケモンがぁ!!」

 

 崖壁を崩して手をついて立つターレスが気弾を連射する。全弾命中。ただしやはりダメージはなく、無駄に煙を膨らませるばかり。

 鬱陶し気にターレスを捕捉したブロリーがその巨体で歩みを進め、途中邪魔しに入った悟飯ちゃんを突き飛ばし、ラディッツの顎をかち上げ、腕を振りかぶってターレスに叩きつけた。

 

「が、はっ……」

 

 吐血したターレスが力なく倒れ込む。

 その際に見えた目からは意思の光が失われて、ノックアウトされてしまったのがわかった。

 彼だけじゃない。なんでもない攻撃をされたように見えた悟飯ちゃんや、ラディッツも瀕死に追い込まれている。トランクスだって離れた場所に倒れ伏して動かない。

 

「ぜあらぁ!」

「フフ! 死にぞこないめ!」

 

 唯一立ち向かえる状態にあるのは悟空さんと、私だけのようだった。

 ウィローちゃんは行方知れずで、ピッコロさんはまだ来てない。

 ……来たところで、正真正銘のこの怪物に対抗できるとは思えないけど。

 

「カカロットォ!!」

「カカロットじゃねぇ! オラ孫悟空だっ!!」

 

 クロスさせた腕で剛腕パンチを防いだ悟空さんは、足場を砕きながら滑って後退した。

 入れ替わるように飛び込んでいく。手に気弾を作って、私に気を払ってさえいないその腕に押し付けて爆発させる。

 

「ふひひ!」

「んっ、のぉ!」

 

 やっぱビクともしないか!

 私を捕まえようと伸びてきた手に、身を捩ってすれすれで回避する。広がるスカートがその手を打って、ついでに足を絡めて回転の勢いで腕に乗り上げる。顔を上げて私を補足する彼に、足を締めてしっかり体を固定する。

 

「むん!」

「っ、く!」

 

 引き剥がそうと腕を振るうけど、体固定してるからむだだよ!

 そうしたら次は攻撃してくるよね……!

 

「ぐぇあ!」

 

 笑みに歪んだ口から勢いばかりの声を発して殴りつけてくるのを、さっきの悟空さんみたいに腕を交差させた防御姿勢で受け止める。胸まで押し返された腕が軋みをあげて、背まで衝撃が突き抜けていく。

 紅蓮の炎を噴き上げて、全力全開で食らいつく。ばっと前へ突き出した両手を右の腰へ。

 

「か、め、は、め!」

「ずぁあ!!」

 

 歯を剥いて笑うブロリーが私ごと腕を引き寄せ、頭突きをぶちかまそうとしてくる。

 こっちからも頭を突き出してぶつければ、ゴガァン! と凄い音がした。

 

「……!」

 

 遅れて空中に走るスパークに、意識がぐらついて手放してしまいそうになる。

 消えちゃいそうな意識をなんとか手繰り寄せ、体が勝手に継続してくれていた気の集約を引き継ぐ。

 今の私のフルパワー。一点集中させた全力のかめはめ波だ! 避ければ地球が吹っ飛ぶ、受けざるをえんぞぉ!!

 

「波ぁあああ!!!」

「だぁあああ!!!」

 

 腕を突き出したその瞬間、真上に瞬間移動してきた悟空さんが同時にかめはめ波を放った。

 二本の極線に飲み込まれたブロリーが姿勢を崩し、腕の上から放り出される。

 放出の勢いで浮き上がっていく体をそのままに、芯から捻り出したパワーをどんどん費やしていく。

 

 やがて、光が収まっていく。

 地面に下り立ってすぐ膝をついてしまった。一気にパワーを使いすぎた……!

 仙豆を取ろうと袋に手を伸ばし、ふるるっと頭を振って取りやめる。

 まだ大した怪我もしてない。気の回復のためだけに消費するのは、ちょっと避けた方がいいと思う……。

 

「ものすげぇタフなヤロウだ……オラ達もタフだけど、おめぇいったい何したらそんな頑丈になれんだ?」

 

 私達の全力を浴びせても、ブロリーはその体から煙を上げるだけで、傷一つついていない。ていうか今悟空さん"オラ達"って言わなかった!? 私かよわい女の子……あ、でも悟空さんがタフって言ったので今日から私は地上最硬のアイドルです。がんばる。

 

「なんなんだぁ今のは……! フン!」

 

 鼻を鳴らしてバカにするブロリー。

 ほんと、馬鹿みたいに硬い奴! 何か弱点とかないのかな……!?

 

 詳しく観察する余裕も暇もない。豪快に腕を振るって駆け出したブロリーに、私達は左右に飛んで攪乱した。

 

「『こっちだブロリー! おめぇの相手はオラだ!!』」

「!? か、カカロット……!?」

「おう、オラはここにいるぞ!!」

「なにィ……!?」

 

 ついでに声と気質を悟空さんのものにして惑わせる。悟空さんという存在に敏感に反応するブロリーは、私達に挟まれて一瞬攻撃の矛先を見失ったらしい。

 そこへ私と悟空さんが横回転してからの蹴りという同じ動作で攻撃を仕掛け、しかし筋肉の鎧を抜く事ができずに身震いだけで弾かれる。

 

「ぐあ!」

「ふぎゃっ!」

 

 それでもってぶおんぶおんと殴り抜かれて地面を滑る。硬い石を砕きながらだから、私もたいがい頑丈になったよね……! 冗談抜きで私ってタフなのかなぁ……なんかいやだなぁ!

 

「ぇげっ!?」

 

 感心してる場合じゃないというか、何か考えてないと意識がぷつんといきそうというか、なんてやってたら追いつかれてお腹を蹴り上げられた。

 浮き上がった体が叩き落とされてまた跳ね、無造作に殴り上げられて空高く放り上げられる。

 

「とっておきだ!」

「く……ぁ!」

 

 高密度の気が収束していくのが感覚で、そして視界中が緑に染まり引き潮のように引き込まれていくのでわかる。全身に走る危険アラートに咄嗟にバリアーを張って。

 

「うああああ!!」

 

 放たれた気弾に砕かれ、爆発に飲まれて乱回転する。

 腕も足もばらばらに動いて引き千切れてしまいそうだった。

 吐いた血が瞬く間に蒸発していく。しばしの浮遊のあとに自由落下してどしゃりと地面に落ちた。

 受け身なんか取れなかったから、痛くってたまらない。でもその痛みのおかげで失神せずに済んだ……感謝はしないけどね……爆発で火傷した肌がヒリヒリして地獄だ。

 

「ぐぁああ!!」

 

 私をこんなにしたブロリーは、すでに悟空さんに襲い掛かって、倒れ伏す悟空さんをストンピングで攻撃している。

 

「あぎゃああ!!」

「ぐひひ! ぐははははは!!!」

「うぁあああ!!」

 

 一発一発が凄まじい威力で、踏みつけるたびに悟空さんが沈んでいく。

 倒れてる場合じゃない……助けに行かないと!

 

「あっ、く……」

 

 起き上がろうとして、体中が痛むのに倒れ込む。

 ボシュウッと炎が噴き上がる。それが最後のように、変身が解けてしまった。

 ああ、下敷きになった髪が痛い。……もう、動けないかも……。

 

「うう、ううう……!」

 

 動けない、なんて弱音を吐いている場合じゃない。そんなんじゃだめなのに……!

 腕をついてなんとか体を起こそうして、胸の奥からせりあがってくる熱いものに顔をしかめる。

 

「げふ!」

 

 無理に体を動かしたら、体の中でジャリジャリとした音がして血を吐いてしまった。

 焦げた肌着を濡らす鉄臭さに顔をしかめ、そうやって表情を変えるのさえ辛い。

 

「『ブロリー!』っく、はぁ、はぁっう゛……!!」

「カカロットォ!! 死ねぇい!! 死んでしまえ!!!」

「ぎゃああああ……!!」

 

 悟空さんの悲鳴に全身が竦む。

 ガタガタと勝手に体が震えて、泣きそうになってしまう。

 いや、もう、泣いていた。溢れ出す涙が止まらなくて、それが痛みからくるのか、怖さからくるのかわからなかった。

 

 震える手で袋を探り、仙豆を取り出して口に含む。

 腕が痙攣して何度も食べ損ねた。それでもなんとか飲み込んで……。

 

「おえぇええぇ……」

 

 びちゃびちゃと吐血するのに、零してしまった。

 肺が収縮する。上手く息を吸えない。喉まで上がってきた鉄臭さに地面を削り取るくらい握り締めて体を丸め、息を止める。額に集中した意識で頭が白んで、体中が辛かった。

 

 こんなに吐き気がするのに、口からは唾液が垂れるばかりで何も出なかった。血の水溜まりに沈む仙豆を掴み取って土ごと口内に叩き込む。

 これ以上ないくらいの異物感に上体を起こし、顔を上向けて姿勢だけで飲み見下そうとする。両手で押さえた口の代わりにまなじりから絶え間なく涙があふれて、焼けた喉でなんとか仙豆を飲み込んだ。

 

「ん、ふっ!」

 

 気を噴出させる。無色の光が赤く染まり、その上にスパークが走る。焔の中にいろいろ蒸発されて消えていく。

 残念ながら瀕死から復活したところで私の戦闘力は上がらない。それが今は口惜しい。

 ちょっとのパワーアップであいつを倒せるなんて楽な話は、ないんだろうけどね……!

 

「でやあああ!!」

 

 奮起の声を上げつつ腕をついて上体を起こし、足で地面を掻いて走り出す。

 そのまま低空飛行で突進。一個の砲弾となってブロリーにぶつかっていく。

 

「いっ……!」

 

 脳天からつま先まで衝撃が駆け抜け、筋肉の上を滑って半回転。巨体の表面を駆け上がり転がるように放り出されて、地面にぶつかってなお転がる。受け流された……なら、もう一回突進だするまで……!!

 

「ぐっぎゃあああ!!!」

 

 地面が激しく揺れた。私の全力の突撃は、少しもダメージを与えられなかったみたい。

 気を引く事さえできないのに地面を殴りつけて歯を噛む。

 

「くっそぉ!」

 

 三度地面が揺れるのに苦労して立ち上がり、駆け出す。

 焔が噴出する。それがブースターとなって私の体をスピードの世界に連れていく。

 視界を真っ赤に染め上げて、超速突進でブロリーの脇腹へと突っ込んでいく。今度は受け流されないように、腕を広げて──!

 

「ふぎっ!」

「! ……そんなに先に死にたいのかぁ!?」

 

 抱き着く形になってしまったところで、ようやく彼の意識を私へ向ける事ができた。

 悟空さんの胸に足を押し込んだまま私の背側の肌着を掴んだブロリーは、そのまま持ち上げると軽く放るようにして突き放した。

 

「ふげっ」

 

 顎から落ちるのに舌を噛みそうになった。追撃は──ない。

 うう、体中が痛い……。ご、悟空さんは……!?

 

「うああああ!!!」

 

 ズゥンと地面が揺れて、悲鳴が響く。

 ブロリーの姿が消えていた。かと思えば、その巨体が地面より下から飛び上がってくる。

 一定の高さで止まったブロリーが落ちていく。直後に悟空さんの声が聞こえて……。

 

 踏みつけがより勢いを増して、そのせいで相当地面が沈んでしまっているのだとわかった。

 

「ぁ……ぁ……」

「悟空さぁん!」

 

 手元まで伸びてくる罅に、弱々しい悲鳴が混じる。

 死んじゃう……このままじゃ、悟空さんが死んじゃう!

 咄嗟に腰の袋を押さえる。ぺたんと潰れた袋を指でなぞれば、小さな膨らみを確認できた。

 まだ、一個……! 一つだけ仙豆が残ってる!

 

 これをどうにか悟空さんに食べさせてあげられれば、助けられる!

 それで何ができるかなんて考えない。助けないと……! 悟空さんが死ぬのはやだ!!

 

 お願い! お願いだから、なんとかなってよ……!!

 

 

──容易い願いだ

 

 

「トドメだぁ……!」

 

 ぐんっと飛び上がったブロリーが、勢いをつけて落下していく。

 その動きが、急にスローなものに変わっていく。

 何を考えるより早く飛び出す。足を回転させて、地面を蹴りつけて、音より速く駆け抜けて。

 

 周囲の景色が伸びた。向かいたい場所までがずっと遠く見えて、ゆっくりとブロリーが落ちていく。

 思考は伴わなかった。体だけがその場所へ急いで、意識を置き去りにしていって。

 

「ゴォア!!?」

 

 横っ腹にぶつかって突き飛ばし、諸共地面に倒れ込む。

 こんなんで倒せるわけがない。ダメージが通る訳がない。

 思わずつぶってしまった目を開いて見据え、腕の力だけで後方へ跳び退(すさ)る。

 

「今のは驚いたぞ……殺してやる!」

「……」

 

 膝に手をついて立ち上がったブロリーが、凶悪な笑みを浮かべて腕を振りかぶった。その手に緑の光弾を生み出し、投げつけてくる。

 真横を通り抜けたそれは、遥か後方で爆発を起こした。

 

「ぬぅ……!? でぇあ!!」

「っ……」

 

 もう片方の腕が振るわれ、光弾が飛んでくる。

 それだけに留まらず左右交互に腕が振るわれて、同じ数だけエネルギー弾が投げつけられて。

 

 当たらなかった。

 

 すべてが私の右側か、左側のすれすれを抜けていく。

 

「キィッ! これなら──どうだ!」

 

 下ろした腕に同じような光弾を生み出したブロリーは、これまでと違ってアンダースローで放った。

 手元で分裂した幾数十もの小さな光が横殴りの雨のように降り注ぐ。

 その合間を歩いて行く。足取りが揺らめいて、体が揺れ動いて、不思議と普通に歩いてもどれ一つ掠りすらしなかった。 

 

「ん」

 

 後方に向かった緑弾のいくつかがUターンして戻ってくるのを、右腕を振るって一つ弾く。

 近くの地面にぶつかって半球状に膨れ上がる光に照らされ、私はブロリーの前へ立っていた。

 

「な、なんて奴だ……!」

 

 その巨体を見上げて、気付いた。

 彼との身長差が縮まっている。

 腕に目を落とせば、すらっとしたいつもの手が見えた。何が変わっている訳でもない……いや、これは、大人な私の手……。

 どうしてか私は大人に変化していて、揺れる前髪や横髪は普段の黒髪に戻っていた。

 

「があ! ぐあああ!!」

 

 降り注ぐ獣の咆哮と拳の乱打を揺れるように躱しつつ、顔の前に手の甲をさらして広げてみる。

 肌の輪郭に青白い光が纏わっている。銀白……? これは、なんだろう……。

 何はともあれ、突き込まれた拳を擦り抜けるようにして潜り込んだ私の掌底が、カウンター気味にブロリーの身を打ち、僅かに持ち上げた。遅れて衝撃波が突き抜け、乾いた音がこだまする。

 

「ぐおお……!? な、なんだとォ!?」

「……」

 

 スカートをつまんでみて、ひらひらしてみて。

 ああ。

 ああー、これはあれかなーって、ようやく憶測がついた。

 

「身勝手の()()……」

「す、すげぇ……な……!」

「あ、悟空さん!」

 

 穴から這い出てきた悟空さんが、地面を掴んで顔を上げる。超サイヤ人は解けてない。あの猛攻撃を耐え抜いたんだ……凄い……!

 

「後ろだナシコ!!」

 

 ふわっと体が浮いて、跳び上がるバレリーナのように軽やかに回転する。腰の横を通り抜けた巨腕が起こす風に自然と体が動いて、振った足が綺麗にブロリーの首に入った。

 

「ごおあ!!?」

 

 地面へと叩きつけられた彼に背を向けて着地する。

 それから、瀕死の悟空さんの下まで駆け寄って、取り出した仙豆を渡した。

 いや、彼は動けるような状態じゃない。失礼ながら支えさせていただいて、私の手でその口に仙豆を運んだ。

 

 生き抜くためか、指ごとガリッと噛まれそうになるのに慌てて手を引く。あ、いや、引かない方が良かった? 指も欲しかったのかも……ううん、そんな訳ないか。でも今の引き方は失礼だった。不快に思われてないといいんだけど……ちょびっとだけ、齧られてたらってIFを考えると、ふるりと体の芯が震えた。よかった、何が起こってるのかほんとはいまいちわかってない私なんだけど、このキモい思考(孫悟空万歳)は間違いなくいつもの私だ……!!

 

「す、すまねぇ……ん、ぷはーっ!! 助かったぁ!」

「それは、良かったです……!」

 

 片膝をついて息を吹き返した彼に、心底安堵して、重ねた手を胸に押し当てる。

 鼓動が早まっている。やっぱり、彼を見ているとどきどきしてたまらないくらいに、格好良い。

 助けられて良かった。こんなところで死んでいい人じゃないんだから。

 

「フッフッフ! サイヤ人でもないのにやるじゃないか!! 気に入ったぞ、オレがバラバラに引き裂いてやる!!」

「くっ、ほんとにタフな奴だぜ……! ナシコ、いけるか!?」

「はい!」

 

 一も二もなく返事をする。体を見れば銀の光は消えていた。……気のせいだったのかな。それとも一瞬の奇跡?

 ……だよね。私にあの変身ができるはずないもん。よりにもよって悟空さんより先になるなんてありえない。

 そんなの嫌だよ。身勝手の()()は悟空さんの変身だから、私がなるのはイヤ。

 

「来るぞ!」

「はいっ!」

 

 立ち上がって構える彼の姿を真似る。同時にルージュスパークリングを発動する。芯が痛んできついけど、彼と並び立てる喜びが麻痺させる。

 鏡合わせの私達に、いっそう顔を歪めて笑うブロリーが突進してくる。

 速い……! 接触まで1秒もなかった。

 

「ぐははあ!!」

「うぐっ!」

「きゃあっ!?」

 

 殴るでもなく、気弾を放つでもなく、私達の前に立ち塞がるようにして胸を反らしたブロリーは、まさしくその胸から緑の光を溢れさせて爆発させた。

 奇襲じみた攻撃に諸共吹き飛ばされてしまう。煙の尾を引いて、途中からは自ら飛行して後退を続ける。

 ──ちなみに今の可愛い悲鳴は、その、悟空さんが横にいるからね……そりゃちょっとはかわい子ぶるよね……!

 

 森林の上空を飛ぶ。地上で膨れる煙からいつ怪物が飛び出してきてもいいように注視して、ひたすら後方へ飛行を続ける。

 そのさなか、悟空さんが話しかけてきた。

 

「ナシコ、今のすげぇ変身、もっかいできるか?」

「え、えっと、その……」

 

 心臓が跳ね上がる。こんな時なのに緊張して、変な汗を掻いてしまう。

 さっきのは悟空さんの目にも見えていたのか。

 ということは、ほんとに私、身勝手の……なんだっけ、()()を……?

 

「すみません、おそらく無理です……どうしてなれたのか、どうやってなるのかもわからないんです」

 

 心底弱ってしまった。

 求められたのに答えられないのが心苦しい。せっかく悟空さんが声をかけてくれてるのに……!

 でも、本当にどうしたらいいのかわからないんだ……いきなりだったし、なんの予兆もなかったもの。

 それにあれは悟空さんの変身だから、私がなれるものだなんて思ってもなかった。

 

「謝ることはねぇさ」

 

 ふと、場違いな軽い調子の声に顔を上げれば、悟空さんは表情を和らげて私を見ていた。

 

「いっこいいか?」

「え? ぁ、はい」

 

 風に流れる髪を指で退けて、何か聞きたがっているらしい彼に耳を傾ける。

 耳は良い方なんだけど、注意力がないせいか人の話を聞き逃す事が多いから。

 悟空さんの声を聞き逃さないよう、全力で集中する。

 

「今、オラはお前と手合わせしてみたくってうずうずしてんだ。こんな強ぇ奴と戦ってる最中だってのによ」

「えぁわ、私と、ですか……!?」

「おう」

 

 朗らかに頷く彼に、聞き間違いでもなんでもないのだと理解させられた。

 ああ、でも、確かに何度か彼に組手を持ちかけられたことはあったけど……。

 超サイヤ人になった今でも、そう思ってるとは思わなかった。 

 

「自分の力がどこまで通用すんのか試してみたいって思っちまってる」

「でも、私なんかで……」

「あー!」

 

 うぇっ!? な、なに!? なんで私指さされたの!?

 突然の声にびっくりして、もしかしたら私の後ろを指したのかもって思ったけど、彼の指が向かう先は寸分たがわず私だった。

 

「おめぇは卑屈すぎるんだ。そいつがちょっと惜しい点だな」

「すみません!」

「謝るこたぁねえって」

 

 お叱りの言葉を頂くのに慌てて姿勢を整えて頭を下げる。

 光が散って、私よりちょっと先で止まった彼は、困ったように後ろ頭を掻いた。

 

「今のオラ達の中でも一番強ぇのはナシコだろ?」

「そう、なんでしょうか……」

 

 悟空さんが言うならそうなのかもだけど、私は決して悟空さんや悟飯ちゃんを超えられてるとは思っていない。

 だってすぐ彼らの方が強くなるもんね。私、戦闘力の伸びもいまいちだし、そのうち置いてかれちゃうんだろうなっていつも思ってるんだけど……今この時に限っては、たしかに最大戦闘力は私が一番かもしれない。

 

「お前は常にオラ達の前を走り続けてきた。すげぇことだ。サイヤ人でも他のどんな宇宙人でもない……他でもねぇ地球人のお前が一番強いんだ!」

 

 腰に手を当て、諭すように言ってくれる彼に、少しばかり恐縮してしまう。

 それ以上に、励ましてくれてるって事実に胸が熱くなる。涙さえにじんできた。

 

「だからさ、オラ負けてらんねぇなって力が湧いてくるんだ!」

 

 ぐっと拳を握ってみせる彼に、そういう役に立てるなら良かったなって思っていれば、すーと近づいてきた悟空さんが私の肩に手を置いた。

 じんわり広がる熱があっという間に頭に達して顔まで熱くなるのを感じる。

 

 わ、ワァ……! て、てがふれてます……!! お体に触られてますよっ!?

 

「疑ってかかっちまったらどんな力でも十全に発揮するのは無理だ」

「あ……」

 

 その通りだと思う。

 けど、だって、私の力って元々神龍に貰ったものだし……。

 いまいち、自分の力がどうとか、わからないし……。

 

「どぅあ!!」

「! ピッコロ!」

 

 すぐ近くを緑色の光が通り過ぎていったかと思えば、森林の一部で爆発が巻き起こった。

 その正体を視認していたらしい悟空さんが叫ぶのに、ブロリーが動かなかった理由がピッコロが来ていたからなんだとわかった。

 という事はきっとみんなも仙豆で復活しているはずだ。気を探れば、いや、探らなくても目視でブロリーと交戦するみんなの姿が見えた。

 

「行くぞナシコ!」

「は、はい!」

 

 キッとブロリーを見据えた横顔に見惚れる。雰囲気ががらりと変わって鋭い眼差しに、得も言われぬ感情が湧き上がって、頬に手を当ててしまう。

 翡翠の光が、私に向いた。

 

「おめぇに賭ける事にした」

「……え」

「やってくれよ、ナシコ!」

 

 言うが早いか残像を残して戦場へ向かっていく彼に、私はただただ困惑した。

 私に……賭ける?

 それって、私を頼りにしてるって……こと、だよね?

 

「……っ!」

 

 ふるるっと体が震えた。嬉しさからだ。

 ご、悟空さんが私を頼ってくれるなんて……そんな素敵な事があっていいのだろうか?

 だって彼、だいたいなんでも自分で決めないと収まらない感じだし、今回だってフィニッシュを決めるのは悟空さんだって思ってたのに。

 

 自分の手を強く握って、その熱を確かめる。

 高い空で吹く風は冷たいのに、私の体の熱は際限なく上がっていっているみたいで。

 ああ、応えたいよ。期待に応えたい。

 こんな私でも彼の役に立てるなら……そんなの、やるしかないよ。

 

「お願い……」

 

 指を絡めて、組んだ手を顔のもとで抱えるようにして、もう一度祈る。

 私の中の力を信じるから……もう一度、あの力を……!

 

「んっ!」

 

 芯から引き出した力が噴き上がる。

 でもそれは、私の歓喜に呼応した赤い焔で、青白いような、銀色のような光ではなかった。

 ああ、どうしよう。やっぱりわからない。わからないよ。

 でも諦めたくない。他でもない孫悟空に賭けられたなら、外させる訳にはいかないんだから!

 

「無意識、無意識……」

 

 たしかあの技ってそんな感じだったよね、と体から力を抜いて気を安定させ、だらーんとしてみる。

 ふわふわ頭の中に浮かぶのは、私に真っ直ぐ目を向けて話してくれた悟空さんの顔や、ウィローちゃんやラディッツにターレス……それから、ブルマさんやチチさんに奥様に……なんでか地球の姿も見えて。あとクリームソーダフェスティバル。

 

 雑念やっば……。

 

「ああんもう! だから私に瞑想は向いてないんだって!」

 

 そういうの一度だって成功したことあった?

 いつも夢の世界に旅立つのがオチだったじゃん!

 

 だからわかんないんだよ。完全無意識なんて私にできっこないのに、よりにもよってなんで私が身勝手の()()を発動させられたのか。

 何か別の技だったんじゃないのかなぁ。勘違いとか? ううん……ああ、うう、考えてもわかんないよー!

 

「ううううう!」

 

 髪を搔き乱して、痛む頭皮に息を荒げる。

 わかんない、わかんない、わかんない!

 でも、信じたいんだよ……悟空さんが信じてくれた私の力を……私も!

 

 どれだけ強く想ったって、奇跡は起こらない。

 私にそんな力はない。歌と踊りとちょっとの笑顔が私の全てだもん。

 戦いの才能なんて……。

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 ……じゃあもう歌うしかなくない?

 

 

 

「──興奮すっゾ! 宇宙へGO!」

 

 

 思考をぶん投げて、高らかに声を響かせる。

 もういい。考えたってわからないなら、フィーリングでいくから!

 ていうかいつもナシコは感覚勝負だったから!

 

「退屈は──! 石になる──!」

 

 吐息と共に気を噴出させて戦場へと飛び込んでいく。

 その間も口ずさむ。歌を。

 限界突破×サバイバー。伴奏はなく、アカペラだけど……歌には、音感には自信がある!

 

 崖壁に僅かに通り抜けられる縦長の道がある。

 曲がりくねった通路の入り口で彼らは戦っていて。

 ブロリーのアッパー一つで、悟空さんも悟飯ちゃんもトランクスも、吹き飛ばされてしまっていた。

 

「可能性のドアは──」

「やっと来たか! お前が戦う意思を見せなければ、オレはこの星ごと破壊しつくしていたところだ!!」

 

 飛び上がった体勢から瞬時に急降下突撃に移るブロリーの目前へ着地してすぐステップ後退する。

 今いた場所へ巨腕が突き刺さり、地面が容易く陥没して綺麗に足場が削れていく。

 押し出された瓦礫はいずれも長方形を保っていて、それはまるで、立ち塞がる壁のようで──。

 

「やれやれ──今度も──壁をブチ破る!」

 

 口ずさみながら一回転。ぐんと伸ばした足の裏が石壁を粉砕し、ブロリーの背を露わにする。

 隙だらけに見えるブロリーがあっという間に地面から腕を引き抜き、顔を上げるその様に、微かな恐怖と驚愕を抱く。

 早い。でもそんなのわかってたことだ。

 引き戻す足に青白い光が纏わっているのが視界の端に見えて、うん、ノッてきたみたい。

 

「ずェあ!!」

「今だ限界突破ぁ!」

 

 歌うのはやめない。さしものブロリーも「なんだコイツ」って顔してるけどやめないったらやめない。

 迫る拳が、圧力を伴って巨大化する幻視を振り払い、半回転。背中すれすれを抜けていく腕に沿って進むようにして距離を詰め、遠心力を乗せた踵をこめかみに突き刺す。

 

「無敵の! オイラが!」

「がぁあ! ぐう……!!」

「そこで待っている!」

「フフフ!!」

 

 バチリと弾いて吹き飛んだブロリーは、すぐさま体勢を立て直して着地し、振り返りながらジャンプして後退し、雄々しく構えて立った。

 クリーンヒットだと思ったのに、ぴんぴんしてる……ほんとに無敵のサイヤ人そのものだね……。

 

 というわけで、全王様もおったまげー、と気持ち良く歌いきって、はい完成。

 できたてほやほやの身勝手の極みだよ!

 

「んん? なんだその姿は……」

「イメージチェンジだよ」

 

 鏡がないからわからないけど、視界に映る揺蕩う髪が光に染まっているのや、立ち(のぼ)る銀の光を見れば、私の変身が成功したって事くらいわかる。

 歌うのはやめたのに、独りでに音楽だけが鳴り続けている。

 理屈はわかんないし、理由もわかんないけど……やるじゃん私。やっぱ天才なんだよね!

 

「ナシコ! 殻破りやがったな……!」

「お姉さん!」

 

 ザッ、ザザッと左右へ滑ってきた悟空さんと悟飯ちゃんを順番に見やって、ひどく落ち着いた心で頷く。

 今の私なら、ブロリーだってなんとかなりそうだよ。

 もちろん油断はしないけれど。この変身がいつまでもつかはわからないし、次に解けたら、もう一度変身できるかだってわからない。

 

 もしかしたら、解けたら反動で死んじゃうかもしんないしね。

 それでもいいよ。悟空さんのためだもん。

 私を求めてくれる尊い人のためなら、何度だって頑張るよ。

 

「さあ、第二ラウンド始めっか!」

 

 悟空さんの声に頷いて、立った状態を構えとする。

 ここで決着をつける。

 

 ……絶対に勝つぞ!!




TIPS
・超化
ブロリー戦で孫悟空が超サイヤ人になる時のシャウトめっちゃ好き
うわああああ!!!って感じで文字にするとあれだけど、流石のお声だよね……
すこすこのすこ

・タフネス
ブロリー、悟空のタフさは言わずもがな
しかし柔な地球人であるナシコがなぜブロリーの攻撃に耐えられたかといえば、話は単純だ
ブロリーはナシコに触れすぎたため、ナシコに対してのみ攻撃全てにブレーキがかかるようになっていた
とはいえ、手加減されたからといって死なない訳でもない

・身勝手の極意
天使達がナチュラルに使える技術。本来は変身してなるものじゃないらしい
この形態時にはナシコは大人の姿となる
体が勝手に判断して大きくなっているので、ナシコの意思で小さくなる事はできない

・身勝手の極意 (いのり)
歌うと超強くなる。そう、アイドルならね!

・身勝手の極意 (スーパー)
身勝手の極意の完成形。完成するのはやすぎィ!
頭空っぽなナシコとこの技の相性はとても良いのかも。

・ナシコ
その卑屈さはどこから来るのかというと、元々の気質からだ
今の自分の容姿や声にはもちろん過剰といえるくらいに自信があるが
なんの変哲もない中身には自信がない

・悟空
「なんでも自分で済ませるタイプ」とナシコはいうが
直近ではセル戦には悟飯に決着を譲り、ブウ戦では子供達に未来を託した
別に自分でなんでもやりたいってタイプではない


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第五十九話 偶像

 銀白の気が立ち(のぼ)っている。

 対峙する私達の間には、歌詞の無い曲……限界突破×サバイバーがスローテンポで流れていた。

 それは、悟飯ちゃんが顔を上げて反応しているところを見るに、私だけに聞こえているものではないのだろう。

 アニメで挿入歌に使われていたような……なんだろう、これ……時折反応して、私の纏う気が揺らめいている。

 

「ん……!」

 

 ともあれ。

 この力なら、ブロリーに有効打を与えられる。

 私にでも弱らせる事くらいはできる。

 ──謙遜じゃない。卑屈になってるんじゃない。

 わかるんだ。今の私じゃ、ブロリーを倒しきる事はできない。

 その前に力尽きてしまうだろう、って。

 これも感覚の話。フィーリング。私って、戦いの天才だからね……!

 

「気が高まる……溢れる!」

「身勝手の極み……いくよ!」

 

 向こうも体表から気を湧き上がらせて、それを薄い球状にして纏った。あんなに薄いのに容易く地面が削られて綺麗な断面を覗かせるのに、気合いを入れるために声を出す。

 空間中に響き渡る激しい曲調に、意識のほんの一欠けらを向ける。

 何かと思えば、自動で奏でられる曲が別のものに変わっていた。

 

 究極の聖戦(バトル)。まさしく挿入歌として使われていた歌だ。

 私のカバーではなく元々の人が歌っているものに、反応する人は誰もいなかった。

 聞こえてないんじゃなくて、そんな余裕はないってだけ。

 ……私の気分で変わってるんだろうか、これ。

 

「うおおおおお!!!」

 

 浮き上がることなくその場で全方位に光弾を飛ばし始めるブロリーに、私達は短距離に散って第一波を避けると、誰からともなく走り出した。

 私も地を蹴って飛び出していく。風の中に溶け込むように、真正面からやってきた気弾を擦り抜けて。

 体の前面すれすれを滑っていく気弾が私の体を染めあげて、もう一つを泳ぐように避ければ背中の上を滑っていって。

 

「ぐぅうおおおおおあああ!!!」

「っ!」

 

 一つ一つが当たれば即退場級のパワーを秘めたものを避ける事数回。ブロリーは大地を震撼させる雄叫びと共に纏っていた膜をパージした。急速に巨大化するそれがエネルギーを失いながらも迫ってくる。

 

「波ぁああ!!」

 

 左後方から放たれた一点集中のかめはめ波が爆発波を押し留め、右前方を行く悟飯ちゃんが放った魔閃光が大きな亀裂を走らせる。

 ここまでお膳立てされれば十分だ。

 

「はっ!」

 

 足から飛び込んで緑の障壁を割り砕いていく。

 そのまま着地して滑り、勢いが死なないうちに再び駆け出す。

 

「キィ! でぇえい!!」

 

 半球状に削れた地面の前に下り立ったブロリーは、気弾を一発私に投げつけると、避ける先を予測するようにもう一発……大きなものを放った。

 小さい光弾を撃つ印象のある彼にしては、バランスボール大のそれは異質だ。上下逆転、頭足を入れ替え、伸ばした両手の先に生み出した光球で一発目の気弾の上を滑り、着地しつつそう評価する。

 直後に私の胸元へ飛び込んできた大き目の気弾を受ける事も弾く事もせず、すれすれを抜け様に表面を撫でる。

 ぐんと腕が引っ張られて、踏ん張る片足を軸に半回転。手の平に吸着する光弾を、思い切り手を引き抜いて猛回転させる。

 前へ進む力を回転に費やしてその場にとどまるそれへ一歩踏み込んで、緩く拳を握った腕を振りかぶる。

 

「イレイザー──」

 

 力を入れて強張る腕を振り抜けば、接触した気弾がたわみ、跳ね返っていく。

 

「──キャノン!」

 

 緩やかな螺旋の軌道でブロリーの元に戻ったイレイザーキャノンが、次弾を放とうとしていた彼の胸で爆発した。

 

「グゥ!?」

 

 自分の力でならより多くのダメージが通るのか、目に見えて怯んでいる。

 

「グゥア!」

 

 けど復帰が速い。集めていた気を散らしてもいない。

 パワータイプに見えるけど、ブロリーって案外技巧派だよね……!

 

「スローイング──」

 

 舌を巻きつつ、黒煙に紛れて放たれた気弾をさっきと同じ要領で絡めとり、今度は回転の勢いを乗せてアンダースローで投げ返す。地面すれすれ、私の体も宙に浮いて横回転。

 

「──ブラスター!」

「ぬぐぅあ!!」

 

 まともにヒットして仰け反るブロリー。爆発の余波が着地直後の足元を駆け抜けていく。

 

 流れる髪を引き連れて走る。 緩く膝を折って飛び上がる。

 

 性懲りもなく放たれる気弾の全てを投げ返し打ち返し、跳ね返してなお、私の勢いは止まらない。

 動作を繰り返せばそれだけ動きは最適化されて、もはや気功波カウンターは極まった。

 

「ぬうう!」

 

 いくら撃ち込んでも返されるだけと理解したのか、苛立たし気に腕を振るって構えた彼は、私を待ち構えその手で捕まえる事にしたようだ。殴るでも蹴るでもなく捕まえる気なんだと、なぜか読み取れた。

 空気が引き込まれていく。もうほとんど腕も足も動かず、仁王立ちに近い状態になった私は、先行して体が動くのに意識が置いていかれる感覚を再び味わった。

 

「おおおぅ!!?」

 

 やや前傾姿勢になったのは自分でやった事だけど、ブロリーの体表面に数十の拳撃を打ち込んでへこませたのは意識の外。思考が追いついた時には到達するどころか追い越していて、ブロリーに背を向けている状態だった。

 

「ぐぎぃ! 殺してやる、殺してやるぞ!!」

 

 緩やかに振り返れば、彼は攻撃した私よりも間近に迫った悟空さんを優先しているようだった。

 真正面から取っ組み合い、体格差から押し込まれた悟空さんが、上体を沈ませられた勢いのまま膝を突き上げてブロリーの顎を打つ──。

 

「ふっ」

 

 その瞬間に合わせて、影法師がブロリーの背に襲い掛かる。

 残像にも似た意思のかたまり。悟空さんの気質を持ち、殺気を放つそれがコマ送りで現れて。

 

「ぬがああ!!!」

 

 反応して背を震わせたブロリーは、ゴガァン! と顎を打ち抜かれて大きく仰け反った。手応えを噛みしめる悟空さんのむっとした口元がかっこよくて、私も真似してむっとしておく。

 けれど、それ以上私ができる事はないみたいで、体は動かなかった。動く気にもならなかった。

 時間制限もあるんだから早く倒さなきゃいけないのに! と、一瞬生まれた小さな焦りは瞬く間に鎮められて、心が安定する。

 

「だぁらぁ! でりゃあ! ずぇりゃあ!!」

「ぐ! ぐうう、カカロットォォ!!!」

 

 強連撃脚。演武のように交互に繰り出される蹴りがブロリーの体を打ち、押しこんでいく。

 迫る背中を見上げつつ、悟空さんの攻撃に合わせて悟空さんの影を放ち、ブロリーに襲い掛からせる。

 もちろん私から飛び出るそれに攻撃の術はないし、はっきりとした形もない。けど悟空さんを目の敵にする彼は気配に反応してしまうらしく気を取られて、結果的に無防備となった肉体を打たれて押されている。

 ……ごめんなさい!

 

「クズがぁ!!」

「うぐっ!」

 

 同じ手は何度も通用しない。そんなのわかっていたし、悟空さんに集中したブロリーを狙うべきだと判断したものの、いざ影に反応しなくなったブロリーが悟空さんを殴り落とすのを見ると心臓がきゅっとしてしまった。

 同時に、大きな金髪の襟足、根元へめり込んでいく膝の、その衝撃に体が揺れる。

 

「がっはぁぁああ!!?」

「んっ」

 

 体幹を崩して不格好になったブロリーの頭を蹴りつけて宙返り。その蹴撃には微動だにしない。

 当然だ。私が最初の掌底で彼の体を浮かせられたのも、その後の攻撃も全てカウンターで構成されていたからだった。

 向こうのパンチに合わせて伸ばした腕を置いておけば、自分の力で勝手につっかかってくれたし、彼の体表面をべこべこにした攻撃だって、私の拳撃全てに反応して打ち返そうとブロリーが拳を振るい続けたからだ。向こうが反撃した数だけカウンターを打ち込んだ。全部、向こうの力を利用していただけなのだ。

 

 私自身の戦闘力が上がってるわけじゃないから、普通に攻撃したんじゃダメージは通らない。

 でもそれは、私だけの話。今みたいに他の人の攻撃に合わせて隙を作らせれる事ができれば、誰の攻撃でも有効打になるだろう。

 もっとも、実のところそれができるのは悟空さんが攻撃しているときだけのようだったし、もう通用しそうにもないのだけれど。

 

「ぐあああ!」

「ふやぁあ!」

 

 父を救うべく蹴りかかった悟飯ちゃんが顔を掴まれて壁にぶち込まれた。そのまま光弾ごと沈んでいくのに、眺める事しかできない。

 気を引くくらいしたいんだけど、上手いこと体が動いてくれなかった。行こう、って思考すると少しは動けるんだけど、いや、今は動く時じゃない、って判断しちゃってて、結局一歩も進めない。

 

「ゥあらあ!」

「グウ! ふはははは!!!」

 

 逆立ちするようにして再びブロリーの顎を蹴り上げた悟空さんは、笑いながら押し返されるのにバク転して離脱した。振り下ろしのパンチを叩いて避け、視線を逸らさないままこちらへ回避して、トントンと地面を蹴って後退してくる。

 合わせて私も後退する。そうすればブロリーは勢いよく振り返り、私達目掛けて気を纏った突進を敢行してきた。

 

 曲がりくねった道を抜け、目前で粉砕されていく崖に、降り注ぐ瓦礫を避けつつ広い場所へ出て。

 重低音を響かせて着地したブロリーに、私達も靴裏を地に擦り付け嫌な音を発しながら急停止。

 腕を広げて立つブロリーは、笑みを浮かべて余裕そうだ。対してこちらは、息を荒げる悟空さんに、静かながら体力の消耗を感じている私に……あんまり状況は良くない。

 でも悪い訳でもない。戦い続ければ十分勝てると私の直感が告げている。

 その鍵は、やはり悟空さんだ。

 

 ブロリーを倒しきれないうちに私は倒れるだろう。そんな気がする。

 そうしたら、私が意識を保っている意味なんてないので、全部の力を悟空さんに渡す。

 ある程度ダメージを与えたブロリーならば、そして悟空さんの粘り強さなら必ず勝利を掴み取れるだろう。

 

「……」

「……」

 

 あれほど猛々しく獰猛なのに、ブロリーは、止まる時は止まる。

 笑みを浮かべたまま立つだけの彼に、緊張ばかりが高まっては、技の影響で静まっていく。

 いつの間にか、ラディッツやターレスが離れた位置で構えていた。どこ行ってたか知らないけど、加勢してくれるなら願ったりかなったり……ウィローちゃんはどこ? 粉々になっちゃったりしてないよね……。

 

「あ……」

 

 ひょこ、と崖のでっぱりからシャモが顔を覗かせた。

 なんでそんな所にいるのか、子供ばかりが三人。音に惹かれてか出てきてしまって、私達の注目を集めた。

 あっ、と声を発して指さした先は私だった。笑顔を浮かべているところから、私が食料を持ってきた人間だと認識できたのだろう。光輝いてるというのによくわかったものだ。

 

「惑星シャモから連れてこられた奴隷どもか……」

 

 顔を下ろして呟くブロリーに微かな違和感を抱く。今、シャモ達に視線を向けているブロリーは、直前までどこを見ていた……?

 はっとして空を見上げれば、遠くに浮かぶ一つの星。たぶんあれは、シャモ星──。

 

「キィ!」

 

 鋭い呼気と共に放たれた光弾が昇っていく。戦いの最中だというのに、その残虐性を遺憾なく発揮したブロリーの行動に悟空さんは呆気に取られているようだった。

 だから私が動いた。垂直に飛び上がり、光弾の軌道上に割り込んで弾く。

 さすがに力の向き的に投げ返すのは不可能だった。思い切り力を込めた腕で場所も考えずに払い除けるのが精いっぱい。

 

「ぐっう!!」

 

 腕が痺れて固まってしまうのに泣きそうになる。

 いったぁ……! なんでもない気弾に見えるのに、すっごい密度のやつだった!

 地表で光のドームを作るそれに、息つく暇もなく追加の光弾が飛んでくる。私が防いだのを見たブロリーが極悪な笑みを浮かべて片手を突き出し、不定期にエネルギー弾を発射し始めたのだ。

 

「こっの、ばっかやろ……!!」

 

 腕を振り回し、足を振り回し、次々と送り込まれていく光弾を弾いて落とす。

 あああ、キリがない! 腕も足も痛い! 絶対痣だらけになってる……!

 

「ぼうっと見てないで手伝いなさい!」

「お、おう!」

 

 馬鹿みたいになんにもしないで見上げてるだけのラディッツとターレスを怒鳴りつければ、悟空さんまで「(わり)ぃ!」って反応してしまった。ご、悟空さんはいいんですよ! あいつらだけ! あいつらだけだから! 悟空さんはいいの!

 

「奴を止めろ!」

「さっさとあんな化け物ぶっ倒してくれよ!」

 

 揃って昇ってきた二人が私の代わりに光弾を弾いてくれるのに──腕焼けてるけど平気なの?──やっと一息つけた。

 シャモ達を見下ろせば、怯えてはいるようだけど無事だった。良かった……。

 空中で安定して動けるようになった後も私が光弾を投げ返さなかったのは、あの子達の身を案じてだ。万が一爆発の余波に触れれば消し飛んでしまうだろうから。

 ブロリー相手に他所に心配を向けている余裕があるのかって言われちゃうと弱いんだけど、できる限り命は助けたい。こればっかりは性分だ。

 

「ブロリー!」

「フン! カカロット!!」

 

 気弾の連射は、悟空さんが突撃することで止めてくれた。でも一対一だと分が悪すぎる。未だ元気が有り余るブロリーは、拳同士を衝突させてすぐに悟空さんを殴り飛ばした。

 

「ふっ」

 

 呼吸を安定させ、意識を集中させて飛び込んでいく。顔を上げたブロリーが丸太のような腕を振るってラリアットを仕掛けてくるのを利用して平手を食らわせ、余すことなく力の全てを返す。

 破裂音と共に地面から足を浮かせるブロリーが表情を歪めるのは、自らの力に私の力も乗っているからだ。彼に比べれば微力とはいえ、私だって容易く鋼鉄を粉砕できるパワーの持ち主。カウンターで返す力+私の力で、着実にダメージを蓄積させていく。

 

 ついでとばかりにおっきな出っ張り……喉ぼとけを殴りつけようかと思ったけど、何もせず着地した。体は意味のない行動だと判断したみたい。無駄に隙を晒すだけだと。

 だいぶん遅れて私もそう思った。そんなのやったって無傷で反撃されるだけだっただろうね。

 

「ぐうう、ぐあああ!!」

「ふぅぅ……!」

 

 直立した状態のままブロリーを見上げて拳撃乱舞。反対に覗き込む形で圧力をかけ、流星群のように両手によるパンチを降り注がせてくる彼と激しく打ち合う。

 いや、ただの一度も拳同士がぶつかる事はない。ただただ彼だけが打撃を受けて顔を歪ませていく。

 苛立ちが募れば募る程、怒りでヒートアップする程降り注ぐ拳は激しさを増し、空気を揺るがし、明らかにパワーが増している。その分跳ね返る威力も高まっていって、自分で自分の首を絞めている事はわかっているのだろう、忌々しげに唸り声をあげている。

 ただ、こっちだってかなり無理をしている。自動で回避反撃してくれるこの技だけど、それってつまり私にはいつ失敗するかわかったもんじゃないからね! っとと、平静を乱せば失敗率は高まってしまう。クールにならないと……。

 

「っ!」

 

 チッと頬を掠る熱に、やや眉が寄った。

 腕が熱を持って辛い。体が強張ってきている。反った背中が軋んで、風に翻弄される髪が頭皮を引っ張って痛いし、それのせいで体勢を崩しそうで鬱陶しい。

 こっちは限界が近づいているというのに、向こうは体力に限りなんてないみたいにどんどん押し込んでくる。

 もう、こいつ……私、きついってのに……!

 

「ぅあっ!」

「! オオオ!!!!」

 

 ついにその時が訪れた。片足から力が抜けて崩れ落ちてしまったのだ。

 一転して嗜虐的に口角を吊り上げたブロリーが痛打を与えようと拳を振りかぶるのに焦る。

 致命的な失敗に泣き顔になってしまうのがわかる。怯えてしまって柔く開いた口が閉じられなくなって、引っ込めた両手は開きも握りもしない中途半端な状態で胸の両脇に逃げ込んでしまって。

 

 そんな私にさえ容赦なく振り下ろされた拳に沿って飛び上がり、その鼻面に膝を突き刺す。

 

「だぁおう!?」

 

 弾かれた彼の体は倒れることなく後退し、でも大ダメージを与えられたようで、顔を押さえたままドシンドシンと距離をとっていった。私は、澄ました顔をして軽やかに降り立った。

 

「ふっ」

「!! ぬううう!!!」

 

 吐息とともに微笑む。捩れて二の腕にかかる肩紐を直しながらブロリーと向き合えば、指の隙間から私の表情を目の当たりにした彼は歯を剥いて悔しがった。

 女の子だからって舐めてるよね? だから弱る演技にあっさりと引っかかるんだよ。私だってそんなヤワじゃないんだよ?

 

「ぐ、ぐ、ぐ、ガアア……!!」

「ふぅー……」

 

 息を吐くと、熱が抜けていく感覚がして、すぐにまた体が熱くなる。呼吸による排熱がおっつかない。そのうえ、なぜだかあんまり汗を掻けていないせいで体の中は灼熱地獄だ。なのに心臓はいつもと同じ調子でビートを刻み、頭の中は冷静そのもの。

 

 ブロリーは、まだ悶えている。予想以上に効果的な反撃ができたみたいだった。 

 なんだっけ、トドメを刺そうとしている瞬間が一番無防備、だっけ。

 さっきので私を仕留めるつもりだったんだろうな。だから思わぬ反撃を受けてあそこまでダメージを受けてるんだ。……私、幼くてなんの力も持ってない、怯える女の子の演技が一番得意なの。……私の素に近いというか、素そのものだから。

 

「ぐがああああ!! うおおおお!!」

 

 腕を振り抜き、怒りに暴れるブロリーの気持ちは手に取るように分かった。

 一見か弱い私にここまでいいように攻撃されるのが癪に障るみたい。自分の攻撃が空ぶるのも我慢ならないんだって。

 頭を抱えて無茶苦茶に振り回していた彼は、両腕をだらんと垂らして「ごはー」と呼吸し始めた。

 

「……んん」

 

 なんか……嫌な予感がするんだけど、攻撃の予兆を感じ取れない限りこっちから仕掛ける事はできないから、待ちに徹するしかない。

 

「ぐ、があああ!!!」

 

 俄かに気が荒くなった彼が天へと叫び、不気味に頭を振り動かしている。

 じわりじわりと気が上昇を始めている……けど、それだけならここまでの戦いと同じだ。

 

「おおおおおお!!! うぉおおおぉおお!!!」

 

 噴き上がる黄金の光にスパークが混じり始める。

 気が爆発的に高まったりはしていないから、超サイヤ人2に目覚めた、って事はなさそうだけど……それでも危機感が強まるのに、ブロリーの体がぼこりと膨れた。

 ぎょっとして言葉を失う。

 

「おお、うがあああ!!」

 

 苦しげな雄叫びとともにぼこりぼこりと筋肉が膨れ上がり、体積が増えて……ああ、と納得した。

 思うように戦えない彼は、先程トランクスがやってみせた形態を真似始めたらしい。

 元々筋肉がみっちり詰まっていた肉体は一回り巨大化して、普通の人間じゃ見られないくらいの筋肉男になってしまった。

 

 感じられる気は凄まじい上昇をしているけど……正直がっかりだった。

 あのブロリーがそんな変身に頼るなんてね……。

 見てすぐモノにするのは流石だけど、それでは私には勝てないよ。

 

 汗を流し、息を荒げて私を見る彼に、諭すように声をかける。

 

「そんなパワーに頼った変身じゃ」 

 

 顔を掴まれていた。

 言葉を続けられずに地面に叩き込まれていた。

 

「──……!?」

 

 沈んでいく体に押し退けられた地面が左右に広がって盛り上がっていく。

 遅れて、攻撃を受け流すための手が出た。とっくにやられてしまっているというのに、今さら。

 

「くはっ──……!」

 

 さらに遅れて痛みが背中から伝わってきて、圧迫される肺に息を吐き出してしまう。

 

「ぐははははあ!!」

「ぅくっ!」

 

 顔を掴まれたまま持ち上げられて、地面から引き抜かれる。その勢いを借りて肘を突き上げてやろうとしたんだけど、肥大した筋肉に阻まれて手が届かなかった。

 太い指の隙間から見えるブロリーの顔が上にずれていく。手を放されて落ちて──鳩尾を抉るように拳が入るのに、くの字に折れて吹き飛ぶ。

 

「がっ、あっ、あ!」

 

 体がバラバラになってしまいそうな衝撃だった。

 痛いとかそういう次元じゃなくて、意識が刈り取られそうになるのに必死に抗っているうちに地に落ちる。

 ぶつけた後頭部から冷たいものが広がるのに歯を食いしばって立ち上がり、震えが押さえられない腕を無理矢理持ち上げて構える。

 今襲われたらひとたまりもない。だから無理矢理に体勢を整えたんだけど、様子見をしていた周りの子達がブロリーを押し留めてくれたみたいだった。

 

「ぐあ!?」

「カカロ、うおお!?」

 

 悟空さんとターレスがほとんど同時にやられた。順番に、ではなく同時。

 何あの俊敏さ……パワー特化形態じゃないの、あれ……!?

 う、く、落ち着け……! 心を乱したら、きっとこの変化が終わってしまう。

 身勝手の極みなら必ず反撃できるはずだから……!

 

「ごっはぁ!」

 

 腕を広げて走り出した怪物はまっすぐ私へ向かってくる。

 上空から飛び込んできたラディッツを薙ぎ倒した彼は、その時点でぐんとスピードを上げて──。

 

「っうあ」

「ぜぇえい!!」

 

 反応する間もなく顔を殴り抜かれていた。

 その動作と結果を知覚したのは、ゆっくりと体が倒れこんでいく時だった。

 パンチが見えなかった。考えるより先に動いてくれるはずの体は、辛うじて相手の腕をほんの少し押し上げるだけに終わっていた。

 無意識が追いついてない。追いつけない。

 い、いや、まだ!

 

 自分の力を信じて踏みとどまる。足裏で擦れる地面の感覚を噛みしめて、拳を握り締めて構える。

 

「死ねぇい!」

「く、くううっ……!!」

 

 乱暴に振るわれた拳に、声を発して諸々の感情を発散しつつ捌く。接触した腕の肌が擦り切れて血が飛ぶ。

 骨の芯まで響く衝撃に鈍痛を感じながらも、剛腕をいなすこと、それ自体は成功した。

 だというのにすぐさま第二撃が襲い掛かってくる。

 

「くっ、ふうう!」

 

 悪魔の笑い声とともに繰り出される拳の数々は、私の体に傷を残しながらも逸れていく。

 それが限界だった。攻撃を貰わないよう動くのが限界で、反撃なんかできなかった。

 こいつ、気だけじゃない! 技もスピードも大幅にアップしている。なに、この、変身は……!?

 

「冗談じゃっ……ないよ!」

 

 速いし、重いし、止まらないし……!

 摩擦熱で腕があっつくなってるし、笑い声に威圧して足が震えそうだし、正直巨体の怖さが半端ないし……!

 

「ふひひ! ぐははははは!!」

「うやぁあああ!!」

 

 大口開けて笑い上戸なブロリーに、心が乱れたせいか数瞬変化が消えかけた。銀の光が途切れて、すぐに湧き上がってくる。でも、一秒にも満たない時間のそれでかなり劣勢になってしまった。

 具体的にいうと、掠るだけに留めていた腕とがっちり噛み合う感じになってしまって、一発ごとのダメージをよりダイレクトに受け取るようになってしまった。

 

「負けらんない……!! 負けるかぁっ……!!」

 

 それでもまだ直撃は貰ってない。速く、鋭く、打ち合うたびにこの技に磨きがかかって適応していく。

 けどそれは向こうも同じなんだ。戦いの中で成長するサイヤ人の、その権化であるブロリーの成長速度は目を見張るものがある。

 ただでさえギリギリなのにほんのわずかずつ拳撃の速度が上がっている。前傾してきている。じりじりと足を摺り寄せてきている。

 これがっ……! これが、正真正銘の、本物の天才ってやつなんだ……!!

 

「おめぇ、まだ上があんのか!?」

 

 超頑丈な悟空さんだけが復帰して、でも私達に割り込めないでいて、さらに一回り筋肉を膨れさせるブロリーに驚愕する。

 うそ、でしょっ……!? 圧が、パワーがさらに増して、完全に押し切られ始めた。

 

「うああっ!!」

 

 捌き損ねた腕がもう片一方ごと弾かれてバンザイの形で仰け反ってしまう。

 薄めた視界に向かってくる拳が見えて、やばいと焦りたいのに、技の影響で心は静まったまま冷静に迫るそれを見つめてしまう。

 

 ゴ、と空気を穿つとは思えない硬質な音を鳴らして腋の真横を突き抜けるパンチに、煽られそうになった体を必死に地面に繋ぎ止める。

 

 は、外した……? この至近距離で……?

 それとも身勝手の極みがさらなる進化を遂げて、こんな姿勢でも避けられるようになったの……!?

 

「ガァウ!!」

「ぃ、ぎ!?」

 

 どっちも間違いだった。

 ブロリーは攻撃を外した訳でもなかったし、私が避けられた訳でもなかった。

 単に彼は攻撃の手段をパンチから別のものへ変えただけだった。

 打ち込んだ拳ごと迫ってきた彼の頭に、頭突きだって思って衝撃に備えて目をつぶれば、右肩に熱が走った。

 肩というより、首と肩の間。柔らかい部分。

 

「グウウウ!!」

 

 唸り声が私の体を直接震わせる。滲む唾液が肌に染み込んで、噛み切られた肩紐が落ちて。

 

「あっ、あっ、あぐぁあああ!!?」

 

 噛まれていた。その歯で、がっちりと食いつかれていた。

 当然そこで終わるはずもなく、肌を破る歯に血が噴き出して、バキバキと骨が噛み砕かれていく。

 

「いやあああ!!!」

「ガフッ!! グフ!!」

「あ゛! あ゛か゛!!」

 

 ゴリゴリと歯を擦られるたびに神経を直接刺激されてるみたいな激痛が体の中を駆け抜けて、手の先や末端に力が入らなくなってしまう。跳ねる体に腕を回されて、逃げられない状態で顎に力を籠められるのに、目を見開いたまま叫んだ。

 拘束を免れた片手で髪を掴んで引っ張っても、喰らいついた彼は離れない。殴りつけても、爪を立てても、口周りを真っ赤に染めて私の肩を食い千切ろうとしている。

 痛みに泣き叫ぶ私に、咀嚼するように歯を動かしているブロリーの笑みがどんどん深くなっていく。

 

「や゛め゛っ、ひっぎ!!?」

「ブロリー!!」

 

 深い所まで入り込んだ異物に、とうとう変化が解けてしまった。それでも反射で勝手に動く体に成すがままになるしかなくて、そんな時に悟空さんの声がした。

 低空飛行で突っ込んできた彼が、ブロリーの足を刈ろうと蹴りつけたのだ。けど、微かに揺れるだけで体勢を崩す事さえなくて。

 振動が首に伝わって、声の限り叫ぶ。そのうちに息が続かなくなって、酸素を求めて喘ぐ。

 

「ぐはは!」

「あ゛っ!!」

 

 拘束を解かれたと思ったら、私を噛んだまま首だけ動かして持ち上げた彼は、そのまま頭を振って私を放り投げた。

 当然受け身なんか取れずに地面に落ちて、悶絶する。

 ずたずたにされた肌が痛い。手で押さえそうになってしまって、慌ててやめる。きっと触ったら死んでしまう。それぐらいに刺すような痛みが続いていて、外聞もなく嗚咽を漏らして泣きながら地面を這って距離を取る。

 

「う、う、ううう……!」

 

 優しい気を発して肩に当て、治癒を促進させる。こんなのツバをつけておくのと変わんない民間療法だけど、やらないよりはマシだ……!

 

「くそっ! 元気玉しかねぇ……!」

「カカロットォ! くたばりぞこないめぇ!!」

「うぐっ!!」

 

 私が離脱してしまった事で、ブロリーの相手を悟空さん一人でする羽目になってしまった。

 ……起死回生の一手を決めようとしているみたいだけれど、執拗について回るブロリーから逃れられず、地に叩きつけられたり壁へ殴りつけられたりとやられ放題だった。

 

「ナシコ!」

 

 シュ、と真横へウィローちゃんが現れる。

 彼女もボロボロだった。服は焼け焦げてて肌着が見えてるし、その肌着だって襤褸切れだし、体の怪我も増えている。

 

「すまん、少し居眠りをしていた……!」

「ふ、ぃっ……!」

 

 言うが早いか私の傍らに膝をついて肩の傷に手をかざす彼女に、気を発して治療されているらしいのに声を漏らす。

 

「真似事だがな、多少の回復は見込めるはずだ……すまない、ナシコよ……こんなになるまで戦っていたというのに、わたしは……!」

「い、いいよ、謝らなくたって。ウィローちゃんが悪いわけではないし……ブロリーがやばいだけだよ」

「……ああ。あんな化け物がこの世に存在するなど想像したこともなかった……!」

 

 少し遠くで交戦する……ううん、一方的にやられている悟空さんを見るウィローちゃんの横顔は、小刻みに震えていた。彼女も恐怖を感じているのかもしれない。

 

「ちょっと、手、借りるね……」

「な、おい、ナシコ!」

 

 ウィローちゃんのおかげでだいぶん痛みが和らいだので、悪いけど手を支えにさせてもらって立ち上がる。

 おそるおそる肩に触ってみれば、綺麗な歯形がついていた。あと、犬歯のあたりに穴が空いてるっぽい。ぬるぬると指が血で滑るのに顔を顰めつつ、ちょっと腕を揺らしてみて、ビキリと痛みに硬直するのに唇を噛んだ。

 でも、意外と、なんだけど……そんなに外傷はないっぽい……? あんなにがぶがぶされたのに。ウィローちゃんの治癒的な何かの効果が凄かったのだろうか。

 

「何を馬鹿なことを……!」

「ごめんね、おばかで……でもやらなくちゃ」

 

 悟空さんができないっていうなら、なら、無理を押してでも、私がやるしかない……。

 元気玉を……作るしかない!

 

「その、体でか……?」

「うん。やるよ、私……アイドルだから」

 

 私を形作る、ナシコの根底である、私を表す記号。

 夢と希望と笑顔を届けるために存在するのがアイドルだから、いつだって私、笑顔で頑張らなくちゃ。

 

 静かに浮かび上がる。

 悟空さんの苦痛の声が響くのに怯みながらも、高い位置へ。

 

 両手を空に……っぅあ、う、う、いたいぃ……!

 

「ひっ、く……! ふうう……!」

 

 痛む肩を無理矢理に持ち上げて、気力で姿勢を維持する。

 それから、この宇宙に息づく全ての生命体へ……そこに存在するあらゆるものへ語り掛ける。

 

「この宇宙のために……私達のために、あなたたちのために……お願い。ありったけを……」

 

 体力の続く限り、全部の力を。

 ありったけを、分けて欲しい。

 

「んっ……!」

 

 私の声に応えてすぐさま気が集ってくるのにうなる。

 ぐんぐん集ってくるものは、埃くらい小さい欠片から自動車くらいの大きさのものまでさまざまで、それがこの宇宙の隅々から送り込まれてくる。

 距離なんて関係ないってばかりに、ひっきりなしに、どんどんと。

 それだから、そう時間をかけずに元気玉は完成した。青白い光の玉の大きさは、かつてナメック星で作られた超元気玉に匹敵するくらいだろうか。

 

「あ、ウィローちゃ、ありがとっ」

「ん……!」

 

 私の声は、当然彼女にも届いていて、空に手を上げて可能な限りの元気を渡してくれる彼女に感謝を述べる。

 そして、それでわかった。元気玉はまだ完成してない。明らかにまだまだ巨大化して、あっちからこっちから大きな玉が飛んできては元気玉に合併していく。

 

「う、う……」

 

 腕がびりびりと震えて、怪我が痛む。でも、今制御を手放す訳にはいかない。せっかく集めた元気が散っちゃう!

 たぶんだけど、さっきの元気玉じゃ、ブロリーは倒しきれない。今のぼろぼろの私が吸収しても同じことだ。

 だから考えたんだけど、このまま集まる元気に任せて肥大したものを、体力的にも肉体的にも限界な私が吸収したとしてもブロリーを倒せるレベルに至るまで待とうと思う。

 

「……けど!」

 

 崖壁を削り、悟空さんが嵐のような拳を受けてめり込んでいっている。強烈な一撃を受けて血を吐いている。

 このままじゃ、私が作り切る前に悟空さんが殺されてしまう……!

 誰か、動ける人は……! ううん、誰でもいい訳じゃない。悟空さんとおんなじくらい強くて、戦えるような人じゃなくちゃ……!

 

「サイヤ人のォー! 王子はァー! このオレだぁーーっっ!!」

「ベジータ!」

 

 空の彼方から声を響かせて飛んできたベジータが、果敢にブロリーに挑みかかっていく。

 ヘタレてたけど、奮起したんだ。彼ならもしかしたら、粘ってくれるかも……!

 

「ふぉお!?」

 

 ラリアットを受けてそのまま遠方に見える岩盤に叩きつけられるベジータに、そっと視線を外す。

 何十メートルも壁に穴をあけて埋まる悟空さんが零れ落ちて、地面にぶつかる直前に浮いて、私の方へやって来た。

 でも、私に声をかけることもなく、手も足も垂らしたまま私に背を向けてブロリーの方を見据えた。

 傷だらけの背中が雄弁に物語っている。守ってやるからさっさと元気玉を完成させろ、って。

 

「……ふ、ぅっ……」

 

 目をつぶって、ん~~って震える。

 

「っはぁ……ふぅ」

 

 だって、あの。

 せな、背中……かっこい……!

 

「……ふぇ?」

 

 お口半開きでぽけーっと悟空さんを眺めていれば、ベジータをやっつけたブロリーが凄まじい勢いで戻ってきて悟空さんを襲い始めた。パワーもスピードも半端じゃないその攻撃を、悟空さんは避けに徹する事で凌いでいる。それでも何度か掠ったりヒットしたりして危うい場面があって、見てるだけの私がひやひやしてしまう。

 

 だけどそうやって彼に注目する事で腕の痛みを無視できた。姿勢を維持できて、ひっきりなしにやってきては元気玉に合体していくみんなの力を支える事ができた。

 けどっ、さすがに惑星くらいの大きさになってくると間抜け面してるわけにもいかなくなって、一回気付いちゃうと到底制御できる規模じゃないとわかってしまった。

 

「ちょ、ちょ、ちょ!?」

 

 がくがくと震える腕に、痛みさえ忘れて慌てて制御に集中する。

 ……いや、無理だから! なにこれ! でっか! でっかい!

 あ、あ、やばい、やばいよっ、こんなのここで制御できなくなっちゃったら、大爆発起こしちゃう!

 ……っ!? え、ま、まだあるの?  やだっ、で、でかすぎっ、ちょっちょまっ、そ、そんなの私の体に入んないよ!?

 やば、なのにまだまだ送られてくるっ、ぐっ、うくっ、や、待って、まってまってもうむりっ……!

 たす、悟空さっ、たすけて悟空さんっ!

 

「元気玉が作れないっっ!!」

 

 渾身の大声に振り返った悟空さんは、でもブロリーの相手で手一杯。

 だったら、こっちから!

 彼へ腕を向け、元気玉を私へ落とす。

 ぐんぐん吸収して楕円の形に歪んだ元気玉には、ようやっと力の供給が止まったみたいだった。

 恐ろしいのはその大きさと密度だ。片手からぐんぐん入り込んでくる気が一気に私の傷を癒し、体力を補い、内側から食い破ろうと溢れ出す。

 

 それを、悟空さんへ向けて発射する。

 目に見えない気を吸い込んだ傍から、収まりきらない気を悟空さんへ分け続ければ、程なくして彼の許容量に達したのか、これ以上は送れない感じがして、実際に追い詰められた悟空さんがブロリーの拳を受け止めて──。

 

「うぎっ!」

「!? な、なにィ!?」

 

 ごう、と黄金の光を逆噴射してブロリーの勢いを完全に受け止めた悟空さんが、拳を弾いて距離を詰める。

 凄まじいまでのパワーの発露に、集まった元気のほぼすべてを私と彼の体に収める事ができた事にほっとした。

 しかも、分けたおかげかなんなのか、前みたいに限界ギリギリで気が球体として広がってしまう事もなく、ただただ体表面から噴出するのに留まっている。

 

「ふぅっ、はあっ」

 

 空を見上げれば、初期の元気玉ほどの大きさの光が残っている。

 痛む片腕を撫で、なんとかそれも受け取ろうともう片方だけで支える。

 せっかく宇宙のみんながくれた力だもん。一つも零さず受け取りたいよ。

 

「おいで……」

 

 はち切れそうな体を無理くり動かして、腕を広げて迎え入れる。

 ゆっくりと降ってくる光球は、きらきらとした光を振りまいて幻想的で、またその尋常でない密度に力強さを感じさせられた。

 

「ん……」

 

 抱き締めるように、間近まできた元気を受け止めようとして。

 ブンッと数百倍に膨れ上がるのに固まってしまった。

 なんか、濃い紫色に染まった元気が、密度……めっちゃ密集してるっぽいのに全然力を感じ取れない感じになって降ってくる。

 

「はぇえええ!?」

 

 勝手に入り込んでくるよくわかんない元気に開きっぱなしの口から奇声が上がる。

 な、なんだろこれっ、あの、ちょっと、私もう限界! 限界なんですけど!?

 

「うひゃああああ!!」

 

 あっつくて、でも頼もしくて、私に応えてくれる私の味方の気だから、なんとか私は粉々にならずにすんだ。

 全部全部ぜーんぶ受け入れて、抱き締めて、私の力に変えていく。

 顎を持ち上げれば、光の粒子となって空気に解けた肌着とスカートと下着が、紫色の気で構成されたものに入れ替わっていく。

 

 青と黒の縞模様の柔らかい素材のシャンプーハットみたいなのが頭からすっぽり嵌まってきて首にかかり、胸周りはスポブラみたいなのできゅっと締められて胸がちょっと苦しい。

 青布の腰巻に、黒にダイヤの柄の前掛けに、これまた青くゆったりしたズボン。

 ……お尻の部分に尻尾か何か用の穴が空いてるっぽいのを手で探って見つけて、下着丸見えじゃない? って勘付いて、うえーってなった!

 

「グゥオオオオ!! カカロットォォォ!!!」

 

 気を取り直し、猛るブロリーの下へ飛んでいく。

 パラパラと散る光の欠片は澄んだ水色。クリアーな気が溢れ出して止まなくて、どこか達観した気分になってしまう。

 限界まで注がれた力を抑え込む悟空さんの表情は苦し気で、同時に自信満々って感じですっごく格好良かった。

 もはやどれだけ巨大な拳も蹴りも、悟空さんには通用しない。気圧されて仰け反るブロリーの前に、悟空さんと並んで対峙する。

 

「キィィ!!」

 

 濃厚な殺気を発するブロリーを、不思議と怖いとは思えなくなっていた。

 本当に、不思議な気分だった。体いっぱいに力が満ちているのに、清々しくて……。

 ブロリーのことも、許せてしまえるような気がした。

 

「許せねぇ!!」

「グゥ……! でやぁ!!」

 

 でも、悟空さんが許さないなら私も許さない。

 ブロリーは暴れすぎた。仲間を酷く傷つけたし、あまりにも凶暴すぎる。

 いつの間にか間近に迫るグモリー彗星に照らされて、私達はぶつかり合った。

 

「ごめんねっ!」

「ぐぉ!?」

 

 悟空さんの拳と私の拳が鏡合わせでブロリーの腹を貫く。

 そのまま気を注ぎ込むようにして突き飛ばすように離れれば、体中に亀裂を走らせたブロリーは自らの気に肉体を破壊しつくされ、耐えられなくなって崩壊を始め──。

 

「バぁカぁなぁああああ!!!!?」

「っ!」

 

 制御できない力に体を暴れさせながら輝いて、星の終わりのように大爆発を巻き起こした。

 

「オラたちのパワーが勝ったぁあああああ!!!!」

 

 光と衝撃から顔を庇った私は、類稀なる強敵を打ち破った歓喜の雄叫びをあげる悟空さんと一緒に地面へと落ちていった。

 同時に、私や悟空さんから零れて降り注ぐ元気の源が、星に生命をもたらしていく。

 広がる緑の絨毯に受け止められて、ようやく私達は一息つけたのだった。

 

 

 

 

 

 その後。

 私達は、少し荒れてしまった新惑星ベジータ……ううん、名も無き星を探索して、各地に倒れていた仲間達を集め、シャモの仮設集落で休憩させてもらった。

 

 

「ひゃあー、うんめぇー! 生き返るぅー!」

「まったく、今度ばかりはどうなる事かと思ったぞ。なあカカロット……食べかすを飛ばすんじゃあない!!」

 

 シャモ達に与えるために持ってきた食料が、私達のお腹に収まっていく。

 仙豆を使い果たした以上、何はともあれ食事を取らなければ動く事さえままならなかったのだ。

 ……でもね、あのね。

 ご飯食べれば回復するサイヤ人と違って、単なる地球人である私は、お腹が苦しくなるばかりで全然疲労も体力も回復しないの。

 

 ちなみに、私はあの変な格好からいつもの感じの服装に戻っている。

 ……元気玉吸収の変化が解けた瞬間に衣服が光となって解けて消えていった時はこの世の終わりかと思った。

 幸い、汚れや血を落としたりするためにウィローちゃんと湯浴みしようとしていたところだっから他に誰にも見られなかったけど……見られてたら引きこもりになってたかもしんない。

 そして、いつもの服はウィローちゃんがピッコロから少し習ったという魔術でピピッと出してくれた、というわけ。

 ……いつの間にピッコロさんとそんなに仲良くなってたんだろ。

 

 それから、グモリー彗星はあらかじめ昔に、衝突する予定の星の中に『新惑星ベジータ』と呼ばれたものがある場合、傷つけず避けて通るようドラゴンボールでお願いしておいてあったので、あれは単なる綺麗な彗星だった。

 

「いえーい!」

 

 食事中、私がじーっと見つめているのを気付いた悟空さんがピースサインを飛ばしてくるのに、右見て左見て後方確認して……あっあっわ、私に向けてるんだ!?

 

「ぴぴ、ぴ、ぴ〜す……え、えへへ」

 

とっても恥ずかしくなりながらも、ゆるゆるピースをお返ししたのでした……。

 

 

……。

セルをやっつけて、平和な世の中を取り戻したら、その時はめいっぱい手合わせしてくれよな、と肩ポンされて、リアルに10分ほど動けなくなっちゃうナシコちゃんなのでした……。

め、めでたしめでたしっ!




TIPS
・身勝手の極意 超
その姿が孫悟空が変身したものと酷似しているのは、ナシコのイメージのためである
実はナシコが技を発動させようと歌い始めたその時から身勝手の極意は発動していたのだ
見た目に変化の無いそれが身勝手の極意 (いのり)である
解除された際、またはされる前から反動があるのだが、ブロリーにこてんぱんにされていたため感じ取れなかった

・伝説の超サイヤ人(第三段階)
トランクスを真似てパワー特化形態になったブロリー
筋肉が肥大している癖にスピードは落ちるどころか倍増している
戦闘力は超サイヤ人第三段階にならって3割増し
25億4800万

・限界突破孫悟空
元気玉のエネルギーを吸収した超サイヤ人の孫悟空
戦闘力は20億ほど加算されて、31億5000万

・プレゼンター -破壊-
この第7宇宙からありったけの元気を集めて吸収したナシコの最強形態
ただしこの姿になるにはある条件があり、ただ元気玉を吸収するだけではなれない
扱う気はクリアなものに変化している

あまり大きな数字は出したくないのだが、元気玉と諸々の気を吸収したので
おおよそ150億ほどになっていたのではないかと思われる

・崩滅拳-ディーヴァ-
神の気を拳に宿して攻撃する、純粋なる破壊

・グモリー彗星
本来到着は翌夕方以降だったのだが雰囲気に合わせてフライング登場してきた
空気の読める良い彗星


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幕開
第六十話 束の間の休息


「おれたちここで過ごす事にしたんだ! シャモ星も見えるし、自然だっていっぱいあるし!」

 

 小さな星の民、シャモくんは、嬉しそうに両手を広げて宣言した。

 後ろのシャモ星人一同もうんうん頷いて同意している。

 この星は、緑で溢れていた。私達から発散した元気がもたらした生命の神秘だ。さわやかな草原や森林なんかが増えに増えて、空気も清涼感あふれるものに変わっている。

 

「ワシャあもうこの生活から離れられん……!」

 

 奴隷として連れてこられて無理矢理働かされていたけど、案外愛着があったりしたのかなーと思ったら、シャモくんのおじいちゃんが仮説住宅のつるつるとした外壁に抱き着いて頬を擦り寄せながらそう言った。

 ああ、そういう……。

 

 

 

 

 卵型の宇宙船にピッコロが乗ってきた宇宙船を収容して、みんなで仲良く地球へ戻って来た。

 地球は春真っ盛り。チチさんとブルマさんのお顔は真っ赤。

 お花見放って丸一日も遊び惚けて、自分達は放置だなんて許せない! という事で、はい。

 お花見のやり直しをいたしました。チチさんに背中に飛びつかれて髪をめちゃめちゃにされている悟空さんが楽しそうでした、まる。

 

 

「…………むー」

 

 姿見に映る私の不満顔に、椅子に座り直して、スカートを撫でつけて溜め息を吐く。

 

 さらに一夜明け、セルゲームまで残り1日を残すところ。

 おのおの修行したりのんびりして英気を養ったりしているなか、私はお出かけしようと最近買った洋服に袖を通した。これね、私が「この組み合わせめっちゃいい! ぜ~~ったいかわいい!!」って思って買った、新品のやつなの。自分の感性のまま選んだから、これを着てお出かけするの楽しみにしてたの!

 

「……うう」

 

 時間によっては肌寒くなる時もあるため、布地はセーターみたいにもこっとしてて、でも暑くなる時もあるから両肩が出ているのだけど……さすさすと擦る右肩には、くっきり歯形がついていた。

 ブロリーに噛みつかれた疵痕だ。痣みたいな形で、痛々しかったりは全然しないんだけど、こんなにはっきりと見えてるんじゃお洒落なんかできない。

 仙豆じゃなくて元気による治癒だったせいか、こんなものが残ってしまった。これじゃ肩出せないじゃん!! どうしてくれるの!? 頭おかしいんじゃない!?

 

「で、ではこちらの洋服はどうかな!?」

「……有名なデザイナーさんが贈ってくれたやつだっけ?」

 

 ササッと新しい服を広げて見せたのは、褐色肌のサイヤ人2号、パラガスである。

 こいつ、グモリー彗星が新惑星ベジータに近づいたのを見た瞬間に一人用のポッドに駆け込んで脱出したらしく、地球にやってきていたのだ。現地の住民を奴隷にして地球を征服してやるぞう! とイキッていたらしいが、よりにもよって巡回中のカラーシスターズの一人、シロちゃんにちょっかいをかけて返り討ちにあい、玩具にされていた。

 

「……それもう着たしなー。それにちょっと時季外れだし」

「そ、そうか。ではこちら!」

 

 助けてあげたら懐かれた。

 もとい、恭順の意を示されたのだ。化け物だらけの地球で生きていけるとは思えないと不安になってしまったらしい。かくまうような形でうちで雇ってあげて、召使いよろしく雑事をやらせている。

 やったねラディッツ、雑用仲間が増えたよ! 階級的にはラディッツの上だけどね。雇用してる形だからね。

 

「夏服と冬服の区別もつかないの?」

「ええ!? で、ではこれは……」

 

 それはカラーシスターズに潜入する時用のメイド服なんですけど。

 なに、そういう趣味? それとも一回メイド服着せたの根に持ってる……?

 オヤジぃのメイド姿は私的にはギャグな感じで大いに笑えたんだけど、みんなに頭の病気を疑われたので取りやめたのだ。今は普通の落ち着いた衣服を身に着けて貰っている。お給料とは別にてきとーに買ってね、とお金渡したから、服飾のセンスがないって訳ではないはずなんだけど……。

 

「もういいよ、包帯持って来てくれる? 首のこれ隠したいの。あなたの息子につけられたこれを」

「そ、その節は息子がご迷惑をおかけしました……た、ただいまっ」

 

 あせあせと弁解しつつ走り去っていくオヤジぃ。なんかちょっと怖がられてるね。

 それは、そうだろう。私達がブロリーを倒したのは彼も知るところだ。まさか息子がやられるとは思っていなかったらしく、それはもう目がぐるぐるするほど混乱していたみたいだった。

 今はああいう姿しか見せてないけど、そのうち喪失感に落ち込んだりするのかなーって思うと、ブロリーを殺してしまった事にちょっとした罪悪感を抱いてしまう。

 

 あの怪物を生かしておいたらロクにならない事はわかってるから、全力で拳を打ち込んだけど……はあ、ユーウツだ。

 ……あの爆発の後、私はブロリーが消えてなくなったのをしっかり確認した。

 地面のどこにも死体は落ちていなかった。気は、ちょっと、降り注ぐ元気に邪魔されて探知できなかったけど。

 でも確実に倒せたと思う。地球にはこれないだろうし、そうするとバイオブロリーも生まれない。

 セルさえ倒せば少なくとも7年は平和になる訳だ。

 

「がんばるぞー、おー!」

 

 みょーんと腕を伸ばして気合いをいれて、鏡に映る私の肩にヤな跡があるのに落ち込んだ。

 

 

 

 

「そういえば、だが」

「んー?」

 

 柔らかな日の差し込む執務室にて、ガラステーブルに書類を広げ、端に本を積んでロンブンなる謎の物質を作り上げているウィローちゃんが、走らせていたペンを止めて呟いた。

 ちっちゃな声でもくっついていればよく聞こえる。ソファに腰かけて前のめりになる彼女に、私は首に手を回してほっぺに顔を寄せてまどろんでいた。

 

「元気玉を吸収しきったあの時、ナシコの気が感知できなくなったのだが」

「んー……神様の気だからねぇ……」

「デンデの?」

 

 ちゃうよ。

 あの時の私の、クリアな気はたぶんそういうあれだったんだと思う。

 なにせ私、この宇宙全てに語り掛けたからねー。もしかしたらビルス様も寝ぼけて腕あげちゃったのかもね。

 でも、もうなれない変身のことなんかどうでもいーよー。今日のお掃除の時間くらいどうでもいい。

 はあ……あったかぁい……やわらかぁい……。

 

「ウィローちゃーん……」

「……はぁ」

 

 すりすりすり。傷ついた心が癒されるー……。

 お出かけできなくなっちゃったから、ウィローちゃんのオフィスにやってきた私は、こんな感じで彼女に甘える時間を過ごしている。

 カップを手にして紅茶を飲んだ彼女は、流れで私の方を向いて慰めてくれた。ちょっと不機嫌そうに偏った眉に、賢そうな眼鏡がよく似合っている。

 湿った唇をぺろりと舐めて、ミルクティーの味にんくっと喉を鳴らす。私も紅茶が飲みたいなー?

 

「自分で注ぎなさい」

「やぁだぁー」

 

 つれないウィローちゃんにだだをこねる。

 やだよー、めんどくさいもーん。

 

「アーカーちゃーん、おーねーがーい」

 

 くっついたまま声を上げれば、ウィローちゃんが非常に鬱陶しそうな表情をした。

 少しして扉が開かれる。ひょっこり出てきたホワイトブリムに、ワインレッドの髪が揺れる。

 

「ぼくかい? やれやれ、人遣いが荒いよ」

 

 そういいつつ優しい笑みを浮かべて入室してきた小さなメイドさんは、アンティークな棚から私用のカップを取り出すと、壁際の、アロマなウォーターサーバー横のポットを用いて、安物の紅茶パックと低脂肪牛乳でミルクティーを作ってくれた。

 

「どうぞ? お姫様」

「あ、ありがと」

 

 ボーイッシュな女の子の王子様な微笑みって素敵だよね。

 それはそれとして、一口含んだ紅茶は生温かった。

 ……ナシコいじめ、最近姉妹の中で流行ってるんだってね……わたし、こわい。

 でも、私は強く生きるよ……生きたいから!! ドンッ!!

 

「ふふ、ナシコちゃんはかわいいなあ」

 

 アカちゃんは爽やかな笑みを浮かべて、ハスキーな声でそう言った。

 もにょもにょって顔してるところにその発言である。私、心、折れそうかも……。

 

 ここで一句。

 ナシコのさ 苦手なものは 圧なのよ。

 ふぇぇ。

 

「他にご要望はございますか、お嬢様方」

「お嬢様はやめろ。下がっていい」

「りょーかい、ドクター。じゃあねナシコちゃん、また遊ぼう」

「ばいばい……」

 

 ちっちゃなおててを振って帰っていくメイドさんに、弱々しく手を振り返す。

 同い年くらいに見えるから混乱しちゃうけど、あの子達3歳くらいだからね。悪戯盛りやんちゃ盛りで、度の過ぎた事も結構やってしまうのだ。構ってーって言ってるみたいに。

 そう思うと、この仕打ちもかわいいもんだよ。気を引きたいんだなあ、私のことが好きなんだなあって思うもん。

 

「……」

 

 ちら、と壁際に目をやれば、きっちり給湯室の間取りがあって、高級な茶葉もあって、専用のミルクもある。

 ……それでもお姉ちゃんは、いじわるされるより仲良くしてほしいなって、思うんだけどなー……。

 アカちゃんのは軽い方だから全然構わないけどね。急に壁ドンアゴクイしてきたりね。

 やぁめて、スキャンダルになっちゃうううう。

 

 

 

 

 そういえば、ブロリーとの戦いでみんなの戦闘力が上がったってウィローちゃんが言ってた。

 具体的には、それぞれ100万ずつくらい。

 

「限界まで鍛えたと思ってたけど、あんだけ激しい実戦を経験すりゃあ上がるもんだな」

 

 と悟空さんにコメントを貰ったらしい。

 ずるい! いつの間に会いに行ってたの!?

 あ、瞬間移動? そっか、会いに行くのも一瞬だもんね。帰ってくるのも一瞬……ずるいよ~、卑怯だよ~!

 

 ん、私の戦闘力はどうなんだ、って?

 あがったあがった、上がったよー。

 3くらい。

 ……戦闘民族と一緒にしないでほしい。こてんぱんにされて上がるんなら苦労はしないよ……。

 

 身勝手の極みは完成したと思ったのにどうやったって変身できないし、神の気っぽいものは纏えないし、私だけなんの進展もなし。

 でもいいもん。必ず勝つから。平和な世の中を取り戻したら、思いっきりアイドルやって、思いっきりぐうたらするんだ。

 

「心行くまでお昼寝するのが、私のゆめーなのー♪」

「いつもやってるじゃねーか」

 

 リビングのソファに寝転がって、肘掛けを枕代わりに、お腹の上で両手を重ねてぽやぽやしていると、向かいに座ってワインを傾けていたターレスがツッコミを入れてきた。

 もー、気持ち良く歌ってたのにすぐ水差すー。私はねー、なんの憂いもなくお昼寝がしたいの!

 

「すればいいじゃねーか」

「わかってなーい!」

 

 まだまだ未来にはたくさんの危険が潜んでるんだよ!

 全部終わらせるまであれこれ考えないといけないし、動かなきゃいけないの。

 もしかしたら10年後、20年後、30年後もじゃんじゃか強敵が出てくるかもしれないし。

 

「すぅ……」

「寝てんじゃねーか」

 

 考え事してたら、眠気が強まってきちゃった。

 こんなとこでお腹出して寝てたら風邪引いちゃうかもだけど、明日は大事な日。

 お部屋戻らないとなのに……。

 

「しゃあねえなあ」

 

 自分じゃ動けないでいると、しぶしぶターレスがお部屋まで運んでくれた。

 はー、こういう時自分以外がいると助かるよね……。

 それじゃあ、おやすみなさい……。

 

「ああ、おやすみさん」

 

 ぱちり。電気が消されて、夢の中へ旅立っていく。

 運命の日は、間近に迫っていた……。



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続・セル編
第六十一話 セルゲーム開催


ワンピースのゲーム楽しいれす^q^


 鏡台に櫛を置き、整えた髪にそっと触れる。

 手触りの良い絹糸みたいな髪の毛は、いつ指を通しても心地良くて、我ながら手入れが行き届いていると得意になってしまう。

 鏡の向こうでドヤ顔してる私だけど、神龍がくれた櫛があるから一切手間をかけずきれいな髪質を維持できていることを忘れてはならない。

 昔の私と違って今の私なら、お手入れだって面倒くさがらずにするかもしれないけど……やっぱり手がかかるもんね。

 

「んっ……」

 

 ぼう、と赤い炎を纏う。それが肌に沈んで行って、髪をふわりと持ち上げて根元から深紅に染め上げた。

 一度は閉じた目を開けば、ルビーの瞳が覗く。

 淡い光に照らされた肌は、その赤さだけではなく、元から少し赤みがかっていた気がした。

 

「……」

 

 眉を寄せる。ちょっとだけ頭が重い。

 頭を振って髪を揺らして誤魔化してみても、どんよりとしたものは散ってくれなくて、息苦しいのもあって、なんだか暑くなってしまう。

 

「……すっごく不安そーな顔……」

 

 鏡面世界の私は、へにょりと眉を八の字にした気弱そうな女の子だった。

 勇猛に燃える赤髪が炎の欠片を零しても、濡れた瞳は今にも涙を溢れ返してしまいそう。

 押し隠した失敗への恐怖心。……それと、自信の無さと、弱気。

 そういうものが全部鏡に映し出されてしまっていた。

 

 戦うのが怖い。

 私、喉元過ぎれば熱さを忘れるってタイプだから、その時その時の痛さ……肌を打たれて圧迫されるあの痛みや、擦り切れた肌のひりひりとした感触……服や空気に触れるだけで火傷みたいに刺してくるあれとか……そういうのは、過ぎちゃえば平気だけど。

 ……言葉にするのは難しいけど、死……という概念を、恐れているのだと思う。

 

 前に一度死んでしまった時、死ぬのなんて怖くもなんともないって思った。

 今もそれは変わらない。

 けれど、死ぬって事は、一回何もかも無くなっちゃうってことで……戻ってこれるかどうかなんて、わからないんだって考えてしまったら、恐ろしくなった。

 

 もし、魂として現れる事ができなかったら。そのまま次の生へ踏み出してしまったら。

 私という存在は消えてしまうだろう。

 復活できたとして、ちゃんと同じナシコでいられるのかもわからない。

 元々の姿で生き返っちゃうかもしれない。

 

 普通のひと。夢に破れて、お仕事するだけのつまらない男の人。

 もしそうなったら、生きてけないよ、きっと。

 

「……」

 

 鏡に映る私が、男の人だった時の私に見えた。

 お母さんに似た顔立ちはなよっとしてて、下がった目じりや小さく閉じられた口は優しそうというよりも優柔不断で、追っかけてたバンドに憧れて伸ばした髪は、癖毛を直せず波打っていた。

 変哲の無いブラウンの瞳が私を映す。そっちは楽しそうですねーって言ってるみたい。お前はこっちこなくていーよ。あっちいけ、しっし。

 

「ふうっ」

 

 大きく息を吐いて体を揺すれば、昔の私なんていう恥ずかしい存在は消えて失せた。

 平均より低い身長がコンプレックスだった。唯一誇れるのは母親譲りの顔立ちだけっていうていたらくで、私と違って自信を持てるものが何一つないあの人を、だいっきらいだと思った。

 

 

 

 胸にリボンを巻く。

 真っ白な生地の洋服は肩口に切れ込みの入ったタイプ。胸から下にフリルが多く、短めのスカートは柔らかく丈夫な布地でできている。

 今日は戦いに行く日なんだけど、カメラも回ってるだろうからジャージとかで行くわけにもいかなくて、ちょっと馬鹿らしいけどお洒落をしていた。

 種類の違う肩掛けポーチを合わせてみれば、うん、良いとこのお嬢様みたい。……黙ってれば、ってみんなに言われそうだけど。

 口を開くとあほあほさがバレちゃうからね。酷いよね、私賢くてかっこよくてかわいくて、天才なのにね。

 

「……よし」

 

 微かな緊張を飲み込んで、準備を終えて鏡台を後にする。

 床につっかかってかくりと足が落ちて、妙に体に力が入らないのに不満を抱く。

 寝不足かな……ううん、昨日はしっかり早い時間に布団に入った。……風邪気味なのかも。

 お腹を出して寝ちゃってたからかな……こんな時なのに風邪ひいちゃうなんて、ついてない。

 

 大事になってはコトだから、リビングに下りて薬箱を漁った。風邪薬を含んでおこうと思って。

 

「おや、今日は大事な日なのではなかったのかね」

「パラガスさん……」

 

 微かな物音に顔を向ければ、マグカップを片手にしたパラガスが立っていた。……なんかやつれてる? 硬質な髪が少しボサッとしている。

 

「眠れなかったのですか?」

「……? あ、ああ、いや……本を読ませていただいていたのでね」

「ああ、アオちゃん……おはよう」

 

 傍らに目を向ける彼の視線を追えば、静かに佇む青髪のメイドさんを見つけた。パラガスの監視役。

 いくつか抱えている本は、図書室……蔵書室だったかな、から持ってきたものだろう。大人しくしているならある程度自由にしていいと彼に許可出してたんだけど、そっか、本を借りて読んでたんだ?

 

「……」

 

 挨拶をしてもアオちゃんは物静かにしているだけで返事はしてくれない。いつもの調子だけど、あんまり得意な空気ではないので困ってしまう。ぼんやりとした半目はどこを見ているのか定かではないし……でも、悪い子じゃないんだよね。

 

「薬を飲むのなら、何か胃に入れた方が良いのではないかね」

「……そう、ですね」

 

 小瓶から手の平へ零した一錠を見て指摘される。そのまま口に運ぼうとしてたから、言われた通り何か詰め込むことにした。

 食欲は特にないし、あんまり食べたら動いた時に戻してしまうかもしれないからほんとは食べたくないんだけど、てきとうにバターロールと牛乳を用意して、千切り千切り口に入れた。

 

「その、セルという輩はお前達が団結しなければ対抗できないほどに危険な相手なのか」

「……ええ、まあ」

 

 台所の、シンクの前で口にお薬を押し込んで、牛乳で流し込む。残りをちびちびと飲みながら、レースのカーテンがかかった小窓が放つ眩しい輝きを眺める。

 頭がぼーっとする……。鼻が詰まっていて匂いがわからない。腋や体のそこかしこが汗ばんで、暑い。

 

 でも問題はないと思う。大丈夫。

 こんな程度で弱音は吐けないし……だって今日は、私達が中心となってセルを倒さなきゃいけないんだから。

 

 本来の歴史なら悟飯ちゃんがやっつけるけれど、あんな子供に無理なんてさせたくない。優しいあの子が爆発してしまうほど怒るなんて想いはさせたくない。

 悟空さんも承知してくれた。いくら強くたって、将来性を秘めていたって、無理強いはしない人だ。惜しくは思っているようだったけど……どうにか、私と目いっぱい戦う約束で気持ちを晴らしてもらった。

 

 洗ったコップを水きりにかけて、軽く装いを整えてから家を出る。

 お庭にはちょうどみんな集まったところだったみたいで、ぽそぽそと言葉を交わしていた。

 

「おはよー」

「ああ、おはよう……どうした?」

 

 ラディッツに、ターレスに、ウィローちゃん。それぞれと挨拶をして、ウィローちゃんの横につく。

 そっと肩をくっつければ、暖かい体はひんやりもしていて、肌が心地良かった。

 

「んだよ、風邪でも引いたか。顔赤いぞ」

「なに、こんな時にか? どれ、見せてみろ」

 

 私に向き直ったウィローちゃんが前髪を持ち上げるように手を当ててきた。

 体温測定機能とかついてたっけ……どう?

 

「いや、平均よりやや高い体温ではあるが、熱が出ているというほどではないな」

「まさか心臓病ではあるまいな。お前はカカロットの家によく出入りしていたし」

 

 ううん、それはないと思うよ。ちゃんと私も何度かお薬飲ませてもらってたし。味が気になってたから、何度かね。だから移っちゃってる心配はない。胸だって痛まないし……ほんとにちょっとそれっぽいだけ。

 

「セル倒したら、体あったかくしてすぐ寝るよ」

「そうしろ」

 

 努めてセル戦をなんでもなく乗り越えられるように言う。

 私の肩を抱いたウィローちゃんは、その手で髪を梳いて下ろしてくれて、籠っていた熱が抜けていく気持ち良さに表情が和らぐのを実感した。

 

 

 

 

『さあー! ぞくぞくとセルと戦う選手が集まってまいりましたぁ!!』

 

 セルゲーム会場に下りれば、実況のおじさんがマイクに向かって声を張り上げた。

 ここに来る途中で合流した面々が続々と下り立ってくるのにカメラを向けられるので、手を前でそろえて会釈をしておく。

 

『……みなさん欠かさずウィングのアイドルスキルが使える模様ですが……ええーと』

 

 空を飛んできた私達に、ずれた眼鏡を直しながら呟いた彼の言う"ウィングのアイドルスキル"とは、そのまま私達の舞空術のことだ。

 長年ステージで飛び回っていれば、その秘密を知りたいって質問されることや、教えを乞う子はたくさんいた。

 押し切られて教えちゃうのも当然なら、いくらかのアイドル達が当たり前に空を飛ぶようになったのも当然。

 だから、"アイドルスキル"。世間じゃアイドルが空を飛ぶなんて珍しくはあっても不思議じゃない。

 

『天津飯選手、孫悟空選手はいずれも天下一武道会優勝の経験がある格闘家! しかぁしやはり一番の注目は、第24回天下一武道会大人の部で優勝を飾った、ミスター・サタン!! ワタクシのイチオシでもあります!!』

 

 熱弁する実況さんは、カメラマンさんやスタッフさん共々気軽な雰囲気でこの場に立っていた。

 腰に両手を当てて胸を張るサタンも同じ。セルが人智を超えた怪物であるなどとは思ってない。

 未知の怪物で危険な生き物であると周知はされているけど、実際の被害なんてないに等しいから、人々の危機感なんてない。カメラの向こうの人々もプロレス観戦程度の気分で視聴しているだろう。

 

『やや! 再び空の彼方から何者かがやってきました! 参加希望者でありましょうか!?』

 

 遠方から気配のない存在が二人やってくる。16号と21号だ。

 この9日間どこで何をしていたのだろうか、21号は陰気な表情を私達へ向けると、ほんの少し明るくさせた。

 またすぐ不安そうになってセルを見上げる彼女に、私もならって武舞台を見る。

 

 広い空間に立っていると、どうにも目がしょぼしょぼしてならない。

 目を擦っていれば、時間になったらしくそれまで微動だにしていなかったセルに動きが見えた。

 

「時間だ。さあ、どいつからやるんだ?」

 

 腕を組んだまま視線だけを寄越すセル。

 さっと手を挙げた悟空さんが開始の宣言に待ったをかけた。

 

「タンマ! ちょっと作戦会議させてくれ!」

「……、……。私の前でか? まあいいだろう。存分に作戦を練るがいい」

「サンキュー」

 

 

 ほんとは開始前に作戦会議したかったんだけど、どうにも誰も話しださないから予定が狂っちゃってたね……。

 

「うしっ、みんな集まったな」

 

 まばらな円を組む形で向かい合った私達は、とにもかくにも情報の共有をする事にした。

 とはいってもそういうのは事前に話を通している。

 注意すべきはセルジュニアを生ませないこと。ベジータやトランクスレベルの戦士が体力も気も消耗する事なく複数生み出されるような事態は阻止したい、とか、そういう話はもう終わっている。

 ここでの作戦会議は私達向けというよりセル向けのものだ。

 

「最初はオラとナシコにやらせてもらうぞ」

 

 そろり、そろり、片耳をおっきくして寄ってくるサタンは置いといて、私に代わって悟空さんが説明してくれる。

 ……私も話した方が良いのかもだけど、口下手だし、説明も下手だし、何よりちょっとしんどいから、そうしてくれるのは助かる。迷惑をかけるのは心苦しいけれど……。

 

「セルを消耗させたら、あとはみんなの出番だ。オラたちは奴が逃げ出さないようサポートに回る」

「チッ」

 

 舌打ちしたのはベジータだ。「そんな情けない真似ができるか……!」と不満を露わにしているものの、声を上げて異を唱えるということもしない。プライドゆえに受け入れ難い提案なのだろうけど……。

 実際、悟空さんもこの戦いの運び方はとても嫌がった。悟空さんだって戦士だから、フェアな戦いを通したいのだろう。

 

 ラディッツやターレスだってその気持ちはわかると言っていた。汚い手を使って勝つくらいなら思いっきり戦って思い切り散る方が良いって。

 その生き方や考えを汚したくはないけど、そうも言ってられないから悟空さんには平身低頭お願いして、二人がかりで戦う事、みんなでタコ殴りにして完封する方針を飲んでもらった。

 

 総力戦大作戦に主に反対するのはベジータだけだ。……主じゃない範囲だと、天津飯とか、生粋の武道家は快く思っていないみたい。けれど実力がないものは黙っているべきとして合わせてくれる気のようだ。

 セルが完全体になれるよう手助けしてしまったベジータも負い目があるためか、はっきりと参加しない、やらないとは言ってない。きっとその時になれば渋々合わせてくれると思う。

 

 んく、とつばを飲む。

 この先の事は、私が言わなきゃだから、声を出す準備をした。

 

「懸念すべきは、セルは追い詰められると自爆する、ということです。その隙を与えないようにしなければなりません……!」

「なぜそんな事がわかる……いや、そうか。未来を見通す力か」

 

 思考に上げていたから、ではないだろうけど、私の言葉にベジータが反応して、勝手に納得した。

 漫画やアニメの知識を、彼らは私がドラゴンボールに願って得た未来予知の力だと認識している。私から言い出した事じゃないからいざ「そういう技を持ってるんだな」と言われても戸惑っちゃうんだけど、話し辛い出所不明の未来知識を伝えられるのは凄く助かる。

 

 それから……。

 

「ふむ、聞き捨てならんな」

 

 きた!

 腕を組んだままこちらを見ていたセルが口を挟んでくるのに内心でガッツポーズする。

 必ず反応するとは思ってたけど、空振りに終わったら困るからね、ドキドキしてた……。

 

「この私が自爆をするだと? フッ、ありえん話だ……アイドルとはそんなつまらん冗談を言うためだけにある職業なのか?」

 

 よっぽど癪に障ったのだろう、私の誇りにまで手をかけて揺さぶってくる彼に、努めて表情を出さないようにしながら横目を向ける。

 返事はしない。反応も、それ以上は返さない。言い返したって意味はないからね。

 

「押し切れなければそうなるでしょう。諸共殺そうとしてくるので、気をつけなければ……」

「ああ、そうだな」

 

 悟空さんには、声に出して肯定してもらうようお願いしてある。

 セルは悟空さんに一目置いているみたいだから、そんな彼に小物のように思われては我慢ならないだろう。

 

「ふざけおって……! 誰がそんなブザマで醜い愚かな選択をするものか。私にもお前と同じ血が流れているのだぞ。誇り高きサイヤ人の血がな……!!」

 

 とうとうセルは不機嫌を露わにして怒った。

 ……そこまで言って、いざ追い詰められて自爆しようだなんてできないだろう。

 確実ではないけれど、釘は刺しておくに限る。

 私が未来を知ることができると、セルの認識でもそうなっているから、奴にとってこの話は現実味を帯びているはず。万が一にも醜態を晒したくなくなるよう、わざわざ声を大きくして話したのだ。

 

「……だからみんなで力を合わせて戦いましょう」

 

 私の言葉に、それぞれは頷いてくれた。サタンも大張り切りだ。張り切りすぎて、「悠長に作戦会議しているうちにこの私が倒してしまうぞっ!」と勝手にリングに上がって、勝手にすっ飛ばされていった。

 

 崖にぶつかって落っこちたサタンが足をぴくつかせて、でも傷らしい傷もないのにセルが不思議そうにしている。気絶寸前でアナウンサーに駆け寄られる彼が纏う気の質に気づいてか、私を見て口元を綻ばせた。そういうことか、器用な奴だ、って。

 ……うん。彼らにはしっかり私の気を纏わせてガードしている。機材はその限りだけど、くだらない戦いで人命を失わせるつもりはない。

 

 悟飯ちゃんに顔を向けて、目を伏せる。

 

「ごめんね、悟飯ちゃん……本当は戦ってほしくなんてないけど、セルを確実に倒すには一人でも強い戦士の力を借りたくて……」

「ううん、構いません。ボクだってそのためにお父さんに鍛えて貰ったんです! 絶対に力になってみせます!」

 

 翡翠の瞳に私を映して、自信ありと拳を握る彼を頼もしく思う。同時に、やっぱり戦闘に参加してもらうのは心苦しいなって思った。

 そんな彼は、拳を下ろしてマントを揺らすと、心配そうに私を見た。もうそろ完全に見下ろす形になりそうな、ややずれた目線の高さで目を合わせてくる。

 

「ナシコお姉さん、顔色が優れないみたいですけど……」

「ああ、ううん、大丈夫だよ。ちょっと緊張しちゃってて」

 

 ……そうだよね、心配してくれるよね。

 無駄な心労をかけたくないと手を回しているのに、普段の生活のだらしなさのせいでいらない心配をさせてしまっている。……ああもう、自己嫌悪は夜中お布団にもぐった後にしよう!

 

「…………、……。」

 

 眠気に似た目の疲れを感じて片手で目元を拭っている間に、悟飯ちゃんが私へ顔を向ける気配がした。

 開いた視界に、私に目を合わせる彼の姿が見える。それはさっきと変わらないし、元々向き合っていたのだから……さっきの気配は気のせいだったのかな。

 ほんの少しだけ下がった眉尻は、だらしない私を見て不安に思っちゃったりしたのだろうか。それは、仕方ない……自分でもこんな私がちゃんとやれるのかーって不安だもん。

 

「大丈夫、お姉ちゃんに任せてね?」

「で……、……はい!」

 

 肩に手を置いてしっかりした声で話せば、悟飯ちゃんは笑顔で頷いてくれた。

 うんうん、こんなのは大人に任せてくれたらいいんだよ。悟飯ちゃん、セルのために塾も休んでるんだから……将来の夢のために戦いに時間を使うなんてもったいない。

 

「それじゃあ悟空さん、そろそろリングに上がりましょうか」

「ん……ああ」

 

 私達のやりとりを見守っていた悟空さんに声をかける。情けない姿は見せられないから、短期アイドルモードに突入だ。1分しか持たないけどね。それが切れたら緊張しちゃうけど、その時にはもう戦いの真っ最中だろうから問題ない。

 小走りで悟空さんに並び、歩幅を合わせようと試みる。一歩踏み出した彼に合わせるには、大きく踏み出さなくちゃいけなくて、それじゃはしたないからとことこっと二歩進む。

 

 少しずつリングに近づいて行って、歩みに合わせて鼓動が強まる。緊張が高まっていく。

 正直今の私じゃセルには勝てない。二人がかりなら勝機はあると思う。でも、悟空さんと上手く連携できるのかはちょっと不安だ。練習なんかする暇もなかったし、私の方が合わせるの苦手だし……。

 

 身勝手の極みが自由に使えれば頭を悩ませる必要もないのに、どうして私はあの変化を行えないのだろう……なんてないものねだりをしてもしょうがない。武舞台は目前。太ももの半ばくらいまでの高さだと足を上げるのはあれだから、ちょっと浮いて…………浮け、ない?

 

 一瞬気が不安定になった気がしたけれど、そんなのより肩を押さえるように置かれた手の方が気になった。

 

「悟空さん……?」

「んじゃ、オラからやらせてもらう」

 

 見上げた私に答えることなくリングに足をかけた彼は、そのまま乗り込むと歩いて行ってしまった。

 慌てて後を追おうとして、印象に反して立ち止まって振り返る悟空さんに、乗り込もうとしていた形で止まる。

 

「自覚がねえのかもしんねえけど、そんな不安定な気のまま戦うんじゃ危ねぇ。合わせる余裕もないと思うし、ナシコは後に回ってくれ」

「そ、あのっ…………ご、ごめんなさい」

 

 言外に「体調不良のお前は足手纏いだ」と言われてしまったみたいで、きゅうっと心臓が締まった。泣きたくなるのに顔を伏せて、それじゃあなんにもならないので顔を上げて謝る。

 悟空さんは穏やかな笑みを浮かべて、グッと親指を立ててみせるだけだった。

 

『おおーっと、孫悟空選手がセルに挑むようです!! ……ナシコちゃんまで戦うかと思って、ワタクシひやひやしてしまいました!! ひじょーに危ない!! 怪我でもしたら一大事です!! やめましょう!!』

「二人がかりでなくていいのかな?」

「ああ。ナシコにゃ悪いけど、正直言っておめぇと一対一で勝負できんのは……嬉しいぜ」

「それは光栄……」

 

 響き渡るアナウンサーの声に押されるように武舞台から離れる。

 嬉しそうにしている悟空さんに水を差す気にはなれなかった。悟飯ちゃんに約束したばっかりなのに……情けなくて泣きそうだよ。

 

 ……でも、なら作戦を変えるだけだ。悟空さんはブロリーとの戦いでより強くなってるから、セルだって全力で戦うはず。その分消耗した彼を叩くのは容易い……はずだ。

 何事も不確定要素はあるものだから油断はしないけど、その実結構堅実な運び方ができるんじゃないかと期待している。

 

「こいよ」

「ああ」

 

 距離を取って構える二人。

 腕を前に伸ばして両手を重ねる独特な構えのセル。

 右腕を前に、左腕を後ろに、やや前傾姿勢で正中線を隠している以外はほぼ自然体な悟空さん。

 

『戦いの火ぶたが今、切られようとしております──!!』

 

 アナウンサーの声を皮切りに、両者がぶつかり合う。

 それを、今はただ傍から見ている事しかできなかった。




TIPS
・ナシコ
やや体調不良を抱えての参戦となった
前日お腹を出して寝た事が原因なのだろうか……?
普段から慣らしているために戦闘力自体は十二分に発揮できるが、咄嗟の判断力などはかなり落ちている
基礎戦闘力は1500万 ルージュスパークリングで12億

・孫悟空
本物のサイヤ人の戦士である孫悟空の精神性はつとめてストイックである
横やりや不当な手段での勝利を好んではいないが、子供(ナシコ)に縋られて頼まれては曲げざるをえないだろう
悟飯が本気を出せれば勝てると確信しているものの、より安全で確実な方法を取ることを承諾した
基礎戦闘力は2400万 超化50倍で12億

・ベジータ
誇り高きサイヤ人の戦士が弱った相手を囲んで集団で嬲るなどという情けない手段を取ることに
多大な抵抗心を抱いている
元来サイヤ人は徒党を組んでいるものだが、それは蹂躙する場合のみである事が多い
戦いに殉じ、全てを賭ける悦びは簡単に曲げられるものではない
基礎戦闘力は2100万 超化50倍で10億5000万

・トランクス
絶望の未来で過ごした彼に躊躇の二文字はない
強敵を倒せるならば手段は選ばない。自分のためだけでなく人類のためにもなる事をよく知っているのだ
斃れていった先人達のためにも、全力を尽くすのみである
基礎戦闘力は2200万 超化50倍で11億

・孫悟飯
戦うのは好きではないが、必要に駆られたならば力を振るう事に躊躇はない
ただ、相手を痛めつけたりするのはやはり好まない
父やピッコロ、姉代わりであるナシコのために頑張りたいとも思っている
基礎戦闘力は2300万 超化50倍で11億5000万(これは本来の歴史の孫悟空の戦闘力と同等)

・ミスター・サタン
全世界格闘技世界チャンピオンにして第24回天下一武道会にて親子で優勝を収めている
間違いなくただの人間の中では天才なのだが、その先に進めないのはなぜだろう
ちなみに彼の本名であるマークという名はナシコも聞き及んでいるのだが、完全に忘却している
戦闘力は18(銃弾を生身で弾けるとは限らない)

・ナシコの前の人
普通の男性
特技はソプラノボイスとソーイング
年の離れた姉がいる。家族仲は良かった
ナシコの横暴な性格はお姉さんにそっくりだったりする


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第六十二話 激戦! 死を呼ぶセルゲーム

新元号が発表されましたね。
とはいえ4月30日までは平成。
残りの30日を噛みしめて生きていきましょうね。

平成ライダーの歴史が終わりを告げる……うう、私の青春……。


 二つの拳がぶつかり合う。

 その衝撃に揺さぶられた大地が土煙を噴き上げて一瞬視界を遮った。

 幕が落ちるように土煙はすぐ消えたけれど、同時に武舞台中央で(まじ)わっていた悟空さんとセルの姿も消えていた。

 

 かと思えばドドドドドッと芯まで響く打撃音を重ねて、見えないままの格闘戦が繰り広げられる。

 中央に集中して現れていた衝撃の残滓が端に広がり、空中へ移り、合間合間にどちらかが姿を現しては空気中に溶けるようにして消えていく。

 

 その戦いを、私は椅子に深く腰掛けて眺めていた。

 具合が悪いのを察してくれたスタッフの方が組み立て式の椅子を貸してくれたのだ。一人だけ座ってるなんて申し訳ないのだけど、息苦しさを感じているのは確かだからこうして腰を下ろしている。

 吹き荒ぶ風に髪がなびく。頬を撫でる風は涼しいのに、いくら息を吐き出しても胸に詰まる重いものはなくならない。それが苦しくて、汗まで掻いてしまう。

 

 熱は出てないはず……もう鼻が詰まっていたり、咳が出てたりもしない。ただ息苦しいだけ。

 まさか、本当に心臓病って訳でもないのだろうけど……胸元の服を握って伏し目がちに武舞台の縁へ視線を落とす。

 日差しを遮るためにウィローちゃんが出してくれたツバ広の白い帽子をかぶり直して、呼吸を安定させて観戦に戻る。

 

 再び拳をぶつけ合った悟空さんとセルは、今度は消えることなく鏡合わせにバックステップを踏むと、靴音を鳴らして構えた。最初と寸分変わらない構図。きっと意図して、無意識にそうしているもの。

 力量をはかり確かめ合い、擦り合わせて、台本があるかのように示し合わせた動きに行きつく。

 

「いいぞ! これだ……これこそが戦いというものだ……!」

 

 拳を握り締め、歓喜に打ち震えるように口角を上げるセルが瞳を煌めかせて言う。

 

「戦いはこうして実力が近くなければ面白くない……!」

「ああ。オラもそう思う」

 

 悟空さんの顔に笑みは浮かんでない。でも雰囲気で実戦を楽しんでいるのは伝わってきた。どうしようもなく、戦うのが楽しいんだ、って……遠慮がちに。

 

 のびのびと戦えていないんだな、ともわかる。確かに全力を出せているし、セルもほとんど同じパワーで張り合っていて、これが殺し合いじゃないなら良い試合だと評せたかもしれないくらいだ。……そうならないのは、悟空さんが心の底から楽しめないのは……私が邪魔しちゃってるから、なんだろうな。

 

 一緒に戦う事を強要して、そのくせ体調不良で外したから、それを気にしてしまっている。私に心を傾けてくれている。胸が痛くなるよ……なんで具合悪くしちゃうんだろう……大事な時っていつもそうだよ。

 ううん、ナシコになってからあんまり体調を崩した事はない。極度の緊張でお腹が痛くなったりするのも一過性のものばかりだ。

 だから不思議だった。今生で風邪を引いたのはたったの一度きりな超健康優良児のこの私が、今さら微熱に苦しめられるのっておかしいんじゃない?

 なにか良からぬ呪いをかけられてるとか、ウィルスに感染しちゃってるとか、そういう悪い想像をしてしまう。

 

「……ぁ、ふ、う……」

 

 痛む……ううん、痛くはないんだけど、ずんってする胸を押さえて、思わず出してしまった声を誤魔化すように息をする。

 二人の姿が掻き消えた。追ったカメラが左右にぶれて、驚きと戸惑いの声を発する。

 

 突風が帽子を持ち上げ、前髪を持ち上げておでこを晒す。前面から吹き付ける風に衣服が波打つ感覚に肌がむず痒くなって、むうっと眉を寄せた。

 ああ、もう。

 

「っぷぅ」

 

 傾いてた椅子が戻ると同時にかくんと頭が落ちて……ぼやける視界に、テレビ画面の砂嵐みたいに視界が騒ついた。

 

 

 

 

 ふんふんと鼻唄をしていた。

 鏡台の前。ぴかぴかに磨かれた鏡に映る私は、両目をつぶって上機嫌に髪を梳いていた。

 ……懐かしいメロディ。80年代のヒットソング。お母さんが好きだったやつだ。夕飯を作っている時、干した布団を叩いている時、洗濯物を畳んでいる時……よく口ずさんでいた。

 それがお姉ちゃんや私にも伝播して、時々なんの気なしに口ずさむとタイミングがかぶったりして、笑い合った思い出がある。

 

 暗い室内。ごてごてした鉄の、なんだか無機質な部屋。

 明かりも何もないそんな場所で、唯一輝くくらいに綺麗な鏡が私を反射していた。

 

 ……うげっ、私、なんでこんな格好してるんだろう?

 透け透けの肌着は上等そうで、その下に見える紫色のブラジャーはレースとフリルでとっても派手。同色の下着もアダルティックで、うーん、えっち?

 それから、子供の時と違って太い太ももに、薄布の靴下と桃色のミュールサンダル。

 うへー、私こんな格好しないよ~? でもしてる。なんでだろ?

 

「ん~……?」

 

 何かの動物の毛で作られたブラシが黒髪を撫で下ろす動作の合間に、ふっと目を開けた私は、そのままぽけーっと目も口も開いて……ガンッ! て鏡に食いついた。

 

「ちょっともーお! 今いいところだったじゃん!」

 

 せっかく楽しく見てたのに、なんでか途切れてしまった事に嘆く。

 右手に握ったブラシに、左手も握ってくぅっと上を向く。

 さてはきっと、眠ってしまったからなのだろう。だから鏡面に何も映らなくなってしまったんだ!

 

「あーあ! つまんないのー!」

 

 発散するように声を上げつつ背もたれに体重をかけて椅子を傾け、両足をばたつかせる。

 ひっくり返っちゃいそうだけど大丈夫。私って浮けるもんね。実質体重0!

 

「もういいや」

 

 ぽーいとベッドへブラシを放って、お尻で回転。椅子を下りて出入り口へ向かう。脇にかけられたコートを引き抜いてつっかける。

 うきうき腕を振り腰を振り、鼻唄の続きをしつつ廊下に出れば、ぱぱぱっと壁際上部が点灯して左右に広がっていった。廊下の向こうは緩やかに湾曲して見えないけれど、足取りに迷いはない。

 いくつかの小部屋は全部真っ暗。ごおん、ごおんと重い音が遠くで響いている。

 

 広い一室に出た。そこもまた薄暗くて、でも奥の方……二つの仕切りに区切られた三つの大窓から見える外の景色は、外宇宙! って感じがして壮観だった。

 あとは、あれ。何やらやってた異星人の諸君が一斉に頭を下げて挨拶してくれるのが気持ち良い、みたいな?

 なんだろーこれ。社長願望……? ふふん、なんにしても悪い気はしないね。

 

『起きたか、ラグースよ。遅いお目覚めだな』

「おっはよー、良い天気だねぇ」

『……』

 

 大きなテーブルの前には大きな椅子があって、大きな人が座っている。

 あいにく暗いから手元や足くらいしか見えないけれど、親しい感じの人かな。話すのに苦はない。

 その人は伸びをしながらの私の挨拶に、すっと窓の方を向いて何か言いたげにした。

 宇宙だからいつだって夜だー、って? いいんだよこういうのは、私がいい天気だっていったらいい天気なの!

 

「というかー、ララですけど」

『ふん、どう呼ぼうが変わりはないだろう』

「変わるわよ、気分とか雰囲気とか」

 

 あと名前の可愛さとか。気にしてたもんね、あんまり可愛くない名前だったし。

 だから自分で戒名したの。安直? 悪かったねセンスなくて!

 

『どうだ。段々と活動時間も増えてきたようだな。なかなかに元気に見える』

「そっかなー。まあそうかも。いややっぱ違うわ、眼科いった方がいいんじゃない?」

『……』

 

 だって私、見たかったテレビ見れなかった感じで気分最悪なんだもん。あーあ、このご時世にただのテレビだよテレビ! 早回しとかさー、そういう機能ないわけ? 科学者無能・ザ・無能! 処刑!

 ふんっと息を吐くと、おっきな人はなよなよして落ち込んじゃったみたい。打たれよわ……強面が台無しである。やっぱ良い男ってのは細身で低身長で童顔で声高くて可愛い子じゃないとね。

 

「ふんふんふ~」

 

 窓の外を眺めつつ、テーブルに寄っていって、少し浮かんでワイングラスを手に取る。

 おっきな人がグラスにワインを注いでくれるのに、この人飲まないのになんで用意してるんだろって疑問に思いつつも口に運ぶ。

 芳醇な果実の甘みと、ほんのり酸味とアルコール。

 ああー、ぺっぺ! 私アルコール苦手なんだよね! ぺっ!

 

『おおお、お口に合いませんでしたでしょうか!!』

「合わなかったわ。次はもっと良い物選んでね?」

『はああっ!!』

 

 平身低頭震えるよくわかんない生物を見下ろして、でも一回口付けちゃったので一気飲みする。

 うえー、マッズ……なんで私ワイン飲んだんだろ。雰囲気かな。かっこいいもんね。

 

「だいぶん強くなってきたみたいね……」

 

 気のせいか体も熱くなってきたので、かけていたコートを床に落としつつ窓に歩み寄って見上げる。

 肉体的変化はまったくないけど、気の総量が恐ろしい程に上がっている。いったい何をどうすればここまで強くなれるのか……人間とは不思議な生物だ。

 

『お前の妹か』

「あん? あー、んー、んん」

 

 妹……妹……はて、おっきな人がなんの話をしているのかわかんない。

 けど、ニュアンスは伝わる。

 そそ、それそれ、って感じ?

 

 一人納得して頷いていれば、急に建物全体がズガンと揺れた。

 思いっきりつんのめっちゃって慌てて両手を振るってバランスを取る。

 

「どぁあっ、なになになに!?」

『いつもの襲撃だろう。まったく懲りん奴らめ』

「あー、なるなる。びっくりしたぁー……」

 

 ドキドキする胸を押さえて窓を見上げれば、確かに宇宙船的な何かがびっしり。戦艦的円板も発見。

 起きたタイミングでこれは良い。さっそく体がどんなもんか試してみよう。

 

「んっ……」

『ほう……?』

 

 気合いを入れれば、ぼうっと白い気が立ち上り、ぐんぐんパワーが上昇していく。

 それはスパークを帯びた赤に変わると、だんだんと紫に染まっていった。

 やがて気が静まって表には出なくなる。あるのは澄んだ気配だけ。いわゆるクリアな気というやつ。

 

「ふうっ」

 

 闇が溢れ出す。

 先程かぶっていたコートのように、クリアな……クリアでいて真っ黒な気が衣服を形成し、ドレスとなって身に纏わる。ゴテゴテのゴスロリ趣味というか、闇の女王って感じ。……王冠もついてるし。

 あ、やっぱヤなんだ、私。うへーって顔してるのわかるもん。シュミじゃないもんね、これ。

 それにところどころ肌が露出しててすっごい変態っぽい。誰だこんな衣装考案したのは!

 

『それが神の力か』

「そういうことよ。それじゃあ……片付けてくるわね」

 

 何やら船外でクウラ様の仇だのコルド大王の仇だの騒いでいる連中を使って慣らし運動をするために、長いマントを翻して歩み、自動ドアをくぐって隣の部屋へ。

 扉が閉まって密閉されたのを確認して、ハッチを開いて宇宙空間へ飛び出す。

 

「しゃ~らんら!」

 

 指を振るってきらめきを生み出せば、万の軍勢が爆ぜて消える。

 勢いあまって傍の赤い星も爆散したけど、誤差の範囲ね、誤差の範囲。

 だって思ってた以上にパワーがアップしていたんだもん。

 

「お掃除完了! こんなことやってる場合じゃないわ! 続き続きっと」

 

 しゃしゃっと船内へ戻って、大きな人との会話もそこそこに自室に戻り、鏡台の前に果実や飲料水を並べて視聴に入る。

 うすぼんやりと輝いて、鏡面を波立たせた鏡は、次第にこことは別の光景を映し出し始めた。

 

 

 

 

 ……。

 ぱちりと目を開くと、すぐ傍に大きな熱源を感知した。

 ついでにゴム気質な硬いプロテクターに、もさもさの髪!

 こりゃあラディッツだ、間違いないね。

 

「起きたか」

「おっはよー……」

 

 抱きかかえられる形でいる自分に疑問を持つも、降ろしてもらった時には消えていた。

 何せ武舞台が消えてなくなってたからね。それがあった場所には底が見えない大穴が空いていて大惨事。

 戦いの舞台を移した悟空さんとセルは、互いに一歩も引かない格闘戦で激しくやり合い、台風の目もかくやといった具合に風を巻き起こしていた。

 そうして優劣が拮抗したまま戦いは進んで……ついに、悟空さん全力のかめはめ波によってセルが消し飛んだ。

 

 やったぁ! 完全勝利!!

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……?」

「カカロット! 油断するな!」

 

 傍に立つラディッツが大声を発するのに、呼吸を乱す悟空さんもわかっているとばかりに小さく頷いた。

 上半身が消し飛んだセルの死骸は、それでもまったく気を減らしていない。

 ぐっと両足を上げたかと思えば跳ね起きて、ズビビッと体を生やして再生してしまったのだ。

 

「ウィローちゃん、どう?」

 

 頭を押して調子を確かめ、馴染ませているセルから目を離さず、ウィローちゃんがパワースカウターを発動させるのを待つ。

 電子音が響いて、それからウィローちゃんは神妙に頷いた。

 

「数値に変動はない。多少消耗しているが、奴のパワーは大きく増えてはいない」

「そっかぁ……」

 

 懸念が晴れた。

 原作じゃ軽く流されていたけれど、あれ程損傷してしまったらサイヤ人の特性が発動してパワーアップしてしまうんじゃないかと思ってたんだけど……どうにも変わりはないみたい。潜在能力までを見抜くウィローちゃんのパワースカウターが言うんだから間違いない。

 

 あれかな、頭にあるという核以外が粉々に砕け散るほどでないと瀕死と判定されないとか……?

 だとしたらそれは私達にとって良いニュースだ。悪いニュースは、奇襲を受けても核の位置を素早く移動させられるっぽいって事かな。それも一片残らず完全に消し飛ばしてしまうんなら関係ない。

 

 それにセルは、今の再生でかなりの気を消費した。もうフルパワーを発揮する事は難しいだろう。なれて数分から数十秒だと思われる。

 だから、タコ殴りにするのはここだ、とみんな構えたのだけど──。

 

「フッフッフ……さあ孫悟空、お前も……仙豆を食べるがいい」

「なに……!?」

 

 するりと尻尾を伸ばして尾を上向かせたセルは、そこからプッと何かを吐き出して掴み取った。

 紛れもなく、それは仙豆だった。即座にそれを口に含め、体力を完全に回復させてしまったセルが得意げに言うのに、悟空さんが慄く。

 

「おめぇ……そいつはどこで」

「当然、カリン塔だ。……安心するといい、有象無象など眼中にはない。これさえ手に入ればなんの問題もなかったからな」

 

 カリン様やヤジロベーの心配をしたのだろうけれど、セルは手出しはしてないと言った。

 それは良かったけど……でも、仙豆なんていつの間に取りに行ったんだろう。姉妹達からはセルがここを離れたという報告は上がってない。瞬間移動が使えるのはわかっているから、少しの間でも姿を消せばシスターズは認識するはず……。

 

「私がカリン塔に向かったのは、この場所へ来る前だ……そして仙豆を手に入れた。孫悟空だけならばまだしも、この後にはナシコも控えているのだ……当然の用意だよ」

 

 私へ不敵な笑みを向けるセルに、構えを緩くして、やがて解く。

 まだ私達の出番ではないみたいだ……。

 

「私が思うに、孫悟空。お前とナシコの実力は現在互角と見た。だからこその手段だ……私はもっともっと戦いを楽しみたいのだ。こいつはお前達も用意しているものだ、文句はないだろう?」

「……ああ、文句は言わねぇさ。おめぇが何も傷つけてないとわかって安心した。よし、それならオラも遠慮なく使わせてもらおうかな……クリリン! オラにも仙豆を!」

「お、おう!」

 

 手に持つ袋から仙豆を取り出したクリリンが投げれば、受け取った悟空さんがそれを食べ、即座に気を解放してフルパワーになる。

 巻き起こる突風にますます笑みを深くしたセルもまた、腕を広げて力み始め、どんどんパワーを上げていった。

 

「はあっ!!」

 

 ほんの数秒でこちらもフルパワーに達したセルに、悟空さんは身動ぎだけで反応した。

 

「やはり……! マズいぞ、悟空のパワーが完全に負けている……」

「と、とんでもない奴だぜ、セルってのは……!!」

 

 悟空さんとセルの最大戦闘力の差は、数値にして2500万ほどだ。

 私達の戦闘レベルが億に達している現状、その程度の差ならば覆せそうなものだけど、やはり1000万単位というのは大きい。

 先程の互角に見えた戦いにもそれは現れていた。セルは、まったくの余裕さで悟空さんを相手取っていたのだ。

 

「孫悟空、小手調べはもう終わりだ。貴様を(くだ)し、ナシコをも倒してやる……この私が、宇宙で最も強い生命体だと証明する時が来たのだ……!」

「へっ、さすがに強ぇな……」

 

 力量で上回られているのがわからない人じゃないはずなのに、彼は笑っていた。

 ようやっと気が晴れてきたんだと思う。なんにも気にせず戦いに集中できる自然体に戻って……でも、セルは勝負を決めようとしている。

 ここからの悟空さんの役目はセルの体力をできる限り削ることだ。……仙豆を隠し持ってたんじゃ意味ないかもしれないけど、回復さえ阻止できるならやる価値はある。問題は、そんな捨て石みたいな戦い方を許容できるかってことだ。悟空さん自身も……私達も。

 

「やっぱこれしかねぇか」

「……?」

 

 負けが確定した試合であるとはセルも理解しているのだろう、ゆったりとして構え、そして悟空さんの言葉に怪訝な顔をした。

 顔の前で腕を交差させた悟空さんが、限界以上に気を高める。

 

「いくぜっ! (スーパー)界王拳!!」

「なに!?」

 

 ババッと腕を広げれば、黄金の気が赤い炎に塗り替わり膨れ上がる。

 あの技は、あの世で使うはずの……!

 まさかこの場でその手を取るとは思わなかったけど……悟空さん、自分の手でセルを倒すつもりなんだ……!

 とにもかくにもこれで気の総量だけでいえば悟空さんはセルを上回った。

 

「そ、その技は……!」

「ああ。ナシコが使ってたんと似たようなもんさ。今おめぇが見抜いた通り負担も大きい……一気に決めさせてもらうぞ!」

「フン、それが貴様の奥の手というわけか。だが……深紅に染まる段階まで至れていないのならば恐れる程ではない!!」

 

 幾度目のぶつかり合いか、拳同士をかち合わせた彼らは、見た目の上では拮抗していた。

 だがすぐに差が出てくる。お互いが決める気でいるからか、繰り出されたパンチが噛み合う事は少なくなって、徐々に悟空さんが押し始める。セルが放つパンチより多くの拳が飛んで、セルが受ける攻撃より多くを防いでみせる。

 

 ひっきりなしに空間が揺るがされて、びりびりと服が震え、貫通して肌まで震える。

 一度は引いたと思った具合の悪さが戻ってくるのに、無意識に後ろに手をやって椅子を探してしまった。

 残念ながら椅子はもうどこかに吹き飛んで行ってしまったみたい。それを貸してくれたスタッフさんは、遠くの岩の影でサタン達と一緒に丸まってこらえている。

 

 ……そういえば、いつの間にか帽子もなくなっていた。せっかく作ってもらったの、可愛くて、お気に入りだったのに……。

 

「っ……」

 

 上下に揺れる地面に膝から力が抜けて倒れそうになったので、ラディッツの腕に縋ってこらえる。こいつ杖にしよ……うー、吐き気がするかも……横になりたい。

 

 この広い地区を戦いの舞台に暴れ回る二人は、時に遠方に、上空に、そしてすぐ近くに現れては殴り合う。

 目の前でかち合う拳にびっくりして目を見開いた時には、すでに二人は空の彼方だ。 

 

「ずああ! ぬ!!?」

 

 気合一声(きあいいっせい)、砂ぼこりを上げて地上に現れたセルが同じく出現した悟空さんを殴り抜き、残像を捉えるのに滑る。

 ぐるりと背後へ視線をやったセルが思い切り腕を振りかぶる。

 

「そぉこだっ!!」

 

 数メートルの長さで空間を穿つパンチは、またも残像を突き抜けた。二重残像拳。セルの背後──最初の残像があった場所にそっくりそのままの姿で現れた悟空さんは、腰を落とし、腰元まで引いた拳に手の平をかぶせる形で構えていた。

 

「はあっ!」

「ぬぐ!」

 

 正拳一打。握り拳が振り返るセルの脇を打つ。歪む表情へ向けて二本の指が鋭く向かうのを、これをセルは体勢を崩すようにして避けた。

 

「……!!」

 

 落ち行く体が不自然に停止する。自在に空を飛べる彼らにあまり体勢を崩すという概念は通用しないのだけれど、今この時ばかりは……眼前に手の平をかざす悟空さんが相手では、セルの動きは悪手だった。

 

「はっ!!」

 

 気合い砲に顔面を弾かれて乱回転したセルの体が地面を滑っていく。そのうちに回転数を増してアクロバットな動きで立ち上がると、口元に垂れる血を乱暴に拭う。

 

「ジャン拳とは、また古い手を使うな」

「意表はつけたろ?」

 

 セルは完璧だ。技もパワーもスピードもバランスが良く、戦い方も堅実で、目と気で探る技術を使い分けて相手を捉えている。

 でも経験は悟空さんの方が圧倒的に上だ。戦闘力でも上回っている今、本当に悟空さんがセルをやっつけられるかもしれない。

 固唾を飲んで見守る。……私達の出番が無くなるなら、それが一番いい。

 

「だああ!!」

「!」

 

 セルの姿が掻き消えた、その瞬間に空中から撃ち落されたセルが上体で地面を削り進む。

 この私にも移動するのが見えなかった……瞬間移動だと思う。

 その瞬間移動をしたセルを、同じく瞬間移動で追った悟空さんが叩き落としたんだ。

 

「げほっ! ごほっ!」

「む、大丈夫か、ナシコ!」

「ぅ、ん……平気」

 

 二人が激しく動き回っているから、が原因ではないのだろうけど、咳込んでしまうのに手の平で押さえてガードする。しまったな、マスクなんて持って来てないよ……はしたないけど、手で押さえるしかない。

 

「…………」

「え……? お父さん、こっちを見て……?」

 

 悟飯ちゃんの声に、咳込みながらもなんとか視線を向ければ、悟空さんは起き上がるセルではなくこちらを見ていた。はっきり私を見ているのがわかる。息が上がってて、上下する肩に苦し気な表情。

 目が合えば、にっと深い笑みを浮かべた。

 その意図はわからない。ただ、安心させるように笑いかけられて、ほっと……胸が温かくなったのは事実で。

 

「もいっちょ(スーパー)界王拳(かいおうけぇん)!!」

 

 ドン、と地表が揺れた。

 ああ、きっと。

 悟空さんは、私が不調だから、ここでセルを確実に倒すために無理をしたんだ、って……なぜだかわかってしまった。

 

「な、ま、まだ上がるだと!?」

「だぁらぁ!」

 

 さらに数倍肥大する炎に、咄嗟に飛び上がったセルが先の焼き直しのように叩き落とされた。

 

「か、め、は、め!!」

「ぐぐっ、馬鹿な! そんな位置からそのパワーで、貴様にかめはめ波など撃てる訳が……!?」

 

 二度目ともなると着地は容易いらしく即座に体勢を立て直したセルは、見上げた悟空さんが腰だめに光球を生み出すのに驚愕を露わにした。

 どよめきが起こる。あの角度で撃たれたら、セル諸共地球まで爆散しかねない。

 ブラフか!? だがフェイントにしては気を溜めすぎている!!

 誰もが声を抑えられず真偽を問うように声を発する中で、私は、もう一回瞬間移動かめはめ波をやるのかなって思って──みんなの反応で、そもそもまだその技は披露されていないのだと気づいた。

 

「波ぁあああ!!」

「しまっ──!?」

 

 立ち上がった直後に合わせられた瞬間移動かめはめ波は──セルの眼下に現れた悟空さんの、意表を突くパワープレイによって成された。

 二度目、だ。セルが上半身を消し飛ばされたのは。

 

「ぎっ!」

 

 地面に落ちる下半身へ腕を向けた悟空さんが、こめかみに血管を浮かせるほど力んで追撃を放つ。放たれた光弾が地面を穿って爆発させて、舞い上がったセルは、空中の半ばで上半身を生やして四肢で着地した。体液か何かがビチャビチャと四散する。

 

「はあっ、はあっ、く、くそっ……が!」

「はあ! はあ! はあ!」

 

 火が消えるようにその身に纏う気を失ってしまった悟空さんが膝をつく。

 お互いに体力の消耗が凄まじいらしく、そしてセルが再び仙豆を取り出す素振りはなかった。

 一粒しか持ってなかったのかもしれない。それなら──後は私達が弱ったセルを完全に倒してしまうだけ。

 瞬間移動で逃げる事はできない。悟空さんもいればウィローちゃんもいるから、ああ、これで──。

 

「っ、ぁ」

 

 立ち眩みがした。

 万華鏡のような視界に吐き気が強まって、四肢の感覚を失いふらついてしまう。幸いラディッツが支えになってくれているから倒れてしまうようなことにはならなかったけど、上手くスイッチが入らない。気を引き出せない。それに焦る。

 

「ばうっ!」

 

 吠えるようなセルの声に、かなり高密度の気の塊が放られたのに気づく。なのに顔を上げられない。体のそこかしこで起きる不調に背中は丸まっていくばかりで……。

 緩やかに空へ昇るそれはやがて半円を描く軌道で落っこちてくる。まっすぐ、私へ向かって。

 

「ちっ!」

「はああっ!!」

 

 周囲で次々に黄金の光が噴き上がり、斜め前へ出たウィローちゃんもまた気を全開にしていた。

 そうして全員が迫りくる光弾へ反撃の気弾を撃ち、爆発させた。

 私達が襲い掛かってくる事を恐れたセルの悪足掻きは無意味に終わった……らしい。そこまでパワーが落ちていたんだ。

 

「野郎、無茶苦茶しやがって……!」

 

 驚くべきは、ベジータも合わせてくれたこと、だろうか。

 みんなが不調の私を庇うように囲んで立っている。それが申し訳なくて──っ!

 

「げほっ、えほっ、ぐ、ふ……!」

 

 もくもくと広がる煙に辺りが薄暗くなり、何か気管に入ってしまったのかごほげほと激しく咳込んでしまう。

 自分じゃどうしようもない。止められないそれに生理的な涙まで出てきてしまう。

 

「ナシコちゃん、大丈夫かい!?」

 

 蹲って背を丸める私へ、腰を屈めて後ろから話しかけてくれるトランクスに、咳のために言葉を返せないまでも何度も頷いて肯定を示す。平気……こんなの大したことじゃない。ほら、ちゃんと立ち上がれるしっ……。

 足に、全身に力を籠めて立ち上がったところで肺を刺すような痛みがあった。

 

「げほっ、げほ、んぐっ!」

「……! 危ないからオレ達の後ろに下がっ」

 

 数瞬、音が消えた。

 真横を突き抜けていく光の線が数本の髪を消滅させ、聞こえるはずの音までを奪った。

 

「……、……なんだ、当たったのは……トランクスか」

 

 ……え?

 

「ガハッ……!?」

「と、トランクス!?」

 

 ドサリと倒れ込む音に振り返れば、仰向けに倒れたトランクスが血を吐くところだった。胸に大きな穴を開けて、それが致命傷なのだと一目でわかった。

 ──今の攻撃は、私に向けられていた。でも、私が咳込んでいて、彼が背を撫でるように背後に立っていたから……代わりに?

 

「セル!!」

「うん?」

 

 一気に晴れていく煙の向こう側から飛び出してきた16号がセルに組み付く。

 寡黙な彼の表情は怒りに染まっているようで……何がなんだかわからない……。

 なにが……なにが、起こって……?

 

「どうした、16号。21号を吸収したのが、そんなに癪に障ったのかな」

「セル!! 貴様をこの世に一片も残しはしない……オレと共に滅びるのだ!!」

「!」

 

 直後に起こった事を理解するには、だいぶん時間を要した。

 視界いっぱいに光が溢れて、それがいつの間にか収まっていて……。

 

 16号が自爆したからだと、その衝撃をみんなが気のバリアーを張って防いだからだと、一連の出来事はゆっくりと頭に染み込むようにして理解できた。

 もしもセルが自爆した場合の対処とも言えない対処法が、こんな形で役立つなんて……。

 

「……どうやら無駄な足掻きだったようだな」

 

 余裕綽々として、輝くセルは立っていた。その身にスパークを纏い、幾度も散らしながら。

 咄嗟に悟飯ちゃんを見る。彼は──険しい表情をしていた。その怒りが限界を超えているなんてことはない。変化は、起きていなかった。

 

 あ……。

 私、なにを。

 悟飯ちゃんを戦わせないって考えてたくせに、今、悟飯ちゃんが怒ってるかを確認して……?

 

「技、頭脳、スピード、パワー。これが全てにおいて完璧(パーフェクト)な姿だ……!」

 

 突然の事態と知っている展開とのあまりの齟齬に混乱から立ち直れない。痛む胸を押さえて、呼吸もままならないままパーフェクトのセルを見据える。

 なんで……? その姿は、彼にとって思いがけない想定外の変化のはず。大きく傷ついてから復活した姿のはず。

 その何もかもが起こっていないのに、なんでパワーアップだけが都合良く……!?

 

「くっそぉーーーーッッ!!」

 

 天へ叫んだベジータが飛び出すのを、誰も止められなかった。

 怒りを宿して超サイヤ人へと変身した彼が一息にセルとの距離を詰めて殴り掛かる。同時に、パワーがガタ落ちしていながらも変身が解けていない悟空さんが息を合わせた攻撃を仕掛けた。

 

「フン」

「ぐっ!?」

「ぐああ!」

 

 ほとんど同時に二人が拳を撃ち込まれて急停止させられる。そのまま胸倉を掴まれた悟空さんとベジータはお互いをぶつけ合わされて、動けなくなってしまった。

 

「あ……!」

 

 辛い喉から声を絞り出す。

 二人ともがあっさりと敗れてしまった。

 だから私、こんな風に病人ぶっている場合じゃない。戦わなくちゃいけないのに……!

 無理矢理つばを飲み込んで呼吸を正す。未だセルに持ち上げられたままの二人を救うべく背を伸ばして……!

 

「勝負あったな」

 

 勝ち誇るセルの声に、湧き上がる怒りを力に変えて構える。

 何が勝負あった、だ。悟空さんは負けない。私達だって負けはしない。

 負けるのは、お前の方だ!

 

「孫悟空もベジータも、トランクスも倒れた。ナシコも……その様子では到底戦えまい。まいったな……セルゲームは早くも決着というわけか」

「ばか、言わないでよ……次は、私が相手、だ……!」

 

 心と体を奮い立たせたはいいものの、相変わらず胸は苦しいし、息はしづらいし、頭は重いしで最悪だ。

 それでも私が戦わなくちゃいけない。私が、やらないと。

 

「ほう? そんなありさまで何ができるというのだ」

 

 知んないよ。やってみなくちゃわかんない。

 ルージュは……うん、維持できてる。でもその程度の戦闘力じゃどうしようもない。

 スパークリングに移行したいんだけど……ああ、くそっ……苦しいなあ。

 

「み、み、み、ミスターサタン! 今こそ再びあなたが立ち上がる時では!?」

「え!? そ、そーかな……? そーかも……! よ、よし!」

 

 ザ、と靴音がした。

 横に並んだ気配に目を向けて、寸前に前へ歩み出てしまうその背中を目で追う。

 マントを脱いだ悟飯ちゃんが、紫の衣服を波立たせて立っていた。

 

「悟飯、ちゃん……けほっ、だ、だめだよ? お姉ちゃんに、まかっ、くふ、まかせてね……!」

「……」

 

 半歩、よろめくように前へ出て声をかけたのに、悟飯ちゃんは返事をしてくれなかった。いつも朗らかに、笑顔と一緒にお返事してくれるのに……。

 それが拒絶のように感じられて、血の気が引く感覚がはっきりとした。

 

「なんだ、孫悟空の息子か。まさかお前のような子供が私と戦うつもりではないだろうな?」

 

 左右へ戦士を放ったセルが腕を組んで問うのに、悟飯ちゃんは答えなかった。

 ただ前へ出て、次に戦うのは自分だという意思を示して、その後は、セルを無視して振り返った。

 

「ボクがやります」

「だ、だめ!」

 

 それはだめ! だって、だって、あの……!

 お、お母さんだって悟飯ちゃんが戦うのは嫌だって、そう言ってたんだよ……? 戦っちゃだめなんだよ……!

 お姉ちゃん、頑張るから! こんなのどうってことないんだから!

 

「お姉さんがボクの事を想ってそう言ってくれているのはわかります。でも……」

 

 ぐっと拳を握った悟飯ちゃんに、あっ、て声が漏れた。

 だって、その表情は、子供とは思えないくらいに凛々しくて。

 ナメック星で見た、金の光に包まれた悟空さんにそっくりで。

 私は……何も言えなくなってしまった。

 

 完全に私に向き直った悟飯ちゃんが、肩に手をかけてくるのに、ゆっくりと息をする。

 

「こんなに苦しんでるお姉さんに任せてまで、戦うのが嫌いだなんてわがままは言えません」

「……ぅ」

 

 それは、結局私のせいってことだ。

 私がこんなだから、悟飯ちゃんは嫌なのに戦わなくちゃいけなくなって。

 なんで私、こんな、意味わかんない気持ち悪さに負けてっ、こんな体調不良さえなければ悟飯ちゃんは──!

 

「戦いたいんです」

 

 震える体を抑えるように肩を握った悟飯ちゃんが、言い聞かせるように告げる。

 好きじゃないのは変わらない。でも、守りたいんだ、って。

 

「地球も、みんなも……お姉さんのことも。……だからボクがやります」

 

 戦わせてください、なんて頼まれちゃったら、私にはもう何も言えないよ。

 今だって、私が頑張るから下がって見ててって言いたい。無理にヤなことする必要なんてないよ、って……だって、そのために私、強くなったんだから……!

 強くなったのに、なんにも変えられないんじゃ、守れないんじゃ、意味ないよ……!

 

「そいつの言う通りだ。ちったぁオレ達に守られとけよ」

 

 ぽん、と頭に手を置かれるのに見上げれば、ターレスがいた。

 悟空さんとそっくりなのに、どこか野生的な顔立ちで……だけど今は、なんだかとても優しい顔をしていた。

 悟空さんとは違う種類の表情。私にだけ向ける特別な……。

 

「お父さんやナシコさんが言っていた、ボクが一番強いって言葉の意味、なんとなくわかるんです」

 

 声に引き戻されて、悟飯ちゃんと目を合わせる。

 親しい相手なのに、それでも私は少しだけ目を逸らしてしまった。真摯に向けられる目の輝きが、怖かった。

 ……怖いとか、そんなんじゃない。ただ、引け目を……ううん、…………ううん、なんて言ったらいいのか……。

 

「その力を発揮できれば、きっと勝てます!」

「悟飯……」

 

 幼い頃からの、彼の特性。怒りの発露による戦闘力の急激な上昇。

 それを理解して、組み込んで、戦いに挑もうとする彼に、名前を呼んだのはピッコロさんだった。

 私の肩越しに視線を向けた悟飯ちゃんが力強く頷く。

 

「さっきから黙って聞いていれば、孫悟空やナシコよりも強いだと? 怒れば、この私を倒せるだと? 笑わせるな。だが……もうどいつも私の相手にはなりそうもない。ここは一つ、遊んでやるとするか……」

 

 くつくつと笑って構えもしないセルの前へ、三人の戦士が歩み出る。

 悟飯ちゃん、ラディッツ、ターレス。

 いずれも超サイヤ人。だけど……力の差は歴然だ。

 ……それでも悟飯ちゃんが真の力を解放すれば、パーフェクトだろうとなんだろうとあっさりやっつけられるのはわかってる。

 ……わかってるけど……。

 

「三対一か。それでも戦いになるとは到底思えんのだがね」

「大口を叩けるのも今の内だぞ?」

「舐めてんじゃねーぞ……サイヤ人をよォ」

 

 また私は外されて、セルと対峙する三人を眺めるだけの観戦者になってしまった。

 力を解放する三人に、笑みを深めて組んでいた腕を解くセル。

 

「行くぞ、セル!!」

 

 先頭に立つ悟飯ちゃんが気を充実させて構える。

 やがてぶつかり合う両勢の様子は、先程の悟空さんとセルの、そのままだった。




TIPS
・孫悟空(超界王拳)
悟飯に戦いの行方を託そうと思っていた折
ナシコに頼まれて自らが決着をつけられるならばつけようと決めた悟空が取った手段は
ナシコを参考にする事だった
種族は違うが同系統のパワーブーストを得意とする戦士だ、自ずと辿る道は似通ってくる
超化50倍12億に基礎戦闘力×1.5倍=3600万を加え、12億3600万。完全体のセルを1100万上回っている
10倍超界王拳では14億4000万

・セル(パーフェクト)
21号を吸収し、基礎パワーを高めた姿
結果的にさらに壁を突破してしまった、セルの奥の手
2450万+1000万(2億の1/20)=3450万
超化50倍17億2500万 超2化60倍20億7000万

・超2化の倍率
超全集の設定では超サイヤ人2の強化倍率は100倍
本作ではかつての非公式wikiに則り、インフレを抑えるために
倍率を60倍とする

・孫悟飯(超サイヤ人)
父が傷つき倒れ、親しい姉もまた不調をおして戦おうとしている
守られてばかりの自分に怒りを抱き、にわかに戦闘力が上昇を始めている
超化54倍で12億4200万



・ララ・ラグース
夢の中でナシコがロールプレイしていた人
容姿はお姉ちゃんそっくりだ
つまりナシコ(大人)にそっくりだ

・おっきなひと
夢の中とはいえナシコに振り回されるとは相当な苦労人だろう
死後天国に行けるのは間違いない


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第六十三話 死力を尽くして

更新、かなり遅れてしまってすみません
けものフレンズ2視聴しておりました。完走しました
もうやだ

ともえちゃんかわいい

なんとか立ち直れたので更新スピード上げていきます
読者さん戻ってくるかなー……


 トランクスは、仙豆を飲み込むような余力が残っていないようだった。

 だから今はウィローちゃんが傍について治療を施している。それから仙豆を食べさせる事ができれば、きっと彼は大丈夫だろう。

 

「…………」

「しっかりするんだ、トランクス!」

「死ぬな!」

 

 天津飯やヤムチャが懸命に声をかけ続けている。それが余計に痛ましくて……。

 胸に斜めに穴が空いて……それは私を狙った光線に貫かれたせいなのだから、どうしたって心配してしまう。できれば駆け寄って声をかけてあげたい。元気になるまで見守りたい。けど、今はそれよりも優先しなくちゃいけないことがある。ウィローちゃんが治してくれているんだから、彼女に任せて……そう思えば、なんとか前に集中できた。

 

 ……できたからといって、この戦いに貢献できることは、私には……ない……!

 胸の奥に走る痛みと頭痛や吐き気で、全開パワーで立ち向かう事もできない。これじゃあなんのためにここにいるのかわかんないよ……!

 

「うわあ!」

 

 額を打たれた悟飯ちゃんが仰向けに倒れる。

 割れた額を押さえてなんとか起き上がる彼を、セルは悠々と見下ろしていた。

 

 三対一。

 普通の人間だったら、数の優位で押し切れる状況だ。

 でもこれは尋常の戦いじゃない。

 

 スパークを散らすセルに敵う者はいない。

 悟飯ちゃんも、ラディッツも、ターレスも、容易く蹴散らされてしまった。

 

「──っく!」

 

 瞬時に詰め寄ったセルによる拳撃を受けて吹き飛ばされた悟飯ちゃんが、空中で一回転してスタッと着地する。

 ダメージが残っているために衝撃を逃がすのに失敗したらしく姿勢が変だ。

 前に打たれた頬が今頃痛み出したのか、切れた唇から血が垂れて、それを拭う仕草さえ苦しげだった。

 

「フフフ、どうだ? この素晴らしいパワーは……」

 

 ウィローちゃんが教えてくれたから、今のセルの最大パワーはわかっている。

 20億あまり。ラディッツやターレスの倍なんていうふざけた数値。

 ううん、数値だけでいえばブロリーの方が上だった。それでも、そんな化け物をやっつけたって事実は、なんの救いにもならなかった。

 

「悟飯……!」

 

 ピッコロさんの悔しそうな呟きに、んっと息を呑む。

 人智を超えた力を持っているのに、それがなんの役にも立たない……力量不足の状況に打ち震える事しかできない。

 

 彼らの傍に倒れ伏す悟空さんやベジータを助けたいのに、誰も割って入れない。

 10億もの戦闘力で遊ばれるのだから、8億だとか、それ以下で太刀打ちできる訳がない。

 それは私にも言える話だ。たとえ悟空さんと同じ戦闘力であろうと誤差にしかならない。

 

 これ以上のパワーアップは、私にはない。

 ……あるはずなのに、出せない。それがこの上なく悔しくて、痛む胸に、衣服を握り締めて咳を抑え込む。

 あいつの、あんな意味のわからないパワーアップさえなければ、今頃はきっと押し切れていたはずなのに……!

 

「なぜ私がこのようなパワーアップができたのか……知りたそうな顔をしているな」

 

 弱った心がありもしない空想の未来を描いてしまうのを、セルに見抜かれた。

 さもしい姿を曝け出されてしまったみたいで、嫌な汗が滲むのに、視線を下へ向ける。

 

「正直私も驚いている。パワーアップできると踏んでいたのは確かだ。だがここまで劇的とはな」

 

 嬉しい誤算だった、と笑う彼は、片手間にラディッツの攻撃を捌いて跳ね返す。

 超サイヤ人が三人揃って通用しない。……悪夢のような光景だった。

 

「そもそもこの時代へやってきて、21号との邂逅も想定外の出来事だったのだ」

 

 だが、私を育て上げたコンピュータはこの事態を予期していた……。

 朗々と語るセルは、よっぽど自分の強さを知ってほしくてたまらないらしい。いっそ弾むくらいに朗らかな声音だった。

 

「数多の予測の中に、未知なる未来の人造人間を取り込んだ場合のパワーアップケースが提示されていた。私の計算では、それはお前達がなんらかの術でパワーを上げたとしても上回れるだろうというほどだったが……まさか新たな力を獲得してしまうとはな……」

 

 素晴らしい変化に自分でも驚いているよ、と、セルは肩をすくめてみせた。

 その合間にも攻撃を受けているのに、その場から動きもせずに対処している。傍から見ているだけでもわかる、血の気が引くほどの強さ。

 

「たとえ21号がここへやって来ていなくても問題はなかった。奴が時折発するナシコ、お前の気を探れば……瞬間移動するのは容易いからな」

 

 ……人造人間に気はない。だから気を探って行う瞬間移動はできない。

 だけどセルが言う通り、21号は私の細胞を元にしていて、私の力も持っていたから……微かに私の気配を感じる事があったのは確かだった。

 

「完全体となった私が吸収したところでさほどのパワーアップになるとは思っていなかった、ゆえに保険……奥の手だったのだ。……奥の手を隠していたのは自分達だけだと思っていたかな?」

「だああ!!」

 

 果敢に挑む悟飯ちゃんの蹴りを腕で受け止めたセルは、大きく振り払って気合砲を放った。

 地面にぶつけられて跳ねた悟飯ちゃんの体がさらに弾かれて舞う。

 

「っ……」

 

 握りしめた衣服越しの手の平に爪が食い込む。

 見てられなかった。せっかく戦うって言ってくれたあの子が、一方的に甚振られている姿なんて……!

 

「どうした孫悟飯。私を倒せるのではなかったのか?」

「く、くそっ……く!」

「実を言うと、かなり期待しているのだぞ。ナシコが言うのならば現実味があるし、実際に今もお前のパワーは少しずつ上昇を始めている……微々たるものだが、今の私に匹敵する程成長する可能性もある……さあ! 怒って見せろ! そうすれば真の実力とやらが発揮できるのだろう!」

 

 戦う楽しみを求める怪物は、完全に悟飯ちゃんに標的を移して追い込んでいる。

 立ち上がる悟飯ちゃんに足早に歩み寄ったかと思えば、左右で構えたラディッツとターレスを殴り飛ばした。

 

「どうだ! 仲間がやられて怒りがこみあげてくるだろう!」

「ぐ……! く、くっ……!」

「……、……。そう、か。これだけでは足りんか」

 

 悟飯ちゃんだって、必死に自分に眠る力を呼び覚まそうとしている。けど、上手くいってない。

 心優しい彼が怒るって事はそうそうないから、きっとどうすればいいのかわからないのだろう。

 

「では父親が死に追いやられる様を見せつけられたならどうかな」

「っ!」

 

 セルは、今度は倒れる悟空さんの背を踏みつける事で悟飯ちゃんの怒りを買おうとしていた。

 悟空さんが苦悶の表情を浮かべると、その分だけ悟飯ちゃんの気が膨れ上がっていく。

 金の髪が騒めいて、体表面に輝きが纏わる。

 

「やめろーっ!」

「あと一歩が足りんな……」

 

 その足を退かせようと飛び掛かった悟飯ちゃんは、しかし打ち返されてしまった。

 まだ力が及ばない。気が安定していない。

 超サイヤ人の壁を越えなければ、きっとセルには敵わない……!

 

「げほっ、けほっ!」

 

 心臓が痛んだ。それは、緊張とか悪寒とか、そういったものからくる痛みだった。

 どうして悟飯ちゃんがこんな思いをしなければならないのかって、そう思うと遣り切れない。

 結局彼に頼ってしまっている。いけないのに……私、なんにもできなくて。

 

「う、く……!」

 

 ううん、そんなの言い訳に過ぎない。きついからって何もしてない。きついのはみんなも同じなんだ。

 弱音を吐いてちゃいけない。自分に負けてちゃだめだ!

 それに……! いつまでも悟空さんを踏みつけているセルを、私だって許せないんだから!

 

「はぁあああ……っ!!」

 

 熱を吐き出すように、低く唸るように声を出す。

 神経を突き刺すような痛みを、芯に亀裂が走るような致命的不快感を無視して思い切り光を噴き上げる。

 ここで戦わないでいてやられるくらいなら、全力で足掻く!

 ……大丈夫! 痛くったって、きつくったって、そんなの後になれば平気だから! たぶん!!

 

「ぁああああ……!!」

 

 普段より多くの時間をかけて、赤い光にスパークが混じる。

 ルージュスパークリング。全開まで高めたエネルギーは、もう数秒だって持ちそうになかった。

 

「おや? お前も孫悟飯を怒らせる手伝いをしてくれるのかな? フルパワーになるだけで随分消耗しているらしいが……」

「はあっ、はあっ、んっ、」

「確かお前とこいつは相当仲が良いんだったな……痛めつければ、相応のきっかけになりそうだ」

 

 元々苦しかった息がいっそう苦しくて、何度も大きく息を吸ってるのに、全然酸素を取り込めている感じがしない。喉がせばまって、呼吸自体もしづらくて……。

 それでも、フルパワーを維持するのに支障はないと自分に言い聞かせた。

 私だけ不調を理由に休んでいるなんて許されない。戦うべき時に戦えないなんて役立たずにはなりたくない。

 それだけを胸に、駆け出す。

 

「お姉さん!」

 

 私を呼ぶ悟飯ちゃんの声に何が含まれているかは、敢えて考えないようにした。 

 拒絶のような気がした。来るなって言われているみたいだった。

 そうするべきなのかもしれない。このまま悟飯ちゃんが怒りを爆発するのを邪魔しない方が良いのかもしれない。

 けどそんなの私が耐えられない。だから……やるしかない。

 

「うぐっ!」

 

 だけど、意気込んだところで力関係が変わる訳じゃなかった。

 放った拳は空ぶって、背を肘で打たれるのに地面に落ちて滑る。

 軋む体に全身固まってしまって、勢いが消えて止まった時には、変身すら解けてしまっていた。

 

「あ、う……」

「思った通り、もはや敵ではないな」

 

 勝ち誇るでもなく、ただ実感のこもった声を発するセルに、地面を掴んで立ち上がろうともがく。

 まだ終わっちゃいない。まだ死んでないから……戦いたいのに……! どうして、ただ立ち上がるって、それだけのことができないの!

 

 悔しい。悔しいけど、でも、悟空さんから足を退かせるくらいはできた。

 私が立ち上がりさえできれば、セルだって無視できないはず。

 

「さあ孫悟飯……このままではお前の父親が死ぬぞ?」

「ぐああ……!」

「お、お父さん……!!」

 

 ……!

 な、なんで? 私がここにいるのに、どうしてまた悟空さんを……!

 眼中にないってわけ……く、ううっ!

 

「どうだ? これでも怒れんか?」

 

 一歩引いたセルが悟空さんの首を裏から掴んで持ち上げた。

 ぶら下げられて悟飯ちゃんに突き出されるのに、嫌な気持ちが胸の中で暴れて、泣きそうになる。

 ふざけないでよ……ふざけんな! なんでそんなことができるの……!?

 

「うん?」

 

 自分でも気づかないうちに立ち上がっていた。

 片手を空へ向けて、元気を集めながら。

 

 この技なら、きっとセルを倒せる……今までだってそうだった。

 呼びかけるのさえ辛いけど……これなら……!

 

「フ、では私も元気を頂くとするか」

「なっあ!? えっ、ああ!」

 

 すっ、とこちらへ向けられた手に、私の手から光が吸い取られていく。

 ──理解が追いつかなかった。

 何が起こってるのかわからなくて、手を挙げたまま動けないでいる私の前で、セルは、吊り上げたままの悟空さんの背に手を押し当てて。

 

「!」

 

 ボ、と空気を燃やす音がした。

 瞬いた光に、悟空さんの半分が砕けて溶ける。

 

「──!!」

 

 地面に落とされた悟空さんを目で追う。

 まだ息があるみたいだった。だって、超サイヤ人が解けてない。

 ……それでも、もう、駄目だっていうのはわかってしまった。

 

 悟空さんのお腹から下が無くなってる……から。

 

「孫悟空といえどもこんなものか。随分呆気ない幕切れだったな」

「あ……ぁ……」

 

 頭の中が真っ白になって、胸の中がぐちゃぐちゃになって、もう何がなんなのかわからない。

 私が……私が集めた元気で悟空さんが……!?

 

「カカ、ロット……!!」

 

 視界の端にがくがくと震える腕で起き上がろうとするベジータが見えて開いてしまっていた口を閉じる。

 空白だった心に激情が流れ込んできて、突き動かされるように気を噴き上げた。

 

「ゆ……許さない……! も、もう、怒った……!!」

 

 膝が震えて、太ももを掴んで押さえながら白い光を引き出していく。

 

「きさま如きが今さら怒ったところで、なんだというのだ」

 

 私に向き直ったセルが挑戦的な笑みを浮かべて構える。

 それだけでも良かった。せめて私に意識を向けさせたかった。

 きっと仙豆さえあれば悟空さんは大丈夫だから……体だって、神龍に頼めば治して貰えるから……!

 

「サイヤ人のように怒りで爆発的にパワーを増す訳でも無ければ、この私との絶対的な差が埋まる訳でも──」

 

 ふっと風が通り抜ける。

 

「──ない」

 

 攻撃されたのを認識することもできずに叩き伏せられていた。

 遅れて襲ってくる衝撃に息がつまって、体がばらばらになってしまいそうなほど痛くて、目をつぶる。

 そうするともう、立ち上がる気力もなかった。地面に擦りつけてしまった頬がひりつく。

 

 勝てないよ……どうしようもないよ……!

 どうにかしたいのに何もできず、事態を悪化させるだけなんて……私、私……!

 

「う、う、う……」

 

 ようやく吐き出せた息は湿っぽくて、体を起こそうともがけば、握り締めた拳に涙が零れた。

 

「泣けば何か変わるのか? この私が滅びるとか? フッフッフ……」

 

 そんなんじゃない……!

 嘲笑されて、見下されて、惨めな気持ちでいっぱいになった。

 きっと、もっと他に方法があった。ちゃんとした作戦を立てていられたら、こんなことにはならなかったのに……!

 

 超サイヤ人ゴッドを作り出したり、誰か一人にパワーを集めたり……!

 今さら何か作戦を立てようなんてしても無駄なのに、拳に落ちる涙の数だけ後悔が過ぎって、考えずにはいられなかった。

 みんながそれで納得してくれるかなんて度外視した考えだから、意味ないのに。

 

「悲劇のヒロインぶりおって」

 

 歩み寄って来たセルに髪を掴まれて持ち上げられる。

 頭皮の痛み以上に、自分の情けなさ以上にセルが憎くて、睨みつける。

 それが精いっぱいだった。もう、抵抗もできなかった。

 

「お前のような腑抜けた女を見ていると虫唾が走る。今ここで……息の根を止めてやろう」

 

 ぐっと、さらに高く持ち上げられて、私を見上げるセルは浮かべた笑みとは裏腹に嫌悪を含んだ声で語り掛けてくる。

 その声が遠くに聞こえた。

 セルの肩越しに倒れ伏す悟空さんが見える。傍らに膝をつく悟飯ちゃんが見える。

 悟飯ちゃんは瞬きもしないで、涙を流して、差し伸べることも引っ込めることもできない両手を浮かせていた。

 

「わ、悪かったな、悟飯……」

「お父さん……!」

 

 今わの際の、悟空さんの声が鮮明に聞こえる。

 絞り出すような、苦しげな息の合間の声。

 

「おめぇが戦いを好きじゃねぇってわかってて、戦わせっちまって」

 

 悟飯ちゃんは、微かに頭を振って、何かを言おうとした。

 でもなんにも言えなくて、小さく口を開いたまま唇を震わせるだけだった。

 

「でもな、悟飯。今でも父ちゃんの考えは変わらねぇ……」

 

 彼をあんな姿にしたのは私だ。

 セルが元気玉を使えるのなんて知ってたはずなのに、目の前で気を集めてしまった。

 そのせいで悟空さんがやられて、悟飯ちゃんにあんな顔をさせて。

 私、もう、やだよぉ……!

 

「お前が100%全力を出し切れば、ここにいる誰よりも強くなれる。一番強くだ。オラにはわかる……」

 

 強く、力強く、悟空さんが言い切る。

 伸ばした手で悟飯ちゃんの腕を掴んで、気持ちを伝えるように揺さぶる。

 

「悟飯……! セルはとんでもねぇ奴だ! このままじゃみんな殺されちまう! みんなを……みんなを助けてやってくれ……頼んだ……ぞ──……」

「あ……」

 

 力を無くした腕が落ちて、悟飯ちゃんは、愕然とその行方を追ってうなだれた。

 

 涙が流れる。

 溢れ出して止まらなくて、現実に耐え切れずきつく目を閉じて何もかもをこらえる。

 死んでしまった。悟空さんが……。

 もう、もう──

 

「うわああああああ!!!」

「む!?」

 

 爆発的な気の高まりに体が揺さぶられて、目を開ける。

 黄金の光が膨れ上がっていた。地面には中心から亀裂が走って砂ぼこりを吐き出して……悟飯ちゃんが、怒っていた。

 天を貫くような哀しい声をあげて。

 

「あああああ!!!」

 

 膝をつき、倒れ込むように両腕で地面を叩いた彼の姿は、私の知る超サイヤ人2のものになっていた。

 その目前に倒れていたはずの悟空さんがいない。どこにも──。

 こんな事ができるのは神の奴だけだ、というピッコロさんの声を、どうしてか思い出した。

 

「──…………その手を放せ、セル!!」

「……こいつは面白い。それが貴様の真の力とやらか」

 

 立ち(のぼ)る光の中、涙を消した彼が歩んでくるのに、セルは私を放り捨てて向き直った。 

 

「悟飯……!」

 

 とんでもない気の大きさに、誰かが声を発する。

 向かい合う二人に手を出す事はできず、お互いが雄叫びをあげてぶつかるのを、私はまた見ている事しかできなかった。

 

 

 

 

「だああ!」

「ぐぼ! ぬぐう!!」

「うっ!」

 

 セルの腹へ膝をめり込ませた悟飯ちゃんが頬を殴り抜かれる。

 その攻撃が同時に起こり、激しい風が吹き荒れて私の体を動かした。

 流れる髪に顔を伏せて目を閉じ、収まったらすぐに顔を上げる。

 そうして、倒れたまま悟飯ちゃんの戦いを見守っていた。

 

「は、ははっ! いいぞ! いいぞ孫悟飯! 予想通りのパワーだ!」

「ぐ、くっ……!」

 

 二人の実力は拮抗しているみたいだった。

 どころか、少しずつ、ほんの少しずつ悟飯ちゃんの気が上回り始めているように見えた。

 それは拳を交えているセル自身よくわかっているのだろう、見開いた目をそのままに汗を流し、両手を自身の胸へ扇ぐような動作を繰り返して攻撃を誘っている。

 

「もっとだ! もっと打ち込んで来い! 戦いを楽しもうではないか!!」

「……! う、ああああ!!!」

 

 擦り切れそうな叫び声と共に悟飯ちゃんの体から光が溢れ出す。

 きっとセルの言葉が怒りに触れたのだろう、だって、戦いを楽しむだなんて理解できない。悟空さんを殺しておいてそんな事を言うなんて許せない。倒れてるだけの私でさえ泣きそうなくらい怒りたくなるんだから、直接言葉をぶつけられた悟飯ちゃんの気持ちは計り知れない。

 一気にパワーが上がって、その勢いに押されて顔を庇うセルへ飛び込んだ悟飯ちゃんが頭を蹴り抜いた。

 

「ぐるぅあ!」

「!」

 

 伸ばした足を掴まれて振り回された悟飯ちゃんは、乱暴に投げられても身を翻しながら着地して片足で地面を擦った。斜めの姿勢からぐんと風を引き込む突進を仕掛ける。

 

「むぐん!」

 

 仰け反っていたセルは背筋だけで上体を戻し、かなり膝を曲げて腰を落とした姿勢で迎え撃った。

 ぶつかり合う二人の間に雷が迸り、お互いの拳をお互いが掴む姿勢でせめぎ合う。

 私が無敵の印象を持っていた超サイヤ人2の悟飯ちゃんの表情は険しく、セルも余裕などない、歯茎を剥き出しにした獣の表情で唸っている。

 何度もスパークが散って、焦げた臭いを広げる。

 

「ぎっ!」

「う!」

 

 受け止めていた拳がずれて相手の頬を打つ。それがほとんど同じに起こって、でも背を反らしただけの悟飯ちゃんに対し、セルは弾かれてしりもちをついた。

 実力の差が表れ始めている。きっと……このままいけば、悟飯ちゃんが勝つ。

 

「う、う……!」

 

 体中が痛むのに泣きそうになりながら、全身に力を籠めて立ち上がり、倒れ込むように一歩踏み出す。

 私も手伝わなきゃ。少しでもセルの気を逸らす事ができれば、きっと一気に片が付く。

 そうしなきゃ、そうしなきゃ、まずいよ!

 

「ぬ、ぎぎ……!!! こ、このガキ……!!!」

「はぁっ、はぁっ、……っ!!」

 

 蓄積するダメージに膝を震わせながら睨むセルに、息を荒げていた悟飯ちゃんは、それを飲み込んでキッと睨み返した。血煙の混ざった風が吹く。お互い多くの傷があって、セルの傷は緩やかに塞がりつつあるけど、再生が追いつかないくらいダメージを負っている。

 力の差はまだまだ広がると思う。でもその速度は速いとは言えない。だからきっとセルは追い詰められて……もしかしたら、自爆を手段の内に入れてしまうかもしれない。

 

 そうなったら、いくら悟飯ちゃんが強くなっても無意味になってしまう。

 瞬間移動が使える悟空さんは消えてしまった。ウィローちゃんも使えるけど、でも、そんなことさせたくないよ……。私が使えたなら、私がやるのに!

 

 ……だから、一気に決めないとまずいって思ったんだ。

 きっとセルは悟飯ちゃんに恐れを抱き始めている。「自分と同等くらいにはなる」と余裕ぶっていたのに超えられているんだから。だから、あんな顔をして、足を震わせているんだ。

 

「はーーッッ!!」

 

 片手を突き出して気功波を放ったセルは、着弾点から急速上昇で抜け出した悟飯ちゃんをキッと睨み上げて捉えると同時に額に指を当てて掻き消え、その背後に出現して殴りつけた。

 表情を歪めながらも振り返った悟飯ちゃんとセルが持てる力の全てをぶつけ合う。位置を変え、高度を変え、殴り合っている。それはもはや、凄まじい応酬としか言いようがなかった。とてもじゃないけど、私なんかが割り込める戦いじゃない……!

 

「ぎえ!」

 

 激しい攻防のところどころで悟飯ちゃんの攻撃がクリーンヒットしていく。

 顎を打ち上げられたセルが悪鬼の顔で殴り返し、捌かれ、攻防の末に上を取られて組んだ両手を叩きつけられ、落ち行く中で足を後ろにやって追い縋る悟飯ちゃんに反撃する。それさえ防がれて殴られ、地上に打ち落とされては、土煙の中で絶叫して空を振り仰ぐ。

 

「はああああ!! ぁああああ!!!」

「……!」

 

 バッと片手を突き出したセルが気功波を放ち、そのまま交互に両手を出して連続でエネルギー波を撃つ。一発一発が恐ろしい気を秘めているのに、悟飯ちゃんは構わず突っ切った。

 ガードに回した腕に光線が触れる瞬間に微かに前へ動かすだけで跳ね除けて、あっという間に接近していく。でもダメージがない訳じゃない。あっという間に衣服はボロボロになって、腕は火傷の斑模様で、傷を厭わないほど怒ってるんだってわかった。

 

「だぁあああ!!」

「ぐっはぁあ!!」

 

 斜め上空からのキックを腹に突き込まれて、直立したまま何メートルも後退したセルは、いよいよ耐え切れない痛みに腹を押さえて喘いでいる。開きっぱなしの口から唾液が垂れて地面を濡らす。血走った目の焦点が合う時には、目の前に悟飯ちゃんが立っていて。

 

「ぎっ!」

 

 セルが咄嗟に振った腕をくぐりぬけ、アッパーカットで吹き飛ばす。

 轟音が芯まで響き、きゅうっと肺が縮まって痛んだ。

 

「はーっ、はーっ、ば、バカな……!!」

「…………」

「バカな、こ、こんなことが……こ、こんなことが……!!」

 

 体勢を整えて着地したセルは、悟飯ちゃんを見るばかりで構えすらあやふやになっていた。

 怒った悟飯ちゃんのパワーが予想を遥かに超えていたためだろう。実際、物凄い気の波動は、こっちに向けられてないというのに怖いくらいだった。

 

「は……ははは!!」

「何がおかしい……」

 

 突然狂ったように笑いだすセルに、悟飯ちゃんが足を止める。

 ああっ、だめ! 止まらないで!! すぐに倒して……!!

 

「そんなに離れて良かったのかな?」

「……?」

 

 自爆する、と、そう思って注意を促そうとして、背中にかかる重圧に潰される。

 思わず閉じかけた視界からセルの姿が消えていた。けど、スパークが落ちてきたから、居場所はすぐにわかった。

 

「なっ!?」

「こ、こうなれば迂闊に手は出せまい……!」

「きさま……!!」

 

 踏み躙るように足を動かされて、圧迫された体の痛みに呻く。

 こいつ、私を人質に……!? うそでしょっ、わ、私、また足手纏いにっ……!?

 

「くっ!」

「おっと、動くなよ!? 迂闊な動きを見せれば、この女がどうなるかわからんぞ……!?」

「……!!」

 

 愕然とした表情を見せたのは一瞬。すぐに構えた悟飯ちゃんは、セルの脅し文句に動けなくなってしまった。

 

「私の、ことなんかっ、ぁっ!」

 

 考えるより先に気にしないで戦ってって言おうとして、かかる力が強まるのに息が詰まる。

 勝手に手が閉じて、体が震えて、鼓動の音がやけに大きく聞こえてくる。

 

「どれ……」

 

 紫色の細い光が飛ぶ。

 それが悟飯ちゃんの左腕を穿って、大きく弾いた。

 

「うっ、く……!」

「フフ……良い子だ……そのまま大人しくしていろ」

「悟飯!!」

 

 靴音に、セルの向きが変わるのを背中の足越しに感じた。

 ピッコロさんの気が一気に上がって、たぶん飛び出してきたんだと思う。見ていられなかったんだ。

 

「ごはぁっ!?」

 

 けど、無情にも撃ち抜かれて近づく事さえ許されなかった。

 

「そうら!」

「!」

 

 連続した爆発が半円を描くように巻き起こる。

 倒れていたトランクスも、その周りにいたみんなも巻き込んで、きっと邪魔ができないように……!

 

 倒れ伏すピッコロさんに、安否のわからないみんなに、悟飯ちゃんはギリギリと歯を噛みしめて、でも動こうとしない。

 それほど私が重しになってしまってるんだ。みんながやられてしまっても躊躇してしまうほどに……!

 

「だい、じょうぶっ! 大丈夫だよ、悟飯ちゃん!」

 

 見てらんない! 見てらんないよ!

 どうしてこんな……こんな事になるなら、もっと離れてるんだった!

 

「わた、しの事は気にしなくてっ、いいんだよ! もし、でも! ドラゴンボールで生き返れるからっ!」

「お、お姉さん……!」

「チッ、小うるさいガキめ」

 

 一度は持ち上がった足に踏みつけられて、でも、声を発さないように我慢する。

 ただでさえ悟飯ちゃんの心に負担をかけているのに、苦しむ姿なんか見せられない。

 ……こんな事も、言いたくなかった。だって、嘘だもん。

 

 メタルクウラと戦った時に、私は一度甦ってるから、今度死んだら生き返れる訳ない。

 でも悟飯ちゃんは知らないから……だから。

 ……私ごとでいい。セルをやっつけて。

 

「で、でもお姉さん!」

「……!」

 

 そんなことできっこないってうろたえる悟飯ちゃんに、笑顔の一つでも向けてあげたかったけど、あいにく苦しすぎて、表情を変えようとしたらどうしたってきつい顔になっちゃうから、うつむいて隠す。

 

 ほんとはやだよ。私ごと倒させるなんてさせたくない。

 それで勝っても悟飯ちゃんが嫌な思いをしてしまうから。

 でも、このままやられるんじゃ、それこそだめだよ。

 

「うぐっ! っ、く、くそぉ……!」

「ふん、良かったなナシコ。孫悟飯はお前のことが大好きなようだぞ?」

 

 足を撃ち抜かれて膝をつきそうになった悟飯ちゃんは、反対の足も撃たれて倒れ込み、両手をついた。

 それでも視線だけは落ちず、セルを睨みつけている。

 

「く、く、う……!!」

「……!!」

 

 腕も足も大怪我をして血を流しているのに、立ち上がった彼は、無事な手を握り締めて構えた。

 険しい表情をして、気を噴き上げている訳でもないのにまだパワーが上がっていくのがわかる。

 余裕を取り戻していたセルも怒りを肌で感じたのか、身動ぎするのが伝わってきた。

 

「っあ!?」

 

 その直後に、ドッと視界が揺れた。蹴り飛ばされたとわかったのは転がっている最中だった。

 

 四肢が投げ出されて、仰向けになって荒い呼吸を繰り返す。

 息をするたびに蹴られた脇腹が痛むのに、庇おうとしても腕はちっとも動かなかった。

 

「許さんぞ……この私を超えるなど……!!」

「なっ、く!」

 

 地面の振動で、セルが最大限力を解放したとわかった。

 激しいスパークの音が耳の奥で反響して、視界を染め上げる青い光に、何をしようとしているのか察してしまった。

 

「この技で……! すべてを闇にしてやる……!!」

「あ、ああ……!」

 

 終わった、と、誰かが呟くのが聞こえた。

 思い切り首を振りたかった。

 まだだよ! まだ……! きっと悟飯ちゃんが止めてくれるから! 撃ち負かしてくれるから!

 

 痛みに耐えながら、セルの取った手が悪手だと心の中で笑う。

 気功波同士の正面勝負なら、悟飯ちゃんがきっと勝つ!

 

 ……けど、セルのパワーがどんどん一点に集中していくのに、悟飯ちゃんの方に動きがないのに気づいてしまった。

 な、なんで……? なんで悟飯ちゃん、動かないの!?

 

「くそっ……!」

 

 それは……それも、私のせいだった。

 セルと悟飯ちゃんの間に私が倒れているから、悟飯ちゃんは躊躇してるんだ。

 セルのかめはめ波に対抗するにはその場で気功波を放つしかない。でもそうしたら、私を巻き込んでしまうから。

 そんなの気にしないくていいのに! ……なんて言っても、駄目、だよね……。

 

「うう、う………!」

 

 情けなくて涙が出てくる。

 どこまでお荷物になれば気が済むんだろう。

 どうして邪魔ばかりしてしまうんだろう。

 

 涙を流すだけで何もできない自分に、立ち上がれない自分に、握り締めた拳を地面にぶつける。

 もう少し時間があれば、立ち上がって、退くことができるまで回復できそうなのに、そんな時間の猶予はなくて。

 持ち上がった腕は、目を覆うことくらいにしか使えなかった。暗闇の中に過ぎるたくさんの後悔に、しゃくりあげて、それだけ。

 

 ……私、ばかだなぁ。

 もっとがんばってればよかったな……。

 未来の事を知ってるのに、どうしてこうなっちゃうんだろうな……。

 

「地球ごと消えて無くなれぃ!!」

「ぁ──」

 

 過剰なくらい気を溜めていたセルが、技を完成させてしまった。

 あとはもう放たれるだけ。今から悟飯ちゃんが私を諦めても、もう間に合わない。

 

 ……ごめんなさい。

 ああ、こんなことになってしまっても……謝る言葉が思い浮かばない。

 

 

「うおおおおおおっ!!!」

 

 

 もうどうしようもないから、諦めてしまっていたら……ぐんと引っ張られて誰かに抱き上げられた。

 激しく揺れる視界にびっくりして言葉を失ってしまう。

 

「はうっ!」

「んっ!」

 

 訳が分からないうちにがくんと体が揺れて投げ出され、肩をぶつけてしまうのに声が出た。

 腕をついて体を起こせば、すぐ傍に座り込んで、引っかけたらしい足を擦って大袈裟に痛がっているサタンがいた。

 

「あ……え?」

 

 ……わからない。

 どうしてサタンがいるのかさっぱりわからない。

 あ、ううん。彼をセルと戦うメンバーに入れたのは私だけど……そっか、いたんだっけ。

 

「し、しまった……つい体が動いてしまった……!! ど、どうしよう……!!」

 

 私の視線にはっとしたサタンは、俊敏に立ち上がったはいいものの泣きそうな顔をしていた。

 こういう戦いをトリックだなんだって言う印象のある彼だけど、目の前で繰り広げられる戦いを見て危機感を抱かなかった訳じゃないのだろう。きっと、セルを怖いって思っただろう。

 なのにどうやら、この人は私を助けに飛び込んできてくれたらしい。

 それが意外すぎて、全然頭がおっつかなかった。

 

「セ、セル! 何をビカビカやっとるんだ!! ここからはこのミスター・サタンが相手だ!!」

「……」

 

 腰を落とし、凄まじい気を腰に留めた両手に集めるセルは、強気な発言をするサタンをぽかんとした顔で見ていた。彼にも予想外の出来事だったのだろう。

 

「か……め……」

「ぬ!」

「は……め……!」

 

 私という障害がなくなれば、悟飯ちゃんに躊躇う理由なんかなくなる。

 前へ出した片手を後ろへ。その手の先に光球を生み出し、広げて、大きな気の球体に包まれる。

 あっという間にセルに対抗できるだけのパワーに達した悟飯ちゃんが、大きく腕を振りかぶった。

 

「波ぁああああ!!!」

「チィッ! くたばれぇー!!」

「あわ、あわわわわ!!」

 

 もはや壁と表現できそうな青白い光がぶつかり合い、せめぎ合う。

 世界を青に染める光にころころとサタンが転がっていってしまった。

 あんまりにコミカルだったから、なんだか体にあった痛みを忘れてしまった。

 かっこわるい…………けど、かっこよかったよ、ミスター・サタン……ありがとう!

 

「これで終わりだ……! 終わりにしてやる……!!」

「くう、う……!!」

 

 一見拮抗しているようだったかめはめ波は、徐々にセルが押し込んでいるみたいだった。

 傷を治してしまったセルと違って、悟飯ちゃんは腕にも足にも穴が空いた状態だ。力は入り辛いだろうし、片腕だけで支えるのは大変だ……!

 

「うぁあああ……!!」

「ふ、ふは、フハハハハ!」

 

 必死に頑張ってるけど、気の大きさで完全に負けている。

 このままじゃ遠からず押し切られてしまう。

 だったら……立ち上がらないと!

 せめて、支えるくらいはしてあげないと!

 

「みんなっ──……来てくれ……!!」

 

 巨大なかめはめ波を押し留めながら、悟飯ちゃんが声を絞り出して呼びかける。

 

「お父さんがあんなになってまで言ってくれたのに……! ボクはっ、ボクはまだ、全力を出せないでいるんだ……!」

 

 目をつぶって、叫ぶように大きな口を開けているのに、辛そうな声。

 気功波を支える腕が小刻みに震えている。少しずつ足が地面に沈んでいる。

 

「情けない……! ボク一人じゃセルは倒せない!」

 

 みんなの力を貸してくれっ……!!

 

 

 ……その呼びかけに応えられたのは、私だけみたいだった。

 ふらつきながら悟飯ちゃんの下まで辿り着く事ができた。纏った気が混じり合ってその体を支える事ができたし、片手を前へ伸ばして、ほんのちょっとの加勢もできた。

 

「……情けなくなんてないよ。悟飯ちゃんは、情けなくなんかない」

 

 喋るたびに喉が痛む。激しい風に吹きつけられて、目を開けているのも辛い。

 けど、出てきた声はわりと綺麗で、よく通っていて、ちょっとほっとした。

 

「私が、保証する!」

 

 今出せるだけの全力のかめはめ波を放ちながら、彼の背を支える手を伸ばして、垂れ下がる手に重ねる。

 いつかそうして励ましてくれたように、そっと指を絡めて握れば、人差し指の先っぽだけが私の指を握り返してくれた。

 

 力を合わせれば、ほんの僅かに押し返す事が出来た。

 でも、それ以上は無理だった。

 

 私も悟飯ちゃんも満身創痍だ。ううん、私を悟飯ちゃんと比べちゃ駄目だけど……正直、このまま気の放出を続けていればなんだか体が砕けちゃいそうだって恐怖感でいっぱいだった。

 いつ力尽きてしまうかわからない。でも、怖いなんて言ってられない。

 私にできるのは、ただただ体の中の全部を出せるように、全力の全開で気を放つだけ。

 

「はあっ!!」

 

 そうしているうちに、斜め後ろから黄色い光の線が伸びてきて私達の気功波の後押しをしだした。

 この気は、ピッコロさんだ。

 心なしか悟飯ちゃんが嬉しそうにした気がした。

 

 ……そうだよね。

 悟飯ちゃんの声に応えるのが、私一人なわけ、ない!

 

「だああ!!」

 

 雄叫びとともに放たれた紫色の光線が、援護してくれる。

 この気はベジータだ。彼でさえ、なんにも言わずに悟飯ちゃんに力を貸してくれた。

 

「くそったれめ!!」

「はぁあ!!」

 

 倒れていたラディッツとターレスも、気力を振り絞って加勢してくれた。

 

「ずぁあ!!」

 

 近くに下りたったウィローちゃんが、片腕を支えてエネルギー波を放つ。

 それよりもっと後ろから、ヤムチャ、天津飯の気功波も伸びてきて。

 その力が、みんなの気が、悟飯ちゃんのかめはめ波に合流して、そのたびに少しずつセルのかめはめ波を押し返していく。

 

 あと一歩。

 あと一歩があれば……!

 

「はい! もっと、もっと全力で……!!」

 

 声を張り上げる悟飯ちゃんに、私も、震える腕がそれ以上ぶれないようめいっぱい力を籠めて突き出し続ける。

 足が地面に沈む感覚。押されてる……のか、押してるのか……!

 

「わかり、ましたっ……!!」

 

 ぐ、と息を呑むように悟飯ちゃんが囁く。

 ほとんど頬がくっつく距離で聞こえたその言葉が、私に向けられたものじゃないとわかって……体中に熱が広がった。

 

 ああ、今。

 私達の後ろに、悟空さんがついてるんだ。

 

「セルーーッッ!!」

「!! と、トランクス!!!」

 

 光の向こう側で大きな気の発露があった。

 それはトランクスのもの。全力の一撃が揺らぎを生み出し、押し込んでくる気功波から一瞬抵抗が消えた。

 

『今だ!!』

「お父さんと作った力を……見せてやるっ!!」

 

 その隙を逃さず、静かに意気込む悟飯ちゃんが一気に腕を押しこんでいく。

 

「うわああああああ!!!!」

 

 爆発的に高まる力で地面が削れ、かめはめ波が激しく波立つ。

 

「し、しまっ──!!」

 

 セルがトランクスの攻撃に気を取られたのは、本当にほんの一瞬だった。

 けれどそれが命取りになった。たった一瞬で取り返しのつかないほどにかめはめ波は押し返された。

 

 熱が離れていく。

 押し込んで、押し込んでなお止まらずに力強く歩み始めた悟飯ちゃんが、セルを倒そうと向かっていく。

 

「ぎええええーーッッ……!」

 

 どんどん離れていってしまう悟飯ちゃんの背中に、そっと腕を下ろす。

 力が抜けて、そのままへたり込んでしまった。

 

 光の中に聞こえた断末魔が掠れて消えていく。

 セルは、その細胞の一片までを焼き尽くされて、この世から消え去った。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 地平線の果てへ光線が抜けていって、過剰な光が消えて、正常な視界を取り戻す。

 気を使い果たした悟飯ちゃんは黒髪になると同時に背中から倒れ込んで、大きく胸を上下させながら、笑顔を浮かべていた。

 

 汗ばんだ体で、体を揺らして酸素を取り込む。

 二の腕までずれた衣服を直すことも思い浮かばないまま、しばらくの間、そうして呼吸だけをしていた。

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 悟空さんという犠牲を払って、私達は平和を勝ち取ったのだ。

 

『さあ、願いを言え……』

 

 神様の神殿で、私達は傷を癒した。

 それから、悟空さんを蘇らせるため、戦いのために荒れてしまった地形を元に戻すため、神龍を呼び出した。

 

「それじゃあ、お願いします」

「うん」

 

 悟飯ちゃんに頼まれて、一歩前へ出る。

 願いを言うのが私とわかった神龍は、流れる体をそのままに顔を下ろした。

 

「私の心の中にある願いを読み取って、叶えてください」

『……それは容易い』

 

 真っ赤な双眸が妖しく光る。

 ……それだけでは何が起こったかはわからないけれど、これで荒れた地形や、もしかしたら周辺に住んでいて被害にあった人も元に戻ることができたと思う。

 ……悟空さんは、生き返らなかったけれど。

 

「やはり、駄目か……奴は一度甦っている」

 

 私のお願いなら叶えてくれるかなって思ったけれど、さすがに一度死んだ人をもう一度生き返らせるのは駄目だったみたいだ。

 

『ちょっといいか?』

「あ、お父さん……?」

 

 悟空さんの声が聞こえて、一度私を見た悟飯ちゃんが空へ視線を戻すのに、俯く。

 ……悟空さんは、このままあの世で楽しく過ごすって、そう言った。

 過去の強い武道家達と戦うのが今から楽しみだ、って。だから気に病むな、って。

 

『オラが死んだのはおめえのせいじゃねえさ。オラも楽しくやっから、おめえも楽しくやんだぞ、ナシコ』

「……は、はいっ」

 

 私に語り掛けてくれるとは思ってなくて、反応が遅れてしまった。

 どう考えても私が余計な事をしたせいなのに、気を使わせてしまうなんて……。

 

「お父さん……お父さんに代わって、これからは、地球の平和はボクが守ります」

『ん? 悟飯……勉強はどうすんだ。偉い学者さんになりたいんだろ?』

 

 突然そんな宣言をした悟飯ちゃんの方を、思わず見てしまった。

 空を見上げたままの彼の顔は、変わらず凛々しくて、ずっと年下の子供だなんて思えない。

 決意を秘めた瞳が……眩しかった。

 

「夢も叶えます。でも、これからも修行は続けます」

『……そうか。うん、それなら、オラもうかうかしてらんねぇな』

「……?」

 

 悟飯ちゃんは不思議そうな顔をしたけれど、私には、悟空さんの言ってることの意味はわかった。

 きっとたくさん修行して強くなった暁には、戻ってくるつもりなのだろう。7年後に、一日だけ……。

 

『そんじゃあな。バイバーイ!』

 

 死人とは思えない朗らかさで別れを告げる悟空さんに、気の抜けた雰囲気になってしまう。

 

 私がするべきは、その時の天下一武道会が最後まで正常に行えるような世界にしておくことだ。

 地球を守ると言った悟飯ちゃんを見て、改めて決意した。

 妥協とか限界とか、そういう言い訳や怠けるのはもうおしまい。

 全ての外敵を打ちのめせるようになろうって、そう決めた。

 

『もう一つ願いが残っているぞ。願いはまだか』

 

 痺れを切らしたように語り掛けてくる神龍に、今回の願いはもういいんだ、と言おうとして、はたと動きを止める。

 そういえば、18号がいない。……彼女もセルと一緒に死んでしまったんだ。

 何か足りないとは感じていたんだけど……そっか。

 

「あのさ、ちょっといいか?」

 

 クリリンの方を見れば、ちょうど私に声をかけてきた。

 内容は人造人間達の事だ。悪い奴らじゃなかったから、できれば、私さえよければ、生き返らせてやってくれないか、って。

 ……うん。それくらいなら。彼女達に悪い印象って、特にないし。……いや、色々身に着けてた21号はちょっと印象強めだったかな……。

 

『もう一度、心の願いを叶えればいいんだな?』

「はい」

 

 問いかけてくる神龍に頷いて、手を組んで、目をつむる。心の中でお願いを浮かべる。

 

 人造人間達を生き返らせてあげてください。

 えっと、そうだ。体の中にある爆弾は取り除いた形で……。

 

「……!?」

「ん、なんだ……?」

 

 神龍の双眸が光れば、願った通り、人造人間達がこの場に甦った。

 16号、17号、18号、21号。

 みんな戸惑ったように辺りを見回している。

 

「生き返らせた……? な、なぜあんたが、私達を……!?」

 

 状況の説明を求めらると、クリリンが代わりに話してくれた。

 私は今、あんまり喋りたい気分じゃないから助かる。でも、私が、じゃなくてクリリンのお願いで、ってくらいは言わせてもらうね。

 

 セルに吸収された事を思い出したのか、へたり込んでべそをかいている21号から視線を外して、神殿の方へ目を向ける。

 

「……。そんなの、決まってるさ」

 

 17号がわかった風に言うのを聞きながら、役目を終えたドラゴンボールの行方を眺めていたデンデが視線に気づいて寄ってくるのを見下ろす。

 どうかしましたか、と聞かれて、特に用はなかったから、首を振る。

 

「『それはほのかな恋の予感』……ってヤツだ」

 

 17号が口にしたのは、私達の曲の歌詞だった。

 なんでそこで出てくるのか不思議なんだけど……車の中とかで聞いてたんだろうか。

 

「はんっ、なんだいそりゃあ。……何赤くなってんだい」

「はは、いや……」

 

 図星のように照れるクリリンにつられてか、18号までちょっと赤くなっている。

 

「ふん、誰がそんな歌……私は別のクールなやつのほうが好きだね」

 

 照れ隠しか、誰も聞いてないのに好みを話す18号に好奇の視線が集まると、余計にあせあせと照れ始めた。

 そうしてみると、彼女も普通の女の子みたい。……生き返らせてあげられてよかったなって思えた。

 

「と、とにかく、感謝なんぞしてやんないからな! 行くよ17号!」

「おお、怖い。それじゃあオレは礼を言っとこうかな。感謝するよ……よし、16号、お前も来いよ。どうせアテなんてないんだろ?」

「……。孫悟空ももはや死んでいる。……そうさせてもらうとしよう」

「ぁのっ、あ、わた、私……ちょ、ちょっとー、ぁの……はい」

 

 早々に飛び立ってしまう18号を追って17号達も去っていく。

 やたら挙動不審な21号は私達と仲間とを何度も見返して、ウィローちゃんをじーーーーっと見て、とても名残惜しそうに、後ろ髪を引かれながら、未練がましく飛んで行った。

 

 ……賑やかな子達だったな。

 あれなら、平和に楽しくやれるだろう。

 

 私達も、少し言葉を交わした後にお開きになった。

 チチさんに悟空さんが亡くなった事を伝えなければならないけれど、私は用事があるから、ラディッツとウィローちゃんに行ってもらう事にした。……ターレスはやめてあげてね。

 ほんとは私も慰めてあげたいけど……お線香だってあげたいけど、やりたい事があるから。

 

「……それじゃあ、お姉さん」

「うん。ばいばい、悟飯ちゃん」

 

 みんなが次々と神殿から降りていく中で、手を振って挨拶をしてくれる悟飯ちゃんに、小さく手を振り返して応じる。

 こんなに近くで手を振り合うのって、なんかちょっとおかしいね。

 

「ナシコちゃんは、一緒に帰らないのかい」

「……」

 

 ここでの戦いが終わったからか、安心した顔で問いかけてくるトランクスを見上げる。

 お母さんに切ってもらったのだろう、短い髪の毛が、そよそよと風に揺れていた。

 ちょいちょい手招きをしてしゃがむように促す。

 

「……?」

 

 怪訝な顔をしつつも目線を合わせてくれた彼の顔を両手で挟めば、とても困惑した顔をされた。

 うん、まあ……特に意味はないからね。お疲れ様、未来でも頑張って、って感じかな。

 

「あの、な、ナシコちゃん……?」

「お話ししたいことがあるから、未来に帰るのはちょっとだけ待っててね」

「え? あ、ああ」

 

 離した手を腰の後ろで組む。

 トランクスはよくわからないって表情をして、それでも頷いてくれた。

 

「話とはなんだ。ここでは話せないのか?」

「まあ……ちょっと長くなっちゃうしね。腰を落ち着けて話したいから」

 

 ラディッツの疑問に答えつつ、ウィローちゃんと向き合う。

 彼女はなんだか不機嫌そうな目つきをしていた。どうしてそんな目で私を見るんだろう?

 ……わかんないや。

 

「ごめんね、先に帰っててね」

「……うむ」

 

 控えめに頷いた彼女と、悟飯ちゃん達は、ゆっくりとした足取りで神殿を後にした。

 

 しばらくは、彼女達が去った空をデンデやポポと一緒に見下ろしていて、それから……。

 ポーチから出したカプセルホンを起動させて、電話をかける。

 

「ん……、ぁ、お疲れ様、です……はい、ナシコです。あの、少しお休みを頂きたくて」

 

 相手はタニシさん。

 急な事だけど、直近に大きな仕事はないし、カバーできる範囲だからって、理由も聞かずに承諾してくれた。

 良かった……駄目だって言われたらどうしようかと思っちゃった。

 

 一度胸に抱いたカプホをポーチに戻して、今度は神様へ向き直る。

 こっちにも、お願いをしなくちゃ、だね。

 幸い、二つ返事で了承して貰えたから……。

 

 よし、頑張ろう。




TIPS
・セル(パーフェクト)
基礎戦闘力は3450万
超2化60倍で20億7000万

・悟飯(超サイヤ人2)
基礎戦闘力は2300万
超2化60倍で13億8000万
怒りによる倍率の上昇で、90倍で20億7000万

・消えた孫悟空
デンデがやってくれたらしい
前の神もやっていたが、どういう技なのだろうか

・界王様と界王星
生存ルート
封印が解かれないのでボージャック達は現れない

次回の更新は明日か明後日にでもできれば、と思います。


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幕開
第六十四話 偶像変生


切りが悪いけど投稿

次回更新は14日か15日


 

 

「どうか、よろしくお願いします」

 

 そう言って深く頭を下げたナシコに、デンデは慌ててしまった。

 地球の神となってまだ日が浅い彼にしてみれば、彼女はこの星のために戦った強大な戦士だ。恐縮してしまうのも無理はないだろう。年齢もよくわからないし……。

 

「は、はい。もちろん、構いません!」

「……良かったです」

 

 デンデが答えてからやや間を置いて、ようやく彼女は緩やかに顔を上げた。返事をしなければずっと頭を下げていたのだろうかと思ってしまうくらいに腰が低い。デンデの持つ彼女への印象とは違ってしまっていて戸惑いが大きくなるばかりだ。

 

 ナメック星で最長老に頼まれて自分を守っていた時は、もっと活気に満ちていたというか、言い方は悪いが子供っぽい元気さを原動力にしていたように思えた。今は……澄ましているのが自然体、とでも表せばいいだろうか。リアクションも、身振り手振りも最小限。いちいち大袈裟に動くナシコとは対極的だ。……やはりかなり参っているのだろうか。しかしデンデには、彼女が落ち込んでいるのか普段通りなのかはいまいちわからなかった。

 

 傷は全て癒えているから顔も体も綺麗なもの。白い衣服は少々傷んでいるが、彼女が着ているとファッションにも捉えられる。

 ぼんやりとした目に、憂いを帯びた瞳。

 

 神が慌ててしまった理由は、いつもとまったく雰囲気が違うから、だけではない。そもそも大人の姿と子供の姿とでは彼女の振る舞いは結構変わるのだが、ほんわかとしたとても緩い空気を纏っていたことは共通していたはず。外面ではなく内面の話だ。大人ぶって表情を引き締めている時でさえ和やかなのに、今はそれとわかるくらい冷たい。訳もなく責められているような気分になってしまって、居心地の悪さに身動ぎしてしまう。

 

 セルという強大な敵を倒した直後だから、ピリピリしているのだろうか。

 しかしそれならば、孫悟空の声によってみんな緊張を解きほぐされていたはず。父を亡くした孫悟飯でさえ笑顔を浮かべていたのだ。

 

 実際ナシコもその時は気が抜けて平常に戻っていたのだが……。

 ある一点。ただ一つの事実がナシコを再びこのようにしてしまった。

 

 それは、『孫悟空を殺したのはナシコである』という事実。

 

 間接的に、の話ではある。しかし"間接的"もいくつも重なれば、それは直接手を下したに等しい。

 セルへの対策が不十分であった。人造人間に絆されて、破壊せず見逃してセルの変身を許した。体調不良で作戦を乱した。足を引っ張り、思うまま戦わせなかった。迂闊に元気を集めて、それを利用された。

 

 何より罪深いのは、未来を知っていて怠惰に過ごしていた事だ。自分のために時間を使った。ちやほやされたいとか、愛されたいとか、ゆっくり過ごしていたいとか、そういう下らない自分の欲求を優先して、備えを疎かにした、その分だけしっぺ返しを食らった。

 

 いくら孫悟空本人が朗らかにしていようと、その事実が重くナシコの心にのしかかったのだ。

 地の底まで落ち込んで、しかし負の面ではなく正の面に振り切った。

 ナシコはこれまでの自分を顧みて、もう二度と失敗しないよう、徹底的に自分を鍛え直そうと決意した……。

 

 そのために精神と時の部屋の使用許可を取ったし、何日かかるかわからないために期限をぼかした休みを取った。

 

 ……ナシコは、あたかも全て自分が悪いように感じてしまっているが、それは違う。

 そもそも人間的欲求を抑えて献身的に未来へ人生を捧げるなど無理な話だ。

 身を削るにも限度がある。彼女にも自分の生活というものがある。

 

 ……それでも、結果として孫悟空は死んだ。孫悟飯は悲しみと怒りに苛まれてしまった。

 変えよう、防ごうと思っていたことを一つとして成し遂げられなかったのだから、自責の念に駆られるのも仕方がない。

 幸か不幸か、ナシコは自責の念には潰されなかった。生来の楽観的な性格に助けられたのかもしれない。未来を思うことができた。過去に囚われるばかりで終わらなかった。

 

 しかし、今の彼女に『誰かに頼る』という選択肢はない。

 未来を打ち明け、協力しようという考えが浮かばない。

 それは何も、至らなさから思い浮かばないのではなく、自分以外の誰にも未来を変えるため、救うための戦いに身をやつしてほしくないからだった。

 

 みんな未来を知れば快く力を貸してくれるだろう。そのために備えるだろうし、心構えをするだろう。

 その分だけ、普通に送れるはずだった生活は浸食され、時間が奪われてしまう……それがナシコには嫌だった。

 

 何もしないでいれば魔人ブウが現れるのは7年後だ。

 今その強敵の存在を打ち明けたとして、どれほどの心労をかけてしまうのだろうか。

 良い案が挙がって、たちまちに問題が解決する可能性は多分にあるものの……ナシコは、自分から言い出すのに躊躇いを覚えていた。

 変にそれぞれの認識が違って悪い未来になったりすれば、それは全部自分のせいになる。それを恐れて、何もかも勝手に一人でやろうとしてしまうのは、これは性格の問題だ。

 

 

「一人で入って平気なのか」

 

 表情も佇まいも変わらず何かを考えていたナシコにピッコロが声をかけた。

 神と融合したために、この神殿を勝手知ったる我が家と感じて住む事にしたらしい。腕を組み、仏頂面だが、声にはナシコへの心配が含まれているようだ。

 

「ええ、大丈夫です」

「そうか」

 

 言葉少なにやり取りをする二人。

 ピッコロは、ナシコの言葉を素直に受け取れなかった。

 

 前に彼女が精神と時の部屋に入った時はウィローと二人だった。扉を開け放ち、中を覗いたとたんにげーっと声を漏らすナシコがウィローに泣きつくのを、耳の良いピッコロは一言一句漏らさず聞いていた。

 一人で入れば一週間もたないだろうと言ったのはナシコだ。彼女の気質はとにかく人懐こく、他者に依存している。

 

 ……かつては何十年も山奥の家で一人過ごしていたナシコだが、人里に出て、アイドルなんて職業についてしまったせいか、いつからか誰かの傍にいないと落ち着かなくなってしまったらしい。

 自室に一人……くらいならまだ平気なのだ。その家に親しい誰かが一人でもいるなら。

 それが、誰もいないとなると心細くなって、見た目相応の情緒を持つようになってしまう。

 

 特に今は孫悟空の事で精神的にかなり疲弊している。こんな状態で他の一切を遮断してしまえば、それこそ発狂しかねない。

 それはなんとなくピッコロもデンデも、ポポさえもわかっていた。

 

 だが止める事はできない。普段より数段物腰柔らかでいるナシコが、その実剣呑なものを押し隠しているのを感じ取れてしまっているからだ。無理に引き留めれば乱暴に振り払ってでも勝手に入っていくだろう。

 デンデの許可を求めたのは神である彼への筋を通そうとしただけ。しかし「神が命ずる」と言ったとして聞かないだろうというのは明白。そういった鬼気迫るものを、今のナシコの穏やかな顔からは窺えたのだ。

 

「神様、すみませんがこれを……預かっていていただけませんか」

「え、あ、はい……」

 

 そっとカプセルホンを手渡されたデンデは、なぜ自分に預けられたのかを不思議がった。

 中に入れば外との通信ができなくなるので、この端末を持っていても仕方ないのはわかるのだが、仕舞うのなら腰に備えたポーチに入れておけばいいのではないだろうか。

 

「では、失礼します」

「あ、あの、お気をつけて……」

 

 特にその事への説明はせず扉の前へ立ったナシコが両手を揃えて一礼し、心配するデンデににっこりと微笑んでみせた。

 花のかんばせとはこのことだろうが、如何せん恐怖が勝る。見た目と雰囲気がちぐはぐだ。目も笑ってない。というか半分死んでいる。

 

「ふうっ……」

 

 ほんの少し扉を開け、隙間からするりと入っていく少女を見送って、静かに閉じられる音を聞き届けてからデンデは額の汗を拭った。

 張り詰めた空気を発していた人間がいなくなったため、ようやく空気が緩んだ。

 これで一安心とポポと顔を見合わせる。

 

「……?」

 

 ふっと一条の光が視界を過ぎる。

 直後に、扉が爆散した。溢れる光と降り注ぐ瓦礫の雨が、何が起こったのかを如実に語る。

 

「え、ええっ!?」

「あ、あの馬鹿、扉をぶっ壊しやがった……!」

 

 さしものピッコロもこれには驚きを禁じ得なかった。

 おそらくは、ナシコ自身、自分が孤独に参ってしまって逃げ出したくなることは予測していたのだろう。

 その対策として逃げ道を塞いだ。単純な思考回路だ。

 しかし、だ。あの空間への出入り口はこの扉しかないのを失念している。

 

「な、なんということを……これでもう、ナシコ、永遠に部屋から出られない……」

 

 汗を流しながら呟くポポ。

 もしや、もしやだが。

 悟空に続いてナシコまで帰らぬ人となってしまった事を伝えるのは、自分の役目になるのでは?

 それは、困る。とても困る。弱った……。

 

「ど、ど、どうしましょう!?」

「……ううむ。こんな事態は初めてだが……そうだな、これくらいの損壊具合ならば10日もあれば直せるだろう」

「とっ、10日もかかるんですか!?」

 

 前の神の知恵を頼ったデンデだが、返ってきた答えは絶望的だ。

 どうやら壊れた扉を直す事はそう難しくないらしい。だが問題なのはその期間だ。

 10日といえば大したことのない日数に思えるかもしれないが、精神と時の部屋と外の世界とでは流れる時間が違う。

 こっちでは10日でも向こうでは10年だ。それはあまりにも長い。

 

「そ、その前に死んでしまいますよっ!」

「ならばお前も死ぬ気で頑張るんだな。この建造物を直せるのは今の神であるお前だけだ」

「えええっ、そ、そうなんですか!?」

 

 そんなのは初耳だ。驚きもそこそこに俯いて困ってしまうデンデ。

 ドラゴンボールを作るのとはわけが違う。勝手のわからない設備を、果たしてちゃんと直せるのだろうか……?

 

 倒壊した施設の修復を目的に話し始めた三人は、そもそもの原因であるナシコの事にはあまり触れなかった。

 壊したことに怒ってもいなければ、出てきた後に説教しようとも考えない。

 デンデもピッコロも、ナシコの気持ちはなんとなくわかるからだ。

 

 力が及ばず何もできない無力感。歯痒く、悔しい思いをしたのはピッコロも、この神殿で戦いを見ていたデンデも一緒だった。

 ああも切羽詰まってしまうのもしょうがないだろうと共感すると、怒る気には到底なれなかったのだ……。

 

「とにかく、すぐに取り掛かりましょう!」

「ああ……」

 

 とはいえ、修業のために死んでしまっては元も子もない。

 二人はどうにかナシコを連れ戻すために奔走する事になった。

 

 

 

 

 この世界の脅威は必ず自分で払うと誓ったナシコは、塞ぎ込むように精神と時の部屋に踏み込んだ。

 ほとんど着の身着のままだ。ポーチに入っているのは多少の生活用品と神龍製の櫛くらい。

 外界へ続く扉へ手だけを向けて光弾を放ったナシコは、背後で起こる爆発に背を押されるように一歩を踏み出した。

 

 重々しい靴音がずっと遠くまで響く。

 

 息苦しさに、気持ち悪さに、目眩がする。

 

「けほっ……。ん……」

 

 メンタルが強いと言えないナシコは、閉鎖空間が出来上がったいう事実だけですでに泣きそうなくらい気落ちしている。それでも、これは必要な事だった。

 空間を割り次元を超える程の戦闘力が得られるまではここから出ない。そう決めたのだから。

 それはすなわち、超サイヤ人3相当の……いや、それを遥かに超える戦闘力を得なければならない事を示していた。

 

 ナシコが目指すのはもっと先だ。これから来るだろう未来の困難の数々を打ち払うには、もっともっと強くならなければならない。肉体的にも精神的にも。

 

「ふっ、ふっ、は……は、ふ」

 

 胸元の布を握り締め、環境からくる息苦しさ以上のものに汗を浮かべる。

 自分以外音を出すものがないこの世界に響く心音。それが耳鳴りを起こし、呼吸は浅く速く、頭にはもやがかかって、手足の先の感覚が鈍くなってくる。

 

 ……これだ。

 

 ただ一人になっただけだというのに、もう弱り切ってしまっている。

 だから駄目なのだと、ナシコは自分をなじった。

 

「……がんばらなくちゃ」

 

 言い聞かせるように呟く声もむなしい。

 数十年ぬるま湯に浸かっていたこの虚弱な精神を、まずは鍛える必要があった。

 そのためには、徹底的に他者との繋がりを絶つほかない。

 カプセルホンに保存された写真や動画があると逃げ道になってしまうから、それも外に置いてきた。

 他者の気質を真似ることも、声真似も、神龍への願いの中で一時的に封じてある。イマジナリーフレンドなどを作り出しては修行にならないためだ。

 

「はっ、はっ、はっ……」

 

 呼吸がままならない。自分の意思で止める事も緩めることもできず、表情筋の動かし方さえ忘れてしまったみたいに固まった顔で、ナシコはその場に蹲ってしまった。

 ひたすらに背中が冷たい。静寂が怖い。あれほどあった決意が萎れて、どうしてこんなことをしてしまったのかという後悔が膨れ上がる。

 

「がんばって……がんばって……みんなのためだから、みんなのために、みんなのためにがんばろ? がんばろ、ナシコ、大丈夫だから……」

 

 喘ぐように、弾む言葉で不安を和らげる。優しく、甘く、好きな声で慰められてほんの少し安定した心は、何もない空間に響く声への言い知れない恐怖で圧壊した。

 

 

 

 

 ナシコが精神と時の部屋に入ってから二日経った。

 ……内部では、二年の時が経っている。

 設備の復旧は順調だ。デンデに才能があるのもあって、当初10日と予測されていた修復作業も8日まで短縮されそうなほど……だが、それでも長い。

 

 

 一面の白世界。

 面積を地球と同じくするこの空間の、その白さの中にナシコの姿はなかった。

 涼し気な白い衣服が空間に溶け込んでいる訳でもなければ、気を無にして存在を隠している訳でもない。

 この場所に、ナシコはいなくなっていた。

 

 唯一の生活空間である出入り口付近。

 食糧が積まれた棚が少し荒れている。低い段の瓶が落ちて割れ、中身を零していた。

 台所の方では、シンクの前にいくつか食器類が散らばっていた。使用した形跡はないが、乱雑に落ちている。

 それが仕舞ってあったのだろう棚の中に、ナシコは小さな体を押し込めていた。

 

 木板に背を預け、身を丸めて頭を抱えている。手には乾いた血がべったりと付着していて、衣服や足元には頭髪が散乱していた。

 カリカリと頭皮を掻く音がこもる。カチカチと歯のぶつかる音がする。

 

 うつろな瞳が映す光は無く、もう歌もうたえない。

 自分で思っていた以上にこの境遇が堪えたのだろう……ナシコは精神崩壊を起こしていた。

 

 ──この二年間は、自責の念と寂寥感と孤独との戦いだった。

 何もかもの責任を自分に求めて、どうしようもなく追い詰められた。

 慰めてくれる誰かはおらず、心の弱さと向き合うことができずに、壊れてしまった。

 

 人一倍他人との触れ合いを必要とする彼女が、こんな場所で一人きりでいて正気でいられるわけがない。

 

 気を感じられるようになってからは離れていても親しい者の気配を感じられていた。そんなときでさえ視界に入っていなければ不安に苛まれるほどだったのだ。

 一切の気を感じ取れないこの場所で、正真正銘のひとりぼっちになってしまって……耐えられなかった。

 

 精神や肉体の脆弱さを鍛えるどころの話ではない。不変の体が辛うじて彼女を生かしているだけで、これでは植物人間と変わらなかった。

 ……禅や精神の統一。そういったものを、ナシコは苦手にしていた。おおらかで細かい事が苦手であるのに、一切を無視して挑んでしまった結果がこれだ。

 

 ナシコが取るべき手段は誰かに師事することだったのかもしれない。

 これまで教え導かれた経験はないのにここまで強くなれているのだから、そうしていれば真っ当に成長できたことだろう。

 だがそうはならなかった。勝手に追い詰められて、勝手に自滅してしまった。

 

 こうなってしまっては、扉の修復が完了し外に出られたとしても、元の生活に戻るのは難しいかもしれない……。

 

 

◆ 

 

 

 それからもう二年余りを、ナシコはキッチンの棚の中で過ごした。

 

「……」

 

 暗闇の中で翡翠の光がまたたく。

 ふと……眠りから覚めるように、理性の灯りを取り戻したナシコは、もぞもぞと棚から這い出た。

 錆びきった体をギシギシと動かして、ふらつきながらバスルームへ向かっていく。

 ……何がきっかけだったのかはわからないが、どうやらナシコは帰ってこれたようであった。

 

 一度生気を宿した瞳は再び虚無を映しているが、動き始めたなら問題はないだろう。

 ようやく孤独に慣れ始めて、修業の土台が出来上がった。あとはひたすらに限界まで鍛え上げるだけだ。

 何年かかるかは……神のみぞ知る。

 

 

 

 

「わ」

 

 扉の修復作業に当たっていたデンデは、懐で震えるカプセルホンを押さえ、取り出した。

 ナシコから預かったこの端末は、彼女が精神と時の部屋に入ってから一日経つとブルブル震え、二日経つとひっきりなしにメロディが流れ、三日もすると常に振動するようになった。

 

 あれから七日。急ピッチで進められた復旧はさらに予定を早めて、もうほとんど直っていた。

 あとは向こうの空間と繋げれば完成といった段階だ。

 

 画面を見下ろしながら両手で持ったデンデは、慣れた手つきで送られてきたメールに返信した。

 触れた事のなかった端末であり、かつ他人のものだったが、返事をしない訳にはいかないだろうという事でこうして弄っているうちにすっかり慣れてしまった。もちろん大切な領域には触れないようにしている。覚束ない操作でよくわからない自撮りの数々を見てしまったり、ポエムじみた書きかけの日記なんかも決して記憶に残してない。

 

「よし、っと」

 

 内容は、まだ修復は完了しないのかというウィローからの確認だった。

 事務的な文面からは感情は窺えないが、初日から二日目あたりまでのメールの内容はそれはもう怒りに満ちたものであった。事情も話さず姿を消したナシコに大層ご立腹らしく、代わりにそれを浴びなければならないデンデは、ちょっと携帯というものを嫌いになった。

 友人知人らしき者への対応も大変だったし、溜め息を吐かずにはいられない。

 

「あれ? なんだろう、これ」

 

 世間に揉まれた新社会人のような顔色のデンデの前に、ひらりと羽根が落ちてきた。

 真っ白なそれは、追って視界を動かすと消えていた。

 ……こんな高所に鳥は来ないと思うのだが、今のはいったい……?

 

「……む」

 

 上空にて座禅を組んでいたピッコロが、数時間ぶりに動きをみせた。

 ぴくりと僅かに顔を上げるだけだったが、予感が現実のものとわかると振り返り、神殿へと降りてきた。

 

「デンデ、離れていろ」

「え……わ!?」

 

 不可解な助言に疑問を持つよりはやく、何もない空間からぶわっと羽根が噴き出した。

 それは空間に亀裂を走らせ、まるでガラスでも割るかのように広がっていく。

 剥がれ落ちた空間の向こうに真っ白な世界を覗き見て、ピッコロはまさかと目を見開いた。

 

「うわ!」

 

 甲高い音をたてて世界が砕ける。

 それは、錯覚だったのだろうか。飛び散る透明の断片に思わず顔を庇ったデンデが、おそるおそる腕を下ろした時には、亀裂や罅なんていうものはどこにもなく、いつもの神殿の光景が広がっていた。

 ただ一点、そこに大人の姿のナシコが立っているという以外は……。

 

 はらはらと雪のように舞い落ちる羽根の中に立つナシコは、ずいぶん雰囲気が変わっていた。

 入る前に纏っていた衣服は薄布の、純白のドレスに代わっている。さながら婚姻の際に着るようなウェディングドレスか。

 黒髪を包み横へ流しているベールが神秘的で、ぼんやりとした瞳や、その気の質など気にならないほどであった。

 

「……お久しぶりです」

「えっ、は、はい、お久しぶり……あれっ?」

 

 落ち着いた声で挨拶をされて思わず普通に返してしまったデンデは、まだ完全に直っていない扉とナシコとを見比べた。どうやって外に……? まだ扉は使えないはずなのに……。

 

「ずいぶん長い間使わせていただいてしまって……すみません」

「いえ、それはその、構いませんが……」

「おい、その姿はなんだ。どうなっている」

 

 どこか超常的なものを感じさせるナシコに気後れしてしまうデンデに代わって、ピッコロが問いかける。

 7年も籠って修行していたのだ、恐ろしいパワーアップを遂げているのだろうと予測していたが、どうも気が測れない。消しているのか、だとしたらその変身が不可解だった。

 

「どうにか、安定して変身できるようになった姿です。……気は、感じられますか?」

「いや……」

「……そうですか」

 

 そっと髪を押さえたナシコが「それならよかった」と呟く。指先から二の腕の半ばまでを覆うウェディンググローブに、足を包むシューズ。ところどころに花の意匠が施されていて、派手ではないが洗練された装いはステージ衣装のようでもあった。もちろん中にそういった衣装を作る材料がない以上、これが彼女の変身であることは明白。

 

「どういう事か説明しろ」

 

 勝手に納得するナシコに催促するピッコロ。

 聞きたい事は山ほどあるのだ。気質を始めとして、どれほど強くなったのか、そもそもなぜ強くなったのか、どうやってあの空間から脱してきたのか。

 

「……」

 

 窺うように瞳を向けられて、ピッコロは口を噤んだ。

 やはり何か違う。これまでのナシコとは一線を画している……。

 前までのナシコには、気圧されるような気迫は無かったし、そういうタイプでもなかった。

 まるきり生まれ変わってしまったみたいだ……。

 

「神の域に至ると、その者の気は内面に秘められ、澄んだ気配のみを纏うようになるらしいです」

「……神の域、だと?」

「ええ。普遍的な神ではなく、界王神よりも上の段階……なのだとか」

 

 デンデを見下ろすピッコロの疑問を見越して説明され、界王神よりも上だと、と内心驚愕してしまう。話に聞いた事がある、四つの銀河を統べる界王を纏める大界王の、その神……そんな存在より先へと至ってしまったというのか。

 

「前に元気玉を作った際に、そんな神様も応えて気を送ってくれたんだと思います。神の気を取り込んだ影響か……これと似た姿になること自体は前にできていたのですが、安定しなくて」

「慣らすために修行を積んでいた訳か」

「はい。目的は遂げました。お騒がせしてすみません」

 

 目礼する彼女に、そういえば、とデンデはカプセルホンを返した。

 手渡された端末を見下ろす目の色が昏い。

 

「ウィローさん、カンカンになってましたよ」

 

 一応のこと、デンデはメールを通じてやり取りしていた内容を伝えた。

 ほんの少し、ナシコの表情は陰った気がする。常ならば嫌な顔をするとかリアクションがあるものなのだが、本当に静かなものだ。落ち着いた大人の女性そのもの……いや、見た目なら前からそうだが、中身も相応に成長したようである。一人で過ごすことが精神的な成長を促したのだろうか。

 

「ありがとうございます、神様。それから、ピッコロさん。相談があるのですが」

「なんだ」

「究極……中の星が黒いドラゴンボールはご存知ですか?」

 

 ぴく、と瞼を動かすピッコロ。それは融合した神の記憶にある、最初のドラゴンボールの事か。

 まだ善と悪にわかれていなかった頃に作り出した強力な物だ。知っているが、なぜ今それを口にしたのか……。

 未来を知る事のできる彼女が話題に上げたのなら、おそらく何かしら意味があるのだろう。

 

「危険なものなので、破壊するか作り変えてしまうかしてほしいんです」

「……なるほど、そういう事情か。あいにくだが今のオレにドラゴンボールを変化させるような力はない。もちろん作る事もな。まあ、こちらで処分しておこう。ドラゴンボールは二つも必要無い」

「ありがとうございます」

 

 感謝の言葉を述べるナシコは、ほっとしてるようにも、はたまたなんの感情も動いていないようにも見えた。

 物静かで不気味だ。人と接するための猫を被っている訳でもない、自然体の物腰。話しやすくはあるがやり辛いとピッコロは感じていた。

 

「一応聞くが、あれが何を引き起こすというんだ」

「いえ……そのもの自体はそこまで大きな影響は……ああ、そうだ」

 

 究極のドラゴンボールを使用した星を1年後に破壊するという効果以外に挙げるようなものはない。

 話の流れでドラゴンボールに貯まる邪気について思い出したナシコは、それを取り除くことができないかをデンデに相談した。

 

「じゃ、邪悪龍、ですか……そんな恐ろしいものが……」

 

 願いを叶えるたびに貯まるマイナスエネルギーが限界を超えれば、たちまちに強大な敵を生み出してしまうだろう。100年の間使用されなければ自然に浄化されるらしいが、現代の使用頻度を考えると……遠くない未来に相対する事になるだろう。

 さらに、神の気が存在する世界であるなら一個が惑星級の大きさの超ドラゴンボールも存在することになる。

 そんなものからまで邪悪龍が生まれれば、どうなるかわかったものではない。

 

「わかりました。何かできる事がないか探してみます」

「ありがとうございます」

 

 確実ではないが、未来の懸念を一つ消せて、ナシコは安堵しているようだ。

 それから、おずおずと申し出た。

 

「あの。お水を頂けませんか。お腹が空いてしまって」

「ええ、もちろんいいですよ。すぐ持ってきますね!」

 

 やや眉尻を下げてお腹に手を当てる彼女に、ようやく普通の彼女を見つける事が出来て喜色を浮かべたデンデは、神だというのに甲斐甲斐しく世話を焼こうと走り出そうとした体勢で止まった。

 

「お腹が空いたなら、食事くらいはご用意できますが……?」

 

 生理的欲求があることに安心して聞き逃してしまったが、空腹で水を求めるのは何か変だなと思いつつも提案すれば、ナシコは控えめに首を振った。

 

「心遣いは嬉しいのですが、どうにも食欲がなくて……」

「そういえば随分やつれているな。中でちゃんと食事はとっていたのか」

「ええ、はい」

 

 9歳か19歳の容姿を保つ彼女だが、ある程度肉付きは変わる。それが今は下限まで痩せているのを見て取ったピッコロが食事事情を聞けば、頷いて返された。

 それが嘘であるとはすぐにわかった。……見た目の上ではまったくわからないが、心を読み取ろうと探れば簡単に見破れた。

 どうにも中にいる間、彼女は水しか口にしていなかったようだ。ナメック星人でもあるまいに、人間がそんなことをしてよく死なないでいられたものだ。

 

「ま、オレが口出しする事ではないが……すぐにまともな食事を取ろうとはするなよ」

「……」

 

 それまで栄養を取っていなかった体に一気に詰め込んでしまうと、体が耐え切れず死んでしまうことがある。それは普通の人間であるならの話で、ナシコが普通かは怪しいが、いちおう彼女は純地球人だ。そこら辺の機能は普通の人間と変わらないだろうと思い忠告したピッコロに、ナシコは少々ばつの悪そうな顔をした。

 

 それよりも気になるのは、彼女の中では中に入っていた期間が3年ほど、となっている事だ。時間の感覚が狂っているにしてはズレが大きい。

 だが、身内が怒っていると聞いて大して焦らずにいた理由はわかった。

 

「お前がその部屋に入ってから7日間経っている。意味はわかるな?」

「え……7日……? そう、なんですか?」

 

 意地の悪い表情を浮かべるピッコロに教えられて、ようやくナシコの表情は大きく変わり始めた。

 自分の認識との違いに困惑しているようだ。それもそのはず、精神崩壊していた時間はナシコの記憶に残っていない。だから、立ち直った後の3年間のみが彼女の中で経過した時間なのだ。

 

「……帰り辛い、です」

「それなら、こちらから連絡を入れますから、少し時間を置きましょう!」

「ありがとうございます、神様」

 

 家で待つ鬼の顔を思い浮かべたのだろう、目を伏せて弱った様子の彼女に、デンデは神らしく慈悲を与えてあげた。

 

 

 

 

「それじゃあやはり、あの時悟空さんを移動させたのは神様だったんですね」

「はい。あの戦いはボクも見ていましたから……ボクだけでなく界王様も見ていらっしゃったようで、そちらから通信もあり、閻魔様の下で肉体を与えられた孫悟空さんはすぐに界王様のもとへ……」

 

 神殿の奥。テーブルを囲んで、ナシコとデンデは話をしていた。

 内容は、あの時悟空が界王の元にいた理由から、ナシコが中でどんな修行をしていたかなどだ。

 

 7年──ナシコの中では3年──みっちりと修行を積んだナシコだが、実のところ、そこまで劇的に力を上げられなかった。基礎戦闘力が倍以上になったが、期間を考えると凄まじいアップとは言い難い。

 最初の1年でナシコの力は限界に達してしまった。これが"今現在の限界"なのか、"完全な限界"なのかはわからないが、未来の脅威を実感していても止まってしまう成長に相当歯痒い思いをしたようだ。

 

 身勝手の極意を発揮できるように努め、完全なるプレゼンターに至った。

 ナシコは神の気を纏うこの状態を"ブランシュ"と名付けた。ロゼを意識したルージュが赤を意味するフランス語なので、純白な姿のこれを同じくフランス語で白を意味するブランシュとしたのだ。

 ちなみにウェディングドレス風味の衣装は意識して作り出している訳ではなく、勝手に生成されているらしいのだが、これは彼女の潜在意識にある神聖なもの、綺麗なものをそのまま出力した結果なのだろう。

 

「それでは、失礼します」

「ナシコさん、お元気で!」

 

 数時間ほど置いて、ナシコは神殿を後にした。

 地表付近まで下りて自宅へ向けて飛ぶ中で、空の彼方に顔を向ける。

 孫家へ赴いてチチと話をしたかったし、悟飯とも話をしたい。

 しかしやはり、まだ優先すべきことがある。それが終わるまでは気を緩める事ができない。

 

「あら。どこの式場から迷い込んできた方でしょう?」

 

 変身を解いていない事もあり、さほど時間をかけずに帰宅したナシコを待っていたのは、ウィローではなくカラーシスターズのNo.4、ミドリだった。

 

「ただいま……ウィローちゃんは……」

「おりませんよ。お仕事です」

 

 つんとして語られた事に、ナシコは「そっか」とだけ呟いた。

 お小言を覚悟していたものの、本人が不在ならば、先に用事を済ませてしまおう。

 

「アオちゃん、どこにいるかわかる?」

「はぁ、ええ。あの子に用があるのでしたら、お呼びしますよ」

 

 姉妹間で通信が行えるため、ナシコが探しに行くより呼び出した方が早い。

 どこか不思議な雰囲気のナシコを窺いながら体内通信を行ったミドリは、ナシコの帰りを確認するという用事が済んだためか、退室していった。含み笑いのようなものを零していたのは、怒れるウィローにナシコが泣かされるのを楽しみにしているためだろう。

 

「お待たせして悪いね」

 

 座る事もなくアオの到着を待っていたナシコは、ぬっと入って来たパラガスに、ああ、そういえばいたなこういう人、とぼんやり思った。

 アオが監視についている人だから、彼女を呼べば当然彼もついてくる。

 その後ろに隠れるように小さなメイドがいるのを認めたナシコは、さらにトランクスが続いてくるのに、言葉にならない疑問を浮かべた。




TIPS
・ナシコ
修行を頑張り、身勝手の極意やプレゼンター改めブレンシュをものにした
魔人ブウや、邪悪龍もしくはザマスや他の宇宙の戦士といった脅威を知っているにも関わらず平和の時分に修行しても伸びなかったZ戦士のように成長が止まってしまった自分に強い失望を抱いている
清らかな純白のドレスは気で作られた頑丈なもの。これでもう戦いの最中に肌を晒す羽目にはならない……はずだ

基礎戦闘力は3200万
スパークリング40倍で12億8000万
ブランシュの倍率は90倍。3200万×90で28億8000万
現時点では破格の戦闘力だが……


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サイヤ人絶滅計画 / 銀河ギリギリ!!ぶっちぎりの凄い奴
第六十五話 非情の花嫁


明日って今さ


 トランクスがリビングの灯りを付けると、パラガスはのっそりとした動きでテーブルに赴き、アオに椅子を引かせて腰を下ろした。杖が必要な老人のような緩慢な動作だが、むっつりとした顔はどこか尊大で、ナシコを見上げて「座らないのかね」とでも言うように顎をしゃくるのは家主のような振る舞いだ。ナシコが不在の間にすっかりこの家に馴染んだようだった。

 

「……」

「ありがとう、アオちゃん」

 

 その隣に座ったトランクスは、紅茶を淹れるアオに礼を言った。あいにく視線は噛み合わなかい。鋼鉄の乙女はその名の通り心を固く閉ざしているのだろうか。むっつりと口を噤むアオはまだ座っていないナシコの分まで紅茶を用意すると、一礼して壁際まで下がった。

 

「えっ……と。どうしたんだい、その格好……?」

 

 一度カップに口をつけたきりテーブルに視線を落として喋らないパラガスに、突っ立ったままのナシコ。話を切り出す者がおらず、代わりに少し気まずそうにするトランクスが問いかけた。

 どこかの民族衣装だろうか、純白なのに蠱惑的な印象を受ける衣服は、どう見ても普段着ではない。これからパーティにでも出かけるのか。諸々の疑問が含まれた問いかけに、ナシコは答えなかった。

 代わりに待たせていた事を詫びる。

 

「……ごめんなさい。こんなに時間がかかってしまって……」

「あ、いや……大丈夫だよ。オレの時代に早く戻りたいのは確かだけど、何か大事な話があるんだろ?」

「ええ。とても大事な……」

 

 言いながら、ようやくナシコも椅子を引いて腰を下ろした。

 暗い瞳と正面から向き合うことになったトランクスが何かを言いたげにするのに先んじて、ナシコは「家には戻ってないの」と聞いた。あまり心の内に触れられたくないようだ。

 年頃の少女の気難しさは正しくトランクスに伝わって……やつれているように見えるし、あまり体調もよくなさそうだから心配なのだが、とりあえずはそこには触れないことにした。

 

「うん。この家で過ごしてたよ」

「……そう、なの」

「未来に母さんを待たせてるから、こっちの母さんと過ごすのも……その」

 

 言い辛そうに口ごもるトランクス。

 ナシコとしては、せめて待たせてしまっている間は家族との時間を過ごしてもらえれば、と考えていた。

 それは少しばかり軽率な考えだったかもしれない。彼としてはいち早く未来に戻り、母の安否を確かめたいだろうし、人造人間を倒して平和を取り戻したいだろう。

 

 こちらで日数が進む分だけ未来の時間も進んでいく。もたもたしていれば被害は広がるばかりだからだ。なのにのうのうとこの時代のブルマやベジータと穏やかに過ごすのは無理があった。

 それでも待っていたのはナシコを信頼してのこと。神殿で見せたナシコの真剣な表情に、未来に何かが起こるのだと察したからこそ、こうして何日も待った。

 

 きゅ、と膝元の服を握ったナシコは、自分の至らなさを痛感した。

 限界まで鍛えあげるのに3年もかかったから、その分無為に時間を浪費させてしまった。伝えなければならない事があったとはいえ、それが辛くてたまらない。だって、伝えるだけなら神殿に入る前にできたはずだ。気が急いて、もうどうしようもないほど自分を追い詰めなければならなくて……その気持ちを建前に、自分の都合を優先してしまった。

 

 過剰な自責の念を抱く内心とは裏腹に、表情は凪いでいる海のように静かで、しかし正面にいるトランクスには、些細な影もよく見えたのだろう。なおも心配そうな目をしている。

 

「でも、大丈夫さ。パラガスさんに色々話も聞けたしね」

「パラガス、さんに……?」

 

 親しげな身振りで言うトランクス。

 この家で共に過ごしていた二人は、ラディッツやターレスは家をあける事が多く、ウィローは研究所にいる事が多いので必然的にほとんど二人きりの暮らしをしていた。

 というのもシスターズは二人が一緒に食卓につかなければ食事を用意しなかったし、本を読んで時間を潰すトランクスと図書館の住人となっているパラガスの遭遇頻度は高かったので、徐々に会話が増えていった形だ。

 

 その中で、未来にも現れるかもしれないブロリーの弱点や秘密を聞けたことはトランクスにとって大きな収穫だっただろう。

 「これはもう私には必要のないものだ」、と制御装置も譲り受けることができた。これをブルマに解析させれば、万一未来の地球に伝説の超サイヤ人がやってきても、無傷で撃退できる確率がぐんと上がった。

 

「……その、未来に関してなのだけど」

 

 明るい顔で話すトランクスとは対照的に、ナシコの影は増すばかり。

 もっと多くの脅威がある事を伝えなければならない。……話さなければならない。

 それでも……ピッコロやデンデに対してもそうであったが、どうしても必要な事は伝えなければ。自分の心の痛みを気にして最低限の備えを怠れば訪れるのは破滅だけだ。

 

 セルが倒されて平和になったはずなのに、ナシコの心にはずっと暗雲が立ち込めている。

 未来への不安が尽きない。新たに得た力が、本当に超サイヤ人3を超える程なのか? これで魔人ブウやヒルデガーンに太刀打ちできるのか……?

 

 わからない。

 わからないのは、怖い。

 

 何より、親しい人や慕ってくれるファンの子達が不幸になるのが耐えられない。自分だけが傷つくなら、こんなに恐れることはないのに。

 

「君の未来を見る力は、こことは違う未来をも見る事ができるのかね」

「ええ」

 

 要領悪く話そうとするナシコに区切りをいれるように、パラガスが口を開く。

 

 どれから話せばいいのか。説明が得意ではないナシコは、察したアオがコルクボードからメモ用紙を破ってきてくれたのと、ポケットに差し込まれていたペンを借してくれたので、一つずつ纏めていくことにした。

 時間に沿って伝えていくならば、いずれかの界王が死んだ場合に現れるボージャックのことから話すべきか……これは、あまり地球と関りはない気がするが……。

 なにせ劇場版でもなぜ大天下一武道会に現れたのかもわからないのだ。たとえ復活したとして、わざわざ辺境の惑星と称される地球に来るのだろうか?

 

 魔人ブウの事も伝えなければならない。魔導士ビビディによって作り出された怪物。その封印された珠が地球にあり、この時代では7年後……トランクスがやって来た未来ではいつになるかはわからないが、その息子バビディがやってきて復活のためのエネルギーを集めようとすること、暗黒魔界の王を従え、その力は完全体のセルを大きく上回っていること。 

 

 気を付けるべきは、魔人ブウの吸収能力だ。どれほど強くとも取り込まれてしまっては元も子もない。

 現代においても、ナシコの懸念はそれだ。

 修行して強くなったはいいが、もし吸収されてしまえば……。そうでなくとも、ナシコは自分がバビディに洗脳されてしまわないかが不安だった。

 

 あの魔術は人の持つ悪心を増大させて操るものだが、自分に悪い心が欠片もないなどとは言えない。

 真っ当な善人であると、ナシコは胸を張る事ができなかった。

 

 ドラゴンボールを用いた回避策を考えてもみたが、地球さえ良ければそれでいいのかと自問してしまい、いずれも断念した。バビディをブラックホールにでも転移させるとか、魔人ブウの珠を宇宙の隅っこにでも放逐するとか……。

 だがやはり目の前で完全に倒しきってしまわなければ何かの拍子に地球に現れて暴れ回られてしまいそうで不安になった。だから力をつける事に専念して、それでも不安の種は尽きない。

 

「そんな奴、いったいどうすれば……」

 

 話を聞くにつれ、明るくなるはずだった未来に立ちはだかる困難の数々にトランクスの眉間に皺が寄っていく。深く刻まれたそれは苦労の表れだ。──生まれてからこれまでの18年、厳しい環境に身を置いてきて、まだ戦いが続くと知って、しかし彼の目から光が失われる事はない。今口にした言葉も、どうすれば倒せるのかを模索しているだけで、決して諦めはしていなかった。

 

 その表情に、ナシコは眩しそうに目を細めた。

 やはりみんな、違う。

 根本的なところで一般人の域を出ないナシコとは芯の強さが違いすぎる……そう実感して、それがとても……羨ましかった。

 

「同時期に現れる界王神様と協力すればいいと思う」

「界王神、様……?」

 

 ナシコの助言したかったことは、魔人復活を阻止するために現れる若い界王神を通じてゼットソードに封じられた老界王神の助けを借りる事だ。

 潜在能力の解放さえできれば多くの相手が敵ではなくなるはずだ。

 破壊神の協力も得られれば万全なのだが、事情を説明したところで動いてくれるかは怪しい。

 

「より先の未来……あなたの未来に、ゴクウブラックと呼ばれる悪人が現れる」

「悟空……ブラック?」

「目的は人類の絶滅。その正体は、別の宇宙の界王神ザマス」

「な、絶滅……!?」

「さらにその仲間にもう一人ザマスがいて、そちらは不死身で」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 必死に話の内容を咀嚼しようと前髪を掻き上げるトランクスに止められて、ナシコは走らせていたペンを置いた。こればっかりは全部彼に詰め込むほかない。さすがにナシコも未来についていく事はできないから、トランクスに委ねるしかないのだ。

 

「……よし。よし、いいよ……思ってた以上に覚悟しなきゃ駄目な話だったみたいだ」

「……ごめんなさい」

「ナシコちゃんが謝ることはないよ。教えてくれてありがとう。おかげで心構えができた」

 

 悪い情報ばかりをもたらされているのに、気落ちするナシコへの気遣いができるトランクスという人間は本当に芯が強い。安心させるように笑ってみせて、なんとかしてみせるさ、と力強く言い切った。

 

 その後、いくつか宇宙があることや、それを統べる王がいること。……全部を話し終える頃には、すっかり紅茶が冷めてしまっていた。

 

「もし無理だと思ったら、その、破壊神……ってのも頼ってみるよ」

「……本当に、ごめんなさい……」

 

 いてもたってもいられないのか、何をするでもなく席を立ち、拳を握り込むトランクスに、ナシコは俯いてしまった。

 孫悟空さえ死んでいなければ、トランクスを超サイヤ人ゴッドにする事もできただろう。

 協力する5人のうち、足りないもう一人のサイヤ人は、自分が種族を変えてしまえば済む話だった。

 それができないのは、みすみす悟空を死なせてしまった自分の落ち度である、と、そう思い込んで肩を落としている。

 

「……」

 

 繰り返し慰めの声をかけても効果はないと知ったトランクスは、どこまでも真摯に自分達や未来のこと考えてくれるナシコに、笑みを浮かべて肩をすくめた。

 

「嬉しいよ。こんなに心強い味方がいてくれるなら、オレは未来でも頑張れる」

「……」

 

 だから、半分独り言のように感謝を伝えた。

 彼女が教えてくれたからこそ脅威に備える事ができる。想ってくれるから力になる。

 絶対に負けられない……! その決意が、トランクスをより強くするのだ。

 

「未来が完全に平和になったら、報告しに来るよ。必ず、さ」

 

 ナシコの傍らへ立ったトランクスが、そっと肩へ手を置いて語りかける。

 子供の姿の時ど同じように頭を撫でて落ち着かせようとして、勝手が違うのに手が宙を彷徨った。

 

 彼女のしょんぼりとした雰囲気は心細さを感じている子供に見えるが、これで見た目はクールな美少女。装いも相まってなんとも……いうなれば、未亡人のような……花嫁衣装を纏った少女を形容する言葉には相応しくないが、雰囲気はまさしくそれだった。

 

「じゃあ……」

 

 そして、振り返ったナシコの顔を至近で覗く形になってしまったトランクスはその造形に息を呑んだ。

 触れてはいけない、壊してはいけないような印象がより強まっている。一種の芸術のような……無意識のうちに手折ってしまいたくなるような危うい魅力が、意識を惹きつけてやまない。

 

「その時はきっと、歌をうたうから」

 

 そっと差し伸べられた手が頬に触れるのに、トランクスは照れるでもなく、不思議な安心感を抱いた。

 ナシコにこうして頬を撫でられるのは何回目か。癖なのかなんなのか……他の人間にそうしているのは見た事がない。

 大人の姿だと母のような慈愛を持ったスキンシップになるが、これはどうにも、彼女自身の確認の意味合いが強いようだとトランクスには感じられた。

 

 現実に……そこに本当の人間がいるのを確かめているような……その人を守りたい気持ちが自分の心にあるのを確かめているような、そういったもの。

 ……単に未来人に触れていたいだけかもしれない。突拍子もない彼女の行動に特に理由がない……あるいは理由がつけられないのはよくある事だ。……なんて、あまり長いこと触れられていたせいでさすがに照れが入ってきたトランクスは、誤魔化し混じりに思った。

 

「……うん。お願いするよ」

 

 彼女にとって歌は祈りだ。彼女を表す要素の全て。すなわち、生命(いのち)だ。

 それを捧げようと言ってくれているのだから、全力で応えられるよう頑張らなければ男が廃る。

 

「出発はいつ?」

「すぐ、と言いたいけど、ここのみんなや母さんや父さんに挨拶もしたいし、夜になるかな」

「間に合ったら、見送りに行くね」

 

 小さく頷いて返したトランクスは、一度室内を見渡すと、最後に壁際に立つアオを見やった。

 

「ここにもずいぶんお世話になったよ、ありがとう」

「なんにも気にしないでいいんだよ。また……遊びに来てね」

「ああ。ウィローちゃんのところに顔を見せてから出るよ。ナシコちゃんは……」

「私も出ます。アオちゃん、手の空いている子を呼んでくれる?」

 

 会話を通して少し元気になったのか、口数の多くなってきたナシコに、知らずトランクスはほっとしていた。

 先程までの……いや、今もそうだが、このナシコの変わりようには戸惑いが強い。

 

 落ち着いているというよりは感情が希薄で、精神的に成長しているというよりは達観しているというか……ソファにだらりと寝そべってお菓子を貪り漫画を読むような少女とは同じ人間に思えず、どう接すればいいのかわからなくなってしまいそうだった。

 

「はいはぁい、お呼びですか~」

「ミドリちゃん、悪いけど少しの間だけ、アオちゃんの代わりにパラガスさんについていてもらっていい?」

「はあ、構いませんが……?」

 

 厭世的な瞳の色は変わっていないが、指示を出すナシコは気持ち背筋が伸びて、元気さを取り戻しつつあるように見えた。内面はどうあれ、そうして安心したトランクスは、「おじさま、お加減はいかがですか~?」とミドリに世話を焼かれて満更でもなさそうなパラガスが席を立つのに合わせ、彼と共に部屋を後にした。

 

「アオちゃん、瞬間移動をお願いできる?」

「……?」

 

 カップなどの食器が片されたのを見計らい、部屋の明かりを落としたナシコの頼みに、アオは視線のみを上げて疑問とした。すなわち、「なぜ」と「どこへ」。

 小さな肩に手を置いたナシコは、「どこへでも」と答えた。

 

 これは気紛れな主人のお散歩か何かか。頼まれれば否とは言わないアオは、それ以上の疑問を挟まず即座に周囲へレーダーを広げ、少し遠い位置に引っかかった見知った気のもとへ瞬間移動を実行した。

 

 異空間を経て宇宙へ。

 体感では一瞬。二人は和風の一室に侵入していた。

 

「では最初の質問を……ほっ、何者!? どこから!!」

「……、土足で失礼いたします」

 

 まったく見当違いの場所に飛んでしまい、表情無く困惑するアオの前に出たナシコは、こちらを振り向く桃色の獣人と、部屋の奥の一段高い場所にいる三人の者達へ、失礼を詫びるために頭を下げた。

 

「──……ナシコ。と、その借りの従者であるアオだな?」

 

 浮遊するポッドに入った巨大な男──一言で表すなら福助人形。ちょんまげに袴の、大福のような白く大きな頭を持つ異星人──は、見開いていた目や口を閉じ、僅かに乗り出していた体を戻すと、落ち着き払った声でナシコらの正体を言い当てた。

 

「ええ、はい。重ねて失礼をお詫びします」

 

 いるか、いないか。それすらわからないまま、ナシコは前に神龍へ願い事をする時、副次的な願いとして『誰かに頼んで瞬間移動した際にズノーの前へ出る』ように含んでいた。だからアオが目的地を窺った際にどこへでもと答えたのだ。

 ズノー様と呼ばれる大男が真に博識であるのも今の一言で判明した。突然現れた自分と、近年に作られたばかりの人造人間の名前、自分との関係性まで言い当てたのだから。

 

「さすがはズノー様……」

 

 感心した風に呟いたナシコは、

 

「アオという少女の瞬間移動によって地球という星からやってきた。エイジ726年生誕。年は41、身長は165cmで体重は57kg」

「……?」

 

 止まらず続く説明染みた言葉に、どう反応すれば良いのかわからず固まってしまった。

 小ズノーとでもいうべきか、左右に控えるズノーそっくりな従者や説明を続けるズノーの視線は、ナシコではなく、ナシコへ振り向いている桃毛の獣人に向けられているようだった。

 

「戦闘力は13ラチカ、変身形態は全部で七つ。スリーサイズは上から90、56、83。お前を害する意思はない」

「質問は以上ですね。はい、お帰りください」

「えっ! あ、まさか……そんな殺生な!」

 

 従者に促されてはっとした獣人は、今のが自分が口にした「何者か」「どこから来たのか」というのを質問として処理されてしまったのだと気づいた。みるみる青褪めていく彼に、悪い事をしたと思いつつも、赤裸々に語られてしまった身体データについて思う事がない訳でもないので詫びようとは思わないナシコであった。

 

 ……ウェブ上に掲載されている身体データを下回っているのは、精神と時の部屋で食料を口にしたのが一度のみであったのが原因の減量だろうか。別に減っても構わないが。

 

「お、おまえ、なんということを! ゆるさん!」

 

 再度の質問を試みた獣人は、すげなく切り捨てられてもはや視線も合わせてもらえなくなってしまい、怒りの標的をナシコに変えて詰め寄った。が、割り込んだアオに腕を捻り上げられて膝をつく。

 

「あっ、いたい! はなして! 冗談です!」

「アオちゃん、放してあげて」

「……」

 

 一転して泣き言を口にする獣人を解放するよう促せば、アオはゴミでもみるような目をそのままナシコへ向けた。感情の乗らない瞳に、「いいのか」と確認するような意思を読み取り、頷く。

 

「いたた、ら、乱暴者め……」

「申し訳ありません……お邪魔してしまったようで」

「邪魔どころの話ではないぞ! せっかく遠路はるばるここまでやってきたというのに、無駄足ではないか!」

 

 つぶらな瞳でキューキューと怒る獣人に、故意ではなかったとも言えず困ったナシコは、ひとまず彼をアオに任せて前へ出た。

 詫びるのはここに来た目的を済ませてからで良い。……悪いと思う気持ちもあるが、ナシコには今は何よりも優先しなければならない事があるのだ。

 

「では、貢ぎを」

「……」

「貢ぎとはズノー様の頬へのキスです」

 

 ナシコから見て右側に立つ従者がズノーを示した。

 ナシコが何も言わないでいれば、丁寧に説明までしてくれた。

 もちろんそれはわかっている。だがナシコは、思っていたより強い抵抗感を抱いてしまうのに少しばかり戸惑ってしまった。

 ……正直に言って、あまりしたくない。

 

「では、失礼します」

 

 そうも言っていられないため、数段の階段を上ってズノーの側へ赴き、無心で口づけをした。

 ……雪見だいふくの皮のようなもちっとした感触に、あっかわいい、などと感想を抱いた。

 

「複雑な気分だ」

 

 じろりとナシコを見下ろしたズノーが呟くのは、内心で思った事さえ知っているからだろうか。

 

「しかしお前は若いしかわいいし、頬への口付けはまだ二度しかしたことがない。よし、じゅっ……、……、……。……4……5個までの質問を許可しよう」

 

 歯切れの悪い宣言に「ん、」と内心引っかかりを覚えたナシコは、しかし5つなら特に不自由しないため、何も言わず元居た場所へ戻った。

 そうしてズノーと向き合えば、両側の従者がズノーの耳元へ顔を寄せてごにょごにょ囁いている。見る限り、それは抗議に近い疑問のようだった。

 

(今たしかに10個と……最大数の10個ではないのですか?)

(い、いや、これはチャンスなのだ。質問に来る者といえば知識を求める老い枯れた老人ばかり……このようなおなごが今後現れるとは思えん)

(うわあ)

(ばっばかもの! これは戦略であるぞ!!)

 

「おっほん……もし質問を増やしてもらいたければ、反対の頬にもチッスをするのだ」

「……結構です」

 

 下心が透けて見える誘いに乗る理由も余裕もないナシコに、表情を変えずしょんぼりした雰囲気を醸し出したズノーに代わり、では質問を、と従者が促した。

 

「お聞きしたい事のまず一つ目は、ツフル人の科学者であるドクター・ライチーが作り上げた怨念増幅装置ハッチヒャックが、どの惑星にあるのか……その位置……座標を教えて頂きたいのです」

「ふむ」

 

 当初、ナシコは「怨念増幅装置は存在するのか」と聞こうと思っていた。

 しかし話しているうち、それではあるかないかしかわからないと思って位置を聞こうとし、それだけ聞いても意味がないと思い直して座標を聞いた。

 ズノーが並べた数字はナシコには理解できないが、アオにはわかる。インプットさえしてしまえばそこへの瞬間移動は容易い。

 

「2つ目は……現在の私と破壊神ビルス様とではどれ程の力の差があるのでしょうか」

「破壊神ビルス様? 恐れ多い事を聞くな……天と地ほどの差がある。数字にすればお前が1で破壊神ビルス様は10だ」

「……ありがとうございます」

 

 内心、ナシコはかなりの失望を感じた。

 やはり限界まで鍛えても、自分では端役にすらならない。

 これからの戦いには無用な存在であるとはっきりわかってしまった。

 

「……大サービスでもう少し詳しく教えてやろう。お前が力を解放すれば、その数字は3にほど近い2となる」

「……」

「そして宇宙全てから力を集める術を使えば、お前の数字は…………15となる」

「!」

 

 はっとして顔を上げたナシコは、ズノーが目を泳がせて焦っているのを見た。

 口を滑らせてしまった、というよりも言ってはならない事を言ってしまったような反応だ。

 それも当然だろう。破壊神より上になるとはっきり断言してしまったからだ。

 

 真実味のある言葉に元気づけられたナシコは、しかしよく考えてみるとそれは当たり前だと気が付いた。

 なぜなら、宇宙中から元気を集めるという事は、当然その中に破壊神等も含まれるからだ……彼らの力をそのまま借りたなら上回るのは当然の話。

 そして、もし破壊神と相対した時にいざ元気を集めようとしても、提供する事を拒まれて超えられずに終わるだろう。ようするにぬか喜びであった。

 とはいえ、心が上向きになったのは事実。……自分の力でなんとかしていくしかないのだから、腐ってなどいられない。

 

「質問は以上です。あとは……先程無為にそこの方の質問回数を消費させてしまったお詫びに、私の残り回数をお譲りしたいのですが」

 

 とりあえず聞きたいことは聞けたので、アオの横でうなだれているアニマルタイプの人間に場所を譲ろうと思い立つ。

 

「原則として質問を終えた者が次に質問できるのは1年置いてからとなります」

「まあ、いいだろう」

「本当ですか! やったー!」

 

 従者は規則に則った答えを示したが、ズノー本人から許可が出た。

 礼を言うより早く小躍りして前へ出た獣人に、ナシコは下げかけた頭を戻し、ああ、と声に出さず哀れな眼差しを贈った。そんな喜び方をしては……いや、もう義理は果たしたのだ。ナシコは目を伏せて何も言わず踵を返した。

 

「本当だ」

「残り2回です」

「えっちょ、そんな!」

 

 揚げ足を取るような答え方をする彼らに無駄口を叩いては無意味に回数を減らしてしまうだけだと、最初の失言で学べなかったのだろうか。

 それでも残り二つ。慎重に言葉を選ぶ獣人を後ろに、アオの肩に手を置いたナシコは、先程聞かされた座標へ飛ぶよう指示を出した。

 

「……」

 

 顎を引くように頷いたアオが、その位置を元に戻す頃には、広い一室に転移していた。

 埃や鉄の臭いで満ちる、天上の高い部屋の半分を未知の金属塊が埋めている。

 

「下がってて」

「……」

 

 顔を寄せて囁きかけ、優しくアオの肩を押して後ろへやったナシコは、乳白色の気を噴き上げ、芯から真っ白に染め上げた。淀んだ空気を打ち払う澄み切った気。

 照らし出された室内に不穏な気配が渦巻く。

 

 中央に鎮座する機械らしきものの前へナシコが歩み寄っても、反応は特にない。

 ナシコの知るドクターライチーの怨念がまろびでる訳でもなければ、ハッチヒャックが出現する事もない。

 ただ白く染め上げられて、そこにあるだけだった。

 

『──』

 

 タ、タタッ。

 ナシコの左右後方に次々と気配が降り立つ。

 それは金の髪を持つ戦士達の気質そのもの。

 

 孫悟空、孫悟飯、ベジータ、ラディッツ、ターレス……そしてブロリー。

 それらを模った影に、室内がにわかにざわめき出す。

 憎きサイヤ人の存在を感知して目覚めようとしているのだ。

 

『だあああ!!』

『はあああ!!』

『うおおおおおおお!!!!』

 

 咆哮をあげ、気を噴出させて輝くサイヤ人達に、呼応するように空間が脈打ち、一息の内に形を成した。

 薄紫の肌に赤い装甲を持つ怨念の集合体、ハッチヒャックだ。

 

「さ、サイヤ……じ、人……!」

「……恨みはないけど、放っておくと地球が危険だから……」

 

 イカ型の伸びた額や胸部などの緑の宝石が輝きを増し、気が充実し増大していくその様に、ナシコは独り言を口にした。

 メキメキ、メリメリと音をたて、ほとんど時間をかけずにハッチヒャックが変身を遂げる。

 凶悪なサイヤ人の気にあてられて進化したのだ。ナシコの知るハッチヒャックよりも数段強くなり──それでも脅威にはなり得なかった。

 

「はぁああ!!」

 

 交差させた腕の宝石を輝かせてパワーをチャージし、巨体に見合わぬスピードで接近したハッチヒャックの大振りのワンツーパンチは、回避行動も防御姿勢も取らないナシコに直撃した。

 衝撃が空間を突き抜けて──ナシコは、微動だにしていなかった。

 

「ぬ……!?」

 

 戦闘力差からくる防御力の高さ、ではない。今のは明らかに攻撃を無効化していた。

 大きく跳び退ったハッチハックが両腕を広げ、再度交差させて全身までに力を籠め、全ての宝石を緑の光で溢れさせてパワーを溜め始める。

 15秒の隙ができるチャージタイムを、ナシコはただ見上げるだけの姿勢で過ごした。

 

「ぐおおおお!!」

 

 チャージの姿勢そのままで緑の極大光線が放たれる。リベンジャーカノン。

 本来サイヤ人を討つために蓄えられたはずの力は、無関係の人間であるナシコを飲み込み──そこを起点として羽根に変換され、吹き荒んでいた。

 

「!!」

 

 貯めた時間に比例して発射する時間も長い。攻撃が通用しないという事実を確認するには充分だった。

 気功波の全てが無力化されて羽根に変わっている。輝く白が雪のように舞い落ちて、床に触れて溶けていく。

 歯を剥き出しにして唸るハッチヒャック。打撃も光線も無意味なら、いったいどのようにして戦えばいいのか。

 

『だありゃあ!』

「お──!」

 

 慄き狼狽える隙をつくように上空から襲撃を仕掛けた形の無いサイヤ人の気質に、思わず顔を上げてしまったハッチヒャックは、懐に潜り込んだナシコが放つ正拳突きによって腹を突き破られ──。

 

 

◆ 

 

 

「ぐ、おおあああ!!?」

 

 血液が噴出する。

 たったの一撃。腹への拳撃一つで串刺しにされ、致命傷を負ったボージャックが目を見開いて吐血する。

 

「こ、こんなガキにっ──」

「ふっ!」

「ごはあっ!! ぐぶ!!」

 

 細腕によって廃墟のビルに縫い付けられた体が逃れるすべはない。

 より深く押し込まれるのに言葉さえ紡げ無くなった悪漢にパラパラと建物の欠片が降る。

 

「き、きさま……!」

 

 眼球が裏返りそうなほどの衝撃に、それでも銀河戦士の意地か、腕を回してナシコを抱きかかえるように両手で頭を締め付けたボージャックは、白い光に触れた手の平が焼け爛れるのに苦悶の声を上げて手を逃してしまった。

 

「はあっ!」

「ま──」

 

 腹に刺さる腕から光が溢れ、内側からその肉体を粉々に砕いていく。

 最期に言おうとした何ごとかは、崩れ落ちるビルの中に葬られた。

 

「ふっ、う……」

 

 腕を戻したナシコは、流れで髪を払い、指を通して梳いた。昂った気を落ち着かせるために、何度も。

 

 どうにも副次的に備わった能力によってボージャックの攻撃がまったくの脅威でなかったとはいえ──フルパワーになったというのに、拳も蹴りもナシコに一つの傷を与えることなくむなしく暴れ回っていた──連戦はさすがに疲れてしまう。精神的なのはもちろん、食事もとらずここまでやってきたのだから肉体的な疲労も相当だ。

 

『お、おお、やりおった……!』

 

 ボージャックの討伐に協力してくれた北の界王の声も、今はナシコに届かない。

 吐息に重い疲労が乗るほど参っているナシコは、表面的には涼し気な顔をして、降り注ぐ瓦礫の中に立っていた。

 やがて形を保ったビルが真横に落ちて地面を揺らす。

 

「……」

 

 奇跡的に残った窓ガラスに写る自分の姿をなんとなく見たナシコは、髪に触れる手にべったりと付着した血液に凍り付いた。

 

「あっ……あ」

 

 花嫁衣装のところどころにも血液が染みついている。

 それはボージャックの部下達を始末する際に浴びた返り血だ。

 一切の容赦をしなかった表れのように、繊維にこびりついた血が乾いて、もはや取れそうにない。

 

「ひっ!」

 

 あわてて髪から手を放しても、もう触れてしまっているのだから、髪にまで血が付着しているのは間違いない。

 どこまでも……穢れている。

 悪党の血が、ではない。

 それを躊躇なく殺せてしまえる精神性が汚れ切っていた。

 

「ひ、ひ、ぅ……」

 

 呼吸は浅いものに変わって、声にならない悲鳴を漏らして座り込んだナシコは、衣服が光の粒子となって消えて、元の白い洋服に戻るのも気にせず蹲った。

 周囲を照らしていた気が消えてしまうと、そこは影が溜まって暗く、衣服や肌はまたたくまに土埃で汚れていく。

 あさましく震えて、吐く息にさえ血の臭いが混ざっているようで、足元を漂う影が蝕むように体に染み込んでいく。

 

 

 

 それが、今の彼女だった。

 

 

 

 

 

「こ、こんなにたくさん……ナシコちゃん、本当にありがとう」

 

 ホイポイカプセルが六つ収まったケースで膨れ上がった旅行鞄が、地面に10個並べられている。

 それは今日の日のため、未来のためにナシコが用意したトランクスへの餞別だった。

 日持ちする食料や機材から、日用雑貨に、電気の必要ないゲームなど、ナシコの思いつく限り買い集めたものが詰まっている。

 

「ううん、気にしないで」

「月並みな事しか言えぬが、未来でも頑張るのだぞ」

 

 首を振ったナシコは、トランクスを見上げて微笑んだ。

 

 その腕をウィローが支えている。

 帰宅してからのナシコは普段と変わりない態度だったが、どことなく変で、ぼうっとしてしまったり脈絡なく蹲って動かなくなったりとおかしな部分も多々あったので、叱ろうと思っていたウィローも、今は黙って歩行や会話の補助をしている。

 大袈裟だよ~と笑うナシコに不安しか抱けなかったのだ。

 

「ウィローちゃんもありがとう。……お世話になりました」

「うむ、励めよ青年」

「ほんと、気にしなくていいからねー」

 

 明るい声で重ねるナシコ。

 もっとも、ぽそっと呟いただけのそれが聞こえたのは隣に立つウィローくらいのものだろう。声量を除けばなんてことはない言葉なのに、背が冷えるような感覚に身動ぎしたウィローは、トランクスを見送るために集まったそれぞれをなんとなく見回した。……ナシコの顔を見ていられなかったのだ。

 

 これくらいは当然のこと、とナシコが笑う。あまり使い道のないお金を有用に消費できて、むしろ感謝したいくらいだ。

 本音をいえばもっとたくさんの物資を送りたかったが、一人乗りのタイムマシンに詰め込むにも限度がある。現在の量だけでもトランクスが埋もれてしまうくらいだった。

 

「なあに、こんなにプレゼント用意して。ひょっとしてナシコってトランクスの事好きなの~?」

 

 大量の物資に、赤子を抱いたブルマがからかう。未来を知らなければ、たしかにこれは異常に見えるだろう。

 とはいえ、別にブルマはこれを異常と見ている訳ではない。これから平和になるはずの未来にこんなに大量の物資が必要になるなどと思いもしていないのだから。単に、ナシコってこんなにたくさんの贈り物をしたことあったかしら、と少し疑問に思っただけだ。

 

「はい、大好きです! もちろんブルマさんも、みんなのことも、だ~いすきです!」

「ふふ、アイドルだし、誰が好きとは言えないわよね」

 

 模範的な回答が微笑ましい。はいはい、私も好きよ、と軽く流したブルマは、トランクスに向き直った。

 

「トランクス、元気でね」

「はい。母さんも……父さんも、元気で」

「……フン」

 

 輪から外れて建物に背を預けるベジータは、目だけを向けて、それ以外に何も言わなかった。

 ……いや、組んだ手から二本指が覗いている。気難しいベジータの、これが精いっぱいの別れの挨拶らしかった。

 にっと笑みを浮かべたトランクスは、悟飯達が協力して鞄を詰め込んでくれたタイムマシンを見上げ、笑みを苦笑に変えつつ乗り込んだ。思った通りギュウギュウ詰めで、蓋を閉めると動く隙間もない。

 

 浮かび上がるタイムマシンの中から、トランクスが手を振る。

 歓声とともに振られる手の中で、ナシコも小さく手を振って未来の戦士を見送った。

 機体が消えても、歓声がやんでも、ずっと。

 

「帰るぞ」

「……うん」

 

 ぱたりと落ちた手が服を打つ。

 そのまま蹲ろうとしたナシコは、ウィローに手を引かれて帰路についた。 

 それぞれへの挨拶の際の笑顔はいつも通りなのに、空に浮かび上がって人目がなくなると、すうっと表情が抜け落ちてしまう。

 

「……」

 

 くっついて飛ぶナシコの中の底冷えした何かに触れたウィローは、しばらくは休養させねばな、と考えた。戦いの連続で疲れている彼女を休ませてやろうと決めた。

 数日わがままを許せば、きっとまたいつも通りの能天気な彼女に戻るだろうと……半ば無理矢理に思い込んで。




TIPS
・年齢
41歳、というのはこの世界に出現してから今までの時間
男であった時を含めると69歳くらい
精神的な年齢は9歳を下回ったり19歳あたりとまちまち

・スリーサイズ
詳しくはニシタプロのwebサイトを見てね
各写真集の購入でも知れるぞ

・ハッチヒャック
サイヤ人を恨むツフル人の科学者ドクター・ライチーが作り出した怨念増幅装置から生まれた怪物
出演作品が非常に多い
「パワーだけならブロリーより上かもしんねぇ」という悟空の台詞は有名だろう
セルゲーム時の孫悟空らでも戦えたという事で戦闘力は13億ほどとする
形態変化後は15億

・ボージャック
通常形態とフルパワーが存在する銀河戦士の首領
前作にあたる映画のボスがブロリーだったせいでそんなに強い印象がない
仲間との連携を取る、というより部下任せで、美味しいとこ取り
パーフェクトセルとどっちが強いかがよく議論の的になるが
どの道超2悟飯には手も足もでないんだよね
戦闘力は12億、フルパワーで15億

・ナシコ(ブランシュ) - ベール・サンクチュアリ -
戦闘力にして20億以下の攻撃を無効にする

・パーティクルドレス
邪悪なる心持つ者触れる事あたわず
神の気で編まれたそれは善なる気質の現れ。ひとたび悪人が触れれば瞬くまに燃え尽きるだろう
というよりナシコの発する気に触れると死ぬ

・救聖拳-カンタービレ-
神の気を込めた拳打
清く白い輝きはまさしく神の一撃
見た目は華やかでとても綺麗だという


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新生セル編
第六十六話 セルとニューバディ(前)


オリキャラ出ます。ヒロイン的なの
ブウ編までを繋ぐオリジナルエピソードな感じ
今回含めて三話くらい


 

 (なか)の都の賑わいは人口の多さから地方とは比べものにならないくらいに騒がしく、陽が昇る前から落ちた後まで行き交う人が絶えない。

 

 その喧騒に紛れるように、狭い路地を歩くローブの男がいた。

 人の世を憚り身を隠して陰に潜む……いかにも怪しいシルエット。時折立ち止まっては何かを窺うように顔を上げ、少しすればまた歩き出す。

 

 目深にかぶったフードに隠された顔は見えないが、角のような何かで押し上げられた布の形からは尋常の人間でないことが一目でわかる。

 

「……くそう」

 

 人々の話し声や歩く音がいちいち癪に障る。そこかしこに設置されたテレビから流れてくる最近のアイドルの曲が耳の奥にキンキンと響く。極めつけは頂点に立つという"フラワープティング"の歌声だ。あれが一番腹が立つ。胸がむかついて仕方がない。

 

「なぜ私がこんなみじめな思いをせねばならんのだ……!」

 

 ギラつく瞳が声の出所を睨みつける。

 それもこれも全てはナシコに敗れたからだ。

 

 ……フードの中の正体は、人造人間セル。地獄から這い上がってきた男だ。

 

 孫悟飯ら地球の戦士の協力で倒された彼は、閻魔によって地獄行きと判定され深く深く落とされ……すぐさま抜け出そうと暴れ回った。そして鎮圧のための戦士が派遣されるよりはやく地獄の門を突破したのだ! ──ナシコの『人造人間を生き返らせてほしい』という願いによって。

 

 そうして生還したセルが最初に行った事が、自らを滅ぼした戦士の処刑だ。

 憎き孫悟飯は、その全てのパワーを以てして当たられるといくらパーフェクトといっても危うい。ゆえに二番手……孫悟空と同等の力を持つナシコを殺すため、瞬間移動を行った。

 

 

 

 ──それが、半年前のこと。

 

 

 

 大きな池のほとりにあるベンチに、ナシコは座っていた。

 本を読むでもなく精神統一するでもなく、ぼうっとした目で水面を走る魚影を眺めており……それは今朝から続いていた。

 

 セルとの戦いから……正確には、孫悟空の戦死から、ナシコは時折談笑のさなかに表情を無くしてしまったり、突然に蹲ってしまったりしたことがあったが、時間が経つにつれて明確に行動しなくなる時間ができはじめていた。

 機嫌の悪い起き抜けや食事中、それから、ファンの前にでるような仕事中は以前と変わらない元気さを発揮するが、それ以外ではこうして何もせずにいる事が多くなった。

 

 ナシコは未来に現れる敵との戦いを考えて界王神の下へ向かおうとしていたのだが、このような状態で出歩いては危険だ、せっかく休みをもらっているのだから休養に努めろとウィローに言われて、しばし体を休めることにしたのだ。

 ブウとの戦いでもし自分が失敗したとしても、戦士達が対抗できるように育つまで……。もしナシコが吸収されてしまっても、ベジットが誕生すればブウなど容易く葬れる。

 

 ……その過程で失われる命はいかほどか。甦るからといってむざむざ見殺しにしてしまっていいのか。

 良くないから、ナシコはどうにかしようともがいているのだ。いっぱいいっぱいになって、身近に差し伸べられる手が目に映らないくらい遥か遠い場所まで手を伸ばして、全てを救おうとして。

 

 そこに驕りはない。超越的な感情もない。この人一倍他者を必要とする少女がただただ守りたいと祈っているだけだ。助けたいと願っているだけだ。

 自分の体にガタがこようと歩き続ける。たとえ築き上げたものを失くしてしまっても、愛してくれた人たちのために動き続ける覚悟だけを持って。

 ……そこまでいって、幸いなことにまだ親しい者の忠告を聞き入れる余裕が辛うじて残っていたから、今はこうして休んでいる。

 

 そういう理由で、やることがないナシコは池を眺めるばかりの時間を過ごしていた。どこかへふらっと行ってしまわないよう見張りのおまけ付きだ。

 

「……」

 

 色姉妹の一人であるムラサキがナシコの膝を枕にすやすやと眠っている。名前の通り紫色の忍び装束に身を包んでいるのは、昔にナシコが話して聞かせた忍者ムラサキ曹長の真似っこだろう。プラスチック製の刀をいつも手放さない、姉妹たちの中でも子供っぽい側面が強い女の子。

 

 長い紫の髪が風に揺れて、その上をナシコの手がさまよう。

 ゆっくりした動きでなぞる動作は撫でているようではあるが、触れていない。

 ……触れられないのだ。こんな汚れた手では、子供の頭を撫でることはできない。

 

 ボージャックを殺した時、ナシコは血に濡れた自分の姿を直視してしまった。その手で行ったことを顧みさせられた。目を背けていた現実と向き合わされたのだ。

 

 自分達の生活を守るための戦いだった。……仕方のないことだった。

 そういった理由で己の心を納得させるのは、ナシコには無理だった。

 

 人を殺すアイドルがどこにいる。辛うじての勝利ではなく、圧倒的な力をもっての虐殺をする存在が……みんなを笑顔にしたいだなど……他の誰が許しても、ナシコ自身が許せない。

 だから……。だから、もう。

 

「これはこれは、ご無沙汰だったな」

「……」

 

 音も無く近くに現れたセルに、ナシコはムラサキのお腹に優しく二度手を当てて起こすと、目をこする少女をしっかりと横へ座らせてやってから立ち上がった。その間も、ぼうっとした目が何かを捉えることはない。

 

 山中に立つ教会の鐘の音が鳴る。風に乗って踊る白羽根がいつしか辺りに降りそそぎ、ナシコの姿が足元から立ち上る清浄な光によって変じていく。

 急速に消える気配に彼女がこの場からの逃走を選んだと判断したセルが前へ出ようとして──落ちる羽根に一瞬視界を遮られた時には、変身が完了していた。

 

「……」

 

 神の気を纏った純白の姿。陽光に照らされた羽根の中に顕現した女神。

 顔にかかるベール越しに目が合い、呼応してスパークを散らしたセルが前へ出した両手を重ねて構える。

 

 ──装いを変えて、なんの意味があるというのだ。

 訝しく思いながらも、復活したてのテンションが闘争心を掻き立てる。あっさり殺してしまえとセルを促す。

 

 片手でベールを上げて顔をさらしたナシコが、構えるでもなくそこに立つ。

 

「がんばれー!」

 

 ベンチの上に座り込んだムラサキがおもちゃの刀を抜いて振り上げ、声援をかけた。

 瞬間、一段低くなる視界にセルが気付いた時には、懐に潜り込んだナシコの拳を受け、背まで突き抜ける衝撃にくの字に折れ曲がっていた。勝手に見開かれていく目が血走る。

 

「ぐあっはぁ!!」

 

 遅れて全身を襲う圧力。打ち上げられた体が数瞬制御を離れて四肢が乱れる。

 地面へと叩きつけられる直前に後転して体勢を立て直したセルは、片手と両足で体を支え、口を押さえながら何が起きたのかを飲み込もうとした。

 

「──……!」

 

 が、理解しようとするより早く眼前に立っていたナシコの手が額へ突きつけられ、はっとした時には同じ個所を打ち抜かれていた。

 脳を揺さぶる衝撃に両目がでたらめな方向へ動く。欠けた角が砕かれて消え、今度は受け身も取れずに転がった。

 

「な、なんだ……!? なぜ、奴がこれほどまでのパワーを……!?」

 

 立ち上がろうと後ろへ伸ばす両手ががくがくと震えている。しりもちをついた状態で慄くセルには、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。

 

 今、自分は完全体をも超えた凄まじい力を発揮しているはずだ。証拠に孫悟飯と同じような稲妻が体表面を駆け巡っている。

 だというのに、これはいったいどうしたことだ。なぜ気を発していないナシコに手も足も出ない!!?

 

「……」

 

 得意げにするでもなければ、何か説明をする訳でもない。ただ自分を追い詰めるように歩み寄ってくるナシコに引け腰になったセルは、なんとか立ち上がると尾を開いてセルジュニアを生み出した。

 

「キキ……!」

 

 ナシコのパワーの正体が掴めない。

 ならば様子を見るために戦う相手を用意するまでだ。

 次々と生み出されるセルジュニア達は、ニタニタと不気味な笑みを浮かべている。気が感じられないナシコを取るに足らない相手と判断したようだ。

 

「キャー!」

 

 七体のセルジュニアが跳躍し、突進し、襲い掛かっていく。

 その中を、ナシコは通り抜けた。

 

「……?」

 

 飛び掛かった体勢で制止したセルジュニアの一体が、きょとんとした顔をしたまま二つに分かれる。断たれた下半身と上半身がドサドサと落ち、他の個体も同じように、あるいは頭頂部から股までを両断されて倒れた。

 どれもが時間を置いて細かな粒子となって崩れ去っていく。核さえも砂のようにさらさらと。

 

「お、おお!」

 

 驚愕するセルには、やはりナシコが何をしているのか、どうなっているのかなどさっぱりわからなかった。

 遮るものなく前に立つ彼女の手にいつの間にか長刀が握られているのに気づいて、慌てて構えるのが限界だ。

 鈍く銀に光るそれは今のナシコの身長ほどもあるだろうか、(つば)代わりに鮮やかなボールブーケが飾られている。

 気で作られたにしてはなんら気配を感じさせない……これは、いったい……いや、それよりも!

 

「わ、私の子供達が……一瞬で!」

 

 セル本体より劣るとはいえ、一体一体がベジータやトランクスと互角の力を持つ……違う、パーフェクトとなった今ならば奴らをも超えるジュニアが誕生するはずだ。

 それがまるで視認できない剣閃のもとに切り伏せられ、不可思議な死に方をした。

 

「そ、そうか!!」

 

 自身の胸に手を当てたセルは、それではっきりとわかった。

 吸収したはずの17号、18号、21号の力が失われている!!

 死からの復活によってパワーが上がってはいるが、これではナシコごときにすら敵わないのも当然だ。

 

「ぐ、ぐぬ……!」

 

 悔しさに歯を噛み唸り、撤退すべきか迷うセル。

 だが以前に瞬間移動を察知され止められたことがある。何もせず瞬間移動しようとするのは悪手だろう。

 であるならば、まだこちらに力があると思わせなければならない。脅威であると……それはプライドが著しく傷つけられるが、致し方あるまい……!

 

「ああああああ!!!」

 

 クワ、と目も口も開いて気を噴出させたセルは、爆発的な速度で突進した。

 突き出した拳がナシコの腹を打ち──!

 

「なに!?」

 

 衝撃の全てが突き抜けていく。そこにナシコがいるのに、確かに質量はあるのに、あたかも空気を殴りつけたかのように手応えがない。

 その純白の姿がなんらかの作用をしているのか。何かの魔術か!

 一歩、二歩、よろめくように後退しても、ナシコは動かない。ただぼうっとした目でこちらを見下しているのみだ。

 

「ゆ、許せん!!」

 

 カラクリなどどうでもいい。セルには、"ナシコが攻撃を避けなかった"という事実がどうしても許せなかった。

 このセルの攻撃を、なんでもないと思ったのだ! たかだか地球人風情が! ただの女が!

 その目が! 塵や(あくた)でも見るようなその目が!!

 

「許せなぁぁーーい!!!」

 

 強風が吹き荒れる。池が激しく波立ち、巻き上がる水が雨となって降り注ぐ。

 それらを蒸発させるほどの熱量を持つ気を纏い、かめはめ波の発射体勢に入ったセルは、ここまで力が高まっても微動だにしないナシコを嘲笑った。

 

「愚かな! こいつを受ければきさまとてタダではすまんぞ!!」

 

 ベジータのファイナルフラッシュを受けたセルのように……一点に気を集中させるとはそういうことだ。

 だがもはや手遅れ。両手の間に生まれた破壊エネルギーは限界を超え、辺り一帯を吹き飛ばすだろう。

 

「今さら避けるとは言わせんぞ……後ろのガキが粉々になる!!」

「……」

 

 おもちゃを握り、半口を開けてこの戦いに見入っているムラサキが人質代わりだ。逃げる暇など与えない。二人諸共吹き飛ばしてやる!!

 

「波ぁああああ!!!」

 

 全力で突き出された腕から高音とともに伸びる極大光線がナシコに迫る。

 そして──その全てが羽根に変換されて、ナシコの後ろへと吹き抜けていく。

 

「……!!」

 

 その光景に、セルはもはや声も出なかった。

 気功波を打ち終え、震える腕を下ろし、宙を泳ぐ羽根ときゃあきゃあと歓声を上げて戯れる少女を見て、一切の攻撃が通用しないことを確信してしまった。

 

「神の域に至っていない者とは、勝負にならない……」

「か……神……」

 

 ゆらりと持ち上げた手に視線を落として呟くナシコの言葉をオウム返しにしたセルは、細胞が粟立つのを感じていた。

 サイヤ人の細胞が、フリーザの細胞が、数多の武道家の細胞が、逃げろと騒いでいるのだ!

 

「くっ!」

 

 額に二本指を当てて付近の気を探る。近くては駄目だ、こいつの仲間に発見されてしまう。そうなれば終わりだ!

 冷や汗が噴き出し、ぴくぴくと頬が痙攣する。ナシコは、攻撃を仕掛けてこない。多くの気を捉え、その中からまばらな場所を選び、やや離れた位置に移動できるよう調整してもまだ動かない。

 動く気がないのではないか? もはや相手にされていないのではないか。

 屈辱ではあるが、それならば光明になる。ここはいったん引き、力をつけたその時こそ、きさまらの最期だ。

 

 余裕を取り戻したセルは、笑みさえ浮かべて別れの言葉を告げようとして。

 

「次に騒ぎを起こせば、殺す」

「!」

 

 突き刺さる殺意に押されるように瞬間移動を行った。

 

 

 

 それから、半年。

 セルは街中をさまよっていた。

 姿は晒せない。テレビなんぞに出てしまったせいで多くの人間がセルの姿を知っているのだ。その情報をナシコらに提供されれば、たちまちにやってきて殺されてしまいかねない。

 だからセルは、虫けらのようにこそこそと生きなければならなかった。惨めな思いを噛みしめながら、ひっそりと……。

 

 なんとか力をつけようにも、修業のために気を高めれば必ず誰かに察知されてしまうだろう。

 力を得るために人々を吸収することはできない。それこそナシコを呼び寄せる行いだ。

 ならば察知されない人造人間ならばどうだ。思いがけず私が甦ったとするならば他の奴らも生き返っている可能性が高い。

 

 だが、セルはこれも断念した。誰の気も察知できなかったからだ。

 21号の気配を捉えられないかと神経を研ぎ澄ませたが、あいにく以前の失敗から彼女は自分の気を完全に隠す術を見つけたようだった。セルに吸収されたのが相当の恐怖だったらしい。

 19号や20号も復活していたが、21号と16号の手によって破壊されている。弱い者から狙うこともできず、八方塞がりであった。

 

 ……だが、セルはこの半年の間に、吸収などという手段を捨てることを決めていた。

 それで得た力など容易く奪われてしまうとわかっているからだ。いつ失うともしれない力で得意になることなどできようはずもない。

 ならば真面目に修行をしてパワーアップしようにも、それはできないときている。

 しかし、ああしかし、なんとしてでもやり返したい……! 

 

 ああまでしてナシコに完敗を喫したセルであったが、まったくもって懲りていなかった。

 むしろ強さへの渇望がより高まり、貪欲になった。

 強くなりたいと思う純粋な心さえ持ったのだ。

 

 それが許されない環境がセルを飢えさせている。食事も休息も必要ない体が苛まれている。

 憔悴するセルは、何かを求めるようにふらふらと街中へ歩み出した。

 

 そして、出会ったのだ。己を僅かばかり変える存在と……。

 

 

 

 

『ふはははは、セルよ、覚悟しろ!』

『ぬぐ! な、なんというパワー……恐るべし、ミスター・サタン!!』

 

 街角のステージでは、着ぐるみショーが開催されていた。

 デフォルメされた頭でっかちのセルとサタンが大きな身振り手振りと芝居がかった口調で大立ち回りを繰り広げており、観客のちびっこ達には大層人気のようだった。

 

「なんだ、これは……」

 

 思わず呆れた声で呟いてしまうのも無理はない。

 半年ほど前に行われたセルゲームが舞台化されている。それはわかる。なんとなくだが、テレビで中継までされたのだ。

 だがそれならば、こいつら人間どもに大人気のナシコやウィローが影も形もないのはおかしいし、孫悟飯や孫悟空などの戦士も存在しないのはどういうことだ。このセルと戦っているあのアフロは何者なのだ。

 と、そこまで考えて、ナシコらが作戦会議を行っている最中になにやら挑んできたアホがいたことを思い出した。

 

「なんだよ知らねーのか、サタンだよミスター・サタン! ヒーローだぜ!」

 

 傍の若者がノリノリで解説してくれた話によれば、あの戦いは途中までは映像付きで、以降は音のみで中継され、最後はサタンがフィニッシュを決めた事になっているらしい。

 なんだそれは、と不満に思うセルだが、こればかりは仕方がない。

 

 とてつもない戦いを見せ、大地震まで巻き起こしたセルゲームに参加した選手にインタビューを試みる報道各社は、そのほとんどとコンタクトが取れず、ナシコは姿を見せず、ようやくありつけたウィローは当たり障りのないコメントしか残さなかった。そのなかで、話の流れで思わず自分を持ち上げてしまったサタンがクローズアップされるのは当然だったのだ。

 

 ナシコも、戦士達が特に英雄的な扱いを望んでいない事をわかっていたから、代わりとしてサタンを引っ張り出してきたのだ。つまり今のこの状況は想定通り。願ったりかなったりというわけだ。

 格闘家としてだけでなくエンターテイナーとしても一流のミスターサタンは今や国民的人気者。アイドルとはまた違った方面で慕う人間は多い。

 

『トドメだセル!』

 

 顔のでかいサタンがフィニッシュサインを決め、拳を振りかぶって突進する。

 対する頭のでかいセルは片膝をついて荒い呼吸を繰り返すのみ。

 ……少し苛つくセル(本物)の前で、決着がつこうとしていた。

 

『スーパーウルトラダイナミックスペシャルあっ』

『えっ』

 

 なんと、ここでアクシデントだ。演出に使用された紙吹雪の僅かな残りに足を滑らせたサタンが勢いよく倒れ込む。セルは目前。このままではスーパーウルトラ以下略パンチが、冗談ではなく本当に決まってしまう!

 

「む……」

 

 ぴくり、とセルの身が動く。

 片膝をついたままの着ぐるみのセルがすうっと腕を伸ばしたかと思えば、迫るパンチを絡めとり、どうしたことかその場に叩きつけた。

 

「……今のは」

 

 なんだ。

 ──いや、見えていた。動きは見えていたのだ。

 両手でパンチを絡めとった。だがその後が不可解だ。

 いったい何をどうすれば投げ飛ばすでもなく叩きつけられるのか。

 気、ではない。あるいはナシコのような状態なのかもしれないが、そんな戦士がこんな場所に埋もれていてたまるか。

 

『あっ、あ、ミスター・サタンダウンしてしまいました! い、いったい地球はどうなってしまうのでしょうかー!?』

 

 司会が必死にアクシデントを誤魔化す中、やっちまったとでもいうように立ち尽くす着ぐるみセルに、真剣なまなざしを送るセル。

 強くなるヒントはここにあるかもしれない……勘ではあるが、そう思ったのだ。

 

 その後、観客たちの声援で立ち上がったサタンがフィニッシュを決め、イベントは大団円を迎えた。

 自分の姿をしたものが負けてやや不機嫌なセルは、退場していくスタッフの中からセルの着ぐるみを見つけ、後を追った。

 

 屋外にある囲いの向こうへ着ぐるみが入っていく。

 ステージはイベント用に組み立てられたものか、この壁で囲まれた場所も仮設のもののようだった。

 気配を絶ち、舞空術によって屋根のない囲いを飛び越え、中の様子を探るセル。

 入口付近は入り組んでいるが、奥は簡素なものだ。数個だけあるロッカーの前に着ぐるみが辿りつくのと同時、奥側の壁の上へ降り立つセル。

 

「ふう……」

 

 でかい頭を両手で外し、熱い吐息を零したのは、黒髪の少女であった。

 

「! 女か……」

 

 あれほどの武術を扱ったのだ、てっきりごつい男が出てくると想像していたセルは、華奢な少女が現れたのを見て息を吐いた。

 日に焼けていない真っ白な肌に、僅かに汗に濡れて艶やかな髪。濡れたTシャツとズボン。着ぐるみを脱いで、結っていた髪を解いて頭を振った少女は、かなり小柄な体格であるようだった。

 

 タオルを取り出して頬を拭く彼女は、吊り目であるが優しげで、武道家というよりはアイドルのようである。ナシコを思い起こさせて苦々しいが、やはり気は大したことがない。隠しているわけでもないようだ……。

 

「! なんですかあなたたち、ここは立ち入り禁止ですよ!」

「まあまあ、そう固いこと言うなって。へへっ」

「やっぱ女だったじゃないですか、俺の言った通り」

 

 現に、馬鹿な男二人が入り込んできても、またたくまに気絶するなどそういったことができていない。胸元でタオルを握りしめて後退し、ロッカーに背をぶつけて表情を険しくしている。

 しかし、あの妙な技ならばただの人間など容易く捻じ伏せられるだろう。

 見せてもらうぞ、先程の技術を……。

 

「誰か!」

「ちょ、馬鹿!」

「やっべ!」

 

 セルの期待に反して、少女は大声を上げて人を呼び寄せることにしたようだ。かなりの声量で、よく通る声は外部の人間に届いてしまったらしい。すぐさま警備員が駆けつけてくるのに、セルはひそかに舌打ちした。

 

「かっ……」

「えっ──」

 

 この簡易更衣室へ入ろうとした警備員の背後へ瞬時に移動したセルは、有無を言わせず二人の首裏を突いて気絶させた。襟首を掴み、軽く放り捨てて排除する。

 気絶させただけだ。殺してしまっては面倒だからな……。

 

「あ、あれ?」

「ふーい、驚かせやがって」

「この落とし前はきっちりつけさせてもらうぜ」

 

 壁の上へ戻ったセルが見たのは、期待通り悪漢に追い詰められる少女の姿だ。これで観察ができる。

 

「仕方ありません……」

 

 頭の悪い笑い方で迫る男達の前で、目を伏せた少女が詫びる。

 

「御免! たー!」

「えっ、うおお!?」

 

 一方の顔にタオルを投げつけ、もう一方へ自ら飛び込んだ少女が男の腕と胸倉を掴んで瞬く間に叩き伏せた。

 自らに引き込むような動き、足さばきに体重の移動……余すことなく観察するセルの前で、慌てるもう一人の男へ構えた少女は。

 

「今出て行くなら、これ以上はしません。どうしますか!」

「こ、この野郎……! 野郎じゃないがこの野郎……!」

 

 応じて構えた男は、少女と倒れ伏して微動だにしない男とを見比べて、にまりと笑った。

 

「ちっ、こ、ここは引いてやらあ! 暴力女とか趣味じゃねーし!」

 

 倒れる男を担ぎ上げて逃げ出したチンピラに、「ぼ、ぼうりょくおんな……」と肩を落とす少女。それ以上に残念な思いをしているのはセルだ。お膳立てしたのに一度しか技術を見る事ができなかった。多少の足しにはなったがまだ全容が見えてこない。

 

「なるほど、少しはできるようだな」

「! 何者っ!」

 

 ……ならば自ら試せばいいだけのこと。

 ゆっくりと下り立ったセルは、騒ぎを起こせば、というナシコの言葉を忘れ、この興味深い人間にちょっかいを出すことにした。

 ……技術の知識を得るだけならば、吸収してしまえば済む話だ。だがそうはしない。それでは意味がない。真に身についたとはいえないのだ。

 何より、力に頼らないその武術が非常に興味をそそる。パワー一辺倒の猿のような戦いには飽き飽きしていたところだ……。

 

「……"ウィング"」

 

 緩やかに目を見開いた少女が呟く。

 ウィング……誰かが舞空術のことをそう称していたのを、セルは覚えていた。

 同時にそれがアイドルの妙技である、ということも。

 

「あなたは……アイドルさん、ですか?」

「……」

「"ウィング"のアイドルスキル……凄いです!」

 

 そんなものと一緒にされるのは業腹だが、問答など無用。

 一歩踏み出したセルの重々しい足音に表情を引き締めて構えた少女は、しかし困惑気味にセルを窺った。

 

「あの……」

 

 何やら言おうとした少女へ、軽く踏み込んだセルは、最小限の力でもって突き出した腕を取られてそのまま投げ飛ばされるのに、ロッカーも壁も吹き飛ばして外へと転がり出た。

 遅れて落ちる壁の残骸とひしゃげたロッカーに、涼しい顔をして立ち上がるセル。

 

「うわ、あっ……!」

 

 口元に手を当てて焦る少女は、破壊の跡に困っているようだった。

 それもそうだろう。このような威力が出るなど露とも思っていなかったはずだ。……という訳でもないらしく、いくら正当防衛とはいえ設備を破壊しては……クビは免れそうもない。そう慌てているらしい。

 

「うう、お芝居も上手くいかなかったし……せっかく採用してもらえたのに……」

 

 手を開閉させて調子を確かめていたセルは、痺れを残す腕に、自分の目は狂っていなかったと喜びを噛みしめた。ほんの軽く小突いた程度とはいえ、このセルの力の全てをそっくりそのまま返してみせた。これが喜ばずにはいられるだろうか。そして……彼女の発言が自分にとって好都合であると笑みを深めた。

 

「見事な技だ。……このセルに、その技術を、教えて頂けないかな? ……お嬢さん」

「え、ええ……?」

 

 少女は困惑を深めて戸惑っているようだ。突然侵入してきて教えろとはなんとも厚かましい。だが物腰が丁寧なのでどう扱って良いのかわからなくなってしまったようで、困り眉で何かを言おうとしては、うむむと考え込んでしまう。

 

「どうかね」

 

 下手に出てはいるが、返事次第では恐怖で支配することになる。

 言外に含めた意味に気付いた訳ではないだろうが、少女は黒い瞳にはっきりとセルを映して、それから。

 

「……わかりました。いいでしょう」

 

 快く引き受けた。

 これにはセルも少々呆気に取られてしまった。自分で言うのもなんだが相当怪しい者であるというのに安請け合いするとは、かなりのお人好しと見える。先程の悪漢に対しても必要以上に手を挙げようとはしていなかった。

 その善性は気にくわないが、付け入るのは楽になる。

 

「その代わり、私に"ウィング"を教えていただけないでしょうか」

「ふむ……いいだろう。交渉は成立というわけだ」

 

 フードを下ろし、歩み寄るセルを見上げた少女に、特別な反応はない。

 顔を晒せばなんらかの反応があると思っていたセルは肩透かしを食らった気分だったが、騒がしくしないのならば好ましいことだ。喧しい女は好きではない。

 ……いや。よく見ればその神秘的な黒い目がきらきらと輝いている。

 

「なんとなく、そうなんじゃないかって思ってました……これは、王道です!」

「うん?」

「世界の頂点に立つ格闘家に敗れたセル、一時期荒れてしまったが新たな武器を得て立ち上がる! これは悪を主役に据えた超大作!! 今、再び地球に危機が迫ろうとしている!!」

「……」

「はじめはヒロインと反りが合わず悪者ぜんとしていたセルだが、徐々に心を開き始め、やがて二人の間には切っても切れない友情が──!」

 

 一人ぶつぶつと舞い上がる少女に、セルは冷や汗を浮かべて、ひょっとしたら選ぶ人間を間違えていたかもしれないと思い直し始めていた。我が目に狂いはなかったとはいったが、人格面で少々問題がありそうな……。

 

「はっ!? し、失礼しました! あ、あまりに燃える展開だったのでつい!」

「い、いや……」

 

 燃える……?

 取り繕って大きく頭を下げる少女を見下ろしつつ、セルは、どうにも生きる世界が違うようだな、と、さっそく若い少女の生態を学んだ。ナシコもそうだが、この年頃の女というのはどうにもころころと感情が変わってしまうようだ。まったくもって度し難い。

 

 だが技術の習得にそんなものは関係ない。この少女はセルを見ても前言を撤回しなかった。悪と称しながらだ。どころか、元々正体がセルだと見抜いたうえで──もっとも、妄想が奇跡的に的中しただけであろうが──自分の目的のために利用しようというしたたかさも持っているようだ。

 いいぞ、そういう上昇志向は嫌いではない。

 

「私、東山(とうさん)(ともり)といいます! 年齢は11歳、好きな食べ物はいちごパフェ、趣味はアニメとゲーム、将来の夢はスーパーアイドルです!!」

「……」

 

 底抜けに明るい笑顔ではきはきと自己紹介をした少女……灯は、したたかというよりは天然といった印象だ。11、というのは驚きだ。もう少し年がいっていそうな落ち着きと発育具合なのだが……。

 

 ひたむきで努力家なのだろう。そういう真っ直ぐさにセルが閉口していると、何を勘違いしたのか指をつつき合わせてもじもじとしだした。

 

「め、珍しいでしょうか……いまどき名字がついてるのって」

 

 そう言われても、世情などセルにはわからないし、興味もない。

 セルが知っている人間の中でも名字がついているのは孫親子のみであったが、珍しいかどうかなどどうでもいい。

 しかしどうにも少女は名字があるのが恥ずかしいようだ。

 はっきりと名乗っている以上、コンプレックスだとかそういうものではないようだが……。

 

「それで、あのー……着替えてもよろしいでしょうか」

「……どうぞ、お好きに」

 

 おずおずとした申し出に腕を組んで許可を出すセル。別に偉ぶっている訳ではない。むしろ教え教わりの関係となるのだ、尊重しようという気持ちさえも持っている。

 だがいかんせん人間というものに疎かった。

 

「……」

「……」

 

 着替えると言ってから動こうとしない灯が顔を赤くして「出て行ってください」というまで、そう時間はかからなかった。追い出されたセルは、泰然として腕を組んで待つ。

 文化や価値観の違いも意識の齟齬を生みそうだ。ストイックに一人で修行するのとはわけが違う。人間との付き合いには忍耐力も必要らしい。  

 

「お待たせしました!」

 

 更衣室から出てきた灯は、ステージ衣装のようなものに身を包んでいた。

 胸元のダービータイに蝶ネクタイ。白いブラウスにベージュのジャケットと、制服のようなかっちりとした衣服だ。腰回りの部分だけ黒く、金のボタンが飾られている。そこと、赤いスカートにあしらわれたフリルと両足の色違いの靴下がかわいさを、手を完全に覆わない白手袋と黒いロングブーツが優雅さを演出している。

 髪留めの薔薇に白羽根……白い羽根には嫌な思い出しかないセルであった。

 

 これからライブです! といわんばかりの格好だが、先程彼女自身が言っていた通り灯はアイドルではなくアイドル志望。ということは、これは手製のものなのだろうか。

 

「これは、勝負服です! 普段着でもありますけど……」

 

 セルの無言をどう受け取ったのか、くるりと一回りした彼女は笑顔でそう説明した。

 着ていると意識が引き締まるらしい。非常にどうでもいい情報だが、真面目に修行に取り組めるなら願ってもないことだ。

 

 そうしてなんらかの境地に至れば、憎き戦士達を葬れるだろう。

 セルは、邪悪な内心を隠し、紳士的な笑みを浮かべて灯と共に歩きだした。




TIPS
・セル
長い潜伏期間の間にもはや強くなれるならなんでもいい状態に陥った
地中で三年過ごした経験を顧みてもなかなかにハードな半年間である
三体の人造人間を失って大幅にパワーダウンしてしまった
基礎戦闘力は700万 パーフェクト化60倍で4億2000万

・山中の教会
色姉妹の三女であるキーがシスターの真似事をするので建てられた
朝と昼と夜にベルが鳴る。外部の人が訪れる事はないが動物やモンスターがよく侵入する

・ムラサキ
色姉妹の五女。よくも悪くも見た目通りの性格で、好奇心は旺盛
忍術修行の旅と称して剣士に挑むお散歩に出てヤジロベーと戦ったりトランクスに遊んでもらったりした

・神の領域
クリアな気……神の気を持つ者と持たない者とではまともな戦いが成立しない
この透明にして緻密な気に阻まれ、ダメージが通らないためだ
数多の生物が破壊神に太刀打ちできない理由の一つである

・チンピラ
こういうのがたくさん湧いて出てくるので第七宇宙は人間レベルが低いのだ
やはり人間は滅ぼすべき醜い存在……

東山灯(とうさんともり)
孫悟飯と同じく11歳。アイドル志望の頑張り屋な女の子
不思議な技術を修めている
身長は140㎝台。発育はとても良い方
戦闘力は5


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第六十七話 セルとニューバディ(後)

三話っちゅたけど小刻みにしたら結構いくかも



 案の定、暇を言い渡された(クビになった)(ともり)は、セルとの訓練に時間を費やす事ができるようになった。

 とはいえ、本来仕事などする必要は彼女にはないのだ。資産があり時間もある。アイドルになるための活動に全てを費やすことだってやろうと思えばできた。

 

 ただ、彼女の生真面目な性格が、一人で生きていく以上は仕事をしなければと自分を律してしまうのだ。両親を亡くし、その資産を受け継ぎ、物忘れの激しい祖母と暮らしてきた。──今は施設に入っていて、週に数度顔を合わせる程度になってしまっている。灯のことをよそのお嬢さんだと認識する祖母とも、灯は良い付き合いを続けている。

 

 年齢に見合わない成熟した雰囲気とはきはきとした物言いで大人と誤認させて──もっとも、本人にそんなつもりはないのだが、結果としてそうなっている──時に設営スタッフとして、時に臨時の販売員として、時に場末のバーで歌をうたったりなどして働いていた。いくらかのトラブルと夢へ向かうための諸々の事情により職を転々としている。今度の着ぐるみショーは、方向性は違うが芸能に触れられる機会であったのだ。熱意を買ってくれた人との約束も取り付けられたのだが、一つの失敗で流れてしまった。

 

 ……実のところ灯に非はない。警備員を打ち倒してまで侵入した悪漢や脆弱性のある仮設の更衣室について謝罪されたし、壁やロッカーを壊してしまったのは不可抗力だ。

 平謝りする彼女を解雇するのは忍びないと向こうも思ってはいたのだが、結果として職を失ってしまった。クビ、というほど強い拒絶はなかったが、仕方のないことだ。

 

 

 彼女の家に招かれたセルは、これでようやく邪魔くさいローブを脱ぎ捨てることができて一息つけた。忌々しげに放られたローブが突き広がった尾に飲まれて収納される。手ぶらになったセルは、腕を組んでこの場所を観察した。

 

 広い敷地に立つ三階建ての家は、中の都でも高級住宅の部類に入るのではないだろうか。手入れされた庭にはガーデニングもあり、開発された都市の中でもここは見渡す限り自然豊かな空気であった。ただ、どこにも人の気配がなく、寂れた雰囲気である。

 

 ポストを開けて中身を確認していた灯は、きらっと目を輝かせ封筒を取り出すと、その薄さに肩を落とし、しょぼしょぼと封を切って一枚の紙を取り出して広げると、がっくりと落ち込んだ。

 

「やはり"ウィング"です……! "ウィング"しかありません……!」

 

 アイドル志望は伊達ではないらしく、彼女はこれまで幾度となく様々なオーディションに挑戦してきているようだ。しかし結果は芳しくないらしい。拳を握り締めて燃える灯がこうも容易く自宅へセルを連れ込んでしまったのは、舞空術さえ覚えることができれば、という焦りからなのかもしれない。

 

「広い家だ……他には誰がいる」

「誰もいませんよ。私一人です」

 

 今はいないようだが、外に出ている家族でもいたらまたローブを纏わなければならないし、面倒な説明もしなければならないと辟易していたセルは、灯の答えに「そうか」以外の感想を持たなかった。

 その年齢で一人なのかとか、両親はどうしたのかとか、普通持ち得そうな疑問などセルにはない。

 あるのは武への関心だけだ。灯の持つ技術のみがセルの関心を買っている。今は修行こそが飢えを癒してくれるのだから。

 

「さっそく始めようではないか」

 

 ザッと両手を伸ばして重ね、構えるセル。やる気は十分。年甲斐もなくはしゃいでしまっているのを自覚しているが、催促するのを我慢できなかった。はやくその技術を知りたい、ものにしたい。強くなりたいという情動に突き動かされているのだ。

 振り返った灯は、困り顔であった。手を当てたお腹からくうっとかわいらしい音が鳴る。

 

「あの、その前に食事にしませんか?」

「必要ない。私にはナメック星人の血も流れているのだ。水さえあれば問題ない」

「いえ、私が空いてるんです、けど……」

 

 なめくじ? と首を傾げる彼女の言葉は、もっともであった。

 たしかにそうだ。そういうことなら仕方がない。人間は本当に不便な存在だ。

 

 時と場合を考えず楽しそうに歌うお腹の虫を必死で押さえ込んでいる灯を、セルは不満げに見下ろした。腕を下げ、口の端も下げ、不服なのを隠そうともしない。熱視線に彼女が身動ぎしてもじいっと見続ける。盛り上がった気分に水を差され、目の前のご馳走をお預けされた気分だ。

 あ、と小さく零す灯。機嫌を損ねてしまったのかと焦ってしまう。

 

「よ、よろしければセルさんも一緒に食べませんか? 一人で食べるより二人で食べた方が、料理は美味しくなると思うんです!」

「……」

 

 良い提案とばかりに手を合わせて誘う彼女に、断わっても良かったが、それでへそを曲げられては面倒だ。騒ぎを起こさず可能な限り早く技術を習得するためならば、我慢くらいはいくらでもしよう。そう決めたセルは渋々彼女に続いて屋内に入り、促さされるまま椅子に座って、彼女が料理をする間大人しく待つ事にした。

 

「ふんふんふー、ふんふんふ~ん♪」

「……」

 

 手を組み足を組み、静かに待つセル。「お暇ならテレビをつけてくださっても構いません」と言われてはいたが、壁にかかる大液晶に興味などなかった。……椅子に引っかかる羽根の心地がやや悪いのもある。たびたび足を組み替えて誤魔化しつつ、料理とやらの完成を待つ。

 

「ふふふんふー、とろぴかる~」

 

 衣装の上にエプロンをつけ、リズムに乗ってフライパンを動かす灯が口ずさんでいるのは、街でも流れていたフラワープティングの曲だろう。なんとも苛つく楽しげな曲調だ。

 

「お待たせしました! どうぞ!」

「……」

 

 ノリノリのクッキングタイムの終わりに出されたのは、よくわからない何かだった。

 そういえば。セルがまともに料理というものを見たのはこれが始めてだ。せいぜいゴミ箱から溢れるバーガーを包装紙越しに見たくらいか。

 四角い固形物に緑のソースがかかった食物。ソースで皿に線を描く様は、なるほど中々センスがある。こういう無駄をこらしたものは、セルも嫌いではない。

 

「どれ……」

 

 添えられたナイフとフォークを手に優雅に切り分けたセルは、それを口に運び、サイケデリックな味を楽しんだ。味蕾(みらい)の悉くに突き刺さる痛みが心地よい。

 

「ふむ、非常に刺激的だ……悪くない」

 

 灯がそっと差し出したナプキンで口を拭いたセルは、意外な高評価を贈った。

 「えっ」と灯が零す。

 ……それもそのはず。今のは明らかに人間が食べられるようなものではなかったのだが……。

 

 いや、別に灯が毒を仕込んだとか、わざとそういったゲテモノを作った訳ではない。そりゃあ多少は楽しくレシピをアレンジしたりしてみたが、真面目に豆腐ハンバーグを作ってみたつもりだ。カロリー抑えめで、寝かせておいた特性の野菜ソースを使って健康的でヘルシーな一品。体重管理が重要な年ごろの少女には大好評。最近どんどん体重が重くなってしまっている灯の渾身の創作料理だ。

 

「そ、そうですか!?」

 

 こういったものをたまに披露する機会があるとたいてい苦笑いか真顔で手を付けられさえしないので、灯は感動してしまったようだ。くうっと顔を上げて涙をこらえ、ぱっと笑顔になって喜ぶ。

 

「お口にあったようでよかったです! こちら、お飲み物です!」

「ご苦労」

「はい!」

 

 冷蔵庫から取り出したクーラーポットから細長いワイングラスへトクトクと液体が注がれ、提供されたそれを二指で挟んだセルは、一つのためらいも無く口をつけた。

 芳醇な果実の香りが駆け抜ける。そして舌の上で弾ける泡の快感。うむ、こいつはなかなかいいものだ……。

 

「これは?」

「スパークリングジュースです。ナシ味です!」

 

 お気に入りなんです!! と弾む口調で言われ、グラスから口を離す。

 ナシ……コ。スパークリング。

 ……どうにも嫌な姿を想起させるドリンクだ。

 

「口に合わん」

「あっ、そ、そうですか……」

 

 今はナシコのナの字を見るのも聞くのも嫌なのだ。むかむかして仕方がない。

 不機嫌にグラスを戻したセルに、目に見えて落ち込んだ灯が食器を片す。

 それから、自分の分の軽食を用意して向かいの席に腰かけると、手を合わせてから食べ始めた。

 どうにもそれはセルが食したものとは違う。というかサンドイッチだった。

 

「あむ……なんでしょうか」

 

 手袋を外した手で挟んだパンの角っこを小さく食んでもくもくやっていた灯は、じっと送られる視線に手を止めた。

 が、セルは答えない。見ていた事に理由などない。しいて言うならば、料理の形を眺めていただけだ。

 

「はむ……」

 

 返事がないので食事に戻った灯は、どうにも座りが悪いというか、落ち着かない様子だ。普段は一人で食べているために視線がとても気になってしまう。こうして他人と食卓を囲むのはいつぶりだろうか。

 他人……以前の問題ではないだろうか。今日会ったばかりの、それもいきなり殴りかかってくるような異形の怪物を懐に招き込んでしまうなんて、とんでもなく愚かな話だ。

 

 それでも……。

 成功したアイドルの誰しもが持っている空を飛ぶ技術に、灯はずっと憧れを抱いていた。

 いつしかそれが彼女の中でのアイドルの最低条件になっていた。

 飛べない少女はアイドルにはなれない。空を翔ける事ができなければ大好きを届けられない。

 それが現実となって降りかかるように、挑戦の日々には未だ勝利の二文字はなかった。

 

 だから、なんとしてでも彼から技術を教わらなければならなかった。

 たとえ対価に何を要求されようともだ。自分にできる事ならなんでもしようと思っている。……夢を叶えられなくなるような要求だと困ってしまうけれど、それだけの覚悟を持っているつもりだ。

 

 ……それは、セルとて同じ。

 まったく力が及ばなかったナシコに……他のZ戦士達に、今のセルでは太刀打ちできない。

 そこに現れた灯の技術は、騒ぎを起こさず修行するにはうってつけで、もしかすれば絶対的な力の差さえ覆す可能性さえあるとみている。

 

 何より……セルが見つめる先で、やや視線を下げて頬を朱に染めている少女が、限りない武の才能を秘め、それを自覚していなさそうだというのが我慢ならなかった。

 数多の天才武道家の細胞を持つセルにはわかるのだ。

 その才能に触れたい、育てたいという願望を無意識化で抱いてしまうのは……セルもまた武道家のようなものだからだろう。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 手を合わせて行儀よく挨拶をする彼女に、ようやく補給が終わったか、と息を吐いたセルは、「食休みです!」と無駄に気合いを入れて目をつむってしまった彼女に、もう少しばかり待たなければならないらしいとわかって腕を組み直した。

 

 ……自分のペースを崩さない奴だ。このセルを前にして。

 もし何か勘違いしているようだったなら、正してやらねばならない。自分がどれほど恐ろしい存在なのか……それを知った時、彼女がどういう表情を浮かべるのかという予想のみを楽しみに、緩やかに過ぎる時間を過ごすセルであった。

 

 

 

 

「改めまして、東山灯(とうさんともり)です!」

 

 1階にあるレッスンルームにて、セルは灯と向き直って改めて自己紹介をしていた。

 煌びやかなステージ衣装からレッスン用の赤ジャージへチェンジして、きゅっと靴音を立ててお辞儀をした灯が顔を上げれば、さらりと髪が揺れて、笑顔が映える。

 その背を映す鏡張りの壁に視線をやったセルは、姿だけならなんら遜色ないアイドルである灯が、なぜくすぶっているのかを疑問に思った。……特に興味があるものでもなかったのですぐ消えたが。

 

「年齢は11歳、趣味は読書とスポーツ、好きな食べ物は梨のタルト、特技はロンダートです!」

「……」

 

 そのくだりは毎回やるのか。というか前と内容が変わっている。彼女も試行錯誤しているという事だろう。

 

「アピールポイントは……瞳、でしょうか。夜のようで吸い込まれそうだってよく言われます!」

 

 ぎゅっと両拳を顔もとで握って得意満面の灯に、まあ、付き合ってやるかとセルは胸に手を当てた。

 

「私の名はセル。人造人間だ……趣味は、闘いかな」

「素敵な趣味だと思います!」

 

 がんばりポーズのまま大きく頷いてセルを肯定した彼女は、単に相槌を打ったのではなく本気で素敵だと思っているらしい。他人を好意的にしか見れないのだろうか。善性を信じ切っていそうな瞳のきらめきにややうんざりしてしまうセル。……好き好んでこういった手合いと付き合うのは本来遠慮しているところだろうし、手を組むのなら馬が合う相手がいい。たとえば、地獄で出会ったフリーザだとか、ああいった悪そのものとがやはり相性が良いだろう。

 フリーザと灯とでは……善悪は対極にあるように思える。少なくともこの少女が非行に走る姿を、セルは想像もできなかった。

 

「……?」

 

 見下ろしていれば、どうしましたかとでもいうように小首を傾げる彼女が悪に傾くような事は今後もなさそうだ。

 まだ年若く、将来どう成長するかもわからない段階ではあるが……これもまた勘である。

 酔いも苦いも知らない箱入りのようであっても、逆にいえばこの年で芯の通った性格をしているのだ、簡単には変わらないだろう。

 

 セルの中に一瞬よぎった、思想を植え付けて手先として育て上げて使ってやるのはどうだろうという考えはすぐ棄却された。

 部下など必要ない。そんなものを必要としない絶対的強者となるべくしてセルは生まれたのだ。必ずや自らの手でナシコらを打ち倒し、宇宙一とならねばならない。

 そのためには……こんな地球人の女にも付き合ってやらねばならないのだ。

 

「まず初めに言っておくが……私は善人などではない。ヒトを殺すことなどなんとも思っていないのだ」

「……?」

「……」

 

 きょと、とした顔をされて、セルは「少し脅してやるか……」という目論見が彼女に通用しないことに閉口した。……いまいちわかっていないようだ。あるいは、わかっていてそんな反応をしているのか。だとすればなかなかの女優だ。

 恐れられない、理解されない。なんとも不愉快な気分だ。

 

「ふふっ、はい、わかってます!」

 

 にっこり笑顔で言われても信用ならない。これは絶対にわかっていない顔だ。

 正しい人間とやらと真面目に付き合うとこういう気分になるのか、と、セルはげんなりした。

 

 ……しかし、だ。灯とてテレビ中継されていたセルゲームを見ている。目の前の怪物がどれほど常識外れの力を秘めているかはなんとなくわかっているのだ。

 今は大人しいセルがいつ豹変して襲い掛かってくるか……瞬きのうちに殺されてしまってもおかしくないし、張り紙で注意を促されていたように、尻尾の針で吸収されてしまうかもしれない。

 

 それでも頭ごなしに否定しないのは生来の気質のせいだろう。見て感じて、実際に付き合ってみて判断するタチらしい。今のところ彼女の危機意識に訴えかけるまでは至っていない。

 

「ではまず……君は気、と呼ばれるエネルギーを知っているかな?」

「気、ですか?」

 

 顎に指を当ててふむむとうなる彼女に、どうやら知らないようだと判断したセルは、まず気について教えることにした。より効率的に話を進めるならば、まずはここからだ。

 

「気とは、生きているものならば誰しも持つ力だ……私も、当然お前も持っているのだ」

 

 翳した手に光球を生み出せば、照らされた灯はじっと見入った。

 

「これが……私にも?」

「使いこなせるかは別だがね。こいつは破壊にもなれば癒す力にもなる。まあ、私の見立てでは、すぐにできるようになるはずだ」

「そう、なのでしょうか……」

 

 呟く声に含まれるのは懐疑心か。

 気そのものを疑っているのではなく、自分の才能を疑っているといったところだろう。

 

「まず体の中を巡る力を自覚するといい……気の存在を知った今なら容易いはずだ」

「や、やってみます!」

 

 それでも促されればすぐさま集中し始めるのだから、素直な少女だ。

 目をつむり、「血管かな」「神経かな」と探りつつ自分の中の力を感じようとする灯を、セルは腕を組んで眺めていた。

 

「むむむ……」

 

 ぎゅーっとつぶっていた目が、そのうちに八の字眉につられて力を無くしていく。

 どうやら感覚が掴めないらしい。それはそうだろう。あるから感じろ、なんて言われてもわからないのが普通だ。

 セルの予想に反して、10分経っても20分経っても、灯は気を放出するどころかその存在を知覚することができないらしい。

 見込み違いだったのか……それともなんらかの障害があるのか。

 次第に申し訳なさそうな顔をし始めた灯に苛立ったセルは、ショック療法で行く事にした。

 未だ目をつぶる彼女の首の下へ手を押し当てて、気を打ち込むという暴挙に出た。

 

「きゃっ! えっ?」

 

 当然デリケートゾーンに触れられた灯は飛び退いて胸を庇い、目を白黒とさせた。

 直接胸に触れられた訳ではないが、その上……鎖骨に触れた手の感触は彼女には些か刺激が強かったようだ。

 あまり他人に触れられるという経験がないゆえか長引くどきどきなどセルには関係ない。彼女の赤面など気にせずレクチャーを続ける。

 

「今のが気だ。感じられたか?」

「……あ、はい。暖かいものをぼんやりと……その、感じました」

 

 体を突き抜ける針のような衝撃と、じんわりと広がる生命エネルギーに、セルの手が当てられていた場所へ手を押し当てた灯は、これがそうなんだ、と呟いた。……灯は、気というものを感じたのは初めてだが、存在は知っていた。よくライブで見る綺麗な光線や花火がこれなのだろう。これもまたアイドルに必須のスキル……習得せねば!!

 

「これを……体の外に……」

 

 一度感覚さえ掴めば……。

 ……とはいかず、やはり灯は、気を体外に出すのに難航しているようだった。

 それでようやくセルも気づいた。

 

「なるほど、お前は気の総量が少なすぎるのだな」

「え?」

 

 そもそも土壌がなっていなかったのだ。ならばまずは戦闘力を上げるところから始めなければならない。

 とはいえ、それはセルの仕事ではない。今はただ気の存在を伝えただけで、手取り足取り教えるつもりはないのだ。

 

「では、今度は私の番だ。あの技術について教えてもらおうか」

「え、あ、はい!」

 

 むーっと体内で気を巡らせていた灯は、急な転換に慌てつつ、あれのことですよね、と確認をとった。

 人を容易く投げる柔術。

 セルはまず、それをいったいどこで覚えたのかを聞いた。

 

「それはですね、ネットです!」

「……」

 

 がんばりポーズで自信満々に宣言した灯は、セルが何も言わないでいると、恥ずかしそうに身動ぎした。大きな動作は意識してやっているのか、まだ照れが見える。

 羞恥を誤魔化すためか、灯はもう少し詳しい説明を加えた。

 

「うぇきで見たんです。かつて武泰斗様という人が編み出したものらしいんですが、それが本当かどうかわかるのは武の神様である武天老師様だけですね」

「ふん、武の神か……フッフッフ」

「?」

 

 その程度の戦闘力で神を名乗るとは。失笑するセルを、灯は不思議そうに見上げている。

 不思議なのは彼女の方だ。ネットの情報だけを頼りに技術を覚え、それを完全にものにしている。アイドルより武闘家を目指した方が大成しそうな才覚。実際、彼女の武の全ては独学であり誰にならったものでもない。そして本人は武という認識もなく、護身術よりの単なる運動の一つとして捉えている。

 ……ダイエットの方法を探している時に巡り合ったものだからだ。

 

「それでは、あの、僭越ながらレクチャーさせていただきますね! 人に教えた経験はないので不安ですが、精一杯頑張ります!」

「よろしくお願いするとしよう」

「まずは基本的な構えからですね。日常生活ではあまり取る機会がありませんけど……」

「ふむ」

 

 手本の構えを見せ、真似たセルにそそっと寄って僅かな位置の乱れを直す灯。

 

 こうしてセルと灯の訓練が始まり、初日は始終基礎的な事に努めるのであった。

 




TIPS
・技術
かつて武泰斗が編み出したとうぇきぺでぃあには記されている
そのためか、灯の動きにはどこか亀仙流を感じさせるものがあるようなないような

・吸い込まれそうな瞳
口説き文句
11歳には効果がないようだ……

・増加する体重
成長期。ダイエットの必要はない


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第六十八話 忍者ムラサキ見参!

令和初日に投稿しないのもどうかと思って急いで書き上げたぜYOYOYO!


 山の一角から光が溢れ、爆発する。

 あっという間に膨れ上がるきのこ雲から飛び出してきたのは、金色の戦士、孫悟飯だ。

 後方へ飛びながら眼下に広がる山林を険しい顔で見下ろし、精神を研ぎ澄ませて気を探る。

 

「──!」

 

 背後に気配を感じて急停止──首裏に突き刺さる肘鉄に硬直し、蹴りつけられて地上へと落とされる。

 地面に激突するまでに体勢を整えて着地し、空を見上げる。敵影はない。空には黒煙が広がるばかりである。

 

「っ……!」

 

 だからといって迂闊に飛び上がりはしない。ひたすらに気を静め、平静を保つ。

 激情を持てば遥かにパワーアップする悟飯の特性は強力だが、同時に細かな制御がきかなくなるという弱点がある。パワープレイができる状況ならそれでもいいだろうが、怒りに任せた攻撃で倒し切れた敵はこれまで皆無といってもいい。平静のまま十全に力を発揮できればそれが一番いいのだが……。

 

「!」

 

 音。気配。

 真横から迫るそれに反応し腹を引っ込めて飛び退った悟飯の前を腕が通り抜けていく。

 かと思えば翻って追い縋り、バク転する悟飯を追う。

 

 木々の合間に紛れ、落ち葉を散らして飛び回る悟飯を捉えきれず、どこまでも伸びる手は絡まり始めていた。

 目論見が上手くいった、と一瞬油断が生まれ、その時にはもう足首を掴まれていた。

 

「あっ──!」

 

 手は一つではない。隠れ潜んでいたもう一本によって振り回された悟飯は、いくつかの木にぶつけられた後に地面へと打ち付けられた。

 

「ここまでだ」

 

 仰向けに倒れた状態からすぐさま立ち上がろうとして、眼前に突きつけられた二本指に、バチバチと弾けるすさまじい気のうねりを目の当たりにして、もはや王手をかけられたと知る。少しでも動けば額を打ち抜かれて終わりだろう……。

 

「参りました……」

 

 あえなく敗北を宣言した悟飯は、しかめっ面で自分を見下ろすピッコロが技を解いて差し伸べた手を受け取り、立ち上がった。

 

「やっぱりピッコロさんは凄いです。強くなったつもりでしたけど、全然敵わない」

「ふん。それはお前の心に強くあろうとする焦りがあるからだ。本来ならお前とオレとでは……埋めがたい差があるのは事実だ」

 

 ピ、と指を差し向けられ、ボロボロだった山吹色の胴着を直して貰った悟飯は、新品の着心地に生地を叩きながら、焦りか、と胸中で呟いた。

 たしかに、それはある。強くなろう、強くなろうという気持ちは日々強まるばかりだ。

 ここ数日は特にその想いが深まっている。……神殿を訪れたナシコの話を聞いたからだ。

 

 

 ──奴はとてつもない修行を積んでいた。

 おそらくは未来になんらかの脅威が降りかかるためだろう。

 

 鬼気迫るナシコの様子を、ピッコロはそう悟飯に伝えていた。

 悟空が死んでしまったこともあるだろうが、それ以上に何かへの対策をしようというのが見てとれた。

 対処しおえた邪悪龍や何かとは別の、あるいはそれら以上の脅威を、未来を見る力で読み取ったのだろう。

 

「神の域に達した奴に勝てるイメージがオレにはまったく湧かん。悟飯、今のお前でもだ」

「はい……」

 

 セルゲームより先、悟飯は勉強の傍らにずっと戦闘力を伸ばし続けていた。

 もはやセルを倒した時よりずっと強くなっているだろう。

 それでも敵わないというのだから、ナシコの修行は相当過酷なものだったのだと想像できた。

 

 これでは平和を守ると宣言した自分が形無しだ。

 せめて、彼女が一人で背負い込んでしまわないよう……彼女一人に負担を集めないよう、並ぶほどの力を得なくてはならない。

 

「……」

 

 ぎゅっ、と拳を握る。

 トランクスを未来へ送り返した際に見たナシコの笑顔が、まだ頭の中に残っている。

 外向けの、当たり障りのないものだった。少なくとも仲間内でいる時にする表情ではない。悟飯は、彼女のそういう笑い方をテレビ以外で見るのは初めてだった。

 そして──時折薄く目を開けて、疲れたように力なく笑うその儚さに、触れる事はできなかった。

 

 お姉さん、と呼びかければいつだって屈託のない笑顔を向けてくれる彼女にそんな顔をさせてしまうほどの何か……。

 打ち破りたい。彼女の不安を晴らしてやりたい。

 ただひたすらに、今は彼女に安寧を与えてやりたかった。

 

 

 

「悟飯ちゃーん、ピッコロさー! お昼の時間だぞー!」

 

 思いつめるように俯いていた悟飯は、遠くから聞こえる幼い声に顔を上げ、そういえばもうそんな時間だ、とお腹を押さえた。戦闘から日常へ戻った意識はしきりに空腹を訴えている。

 

「よし、いったん休憩だ。昼食後15分の食休みを挟んで、もう一度オレと組手をするぞ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 厳しく指導をするピッコロに、悟飯は深く頭を下げて感謝の念を伝えつつ、引き続きの修行をお願いした。

 視線が外れた一瞬、仏頂面を綻ばせたピッコロは、悟飯が顔を上げた時にはむすっとした顔に戻っていた。

 こうしてピッコロに稽古をつけてもらいながら、悟飯は平和を守るために己を鍛えていた。

 

「悟飯ちゃん、飯食う時くらい超サイヤ人はやめてけれ」

「あ、はい」

 

 家に戻れば、悟飯の小さな母親がちょこちょこと動き回って配膳を行っていた。

 言われて、そういえばと超サイヤ人を解く悟飯。孫悟空との修行から続けて常時超サイヤ人を維持する訓練を継続していたが、今ではすっかり通常時と変わりなく、意識しないと髪の色が変わっているのさえ忘れてしまいそうなほどだ。

 お母さん、超サイヤ人嫌いだからな、と思いつつ席に着く。

 

 テーブルの上に所狭しと置かれた料理は、ほとんど全部が悟飯用だ。

 前にもまして悟飯の食欲は上がっている。消費するエネルギーが増えたためだろうか、チチは「悟空さが死んじまったのに食費が変わんねぇだ」と嘆いているが、息子の成長を嬉しく思ってもいるらしい。嫌な表情をしたことは一度もない。

 

「あまり動くと体に障るぞ。配膳ならオレがやる」

 

 ぱっとチチの手から皿を取り上げたピッコロは、チチを座らせると、台所とテーブルとを往ったり来たりして手際良くこなしてしまった。

 

「あ、ありがとな、でも気遣いは不要だ、まだまだ動けるべ」

「そういうな。お前は身重なんだ。少しは人を頼れ」

「ああ……」

 

 元気さをアピールしていたチチは、そう諭されて、少し張り出したお腹を撫でた。

 悟空が死ぬ前に残していった大切な命だ。何かあっては困る。

 

「楽しみですね」

 

 チチにとっては二人目の子供でも、悟飯にとっては初めての兄弟の誕生だ。

 いつか出会うまだ見ぬ家族を思うと、この時ばかりは戦いの事を忘れて、未来に思いを馳せた。

 

 

 

 

 東山灯(とうさんともり)は多忙である。

 広い屋敷に一人暮らしゆえ、やる事は非常に多いのだ。

 その一日をクローズアップしてみよう。

 

「……ん」

 

 鳴り響くカプセルホンのアラームを止めた彼女が寝ぼけまなこでベッドから抜け出したのは、深夜3時30分。

 洗顔に歯磨きに身嗜みにと身支度を整え、仕事に出る。

 新聞配達がてらにランニングをして、家に戻るのは4時頃だ。

 

「おはようございます! おやすみなさい!」

「……」

 

 レッスンルームに顔を出し、直立で瞑想するセルに声をかけてから寝室に戻り、6時まで眠る。

 起きればシャワーを浴び、布団を干し、洗濯だ。

 一日分の衣類を洗濯機に放り込んだら、お次は掃除。

 

「よし!」

 

 きゅっと布巾を額に縛り、軽装にてワイパーを抱える。

 広い屋敷を一人で掃除しきるのは一日では無理があるので、その日その日によって別々の個所を綺麗にしているのだ。

 両親が生きていた頃は住み込みで働くお手伝いさんもいたのだが、今はいない。灯が暇を申し渡したのではなく、親の新たな旅路の供になると書き残して姿を消したのだ。

 

 以降、灯はそういった類の者を雇っていない。

 遺産も無限ではない以上あまり手が付けられないし、何よりこうして自分の手でやらなければ怠け癖がついてしまう。単純作業は足腰を鍛えることにもつながる。これも練習だ。

 広い屋敷に一人は寂しいが、精神集中、練習に身を打ち込むにはもってこい。それに、本当に寂しくなったなら好きなアニメを流したり、推してるアイドルのライブ映像を流したりすれば賑やかになる。

 

「つう~っ……」

 

 窓枠に指を這わせて腹を見ても、埃はなし。

 今日の掃除は終了。廊下も窓もぴかぴかだ。

 

「やっぱりお掃除すると気持ちが良い! 心の掃除でもあるんですね!」

 

 一人元気に額を拭う灯の声が、日の差し込む廊下の向こうまで響いた。

 独り言も多くなって久しい。それでも彼女自身はいつでも元気だ。

 

 掃除が終わればようやく朝食。

 朝に料理をすることもあるが、もっぱらトーストやスープなどの軽いものですませている。

 重いものを入れるとこの後の練習に支障が出るし、太ってしまうからだ。

 

「ふむ、悪くない」

 

 最近はここにセルが加わったので、心なしか灯は嬉しそうだ。

 食べる人がいてくれる。一緒に過ごしてくれる人がいる。それだけで屋敷中に活気が満ちているように感じられる。

 緑黄赤色(りょくおうせきしょく)のスクランブルエッグは残さずセルの胃に消えた。ぱちぱちと手を打って灯も喜んでいる。

 

 午前はレッスンルームでセルとの組手だ。

 以前までは、一般的な勉強や社会学習に、習得した技術を忘れないよう復習する時間が充てられていた。

 

「ぬ!」

 

 静の動作。

 空気を割く音も無く、かつ超速度で放たれた手が灯の袖口を掴もうと伸びて、逆に手首に絡みついた細指に撫でるように捌かれ、回転のエネルギーは腕を伝わってセル本体までもを襲い、あっと声を発する間もなくぎゅるりと一回転。その場に叩きつけられてしまう。

 

「くっ!」

 

 倒れた体勢から足払いを仕掛ければ容易く灯は倒れるだろう。というか両足が吹っ飛ぶであろうが、それでは修行にならない。悔し紛れの声もそこそこに立ち上がったセルが口角を上げて余裕をきどる。

 

 基本的な技術の型を覚えたセルであったが、未だにただの一度も灯を投げられた事は無かった。どころか、力をもってしてよろめかせられた事もない。彼女の体幹は樹齢1000年の樹木のごとく根付いて、どっしりとして動かず、だというのに足捌きはその年の少女の軽やかさを遺憾なく発揮するのだ。

 

 そこから放たれる"技術"のすさまじいこと!

 ステージで見た投げの技術など灯の持つ力の一端でしかなく、短い期間でセルは何度も灯を評価し直していた。

 気はない。パワーもない。スピードだって一般人の枠を出ない。

 "技"一点特化……! まさに究極。

 

 その技術が、研磨されきったそれがセルの奥底に眠る武道家としての神経を刺激してやまない。核がうずいてたまらない。

 

「セルさん、力みすぎですよ。風のようにあれ! です」

「そうかね。では、そうするとしよう……」

 

 おそらくは彼女の愛読する漫画や小説から取ってきた台詞での指摘なのだろうが、的を得ている。

 最小限にパワーを押さえたつもりでも、絶対強者であるセルはどうしても力が入ってしまうのだ。

 手加減というものが如に難しいかを思い知らされる。

 

「どうにも緊張しているようですね。リラックスしましょう!」

 

 深呼吸~、と目の前で息を吸い、吐いてみせる少女に、セルはやや口角を下げて、渋々真似た。

 

 万一少しでも力を込めた指が灯に掠りでもすれば、その瞬間に少女の命は散るだろう。

 そうすれば技術をものにしようというセルの目論見も破綻してしまう。……余計に神経を研ぎ澄ませてしまうのは仕方のないことだ。

 

 だが、だからこそ習得しがいがあるし、加減の訓練をするにはもってこいの相手だった。

 技術の強さの一つは動きの緩急にある。駆動する筋肉が強張る瞬間、緩む瞬間がラグなくあり、一切の無駄を捨てて襲いくる。

 一度掴まれれば抜け出すのは厳しい。逃げようとする力さえ利用されて自分に牙を向くからだ。

 

 

「はい、落ち着きましたね! それではもう一本!」

「では……お相手願おう」

 

 さっと構え、近距離からの掴み合い。

 この距離なら初速から音を超える速度で貫手を放つセルの圧倒的有利があるはず。

 腕の長さによるリーチもある。大人びているとはいえまだ子供の彼女は手も腕も小さく、だというのに──。

 

「はっ!」

「ぬぅ!?」

 

 後の先。

 見えるはずのない手を絡めとられ、引き倒すように捌かれていた。

 よろめくセルの真横を通った灯が構える。まったく姿勢に揺るぎはない。セルも倒れはせず、立ち位置を入れ替えただけ……。

 ……いや、組手を続けるために"あえて転ばされなかった"のだ!

 

 投げだけではない。受け流す技術も相当なもの。

 涼しげに待ちの姿勢に入る灯に、セルは攻めあぐねてしまった。さらにスピードを上げたところで、この距離では灯の独壇場だ。おそらくは直前の姿勢から行動を読んで合わせているのだろう。

 

 ならば……。

 

 スピードのギアを上げ、これもやはり灯には見えない速度で手を伸ばす。

 そしてこの限りないスピードの世界にて姿勢を変え、足の位置を入れ替え、真横から腕を掴む。

 

「っ!?」

「もらった!」

 

 直前から予測するなら、認識できない間に動作を変えてしまえば良いだけのこと。掴んでしまえばこっちのものだ!

 ぐんと腕を引っ張り上げ、足を浮かせて無防備にすれば、足が接地し腰が回らなければ使えない"技術"は打つ術なし。

 そう勘違いしていたのも束の間のこと。軽々浮き上がる少女の足が胸に押し付けられ、そこを起点に腕を取られて外される──人外の力で握っているのだ、赤子の手を放させるような手軽さで脱せるものではないはずだというのに──、たんっと胸板を蹴りつけられて宙返り。

 

 翻る黒髪に、ならば着地する前に、と踏み込んだセルは、今度は技術を振るうために襟と腕を狙って掴みかかった。

 ほとんど同時に伸びてきた彼女の手がセルの両腕を滑り、とっと着地する灯と同じくして床に顎を打ち付けたセルは、今、何が起こったのかを一瞬理解できなかった。

 一秒に満たない時間の不理解。さりとて、超スピードの攻防を可能とするセルの意識に空白を生み出すとは。

 

「……」

 

 立ち上がる頃には何をされたのかは理解していた。

 着地へ向かう力の流れを全て押し付けられたのだ。

 

「……これは……」

 

 投げる、捌く、受け流す。

 柔術の流れを組むその技術を、よもや足場のない空中で受けるとは。

 先程の、胸を足場にされたそれとは違う。

 

 ……気だ! 気を使ったのだ!

 戦闘力が上がり、体外に出せるようになった気を用いて流れを生み出しているのだ。

 それはいうなればどこでも十全に技術を発揮できるようになっているということを意味するし、灯の取れる手が無制限に増えているということでもある。

 

 進化している……。彼女の技術もまたパワーアップしているのだ……このセルとの組手で。

 そうだ、彼女は独学でこの技術を習得したと言っていた。この誰もいない屋敷でだ。

 組み合う相手などおらず、前に暴漢相手に発揮していたが、あのような事も稀なのだろう。

 つまり対人経験を積むのはセルとが初めてに等しく、ほとんど0だった経験値が急速に積まれているというわけだ。

 

「では、今度はこっちが仕掛けますので、返してくださいね!」

 

 きりりと表情を引き締める彼女はそれを自覚しているのかどうか……ゆっくりとした動きで二歩詰め寄り、そうっと手を伸ばして手首を掴んできた彼女を見下ろしつつ、未だ底知れぬ才能を秘めた少女を上下さかさまになりながら眺め、ドカ! と後頭部を床にぶつけた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい!?」

 

 慌てて助け起こす灯だが、ぼうっとしていたセルが悪いのだ。それにダメージなど皆無なので心配するだけ無駄である。膝に乗せたセルがじっと中空を見つめて考えごとをしているのを、灯はどうすればいいのかわからず困った様子で見下ろした。が、すぐに彼が起き上がったので──真上から見下ろすと胸が邪魔なのでやや前傾姿勢だったため、むくりと起きた際にひっくり返りそうになった──特に何かある訳でもなく、組手に戻った。

 

 およそ1時間ほど投げられ続けたセルは、今回もまた、彼女自身が「技の練習です!」と投げさせてくれる以外に技術による攻撃を行えなかった。……受け身の取り方がより完璧になったのは特筆すべきかどうか。

 

「ふうっ、今回はここまでにしましょう! 汗を掻いてしまいました……」

「お付き合いいただき感謝する。ゆっくり湯に浸かってくるがいい」

「もうっ、そんなにいっつもお風呂に入るわけじゃないですよ! シャワーだけです!」

 

 ジャージの襟に指をひっかけてぱたぱたと仰ぐ彼女は、言うほど汗に濡れてはいない。

 そして何が琴線に触れたのか、少々不満げに、というか恥ずかしがってぷりぷりと怒る。……ここら辺の少女の心模様はセルにはさっぱり理解できない。

 

「……」

 

 きゅ、と靴音を鳴らしてレッスンルームを後にする灯の背を、セルはじっと見つめていた。

 おもむろに腕を解き……がば、と腕を開いて襲い掛かる!

 

「む──!」

 

 完全に不意をついた攻撃は、灯が視界から消える事で空振りに終わる。

 高速移動──否、そんな芸当は彼女には不可能だ。

 ならばなぜ消えたのか。答えは、単純。

 

「は!」

 

 背を丸め、一歩後退した灯はセルの懐に入り込んでいた。背中がセルの体に密着し、伸ばした腕がセルの片腕を取っていて。

 

「うぐ!」

 

 気合一声(いっせい)、セルは背負い投げのようにして叩きつけられてしまった。

 

「ふ、不意打ちはずるいじゃないですか!」

「……」

 

 腰に手を当てて覗き込む少女を見上げ、さすがに苦笑いを零したセルは、悪びれもせずに立ち上がった。そうして、ちらちらと振り返り警戒しつつ退室する灯を今度こそ静かに見送った。

 

 ……背負い投げ、といえば単純に聞こえるが、投げる一瞬、灯の全身が活動していた。

 腕を引く手はもちろん、密着した背中は、そう、足から昇る捻りのエネルギーを余すことなくセルの力を受け流す事に費やしていた。そうして体全体を使っての投げは、まるで攻撃された実感のない不可思議な状態を作り出す。

 力加減を誤って自ら転がってしまったと錯覚してしまうほど彼女の受け流しは自然なのだ。

 

「……」

 

 自らの手を見下ろしたセルは、それを眼前に鋭く突き刺し、仮想の相手を空間に投射して一心に型の反復練習を始めた。

 

 余談ではあるが、武泰斗の編み出した技術であると灯が語っていた一連の技は、もし本当にそうであるならセルの頭の中に最初から入っているはずだ。

 そうでないのだから……お察しだろう。

 

 とはいえ、そんな根も葉もないもので灯がここまで強くなれるかは疑問なので、何か元になるものはあったのだろう。それもぜひ知りたいものだと考えたセルは、現在パソコンの使い方を灯に習っている最中である。

 推しのAItuber、というのをやたら見せられた。

 

 

 シャワーを浴び、昼食を()り、食休みを挟んだ灯の午後の予定はまちまちだ。

 ひと月に一度の頻度でオーディションなどに向かったり、勉強のために野良のパフォーマーの鑑賞に向かったり、ダンスレッスンやボーカルレッスンに励んだりする。もちろんビジュアルを磨くのも忘れない。流行りのスタイルを積極的に取り込んでヘアアレンジをしたり、合う衣服を探したり。

 オーディションに落ちたりしてもこれは変わらない。

 

 くよくよなんかしてる暇はありません! 前進あるのみ! です!

 

 夢に向かって全速前進、全力投球。アイドルに涙は似合わない。ハンカチは引退まで仕舞っておくもの!

 その信念のもと、つとめて日常生活を送る灯。素直で、まっすぐで、ひたむきで……健気な少女に触れることで、セルの挙動にもやや変化が表れ始めている。

 とはいえ、それはまだほんの少し。人間という存在を惜しく思い始めた、という程度。

 あっさり消し飛ばそうとした地球によもやこれほどの逸材が潜んでいるとは思っていなかったのだ。知ってしまった以上は、『地球ごと消えて無くなれ』とは言えなくなっただろう。

 

 

 

 夕方には風呂に入り、しばらくはリラックスタイムだ。

 鑑賞目的にアイドルのBDを見たりしてまったりと過ごす。

 

 寝る前までもう一度セルと組手をする事もある。これはセルの側から申し出た場合のみだ。

 なければ灯は早い時間にベッドに入るし、睡眠を必要としないセルはイメージトレーニングの中でナシコを始めとする戦士達と戦い続ける。

 

 これが、ここ一ヶ月までの彼女達のもっぱらのスケジュールである。

 

 

 

 

「視線を感じるんです……」

 

 ある日、思いつめた表情をした灯に食事の席で事情を聞いたセルは、面白い、解決してやろう、と手を貸すことにした。

 話によれば、セルと出会った時あたりからなんとなくそういうものがあるような気がしていたらしい。

 これがまったくセルにはわからない。この家を監視しているような気の動きは感じられないし、セルには視線もこないためだ。

 

「私に一切気取らせないとはな……」

 

 ともに生活してきておいて、今の今まで気づかなかったのが気にくわない。面白いとは言ったが、不快感の方が強かった。

 

「あ、ありがとうございます! お願いします!」

「任せておくといい……」

 

 ぱあっと表情を明るくさせた灯は、ようやくいつもの調子を取り戻し始めた。

 そもそもセルがわざわざ話を聞こうと思ったのは、最近の彼女がかなり参っていたからだ。訓練の際も技にキレがなく、まったく練習にならないほどだった。

 

 外出の際はもとより、寝室にいる時も、お手洗いに入っている間も、浴室にいる時も感じる視線に、能天気で性善説を信奉していそうな彼女もさすがに困っているようだった。

 

「こんなこと、友達には相談できませんし……セルさんならどうにかしてくれそうで、安心しました!」

「フフ、もっと私を頼るのだぞ」

「はい!」

 

 気さくに言葉を交わす二人だが、セルの狙いは別にあるのだ。

 というか友達いたのか、という疑問を隠すためにちょっと笑ってみせたのもある。

 失礼な話だが、これでも灯の交友関係は広い。ネットの友達ではない。前に学校に通っていた時の繋がりが残っているのだ。

 

 とはいえ、年頃の少女のデリケートな場所にまで踏み込んだ話題はさすがに振りにくい。その点、超常的な存在であるセルならば話すのに苦はなく、また言葉通り頼もしくも思える。……友達を頼りないと思っている訳ではない。同年代の友人ゆえ、彼女らもまた子供なのだ。一歩大人びている灯にとって、こういった嫌な話をするのは憚られた。

 

 さて、ではその視線の正体……仮にストーカーと呼称するにして、いったいどうやって正体を突き止めるのか。

 セルは、もっとも単純な手を取った。すなわち、四六時中灯について回ることにした。

 

「……ええっと」

「安心すると良い、私はごく数秒眠れば睡眠はそれで事足りるのだ……24時間体制で監視する事を約束しよう」

「いや、ですね……あの」

 

 困り眉で何やら言いたそうにしていた灯は、はっきりとしない物言いを無視したセルによって第二のストーカーを得た。

 死力を尽くして朝晩の寝室への侵入はやめてもらって、お風呂どきは脱衣所までならと譲歩し、もちろんトイレも10メートルは離れてもらうよう懇願した。

 重ねていうが年頃の少女である。もう少し手心がほしい。

 

「困っているのを助けてやろうとしているのだがね」

 

 わざわざ、このセルが、という不満を隠そうともしない彼には、一生経っても女の子の心情など理解できそうもない。

 

 さて──。

 憎きストーカーの正体は、三日ほどで判明した。

 その間副次的に見つかった変質者数名とのドタバタコメディは割愛するとして、東山家の敷地内にある林にて、セルと灯はようやく正体不明の存在を追い詰めたのである。

 

「いつまでそうしているつもりだ。出てこんのなら辺り一帯を吹き飛ばしてもいいのだぞ」

「やめてください!?」

 

 茂みの向こう、木の影に潜む存在へ向けて警告を飛ばすセルの腕に縋りついて止める灯。

 ここには動物たちもいっぱい住んでいるのだから、もっと穏便な方法を!

 その訴えを無視して手を伸ばしたセルに、相手も黙ってはいられなかったのだろう。

 

「……」

「あれ、お、女の子……ですね?」

 

 す、と木の影から出てきたのは、ほんの小さな子供であった。

 紫の和装に、腰に差した刀。紫の長髪を背で細く結んで流した、いかにも忍者といった風貌の……人造人間。

 

「ようやくおでましか……気を感じられないから、そうだとは思っていたが、やはり奴の手の者か」

 

 きょどきょどと視線を彷徨わせて混乱している灯は放っておいて、淡々と事実確認を取るセル。

 大方、目的は監視か。ナシコが言っていた「騒ぎを起こせば殺す」を有言実行するための措置だったのだろう。

 灯ばかりに視線がいっていたのは、なるほど、そうすれば行動を共にするセルの動向は探れるし、セル自身には気取られない、良い手だ。

 あるいは、セルが寝食を共にしている人間を珍しがったのか、手を組んだ悪人かと疑ったのか。

 

「先に言っておくが、こいつは底抜けの善人(バカ)だぞ?」

「ばっ、え? なんでわるくち言うんですか!?」

 

 過剰に反応する灯より前にセルが出れば、腰の刀を逆手で抜いて構えたムラサキは、据わった目でセルか、あるいは灯を見据えた。

 

「お前を殺すぞ」

 

 剣呑な雰囲気に、流石の灯も押し黙った。

 殺気は本物だ。前に見た無邪気な子供らしき姿などどこにもなく、暗殺者然として立つ人造人間が襲い掛からんとしている。

 

「大きく出たな」

 

 気は感じ取れないが、こいつら数体のシリーズの戦闘力は蚊ほどもない。

 あるいはパワーアップしていたとして、問題など何もない。

 構えを取ったセルは、余裕の笑みを浮かべながらも真剣な目で目の前の少女を見つめる。

 何事にも想定外はあるものだ……。そんなものは考えるのもプライドが傷ついて癪だが、もしもの時は「け、喧嘩はやめましょう? ね?」と困っている灯を掴んでどこかに逃げなければならないだろう。

 せっかく安穏としていたというのに、向こうはどうしても騒ぎを起こしてこちらを殺しておきたいらしい。

 

 ……だが、技術を試すにはこの実戦の機会は歓迎すべきでもある。

 戦いの気配に戦闘民族の血が騒めき、セルは、知らずのうちに笑みを深くしていった……。

 

 




TIPS
・忍者ムラサキ
タイトルオチ。戦闘力は100万とちょっと
同一個体の基礎戦闘力は一律53万だが
トランクスらと戯れた際に上昇している
その真意はいったい……?

・東山灯
日常生活赤裸々系アイドルの卵
身体データやら諸々のプロフィールはカラーシスターズ全てに共有されてしまった
戦闘力は97


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第六十九話 vsニンジャ、そして……

私「ごめんよ東山(とうさん)--!!」
セル「どうした月日星夜。なぜ(ともり)に詫びる!?」
私「GWにはいくらでも書く時間があったのに……私はそれを…… ド ブ に 捨 て て し ま っ た !」

私「GWにこそ読んでくれる人が増えてくれるはずだったのに……! 私は……!」

茶番休題

バルバトスはもっとQP落としてくれてもよかった


「私を殺すだと? よく言う……」

 

 失笑を禁じ得ない。口元に指を当てて笑うセルのこれは、実際はポーズだけだ。

 心のどこかで侮ってはいても、意識の上では警戒している。今の今まで、今日この時までこのセルに気取られずにいたのだ……そして、東山家の林にて追い詰めた今でも逃げようと思えばいくらでも逃げられるはずだというのに、こうして姿を現した。

 勝算があるのか……はたまた何も考えていない馬鹿か。

 

「お前のせいでお母さんは傷ついてるんだ……許せない!」

「……?」

 

 逆手に握るプラスチックの刀を構え、極低姿勢のムラサキが憤るのに、セルは数瞬意味を理解できなかった。

 無から産み出された彼女達姉妹に実の母など存在しない。あえていうなら500号が創造主であろうが、セルと彼女との関りなど薄すぎてどうにも言いがかりにしか感じられない。

 

 であれば、おそらく母とはナシコのことだろう。眠るムラサキを膝に乗せてベンチに腰かけていたナシコの姿は記憶に新しい……忌々しくも瞑想の中で、ただの一度も勝利できていない純白の姿を頭の中から追い出したセルは、目を泳がせて赤面するムラサキに、予測は正しそうだと判断した。どうにも「お母さん」というのは言い間違えただけらしく、誤魔化すようにうーだのあーだの呻いている。

 

 それにしても、だ。あの日のナシコは様子がおかしかったが、とても傷ついているようには見えなかった。だが、傷つくなら存分に傷つくといい。それはセルにとって朗報だ。弱るなら勝手に弱っていればいいし、何か辛い思いをしているならいい気味だ。そのまま這い蹲っていてくれればなお良い。だが死ぬのだけは許さない。その命は必ずこのセルが奪うのだから。

 

 今はナシコよりも突撃してきたムラサキの処理が先だ。セルの知識にも忍者というものはある。果たして彼女のそれがごっこ遊びレベルなのかどうか……武器がおもちゃであるからといって油断はできない。そんなものは気でいくらでも強化できる。

 

「では、どうやって私を殺すのかな?」

「……」

 

 即座に仕掛けてこない事で、彼女自身がセルを超えているとは思っていないことがわかる。

 おそらく戦闘力は高くない……。いや、実際に組み合ってみればすぐにわかることだ。

 

「ぼ、暴力はいけません! 相手は子供なんですから!」

「死にたくなければ離れている事だ……巻き込まれても私は知らんぞ」

 

 ぴぃぴぃと小うるさい注意を繰り返す小娘が緊張感に欠けていて邪魔だ。

 本当に巻き込まれて死なれてしまっては困る。

 仕方なくセルは彼女を見下ろして、安心させてやるための方便を使った。

 

「もちろん、加減はしよう。君を追い回していた理由も聞かねばならんしね」

「でも……」

「私は嘘は言わんぞ? ……わかった、できる限り傷つけないように努力しよう」

 

 能天気な癖にこういう嘘には敏感で、眉をひそめて窺ってくる(ともり)に、セルはうんざりした気分で傷つけない事を確約した。

 こうでも言わないと離れてくれそうにない。というか、セルや相手がどれ程のパワーを持っているのかを理解しておらず、離れる素振りがない。

 

「では……」

「てい!」

 

 それをわからせるために指を差し向けて気功波を放ったセルは、切り払われて二つにわかれる光線に、やはり彼女は同一タイプより実力が高いようだと感じた。もっとも、それもほんの僅かのようだが──いずれにせよ、この半年で元の実力に戻り始めたセルの敵ではない。

 

 二筋の光が地面に着弾し、爆発する。

 

「きゃっ!」

 

 お互いにとって大した威力のない気功波も、灯にとっては大災害だ。吹き荒ぶ木の葉と腐葉土から顔を庇った彼女は、それでもなお相手の身を案じているようだった。

 

「これからの戦いのレベルは理解できたかな? わかったなら下がっているがいい」

「う、は、はい……」

 

 これもまた仕方なくセルが促しても、灯がそういった躊躇のせいかこの場から離れるまで随分時間がかかった。

 後ろ髪を引かれるように、けして背を向けずにそろそろと後退していく彼女がもどかしくてたまらない。組んだ腕をトントンと指で叩きながら、彼女の気が十分離れるまで待つ。

 ……動きが止まった。林から抜け出しきっていない。……それ以上離れるつもりはないようだが、もういいだろう。

 

「邪魔者は消えたぞ。さあ、どうでる? デク人形」

「む、そんな挑発には乗らないよ! ……私にはムラサキってちゃんとした名前があるんだから!」

 

 歯を剥いて唸る姿はどう見てもセルの適当な挑発に引っかかっている。

 この反応にもうんざりしてしまう。ガキが……。こんな相手に警戒するのがばかばかしくなってきてしまったが、それでもセルは警戒を解かなかった。この子供らしい動作さえブラフかもしれないからだ。……可能性は限りなく低いが。

 

「ふん、すぐやっつけちゃうんだから! ムラサキの忍術に驚くなよー!」

「そいつは面白そうだ。ぜひ見せてもらいたいものだがね」

 

 忍術などという子供騙しで得意になる少女の目は、すっかり普通の輝きに戻っている。落ち着きなどなく、ともすればただの子供にも見えてしまう。

 だがあくまで彼女は過剰な戦闘力を与えられた機械人形だ。すうっと表情を無くして背筋を伸ばすと、逆手に持った刀を胸元に、二本指を伸ばした手を空へ向けた。彼女の思う忍者とやらの構えか。

 

「忍法・風隠れの術」

「む……」

 

 感知不可能の気によって風が巻き起こり、運ばれてきた木の葉が列をなしてムラサキを囲む。

 その中へ溶けて消えた彼女のいた場所に拳を突き立てたセルは、葉のみを散らすのに舌打ちをした。

 

「厄介な……!」

 

 いったいどのようにして消えたのかはわからないが、こうなると気を感じ取れない人造人間というのはやり辛い相手だ。

 五感を研ぎ澄まし、風、土、木々、そして葉の音や動きを探る。

 たとえ気配がなくとも動けば必ず痕跡が残る。そこを読み取れれば……。

 

「──!」

 

 ザッ、と腰を切りつけていく影に遅れて気付いたセルは、茂みに消えていくムラサキをまったく感知できなかった。

 

「なに……!?」

 

 音などしなかった。今、茂みに飛び込んだ際もまるで音だけが切り取られたように不自然な静けさを保っていた。

 そんな馬鹿な。いや、ステルス機能……消音……あの機械人形は今は亡きドクターゲロが作ったものではない。自分の知りえない機能の追加などいくらでもできるだろう。

 

「ぬお!」

 

 ザッ、と胸を斬りつけられ、僅かに身動ぎする。

 ……やはり察知できない。反対の茂みへ消えていく背へ光線を放っても、爆散するのは地面や木ばかりで当たらない。

 単に透明になっているわけではないのか? 実体まで隠しているのだとしたらかなりの技術だ。500号の才能を侮っていたようだ、と、セルはウィローへの評価を上方修正した。

 だが……。

 

「フ……」

「……!」

 

 ズ、と肩を通り抜けていく硬い感触に、しかしセルは殆ど揺さぶられもせず立っている。腕を組み、肩を竦めて笑ってまでみせた。

 

「なるほど? その能力、そしてスピードは評価に値する……だが、こんな攻撃では私にかすり傷一つ負わせられんぞ」

 

 辺りに視線を巡らせながらセルが語れば、心なしか息を呑む気配があった。

 以降は変わらず姿もなく気配も無く音もない。草木を揺らして飛び出す影に身構えたセルは、それが騒ぎに煽られて逃げ出してきた動物だとわかると、すぐに視線を逸らした。

 ……その陰から飛び出してくるかと注意が逸れているように見せかけたのだが、そういった奇襲はないようだ。

 

「……好きなだけやるといい。私も経験を積ませてもらうとしよう」

 

 ゆっくりと構えつつ、それでもまだセルは警戒を解いていない。いくら子供のような見た目でも、無駄とわかる攻撃を繰り返すような馬鹿ではないはずだ。軽い攻撃しかできないと油断させようとしているのではないかというのがセルの睨んでいるところだ。

 ただでさえ戦闘力が絶対的な差となる戦いの世界では慢心、油断しやすい。隠し玉がある場合致命的なことになりかねない。

 

 たとえば……半年前に戦った孫悟飯らとの戦いで、彼らが挑発していたように、追い詰められたセルが地球諸共自爆する選択をとっていれば……いくら地球の戦士達が強かろうと、地球も、そこに住む多くの人々も無事では済まなかっただろう。

 

 ムラサキが自爆をするとは思っていないが、何か一発限りの強力な攻撃を隠していても不思議ではないのだ。

 

「──!! ぬおお!!」

「っ!」

 

 ちょうど、バリバリと耳をつんざく雷音を響かせながら頭部への刺突を仕掛けてきたように。

 直前に聞こえた異音に咄嗟に頭を、体を傾けて直撃は避けられたが、過ぎ去っていくムラサキの体が弾丸そのもののようにセルの体を削った。

 

「ぬ、ぬぐっ!」

 

 これは……! おそらく、ムラサキ以外の気! 何も感知できないことを考えるに、威力的にウィローの気を封じていたものだろう!

 

 素早く正体を看破したセルは、だが傾く体が倒れてしまわないよう踏ん張るので精いっぱいだった。掠っただけだというのにこの威力……! 今のセルとウィローとでは、どうやら後者の方が戦闘力が高いらしい。この事実はセルに如何ともしがたい屈辱を与えた。

 

「くっ……そぉ」

 

 一転して下り立った少女は、悔しげに歯噛みすると、後方へ跳んで草木に紛れて消えた。

 即座に細胞を活性化させて再生したセルは、腕を振るって連続爆破を起こし、草木を根っこごと捲り上げて隠れたムラサキをあぶり出そうとした。が、飛び立つのは小鳥ばかり。細い悲鳴を上げて逃げ惑う森の生き物が逆にムラサキの痕跡を消してしまう。

 

 降り注ぐ土の雨の中、隙を見逃さずセルの死角から飛び出したムラサキが刀を突き出す。

 今度は察知されないよう突き立ててから隠された力を解放しようと目論み──微かに立ち位置をずらされ、躱されるのに目を見開く。

 

「単調だぞ!」

 

 腕を掴み取ったセルは、ようやくすばしっこいチビを捕まえられて口角を吊り上げた。タイミングをずらしたり、気取られないようにしてはいるようだが、必ず死角を狙うのでは読まれてしまうのも仕方ない。

 ようするに未熟なのだ。人造人間としてインプットした戦闘データはあるのだろうが、実戦経験が足りていない。その点は孫悟空ら歴戦の戦士と命を懸けて戦ったセルに一日の長がある。無論、研究の手伝いに生み出された彼女と戦うために生まれたセルとでは土台からして違うのだから比べてもしょうがないのだが。

 

「う、()っ……!」

 

 吊り上げた少女は灯のように抜け出しはしない。苦悶の表情を浮かべて足をばたつかせているだけだ。

 ここで殴打して壊してしまうのは訳ないが、それでは"技術"の練習にならない。せっかく実戦で磨く機会を得たのだ、これで終わらせてしまうのは惜しい……そう思案するセルの視線が、ふっと少女の腹から下へ移る。

 胸の下に巻いた布から零れ落ちた装飾が妙に視線を引き付け──カッ、と光が溢れるのに飲まれる。

 

「ぐ、こ、これは……!!」

 

 太陽拳のような眩い光に目を抑えて思わず固まってしまう。こすった目が回復するには少々の時間を要し、その時にはもう手の内に少女の姿はなかった。

 

「セルーーッッ!!」

 

 かと思えば、高所からの呼び声。

 背後の空を仰ぎ見たセルは、背の高い木の上に立つ少女を見つけ、ほぼ同時に眼前に迫る小型の太陽に咄嗟に飛び上がった。

 爆風を羽に受けて勢いよく空へ舞い上がり、動物達が逃げ惑う地上からムラサキのいる木へ顔を向けて。

 

「はっ!?」

 

 背を斬り付けるような悪寒に慌てて前転。迸る雷とともにプラスチックの刀が羽根を半ばから断つ。

 危ういところでメカフリーザと同じ道を辿るところだったセルは、再び奇襲が失敗したことに心底悔しそうにしている少女が、恐ろしい速度で学習し実戦に適応し始めているのを感じた。

 しかし、取る手は過去の再現。トランクスが行った動きとまったく同じなのは、データに基づいたものか……はたまた本人から聞いたものを実行したのか。

 

「ずあ!」

 

 気合砲を用いて小さな難敵を地上へと叩き落とし、自身もまた荒れた地上へ降り立つ。

 四肢で着地したムラサキに隠れ場所はもうない……という訳ではないらしく、空間に溶けて消えた彼女は、間を置いて死角からの攻撃を仕掛けてきた。

 

「……!」

 

 腰に深々と突き刺さる刀と、そこにいるムラサキに、セルはまったく表情を動かさず前方から迫る刀を指で挟んで受け止めた。

 ふっと背後で刀を突いて来ていた影が消える。残像拳に似た技……それを使って、先程指摘された単調さを克服しようとしたらしいが、しょせんは浅知恵。読むのは容易かった。

 

 指を滑らせ、スムーズに腕を掴んで引き、体勢を崩す。引っ張られるのに対抗しようとする力を利用してよろめかせ、慌てて振られた刀を僅かに腰を引いて避け、こちらへ向き直ったばかりのムラサキの袖口と襟を掴んで"投げ"に持ち込む。

 

「うわわ!」

 

 暴れようとする少女から八方へ発される力の全てを制御するのは、すべてにおいて完璧なセルでも難しい。両の手だけで捌いてやろうと神経を研ぎ澄ませ、呼吸さえ控えて集中したセルは、めちゃくちゃに喚いて逃げようとするムラサキに次第に顔を強張らせて、とうとう足を使って彼女の両足を刈った。

 

「ぎゃふっ! いったぁ~い!」

「チッ……!」

 

 強かに打ち付けた背中と後頭部に手足をばたつかせて悶えたムラサキは、ごろんと転がって距離を取ると、低姿勢で構えた。……睨みつける目に涙がたまって潤んでいる。

 対して、苦々しい表情を浮かべるセル。……足など出す気はなかったのだ。だが、まったく思い通りにいかず、ついやってしまった。

 人と比べるなどおろかなのはわかっているが、灯が両手だけで……時に片手のみで容易く己を投げるというのに、自分は完全に相手の体を掌握したというのに手間取ってしまった、それが心底苛立たせたのだ。

 

 とはいえ、未熟さを理由とした怒りは長続きしなかった。むしろ足を出してしまった事を恥じたし、なんならそれを詫びようかとも思った。

 プライドがほんの少し邪魔をして、「今のが失敗だったと思われるのは癪だな」、と取りやめたが。

 次はこうはいかない。次こそ完璧な"技術"を使ってみせる……!

 

「むむむ……こうなったら、奥の手だよ!」

 

 静かに燃えるセルの前で、サッと鞘に刃を収めたムラサキがやや興奮した面持ちで言う。「奥の手」が言いたかっただけなのをなんとなく察してしまって、勝手に体が痒くなってしまったセルは、誤魔化すように「ほう?」と大袈裟に反応した。

 

「奥の手か。であればこちらも相応の技で……迎え撃つしかあるまいな」

「そんなこと言ってられる余裕ある? これほんと凄いんだからね! ……怒られちゃうからね!」

 

 怒られるのならやらなければいいのに、刀を胸に抱いた彼女は目を閉じると、むーっと唸り出した。

 今度はどんな手品を見せるのかと静観するセルの前で、妙に鞘が輝きだす。……気は感じられないのだから、同じくウィローの気を借りているのであろうが、どうにも自信に満ちているのが不可解だ。

 

「偽装外殻限定解除。疑似龍球回路接続。これは──世界を守るための戦いである」

 

 光量が増えていくにつれ、光に隠れていく少女の眼が開く。紫水晶の輝きがセルを映し、世界の敵だと断じる。

 プラスチックが崩れて消えれば、真新しい刀身が姿を現す。

 

 何をするかと思えば……単なる"ごっこ遊び"ではないか。

 ただ何か壮大な技を放とうと見せかけているだけにすぎない。

 身構えていたセルは、拍子抜けしてしまいながらも、受ければダメージを負うために真剣に構え直した。

 

 腰を落とし、左手を前に、右手を後ろで上げて、どんな技でも返せるように。

 あらゆる計算を尽くして見出した、敵の動きを全て捉えて捌ける完璧な姿勢。

 こちらから組み付いての"技術"は今一歩足りないが、待ちの姿勢ならばどうだ……?

 

「"龍剣"……いくよ!」

「……!」

 

 ゆっくりと、逆手に持った刀を体の影へ隠していくムラサキに、そこから溢れ始める純白の気に、ようやくセルは「違う!」と気づいた。

 これはウィローの気ではない。同じ『感じられない』気でも、これは神の──!

 

「はぁああ!!」

 

 気合いの声と共に駆け出した少女に、心構えを崩されたまま対応しようと、硬くなる体を脱力させることに努めるセル。

 ──いや。もはや"技術"の経験を積む、など言っていられない。訓練ではなく命の取り合いのこの場においてセルが取るべきは全力を解放すること。

 

 即座に判断を変え、バッと腕を開いて気を引き出すセルの目前に迫ったムラサキが一息に刃を振るう。

 真っ白な刀身は先ほどまでのものと打って変わって静かなもので、薄布のような光をたなびかせて一刀のもとにに斬り伏そうと迫り──。

 

「やめてください!」

 

 悲鳴のような高い声が二人の動きを止めた。

 ……灯だ。すぐ近くまで来ていたらしく、傷つき蹲る小さな鹿のような動物の傍らから、懇願していた。

 

「ここで暴れるのは、やめてください……!」

 

 二つの視線を受けて、怯まずお願いをする彼女に、最初に矛を収めたのはムラサキだ。

 彼女達のぶつかり合いに煽られた森の生き物たちが遠巻きに窺っているのを感じた。

 灯の咎めるような視線と、彼女の庇う動物の怯える目がムラサキの戦意を削いだのだ。

 

 動物たちや森をめちゃくちゃにしてしまうのは本意ではない。やめてくれと言われて続けられるほど、非情にはなれなかった。

 

「あっ!?」

 

 ビッ、と鼻面を打たれたムラサキが倒れ込む。

 彼女に戦意がなくともセルにはあるのだ。仕掛けられた戦いを、頼まれたからといってやめるつもりはないし、矮小な生き物たちに配慮してやる道理もない。

 手を差し向けて地面を爆破するセルに、飛び上がって逃れたムラサキが木の枝の上に移る。やむなく構えた刀に反応してか、にわかにざわめきが広がった。

 

「みんな、怖がってます!」

 

 灯の必死の呼びかけも通じない。セルとムラサキはお互いのみを目に映して、戦いの姿勢を崩さなかった。

 キィ、キィ、グワウ。いくつかの動物たちは、その雰囲気を鋭敏に感じとって興奮してしまっている。灯が庇っていたものも足に負った怪我をそのままに立ち上がると、傍の木に体当たりを始めた。

 

「そんなっ、だめ!」

 

 慌てて抱き着いて止めた灯が、一緒になって木に打ち据えられるのに、ようやくセルの注意が少しばかりそちらに向いた。

 何度も木にぶつけられながらも必死に動物を止めようとしている彼女の身を案じたのだ。

 無論、そのままの意味だ。せっかくの"技術"の提供元が壊れてしまってはたまらないから、矛を収めようかと思っただけのこと。

 

「く、うっ」

 

 ついには投げ出されて倒れる彼女を哀れにすら思った。

 あれほど卓越した技術を持っていてもしょせんは子供か。パニックに陥る動物たちに飲まれてしまっている。

 なんだか興醒めしてしまった。……潮時なのかもしれない。技術の一端は掴めたのだし、後は自分で研鑽すればいい。

 なんとなく灯に抱いていた興味が失せたセルは、彼女に向けていた視線を切って遠くの空へ向けた。

 

 反対に、ムラサキの方はひたすら申し訳なさそうに灯を見つめている。

 ここを荒らす気はなかったのだ。ただ、慕っているナシコが元気がないその原因がセルにあると知って懲らしめてやろうと思っていただけで……。

 へたりこんで、興奮状態の動物達を悲しそうに見ている彼女に、そんな顔をさせるつもりはなかった。

 

「あの……」

「こうなったらもう、これは歌うしかないですね!」

 

 あんまりだから声をかけようとしたムラサキは、しかし急にきりっとした顔になって立ち上がった灯にぽかんとしてしまった。なんて……歌……?

 

「……?」

 

 脈絡のない言葉にセルも不思議そうに灯を見る。

 そして言葉通り、灯は突然歌い始めた。

 聞いたことのない曲だ。街で聞くようなものではない。ひたすら明るい曲調のもの。

 

「キュウ……キュウ……」

「クィ……」

 

 木に頭をぶつけていた動物も、怯えていたものも、高くまで響く声に動きを止める。

 胸に手を当てて歌う彼女は、楽しそうだった。気持ち良さそうで、だからそれが広がって、荒れていた動物たちの心を静められたのかもしれない。

 

「すごーい……」

 

 発想もそうだが、実際にそれを成し遂げられてしまうのも凄い。

 ムラサキはいたく感動した面持ちで灯をみつめた。観測するデータの上では、そこに超常的な要素は一つもない。本当に歌だけでみんなを助けたのだ。

 ……それって、とても、アイドルみたい。

 輝きの中で歌うナシコの姿を思い出して、懐かしくなった。

 

「ほう……」

 

 セルも少々感心しているようだ。"技術"の他に取柄はないかと思ったが、なるほどそれらしいこともできるのか。

 だから何、という訳でもないが、興味を失ったはずのこの場からセルが去る気配はなかった。

 

「すっ、ごいねー! お姉さん、アイドルさんなの!?」

「……」

 

 歌い終え、目をつぶって息を整える灯に駆け寄るムラサキ。

 傍らに寄った動物が見上げる中で、灯がそっと目を開く。

 

「こら! 暴れちゃだめでしょう!」

 

 びくり、ムラサキの体が跳ねる。

 軽くではあるが叱られてしまって、しょんぼりしてしまう。

 

「セルさんもですよ! 傷つけないようにって約束しましたよね?」

「……」

 

 それはそこの小娘に限っての話で、林も動物どもも関係ないはずなのだが。

 腰に手を当てて「私怒ってます」とアピールする彼女に触れると面倒そうだったので、そろっと視線を逸らして沈黙する事にするセルであった。

 

 

 

 

「それでずっと私達を見ていたんですね」

「うん……」

 

 家に通されたムラサキは、負い目もあるので、灯に問われるまま事情を語った。

 悪さしないように監視していた。誰に言われた訳でもなく自発的に。

 前にセルが見逃されたのは傍にムラサキがいたから、きっとナシコは手を下せなかったのだろう。だからムラサキは自分が動こうと思ったのだ。

 

「あのね、お姉さん。こいつすっごい悪い奴だから、一緒にいたら危ないよ!」

 

 その上で、セルの危険性を説いた。セルに関する情報は姉妹間で共有されている。本来の歴史でどのような悪行を行ったのかも、ナシコから話して聞かされているのだ。

 剣を教えてくれたトランクスを殺したこともある極悪人であるのは確かなのだから、一緒に住んでるなんて正気ではない!

 

「そうでしょうか……確かにちょっと乱暴ですけど、優しいですよ?」

「紳士ぶってるだけ!」

 

 この極悪生物を優しいなどと称する灯を、すでに毒されているとして嘆くムラサキ。……半年も一緒に過ごしていて普通にやってるなあとは思っていたけど、それはきっと、セルが猫をかぶっているからとか、なんか怪しげな術を使っているからだと思っていた。

 今わかった。これは単に、お姉さんが能天気なだけだ!

 

「『いただきます』も『ごちそうさま』も言えるんですから、悪い人ではないと思います!」

「良い子の条件だ……えっ、言ってるの? ほんとかなあ」

「言いますよ。ね、セルさん?」

 

 壁際に腕を組んで立つセルは、むすっとした顔で窓の外を眺めていた。

 そこはあんまり触れてもらいたい話題ではない。灯の機嫌を損ねないためにある程度の要望は飲んでいたのだ。食事どきに挨拶をする、とか……おはようやおやすみの挨拶をするとか……一度目はものを知らないのだと思われていたために、以降しっかりと挨拶をするセルを、灯は良い人認定しているらしい。

 

「騙されてるよ……」

 

 納得いかない。ぷうっと頬を膨らませたムラサキは、出されていたジュースを飲み干すと、音を立てて席を立った。

 

「じゃあ私、これからも監視するから。悪さしたらすぐ言いつけるからね!」

「好きにするといい。もっとも、返り討ちにするまでだがね」

「私とどっこいなのに勝てると思ってるの?」

「おやおや、機械の癖に手加減という言葉も知らないらしい。お勉強をしてはどうかな?」

「なにおー! やんのかぁー!?」

 

 険悪な雰囲気で睨み合う二人……余裕たっぷりのセルとむきーっといきりたっているムラサキとでは大人と子供だが、言い合う二人に灯は困り顔だ。

 

「もうっ、セルさん」

「フン」

 

 見た目的に大人に見えるセルの方を嗜めることにしたようで、ムラサキ側につく灯を、セルは面白くなさそうに見やった。なぜ私が咎められねばならんのだ、と顔に書いてある。

 

「あなたもですよ。喧嘩はいけません。見張っていたいなら、いつでも中に入れてあげますから」

「……いいなら、いいけど」

「それより、お家に帰らなくていいんですか? 親御さんが心配しているのでは?」

 

 マイペースに気遣う灯に、お姉さんほんと暢気だなあ、と毒気を抜かれてしまったムラサキは、セルへの敵意はいったん引っ込めて、彼女と向き合うことにした。

 

「だいじょぶだよ、帰ろうと思えばすぐ帰れるから」

「……? えっと、遊びにくるなら、ちゃんと伝えてきてくださいね。遅くなるようなら連絡をいれますから」

「遊んでるんじゃないんだけどねー……」

 

 『監視するなら家に入ってもいいから』が、もう『遊びに来るなら』に変わっている。さっきの戦いの規模をわかっていないはずないのに、どうにも子供としか見られていない。

 

「ごめんね、お姉さんの林めちゃくちゃにしちゃって。みんなにもごめんなさいしないとだね」

「ええ、はい。謝ればきっと許してくれますよ」

 

 言いながら頭を撫でられて、少し釈然としない様子のムラサキ。敷地内で暴れた事も謝ったつもりなのだが、灯は森の生き物についてしか口にしなかった。家のことは最初から怒っていないらしい。人がいいのか、自分がこんな見た目だからか……。

 いずれにせよ、きっとこの優しさに付け込まれてセルにいいようにされているのだろう。話してるとどんどん不安というか、心配になってきてしまって、そういう意味でもこの家にいるべきだ、と判断した。

 

「それじゃあお姉さん、お言葉に甘えてここにいさせてもらいます。私はムラサキ、今後ともよろしく!」

「はい、ムラサキちゃんですね、よろしくお願いします。私は東山灯です。自分の家だと思って寛いでもらって構いませんから」

 

 にこにこと承諾する灯は、まさかムラサキが今この瞬間からこの家の住人になったなど思いもしていないのであった。

 夕飯どきになれば自然にテーブルについていて、お風呂どきには灯が浴室に入るタイミングでするっと入って来てはいつの間にか洗髪してあげていたり、どこから持って来たのかパジャマを着て布団に潜り込んでくる少女に、あれっ? と首を傾げつつも、流されてしまう灯であった。

 

 

 ……ちなみに、灯作の料理を食べたムラサキは「データにない味!」と大喜びだった。

 

 

 

 

 ムラサキが東山家に入り浸るようになって1ヶ月ほどの時が経った。

 

 

「えっ、ムラサキちゃんってナシコちゃんの知り合いなんですか!」

「そだよー」

 

 ソファに腰かけ、棒アイスをくわえて漫画を読んでいたムラサキがこともなげに答えるのに、抱えていた毛布をぽとりと落として愕然とする灯。

 

「な、ナシコちゃんって、このナシコちゃんですよね!?」

「そーだよ」

 

 ビシッとテレビを指さして詰め寄る灯に、ページを捲りつつ答えるムラサキ。

 サッとカプセルホンを取り出して電源を入れ、待ち受け画面のナシコを突きつけられて、うにーっと頬に押し付けられながら漫画のギャグに笑う。

 

「こ、こ、このナシコちゃんですよね!?」

「そうじゃない? 見えないけど」

「そ、そんな……」

 

 数歩よろめくように後退したかと思えば、俯いて打ち震える彼女に、もぐっと一息にアイスを食べきったムラサキは、その過剰なリアクションを眺めた。

 薄々感じてはいたけど、やっぱりお姉さん、ナシコちゃんのこと好きなんだ、と。

 

 薄々も何も部屋にはポスターがどばっと貼ってあるし、頻繁にフラワープティングの曲を歌っているし、振り付けを真似ていたりもする。そこかしこにグッズがあって、たまにセルがじーっと見下ろしていたりするのだ、これで好きでなかったらなんだというのか。

 

 知り合いというよりは家族みたいなもんかな、なんて教えたら爆発しそうだなーと思いつつくわえた棒を上下させ、漫画に戻る。

 ちょうどトレーニングから戻ってきたセルが跪いて頭を垂れる灯に胡乱気な視線を向ける。

 

「き、聞いてくださいセルさん! ムラサキちゃんってナシコちゃんの知り合いらしいんですよ!」

「……」

「あ、知ってましたね! その顔はそうなんですね!?」

 

 何を言うかと思えば、今さらそんな話か、と無言でいるセルに縋りつくように寄った灯は、何がどうして興奮してるのか自分でもわからないようで、ぶんぶんと腕を振って気持ちを晴らそうとしていた。

 

「ナシコちゃんかわいいですよね! 凄いですよね、私の目標なんです! いつかナシコちゃんと同じステージに立つのが夢で……!」

「それで、今度の応募はどうだったんだ?」

「………………だめでした」

 

 興奮から一転、セルの問いかけにがっくりと肩を落とす灯。

 だいたいが書類審査で落ちてしまう世知辛いアイドルへの道。

 何が悪いのかを追求し研究しなければならないのだけど、今はそれよりこの衝撃を感じなければ。

 

「いいですよねナシコちゃん、私、映画『たった一人の最終決戦~宇宙の帝王フリーザに挑んだ誇り高きサイヤの戦士バーダック~』に登場する妖精に扮したナシコちゃんが大好きなんです! 小さいナシコちゃん、素敵ですよね! この時の流行りで髪のアレンジがですね──」

「ねー、この棒捨てといて」

「それくらい自分でやれ」

 

 ぴ、と投げられたアイスの棒をセルにでこぴんで弾き返されて頭部に受け、ソファからずり落ちたムラサキ。

 二人ともに灯の言葉に耳を貸していない。時折トリップする灯は、こうなると長いので相手をすると疲れるのだ。下手に口出しすると派生して余計に長くなる……。一通り語り終えると満足するので放っておくのが吉である。

 

「──ですから、私も頑張れるんです。落ち込んだり、くよくよなんかしていられません! 前進あるのみ! です!」

 

 十数分語り通した灯は、片や漫画を読み耽っていて、片やカップを傾けつつ小説を読んでいるのに、ちょっと落ち込んだ。しかし言葉通りくよくよしてはいられない。いつかアイドルになる事を夢見て頑張るのみだ。

 そうだ、ナシコちゃんのついったを見て元気を貰おう! とカプホを持ち上げた灯は、浮かべた笑顔をびしっと固まらせた。

 

「ナシコちゃん、引退……? あ、ぇ……?」

「んぇ? なに、どしたの?」

 

 先程とは違うベクトルで変になった灯に、さすがに漫画を放って近寄ったムラサキは、彼女の手から零れたカプホをキャッチして画面を見た。

 トレンド一位に、ナシコ引退!? の字が躍っている。

 

「え、ナシコちゃんアイドルやめちゃうの!?」

「そ、そんなあっ!」

 

 思わず声を上げれば、反応して灯も頭を抱える。

 やめる、だなんて想像もつかない。だって彼女はムラサキが生まれる前からずっとアイドルで……。

 

「そんなの、考えたこともありませんでした……。だって、ナシコちゃんは、私が生まれる前からアイドルで……ずっとずっとそうだって、思ってて……!」

 

 灯にとってもそうだ。

 永遠のあこがれであり、変わらない偶像だと思っていた。

 それが今、崩れようとしている。

 

「きっと、きっと、何かの間違いです……!」

「そ、そうだよね、そんなのおかしいもん!」

 

 二人でカプセルホンを覗き込んで情報を集め始めてはいるが、お互い、これが嘘や誰かのほら話ではないとなんとなくわかっていた。ムラサキに関しては、本気で確かめたいのなら瞬間移動で今すぐナシコの下へ行けばいいだけなのだから、疑いながらも本当だとわかってしまっているのだと察せる。

 音沙汰のない本人のアカウントは何も語らない。

 本当に、やめてしまうのだろうか……。




TIPS
・東山灯
従来の技を気を用いた"技術"に発展させて天下無敵の大勝利
戦闘力は303

・セル(パーフェクト)
完璧な肉体を持っていると言っても生まれたてに等しい肉体は
ひとたび鍛えればあっという間に成長する
基礎戦闘力は1200万 パーフェクト化60倍で7億2000万

・ムラサキ
数多の機械忍法を操る忍者、らしい
得意忍術はチャバシラ=タテ。お茶にそっと茎を浮かせてあたかも茶柱が立っているように見せるスゴ技だぞ
戦闘力は108万


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第七十話 日は落ちて、日が昇る

更新速度落ちてるから上げていきたい


 歓声が()いている。

 その熱量と振動は、ステージ裏の控室にまでしっかりと届いていた。

 

「うん……。うん……!」

 

 壁際のベンチに腰かけて、目を伏せて息を整えていた女性がゆっくりと頷く。

 薄く開いた目に翡翠の輝きが宿る。深く昏い生命の輝きが、やがて室内灯をいっぱいに浴びて煌めいた。

 少し汗の滲んだ赤みがかった肌は、人の声に感応するようにふるりと震えて、それから。

 

「行こう、ウィローちゃん。みんなが待ってる!」

 

 花開く笑みと共に立ち上がったアイドル──ナシコは、ステージ衣装を翻して、自分を見上げるウィローへ手を差し伸べた。

 

 爆発的な声が二人の間に響いている。

 真新しい電灯の明かりが二人の真上から降り注いで、髪に天使の輪を作っていた。

 

 2月の初め。

 今年に入って最初の公演は、2度のアンコールを受けて盛況のまま終わろうとしていた。

 10時から始まり、現在は18時頃。久し振りのライブだけあって長時間の開催となっている。途中休憩を含めても6時間半歌って踊ってを続けられるのは、彼女らの体力あってのことだ。

 

 最新のヒット曲から、20年前の曲まで、専用のサイトで公募された選曲で行われたステージは常に最高潮。

 周年記念で行われるライブよりも熱の入ったそれは、人々を熱狂の渦に引き込んだ。

 興行収入も過去最高となる勢いだ。全ての曲目が終了しても興奮は冷めやまぬままで、何度も二人を呼ぶ声があった。

 

 アンコールには必ず応えるのがナシコというアイドルだ。1度目に姿を現すのは予定調和。

 2度目も頻繁にある。企業側からはあまり推奨はされていないが、ファンの想いに応えたいという強い要望で通っている。

 今回は、3度目のアンコールがあった。いつもは2度目で満足するか、みんな控えるのに、今回に限って満場一致で二人を呼ぶのは、このステージがこれまでとは違うと誰もが感じているからだ。

 

「……ウィローちゃん?」

 

 浮かべた笑顔をそのままに小首を傾げるナシコ。

 差し伸べた手を取らず、ただ自分を見上げるだけの彼女を急かすように、小さく手を振って催促する。

 ほら、いこう? みんなの声に応えよう?

 

「アンコールに応えるのは、義務ではない」

「義務って……何言ってるの、ウィローちゃん。みんな私達を待ってるんだよ」

 

 にこにことした笑みはステージの上で見せていたものと同じ表情。

 とても……自然なものとは言えない、作られたもの。

 

「疲れちゃった……って訳じゃないよね。ウィローちゃん疲れないもんね」

 

 明るい調子の声は、今この時だけのテンションだ。

 ライブが終わり、家に戻れば表情を無くしてぼうっとしてしまうのがここ最近の普段の姿。

 だから、アイドルでいる時の笑顔の彼女を、ウィローは無意識的に……いや、意識して求めていた。

 

「もういいんだ」

 

 でも、それは強要だ。

 そうあってほしいと押し付けることで、彼女に笑顔を浮かべさせているだけだ。

 彼女が心から愛するアイドルという活動ならば心の底から笑っていられるのだと言い聞かせて誤魔化してきたが、もう限界だった。

 

「なにが?」

「無理をしなくていいと言ってるんだ」

 

 なあなあでやってきたのは、ここでしか楽しそうにしているナシコが見られなかったから。

 曲に合った時だけしか、子供の姿に戻らなくなってしまったから。

 外面は可憐なのに、元の形を思い出せないくらい崩れてしまった内面をこれ以上見ていられなくなった。

 

「ウィローちゃんが何言ってんのかわなんないよ」

 

 あは、と後ろ頭に手をやって困り顔をする彼女を、ウィローは黙って見上げた。

 そうしていれば、だんだんナシコの表情が抜け落ちていって、普段の顔になる。

 なんの色も浮かんでいない、さりとて無表情ともいえない、ただ生きているそのままの顔。

 微かな呼吸が無ければ、精巧な人形が佇んでいるようにしかみえないくらいに、生命力というものが感じられない。

 

 アイドル(ロール)を剥がしたナシコにあるのは命だけだった。

 それを直視することを、ウィローはずっと避けていた。ともに歩んできた少女の、こんな姿を、見たくなかった。

 でも、このままではいずれ、もっと悪い状況で彼女の内面が晒される事になってしまうだろうから、嫌でも止めなければならなかった。今、ここで。

 

「……」

「……」

 

 お互い、それ以上交わす言葉はなかった。歓声だけが二人の間にあった。

 

 

 

 

 

 

 

「……楽しくない」

 

 しばらくして。

 もうファンの声も聞こえなくなって、日も落ちて、目に痛い電灯の光だけが満ちる中で……ぽつりと、彼女が呟いた。

 

 

 

 

 彼女にとって、アイドルとは、全てだった。

 

 大袈裟な話ではない。そこで培った何もかもが今までの彼女を形成していたのだから。

 誰かと話す方法も、誰かを喜ばせる方法も、自分が幸せの中に立つ方法も、全部そこから学んできた。ナシコという人生の一歩を踏み出せた、光の中に歩み出ることができた……それが、アイドルとして生まれたその瞬間からだった。

 

 守りたいものを明確に感じて、戦う意味を見出して、それを芯に据えて生き延びてきた。

 活動を通じて知り合えた仲間達との繋がりが、人生の全てだった。

 大好きだと心から言うことができた。笑顔でいるのが自然だった。

 

「んぐ……」

 

 グラスを傾ければ、カランと大きめの氷が音を立てる。

 琥珀色の液体で喉を潤したナシコは、焼けるような熱がお腹に落ちていくのを、しかめっ面をしてやり過ごした。

 

 

 ナシコの全て。

 その全てを、終わらせた。

 ……本当はずっと前から終わっていたけれど。

 

 地球を守るために外敵を殺した時からアイドルではいられなかった。

 心を無くして、歌うことも、踊ることも、誰かを笑顔にすることも楽しくなくなってしまったから、終わらせなければならなかった。

 ずるずると続けていたのは、それがなければナシコには何もないからだ。何もなくては、生きていけない。そんな人間になりたくなかった。自分を証明するための輝きを失いたくなかった。

 

 でも、もう無理だ。

 だって、楽しめない。楽しくない。

 ファンと心が繋がらない。ステージの光が眩しすぎて、自分がどんな表情をしているのかもわからなくなって……ただ、まぶたの裏には未来への不安がずっと蔓延(はびこ)っていた。

 

 

 

「んっ、んっ、んっ……」

 

 慣れない酒に酔う事で心の隙間を埋める。

 丸々一つ失くしてしまっているから、到底埋められるものでなくとも、酩酊感に打ち震えている間はほんの少しだけ複雑なことを考えずに済んだ。

 

 先日のライブを最後にしたいと、事務所に伝えた。

 急な話、とはとられなかった。半年ほど前からナシコの様子がおかしいのはわかっていたのだという。

 けれど、彼女は伝説だから。彼女を目指して芸能界へ入ろうとする若者は多かったし、目標とされることも多かったから、事務所側からは何も言えなかった。遠い存在になったから、というのは建前だろう。誰だって巨万の富を生み出すものを失いたくはなかったのだ。

 

『休止、という形にしましょう?』

 

 そう提案したのは、長年の付き合いであるタニシだ。

 ナシコブランドを失いたくないオーナーとの板挟みの末に出した結論がそれらしい。

 アイドルが大好きなナシコの気持ちを慮ったのかもしれない。きっと少しだけ疲れてしまったのだと、また好きになる時が必ず来るのだと、そう思って。

 

 ナシコは、否を唱えなかった。まだ少しその光に縋っていたかったのかもしれない。

 ……本当のところ、どうでもよかった。

 

 一人の女の子に戻ります、と短く綴った呟きを最後に、SNSのアカウントの更新も停止した。メディアへの露出もなく、仕事関係の繋がりは全て途絶えた。

 

 これからは、ただ現れる外敵を倒すためだけに生きればいいのだから、必要以上の繋がりはいらなかった。

 

「~……♪」

 

 不幸だとは思わない。

 ただ、ずっと昔みたいに戻っただけだし、目標があるのだから。

 全部終わらせたら、きっと心穏やかに過ごせるようになるはず。 

 それまでは……。

 

 空になったグラスの傍に沈むように寝入る。

 夢は見ない。好き、という感情がわからなくて、暗闇の中でそれを探し続けていた。

 震える背中に忍び寄った黒い影が、そうっと毛布を掛けて離れていく。

 

 そうして幾日か、ナシコは酒を飲んで、眠ってを繰り返していた。

 

 

 

 

「出てく、って……どういうこと?」

 

 

 引き攣った笑みを浮かべて問い返したナシコに、珍しくスーツを着込んだラディッツと、ラフな格好のターレスが「ああ」と短く肯定した。

 

「仕事の都合だ」

「し、仕事って、なに?」

 

 端的に伝えられた言葉の意味を正しく理解できず、人肌のグラスを握って笑顔を取り繕う。

 仕事とか、意味がわからない。今までそんな話を聞いたことはないし……それって、もう、戻ってこないってこと……?

 

「実習も終わったし、これから忙しくなる。それにいつまでもお前の世話になりっぱなしというのもどうかと思ってな」

「そんなの……いいよ、気にしなくていいんだよ。お世話だなんて、だって、私達……」 

「こっちの都合ばかりで悪いけどよ、そういう訳だ。ま、修業がおわりゃあ」

「なにいってるの……? ……なにいってんの!?」

 

 バン、と強く叩かれたテーブルがたわんで揺れる。頬杖をついていたターレスが目を丸くしてナシコを見つめた。

 何をそんなに怒ってるんだ。まるで初めて聞いたような反応だが……仕事の話なら日頃から話題に上っているからナシコも知っているはず。

 とはいえ、どうせ寂しがって当たってきているだけだろう。二人はそう判断して、しばしの別れの餞別に、普段はあまりしないスキンシップをして、家を出て行った。

 

「……っ!」

 

 力任せに払い除けたグラスと小皿が壁にぶつかって砕ける。

 折れた箸と、つまみにと作ってもらっていたものが散らばって、それだけ。

 肩で息をするナシコには得るものは何もなく、撫でられた熱の残る頭を掻き毟って、テーブルに突っ伏すだけだった。

 

 

 

 

 

「ううう、ナシコちゃんが引退しちゃうだなんて……めそめそめそ」

「めそめそー」

 

 ソファに仰向けに沈み、顔に押し付けた枕を抱き締める灯が号泣する傍で、屈んだムラサキが同調して泣き真似をしている。

 

 ナシコ引退の報せを知ってから三日、二人はずっとこの調子だ。これでは訓練などできず、セルの苛立ちは募るばかり。ナシコが落ち目になるのは大歓迎だが、そのせいで灯の気分が沈むのは許容できない事態だった。

 

「引退などしないのだろう。落ち込む必要はないはずだ」

「そうはいっても、これは根も葉もない噂なんかじゃないんですよ! 少なからずナシコちゃんがそう思っているんだってわかるんです……ううう」

 

 引退などというのはコトを大袈裟に囃し立てたい一部の人間の描いたでたらめな未来予想図だ。実際には公式の発表で、単に少しの間休養するというだけの話なのはわかっているはずなのに、灯の気分はどん底に落ちたまま。

 なにせ公式アカウントは不穏な呟きで止まり続けているし、相方の動きも鈍い。暗い想像をしてしまうのも仕方のないことだ。

 

「きっともう時間は残されてないんです……なのに私、全然だめで……目の前が真っ暗です……」

「まっくらくらー。あっ、枕抱いてるから?」

「……」

 

 微妙なボケに突っ込む者は存在しない。

 一つ息を吐いたセルは、これでは埒が明かないと判断し、灯のもとに歩み寄ると、すぱっと枕を奪い取った。

 電灯の明かりに焼かれて「あうう」と呻く芋虫に、それでは衣装が泣くぞと一言。

 乱れたステージ衣装を赤い顔で整えた灯は、ゆっくりと身を起こすと、ソファに浅く腰掛けてセルを見上げた。

 

「……ナシコちゃんは、私達女の子の憧れなんです」

 

 つ、と視線がテレビに向かう。

 コマーシャルの中でたおやかに微笑むジャニュアリースノーブライドのナシコは、純白の花嫁となって憧れを一身に受ける、まさしく偶像だった。

 

「ずっとずっと……私が生まれた時から……ううん、生まれる前から……」

 

 爆発的に増えた『アイドル』の名を冠する職業。近年増加する志望者たち。激戦区となって、より厳しくなって、ただ可愛いだけじゃ、歌えるだけじゃ、踊れるだけじゃなることのできない高嶺の職業。

 輝きを放つ画面から目を逸らさないまま、胸に押し当てた手に強い鼓動と熱を感じて、灯はその一つ一つを確かめるように呟いていく。

 

「……最初は、母の後追いでした。母の夢見た輝きに惹かれて、真似をして……」

 

 それがいつしか自分の夢になった。活躍する少女達のように、自分も輝きたい、胸の中に燃える気持ちを伝えたい、広げたい、って。

 

 澄み渡る空の青さのように、揺らめく大きな海のように雄大で、どんなに満ちて溢れても止まらない、素敵な気持ち……「大好き」を、どこまでも、いつまでも。

 それが初めの一歩。東山灯の始まりだ。

 

 両親との死別も、大きなきっかけになった。

 昔に母がやれなかったことを私がやる。母の理想を私が継ぐ。

 それが手向けで、墓前にたてた誓いだ。

 

「母が言っていました。……『結局のところ、どうしたいかは自分次第なんです。女の子なんですから、いつだってトキメキを胸に駆け抜けていきましょう!』、って」

 

 アイドルになりたい、と伝えた時、灯の母はそう言って、それから、少し寂しそうに笑っていた。

 

「……そうです。だから私、全力で夢を追いかけて……」

 

 自分に言い聞かせるように呟く彼女に、これは己の気持ちの立て直しを図っているのだとわかったセルは、黙って聞いてやることにした。勝手に立ち直るなら手がかからなくていい。それで手合わせができるまで戻れるなら……と見ている間に、どんどん灯はやる気を取り戻しているようだった。

 

「逆境です。燃えてきました!」

 

 ぐっと拳を握った灯は、それを天井へと突き上げて宣言した。

 本当にナシコちゃんが引退してしまう前にアイドルになって、一緒のステージに立ってみせます! ……と。

 

「ぱちぱちぱち!」

 

 一人きりの拍手が灯の決意を祝福する。

 

 現状、それが叶う夢かどうかはなかなか厳しいのが現実だ。

 アイドル戦国時代といっても過言ではないエイジ760年台。過酷な競争に打ち勝つには、やはりウィングを習得するほかない。

 ……そうなのだ。灯は、未だに空を飛べるようにはなっていない。

 "技術"ばかり磨かれて戦闘力がめきめきと上がる一方で、舞空術習得の"ぶ"の兆しもないのだ。

 

 ムラサキという新たな同居人を得ても、それは変わらない。彼女に教えてもらおうにも、最初から飛べるように造られたムラサキには、飛べないというのがいまいちわからないのだ。

 セルにしたって、今さら空を飛ぶなどという初歩の初歩をどうしてできないのかがわからない。気の存在、その流れ、運用……的確なアドバイスは送ったはずだ。才能あふれる灯ならばとうにできていてもおかしくないのだ。

 

 だというのに灯は浮かぶ事さえできず、結果的かはわからないがアイドルにはなれていない。

 何がいけないのか……。飛べないことを抜きにしたって彼女はハイスペックだ。何もしていなくてもスカウトされたって変ではないのに、積極的に働きかけても夢を叶えられないとは、なんとも不思議な世界である。自分が考えているよりよっぽどシビアでリアルな世界なのだな、とセルが受け止めるほどだ。

 

「諦めません……! 私、絶対にアイドルになりますから!」

「おおー、お姉さん熱血だ。私そういうの好きだよ、応援しちゃう!」

 

 小さなサイリウムを振って文字通り応援するムラサキに、これは灯もいたく感動して「くうっ」と腕で目を覆った。早くも四人目のファンが……! 夢に向かって前進している実感に打ち震えてしまう。

 

「んっ、四人? 他の三人ってだれ?」

 

 と小首を傾げつつも、内訳の一人はなんとなくわかっている。

 成り行きを眺めるセルに視線を向ければ、なにかね、と見返してくる。たぶんファンの一人はこれだろう。

 

「一人目は父で、二人目は母です。三人目はセルさんです!」

「……」

 

 君のファンになった覚えはないのだがね、と不満げに肩を竦めたセルは、しかし敢えて何も言わなかった。せっかく明るさを取り戻した灯に水を差したくなかったのだ。自らの技術の研鑽のためには、体中がむず痒くなるような役割も受け入れようという度量を見せつける。胸に手を当てて優雅に一礼し、「活躍に期待しているよ」と声をかけるサービスまでしてしまう。

 

「ありがとうございます! 期待に応えるために、もっともっと頑張りますから!」

「根を詰めるのもほどほどに、とアドバイスをしておこうか。そうだな、英気を養うために、今日は私が腕を振るってやるとするか」

「うわ、セルが夕飯作るの? やだなー、おいしんだもん。すごい悔しい」

 

 セルの事が大嫌いなムラサキだが、彼が作る料理は舌に合うのだ。これがたまらなく悔しい。

 しかもそれがちょちょいっと覚えたものだというのだから余計にだ。

 負けませんよ! と対抗心を燃やして創作料理に励む灯の異常な腕前にも気づかされてしまったのでほんとにひどい。

 

「別に食べなくとも構わんぞ。ほら、そこに高級フードがあるだろう。存分に貪るがいい」

「殺鼠剤!」

 

 いそいそと灯お気に入りのファンシーなエプロンを身につけつつ台所に入るセルの辛辣さは、彼もまたムラサキを好いていないことをにおわせる。お互い敵同士なのだから当然だ。セルはナシコを殺すために生きていて、ムラサキはセルが悪事を働かないよう監視するためにここにいる。それが仲良く食卓を囲もうというのだから、奇妙な状況だ。

 

「二人は仲良しさんですね!」

「……お姉さんは能天気すぎだね。羨ましいなー」

「その過剰な善性は称賛に値するぞ。悪意をまったく感じられんとはな」

 

 微笑ましいものでも見るかのように言った灯は、ほとんど同時に言い返されてぱちくりと目を瞬かせた。

 褒められてるのかな、と呟いているところを見るに、この少女の善に偏り切った気質は、何をどうしたら形成されるのかとセルをもってして解き明かせない永遠の謎だ。……親の教育や育った環境がよっぽど良かったのだろう。悪意に触れてこなかった、という訳ではないはずなのだが……。

 

 手早く用意された料理を灯が運んで並べ、いただきますをして、夕食の時間だ。

 

「ナシコちゃん大丈夫かなー。心配だなー」

「ええ、本当に……聞きに行ったりはしないんですか? 一緒に住んでるんですよね」

「うんー……あーや、聞けなかった、かなぁ……」

 

 あつあつのカルボナーラを掻き込んで口周りを汚すムラサキがもごもごと呟く。

 様子を見に行きはしたのだ。ナシコの部屋に入ろうとしたところで勢い良く扉が開いて、ウィローが飛び出してきた。珍しく足音を立てて去っていく彼女に、勝手に扉が閉まるまでムラサキは動けなかったし、部屋に入ろうとも思えなかった。

 濡れた瞳に、怒っているような、悲しんでいるようなウィローの顔など初めて見た。……すすり泣くような声が扉越しに聞こえてしまって、一歩引いたムラサキは、そのまま灯の家に戻ってきてしまった。

 

 だから、直接顔を見てないし、言葉を交わしてもいない。けど、大丈夫じゃなさそうなのはわかっていた。

 ちら、と灯を見る。衣装に汚れ一つ作らず綺麗にフォークを動かす彼女の柔らかい表情を見ていると、胸に刺さるトゲのような何かがするりと抜けて心が軽くなる。なにもナシコちゃんは駄目そうだった、などとわざわざ伝える必要はないのだ。

 

「でも元気そうだったよ。いつも通りだらだらしてたけど、そのうちスパッと立ち上がって何かやり出すんじゃないかなあ」

「突発ライブとかですかね! 私、急に始まったりする配信、大好きなんです。結構素のナシコちゃんも見れたりしますし、そこでしか聞けない未発表の曲もたくさんありますし!」

 

 活動再開の兆しを身内の口から聞けて、灯は心底嬉しそうにしている。

 

 『未発表の曲』とは、ナシコが前の世界で覚えた曲の数々だろう。ラジオの準備時間や、配信が始まる前の僅かな時間にたまに口ずさんでいるのだ。最近だとPANDORA feat.BeverlyのBe The One、少し前なら大塚愛のさくらんぼだとか、TRFのBOY MEETS GIRLなどを好んで繰り返すので覚えている人も多いかもしれない。これを公式で歌う事はない。ナシコの中では他人の曲であるからだ。ドラゴンボールに関する楽曲とはわけが違うので、カバーすることもない。

 

 昂る気持ちにまかせて歌う灯。

 

「幸せ花盛り~♪」

「おー、よく覚えてるね」

「……」

 

 ほとんど一度しか聞けない曲でも、テープにとっておいてリピートして覚える。これは灯のひそかな趣味だ。

 しかしこの世界の人間にとってこれらはナシコが初出。彼女オリジナルとしかとられない。作詞も、何もかも。だから余計にアイドルとしてのナシコが伝説的に思われてしまうのだ。

 

「そんなに彼女が好きなのかね」

 

 一足先に食事を終えたセルが問う。

 自分が才能を認めた少女が憎き女に憧れを抱き、目下の目標と置いていることは正直おもしろくないのだ。

 

「はい! 大好きです!」

 

 笑顔全開で答える灯に、セルは肩を竦めた。そう答えるのはわかっていた。大好きだという気持ちを伝えようとしてくるむず痒さに、席を立ち、皿を片しに動く。

 

「ナシコちゃんは、この時代を作り上げた伝説……! 彼女が現役でいるこの時間に生まれることができたのを幸せに思います。だから、なんとしてでもナシコちゃんと同じステージに立ちたい。それが夢です!」

 

 手を止め、改めて自身の目標を確認する灯に、うんうんとムラサキが訳知り顔で頷く。灯も、それがなんだかおかしくてふふっと笑ってしまう。

 今はこうして元気いっぱいの灯も、母親と父親を亡くした時はかなり落ち込んで、なにも手がつかないくらい暗くなっていた。

 そんな時もナシコ達の存在に励まされた。両親の死から立ち直ることができたのも、憧れに導かれて夢を追い続けられたからだ。

 気の持ちよう、心の持ちよう一つで、世界はきらめく。道は見つかるし、階段は二段飛ばしで駆け上がれる。

 

「ううう~、こうしている間にも、私の中で気持ちが膨らんでいきます! アイドルになりた~い!」

「あはは、このあと寝るだけなんだけどね」

「なんなら私が相手をしてやってもいいんだけどね」

 

 ぱっと腕を挙げる彼女は、まさしく未来ある若者そのもの。怖いもの知らずの無敵さで、もしかしたらそれがセルを惹き寄せたのかもしれない。

 

 セルの誘いを「いいでしょう!」と快諾した灯は、この後眠気に負けるまでレッスンルームで組手をした。

 船をこいでいても攻撃に自動反撃する灯に、セルはますます面白いと張り切っているようだった。

 

 

 

 

 暗い研究室内に硬い音が響く。

 机に向かい、数枚重なった紙に何かを書き連ねているウィローは、ここのところ何かに憑りつかれたように研究に没頭していた。

 相方であるナシコの活動休止──実質無期限……あるいは、引退──に伴って、ウィローの活動も抑えめになっている。何かと二人でやってきたため、ウィローが動けば、じゃあナシコも、という期待を集めてしまうためだ。

 活動再開がナシコの気持ち一つに任されている現状、それではまずいので、こちらも休止のようなものになっている。

 

『終わった話なんてしないでよ!! 何が言いたいのかぜんっぜんわかんない!!』

「……」

 

 ペンを動かす手を止め、不意に先日ナシコの部屋で交わした言葉を思い出す。

 彼女の気持ちを知ろうと歩み寄った、それだけでひどく傷つけてしまったし、傷つけられた。

 投げつけられたぬいぐるみはまったくダメージを残さなかったのに、当たった部分が今も重い。

 腕を擦ったウィローは、気を取り直すようにコーヒーを一口飲んで、再びペンを取ろうとして──。

 

「あのぅ、ドクター」

 

 不意にかけられた声に止められた。

 回転椅子を回して振り返れば、ミドリが申し訳なさそうな顔を作って立っていた。

 

「どうした」

「え~と、なんと申したら良いのでしょう……」

 

 歯切れ悪く説明しようとする彼女に、膝に置いた手でトントンと衣服を叩いていたウィローは、「とにかく上においでになってくださいませんか~」と誘われるのに頷いて、白衣を脱ぎながら席を立った。

 地上への道を歩いてゆけば、残すところ僅かといった場所ですでに異音が聞こえてきていた。

 ロックというか、激しい曲調の……クラブか何かで流れていそうなミュージック。

 

「あ、ドクター! おはよー! なんかノリノリなんだけど!」

「……モモはどうした」

「お仕事してるよ?」

 

 なぜか入り口の警備を行っているシロが曲に合わせて踊っていた。事情を知らないようだ。ここの担当であったはずのモモがどこへいったかは聞いても無駄だろう。

 

 地上には、いくつもの車が止まっていた。

 報道関係が勝手に入った、という事ではないようだ。そうであったなら姉妹達が排除しているし、そもそもセキュリティ的にアポなしで侵入できるのは一部の人間のみである。

 屋外までガンガン響いて肌を震わせる音楽に、嫌な予感が高まる。

 それは本宅の周りにまで広がる人々を見て確信に変わった。

 

「なんの騒ぎだ!」

 

 ドレスや礼服、フォーマルな格好の男女を掻き分けて屋内へ入ったウィローは、トレー片手に給仕として動いていたモモを捕まえて問い詰めた。

 

「い、いや、なんかパイセンがパーティしたいっていうんで、手伝いを……!」

「パーティだと……?」

 

 詰め寄るウィローに、仰け反りながらも答えたモモは、周囲を見渡しながらそう言った。

 ロビーには好き勝手に踊る人、談笑する人、並んだ台から食事を取り分けて食べている人などがいて騒々しく、これをナシコが呼び集めたのだとしたら、いったいいつの間に、という話になってくる。

 

「えーっと、すみませんドクター、自分仕事しなきゃなんで……そいじゃ!」

 

 不穏な空気を発するウィローから逃れたかったのだろう、笑顔を取り繕ったモモはスカートをつまみ上げて脱兎のごとく逃げて行った。

 

「……ナシコ」

 

 仲違いしているわけではないが、ここのところ寝食を共にしていないナシコの動きを把握していなかったウィローは、それを深く後悔した。

 これは尋常ではない。あれほど落ち込んでいた彼女がいきなり人を集めるなど、よっぽどおかしい。……究極の人見知りであり、人付き合いを嫌っているのに。

 

「ナシコ!」

 

 目に痛い照明と耳を突く音楽が降り注ぐ中を駆け巡ったウィローとミドリは、ようやく密集する若い女たちの中に、子供の姿をした彼女を見つけることができた。

 

「あ、ウィローちゃん! どしたの?」

「どうしたの、ではない……これはなんだ!」

 

 グラス片手にゆらりと体を傾けて手を振ったナシコに詰めよれば、きゃあっと高い声に囲まれる。ここにいるのはほとんどがフラワープティングのファンなのだ。ナシコを好いてもいれば、ウィローを好いてもいる。ざっと流れてくる少女達に、ウィローはひとまず笑顔を浮かべて対応した。

 

「みなさん、申し訳ないですが、ドクターはお時間が限られていますので……」

「そうなのですか、残念……」

「でも、二人の元気な姿が見れて安心したわ。またね!」

「うん、ありがとう! みんな、今日は楽しんでってねー!」

 

 ミドリが割って入るのと入れ替わりに、ナシコの手を引いて抜け出したウィローは、陽気に笑う彼女の変貌を、もちろん良いものとは感じなかった。

 握った腕が熱い。久々に見た子供の姿は、簡単に酒に酔えるからだろうか。赤らんだ顔をして何度も足を引っかけては転びそうになる彼女を引き寄せて抱いたウィローは、いったんこの喧騒から抜け出すために飛んで二階へ向かった。

 

 二階には、さすがに人はいなかった。足元から強い振動が伝わってくるものの、落ち着いて話をするにはちょうどいいだろう。

 ……しかし、話すことなど何もなかった。「どうして」も「なぜ」もないし、大丈夫か、などとも聞けないし……。

 

「ね、ウィローちゃんもみんなに元気な姿を見せてあげてよ!」

「あ……」

 

 腰を屈めて不思議そうに見上げてきていたナシコは、何も話がないとわかると、グラスを持った手でウィローを指さして、揺れるように去っていった。

 

「……」

 

 足元が崩れ去るような感覚に固まる。

 かける言葉が見つからなかった。ここで呼び止めなければならなかった気がした。

 人々を呼び寄せたのは、そういった目的からか。荒れてはいても、どうしても他人のことを慮ってしまって、それで。

 

「……!」

 

 いよいよ、精神的に危うい彼女と、それでも面と向かって話さなければと決心した。

 それで仲がこじれようと、どうなろうと、すべてを話し終えるまで。

 

 急いでナシコの後を追うウィローの決意を裏切るように、ナシコは姿を消していた。

 どの人波の中にもおらず、話題にはしきりに上がっているが姿はない。

 ならばと彼女の気を捉えて瞬間移動したウィローが見たのは、風呂桶の中で丸まって眠っているナシコの姿だった。

 




TIPS
・ジャニュアリースノーブライド
一月の雪の花嫁。そのまんま
女の子には誰にでも素敵な日がくるよ、というCM
誰にも負けない輝きがある
着ているウェディングドレスはブランシュ時のもの

・モモ
七人姉妹の八人目
稼働初期から登場しているが、ナシコがカラーシスターズを数える時に名前があがらない
ミスじゃないよ、ミスじゃ


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第七十一話 最高のライブ

「はぁ~……」

 

 ふか~い溜め息をついて項垂れるこの少女の名は東山(とうさん)(ともり)

 アイドルを志す元気が取柄の11歳。おっと、前年8月に誕生日を迎えたので12歳だ。

 純真で実直、"大好き"をぎゅうっと凝縮したボディには自信あり。爆発笑顔で大ジャンプ! ……そんな感じの女の子。

 最近セルを見ていると斑模様に目が回ってしまうのがちょっとした悩み。

 

 

 暖かい風が春の訪れを感じさせる4月の初め。

 今日は朝からショッピングに出ていて、現在お昼休憩にカフェテラスでお茶をしているところ……なのだけど。

 

「はぁ~……」

 

 この通り、どんよりとした雲が灯の頭上を覆っている。それもこれも、またまたアイドルへの道を踏み外してしまったからだ。つまりは恒例行事。日常の風景である。

 

「そーんなにおっきな溜め息してると、不幸せになっちゃうよ~」

「そ、そうですよね……気の持ちよう、気の持ちよう……はぁあ~」

 

 ムラサキに言われて、一度は気を取り直してみたものの、がくりと肩を落としてしまう。

 今度の応募は最終選考まで残ったのに、小さな失敗で落ちてしまった。本当に些細なミスだったけれど、甘い審査はしてもらえない。今回は灯よりもよくできていた少女が先に進んでいった。

 それを素直に祝福する心は持っているものの、流石に落ち込まないというのは無理だ。どんより、どよどよ。いつもの笑顔もなりを潜めて、心は雨模様。

 

「……」

 

 隣に座るセルは慰めの言葉一つもかけてくれないし、向かいのムラサキはケーキにフォークを突き刺して一口でやっつけるのに忙しい。

 ズンズン暗い影を背負って頭が下がっていく彼女は、しかしこれでしばらくすると勝手に復活するので、二人ともノータッチな事が多いのだ。引きずらない性格というよりは、引きずろうとしない性格で、心の持ちよう、気の持ちよう一つを合言葉に暗い気持ちを吹き飛ばしてしまう。

 

「お待たせしました。こちらコーヒーとエッグマフィン、マロングラッセのケーキです。ごゆっくり」

「ほいほいっと、あーむ。……もぐ!」

「……」

 

 ウェイトレスが運んできたケーキを即座に口に運んで片付けながら、テーブルに置かれたコーヒーをセルの方へ押し退けるムラサキに、読んでいた本に栞を差して脇に置いたセルは、ぞんざいでありながらも零すことなく移動させられたカップに手を伸ばした。こちらにも文句ひとつつけないのは、一言かければ百の言葉が返ってきて大変騒がしくなるためである。

 

 本日はこの三人でのお出かけだ。

 これまで滅多に外には出なかったセルも、変装という平和的手段によって外出が可能となった。

 もっともセル本人は外出を必要とは思っていなかったのだが、子供二人に引っ張られては動かざるを得なかったのだ。単なる荷物持ちにされているともいう。既にいくつかの紙袋が傍らに並んでいた。

 

「……」

 

 角の上にちょこんとかぶせた野球帽、ショルダーバッグに縦長の袋。どこから見ても野球少年、完璧な変装だ。現に誰も触れない。セルじゃね? と思う人はいても確信に至る人間は0だ。通りすがりのヤムチャはスッ転んでいたが。

 

「落ち込まない落ち込まない。次がんばろ? ね? ほら、クッキーあげるから」

「はいー……」

 

 ほれ、と差し出されたクッキーを口で受け取った灯は、頬にかかる髪を指で退けて耳にかけながら、サクサクと小気味良い音を立ててやっつけた。ああ、おいしい……香ばしくって、バターの残り香がふんわりと幸せを運ぶ。……それはそれとして溜め息は出る。美味しいものを食べても灯の気分は上昇しない。

 今度ばかりは自分でも手ごたえを感じていたので、落選の二文字を突きつけられたこの結果はなかなか辛いのだ。

 

「ほらほら、誰かが言ってたよ。諦めちゃ駄目だよ、その日は絶対くるんだ~ってさ」

 

 くるくるっと指をふりふり、てきとーに耳に挟んだアイドルの言葉を引用したムラサキは、心なし得意げにタピオカミルクティーをずうっと吸って、ひゅっと喉に入ったタピオカにぐふっとむせた。

 

「ふふっ。私の尊敬する人達も言ってました。"夢を見限るのはいつだって自分だ、進み続ければ必ず手が届く"って」

「ナシコの言葉だな」

「あれ、セルさん、わかるんですか?」

 

 チョコレート三重層がけクレープケーキにフォークを差し込んでいたセルが反応するのに、灯は意外そうに口元に手を当てた。だって、どうにもセルがナシコを嫌っていることなんて、鈍感で天然でエンジェリックな灯にだって察せていた。昔に母親が雑誌のサイン会で頼み込んで書いてもらったという色紙が飾ってある棚を、こう、口角をむぐーっと下げて睨み下ろしていたし、ナシコという名前が出るたびに不機嫌そうに拗ねるのだ。けれど口を開けば好意的な風に褒めたり、持ち上げたりと紳士ぶるので、灯は「やっぱりセルさんって良い人ですね!」と認識を深めている。好き、嫌いは、人には合う合わないがあるので気にしない。

 

「はい。ナシコちゃんの"わたしたちの花道"の一節です! ナシコちゃんの歌にはいつもいつもすっごく元気づけられます! 素敵ですよね……」

 

 うっとり、と頬に手を当てる灯は、はやくも立ち直っているらしい。これもナシコパワーか。好きなものを想えば自然と心は上向くものだ。憧れのアイドルであるナシコの存在が灯の心に力を宿す。いつかきっと、彼女と同じステージに立つのだ!

 

「私、諦めません! 必ずなれるって信じてますから!」

「自分への……信頼ってやつ?」

「はい!」

 

 元気よく頷く灯に、ふうん、と気の無い返事をしつつも、その自信に満ちた感じはなんだか昔のナシコちゃんを思い出すなーと在りし日の少女の姿を思い出すムラサキ。

 彼女が稼働した当初……記録的で、あまり記憶として残っていないのだが、その頃のナシコはとにかく元気が有り余った子供といった感じだった。最近の大人びて甘やかしてくれる、傍にいて安心するナシコも嫌いではないけれど、どちらかというと一緒に遊んでくれそうな昔のナシコの方が好ましいと、ムラサキは感じていた。

 

 もっとも……。

 

「……」

 

 ちら、と横を見る。そこでもくもくとチョコレートケーキを食べているセルが、孫悟空という男を殺してしまったせいでナシコはぐちゃぐちゃになってしまった。

 今の状態ではとても楽しく遊ぶことなんてできないだろう。そんな彼女に代わってセルをやっつけに来たムラサキであるが、どういうわけかこうして一緒にお茶をしている。あらためて認識してみるとあまりよろしくない状況だ。

 

 ……ただ、セルをどうこうしたところでナシコが元気になったりしないのは、ここ数ヶ月の間に理解した。……してしまった、ともいう。そしてもう、ムラサキにはどうしようもない。そもそも自分より優秀な姉妹達や、創造主であるドクターウィローでさえ解決できない問題なんてどうにもできない。悔しいがそれが現実だ。

 

 その穴埋めのように、在りし日のナシコと同じ輝きを持つ灯を応援している。傍にいて、何か彼女の助けとなることで、無力感を誤魔化している。もちろん純粋に灯が好きになっているのもあるが、そちらばかりに構って無意識にナシコを見ないようにしているのは確かだった。

 

 時間が経つにつれてますますナシコの精神はひどくなっていて、手の施しようがない。それこそ、孫悟空が帰ってこない限りは……。

 

(孫悟空、かぁ……)

 

 胸中で名前を呟いたムラサキは、頬杖をついて空を見上げた。くわえたストローがグラスから外れて水滴が飛ぶ。

 データベースとの照合を行えば、かの男の生誕の経緯から現在までの細部がわかる。

 あまり馴染みのない顔だけど、そんな彼をナシコが大層好いているのは知っていた。

 でも、どうしてなのかは知らない。

 

 強いから? トンガリ頭が好みだった? はたまた……なんだろう。恋のことはさっぱりわからない。というより、あの感情は恋なのだろうか。

 

 いつだったか孫悟空のことが話題の端にのぼった時に、ナシコはとにかく彼が偉大で、あらゆる存在よりも上という扱いをしていた。

 崇拝とか、そういった類のものにも思える。けれども、やはり彼が生き返って、声をかけたりしたところでナシコが元通りになるとは思えなかった。

 発端は彼の死でも、彼女が落ち込んでいる理由はもうまったく別のものに変わってしまっていて、しかもそれは一つではないのだ。とても複雑で、解きほぐすのが難しいような……。

 

 とにかく、今ムラサキにできることは何もない。セルを倒したって意味ないし、ナシコはいつ癇癪を起こすかわからなくて怖いし、灯は明るくて優しくて、一緒にいて楽しいし、だいたいいつも笑顔だから自然と自分も笑顔になれるし……。

 

「♪」

 

 対面にいる灯はご機嫌にクリームソーダを飲んでいる。ちゅーっとストローに吸い付いて、この上なく幸せそうだ。ふっ、と笑みが浮かんで、微笑ましい気持ちになる。それから、なんとなくセルの方を見れば、片手に本を持つ彼はページに視線を落としながらも、緩く口角が上がっていて、ごく自然に楽しんでいるようだった。

 

「あーあ」

 

 背もたれに体重をかけて椅子の前足を浮かしつつ、頭の後ろで手を組んで空を見上げる。

 

 空はこんなに青いし、灯は能天気だし、セルはにくったらしいし、なんかあれ。

 なんか、いいなあ、って気分になる。

 

「さ、灯も元気になった事だし、ショッピングの続きだぁ!」

「まだ買うのかね」

 

 おーっと一人で盛り上がるムラサキに、呆れたように問いかけるセルだが、本を閉じて準備は万端。言葉とは裏腹にとことん付き合ってくれるヤツなのだ。いつでもどこでもイメージトレーニングでナシコにこてんぱんにされることができるから、待つのが苦ではないのだろう。そろそろレベルの近い孫悟空や孫悟飯を相手にしたらどうなのだろうか。……おそらく勝つまで対戦相手をナシコから変える気はない。こう見えて負けず嫌いなセルであった。

 

 

 

 

 姦しく賑やかな休日を満喫し、翌早朝。

 ジャージ姿の灯とムラサキが連れ立ってジョギングを行っている。

 戦闘力が上がってきてはいるものの、こういった基礎的な体力づくりも肝要だ。

 それに生活リズムも整うし、運動した後のシャワーは気持ちが良い。

 

「んーっ……! はぁー……朝はまだ、空気がきりっとしてますね!」

「そ? 私にはよくわかんないけど、それっていいこと?」

 

 小さな公園で休憩がてら体を解す灯に、小首を傾げつつ長椅子の上に寝っ転がったムラサキは、手をひらひらさせて温度を測った。昨日より1℃低く、しかし人造人間ゆえ暑さ寒さに耐性を持つ(猛暑に参ったウィローが、せめて後継機にはそういった不便を感じないように追加した耐性だ)ムラサキにはよくわからない。

 

「ええ。気持ちもきりっとします!」

「あは、お顔もキリッてしてるよー」

 

 むんっと頑張りポーズをする彼女は、うん、今日も元気いっぱいで溌溂としていて、でも切れ長の瞳で唇を引き結べば、なかなかクールにキマッている。

 あ、ナシコちゃんに似てるな……なんて、こういう時にムラサキは彼女のことを思い出してしまう。あんまりよくないことだ。……どうしてそう感じるのかはわからないが、胸の中に黒くて重いものが宿るのに寝返りを打って、灯から表情を隠した。

 

「どうしました?」

「ううん。寝そべってたら眠くなってきちゃって……このまま寝ちゃいそー……」

「だ、だめですよ、風邪を引いちゃいます。もうひと踏ん張り頑張りましょう!」

 

 姿がみえなくても、あせあせと本気で心配して言ってくれてるのがわかってしまって、くすりと笑みを零す。

 手をついて一気に体を起こし、足を振り回して組んで座る。

 

「そいで、今日の活動のご予定は?」

「えっと、17時から街の方のバーでお仕事の予定なんですけど、休憩時間に歌わせてもらえることになったんです。それまでは練習ですね!」

「うーん、時間まで休んでた方がいいと思うんだけどなー」

「いえ! 気持ちが収まらないんです!」

 

 これまでも何度かそういったお店で歌をうたわせてもらったり、ちょっとしたステージで着ぐるみをきたりとそれっぽい活動をしてきたが、今度のお仕事はレベルが違う。有名な歌手も立つことがあるというそのお店から直接歌ってみないかと持ち掛けられたのだ!

 

 といっても灯の素晴らしい素質を知っての事ではない。歌ったり踊ったりできてアイドル志望だというから、じゃあ枠あいてるしやらせてあげるよ、と好意で場所を貸してくれただけだ。よく働く真面目な子である、と話を聞いていたからなのだろう。これまでの積み重ねがちょっとしたチャンスを灯にもたらした、という事である。

 

「私の前に、とっても有名な歌手の方が歌うって聞きました。勉強になるといいねってマスターさんが言ってくれたんです。もう、緊張するやら燃えるやらで頭の中がいっぱいで……! 爆発しちゃいそうなんです!」

「そー?」

 

 何やら噛みしめている灯は、いつもと同じ調子に見える。

 その通りだ。いつだって灯はときめいている。全力で青春を駆け抜けるように、常にめいっぱいの力を発揮し続けているのだ。

 そんな灯だから応援したくなるのだろう。夢に向かってひたむきでまっすぐだから、一緒に熱くなれるし、悲しくなれる。

 

(ひょっとして、あいつもそういう風に感じてるのかな)

 

 ジョギングにはついてこなかった家の虫を思い浮かべて、同じように灯に共感したりしてるのかな、とふと考える。

 なんだかありえそうな話だ。だって、あいつ灯のこと好きだもんね。

 じゃなかったら、ずっと家にいたりしないだろうし。

 

 ……さて、セルがまだ家を出て行っていないのは、表向きには完全に"技術"を習得していないから、である。

 最強であるためだけに生まれた人造人間が団らんの温もりを知ることなどないのだ。……そういうことにしておこう。

 

 

 

 

 時間はあっという間に過ぎて、中の都にあるBAR"デスザクライシス"へやってきた灯は、ダンディズム溢れるマスターへ挨拶をするとともに、まずは簡単な仕事の説明を受けて、お店が開くまでの準備や掃除といった作業に従事した。

 それから、開店となって人がやってくるようになると、客対応だ。配膳をしたり注文をとったりは経験があるのでスムーズにいく。値段設定が高めな店のためか、来店する者はみな上品な感じで、見ない顔である灯を暖かく受け入れてくれた。

 

 常に夕焼け色の店内の、少し奥にある一段高いステージには歌手ばかりではなく様々なパフォーマーも立つようで、オープン直後は手品師が芸を披露していた。

 それもまた落ち着いた雰囲気に合っていて、まさに大人のお店(バー)といった(おもむき)

 

 酒に酔って騒ぐでもなく囃し立てるでもなく、ささやかな会話と嗜む程度の飲酒で場を楽しむ人達に、働きながら灯は感心しきりだった。これまで仕事をしてきたお店とはなかなか違っていて、それが不思議だったのだ。

 

(人が変われば空気も変わる……当然ですね!)

 

 カウンターの裏手、厨房の入り口からひょっこり顔を覗かせていた灯は、そうっと頭を引っ込めて丸トレイを胸に抱えて、少々の緊張に震えた。

 支給された従業員用の制服は着こなせているだろうか。ちゃんと、雰囲気に合っているだろうか。強面のマスターは言葉はなくとも頷いて肯定してくれたが、なんだかちょっと場違いな気がする。スカートの端をつまんでひらりと振ってみても、胸の中のじゃみじゃみは消えない。

 

 というより、こういった場所でお仕事をしていると、まだまだ自分が子供だと思わされてしまう。

 12歳、多感な年ごろである。見た目ばかり色々成長しているように見える灯も、これで心は幼いのだ。大人になりたいな、と思ったことは両手の指では数えきれない。憧れであるナシコの大人の姿のような、それから、母のような立派な大人になりたい。そのためには、常に自分の一番を追求し、よりよき人間であらねばならない。

 

「よしっ」

 

 むん、と張り切りポーズ。そのためには、今日歌わせてもらうことばかりにうかれていないで、しっかりと仕事をこなさねば。

 気を引き締めた灯は、狭い厨房内で器用に料理を作り出しているコックから皿を受け取って、背を伸ばしてカウンター内へ出た。

 

 

 

 

 

「……?」

 

 客の入りがピークとなり、料理の注文も多くなって、マスターから厨房の応援を頼まれて寡黙なコックのお手伝いをしていた灯は、ふと聞こえてきた歌に手を止めた。

 もちろん、すぐに手は動かし始めたけれど、この声は、聴き間違えるはずがない……。

 

(か、確認したいっ……!)

 

 けれど忙しいこの時間、厨房とカウンターとを繋ぐ小窓からさっと皿を通すだけで運びまではしなくなっていた。ウェイターが運ぶより早いけれど、サービスとしては少し低めのこの方式のせいで表に出る機会がない。

 かざり目になってあっちにこっちに大忙し。やきもきした気持ちを抱えているとミスをしてしまいそうになる。下げられた食器を洗いながら、静かな声に耳を傾けてみたりしていると、そのうちにコックに肩を叩かれた。

 何か粗相をしてしまっただろうか。どきっとする胸を押さえた灯は、休憩時間がやってきたことを告げられて、もうそんなに時間が経ったのかと目を瞬かせた。

 

 それはつまり、歌をうたう時がきた、ということだ。

 とにもかくにも裏手に引っ込み、ステージ衣装へ着替える。

 その間も動悸は激しく、一刻も早く店内へ出て確かめたかった。

 

 逸る気持ちでボタンを閉じ、ロッカーを閉めて表へ出る。

 優しい灯りの降り注ぐ中、灯は──。

 

「っ!」

 

 ああ、灯は。

 伝説と、出会った。

 

 

 

 

「Au soleil, sous la pluie──」

 

 

 聞いた事のない歌詞を静かな歌声に乗せてステージに立つ一人の女性。

 三つの照明の差し込む中に世界を創り出し、満員の客の視線を集めるその人は、灯が憧れてやまないときのひと。

 でも、歌手だって聞いていたのに。活動を休止していると聞き及んでいたのに。

 偶然に会えるなんて! 今日この場所で、この時間に!

 

 渦巻く想いが旋律に溶けて、胸元に押し当てて組んだ両手に熱がこもる。

 目を閉じて耳を傾ければ、頭の中はその声でいっぱいになって、歌の意味がわからずとも情緒豊かになる。

 

「Il y a tout ce que vous voulez……」

 

 最後の一小節が終わると、ぴたりと音がやんで、それきり。

 拍手の音もなく、息をする音もなく、からからと回るファンの音だけが降ってきていた。

 

「……なに?」

 

 ぽつり、と呟く声が近くにあって、はっとして目を開いた灯は、自分がステージの傍に駆け寄っていた事を思い出した。

 それは、歌っているのは誰なのかを確かめるため、心音に急かされるようにして裏から出てきたから、こんなに近くに立ってしまっていたというだけだったけれど……。

 声をかけられたことに舞い上がる心地で顔をあげた灯は、翡翠色に見下されて、固まった。

 

(え…………え?)

 

 落ち着いた色合いのドレスを身に纏った、長髪の女性。

 それは紛れもなくトップアイドルのナシコであるはずなのに、灯には、それが誰なのかわからなかった。

 見下ろす形であるためか、顔にかかった影が、昏い瞳が、イメージとまったく違っていて……大人っぽいとか、クールだとか、そんなのではなくて。

 

 視線を逸らせないまま見つめ合う。

 それは永遠に続くと思われたものの、早々にまぶたを下ろして灯との関りを断ち切ったナシコは、カツリとヒールを鳴らして段から降りると、少しの風を伴って去って行った。

 

「あのっ!」

 

 そうしようとしたところで、灯が呼び止める。

 裏手にも入らずにそのままの姿で店を出ようとしていたナシコは、足を止めて振り返った。

 自分の声が届いたことに驚くよりはやく、なぜ呼び止めてしまったのだろうと自分で自分の行いに困惑した灯は、でも、何か言わなくちゃという焦燥感に導かれるまま、ナシコの目を見た。

 

 やはり、淀んでいる。

 常ならば宝石のように輝く瞳は濁りきっていて、でも、灯には明確にそれがわからなかった。

 ただ、目を見ていると、胸が痛くなった。

 どうしてかはわからない。でもどうしても、そのままナシコが去って行くのを許容できなかった。

 

「……なに?」

 

 カツリ。

 完全にこちらに体を向けた彼女に、灯は何を言うべきか迷いながらも、いくつか深呼吸をした。

 本当なら自分なんかが話かけられる相手ではないのだ。

 会話の機会など、それこそ灯の夢が叶うその瞬間以外にこないと思っていた。

 それが突然にやってきたのだから、どうすればいいかと焦るのは普通のことだろう。

 

「あの……」

 

 ようやく心が決まった。

 投げかける言葉は、一つしかなかった。

 

「このあと、私が歌うんです。よければ……」

 

 聴いていってくださいませんか。

 

 たったそれだけの言葉をいうのに、多大な精神力を要した。

 全力で走ったあとみたいに心臓が鼓動して、喉の奥に塊がつまったような息苦しさがあって。

 

 小首を傾げたナシコは、「なぜ私がそんなことをしなければならないの?」と問い返してきているようだった。

 

「ええ、喜んで」

 

 実際には、微かな微笑みとともに肯定的な言葉が返ってきた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 それだけで気持ちが上向いた灯は、大きく頭を下げて礼を言うと、急いでステージの上へ移動した。

 脇に退けられていたスタンドマイクを自分の前にたて、十分な緊張を持った体を自然体に直す。

 照明が降る中で、店内を見渡せば、ナシコと会話を交わしていた少女に興味があるのだろう、誰もが灯を見つめていた。

 お願いを聞いてくれたナシコは、席が空いていないためか、ステージ脇の壁に寄り添うように立って灯を見ていた。

 

(……!)

 

 シン、と静まり返る店内に、耳の奥がキーンと痛む。

 いつになく強張る体を無理矢理に解して、冷たいスタンドマイクの棒部分を握って、そこではたと気づいた。

 伴奏がない。

 

 そういえば、先程ナシコが歌っていた時もそうだった。

 ピアノを弾く人間がいる訳でもなければ、曲が流れている訳でもなく、ナシコがそらで歌っていたのみ。

 だというのに、まったく気が付かなかった。

 

 何度か歌う機会がある時は、伴奏があって、有名な曲ばかりを歌っていたから、今回もそういった感じになると思っていた。

 ……ううん、違う。

 そうじゃない。伴奏がつかないのは、予め聞いていた。曲も、自分で用意して持って来ていた。

 一番最近のフラワープティングの歌だ。活動を休止する前の、最後の……。

 

 歌手が誰かを確認するために急いで出てきたから、置いてきてしまっていた。

 でも今回は、それでよかった。

 歌う歌は、それではなくなったから。

 

(ナシコちゃん……)

 

 傍に立つ、近くて遠い、憧れの人。

 運命ともいうべきこの出会いに、本来ならむせび泣いて喜んでいるだろうに、灯は気落ちするような感覚に包まれていた。

 重くて、苦しくて、悲しい。

 それらは全部、ナシコを通して持った感情だ。

 

 なんだかよくわからない。

 わからないけど、でも。

 

(聞いてほしい……)

 

 すっと息を吸い込む。

 一度息を止めて、前を見て、緩やかに吐き出していく。

 その中で、声を出す。

 

「こんにちは。東山灯です」

 

 自己紹介など、本来は必要ない。

 店内の賑やかしに務めるのが灯の役目であるし、それ以前に、プロでもない灯にはそういった活躍は期待されていない。

 

「私は、アイドルを目指しています。アイドルになるのが夢です」

 

 突然に自らの夢を語る灯から、誰も視線を逸らさなかった。

 優しい観衆だ。この素人の少女のパフォーマンスを、しっかりと見てくれるらしい。

 

 ステージ脇で僅かに身動ぎをしたナシコのことを横目で見た灯は、もう一度深呼吸をして、前へと向き直った。

 

 ナシコの事情を、灯は知らない。

 直感的に受け取ったナシコの異常も、正しく認識できていない。

 だけどアイドルが好きで、歌が好きで、踊るのが好きで、ナシコが大好きだから。

 

 だから歌を聞いてほしかった。

 

「本日はこの場を借りて、歌をうたわせて頂くことになりました」

 

(この歌を……)

 

 それは全てのアイドルと、アイドルを志すものへ向けた応援歌。

 なぜその選曲なのか。それはやはり、はっきりと灯にはわからないけれど、どうしても……ナシコにこそ聞いてほしかったのだ。

 

「──聞いてください!」

 

("アイドル"の歌を……!)

 

 目を閉じて、意識を切り替える。

 ただ歌うことにのみ集中して、すっと歌いだす。

 

 あらん限りの心を込めて、最大級の大好きを詰めて。

 熱を孕む吐息が力強く声に宿り、流れる汗が夢の結晶となってきらめく。

 

 さあ、()ぼう!

 

 

 

 

 

 屋根が取り払われれば強い光が差し込んで、大きな太陽が顔を出す。

 夕焼け色が塗り替えられて、青空が遠くまで広がって、背の高い建物がいくつもあって。

 長い長い道路の中央をゆく灯の一歩一歩がリズムを刻んで、弾む吐息にのせた歌が左右で見守る客たちに届けられていく。

 

 朗らかで元気よく。

 暖かくて爽快に。

 

「~!」

 

 輝く笑顔をそのままに、どこまでも届く声が人々を動かしていく。

 四拍子の柏手。灯に重ねるように口ずさみ。体を揺らして溶け合っていく。

 老若男女の歌声が、それが、偶像。それがアイドルそのもの。

 

 合間合間に顔の横で手を叩く。

 腰の後ろで手を組んだ人々が揺れ動く中で、前へ、前へ、前へ。

 

(聞こえるよ……みんなの声。大好きって声が。もっと聞きたいな……聞かせて!)

 

 胸に溢れる嬉しいきもち。

 誰かの声がするりと入ってきて、熱に変わっていく。

 人の心に流れる音楽が、今、この歌一つに繋がっている。

 

(女の子なら誰もが持つ力を、輝きを求める心を、やさしく包んで受け入れてくれる場所があるの!)

 

 呼びかけるように両頬に広げた手を当てて、前傾姿勢でぐるりと見渡す。

 その動作を繰り返しながら歌い続ける。自然と動く体がみんなの鼓動と重なっていく。

 

(努力と汗が宝石に変わる、笑顔になれる、──私達の、夢。知ってほしい。触れてほしい。あなたの方から)

 

 高く広げた両手を下ろし、膝を叩いてまた空へ。

 いっぱいに広がる気持ちをみんなに伝えられるように、うんとうんと腕を伸ばす。

 

(──そうしたらきっと、もっともっと面白くなるから!!)

 

 陽光に照らし出されたステージで、私達の今をうたう。

 それが、それが……ああ。

 

(いいきもち……)

 

 

 ゆっくりと持ち上げた指が空を差して、閉じていた目を開けば、大好きの気持ちで膨らんだ風船の群れが飛んでいく。

 その行方を眺めた灯は、それから、陽射しの中ではにかんだ。

 

 

 

 

 店内では、誰も灯を見ていなかった。誰も歌を聞いていないようにみえた。

 でもそれは、不快感や嫌悪からくる無視ではない。

 むしろ逆だ。灯の歌声を自然の一部として、なんら日常と変わりなく談笑し、食事ができているのだ。

 

 そして、食事の合間や会話の隙間になんの気なしに灯の方を見て、そのパフォーマンスに賛辞を贈る。

 一曲を歌い終えた後には、まばらな拍手もあった。

 熱烈な視線を送る少女もいた。

 

 その音で、ようやく高い所へのぼっていた精神が戻ってきた灯は慌てて一礼すると、ステージの傍のナシコへと体を向けた。照明の外の、影の中に佇む彼女へ笑いかける。

 

「どうでし──」

 

 浮かんだ喜色と感想を求める言葉は、チュン、と頬を掠めた光線に止められた。

 焦げた臭いが鼻をつく。焼き切られた数本の髪がはらりと落ちた。

 

「……」

 

 人差し指をこちらへ向けて、明らかに不機嫌であるのを表情で示していた彼女は、切り捨てるように腕を戻すと、踵を返して店内から出て行ってしまった。

 

「……ぁ」

 

 頬に触れる。

 火傷したような鈍い痛みにびくっと手が跳ねて、それでようやく灯は彼女の機嫌を損ねてしまったのだと理解した。

 

 

 呆然とする灯は、やがてオーナーにナシコが二度とこの店を訪れないだろうことと、咎めるでもなくただ落ち込む姿の彼にかける言葉が見つけられず、促されるまま帰路についた。きっと、ちゃんとした大人なら、オーナーへ適切な言葉を投げかけられただろう。あるいは、とりなすことだってできたかもしれない。でも、灯にはできなかった。

 

 なんだか、心が上の空だ。

 

「え、ナシコちゃんに会ったの!?」

「え、ええ……はい」

 

 

 帰宅してすぐ、暗い顔をしているところをムラサキに捕まえられた灯は、整理のつかないまま今日会ったことを話した。

 彼女のために歌をうたったこと。そうしたら、睨まれてしまったこと。

 

「怒らせてしまいました……はぁ」

 

 お店にも迷惑をかけてしまいましたし……。

 項垂れる灯の頬に走る傷は無言で寄ってきたセルがさっと手を当ててあっという間に治してくれたけれど──そして無言のままソファに腰を下ろして足を組み、天井の角を見上げて興味なしアピールを始めた──ずきずきとした感覚は消えない。

 

「ほえー……そ、それは、あの、あれだね?」

 

 まさか灯とナシコが鉢合わせてしまうだなんて思っておらず、ナシコの現状を知られてしまったことに動揺を隠せないムラサキは、下手な誤魔化しで乗り切ろうとした。

 幸い傷心の灯にはそれでよかったようだ。ムラサキはほっと胸を撫で下ろして、灯を慰めにかかった。

 なんたって家族が迷惑をかけたようなものだ。外でも癇癪を起こすとは思っていなかっただけに、その対象が灯であったことに申し訳ないやらほっとするやらで(せわ)しない。もし見知らぬ誰かを殺めてしまったらと思うとぞっとする。無事な灯で本当に良かった。

 

「しょうがない、今日は私が腕によりをかけてご馳走作っちゃうよ!」

 

 手早く姉妹達に(ナシコちゃんから目を離さないで!)と危険信号を放ったムラサキは、それを表に出さず腕まくりをしながら台所へ向かった。

 ところで、ふっと横へ現れたセルに襟首を掴まれて放り捨てられた。

 

「いった! なにすんだこいつー!」

「お前の料理は料理とは言わん。この私が手本を見せてやろう」

「なんだとー!」

 

 むきーっと腕を振るい、歯を剥いて怒る素振りを見せるムラサキだが、その実、セルが灯を元気づけてあげるのに理由を欲しているらしいことを察して、乗ってあげる事にした。 

 

 そうして二人がかりで灯をショックから立ち直らせてあげようとするのだが、憎々しげに歪んだナシコの顔を、灯は一生忘れないだろう。少なくとも三日ほどは現実感に溢れる夢に見そうだった。

 

 

 

 

 そうしてさらに三日ほどすれば灯はまた立ち直って、夢へ向かって邁進し始める。

 心の隅にはいつもあの日のナシコの顔が浮かんでしまうようになったけれど……それさえ燃料に変えて。

 

 だって、笑顔にできなかった。

 歌や踊りが彼女にもたらしたのは怒りと悲しみだけだった。

 それが悔しい。そして、とても悲しい。

 

 よりいっそう、決意が固まった。

 アイドルになって、すべての人に大好きを届ける。

 みんなを笑顔にしたい。涙を晴らしたい。

 その中には、伝説と謳われている、トップアイドルであるナシコも入るのだ。

 彼女さえ……ううん、彼女だからこそ……取り戻してあげたい。

 あんな表情は似合わないって、心から感じたから。

 

(必ず……!)

 

 レッスンルームで汗を流しながら、一面鏡張りの壁に映る自分を見据えた灯は、床に強く靴を擦らせながら拳を握り締めた。




・歌唱演出
アイドル特有のアレ
固有結界。領域展開。

・聞いてる人も踊っちゃう歌
たぶん「陽の降る街で会いましょう!」とかそんな感じのタイトル

・デスビーム
出が早く殺傷力の高い気功波

・タピオカミルクティー
もちもちまるっとしたあのタピオカはタピオカっていう名前の魚の卵なんだよ。知ってた?

・Les Champs-Élysées(Daniele Vidal)-1971-
ナシコの歌っていたうた
DBワールドは多言語っぽいけど宇宙規模で同じ言語が使われてたりもするし
現実におけるいくつかの言葉がこの世界でどういう扱いになるのかいまいちわからない……


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第七十二話 心の雨

七十一話のラストにお店に迷惑をかけたことを後悔する一文を入れました。
今話は書いててあんまりにもあれだったのでいくらか描写を削ってダイジェスト風味に。

更新遅すぎてあれなので執筆頑張ります……はやくブウ編に入らないとね!
いつまで番外っぽい話やってんだろうね!



クロの台詞思いつかないから後回しにしたら投稿しちゃってたみたい
そのまま2年も気付かなかったみたい
わーあ


 

 ──なあに、どうしたんですか?

 

 いつだったか、常日頃そうしていたようにアイドルを志していた頃の母の話をねだった私は、その腕に抱かれて寄り添いながら、何をしていても中断して語って聞かせてくれる暖かい声に身を委ねていた。

 母が話して教えてくれる世界はきらきらとした輝きに満ちていて、何もかも素敵で、憧れだった。

 その頃のことを話している時の母も嬉しそうで、楽しそうだったから、このお話をしてくれる時が一番好きだった。

 

 ふいにその横顔が陰る。母の変化に気付いて、そうっと、降ってきた声に耳を傾ける。

 

『……正直、ナシコちゃんの輝きには敵わないなって……挫折してしまったのは確かです。生で見て、肌で感じて……「ああ、この人とは生きる世界が違うんだ。スケールが違いすぎるんだ」……って』

 

 そんな時に父と……私の父と出会い、添い遂げて……結果的には、夢を諦めてしまったけれど。

 

『もしかしたら……ううん、きっと、それがなければもう一度奮起して、きっとアイドルになっていた……そんな未来もあったのかも。……なんて!』

 

 いつになく静かに語るものだから、固唾を飲んで聞いていた私は、おどけて笑う母に安心した。

 怖かったのだ。いつもにこにこと笑っている母の、そういった顔を見たのは初めてだったから。

 大好きにあふれているその話題の中に、何かわるいものが混じってしまうんじゃないか、って。

 もちろんそんなことはなくて、だから私は安心して母の腕に抱かれていられた。

 

『あなたと出会う道を選んだことに、後悔はありません。──ありがとう……最後まで聞いてくれて。……嬉しいです』

 

 ……(ともり)

 

 

 声が溶けて消える。

 過去は遠く、本当はもう、声だって朧気で……はっきりとしているはずの母との記憶も薄れてきている。

 いつだって感じていた笑顔の代わりに、今まぶたの裏に焼き付いているのは、私を睨むナシコちゃんの表情(かお)だけだった。

 

 

 

 

 灯の傷心は続く。

 

 憧れの人からの明確な拒絶ともとれる攻撃を受けた彼女は一時期落ち込みはしたものの、それは相手を不快にさせてしまったからという理由からくる気落ちだけだった。

 害されたことをまるで気にしていない。もう少しナシコの虫の居所が悪ければ大怪我を負わされていたかもしれなくても、だ。

 

 憧憬からくる無条件の肯定ではなく、共感からくる容認。

 自分が歌を通してナシコへ気持ちを伝えようとしたように、灯は彼女の歌からその心の一端を感じ取っていた。

 もちろん明確なものではないし、事情を知らないのは変わらないのだから、単なる勝手な憶測でしかない。

 

 それでも灯は、自分が感じた寂しさや嫉妬をそのまま受け取って、だから、アイドルを志す者にとって命に等しい顔を傷つけられても、ナシコを悪く思うことはなかった。

 

 やはり何か、活動休止には彼女ではどうしようもない精神的な問題があったのだろう、そんなナシコちゃんの前で心のままに歌うのは酷い行いだった……けれど。

 そのような事情の何もかもを超えて、明るい気持ちを届けられなかったことを何より悔いる。

 届かなかった。その事実が、そのまま灯がアイドルとしてどれほどの力を持っているか……その資質を物語っているようだった。

 

 人の心を動かす力が歌にはある。

 胸のうちにたちこめる暗雲を吹き飛ばし、光をもたらすのがアイドルだ。

 実際にナシコはかつて両親を亡くし、沈み切っていた灯の気持ちを上向かせてくれた。

 でも灯は、なんらかの理由で落ち込んでいるナシコの気持ちを晴らしてあげられなかった。

 

(……差し出がましいかも、しれませんけど)

 

 ……ナシコには、たくさんの仲間がいる。

 自分なんかよりよほど親身になれる人間がいて、ナシコ自身も決して弱い人間ではないと信じている。

 だから自分がどうにかしたかったと思うのは烏滸がましいし、余計なお世話だろうと思う。

 

 きっと、自分が何もしなくとも、ナシコはそのうちに立ち上がるだろう。

 また元気な姿を見せてくれるだろう。ステージの上で!

 

 強い憧れからくる信頼が、灯にそう思わせた。

 けれど……。

 

 ステージの外側。

 暗がりの中に立つナシコの、そこだけ浮かぶように鈍い光を持つ翡翠の瞳の沈んだ輝きを(じか)に見て、あるいはこのまま……終わってしまうのかもしれない、という焦りを感じた。

 

 体の内側を冷たい汗が流れて、止まらない悪寒に胸が震える。

 

 だからその前に。せめて一度だけでも。

 今すぐにでもアイドルになって、一回きりでいい。ナシコ達と同じステージに立ちたい。夢を叶えたい。

 それで何かが変わるかもしれない。ううん、そんな奇跡は起こらないかもしれない。でも。でも……それが。

 

 それが──母の夢でもあったのだから。

 

 

 

 

 重なる焦りと逸る気持ちに突き動かされた灯は、いくつかの応募に希望を託した。

 けれど、こんなぐらついた状態で先へ進める程この世界は甘くない。

 受かれば即戦力を謳う大手プロダクションの正規のオーディションでは食らいつくように最終選考まで残ったものの、落ちてしまったのがその証拠。

 

 ──あなたは、あなたの持つ技術について、胸を張る事ができますか。

 

 自己PRでも、特技でも、歌やダンスの審査でもなく、基本的な作法でも夢への情熱でもなく……ほんの一言投げかけられたその質問に、灯だけが答えられなかった。

 共に最終選考へ進んだ少女達は、信念と誇りを持って力強く答えていた。

 ……灯だってそうだ。誰かに合わせるまでもなく、「はい!」と答えたかった。

 きっとそれさえできれば、アイドル……いや、アイドルの卵になることはできていただろう。

 

 でもできなかった。言えなかった。

 いざ口を開いた段階でフラッシュバックしたのは、ひりつくような頬の痛みと、ナシコの暗い表情。

 

 つい先日にたった一人の人間の心を動かせなかったのに、それでなお自信があると言えるのか……?

 そんな自問が舌を重くした。得体のしれない思念が背に伸し掛かった。

 

 本当に、胸を張って「はい」と答えることができるのか。

 

 あの人が屈託のない笑顔を浮かべられることを知っている、見ていると自然と暖かい気持ちになれる……そんなあの人の心を、ほんの少しも揺らせず、より深い失望と暗い感情を抱かせるだけに終わったくせに。

 

 それを考えてしまうと、とてもではないが返事はできない。

 嘘でも「はい」と答えるべき場面で、灯は口を閉ざしてしまった。

 当然、落選だ。結果は後日郵送という形になると説明されたが、灯以外の少女が別室へと移る中で一人だけ帰宅しろと言われたのは、つまりはそういうことなのだろう。

 

 

 ……ここまでの出来事でも灯を消耗させるには充分だったのだが、問題はこの後だ。

 暗い顔で帰り支度を進める灯に、一人の男が近づいてきた。あと一歩の距離まで詰められて、ようやくその存在に気付く。

 男はまず業界人であることを明かした。灯は、それを疑わなかった。

 

 名刺も渡されたし、何より聞き覚えのある名前。メディアに露出することもある相当に有名な人間だったからだ。

 彼は、『結果は残念だったが灯には光るものを感じる』と落選を確定のものにし、それから……『もしよければ、ほんの少しの手助けをさせてくれないか』と、暗にアイドルとしてプロデュースさせてくれと仄めかしてきた。

 

 数多くの著名なアイドルを輩出した男のお眼鏡にかかったことに、灯の心はぐんと上向いて、嬉しさに包まれた。

 現金、かもしれない。でも失敗続きのところに明確に肯定的な言葉をかけられて、浮かれるなという方が無理があるだろう。

 ドロップアウト寸前の、まだなんの力も持たない少女を下にも置かない扱いをするこの男に、きな臭さを何も感じなかったのは……灯の幼さゆえか。スレたところがないのは彼女の魅力だが、逆を言えば世間知らずである。未だ体験しえないものは想像の埒外。危機回避能力どうこう以前の問題だった。

 

 初めに言ってしまうと、この男には下心しかなかった。

 肩書は本物だ。業績も確かだ。けれど業界に纏わる闇を宿しているのも確かで、灯はそれをまったく感知できなかった。

 清潔感ある頭髪や服装に人当たりの良い笑みは一見真面目な人間だが、目だけは不躾に灯の体を体を見下ろしている。

 数多の少女を食いものにしてきた悪意の視線には、さすがに灯も気付いて──。

 

(アイドルとして相応しいルックスか厳しい判定眼が! むむむ……特徴を生かした服を着こなせていると自分では思っているのですが……!)

 

 ……鋭敏な感覚は向けられた視線を正確に捉えはしたものの、舐め回すように体を見られている事を審美眼にかけられていると認識してしまっていた。いやらしい視線とは露とも思っていない。

 それだから男はいけると判断したのだろう。無遠慮に灯の肩に手をかけて、場所を変えることを提案した。

 

「はい!」

 

 一も二も無く承諾した灯は、男の案内のまま車へ乗り込んで、どこかへ向かう最中は多少の緊張を持ちながら、業界人にしかわからない話を振ってくれる男に尊敬の眼差しと、多大な期待を送っていた。

 どん底からすくい上げられて、灯は舞い上がっていた。

 だから、いざホテルに連れ込まれるまで、なんら疑問を抱くことはなかった。

 というよりも、怪しいと思えそうな要素の全てを肯定的な思考に変えてしまっていた。

 

 ベッドルームに通されて、面接をしようかと持ち掛けられて、(ここで?)と疑問に思いながらも承諾して……身体的なことや、あまりにも不躾なプライベートのことに踏み込んでくる口振りに、ようやくこれは駄目なやつだと気が付いた。

 

 身を固くして警戒心を露わにし始めた灯に、善人の仮面を脱いだ男は、二つの選択肢を示した。

 恭順の意があるならば、最初に言った通りアイドルとして手引きしよう。才能があると思ったのは確かだし、即戦力なのも本当だ。優遇するし、いくらでも望みを聞こう。アイドル界の頂点にも立たせてあげようか。

 

 だが拒むのなら、夢を諦めてもらうほかない。二度とこの業界に立ち入れるとは思わないことだ。

 

 

 男の言葉は嘘や脅しではない。本当に、否といえばアイドルにはなれなくなるのだろうというのが灯にもわかった。

 ……万一なれたとしても、車の中で嬉々として語ってしまったナシコとの共演は叶わないだろう。

 それは、いやだった。

 でも、当然だけど、このぶきみな人に、体を預けるのもいやだった。

 

 追い詰めるように言葉をかけられて、信頼できるような人間に裏切られたショックに頭の中が真っ白になった灯は……。

 顔を上げて、男を見上げて。

 ふるふると、首を振った。

 

 その拒絶に男はさらなる豹変を遂げて迫ってきた。

 ならば諦めてもらおう。二度と夢を抱けなくなるように。

 その才能を潰す事に究極の快感を覚えるのだ、と男は言った。

 

 腕を掴まれて、肌が粟立つような多大な嫌悪感に思わず"返し"てしまった灯は、しりもちをつく男から逃れるために窓を破って逃げ出した。

 無我夢中だった。夜の冷たい空気が体を包む。4階からの投身に男が焦った声で何かを叫ぶ。

 零れ落ちていくガラス片の後を追うように落下する灯は、けれど、怪我一つなく羽毛のように地面に下り立つと、地面を蹴って走り出した。

 

 走って、走って、走って。

 走って、走って…………。

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、んくっ……はっ、」

 

 やがて息が切れて速度が落ちると、もはや足は鉛のように重くなり、歩くのさえ億劫になってしまった。

 小さな体は、無意識に帰路を走っていたのか見覚えのある道路の端にいた。

 

 息を整えている間に少しずつ現状を認識していく。

 男の言葉。自分の行動。その結果、閉ざされていく未来に、目の前も真っ暗になるような錯覚を抱いた。 

 

 ショックだった。

 煌びやかな世界に潜む悪意に直に触れてしまったことが。

 

 あんなに悪いことがこの世に存在するなんて想像したこともなかったのだ。

 灯はいつだって暖かい人達に囲まれて生きてきたから。

 

 時々ポカをして叱られることはあったし、仕事をしていていやな客と出遭う事もあったし、同性の人間に陰口を囁かれてるのを聞いた事もあった。

 

 でも、こういうのは。

 こういう、まだまだずっと遠くにあるんだと朧げに感じていたものが、こんな風に顔を出すだなんて。

 よりにもよって、大好きなアイドルの世界で……なんて。

 

 自分がこれまで重ねてきた想いも、憧れも、何もかもを汚された気分だった。

 

(……)

 

 重い足取りの先にぽつりと黒い影が落ちる。

 見上げれば、空には暗雲がたちこめて、ぽつぽつと雨が降り始めていた。

 あっという間に本降りになって、衣装が濡れていく。

 頬に落ちた雨粒がつうっと顎までを伝って零れ落ちた。

 

「……っ!」

 

 ぐ、と唇を噛む。

 俯いて、息を吸って、震えた息を吐き出す。

 いけない。笑顔でいないと。

 

 だって笑顔じゃないと、

 なににも顔向けできない。

 大好きなアイドルにも、お母さんにも……自分にも。

 

 無理矢理に笑みを作って、重くなる髪を握り締めて、自分に言い聞かせる。

 

 今日は……今日も、ほんのちょっと失敗してしまった。

 選考には落ちてしまったし、業界人の不興を買うような行いをしてしまった。

 あちこちに繋がりがあるらしい彼に手を回されてしまえば、本当にもう、アイドルになるのは無理だろう。

 

「……だいじょうぶ」

 

 でも、大丈夫。

 きっと大丈夫。

 

 くよくよなんかしていられない。

 前を向いて、明るい心で頑張れば、いつか必ず夢を掴める。そう信じてる。

 

──夢を叶える方法は一つじゃない。

 

 大好きを伝える方法は一つじゃない。

 胸に溢れる素敵な気持ちを伝えるには、正規のアイドルになることだけが手段じゃない。

 

 プロにならなくたって、職業にしなくったって、自分でアイドルを名乗って活動することはできる。

 アマチュアとして、ネットや内外で活動すれば、きっと多くの人に笑顔を、大好きを届けられる。広げていける。

 

 思い切り胸を叩く。

 こんなに明るくしようとしているのに、鼓舞するたびにきゅうっと心臓が縮まって痛む。

 深く深く冷たいナイフで刺しこまれるみたいに、決定的な喪失感が感情を奪おうとする。

 

「ふっ、くっ……!」

 

 他のやり方で頑張ることだってできるし、だから、気の持ちよう、心の持ちよう……だから。

 だから……。

 

「やめて……!」

 

 髪を握り締めたまま頭を抱える。

 強く頭を押さえ込んで、ぎゅうぎゅうと押し込んで、やめて、と吐息する。

 強い雨音に周囲の音が遮られて、芯まで冷えていく体が勝手に震えてしまう。

 

──あの人の好きにさせれば、アイドルになれていたかもしれない、だなんて。

 

 考えるのはやめて。惑わせるのはやめて。

 来た道を戻ろうとしてしまう自分のいやしさが、心の弱さが信じられないくらいに……強く、湧き上がっていて……。

 

 それはそうまでしてでも夢を叶えたいという願いの表れなのだけど、形成され切っていない灯の心では受け止めきれない。よこしまなものとしか思えなくて、そんな自分を嫌いになってしまいそうで、だって!

 

 夢を叶えられない私に意味なんてないのに!

 

 いつだって笑っていないといけないのに。

 けっして、負けちゃいけないのに。

 

「──────!」

 

 空を仰いで、降り注ぐ雨に打たれる。

 口の中に入りこむ雨粒が苦い。零れ落ちる熱い雫が目を痛くして、頭の中を真っ白に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 

 努めて明るく帰宅した灯は、廊下の奥に吸い込まれていく声に、笑顔を維持しながら首を傾げた。 

 家の中は静かだった。いつもなら賑やかに出迎えてくれる女の子がいるはずなのに、今日に限って出かけているらしい。

 

「誰もいないんでしょうか……」

 

 服の端を絞りつつ独り言ちる。だとしたら、一人になるのは久しぶりだ。

 なんだかいつもの我が家がずっと広く感じられる気がした。

 

 ああ、皺になっちゃうな。せっかく素敵な衣装なのに。

 俯きがちになる顔に、はっと気づいて顔をあげる。それから、泣きそうになるのを押さえ込んで笑みを浮かべた。

 東山灯はくじけない。こんなところで止まってられない。

 だから……心はいつも晴れ空で、力いっぱい、ひたむきに……。

 

「っ、く、ぅ……」

 

 背中が震える。靴を脱いで廊下に上がれば、ぽたぽたと水滴が落ちた。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 脱衣所にて一応の身繕いを終えた灯は、リビングに顔を出して本当に誰もいないのかを確かめようとして、テーブルにムラサキの姿を認めた。

 

「いたんですね……ただいま、です」

 

 髪を拭いていたタオルを下ろして挨拶をすれば、カップを傾けていた彼女がうっすらと流し目を送ってくる。

 気だるげで温かみが無く、冷たい印象を受ける眼差し。

 ……正確には彼女はムラサキではない。彼女の分身の術で生み出された分身体だ。

 

「お待ちしておりました。紅茶を用意しておりますので、それで体を温めるといいでしょう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 対面の椅子を示されて反射的に頭を下げた灯は、さっそく椅子に座ってカップを両手で支えた。

 湯気が揺れる紅茶はとても熱そうだ。カップ越しにそれを感じて、息を吹きかけて少し冷ますことにする。

 それから視線を上げれば、ムラサキの分身体はテーブルに視線を下ろして黙り込んでいた。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が痛い。

 分身、という割には紫髪ではなく黒髪で、長髪ではなく短髪で、和装ではなく洋装……というかメイド服だ。

 顔も声もそっくりな彼女を灯はすっかりムラサキの分身であると信じ切っているが、実態はこうだ。

 分身の術、と唱えると共に姉妹に支援要請を送るムラサキ。仕事が怠いか暇な子がちゃちゃっとムラサキの格好に着替えて瞬間移動してくる……という単純なもの。

 しかし時折現れるクロやミドリにはご用心。遊んでいると説教されること請け合いだ。

 

 今回の要請にクロが答え、ここにいるのは、ひとえに主人の友人が迷惑をかけた相手であるからだ。

 いずこかへ出かけているムラサキの代わりに灯を出迎えることになった。

 

「……?」

 

 クロが視線を向ければ、カップに口をつけてちびちび飲んでいた灯は、少しカップを下ろして微笑んでみせた。

 そのどこにも不自然さはない。けれどクロは、この家に入る前の彼女が何度も深呼吸を繰り返して感情を宥めていたのをセンサーで感知していた。

 なのに今はにこにこしている灯が、いやに胸の内側を掻く。 

 

 しかしクロにはかける言葉がなかった。……身内の不始末ではあるが、クロから何か言うようなものでもないためだ。謝るならば、それこそムラサキが適任だろう。ならせめて慰めの言葉でもかけてやりたかったが、灯のことを何も知らないクロでは無理だった。……元々口がうまい方でもない。

 

 だったらそれ以外のことを。

 自分にできる範囲で彼女の助けになればいい。

 

「お茶請けをご用意いたします」

 

 そういう訳で、件の姉妹機が戻るまではこの少女の世話を焼くことに決めたクロは、雑なムラサキの代理を務めつつ席を立った。

 

 

 

 

「くそっ、私の誘いを蹴るとは……!」

 

 雨足が強まる夜の道を一台の高級車がいく。

 運転手は灯に手を出そうとした男だ。

 自らの誘いを断った愚かな女に苛立たし気に身を揺すりながらアクセルを踏み込み、時折助手席に包まるスーツの上着を見る。

 

 それは事故現場に残されていた灯の私物……身分証や様々なものが入った鞄だった。

 4階から飛び下りた少女を慌てて追った男は、想像していた悲惨な光景の代わりに誰もいないその場所を見て、安堵すると共に、"あの方法"で生き延びた彼女が自分の悪行を広めやしないかと戦々恐々する羽目になった。

 

 それを阻止するため、部屋に残されていた鞄から身元を割った男は、彼女自身が『一人で暮らしていた』と語っていたのを思い出し、東山家に向かった。

 

 だがそうして車を走らせていると、他にも感情が浮かんでくる。

 ひとえに、口惜しさだ。

 

 自分の欲を優先して金の卵を壊してしまったことに腹が立つ。

 あれは絶対に大成した。何せ初めから"ウィング"が使えるのだ。でなければ投身しておいて姿を消せるはずがない。

 そうまで情熱的に志していて、権力に靡かない。良い女だ……だからこそ捻じ伏せたかった。その才能を摘み取ってみたかったし、あるいは育て上げてみたかった。

 

 こうなってしまってはどちらも叶わぬ夢だ。今男がやるべきことは、灯の家に向かい口封じを行うこと。

 それは殺すとか始末するとかそういった意味ではなく、脅すか妥協点を見出すかして馬鹿な真似を起こさせないようにするということだ。

 

 トントンとハンドルを指で叩きつつひたすらに車を走らせる。

 そのさなか──。

 

 不意に、ライトが照らす雨粒の向こうに人影を見つけた。

 

「うわあっ!?」

 

 反射的にブレーキを踏み込めば、強烈なGが体にかかり前のめりになる。

 やや蛇行した車はまっすぐ影へ向かい、そして──轟音と共に止まった。

 

「お、お、う!」

 

 膨らんだエアバックに歪められた顔からなんとか持ち直した男は、フロントガラスの前に未だ立っている者があるのに気づいた。

 文句を言おうと身を起こして──なぜ相手が無事なのかという疑問が頭を埋め尽くす。

 暗闇に紛れ、真っ黒な人影がいくら長身であろうと80キロオーバーで走っていた車とぶつかって五体満足でいられるはずがない。

 

 闇夜に目が慣れてくると、うっすらと見えるその姿にどことなく既視感を覚える。

 あれはたしか、事務所で配られたアイドル手製のパンフレットに記載されていた怪物……。

 

「ぐっ!?」

 

 ガラスを突き破った腕に胸倉を掴まれて引き摺り出される。

 息の詰まる苦しさと異常事態にパニックになりかけたところに、鋭く声が差し込まれる。

 

「君にすこぅしばかり尋ねたいことがあるのだがね」

「な、ななな、なん……!?」

 

 なんだこいつは!

 ぬっと眼前に現れた青白い顔に目を剥く。

 いや、見覚えがある。こ、こいつは……!?

 

「本当に東山灯を頂点に立たせる気があったのかな?」

「な、なん、なにを……!?」

 

 足をばたつかせながら逃れようともがく男は、どうやらこの怪物があの少女の事を言っているのだと理解して、なおさら混乱した。

 なぜこいつがあの少女を気にかけるのか……あの女、こんな奴と知り合いだったのか!

 

「本当に灯を?」

 

 ギ、と衣服がきしむ。

 恐怖心に駆られた男は、幾度も頷きながら答えた。

 

「む、むちゃを言うな! な、ナシコやウィローが現役張ってる間はとてもじゃないが不可能だ!」

「では、嘘を言ったのだな?」

 

 はっとする。今のは失言だった。

 自分のできる範囲で伸し上げる考えがあったのは本当なのだ。それさえ伝えられれば!

 

「う、うそじゃ……」

 

 ドス、と針が貫く。

 胸に突き立つ尾を顔を震わせながら見下ろした男は、ギュッ、と体の中に響いた異音を最後に意識を失った。

 

 

 

「…………」

 

 握りしめた衣服に気を走らせて燃やしたセルは、泰然とした面持ちで顔をあげると、車に向き合い、手を伸ばした。窓などないも同然に助手席から鞄を取り上げると、振り返って夜空を見上げる。

 微かな明かりを放つ街路灯に、小柄な影が腰かけていた。

 

「……」

「……」

 

 凄惨なる殺人現場の上、足をぶらつかせながら表情無くセルを見下ろすムラサキを、セルもまた見上げていた。

 

「これはこれは……困ったな、"騒ぎ"を起こしてしまった……報告されてしまうか」

 

 おどけるように肩を竦めたセルの言葉は、ムラサキの元々の目的を示していた。

 セルや灯と仲良く過ごしているムラサキだが、本来は監視のためにいる。

 ナシコが約束させた『騒ぎを起こさない』こと……悪事を働いたならたちまちナシコへ教えて、消滅させてしまう。

 

 アメジストの輝きが闇の中に浮かんでいる。

 それはしばらくの間セルを注視していたが、ふいに他所へと逸れると、何度か瞬いた。

 

「ふーん? ざあざあ降りの雨でさ、なんも聞こえないよ。それより早く帰って灯を慰めてあげようよ!」

「……フ」

 

 どうやらこの場限りは彼女はセルを見逃すつもりらしい。

 殺したのが悪人であったからか……その裁量や基準はセルにはわからない。

 ただ、かなり灯に懐いている様子のムラサキもあの男が許せなかったのだろうことくらいはわかった。

 

「それにしても驚きだよね」

 

 雨の降る道を大小二つが並んで歩く。

 頭の後ろで手を組むムラサキが、体表面に気の薄膜を張って雨粒を弾きながら呟く。

 

「たった一人の女の子にここまで入れ込んじゃうなんてさ……どういう心境?」

「……」

 

 むっつりと口を閉じるセルは、その質問に答えない。

 その沈黙が答えのようなものだった。

 

「……非常にフユカイだ」

 

 それがわかってしまったから、諦めて口を開いた。

 心底不愉快である。なんら変哲の無い人間に気を許してしまうのは、甚だ不本意である。

 だが、己ではどうしようもない心の変容というものがあるのだ。

 

 ……追い詰められていた様子の灯が気になって、後をつけてまで見守ってしまった。

 その結果として傷つけられた灯に、信じがたい怒気が湧き上がってきたのだ。

 どこからか浮かんでくる怒りが理解できなかった。なぜ自分は、こんなにもあの男を許しがたく思うのか……。

 

 そんな究明に意味などない。怒りを晴らす事だけを考えればいい。

 そうしてセルは男を殺害した。……怒りは晴れない。

 未だ深く傷ついているだろう灯が元に戻るまでは、胸の内のもやもやは消えないだろう。

 

 まあ、それもこれも全ては技術の習熟のためだ。

 卓越した秘術を持つ灯は必要不可欠。彼女に折れられては困る。

 そういった理由付けをして満足したセルは、さっそく慰撫するために東山家へ急いだ。

 

 

 しかし灯は、勝手に、しかもものの半日で立ち直り、ネット上でアイドルになるための準備を進めていた。

 クロが身辺の世話をしていたのが効いたのだろうが、理由はそれだけではないだろう。

 元気そうな彼女に安心するムラサキだったが、セルはまったく納得しなかった。

 

 諦めているのがわかったからだ。

 別の手段への逃避だったからだ。

 そのような軟弱な行いを許せるはずもない。

 

 だから──呼び出した。

 

 

 

 

「なんでしょう……セルさん、急に公園へ来い、なんて」

 

 留守をムラサキに任せた灯は、柄物の傘を差して外へ出た。

 昨晩から続く雨に気温は低下し、少し厚着をしないと肌寒い。

 吐く息は白く、まではいかなかったが、瑞々しい肌も張り詰めるような寒さであった。

 

 むせかえりそうな雨の臭いと、立ち込める霧が陽の光を遮って薄暗い。

 肌に張り付く衣服の感覚に、さしもの灯も笑顔が引っ込んでいた。

 

 続けている仕事から戻った灯は、ムラサキ伝手にセルからの呼び出しを受けた。

 場所は、いつもランニング途中の休憩に使っている公園だ。

 そこまでの道のりは大して長くないけれど、なぜそこなのか……家では駄目だったのかがわからず、しきりに首を傾げながら向かった。

 

「……」

 

 人の気配のない公園の中央……大きなアスレチック遊具の傍に、セルはいた。

 腕を組み、まっすぐ前を向いて静かに立っている。

 当然傘も差しておらず、強い雨が体を打っていた。

 

「セルさん、どうしたんですか!?」

 

 まさか雨濡れになっているとは思ってなかった灯は慌てて彼に駆け寄った。

 自分の傘に入れてあげようと、そうして近づいて──光の線が走り抜ける。

 耳元を通った紫色の光線が傘を破壊して、支えを失った上部が地面に転がった。

 

「え……?」

 

 降り注ぐ雨にたちまち灯も濡れそぼっていく。

 そんなことよりも、今のは……攻撃、された?

 思いがけないセルの行動に、そう感じるより先にフラッシュバックする。

 

 セルが今している、指を差し向ける姿は、ちょうど同じようにナシコがしていた動作だ。

 今この瞬間も、ナシコがそうした時も、その時には何も感じなかった。

 

 だけど時間が経つと、たとえば自室のベッドで横になっている時や湯船に浸かっている時なんかに得体のしれない感情に襲われて、胸がいっぱいになった。

 それが今思い起こした感情だ。

 

「ナシコと同じステージに立つのが夢ではなかったのか」

 

 泣き顔になる灯を見下ろしたセルは、前置きもなくそう言った。

 なぜここに呼ばれたのかを理解した灯は、でも、答えられなかった。

 困惑ばかりが勝って、何を言えばいいのかわからなかったのだ。

 

「お前はそれでいいのか?」

 

 重ねてセルが問いかける。

 目を合わせた灯は、いつになく冷たい眼差しに息を呑んだ。

 セルのそんな目つきを見たのは初めてだし、向けられるなんて想像した事も無かった。

 

 ……違う。彼が自分達人間とは違う怪物である事は正しく理解していた。

 初めて会った時と同じように、いつ殺されたっておかしくないと知っていた。

 でも……仲良くなって……悪い人じゃないと思ってて……ムラサキちゃんとも仲良しで……なのに。

 

「失望したぞ。どんなことがあろうと折れる事はないと思っていたのだがね……これでも尊敬していたのだよ、お前のアイドルにかける情熱とやらを」

 

 淡々と告げるその言葉に凍り付く。

 体の芯が冷える。言葉通りの失望を叩きつけられて、灯の胸に湧き上がったのは激情だった。

 

「そんなこと言ったって!!」

 

 自分でも思いがけない程の大声に自分でびくついた灯は、両手で口を覆って肩を震わせた。

 

「……」

 

 灯が怒鳴る姿をセルが見たのはこれが初めてだ。しかも、声を出している最中に無理矢理に気持ちを押し込めて、それ以上の言葉を出さない。

 とはいえ、それでセルが驚く訳でも、怯む訳でもない。

 期待を裏切ってしまったという後悔しか浮かんでいない彼女になおさら怒りや不満が募る。

 

「障害が増えたからなんだというのだ。その程度で諦めるほど安っぽい夢だったのか」

 

 激励か、発破か。

 不満か、失望か。

 

 俯く灯にセルがかける言葉は、どれも今の彼女をさらに追い詰めるだけでしかない。

 追い込んで、追い込んで、それでも折れるはずがないと思っているのだろうか。

 ……折れて欲しくないと思っているのかもしれない。セルが見込んだ少女であるのだから、強くあってもらわねば困るのだ。

 

 失敗が続いたからなんだというのだ。ナシコに睨まれたからなんだというのだ。

 夢を叶えるのが難しくなったからなんだというのだ。辛いから、なんだというのだ!

 

「お前のいう"夢"とやらは、まさしく夢であるというわけか」

 

 そこまで言われて、ようやく灯はふるふると微かに頭を振って否定した。

 けれど正しく言葉が届いているかは別だ。

 さっきからずっと、灯の閉じた視界の中にはナシコの姿しか浮かんでいない。

 自分を憎く思っているのだろうその眼差しに怯えて、怯んで、震えて……。

 

「……ナシコちゃんは、私が生まれる前からずっと前を走り続けているアイドルで、私のあこがれで……いつも笑顔をくれて……私も、そ、そうなりたい、っ、って、」

 

『──くよくよなんかしていられません! 前進あるのみ! です!』

 

「でも、もう、どうすればいいのかわからないんです!

 笑いたくても、笑えないんです!

 誰にも届けられないんです!」

 

『──もっとみんなの声を聞かせて!』

 

 座り込んで、顔を押さえて、すすり泣く声の中に零す言葉が、彼女の本音だった。

 気丈に振る舞っていても子供で、ずっと一人で頑張ってきて……一人じゃどうしようもない壁に立ち塞がられて、蹲っている。

 

 セルが溜め息を吐いても、灯は立ち上がらない。顔を上げすらしない。

 どうやらセルの言葉が虚勢を張っていた彼女にトドメを刺してしまったようだ。

 こうなってしまえば、もはや自力で立ち直るのは不可能だろう。

 

「叶えたい夢があるのではないのか?」

 

 ……。

 

「果たすべき誓いがあるのではないのか?」

 

 ……。

 灯は、反応しない。

 自分の中に反響する悲しみと挫折に震えているだけだ。

 

「こんなところで蹲っていてなんになる。──その手で掴め。君がやるしかないのだから」

 

 ……。

 灯は……。

 

 ……?

 

「……ぁ」

 

 顔を上げた灯は、目の前に差し伸べられた手に、ぼうっとした視線を送った。

 それから、目の前に片膝をつくセルを見つけて、はっきりとしてくる意識に息をする。

 

 簡単な話だ。自分で立ち上がれなくなったのならば傍にいる者に手を伸ばせばいい。

 また夢に向かおうという気持ちがあるなら、差し伸べられた手を取ればいい。

 

 セルに表情はない。ただ手を差し伸べているだけで、灯がどうしようと表情は変わらないように思えた。

 だから灯は、その手を取ることができた。

 たちまちに引き上げられて立ち上がる。ぐっしょりと濡れた服も、全然重く感じられなかった。

 

「……不思議、です……なんでだろう……。セルさんの手を握ってると……」

 

 あれほど悲しかったのに、怖いと思う気持ちがあったのに……。

 不安がとけてなくなって……頑張ろう、って気持ちになれる……。

 

 大きな手を両手で包んだ灯は、胸に広がる熱に押されるまま、そんなことを言った。

 

「では灯よ、この状態から私を投げられるかね?」

「えっ、な、なんですかそれ……」

 

 暖かい気持ちに包まれている最中に唐突に変な事を言われて面食らった灯は、思わず笑ってしまった。

 やっぱりこの人って変わらない。ずっと自分には技術しか求めてこない。

 それなら、応えられる。とってもわかりやすくて、とっても単純で、だから……。

 

「ふっ」

 

 吐息と共に腕を振り、身を捻り、要望通りセルを一回転させた灯は、彼が地面にたたきつけられる直前にウィングを用いてぴたりと止まるのを見た。

 体勢を整えて着地すれば、大きな足が泥をはねる。

 

「すっかり元通りのようだな。技のキレが違う」

「そうでしょうか……いえ、そうなんですね。……ご迷惑を」

 

 手を開閉させて言うセルに謝ろうとした灯は、顔を覆うように広げられた手に止められた。

 謝罪はいらない。礼は鍛錬でいい……とか、そういうことなのだろう。

 くすりと笑みを零した灯は、それから、いつの間にかやんでいた雨に空を見上げた。

 

 雲が晴れようとしている。

 まだ遠くの方は黒く分厚い雲に覆われて雨が降っているようだったけれど、ここら一帯は晴れ空になるだろう。

 

「セルさん」

 

 手首を回して調子を整えていたセルは、自分に背を向ける灯の頭頂部を見下ろした。

 こうしてみるとやはり彼女はとても小柄で、まったくなんの力も持っていないように見える。

 けれど。

 

「……私、頑張りますから!」

 

 振り返って笑う灯の晴れやかな笑顔には、とてつもない力が秘められていることを、セルだけが知っていた。




TIPS
・プロデューサー
夢を育む職業であるこの立場でアイドルに手を出すのはこのうえない罪である

・奮起
エタニティガッツ
東山灯は、不屈である
その手の温もりを失わない限り

・セル
矮小な人間に興味などないという顔をしているが
大好きである


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私のナシコちゃんを返して!/超サイヤ人2だ孫悟飯
第七十三話 わくわくパーティ


1話5000~8000文字前後で更新頻度を高める作戦に出た
無意味だった


 

「大変大変たいへーん!」

 

 ビュオッと窓からセルの部屋に入り込んだムラサキは、チェアーに身を委ねて本を読んでいたセルの上へダイブすると、読みかけの本に栞が挟まれるより早く毟り取って放り捨てた。

 鬱陶しい&恨めしい視線を受けても、ムラサキはあわあわと口を開閉させるばかりで堪えない。

 

「なにかね」

(ともり)が捕まっちゃった!」

「……なに?」

 

 仕方なく問いかけたところ、ワッと叫ぶように伝えられて、これにはセルも僅かに目を開いた。

 

 

 捕まった、とは穏やかではないが、慌てるムラサキが落ち着くのを見計らって話を聞いてみれば、警察に厄介になっている訳ではないらしい。

 

 そもそも灯とムラサキは祖母の伝手で招待されたパーティとやらに向かっていたはずだ。

 現にムラサキはいつもの忍者装束ではなく、薄紫のドレスを着てめかしこんでいる。肩から腕やらを出して、けれど暴れたためにしっちゃかめっちゃかになってしまっていた。

 

「ねぇ大変なんだってばぁ! ねぇ! ねーぇー!」

「ならばその詳細を……」

 

 冷静に話を聞こうとするセルだが、がくがくと頭を揺さぶるばかりのムラサキはパニック状態に戻ってしまった。

 人造人間の癖にどうしてそうなるのだろうか。故障かな。

 

「やむを得んな」

 

 これでは埒が明かないと判断したセルは、ムラサキの顔面を鷲掴みにして強制的に黙らせると、むーむーうるさい彼女の記憶を読むことにした。

 そして、そこに驚くべき人物が存在する事を知るのだった……。

 

 

 

 

 灯とデート! お仕事忘れて楽しくデート!

 ……お仕事、半年くらいすっぽかしてるけど。

 

 なんかよくわかんないけど、灯にパーティのお誘いがきたんだってさ。

 時々あるんだって。灯ってお金持ちだったんだね、そういえばね!

 灯自身は「私ではなく、祖母が、なのですが」って謙遜してたけど、でもおばあちゃんボケボケだったし、実質灯のものみたいなもんじゃない? 管理だって灯がしてるんだし。

 

 社交パーティかー。漫画の話みたいだね。

 ナシコちゃんもそういうのやってたけど、凄く苦手だーって言ってたっけか。

 

 そいでもってどたばたと準備して、大忙し。

 レッスンルームのセルにも声かけたけど、いかないってさ。カタブツー。

 あーあ、あいつもドレスとか着ればいいのに。めっちゃ笑ってやるのになー!

 

「お待たせ!」

「ええ、では迎えが来ているので、車に乗って行きましょう」

「うん!」

 

 玄関で佇んでいた灯は、落ち着いたドレスに身を包んで、花の飾りで髪を結い留めている。

 いつにもまして大人っぽくてかわいい。でも12歳なんだよね。私は4歳だけどね。なんだろうなあ、納得いかないなあ。どういう育ち方してるのかなあ。

 

 まあそれはそれとして。そもそも私成長しないし。

 なんとかっていうお金持ちからのお誘いに私も一緒に行くのは、ボディガードみたいなもんかな。

 

 だって灯って一人だと危なっかしいし、危機感全然ないし。

 悪い虫がくっつかないよう、この私が護衛するのだ!

 

「ふふっ、ありがとうございます!」

 

 ほーら、灯も感謝してるよ。私って頼れる女だね。

 任せて! いざとなったらお手製の吹き矢でびゅっびゅしちゃうから!

 フリーザくらいなら一発で倒せるんじゃないかな。毒とか塗ってあるもんね。掠ってもだめなやつ。

 

「でも、お目当てはご飯ですよね」

「ぎくっ」

 

 ドクターに頼んで作ってもらった強力な神経毒、まだ使ったことないからセルで試してみよっかなーと考えてたら、灯に目論見を見抜かれてしまった。窓の外見とこ……。

 うう、灯がにこにこしてるのがわかっちゃう……自分の感知機能が恨めしい。恥ずかしい!

 だ、だってさあ、なんかお金持ちの人のパーティでしょ? 美味しいものいっぱいありそうじゃん!

 私、あれ食べてみたいなあ。丸焼き系。うちじゃそういうの禁止されてたんだよね。ナシコちゃんそういうの嫌がるから。

 

 あとカルパッチョ! なんのやつでもいいよ。酸味が強いと嬉しいな。

 ふふ、あー、パーティ楽しみ! 食いつくすぞー!

 

 最近私、そういうのに目がないの。なんでかわかんないけど……食べ盛り?

 あ、でも、パーティとかって談笑とかが目的でドカ食いはNGだったりする?

 

「ええ、はい。そういった場ではあんまり食べ過ぎるのはよくないのですが……きっとムラサキちゃんなら許してもらえますよ」

「そう?」

「そうです」

 

 と自信満々に言う灯だけど、主催の人とは直接面識ないんだよね?

 その自信はどっから出てくるのかなー。不思議だよ。

 ……あんな目にあったのに、まだ他人を信じ切ってるのかなあ。

 

 だとしたらとっても危うい。

 やっぱり灯には私がついてなくっちゃ!

 

 むいっと気合いを入れれば、灯は不思議そうに首を傾けて、それから微かに笑うと、姿勢を正して大人しく座った。

 ほんのりとある香水の匂いに、なんとなく体をくっつけたくなったけど、シートベルトが邪魔。

 くいくい引っ張ってたら、なんにも言わないままの灯の手に軽く押さえられた。

 悪戯しちゃ駄目だってさ。あーあ、つまんないの。

 はやくつかないかなー……飛んで行けばすぐなのに。

 

 飛べない灯だって、私が手を掴んで連れてってあげられるのになあ。

 

 

 

 

「やっほー!」

「ムラサキちゃん、あんまり騒いではだめですよ」

 

 山のふもとのおっきな駐車場につくと、結構な人数が集まってるのを感知した。

 うわー、都会よりよっぽど密集してる……あんまり行きたくないなあ。

 でも最高に美味しいものが待ってるはずだから、我慢我慢。

 

 それはそれとして、こんな広い場所だとおっきな声出したくなるよね。

 あ、向こうの親子連れのちっちゃい男の子がやまびこした。

 いいとこのおぼっちゃんって感じだけど、子供だとこんなもんだよね、やっぱ。

 

 出入り口では数人の使用人ぽい黒服さん方が入場者の確認をしていたんだけど、バックから招待状を取り出そうとした灯を確認もせずに通した。

 なんかやる気ないっていうか、そわそわしてたね、あの人たち。

 

「いいんでしょうか……?」

「いんじゃない? ね、はやくいこ!」

 

 律儀に気にしてる灯の腕を取って引っ張る。ほらほら、速足速足! 未知の美味が私を待っている!

 

「急がなくったって料理は逃げませんよ」

「逃げるんだよなあ」

「くすくす」

 

 ぱたぱたはためく薄布のスカートを蹴飛ばしながら細く長い廊下を行く。

 ちょこちょこ歩いてる人達を抜き去って、私達が堂々1位!

 ……というわけでもなく、ホールにはとっても大勢の人間がいた。

 

 ざっと300人くらい? ざわめきの中から会話を拾うと、ほとんどが初めて招待された人みたい。

 灯もそうだよね。そうだそうだ、だって面識ないんだもん。手当たり次第人集めてる感じ? んー、変な感じ。

 あ、でも今運ばれてきてる料理群はいいね、いいね! どれからやっつけてこっかなあ!

 

「一気に取ってはいけませんよ」

「はーあーいー」

 

 もー、わかってるよ。灯ってお母さんみたい。一般的な感じのね。私のお母さんはいつもむっくり顔で研究所に籠ってるよ。

 頭を撫でてくれたので擦り寄れば、肩を抱かれた。おあー、罠だ。拘束されてしまった。

 仕方がないので単独行動は断念して、大人しく灯の後ろをついて回る事にした。

 

 といっても、灯の知り合いがいるって感じじゃないし、何していいのかわからないみたい。

 みんなを呼び寄せたやつはまだ姿を現してないし、雑談しようにも、ね。

 やっぱご飯食べるしかなくない? よし、食べよう。

 

 

 

 

『──いましばらくお待ち下さい。並べられた料理はご自由にお取り分けいただけます。ホール内におります使用人に声をかけてくだされば代わりにお取り分けいたします。ではどうぞ、今しばらく御歓談いただきますよう……』

 

 お皿カラにしてもすぐ補充されるのって素敵だ。

 結構量はあるけれど、食べてすぐさまエネルギーに変換できる即時変換永久炉を持つ我々人造人間にはこの程度朝飯前である。うーん、おいしい。なにチーズだろこれ。スキャンスキャン……。かび!

 

「あはは……」

 

 灯はとっても苦笑いしている。慌ただしく行き来して料理を補充する使用人たちに申し訳なさそうな視線を送って、時々私を止めようとしてくるんだけど、ふふーん、灯の動きなんてまるっとお見通しだよ。さりげなく伸びてくる手をするりするりと避けつつ長テーブルに並ぶ料理を自分のお皿に取り分けていく。ぽいっと放ったトングが元の場所に収まれば、おおっと周りの人が声を上げた。ふふーん。ふふーん。

 

「ムラサキちゃん?」

 

 ぱっと手を伸ばしてくるのを優雅にターンして避けちゃう。ふふふーん。伊達に1年一緒に過ごしてないもんね。データインプットは完璧。寝起きにベッドから落ちる確率とか83の癖とかもばっちりカバー。にこにこして困ってる時の灯の困り度は80前後だからー、結構本気で困ってるね。食べるのはやめないけどね。

 

「もうっ」

「あれっ?」

 

 あ、あれ、捕まっちゃった!?

 おかしいなー、ちゃんと軌道読んでたはずなんだけど……。

 肩から垂れる灯の手にシートベルトみたいに拘束されてしまったので、食べ歩きはおしまい。

 テーブルにお皿を置き、灯の手に私の手を重ねて目をつぶる。ちょうど灯の胸が枕になる位置にあるので、お昼寝でもしよっかな。忍者は立って寝る事もできるのだ。忍法即時睡眠の術! ぐう。

 

「こんにちは。かわいらしい妹さんですね」

 

 おっと。私の使命を忘れていた。

 それは、灯に話しかける軽そうな男をしっしと追い払うこと!

 気安い男にも持ち前の人懐っこさを発揮してあっという間に打ち解けて会話に花を咲かせる灯。

 人当たりがいいっていうのは長所であるけど、誰彼構わず、特に男の懐にもするっと入り込んじゃうのはいけないな。見上げる灯の胸元ばかりに視線を落として鼻の下を伸ばす男に1ミリも気が付いてないの……呆れちゃうよ。ひょっとして灯って鈍感なのかなぁ……。

 

「ほーらしっし!」

「わっ、わっ、なにを……」

「ガルルー!」

 

 仕方がないので実力行使。ぐいぐい押し退けて灯から離れさせる。

 どうしちゃったんですか、なんて灯は困り顔してるけど、その顔したいのはこっち!

 さっきから話しかけたそうにしてる人いっぱいいるみたいだし、これは本格的に防衛しないとね。

 

「あら、やっぱりナシコんところの子じゃない!」

「がるるー……お?」

 

 そんなこんなで来る奴来る奴威嚇して追っ払ってたら、見覚えのある顔がやってきた。

 ナシコちゃんのお友達のブルマって人。それと、おお、似たタイプの人造人間二人。

 

「ナシコ……と来てる訳じゃ無さそうね。そっちの子は誰?」

「あ、初めまして。東山灯と申します。あなたはカプセルコーポレーションのブルマさんですよね?」

「ええ、そうよ」

 

 やっぱり、と手を合わせる灯。……その知識の出所はたぶんナシコちゃんなんだろうな。ナシコちゃん友達少ないから、メディアとかでそういう話する時、いつも似たような話題繰り返してるもんね。

 やっとあたしを知ってる人間に会えた、とブルマさんは疲れてる感じ。……本当だったらこういうパーティじゃ自分の事を知ってるような人間しか集まらないけど、ここに限っては普通の人も多いらしく、そりゃもう無遠慮に話しかけられまくって辟易しちゃったんだとか。

 

「美人って罪よねー。あ、その子と一緒にいるって事はナシコの友達みたいなもんよね?」

「えーっと……」

 

 眉を八の字にして口ごもる灯。友達どころか、ナシコちゃん怒らせちゃっただけの関係なんだけど……ブルマさんはぱぱっと一人で話を進めると、このパーティの間は灯の傍に居座る事に決めたみたい。……最近姿が見えないナシコちゃんの事を私や灯から聞きたいみたいだけど、あいにく私が話せることはなんにもない。ので、必然的に灯とばかり話す事になる。

 

「こっちは21号と16号よ」

「……こんにちは」

「……」

 

 後ろで控えて小さくなっていた21号と、どこかを見ていた16号が紹介されるのに反応して灯に向き直る。

 著名な人間として招待された21号はしっかりおめかししてるけど、16号は素の姿そのままだ。

 

「それにしてもリョーサンって人、何考えてんのかしらねー。こんなに人集めて」

「あまり決まった人は呼んでいないみたいですね……」

 

 私達へ招待状を送った人。世界一のお金持ちであるリョーサン・マネーって人。

 灯みたいなお金持ち……だった子とか、普通の人とか……集めてるタイプに節操がないというか見境がないよね。

 

「お、ブルマじゃないか」

「あら、ヤムチャ。あんたも招待されたんだ? へぇー……似合ってんじゃない」

「だろ?」

 

 考え事してたら、ぞろぞろと男がやってきた。

 野球のユニフォームに身を包んだ先頭の男は、うん、知ってる。ヤムチャだね、すっごいナンパな人。

 野球界のスーパースター。戦闘力もわりと高い。

 

 スポーツに興味がないナシコちゃんが野球見てたら大抵彼が出てる時だ。

 『なんか不思議』って言ってたっけ。何が不思議かはわからなかったけど。

 後ろの方達は同じチームの人みたい。揃いのユニフォームには"Wilderness Wolf"の名前と赤い狼の顔が描かれていた。

 

「お会いできて感激です! 今度の試合も頑張ってくださいね! 応援してますから!」

「ありがとう! いやー、若い子にも知っててもらえるなんて嬉しいなあ」

 

 言葉通り感激してるみたいで、胸元で手を合わせてヤムチャにきらきらした眼差しを送る灯。

 夢のために多方面の知識を詰め込んで、様々な事柄に興味が尽きない彼女は、どうやらヤムチャのファンでもあったようだ。うーん、わかんない。

 ていうか、でれっとしてるし……排除対象? 威嚇しとく?

 

「羨ましいじゃないか、え?」

「なんでお前ばっか応援されてんだよ!」

 

 おっと、私が出る幕ではなかったみたい。チームメイトの方々がすかさずヤムチャを囲んで肘打ちしたりヘッドロックしたりして懲らしめた。ギブギブ、と首を絞める太い腕を叩くヤムチャはとても楽しそうだった。……被虐趣味、なんだろうか。

 なんて冗談は置いといて、はらはらしてる灯の袖を引いて少し離れておく。じゃれあいの邪魔しちゃ悪いからね。

 

「ほら、あんたたち! 食べ物があるのに埃が立つようなことしない!」

「すいやせぇん!」

 

 ブルマさんが注意すれば、彼らは素直に謝って退散していった。

 賑やかなのが行っちゃった。挨拶しなきゃいけない人とかいたのだろうか。灯に手を出しそうにない人ならいても良かったのに。

 

「さ、それじゃ立ち話もなんだし、椅子でも用意してもらって座って食べましょう」

「え、いいんでしょうか?」

「いいのよ、なんでも頼めって言ったのはあっちなんだから!」

 

 立食形式もなんのその、ブルマさんは近くの使用人を呼び寄せると、テーブルと椅子を用意させて座ってしまった。

 それを見た他の人達も続々椅子とテーブルを導入し腰を下ろしている。私も座らせてもらうとしよっかな。

 灯はおずおずとして座るか座るまいか迷ってるけど、呼んどいて待たせてるのは向こうなんだから、遠慮なんかしなくていいよ。

 

 

 

 

『大変長らくお待たせいたしました。当主リョーサン・マネー様の準備が整いました』

「あら、やっと?」

 

 ぽっこりとお腹が膨れた頃に、ようやく主催者が姿を現す事になったらしい。

 メートル単位で積み重なったお皿を使用人たちがおっかなびっくり片付けていくのを見送りながら、デザートのパイに齧り付く。……16号はなんにも食べないの? ずっと突っ立ってるだけだけど。……座る隙間が無かったから? おお。

 

 えー……さてさて、どんな人かなー。

 

『やあ諸君、遅れて済まない。本日はよく集まってくれた』

 

 階段のあるホールの奥側、二階の大きな壁に映し出されたのは、年老いた太っちょのつるぴかりんだった。

 ……なんで映像?

 

『今日はワシ63歳の誕生日である。だから、という訳でもないが方々から人を集めさせていただいた。今日は存分に飲み、食い、楽しんでいってほしい。もちろんプレゼントなんかは必要ないぞ、ワシはお金持ちだからな』

「ええ、なによそれ……」

 

 灯が見せてくれた招待状の内容は、なんか長々と厳かに書かれてた気がしたけど、蓋を開ければそんな理由。

 それでよくみんな集められたというか、集まったというか……ブルマさんも足を運んでる辺り、この人影響あるのかな。

 

『えーよし、ふう。じゃあそろそろそっちに行くとしよう』

 

 映像が途切れると、ほどなくして二階におじいさんがやってきた。

 車椅子に乗っていて、メイドさんが押している。

 リョーサン・マネー氏はどうやら体が不自由みたいだけれど、そんなの気にならなかった。

 

「え……!?」

「んふっ!?」

「……は?」

 

 そのメイドさんが、どう見てもナシコちゃんだったからだ。

 椅子の背もたれに腕を乗せて振り返っていたブルマさんも、パイを丸々一つ口に収めていた私も、蟹の足をほじくっていた21号も、みんなびっくりして。

 いや、だって、いや……なんでそんなところでそんなことしてんの!?

 

「わ、ナシコちゃんですよ! かわいい!」

 

 無邪気に喜んでるのは灯だけだった。

 ……灯は灯で、ナシコちゃんにされたこと忘れてるようなその反応はなんなんだろ……。

 

「にかっ」

 

 私達以外にも……というか、ナシコちゃんを知らない人ってそういないだろうし、あっと言う間に凄いざわめきになるのに、おじいさんが得意げにふんぞり返るのが見えた……──。

 

 

 




TIPS
・リョーサン・マネー
ギョーサン・マネーの親族らしい

・メイドナシコ
華麗に転職
相変わらず目は死んでる模様


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第七十四話 マインドコントロールにご用心

この更新ペースを維持したい
2日に1回更新……!


 

「え、ナシコお姉さんが、ですか?」

 

 孫親子が暮らす山奥。

 ピッコロとの修行に励んでいた悟飯は、遥々家へとやってきたブルマに聞かされた事の顛末を噛み砕きながら、タオルで汗を拭った。

 

「そうなのよ。それで、あの子が別の職についてるのは変よねって思って」

 

 先日行われたリョーサン・マネー63歳の誕生日パーティに、彼付きのメイドとして姿を現したナシコ。

 車椅子に座るマネー氏が退場するまで一言も喋らなかったが、あれが誰かを認識しなかったものは一人もいないだろう。世間では今、その話題で持ちきりだ。

 しかし世俗と少々関りの薄いこの山までは都の話題も届いていまいと思ったブルマは、新調したスクーターでえっちらおっちら山を登って来たのだった。

 

 孫家にもテレビはあるものの、最近は修行にばかり打ち込んでいる悟飯にはやっぱり巷の話は入っていないようだった。寝耳に水といった反応だ。

 

「たしかに、奴が熱をあげている職業を離れるとは思えんな」

「ピッコロさん」

 

 近くに着地したピッコロがマントを翻して歩み寄ってくる。

 アイドルという職業に対するナシコの熱意は本物だ。たとえ何かしら落ち込んでいたとしても、転職するほどだろうか。

 聞けば、リョーサン・マネーという男は世界一にこだわり、金にあかせて珍しいものを集めているという。美術品、芸術品、珍味、そして人……。なるほど、世界一といっても過言ではない知名度を誇るナシコを欲してもおかしくはないし、多少強引な手段を行っていても変ではない。

 

 とはいえ、それはあまりにも憶測の域を出ない話だ。

 知る者は少ないが、最近のナシコはどこかおかしかった。何をしてもおかしくなかった。

 ……だが、未来、迫る脅威と戦うためだけに生きることを決めていたナシコが使用人の真似事をし始めるのは変なのもたしか……。

 

 そういった詳しい事情はわからずとも、ピッコロはこの話にきな臭さを感じているようだ。

 

「それで、オレ達……いや、悟飯にその話を持ってきたのは、悟飯にナシコの様子を見てきてほしいと頼みたい、といったところか」

「さっすが! 話が早いわね!」

 

 ぱちんと指を鳴らしたブルマは、自分ではさすがに何もない時じゃ館には入れないし、厳重な警備が施されているから忍び込むのも難しい。

 ナシコの家には誰もいないし、都にいたラディッツやターレスは薄情だ。

 たとえ会えても話ができるかはわからない。その点、ナシコが好んで接していた悟飯なら会話が成り立つかもしれない。

 

「といっても、悟飯君に頼もうって思ってたのは半分。21号が動いてくれるって言ってたし、ここには話をしにきただけみたいなものよ」

「……」

「悟飯、気になるか」

 

 ブルマはこう言っているが、ナシコに何かあるかもしれないと聞いては心が浮ついてしまう。そんな状態では修行にならないだろう。先んじて声をかけるピッコロに控えめに頷いた悟飯は、「よし、では行ってこい。今日一日は休暇としよう」と告げた。

 

「悟飯君も行ってくれるんだ。助かるわ! 21号だけじゃちょっと不安だったし」

「え、そうなんですか?」

 

 21号といえば、17号や18号と同じ人造人間だ。今の悟飯達よりは劣ると言えど、普通の人間相手ならば問題ない強さのはず。

 

「ほら、あの人ナシコのことになると目の色変わるから……やりすぎないか心配なのよ」

 

 どうやらブルマの心配はそっちの方面らしい。

 悟飯やピッコロには想像がつかないが、目の色を変えた21号の猪突猛進振りは激しい。ともすれば屋敷に突撃して暴れ回りかねない。

 単に様子を見に行きたいだけなのにそれではまずかろう。ストッパーとなる存在は必要だった。

 

「チチはオレが見ていよう。行ってこい、悟飯」

「はい! よろしくお願いします」

 

 21号には16号がついているため、今はまだ動いていないようだ。早々に合流する必要があるだろう。

 山吹色の胴着を正した悟飯は、まずはブルマの家にいくために彼女に同行して都へと飛んだ。

 

 

 

 

「ぜっっったい変です!」

 

 ダン、とテーブルを叩いた21号は、鼻息荒くそう言い切った。目つきが妖しい。ちょっと引いてしまいそうになるレベルである。

 あらまあ、とブルマの母がのんきな相槌を打つ。彼女が持って来てくれた紅茶を一息に飲み切った21号は、もはや言葉も出てこない様子で肩を上下させていく。凄まじい興奮状態だ……。

 

「落ち着くんだ、21号。まだそうと決まった訳ではない」

「いいえ、いいえ。きっと何か不埒な術でもかけられているんだわ……!!」

「はぁー……ずっとこの調子なのよ。騒ぎを起こしそうで心配だわ」

 

 頭を抱えて悶える21号は苦悶の表情を浮かべている。何が彼女をそこまで急き立てるのだろうか。

 呆れた顔をしたブルマは、悟飯には「21号が様子を見に行ってくれる」と立候補した……かのような言い方をしていたが、実際は放っておくと襲撃しにいきそうだったので折半案を捻出しただけだったりする。そうでも言わないと本当に暴れ回りそうだったのだ。メイド姿のナシコに恍惚としていたのは数秒もなかった。アイドルでないナシコはナシコではない……らしい。そうなのだろうか……。

 

「本当はアポイントとって訪問するのが一番なんだけどね」

 

 一応ブルマは正当な手段での確認も試みようとはしたみたいだ。

 ところがリョーサンという老人、気さくに見えた反面、自身の持つ『世界一』の品の数々を脅かされるのを恐れているのか、自分が誘う以外に人を入れないらしい。しっかり警備体制を整えてから呼び寄せたいのだろう。それだけ価値のあるものを抱えているのだ。

 そういう訳で訪問の約束は取り付けられなかったし、ナシコの様子を聞く事さえできなかった。

 

「だからさ、ちゃちゃっと侵入してナシコにどうしたのか聞いてきちゃってよ」

 

 軽い調子で言うブルマに、本当にいいのかなと疑問に思いつつも、それしか方法がないのであれば、と頷く悟飯。

 犯罪紛いの行いはいけないとは思うけれど、本当にナシコに何かあったならどうにかしてあげたい。

 

 ただでさえ戦闘面では彼女に任せきりだったのだ。些細なことでもいい、彼女の助けになりたい。それが今の悟飯の考えだった。

 いずれは彼女の代わりに戦えればいい。父がそうだったように、みんなを守れるようになれれば……。

 

 そこまで考えて、ふと思い出す。そういえばナシコには不思議な力があったはずだ。

 

「あの、ナシコお姉さんの未来を見る力が働いて、それでそこにいるんじゃないでしょうか」

「その可能性もあるが、お前達が何も聞いていない以上、別の可能性もある」

 

 悟飯の問いかけに答えたのは16号だった。

 ナシコは自身の未来視によって迫る脅威をキャッチし、それが理由でリョーサンのもとにいるのではないか。

 そういった何かがあったとして、今の彼女が誰にも話さないのは想像できる。

 だからこそ確かめる必要があった。未知なる脅威と戦おうとしているならば力になるために。よからぬことになっているのだったら、助けるために。

 

「決行は夜ね。頼んだわよ!」

「はい!」

 

 秘密の訪問部隊結成。メンバーは21号、16号、悟飯の3人。

 事の次第をナシコに聞きに行くため、ここに即席チームが組まれたのだった。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 物憂げな溜息を吐いたのは、椅子に座る東山灯である。

 膝の上で揃えた両手に、やや不安げな面持ち。装いは自分の物ではない洋装。

 部屋は豪奢で広く、大きなベッドに乱れはない。

 

 現在灯は囚われの身となっていた。

 拘束を受けたりはしていないが、ここ、リョーサン屋敷から出る事は叶わないようだ。

 

 それというのも、パーティの際、ナシコの様子を不審に思った周りに、「じゃあ聞いてみます」と行動力を発揮した灯は、リョーサンの車椅子を押して出て行ったナシコを追って廊下まで出たはいいものの、当然警備の人間に阻まれた。まさか打ち倒して先に進むわけにもいかず諦めようかと思ったのだが、何やら廊下の向こうからリョーサンの声が聞こえてくる。

 

 やれ「今夜もマッサージ」だの「よければウィローちゃんも」だの「しっかりカウンセリングを」だの聞こえてきて、あまりにいかがわしい単語にリンゴのように赤くなった灯は、まさかナシコちゃんがひどい目に合っているのでは! と考えてしまって、居てもたってもいられず制止しようとした警備員を落とし、後には引けぬと追跡を開始。ほどなくして二人に追いつけた。即座にさっきの話はなんです! と詰め寄ったまではいいものの……。

 

「……はぁ」

 

 結果としてナシコには凍てつくような眼差しを送られ、車椅子からずり落ちたリョーサンには人を呼ばれて囲まれ、あえなく捕まってしまった。

 冷静になって考えてみると、非は100%灯にあるので、警察のご厄介になってもおかしくない現状、ただ部屋に閉じ込められるだけで済んでいるのは僥倖といえた。

 

 いわく、ちょっと処遇を考えるから待っててね、らしい。

 果たして何をされてしまうのだろうか。こう、機械的な何かで忘れさせられてしまうのだろうか。それって大丈夫なのだろうか……頭がパーになったりしない……?

 

 この部屋に閉じ込められてから24時間が経過している。

 家にいるだろうセルにはムラサキから話がいっているだろうが、救助にくるかはわからない。

 三食食事は出てくるし、部屋に備え付けられたレトロな音楽機器でクラシックを聞く事もできるし、ベッドで寝るのも自由だ。

 

 けれど先日の事が頭をちらついて妙に浮わついて仕方ない。……せめてナシコと話をする事ができないだろうか、なんて考えていた灯は、近づいてくる足音に顔を上げた。数十秒ほどして、部屋の戸が開いた。

 何が出てくるか……身を固くする灯に前に出てきたのは、給仕服に身を包んだナシコだった。

 

「あ……ナシコちゃ……」

 

 一瞬喜色を浮かべたものの、灯とナシコの関係はあまりよくない。

 前にデスビームを撃たれた程度の間柄だ。

 その彼女が、灯の前に立って見下ろしてきている。

 

 手に箒と塵取りを持っている辺り掃除に来たのだろうが、本当に彼女はここの使用人になってしまったのだろうか。真っ暗な瞳からは何も読み取れない。

 

「あのっ!」

 

 だから灯は、彼女から事情を聞きだそうとした。

 

 

 

 ──────────。

 ────────。

 ────。

 

 

「ッ!」

 

 バシン、と強い音が鳴った。

 倒れた椅子が砕けるように壊れて、投げ出された灯は、打ち付けた体よりも痛む頬に手を当てた。

 手を振り切った体勢で荒い呼吸を繰り返すナシコの目には、明確な怒りが浮かんでいる。

 

「……!」

 

 じんじんと熱が高まる頬に、キッとナシコを見上げた灯は、跳ね上がるように立ち合がって腕を伸ばした。

 反応したナシコがもう一度手を振るえば、その手を取って引き、自分の方へ体勢を崩させる。

 すれ違うように手を伸ばし──。

 

「っ!」

 

 抱き締めた。ナシコの顔が胸にうずまるように、『大好き』が伝わるように。

 強く強く、逃がさないように腕に力を籠めれば、抜け出そうとしたナシコの力が弱まった。

 

「……ナシコちゃんの、本当の気持ちはわかりませんけど……でも、私は……ナシコちゃんが大好きだから……! どうか、流されないで……!」

「……」

 

 話を聞いた。ナシコの今の気持ちもわかった。どうしてここにいるのかも、ここにいたいのかも。

 でもそんなのは、本当の彼女ではないと灯には感じられた。

 見ていられなくて、自分の大好きなナシコに戻ってほしくて自分の気持ちを伝えた。

 

 けれど答えは拒絶だった。

 

「きゃっ!」

 

 胸に当てられた手に押されて、さすがにその力には抗えずにしりもちをついた灯は、ナシコが自身の胸に手を押し当てて後退るのを見た。

 大胆に心に踏み込んでくる灯が怖かったのかもしれない。元来奥手なナシコには灯のようなタイプは苦手なのだろう。

 

 実のところ、それだけではない。……あの日にお店のステージで見た灯は、今のナシコには眩しすぎる存在だった。自分よりもアイドルのようで、妬ましかった。

 その気持ちが直接行動に出てしまうほど自分が追い詰められている事を知って、だから……。

 

「おおナシコちゃん、そんなに怒っては血圧が上がってしまうよ」

 

 のそのそと部屋に入ってきたのは、腰の曲がった老人だった。

 しわくちゃの顔を綻ばせて猫なで声で語り掛ける姿は怪しいの一言に尽きる。

 馴れ馴れしい老人の登場に呆気に取られていた灯は、一礼したナシコが退室してしまうのを追おうとして、通せんぼされるのに困惑した。

 

 この人はいったい誰なのだろう。パーティでは見なかったけれど……?

 

「うん、うん。私は医者だよ、お医者さん。主にここの主人の面倒を見るのが仕事だ」

「あ、そうなんですか……それでは!」

 

 よくわからないので話を合わせて頷きつつ横を抜けようとした灯は、腕を掴まれるのに阻まれてしまった。

 

「医療だけじゃないよ、私はね、これで催眠術も得意なんだ」

「えっ?」

 

 さあ、昨日今日のことは忘れさせてあげよう。

 そういって不思議な道具を取り出す老人に、灯はどうしてか逃げ出すことができなかった。

 

 

 

 

「ご主人様……」

 

 広い食堂にて一人で食事をしていたリョーサンは、灯の様子を見に行かせていたナシコが返ってくるのに顔を上げると、首にかけたナフキンで口を拭った。

 

「おおナシコちゃん、あの子はどうだったかな?」

「……」

 

 残念ながら話しかけても反応はない。

 車椅子の後ろについた彼女はおもむろに櫛を取り出すと、残り少ないリョーサンの髪を梳き始めた。

 

「いや、あの、それ必要ないんじゃけども……」

「……」

 

 話しかけても反応はない。

 暗い目をして淡々と作業をこなすナシコは、特に楽しそうな訳でもなさそうだった。

 しばしの間食事もできず大人しく奉仕を受けていたリョーサンは、ようやく解放されるときっちり整えられた頭に手を添えてにかっと笑った。うーん、キマッとる。

 

「どうぞ」

「おお、ありがとうウィローちゃん」

 

 そっ、とグラスを差し出したのは、小柄なメイドさん。

 世界一知名度のあるアイドルとして手に入れたナシコにくっついてきた、世界一知名度のあるアイドルグループのウィローだ。粛々とグラスに飲み物を注ぐ彼女を、リョーサンは目を細めて眺めている。 

 

「うはははは、世界一のアイドルであるナシコちゃんとウィローちゃんをついに手に入れたぞ!」

 

 世界一美味いコーラ、ゴッツクリアコーラを掲げ、ご機嫌に宣言するリョーサン。

 その手段は、彼の主治医であるシャゲの催眠術である。

 そんな曖昧な手段で手に入るのか不安であったが、実際こうして甲斐甲斐しくお世話をしてくれるようになったのだから問題はなかったのだろう。

 

「そしてナシコちゃんには、あ、あーんを……!」

「はーい……♡ どうぞ?」

「世界一売れているチップス、フラワープティングコラボ1枚カード付き……ほわわ、ナシコちゃんのおててで食べさせてもらえるのは夢のようだが、ぷ、ぷりん味……わ、わしの口には合わんなぁ」

 

 最近の若者はこういうのを好んで食べるのだろうか?

 いや、このカード集めが社会現象となって、中身を捨てる者が続出し、ナシコとウィローが注意するというCMが作られていたはずだから、やっぱりあんまり美味しくないとみんな感じているのかもしれない……。

 というかようやっとナシコが喋ったのだが、真顔である。横に立つウィローも真顔であった。催眠術の弊害なのか……美人がそんな顔をし続けていると正直怖い。

 

「……うわははは」

 

 とりあえず笑って恐怖を誤魔化したリョーサンは、侍らせた二人にじーっと見つめられて縮こまりながらちまちまと食事を再開した。



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第七十五話 潜入! リョーサンエステート

イメージ的にはZ時代の映画のテンポ
……前振り長すぎてテンポが悪すぎる



っべー、一週間も空いちゃってんじゃん

※ 2022年7月12日

セルへの悟飯の反応が薄すぎたので加筆

※ 2022年7月13日

ラストが肩透かしだったので加筆


 

 

 

 夜半、広大な屋敷に忍び寄る三つの影あり。

 それは身を隠す気があるのかわからない赤と青の服に白衣を羽織った女性と、大柄をアーマーで包んだ男に、山吹色の胴着の少年。

 彼らは一つの目的のために集まった同士であった。

 

「入口の警備は手薄だったが、中はそうもいかないだろう」

 

 抑えめの声で囁くのは、最後尾の16号だ。

 常にサーチ・レーダーで周囲を確認してくれる彼がいるからこそ、配置された警備員の隙間を縫って侵入する事ができているのだ。……気が読めるといっても、ほんの小さな気があちらこちらにいては読み取るのは難しい。

 

 人造人間には気配がなく、孫悟飯も気を最小限にすることでいないも同然になれるので、隠密行動に支障はない。ここにいる人間は問題ではなかった。

 気配を薄くしても意味がないような密集している警備も、注意の向かない空を行けばがら空きに等しく、ここまでの経路は順調だった。

 

 だがここから先は少し違う。

 貴重品を守りたいリョーサンは人間を配置することを嫌って機械に頼ったらしい。

 庭の道にはドローンやロボットなどが巡回しており、青い光を灯したモノアイを揺らしている。小さな噴水の裏に身を隠して巡回の経路を割り出し、素早く突破する事が肝要だ。

 各所に続く扉はセキュリティによって厳重にロックされていた。こちらは専用のカードキーや指紋による認証が必要のようだった。

 

 機械関係なら科学者である21号の出番だ。彼女がいればロボットなどどうとでもなる。

 ロックを解除するなど朝飯前だし、実のところロボットの無力化だって造作もない。

 これで後注意すればいいのは、ところどころに設置されたカメラだけだった。

 

 監視カメラを機能不全に陥らせてしまうとそれだけで侵入がばれてしまう。そちらに手を出す訳にはいかず、探知が難しいカメラを目視で探りつつ、三人は息を潜めて屋敷に近づいていった。

 

「それにしても、どうして瞬間移動ができなかったんでしょうか」

「そうね……それほどの技術者がついているとは思えないのだけど」

 

 先頭を行く悟飯が草むらの陰から家屋を見上げつつ疑問を零す。

 孫家からこの地への瞬間移動……21号にはそういった移動機能が備わっているのだが、どうしてかこの館への瞬間移動を行えなかったのだが……いくら金持ちとはいえそのような技術者を抱えていられるものだろうか。

 気を知っていて、それを遮断する方法を編み出して……そこまでできる人間がいったいどれほどいるだろうか。あのドクターゲロでさえ拠点にはそのような防衛機構を備えてはいなかったというのに。

 

 一切この場所の気を感じ取れない違和感は、この地に来て何かに妨害されているからだと判明した。

 実態としてこのような防衛機構が備わっている以上、技術者が存在する可能性も考慮しなければならないだろう。

 

「もし本当にそんな奴がいるとすれば……」

「はい。思っていたよりも、簡単にはいかないかもしれませんね」

 

 館内では21号らのような機械の戦士が警備についているかもしれない。戦闘力は未知数だ。

 単にナシコに会うだけで済めばいいのだが……。

 

「どんな障害があろうと関係ないわ。ナシコちゃんは私が救う……!」

 

 めらめらと瞳を燃やす21号は相変わらず気持ちが先走っているようだ。

 物静かだったり気性が荒くなったりと変化が激しいので、悟飯もどう接すればいいのかいまいち掴めていない様子だった。

 

 それに……。

 あの強いナシコがいいように操られているのは、悟飯には想像できない。

 自分の意思で留まっているのではないかと思い始めていた。

 それでも潜入を切り上げないのは、自分の目で確かめたかったからだ。

 目をつぶればすぐにでも思い出せる、思いつめた表情……。いったいどういう思いでここで働いているのか。それを聞かなければ、修業に身が入らなそうだった。

 

「行きましょう!」

 

 閉じていた目を開き、気を取り直して小声で号令をかけた悟飯を先頭に、また一つのドアをくぐって屋敷に近づく。

 そうしてやってきた……ここは、裏口だろうか。表のものより小さなドアは三つのアナログな錠前で閉ざされていたようだが、なぜかどれも外れていた。

 ごく最近に出入りした使用人がいるのだろうか。気配を探ったところで近くに人はいないようだった。

 

「……」

「……ええ!」

 

 振り返って確認した悟飯は、21号が力強く頷くのと、16号が物静かに見返してくるのに前へと向き直り、ノブに手を伸ばした。

 冷たく硬い感触を確かめるように握り直し、そっと押せば、独りでに扉が開いていく。

 

 廊下は思っていた以上に明るく、しかし外に漏れる灯りは少ない。

 それでも中を窺うのに支障はなかった。外観から察せていたが、この裏手は入ってすぐ倉庫か工場内かのように広い空間が広がっている。入り口は小さな扉一つなので搬入口とかではないのだろうが、そういったものを感じさせた。

 

「そこから先に進むのはお勧めしないよー」

「!」

 

 不意に背後から聞こえた声に立ち上がり様に振り返った悟飯は、16号の肩に座る子供を見つけた。

 夜闇に溶け込むような装束に身を包むその影は、反応した16号の手を猫のようなしなやかさで掻い潜り飛んで避けると、空中でくるんと綺麗に後転してから下り立った。ふわりと広がるマフラーが遅れて落ちる。

 

「君は……」

「こんばんは。あなたは孫悟飯くんだよね?」

 

 口元を覆う布に指を引っかけて下ろし、素性を露わにした少女はそう言って緩く手を振ってみせた。

 カラーシスターズ……。21号が呟く。屋内から漏れる僅かな明かりにきらめく紫の髪は、そのまま姉妹の識別になる。

 

「お勧めしない、って? ここからじゃいけないの?」

 

 直接面識はないが、ナシコの話に上がった事がある相手だと思い至った悟飯は警戒を解くと、先程の言葉がどういう意味かを聞いた。

 

「いけないってことはないかもだけど、侵入は確実にばれちゃうねー」

「それはどこから行っても同じことだがな」

 

 軽い調子で説明するムラサキの横にもう一人下りてくる。

 人造人間セル。悟飯達にとって因縁浅からぬ存在だった。

 

「セル……! なんでお前が……!?」

「久しぶりだな、孫悟飯。相当ウデをあげたようだ」

 

 思いがけない相手の登場にムラサキの時とは違って明確に警戒して構える悟飯。

 腕を組むセルは表情を動かさず語り掛けた。

 そこに害意も敵意もなく、セルは悟飯に感じるものはなにもないようだ。……いや、真っ直ぐに視線を注ぐその様子からは、純粋な興味が読み取れる。

 

 真っ向から睨み返す悟飯の気は徐々に上昇を始め、ざわざわと揺れ動く髪は今にも金に染まろうとしていた。当然だ。セルはまさしく親のかたきなのだから。

 

 ──嬉しいんだ。お父さんのかたきが討てて。

 

 違う歴史の中にはそのように言う悟飯の姿もあったが、今の彼に笑みはない。

 ただ、怒気が……いやな気分が気とともに湧き上がるだけだった。

 それをなだめるようにムラサキが声を発する。

 

「あなたたちもナシコちゃんに会いに来たの?」

「……」

「そうだ。お前達もなのか?」

 

 ムラサキは悟飯に話しかけたのだが、あいにく彼はセルと睨み合うので忙しいらしく答えてはくれなかった。険しさを増し、髪をざわつかせる悟飯。一方で、セルはただ立っているだけだ。

 余裕のない悟飯に代わり16号が疑問を投げ返してくる。ナシコと親密であるムラサキはともかく、セルも……? 無表情ながらにそういった疑念がありありと浮かんでいる。

 

「ふふっ」

 

 思わず、といった様子で笑みを零したムラサキは、目をつぶって表情を消すと、腰に手を当てて16号らを見上げた。

 不思議に思うのも無理はないだろう。彼らにとってセルとは邪悪な存在なのだ。最強を目指し、人類を排除する事になんの感慨も抱かない怪物。それが、ちょこんと立つ小さな女の子と当たり前のように並んでいる。……現実味に欠けるというか、それを正しく認識できない。セルとムラサキにはなんら関りがないように思えるが、そうして二人でいる以上、そうではないのだろう……と。

 

 しかし、この状況はあまりよくない。セルと孫悟飯が出くわしてしまうのは、灯とナシコが出くわしてしまうのと同じくらい、上手くないことだと、内心ムラサキは気を揉んでいる。

 だから──。

 

「こら、いつまでにらめっこしてんの!」

「あっ!」

「!」

 

 ドス、と彼女の小さな肘がセルの足に突き刺さるのに、思わず声を上げたのは悟飯だ。

 そんな事をすれば、この怪物は黙ってはいない! 即座に腕を交差させて気を引き出し──!

 

「私にお遊びをしているつもりはないのだがね」

「じゃあ真剣に話す! 申し訳なさとか感じないの?」

「なぜこの私がそんなものを感じなければならん……おや? せっかく怒りで上昇していた気がみるみる下がっていくが……いいのかね?」

 

 わざとらしく煽ってくるセルは、どうやら自分の気の上がり幅を観察したくて神経を逆なでするような態度を取っていたようだと気づいた悟飯だが、しかし、少女と穏やか──にみえる──会話をするセルに気勢を()がれてしまった。

 彼女に強く突かれても、セルは気にもしていない。それは無関心というより諦観……いや、本当にただ気にしていないという風に見えて、悟飯にはよくわからなくなってしまった。……そのやりとりが、自分の気を静めるためのものなのは、なんとなくわかったが……。

 

 とにかく、このセルという存在は明確な悪だし、許せない事をしたのは事実だ。

 けれど、今目の前にいるこいつは、どうしてこの間より善の気の感じる割合がこんなにも増えているのだろう。

 もちろん、そういう細胞を持っているからだというのは知っているけれど……纏う雰囲気もずっと穏やかで、いや、悪の気だって多く感じるのだが……少女と言葉を交わす姿を見ていると、まだ仕掛けられてもいないのに自分から殴りかかる気にはとてもなれず、悟飯の気はすっかり落ち着いてしまった。

 

 ムラサキは、なんともいえない表情で佇む悟飯に気遣わしげな視線を送って──だって彼の不幸は、()()の不始末だから──それから、仕切り直すように咳払いをして、改めて16号の質問に答え始めた。

 

「……うん。ね、どこから入ってもばれちゃうみたいなんだよね。向こうにはドクターがいるみたいだから」

「それってウィローちゃんのこと、よね? そう……だからここへの移動ができなかったのね」

 

 特別な科学者を抱え込んでいたのではなくて、ウィローがいるからそういった対策が成されている。

 それはつまり、ナシコだけでなくウィローまでもが協力していること。そして高い戦闘力を持つ者の接近を拒んでいることが読み取れた。

 

「じゃあやっぱり、ナシコちゃんも、ウィローちゃんまでも敵の手に落ちているというのね……!」

 

 早急に結論付ける21号だが、あながち間違った考えでもないだろう。

 こんな場所に二人がいる理由など、なんらかの悪辣な術で囚われているからに違いない。それはたとえば、ドラゴンボールへの願いのような抗いようのない強力な力で……!

 許せん……許せんぞ……ますます許すまじ、リョーサン・マネー! その残り少ない髪の全てを毟り切らなければ、21号の怒りは収まらないだろう。

 

「そういう訳だから、もうちょっと時間くれればどうにかできるかもなーって」

 

 セルの腕を取って揺らしながらムラサキが言う。その意味は、余計なことをせず留まっていてくれ、ということか。

 時間さえあれば侵入経路の構築ができるかもしれない。そういう訳だから、待機を……。

 

「くだらん」

 

 そのお願いは三人とも理解できたものの、取り合わない者が一人いた。

 腕を解いたセルは、「あ、ちょっと!」と制止するムラサキを振り切って大胆にも屋内に侵入してしまった。

 まったく連携の取れていない独断専行にあちゃーと額に手を当てて空を仰ぐムラサキ。

 

 アラームや何かが鳴る事はなかったが、わらわらと屋内に溢れ出す警備ロボット達を見れば侵入者の存在がばれてしまったのは確実だろう。さっそく薙ぎ払うようにして進んでいくセルに、ムラサキは溜め息を零すしかなかった。

 

「コソ泥の真似事はここまでですね。行きましょう!」

「……はい!」

 

 サッと立ち上がった21号はどちらかというと嬉しそうに悟飯を促した。この侵入はかなり灰色というか、法に抵触するのでやきもきしながらもこそこそしていたが、怪物が一匹現れて暴れ始めたのなら話は別だ。正義の代理人としてこれを鎮圧するフリをしながらナシコの下へ駆け抜けよう!

 

「もー、私いるってドクターにバレんのやだったのに!」

 

 ひーんと泣き真似をしつつ口元を布で覆い直したムラサキは、後ろ腰に備えた小刀を抜き放つと、構えると同時に掻き消えた。同時にロボットの一群が弾け飛ぶ。

 セルとムラサキ……いや、彼女一人が悟飯達と同じようにこそこそしていた理由はそれらしい。本来助手や警備に従事しなければならないカラーシスターズが勝手に友人宅に長期泊まり込んでいるのだから、顔を合わせれば大目玉を食らわされるのは間違いないのだ。しかしそれにセルがある程度付き合っていたのは、やはり悟飯達にとっては信じがたい話だろう。

 

「こらーやめなさいー」

「……」

 

 続々と屋内に侵入し、名目上はセルを止めるためなので棒読み甚だしい制止の声を上げながらロボットどもを蹴散らしていく。ちなみに今の気の抜けた声は21号である。悟飯は、壊してしまわないよう加減しながら殺到する者達に当て身をしたり手刀をいれたりして機能停止に追い込んで、そうしながらセルの動向を窺っていた。

 

『シンニュウシャ! シンニュウシャダ!』

 

 パトランプのような頭にスロットのような胴体と細長い手足が妙に愛嬌のある警備ロボット達が津波のように押し寄せては腕の一振り、ひと睨みで消し飛んでいく。悟飯以外に加減の文字はないらしく、残骸が山と積もるのに複雑な表情を浮かべている。本当にこれは大丈夫なのだろうか。器物損壊罪で訴えられやしないだろうか。

 

 そうこうして絨毯の敷かれた長い廊下に出ると、趣の違うロボットが増えてきた。

 おそらくは先ほどのものよりも厄介なのだろうが、超人集団である面々の障害にはなり得なかった。

 数十体どころか数百体ほどがひしめいているというのに歩みを止めることさえできない。踏みつけられたガラクタが軋みを上げて爆ぜていく。

 

「『世界一尾の長いネズミ、グレートテイル』……『世界一前歯の長いネズミ、グレートトゥース』……『世界一キュートなネズミ、グレートミニ』──おっとっと」

 

 ちょこちょこと壁を駆けるムラサキが廊下の両端にある棚に並べられた展示品を興味深そうにスキャンしているところへ伸びてきたマジックハンドを華麗に躱す。

 リョーサンは"世界一"とういうものに強いこだわりを持っているらしいが、見渡す限りネズミばかりなのはどうしてだろうか。一つ隠されたように置いてあるネズミを見つけたムラサキは「あ、隠れマウス」と呟いた。ボーナス10点。意外とユーモアのある男なのかもしれない。

 

 廊下を抜けるとホールに繋がる。ここもだいぶん広いが、当然パーティの時とは打って変わって人はいない。あれだけ溢れていた警備ロボットもここへは入ってきておらず閑散とした雰囲気だ。

 代わりに生身の人間が侵入する面々を二階から見下ろしていた。

 

「まさか警備ロボット達を突破できる者がおるとは……だからもうちょい考えて購入しようと相談したのに」

「きさまがここの主か?」

 

 杖をつく老人の言葉には聞く耳持たず、セルが問いかける。いや、答えさえ期待などしていない。

 自らの目的さえ達成できれば、そこにいるのが誰であろうとどうでもいいのだ。

 

「いや、私はその主、リョーサン・マネーの主治医であるシャゲ。君たちは強盗かね? それとも……保護者の方々かな?」

「そのどちらもだ。老人よ、お前達が不当に所持している人間を今すぐここに出さねば、コレクションが塵と化すことになるぞ?」

 

 フ、と口角をあげたセルは大きな動作で腕を組むと、顎を上げて要求、いや脅迫をした。

 それは怖いのう、と笑う老人は、伊達に年を食っていないというべきか。流石に肝が据わっている。

 

「お主は一時期世間を騒がせた怪物じゃな。正直なのはいいが、少しは悪びれてほしいものじゃ」

 

 悟飯は、どうにもこの老人が悪者でなさそうなことに罪の意識を刺激されていた。悪い気配はしないし、ナシコが自らの意思でここで働いているというのは十分ありえる話だからだ。

 それから、セルが真にナシコを助けに来たらしいと理解して驚愕を隠せなかった。いったいどうしてそんなことをするのだろう。奴の考えなど理解できないが……もしかすれば、その原因はナシコの方にあるのかも、とあたりを付けるくらいはできた。

 

 それは見当はずれの思考であったが、目的を同じとするならば、と悟飯のささくれだった気を静めるのに貢献した。

 

「ナシコちゃんとウィローちゃんを返しなさい!」

「んん? ほほ、返すも何も、彼女らは自分の意思でここにいるのだ。それに──」

「嘘おっしゃい!」

 

 ビッと指を突き出した21号は、そのまま赤い光線を放ってシャゲの頬に傷を走らせた。

 目を見開いてゆっくりと視線を横へ動かしたシャゲは、遅れてやってくる痛みにワッと口を開けて、慌てて杖を振り回した。

 

「らら、乱暴者め! ええい、暢気に話しでもしてみよーなど考えた私が馬鹿だった! 来い、バイオロボよ!!」

「!」

 

 シャゲの背後から跳躍して登場した2体は、これまでの道中で散々打ち倒してきた警備ロボの色違いといった風だった。

 

「21号、今のは軽率だったぞ」

「黙りなさい。あなたに指図される謂れはないわ……あれは嘘よ。私にはわかるのよ」

 

 なぜか窘めるセルに対して剣呑極まりない表情と声で返す21号は、冷たい顔立ちを遺憾なく発揮してシャゲを睨み上げている。

 その両脇から悟飯と16号が前へ出て構えた。現れたバイオロボという存在、これまでのロボット達とはどこか違う……それを感じ取ったのだ。

 

「つぇい!」

 

 とはいえ。

 うにょうにょと動くロボットの合金が特殊で、まるで流動体のように存在しある程度の打撃を無効化したり、果ては合体して強化したとして。

 この超戦士達に通用するはずもなく、鞭のようにしなる21号の蹴りが起こした真空波が両断したし、16号が無言で放ったロケットパンチが粉砕してしまった。

 ……十数年前、まだサイヤ人が襲来する前の地球であったなら間違いなく強大な敵になっていたのだろうが……残念ながら、道中現れた有象無象と変わりはなかった。

 

「な、なななんと!」

「さあ、老人よ。選ぶのだ。己の死か、恭順か」

 

 驚き慌てるシャゲ……よほど自信があったのか、杖を握り締める彼に悠々と構えていたセルが選択を迫る。

 物騒な言葉に歯ぎしりをしたシャゲは、背後の扉から歩み出てきたものにはっとして余裕を取り戻した。

 

「げっ!」

「ああっ!」

 

 老人の横へ歩み出てきた小柄なメイドに女の子が出しちゃいけない類の声を発したムラサキが音速で消える。床の上でにょろにょろと蠢くケシー&ネーリをヒールで踏みつけていた21号は、その姿を認めるとぱあっと顔を明るくして、それからすぐに顔を背けてちらちらと見るような素振りになった。……赤らんだ顔から緊張しているというかアガッてしまっているのがわかる。

 

「よ、よし、そうだった! こちらには最強のメイドさんもいるのだ! ゆけい、ウィローよ!」

「……」

「なっ、卑怯な! ウィローちゃんと私達を戦わせようだなんて……! いったいどんな手を使って従わせているというの!?」

 

 無言に、無表情。ステージの上で見せるような笑顔はおろか、自然な表情さえ浮かんでいないその顔は一目で異常だとわかる。シャゲの命令に従うように手すりの前へ歩み出るウィローに、戦いたくないという気持ちゆえか、やや焦った声で叫ぶ21号。

 

「ふはは、私は催眠療法を転じた催眠術も得意としておるのだ。どのような人間も一振り、二振り、三振りでこの通りよ!」

「な、なんですって!?」

 

 シャゲは、身の安全を確信したためか、先程の発言を覆して非道な手段を用いたことを自白した。

 催眠術……神龍への願いや、魔術や超能力ですらないそんなものに、ナシコ……はともかくウィローまで引っかかってしまったというのか。

 ありえない、と断じたいところだが、黙々と従うウィローがその証拠だろう。正気の彼女ならば進んでメイド服を着ようとは思うまい。

 

 しかしおとぼけた雰囲気を持つ老人だが、本質はこのように悍ましいものだったか。

 人を意のままに操ることに躊躇いがない。まさしく邪悪な輩であった。

 

「……」

 

 睥睨するように感情のない目で見下ろすウィローは、一つ大きな瞬きをすると、右手を閃かせた。

 攻撃の動作か。微かに身構える面々の耳に「ふぎゃっ」とムラサキの声が届く。続いて重いものが落ちる音。

 

「いったぁ~……あ、死んだ」

 

 こそこそと天井付近を這って隠れていたところを打ち落とされたらしい。打ち付けた尻を撫でた彼女は、2階のウィローと目を合わせて仰向けに倒れ込んだ。人造人間式の隠密は高レベルなのだが、さすがに創造主の目は欺けなかったらしい。もうどーにでもなーれ、と横になり始めるムラサキにセルが呆れた目を向けている。

 

「孫悟飯。500号が相手になるのではオレ達は邪魔だろう。隙を見てナシコを探しに行く」

「16号……大丈夫でしょうか。ナシコお姉さんも、その、催眠術というやつで操られているなら、襲ってくるんじゃ……」

 

 ムラサキを落としたきり動かないウィローを見上げながら提案する16号に、悟飯は今しがた浮かんだ懸念を伝えた。

 本当にそんなものが効くのだろうか。ウィローがシャゲの言いなりになっているさまを見てもまだ信じがたい。

 

「おそらくそうだろうが、そうなれば場所もわかる。お前達が来てくれればいい」

「そう……ですね。そんな風に無理矢理働かされているなら、どうにかしなくちゃ」

「そうよ!」

 

 やたら大きな声で同意した21号は、怒り心頭といった様子で震えている。

 愛すべきアイドルたるナシコとウィローの独占など断じて許せるものではない。できればそういうのは自分がやりたい。もとい、これで奴らを討つ大義名分ができたのだ。堂々と力を振るっても差し支えないだろう。

 

 とはいえ、21号や16号では、ウィローがけしかけられた場合に対処できない。

 それができるのは自分かセルだろうと、ムラサキのことをよく知らない悟飯は考えた。

 戦うのなら手強い相手になるだろう。一度息を止めた悟飯は、心を決めて超サイヤ人へ変身した。

 

 見知った彼女と拳を交えるのは気が進まないが、そんな事を言っててやられてしまっては元も子もない。

 油断はしないように……常日頃師匠であるピッコロに言われていることだ。サイヤ人は、どうも油断しやすい傾向にあるらしいから……。

 だからここからは、完全に戦闘向けの意識に切り替えていこう。

 

「──!」

 

 そう心構えをしたのに、いざ瞬きもしていない内にウィローが掻き消え、同時に頬を殴り抜かれてしまったのは、これは油断や何かではなかった。

 瞬間移動。父や、セルのその技は何度も見てきたが、いざ自分への攻撃に使われると虚を突かれてしまって対応できなかった。

 

「っく!」

 

 体勢を立て直すのもままならないまま、追撃を放とうと腕を引き絞るウィローの顔へ蹴りを突き放つも僅かな動作で避けられ、腹に打撃を受けて後退する。

 見切られている……! 孫悟飯の戦闘データは、彼女の中にたっぷりと蓄積されているのだ。戦闘力が向上し、彼我に差があってもその事実は変わらない。

 

 再びの拳打を、これは確実に避け、脇で挟むようにして捕らえる。

 下手に力を込めて反撃すれば、きっと訳なく破壊できてしまう。そのために躊躇った悟飯は、跳ね起きた裏拳に顔を打たれてたまらずウィローを解放してしまった。

 

 ロングスカートを翻す鋭い回し蹴りを空気の流れで感知して避け──人造人間が相手だから、気で動きが読めない!──追撃を警戒してバク転をするも、すぐさま追い縋る気配。慌てて両腕で跳躍すれば、ウィローはもう目の前に回り込んで来ていた。

 

「うわっ! く! っと!」

「──」

 

 逆さまのまま小さな拳の一つ一つを腕で受け、払い、捌く。攻撃は的確で、やり辛い相手だ。

 けど!

 

「捕まえた!」

 

 肘で防いだ腕を絡めとるようにして押さえ、今度は逃がしてしまわないよう素早い動きで着地し、投げ飛ばす。

 ひらりと2階へ着地した彼女にはダメージは無いようにみえるが、それは悟飯も同じだった。

 ウィローは確かに強い部類だ。しかし超サイヤ人の悟飯の敵ではない。

 手心を加えてしまえば少し厳しい戦いになるかもしれないが、それを含めても問題なく倒せる相手だった。

 

「よし……やるぞ!」

 

 いよいよ彼女を止めるために気合いを入れ直す悟飯だったが──

 

「どうやらその必要はないようだぞ?」 

 

 深く腰を落として構えた悟飯に声をかけたのは、未だ腕を組んで戦闘態勢に入っていないセルだった。

 どういう意味か、を問いかけるよりはやく言葉が返ってくる。

 

「さすがにやるな、孫悟飯……今のわたしでは敵うはずもない、か」

「かっ……」

 

 手すりの先に見えていたシャゲの姿が消えた。原因は、はっきりと見えていた。ウィローが素早い手刀で意識を刈り取ったのだ。それが意味することは、つまり……。

 

「はぁ……わたしは『来るな』と警告していたつもりだったのだがな」

 

 いかにも頭痛を抑えるようなポーズで手すりを乗り越えて下りて来たウィローは、ふわりと広がるスカートを押さえながらやるせなさそうに呟いた。

 




・ウィロー
小さなメイドさん
悟飯が真剣に相手してくれそうだったので
せっかくだからと少し味見した


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第七十六話 ナシコ激情

 っべー、1年も経ってるじゃん

 この主人公、めっちゃてきとうな理由で敵に回ってんなあ……

 国の為に滅私奉公し勇者と持て囃されたのに実の父に不要と切り捨てられて火刑に処されるさなかにかつて斃した魔王に攫われるくらいしてから悪落ちして、どうぞ

 情報が古いぞ! 今は悪役偽聖女に転生したから完璧ロールプレイしつつ身命を賭して本当の巫女の代わりを務めるやつがトレンド!

 でも今はトニー・スタークが素晴らしい世界で活躍してたり二代目火影の卑劣な後継者の話とか性癖歪んだ愉悦雛森のやつが一推しだぞ。


「ウィローちゃん!」

 

 1階に下り立った少女の無事に駆け寄った21号は、しかしそれ以上何をするでもなく手を合わせてはあはあと息を荒くしている。忙しなく動く瞳が上から下までウィローの姿を焼き付けるのに忙しいのだ。

 見た目は溌溂としているが性格はクールなウィローはヴィジュアル系に属していて、あまりかわいい系の衣装を着る機会がないのは多くのファンが知るところだろう。特にこのような王道の衣装はレア中のレアだ。しかもどうやらこれは彼女が自分の意思で着用しているらしいもの。こんなシチュエーション、逃せば永遠に後悔し続けることになるだろう!

 

「……」

 

 じろじろと遠慮のない視線を向けられて、ウィローの顔からすうっと感情の色が消えていった。

 何も感じさせない無表情は威圧のようにもみえるが、21号は、彼女が羞恥心を押し殺すためにそういったことをするのを良く知っていたので『あ゛、か゛わ゛い゛い゛』と心中で悶えた。

 

「ウィローさん、操られてなんかなかったんですね!」

「ん。ああ……まあ」

 

 悟飯が駆けよれば、歯切れ悪く返した彼女はスカートの布を柔く握りながら、ほんの少し視線を外して悟飯に向き直った。決まりの悪そうな表情だ。『操られているフリをしていた』所を見られたのが複雑なのだろう。平常を装った顔は常と変わりがないが、よく見ればスカートの布地を挟む指がにじにじと動いていた。

 

「そうだな。わたしはあのようなちゃちな術には嵌まらなかった」

「でも、じゃあ、どうして」

「大方ナシコの方はそうではなかったとかだろう。違うか?」

 

 どうして従ってるフリを? そう問おうとした悟飯を遮るようにセルが投げかける。

 どこか焦れたような物言いに小首を傾げたウィローは、「ううむ、違うとは言い切れんが」とこれまた歯切れ悪く返した。というより、疑惑的な眼差しだ。なぜここにセルがいるのだろう。どうやって地獄から甦ったのか……組み合わせもまた謎だ。奴と悟飯とは仲良く並んで立つような仲ではなかったはず。

 とはいえ、そのような疑問を口にしたところで意味はないし、今のウィローにとってさして重要な事柄でもなかった。

 

「あそこで倒れている男にナシコが拐かされたように思えた。だからこうして潜り込み、様子を見ていたのだが……どうにも……そうではなくてだな」

「え、えっと……お姉さんも、催眠術っていうやつにはかかっていなかったんですか?」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら伝え辛そうに話すウィローによれば、彼女だけでなくナシコもまた催眠術にはかかっていないという。だとしたら話がややこしくなってくる。いったいなぜナシコはこんなところで働いているのだろうか。

 悪意を持つ者によって無理矢理働かされているのではなく、やはり自分の意思で滞在しているというならば、干渉は難しくなる。

 

「……ああ。ナシコが単純極まりないといっても、さすがに硬貨を振り回すだけの古典的な術には引っかからなかったようで、正気だった」

 

 それが厄介なのだ。まだ催眠を疑っている時に一度、強引に連れ帰った際、ナシコははっきりとした意識でもってウィローを拒絶し、自分の足でこの館へ戻ってしまった。

 彼女は助けを必要としていない。どうやら悟飯達は無駄足であったようだ。

 けれどここまで来て帰るという選択肢もないだろう。せめて一度顔を合わせるくらいはしておきたい。

 

「……うむ。ここにナシコを居続けさせるのは不味いと思っていた」

 

 他でもない自分の意思でここにいるナシコだが、それは別に、ここが特別な場所だからとか、リョーサンを気に入っているからとかではないように思えた。

 どこだっていい。気を紛らわせられる場所なら、あの世でだっていい。

 そういう風に見えたから、ウィローはなんとしてでも彼女を連れ戻したかったのだ。

 

「そう、なんですね」

 

 思っていた以上にナシコの精神が危うい事を知って、悠長に修行に身を打ち込んでいた事を悔いる悟飯。

 彼にとってナシコは笑顔の人だ。いつだって明るい印象があったから、甘く見てしまっていた。本当はもう、僅かも猶予がないらしい。いつ壊れたっておかしくないのが今のナシコだった。

 

「なら……!」

「いや、いい」

 

 ならば当初の目的通り、ナシコと話して、可能なら家に連れて帰ろう。そう言おうとした悟飯に、ウィローは手を出して制した。

 これはナシコの心の問題である。

 きっかけはどうあれ、意固地になってここに執着するナシコに、できれば働きながら時間をかけて心を開いてもらいたかったのだ、とウィローは説明した。

 

「思っていた、と言ったろう。今はそうではない。ここにいるのも悪いことばかりではないとわたしは思い始めている」

 

 実のところ、リョーサンが手配するリラクゼーション……『マッサージ』だとか『カウンセリング』だとかは、ナシコを確実に、ではないが、良い方向にもっていっているように見える。噂に聞いた世界一を手に入れたリョーサンは、強欲でありながら良心もあるらしく、ナシコの精神状態を良く思っていないようだ。

 悪しき手を使って誘拐しようとしたのは許しがたいが、そういった面ではウィローと彼らの思惑は一致している。今はナシコを正常にするのが何より先決だ。

 

 そのためには邪魔が入るのはうまくない。ナシコは親しい者には特に強い拒絶を示すだろうし、だからこうして防衛機構を構築していたのだ。もっとも、こうして潜入作戦が決行されてしまったわけだが。

 

「悪い事は言わん。もう帰れ」

 

 取り付く島もないとはこのことだろうか。ナシコの事はもっとも身近な彼女が解決すると、そう言われてしまっては悟飯達の出る幕はない。

 ……それは、セルには関係のない話だった。

 

「そんなことはどうでもいいのだ。私が聞きたいのはただ一つ。もう一人、ここに連れ込まれた人間がいるだろう。それはどこにいる」

「それこそ"そんなこと"だろう。それを聞いてなんになる?」

「なに、きさまには関係のない話だ……500号よ」

 

 険悪な雰囲気だ。

 そもそもウィローにとっては、なぜセルが悟飯らと行動を共にしているのかが度し難いのだろう。口調も声音も他に対するのとは比べものにならないほど尖っている。セルこそがナシコがああなった発端であるのもあるし、単純に不審なのだ。

 確かについ先日に幽閉された少女を見たが……まさか知り合いという訳でもないだろう。口振りからはその可能性が高いが、思考を割く価値もない。

 

「も、もうナシコちゃんは戻ってこないのでしょうか……!?」

「む、いや……」

 

 縋るように、いや実際に21号に縋りつかれて、ウィローはなんとも言えずに口の中に言葉を籠らせた。

 正直ナシコのケアが上手くいっているとは言い難い。だからこそこんなところまで来てしまっているのだ。

 しかしこれは身内の話であるし、余計な手出しをされてさらに悪化してしまっては、と思っているウィローでも、ファンそのものの目線で問いかけてくる21号を無下にはできなかった。

 

「どうか、お話だけでもさせてもらえませんか? 心配なんです……とても!」

「そうは言ってもな……」

 

 とはいえ……。

 ナシコは今、まともに話せる状態ではない。

 

「というと?」

「説明が難しいな。……とにかくナシコに会うべきではない」

 

 だから帰った方が良い、と腕を組んで促すウィローだったが、どうやら時間切れのようだ。高い位置にくぐもった足音が聞こえる。誰かがここへ向かってきているのだ。

 警備ロボットばかりが徘徊するこの館で不自由なく歩けるのはウィローとシャゲ以外では一人しかいない。

 

「ウィローちゃーん? こっちいるー?」

 

 扉を開いて出てきたナシコは、その場から声をかけて返事を待った。

 みんな二階を見上げはしたが、誰も声を発さなかった。先程のウィローの言葉が気にかかっていた。

 会話ができる状態ではない、と言っていたが、このナシコの声は鮮明で、明るいようにも思える。だから声をかけても問題ないのでは、という気持ちが顔を上げ始めた。

 

 けれど、苦い顔をするウィローが急いで二階へ上がっていくより早く手すりの前へ出てきたナシコは、昇ってくるウィローを見つけると笑みを深め……ほんの少し視線をずらした先にセルを見つけると、ほとんど同時に気合い砲を放った。

 

「う!」

「!」

 

 隣にいた悟飯と共に飛び退いたセルは、一瞬歪めた顔を笑みに変えてナシコを見上げると、余裕ぶって腕を組んでみせた。

 

「ずいぶんな挨拶ではないか、ナシコ」

「……なんでこんなところにいるの? ……私に殺されに来た?」

 

 先程までの朗らかな表情はどこへいったのか、据わった目に低い声は想像以上に恐ろしい。

 自分に向けられらものでないと知りながらも、悟飯は底冷えする思いで、中途半端な体勢を保っていた。

 

「馬鹿を言うな。こんな場所で腐っているきさまなんぞに用などない」

「ふぅん……? じゃあ、死ねば?」

 

 再びノーモーションの気合い砲がセルを襲う。見えない気の塊を見上げたセルはさっと腕を広げると、瞬時に気を引き出した。

 

「はっ!!」

 

 同時に全力の気合い砲を放ち、相殺する。

 ぶつかりあった二つの圧力は一瞬膨れ上がると爆発し、激しい風を巻き起こした。

 その風に押されるようにセルの足が床を滑って後退していく。……威力を殺しきれなかったのだ。

 

(やはりまだ……いや、だいぶ奴の方がパワーは上のようだ……)

 

 冷静に分析するセルには、もはや最強生物たる己を上回られている事への憤りや悔しさはない。ただ事実を事実として受け止めて、それをどう覆すかを計算している。

 だが奴との優劣をはっきりつけるのは今ではない。今は、それよりも優先すべきことがあるのだ。こんな奴に構っている暇などない。

 

 さほどの興味を示さないセルに、冷たい視線を注ぐナシコ。一段と冷える空気に誰もが行動を躊躇う中、ふとナシコの背後の扉からころころと警備ロボットが転がってくるのを、階段半ばのウィローがみつけた。

 

「とーう!」

 

 そして跳躍する影がナシコの上を飛び越えて1階へ降りると、着地と同時に振り返って2階を見上げた。

 翻る衣装はいつもの赤。黒髪に羽根飾りの少女は、まさしくセルらが捜索に来ていた(ともり)であった。

 

「……」

 

 ますます細められたナシコの目は、地獄の炎も凍てつきそうなほど剣呑な光を宿している。好意など微塵も感じられない眼差しを真っ向から見返す灯は、右手を前に、足を開いて構えていた姿勢を正すと「話はまだ終わってません!」と声をあげた。

 それから、はたと周りを見回して、近くに立つセルを見つけると目を丸くした。

 

「あれ、セルさん? どうしてここに」

「……」

 

 暢気な声だ。悪態の一つもつきたくなってしまうが、心配に思い助けに来たなど口にしたくないセルは腕を組むと、むいっと口をつぐんでナシコを見上げるに留めた。

 

「……話すことなんかなんにもないよ」

「私にはあります! ナシコちゃん、このままじゃ駄目なんです!」

「……」

 

 やけにナシコに構う灯は、迎えに来たセルやムラサキに気を割く余裕がないようだった。

 目をつぶって頭を回すナシコは心底うんざりしているようだ。その感情を口にまで出さないのは性格ゆえか。カンカンと靴音を鳴らして階段を上り切ったウィローが隣に立つと、一つ息を吐いたナシコは、改めて階下へ視線を戻した。

 

「ナシコちゃんのいるべき場所は、ここじゃありません!」

「……」

 

 しかし続く灯の言葉に、はっきりとナシコの顔が嫌悪に歪んだ。

 顔色を窺っていたウィローが慌てて二人の視線を遮るように間に立つ。

 

「それはお前の決める事ではない」

「いいえ! とにかく、ここにいてはナシコちゃん、きっと考えることだって難しいと思うんです。だから──」

 

 ボ、と空気を穿つ音がした。

 すぐ傍を通った圧力に身をすくめた灯は、背後に聞こえた擦れ音に振り返った。

 敷物を削って壁際まで押しやられたセルが、顔を隠すように交差させていた腕を下ろしている。

 どうやら今のはセルへの攻撃だったようだ。

 

「な、なんで……」

「どうやらどうしても私と戦いたいようだな」

 

 焦げ付く腕を緩やかに下ろし、口の端を吊り上げるセル。なぜ今自分が攻撃されたのか……それは灯の言葉をこれ以上聞きたくないがために体よく使われたからだろう。

 目をかけている少女がどうにもナシコの精神にかなりのダメージと重圧を与えている事が愉快でたまらない。笑みを深めたセルは、灯が困惑しながらもナシコに向き直って、構えるかどうか迷っているその後ろ姿を見て(ナシコの問題とやらが解決しなければ、帰ろうとはせんだろうな)と正しく事態を理解した。

 

(いやー、話してどうにかなる感じじゃないでしょ)

 

 そっと傍に下り立ったムラサキがぶつぶつと呟く。

 同意だ。

 

 灯は対話を望んでいるようだが──ある程度それは通用するようだが、許容を上回ると暴力的な手段に出るらしいナシコを前にしては無謀と言わざるをえないだろう。

 そのような精神状態であっても一般人であり自分のファンでもある灯には直接手出しをするような素振りはないが、それもどれほど持つものか……。

 

「仕方がないな……力を貸してやるとするか」

「わ、何嬉しそうにしてんの?」

 

 先程からセルは表情を変えていないのだが、ささやきほどの声量を聞いたムラサキには、そういう風に映ったらしい。思わず口元に触れてしまった動作で自分自身、図星であると気が付いた。

 ……灯の力になれることが嬉しい、とは、なんとも純な感情が湧いて出てくるものだ。この怪物から……。

 

「お姉さん!」

「……」

 

 思いのほか重症であったナシコへの引け目を乗り越えたのか、これまで黙っていた悟飯も声をかける。

 慣れ親しんだその声を無視できなかったのだろう、悟飯を見下ろしたナシコは、悲しそうな、煩わしそうな感情を浮かべていた。

 

「ナシコちゃん……!」

 

 21号や、16号の眼差しに、灯の真摯な目に貫かれて──ぎゅっと目をつぶったナシコは、手すりに手を乗せて項垂れると、薄く目を開いた。

 

「どうして……」

 

 誰ともぶつからない視線の先に向けられた感情を理解できるものはいない。

 しかし寄り添うウィローは、ナシコに限界が訪れたのを理解して苦み走った顔をしていた。

 

「どうして、私の幸せの邪魔するの……?」

 

 低くうなるような声は、掠れてもいたが誰の耳にもよく届いた。

 

「……幸せ?」

 

 問い返したのは誰だったか。

 胸に手を当てたナシコが頭を振ると、さらさらと髪が揺れた。

 

「うん。私今、さいっこーに幸せなんだ」

 

 私をこんなにも強く求めてくれる人がいる。

 これってとっても凄い事で、奇跡なんだよ。

 だから私は……今というこの時間を大切にしたい。

 

 ……心から、といった風にはにかむ彼女の心を見通すことは難しくて、でも、誰もそれが本心とは思わなかった。長年彼女と共に歩んできたウィローが遣り切れない顔をしていたからだ。

 光を受けるように腕を広げ、幾度か緩く吐息を漏らしたナシコは──。

 

「……邪魔、しないでよ……!」

 

 白い光を噴出させて、怒りとともに吐き捨てた。

 

 

 

 

 鐘が鳴る。

 シャンデリアのつり上がっていた天井に、それと変わって白く大きな鐘が揺れていた。

 

「っく!」

 

 気による突風に押されるようにして後方へ跳躍した面々は、がらりと変わった雰囲気にもはや話し合いなど通用しないとわかってしまった。

 構える面々に相対するのは、ナシコ一人ではない。目を伏せたウィローもまた緩やかに構えて、しかしその方向は悟飯達だった。

 

「どうやら500号はナシコの味方をするようだ……」

「ええ、当然よね……彼女達はチームだもの。どのような状況であれ結束は崩れない」

 

 状況を分析する16号に、胸の下に腕を通して二の腕を掴む21号が落ち着き払って答えた。

 ナシコが敵と定めたなら、彼女に追随する者も同じ相手を敵とする。たとえそれが親密な相手であっても、だ。

 

「ナシコちゃん……!」

「ほら、下がって下がって!」

「え、あの、ムラサキちゃん……?」

 

 トッと床を蹴って2階から降りてくるナシコに、なおも語り掛けようとする灯の腕を引いてムラサキが引き戻す。万が一にも流れ気弾でも掠れば、それだけで灯は死んでしまう。小さな背中に隠れるように促されて戸惑う灯を、さらにセルが後ろへ押しやった。

 

「あのっ、私、ナシコちゃんとお話を……!」

「まだわからんのか。とうにそんな段階は過ぎ去っているのだ」

 

 状況が呑み込めていないわけでもないだろうに、腕に手を添えて言う灯を宥めたセルは、伸ばした両手を重ねてその先にナシコを捉えながら、代替え案を伝える。

 

「言葉でわからんというのならば話は単純だ。叩いて正気に戻せばいい」

「いや、あの、それは……」

「叩いて直るかなあ……でもナシコちゃんって単純だし、案外……?」

 

 言葉を重ねなければ危険の渦中に飛び込んでいくだろう灯を抑えるために、面倒ながらも語りかけるセルを補足するようにムラサキが言う。その評価はどうかと思うが、現状打つ手はそれしかない。みんなが詰め寄せてしまったせいで心の許容量を超えたナシコが力を振るおうとしているのなら、叩き伏せて鎮めるしかないのだ。

 

「それしかないのか……!」

 

 感じ取れない神の気を、それでも肌で感じながら汗を浮かべる悟飯。

 ここにはそんなことをしに来たのではないのに、戦わなければならないなんて。

 ……それほどナシコが切羽詰まっていたということか。容易く癇癪を起こしてしまう彼女をこのまま放っておくわけにはいかない。気は進まなくとも、悟飯は戦わなければならなかった。

 

「せっかくだ、ここまで磨いてきた技を……試してみるとしよう」

 

 浮かない顔をする悟飯とは対照的にセルはこの状況に楽しみを見出したようだ。腰を落とすと、その体勢のまま姿を消した。瞬間移動だ。

 それにより瞬く間にナシコとの距離をゼロにし間合いに入ったセルが腕を伸ばして組みかかる。弾こうとしたナシコの腕を掴み、怪力を利用して捻り上げる。そうするとふわっとナシコの体が浮き上がって回転した。

 

「ふっ」

 

 鋭く小さい呼気と共にエネルギーの向かう先を床へ変え、叩き落としにかかる。

 これが"技術"の基本系。投げの技術だ。

 零れ落ちたホワイトブリムが落ち行く中、僅かに目を見開いていたナシコは、しかし手を返してセルの手を弾くと、さらにくるんと回転して軽やかに降り立った。今度はセルが目を開く。綺麗にかかったと思った技が容易く外されてしまった。

 

「く!」

 

 そうなるとこの間合いは死地だ。腕の一振りでさえ致命傷に繋がるために即時離脱をはかるセルに、ナシコは追撃をしなかった。

 ただ、ぱっと発光すると、その時にはもう純白の衣装に身を包んだ戦闘態勢に入っていた。

 腕をさすりながら後退するセルを見据える目は据わってはいても我を失ってはいない。

 

 一見すると、やはりナシコは普通だった。

 怒り狂っているだとか、心身を喪失しているだとか、そういった目に見える分かりやすいサインがなかったから、会話ができる状態だと思えるし、精神的な余裕があるようにも思えた。

 そうではない。それは彼女が表面を取り繕うのが上手いだけで、内面は手の施しようがないほどにぐちゃぐちゃだ。

 

 未来のことが重荷になって、過去の失敗が積み重なって、完璧な役割(ロール)をこなせない自分に苛立って、理想と現実の差に苛まれる。

 それでもやらなければならない事があるから、やり遂げるまでは止まれないから……なんて考えは、彼女以外の誰にも察することのできない心情だ。

 

「ウィローちゃん? みんなを送ってあげてくれる? 私はこれの相手をするから」

「……うむ」

 

 彼女の傍に控えていたウィローが前に出る。言われたまま動くのは、これ以上ナシコを刺激したくないからだろう。

 

「すまんが、お帰り願おう」

「ナシコちゃん、もう戻る気はないの……?」

 

 一歩前に出てそう促すウィロー。不安げに問いかける21号に返事はなく、歩み寄ってきた彼女に手を取られて、21号は16号と顔を見合わせた。……従う以外に選択肢はない。

 セルだけを見ているナシコに、二人はとりあえず外に出ることにした。引き上げる訳ではないが、このままここにいてもナシコの不興を買うだけだろう。

 聞きたいことはたくさんあるが、これ以上ナシコを追い詰めるのは21号の本意ではない。

 

「さて……」

 

 セルと悟飯とムラサキと、離れる気配のない灯を残して彼女達が大きな扉をくぐって外に出ると、仕切り直す形で構えたセルは、どう動くべきかを悩んでいた。

 先の一当てでやはりまだ技術が未熟であることがわかった。実力でも負けている。彼我の戦闘力だけを考えるなら引くべきだが、灯がいる以上そうもいかない。せめて現状を正しく認識してくれていれば良かったのだが、そっと後ろから「手荒な真似は……」などと語りかけてくる辺り、わかっていないのだろう。まず間違いなく灯はセルの方が強いと勘違いしている。

 

 それも仕方のない話だ。多少戦闘力が上がっているとはいえ一般人の枠を出ない彼女にこのレベルの世界を理解しろというのは酷である。

 超高速で動きあらゆる一切を破壊する攻撃力も、灯からすれば『とてもはやい』『とてもすごい』でしかない。……ムラサキとセルの実力差もいまいちわかっていないのだから。

 

 アイドルであり華奢なナシコがセルより強いとは夢にも思っていない彼女は、未だに対話を望んでいるらしくムラサキが捕まえていなければ前に出てしまいそうだった。正直お荷物だ。抱えてさっさと帰りたいところだが……。

 

「覚悟はいい?」

 

 腰に手を当てて立つナシコは、問いかけているようでその実返事を必要としていない。

 すっと持ち上げられた手がセルを指す。お得意のデスビームか、と身構えたセルは──。

 

「ッ、ぬぐ!?」

 

 突然に弾き飛ばされて宙を舞った。

 見えなかった……攻撃が、このセルにも!

 とてつもなく速い光線、というレベルではない。ナシコの指から何か発射されるような予兆はなかった。

 灯が息を呑む声を耳にしながら一回転して着地したセルは、即座に追撃がくるのに反応すらできず壁に叩きつけられてしまった。

 

 音も無ければ光も見えない、感知不可能の攻撃。

 幸い殺傷力はさほどないようだが、それは傍にムラサキや灯、孫悟飯がいるためだろう。ひとたび彼らと離れれば必殺の一撃が飛んでくるのは想像に難くない。

 そうなればどうだ。灯は無事でいられるのか。

 

「ナシコちゃん、もうやめてください!」

 

 必死に前に出ようとする彼女をムラサキが縫い留めている。ああしているならまかり間違って灯が抜け出してしまう事はないだろうが、そうやって行動を起こそうとするたび、声を発するたびにナシコの眉間に皺が刻まれていくのがわかった。

 ナシコにとって灯の存在自体が相当に煩わしいらしい。本当にキレ(・・)てしまってもおかしくないと感じさせられた。

 ならばもはや手段を限ってはいられない。

 

「何をしている、孫悟飯! 貴様も戦うのだ!」

「わかっているさ! でも──!」

 

 躊躇いを見せる悟飯は仕掛けようとしない。

 姉と慕う少女に手をあげたくないのもあるのだろうが、セルを一蹴する程のパワーに攻めあぐねているというのもあるだろう。セルのみを狙う彼女を攻撃しづらいのは仕方がない。

 

 このナシコブランシュには打撃も気功波も通用しない。どちらも無効化されてしまうためだ。

 こんな相手とどう戦えばいいのか……。その答えは既に出ている。

 

(だが、私の"技術"では……)

 

 全ての攻撃が効かないと思われたナシコも、おそらく相手の力をそのまま返す投げの技術なら効くだろうと思われた。なにせこれは攻撃ではなく護身であり、ダメージがあるとするなら、それは単に自分で転んだようなものだからだ。

 そうわかっていても、セルも動くに動けない。習熟しきっていない技術はナシコに容易く外されてしまった。さらに戦闘力を上げているだろう今のナシコ相手に迂闊に試行しようとすれば、命取りになりかねない。

 

 せめて何か付け入る隙ができればいいのだが……悟飯はあの様子で、ムラサキは手が離せない。まさか灯に頼る訳にもいかないだろう。八方ふさがりというべきか……手詰まりだ。

 

「……」

 

 鐘の音が鳴り続けている。ゆっくりと繰り返される重々しい振動が壁や床を揺らして、降り注ぐ白い光が辺りを染め始めている。伴って、ナシコの体表面も僅かに輝きを持ち始めているようだった。

 そういう技なのだろう。範囲内の者を強化する魔術のようなもの……この場合神の御業か。

 

 ふと天井を見上げたナシコの目前へ、鐘から剣が降ってくる。セルにはそれに見覚えがあった。

 前にナシコを急襲した時、彼女が突然に手にしていた滑らかな刀だ。引き抜かれた刀が白い光を反射して煌めく。

 それは結婚式でケーキに使うための道具のようだった。鍔の代わりにあしらわれたボールブーケが華やかな彩りをもってナシコを飾っている。

 

「ふっ」

 

 小さな呼気が合図だった。

 軽やかに地を蹴ったように見えて瞬時に距離を詰めてくるナシコに、セルは瞬間移動で避ける事を選択した。

 直前に止められてしまう危険もあったが、棒立ちで間合いに入り込まれてしまうよりはマシだと判断したのだ。

 幸いナシコが到達するより速く悟飯の後ろへ移動できたセルは、靴音を鳴らしてしっかりと自身を補足するナシコの冷たい目に、口角を吊り上げて余裕を取り繕った。

 

「さあ孫悟飯、ナシコを止めるのだ」

「……!」

 

 盾にするように悟飯の後ろへ移動した事をそうして促すためとしたセルは、ようやっと悟飯がやる気を見せるのに細く息を吐いた。1対1ではどうあがいても勝ち目はない。孫悟飯に動いて貰わなければ困るのだ。

 

「ゆくぞっ!」

「──っ、ああ!」

 

 必要以上に強めに号令をかけて飛び出したセルに、遅れて悟飯もついてくる。

 持ち上げようとしていた刀を緩やかに下ろしたナシコに、二人がかりで飛び込んでいった。




次回の更新は未定
ただし更新したその時は毎日投稿の末に完結まで書くだろう
年内には終わらせる


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