干支の巫女 (炎の剣製)
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序章
001話 始まり


オリジナル小説を始めました。


 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

私は暗がりの道を多分かなり必死の形相で走っていると思う。

息はもうきれぎれで瞳には涙を滲ませて背後から迫ってくる何者(・・)かから必死に逃げていた。

だけど、とうとう逃げ道の無いビルとビルの間の閉鎖空間にまで追い込まれてしまった。

私はそれで壁に手を付き、追ってきていたソレを見る。

黒い布切れを全身に纏っており、顔は布が覆いかぶさって見えない、そしてまるで皮などないかのような骸骨のような手で下半身はなぜか足が見えないのに浮かんでいる……。

その怪異を見て私は再度そのありえない状況に恐怖する。

 

「あ、あなたは……あなたはなんなの!?」

 

口からなんとか絞り出すような声で、しかし悲鳴に近い声で私はその怪異に問いかけた。

だが、返ってきた言葉と言えば、

 

『…………干支……巫女……』

「え、干支? 巫女……? 何のこと……?」

『干支の巫女―――!!』

 

怪異は大声で叫びを上げながらついに私に飛び掛かってきた。

 

「いやあぁぁぁぁぁーーー!!」

 

私はもうそれでかなり限界だったのだろう。

甲高い悲鳴を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ジリリリリ……。

 

「…………」

 

けたたましい目覚ましの鳴り響く音が木霊する。

私はそこで目を覚ました。

 

「……変な夢……」

 

さっきの怖い夢とは打って変わって私が寝ているのは見慣れた自分の部屋。

まだ春先とはいえ肌寒いのか一回身じろぎをする。

まだ鳴り響いている時計の時間を確認すればまだ6時であるために少々早かろう。

だが、私にとってはこれがいつもの起きる時間であるのは当然であった。

おっと、そうだね。

私の名前は『辰宮 龍火(ルカ)』。

現在高校二年生である。

……でもなぁ、我が両親は私の名前をこれぞとばかりにキラキラネームにしてくれちゃっていつも参っちゃうんだね。

自分で言うのもなんだけど学校の成績は上から数えた方が早いくらいのもので一つ下の義理の妹の『辰宮 鈴架(すずか)』には羨ましがられている。

でも、この名前がちょっと痛い……。学校の友人達には名前に関してはもう慣れたものでそんなにからかわれはしないんだけど、『ルビィ』とかいう愛称……私にとってはあまりお気にめさない呼ばれ方で親しまれている。

まず、なんでこんな壮大そうな名前を付けたのかを親に聞いてみることが何度もあったのだがそのたびにはぐらかされてしまう。まっこと解せない……。

なによりその親である『辰宮 琴美』……お母さんは普通の名前なのになぁ……。

しかもその母は私たちの通う『聖梁学園』の教師をしており、おまけに私のクラスの担任と来た。これにはさすがに私も天を仰ぐというものである。

 

 

―――閑話休題

 

 

……ま、愚痴を言ったって今更現実が覆るとも限らない。人間諦めが肝心なんだよ。

そんな事よりもうお母さんが料理を作ってくれている頃だろうから早く鈴架を起こして学園に行く支度をしないとね。

手早く洗面所で顔を洗い髪を梳かす。

その後に制服に着替えて台所に顔を出して、

 

「お母さん、おはよう!」

「あら、ルカ。おはよう。部活の朝練?」

「うん、そう。それじゃ鈴架を起こしてくるね」

「ええ、お願いね」

 

そしてまた私は二階に上がっていっていまだに寝ているだろうねぼすけさんを起こすいつもの朝を過ごすのだ。

ただ、今日は鈴架の寝起きが悪かったためにその頭にたんこぶを作る羽目になったのはご愛敬。

その後にお母さんにお弁当を受け取って家を出たんだけど、

 

「ううー……お姉ちゃん、ひどいよぉ……」

「すぐに起きない鈴架が悪いのよ?」

 

我が妹はたんこぶが出来ている頭を手でさすりながらも私にジト目を向けてきている。

鈴架も普通にしていれば可愛いのにね。や、私の大事な義妹だから全部可愛いんだけどね。

黒髪の私とは違って少し白みがかった黄色い髪の色をしていてチャームポイントのツインテールにしている。

 

「あー……お姉ちゃんに誘われてバレー部なんて入るんじゃなかったよー。もう少し寝ていたいのが本音だし……」

「そう言わないの。そういう鈴架だって一年でもう頭角を現してきているのか先輩からは目をかけられているじゃない?」

「そうなんだけどー……基本あたしはものぐさだから」

「ふふ。諦めなさい」

「はぁい……」

 

そんな感じで私達は学園へと足を運んでいく。

校門が見えてくるといつものように生徒会長様が出迎えてくれる。

 

「……おや。辰宮君達か。部活かね? 朝から精が出るな」

「お、おはようございます……奈義会長」

「おはよーございまーす……」

「うむ。おはよう」

 

そう言いながらも眼鏡をクイッと直す仕草が様になっているこの人は奈義久刻(なぎ ひさとき)。

この学園の三年生で生徒会長であり、私が少し苦手とする人物である。

なんでかって、毎回私を生徒会に勧誘してくるからである。

私の友達がそこに在籍していて私も目を掛けられているんだけど、どうにも細々とした事は苦手な私からしたらあんまりやりたくない役目なんだよね。

足を止められると厄介なので早々においとましよう。

 

「で、では失礼しますね」

「うむ。頑張りたまえ…………――――これからいろいろと大変そうな事だしな」

「えっ? なんのことですか……?」

 

私はついその言葉が気になったので足を止めて振り返る。

しかしもう奈義会長はこれ以上は無粋とばかりに大きい背中を私たちに向けており、私達の後にやってきていた生徒の子に挨拶をしていた。

いろいろと大変そうな事って、なんだろう……?

 

「お姉ちゃん! 遅れちゃうよー!」

「あ、うん!」

 

気になったけど部活の朝練に遅れるのもまずいので私達はそこから立ち去った。

その後にバレー部の朝練も手短に終えて鈴架とも別れて教室に向かう。

教室に到着すれば最初に私を出迎えてくれるのはいつもと変わらずに、

 

「あら。ルカさん、おはようございます」

「おはよう、クリス」

 

挨拶を交わしてお互いに笑みを浮かべる。

この子はクリス。本名は『クリスティーヌ・セインティ』。

名前からして外国人でクリスチャンだ。

銀色の髪も相まってふわふわとした不思議な印象を持つ子なんだよね。

うちの学園はキリスト教も取り入れているので、まぁこの子もそこ関連の出身かな?

それはともかくこの子は私の大の仲良しな子なんだ。

だからいつも大抵は一緒にいる感じかな?

さっき言った生徒会に在籍しているのもクリスの事であったりする。

 

「あ、ルカさん少しじっとしていてください」

「ん? どうしたの?」

「いえ、少しネクタイが曲がっていますわ。直しますのでじっとしていてくださいね」

「う、うん……」

 

クリスは甲斐甲斐しくも私のネクタイを直してくれた。

こういうところがあるからあまり頭が上がらないんだよね。

 

「はい。直りましたわ」

「ありがとね」

「いえ、ルカさんの為ですから気にしないでくださいね。うふふー」

「う、うん……」

 

なんだろう? どこか変な空気になるのは。

それに周りからの視線もどことなく好奇な視線を感じる……ような?気のせいよね、うん。

 

 

ルカはまだ知らない……。ルカとクリスの二人は百合の視線で見られている事など。

 

 

私は何やら身震いをしながらも席に着く。

それと同時に予鈴のチャイムが鳴る。

それで教室に急いで駆け込んでくる生徒が多くなる中で、お母さんが朝のホームルームをするために教室に入ってきた。

 

「はい。みんないるわね?」

「起立、礼!」

 

委員長の号令とともに私達は挨拶をして席に着席する。

その後にお母さんが欠席者はいないかと確認を取って、私たち全員を見渡すように視線を巡らせた後に、

 

「それじゃホームルームを始めたいと思います。まずは皆さんに伝えたいことがあります」

 

お母さんがそう切り出してなんだろう?という感じのざわめきが起こる。

私も気になったので耳を澄ませる。

 

「みんなももう知っていると思うけど、最近隣町やその近辺で住人が何人も失踪するという事件が起きています。……それで実は一昨日と昨日についにこの町でも人がいなくなるという事案が発生しました」

 

それでより一層ざわめきが大きくなる。

そっか……。とうとうこの町でも起きちゃったんだね。

 

「幸いまだこの学園の生徒は誰もいなくなっていませんが、いつどこで誰が被害にあっていなくなるかわかりません。

教育委員会でも対策を講じているところですので、みんなも夜に一人で出歩く際は十分に注意して行動してね。私からは以上」

 

ホームルームはその後はいつも通りに終わったけど、だけど学園中がその話題で持ち切りみたいで帰りには教師の見回りもするそうで放課後の部活は当分は中止になった。

別にそれで残念がることもないんだけど、注意しないとね。

 

「それではルカさん。道中お気を付けくださいね」

「うん。クリスもまた明日ね!」

「はい」

 

クリスと別れて家への帰路に就く。

ちなみに鈴架は友達と先に帰ると言っていたのでたまにある一人っきりだ。

寂しいというわけじゃないけど、今朝のお母さんの話を思い出して気持ちが心細くなるのは隠しきれない。

そんな、感傷的な事を思っている時だった。

 

「ッ!?」

 

なに!? 突然背筋が凍りつくような、鳥肌が盛大に立つみたいな感覚に襲われた。

ゆっくりと震える体でなんとか周りを見回す。

そして一周して何も異変はないことを確認してため息を吐こうとして、

 

「ッッ!!?」

 

またしても心臓が握られるような恐怖を味わう。

ビルの隙間に忽然と全身黒い布を着ていて顔が窺い知れない。

まるでその姿は今朝に見た夢の人物のような……。

そしてあろうことか顔は見えないのに視線が合ってしまったという直観を感じて、私はすぐにその場を走り出した。

…………そして、何度か背後を見るがアレは私の後を追ってきている!

 

「ううっ! あれって、もしかしてー!」

 

まるで夢の通りではないか。

逃げる先々でとうせんぼするアレ。

何度も進路を変えてもうどこを走っているのか分からなくなって、ついに雑居ビルの隙間にまで追い込まれてしまった。

…逃げ道は、ない。

背後を振り向けばアレは一生懸命走ってきた私がバカなんじゃないかってくらいに息切れすらしていなくて、ついにあの言葉をうわ言のように口にしだした。

 

『……干支……巫女……』

「……!」

 

この後の展開が夢の通りなら私はアレに襲われてしまう。

人間、非常事態に追い込まれると逆に冷静になれるというもの。

私はどうにかこの場を脱する事を考えようとする。

だけど、どう思案してもいい考えは浮かばない。

 

『干支の、巫女……』

 

まるで某呪いのビデオの幽霊みたいに近づいてくるアレ。

もう、お終い、なの…?

諦めかけた時だった。

突然私の下の地面が謎の発光現象が発生して、まるで円状になにかが描かれていく。

だけど、それでアレはなにかを感じたのか先ほどまでの冷静さなどなりふり構わずに私にその長い手から来る腕の振り下ろしをしてきた。

だけど何かが遅かったのか、円状のものから上に向かってまるでガラスみたいに展開して私を覆い隠して、アレの手はその謎のベールに当たって停止した。

 

「な、なにこれぇ!?」

 

ようやく声が出せたと思えば他人事のように無様な声を上げてるな、私……。

そして、そんな余裕も次には無くなる。

いきなり視界が暗転して意識が遠のいてきてしまった……。

お母さん、鈴架、クリス……。

 

 

…ルカの姿は次の瞬間には最初からそこにはなかったかのようになくなってしまっていた。

怪異はそれを見て無言でその場から消え去った。

 

そして、まだルカは知る由もない事だが、これから盛大な旅が始まることになる。

これはまだほんの序章に過ぎないのであった……。

 




こんな感じで次回から異世界に飛びます。


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制御困難の火竜編
002話 ファーストコンタクト


更新します。


 

 

「う、うん……」

 

なんか少し頭が重い…。

それになんかゴツゴツとした場所に寝転がっているみたいな?

そういえば、なんで私いつの間にか寝ているんだろう…?

少し考える事数秒。

 

「はっ!?」

 

それですべてを思い出して私は目を覚ました。

そうだ! なんか変な格好をした人間?みたいな人に襲われていたら、いきなり変な光とともに意識がなくなっちゃったんだ。

っていうか、ここどこぉ!?

周りを見回してみればさっきまでの町の風景ではなくてどこかうっそうとした森の中で、私はなぜか地面の上に野ざらしになって寝ていた。

 

「いったい、なにが……どうなってるの?」

 

疑問の言葉を口にするも誰も何も答えてはくれない。

冷静になりたいのにいまだ頭の中は混乱の真っただ中の状況で誰でもいいから現状を教えてほしいというものだ。

こういう時に頼りになるのは……、

 

「あっ! こういう時こそ携帯よね!」

 

まだ希望は残されている!

ここがどこなのか分からないならスマホのナビで調べるか、最悪警察に電話をして助けに来てもらえばいいんだ。

だけどふと思った。こんな森の中で電波は立っているのかと……。

い、いや弱気になっちゃだめだ!

諦めたらそこで試合は終了なんだから!ネバーギブアップ!

そんなこんなでポケットから携帯を取り出す。

なぜかリュックとか荷物類はどこにもなかったけど、制服のポケットにスマホを入れておいてよかったぁ!

ロック画面から操作してメイン画面を開く。

そして確認した。確認してしまった。スマホの電波状況は……圏外だったー!!

 

「うう…もうどうなっちゃてるのよ…」

 

泣き言を言っても状況は変わるわけではない。

ここがどこか分からないけどどうにかして電波があるところまで歩いていくしかない。

なんとか立ち上がってどこに通じているかもしれない獣道をひたすら歩こうと奮起した。

だけど、いきなりガサッ!と草木が揺れる音がして、思わずビクッとしてしまう。

おそるおそる音がした方へと顔を向ける。

 

「き、きっと猪とかウサギとかだよね…? きっとそうだ、うん」

 

そう期待したんだけど、先ほどより草木の揺れが激しくなってきていた。

大きさ的にはもう猪なんて目じゃないってくらいの揺れ方だ。

な、なにがいるっていうの!?

じっと視線を逸らさずにそこを注視していた私が目にした光景とは、

 

「グルル…」

 

そこには赤い鱗がびっしりと体を覆いつくしていて、三メートルはあるであろう巨躯に背中には赤い巨大な翼、大きな腕…そこから生える鋭利そうな爪、爬虫類を思わせるような顔つきで鋭い牙を持ち金色の瞳は強者を体現しているようで…。

そう、なにが言いたいかというと、そこには物語や幻想でしか語られないであろうドラゴンの姿があったのだ。

ズンッという腕を地面に下ろす音が、その重量感が虚構ではなく本物のものだと認識させてくれる。

そしてそんなドラゴンと目が合ってしまった私。

あ、もしかして詰んだ…?

 

「い…いやぁーーーーー!!」

 

私はもう脇目も振らずにその場から走り出してしまっていた。

なに!? なんでドラゴンとかいるの!?

ここは日本じゃないの? いや、そもそも日本じゃなくってもどこにもあんな生物はいないって!

走る。ひたすら走る。

必死に走りながらも頭の冷静な部分ではある事を考えている。

もしかして、ここって日本じゃなくって異世界…?と。

でもそんな事が…アニメでもよくある異世界物が出回っている昨今の世の中で、これはもしかして盛大なドッキリなのではないかと。

誰かがどこかでこんな私の事を監視していて悪趣味に笑みを浮かべているのではないかと。

でも、そんな利益なんてない事を、こんな一般人の高校生でしかない私に仕掛けて喜ぶ人がいるであろうか?

鈴架やお母さんがこんなことを誰かに提案するなんて以ての外だし。

もう…なんていうか、

 

「一体どういうことなのー!?」

 

この不条理を嘆く以外に私には出来ることがなかった。

しばらくして背後から音がしてこない事を感じた私は、一回走る足を止めて何度か息継ぎをして走り続けた代償で消耗した体力を回復させることに専念しつつも、あのドラゴンが追ってこない事を確認できた。

 

「はぁはぁ…よかった。追ってきていない…」

 

安心したのかその場でへたり込む。

するとよほど緊張していたのかポタリ、ポタリと涙が溢れ出してきてしまう。

 

「あはは…もう本当に最悪な一日…」

 

学校帰りに変な怪異に襲われたと思えば、気づいたらどこか知らない異世界(?)にいて、スマホは圏外で一切使えず、挙句の果てにはドラゴンと遭遇して惨めに逃げ出してしまうという…。

こんな事は普通の現代なら到底体験できないであろう。

もし無事に家に帰ることができたならお母さんや鈴架に夜通し話してあげたい。…きっと信じてもらえないだろうけど。

さらにはお腹が空いたのか「くぅ」という音が鳴る。

ただでさえ疲れているのに体は正直で参ってしまう。

とにかく、今は食糧確保に動いた方がいいのかな…?

でも、どことも知れないキノコとかを食べるのは遠慮したいし、下手したら先ほどのドラゴンにまた遭遇して今度こそ食べられてしまうかもしれない。

そもそもサバイバル技術なんて持ち合わせていないのにどうしろと…?

さっきも思ったことだけど、色々と詰んでいる現状に諦めの色が濃厚で、気づけば空も暗くなり始めてきた。

季節があるのかは分からないけど森の中で一夜を過ごすのはとても危ない。

肌の感覚ではそんなに寒くはないけど、それとは別にして夜の獣とかに遭遇したら普通に危ないし御免こうむりたい。

だから私はどこかで安心して体を休められるところを探そうとまた立ち上がった。

こんな理不尽な事が連続で起きたんだからきっとどこかで運が巡ってくるかもしれない。それが不運ではないことを祈りつつも…。

 

「とにかく歩こう…きっとどこかで神様は見ていてくれるだろうし…。こういう時こそ日ごろの行いがいいと思うからね」

 

そんな根拠のない事を考えつつも、そうでもしないと心が折れてしまいかねない。

今はとにかく進もう。

 

それからしばらくして森の中にひっそりとだが、決して小さくはない…いやむしろ大きいと言わざるを得ないでっかい洞窟を発見した。

こういう洞窟ってRPGでは絶対なにかあると私の本能が叫んでいるんだけど、今はそんな見え見えな罠にも縋りたいところで私は中に入らせてもらった。

洞窟の中は意外と暖かくて、寒さを凌ぐのにはちょうどよかった。

お腹が空いている事には目を瞑るとしてもここで一夜を過ごすのも割といいかもしれない。

洞窟の奥の方には結構な道が続いていそうだけど、興味本位で奥に進んで迷った挙句に洞窟内に住み着く獣に襲われたらたまったものではないから入り口付近で私は体育座りになって壁に背中を預けて、疲れからか瞼が重くなってきてそのまま眠りに落ちてしまう。

眠りに落ちる直前に「これがきっと夢であります様に…」と願いつつも。

 

 

 

…それからどれだけ時間が経過したのか分からないけど、私は目を覚ました。

私はいまだに洞窟の中にいて、あぁ…これはれっきとした現実なんだなと再認識した。

洞窟の外に目を向ければまだ暗いみたいなので朝は迎えていないのだろうと感じた。

…ふと、洞窟の外から物音が聞こえて来た。

なぜか結構大きい音で嫌な予感を感じつつも私は物陰へと隠れて様子を伺う。

すると悪い予感は当たったみたいで洞窟の外からあの時のドラゴンがやってきて、私はとっさに口を手で覆ってなるべく息を吐き出さないように努める。

でも、まさかこの洞窟ってあのドラゴンの住処だったりしたのかな…?

そしてそんなところにわざわざ入ってきた私はまさしくカモ?

そんな事を思っていたら、ドラゴンが入ってきたと同時に自然と洞窟のあちこちに火が付きはじめて洞窟の奥の方まで明かりを照らしていく。

なに、この現象…。

魔法かはたまた…。

ドラゴンはそんな中をノシノシと歩いていく。

私は必死に隠れてドラゴンが過ぎていくのを待っているんだけど、ドラゴンはそんな私の事を知ってか知らずか、

 

『ふむ…昨日に出会った少女は何者だったのか』

 

しゃ、喋った!?

驚きはすれどなんとか口には出さなかった私はえらいと思う。

ドラゴンは言葉を続ける。

 

『ここは精霊の加護がある森であり、普通の人間は入ってくる事すら困難な場所なのにな』

 

そう言いつつも、次の瞬間にはドラゴンの体が突然発光しだして、見る見るうちに小さくなっていく。

驚愕の光景を見つつもなんとか見ているだけの私。

そしてドラゴンの体から光が収まると、そこには身長が170センチくらいの肩くらいまである赤い髪をして瞳は金色のどこかの民族衣装のようなものを着ている好青年の姿があった。

どこか真面目そうな佇まいで見ているとなぜか安心を感じられるような雰囲気がする不思議な青年である。

 

「かっこいい…」

 

だからという訳ではないんだけど、つい言葉を私は発してしまった。

それが致命打となって「誰だ!?」とドラゴンだった青年が声を上げてついに私の存在は気づかれてしまった。

 

「ひえっ…!」

 

思わず尻もちを付いてしまった私の前にその青年が歩いてきた。

 

「君は…。そうか、こんなところにいたのか」

「お、お願い! 殺さないで…!」

「おいおい…なにを言うかと思ったらなにか勘違いをしているようだな」

「え?」

「俺は別に君を取って食ったりはしないから安心してくれ」

「で、でも…その、ドラゴンですよね…?」

 

私がおそるおそるそう聞いてみた。

すると青年は少し呆れたような表情になって、

 

「まずはそこからか…。まぁ俺も君の事を知りたかったからお互いに勘違いをしていても仕方がないし、認識のすり合わせでもしようか」

「わ、わかりました…」

「まず、俺の名前は『リューグ』。今はそれだけでいい」

「えっと…私は龍火(るか)。辰宮 龍火(るか)です…」

「ルカか。いい名前だな」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

こうして私とリューグと名乗る青年のファーストコンタクトはなされたのであった。

 

 




異世界で最初の人(?)との出会いです。


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003話 お互いの事情説明

更新します。


目の前に出される焼き魚。

ホクホクとしていてとても美味しそう。

リューグが私のために近くにあるという川辺で魚を捕ってきてくれたのだ。

さらにはなんの力を使ったのか目の前で手から炎を出して魚を焼きだしたのには驚きを禁じ得なかった。

 

「あ、あの! リューグさん! その炎ってどうやって…」

「どうやって、か…どうやらルカは『魔気』を知らないみたいだな」

「その、魔気って…?」

「その説明も必要そうだな。なに、時間はいっぱいあるからまずはその魚を食べてからルカの今後をどうするか決めようじゃないか。お腹、空いてるんだろう…?」

「うっ…」

 

それを言われると弱い。

それに先ほどから何度もお腹が鳴ってしまっていたために恥ずかしくて死にたい。

それでいつまでもこちらを優しい目で見てきているリューグさんの視線を視界に入れないように焼き魚にかぶりつく。あ、美味しい…。

それからお腹が相当空いていたのか5匹くらい食べてしまった。

 

「相当お腹が空いていたんだな…」

「申し訳ありません。ただ、ちょっと色々と事情がありまして…」

「ふむ、そうか。それじゃそろそろ話し合いと行こうじゃないか」

「そうですね、リューグさん」

「ああ、それと呼び方はリューグでいい。いちいち気を使っていたら疲れるだろう?」

「え? でも、知り合ってそんなに時間も経っていないんですけど…いいんですか?」

「ああ。ついでにルカの話しやすい口調でも構わん」

「そ、そうですか…えっと、それじゃりゅ、リューグ…お話をしよっか」

「うむ」

 

それからリューグにこの世界について教えてもらった。

まず、この世界の名前は『フォースピア』。

そしてこの世界には大まかには五つの大陸がある。

東国の、おもに人族が統治をしていて、武装国家がおもに暮らしている戦国大陸『シンラ』。

西国の、おもに人族とエルフ族、そしてドワーフ族が統治していて、魔導の力によって栄えている魔導大陸『リクシード』。

南国の、おもに人族と獣人族が共存して暮らしていて、実りの豊かな豊饒な大地で各々暮らしの格差はあれど自由に暮らしている自由大陸『ファルクス』。

北国の、おもに魔の力を引き継いでいる吸血種や巨人族、その他にも危険生物が数多く暮らしていて、さらには閉鎖的でどういう暮らしをしているのか分からない極寒大陸『アブゾート』

そして現在私がいるこの土地は世界の中心にあって、主に精霊族や妖精族…私たちの世界でいう幻想の生物が多く住むと言われる神秘溢れる大陸『スピリチア』。

 

「東のシンラ…西のリクシード…南のファルクス…北のアブゾート…そしてこれら四つの大陸の中心にある中心大陸のスピリチア…」

「ああ。まぁ大まかに覚えておいてくれ。そんなに行き来や往復はしないだろうしな」

「そういうものなの…?」

「ああ。各大陸で独自の繁栄と衰退を繰り返しているのが現状で、俺達は中心世界故にあまり干渉はしないんだ」

 

ふむふむ…。

これだけ聞いて分かった事だけど、やっぱり異世界だった!

しかもエルフとか獣人とか妖精とか、ファンタジーな世界だった。

これだけ聞いてもお腹がいっぱいになりそうです。

 

「次に、魔気と呼ばれるものだが、続けてもいいか…?」

「あ、うん」

「魔気とはこの世界の全住人が使う体系だ。おもに二種類あって魔力を主に使う戦闘方法、それと気力を主に使う戦闘方法…中にはこの二種類をバランスよく合わせて使うものもいるが数は限られてくる。この二種類の体系を総称して『魔気』と俺達は呼んでいる」

「その、リューグはどっちなの…?」

「俺か? まぁ、魔力寄りだな。もう先ほども見たと思うが竜の姿にもなれるからな」

「そうなんだ」

「この世界の大まかな事はこんな感じだな。なにか分からないことがあったらその時にまた教える。だが、俺もそこまで博識ではないからお手柔らかに頼む」

「うん、わかったわ」

「よし。それじゃ今度はルカの事情について教えてくれないか? 冒険者でもない限り人間がこのスピリチア大陸にいるのは珍しいからな」

 

うー、とうとう来たか。

といっても私にもどう説明していいか分からないことが多いんだけどね。

まぁ、とにかく、

 

「リューグは私が異世界から来たって言ったら、信じる…?」

「異世界…?」

 

それから私はリューグにこの世界に来た経緯を説明した。

謎の怪異に『干支の巫女』とか訳が分からない難癖をつけられて襲われて、逃げている途中で謎の光が私の周囲を埋め尽くして気づいたらこの森にいた事など…。

リューグはなぜか私が『干支の巫女』について話した部分で目つきを鋭くしていたけど、なにか知っているのかなぁ…?

 

「…そうか。しかしにわかには信じられないな。なにか、この世界にはない証拠みたいなものはあるか?」

「証拠…あ!」

 

そう言われてすぐに思いついたのがスマホだった。

私はポケットからスマホを取り出してリューグに見せた。

 

「これはスマホっていうもので、遠くにいる人と会話ができる機械なんだよ」

「スマホか…それより遠くの人と会話ができるものとは…この世界にも魔導大陸ではそういう類の魔道具があるらしいが、確かにこんな小さな箱で通話ができるのは驚きだ」

「でしょ? でも、この世界ではその機能が使えないの」

「なぜだ?」

 

どう説明していいか分からない。

電波がないからって言ってもうまく伝わるか分からないし。

 

「ま、まぁ今は使えないってことで…でもそれ以外にも機能はあるんだよ。例えば…」

 

そう言ってリューグにスマホを向けてカメラ機能を使ってパシャっと一枚写真を撮らせてもらう。

当然、いきなりスマホが光を発したのでリューグは驚いたのか視界を手で覆っているし。

 

「今の光はなんだ…? なにか体に影響とかはあるのか?」

「そんなのないよ。代わりにこんなことができるの」

 

スマホの画面をリューグに見せる。

私も一緒にそれを覗き込むとそこには驚きの表情をしているリューグの顔が映っていた。少し可愛いかも…。

 

「俺が映っている!? 魂を切り取ったのか!?」

「いやいや、そんな機能じゃないから…これは撮影した人が写真として形に残るものなの」

「写真…では、これはただ単に俺の姿を写し取った鏡みたいなものか?」

「うーん……そんな解釈でもいいのかな? とにかく体には何も影響はないから安心して」

「それならいいのだが…しかし」

 

リューグはいまだにスマホの画面を覗き込んで唸りをあげている。

確かに珍しいよね。

でも、魔導大陸でももしかしたら似たような機能もあるんじゃないかな?

もし行くことがあったら探してみるのもいいかもしれない。

 

でも、スマホを見て思ったことがある。

私は写真のフォルダを開いて鈴架やお母さん、クリス達が映っている写真をじっと見つめる。

自然と私は涙を流してしまっていた。

 

「ルカ…? もしかしてこの写真に写っている人は家族と友人達か?」

 

リューグが私の涙を掬い上げるように目じりを指で拭ってくれた。

こんな事を平然とするリューグは誑しかもしれないと思ったのは内緒。

 

「ありがと、リューグ…うん。私の大切な人達だよ。こんな異世界に来ちゃったからどうやって戻れるのかも分からないけど、当面の目標はもとの世界に戻ることを考える事かな…」

「そうか…。ならば俺もなにか手伝えることがあったら相談に乗るから頼ってくれ」

「うん!」

 

リューグのその言葉がとても嬉しかったので笑顔を浮かべてリューグに返答の意を示した。

だけど一瞬リューグの頬が赤くなったけど、どうしたのかな…?

 

「どうしたの…?」

「い、いやなんでもない。気にしないでいい」

「そ、そう…?」

 

ルカは気づかなかった事だがこの時、リューグはルカの笑顔に見惚れていたのだった。

 

「それよりこれからどうするか…」

「どうするかって…?」

「いや、一応ルカの事を俺の里に案内するのもいいんだが、なにぶん今の俺はまだ里に帰れないんだ」

「え? なんで? なにか事情があるの?」

「う、うむ…それを説明するには俺の力も教えないといけない。俺の中にはとある過去から受け継いできた聖なる力が宿っているのだが、その力が強力すぎていまだに俺は操り切れていないから暴走しがちで、制御できるまで里には帰ってくるなと里の族長に言われていてな…」

「なんか、大変そうだね…」

「うむ。だからルカを里まで案内するのは俺の力を制御しきる時まで待ってもらわないといけない…ルカももちろん元の世界にすぐにでも帰りたいと思うだろうが、我慢してくれるか…?」

 

そう言いながらもリューグは申し訳なさそうにこちらを見てくる。

なんだ。そんな事くらいなら気にしないのに。

 

「大丈夫だよ。最初は一人で不安いっぱいだったし、すぐに帰りたいと思った。…けど、今はリューグが私の事を守ってくれるんでしょ…?」

「ああ。ルカの事情も聴いてしまったし、俺の目の黒いうちはなにがあってもルカの事を守る事を約束しよう」

「うん、ありがとう…」

 

こうしてこの聖なる森の中でリューグと私の奇妙な二人での生活が始まろうとしていた。

 

 

 




まずはこの世界の説明などを書かせてもらいました。
次回からしばらく二人の生活描写ですね。


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004話 力の制御と干支の巫女とは

更新します。


 

 

リューグとの生活が始まって三日くらい経過した。

その中で私はというと、釣りをしていた。

や、遊んでいるわけじゃないんだけど毎回リューグの手を煩わせるわけにもいかないしね。

というか、ついにというか、やっとかと言うべきか、スマホの電池が切れたので画像も見ることが不可能になって少し落ち込んだりもしていた。

でも、めげない!

そう思っていると釣り竿に獲物がかかった手応えを感じたのですぐに引き上げる。

糸の先には一匹の魚がかかっていたので、

 

「よし。今日初めての魚をゲット!」

 

……そう、初めての…。

喜んではみたものの、少し気落ちをしてしまう。

異世界と言ってもやっていることはもとの世界でのアウトドアとそう大差はないのだから。

空を見上げればまだ日は天辺当たりだからお昼時くらいかな?

この世界って季節感があるのかどうか分からないからどう判断していいか分からないしね。

ま、頑張っていこう!

 

 

それから頑張って5匹くらいは釣れた事に喜びながらも、リューグの洞窟に戻った。

リューグは洞窟の奥の方で特訓しているらしく、鶴の恩返しみたいに絶対に覗いてはいけないというわけではないんだけど、私が近くに行くと気が散って力の制御ができなくなるかもしれないのでまだ特訓の光景を見たことがない。

どういうものなのかなーと興味が湧きだしていた時だった。

ズンッ!というまるで地面が縦揺れを起こしたような地震が起きて、洞窟内が盛大に揺れる。

何事!?と思いつつも私はリューグの事が心配になって洞窟の奥の方へと走っていった。

少し洞窟の中を散策している中で私は見た。見てしまった…。

 

「ぐっ、ぐぅううう!!」

 

リューグの周りを大量の炎がまるで旋回しているように渦巻いていて、その炎はまるで竜のような形をとって何度も、そう何度もリューグを痛めつけて肌を焦がしている。

力の制御と聞いていたから訓練みたいなものだと私は勘違いしていた。

そんな生半可なものじゃなかった。

リューグはまるで己の影と戦っているようで…。

なぜかは分からないけど、胸がとても締め付けられる。

リューグの事なのに、まるで私もリューグの痛みを感じているような…。

自意識過剰と言われてしまえばそうかもしれないんだけど、なぜかそう感じてしまうんだ。

気づけば私はリューグのもとへと走り出していた。

 

「ッ! ルカ! こっちに来るんじゃない! 巻き込まれるぞ!!」

 

リューグがなにかを言っているみたいだけど今は聞いてあげない。

どうしてか分からないけど、今…リューグの力の暴走を止められるのは私なんだって変な確信があるんだ。

そしてついに私はリューグの体に触れることができた。

その瞬間だった。

リューグを取り巻いていた炎の竜は私に向かって覆いかぶさろうとして来ていた。

だけど、自然と大丈夫だって思った。

 

「ルカ!!」

「大丈夫だよ、リューグ…私は平気だから」

 

確信とともに、私の目の前まで来た炎の竜はまるで掻き消えるように私のかざした手の中に入っていった。

そして私の中に何かの力が宿ったのを感じられた。

でも、そこで私の意識は薄れていった…。

 

「ルカ……」

 

リューグは気絶してしまったルカを抱えながらも思案をしていた。

先ほど、ルカはリューグの炎の源である炎竜を己の中に吸収してしまった。

だが、そのすぐ後にルカの体を通じて再びリューグの中へと戻っていったのだ。

そしてリューグはある意味悟りを得た。

力が制御できているという事に…。

 

「ルカ…君はやはり…『干支の巫女』なのか…?」

 

リューグのそんな呟きは気絶しているルカには聞かれる事はなかった。

 

 

 

…………ん?

あれ? なんで私は寝ているんだっけ?

なにかさっきまで頭がやけにクリアになっていたみたいな感覚だったけど…うーん、分からない。

 

「起きたか、ルカ…」

「はれ…? りゅーぐ…?」

 

気づけば私を見下ろすようにリューグの顔があった。なぜか頭を撫でられている。

え? これ、どういう状況?

もしかして私は今、リューグに膝枕をされていたりしたり…?

 

「あ、あのリューグ!」

「ああ、今は動くな。ルカは力を消耗してしまっているからな」

「力の消耗…?」

 

そういえば、なんか少し体がだるいような…。

これってどういう事…?

 

「リューグ、私…なにかやっちゃったの?」

「覚えていないのか。では無自覚であれをしたって事なのか」

 

わー、私なにをしちゃったんだろ?もしかしてリューグの訓練の邪魔をしちゃったのかな。

思い出そうとしてもどうにも記憶に靄がかかっているみたいで思い出せない。

これはリューグに聞いた方が早いのかな。

 

「リューグ。なにがあったか教えてくれないかな」

「ああ、いいだろう。多分だが今後もルカはこのような状態になることが増えると思うからな」

「このけだるいような感覚に?」

「うむ。と、その前にまだルカには話していないことがあったな」

「話していない事…?」

「ああ。この洞窟での力の制御は聖なる力を引き継ぐ過程で受け取ったためにまだ制御できていなかったんだが…その引き継いだ力というのがスピリチア大陸を守る十二支の家系の事なんだ」

「十二支? それって…もしかして子から始まって亥で終わる十二匹の動物の事?」

「そうだ。ルカの世界にも十二支の話が伝わっているなら好都合だな。その十二支の中で俺は【辰】の力を引き継いでいるんだ」

「辰…あ、だからリューグは竜の姿になれるんだね」

「正解だ。ルカは理解が早くて助かるよ」

 

十二支かぁ…。

って事はリューグ以外にも11人の力を引き継いでいる人がいるってことなのかな?

でもなんでリューグは今になってその話を私に話してくれたのかな…思い当たる節はなくはないんだけどね。

 

「ねぇリューグ。それってもしかして【干支の巫女】となにか関係があるの…?」

「ッ!」

 

あ、リューグの表情が驚きの顔になっている。

ふふん。私もバカじゃないんだからそれくらいは推測くらいはできるんだからね。

しばらくしてリューグは言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

 

「まぁ、その通りなのだがな。ルカが俺の身にしたことから確信も得ているしな」

「やっぱり、なんかリューグにやっちゃっていたんだね…」

 

それで少しどんよりとした顔になってしまう。

きっと邪魔をしちゃったんだよね。今すぐに謝らないと。

 

「ごめん、リューグ! 特訓の邪魔をしちゃったよね!」

 

私は正直にリューグに謝った。

今は力があまり入らないから立って謝れないのが悔しいな…。

だけど、リューグは少しポカンとした顔になっていて、少しして「ククク…」を苦笑いを零しながら、

 

「いや、ルカは謝らなくていい。むしろ俺はルカによって助けられて力の制御もできるようになったんだからな」

「えっ? それってどういう事…?」

「ルカは覚えていないだろうが、一回ルカは俺の力をその身に吸収して、さらには俺にその力を返還して安定化させてくれたんだ」

「え!?」

 

私、そんな事をしていたの!?

というよりそんな事が出来たの!?

それで私は己の知らない力にあわあわしていたところ、リューグはまた苦笑をしながらも、

 

「まだルカは魔気を感じ取れていないから分からないだろうが、ルカと俺との間に魔力間での繋がりができているんだ」

「そんな事が…」

「そしてそんな事が出来るのはまさしく【干支の巫女】しかできない事なんだ」

 

な、なんか混乱する内容ばかりだけど、やっぱり干支の巫女って私の事なんだよね?

実感がわかないけど確かになにかリューグとの繋がりをうっすらとだけど感じ取れるような気がした。

だけどまだ分からない事がある。

 

「その、そもそも干支の巫女って何のことなの?」

「はは。それも説明しないといけないな。今後、悪しきものにルカの身が狙われるかもしれないから事前の心構えだけでも持ってもらった方がいいしな」

「怖いこと言わないでよ…」

「すまんすまん。だが、もう他人ごとではなくなってしまったからな。教えよう」

 

リューグ曰く、【干支の巫女】とは世界になんらかの危機が迫った時に出現するという古い言い伝えがあり、十二人の選ばれた干支の戦士達を携えて世界を救済する役目を担うという。

 

「しかし、まさか干支の巫女が異世界から召喚されるものだというのは初めて聞く話だったな」

「そうなの…?」

「うむ。先代の十二支の方々の時には現れなかったというからな…伝承に残っているんだから過去の文献を紐解けばなにか発見できるかもしれない。

だが、なにせ先代の十二支が戦った大戦は千年も前の事だったからな。それ以前のものが残っているのかすら怪しい」

「せ、千年前…!? それって、もう誰も生きていないんじゃないの!?」

「いや、我ら精霊族は人族とは寿命がかなり違うからな。人間でいう100年が俺達にはほんの5,6年くらいの感覚だからな」

「エー……すごい」

「言っただろ? 四大陸の繁栄と衰退を手は出さずに見守ってきたと」

 

確かにそう聞いたけど、改めて驚きの内容でしかない。

 

「だからな。運よく俺がいたこの森に転移してきたのはルカにとってはとても運がよかったとも言える。もし北のアブゾートなんかに召喚されていたら危険な魔物に襲われていた可能性が大だからな」

「た、確かに……」

 

それで顔の血の気が引いていく感覚に陥る。

私、リューグと運よく出会えたことはとても幸運だったんだ…! やっぱり日頃の行いがよかったからなんだね。

 

「まぁ、こんなところか。だが、そんなすぐに世界に危機が迫るとも限らんしな。ルカもそんなすぐに身構えることもないと思う」

「そ、そうだよね…」

「それとは別として考えないといけない事がある」

「考えないといけない事…?」

「この世界に来る前にルカを襲ったという怪異はなんでルカの事を最初から【干支の巫女】という事を知っていたかだ」

「あ…そうだね。確かにそれは謎だよね」

「それに、異世界にわたる術を少なくともそいつは持っているという事が伺えるから気を付けないといけない。ルカも今後は多少は警戒をしていないとな」

「そ、そうだね…」

 

こうして多少の謎は残ったものの、リューグの力の制御ができたのは良い事だから素直に喜ばないとね。

だけど、なんで私は【干支の巫女】なんかに選ばれたんだろ……? これも頭の片隅にメモしておいた方がいいよね。

 

 

 




いくつか謎を残しました。
今後、いつか判明するものかと。


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005話 リューグの兄、リューガ

更新します。


 

 

 

この世界に来る前に襲ってきた謎の怪異についてはまだ現状ではなにも分からないけど、とにかく私が【干支の巫女】というものになってしまったというのはなんとなくだけど理解できた。

リューグの力を吸収してしまって、なんか私とリューグの間にパスみたいなものが繋がったというのもわずかながらも私も感じ取れるんだから嘘ではないんだろうし。

それでって訳じゃないけど、魔気が使用できるとかはまだ勉強しないとどうにもならないけど、この世界でしばらくは生きていく事になるんだからいずれは習得しないといけないよね。

まぁ追々こなしていけばいいと思う。

とりあえず、今はしておかないといけない事がある。

それはというと……。

 

「リューグ。決して覗かないでね?」

「ああ。分かっているから入ってきていいぞ」

「うん」

 

それで私は少し汚れてしまっていた服を脱いで畳んで一か所にまとめて湖に体を沈めていく。

そう、体を洗う事です。

うう~…冷たい。

まぁ、夏ほどではないけどそこまで寒くはないので体を洗うのにはちょうどいい。

この世界に来て四日目だけど、色々あって今は落ち着いたので体を洗っていない事にようやく気付いたのでこうして体を清めているところだ。

 

「あー…でも慣れてくるとそこまで冷たくもないかな? あ、滝がある。ちょっと浴びてこようかな」

 

そんな感じで少しの間、私は裸で泳いでいたんだけど……リューグ、本当に覗いていないよね?

リューグがいる方へと目を向ければ岩陰に寄りかかっているのか少し肩が見えるので見ていない事は確かであった。

もし覗いたら承知しないんだからね。

 

「……そろそろ上がろうかな」

 

何度も体を擦っておいたので今日はもう大丈夫だろう。

そう思って上がろうとした瞬間だった。

ぞわっとしたような、誰かに見られているような感覚に襲われてすぐにリューグの方に顔を向けるが、相変わらず肩が少し見える感じだった。

それで少し不思議に思っていた時だった。

 

「リューグの様子を見に来たんだが、こりゃ可愛い人間がいたもんだな」

「えっ!?」

 

いつの間にか私の目の前に赤と黒が入り混じった髪色をしている以外はリューグと似た顔つきをしている人が腕を組んで立っていた。

顔がにやけているけど…そうだよね。冷静に考えて今の私は裸で生まれたままの姿だ。

それに気づいた時にはもう私の頭は盛大に羞恥心で混乱していたために、

 

「きゃ…」

「きゃ?」

「きゃあああああーーーー!!!!」

 

私は悲鳴を上げながらも大事な部分を必死に隠すようにしゃがみこんだ。

私の悲鳴が聞こえていたのか、

 

「ルカ! どうしたんだ!?」

「りゅ、リューグぅー…この変態は誰ぇ?」

「変態とはまたひどい言い草だな」

 

その人は軽そうな笑みを浮かべながら笑っていた。

それに対してリューグはどこか驚きの表情をしながらも、

 

「に、兄さん!? なんで、ここに…」

「なんでってなぁ。お前がなかなか里に帰ってこないからわざわざこのオレが見に来てやったんだぜ? だってのに、来てみたらこんな人間の娘といちゃついているなんてな。『ベル』が知ったら怒り出すぞ?」

「うぐっ…痛いところをついてくるな、兄さんは」

 

なんかそれで二人はお互いに苦笑いを浮かべている。

私はその間に木陰に隠れて顔だけを出して、

 

「その…リューグ。そのひとはリューグのお兄さんなの…?」

「ああ、ルカ…。兄さんがふしだらな事をしてしまってすまない。後で叱っておくから今は許してやってくれ。ほら、兄さんもルカに謝るんだ」

「あいあい。すまなかったな嬢ちゃん。だが、良い体をしていたぜ?」

「ッッッ!!」

 

やっぱりしっかりと見てたんじゃないの!

うう…恥ずかしい。

 

「兄さん! 余計な火種を作らないでくれ!」

「ハハハハハ! ま、こんな形ですまんが俺はリューグの兄の『リューガ』だ。ま、よろしくしてくれ」

「……辰宮 龍火(るか)です」

 

また軽快に笑い声をリューガはあげながらも、そんな感じで私達は軽く自己紹介を済ませた。

その後に制服に腕を通して着終わって二人の前に出る。

 

「ほう…。珍しい服装だな」

「ああ、そう思うだろう。兄さん、ここだけの話なんだがルカは異世界から来たみたいなんだ」

「…なんだと?」

 

それで私とリューグとでリューガに干支の巫女の事に関しても説明をした。

するとリューガはなにやら真剣な顔をして考えこんでいるようだけど、どうしたのかな…。

それに、少し思った事なんだけど、なんで兄のリューガじゃなくって弟のリューグが十二支の力を引き継いだんだろうって…。

でも、他人である私が振っていい話じゃないよね。

きっとなにかそういう方針だったんだろうね。

見た感じはリューグとリューガは仲はそんなに悪いわけじゃないみたいだし。

今も軽口を交えながらも真剣に話し合っているし。

しばらくして、

 

「なるほど…大体把握した」

「そうか。それならよかったよ、兄さん」

「そんじゃ、ルカといったな? 里の者として干支の巫女を歓迎するぜ」

「あ、はい! まだまだ分からない事ばかりだけどよろしくお願いします!」

「ああ、堅苦しいのはいいぜ。俺は軽い感じが好きなんだ。だが、族長がこれを聞いたらどんな顔をするか楽しみになってきたな」

「そうだな。族長は先代の辰の十二支でもあったからな。さぞ驚かれるだろう」

 

そんな感じでリューグとリューガはお互いによく分からない表情を浮かべている。リューガの方は全面的に面白そうという感じが滲み出ているけど。

それにしても、え? 族長が先代の十二支なんだ。

やっぱり十二支の中では竜は特別で威厳がありそうだからリーダーに選ばれやすいのかな?

もしその族長と会うとしたらなるべく自然体で、でも目上に対しての対応をしないと。

間違っても異世界なんだから対応を間違って牢屋とかに入れられたらシャレにならないしね。

私がうんうんと一人で考えている横では、

 

「それよりリューグ。力の制御に成功したようだし、一回組み手でもしてみるか?」

「それは構わないが…お手柔らかに頼む。今までの演習結果で三分の二以上は兄さんに負け越しているからな」

「ハハハ! ま、オレも伊達にてめぇの兄貴をしていないからな。そう簡単に負けてやれないしな」

「そうか。ふふ、腕が鳴るな。習得した力の成果を見せるよ」

 

なにやら話的に組み手をするみたい。

でも、当然ただの組み手じゃないんだろうなー…。

異世界で魔気なんて技術がある以上は生半可な気持ちで見学なんてしていたら飛び火で燃やされちゃいそうだし…。

 

「そ、それじゃ私は離れたところで見ているね?」

「ああ。その方がいい」

「うむ。火達磨になってしまったら後が大変だからな」

 

何気に怖い事を平然と言うリューグ。

やっぱり炎の撃ち合いでもするのかな…?

とにかく私は少し遠くに離れて二人の演習を見学することにした。

私が離れたことを確認したリューグとリューガは少し距離を置いて構えを取る。

最初はただ構えているだけなのかなとも思ったけど、次第にまだ魔気というものに理解が及んでいない私でも分かるくらいにリューグの体を緋色の漫画でよく見るオーラみたいなものが纏いだして、リューガは黒いオーラが纏いだした。

うーん……なんていうか、見ていてリューガには悪いと思うんだけど黒いオーラってなんか悪役みたいだよねと私は思った。

そしてそのオーラがついには実体化して炎が舞い始める。

 

「……いきますよ」

「……かかってこい」

 

二人のその言葉が合図だったみたい。

瞬間、二人の立っていた地面は一瞬にして陥没して二人は真ん中あたりで炎の拳を打ち合っていた。

バチィンッ!という衝突音とともに大気が振動するような衝撃が私の肌を撫でる。

遠くに離れているのに感じられるなんて相当だと思う。

 

「次行くぞ!」

「おおおおお!!」

 

それから二人は何度も拳の応酬を繰り返していて、そのたびにその場の地面は圧に耐えられなくなって沈んでいく。

しかし見たところ力は五分五分な感じなのかな?

お互いに決め手に欠けているという感じが伺える。演習なんだからそれはそうなんだけどね。

だけどそれで先に次の先手を打ったのはリューガだった。

千日手だったみたいで一回リューグから距離を取って腕に力を込めている。

 

「受けてみろ! 飛翔黒鱗炎舞!!」

 

そう言い放った瞬間にリューガの周りに黒い鱗のような炎がいくつも出現してリューグに襲い掛かる。

リューグも何度もその炎の鱗を交わしながらも、

 

「出遅れたが負けてやれないぞ! 飛翔鱗炎舞!!」

 

リューガと同じ部類の炎を展開して迎撃した。

鱗の炎同士が激突し合い激しく破裂し合う。

その爆風の中、リューガがニヤリと笑みを浮かべたのを私は見た。

まだ爆発した時の余波で煙が舞っている中でリューガの姿が一瞬にして掻き消えたのだ。

それをリューグも気づいたのだけど、私が次にリューガの姿を発見したのはリューグの背後で首筋に手刀を添えているリューガの姿であった。

 

「ぐっ……また、負けか」

「ふふん。ま、当然だな」

 

演習は終わったみたい。

それで私も手に汗握る戦いに我慢していたのか、

 

「す…すごいすごい! 二人ともすごかったよ! 私、何度か目で追えなかったし、なんて言っていいのか分からないけど、とってもすごかったよ!!」

「おおう…一気にスイッチが入るタイプかい、ルカの嬢ちゃんは」

「ありがとうな、ルカ。まぁ負けてしまったのだがな…」

「それでもだよ! リューグもすごかったよ!」

「ありがとう」

 

こんな感じで演習は終わって、

 

「そんじゃさっさと精霊の里に帰るとするか」

「そうだな、兄さん。ルカも案内しないといけないしな。ルカ、ついてきてくれ。里まで案内するよ」

「うん。お願いします」

 

私とリューグはそれで笑いあいながらも道を進んでいった。

……ただ、気づかなかったことがあった。

歩く私達の背後でリューガが目つきを鋭くして拳を強く握りしめていたことを…。

その心の内に秘めた感情はなんだったのか……。

 

 




リューガの思いとは何だったのでしょうか…。


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